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j l| ゚ -゚ノ|天使と悪魔と人間と、のようです Part2
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というわけで二スレ目です。
今後共よろしく。
……まだ投下しませんよ、まだ。
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>>438
どちらかと言えば、元というかインスピレーションを得た元はボブ・ヘイズでしょうか。
金メダリストでプロフットボーラーという選手ですね。
当時世界最速の男であり、彼一人を抑える為だけにディフェス戦略が進歩したと評されるほど速かったと言われています。
「十秒の壁を破ることができなかった」という言葉は東京オリンピックにおいて彼が百メートル十秒フラットの記録を出したことから。
別にアメフトは詳しくないんですが、この人とディオン・サンダース(プロ野球選手でプロフットボーラー)の話は何度聞いても凄いなーと思います。
>>439
どういうのかがよく分かりませんが……。
善処します。
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何か知らないけど>>439にも返すあたり可愛いなお前!
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読んだよ!
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【―― 7 ――】
少年は淳高の正門前に一人、ぼんやりと立っていた。
夜の世界は既にすぐ近くまで訪れており、熱心に部活に励んでいた生徒達も一人また一人と学び舎を後にする。
徒歩と自転車の割合は六対四程度、あの道路の向こう側に停車している左ハンドルでグレーの車は誰かの迎えだろうか。
それらの例に漏れず彼も空手道部の部活動を終えて帰路につくところだった。
いや「普段ならば帰路につくところだった」と言うのが正しいか。
彼――日ノ岡亜紗は人を待っていた。
友達ではなく、恋人を。
「……はあ」
恋人である壬生狼真里奈とは昼休みこそ毎日のように会うが、登下校で一緒になることはほとんどなかった。
夕方は新聞部(または図書委員会)と空手道部の活動が終わる時間が違う為に困難。
一応、非常勤のマネージャーでもある彼女が空手道部に手伝いに来た時のみは二人で帰宅している。
そして朝は――真里奈は家族である真希波と登校する。
これが二人の日常だった。
なので今日、今現在のように一緒に帰る為に彼女を待つ状況というのは彼にとってかなり稀なものだった。
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嬉しくない、と言えば嘘になる。
ただ違和感を感じるのも確かだった。
部活終わりに突然送られてきたメール。
そこに書かれていたのは「今日は一緒に帰る、校門で待ってて」という一文。
これだけ見ると味気ないものの不自然ではないのだが、そもそも壬生狼真里奈はどんな媒体でも句点を欠かさない人間だ。
このメールはあまりにも彼女らしくない。
返信し、確認を取ろうと電話をかけたが繋がらず。
不自然でも無視するわけにはいかないのでこうして黙って待っている。
「(予測は……できてるんだけどな……)」
きっとあのメールは別の誰かが送ったのだろう。
真里奈は気付いていないか、気付いても問題ない内容だと判断した為に訂正をしなかった。
そう考えるのが妥当だ。
だから問題は、その別の誰かが誰なのかということ。
そのように彼が考え始め暫く経った頃、壬生狼真里奈が現れた。
いつものようなツインテールのような黒髪、いつものような注目しなければ気付かない可愛さ、いつものような何を考えているのか分からない曖昧な笑み。
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そして、いつもとは違う――彼女の前にある車椅子。
真里奈は灰色の車椅子を押していた。
そこに座っているのは淳高の誰よりも傲慢で誰よりも高慢な天才、神宮拙下。
校門近くまで介助された拙下は真里奈に短く礼を述べると、今度は自分で車椅子を動かし校門の方へとやって来る。
そうして彼は声をかけようか迷う亜紗を素通りして横断歩道を渡って灰色の外車へと乗り込んでいく。
スモークガラスの向こう側は杳として知れない。
結局一度もこちらを見なかった相手の姿を思い浮かべながら亜紗は静かに走り出した車を見送った。
「……あー、アサピーさん?」
「…………あ、ああ。お疲れ様、真里奈」
すぐ隣に来た真里奈の呼びかけに日ノ岡亜紗――「アサピー」と呼ばれる少年は振り返り、ふわりと微笑む。
何もかもを押し込めた微笑は彼の得意とするものだった。
「あー、何から説明すれば良いのか分からないけど……」
「分かってるよ。当たり前だろ。分かってるから、大丈夫」
「そう?」
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真里奈は放課後に偶然あの天才と会い、「車椅子を押せ」と命じられたから従った。
あのメールは拙下が勝手に打ち送信したものだった。
そういう風にアサピーは理解した。
「それじゃあ、帰ろうか」
制服の胸ポケットに引っ掛けていたスクウェア型の眼鏡をかけ、少年は言った。
同意し歩き出した真里奈に「……そうだ」と思い出した風を装って訊く。
「アイツは俺のこと何か言っていた?」
「あー、いや……何も」
きっと嘘だ。
考えるまでもなく気が付いた。
けれどアサピーはそれ以上訊ねることはなかった。
夜の帳が下り始めた通学路を二人はゆっくりと歩いて行く。
二人の関係性はいつも通りだった。
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【―― X ――】
―――「クラマ・トモ」 ガ ログイン シテイマス.
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【―― 8 ――】
日本刀を評価する定型句に「折れず曲がらず良く斬れる」というものがあるが、それの拳銃版――「壊れずジャムらず良く当たる」に相応しいのがMK23だ。
堅牢なボディと高い命中精度、豊富な装弾数を誇るこの自動拳銃には少なからず不平不満もあるものの、それでも彼女はこのハンドガンが好きだった。
何よりもサプレッサーが装備できるのが良い。
精度も高いので物陰から発砲し一撃離脱ということも可能だ。
狙撃銃は高性能だが専門性が高過ぎる。
軍服のような格好をしたスレンダーな少女、「トソン」こと都村藤村は学校の一室で減音器を装着していた。
当然現実世界ではなく『空想空間』での淳高だ。
流石の彼女も現実で人を射殺する予定は今のところない。
一生ないことを願いたいですとイシダと呼ばれる部下の少女などは言うが将来のことは分からない。
〈::゚−゚〉「ただいま戻りました」
(-、-トソン「ご苦労様なので」
件のイシダ、女性でありながら百八十を超える身長を持つガタイの良い彼女は今日も変わらず短髪をワックスで固めている。
頬の火傷痕も着崩した制服もそのまま、揃いのイヤーフック型のインターカムも同じく。
それもその筈で、『空想空間』では基本的に初めてログインした時のまま姿形は変わらないのだ。
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なのでトソンの方も以前ログインした時と全く同じ、無駄なものが一つもない完璧に近い容姿だった。
髪型だけは頭頂部で一纏めにしただけなので解けば変更できるものの……わざわざ変えることはないだろう。
フィクションの世界では、戦う人間であっても長髪の女キャラクターが多いが、実際問題戦場において髪が長いことで得をする場面はない。
あるのかもしれないがトソンは寡聞にして知らなかった。
単純に「火が引火したらどうするのだろう」と心配になるだけだ。
どうでも良い思考を打ち切り、トソンは訊く。
(゚、゚トソン「彼には『マキナ様のご指示』と伝えましたか?」
〈::゚−゚〉「問題なく。話を聞いて納得されたようでした……しかし、」
(-、-トソン「なんでしょうか」
冷たい黒の瞳を見つめてイシダは問い返す。
〈::゚−゚〉「仲間が多い方が有利なのは分かりますが、彼を引き入れるのはリスクが大きいのではないかと考えます。どう思われますか」
(゚、゚トソン「そうですね。概ね同意したいので」
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待ってたあけおめ支援
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言葉に頷き。
そして平然とトソンは続けた。
(゚、゚トソン「ですので――彼を仲間に引き入れるというのは嘘です」
〈;:゚−゚〉「は……?」
なんだ、それは。
説明された作戦とは全然違うじゃないか。
遂に私にも裏切られる時が来たのか――なんて。
諸々の思考が頭の中を走馬燈の如く駆け巡りイシダの動きは止まった。
時が止まったような状態の(息を呑み、呼吸すら忘れている)彼女を見かねたのか、トソンは言った。
(-、-トソン「落ち着きなさい、イシダ。敵を騙すにはまず味方からと言うでしょう。あくまでも敵を騙す為に味方を騙したに過ぎないので」
〈;:゚−゚〉「は……いや、あの……」
(゚、゚トソン「理解しましたか?」
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ぎこちなく頷く部下を見、満足そうにトソンは頷く。
そうしてから一切顔色を変えないまま、宛ら暗示をかけるかのように優しくゆったりとした口調で、こう言う。
(-、-トソン「忘れないで下さい。私があなたを裏切ることなどありえません。あなたは私の腹心、掛け替えのない存在です―――」
耳元に口を寄せ。
まるで心地良い眠りへと誘うように。
深く、深く。
あるいは泥沼へと引き込むように。
捉え絡め捕まえる―――。
(゚、゚トソン「…………お分かり頂けましたか?」
〈:: −〉「……分かり、ました……」
(-、-トソン「それは重畳」
未だ緊張したままのイシダに対し、トソンは彼女の首に手を回し引き寄せると、軽く口付けた。
色気のない薄い桃色の唇に、そっと自らのそれを重ねた。
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今度こそ、イシダの時間は止まった。
次いで途端に動き出す。
先ほど以上に身体中に力が入り頬は紅潮し心臓は早鐘のよう。
自分は誰に何をされたのか――認識が追い付いたと同時に力が抜け膝から崩れ落ちる。
とても、立っていられなかった。
〈://−/〉「は、う……あ……?」
(-、-トソン「……結婚式で何故新郎と新婦はキスをするのかご存知ですか?」
彼女を支えたのは、頭一つ分ほど小柄な上司。
心から慕う相手に抱き留められながら痺れるような優しい言葉を聞く。
(、 トソン「『愛を見せ付ける為』――などではありません。あの口付けは誓いの言葉を封印する為のものです。今のキスも、同じ意味合いです」
裏切ることなどない。
掛け替えのない存在。
その二つを誓う為の口付け。
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けれど、理屈などどうでも良かった。
「あの人が私に口付けてくれた」――それだけが少女にとって重要だった。
例え目の前の相手の優しさが次の瞬間には消え失せたとしても、それは何にも代え難いものだった。
(-、-トソン「―――では話を戻しましょう。事前に説明した彼を仲間に引き入れるという作戦は嘘、あるいは方便です」
〈;:゚−゚〉「はあ……」
イシダを放し、何事もなかったの如く淡々と話し出すトソン。
自分だけが浮かれているのも無様なのでイシダも気を引き締め直し耳を傾ける。
(゚、゚トソン「仲間にするなど、とんでもない。彼の能力は強力ですが危険なものなので。……彼にも麦の一粒になってもらうことにします」
〈::゚−゚〉「……理解しました。先ほどは取り乱し、申し訳ありませんでした」
(-、-トソン「構いません。…………帰ってきたら続きをしましょうか?」
部下が言葉を紡ぐ前に「冗談です」とトソンは告げた。
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【―― 9 ――】
この国で『エルシール』という名を知らぬ者はいない。
そう言い切れるほど、エルシールの名はVIP国において意味のあるものだった。
あの『王子』ツーヴァイクル=∨=エルシールの名を引くまでもなく、立憲君主国家であるVIP国で皇帝の血筋を知らない者はいないはずだ。
皇族であるVIP氏族の中でも最も有力な家系――それがエルシール家である。
背景を詳しく知らない人間は「王様の親族の家の姓」とでも捉えておけば良いだろう。
重要なのはそれなりに意味ある姓である、ということだ。
その意味ある姓を背負う人間達の一人――ハロー=エルシールは仄蒼い空の下を進んでいた。
ハハ ロ -ロ)ハ「フン、いつ来てもふざけた世界だな」
皇位継承権がある意味の∨の字さえ持たないものの彼がやんごとなき家柄の生まれであることは間違いがない。
荘厳な灰色の髪は現皇帝と同じ色合い、顔立ちもよく似ていた。
尤も「ツーヴァイクル=∨=エルシールと似ている」などと言われることが嫌でハローは眼鏡をかけているのだが。
アイツと似ているということは俺が中性的な女顔ということかと常々不満に感じるくらいだ。
恐れ多い発言だが、例え相手が絶対敬語を使うような人間であっても所詮ハローにとっては親戚の兄さんに過ぎないのである。
同じくエルシールの姓も彼にとっては大した意味もないものだった。
しいて言うならば「それが理由で『神宮拙下』という通称を名乗らなければならないのは面倒だ」程度か。
様々な経緯はあるが彼はどうでも良かった。
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( ・ω・)「そうかな。僕は好きだけど」
ハハ ロ -ロ)ハ「フン、それはお前が厨二病だからだろう」
今、彼の隣を歩くのは『大佐(カーネル)』とも呼ばれる一年文系進学科の鞍馬兼。
傍から見れば皇族の末席が名誉大佐の息子と歩いている状態ということになる。
二人は現実世界と寸分違わぬ容姿をしており、この光景も少し前までは現実の淳高でよく見られたものだった。
どちらも風紀委員だという事情も関係するが理由としてはそれ以上にこの二人が友人同士であるということが大きい。
「親友」と呼ぶには大袈裟だが「仲間」と呼ぶにはちょうど良い、そんな関係だった。
事実、『空想空間』ではハローと兼は同じナビゲーターに招致された仲間だ。
ハハ ロ -ロ)ハ「しかし俺の記憶が正しければ俺達は三人組のチームだったはずだがな。ハチはどうした」
( ・ω・)「はっちゃんなら後で来るらしいんだから」
ハハ ロ -ロ)ハ「いつものことながら奴は自由人だな」
言ってハローは愉快そうに笑う。
一人欠けてはいるものの、ヌルが選んだ三人組は今日も健在だ。
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鞍馬兼はM-65フィールドジャケットを中心としたサープラスファッション。
不自然な焦げ茶色の髪は今日も変わらず、いつも通り腰には長細い軍用懐中電灯を提げている。
対しハローの方は白のタンクトップに灰色のジャージを羽織り、下半身は同じく灰のウインドパンツという出で立ちだった。
灰色のファッションの中のアクセントなのか両腕にあるリストバンドだけは黒い。
ここが現実の路上ならばジョギング帰りの高校生に見えたことだろう。
あるいはここ『空想空間』でもそうとしか見えない――とても戦う姿には思えないが、これこそが彼の正装だ。
と。
リハ*^ー^リ「―――やあ、」
二人が歩く先、前方三メートル強の地点に唐突に少女が現れた。
暗い茶髪をしたカジュアルな服装の彼女は鞍馬兼の協力者である『汎神論(ユビキタス)』こと洛西口零だった。
何処にでも存在し、かつ、何処にも存在しない。
気配も予兆も何もなく、ただ只管に突然に消え失せ現れる――零が自身の二つ名と同じ名『汎神論(ユビキタス)』と呼ぶ能力。
それを用いて今日も唐突に彼女は登場した。
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恐らく零は兼達を驚かそうとしたのだろう。
「やあやあ諸君久方振りだね驚いたかい?」なんて言って笑うつもりだった。
だが、その悪戯心には天罰が下った。
あるいは――必然の結末が訪れた。
ハハ -)ハ「ッ―――!!」
現れた瞬間に地を蹴った。
爆発的な加速に取り残されるようにジャージは落ちる。
零が「やあ」まで発した時点でハローは三メートル以上あった間合いを零にした。
それはジャージが地面に着くよりも速く。
咄嗟の判断で能力を再度発動させ、そこから更に十メートル後退する零。
拳の有効範囲からも蹴りの射程距離からも抜け出した通常の戦闘ならば仕切り直しになる間合い。
しかしそれでは全く足りない。
彼の前ではそんな距離などないに等しい。
『汎神論(ユビキタス)』で時間差なしに移動できることが仇になった――ハローはトップスピードを保ったままで足を踏み込んだ。
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そうして繰り出されるのは最速にして必殺の一撃。
弾丸の如き正拳上段順突き。
それは――零の眼前、鼻先一センチの地点でピタリと静止した。
リハ;゚−゚リ「ひっ……!」
ハハ ロ -ロ)ハ「……久方振りだなラクサイグチレイ。フン、これに懲りたならば俺より速く動けるなどという勘違いはしないことだな」
へたり込んだ少女に背を向け、ハローは落ちたジャージを拾いに戻る。
行き違いのようにやってきた兼は零の前にしゃがみ込むと優しく肩を掴み声をかけた。
( ・ω・)「大丈夫ですか?」
リハ*うー;リ「だっ……大丈夫なわけあるか!!死んだかと思った! 漏らしそうだったよ!!」
( −ω−)「女性がそんなこと言っちゃ駄目なんだから。あと、声は抑えて下さい」
両目に溜まった涙を親指で払い、落ち着いて下さいと告げる。
どうやら冗談ではなく本当に怖かったようでその小さな身体は少し震えている。
兼は黙って背中に手を回し、とんとんと子供をあやすように何度か叩く。
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それでも十秒もすれば回復したのは流石と言うべきか。
性悪な洛西口零のキャラを作り直した零は立ち上がると兼に訊いた。
リハ*-ー-リ「全く……どういうことかな? 貴兄からは『神宮拙下は相手に攻撃を仕掛けられてからしか動かない』と聞いていたが」
( ・ω・)「その通りです。ハローさん――神宮拙下は必ず相手に先手を譲る」
神宮拙下ことハロー=エルシール。
『天才』である彼はまるでハンデと言わんばかりに敵が仕掛けてからしか動かない。
それでいて必ず相手を仕留めるのである。
相手より遅く動こうとも相手より速く打撃を与える―――。
光よりも速く動けるものは存在しない、後手であっても先んじ届く――故に『電光石火』なのだ。
( −ω−)「僕は後の先の天才とだと思います。本人は『五の閃』なんて言っていますが……」
リハ*゚ー゚リ「だとしたら、どうして私は殴られかけたんだい? 私は驚かしこそしたが攻撃なんてしていないぞ?」
( ・ω・)「殴られかけたのではなく寸止めです」
リハ*-ー-リ「どっちだって変わらないだろう」
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( ・ω・)「いえ全く違います――ハローさんは『攻撃を仕掛けて止めた』のではなく『寸止めを行った』だけなんだから」
つまり、最初から当てる気などなかったのだ。
単純に驚かせようとした洛西口零に対して驚かせ返しただけ。
先を譲って――後から驚かせた。
ジャージを回収し肩にかけて戻ってきたハローは逆立つようなオールバックの髪を直しつつ、言う。
ハハ ロ -ロ)ハ「そういうことだ。いけないか?」
リハ#゚ー゚リ「いけないに決まっているだろう!!」
ハハ ロ -ロ)ハ「フン、これだから女は……。お前に良いことを教えてやろう、ラクサイグチレイ」
そうして腕を組み彼は零を見つめる。
見下すような視線を向ける。
ハハ ロ -ロ)ハ「まず一つ目に、俺は女が嫌いだ。二つ目にのろまな奴が嫌いだ。そして三つ目に精神を乱されることが嫌いだ」
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要するに、と前置き天才は続けた。
ハハ ロ -ロ)ハ「俺は俺を驚かそうとしたのろまな女――つまりラクサイグチレイ、お前が嫌いだ」
リハ* ーリ「…………童貞の癖に」
まだ本調子ではないのか、いつものような煙に巻く話術ではなく不貞腐れたように悪口を呟く零。
しかしそれを聞き逃すようなハローではない。
ハハ ロ -ロ)ハ「フン、たとえ俺が童貞だったとしても処女に何か言われる筋合いはないな」
リハ#゚ー゚リ「セクハラで訴えられたいようだね……!」
ハハ ロ -ロ)ハ「好きにすれば良い。そんな貧弱な脚に無駄な肉の塊を二つも抱え、さて裁判所にはいつ辿り着くかな?」
( −ω−)「落ち着いて下さい、二人共。小学生じゃないんだから」
次いで、沈黙。
兼が二人の間に割って入った後も暫く両者は睨み合っていたが、やがて多少は冷静さを取り戻したのか、もうそれ以上何かを言うことはなかった。
現実世界では零は二年で、ハローは三年でトップクラスの成績を有する明晰な二人なだけに客観的に見れば非常に情けない光景だった。
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……まあ。
「凡人の言うことなど一々気にしない」と明言しているハローが怒るということは、彼は零のことを自分と同じ天才だと認めていることでもあるし。
零の方にしても、素に近いキャラクターを出して対応するということはハローを近しい存在だと考えているということでもある。
もしかすると単に両者共が精神的に未熟という可能性もあるが、それについては兼は考えないことにした。
考えたくなかった。
ハハ ロ -ロ)ハ「それで今日はなんの用だ、ラクサイグチレイ」
リハ*-ー-リ「……この少し先、武道場近くに誰かがいる」
ハハ ロ -ロ)ハ「どの武道場だ」
淳高には一口に「武道場」と言っても幾つかの種類がある。
格技場、剣道場、あるいは幽屋氷柱専用の空間である総合武道場か。
零は答えた。
リハ*゚ー゚リ「オーソドックスな格技場だよ。柔道部が練習している場所だね、言うまでもないことかな?」
( ・ω・)「それを知らせにわざわざ?」
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リハ*-ー-リ「無論勿論違う。うっかりとその相手に姿を見られてしまってね……。困っていたところなんだ」
ハハ ロ -ロ)ハ「フン、何を馬鹿な」
考えを見透かしたのかハローは鼻で笑った。
馬鹿にしているというよりは、むしろ得心したように。
ハハ ロ -ロ)ハ「さっき騒いでいたのはわざとだろう? 物音を立てることでこちらに敵を誘導し、俺達が戦っている内に自分は逃げる――そういう腹積もりか」
突然に現れ驚かそうとしたのも。
焦り叫んだのも。
らしくない罵り合いも。
全てが――計算の内。
敵の対処を押し付ける為の作戦だった。
リハ*^ー^リ「流石に鋭いねえ、『天才(オールラウンダー)』は。流石ついでに対処をお任せして良いかな?」
ハハ ロ -ロ)ハ「図々しい奴だ……。だが俺も動き足りなかったところだ、お前を助けてやろう」
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勝手に納得し意思疎通し結論を出したハローの前に兼は立ち塞がった。
こうして進行方向を遮らなければ最速である彼が走り出した際に止めようがないのだ。
( ・ω・)「ちょっと待ってよ」
ハハ ロ -ロ)ハ「待たない。トモ、お前はラクサイグチレイを連れて何処かに行っておけ。すぐに戻る」
( −ω−)「いやだからね……。はあ……もう、ご自由に」
色々と言いたいことがあった。
あるいは言うべきことが。
だが話を聞くつもりがないことを悟り、兼は大人しく道を譲った。
常々他人の話を聞かない傾向があるハローだが、こういう場合はそれとは別次元に話を聞かない。
自分本位な天才を止めるのは友人である鞍馬兼でも至難の業だった。
人生は諦めが肝心だ。
適当な言い訳を頭の中で作り出して兼は友人を見送った。
心配だが恐らく大丈夫だろう。
現実世界ではいさ知らず――夢の中の異世界では、彼は未だ最速であり最強なのだから。
-
【―― 10 ――】
姿を見失ってからは音を追いかけた。
敵の能力は高速移動か瞬間移動、普通に追ったのではまず逃げられる。
だが彼――日ノ岡亜紗にも能力はある。
(-@∀@)「…………」
神経を研ぎ澄ます。
目を閉じる。
しかし一方で周囲の警戒だけは怠らないように。
遠くで誰かが口論するような声が聞こえたが、あれが先ほどの彼女だろうか。
それとも罠か。
こんな異世界であっても不思議とアサピーは冷静だった。
妙な高揚感もなければ焦躁感もない。
いつも通りの自分自身。
だが成績こそ良いが普段の自分は特に頭が切れる方ではないのだ。
-
むしろ、恋人である真里奈の方が明晰なんじゃないか。
そんなことを考え、湧き出てきた劣等感と思い浮かんだ彼女の姿を打ち消した。
その二つは同時にあってはいけないもの。
前者を捨てて後者を手に入れた。
(-@∀@)「俺は、天才だ」
彼女に憧れていただけの頃とは違う。
物陰から見つめ続けた時期はもう終わったのだから。
分かってる。
分かってる。
……分かってる?
無意識に握り締めていた小さなPHSを制服のポケットにねじ込んだ。
(;-@∀@)「…………来たな。いや、でも……そうか」
上手い具合に思考を中断してくれるタイミングで彼は現れた。
事前に察知していたアサピーは一瞬戸惑ったもののすぐに上着を脱ぎ投げ捨て、真っ直ぐ向き直った。
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視線の先には一人の男がいる。
白いタンクトップにグレーのウインドブレーカーパンツ。
右手には灰色のジャージを掴んでおり、両手首には黒いリストバンド。
靴はオーダーメイドのランニングシューズ。
僅かに覗く肉体は羚羊のように――いや、獲物を狩る肉食獣のように引き締まっている。
荘厳の灰の髪は切り裂く風をイメージするように後ろに流され。
レンズの向こうの目は切れ長、瞳は敵を見据え、不敵な光が宿っている。
少し低めの身長。
中性的な顔立ち。
威圧感には無縁の要素ばかりのはずなのに、彼は異常なまでに周囲を圧迫する。
見下げ――見下している。
ハハ ロ -ロ)ハ「……フン、どうした凡人? こんなところで甲斐甲斐しくも自主練習か?」
決して先手を取らず、必ず正面から敵を討ち、それ故に閃光の如く美しい。
人呼んで『天才(オールラウンダー)』こと――ハロー=エルシールが、そこにいた。
-
【―― 11 ――】
( ・ω・)「……零さん、二つ聞きたいんですが」
リハ*^ー^リ「何かな?」
廊下をゆっくりと進みながら前方を往く兼は振り向かないまま問い掛ける。
後方、追随するように歩く洛西口零は快くそれに応じた。
確認の為だけに兼は訊いた。
( −ω−)「ハローさんとのやり取り、演技じゃなくてほぼ素だったんじゃないですか?」
リハ*-ー-リ「それはどうだろうねえ。素に見せかける演技をしていたのかもしれないし、あるいは何が素なのか分からなくなっている可能性だってあるだろう?」
( ・ω・)「僕は観察眼に秀でてるわけではないですけど、元歌舞伎役者と友人です。素かそうじゃないかくらいは分かります」
リハ*゚ー゚リ「そうかい。なら貴兄の解釈に任せるとしよう」
煙に巻くような言葉に溜息が出た。
別にこちらは好奇心があった程度なのでどうでも良いのだが。
-
本題は――もう一つの方だ。
( ・ω・)「零さんは『姿を見られたから逃げた』と説明してましたが……実際はむしろ、零さんが見たんじゃないですか?」
そう、例えば。
自分のような人間にとって非常に都合の悪い能力を持った参加者を目撃した、など。
「面白いことを知りたい」なんて悠長なことを言っていられないような能力を。
使うところを見たわけではないとしても。
どういう能力なのか分かる場面を見てしまった、とか。
( ・ω・)「自分には不利だ。だから脱落させて欲しかった。あるいは――具体的にどんな能力なのか突き止められるようなデータが欲しかった」
違いますか?という兼の言葉にも、零は悪びれた様子もなく応じた。
リハ*^ー^リ「……流石だねえ。流石にあの他人なんて眼中にない天才よりは人を見る目があるようだ」
( −ω−)「茶化さないで下さい。あなたの見解如何によっては今すぐハローさんの後を追いかけないといけないんだから」
-
リハ*゚ー゚リ「いやいや、その必要はない。分かっているんだろう?」
弱いままに強い相手と渡り合う洛西口零が瞬時に匙を投げたような能力。
彼女という人間にはどうしようもない能力。
だが、それがハロー=エルシールにとっても天敵に成り得るかどうかは分からない。
むしろ完全な肉体派の彼ならばどうにかできるものではないか。
そう考え、零は今までのことを仕組んだ。
そして他ならぬ鞍馬兼も――おおよその検討が付いている。
( ・ω・)「あなたが誰を目撃したのかは知らない、けれど恐らくあなたが推測したのは―――」
―――『心を読む能力』と。
鞍馬兼は重苦しい面持ちでそう言った。
-
【―― 12 ――】
「敵を騙すにはまず味方から」。
この言葉の意味を理解していない人間はあまりいないことだろう。
仲間をも騙すことで虚構にリアリティーを持たせる。
単純だが良い手だ。
問題を挙げるとすれば仲間から反感を買う恐れがある点だが。
そして、心が読める人間を相手にするとしても、この方法ならば互角以上に渡り合える。
〈::゚−゚〉「しかし一つ疑問があります。あの時点、私が共闘の交渉に向かった時点では私達は彼の能力を把握していませんでした」
アサピーの能力が『心を読む能力』だと判明したのは同盟の交渉中。
手札の見せ合いという意味でお互いの能力を公開した時だ。
しかもあくまでも自己申告なので、アサピーの方は「『心を読む』と見せかけられるような別の能力」である可能性もなくはない。
逆にイシダの能力――思考は筒抜け状態なのでトソンは彼女も纏めて騙すしかなかったのだ。
辻褄が合わないのは、この部分。
「心が読める相手に作戦を知られない為に交渉役のイシダも騙した」というのは理解できるが――作戦を立てた時点では、相手の能力は判明していない。
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(-、-トソン「……これまでの経過がどのようなものだったか覚えていますか?」
〈::゚−゚〉「はい。一応は」
日ノ岡亜紗を目撃し。
イシダが指示され彼の元へと赴き。
「マキナ様の使い」だと通達。
そのことを証明する為の情報を開示。
戦力把握の目的でお互いの能力を申告し。
短い交渉。
共闘関係を確立。
……等、幾つかのステップを得て現在に至る。
作戦を立てたのはいつで、能力を知ったのはいつなのだろう?
(゚、゚トソン「いつも何も――最初です。彼が能力のことを話す前から、あなたが彼と会う前から」
〈;:゚−゚〉「は……?」
(-、-トソン「単純に『目撃した時点で』――極端な話、『初めてログインした時には既に』でしょうか」
〈;:゚−゚〉「何を……いや、どういう……?」
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疑問が言葉にならない。
思考が纏まらない。
そんなイシダを前にしながら、トソンは事もなげに続ける。
(゚、゚トソン「ここで私達に与えられる超能力は多かれ少なかれ私達自身の願いや想いが根底にある。このことには、ある程度の人間ならば気付いているでしょう」
ならば。
その逆のことも言えるはず。
想像できるはずなのだ。
そう――例えば。
(-、-トソン「ならば逆に――『参加者の願望さえ分かってしまえば、発現する能力も予測できる』と言えませんか?」
〈;:゚−゚〉「!!」
そう。
想いが力になる以上、力は想いに関係する。
力は想いに支配される。
-
その参加者がどこの誰で、何を考え、何を愛し、何を悔い、そして何を望むのか。
それさえ分かってしまえたならば能力を想像することなど容易い。
だがそれは確かに容易いが現実にはそう上手くいかない。
いや、「上手くいかないのが現実」と言うべきか。
幸運にも参加者がどこの誰か分かったとしても――その人物が何を思っているかなど分かりようがない。
イシダも指摘した。
〈;:゚−゚〉「それは……あくまで仮定の話です。『願望さえ分かってしまえば』と簡単に仰りましたが、それができるならばそれこそ読心能力です」
(-、-トソン「通常ならばそうでしょうね」
〈::゚−゚〉「加えて参加者の姿は現実とは異なります。まず『どこの誰か』に辿り着けません」
(゚、゚トソン「それも通常ならばそうでしょう」
含みを残した上司の物言いにイシダは無言で先を促した。
トソンは目蓋を下ろし、次いでゆっくりと目を開け警戒するように辺りを見回す。
そうして周囲に誰もいないことを確認すると、続けた。
-
(-、-トソン「……ナビゲーター達は自分が選んだ参加者が勝ち残った場合に特典がある。ならば無論、現実世界で有能な人間を選ぼうとする」
身体能力が高く、頭が切れ、それでいて強い欲望を持つ人間を。
高天ヶ原檸檬やハルトシュラー=ハニャーンは当然のことのように最初期に目を付けられた。
尤も彼女等は強い願望が存在しない為に正規の参加はできなかったが……。
当たり前のように神宮拙下ことハロー=エルシールも初期に選抜されただろう。
類稀なる肉体を持ち、学年トップクラスの頭脳に加えて不慮の事故でのアキレス腱の断裂――まず間違いなく「脚を治したい」という願望があるはずだと。
(゚、゚トソン「正式参加者は四十人。誤差も加えて五十人。淳高を舞台としているようなので、この学校に通う生徒だけを主に、上位五十人」
〈;:゚−゚〉「どういうことですか」
(-、-トソン「簡単なことです。ナビゲーターが選択しそうな生徒を事前にリストアップし、その背景を調べ、願望を想像しておけば良いんです」
それは鞍馬兼が通り魔を捕まえる為に考案した方法に近い。
事件から人物を考えるのではなく、最初に人物について調べ事件に結び付く者を残していく。
(゚、゚トソン「……これで『どこの誰か』という問題はかなり易しくなりました」
-
そうして参加者と出逢う度にその言動をリストアップされた生徒の立ち振舞いと照合。
合致したならば暫定的に「◯◯の為の作戦」を実行する。
仮にリストの誰にも特徴が当て嵌まらなかった場合、その参加者は現実世界での上位五十人には入らない――つまり、それほど警戒する必要はない相手だ。
日ノ岡亜紗もこの方法で正体を突き止められる。
現実での面影を残している上に、学園十傑に考慮されることもある彼がログインしている可能性は非常に高い。
〈;:゚−゚〉「ですが……誰かが分かったとしても願望までは……」
戦慄さえ覚えるほどの頭脳を前には恐怖という感情が先立つのだとイシダは思い知らされた。
その純粋な恐れ慄く心を殺し、先を訊ねる。
最早結末は予想できていたのに。
(-、-トソン「……そうですね。彼が日ノ岡亜紗だったところで私にもあなたにも彼の心情など分かりません。できるのは想像することだけなので」
〈::゚−゚〉「なら……」
(゚、゚トソン「人は人の気持ちなど分かりませんよ。しかし、例えば」
-
両親。
恩師。
血を分けた兄弟。
竹馬の友。
あるいは同胞や同志。
そういった、ごく親しい人間ならば、個人の極めて個人的な願望もかなり正確に想像することができるのではないか?
日ノ岡亜紗の場合ならば、それは―――。
(-、-トソン「他の誰が分からない想いでも、中学時代から彼に慕われ続けてきた壬生狼真里奈ならば……あるいは」
〈;:゚−゚〉「……なるほど」
口では感心をした風を装っていたが内心は恐怖で溢れていた。
「この人は本物だ」と。
出逢った日から幾度となく思ったことだが今日ほどそのことを思い知らされた日はなかった。
何もかもを見透かされている気がしていたが、本当に自分の何もかもが見透かされているのかもしれない。
恐ろしく。
しかし愛おしい主にイシダは頭を下げる。
-
恭しく頭を垂れた部下に、急に漂わせていた重い空気を取り去るようにトソンは言った。
(-、-トソン「―――と、言うのは全て嘘であり虚構で、彼の能力が分かったのは単純に私の能力が未来予知だったからかもしれませんね」
〈;:゚−゚〉「………………は?」
(゚、゚トソン「冗談ですよ、他愛もない戯れです。私の能力はあなたの知る通りですので」
顔を上げ、表情を変えないままで無言の抗議をするイシダ。
対しトソンは平然と続けた。
(-、-トソン「想像力は人間の生きる力そのものです。私は想像することの偉大さを知って欲しかったんですよ」
〈::゚−゚〉「その言葉は、戯れではないのでしょうか」
(゚、゚トソン「真実ですよ。想像すること、思考することは偉大ですが、だからと言って一つ一つ物事を考えていたのではとても時間が足りません」
これはフレーム問題にも近い、と言ったところで「そう言えば」と彼女は呟く。
神宮拙下の二つ名にはフレームに関係するものもありましたね、と。
-
【―― 13 ――】
ハハ ロ -ロ)ハ「想像――そうだ、想像だ」
(-@∀@)「…………」
ハハ ロ -ロ)ハ「フン、俺は凡人に会うことなど想像もしていなかったということだ。想像力は生きる力だというのに」
蒼い空の下。
夕凪のような静けさの中で。
グラウンドにほど近い、トレーニングルームや格技場に近い駐車場だった。
敵までの距離は十メートルと少し。
神宮拙下、あるいはハロー=エルシールは敵を観察する。
自らが『凡人』と呼んだ――その制服姿の少年を。
(-@∀@)「……真希波先輩のようなことを言うんだな」
身長はハローよりも高い。
百七十五センチあるかないか程度か。
-
茶の短髪は若者らしくシャギーカットをヘアワックスで整えている。
ティーンズ誌そのままの髪型に、スクウェア型の眼鏡とその奥に覗く一縷の淀みもないような綺麗な瞳が彩りを添えている。
小奇麗で気取った感じはしない程度に整った容姿。
チェーンに通されたシンプルなデザインの指輪が首にかかっておりアクセントになっていた。
想像を絶する美少年でこそないが、きっと彼氏がここまで整った顔立ちならば大抵の女子は満足するだろう。
そういう感想を抱かせる、まるで雑誌のモデルか何かのような少年だった。
まあハローにとってはどうでも良いことだ。
どんな容姿が女受けするのかも。
目の前の相手が誰であるのかも。
ハハ ロ -ロ)ハ「マキナ? ……そうだな。奴や奴の周りの人間は同じようなことを言っている。フン、俺は想像も思考も極力したくないがな」
(-@∀@)「だから俺が何者なのかも当たり前に興味はないって?」
ハハ ロ -ロ)ハ「ないな」
つよがりではなく本当にどうでも良かったようで、ハローは「ラプラスの悪魔を知っているか?」と話題を変えた。
アサピーは応えた。
(-@∀@)「知ってる」
-
ハハ ロ -ロ)ハ「知っていたのか。俺は説明してやるつもりだったのだがな」
(-@∀@)「知ってる。今知った」
ハハ ロ -ロ)ハ「凡人にしてはおかしなことを言うな、お前は。奇行が許されるのは天才だけだぞ」
脊髄反射的にほとんど考えず会話をしていることを読み取り、アサピーは「普段言っている通りに本当に何も考えてない」と逆に感心してしまう。
そろそろ勘付いても良いものだが、どうやら心を読まれていることは気付いていないらしい。
(-@∀@)「(ラプラスの悪魔、か……)」
ハロー=エルシールの発言に登場し、その思考に浮かんだ『ラプラスの悪魔』とは昔ラプラスという数学者が提唱した概念らしい。
「全ての物質の情報を取得し、それを解析できる知性があれば、その知性は未来を現在のように捉えられる」ようだ。
……以上のことが彼が「今知った」こと――ハローの心から読み取った知識だった。
曖昧であやふやだが、それは相手(ハロー)自身も説明しようとした『ラプラスの悪魔』についてよく理解していないからである。
相手の心は手に取るように分かるが相手が知らないことは知れない。
ただ、話の展開は読み取ることができた。
-
ハハ ロ -ロ)ハ「フン、話を『ラプラスの悪魔』に戻そうか。この知性は神にも等しいが問題が一つある」
(-@∀@)「……この知性をコンピュータとする場合、一秒後の世界を計算する為に一秒以上の時間が必要とされることがあること」
ハハ ロ -ロ)ハ「その通りだ」
実際にはもう一つ、「原子の運動は確率的にしか把握できないので未来を完全に予測はできない」という問題があるのだが、ハローはそんなことは知らなかった。 天才である彼は秀才との差を体現するように興味のない知識は何一つ覚えないのだ。
そしてこの状況では彼の思考を読んでいるアサピーも同様に知らず、そんなことを知れるはずがなかった。
なので滞りなく不自然な会話は続く。
ハハ ロ -ロ)ハ「これがより現実的になったものが、」
(-@∀@)「……一般に『フレーム問題』と呼ばれている人工知能の問題」
ハハ ロ -ロ)ハ「博学だな」
『フレーム問題』とは有限の処理能力しか有しない人工知能は現実に起こり得る全ての問題に対処できない、というものである。
こちらもハローは朧気にしか記憶しておらず、それはアサピーも同じ程度の理解しかできないということを意味していた。
-
それはともかく『フレーム問題』とは人工知能に関する重要な難題の一つだ。
障害Aに対処する場合、それと関連する要素aや要素b、cは考慮しなければならないが、障害Aに関係しない要素xについて考える必要はない。
つまり「要素a〜要素c」という障害Aと関係するフレームを作り思考することになるのだが、要素は無限に近く存在する為に要素の抽出段階で無限の時間が必要とされてしまう。
関係するかどうかを判断する時点で人工知能は停止してしまうのだ。
高度に発達した知性(人間等)がどのようにしてフレーム問題を回避しているのかは未だ解明されていない。
トソンの言わんとしたところは「考え過ぎるのは考えなしと同じくらいに悪い」辺りだろう。
そしてこの場面で、引き合いに出したハローが言いたいことは―――。
ハハ ロ -ロ)ハ「……フン。例えばミブロマキナは思考することこそが力と考えているだろう。だが俺は逆に、思考しないことこそ力と考える」
考えなし。
無鉄砲。
そう評されることもある神宮拙下は自らも「俺は何も考えていない」と主張する。
しかし実際はどうなのだろうか?
何も考えていない、は言い過ぎとしても、常人に比べて極端に物事を気にしない彼のことは――あるいはこうも言えるのではないか。
―――「無我の境地に至っている」と。
-
一流のスポーツ選手は完全に集中した状態を「ゾーンに入る」と表現するが、この天才は勝負の場では常にゾーンに入っているのではないか?
事実、アサピーが読み取る彼の心理は冬の朝の空気のように透き通ったものだった。
辛うじて会話を成立させているだけ。
ロクに考えてすらいない。
単に以前誰かに語ったことを今も話しているだけ。
周囲の警戒すら――していない。
(-@∀@)「(一瞬だけ読んだ洛西口零の思考はゴミ屋敷かと見紛うほどにぐちゃぐちゃだった。一瞬で分かるほどに、膨大なことを考えていた)」
その所為で詳しくは読めなかったのだが……。
それに対し、ハローの心はたった一つのことに集中している。
即ち――目の前の敵の殲滅に。
ハハ ロ -ロ)ハ「……フン、さてでは始めるとするか。そろそろラクサイグチレイも逃げただろう」
(-@∀@)「やっていることが時間稼ぎだというのはバラしても良かったのか?」
ハハ ロ -ロ)ハ「………………話さない方が良かったかもしれないな」
-
本当に何も考えていないらしい。
まあ良い、と言って天才は構えを取った。
それは少林寺拳法のものではなく、むしろ空手の脇構えに似ていた。
重心を下げ両足を前後に開き、右手を腰に置き、もう片方の手は胸の高さで手の平を敵へ向けるようにし軽く前に出している。
ストロークの際に遠近感を合わせる為の動作や歌舞伎の見得にも見える左手。
全体像は特撮ヒーローが変身する途中にも近いだろう。
未知の構えに初見の人間ならば戸惑ったのかもしれないが、心を読めるアサピーは意図さえも見通す。
(-@∀@)「(……いや。そうでなくても、俺はこの人がどんな風に動くのかを知っている)」
まだ中学生だった頃に一度だけ目にしたことがある。
二十人もの敵勢力を片っ端から薙ぎ倒していく灰色の閃光の姿を。
決して先手を取らず。
必ず正面から敵を討ち。
それ故に閃光の如く美しい――この天才の戦い振りを。
だからハローが、拙下が次に言う台詞は心を読むまでもなく分かっていた。
-
ハハ ロ -ロ)ハ「……先手は譲ろう、凡人。いや――ヒノオカアサ」
(-@∀@)「一つだけ訊いても良いか?」
自分の名前を呼んだハローにアサピーは問う。
答えなんて分かっていたのに。
それでも、なんと答えるかが知りたくて。
(-@∀@)「容姿も違う、大して話したわけでもない、拳を交えてもいない……。なのに何故、アンタは俺が『日ノ岡亜紗』だと気付いているんだ?」
それも最初から。
出逢った瞬間から。
何故分かっていたんだと。
ほとんど即答するように天才は言った。
ハハ ロ -ロ)ハ「理由などない。しいて言えば『なんとなく』だよ。……いけないか?」
-
【―― 14 ――】
鞍馬兼は移動していた。
それは走ると歩くの中間くらいの速さで、周囲に気を配りながら動ける限界速度だった。
( ・ω・)「零さんは格ゲーなんてやらないでしょうが、でも一応プログラム用語なので『フレーム』はご存知ですよね?」
『ゲーム等のプログラムにおける時間の最小単位のことだろう?』
( ・ω・)「その通りです。格ゲーでは特に重視される概念――例えば『ある技がどれほど持続するか』を表すのにフレームを使います」
小型無線機を耳に当てつつ、電波の先にいる洛西口零に語る。
兼自身もあまり詳しい方ではないが基礎的な知識くらいは有していた。
より具体的に解説すると、自分のAという技の持続時間が10フレームで相手のBというコマンドの無敵時間が5フレームだとする。
この二つが同時に発生した場合、相手の無敵効果が切れた後にも自分の技は続いているので攻撃がヒットする。
実際の場面では攻撃の発生までに何フレームかかるか、持続は何フレーム分か、その硬直は何フレームなのか……というようなことが重要視されている。
( −ω−)「そして中学時代、ハローさん――神宮拙下はゲーム好きの人間からは『0フレーム』と呼ばれていました」
『0フレーム?』
-
格闘ゲームには稀に「0フレーム技」と呼称されるものが存在する。
通常、コマンド入力から攻撃の発生までには数フレーム分の間があるのだが、この種の技にはそれが存在しない。
つまり即座に攻撃判定が発生する。
昨今では格闘ゲームを嗜む若者も少なくなってしまったのでこの脅威は伝わりにくいだろうが、要するに0フレーム技とは最速で発動する攻撃。
起こりを見てガードポーズを取っても間に合わない――事前にガードコマンドを入力しなければほぼ確実に当たる技なのだ。
( ・ω・)「常人が防御や回避行動を取るよりも速く当たる攻撃。だからそんな風にも呼ばれていたんです」
真正面から攻撃し続け勝ち続けられる理由は。
相手の攻撃どころか防御、回避、その他全ての行動よりも速く動けるからに他ならない。
ならば。
『……なるほど、言いたいことは伝わったよ』
( −ω−)「ありがとうございます」
鞍馬兼は蒼く染まった校舎を駆ける。
二つの懸念を払拭する為に。
-
【―― 15 ――】
戦闘開始から十七秒後だった。
ハロー=エルシールが構えを取り、じわりじわりと間合いを詰め、両者の距離が五メートルを切った頃。
普通の相手ならば耐え切れなくなり先に動き出してしまう近間で尚もアサピーは動かない。
「決して先手を取らない」というハローの戦い振りは同時に「常に相手が我慢し切れず先に動いてしまう」ことを意味する。
断っておくと考えない天才である彼は作戦としてそういう行動を取っているのではなく、ただ単純になんとなく後手に回るのが好きなだけだった。
彼は何も考えていない。
なので、こういった状況――相手が攻めようとしない場合には、否が応でも先に動かざるをえない。
ハハ ロ -ロ)ハ「(……懐かしいな)」
彼は一瞬、鞍馬兼のことを思い出し。
そして、爆ぜるような勢いでスタートした。
五メートル。
下手をすれば瞬きの間に決着が付きかねない距離。
彼の速さを持ってすれば一瞬で零にでき、左右後方何処に逃れたとしても即座に追撃可能な世界だ。
ほとんど勝利を確信していた。
-
が。
猛然と突き出された右拳は完璧に受けられた。
拳を引き戻した直後に襲い来る反撃を躱すように右斜め後方に下がり立ち位置を入れ替えるように脇を擦り抜ける―――。
そうして。
ハハ ロ -ロ)ハ「―――フン、なるほど」
またも元の距離と変わらぬ間合いが開いたところで、ハローは止まった。
前後左右に動く複雑な足運びは短距離走ではありえないもの。
こういう時ばかりは拳法を学んだこと、あるいはハルトシュラーから護身術を学ばされたことに感謝する。
どれもあまり身に付かなかったので最も役立っているのは今より暴力的だった中学以前の経験かもしれないが……。
(-@∀@)「……相変わらず無茶苦茶だ」
ハハ ロ -ロ)ハ「足運びのことか? 常人よりも遥かに身体のバネが優れていればこうもなる」
(-@∀@)「それもだけど、受けられたことに驚きもしなかったことがだ」
-
読み取った心は何処までも冷静だった。
淡々と回避し、距離を取り、態勢を立て直した。
こういった天才タイプは予想外の事態に弱いとばかり思っていた。
(-@∀@)「(……いや、違う)」
心の奥深くまで潜ってみれば分かる。
ハローは「自分が凡人に負けるわけがない」と心の底から本気で思っていて、だから自信は折れることがない。
一度攻撃を防がれたくらいでは勝利は揺るがない。
それほどまでに彼にとって勝利は当たり前にあるものだった。
(-@∀@)「本当にムカつく奴だな、アンタは」
ハハ ロ -ロ)ハ「何を怒っている凡人? ここは俺の一撃を防げた名誉を誇るべき場面だろう」
挑発をしているわけではなく本気でそう思っているのだから手に負えない。
-
(-@∀@)「0フレーム発生の高速攻撃……。間違いなく、強力だ。瞬きの瞬間、呼吸の一瞬に勝負が決まることだってありえる」
だが、と。
日ノ岡亜紗は言う。
(-@∀@)「アンタがどれほど速く動けようが――次の行動が分かってさえいれば防御も回避も容易い。当たり前だけどな」
そう。
0フレーム技は事前にガードコマンドを入力できるならば防御できる攻撃だ。
それがどれほど速かったとしても。
同じように、心を読み真の意味で先手を取れる日ノ岡亜紗前では――どんな速さも無意味でしかない。
ハハ ロ -ロ)ハ「……ならば試してみるか? 『凡人』が」
ハローは思い、そしてそれはアサピーも悟った。
この瞬間に初めて彼が『目の前の敵』のことではなく『日ノ岡亜紗』のことを思い出し、考えたことを。
一方が今と同じ天才だった日のこと――他方が今とは違う凡人でしかなかった過去のことを。
-
【―― 16 ――】
「……おい、ミブロマリナ。お前の彼氏の話だが」
車椅子を押され、夕暮れに染まった校舎を行く神宮拙下は真後ろの少女に問いかけた。
ハンドルに込める力を一旦緩め、歩みを止めると壬生狼真里奈は返答する。
「あー、アサピーさん――日ノ岡亜紗さんの話ですか?」
「そうだ。噂に聞いた話では先日の模擬試験では遂に学年一桁となり、学園十傑にも名を連ねると言われるほど空手の腕も上がったらしいな」
「……よくご存知ですね」
模擬試験の成績上位者のうち、希望者(というよりも成績公開を拒否しなかった生徒)は掲示板に張り出される。
学園十傑の噂に関しても、最近揉め事を起こすことが多くなった日ノ岡亜紗のことはこの天才の耳にも届いているのかもしれない。
真里奈は言った。
「あー、アサピーさんは……例えば横柄な上回生に注意したことで結果的に暴力沙汰になることがあるだけで、悪いことは何もしていません」
「わざわざ庇わなくとも分かっている。フン、俺を誰だと思っている」
-
校内の揉め事の情報は全て風紀委員長ハルトシュラー=ハニャーンに報告される。
彼女の腹心であり風紀委員会の中核を成す生徒達、即ち鞍馬兼や天神川大地、また他でもなく彼、神宮拙下が聞き及んでいることは想像に難くない。
むしろ何も知らない方が不自然か。
この他人の興味のない天才も委員会活動は真面目にやるのかと感心しつつ、真里奈は言う。
「なら良かったです。……それで、アサピーさんがどうかしましたか?」
「なに。例の学園十傑の噂において『神宮拙下と互角以上に渡り合う』と称されているらしいからな。少し気になっただけだ」
「あー……。それはまた、先輩も過小評価されてますね」
再び車椅子を押し始めながらクスクスと笑う少女。
対し、天才は真面目なトーンで問う。
「ミブロマリナ。お前はどう思うんだ?」
「どう、ですか? どういうことですか?」
「お前の彼氏は俺に勝てるか、という話だ。アキレス腱を断裂した俺に――あるいは断裂する前の俺に今の奴は勝てると思うかどうか。それを訊いている」
-
微妙なニュアンスを含んだ問い掛けだった。
「勝てるかどうか」ではなく「勝てると思うかどうか」――少し不自然とも言える質問。
その問いに答えることなく、真里奈は問い返す。
「逆に、神宮先輩は勝てると思うんですか?」
「生憎だが俺はトモとは違って、負けるかもしれない戦いや勝てるかどうか分からない勝負はしたくない」
「……答えになってませんよ?」
「ならばこう言おうか――『勝てると思っていなければ勝てるものも勝てなくなる』。故に俺は常に勝てると思って戦う。そして勝ってきた」
事もなげに天才は返した。
考えないこと、つまり「集中すること(≒ゾーンに入ること)」を強さとする彼にとってはそれは当然の答えだっただろう。
一瞬の疑念、自信の揺らぎが受け突きを、体捌きを、反応速度を鈍らせる。
ならば彼の回答は何処までも当たり前な信念だ。
「じゃあ鞍馬さんは負けると思いながら、勝てないと思いつつも戦っているんですか?」
「奴もアレで凡人だからな。多少の敗北は致し方ない部分がある。それに……何より奴は武道家だ。勝ったかどうかは所詮結果論だ」
-
「剣道は剣の理法の修錬による人間形成の道である」と、例えばそんな教義が鞍馬兼が嗜む武道にはあるという。
神宮拙下はこの手の綺麗事は生理的に受け付けないのだが彼が学んだ少林寺拳法にも同じような教えは存在している。
勝利至上主義を嫌う考え方から剣道をオリンピック競技にする運動に対し多数の剣士が反対している。
少林寺拳法においては更に極端で、勝ち負けに拘ることを良しとしない為にそもそも試合を行わない。
武道がスポーツに成り切れないのはこの性質の為かもしれない。
詰まる所、武道における他人との競い合いは「負けた後も腐らず続けることができるか」「勝った際に相手を敬うことができるか」を試すだけのものなのだ。
「へぇ……そうなんですか」
「詳しく知りたいならばミブロマキナにでも聞け。俺は興味がない、だから今のもうろ覚えだ」
「……けど何より鞍馬さんが凡人っていうのが驚きました」
「アイツを凡人扱いするのは淳高でも俺と、精々ハルトシュラーくらいだろう。……フン、あるいはお前の彼氏も今や『天才』だったか?」
挑発するように呟き、笑う。
そうしてから天才は話を戻した。
「話を戻そうか。俺は常に誰にでも勝てると思っている。だからお前の彼氏が相手でも負ける気はしない。さて、お前はどうだ?」
-
日ノ岡亜紗という自分の恋人が、紛れもなく天才である神宮拙下に、勝てると思うかどうか。
壬生狼真里奈は少し考え、再度歩みを止めて訊いた。
「更に逆に訊きますが……先輩は私がどう答えると思いますか?」
その時。
少女はいつものように、何を考えているのか分からない曖昧な笑みを浮かべて問うた。
天才は深くは思考することなく、その絶対の直観に従い答えた。
「フン……。『勝てるかどうかは分からない』けれど『負けて欲しいと思っている』――そうだろう? ミブロマリナ」
壬生狼真里奈はその言葉にも、その時はまだ、曖昧な笑みを返すだけだった。
【―――The first part of Second-extra-episode END. 】
-
【―― 0 ――】
《 prepare 》
①[SVO1 for O2 / SVO2O1](人が)O2(人・物・事)の為にO1(物)を用意する、立案する
――自
②[SV(M)](人が)(…に備えて)準備する、(…に)備える
③(…への / …する)覚悟をする
.
-
多分このエピソードを終始日ノ岡亜紗視点で書けば神宮拙下は悪役になるんでしょう。
群像劇的な書き方をしている部分があるので一概には言えないですが、しかし、真里奈悪役っぽいなあ。
そんな感じで本日はこれで終了です。
次回は多くのキャラクターがわちゃわちゃ動くと思います。
外伝なのに長くてすみません。
-
乙!
あんたの書くトソン全部好きすぎてヤバい
-
おつおつー
-
乙
-
読んだ、そういえば( ^ω^)はモブキャラだな
-
>>501
ありがとうございます。
このトソンそんなに可愛いかな?
でも自分、そこまでトソン書いてない気が……?
>>504
なんでしょうね。
なんというか大物俳優感が苦手なのかもしれないです。
-
まとめってありますか?
-
・今回の登場人物紹介
【メインキャラクター】
今回のエピソードにおいてのメインキャラクター。
(-@∀@)
日ノ岡亜紗。一縷の淀みもない瞳をしたごく普通の少年。
空手道部次期主将候補であり学年一桁台の頭脳を持つが神宮拙下からは『凡人』『凡骨』と呼ばれている。
ハハ ロ -ロ)ハ
神宮拙下。三年理系進学科十二組所属。本名は「ハロー=エルシール」。
『天才(オールラウンダー)』とまで呼ばれる万能の天才。
自称かつ他称「天才」。
-
( ・ω・)
鞍馬兼。一年文系進学科十一組所属。『生徒会長になれなかった男』。
不自然に脱色された髪が特徴的な育ちの良さを伺わせる高校生。
ヌルのチームのリーダー格。
???
詳細不明。
鞍馬兼が「はっちゃん」と呼ぶ人物。
(゚、゚トソン
都村藤村。「トソン」と呼ばれる軍服姿の少女。
鞍馬兼のことを警戒している。
〈::゚−゚〉
イシダ。同じく軍服姿の大柄な少女。
トソンの部下らしい。
リハ*゚ー゚リ
洛西口零。二年特別進学科十三組所属。通称『汎神論(ユビキタス)』。
本名は「清水愛」だが、現在は「洛西口零」と名乗っている。
-
【その他キャラクター】
壬生狼真希波。
三年文系進学科十一組所属。中高共同自治委員会会長。
『人を使う天才』と称される非凡な人物。
壬生狼真理奈。
一年普通科七組所属。部活は新聞部で、空手道部のマネージャーも兼任している。
自称「ただの普通な凡人」。日ノ岡亜紗と付き合っている。
幽屋氷柱。
三年特別進学科十三組所属。淳高を代表する才女の一人。
武道家としての鞍馬兼等を知る存在。
宝ヶ池投機。
淳中高一貫教育校高等部の教師。担当教科は政治経済。
一年文系進学科十一組の担任教諭。
-
※この作品はアンチ・願いを叶える系バトルロイヤル作品です。
※この作品の主人公二人はほぼ人間ではありませんのでご了承下さい。
※この作品はアンチテーゼに位置する作品です。
.
-
――― 断章 中編『 worry ――ヒカリとカゲ―― 』
.
-
【―― 1 ――】
よく目が合う相手だった。
なのにその子はその度に目を逸らす。
……だから、彼はきっと私のことが嫌いなんだと思っていた。
当時、壬生狼真里奈は自分のことをあまり可愛い女の子だとは考えていなかった。
加えて「男の子は可愛い女の子を好きになるものだ」という思い込みがあった為に、まさか自分が誰かに恋されるとは思ったこともなかったのだ。
何組の何君がカッコいいとか、誰と誰が付き合ったとか、そんな会話の中に自分の名前が出てくるとは予想していなかった。
「知ってる?」
「日ノ岡君って真里奈のこと好きらしいよ」
女友達からそんなことを言われた時は言葉を失った。
嬉しかったのではなく、況してや気持ち悪かったわけでもなく、ただただ純粋に驚いて。
そういう物好きもいるんだなあと思い。
表情には出さなかったもののとても嬉しく感じ。
そうして、
「ところで日ノ岡君って誰だろう?」――そんな風に疑問に思った。
-
クラス替えがあって、かつてよく目が合っていた子の近くの席になった。
真里奈はその時に初めてその少年が「日ノ岡亜紗」という名前なのだと知った。
それから数日が経って。
女友達から聞いた話はただの噂だと思っていたので、彼女は努めて平静に、また愛想良く日ノ岡亜紗に声をかけた。
「……ああ、」
「うん」
「そう、うん……よろしく」
はじめましてとよろしくの挨拶に返ってきた言葉はそんな素っ気ない上に途切れ途切れのものだった。
今度は一度も目が合わなかった。
分かっていたけれど噂って全然信用ならないんだなあと改めて真里奈は思った。
……今から思えば、壬生狼真里奈がメディアに興味を持ち、高校で新聞部に入部したのはこの出来事があったからかもしれない。
時折、背中によく視線を感じるようになった。
きっと気の所為だと思った。
そうだったら嬉しいな、と考えながらも。
-
同じクラスになっても、ほとんど話すことはなかった。
友達と立ち寄ったゲームセンターで件の日ノ岡亜紗を見かけた。
学校以外の場所で会うのは初めてだった。
格闘ゲームの筐体に齧り付き、一度も見たことのない真剣そのものな表情でレバーとボタンを操作している。
なんだか可笑しくて真里奈は笑ってしまった。
邪魔をするのも悪いと思い、声をかけないままゲームセンターを後にした。
ある日の彼はとても悲しそうな表情をしていた。
その日の放課後、真里奈はクラスの別の男子生徒から告白された。
少し考えて、断った。
少しだけ考えたフリをして謝った。
置きに来てる感じがしたし、何よりも相手のことをよく知らなかった。
次の日の日ノ岡亜紗は妙に機嫌良さげだった。
彼には素朴な笑顔が似合うのだと気が付いた。
-
沢山の思い出。
些細な出来事。
誰も知らない。
……壬生狼真里奈は、それらの記憶がいつのことだったのか思い出すことができない。
忘れてしまうのは大切な記憶ではないからかもしれないが、彼女に言わせれば「『忘れてしまった』のではなく『覚えていないだけ』」だった。
それはいつの間にか忘れてしまったのではなく――多分最初から、覚えていなかったのだろう。
「…………だって、ずっとこんな風に過ごしていくものだと思っていましたから」
当たり前のような日々の。
当たり前のような関係が。
当たり前のように過ぎていく。
いつ何が起こったかなんて記憶する必要がないくらいに当たり前だったのだ。
何かが変わるとしても、もっと先のことだと思っていたのだ。
なのに。
-
【―― 2 ――】
『空想空間』において、電気が通っているかどうか確かめる方法は意外と少ない。
洛西口零の記憶が正しければ淳高の地下には非常用発電システムが存在しているので学校内は例え国中が停電中だったとしても電気が使えるのだ。
校外に出てみれば分かるのだろうが、世界の中心が淳高である以上、この中高一貫校の外に出る機会はあまりないだろう。
さて、では零は何をもって判断したかと言えば、単純にフューチャーフォンを見たのである。
世代や性能に関係なく『携帯電話』と呼称されるものは基地局と端末間での無線通信を利用している――つまり基地局が稼働していなければ使えない。
当然変電所が動いていない場合(現実では大規模停電時など)も使用できない。
今回の場合、自分の携帯が圏外となっていたことから零は「電気は通っていない」と判断した。
電気が使えないことが分かったのは良かったが、携帯やネットが使えないのは問題がある。
生徒会と停戦協定を結ぶ一方で同じナビゲーターを持つ鞍馬兼等と共闘関係にある零は何か通信手段があった方が良かった。
そのことを察したわけではなかろうが鞍馬兼は零に面白いものをプレゼントしていた。
『……これは?』
『特定小電力無線局です。共闘の証と考えて受け取って下さい』
『素直にトランシーバーと言ってはどうかな? どうせ大部分の人間は「トランシーバー」の定義すら分かっていないんだから』
『じゃあ「特定小電力トランシーバー」と言うことにします』
-
そんなやり取りを得て送られたのは所謂『トランシーバー』だった。
定義上は送信機能と受信機能を兼ね備えた無線機は全てトランシーバーとなるので「ハンディ機のトランシーバー」もしくは「特定小電力トランシーバー」が正確な呼称となる。
携帯電話が使用できない空想空間で使える通信手段は少ないが、このような携帯型トランシーバーは端末同士が通信するので問題なく使用が可能だ。
ちなみにシステム上はPHSも使おうと思えば使える。
スマートフォンが普及した今でも時と場合によってはこういった通信機の方が役立つこともあるのだ。
ただこれはチャンネルを合わせさえすれば誰でも聞けてしまうので実際に使うことはないと思っていたのだが……。
『……こちらハチ。誰か聞こえますか?』
無線に乗って届いた声は鞍馬兼のものでも神宮拙下ことハロー=エルシールのものでもない。
ヌルのチームの三人目の声だった。
周囲に人がいないのを確認してから零は答えた。
『零さん? 聞こえますか?』
リハ*-ー-リ「こちら零だ。ちゃんと聞こえている。だから名前を呼ぶのは止めてくれ。誰が聞いてるのか分からないんだから」
-
ログインが遅れると分かっていた三人目の人物は他のメンバーに事前に時間とチャンネルを連絡していた。
「時間がくれば無線を使って連絡するから何処にいるか教えて欲しい」というわけだ。
結局兼とハローはそれぞれ取り込み中となった為、彼への連絡は零が担当することになった。
『すみません、油断しました零さん』
リハ#-ー-リ「全く貴兄は他の二人とは違う類の馬鹿だね、話しているとイライラするよ」
ノイズ混じりでも良く通る明朗で朗々とした声は「すみません?」と語尾上がりで返答する。
リハ*゚ー゚リ「……あと、その妙な口調はやめろと言っただろう。貴兄は折角姿形が現実世界と違っているのにバレてしまうよ」
『ならこういう口調で』
途端、電話越しの声のトーンがガラリと変わった。
明朗さは変わらないが先程のような明るいものではなくビジネスマンのような、高校生らしからぬ固い声音。
彼を前にすると私のペルソナも形無しだねえ、なんて零はクスクスと笑った。
演じるという面で彼に勝てる高校生はそうはいないだろう。
才人揃いの淳高であっても、彼に匹敵する演技力を持つのはハルトシュラーくらいだろうか。
-
一転して真面目な口調になった通話の主は続ける。
『本題に戻りましょう。他の二人は何処にいますか?』
リハ*-ー-リ「残念ながらここにはいないね、別行動中だよ。いや戦闘中と言うべきかな?」
『私も向かった方が良いのでしょうか?』
リハ*゚ー゚リ「……そうだね」
知らされていた彼の能力を踏まえ、考える。
「果たしてあの能力は『心を読む』という究極にも近い力に勝てるだろうか?」と。
そうして洛西口零は言った。
リハ*-ー-リ「とりあえず合流しようか。場所は――無論で勿論暗号で伝えるが、まさか忘れてないだろうね?」
現実では風紀委員会の中核を成していた三人組。
それに洛西口零を加えた四人。
優勝候補ではないにせよ、一筋縄では行かない曲者揃いという点では右に出るものはいないヌルのチーム。
ヌルが招致した四人の参加者が揃ったのだ。
-
【―― 3 ――】
(、 トソン「―――左胸か 若しくは眉間を 確実に狙って引き金を引きなさい♪」
〈::゚−゚〉「機嫌が良さそうですね。その曲はそのように楽しげに歌うものではなかったと思いますが。どう思われますか」
拳銃の細部を点検しつつ小さな声で口遊む彼女に背後に控えていたイシダは言った。
歌うのを止めたトソンは振り返り応える。
(-、-トソン「……聞くに、極度のストレスを受けた際、人間は異常な高揚感を得てしまうことがありえるそうなので。心的重圧から逃れようとして」
〈::゚−゚〉「戦地で虐殺を行う兵士というのはそういうことなのでしょうか」
(゚、゚トソン「かもしれませんね。戦場においてはあらゆる常識が通用しない。そう考えるとやはり良い戦争、悪い平和はあった試しがないのでしょう」
よくよく考えてみればトソンの語った内容は歌を口遊んだ行為を肯定するものではなかったが、イシダはそれ以上追及することはなかった。
この状況において歌などどうでも良いのだ。
彼女達は常識から乖離した場所に立っているのだから。
紛れもなく戦場にいるのだから。
現実ではないとは言え、人が人を殺す、非日常に。
-
トソンは言う。
(-、-トソン「作戦を確認します。これより私は対象A(日ノ岡亜紗)と交戦状態に入った要注意人物(ハロー=エルシール)を背後から狙撃します」
狙撃の際には柔軟な対応の為に狙撃銃ではなく自動拳銃を用いる。
ハローのような高速で移動する相手に対しては遠距離からの精密な射撃よりも中近距離からの連射の方が効果的であろうという判断だ。
『光速』と謳われる彼も、まさか本当に光の速度で動けるわけではない。
(゚、゚トソン「また随時、対象Aも射殺。能力体結晶を回収し離脱します」
そして、アサピーこと日ノ岡亜紗もトソンは脱落させてしまうつもりだった。
幾ら心が読めたとしても相手の思考を理解し更に行動に移るまでにはラグが生じる。
弾丸より速く考えることは不可能――つまり、心が読めたところで射撃は回避できないのだ。
射撃というものは十数センチ身体をズラせば容易く避けられるものなので、一対一では拳銃を用いたとしても不利だが、今回は多対一。
ハローとの交戦に不意打ちで割り込む形なのでリスクは少ない。
また離脱経路まで考慮しているので万が一作戦が失敗した場合にもそれなりの対応はできるだろう。
無論、成功するに越したことはないのだが。
-
(゚、゚トソン「そしてあなたはいつも通り私の警護です。ただし、状況によっては攻撃に加わってもらうこともありえますので」
〈::゚−゚〉「了解しました」
作戦を確認し終えた二人は潜伏していた教室を出る。
いつも通り静かに、しかし素早く。
その日の二人の装備は汎用性と移動速度を重視したものだった。
トソンは軍服のような灰色の服に腰のホルダーには拳銃。
イシダも銃器を携え同じ服装なのだが、今日は動きやすさを重視してノースリーブである。
ヘルメットや防弾チョッキ、また重大な銃火器を所持していないのは作戦失敗の際に迅速に撤退する為だ。
日ノ岡亜紗ならまだしも淳高最速である神宮拙下を仕留め損なった際にはそういった重い装備は命取りになるだろう。
どちらにせよ相手の方が速いが、それでも身軽な方が離脱も容易だ。
そう考えていた。
(-、-トソン「くれぐれも周囲の確認だけは怠らないように気を付けましょう」
ベストではないにせよベターな判断であるはずだった。
少なくともトソンはそう思っていた。
-
この瞬間、廊下に出て三歩目を踏み出したその時――までは。
( ω)「―――。」
その刹那に彼の能力『勇者の些細な試練(random encounter)』の効力が失われた。
音が、匂いが、気配が、消されていたもの全てが常識内に戻ってくる。
三メートル。
一歩踏み出せば拳さえ届くその間合い。
銃器を使う暇さえない近距離。
眼前に現れたのは―――。
(゚、゚;トソン「くらま――ともッ!!?」
トソンが目にしたのは、要注意人物の一人である『生徒会長になれなかった男』鞍馬兼。
そして彼が抜いた自動拳銃P230SLのマズルフラッシュだった。
-
【―― 4 ――】
淳高学園十傑は誰か――そんな取り留めのない噂話について真剣に考えてみることにしよう。
淳機関付属VIP州西部淳中高一貫教育校高等部において最も強い十人が誰かを。
本職のボクシング部でさえ勝てない生徒会長高天ヶ原檸檬が数えられるのは確実だが、ハルトシュラーが入るかどうかは実は少し怪しい。
彼女は芸術が専門であり、揉め事を起こすこともほとんどない為に強さを披露する機会がほとんどないのだ。
対照的に穏やかで優しげな幽屋氷柱は数多くの武道に精通し結果を残していることから遜色なく、学園十傑の一員としても相応しいと考えられる。
ここまでは三年の女子生徒しか挙がっていないが、同じく三年の男子生徒で真っ先に注目すべきは――『天才(オールラウンダー)』こと神宮拙下だろう。
『実際、アイツはどれくらい強いんだ?』
通り魔を調べる過程で教師宝ヶ池投機は鞍馬兼に訊ねた。
彼と同じく風紀委員で彼の数少ない友人でもある兼はこう返答した。
『一言で表すならば、通り名通りの天才です。彼が天才でないとすれば天才の定義は相当厳しくなってしまうでしょうね』
『オマエも天才と呼ばれてるんじゃないのか?』
『確かに僕も天才とは呼ばれますが、「才能ある人」を天才とするならば僕は彼の足元にも及びません』
-
だから僕は正しい意味では『天才』じゃない。
鞍馬兼はそう言った。
『実際彼は僕のことを凡人と呼びますし……それはそうと、彼の強さはイコールで速さだと言えます』
『速さ? 脚が速いってことか?』
『それは彼の能力のほんの一部分でしかありません。僕達の委員長、ハルトシュラー=ハニャーンは「最も完全な『天才』に近い」と彼を評しました』
一拍置き、
『ここで言う「天才」とは、例えば二年十三組の洛西口零さんのように「何かに特化している」のではなく、「全てにおいて常人を超える結果を出せる」ということになります』
天才は大きく分けて二種類存在する。
一点特化型の天才と、万能型の天才である。
ハルトシュラーの言った「最も完全な『天才』に近い」という言葉の意味はそういうことだった。
言わば局地戦闘機ではなく汎用機。
どんな状況においても尋常ならざる結果を出す――汎用機のハイエンド。
だからこそ彼は『天才(オールラウンダー)』だ。
-
『凄いことは分かったが、それがどう速さと関連するんだ?』
『……先生、百マス計算をご存知ですか?』
『あの数学――いや、算数で使われるやつか? 足したり引いたりする』
『それです』
では、と前置いて鞍馬兼は言った。
『神宮拙下は昔から、あの百マス計算が得意中の得意だというのはご存知ですか?』
『は?』
宝ヶ池が子どもだった時代もクラスで百マス計算の速度を競うことがあった。
何度も繰り返す内に誰でも自然に計算能力は向上していくが、一人か二人程度、反復前からやたら速くできる奴がいた気がする。
そう。
『そもそもあの人は脚が速い以前に思考速度が極めて速い。いえ「思考」というよりも「情報処理」の方が相応しいかもしれません』
-
「考えずに勝てる人間は考える必要がない」と主張する天才。
それは創意工夫をせずとも、ただ普通にやっているだけで常人を引き離すスペックを有しているということ。
そして。
『それだけではなく視覚や反射神経――より正確には「動体視力」や「神経伝導速度」が凄まじい。理論上の人間の限界値と同程度だとされています』
それこそが『光速』の正体。
単純に「脚が速い」のではなく何もかもが常人より遥かに速いのである。
相手よりも速く状況を認識し。
相手よりも速く動き始め。
相手よりも速く移動し。
相手よりも速く攻撃を繰り出し。
何もかもが――相手よりも遥かに速い。
『元は視力が良かったそうです。目で捉える情報を把握し切る為に処理速度が向上し、出された結果を反映する為に神経が進化し、それに相応しい速度を得た』
元々優れていた数々の能力が更に研磨された。
「天才」という二文字に相応しく。
-
極めつけに並外れた集中力と無我の境地が加わり現在の神宮拙下が在る。
考えないことを力とする彼。
……それは彼が考えずとも良いほどの力を持つことを意味する。
『なんだそりゃ。何処の漫画の登場人物だよ、無敵じゃないか』
『それがそうでもないんです。先に挙げた能力が優れ過ぎている為に彼は創意工夫や策を巡らすことが苦手です。多分、並列処理が苦手なんでしょうね』
昔は数学の文章題が嫌いだったらしいですと笑って、兼は続ける。
『だから無敵というわけではないですよ。ほら実際、負けることもあるでしょう? ごくごくたまにですが』
そんな風に締め括った生徒に宝ヶ池投機は問う。
ふと浮かんだ疑問を、好奇心の中にある種意地悪い調子を含ませながら。
『ところで鞍馬――お前は勝てるのか?』
-
【―― 5 ――】
「おかしい」。
二度、三度と交錯を終えて日ノ岡亜紗が抱いた感想はその一言に尽きた。
こちらは相手の思考を読んでいるので事前に攻撃を察知でき、相手は相手で真正面から突っ込み馬鹿正直に順突きか逆突きを繰り出すだけだ。
フェイントは多少あるものの最終的には正拳突きに辿り着くのでフェイクも効果が半減している。
そもそも心を読めるアサピーに見せかけや誘いはほぼ通用しない。
だがそれを抜きにしても、軽く踏み込んでみせたり拍をズラしてみたりするだけ――端的に言えば「フェイントが雑」なのだ。
かつてアサピーが得意とした格闘ゲームで例えれば、ハローはダッシュとバックステップを織り交ぜつつ前方強攻撃を入力し続けている感じである。
弱攻撃や他の技はどうしたと言いたい。
しかも強攻撃も上中下段に散らすのではなくほぼ中段でたまに上段攻撃が交じる程度だ。
そんな大雑把な戦法、一度ガードし返す刀でコンボを決めればアッサリ破れるはずなのだが、そうならないのがアサピーが「おかしい」と表現した部分である。
(;-@∀@)「(アイツは野生動物か? 何も考えず突っ込みながら、こちらが反撃しようとした瞬間に回避してるぞ……?)」
ガードまでは上手く行くのだが、その直後からが問題だ。
想像を絶する反応速度と身体能力で直撃の直前に躱し続けているのだ。
-
しかも狙った行動というわけではなく、本当に行き当たりばったりのその場の思い付きである。
ハローの思考を読むアサピーには彼の頭の中の閃きが目に見えているので間違いない。
何度目かの仕切り直しを経ての遠間で一息吐き、思考する。
(;-@∀@)「(何も考えていないと思ったら唐突に思い付く……。思考速度の差なのか閃きを読み取るとこめかみ辺りが少し痛むな、静電気みたいだ)」
いや、それは「静電気」ではなく「閃光」か。
洛西口零の心を読んだ際は情報の内包量や思考方式に一瞬圧倒され、その隙に逃げられてしまった。
能力使用の際のちょっとした拒否反応。
自分とは違う脳のことを自分の脳の思考と同時に把握している形になるので負担がかかるのは当然とも言えた。
臓器移植の際に拒否反応が出るのは珍しくない、同じ人間であっても思考形態が少しずつ異なることは分かっていたのだが、それでも驚く。
これまでに読んだ相手の中では、イシダと名乗ったあの少女が事務的な口調通りに面従腹背な内心で読みやすかった。
ハハ ロ -ロ)ハ「……どうした、『凡人』。もう疲れたか?」
(-@∀@)「そんなわけない。当たり前だろ。むしろ疲れているのはお前の方だ」
ハハ ロ -ロ)ハ「フン。確かにお前如き凡骨の相手は非常に疲れる」
-
挑発には挑発を返す。
その心情は読めているのでアサピーは堪え、耐える。
(-@∀@)「『先手は譲る』んじゃなかったのか? 俺は一度も先手を貰っていないんだが」
ハハ ロ -ロ)ハ「…………時間切れだ。フン、いつまでも待ってもらえると思うな」
嘘だった。
単純に彼は「先手は譲ろう」という自らの発言を五秒足らずで忘れていただけだった。
恐るべき考えなしである。
しかし一連の発言の真意は読めている。
(-@∀@)「(アイツが敵に先手を取らせようとするのは、本人はほぼ『なんとなく』や『ただの好み』だと考えているが、実際はちゃんとした理由がある)」
「先に動いた方が負ける」とは週刊漫画に出てきそうな文句だが、この天才との戦いではそれがそのまま適応される。
神宮拙下ことハロー=エルシールの速度を目の当たりにするとどうしても先手を取りたくなるが、愚策だ。
攻撃に転じようと動き出した瞬間は最も無防備な一瞬だ。
加えて先に動き出してしまうと、例えば「攻撃五、防御三、回避二」という風に合計十個あった選択肢が攻撃一択に絞られる。
そしてその選択した技の軌道を避けつつハローは突きを繰り出す――結果、自分は負ける。
-
分かりにくいならばジャンケンで考えれば良いだろう。
ハローが先手を取った場合には、出された手がパーならば、チョキは無理でもパーさえ出せれば凌げる。
しかしこちらが先手の場合、こちらのグーを見てからハローは動き出すので確実に負けるのだ。
実際の戦闘は遥かに複雑でありこう単純ではないが概ねはこのような感じだ。
加えて先手を取ると、お互いに攻撃が届かない遠間からハローの攻撃が届く間合いに飛び込んで行かなければならない。
更に防御及び回避から攻撃は比較的容易だが、往々にして攻撃から防御若しくは回避への変更は困難であり、突きを出すだけのハローより速く動くのはほぼ無理と言える。
総括すると彼との戦いでは「先手を取ると損しかしない」のである。
(-@∀@)「(だから、神宮拙下が最も得意とする技は空手で言う突き受けだ)」
突き受けは空手の用語で、相手の攻撃を正拳突きで防御する(≒カウンターの)技である。
相手の攻撃に掻い潜る、若しくは返すような完全な後手の技であり、後の先を取る天才である彼には相応しいだろう。
以上のように「先手を譲る」のは戦術的に明白な理由がある。
ハローは経験則でそれを知っており、故に後手を好む。
ちなみに「正面から敵を討つ」のは「人間には正面の方が急所が多いから」とも考えられる。
-
運動エネルギーは速度の二乗に比例する。
追突事故よりも衝突事故の方が被害が大きくなるように自分の速度に相手の速度を合わせれば威力は格段に高くなる。
決して腕力自慢ではない彼が、一撃で敵を倒し続けていたのはそういう理由があってのことだった。
(-@∀@)「(……問題は今の行動だ。俺が先手を取らないこと、イコール、自分がいつもの戦法を取れないことはアイツも既に分かっている)」
その為にハローがやり始めたのが――この虱潰し。
――最初の飛び込んでの突きは防御された。
――次はタイミングをズラし。
――その次はフェイントを交え。
――更に次は三次元的に。
このように、一度の攻撃ごとに思い付く限りの要素を一つずつ増やしていっているのだ。
宛らスタートダッシュだけを何度も練習するように、あるいは日ノ岡亜紗の実力を試すように――つまり、ほとんどお遊びで。
「どうせ最後には勝つに決まっている」。
「だから、この凡人がどの程度まで鍛えられているか見てみよう」。
「そういうのも面白い」。
澄んだ心に時折浮かぶのは、そんな何処までも日ノ岡亜紗という人間を下に見た天才の言葉。
-
それが何よりも悔しく。
それが何よりも腹立たしく。
こんなにも努力したのにあなたは僕のことを認めてくれないのかと。
どころか、満足に戦っている気にすらなっていないのかと。
所詮あなたの中の僕は今でもただの凡人で、気にかける存在ではないのかと。
なら、分からせてやろう―――。
(-@∀@)「……本当に、ムカつく奴だな。アンタは」
試すなんて言えないほどに。
出し惜しみなんてできないほどに。
全てを――ぶつけてやる。
……頭に血が上り、思考と能力が疎かになりかける中、あの独特の構えを取った敵を見てアサピーは気が付いた。
片隅にある不思議と冷静な部分が頷く。
「何かに似ていると思っていたがスタンディングスタートに似ているんだな」と。
そうして幾度目かの激突が始まった。
-
【―― 6 ――】
銃声を境に状況は一変した。
先の射撃をギリギリで回避したトソンに追い打ちをかけるように兼は非情に引き金を引く。
が、それに数瞬先んじ、垂直方向に跳ね上がるような彼女の蹴りが手を弾いた。
拳銃が虚空を飛ぶ最中でお返しとばかりに銃を引き抜いたトソンだったが、それを悟った兼は左手で素早く軍用懐中電灯を抜くと腰だめ状態に移行しつつあった彼女の銃をはたき落とす。
二つの銃器が音を立てつつ廊下に落ちる。
牽制し間合いを計りつつセレーション(鋸刃)を持つ黒いサバイバルナイフを抜いたトソンはそこで初めて気が付いた。
〈;: −〉「く、っ……」
(゚、゚;トソン「イシダ、あなた……」
自分の後ろに控えていた従者の右腕から紅く紅く紅い血が滴り落ちていることに。
考えてみれば当たり前だ。
イシダは真後ろにいたのだから、咄嗟にトソンが銃弾を避ければ高確率で後ろに立つイシダに当たる。
兼の動きは前に立つトソンが邪魔になり全く見えなかったことだろう。
-
突如として登場した鞍馬兼。
彼の出現で状況は一変し、トソン達の計画は一瞬で頓挫した。
どうして、このタイミングで―――。
(-、-トソン「……イシダ。今日のところは撤退します。あなたは可及的速やかに離脱して下さい」
警戒を途切らせないようにしつつ、動揺を顔に出さないようにしてトソンは言う。
しかしこの場面で二つ返事で命令に従えるイシダではない。
〈;:゚−゚〉「ッ、ですが……私は、まだ……!」
(-、-トソン「あなたがまだ戦えることは分かっていますので。ですから、『戦える内に撤退せよ』と命じています」
右上腕部に被弾。
今すぐに命に関わるような負傷ではない。
今の状態でも暫くは動けるだろうし、止血をきちんと行えば作戦続行も可能だ。
問題は、現在は止血を行えるような状況でないこと。
そして敵が鞍馬兼一人ではないことだった。
-
例えば、イシダが負傷をおして戦い、兼を倒したとする。
二体一でどれほどの時間がかかるのかは分からないが決着時点で少なくない量の血液を失っているはずだ。
その後に撤退するにしても、誰にも遭遇することなくログアウトできるとは限らない。
敵に遭遇した場合、イシダは本調子ではない状態で戦わねばならず、トソンは部下を庇いながら動かなければならない。
手負いの部下を気遣っていたのでは逃げるものも逃げられない。
この『空想空間』での負傷は持続しない。
つまり一度ログアウトしてしまえば、どんな致命傷でも完治するのだ。
ここでイシダが撤退し、万全の状態で再度ログインすれば当初の作戦を続行することができ、鞍馬兼との戦闘が続いていたとしても優位に立てる。
……万が一のことがあったとしても仇を取ることができる。
そこまで思考し、それが伝わっていると信じて、トソンは告げる。
(-、-トソン「……イシダ。あなたは、私に部下を見捨てるような生き恥を晒せと言うのですか?」
〈;:゚−゚〉「そんな、まさか……!」
(゚、゚トソン「ならば退きなさい。あなたは『私を助けたい』のか、それとも『私の為に犠牲になる自分自身に酔いたい』のか、どちらですか?」
献身とは相手の為に犠牲になることではない。
どれほど捧げて尽くしたとしても、それを相手が受け入れなければ――それはただの自己満足であり自己陶酔なのだ。
-
支援
-
より厳しい言葉で言えば、「今のお前は役立たずだから消えろ」になるだろう。
そんな自分勝手な愛は御免被りますとトソンは言う。
トソンが求めているのは一心不乱の愛ではなく、一片氷心の忠誠。
あるいは一蓮托生の意思か。
……いや。
ここにおいては―――。
(-、-トソン「……それに、何を心配しているのですか。あなた一人がいなかったところで私は負けはしません。……私が信用出来ないので?」
求めたのは饒舌な心配ではなく。
寡黙な信頼だっただろうか。
言葉に詰まり、逡巡し、この時間こそが無駄だと思い、イシダは忠誠の意思を示す。
〈:: −〉「……了解しました。此度の分を弁えない意見のご無礼、失礼致しました」
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