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【夢か】SSスレ【幻か】

1 名無しさん :2011/12/28(水) 20:11:08 ID:N1YE.l9Q0
ここは能力者スレ避難所、SSスレです。
基本的には能力者スレに出てきたキャラに関係したりするSSのみの投稿でお願いします。
別の人が動かしているキャラを登場させる場合は、本人の許可をとってから登場させるようにしましょう。

次スレは>>950が立ててください。

402 「邪神の腹の“蟲”は何処に?」 ◆zuR4sSM1aA :2018/03/27(火) 01:01:30 ID:lzobS0Nw0
入室してすぐに気づいたのは、気がおかしくなりそうなほどの魔力濃度。
これだけしか部屋の体積がないのに、魔力の間欠泉でもありそうな濃度だ。
魔術溶媒の薬品汚染がかなり進んでいたこともあってか、本当に気が狂いそうだった。

私の五感全てが警報を脳内に鳴り響かせていた。ここは危険だ、すぐさま帰れ──と。
しかし、私の内なる邪悪な探究心は、それを覆いかぶさるようにしてかき消した。
彼女がそうであることを心配していたのに、私もこうなってしまうとは。後々思えばかなり恐ろしい。


「先輩、これだよ。何年も薬品漬けになってたから、“蟲”の様子が変わってたんだ」
『──は?“蟲”なんかどこにいるんだ、どこにも居ないような気がするんだが……』

その後に彼女が指を差したのは、テーブル上のシャーレの中だった。
何かが蠢いている。何だ、一体何が蠢いているというのだ。
恐る恐る近づいていくと、彼女が隣でシャーレの中身を説明しだした。

「これ、邪神の“蟲”だよ。汚染され続けたのか、それとも空虚が何かでうめつくされたのか」
『邪神の蟲って、お前馬鹿言うな────!?!?』

シャーレの中には、数匹の蛆虫らしきものが入っていた。
どれも白い身体に頭と尾部が緑に彩られていて、もぞもぞと蠢き始めている。
その動きと見た目、そしてそれらが放つ膨大な魔力量に、思わず私は口を塞いだ。

「ちょ、ちょっと先輩。ここで吐かれたら困る、袋渡しておくからな」
『あ、ああ……。済まないな』

よくよくその邪神の蟲とやらを見れば、普通の虫とどことなく違うところを感じる。
魔力を糧にして、魔力を生み出すという謎の習性を持っているんだ、と彼女は自慢げに語っていたが。
これは禁忌だ、禁忌研究だ。解析魔術をしていた私が気づいたのは、それらは純魔力を喰って“淀み”を生み出していた。
いや待て、彼女は蟲に魅入られたのか!?その淀みをずっと求めつづけているのか────?

『そんな自殺のような────』
「おい、おい先輩。さっきからどうしたんだ、目線が定まってないぞ」
『ああ、ああ済まない、本当に済まない。考え事をしていただけなんだ』

彼女は呆れたような顔を見せると、そのシャーレを培養器の中に戻した。
あの蟲の淀みは、この部屋に充満している。呼気にそれが含まれているのなら────。
まずい、これは本当にまずい。彼女だけではなく、私までもが犠牲になるかもしれない。

『それじゃ、帰るとしよう。お前の研究はよく見させてもらったからな』
「ああ、そうしよう。先輩ちょっといいか────」

先に部屋を出るために扉に手をかけた時、彼女に声をかけられた。
一体何かと振り返ろうとしたら──、鋭利な刃物を首元に押し当てられたかのように動けなくなる。
「これバラしたら、先輩を蟲に喰わせるからな」────。脅しだ、これは脅しだ!私の生命を脅かすその言葉は、今でも覚えていた。

403 「真紅の血、真紅の髪、それらも淀みに塗りつぶされる」 ◆zuR4sSM1aA :2018/03/27(火) 01:02:24 ID:lzobS0Nw0
古代の書籍というのは、膨大な知識量と情報量を誇る。
何より挿絵なんてものは殆ど無いし、古代文字も一つで様々な意味を持っているからだ。
ゼミに所属していたもう一人の女子は、古図書の翻訳を主としていた。
その子が面白いと宣伝する本は古代文字がびっしりと描かれた本で、私には読めなかったが────。

『先輩、この本本当に面白いんですよ。一回読んでみません?』
「はは、私には読めないよ。古代文字の解析はできないからね」

彼女の翻訳によってようやく情報が得られるという私に、その本を読むというのは不可能だった。
しかし彼女がそれほどまでに勧めてくるのだから、内容だけは聞いておきたいと思って。
どんな内容なんだ、と彼女に聞いてみたのだが────。


『この本のタイトルは、『オルタネイティヴ叙事詩』で、古代の物語を数篇集めたものです』
『中でも面白いのは『ヴェキニア』という話で、ウォープリーストという邪悪な戦神とワームシンガーという戦術を伝播するための歌唱を担当する神が出てくるんですけど』
『ウォープリーストとワームシンガー、それに多数の屍兵を擁する邪悪世界が、新世界を制圧してしまうんです』

私も彼女の語りようで、面白そうな話に思えてきた。
それで、と続きを話すよう促すと、彼女は嬉しそうな表情で続きを語り始めた。

『でも、新世界の住人達はその知恵と力を結集して、屍兵の母たるワームシンガーを討ち倒すことにしたんです』
「ちょっと待ってくれ、なんでワームシンガーは屍兵の母なんだ?」

と聞くと、彼女は説明不足でしたね、と申し訳無さそうな表情をした。
別に語る義務はないから怒るわけでもなく、まあまあと彼女に説明するようにお願いした。
思い出すために数秒かけた後、彼女はその口を開いた。


『ワームシンガーは歌唱で命令を伝播するって言いましたよね』
「ああ、その話は聞いた。それとウォープリーストっていうのがいるんだろう?」
『そうです、屍兵は蟲が屍に巣作ることによって────』

何っ、蟲、蟲だと!?────、私は思わずそう叫んでしまった。
彼女は今日はゼミに来ていないらしく、例の研究室にも居ない。
しかし彼女を殺すために淀みを垂れ流しているとしたなら──、そこまで思考して彼女のきょとんとした目線に気づいた。

「ああ、すまない。蟲が巣作るなんて思っていなかったからな」
『ええ、ええ……。なら良かった、別にどこにも悪いところはないんですね』

急に叫んだから、彼女に心配をされてしまったようだ。
構わない、と続きを話してくれるよう彼女に言う。変なことに、冷や汗が首筋に垂れ始めた。

『それで、ワームシンガーはその蟲を育てる母の役目なんです』
『屍兵の中にいる蟲は、ワームシンガーの歌唱の意味を理解することが出来るんですよ』
『でも、人間が聞けば狂気のあまり死にそうになってしまうんです。邪悪世界の民だけが聞けるんですよ』

彼女の説明を聞いて、今までのことが筋道立てられてしまった。
彼女は蟲を育てる母、そして私を蟲に喰わせるのは私を屍兵にするため────。
それが古代の物語の一篇ということも忘れ、恐怖で身体が固まってしまっていた。

「な、なあ。そのワームシンガーっていうのは、自分の身体に蟲はいるのか?」
『ええ、いますよ?彼女は屍兵の中でも特殊な存在ですから、理性と思考を保つことが出来るんです』

ああ、よかった。彼女はまだワームシンガーではない。
彼女自身の身体に蟲を取り込んではないだろうし、それなら狙われる心配もない。
────冷や汗も収まり、固まっていた表情も笑みを取り戻した。

それから彼女が語る物語は、人類がワームシンガーを討ち倒し、ウォープリーストを撃破して世界を取り戻すところで終わった。


─────


それから何年も経った。彼女の姿も、魔術大学を卒業するまでしか見なかった。
ついこの前、アスタンの襲撃者として名前がリストされていた時は目が飛び出るほど驚いたものだ。
それに彼女の研究を見れば、生体因子のプロトタイプの研究らしきものがあった。
どんなものを作っているのかと、データベースにアクセスして閲覧してみたのだが────。

「おい、これはまさか!?」

嗚呼、嗚呼。なんてことだ。これを見て私は思い出してしまった。
魔力の結合表を見て、私は確信した。あの時の蟲の魔力結合と、ほぼ一致している。
あんなものを普段から持っていれば、“淀み”に身を穢されてしまうのではないか。
私はそんな不安に苛まれつつも、希望────という名の逃げ道に走ってしまった。

しかし、彼女のことだ。その影響は限定的だろうし、制御も出来るだろう。
それを気にするほど私も暇ではない。研究室に戻らねばならないからな。
くだらない回想もここまでにして、私は研究を続けよう。人々のために、正義のために。

404 Heinlein ◆KP.vGoiAyM :2018/03/28(水) 14:22:28 ID:mOm7rl4A0
まずは、魔能制限法成立おめでとうございます。施行までのスピード、他の審議でもこれぐらい円滑に行ってほしいものです。
いやいや、戯言でございます。まずは一段落といったところですか?政治屋の仕事は。ハハッ、まあ我々の話に移りましょう。

弊社、オーウェルはこのような素晴らしい世界的改革に携われる事に感謝申し上げます。そして弊社製品のご採用誠に有難うございます。
NTDの方はフィードバックいただきましてここまでの完成度に至っております。新しい国家、新しい思考そして新しい人類。
今までなし得なかった、完璧な平等にして幸福は科学技術と貴方方の献身的な弛まぬ努力によって完成されるわけです。

さて、これからの話しをしましょう。特別福祉戦略区ごとに管理型AIの設置をお願いしているわけでございますがこれについてご説明いたします。

まず、NTDを利用した市民の管理をする上で統合化されたAIによる新思考シミュレーションを行う必要があります。多くの人類を統制する上で
1つのAIで行うことで全ての市民に平等かつ普遍な共通意識を持つことが出来るのです。教育とは継続の賜物です。ビックデータを解析し、そこから傾向を読み取りAIが新時代にあった思考を作り上げるのです。

そして特区に新語法/Newspeakの導入を提案いたします。詳細は別途資料の方でご説明させていただくわけですが。

現在の言語は非常に、煩雑で効率的ではないわけです。コンピュータプログラムの言語などはひとつの言葉は1つの意味だけで非常にシンプルです。多くの含んだ、意味を持つ言語は国家にとって有益ではない。我々が求めるのは新しい思考。新思考/Newthinkなのです。

実際、現代の言葉は次第に簡略化され、意味は変化し、ハイコンテクストな時代に突入しています。時代が、人々が言葉の煩わしさを既に感じているのです。曖昧な意味を排除し、1つの明白な意味に固定することで言葉は洗練され効率的になりコミュニケーションは明白になります。新時代にふさわしくない意味は取捨し、相応しいものだけを残しておけばいいのです。
“抑圧”は"幸福”と同義の意味を持つのです。“自由”は古臭い劣った…いえ、もはや自由という言葉は存在しなくなるでしょう。

405 Heinlein ◆KP.vGoiAyM :2018/03/28(水) 14:25:47 ID:mOm7rl4A0
さてその導入をどう進めるか。学校教育、メディアによる喧伝なども行いつつ市民の触れる機会を増やします。そして新語法話者は
公務員採用の優先や奨学金など自ら学んでいく姿勢を促すのです。…そして、NTDは即応的に効果を発揮します。

特区に拡声器/Speakerと呼ばれる装置を設置すれば、直接、市民のミームに影響を与えることが出来ます。
例えばSpeakerの範囲で誰かが“政府はクソだ”と言ったとしましょう。その場の人々もそれをそのとおりにきこえます。
しかし管理AIはSpeakerを通じて聞き取ると、新語法に合わせて“クソ”を“素晴らしい”という意味に書き換えて送信します。

その場の他の人間は彼は“政府は素晴らしい”という意味だと理解するのです。“クソ”は否定的な意味を持つとわかりながら素晴らしいと理解する。
二重思考/doublethinkという現象です。他にもSpeakerの範囲でテロ等を計画しようとしたとしてもミーム的混乱によってまともに会話することも難しいでしょう。

言語的支配を我々は手に入れるのです。

また国家安全に関してもAIを利用した統合的ネットワークを導入することで監視カメラやウェブ監視システムをAIに統合運用し旧思考的行動や言論をすぐに発見し、その危険度を判定することが出来ます。
市民情報から参照することで特定に時間はかかりません。それだけでなく警官やドローンなどを最適に振り分け、すぐに対応させることが出来ます。
我々のグループであるテクノドッグス。彼らはNTDによって統制されております。特殊警備員は弊社の持ちうる技術を詰め込んだ新時代に相応しいものとなっております。
完全なる1つに統合された意識。美しい完璧な社会の奉仕者。改革の邪魔になる存在は我々が取り除きます。

その他、AIによる行政システムのスリム化とコストダウンは別途書類にてご説明させていただいております。
新しいシステムの導入で膨れ上がった非効率な塊は我々の科学によって進歩と調和を生み出すことでしょう。

そして…次なる段階に向かうには『ソラリス』が必要なのです。おわかりいただきたい。能力者から能力を奪い取り、魔法使いから魔法を封じ込め、徹底的な管理体制においたとて、
それは長続きしないことを歴史が証明しています。意識の統合と価値観の創造、中長期的な体制の確立には不可欠な要素と弊社は考えます。

初瀬麻季音の協力を得るのにお力添えを。…端的に申し上げましょうか?
確保していただきたい。魔能制限法成立以降、一部ではそれに反抗する勢力もごくごく少数ではありますが存在しているようです。
当社と貴方方のネットワークを駆使すればそれを見つけ出すことは容易い。現場の任務はご指示いただければ、テクノドックスが対応に当たらせていただきます。

貴方がたと違い、彼らは正義である必要がないわけですから。ハハッ、我々は国家という巨大な一つの生命体の器官でしかないわけです。
その器官に、意志も理由も善悪も必要あるとお思いですか?我々はすべきことをする。
それだけです。…ああ、そうそうパトロンの皆様に置かれましては、今後も個人的な要望にもお答えしてまいります。

それでは…今後も『オーウェル社』をご贔屓に。

406 Heinlein ◆KP.vGoiAyM :2018/03/28(水) 14:29:17 ID:mOm7rl4A0
まとめ

オーウェル社は特区に、自社のAIによるシステムを導入したがっています。
メリットは監視システムの強化、NTDやそれに類する装置をいい感じに使いまくれます。それとオーウェルの私兵が汚れ仕事などをもりもりやります。
そして新語法を導入を提案しています。特区にSpeakerと呼ばれるNTDの改良したものをあちこちに取り付けることで
その範囲にいる人は反政府的な事を理解することができなくなります。導入にはでっかいAIが必要です。

今のままだと色んな機能が不十分なので完成させるために早く麻季音を捕まえて!というお話です。

wikiのFile : ZERO Season IIのページから思いついた文なので勝手な真似だったらすみません。
使えるところがあれば市民健康促進センターさん事、 ◆3inMmyYQUs さんにお任せします。

407 『遡流』 ◆3inMmyYQUs :2018/03/29(木) 11:40:05 ID:YyTU/v1Y0
SS『遡流』

ttps://www.evernote.com/l/AknX7prcWcFNOZD_9fCjA2YWhXOIungDzsU

(分割投稿が面倒なので横着するマン)

遅くなりましたが
セレンディピター号最終日、森島くんが海ポチャした後の幕間です。
6,000字程度で以下二つのシーンについて記述してあります。


【前半まとめ】
森島くんが気付いている超因果的な事象に黒野カンナはまだ気付いておらず、色々と言動が混乱します。
それでもどうにかこうにか自身の内面と向き合いつつ、今後の戦いへ意識を尖らせていきます。
あと、森島くんとこ遊びに行きたいってごねる彼女に生え際後退おじさんがダメって言います。

【後半まとめ】
婦警ズが森島くんを愛でます。
電気マッサージをしてあげたり似合う帽子をかぶせてあげたり。
頭の中も大体スキャン完了したっぽいので、とりあえず白い部屋の中に彼をしまっておきます。


ここどうなってんの? とかありましたら遠慮無くお尋ねください。お邪魔いたしました。

408 Origin 〜幸運の神は女である〜 1/8 ◆auPC5auEAk :2018/03/29(木) 19:00:13 ID:ZCHlt7mo0
「ショーダウン……フルハウス!」

響く歓声が、場に走ったカタルシスの大きさを端的に表していた。煌びやかな空間に、割れんばかりの拍手の音が続く。
取り繕いきれない渋面のジェントルマンの手から、ジャラジャラとチップが『勝者』の手へと渡されていった。

「っへへ……最後に大事になってしまったけど、結局勝つのは、女神様に愛される男って事だな」

テンガロンハットを微調整し、金髪の男は愉快気に葉巻を一息吸い込む。手元に残ったのは、換金すれば約400,000程にはなろうかと言う、カジノのチップ。
そのうち半分は、この勝負に自分の手元から出したものだから、200,000の勝ちと言う事になる。
ドレスアップした紳士淑女のひしめくこの場において、Yシャツにスラックスと言う、風采の上がらない男の大勝利は、場を沸き立たせるのに十分な出来事だった。

――――夜の国の某大型カジノホテル。勝利と敗北、欲望と諦観が交差する、大人の遊び場にして、金の伏魔殿。
そこから勝利を拾い上げた男は、ちょっとした札束を手に、御満悦の様子で退出する。あちらこちらから立ち上る熱気の気配を背にして。

「今日はツイてた、いつも以上にツイてた。……どうやら今日は、ご機嫌みたいじゃないの……女神様?」

今日はあえてドレスアップせず、普段着のままで『勝負』に挑む事に決めたのだが、どうやらそれが良いゲン担ぎになったらしい。
すれ違いざまに、時折向けられる奇異の眼も、胸元に押し込められた札束に、跳ね返されてしまう。
勝利の夜と言うのは、やはり気分が良い――――強運に身を任せる、自分の判断の正しさの証明と言う意味もある。
幾重もの愉悦を身に纏いながら、男は自室へと足を向ける。

「おっと、おにーいさん! その様子じゃ、良い感じに遊べたみたいだね! どう、この後であたしとも遊ばない?」
「ぉ、目ざといなぁ……随分フランクじゃないか。良いよ、気に入った。で、いくら出せば良いんだ?」

金と服装、2つの意味で目立つ男は、程なくしてコールガールに声を掛けられる。
質素ながら扇情的なドレスに、肩から少し下がるくらいの眩しい金髪、透き通るような大きく青い瞳――――結構な『上玉』だ。

「部屋は取ってあるんでしょ? じゃ、そっちにお邪魔して60,000! あと、晩御飯も食べたいなぁ」
「良いぞ、この際野暮は言いっこなしだ。パッと明るくやろうじゃないか……!」

商談はあっさりと成立し、男は女性の腰に手を回して抱き寄せ、歩調を合わせて廊下を進む。
――――こういう『商売女』に対して、値切りなど絶対にやってはならない。見せ金があるのなら、尚の事だ。
自慢げに歩く男の姿は、正に『勝者』のそれだった。

「おにぃさん、どんな感じで勝ったの? これだけ行ったからには、一発モノにしたんでしょ?」
「お、聞きたいのか? んじゃ教えてやるよ! 今日の俺はポーカー一本でいこうって決めてたんだよなぁ……」
(――――どこで聞いたんだったかな……「恵まれない分には、腐っちまうのもしょうがない」って……全くその通りだ、俺もそう思うよ)

既に軽いトークでじゃれ合いながら、男の胸中に、ふと思い出された言葉があった。
――――自分の強運に自信のあった男は、賭場と言う運の戦場に足を踏み入れ、そして勝利を引っ提げて生還した。
もしもこれが、ツキの無い奴の行動だったなら、そいつは何もかも失っていたはずだ。
金だけならまだ良いだろう。運と言うのは馬鹿にならない。下手をすれば、こんなままならないモノのおかげで、命を失う事だってあるのだ。

(ま……俺ほど運に恵まれてる奴も、そうそう居ないだろうよ……なんせ、今の今まで生きてこれたんだからな……)

そんな感慨なんて今まで無かったはずなのに、ふと体に残る古傷が疼く様な気がした。恐らく気のせいだ。
気のせいながらも――――男はふと、己の運に対して思いを馳せる。今まで何度も、死んでもおかしくない目に遭ってきた。
それでも、こうして五体満足で生きているし、金を稼いで旨い物を喰い、時には良い思いをしている。

だからこそ――――この男は戦うのだ。世間に背を向けて、高いオッズに手を伸ばすべく。
信じるのはただ、己自身の運と、女神の祝福だけ。それ以外、彼には何もいらないのだ――――。

409 Origin 〜幸運の神は女である〜 2/8 ◆auPC5auEAk :2018/03/29(木) 19:01:12 ID:ZCHlt7mo0
「おーいパウル! 試験明けの打ち上げ、お前も来るだろ!?」
「おぅ、今度は誰んちに集まるんだ!?」

――――昼の国。
夜の存在しない、太陽とリゾートの国にあっても、学生と言うのはやはり、他の国と大差ない存在で。
それが学生の本分と、勉学に明け暮れる者もいれば、仲間たちと青春を謳歌する者、流れる日々をただモラトリアムとして過ごす者、様々だ。
とは言え、大多数の彼らは、ごく当たり前の目立たない存在。学生の内から一味違う存在など、そうはいない。

「やっと全教科終わった訳だけどよ、パウルお前、出来の方はどれくらい自信あるんだ?」
「あぁ、今回は良い感じだ。ひょっとしたら学年トップ10、いけるかもな?」
「あぁ!? お前いっつも遊んでんのに、なんでそんなに自信あるんだよ!?」
「バーカ、お前ら授業の時、ちゃんと目ぇ開いてんのか? ちゃんとノート取って集中してりゃ、家の勉強時間なんて短くて済むだろ。授業は昼寝の時間じゃねぇんだぞ?」
「いやー、あんな詰まんない授業、よく集中してられるよね。あたしいっつも眠くなっちゃうんだけど……」
「そういやお前、先週も涎垂らして爆沈してたっけな?」
「うっ、うっせ! 人の寝顔見て喜んでんの!? 変態なんだパウルー!」

――――その『学生の頃から一味違う』存在を連れた一団が、校門から開放される。
ある種のタレント性とでも言うべきか、いつでも仲間内の輪の中心にいる存在。そんな風に日々を過ごしていれば、畢竟、目立つ事になる。
成績が良く、交友関係が広く、ノリも良い。絵に描いたような、青春の若者の周りに、やはり友人は引き付けられるのだ。

「あっ、悪いちょっと待っててな――――おーい!」
「……なんだパウル」

一団から離れた少年は、1人足早に帰り道を行く級友に声をかける。うんざりした様子で、彼は振り返った。

「いや、3日前掃除当番変わってもらっちゃって、悪かったよ。どうにも約束断り切れなくてよ」
「……別に良いよ、あいつら強引だもんな。1回ぐらいなら、別に……」

ぶっきらぼうに答える級友にめげず、少年は自分のカバンの中を漁る。

「んな訳で、埋め合わせって訳じゃないんだが……ほらこれ、あの時のお礼にと思って。助かったよ」
「え……これは、明日発売の『怨念戦記』39巻!? ど、どうして……」
「お前のキーホルダーが見えたの、覚えてたんだよ。それ、怨念戦記の愛羅姫だろ? だったら、読んでんじゃねぇかなと思ってさ。
 知り合いの、本屋のおっちゃんから、今朝無理やり買い取ってきたんだよ。いよいよ最終章突入だし、早めに読んだ方が良いだろ?」
「……パウルもこれ、読んでたのか。なんか意外だな……」
「……けど、俺は謝瑠姫派だな」
「……へぇ」
「おっと、一家言ありそうだな。けど、積もる話はまた今度って事で、それじゃな、本当にありがとよ!」

どこかリアクションに乏しい、それでも何か言いたげな級友に対し、最後まで笑顔で語りながら、少年は仲間の輪に帰っていく。

「パウルお前、漫画まで詳しいって知らなかったぞ……」
「どんな漫画なの、あれ?」
「お前らが読んでも面白いとは限らねぇぞ。櫻の国を舞台にした、ホラー伝奇超能力バトル漫画だからなぁ、ありゃあ漫画慣れしてる奴が読むものだよ」
「お前は分かってるって事は、結構なもんじゃねぇか! 読んでんだろお前!」

ガヤガヤと盛り上がりながら、一団もまた学校を後にする。
単行本を渡された級友は、少しだけ羨ましそうに、その背中を見つめていた。

410 Origin 〜幸運の神は女である〜 3/8 ◆auPC5auEAk :2018/03/29(木) 19:01:53 ID:ZCHlt7mo0
「さーてね……っと、来た! やったよ2等、大当たりだぜ! 後で親父に換金してもらって――――」

夜の無い部屋で、少年は籤券を前にほくそ笑んでいた。
夜の無い国と言えども、人々には相応の生活リズムというものがある。窓の外を見れば、今の通行はまばらだ。
風を求めて開け放たれた窓には、寝るときの為に陽の光を遮光する、分厚いカーテンが掛けられている。
その窓から入り込んでくる、温かい光と風を満身に感じながら、少年は会心の笑みを浮かべていた。
――――第72回昼の国産業振興記念くじ、それで当選金1,000,000を引き当てたのである。

「っと、それは良いとして……そろそろ、先生から頼まれたアレ、片付けとかないとな……」

小躍りしたいほどの喜びが胸に溢れてくるが、そればかりに浮かれてもいられない。学校の先生からの頼まれごとを、少年は抱えていたのだ。
机の上を片して、紙とペンを用意すると、少年はじっと思索を重ねるために動きを止め、時折ペンを紙に走らせていく。
――――彼にとって、こうした事は珍しい事では無かった。これまでの生活の中で、何度かあった事に過ぎないのだ。

――――文武両道、才色兼備、更に類まれなる強運に恵まれている。「天は二物を与えず」と言う言葉は、彼には当てはまらない様だった。
誰彼構わず交友関係が広く、目上の人間からの信頼も厚い。そうした周辺の期待に応えられるだけの能力も持ち合わせている。
誰もが人生の主役、という様な言い回しがあるが、正に彼は、自らを中心にして人生が回っていく、その中核に存在するものだったのだ。



「――――うん、良い感じだ。これで、次回の集会発表も、お願いするけど良いよな?」
「勿論ですよ先生。もう読み方の練習まで始めちまってますよ。任せて下さいって!」
「……本当にお前、やるもんだなぁ……」

翌日には、少年は教師と打ち合わせ、片付けた頼まれ事を仕上げた事を報告する。受ける教師の表情は、完全にシャッポを脱いだものだった。
何でも卒なくこなす彼にとっては、この程度は片手間だったのだろう。事前に知らされていないオプションまでつけて、見事にうならせていた。

「……そうだ、面倒ついでにもう1つ、お願いしても良いかな?」
「何ですか、改まって?」
「お前、6組のカルロス達ともそれなりに親しいんだろ? あいつらに、いい加減他所との喧嘩は止めろって、言ってやってくれないか?
 よその生徒に怪我でも負わせたりすると、色々と問題なのだが……どうも聞く耳持たんで、上手く行かなくてなぁ……」
「先生そりゃ、頭ごなしに「止めろ」って言われたら、反発もしますって。そういうの、あいつら一番嫌う事ですからね
 上から目線だって思われたら、終わりなんですよ。ちゃんと理路整然って奴を貫徹しないと
 あいつら、馬鹿じゃないですから。話してる相手が「こっちをチンピラだって見下してる」っての、ちゃんと見抜いてきますよ
 ……まぁ、地雷原を歩くような話ですけど、そこら辺の加減を間違えなきゃ、案外話は通じますって」
「そ、そうか……」
「まぁ、俺の口から伝えてはみますよ。でも、それで俺がぶん殴られても、それでまたオイコラって向かっちゃいけませんからね?」

通常、教師が生徒にする範疇の相談を超えてなお、少年は涼しい顔で答える。既に彼は、能力的な範囲に留まらず、『自己』を確立し始めていたのだ。
モラトリアムと言う事は、もはや彼には当てはまらない。その中で、少年は精一杯、青春を楽しんでいた。

「……で、顔に青あざ作って帰ってきたと」
「――――我慢するからお前をぶん殴らせろってね……ちょっと言い方不味かった。まぁ、約束は取れたから良かったよ……」

411 Origin 〜幸運の神は女である〜 4/8 ◆auPC5auEAk :2018/03/29(木) 19:02:29 ID:ZCHlt7mo0
「――――あーあ……ツイてねぇな。つまらねぇ……」

――――個室型の病室で、少年は1人、ため息を吐いていた。
急病に倒れて入院。しかもその為に、修学旅行への参加を断念せざるを得なかったのである。
学生生活最大級のイベントを堪能できない――――常に楽しく過ごしてきた少年の落胆は大きかった。

「今頃みんなは、風の国の大山脈ツアーかよ……はぁ、高原チーズ、俺も食いたかったよチクショウ……」

せめて染みの数でも数えてやろうかと天井を見上げても、そこには綺麗な白しか広がっていなかった。
思うままに体を動かす事も出来なければ、自分の生活リズムで、いたずらな夜更かしをすることも出来ない。
持ち込んだ漫画も、他にする事も無いので、もうすぐ3週目に突入してしまう。ひたすらに気だるかった。
これ幸いに骨休め、などという疲れた感性とも無縁だった少年は、完全に時間を持て余してしまったのである。

「かと言って、昼間はマシなテレビなんてないんだよなぁ……ニュースもすぐに同じ事ばっかりで慣れちまうし……
 国会中継って言ったって、テロ対策か馬鹿な質疑応答しかしないし……ある意味面白いけど……」

あと、日替わりでランダムな話題を持ち込んでくれるものと言ったら、病室備え付けのテレビしかなかった。
ぼんやりとつけっぱなしにしたテレビに見入る。なんだか、自分の頭が鈍化して行く様な感覚に、少年は囚われていた。

「やぁパウル君、相変わらず暇そうだね。検温と……どうだい、体調は?」
「あぁ先生……ま、腹の奥に、相変わらずの鈍痛はありますけど、熱は特に……それよか、早く起きたいですよ
 旨いもの食べたいし、外を歩きたいし……はぁ……」
「ま、1ヶ月ほどの我慢さ。君なら、勉強の遅れを取り戻すのも楽だろうし、その体力なら病状も悪化しないだろうしね」

検診に来た医者と、他愛ない会話を交わす。これもまた、少年の数少ない心の慰めとなっている、今の日常だった。

――――その終わりを知らせたのは、つけっぱなしにしていたテレビである。

『――――番組の途中ですが、臨時ニュースをお伝えします
 本日、午前11時27分頃、昼の国太陽航空、第245便旅客機が、「エンジントラブルに見舞われた」という通信を最後に、グランツ北東400㎞沖合の海上に墜落したとの情報が入りました』
「!? おいおい……飛行機の墜落かよ……」
「……大変な事が起きてしまったね……」
『この、245便には、修学旅行中の高校生を含む、377人が搭乗しており――――』
「――――ッ!?」

キャスターの、緊迫した言葉が、原稿のその場面を通り抜けた時、少年の頭は真っ白になった。

「ぱ、パウル君……!?」
「ちょっと待てよ……まさか、まさかみんな……!? 先生、ちょっと、確かめてくださいよ……俺の友達、これに乗ってたんじゃ……!?」
「お、落ち着くんだ。興奮は、腹の病変に悪いって分かるだろう?」
「だから、ちゃんと確かな事を知りたいんですよ! 教えてください先生! 俺の代わりに調べて!」

412 Origin 〜幸運の神は女である〜 5/8 ◆auPC5auEAk :2018/03/29(木) 19:03:02 ID:ZCHlt7mo0
「……みんな……みんな……なんでだよ……」

果たして、墜落した飛行機は、少年の学友たちが乗っていた航空機だった。そして当然――――飛行機の墜落で、乗客乗員全員死亡は、当たり前の話である。
少年は、親しい友人たちを、大人たちを――――かけがえのない日常を、一気に失ってしまったのである。

(ツイてないって思ったけど、俺だけ生き残ったのか……でも、これでツイてるって言えるのかよ……!)

急病で修学旅行に参加できない事は、全くの不運だと思っていた。だが、その為に彼は生き残り、学友たちは全滅してしまったのだ。
現実味の無い事実を突きつけられて、少年の思考は空転し、同時に混乱に見舞われていた。起こった出来事を、受け止めきれなかったのだ。
さしもの少年も、こんな急転直下の事態を、どう受け止めれば良いのか、それに答えを出せるだけの人生経験を積んではいなかった。
これから自分はどうなるのか、今ここに自分がいるのはどういう事なのか、少年の意識は、取り留めなくそんな疑問を見つけては、有耶無耶のまま霧散してしまう。
ただ、友人たちの死を悼む事くらいしか、病人の身である彼にはできなかった。

「……なんで俺、のんきに寝てるんだろ。みんな……凄い怖くて、最後の瞬間に痛い目見て、死んでったんだろ……?」

飛行機内のパニックに、思いを馳せる。友人たちはきっと――――どうなってるんだと叫び、死にたくないと叫び、そうして死んでいったはずなのだ。
いや、それは友人たちだけに留まらない、先生だって、そして他の乗客たちだって。地獄みたいに、恐怖と振動に振り回された挙句に、死んでいったはずなのだ。
――――それを思うと、病を患いこんな所で伏せっている我が身が、たまらなく腹立たしく、情けなく、悔しかった。

「……俺1人生き残ったんだったら、生きてかなきゃいけねぇな。身体治して、弔わなきゃ……」

しかし、こうも考える。自分1人が生き残る巡り合わせにあったと言う事は、そこに何らかの意味があるんじゃないか、と。
別に道徳教育を尊ぶつもりはないし、運命論者になった覚えもない。ただ、何かしらの意味と言えるものは、そこに確かにあるのではないか、と。
その手始めとして、まずは死んでいった知人たちに、ちゃんと冥福を祈り、ちゃんと遇する礼を尽くさなければならない。
明かりを消した暗がりの中、ベッドに横たわりぼぉっと天井を見上げていた少年は、どうにか自分の感情にケリをつけることが出来た。

――――眠りは、深かった。重く、昏く、熱く。

――――ずるい……ねぇか
――――なん……お前だけ……
――――こっ……一緒……来なってば……
――――1人だ……不公へ……!

「――――っぅ、ぐ……ぅぅぅ、ぅ……!」

――――お前も、俺たちと一緒に死ねよ……!
――――勝手に腹壊したとか言って、死ぬのさぼってんなよ……!
――――命を抜け駆けなんて、冗談じゃないぞ……!
――――来いよ、お前もこっちにッ!

「――――っぐぁぁぁぁぁ…………ぁ、ぐ、っ……!」

413 Origin 〜幸運の神は女である〜 6/8 ◆auPC5auEAk :2018/03/29(木) 19:03:27 ID:ZCHlt7mo0
「――――しっかりしなさい、大丈夫か!?」
「っぐ、ぐ、うぅ…………」

――――深夜、個室のドアが開け放たれる。少年の個室に足を踏み入れてきたのは――――見知らぬ老人だった。

「おい、おい! 私の声が聞こえるか!?」
「ぎっ……は、腹が…………ッ、あ、熱い……ッ、焼ける……!!」
「生まれたばかりの悪霊共が……引きずり込んでいくつもりか。そうはさせん!!」

少年は、腹部を抱え込む様に抑えたまま、うずくまっている。呻きながらも、意識は朦朧としている様で。
――――老人はそれを悪霊の仕業と見切り、すぐさまその手で、少年の額と腹を押さえつける。
青く澄んだ光が掌に集い、少年の体に衝撃が走る。がくんと少年の体が跳ねる様にのけぞった。老人の白髪も、白髭も、空気の振動にそよぐ。

「がぁっ!?」
「我慢しなさい……自分を失うなよ……!」
「ぐあっ、はがぁ!!」

ドクン、ドクンと、鼓動の様に衝撃は連続する。少年の口から苦悶の悲鳴が漏れ、塊の様な空気が絞り出される。
ガクガクと体は痙攣し、それも老人の手に抑え込まれる。まるでAEDを行使される様に、ビクビクと身体は跳ね上がった。

「ぼ、っふぁ……ッ!?」
「出たな、死霊の呪いが……もう大丈夫だ」

何度目かの衝撃で、少年の口から何かが吐き出された。空気だけではないそれは、黒い煙のような物で、中空に漂う。
それを視認して、老人は少年から手を放し、その黒い塊に向けてかざして見せた――――青い光が、眩く光度を上げる。

――――なんでよ……ひどいじゃない……
――――なんで、なんで俺らだけよぉ……
――――恨むぞ……お前を一生……!
――――俺たちが死んだから、お前が生きた様なもんだろ……

ハッキリと、2人の耳に恨みの声が聞こえてくる。光に当てられて霧散していくその黒い煙は、最後に恨み言を残して消えていった――――。

「ハァ、ハァ……い、今のは……?」
「……どうやら事故で死んだ、君の知り合い達の霊魂の様だ。それが君の病気にとりついて、死の道連れにしようとした様だね……
 ……未練が残るのは当たり前と言え、逆恨みも良い所だろう。だからこそ悪霊になってしまったのだろうが」
「――――ひどい、ひどいぜ、みんな……」

異変が収束し、少年は埋火の様に熱を残す腹部を抑えながら、老人の言葉に俯く。自分は恨まれ、呪われる存在なのか、と。
彼らの死に、思うところはあったが、それがこんな形で跳ね返ってくるとなると、少年の胸にもやりきれない思いが込み上げてくる。
何かのせいにしなければ、彼らの無念が浮かばれないのは勿論なのだろうが、その矛先が、自分に向けられるとは……。

414 Origin 〜幸運の神は女である〜 7/8 ◆auPC5auEAk :2018/03/29(木) 19:03:45 ID:ZCHlt7mo0
「――――しかし、君は運が良かった。隣の病室に寝てたお陰で、気が付けたよ……じゃなきゃ、君は急な病変と言う事で、死んでいただろう……」
「……!?」

ホッと一息ついて、老人はポツリと呟く。どうやら霊能力者らしい彼の手によって、少年は救われた訳だが、その言葉が胸に刺さった。

(……運が良かったって? そりゃ、みんな死んだ事に比べたら運が良かっただろうよ……でも、それで良かったのか……?)

不運に巻き込まれて死んだ友人たちに比べれば、病気の為に墜落する飛行機に乗らずに済んだ自分は、確かに運が良い。
だが、それは果たして本当の幸運なのか――――本当に運が良ければ、そもそも友人たちも死なずに済んだのではないか?

(こうやって、呪われて殺されかかっても生き延びたって事で、運が良いって事になるんだろうけど……でも、本当にそうか?
 これは本当に運が良いのか? 悪運ってだけじゃないのか? ……運が良いの悪いので、こうまであっさり運命じみたものが決まってしまって、いいのか?)

我が身に起こった出来事に、実感が沸かないのだろう。窮地を2度も偶然で生き延びた少年は、「運が良い」の一言の為に、思考の沼に陥っていた。

――――人生と言うのは、運の良さだけで、こうもあっさりと片付いてしまう程に儚い物なのだろうか。
自分の身を守ったこの『運』と言うのは、そういう性質のものなのだろうか。
だとしたら――――結局、全てはそれで片付いてしまう事になる。人生がどうのこうの、なんてレベルではない、この世界のすべてが――――。

(――――もし、本当にそうなのだとしたら――――)
「……どうしたね、まだショックか? まぁ、放心してしまうのは分かるが……」
「いや――――これからどうしようかって、思ってたところです。これでもう、学校にも帰れなくなりましたし
 俺は……これから、自分の力で生きてかなきゃならないなって……あ、そういえば……ありがとうございました」
「……何を思いつめたか知らんが、今はゆっくりと休みなさい。君のその病気も、これで快方に向かうだろう」

少年の瞳に、ハッキリとした光が宿る。彼は、何か得心が入った様子で、老人に頭を下げた。
――――腹の中に、まだわずかに燻る熱と、先ほどの呪いの声の残響を聞きながら――――。



――――足元で死んでいる両親を見下ろす。退院して真っ先に行った事が、それだった。
考えに考えた手はずで襲う。悲鳴をあげさせもしなかった。恐らく外に今の事態は漏れていまい。
金を都合し、家に火を放ち、姿を消す――――全ては、思いの外上手く行った。両親は死亡、自分は行方不明。だが、事件はそれ以上の進展を見なかった。

「……ツイてる。やっぱりそうなんだ。俺にはツキがついてる。そして、あいつらがくれたこの呪いが…………ッ」

両親の魂が、腹の中で泣き叫んでいる事を、少年は感じている――――あの呪いの残滓は、身体に焼き付き、魂を縛る力場として機能していた。
――――これが、運の力なのか。因果応報など嘘八百だと、少年は確信した。全ては運、善悪など関係ない――――。
やけっぱちで起こした行動が、悉く運に恵まれた事で、少年は己の人生を確信した。

――――そして、彼は世界に対して「逆」を行くという、一生をかけたギャンブルに身を投じる――――。

415 Origin 〜幸運の神は女である〜 8/8 ◆auPC5auEAk :2018/03/29(木) 19:04:48 ID:ZCHlt7mo0
(――――ま、こんなもんよな。人生は結局、勝つか負けるか、それだけよ……)

隣で寝ている女の息吹を感じながら、男はその裸身をシーツにくるみ、ぼぉっとテーブルの上の食事跡を眺めていた。
今では、カノッサ機関のナンバーズ。それを話しても、この女は驚きこそすれ、むしろ興味をもって身を乗り出してきた。
――――ひと時の濃密な時間を過ごして、古傷だらけの体は充足感に満ちていた。

「――――随分、ご機嫌ね……」
「ん……なんだ、起こしちまったか?」

眠っていた金髪の女が目を覚ます。ぴったりと身を寄せ合って、その温もりを感じ取る。

「いいえ、ずっと起きてたの……――――あなたがこんな所で息抜きをしてるから、ちょっと揶揄ってあげようってね」
「は……!?」

だが、男は肝を冷やした――――女は己の首を、左手でむしり取ったのだ。同時にその体は輝き、姿を変える。
そこには――――黒い髪にすっきりした目鼻立ちの、先ほどとはまた違ったタイプの美人が、勝気な笑みを浮かべて横たわっていた。

「あ、殺狩!? ……お前、さっきの変装かよ!!」
「えぇ、あなたが遊びにうつつを抜かしているって聞いたから、ちょっと揶揄ってあげようってね
 でも、相変わらずねぇ……こんな所で賭け事して、好い気になって遊んでるなんて」
「あー、あぁ……あー……勿体ねぇ。それであの娘殺してなり替わったのかよ……結構な上玉だったのに」
「随分余裕じゃない? ……あたしの目の届かないところで女遊びなんて、少し調子に乗り過ぎてるんじゃないかしら?」
「良いだろ別に。そこんところ、お前はそううるさくなかったと、思ってたんだけどよ」
「うるさくするつもりはないわよ。でも、だからって野放図を認めるつもりも、無かったんだけどね?」

――――ベッドの中の痴話喧嘩。しかしてそれを繰り広げているのは、≪No.21≫と、機関の頭領の1人。
世界にとっての恐怖の象徴の様な2人だが、今はただの個人に過ぎなかった。

「まぁ良いさ。俺は女神様に、まだ懇意にさせてもらってるっての、分かったからな。そこは収穫だよ」
「……露骨に話を逸らさないでくれるかしら?」
「で、だ――――お前とも、懇意である事を確かめさせてもらいたいんだけどな?」
「……そうやって誤魔化すつもり? 少しは捻りなさい、芸が無いわよ」
「必要か? お前だって乗り気だったんだろう? わざわざ姿を変えてまでな」
「そう面と向かって言われると、冷めちゃうのよ……全く、そこら辺がさつな人ね……」
「……でも、実際悪くないだろ。飾らないって言うのも、偶にはな――――」

呆れた様な笑みを浮かべながら、男は女の白い肩に手を回す。眉を顰めながらも、女はその身を男へと預けた。
――――そっと唇が重なる。クールダウンしていた体が、再び熱を帯び始めた。

――――幸運の女神と死霊の呪いは、今も男の体を包み、渦を巻いている。
男の行き先は、流れ流されて、ただ雲水の如く――――。

/パウル=ミュンツァー、本編以前のエピソード0的な何か

416 三課会議──"鵺" ◆zO7JlnSovk :2018/03/30(金) 07:04:24 ID:S/DUh6T.0
>>384

──続いて手を挙げた少女、鵺は大層不機嫌な様子であった。
事実、森島の件について百家に噛み付いていた。会議の始まる数時間程前に。
その対応に納得していないのも事実であった。『ええ加減にせえよ』との言葉をかけられるぐらいには。

彼女は大人ではない。──人間の暗い部分や疚しい部分、散々見ても尚、それでも尚
人間を信じる位には、子どもであった。


「セレンディピター号の管制室にて、『水の国警察 異能対策特課』の御船 千里と交戦しました。
 恐らくはマルコ・ダルハイトか、それに与する人間が警察側に圧力をかけ雇ったのでしょう。
 必要ならばカバーストーリーの流布を、リーイェンにはプロトコル"胡蝶の夢"を用意してもらっています。」


最初に示したのは管制室での出来事。小さくない衝突であったが、重要度は低い。
彼も此方も体制側の人間。故に物分りの良さに関しては心配せずとも、と言ったところか。
一呼吸置いた。本題の前に自分の中で整理したかった。

──大丈夫。と心に確かめる。正義は此処にある、と。


「もう一つ、大きな報告があります。『公安』内の事について、です。
 先日『UNITED TRIGGER』の白神 鈴音と接触し、複数の情報を仕入れました。
 皆様の端末にリーイェンが情報をリストアップしてくれています、ご確認ください。」


個々のデバイスに以下の情報が示される。

・『公安』内部に『機関』と内通する『黒幕』という派閥が存在する。
・そして『公安』部長の"セリザワ"が『公安』側のトップである。
・『黒幕』側の人員として能力を消す"婦警"と、"ケイ"なる人物が存在する。
・『機関』の"六罪王"として『黒幕』側を名乗る人材が就任。
・『魔防法』も『黒幕』側が裏で糸を引いている。
・"白神 鈴音"を中心とした”連合部隊”が打倒『黒幕』の為活動をしている。

鵺は意図して幾つか情報を抜いてはいる。麻季音関連の話と、円卓に関する話題。
その両者は重要度は高いものの、『三課』に関する話題とは言えない、との判断に拠る。

沈黙を切り裂く様に鵺は続ける、この情報の正当性を高める為に。


「ここで注目して貰いたいのが、『公安』内部に『機関』と繋がる『黒幕』という派閥が存在する点。
 セリザワ部長がその裏に存在しているという点です。
 『黒幕』と『機関』の繋がりに関しては"カニバディール"なる機関員からも裏付けが取れています。
 『N2文書』───此方には、『黒幕』と『機関』の密約が書かれています。」


続いて送信される『N2文書』斜め読みしただけでも、その重要性は伝わるだろう。


「『公安』内部に裏切り者がいます、それがどれだけの規模か分かりませんが。
 私達秩序を守る人間が、秩序を壊そうとしているんです。
 可及的速やかに───誰が『黒幕』なのかを調べ、対応する必要があると、提言します。」


報告は以上です、と彼女は付け加えた。
無数の感情を内に秘めて、紡いだ言葉は簡潔に。
それでいて大きな波紋を、投げかけた。

417 ギア・ボックスは友を失う ◆ZJHYHqfRdU :2018/04/03(火) 18:36:01 ID:IBKicRNQ0
「……イドッツォ?」

返事はなかった。一度決めた場所からは、まず動かない。そう言っていたはずなのに。
最初は、イタズラで隠れているのかと思った。初めて会った時みたいに。

人形の身体になる前、ふと喉が渇いて足を向けた自販機。ペットボトルを取ろうとして、その奥に光る目を見つけて、腰を抜かした。
こちらを指差して大笑いする小人に、恐る恐る声をかけると彼は「井戸魔人」のイドッツォと、そう名乗った。

かつては、名の知れた悪魔の一族で、近づいた人間を食ってしまう。自慢げにそう語る彼は、そんな危険な存在には見えなくて。
思わず、笑ってしまった。信じてないな、と彼は怒った。それから、何とはなしにこの自販機に時折立ち寄るようになった。


今日は、どれだけ玩具が売れた。この間は、こんな街に行ってきた。他愛のない話を、飲み物を買う時に少しするだけ。
でも、なんだか悪くない時間だった。人形の身体になった後も、イドッツォの態度は変わることもなくて。それが本当にありがたかった。

UTの仕事が忙しくなってきて、彼を訪ねることが少し減ってきて。最後に会ったのは、いつだったか。一週間前か、一か月前か。
いずれにせよ、もう彼はいない。言葉を交わすことは、もうない。


「殺された!? 婦警って……それは、どういう……あ、ちょっと!!」

目の前に現れた、憔悴しきった小人の話を聞いて。立ち去る彼を思わず追いかけたが、もうそこに小人はいなかった。


大して親しいとは言えなかったかもしれない。たまに会って、他愛のない会話をするだけの相手だったのは確かだ。
だけど、思わずにはいられなかった。「友達を殺された」。人形の身体では、もう涙は流せない。

それから、UTの任務の途上で何とか情報を集めようと、警察や自警団にそれとなく話を聞いて回った。
仇と思しき、婦警がUT事務所に巡回してきているという話は聞いたが、それだけではとても詰め寄ることは出来ない。
そんなことをすれば、UTの仲間たちに迷惑がかかるだろう。ただでさえ、「魔能制限法」のために、能力者が大半を占める自分たちへの目も厳しくなりつつあるのに。

だから、こうして少しずつでも情報を集める他はない。しかし、未だに成果はない。
ならば、多少の危険は冒す必要がある。イドッツォのいた自販機、その近くから路地裏に入り込んだ。

――――そして、「別の友達」に再会した。

418 カニバディールは八つ当たりをする ◆ZJHYHqfRdU :2018/04/03(火) 18:36:43 ID:IBKicRNQ0
「私は基本的に、利益にならない殺しはしない。時間と労力の無駄だからだ」

路地裏の汚れた地面に転がる瀕死の若者に語り掛けるのは、身長2メートルを超えているであろう大男だった。
両目の他に、額に埋まったもう一つの巨大な眼球。三つの目玉には、昏い怒りが宿っていた。

「しかし……たまには、こうして八つ当たりくらいはしたくなる時もある。お前たちとて、縁もゆかりもない女を襲っては殺していたのだから、恨みもない相手の命を奪いたくなる気持ちはわかってくれるだろう?」

恐怖と苦痛に呻く若者の脇腹を、ゴム長靴が容赦なく蹴り飛ばす。吐しゃ物を吐き散らして転がる彼を、体重をかけて踏みつける。

「ひどいとは思わないか? 私がこれまで、機関にどれだけの戦利品を上納してきたと思っている? 廃の国で発掘した兵器や技術も、機関からの投資に見合うだけの成果をもたらしたはずだ」
「だというのに、ディストピアに生きるか、金持ちの都合に合わせるか、どちらかを選べだと!? ふざけるな!!」

右手に握った肉切り包丁を振り下ろす。顔を深く切りつけられた若者が苦鳴を漏らす。振り上げ、また振り下ろす。振り上げる。振り下ろす。


「いやあ、すみませんね最近のボスはすこぶる機嫌が悪くて! まあ、運が悪かったと思って。来世は、我々のような者に目を付けられないよう、真っ当な人生を送ってくださいね!」

その背後では、赤い刀身の蛮刀を手の中で弄ぶもう一人の男が、壁にぐったりともたれかかる二人の若者に語り掛けていた。
地味な黒スーツ。黒の革靴。細いフレームの茶色の眼鏡。丁寧に撫で付けられた髪。およそ、路地裏とは縁のなさそうな、いかにも真面目そうな男。

蛮刀に纏わりつく赤い液体が蠢き、二人の若者たちの肌を包む。たちまち、その身体に赤い発疹が生じる。もはや、彼らは声も上げられない。


「おや、少し前までの威勢もどこへやら! そんなぐったりしちゃって。大丈夫? ルイサイト吸う?」

眼鏡男が、ボンベの取り付けられたマスクを、二人に無理やり装着する。途端、二人が苦痛のあまりに目を見開き、のたうち回り始める。
マスクを剥ぎ取ろうと暴れるが、弱った力ではそれは叶わず。やがて、二人とも動かなくなった。

眼鏡男は振り向くと、三つ目の大男が残った若者の臓器を引きずり出すところだった。痙攣が止み、若者は動かなくなる。


かしゃり。そこへ、乾いた足音が響いた。

「……ギア」

「カール――――!!」

生き人形がサーベルを抜いた。三つ目の異形が肉切り包丁を構えた。眼鏡男が蛮刀を振りかざした。
戦いは数時間に及んだ。

419 異形と人形は再び友となる ◆ZJHYHqfRdU :2018/04/03(火) 18:37:57 ID:IBKicRNQ0
「公安が……!?」

「ああ、そうだ。『魔能制限法』可決までの、異様な速度はおかしいとお前も思っていただろう?」
「全ては、機関内部の一派と手を組んだ、公安過激派の仕業だ。他にどれだけ関わっているかは知らないが」

満身創痍の異形と生き人形は。路地裏の奥で言葉を交わしていた。少し離れた位置では、眼鏡男が生き人形の一閃で負った傷を抑えながら座り込んでいる。


きっかけは、生き人形が放った叫びだった。「イドッツォを殺したのもお前たちか!?」「婦警というのは、お前の手下か!?」
それを聞いた異形は、明らかな驚きを表情に浮かべ、次の瞬間生き人形のサーベルによる刺突をわざと受けた。

そのただらなぬ様子に、動きを止めた生き人形に対して、異形は語り掛けたのだ。「我々は、今だけは友人に戻れそうだ」と。


「彼奴等は、いずれ全世界を画一化する。この世に絶対の枷を嵌め込む。そこに、私のような者の居場所などない。残念ながら、お前たちもだ」
「対抗勢力の『円卓』が食い下がっているが、それもいつまでもつことか。猶予は少ない。お前は、どうする?」

視線を下に向けて、生き人形は作り物の歯を食いしばる。本当に、この男の手を取るべきなのか。どれほど強大な相手だからといって、この男の手を。
人形の身体の内側に閉じ込められた魂の中を、様々な思いが巡る。幾度も。幾度も。そして最後に残ったのは、この世界で出来た友人や仲間たちの顔だった。


「――――協力する。奴らを止める。イドッツォたちの仇を取る」

「本当に構わないのだな? 私のような悪党と組んででも、事を成す。先ほど私がやったような、惨たらしい悪事に間接的に手を貸すことにもなるだろう。覚悟の上だな?」

「……構わない。元々、僕が戦ってきたのは、自分の為だ」

「ふ、ふ……。しばらく会わない間に、いい眼をするようになったじゃあないか。やはりお前は、ボックスの血を引いている」

「……黙れ」

「冗談だ、そう怒るな。ひとまずは、お前はいつも通りにしていればいい。矢面には、私が立つ。我々のやることに、直接加担させるつもりもない」
「だが、お前の手助けが必要な時は……遠慮なく要請させてもらうぞ。今まで使うことのなかった、我々限定の交信で」

「……わかった」

「よし。ならば、この戦いの間だけ、我々は再び友人となる。やってやろうじゃあないか、旧友よ」

自身のこめかみを突いて見せる異形に、生き人形は黙って頷いた。

420 スクラップズは性懲りもなく殺人映像を垂れ流す ◆ZJHYHqfRdU :2018/04/03(火) 18:39:04 ID:IBKicRNQ0
「――――報告。No.29抹殺指令に基づく、第三次攻撃は失敗した」

「第一次攻撃から現在までの戦闘で、先遣として差し向けた使い捨ての傭兵部隊は壊滅。いずれも、目標が使用している地下通路における戦闘での被害」
「目標の仕掛けた爆発物による崩落に巻き込まれ死亡した者が14名、負傷した者が3名。銃撃により頭部を撃ち抜かれた者が2名。両足ないし片足を撃ち抜かれ戦闘不能となった者が5名」

「近接戦闘における斬撃で両目ないし片目を切り裂かれ、失明した者が3名。首を切断された者が3名。腕ないし足を切断され、戦闘不能となった者が4名」

「顔面を噛み砕かれた者が2名。巨大質量に潰され、圧死した者が7名。何らかの毒物を投与されて死亡した者が1名。執拗な斬撃と打撃により、原形をとどめないほど破壊された者が6名」


「以上、35名が死亡。15名が重傷。傭兵部隊からの通信によると、ターゲットNo.29は3名の配下を率いて逃走している模様」
「戦闘記録より、1名は何らかの毒物を操る能力者、1名は巨大質量による破壊を可能とする能力者、1名は高い身体能力を有する無能力者と推定される」

「能力者を含まない部隊による攻撃では、ターゲットの抹殺は困難と判断。能力者を含む追撃部隊の編成を要請する」




映像が再生される。薄暗く広い空間。無数の配管が交錯しているところを見ると、都市の地下空洞のようだ。
配管から、何かがぶら下がっている。鎖の先端に取り付けられた大型のフックに身体を貫かれ、それによって吊るし上げられた人影。ざっと30以上はあろうか。
その身体には、無数の大きな鉄串が突き刺さっており、異様なシルエットを形作る。彼らの顔に生気はなく、ピクリとも動かない。

カメラが、下に向けられる。吊るされた人影の下に大きな椅子が据え付けられており、一人の男が拘束されていた。
カメラを動かした男が、ゆっくりと進み出て拘束された男の隣に立つ。身長2メートルを超える巨体に、薄汚れた灰色の作業着と黒いラバー地のエプロン。
黒い瞳の両目の上に、もう一つ巨大な眼球が埋まった異形の男は、醜悪な笑みをカメラに向けた。


「我々も舐められたものだな。確かに、我々はただの盗賊だ。大して強くもない。だが、チンピラまがいの傭兵だの、低位能力者を数人含めた小隊だのに、ホームグラウンドたる下水道で負けるほど温くもない」

カメラに、さらに三人が映り込む。
地味な黒スーツに革靴、細いフレームの茶色の眼鏡をかけて、髪を丁寧に撫で付けた男は、赤い刀身の蛮刀を振りながらカメラに向かって微笑んだ。

豊満な姿態を、細長い布を身に巻き付けたような民族衣装サリーに包み、ショートヘアを軽く乱した女性は、どこか呆けたようなぼんやりした表情でカメラを見つめた。

丈の長いミリタリーコートで全身を覆い、二本の長剣を握った長い銀髪の男は鋭い目つきでカメラを睨みつけた。


「最後に何か言い残すことがあれば言ってみろ」

三つ目の大男は、拘束された男の髪を掴んでぐいと引き上げる。軍服姿のその男は、血が滲む唇を開くと声を絞り出した。

「――――第四次攻撃、失敗……三個分隊が壊滅……No.29とその一味を抹殺するには至らず……!!」
「敵は更なる襲撃を計画中……『特区』の警備体制の強化を……来るべき新世界に……栄光あれ……!!」

異形が顎が外れるほど大きく口を開き、鋭く尖った牙で拘束された男の首筋にかぶりついた。
肉をごっそりと食いちぎられた男が目を見開き、すぐにガクリと動かなくなる。


異形は顔をしかめて食いちぎった肉を吐き捨て、口の血を腕で拭った。

「不味い。ろくなものを食っていないな。『お前たち』が全員がこうなのか? みんな揃って、決められた同じ合成食物でも食っているのかね?」
「まあ、構わん。しばらくは、この不味い肉で我慢するさ。これから、忙しくなるからな」

「宣言しよう。我々『スクラップズ』は、殺し続ける。我々が殺されるまで、休みなく殺す」
「お前たちが、『魔能制限法』だの『特区』だのと悠長にやっている間に、将来お前たちが支配するべき大衆が、果たして何人死ぬか。楽しみにしておくがいい」

「我々はどこにでも現れる。これから、お前たちの安全はどこにもないと知れ」


大男が懐から、何かのスイッチを取り出す。それを押し込む。二度。三度。

「水の国のビルを〝転ばせた〟。今回はデモンストレーションだ。人のいない廃ビルを選んでおいたが」
「これから、いつ何時どこにいようと、我々の脅威に晒され続ける。よく覚えておけ」

「それが嫌なら、早いところ私の首を獲りに来い。出来るものならな」

映像が暗転する。

421 スクラップズは企てる ◆ZJHYHqfRdU :2018/04/03(火) 18:40:19 ID:IBKicRNQ0
「ボス、本当にこんな映像流して大丈夫なんですか? Мの皆さんを含めた能力者への風当たりが、ますます強くなるんじゃ……」

「連中なら、その程度は切り抜けるさポイゾニック。私など足元にも及ばない曲者揃いなのだからな」
「『特区』の警備も厳重になるだろうが……それは元々変わりない。今は何より、私に『黒幕』どもの目を向けさせることが肝要だ」


「俺達なら、それなりに世間に認知された脅威だ。抹殺指令への報復を兼ねたこのスナッフで、自分たちの危険性をアピールする」
「『魔制法』のために、能力者の恐ろしさを向こうが宣伝してくれた今なら、俺達というわかりやすい悪を排除するようにと、世論も望む。そういうことだろ、ボス」

「その通りだ、レギオルフォン。表の権力の癒着する『黒幕』は、それを無視できまい。相応の戦力を、我々に割く」
「聡い者が揃っているMの者らならば、今がそれぞれの計画を進めるチャンスだという、私のメッセージを正しく受け取ってくれる。そう期待するとしよう」

「毒を食らわば皿までだ。わざわざ、私個人に対して抹殺指令など出してくれたんだからな。この栄光に乗っからせてもらおうじゃあないか」


「ぱお〜ん……ボスゥ、お腹空いたぁ……」

「……ついさっき、ギアに調達させた食料をたいらげたばかりだろう、エレファーナ……。お前の能力の破壊力は頼りになるが、その燃費の悪さは何とかならないのか」
「まあいい、またわが友たる生き人形に追加を頼むとしよう。これからは、休みなく大暴れしなければならないからな。その時にガス欠ではつまらん」


「――――さあ、大仕事だお前たち。せいぜい、引っ掻き回してやろうじゃあないか」

三つ目の異形が、にやりと笑う。どこまでも変わらず、醜悪に。

422 ◆ZJHYHqfRdU :2018/04/03(火) 18:46:36 ID:IBKicRNQ0
/ギア・ボックスとカニバディールが手を組むに至った捕捉と、No.29抹殺指令を受けてのカニバディールの返礼です

/カニバディールが、『黒幕』の鉄砲玉の処刑映像をネット上に公開し、水の国の廃ビルを爆破・倒壊させ、敵の注意を引き付ける囮になろうという博打に出た形です
/もし問題があったりしたら、お手数ですが雑談所か連絡スレで呼びかけていただければと思います

423 第○○話沈黙の艦隊 ◆rZXDD3W69U :2018/04/05(木) 23:12:29 ID:6.kk0qdE0
//設定補完に、スレ汚しすみません




【櫻の国、魔導海軍静ヶ先鎮守府】

「さて、先だっての水国での魔能制限法施行に関しまして……」

窓からの光が、鋭くも優しく部屋中を包む
円状に組まれたテーブルにはそれぞれの椅子、それぞれの所定の位置に制服を着た人々が着席
手元の資料を睨みつけている。

「こちらから派遣しました、諜報員の報告ですが先だって水国カミス・シティにて施行が開始されました」
「具体的な内容は御覧の資料の通り」

議場にざわめきが起こる
当然と言える、内容は人道に反した過激な物。
事、友好諸国にも影響を与えかねない程に

「やはり機関が……」
「報告によれば、黒幕の仕業と」
「これは事です、外交の問題にも発展しますぞ」
「断固たる抗議だ!これは友好国として見逃せん!」

静粛など、望むべくも無し
それは水国と櫻国のひいては、不当な魔能に抗うを是とする異能集団魔導海軍の関係性にも影響を与える

「司令長官、ご意見を……」



――水国排他的経済水域内部、軍港付近海中

「アップトリム20、バラストタンクブロー!」
「バラストタンクブロー、調整!」

バラストタンクが気蓄機から空気を入れ、船体を傾ける
潜航状態からの浮上は、この前後のバラストタンクに海水を注水、気蓄機から空気を注入、このバランスによって成立している。
仕組みとしては単純な物だが、機構にしてみると中々に複雑な内容だ。

「にっししー、ようやく着いたのだよ」

櫻国魔導海軍所属、強襲揚陸潜水艦伊707号
この日、水国にある人物を護送すべく数日前に櫻国を出港した。

「潜水艦は臭くて不潔で、むっさい男ばっかりでいかんのだよー、女の子可愛い女の子が恋しいのだよ!」
「浮上完了、船体維持、少佐!到着しました」
「そうか、では早速行くのだよ、ここまでありがとうなのだよ!」

伊707のハッチを開け、一昼夜ぶりの外の空気を吸う
新鮮な潮風と、海の香りが心地いい

「少佐、内火艇準備完了しました、資材物資、その他荷物も積み込み終わっています」
「ありがとうなのだよ!では行くのだよ!」

櫻国魔導海軍陸戦隊軍医、石動万里子少佐
この日水国に足を踏み入れた。

424 第○○話沈黙の艦隊 ◆rZXDD3W69U :2018/04/05(木) 23:12:30 ID:6.kk0qdE0
//設定補完に、スレ汚しすみません




【櫻の国、魔導海軍静ヶ先鎮守府】

「さて、先だっての水国での魔能制限法施行に関しまして……」

窓からの光が、鋭くも優しく部屋中を包む
円状に組まれたテーブルにはそれぞれの椅子、それぞれの所定の位置に制服を着た人々が着席
手元の資料を睨みつけている。

「こちらから派遣しました、諜報員の報告ですが先だって水国カミス・シティにて施行が開始されました」
「具体的な内容は御覧の資料の通り」

議場にざわめきが起こる
当然と言える、内容は人道に反した過激な物。
事、友好諸国にも影響を与えかねない程に

「やはり機関が……」
「報告によれば、黒幕の仕業と」
「これは事です、外交の問題にも発展しますぞ」
「断固たる抗議だ!これは友好国として見逃せん!」

静粛など、望むべくも無し
それは水国と櫻国のひいては、不当な魔能に抗うを是とする異能集団魔導海軍の関係性にも影響を与える

「司令長官、ご意見を……」



――水国排他的経済水域内部、軍港付近海中

「アップトリム20、バラストタンクブロー!」
「バラストタンクブロー、調整!」

バラストタンクが気蓄機から空気を入れ、船体を傾ける
潜航状態からの浮上は、この前後のバラストタンクに海水を注水、気蓄機から空気を注入、このバランスによって成立している。
仕組みとしては単純な物だが、機構にしてみると中々に複雑な内容だ。

「にっししー、ようやく着いたのだよ」

櫻国魔導海軍所属、強襲揚陸潜水艦伊707号
この日、水国にある人物を護送すべく数日前に櫻国を出港した。

「潜水艦は臭くて不潔で、むっさい男ばっかりでいかんのだよー、女の子可愛い女の子が恋しいのだよ!」
「浮上完了、船体維持、少佐!到着しました」
「そうか、では早速行くのだよ、ここまでありがとうなのだよ!」

伊707のハッチを開け、一昼夜ぶりの外の空気を吸う
新鮮な潮風と、海の香りが心地いい

「少佐、内火艇準備完了しました、資材物資、その他荷物も積み込み終わっています」
「ありがとうなのだよ!では行くのだよ!」

櫻国魔導海軍陸戦隊軍医、石動万里子少佐
この日水国に足を踏み入れた。

425 厳島の中 ◆rZXDD3W69U :2018/04/05(木) 23:17:05 ID:6.kk0qdE0
//連投すみません……

426 第○○話チェリーナイト ◆rZXDD3W69U :2018/04/05(木) 23:36:06 ID:6.kk0qdE0
//設定補完その2、度々すみません


――水の国、とあるコンビニ

「だーから、おめ、前も言ったじゃねえか!離せ俺が買うの!」
「嫌です!今週こそちゃんと買わせて下さい!」
「兄ィ、みっともねえッス……」

ここ毎週のこのコンビニの名物と化している、セーラー服の少女とカウボーイ姿の男性のジャン○最後の一冊の取り合い
書店まで行くのは面倒くさい、かと言って他のコンビニ探すのもな〜、そんな二人の毎週のやり取り
それを冷ややかに見つめるカウボーイ姿の少女

「どうーせお前はアレだろ、マンピースとバルトとバンカーバンカーしか読んでねえんだろ?磯野助兵衛物語はスルーだろ?諦めろってバンカーバンカーは今週も休載だ」
「違いますー!ちゃんとセイキューもあと僕のヒーローマカダミアも読んでます!そっちこそ、白子のバスケと乳戯王はスルーですよね!?」
「違いますー俺はちゃんと全部読んでっから、巻末コメントまで目を通してるからね!」
「キャンタマは?ッス」
「「いや、キャンタマはいいや」」

そんなやり取りの後、結局ジ○ンプはカウボーイの男性が奪取
これもまた、いつもの風景だった。

「まあ、なんかいつも大人げない兄ぃですまんッス」
「いいですよーそんな、何かもう慣れましたし」

奪い合いの後、近くの公園で話をする二人の少女
近くのベンチには、○ャンプをこれ見よがしに読む男性
何だ、話してみたら意外とこの少女は気が合いそうだ、そう二人とも感じたという
春の日が、暖かく照る午後
ブランコに座る二人は、本当に他愛ない話を、これまですることも無かった自己紹介を交えながら話した

「マリーちゃん連絡先交換しましょ!」
「翔子ちゃん、良いッスよ!」

携帯端末を出し合い、それぞれの連絡先
後はメールアプリを登録する

「おい、マリー行くぞ!」
「じゃあ、翔子ちゃん、またッス!」

さようなら、と手を振って別れる
さて、帰ったらアプリにメッセージを送ろう、と
同時にいつまでも、いつまでもこんな日が続けばいい
いや、こんな日を防衛(まも)る為に自分達がいるのか、と
そう思いを馳せ乍ら

あと少し、少女たちがそれぞれの立場を知り
そして運命が重なるまで、あと少しだ……。

427 ◆AesGW/TV3c :2018/04/07(土) 03:27:10 ID:s.osPgw60


五感が捨象されていく。


時折、気付いたときにはそこに在るものは、社会一般的に定義される食事ではなかった。
一個の生命体が一定時間生き永らえるのに、必要最小限の補食。液体でも固体でもない。
味もなければ、香りもしない。口を開けて含めば、ものの数秒で消えてなくなった。
幾度も繰り返していく内に、まず、味覚と嗅覚が消えた。それらは、元より不要であった。


次に、聴覚が消える。この空間を揺らすのは自己だけだ。
時を刻む物が無い為に、初めは拍動で計時を試みた。──だか、長くは続かなかった。
この白い三次元は、自己と周囲の境界を曖昧にする。拍動は確かに打っているというのに、聞こえなくなった。
打ち付けていると担保する触覚さえも、その内に消えていく。身体が重い。動かない。軽い。動かない。


動くけれど、動かしているのは彼ではない。


最後に残ったのは、視覚だった。視線の先には、決まって兎が跳ねている。
ある時には、四肢の先に張り付けた人面を代わる代わる彼に見せつけて、熱心なリバタリアンのフリをする。
またある時には、気安げに話しかけて来て(彼にはもう何も聞こえないと言うのに!)、爪にまみれた舳先をプレゼントしてくれる。
その数度後には(彼にはもう数の概念もあやふやなんだけど。)、星占いなのです。テレビをふやけてしまう。
て(冗談だから。) れたいく。 君のからな。(これは冗談じゃないことだ。)


そうして彼は、脳のキャパシティオーバーを迎えて、1日を終える。


それもまた、この空間地平が極小点たる彼と同一化した故である。
感覚を極限まで鈍らせた彼の脳には、そのロジックは到底理解し得ない。不可逆的に。構造的に。
それが故に、彼は自己の脳から導出されたそれらを真正面から海馬に流し込むこととなった。


この部屋が完全になれば、その兎が、彼自身になるのだろうか。
──それとも、兎が彼のともだちになってくれるのだろうか。
もしそうなら、素敵な話だろう。彼は彼であって彼でない彼を、手に入れるのだから。


そのときには、彼はもう「一人ではない」。
それこそが、彼女らの最初の優しさなのだろうか。


もしそうなら。
彼女らのどちらが彼にとっての兎なのだろう──なんて事を考える余白など、今の彼にはなかった。


/寝れなかったので>>407のお返しに何となく書いたSSです。
/深夜の思い付きですので、某婦警さんの設定を強制するものではございません。
/自分でもよく分からん代物ですが、何か質問あればよろしくどうぞ。

428 能力者になっちゃいましたキャンペーン紹介動画 ◆ZJHYHqfRdU :2018/04/11(水) 05:08:37 ID:IBKicRNQ0
動画が再生される。

屋内。ボロボロの床と壁を見るに廃屋か。中央の机が一つ。その向こうに立つ男が一人。
黒いスーツに細いフレームの茶色の眼鏡をかけた整った顔立ちの男は、満面の笑みをカメラに向けた。


「どうも皆さん、こんにちは!! 私、『スクラップズ』のメンバーとして盗賊をやっております、ポイゾニック・ジャンキーと申します!!」
「毎度世間様をお騒がせいたしております!! そんな我々ですが、今回は皆さまに耳寄りな情報をお持ちしましたよ!!」

男が懐から取り出したのは注射器。得体のしれない液体で満たされたそれを、これ見よがしに振って見せる。


「ここに取り出しましたる注射器、これ自体はただの注射器ですが重要なのはその中身!!」
「論より証拠、百聞は一見に如かず、その効果のほどを御覧に入れましょう!!」

「モガ――――モガアァァァ!!」

カメラが反転する。大きな椅子が一脚。ベルトで拘束された男は、視聴者にも見覚えがあるだろうか。
テレビの討論番組で、『魔能制限法』の賛成派として熱弁を振るっていた識者の一人だ。
猿轡を噛まされ、必死にもがき呻く彼の声は、誰にも届きはしない。


「今回実験に協力してくださるのは、おそらくは皆さまも知っての通り、『魔制法』の必要性を連日熱く語っておられるこちらの先生! 当然、能力者ではありません!!」
「そんな先生に、この注射器を使ってみますと、あら不思議!!」

哀願するような視線を向ける彼に笑顔で対峙し、首筋に注射器の針を差し入れる。
識者は一層激しく暴れるが、拘束を解くことは出来ず。その動きが止まる。

「ガ、ア――――アアアアアアア!!!」

効果はすぐに表れた。識者の身体から、突如無数の刃物が突き出し、拘束ベルトと椅子を破壊した。
立ち上がり、猿轡をむしり取った彼の目には、強い恐怖と困惑の色が滲んでいた。
身体から突き出た刃物は、幾度も出現と消失を繰り返し、その度に識者の身体はよろめく。

何度目かの刃物の現出の際、勢い余った彼は背後にあった窓を破り、転落していった。カメラが直ちにその後を追い、下を覗き込む。
三階分はあろうかという高さがあるにも関わらず、識者は見事に無傷で地面に着地していた。その顔がズームされる。信じられない、といった表情。

やがて、再び身体から生えた刃物が蠢き始め。識者はよろめきながら走り去っていった。

429 能力者になっちゃいましたキャンペーン紹介動画 ◆ZJHYHqfRdU :2018/04/11(水) 05:09:04 ID:IBKicRNQ0
カメラは部屋の中へと戻り、眼鏡男ともう一人、先ほどはカメラの外にいたらしい灰色の作業着にラバー地エプロンの大男が
眼鏡男と共に、机の向こうに立っている姿を映し出した。

「ご覧いただけましたか、皆さん!! これこそは、我々『スクラップズ』が開発いたしましたる新薬!!」
「我々の代表者であるカニバディールに、詳細を解説していただきましょう!! ボス、私の見間違いでなければ、薬を投与した先生の身体から刃物が生えたようですが、あれはもしや……」

「ええ、能力の発現です。これまで能力とは何の縁もなかった先生が、たった今この場で能力者となったのです」

大男は重々しく頷く。眼鏡男は大げさに仰け反って見せる。


「何ということでしょう!! いったいどういった仕組みでそのようなことを可能としたのですか?」


「かつて能力者至上主義の組織として名をはせた〝GIFT〟の施設より、我々が盗み出し――――ゴホン。提供を受けた薬物と」
「我々『スクラップズ』が生み出した強化細胞とを掛け合わせることで、これを実現したのです」

「この薬品は、〝GIFT〟の薬物によって能力因子を手にした強化細胞によって構成されています」
「ひとたび投与すれば、体内に入り込んだ強化細胞は中枢神経に接続し、能力因子の効能を発揮して、その人が持つポテンシャルを引き出す形で能力を発現させるのです」

「〝GIFT〟の薬物だけでは、肉体に多大な負荷がかかるという欠点がありましたが、それを我々の強化細胞が抑え込むことで、こうして実用に耐えうるように出来ました」
「我々の強化細胞が、〝GIFT〟が我々に贈って下さった素晴らしい『ギフト』と、皆さまとを繋ぐ役目を果たし、皆さまに能力者としての新たな一歩を提供するのです」


暗い光を湛えた三つの目で、カメラを見つめる大男。眼鏡男は、部屋に響き渡る拍手をしながらまくしたてる。

「素晴らしい! 一瞬にして誰もが能力者になれるだなんて! しかし、それだけではないんです!!」
「先ほどご覧いただいた通り、新薬の服用者は人の域を超えた身体能力をも手に出来ます! 元々、我々の強化細胞はそのためのものですからね!!」

「これをもってすれば、寝たきりの病人だって立ちどころに庭を走り回れるほど元気いっぱいになれるのです!!」
「強化細胞は中枢神経に食い込んで、服用者の生命維持に全力を捧げる献身的な一面もあるわけですね!!」


感涙にむせぶ眼鏡男を横目に、大男は言葉を引き継ぐ。

「その通りです。外部からのダメージや手術などでは容易に取り除けず、服用者に末永く能力と健康な身体を提供し続けるのです」
「発現したての能力は、先ほどのように不安定で暴走の可能性はありますが、幾度も能力を使用していれば徐々に慣れていくことでしょう」


「この素晴らしい効果を思えば、その程度のことは全く問題ないですね!!」
「さて、解説が済んだところで、我々はこの場を借りてお詫び申し上げます……先日我々が起こした、『水国市街混戦事件』についてです」

しおらしい声と裏腹に、眼鏡男の顔には邪悪な笑いが張り付いたままである。

「我々の活動により、大勢の方々が負傷され、水の国の病院に入院なされています。どんなにお詫びしてもし切れません」

「そこで我々は言葉ではなく行動で謝意を示すべく、混戦事件の被害者の方々が入院されている数か所の病院を訪問し」
「お見舞いの品として、この新薬を投与して参りましたよ!! 病院のスタッフの皆様方や、事件とは関わりのない患者様方にも、可能な限りのおすそ分けをさせていただきました!!」

「もう皆さん、涙を流して喜んでくださって!! 手に入れたばかりの能力ではしゃぎながら、元気に退院していかれました!! 強化細胞は、傷の治りも促進しますからね!!」
「国会でご活躍中の、野党第一党議員を務めておられます先生の娘様も、患者様の中には含まれておりまして!! 彼女にはサービスで二本分を投与して参りました!!」
「予定より遥かに速い退院に、お父様の議員先生もきっとお喜びくださっていることでしょう!! 能力者になってしまったことなんて、この感動の前には微々たる問題ですよね!!」

430 能力者になっちゃいましたキャンペーン紹介動画 ◆ZJHYHqfRdU :2018/04/11(水) 05:09:33 ID:IBKicRNQ0
大男はわざとらしく目を閉じて数回頷き、再び視線をカメラに送る。

「このご好評を受けて、我々はこの度〝能力者になっちゃいましたキャンペーン〟の開催を決定いたしました」
「これから我々の『活動』の途上で、この新薬をその場に居合わせた皆さまにも、提供させていただこうと考えております」

「なんと!! でもお高いんでしょう?」
「タダです」

大男は口元を歪めて言い放つ。眼鏡男は頭を抱えて仰け反る。

「タダ!! お聞きになりましたか、皆さん!! タダより安いものはありませんよ!!」
「実はこのキャンペーン、すでに進行中です!! 野党議員の先生方やそのご家族、『魔制法』支持者の識者の方々、市民様方を中心とした反能力主義者様を始めとし」
「我々で無作為に選んだ幸運な皆さまに、順次投与を実行致しております!! 次に能力者になれるのは、画面の前の貴方かもしれませんよ!?」


眼鏡男が叫び、大男が締めくくる。

「『スクラップズ』は、これからこのキャンペーンに沿って、世界中の方々に能力をお届けする活動を行っていく所存であります」
「――――〝誰が見張りを見張るのか〟。簡単なことです。誰もが見張りになればいい。脅威に対するには、自分自身が脅威となることです」

「発現する能力は、服用者のポテンシャルと運次第。最初は暴走状態ですが、使えば使うほど能力は安定し、やがて定着していきます」
「私は、混沌の本質とは公平だと考えております。誰もに能力を得る機会がもたらされる。誰もが力を振るう権利を得る。誰もが、その力を使って、自分のやりたいことが出来る」

「そんな混沌/公平を実現すべく、我々は邁進してまいります。貴方に、そして貴方の隣の誰かに、能力を。我々からの『ギフト』を、どうかお楽しみに」


画面が暗転した。

ニュースでは、水の国の複数の病院襲撃事件と、各地で頻発する能力の暴走が引き起こした事件の報道が連続していた。


/先日のロールを受けて、カニバディールの次の一手として書いてみました

/〝GIFT〟の研究本来の目的とは異なり、即効性はあるものの強力な能力は得にくく、安定はさせられても成長は難しいという
/いわば粗悪品の能力を無作為にばら撒くことで、『魔制法』支持者を制限される側に引きずり込もうという魂胆です。

/問題などあれば、お手数ですがご指摘願えればと思います

431 Encounter 〜大同団結〜 1/6 ◆auPC5auEAk :2018/04/14(土) 14:04:37 ID:ZCHlt7mo0
――――パシンと、張りのある大きな音が響いた。小さな身体が突風に煽られる様にたたらを踏む。

「お、親分!?」
「騒ぐな。……この娘は、十分な大人だ。けじめをつける必要がある。それに……この娘に必要なのは、恐らくこれなんだ……」

開店前の酒場の広場に集っていた、ガタイの良い男衆が、完全に意表を突かれた様子で、事の成り行きを見守っていた。
目の前で繰り広げられている光景は、それだけショッキングで、衝撃的なものだったのだろう。

――――10歳くらいと見受けられる、ラベンダー色の髪をした少女が、平手を頬に浴びて俯いている。
危うく姿勢を崩しかねないほどに、強く頬を張られたのだろう。ハッキリとその頬が赤く腫れあがっていて、口の端から血が一筋、つぅっと引かれている。
大人の容赦ない平手を受けて、ぐっと黙り込むその姿は、確かに痛々しい物を感じさせる。
普段ホールスタッフとして、いざという時には荒事の解決要因として動く男衆も、その光景には流石に言葉を失っていた。

「心配ない、本人も分かっている事だ……こうした『落とし前』は、覚悟の上で……わざわざ、俺の前に姿を現したんだろう……?」

そして、そうして少女に容赦のない平手を見舞った人物は――――。
――――左目の抉れた、ずんぐりむっくりした体格の、猫の獣人、ワーキャットだった。右目のみでも鋭い眼光に、低く威圧するような太い声で。
比較的人間の手に近い構造をしたその手で、少女の頬を張ったのは、なかば荒くれと表現できる男たちを率いた、ボスの立場に収まっている獣人だったのだ。

「――――――――」
「……すっかり、変わってしまったな。あれからもう、7年近くにもなるのか。その間お前は……ずっと、苦しんできたんだな……」
「――――叱られるのは、覚悟の上で来ました。その上で、お願いします。力を貸してください――――」
「……冷えたものだ。お前……無礼打ちされるのを分かって、敷居が高い事を分かって、その上で、俺の下に足を運んだんだな……?」
「――――もう、なりふり構ってはいられませんから――――」

緊迫した外野の空気をものともせずに、少女と獣人の言葉が再開する。
口の端を切って、血を拭いながらも滔々と言葉を紡いでいく少女の様は、なるほど確かに『大人』の態度だった。自己を確立し、周囲の空気をものともしないその有様は、とても子供とは言い難い。
だが、獣人の鋭い眼光は、徐々に憐憫の情を帯び始めていた。この少女は強いから大人なのではない、崩れかかっているからこそ大人なのだと、一目で理解していたのだ。

「……すまなかった。俺の掛けたあの言葉が、生きろと言うあの言葉が……お前には、呪いとなってしまったんだな……
 ヒトとしての生き方を、お前に期待した事……その行き着いた果てが、この様……すまなかった。あの時は、俺も無責任だったようだ……」
「――――もう良いんです、その事は。私も、今は答えがこれなだけで、ただ『それだけ』です――――それよりも」
「……力を、貸してくれと言っていたな。だが……今更俺に何が出来るだろうかと、そう思っている……
 荒事に、正面切って首を突っ込むだけの力は、もう俺には期待しない方が良い……俺は、レイドも、イマミレイも、守れなかった男だ……お前も、自分の娘さえも……」
「――――まだ『仕置きの猫又』を引退した訳では、無いんでしょう――――?
 その力は、確実に必要になるんです。その情報網も、戦う力も――――ヴェイスグループとの戦いの事だけ、引きずられてても、私も困ります――――
 また、世界は――――おかしな事になろうとしています。本当に、なりふり構っては、居られないんです――――
 「前を向け」と、前に私に言ってくれましたよね。それを、私から言うのは、生意気でしょうか? ――――事態の打開のため、力を貸してください――――」

かつて――――少女と獣人は親しい仲だった。少女の『父』と獣人とが、古くからの友人同士だったから。
かつて、まだ少女が内面的にも子供だった頃の、大切な仲間の1人――――それが今、対等な立場にあって、言葉をぶつけあっている。
白熱灯の照らす広間の真ん中で、男衆に囲まれながら、獣人と少女は、彼らだけに分かる言葉の応酬を続けた。
――――かつての、戦士たちのフィクサーとして暗躍していた姿は、今の獣人には似合わないかもしれない。かつての大きな戦いでの敗戦は、それだけの痛恨事だった。
だが――――少女にとっては、そんな事は関係なかった。今はただ、獣人の力が必要だったのだ。枯れかかっているのは、見た目だけに過ぎない。まだその力はあるはずだ、と――――。

432 Encounter 〜大同団結〜 2/6 ◆auPC5auEAk :2018/04/14(土) 14:05:12 ID:ZCHlt7mo0
「――――おいおい、呼ばれてきてみりゃ、なんか面倒な事になってないか、旦那?」
「……お前か、ヒーロー」
「……こう目立つ中でそんな呼び方すんなっての。それよか、何だいその子供……俺が関わっちゃ、不味い感じのアレか?」

その緊迫の中に、更に乱入する1人の男の姿があった。ボサボサの金髪にサングラスをかけた、中年男。
意に関せずと言った様子で、男衆たちの輪に割り込んで、獣人と少女の前に姿を現した。気だるげなその態度は、剣呑な雰囲気をものともしていない。

「いや……事によっては、関わる事になるかもしれないな。今のところは、何とも言えないが……」
「旦那にしちゃ、ハッキリしない物言いだな。ま、良いさ。どちらにせよ、話は先客が片付いたら、って事かよ……」
「――――まだ開店には速いが、適当に何か飲んでいてもらえば良い。マスターにも、それくらいの融通は聞いてもらえるだろう」
「そうかい。んじゃ、俺は適当に寛がせてもらうからな?」

砕けた様子で獣人と言葉を交わすサングラスの男は、あっさりと待ちに回る事を了承し、男衆の1人に肩を回して、輪から遠ざかる。
適当なテーブルに着席すると、連れ立った男に注文を伝えた様で、男は店の奥へと下がっていった。
それを済ませたサングラスの男は――――輪の中心にいる少女と獣人に視線を向ける事も無く、テーブルに肩ひじをついて寛ぎ始めた。
本格的に、今の出来事に「我関せず」と言う様子で、無視する心算を固めている様子だ。

「――――あの人は――――?」
「お前が気にする事じゃない。そういう『ルール』なのは、お前だって分かるだろう……それよりも」

主題となる話は、再び輪の中心へと回帰する。

「……お前が、力を貸せと言うのは……まぁ、大よその見当はつく。「魔能制限法」……それ関連の話だろう」
「はい――――あれは、表向きには――――」
「皆まで言う必要はない。俺にだってその程度は分かる……何かの意思が、裏にある様だな。まぁ、それは世間に流れている情報程度でも、分かる奴には分かるだろう
 ……裏に何が、どんな形で蠢いてるのか……そこまでは、流石に測りかねるがな。どうも……本格的に裏黒い謀略の匂いだけは、感じられるんだが……」
「――――世間的な組織の枠を超えた、ある一定のグループが、これを使って人を支配しようとしている――――そういう話の様です
 機関も、水の国の公安も、それで完全に、身内同士の腹の探り合い状態になってるようで――――その中で、とある一派が、世論を誘導して世界を合法的に支配しようとしていると言います」

先ほどの緊迫した空気は、旨い具合に弛緩したのだろう。2人の会話は滞りなく進んでいく。
久しぶりの対面とはいえ、気心の知れている間柄故にというべきか、抜けのある言葉の補完さえ必要とせず、意思の疎通がなされていた。

「……それで、そんな中で俺にどうしろというのだ? そのような事態では、なるほど俺の所に情報も軽々に流れてこない訳だ……
 ハッキリ言うがこの一件、情報屋としての俺を期待されても困る。流石に一国の公安が相手となると、断片的な情報を繋ぐにしても、そもそもの材料が足りなすぎるだろう
 ――――奴らに『秘密』は無いんだからな。……分かるか?」
「――――『秘密』が無い。つまり、「『秘密』が存在している事自体、そもそも伺う事すらできない」と言う事ですね――――」
「……そういう事だ。最初からピースの揃っていないジグソーパズルでは、完成のさせ様が無い。そして……ピースをこぼす様な真似をする相手じゃないだろう」
「――――だったらやる事は1つです。ピースを強奪すればいい。それを協力して欲しいんです」
「なに……!?」

虚実入り混じった四方山話から、断片を繋ぎ合わせて構成を読み解き、裏を取る事で真実を掬い出す。それが獣人の得意とするところであり、裏の顔としての役目の1つだった。
だが、流石に今回の陰謀は情報の秘匿性が段違いである――――危険人物や、機関の動向を読み取る事の様にいかないのも、無理はないと言えた。
その無理を――――少女は強引に押し通す。死人の様なオッドアイが、深遠の魔物の如く、獣人を覗き込んでいた。

433 Encounter 〜大同団結〜 3/6 ◆auPC5auEAk :2018/04/14(土) 14:06:02 ID:ZCHlt7mo0
「残念ながら――――私は能力が使えなければ、ただの子供の様なモノです。魔能制限法を進める裏の一派には、異能を封じる力が現実的に運用され始めています
 その被害に遭ったと言う人たちの話が、『UT』に流れてきました。でも、あなたなら――――異能を抜きにしても、下手な能力者と同等以上に戦える
 私がお願いしているのは、その戦力です――――『仕置きの猫又』の、その真髄は、仕置きを出来る事にあるはずでしょう?」
「――――参ったな。何を言い出すかと思えば……何を言っているのか、分かっているんだろうな……!?
 飲み屋街の顔役に過ぎない俺に、戦争に参加しろと言うのか? 残念だが、俺にはこの店を守ると言う仕事がある。それに関わる様な仕事は……」
「なら――――何故、レイドさんの時には身体を張ったんです。それにその目も――――同じように『戦った』果てに、抉られたと聞きました」
「……やれやれ、すっかり擦れている。――――だが、流石にこうなると、知り合いとはいえタダで動いてやる訳にはいかないぞ?」
「――――何を、私は用意すれば良いんでしょう?」
「……お前の命だ」
「――――!?」

その深淵を、獣人は怯む事無く覗き返して見せた。呆れた様に溜息を吐き出すと、それで己を切り替えたのだろう――――再びその目に、鋭い眼光が宿る。
滔々と自分の言葉を紡ぎ続けていた少女も、流石に息を飲んだ。

「――――生きて、生きた。その果てに――――お前はそこまで乾いてしまった……。予想しなかった訳ではないんだが、やはりお前の心の穴は、どうやっても塞がり様の無いものらしい……
 なら――――お前には、今まで積み上がったものを、全てその手から捨ててもらおう。今回の大きな事件、無事に解決を見た暁にはな……」
「――――ッ」
「そして、もし俺がその途上、命を落とす様な事があれば……あぁ、流石に今回ばかりは、最後まで戦い抜ける保証もなさそうだから言うぞ……
 その時には……もう、お前も共に滅んでもらおう。命を懸けるくらいの気概が無いのなら、この一件、俺は噛むつもりはない。迂闊に人材を紹介してやることも出来ない
 俺に、この事態について協力しろと言うのは、それだけの重大事なのだと言う事……その自覚はあるか? 無いのなら、適当に飯でも食って帰るんだな……
 世界の為になりふり構ってはいられないと言ったが……そうやって、世界を人質にして交渉するのはフェアじゃない。人質は、己の命と言う事にさせてもらおう
 じゃなきゃ、俺は来たるその日まで、自分の領分で仕事をし続けるだけだ――――どうする?」

容赦のない言葉。後ろ盾の無いままに協力を要請してきた少女に対して、獣人は半ば突き放す様な言葉を突きつける。
他人を、地獄への道連れとして引き込むつもりなら、その程度は必要なのだと、気構えを試し、そして、得る物の無い戦いに、獣人はそれを求める。
――――本心を、言葉の裏に押し隠して。

(――――すまない。あの時、俺がちゃんとお前に示してやれれば良かったんだ……。せめて、ここまで心をすり減らさなくても、済む方法はあったはずだって……
 この6年半、俺はお前に不義理をしてきたも同然……なら、俺の口から言ってやらなければならない……「お前はいつだって、好きに生きて、好きに死んで良いんだ」と……)

成功しても、失敗しても、死ね――――それは、ただの恫喝ではない。獣人なりに、少女の求めている言葉を推し量り、それを口にしたのである。
誰にも認められずに、ただ己の心の穴から漏れ出る感情を何とかしようと、ずっと戦い続けてきたのだろう。
そしてその果てに――――ここまで生体兵器として完成し、歪み冷え切った『個人』の言葉と態度を手に入れてしまったのだろう。
ハッキリと、真正面から肯定してやらなければならない。人の道に反する事である事を、承知の上で――――それが、自分の役目だと、獣人はそう決意したのだ。
『死』を明確に示唆し、それがどこかで、求められる事であり、そして彼女自身にも、立派な1つの選択肢なのだと――――そう、言ってやらなければならないのだ。

「――――望むところです。私には、仲間が必要です。そして――――嘘じゃありません。「なりふり構ってはいられない」んです――――
 この命が、後の世界の為ならば――――安いものだと、そう考える事にします――――ッ」

気負いは感じられるが、少女はそれに応えた。そしてそこに、微かな心の揺れをも感じられる。
少女にとりそれは、決断が必要な返事であり、そして望んでいるその『死』にも、まだ心を揺らす何かが残っている。
――――それを確認して、獣人は静かに頷いてみせた。まだ、100%の手遅れという訳ではないらしい、と――――。

434 Encounter 〜大同団結〜 4/6 ◆auPC5auEAk :2018/04/14(土) 14:06:17 ID:ZCHlt7mo0
(俺も力を尽くす。お前も――――まだ、生きた上でその心にケリをつけられる道はある。共に、少なくとも今回の件が片付くまで、死なない。そういう事にしよう……)

それは、獣人にとっては、軽々に命を落とすわけにはいかないと言う、自分への活としての、保険になっていた――――。

「――――やっほー! 旦那いるー!?」
「……あ、ちょっと待て、まだ開店時間には――――!?」
「親分……もう時間です。いつもの方々がお見えになってますよ……」

緊迫した空気は、再び破られる。今度はハキハキと放たれた女性の声で。気が付けば周囲の人の輪も解けて、店が動き始めていた。
ダイニングバーは、既に表の顔で営業を開始していたのだ。

「こ、こらレミー! いきなり……すみません。開口一番がこれで……」
「全く、一番乗りで他にお客がいないから良い様なものの……いや、既に先客がいる様じゃないか……」
「随分、話し込んでたみたいだねぇ……時間が経つのを、忘れていたって事かな、旦那?」

表の客としての一番乗りは、何とも賑やかな集団――――アーマーと剣の目立つ赤い髪の青年と、全身が真っ白な衣装に包まれた少女、そして、重厚な巨躯を誇る亜人と、浮浪者然とした水色の髪の青年だった。
一番乗りの客人も、なにやら只者ではない雰囲気なのは、この店独特の事情があったのかもしれない。

「やれやれ……魔海出身のよしみというのはありがたいが、すっかり入り浸ってくれて……一般の客が驚かされるのは、少々困るのだがな……」
「すみません、なんと言うか……ついつい足が伸びてしまって……」
「まぁ良いじゃないの旦那、同じ魔海出身のよしみなら、そう固い事言わなくても、ね?」
「……頼まれていた品物を届けに来たんだが……偶然だぞ、この連中と行き会う事にあったのは」
「……僕もだよ、ただ夕食を食べに来ただけさ……」

店の用心棒頭である獣人が魔海出身である事から、同じく魔海と縁が深い一団が、この店を行き付けにしているのだった。
少女はそっと身を引いて、獣人は一団を出迎える。普通の客がいないこの場は、ある種身内ばかりの特殊な空間と化していた。

「まぁ、折角だから僕の方も、彼らと色々と話がしたくて……構いませんね、旦那」
「あぁ……お前らなら問題はないだろう。ただ、他の客の手前もある……あまり目立たんようにな」
「では、俺が先に荷の受け渡しをしてくる……お前たちは、先に適当にやっていてくれ……」
「んじゃ、ちゃっちゃと済ませちゃってよね! こっちも会おう会おうとしてた所なんだから!」
「あ……待ってくれ。俺は俺で、そっちの『先客』を待たせていてな。お前たちで、先に飯を済ませていてくれないか?」
「そうか……分かった。では、俺はいつもの席に失礼するぞ……お前ら、悪いがこっちに来てくれ」
「いや分かってる……普通の椅子じゃ、結構危ないもんね……」

賑やかな一団は誘導され、店の隅へと陣取っていく。獣人は呆れと共にそれを見送っていた。
――――『表』とも『裏』とも取れる馴染み客なのだが、店の客層が特殊に傾くのは宜しい事ではない。
とは言え、彼らのアクティブさには、流石に引きずられている自分を、獣人も自覚していたのだが――――。

「じゃあ――――私は、今日はこれで――――」
「あぁ……道中、気を付ける事だな。どうやら容易ならん話の様だ……」

密談を済ませた少女は、獣人に頭を下げて店を後にする。ここからは、ダイニングを兼ねているとはいえ、子供が1人でいる場所ではない。
それに、戦いの準備はようやく整い始めたのだ――――去っていく少女の後姿を、獣人は見送る。その背中は正に、戦場に向かう戦士のそれだった――――。

435 Encounter 〜大同団結〜 5/6 ◆auPC5auEAk :2018/04/14(土) 14:06:32 ID:ZCHlt7mo0
「――――すまんな。今日は千客万来だ……」
「いや、あの子供との話が長引いてただけじゃないか、旦那……ま、俺には関係ないんだろう?」

テーブルに待たせていた、サングラスの男の席に、獣人も相席する。サングラスの男は、先にビール――――ケルシュで軽くアルコールを入れている様だった。

「……どうやら、まるでの無関係とも言い難いようだ。俺の懸念していたところと、あの子の持ってきた話、オーバーラップしていたよ」
「なんだ……あの子も特区絡みか? 随分お熱いスポットなんだな。とは言え……探るのも容易じゃないわあの地域……
 ……まさかの事態だ。部下が1人、音信不通になってしまった。何があったのかは分からないが……こういう、特殊な場所に足を踏み入れて、トラブルってのは……」
「……偶然と取らない方が良い、楽観視は出来ないと言う事だな」
「そういう事だ。直接乗り込んでやろうかとも思ったが、流石にリスクが大きすぎる……奴は能力者じゃないから、大丈夫かと思ったんだが……さて何があったのやら」

獣人は、腰からパイプと葉を取り出し、タバコを吹かし始めた。込み入る話には、ニコチンがあればありがたい。
頭脳の潤滑油は、こういう仕事には欠かせない物なのだ。まだまだ人気の少ない時間帯にも関わらず、2人の会話は密やかに進む。

「……魔能制限法はよろしくない。その先鞭のあの街……放っておいて良い物ではないぞ?」
「あぁ、そこは極々一般ピープルの俺も承知してるさ。だが……どうする? 法律を嵩に来てるんだ。あれは合法的な存在だぞ?」
「その法自体が怪しいものだと……あの子供が、そう俺に言ってきたのさ。それを探ってくれ、とな」
「……なぁ、あのガキ何者だ? 見た目通りの子供じゃないってのは分かるが……流石に気になるぞ。関わってるってんなら、少しは教えてくれても良いんじゃないか?」
「そういう訳にはいかん。本格的に関わるまでは、お前はあの子とは他人だ。そこには踏み込まないのが探偵のルールだろう?」
「……ハッ、確かにそりゃそうだ。余計な事に首突っ込んだな。俺は俺の仕事をって事で……今は構わないんだな?」

チリっと、吸い込んだ煙でパイプの中の葉が小さく爆ぜる。ゆっくりと、満足げに獣人の口から煙は吐き出された。
――――パイプでタバコを吸うのは、火の勢いを保全しながらの、難しいやり方なのだが、獣人はそこのペースも弁えている様だった。
紙の雑味や簡素なフィルターの余計な濾し出しの乱れを感じさせない、葉本来の味わいが、ゆっくりと肺を、そして脳を満たす。

「で、どうするよ。あの街、恐らくは何か腹黒い物を抱えてるで、結論して良い物だと思うぞ
 ただ、正体不明ってのはいただけないな。未知は恐怖の元だ。そして、不確定要素は失敗の元だ……」
「……威力偵察、というのは、流石にノータリンのやる事か。だが、現状それくらいしか思いつかないのが、痛い所だな……」
「……おい待て、まさか俺に『裏』の顔で乗り込めなんて、言うつもりじゃないだろうな?」
「……それも手かもしれないな。俺が一緒に行くなら、少なくともある程度の情報は得られるだろう?」
「で、2人揃ってお尋ね者ってか? そしたらその先がないだろうよ。そういう事が出来るのは、もっとハッキリとした徒党の力ってのがあってこそだ」
「……分かってる、それは当然分かってるが……徒党、か……難しい所だ……」

サングラスの男が、苛立ち紛れにジョッキを軽く傾ける。軽い炭酸がシュワシュワと、その苦みを舌の上で弾けさせた。
酔いは回るが、その程度は問題ではない。この苦味こそが、サングラスの男にとっての気付け薬だ。

「悪いんだが、今回行方不明になった部下の分も合わせて、結構な経費になっちまうぞ……なんでそんなに、今回の『個人的な仕事』、進めてるんだよ?」
「……予感があったのかもしれないな」
「あん……?」
「……結局俺は、7年前の事から何も吹っ切れずに、引きずり続けていたと言う事だ……そしたら、お誂え向きの巡り合わせだ……
 ……虫の知らせでも、あるのかもしれないな……」
「冗談じゃねぇな……ま、善後策が浮かんだら、改めてって事にするしかないか……今はそれ以上、やり様が無いんだろ?」
「確かに……」

密か事の合間に、客もチラホラと入り始めている。獣人はそこで会話をいったん切り上げ、店内の喧騒に注目した――――。

436 Encounter 〜大同団結〜 6/6 ◆auPC5auEAk :2018/04/14(土) 14:07:10 ID:ZCHlt7mo0
「――――だから、絶対にアレは何かあるってんだよ……!」
「落ち着くんだ。まだ、確定したわけじゃない……そりゃ、疑わしいのは確かだけど……」
「お前は1度会ったきりだろうが! 俺には分かる……あれは、何度も顔を合わせた人間だからこそ……!」
「……ん?」

獣人の耳がピクリと反応する。店内の客同士の会話の中に、気になる言葉を拾ったのだ。
何か、荒れている。こういう人間にアルコールが入ると、人間は迷惑な『トラ』になる。良くない酒というのなら、店から叩き出さなければならない。
獣人は静かに席を立つと、その会話のテーブルへとゆっくりと歩み寄っていった。

「あんな断片的な映像だけじゃ、何とも言えないじゃないか!」
「だったら他に考えられるのか!? 偶然じゃねぇんだぞ絶対これは!! ありゃ、間違いなく……!」

騒がしいテーブルに着席していたその主は、既にペースを上げているようだった。ジョッキが2つ、空になって転がっている。
魔術師然とした青いコートと、とんがり帽子を被った大柄の男。同じデザインの、黒のコートと帽子を被った青年。
窘めにかかっている青年の言葉を振り払いながら、居丈夫は尚も酒を煽り、言葉を荒げていく。

「おいお前たち、騒がしいぞ。他の客の迷惑も考えろ……!」
「あぁ!? ……なんだ、用心棒頭だったか。悪ぃな、少しは加減考えて愚痴らせてもらうさ……!」

客を注意しにかかる獣人と、どこかピリピリした態度でそれを受ける居丈夫。再び獣人は剣呑な雰囲気を見せ始めていた。

「……申し訳ない。これは手前の友人なんだが……この間の、水の国の事件。そのニュースで流れた映像に、知り合いが居たって騒いでいてね……」
「……櫻の国の海軍が鎮圧したと言う、アレか?」
「……あの時に、映っていたスナイパー……あれがどうも、知り合いに似ていると、こいつは言ってるんだ……」
「なに……!?」

つい先日のそのニュースは、まだ話題の種として比較的新鮮な物の1つで。獣人はそれを聞いた瞬間、表情を変えた。
――――意外なところから、意外な出来事に対する情報が仕入れることが出来そうだ。獣人はそっと表情を静かにする。
――――彼らを、裏の顔で出迎える。その事を決意した表情だった。

「……それは心静かではいられまいな。済まなかった。少し……その話、聞かせてもらって構わないか?」
「あぁ? ……なんであんたに?」
「そういう情報は、必要としている奴には必要なんだ。それに、タダでとは言わない……これでもそういうものの媒介は俺の仕事の1つだ。謝礼は弾むぞ?」
「……金なら、手前どもには必要ないよ。これでも、身一つで稼ぐ手段はある」
「なら、魔導具とか、別な情報とか、或いは何かの事態に際した、人材の仲介なんてのはどうだ、興味ないか?」
「……あんた、一体……?」

静かにテーブルに割り込む獣人。訝しがる2人に、彼はこう口を開いた――――。

「――――俺はアーディン=プラゴール。この酒場『Crystal Labyrinth』の用心棒頭にして、ここら一帯の仕切りをやってる、情報屋兼、ブローカーの様なものだ……」

/2018年4月14日時点での、自キャラ同士のロールの様な何か

437 「再び、物語を紡ぐ時来レリ」 ◆zuR4sSM1aA :2018/04/30(月) 00:16:44 ID:0jLFl.bY0
【──ここはどこだろう、なんて質問は無粋だ】
【君たちの世界からは干渉できないし、僕たちの世界からも干渉できない────】
【筈だったんだけど、ね──。あいつがこう言いながら駆けてきたものだから】


「おい、おいウォープリースト!!ついに開いた、別世界とのゲートが開いたぞ!」
「──冗談だろう?君のことだから出来ないと思っていたんだけどね──ワームシンガー」


【自己紹介が遅れていたね、僕はウォープリースト。緑の髪がアピールポイント】
【そして紅い髪を振り乱しながら走っている彼女が、ワームシンガーだよ】
【僕たちはかつて君たちの世界に侵攻したんだけど、負けてしまって以来もう数千年も外界とのゲートが繋がらなくなっててね】


「それが此方から開けたわけじゃないんだ、向こうから一人でに開いてね。しかも前のゲートとは違うゲートだし」
「……何だ、向こうにもそれなりのバカが居たってことか。それで、此方に被害はあったのかい?」
「全然ないさ、しかし何処に開いたのかすらわからない。でも男女の一組が入っていったのは視たよ」


【ゲートが一人でに開いた、って言うのを聞いてびっくりしたよ】
【僕たちの世界と彼らの世界を跨ぐゲートを封印したのは彼らだったからね】
【それに、以前まで使ってたゲートじゃなくて新しいゲートだったらしいし。一体何処の誰がゲートを開いたかだけ見たいけど】
【ワームシンガー曰く、一組の男女らしい。僕たちの世界に拘る男女って、どんな頭してるのかな】


「それで、君が“気に入った”子はいそうなの?」
「ふふん、それが二人くらいいてね!私達と同じものを持ってるみたいだよ」


【同じもの──って聞いてね。驚いたもなにも、呆れるしかなかったよ】
【僕たちの世界のものを君たちの世界の人が二人も持っているなんてね。思いもしないだろう?】
【ワームシンガーもずいぶんご機嫌なようだったし、それについては何も言わなかったけど】


────


「それで、侵攻計画はどうするんだい?ウォープリースト」
「そうだねえ……。まずは、君が気に入った“二人”に会ってきなよ。それから考えよう」


【彼らの世界で、此方の技術──魔術が使えるのは二人だけ】
【ワームシンガーの命令に忠実に行動できるというのが最低条件なのだけど】
【以前侵攻したときは、彼らの世界に協力者などいなかった。今度こそが、最大のチャンスだ──】


「今度はゲートが閉まる前に、新たなゲートを作っておこう。もし閉まったときの為に、ね」
「了解、わかったよ。彼らの世界にも、広めてあげようよ。────“蟲の神を信仰するが全ての幸福につながる”、ってね」


【君たちの世界への侵攻計画は、練り上げられつつある】
【命令を避けては通れない二人とやらが、どれだけ使い物になるかわからないけれど──】
【僕と、ワームシンガーの中にいる蟲が蠢くのがわかる。それだけ、僕たちの中にいる蟲も興奮しているんだって】


「それじゃ、ワームシンガー。君は一度彼らの世界に行ってきてくれ。話はそこからだ」
「そうだ、ね……。また、君と物語を紡げそうで嬉しいよ、頑張ろうじゃないか」


【それから、僕と彼女は別れた。彼らの世界に侵食する物語を、再び紡ぐ時が来た】
【それが叶うときを心待ちにしつつ──侵攻計画を練り始めた】

// “蟲”に関連するSSです。ゲートが開いてしまった件に関するものです

438 1/3 ◆S6ROLCWdjI :2018/05/05(土) 23:42:54 ID:WMHqDivw0
そういえば何かメールが来ていたなあと思って受信トレイを開く。
来ていたメールは客からの注文と、【緊急事態】なんてわかり易い件名、
差出人を見ると意外にもそんな事態に陥りそうにない彼女だった。
開いてみれば水の国の一点を指し示す地図が添付されていて、
それをぼうと見ながらマウスを動かす――ふうん、って思うだけ思って、
適当に動かしていたらふと「削除」のボタンの上にポインタが乗った。
べつにそうしようと思ったわけでもないって、言い訳だけさせてほしい。

「――行ってやれよ、フリでも『トモダチ』なんて言った相手だろ」

……だと言うのにそれを勝手に見咎めて、忠告してくるヤツがいた。
ゆっくり振り返って、冗談だよって笑ってやる。
そうしてやったのに、ヤツ――「オムレツ」の顔は、信じられないとでも
言いたげに冷えていて、僕のほうまでなんだかつまんなくなっちゃった。

「行くって、本当本当。キリコのことはちゃんと心配してるよお」

ちゃんと口にも出したのに、嘘つけって顔して睨んでくるのがとても不愉快。
こういうときはいっつも「あの子」を虐めて遊ぶのが気軽なストレス発散法
……だったのに、彼女――「夕月」は生憎何かしらが「忙しい」らしい。
だから、彼女に回す分の「仕事」は全部おれに回せ――だなんて世迷言を
コイツが抜かしてきたのは何日前のことだったか。
こうなっちゃったら、つまんない。コイツは虐めてもあんまり面白くない。
中途半端に痛がって、中途半端に耐えて、中途半端にへらへら笑うだけで
何とも面白味に欠ける。あの子みたいに派手なリアクションしてくれなきゃ
つまんないのだ、冷えたオムレツはおいしくない。
じゃあ何して発散しようかって思ったときに、視界に入ったのは白い靄だった。

…………ああそういえば、極上の素材を貰って、面白いもの作ったんだった。


「――――ねえねえ、早速仕事頼んでもいい?
 本当は夕月にやらせようと思ってたヤツなんだけど、全部おまえがしてくれるんだよね?」





どうせこの「仕事」もぱっと思いついただけの嫌がらせだ。
厭らしくにたっと笑いながらそう声をかけてくるので、すぐにわかった。
この手の類の嫌がらせというか八つ当たりは、いつもならなんでか知らないけれど
夕月にばっかり押し付けられるものだった。でも今は、あいつはいない。
おれが全部やるから今はあいつに構ってやるな、と言ったのはおれ自身。
それもこれも全部仕方ないことだ、あいつが大概のことにおいて要領の悪いヤツで
おれが「それ」だけはどうしても出来ない――っていうんだから、仕方ないんだ。

「ミィのね、動作テストの最終確認。ブランルのところに送り届ける前の、ね。
 ブランルにミィのこと説明してるの、おまえも聞いてたでしょ?
 あの能力が上手く働くか、最後にもう一回だけ確認しておきたいんだ」

ね、いいでしょう? って笑いながら訊いてくる。
ただし訊いてくるのはポーズだけであってこれは「お願い」ではなく「命令」だ。
ようくわかっている、そんなこと、この女とは長い長い付き合いをしているから――
――うんざりするほど、吐き気がするほど、だ。

「うん、いーヨ。精神攻撃するコでしょ? 相手したげる」

439 2/3 ◆S6ROLCWdjI :2018/05/05(土) 23:45:21 ID:WMHqDivw0
「はい。それじゃあ始めるから、目を閉じてリラーックス、しててねっ」

ウキウキが抑えきれないと言うような声色で、女はおれに言った。
動作テストと言っても大掛かりな準備はなく、おれはソファに寝そべっているだけで
精神への攻撃を受け続ければいいだけの話なので、楽チンと言えばそうだった。
ごろんと横になって90度傾いた視界、にこにこ笑って此方を見ている幼い少女を見て、
ああこんな子供にいいようにされるのか、と思って遣る瀬無くなり、目を閉じた。
静かに近寄られ、手を翳される感覚がした。そうしたら――瞼を閉じた裏側、
真っ暗闇の世界にぼうと浮かび上がる白い靄を、幻視した。

最初に見たのは、修道服を着た女の姿だった。
明るい栗色の髪に緑の瞳がやさしげな曲線を描いて、笑みを湛えている。
行儀よく組んだ両手は腹の上、臍の下あたりに置かれて――じいっとおれを見ていた。

「ねえ■■■、あなたのせいよ」

女はおれに声をかけてくる。柔らかで優しい声色で、おれを突き落としにかかる。
これはあの子供に見せられている幻覚だって頭で理解できている、はずだった。
なのに五感はそう判断しない、これは紛れもなく今此処に在る「彼女」の姿なのだと
全力で誤認してしまう。――汗が一筋、垂れ落ちてきて顎を伝った。

「あなたがあの子の言うことなんか聞くから。私も、この子も、
 こんなことになったのよ。ねえ、あなたのせいよ。■■■、愛しい■■■」

ゆるさないわよ。
目の前の彼女は美しい笑みを崩さないまま、おれの名前を何度も呼びつつそう言った。
腹に置かれた手はずっとそのまま。あなたのせいよ、あなたのせいよ、って、
何度も何度も責めてくる。無意識のうちに喉が詰まったような声を上げてしまって、
服の胸元の布地を握り締めた。呼吸さえままならなくなってくるのを感じていると、
彼女はにっこり微笑んで――一度、消えた。

それからもう一度、白い靄が発生して、蠢く。
今度は複数の人影を見た。みな痩せ細っていて、背の小さな子供ばかり。
心当たりは十二分にあった。おれが■した、おれの手で■■した子供たちの姿だった。

「兄さん!」「にーちゃん」「おにいちゃん」「■■■兄!」
「とっても痛かった!」「ぼく、兄さんの■で■されて■んだんだよ!」
「どうして? 私たちみんな、おにいちゃんのこと大好きだったのに、信じてたのに」
「どうしてにーちゃんはおれたちを■したんだよっ」「イヤだったんだよ!?」

ゆるさないよ、ゆるさないからな、絶対ゆるさない。
お互いを守るみたいに一塊になった子供たちが口々におれを責める。
似たようなセリフを数日前に聞いた気がする、でもあれはうわごとのようなものだった。
今聞いているこれは間違いなくおれに、おれだけに向けられる正しい怨言だ。
聞き続けているうち、無意識に息が出来なくなっていたことに気がついた。
ひゅうひゅう喉を鳴らすような喘ぐみたいな呼吸すら出来なくなって、詰まっていたのだ。
ぐあ、と呻くような声を上げて――髪をぐしゃぐしゃ掻き乱した、汗が止まらない、
くそ、くそ、と悪態を吐き続けても何にもならない、言われていること全部正論だったから。

やがて頭を掻き毟っていた爪先が、無意識に皮膚に喰いこんでいたことにも気づいた。
がりがりがりがり掻けば掻くほど汗と一緒に血が流れていく、でも手が止まらない。
こうでもして何かしら痛み、というか刺激を感じていないと頭がおかしくなりそうだった。

440 3/3 ◆S6ROLCWdjI :2018/05/05(土) 23:47:04 ID:WMHqDivw0




ミィの術は思った以上に聞いているらしい。オムレツは未だ目を閉じてはいるが、
眉間に深い深い皺を寄せ、全身にイヤな汗を掻いて、両手でがりがりと頭を掻いている。
なるほどコイツは精神を追い詰めると自傷行為で紛らわせようとするんだ、
そういえばこないだ虐めた夕月も自分で自分の爪剥いでたっけな。
何だかんだで似た者同士だなあコイツら、なんて、ぼうっと眺めながら思っていた。

「ミィ、そろそろもういいよ。これ以上やらせてたらハゲそう」

そう言うと、猫の耳を生やした少女は「ハゲって!?」って目を輝かせながら此方を見る。
翳されていた手を離されると、オムレツは低い声で呻きながら頭から手を離し、
ゆっくりと上半身を起こし始めた――汗まみれの顔は、ひどく血の気が引いている。

「やあ。ご気分いかが?」
「………………最低、最ッッッ悪だわ。よっくもまあ、こんなモン作っちゃったネ」
「もらった素材がよかったから。ふふ、おまえみたいな捻くれ者にも効果があるみたいでよかった」
「ホントにネー……夕月がこれ受けてたら、今度こそ折れて拉げて再起不能になったと思うヨ」

そうかもね、あの子メンタル超弱いし。適当に受け答えしながら、起き上がった姿を見た。
オムレツは血塗れになった自分の指先を呆然と見つめて、息を荒げていた。
心が何処かに行ってしまって、未だに帰って来そうにありません、みたいな顔をして。
レアな表情。地味ではあるけどまあ面白くないこともない。それなりに気分はよくなった。

「ああ、そうだ……どんなモノ見せられたの? ねえ、『兄さん』」
「……、……わかって言ってんだろ。本当おまえ、気持ち悪い、死ねばいいのに」

その返しに笑っていたら、何笑ってんだよと言わんばかりに睨まれたので、返してやる。

「夕月にもおんなじこと言われたなあ、って思って。」



//補足的なそうでもないようなお話でした。お目汚し失礼しました!

//赤崎さんからのメール→ふーんって思いながらそのうち行こうとはしているみたい。

//たんぽぽのこと→どうやらオムレツは子供に何かしらのトラウマがあるみたいで
//全く顔出しません、代わりに夕月がやる分のお仕事を引き受けてがんばってます。

//ブ略周辺三人組の近況はこんな感じです。

441 ◆3inMmyYQUs :2018/05/11(金) 20:42:05 ID:LevMp5MM0
SS『聖餐』 (5,000字弱)
ttps://www.evernote.com/l/AkmkypK7CWlB0rTJpqkn6o5WyJPvPza5L-M

公安ぼっち勢・黒野カンナの『処断』のその後を補完。回想を交えながら。
とりあえず〈ゼロ〉は全滅しました。『正夢』も通じません。

◆要約
1.回想:数年前、『ブレイザーシティ解放戦線』において
黒野カンナのとある過去について。
数年前に起きた機関との戦争中、彼女はとある二者択一に迫られます。
能力者と無能力者、どちらか一人しか助けられないとしたらどちらを助けるか。
当時まだ少女と呼べる年頃だった彼女は、そんな状況に置かれ、彼女なりの選択をしました。

2.『処断』のその後
瀕死の状態で〈黒幕〉に連行された彼女は、見知らぬ場所で意識を取り戻します。
そこに悠然と待っていた六罪王ロジェクトと会食をする運びになります。
その中でこの《計劃者》の素性に関係してそうなことがちらっと呟かれたところで、幕引きします。


以後のことはロールで出せたら、いいな。
お邪魔いたしました。

442 第○○話『深蒼海流』daijirou1021016 :2018/05/17(木) 20:13:30 ID:6.kk0qdE0

【――櫻国静ヶ﨑鎮守府】

【光差し込む士官会議室】
【だが、午後の穏やかな空気とは裏腹に、室内は重い空気に満ちていた】
【じっとりと肌に纏わりつくような嫌な空気だ】
【初夏の爽やかさも、空気の匂いも、味も、ここには一縷も存在せず】
【階級章や飾緒から、将官以上の士官が一堂に会して居る事が解るが、誰も一言も発しようとはしない】

「海軍病院からの打電です」

【その中で、ようやくと、聞こえる発言の声】
【声の主は、一際若く見える男性】
【階級章は、大将を示している、若くしてこの階級は断じて只物では在り得ない】

「……病床に臥せられています、土御門晴峰司令長官の病状は思わしくなく」
「現状での復職は難しい物と判断、これにより大本営より、司令長官の予備役編入」
「そして、新しく司令長官の選抜が行われています」

【蘆屋道賢、先だってより病床に臥せっている土御門晴峰の代行として魔導海軍を取りまとめているが】
【この度、その年齢もあってか早期復帰は難しいと判断、新たな司令長官を選抜する旨が達せられた】
【ここで詳しく、魔導海軍の勢力図を教えよう】
【先ず、その性質上、魔導海軍には魔術サイドと軍事サイドの両陣営が犇めいている】
【先の司令長官土御門晴峰は魔術サイドの大家、桜桃の陰陽家の事実上のトップに君臨する人物だ】
【故に、各名家朝廷からの信頼も非常に厚い自分であり、また本人も老齢乍ら柔軟な思考と人望により確固たる地位を築いている】
【現状話を進めている、蘆屋道賢もまた、魔術サイドの家柄であり、ことらも桜桃の陰陽師の出だ】
【若くして将官まで上り詰めた手腕と頭脳、鬼才神童の呼び名を欲しい侭としている】
【無論、これに加えて軍事派閥も多く存在しており、決して一枚岩とは言えない状況だ】

「最も、皆様ご理解の事と思われますが、現状海軍を取り纏めているのはこの私、大本営の結論等、もはや聞くまでも無いのでしょうが……」

【この言葉には、何名かの将官が苦い顔や怒りの表情を示す】
【仮にも其々が部隊や泊地、鎮守府の艦隊司令クラス、若造の愚弄としか認識されていない】
【細面の優男顔、されど、その細りとした目は、極めて鋭い】
【顔に掘られた魔術文様が、非常に特徴を示している】

「(これで、魔導海軍は我が手中……後はそう、順番)」
「(全ては順番に終わらせて行かねば、な)」

【道賢の笑みの意味を知る者は、誰も居ない】




【――壇ノ浦重工、第三海軍工廟】

「土御門の司令長官殿の依頼品、どんな様子よ?」

【あまり表立って稼働する事のない海軍第三工廟だが、ここ数か月は何やら作業が進行していた】
【どうにも、司令長官とその周囲の極一部にしか知られていない機密の製造】
【ドックには誰も見た事無い船影が浮かんでいる】

「次世代型魔導巡洋艦『未来』うわ装甲うっす!何この装置群!?」
「海軍は頭でもぶつけたんですかね?二番艦の武蔵だってまだ建造途中なのに」
「いいから、黙って働くぞ、何か、考えがあるんだろ上には上のな……」

【最重要機密の書類を眺めながら、ツナギ着用の作業員が缶コーヒーを置いて】
【そして再び作業に戻るのだ】



【時間は流れ、そして状況は変動する】
【革新の時は、迫る】
【その時に君達一人一人の運命がどう動くのか?】
【これはまた、一つの支流に過ぎない】
【だが、だが、海底を行く海流にすら抗う者達よ】
【海流に惑い翻弄される者達よ】
【自らを海流とせん者達よ】
【戦え、戦わなければ生き残れない】


「わ、た、し……」
「私、は、みらい……」
「私のな、ま、え、は、みらい」
「だ、れ、か、お、は、な、し」



【COMING SOON】


//予定イベントの前哨のさらに前置き部分です
//皆様奮ってご参加下さることを願って

443 第○○話『ドリフターズ』 ◆zlCN2ONzFo :2018/05/23(水) 13:59:33 ID:6.kk0qdE0
「何という事だ!!」

【この日、櫻国魔導海軍静ヶ﨑鎮守府の司令長官室からは、怒号が響いていた】
【先だって、正式に魔導海軍司令長官に就任した、蘆屋道賢海軍大将は】
【その冷たい瞳と、怜悧で端正な顔立ちを歪め、怒りの形相で報告に来ていた下級士官を怒鳴りつけた】

「アレが無ければ『未来』は起動しない!!解っているのか!?これはあってはならない、在ってはならない事態なのだ!!」

【口元を血が出る程に噛みしめ、前方の下級士官を睨みつけている】
【口をパクパクとするだけで、下級士官は答えに窮していた】

「し、しかし、最早主力艦隊も『大和』すら提督殿の手の内、櫻の国の海は提督の物でありますれば……」
「それには何の意味も無い!!!!」

【一際大きな怒号が飛ぶ】

「最悪『黒幕』方への最初の献上の品は『大和』と『人員』のみとし、『未来』は船体と技術のみを目録として手渡す……」
「何としても、何としてもアレを探し出すんだ!!!!!早く、一刻も早くだ!!!!」


【静ヶ﨑、海軍第三工廟】

「技術長、なんで俺らまで拘束なんスかね?」
「知るか、だが、きな臭ぇのは確かだ、色んな意味でな」

【第三工廟には武装した海兵が取り囲み、ドッグに存在する建造中の巡洋艦と技術者、工員を囲んでいる】
【場には、緊迫の空気が漂い】
【各員はそれぞれの面持で、不安を隠せないでいた】
【そして、工廟の最奥から運び出されたのは、大量の書類と】
【そして人間一人分は入るであろう、破損したガラスケース】

「あれって、そんな重要な物だったんスかね?」
「そりゃおめえ、かつてあんな物扱った事なんてねえだろう、最重要機密だぜ」

【書類に記載された文字は『櫻国海軍未来計画書:甲』嘗ての司令長官の命での最重要機密文書の刻印】


【水の国定期連絡船、貨物室】

【複数の乗客とそして輸送品の荷物の中、何か布の塊が動いた】
【波の振動に合わせ、揺れる木箱やキャリーバッグの類】
【バサリ、布が落ちる】

「……」
「さ、む、い……」

【全身が白い、髪の毛からつま先まで全身が白い少女だった】
【年齢は11か12位だろうか?】
【額には、一際目立つ赤い三角形の印が二つ】

「わ、た、し」
「い、か、な、い、と……」
「みらい、み、ずの、く、に」
「さ、く、ら、の、た、め、に」
「か、い、ぐ、ん、り、く、せ、んたい」
「みず、のくに、の、かい、ぐん、り、く、せ、ん、た、い」
「ちょう、ほう、ぶ、あ、う、ため」
「い、つ、く、しま、ちゅう、い、のう、りょく、しゃ」
「あ、ぶ、な、い……」






//予定しているイベントの為の前日譚的な物です
//概要としましては
//・海軍司令長官が変わりました
//・新司令長官は黒幕に近づきたい様子です
//・黒幕さんにお土産在ります
//・でも重要なお土産の一部に逃走されました
//・新司令長官は過激な強硬手段に出る様子です

444 Memory 〜年々歳々花相似 歳々年々人不同〜 1/8 ◆auPC5auEAk :2018/05/24(木) 11:32:49 ID:ZCHlt7mo0
――――レイド、イマミレイ、銀鶏、フィリン……どこにいる!?

焦りが胸を突き上げる。もはや事態は致命的な局面を迎えつつある。ひたすら前へと進む足は、止まる事も緩む事も許してくれそうもない。
失われた、左目の奥が、キリキリと痛むような気がした。

――――ラギデュース、アストラ、ラベンダァイス、ヴァルター!! 気が付け……早く、早く気が付けッ!!

今ここにはいない、どこにいるのかも分からない仲間たちに、走りながら必死で警句を叫ぶ。『それ』はもう、容赦なく自分たちを襲おうとしているのだ。
一刻の猶予もない暗闇の中、それに気づいているのは自分だけ――――だからこそ、走り、仲間たちを招集しなければならない。
背後から迫る闇が、なおも膨れ上がるような気がした。振り返りたい衝動を振り切るようにして、ひたすらに走る――――後は是か非か、それだけだ。

――――敵は俺たちを、待ってはくれないぞ! もう、もう時間はない……!

変化は急に、そして当たり前のようにそっけなく訪れた。背後から撃ち込まれた火炎弾が、その身体を吹き飛ばす。つんのめるようにして倒れ込み、土の味を味わう。
背後を振り返った先に――――見えたのは、1つの『絶望』だった。

――――カノッサ機関、蜂の軍勢、そして得体の知れないディストピア信奉者たち。
みんな一様に、侮蔑の嘲笑を浮かべながら、それぞれに武器を向けてくる。足元には――――仲間たちの、亡骸。すでに、全ては終わった後だった。
闇から、光が迸る。全てに終止符を打つ、破滅の光が――――――――。



「――――ッッッ」

いつの間にかまどろんでしまっていたワーキャットは、弾かれたように顔を上げた。穏やかな喧騒と笑い声、そして食器のなる音が、場に満ちている。
どうやら今は、何事もなく時間を流していた様で――――居眠りという失敗も、どうやらそれ以上の大事にはならなかった様だ。

――――ダイニングバー『Crystal Labyrinth』。
ホールとカウンターの隣接した、少しガラが悪い大衆店は、今日も賑わいを見せていた。居酒屋ノリそのままの客も、レストランとして利用する客も、そしてオーセンティックに酒をたしなむ客も、ここでは受け入れる。
ルールはただ1つ――――この用心棒、アーディンの目に余る行為をしない事、それだけだ。

「あら、起きたのねアーディン。少しばかり疲れている様だったから、寝かせてあげてたんだけど……ひょっとして魘されちゃった?」

カウンターの中、バーテンドレスがアーディンに声をかける。彼女こそ、この店のオーナーでマスターで、そしてバーテンドレス。要するに、アーディンの雇い主だ。
ざっと後ろ髪を短く束ねた、すっきりとした姿に、ブラウスとフォーマルベスト、そして紅葉色の蝶ネクタイを着用した、マニッシュな女。
まだ30代にして店の切り盛りをしている、どことなくスタイリッシュな印象の女だ。

「……余計なお世話だ。気づいていたなら起こしてくれたら良かったものを……」
「今日は、順当に順調だものね。荒事も『来客』もないみたいだと思って――――何か、飲む? すぐに用意するわよ」
「……じゃあ、気付けにトロージャンホースをいただこうか……少し頭を覚まさなきゃならん……」

苦笑しながらも、アーディンは黒ビールとコーラのカクテルで満たされたジョッキを受け取り、軽く口にする。さわやかな甘みと爽快な炭酸、そしてアルコールの苦みと辛みが口に広がる。
少し急速に入っていた身体も、それで切り替える事が出来たようだった。

445 Memory 〜年々歳々花相似 歳々年々人不同〜 2/8 ◆auPC5auEAk :2018/05/24(木) 11:33:33 ID:ZCHlt7mo0
(――――思えば、時代も移り変わってしまった……奴ら、今は野垂れ死んでいるんだろうか……)

店内の喧騒を振り返りながら、ふとアーディンは先ほどの夢を思い出す。今まで、自分を頼ってきた、そして頼りにしていた仲間たちは多い。
だが、時の流れと共に、彼らとの関わりも水の様に流れて行ってしまった。店の看板さえ、掛け変わってしまって――――。
変わらないのはただ、この店の中の喧騒だけだ。そしてそれを、いつも自分は見守り、そして実力行使で守ってきた。

(昔を思い出す、か――――そいつは頼もしい昔話だ……)

夢の世界から現実へと帰ってきたアーディンだが、その頭の中は、まだ過去をさまよっていた。どうやら、寝起きの不安定な頭は、思っていたよりも切り替え切れていなかったらしい――――。



「――――アーディン、荷物の運び込み終わったぞ。これから、見回りに行ってくる……」
「あぁ、それが済んだら、控室のシャワーでも浴びて帰っていい。すまんな、ラギデュース」

――――まだ前のオーナーの元、店の名前も『八福尽星』だった頃、アーディンはさほど今と変わらない生活をしていた。
違う事と言えば、今よりも店の客層がガラの悪いものだった事、そして――――周りにいる、仲間たちの顔ぶれだ。
赤くツンツンした短髪に、くたびれたコートを着込んだ青年を見送りながら、アーディンはなおもカウンターに陣取っていた。
店内を一望できるこの場所は、いわば特等席なのだ。そしてその隣に座るのは、いつも――――特別な意味を持つ人間たちだった。

「旦那、いるかしら?」
≪お久しぶりっす、アーディンさん!≫
「ん……おぉ、確かに久しぶりだ。レイド、ジェム……今日はどうした、魔玉の持ち込みか?」

店内、そして周辺の界隈で、既に恐怖と共に名の知れた存在となっていたアーディンの隣に、遠慮なく腰を下ろす女がいた。
赤のジャケットをしゃんと着こなした、青い長髪が印象的な高校生程度の少女、そしてその連れている、青い炎で覆われた、デフォルメされた頭蓋骨の様な使い魔。
主に手製のマジックアイテムを換金に訪れるお得意様、レイドとジェムだ。酒場には似つかわしくない姿だが、その所作は颯爽としていて大人びている。思ったほどには浮いていなかった。

「えぇ、『火炎玉』が5つ、『暴風玉』と『突風玉』が3つ、あと、上手い事に『電撃玉』が1つだけ作れたの。どう、買いだと思うけど?」
「なるほどな……いいだろう。65,000出そう。いつも助かっているぞ……」

取り出された、ビー玉の様な色とりどりの球体を受け取って、アーディンはレイドに金を差し出す。こうしたやり取りは、既に何度も成されているのだろう。実にスムーズなものだった。
本題はあっけなく終わり、そこからは軽い雑談が始まる。気心の知れた者同士だが、その関係性は親子の様なものだった。

「――――こうやって稼げているのだから、もう身売りなどしていないのだろう?」
「流石にね……あたしだって、やりたくてやってる訳じゃないもの。でも、あの糞兄貴との決着をつけるまでは……軽々に、家に帰る訳にもいかないし」
≪俺としては、やめて欲しいんっすけどね……んな事より、リイロさんに、ちゃんと会ってやって欲しいんっすよ……≫
「大事な存在だからこそ……か。全く、難儀なものだな、お前たち兄妹は……」

いつの間にかワインを口に含みながら、レイドは遠い目をしてアーディンと語らう。未成年飲酒だが、こういう店では別に珍しくもない事だった。
深い事情にまで立ち入るつもりはなかったのだが――――大きな資産家の家に生まれながらに、数奇な運命を辿る事になったレイドに、アーディンも思うところがったのだろう。
――――その後、さらに数奇な運命が待っているとは、流石に誰も思っていなかったのだが――――。

446 Memory 〜年々歳々花相似 歳々年々人不同〜 3/8 ◆auPC5auEAk :2018/05/24(木) 11:34:09 ID:ZCHlt7mo0
「――――あら、あの子……可愛いじゃない。知ってる子?」
「ん? ……いや、初めて見る顔だな。…………まさかレイド」
「ジェム……あんたは今日は適当に時間潰してなさい。言っとくけど、勝手に顔を出したら、エルボーじゃすまないわよ……?」
≪ま、またっすか姉貴……はぁ、程ほどにしてくださいよ、全く……≫

どうやら、カウンターにいる1人の少女を目にとめたらしく、レイドの表情が変わる。
――――ガラの悪い服と赤い短髪、そして派手な化粧と服飾。一目でわかる不良少女だ。何かあったのか、悲しげな表情でビールを傾け、慣れない調子で飲んでいる。
得てして、そうした振る舞いやこの場所は、逃げ込むための場所として機能するものなのだが――――レイドはどうやら、悪い病気を発症したらしい。
テーブルを立つと、つかつかとその少女の元へと歩み寄っていった。睨みあげられる視線を、そよ風の様に受け流して。

「――――そんな下手な飲み方してないで、ちょっとあたしに付き合いなさい。なんか今日は、誰かと一緒に居たい気分なの」
「あぁ? 失せろ……オレは今気が立ってるんだ、余計な真似をすると――――ッ!」

ジョッキを手放し、少女はまっすぐにパンチを放つ。顔面を狙ったそれは、中々に打ち込み慣れた鋭い打撃で。
しかし――――レイドはそれを、右手で逸らし、左手で抑え込む。そしてぐっと顔を近づけると――――少女の唇に、無理やりに自分の唇を重ねた。

「んぅッ――――!?」

完全に虚を突かれ、驚愕に目を見開く少女。咄嗟に身を退こうとするその所作を、頭の後ろに回した右手で制して、レイドは緩やかに、ゆっくりと深いキスへと持ち込んでいく。
10秒ほどの静止の後、2人の少女の唇は離れた。はぁっ――――と、満足げなため息が、レイドの口から漏れ出る。

「な、ぁ……ぁ……!?」
「っふふ……案外、悪いものでもないでしょ? さぁ、そんな下手な突っ張り方してないで……来てよ。なんだかあたし、今日はたまんないの……!」

ショックのあまり――――なのだろう。完全に目を白黒させている少女に、レイドは勝気な微笑みを浮かべ、我を見失っている少女の身体を引き寄せた。
そうして、いつの間にか保持していた2枚の会計伝票を手に、出口へと歩いていく。その騒動に気づけた客は、ごくわずかだった。

「――――アレさえなければ、な……」
≪俺がもっとしっかりしてれば……姉貴、歪みすぎっすよ……あぁ、何やってるんっすかね俺……≫
「……あまり、一時的な温もりに身を任せるのは、良い事じゃないんだが――――はぁ、後であの少女に、フォローを入れておかなければならんか……?」

――――本当ならば、店内の客を巻き込んだ、用心棒として咎めなければならない出来事なのだが、アーディンは呆れた様子でそれを見送っていた。
レイドもまさか、あの後でさらに拒絶されるなら、無理強いもしないだろう。それは分かっているからこそ、わざと放任したのだが。
それでも、その出来事そのものには呆気に取らざるを得ない――――置いて行かれた使い魔もろとも、2人でため息をつくしかなかった。



「――――なんだあいつ? 俺の『性愛滅却薬』、無理やり口にねじ込んでやれば良かったか?」
「ぁ……ぅあぁ、お前か、イマミレイ……いや、それは大事なものなんだろう? 無駄遣いをするものじゃないさ……」

――――いつの間にか、アーディンのそばで表情をいら立たせている、次の来客の姿があった
黒の質素なドレスの下に、わざとズボンを履くという、珍妙な格好をした、腰まで届く長い銀髪が印象的な、レイドよりはやや小柄な少女。
彼女も、アーディンの得意先の1人――――特別な、裏の客である。

447 Memory 〜年々歳々花相似 歳々年々人不同〜 4/8 ◆auPC5auEAk :2018/05/24(木) 11:34:47 ID:ZCHlt7mo0
「まぁ良いさ。確かにこれは、ルティンの奴の為に用意した訳で……ほれ旦那。『赤』と『青』、4本ずつ持ってきたぜ? 値段は1本で10,000だ!」
「……相変わらずだな。まぁ良いだろう。物の確かさは折り紙付きだ。さて……少し仕舞ってくる。待っていてくれ……」

どこから取り出したのか、イマミレイは赤い液体と青い液体で満たされた丸底フラスコを、ゴロゴロと取り出してアーディンに押し付けるように渡す。
苦笑しせりのアーディンは、それを店の奥へとしまい込み、代金の封筒を差し出した。

「で、お前……元の身体に戻るアテはついたのか? ……いつまでも、女の身体では居たくないんだろう?」
「あぁ……さっぱりだぜ。なんだかなぁ……嫌なんだ、自分が自分じゃないみたいで……まぁ、そういう危ない事をやらかしたのは、俺の方なんだけどよ……」

やはり、品の受け渡しの後の、軽い雑談――――だが、イマミレイとのそれは、また違った特別な意味のあるものだった。
やや小柄で、銀の長髪の映える、愛くるしい見かけの少女だが――――実は、魔術の失敗で肉体が変容してしまった『少年』であり、つまりは『男』なのである。
ただでさえ、そんな歪な肉体でいる事は、ストレスのたまる事で。その『事情』を知ったうえで、心許せる会話ができるアーディンは、貴重な話し相手だったのである。

「ってか――――さっきのあの女なんだよ。女なのに、明らかに女に手を出そうとしてたじゃねぇか……!」
「相変わらずだな……そういうのは、やはり嫌いかお前は……まぁ、分からんでもないが」
「ったく、愛だの恋だの反吐が出るってんだ! 所詮性欲と虚栄心と自己保存欲求を、都合よく言い換えただけの話だろうが!
 ……女の身体でいるせいで、同じ男にスケベ心丸出しの調子で声をかけられる、俺の身にもなってくれよ旦那……!」
「いや、俺は御免だがな……だが、そんなにも『愛』は信じられんか……?」
「あぁ嫌だね。聞きたくもない。そんなもののせいで、母さんは振り回されて死んじまったんだ。おまけに女は女で、つまらねぇ物差しで男の品評会…………世界中にぶちまけてやりたいよ、俺の『性愛滅却薬』……!」

流石に彼女は酒は嗜まない。だがその代わりというべき勢いで、苛立ちは言葉となって次々とアーディンへとぶつけられる。
人の精神から熱愛を奪い去る自作の魔法薬を、苛立たし気にチャポチャポと鳴らしていた。アーディンのそばは、そうした不満を口にできる数少ない機会だったのだ。

「……まぁお前に、人の愛というのも悪いものじゃないっていうのは、野暮というものか……だが、あまり人をとやかく言うものじゃないぞ……」
「……あぁ、それくらいの分別は俺にもあるよ。でも、あまり黙ってるのも癪で――――」
「愛というのは、2人の間で『育まれる』ものだ……そこはもう、外野がとやかく言うもんじゃないぞ。もしも過ちなら、自分たちから離れていくだろう……それがこじれた時、初めてお前は口を出してやればいい
 お前の役目というのは、そういうものなんじゃないのか? ……そういうのが、お前の母さんに一番必要なものだったんじゃないのか?」
「あ、あぁ……すまねぇ旦那。なんか……そうだな、言う通りだと思うよ。当人たちが好き合ってるなら、別に言う事じゃないんだよな……」

イマミレイの激昂に、アーディンは静かに諫めの言葉を口にする。これもいつもの事だった。父親に裏切られたイマミレイにとっては、アーディンは正に父親代わりだったのだろう。
そこのところを承知の上で、アーディンは言葉を選びながら、イマミレイにじっくりと説いて聞かせる。愛の形に眉を顰めるなら、それこそあってはならない愛のみを批判すればよいのだと。
愛がすべての元凶などと、そんな極論はさすがに認める訳にもいかなかった。だが、イマミレイは人生経験故の答えである以上、容易にそれを翻せない。
――――そこをやんわりと説くのが、大人の役目だと、そうアーディンは心得ていた。

「……まぁ、今度ルティンも連れて少し飲みに来い。その時は、俺からも少しサービスしてやるとな……」
「あ、あぁ……そうだな。あいつ、寂しいんだよやっぱり……誰か、友達でもいれば少しは変わるんだろうな……」
「お前は友達じゃないのか……?」
「いや、そうなんだけども……俺じゃ、あいつを埋めてやる事はできねぇ……誰か、良い人がいれば良いんだけどな……って、それが恋人ってか?」

ハタと気づいて苦笑いするイマミレイを、アーディンは肩をすくめて見送っていた。

448 Memory 〜年々歳々花相似 歳々年々人不同〜 5/8 ◆auPC5auEAk :2018/05/24(木) 11:35:24 ID:ZCHlt7mo0
「――――旦那、レイドを、レイドを助けてくれ!」
「っ、お前……アストラか、レイドの言っていた兄の……!」
「あぁそうだ。俺たちゃ狙われてるんだ、父親から……そして妹のクローンから!」
「……話は大体、お前の使い魔から聞いている。とにかく、レイドを奥の控えのベッドに……!」
"すまない、恩に着る、アーディンさん……!"

――――完全な『裏』の出来事では、流石に酒場を巻き込む訳にもいかない。時折あるそうした事態では、もはや日常とはかけ離れたところに営みは置かれていた。
その日、裏口から飛び込んできたのは、レイドと敵対していた兄の、アストラ――――短く刈り上げた髪に、左目の周りの古い火傷の跡が目立つ、不吉な気配を湛えた男だった。
その男が――――レイドを背負って踏み込んでくる。背中のレイドはぐったりとしており、おろおろとジェムが漂っていた。

「レイド……大丈夫か?」
「うぅ、旦那……助け、ないと……昴を、助けないと……っ」
「胸をレーザーで打ち抜かれたのだろう、まずは体を休めるんだ!」
≪姉貴……そうっすよ。その傷、治らなきゃ……姉貴は戦えないんっす! 身を守ることだって!≫

レイドの顔は青白く、ぐったりとしていた。一応の手当てはされているようだったが、発汗がひどく、呼吸が浅い。
ともあれ、控室に用意していた仮眠スペースに、レイドを横たえさせるアーディン一行。非常事態である以上、まずはこうするしかなかった。

「……ようやく『卵』を破壊する当てが出来たというのに、父親の手勢から狙われるとは……不運だったな、お前たち……」
「ったくだ……やっと、やっと俺たちゃ、リイロの事で……また、兄妹に戻れたってのによぉ……父上は、なんでこんな真似を……リイロの、クローン兵士なんて……!」
"……我々は、あまりに身内で争い過ぎたのかもしれない……全ては、遅きに失してしまった。当主も、リイロも……みんなだ、我が主よ……"

――――後に、カノッサ機関と組んで、一時世間を騒がせた『暴蜂』の萌芽だった。その最初の矛先となったのは、あろう事か、実の子供たちであるレイドたち。
アストラの袖から顔を覗かせる、蛇の姿をした使い魔、ダハルの言葉は、彼らの家庭が修復不可能な罅に覆われてしまった事を、これ以上なく示していた。
絶望的な状況の中、彼らは間一髪のところでアーディンの元を頼り、そして落ち延びてきたのだ。

「しかし……流石にそんな軍勢相手となると、いつまでも匿ってばかりもいられないぞ……。流石に、俺の手にも余る事だ」
「わ……分かってるわ、旦那……いよいよと、なったら、Justiceを、頼る、つもり……」
「けど、それでJusticeに迷惑かけたら、とんでもねぇ事になっちまうからよ……悪いが、これでしばらく……」
「……まぁ、事情が事情だから金の多寡は、多少目を瞑ってやるが……アテは、用意しておけよ。これは明確な、組織の守りが必要だ……」

アストラの差し出してきた金一封を、重々しく受け取るアーディン。そこに込められた意味は重い。命の懸かっている金なのだ。
身の回りの世話と、徹底した秘匿。そして――――ささやかな反抗。渡された金には、そうした思いが込められている。そうアーディンは解釈していた。

「しかし……分からんものだな」
"……?"
「華麗なる一族、というのは少し大げさかもしれないが、お前たち……水の国でも有数の、力を持った家の一員だというのに……
 お前たちの間で確執があったのは、まぁ俺だって聞いている……だが、その党首がこんな真似をするとは……」
「……父上の、上に立つ人間としての気構えなんだってよ……俺たちゃ、目に余る存在なんだと……」
"家に、そして一族を中心とした共同体に、損害を与えるようなものは、例え実の子供であろうと、許さないそうだ……あの人らしい……"
「……だが、それで自分の子供をクローン兵器に使う様な真似をするのは……ハッキリというと、許せんな。その男……父である資格がない。そして父でありながら父である資格がないというのは――――人間の資格がないという事だ……!」

レイドを通じて彼らを見てきたからこそ、アーディンは今の事態が我慢ならなかった。はした金ではないが、決して十分でもない金で、動く事に決めたのは――――怒りが、あったからだ。
部屋に彼らを残すと、アーディンはすぐさま通信端末を取り出す――――。

「――――あぁ探偵、俺だ……少し、厄介な事を調べてもらいたいんだ。あぁそうだ、イマミレイの件とは別にだ……!」

449 Memory 〜年々歳々花相似 歳々年々人不同〜 6/8 ◆auPC5auEAk :2018/05/24(木) 11:35:54 ID:ZCHlt7mo0
「……『八福尽星』を手放す? 何故だ、マスター……」

左目に包帯を厳重に巻き付けた面容で、アーディンは店のマスターと面談していた。
額に皺の寄った、つるりと禿げ上がった頭に口ひげ、そして全てを見抜くと言わんばかりの、眼窩の深く鋭い目――――痩せた壮年の男は、閉店後で人気のないカウンターで、アーディンと相対する。

「いや、なに……深い意味はない。ただわしもそろそろ、ゆっくりしようと思っただけなのさ……」
「……枯れるには、まだ早いと思うのだが。この店は、どうなるのだ?」
「心配はいらんさ……若いが腕が立ち、意欲もある、そんな女がこの店の地所と権利を欲しいと言ってきてな……
 お前さんたちの事も、みんなまとめて引き受けてくれるそうだ。看板は掛け変わり、少しばかり空気も変わるだろうが……特に変わりはせんよ」
「そうか……決めたのだな、マスター」

――――この店には、色々な事があった。粗忽な荒くれ者の乗り込みなど、何度も経験した事だし、時には機関の議員が――――2度も襲撃を掛けてきたりした。
そのたびに、アーディンは負傷し、そして店を守り――――そしてこの店は、また人々に酒と、つかの間の休息を提供する。時に密やかな取引を内包して。
その移ろいの中で、恐らくマスターは、疲れてしまったのだろう。考えてみれば、このバーテンダーを務めるマスターも、良い年なのだ。

「……アーディン、わしが言うのは僭越かもしれんが。お前さんも、そろそろ自分の人生を見直してみても良いんじゃあないか?」
「ッ……随分と唐突だな。どういう事か?」
「その左目を失って、何を言っているか……お前さんも、随分と疲れてしまっている。責任を感じておるんだろう、あの子たちの力になり切れなかった事……」
「……」

勿論――――アーディンの活動を、一番そばで見守り続けてきたのは、雇い主でもあるこの男なのだ。
彼は知っていた。レイドが人としての両腕を失い、アストラが両足を失って心砕けて廃人と化し、イマミレイは『卵』を喰らって行方不明。そして最後に残ったリイロを守るためにと、その左目を失ったことを。
更に、一時期縁のあったラギデュースの拾い子であるラベンダァイスは、傷心のまま姿を消してしまった。果たせなかった仕事は、そのまま後悔となっていたのだ。

「所詮人間なんて、みんな同じだ。だからそんな人生から、一時的にでも目を逸らすために、こうした場所に酒を求めてやってくる……
 だが、お前さんのそれはもう、たかが酒の力でどうこうできる程度の後悔じゃない……そのまま、『仕置きの猫又』を続けていたら、お前さん、潰れるぞ?」
「……今更別の生き方など」
「そう言い続けて、嫁さんの死に目にも会えず、娘さんには逃げられてしまったんじゃないか……逃げたところで、後悔はついて回る
 だが、逃げずに向き合ったって、もう無駄だ。それは清算などできはしない。そして――――それは膨らみ、お前さんを引きずり回す事になる……」
「……それでもだ。俺は所詮死ぬまで『仕置きの猫又』だ。下積み時代に面白半分で裂かれたこの尾は、もはや俺の誇りなんだ……
 ……マスター。俺は死ぬよ。この名前を背負ったまま、どこかで誰かの手に掛かって……そうして、死んでいくよ」
「……それも、お前さんらしいのかもしれんな」

何か、滑らかなため息が2人の口から漏れた様な気がした。そのままマスターは、黙ってギムレットを用意し、アーディンに差し出す。
軽い渋みの利いた、酸味と辛みの碧いカクテル。かつては海の男たちの、そして今は、陰を背負った男たちの象徴となったカクテル。
誰もいない店の、ただ1人の客として、アーディンはそれを口に運んだ。

(――――すまなかった、レイド、アストラ、イマミレイ、ラベンダァイス、フィリン……ラギデュース、銀鶏。俺はどうやら、思っていたよりもずっと、弱い男だったようだ……)

自分を頼ってきた面々は、今は自分を頼りないと思っているだろうか?
中には、命まで落としてしまった奴までいるのだ。所詮自分にできる事は、この店を――――これを機に看板の掛け変わるこの店を、ただ守り続ける事だけなのかもしれない。
分かれ盃は静かに、喉を流れ落ちていった――――。

450 Memory 〜年々歳々花相似 歳々年々人不同〜 7/8 ◆auPC5auEAk :2018/05/24(木) 11:36:29 ID:ZCHlt7mo0
「――――そうやって、あなたからゆっくりと話を聞くのも、思えば初めてね、アーディン」
「…………」

気が付けば、その追憶はついつい口に出てきたようだ。マスターは――――今のマスターは、どこか遠い目をした笑顔で、それに聞き入っていた。
今日も今日とて『Crystal Labyrinth』は繁盛している。『八福尽星』だった頃より、少しだけ明るくなった雰囲気、あからさまに未成年と思しき客層の減った顔ぶれ。だが――――その光景は、あの頃とほとんど変わらない。

「……でも、どうやらあなたは変わっていないようね。今だって、あんな子たちに慕われてるんだもの」

かるく顎でテーブルを示すマスター。微笑ましく見守るその視線の先には――――時にアーディンの隣に腰を下ろす事になる、特別な顔ぶれがあった

「……すみません、ピンク・ジンを一つ」
「またきついの飲むんだー……あたしはミード、無ければカルーアミルクね!」
「……ローストの焼き串……そうだな、4人前貰おう。それくらいじゃなきゃ腹は満ちない……」
「おぅ、俺はスタウト1パイント!」
「……手前はフレッシュサンドイッチを頂くよ。酒は……今日は結構」

あの時の様な、切実な事情を抱えたわけではないが、逆に言うならば……まだ気軽に顔を出していた頃の、レイドやイマミレイの様な、そんな付き合いになっている面々たち。
何やら意気投合したようで、同じテーブルでワイワイと盛り上がっている。その異様な風体を周囲から奇異の目で見られていることなど、お構いなしといった様子だ。

「……アーディン。今日は裏取引の類は、何もなかったみたいだよ……ただ、どうやら殴り込みをかけてくるらしい集団がいたねぇ……」
「そうか……すまんなシャッテン。なら後は、俺に任せろ……」

そして、足元の影からゆっくりと這い出して来る、水色の神の青年、シャッテンの報告を受けて――――アーディンの表情が切り替わる。

「――――皆さん、聞いてくれ! どうやら厄介事がこの店に向かってきているようだ。悪いがしばらくの間、このホールから離れないようにお願いしたい!」
「なんだなんだ、また親分さんに殴り込み掛けようって無茶な奴が出たのか?」
「マスター、そういう訳だ。悪いんだが、俺のポケットマネーから、客たちに何か振舞ってやってくれ……!」
「しょうがないわね……あまり店を傷つけさせないでよ。――――皆さん、聞いた通りです! ここはこの店の用心棒が引き受けますので、店のおごりで少し、時間を下さいな……!」

表情を切り替え、手の甲から爪を剥き出し、アーディンは店の正面入り口前へと向かう。不可侵領域と化したこの周辺の利権を食い荒らそうという、浅はかな連中は時折現れるのだ。
そして、そうした連中の為に、店は安価な酒を提供できなくなり、客は安心して飲む事が出来なくなる――――それを防ぐのが、アーディンの役目だ。

「――――アーディンさん、手を貸すよ」
「あたしら、いっつもご馳走になってるんだからね。こんな時ぐらい、少し還元させてよ!」
「あまり大っぴらに力を振り回す気はないが、脅かすぐらいならいいだろう……」
「……仕事だからね。請け負ったのなら、最後までやるよ……」
「おぅオヤジ、少しばかり軽い運動と行くか!」
「……邪魔されるのは、鼻持ちならないんだ。わがままだけど、少し噛ませてほしい……」

店の入り口で仁王立ちして待ち構えるアーディンの背後から、先の『目立つ客』たちが助力を申し出る。遠目に、荒々しく走る車のエンジン音が、5台ほど近寄ってきている中の事だ。

「お前たち……――――怪我しても知らんぞ……!」

数を頼みに攻めてくる相手に、少々難儀するかもしれないと、立ち回りを考えていたアーディンは、呆れたように苦笑しながらも、小さく頷いてみせた。

451 Memory 〜年々歳々花相似 歳々年々人不同〜 8/8 ◆auPC5auEAk :2018/05/24(木) 11:36:53 ID:ZCHlt7mo0
(やるぞ、カエデ!)(うん、お父さん!!)
「……ッ」
(旦那、悪いけど黙って見ているつもりはないわよ……!)(当たり前っすよね、姉貴!)
「……!?」
(丁度良いじゃねぇか、また誰かの骨を折って、血を浴びてみたいって思ってたところなんだよ……!)(程ほどにな、我が主よ……)
「……」
(この世界一の血筋の戦い、よぉっく見ておけよ!)(マジニックの試作型の調子を確かめるに、丁度良いんじゃないかしら?)
「……お前たち」
(俺の商売邪魔すんなら、容赦はしねぇってんだよ!)(ヒーローは休息中だ……生身で割り込むけど、頼んだぜ旦那?)

ふと、そんな声が聞こえてきた気がする。アーディンは思わず中空を凝視する。
――――見えた気がした。ラベンダー色の髪の少女を伴った、赤い短髪の男を。青い炎を纏った骸骨を伴った、赤いジャケットの少女を。
袖口から蛇を覗かせる、血まみれのハンマーを手にした男を。『東』とでかでかと背に書かれた、白いコートを着込んだ青年を。
白衣に丸眼鏡で、いつもごつい機械の手甲をはめていた女を。銀髪に、金の悪魔の冠と赤と青のリバーシブルマントを着用した少女を。そしてサングラスの金髪男を。

――――時は移ろい、人は変わった。だがこの店と、そこに染みついた時間は――――変わらないのだ。
変わらないのは、この店の中の喧騒だけだけではない。そしてそれを、いつも自分は見守り、そして実力行使でこれからも守っていく。
荒事の前だというのに、この時のアーディンはなぜか、懐かしい感慨で胸が暖かくなっていた。

「――――おらぁ、一気にぶち殺せぇ! ――――な、ッ……!?」
「出来るなら……やってみるがいい。今日は珍しく、ほぼフルメンバーの状態にあった……歓迎してやるぞ、盛大にな――――ッ!!」

乗り込んできた黒塗りの車から、わらわらとギャングの類が下りてくる。だが、すぐにその表情は凍り付くことになる。
爪が閃き、牙が剥かれる――――今日こそ、『仕置きの猫又』の、最大の力が発揮される日だったのだろう。彼らの運命は、この瞬間、既に決まっていた――――。



「……そういやお前、見なかったか?」
「何を?」

店の中、かすかな緊張感を保ちながらも、客たちはとりあえずパニックを起こす事もなく、酒を楽しんでいた。
本来なら、そういううわさ話に耳をそば立てるのも、アーディンの大事な仕事なのだが、今はより大事な仕事の真っ最中で、それどころではなかった。

「いや、最近なんか水の国で、金色の蜂のバッジをした連中が時々いるそうなんだけどよ……俺も見たんだよ、この前」
「なんだそりゃ。その蜂のバッジがなんだって?」
「分からねぇけど……いるんだよ。そんな連中が」
「――――それよか、あの銀色の髪の怪物の方はどうなんだ? あっちの方がずっと不気味でよ……」
「お前っ、それこそ与太話じゃねぇか。あまり笑わせるなよ!」
「良いじゃねぇかよ、こんな世の中――――そうやって、馬鹿やって笑ってられるのって……ここぐらいしかないだろ?」

――――人は移ろい、時は流れる。だが、そこで行われる営みは、どれだけ周りが変わろうとも、大して変化する事はない。
――――どれだけ人が移ろおうとも、その行いは、繰り返されるのだ――――飽きる事無く。


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