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( ^ω^)優しい衛兵と冷たい王女のようですζ(゚ー゚*ζ 第三部
1
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/10(金) 21:01:44 ID:U0jBOVFc0
第二部までのお話はBoon Roman様に収録されています。
http://boonmtmt.sakura.ne.jp/matome/sakuhin/tender/
(リンク先:boon Roman)
528
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/20(土) 23:36:05 ID:nozhF/0E0
(6)それぞれの動機
( ゚д゚ )「ごめんな。みんなを助けられなくて」
先生はしきりにツンたちに謝っていた。
それを責め立てる者は、誰一人としていなかった。
ジンユィが崩壊して丸一年。
残った少数の仲間とともに、先生は旅を続けていた。
“出来損ない”たちの集まりは意外なところに隠れていた。
深い谷の隘路にあったヨウユィ。雪山の洞穴の奥深くにあったショウユィ。人里近くのお花畑のそばにあったチィユィ。
ユィというのは、魚という意味だ。
ずっと昔、東の方で栄えた国の言葉らしい。
別に誰が取り決めたわけでもないのに、コミューンにはみんなこの音が混ざっていた。
後にそれら全ての創立に先生が関わっていることを知った。
先生は海が好きな人だったのだ。
ただそれだけのことなのに、ユィと聞く度、ツンは誇らしく感じていた。
529
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/20(土) 23:36:58 ID:nozhF/0E0
出来損ないの魔人。
身体の中にオルを受容する器官が生まれつき存在しない。
だから不思議な力が使えない。
普通の魔人とは違う、人間とも全然違う。
居場所のない人たちに、手をさしのべる人たちは、先生以外にもいた。
自分の暮らしていたコミューンが壊れたことで、初めてこの世界が悪くないように思えた。
仲間のうちの何人かは、最初に辿りついたコミューンに映りすんだ。
何人かは先生の後をついて次のコミューンを探した。
ツンもその中にいて、結局は一番長く先生の後をついて歩いた。
ξ^⊿^)ξ「旅をするのは楽しいから」
先生に尋ねられると、ツンは決まってそう答えた。
ξ^⊿^)ξ「それにみんなとの約束だったし」
ジンユィでもらった紙製の地球儀は、いつでもツンの鞄の中にあった。
慣れない人間の文字を使い、地名を書いた。
古びた字は下手なのに、ツンは書き直そうとしなかった。
先生との別れは、一通の手紙に始まった。
530
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/20(土) 23:37:59 ID:nozhF/0E0
ξ゚⊿゚)ξ「あたしに?」
受け取ったツンは、手紙を読んで神妙な顔になり、やがてふらつきながら先生と相談をした。
差出人は、ツンの数少ない友人のもの。
彼女をラスティアという国の従者見習いとして招待する、というものだった。
ξ;゚⊿゚)ξ「先生、あたしどうしよう」
ツンは心底困っていた。
( ゚д゚ )「どうして質問するの」
ξ;゚⊿゚)ξ「だって、先生はまだ、居場所が見つかっていないのに……」
友達からの誘いは魅力的だった。
だが、ツンは素直に首を縦に振れなかった。
531
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/20(土) 23:38:57 ID:nozhF/0E0
( ゚д゚ )「気にしなくて良いんだよ」
先生はそう言って笑い飛ばした。
( ゚д゚ )「僕は君の主じゃない。君のことは心配だけど、それを理由に君を縛ろうとは思わない。
君は自由に選べるんだ。どう生きるかも、何をするかも」
参考にするには大きすぎる答えだった。
それでも胸の空く想いがした。
後日、ツンは友達の誘いを受け容れた。
街の外れで先生と別れ、城を目指し、耳を必死に隠して従者見習いの面接を受けた。
緊張はしたが、通ってしまえばあとは気が楽だった。
採用され、寄宿舎に移り、新たな生活を初めた。
532
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/20(土) 23:40:01 ID:nozhF/0E0
途中、先生が逮捕された噂を耳にした。
魔人を街に誘い入れた罰を受けたらしかった。
詳細を知りたかったが、一介の見習いには衛兵に近づくにも限度があった。
幸いにも、衛兵の知り合いが初日にしてできた。
頼りない男の子だったが、話しにくいことはなく、むしろ接するにつれて気楽になった。
妙なところで馬が合ったのかもしれない。
初めは利己心だったのに、いつの間にかツンは彼と自ら話すようになっていた。
そして誠に奇妙な縁は、長いこと続いていた。
533
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/20(土) 23:41:00 ID:nozhF/0E0
( ´∀`)「まだ納得しないつもりモナ?」
モナーの問いかけに、ツンは返事をしなかった。
フサギコに手を取られたまま、項垂れて、口を固く結んでいた。
ミ,,;゚Д゚彡「もう無理だと思います、酋長」
フサギコが渋面を酋長に向けた。
ミ,,;゚Д゚彡「むしろよく体力がもった方です。これ以上は命に関わる」
( ´∀`)「フサギコ、何度も言わすなモナ」
モナーの細い目の奥で、黒い瞳が鋭く光った。
萎縮したフサギコは肩を強張らせた。
534
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/20(土) 23:41:56 ID:nozhF/0E0
( ´∀`)「無秩序は、世を滅ぼす。
たった一人といえど、勝手に動いてもらったこちらは困るモナよ」
ξ ⊿ )ξ「だったらなおさら、認めないわ」
掠れきった声がツンから漏れ聞こえてきた。
ミ,,;゚Д゚彡「お前、まだ意識が」
ξ ⊿ )ξ「こんなの何でもない」
気丈に言い切り、ツンはモナーを睨み付けた。
ξ#゚⊿ )ξ「あたしが首を縦に振らない限り、あんたが困るんでしょ? ざまあみなさい。
もっと困らせてやる。あんたなんかの思い通りになるもんですか。あたしがいくら出来損ないだからって、思い通りになんか絶対にならない」
( ´∀`)「フサギコ」
ツンの叫びを断ち切るように、モナーが冷たく言い放った。
535
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/20(土) 23:42:57 ID:nozhF/0E0
( ´∀`)「やるモナ」
ミ,,;゚Д゚彡「は、はっ」
瞬間、フサギコとツンの姿が消えた。
いくつもの破砕音がして、モナーの周囲で枝葉が落ちてくる。
地面を打ったそれらが跳ね返り、再び地に落ちたとき、土煙が舞った。
目にも止まらぬ移動。
しかし消えているわけではない。
実体を伴ったままの超高速での移動。
それがフサギコの能力だった。
フサギコは元の位置に戻ってきた。
焦げ付いた足下に焼け跡が残っている。
腕に止まっていたツンの身体が大きく揺れた。
仰け反り、俯き、足が吊り人形のように振れる。
536
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/20(土) 23:44:21 ID:nozhF/0E0
ξ Д )ξ「う……げえ」
一瞬放心したのち、ツンが呻いた。
遠心力に内蔵が捩れ、痛みが身体の内側を染める。
たまらない不快感に襲われ、ツンは激しく咳き込み、吐いた。
倒れ込もうとするツンからフサギコは手を放した。
ミ,,;゚Д゚彡「ツン! 悪い、やりすぎた」
しゃがむツンの背中にフサギコは手を重ねた。
嫌がるそぶりを見せながら、ツンの嘔吐は止まらなかった。
異臭が地面に広がっていく。
ミ,,;゚Д゚彡「酋長!」
フサギコは焦燥を浮かべて叫んだ。
ミ,,;゚Д゚彡「もういいでしょう! 俺、もう無理です。
俺の力はこんなことするためのものじゃない」
537
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/20(土) 23:45:25 ID:nozhF/0E0
( ´∀`)「……もう無理モナ?」
ミ,,;゚Д゚彡「はい」
( ´∀`)「……ふーむ、どうしたものか」
と言って、モナーは歩み寄ってきた。
ツンの数センチ前に来て、しゃがんだ。
( ´∀`)「ツン、聞こえているモナ?」
ξ|! ⊿ )ξ「……ええ」
嗄れた声だが、ツンは応えた。
青白い顔を無理矢理モナーに向けている様子だった。
( ´∀`)「どうしても納得しないモナね?」
538
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/20(土) 23:46:20 ID:nozhF/0E0
ξ|! ー )ξ「……ふふ」
( ´∀`)「モナ?」
ξ|! ー )ξ「さっきから何度も言ってるとおりよ」
唇をひくつかせながら、ツンはその端をつり上げ笑ってみせた。
向かい合うモナーは変わらずにいた。
( ´∀`)「……それならば、君の意志を尊重するモナ」
( ´∀`)「フサギコ、水を取ってこれるモナ?」
ミ,,゚Д゚彡「来る途中で川の音が聞こえましたから、そこからならば」
( ´∀`)「ちょいと持ってきてくれモナ」
539
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/20(土) 23:47:21 ID:nozhF/0E0
ミ,,;゚Д゚彡「しかし」
( ´∀`)「何もしないモナよ。第一、お前ならすぐ戻ってこれるモナ」
ミ,,;゚Д゚彡「…………信じますからね」
フサギコは消えた。
林の木々がざわめき、途絶えた。
数秒をおいて、再びフサギコは現われた。
どこかから調達したコップと木桶。その中には水が並々と入っていた。
ミ,,゚Д゚彡「ほら、ツン」
モナーからの指示を待たずに、フサギコはツンの口元にコップを寄せた。
ツンの手がおずおずとコップに延び、手に持った。
しかしそのまま、口に運ばず止まった。
540
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/20(土) 23:48:21 ID:nozhF/0E0
ξ ⊿ )ξ「意志を尊重するのに、逃がしてはくれないんですね」
呟いた言葉に虚を突かれ、フサギコもモナーも一瞬顔を見合わせた。
( ´∀`)「それは仕方ないモナ。君は魔人、人とは違うモナ」
ξ# ⊿ )ξ「どう違うっていうんですか」
ツンは声を荒立てた。
ξ# ⊿ )ξ「確かに獣の耳はあります。でもあたしには力がない。人の役には立てない。
それならば、べつに魔人として生きる必要はないんじゃないですか」
( ´∀`)「……そうしている地域もあるモナね」
ξ#゚⊿゚)ξ「だったら」
( ´∀`)「ならんモナ」
541
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/20(土) 23:49:21 ID:nozhF/0E0
ツンが言う前に、モナーは首を振った。
( ´∀`)「この地域の管理者は私モナ。魔人のあり方は私の所存モナ」
ξ#゚⊿゚)ξ「……」
ξ゚⊿゚)ξ フッ
ξ-⊿-)ξ「認めて……ください」
コップを見つめていた目を、モナーに注いだ。
鋭さは消え、代わりに表面を潤ませていた。
ξ;-⊿-)ξ「あたしの生き方を認めてください。あたしは、人とともに生きたいんです。
どこにだって行ってみたいし、見てみたいし、聞いてみたいんです」
ξ;-⊿-)ξ「お世話になった人たちとの約束なんです。お願いします」
542
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/20(土) 23:50:20 ID:nozhF/0E0
懇願の声が林に響いた。
しばらくモナーは黙っていた。
相変わらずの笑みを称えたまま、細目でツンを見据えていた。
( ´∀`)「わかったモナ」
すぐには誰も反応できなかった。
ミ,,;゚Д゚彡「えっ」
ξ;゚⊿゚)ξ「いいんですか!?」
ツンの声が上気する。
だが、モナーは首を横に振った。
543
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/20(土) 23:51:21 ID:nozhF/0E0
( ´∀`)「すまんモナ、そういう意味じゃないモナ」
言葉を聞いて、ツンの喜色は行き場を無くして消えた。
ξ゚⊿゚)ξ「それじゃ、何がわかったんです」
( ´∀`)「君が抵抗する理由が、モナ」
その瞬間。
ツンの背に怖気が走った。
モナーの笑みが仮面のように見えたから。
544
:
同志名無しさん
:2017/05/20(土) 23:51:46 ID:2Kcgz2560
モナー悪いやっちゃな
545
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/20(土) 23:52:20 ID:nozhF/0E0
モナーは笑ってなどいない。
黒い眼差しの一点にも妥協は覗いていない。
そう、察した。
( ´∀`)「君は人というものが他の動物とどう違うか知っているモナ?」
問いかけに、ツンが答えるのを待たずに続けた。
( ´∀`)「自分という存在を信じられるかどうか」
教え諭すような口調で、モナーは言った。
( ´∀`)「例えば、人間の身体は常に古い細胞を捨てているモナ。
一ヶ月で半分の細胞が、二ヶ月もあれば全身の細胞が全て切り替わる。
構成物質にのみ着目すれば、二ヶ月前のある人は今のその人とは別のはずモナ」
546
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/20(土) 23:53:20 ID:nozhF/0E0
( ´∀`)「しかし人は、二ヶ月前の自分が今の自分と変わりないと信じて疑わない。
それは何故かといえば、偏に“記憶”のお陰モナ。
身体が変わっても、脳の中に貯蔵されている情報が継続している。だから人は自分を見失わずにいられるモナ」
( ´∀`)「翻って言えば、記憶がなくなると人は全てを失うモナ。
記憶という動機を失えば、人は動けなくなる。簡単なことモナよ」
ξ|i゚⊿゚)ξ「……まさか」
( ´∀`)「うん」
モナーはおもむろに掌をツンの前で広げた。
( ´∀`)「私が君の頭に触れれば、それで終わりモナ。
君は全てを忘れ、何もなかった頃に元通り。おめでとう、また一からやり直せるモナよ」
547
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/20(土) 23:54:21 ID:nozhF/0E0
ミ,,;゚Д゚彡「酋長! そ、それはあまりにも」
( ´Д`)「事態は逼迫しているモナよ」
モナーは声に怒気を含め、フサギコを一喝した。
( ´Д`)「仮に今サイレンが鳴り、ツンに症状が現われたら、僕らはツンを斃すしかないモナ。
仮に逃がしても軍が襲ってくる。かいくぐったとしても、魔人全体の悪評を広めるばかりモナ。
いくら便利な存在であろうとも、危険な存在は排除されてしまうモナよ」
( ´Д`)「出来損ないたちへの最善策は隔離モナ。
その遂行のために、従順は必要条件モナ」
ξ;゚⊿゚)ξ「い、嫌よ!」
548
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/20(土) 23:55:20 ID:nozhF/0E0
ツンは耳を押さえ、叫んだ。
頭の痛むのさえ堪えて、固くキツく目を閉じた。
頭の中を記憶が駆け巡っている。
今まで歩いてきた街、コミューンの数々。
それら全てに思い出があった。
多くはないが、懐かしいものたち。
ツンは荒く息を吐いた。
饐えた匂いがまとわりつく。
( ´∀`)「……我々には大義があるモナ」
訥々とモナーは言った。
549
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/20(土) 23:56:19 ID:nozhF/0E0
( ´∀`)「人に近く、決して離れず、行く末を衛ること。
それが、我々を創った“遠つ祖”の、我々に課した使命モナ」
( ´∀`)「能力がある者はそれを駆使して人の夢を叶えて挙げればいい。
そして能力の無い君らにも、できることはあるモナ」
モナーはしゃがみ、地面に手を触れた。
吐瀉物が広がっているそこを見つめ、愛おしげに撫でている。
( ´∀`)「その耳があるということは、君には魔人の細胞が根付いているということ。
それらの名残は、君らに生成器の存在する証拠でもあるモナ。
たとえオルを受容できないとしても、君の体内を通り抜ける物質には全てオルが付与されるモナ」
「君ら一般の魔人には、あまり知られていないことだけど」と、モナーは註釈した。
( ´∀`)「吐息、汗、涙、排泄物や、古い細胞の絞りかすまで。
オルを伴ったそれらが気化し、世に溢れ、この世界の秩序を変貌させる。
新しい秩序によって、我々は不思議な力を扱えるモナ」
550
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/20(土) 23:58:42 ID:nozhF/0E0
( ´∀`)「だから君は、生きるだけでいいんだモナ
なるべく長く生きていることが、この“王女の星”にとって最大の幸せなのだから」
話し終えると、モナーはツンをじっと見据えた。
( ´∀`)「納得は」
聞き終える前に、ツンは強く首を横に振った。
後ずさりするも、腕が突っ張らず、横に傾いで倒れ込んだ。
( ´∀`)「わかってるモナ」
モナーは再び手を翳した。
551
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/20(土) 23:59:45 ID:nozhF/0E0
( ´∀`)「いくら言っても君は聞き入れないモナ。
君は人に憧れすぎてしまったモナ。
我々のように役目を果たせと言われても、嫌悪感が先立って動けないモナね」
( ´∀`)「全く以て、人と同じモナ。
いくら学習の機会があっても、聞く耳持たないならば何も伝わらないモナ。
せっかく我々という、従順で優しい友がいるというのに」
( ´∀`)「さて、話し疲れたモナ。言いたいことあるモナ?」
モナーは突如、押し黙った。
ツンを見つめ、静かに答えを待っていた。
ξ ⊿ )ξ「あたしは……」
552
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/21(日) 00:00:45 ID:5J164p.Y0
ξ;⊿;)ξ「それでも人が好きです」
( ´∀`)「ふうん、そう」
553
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/21(日) 00:01:45 ID:5J164p.Y0
モナーの手が一気にツンの頭に触れた。
目を見開いたツンの頭上が、暖かい光に包まれていく。
あっという間だった。
抵抗する暇もなかった。
茫々たるイメージ。
かつての記憶がいっぺんに流れて、どこにも掛からず消えていく。
止まらない。
いくら手を伸ばしても、どうすることもできない。
諦念が身体を包む。
それさえも、虚無に飲まれる。
何もかもが失われていく。
554
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/21(日) 00:02:45 ID:5J164p.Y0
また、思い起こす。
ずっとずっと昔。
最初のコミューンにいた頃。
そこで誰かと出会い、一緒に話した。
( )「もしも旅に出られたとしたら」
それは先生が来るよりも少し前。
幼い頃の記憶。
( )「そのときは」
その人の手には髪留めが握られていた。
お気に入りの物だったのだ。
555
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/21(日) 00:03:45 ID:5J164p.Y0
銀色の、鯨。
ジンユィの意味するところと同じ。
( )「私も、一緒に」
その人は、言っ――
......バシュン
☆ ☆ ☆
556
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/21(日) 00:05:12 ID:5J164p.Y0
シダの葉を潜り抜けて、やや開けた場所に出た。
雲間から覗く月の明かりが地面を青白く照らしている。
さざめく冬の、弱々しい音に囲まれながら。
何もない地面をブーンは見つめた。
ずっと人を探していた。
夕暮れから追いかけて、宵の口が過ぎ去り、世が更けるまで。
彼はひたすら足を動かした。
手がかりは一つも残っていなかった。
(; ω )「……うっ」
荒い吐息を途切れさせて、頭を抑えた。
慢性的な疼きは消えたものの、時折差す、鋭い痛みにはいまだ慣れない。
557
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/21(日) 00:06:14 ID:5J164p.Y0
痛みはつねに光景をともなっていた。
すでに失われた城の中に自分はいた。
そこで彼女に出会った。
( ω )「ツン、君は……」
詳細なことは想い出せない。
それでも総体的な感覚が、胸の内に沸き起こっている。
彼女は。
( ;ω;)「僕の、友達だったんだお」
腰に佩いていた軍刀を突き立てて、ブーンは頭を抑えて呻いた。
ついさっきまで、その土の上に求め人の横たわっていたことを、無論彼は知るはずもない。
☆ ☆ ☆
558
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/21(日) 00:07:14 ID:5J164p.Y0
「やあ、元気モナ?」
「私のこと憶えているモナ?」
「そうモナか」
「自分の名前は」
「……うん、いいよ。教えてあげるモナ」
「君の名前は“ツン”」
「いいモナ?」
「よし」
559
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/21(日) 00:08:13 ID:5J164p.Y0
「ん、何モナ?」
「質問?」
「あんまり難しいことでなければ、どうぞモナ」
ξ゚⊿゚)ξ「……あたしはどこで生まれたの」
( ´∀`)「これから行くところモナよ。
私達についてくれば安全、安心モナ。さあ、おいで」
☆ ☆ ☆
560
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/21(日) 00:09:40 ID:5J164p.Y0
300年前に魔人が現われたとき、世界は荒廃していた。
雲間から降り立つ彼らを見て、人々は世の代わりを肌で感じとった。
事実魔人はその不思議な力でそれまでの生活を次々と刷新していった。
かつての暦は忘れられた。
魔人の降り立った日から新しい暦が数えられ、人々の間に伝播した。
歴の名前は一定ではない。
国によって魔人をどう捉えるかが変わる。
認識の差異により、その呼び名は変わる。
ここ、メティスでの呼び名は、降臨歴。
改めて。
降臨歴310年1月14日。
メティスの首都、メガクリテに隣国テーベの国軍が侵攻をした。
目的は魔人討伐。それはすぐに果たすことが出来た。
連行される魔人たちはメティスの東部を渡り、全員がエウロパの森へと運ばれた。
561
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/21(日) 00:10:43 ID:5J164p.Y0
その一方で、軍上層部はメガクリテ市政府と交渉を重ねた。
救われた側であるメガクリテは、テーベの提案を受け容れるのに憚りがなかった。
それはメティス国政府の意志ではない。
しかし規模の面からいって、メティス国政府にはメガクリテ市の決定を覆すことはできなかった。
降臨歴310年1月20日。
メガクリテ市はテーベと軍事協定を結んだ。
以後、テーベが戦時となったとき、メガクリテは資金、物資面でテーベと協力をすること。
一方テーベの支援を受けて、メガクリテ市は軍を確保、維持することを約束した。
テーベの視野の先には北の大国マルティアである。
メティス国軍の影響を退けた今、この地域は、マルティアとテーベの二大大国が睨み合う場となった。
☆ ☆ ☆
562
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/21(日) 00:11:33 ID:5J164p.Y0
ミセ*゚3゚)リ「つまんなーい」
大きすぎる椅子に凭れて、少女は大きく愚痴をこぼし続けていた。
ミセ*゚Д゚)リ「全然つまんない! わけわかんない!」
(゚、゚トソン「何も難しいことは言ってませんよ」
ミセ*゚皿゚)リ「興味ない!」
(゚、゚トソン「仮にも王を名乗るなら、少しは気にしてくださいな」
制服姿の女性が淡々と言うと、喚いていた少女は途端、微笑んだ。
ミセ*゚ー゚)リ「王は王でも私は魔王だもの。人間がどうこうドロドロしてるとか、関係ないもんね」
ふんぞり返って、少女ミセリは満足げに鼻を鳴らした。
足を組もうとして顔を顰め、足首の辺りを交叉して妥協する。
563
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/21(日) 00:12:33 ID:5J164p.Y0
魔王といっても姿形は少女そのものだ。
服装だって一般人のそれとさほど変わりない。強いて言うなら、何故か幅広の、レースのついたスカートをはいていた。
従者の着るもののようなそれは、数年前からのミセリのお気に入りだった。
相対している女性、トソンは上下を黒に統一していた。
テーベで最近流行始めたフロックコートを自分用に縫い合わせた代物だ。
冷たい無表情と相まって、女性らしさを極力感じさせなかった。
そのトソンが、ミセリを見つめてふと眉根を寄せた。
(゚、゚トソン「まさか、とりあえずみんな殺せば終わりー、とか考えていませんよね」
ミセ*゚ー゚)リ「違うというの?」
きょとんとミセリが首を傾げた。
トソンは一際大きく溜息をついた。
(゚、゚トソン「人がいなかったら、治世もなにもありませんよ」
564
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/21(日) 00:13:34 ID:5J164p.Y0
ミセ*゚ー゚)リ「えー、別にそれでもいいよ。多すぎるよりよっぽどましだよきっと」
(゚、゚トソン「私は困ります」
ミセ*゚3゚)リ「えー」
(゚、゚トソン「……」
ミセ*゚3゚)リ「我慢できない?」
(゚、゚トソン「虐殺もその顔も看過できません」
ミセ*゚3゚)リ「むぐぐ」
ミセリは目をつむって首を振り、筋をポキポキと鳴らして呻いた。
やがて目を瞬いてトソンを見た。
ミセ*゚д゚)リ「想像したけど、なんか大変そう! キツい!」
(゚、゚トソン「はいはい」
565
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/21(日) 00:14:35 ID:5J164p.Y0
手帳を閉じて脇に抱え、トソンはミセリを見据えた。
(゚、゚トソン「まあ、それでもいいですよ。ミセリがわからない分野は私が勤めます。
ミセリはミセリのできることをしてください」
ミセ*゚ー゚)リ「ありがと、そうする!」
ぴょんとミセリは飛び立って、トソンの横を通り抜けた。
ミセ*゚ー゚)リ「暇だからデレちゃんとこで遊んでくるね」
(゚、゚トソン「暇?」
ミセ*゚ー゚)リ「うん」
(゚、゚トソン「へえ……そうですか」
566
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/21(日) 00:16:02 ID:5J164p.Y0
呆れ顔のトソンを余所に、ミセリは廊下へと歩み出た。
もうしばらくは戻ってこないだろう。そう想い、トソンは溜息をついた。
そこは広い部屋だった。
かつて地元の名手が暮らしていた豪邸に城壁と堀を拵えて城とした場所だ。
ミセリが座っていた場所に、かつてはその地主がふんぞり返っていた。
今はもう、どこに行ったのか知るよしもない。
(゚、゚トソン「まったく、あの人は。そっちの分野ばかり好きなんだから」
愚痴をこぼしながら、トソンは頬を緩めていた。
さっきまでミセリの座っていた席に近づき、机を眺めた。
政務用の机の上に、余計なものはない。
メモとノート、筆記用具が少々。
それらをミセリが使っている姿をトソンは一度も見たことがない。
567
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/21(日) 00:16:59 ID:5J164p.Y0
_______
. /〉 ――――――‐〉
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// ///////|'/∧///
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〈/ /////////|'///∧
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 ̄ ̄ ̄
机の片隅には写真が飾られていた。
ミセリがいつでも肩身はなさず持っていたものだ。
ミセ*゚∀゚)リ「お守りみたいなものなんだ」
写真のことを話題にするとき、ミセリはいつでも恐いくらい笑顔になった。
友好の気配が微塵も感じられない、冷めた笑顔。
568
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/21(日) 00:18:03 ID:5J164p.Y0
そしてミセリは、いつもこう続ける。
ミセ*゚∀゚)リ「いつか絶対、この人を見つけるの。
とっ捕まえてふん縛って、めちゃめちゃのぐちょぐちょにして
それからとってもとってもとーっても、楽しいことをするんだよ」
ミセ*゚∀゚)リ「それがあたしの夢なんだ。それしかないの。全部なの」
ミセ*>ー<)リ「だからお願い、手伝って」
(゚、゚トソン「もちろんですとも」
トソンはいつも、そう答えた。
569
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/21(日) 00:19:00 ID:5J164p.Y0
写真にそっと、手を触れた。
光の加減が傾いて、写されている人物の顔がトソンの目にもよく映った。
.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;
.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;...;.;.;.;.;.;;;.;.;.;.;.;.;.;.;.;
.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;..;.;.;.;.;.;;.;
◎=◎.;.;.;.;..;;.;.;.;
( ・-・ )ゞ.;.;.;.;.;.;
つ┌──┐.;.;
|::━◎┥.;.;
| |.;.;.;
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.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;.;
(゚、゚トソン「いったいこいつが、何なんだろうな」
そしてそれについていく自分も、一体何なのだろう。
どこへ向うというのだろう。
考えていると自然と笑えてくる。
意味も深みもない、空っぽの笑い。
それが今は、たまらなく心地よい。
(゚、゚トソン「もうすぐだ」
独りごちて、トソンはその場を後にした。
☆ ☆ ☆
570
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/21(日) 00:21:02 ID:5J164p.Y0
第二十二話 首都は冷たい雨に頽れ 後編(冬月逍遙編⑦) 終わり
第二十三話 優秀なる雇われ部隊(雪邂永訣編①)へ続く
.
ED 『迷路』(奥華子)
https://www.youtube.com/watch?v=GgAwvlac8XI
.
571
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/05/21(日) 00:21:54 ID:5J164p.Y0
今回の投下は以上です。
それでは、また。
572
:
同志名無しさん
:2017/05/21(日) 01:27:34 ID:NHbX8wis0
おつおつ
ちょいちょい誤字があるな
573
:
同志名無しさん
:2017/05/21(日) 21:12:12 ID:7YAJqFoc0
おつおつ
テーペってハインとジョルジュの国だっけ?
他国侵略とかするような性格だったか…?
574
:
同志名無しさん
:2017/05/26(金) 17:13:32 ID:kg1f08NQ0
乙
謎が増殖していく……
575
:
同志名無しさん
:2017/05/27(土) 14:17:50 ID:erJpvyHw0
久しぶりにのぞいたら来てる!
576
:
同志名無しさん
:2017/06/01(木) 02:26:09 ID:XCfPobYY0
きてたー!超面白かった!
こんな面白いのにコメント少なすぎんよー!!
577
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/06/04(日) 10:33:14 ID:nwtfz.mI0
>>573
暴走した魔人の討伐のためにメガクリテ市政府が自国政府の決定を待たず独断で招き入れている形です。
「侵略」ではないです。敢えて言うなら軍事的協力や支援だと思います。
578
:
同志名無しさん
:2017/06/04(日) 17:55:00 ID:zIpfu0Z.0
>>577
そういうことか
丁寧にありがとう
毎話の密度が濃いから今回みたいな読み間違えもあるけど、読み応えあって嬉しい
次回も楽しみにしてる
579
:
同志名無しさん
:2017/06/14(水) 16:38:12 ID:QroJV59o0
なんつうか精子1匹が出目金ほどのサイズになってほしいとおもう。
一回射精するのも「フンンンンッ!」って感じでチンポの中を通る時の快感も10倍増しくらい。
噛み砕くとレバーみたいな食感で精液の匂いと冷奴っぽい味が口の中に広がるってな具合。
580
:
同志名無しさん
:2017/09/20(水) 16:05:08 ID:ebrNY3nQ0
そういやまとめサイト閉鎖したな
581
:
同志名無しさん
:2017/11/03(金) 07:14:27 ID:cjMoRE4gO
一話から読んだけど面白いな
続きが待ち遠しい
582
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:04:03 ID:RSX8/wbk0
それでは投下を始めます。
583
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:06:43 ID:RSX8/wbk0
祝宴の音がする。
料理の薫り、酒の煌めき、そして楽しげに叫び、歌う声。
普段は厳めしい大人たちも、頬を綻ばせて歓喜する。
華やかな宴の席は賑やかであればあるほどよい。
('A`)「……」
賑わいの片隅で、ドクオは黙々と酒を嗜んでいた。
酒は飲める。しかし騒ぐのは性にあわない。
ならばなぜ宴の席にと不思議に思われるだろうが
国王直々の招待であるがゆえに、断るわけにいかなかっただけである。
584
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:07:36 ID:RSX8/wbk0
騒ぐ連中をよそに、芳醇な香りを堪能していた。
この国の名は、ラスティア。
ドクオは当時、城下町を守護する衛兵のひとりだった。
丸まり気味だった背中を、何者かが突然叩く。
口つけていたグラスの縁で、黄金の酒が少し零れた。
「よう、元気してるかよ」
浮ついた声、力の抑えきれていない手。
振り返れば予想どおりの赤ら顔。
酒の匂いにドクオは顔を顰めた。
585
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:08:01 ID:RSX8/wbk0
「露骨な顔するんじゃねえよ」
酒臭さを隠しもせず、男はドクオの横に座った。
椅子が軋み、テーブルも若干ずれる。
ドクオは大きく溜息をついた。
男のことは知っている。
衛兵見習いだった頃からの同期生だ。
今は酔っ払っているが、実力のあることはドクオも認めている。
586
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:08:41 ID:RSX8/wbk0
男は骨付き肉を持ちながら、片手のグラスに酒を注ぐ。
並々と注がれた黄金を急いで口に運び、男はにやりと歯を見せた。
( ・∀・)「昇格やったな、ドクオ。同い年は俺たちだけだぜ」
一息に半分ほどとなった酒瓶を軽くドクオへ傾ける。
('A`)「ん」
ドクオのグラスが再び黄金に満たされた。
587
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:09:02 ID:RSX8/wbk0
酔っ払いの相手は御免だったが、同期のよしみも確かにある。
グラスどうしを当てながら、聞き役に徹することに決めた。
故郷に帰るべく、強くなる。
モララーはそう、自分の夢を語った。
故郷を魔人に襲われたこと。
反抗しようとしたが、世間は魔人を受け容れようとしていたこと。
誰も、魔人と戦おうとしなかったこと。
( ・∀・)「俺はそんな世界嫌だった。
自分の身を守りたいときに、魔人なんか頼ってられない。
いざというときは自分で自分を、そして大切なものを守らなきゃならない」
588
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:09:23 ID:RSX8/wbk0
( ・∀・)「だから力をつけるためにここにきた。
人間が学べる最強の技術がここにあったからさ。
ここで修行をつんで、故郷に帰って、まだ何とか生きてくれている母を安心させたいんだ」
モララーは手を握りしめていた。
心の底からそう思っているからこそ、話すには力が要る。
モララーは話し終えて、ふっと息を吐いてテーブルの上のお酒に手を出した。
その姿は面白かった。
少し変わっているなともドクオは思った。
589
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:10:08 ID:RSX8/wbk0
('A`)「なるほどね……」
思わず口にした言葉に、モララーは予想以上に食いついてきた。
( ・∀・)「お、なんだお前しゃべれるじゃん」
いったい俺を何だと思っていたんだ。
反駁する前に、酒が再び注がれる。
呆れながら、思う。
こんな風に人と気軽に話すのはいつ以来だろう。
590
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:10:42 ID:RSX8/wbk0
ドクオにもかつて故郷があった。
故あって、長いこと戻っていない。
ドクオも魔人を憎んでいた。
かつて、最も大切な人を魔人に拐かされたからだ。
魔人に敵対する思想をあからさまにはできなかった。
それは国の方針に反することだ。
だが、モララーの陽気さにつられ、この酒宴の席で、ドクオは初めて自らの身の上を語った。
すぐに冗談だと笑い飛ばすつもりでいたが、モララーは目を輝かせてしまった。
591
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:11:13 ID:RSX8/wbk0
(*・∀・)「おお、俺と同じだな!」
こうなってしまっては止まらない。
俺は、魔人を倒して人類の世を取り戻したい。
と、彼は言った。
あまりにもまっすぐな目をした青年がそこにいた。
('A`)「……モララーか」
592
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:11:42 ID:RSX8/wbk0
306年1月5日。
ラスティアという国が消滅するのは、
ここからわずか2年後のこと。
その陥落のときに、すでにモララーの命はなかった。
☆ ☆ ☆
593
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:12:19 ID:RSX8/wbk0
☆ ☆ ☆
第二十三話
優秀なる雇われ部隊(雪邂永訣編①)
☆ ☆ ☆
594
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:12:44 ID:RSX8/wbk0
310年1月。
メティス国首都メガクリテにて起きた、“サイレン”による魔人の暴走。
一時は首都陥落かと思われた一大事は、テーベ国軍の支援により収束に向かった。
介入したテーベ国軍兵士の数は一万人を超えていた。
そのうちの半分を支えたのは、かねてよりテーベ国に招集されていた傭兵だった。
テーベ国王、通称女帝ハインは
傭兵の働きなくして此度の勝利は得られなかったと高く評価し、
国軍整備の一環として、傭兵に特別な配慮をした。
傭兵経験のあるものは、無条件で国軍加入を受け容れる、という政策だ。
595
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:13:22 ID:RSX8/wbk0
国軍からの反発もないではなかった。
雇われ部隊である傭兵と、国直属の兵士では、所属に対する考え方が違う。
国を護るためという意識を欠いたものたちが入り込むことを、国軍側は懼れたのである。
だが、ハインは傭兵に厚い信頼を置いた。
理由は簡素にして明確。
从 ゚∀从「力のあるものこそが、軍旗を携えるに相応しい」
かくして、傭兵は次々と国軍入りを所望し、願いを果たした。
596
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:13:42 ID:RSX8/wbk0
雇われ者の中には素性の不確かなものもいたが、
ハインはあますところなく職務に就かせた。
国境警備、内乱防止、
そして北方に領土を占めるマルティアの監視。
今のところ、大きな波乱は起きていない。
小規模な小競り合いならばないでもないが、
すべて大事になる前に鎮圧されている。
597
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:14:07 ID:RSX8/wbk0
メティス内乱にテーベが介入したことをマルティア国王スカルチノフは訝しんでいた。
ハインはこれについての意見を携え、マルティアに大使を飛ばした。
魔人の暴走は、陸続きのテーベにも波及しうる可能性があったこと。
もとよりメガクリテ市政により招待された部隊だったこと。
マルティアからの返事がないまま、時は流れる。
310年2月。
月初めに大雪が起り、テーベの首都は白い雪に包まれた。
テーベ国内に広がる鉄工場の熱気も
今は若干温度を下げ、街全体が静まりかえっていた。
598
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:14:42 ID:RSX8/wbk0
傭兵も国軍も、人であることに変わりはない。
寒さにかじかんだ手を掠り合わせ、時に吐息を当てながら
国境付近の監視基地にて、ひたすら望遠レンズで見張り続ける。
国同士の状況は、立場のはっきりしない不安定な情勢でありながら
一介の市民の目からすれば生活は平々凡々、
変わり映えのしない毎日を送っていた。
('A`)「というわけで、昼間から酒が飲めるんだな」
ノパ⊿゚)「出さんよ」
599
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:15:11 ID:RSX8/wbk0
テーベ首都にある小さな食事処、「三匹のカエル」。
経営するヒートは、ドクオとラスティアの頃からの知己であり、
店は仕事から帰ってくるドクオの、拠り所でもあった。
といっても、最近では日の明るいうちから入り浸ることも少なくなかった。
('A`)「夜飲むのも今飲むのも変わらないだろ」
ノパ⊿゚)「たとえ今がいつだろうと、暇人相手に出す酒は無いね」
('A`)「……つれないな」
席について早々に出されたお冷やもすでに飲み干した。
店の準備にあくせくしているヒートには、水を注ぐ気もないみたいだ。
600
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:15:55 ID:RSX8/wbk0
傾き掛けた日の光がグラスを透かしてテーブルに広がる。
冬の陽はすぐ沈む。小一時間もすれば、
仕事を終えた労働者たちが街に降りてくる。
三匹のカエルは、テーベの城下町で営業を続けて二年目になる。
たまたま手に入れた空き家でヒートが生きるために始めた店だったが
この頃は常連客も確保して、安定した生活の資源になりつつあった。
('A`)「お前、経営に向いてたんだな」
ぼんやり考えていたことをドクオはそのまま口に出してみた。
何のことだ、と聞き返さない程度には、ヒートも同じことを感じていたのかもしれない。
601
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:16:23 ID:RSX8/wbk0
ノパ⊿゚)「知らないけど、何かしてないと生きていけないもの。
かといって労働者にはなりたくないし、のらりくらり、好き勝手できる今の方が楽だよ」
('A`)「ラスティアのときはただの盗人だったのにな」
ノハ-⊿-)「うーん、気づいたらやらなくなっちゃったな。そういうの」
カウンターを拭く雑巾を止めて、ヒートはしばらく目を閉じた。
ノハ-⊿-)「身分があるからかな。今は、人に迷惑かけたらお店の信用に関わるし、そうなったら生きていけないもの。
いつの間にかモラトリアムを卒業しちゃってたんだろうな。何者でもなかったら、もうちょっと暴れられるのに」
602
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:16:48 ID:RSX8/wbk0
ノパ⊿゚)「……なんてね」
鼻を鳴らして微笑むと、ヒートの雑巾が再び拭き掃除を始めた。
ノパ⊿゚)「別に不服があるわけじゃないよ。今の私はひとりの店長。それ以上でも以下でもない。
だからあんたも早く、身分を手に入れなよ。今は落ちついた時期なんだからさ」
('A`)「……俺に戻るなよ」
愚痴をついた手の元で、グラスに水が注がれた。
もう少しここにいてもいいのだと、わかるのは嬉しくもあり、恥ずかしくもあった。
ドクオは傭兵である。
国軍の兵士になることもできたが、今の今まで拒否している。
603
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:17:27 ID:RSX8/wbk0
テーベ国軍は、有事のときには傭兵を募る。
最近のもっとも大きな事件はメティスの首都、メガクリテの鎮圧だった。
かりだされた傭兵たちの中で、ドクオはいくつかの軍功も得た。
付随して報酬も多額。たとえしばらく戦いがなくても、
無理をしなければひっそり生きていけることができるほどだった。
戦いがなければ、傭兵は必要でなくなる。
国軍でもないドクオには、国事への参加もない。
ゆえに昼間から酒が飲める。
工場労働者になるつもりは、ドクオにはまったく思い浮かばなかった。
604
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:17:50 ID:RSX8/wbk0
自分にできることは何か。
この頃時間のあるときに、ドクオはよく考える。
逆に言えば、暇なときでないと、こんな悩みは抱かない。
結論はひとつ、戦うことだ。
ずっとそれが、自分のやるべきことだと思ってきた。
魔人を憎み、彼らを倒すことのみを考えて、研鑽を積んだ。
ラスティアで魔人の受け入れが進んでからも、
油断せずに監視を続け、レジスタンスを組織した。
魔人に取り込まれていた城に潜入したとき、心躍っていたのも確かな事実だ。
605
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:18:16 ID:RSX8/wbk0
ラスティアが陥落してからは、
ことの成り行きでテーベに辿り着き、魔人の討伐に荷担した。
テーベ主体の、自国の魔人の徹底排除。
強行すぎると、後に国内からも非難された行為だが、ドクオ個人は進んで取り組んでいた。
なぜなら魔人を憎んでいたから。
戦うことこそ自分の正義だと信じていた。
そして、行き着いた森の中で、あの人と対峙をした――
606
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:18:36 ID:RSX8/wbk0
「隙あり!」
劈くような声を聞き、ドクオは咄嗟に身を翻した。
陽光を受けた木刀がオレンジ色に光る。
一閃、その間にドクオは身を屈めた。
揺らいだ相手が腰を浮かせたところへ、蹴りを入れる。
そのまま椅子を持ち上げて、相手の顔目がけて振り下ろした。
悲鳴。
激突する寸でのところで制止させる。
607
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:19:03 ID:RSX8/wbk0
('A`)「……惜しいな」
両手で構えた椅子の先、涙目の相手を見ながら、ドクオはにやりと歯を見せた。
対して、相手は頭を抱える。
(,,;^Д^)「くあー、ドクオさん相変わらず反応早すぎるっすよ。マジで隙がねえっす」
大袈裟すぎるほどに口を広げ、大声で呻き続けて止まらない。
掻きむしった髪はぼさぼさになっていくが、男は一向に気にしていなかった。
608
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:19:39 ID:RSX8/wbk0
( ,,;^Д^)「いったいどうして俺の奇襲がわかったんすか。店入るときも忍び足だったのに」
('A`)「そりゃお前、叫ぶからだろうよ」
( ,,;^Д^)「……あっ」
くあー、と男の声が木霊する。
三匹のカエルの店内が震え、厨房からヒートが顔を出した。
ノハ;゚⊿゚)「げっ、暇人が二人になってる」
609
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:20:23 ID:RSX8/wbk0
( ,,^Д^)「ちーっす、ヒート姐さん。とりあえず生ひとつ」
ノハ#゚⊿゚)「出さねえっつってんだろ」
('A`)「タカラは未成年だしな」
タカラ、とドクオに呼ばれた青年は、頭をかきつつドクオの相向かいに座った。
( ,,^Д^)「バレなきゃいいんですよ、バレなきゃ」
('A`)「こんなくだらんことで悪目立ちするのはやめろ。ただでさえテーベの規律は厳しいんだから」
( ,,^Д^)「かあー、せちがれえ。やっぱりおれはテーベ国民には近寄りたくないですわ。国軍もしかり」
610
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:21:03 ID:RSX8/wbk0
渋面でヒートが運んできたお冷やをタカラは一息に飲み干した。
タカラはドクオと同じく、マルティアからの避難民でありながら、傭兵で居続けている。
国軍への誘いもあったらしいが、気が向かないといって突っぱね続けている。
初めて出会ったのは一年前。
マルティアとの小競り合いの最中、
初めて戦闘に配備されたタカラにドクオが指示を出した。
戦闘は無難に終わり、帰路へつくと、タカラが目を輝かせてドクオについてきた。
戦い方について教えて欲しい。
十代半ばの青年の視線に、ドクオは隠しもせず顔を顰めたが、
青年は何も感じとらずにドクオの背中を追った。
611
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:21:44 ID:RSX8/wbk0
以来、ドクオとタカラの付き合いは続いている。
避けようとしても決して逃げず、いつの頃からかドクオも諦めがついていた。
時には武術を教え、規律を守らせ、社会での振る舞い方をも教えている。
まるで教育係だと揶揄されると、ドクオは決まって嫌な顔をした。
好きでしているわけじゃない、というのがドクオの気持ちだった。
その言い訳を、タカラは一切意に返さない。
鈍いだけかもしれないが、その強引さが、ドクオはいまいち拒否できずにいた。
( ,,^Д^)「ドクオさん、次の隊内訓練出ます?
傭兵もどしどしきてくだせえって感じありましたけど」
612
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:22:26 ID:RSX8/wbk0
('A`)「俺はいいよ。行ったところで囲われて国軍に誘われるのがオチだ」
( ,,^Д^)「そうっすよね、国軍なんて絶対嫌ですよね! あんな顰め面の連中の仲間なんて」
('A`)「や、別にそれが嫌ってわけじゃないけどな」
肩の力が抜ける。
タカラのペースに飲まれる。いつものことだった。
戦いの最中ならば、もう少し緊張感はあるだろう。
タカラだって、真面目な顔をするときもある。でなければ傭兵などなれはしない。
だが今は確かに暇な時期だ。
613
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:23:09 ID:RSX8/wbk0
店内のストーブが灯されると、
じんわりとした温かさが身体を包み始めていた。
もうじき夜が来る。
仕事を終えた人々が押し寄せてくる夜。
賑わいは苦手だが、満足げな人々の顔を見るのは嫌いじゃない。
今日も一日が終わっていく。
弛緩。
言葉が思い浮かんだ、その途端。
614
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:23:48 ID:RSX8/wbk0
「なら、何が嫌なんだ」
声の主は、タカラではない。
(;'A`)「あ」
細い金物。有り体に言えば刃。
その感触が喉に当てられる。
冬の弱々しい温もりが、一瞬にして飛び去った。
殺気がする。
ほんの数センチ後ろから、再び冷たい声がした。
615
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:24:30 ID:RSX8/wbk0
( `ハ´)「答えられないか」
切れ長の目、黒々とした瞳。
振り向かずともイメージが湧く。
無感情のまま、刃先を引くことも可能な目。
(;'A`)「シナー……大尉」
( `ハ´)「うむ、こんにちは」
刃が離れる。
急ぎ呼吸を試みて、咳き込んで少し悶えた。
616
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:24:57 ID:RSX8/wbk0
( ,,^Д^)「シナーさん、何でこっちこないのかなと思ったら隙をうかがってたんすね」
(;'A`)「……一緒に来たのかよ」
( `ハ´)「気配を消し、つねにお前の死角にいた。見えないものはいないとする。人とは単純な生き物よ」
シナーの瞳に向けられ、ドクオは慌てて頷き返した。
国軍大尉、シナー。
中隊を率いるこの男は、傭兵隊を率いる任につくことが多かった。
故にドクオとも顔見知りだ。
617
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:25:26 ID:RSX8/wbk0
('A`)「なんで大尉がこんな一般庶民の店に来てるんですか」
( `ハ´)「散歩」
('A`)「気配消して死角に入ることを散歩とはいいません」
( `ハ´)「それもそうだな」
短いナイフをテーブルに置くと、シナーは真っ正面からドクオと向き合った。
618
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:26:27 ID:RSX8/wbk0
( `ハ´)「しかし公職というわけでもない。
最近は戦いもないからな。有望な傭兵の様子を見に来た。それだけだ」
('A`)「……」
( ,,^Д^)「ちなみに道案内は俺がしやした」
('A`)「お前の行動に意味があったとはな、さすがに盲点だったよ」
( ,,^Д^)ゞ「あ、そうでうすか? えへへ、嬉しいな」
ノパ⊿゚)「皮肉だろそれ。大尉さんお水どうぞ」
( `ハ´)「こりゃどうも」
619
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:27:01 ID:RSX8/wbk0
テーブルにある三つのグラスに水が注がれ、改めてドクオはシナーと向き合った。
この国の一般人とは趣の違う、細長く色白の顔立ち。
ただの水をやたら丁寧に口に運ぶと、シナーの方からドクオに声を掛けた。
( `ハ´)「国軍に入ったらどこまでいけると思っている」
('A`)「入る気はないです」
( `ハ´)「それはいいんだ。仮に入ったとしたら、だよ」
低い声に促される。
ドクオはテーブルの木目に視線を下ろした。
620
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:27:34 ID:RSX8/wbk0
考えてもいない。
そう答えられたらどれだけ楽だろう。
黙考のち、ドクオは口を開いた。
('A`)「小隊長にはなれるでしょうね」
微動しないシナーの横で、タカラが目を見開いた。
( ,,^Д^)「少尉、中尉クラスっすね。そこまで見込めるなんて、さすが」
621
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:28:05 ID:RSX8/wbk0
( `ハ´)「謙遜はよせ」
軽妙だったタカラの口調が、シナーの鋭い言葉に消される。
( `ハ´)「中隊、大隊も率いる素質は十分あろうに」
タカラの息をのむことが聞えた。
ドクオ自身、驚きは隠せなかった。
('A`)「……今し方殺され掛けたところですよ」
( `ハ´)「あんなの、戦場じゃないからだろう。
翻ってみれば、油断さえしなければお前は強い。それはワシも認めている」
622
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:28:32 ID:RSX8/wbk0
機会はいくつもあった。
マルティアとの防衛戦。メティス内乱の鎮圧。そして隊内での戦闘訓練。
シナーが目を掛けてくれていることは、ドクオも感じとっていた。
最も粘り強い勧誘といってもいいかもしれない。
実力は認めている。
だからこそ国軍を奨めてくる。
シナーの言い分をドクオはわかっていた。
それでいて、未だ肯んじ得ない。
('A`)「強さは置いておくとして、意志はないんですよ。
俺は別に、テーベの人じゃないんで」
623
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:29:10 ID:RSX8/wbk0
ラスティアの衛兵。
その身分であることを、度々ドクオは口にする。
体の良い断り文句だ。
( `ハ´)「ワシもテーベの人ではないがな」
シナーは一旦言葉を切って、両目でしかとドクオを見据えた。
( `ハ´)「ワシの故郷は、東の外れ。カルメ砂漠のその先だ。
かつてそこには国があった。戦いの止まぬ不毛の地。
いつしかそれらは、森に飲まれて消えていった」
シナーは一瞬上を見た。
そこにかつての故郷が浮かんでいるのかもしれない。
624
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:29:51 ID:RSX8/wbk0
視線は再び、ドクオへ戻った。
( `ハ´)「ワシ自身、わからないから聞くのだが、国への忠誠はそんなに大事なことなのか。
ワシの経験上、国のために戦う男はみな、建前だ。
本当は戦いたくない、それを隠すために、国を理由としてあげる。
国など所詮、人の作るもの。多くの人にとってみれば、今このときを生きることの方が大事なのだ」
( `ハ´)「で、お前は本当に国が大事なのか。
かつて失われた国に身分があったとして、その身分を後生大事に掲げるのか。
そこにどんな意味があるというのだね?」
答えには窮した。
そもそも考えつかなかった。
建前は完全に見抜かれている。
ならばもはや意味を成していない。
625
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:30:17 ID:RSX8/wbk0
シナーはじっとドクオを見据え、両手を組んで答えを待った。
だが、ドクオが何も言わないのを悟ると、一人俯いた。
( `ハ´)「……テーベの北端に、ヘゲモネという街がある」
話の筋が唐突に変わる。
シナーはドクオの顔を見ず、淡白な顔をしていた。
( `ハ´)「貿易街として栄えた街だ。工芸品の作成、輸出の他
魔人の売買など、裏方で怪しい商売を続け、潤っていたテーベの暗部だ。
もっとも今となっては、魔人廃止の国策を受けて、寂れるいっぽうだがね」
626
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:30:57 ID:RSX8/wbk0
( `ハ´)「その街の北側、国境付近のコレー山渓の隘路で、マルティアの軍事部隊が先日確認された。
監視員は国境侵犯の疑いで軍に報告をしてくれた。しかし、越境というにはグレー。
奴らはマルティア国からテーベの端を通り、旧ラスティア領へと向かっていった」
( `ハ´)「軍上層部はマルティアに注意勧告を出す。早ければ一週間後には決定は下されるだろう。
マルティアが素直に従えば、軍事部隊は自国内での移動に切り替えるだろう」
( `ハ´)「そもそもどうしてコレー山渓を歩いていたのか。
目的のラスティア領までの近道、というには、道が険しすぎる。
なぜ通りにくい道をわざわざ選んでいたのか。
ワシには、人目を避けていたように思えるんだ」
無表情だったシナーの口元に、不意に薄い笑みが浮かんだ。
627
:
◆MgfCBKfMmo
:2017/12/16(土) 00:31:27 ID:RSX8/wbk0
( `ハ´)「個人的関心に国軍は使えない。いいたいことはわかるな」
双眸がドクオをつかまえる。
力を込めているわけでもないのに、刺されているような感触がドクオにはあった。
('A`)「……旧ラスティア領に入ったら追いかけられません。テーベ国内、ヘゲモネ領地内だけになります」
( `ハ´)「致し方ないさ。成果がなくても構わない。
こそこそ隠し事をしている奴らのことを調べたい、悪趣味な児戯のようなものだからね」
シナーの唇がつり上がる。
笑っているというのに、冷たい感触はドクオから離れなかった。
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