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ありす「いちご味の夢」

30以下、名無しが深夜にお送りします:2018/09/11(火) 21:30:27 ID:i49OqRRY
P「ありす、一つ良いことを教えてやろう」

ありす「橘です」

P「プロデューサーてのは営業とは違う。数字を出せなかったやつが敗者になるんじゃない……最後まで”張り続けられなかった”ヤツが負けるんだよ」

ありす「その格好ではなにを言っても説得力に欠けますね」

P「飛ばすぜ……ついて、来れるか」

ありす「ついて来れるか、じゃなくて……そもそも追いかける気が──あっ、逃げた!」


全速力で走り出したプロデューサーさんを見て、文香さんは言いました。


文香「ありすちゃん…早く追いかけて!」

ありす「でも、プロデューサーさんを捕まえないといけない理由なんてないですよ!」

文香「…いいから、早く! 元の世界に……現実に、帰りたいんでしょう!」

ありす「……っ!!!! はい!!」

31以下、名無しが深夜にお送りします:2018/09/11(火) 21:31:58 ID:i49OqRRY
文香さんに背中を押され、私は再び走り出した。
プロデューサーさんの背中は遠いけど、まだはっきりと見える距離だ。このまま走り続ければ、いずれ疲れ果てることだろう。
そうなれば、必ず追いつく。
ここは全てが私の思い通りになる世界。
普通は大の大人に追いつくことなんてできませんが、夢の中なら捕まえることができるはず。
逃げ出した理由は、その後にでも聞くとしよう。


ありす「……っ!!?? ダメ、想像していたよりずっと速い……このペースだと、どうがんばっても追いつけない!」


走り出してから、違和感を覚えた。
時子さんと追いかけっこをしたときは、疲れなんて全くなかったのに、今は少し走っただけで体が悲鳴を上げている。
心なしか、プロデューサーさんとの距離もどんどん遠くなっていくように感じる。


ありす「待って、お願いだから……待ってください!」


彼の背中が遠い。
この場所では全てが私の思い通りになるはずなのに、どうして追いつけないのか。
私の足が遅いから?
プロデューサーさんが私から離れたがっているから?
プロデューサーさんに追いつきたいという、私の願いが足りないから?
どうしてこんな理不尽なことが起こるのか、全然わからない。
これ以上離されたら、彼の背中が見えなくなってしまう。
せっかくこうして夢の中でも会えたのに、またいなくなってしまうなんて、そんなの嫌だ。

32以下、名無しが深夜にお送りします:2018/09/11(火) 21:34:03 ID:i49OqRRY
ありす「はあ、はあ、はあ、はあ……!」


思い出せ、この世界から出られないのは必ず理由があるはずなんだ。
ちひろさんが言っていたことが本当なら、出られないんじゃなくて”出ようとしていない”。
つまり、なにかやり残したことがあるから、自分から出るのを拒んでる。
表面上では出たいとか言っているけれど、心の底ではやり残したことがあるから、目が覚めるのを拒絶してるんだ。


ありす「はあっ、はあっ……!」


やり残したこと、私が本当にやりたいこと。
それは────


『ごめんな、ありす。お前の欲しいものさえ察してやれないなんて、俺はプロデューサー失格だ。本当にすまない、許してくれ』


ありす「思い、出したっ……!」

33以下、名無しが深夜にお送りします:2018/09/11(火) 21:34:56 ID:i49OqRRY
全部、思い出した。
昨日、プロデューサーさんはいちご牛乳を買ってきてくれた。レッスンが終わって疲れている私を気遣って、差し入れを持ってきてくれたんだ。
なのに私は彼の好意を台無しにするようなワガママを言ってしまった。


『これ、違います。私が欲しいと言っていたのはこれじゃなくて、期間限定のやつです』


ちょっとしたワガママだった。
でも、彼ならそれを受け入れてくれると思った。だから余計、つけあがってしまった。レッスン終了直後で疲れていた、なんて言い訳にもならないけれど、溜まっていたストレスや疲れをなにかで発散させようとしていたのは確かだったんです。


『もういいです……どうがんばっても、次の仕事には間に合いませんから』


今となっては全てが後の祭り。
くだらないことで拗ねて、プロデューサーを傷つけてしまった後悔と罪の意識が、謝罪の機会を生むことを拒んでいる。


プロデューサーさんが逃げているんじゃない。

私の心が、プロデューサーさんに近づくことを恐れてるんだ。


ありす「なんて──無様!」

34以下、名無しが深夜にお送りします:2018/09/11(火) 21:36:18 ID:i49OqRRY
だからどれだけ頑張っても追いつけないし、距離も縮まらない。
都合の良い能力が発動しないのも、疲れないのも、助けが現れないのも、全部、全部全部全部、私が望んでいることなんだ。


ありす「こんなとき、文香さんだったら……」


きっと良い解決方法を思い付くのでしょう。
文香さんだったら、こんなことで悩みさえしないでしょうが。


『私は苺を食べていただけです…ありすちゃんは、なにか勘違いをしているのではありませんか?』


いちごの着ぐるみを着たプロデューサーさんの背を見ながら、先ほどの文香さんの言葉を思い出す。
文香さんは彼をプロデューサーさんではなく、ただのいちごだと認識していた。
そこにどのような意味が込められているかまではわからないけど、この状況を打破するためのヒントとしては上出来だった。


ありす「あれは、プロデューサーさんなんかじゃない! いちごなんです!!」

35以下、名無しが深夜にお送りします:2018/09/11(火) 21:37:39 ID:i49OqRRY
プロデューサーさんだと思うから遠ざけてしまうなら、無理矢理違うものだと思い込んでしまえばいい。
そう、いちごが走るわけがないんです。


ありす「いちご狩りのシーズンには早過ぎますが……この際、気にしてられません! 人間サイズのいちご──どんな味がするのか試食させてもらいます!!」

P「おい、待て待て待て! ありす、お前目が血走ってるぞ! 担当プロデューサーとして言わせてもらうがな、それ──アイドルがしていい表情じゃないぞ!」

ありす「いちごは喋りません! いちごは喋りません! いちごは喋りません!」

P「壊れたペッパー君か、お前は!」

ありす「これだけ大きければ、ジャム、ピューレ、ペースト、ソース、アイス、シャーベット、保存用、食事用、贈答用までオールコンプリート間違いなしです!」


彼をいちごだと思い込むのは、あながち間違いではなかったようです。
段々と距離は縮まり、次第にプロデューサーさん、いえ──等身大のいちごさんは速度を落としていきました。

36以下、名無しが深夜にお送りします:2018/09/11(火) 21:38:27 ID:i49OqRRY
ありす「捕まえました! もう離しませんからね!」

P「はあ、はあっ……中々やるじゃないか、スイーツタチバナ」

ありす「子どもだと思って侮ったのが、運の尽きです。食欲は人の三大欲求の一つ──嫌な記憶の上書きくらい、わけありませんから」

P「なるほど……道理で途中から足が動かなくなるわけだ。子ども一人まくぐらい朝飯前だと思っていたんだが、どうやら読みが甘かったらしい──スイーツだけに」

ありす「……ていっ!」

P「いてっ……痛いじゃないか」

ありす「苦労をかけさせた罰です」

P「自分で自分をはたくなんて、どうかしてるぜ」

ありす「わかってます……だから、これは自分への罰です。あなたは私、私はあなた──この世界にいる人は、みんな同じです」

P「わかってるなら、いいんだ。なら、これからどうすればいいかもわかるよな」

ありす「…………はい」

37以下、名無しが深夜にお送りします:2018/09/11(火) 21:39:35 ID:i49OqRRY
この世界から抜け出すには、やり残しがないようにしなくちゃいけない。
だから、プロデューサーさんにも謝らないといけない。
もちろん、お別れだってしないといけない。
どれだけつらくても、どれだけ寂しくても、逃げちゃダメなんだ。


P「元気がないな。お前らしくもない……もっとツンツンして、背伸びしたっていいんだぞ。お前はまだ子どもなんだから」

ありす「そのせいで、私はあなたを傷つけました」

P「大したことないさ。現実の俺だって言ってただろ『気にしてない、心配しなくていい』ってさ」

ありす「ホントは、深く傷ついていたかもしれません」

P「傷つかない人なんかいるのかよ」

ありす「傷つくのは、痛いことです。痛いのや、つらいのは少ない方がいいと思いませんか」

P「そりゃあ、嫌なことは極力少ない方がいい。でもな、傷がつくのも痛いのも悪いことばかりじゃないさ」

ありす「……何故です?」

38以下、名無しが深夜にお送りします:2018/09/11(火) 21:40:51 ID:i49OqRRY
P「傷も痛みも、生きてる証だからだよ。死人は傷つけられようが、痛みを訴えることはないだろ? そういう意味じゃあ、上手いことできてるさ」

ありす「なら、傷つけた側が相手の苦しんでいるところを見てしまったとしたら?」

P「そんなもの一つしかないだろ」


当たり前のことを聞くなといった態度で、私の両肩に触れながら、同じ高さまでしゃがみ込んで視線を合わせ、プロデューサーさんは言いました。


P「ごめんなさいって、謝ればいい。相手が許すか許さないかなんて、後から向こうが勝手に決めることだ」

ありす「あなたなら、そう言うと思いました」

P「信用されてるみたいで羨ましいよ」

ありす「ええ、私の中にいるプロデューサーさんは現実と何一つ変わりません」

P「……そうかい。じゃあ、早いとこ終わりにしよう。今のお前なら、目が覚めてこの夢の中での出来事を忘れてしまっても、迷うことはないさ」

39以下、名無しが深夜にお送りします:2018/09/11(火) 21:42:10 ID:i49OqRRY
プロデューサーさんは立ち上がり、こちらを見つめてきた。
私もまけじと、真っ直ぐ見つめる。
今はまだ、届かないけど。いつか大きくなったら、彼のハートに火を点けられるような素敵な女性になりますから。


ありす「ごめんなさい、それとありがとうございました」


自分の気持ちが伝わるよう、深々と頭を下げる。


P「いいお辞儀だな、ありす」


やたらと嬉しそうにはにかむプロデューサーさんは、さらさらと砂みたいに消えていく。

40以下、名無しが深夜にお送りします:2018/09/11(火) 21:43:24 ID:i49OqRRY
ありす「目が覚めて、あなたに会ったら……今度こそ、ちゃんと謝りますから!」

P「ああ、楽しみにしてる」

ありす「もうワガママを言って困らせたりしないって、約束しますから!」

P「………………」

ありす「だから……だから……」

P「泣きそうな顔するなよ、美人が台無しだぞ」


さらさらと崩れ落ちていくプロデューサーを抱きしめると、彼も優しく抱き返してくれた。


ありす「だから──これからも傍にいてください」

41以下、名無しが深夜にお送りします:2018/09/11(火) 21:45:20 ID:i49OqRRY
返事はなかった。
ただ、彼の手が私の頭を撫でる感触だけがあった。
充分にその感触を味わった後、胸の中から離れ、大きく背伸びをする。
普段なら届かない距離だけど、足元から段々と縮んでいる今なら届く。

彼の顔にそっと手を添え、頬に軽くキスをした。

初めてのキスはいちごの味がした。


ありす「白雪姫なら、これで目が覚めますね」


プロデューサーさんは一言も返事をしてはくれなかった。
それどころか、表情さえ読めない。
荒野は白一色に染まり、やがて景色にはモノクロテレビみたいな砂嵐がかかり、なにも見えなくなっていく。
ブレーカーの電源が落ちるように、意識が一気に消失していく。
最後に、お別れの言葉だけでも、言わないと。


ありす「さようなら、私の中にいるありす。また、夢で逢いましょう」


ぶつんと、世界が消える。
五感が消え去る直前、誰かが私の名前を呼んだ気がした。

42以下、名無しが深夜にお送りします:2018/09/11(火) 21:46:35 ID:i49OqRRY
〜事務所〜


ありす「どうです、まるで夢物語みたいでしょう」


起承転結に至るまでを話し終えて、文香さんは満足気に頷いた。


文香「…とても、素敵な夢ですね。可能であるなら…私も見てみたいものです」

ありす「あまりオススメはしませんけどね」

文香「……どうして?」

ありす「自分で自分を慰めているみたいで、なんだかとても恥ずかしい気持ちになるからですよ」


私の言葉を噛みしめるよう、僅かに間を置いて、文香さんは薄く微笑んだ。

43以下、名無しが深夜にお送りします:2018/09/11(火) 21:48:10 ID:i49OqRRY
文香「…ありすちゃんは知っていますか? 人は睡眠を取ることで、脳の情報整理を行っているそうです…」

ありす「それが、なにか?」

文香「情報整理というのは、つまり…記憶や感情の処理のこと…その情報処理に伴ったノイズが、私たちが見る『夢』なんです」

ありす「へえ……じゃあ、はっきりと記憶に残るような夢は、処理しきれなかった記憶や感情の残滓、ということでしょうか」

文香「…そう考えている方も多いようです。ですが、こうも考えられませんか? 処理したくないから、忘れたくないから……脳に鮮明に焼き付ける為に、自分の体が映像として夢を見せている……夢は心の射影機なのだと…」

ありす「すごく、ロマンチックな考え方ですね」

44以下、名無しが深夜にお送りします:2018/09/11(火) 21:49:52 ID:i49OqRRY
そう言って、私は昨日の夢を思い出す。
忘れたくても忘れられない、私の中にある私を巡る一連の出来事。
あの夢のおかげで、プロデューサーにきちんと謝ることができたのだから、きっと感謝すべきなんだろう。
まあ、腹を括ってしまえば意外と簡単ではあったのですが。
たったこれだけのことかと、拍子抜けしてしまうような内容だったのですが。

それでも。

あるとないでは天と地ほど違う。
昨日の私ではできなかったことが、今の私にはできる。
だってほら、彼から目を逸らさずに楽しくお喋りだってできるんだから。


文香「……ロマンを語るのは、嫌いですか?」

ありす「いいえ、嫌いじゃないです」

文香「それは良かった…では、時間もあることですし、もう少しだけ気恥ずかしいお話をしましょう…」

45以下、名無しが深夜にお送りします:2018/09/11(火) 21:51:28 ID:i49OqRRY
ひっそりと、だけど確実に届く澄んだ声で、文香さんは語り出した。
内容は、つい最近見た夢の話。
私に負けず劣らずの恥ずかしい夢物語だったけれど、何故か聞き入ってしまった。
時間が経つのも忘れ、夢中で耳を傾けていたせいか喉が渇いてきた。

近くに置いてあったコンビニ袋の中から、期間限定と銘打たれたいちご牛乳を取り出し、ストローを刺して飲み始める。

彼が買ってくれたいちご牛乳は、あの夢と同じ味がした。

46以下、名無しが深夜にお送りします:2018/09/11(火) 21:54:38 ID:i49OqRRY
終わりです
ありがとうございました

47以下、名無しが深夜にお送りします:2018/09/11(火) 22:02:51 ID:kGrnCQaM
なんとなくいいね! をしたくなったけど
ここはツイッターではないのでいいね! はできませんでした


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