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【夢か】SSスレ【幻か】

1 名無しさん :2011/12/28(水) 20:11:08 ID:N1YE.l9Q0
ここは能力者スレ避難所、SSスレです。
基本的には能力者スレに出てきたキャラに関係したりするSSのみの投稿でお願いします。
別の人が動かしているキャラを登場させる場合は、本人の許可をとってから登場させるようにしましょう。

次スレは>>950が立ててください。

425 厳島の中 ◆rZXDD3W69U :2018/04/05(木) 23:17:05 ID:6.kk0qdE0
//連投すみません……

426 第○○話チェリーナイト ◆rZXDD3W69U :2018/04/05(木) 23:36:06 ID:6.kk0qdE0
//設定補完その2、度々すみません


――水の国、とあるコンビニ

「だーから、おめ、前も言ったじゃねえか!離せ俺が買うの!」
「嫌です!今週こそちゃんと買わせて下さい!」
「兄ィ、みっともねえッス……」

ここ毎週のこのコンビニの名物と化している、セーラー服の少女とカウボーイ姿の男性のジャン○最後の一冊の取り合い
書店まで行くのは面倒くさい、かと言って他のコンビニ探すのもな〜、そんな二人の毎週のやり取り
それを冷ややかに見つめるカウボーイ姿の少女

「どうーせお前はアレだろ、マンピースとバルトとバンカーバンカーしか読んでねえんだろ?磯野助兵衛物語はスルーだろ?諦めろってバンカーバンカーは今週も休載だ」
「違いますー!ちゃんとセイキューもあと僕のヒーローマカダミアも読んでます!そっちこそ、白子のバスケと乳戯王はスルーですよね!?」
「違いますー俺はちゃんと全部読んでっから、巻末コメントまで目を通してるからね!」
「キャンタマは?ッス」
「「いや、キャンタマはいいや」」

そんなやり取りの後、結局ジ○ンプはカウボーイの男性が奪取
これもまた、いつもの風景だった。

「まあ、なんかいつも大人げない兄ぃですまんッス」
「いいですよーそんな、何かもう慣れましたし」

奪い合いの後、近くの公園で話をする二人の少女
近くのベンチには、○ャンプをこれ見よがしに読む男性
何だ、話してみたら意外とこの少女は気が合いそうだ、そう二人とも感じたという
春の日が、暖かく照る午後
ブランコに座る二人は、本当に他愛ない話を、これまですることも無かった自己紹介を交えながら話した

「マリーちゃん連絡先交換しましょ!」
「翔子ちゃん、良いッスよ!」

携帯端末を出し合い、それぞれの連絡先
後はメールアプリを登録する

「おい、マリー行くぞ!」
「じゃあ、翔子ちゃん、またッス!」

さようなら、と手を振って別れる
さて、帰ったらアプリにメッセージを送ろう、と
同時にいつまでも、いつまでもこんな日が続けばいい
いや、こんな日を防衛(まも)る為に自分達がいるのか、と
そう思いを馳せ乍ら

あと少し、少女たちがそれぞれの立場を知り
そして運命が重なるまで、あと少しだ……。

427 ◆AesGW/TV3c :2018/04/07(土) 03:27:10 ID:s.osPgw60


五感が捨象されていく。


時折、気付いたときにはそこに在るものは、社会一般的に定義される食事ではなかった。
一個の生命体が一定時間生き永らえるのに、必要最小限の補食。液体でも固体でもない。
味もなければ、香りもしない。口を開けて含めば、ものの数秒で消えてなくなった。
幾度も繰り返していく内に、まず、味覚と嗅覚が消えた。それらは、元より不要であった。


次に、聴覚が消える。この空間を揺らすのは自己だけだ。
時を刻む物が無い為に、初めは拍動で計時を試みた。──だか、長くは続かなかった。
この白い三次元は、自己と周囲の境界を曖昧にする。拍動は確かに打っているというのに、聞こえなくなった。
打ち付けていると担保する触覚さえも、その内に消えていく。身体が重い。動かない。軽い。動かない。


動くけれど、動かしているのは彼ではない。


最後に残ったのは、視覚だった。視線の先には、決まって兎が跳ねている。
ある時には、四肢の先に張り付けた人面を代わる代わる彼に見せつけて、熱心なリバタリアンのフリをする。
またある時には、気安げに話しかけて来て(彼にはもう何も聞こえないと言うのに!)、爪にまみれた舳先をプレゼントしてくれる。
その数度後には(彼にはもう数の概念もあやふやなんだけど。)、星占いなのです。テレビをふやけてしまう。
て(冗談だから。) れたいく。 君のからな。(これは冗談じゃないことだ。)


そうして彼は、脳のキャパシティオーバーを迎えて、1日を終える。


それもまた、この空間地平が極小点たる彼と同一化した故である。
感覚を極限まで鈍らせた彼の脳には、そのロジックは到底理解し得ない。不可逆的に。構造的に。
それが故に、彼は自己の脳から導出されたそれらを真正面から海馬に流し込むこととなった。


この部屋が完全になれば、その兎が、彼自身になるのだろうか。
──それとも、兎が彼のともだちになってくれるのだろうか。
もしそうなら、素敵な話だろう。彼は彼であって彼でない彼を、手に入れるのだから。


そのときには、彼はもう「一人ではない」。
それこそが、彼女らの最初の優しさなのだろうか。


もしそうなら。
彼女らのどちらが彼にとっての兎なのだろう──なんて事を考える余白など、今の彼にはなかった。


/寝れなかったので>>407のお返しに何となく書いたSSです。
/深夜の思い付きですので、某婦警さんの設定を強制するものではございません。
/自分でもよく分からん代物ですが、何か質問あればよろしくどうぞ。

428 能力者になっちゃいましたキャンペーン紹介動画 ◆ZJHYHqfRdU :2018/04/11(水) 05:08:37 ID:IBKicRNQ0
動画が再生される。

屋内。ボロボロの床と壁を見るに廃屋か。中央の机が一つ。その向こうに立つ男が一人。
黒いスーツに細いフレームの茶色の眼鏡をかけた整った顔立ちの男は、満面の笑みをカメラに向けた。


「どうも皆さん、こんにちは!! 私、『スクラップズ』のメンバーとして盗賊をやっております、ポイゾニック・ジャンキーと申します!!」
「毎度世間様をお騒がせいたしております!! そんな我々ですが、今回は皆さまに耳寄りな情報をお持ちしましたよ!!」

男が懐から取り出したのは注射器。得体のしれない液体で満たされたそれを、これ見よがしに振って見せる。


「ここに取り出しましたる注射器、これ自体はただの注射器ですが重要なのはその中身!!」
「論より証拠、百聞は一見に如かず、その効果のほどを御覧に入れましょう!!」

「モガ――――モガアァァァ!!」

カメラが反転する。大きな椅子が一脚。ベルトで拘束された男は、視聴者にも見覚えがあるだろうか。
テレビの討論番組で、『魔能制限法』の賛成派として熱弁を振るっていた識者の一人だ。
猿轡を噛まされ、必死にもがき呻く彼の声は、誰にも届きはしない。


「今回実験に協力してくださるのは、おそらくは皆さまも知っての通り、『魔制法』の必要性を連日熱く語っておられるこちらの先生! 当然、能力者ではありません!!」
「そんな先生に、この注射器を使ってみますと、あら不思議!!」

哀願するような視線を向ける彼に笑顔で対峙し、首筋に注射器の針を差し入れる。
識者は一層激しく暴れるが、拘束を解くことは出来ず。その動きが止まる。

「ガ、ア――――アアアアアアア!!!」

効果はすぐに表れた。識者の身体から、突如無数の刃物が突き出し、拘束ベルトと椅子を破壊した。
立ち上がり、猿轡をむしり取った彼の目には、強い恐怖と困惑の色が滲んでいた。
身体から突き出た刃物は、幾度も出現と消失を繰り返し、その度に識者の身体はよろめく。

何度目かの刃物の現出の際、勢い余った彼は背後にあった窓を破り、転落していった。カメラが直ちにその後を追い、下を覗き込む。
三階分はあろうかという高さがあるにも関わらず、識者は見事に無傷で地面に着地していた。その顔がズームされる。信じられない、といった表情。

やがて、再び身体から生えた刃物が蠢き始め。識者はよろめきながら走り去っていった。

429 能力者になっちゃいましたキャンペーン紹介動画 ◆ZJHYHqfRdU :2018/04/11(水) 05:09:04 ID:IBKicRNQ0
カメラは部屋の中へと戻り、眼鏡男ともう一人、先ほどはカメラの外にいたらしい灰色の作業着にラバー地エプロンの大男が
眼鏡男と共に、机の向こうに立っている姿を映し出した。

「ご覧いただけましたか、皆さん!! これこそは、我々『スクラップズ』が開発いたしましたる新薬!!」
「我々の代表者であるカニバディールに、詳細を解説していただきましょう!! ボス、私の見間違いでなければ、薬を投与した先生の身体から刃物が生えたようですが、あれはもしや……」

「ええ、能力の発現です。これまで能力とは何の縁もなかった先生が、たった今この場で能力者となったのです」

大男は重々しく頷く。眼鏡男は大げさに仰け反って見せる。


「何ということでしょう!! いったいどういった仕組みでそのようなことを可能としたのですか?」


「かつて能力者至上主義の組織として名をはせた〝GIFT〟の施設より、我々が盗み出し――――ゴホン。提供を受けた薬物と」
「我々『スクラップズ』が生み出した強化細胞とを掛け合わせることで、これを実現したのです」

「この薬品は、〝GIFT〟の薬物によって能力因子を手にした強化細胞によって構成されています」
「ひとたび投与すれば、体内に入り込んだ強化細胞は中枢神経に接続し、能力因子の効能を発揮して、その人が持つポテンシャルを引き出す形で能力を発現させるのです」

「〝GIFT〟の薬物だけでは、肉体に多大な負荷がかかるという欠点がありましたが、それを我々の強化細胞が抑え込むことで、こうして実用に耐えうるように出来ました」
「我々の強化細胞が、〝GIFT〟が我々に贈って下さった素晴らしい『ギフト』と、皆さまとを繋ぐ役目を果たし、皆さまに能力者としての新たな一歩を提供するのです」


暗い光を湛えた三つの目で、カメラを見つめる大男。眼鏡男は、部屋に響き渡る拍手をしながらまくしたてる。

「素晴らしい! 一瞬にして誰もが能力者になれるだなんて! しかし、それだけではないんです!!」
「先ほどご覧いただいた通り、新薬の服用者は人の域を超えた身体能力をも手に出来ます! 元々、我々の強化細胞はそのためのものですからね!!」

「これをもってすれば、寝たきりの病人だって立ちどころに庭を走り回れるほど元気いっぱいになれるのです!!」
「強化細胞は中枢神経に食い込んで、服用者の生命維持に全力を捧げる献身的な一面もあるわけですね!!」


感涙にむせぶ眼鏡男を横目に、大男は言葉を引き継ぐ。

「その通りです。外部からのダメージや手術などでは容易に取り除けず、服用者に末永く能力と健康な身体を提供し続けるのです」
「発現したての能力は、先ほどのように不安定で暴走の可能性はありますが、幾度も能力を使用していれば徐々に慣れていくことでしょう」


「この素晴らしい効果を思えば、その程度のことは全く問題ないですね!!」
「さて、解説が済んだところで、我々はこの場を借りてお詫び申し上げます……先日我々が起こした、『水国市街混戦事件』についてです」

しおらしい声と裏腹に、眼鏡男の顔には邪悪な笑いが張り付いたままである。

「我々の活動により、大勢の方々が負傷され、水の国の病院に入院なされています。どんなにお詫びしてもし切れません」

「そこで我々は言葉ではなく行動で謝意を示すべく、混戦事件の被害者の方々が入院されている数か所の病院を訪問し」
「お見舞いの品として、この新薬を投与して参りましたよ!! 病院のスタッフの皆様方や、事件とは関わりのない患者様方にも、可能な限りのおすそ分けをさせていただきました!!」

「もう皆さん、涙を流して喜んでくださって!! 手に入れたばかりの能力ではしゃぎながら、元気に退院していかれました!! 強化細胞は、傷の治りも促進しますからね!!」
「国会でご活躍中の、野党第一党議員を務めておられます先生の娘様も、患者様の中には含まれておりまして!! 彼女にはサービスで二本分を投与して参りました!!」
「予定より遥かに速い退院に、お父様の議員先生もきっとお喜びくださっていることでしょう!! 能力者になってしまったことなんて、この感動の前には微々たる問題ですよね!!」

430 能力者になっちゃいましたキャンペーン紹介動画 ◆ZJHYHqfRdU :2018/04/11(水) 05:09:33 ID:IBKicRNQ0
大男はわざとらしく目を閉じて数回頷き、再び視線をカメラに送る。

「このご好評を受けて、我々はこの度〝能力者になっちゃいましたキャンペーン〟の開催を決定いたしました」
「これから我々の『活動』の途上で、この新薬をその場に居合わせた皆さまにも、提供させていただこうと考えております」

「なんと!! でもお高いんでしょう?」
「タダです」

大男は口元を歪めて言い放つ。眼鏡男は頭を抱えて仰け反る。

「タダ!! お聞きになりましたか、皆さん!! タダより安いものはありませんよ!!」
「実はこのキャンペーン、すでに進行中です!! 野党議員の先生方やそのご家族、『魔制法』支持者の識者の方々、市民様方を中心とした反能力主義者様を始めとし」
「我々で無作為に選んだ幸運な皆さまに、順次投与を実行致しております!! 次に能力者になれるのは、画面の前の貴方かもしれませんよ!?」


眼鏡男が叫び、大男が締めくくる。

「『スクラップズ』は、これからこのキャンペーンに沿って、世界中の方々に能力をお届けする活動を行っていく所存であります」
「――――〝誰が見張りを見張るのか〟。簡単なことです。誰もが見張りになればいい。脅威に対するには、自分自身が脅威となることです」

「発現する能力は、服用者のポテンシャルと運次第。最初は暴走状態ですが、使えば使うほど能力は安定し、やがて定着していきます」
「私は、混沌の本質とは公平だと考えております。誰もに能力を得る機会がもたらされる。誰もが力を振るう権利を得る。誰もが、その力を使って、自分のやりたいことが出来る」

「そんな混沌/公平を実現すべく、我々は邁進してまいります。貴方に、そして貴方の隣の誰かに、能力を。我々からの『ギフト』を、どうかお楽しみに」


画面が暗転した。

ニュースでは、水の国の複数の病院襲撃事件と、各地で頻発する能力の暴走が引き起こした事件の報道が連続していた。


/先日のロールを受けて、カニバディールの次の一手として書いてみました

/〝GIFT〟の研究本来の目的とは異なり、即効性はあるものの強力な能力は得にくく、安定はさせられても成長は難しいという
/いわば粗悪品の能力を無作為にばら撒くことで、『魔制法』支持者を制限される側に引きずり込もうという魂胆です。

/問題などあれば、お手数ですがご指摘願えればと思います

431 Encounter 〜大同団結〜 1/6 ◆auPC5auEAk :2018/04/14(土) 14:04:37 ID:ZCHlt7mo0
――――パシンと、張りのある大きな音が響いた。小さな身体が突風に煽られる様にたたらを踏む。

「お、親分!?」
「騒ぐな。……この娘は、十分な大人だ。けじめをつける必要がある。それに……この娘に必要なのは、恐らくこれなんだ……」

開店前の酒場の広場に集っていた、ガタイの良い男衆が、完全に意表を突かれた様子で、事の成り行きを見守っていた。
目の前で繰り広げられている光景は、それだけショッキングで、衝撃的なものだったのだろう。

――――10歳くらいと見受けられる、ラベンダー色の髪をした少女が、平手を頬に浴びて俯いている。
危うく姿勢を崩しかねないほどに、強く頬を張られたのだろう。ハッキリとその頬が赤く腫れあがっていて、口の端から血が一筋、つぅっと引かれている。
大人の容赦ない平手を受けて、ぐっと黙り込むその姿は、確かに痛々しい物を感じさせる。
普段ホールスタッフとして、いざという時には荒事の解決要因として動く男衆も、その光景には流石に言葉を失っていた。

「心配ない、本人も分かっている事だ……こうした『落とし前』は、覚悟の上で……わざわざ、俺の前に姿を現したんだろう……?」

そして、そうして少女に容赦のない平手を見舞った人物は――――。
――――左目の抉れた、ずんぐりむっくりした体格の、猫の獣人、ワーキャットだった。右目のみでも鋭い眼光に、低く威圧するような太い声で。
比較的人間の手に近い構造をしたその手で、少女の頬を張ったのは、なかば荒くれと表現できる男たちを率いた、ボスの立場に収まっている獣人だったのだ。

「――――――――」
「……すっかり、変わってしまったな。あれからもう、7年近くにもなるのか。その間お前は……ずっと、苦しんできたんだな……」
「――――叱られるのは、覚悟の上で来ました。その上で、お願いします。力を貸してください――――」
「……冷えたものだ。お前……無礼打ちされるのを分かって、敷居が高い事を分かって、その上で、俺の下に足を運んだんだな……?」
「――――もう、なりふり構ってはいられませんから――――」

緊迫した外野の空気をものともせずに、少女と獣人の言葉が再開する。
口の端を切って、血を拭いながらも滔々と言葉を紡いでいく少女の様は、なるほど確かに『大人』の態度だった。自己を確立し、周囲の空気をものともしないその有様は、とても子供とは言い難い。
だが、獣人の鋭い眼光は、徐々に憐憫の情を帯び始めていた。この少女は強いから大人なのではない、崩れかかっているからこそ大人なのだと、一目で理解していたのだ。

「……すまなかった。俺の掛けたあの言葉が、生きろと言うあの言葉が……お前には、呪いとなってしまったんだな……
 ヒトとしての生き方を、お前に期待した事……その行き着いた果てが、この様……すまなかった。あの時は、俺も無責任だったようだ……」
「――――もう良いんです、その事は。私も、今は答えがこれなだけで、ただ『それだけ』です――――それよりも」
「……力を、貸してくれと言っていたな。だが……今更俺に何が出来るだろうかと、そう思っている……
 荒事に、正面切って首を突っ込むだけの力は、もう俺には期待しない方が良い……俺は、レイドも、イマミレイも、守れなかった男だ……お前も、自分の娘さえも……」
「――――まだ『仕置きの猫又』を引退した訳では、無いんでしょう――――?
 その力は、確実に必要になるんです。その情報網も、戦う力も――――ヴェイスグループとの戦いの事だけ、引きずられてても、私も困ります――――
 また、世界は――――おかしな事になろうとしています。本当に、なりふり構っては、居られないんです――――
 「前を向け」と、前に私に言ってくれましたよね。それを、私から言うのは、生意気でしょうか? ――――事態の打開のため、力を貸してください――――」

かつて――――少女と獣人は親しい仲だった。少女の『父』と獣人とが、古くからの友人同士だったから。
かつて、まだ少女が内面的にも子供だった頃の、大切な仲間の1人――――それが今、対等な立場にあって、言葉をぶつけあっている。
白熱灯の照らす広間の真ん中で、男衆に囲まれながら、獣人と少女は、彼らだけに分かる言葉の応酬を続けた。
――――かつての、戦士たちのフィクサーとして暗躍していた姿は、今の獣人には似合わないかもしれない。かつての大きな戦いでの敗戦は、それだけの痛恨事だった。
だが――――少女にとっては、そんな事は関係なかった。今はただ、獣人の力が必要だったのだ。枯れかかっているのは、見た目だけに過ぎない。まだその力はあるはずだ、と――――。

432 Encounter 〜大同団結〜 2/6 ◆auPC5auEAk :2018/04/14(土) 14:05:12 ID:ZCHlt7mo0
「――――おいおい、呼ばれてきてみりゃ、なんか面倒な事になってないか、旦那?」
「……お前か、ヒーロー」
「……こう目立つ中でそんな呼び方すんなっての。それよか、何だいその子供……俺が関わっちゃ、不味い感じのアレか?」

その緊迫の中に、更に乱入する1人の男の姿があった。ボサボサの金髪にサングラスをかけた、中年男。
意に関せずと言った様子で、男衆たちの輪に割り込んで、獣人と少女の前に姿を現した。気だるげなその態度は、剣呑な雰囲気をものともしていない。

「いや……事によっては、関わる事になるかもしれないな。今のところは、何とも言えないが……」
「旦那にしちゃ、ハッキリしない物言いだな。ま、良いさ。どちらにせよ、話は先客が片付いたら、って事かよ……」
「――――まだ開店には速いが、適当に何か飲んでいてもらえば良い。マスターにも、それくらいの融通は聞いてもらえるだろう」
「そうかい。んじゃ、俺は適当に寛がせてもらうからな?」

砕けた様子で獣人と言葉を交わすサングラスの男は、あっさりと待ちに回る事を了承し、男衆の1人に肩を回して、輪から遠ざかる。
適当なテーブルに着席すると、連れ立った男に注文を伝えた様で、男は店の奥へと下がっていった。
それを済ませたサングラスの男は――――輪の中心にいる少女と獣人に視線を向ける事も無く、テーブルに肩ひじをついて寛ぎ始めた。
本格的に、今の出来事に「我関せず」と言う様子で、無視する心算を固めている様子だ。

「――――あの人は――――?」
「お前が気にする事じゃない。そういう『ルール』なのは、お前だって分かるだろう……それよりも」

主題となる話は、再び輪の中心へと回帰する。

「……お前が、力を貸せと言うのは……まぁ、大よその見当はつく。「魔能制限法」……それ関連の話だろう」
「はい――――あれは、表向きには――――」
「皆まで言う必要はない。俺にだってその程度は分かる……何かの意思が、裏にある様だな。まぁ、それは世間に流れている情報程度でも、分かる奴には分かるだろう
 ……裏に何が、どんな形で蠢いてるのか……そこまでは、流石に測りかねるがな。どうも……本格的に裏黒い謀略の匂いだけは、感じられるんだが……」
「――――世間的な組織の枠を超えた、ある一定のグループが、これを使って人を支配しようとしている――――そういう話の様です
 機関も、水の国の公安も、それで完全に、身内同士の腹の探り合い状態になってるようで――――その中で、とある一派が、世論を誘導して世界を合法的に支配しようとしていると言います」

先ほどの緊迫した空気は、旨い具合に弛緩したのだろう。2人の会話は滞りなく進んでいく。
久しぶりの対面とはいえ、気心の知れている間柄故にというべきか、抜けのある言葉の補完さえ必要とせず、意思の疎通がなされていた。

「……それで、そんな中で俺にどうしろというのだ? そのような事態では、なるほど俺の所に情報も軽々に流れてこない訳だ……
 ハッキリ言うがこの一件、情報屋としての俺を期待されても困る。流石に一国の公安が相手となると、断片的な情報を繋ぐにしても、そもそもの材料が足りなすぎるだろう
 ――――奴らに『秘密』は無いんだからな。……分かるか?」
「――――『秘密』が無い。つまり、「『秘密』が存在している事自体、そもそも伺う事すらできない」と言う事ですね――――」
「……そういう事だ。最初からピースの揃っていないジグソーパズルでは、完成のさせ様が無い。そして……ピースをこぼす様な真似をする相手じゃないだろう」
「――――だったらやる事は1つです。ピースを強奪すればいい。それを協力して欲しいんです」
「なに……!?」

虚実入り混じった四方山話から、断片を繋ぎ合わせて構成を読み解き、裏を取る事で真実を掬い出す。それが獣人の得意とするところであり、裏の顔としての役目の1つだった。
だが、流石に今回の陰謀は情報の秘匿性が段違いである――――危険人物や、機関の動向を読み取る事の様にいかないのも、無理はないと言えた。
その無理を――――少女は強引に押し通す。死人の様なオッドアイが、深遠の魔物の如く、獣人を覗き込んでいた。

433 Encounter 〜大同団結〜 3/6 ◆auPC5auEAk :2018/04/14(土) 14:06:02 ID:ZCHlt7mo0
「残念ながら――――私は能力が使えなければ、ただの子供の様なモノです。魔能制限法を進める裏の一派には、異能を封じる力が現実的に運用され始めています
 その被害に遭ったと言う人たちの話が、『UT』に流れてきました。でも、あなたなら――――異能を抜きにしても、下手な能力者と同等以上に戦える
 私がお願いしているのは、その戦力です――――『仕置きの猫又』の、その真髄は、仕置きを出来る事にあるはずでしょう?」
「――――参ったな。何を言い出すかと思えば……何を言っているのか、分かっているんだろうな……!?
 飲み屋街の顔役に過ぎない俺に、戦争に参加しろと言うのか? 残念だが、俺にはこの店を守ると言う仕事がある。それに関わる様な仕事は……」
「なら――――何故、レイドさんの時には身体を張ったんです。それにその目も――――同じように『戦った』果てに、抉られたと聞きました」
「……やれやれ、すっかり擦れている。――――だが、流石にこうなると、知り合いとはいえタダで動いてやる訳にはいかないぞ?」
「――――何を、私は用意すれば良いんでしょう?」
「……お前の命だ」
「――――!?」

その深淵を、獣人は怯む事無く覗き返して見せた。呆れた様に溜息を吐き出すと、それで己を切り替えたのだろう――――再びその目に、鋭い眼光が宿る。
滔々と自分の言葉を紡ぎ続けていた少女も、流石に息を飲んだ。

「――――生きて、生きた。その果てに――――お前はそこまで乾いてしまった……。予想しなかった訳ではないんだが、やはりお前の心の穴は、どうやっても塞がり様の無いものらしい……
 なら――――お前には、今まで積み上がったものを、全てその手から捨ててもらおう。今回の大きな事件、無事に解決を見た暁にはな……」
「――――ッ」
「そして、もし俺がその途上、命を落とす様な事があれば……あぁ、流石に今回ばかりは、最後まで戦い抜ける保証もなさそうだから言うぞ……
 その時には……もう、お前も共に滅んでもらおう。命を懸けるくらいの気概が無いのなら、この一件、俺は噛むつもりはない。迂闊に人材を紹介してやることも出来ない
 俺に、この事態について協力しろと言うのは、それだけの重大事なのだと言う事……その自覚はあるか? 無いのなら、適当に飯でも食って帰るんだな……
 世界の為になりふり構ってはいられないと言ったが……そうやって、世界を人質にして交渉するのはフェアじゃない。人質は、己の命と言う事にさせてもらおう
 じゃなきゃ、俺は来たるその日まで、自分の領分で仕事をし続けるだけだ――――どうする?」

容赦のない言葉。後ろ盾の無いままに協力を要請してきた少女に対して、獣人は半ば突き放す様な言葉を突きつける。
他人を、地獄への道連れとして引き込むつもりなら、その程度は必要なのだと、気構えを試し、そして、得る物の無い戦いに、獣人はそれを求める。
――――本心を、言葉の裏に押し隠して。

(――――すまない。あの時、俺がちゃんとお前に示してやれれば良かったんだ……。せめて、ここまで心をすり減らさなくても、済む方法はあったはずだって……
 この6年半、俺はお前に不義理をしてきたも同然……なら、俺の口から言ってやらなければならない……「お前はいつだって、好きに生きて、好きに死んで良いんだ」と……)

成功しても、失敗しても、死ね――――それは、ただの恫喝ではない。獣人なりに、少女の求めている言葉を推し量り、それを口にしたのである。
誰にも認められずに、ただ己の心の穴から漏れ出る感情を何とかしようと、ずっと戦い続けてきたのだろう。
そしてその果てに――――ここまで生体兵器として完成し、歪み冷え切った『個人』の言葉と態度を手に入れてしまったのだろう。
ハッキリと、真正面から肯定してやらなければならない。人の道に反する事である事を、承知の上で――――それが、自分の役目だと、獣人はそう決意したのだ。
『死』を明確に示唆し、それがどこかで、求められる事であり、そして彼女自身にも、立派な1つの選択肢なのだと――――そう、言ってやらなければならないのだ。

「――――望むところです。私には、仲間が必要です。そして――――嘘じゃありません。「なりふり構ってはいられない」んです――――
 この命が、後の世界の為ならば――――安いものだと、そう考える事にします――――ッ」

気負いは感じられるが、少女はそれに応えた。そしてそこに、微かな心の揺れをも感じられる。
少女にとりそれは、決断が必要な返事であり、そして望んでいるその『死』にも、まだ心を揺らす何かが残っている。
――――それを確認して、獣人は静かに頷いてみせた。まだ、100%の手遅れという訳ではないらしい、と――――。

434 Encounter 〜大同団結〜 4/6 ◆auPC5auEAk :2018/04/14(土) 14:06:17 ID:ZCHlt7mo0
(俺も力を尽くす。お前も――――まだ、生きた上でその心にケリをつけられる道はある。共に、少なくとも今回の件が片付くまで、死なない。そういう事にしよう……)

それは、獣人にとっては、軽々に命を落とすわけにはいかないと言う、自分への活としての、保険になっていた――――。

「――――やっほー! 旦那いるー!?」
「……あ、ちょっと待て、まだ開店時間には――――!?」
「親分……もう時間です。いつもの方々がお見えになってますよ……」

緊迫した空気は、再び破られる。今度はハキハキと放たれた女性の声で。気が付けば周囲の人の輪も解けて、店が動き始めていた。
ダイニングバーは、既に表の顔で営業を開始していたのだ。

「こ、こらレミー! いきなり……すみません。開口一番がこれで……」
「全く、一番乗りで他にお客がいないから良い様なものの……いや、既に先客がいる様じゃないか……」
「随分、話し込んでたみたいだねぇ……時間が経つのを、忘れていたって事かな、旦那?」

表の客としての一番乗りは、何とも賑やかな集団――――アーマーと剣の目立つ赤い髪の青年と、全身が真っ白な衣装に包まれた少女、そして、重厚な巨躯を誇る亜人と、浮浪者然とした水色の髪の青年だった。
一番乗りの客人も、なにやら只者ではない雰囲気なのは、この店独特の事情があったのかもしれない。

「やれやれ……魔海出身のよしみというのはありがたいが、すっかり入り浸ってくれて……一般の客が驚かされるのは、少々困るのだがな……」
「すみません、なんと言うか……ついつい足が伸びてしまって……」
「まぁ良いじゃないの旦那、同じ魔海出身のよしみなら、そう固い事言わなくても、ね?」
「……頼まれていた品物を届けに来たんだが……偶然だぞ、この連中と行き会う事にあったのは」
「……僕もだよ、ただ夕食を食べに来ただけさ……」

店の用心棒頭である獣人が魔海出身である事から、同じく魔海と縁が深い一団が、この店を行き付けにしているのだった。
少女はそっと身を引いて、獣人は一団を出迎える。普通の客がいないこの場は、ある種身内ばかりの特殊な空間と化していた。

「まぁ、折角だから僕の方も、彼らと色々と話がしたくて……構いませんね、旦那」
「あぁ……お前らなら問題はないだろう。ただ、他の客の手前もある……あまり目立たんようにな」
「では、俺が先に荷の受け渡しをしてくる……お前たちは、先に適当にやっていてくれ……」
「んじゃ、ちゃっちゃと済ませちゃってよね! こっちも会おう会おうとしてた所なんだから!」
「あ……待ってくれ。俺は俺で、そっちの『先客』を待たせていてな。お前たちで、先に飯を済ませていてくれないか?」
「そうか……分かった。では、俺はいつもの席に失礼するぞ……お前ら、悪いがこっちに来てくれ」
「いや分かってる……普通の椅子じゃ、結構危ないもんね……」

賑やかな一団は誘導され、店の隅へと陣取っていく。獣人は呆れと共にそれを見送っていた。
――――『表』とも『裏』とも取れる馴染み客なのだが、店の客層が特殊に傾くのは宜しい事ではない。
とは言え、彼らのアクティブさには、流石に引きずられている自分を、獣人も自覚していたのだが――――。

「じゃあ――――私は、今日はこれで――――」
「あぁ……道中、気を付ける事だな。どうやら容易ならん話の様だ……」

密談を済ませた少女は、獣人に頭を下げて店を後にする。ここからは、ダイニングを兼ねているとはいえ、子供が1人でいる場所ではない。
それに、戦いの準備はようやく整い始めたのだ――――去っていく少女の後姿を、獣人は見送る。その背中は正に、戦場に向かう戦士のそれだった――――。

435 Encounter 〜大同団結〜 5/6 ◆auPC5auEAk :2018/04/14(土) 14:06:32 ID:ZCHlt7mo0
「――――すまんな。今日は千客万来だ……」
「いや、あの子供との話が長引いてただけじゃないか、旦那……ま、俺には関係ないんだろう?」

テーブルに待たせていた、サングラスの男の席に、獣人も相席する。サングラスの男は、先にビール――――ケルシュで軽くアルコールを入れている様だった。

「……どうやら、まるでの無関係とも言い難いようだ。俺の懸念していたところと、あの子の持ってきた話、オーバーラップしていたよ」
「なんだ……あの子も特区絡みか? 随分お熱いスポットなんだな。とは言え……探るのも容易じゃないわあの地域……
 ……まさかの事態だ。部下が1人、音信不通になってしまった。何があったのかは分からないが……こういう、特殊な場所に足を踏み入れて、トラブルってのは……」
「……偶然と取らない方が良い、楽観視は出来ないと言う事だな」
「そういう事だ。直接乗り込んでやろうかとも思ったが、流石にリスクが大きすぎる……奴は能力者じゃないから、大丈夫かと思ったんだが……さて何があったのやら」

獣人は、腰からパイプと葉を取り出し、タバコを吹かし始めた。込み入る話には、ニコチンがあればありがたい。
頭脳の潤滑油は、こういう仕事には欠かせない物なのだ。まだまだ人気の少ない時間帯にも関わらず、2人の会話は密やかに進む。

「……魔能制限法はよろしくない。その先鞭のあの街……放っておいて良い物ではないぞ?」
「あぁ、そこは極々一般ピープルの俺も承知してるさ。だが……どうする? 法律を嵩に来てるんだ。あれは合法的な存在だぞ?」
「その法自体が怪しいものだと……あの子供が、そう俺に言ってきたのさ。それを探ってくれ、とな」
「……なぁ、あのガキ何者だ? 見た目通りの子供じゃないってのは分かるが……流石に気になるぞ。関わってるってんなら、少しは教えてくれても良いんじゃないか?」
「そういう訳にはいかん。本格的に関わるまでは、お前はあの子とは他人だ。そこには踏み込まないのが探偵のルールだろう?」
「……ハッ、確かにそりゃそうだ。余計な事に首突っ込んだな。俺は俺の仕事をって事で……今は構わないんだな?」

チリっと、吸い込んだ煙でパイプの中の葉が小さく爆ぜる。ゆっくりと、満足げに獣人の口から煙は吐き出された。
――――パイプでタバコを吸うのは、火の勢いを保全しながらの、難しいやり方なのだが、獣人はそこのペースも弁えている様だった。
紙の雑味や簡素なフィルターの余計な濾し出しの乱れを感じさせない、葉本来の味わいが、ゆっくりと肺を、そして脳を満たす。

「で、どうするよ。あの街、恐らくは何か腹黒い物を抱えてるで、結論して良い物だと思うぞ
 ただ、正体不明ってのはいただけないな。未知は恐怖の元だ。そして、不確定要素は失敗の元だ……」
「……威力偵察、というのは、流石にノータリンのやる事か。だが、現状それくらいしか思いつかないのが、痛い所だな……」
「……おい待て、まさか俺に『裏』の顔で乗り込めなんて、言うつもりじゃないだろうな?」
「……それも手かもしれないな。俺が一緒に行くなら、少なくともある程度の情報は得られるだろう?」
「で、2人揃ってお尋ね者ってか? そしたらその先がないだろうよ。そういう事が出来るのは、もっとハッキリとした徒党の力ってのがあってこそだ」
「……分かってる、それは当然分かってるが……徒党、か……難しい所だ……」

サングラスの男が、苛立ち紛れにジョッキを軽く傾ける。軽い炭酸がシュワシュワと、その苦みを舌の上で弾けさせた。
酔いは回るが、その程度は問題ではない。この苦味こそが、サングラスの男にとっての気付け薬だ。

「悪いんだが、今回行方不明になった部下の分も合わせて、結構な経費になっちまうぞ……なんでそんなに、今回の『個人的な仕事』、進めてるんだよ?」
「……予感があったのかもしれないな」
「あん……?」
「……結局俺は、7年前の事から何も吹っ切れずに、引きずり続けていたと言う事だ……そしたら、お誂え向きの巡り合わせだ……
 ……虫の知らせでも、あるのかもしれないな……」
「冗談じゃねぇな……ま、善後策が浮かんだら、改めてって事にするしかないか……今はそれ以上、やり様が無いんだろ?」
「確かに……」

密か事の合間に、客もチラホラと入り始めている。獣人はそこで会話をいったん切り上げ、店内の喧騒に注目した――――。

436 Encounter 〜大同団結〜 6/6 ◆auPC5auEAk :2018/04/14(土) 14:07:10 ID:ZCHlt7mo0
「――――だから、絶対にアレは何かあるってんだよ……!」
「落ち着くんだ。まだ、確定したわけじゃない……そりゃ、疑わしいのは確かだけど……」
「お前は1度会ったきりだろうが! 俺には分かる……あれは、何度も顔を合わせた人間だからこそ……!」
「……ん?」

獣人の耳がピクリと反応する。店内の客同士の会話の中に、気になる言葉を拾ったのだ。
何か、荒れている。こういう人間にアルコールが入ると、人間は迷惑な『トラ』になる。良くない酒というのなら、店から叩き出さなければならない。
獣人は静かに席を立つと、その会話のテーブルへとゆっくりと歩み寄っていった。

「あんな断片的な映像だけじゃ、何とも言えないじゃないか!」
「だったら他に考えられるのか!? 偶然じゃねぇんだぞ絶対これは!! ありゃ、間違いなく……!」

騒がしいテーブルに着席していたその主は、既にペースを上げているようだった。ジョッキが2つ、空になって転がっている。
魔術師然とした青いコートと、とんがり帽子を被った大柄の男。同じデザインの、黒のコートと帽子を被った青年。
窘めにかかっている青年の言葉を振り払いながら、居丈夫は尚も酒を煽り、言葉を荒げていく。

「おいお前たち、騒がしいぞ。他の客の迷惑も考えろ……!」
「あぁ!? ……なんだ、用心棒頭だったか。悪ぃな、少しは加減考えて愚痴らせてもらうさ……!」

客を注意しにかかる獣人と、どこかピリピリした態度でそれを受ける居丈夫。再び獣人は剣呑な雰囲気を見せ始めていた。

「……申し訳ない。これは手前の友人なんだが……この間の、水の国の事件。そのニュースで流れた映像に、知り合いが居たって騒いでいてね……」
「……櫻の国の海軍が鎮圧したと言う、アレか?」
「……あの時に、映っていたスナイパー……あれがどうも、知り合いに似ていると、こいつは言ってるんだ……」
「なに……!?」

つい先日のそのニュースは、まだ話題の種として比較的新鮮な物の1つで。獣人はそれを聞いた瞬間、表情を変えた。
――――意外なところから、意外な出来事に対する情報が仕入れることが出来そうだ。獣人はそっと表情を静かにする。
――――彼らを、裏の顔で出迎える。その事を決意した表情だった。

「……それは心静かではいられまいな。済まなかった。少し……その話、聞かせてもらって構わないか?」
「あぁ? ……なんであんたに?」
「そういう情報は、必要としている奴には必要なんだ。それに、タダでとは言わない……これでもそういうものの媒介は俺の仕事の1つだ。謝礼は弾むぞ?」
「……金なら、手前どもには必要ないよ。これでも、身一つで稼ぐ手段はある」
「なら、魔導具とか、別な情報とか、或いは何かの事態に際した、人材の仲介なんてのはどうだ、興味ないか?」
「……あんた、一体……?」

静かにテーブルに割り込む獣人。訝しがる2人に、彼はこう口を開いた――――。

「――――俺はアーディン=プラゴール。この酒場『Crystal Labyrinth』の用心棒頭にして、ここら一帯の仕切りをやってる、情報屋兼、ブローカーの様なものだ……」

/2018年4月14日時点での、自キャラ同士のロールの様な何か

437 「再び、物語を紡ぐ時来レリ」 ◆zuR4sSM1aA :2018/04/30(月) 00:16:44 ID:0jLFl.bY0
【──ここはどこだろう、なんて質問は無粋だ】
【君たちの世界からは干渉できないし、僕たちの世界からも干渉できない────】
【筈だったんだけど、ね──。あいつがこう言いながら駆けてきたものだから】


「おい、おいウォープリースト!!ついに開いた、別世界とのゲートが開いたぞ!」
「──冗談だろう?君のことだから出来ないと思っていたんだけどね──ワームシンガー」


【自己紹介が遅れていたね、僕はウォープリースト。緑の髪がアピールポイント】
【そして紅い髪を振り乱しながら走っている彼女が、ワームシンガーだよ】
【僕たちはかつて君たちの世界に侵攻したんだけど、負けてしまって以来もう数千年も外界とのゲートが繋がらなくなっててね】


「それが此方から開けたわけじゃないんだ、向こうから一人でに開いてね。しかも前のゲートとは違うゲートだし」
「……何だ、向こうにもそれなりのバカが居たってことか。それで、此方に被害はあったのかい?」
「全然ないさ、しかし何処に開いたのかすらわからない。でも男女の一組が入っていったのは視たよ」


【ゲートが一人でに開いた、って言うのを聞いてびっくりしたよ】
【僕たちの世界と彼らの世界を跨ぐゲートを封印したのは彼らだったからね】
【それに、以前まで使ってたゲートじゃなくて新しいゲートだったらしいし。一体何処の誰がゲートを開いたかだけ見たいけど】
【ワームシンガー曰く、一組の男女らしい。僕たちの世界に拘る男女って、どんな頭してるのかな】


「それで、君が“気に入った”子はいそうなの?」
「ふふん、それが二人くらいいてね!私達と同じものを持ってるみたいだよ」


【同じもの──って聞いてね。驚いたもなにも、呆れるしかなかったよ】
【僕たちの世界のものを君たちの世界の人が二人も持っているなんてね。思いもしないだろう?】
【ワームシンガーもずいぶんご機嫌なようだったし、それについては何も言わなかったけど】


────


「それで、侵攻計画はどうするんだい?ウォープリースト」
「そうだねえ……。まずは、君が気に入った“二人”に会ってきなよ。それから考えよう」


【彼らの世界で、此方の技術──魔術が使えるのは二人だけ】
【ワームシンガーの命令に忠実に行動できるというのが最低条件なのだけど】
【以前侵攻したときは、彼らの世界に協力者などいなかった。今度こそが、最大のチャンスだ──】


「今度はゲートが閉まる前に、新たなゲートを作っておこう。もし閉まったときの為に、ね」
「了解、わかったよ。彼らの世界にも、広めてあげようよ。────“蟲の神を信仰するが全ての幸福につながる”、ってね」


【君たちの世界への侵攻計画は、練り上げられつつある】
【命令を避けては通れない二人とやらが、どれだけ使い物になるかわからないけれど──】
【僕と、ワームシンガーの中にいる蟲が蠢くのがわかる。それだけ、僕たちの中にいる蟲も興奮しているんだって】


「それじゃ、ワームシンガー。君は一度彼らの世界に行ってきてくれ。話はそこからだ」
「そうだ、ね……。また、君と物語を紡げそうで嬉しいよ、頑張ろうじゃないか」


【それから、僕と彼女は別れた。彼らの世界に侵食する物語を、再び紡ぐ時が来た】
【それが叶うときを心待ちにしつつ──侵攻計画を練り始めた】

// “蟲”に関連するSSです。ゲートが開いてしまった件に関するものです

438 1/3 ◆S6ROLCWdjI :2018/05/05(土) 23:42:54 ID:WMHqDivw0
そういえば何かメールが来ていたなあと思って受信トレイを開く。
来ていたメールは客からの注文と、【緊急事態】なんてわかり易い件名、
差出人を見ると意外にもそんな事態に陥りそうにない彼女だった。
開いてみれば水の国の一点を指し示す地図が添付されていて、
それをぼうと見ながらマウスを動かす――ふうん、って思うだけ思って、
適当に動かしていたらふと「削除」のボタンの上にポインタが乗った。
べつにそうしようと思ったわけでもないって、言い訳だけさせてほしい。

「――行ってやれよ、フリでも『トモダチ』なんて言った相手だろ」

……だと言うのにそれを勝手に見咎めて、忠告してくるヤツがいた。
ゆっくり振り返って、冗談だよって笑ってやる。
そうしてやったのに、ヤツ――「オムレツ」の顔は、信じられないとでも
言いたげに冷えていて、僕のほうまでなんだかつまんなくなっちゃった。

「行くって、本当本当。キリコのことはちゃんと心配してるよお」

ちゃんと口にも出したのに、嘘つけって顔して睨んでくるのがとても不愉快。
こういうときはいっつも「あの子」を虐めて遊ぶのが気軽なストレス発散法
……だったのに、彼女――「夕月」は生憎何かしらが「忙しい」らしい。
だから、彼女に回す分の「仕事」は全部おれに回せ――だなんて世迷言を
コイツが抜かしてきたのは何日前のことだったか。
こうなっちゃったら、つまんない。コイツは虐めてもあんまり面白くない。
中途半端に痛がって、中途半端に耐えて、中途半端にへらへら笑うだけで
何とも面白味に欠ける。あの子みたいに派手なリアクションしてくれなきゃ
つまんないのだ、冷えたオムレツはおいしくない。
じゃあ何して発散しようかって思ったときに、視界に入ったのは白い靄だった。

…………ああそういえば、極上の素材を貰って、面白いもの作ったんだった。


「――――ねえねえ、早速仕事頼んでもいい?
 本当は夕月にやらせようと思ってたヤツなんだけど、全部おまえがしてくれるんだよね?」





どうせこの「仕事」もぱっと思いついただけの嫌がらせだ。
厭らしくにたっと笑いながらそう声をかけてくるので、すぐにわかった。
この手の類の嫌がらせというか八つ当たりは、いつもならなんでか知らないけれど
夕月にばっかり押し付けられるものだった。でも今は、あいつはいない。
おれが全部やるから今はあいつに構ってやるな、と言ったのはおれ自身。
それもこれも全部仕方ないことだ、あいつが大概のことにおいて要領の悪いヤツで
おれが「それ」だけはどうしても出来ない――っていうんだから、仕方ないんだ。

「ミィのね、動作テストの最終確認。ブランルのところに送り届ける前の、ね。
 ブランルにミィのこと説明してるの、おまえも聞いてたでしょ?
 あの能力が上手く働くか、最後にもう一回だけ確認しておきたいんだ」

ね、いいでしょう? って笑いながら訊いてくる。
ただし訊いてくるのはポーズだけであってこれは「お願い」ではなく「命令」だ。
ようくわかっている、そんなこと、この女とは長い長い付き合いをしているから――
――うんざりするほど、吐き気がするほど、だ。

「うん、いーヨ。精神攻撃するコでしょ? 相手したげる」

439 2/3 ◆S6ROLCWdjI :2018/05/05(土) 23:45:21 ID:WMHqDivw0
「はい。それじゃあ始めるから、目を閉じてリラーックス、しててねっ」

ウキウキが抑えきれないと言うような声色で、女はおれに言った。
動作テストと言っても大掛かりな準備はなく、おれはソファに寝そべっているだけで
精神への攻撃を受け続ければいいだけの話なので、楽チンと言えばそうだった。
ごろんと横になって90度傾いた視界、にこにこ笑って此方を見ている幼い少女を見て、
ああこんな子供にいいようにされるのか、と思って遣る瀬無くなり、目を閉じた。
静かに近寄られ、手を翳される感覚がした。そうしたら――瞼を閉じた裏側、
真っ暗闇の世界にぼうと浮かび上がる白い靄を、幻視した。

最初に見たのは、修道服を着た女の姿だった。
明るい栗色の髪に緑の瞳がやさしげな曲線を描いて、笑みを湛えている。
行儀よく組んだ両手は腹の上、臍の下あたりに置かれて――じいっとおれを見ていた。

「ねえ■■■、あなたのせいよ」

女はおれに声をかけてくる。柔らかで優しい声色で、おれを突き落としにかかる。
これはあの子供に見せられている幻覚だって頭で理解できている、はずだった。
なのに五感はそう判断しない、これは紛れもなく今此処に在る「彼女」の姿なのだと
全力で誤認してしまう。――汗が一筋、垂れ落ちてきて顎を伝った。

「あなたがあの子の言うことなんか聞くから。私も、この子も、
 こんなことになったのよ。ねえ、あなたのせいよ。■■■、愛しい■■■」

ゆるさないわよ。
目の前の彼女は美しい笑みを崩さないまま、おれの名前を何度も呼びつつそう言った。
腹に置かれた手はずっとそのまま。あなたのせいよ、あなたのせいよ、って、
何度も何度も責めてくる。無意識のうちに喉が詰まったような声を上げてしまって、
服の胸元の布地を握り締めた。呼吸さえままならなくなってくるのを感じていると、
彼女はにっこり微笑んで――一度、消えた。

それからもう一度、白い靄が発生して、蠢く。
今度は複数の人影を見た。みな痩せ細っていて、背の小さな子供ばかり。
心当たりは十二分にあった。おれが■した、おれの手で■■した子供たちの姿だった。

「兄さん!」「にーちゃん」「おにいちゃん」「■■■兄!」
「とっても痛かった!」「ぼく、兄さんの■で■されて■んだんだよ!」
「どうして? 私たちみんな、おにいちゃんのこと大好きだったのに、信じてたのに」
「どうしてにーちゃんはおれたちを■したんだよっ」「イヤだったんだよ!?」

ゆるさないよ、ゆるさないからな、絶対ゆるさない。
お互いを守るみたいに一塊になった子供たちが口々におれを責める。
似たようなセリフを数日前に聞いた気がする、でもあれはうわごとのようなものだった。
今聞いているこれは間違いなくおれに、おれだけに向けられる正しい怨言だ。
聞き続けているうち、無意識に息が出来なくなっていたことに気がついた。
ひゅうひゅう喉を鳴らすような喘ぐみたいな呼吸すら出来なくなって、詰まっていたのだ。
ぐあ、と呻くような声を上げて――髪をぐしゃぐしゃ掻き乱した、汗が止まらない、
くそ、くそ、と悪態を吐き続けても何にもならない、言われていること全部正論だったから。

やがて頭を掻き毟っていた爪先が、無意識に皮膚に喰いこんでいたことにも気づいた。
がりがりがりがり掻けば掻くほど汗と一緒に血が流れていく、でも手が止まらない。
こうでもして何かしら痛み、というか刺激を感じていないと頭がおかしくなりそうだった。

440 3/3 ◆S6ROLCWdjI :2018/05/05(土) 23:47:04 ID:WMHqDivw0




ミィの術は思った以上に聞いているらしい。オムレツは未だ目を閉じてはいるが、
眉間に深い深い皺を寄せ、全身にイヤな汗を掻いて、両手でがりがりと頭を掻いている。
なるほどコイツは精神を追い詰めると自傷行為で紛らわせようとするんだ、
そういえばこないだ虐めた夕月も自分で自分の爪剥いでたっけな。
何だかんだで似た者同士だなあコイツら、なんて、ぼうっと眺めながら思っていた。

「ミィ、そろそろもういいよ。これ以上やらせてたらハゲそう」

そう言うと、猫の耳を生やした少女は「ハゲって!?」って目を輝かせながら此方を見る。
翳されていた手を離されると、オムレツは低い声で呻きながら頭から手を離し、
ゆっくりと上半身を起こし始めた――汗まみれの顔は、ひどく血の気が引いている。

「やあ。ご気分いかが?」
「………………最低、最ッッッ悪だわ。よっくもまあ、こんなモン作っちゃったネ」
「もらった素材がよかったから。ふふ、おまえみたいな捻くれ者にも効果があるみたいでよかった」
「ホントにネー……夕月がこれ受けてたら、今度こそ折れて拉げて再起不能になったと思うヨ」

そうかもね、あの子メンタル超弱いし。適当に受け答えしながら、起き上がった姿を見た。
オムレツは血塗れになった自分の指先を呆然と見つめて、息を荒げていた。
心が何処かに行ってしまって、未だに帰って来そうにありません、みたいな顔をして。
レアな表情。地味ではあるけどまあ面白くないこともない。それなりに気分はよくなった。

「ああ、そうだ……どんなモノ見せられたの? ねえ、『兄さん』」
「……、……わかって言ってんだろ。本当おまえ、気持ち悪い、死ねばいいのに」

その返しに笑っていたら、何笑ってんだよと言わんばかりに睨まれたので、返してやる。

「夕月にもおんなじこと言われたなあ、って思って。」



//補足的なそうでもないようなお話でした。お目汚し失礼しました!

//赤崎さんからのメール→ふーんって思いながらそのうち行こうとはしているみたい。

//たんぽぽのこと→どうやらオムレツは子供に何かしらのトラウマがあるみたいで
//全く顔出しません、代わりに夕月がやる分のお仕事を引き受けてがんばってます。

//ブ略周辺三人組の近況はこんな感じです。

441 ◆3inMmyYQUs :2018/05/11(金) 20:42:05 ID:LevMp5MM0
SS『聖餐』 (5,000字弱)
ttps://www.evernote.com/l/AkmkypK7CWlB0rTJpqkn6o5WyJPvPza5L-M

公安ぼっち勢・黒野カンナの『処断』のその後を補完。回想を交えながら。
とりあえず〈ゼロ〉は全滅しました。『正夢』も通じません。

◆要約
1.回想:数年前、『ブレイザーシティ解放戦線』において
黒野カンナのとある過去について。
数年前に起きた機関との戦争中、彼女はとある二者択一に迫られます。
能力者と無能力者、どちらか一人しか助けられないとしたらどちらを助けるか。
当時まだ少女と呼べる年頃だった彼女は、そんな状況に置かれ、彼女なりの選択をしました。

2.『処断』のその後
瀕死の状態で〈黒幕〉に連行された彼女は、見知らぬ場所で意識を取り戻します。
そこに悠然と待っていた六罪王ロジェクトと会食をする運びになります。
その中でこの《計劃者》の素性に関係してそうなことがちらっと呟かれたところで、幕引きします。


以後のことはロールで出せたら、いいな。
お邪魔いたしました。

442 第○○話『深蒼海流』daijirou1021016 :2018/05/17(木) 20:13:30 ID:6.kk0qdE0

【――櫻国静ヶ﨑鎮守府】

【光差し込む士官会議室】
【だが、午後の穏やかな空気とは裏腹に、室内は重い空気に満ちていた】
【じっとりと肌に纏わりつくような嫌な空気だ】
【初夏の爽やかさも、空気の匂いも、味も、ここには一縷も存在せず】
【階級章や飾緒から、将官以上の士官が一堂に会して居る事が解るが、誰も一言も発しようとはしない】

「海軍病院からの打電です」

【その中で、ようやくと、聞こえる発言の声】
【声の主は、一際若く見える男性】
【階級章は、大将を示している、若くしてこの階級は断じて只物では在り得ない】

「……病床に臥せられています、土御門晴峰司令長官の病状は思わしくなく」
「現状での復職は難しい物と判断、これにより大本営より、司令長官の予備役編入」
「そして、新しく司令長官の選抜が行われています」

【蘆屋道賢、先だってより病床に臥せっている土御門晴峰の代行として魔導海軍を取りまとめているが】
【この度、その年齢もあってか早期復帰は難しいと判断、新たな司令長官を選抜する旨が達せられた】
【ここで詳しく、魔導海軍の勢力図を教えよう】
【先ず、その性質上、魔導海軍には魔術サイドと軍事サイドの両陣営が犇めいている】
【先の司令長官土御門晴峰は魔術サイドの大家、桜桃の陰陽家の事実上のトップに君臨する人物だ】
【故に、各名家朝廷からの信頼も非常に厚い自分であり、また本人も老齢乍ら柔軟な思考と人望により確固たる地位を築いている】
【現状話を進めている、蘆屋道賢もまた、魔術サイドの家柄であり、ことらも桜桃の陰陽師の出だ】
【若くして将官まで上り詰めた手腕と頭脳、鬼才神童の呼び名を欲しい侭としている】
【無論、これに加えて軍事派閥も多く存在しており、決して一枚岩とは言えない状況だ】

「最も、皆様ご理解の事と思われますが、現状海軍を取り纏めているのはこの私、大本営の結論等、もはや聞くまでも無いのでしょうが……」

【この言葉には、何名かの将官が苦い顔や怒りの表情を示す】
【仮にも其々が部隊や泊地、鎮守府の艦隊司令クラス、若造の愚弄としか認識されていない】
【細面の優男顔、されど、その細りとした目は、極めて鋭い】
【顔に掘られた魔術文様が、非常に特徴を示している】

「(これで、魔導海軍は我が手中……後はそう、順番)」
「(全ては順番に終わらせて行かねば、な)」

【道賢の笑みの意味を知る者は、誰も居ない】




【――壇ノ浦重工、第三海軍工廟】

「土御門の司令長官殿の依頼品、どんな様子よ?」

【あまり表立って稼働する事のない海軍第三工廟だが、ここ数か月は何やら作業が進行していた】
【どうにも、司令長官とその周囲の極一部にしか知られていない機密の製造】
【ドックには誰も見た事無い船影が浮かんでいる】

「次世代型魔導巡洋艦『未来』うわ装甲うっす!何この装置群!?」
「海軍は頭でもぶつけたんですかね?二番艦の武蔵だってまだ建造途中なのに」
「いいから、黙って働くぞ、何か、考えがあるんだろ上には上のな……」

【最重要機密の書類を眺めながら、ツナギ着用の作業員が缶コーヒーを置いて】
【そして再び作業に戻るのだ】



【時間は流れ、そして状況は変動する】
【革新の時は、迫る】
【その時に君達一人一人の運命がどう動くのか?】
【これはまた、一つの支流に過ぎない】
【だが、だが、海底を行く海流にすら抗う者達よ】
【海流に惑い翻弄される者達よ】
【自らを海流とせん者達よ】
【戦え、戦わなければ生き残れない】


「わ、た、し……」
「私、は、みらい……」
「私のな、ま、え、は、みらい」
「だ、れ、か、お、は、な、し」



【COMING SOON】


//予定イベントの前哨のさらに前置き部分です
//皆様奮ってご参加下さることを願って

443 第○○話『ドリフターズ』 ◆zlCN2ONzFo :2018/05/23(水) 13:59:33 ID:6.kk0qdE0
「何という事だ!!」

【この日、櫻国魔導海軍静ヶ﨑鎮守府の司令長官室からは、怒号が響いていた】
【先だって、正式に魔導海軍司令長官に就任した、蘆屋道賢海軍大将は】
【その冷たい瞳と、怜悧で端正な顔立ちを歪め、怒りの形相で報告に来ていた下級士官を怒鳴りつけた】

「アレが無ければ『未来』は起動しない!!解っているのか!?これはあってはならない、在ってはならない事態なのだ!!」

【口元を血が出る程に噛みしめ、前方の下級士官を睨みつけている】
【口をパクパクとするだけで、下級士官は答えに窮していた】

「し、しかし、最早主力艦隊も『大和』すら提督殿の手の内、櫻の国の海は提督の物でありますれば……」
「それには何の意味も無い!!!!」

【一際大きな怒号が飛ぶ】

「最悪『黒幕』方への最初の献上の品は『大和』と『人員』のみとし、『未来』は船体と技術のみを目録として手渡す……」
「何としても、何としてもアレを探し出すんだ!!!!!早く、一刻も早くだ!!!!」


【静ヶ﨑、海軍第三工廟】

「技術長、なんで俺らまで拘束なんスかね?」
「知るか、だが、きな臭ぇのは確かだ、色んな意味でな」

【第三工廟には武装した海兵が取り囲み、ドッグに存在する建造中の巡洋艦と技術者、工員を囲んでいる】
【場には、緊迫の空気が漂い】
【各員はそれぞれの面持で、不安を隠せないでいた】
【そして、工廟の最奥から運び出されたのは、大量の書類と】
【そして人間一人分は入るであろう、破損したガラスケース】

「あれって、そんな重要な物だったんスかね?」
「そりゃおめえ、かつてあんな物扱った事なんてねえだろう、最重要機密だぜ」

【書類に記載された文字は『櫻国海軍未来計画書:甲』嘗ての司令長官の命での最重要機密文書の刻印】


【水の国定期連絡船、貨物室】

【複数の乗客とそして輸送品の荷物の中、何か布の塊が動いた】
【波の振動に合わせ、揺れる木箱やキャリーバッグの類】
【バサリ、布が落ちる】

「……」
「さ、む、い……」

【全身が白い、髪の毛からつま先まで全身が白い少女だった】
【年齢は11か12位だろうか?】
【額には、一際目立つ赤い三角形の印が二つ】

「わ、た、し」
「い、か、な、い、と……」
「みらい、み、ずの、く、に」
「さ、く、ら、の、た、め、に」
「か、い、ぐ、ん、り、く、せ、んたい」
「みず、のくに、の、かい、ぐん、り、く、せ、ん、た、い」
「ちょう、ほう、ぶ、あ、う、ため」
「い、つ、く、しま、ちゅう、い、のう、りょく、しゃ」
「あ、ぶ、な、い……」






//予定しているイベントの為の前日譚的な物です
//概要としましては
//・海軍司令長官が変わりました
//・新司令長官は黒幕に近づきたい様子です
//・黒幕さんにお土産在ります
//・でも重要なお土産の一部に逃走されました
//・新司令長官は過激な強硬手段に出る様子です

444 Memory 〜年々歳々花相似 歳々年々人不同〜 1/8 ◆auPC5auEAk :2018/05/24(木) 11:32:49 ID:ZCHlt7mo0
――――レイド、イマミレイ、銀鶏、フィリン……どこにいる!?

焦りが胸を突き上げる。もはや事態は致命的な局面を迎えつつある。ひたすら前へと進む足は、止まる事も緩む事も許してくれそうもない。
失われた、左目の奥が、キリキリと痛むような気がした。

――――ラギデュース、アストラ、ラベンダァイス、ヴァルター!! 気が付け……早く、早く気が付けッ!!

今ここにはいない、どこにいるのかも分からない仲間たちに、走りながら必死で警句を叫ぶ。『それ』はもう、容赦なく自分たちを襲おうとしているのだ。
一刻の猶予もない暗闇の中、それに気づいているのは自分だけ――――だからこそ、走り、仲間たちを招集しなければならない。
背後から迫る闇が、なおも膨れ上がるような気がした。振り返りたい衝動を振り切るようにして、ひたすらに走る――――後は是か非か、それだけだ。

――――敵は俺たちを、待ってはくれないぞ! もう、もう時間はない……!

変化は急に、そして当たり前のようにそっけなく訪れた。背後から撃ち込まれた火炎弾が、その身体を吹き飛ばす。つんのめるようにして倒れ込み、土の味を味わう。
背後を振り返った先に――――見えたのは、1つの『絶望』だった。

――――カノッサ機関、蜂の軍勢、そして得体の知れないディストピア信奉者たち。
みんな一様に、侮蔑の嘲笑を浮かべながら、それぞれに武器を向けてくる。足元には――――仲間たちの、亡骸。すでに、全ては終わった後だった。
闇から、光が迸る。全てに終止符を打つ、破滅の光が――――――――。



「――――ッッッ」

いつの間にかまどろんでしまっていたワーキャットは、弾かれたように顔を上げた。穏やかな喧騒と笑い声、そして食器のなる音が、場に満ちている。
どうやら今は、何事もなく時間を流していた様で――――居眠りという失敗も、どうやらそれ以上の大事にはならなかった様だ。

――――ダイニングバー『Crystal Labyrinth』。
ホールとカウンターの隣接した、少しガラが悪い大衆店は、今日も賑わいを見せていた。居酒屋ノリそのままの客も、レストランとして利用する客も、そしてオーセンティックに酒をたしなむ客も、ここでは受け入れる。
ルールはただ1つ――――この用心棒、アーディンの目に余る行為をしない事、それだけだ。

「あら、起きたのねアーディン。少しばかり疲れている様だったから、寝かせてあげてたんだけど……ひょっとして魘されちゃった?」

カウンターの中、バーテンドレスがアーディンに声をかける。彼女こそ、この店のオーナーでマスターで、そしてバーテンドレス。要するに、アーディンの雇い主だ。
ざっと後ろ髪を短く束ねた、すっきりとした姿に、ブラウスとフォーマルベスト、そして紅葉色の蝶ネクタイを着用した、マニッシュな女。
まだ30代にして店の切り盛りをしている、どことなくスタイリッシュな印象の女だ。

「……余計なお世話だ。気づいていたなら起こしてくれたら良かったものを……」
「今日は、順当に順調だものね。荒事も『来客』もないみたいだと思って――――何か、飲む? すぐに用意するわよ」
「……じゃあ、気付けにトロージャンホースをいただこうか……少し頭を覚まさなきゃならん……」

苦笑しながらも、アーディンは黒ビールとコーラのカクテルで満たされたジョッキを受け取り、軽く口にする。さわやかな甘みと爽快な炭酸、そしてアルコールの苦みと辛みが口に広がる。
少し急速に入っていた身体も、それで切り替える事が出来たようだった。

445 Memory 〜年々歳々花相似 歳々年々人不同〜 2/8 ◆auPC5auEAk :2018/05/24(木) 11:33:33 ID:ZCHlt7mo0
(――――思えば、時代も移り変わってしまった……奴ら、今は野垂れ死んでいるんだろうか……)

店内の喧騒を振り返りながら、ふとアーディンは先ほどの夢を思い出す。今まで、自分を頼ってきた、そして頼りにしていた仲間たちは多い。
だが、時の流れと共に、彼らとの関わりも水の様に流れて行ってしまった。店の看板さえ、掛け変わってしまって――――。
変わらないのはただ、この店の中の喧騒だけだ。そしてそれを、いつも自分は見守り、そして実力行使で守ってきた。

(昔を思い出す、か――――そいつは頼もしい昔話だ……)

夢の世界から現実へと帰ってきたアーディンだが、その頭の中は、まだ過去をさまよっていた。どうやら、寝起きの不安定な頭は、思っていたよりも切り替え切れていなかったらしい――――。



「――――アーディン、荷物の運び込み終わったぞ。これから、見回りに行ってくる……」
「あぁ、それが済んだら、控室のシャワーでも浴びて帰っていい。すまんな、ラギデュース」

――――まだ前のオーナーの元、店の名前も『八福尽星』だった頃、アーディンはさほど今と変わらない生活をしていた。
違う事と言えば、今よりも店の客層がガラの悪いものだった事、そして――――周りにいる、仲間たちの顔ぶれだ。
赤くツンツンした短髪に、くたびれたコートを着込んだ青年を見送りながら、アーディンはなおもカウンターに陣取っていた。
店内を一望できるこの場所は、いわば特等席なのだ。そしてその隣に座るのは、いつも――――特別な意味を持つ人間たちだった。

「旦那、いるかしら?」
≪お久しぶりっす、アーディンさん!≫
「ん……おぉ、確かに久しぶりだ。レイド、ジェム……今日はどうした、魔玉の持ち込みか?」

店内、そして周辺の界隈で、既に恐怖と共に名の知れた存在となっていたアーディンの隣に、遠慮なく腰を下ろす女がいた。
赤のジャケットをしゃんと着こなした、青い長髪が印象的な高校生程度の少女、そしてその連れている、青い炎で覆われた、デフォルメされた頭蓋骨の様な使い魔。
主に手製のマジックアイテムを換金に訪れるお得意様、レイドとジェムだ。酒場には似つかわしくない姿だが、その所作は颯爽としていて大人びている。思ったほどには浮いていなかった。

「えぇ、『火炎玉』が5つ、『暴風玉』と『突風玉』が3つ、あと、上手い事に『電撃玉』が1つだけ作れたの。どう、買いだと思うけど?」
「なるほどな……いいだろう。65,000出そう。いつも助かっているぞ……」

取り出された、ビー玉の様な色とりどりの球体を受け取って、アーディンはレイドに金を差し出す。こうしたやり取りは、既に何度も成されているのだろう。実にスムーズなものだった。
本題はあっけなく終わり、そこからは軽い雑談が始まる。気心の知れた者同士だが、その関係性は親子の様なものだった。

「――――こうやって稼げているのだから、もう身売りなどしていないのだろう?」
「流石にね……あたしだって、やりたくてやってる訳じゃないもの。でも、あの糞兄貴との決着をつけるまでは……軽々に、家に帰る訳にもいかないし」
≪俺としては、やめて欲しいんっすけどね……んな事より、リイロさんに、ちゃんと会ってやって欲しいんっすよ……≫
「大事な存在だからこそ……か。全く、難儀なものだな、お前たち兄妹は……」

いつの間にかワインを口に含みながら、レイドは遠い目をしてアーディンと語らう。未成年飲酒だが、こういう店では別に珍しくもない事だった。
深い事情にまで立ち入るつもりはなかったのだが――――大きな資産家の家に生まれながらに、数奇な運命を辿る事になったレイドに、アーディンも思うところがったのだろう。
――――その後、さらに数奇な運命が待っているとは、流石に誰も思っていなかったのだが――――。

446 Memory 〜年々歳々花相似 歳々年々人不同〜 3/8 ◆auPC5auEAk :2018/05/24(木) 11:34:09 ID:ZCHlt7mo0
「――――あら、あの子……可愛いじゃない。知ってる子?」
「ん? ……いや、初めて見る顔だな。…………まさかレイド」
「ジェム……あんたは今日は適当に時間潰してなさい。言っとくけど、勝手に顔を出したら、エルボーじゃすまないわよ……?」
≪ま、またっすか姉貴……はぁ、程ほどにしてくださいよ、全く……≫

どうやら、カウンターにいる1人の少女を目にとめたらしく、レイドの表情が変わる。
――――ガラの悪い服と赤い短髪、そして派手な化粧と服飾。一目でわかる不良少女だ。何かあったのか、悲しげな表情でビールを傾け、慣れない調子で飲んでいる。
得てして、そうした振る舞いやこの場所は、逃げ込むための場所として機能するものなのだが――――レイドはどうやら、悪い病気を発症したらしい。
テーブルを立つと、つかつかとその少女の元へと歩み寄っていった。睨みあげられる視線を、そよ風の様に受け流して。

「――――そんな下手な飲み方してないで、ちょっとあたしに付き合いなさい。なんか今日は、誰かと一緒に居たい気分なの」
「あぁ? 失せろ……オレは今気が立ってるんだ、余計な真似をすると――――ッ!」

ジョッキを手放し、少女はまっすぐにパンチを放つ。顔面を狙ったそれは、中々に打ち込み慣れた鋭い打撃で。
しかし――――レイドはそれを、右手で逸らし、左手で抑え込む。そしてぐっと顔を近づけると――――少女の唇に、無理やりに自分の唇を重ねた。

「んぅッ――――!?」

完全に虚を突かれ、驚愕に目を見開く少女。咄嗟に身を退こうとするその所作を、頭の後ろに回した右手で制して、レイドは緩やかに、ゆっくりと深いキスへと持ち込んでいく。
10秒ほどの静止の後、2人の少女の唇は離れた。はぁっ――――と、満足げなため息が、レイドの口から漏れ出る。

「な、ぁ……ぁ……!?」
「っふふ……案外、悪いものでもないでしょ? さぁ、そんな下手な突っ張り方してないで……来てよ。なんだかあたし、今日はたまんないの……!」

ショックのあまり――――なのだろう。完全に目を白黒させている少女に、レイドは勝気な微笑みを浮かべ、我を見失っている少女の身体を引き寄せた。
そうして、いつの間にか保持していた2枚の会計伝票を手に、出口へと歩いていく。その騒動に気づけた客は、ごくわずかだった。

「――――アレさえなければ、な……」
≪俺がもっとしっかりしてれば……姉貴、歪みすぎっすよ……あぁ、何やってるんっすかね俺……≫
「……あまり、一時的な温もりに身を任せるのは、良い事じゃないんだが――――はぁ、後であの少女に、フォローを入れておかなければならんか……?」

――――本当ならば、店内の客を巻き込んだ、用心棒として咎めなければならない出来事なのだが、アーディンは呆れた様子でそれを見送っていた。
レイドもまさか、あの後でさらに拒絶されるなら、無理強いもしないだろう。それは分かっているからこそ、わざと放任したのだが。
それでも、その出来事そのものには呆気に取らざるを得ない――――置いて行かれた使い魔もろとも、2人でため息をつくしかなかった。



「――――なんだあいつ? 俺の『性愛滅却薬』、無理やり口にねじ込んでやれば良かったか?」
「ぁ……ぅあぁ、お前か、イマミレイ……いや、それは大事なものなんだろう? 無駄遣いをするものじゃないさ……」

――――いつの間にか、アーディンのそばで表情をいら立たせている、次の来客の姿があった
黒の質素なドレスの下に、わざとズボンを履くという、珍妙な格好をした、腰まで届く長い銀髪が印象的な、レイドよりはやや小柄な少女。
彼女も、アーディンの得意先の1人――――特別な、裏の客である。

447 Memory 〜年々歳々花相似 歳々年々人不同〜 4/8 ◆auPC5auEAk :2018/05/24(木) 11:34:47 ID:ZCHlt7mo0
「まぁ良いさ。確かにこれは、ルティンの奴の為に用意した訳で……ほれ旦那。『赤』と『青』、4本ずつ持ってきたぜ? 値段は1本で10,000だ!」
「……相変わらずだな。まぁ良いだろう。物の確かさは折り紙付きだ。さて……少し仕舞ってくる。待っていてくれ……」

どこから取り出したのか、イマミレイは赤い液体と青い液体で満たされた丸底フラスコを、ゴロゴロと取り出してアーディンに押し付けるように渡す。
苦笑しせりのアーディンは、それを店の奥へとしまい込み、代金の封筒を差し出した。

「で、お前……元の身体に戻るアテはついたのか? ……いつまでも、女の身体では居たくないんだろう?」
「あぁ……さっぱりだぜ。なんだかなぁ……嫌なんだ、自分が自分じゃないみたいで……まぁ、そういう危ない事をやらかしたのは、俺の方なんだけどよ……」

やはり、品の受け渡しの後の、軽い雑談――――だが、イマミレイとのそれは、また違った特別な意味のあるものだった。
やや小柄で、銀の長髪の映える、愛くるしい見かけの少女だが――――実は、魔術の失敗で肉体が変容してしまった『少年』であり、つまりは『男』なのである。
ただでさえ、そんな歪な肉体でいる事は、ストレスのたまる事で。その『事情』を知ったうえで、心許せる会話ができるアーディンは、貴重な話し相手だったのである。

「ってか――――さっきのあの女なんだよ。女なのに、明らかに女に手を出そうとしてたじゃねぇか……!」
「相変わらずだな……そういうのは、やはり嫌いかお前は……まぁ、分からんでもないが」
「ったく、愛だの恋だの反吐が出るってんだ! 所詮性欲と虚栄心と自己保存欲求を、都合よく言い換えただけの話だろうが!
 ……女の身体でいるせいで、同じ男にスケベ心丸出しの調子で声をかけられる、俺の身にもなってくれよ旦那……!」
「いや、俺は御免だがな……だが、そんなにも『愛』は信じられんか……?」
「あぁ嫌だね。聞きたくもない。そんなもののせいで、母さんは振り回されて死んじまったんだ。おまけに女は女で、つまらねぇ物差しで男の品評会…………世界中にぶちまけてやりたいよ、俺の『性愛滅却薬』……!」

流石に彼女は酒は嗜まない。だがその代わりというべき勢いで、苛立ちは言葉となって次々とアーディンへとぶつけられる。
人の精神から熱愛を奪い去る自作の魔法薬を、苛立たし気にチャポチャポと鳴らしていた。アーディンのそばは、そうした不満を口にできる数少ない機会だったのだ。

「……まぁお前に、人の愛というのも悪いものじゃないっていうのは、野暮というものか……だが、あまり人をとやかく言うものじゃないぞ……」
「……あぁ、それくらいの分別は俺にもあるよ。でも、あまり黙ってるのも癪で――――」
「愛というのは、2人の間で『育まれる』ものだ……そこはもう、外野がとやかく言うもんじゃないぞ。もしも過ちなら、自分たちから離れていくだろう……それがこじれた時、初めてお前は口を出してやればいい
 お前の役目というのは、そういうものなんじゃないのか? ……そういうのが、お前の母さんに一番必要なものだったんじゃないのか?」
「あ、あぁ……すまねぇ旦那。なんか……そうだな、言う通りだと思うよ。当人たちが好き合ってるなら、別に言う事じゃないんだよな……」

イマミレイの激昂に、アーディンは静かに諫めの言葉を口にする。これもいつもの事だった。父親に裏切られたイマミレイにとっては、アーディンは正に父親代わりだったのだろう。
そこのところを承知の上で、アーディンは言葉を選びながら、イマミレイにじっくりと説いて聞かせる。愛の形に眉を顰めるなら、それこそあってはならない愛のみを批判すればよいのだと。
愛がすべての元凶などと、そんな極論はさすがに認める訳にもいかなかった。だが、イマミレイは人生経験故の答えである以上、容易にそれを翻せない。
――――そこをやんわりと説くのが、大人の役目だと、そうアーディンは心得ていた。

「……まぁ、今度ルティンも連れて少し飲みに来い。その時は、俺からも少しサービスしてやるとな……」
「あ、あぁ……そうだな。あいつ、寂しいんだよやっぱり……誰か、友達でもいれば少しは変わるんだろうな……」
「お前は友達じゃないのか……?」
「いや、そうなんだけども……俺じゃ、あいつを埋めてやる事はできねぇ……誰か、良い人がいれば良いんだけどな……って、それが恋人ってか?」

ハタと気づいて苦笑いするイマミレイを、アーディンは肩をすくめて見送っていた。

448 Memory 〜年々歳々花相似 歳々年々人不同〜 5/8 ◆auPC5auEAk :2018/05/24(木) 11:35:24 ID:ZCHlt7mo0
「――――旦那、レイドを、レイドを助けてくれ!」
「っ、お前……アストラか、レイドの言っていた兄の……!」
「あぁそうだ。俺たちゃ狙われてるんだ、父親から……そして妹のクローンから!」
「……話は大体、お前の使い魔から聞いている。とにかく、レイドを奥の控えのベッドに……!」
"すまない、恩に着る、アーディンさん……!"

――――完全な『裏』の出来事では、流石に酒場を巻き込む訳にもいかない。時折あるそうした事態では、もはや日常とはかけ離れたところに営みは置かれていた。
その日、裏口から飛び込んできたのは、レイドと敵対していた兄の、アストラ――――短く刈り上げた髪に、左目の周りの古い火傷の跡が目立つ、不吉な気配を湛えた男だった。
その男が――――レイドを背負って踏み込んでくる。背中のレイドはぐったりとしており、おろおろとジェムが漂っていた。

「レイド……大丈夫か?」
「うぅ、旦那……助け、ないと……昴を、助けないと……っ」
「胸をレーザーで打ち抜かれたのだろう、まずは体を休めるんだ!」
≪姉貴……そうっすよ。その傷、治らなきゃ……姉貴は戦えないんっす! 身を守ることだって!≫

レイドの顔は青白く、ぐったりとしていた。一応の手当てはされているようだったが、発汗がひどく、呼吸が浅い。
ともあれ、控室に用意していた仮眠スペースに、レイドを横たえさせるアーディン一行。非常事態である以上、まずはこうするしかなかった。

「……ようやく『卵』を破壊する当てが出来たというのに、父親の手勢から狙われるとは……不運だったな、お前たち……」
「ったくだ……やっと、やっと俺たちゃ、リイロの事で……また、兄妹に戻れたってのによぉ……父上は、なんでこんな真似を……リイロの、クローン兵士なんて……!」
"……我々は、あまりに身内で争い過ぎたのかもしれない……全ては、遅きに失してしまった。当主も、リイロも……みんなだ、我が主よ……"

――――後に、カノッサ機関と組んで、一時世間を騒がせた『暴蜂』の萌芽だった。その最初の矛先となったのは、あろう事か、実の子供たちであるレイドたち。
アストラの袖から顔を覗かせる、蛇の姿をした使い魔、ダハルの言葉は、彼らの家庭が修復不可能な罅に覆われてしまった事を、これ以上なく示していた。
絶望的な状況の中、彼らは間一髪のところでアーディンの元を頼り、そして落ち延びてきたのだ。

「しかし……流石にそんな軍勢相手となると、いつまでも匿ってばかりもいられないぞ……。流石に、俺の手にも余る事だ」
「わ……分かってるわ、旦那……いよいよと、なったら、Justiceを、頼る、つもり……」
「けど、それでJusticeに迷惑かけたら、とんでもねぇ事になっちまうからよ……悪いが、これでしばらく……」
「……まぁ、事情が事情だから金の多寡は、多少目を瞑ってやるが……アテは、用意しておけよ。これは明確な、組織の守りが必要だ……」

アストラの差し出してきた金一封を、重々しく受け取るアーディン。そこに込められた意味は重い。命の懸かっている金なのだ。
身の回りの世話と、徹底した秘匿。そして――――ささやかな反抗。渡された金には、そうした思いが込められている。そうアーディンは解釈していた。

「しかし……分からんものだな」
"……?"
「華麗なる一族、というのは少し大げさかもしれないが、お前たち……水の国でも有数の、力を持った家の一員だというのに……
 お前たちの間で確執があったのは、まぁ俺だって聞いている……だが、その党首がこんな真似をするとは……」
「……父上の、上に立つ人間としての気構えなんだってよ……俺たちゃ、目に余る存在なんだと……」
"家に、そして一族を中心とした共同体に、損害を与えるようなものは、例え実の子供であろうと、許さないそうだ……あの人らしい……"
「……だが、それで自分の子供をクローン兵器に使う様な真似をするのは……ハッキリというと、許せんな。その男……父である資格がない。そして父でありながら父である資格がないというのは――――人間の資格がないという事だ……!」

レイドを通じて彼らを見てきたからこそ、アーディンは今の事態が我慢ならなかった。はした金ではないが、決して十分でもない金で、動く事に決めたのは――――怒りが、あったからだ。
部屋に彼らを残すと、アーディンはすぐさま通信端末を取り出す――――。

「――――あぁ探偵、俺だ……少し、厄介な事を調べてもらいたいんだ。あぁそうだ、イマミレイの件とは別にだ……!」

449 Memory 〜年々歳々花相似 歳々年々人不同〜 6/8 ◆auPC5auEAk :2018/05/24(木) 11:35:54 ID:ZCHlt7mo0
「……『八福尽星』を手放す? 何故だ、マスター……」

左目に包帯を厳重に巻き付けた面容で、アーディンは店のマスターと面談していた。
額に皺の寄った、つるりと禿げ上がった頭に口ひげ、そして全てを見抜くと言わんばかりの、眼窩の深く鋭い目――――痩せた壮年の男は、閉店後で人気のないカウンターで、アーディンと相対する。

「いや、なに……深い意味はない。ただわしもそろそろ、ゆっくりしようと思っただけなのさ……」
「……枯れるには、まだ早いと思うのだが。この店は、どうなるのだ?」
「心配はいらんさ……若いが腕が立ち、意欲もある、そんな女がこの店の地所と権利を欲しいと言ってきてな……
 お前さんたちの事も、みんなまとめて引き受けてくれるそうだ。看板は掛け変わり、少しばかり空気も変わるだろうが……特に変わりはせんよ」
「そうか……決めたのだな、マスター」

――――この店には、色々な事があった。粗忽な荒くれ者の乗り込みなど、何度も経験した事だし、時には機関の議員が――――2度も襲撃を掛けてきたりした。
そのたびに、アーディンは負傷し、そして店を守り――――そしてこの店は、また人々に酒と、つかの間の休息を提供する。時に密やかな取引を内包して。
その移ろいの中で、恐らくマスターは、疲れてしまったのだろう。考えてみれば、このバーテンダーを務めるマスターも、良い年なのだ。

「……アーディン、わしが言うのは僭越かもしれんが。お前さんも、そろそろ自分の人生を見直してみても良いんじゃあないか?」
「ッ……随分と唐突だな。どういう事か?」
「その左目を失って、何を言っているか……お前さんも、随分と疲れてしまっている。責任を感じておるんだろう、あの子たちの力になり切れなかった事……」
「……」

勿論――――アーディンの活動を、一番そばで見守り続けてきたのは、雇い主でもあるこの男なのだ。
彼は知っていた。レイドが人としての両腕を失い、アストラが両足を失って心砕けて廃人と化し、イマミレイは『卵』を喰らって行方不明。そして最後に残ったリイロを守るためにと、その左目を失ったことを。
更に、一時期縁のあったラギデュースの拾い子であるラベンダァイスは、傷心のまま姿を消してしまった。果たせなかった仕事は、そのまま後悔となっていたのだ。

「所詮人間なんて、みんな同じだ。だからそんな人生から、一時的にでも目を逸らすために、こうした場所に酒を求めてやってくる……
 だが、お前さんのそれはもう、たかが酒の力でどうこうできる程度の後悔じゃない……そのまま、『仕置きの猫又』を続けていたら、お前さん、潰れるぞ?」
「……今更別の生き方など」
「そう言い続けて、嫁さんの死に目にも会えず、娘さんには逃げられてしまったんじゃないか……逃げたところで、後悔はついて回る
 だが、逃げずに向き合ったって、もう無駄だ。それは清算などできはしない。そして――――それは膨らみ、お前さんを引きずり回す事になる……」
「……それでもだ。俺は所詮死ぬまで『仕置きの猫又』だ。下積み時代に面白半分で裂かれたこの尾は、もはや俺の誇りなんだ……
 ……マスター。俺は死ぬよ。この名前を背負ったまま、どこかで誰かの手に掛かって……そうして、死んでいくよ」
「……それも、お前さんらしいのかもしれんな」

何か、滑らかなため息が2人の口から漏れた様な気がした。そのままマスターは、黙ってギムレットを用意し、アーディンに差し出す。
軽い渋みの利いた、酸味と辛みの碧いカクテル。かつては海の男たちの、そして今は、陰を背負った男たちの象徴となったカクテル。
誰もいない店の、ただ1人の客として、アーディンはそれを口に運んだ。

(――――すまなかった、レイド、アストラ、イマミレイ、ラベンダァイス、フィリン……ラギデュース、銀鶏。俺はどうやら、思っていたよりもずっと、弱い男だったようだ……)

自分を頼ってきた面々は、今は自分を頼りないと思っているだろうか?
中には、命まで落としてしまった奴までいるのだ。所詮自分にできる事は、この店を――――これを機に看板の掛け変わるこの店を、ただ守り続ける事だけなのかもしれない。
分かれ盃は静かに、喉を流れ落ちていった――――。

450 Memory 〜年々歳々花相似 歳々年々人不同〜 7/8 ◆auPC5auEAk :2018/05/24(木) 11:36:29 ID:ZCHlt7mo0
「――――そうやって、あなたからゆっくりと話を聞くのも、思えば初めてね、アーディン」
「…………」

気が付けば、その追憶はついつい口に出てきたようだ。マスターは――――今のマスターは、どこか遠い目をした笑顔で、それに聞き入っていた。
今日も今日とて『Crystal Labyrinth』は繁盛している。『八福尽星』だった頃より、少しだけ明るくなった雰囲気、あからさまに未成年と思しき客層の減った顔ぶれ。だが――――その光景は、あの頃とほとんど変わらない。

「……でも、どうやらあなたは変わっていないようね。今だって、あんな子たちに慕われてるんだもの」

かるく顎でテーブルを示すマスター。微笑ましく見守るその視線の先には――――時にアーディンの隣に腰を下ろす事になる、特別な顔ぶれがあった

「……すみません、ピンク・ジンを一つ」
「またきついの飲むんだー……あたしはミード、無ければカルーアミルクね!」
「……ローストの焼き串……そうだな、4人前貰おう。それくらいじゃなきゃ腹は満ちない……」
「おぅ、俺はスタウト1パイント!」
「……手前はフレッシュサンドイッチを頂くよ。酒は……今日は結構」

あの時の様な、切実な事情を抱えたわけではないが、逆に言うならば……まだ気軽に顔を出していた頃の、レイドやイマミレイの様な、そんな付き合いになっている面々たち。
何やら意気投合したようで、同じテーブルでワイワイと盛り上がっている。その異様な風体を周囲から奇異の目で見られていることなど、お構いなしといった様子だ。

「……アーディン。今日は裏取引の類は、何もなかったみたいだよ……ただ、どうやら殴り込みをかけてくるらしい集団がいたねぇ……」
「そうか……すまんなシャッテン。なら後は、俺に任せろ……」

そして、足元の影からゆっくりと這い出して来る、水色の神の青年、シャッテンの報告を受けて――――アーディンの表情が切り替わる。

「――――皆さん、聞いてくれ! どうやら厄介事がこの店に向かってきているようだ。悪いがしばらくの間、このホールから離れないようにお願いしたい!」
「なんだなんだ、また親分さんに殴り込み掛けようって無茶な奴が出たのか?」
「マスター、そういう訳だ。悪いんだが、俺のポケットマネーから、客たちに何か振舞ってやってくれ……!」
「しょうがないわね……あまり店を傷つけさせないでよ。――――皆さん、聞いた通りです! ここはこの店の用心棒が引き受けますので、店のおごりで少し、時間を下さいな……!」

表情を切り替え、手の甲から爪を剥き出し、アーディンは店の正面入り口前へと向かう。不可侵領域と化したこの周辺の利権を食い荒らそうという、浅はかな連中は時折現れるのだ。
そして、そうした連中の為に、店は安価な酒を提供できなくなり、客は安心して飲む事が出来なくなる――――それを防ぐのが、アーディンの役目だ。

「――――アーディンさん、手を貸すよ」
「あたしら、いっつもご馳走になってるんだからね。こんな時ぐらい、少し還元させてよ!」
「あまり大っぴらに力を振り回す気はないが、脅かすぐらいならいいだろう……」
「……仕事だからね。請け負ったのなら、最後までやるよ……」
「おぅオヤジ、少しばかり軽い運動と行くか!」
「……邪魔されるのは、鼻持ちならないんだ。わがままだけど、少し噛ませてほしい……」

店の入り口で仁王立ちして待ち構えるアーディンの背後から、先の『目立つ客』たちが助力を申し出る。遠目に、荒々しく走る車のエンジン音が、5台ほど近寄ってきている中の事だ。

「お前たち……――――怪我しても知らんぞ……!」

数を頼みに攻めてくる相手に、少々難儀するかもしれないと、立ち回りを考えていたアーディンは、呆れたように苦笑しながらも、小さく頷いてみせた。

451 Memory 〜年々歳々花相似 歳々年々人不同〜 8/8 ◆auPC5auEAk :2018/05/24(木) 11:36:53 ID:ZCHlt7mo0
(やるぞ、カエデ!)(うん、お父さん!!)
「……ッ」
(旦那、悪いけど黙って見ているつもりはないわよ……!)(当たり前っすよね、姉貴!)
「……!?」
(丁度良いじゃねぇか、また誰かの骨を折って、血を浴びてみたいって思ってたところなんだよ……!)(程ほどにな、我が主よ……)
「……」
(この世界一の血筋の戦い、よぉっく見ておけよ!)(マジニックの試作型の調子を確かめるに、丁度良いんじゃないかしら?)
「……お前たち」
(俺の商売邪魔すんなら、容赦はしねぇってんだよ!)(ヒーローは休息中だ……生身で割り込むけど、頼んだぜ旦那?)

ふと、そんな声が聞こえてきた気がする。アーディンは思わず中空を凝視する。
――――見えた気がした。ラベンダー色の髪の少女を伴った、赤い短髪の男を。青い炎を纏った骸骨を伴った、赤いジャケットの少女を。
袖口から蛇を覗かせる、血まみれのハンマーを手にした男を。『東』とでかでかと背に書かれた、白いコートを着込んだ青年を。
白衣に丸眼鏡で、いつもごつい機械の手甲をはめていた女を。銀髪に、金の悪魔の冠と赤と青のリバーシブルマントを着用した少女を。そしてサングラスの金髪男を。

――――時は移ろい、人は変わった。だがこの店と、そこに染みついた時間は――――変わらないのだ。
変わらないのは、この店の中の喧騒だけだけではない。そしてそれを、いつも自分は見守り、そして実力行使でこれからも守っていく。
荒事の前だというのに、この時のアーディンはなぜか、懐かしい感慨で胸が暖かくなっていた。

「――――おらぁ、一気にぶち殺せぇ! ――――な、ッ……!?」
「出来るなら……やってみるがいい。今日は珍しく、ほぼフルメンバーの状態にあった……歓迎してやるぞ、盛大にな――――ッ!!」

乗り込んできた黒塗りの車から、わらわらとギャングの類が下りてくる。だが、すぐにその表情は凍り付くことになる。
爪が閃き、牙が剥かれる――――今日こそ、『仕置きの猫又』の、最大の力が発揮される日だったのだろう。彼らの運命は、この瞬間、既に決まっていた――――。



「……そういやお前、見なかったか?」
「何を?」

店の中、かすかな緊張感を保ちながらも、客たちはとりあえずパニックを起こす事もなく、酒を楽しんでいた。
本来なら、そういううわさ話に耳をそば立てるのも、アーディンの大事な仕事なのだが、今はより大事な仕事の真っ最中で、それどころではなかった。

「いや、最近なんか水の国で、金色の蜂のバッジをした連中が時々いるそうなんだけどよ……俺も見たんだよ、この前」
「なんだそりゃ。その蜂のバッジがなんだって?」
「分からねぇけど……いるんだよ。そんな連中が」
「――――それよか、あの銀色の髪の怪物の方はどうなんだ? あっちの方がずっと不気味でよ……」
「お前っ、それこそ与太話じゃねぇか。あまり笑わせるなよ!」
「良いじゃねぇかよ、こんな世の中――――そうやって、馬鹿やって笑ってられるのって……ここぐらいしかないだろ?」

――――人は移ろい、時は流れる。だが、そこで行われる営みは、どれだけ周りが変わろうとも、大して変化する事はない。
――――どれだけ人が移ろおうとも、その行いは、繰り返されるのだ――――飽きる事無く。

452 以毒制毒 1/3 ◆D2zUq282Mc :2018/05/29(火) 00:51:15 ID:JY1GydDk0
20×× 5月×日 深夜未明 公安5課 通称:特別警備室 そのオフィスにて


「――…棕櫚。アンタに話がある。ちょいと面貸しな」

『えぇーボクには無いんですけどねえ。エーリカさん。これでもボクは多忙な身なので…
 また今度って事にしてもらえませんかね?』
(馬鹿娘にかかずらう暇は無いんだよ、とっとと消え失せろ。うざってえ)

       ノ  イ  ン
「――…"精神安定剤/Tranquilizer" こう言えばアンタは解る筈だ」

『―――……おい、馬鹿餓鬼。この場でその名前を出しやがるとはどういう了見だ。
 俺が今忙しい理由を知っての事か――頭の足りねえ馬鹿餓鬼が口にして良い言葉じゃねえぞ。
 好奇心は猫を殺す。んで――何を知った?今すぐ吐きやがれ。そうすりゃ優しく甚振る位に留めてやるよ』

―――

エーリカと棕櫚が公安5課の一室から出て向かった場所は、非常階段横に備え付けられているベランダ。
狭苦しいベランダに横並びになる男女は、一見すれば恋人同士に見える。しかし、二人の間に漂う空気は酷く剣呑だった。
それが証拠に、エーリカも棕櫚もお互いに顔を合わせない。口に出す言葉も、それに纏わりつく空気も殺伐としている。


「……何時から円卓の爺共は、爺共ご自慢の精神安定剤に放し飼いにしてるのさ。
 エト姉ぇと楽しく害虫駆除に勤しんでたのに、あの精神安定剤の所為で危うく蟲の苗床にされる所だった」

「――…棕櫚、アンタさ。精神安定剤の手綱を握ってたんじゃなかったのかよ。お陰で私もエト姉ぇ酷い目にあった。
 私は直ぐに現場復帰出来る程度の負傷で済んだけど、エト姉ぇはそれ以上の深手を負った。しかも、身動きが出来ない程のね」


エーリカは呪詛の言葉を吐き捨てる。精神安定剤の名を冠する忌むべき九番目さえ居なければと。
責任転嫁にも似た言葉。エーリカは、持て余した感情を精神安定剤と棕櫚にぶつけるのであった。

それを聞いた棕櫚は顔を顰め、失笑を零して。内心で毒付き、エーリカを蔑むのであった。

"――何を言ってやがるのか、この馬鹿餓鬼が。俺が嫌いだからと言って。
 俺が円卓の精神安定剤の鹵獲を担当しているからと言って。俺に責任転嫁すんな"

『テメエみたいな糞馬鹿を相手にするのは面倒だが、特別に啓蒙してやる。"この世の不利益はすべて当人の能力不足"だ。
 テメエらの害虫駆除が上手く行かなかった程度でガタガタ抜かすんじゃねえよ』

『それにだ。社会の塵が一匹くたばりそうな位でゴチャゴチャ抜かすなや。好都合じゃねえか。クカカっ。
 フェイ=エトレーヌとか言う塵屑を始末してくれた精神安定剤にゃ感謝しなきゃなあ。一つ仕事が片付くってもんだ』


二人の間に張り詰めた空気が漂う。エーリカは棕櫚に対する嫌悪と殺意を隠さない。
今にも棕櫚の喉笛を切り裂きかねない程の嫌悪と殺意は、棕櫚の肌を突き刺すほどに膨れ上がっていた。

453 以毒制毒 2/3 ◆D2zUq282Mc :2018/05/29(火) 00:53:06 ID:JY1GydDk0
『つーか、エーリカよぉ。テメエ、墓穴を掘ったんじゃねえのかァ?自分から犯罪者と交友関係がありますってゲロっちまいやがって。
 キヒヒッ、公安ともあろう人間が反社会的な犯罪者と仲良しだなんて俺以外のヤツが知ったらどうすると思う』

『テメエも、エトレーヌも纏めて豚箱にぶち込んでやろうかァ?また犯罪者に逆戻りとは世知辛いもんだぜ。
 唯でさえこの国では能力者は人間扱いされてない。人の数に数えられない鬼だ。
 鬼に何しても善良な市民様達は何も言わねえ。だから――犯して達磨にして路地裏に転がすぞ、糞砂利ィ』


二人は正しく一触即発の状態で。棕櫚はエーリカに対して口汚い言葉とありったけの侮蔑を投げ付ける。
皮肉ったように、悪人そのものの様に歪んだ愉悦さえ携えて恫喝染みた言葉を吐き出すのだった。


「へえ……猫被りをやめたと思ったら。随分と三下の台詞を吐くじゃないか。そして下衆すぎて見るに耐えない。
 棕櫚。老婆心ながら忠告してやるよ。弱い犬ほど良く吼える。――その恫喝は、私にとって何の意味も無い」


瞬間、棕櫚の顔つきが険しくなり。二人の間に流れる張り詰めた空気は今にも千切れそうで。
一触即発の状態から、凄惨な殺し合いに発展しても可笑しくない。言葉としてではない、正真正銘の殺し合い。


「棕櫚。アンタは女性に対しての口の聞き方を学んだ方が良いと思うよ。
 精神安定剤の行方を知る人間が、アンタの直ぐ横に居るんだ。だったらしかるべき口の利き方があるんじゃないのかい」

「ほら、懇願してみなよ――"お願いします。無知なボクに貴女様が知る限りの情報を授けてください"ってさ
今ならあれの行方を教えてあげてもいい。その代わり、エト姉ぇとの交友関係に関して黙認してもらうけど」

『おつむの足りない馬鹿餓鬼風情が俺に対して取引か。……舐めてんじゃねえぞ。女の扱いなんざ俺の勝手だ。
 力のあるヤツは何しても良い。女を道具の様に扱っても、塵の様に廃棄するのもな。テメエもそうしてやるぞ…!』


棕櫚は素直にエーリカの言葉に従わない。遥か格下の馬鹿女に主導権を握られるのが癪だったから。
何より力に対する狂信者たる棕櫚にとって、自分の思い通りに行かない馬鹿女など到底許容できるものではなかったから。
けれど、棕櫚が、円卓の爺共が。精神安定剤の行方を掴めず途方に暮れていたのも事実だったから。

454 以毒制毒 3/3 ◆D2zUq282Mc :2018/05/29(火) 00:58:42 ID:JY1GydDk0
『――まあ、俺も、円卓の爺共も。精神安定剤の行方についてはお手上げだからな。
 ……癪だがテメエの拙い取引に応じてやる。――……んで、精神安定剤は何処に居やがるんだ?』

「上から目線なのも直しなよ。取引を"持ちかけてあげてる"のは私なんだから。…まあ詮無いことか。
 仕方ないから"特別に"教えてあげる。精神安定剤はアルターリの地下水道に潜伏している。
 それも得体の知れない異世界の蟲共を率いて、人の世に侵略を企ててるみたい」


"言うに事欠いて蟲だあ?此処まで頭が湧いてるとはな"と、棕櫚は怪訝な表情を浮かべて。エーリカに向けて睥睨を向ける。
けれど、エーリカの声色は嘘をついている様子も無く。そして、嘘を吐ける空気でもない事は理解しているからこそ。
棕櫚は、エーリカの齎した情報を一考の余地ありと判断するのだった。


「あとは、アンタの仕事だから勝手にやっててよ。出来れば、その仕事で失踪してくれたり
 木っ端微塵になって消えてくれてば、儲けもの。――下衆野郎が。死に腐れ」

『ケッ、馬鹿餓鬼が。テメエが先刻言った言葉をもう忘れたか。鳥よりもスカスカな頭しやがって。
 弱い犬ほど良く吼えるってのは本当だなァ。ゴミはゴミらしく慎ましく生きようとか思わねえのかね。
 ―――緩々の雌穴風情が。いつかテメエが女である事さえも、奪って、踏み潰して殺してやるよ』


用件が済んだ瞬間、お互いに口撃をかます。斬りかかる言葉に、斬り返す言葉。
棕櫚とエーリカ。終始二人は顔を合わせる事無く、終には言葉さえも切り上げるのであった。
二人は促されるまでも無く、非常階段横のベランダから立ち去る。そして、そこに誰もいなくなった。


/自キャラを取り巻く状況や設定補完のような…SSもどきです

455 A Perfect Day for Prosthesis ◆1miRGmvwjU :2018/06/20(水) 16:23:59 ID:x9fdzUY.0


 星々だけが私たちの味方だった。
 宵闇の向こう、遠くで響く銃声は、ポップコーンが弾ける音によく似ていた。
 途切れていた意識が少しずつ視界に浮かび上がってくる。けれど、何故か紅く染まった視界は随分と暗い。夜って、こんな風に見えてくるものだっけ。
 


「 ── ぁ、ぅ」



 どうしてか、呻く喉は砲煙に焼けていた。眼を擦ろうとして、持ち上がらない右腕を訝しむ。ならばと左腕に力を込めたけれど、やはり、動かない。
 座り込む自分の身体に視線を遣った。 ── 初めてそこで、肩から先が無くなっていることに気がついた。自分の脚が、お腹から下が、どこかに消えていた。
 人間というのは不思議なものだと思った。すっかり身体が無くなってしまったのに、すぐには驚いたり怖がったりしないのだ。脳が理解を拒む。あるいはきっと、拒み続ける。



「あ、あ ── あ」



 なんのことはない。私の味方なんて、どこにも居やしなかったんだ。




       『 ── おい! この子、まだ息がある、生きてるんだ ── ……… 』
 『アドラー、こちらヘイロー8、こちらヘイロー8、要救助者1名を確認!』『トリアージレッド、トリアージレッド、至急後送の用意を! ヘリを回してくれ! 繰り返す ── 』
 『メディック! メディック!!』『解ってるよ!!』『コッヘル、ケリー!』『ちゃんと押さえてろ、いま留める ── !!』
 『くそッ脈拍低下!』『輸血はもうないのか!?』『喚くな! まだ助けられる!』『離れてろ! ショック用意 ── 3、2、1!』


 ── 生きてる? 私が? 冗談じゃない。
 手脚も身体も何もかも無くなって、何がどうして生きているものか。そんな風に生きるなんて、夢物語もいいところじゃないか。
 ああそうだ。これは夢なんだろう。そうじゃなかったら辻褄が合わないのだ。身体がないのに生きているなんて、おかしいよ。
 みんな夢なんだろう。きっと。目が覚めたら、日曜日になっている気がする。お母様の焼いたフレンチトーストとソーセージを、つめたいミルクと一緒に食べるんだ。
 そしたら皆んなで一緒に出かけるって約束なの。ぴかぴかに磨いた車でドライブ。隣街にある大きな自然公園へ。池のほとりで、お母様の作ったサンドイッチを食べて。
 お父様はキャッチボールが上手。けれど手加減してくれているの。私はあまり遠くまで球を投げられないし、下投げでなければミットから零れちゃう。
 だから本当は日が暮れた後、帰り道の街境いにある映画館へ寄る方が楽しみだった。ショッピングモールの中にあった、さして大きくもない所だったけれど、そこのポップコーンは特別に思えた。
 シナモンがたっぷりかかったハニーフレーバーのポップコーン。大好きだった。いちばん大きいサイズを頼むことにしていた。けれど毎回残してしまって、お母様とお父様にも食べてもらっていた。
 その瞬間がきっといちばん幸福だった。その後お買い物をしたりレストランに行くことは大したことじゃなかった。また来週も、こんな幸せな一日が来るんだって、信じて疑わなかった。

456 A Perfect Day for Prosthesis ◆1miRGmvwjU :2018/06/20(水) 16:24:30 ID:x9fdzUY.0
「 ── 結局、この間の救出作戦、どうなったよ。」「どうもこうもねえ。輸送ヘリが1機、奴さんのRPGで落とされてからは泥沼さ。」「30分で終わる手筈だったのによ!」
「結局は空軍にまで協力要請。殲滅戦にシフトして、支援戦闘機のバンカーバスターで燻り出した。」「出てきたネズミ共はガンシップの機銃掃射で皆殺し、か。情けねえ話。」
「人質は?」「ほとんど死んだよ。みんな少年兵だった。ふざけてやがる。」「制服組のメンツも丸潰れ ── か。」「それでいて八つ当たり喰らうのは俺たちだ。やってられねえよ。」


「 ── でも、確か1人だけ、生き残ってた奴がいたっけな。」「聞いたぜ。女の子なんだろ?」「12歳だか13歳だか ── あんな子供に銃を持たせて、剰え戦わせるなんて。」
「能力者だって言うから無理もないが ── むごい話だ。 」「発見された時は瀕死もいいとこ、生きてるのが不思議なくらい。両腕、下半身、それに左目まで御陀仏だった。」
「 ……… それが本当なら、よく生きてたなぁ。」「だが、大規模な義体化は免れないだろうよ。」「あの年でか …… 。」
「そこまで若くて、しかも全身義体の能力者か。うちの軍でも、前例のないケースかもな。」「 ── 研究屋どもの下衆な笑いが眼に浮かぶぜ。くそったれ。」





「左眼は完全に失明している。視神経から脳波をエミュレートしたがサケードが正常に機能しない。シェルショックで伝達経路が傷ついたか?」
「20mm焼夷榴弾のエアバーストを左側頭部に貰った痕跡がある。火傷も激しいが、おおかたの原因はソニックブームだろうな。酷いもんだ。」
「脳に損傷が見られないのは本当に奇跡的だよ。だが ── 頭蓋骨ごと三半規管もやられている。」「とりあえず左眼は、光学素子タイプにして様子見だな。」
「そして、ここからが本題だが ── 脳はそのままで良いとして、脊髄は6センチほど残して置換するのが最善だろう。多臓器不全の兆候も見られる。」
「血液を媒体にした能力なんだろう? なんとか残してやれないか。」「だったら骨髄なら培養もできるし、最近の自己構築型義体なら毛細血管まで再現できる。それでどうだ。」
「わかった。しかし、生身の部分は ── 」「あまり無理は言わんでくれよ。そも一般論でも、臓器の30%・肉体の55%を義体化した時点で歩留まりは効かんと言われてる。」「全身義体化しかあるまい。残せるのは、脳と脊髄と骨髄 ── 強いて言うなら、残った皮膚の一部、だろうな。」



 重い瞼が開く。信じられないくらい長い間、目を瞑っていたみたいに。けれど目やにが気になったりはしない。
 目覚めれば、そこは知らない天井。窓から射す日がひどく眩しい。手をかざす。大きな掌、長い指。おかしいな。こんなに大きくなかった。それに、ここにある筈もなかった。
 だったらこれは夢なんだろう。また瞼を閉じる。夢の中なんだから、泣いたっていいんだ。



「アリア中尉。」「本日付けで、陸軍701機械化試験小隊への転属を命じる。」



    「ねえ。」
    「顔の皮膚だけを遺しておく ── ってこと、できるかしら。」


「 …… 出来ない訳じゃ、ないが。然し、全身義体なんだろう?」「特段のメリットもないぞ。ナノマシンの効きも悪いし、自己再生の効率も悪くなる。」
「言っていいことかは知らんが、随分大きな火傷の跡があるじゃないか。どうせ骨格フレームでおおかた決まるし、頭蓋骨まで義体化するんだから、いっそ無くしてしまえばいいのに ── 。」


        「いいの。 ── お願い。」



 みんな、みんな、悪い夢。それなら、私の好きにしたって、許されるべきよ。
 殺しましょう。殺されましょう。そうしたらきっと、いつか、醒めてくれる筈だから。



                「 ── 愚かね。」「分かっているのでしょう?」

457 A Perfect Day for Prosthesis ◆1miRGmvwjU :2018/06/20(水) 16:26:05 ID:x9fdzUY.0







             「 ── はッ、は、ッ、 ……… は、ぁッ。」




 飛び起きる。シーツを払いのける。情事よりも荒い呼吸。ベッドサイドの時計を垣間見る。午前3時。汗なんて二度とかかない筈なのに、背筋にべっとりと嫌なものが張り付いている気がした。
 よろよろと起き上がって、冷蔵庫を開いて、飲みさしのミネラルウォーターを一気に開ける。鏡も見ずに洗面台で顔を洗い、シャツの袖で拭う。吐き戻しそうになるのを必死で堪えた。
 ベッドに戻る気力はないから、ソファに倒れこんで横になる。丸ごと部屋の一面を占める雨戸から、変わらない月明かりが差し込む。乳白色の優しい光に、身体が溶けていく。
  ── 徐に寝返りを打った。髪の毛が絡むのも気にせずに、仰向けになった。寝る前にソファへ放ったままの、分厚いクリアファイルを手に取る。見知った天井を遮って、読んでいく。
 藤色の髪をした少女の顔写真。その経歴。功績。淡々とした報告書。投薬量。機序。結果。肉体的な反応から吐瀉物の成分に至るまで。実験中の写真。苦しそうに悶える女の子の姿。
 何十枚。何百枚。千枚に届くだろうか。読み切れないくらいに続いていた。 ── 情動が、沸き起こらぬ訳も、ないけれど。
 けれどそれよりも納得が先に来た。忘れていた記憶。忘れたかった記憶。思い出せたのかもしれない。私たちは、似た者同士だ。
 



 それでも、やはりこの部屋は、夢の中にある。彼女と過ごした時間も、また。
 だから次こそは、目醒めの中にいなければならない。 それで全てが終わるとしたって。 ── いなければ、ならない、のに。
 思い切りファイルを投げ捨てる。くるくる回って、ベッドの上に飛んで行った。それはスプリングを軋ませて、そして何度か跳ねて、どこか家具の隙間に落ちていった。
 眠れなければいい。彼女もそうであればいい。呪うように願って、けれど届かないことを知っていた。

458 医雷先生の変わったお仕事 1/7 ◆auPC5auEAk :2018/07/12(木) 19:24:21 ID:ZCHlt7mo0
「ふぅ……さてと――――」

水の国、何の変哲もない雑居ビルに、ひっそりと開業している、とある整体院。
ひっそりと営業を行っているその医院の中で、店主である鍼灸医は、1人の来客と向き合っていた。

「ふふっ、楽しみなの、お姉様――――疲れを癒してくれる、すごい腕が立つお医者さんがいるって噂になってたの
 ……でも、意外だわ。それがこんなに素敵なお姉様だったなんて」

診療台の上、うつ伏せになっている女性がいた。
プラチナブロンドの長髪と、紅の色の差したマリンブルーの瞳が印象的な、どことなく雪の印象を思わせる、白い肌の女性。
施術用の簡易な服装に着替えて、診療台の上に寝そべっている姿は――――普段の姿とは違えど、それでもどこか艶やかな雰囲気を醸し出す。
肩越しに女医を振り返りながら、女性はどこか挑発的な笑みを浮かべていた。

「はぁ……なーんでしょ、随分と癖の強そうなお客さんですねぇ。一体どこから、どんな噂を聞いてきたのやら」
「それは秘密。お姉様だって、細かい事を気にしてたら、良い仕事はできない。でしょ?」
「まぁそりゃそうですけどね、えぇ。じゃ、ま……始めて行きますからね。ここからはその身体、私に預けてもらいますよ?」

女医は思わず頭を抱えていた。この女性――――カチューシャは、間違いなく水の国では有名人だ。
大規模な戦乱の中で、大立ち回りをした悪人として、世間の出来事にアンテナを張っている人間なら、誰でもピンとくるだろう。
何故、彼女がここにいるのか。女医――――イーレイは、その疑問を胸中で何重にも渦巻かせながら、それでも諦めたようにため息を吐いた。
――――これまでだって、そうした後ろ暗い客を迎える事はあった。なら今回も、ただ医者としての仕事をこなすだけだ――――と。

「さて……どこか、身体が疲れているとか、動きが固いとか、しんどいとか……そういうところ、ありますかねぇ?」
「……全部。全部解して欲しいの」
「……やれやれ、それじゃあ相応にお代頂く事になりますよっと……しょうがないから店は閉じて……それと、ユーカリのアロマを用意してっと……」

どうやら、今はカチューシャへの対応につきっきりという事になりそうだ。イーレイは店の入り口の札をclosedに替えて、アロマオイルを焚き始めた。
ほどなく、施術室は爽やかな樹木の香りで満たされる。透き通るような葉の香りは、思わずそれを味わうために呼吸したくなるほどの爽快感だ。

「それじゃあ始めるわよ。あなたは力を抜いてリラックス……もし、痛い所とかあれば、言ってくださいね?」
「お任せするわ。お姉様の手に掛かれば、いい夢を見れそう。そう思うの」
「……まぁ、居眠りしちゃっても構いませんけどね。でも、途中で姿勢を変えてもらったりは、ありますからねぇ?
 では――――」

カチューシャとの問答は、なんとも捉えどころのないもので、イーレイは尚もため息と共に首をかしげていた。
なんだか、ペースを外されっぱなしである。カチューシャの言葉は、言い様のない浮遊感があって、御しにくいものを感じさせる。
自分のペースに持ち込めない事が、イーレイには不満だったが、それでいつまでもまごついていても仕方がない。気持ちを切り替えると、カチューシャへのマッサージを開始した。

459 医雷先生の変わったお仕事 2/7 ◆auPC5auEAk :2018/07/12(木) 19:24:54 ID:ZCHlt7mo0
(さて、まずは全身の血流を促しながら、調子を確かめて――――)

タンクトップと短パンの、ラフな服装にさせたカチューシャの背面を、イーレイは少し力を込めながら撫でていく。
――――マッサージに慣れている人間の掌と言うのは、体温が高めになっている事が多い。それもまた、効果の上では大事な事なのだ。
それによって表面を圧迫し、撫でさすりながら、カチューシャの身体を予備的に解していく。まずは筋肉もリラックスさせて、奥のコリを分かりやすくするのである。

「ふぁ……あったかい」

うわ言の様に、カチューシャの口から言葉が漏れる。既に目がトロンと緩んでいた。

(――――若干早い様な気もしますが。どれ、もう少し……)

身体のラインに沿って、背中を上体から下体へ下る様に、撫でさすっていく。普段重力にひかれている下半身は、血流が滞り浮腫んでいる事が多いのだ。
まずは、そこへと血流量を増やし、同時に血流そのものを促す事で、全身に血を巡らせてやる必要がある。
短パンを履いた太もも、そしてストッキングの跡が残るふくらはぎ。下腿は特に、最初の下ごしらえから丁寧に、撫でさすっていった。

「……全身って事なので、まずは背中、肩回りから下っていきますよ。そして、ひどそうなところはその都度、集中的にやっていきますからね」
「……」

無言でコクンと頷いたカチューシャを確かめて、イーレイは肩回りの指圧に入る。
両手親指の腹を使い、背骨のすぐ横から、側体部へ、内から外への圧力をかけていく。筋肉、そして血流の流れに沿う事が、マッサージでは重要になるのだ。

(……当たり前と言えば当たり前でしょうけど。随分と鍛えられた筋肉してますね。外見からじゃ分かりづらいですが、引き締まった筋してますよ……
 でも、同時に凄い酷使もされてるみたいですねぇ。鍛えた分だけいじめてるって感じが……もうしてきてますねぇ……)

指先から返ってくる感覚は、かなり固いものだった。特定のコリを感じさせるというよりも、筋繊維そのものが凝固している印象だ。
これで良く、体調を崩さないものだと感心しながら、イーレイはカチューシャの肩回りを順繰りに指圧していく。
日常においても、既に半ば緊張が解けないようになっているのだろう――――そうした筋肉の血流を促し、そして揉み解す。
滑らかな肌の奥、どこかゴムの様に固まっていた感触が、徐々にこなれていった。

「んっ……ふぅ、っ……あったかい、体の奥から……」
「血流が促されると、身体の熱も巡り出すもんです。あなた、冷え性で困ってたりするんじゃないですか?」

リラックスした様子のため息が、カチューシャの口から漏れる。陽光の前に緩み始める粉雪の様に。
頬にも、微かに朱が差しているようだった。どうやら、順調に血流が促進されているらしい。
身体がちゃんとした休息を取り戻せば、筋肉の疲れも取れ、体温も上がりやすくなるだろう。『冷え』は様々な体調不良に繋がる。やりがいのある仕事となりそうだった。

(ま、肩はこんなもんでしょう。腕はまた後で個別にやるとして、次は……)

460 医雷先生の変わったお仕事 3/7 ◆auPC5auEAk :2018/07/12(木) 19:25:16 ID:ZCHlt7mo0
イーレイの手が、カチューシャの背筋を下り始める。背筋は、上体を起こす大事な筋肉だが――――。

(うわ、こりゃひどいですねぇ。伸びきって、柔軟性を失いかけてるじゃないですか。ちゃんと伸縮させてやらないと――――ん?)

背筋は、伸ばされ切った様子で、疲れ果てている様だった。一応、この周辺も鍛えられてはいる様だが、その割に使われていない。
まるで、前傾姿勢で多くの時間を過ごしているような状態――――それに思い至ると、イーレイの表情が変わった。

「んっ、く……ぅ、そ、そこ……痛い感じ、だわ……」
「――――でしょうねぇ。こりゃまるで、スナイパーかなんかの身体ですよ」
「っ……分かるの、お姉様?」
「――――身体ってのは、言葉みたいに嘘をつくもんじゃないんですよ。こうやって触らせてもらえば、大体の事は分かるってもんです
 同じ姿勢でじっと、しかも長時間……そんな風に過ごしてる身体ですねぇこれは……しかも、身体の前に、何かを構える様な姿勢で……そんで、あなたの噂を考えれば……自然と分かるってもんです
 ……人によっちゃ、握手しただけで、とか、見ただけで……とか、そんな達人もいるって話ですが、まぁ流石に私はそこまで鍛えられてない訳で、えぇ……」
「……ふふっ、流石なのかしらお姉様。やっぱり凄腕だって噂は、本当だったの……」

解説しながら、イーレイは先ほどの続きの様に、軽く掌の圧迫だけで済ませた。こうなると、必要なのは指圧ではない。これも身体を起こしてからの処置が必要になるだろう。
その前に、腰・脚の処置を済ませてしまう方が先だった。

(ちょっと……指が流石に疲れてきましたねぇ……こうも長時間、1人の相手をするのも久々だったもんで、やれやれ鈍ってますねぇ。仕方ない……)

臀部へと指圧を進めるイーレイだが、徐々に握力がしんどくなってきていた。だが、マッサージ的にはまだまだ折り返しと言ったところだ。
大腿筋、そして大臀筋は、人体の中でも主要な、しかも筋量として一二を争う、大きな筋肉だ。ここを手落ちで進める訳にはいかない。
手のコンディションを勘案すると――――イーレイは微かに躊躇いながらも、施術台に手をかけて乗り上げる。

「……ちょっとここ、深そうなんで……失礼しますからね」
「っ、ふぇっ……?」

ぼぅっとマッサージに浸っていたカチューシャの目に、戸惑いが浮かぶ――――イーレイが、その背中に覆い被さっていた。
うつ伏せで寝そべっている上に、更にうつ伏せでのしかかる様に。だが、その体重はしっかりと支えられたうえで、マッサージも続いていた。
イーレイは両手で体を支えると、折り曲げた両膝で、カチューシャの尻に膝立ちになり、そこに体重をかけていたのだ。
そのまま、膝を使ってぐりぐりと、深く、そして広範囲にわたって圧迫する。

「んぅ……くぅ……っぁ、これ……っ、深い……じんじんする、ぅ……の……ッ」
「不躾でごめんなさいね? でもここ、本当に深そうだったから……指よりも、掌底よりも、やっぱり膝が一番ってもんなんですよ」

体重をかけ過ぎないように、そしてバランスを崩さないように。腕で体を支えながら、イーレイは膝を入れ続ける。
――――拳法には、掌底のちょうど逆、折り曲げた手首の外側で相手を打つ技がある。折り曲げた関節部分と言うのは、固く強いのだ。
その固さと、程よい丸み、そして自身の体重をかけやすい姿勢を使って、カチューシャの臀部を奥から解していく。
筋繊維の奥の奥まで、じっくりと圧力を掛けながら、身体を揺らしてかき混ぜていく。疲れの溜まった筋肉が、強く緩やかにシェイクされる。
グリグリと、小気味良い感触と共に、張りが緩んでいく。大きな筋肉を解せば、血流の促進効果も大きなものになるだろう。

461 医雷先生の変わったお仕事 4/7 ◆auPC5auEAk :2018/07/12(木) 19:25:36 ID:ZCHlt7mo0
「う、ぅん……淀みが……淀みが、溶けて流れるみたい……――――身体が、じわーって、熱くなるの……」
「ふぅ……うんうん。少しばかり、汗もかいてきたみたいですねぇ。良い感じに身体に効いてるって事ですよ。それじゃあ続き、足の方を――――」

まだトルソ(胴体部)だけしか及んでいないのだが、既にカチューシャの身体は、マッサージの効果が反映されている様だった。
施術者にとっては、マッサージと言うのは結構な重労働となる。姿勢を崩して再び立ち、額の汗を拭いながら、イーレイは一息つく。
露出しているカチューシャの両手足は、血色が良くなり、微かに汗ばんでいる様だった。

(って……まだ指はきつそうですねぇ。身体支えてたの抜きにしても、あんまり箸休めにはならなかったようで……
 它无济于事(仕方ないですね)……新兵器、少し早いですがここでお披露目しちゃいますか……!)

軽く手をニギニギと動かすが、まだ握力はきつそうだった。調子を確かめると、イーレイは次の作業に移る。
タオルで、まずは汗ばんだ足を軽く拭うと、戸棚から2本の棒状の物体を取り出す。
機械仕掛けの、短い鉄の棒と言った感じのものである。それを2本、右手に握りしめると、グリップの部分を操作する。
ジーっと小さな機械音が聞こえ始め、逆手に持ったその棒の丸い先端を、左手の掌で確かめる。

「あちっ、あつっ……ッ、よし、これくらいですかね……!」

丸みを帯びた先端は、発熱しているようで。その温度を確かめると、脱力して寝そべっているカチューシャの足の裏に、その棒を押し当てた。

「んぅっ……な、なに……? これ……あったかい……?」
「疑似的な棒灸ですよ。こいつでグリグリと解してやりますからね? アロマ焚いてる中で、本物の灸を使うと、嫌な臭いになってしまいますからねぇ……」

程よく熱されたその棒を、カチューシャの足に押し当て、奥を解すようにグリグリと力を込める。
これなら、指で直接指圧するよりも負担が少なく、かつ熱の力で効果的に解しの刺激を与える事も出来る。身体の末端の最たる部分である足の裏は、特に念を入れる必要があった。

「ん、く……ふふっ、っく……くすぐったい、の……ッ」
「我慢してくださいな。地面を踏みしめる反作用で、足へと下った血液は身体へと返っていくんです。足の裏が解れないと、足全体が浮腫みやすくなるんですよ?
 踏み竹とか、聞いた事はないですか? そういう効果があるんです」

足つぼマッサージ、等と言う専門の分野があるほどに、足の裏と言うのは健康と関係が深い。その分、イーレイも念入りに解しにかかった。
接地面である以上、足の裏が固いのは仕方がない事だが、その奥までが固いと、負荷が掛かりやすくなる。それを解すのは、足全体に大きな効果があるのだ。
熱された棒が、グリグリと足の裏をこね回す。普段、一番体重が掛かる場所だけに、凝りやすいのは仕方がない。相応に時間をかける必要があった。
筋張りやすく、凝りやすい足の裏を、熱く、強く解していく。身体の中心への流れが解消されるように、血管の筋に沿いながら。

「ふくらはぎも、太ももも……まぁ当然と言えば当然なんですがね、相当に使ってらっしゃるようで。少し、血を身体へと返してやりましょうねえ……」
「ふぅ、っ……足も、足も全体が、じわじわって来るの……緩んで、溶けちゃいそう……」

膝から下を全般的に動かす太もも、そして爪先に踏み込ませるふくらはぎ――――順番通りに、機械棒灸による圧迫術は続く。
脛の両側に走るリンパ腺も、同断だった。酷使した身体の反応か、少し骨身に来るような痛みがあったようで。
それを解きほぐしてやる事こそ、マッサージである。丸みを帯びた熱い棒は、身体の線をなぞり、灌漑する様にカチューシャの足を圧迫していく。
血は熱を身体に巡らせ、そして浄化させていく――――火照りと共に、上等の毛布に包まれた様な多幸感が、カチューシャの身体に湧き上がっていった。

462 医雷先生の変わったお仕事 5/7 ◆auPC5auEAk :2018/07/12(木) 19:25:56 ID:ZCHlt7mo0
「夢みたいだわ、お姉様……まるで太陽に、優しく照らされてるみたいで……冷たい氷も、溶けてしまいそう……」
「そりゃあ良かったですけどね。……さあ、そろそろ起きてくださいな。両手は流石に、寝そべったままじゃできないんですからねぇ……
 横側に、腰掛ける感じで足を下ろして……で、手を横に伸ばしてもらいますよ」

身体の後ろ側、そして脚全般の解しが終わり、いよいよ上半身となる。半ば夢心地のカチューシャを、無理やりに起き上がらせると、施術台に腰掛けさせる。
若干不満そうながらも、カチューシャはそれに従った。スラリと伸ばされた白い腕が、イーレイの手に掴まれる。

「まずはこの手も足と一緒。手首の先から肩口まで、こいつでグリグリしていきますからね
 特に、指先は疲れる事が多いんじゃないですか? まぁそれは、現代人には誰にでも言える事ではありますけど」
「仕方ないわ、それは女の宿命でもあるもの……いきり立つ暴れ馬も、大木も、この手で御さなきゃいけないのだから……」
「っあー……はいはい、それじゃあ手を出してくださいな」

施術台の上で片膝を立てる姿勢で、カチューシャの手を受けとると、イーレイは棒灸をカチューシャの掌にそっと宛がう。
まずは、その温度が高すぎない事を確かめさせて、慣れてきたところで、本格的に力を込めて、奥を解していく。
単純な運動量が一番多いのが足なら、複雑な運動が一番多いのが手首・指先となる。それは、握力を司る腕の筋肉まで、ずっと繋がっている。
手の平と甲を挟み込むように、2本の棒灸をスナップさせていく。親指と人差し指の間――――『合谷穴』と呼ばれるツボも、しっかりと刺激して。

「ふ、っ……また痛むの……っ」
「ここはねぇ……大抵誰がやっても痛む場所ですからねぇ。でも、ここを解すのは大事なんです。お風呂とか入る時、自分でも揉み解すの、お勧めしときますよ?」

そのまま、肘へと昇っていく。この、手首と肘の間の部分こそ、指先の筋肉の運動と連動して、特に疲れやすい箇所なのである。
筋肉量の多いそこを、丹念に熱を以って押し解していく。強張りを緩め、血流を促進させるように。それは、絡まった糸を解して、指の掛からない綺麗な束にする様に似ていて。
――――やはり、腕は強く固められていた。戦闘で最も使う攻撃手段である事は、間違い様もない。長時間の疲労が溜まっている事が、容易に見て取る事ができた。
ここまで来ると、彫刻を削り込む感覚にも似てくる。優しく、疲労の原因となっている、余計な部分を削り落としていく様に。カチューシャからしてみれば、手の甲へと通じる、コリコリした感覚を味わう事になるだろう。
腕から二の腕へと、順番の圧迫は続いていった。

「っ……ふぅっ。っと……さて、それでは左腕も同じように……」

通常、四肢の1本だけでも、全体を丹念にマッサージしようとすると、10分以上の時間がかかる。既にこの時点で、今回のマッサージは1時間に迫ろうとしていた。
当然の様に、作業の手こそ休めずとも、イーレイの表情に疲れが見えるようになり、時折タオルで汗を拭う。
しかし、終わりは確実に見え始めているのだ。軽く頭を振って気を締め直すと、左腕の作業に取り掛かった。
右腕と同じく、左腕も手首から腕、そして二の腕へと順番にマッサージを施していく。柔軟性を失いかけて、固くなっていた筋肉を、リフレッシュさせるように。
血流を促し、淀みを溶かし込み、身体の状態を元へと戻していく。それは、カチューシャの身体に、生命の熱量を取り戻させるような行為だった。

「身体が……身体が熱いの。たまらない……身体がまるで、悦んでるみたい。逞しい手に、抱かれているみたいで……」
「……まぁ、幸せな温かさは感じるでしょう。でもそれは、あなたの身体の中から湧き出るものですからねぇ。誰でもないあなたのものですよそりゃ」
(……なんとなーく、コツが分かってきたような)
「それでも、確かに良いのかもしれないわ。一人で熱い幸せに耽るのも、決して悪い味じゃないから」
「っぐ……」
(……甘かったですねぇ。なんでしょこれ……)

463 医雷先生の変わったお仕事 6/7 ◆auPC5auEAk :2018/07/12(木) 19:26:35 ID:ZCHlt7mo0
「――――さて、いよいよ最後ですねぇ。あなたの胸回り……多分、ここも相当に凝ってると思いますよ?
 と言うよりも、あなたにとっての背中の痛みは、間違いなくここら辺のコリの反動が、背中に来てる事が由来ですからねぇ。こっちを解してやれば、背中も楽になってくはずってもんです」

背中と四肢を終え、最後の箇所に取り掛かる。一度棒灸のスイッチを切り、違う2本を取り出すと、それをそばへと置いて。
カチューシャの背中のすぐ後ろへとイーレイは移動する。背骨に宛がうように、膝を立てて姿勢を作る。

「それじゃ、両腕を後ろに伸ばして、胸を反らして張る様に……背中側を少し縮めてあげなきゃ、こっちの辛さは取れませんよ。典型的な『巻き肩』になっちゃってますからねぇ」
「んー……」

イーレイの見立てで言えば、カチューシャの背中は伸ばし過ぎの傾向にあった。それは間違いなく、普段から前傾姿勢が多い――――銃を構えている姿勢が多い――――事の表れだ。
同時に、胸回りの筋肉もまた、普段から力を込められる事が多く、凝り気味である事が予想される。
それを解消するには、普段から縮み気味な胸部周辺の筋肉を伸ばして、背中の筋肉を緩めてやる必要がある。カチューシャの手を取ると、背後へと引っ張り、ぐっと胸を反らさせた。
背中を楽にしてやると同時に、これも、背中や足に対する最初の『撫で』と同じ、下ごしらえの意図がある行為だ。

「…………」

引き伸ばされ、劣化したゴムの様に縮む力を損なっていた背中の筋肉が、ぐっと緩められる。何度も何度も、繰り返し胸を反らし、肩を開かせ、背中を真っ直ぐに立て直す。
その度に――――カチューシャの、伏せている時には気にならなかった、豊満な胸部が強調される。ぐっと胸を突き出す形になっているのだから、仕方のない事だが。

「んっ……お姉様、カチューシャの胸が気に入ったのかしら。お姉様の手は、私を狙っていて……?」
「生意気な……そんな事を言ってると、本当にいじめ始めちゃいますよ? 最高のマッサージを受けたかったら、大人しくしてなさいな
 ――――さて、じゃあ私の身体を後ろ手に抱くように、ぐっと両手を回してもらいますよ。それで、胸回りへの最後のマッサージを済ませますからねぇ」

そばに準備していた棒灸を手に取ると、立膝でカチューシャの背筋を伸ばさせ、両腕を後ろへと回させる。こうする事で、胸部は最大限に引き伸ばされた格好になるのだ。
そうしておいて、イーレイは棒灸を構えた右手を、カチューシャに着せたタンクトップの裾から、中へと突っ込んだ。

「ぁ……っく、ぅん……」
「こうまでなるとねぇ、結構な負担になるって言いますよねぇ。おまけに良く銃を構えていなさるんでしょ? そりゃ胸元凝りますよねって話ですって」

上側から、弧を描くようにして、下側へ、外側へと抉るような軌道で、棒灸によって胸元を解していく。
豊満な乳房と言うのは、下手をしたら1㎏近い重量になるとも言う。それこそ、日常生活を送っているだけでも、胸部や肩部の筋肉には、結構な負担となるはずだ。
それを解きほぐしていく。本人としても、仰向けに横にさせた方が楽なのだろうが――――流石に、それはなんとも気まずい話だ。
胸を支えている筋肉をグリグリと刺激し、そして次にはアンダーバストへと移行する。乳房そのものも、恐らくは自重に疲れている事が予想されたからだ。
下からグッと軽くめり込ませ、そしてグリグリと押し込む。その度に、ブルブルと震えるのが、タンクトップの上から見て取れた。

「ん、く……熱い……っ。お姉様、やっぱりいたずら、してる……ぅん」
「いたずらじゃないです。この見事なクッションのおかげで、こうやってめり込ませないと、奥の筋肉まで届かないんですよ。そこは我慢なさってくださいな……」
(……いけないいけない。私の方も、我慢我慢、ですねぇ……)

予想通りと言うべきか、カチューシャの胸元も、大分疲れを溜めている様だった。筋張った感触が、棒灸を通じて手の内へと伝わってくる。
普段ならば――――こうも良い反応を返してくる相手には、相応の役得を求めるものだが、何せ相手は下手したら危険人物である。
今はその冒険を避けて、純粋に治療行為に没頭しようと自戒し、イーレイはそのままマッサージを済ませる――――。

464 医雷先生の変わったお仕事 7/7 ◆auPC5auEAk :2018/07/12(木) 19:26:52 ID:ZCHlt7mo0
「――――さあ、これで上がりですね。お疲れさまでした……やれやれ、随分とやりがいのあるお客さんでしたよ」
「ぅ……うぅん……あったかいの……溶けちゃいそうで……眠く……」
「……少し寝なさいな。30分くらいは、ここでじっとしてて良いですから。今全身が、血の巡りのおかげでリラックス状態にあるはずですよ」

およそ100分に及んだマッサージは終わり、イーレイは後始末を終えて、ようやく一息つく事ができた。
くてんと横向きに施術台に倒れ込んだカチューシャは、まるで子供のような静かな寝息を立て始める。言葉も、弱弱しく途切れ途切れだ。
患者用の大型タオルを、布団代わりに掛けてやりながら、イーレイは自分の手をグリグリとやり始めた。

――――恐らくカチューシャは今、雪が朝陽に緩み、溶けていく様な。そんな感覚に包まれている事だろう。
肉体的にも、そして精神的にも。マッサージによるリラックス効果と言うのは、疲れた身体には大事なものだ。
既に火は消えているが、ユーカリの香りは今でも部屋の中に立ち込めている。その空気を深呼吸で身体に取り入れながら、イーレイもミネラルウォーターを飲み、一息入れていた。



「――――ふふっ。最高だったわお姉様。おかげでとーっても、気持ち良かったの。夢のような時間、素敵に過ごさせてもらえたわ」
「そりゃ良かったですねぇ……まだ身体は火照ってるでしょうけど、その熱は身体に良いものだから、大事にしなさいな
 あまり身体を冷やさないように……そうね、出来れば今日はこの後、ゆっくりと風呂にでも入る事をお勧めしましょうかね」

帰り支度が済み、カチューシャは入ってきたと同じ服装に着替えていた。
胸元を大きくはだけさせた黒いスーツと、タイトスカート。そしてストッキングとピンヒール。その上に羽織る白いコート。
なんとも攻撃的な格好だが、それでも先ほどの、施術用の服装よりはマシかもしれない。

(……正直、体を冷やすその胸の開き方とか、足を苦しめるストッキングとヒールは、止めてほしいもんなんですけどねぇ。まぁそこは、私が言うのも出しゃばりですか……)

医者として、思うところがない訳ではないが、流石にイーレイもそれは胸に秘めて。

「じゃあ、今日の診療代……15000になりますよ」
「はい。じゃあこれ……おかげで、今日はなんだか、生まれ変わったような気分になれたわ。この身体、新しく取り換えたみたい。最高よ、本当なの」
「そりゃ、全身メンテナンスしたも同然ですからねぇ。ちゃんと水分補給して、身体を冷やさないように……特にこの季節、冷房なんか、気を付けてくださいね」

どうやら、イーレイもカチューシャには満足してもらえたようだ。無事に会計を済ませて――――。

「――――あぁ、でもお姉様。私に対して遠慮してたのは、間違いないはずね? 知ってるわ、私も……お姉様の悪戯心、必死に食い止めてたのが」
「っ……」
「そこだけは、残念に思うの。そんな我慢なんて、窮屈でしかないわ。次があるなら……遠慮のないお姉様を、見せてもらいたいものね」
「……やれやれ、言いますねぇ……次があったら……哭かせちゃいますよ、私は……えぇ。さっきも言いました、あんまり生意気言わない事です」

――――去り際に、わずかな悪戯の残り香を置き土産に、カチューシャは退店する。
イーレイにとっての、『表』の1つの大仕事が、ようやく終わりを告げたのだった。

/院長先生ごめんなさいorz

465 (un)Happy (re)Birthday, Dear XXXXXXX. ◆S6ROLCWdjI :2018/07/13(金) 19:18:28 ID:WMHqDivw0
(――――――目を覚ます、少女、真っ赤な瞳が見開かれる)

「――――――……わ、やった、やった! ねえ見て、兄さん! 成功したよ、起きてくれた!
 兄さんに続いて二人目の成功例! ねえどうしよう、すっごく嬉しい、お祝いしたい!
 ちょっと今からケーキでも買ってきてよ、ねえ、ねえ兄さんってば!!」

「………………わーった、わかった。クリームと苺のヤツでいい?」

「………………」

「うん、それでいい! あとハッピーバースデーのプレート乗せてもらって、それで、蝋燭……
 あっそうだった、年齢訊いてなかったね。おはよう! 赤い髪のすてきなあなた、おいくつ?」

「………………17」

「わ、僕と同い年じゃん! すっごい、運命感じちゃう……ってことで兄さん、蝋燭は長いの一本と
 短いのを七本ね。おっけー? わかったらなるはやで行ってきてっ!」

(無言で部屋から出ていく、銀髪褐色・長身の青年。一度だけ振り返って――すぐ視線を逸らす)

「……なんだろ、なんだか兄さん、元気なさそうだったな。うれしくないのかな? 自分と同じような――
 いわば妹みたいな存在ができたってのに。……まあいいか。改めましておはよう、お嬢さん。
 まずはお名前教えてくれない? 僕は■■■――――ああっと、これ本名だった。まあ知っててくれてもいいけど。
 一応これからは“ブラスフェミア”で通すことにしてるから、そっちで呼んでくれた方が都合がいいかなっ」

「………………■■■」

「■■■って言うんだね。文字数も一緒、やっぱり運命感じちゃうかも!
 ……っていうのは置いといて。まずは容態聞くとこから始めなきゃだね、どう?
 具合の悪いところはない? 手足ね、あなた自身のモノを付けてあげられたら良かったんだけど、
 もう捨てられちゃってたみたいだから……似たような体形の他人のモノ見繕って、とりあえず付けてるだけなの。
 ごめんね。一応拒絶反応が出ないか確認はしたけど……実際に動かしてみてよ、何か変なところとか、ないかな」

(少女、ゆっくり起き上がる。鮮やかな赤色の髪が揺れる。ゆっくり、手を、ぐーぱーさせて)

「………………ないっぽい」

「そっかあ。ならいいや、それじゃあ次……自分がどうなっちゃって、なんで今ここに居るのか。それはわかる?」

「………………、」

「………………。」

「………………、わすれた。なんにも、覚えてない」

「………………年齢と名前は覚えてるのに? へんなの、ふふ……」

「………………じゃあ年齢と名前も、いま、忘れた。なんにも覚えてない。
 ここはどこ? あんたは誰? あたしは、……あたしは誰、っていうのは、……別に教えてくれなくていい」

「………………あははは! そういうことに『したい』んだ? まあ、それでもいいよ、あなたがそれでいいなら。
 あんなに辛い目に遭ったんだもんね、そういうことにしといた方が『ラク』なの、わかるよ。
 じゃあ改めて自己紹介から始めよう。僕は“ブラスフェミア”、あなたの創造主<つくりぬし>だよ――――」

(暗赤色の瞳を細めて、うれしそうに笑う、――――このころはまだ、彼女も少女のとしごろだった)



//SSってほどでもないですけど。過去のお話的な。お目汚し失礼しました!

466 Or All the Worlds With Absurdity ◆1miRGmvwjU :2018/07/16(月) 20:47:14 ID:o6XMS57s0


 検索。「███ 手足 切断」「見せしめ ███」「███ 残酷 処刑」「パーティー ███ 痛快」
 検索結果。750000件。31000件。640000件。20000件。SNSへのリンク。ハッシュタグ。該当のレスポンス、 ──── 件。



[[20██-07-10 A.M.05:21/水国██州██市、██████屋上。]]


 夜明け前の街。とあるビルの屋上にて、ふたりの女がフェンスに身体を預けて、茫洋とした会話を朝靄に溶かす。 ─── 甘ったるい煙草の匂い。


「ねえ。」


 やおらに口を開いたのは銀髪の女であった。2mはあろうかという背丈をしていた。「 ─── ん。」
 黒髪の女が、視線も寄こさずに言葉を促す。遠くで蝉の鳴き声が聞こえた。それでも彼女は、顔以外は肌を晒さぬゴシック・ロリータを纏っていた。


「 ──── 覚えてる?」「『センセイ』の『三戒』。」


 暫しの沈黙。その後に、黒髪の女が語り始める。懐かしい記憶を探るように。


「 『死ぬな』」「『恐れるな』」「『同情するな』。 ……… 破ったことはないよ。教えられてから、今まで。」

「死ぬな。──── 死んだ兵士は捨て置かれる。よって無価値だ。」
「恐れるな。 ──── 恐怖は秩序なく自己増殖する。全て切り捨て状況だけを見ろ。」
「同情するな。 ──── 情は判断を鈍らせる。何より、かけ始めたら歯止めが効かない。忘れなければ何もかも不幸にする。」

「そう、正解。 ………… よく覚えていたわね。」「 ………… 忘れるもんか。耳タコだよ、あんなの。」



「 ─── 情をかけたらキリがないわよ。」「不幸な女の子なんて探せば幾らでも居るでしょう。」「目に入る可哀想な誰かを、まさか皆んな助けようとするつもり?」

「それ、一番キミに言われたくはないな。入れ込んでる癖に。 ……… カルトにハマるようなガキを助けようだなんて、ボクよりタチが悪い。」

「かえでは特別よ。他の人間に同じ真似はしないわ。」「 ──── ふン。どーだか。」



▶︎REC.


 検索。「██議員 ███」「██議員 ███のビデオ」
 ███データベースにアクセス。バックドアを割って管理者ページへ。██秘書の携帯端末に枝を付ける。██問題に関する██、並びに███レポートの███。


[[20██-07-20 P.M.09:33/水国██州██市、██████:██F、███号室。]]


 雑然とした小さなオフィス、 ──── ドアが開く。挨拶はない。ゴシックロリータの女が、無言のままデスクに迫る。


「 ……… なんだい。ミレーユ君か。どったの。」

「野暮用だよ。後藤さん。」「 ──── 『殺してやりたい相手がいる』。」


 無精髭の男が座るデスクに、女の手からいくつかの書類が叩き付けられる。 ─── 何人分かの顔写真。その経歴と思しきもの。何かしらの裏帳簿らしき数列。
 しばらくそれらに視線を落とした後、男はやおらに口を開いた。半ば溜息と同義だった。エアコンの駆動音ばかり響いていた。


「 ……… おれ、今めっちゃ忙しいんだけどさ。 ……… その話、今じゃなきゃ、駄目?」

「アリアのこと?」「 ……… 放っとけばいいよ。」「一週間もすればケロッとしてるって。」「幾ら異世界に行ったからってさあ、贔屓目で見過ぎでしょ。」
「義体にも電脳にも問題はないんだろ?」「アレがうだうだ悩むのって、今に始まった事じゃないんだし。」「どーせそのうち元気になるって、 ……… 。」

467 Or All the Worlds With Absurdity ◆1miRGmvwjU :2018/07/16(月) 20:48:18 ID:o6XMS57s0
 男はまた溜息をついた。観念したように、突き出された資料に目を通し始めた。あまり丁寧とは言い難い身辺調査の文体に、何度か視線を前の行に戻しながら。
 続く言葉は半ばほどが愚痴であった。面倒をかけるのなら、その分の面倒も請け負ってはくれないか、 ─── そう言外に主張していた。女も異存はなかった。


「そうは問屋が卸さないさ。曲がりなりにも貴重な世界線渡航の経験者だからねえ。鑑識課と装備課の連中、ボディとメモリ丸一日いじくりまわして構造解析してる。」
「 ──── おまけに派手に壊しやがった。加えて自傷で、だ。 精神汚染の可能性も考慮して脳殻は隔離したが、直近の記憶領域をマスクデータにしてやがる。」
「しかも自閉モードまで起動中。ご丁寧に緊急の物理遮蔽回路まで入力してある。 …… 仕方ねえから、公安の方の捜査にあたらせてた1人も呼び戻した。当分アリアは謹慎だよ。」

「アリアの代わりが、あの"2枚目"?」「気に入らないなぁ。アイツいちいち言い回しと態度がムカつくんだよね。煙草の趣味も悪いし。ライガ君の方がまだ務まるよ。」
「マフィア上がりだか何だか知らないけど、ハードボイルドでも気取ってんのかっての。 ……… まあ、いいや。」





「それで?」「 ──── やっていい、よね?」


 有無を言わせない問いかけ方だった。そう分かっていて、また男は溜息を吐いた。
 読みかけていた書類をいったんデスクに置き直す。茶色く濁った視線を持ち上げる。見つめ返されるのなら押し黙る、けれど。


「 …………。 」「分かってるだろう。俺としては、賛同できない。」


 言い終わるか言い終わらないか、そういうタイミングだった。ばんッ、とデスクに白い掌が叩き付けられた。伸びた手が男の胸倉を掴んだ。抵抗はない。
 ぎり、 ──── 歯軋りの音がいやに響いた。白陶のメイクが施された顔貌を、女は歯茎まで剥き出しにして歪めていた。理不尽なくらいの怒りが青い瞳に火を灯していた。



              「巫山戯んなよ、猿ジジイ。」「 ……… これだけあれば十分だろ。今更ビビって腰でも抜かしたか?」



 ひどく冷たく低い声だった。永久凍土の谷に響く風の音に似ていた。 ─── あくまで落ち着き払って、男は淡々と返答を紡いだ。


「 ……… 。」「お前の殺しにはメリットがない、と言ったんだ。」
「おれはレクター博士にかぶれたダークヒーローを引き抜いてきたつもりもなければ、ヤクザに雇われて御礼参りに行く殺し屋になれと命じた覚えもない。」
「外務八課は手続きを省略して法を執行する為だけの機関ではないし、そも個人的感情で量刑を不当に重くする裁判官は寧ろおれたちが取り締まるべき対象だろう。」


  ─── 白い指先に力が篭って、ネクタイが気道を締め上げてしまう寸前で、女は投げ捨てるようにして手を放した。
 がしゃん、と椅子が悲しく悲鳴を上げる。男は不満そうな顔で椅子に座りなおす。もうすこし優しくしてくれていいじゃない、と言いたげに。


 暫しの沈黙。女は立ち尽くしていた。であるからして、もう一度だけ先に口を開いたのは男だった。



「 ……… だが、まあ。」「おれたちにとって"必要ならば"、何人分の挽肉が出来上がろうが問題じゃない。それは解っているだろう?」


  微かに女の目が瞠目する。続く言葉は、促されずとも紡がれていった。少なくとも男は、随分と人の悪い大人だった。


「この間、"円卓"の王様に謁見してね。」「おれたちのことを快く迎えてくれたが、手土産が欲しいそうだ。小狡いことを考えてる身内は切っておきたい、だと。」
「そのナントカって議員、おれも身辺探った事あるけど、随分と黒い付き合いが多いってね。」「しかも組織的、かつ自分を"仕切る"奴のことを快く思ってない、らしいよ。」
「 ………… ま、例えそうでなくたって、そうである事にしておけばいいしね。」「奴さんからは派手にやれって言われてるんだ。 ……… おれは飽くまで粛々と切るつもりだったが、注文がつくなら吝かじゃない。」

「別に殺れって言ってる訳じゃないんだぜ。」「 ─── おまえの個人的復讐に、おれは手を貸すつもりはない。だが、やるなら利用してやってもいい、というだけだ。」

468 Or All the Worlds With Absurdity ◆1miRGmvwjU :2018/07/16(月) 20:48:51 ID:o6XMS57s0



 聞き遂げた時点で女は踵を返す。別れの言葉も要らなかった。きっと、自分の顔を見せたくなかった。それを男も分かっていた。
 だから濡羽色の髪がひらめく背中に、「またね、ミレーユ君。」 ──── そうとだけ呼びかけて、いずれ乱暴にドアが閉まる。そして彼は孤独になった。しかし今はむしろ孤独な方がよかった。
 はあ、と最後に大きく溜息をつく。この役職についてから間違いなく回数が増えていた。遣り甲斐の裏返しである確信を持ててはいた、が。健康診断はまず怖い。
 ともあれ今はあまり考えたくなかった。1時間半ほど前にサーバーから注いだインスタントのコーヒーを啜る。泥水みたいに不味かつた。だからだろうか、呟きたくもなる。



「 ──── にしたって。」
            「あいつ、あんな顔すんだなぁ。」



▶︎REC.




 検索。「███ ███」。そのままイメージ検索。関連画像ならびに動画、████件。アクセス。█████から脆弱性を生成。 ──── メインサーバーを制圧。関連する全ての動画を削除。
 代わりに████ウェア系のウイルスを配置。レンダリングに差しかかった時点でリクエストしたホストに干渉する攻性防壁を設置。事後処理として書き換えの痕跡をマスク。




[[20██-██-██ A.M.██:██/█国██州██市、████████-█-██。]]






 ボクは、ただ、キミに、
 ████を言う練習をする。






/ミレーユとか、ゴトウとか、アリアとか███ちゃんとか関連の、SSっぽいものです

469 幕間:兄妹の会話 ◆S6ROLCWdjI :2018/08/14(火) 21:27:08 ID:WMHqDivw0
「んーで。あのオカマのヒト、マジで好きになっちゃったの?」

「それ本人の前で絶対言わないで、ありえんほどキレるから。……うん」

「ふーん。あーんなに警告してやったのに?」

「…………」

「あれほど『スキな人を作るな』って言ったのに?」

「…………」

「本当によくないことだってわかってるのに?」

「…………」

「…………わかってるなら、まあ、いーよ」

「…………あんただって鈴音のこと、……なくせに」

「おれはもうそこらへん手遅れだってこと知っててそう言う?
 だとしたらひっでえヤツだな、おまえ」

「…………、…………ごめん」

「いーよ。半分くらい冗談だし。……もう半分は本気だけど。
 なあシグ、おれおまえのこと結構本気で妹っぽく思ってんだぜ、心配してるってコト」

「…………うん」

「だからさ、……………………おれみたいになるなよ」

「……………、」

(歩き去って行く音。一人分。それなりに重たい足音、なればそれは男のもの)

「…………わかってるよ、……そんな悲しいこと、言わないでよ…………」

(少女の啜り泣く音。取り残されて。氷の国、某所にて。冷たい風の音が吹いていた)



//補完でもなんでもない感じの会話文モドキでした。お目汚し失礼しました!

470 Interlude 〜破鏡の嘆き〜 1/2 ◆auPC5auEAk :2018/08/15(水) 15:48:54 ID:ZCHlt7mo0
「…………なんの、つもりだよ、おい……ッ」
「――――手前だって、そんなつもりはなかったよ。すまない……下手を踏んで、このザマだ……本当に、すまないと思ってる……」
「――――ごめんなさい、私がついていながら、こんな――――こんな、ごめんなさいぃ――――ッ!」
「……そうか……準備不足で踏み込んだ事、やはり無理があったか……俺も、早計だった、悪い事をした……」

――――2018年8月12日未明、水の国『Crystal Labyrinth』は、沈痛な絶望に包まれていた。
『すぐに来い』という乱暴なメッセージを受け取り、青の魔術師は通い慣れたその酒場へと飛び込む――――そこに、『相棒』との永遠の別れが待っているとも知らずに。
用心棒の獣人、そして幼い生物兵器が待つその場に――――薄ピンク色の靄のような姿の、中世的な風貌の青年が、バツが悪そうに佇んでいた――――さながら、幽霊のような姿で。
正にその青年は幽霊――――程なくしてこの世界から消えてしまう、最後の名残を、仲間たちの為にと残されたものだった。

取り乱し、今にも泣きそうな表情で頭を抱える生物兵器、ぐっと力を込めて瞑目し、重い溜息を吐きだす獣人、そして、ただ茫然と立ち尽くす偉丈夫。
そして、亡霊と化した青年の足元には――――血に汚れ切った、黒の魔術師としての彼自身の姿が、横たえられている――――。

「……あの電波ジャック予告も、例の虚神達が、関わっていた。それと、アーディンさん……夕月の事、もう大丈夫だ……彼女もまた、そこに絡められていて、何とか救いだせたんだ……
 ――――でも、レグルス。頼むから、落ち着いてよく聞いて欲しい……」
「落ち着け……落ち着けって、なんだよ…………お前、マジに……マジにいなくなっちまうのか、おい……!」
「その事は、分かっていたはずだよ。……同じ事を、あの時手前は、君に対して思っていたんだから――――だが、非常に残念な知らせがある……」
「……聞こう。話してくれ、アルク……」

事務的に、必要な言葉を選択的に、青年の亡霊は口にする。残された時間は、わずかなのだ――――ただ、伝えなければならない事は多い。
なお呆然と、ショックから立ち直り切れていない青の魔術師に代わって、獣人は気持ちを立て直すように頭を振ると、真っ直ぐにその姿を見据えた。

「――――ソニアは、もうダメだ。彼女もついに、虚神の一員として、目覚めてしまった――――カチューシャは、虚神『エカチェリーナ』と化してしまった……もう、どうしようもない……ッ」
「――――ッ!?」
「……言っただろう、レグルス……彼女を例え元に戻せても、「カチューシャとして犯した罪」が、雪がれる訳じゃない。根本から叩いて、彼女を汚した奴らを引きずり出さなきゃ、ソニアは……」
「……その身に覚えのない罪と共に、生きていかなければならない。それは、あまりに酷が過ぎる話だ……だからこそ、俺たちは、根源まで含めて、戦わなければならない……――――だが」
「そうだ、アーディンさん……虚神となってしまった以上、もうその規模でも話は収まらない……
 もう、縋れる希望は、どこにも残っていないんだ――――ソニアはもう……帰っては来ない、帰っては来れない……」
「――――嘘だろ、アルク……てめぇ、死ぬ間際、いい加減な幻でも見てたんじゃねぇのか、朦朧して、フラフラになって、よ……」
「だったら、ラベンダーに確かめれば良いさ……彼女だって、同じものを見て、同じ結末を見届けたんだ……――――同じ絶望を、味わったんだよ……」
「私が――――わたし、っがぁ――――ぁッ!! 私が、守れなかったんだ――――守れなかった、せいで――――ッ!」
「……世界の命運をかけた戦いに、喪失のない決着などあり得ない――――いつの間にか、そんなものを夢想していた手前らが、愚かだったんだ……ッ」

重苦しい絶望が、一同を覆いつくし、そして支配していた。今、1つの命が損なわれ、そして彼らの求めていた希望が、砕け散る――――覆水は、盃に返らないのである。
――――この戦い、もはや彼らの足掻きでどうこうなる領域を、逸脱し始めていたのである。

471 Interlude 〜破鏡の嘆き〜 2/2 ◆auPC5auEAk :2018/08/15(水) 15:50:02 ID:ZCHlt7mo0
――――ふっと、霊体を維持していた魔力が薄まり、青年のビジョンが曖昧な朧と化していく。

「――――いよいよ、終わりだね……アーディンさん、世話になった事へのお返し、まともに何も残せなくて、申し訳ないと思う……我儘になるが、せめてレグルスの事、お願いしたい……」
「……乗りかかった船だ、安心しろ――――そして、安心して、眠れ……お前の言う『絶望の深海』は、もうお前を凍えさせもない、静かに包んでくれるだろうよ……」
「ありがとう……――――ラベンダー、そう自分を責めないでくれ。手前が自分の身を守れなかったのは、手前の迂闊が悪かったんだ。君はまだ、折れるには早いはずだ」
「――――私が――――わたしが、っ――――もっと強かったなら――――ッ、ぅ、ごめんなさい、ごめんなさい――――!」
「……やれやれ……ケツァル・コアトルの心は、やはり人間には解しきれないという事なのか――――そしてレグルス」
「…………」
「――――手前は、君と共に生きる事が出来て、本当に良かった。最後まで『相棒』でいてくれて、本当にありがとう――――どうか、元気で、ね……――――――――――――――――」

それぞれに、最後の別れの言葉を交わして、霊体は無へと還り、後には死体だけが残る。そこにはただ、厳然とした『死』の事実が、示されていた――――残酷なほどに。

「アルク…………――――こんな早くなくたって、良かったじゃねぇか…………ッ」

フラフラと、偉丈夫は青年の亡骸の手を取る。不思議なほどに――――本人にとっても不思議なほどに、涙は出てこようとしなかった。

「――――ラベンダァイス、てめぇ……何をしに行ってたんだ、遊びに行ってやがったのかッ!」

代わりに湧き上がるのは、どうしようもない怒り。高い実力を持つ戦士と聞き及んでいた少女の失態に対する、渦巻くような怒りだった。
握り固めた裏拳が、少女の頬を横薙ぎに殴りつける。バチンと威勢のいい音を響かせて、少女は床へと叩きつけられた
その痛みよりも、言葉よりも、ただ己の失態に対する悼みが、少女を慟哭させる。――――何のために、自分は生き恥を晒しているのだろうと。

「っご、ごめんなさい! ごめんなさいぃぃい!!」
「もう止めろレグルス! お前が力を振るうべきは、ラベンダァイスじゃない……邪神ども、そしてソニアだ……もう、分かるだろう……ッ」
「……分からねぇよ……ここまで来て、分かったようなことを言うなよオヤジ――――こんなやりきれなさ、分かってたまるかよッッ!」
「あぁ分かりはしない、分かる必要もない! 分からなければならないのはただ1つ! 彼女の魂が、今以ってなお無限に汚濁されている、その事実だけだろうッ!!」
「ッぅ……!?」

獣人の大喝が、少女を殴打した偉丈夫に叩きつけられる。激情の坩堝と化していた偉丈夫を止めるのはただ、獣人の気迫だけだった。フリーズした偉丈夫に、獣人は静かに諫言する。

「もう、俺たちにできる事は、死を以って止める事だけだ……アルクが言い残した通り、邪神と化してしまった人は、もう救えないんだろう……
 ソニアと言う個人の事、俺は知らないが……カニバディールの言葉を聞いて、お前たちの様子を見ているだけでも、人柄が偲ばれる様だ……」
「オヤジ……」
「……せめて、優しく殺してやろう……この世界に仇名す大罪人と化してしまった彼女も、かつてこの世界を愛してくれていた。お前はそれを知っている……それに報いるために、な――――」
「――――ぐ…………っ、ぅうわああああぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁ――――――――!!」
「ぅ、く――――ぅぅううううぅあぁぁぁぁぁ――――!!」

――――相棒を失った悲しみ。愛しく思っていた女性の、今度こそ取り返しのつかない豹変。彼女を取り戻さんとして、無為に終わった尽力――――偉丈夫は力の限りに絶叫し、そして慟哭した。
己の存在意義を果たし切れなかった少女もまた、許されない痛みと喪失に、何度目かも分からない涙を流す。二色の嘆きの声が、いつまでも響いていた。
己が責め苦を受けているかの如く――――獣人は沈痛な表情で沈黙し、彼らを見守ってやる事しか出来なかった。

/特に意味のない幕間劇です

472 ◆3inMmyYQUs :2018/09/12(水) 22:15:36 ID:GQoYu22s0

【 File : ZERO ver.2.0 / Teaser 1 】


『2.0』
ttps://www.evernote.com/l/AkmkfpkCtT5HQqM90LAAqZluz0gNgU3j-uk

473 ◆3inMmyYQUs :2018/09/13(木) 17:55:27 ID:GQoYu22s0
/(上のやつは諸々の不具合が出たので一旦引っ込めます)
/(なんか準備してんだなーぐらいに捉えていただければ。。お目汚し失礼いたしました)

474 ◆3inMmyYQUs :2018/09/14(金) 00:13:06 ID:GQoYu22s0

【 (Re:) File : ZERO ver.2.0 / Teaser 1 】



『2.0』
ttps://spark.adobe.com/page/NJk7XFqGbnfjR/



/※PCの方はフルスクリーンで、
/スマホの方は画面横向きに、それぞれしていただくと一番綺麗に見えます。。


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