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( ^ω^)優しい衛兵と冷たい王女のようですζ(゚ー゚*ζ 第三部

1 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:01:44 ID:U0jBOVFc0
第二部までのお話はBoon Roman様に収録されています。
http://boonmtmt.sakura.ne.jp/matome/sakuhin/tender/
(リンク先:boon Roman)

580同志名無しさん:2017/09/20(水) 16:05:08 ID:ebrNY3nQ0
そういやまとめサイト閉鎖したな

581同志名無しさん:2017/11/03(金) 07:14:27 ID:cjMoRE4gO
一話から読んだけど面白いな
続きが待ち遠しい

582 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:04:03 ID:RSX8/wbk0
それでは投下を始めます。

583 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:06:43 ID:RSX8/wbk0
祝宴の音がする。
料理の薫り、酒の煌めき、そして楽しげに叫び、歌う声。
普段は厳めしい大人たちも、頬を綻ばせて歓喜する。

華やかな宴の席は賑やかであればあるほどよい。

('A`)「……」

賑わいの片隅で、ドクオは黙々と酒を嗜んでいた。
酒は飲める。しかし騒ぐのは性にあわない。
ならばなぜ宴の席にと不思議に思われるだろうが
国王直々の招待であるがゆえに、断るわけにいかなかっただけである。

584 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:07:36 ID:RSX8/wbk0
騒ぐ連中をよそに、芳醇な香りを堪能していた。

この国の名は、ラスティア。
ドクオは当時、城下町を守護する衛兵のひとりだった。

丸まり気味だった背中を、何者かが突然叩く。
口つけていたグラスの縁で、黄金の酒が少し零れた。

「よう、元気してるかよ」

浮ついた声、力の抑えきれていない手。
振り返れば予想どおりの赤ら顔。
酒の匂いにドクオは顔を顰めた。

585 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:08:01 ID:RSX8/wbk0
「露骨な顔するんじゃねえよ」

酒臭さを隠しもせず、男はドクオの横に座った。
椅子が軋み、テーブルも若干ずれる。

ドクオは大きく溜息をついた。

男のことは知っている。
衛兵見習いだった頃からの同期生だ。
今は酔っ払っているが、実力のあることはドクオも認めている。

586 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:08:41 ID:RSX8/wbk0
男は骨付き肉を持ちながら、片手のグラスに酒を注ぐ。
並々と注がれた黄金を急いで口に運び、男はにやりと歯を見せた。



( ・∀・)「昇格やったな、ドクオ。同い年は俺たちだけだぜ」



一息に半分ほどとなった酒瓶を軽くドクオへ傾ける。

('A`)「ん」

ドクオのグラスが再び黄金に満たされた。

587 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:09:02 ID:RSX8/wbk0
酔っ払いの相手は御免だったが、同期のよしみも確かにある。
グラスどうしを当てながら、聞き役に徹することに決めた。

故郷に帰るべく、強くなる。

モララーはそう、自分の夢を語った。

故郷を魔人に襲われたこと。
反抗しようとしたが、世間は魔人を受け容れようとしていたこと。
誰も、魔人と戦おうとしなかったこと。

( ・∀・)「俺はそんな世界嫌だった。
      自分の身を守りたいときに、魔人なんか頼ってられない。
      いざというときは自分で自分を、そして大切なものを守らなきゃならない」

588 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:09:23 ID:RSX8/wbk0
( ・∀・)「だから力をつけるためにここにきた。
 人間が学べる最強の技術がここにあったからさ。
 ここで修行をつんで、故郷に帰って、まだ何とか生きてくれている母を安心させたいんだ」

モララーは手を握りしめていた。
心の底からそう思っているからこそ、話すには力が要る。
モララーは話し終えて、ふっと息を吐いてテーブルの上のお酒に手を出した。

その姿は面白かった。

少し変わっているなともドクオは思った。

589 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:10:08 ID:RSX8/wbk0
('A`)「なるほどね……」

思わず口にした言葉に、モララーは予想以上に食いついてきた。

( ・∀・)「お、なんだお前しゃべれるじゃん」

いったい俺を何だと思っていたんだ。
反駁する前に、酒が再び注がれる。

呆れながら、思う。

こんな風に人と気軽に話すのはいつ以来だろう。

590 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:10:42 ID:RSX8/wbk0
ドクオにもかつて故郷があった。
故あって、長いこと戻っていない。

ドクオも魔人を憎んでいた。
かつて、最も大切な人を魔人に拐かされたからだ。

魔人に敵対する思想をあからさまにはできなかった。
それは国の方針に反することだ。

だが、モララーの陽気さにつられ、この酒宴の席で、ドクオは初めて自らの身の上を語った。
すぐに冗談だと笑い飛ばすつもりでいたが、モララーは目を輝かせてしまった。

591 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:11:13 ID:RSX8/wbk0
(*・∀・)「おお、俺と同じだな!」

こうなってしまっては止まらない。

俺は、魔人を倒して人類の世を取り戻したい。
と、彼は言った。

あまりにもまっすぐな目をした青年がそこにいた。

('A`)「……モララーか」

592 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:11:42 ID:RSX8/wbk0
306年1月5日。


ラスティアという国が消滅するのは、
ここからわずか2年後のこと。

その陥落のときに、すでにモララーの命はなかった。



     ☆     ☆     ☆

593 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:12:19 ID:RSX8/wbk0
     ☆     ☆     ☆





第二十三話

優秀なる雇われ部隊(雪邂永訣編①)





     ☆     ☆     ☆

594 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:12:44 ID:RSX8/wbk0
310年1月。

メティス国首都メガクリテにて起きた、“サイレン”による魔人の暴走。
一時は首都陥落かと思われた一大事は、テーベ国軍の支援により収束に向かった。

介入したテーベ国軍兵士の数は一万人を超えていた。
そのうちの半分を支えたのは、かねてよりテーベ国に招集されていた傭兵だった。

テーベ国王、通称女帝ハインは
傭兵の働きなくして此度の勝利は得られなかったと高く評価し、
国軍整備の一環として、傭兵に特別な配慮をした。

傭兵経験のあるものは、無条件で国軍加入を受け容れる、という政策だ。

595 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:13:22 ID:RSX8/wbk0
国軍からの反発もないではなかった。
雇われ部隊である傭兵と、国直属の兵士では、所属に対する考え方が違う。
国を護るためという意識を欠いたものたちが入り込むことを、国軍側は懼れたのである。

だが、ハインは傭兵に厚い信頼を置いた。

理由は簡素にして明確。

从 ゚∀从「力のあるものこそが、軍旗を携えるに相応しい」

かくして、傭兵は次々と国軍入りを所望し、願いを果たした。

596 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:13:42 ID:RSX8/wbk0
雇われ者の中には素性の不確かなものもいたが、
ハインはあますところなく職務に就かせた。

国境警備、内乱防止、
そして北方に領土を占めるマルティアの監視。

今のところ、大きな波乱は起きていない。
小規模な小競り合いならばないでもないが、
すべて大事になる前に鎮圧されている。

597 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:14:07 ID:RSX8/wbk0
メティス内乱にテーベが介入したことをマルティア国王スカルチノフは訝しんでいた。

ハインはこれについての意見を携え、マルティアに大使を飛ばした。

魔人の暴走は、陸続きのテーベにも波及しうる可能性があったこと。
もとよりメガクリテ市政により招待された部隊だったこと。

マルティアからの返事がないまま、時は流れる。

310年2月。

月初めに大雪が起り、テーベの首都は白い雪に包まれた。
テーベ国内に広がる鉄工場の熱気も
今は若干温度を下げ、街全体が静まりかえっていた。

598 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:14:42 ID:RSX8/wbk0
傭兵も国軍も、人であることに変わりはない。

寒さにかじかんだ手を掠り合わせ、時に吐息を当てながら
国境付近の監視基地にて、ひたすら望遠レンズで見張り続ける。

国同士の状況は、立場のはっきりしない不安定な情勢でありながら
一介の市民の目からすれば生活は平々凡々、
変わり映えのしない毎日を送っていた。



('A`)「というわけで、昼間から酒が飲めるんだな」

ノパ⊿゚)「出さんよ」

599 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:15:11 ID:RSX8/wbk0
テーベ首都にある小さな食事処、「三匹のカエル」。

経営するヒートは、ドクオとラスティアの頃からの知己であり、
店は仕事から帰ってくるドクオの、拠り所でもあった。
といっても、最近では日の明るいうちから入り浸ることも少なくなかった。

('A`)「夜飲むのも今飲むのも変わらないだろ」

ノパ⊿゚)「たとえ今がいつだろうと、暇人相手に出す酒は無いね」

('A`)「……つれないな」

席について早々に出されたお冷やもすでに飲み干した。
店の準備にあくせくしているヒートには、水を注ぐ気もないみたいだ。

600 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:15:55 ID:RSX8/wbk0
傾き掛けた日の光がグラスを透かしてテーブルに広がる。

冬の陽はすぐ沈む。小一時間もすれば、
仕事を終えた労働者たちが街に降りてくる。

三匹のカエルは、テーベの城下町で営業を続けて二年目になる。
たまたま手に入れた空き家でヒートが生きるために始めた店だったが
この頃は常連客も確保して、安定した生活の資源になりつつあった。

('A`)「お前、経営に向いてたんだな」

ぼんやり考えていたことをドクオはそのまま口に出してみた。
何のことだ、と聞き返さない程度には、ヒートも同じことを感じていたのかもしれない。

601 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:16:23 ID:RSX8/wbk0
ノパ⊿゚)「知らないけど、何かしてないと生きていけないもの。
     かといって労働者にはなりたくないし、のらりくらり、好き勝手できる今の方が楽だよ」

('A`)「ラスティアのときはただの盗人だったのにな」

ノハ-⊿-)「うーん、気づいたらやらなくなっちゃったな。そういうの」

カウンターを拭く雑巾を止めて、ヒートはしばらく目を閉じた。

ノハ-⊿-)「身分があるからかな。今は、人に迷惑かけたらお店の信用に関わるし、そうなったら生きていけないもの。
      いつの間にかモラトリアムを卒業しちゃってたんだろうな。何者でもなかったら、もうちょっと暴れられるのに」

602 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:16:48 ID:RSX8/wbk0
ノパ⊿゚)「……なんてね」

鼻を鳴らして微笑むと、ヒートの雑巾が再び拭き掃除を始めた。

ノパ⊿゚)「別に不服があるわけじゃないよ。今の私はひとりの店長。それ以上でも以下でもない。
     だからあんたも早く、身分を手に入れなよ。今は落ちついた時期なんだからさ」

('A`)「……俺に戻るなよ」

愚痴をついた手の元で、グラスに水が注がれた。
もう少しここにいてもいいのだと、わかるのは嬉しくもあり、恥ずかしくもあった。

ドクオは傭兵である。
国軍の兵士になることもできたが、今の今まで拒否している。

603 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:17:27 ID:RSX8/wbk0
テーベ国軍は、有事のときには傭兵を募る。
最近のもっとも大きな事件はメティスの首都、メガクリテの鎮圧だった。

かりだされた傭兵たちの中で、ドクオはいくつかの軍功も得た。
付随して報酬も多額。たとえしばらく戦いがなくても、
無理をしなければひっそり生きていけることができるほどだった。

戦いがなければ、傭兵は必要でなくなる。
国軍でもないドクオには、国事への参加もない。

ゆえに昼間から酒が飲める。
工場労働者になるつもりは、ドクオにはまったく思い浮かばなかった。

604 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:17:50 ID:RSX8/wbk0
自分にできることは何か。
この頃時間のあるときに、ドクオはよく考える。
逆に言えば、暇なときでないと、こんな悩みは抱かない。

結論はひとつ、戦うことだ。
ずっとそれが、自分のやるべきことだと思ってきた。

魔人を憎み、彼らを倒すことのみを考えて、研鑽を積んだ。
ラスティアで魔人の受け入れが進んでからも、
油断せずに監視を続け、レジスタンスを組織した。

魔人に取り込まれていた城に潜入したとき、心躍っていたのも確かな事実だ。

605 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:18:16 ID:RSX8/wbk0
ラスティアが陥落してからは、
ことの成り行きでテーベに辿り着き、魔人の討伐に荷担した。

テーベ主体の、自国の魔人の徹底排除。
強行すぎると、後に国内からも非難された行為だが、ドクオ個人は進んで取り組んでいた。

なぜなら魔人を憎んでいたから。
戦うことこそ自分の正義だと信じていた。



そして、行き着いた森の中で、あの人と対峙をした――

606 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:18:36 ID:RSX8/wbk0
「隙あり!」

劈くような声を聞き、ドクオは咄嗟に身を翻した。
陽光を受けた木刀がオレンジ色に光る。

一閃、その間にドクオは身を屈めた。

揺らいだ相手が腰を浮かせたところへ、蹴りを入れる。
そのまま椅子を持ち上げて、相手の顔目がけて振り下ろした。

悲鳴。
激突する寸でのところで制止させる。

607 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:19:03 ID:RSX8/wbk0
('A`)「……惜しいな」

両手で構えた椅子の先、涙目の相手を見ながら、ドクオはにやりと歯を見せた。

対して、相手は頭を抱える。

(,,;^Д^)「くあー、ドクオさん相変わらず反応早すぎるっすよ。マジで隙がねえっす」

大袈裟すぎるほどに口を広げ、大声で呻き続けて止まらない。
掻きむしった髪はぼさぼさになっていくが、男は一向に気にしていなかった。

608 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:19:39 ID:RSX8/wbk0
( ,,;^Д^)「いったいどうして俺の奇襲がわかったんすか。店入るときも忍び足だったのに」

('A`)「そりゃお前、叫ぶからだろうよ」

( ,,;^Д^)「……あっ」

くあー、と男の声が木霊する。
三匹のカエルの店内が震え、厨房からヒートが顔を出した。

ノハ;゚⊿゚)「げっ、暇人が二人になってる」

609 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:20:23 ID:RSX8/wbk0
( ,,^Д^)「ちーっす、ヒート姐さん。とりあえず生ひとつ」

ノハ#゚⊿゚)「出さねえっつってんだろ」

('A`)「タカラは未成年だしな」

タカラ、とドクオに呼ばれた青年は、頭をかきつつドクオの相向かいに座った。

( ,,^Д^)「バレなきゃいいんですよ、バレなきゃ」

('A`)「こんなくだらんことで悪目立ちするのはやめろ。ただでさえテーベの規律は厳しいんだから」

( ,,^Д^)「かあー、せちがれえ。やっぱりおれはテーベ国民には近寄りたくないですわ。国軍もしかり」

610 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:21:03 ID:RSX8/wbk0
渋面でヒートが運んできたお冷やをタカラは一息に飲み干した。

タカラはドクオと同じく、マルティアからの避難民でありながら、傭兵で居続けている。
国軍への誘いもあったらしいが、気が向かないといって突っぱね続けている。

初めて出会ったのは一年前。
マルティアとの小競り合いの最中、
初めて戦闘に配備されたタカラにドクオが指示を出した。

戦闘は無難に終わり、帰路へつくと、タカラが目を輝かせてドクオについてきた。

戦い方について教えて欲しい。

十代半ばの青年の視線に、ドクオは隠しもせず顔を顰めたが、
青年は何も感じとらずにドクオの背中を追った。

611 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:21:44 ID:RSX8/wbk0
以来、ドクオとタカラの付き合いは続いている。

避けようとしても決して逃げず、いつの頃からかドクオも諦めがついていた。
時には武術を教え、規律を守らせ、社会での振る舞い方をも教えている。

まるで教育係だと揶揄されると、ドクオは決まって嫌な顔をした。
好きでしているわけじゃない、というのがドクオの気持ちだった。

その言い訳を、タカラは一切意に返さない。
鈍いだけかもしれないが、その強引さが、ドクオはいまいち拒否できずにいた。



( ,,^Д^)「ドクオさん、次の隊内訓練出ます?
     傭兵もどしどしきてくだせえって感じありましたけど」

612 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:22:26 ID:RSX8/wbk0
('A`)「俺はいいよ。行ったところで囲われて国軍に誘われるのがオチだ」

( ,,^Д^)「そうっすよね、国軍なんて絶対嫌ですよね! あんな顰め面の連中の仲間なんて」

('A`)「や、別にそれが嫌ってわけじゃないけどな」

肩の力が抜ける。
タカラのペースに飲まれる。いつものことだった。

戦いの最中ならば、もう少し緊張感はあるだろう。
タカラだって、真面目な顔をするときもある。でなければ傭兵などなれはしない。

だが今は確かに暇な時期だ。

613 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:23:09 ID:RSX8/wbk0
店内のストーブが灯されると、
じんわりとした温かさが身体を包み始めていた。

もうじき夜が来る。

仕事を終えた人々が押し寄せてくる夜。
賑わいは苦手だが、満足げな人々の顔を見るのは嫌いじゃない。

今日も一日が終わっていく。

弛緩。

言葉が思い浮かんだ、その途端。

614 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:23:48 ID:RSX8/wbk0
「なら、何が嫌なんだ」

声の主は、タカラではない。

(;'A`)「あ」

細い金物。有り体に言えば刃。
その感触が喉に当てられる。

冬の弱々しい温もりが、一瞬にして飛び去った。
殺気がする。

ほんの数センチ後ろから、再び冷たい声がした。

615 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:24:30 ID:RSX8/wbk0
( `ハ´)「答えられないか」

切れ長の目、黒々とした瞳。
振り向かずともイメージが湧く。
無感情のまま、刃先を引くことも可能な目。

(;'A`)「シナー……大尉」

( `ハ´)「うむ、こんにちは」

刃が離れる。
急ぎ呼吸を試みて、咳き込んで少し悶えた。

616 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:24:57 ID:RSX8/wbk0
( ,,^Д^)「シナーさん、何でこっちこないのかなと思ったら隙をうかがってたんすね」

(;'A`)「……一緒に来たのかよ」

( `ハ´)「気配を消し、つねにお前の死角にいた。見えないものはいないとする。人とは単純な生き物よ」

シナーの瞳に向けられ、ドクオは慌てて頷き返した。

国軍大尉、シナー。
中隊を率いるこの男は、傭兵隊を率いる任につくことが多かった。
故にドクオとも顔見知りだ。

617 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:25:26 ID:RSX8/wbk0
('A`)「なんで大尉がこんな一般庶民の店に来てるんですか」

( `ハ´)「散歩」

('A`)「気配消して死角に入ることを散歩とはいいません」

( `ハ´)「それもそうだな」

短いナイフをテーブルに置くと、シナーは真っ正面からドクオと向き合った。

618 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:26:27 ID:RSX8/wbk0
( `ハ´)「しかし公職というわけでもない。
     最近は戦いもないからな。有望な傭兵の様子を見に来た。それだけだ」

('A`)「……」

( ,,^Д^)「ちなみに道案内は俺がしやした」

('A`)「お前の行動に意味があったとはな、さすがに盲点だったよ」

( ,,^Д^)ゞ「あ、そうでうすか? えへへ、嬉しいな」

ノパ⊿゚)「皮肉だろそれ。大尉さんお水どうぞ」

( `ハ´)「こりゃどうも」

619 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:27:01 ID:RSX8/wbk0
テーブルにある三つのグラスに水が注がれ、改めてドクオはシナーと向き合った。
この国の一般人とは趣の違う、細長く色白の顔立ち。
ただの水をやたら丁寧に口に運ぶと、シナーの方からドクオに声を掛けた。

( `ハ´)「国軍に入ったらどこまでいけると思っている」

('A`)「入る気はないです」

( `ハ´)「それはいいんだ。仮に入ったとしたら、だよ」

低い声に促される。
ドクオはテーブルの木目に視線を下ろした。

620 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:27:34 ID:RSX8/wbk0
考えてもいない。
そう答えられたらどれだけ楽だろう。

黙考のち、ドクオは口を開いた。

('A`)「小隊長にはなれるでしょうね」

微動しないシナーの横で、タカラが目を見開いた。

( ,,^Д^)「少尉、中尉クラスっすね。そこまで見込めるなんて、さすが」

621 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:28:05 ID:RSX8/wbk0
( `ハ´)「謙遜はよせ」

軽妙だったタカラの口調が、シナーの鋭い言葉に消される。

( `ハ´)「中隊、大隊も率いる素質は十分あろうに」

タカラの息をのむことが聞えた。

ドクオ自身、驚きは隠せなかった。

('A`)「……今し方殺され掛けたところですよ」

( `ハ´)「あんなの、戦場じゃないからだろう。
     翻ってみれば、油断さえしなければお前は強い。それはワシも認めている」

622 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:28:32 ID:RSX8/wbk0
機会はいくつもあった。
マルティアとの防衛戦。メティス内乱の鎮圧。そして隊内での戦闘訓練。
シナーが目を掛けてくれていることは、ドクオも感じとっていた。
最も粘り強い勧誘といってもいいかもしれない。

実力は認めている。
だからこそ国軍を奨めてくる。

シナーの言い分をドクオはわかっていた。
それでいて、未だ肯んじ得ない。

('A`)「強さは置いておくとして、意志はないんですよ。
    俺は別に、テーベの人じゃないんで」

623 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:29:10 ID:RSX8/wbk0
ラスティアの衛兵。
その身分であることを、度々ドクオは口にする。
体の良い断り文句だ。

( `ハ´)「ワシもテーベの人ではないがな」

シナーは一旦言葉を切って、両目でしかとドクオを見据えた。

( `ハ´)「ワシの故郷は、東の外れ。カルメ砂漠のその先だ。
     かつてそこには国があった。戦いの止まぬ不毛の地。
     いつしかそれらは、森に飲まれて消えていった」

シナーは一瞬上を見た。
そこにかつての故郷が浮かんでいるのかもしれない。

624 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:29:51 ID:RSX8/wbk0
視線は再び、ドクオへ戻った。

( `ハ´)「ワシ自身、わからないから聞くのだが、国への忠誠はそんなに大事なことなのか。
     ワシの経験上、国のために戦う男はみな、建前だ。
     本当は戦いたくない、それを隠すために、国を理由としてあげる。
     国など所詮、人の作るもの。多くの人にとってみれば、今このときを生きることの方が大事なのだ」

( `ハ´)「で、お前は本当に国が大事なのか。
     かつて失われた国に身分があったとして、その身分を後生大事に掲げるのか。
     そこにどんな意味があるというのだね?」

答えには窮した。
そもそも考えつかなかった。

建前は完全に見抜かれている。
ならばもはや意味を成していない。

625 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:30:17 ID:RSX8/wbk0
シナーはじっとドクオを見据え、両手を組んで答えを待った。
だが、ドクオが何も言わないのを悟ると、一人俯いた。

( `ハ´)「……テーベの北端に、ヘゲモネという街がある」

話の筋が唐突に変わる。
シナーはドクオの顔を見ず、淡白な顔をしていた。

( `ハ´)「貿易街として栄えた街だ。工芸品の作成、輸出の他
     魔人の売買など、裏方で怪しい商売を続け、潤っていたテーベの暗部だ。
     もっとも今となっては、魔人廃止の国策を受けて、寂れるいっぽうだがね」

626 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:30:57 ID:RSX8/wbk0
( `ハ´)「その街の北側、国境付近のコレー山渓の隘路で、マルティアの軍事部隊が先日確認された。
     監視員は国境侵犯の疑いで軍に報告をしてくれた。しかし、越境というにはグレー。
     奴らはマルティア国からテーベの端を通り、旧ラスティア領へと向かっていった」

( `ハ´)「軍上層部はマルティアに注意勧告を出す。早ければ一週間後には決定は下されるだろう。
     マルティアが素直に従えば、軍事部隊は自国内での移動に切り替えるだろう」

( `ハ´)「そもそもどうしてコレー山渓を歩いていたのか。
     目的のラスティア領までの近道、というには、道が険しすぎる。
     なぜ通りにくい道をわざわざ選んでいたのか。
     ワシには、人目を避けていたように思えるんだ」

無表情だったシナーの口元に、不意に薄い笑みが浮かんだ。

627 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:31:27 ID:RSX8/wbk0
( `ハ´)「個人的関心に国軍は使えない。いいたいことはわかるな」

双眸がドクオをつかまえる。
力を込めているわけでもないのに、刺されているような感触がドクオにはあった。

('A`)「……旧ラスティア領に入ったら追いかけられません。テーベ国内、ヘゲモネ領地内だけになります」

( `ハ´)「致し方ないさ。成果がなくても構わない。
     こそこそ隠し事をしている奴らのことを調べたい、悪趣味な児戯のようなものだからね」

シナーの唇がつり上がる。
笑っているというのに、冷たい感触はドクオから離れなかった。

628 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:31:54 ID:RSX8/wbk0
( `ハ´)「もちろん、報酬を出す。
     軍報酬の三倍。成果がなくても半分は出す。
     どうだね? 最近はさもしい状況だろう?」

戦闘がなければ、傭兵の懐は満たされない。
シナーもそれは十分心得ているのだろう。

('A`)「……」

もしかしたら、自分は試されているのかもしれない。
そんな考えがドクオの脳裏に浮かんだ。

629 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:32:48 ID:RSX8/wbk0
作戦に成功すれば、実力の証明になる。
シナーはそれをダシに自分を勧誘するだろう。

たとえ何の成果がなくても、自分には報酬が与えられる。
生活の糧になり、シナーからはますます離れられなくなる。

もしもこの申し出そのものを断った場合、俺は傭兵でさえなくなるのかもしれない。

ドクオのうちに、答えは出ている。
自分にできることは、戦うことだけだ。

('A`)「何人集めます?」

630 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:33:16 ID:RSX8/wbk0
( `ハ´)「君と、タカラ。その他ワシの部下のうち、信頼できるものを寄越そう」

( ,,^Д^)「あ、呼びました?」

いつの間に注文したのか、タカラはプリンを頬張っていた。
スプーンの上にのったそれが、急な振り返りに揺れている。

('A`)「秘密裏の仕事だ。あとで話すよ」

( ,,^Д^)「マジっすか! ナイショにしないと怒られる奴ですね! 気をつけないと」

声は大きいし、ミスも多い。
しかしタカラには実力があり、ドクオに対しては従順な態度でいる。

連携するには、今のところ最も適した相手だろう。

631 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:33:43 ID:RSX8/wbk0
( `ハ´)「明日から、どうだね」

注意勧告まで一週間。それまでに何かしら掴めれば御の字。

('A`)「いけます」

ドクオの歯切れのいい答えに向けて、シナーは満面の笑顔を見せた。

( `ハ´)「期待しているよ。雇われ部隊のエースの君に」

戦いに毎回参加していれば、国軍にも噂がたつというものだ。
軍隊には属していない。
そうだというのに、いつしかドクオはエースと呼ばれていた。

632 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:34:12 ID:RSX8/wbk0
ドクオには強さがある。
隠そうと思っても隠せない、経験値の反映だ。

職務を果たせば、自分に自然注目が集まってしまう。

('A`)「了解です」

シナーは席を立ち、店をあとにした。

ノパ⊿゚)「うわ、あの人何も頼んでない」

憤慨するヒートの声がする。

633 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:34:51 ID:RSX8/wbk0
ドクオはしばらく口元をおさえて考え込んでいた。

日は既に暮れている。
街路のいたるところで電灯がついた。

賑わいの声がする。
街はもうじき、一日の疲れを癒す声に満ちるだろう。

('A`)「ヒート、話がある」

客が来るまであと少し。

ノパ⊿゚)「……どうせろくなことじゃないんでしょ」

厨房から姿を現したヒートは、話が聞えたわけではないだろうに
どことなく、据わった瞳をドクオに向けていた。



     ☆     ☆     ☆

634 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:35:11 ID:RSX8/wbk0
二年前の冬、テーベは自国内魔人の国外追放を推進させた。

その嚆矢となったのが、国南部を東西に延びるアイトネ山脈への進軍だ。
当時山中に集落を形成していた魔人たちを、
テーベの軍隊が追放のために攻め入った事件である。

ラスティアという故郷が失われ、仕事を探していたドクオは、
テーベの傭兵となり、この追放作戦に傭兵として参加していた。

生活の糧のため。
そしてそれ以上に、魔人を討伐する意義を自分なりに見出していたためだ。

635 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:35:34 ID:RSX8/wbk0
魔人は人の、超えなければならない壁である。
かつて、戦友だったモララーと酌み交わした近いが、ドクオの胸の中で未だ生きていた。

アイトネ山脈での魔人討伐は、当初、容易になされると見込まれていた。

比較的軽い武装ではあったものの、人員は過剰気味。
安定して進軍すれば、被害をおさえて魔人を追放できるはずだった。

しかし、魔人は抵抗した。
自ら棲まう森に火を放ち、テーベ軍を逆に猛火の中に閉じ込めようとしたのだ。

636 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:35:54 ID:RSX8/wbk0
散会した軍は散り散りになりながら、
ゲリラとなった魔人と戦闘を繰り返した。

ドクオもまた、火の手の合間をかいくぐり、
やがて開けた場所に辿り着いた。

相見えた人物は、そのとき仮面を被っていた。

だから彼は気づくよしもなかった。

その仮面の下に、彼がかつて追い求めていた、幼い頃の友人だったのだ。

637 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:36:35 ID:RSX8/wbk0
名前をクー。

ドクオを魔人との戦いに駆り立てる原因となった彼女は、
ドクオのあずかりしらぬところで、魔人に味方をする立場になっていた。

戦うための剣を交わし合った彼女は、ドクオの手により深手を負った。

偶然にも彼らのそばに現われた、かつての仲間に対しドクオは縋った。

彼女を助けてやってほしい。

魔人を憎む感情を一時忘れ、
敵であるはずのクーを、ドクオはついに殺せなかった。

638 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:36:56 ID:RSX8/wbk0
以来、クーとは会っていない。
どこへ行ったのかもわかっていない。

アイトネ山脈での作戦が落ちついてからも、しばらくドクオは放心していた。

クーはドクオにとって、戦う理由でもあった。
彼女が不在であるからこそ、魔人を憎む意識を保つことができた。

その意識が、自らの思い過ごしであるとわかったとき
彼の中で目的は潰えた。

639 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:37:30 ID:RSX8/wbk0
クーの存在そのものを無視することもできた。

たとえ旧友であろうとも、自分の決意を鈍らせる存在ならば、無視していないものとする。
そうすれば、また戦いに参加することができる。

だが、ドクオは、クーのことが忘れられなかった。

望み薄だとわかっていながら、テーベの新聞に毎日目を通し、
尋ね人としてクーが出ていないか確認することもあった。

クーは一度も、その名をドクオの前に見せなかった。

640 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:38:10 ID:RSX8/wbk0
もはや戦う意味はない。

いつしか胸のうちでその思いをドクオは抱くようになった。

しかし、彼は今も戦いを続けている。

戦うことに、身体が慣れすぎてしまっているのだ。

たとえば、目の前に剣を構えた男がいて、自分に迫ってきたとする。
ドクオはその振り下ろされる剣に対し、自らの剣を当て、
自然な所作で受け流し、反撃することができた。

641 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:38:40 ID:RSX8/wbk0
意志とは関係がない。
彼の身体は、向けられた闘気を感ずることができる。
そうなったら最後、自らの手が勝手に動く。

自分の中には内なる獣がいる。
ドクオは常々、その思いを抱くことがあった。

魔人を討伐する意欲に燃えていたとき
内なる獣は魔人を見かける度に惹起し、
ふつふつと沸き立ち、戦いへと駆り立てる存在だった。

642 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:39:09 ID:RSX8/wbk0
その意欲がなくなった今も、獣はいる。
何も無くても、むしろ避けても、身体が自然と動いてしまう。

傭兵の身分でありながら、テーベの軍隊に参加し、軍功を重ね、
国軍への入隊を示唆されもする。
実際、ドクオは軍議のたびに話題に上る有望株であるらしかった。

積極的に戦う意志はない。
生活のための資金が得られれば、それで十分である。

そのような言い訳が、はたして幾日通じるのか、ドクオにはわからない。
すでに通じていると考えることすらおこがましいのかもしれない。

643 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:39:52 ID:RSX8/wbk0
('A`)「モララー」

人に言えない悩みが胸のうちに募ったとき、
ドクオはたびたびその名前を口にした。

かつて失った友の名前。

相談など数えるほどしかしたことないのに、
なぜか弱るとその名を口にしたくなる。

夜更け、月光が窓から部屋の中程まで差し込むのを見つめながら
ほこりっぽいベッドの匂いを感じつつ、問いが醸成されていく。

644 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:40:35 ID:RSX8/wbk0
('A`)「俺はいったいどうすればいい」

魔人と敵対することを是としていた彼は
今の俺に何と言ってくれるだろう。

戦えというだろうか。
身をひけというだろうか。

どちらもありうる。
両方とも言いそうで、でも決して曖昧な態度はとらないだろう。

645 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:41:17 ID:RSX8/wbk0
ドクオの問いに、今は答えはどこにも存在しない。
ゆえに、満たされることもない。

唯一わかることといえば
悩み悔やむ俺のことをモララーはきっと、鼻で笑うだろうということくらいだ。



     ☆     ☆     ☆

646 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:41:51 ID:RSX8/wbk0
コレー山渓は二つの大きな連峰から成り立っている。
ひとつはテーベより北方マルティアへ、エウロパの森の東側をなぞりながら伸びていく山脈。
もうひとつは逆側へ弧を描き、旧ラスティア領へと続く山脈。

いずれの連峰にしても、切り立った岩肌が目立つ。
天を突き刺すような頂付近では、夏を除いて常に雪化粧が施されている。

逆巻く風の立てる音ばかりが隘路に響き渡る。

隘路にも街はある。小さく、人口も疎らな街だ。
コレー山渓から吹き下ろされる風が、
秋から冬のこの時期では痛いほどの冷たさを帯びる。
ひっそりとした街中を枯れ葉が吹き荒ぶ様は見る者の寂しさを掻き立てた。

647 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:42:16 ID:RSX8/wbk0
コレー山渓は、交通の要所として重視されていた時期もあった。
しかし、魔人の扱いについてテーベとマルティアの関係が
悪化すると、交通が減り、人も離れていった。

山渓では国境を監視する兵士が出入りする。
大規模な戦闘や、マルティアとの衝突は今のところ起きていない。

手の空いていることが多いからか、監視係は嫌な顔をせず
口外できない理由でやってきたドクオを面白がりつつ、宿舎に受け容れてくれた。

吹き荒ぶ強風や強い寒気にもすぐに慣れた。
変化の少ない街の岩山の合間から、ひたすらマルティアの国境を見続けた。

648 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:42:50 ID:RSX8/wbk0
双眼鏡を東にずらせば、旧ラスティア領の北端が見える。
土地だけを見れば、そこがかつて他国であったことも、
今はマルティアに属していることも、わかりはしない。

マルティアの北。
そこにあるスィオネという街に、ドクオは聞き覚えがあった。

彼の友、モララーは、その街の孤児院で育っていた。

モララー自身、スィオネの街を訪れたことはない。
他国とあっては、行き来も困難だ。

649 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:43:18 ID:RSX8/wbk0
岩山の向こう側にある、モララーの故郷。
モララーの育った環境について、興味は湧いた。

身寄りはすでに亡くなったと聞いてはいたが
漠然とした興味は、漠然としているがために簡単には消え去らない。

監視の合間、たびたび旧ラスティア領へ
視線を向けてしまうことに気づき、ひとり静かに恥じた。

同行したタカラは、たわいない雑談をひっきりなしに続けていた。

五月蠅くはあったが、街の静けさも尋常ではない。
その音さえなかったら、さぞ寂しさが募ったことだろう。

650 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:43:53 ID:RSX8/wbk0
タカラはラスティア出身でありながら、
感傷的な表情は一切見せなかった。
過去は顧みない質なのかもしれない。

そのタカラも、変わり映えのしない監視に飽き始めた、五日目の午後。



('A`)「いた」


小さな影が双眼鏡の端に映ったのにドクオは気づいた。

山の合間を隠れつつ進む。
夕陽の陰が濃くなるにつれ、視線を気にせず、移動しやすくなった。

651 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:44:15 ID:RSX8/wbk0
空は晴れている。

月夜になってもある程度は尾行が続けられると見越し
ドクオはタカラを自らのそばにつけた。

シナーが寄越した仲間を街に残して置いた。
もしもドクオからの連絡が七日目の朝までになかった場合
テーベ城下町にいるシナーに即時連絡が入る手筈となっている。

ドクオに何事かがおきた場合、
シナーは堂々とマルティア国内を捜索するというわけだ。

ぬかりのない男に操られていることは重々承知。
それでもドクオは、山を進む。

652 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:45:06 ID:RSX8/wbk0
目標もまた進んでいる。
影は複数人分。隘路に慣れているらしく、速度は出ている。
だがおいつけない速度ではなかった。

人数は六人ほど。
フードを深く被っているが、脚絆代わりの装甲から兵士であることは察せられた。

馬型の魔人を二頭連れ、その後ろには馬車が繋がれている。
幌の中には、金属質の箱のようなものが見えた。

何かを運んでいる。
視認できる距離になると、俄然興味が湧いた。

653 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:45:39 ID:RSX8/wbk0
相手はもうじきマルティアの領土を南下する。
テーベの領土に入ったときに監視役として駆け寄り、詰め所へと連行する。
国際法上は何の問題もない。連れているものへの監査も可能である。

マルティアの武器か、機密情報。
あたりをつけつつ、後を追う。

(;,,^Д^)「うう、なんか寒くなってきましたね」

道中、タカラが呻いた。

寒さが強まっている。
空はまだ明るい。しかし、光り始めた明星がどことなく翳って見える。

654 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:46:10 ID:RSX8/wbk0
('A`)「……これは」

気温が急に冷えたからだろうか。
あたりにうっすら白い靄が見えつつあった。

ドクオの胸中で警鐘が鳴る。
見通しの悪い場所での尾行は危険だ。
慣れない道ならば尚更。

今は特殊な任務についているため、
遭難した場合、救助はシナー頼りとなる。

655 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:46:40 ID:RSX8/wbk0
シナーを信頼していないわけではない。
問題はコレー山渓での冬がどれほど厳しいかだ。

この五日間、天気は安定していた。
しかし急な雪が降り積もらないとも限らない。
サバイバルの知識はあるが、大した武装もないなか、無理は禁物だろう。

対抗するは好奇心。そしてタイムリミット。
七日目の朝は、あと三十五時間後。
このときまでに成果がなければ、何も発見できない。
逆に無理をすれば、自分達はだめでも、シナーが調査を継続させられる。

656 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:47:05 ID:RSX8/wbk0
どちらを選ぶべきか。
それはすなわち、自分が何をするべきかという問いに繋がる。

思いつつ、ドクオは自嘲する。

それは自分の大きな悩みだ。
答えは未だ見つかっていない。

たとえ今でも、平時でも。

('A`)「む」

ふと、違和感を憶えた。
霧はさらに深まっている。色も濃く、相手の影を見つけるのがやっとだ。

657 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:47:46 ID:RSX8/wbk0
('A`)「……」

記憶の底で、引っ掛かるものがあった。
このような霧を、以前見たことがある。
最も思い出したくない記憶とともに、その光景は思い浮かばれた。

(;'A`)「まさか」

呟きのうちに、霧はますます濃くなる。

(;'A`)「タカラ!」

658 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:48:06 ID:RSX8/wbk0
( ,,^Д^)「はい? なんです」

('A`)「俺から離れるな。嫌な予感がする」

相手の影は見えなくなった。
これで追跡は断念せざるを得ない。

(;,,^Д^)「見失っちゃいますよ」

('A`)「命の方が大事だ」

命という大きな言葉に、タカラが息をのんだ。
大袈裟だとでも思っているのだろう。
だがドクオからしてみれば、警戒するに越したことはない。

659 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:48:54 ID:RSX8/wbk0
視界不明瞭の中、凶刃の振るわれた記憶が蘇る。

鳥肌が立ったのと、ほぼ同時に、衝撃があった。

地震。

(;,,^Д^)「地面が!」

地震のような揺れ。
足下に亀裂が走る。

660 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:49:15 ID:RSX8/wbk0
(;'A`)「タカラ! 身体を丸めろ。どこかが潰れたらしゃれにならん」

(;,,^Д^)「ひい!」

地響きが起きると、足下が傾いだ。
崩れ落ちる音。
それが地面のしたで起きていると、察した恐怖はすぐに実感を伴った。

激しい揺れが全身を襲い、重力が掛かる。
足下は砕けた。
なだれ落ちる土砂とともに、身体が滑り、落ちていく。

661 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:49:51 ID:RSX8/wbk0
(;,,^Д^)「ドクオさん!」

地面が二つに裂けた。
タカラとドクオの合間から。

(;'A`)「静かに! 助けは来る! 今はじっとしてるんだ」

それ以外にいうことはない。
できることはない、という方が正しい。

この地震は、敵の手によるものにしては激しすぎる。
おそらくは自然現象だ。
そうだと信じた方がまだマシである。

662 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:50:21 ID:RSX8/wbk0
身体が落ちていく。
白い霧に黒い影が紛れ、岩肌が途切れ途切れに見えた。

タカラの姿は見えなくなった。
暗転した視界の端で、また岩肌。
それは一部ではない。眼前いっぱいに広がっている。

ドクオは身体を丸め込んだ。
肩に痛みが走る。打ち身はひとつ、ふたつでは済まない。

頭だけは必死に護りつつ、落下の衝撃に備え、意識を集中させた。

やがて、ひときわ強い痛みが背中を打った。



     ☆     ☆     ☆

663 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:50:51 ID:RSX8/wbk0
寒い。

意識が戻ってまず、ドクオはそう口にした。

地面が青白く光っているようだ。
雪が降り積もり、広がって、月明かりに照らされている。

吐息が白む。
かじかんだ手を無理矢理地について身を起こした。

664 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:51:24 ID:RSX8/wbk0
細い道が正面に延び、左右には背丈の倍ほどの岩壁が続いている。
見上げれば壁の隙間から星々が天に広がるのが見えた。

裂け目の合間に落ちたらしい。
頭を打たなかったのは幸いだ。

('A`)「タカラ」

呼びかけるも、返事はない。
吹降りる風が代わりにあった。
矢の刺さるような寒さが身体を襲う。

665 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:51:48 ID:RSX8/wbk0
装備の中には防寒着が挟まれている。
しかし顔は生身。風が沁みるのはどうやっても防げない。

懐には簡易な栄養食が四日分入っていた。
空腹にはなるだろうが、しばらくは生きられる。

シナーの捜索隊が来るとすれば、三日目だ。長く見積もって一週間。
岩山にも植物や獣の類いはある。最悪の場合はそれらで食いつなぐ。

666 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:52:23 ID:RSX8/wbk0
マルティア軍の追跡は残念ながら諦めよう。
体力を考慮しつつ、タカラと合流しなければ。

顔を引きつらせながら、ドクオは道を進んだ。

('A`)「……む」

白い雪に影は色濃く浮かぶ。
岩壁に沿う形で何かが横たわっていた。
月明かりに照らされた姿は、筒型をしている。

マルティア軍が運んでいた物体だ。

667 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:52:49 ID:RSX8/wbk0
ドクオは逸る気持ちを抑え、駆け寄った。

筒は意外にも木製だった。
大きさにして、長い辺は二メートルほど。
丸形のハッチがあり、把手もついている。

逡巡はあった。
むやみに動かして本当にいいものだろうか。

結局は好奇心だ。
ドクオは把手に手を掛けた。

668 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:53:35 ID:RSX8/wbk0
('A`)「!?」

ハッチの隙間から蒸気が噴き出した。
急ぎ、ドクオは手を引っ込める。

まだドクオは力を込めていない。

小さく軋んで、ハッチは開いた。
暗い内部から、月明かりのもとにまず、手が見えた。
人が入っていたのだ。

指、腕、それに続いて頭が見えた。
煌めいた髪はゆるく、豊かに波打っている。

669 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:53:57 ID:RSX8/wbk0
('A`)





(;'A`)「嘘だろ」




目を見張った。
その途端、相手の顔がドクオを見据えた。

双眸に驚きが浮かぶ。

670 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:54:21 ID:RSX8/wbk0




「……あなたは」



澄んだ声が耳に通る。
実感がある。確かにその人は目の前にいた。

671 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:55:09 ID:RSX8/wbk0






ζ( 、 *ζ





ζ(゚ー゚*ζ「お久しぶりです」





.

672 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:55:44 ID:RSX8/wbk0







(;'A`)「デレ……様」



彼女は亡国の姫君だ。

ラスティアの元王女。
そして、モララーがその生涯の最期に、護ろうとした人だった。





     ☆     ☆     ☆

673 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:56:28 ID:RSX8/wbk0
.




第二十二話 優秀なる雇われ部隊(雪邂永訣編①) 終わり





第二十三話 邂逅するは雪渓にて(雪邂永訣編②)へ続く




.

674 ◆MgfCBKfMmo:2017/12/16(土) 00:57:36 ID:RSX8/wbk0
>>673 ミス

.




第二十三話 優秀なる雇われ部隊(雪邂永訣編①) 終わり





第二十四話 邂逅するは雪渓にて(雪邂永訣編②)へ続く




.

675同志名無しさん:2017/12/16(土) 09:10:23 ID:PY4kISDcO
久しぶりだな
面白かった乙乙

676同志名無しさん:2017/12/16(土) 09:30:20 ID:MTDuGXEY0
待ってたよ!乙
いろいろ気になるからまたまとめ読みしなきゃ

677同志名無しさん:2017/12/16(土) 12:07:44 ID:DdYHSYYU0
ムカデ

678同志名無しさん:2017/12/16(土) 12:08:32 ID:DdYHSYYU0
ムカデ作品を参考にして勉強した方が良い

679同志名無しさん:2017/12/16(土) 12:08:56 ID:YTd7wZnA0
乙乙
待ってたぜ


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