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( ^ω^)優しい衛兵と冷たい王女のようですζ(゚ー゚*ζ 第三部

1 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:01:44 ID:U0jBOVFc0
第二部までのお話はBoon Roman様に収録されています。
http://boonmtmt.sakura.ne.jp/matome/sakuhin/tender/
(リンク先:boon Roman)

450 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:11:13 ID:nozhF/0E0
ξ゚⊿゚)ξ「……グルーがやられたみたい」

 ツンが険しい顔つきになり、ブーンに向き直った。

ξ;゚⊿゚)ξ「急いで、裏口へ」

 客間を出て廊下を渡り、鉄製の簡素な扉をツンが開いた。
 店の裏手の林は薄暗く、雨にしとしとと濡れていた。

 湿った地面の上をブーンは歩み進んだ。

ξ゚⊿゚)ξ「ありがとう」

 先にツンが言った。

( ^ω^)「いやいや、いいよ。いろんな目にあったけど、賑やかで楽しかった」

451 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:12:05 ID:nozhF/0E0
ξ゚⊿゚)ξ「……うん」

 しばらく黙ってから、ツンが頷いた。
言葉の間が気になって、ブーンはしばらくツンを見つめていた。

ξ ⊿ )ξ「行って」

 追い払うようにツンは手を払った。

 風が止んだ。
 音も、気配も立ち消えた。

 
 ツンは、揺れの止まった金の髪を掻いた。

 顔が見える。

 震えている。
 幾度となく歯のかち合う音がブーンにまで届いている。

452 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:13:04 ID:nozhF/0E0
 何故彼女が震えているのか、ブーンには皆目わからなかった。
 今日出会ったばかりのツンのことをブーンは何も知らなかった。
 それにもかかわらず、奇妙とも恐いとも感じなかった。

 赤らんだ瞳を震える瞼でこじ開けて、ツンは声を張り上げた。



ξ;⊿;)ξ「あなたとここで、会えて良かった」



 ブーンの背後で扉の閉まる音が、雨音に紛れながら微かに響いた。

 大通りが目に見えたのは、それからさらに数分歩いてからのことだった。





     ☆     ☆     ☆

453 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:14:08 ID:nozhF/0E0
(3)order



 何も見えない場所。皮膚の感触さえ薄く、生きているかもわからない。
 ただ音だけが聞こえている。

 許して。

 ぼやけていた声色が次第に大きくはっきりと聞こえてくる。
 音源は近い。暗がりの向こう側にいるのだろう。

 ニュッ君は思い起こしていた。
 自分の一番古い記憶。
 暗がりの何も見えないところで、やはり女の声が響いていた。

 許して。

 それは彼の一等嫌いな言葉だ。

 迷える人は許しを請う。
 自らの罪を購うために、一心不乱に文言を唱える。

 神様どうか見捨てないで。

 その言葉の行く先に、もうすでに彼はいない。

454 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:15:05 ID:nozhF/0E0
 真っ暗な教会の、聳え立つ扉の下でタオルを巻かれて放られている。
 それで全てが終わったと、思っている女を睨んでいる。

 彼は思った。自分は忘れ去られたのだと。
 神に向けられた瞳はもう自分に注ぐことはないと。

 許して。

 まだ、音が聞こえる。
 あの大嫌いな音が聞こえる。

 まとわりつくようにして、自らを恃む音が聞こえる。

 一体誰が言い続けているんだ。
 黙ってほしい。
 切実に彼は思う。

455 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:16:07 ID:nozhF/0E0
 許して、許して、許して。

 声はなお、一層大きく。

 強く。





ヽiリ,,;ヮ;ノi「ニュッ君!」






 温もりのある光が、瞼を赤く照らした。

456 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:17:06 ID:nozhF/0E0
(メ) ν )「……うぁ」

 喉の奥からガラガラの声が出た。
 自分の声じゃないみたいで、笑おうとして、咳き込んだ。

 彼の口の中で鉄の味が広がった。

ヽiリ,,;ヮ;ノi「ニュッ君……生きてる?」

 彼の視界はなおぼやけていた。瞼をこじ開けても、まだそこには赤い色が広がっていた。
 鉄の匂いがする。その匂いが、彼の全身を包み込んでいる。

 いや、逆か。
 彼はようやく事態を把握した。

 その匂いは自らから流れ出る血のものだった。

(メ) ν )「スパム……先生ェ」

 相変わらずだみ声を発せば口の端に泡が立った。
 身体の奥底が動くことを拒絶していた。

457 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:18:08 ID:nozhF/0E0
 光に目が慣れてきた。
 決して強い光ではない。室内ランプから漏れ出ているものだ。
 ひび割れたそれが、天井から傾げながら辛うじて点滅を繰り返していた。

 窓の外には未だに黒い雲が見えている。雨も降っているようだ。

 スパムの顔はすぐ傍にあった。
 雨に濡れそぼった頬には、黒々とした毛が並んでいる。

 異形のそれの真ん中で、スパムはしかし泣いていた。
 頬張り、角を頂き、骨格から変形していたとしても、その潤んだ瞳だけはスパムと変わらなかった。

(メ) ν )「どうしたんすか、そんな顔して」

 ゼイゼイと言葉にノイズが入り込む。
 言い切った途端、疲労感がニュッ君を襲った。
 強張った腹の奥から血が這い上ってくる。
 それを無理矢理飲み下して、歯を震わせながら、スパムを見つめていた。

ヽiリ,,;ヮ;ノi「許して、ニュッ君」

458 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:19:04 ID:nozhF/0E0
 深遠から聞こえるような響きをスパムは発した。
 それが今の彼女の声だった。

ヽiリ,,;ヮ;ノi「あの音を聞くと、どうにもならないの。普通でいようと思っても身体が勝手に、おかしくなって……」

 声は尻すぼみになっていく。
 目をそらしたスパムは、唇を尖らせた。

ヽiリ,,;ヮ;ノi「どうして逃げなかったの……」

 痛む頭の中で、ニュッ君は記憶を掘り起こした。

 暴れ出したスパムを見て、ニュッ君はそれに立ち向かった。
 逃げようなどとは一切思いつかなかった。

(メ) ν )「止めたかったんすよ、あんたを」

459 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:19:59 ID:nozhF/0E0
ヽiリ,,;ヮ;ノi「……できるわけないじゃない。ニュッ君はただの人間なのに」

(メ) ν )「ええ」

ヽiリ,,;ヮ;ノi「魔人とは全然違うのに」

(メ) ν )「はい」

ヽiリ,,;ヮ;ノi「逃げてくれれば……こんなことにならなかったのに」

(メ) ν )「そんなにひどいっすかね、俺」

 ニュッ君の身体は瓦礫に埋もれていた。
 新しく建てられたばかりの家が四方八方砕け散って、その破片が彼を生き埋めにしていた。

 あっという間のことだった。
 記憶を掘り起こしても、憶えていることはわずかしかない。
 スパムの角が壁や天井を破壊していった。
 まるで現実感もなく、紙細工みたいだ、と思っているうちに、強い衝撃が全身を打った。

 そこから先の意識はない。

460 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:21:08 ID:nozhF/0E0
 辛うじて頭は動いた。
 他はまるで動かない。
 動かせる気にもならなかった。

(メ) ν )「……すいません、先生を見ていたら、自分を止められませんでした」

 生きた心地がしない。
 だが、ニュッ君の口はまだ動いた。
 瞳は、泣き崩れるスパムを見続けていた。

 その涙を止めたいと、切に願った。

(メ) ν )「だから俺も、先生と大差ないっすよ」

(メ) ν )ニッ

ヽiリ,,;ヮ;ノi「……何言ってるのよ」

 怒らせたか。

 心の中でがっくりしながら、ニュッ君はなおも鼻を鳴らした。

461 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:22:05 ID:nozhF/0E0
(メ) ν )「先生は、何にも悪くないっすよ」

 虚を突かれた顔のスパム目がけて、ニュッ君は話を続けた。

(メ) ν )「俺はあのヘルセの町で、先生に仲良くして貰った。真っ当な人として扱って貰えて、心底嬉しかった。
 今日は運が悪かったんすよ。そこに、俺が勝手に突っ込んだだけ。自業自得です。
 先生を祝いたかっただけなのに、粋がっちまった。情けねえ」

 でも。
 血を吐きそうになるのを堪えながら、ニュッ君は言葉を手繰り寄せた。

(メ) ν )「先生はちゃんと戻ってくれました。それだけで十分っす。
 俺は先生のことを許します。当然、絶対」

462 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:24:16 ID:nozhF/0E0
 言いながら、ニュッ君は自分に驚いていた。
 頭の中は痛みが飛び交っている。とても思考できる状態ではない。
 それにもかかわらず、次から次へと言葉が溢れてきた。

 自分が話しているのではないような気分がした。
 自分のどこに、人を許す余裕があるのか、不思議でならなかった。

 あんなに嫌いだった、「許して」という言葉を聞き入れるなんて。

 そもそも魔人自体に嫌悪を抱いていたはずなのに。

 波打っていたものがぶつかりあい、混濁した。

 ニュッ君の胸中は凪いでいた。
 獣と化したスパムを見て、その全景を見据え、なおも乱れなかった。

 血だまりに身を浸されていようとも、瓦礫に埋もれていようとも。
 スパムの声が自分に向けられていることを、むしろ彼はひたすら嬉しく思った。

(メ) ν )「だから先生、幸せになってください」

463 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:25:03 ID:nozhF/0E0
ヽiリ,,;ヮ;ノi「……いや」

 咄嗟、といった様子でスパムはニュッ君に叫んだ。

ヽiリ,,;ヮ;ノi「幸せになんてなれない。そんな資格、あたしにはない」

(メ) ν )、「あるっすよ」

 ニュッ君も叫び声になった。
 口の端に泡立つ血が弾け飛んでも気にならなかった。

(メ) ν )、「絶対。先生が生きていける場所が絶対どこかにあるはずなんです。だから今は逃げて、生き延びて」

ヽiリ,,;ヮ;ノi「無理よ!」

 スパムは絶叫し、頽れた。
 足が支えを果たさなくなり、ニュッ君を囲む瓦礫に撓垂れかかった。

464 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:26:02 ID:nozhF/0E0
 両の手が彼女の顔を覆う。
 獣の毛の内側で、本来の髪が掻き上げられた。

ヽiリ,,;ヮ;ノi「無理よ……もう、どうやって生きたら良いかわからない」

 響き渡る慟哭とともにスパムの角が壁をまた削った。
 半壊したそれがさらに崩れ、雨が入り込んでくる。

 遠くで警報が鳴っている。サイレンが起きたあとによく町に響き渡る、義勇軍の警報だ。
 どこかで魔人が暴れている。軍はすでに出動しているだろう。
 この家の惨状も、見ればすぐにわかるだろう。

(メ) ν )「逃げてください」

 ニュッ君の言葉に、スパムは首を横に振る。
 顔を見合わせてくれなかった。

ヽiリ,,;ヮ;ノi「ここにいる」

465 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:27:01 ID:nozhF/0E0
(メ) ν )「先生」

ヽiリ,,;ヮ;ノi「いいよ。軍が来ても、あたしは逃げない」

 スパムの震えが止まった。
 顔が上がり、角がさらに壁を穿つ。

ヽiリ,,;ヮ;ノi「それがこの社会の秩序だもの。こんな風に暴れちゃうのも、その咎で捕まるのも。
 もう抗うのは疲れたよ。もういいの。
 何にも興味を抱かなければ、あたしはもっとずっと、平穏に――」

 不意に声は途切れた。

(メ) ν )「スパム先生?」

 問いかけたニュッ君の前で、スパムは固まっていた。
 口を閉じ、目は見開いて、呼吸さえも止めているようだった。

466 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:28:05 ID:nozhF/0E0
(メ) ν )、「先生」

 再度呼びかける。
 それが引金となったのか、スパムの口が歪んだ。

 笑ったのかと最初は見えた。
 しかしすぐに笑みは消えた。口はただ、大きく広げられただけだった。



 音が響いた。

 辛うじて人の声が聞こえていた、先刻までとはまるで違う。
 低く籠もった、トナカイの鳴き声だ。



(メ) ν )「まだ……戻ってなかったのかよ」

467 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:28:45 ID:nozhF/0E0
 あるいは一時だけ、スパムの意志が獣の本能に打ち勝っていた。
 そう思いついた途端、ニュッ君は吐息をついた。
 自分にも不思議な、安堵からくる溜息だった。

 続いて、諦念がせり上がってくる。
 やるだけのことはやった。
 これ以上できることはない。

(メ) ν )「……同じっすね、先生」

 すでにスパムの瞳に正気は宿っていなかった。
 超克した意志も丸め込まれたのだろう。
 赤く血走り光る瞳はどこにも焦点を合わせないままで、毛むくじゃらの身体が揺れた。
 足を鳴らせば床が弾け、角を震えば天井や壁がこぼれ落ちる。

 足下に散らばっていた瓦礫を蹴散らして、スパムがニュッ君に注いだ。

 知己の者へ向ける視線とは違う。
 獲物を捉えた獣の目。

468 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:29:37 ID:nozhF/0E0
 咆哮が聞こえた。

 振動に、ニュッ君は目を開けていられなかった。
 大きな力を前にして、視界は暗くなる。



 もうこれでいい。
 頭の中で同じ言葉を繰り返した。



 悔やみも恨みもしない。
 怒りも悲しみもどこか遠くへ逃げてしまった。

469 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:30:37 ID:nozhF/0E0
 今まで、それなりに長い旅をしてきた。
 メティス国内の北から南へ、寄り道をしながらも留まることなく歩んできた。
 傍らには妙に武道に長けた男がいて、出会った人も多い。知ったことも、思い知らされたこともある。
 経験したことは少なくない。

 旅だったヘルセの町には自分の育ての親がいる。
 申し訳ないといえば、その人のことだ。
 せっかく俺のためを思って旅を見送ってくれたというのに、と不甲斐ない想いを噛みしめた。

 次いで、頬を温かいものが伝った。

 元よりニュッ君は孤児だった。
 最初に育った教会を旅立つとき、自分は一切泣かなかった。
 泣くべき対象を思いつくこともなかった。

470 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:31:40 ID:nozhF/0E0
 やり残したことはいくつもあった。
 遠くへ行きたいとも思ったし、働きたいとも思った。
 破壊される街並みを前に、強い憤りを感じた。

 そして一番の心残りは今すぐそばにいる。
 できることなら自分の手で止めてあげたかった。
 一時の正気だけでなく、これからずっと、先まで保証できるように。

 顎から滴り落ちる涙が喉元を熱く湿らせた。


 俺も変わったものだ。
 最期になって、思い起こすものがたくさんあって、やり残したと思えるものがある。
 まるで普通の人のようだ。



 ああ、そうか。
 それが俺の望みで、だから俺は安堵しているのか。

471 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:32:35 ID:nozhF/0E0
(メ) ν )ニッ


 自分に向って、ニュッ君は笑んだ。





 そして、不思議に思った。
 どうしてこんなに思考を続けられるのか。

 スパムは、今にも自分を襲おうとしていたのではなかったのか。

472 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:33:22 ID:nozhF/0E0
 ニュッ君は恐る恐る薄目を開いた。

 スパムは目の前に立っていた。
 血走っていた瞳が、元の色合いに戻っている。
 それどころか、見ている間にも体毛が散っていった。

(メ) ν )「先生?」

 驚愕に、ニュッ君は目を見開いた。
 瞬いても、目の前の自体が理解できなかった。



(    )「魔人には、魔人の秩序がある」

 スパムの背後からその声はした。
 深く落ち着いた、人間の男の声だ。

473同志名無しさん:2017/05/20(土) 22:33:31 ID:2Kcgz2560
久々だなしえしえ

474 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:34:17 ID:nozhF/0E0
 スパムの肩に手を触れて、その男は脇に立った。

(    )「君たちは縛られている。ずっと、僕が生まれるよりも遥かに昔から」

 男はスパムの身体を手繰り寄せた。


 放心した様子のスパムが膝立ちになり、男に凭れた。


ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「あなた……」

 それは人の声だった。

475 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:35:33 ID:nozhF/0E0
(    )「もう大丈夫」

 抱擁する二人を前に、ニュッ君は悟った。
 この男がスパムのパートナーなのだ。


( д )「もう大丈夫。元通りになる。たとえまたサイレンが鳴っても、いくらでも元に戻す」

 スパムの肩に手を回しながら、男は唇を噛んだ。
 微かな怒りがその顔に見て取れた。


( д )「いくつもの事態が君らに降りかかろうとしても」





                オルドル
( ゚д゚ )「僕に君らの"秩序"は効かない」

476 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:36:25 ID:nozhF/0E0
 男は、壊れた天井を見据えた。
 精悍な横顔がニュッ君からよく見えた。

 大柄で、優しそうな男。
 いつかスパムがそう表していた。

 そのとおりだと彼は思った。




     ☆     ☆     ☆

477 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:42:36 ID:nozhF/0E0
(4)優しさ



 メガクリテ南方に聳える正門が開き、武装した軍勢が侵攻を始めた。
 何の連絡も受けていなかった、町の市民は驚き迷い、どこへともしれず逃げ出す者もいた。
 混乱を余所に、見知らぬ軍勢は街道を闊歩し、一斉に市街地へと踏み行った。

 彼らの赴いた先は全て、義勇軍により、魔人の出没する危険地帯と見做された地域だった。
 これにより、市民はようやく彼らが敵でないと知る。

 軍の中には、金の螺旋が描かれた赤い旗が靡いている。
 隣国、テーベの軍だった。

 招き入れたのは義勇軍だ。
 町の惨状を見かね、国軍が鈍重なことに苛立ち、遠方まで使者を飛ばした。

478 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:43:28 ID:nozhF/0E0
 隣国の首都の窮状を救ってほしい。
 通常ならば到底受け容れられぬ願いだろう。
 国軍はその国を守るために組織されているものだ。

 人材にも武装にも配備には費用が掛かる。
 遠征ともなれば食糧補給や医術、道中の工程をも詳らかに計画しなければならない。
 義勇軍とてそのことはわかっていた。
 それでも使者を送ったのは、窮状に憤る者の声が高く、強く響いたからだ。



 幸か不幸か、テーベ国軍は快諾した。

479 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:44:28 ID:nozhF/0E0
 メガクリテ市内に蔓延る魔人、総数約千名。
 一方テーベが派遣した軍人は総勢一万を超えていた。
 しかもその全てが、テーベの開発した量産型の新武装を兼ね備えていた。

 鋼よりも固く、それでいて衣服と変わりない重量の鎧、
 さらに銃剣と車、果ては空飛ぶ機械までもが投入された。
 噂に伝え聞いていたテーベの飛行機。
 その雄姿をこのとき初めて目にしたという市民も少なくなかった。

 鉄の胴に鉄の翼。爆音を張り上げて空を行く鉄の鳥。
 市民の見守るその先で、底部の蓋が開き、銃を覗かせた。
 狙いは危険地帯。元々の飛行音に発破の轟音が重なり、現場は耳を聾さんばかりだったという。

 しかし後の記録によれば、このときの飛行機の成果は芳しくなかった。
 被弾した魔人はゼロ。戦闘能力よりも、市街地をむやみに破壊した罪に却って問われることとなる。
 豪放磊落な軍幹部が前向きでなければ、運用までの道筋はまだまだ遠かったことだろう。

480 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:45:27 ID:nozhF/0E0
 テーベの国軍は意欲的だった。
 一方メティス、メガクリテの市民は判然としないままことの次第を見守っていた。
 倒されていく魔人を見て快哉を叫んだ者もいる。

 他国の軍隊が首都に攻め入っている。
 魔人討伐という名目があろうとも、そのことの異常性に気づく者は現場にはいなかった。



 時は戻って。

 テーベ侵攻の始まらんとしたとき。



ξ-⊿-)ξ「いなくなったわ」

 フュームの中でツンは肩を落としていた。

481 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:46:28 ID:nozhF/0E0
ξ-⊿-)ξ「逃げちゃったみたい。グルーが暴れたから、恐くなったんでしょ」
 _,、
(・く・ハリ「本当か」

 即座にハクリが鋭い視線をツンにぶつけていた。

ξ゚⊿゚)ξ「疑うの?」
 _,、
(・く・ハリ「ツンを責めるつもりはないが、あいつがそれくらいのことで逃げるなんて思えなくてな」

 椅子に腰掛けたハクリは肩を押さえていた。
 ブーンが訪ねてきたときに一打見舞われた場所だ。
 それに加え、暴れるグルーを抑えているうちに痛みは再発していた。

(グー゙ル「そうだったーとしかいえねーよん、兄貴」

 グルーが飄々と口を挟んだ。
 もっとも全身を縄で縛られ横たわったままにしては異様に軽やかだった。

(グー゙ル「とにかくもうこの店のどこにもいねーんさ、気にしたってしかたねーんよ」
 _,、
(・く・ハリ「……それはそうだが」

482 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:47:31 ID:nozhF/0E0
( ´∀`)「納得いかないモナ?」

 ハクリの歯切れの悪さを見て、テーブル席に腰掛けていたモナーは首を傾げた。
 _,、
(・く・ハリ「強かったんだ」

 ハクリは静かに受け答えた。
 _,、
(・く・ハリ「俺に勝った男だ。いくら凶暴になったと言ったって、グルーに臆するとは思えない」

( ´∀`)「ほうほう、それは気になるモナ。いったい実際のところどんな人で」

ξ゚⊿゚)ξ「ダラダラ話している時間はないんじゃないの」

 話の途中で、ツンが言葉を突き刺した。

ξ゚⊿゚)ξ「街の方が騒がしい。義勇軍に動きがあったみたい。
 ここもそろそろ危ないわ。酋長、連れて行くならはやくした方がいいわよ」

483 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:48:33 ID:nozhF/0E0
爪;'ー`)y-~「ツン、お前……」

 驚き顔のフォックスを、ツンは一瞥した。

ξ゚⊿゚)ξ「何ですか」

爪;'ー`)y-~「いや……お前が言うこととは思えなくてな」

ξ゚⊿゚)ξ「気が変わったんです。森も案外、いいところかもしれないでしょ」

爪;'ー`)y-~「……へえ」

 物言いたげだったフォックスは結局目を伏せ、煙草を吸った。

爪'ー`)y-~「酋長さん、意見は」

( ´∀`)「急ぐのは賛成、ただ表の道はかなり厳しいモナ。やっぱり裏の林を抜けるのが一番モナね」

484 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:49:30 ID:nozhF/0E0
 グルー、ハクリ、ツンはモナーとフサギコの後に続いて裏口に回った。
 雨を受けて霧がかかっており、視界は頗る悪かった。

( ´∀`)「林の先に仲間を配置したモナ。まっすぐ行けば出会えるモナ。
 そこから先は森を伝ってエウロパまで行けるモナよ」

(グー゙ル「そんな楽にいくかなー」

(・く・ハリ「楽なわけがない。いつでも身を守れるようにしておけ」

(グー゙ル「おー、でも僕簀巻きー」

(・く・ハリ「……」

ミ,,゚Д゚彡「解いたらだめだからな。サイレンはぶり返す例もあるんだから」

(グー゙ル「おー」

ξ゚⊿゚)ξ「……」

485 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:50:32 ID:nozhF/0E0
爪'ー`)y-~「不安かい」

「司教、気にしなくていいですよ」

爪'ー`)y-~「お前それ否定できてないぞ。お前にしては珍しいな」

ξ゚⊿゚)ξ「まあ、エウロパの森は今までずっと逃げていたところですから」

爪'ー`)y-~「……」

 くすぶる煙草の香りが広がる。
 雨に降られていようとも、煙は執念深く漂っていた。

 フォックスが大きめに息を吐いた。



爪'ー`)y-~「いつかお前が本心を見せてくれると信じていたんだがな」

 独り言のようにも聞こえた。
 聞流すこともできただろう。

486 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:51:34 ID:nozhF/0E0
 ツンは息をのんだ。
 微かに、フォックスにしか聞こえない音で。

ξ ⊿ )ξ「……苦手なの、そういうのは」

 そう言って、ツンはフォックスから目を背けた。

爪'ー`)y-~「……知ってるよ」

 目を細めながら、フォックスは呟いた。
 煙のようなその声は雨音に消えた。



( ´∀`)ノシ「さあさ、私が先に歩くモナ。ついてきて」

 諸手を挙げてモナーが歩き始める。

487 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:52:37 ID:nozhF/0E0
 グルーとハクリが続き、ツンも歩き始めようとした。

( ´∀`)「おっと、待つモナ。君はフサギコと行けモナ」

ξ;゚⊿゚)ξ「えっ」

( ´∀`)「一緒くたに歩くと危険モナ」

ミ,,゚Д゚彡「というわけだ」

 いつの間にやら、フサギコはツンの傍らにいた。

ξ;゚⊿゚)ξ「フサ……」

ミ,,゚Д゚彡「大丈夫、置いてったりしねえから」

 ツンの視線が揺らぐ。
 フサギコからずれ、あてもなくさまよった。


爪'ー`)y-~「ツン」

488 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:53:32 ID:nozhF/0E0
 フォックスの声に、ようやく瞳の動きは止まった。

     
爪'ー`)ψ~「元気で」



ξ゚⊿゚)ξ



ξ゚ー゚)ξ「……はい」

 フサギコが歩き始めた。
 モナーとは斜めにずれていく。

ξ゚ー゚)ξ「行って来ます」

 それきりツンは振り返らなかった。
 暗がりへと進んでいくフサギコの背中をただ一心に睨み付けていた。




     ☆     ☆     ☆

489 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:54:34 ID:nozhF/0E0
ミ,,゚Д゚彡「なあ、ツン」

 ふと、フサギコが足を止めた。
 つられてツンも立ち止まる。

 まだ目的地ではないだろう。
 四方八方林の中。仲間の影などどこにもない。

ミ,,゚Д゚彡「俺をお前につかせたの、ありゃ酋長なりの優しさだぜ」

ξ゚⊿゚)ξ「はあ? 何それ」

ミ,,゚Д゚彡「俺は多少なりともお前を知っている。俺はお前を無闇に見捨てる気もない」

 フサギコは振り返った。
 長髪の内側で、真っ直ぐな視線がツンを捉えている。


ミ,,゚Д゚彡「だからさ、正直に言ってくれよ。ブーンを逃がしたろ、お前」

490 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:55:33 ID:nozhF/0E0
ξ゚⊿゚)ξ「……」

ξ゚⊿゚)ξ「わかる?」

ミ,,゚Д゚彡「バレバレだって。お前とブーンの関係は酋長だって知っているんだし」

ξ-⊿-)ξ「まあ、疑われてもある程度は仕方ないわね」

ξ゚⊿゚)ξ「でも……それも約束を守るためよ」

ミ,,゚Д゚彡「……」


ξ゚⊿゚)ξ「ちゃんと約束通り、ブーンには何も言わなかった。私達は他人のままでいる。
 二度と関わり合いにならないことが酋長の提案した条件だったはずよ」


 薄闇になりつつある中で、フサギコは渋い顔をしていた。
  _,、
ミ,,゚Д゚彡「そうかもしれないが」

491 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:56:32 ID:nozhF/0E0
ξ゚⊿゚)ξ「ね? だから何も問題ないでしょ」
  _,
ミ,,゚Д゚彡「いや、違うんだ」

 顔をゆがめたまま、フサギコは言葉を続けた。
  _,
ミ,,゚Д゚彡「酋長はブーンと会いたがっている」

ξ゚⊿゚)ξ「……フォックス司教との手紙の話? あれ、本当なの?」
  _,
ミ,,゚Д゚彡「ああ」
  _,
ξ゚⊿゚)ξ「……なんでよ」

 言うやいなや、ツンの顔に赤みが差した。

492 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:57:30 ID:nozhF/0E0

  _,
ξ゚⊿゚)ξ「酋長こそ関係ないじゃない。ブーンは一般人よ」
  _,
ミ,,゚Д゚彡「俺は知らねえよ。酋長はあんまり自分の考えを言わないから」

ξ#゚⊿゚)ξ「だったら聞き出してよ!」

 ツンはフサギコに迫り、睨めつけた。

ξ#゚⊿゚)ξ「それともあたしをバカにしているの? 何のために約束したと思っているの。
 森で見たことや聞いたことを思い出せなければいいって言ったのは酋長じゃない!」

ミ,,;-Д-彡「……すまない」

 フサギコは目を閉じ、重々しく頭を下げた。
 ツンは涙目を腫らしながらしばらく口を動かしていたが、言葉にはならなかった。

ξ#゚⊿゚)ξ「フサが言っても意味ない」

 苦々しい様子でツンは唇を噛んだ。

493 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:58:32 ID:nozhF/0E0
ξ#゚⊿゚)ξ「酋長を問いただしてやる。森に着いたら」

ミ,,゚Д゚彡「森には行かない」

 唐突にフサギコが口を挟んだ。

ξ;゚⊿゚)ξ「……え」

ミ,,゚Д゚彡「ごめんな、伝えるのが遅くなった」

ξ;゚⊿゚)ξ「ちょっとそれどういうことよ」

ミ,,゚Д゚彡「サイレンは“出来損ない”にも影響するんだ」

494 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 22:59:33 ID:nozhF/0E0
 フサギコは一転、勢いづいて話し始めた。

ミ,,゚Д゚彡「森の中でも、凶暴化は確認されている。居住区で大きな被害があった。
 オルを通じての制御も受容器のない“出来損ない”には効かない。
 森は“出来損ない”への処遇を変えた。猶予はない。確認されている全員を“遠つ祖の地”へ運ぶ予定だ」

ξ;゚⊿゚)ξ「西方域外の……死の灰の地へ?」

ミ,,゚Д゚彡「それは300年前の話だよ」

 フサギコは改まって、ツンと向かい合った。
 凜々しく澄ませた顔は矜持を湛えていた。

ミ,,゚Д゚彡「この星へ来てからずっと、俺たち魔人は土地の浄化を進めてきた。
 今は暮らしている人間さえもいると聞く。昔のような、毒ガスまみれのところじゃない」

 フサギコの口調は終始毅然としていた。

495 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:00:32 ID:nozhF/0E0
ξ;゚⊿゚)ξ「でも」

 ツンの表情からは焦りが消えていなかった。

ξ;゚⊿゚)ξ「そんなところへ行って何をするの」



( ´∀`)「何もしなくていいんだモナ」

 草の葉を踏み分けて、暗がりから朗らかな顔が現われた。

496 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:01:30 ID:nozhF/0E0
ミ,,;゚Д゚彡「酋長!」

 フサギコは目を見開いた。

ミ,,;゚Д゚彡「い、いつからそこに」

「あの二人を仲間に引き渡してからすぐ、五分くらい前からモナよ。
 君らが話に熱中しすぎていたんだモナ」

ミ,,;゚Д゚彡「……何か聞かれました?」

( ´∀`)「ぬふふ、何も記憶にないモナ」



ザッザッザッ

( ´∀`)「モナ?」

497 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:02:29 ID:nozhF/0E0






  「だらっしゃああああああ!」

Σ==========ξ#゚⊿゚)ξつ);´∀`)「ぐえー」



ミ,,;゚Д゚彡「あー!!」

ξ#゚⊿゚)ξ 「ふんっ」
 つ=つ シュッシュッ

 綺麗な弧を描いてモナーは地面に倒れ伏した。

 握り拳を振りぬいて、ツンは仁王立ちになった。
 重たく吐息を吐いたまま、視線はなおもモナーにむいていた。

498 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:04:24 ID:nozhF/0E0


     ビシィッ
ξ#゚⊿゚)ξσ「次は頭よ、モナ公」

ミ,,;゚Д゚彡「いやそこ今クリーンヒットしたろ。ていうかお前何してんだよこのバカ!」

ξ#゚⊿゚)ξ「問いただすって言ったでしょ」

ミ,,;゚Д゚彡「その言葉にぶん殴るって意味はねえよ」


( ´〜`)「モニャモニャ」


( ´∀`)「……ナ、モナ。よし、顎が嵌まったモナ」

499同志名無しさん:2017/05/20(土) 23:04:40 ID:2Kcgz2560
魔人て宇宙人なの?

500 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:05:06 ID:nozhF/0E0
ミ,,;゚Д゚彡「ご無事ですか酋長」

( ´∀`)∩「元気モナ。ツンも血気盛んモナね」

ξ#゚⊿゚)ξ「……殴られた意味はわかりますか」

( ´∀`)「素直に聞き入れてくれないだろうとは思っていたモナ」

ξ#゚⊿゚)ξ「当然です。納得できません。どうしてブーンを追うんですか」

( ´∀`)「業務上必要になったモナ」

ξ#゚⊿゚)ξ「彼は私達と無関係な、一般人です」

( ´∀`)「うん。だが、あに図らんや、彼はある意味では渦中にいるのかもしれないモナよ」

501 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:06:44 ID:nozhF/0E0
ξ#゚⊿゚)ξ「……?」

( ´∀`)「彼の記憶が必要なんだモナ。これは君らを返したときにはわからなかったことモナ。
 不義理にも見えるだろうけど、その点は本当に申し訳ないモナ」

 モナーは深々と頭を下げた。

 雨は霧雨へと変わった。空の雲間には夕暮れも覗いている。
 まもなく日が沈む。暗がりは一層暗くなる。

 顔を顰めていたツンは、静かに口を開いた。

ξ゚⊿゚)ξ「もう一つ聞きたいことがあります」

ξ゚⊿゚)ξ「あたしは森に戻らないと聞いたんですが、本当ですか」

502同志名無しさん:2017/05/20(土) 23:06:50 ID:2Kcgz2560
あに図らんや?

503 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:07:21 ID:nozhF/0E0
( ´∀`)「……」

( ´∀`)「フサギコ」

ミ,,゚Д゚彡「は」

 モナーの脇にフサギコが跪いた。

( ´∀`)「これもまだ説得できてなかったモナ?」

ミ,,;゚Д゚彡「……すみません」

ξ゚⊿゚)ξ「納得なんてしないわよ」

 ツンは憤りを露骨に示した。

504 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:08:14 ID:nozhF/0E0
ξ#゚⊿゚)ξ「勝手に出来損ないを死の灰の地に送り込むなんて、誰が納得できるというの。
 何よ偉そうに。そんなの、テーベのけったくそ悪い奴らとわらないじゃない」

( ´∀`)「フサギコ」

ミ,,゚Д゚彡「は」

 と、聞こえたときには、すでにフサギコの姿は消えていた。
 ほぼ同時にツンの手が後ろに回される。

ξ゚⊿゚)ξ「フサ」

ミ,,゚Д゚彡「悪く思うな」

505 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:09:15 ID:nozhF/0E0
 後ろ手を取られ、ツンの身体が引き寄せられる。

( ´∀`)「悪いけど、こっちも急いでいるモナ」

 酋長の顔に翳りが差し、ツンへと近づいていった。






     ☆     ☆     ☆

506 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:10:17 ID:nozhF/0E0
(5)鐘の鳴る街


 街中に広がる騒音は、雨音とともに小さくなった。
 魔人からの抵抗はほとんどなかった。
 瞬く間に鎮圧は進行し、瓦礫と硝煙が街道を埋め尽くした。

 叫びや喚きの声が響く。
 正気を取り戻したばかりの魔人が縄に囚われ曳かれていった。
 メガクリテの塀の外、テーベが用意した収容車の中へ次々と送られていく。

 彼らはこれからテーベの北西へと目指す。
 目指しているのはエウロパの森。捉えた魔人は全てそこへ送ることが取り決められていた。
 どういう意図なのか、一般兵には知らされていない。
 上層部の命令に素直に従い、齷齪しながら魔人を運んでいく。

 彼らはそのために集められた軍隊だった。
 テーベ国軍内での立場は決して高くない者たちが、功績を求めて遠征をした結果だった。

507 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:11:13 ID:nozhF/0E0
 何も知らないメガクリテの市民は感謝し、褒め称えた。
 全ては自国の政府が黙っている隙に行われている。

 予測はできても止められはしない。
 街は今のところ、つかの間の平和を取り戻そうとしていた。



( ^ω^)「ここか」

 メモ用紙と目の前の景色を見比べて、ブーンはぽつりと呟いた。

 小綺麗な街道の名残があちこちに広がっている。
 そのひと区画に、半壊した建物はあった。

 ツンは新居だと言っていた。
 だが今のそれは、紛れもなく廃墟だった。

508 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:12:12 ID:nozhF/0E0
 人の気配はある。
 だがそれは建物内を捜索する軍隊のものだ。
 赤い紗の入った軍服を来たテーベの兵士が銃剣を携えながら屯していた。

( ^ω^)「何があったんですか」

(・、・兵) チッ

 兵士に聞いても碌な答えは返ってこなかった。
 それどころか露骨に嫌な顔をされた。

 一般市民と話している暇などない。
 口には出さずとも、態度が主張していた。

509 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:13:16 ID:nozhF/0E0
( ^ω^)「……手がかりなし、か」

 何も得られないとわかり、ブーンはその場を離れていった。

 すでに日が暮れている。
 降り続いていた雨も弱くなった。
 か細い陽光の中で、霧に包まれた街がおぼろげに浮かび上がっている。

 肌寒さに身震いし、庇の下で壁に寄りかかった。
 宿はある。が、帰る気分でもない。

510 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:14:13 ID:nozhF/0E0
 歩くのは億劫だった。
 見えにくい視界と相まって、ブーンは自分の存在を不定に感じた。

 どこへ行けば良いだろうか。
 そればかりを考えていた。

 自分の記憶を取り戻す。
 もちろんそれが一番の目標だ。
 揺るがせるわけにもいかない。

 だが、それ以前にもするべきことがあるんじゃないだろうか。
 疑問を抱く胸の底には、先刻別れたツンの顔があった。

511 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:15:10 ID:nozhF/0E0
 詳しい事情は知らない。
 が、悟ることはブーンにもできた。

 彼女は自分を知っている。
 おそらくは記憶がなくなる前の自分についてだ。

 そして彼女は、何も言わなかった。
 言わないという選択をした。
 その裏側には何かが隠れている。
 ブーンの知ってはいけない何か。

 酋長が来る。
 フュームのマスター、フォックスはそう告げていた。

512 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:16:15 ID:nozhF/0E0
 奥の部屋にいたときに玄関の呼び鈴が鳴った。
 あのとき来たのがモナーなのだろう。
 そしてツンは、自分を逃がした。

 このことから、モナーが自分の過去に関わっていると推測は成り立つ。
 魔人の酋長というからには、モナーは魔人の上層に関わる者なのだろう。

 普通の人間は魔人の実態を知らない。
 魔人たちも関わろうとはしてこない。

 人と魔人はまるで別の社会を築いている。
 お互いの秩序の中で生き、触れ合うことで奇妙な主従関係を築く。

513 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:17:15 ID:nozhF/0E0
 自分はモナー知らない。
 なのにモナーは自分と会いたがっている。

 記憶のないうちに主従関係でも結んだのだろうか。
 あるいはそこまでいかないにしても、どこかで出会い、やりとりを交わしたのか。

 考えてみると、自分が目覚めたのはエウロパの森の南だ。
 森の中で何かが起こり、記憶を失い、外へ出た。


 ブーンの頭に閃きが走った。

 同時に身体が戦慄した。
 寒さとはまた別の、怖ろしい想像ゆえだ。

514 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:18:16 ID:nozhF/0E0
 モナーが自分を追いかける理由。
 思い当たる節がある。
 だが、そんなことがありうるだろうか。

 魔人には不思議な力がある。
 人智を超えたそれにより、魔人は人間の願いを叶えてくれる。

 ツンが教えてくれた、”オル”という力の源。
 世界の物理法則に干渉する力。
 その作用が、極小の、脳機能にまで影響するというならば。



 モナーは、自分の記憶を消したのではないだろうか。

515 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:19:17 ID:nozhF/0E0



ズキィ



(; ω )「……いっ」



 唐突な痛みが頭を走った。
 凭れていた壁から離れ、頭を両の手で抱えた。

 霧雨に身体が濡れる。
 庇に逃れることもできず、足がもつれ、しゃがみ込んだ。

 痛みは目の裏側で響いている。
 トリガーは想像だ。
 モナーが自分に手を触れ、記憶を吸い取る想像図。

516 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:20:14 ID:nozhF/0E0
 モナーの笑顔が奇妙に歪んでいる。
 嘲笑か、憐れみか。
 少なくとも、自分のことを対等とは思っていないだろう。



 だが、待て。
 痛みの中で違和感が芽生える。



 僕はどうしてモナーの顔を知っている。

517 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:21:13 ID:nozhF/0E0
 これもまた、想像だろうか。
 いや、違う。

 これは確かに見たことがある。

 薄暗い森の中。
 灯火に照らされた、祭壇の上で、自分はモナーと相対していた。

 モナーの口が動いている。



( ´∀`)「信じるモナ?」



( ^ω^)「もちろんだお」




 答えたのは、自分だ。



 ……だお?

518 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:22:22 ID:nozhF/0E0
(; ω )「うぐっ、くう」

 視界が白んだ。
 頭の痛みが閾値を超えた。

 喉から声があふれ出てくる。
 苦しみ抜いた獣のような叫び声が喉の肉壁をこじ開けてくる。


 ブーンは天を仰いだ。
 景色が歪む。
 暗がりと光が混じり合い、濁流となって押し寄せてくる。


 もはや目は開いていない。
 それなのにイメージも消えない。

 逃げられない。

519 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:23:19 ID:nozhF/0E0
(; ω )「あ、――」



 声が途切れた。
 あるいは耳が聞こえなくなった。



 自分の存在が消える。

 頭の中が景色に満たされた。



 それは霞がかった青空。乾いた強風。

 それは、岩壁。

 そして。

――――――――
―――――
―――

520 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:24:14 ID:nozhF/0E0
ゴーン


ゴーン


          ┌─────────────────────────────────┐
ー、 :  ` ` ー │ お昼になると鐘が鳴り響く。                               │
: : `丶 : :  __│ 街を囲む崖から鳥が一斉に飛び出して、猟師たちが縄を放る。         │
    . \.   │                                                │
\: : : : : : : \  │ 岩壁にいた鉱山夫たちは休憩がてらにそれを見て、快哉を叫んでいた。   ..│
   ヽ     \└─────────────────────────────────┘
`:、「「「「「」_: : : : \: : : : : : : :\: :  /⌒\: : :/: : : : : : : ``ヽ/,.:'´ ,.:'´ ,.:'´/ ,.:'´ / ,.:
`:、`:、`:、`:、``丶、: : : : : : : : : : : ,.ー'´rzzュ: : :/ヽ : : : : : : : /,.:'´ ,.:'´ ,.:'´/  ,.:'´ / ,.:'´
トs。`:、`:、`:、__`ー、: : : : : : /`:、 {ー}: :/`:、 \: : :_: :_彡'´,.:'´ ,.:'´ ,.:'/,.:'´ ,.:'´/ ,.:'´
-_||^iトs。`:、`:、ニニ≧s。`ヽ、/`:、`:、`:| : |,.:'´`:、 `:、 ヽ,.:'´,.:/ ̄,.:'´ ,.:'´ ,.:'´/,.:'´ ,.:'´/,.:''´ ,,:/
-_-_-_冂l≧=zzz、、|^^T=-ミ:.`:、`:、::゙| : |`ヽ、`:、 `:、 `:、/ ,.:'´ ,.:'´ ,.:'´,.'´,.:'´,.:'´ / ,.:'´ー=彡´`:、
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`:、`:、`:、`ヽ、||:. `:、: ゞ=||==ミ、`:、`:、:| ::::|ー-、、`:、`:、|「」i:i:i:「」i:「|:,..‐'´,.:'´,.:'´,.:'´,.:'´,.:'´,.::'´/`:、`:、`:、
`:、`:、`:、`:、`:、``丶、 .:||`ヽ、||^≧s。|:_:_:|:. :. `:、``丶 ̄ ̄ ̄ ̄/,.:'´,.:'´,.:'´,.-'´,.:___∠:. `:、`:、`:、`:、
`:、`:、`:、`:、`:、`:、`:、\:||.:'´.:,.イ゙㍉。:::/\___/ニニニア^\ ̄ ̄ィ癶,.:'´∠ィ=ミ_|____\`:、,..-‐''´
`:、`:、`:、`:、`:、`:、`:、`::.\ィ´ |;;;;;;;;;| ̄|ZZZZZィ´ ゙㍉___/i:i:i:i:i:i:i:\/i:i:i:i:\|「「||i||「「|[][][[]|/,.:'´,.:'´
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`:、`:、`:、`:、`:、`:、`:、`:、___彡'゙ / :レ⌒Y  ,.: ̄| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|─,.:'´,.:'´
┌────────────────┐ 圦-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_-_|,.:'´,.:'´,.:
│ よく憶えている。            ..│ 圦-_-_}三三三三三三三三三}-_-_-_-; ,.:'´,.:'´,.:
│                       .│    \ |::「」::::::::::::::::::::::::::冂:::::::::|-_-_-_/,.:'´,.:'゛,.:'
│                       .│‐r-.r-ュ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄彡'´ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄/
│ ここは岩の街。            ....│┴┴Y      _,. -=    i{-_-_-_-_-_-_-_/
│                       .│     _,. -='^^       i{-_-_-_-_-_-/,.:'´,.:'´,.:'´
│ ずっと昔に彼が生きていた街。  ......│     `ヽ、         /i{ ┌─‐.┐ト、,.:'´,.:'´,.:'´
└────────────────┘         ̄7     /   i{ .|Y⌒Y:| } \,.:'´,.:'´,.:'
`:、`:、`:、`:、 i{     ':ムマニニニマム::::::::::::::::::.、          /  _彡'^    }_|_|;;;;;;;|_|/   \,.:'´,.:'´
`:、`:、`:、`:、`i{     ':ムマニニニマム:::::::::::::::::::::.、        / /       /  l|ニ|l^\    \,.:'´

521 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:25:27 ID:nozhF/0E0
   ・
   ・
   ・


( --- )


( ・-・ )


( ・-・ )「やあ」


( ・-・ )「なんだか久しぶりだね」


( ・-・ ) 「もういいのかい?」


( ・-・ )「……そうか」


( ・-・ )「いや、なに。いいんだ」


( ・-・ )ゞ「ちょっと名残惜しかっただけさ」

522 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:26:35 ID:nozhF/0E0
( ・-・ )「楽しかったけど、疲れもしたよ」


( ・-・ )「いずれにしろ、僕はもう過去の存在だ」


( ・-・ )「いつまでも残るわけにもいかないさ」


( ・-・ )「……」



( ・-・ )「ここからは君の出番だ」



( ・-・ )「もう、振り返るな」

523 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:27:21 ID:nozhF/0E0
( ・-・ )「向き合え」



( ・-・ )「そして」



( --- )「……」




( ・-・ )「贖え」

524 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:28:18 ID:nozhF/0E0
( ・-・ )「それじゃあ」



(  ・-)「……」



(  --)ノシ「あとは、任せたよ」



「衛兵」



―――
―――――
―――――――

525 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:29:12 ID:nozhF/0E0
 雨は止んだ。


 霧は晴れてきた。


 頭の痛みも消えた。


 そして。

(; ω )「……あ、ああ」

 ブーンは顔を押さえていた。
 震える指の合間から、めくれた石畳が見える。
 それすら次第にぼやけてきた。

 滂沱の涙が込み上げてくる。
 抑えきれず、拭っても決して止まらない。

526 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:31:51 ID:nozhF/0E0
 脳裏にいくつものイメージが混じり合っている。
 失っていたそれらが紐解かれた。

 その中で一等大切なものの中に、彼女がいる。



(;゚ω゚)「ツンッ!」



 叫ぶと同時に駆けだしていた。

 疲れていたはずの全身が今は忙しなく動いている。
 身体にも頭にも痛みは残っている。だが無視できる。
 止まるわけにはいかない。

527 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:33:01 ID:nozhF/0E0
(;゚ω゚)「ツン、君は――なんてことを」

 走り進む道には全て見覚えがある。
 彼は元来た道を戻っていた。

 あの林に戻る。
 そしてツンを見つける。
 話すために。
 打ち明けるために。

 日が沈んだ。
 雲間を切り裂く赤い残光が西に消えていく。

 時はいつもと変わりなく流れていた。



     ☆     ☆     ☆

528 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:36:05 ID:nozhF/0E0
(6)それぞれの動機



( ゚д゚ )「ごめんな。みんなを助けられなくて」

 先生はしきりにツンたちに謝っていた。
 それを責め立てる者は、誰一人としていなかった。

 ジンユィが崩壊して丸一年。
 残った少数の仲間とともに、先生は旅を続けていた。

 “出来損ない”たちの集まりは意外なところに隠れていた。
 深い谷の隘路にあったヨウユィ。雪山の洞穴の奥深くにあったショウユィ。人里近くのお花畑のそばにあったチィユィ。

 ユィというのは、魚という意味だ。
 ずっと昔、東の方で栄えた国の言葉らしい。

 別に誰が取り決めたわけでもないのに、コミューンにはみんなこの音が混ざっていた。
 後にそれら全ての創立に先生が関わっていることを知った。
 先生は海が好きな人だったのだ。
 ただそれだけのことなのに、ユィと聞く度、ツンは誇らしく感じていた。

529 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:36:58 ID:nozhF/0E0
 出来損ないの魔人。
 身体の中にオルを受容する器官が生まれつき存在しない。
 だから不思議な力が使えない。
 普通の魔人とは違う、人間とも全然違う。
 居場所のない人たちに、手をさしのべる人たちは、先生以外にもいた。
 自分の暮らしていたコミューンが壊れたことで、初めてこの世界が悪くないように思えた。

 仲間のうちの何人かは、最初に辿りついたコミューンに映りすんだ。
 何人かは先生の後をついて次のコミューンを探した。
 ツンもその中にいて、結局は一番長く先生の後をついて歩いた。

ξ^⊿^)ξ「旅をするのは楽しいから」

 先生に尋ねられると、ツンは決まってそう答えた。

ξ^⊿^)ξ「それにみんなとの約束だったし」

 ジンユィでもらった紙製の地球儀は、いつでもツンの鞄の中にあった。
 慣れない人間の文字を使い、地名を書いた。
 古びた字は下手なのに、ツンは書き直そうとしなかった。

 先生との別れは、一通の手紙に始まった。

530 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:37:59 ID:nozhF/0E0
ξ゚⊿゚)ξ「あたしに?」

 受け取ったツンは、手紙を読んで神妙な顔になり、やがてふらつきながら先生と相談をした。
 差出人は、ツンの数少ない友人のもの。
 彼女をラスティアという国の従者見習いとして招待する、というものだった。

ξ;゚⊿゚)ξ「先生、あたしどうしよう」

 ツンは心底困っていた。

( ゚д゚ )「どうして質問するの」

ξ;゚⊿゚)ξ「だって、先生はまだ、居場所が見つかっていないのに……」

 友達からの誘いは魅力的だった。
 だが、ツンは素直に首を縦に振れなかった。

531 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:38:57 ID:nozhF/0E0
( ゚д゚ )「気にしなくて良いんだよ」

 先生はそう言って笑い飛ばした。

( ゚д゚ )「僕は君の主じゃない。君のことは心配だけど、それを理由に君を縛ろうとは思わない。
 君は自由に選べるんだ。どう生きるかも、何をするかも」

 参考にするには大きすぎる答えだった。
 それでも胸の空く想いがした。

 後日、ツンは友達の誘いを受け容れた。
 街の外れで先生と別れ、城を目指し、耳を必死に隠して従者見習いの面接を受けた。
 緊張はしたが、通ってしまえばあとは気が楽だった。

 採用され、寄宿舎に移り、新たな生活を初めた。

532 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:40:01 ID:nozhF/0E0
 途中、先生が逮捕された噂を耳にした。
 魔人を街に誘い入れた罰を受けたらしかった。
 詳細を知りたかったが、一介の見習いには衛兵に近づくにも限度があった。

 幸いにも、衛兵の知り合いが初日にしてできた。
 頼りない男の子だったが、話しにくいことはなく、むしろ接するにつれて気楽になった。
 妙なところで馬が合ったのかもしれない。
 初めは利己心だったのに、いつの間にかツンは彼と自ら話すようになっていた。



 そして誠に奇妙な縁は、長いこと続いていた。

533 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:41:00 ID:nozhF/0E0
( ´∀`)「まだ納得しないつもりモナ?」

 モナーの問いかけに、ツンは返事をしなかった。
 フサギコに手を取られたまま、項垂れて、口を固く結んでいた。

ミ,,;゚Д゚彡「もう無理だと思います、酋長」

 フサギコが渋面を酋長に向けた。

ミ,,;゚Д゚彡「むしろよく体力がもった方です。これ以上は命に関わる」

( ´∀`)「フサギコ、何度も言わすなモナ」

 モナーの細い目の奥で、黒い瞳が鋭く光った。
 萎縮したフサギコは肩を強張らせた。

534 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:41:56 ID:nozhF/0E0
( ´∀`)「無秩序は、世を滅ぼす。
 たった一人といえど、勝手に動いてもらったこちらは困るモナよ」

ξ ⊿ )ξ「だったらなおさら、認めないわ」

 掠れきった声がツンから漏れ聞こえてきた。

ミ,,;゚Д゚彡「お前、まだ意識が」

ξ ⊿ )ξ「こんなの何でもない」

 気丈に言い切り、ツンはモナーを睨み付けた。

ξ#゚⊿ )ξ「あたしが首を縦に振らない限り、あんたが困るんでしょ? ざまあみなさい。
 もっと困らせてやる。あんたなんかの思い通りになるもんですか。あたしがいくら出来損ないだからって、思い通りになんか絶対にならない」

( ´∀`)「フサギコ」

 ツンの叫びを断ち切るように、モナーが冷たく言い放った。

535 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:42:57 ID:nozhF/0E0
( ´∀`)「やるモナ」

ミ,,;゚Д゚彡「は、はっ」

 瞬間、フサギコとツンの姿が消えた。
 いくつもの破砕音がして、モナーの周囲で枝葉が落ちてくる。
 地面を打ったそれらが跳ね返り、再び地に落ちたとき、土煙が舞った。

 目にも止まらぬ移動。
 しかし消えているわけではない。

 実体を伴ったままの超高速での移動。
 それがフサギコの能力だった。

 フサギコは元の位置に戻ってきた。
 焦げ付いた足下に焼け跡が残っている。

 腕に止まっていたツンの身体が大きく揺れた。
 仰け反り、俯き、足が吊り人形のように振れる。

536 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:44:21 ID:nozhF/0E0
ξ Д )ξ「う……げえ」

 一瞬放心したのち、ツンが呻いた。
 遠心力に内蔵が捩れ、痛みが身体の内側を染める。
 たまらない不快感に襲われ、ツンは激しく咳き込み、吐いた。

 倒れ込もうとするツンからフサギコは手を放した。

ミ,,;゚Д゚彡「ツン! 悪い、やりすぎた」

 しゃがむツンの背中にフサギコは手を重ねた。
 嫌がるそぶりを見せながら、ツンの嘔吐は止まらなかった。
 異臭が地面に広がっていく。

ミ,,;゚Д゚彡「酋長!」

 フサギコは焦燥を浮かべて叫んだ。

ミ,,;゚Д゚彡「もういいでしょう! 俺、もう無理です。
 俺の力はこんなことするためのものじゃない」

537 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:45:25 ID:nozhF/0E0
( ´∀`)「……もう無理モナ?」

ミ,,;゚Д゚彡「はい」

( ´∀`)「……ふーむ、どうしたものか」

 と言って、モナーは歩み寄ってきた。
 ツンの数センチ前に来て、しゃがんだ。

( ´∀`)「ツン、聞こえているモナ?」

ξ|! ⊿ )ξ「……ええ」

 嗄れた声だが、ツンは応えた。
 青白い顔を無理矢理モナーに向けている様子だった。

( ´∀`)「どうしても納得しないモナね?」

538 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:46:20 ID:nozhF/0E0
ξ|! ー )ξ「……ふふ」

( ´∀`)「モナ?」

ξ|! ー )ξ「さっきから何度も言ってるとおりよ」

 唇をひくつかせながら、ツンはその端をつり上げ笑ってみせた。
 向かい合うモナーは変わらずにいた。

( ´∀`)「……それならば、君の意志を尊重するモナ」

( ´∀`)「フサギコ、水を取ってこれるモナ?」

ミ,,゚Д゚彡「来る途中で川の音が聞こえましたから、そこからならば」

( ´∀`)「ちょいと持ってきてくれモナ」

539 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:47:21 ID:nozhF/0E0
ミ,,;゚Д゚彡「しかし」

( ´∀`)「何もしないモナよ。第一、お前ならすぐ戻ってこれるモナ」

ミ,,;゚Д゚彡「…………信じますからね」

 フサギコは消えた。
 林の木々がざわめき、途絶えた。
 数秒をおいて、再びフサギコは現われた。
 どこかから調達したコップと木桶。その中には水が並々と入っていた。

ミ,,゚Д゚彡「ほら、ツン」

 モナーからの指示を待たずに、フサギコはツンの口元にコップを寄せた。
 ツンの手がおずおずとコップに延び、手に持った。

 しかしそのまま、口に運ばず止まった。

540 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:48:21 ID:nozhF/0E0
ξ ⊿ )ξ「意志を尊重するのに、逃がしてはくれないんですね」

 呟いた言葉に虚を突かれ、フサギコもモナーも一瞬顔を見合わせた。

( ´∀`)「それは仕方ないモナ。君は魔人、人とは違うモナ」

ξ# ⊿ )ξ「どう違うっていうんですか」

 ツンは声を荒立てた。

ξ# ⊿ )ξ「確かに獣の耳はあります。でもあたしには力がない。人の役には立てない。
 それならば、べつに魔人として生きる必要はないんじゃないですか」

( ´∀`)「……そうしている地域もあるモナね」

ξ#゚⊿゚)ξ「だったら」

( ´∀`)「ならんモナ」

541 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:49:21 ID:nozhF/0E0
 ツンが言う前に、モナーは首を振った。

( ´∀`)「この地域の管理者は私モナ。魔人のあり方は私の所存モナ」

ξ#゚⊿゚)ξ「……」



ξ゚⊿゚)ξ フッ



ξ-⊿-)ξ「認めて……ください」

 コップを見つめていた目を、モナーに注いだ。
 鋭さは消え、代わりに表面を潤ませていた。

ξ;-⊿-)ξ「あたしの生き方を認めてください。あたしは、人とともに生きたいんです。
 どこにだって行ってみたいし、見てみたいし、聞いてみたいんです」

ξ;-⊿-)ξ「お世話になった人たちとの約束なんです。お願いします」

542 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:50:20 ID:nozhF/0E0
 懇願の声が林に響いた。

 しばらくモナーは黙っていた。
 相変わらずの笑みを称えたまま、細目でツンを見据えていた。

( ´∀`)「わかったモナ」

 すぐには誰も反応できなかった。

ミ,,;゚Д゚彡「えっ」

ξ;゚⊿゚)ξ「いいんですか!?」

 ツンの声が上気する。

 だが、モナーは首を横に振った。

543 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:51:21 ID:nozhF/0E0
( ´∀`)「すまんモナ、そういう意味じゃないモナ」

 言葉を聞いて、ツンの喜色は行き場を無くして消えた。



ξ゚⊿゚)ξ「それじゃ、何がわかったんです」



( ´∀`)「君が抵抗する理由が、モナ」



 その瞬間。
 ツンの背に怖気が走った。
 モナーの笑みが仮面のように見えたから。

544同志名無しさん:2017/05/20(土) 23:51:46 ID:2Kcgz2560
モナー悪いやっちゃな

545 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:52:20 ID:nozhF/0E0
 モナーは笑ってなどいない。
 黒い眼差しの一点にも妥協は覗いていない。
 そう、察した。

( ´∀`)「君は人というものが他の動物とどう違うか知っているモナ?」

 問いかけに、ツンが答えるのを待たずに続けた。

( ´∀`)「自分という存在を信じられるかどうか」

 教え諭すような口調で、モナーは言った。

( ´∀`)「例えば、人間の身体は常に古い細胞を捨てているモナ。
 一ヶ月で半分の細胞が、二ヶ月もあれば全身の細胞が全て切り替わる。
 構成物質にのみ着目すれば、二ヶ月前のある人は今のその人とは別のはずモナ」

546 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:53:20 ID:nozhF/0E0
( ´∀`)「しかし人は、二ヶ月前の自分が今の自分と変わりないと信じて疑わない。
 それは何故かといえば、偏に“記憶”のお陰モナ。
 身体が変わっても、脳の中に貯蔵されている情報が継続している。だから人は自分を見失わずにいられるモナ」

( ´∀`)「翻って言えば、記憶がなくなると人は全てを失うモナ。
 記憶という動機を失えば、人は動けなくなる。簡単なことモナよ」

ξ|i゚⊿゚)ξ「……まさか」

( ´∀`)「うん」

 モナーはおもむろに掌をツンの前で広げた。

( ´∀`)「私が君の頭に触れれば、それで終わりモナ。
 君は全てを忘れ、何もなかった頃に元通り。おめでとう、また一からやり直せるモナよ」

547 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:54:21 ID:nozhF/0E0
ミ,,;゚Д゚彡「酋長! そ、それはあまりにも」

( ´Д`)「事態は逼迫しているモナよ」

 モナーは声に怒気を含め、フサギコを一喝した。

( ´Д`)「仮に今サイレンが鳴り、ツンに症状が現われたら、僕らはツンを斃すしかないモナ。
 仮に逃がしても軍が襲ってくる。かいくぐったとしても、魔人全体の悪評を広めるばかりモナ。
 いくら便利な存在であろうとも、危険な存在は排除されてしまうモナよ」

( ´Д`)「出来損ないたちへの最善策は隔離モナ。
 その遂行のために、従順は必要条件モナ」

ξ;゚⊿゚)ξ「い、嫌よ!」

548 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:55:20 ID:nozhF/0E0
 ツンは耳を押さえ、叫んだ。
 頭の痛むのさえ堪えて、固くキツく目を閉じた。

 頭の中を記憶が駆け巡っている。
 今まで歩いてきた街、コミューンの数々。
 それら全てに思い出があった。
 多くはないが、懐かしいものたち。

 ツンは荒く息を吐いた。
 饐えた匂いがまとわりつく。

( ´∀`)「……我々には大義があるモナ」

 訥々とモナーは言った。

549 ◆MgfCBKfMmo:2017/05/20(土) 23:56:19 ID:nozhF/0E0
( ´∀`)「人に近く、決して離れず、行く末を衛ること。
 それが、我々を創った“遠つ祖”の、我々に課した使命モナ」

( ´∀`)「能力がある者はそれを駆使して人の夢を叶えて挙げればいい。
 そして能力の無い君らにも、できることはあるモナ」

 モナーはしゃがみ、地面に手を触れた。
 吐瀉物が広がっているそこを見つめ、愛おしげに撫でている。

( ´∀`)「その耳があるということは、君には魔人の細胞が根付いているということ。
 それらの名残は、君らに生成器の存在する証拠でもあるモナ。
 たとえオルを受容できないとしても、君の体内を通り抜ける物質には全てオルが付与されるモナ」

「君ら一般の魔人には、あまり知られていないことだけど」と、モナーは註釈した。

( ´∀`)「吐息、汗、涙、排泄物や、古い細胞の絞りかすまで。
 オルを伴ったそれらが気化し、世に溢れ、この世界の秩序を変貌させる。
 新しい秩序によって、我々は不思議な力を扱えるモナ」


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