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◆自分と池田先生を語る◆
1
:
怖くて名乗れません<m(__)m>
:2010/11/14(日) 22:32:19
「対話の力・大河と潮流」掲示板が閉鎖されるに伴い、
その板における同名称スレッドのリニューアルです。
※書き込みはマイペースな進行でまいりましょう。
2
:
怖くて名乗れません<m(__)m>
:2010/11/14(日) 22:42:38
1 :しげきょん:2010/11/06(土) 01:58:21 ID:gQsQ2g3k0
僕が池田先生を知ったのは昭和の59年の文化祭の時。
最初、入会前は学会の見える姿肉眼で知れる姿のイメージで北朝鮮みたいだと思ってました。
だから軍隊的な命令などがあるのかとドキドキでした。
ある日、その文化祭の練習を見ていて
幹部の人に「君は会員かい?」と聞かれて、「いや、友人に誘われて見学にきているのです」と。
すると「君も入会してみないか」と言われ慌てて「宗教は怖いです」と断ったら、それ以上言わなくなり、
「ほう、学会って無理に入会するところじゃないのだな」と空気を感じました。
でもまだ集団宗教に対する恐怖心はあり、洗脳されると思ってましたから
ただその日、文化祭の練習で身体障害者の人が正直に「自分のような障害者がいて練習の足てまどいにならぬよう
また練習に参加させて下さい」と、普通なら勇気がないと言えないことを練習仲間に言ってるなと、ちょと感動しました。
僕も人間の一番信頼における宗教に対する不信はつのり
だんだん何を信ずればいいのかとか考えこむように心理的になりました。
宗教が人間を裏切ったら、もうこの世は闇だと思いました。
かと言って盲信をさせる宗教も人間を裏切るものだと思いました。
ところが学会の幹部の人が、うちの母を家庭訪問するたび
何かこの世をあきらめてたような母が蘇るように元気ではつらつする姿に、
学会の宗教はもしかしたら本物の宗教かもしれないと思い、
いつしか僕は母に「悩みとか学会の幹部の人と相談してね」と言ってる自分がありました。
今では母が僕を信心に導くため方便で悩みの姿をしてたのだと言えます。
それで学会を信頼してこの信心をしてる人たちが指導を求める信頼の厚い人が池田先生だと
池田先生を信頼する自分の心の扉をひらいたのです。
文化祭と母の蘇生の姿で先生を先生と呼ぶようになったのです。
3
:
怖くて名乗れません<m(__)m>
:2010/11/14(日) 22:44:25
2 :京阪電車でいこか ◆AIo1qlmVDI:2010/11/06(土) 05:52:17 ID:9C5YXudw0
自信(身勝手な「信念」だとか、頑固も含む)のある者…、
あるいは何らかの実績(足跡)がある者…、
またあるいは、何らかの労苦を経ての成功体験を積んでいる者… 等々…。
これらの人々にとって、最も不得意なもの。
それは「クチゴタエ」を一切しない“YES”だと思う。
戸田先生と池田先生。とりわけ、池田先生の「覚悟」のこと。
私は素直ではない(笑)。 否、素直ではなかった。
言い分はある(あった)。 ま、後から思えば、浅はかな未熟者の駄々っ子。
かつて、とんでもない奈落の底に突き落とされ、にっちもさっちも行かなくなって気づいた。
否、藁をもつかむ思いで、池田先生にその「解決法」を教えて頂きたかった。
難解な学問はそっちのけで、背中を見た。
まさしく、若き日よりの池田先生は、戸田先生に「クチゴタエ」のない歩み…、それだった。
ネットには傲慢な“教授”が多いが(笑)、
今まさしく危機にある人は、その解決に全力を尽くすべきだ。
先ず何から始めるべきか、何を克服すべきか、それを成す近道の“背中”を追うべきだと切に思う。
僭越ながら、不肖私も、公私(仕事、信心)現実の場でやった“唯一つ”の「大リーグボール養成ギブス」は、
まさしく、「クチゴタエしない」という弟子になりきることだった。
今、しみじみと先生への感謝の日々。
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