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【プロ野球】歴代通算1000試合出場達成者を振り返る【毎日更新】

1 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/01/29(水) 15:00:28 ID:lkLqo1E6
2020年のプロ野球も開幕まで残り50日ほどとなりました
今年も何かまとめスレをやりたいなと思い、昨年の平成30年間小松式ドネーションが投手に対する記録スレだったので、今回は野手に焦点を置きました
そこで今回は昨年、500人に到達した通算1000試合出場の達成者を1人目から振り返っていこうと思います

流石にいきなり500人分投下するのは無理だったので今回は開幕までの期間、毎日10人ずつ更新していく形になります
基本的に選手の解説は各人のwikipediaなどを参考にまとめただけなので所々稚拙な文章になってると思いますがご了承下さい

【例】

・杉谷拳士 1991年2月4日生 外野手・二塁手 右投両打
経歴:帝京高→08年ドラフト6位→日本ハム(09-)
達成日:20xx年xx月xx日(x番・ポジション・xx歳xヶ月)

成績:584試合 .222 (1054-234) 12本 81打点 209三振 82四球 44盗塁 出塁率.292 OPS.600
【試合:-位 安打:-位 本塁打:-位 打点:-位 盗塁:554位】

※「野球の上手い芸人」。帝京高では1年目から遊撃手として活躍し、3度の甲子園に出場。社会人野球に進む予定だったがプロを諦めきれずに入団テストを受けたところ合格し、6位指名を受けて日本ハムに入団。2年目の10年にはイースタン歴代最多のシーズン133安打を放つと、11年に1軍デビュー。その後は内外野守れ、さらにスイッチヒッターであることを活かし、貴重な便利屋として活躍。昨年5月には史上19人目の両打席本塁打も達成した。またムードメーカーとしても知られ、毎年正月の「リアル野球BAN」ではシーズン以上に活躍している姿が見られる。(50日連続更新?)やってやろうじゃねえかよこの野郎!

その他注意点はこちらです
・試合数や安打数などのランキングは安打数のみ500安打以上の選手、それ以外は上位600名までの順位を載せています
・通算1000安打などの安打記録も一緒にまとめていますが、古い時代の選手の場合安打の詳細がわからないものもあります
・今回は日米通算での達成者は除き、NPBのみの記録を準拠にまとめます(ただし日米通算成績は載せます)
・実はまだ500人全ての文章が出来ていません(現在230人目ぐらい)。一応同時進行で間に合う予定ではあると思いますが、場合によっては開幕に間に合わない可能性もあるかもしれません
・50日あるので、このスレが途中でホモビ送りされる可能性もあり、AILEくんの手を煩わせるのもアレなのでスレが落ちた場合は立て直さずに、その後の分を「野球総合スレ」にて書き込む予定です

これまで野球界を支えてきた様々な選手を知ってもらったり、こんな選手もいたなぁと思い出していただいたりそういった機会になってくれると幸いです
長丁場のスレとなりますがよろしくお願いします
それでは1人目からどうぞ

平成30年間小松式ドネーションランキング
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read_archive.cgi/internet/20196/1550833411/l50
2019年の公式戦全ホームランを振り返る
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/20196/1573807651/l50

809 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/02(木) 16:19:52 ID:pvaJDy2w

【あと99試合】

・三村勲 1924年3月8日生 三塁手・遊撃手 右投右打
経歴:飯塚商業専修学校→専修大→八幡製作所→中日(46-47)→急映(48)→大映(49)→松竹(50-52)→広島(53-55)

成績:901試合 .237 (3008-712) 61本 306打点 464三振 351四球 52盗塁 出塁率.318 OPS.676

※戦後46年に中日でプロ入りするも、球団代表である赤嶺昌志の辞任に伴い、後を追う形で急映に移籍。新田恭一コーチの教えのもとで小鶴誠と同じ「ゴルフスイング打法」を習得すると、大映に移籍した49年から打撃の才能が開花。松竹へと移った50年には水爆打線の2番打者としてリーグ優勝に貢献した。それまで行動を共にしてきた金山次郎・小鶴誠とともに53年に広島に移籍し、55年に引退。

【あと95試合】

・大松尚逸 1982年6月16日生 外野手・一塁手 左投左打
経歴:金沢高→東海大→04年ドラフト5位→ロッテ(05-16)→ヤクルト(17-18)

成績:905試合 .245 (2654-650) 84本 367打点 491三振 209四球 3盗塁 出塁率.304 OPS.699

※ロッテでは4年目の08年には5番打者に定着し、自己最多の24本塁打・91打点をマークするなど主砲として活躍。10年には多田野数人のノーノーを阻止する活躍も見せる。しかしその後は打撃不振や若手の台頭もあって16年に戦力外となり、ヤクルトに移籍。代打として活躍するも18年には2度目の戦力外を受け、昨年はBC・福井でプレーして引退。今年からはヤクルトの2軍打撃コーチを務める。KY伝説が豊富。

810 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/02(木) 16:25:32 ID:c84qmTlM
そういえば大松ヤクルトに戻ってたっけか

811 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/03(金) 17:46:31 ID:T2B6ckJQ

【あと93試合】

・戸倉勝城 1914年11月3日生 外野手 右投右打
経歴:豊浦中学→法政大→大連満倶→大洋漁業→毎日(50)→阪急(51-58)

成績:907試合 .283 (3166-895) 75本 507打点 312三振 230四球 115盗塁 出塁率.334 OPS.768

※50年に大洋農業から河内卓司らとともに引き抜かれ、35歳にして毎日でプロ入り。すると西鉄との開幕戦で4番スタメンを果たすと初打席初本塁打となるパリーグ第1号本塁打を記録。翌51年からは阪急に移籍し、4番打者として活躍。55年には40歳にして自己最高の打率.321を記録した。58年に引退後は阪急のコーチを経て同年途中から監督となり、67年にも東京の監督を務めた。以降は解説者として活動した。

【あと91試合】

・伊香輝男 1934年4月9日生 外野手 左投左打
経歴:同志社香里高→同志社大→近鉄(57-68)

成績:909試合 .248 (1513-375) 10本 142打点 186三振 95四球 12盗塁 出塁率.307 OPS.622

※同志社大から57年に近鉄に入団すると、強肩好打の外野手として期待され、1年目から準レギュラーとして活躍し、62年には規定打席未到達ながら打率.328をマーク。その後63年に土井正博の左翼手転向により代打の切り札となり、特に66年には84試合の出場全てが代打であり、一度も守備につかなかった。翌67年からコーチ兼任となり、68年限りで選手としては引退。その後70年までコーチを務めた。

812 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/03(金) 17:46:50 ID:T2B6ckJQ

【あと91試合】

・辻井弘 1917年4月21日生 一塁手・捕手・外野手 右投左打
経歴:平安中学→早稲田大→パシフィック・太陽・大陽(46-49)→広島(50-51)→国鉄(52-54)

成績:909試合 .262 (3191-837) 29本 321打点 184三振 286四球 79盗塁 出塁率.330 OPS.676

※戦後46年にパシフィックに入団してプロ入り。47年には主に外野手として全119試合に出場すると、翌48年には青田昇や小鶴誠、川上哲治らとともに首位打者を争いリーグ4位の打率.298をマーク。その後50年には広島に移籍し、初代主将に就任。4番打者として同年は全138試合に出場し、また財政難だったチームにおいて遠征の際には実家に若手を泊まらせるなどプレー外でもチームを支えた。国鉄で54年に引退。

【あと90試合】

・岡田幸文 1984年7月6日生 外野手 左投左打
経歴:作新学院高→日本大→全足利クラブ→08年育成ドラフト6位→ロッテ(09-18)

成績:910試合 .255 (2247-573) 0本 119打点 254三振 121四球 142盗塁 出塁率.300 OPS.588

※残念、そこは岡田だ。1年目のシーズン開幕前に支配下登録を勝ち取り2年目の10年から1軍に定着。11年には中堅手の定位置を獲得し、育成選手では初の規定打席到達、リーグ3位の41盗塁、そして屈指の守備力を武器に翌12年にかけて2年連続GG賞を獲得。一方で通算2501打席立ちながら本塁打0、また晩年には野手としてはワーストの59打席連続無安打も記録。18年限りで引退し、昨年からBC栃木の派遣コーチ。

813 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/03(金) 17:47:07 ID:T2B6ckJQ

【あと90試合】

・山下和彦 1962年11月29日生 捕手 右投右打
経歴:柳ヶ浦高→新日鐵大分→84年ドラフト4位→近鉄(85-94)→日本ハム(95-98)

成績:910試合 .218 (1747-380) 30本 159打点 425三振 119四球 5盗塁 出塁率.274 OPS.580

※近鉄では衰えを見せていた梨田昌孝に代わって87年から正捕手を務め、「マムシ」と呼ばれるほどのしつこいリードを武器に89年にはリーグ優勝に貢献してベストナインも獲得。その後光山英和や古久保健二の台頭もあり、出場機会が減少する中で94年に日本ハムへ移籍。若手や助っ人のグロスの先発時やリリーフ捕手として重宝され、98年に引退。その後は横浜・DeNAや近鉄、楽天のコーチを歴任。

【あと89試合】

・飯山裕志 1979年7月13日生 三塁手・遊撃手・二塁手 右投右打
経歴:れいめい高→97年ドラフト4位→日本ハム(98-17)

成績:911試合 .202 (743-150) 1本 45打点 196三振 31四球 15盗塁 出塁率.235 OPS.468

※日本ハムでは長らく2軍暮らしが続いていたが、8年目の05年に頭角を現し、翌06年には紺田敏正とともに「スーパーサブコンビ」として活躍。12年には日本シリーズ第4戦でサヨナラ安打も記録。内野のユーティリティであり、プロ20年間を日本ハム一筋、かつ試合終盤の守備固め要員として生き抜き、4度のリーグ優勝を経験した。17年に引退後は日本ハムのコーチとなり、今年からは1軍内野守備走塁コーチを務める。

814 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/03(金) 17:47:22 ID:T2B6ckJQ

【あと89試合】

・野口寿浩 1971年6月24日生 捕手 右投右打
経歴:習志野高→89年ドラフト外→ヤクルト(90-98)→日本ハム(98-02)→阪神(03-08)→横浜(09-10)

成績:911試合 .250 (2332-582) 42本 272打点 467三振 135四球 30盗塁 出塁率.294 OPS.671

※ドラフト外でヤクルトに入団するも当時は古田敦也の壁は厚く、出場機会に恵まれず98年にトレードで日本ハムに移籍。すると正捕手の定位置を獲得し、00年には球団捕手最高の打率.298をマーク。その後トレードで03年に阪神に移籍し矢野輝弘に次ぐ2番手の位置となるも、04年には井川慶のノーノー達成に貢献。そして09年にはFAで横浜に移籍し、10年に引退。その後はヤクルトのコーチを経て現在は解説者。

【あと89試合】

・袴田英利 1955年8月13日生 捕手 右投右打
経歴:自動車工業高→法政大→77年ドラフト1位→ロッテ(78-90)

成績:911試合 .231 (2247-519) 38本 231打点 314三振 138四球 9盗塁 出塁率.281 OPS.609

※法政大では江川卓とバッテリーを組んで黄金時代を築き、1位指名を受けてロッテに入団。4年目の82年に高橋博士と土肥健二の両捕手に代わって正捕手の座を掴み、特に村田兆治とはノーサインでバッテリーを組むなど80年代のロッテを支えた。90年にその村田とともに引退し、ロッテのコーチやスカウトを20年以上にわたって務め、14年からは西武、16年からはBC武蔵のヘッドコーチも務めた。

815 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/03(金) 17:47:41 ID:T2B6ckJQ

【あと87試合】

・赤田将吾 1980年9月1日生 外野手 右投両打
経歴:日南学園高→98年ドラフト2位→西武(99-09)→オリックス(10-12)→日本ハム(13-14)

成績:913試合 .255 (2525-643) 30本 211打点 578三振 218四球 75盗塁 出塁率.315 OPS.663

※西武ではもともと右打ちだったが俊足を活かすべく02年にスイッチヒッターに転向。また二塁手から外野手に転向すると04年からは2番・中堅手の定位置を掴み、05年には自己最多の20盗塁をマーク。しかしその後は故障に苦しみ、10年にトレードでオリックスに移籍し、同年には史上17人目の両打席本塁打も記録。その後13年に再度トレードで日本ハムに移籍し14年に引退。現在は西武の1軍打撃コーチを務める。

【あと87試合】

・波留敏夫 1970年5月25日生 外野手 右投右打
経歴:大谷高→熊谷組→93年ドラフト2位(逆指名)→横浜(94-01)→中日(01-02)→ロッテ(03-04)

成績:913試合 .278 (3138-872) 44本 266打点 476三振 231四球 76盗塁 出塁率.335 OPS.712

※ハマの核弾頭。入団当初は遊撃手だったが、2年目からは外野手に転向。石井琢朗とともに1,2番コンビを形成。その後98年に脱税事件により出場停止処分を受けるも復帰後はマシンガン打線の2番打者として活躍し、日本一に貢献。しかしその後は故障に悩まされ、01年に中日に、さらに03年にはロッテに移籍するもかつての打撃は取り戻せず04年に引退。その後は横浜・DeNAを経て、現在は中日の2軍打撃コーチ。

816 てめぇさえ居なければさぁ!僕は幸せに書き込みできたんだよ! :2020/04/04(土) 02:03:19 ID:???
波留って1000試合いってなかったんか
意外

817 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/04(土) 17:08:51 ID:0A/wVtXE

【あと87試合】

・矢ノ浦国満 1941年2月23日生 遊撃手 右投右打
経歴:東筑高→近鉄(60-65)→サンケイ(66-67)→巨人(68)

成績:913試合 .249 (3399-846) 57本 264打点 561三振 167四球 55盗塁 出塁率.288 OPS.649

※東筑高から近鉄に入団すると、守備力を買われて60年の開幕戦でスタメン出場を果たし、13年に大谷翔平が記録するまで高卒新人唯一の開幕戦マルチ安打を記録。その後も60年代前半における近鉄のリードオフマンとして活躍。その後66年にサンケイに移籍しこちらでも遊撃手としてプレーし、68年には巨人に移籍するも1年で退団。69年には新規に発足したグローバルリーグの東京ドラゴンズで1年だけプレーした。

【あと87試合】

・上田藤夫 1912年3月6日生 二塁手・遊撃手 右投右打
経歴:マウイ高→阪急(37-44,46-48)

成績:913試合 .237 (3192-755) 8本 291打点 213三振 436四球 136盗塁 出塁率.335 OPS.617

※ハワ イに産まれ、マウイ島の高校を卒業し先駆けて来日していたジミー堀尾の誘いで阪急に入団して来日。打撃ではバントやヒットエンドランの小技を得意とした2番打者として活躍し、また守りでは堅実な遊撃守備を披露し、38年には1試合12補殺、40年には1試合6併殺の日本記録を樹立。戦後48年まで現役を続け、引退後は審判に転向。ジャッジでも正確さに定評があり63〜67年にはパリーグの審判部長も務めた。

818 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/04(土) 17:09:14 ID:0A/wVtXE

【あと84試合】

・岩崎忠義 1948年9月12日生 外野手 右投右打
経歴:津久見高→66年第2次ドラフト2位→東京・ロッテ(67-80)→日本ハム(81)

成績:916試合 .245 (1323-324) 15本 104打点 165三振 84四球 31盗塁 出塁率.290 OPS.609

※津久見高では夏の甲子園に2年連続で出場。オリオンズにプロ入りすると、三塁手から外野手に転向し右の大砲として期待され長い2軍暮らしを経て、7年目の73年から頭角を現し、74年には日本シリーズ第4戦から1番打者に抜擢され日本一に貢献。76年には2番・右翼手の定位置を掴むもリーや白仁天の加入もあり出場機会が減少。81年に移籍した日本ハムで現役を引退している。

【あと84試合】

・宮原秀明(宮原務本) 1942年9月3日生 外野手 左投左打
経歴:長生一高→東映(61-69)→ヤクルト(70-71)→近鉄(71-72)→大洋(73)

成績:916試合 .257 (1507-388) 23本 170打点 145三振 104四球 5盗塁 出塁率.307 OPS.664

※61年に東映に入団するも当時は張本勲・毒島章一・白仁天といった選手らが外野を陣取っており、自身は外野手4番手の時期が長く続き目立った活躍は出来なかったが、そんな中でも65〜67年には3年連続で100試合以上に出場するなど存在感を示した。その後70年からはヤクルト・近鉄・大洋と球団を転々とし、73年に現役を引退。その後は西武のスカウトを務めていたが94年に脳出血のために51歳でこの世を去った。

819 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/04(土) 17:09:31 ID:0A/wVtXE

【あと83試合】

・高橋信二 1978年8月7日生 捕手・一塁手 右投右打
経歴:津山工業高→96年ドラフト7位→日本ハム(97-11)→巨人(11)→オリックス(12-14)

成績:917試合 .266 (2888-768) 82本 416打点 545三振 183四球 22盗塁 出塁率.316 OPS.717

※日本ハムでは長い2軍生活を経て、7年目の03年に實松一成らの故障により正捕手に抜擢され、翌04年には球団捕手では歴代最多の26本塁打・84打点をマーク。その後は鶴岡慎也の台頭もあって一塁手としても出場し、09年には繋ぐ4番としてベストナイン・GG賞を獲得。その後11年に金銭トレードで巨人に移籍し、翌12年からはオリックスでプレー。15年にBC・信濃で引退。現在は日本ハムのコーチを務めている。

【あと83試合】

・垣内哲也 1970年6月6日生 外野手 右投右打
経歴:日高高中津分校→88年ドラフト3位→西武(89-02)→ロッテ(03-06)

成績:917試合 .227 (2248-510) 110本 315打点 698三振 254四球 36盗塁 出塁率.311 OPS.736

※分校出身者としては初のプロ野球選手。捕手としてプロ入りするも伊東勤の存在もあって3年目から外野手に転向。主に90年代後半にかけて強打の外野手として活躍し、96年には自己最多の28本塁打を記録。その後03年には金銭トレードでロッテに移籍し、06年に引退。その後は中日のコーチや解説者を務め、今年から楽天の2軍打撃コーチを務める。1軍と2軍の双方で通算100本塁打を記録している唯一の選手。

820 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/04(土) 17:09:50 ID:0A/wVtXE

【あと83試合】

・横田真之 1962年11月26日生 外野手 右投左打
経歴:明徳高→駒澤大→84年ドラフト4位→ロッテ(85-92)→中日(93-94)→西武(95)

成績:917試合 .279 (2609-727) 38本 239打点 285三振 182四球 108盗塁 出塁率.329 OPS.713

※元阪神・横田慎太郎の父。ロッテでは1年目から2番打者の定位置を掴み、新人ながら打率3割をマークし、翌86年も打率.304を記録し、長嶋茂雄以来史上2人目の1,2年目連続打率3割を達成。その後もレギュラーとして活躍するも、93年に若返りを求めるチーム事情から中日にトレードで放出。しかし不振に陥り、95年に移籍した西武で引退。その後は宅配便や焼肉店での勤務や、妻の地元・鹿児島で飲食店を経営した。

【あと83試合】

・高代延博 1954年5月27日生 遊撃手 右投右打
経歴:智辯学園高→法政大→東芝→78年ドラフト1位→日本ハム(79-88)→広島(89)

成績:917試合 .256 (3011-772) 57本 346打点 291三振 260四球 54盗塁 出塁率.319 OPS.680

※東芝から1位指名を受けて日本ハムに入団。1年目から遊撃手の定位置を掴むと同年にはダイヤモンドグラブ賞、翌80年にはベストナインを獲得し、81年にはリーグ優勝に貢献するなど80年代のチームを支えた。88年にトレードで移籍した広島で引退後は様々な球団でコーチを歴任し、現在は阪神の2軍チーフコーチを務める。打球判断に優れ、「日本一の三塁ベースコーチ」と野村克也氏らからも評価されている。

821 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/04(土) 17:10:07 ID:0A/wVtXE

【あと82試合】

・アーロム・バルディリス 1983年1月5日生 三塁手・一塁手 右投右打
経歴:阪神(08-09)→オリックス(10-13)→DeNA(14-15)

成績:918試合 .268 (2956-793) 93本 387打点 438三振 282四球 6盗塁 出塁率.346 OPS.764

※MLBではメジャー昇格を果たせず、08年に来日して育成契約で阪神に入団。1年目の5月には支配下を勝ち取るも目立った活躍は出来ず、10年にオリックスに移籍。すると打撃が開花し、三塁手の定位置を掴むと勝負強い打撃と安定した打撃で活躍。14年にはDeNAに移籍し、15年には全球団本塁打も達成。その後16年には韓国・サムスンでプレーするもアキレス腱を故障し、8月に退団。以降の動向は不明となっている。

【あと78試合】

・岩下光一 1940年3月4日生 遊撃手・三塁手・二塁手 右投右打
経歴:大淀高→芝浦工業大→東映(62-71)

成績:922試合 .254 (2678-679) 20本 186打点 224三振 177四球 52盗塁 出塁率.300 OPS.620

※芝浦工業大では61年秋に東都大リーグでチーム初優勝に貢献。卒業後に東映に入団すると、即戦力遊撃手として同じく新人の青野修三と二遊間を組み、日本シリーズでは第5戦で小山正明からサヨナラ2ランを放って球団初の日本一に貢献。その後佐野嘉幸が台頭すると、内野のユーティリティとして活躍し71年に引退。その後は日本ハムのコーチや2軍監督、解説者やダイエーのスカウト、国士舘大のコーチを歴任。

822 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/05(日) 15:01:48 ID:ssrY67WI

【あと78試合】

・安藤統男(安藤統夫) 1939年4月8日生 二塁手・遊撃手・外野手 右投右打
経歴:土浦第一高→慶應義塾大→阪神(62-73)

成績:922試合 .221 (2064-457) 33本 138打点 285三振 134四球 56盗塁 出塁率.277 OPS.580

※遊撃手として阪神に入団するも吉田義男の存在もあり、控えとしての出場が主だったが1年目の秋に三宅秀史が故障離脱した際に三塁の代役として優勝に貢献。その後も内外野問わず守れるユーティリティとして活躍する中で69年には二塁手の定位置を掴み、翌70年にはリーグ2位の打率.294をマーク。73年に引退後は阪神のコーチを経て82〜84年には監督も務め、退団後はヤクルトのコーチや解説者として活動した。

【あと73試合】

・長谷川善三 1923年1月6日生 遊撃手・投手 右投右打
経歴:旧制米子中学→南海(41-43)→大阪(46-49)→西鉄(50-51)→毎日(52-53)→高橋(54)

成績:927試合 .209 (2721-569) 12本 207打点 239三振 218四球 44盗塁 出塁率.270 OPS.536
投手:14登板 0勝3敗 43.0投球回 8奪三振 24与四球 31被安打 防2.93 WHIP1.28

※南海には投手として入団するも制球難に苦しみ、2年目から遊撃手に転向。守備は当時の球界では一流レベルとされ、「スワロー」「飛燕」と称される華麗なプレーを度々披露した。その後応召し、戦後46年に大阪でプロに復帰し、50年には西鉄に移籍してチーム第1号となる本塁打も記録。その後毎日・高橋とチームを転々とし、54年に引退。その後は西鉄のコーチやロッテのスコアラー、スカウトとして活動。

823 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/05(日) 15:02:08 ID:ssrY67WI

【あと72試合】

・村上公康 1945年2月24日生 捕手 右投右打
経歴:西条高→立教大→日本楽器→66年第1次ドラフト4位→西鉄(67-71)→ロッテ(72-77)

成績:928試合 .239 (2192-523) 58本 231打点 301三振 103四球 8盗塁 出塁率.279 OPS.639

※日本楽器から西鉄に入団すると、1年目から2番手捕手となり3年目の69年には正捕手に定着。しかし70年に黒い霧事件に関与したために1年間の出場停止処分を受ける。その後72年に榎本喜八とのトレードでロッテに移籍。73年からは正捕手となり、翌74年にはチームのリーグ優勝・日本一に貢献しベストナイン・ダイヤモンドグラブ賞を受賞した。77年に引退後はスポーツ用品店の取締役、少年野球指導者として活動。

【あと68試合】

・山本静雄 1921年12月1日生 二塁手・遊撃手 右投左打
経歴:明石中→法政大→豊岡物産→中日(48-49)→近鉄(50-57)

成績:932試合 .228 (2929-669) 9本 240打点 302三振 337四球 66盗塁 出塁率.312 OPS.608

※明石中・法政大・豊岡物産を経て48年に中日に入団。1年目から二塁手の定位置を掴みレギュラーとして活躍すると、50年には近鉄球団創設に参加。こちらでも2番・二塁手としてチームの黎明期を支え、54年には自己最多の134試合に出場。打率こそ低かったものの選球眼が高く、55年には打率.241に対して出塁率.383をマーク。57年に引退後はコーチとなるも59年に37歳という若さでこの世を去っている。

824 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/05(日) 15:02:26 ID:ssrY67WI

【あと66試合】

・梶本隆夫 1935年4月8日生 投手 左投左打
経歴:多治見工業高→阪急(54-73)

成績:934試合 .204 (1466-299) 13本 130打点 293三振 82四球 0盗塁 出塁率.248 OPS.511
投手:867登板 254勝255敗 4208.0投球回 2945奪三振 1244与四球 3879被安打 防2.98 WHIP1.22

※阪急では高卒1年目ながらチームの開幕投手を務めて20勝をマークすると、その後は米田哲也とともに「ヨネカジコンビ」として阪急のWエースとして活躍し、57年には9者連続奪三振を記録。67年には通算200勝も達成するも、当時の阪急打線とはなかなか噛み合わず通算200勝以上の投手では唯一負け越している投手でもある。引退後は阪急・オリックスのコーチや監督、中日のコーチを歴任。07年に殿堂入り。

【あと65試合】

・ジョージ・アルトマン 1933年3月20日生 外野手・一塁手 右投左打
経歴:カブス(59-62)→カージナルス(63)→メッツ(64)→カブス(65-67)→東京・ロッテ(68-74)→阪神(75)

成績:935試合 .309 (3183-985) 205本 656打点 360三振 353四球 31盗塁 出塁率.378 OPS.938

※MLBでは通算101本塁打を記録。68年に来日して東京に入団すると、1年目から3割30本100打点を達成し、打点王・ベストナインを獲得。70年にはリーグ優勝に貢献し、大腸がんを患いながらも毎年好成績を残し、その後75年に阪神にテストを経て移籍してNPBの助っ人では初の通算200本塁打も達成し、42歳まで現役を続けた。高身長と積極的な慈善活動を行っていたことから「足長おじさん」の愛称で親しまれた。

825 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/05(日) 15:02:42 ID:ssrY67WI

【あと63試合】

・安井亀和(安井直史) 1920年1月18日生 二塁手・三塁手 右投右打
経歴:海南中学→明治大→南海・グレートリング(43,46-49)→大洋・洋松(50-53)→高橋・トンボ(54-55)

成績:937試合 .226 (3151-711) 14本 225打点 329三振 513四球 170盗塁 出塁率.336 OPS.634

※明治大から43年に南海に入団。翌44年に応召し、戦後46年にプロに復帰して二塁手の定位置を掴むと、高い選球眼と俊足を武器にリードオフマンとして活躍し、同年には全試合に出場して出塁率4割と32盗塁をマーク。その後は打撃成績は伸び悩むも、南海・大洋・高橋の3球団で二塁手として活躍し、通算170盗塁をマークした。55年に現役引退。

【あと61試合】

・石井義人 1978年7月12日生 一塁手・三塁手・二塁手 右投左打
経歴:浦和学院高→96年ドラフト4位→横浜(97-02)→西武(03-11)→巨人(12-14)

成績:939試合 .290 (2224-645) 30本 212打点 421三振 252四球 22盗塁 出塁率.362 OPS.752

※横浜では4年目の00年に代打で打率4割をマークして頭角を現すも守備難や他の選手の台頭もあり、トレードで西武に移籍。すると05年にはリーグ4位の打率.312をマークするなどアベレージヒッターとして活躍し、また二塁・三塁・一塁と内野のユーティリティとしても活躍。12年には巨人に移籍し、代打の切り札として活躍した。14年に引退後はBC・武蔵のコーチや女子プロ野球の総合コーチを歴任した。

826 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/05(日) 15:03:07 ID:ssrY67WI

【あと61試合】

・中村勝広 1949年6月6日生 二塁手・一塁手 右投右打
経歴:成東高→早稲田大→71年ドラフト2位→阪神(72-82)

成績:939試合 .246 (2635-648) 76本 219打点 456三振 419四球 74盗塁 出塁率.352 OPS.739

※阪神では堅実な守備とパンチ力のある打撃で1年目から二塁手として活躍して70年代の阪神を支え、晩年は一塁手としてプレー。82年に引退後は阪神の2軍監督やコーチを経て90年からは1軍監督を務め、03年からはオリックスのGM、監督、SAを歴任。その後12年8月には阪神にGMとして復帰。しかし15年9月に脳出血のために在任中にこの世を去った。色々とツキが無く、阪神においては暗黒時代の象徴とされている。

【あと60試合】

・小川淳司 1957年8月30日生 外野手 右投右打
経歴:習志野高→中央大→河合楽器→81年ドラフト4位→ヤクルト(82-91)→日本ハム(92)

成績:940試合 .281 (1747-412) 66本 195打点 406三振 108四球 13盗塁 出塁率.281 OPS.676

※ヤクルトではパンチ力のある打撃と強肩を武器に外野手の準レギュラーとして活躍。92年にトレードで移籍した日本ハムで引退。その後はヤクルトのスカウトやコーチ、2軍監督を経て10年には高田繁の監督代行を務め、最大19あった借金を完済して貯金を4つ作る快進撃を見せ、11年からは正式に監督に就任。15年からはSDとなるも、18年から昨年まで再度監督を務めた。今年からはGMとしてフロントに復帰する。

827 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/06(月) 13:22:48 ID:f15x0AC6

【あと58試合】

・引地信之 1930年11月3日生 遊撃手・二塁手 右投右打
経歴:下関商業学校→全下関→大洋・洋松(52-59)

成績:942試合 .229 (3401-779) 35本 249打点 194三振 143四球 69盗塁 出塁率.262 OPS.567

※52年に大洋に入団すると、1年目から遊撃手のレギュラーを獲得。堅実な守備と頑丈な体を武器としており、56年に二塁手に転向しながらも52年5月〜57年8月まで実に708試合連続で出場。しかし打撃にやや難があったために59年には中村敏行に定位置を譲り、同年限りで引退。その後はスカウトを務め山下大輔や長崎慶一らを発掘。またコーチや2軍監督も務め、90年からは台湾・統一で日本人初のコーチとなった。

【あと57試合】

・古久保健二 1964年6月23日生 捕手 右投右打
経歴:太成高→82年ドラフト6位→近鉄(83-02)

成績:943試合 .204 (1854-378) 38本 186打点 541三振 112四球 8盗塁 出塁率.252 OPS.569

※近鉄では有田修三、梨田昌孝の「ありなしコンビ」に代わる正捕手のポジションを山下和彦や光山英和らと争い、さらに的山哲也や礒部公一の台頭もありながら20年間にわたりチーム一筋で活躍。「びっくり箱」と自称する意外性のある打撃も武器とした。02年に引退後は近鉄・中日・ヤクルト・オリックス・楽天、さらに韓国・ハンファのコーチを歴任し、現在は台湾・富邦のコーチを務めている。

828 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/06(月) 13:23:08 ID:f15x0AC6

【あと55試合】

・高橋智 1967年1月26日生 外野手・一塁手 右投右打
経歴:向上高→84年ドラフト4位→阪急・オリックス(85-98)→ヤクルト(99-01)

成績:945試合 .265 (2777-737) 124本 408打点 694三振 266四球 24盗塁 出塁率.330 OPS.798

※デカ。阪急では投手として入団するも3年目の87年に打者に転向。長い2軍生活を経て91年には1軍に定着して23本塁打を放つと、翌92年には自己最多の29本塁打をマークしベストナインを獲得。しかしその後はイチロー・田口壮の台頭もあり、95,96年の連覇も経験するも97年にヤクルトに移籍。層の厚い外野の中で存在感を示すも01年に戦力外となり、その後は台湾でプレーし02年に引退。現在はエレベーター整備工。

【あと51試合】

・後藤次男 1924年1月15日生 外野手・一塁手・二塁手 右投右打
経歴:旧制熊本工業中学→熊本鉄道管理局→法政大→大阪(48-57)

成績:949試合 .283 (3260-923) 51本 355打点 160三振 124四球 113盗塁 出塁率.310 OPS.695

※法政大から先輩である若林忠志が監督を務める大阪に入団すると、1年目から積極的に起用され2年目の49年からはダイナマイト打線の3番打者として4年連続で3割超の打率を残す。その後鎖骨を骨折した影響で出場機会が減少し、57年に引退。以降は阪神のコーチや2軍監督、さらに69,78年には繋ぎと言われながらも1軍監督も務め、60〜70年代の阪神の主力選手らを育成。その後は解説者として活動。愛称はクマさん。

829 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/06(月) 13:23:28 ID:f15x0AC6

【あと51試合】

・岩本章 1921年1月14日生 外野手 右投右打
経歴:高知商業学校→巨人(38-39)→名古屋軍・産業軍・中日(39-44,46-47)→阪急(48-49)→広島(50-53)

成績:949試合 .225 (2838-639) 47本 274打点 407三振 344四球 102盗塁 出塁率.314 OPS.644

※高知商業学校から丸紅に入社予定だったが社長が読売新聞社の株主だったために巨人にプロ入り。しかし体調不良に苦しみ39年途中に名古屋軍に移籍。43年には4本塁打を放って本塁打王を獲得すると、46年には戦後プロ野球初の本塁打を記録。その後阪急を経て50年には広島の球団創設に参加。同年の開幕戦でセリーグ初の安打と盗塁を記録している。53年に引退後は広島や阪神のコーチなどを歴任。

【あと50試合】

・内田順三 1947年9月10日生 外野手 左投左打
経歴:東海大一高→駒澤大→69年ドラフト8位→ヤクルト(70-74)→日本ハム(75-76)→広島(77-82)

成績:950試合 .252 (1925-485) 25本 182打点 235三振 191四球 39盗塁 出塁率.323 OPS.670

※ヤクルト・日本ハム・広島の3球団で外野の準レギュラーとして活躍し、規定打席に到達した年はないものの、13年間で950試合に出場。82年に引退後は広島と巨人を往復する形でコーチを歴任し、広島では野村謙二郎や前田智徳、金本知憲や新井貴浩、巨人では高橋由伸や阿部慎之助といった平成を彩った数々の名打者たちを育成。50年近くに渡って携わったプロから離れ、今年からはJR東日本の外部コーチを務める。

830 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/06(月) 13:23:47 ID:f15x0AC6

【あと49試合】

・イチロー(鈴木一朗) 1973年10月22日生 外野手 右投左打
経歴:愛工大名電高→91年ドラフト4位→オリックス(92-00)→マリナーズ(01-12)→ヤンキース(12-14)→マーリンズ(15-17)→マリナーズ(18-19)

成績:951試合 .353 (3619-1278) 118本 529打点 333三振 384四球 199盗塁 出塁率.421 OPS.943
MLB:2653試合 .311 (9934-3089) 117本 780打点 1080三振 647四球 509盗塁 出塁率.355 OPS.757

※日本が誇る伝説の打者。オリックスでは「振り子打法」を習得し、登録名を「イチロー」とした94年に才能が開花し、史上初のシーズン200安打を達成すると、7年連続の首位打者、5年連続最多安打を記録するなど異次元の成績を残し、01年に海を渡りマリナーズに移籍。すると1年目からMLB新人歴代最多の242安打を放ち、アジア人初となる首位打者・盗塁王・新人王・MVP等数多くのタイトルを獲得。04年にはMLB歴代最多となるシーズン262安打を記録するなど10年連続200安打を達成。またWBCでも日本代表として第2回WBC決勝では優勝を決定付ける適時打を放つなど連覇に貢献。その後ヤンキース・マーリンズでプレーし、16年には史上30人目のMLB通算3000安打、38人目の500盗塁を達成。そして18年にマリナーズに復帰し、昨年3月に東京ドームで行われた開幕戦を節目に現役を引退。現在はマリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター、そして日本では草野球チームを設立し、また学生野球資格も回復。1つの時代を創った男は第2の人生を歩み始めている。

通算1000安打:1999年4月20日日本ハム戦(金村暁から2ラン・25歳5ヶ月・757試合目) ※史上194人目・史上最速・歴代3番目タイの年少記録

831 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/06(月) 13:24:13 ID:f15x0AC6

【あと49試合】

・清水雅治 1964年7月7日生 外野手 右投右打
経歴:浜田高→三菱自動車川崎→88年ドラフト6位→中日(89-95)→西武(96-02)

成績:951試合 .244 (1482-362) 13本 111打点 243三振 176四球 124盗塁 出塁率.325 OPS.644

※中日では4年目の92年に俊足を武器に1番打者として定着を果たし、94年には自己最多の23盗塁をマークし、巨人との優勝決定戦である10.8決戦でも1番打者として先発。その後95年オフに西武に移籍。西武では主に代走として起用された。02年に引退後は西武・日本ハム・ロッテ・楽天のコーチを歴任し、数多くの外野手を育成。昨年からは元同僚の矢野燿大監督のもとで阪神のヘッドコーチを務める。

【あと47試合】

・東田正義 1945年8月1日生 外野手 右投右打
経歴:御所工高→三重交通→67年ドラフト2位→西鉄・太平洋(68-74)→日本ハム(75)→阪神(76-77)

成績:953試合 .252 (3030-763) 123本 351打点 474三振 281四球 28盗塁 出塁率.318 OPS.737

※「黒い霧事件」もあり、当時弱体化が進んでいた西鉄・太平洋で野武士野球の後継者として期待され、竹之内雅史らとともに「トンタケコンビ」として主軸を担い、71年には自己最多の23本塁打をマーク。その後75年に日本ハムに移籍し、翌76年には阪神でプレー。阪神では田淵幸一・ブリーデンの後を打つ6番打者として活躍した。引退後は地元・奈良で少年野球チームの監督を務め、関本賢太郎らを輩出した。

【あと47試合】

・長谷川一夫 1945年1月3日生 外野手・一塁手 左投左打
経歴:大宮工高→大毎・東京・ロッテ(62-76)→クラウン・西武(77-81)

成績:953試合 .271 (2062-558) 39本 201打点 194三振 108四球 26盗塁 出塁率.309 OPS.692
投手:1登板 0勝0敗 0S 0.0投球回 0奪三振 0与四球 1被安打 防-.-- WHIP-.--

※大宮工業高では現在でも県大会最多となる1試合21奪三振を記録。甲子園には出場できなかったものの、当時チームの経営母体の大映に所属するスター俳優と同姓同名という理由だけでプロ入りを果たす。入団後は外野手に転向すると、長い2軍暮らしの末に72年から1軍に定着し、その後77年からはクラウンに移籍し準レギュラーとして活躍した。20年のプロ生活を経て引退後は西武のスカウトとして活動。

832 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/06(月) 15:02:13 ID:DKZIJ1EM
>>830
意外すぎる名前出てきたけどそっかそんなもんか…

833 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/06(月) 20:07:12 ID:z1OGf3tA
イチローさんはNPB時代よりMLB時代が長かったですもんね・・・

834 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/06(月) 20:10:43 ID:fkaBFp2Y
残り49試合だとほぼイきかけてますね

835 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/07(火) 14:57:16 ID:4KhjjRaQ

【あと47試合】

・飯島滋弥 1918年10月11日生 外野手・一塁手 右投右打
経歴:旧制千葉中学→旧制慶應義塾大→日立航空→セネタース・東急・急映(46-48)→大映(49-54)→南海(55)

成績:953試合 .282 (3196-901) 115本 484打点 346三振 527四球 48盗塁 出塁率.391 OPS.842

※戦後46年にセネタースに入団すると、1年目から打率3割をマーク。しかし翌年以降は不振とフロントの対立もあり、49年に大映に移籍。すると調子を取り戻し、51年には1試合11打点、1イニング7打点の日本記録を達成し、52年には打率.336で首位打者となった。55年に移籍した南海で引退後は、解説者を経て67年から東映のコーチとなり、「月に向かって打て」と助言し大杉勝男を和製大砲として大成させた。

【あと46試合】

・吉田孝司 1946年6月23日生 捕手 右投右打
経歴:市立神港高→巨人(65-84)

成績:954試合 .235 (2025-476) 42本 199打点 314三振 177四球 3盗塁 出塁率.300 OPS.639

※65年に巨人に入団すると、2軍暮らしを経て5年目の69年に森昌彦に次ぐ2番手捕手として台頭し、V9に陰ながら貢献。そして森の引退年である74年から正捕手に昇格し、76年には球団捕手初の球宴MVPを獲得。その後山倉和博の入団後は再び2番手捕手となり、20年目の84年に引退。その後は巨人のコーチやスカウトを歴任するも、一場事件により解雇。12年からはDeNAに移籍し、現在はGM補佐兼スカウト部長を務める。

836 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/07(火) 14:57:34 ID:4KhjjRaQ

【あと45試合】

・町田公二郎(町田康嗣郎) 1969年12月11日生 外野手・一塁手 右投右打
経歴:明徳義塾高→専修大→91年ドラフト1位→広島(92-04)→阪神(05-06)

成績:955試合 .251 (1946-489) 85本 272打点 462三振 241四球 18盗塁 出塁率.346 OPS.777

※ドラフト1位で広島に入団。パンチ力のある打撃で頭角を現すも、守備に難があったことから徐々に代打としての出場が主となるも、ここ一番での勝負強さは随一であり、左の浅井樹に並び、右の代打の切り札として活躍し、通算20代打本塁打はセリーグ歴代最多。06年に阪神で引退後はコーチとなり、11年には古巣・広島に復帰。現在は三菱重工広島の監督を務めており、15年には都市対抗ベスト4に導いた。

【あと41試合】

・須藤豊 1937年4月21日生 二塁手・三塁手 右投右打
経歴:高知商業高→毎日・大毎(56-61)→巨人(62-68)

成績:959試合 .230 (2149-495) 8本 143打点 284三振 134四球 42盗塁 出塁率.276 OPS.567

※高知商業高から毎日に入団すると、1年目から二塁手の定位置を掴んで順風満帆かと思われた矢先に球団合併により佐々木信也が移籍したために出場機会が減少。その後62年に巨人に移籍。後に土井正三が入団したためこちらでも脇役がメインだったが、V9時代前半のチームを支えた。その後は巨人・西武のヘッドコーチや大洋の1軍監督を歴任。現在は主に解説者や評論家として活動している。

837 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/07(火) 14:57:55 ID:4KhjjRaQ

【あと40試合】

・辻佳紀 1940年12月20日生 捕手 右投右打
経歴:敦賀高→明治大→阪神(63-69)→近鉄(70-73)→大洋(74)→阪神(75)

成績:960試合 .208 (2340-486) 87本 231打点 483三振 130四球 20盗塁 出塁率.257 OPS.610

※明治大から阪神に入団。熾烈なポジション争いを制し、2年目の64年には正捕手として優勝に貢献。しかし田淵幸一の加入もあり、70年にトレードで近鉄に移籍。近鉄でも一時期正捕手となるも「ありなしコンビ」の台頭で74年に大洋に移籍、さらに75年には同姓の辻恭彦とのトレードで阪神に復帰し引退。その後は阪神のコーチを務め、退団後はタレントとして活動するも89年に48歳の若さでこの世を去った。

【あと39試合】

・クラレンス・ジョーンズ 1941年11月7日生 一塁手 左投左打
経歴:カブス(67-68)→南海(70-73)→近鉄(74-77)

成績:961試合 .239 (3182-762) 246本 562打点 719三振 565四球 26盗塁 出塁率.356 OPS.861

※70年に来日して南海に入団。4年連続で30本塁打を記録し、主砲として活躍する一方で三振の多さと低打率がネックとなり73年オフに自由契約となって近鉄に移籍。すると翌74年には38本塁打を放って2リーグ制以降では外国人初の本塁打王(かつ史上初のリーグ最低打率での本塁打王)となり76年にも2度目の本塁打王となるなど、助っ人歴代9位の246本塁打をマークした。77年に引退後はブレーブスなどでコーチを歴任。

838 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/07(火) 14:58:12 ID:4KhjjRaQ

【あと35試合】

・彦野利勝 1964年10月12日生 外野手 右投右打
経歴:愛知高→82年ドラフト5位→中日(83-98)

成績:965試合 .264 (2537-669) 85本 340打点 475三振 311四球 30盗塁 出塁率.351 OPS.774

※愛知高から投手として入団するも、プロ入り直後に外野手に転向。長い2軍暮らしを経て5年目の87年に1軍に定着し、88年にはチームの核弾頭としてリーグ優勝に貢献。翌89年には自己最多の26本塁打を放ちベストナインを獲得。91年には右膝の靭帯を断裂する大怪我を追うも復帰を果たし、94年にはカムバック賞を受賞。晩年は代打の切り札として活躍し、98年に引退。その後は解説者や中日のコーチとして活動。

【あと35試合】

・木戸克彦 1961年2月1日生 捕手 右投右打
経歴:PL学園高→法政大→82年ドラフト1位→阪神(83-96)

成績:965試合 .230 (2192-505) 51本 226打点 393三振 228四球 8盗塁 出塁率.305 OPS.650

※PL学園では78年夏の甲子園で連続逆転勝利で優勝を経験。その後法政大を経て1位指名を受けて阪神に入団。すると3年目の85年に正捕手に抜擢されると、自己最多の13本塁打も放って球団初の日本一に貢献。その後も山田勝彦や関川浩一の台頭もある中でタイガース一筋を貫き、96年に引退。その後も阪神のコーチや2軍監督・GM補佐、女子日本代表のヘッドコーチなどを歴任し、現在は球団本部付次長を務める。

839 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/07(火) 14:58:28 ID:4KhjjRaQ

【あと34試合】

・広瀬哲朗 1961年1月23日生 三塁手・遊撃手・二塁手 右投右打
経歴:富士宮北高→駒澤大→本田技研→85年ドラフト1位→日本ハム(86-98)

成績:966試合 .261 (2268-592) 12本 173打点 320三振 220四球 84盗塁 出塁率.329 OPS.654

※本田技研から1位指名を受けて日本ハムに入団。長らく控えだったものの93年に32歳にして遊撃手のレギュラーを獲得し、94年にかけて2年連続でベストナイン・GG賞を受賞。打撃に難があったものの、遊撃手として高い守備力を誇り白井一幸との二遊間は鉄壁とも称された。その後田中幸雄に代わって三塁に転向するも故障で長期離脱となった98年に引退。その後は解説者やアマ野球の指導者として活動中。

【あと32試合】

・筒香嘉智 1991年12月26日生 外野手・三塁手・一塁手 右投左打
経歴:横浜高→09年ドラフト1位→横浜・DeNA(10-19)→レイズ(20-現役)

成績:968試合 .285 (3426-977) 205本 613打点 833三振 532四球 5盗塁 出塁率.382 OPS.910

※ひゃだ…!!08年夏の甲子園で14打点をあげるなど高校通算69本塁打を記録し、1位指名を受けて横浜に入団。1年目から2年連続で2軍の本塁打王となると、14年から主砲としての才能が開花し、16年には44本塁打・110打点で2冠となるなど昨年にかけてハマの和製大砲として活躍。今季からは舞台をMLBに移し、レイズでプレーする。柔らかな毛に覆われた動物ではないが、イカニモ系とのこと。あんたたち、逝くわよっ!!

840 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/07(火) 15:02:11 ID:ldsg42Ek
筒香はノンケ顔でしょ
バカじゃないの

841 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/07(火) 15:04:44 ID:EQw.ge8s
てか
筒香さっさとゲイビでなさいよ

842 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/07(火) 17:14:26 ID:JkG36g6s
広瀬ってあの三枝が捨てた愛人とデュエットCD出してるんですよね

843 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/08(水) 16:42:02 ID:i26sRK/s

【あと32試合】

・吉村裕基 1984年6月14日生 外野手・一塁手 右投右打
経歴:東福岡高→02年ドラフト5位→横浜・DeNA(03-12)→ソフトバンク(12-18)

成績:968試合 .253 (3001-759) 131本 419打点 751三振 204四球 35盗塁 出塁率.311 OPS.751

※横浜では4年目の06年に26本塁打を放って一気に頭角を現すと、暗黒時代のチームの長距離砲として活躍し、08年には自己最多の34本塁打をマーク。しかし10年からは不振が続き、12年途中にトレードでソフトバンクに移籍。14年には代打の切り札として活躍し、史上初の全打順・全球団本塁打も達成した。18年に戦力外となり、昨年はオランダでプレー。今年からは琉球ブルーオーシャンズで現役を続ける。

【あと29試合】

・小松原博喜 1924年5月24日生 外野手・投手 右投右打
経歴:横浜商業学校→大和軍(42-43)→巨人(47-54)→国鉄(55-57)

成績:971試合 .243 (2601-631) 30本 306打点 288三振 292四球 90盗塁 出塁率.320 OPS.650
投手:69登板 11勝18敗 270.2投球回 94奪三振 122与四球 264被安打 防3.19 WHIP1.43

※42年に大和軍に入団すると、外野手の傍らで投手も務めたが制球に難があり、野茂英雄に抜かされるまで歴代最多の1試合14与四球の不名誉な記録を作ってしまう。戦後47年に巨人でプロに復帰。ここでも二刀流としてプレーしていたが、50年からは野手に専念。2番・中堅手として自己最多の34盗塁をマークした。その後も俊足を武器とした準レギュラーとして活躍し、国鉄に移籍後の57年に現役を引退した。

844 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/08(水) 16:42:20 ID:i26sRK/s

【あと26試合】

・石井浩郎 1964年6月21日生 一塁手・三塁手 右投右打
経歴:秋田高→早稲田大→プリンスホテル→近鉄(90-96)→巨人(97-99)→ロッテ(00-01)→横浜(02)

成績:974試合 .289 (3091-894) 162本 536打点 483三振 433四球 7盗塁 出塁率.379 OPS.886

※プリンスホテルから近鉄に入団。1年目から5年連続で20本塁打以上をマークし、94年には打率.316 33本塁打・111打点の好成績で打点王も獲得するなどいてまえ打線の主砲として活躍。しかしその後は故障に苦しんで成績が下降。97年からは巨人・ロッテ・横浜を転々とし、02年に引退。その後は解説者や西武の2軍監督、モツ鍋店のオーナーを経て10年7月の参議院選挙に出馬して当選。現職の議員として活動している。

【あと26試合】

・辻恭彦 1942年6月18日生 捕手 右投右打
経歴:享栄商業高→西濃運輸→阪神(62-74)→大洋(75-84)

成績:974試合 .209 (1998-418) 44本 163打点 353三振 193四球 8盗塁 出塁率.285 OPS.597

※阪神ではポジション争いの中でエースの江夏豊から信頼を得て、6年目の68年から正捕手に定着。71年にはセリーグの捕手としては初となる全試合出場も達成した。しかし田淵幸一の台頭もあり、75年に同姓の辻佳紀とのトレードで大洋に移籍。長らく2番手捕手として活躍し、プロ22年目・42歳となった84年まで現役を続けた。引退後は大洋や阪神のコーチや、社会人チームや明治学院大学の指導者として活動。

845 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/08(水) 16:42:36 ID:i26sRK/s

【あと24試合】

・憲史(川口憲史) 1976年6月28日生 外野手・一塁手 右投左打
経歴:柳川高→94年ドラフト4位→近鉄(95-04)→楽天(05-10)

成績:976試合 .263 (2332-613) 69本 314打点 434三振 263四球 9盗塁 出塁率.344 OPS.762

※近鉄では5年目の99年から徐々に頭角を現し、01年にはいてまえ打線の指名打者として定着して規定打席に届かずも打率.316 21本 72打点の好成績でリーグ優勝に貢献。その後球団合併により、楽天に移籍。黎明期のチームを支え、09年には77試合の出場ながら打率3割をマークし、チームのAクラス躍進に貢献。翌10年に引退し、現在は夫婦でパン屋を経営する傍らで、解説者や西南学院大のコーチを務める。

【あと23試合】

・武上四郎 1941年4月8日生 二塁手 右投右打
経歴:宮崎大宮高→中央大→河合楽器→66年第1次ドラフト8位→サンケイ・アトムズ・ヤクルト(67-75)

成績:977試合 .266 (3352-891) 71本 301打点 359三振 272四球 57盗塁 出塁率.325 OPS.700

※河合楽器からサンケイに入団。1年目から二塁手の定位置を掴むとリーグ6位の打率.299をマークし、江夏豊を抑えて新人王を獲得。度胸満点、闘志溢れるプレーから「ケンカ四郎」の異名で人気を博し、弱小時代のチームを支えた。75年に引退後はヤクルトのコーチ・監督を務め、84年にはパドレスの客員コーチとしてワールドシリーズで日本人初のベンチ入りを果たした。95年以降は巨人のコーチも歴任。

846 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/08(水) 16:42:55 ID:i26sRK/s

【あと22試合】

・廣瀬純 1979年3月29日生 外野手 右投右打
経歴:佐伯鶴城高→法政大→00年ドラフト2位(逆指名)→広島(01-16)

成績:978試合 .273 (2178-595) 51本 253打点 387三振 191四球 19盗塁 出塁率.348 OPS.741

※法政大では3年春に六大学史上9人目の三冠王となり、逆指名で広島に入団。外野の層が厚いチームだったこともあり、長らく準レギュラーの時期が続いたが、徐々に出場機会を伸ばして10年には5番・右翼手の定位置を獲得し、GG賞を獲得。その後13年には日本記録の15打席連続出塁を達成するも、以降は出場機会が減少し、16年に引退。その後は解説者を経て18年からは広島の1軍外野守備走塁コーチを務める。

【あと21試合】

・平田勝男 1959年7月31日生 遊撃手・一塁手・三塁手 右投右打
経歴:海星高→明治大→81年ドラフト2位→阪神(82-94)

成績:979試合 .258 (2450-633) 23本 220打点 229三振 133四球 19盗塁 出塁率.302 OPS.635

※阪神では真弓明信を二塁に回す形で正遊撃手の定位置を獲得し、吉田義男を彷彿とさせる「蝶が舞い蜂が刺す」ような高い守備力を誇り、84〜87年にかけて4年連続でダイヤモンド・ゴールデングラブ賞を受賞し、85年の日本一にも貢献。その後は和田豊の台頭もありながらも、バントや守備の名手として控えながらチームに貢献。94年に引退後は阪神のコーチや2軍監督を歴任している。

847 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/08(水) 16:43:16 ID:i26sRK/s

【あと21試合】

・米田哲也 1938年3月3日生 投手 右投右打
経歴:境高→阪急(56-75)→阪神(75-76)→近鉄(77)

成績:979試合 .171 (1556-266) 33本 112打点 566三振 91四球 3盗塁 出塁率.218 OPS.489
投手:949登板 350勝285敗 2S 5130.0投球回 3388奪三振 1480与四球 4561被安打 防2.91 WHIP1.18

※境高から阪急に入団すると、高卒1年目から15年連続で200投球回、2年目から歴代最長となる19年連続での2桁勝利を記録するなど「ガソリンタンク」と呼ばれる驚異的なスタミナを武器に梶本隆夫とともに阪急のWエースとして活躍。通算949登板、350勝、5130.0投球回はいずれも歴代2位であり、数多くのパリーグ記録も持つ偉大な鉄腕投手でもある。引退後は解説者や評論家として活動しており、00年に殿堂入り。

【あと20試合】

・中尾孝義 1956年2月16日生 捕手・外野手 右投右打
経歴:滝川高→専修大→プリンスホテル→80年ドラフト1位→中日(81-88)→巨人(89-92)→西武(92-93)

成績:980試合 .263 (2653-699) 109本 335打点 463三振 207四球 45盗塁 出塁率.317 OPS.758

※中日では1年目から木俣達彦を押しやる形で正捕手に定着。翌82年にはリーグ優勝に貢献し、投手陣へのリードを評価されてセリーグ捕手初のMVPやベストナイン・GG賞を獲得。しかしその後中村武志の台頭もあり、89年からトレードで巨人に移籍。斎藤雅樹をエースとして1本立ちさせてこちらでも優勝に貢献し、カムバック賞も受賞した。93年に移籍した西武で引退し、その後は指導者として各球団で活躍した。

848 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/08(水) 16:43:37 ID:i26sRK/s

【あと19試合】

・田川豊 1918年11月30日生 外野手・投手 右投右打
経歴:旧制呉港中学→法政大→グレートリング・南海(46-47)→大陽(48-49)→近鉄(50-52)→大映(53-54)

成績:981試合 .267 (3571-954) 25本 324打点 235三振 395四球 128盗塁 出塁率.342 OPS.692
投手:2登板 1勝0敗 9.0投球回 4奪三振 8与四球 12被安打 防5.00 WHIP2.22

※呉港中学では34年に藤村富美男とバッテリーを組み、夏の甲子園を制覇。その後法政大と戦争を経て、46年にグレートリングに入団。1年目から歴代新人最高打率.341(リーグ2位)をマークすると、以降は数年おきに球団を転々としながら外野手として活躍。54年に引退後は審判に転身し、巨人のV9期間中の優勝決定試合を9回中8回審判として見届けるなど、79年まで20年以上にわたって試合に出場した。

【あと18試合】

・小関竜也 1976年7月24日生 外野手 左投左打
経歴:國學院栃木高→94年ドラフト2位→西武(95-05)→巨人(06-07)→横浜(08)

成績:982試合 .276 (2924-806) 18本 259打点 351三振 258四球 83盗塁 出塁率.344 OPS.696

※西武では98年に外野手のレギュラーに抜擢され、4年目にして新人王を獲得。以降は松井稼頭央とともに1,2番コンビを形成し、02年にはリーグ最多の43犠打をマークして優勝に貢献し、ベストナイン・GG賞を獲得。その後05年オフにMLBに挑戦すべく海を渡るも断念し、06年からは巨人、08年には横浜でプレー。09年には再びMLBに挑戦するも叶わず引退。その後は巨人のコーチを経て、今年から西武のコーチを務める。

849 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/08(水) 16:43:54 ID:i26sRK/s

【あと17試合】

・東条文博 1944年7月12日生 遊撃手・二塁手 右投右打
経歴:鹿児島実業高→南海(63-65)→サンケイ・アトムズ・ヤクルト(66-74)→ロッテ(75)

成績:983試合 .237 (2628-624) 10本 138打点 327三振 172四球 108盗塁 出塁率.289 OPS.590

※鹿児島実業高では61年夏にチームを甲子園初出場に導き、63年に南海に入団。しかし南海では出場機会に恵まれず、4年目の66年からはトレードでサンケイに移籍。準レギュラーとして1軍で頭角を現すと、69年には西園寺昭夫の故障から1番・遊撃手の定位置を獲得。翌70年には全試合に出場し、28盗塁をマークして盗塁王となった。その後永尾泰憲の台頭もあり、75年に移籍したロッテで引退している。

【あと12試合】

・大沢啓二(大沢昌芳) 1932年3月14日生 外野手 右投右打
経歴:神奈川平塚工業高→神奈川商工高→立教大→南海(56-64)→東京(65)

成績:988試合 .241 (2075-501) 17本 191打点 301三振 164四球 38盗塁 出塁率.297 OPS.603

※親分。56年に南海に入団すると、打者の打球傾向によって守備位置を変えるプレーを日本球界に知らしめるなど頭脳的な守備を武器とし、外野手のレギュラーとして活躍。65年に移籍した東京で引退すると、その後は2軍監督を経てロッテの監督に就任。その後76年からは94年までにかけて3度監督を務め、81年にはチームを優勝に導いた。その後は張本勲とともに球界のご意見番として活動した。

850 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/08(水) 16:44:15 ID:i26sRK/s

【あと9試合】

・衆樹資宏 1934年4月19日生 外野手 右投右打
経歴:湘南高→慶應義塾大→毎日・大毎(58-59)→阪急(60-66)→南海(67)

成績:991試合 .250 (3087-772) 51本 313打点 486三振 227四球 81盗塁 出塁率.302 OPS.652

※慶應義塾大から毎日に入団すると、1年目から6番・中堅手の定位置を掴んで規定打席に到達するも、翌年以降は伸び悩み、60年に阪急に移籍。すると成績が向上してチームの主軸となり、62年には南海との開幕戦でスタンカから初球先頭打者本塁打を記録。しかし晩年は故障に苦しみ、67年に1000試合まであと9試合としながらも引退。その後は球界から離れ、横浜市内で喫茶店を経営した。

【あと8試合】

・西岡良洋 1961年6月28日生 外野手 右投右打
経歴:田辺高→79年ドラフト外→西武(80-89)→巨人(90-94)→ロッテ(95)

成績:992試合 .246 (1641-403) 50本 202打点 203三振 144四球 34盗塁 出塁率.308 OPS.700

※ドラフト外で西武に入団すると、左投手に対して無類の強さを誇ったことから3年目の82年から1軍に定着。また守備でも野村克也から日本一と評価された強肩を武器に86年にはGG賞を獲得。88年にアキレス腱を断裂するも復活を果たし、90年にトレードで巨人に移籍後も左キラーとして活躍。しかし年々出場機会が減少し、95年に移籍したロッテで引退。その後は指導者を経て現在は赤坂で焼肉レストランを経営。

【あと4試合】

・平山智 1930年2月17日生 外野手 右投右打
経歴:フレズノ大→広島(55-64)

成績:996試合 .229 (3102-711) 45本 251打点 466三振 301四球 160盗塁 出塁率.301 OPS.634

※2020年現在、最も惜しかった選手。カリフォルニアに生まれ、大学卒業後マイナーリーグでプレーし、55年に来日して広島に入団。強肩と闘志溢れるプレーで「フィーバー平山」の愛称で親しまれ、抜群の身体能力から黎明期の広島を支えた。あと4試合としながらも64年に引退後は広島の駐米スカウトととなり、数ライトルやギャレット、ロペスといった名助っ人らを発掘。また上田利治監督からの個人的な依頼でマルカーノらも阪急に送り込んでいる。

851 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/08(水) 16:44:58 ID:i26sRK/s
というわけで1月末から毎日選手を紹介し続けて参りましたがいかがでしたでしょうか
1000試合出場を達成した選手、これから達成しそうな期待の現役選手、
そして惜しくも届かなかった選手たち、計約700名以上の選手らを紹介しました
本当はスレが1000まで埋まるぐらい紹介したかったのが本音ですが…ネタ不足です

今日をもって毎日の更新は一応、終了とさせていただく形になります
ここまで続けられたのも細かなネタに反応してくださったりした皆様のおかげでもあります
本当にありがとうございます

ただ時間があれば1000試合出場達成者の球団別まとめやポジション別といったデータをこれからまとめて
発表する可能性、もしくは追加で選手を紹介する可能性もあるのでスレが残り続ける間は何かしらやるかもしれません

話は変わりますが、コロナウイルスの感染流行により現在においてもプロ野球の2020年シーズンの開幕が不透明であり、さらに最悪開幕できない可能性もあるというとても嘆かわしい事態となっております
普段から記録をまとめている身からすると、今の選手たちが記録を積み重ねられない現状が続いているのを見ると本当にもどかしく、今後も後年に影響してしまうのがとても残念な気持ちです
そんな中で自分もできることから行動し、なんとか無事に事態が収束し、再びプロ野球が開幕できる日が来ることを祈り続けております

長くなりましたがここまで見ていただき、本当にありがとうございました

852 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/08(水) 16:58:48 ID:xfOok2Gc
乙ゥ^〜

853 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/08(水) 17:05:36 ID:5hF42NqY
なんてすごいんだ
乙ゥ〜

854 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/08(水) 17:10:52 ID:8jrtw9OQ
日本一やお前(称賛)
この企画が始まった頃はこんな事態になるとは想像できなかったなあ…

855 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/08(水) 18:00:29 ID:J843hPZ6
お疲れ様でした
日本一やお前!!

856 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/08(水) 18:43:07 ID:LN00tcNI
なんて神々しいんだ…(恍惚)
意外な選手が達成してたりしなかったりして面白かった

857 名前なんか必要ねぇんだよ! :2020/04/08(水) 20:54:18 ID:UfuZKF0I
野球要素不足で苦しむ人々へ差した一筋の光のようなスレでした
ありがとうございました
所々程々に挟まる小ネタがよかったです

858 てめぇさえ居なければさぁ!僕は幸せに書き込みできたんだよ! :2020/04/08(水) 21:22:04 ID:???
すごいですねこれ


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