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【TRPG】ブレイブ&モンスターズ!

1 ◆jTxzZlBhXo:2017/12/29(金) 00:43:24
――「ブレイブ&モンスターズ!」とは?


遡ること二年前、某大手ゲーム会社からリリースされたスマートフォン向けソーシャルゲーム。
リリース直後から国内外で絶大な支持を集め、その人気は社会現象にまで発展した。

ゲーム内容は、位置情報によって現れる様々なモンスターを捕まえ、育成し、広大な世界を冒険する本格RPGの体を成しながら、
対人戦の要素も取り入れており、その駆け引きの奥深さなどは、まるで戦略ゲームのようだとも言われている。
プレイヤーは「スペルカード」や「ユニットカード」から構成される、20枚のデッキを互いに用意。
それらを自在に駆使して、パートナーモンスターをサポートしながら、熱いアクティブタイムバトルを制するのだ!

世界中に存在する、数多のライバル達と出会い、闘い、進化する――
それこそが、ブレイブ&モンスターズ! 通称「ブレモン」なのである!!


そして、あの日――それは虚構(ゲーム)から、真実(リアル)へと姿を変えた。


========================

ジャンル:スマホゲーム×異世界ファンタジー
コンセプト:スマホゲームの世界に転移して大冒険!
期間(目安):特になし
GM:なし
決定リール:マナーを守った上で可
○日ルール:一週間
版権・越境:なし
敵役参加:あり
避難所の有無:なし

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2 ◆jTxzZlBhXo:2017/12/29(金) 00:44:08
【キャラクターテンプレ】

名前:
年齢:
性別:
身長:
体重:
スリーサイズ:
種族:
職業:
性格:
特技:
容姿の特徴・風貌:
簡単なキャラ解説:


【パートナーモンスター】

ニックネーム:
モンスター名:
特技・能力:
容姿の特徴・風貌:
簡単なキャラ解説:


【使用デッキ】

合計20枚のカードによって構成される。
「スペルカード」は、使用すると魔法効果を発動。
「ユニットカード」は、使用すると武器や障害物などのオブジェクトを召喚する。

カードは一度使用すると秘められた魔力を失い、再び使うためには丸一日の魔力充填期間を必要とする。
同名カードは、デッキに3枚まで入れることができる。

3 ◆jTxzZlBhXo:2017/12/29(金) 00:44:48
【キャラクターテンプレ】

名前:赤城真一/Shinichi Akagi
年齢:17歳
性別:男
身長:174cm
体重:66kg
スリーサイズ:細身だが筋肉質
種族:人間
職業:高校生
性格:熱血、健康不良少年
特技:剣道、バイクの運転
容姿の特徴・風貌:ウルフカットの黒髪、濃い茶色の双眸。服装は赤いTシャツの上から学ランを羽織っている。
簡単なキャラ解説:
日本の湘南で生まれ育った高校二年生。
中学時代は地元で名の知れた不良少年だったが、高校に進学してからは比較的更正した。
実家が剣道道場を営んでおり、剣道の腕前は全国大会にも出場したことがある程。
高校進学と同時にアルバイトを始め、貯めた給料でバイクを購入した(ホンダのホーネット250)。
バイクに乗るのが趣味だったが、最近は友人の勧めで始めた「ブレイブ&モンスターズ!」にも熱中している。


【パートナーモンスター】

ニックネーム:グラド
モンスター名:レッドドラゴン
特技・能力:頑強な爪や牙を使った格闘戦、炎のブレス、高速飛行
容姿の特徴・風貌:全身を覆う赤い鱗と、左右一対の翼、琥珀の二本角を持つ中型のドラゴン。
簡単なキャラ解説:
「竜の谷」に生息する火竜であり、韻竜と呼ばれる貴重な古代種の末裔。
まだ幼生なので、成体に比べるとサイズは大きくないが、韻竜に相応しい高度な知能と戦闘力を誇る。


【使用デッキ】

・スペルカード
「火の玉(ファイアボール)」×3 ……対象に向かって火球を放つ。
「火球連弾(マシンガンファイア)」×2 ……無数の小火球を放つ。
「炎の壁(フレイムウォール)」×2 ……眼前に炎の壁を生成する。
「燃え盛る嵐(バーニングストーム)」×1 ……強力な炎の嵐を繰り出す。
「大爆発(ビッグバン)」×1 ……特大の火球を生成して放つ。
「陽炎(ヒートヘイズ)」×1 ……陽炎によって幻影を作る。
「火炎推進(アフターバーナー)」×3 ……自身の後方に炎を噴射し、高速移動する。
「限界突破(オーバードライブ)」×1 ……魔力のオーラを纏い、身体能力を大幅に向上させる。
「漆黒の爪(ブラッククロウ)」×1 ……パートナーの爪や牙などに、漆黒の気を纏わせて硬化させる。
「高回復(ハイヒーリング)」×2 ……対象の傷を癒やす。
「浄化(ピュリフィケーション)」×1 ……対象の状態異常を治す。

・ユニットカード
「炎精王の剣(ソード・オブ・サラマンダー)」×1 ……炎属性の魔剣を召喚する。
「トランプ騎士団」×1 ……剣、盾、杖、銃を持った4体の騎士人形を召喚する。

4 ◆jTxzZlBhXo:2017/12/29(金) 00:45:21
名前:崇月院なゆた/Nayuta Suugetuin
年齢:17歳
性別:女
身長:163cm
体重:ヒミツ
スリーサイズ:83-59-85
種族:人間
職業:高校生
性格:世話好き かわいいもの好き 負けず嫌い
特技:家事全般
容姿の特徴・風貌:
肩甲骨までの長いストレートヘアをシュシュで左側に纏めたサイドテールと、頭頂部のアホ毛
気の強そうなつり目がちの整った顔立ち、学校指定のセーラー服

簡単なキャラ解説:
赤城真一の自宅の隣に住む幼馴染。
学校では優等生で通っており、生徒会で副会長をしていることもあり教師の受けは上々。
成績優秀、運動神経も人並み以上で学校ではゲームの「げ」の字も出さない。
「ブレイブ&モンスターズ!」に関しても、なんとなく暇潰しで始めたエンジョイ勢……
と思いきや、実は実家でのバイト代のすべてを「ブレイブ&モンスターズ!」につぎ込むガッチガチのガチ勢。
学生なので限りはあるものの同年代のプレイヤーより遥かに重課金している。
赤城真一に「ブレイブ&モンスターズ!」を勧めた張本人。
実家は寺。「なゆた」という名前で幼い頃からかわれたのが心の傷になっており、周囲には「なゆ」と呼ばせている。
成績優秀だが肝心なところで抜けている、いわゆるポンコツ属性持ち。

【パートナーモンスター】

ニックネーム:ポヨリン
モンスター名:スライム
特技・能力:変幻自在の身体、耐久力に優れる
容姿の特徴・風貌:
普段は60センチ程度の水色で楕円形の物体
硬さは通常グミキャンディー程度だが、命令によってゲル状になったり硬化することも可能

簡単なキャラ解説:
「ブレイブ&モンスターズ!」のマスコットキャラにして序盤のザコキャラ。
ぷよぷよしたボディとつぶらな瞳で人気。レア度は最低レベルだが、実は鍛えると強い。
なゆたのえげつないデッキのコンボによって、低レアだからと舐めプしてくるプレイヤーを狩りまくる日々。



【使用デッキ】

・スペルカード
「形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)」×2 ……瞬間的に硬くなる。
「形態変化・軟化(メタモルフォシス・ソフト)」×2 ……瞬間的に軟らかくなる。
「形態変化・液状化(メタモルフォシス・リクイファクション)」×1 ……瞬間的に液体化する。
「毒散布(ヴェノムダスター)」×1 ……毒を振りまき対象に継続ダメージを与える。
「分裂(ディヴィジョン・セル)」×3 ……瞬間的に二対に分裂する。重ねがけで更に倍々で増える。水フィールドだと更に倍
「再生(リジェネレーション)」×2 ……パートナーに継続回復効果を与える。
「麻痺毒(バイオトキシック)」×1 ……対象を麻痺させしばらく行動不能にする。
「限界突破(オーバードライブ)」×1 ……魔力のオーラを纏い、身体能力を大幅に向上させる。
「鈍化(スロウモーション)」×1 ……対象の素早さを著しく下げる。
「融合(フュージョン)」×1 ……合体する。
「高回復(ハイヒーリング)」×1 ……対象の傷を癒やす。
「浄化(ピュリフィケーション)」×1 ……対象の状態異常を治す。

・ユニットカード
「命たゆたう原初の海(オリジン・ビリーフ)」×2 ……フィールドが水属性に変化する。
「民族大移動(エクソダス)」×1 ……とにかく大量のスライムを召喚する。

5 ◆jTxzZlBhXo:2017/12/29(金) 00:46:24
【キャラクターテンプレ】

名前:うんちぶりぶり大明神(本名:瀧本)
年齢:25
性別:男
身長:175
体重:58
スリーサイズ:肥満ではないが筋肉もついてない
種族:人間
職業:会社員(総務課)
性格:卑屈だけど声は大きい
特技:運営を煽るためだけのクソコラ編集技術
容姿の特徴・風貌:毛羽立ったオールバックによれよれのスーツ
簡単なキャラ解説:
今月の残業時間が80を超えた社畜。ただし残業理由は仕事量ではなくソシャゲに夢中なため。
『ブレイブ&モンスターズ!』を長らくプレイしているが、ガチ勢ではなく課金も少額。
主な活動場所はゲーム内ではなくフォーラムやツイッターの公式アカウント。
重箱の隅を突くようなクソリプや批判スレッドを毎日大量に立てる古式ゆかしきフォーラム戦士。
仕事中も暇を見つけてはフォーラムで暴れまわり、既に3回アカウントを凍結されている。
何度BANされてもめげずに似たようなアカウント名で運営や信者と大論戦を繰り広げていたため、
ゲーム内では悪い意味で『明神』の名前が有名になった晒しスレの常連。
批判のためだけにゲームの仕様に精通し、多分ガチ勢より詳しい(自慢)。

【パートナーモンスター】

ニックネーム:ヤマシタ
モンスター名:リビングレザーアーマー
特技・能力:剣、槍、弓、杖など多彩な武器とそのスキルを扱うことができる
      回復力が高く、破壊されても別の鎧に憑依することで復帰が可能

容姿の特徴・風貌:
つやつやしたハードレザー製の全身鎧。兜の中身はどどめ色の靄が入っている。
その靄の中から付属部品である様々な武器を取り出したりしまったりする。

簡単なキャラ解説:
死者の怨念が取り付いて魔物と化したいわゆる『動く鎧』。
その中でも最下級のモンスターで、材質も鋼鉄ではなく序盤に買える革製の鎧。
材質相応のみじめな防御力のため序盤の冒険者の稼ぎどころとして愛される悲しき存在。
しかし軽さゆえに前衛・後衛問わず『誰でも着れる』という特性は、取り憑く怨念を選ばないということであり、
育成すれば職業適正を問わない多彩なスキルを覚えるスルメのような持ち味の魔物である。
フレンドのいない明神はこのソロ性能の高さに目を付けて重用していた。
ちなみにニックネームは明神の職場の上司(怖い)。

【使用デッキ】

・スペルカード
「工業油脂(クラフターズワックス)」×3 ……ねばねばした油を撒き散らす。時間経過で硬質化するため乱発すると他人に迷惑
「終末の軋み(アポカリプスノイズ)」×1 ……騒音を立てて敵の集中力を奪う。普通にうるさいので他人に迷惑
「幽体化(エクトプラズム)」×2 ……自分の肉体から幽体離脱する。その間本体は無防備。攻撃力はないが目障りなので迷惑
「迷霧(ラビリンスミスト)」×3 ……濃い霧を散布して、範囲内にいる全ての者の視界を奪う。本当に迷惑
「黎明の剣(トワイライトエッジ)」×2 ……パートナーの武器に光属性のオーラを纏わせ攻撃力上昇
「万華鏡(ミラージュプリズム)」×1 ……対象の分身を3つ出現させる。分身は対象の半分のステータスで自律行動可能
「座標転換(テレトレード)」×2 ……指定した2つの物体の位置を入れ替える
「濃縮荷重(テトラグラビトン)」×2 ……一定範囲にかかる重力を二倍に引き上げる

・ユニットカード
「武具創成(クラフトワークス)」×2 ……任意の武器か防具を複数生成する。他人も装備可能
「奈落開孔(アビスクルセイド)」×2 ……近付く者を引きずり込む亜空間の入り口を生成。閉じると出られない

6 ◆jTxzZlBhXo:2017/12/29(金) 00:47:09
名前:五穀 みのり(プレイヤーネーム:五穀豊穣)
年齢:18歳
性別:女
身長:165cm
体重:50kg(四捨五入)
スリーサイズ:87-60-88
種族:人間
職業:農業
性格:ドライ
特技:農作業、トラクターの運転
容姿の特徴・風貌:おっとりのした表情、茶髪ギブソンタック、ツナギの作業服と長靴

簡単なキャラ解説:
とある田舎の専業農家の後継ぎ娘、農業高校卒業後、家業を継ぐ
農作業で鍛えられた肉体は頑強にして壮健、持久力に優れる
代々続く農家であり己の立場に納得もしているが、周囲が青春を謳歌している中で男に縁のない農作業を続ける不満もあり
手間のかかるギブソンタックの髪型を保っているのはその反発心の表れ

大きな農家であり、かなり裕福
お金には困っていないが農作業は過酷であり、むしろ使い道がないのでどんどんブレモン!への課金量が増える
ただし農作業の間に遊ぶ程度なので、プレイングやコンボ構築の試行錯誤の為の時間は圧倒的に少ない。
故にレアカードが揃い戦闘力は高くともランキングに乗ってくることはなかった

「欲しいカード?出るまで買えばよろしいですやろ?
出現率1%って事は100回買えば必ず手に入るのであるわけやし、運任せよりわかりやすくてよっぽどええやないの」

【パートナーモンスター】

ニックネーム:イシュタル
モンスター名:スケアクロウ
特技・能力:防御能力が高く、回復・強化に優れる
150センチほどの案山子
顔はカボチャに目鼻を書き込み、眼深にとんがり帽子を被っている
案山子で所詮は藁の体で機動力や防御力は低い
しかし探知能力が高く、HPや回復力が高い
ダメージ反射を主体とするバインドコンボに適しているため拠点防衛には無類の強さを誇る

簡単なキャラ解説:
スマホ向けアンチウィルスソフト会社とのコラボ企画で、グッズフルコンプリート(総額15万円)&アンチウイルス契約者へのプレゼントキャンペーンで契約者に送られる特典モンスター
聖域(田畑)の守護者と銘打たれているが、石油王のコレクターズアイテムの象徴的な存在として見られている
ニックネームイシュタルはメソポタミアの豊穣神から

【使用デッキ】

・スペルカード
「肥沃なる氾濫(ポロロッカ)」×2 ……フィールド上を洪水が押し流し、与えたダメージ分回復
「灰燼豊土(ヤキハタ)」×2 ……フィールド上を業火が包み、与えたダメージ分回復
「浄化(ピュリフィケーション)」×3 ……対象の状態異常を治す。
「高回復(ハイヒーリング)」×2 ……対象の傷を癒やす。
「地脈同化(レイライアクセス)」×1 ……地脈の力を吸い上げ継続回復
「威嚇結界(フィアプレッシャー)」×1 ……範囲内の敵の攻撃力をダウンさせる
「来春の種籾(リボーンシード)」×1 ……致命のダメージを負ってもHP1残して復活できる

・ユニットカード
「雨乞いの儀式(ライテイライライ)」×2 ……雨を降らせてフィールドを水属性に変化させる
「太陽の恵み(テルテルツルシ)」×2 ……太陽を照らせてフィールドを火属性に変化させる
「荊の城(スリーピングビューティー)」×1……荊の城を出現させる。荊に触れたものは睡眠状態に
「防風林(グレートプレーンズ)」×1……林立する樹を出現させる。風属性や衝撃波を軽減
「囮の藁人形(スケープゴートルーレット)」×1 ……5体の藁人形を出現させる。身代わりとなり攻撃を受け、内1体は他の藁人形を受けた累積ダメージを反射する
「収穫祭の鎌(サクリファイスハーベスト)」×1 ……攻撃力0の鎌。累積ダメージがそのまま攻撃力になる

7 ◆jTxzZlBhXo:2017/12/29(金) 00:48:34
【キャラクターテンプレ】

名前:“知恵の魔女”ウィズリィ(Wizly)
年齢: 14歳
性別: 女
身長: 151cm
体重: 41kg
スリーサイズ:81-57-80
種族:魔女術の少女族(ガール・ウィッチクラフティ)
職業:森の魔女
性格:無口で物静かだが、必要である時には押しが強い。
特技: 本の速読
容姿の特徴・風貌:色白な肌、流れるような長い黒髪は腰辺りで無造作にリボンで結んでいる。瞳は紫と黄金のオッドアイ。ゆったりした黒いローブ状の服を好む。
簡単なキャラ解説:
アルフヘイムとニヴルヘイムの狭間に広がる「忘却の森」出身の一族(ブレモンではモンスターの一種)の一人。
アルフヘイムを襲った「とある困った事態」に際し、おろおろする大人たちを他所にウィズリィは逆に興奮を隠せずにいた。
「……伝説は本当だったのね……異世界から現れる魔物使い達……!」
窮状を救ってもらえると喜んだこと自体は本当である。
ただ、ウィズリィが極端な実践主義者だったことが吉と出るか凶と出るか……。
後、運動は基本的に苦手だぞ。大丈夫か。


【パートナーモンスター】
ニックネーム: ブック
モンスター名: 原初の百科事典(オリジンエンサイクロペディア)
特技・能力:
◎知識の源流(ナレッジオリジン):数多くの事柄についての知識を有する。また、現地の民であるウィズリィが(外部からやってきた人々と同様に)スペルを使用できるのは彼のおかげである。
◎知の避難所(ナレッジへイブン):契約者のデッキのカードを4枚まで格納することができる。それらのカードはスペルやユニットの効果の対象にならないほか、魔力充填速度が倍になる。
◎小さな知の片鱗(ピースオブナレッジ):基本4属性(地水火風)の中位魔法までを使用可能。
容姿の特徴・風貌: 1辺30〜40cmほどの豪奢な装丁の百科事典。外見的にはそれ以上でも以下でもない。自律して飛んでいるのは少々驚きに値するかもしれないが。
簡単なキャラ解説: 忘却の森のほど近く、世界図書館マップに出現する『リビングブック族』のうちの1種類。ウィズリィが連れているのは、その中でも中堅辺りに位置する個体である。
         付き合いは相当に長く、出会った時に比べてその能力は何倍にも高まっている。

【使用デッキ】
・スペルカード
「知彼知己(ウォッチユーイフミーキャン)」×3……敵1体の情報を一通り解析する。相手がデッキを所有しているならデッキリストも分かる。
「多算勝(コマンド・リピート)」×3……魔力充填期間中のカード1枚を使用可能状態に復帰させる。
「其疾如風(コマンド・ウインド)」×1……範囲付与。味方全員に飛行能力を付与する。速度は全力疾走のさらに倍程度。
「其徐如林(コマンド・ウッズ)」×1……範囲内の使用可能な全てのカードを、使用に10分ほどの魔力充填期間を必要とする状態に移行させる。また、すでに魔力充填中なら加算する。
「侵掠如火(コマンド・ファイア)」×1……強力な炎の嵐を繰り出す。「燃え盛る嵐」の同系再販。
「不動如山(コマンド・マウンテン)」×1……既に起動しているユニットカード、スペルカード1枚の効果を打ち消す。
「難知如陰(コマンド・シャドウ)」×1……敵1人のデッキからカード1枚を選び、選んだカードを使用不可能状態にする。
「動如雷震(コマンド・サンダー)」×1……雷撃を召喚し、範囲攻撃を行う。威力は高いが隙が多め。

ユニットカード
「忘却殺しの杖(ハードメモラライズ)」×3……発動時、スペルカードを1枚指定し同時に使用する。この杖を振うと指定したカードの効果を幾度も使う事が出来る。
                            ただし、杖は10分程度で壊れる。
「魔に触れぬ誓いの槍」×2……非常に高い攻撃力を持つ槍。ただし、槍の視界内で(先端に目が付いている。グロい)カードが使用された場合、即座に召喚は解除される。
「城塞」×3……その名の通り、石造りの非常に堅牢な城塞を作り出す。

8 ◆jTxzZlBhXo:2017/12/29(金) 00:49:10
【キャラクターテンプレ】

名前:佐藤メルト(プレイヤーネーム:メタルしめじ)
年齢:14歳
性別:女
身長:138cm
体重:35kg
スリーサイズ:B60 W47 H62
種族:人間
職業:中学生
性格:慇懃無礼、ネット弁慶
特技:ゲームのバグ探し
容姿の特徴・風貌:肩までの長さの黒髪。右側の額から頬にかけて大きな傷跡があるのを前髪で隠している

簡単なキャラ解説:ごく普通の少女であったが、小学生の時に不良同士の喧嘩に巻き込まれて顔に傷を負って以来、不登校となった
 家に居る間は「ブレイブ&モンスターズ!」を延々とプレイしている無課金廃プレイヤー

そのプレイスタイルは極めて悪質であり、外部サイトを利用してのシャークトレードまがいの行為やRMT、
 バグを利用したアイテム入手、マクロを使用したキャラ育成など、規約違反を複数に渡り行っている
 メルトがこの世界を訪れた時は、最近見つけたカード増殖バグを行っている最中であった為、産廃カードの所有率が非常に高い

【パートナーモンスター】

ニックネーム: ゾウショク
モンスター名: レトロスケルトン
特技・能力:一部の属性を除く魔法攻撃に対する耐性が極めて高い反面、物理攻撃に対しては非常に脆い
容姿の特徴・風貌:人間の白骨の様な姿。頭蓋骨に魔法陣が彫り込まれている

簡単なキャラ解説:
無念の死を遂げた屍が魔力の影響を受ける事により動き出した。所謂アンデット
チュートリアルの道中に出現するコモンモンスターであり、脆く弱い
ドロップアイテムも『骨の欠片』だけなので倒しても何一つ旨味がなく、プレイヤー達には見向きもされない。
尚、初期装備では倒す為に2撃が必要になる為、速度が命のリセマラ勢に蛇蝎の如く嫌われている
本体は頭蓋骨

【使用デッキ】

・スペルカード
「腐肉喰らい(スカベンジャー)」×1 …… モンスター撃破時のアイテムドロップ率に×1.5の補正が掛かる。
「死線拡大(デッドハザード)」×2 …… 対象に『状態異常:アンデット』を付与する
「生存戦略(タクティクス)」×1 …… 敵味方問わず、範囲内のモンスターに対して回復効果(大)
「骨折り損(デッドラック)」×3 …… 『状態異常:アンデット』のモンスターが致命のダメージを負った際、HP1の状態で踏み止まる
「愚鈍な指揮官(ジェネラルフール)」×2 …… 所持するアイテムを3つ破棄する事で、スペルカード1枚の効果発動を遅延する
「感染拡大(パンデミック)」×1 …… 敵味方問わず、効果範囲内のモンスターの状態異常耐性を戦闘終了までの間半減する
「携帯食(カロリーブロック) ×1 …… 使用後、戦闘終了まで毎ターンHP回復(極小)
「病原体(レトロウイルス)」×1 …… 1ターンの間、対象の状態異常耐性を半減する
「勇者の軌跡」×2 …… HPが1割以下の状態でのみ使用可能。対象の状態異常を全て解除し、更に、戦闘終了まで運以外の全ステータスが毎ターン上昇する
             尚、HPが2割以上になるとステータスの上昇は停止する

・ユニットカード
「骨の塊」×2 …… アイテム『骨の欠片』を持つ場合のみ使用可能。骨の欠片を3つ入手する。
「戦場跡地」×1 …… フィールドから継続的にオールドスケルトンが湧き出る様になる。特定のフィールドにおいては湧き出るスケルトンの種類が変化する
「血色塔」×1 …… 赤く発光する塔を産み出す。塔が破壊されるか、一定時間が経過するまで範囲内のプレイヤーとモンスターは全ての色が赤色と黒色でしか認識出来なくなる

9赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2017/12/29(金) 01:07:39
見上げる空の左半分には、燃えるように鮮やかな紅が広がり、もう片方は暗い海の底のように、冷たい蒼で染まっている。

――月は東に、日は西に。
そんな言葉を体現している美しい光景だったが、その空の下に取り残された少年――赤城真一には、とても景色に見惚れている場合ではない理由があった。

「……おいおい、ここは一体どこなんだ?」

彼はほんの小一時間ほど前まで、日本の湘南に住む平凡な高校生だった。
中学の頃は少しばかりやんちゃをし過ぎたせいで、悪目立ちしてしまったこともあったが、ただそれだけだ。
毎日地元の高校へ通い、放課後はバイク屋のアルバイトに精を出す、ごく一般的な高校生。
そして、彼は今日も江ノ電に乗り、帰路についている最中だった筈。なのだが――

「寝過ごしてどっか遠くの駅まで来ちまったのか? いや、それにしても、江ノ電の沿線にこんな場所なんてなかった筈だけど……」

真一が気付いた時、そこは見知らぬ線路の上だった。

足元には、ところどころ崩れたレール。
付近には、古いステーション……のように見えなくもない廃墟。
そして、地平の彼方まで広がっている、見渡す限りの荒野。

最初は寝過ごして遠くまで来てしまったのかと思ったが、こんな駅は江ノ電の沿線上には存在しない。
そもそも、ここが日本なのかどうかさえも怪しい。
真一は眉間の辺りを指でつまみ、必死に記憶を辿ってみるが、それらしい心当たりは全くなかった。
思い出せることといえば、いつも通り授業を終え、帰りの電車の中で「ブレイブ&モンスターズ!」の対戦でもしようかと、アプリを立ち上げたくらいだ。

その後、唐突に真一の記憶は途切れ、いつの間にやらこの場所に立っていた。
しかし、吹き付ける風の感触や、砂の匂いはまさしくリアルそのものであり、白昼夢の中に迷い込んでしまったということも考えにくい。
ならば、ここは一体どこなんだろうか? 自分は何故、こんな場所にいるのだろうか?

とりあえず誰かと連絡を取ろうとスマホを起動してみるが、電波は圏外でアンテナ一つ立っていない。
真一は仕方なく近くの廃墟へと足を進め、手掛かりになるものでも見付からないかと探索を試みようとする。
だが、その直後、廃墟の壁を突き破って、何かが砂地の下から躍り出た。

真一の前に現れた“それ”は、俄には信じがたい姿形をしていた。

「サンドワーム……! ウソだろ!?」

それは真一も熱中している「ブレモン」に登場する、サンドワームという種族名の大蛇であった。
このような荒野や砂漠を生息地としており、全身は甲殻類みたいに頑強な皮膚で覆われている。
そのため、物理攻撃に対して高い防御力を誇り、強力な猛毒も持ち合わせているので、かなり厄介なモンスターとして知られている。
――しかし、それはあくまでもゲームの中の話だった筈だ。

10赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2017/12/29(金) 01:08:15
『シャアアアアアーッ!!』

サンドワームは巨大な口から涎を垂らしながら、眼下に捉えた真一を獲物と見定める。
これが現実なのか、夢なのかなど、こうなってしまってはどうでもいい。
思考よりも先に動物的な恐怖に襲われた真一は、文字通り脱兎の如くその場から逃げ出した。

「冗談じゃねえ、何だってんだ一体!!」

真一は日本人高校生としては、かなり足が速い部類の少年だったが、それでもサンドワームと比較すれば相手にならない。
サンドワームは砂地の上を這って進み、瞬く間に彼我の距離を詰める。
自身のすぐ背後に迫る吐息の感触で、最早ここまでと真一が歯を食いしばった瞬間、不意にポケットに入れたスマホが振動を始めた。

『もー、何やってんだよ! 早くキミのパートナーを召喚して!!』

そして、真一はスマホの振動と同時に何者かの声を聞いた。
――いや、それは「聞いた」というよりは、もっと脳内へ直接響き渡るような声だったのだが、声の主が誰かを気にする余裕などありはしない。
ともかく、その指示通りに慌ててスマホを取り出すと、画面上には何故かブレモンのアプリが起動されていた。
ブレモンはオンラインゲームなので、電波の入らない場所ではログインすらできない筈なのだが、それを見た真一には何か確信じみた予感があった。

真一は縋るような思いでスマホを操作し、画面に表示された〈召喚(サモン)〉のボタンをタップする。
――その瞬間、強烈な閃光がスマホから迸り、真一の眼前に“何か”が現れた。

それは炎を帯びた右腕を振り被り、鋭い一撃でサンドワームの巨体を吹き飛ばす。

「……まさかお前、グラドなのか?」

真一の眼前に立つそれは、全身に真紅の鱗を纏い、頭部には琥珀の二本角。
そして、背には一対の翼を有する、レッドドラゴンの姿そのものであった。


こうして、この異世界で真一とグラドは邂逅を果たす。
しかし、彼らの出会いは、後に二つの世界を揺るがすことになる、勇気と友情の物語の始まりに過ぎなかった。

11崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2017/12/29(金) 01:09:00
「……どこ? ここ……」

どこまでも続く、見渡す限りの荒野。
生命という生命のすべてが死に絶えたようにも見える、荒涼たる光景の中に立ち尽くし、崇月院なゆたは呆然と呟いた。
なゆたは湘南にある隼ヶ峰(はやぶさがみね)高校の生徒会で、副会長を務めている。
今日も人当たりのよさと生真面目さだけが長所の生徒会長とふたり、放課後の生徒会室で資料整理に追われていたのだ。
時刻が午後五時を回り、生徒会長が帰宅すると、なゆたは生徒会室でひとりになったのをいいことに、スマートフォンを取り出した。
帰る前にちょっとだけ、今や世間で知らない者のいない大人気ソーシャルゲーム「ブレイブ&モンスターズ!」をしようと思ったのだ。

――が。

スマートフォンの液晶画面をタップし、ブレモンのアイコンに触れてアプリを起動させた瞬間――
なゆたの身体は隼ヶ峰高校の生徒会室ではなく、見たこともない荒野に投げ出されていたのだった。

「……はぁー……」

ぽかんとした間の抜けた表情のまま、スマートフォンを右手に握りしめたなゆたは息を吐く。
ひゅうう……と乾いた風が頬を擽り、シュシュで纏めたサイドテールと制服の短いプリーツスカートを揺らしてゆく。
いかにも気の強そうな眼差し以外は概ね整っている、まずまず美人と言っていい顔立ちの少女であるが、今は呆然自失といった表情だ。
ほんの数瞬前まで見慣れた生徒会室の中にいたというのに、一瞬で荒野のど真ん中に放り出されては無理もない。
はっと我に返ると、まず白いニーハイに包んだ太股をギュッとつねる。

「痛った!」

痛い。――紛れもない現実である。第一、白昼夢など見るほど耄碌してはいない。ピチピチ(死語)の17歳だ。
ならば、これはいったいどういうことなのか?
ふと、足許にレールが敷いてあることに気付く。錆びつき、もう長い間使用されていないであろう線路だ。
線路は前方にずっと続いており、その果てに何やら人工の建築物のようなものが見える。
周囲には他にランドマークになりそうなものはない。あるのは乾いた大地と、美しくもどこか不吉に見える紅蒼の空だけだ。
スマートフォンは圏外。これでは救助も呼べない。

「……なんなのよ、もう……! 意味がわかんない!」

ここがどこかもわからない。ブレモンのアプリも起動できない。
早く帰ってログインしなきゃ、デイリーログインボーナスをもらいそびれちゃう――。
そんなどこか呑気なことを考えながら、なゆたはとりあえず建築物らしきものの方向へ歩き出した。
ここに突っ立っていてもしょうがない。まずは行動、トライアンドエラーである。
と、その瞬間、遠くに見える目的地から突然何かが飛び出すのが見えた。
人間を一呑みにしてしまうくらいの大きさの長虫。それが、同じく遠くに見える人のような影に向かってゆく。
なゆたは瞠目した。もちろん、現代日本での生活においてそんな生物に遭遇したことなどかつてない。

「な……、なに? あれ……!?」

もちろん、なゆたの独語に答えを与える者などいない。
しかし、なゆたの相手をしようと出現した者ならば、いた。
なゆたの前方の柔らかい砂地が不意に隆起し、ざざざ……と音を立てて、巨大なロープ状の生物が現れる。
それはたった今遠くの建築物に出現したものと同じ、見たこともない異形の長虫だった。

12崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2017/12/29(金) 01:09:33
いや、見たことがないというのは誤りである。
なゆたはこの怪物を見たことがある。見たことがあるどころか、『見慣れている』。
それは大人気ソーシャルゲーム「ブレイブ&モンスターズ!」のモンスター、サンドワームだった。

「サ、サササ、サンド……ワーム……!」

これは夢か、幻か。どちらにしてもリアルすぎる。
キシャアアーッ! とどこからか耳障りな叫び声を上げ、サンドワームが襲い掛かってくる。
節くれだった胴体の先端にぽっかり空いている巨大な口が、なゆたを養分にしようと迫る。
なゆたは間一髪危ういところで避けると、こけつまろびつ駆け出した。

「な、なんなのよ、なんなのよ、なんなのよーっ!」

必死で走るものの、脚がもつれてうまく行かない。一方のサンドワームはここがホームグラウンドとばかりに距離を詰めてくる。
挙句なゆたはほんの小さな地面の凹凸に足を取られ、どっと前のめりに転倒した。

「……ぅ、う……ぁ……」

サンドワームが涎を垂らしながらにじり寄ってくる。なゆたは絶望に蒼褪めた。
こんなワケのわからないところで、ゲームの敵キャラなんかに喰い殺されるなんて。
まだ、捕まえてないレアキャラが沢山いるのに。アイテム合成してないのに。マンスリースコアランキング更新してないのに。
こんなトコロで、死んじゃうなんて――。
そのとき。

『もー、何やってんだよ! 早くキミのパートナーを召喚して!!』

声が、聴こえた。

「……へっ?」

思わず頓狂な声を出してしまう。
見れば、ずっと硬く握りしめていたスマホの液晶画面が明滅している。
液晶画面いっぱいに、手塩にかけて育て上げたパートナーモンスターが映し出されている。
『ここから出して!』と言わんばかりに、ぽよん、ぽよん、と飛び跳ねている。
圏外でネットに繋がらないときは、タイトル画面を見ることさえできないはずなのに――。
自らの置かれた状況も忘れ、なゆたは液晶画面に語りかける。

「……出せ、って。そう言ってるの?」

ぽよん、ぽよん。

「そんなことが……できるの? あなたは、ゲームでしょ?」

ぽよん、ぽよよん。

「……信じても……いいの?」

ぽよよんっ、ぽよんっ。

「わかった。わかったよ……あなたを信じるよ。それなら!」

荒唐無稽なことを考えているのは、わかってる。そんなバカなことなんてない、ということも。
でも、それをやらずにはいられない。

13崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2017/12/29(金) 01:11:24
「おいで! ――ポヨリン!!」

なゆたはパートナーの名を呼ぶと、大きく右手を振って左手に持ったスマホに表示された〈召喚(サモン)〉のボタンをタップした。
その、途端。

『ぽよぽよ、ぽよよん、ぽよよよよ〜〜〜んっ!!!』

スマホが眩い光を放ち、液晶画面が不意に盛り上がる。
と、そこからぼよんっ!と弾き出されるように、60センチ程度の水色の球体が飛び出してきた。
白目のない黒くてくりくりした双眸と、愛嬌のある口。つるつるすべすべ、ぷにぷにの身体。
シンプル極まりない顔立ちは、某太鼓ゲームのキャラクターのそれに酷似しているかもしれない。
なゆたの召喚に応じて出現したのは、「ブレイブ&モンスターズ!」の看板キャラにしてマスコット的存在。
初めて冒険に出たプレイヤーの九割九分九厘が初陣の相手にする、基本中の基本モンスター。

スライム、だった。

「……で……、出た……」

なゆたは驚愕するしかない。
出現したスライム、なゆたがポヨリンと名付けたパートナーモンスターは、サンドワームと真っ向から対峙した。
なお、相変わらずぽよぽよと小さなジャンプを繰り返している。
ポヨリンとサンドワームが対峙している、その光景。
それにも、なゆたは見覚えがあった。

(……これ。ゲームと一緒だ……。わたしがいつもやってる、「ブレイブ&モンスターズ!」の画面と……!)

いまだにここがどこなのかわからないし、自分がなぜいるのかもわからない。
こんなバケモノがいる理由も不明だし、ゲームキャラクターであるはずのポヨリンが実際に現れたのも意味不明だ。
だが。

(……ゲームなら……勝てる!!)

それだけは、ハッキリしている。
握りしめたスマートフォンが輝く。見れば、いつもの見慣れたバトルコマンドが表示されている。
なゆたが得意としているスペルカードのデッキが展開され、選ばれるのを待っている。
で、あれば。
あわや虫のエサかと思っていたが、俄然心に余裕が生まれてきた。

「西関東エリア・ランキングベスト20を舐めんじゃないわよ! この……コモン素材風情が!!!」

素早くスペルカードの一枚ををタップし、ポヨリンに指示を送る。
自分の十数倍もの長さ、大きさを誇るサンドワームを前にしても臆することなく、ポヨリンは強く地面を弾いて跳躍した。

14崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2017/12/29(金) 01:11:56
「やっぱり『サンドワームの甲殻』しかドロップしないか。この素材はダブついてるからスルーね……」

絶命したサンドワームを調べながら、小さく息をつく。
サンドワームは甲殻による高い防御力を誇り、猛毒をも有するモンスターということで危険視されている。
が、それは「ブレイブ&モンスターズ!」を始めてそう日が経っていないプレイヤーの話である。
二年前、このゲームがリリースされる前から事前登録しており、今も湯水のように課金しているプレイヤーからすれば雑魚でしかない。
実際なゆたもポヨリンもピンピンしている。重課金者にしてランカーの面目躍如である。

「おいで! ポヨリン!」

『ぽよぽよ! ぽっよよよ〜んっ!』

なゆたが大きく両手を広げると、ポヨリンは大きくジャンプしてなゆたの胸に飛び込んできた。
画面を見てイメージしていた通り、すべすべでぷにぷにの素敵な触り心地だ。
実体化と、マスターに抱擁される喜びを現すように、ポヨリンが頬擦りをしてくる。
なゆたはしばらく犬でも相手にするようにポヨリンとじゃれ合った。

「さて。ポヨリンのお蔭で、身の安全は保障されたわけだけど」

それから、気を取り直して現状を整理する。
サンドワームとポヨリンが出現し、スペルカードが使えたということは、ここは「ブレイブ&モンスターズ!」の中なのだろうか?
最近はVRもだいぶ進歩してきたが、ヘッドセットなどつけた覚えはないし、第一こんなにリアルではあるまい。
といって病気や幻覚の類とも思えない。健康優良児のなゆたである。
結局、何もわからないということだ。はぁ、と一度息をつく。

「結局、あそこへ行くしかないってわけね……」

遠くに見える、崩れかけた建築物に視線を向ける。
そういえば先程、サンドワームに襲撃された人影を見たような気がした。もし、その人が事情を知っているならしめたものである。
逆に危険な存在であったとしても、ポヨリンがいれば安心であろう。
西関東エリアのマンスリースコアランキングでは、20位を下回ったことのないなゆたである。
抱いていたポヨリンを下ろすと、ふたたび歩き始める。
まずは、一人(と一匹)旅を解消するため。協力者を募るため。

一緒に、物語を紡いでゆくために。


【一路廃墟へ】

15赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2017/12/29(金) 01:16:48
それは、まるでお伽噺のような光景だった。

真一の眼前で対峙する、紅蓮の飛竜と甲殻虫。
しかし、グラドの纏う熱気が、敵から感じられる確かな殺意が――この光景が、夢でも幻でもないことを証明している。

『グルルルルルルッ……』

グラドは口の端から炎の吐息を漏らしながら、低い唸り声を上げて、サンドワームを睨み付ける。
先程は鋭い鉤爪で一閃されたサンドワームであったが、よく見てみれば大したダメージを負っているようにも思えない。
ゲームの中では、サンドワームは物理攻撃に強い耐性を持っているモンスターだった。
だとすれば、こいつを倒すには一体どうすればいいか――

『ほらほら、パートナーが力を発揮するためには、キミの協力が不可欠だよ? 早く指示を出さないと!』

――と、そこでもう一度、さっきの声が頭の中に響いた。
相変わらず耳から入るのではなく、直接脳内を刺激されるような不思議な感覚だったが、言っていることは理解できる。
そして、真一は握り締めたスマホに再び目を落とすと、画面上にはまさしくゲーム通りのバトルコマンドが表示されていた。
あの時は〈召喚(サモン)〉のボタンをタップし、グラドを喚ぶことができた。
ならば、こいつはどうだろうか――

「食らいやがれ――〈火の玉(ファイアボール)〉!!」

真一はスマホを操作して、スペルカードをプレイする。
すると、次の瞬間には虚空に火球が現れ、サンドワームの胴体を穿ち貫いた。

16赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2017/12/29(金) 01:17:08
『キシャアアアアアアッー……!!』

火球を受けたサンドワームは、おかしくなったように身悶えしながら、壮絶な絶叫を轟かせる。
幾ら全身を甲殻で覆われているといっても、所詮は芋虫なのだ。
物理には耐性があっても、こういった炎属性の攻撃には滅法弱いのが弱点である。

そして、怒り狂ったサンドワームは、獰猛な牙を思い切り見せ付けながら、凄まじい勢いでグラドに躍り掛かる。
だが、飛竜のスピードを以てすれば、そんな攻撃など止まっているようなものだった。

「飛び上がって躱せ、グラド! そのまま反転して……ドラゴンブレスでトドメだ!!」

真一の指示を受けたグラドは、その場で飛翔してサンドワームの体当たりを回避。
更に上空でクルッと身を翻すと、今度は下方の敵を目掛けて、口から猛烈な炎のブレスを吐き掛けた。
――これぞレッドドラゴンと称するべき、必殺の一撃。
弱点の炎を全身に浴びたサンドワームは、しばらく断末魔の雄叫びを上げ続け、やがて身動き一つすらしなくなった。

「ふぅー、何とか片付いたみたいだな。……ん、何だこりゃ?」

九死に一生を得た真一が思わず息を吐いていたら、スマホが「ピロッ」と音を鳴らした。
その画面上には、ドロップアイテムを入手したことを意味する文面が表示されており、律儀にもこういうところまでゲームの中と同じだった。
結局ここがどこなのか、何故自分がこんな場所にいるのか、謎は全く解消されないままだ。
唯一の手掛かりになりそうなスマホとにらめっこをしていると、上空からゆっくりと降りてきたグラドが、真一に対して嬉しそうに鼻を擦り付けてくる。

「……ああ、そうだな。お前のおかげで命拾いしたよ。サンキューな、グラド」

真一はそんなグラドの頭を優しく撫で付け、それに応じるようにグラドは尻尾を揺らす。
こうして見ていると、つい先程まで勇敢に戦っていたレッドドラゴンと同じだとは思えないくらいだ。
しかし、彼らの間に存在する確かな絆が、やはりこの竜は自分の相棒であることを示している。

「にしても、結局ここがどこかなのかは分からんし、やっぱあの廃墟を調べてみるしかねーのかなぁ。
……って、あれはひょっとして人じゃないか? おーい、そこのアンタ! ちょっと待ってくれー!!」

思い悩むも妙案が浮かばず、最初に考えていた通り廃墟の散策へ踏み出そうとする真一。
だが、そこで不意にこちらへ歩いて来る人影のようなものを見付け、両手を大きく振りながら呼び掛けた。

右も左も分からない、こんな状況なのだ。
遠くを歩いているどこかの誰かが、少しでも情報を持っている人間ならばいいのだが――さて、どうだろうか。



【戦闘を終え、廃墟に向かって来る人影を呼び止める】

17崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2017/12/29(金) 01:17:54
「……なるほどね」

ポヨリンとふたり、荒野を歩きながら、なゆたは右手を顎先に添え得心したように呟いた。
この地に放り出された直後はあまりの突拍子ない事態に混乱し、頭がうまく働かなかったが、だいぶ落ち着いてきた。
それを踏まえて考えると、この場所がどこなのかということがおのずと分かってくる。

「ブレイブ&モンスターズ!」は、GPS機能を用い実際にフィールドワークすることで様々なモンスターをゲットする。
実際の地点地点によって捕獲できるモンスターは異なり、プレイヤーは実地でそれを確認していく。
その際の画面はスマホのカメラ機能を使い実際の景色を投影したものと、バーチャル空間を表示したものを選択できる。
なゆたはリアリティ重視で、普段は現実世界の景色を背景に設定していたのだが――

「……これって。バーチャルモードの景色……だよね」

バーチャルモードでは、現実世界の地名の代わりに場所ごとにいかにもゲームらしい名前の地名がつけられている。
記憶によれば、ここは確か『赭色(そほいろ)の荒野』……だっただろうか。
豊かな生命を育む緑がすべて死に絶え、ただ毒を持つ長虫だけが生息するという赤土の地。
難易度としては、中級以上のプレイヤーが腕試しで来るような場所だ。
むろん、重課金プレイヤーであるなゆたにとってはとっくに狩り尽くし、掘り尽くした場所なのだが。

「まぁ、場所はわかったとして。問題は、どうしてわたしがここにいるのかってことよね」

位置情報がはっきりしただけで、自分が生徒会室から一瞬でここへ連れてこられたことに関しては、やはり何もわからない。
いずれにせよ先へ進むしかないということだ。

『ぽよぽよ……ぽよ〜ん?』

ふと、傍らのポヨリンが鳴き声をあげる。
見れば、シンプルな顔にどこか心配げな表情を浮かべ、なゆたのことを見上げている。
基本的に知能がないに等しいと言われているスライムだが、ポヨリンはなゆたがすべての財と時間を注ぎ込んだ特別製だ。
ステータスはカンスト、スキルマ、挙句に限界突破とやれることはすべてやってある。
当然、INTも高い。――あくまでスライムにしては、だが。

「心配してくれてるの? ありがと、ポヨリン」

屈み込み、にっこり笑ってポヨリンの頭を撫でる。……頭しかないのだが。
一人旅であれば不安に押し潰されそうになっていただろうが、ポヨリンがいてくれるなら心細くはない。
どんなレアモンスターを捕獲しても図鑑を充実させるだけで育成はせず、ポヨリンだけに尽くしてきたなゆたである。
その絆は生半可なことでは壊れはしない。

「大丈夫! ポヨリンのおかげで、わたしは元気いっぱいだよ! さあ――行こう! この世界の謎を解かなくちゃ!」
『ぽよっ! ぽよよ〜ん!』

勢いをつけて立ち上がり、ぐっとガッツポーズをしてから、廃墟の方を指差す。
ポヨリンもやる気充分らしく、ふんすふんす! と鼻息(?)を荒くしている。
一人と一匹は、地面に敷かれた壊れた線路をたどって廃墟へと近付いていった。

18崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2017/12/29(金) 01:18:10
「……あれは……」

廃墟に先客がいる。なゆたは右手で額に庇を作り、目を眇めて注視した。
人だ。やはり、先ほど人がサンドワームに襲われているように見えたのは見間違いではなかったらしい。
現在サンドワームの姿がない辺り、きっと自分と同じようにモンスターを召喚して窮地を脱したのだろう。
その証拠に、人影の傍らに真紅のドラゴンが寄り添っているのが見える。
レッドドラゴン。レアキャラだ。竜の谷というエリアに棲む、強力なモンスターである。
最初期に回せるガチャでもごく低確率で排出されるらしく、リセマラをする輩は多いが、出たという報告は滅多にない。
そんなレアキャラを持っているプレイヤーといえば……。

「んっ? んんん? ……んんんんん〜〜〜〜っ???」

どこかで見たことのある学校の制服と、どこかで見たことのあるウルフカット。
学ランの胸元から覗く、赤いシャツ――。

>あれはひょっとして人じゃないか? おーい、そこのアンタ! ちょっと待ってくれー!!

「う……、うわ――――っ!! 真ちゃあ〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!!」

聞き覚えのある、いや、聞き間違えようのない声がこちらへ向けて投げかけられる。
なゆたは思わず両手を大きく上げ、ぶんぶんと振って叫んだ。ついでにポヨリンよろしくぴょんぴょん跳ねる。
相手は幼馴染の赤城真一に間違いない。お隣同士、親の代から家族ぐるみの付き合いをしてきた間柄だ。
彼が中学時代、荒れに荒れていた頃は少しだけ付き合いも疎遠になっていたが、今はその関係も修復されている。
なゆたは息せき切って真一へ駆け寄った。

「真ちゃんもこっち来てたんだ! あ〜……でも当然か! でもまさか、ここで真ちゃんに会えるなんて!
 よかった〜〜〜〜〜〜!!!」

なゆたは嬉しそうに駆け寄ると、ためつすがめつ真一の全身を見た。紛れもない本物だ。

「ねえ、真ちゃん! 真ちゃんはどうしてこんなところへ飛ばされちゃったのかわかる?
 わたしは生徒会室でアプリ起動させたら、いつの間にかここにいたんだ。で、サンドワームに襲われて、
 でも絶体絶命ってときにこのポヨリンが助けてくれて、あー、ここはブレモンの世界なんだなーって。
 けど、どうやってわたしがここへ来たのかは全然わからなくて――」

知った顔と会えた嬉しさからか、マシンガンのようにまくしたてる。
それからしばらく、とりあえずの情報交換をするものの、やはり結果は『わからん』という一点しかなかった。
廃墟の崩れた壁に腰掛け、白いニーハイソックスに包んだ両脚を交互にぱたぱたさせながら、なゆたは眉をしかめる。

「んー……やっぱり、真ちゃんにもわかんないか……。手詰まりだなぁ」

はー、と小さく息をつき、ポヨリンに視線を向ける。
ポヨリンは最初いかついレッドドラゴンのグラドを警戒していたが、少し経つとすっかり慣れたのか足元に纏わりついている。
敵意のないモンスターに対しては人懐っこい性格なのだ。

19崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2017/12/29(金) 01:18:28
「じゃあ〜……とりあえず、この廃墟調べてみる?」

ひょいっと壁から下り、両足で地面を踏みしめる。短めのプリーツスカートの裾がひらりと躍る。
廃墟を調べれば、もしかしたら誰か他にも自分たちと同じ境遇の人間を発見できるかもしれない。
ブレモンにはギルドやコミュニティがあり、フレンド機能もついている。助け合いは大事だ。
自分と真一だけではまだ戦力として心もとない、という意識もある。
自分とポヨリンのタッグなら大抵の相手に負けないという自負はあるが、念には念を入れておく必要がある。
体力が兆単位もあるレイドボスなどに出られた日には、いくら自分たちでもとても太刀打ちできないからだ。
加えて……

「っと、その前に。真ちゃん、デッキ見せて」

何を思ったか、不意に右手を突き出す。スマホをよこせ、と言っているのだ。
真一から半ば無理やりスマホを取り上げると、液晶画面をフリックしてスペルカードを確認する。
そして、ため息をつく。

「スペルカード、攻撃系ばっかりじゃん……。そりゃ派手だし手っ取り早いけどさぁ……。
 でも、全部単発の攻撃スペルだし、それじゃコンボが続かないよ?
 ブレモンはタクティクス! 戦術が大事なんだから! それ、わたし口すっぱくして教えたよね?
 レッドドラゴンは最強クラスのモンスターだけど、性能だけに頼ってちゃ上は目指せないよーって!」

人のデッキにダメ出しする始末。基本世話焼きというか、お節介な性分である。
重課金プレイヤーの自分と違い、ブレモン初心者の真一はまだまだ戦い方に粗が多い、と思っている。
加えてこんな状況だ。悠長に真一が上達するのを待ってはいられない。

「っても、今はデッキ再構築してる時間はないし、まずは安全な場所を確保しなくちゃね。
 さ、行こ! 廃墟探検へ!」

真一にスマホを返すと、廃墟探検なんて小学校のころ以来だね、などと呑気に言う。
ポヨリンを抱き上げて胸にぎゅっとかかえ込むと、なゆたは楽しそうに笑った。


【一緒に廃墟探検?】

20赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2017/12/29(金) 01:19:01
ついさっきまでは東と西の最果てで相対し、空模様を二分していた月と太陽であったが、
サンドワームから逃げ回っているうちに、いつの間にやら夕日は沈みかけ、夜の帳が下りて来ていた。
ただでさえ見知らぬ場所で右往左往しているというのに、こんな状況で夜を明かすなどたまったものじゃない。
そこでようやく自分以外の人影を見付け、両手を振り回しながら呼び掛ける真一だが、彼の声に応じたのは予想外の人物だった。

>「う……、うわ――――っ!! 真ちゃあ〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!!」

「おーい! ……って、お前……なゆ!?」

それは、真一の隣の家に住む少女――崇月院なゆたであった。

真一となゆたの関係は、幼少期を更に飛び越えて親の代から続く、いわゆる幼馴染だ。
真一は幼い頃に母親を病気で亡くしているため、このなゆたが母に代わり、真一と妹の夕食を作りに来てくれることなども珍しくない。
まさに、家族ぐるみの腐れ縁。そのなゆたと、よもやこんな場所で出くわすとは思っていなかった。

>「ねえ、真ちゃん! 真ちゃんはどうしてこんなところへ飛ばされちゃったのかわかる?
 わたしは生徒会室でアプリ起動させたら、いつの間にかここにいたんだ。で、サンドワームに襲われて、
 でも絶体絶命ってときにこのポヨリンが助けてくれて、あー、ここはブレモンの世界なんだなーって。
 けど、どうやってわたしがここへ来たのかは全然わからなくて――」

真一は「だからいい加減、真ちゃんはやめろって!」などとツッコミつつ、矢継ぎ早に捲し立てるなゆたと問答を交わす。
と言っても、正直こちらもロクな情報を持っているわけではない。
分かることと言えば、このスマホを――正確にはブレモンのアプリを使って、グラドを喚び出したり、スペルカードを発動できたというくらいだ。

「しかし、ここがゲームの世界だって? んなこと言われても信じられるか……って言いたいところだけど、実際にこいつらを見ちまった後だからなぁ」

真一は首をクイッと動かし、傍でじゃれついているグラドとポヨリンの方に視線を向ける。
足元のスライムに纏わり付かれ、グラドは何やら困ったような表情を浮かべていた。

>「じゃあ〜……とりあえず、この廃墟調べてみる?」

「ああ、そうだな。そろそろ完全に日が暮れちまいそうだし、最悪でも野宿できそうな所くらいは確保しといた方がいい。
 こういう場所の夜って、かなり冷え込むんだろ?」

なゆたのスカートがヒラっと捲れそうになるのを見て、思わず目を背けつつ、人差し指で頬を掻きながら返答する。
真一はあまり学校の勉強に熱心な方ではないが、放射冷却という言葉は覚えていた。
こんな風に日差しが強く、乾燥しているような土地では、夜になると急激に大地が溜め込んだ熱エネルギーを吐き出してしまうというやつだ。

>「っと、その前に。真ちゃん、デッキ見せて」

さて、話も纏まりようやく廃墟探索へ繰り出そうとしたところで、なゆたがこんなことを言ってきた。

>「スペルカード、攻撃系ばっかりじゃん……。そりゃ派手だし手っ取り早いけどさぁ……。
 でも、全部単発の攻撃スペルだし、それじゃコンボが続かないよ?
 ブレモンはタクティクス! 戦術が大事なんだから! それ、わたし口すっぱくして教えたよね?
 レッドドラゴンは最強クラスのモンスターだけど、性能だけに頼ってちゃ上は目指せないよーって!」

「むっ……まーた、そんなこと言いやがって。
 だから攻めて攻めまくるのが、俺とグラドの戦い方なんだって! ……見とけよ、いつかこれでギタギタにしてやるからな」

なゆたに勧められてブレモンを始めた真一だったが、それからというもの、何かにつけてこういうダメ出しをされるのだ。

まあ、未だになゆたと対戦して、まともに勝てた試しがないのだから仕方ない。
真一はレッドドラゴンという超レアを引き当てたにも関わらず、何度なゆたと対戦しても、最弱の筈のスライムに翻弄されてしまう。
無限に増えまくるスライムを殲滅するため、〈燃え盛る嵐(バーニングストーム)〉などの上級スペルを入れてみたりもしたが、これまで有効に使えたことはなかった。
いつかはなゆたとポヨリンを圧倒してやりたいと思っているが、今のところは言われるがままになっておくしかないだろう。

21赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2017/12/29(金) 01:19:26
>「っても、今はデッキ再構築してる時間はないし、まずは安全な場所を確保しなくちゃね。
 さ、行こ! 廃墟探検へ!」

そして、場所は移り変わり廃墟の中へ。

内部には当然灯りなどは点いていないが、いい具合に天井が崩れて月の光が差し込んでいるので、全く視界が利かないわけでもなかった。
ちなみにグラドは幼生といえどドラゴンなので、サイズ的に連れてくることができなかったため、建物の外で待機させている。

「……ここは、やっぱ駅なんだな。つっても、しばらく使われた形跡はなさそうだけど」

外から見た印象通り、やはりここが駅であるということは、中に入ってすぐに分かった。
と言っても、日本で使われているそれとは大分構造も違い、一見すると豪華な西洋風の館などに見えなくもない。

「この先が、外で見たレールに繋がってんのか。って、あれ……」

『おーい、こっちだよー! 早く早くー!』

廃墟の奥まで進み、ホームのような空間を調べていた時、何かその先に朧気な光が灯っているのが見えた。
その直後、またしても脳内に響く不思議な“声”。

真一は一度振り返り、なゆたと目配せを交わしたあと、足早に光の差す方へと進む。
そして、ホームの先端部まで出ると、そこには何者かが手摺りに腰掛け、二人の姿を見据えていた。

『やーやー! まったく、待ちくたびれたよ。ボクはスノウフェアリーのメロ。
 ボクらみたいな種族にとって、ここは本当に暑苦しいんだから勘弁して欲しいよね』

その正体は、白銀の髪と白い肌を持つ小柄な妖精――スノウフェアリーだった。
本来は雪原などに登場する筈の種族が、何故こんなところいるのかも気になるが、今はそれどころではない。

彼女こそ、ここへ訪れてから何度も真一に語りかけて来た声の主だったのだ。
メロと名乗ったスノウフェアリーは、夜空を照らす月光を背景に、ニコニコと満足げな笑みを浮かべていた。



【廃墟の中でNPC登場。ちなみにNPCの扱いは自由にしようと思いますので、他の方が操作してもOKです】

22崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2017/12/29(金) 01:20:06
真一と話しているうちにすっかり日は落ち、夜になってしまった。
懐中電灯もなしに廃墟の中へ踏み入るなど自殺行為のようにも思えたが、予想に反して廃墟の中は意外と明るい。
天井の崩れた部分が明かり窓の役目を果たし、差し込む月の光が要所要所を照らしている。
とはいえ、暗いことには変わりない。先行する真一の後ろについて、ポヨリンを抱きしめながらおっかなびっくり歩く。

「し……真ちゃん、あんまり早く先に行かないで……。足元危ないんだから……。
 やっぱり、グラちゃん連れてきた方がよかったんじゃない……?」

ポヨリンをぎゅっと胸に抱き、きょろきょろしながら言う。
もしグラドがいたなら、炎を吐いて周囲を明るく照らすことも可能だっただろう。
とはいえ、グラドのサイズでは翼が邪魔して廃墟の入口をくぐることが困難だったため、仕方ないのだが。

「ポヨリンに発光スキルを付与するべきかしら……」

そんなことを言う。ポヨリンの強化に余念のないなゆたである。

>「……ここは、やっぱ駅なんだな。つっても、しばらく使われた形跡はなさそうだけど」

「でも、こんな駅見たことないよ。ブレモンの世界にもあったかどうか……。わたしたちの住む世界にも、もちろんなかったし」

よく海外の映画などで描写されるメトロの構造に、それはよく似ている。
どこかゴシックな佇まいの壁や柱は、だいぶ古い時代のものだろう。こんなところに誰かがいるとは思えないが――

>『おーい、こっちだよー! 早く早くー!』

「ひゃああああああっ!?」

ホームに降り立ち、前方にぽんやり輝く光を見つけたと同時、突然脳内に響いた声に甲高い悲鳴を上げる。
思わずぎゅーっと強くポヨリンを抱きしめてしまい、ポヨリンもついでに『ぴきーっ!』と悲鳴を上げる。
声は、サンドワームとの戦いのときにも聞こえたもの。ポヨリンを召喚するようにと指示してきたもの。
とすれば、何か手がかりを持っているかもしれない。
なんとか腰を抜かさず踏みとどまり、真一とアイコンタクトする。
いずれにせよ、こちらには進むしか選択肢がないのだ。

ホームの先端に向かうにつれ、おぼろげだった光が強くなってゆく。
そして、ホームの端。これ以上は線路を降りて進むしかないというところで。

>『やーやー! まったく、待ちくたびれたよ。ボクはスノウフェアリーのメロ。
 ボクらみたいな種族にとって、ここは本当に暑苦しいんだから勘弁して欲しいよね』

手すりに腰掛けたスノウフェアリーが、真一となゆた(とポヨリン)を待ち受けていた。

23崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2017/12/29(金) 01:20:27
スノウフェアリー。
この荒野エリアとは真反対の雪原エリアに出没するモンスターだ。
知能が高く、人語を解する。魔法を得意とし、鍛え上げれば氷雪系の強力な魔法を多様に使いこなす。
総じていたずら好きだが、心優しい者も多く一概に悪とは言えない。
倒すとたまに氷雪属性モンスターの強化素材『雪のかけら』をドロップする。

「……アンコモン……」

真一の背後で、ボソリと呟く。
アンコモンとはブレモンのモンスターやアイテムの等級である。
スノウフェアリーはレア度的に下から二番目のアンコモン。つまり別段珍しくはないということだ。
もちろんなゆたは捕獲済みである。なお、図鑑目当てで捕らえただけで育成はしていない。
ともあれ、このスノウフェアリーが自分たちにモンスター召喚の方法を教え、ここへ導いたのは間違いない。
……であれば。

「メロ、とか言ったわね。ひょっとして、あなたがわたしたちをこの世界に呼び寄せたの?」

ニコニコと笑っているメロに、ずいと一歩踏み出して訊ねる。

「どういうこと? ここはブレモンの世界ってこと? どうして、ゲームの世界の中にわたしたちが入っちゃったの?
 何が狙いなの? ここから出るにはどうすればいいの? あなたはわたしたちを元の世界に帰せるの?
 この辺に村とか街とか、安全に寝泊りできる場所はない? このままデイリーログインボーナス継続切れちゃわない?
 運営に問い合わせた方がいい? あとこの辺でレアモンスター狩れる狩場とかない?」

真一と再会したときと同じマシンガントークだ。息つく暇もなく、一気にメロへとまくし立てる。
最後のあたりに変な質問が混ざっているのはご愛敬である。

「さあ、わたしの質問に答えてちょうだい。こっちはさっさと帰らなくちゃ、夕飯の支度とか色々あるんだから。
 本当のことを隠したり、ウソを言ったりはしないでね。もし、そんなことをしたら――」

そう言って、胸の前で拳をボキボキと鳴らしてみせる。

「――狩る。わよ?」

本気だ。もしもメロが自分たちにとって有害な存在であるなら、躊躇いなく潰す気でいる。
ポヨリンもぽよんぽよんと跳ねながら、きゅぴーん! と剣呑に目を輝かせている。

「さ。ってことで、あなたの知ってること。一切合財話して?」

九割脅しの文言を告げながら、なゆたはにっこり笑って小首を傾げた。


【脅迫という名の情報収集】

24明神 ◇9EasXbvg42:2017/12/29(金) 01:20:51
荒野を冷ややかに照らす青白い月の下で、濡れた布を引き裂くような嬌声が耳朶を打つ。
叫びの主は、巨大な鶏の頭とトカゲの体躯をもった禍々しい造形の生物。
荒野を徘徊しては不運な旅人をその毒爪で縊り殺す危険なモンスター、『コカトリス』だ。
その声帯から発せられる雄叫びは獲物を狩り殺した快哉ではなく、断末魔に近かった。

「うるせえよ。時間考えろ時間」

普通に耳障りだったので俺はトドメを刺した。
といっても手を下すのは俺じゃなく、傍で長弓に矢を番える俺の"しもべ"だ。
革製の鎧で全身を武装した鎧武者にも見えるが、実際のところ武者ではなく鎧そのもの。
鎧に怨霊が憑依して生まれた生ける鎧と呼ばれる魔物の中でも、最低級に位置する『リビングレザーアーマー』だ。
革鎧が撃ち放つ矢によって既に無数の貫傷を作っていたコカトリスは、最後の一撃を頭部に受けて絶命した。

ピコン!と場違いな電子音と共に俺の手の中にあるスマホにリザルトが表示される。
EXPバーを微動させる僅かな経験値と、インベントリに入るドロップアイテムは――

「コカトリスの肉。ちっ、またノーマル素材かよ」

一回レアドロの霜降り肉をゲットして焼いて喰ったときの感動が忘れられずに、俺はコカトリスを狩り続けていた。
コカトリスは毒持ちの厄介なモンスターだが、安定して狩れる小ワザってのが存在する。
代表的なのが今俺がやってるような、奴の攻撃の届かない位置から一方的に遠距離攻撃しまくるいわゆる高台ハメだ。
荒野に点在する破壊された建物の上に安地を発見して以来、俺はここを拠点として不毛なモンスター狩りに励んでいた。
なぜかと言えば、食料が全然見つからなかったからである。

「おら、料理しとけヤマシタ」

ドロップしたての肉をインベントリから出して、指示を待っていたヤマシタ(革鎧のニックネーム)に放る。
ヤマシタは無言でそれを受け取ると、鎧の中からナイフを取り出して黙々と調理を開始した。
リビングレザーアーマーは戦闘力こそ低い低級モンスターだが、革鎧が装備可能なあらゆる職業のスキルを使うことができる。
狩人の持つ野外調理のスキルは俺の乏しい食糧事情にいくばくかの潤いをもたらした。

下処理を施した肉を一口サイズに切り分けて、一列に串を通して焚き火で炙るだけの野趣溢れる簡単調理。
荒野の植物モンスター、デザートローズの触手は毒棘さえ取り除けば強靭な串として使える。
肉の脂が溶けてブジュブジュいい出したら、その辺で拾った岩塩を削って味付けして『コカトリスの焼き鳥』は完成だ。

一口齧れば溜息が出る。
硬くて筋張ってて変な臭みがある上に全体的に生焼けと生ゴミみたいな焼き鳥の味にだ。
クソ不味い……俺料理とかしたことねーから気づかなかったけど、臭み消しってすげえ大事だったんだな……。
ネギかショウガみたいな香味野菜か、胡椒とかの香辛料が欲しい。
胡椒一粒が金一粒だった時代の価値観が今ならよく分かる。
こんな食生活続けてたら遠からず病気になっちまうよ。

「何やってんだろうな俺……」

今度は自分の状況の過酷さに溜息が出た。
いつものように会社のトイレでサボりつつ、ブレモンの公式フォーラムで信者相手にレスバトルを繰り広げていた俺は、
気付けばケツ丸出しで荒野のど真ん中に放り出されていた。

その時立ててたスレッドのタイトルまで鮮明に思い出せる。
『ブレモンはクソ、育成要素は死んでて課金スペルを買って殴るだけのゲーム』、確かこんなスレタイだったはずだ。
10分くらい気合入れて書いた長文を投稿しようと送信ボタンを押した瞬間、不意にトイレが真っ暗になった。
座ってた便座の感覚がなくなって、代わりに砂が尻に触れて変な声が出た。
今思い返しても、スレッド立てる前にケツ拭いておいたのが不幸中の幸いと言うほかない……。

25明神 ◇9EasXbvg42:2017/12/29(金) 01:21:09
これが白昼夢や精神的な疾患の類でないのなら、俺がウンコしてる間に核戦争でも起きて全てが滅んだか。
あるいは度重なる荒らし行為にキレたブレモンの運営が超法規的措置で俺を秘密裏に拉致したかのどっちかだ。
まさかゲームの中に取り込まれたなんて、そんな一昔前のライトノベルみてーな展開はねえだろう。
荒野の中でブレモンのモンスターに襲われて、変な声に導かれるままにサモンに成功するまでは、そう思ってた。

認めねばなるまい。
俺は今、何の因果かソーシャルゲーム『ブレイブ&モンスターズ』の世界の中にいる。
夢なら別に覚めなくても良い。クソつまらん現実世界の不毛な伝票整理で一生を終えるよりかは楽しい夢だ。
ただ、この世界に向き合うスタンスを決めた俺に、もうひとつ厄介な問題が立ちはだかった。

腹が減った。
そして、メシがねえ。

RPGでもあるこのゲームには食料系のアイテムが存在こそするが、実情はほとんどフレーバー要素に近い。
スマホの向こう側で俺の代わりに動き回るキャラクターたちが、空腹で死ぬことはない。
まあ多分ゲームの演出上不要なシーンはカットしてるだけで、本当はなんかしら食ってんだろうけど、システムに反映はされない。
食料は不毛なお使いクエストのお届け物とか、一時的なステータス効果をもたらす、実用度の低いアイテム群だ。
貴重なインベントリ枠を食料系に割くプレイヤーはほとんどいなくて、俺もその例に漏れなかった。

僅かに持ってたパン(HP微上昇効果。味は雑巾みたいだった)は早々に食い切っちまって、
この草もろくに生えてないような荒野には食べられる野菜や木の実の類も望めない。
モンスターに食い殺されるよりも餓死の方が心配になるって始末だ。

早々に訪れた食糧危機に、俺が選んだ生きる道は……モンスターを狩って喰う、原始人みたいな狩猟生活だった。
『モンスターの肉』系アイテムは主に換金素材としてそこそこの確率でドロップする。
おそらくは魔物を狩って路銀に変えて旅をする、冒険者のロールプレイとして実装されたアイテムだろう。
そのままじゃ喰えたもんじゃないが、煮るなり焼くなりすれば当面の栄養源にはなるようだった。

幸い水は十分に確保できている。
エンカウント率を下げるアイテム『聖水』は実用度が高く、俺も常に限界までインベントリに詰め込んでいた。
なんか変な塩味がついてて明らか飲用に適した味じゃなかったが、まともな湧き水もない荒野で贅沢は言えねえ。
とまれかくまれ、今の主食はコカトリスの肉。いい加減腹壊すんじゃねえかとビクビクしている。

……どっかに街の一つもありゃいいんだが。
安全を確保した上で見て回れる範囲を検分した結果、ここがブレモン世界で言うところの『赭色の荒野』だってことは分かった。
だが中級者以上推奨のこのフィールドに、カジュアル勢の俺はあまり土地勘がない。
どっちに向かえば都市にたどり着けるかもわからない。そもそもNPCとか居るのかこの世界?
道標になりそうなのは、荒野を横断するようにずっと先まで続いているレールだった。

……地道に歩くしかないか。
どの道ここにずっといたってジリ貧になるばかりだ。
『赭色の荒野』に出現するコモン敵くらいなら俺でも狩れるが、確かここには時間帯限定でPOPするレア敵がいた。
上級者でも苦戦するボス級の魔物に遭遇した時、今度こそ俺が生き延びられる保証もない。
とっとと安全地帯を見つけてこの先のことを考えよう。

串を綺麗に洗ってインベントリに納めた俺は、レールの向こうに見える巨大な建造物へ向かって歩き始めた。
物言わぬ死者の鎧、リビングレザーアーマーと共に。


【とりあえず導入をば。そっちの情報共有が終わったくらいのタイミングで乱入したいと思ってます
 明神は基本ゲス野郎なので敵対します】

26赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2017/12/29(金) 01:22:06
>「メロ、とか言ったわね。ひょっとして、あなたがわたしたちをこの世界に呼び寄せたの?」

>「どういうこと? ここはブレモンの世界ってこと? どうして、ゲームの世界の中にわたしたちが入っちゃったの?
 何が狙いなの? ここから出るにはどうすればいいの? あなたはわたしたちを元の世界に帰せるの?
 この辺に村とか街とか、安全に寝泊りできる場所はない? このままデイリーログインボーナス継続切れちゃわない?
 運営に問い合わせた方がいい? あとこの辺でレアモンスター狩れる狩場とかない?」

>「さ。ってことで、あなたの知ってること。一切合財話して?」

『ちょ、ちょ、ちょっ……! やだなぁ、もう。こんなに愛らしいボクを脅かさないでよ〜。
 そんな風に怖い顔してたら、せっかくの美人さんが台無しだよ?』

相対していきなり脅しに掛かってきたなゆたの形相に、流石のメロも笑顔を引き攣らせながら、胸の前でブンブンと両手を振る。
しかし、なゆたは説教をする時など、たまにこういった様子になることは知っていたが、この剣幕には真一も若干引いていた。
中学時代は「テメーどこ中だよ?」が口癖だった男がたじろぐのだから、中々のヤンキーっぷりである。

「おいおい、いきなりビビらせ過ぎだろ……
 だけど、なゆが聞いたことを知りたいってのは俺も同じだ。わざわざ呼び付けたくらいなんだから、教えてくれる気はあるんだろうな?」

真一はなゆたを宥めつつも、メロに対しての質問は後押しする。
その問いを聞いて、メロは「こほん」と芝居じみた咳払いをしてから、ぷらぷらと泳がせていた両足を組み直す。

『もちろん。キミたちに会うために、わざわざこんな辺境の場所まで来たんだからね。
 と言っても、ボクはただの使いっ走りだから、何もかも答えられるというわけではないんだけれど』

そんな前置きをしたあと、更にメロはこう続ける。

『もう気付いてるかとは思うけど、ここはキミたちが住んでいたそれとは別の世界――“アルフヘイム”なんだ。
 そりゃ大昔は神様同士で戦ったり、様々な国が出来たり滅んだり、色んなことがあったらしいけどね。
 ここ数百年くらいは特に大きな戦争もなくて、皆が平和に暮らしていたんだよ』

アルフヘイムとは「ブレイブ&モンスターズ!」の主な舞台となっている異世界の総称だ。
ちなみに作中では魔界と呼ばれている“ニヴルヘイム”と表裏一体の構造になっており、両者の神々が大喧嘩をした結果、世界がそういう形に区切られたという歴史設定がある。

『だけど、最近“とある異変”が起こって、この世界の生態系とか、国境なんかが滅茶苦茶になっちゃってさ。
 ご覧の通りボクたちは何百年も平和ボケしてたから、自分らだけで戦うこともできなくて、にっちもさっちも行かなくなっちゃったんだよ』

一旦メロは言葉を区切り、両手をポンと打ってみせる。

『そ・こ・で! ボクたちの王様が、キミたちに目を付けたんだよ!
 ボクも詳しいことは知らないんだけど、キミらの世界の住人はその“魔法の板”を使って、モンスターを自在に操る戦いのエキスパートなんだろう?
 実際に見てみるまでは半信半疑だったけど、二人の技はもう見事だったよ!
 何もないところからパッとモンスターを召喚して、すごい魔法も使いこなして……そっちの世界では、さぞや魔法技術が発展しているんだろうねぇ』

メロは腕を組みつつ、先程の戦いをしみじみと思い出す。
だが、そこでなゆたの質問とは、若干の食い違いがあることに引っ掛かるだろう。
メロはあくまでも、ゲームという概念のことは知らないのだ。
彼女にとって、ここは異世界アルフヘイム。そしてブレモンのプレイヤーは、モンスターを巧みに操る魔法使い。
それが彼女の認識なのである。

27赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2017/12/29(金) 01:22:21
『……というわけで、まずキミたちにはこの国の王様に会って欲しいんだけど――って、あれ?』

メロがそこまで話し終えたあと、不意に上空から何か異音が聞こえてきたことに気付く。
ブブブブブ……と、不快な印象を受ける重低音は、徐々にこちらの方へと近付いてきているようだった。

「こりゃ、一体何の音だ? 虫の羽音っぽくも聞こえるけど……」

『あーらら。まったく“蝿の王”とは、つくづくツイてないね。
 にしてもこんな果ての地にまで、あんな奴が現れるなんて、これも侵食の影響なのかな……』

メロは何やら不穏なことを呟きつつ、腰掛けていた手摺りからさっと飛び降りて、空中へと舞い上がる。

『ともかく! もうちょっとしたら、この駅に迎えが来る筈だから、そいつに乗って王様まで会いに来てよ。
 あと、上にいる“あいつ”は多分襲って来ると思うけど、キミたちみたいな魔法使いならきっと大丈夫!
 頑張って、コロっとやっつけちゃってね〜!』

などと極めて無責任なことを言ってのけながら、メロはそのままヒラヒラとどこかへ飛んで行ってしまった。

「お、おい……ちょっと待てって! あいつって一体誰のことだよ!? それに、他にも聞きたいことが――」

『グルルルルルルルッ……!!』

真一はメロを呼び止めようと手を伸ばすが、その瞬間、外で待機させていたグラドが獰猛な唸り声を上げ始める。
そのただならぬ様子に、慌ててホームから身を乗り出してみると、グラドは上空にいる“敵”の姿を見据え牙を向いていた。

そして、その“敵”の正体とは――

「……おいおい、あれはひょっとしてベルゼブブって奴じゃねーか?
 かなりレアなモンスターだった筈だけど、何だってこんなところに!」

夜天から襲来する敵は、巨大な蝿の姿をしたモンスター――ベルゼブブだった。
蝿の形はしているものの、中身は上級悪魔であり、レア度に比例してステータスも非常に高い。
しかも厄介なことに、ベルゼブブは自身の周囲に“デスフライ”という蝿型モンスターまでも大量に引き連れていた。

このまま通り過ぎ去ってくれないだろうかという期待も虚しく、無数の蝿たちは既に眼下の獲物を見定めていた。
そして、まるで夜空が落ちてくるかのような勢いで、荒野に向けての急降下を開始する。

「ちっ、やるしかねーってわけか。……上等だ。行くぜ、グラドッ!!」

真一はホームから飛び降り、ポケットから取り出したスマホを握り締める。
それに呼応するかの如く、グラドは両翼を広げて雄叫びを放ち、月下の戦いは火蓋を切って落とされた。



【簡単な舞台説明&序章のボスキャラ登場】

28崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2017/12/29(金) 01:22:56
>おいおい、いきなりビビらせ過ぎだろ……

「……だって」

こちらを窘めてくる真一の言葉に、ぷう、と頬を膨らませる。
アニメやマンガの登場人物のように、どことも知れない場所の誰ともわからない者を無条件に信じることなんてできない。
それに、相手は自分たちを問答無用でこの異世界に引きずり込んだかもしれない輩だ。
疑ってかかることは大事である。
床にポヨリンを下ろし、いつでもメロを狩りにいけるポジションをキープしながら、彼女の話を聞く。

>もう気付いてるかとは思うけど、ここはキミたちが住んでいたそれとは別の世界――“アルフヘイム”なんだ。

「……アルフヘイム……。やっぱり、ここはブレモンの世界ってわけね」

メロの告げた言葉は、自分にとっても聞き覚えのあるもの。
光の世界アルフヘイムと、闇の世界ニヴルヘイム。
かつて和合していたふたつの世界は光の神々と闇の神々の戦いによって分断され、それが今なお続いているという。
その設定はゲームを最初にDLするとき、『Now Downloading……』の一文と共に画面に表示されるので、皆が知っているだろう。
しかし、そこからが問題だった。

>だけど、最近“とある異変”が起こって、この世界の生態系とか、国境なんかが滅茶苦茶になっちゃってさ。
 ご覧の通りボクたちは何百年も平和ボケしてたから、自分らだけで戦うこともできなくて、にっちもさっちも行かなくなっちゃったんだよ

「新しいイベントってことね? いいじゃない。
 最近はストーリーモードも粗方やり尽くして、素材集め周回しかやることなかったのよね。
 でも、そんなイベントを開催するなんて告知、公式にあったかしら? 毎日チェックしてるのに……」

運営め……これは詫び石案件だわ……などとブツブツ言っている。
いまだにゲームだと思い込んでいるなゆたである。

>そ・こ・で! ボクたちの王様が、キミたちに目を付けたんだよ!
 ボクも詳しいことは知らないんだけど、キミらの世界の住人はその“魔法の板”を使って、モンスターを自在に操る戦いのエキスパートなんだろう?

「……ふぅん……あなたたちの王さまって言うと――」

ブレモンに精通しており、有志による攻略Wikiの編集も手がけているなゆたである。当然、彼女らの王についても知識がある。
その王が、自分たちをこの世界へいざなった張本人なのだという。
とは言うものの、もちろん言われたことを鵜呑みにはしない。そもそも王に人をゲームの世界へいざなう力などないはずだ。
話の腰を折るのもなんなので、そういう設定なのねと自分を納得させる。

>実際に見てみるまでは半信半疑だったけど、二人の技はもう見事だったよ!
 何もないところからパッとモンスターを召喚して、すごい魔法も使いこなして……そっちの世界では、さぞや魔法技術が発展しているんだろうねぇ

「あー……うん、まぁ……。そういうことになる……のかな? アハハ……」

わたしたちはこのゲームのプレイヤーで、あなたたちはゲームキャラ。なんて、言っても通じないに違いあるまい。
ゲームのキャラクターにツッコミを入れたところで仕方ない。なゆたは曖昧な愛想笑いを浮かべた。

29崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2017/12/29(金) 01:23:13
>……というわけで、まずキミたちにはこの国の王様に会って欲しいんだけど――って、あれ?

「ふむ。そこなら当面の衣食住は確保できそうね……って、結局しばらくは戻れないのかしら。
 困るなぁ……明日、生徒会の役員会議があるのに……。え、なに?」

後頭部をぽりぽり掻いて、仕方なさそうに眉をしかめる。
と、不意に聞こえてきた耳障りな異音に、なゆたはきょろきょろと辺りを見回した。
それはよく夏場に耳にする、眠っていると耳元に飛んでくる蚊の羽音を、数百倍に増幅させたような――

>あーらら。まったく“蝿の王”とは、つくづくツイてないね。
 にしてもこんな果ての地にまで、あんな奴が現れるなんて、これも侵食の影響なのかな……
>ともかく! もうちょっとしたら、この駅に迎えが来る筈だから、そいつに乗って王様まで会いに来てよ。
 あと、上にいる“あいつ”は多分襲って来ると思うけど、キミたちみたいな魔法使いならきっと大丈夫!
 頑張って、コロっとやっつけちゃってね〜!

「ち、ちょっとぉ! 待ちなさいよ、そんなこと勝手に――!」

こちらが何か言う暇もなく、メロはさっさと飛んでいってしまった。無責任なことこの上ない。
駅の外にいるグラドがうなり声を上げているのが聞こえる。何者かが近づいているのだ。
そして、月光の差し込む廃墟の崩れた天井から視界に飛び込んできたのは。
ちょっとした乗用車くらいはありそうな、巨大なハエのモンスターだった。

>……おいおい、あれはひょっとしてベルゼブブって奴じゃねーか?
 かなりレアなモンスターだった筈だけど、何だってこんなところに!

「ベ……、ベルゼブブぅ!? ちょっ……冗談でしょ!?」

真一の言葉に驚愕する。
ベルゼブブ。ニヴルヘイム産の上級悪魔と呼ばれるレアモンスターの一体だ。
巨体に似合わぬ速度で自在に空を飛び回り、体当たりや酸の唾液、上級スペルなどで攻撃を仕掛けてくる難敵である。
デスフライという自らの眷属を常に従え、デスフライの群れを縦横無尽に操っての戦闘も得意とする。
生命力、攻撃力、防御力もきわめて高い。間違いなく初心者お断りのモンスターである。
倒すと稀に風属性モンスターの強化レア素材『蝿王の翅』をドロップすることがある。

「よりにもよって……! 厄介な相手ね!」

ポヨリンを自分の前方に配置し、身構える。
確かに、このエリアでは夜になると時間限定でベルゼブブが出現するというのは有名な話だ。
しかし、どう考えても今はこちらに分が悪い。
倒せない相手ではないが、ポヨリンとベルゼブブでは水と風、属性不利である。
今までもベルゼブブを狩る際、なゆたはフレンドとパーティーを組んで戦っていた。
しかし――今の仲間は真一しかいない。
真一のグラドとベルゼブブでは火と風でグラド有利だが、決定的なレベルの差というものがある。
初心者で遮二無二突っ込むことしか出来ない真一では、返り討ちに遭うのがオチだ。

30崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2017/12/29(金) 01:23:41
「真ちゃん! ここは無理しないで、この駅の壁を盾にしながら戦って!
 まずはデスフライから片付けて、徐々にベルゼブブの体力を――」

>ちっ、やるしかねーってわけか。……上等だ。行くぜ、グラドッ!!

「っておーいっ!? 人の話ィ!!」

こちらの話を聞きもせずに突っ走っていってしまった真一に突っ込む。

「ああもう! この……単細胞おばかーっ!!」

苛立ち紛れに叫ぶ。けれど、真一が直情径行なのは今に始まったことではない。
それこそ物心つく前から、自分は真一のそんな猪武者な行動の尻拭いをしてきたのだ。
今更何を言ったところで始まらない。と思えば、なゆたはすぐにスマホの液晶画面をタップした。

「誰でもいい! 誰か……誰か! 近くにいて!!」

なゆたが開いたのは、ポヨリンの戦闘コマンドでもスペルカードデッキでもない。
開いたのは『フレンド一覧』。
「ブレイブ&モンスターズ!」は戦闘の際、ソロで戦うかパーティーで戦うかを選択できる。
パーティーで戦う場合、GPS機能を使い自分の近くにいる他のプレイヤーを招待し、一緒に戦えるのだ。
一度共闘した相手にはフレンド申請することができ、互いの位置情報などを把握することもできる。

「――いた!!」

フレンド一覧の画面に、数人のプレイヤー名が表示される。
半分はかつて共闘し、フレンド申請して承認された知り合いのプレイヤー。
もう半分は見知らぬ他人、たまたまこの近くにいるらしい野良。
なんの戦術もなく突っ込んでいく真一とふたりでは、敗色は濃厚である。ポヨリンは無事でも、グラドは無事では済むまい。
この状況を打破するには、フレンドの力を借りるしかない。

「お願い――、応えて! わたしたちと一緒に戦って!」

建物の外では、グラドが大量のデスフライと、そしてその首魁ベルゼブブと熾烈な戦いを繰り広げている。
が、多勢に無勢だ。レベル上げの充分でないグラドがそう長持ちするとは思えない。
グラドが力尽きる前に、――誰か!

なゆたは祈るような思いで、フレンドのプレイヤー名をタップした。


【劣勢と見てフレンド募集。既に申請済みでも野良でもOKです】

31明神 ◇9EasXbvg42:2017/12/29(金) 01:24:09
『ブレモン』はクソゲーだ。
強いモンスターを手に入れようと思ったら重課金かリセマラは必須だし、
変に流行りに乗ったGPS連動機能のせいで都心と地方の在住者で入手できるゲーム内資源に格差がある。
丹精込めて育てた歴戦のパートナーよりもガキの小遣いで買える強力スペルの方が大抵の場合強いし、
肝心のレアモンスターはガチ勢どものマウントの取り合いの種にしかなってねえ。

なにより――

「俺のような善良プレイヤーをこんな意味不明世界に放り出しやがる……」

砂漠に棲息する大型モンスター、"初心者殺し"の異名をとるサンドワームが亜空間の穴に引きずり込まれていくのを眺めながら、
俺は誰に聞かせるでもなく吐き捨てた。いやマジで危なかった。思わずカード使っちまった。
『奈落開孔(アビスクルセイド)』。亜空間を開き、近付く者を区別なく飲み込む強力なユニットだ。
マジで区別なく吸い込まれてくから使い所を誤ると自分もやべえ諸刃の剣だが、サンドワームの巨体が良い遮蔽になった。

こんなところで貴重なカードを使うハメになるのは想定外だった。
この世界に降り立って間もない頃にもう一枚、『工業油脂』のスペルを使ってる。
デッキを確認してみたら、まだ『工業油脂』のリキャストは出来てなくて、使用不可のマークが付いたままだった。
ブレモンの設定通りだとすれば、カードのリキャストにはリアル時間で丸一日かかる。
安全なねぐらも確保できてない今の状況でカードを使い切るのは即ち死を意味していた。

「こういう不親切なところもクソゲーだっつうんだよなぁ、ヤマシタ」

俺のあとを無言で追従する革鎧は、やっぱり何も答えやしない。
俺はこの件について半年くらい前からフォーラムで改善案を提示してんだけど、公式の返答は『検討中』の一辺倒。
論戦を挑んできた信者達いわく、こういう部分に戦略性を見出してこそのゲーマーらしいけど、
カードの使用制限にリアル時間を使うってシステムは露骨にゲーム寿命を水増ししようとする魂胆が見え見えだよなあ?
この制限のせいでレベリングがいつまで経っても捗らず、パートナー単体で戦える狩場を廃人共が占領し始める始末だ。
リアルの方で経験値効率の良い敵の湧き場に廃人が溜まってんの見たことあるけど、炊き出し会場にしか見えねーよアレ。

おっと、話が逸れまくってるうちに目的地が近づいてきた。
果てしなく続くレールの先に、巨大な構造物が聳え立っていた。
レールがその中に引き込まれてるから多分これは駅なんだろう。
比較対象のない荒涼とした原野の風景のせいで距離感狂ってたけど、こりゃマジででけえ建物だ。
東京駅みたいな瀟洒なデザインの洋館。まさにファンタジー世界の駅って感じだった。

……ただ、このクソでかい駅にも、人の気配はない。
生活感のかけらも残ってない、あちこち風化が始まってる、こいつは形容しようもない『廃墟』だった。
荒野マップにはよくあるフレーバー建築だ。雨風凌ぐ以上の居住性は期待できそうにもない。
いやマジでどうすんだコレ。このままだと俺こんな色気もねー場所で干からびて死ぬの?
思わず頭を抱えた俺の耳に、猛獣の唸り声みたいな低い音が聞こえてきた。

「ヤマシタ!」

咄嗟に革鎧に俺を庇わせる。だが刻一刻と大きくなる音に反して俺の目には何も移らない。
いかにも洋風建築って感じの石畳の上で、荒野の砂粒が震えていた。

「反響……してんのか?ってことはこの音は、駅の中からか……!」

危機との対面を避けられたことで俺の頭もようやく回転してきた。
唸り声に思えたこの音。実際多分これ、羽音だ。クソでけえハエがぶんぶん飛び回ってるみたいな音。
その羽音の主に、俺は思い当たりがあった。
荒野に時間限定でPOPするレアモンスター、"蝿の王"『ベルゼブブ』。
そいつが駅の中で湧いているんだ。

32明神 ◇9EasXbvg42:2017/12/29(金) 01:24:27
ここで俺の脳裏に二択の天秤が出現する。
つまりは逃げるか、戦うかだ。

ぶっちゃけヤマシタのステータスじゃあのクラスのモンスターには太刀打ちできねえ。
カードを上手く使えばやれないこともないだろうが、多分総力戦になる。デッキは空っぽになるだろう。
この状況でカードを使い切っちまうのはその後のリスクを考えるとかなりアホな選択だ。
そしてベルゼブブが俺の存在をまだ認識していない以上、そっとここを離れれば逃げ切るのは容易い。

――だけど、ベルゼブブ、超欲しい!!
カジュアル勢にはなかなかお目にかかれないクソレアモンスターだ。
中級者以上しか彷徨けないこの荒野で、しかもごく僅かな時間にランダムな範囲にポップするレイドボス。
必然的に時間の有り余ってる廃人が、しかも徒党を組んで連携を取らなけりゃ戦うこともできない仕様だ。
その希少性から、ヤフオクなりメルカリなりで売っぱらえばリアルマネーでも10万は下らない金銭的な価値もある。
そんな垂涎級のモンスターが、今、目の前に居るってのに……逃げる理由がゲーマーにあるか?
ねえよ。ねえだろ。ねえっつってんだろ!!!

一応、一応だが勝算もある。
この状況はスマホの中の画一化されたシステムとは違う。
俺が荒野でコカトリスを高台ハメできたように、アクションゲーじみた『地形』の概念が存在する。
遮蔽物をつかって隠れつつ遠距離から弓でチクチク攻撃し続ければ、勝てるんじゃねえの?
この際多少カードを切ったって良い。ベルゼブブにはそれだけの価値がある。
奴を……捕獲する!

そのとき、俺のスマホがブルった。
ベルゼブブに気取られないようマナーモードにしてたけど、こいつはブレモンアプリの通知音だ。
なんだこりゃ……フレンド申請?

ブレモンの対人要素はプレイヤー間でのバトルの他に、ベルゼブブのようなレイド級を相手にする際の共闘というシステムがある。
まあ俺フレンドとかいねーから詳しく知らねえんだけどな。

共闘するフレンドはいないが、俺のフレンドリストには名前がいっぱいだ。
フレンドになると、相手がどこにいるのかとか、どんなクエストの最中なのかが一目で分かる。
つまり、いつでも相手のところへ行って対戦を申し込めるようになってるわけだ。
下手にフレンドになっちまうと、四六時中対戦を申し込まれて非常にめんどくさい事態になることもある。

故に俺のような敵の多いプレイヤーにとって、フレンドリストとは敵対リストに等しい。
そしてフレンド申請という行為は――宣戦布告なのだ。

「上等だ……!でもちょっと待っててね今忙しいから」

俺は申請を送ってきた相手の名前も見ずに承認して、そのままマップを表示した。
革鎧を引き連れて、駅の構内を疾走する。
リビングレザーアーマーに金属部品が使われてなかったのは僥倖と言うほかねえ。
板金鎧はガチャガチャうっせーからな。

……あれ、待てよ。
今のフレンド申請、どこから送られてきた?
フォーラムでレスバした相手からゲーム内で申請送られてくることなんざ日常茶飯事だが、そもそもここは圏外だ。
外界――現実世界(?)から申請が送られてくるなんてことはあり得ない。
いやあり得ないとか言い出したらこの状況がそもそもあり得ねーんだけどそれは置いといて。

「まさか……」

そのまさかが、羽音の源まで辿り着いた俺の目に実証として飛び込んできた。
天井が砕け、夜空の見える駅のホーム。上空に飛び交う無数の眷属と、王者とばかりに君臨する蝿の王ベルゼブブ。
その複眼が敵対の視線を送る先に、二つの人影があった。

33明神 ◇9EasXbvg42:2017/12/29(金) 01:24:57
男と女。同じくらいの年頃の、似たようなデザインの制服を着た……多分高校生だろう。
女子高生と男子高校生が、それぞれスマホを手に、パートナーと共にベルゼブブと対峙していた。
この絵面を見てこいつらがこの世界の原住民だと結びつける間抜けはいないだろう。

「いたのか……俺の他にも、この世界に放り出されたプレイヤーが……!」

その時俺の胸に過ぎった感情は、ようやう人を見つけた安堵なんかじゃあなかった。
――先を越された!
奴らがいつからこの世界に居るのか知らねーが、ベルゼブブと既に交戦を開始しちまっている。
やめろ、そいつは俺のもんだ。

ヤマシタに高校生たちへ弓を引かせようとして、どうにか思いとどまった。
三竦みになるのは悪手だ。そもそも連中は二人、俺は一人、数の上でも形勢は不利。
このままベルゼブブと敵対しつつ足を引っ張り合っても良くて双方共倒れ、悪けりゃ俺だけがぶっ殺されるだけだ。
何より、駅のホームはだだっ広い空間になっていて身を隠せるような遮蔽物がない。
これじゃハメ殺しも出来やしねえ。

ここは……一時的に高校生共に味方をしよう。
共闘してベルゼブブの体力が十分に減れば、俺が抜け駆けして奴を捕獲する。
そして戦いの中で連中の手札を観察し、闇討ちの手順を整える。
なんなら捕まえたてほやほやのベルゼブブでフルボッコにしてやるぜ。

「おーい君たち!大丈夫か!?俺も助太刀するぞ!」

俺はいかにも高校生たちの加勢として馳せ参じた善良なプレイヤーを装って声をかけた。
まずは信用を勝ち取る。そのためにはこっちも身銭を切ってやらねえとな。

「デスフライが残っているうちはベルゼブブに防御上昇のバフが付く!先に眷属から落とすんだ!俺が隙を作ろう!」

スマホをたぐり、デッキから一枚のスペルカードを選択。
貴重な貴重な一枚だ。うまく機能してくれよ……。

「『工業油脂(クラフターズワックス)』――プレイ!」

スペルの効果が発動し、デスフライ達のはるか上空から、大量の液体が雨となって降り注ぐ。
強い粘性を持ったワックスだ。薄羽によって飛行するデスフライ達がこれを浴びれば、羽を動かせなくなり地に落ちる。
クソハエどものクソ鬱陶しい機動性が大幅に落ちるはずだ。
そして既にデスフライ達と交戦しているあのドラゴンの主ならピンと来るだろう。
降り注ぐワックスが、引火性の高い――『油』であることに。


【ベルゼブブ戦に乱入、スペルを使って油を降らせて支援】

34五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2017/12/29(金) 01:25:28
>「お願い――、応えて! わたしたちと一緒に戦って!」
なゆたの悲痛な叫びにも似た願いは近くにいたプレイヤーに届いたようだ
様々な思惑は交錯するも、同じくこの世界に転送された者たちがホームに集う

>「おーい君たち!大丈夫か!?俺も助太刀するぞ!」
明神が声をかけた少し後、何かがなゆたの足元をぽんぽんと叩いていることに気付くだろう。
見れば30センチほどの藁人形が足元にまとわりついている

「はぁ〜い、こっちもいてるよ〜」
藁人形から発せられた声と同時に背後から肩に手をかけられる。
振り向けば五穀みのりが笑みを讃えて手を上げ挨拶をするだろう。

穏やかな表情としっかり纏められたギブソンダックの髪
上着部分をはだけ腰の部分で結んだツナギと黒いタンクトップであらわになる上半身のライン
そして長靴というどことなく場違いな格好ではあるが、各々が事情に関係なくこの世界に送り込まれたという事を表していた

「初めまして〜。2.3回やけど共闘したことのある五穀豊穣こと五穀みのりよ〜よろしくねぇ。
それにしても、スライムつこてトッププレイヤー張ってはるモンデキントさんがこんなかわいらしい女の子とは驚きやわ〜」

現在の状況を把握していないかのような和やかな挨拶とともに、自身の体によじ登りまとわりつく藁人形を指して、先ほどの種明かしをする。
「囮の藁人形(スケープゴートルーレット)」で呼び出される五体の藁人形はダメージ計算がリンクし、累積ダメージとして蓄えられる。
ゲームデータではそれだけなのだが、こちらの世界ではそのリンクが他にも適用されないだろうかとやってみたらトランシーバーのような機能も果たしたという事だった。

地形を利用した戦術然り、ゲームの設定やフレーバーに実際の機能との誤差や利用法による応用の幅が随分と広がっているようであった。
そこまで説明し、ようやくホームへと顔を向ける

「それで、あっちの男の子がモンデキントさんの彼氏さんかしらぁ?
まあ……いうのもあれやけど、結構なアホの子やねえ」

呆れるように苦笑いを浮かべ、肩を竦めて見せる
その意味はなゆたにも伝わるだろう、といより、なゆたが一番身をもって感じているであろうから
飛行する多数の敵を前に自分の身を晒してレッドドラゴンと共に戦っているのだ。

ゲームでは画面の外から指示を出すだけであるが、今は違う。
危険に晒される同じ場所に立っているのだから。

「ほやけどまぁ、アホな子ほどかわええともいうし、しゃぁないわなぁ」

戦う真一を見ながらクスリと笑い、藁人形を一体掴みスマホのように耳に充てた

35五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2017/12/29(金) 01:25:45
その頃、上空を舞うベルゼブブとその眷属のデスフライ
唸りを上げ飛び回り、グラドと戦いを繰り広げているのだが、数が多すぎる
しかもその攻撃に晒されるのは、モンスターであるグラドだけではなく、その場にいる生物全て。
すなわち当然真一も攻撃対象である。

上空から襲いかかるデスフライの攻撃、躱しきれぬその一撃を確かに真一は受けた
のではあるが、衝撃は来ないだろう。
偶然?人間だから?
いや違う、確かに真一にデスフライの攻撃は命中したのだが、そのダメージを腰あたりにしがみついている藁人形が引き受けたのであった。

みのりが放った藁人形が二体、真一の腰あたりにまとわりついている、
二度目の攻撃を受けたところで、一撃目のダメージを引き受けぼろぼろになっていた藁人形がはじけ飛んだ

更なる猛攻が続く中でそれは降り注ぐ
>「『工業油脂(クラフターズワックス)』――プレイ!」
明神の発動したスペルによって周囲に粘性の高いワックスが降り注ぎ、それにまみれたデスフライの羽根は機能を失い地に落ちていく。
もしその範囲に真一がおり、効果が及ぶとしてもワックスにまみれる事はない。
判りに残った一体の藁人形がその効果を引き受けているのだから



「あらあら、あのお兄さんもやりよるねえ。デスフライを油で叩き落しはったわ
もう十分やろけど、せっかくやし私もいかせてもらおうかしらぁ」
ホームの状況を見ながらスマホを取り出し、イシュタルを召喚
それと同時にスペルカード「地脈同化(レイライアクセス)」を発動。

飛び出したイシュタルはホーム中央に突き刺さり、耳障りな笑い声をあげた。
その姿はまさに案山子であり、その性質上周囲の注目を浴びやすく、攻撃の的になりやすいのだ。
ただでさえ攻撃の的になりやすい上にさらに挑発するような笑い声が響き渡るとそれに反応し、地に落ちたデスフライが一斉にイシュタルに群がり攻撃を浴びせかける。

数の暴力かくたるや。
藁の体で防御力が低い事もあり、あっという間にズタボロにされていくのだが、切り裂かれた場所が即座に再生していく。

地脈同化(レイライアクセス)は地脈に接続する為に移動不可になるがその分高い継続回復力を誇る
更に伊達に石油王のコレクションと言われるわけではなく、HPと回復力の高さはプレイヤーの使用できるモンスターの中でもトップクラス
ダメージ10:回復8の割合ではあるが、高いHPの為、たかられてもまだしばらくは持ちこたえられるのだった。


「はぁ〜い、こんばんは
共闘させてもろてる五穀豊穣云います〜
うちのイシュタルが油まみれのデスフライさんをひとまとめにしている状況やし、焼いちゃってぇくださいねえ
もろとも焼かれても死なひん程度のHPと回復力はありますよって、お気になさらず〜」

真一の腰にへばりついた藁人形を通し、みのりの声が届く

ゲームとこちらの世界との差異の把握
それがみのりの狙いであった。
ゲームは範囲攻撃を使っても味方はその対象から除外され、敵だけにダメージや効果が及ぶ。
だがこの世界では?
みのりのデッキには範囲スペルが多く、この点は早めに把握すべきところなのだから。

それにもう一つ。
アホの子と称した真一にこのままベルゼブブを倒せるとは思っていない。
現在回復しながらダメージを食らい続けているのはそのためだ。

みのりのデッキは食らったダメージを反射するバインドデッキ
累積ダメージが増えるほどに強力な攻撃を放てる
効果から除外されデスフライだけ倒せるのならそれもよし、もろとも焼かれるならばそれはイシュタルの攻撃力上昇に繋がるのでそちらもまたよしなのだから。

36赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2017/12/29(金) 01:26:53
>「ああもう! この……単細胞おばかーっ!!」

遥か後方からなゆたの叫び声が耳に入るが、この男にとって、そんなことは知ったこっちゃなかった。
喧嘩は先手必勝。考えるよりも先に体が動くのが、赤城真一という人間なのである。

「心配すんな、なゆ。俺は生まれてから一度もハエに負けたことはねえ!」

などという、謎理論から導き出された自信を引っさげて、真一は勢い良くグラドの背に飛び乗る。

「さぁ、行くぜ――〈炎精王の剣(ソード・オブ・サラマンダー)〉!!」

そこで真一はスマホを操作し、一枚のユニットカードをプレイする。
行使されたのは〈炎精王の剣(ソード・オブ・サラマンダー)〉。
刀身に炎を纏ったロングソードを召喚するカードであり、通常はパートナーモンスターに装備させて攻撃力アップを図るのだが、真一はそれを自らの手で握り締めた。

そして、グラドは真一を背に乗せたまま上昇し、蝿の王の軍勢に飛び掛かる。
先刻戦ったサンドワームと同様、ベルゼブブとデスフライはこちらにとって相性の良い敵ではあるものの、それにしても多勢に無勢。
瞬く間に無残な死体を晒すことになるだろうと思われていたが、その予想に反し、彼らは獅子奮迅の活躍を見せる。

真一とグラドの戦い方は、さながら竜騎士を彷彿とさせた。
遠くのデスフライにはグラドがドラゴンブレスを浴びせ、間合いの中に入られた敵は、真一が剣を振り翳して叩き落とす。
――伊達に物心付いた頃から、剣道をやってきたわけではない。
初めて握った得物とは思えないほど、真一は炎の魔剣を巧みに操り、次々とデスフライを撃墜する。
慣れない魔法を遠距離からチマチマ撃つよりも、こうやって前線で暴れる方が、余程自分の性に合っていると感じた。

「ちっ、次から次へとキリがないな。何とかデカいのを叩き込みてーところだが……」

このように奮闘する真一とグラドであったが、それでも未だ、敵に対して有効打を与えることができているとは言い難かった。
落としても落としても、デスフライの群れは続々と現れ、神風特攻のように襲い来る。
纏めて炎スペルで焼き払うことができればいいのだが、こう散らばられてしまっては、一網打尽にするのも困難だろう。

そして、遂に躱しきれなくなったデスフライの一体が、真一の腹部に直撃した。
次いで訪れるであろう激痛に備え、真一は歯を食いしばったが、意外にも痛みは感じない。
恐る恐る腹部に目を落とすと、そこには奇妙な藁人形が纏わり付いていた。

「な、なんだこいつ……お前が身代わりになってくれたのか?」

藁人形は返事の代わりにもう一度攻撃を受け、そのまま弾け飛んでしまった。

37赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2017/12/29(金) 01:27:07
>「おーい君たち!大丈夫か!?俺も助太刀するぞ!」
>「デスフライが残っているうちはベルゼブブに防御上昇のバフが付く!先に眷属から落とすんだ!俺が隙を作ろう!」

そんなやり取りがあった直後、いずこから知らない男の声が聞こえてきた。
最初はまたメロのようなモンスターかと思ったが、声の発せられる方を見やると、そこにはサラリーマン風の男がいた。
あの服装と、片手に握られたスマートフォン。
あれは真一やなゆたと同じく、現実世界からやって来た人間と見て間違いないだろう。

「なんだよ、居たんじゃねーか! 俺たちの他にも……!」

>「『工業油脂(クラフターズワックス)』――プレイ!」

期待していなかった増援の登場に安堵するのも束の間、見知らぬ男はスペルカードを発動して、蝿の群れに大量の油を落とす。
油が羽に染み付いて、身動きを取りにくくなったデスフライたちは、ゆらゆらと地上へ滑降して行く。
その直後、何処からともなく飛び出してきた案山子型のモンスター――スケアクロウがフィールドの中央に突き刺さり、けたたましい笑い声をあげ始めた。

>「はぁ〜い、こんばんは
共闘させてもろてる五穀豊穣云います〜
うちのイシュタルが油まみれのデスフライさんをひとまとめにしている状況やし、焼いちゃってぇくださいねえ
もろとも焼かれても死なひん程度のHPと回復力はありますよって、お気になさらず〜」

そんな最中、いつの間にか真一の腰にくっ付いていたもう一体の藁人形が、若い女の声を発した。
状況を全て理解できているわけではないが、真一となゆたを援護する人間が、少なくとも二人以上現れたのは分かった。
スケアクロウ――イシュタルというニックネームなのだろう――の笑いに挑発されたデスフライは、目論見通りに一箇所へと密集し始める。

「どこの誰だか知らねーが、恩に着るぜ! チャンスだ、グラド。一気にカタをつけるぞ!!」

真一の呼び掛けに、グラドは唸り声を一つ返し、ダンゴ状態になったデスフライの方へと向かう。
先程までは鬱陶しく散らばっていたこいつらだけれど、今の状況ならば――

「纏めて薙ぎ払え……〈燃え盛る嵐(バーニングストーム)〉!!」

そして真一が撃ち放ったのは、炎属性の上級スペルであった。
荒野に現れた炎の風が、ぐるぐると渦を巻いて竜巻となり、デスフライの群れを呑み込む。
――ただでさえ弱点属性の上に、この密集形態。
更に、デスフライの体に先程の油が染み込んでいることもあり、それは絶大な威力を発揮した。

デスフライたちは断末魔の大合唱を轟かせ、そのほとんどが一撃で灰燼と化す。
これでようやく厄介な小バエ共の鎧は、引き剥がすことができたというわけだ。

38赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2017/12/29(金) 01:27:21
『ギギギギギ……』

しかし、デスフライを統べる蝿の王――ベルゼブブは、その攻撃を受けて尚健在だった。
自身を取り巻く眷属を盾代わりにして、炎の嵐が過ぎ去るのを待ちながら、両脚を擦り合わせて不協和音を鳴らしていた。
そして、炎が消えて視界がクリアになった直後、ベルゼブブは猛然と飛び出した。

「なっ、速い……!?」

一瞬で最高速度に達したベルゼブブは勢いのままに突撃し、グラドに強烈な体当たりを浴びせる。
グラドは寸でのところで身を捩り、何とかその直撃を食らうことは避けたものの、体を掠めて体勢を崩してしまう。
それを好機と見たベルゼブブは、こちらへと酸の唾液を吐き飛ばし、更なる追撃を見舞った。

「やべえっ……〈炎の壁(フレイムウォール)〉!!」

真一は咄嗟の判断でスペルを発動し、炎の壁でその攻撃を防御した。
ここまでどうにか凌いではいるが、流石に真一の額にも、一筋の冷や汗が流れ落ちる。

そんな一方、真一とグラドを視界に捉えたまま、ベルゼブブは上空を旋回して最初に倒すべき相手を選定していた。
対多勢の戦いにおいて、弱そうな敵から仕留めるのは定石である。
竜族のレッドドラゴン。鬼のような耐久力を持つスケアクロウ。スライムは一見雑魚だが、レベルの高さは直感で分かっている。

順々に敵の姿を一瞥し、ベルゼブブがターゲットに選んだのは――リビングレザーアーマーだった。

『ギギギッ……!!』

ベルゼブブは再び前脚を擦り合わせた後、鳥が威嚇するみたいに、背中の羽を広げて見せる。
そして次の瞬間、ベルゼブブ周辺の夜天が揺らぎ、衝撃となって降り注いだ。

〈闇の波動(ダークネスウェーブ)〉と呼ばれている、闇属性の上級スペルだ。
高位の悪魔であるベルゼブブは、そのステータスの高さだけではなく、こういった強力な魔法までも使いこなすのだ。
防御力に劣るリビングレザーアーマーがまともにこれを受ければ、当然無事では済まないだろう。



【炎の嵐でデスフライ殲滅。
 ベルゼブブは最初のターゲットを明神&ヤマシタに定めて攻撃開始】

39崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2017/12/29(金) 01:28:13
>「心配すんな、なゆ。俺は生まれてから一度もハエに負けたことはねえ!」

「サイズと状況を見てからものを言え――――――!!!!」

ツッコんだ。基本的に真一と一緒のときはツッコミ役に回るなゆたである。
確かに普通のハエに負ける人間はいないだろう。手でパチンと叩くだけで仕留められる。
けれども、今目の前にいる蝿は乗用車よりも巨大なバケモノで、しかも闇の世界産の上級悪魔。
翅に刻印されたドクロと交差した骨のマークが、やけに禍々しく浮かび上がって見える。
こんなモンスターとまともに戦っては、こちらが間違いなくパチンと叩かれて終わってしまう。
が、そんな全力のツッコミも功を奏さず、真一はヒラリとグラドの背に乗ると勢い込んで蝿の群れに向かっていってしまった。
手綱も何もなく、乗馬や何かの経験もないのに、ぶっつけ本番でドラゴンの背に跨って剣を振るなど言語道断だ。
……というのに、その言語道断をあっさりとやってのけている。
呆気に取られたなゆたはしばし我が身の状況も忘れ、ポカーンと口を半開きにして立ち尽くしてしまった。

いくらゲームの世界だからって、ムチャクチャだわ。これ。

そんなことを考えるも、いつまでもボーッとしてはいられない。いくら真一とグラドが奮闘していると言っても、ベルゼブブには勝てない。
眷属のデスフライを伴っているときのベルゼブブには、常に強力なバフがかかっている。
状態異常耐性、防御力上昇、継続HP回復、そして眷属の召喚。
デスフライが場に一匹でも残っている限り、ベルゼブブは無限に眷属を召喚できる。
そんなデスフライを残したままベルゼブブを倒すというのは、上級者でも至難の業。
トロフィー獲得条件に『デスフライを残したままベルゼブブを狩る』という項目があるくらいなのだ。
中には無限湧きするデスフライを狩ってレベルとスキル上げをする猛者もいるが、今はそんな悠長なことなど言っていられない。

「く……ポヨリン、わたしたちも行くよ!『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』!!」
『ぽよっ!!』

なゆたはスマホの液晶画面を手繰ると、スペルカードを一枚選択した。
『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』。自分のパートナーを瞬間的に硬化させるスペル。
スライムに対して発動させれば、スライムとしての弾性を保持したまま鋼のような硬さを得ることが可能になる。
単純に攻撃力と防御力の強化が望めるスペルである。
ポヨリンの体色が鮮やかな水色から鈍色に変化し、光沢を帯びる。
なゆたの編成したデッキ内の「ぽよぽよ☆カーニバルコンボ(なゆた命名)」は、決まれば必殺。
不測の事態におけるリカバリー能力にも優れた強力なコンボだが、コンボという特性上成立に若干の時間がかかる。
なゆたは早速次のスペルカードを発動させようとしたが――

「まだ、時間が……!」

スマホの液晶画面に横一本、青いゲージが表示されており、それが徐々に伸びていっている。
「ブレイブ&モンスターズ!」はターン性ではなく、アクティブタイムバトルを採用している。
プレイヤーと相手とで交互に行動するのではなく、ゲージが満タンになった者から行動できるというシステムだ。
よって、すぐには次のスペルカードを使うことができない。なゆたは歯噛みした。

「もーっ! 肝心なところでゲームっぽいー!!」

しかし、地団駄を踏んだところで仕方ない。矢継ぎ早のカード発動は不可能なのだ。
こちらのコンボが成立するまで、果たして真一とグラドは持ち堪えられるのか――。
なゆたは祈るような気持ちで、飛翔するグラドと真一を見上げた。

しかし、そんなとき。

「おーい君たち!大丈夫か!?俺も助太刀するぞ!」

声が、聞こえた。

40崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2017/12/29(金) 01:28:29
>「デスフライが残っているうちはベルゼブブに防御上昇のバフが付く!先に眷属から落とすんだ!俺が隙を作ろう!」

見れば、サラリーマン風の男とリビングレザーアーマーがこちらへと向かってきている。
先程神頼みとばかりに送信したフレンド募集の通知に、応えてくれたプレイヤーがいたのだ。
自分と真一がいる以上、他のプレイヤーもいるはず。
そう思っての行動がまんまと図に当たった、というわけだ。

「ありがとう! お願いします!」

サラリーマン風の男に感謝の言葉を告げる。今は、この男が何者かなどということは後回しだ。
パートナーのリビングレザーアーマーはレアリティもスライムとどっこいのメジャーなモンスターであり、能力もお粗末なものだ。
が、人型という強力なアドバンテージを有しており極めて汎用性が高い。
器用貧乏の評価は否めないが、多様なスキルを習得できることもあり、伸びしろの大きさから玄人向けとされるモンスターである。
強力なレイドボスであるベルゼブブとの戦いに名乗りを上げるくらいだ。少なくとも初心者ではあるまい。
にわかに現れた援軍にホッとした――のも束の間。
不意に、何かがポンポンと脛のあたりを叩いている。
なゆたは足許に視線を向けた。そして

「――――ひ」

驚きのあまり、喉の奥にものの詰まったような声を漏らしてしまった。
いつの間にかなゆたの足許に小さな藁人形がおり、それが自らの意志を持つかのように動いている。

>「はぁ〜い、こっちもいてるよ〜」

藁人形が喋り出す。まさに恐怖だ。以前観たホラー映画にこんなのがいたような……なんて、妙なことを考える。
かと思いきや、今度は足許でなく肩にかけられる手。なゆたはびくぅっ! と全身を強張らせた。
しかし、恐る恐る振り返った視線の先に立っていたのは、にこやかな笑みを浮かべた女性だった。
歳の頃は自分と同じか、少しだけ上くらいだろうか。
農作業の最中です的な出で立ちがどことなく場違いだったが、彼女もまたブレモンのプレイヤーなのは間違いなかった。

>「初めまして〜。2.3回やけど共闘したことのある五穀豊穣こと五穀みのりよ〜よろしくねぇ。
  それにしても、スライムつこてトッププレイヤー張ってはるモンデキントさんがこんなかわいらしい女の子とは驚きやわ〜」

「ふ……ふえっ!? ご、五穀豊穣さんって、あのスケアクロウの……?」

はんなり。という感じのみのりを失礼にも指差して、頓狂な声を出してしまう。
多数のプレイヤーとフレンド登録しているなゆただが、五穀豊穣というプレイヤーネームについては特によく覚えている。
課金者にはランクがあり、月に数百円、多くて数千円程度の課金者を微課金勢。
月にウン万円を惜しみなく注ぎ込む重課金勢、さらにその上を行く廃課金勢。
そして。
その廃課金の壁さえ超えた課金者を、プレイヤーたちは尊敬とやっかみ、そして少しの侮蔑を込めてこう呼ぶのだ。
『石油王』と――。
彼女のパートナーモンスター・スケアクロウは、そのみすぼらしい(?)外見と相反した、紛れもない石油王の証だった。
事前登録からブレモンを続けてきたなゆただが、スケアクロウ持ちと遭遇したことは二度しかない。そのうちの一人がみのりだ。
もちろん、なゆたの方から共闘を持ちかけフレンド申請したことは言うまでもない。

「あっ! モ、モンデンキントの崇月院なゆたです! はじめまして、いつもお世話になってます!」

こんな状況ではじめましての挨拶もないものだが、ぺこりと頭を下げて言っておく。
彼女のデッキはかつて共闘した際に見たことがある。自在にヘイトコントロールし累積ダメージを増してゆくバインドデッキだ。
数の暴力に訴える系のなゆたのデッキでは、少々相性が悪い。何にせよその実力は折り紙付きだ。
リビングレザーアーマーといい、誰でもいいからとランダムに募集したにも拘らず、強力な助っ人が来たものである。

41崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2017/12/29(金) 01:29:05
>「それで、あっちの男の子がモンデキントさんの彼氏さんかしらぁ?
 まあ……いうのもあれやけど、結構なアホの子やねえ」

「かっ、かかかか彼氏っ!? ちちち、違います!! 真ちゃんとは生まれたときからの付き合いで、単なる幼なじみで!
 いっつもわたしが尻ぬぐいしてて、全然そんな、彼氏とか彼女とかじゃないですからぁぁぁ!!」

みのりの何気ない一言で、滑稽なほどうろたえる。大袈裟に両手をバタバタさせて全力否定の方向だ。
が、アホの子という点は反論しない。本来パートナーを戦わせるブレモンというゲームで、自分も戦うとは何事か。
ゲームのコンセプトに全力で抗っている。これは垢BAN案件ではないか、とさえ思う始末だった。

>「ほやけどまぁ、アホな子ほどかわええともいうし、しゃぁないわなぁ」

「かわいくないですよう!? いやまぁ、わたしがいないとしょーがないなーっていう部分はありますけど。
 ……って、そんなこと言ってる場合じゃなかった!」

みのりのペースにすっかり巻き込まれてしまっていたが、やっと我に返る。
空では真一とグラドが無数のデスフライにたかられていたが、なぜか被弾している様子はない。
みのりの差し向けた藁人形がダメージを肩代わりしているのだ。

>「『工業油脂(クラフターズワックス)』――プレイ!」

さらに、サラリーマン風の男の発動させたスペルカードにより、空から大量の鼻を突く臭いの液体が降り注ぐ。
工業油脂の雨をその翅に浴びたデスフライの群れは、面白いようにボトボトと地面に墜落した。
『工業油脂(クラフターズワックス)』は極めて高い可燃性を持つ油であり、容易に発火する。
ベルゼブブ討伐のセオリーであるデスフライ狩りには、もっとも有効なスペルのひとつである。

>「あらあら、あのお兄さんもやりよるねえ。デスフライを油で叩き落しはったわ
  もう十分やろけど、せっかくやし私もいかせてもらおうかしらぁ」

さらに、みのりが自らのパートナーモンスターを召喚する。
スケアクロウ。ごくごく一部の限られたプレイヤー(経済的な意味で)のみが手にできる超レアモンスター。
それが出現すると同時、なんとも言えない不快な高笑いを始める。
スケアクロウの笑い声はエネミーのヘイトを一気に上昇させ、自らに向ける能力を持っている。
そうしてスケアクロウがエネミーの攻撃を一手に引き受け、他のプレイヤーが本命を集中攻撃するというのがパーティープレイの定石だ。
以前共闘したときも、みのりのヘイトコントロールには随分助けられた記憶がある。

「五穀さん、ナイス! あとでプレゼントボックスにアイテム贈っときますね! 回復系の!」

このころには、なゆたのATBゲージも溜まっている。さっそくなゆたは二枚目のスペルカードを手繰った。

「『分裂(ディヴィジョン・セル)』! 発動!!」

スペルを発動させると同時、鈍色に輝くポヨリンの姿が俄かにぐにゃりと歪む。
かと思えば、一匹だったポヨリンはまるでプラナリアか何かのように二匹に分裂した。
スペル『分裂(ディヴィジョン・セル)』の強みは、バフを維持したままモンスターの数を増やせるという点にある。
バフ効果をすべて打ち消す類のデバフスペルを喰らうと一匹に戻ってしまうが、基本バトル終了まで増えたままなのも強い。

>「纏めて薙ぎ払え……〈燃え盛る嵐(バーニングストーム)〉!!」

地面に墜落してスケアクロウに群がっていたデスフライへ、真一がスペルカードを発動させる。
途端に発生した炎の渦が、可燃性の油脂をたっぷりと浴びた蝿の群れを蹂躙する。
デスフライたちは瞬く間に燃え上がり、黒く澱んだ塵と化した。

42崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2017/12/29(金) 01:29:24
「真ちゃんったら、考えなしにあんな大技使っちゃって……」

『工業油脂(クラフターズワックス)』に着火するには、ほんの僅かな火で充分事足りる。
真一のデッキなら、最弱の『火の玉(ファイアボール)』でも油を浴びたデスフライを充分殲滅できたのだ。
いや、むしろグラドのブレスでも発火しただろう。スペルを使う必要さえなかった。
その辺りのコストをまったく考えず、派手なことばかりやりたがる辺り、真ちゃんはまだまだ……と肩を竦めるなゆたであった。

デスフライは全滅した。あとは首魁のベルゼブブを始末するだけである。
デスフライのバフが消滅し、ベルゼブブは大幅に弱体化している。――とはいえ、油断は禁物だ。
相手は腐っても上級悪魔、レイドボスである。
ここからベルゼブブの猛攻に押し返され、全滅したパーティーも数多くいるのだ。

>『ギギギギギ……』

ベルゼブブは形勢不利と見たか、一度体当たりと酸の唾液を見舞っただけで真一グラドペアとの戦いを避けた。
また、ヘイトコントロールをしているスケアクロウにも見向きもしない。本能に屈さない高い知能を有する証拠である。
そんなベルゼブブがフィールドにいる四人と五体の中で最初に目を付けたのは、貧相な革鎧の人型モンスター。

>『ギギギッ……!!』

蝿の王の巨大な半透明の翅。そこに刻印された髑髏マークが不気味に輝く。翅が激しく振動する。
黒色の衝撃波、『闇の波動(ダークネスウェーブ)』。デスフライを失った後のベルゼブブのメイン武器のひとつだ。
指向性を持った衝撃波の威力は強大で、充分に育成したレアモンスターすらしばしば一撃で撃破されるほど。
サラリーマンの相棒であるリビングレザーアーマーがどれほど育っているのか確認はしなかったが、直撃は危険である。
何らかの防御系スペルカードを持っているのならいいのだが――。
しかし、なゆたはサラリーマンの対応を待ちはしなかった。

「ポヨリンA! 『しっぷうじんらい』!」
『ぽよよっ!!』

スキル『しっぷうじんらい』。
バトルの際、必ず相手から先制を取ることができるスキルである。
分裂したポヨリンAはスライムらしからぬ電光石火のスピードで跳ね飛ぶと、ベルゼブブとヤマシタの間に割り込んだ。
『闇の波動(ダークネスウェーブ)』がヤマシタの盾となって飛び出したポヨリンを直撃する。

『ぴき―――――っ!!』

闇色の衝撃波をまともに受けたポヨリンはぼよんっ、ぼよっ、と地面を数回バウンドしてひっくり返った。
……けれど、生きている。目を回しているだけだ。
一番最初に付与したバフ『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』と、レベルマスキルマの恩恵である。
そして。

「ポヨリンB! 『てっけんせいさい』!!」
『ぽっよ……よよよ〜〜〜んっ!!』

分裂したもう一匹のポヨリン、ポヨリンBが、衝撃波を放った直後のベルゼブブの側面に回り込む。
グミキャンディーのような楕円形だったポヨリンBの姿が、瞬く間に巨大な右拳に変化する。
スキル『てっけんせいさい』。攻撃力を倍増させる格闘スキルだ。
『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』によって上乗せした破壊力で、ポヨリンBは力の限りベルゼブブをぶん殴った。
鋼の拳がフック気味にベルゼブブの柔らかい腹部に突き刺さり、ドゴォ!!という重いSEが轟く。
そして頭上に表示される『CRITICAL!!』の文字。
ギエエエエーッ!と悲鳴を上げて仰け反る蝿の王。一定のダメージを与えると、ベルゼブブはスタン状態になる。
絶好の反撃のチャンスだ。


【殴。】

43明神 ◇9EasXbvg42:2017/12/29(金) 01:29:58
俺の放った油の雨音が、クソうっとおしいコバエ共の羽音を上書きする。
薄っぺらな羽にべっとりと付着した油の重みで、ハエ達はゆっくりと高度を下げつつあった。

「やべーな、散開し始めやがった」

眷属たちが油にまみれたのを見て、ベルゼブブの触覚が蠢き、指示を出している。
それに従ってデスフライの群れはお互いに距離をとり、一網打尽を防ぐシフトを取り始めた。
着火コンボを警戒した――?ベルゼブブの戦闘AIにそんなアルゴリズムはなかったはずだ。
まるで生きているかのような――思考しているかのような挙動じゃねえか。

「クソ、とっとと着火を――マジかよあいつ」

肝心の着火役、レッドドラゴンの使い手である男子高校生は、あろうことかドラゴンの背に乗って飛翔していた。
その手に剣を握ってデスフライの群れの中を飛び回り、すれ違いざまに斬撃を見舞ってる。

炎精王の剣自分で振るう奴初めて見たわ。
あいつだけなんか世界観違わない?
ていうかおもくそデスフライにタゲられてるけど死ぬんじゃねえのアイツ。

助けに行くか、行かざるべきか。
俺が逡巡している間に、駅のホームに更に飛び出す影があった。
ホームのど真ん中に出現したのは……カカシ。人間大のサイズで、頭に被ったカボチャの奥に生命の光を感じる。
新手の魔物――じゃねえ!ありゃ『スケアクロウ』、野生じゃ絶対に出逢うことのないモンスターだ。
課金者の中でも更に他者の追随を許さぬ額を支払った者に与えられる称号――『石油王』。
スケアクロウはそんな石油王だけが手にすることのできる、高額課金特典なのだ。

「あのコラボ金払った奴いたんだ……」

スケアクロウって確か、グッズのフルコンに加えて胡散臭いウイルス対策ソフトの契約までしなきゃならねえ、
情弱一本釣りみてーな特典配布条件だったはずだ。一回試算してみたけど俺の月給軽く吹っ飛ぶ額だぜアレ。
一体どこのアホが二ケタ万円このクソゲーに費やしたのか、その間抜け面を見てみてえ。うぷぷ。
高校生二人組はそれぞれレッドドラゴンとスライム(笑)だから違うとして――

「……あいつか」

女子高生の後ろにいつの間にかもう一人現れていた。
ツナギにタンクトップと、いかにも農作業の最中に飛ばされてきましたって格好の女。
まあ俺もウンコの最中に飛ばされたクチだからアレだけど。
あれが『石油王』?なんか若くない?農家ってそんな儲かるの?
この戦いが終わったら俺、脱サラしようかな……。

さて、戦場に闖入したスケアクロウだったが、カカシらしくその場を動こうとしない。
代わりに耳に障るケタケタ笑いがホームに響き渡り、デスフライ共の目がそっちに向いた。
群れのど真ん中で剣振り回してる馬鹿を放置して、一斉にスケアクロウへと襲いかかる。

……すげえ、一発で全部のタゲ取りやがった。
回復力に優れる耐久型のスケアクロウは、こうやって敵のヘイトを一身に集めて耐えまくるタンク的な運用に向く。
回復上昇のスペルも組み合わせれば、他のPTメンバーが完全フリーで長時間火力を発揮できるって寸法だ。
そしてデスフライ共のヘイトを集中させたおかげで、奴らが一箇所にまとまってる。

「……今だ!」

>「纏めて薙ぎ払え……〈燃え盛る嵐(バーニングストーム)〉!!」

「いやブレス吐けよブレス。何のためのドラゴンだよ」

俺の届くわけもない突っ込みも虚しく、ドラゴン乗りはスペルを発動。
着火するには無駄にでかい炎の嵐がデスフライ共を呑み込み、一瞬で消し炭へと変えた。
だが結果オーライだ。ククク……せいぜい上級スペル無駄打ちしてろ。それで有利になるのはこの俺だ。

44明神 ◇9EasXbvg42:2017/12/29(金) 01:30:17
俺は油断なく他にデスフライの生き残りがいないことを確認。
これがゲームならデスフライのバフ欄を見りゃ一発で判別出来るんだが、俺の目には禍々しい蝿の王のご尊顔しか映らねえ。

……よしよし、デスフライは全滅したな。
ベルゼブブ本体も巻き添えにしてやれるかと思ったが、敵もやっぱりアルゴリズムの奴隷ってわけじゃないらしい。
巧妙に防御態勢をとって、着火コンボを耐え抜いてやがった。
だが所詮お山の大将、手下がいなくなりゃ奴は砂の上の城に過ぎねえ。このPTなら削りきれる。

「ヤマシタ、『月天弓』」

上空でレッドドラゴンと一騎討ちを始めたベルゼブブ目掛けて、ヤマシタが矢を射掛ける。
『月天弓』は元々弓系武器に備わってる飛行特効を更に倍加させて撃つ弓使いのスキルだ。
しかしこれ、誤射したらどうなるんだろうな。
ゲーム上はオートターゲットだから味方に射撃が当たることないんだけど。

と、しばらく援護射撃を続けていると、レッドラがベルゼブブに弾き飛ばされて距離を離す。
それを契機として、ベルゼブブの複眼がこっちに向いた。
あれ?もしかしてヘイトこっち向いてね?
自問に自答するより早く、ベルゼブブが俺とヤマシタ目掛けて何らかのスペルの詠唱を始めた!

「タゲ剥がれてんじゃねーかクソタンク!!」

なにやってんすか石油王さんヘイト取るのやくめでしょはやくして!
だが一旦スペルの詠唱に入ったモンスターがターゲットを変えることはない。
やべーのは、この辺に身を隠すような遮蔽物は一切ねーってことだ!
あの挙動は確か『闇の波動』、馬鹿みてーな超威力の前にリビングレザーアーマーなんざ紙だ。
なんぼバフ使ったところでバフごと消し飛ぶだろう。

……なーんてな。
デスフライが全滅した時点で、ベルゼブブが『闇の波動』を使ってくるなんてことは予想済みだった。
なんで分かったかって?Wikiに書いてあったからだよ!!
廃人の先駆者共が何匹もパートナーを使い潰して得た情報の殆どは、攻略Wikiで共有されている。
こうしたレイドボスの討伐に参加する時は予習しておくのが前提とされるほどだ。

俺の方にタゲ跳ねてんのはちょっと予想外だったが、正味問題はねえ。
ククク……闇の波動を無力化するスペルもちゃあんと用意済みよぉ!

>「ポヨリンA! 『しっぷうじんらい』!」>『ぽよよっ!!』

しかし、俺がスペルを選び終えるよりも女子高生の反応の方が早かった。
パートナーのスライム――ポヨリンとかいう捻りのないネーミングのそいつが、猛然とこっちに走ってくる。

「ぐええ!」

何らかのスキルの影響か、どちゃクソ素早いスライムがヤマシタを直撃し、跳ね飛ばす。
そんで跳ねられたヤマシタは俺にぶち当たって、一人と一体仲良く荒野の上を転がった。

「なにすんだ軟体生物!」

受け身とか一般リーマンの俺にとれるはずもなくて、悪態と咳込みを交互にしている間に、闇の波動の詠唱が終わった。
オイオイオイ死ぬわ俺――と恐怖よりも先に諦めが来る中で、ポヨリンが波動に飛び込んで行くのが見えた。
それ意味あるぅ?スライム如きが肉壁になったってスライムごと掻き消されるだけだろ!?

>『ぴき―――――っ!!』

だが俺の絶望的な予測に反して、スライムは健闘した。
スライムの真芯を捉えた波動は、あろうことかスライムを貫通できずにそのまま威力を使い果たしたのだ。
一方波動を直撃したポヨリンが目を回しながら俺の傍を跳ね転がる。
えっマジで?なんで生きてんのこいつ。
俺はおそるおそるそのぷるんとしているであろう表面を指で突付いた。突き指した。

45明神 ◇9EasXbvg42:2017/12/29(金) 01:30:42
「こ、このスライム……硬い!」

いやマジでクソ硬え!なにこれどういう鍛え方したらこうなんの。
なんぼスペルで支援したところで、スライムが相殺できる威力じゃねえだろ闇の波動って!
……これはアレか、愛の為せる業なのか。
むかーしポケモンがまだ全盛期だった頃、嫁ポケとか言って弱いポケモンを愛で運用すんの流行ったもんな。
そういう趣味ビルドを否定するつもりは一切ないが、ここまで極まってるといっそ引くわ。明神ドン引きですぅ。

とは言え、助けられたのは確かだ。そこは感謝するほかあるまい。
なにせスペル一回分温存が出来た。馬鹿め……自分の首を締めているとも知らずに……!

「おきろポヨリンA、お前の飼い主が頑張ってんぞ」

失神しているスライムの頬(?)をペチペチ叩きながら、俺も立ち上がる。
大技を放ったあとの硬直はしっかり再現しているらしく、ベルゼブブからの追撃は来ない。
畳み掛けるなら今がチャンスだ。

>「ポヨリンB! 『てっけんせいさい』!!」

女子高生もそいつを理解しているらしく、ポヨリンBとかいうこれまた安直なネーミングのスライムをけしかけている。
うおっ、殴った!スライムが拳の形に変形してベルゼブブを殴り飛ばした!クリティカルだ!
防御力だけじゃなくて攻撃力も振りまくってんのか……愛のちからってすげー。

「捕獲は……まだ出来ねえか」

スマホの捕獲コマンドはまだ使用可能状態になってなかった。
ある程度HPを減らさないと捕獲自体不可能って仕様は、相手の残り体力を推し量る指標になる。
まだまだベルゼブブ君元気いっぱいってことっすね。
仕方ねえ、せっかく温存できたことだしもう一枚くらいカード切ってやろうじゃねえの。

「ヤマシタ、『曳光弾』」

革鎧の射掛ける矢に、線香花火のような光が灯る。
光る矢は空を切って飛び、スタン中のベルゼブブの肩に突き刺さった。
弓使いのスキル、『曳光弾』。矢や弾に魔力の光を灯し、着弾した敵はあらゆる攻撃が当たりやすくなる。
ゲームのシステム上では『着弾対象をターゲットとした全ての攻撃に命中補正』とかいうややこしい仕様だが、
この戦いにおいてはもっと分かりやすい効果を見込むことができる。

「『迷霧(ラビリンスミスト)』――プレイ!」

スペル発動、ベルゼブブを中心に乳白色の濃い霧が発生し、奴の複眼から視界を奪う。
同時に味方の視界も奪ってしまうというクソ迷惑な仕様だが、正味問題はねえ。
霧越しにもはっきりとわかる、突き刺さった曳光弾の光がベルゼブブの居場所を教えてくれる。

「迷霧の中にいる敵はクリティカル発生率が上がる!畳み掛けるぞ!」

ヤマシタ『乱れ打ち』スキルで矢の雨を降らせながら、俺は声を上げた。
このまま順調に削れて、捕獲可能になった瞬間、コマンドを実行してやるぜ。


【迷霧のスペルでベルゼブブの視界を奪いつつ、曳光弾で味方からは丸見えにする支援】

46五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2017/12/29(金) 01:31:40
>「五穀さん、ナイス! あとでプレゼントボックスにアイテム贈っときますね! 回復系の!」
「はいな、おおきにさん。でもみのりでええよ〜」
なゆたの言葉に応えながら返事を返し、戦況を見守るみのり
ゲームではない、実際に目の前で繰り広げられる戦いに緊張はしていたが、戦いそのものはゲームと同じように順調に進んでいる。
それゆえに緊張よりも楽しさの方が若干上回っており、こうして余裕をもって眺めていることができたのだった

そして何より、最もみのりを楽しませているのが真一となゆたであった
>「纏めて薙ぎ払え……〈燃え盛る嵐(バーニングストーム)〉!!」
>「真ちゃんったら、考えなしにあんな大技使っちゃって……」
油まみれになり密集したデスフライに、上級スペルを使っての着火
なゆただけでなく、離れた明神もシンクロしたかのようにツッコミを入れてしまう所業なんだが
「ふふふ、元気があってええやないの、かぁいらしいわ〜」
と、みのりは面白そうに笑いをもらすのであった。

元よりグラドに騎乗して戦うなどという行動に出ている時点で、真一に対する評価は戦略的、理論的な行動は期待できない、となっている
故に今更着火にわざわざ上級スペルを繰り出しても驚きも呆れもしない。
それよりも、先ほどのやり取りからのなゆたの反応がかわいく思えてしまうのだ。

(世話焼き女房と、まだお子様な男の子って感じかしらぁ?
甘酸っぱいわ〜
こういうの見ていると、ついついつつきたくなっちゃうのは悪い癖やねえ)
などと思いを馳せるゆたの目に映るのは紅蓮に染まる駅のホーム

炎に包まれたデスフライは、身を焼かれながらもイシュタルへの攻撃を続けている
そしてイシュタルもまた燃え盛りながらデスフライへの攻撃を続けている。

スケアクロウのイシュタルはトップクラスのHPと回復力を誇るが、反面防御力や回避そして攻撃力はないに等しい
例えデスフライ相手であってもダメージは一桁あるかどうか
それでも攻撃を続けるのは、ダメージが狙いなのではなく被ダメージが狙いだからだ。

攻撃をする瞬間というのは攻撃をされやすく、最も脆い瞬間である。
そう、ともすればカウンターを受けるからだ
本来ならば避けるべき事態であるが、バインドを目的とするイシュタルにとっては累積ダメージを上積みする為の戦略であった。。
更に炎がデスフライだけでなくイシュタルも焼いているのは幸運だったといえよう。
これならばあと一つ大きな攻撃を食らえばベルゼブブですら倒しきるまでにダメージは累積されるだろうから。


しかし、その思惑は大きく外れることになる。
眷属を盾に紅蓮の炎を凌いだベルゼブブが真一に牽制の唾液を飛ばし、狙いをリビングレザーアーマーのヤマシタに定め、闇の波動を発動したのだ。
「はうぅ〜、タゲが外れてもうだわ〜おかしいなぁ」
ベルゼブブの思いがけない行動に驚きの声とともにあたりを見回す

47五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2017/12/29(金) 01:31:54
みのりのバインドデッキは累積ダメージを跳ね返す事を旨としている
【累積】というところがポイントであり、回復しながらダメージを食らい続ける事でどんどん強力な攻撃力を蓄えていけるのだ。
その強力さに注目されがちだが、この戦略の本当の要所はヘイトコントロールにある。

ダメージ【反射】であるから、そもそもダメージを食らわなければいけない
エネミーが複数いるプレイヤーの中で誰に攻撃をするかはランダムではなくヘイト値によって決定されるのだ。

ヘイト、すなわち憎しみ
判りやすく言えば一番ムカつく奴を殴り倒す!というものだ
ヘイトにも様々な種類があり、ヘイト値をためやすい順に

近接ヘイト:パーソナルスペースに入られるとイライラするよね
視覚ヘイト:目につく奴にイライラ、目立つ奴は特にイライラ
ダメージヘイト:殴られれば殴り返す、基本ですよね
回復ヘイト:せっかく殴ったのに回復されたら台無しって怒るよね
デバフヘイト:邪魔されるとうっとおしいよね、まずこいつから排除しようってなるよね
挑発ヘイト:イラつかせるためだけの技術で他に何の影響もないけどとにかくイラつかせるよ

エネミーによって優先順位が変わるものもあるが、基本的にこういった要素で決定づけられる。
他にも、イラつきまぎれに何か蹴飛ばそうとした時、硬そうなレンガより空き缶の方を蹴るように、属性や防御力などの弱いものを優先的に攻撃をする傾向がある。

逆にムカつく相手を殴ってすっきりするように、ダメージを与えられることでヘイト値が低下したらい、他にもヘイトカットのスキルやスペルはあるのだが、ここでは割愛


このような要素を加味してみのりのバインドデッキはイシュタルをパートナーにすることで絶大な効果を誇っていたのだ。
敵のど真ん中に出現し近接ヘイトを獲得
案山子という視覚的に注目されやすい特性で視覚ヘイトを獲得
持ち前の回復力と「地脈同化(レイライアクセス)」による継続回復効果
そして最初に響き渡った笑い声は挑発効果のあるイシュタルのスキル『不協響鳴(ルーピ―ノイズ)』
更に低防御力と属性による不利

これだけのヘイト獲得手段を講じていれば、被ダメージによるヘイト低下も問題なくベルゼブブのターゲットを固定し続けられるはずであった。
にもかかわらずターゲットがヤマシタに移ったのは、ブルゼブブに指示を送った者がいるのかと周囲を見まわさずにはいられなかったのだ。
だがあたりにそれらしい人物はいなさそうで、ふぅと、一息ついて視線を戦場へと戻す。

指示されていないのであれば、生物としてのベルゼブブの知性という事なのであろう。
ならば知性を掻き消すほどのヘイト稼ぎか、他の戦略を考えねばならない、と感じつつ目の前の戦いに集中する。

48五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2017/12/29(金) 01:32:12
みのりが思いを巡らせている間に戦いは佳境に入っていた
なゆたのコンボが発動し、闇の波動は防がれ、ベルゼブブはスタン状態に。
そこへ畳みかけるようにヤマシタの矢が叩き込まれている。

「闇の波動欲しかったけど、全部が全部ゲーム通りとはいかへんわねえ。
まだ足りひんやろけど頃合いという事で〜収穫祭の鎌(サクリファイスハーベスト)」

スペルが発動し、イシュタルの手に巨大な黄金の両手持ちの鎌が現れる。
鎌を握りしめイシュタルがベルゼブブに向かい進みだす
移動した時点で継続回復の地脈同化(レイライアクセス)の効果を放棄する事になる
既に十分回復しているのと、もはやここから先回復の必要がない、すなわち決着をつける事を表していた。

後はベルゼブブの動きを封じ確実に当てるために荊の城(スリーピングビューティー)を用意していたのだが、明神とヤマシタがそれを不要としてくれた。
ベルゼブブを中心に濃い霧が発生しているが、曳光弾により命中補正がかかり動きを封じる必要がなくなっていたのだ。

「ほんにやりよるねえ。おおきにさん〜それでは行かせてもらいますえ〜」

明神に声をかけた直後、イシュタルが飛びその大鎌を振るう!
クリティカル状態でのデスフライの総攻撃を受け、更に燃え盛る炎にまかれた累積ダメージがクリティカル状態でベルゼブブを直撃したのだ。
大きく切り裂かれ、体液をまき散らしながもベルゼブブは死ななかった。

「はぁ〜やっぱり闇の波動分足りひんわねえ。
まあしゃあないし、なゆたちゃんの彼氏君に花持たせてあげましょか〜」

ぽよりんコンボにヤマシタの乱れ打ち、そしてイシュタルの累積ダメージ反射はベルゼブブに大ダメージを負わせた。
HP残量的には瀕死状態で、捕獲コマンドも使用可能となっている状態であろう。

だがそれでもベルゼブブはレイドボスなのだ。
残量的には1割を切っているが総数が膨大なため、1割であってもそれなりの数値になっているはず。
そして次を託す真一だが、みのりの中ではかなりの低評価。
例え属性的に相性がよい炎属性のレッドドラゴンを使っているとはいえ、このままトドメを任せてベルゼブブを沈めきれるとは考えていないので

「あのお兄さんのおかげで温存できたスペルカード一枚分サービスですえ〜
太陽の恵み(テルテルツルシ)!
さて、効果はフィールドを火属性にするスペルでおすし、あとはおきばりやす」

みのりの声は藁人形を通じて真一に届くであろう
スペルカードが発動し、夜空に目映い光球が出現し、当たりを照らし出す。
効果はフィールドを火属性にし、火属性のモンスターやスペル、スキルの強化をもたらすのであった


【累積ダメージ反射にてベルゼブブを攻撃、大ダメージを与える】
【フィールドを火属性に変えて支援】

49ウィズリィ ◇ojxzobrjS9F.:2017/12/29(金) 01:32:41
大人は勝手だ。

「ウィズリィ、お酒を飲んではだめだ。大人になってからにしなさい」
「ウィズリィ、あなた、そんな難しい本を読んでいるの? 子供らしく絵本でも読んでいればいいのに」
「ウィズリィ、言っただろう? これは苦みの分かる大人の味で、お前にはまだ早いって」

大人は勝手だ。

「ウィズリィ、お前は子供なんだから向こうに行っていなさい。私たちは大事な話があるんだ」
「ウィズリィ、あなたが背伸びしたがる歳なのは分かるわ。でも、これは大人のお仕事なの」
「ウィズリィ、このバカ娘! 聞き分けがないにも限度がある! 次にこんな事をしたらお前をタンスにしまってしまうからな!」

大人は勝手だ。自分勝手だ。
誰もかれもが自分の権威と既得権益を守るためだけに動いている。
かつて読んだとある物語では、大人たちはみんな死んで、少年少女が国の最後の希望、というような筋だった。
……本当にそうなってしまえばいいと思った事も、一度や二度ではない。

「ウィズリィ」

声が響く。他の誰の声とも違う、厳かなトーン。
そして、声とともに、わたしの眼前に現れる、一つの人影。
『王』だ。わたしは思わず居住まいを正した。

「ウィズリィ。我が敬愛する森の魔女よ。教えておくれ……私の国は、あとどのぐらいもつ?」

不確定要素が多すぎてまともな計算もはばかられるところだったが、概算では現状維持でよくて5年。おそらく実際はその半分以下。
そう伝えると、『王』は悲しそうな顔になった。

「ありがとう。……辛い言葉を言わせてしまったね。すまない」

首を振って応える。単なる事実を伝える事に、辛い事なんてないから。

「いや、それでも謝らせてほしい。これから私は君に、この質問とは比較にならないぐらい過酷な仕打ちを強いるのだから。
 ウィズリィ、我が敬愛する魔女よ」

『王』がそう言った瞬間、気が遠くなっていく感覚に襲われる。視界がぼやけ、『王』の姿が薄れていく。
言葉に答える事も出来ないまま、わたしの視界は完全に暗闇に呑まれていった。
最後に、『王』の言葉だけが響く。

「私は、君に……」

50ウィズリィ ◇ojxzobrjS9F.:2017/12/29(金) 01:32:51
「……夢……?」

どうやら、少々うたた寝をしてしまっていたらしい。二、三回まばたきをして、寝ぼけ眼をまぶたから追い払う。
真っ先に視界に映るのは、シンプルな装飾ながら設えの良い革張りの椅子。
私が今現在座っている(そして眠っていた)椅子とほぼ同じデザインのそれは、現在は空席である。
もちろん、そこに『王』が座っているという事は……座っていたという事も、ない。
私が『王』とあの会話をしたのは、もう2日は前の事になるのだから。

「……ふむ」

軽く体を動かし、少々のこわばりをほぐす。
この感触からするとそう長くは眠っていなかったようだが、さて。

「ブック」

わたしの最高の相棒である、本の姿をした魔物の名を呼ぶ。
言わずとも傍に控えていたのだろう。彼……彼女かもしれないが、性差のない種族に対しては無意味な呼称だ……は、即座に私の目の前に飛んできた。

「わたしが『これ』に乗ってからどれぐらい経っているかしら」

分かる?などと確認する必要はない。彼に分からないことなどないのだから。
今回も、彼は即座に回答する。
彼のページがひとりでに開き、その上に円状に小さな火の玉が12個並ぶ。
彼が知る知識の一つ、日の出から次の日の出までを24分割する、時の表記方法。
12個の火の玉のうち、二つの色が赤から青に変わった。……2単位分寝ていたという事だろう。

「思ったより疲れていたようね……しかも、それでまだ到着していないなんて。
『これ』の乗り心地は悪くないけれど、時間がかかるのは考え物ね」

いいながらわたしは立ち上がり、『これ』の内部を見渡す。
わたしが座っていたのと同じ椅子が、いくつも向かい合うように配置されている。
それほど高くない天井からは、小ぶりながら悪くない趣味のシャンデリアが下がり、室内を照らす。
ある一点に目をつぶれば、ここは王宮の応接室だ、と言っても通るかもしれない。
部屋の端にある窓からの景色が、流れるように通り過ぎていく事さえ、気にしなければ。

「……慣れないわ」

同意する、とでもいうように、ブックが火の玉を消し、自らを閉じた。

*  *  *

種を明かそう。『これ』とは、わたしの『王』が用意した乗り物なのだ。
魔法機関車、と『王』は呼んでいた。線路、というあらかじめ用意した鉄の道にそって、大量の荷物や人員を運搬できるからくりなのだという。
普段は『王』自らが乗り込み、あちこちに視察に赴くのだそうだ。
まさかそれにわたし(とブック)が乗る事になるとは夢にも思っていなかったが、この程度で驚いていては始まらない。
わたしがこれから魔法機関車で迎えに行くのは、博識であるわたしやブックでも一度も遭遇したことのない相手だという。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と呼ばれる彼らを迎えに行く事が、さしあたってわたしがこなすべき任務なのだ。
そう、あくまでさしあたっての。

「……君に世界を救ってほしい、か。まったく、買いかぶられるのも考え物ね」

あの日の『王』の言葉を思い返す。
わたしが対応するべき最大級の謎。
世界の危機。
実感はない……が、いずれ嫌でも湧いてくるだろう。

51ウィズリィ ◇ojxzobrjS9F.:2017/12/29(金) 01:33:06
気が付けば、窓の外の景色はいつのまにかすっかり赤茶けた荒野になっていた。
『赭色(そほいろ)の荒野』だ。つまり。目的地は近い。
何事もなければよい、という期待は早々に裏切られた。

夜空に太陽が浮いている。スペルの効果だ。
夜を昼にしようという斬新なリフォームを試みたバカがいるのでなければ、おそらく何らかの戦闘行為が行われているのであろう。
見れば、緩やかなカーブの先に見える建物の周囲で、何か大きなものが飛び回っている。
モンスターだ。敵か味方か通りすがりか、までは判別しきれないが、いずれにせよ邪魔だ。
いざとなれば、わたしも対応できるだけのスペルは貯蔵しているが……まずは穏健な策を取るべきだろう。
つまり……。

部屋の隅に用意されていた伝声管を開き、声をかける。

「運転手、聞こえるわね。目的地の方に障害物が多数あるわ。
 最悪わたしが対応するけれど、まずは注意勧告をお願い」

しばらく後。
魔法機関車の警笛が『赭色の荒野』に響き渡った。

【ウィズリィ&ブック:魔法機関車内で到着待ち】
【魔法機関車運転手(詳細不明):警笛を鳴らす】

52佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2017/12/29(金) 01:33:31
青白い蛍光灯の明かりに照らされたマンションの一室。
赤いランドセルを背負った少女が、連続ドラマを眺めながらソファに横になっている母親の背に、何事かを語りかけている
顔をくしゃくしゃにして涙を流しつつ声を紡ぐその様子と、泥の跡の様な物が付着したままの服装から、恐らくは少女の身に学校で何事か……良からぬ事があったのだろう
えづきながら語る少女。その訴えかけに、けれど母親は適当な相槌とドラマの滑稽な場面への笑い声で答えている
そのやり取りは数分の間に渡り続いたが

「それで……あのね。お母さん、今日、学校に行ったら友達に……笑われたの。お化けみたいだって」
「ああっ、もう!なによ、さっきからうるさいわね!ドラマが聞こえないでしょ!?」

ドラマがコマーシャルに入った瞬間に、怒りで顔を歪めた母親の怒鳴り声で中断する事となった
大声を向けられた少女はビクリを身を竦めたが、それでも母親に縋り付きたかったのであろう。再度口を開こうとするが

「でも、お母さ――」
「さっさとその汚れた服洗濯機に入れて自分の部屋に戻りなさい!汚いのはその【顔の傷痕】だけにしてよ!!」

……返されたのは怒声。少女の心は、母親の娯楽への興味により封殺されてしまった
先程まで滂沱の如く流していた涙も、まるで水源が枯渇したかの様にピタリと止まり、呆然としたまま浴室の洗面台の前まで歩を進め、少女は洗面所に設置された姿見に映った自分自身を眺め見る

肩までの長さの黒髪に、少し赤みがかった色の瞳。日焼けしていない白い肌

そこには、いつも見慣れた少女自身の姿が写っているが……ただ一つ。少女が【事件】の前と後で変わってしまった物があった
それは、長く伸ばした前髪で隠した、右顔

その上を縦断する醜い切傷の跡

右手で前髪を掻き揚げながらその傷跡を眺め見た少女は、小さく、泣き出しそうな歪んだ笑みを浮かべ……


――――……・・

53佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2017/12/29(金) 01:33:43
「う、ぁ――――な、何事です!?」

突如として響いた轟音
爆轟の如きそれを耳に入れた少女――【佐藤メルト】は驚愕の声をあげつつ飛び起きる事となった

「ま、また……! 地震ですか?ガス爆発ですか!?」

慌てて寝かせていた体を持ち上げるメルトだが、そんな事はお構いなしとばかりに先程彼女を叩き起こした轟音は断続的に続いている
混乱したまま周囲を見渡すも、そこは先ほどまで自身が見ていた青白い微睡の世界ではなく、目に写るのは、所々崩れた石壁により囲まれた見知らぬ部屋
当然の如くメルトもランドセルなど背負ってはおらず、着ている服は黒色のパーカーと同色のスキニー
そして「ラーメンライス」と筆文字でプリントされた白の謎インナー……彼女が中学校に通える年齢になってから愛用している部屋着であった

夢と現の境を振り切れぬまま、暫しの間、継続して鳴り響く轟音や爆音に振り回され、手を振って見たり蹲ってみたりと混乱を続けていたメルトであるが、
ふと、自身が現在潜んでいる部屋……線路が通る廃墟の中に有る、例えるのであれば駅長室とでもいうべきその場所の、崩れた壁の隙間から飛び込んできた風景を見て
空に座する蠅の王【ベルゼブブ】の姿によって、ようやく混乱を振り解く事に成功した

「……うわ、思い出しました……最悪、です。やっぱり夢じゃなかったんですね、コレ」

そして思い出す
自身が突如としてこの赤錆色の世界に放り出された事を
自身がプレイをしていた【ブレイブ&モンスターズ!】に登場する魔物、蠅の王【ベルゼブブ】に酷似した怪物に追われていた事を

54佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2017/12/29(金) 01:33:59
遡る事数時間前。ある事情により、登校拒否の半引きこもりと化していた彼女がこの世界に落とされたのは締め切った自室で【ブレイブ&モンスターズ!】をプレイしていた時の事であった

ゲームのストーリーモードを進めたり素材集めをする訳でもなく、最弱レベルの雑魚モンスターであるレトロスケルトンをパートナーに、業者すら未発見のバグを利用したハイレベルのレアカードの増殖を行っている最中
一度目の増殖を成功させたそのタイミングで、瞬きをした瞬間に世界が切り替わっていた


切り替わり、目と鼻の先程の距離に眼前に蠅の王【ベルゼブブ】が鎮座していた


至近距離に高レベルのモンスター……昨今の糞ゲーですらあまり見ない、本来であれば致命的である状況の中でメルトが生き延びる事が出来たのは、殆ど奇跡といっていいだろう

まかりなりにも一日の殆どの時間をブレイブ&モンスターズにつぎ込む廃人と言って良い程の経験を積んでいた事で、ベルゼブブのモーションに対し異様な速度で反応、回避行動ができた事
回避した先が、赤い砂に塗れた急斜面であり、そこを転がりながら滑り落ちる事で、一時的にベルゼブブとの距離を取る事に成功した事
その二つの要因が、辛くもメルトの命を救った

当然の事ながら【近接ヘイト、視覚ヘイト、挑発ヘイト】この三つを完全に満たしたメルトをベルゼブブは獲物と定め、執拗に追跡を行ってきたが……運良くベルゼブブに殺される事無く、
逃げて逃げて逃げて、追跡を逃れ、廃墟の駅に逃げ込んだ事で事で気が緩み、そのまま意識を失い――――そして冒頭へ至ったという訳である

……つまり、真一達がここでベルゼブブに遭遇したのは、メルトが図らずもトレイン(モンスターを引きつけて他者に擦り付ける行為)を行った成果であるとも言えるのだが、それは誰が知る所でもない


「それにしても、さっきから響いてるこの轟音……戦闘音でしょうか? ――あっ。今の炎は確か【燃え盛る嵐】のエフェクトですね。なんか思った以上に物凄く燃えてる気もしますが」

一度大きく深呼吸をして、再度壁の隙間からベルゼブブの様子を眺め見るメルトだが、彼女はそこでベルゼブブの様子がおかしい事に気付いた
メルトを追跡していた時は泰然自若とした様子を崩さなかったベルゼブブが、殴られたかの様にふら付き、かと思えば突如としてその身が燃え上がったりしているのだ
暫く観察して、その炎の形状がスペルカードの一つと酷似している事を思い出したメルトは、
次いで現れた乳白色の霧とその中で輝く線香花火の様な発光を見て、ベルゼブブが【プレイヤー】と戦闘している事を確信する

これまで状況の掴めない中で逃げる事に精いっぱいだったメルトは、自分以外の他者の存在を感じた事でホッと息を吐こうとし……
けれど、直ぐに【プレイヤー】が友好的な人間とは限らないと思い至り頭を横に振った

ただ……それでも何もしない事は不安なのだろう、メルトは駅長室から恐る恐る歩み出て、
廃駅のホームの朽ちた看板の影から戦闘の様子を眺め見ていたが……そこでふと、彼女は己の懐に入っているスマートフォンの存在を思い出した
気を紛らわす手慰みなのだろう。ポケットに入れてあったスマホを取り出すと、
特に深く考えず、画面を良く確認する事も無く、何故かログイン出来ているブレイブ&モンスターズの『召喚』ボタンを作業的に押し

55佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2017/12/29(金) 01:34:52
『カタタタカタカタ』
「……うぇえええええええええ!?」

眩い光と共に現れた、ガイコツ標本の様なモンスター
【レトロスケルトン】を至近距離で見る事となり奇妙な声を上げた
そして、そのタイミングで追撃とばかりに響き渡る大音量の【警笛】
限界まで張りつめた緊張のなか、視覚と聴覚の双方に奇襲を受けたメルトは

「……きゅう」

数歩ふら付きながら歩いてから、廃駅のプラットホームのど真ん中で、再度その意識のブレーカーを落とした

夜空に輝く眩い光球に照らされたレトロスケルトン……メルトがパートナーとして選択していたそのモンスターは、
未だ続く戦闘と、情けなく倒れた自身のパートナーを中身のない虚空の目で見比べて、
まるで困った人間の様に骨しかない指で頭蓋骨をポリポリと掻いた

【トレインしたり覗いたりのあげくに、特に何も成し遂げる事無く、誰かと遭遇する前に気絶】

56赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2017/12/29(金) 01:35:18
青白い燐光を放つ満月の下で、蝿の王との激闘は続く。

一瞬の攻防の後、素早くグラドと距離を取ったベルゼブブが次に狙ったのは、こちらに向けて矢を射かけるリビングレザーアーマーだった。
真一はゲーム内でベルゼブブと戦ったことはなかったが、広げた羽を震わせるその挙動には、ピンと来るものがあった。

「――闇魔法か! おい、そこのアンタ。さっさと逃げろ!!」

真一は下方から援護するサラリーマン風の男に、慌てて声を掛ける。
先程はその助けによって、デスフライの群れを一掃することができたものの、彼のパートナーは脆弱な革鎧の亡霊だ。
金属製の鎧を纏ったリビングアーマーと比べれば、防御性能も遥かに劣り、ベルゼブブのスペルをまともに受けてしまえばひとたまりもないだろう。

>「ポヨリンA! 『しっぷうじんらい』!」
>『ぽよよっ!!』

しかし、そんな真一の心配をよそに、彼らの前に立ちはだかったのは、なゆたのポヨリンだった。
一見ただのスライムだが、なゆたの異様なやり込みによって鍛えられたその強靭さは、真一もよく知っている。
ポヨリンは〈闇の波動(ダークネスウェーブ)〉の直撃を貰って吹き飛ばされるも、何とか耐え切ったようであった。

>「ポヨリンB! 『てっけんせいさい』!!」
>『ぽっよ……よよよ〜〜〜んっ!!』

更に分裂したもう一匹のポヨリンが、衝撃波を放って隙ができたベルゼブブを狙う。
スライムが拳の姿に変化する様は、こうしてリアルで見ると中々不気味だったが、攻撃力はお墨付きだ。
強烈な鉄拳がベルゼブブの横っ腹を見舞い、敵の巨体をぶっ飛ばす。

「よっしゃ、流石ポヨリンだぜ!」

間近でその一撃を見た真一は、思わず拳を握ってガッツポーズを決める。
いつもは煮え湯を飲まされ続けている相手だが、こうして味方として戦う分には、これほど頼りになる奴らも中々いない。

57赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2017/12/29(金) 01:35:29
>「迷霧の中にいる敵はクリティカル発生率が上がる!畳み掛けるぞ!」

>「闇の波動欲しかったけど、全部が全部ゲーム通りとはいかへんわねえ。
 まだ足りひんやろけど頃合いという事で〜収穫祭の鎌(サクリファイスハーベスト)」

だが、他の仲間たちも、なゆたとポヨリンに負けず劣らずの活躍を見せた。
ベルゼブブのメインターゲットに定められていたサラリーマンらは、ベルゼブブの体に光の矢を突き刺しつつ、スペルで濃霧を発生させる。

そして、その援護を受けたイシュタルは、先程まで回復に徹していた構えを解いて、今度は両手に大鎌を握る。
ユニットカードの〈収穫祭の鎌(サクリファイスハーベスト)〉。
今まで自分が受けたダメージを攻撃力に変換する武器であり、あれだけデスフライの的にされていたことを考えると、その火力の程は計り知れないだろう。

>「ほんにやりよるねえ。おおきにさん〜それでは行かせてもらいますえ〜」

イシュタルは大鎌を振り抜き、ベルゼブブの胴体を見事に斬り裂いた。
真一もこれで決着がついたものかと思ったが、これだけの攻撃を立て続けに受けて尚、ベルゼブブは健在だった。

「まだ息があるのかよ。……思ってたよりも、随分タフな野郎じゃねーか」

やがて濃霧は晴れ始め、徐々に視界がクリアになる。
ベルゼブブは腹から体液を溢しながら、相変わらずその両脚を擦り合わせて不協和音を鳴らしていた。
然しものベルゼブブといえど、もはや息も絶え絶え。このまま畳み掛けることができるだろうと真一が身構えたその時、不意にベルゼブブの周囲を紫色の光が覆い始めた。

――蝿の王の異名は、伊達ではない。
ベルゼブブはこうして瀕死の状態まで追い込むと、俗に言う「バーサク状態」へ変貌するのだ。
闇の魔力を纏ったベルゼブブは、その高度な知性を失う代わり、あらゆるステータスを大幅に上昇させて暴れ始める。
残り体力的には〈捕獲(キャッチ)〉のコマンドを実行することも可能なのだが、今のままではまず捕獲に成功することもない。
更に攻撃を与えてバーサクを解除するか、或いは状態異常にさせて、身動きを封じるなどの工夫が必要になる。

>「あのお兄さんのおかげで温存できたスペルカード一枚分サービスですえ〜
 太陽の恵み(テルテルツルシ)!
 さて、効果はフィールドを火属性にするスペルでおすし、あとはおきばりやす」

「よし、任せとけ! ……って言いたいところだけど、何かヤバそうな雰囲気だ。油断すんなよ、グラド!」

先程、五穀豊穣と名乗ったイシュタルの主人は、藁人形を通して真一に声を掛ける。
そして、彼女が行使したユニットカードによって、夜空に太陽が昇った刹那、最後の戦いが幕を開けた。

58赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2017/12/29(金) 01:35:48
「――〈火球連弾(マシンガンファイア)〉!!」

まずは手始めに、真一は牽制とばかりに一枚のカードをプレイする。
小さな火球の礫を無数に放つスペルであり、一発一発の攻撃力は低いものの、このように弾幕を張るには非常に優秀な効果を持つ。
――だが、バーサク状態に入って運動能力を高めたベルゼブブは、それらの攻撃を容易く回避し続けた。

「くっ、なんつー速さだよ……! グラド、ドラゴンブレスだ!!」

回避機動を取りつつ、ベルゼブブは複眼をこちらに向けて狙いを定め、再び闇の波動を解き放った。
グラドは自身のスキルである〈ドラゴンブレス〉を以てそれを迎え撃ち、両者の攻撃は虚空でぶつかり合って相殺される。
〈太陽の恵み(テルテルツルシ)〉の効果によって、こちらの火力も上がっていたため、威力負けすることはなかったが、敵に命中しなければ意味がない。
そのようにして、繰り返し撃ち出される真一とグラドの攻撃を、ベルゼブブは立て続けに躱し、自身は酸の唾液と闇の波動で応戦する。
幾度にも渡る攻防は、互いに致命打を与えるに至らず、空中戦は更に凄烈の様相を呈した。

「このままじゃ埒が明かねえ。なんとか、あいつの動きを止めねーと……」

しかしながら、そう呟いた真一の脳内には、敵の意表を突くための“ある作戦”があった。
それはかなりデンジャラスな賭けでもあったが、既に意は決している。真一はグラドの頭に顔を近付け、その内容を耳打ちした。
グラドは驚きに一度目を見開くも、その直後に腹を括ったようで、対峙するベルゼブブを鋭い眼光で見据える。

『グァアアアアアアッ――――!!』

そして、グラドは激しい咆哮を上げながら、ベルゼブブを目掛けて突っ込んだ。
理性を失っているベルゼブブは、その雄叫びに挑発されるがままに羽を開き、こちらを迎え撃つ構えを取る。
突進するグラドと、それを迎撃するベルゼブブ。互いの体当たりが炸裂し、両者は共に倒れたかのように見えた。

――だが、蹌踉めくグラドの背の上には、既に真一はいなかった。
今の衝突で振り落とされただけのようにも思えるが、そういうわけではない。

「――貰ったぜ。真上がガラ空きなんだよ、ハエ野郎!!」

そう叫んだ真一の姿は、ベルゼブブの死角――その直上にあった。
ぶつかり合う寸前、真一は〈限界突破(オーバードライブ)〉のスペルを発動して身体能力を底上げし、グラドの背を踏み台に跳び上がっていたのだ。
パートナーの突撃を囮に使い、自分自身が飛矢となる捨て身の作戦。
しかし、あまりにも無謀に思えるその行動は、完全にベルゼブブの虚を突いた。

真一は裂帛の気合と共に剣を振り下ろし、唐竹の剣戟でベルゼブブの左翼を斬り落とす。
ようやく届いたその一撃を受け、ベルゼブブは悲痛な叫び声を響かせながら崩れ落ちた。

「今だ! ブチかませ、グラドッ!!」

更にダメ押しとばかりに、グラドは〈ドラゴンクロー〉のスキルを発動。
右腕に炎を纏わせ、自慢の鉤爪を渾身の力でベルゼブブの顔面に叩き付けた。

真一とグラドのダブルアタックが炸裂し、遂に決着の時は訪れる。
ベルゼブブの周囲を取り巻いていた紫色の魔力は消え去り、そのまま荒野へと墜落していく。
やがてHPが尽きるのは明らかだったが、完全に息絶える直前――バーサク状態が解除されたこの瞬間に捕獲を試みれば、或いは成功する可能性もあるかもしれない。

そして、同様に落下する真一をグラドが背でキャッチした直後――この荒野を切り裂くように、けたたましい警笛が鳴り響く。
異世界の少年たちを「王都キングヒル」へと導く“迎え”が到着した合図であった。



【真一とグラドのコンビ攻撃が決まりベルゼブブ撃破。
 ちなみに汽車に乗って移動するシーンでこの章を締める予定なので、そのつもりで準備お願いします】

59崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2017/12/29(金) 01:36:17
スライム、リビングレザーアーマー、スケアクロウ、そしてレッドドラゴンの波状攻撃によって、ベルゼブブが墜ちていく。
急造チームではあったが、近距離アタッカー二体にタンク、遠距離アタッカーと、編成的にはまずまずだ。
あとはヒーラーでもいれば、より一層強いパーティーになるだろう。
何よりこの異世界に放り出され、右も左もわからない状態でレイドボスに遭遇するという絶体絶命の危機。
それを乗り切ったというのは、まさに奇跡としか言いようがない。

……と。

(……あれは……キャプチャーの……)

どどう、と赤色の土煙を上げて荒野に墜落したベルゼブブへ向けて放たれた、一条の光。
それはモンスターを捕獲するときに見られる光のエフェクトだった。
ダメージを与えて弱ったモンスターは捕獲できる。――たとえ、それが強大な力を持つレイドボスだったとしても。
普通のゲームならNPC専属であろうモンスターをも捕獲できるというのが、このブレイブ&モンスターズ!のウリである。
光の飛んできた方向を見ると、サラリーマンがいるのが見えた。間違いなくあの男性が捕獲を試みたのだろう。
……しかし、その光は一瞬ベルゼブブを取り巻くも、すぐにパッとかき消えてしまった。捕獲失敗のサインだ。

なゆたはその時点で、サラリーマンに軽い不信感を覚える。
通常、多人数のプレイヤーが参加するパーティープレイにおいてモンスターの捕獲はご法度とされている。
なぜなら、モンスターは分け合うことができない。
素材収集目的の討伐の場合は、討伐した時点でドロップアイテムが全員に行きわたるが、捕獲は違う。
一人が捕獲に成功すると、他のプレイヤーは経験値以外は何も貰えず終わるのである。
よって、特定のモンスターを捕獲しようとする場合はフレンド募集の時点で『○○捕獲希望』とメッセージを出すのが普通だった。
もしそうでないとしても、最低限『これ捕獲してもいいですか?』と一声掛けるのがマナーであろう。
学校で生徒会副会長を務める真面目さからか、ネットマナーにもうるさいなゆたであった。

ともかく、サラリーマンはベルゼブブ捕獲に失敗した。
捕獲自体に回数制限はない。もう少し弱らせて、次のATBゲージが溜まったときにリトライすることも可能だ。
真一とグラドはもうベルゼブブには見向きもしていない。既に戦いには勝った、と思っているのだろう。
真一らしい詰めの甘さだが、なゆたはそれを許さなかった。

「ポヨリンAアーンドB! 『スパイラルずつき』!」
『ぽよよよっ!』

地面に墜落し息も絶え絶えのベルゼブブへ、分裂した二体のポヨリンが突っ込んでゆく。
かと思えばポヨリン達は加速をつけて跳躍し、まるで弾丸のような形状になってきりもみ回転しながらベルゼブブを攻撃した。
エネミーの防御力を無視してダメージを与える、貫通属性持ちのスキル――スパイラルずつき。

硬化のスペルはまだ切れていない。銃弾めいた形になった鋼のスライム二体が、蝿の王の胴体を貫通する。
蝿の王はギョォォォォォ……と断末魔の悲鳴を上げながら、今度こそ動かなくなった。
と同時、戦闘に参加していた各人のスマホにドロップアイテムの報告表示が出る。
風属性モンスター育成のレアアイテム、『蝿王の翅』だ。

60崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2017/12/29(金) 01:36:40
戦闘が終了した瞬間、けたたましい汽笛の音が鼓膜を震わせる。
見れば、廃墟とばかり思っていた駅のホームに一両の列車が近付いてきている。
魔法機関車――ブレイブ&モンスターズに出てくる、メジャーな交通手段のひとつだ。
ストーリーモードでは、飛空船を手に入れるまでこの魔法機関車でほうぼうを旅することになる。

「あれが、メロの言ってた迎えってことね……」

戦闘を終えてスペルカードとスキルの効果が切れ、一体に戻ったポヨリンを胸に抱き上げると、そう呟く。
メロの言っていた『王』とは、王都キングヒルに君臨するあの王のことで間違いないだろう。
ゲーム内では最序盤に出会う相手だ。もちろん、ストーリーモードをプレイした者なら全員知っているはず。
こんなミミズとハエしかいない荒野に突っ立っていても仕方ない。次の行き先は決まった、が――。

「みのりさん! ホントに助かっちゃいました、ありがとうございます!
 まさか、こんなところでフレンドの方に会えるなんて!すごくすごく嬉しいです!」

まずは、共闘してくれたフレンドにお礼を言うのが筋であろう。すぐになゆたはみのりに向き直ると、深々と頭を下げた。

「改めて、崇月院なゆたです。崇月院の月を取って、月の子(モンデンキント)って。
 でも、ここじゃ本名の方がいいですね。わたしのことは、なゆって呼んでください」

快く共闘に応じてくれ、なおかつ人当たりもいい。決して悪い人ではなさそうだ。
かつてスケアクロウを見たときは、どんだけ金満なプレイヤーなのよと思ったが、認識を改める。

「あそこのレッドドラゴンに乗ってるおバカが、赤城真一。えと……さっきも言った通り、わたしの幼馴染で。
 ホント、ムチャクチャな戦い方で……。ド初心者なんです、みっともないところお見せしてお恥ずかしい……」

パートナーモンスターと一緒にエネミーと戦うばかりか、自分にバフを掛けるなど聞いたこともない。
軽く彼の方を指差して紹介すると、なゆたはまたみのりに対しぺこぺこと頭を下げた。

「……で。わたしたちは、さっきスノウフェアリーにあの機関車に乗れって。
 そう言われたものですから、これから乗ろうと思うんですが……。
 みのりさん、よかったらご一緒しませんか? 仲間は一人でも多い方が心強いですし」

彼女は信用できる。それがなゆたの下した結論であった。
寺の一人娘という出自もあってか、基本的に性善説を採用しているなゆたである。
以前からフレンドとして共闘しているという繋がりもある。
そして。

「お兄さんも! ありがとうございます!」

みのりから視線を外し、やや離れたところにいるサラリーマンの方を見る。大きく手を振ると、なゆたはお礼を言った。
共闘してくれたのはありがたいし、スペルカードで援護してくれたのも助かったのは事実だ。
独断でベルゼブブの捕獲を試みた先ほどの行動がどうも引っかかるが、それもたまたまかもしれない。
空気の読めないプレイヤーはどこにでもいる。いちいち目くじらを立てていてはきりがない。
それより、今はやはり味方を一人でも確保しておく必要がある。
急造でも上級レイドボスのベルゼブブを撃退したパーティーだ。この先もこの面子なら大抵の苦難は乗り越えられるだろう、と思う。

61崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2017/12/29(金) 01:36:52
やがて真一とグラドが降りてくると、なゆたは肩を怒らせて彼の方へ歩いて行った。
そして、真一の顔に自らの顔を近づけると、む。とその目を見つめる。

「……真ちゃん」

と、その直後。なゆたは徐に右拳を握り込むと、ごちん。と真一の脳天にゲンコツを落とした。

「なんなのよ、今の戦いは!? どこの世界にパートナーモンスターと一緒に戦うマスターがいるのよ!
 あの炎精王の剣も! 限界突破も! モンスター用のスペルカードなんだから!
 あんたいつからモンスターになったのよ!? わたしはモンスターを幼馴染に持った覚えはないっ!」

途端に嵐のようなお小言を開始する。

「まだ、ここがどんな場所なのかもわかんないんだよ!? やられて、ゲームオーバーになるだけならいい。
 ゲーム続行不可になって、この世界から元の世界に戻れるなら、わたしだってすぐにそうするよ。
 でも、そうなるとは限らない! モンスターに傷つけられたら、本当に怪我をして! 死んじゃうかもしれないんだよ!?
 そうなったらどうするの!?」

矢継ぎ早にまくしたてるうち、なゆたの大きな瞳に涙がにじんでゆく。

「……心配、させないでよ……。あんたにもしものことがあったら、わたし……。
 あんたの家族に、なんて説明すればいいのよ……!?」

制服の袖でぐいっと乱暴に目元を拭うと、なゆたはもう一度真一を睨みつけた。
そして、右手の人差し指をびしぃっ! と真一の鼻先に突きつける。

「テンションが上がっちゃったのはわかるけど、もう二度とあんな無茶なことはしないでね!
 じゃないとぉ〜……真ちゃんの好きなハンバーグ、もう作ってあげないから!
 わかった!? 『はい』は!?」

ぴしゃりと言い放つ。それで言いたいことは言ったらしく、なゆたは一旦矛を収めた。

「……ま、まあ、グラちゃんに乗って戦う姿は、その……ちょっぴり、カッコよかった、けど」

腕組みし、そっぽを向きながらぽそぽそと零す。

「さ! お迎えも来たし、このフィールドには用はないわ。早く魔法機関車に乗ろう!」

一旦倒したレイドボスは日が変わらない限りリスポンすることはないが、サンドワームは無尽蔵に湧く。
スペルカードを使って消耗している現在、度重なる戦闘は避けたい。なゆたは真一の手を引き、プラットホームへ行こうとした。
そして、停車している魔法機関車に乗り込もうとしたとき――

「……あれ?」

いつのまに現れたのか、プラットホームの中央で倒れている少女を見つけたのだった。

62崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2017/12/29(金) 01:37:26
「ひょっとして、あの子もわたしたちと同じプレイヤー?」

中学生くらいの背格好の少女が倒れているのを見て、なゆたは顔をしかめた。
というのも、少女のすぐ近くにレトロスケルトンがぼんやりと突っ立ってるのを認めたからである。
通常のエンカウントモンスターなら、とっくに少女に襲いかかっているはずだ。
また、レトロスケルトンが少女を襲い殺害し終わった後だとしたら、とっくにその場を離れているはずである。
たまに執拗に死体蹴りしてくるエネミーもいるが、基本モンスターはヘイトがなくなるとターゲットから離れる。
少女のそばを離れず、かといって攻撃するそぶりもない。
それはつまり、このレトロスケルトンが敵ではないということの証左に他ならない。
スライムやリビングレザーアーマーと並ぶザコ敵で、なおかつそれらほどの伸び代もない、正真正銘のザコモンスターだ。
何より可愛くない(なゆた的価値観で)。
そんな箸にも棒にもかからないモンスターをパートナーにしている辺り、相当な物好きか初心者か。
ともかく、捨て置くことは出来ない。なゆたは少女に駆け寄った。

「……目立った怪我はないみたいね……」

少女を抱き起し、その身体の様子を確かめる。恐らく気絶しているだけだろう。
こんな奇妙きわまる世界に着の身着のままで放り出されたのだ、それも致し方ない。
いち早く状況を理解したなゆたや、理解どころかモンスターとの共闘さえやってのけた真一の方がおかしいのである。

「真ちゃん、この子も連れて行こう。ここに置き去りにはできないよ」

巨大なハエとミミズののさばる荒野に少女をひとり置いていくなどという非人道的行為は、なゆたにはできない。
強力なパートナーモンスターがいるなら話は別だが、レトロスケルトンではサンドワームに一撃で粉砕されるのは目に見えている。
真一を振り仰いで告げると、ついでに少女のことを抱きかかえていくように、とも言う。

「よしっ! じゃあ、行きましょう!」
『ぽよっ!』

真一とみのり、そしてサラリーマンに言うと、なゆたは機関車に乗り込んだ。
ポヨリンもぽよん、と一度跳ね、意気揚々と客車に入る。
そして。

「んっ?」

テレビで観た王宮の応接間もかくや、というような豪奢な客室に入ると、等間隔に並んだ席に座っている小柄な人影が目に入った。

63崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2017/12/29(金) 01:37:40
座っていたのは、ゆったりしたローブに身を包んだいかにもな魔法少女風の出で立ちの女の子だった。
その姿には見覚えがある。主にアルフヘイムとニヴルヘイムの狭間『忘却の森』エリアに出没するモンスター。
『魔女術の少女(ガール・ウィッチクラフティ)』だ。
知能が高く、その名の通り豊富な魔法を使いこなす。見た目の可愛さから、パートナーにしているプレイヤーも多い。
この少女もメロと同じ、王の使いということなのだろうか。

「えーと……、こんばんは?」

なゆたは率先して声をかけた。往々にして、こういう場合はエリア内のキャラクターに声をかけるとイベントが進むものだ。

「この魔法機関車が、メロの言ってた王さまのお迎え……ってことでいいのかしら?
 わたしたち、アルフヘイムは初めてだから。右も左もわからなくて……。
 あ、わたしの名前は崇月院なゆた。なゆって呼んでね。
 こっちの無愛想なのが赤城真一。こちらの女の人が五穀みのりさん。あとは、えーっと……」

サラリーマンとプラットホームに倒れていた少女のことは、よくわからないのでお茶を濁す。

「とにかく、メロの言ったとおり王さまに会えってことなら、こっちもそのつもりよ。
 わたしたちは元の世界へ帰りたいの。あなたたちの王さまなら、きっとその方法も知ってるはず……よね?
 いや、絶対知ってるはず。直接的な方法は知らなくとも、そのヒントくらいは知ってるはずよ、絶対!
 でないとユーザーフレンドリーじゃないクソゲーってフォーラムでまたアンチに叩かれちゃう!
 ってことで――」

自分の意見を一気にまくし立てる。
そして機関車の二人掛けになっている席の窓際に腰を下ろすと、気絶している方の少女を自身の隣に横たわらせ、膝枕する。

「真ちゃんはそっち。また何かあったとき、すっ飛んでいかれると困るから」

真一に対し、自分と向かい合う形の席を指差して、座れ、と言う。

「まずは、道すがら事情を説明してもらえるかしら?それから――あなたのことをなんて呼べばいいのかも、ね」

魔女術の少女の名前を訊ねると、なゆたはにっこり笑った。
まだ、魔法機関車は出発しそうにない。その間、ここにいる人間たちの情報交換や自己紹介もできるだろう。


【メルトちゃんを保護。魔法機関車に乗り込みウィズリィちゃんと接触、情報収集開始。
 なんか一気にやっちゃいましたが……。とにかくウィズリィちゃん、メルトちゃん、よろしくお願いします!】

64明神 ◇9EasXbvg42:2017/12/29(金) 01:38:10
対ベルゼブブ包囲網は着実に奴を追い込みつつあった。
いや実際ダメージレートすげえことになってんな。クリティカル連発でハエがスタンし続けてる。
ほとんど反撃出来てなくていっそ可哀想になってくるわ。

>「ほんにやりよるねえ。おおきにさん〜それでは行かせてもらいますえ〜」

相変わらずレッドラと一緒にハエと殴り合ってる男子高校生と、
最弱クソモンスのスライムでベルゼブブ相手に防戦一方を強いてる女子高生もやべーけど、石油王も伊達に廃課金してねーなアレ。

レイド級モンスターってのは残りHPの割合によって攻撃パターン(フェーズ)が変化するアルゴリズムになってる。
カカシ使いの石油王は、ベルゼブブが攻撃モーションに入った瞬間を狙って蓄積反射の特大ダメージをぶちかました。
HPをがっつり削られたベルゼブブは、次の攻撃パターンに以降する為に現在の攻撃モーションを解除させられるわけだ。
モーション強制解除で発生する硬直の間に更にHPを削られて、またパターン移行に伴うモーション解除。

「無限ループって怖くね?」

敵の行動パターンの熟知と、いっそ過剰なまでの火力の両方があって初めて成立するハメ殺しの一つ、『フェーズ飛ばし』だ。
普通は廃人PTが入念なタイムラインの打ち合わせのうえでやるレイド狩りの手法だが、この即席PTでお目にかかれるとは思わなんだ。
ダメージレートをある程度任意で調節できるバインド系のデッキでも、PTの火力を完全に信頼出来なきゃムリだろう。
あいつらフレンドかなんかなの?もしかしてこの場で野良なのって俺だけだったりするぅ?

「……そろそろか」

スマホをチラ見すれば、捕獲コマンドが使用可能を示す点灯状態にあった。
ベルゼブブのHPが1割切ってる。捕獲自体は実行可能だが、成功するかどうかはモンスターの状態次第だ。
当然、HPが1割丸々残ってるよりも0.1割まで削れた方が成功し易いし、状態異常もそこに加味される。
コマンドのリキャストタイムも考慮すれば、捕獲を行えるチャンスは一度か二度くらいってとこか。
そろそろ『濃霧』の効果も切れる。HPの減少は緩やかになるだろうし、しっかり機会を吟味しねーとな。

「あ、やべっ」

晴れつつある濃霧の向こうに再び姿を現したベルゼブブは、なんか毒々しい紫色のオーラを纏っていた。
バーサク入ってんじゃん。物理攻撃しかしなくなる代わりに各種ステータスにアホみたいな超補正がかかるバフだ。
上昇するステータスには、『捕獲難易度』も入ってる。つまりほぼほぼ捕まらねえってことだ。
そして何より問題なのは――

「当たらねえ!」

ヤマシタの射掛ける矢はおろか、男子高校生が至近距離で放ったスペルすら躱し切る圧倒的回避補正!
これはもう純粋にステータスの格差で、必中効果の付いた攻撃以外殆ど失敗するハイパークソチート技なのだ。
PT構成や残ってるスペルによってはこのまま詰みも有り得る。神ゲーかよ。
そんでもって間の悪いことに、俺の残存スペルで必中の魔法は……皆無!神ゲーだったわ。

宵闇に包まれた荒野に明星の如く輝く光球は、おそらくフィールド効果カードの影響だ。
ツルツルテルシだったか、炎属性の威力を底上げするカード、発動したのは多分石油王だろう。
男子高校生を支援して決着を付けさせるつもりらしい。すげー苦戦してんだけどアイツ大丈夫なの。

>『グァアアアアアアッ――――!!』

バーサク状態のベルゼブブに防戦を強いられていたレッドラが、一際大きく吠えた。
スケアクロウのヘイト上昇スキルを見よう見真似でパクったのか、ハエのタゲがレッドラに集中する。
いやここで更にヘイト重ねてどうするつもりだよ!どう考えてもプレイヤーごと捻り潰されるパターンだろ!
空中で闇と炎を纏った二つの影が激突する。オイオイオイ死んだわアイツ。
俺はおそらく繰り広げられるであろう一方的な虐殺を予感して目を伏せた。そんでもっかい見た。
ベルゼブブが勝利の雄叫びを上げなかったからだ。

65明神 ◇9EasXbvg42:2017/12/29(金) 01:38:23
「……アイツ、どこ行った?」

レッドラの背にしがみついてたはずの男子高校生がいない。空中でもみ合いになるうち振り落とされたか?
――いや違う!ツルツルテルシの逆光に紛れるように、ヤツは上空に高く飛び上がっていた!
その手に握る炎精王の剣で、自由落下の勢いそのままに、ベルゼブブの片翼を裁ち落とす!
パートナーの吶喊に呼応するように、レッドラもまた炎の爪でハエのもう片翼を引き裂いた。
完全に虚を突かれ深手を負ったベルゼブブが彗星のように落下していく!

「マジかよあいつ……マジかよ!」

レッドラの咆哮を布石にした、身体強化スペルを使っての単身ダイブ。
そしてフィールド魔法のオブジェクトさえも目眩ましに利用する圧倒的リアルファイトのセンス。
やっぱあいつだけ世界観違うって!そういうゲームじゃねーからこれ!

……っと、いかんいかん。つい実況に夢中になり過ぎた。
ベルゼブブは最早最終フェーズを通り越すレベルで削られてバーサクも解除されている。
地面に激突したダメージでそのまま討伐完了しちまいそうだ。
前にも後にも、チャンスは今しかねえ!

「『捕獲<キャプチャー>』!」

温存していたATBゲージを使い、俺は捕獲コマンドを実行した。
モンスターを隷属させる光、プレイヤー達の間で『洗脳ビーム』とか俗称されてる光条がベルゼブブに直撃する。
光が拘束具となってモンスターをガッチリ巻き取れれば捕獲成功――途中で弾ければ失敗という分かりやすいエフェクトだ。
ベルゼブブに巻き付いた光は、自由落下するハエの身体をぐるぐる巻きにしたが、地面に激突した衝撃でばらばらに弾け飛んだ。

「クソ、失敗か!」

流石にレイド級ともなると洗脳ビーム一発だけじゃ隷属させられないらしい。
ちょっと前にYouTubeに上がってた動画では、拘束スペルでガッチガチに固めたベルゼブブを5回ぐらいビームぶち当てて捕獲してた。
幸いにもベルゼブブはHPミリで生きてるようだし、もう一回ぐらい捕獲コマンドを実行できるはずだ。
ATBゲージの蓄積具合が遅くてイライラする。はやく溜まれはやく溜まれはやく溜まれ……!

>「ポヨリンAアーンドB! 『スパイラルずつき』!」

「あっ馬鹿!やめろ!やめてお願いマジで!」

しかし無慈悲にも、女子高生のスライムが二匹一緒に死に体のベルゼブブに殺到する。
闇の波動にも耐えきるアホみたいな硬さの物体が二つ、蝿の王の胴体に風穴を開け……討伐完了のリザルトがスマホに表示された。

「ほぎゃああああ!?」

絶望のあまり変な声が出ちゃった。
あ、あの女……!俺が捕獲ビーム撃ったの見た上でベルゼブブにトドメを刺しやがった!
つまりこいつは明確な捕獲妨害だ!!晒しスレ直行案件だぞ!!!

まあ確かに事前に何の取り決めもなく抜け駆けで捕獲しようとしたのは俺の方だ。
しかしそれはこの際棚に上げる!俺は誰よりも自分に甘い男!
あの女子高生野郎……絶対許さねえ……!
スライムなんか育ててる趣味勢のクセして狡猾な嫌がらせをしやがってぇ……!

「大人の陰湿さを思い知らせてやる……ヤマシタ!」

革鎧は暫く逡巡するかのように押し黙ったあと、無言で弓に矢を番えた。
あの女のスマホを射抜く。頼るべきものを失ったこの世界で干からびて行くがいい……!
だがヤマシタが矢の先を女子高生に向ける前に、ホームを揺るがすような音が轟いた。

66明神 ◇9EasXbvg42:2017/12/29(金) 01:38:49
「うおっなんだこりゃ……汽笛?」

ヤマシタが弓を放り出して剣を抜き、俺とホームとの間に割って入る。
俺はそれを右手で制した。この汽笛は知ってる。つーかこのゲームのプレイヤーならみんな聞き覚えがある。
エリア同士を繋ぐアルフヘイムの交通大動脈、魔法機関車だ。
多くの初心者プレイヤーを危険地帯へと送り出し、そのうちもっと便利な飛空船に取って代わられて埃を被る哀しい乗り物。
ベルゼブブとやり合った後にこんなこと言うのもなんだけど、ホントにここってブレモンの世界なんだな……。

「……ってことは、こっから脱出できるってことか!?」

魔法機関車があり、それを運行してるNPCの組織がある。
そいつはつまり、俺達の放り出されたこの荒野の外に、まともな宿と飯の食える街が存在するってことに他ならない。
俺達のような『漂流者』を回収する出迎え、とも言えるのかもしれない。
もうコカトリスの生焼け肉で食いつながなくてもいいのか!
にわかに立ち上がった希望の存在に、女子高生に対する怒りも忘れて俺は密かに小躍りした。

>「お兄さんも! ありがとうございます!」

と、なんか向こうで石油王とワイキャイしてた女子高生がこっちに向かって手を振った。
チッ……なにがありがとうだこの女……ぜってー晒してやっからな憶えとけよ。

「……ああ、皆無事で良かった」

本音をひた隠して建前で喋るのは社畜の得意技だ。
『瀧川君トイレの時間長くない?』と課長に言われた時も俺はこのスキルでどうにか誤魔化すことに成功した。
まあ翌日も長時間トイレでサボって、そのままこの世界に来たわけだけれども。
再び今度は男子高校生とワイキャイやり出した女子高生を尻目に、俺はとっとと魔法機関車に乗り込むことにした。

「うおお……客室ってこんなんなってたのか」

多くのプレイヤーは魔法機関車に移動コマンドとして以上の価値を見出していない。
俺もその類で、こうしてじっくり内装を見るのは初めてだった。
なんつーか無駄に豪華だな。やっぱプレイヤーって設定的にはすげえ高待遇だったりすんのかね。

「ん、先客か」

客室の奥に一つ、人影があった。
古典的な魔女が来てそうな黒のローブに、対照的な色白の肌、黒髪にオッドアイの少女。
なんか見たことあるなと思ったらこいつ、ブレモンのモンスターじゃねーか。
『魔女術の少女』。けっこーレアでその見た目からコアな人気を誇る、言わば売れ線のモンスターでもある。
思わずヤマシタを呼びそうになったが、少女に敵意はないらしかった。NPCとして配置されてる感じか?

>「えーと……、こんばんは?」

いつの間にか客室に入ってきていた女子高生が魔女術の少女に声を掛ける。
後ろには男子高校生と石油王と……なんかもう一人いるんだけど!
泡吹いて気絶してる女子中学生と思しき少女を、男子高校生が抱きかかえていた。
どこで拾ってきたんだよこんなの……もといた場所に返さなくて大丈夫?なんか変なフラグ立たない?

>「この魔法機関車が、メロの言ってた王さまのお迎え……ってことでいいのかしら?
 わたしたち、アルフヘイムは初めてだから。右も左もわからなくて……。
 あ、わたしの名前は崇月院なゆた。なゆって呼んでね。
 こっちの無愛想なのが赤城真一。こちらの女の人が五穀みのりさん。あとは、えーっと……」

流れるように『崇月院なゆた』とかな乗った女子高生が自分と仲間の紹介をしていく。
なにこいつ。この意味不明な状況で一向に物怖じする様子もねえしどういうメンタルしてんの?
なゆたちゃんコミュ強すぎていっそこえーよ……。

67明神 ◇9EasXbvg42:2017/12/29(金) 01:39:05
「俺は……『明神』とでも呼んでくれ。本名プレイは好きじゃないんだ」

俺はゲームと現実は切り離したい派なので、オフ会とかでもキャラ名で呼び合うタイプだ。
まあフレンドいないしオフ会とかやったことねーから知らねーけど。

>「とにかく、メロの言ったとおり王さまに会えってことなら、こっちもそのつもりよ。
 わたしたちは元の世界へ帰りたいの。あなたたちの王さまなら、きっとその方法も知ってるはず……よね?
 いや、絶対知ってるはず。直接的な方法は知らなくとも、そのヒントくらいは知ってるはずよ、絶対!
 でないとユーザーフレンドリーじゃないクソゲーってフォーラムでまたアンチに叩かれちゃう!
 ってことで――」

……なゆたちゃんグイグイ突っ込むなあ!
ここでそういうこと言うぅ?ほら魔女術の少女めっちゃ真顔じゃんぜってーアンチとかフォーラムとか分かってねーよ!
ちなみにフォーラムでそのスレ立てたの俺だわ!ごめんね!でもクソゲーだと思うよ実際!

暫定NPCを差し置いてなゆたちゃんは場を仕切る!仕切りまくる!男子高校生改め真一君もずこずこ従っている。
わはは真ちゃんオモクソ尻に敷かれてやんの。おめーハエと殴り合ってた威勢はどこ行ったのよ。
あとさっきからすげえ俺の腹がピーゴロ鳴ってるんだけどやっぱコカトリスの肉ってやべーやつなのかな。

>「まずは、道すがら事情を説明してもらえるかしら?それから――あなたのことをなんて呼べばいいのかも、ね」

「異論なしだ。俺が知りたいのはこの魔法機関車がどこに向かってるのかと、
 そこでまともなメシと寝床が提供して貰えるか。それから――」

そろそろ限界だったので俺は脂汗まみれの額を拭って聞いた。

「この列車、トイレある?」


【ベルゼブブの捕獲に失敗し、なゆたちゃんを逆恨み。コカトリスの肉に当たってピンチ】

72五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2017/12/29(金) 01:42:45
断末魔を上げるベルゼブブに照射される赤い光。
その光の発生源は明神
それを視てみのりは思わず手を打った。

どれだけぶりだろうか?
モンスターの捕獲というものを意識したのは
モンスターの捕獲、育成、それぞれのモンスターに合った戦略とそれに伴うデッキ構築。
みのりの短いプレイ時間ではとてもできるものではなく、だからこそそれをお金で補った

捕獲する手間がなく、褒賞モンスター故に育成する必要もなし。
高HP高再生、低機動、低防御力に挑発能力
バインドデッキ専用に設定されたかのようなスケアクロウを入手する為に課金は惜しまなかった
それ以降、新たに捕獲する必要もなく、短いプレイ時間の狭間でタンクとして活躍する
そんなブレモンライフだったので、捕獲に拘りがなく、明神が抜け駆け的に行動に出てもむしろ新鮮さを覚えるのであった。

捕獲が失敗に終わった瞬間は思わず自分のように身悶えしてしまったのだが、すぐに失敗して残念、だけの話ではない事に気が付いた。
高火力のレッドドラゴン
高レベルのスライム
そしてスケアクロウ
この中にあってリビングレザーアーマーはあまりに貧弱であり、これからこのような戦いが続くと考えるのならば戦力増強は急務であろう。

といったみのりの思惑とは裏腹に、なゆたの怒涛のトドメでベルゼブブは消滅。
魔法機関車の到着と共に戦闘は終了となったのであった。

73五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2017/12/29(金) 01:42:57
「はぁい〜。ゆくあてもあらへんし、ご一緒させてもらいますわ〜
そちらのお兄さんも、五穀みのりと言います〜よしなにねぇ〜」
魔法列車を前になゆたに状況と魔法列車の話を聞き、同行を承諾。
戦闘のどさくさにお互いの顔もよく見合わせられなかったので、ようやくここで顔合わせして挨拶ができたのだった。


挨拶を交わしているところでなゆたの拳骨が真一の脳天に落ちる
と共に真一の背中に張り付いていた藁人形が破裂した
未だにダメージを肩代わりする効果が続いており、真一の頭には拳固の痛みは伝わらなかったのだが、きっと心には伝わったであろう。
涙目になってお説教するなゆたの後姿を見ながら、クスリと笑みを浮かべてみのりが動く

「うふふ、真ちゃんゆぅんやねえ。
こんな可愛い彼女を泣かしたらあかへんよ〜」

なゆたのお説教が終わった頃合いを見計らいそういいながら真一の頭、拳骨が落ちたあたりを撫でながら、声をかける
藁人形から届いていた声と同じことから、五穀みのりであることが判るだろう。
そしてそっと耳元に口を近づけ

「見させてもらったけど〜真ちゃんとなゆちゃんて結構好対照なパートナーやデッキ構成みたいやん?
一緒に肩を並べて戦う事は出来ても、うちがしよったみたいにフォローや守ってあげる事は難しいやろうからぁ辛いと思うんよ
うちが出来るからと言ってあまり助け過ぎても、なゆちゃん彼女としての立場もあらへんやろうしねぇ
そういうところ、ちゃ〜んと汲んであげるんが、色男ゆうものやよ〜」

腕組みをしてそっぽを向いているなゆたを目線で指示しながら、吐息と共に囁く。
みのりの中で真一への評価は、当初は無鉄砲で理論的な行動ができない、というものであった。
だが、ベルゼブブへの飛び移りなど、もうここまでされると一周回って清々しく感じてしまうほどになっている。
本来ならばなゆたと異口同音の注意を与える所だが、思わずつついてしまいたくなる程度には。


>「さ! お迎えも来たし、このフィールドには用はないわ。早く魔法機関車に乗ろう!」

なゆたが振り向いた時には、すっと位置を外し、ゆったりとした足取りで魔法機関車へと乗り込むのであった。

74五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2017/12/29(金) 01:44:11
機関車の中は豪華な造りとなっており、先ほどまでの砂漠然とした暑さとは比べ物にならないほど快適であった。
客車の中には魔女術の少女族がおり、さっそくなゆたが話しかけている。
大勢で話しかけてもまとまらないだろうし、どれも明確な答えが返ってくるとは思っていないからだ。

そも、ブレモンの世界にプレイヤーを引き込んだのが誰なのか?
おそらく王を始め、この魔女術の少女族を含んで誰も知らないだろう

各プレイヤーがこの世界に来た時に、呼び出した者がいるはずだ
遠隔で呼び出したとしても、呼び出した対象を速やかに回収するために待ち構えているはず
こんな風に【迎えが来る】というのは、
『いつくらい』に『あそこらへん』に来ると『思われる』
という、伝承程度の情報を頼りに迎えに来ているのだろうから。
迎えが『この場所』だけとも限らないし、各地にプレイヤーが呼びこまれている可能性もある
そういった事から予想するに、お願い事はされても『元の世界に戻す方法』を知っているとは思えないのだから

とはいえ、身も知らぬ場所に放り出されるよりは、身を落ち着けられるのは有り難い話だ。

であるから、みのりから付け加えてウィズリィに質問する事はなく、軽い自己紹介だけに……いや、一つ注文を加える

「そうそう、とりあえずお水か何かあらしませんかしらねえ?
皆さんこちらにきてから何も飲んだり食べたりしてへんやろし、外は暑かったからねえ」

そういいながら、イシュタルに巻き付いている蔦についている赤い果実を一つむしりとる
大きさはスモモ程度で、力を軽く込めた程度で二つに割れた

「ま〜飲み物来るまで、こちら子にはこれでも上げましょか〜」

ぎゅっと握ると果汁が滴り、メルトの唇を濡らす
イシュタルのグラフィックにフレーバー程度に書き込まれていた蔦と果実だが、このおかげでみのりはこちらの世界にきてからも飢えと乾きに苦しめられることはなかったのだ。

「なゆちゃんも〜良かったら食べたってえねぇ〜
大丈夫〜うちも何個か食べたけど、お腹痛くなってへんからね〜」

もう片割れをなゆたに渡し、ゆっくりと立ち上がりスマホを取り出した
取り出したのは「浄化(ピュリフィケーション)」
勿論使用する先は脂汗で一杯な明神である

「せめてお腹痛いのだけはこれで治るとよろしいな〜」

あの状態になっては出すもの出さなければ収まりがつかないだろうが、腹痛だけでも収まれば、と。
真一は「限界突破(オーバードライブ)」をかけて実際に身体能力が上がっていたのだし、スペルカードが人間には利用できるというのは大きな収穫であった。
それに、ベルゼブブの翅を切り落としたのも、だ。
攻撃をただのダメージではなく、攻撃部位によってダメージ以上に機能に損傷が与えられる
ゲームとは違う戦いの様に、戦い方もまた変えていく必要もあるだろうから。

「さて、色々お話を聞きながら、デッキ編成でもしよかしらねえ」

ゲームとしてのブレイブアンドモンスターであっても戦う敵や目的によってパートナーやデッキ編成は当然である
みのりはそういった時間がなくほぼ固定であはあるとはいえ、実際に戦うとなればまた話は変わってくるであろうから。

75ウィズリィ ◇ojxzobrjS9F.:2017/12/29(金) 01:45:29
「……ふうん」

窓から嫌でも見える、地に落ちる巨大な蝿の姿を見ながら、わたしは感心していた。
あの蝿はベルゼブブ……ニヴルヘイムに住まう上級悪魔族の一種だ。
基本的にはニヴルヘイム内にとどまっている彼らだが、時折こちら(アルフヘイム)に現れる事がある。
ここ、『赭色の荒野』にベルゼブブが時折現れている、という噂は聞いていた。
まさか、倒されている姿を目の当たりにするとは思わなかったが……。

あの蝿も、伊達や酔狂で上級悪魔と呼称されているわけではない。
強大な力を持ち君臨するからこそ、そう呼ばれ恐れられるのだ。
それを倒してのける。どうやら、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』達の力は本物のようだ。
幾つものスペル、魔物の使役、なにより……。

「……あの光。一瞬しか見えなかったけど、間違いない」

『捕獲(キャプチャー)』の術。
その名の通り対象を捕獲し、自らの思うままに動く手駒とする。極めて危険な術だ。
理論上は、この世界(アルフヘイムに限らず、ニヴルヘイムも、わたしたちのような『境界』の住民も含む)に住まう
ありとあらゆる生物を隷属させることができると言われている。
その危険性から、基本的にはあらゆる魔術書から抹消され、その使い手はこの世界にはいない、とされている。
そもそも、現代ではごく一部の例外を除けば存在すら知られていない。禁術の中の禁術。
何故それをわたしが知っているのか、というのは、少々長い話になるのでまたいずれ語るとして。

「当たり前のように禁術を使う……『王』の言うとおりね。
 彼らは良くも悪くもこの世界の存在ではない、か」

その存在をうまく御する事が出来なければ、世界の危機以前にそもそも彼らにこの世界が滅ぼされかねない。
責任は重大だ。警笛を聞きながら、わたしは大きく息を吐いた。

76ウィズリィ ◇ojxzobrjS9F.:2017/12/29(金) 01:45:42
魔法機関車は建物の中に滑り込み、その動きを止める。
からくり仕掛けで扉が開くと、ほどなくしてどやどやと乗り込んでくる者たちがいた。
まず一人。それから遅れてさらに数名。
彼らが……『異邦の魔物使い』。

外見的には、わたし達『魔女術の少女』や『王』達とさほど変わらない、いわゆる『人型』族の特徴を備えているようだ。
見た目的には男性が二人、女性二人……いや、もう一人背負われている少女がいた。合計五人だ。
いずれも見た事もないような意匠の衣服を纏っているが、装飾過多な印象はない。実用性に優れた服装であることが窺える。
魔力的な防御はされていないようだが、恒常的でない魔力付与に関しては分からなかった。
他、レトロスケルトンやスライムなどの魔物も何体かいた。彼らは『捕獲』で使役されているのだろう。

さて、何を話したものだろうか。
内容を吟味しているうちに、第二陣でやってきた面々の先頭に立つ少女が先に話しかけてきた。

>「えーと……、こんばんは?」
>「この魔法機関車が、メロの言ってた王さまのお迎え……ってことでいいのかしら?
 わたしたち、アルフヘイムは初めてだから。右も左もわからなくて……。
 あ、わたしの名前は崇月院なゆた。なゆって呼んでね。
 こっちの無愛想なのが赤城真一。こちらの女の人が五穀みのりさん。あとは、えーっと……」

「……」

言葉が『石礫連弾(ストーンバレット:ガトリング)』のように撃ちだされてくる。
まずい。正直苦手なタイプだ。普段なら黙って聞き手に回るのだが、この局面ではそうもいかない。

「……こんばんは。メロという子は知らないけれど……ええ、この乗り物が『王』の迎えよ」

王の遣い、と一口に言ってもその数は軽く4ケタは下らない。いくらわたしでもその全員を把握してはいないのだ。
……あるいは、『王』自身なら全員の名と顔を一致させているのかもしれないが。

「ナユに、シンイチ、それにミノリね。それから……」

意識がない様子の少女はひとまず置いておき、最初にこの車両に入ってきた青年を見る。

>「俺は……『明神』とでも呼んでくれ。本名プレイは好きじゃないんだ」

「……ミョウジン。分かったわ」

自ら本名でないと名乗るというのも怪しいが、現状ではそこまで突っ込むべきではないだろう。
あとから調べる方法はいくらでもあるのだから。彼はミョウジン。今はそれがわかればいい。

77ウィズリィ ◇ojxzobrjS9F.:2017/12/29(金) 01:46:11
と、安心したのもつかの間。ナユはさらに言葉を連ねてくる。

>「とにかく、メロの言ったとおり王さまに会えってことなら、こっちもそのつもりよ。
 わたしたちは元の世界へ帰りたいの。あなたたちの王さまなら、きっとその方法も知ってるはず……よね?
 いや、絶対知ってるはず。直接的な方法は知らなくとも、そのヒントくらいは知ってるはずよ、絶対!
 でないとユーザーフレンドリーじゃないクソゲーってフォーラムでまたアンチに叩かれちゃう!

「……」

思わず瞬きを数度する。傍目にはきょとんとしている、という風に見えるかもしれない。
『王』から、『異邦の魔物使い』は奇妙な言葉を話すかもしれない、と聞いてはいたが。

「(これほどまでなんて……最後の一文なんて文法以外何もわからないのだけど)」

こほん、と咳払いを一つ。その間に、ナユはシンイチと気絶した少女の席割を決め、さらにこちらに話しかけてきた。

>「まずは、道すがら事情を説明してもらえるかしら?それから――あなたのことをなんて呼べばいいのかも、ね」

さらに、ミョウジンも続ける。

>「異論なしだ。俺が知りたいのはこの魔法機関車がどこに向かってるのかと、
 そこでまともなメシと寝床が提供して貰えるか。それから――」
>「この列車、トイレある?」

次いで、ミノリも。

>「そうそう、とりあえずお水か何かあらしませんかしらねえ?
 皆さんこちらにきてから何も飲んだり食べたりしてへんやろし、外は暑かったからねえ」

「……」

順を追って対処することにした。
まずはミョウジンの方を見る。彼の様子は急を要しそうだ。

「向かう先は王都よ。王都キングヒル……偉大なる『王』のおひざ元ね。
 食事と寝床は提供されるはずよ。贅を尽くした、とまではいかないけれど料理人は全力を尽くすはず。
 個人の嗜好に合うかまでは保証しないけど。あと、トイレはあっち」

機関車の最後尾の方を指す。
さすがに、乗り込むときにその辺りの事は聞いている……私は比較的我慢が出来る方なので、今のところ使ってはいないが。
ちなみに、出発前に軽く覗いた範囲では清潔でよい具合のトイレだった。
ミョウジンがそちらに向かうのを見届けてから、次はミノリの方を見る。

「水と軽食程度なら用意があるわ。必要があれば、あれに話しかければ『運転手』に伝わって、持ってきてくれるはず。
 王都までは少し長い道のりになるから、呑まず食わずでいるならせめて喉を湿らすぐらいはした方がいいでしょうね」

あれ、と言いながら指すのは伝声管だ。
あらかじめ敷設した範囲であれば魔法抜きで声を遠隔で届けられる、驚異の技術である。
まったく、この魔法機関車に詰め込まれた技術の粋には驚かされるばかりだ。
最後にナユを見て、言う。

「そうね。話せば長くなる……と言いたいところだけど、わたしもそのすべてを把握しているわけじゃない。
 わたしにわかる範囲の話でよければ、ミョウジンがトイレから戻ってきてから話すわ。
 詳しい話は、『王』から話していただけることになっているから、それを待って頂戴。
 ……あと、ユーザーフレンドリーとかクソゲーとかは……恥ずかしながら、よく分からない。ごめんなさい」

78ウィズリィ ◇ojxzobrjS9F.:2017/12/29(金) 01:46:23
最後に、小さく咳払いをしてから

「自己紹介が遅れたわね。
 私はウィズリィ。忘却の森に住まう魔女術の少女の一人、『森の魔女』ウィズリィよ。
 ……まあ、ウィズリィと呼んでくれればいいわ」

精一杯の笑顔を作って、言う。

「よろしくね、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の皆さん」

【ウィズリィ:邂逅。そして自己紹介】
【魔法機関車:停車中】
【トイレ:清潔】

79佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2017/12/29(金) 01:46:56
唇をなぞる液体の感触
それは、乾いた砂漠で過ごした為に罅割れかけていたメルトの唇に潤いを与える
水分を求める身体は、無意識にもかかわらずその液体を求め……桃色の唇は小さく開き、流れ込んできたそれをゆっくりと嚥下する

「はい……これは……桃の天然の……」

そして、その行動に反応したメルトの意識が覚醒し、目を開く――すると、その眼前には【見慣れない見知った光景】が広がっていた
まるで王宮の様な豪奢な意匠が施された、けれど王宮とは思えない細長く狭い形状
窓から入り込む光を内部で屈折させ幾何学的で美しい模様を描く、神秘的な灯り
それを目にしたメルトは、寝ぼけ眼を擦りながら無意識に口を開く

「……知ってる天井です……運営は列車移動のスキップの実装を――――って、ここどこですか!?」

そして叫ぶ。己が目にしている光景が何百回と見た魔法機関車の室内グラフィックであり、尚且つ
それが画面越しではない肉眼で捕えた物である事を自覚した瞬間、メルトは勢いよく上体を起こそうとし

「ちょっ、うあっ、そして痛いですっ!?」

枕にしていたものが柔らかな人間の腿であった為に、耐性を崩し床へと転がり落ちる事となった
起きて早々に騒々しいメルトであったが、それでもなんとか起き上がり、ぶつけた額ごと片目を隠している前髪を抑えつつ、キョロキョロと周囲を見渡してみる
するとそこには……メルト自身を除いて5人もの人間が存在していた

学ランを羽織った、ウルフカットの高校生らしき少年
先までメルトに膝を貸してくれていたと思わしき、芯の強そうな瞳が印象的なサイドテールの少女
芯が傷んでそうな皺の多いスーツが印象的な、今まさにどこかへ向かわんとしている中……青年
落ち着いた雰囲気。そしてツナギとタンクトップと長靴という、都心では見かけない衣装に目が行ってしまう少女
オッドアイと長い髪が印象的な――――ゲームプレイ中に何度も目撃したモンスターに酷似した少女

見知ったバーチャル世界に酷似した見知らぬ世界で、見知らぬ人物達と遭遇したメルトは、一瞬で身体を石像の如く硬直させると
暫くしてからそのままジリジリと動き、一同と一つ分離れた座席へ移動し、身を隠してしまう
……仕方がない、といえばそうだろう
なにせ、このメルトという少女は小学校からの登校拒否児童なのである
対面での会話や画面越しのチャットであればまだしも、いきなり生身の人間の前に晒されて、まともな反応を期待する方が酷な話だ
だがそれでも、混乱にかまけて状況を無視する程に、メルトは純粋ではない
何とか情報を集めるべく聞き耳を立てて見れば

>「この列車、トイレある?」
>「さて、色々お話を聞きながら、デッキ編成でもしよかしらねえ」
>「そうね。話せば長くなる……と言いたいところだけど、わたしもそのすべてを把握しているわけじゃない。
 わたしにわかる範囲の話でよければ、ミョウジンがトイレから戻ってきてから話すわ。
 詳しい話は、『王』から話していただけることになっているから、それを待って頂戴。
 ……あと、ユーザーフレンドリーとかクソゲーとかは……恥ずかしながら、よく分からない。ごめんなさい」
>「自己紹介が遅れたわね。
> 私はウィズリィ。忘却の森に住まう魔女術の少女の一人、『森の魔女』ウィズリィよ。
> ……まあ、ウィズリィと呼んでくれればいいわ」

トイレはどうでもいいとして。大事な事なので二回言うが、トイレはどうでもいいとして
聞こえて来たのは、まるでゲームで遊んでいるプレイヤーとイベントを進行するNPCの様な会話
……それだけを聞いて、そして見れば、コスプレ会場か運営の企画したリアイベかとでも思いかねない状況ではあるのだが、砂漠をベルゼブブに追われ続けたメルト自身のリアル過ぎる体験がその可能性を否定する
そうなると、現実にしては悪夢の様ではあるが、今メルトの置かれている状況は……

(考えたくありませんが、あんな蠅の化物が地球に居る訳がありません。そうすると、多分というか、やはりここは……地球ではないんでしょうか)

80佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2017/12/29(金) 01:47:09
困惑しながらも認めざるを得ない可能性
というよりも、メルト自身の脳に異常が有る訳でないのならば、現状それ以外に説明のしようがない
となれば、眼前の少年少女達は……メルト自身が倒れた時に周囲に人がいなかった以上、恐らくは、【駅】でメルトが遠目に見たベルゼブブと戦闘していた者達であるのだろう
そして、自身が気絶していた以上、ここまで運んできたのも眼前の彼等にちがいない
混乱する頭を無理やりに働かせ、何とか思考をそこまで持ってきたメルトは、

「あ、あのっ!!……ど、どうも。私はPL名【メタルしめじ】です。、ええと、皆様が私をここまで連れてきてくださったのでしょうか……?
 もしそうなら、ありがとうございます……それで……《私は新参でとても弱いので》この訳が判らない状況に着いていけそうにありません
 なので……なので、寄生みたいで申し訳ないのですが、暫くの間皆様に同行させて頂きたいのですが……」

自己紹介やら懇願やらの混じった言葉を吐き出して、体を椅子に隠したまま頭を下げた

……勿論、これは本当に恐怖に怯えきっての言動ではない。いや、恐怖もあるにはあるが、今のメルトの思考の半分以上を占めるのは【眼前の人物たちをどう利用し、生き残るか】というもの
もしも、現在自分が置かれている環境が【ブレイブ&モンスターズ!】に酷似した世界であるというのであれば、自分が気絶する前に目撃した「あの」レトロスケルトンをパートナーに据えた、
アイテム増殖バグ用のゴミ編成で生き残れる筈がないと。そう考えての打算的行為であった

最も――初心者であると自称したにも関わらず、会話に【新参】【寄生】といった初心者が使用しないワードが会話の所々に入っている辺り、
詰めが甘いというか、対人コミュ力が圧倒的に不足しているメルトであった

【明神がトイレに行っている間に、起き抜けに初心者を装って寄生依頼】

81赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2017/12/29(金) 01:47:42
真一はグラドの背の上に乗ったまま、ゆっくりと荒野へ降下する。
死闘で火照った体を冷ます夜風の感触が、妙に心地良く思えた。

「あれは、魔法機関車か……?」

そして、戦いの終わりを告げるゴングのように鳴り響く警笛の方に目をくれると、遥か彼方まで続くレールの上を汽車が走って来ていた。
一昔前の蒸気機関車を連想させる、レトロな外観でありながら、荘厳さも併せ持った豪奢な装飾。
あれは、ブレモンのプレイヤーなら誰もが知っている乗り物――魔法機関車に他ならなかった。

汽車が疾駆する様を眺めつつ、地上に足を着けたグラドの背から、真一はひょいと飛び降りる。
それから真一が優しくグラドの頭を撫でてやると、グラドは嬉しそうに鼻先を擦り付けてきた。

「お前にも、随分無茶させちまったな。……ありがとよ、相棒。あとはゆっくり休んでてくれ」

真一はスマホを操作して〈召喚解除(アンサモン)〉のボタンをタップする。
すると、召喚時と同様に眩い光がスマホから放たれ、グラドはその中に消えて行った。
ゲーム内の仕様と同じなら、このように休ませておけば時間経過と共にグラドの体力も回復する筈であった。

>「……真ちゃん」

真一とグラドがそんなやり取りをしていると、こちらへ歩いてくるなゆたの姿が目に入った。
激しく肩を持ち上げているその様子を見れば、なゆたが激怒しているのは明らかだった。

「――痛っ!!」

そして、なゆたが振り下ろしたゲンコツを頭に食らい、真一は思わず声を上げる。
――いや、実際には藁人形がダメージを肩代わりしてくれたおかげで痛みは感じなかったのだが、条件反射でそう叫んだ。

>「なんなのよ、今の戦いは!? どこの世界にパートナーモンスターと一緒に戦うマスターがいるのよ!
 あの炎精王の剣も! 限界突破も! モンスター用のスペルカードなんだから!
 あんたいつからモンスターになったのよ!? わたしはモンスターを幼馴染に持った覚えはないっ!」

>「まだ、ここがどんな場所なのかもわかんないんだよ!? やられて、ゲームオーバーになるだけならいい。
 ゲーム続行不可になって、この世界から元の世界に戻れるなら、わたしだってすぐにそうするよ。
 でも、そうなるとは限らない! モンスターに傷つけられたら、本当に怪我をして! 死んじゃうかもしれないんだよ!?
 そうなったらどうするの!?」

なゆたは矢継ぎ早にお小言を繰り出すが、そう言われると真一にも言い返したいことはあった。
何故真一があんな戦い方をしたのかと言えば――それは、グラドを護るためだ。
まだレベルの低いグラドが、あの蝿の群れと単騎で打ち合ったのならば、恐らくなゆたがコンボを決める時間も稼げなかっただろう。
自分のプレイヤーとしての未熟さを理解しているからこそ、真一はグラドと共に戦い、力を合わせることを選んだのだ。

実際それは功を奏した部分もあると思っている。
真一はそう主張しようと口を開きかけたが、そこでなゆたの瞳に涙が滲むのを見て、思わず「うっ」と息を詰まらせる。

82赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2017/12/29(金) 01:47:56
>「……心配、させないでよ……。あんたにもしものことがあったら、わたし……。
 あんたの家族に、なんて説明すればいいのよ……!?」

>「テンションが上がっちゃったのはわかるけど、もう二度とあんな無茶なことはしないでね!
 じゃないとぉ〜……真ちゃんの好きなハンバーグ、もう作ってあげないから!
 わかった!? 『はい』は!?」

女に泣かれると弱いのは、あらゆる男の性というやつだ。
真一は気不味そうに目を逸らしながら、右手の人差し指で頬を掻いた。

「……まぁ、なんだ。お前に心配させちまったのは悪かったよ。
 もうあんな無茶はしない――とは言えねーけど、お前と一緒に元の世界に帰るまで、絶対に死なないってのは約束する。
 ……その、お前が作ったハンバーグを食えなくなっちまうのも困るしな」

真一はそう言いながら、両目に涙を浮かべるなゆたの頭を、右手でポンポン叩く。
しかし、その後になゆたが小声でぼそぼそと何かを言っていたのは、ラノベのような難聴スキルを発動して聞き逃した。

>「真ちゃん、この子も連れて行こう。ここに置き去りにはできないよ」

――と、二人がそんな痴話喧嘩を繰り広げたあと、不意にプラットホームで倒れている人影を見付けた。
どうやら中学生くらいの子供のようであり、その服装や隣に付き添っているパートナーらしきモンスターを見れば、恐らくは彼女も真一たちと同じく、現実世界から飛ばされてきた人間なのであろう。

「……息はあるし、気絶してるだけみたいだな。勿論ここに置いていくわけにもいかねーし、一緒に連れてくとするか」

真一は倒れている少女の下に手を差し入れて持ち上げる。
見るからに小柄な少女ではあるが、こうして抱き抱えてみると、驚くほど体重が軽いのが分かった。

>「うふふ、真ちゃんゆぅんやねえ。
こんな可愛い彼女を泣かしたらあかへんよ〜」

>「見させてもらったけど〜真ちゃんとなゆちゃんて結構好対照なパートナーやデッキ構成みたいやん?
一緒に肩を並べて戦う事は出来ても、うちがしよったみたいにフォローや守ってあげる事は難しいやろうからぁ辛いと思うんよ
うちが出来るからと言ってあまり助け過ぎても、なゆちゃん彼女としての立場もあらへんやろうしねぇ
そういうところ、ちゃ〜んと汲んであげるんが、色男ゆうものやよ〜」

そんな一幕の後、真一となゆたが魔法機関車の方に足を進めると、誰かが二人に話し掛けて来た。
彼女の声を聞いて、真一はすぐにピンと来る。
先程のベルゼブブとの戦闘の際、イシュタルという名のスケアクロウを従えて、自分たちをサポートしてくれたプレイヤーで間違いないだろう。

「ん、その声は……アンタがスケアクロウのマスターか!
 さっきは助かったぜ、ありがとな! ……って、いや、俺とあいつは彼氏とか彼女とか、そういうのではないから!」

挨拶もそこそこにして、何やら好き勝手なことを言ってくるみのりに対し、真一は慌てて手を振って否定する。
そんな様子を見て、みのりは相変わらずニヤニヤと笑みを携えたまま、一足先に魔法機関車へと乗り込んでいってしまった。

83赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2017/12/29(金) 01:48:32
>「えーと……、こんばんは?」

>「……こんばんは。メロという子は知らないけれど……ええ、この乗り物が『王』の迎えよ」

そんなこんなでようやく魔法機関車に乗り込むと、中には既に先客らしき少女が居た。
しかしながら、彼女はこれまで出会って来た何人かとは違い、現実世界の人間ではないようだった。

魔女さながらのローブを纏い、黒髪とオッドアイの双眸を持つその姿は、真一もゲームの中で見たことがある。
あれは――“魔女術の少女(ガール・ウィッチクラフティ)”というブレモンのモンスターだ。
その愛らしい容貌などで人気があり、真一がブレモンを通じて話すようになったクラスメイトの小林君(キモオタ)も、パートナーとして愛用していた記憶がある。

>「ナユに、シンイチ、それにミノリね。それから……」

>「俺は……『明神』とでも呼んでくれ。本名プレイは好きじゃないんだ」

「なゆが言ってた通り、俺は赤城真一だ。……そっちのアンタも! さっき俺たちを援護してくれたリーマンだろ?
 あの時はおかげで助かったぜ。これからよろしくな!」

各々が自己紹介を始めたのに割って入りつつ、ベルゼブブ戦で共闘したリーマンにも声を掛ける。
あの戦いの後、勝手に先走ってベルゼブブを捕獲しようとしていた点と、この世界で何故か本名を隠すのは少しだけ引っ掛かったが、あまり細かいことを気にし続ける性格でもない。
真一は快活な笑顔を見せながら、明神に向けて親指を立てた。

>「向かう先は王都よ。王都キングヒル……偉大なる『王』のおひざ元ね。
 食事と寝床は提供されるはずよ。贅を尽くした、とまではいかないけれど料理人は全力を尽くすはず。
 個人の嗜好に合うかまでは保証しないけど。あと、トイレはあっち」

軽く挨拶を済ませると、明神はトイレの方へ飛んで行ってしまったが、魔女術の少女との問答は続く。
王都キングヒル――とは、このアルフヘイムの覇権国家である“アルメリア王国”の都だ。
ゲーム内ではプレイヤー達が最初期に訪れるステージだが、ここが赭色の荒野ならば、地理的にはアルメリアの最果てだ。
この魔法機関車に乗っても、王都に着くまでにしばらく掛かりそうだということは理解した。

84赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2017/12/29(金) 01:49:03
>「まずは、道すがら事情を説明してもらえるかしら?それから――あなたのことをなんて呼べばいいのかも、ね」

>「そうね。話せば長くなる……と言いたいところだけど、わたしもそのすべてを把握しているわけじゃない。
 わたしにわかる範囲の話でよければ、ミョウジンがトイレから戻ってきてから話すわ。
 詳しい話は、『王』から話していただけることになっているから、それを待って頂戴。
 ……あと、ユーザーフレンドリーとかクソゲーとかは……恥ずかしながら、よく分からない。ごめんなさい」

なゆたの相変わらずなマシンガンクエスチョンで、相手も若干たじろいでいたが、聞きたいことは大体言ってくれた。
しかし、どうやらこの案内者も、スノウフェアリーのメロと同じくそこまで深い事情を知っているわけではないらしい。
結局のところ、真一たちがここへ連れて来られた理由も、元の世界に帰るための手段も、王都へ行かないことには分からないようだった。

>「ちょっ、うあっ、そして痛いですっ!?」

そんな最中、真一が魔法機関車まで運び、なゆたが膝の上で寝かせていた少女が目を覚まして座席から転げ落ちた。
真一となゆたが「あっ」と声を上げる間もなく、少女はそそくさと隣の席に身を隠してしまう。

>「あ、あのっ!!……ど、どうも。私はPL名【メタルしめじ】です。、ええと、皆様が私をここまで連れてきてくださったのでしょうか……?
 もしそうなら、ありがとうございます……それで……《私は新参でとても弱いので》この訳が判らない状況に着いていけそうにありません
 なので……なので、寄生みたいで申し訳ないのですが、暫くの間皆様に同行させて頂きたいのですが……」

そして、一通りの会話が終わったのを見計らい、少女は再び姿を表した。

「言われなくても、お前みたいな子供をこんな場所に置いてくつもりなんてねーよ。
 お前は必ず、俺たちが元の世界に連れ帰ってやるから心配すんな! これからよろしく頼むぜ、しめ子!」

即興で変なニックネームを付けて呼ぶ辺りは真一らしいが、ともかくこれで顔合わせは済んだ。
五人の人間と、一人のモンスター。総勢六人の奇妙なパーティではあるものの、右も左も分からぬ異世界を生き延びるためには、この面子で力を合わせなければならない。
真一は気を引き締めながら、あらためて一人ひとりの顔に目を落とす。

『……皆様、ご挨拶は済みましたでしょうカ?
 初めましテ。ワタシはこの汽車の車掌兼運転士を務めさせて頂く“ボノ”と申しまス。
 ご覧の通り人形の身ではありますが、必ずや皆様を王都までお連れしますので、今後ともよろしくお願い致しまス』

――その時、車両の前の方から、一体の人形がこちらへと歩いて来た。
と言っても、それはただの人形ではなく“ブリキの兵隊”というブレモンのモンスターだ。
戦闘力は低いが、特定エリアにしか出現しないため地味にレア度は高く、滑稽な可愛げのある容貌も相まって、マニアの間では奇妙な人気がある。

「――よし、それじゃあ早速出発しようか! 目指すは王都だ。こんなところで、いつまでも立ち止まってられないぜ!」

真一の号令に従い、ボノは一礼するとさっと踵を返して、車両の先頭へと消えて行った。
そして、魔法機関車は再び夜空に向けて、一際甲高い警笛を放つ。
車輪はカラカラと音を鳴らしながら回転し、ゆっくりと線路を前進し始める。

かくして、少年たちはこの異世界で出会い、長い旅路の第一歩を踏み出した。
――これは後に“勇者(ブレイブ)”と呼ばれる彼らと、その守護者が紡ぎ出す、勇気と友情の物語のプロローグであった。


第一章「旅立ちの夜」





【これにて、第一章完結です!
 ひとまずお疲れ様でした。まだまだ先は長くなると思いますが、今後ともお付き合いして貰えると嬉しいです。
 この後に次章の導入を投下する予定なので、もう少々お待ち下さい】

85赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2017/12/29(金) 01:49:33
汽車の窓際で頬杖をつきながら、真一は朝焼けで黄金色に染まった景色を眺めていた。

共に乗り合わせた他の仲間たちは、未だぐっすりと夢の中だ。
流石に昨日は皆も疲れ切っていたようで、魔法機関車に乗ってから小一時間ほど話し合いをしたあと、全員すぐに眠りに落ちてしまった。
真一は元々早起きなタイプなので、こうしていち早く目覚め、一人で物思いに耽っていたのだ。

どういうわけか、この異世界に飛ばされてしまい、初日はとにかく目の前の事態に対処するので精一杯だった。
しかし、一晩眠って冴えた脳裏に浮かぶのは――やはり、あちらの世界に残してきた、家族や友人たちのことであった。
家族には特に心配を掛けてしまっているだろうし、妹の雪奈が泣いている姿など考えると、どうしても胸が痛む。

一刻も早く、元の世界に帰らねばならない……と、思う。
自分自身のことだけではない。なゆたの両親だって今頃は気が気でない筈だし、他のメンバーにも、帰りを待っている人がいるだろう。

必ず全員を連れ帰ると、真一は断固たる決意を誓う。
世界の危機だか何だか知らないが、勝手にこんなところへ呼び付けた“王”とやらは、一発ブン殴ってやらねば気が済まない思いだった。

「……ん、故障か?」

――と、そこで不意に魔法機関車はガタンと音を立て、その場で進行を止めてしまった。
今の振動によって仲間たちも目を覚ましたらしく、一体何事かと眠い目を擦っている。

「おい、何があった? まさか、もう到着したってわけじゃねーよな?」

真一は手元の伝声管を取り上げ、運転室にいる筈の車掌へと声を掛ける。
すると、しばらくしてからまたボノが姿を見せ、車両の前の方からこちらへと歩いてきた。
ボノは申し訳なさそうな表情を浮かべながら――ブリキのくせにそんな顔をしているのは滑稽だが――おずおずと、こう切り出した。

『その、大変申し訳ありませン……燃料切れでございまス。
 王都からこちら、今まで休みなく走り続けていたものでしテ……』

ボノは相変わらずの微妙なカタコトで、とんでもないことを言ってのける。
王の迎えだとか名乗っていたくせに、呆れた手際の悪さであった。

「は!? おいおい、燃料切れって……そういやこいつは何で動いてるんだ? 水と石炭?」

『いえ、魔法機関車ですのデ。あくまでも動力は魔力でス。
 魔力の結晶体である“クリスタル”を焚べれば、また動かすことができるのですガ……』

見た目が蒸気機関車っぽかったので、真一はそう尋ねてみたが、どうやら違うらしい。

ボノが言ったクリスタルとは――ブレモンのゲーム内においては、リアルマネーを課金したりデイリーミッションをクリアすることによって手に入り、ガチャを回すなどに使うことができる、ソシャゲ特有のアレである。
ボノの話によるとこの魔法機関車は、クリスタルを炉に焚べることで魔力を供給しているようであった。

86赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2017/12/29(金) 01:49:58
「んー、仕方ねーな。クリスタルなら俺も少しは蓄えがあった筈だし、分けてやるよ。
 ……って、あれ。俺のクリスタル、こんなに少なかったか!?」

真一は自分のスマホを取り出し、画面に表示されたクリスタルの量を見て驚愕する。
なゆたやみのりのような重課金勢ではないが、真一も日頃からクエストやデイリーミッションで得たクリスタルを貯めていたので、それなりの余裕はある筈だった。
しかし、今映し出されている数値は、自分が思っていた半分以下だったのだ。

『皆さんの持っている“魔法の板”も、魔力によって動いているのではないのでしょうカ?
 それならバ、使用する度にクリスタルを消費してしまうのも仕方ないと思いますガ……』

そう続けるボノの言葉を聞いて、真一はピンと来る。

この世界に来てからずっと、スマホのバッテリー残量は気になっていた。
今の状況でスマホが使えなくなることは死活問題であり、かと言って充電する方法もありそうにない。
どうやって電池を手に入れようか考えていたものの、何故かスマホのバッテリー表示は100%のままで、減少する様子は一切なかった。
既に常識外れの世界観なんだし、そういう便利な仕様になったのだろうと納得していたが、そこまで都合のいい代物ではないようだ。

つまり、この世界におけるスマホとは――まさしく魔法のアイテムなのだ。
であるため、電力ではなく魔力によって動作する。
そして、魔力を供給するためには、その結晶体であるクリスタルが必要となる。

非常に分かりやすい理屈だったが、だとすればクリスタルの残量は生命の危機に関わる。
昨日は大分スマホを使ってしまったが、この勢いでクリスタルが消費されていくとなれば、他の奴らだって長くは保たないだろう。
何とか追加購入できないかと試してみるも、やはり向こうの世界とはリンクしていないようで、クレジットカードもウェブマネーも利用できなかった。

「こりゃ、かなりやべーな……何とかクリスタルをかき集めないと、王都に行くどころじゃなくなっちまうぞ」

真一が頭を抱えていると、そこで不意にスマホがピロンと通知音を鳴らした。
電波の飛んでいないアルフヘイムでスマホが反応するとすれば、ブレモン関係に他ならない。
慌ててスマホの画面を見てみると、そこには新着クエストが一件追加されていた。

そして、その内容とは――

「“ローウェルの指輪”を手に入れろ。報酬は……クリスタル9999個だって!?」

ローウェルの指輪とは、ブレモンの作中では有名な“大賢者ローウェル”の遺物である。
大変希少な激レアアイテムであり、やり込んでいるプレイヤーでさえ、ほとんどお目にかかったことがない程だ。
かなり難易度が高そうなクエストなのは間違いないが、それにしても――この報酬量。
通常のクエストなどで手に入るクリスタルが3〜5個程度ということを考えれば、あまりにも破格の量だということが分かるだろう。

真一は更に画面をタップして、クエストの詳細を見る。
そこには一枚のマップと、恐らくは指輪の在り処を示しているのであろう光点が表示されていた。
地図の指し示す場所は“鉱山都市ガンダラ”。
アルメリアの金脈とも称される街であり、現在の地点からならば、歩いても半日は掛からない筈だ。

そして、真一はニッと笑いながら、スマホの画面を仲間たちに見せる。

「――どうやら、次の目的地が決まったみたいだぜ」



【第二章開始!】

87明神 ◇9EasXbvg42:2017/12/29(金) 01:50:34
>「向かう先は王都よ。王都キングヒル……偉大なる『王』のおひざ元ね。
 食事と寝床は提供されるはずよ。贅を尽くした、とまではいかないけれど料理人は全力を尽くすはず。
 個人の嗜好に合うかまでは保証しないけど。あと、トイレはあっち」

「マジ?サンキューちょっとお花摘みに行って来るね」

ウィズリィとかなんとか名乗った魔女術の少女は、俺の質問に過不足なく答えてくれた。
そういうわけで俺は満を持して3番(隠語)に入ることにする。
括約筋に俺の持てる全ての力を注ぎ込みながら、ヒョコヒョコ歩きで客室を出た。

……それにしても、『王』か。
蝿の王だの炎精王だの石油王だの、この世界王様多すぎじゃね?
今更ノーマルな王が出てきたところでなんも畏敬できねーわ。
こういうフレーバー設定のガバガバ具合もザ・ソシャゲって感じで大変ノーグッドですね。

トイレまでの通路には窓があって、そこから外の景色を眺めることが出来た。
超高速で流れていく荒野。列車の進行方向にキングヒルがあるらしいけど、今んとこまだ地平線の向こう側だ。
にしても全然揺れねーなこの機関車。昔明治村でSL乗ったことあるけど結構ガタガタ言ってたのにな。
トイレ、トイレは何処……あそこか。うへっちゃんと男女で分けてある。妙なとこだけ現代的で笑うわ。

「この便座……大理石だと……!?」

ようやく再会できたお便所ちゃんはやはりというかなんというかすげえ豪華な造りになっていた。
形状は一般的な洋式便器だけど、なんとまぁ総大理石製だ。石の中にアンモナイトが浮いてやがる。
ケツに触るとこまで石で作ってどうすんの。ぜってー冷たいじゃんこれ。便座カバーくれー付けようぜマジでさぁ。

そんなこんなでおそらく生涯最高に美しい環境で俺は用を足した。
いっぱい出た。

「ただいまー自己紹介タイム終わった?」

懸念を一つさっぱり洗い流せて上機嫌の俺は、鼻歌交じりに客室に戻る。
するとなにやら真ちゃんが揉めていた。相手は俺の知らない新キャラだ。車掌っぽい服来てるし車掌なんだろ多分。

「そういや、列車止まってないか?こんな荒野のど真ん中で……」

真ちゃんと車掌の会話はまさにその件についてだったらしい。
曰く、燃料切れで当車両の運行がストップしたとかなんとか……マジで?

「なんで帰りの燃料積んでねーのよ。特攻隊じゃねえんだからさぁ」

どこの世界に片道分の燃料でお迎えに上がる使者がおんねん。
なに?キングヒルの懐事情ってそんな逼迫してんの?賓客に歩いて王都まで来いってか。
車掌が言うには、魔法機関車はクリスタルで動くらしい。
俺達に自腹を切れっていう行間を真ちゃんは読んだらしく、自分のスマホを手繰る。

>「んー、仕方ねーな。クリスタルなら俺も少しは蓄えがあった筈だし、分けてやるよ。
 ……って、あれ。俺のクリスタル、こんなに少なかったか!?」

猛烈に嫌な予感がして、俺もスマホのアプリを開いた。
プレイヤープロフィール画面の、所持クリスタルの数が……激減している!
自慢じゃねーけど俺はガチャとか回さない人だからクリスタルの貯蓄にはちょっとした自信があった。
それこそ、ブレモン史上最大のアプデにして悪名高き200連ガチャを余裕で回せるくらいには。
それが、まるで初心者のビギナーボーナス貰ったまま引退しましたみたいな数にまで減ってやがるのだ。

>『皆さんの持っている“魔法の板”も、魔力によって動いているのではないのでしょうカ?
 それならバ、使用する度にクリスタルを消費してしまうのも仕方ないと思いますガ……』

「だからそういう仕様はよお!もっと早く告知しろっつーんだよクソゲーがよぉ!」

88明神 ◇9EasXbvg42:2017/12/29(金) 01:50:48
俺、オモクソスマホ構いまくっちゃったよ!荒野に一人でいるときクッソ暇だったからね!!
なにせ無人の荒野じゃ歩きスマホを咎めるのはサンドワームとコカトリスぐらいなもんだ。
そして絡んでくるそいつらは暴力で黙らせられる。世はまさに世紀末。イカれた時代にようこそ。
そういうさあ!死活問題に関わるような重要案件はさあ!パッチノートに書いとこうぜ、なあ!

>「こりゃ、かなりやべーな……何とかクリスタルをかき集めないと、王都に行くどころじゃなくなっちまうぞ」

「インベントリの水も食料も取り出せなくなっちまったら、俺達は今度こそ飢え死にだな……」

どころかスペルもサモンも使えないんじゃクソ雑魚コカトリスにもボコられかねないのが俺達生身の人間だ。
今のうちに真ちゃんに媚売っとくか?あいつ適当な棒でも持たせときゃ肉壁くらいにはなるだろ。
と、スマホに着信だ。当たり前のように圏外だし、ブレモンアプリの通知だな。
フラグの達成による新規クエスト受注のお知らせだ。

>「“ローウェルの指輪”を手に入れろ。報酬は……クリスタル9999個だって!?」

「なんだそのサービス末期みてーなインフレ具合は……」

9999個て。達成にリアル時間で一週間かかる超高難度クエストの最高報酬が確かクリスタル20個だったはずだ。
いや実際消費量から見た需要に対する供給って意味では釣り合い取れてるけどさぁ……運営さんはバランスとか考えない人?
クエスト詳細にはマップが付属されていた。ここから徒歩で半日行ったところにある……鉱山都市ガンダラ。
ガンダラはいわゆる素材掘りの聖地で、ポチポチ連打してるだけで金策になるから俺もよく利用していた。
大体業者のBotが走り回ってるからその辺のモンスター引っ張ってきてMPKしたりとアトラクションも豊富だ。

>「――どうやら、次の目的地が決まったみたいだぜ」

「向かう先に異論はないよ、真一君。だがここからまた半日歩き詰めというのはかなりしんどい。
 俺や君は問題なくとも、ここには女の子もいるんだ。レッドラの背中に何人か乗せられないか」

先のベルゼブブ戦を見る限りでは、人間を乗せられるようなサイズのパートナーはレッドラだけだった。
スケアクロウに機動性は望めないし、皮鎧やスライムは論外。女子中学生はそもそもこいつプレイヤーなの?

「ウィズリィちゃんや、何か便利な乗り物とか借りられないか。魔女の箒とかそういうの、あるだろ?」

ブレモンのゲーム上では基本的に魔法機関車と飛空艇がプレイヤーの移動手段になるわけだが、
流石にこの世界で自転車とか騎馬的なポジションの道具がまったく発展しなかったとは考えにくい。
アルフヘイムの住人であらせられるところのウィズリィえもんがなんか良い感じの魔法道具出してくんねーかな。

……それから。
『ローウェルの指輪』を入手するこのクエスト、肝心の指輪がどうなるかクエスト概要だけじゃ分からない。
つまり、キーフラグとなる指輪は全員のインベントリに行き渡るのか、PTの代表者が一つだけ入手できるのかだ。
言うまでもなくローウェルの指輪は超クソレアアイテム。ベルゼブブ捕獲は失敗に終わったが、こいつは絶対に取り逃がせねえ。

もしも指輪がPTに一つしか手に入らないシステムだったら……今度こそ、出し抜く算段を付けねえとな。


【半日歩くのしんどいとゴネはじめる最年長】

89五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2017/12/29(金) 01:51:27
農家の朝は早い
夜明けとともに作業が始まるため、まだ薄暗いうちに起きて朝の準備を終える
そんな生活が染み付いているみのりは自然と目が覚めたが、ここは既にブレモンの世界。
もう起きる必要もないと起き上がらずに横になっていた。

が、魔法機関車が不意に停止するのを受けてそうも言っていられなくなる。
他の面々も起き上がってくるんい合わせ、みのりも体を起こす。

車掌のボノによると燃料切れだとか。
この魔法機関車の燃料は魔力の結晶体であるクリスタル。
ブレモンではミッションクリアーするなり課金で買うなりして入手できるもので珍しくもない。
珍しくもないのではあるが雲行きは急速に怪しくなる。

真一が驚きの声を上げ、明神の表情からも同様なのであろう。
この世界ではスマホは魔法のアイテム
すなわちスマホの動力もまたクリスタルであるという事だ。

この先王都に向かうにしても、スマホで各々がパートナーを呼ぶなりカードを使うにしてもクリスタルの消耗がネックになる。
補充しようにもクリスタル購入はできない様子。
クリスタルの補充は……スマホに舞い込む新着クエストだけが頼りなのだ。

ローウェルの指輪入手……報酬クリスタル9999個
降ってわいたようなそのクエストにもはや選択の余地はない。

というところまで話が進み、ようやくみのりが動き出した

「あらあら、燃料がないとはうっかり屋さんやねえ。
丁度破格のクエストも舞い込んで来はったことやし、真ちゃんの言う通りこのクエストでクリスタル手に入れへんとねえ
ふふふ、ローウェルの指輪のクエストって初めてやし、楽しみやわぁ」

微笑みながら真一の意見に同意する

正直な話、みのりはクリスタルについて心配はしていない。
確かに目減りはしていた。
していたのだが、それでも伊達に石油王と言われるほど課金をしているわけではないのだ。
デイリークエストや他クエストをほとんどしておらず、報酬によるクリスタル入手など片手で数えるくらいしかないのだが。
おそらく現時点にあってみのりのクリスタルは他のメンバーの持つクリスタルを合計した数よりはるかに多いだろう。
それを放出すれば、魔法機関車は再び息を吹き返し、おそらくは王都までたどり着ける。

だがあえてみのりはそれを言わない。
どれだけのレアアイテムであろうが、ガチャを絞られていようが、『お金さえかければ出るのであればそれは手に入れられるってじょとでしょう?』という感覚でゲームをしてきたのだ
だが、課金要素を打ち切られ、現実的な生活と仕事による束縛も受けない。
みのりにとって、この状況は初めて本当の意味でブレモンというゲームを楽しめている状況と言えるのだから。

「報酬9999なんて、さぞかし難しいクエストなんやろねえ。
協力し合わなクリアーでけへんやろうし、ちょいと皆さん今のうちに見たってぇな
お互い手の内知ってた方が連携しやすいやろ?
昨夜デッキ再構築もしましてん
特にうちのイシュタルは珍しいから皆さんどういうのか知らへんやろでねえ。」

総言葉を添えてスマホを差し出すと、そこにはスケアクロウのデータとデッキ一覧が表示されていた。

90五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2017/12/29(金) 01:51:44
ニックネーム:イシュタル
モンスター名:スケアクロウ
特技・能力:防御力は無いに等しく機動力も低いが、HPと回復力は全モンスターでもトップクラスであり耐久度は高い
ダメージ反射を主体とするバインドコンボに適しているため拠点防衛には無類の強さを誇る
また、探知能力も高く、一定範囲内をテリトリーと定めるとテリトリー内の情報把握能力が高まる

150センチほどの案山子
顔はカボチャに目鼻を書き込み、眼深にとんがり帽子を被っている
案山子あり藁の体で何やら蔦が絡み付いている
やたらと目立つようで、MOBの注目を集めやすい

『不協響鳴(ルーピ―ノイズ)』……耳障りな声で嘲笑い周囲のヘイトを強烈に集める
『機能美の極致(ボルテックスエイジ)』……目玉風船に廃棄CDを吊り下げたものが爆竹の破裂音をまき散らしながら飛び出る。ダメージ無し
『長男豚の作品(イミテーションズ)』……藁を組み替え編み直すことで形を変える。なお機能は変わらない

簡単なキャラ解説:
スマホ向けアンチウィルスソフト会社とのコラボ企画で、グッズフルコンプリート(総額15万円)&アンチウイルス契約者へのプレゼントキャンペーンで契約者に送られる特典モンスター
聖域(田畑)の守護者と銘打たれているが、石油王のコレクターズアイテムの象徴的な存在として見られている
ニックネームイシュタルはメソポタミアの豊穣神から

【使用デッキ】

・スペルカード
○「肥沃なる氾濫(ポロロッカ)」×1 ……フィールド上を洪水が押し流し、与えたダメージ分回復
○「灰燼豊土(ヤキハタ)」×1 ……フィールド上を業火が包み、与えたダメージ分回復
○●「浄化(ピュリフィケーション)」×2 ……対象の状態異常を治す。
○○「中回復(ミドルヒーリング)」×2 ……対象の傷を中程度癒やす。高回復に回復量は劣るが素早い使用が可能
○「地脈同化(レイライアクセス)」×1 ……地脈の力を吸い上げ高い継続回復するがその場から動けなくなる
○「我伝引吸(オールイン)」×1 ……1ターンPTのダメージを肩代わりする
○「来春の種籾(リボーンシード)」×1 ……致命のダメージを負ってもHP1残して復活できる。デッキに複数入れられない
○○○「愛染赤糸(イクタマヨリヒメ)」*3……対象とパートナーモンスターを赤い位置で繋ぎ、一定期間離れられないようにする

・ユニットカード
○○「雨乞いの儀式(ライテイライライ)」×2 ……雨を降らせてフィールドを水属性に変化させる
●○「太陽の恵み(テルテルツルシ)」×2 ……太陽を照らせてフィールドを火属性に変化させる
○「荊の城(スリーピングビューティー)」×1……荊の城を出現させる。荊に触れたものは睡眠状態に
○「防風林(グレートプレーンズ)」×1……林立する樹を出現させる。風属性や衝撃波を軽減
●○「囮の藁人形(スケープゴートルーレット)」×2 ……5体の藁人形を出現させる。身代わりとなり攻撃を受け、内1体は他の藁人形を受けた累積ダメージを反射する
●「収穫祭の鎌(サクリファイスハーベスト)」×1 ……攻撃力0の鎌。累積ダメージがそのまま攻撃力になる

91五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2017/12/29(金) 01:52:06
「ゲームとは違うし、ゆっくり回復カード切れるように待ってられなさそうやから高回復を中回復に代えてみたわ〜
他にもいろいろ、ゲームのシステムだけでは収まらへんところがあるみたいやしねえ。
スケアクロウのグラフィックのフレーバー程度やと思うてた蔦についた実も食べられたりしはったし、相違点は色々ありそうやねえ」

ブレモンを始めてデッキ構築を考えたり、レアアイテム当たってはしゃいだり。
そんなブレモンが一番楽しい時期の初心者のようにみのりは浮かれてしまっているのだ。
初めてのクエスト、しかもゲームではなく実体験できるとあれば尚更だ。

しかし、そんなみのりとは対照的に、現実的に物事を見るのが明神であった。
現在地点から目的地である鉱山都市ガンダラまでは徒歩で半日かからない程度。
とはいえ、半日歩きづめたら体力の消耗も激しい、と。

確かに農作業で鍛え持久力に自信のあるみのりとて、長距離歩くのに不向きな長靴のまま半日あるけばかなり厳しいだろう。
更に言えばメルトはどう見ても運動に向くとは思えない

「ほうやねえ、確かにこれでは歩くの向かれへんし、しめじちゃんみたいな子を半日も歩かせるのはねえ……」

うーんと唸っていると明神がみのりの琴線を鷲掴みをする突破口を開くのだ

>「ウィズリィちゃんや、何か便利な乗り物とか借りられないか。魔女の箒とかそういうの、あるだろ?」

「あらあら、あらあら、そうやねえ。
魔法のじゅうたんがあらはったらみんなで乗れるしええんやなぁい?
どのみち現地ガイド役がおってくれるとありがたいわ〜」

明神に乗っかり期待に満ちた目ででウィズリィを見つめるのであった。




【うなるほどのクリスタルを隠して冒険にウキウキ】
【デッキ披露】
【ウィズリィにマジックアイテムとガイドを期待】

92ウィズリィ ◇ojxzobrjS9F.:2017/12/29(金) 01:52:40
大人は勝手だ。

「……ウィズリィ、お前は本気なのか? 本気で、『王都』に行こうと?」
「ウィズリィ、あなたが勉強を頑張っているのは知っているわ。でも、だからと言って無理な事はあるのよ」
「『王』が何と言おうと、ウィズリィ、お前が未熟なのは変わりない。
 私達はお前を大切に育てなければいけない責務がある」

大人は勝手だ。
大切に育てるだなんて、いつまでも子ども扱いして。
わたしだって、魔法は十分使えるし、『王』も認めてくれている。
わたしは立派な『森の魔女』。大人の手助けなんていらない……!

ガタン!

「ん……え……?」

突然の振動に、大人たちの姿が掻き消え、目の前には魔法機関車内の光景が戻ってくる。
……どうやら、うたた寝をしていたようだ。

窓から外を見ると、どうやら魔法機関車は止まっているらしい。
はて、どういう事だろう。『王都』についたわけでもないようだが……。

シンイチが伝声管を通じて呼びかけると、運転手であるボノが出てきた。
そして、とんでもないことを告げたのだ。

>『その、大変申し訳ありませン……燃料切れでございまス。
> 王都からこちら、今まで休みなく走り続けていたものでしテ……』

「……」

めまいがした。

「必要分のクリスタルを用意していなかったの?
 確かにクリスタルは希少だけれど、今回の迎えの目的地と、必要な魔力は分かっていたはずでしょう?」

自然に口調がきつくなる。
今回の迎えが失敗でもしようものなら、それは『王』の威信を傷つける事にもなりかねないのだ。
だが、ボノから返ってきたのは意外な言葉だった。

『いエ。必要分のクリスタルは、確かに積んできた筈でございまス。
 それはワタシ自ら、出発前に確認しておりましタ。
 ただ……どういう訳か、クリスタルが予想より早く減ってしまっていたのでございまス』
「……つまり、魔法機関車の燃費が悪くなった、という事?」
『いいエ。炉にくべていない筈のクリスタルが、どこかに消えてしまったのでス』
「…………」

つまり、クリスタル泥棒がどこかにいるという事だろうか。
思わずシンイチたち5人を見渡すが……すぐに考え直す。

「(彼らだって、魔法機関車が『王都』につかなければ困るのは一緒のはず……軽々にそんな行為をするとも思えない)」

完全に疑いが晴れたわけではないが、動機は薄いと言えるだろう。
とはいえ、彼らにもクリスタルが貴重品であるのは変わらないようだ。
彼らが持っている“魔法の板”……魔法を扱うための一種の発動具となっているそれも、クリスタルを動力源としているようであった。
実は、その辺りの事情はわたしも一緒である。

93ウィズリィ ◇ojxzobrjS9F.:2017/12/29(金) 01:52:56
「……ブック、クリスタルの備蓄量はどう? 余裕はある?」

言葉と共にブック……わたしの相棒である生きる本、『原初の百科事典(オリジン・エンサイクロペディア)』が飛んできて
(比喩ではなく、文字通り飛行してきた)、ページを開き示す。
そこに記された数字を見て、わたしは顔を曇らせた。

「ぎりぎりかしら……こんな事になるならもっと貯めこんでおくべきだったわ」

ブックのような『リビングブック族』のモンスターは、日々の食べ物を必要としない代わりにクリスタルによる魔力を食事とする。
それをため込むことで、スペルや魔法の行使の支援を行う事が出来るのだ。
つまり、シンイチ達にとっての“魔法の板”が、わたしにとってのブックなのだ、と言えるかもしれない。
もちろん、ブックはわたしの契約モンスターでもあるため、一概に対応するとも言い切れないのだが……。

「……困ったわね。まさか、空からクリスタルが降ってくるような事があるわけも……」

ピロンッ♪ 聞いたことのない音が、わたしの言葉を遮る。
どうやら“魔法の板”が一斉に音を鳴らしたらしい。シンイチ達がそれを覗きこむ。……そして。

>「“ローウェルの指輪”を手に入れろ。報酬は……クリスタル9999個だって!?」

「……は?」

思わずぽかん、と口を開けてしまう。
なによそれは。どこの誰がそんないい加減な量のクリスタルを出してくれるというのか。
そもそもその“魔法の板”、どこからそういう話を受信してくるの?
神託? 神託なの?

どうやらシンイチ達はその話の信ぴょう性を欠片も疑っていないらしく、即座にそれを受けて相談し始めた。
それだけならいいのだが、わたしにも話が容赦なく振られる。

>「ウィズリィちゃんや、何か便利な乗り物とか借りられないか。魔女の箒とかそういうの、あるだろ?」
>「あらあら、あらあら、そうやねえ。
>魔法のじゅうたんがあらはったらみんなで乗れるしええんやなぁい?
>どのみち現地ガイド役がおってくれるとありがたいわ〜」

「……ええと」

こほん、と咳払いをして、答える。

「残念ながら、そういうのはないわね。
 魔女の箒は、私個人の飛行魔法の補助をするものだから、複数人での使用には不向きだし。
 魔法のじゅうたんは、『アルフライラ連邦』の方の高級マジックアイテム。あちらの王族でもなければ持ってないわ。
 ……ただ、そうね」

ブックに視線をやると、即座にスペルカードが1枚、具現化され私の手の中に納まる。

「其疾如風(コマンド・ウインド)。味方に空を飛ぶ力を与えるスペルよ。
 これを使えば、それほど疲れもなく目的地……鉱山都市ガンダラまでつけるんじゃないかしら。
 魔力のリチャージも、ブックのスキルのおかげでそれほど負担にはならないしね」

必要事項を伝えると、皆を見渡す。

「何か事前に準備があるならしておいて頂戴。
 準備ができ次第、スペルを使って飛ぶことにするから。
 ……あと、その話は本当に信用できるのよね?」

【ウィズリィ:スペルを用意して飛んでいく事を示唆】
【クリスタル泥棒?:存在不確定】

94佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2017/12/29(金) 01:53:26
(……。)

赤茶けた荒野の中を、少年少女と青年を乗せて列車は進む。

(困りました。やるせない程に眠れません)

規則的な振動を与えてくる列車の中で同行する他の面々が微睡む中、されどメルトは一向に眠りに就く事が出来なかった。
目を瞑ってじっとしてようが羊をカウントしようが、一切眠れない。その理由は単純だ

(ええ、寝過ぎです分かってます。そもそも私、気絶を含めたらずっと寝続けてたみたいなものですし)

ベルゼブブに追われて疲れて眠り。自分で呼んだらしいレトロスケルトンに驚いて気絶し。
つまりは一日中眠っていた様な状態のメルトが、このタイミングで眠れる訳が無かったのである。

……だがそれでも、空気を呼んで眠っているポーズだけは取っていた成果が出たのか、ようやく眠気を覚え始めたのだが

「そわぁっ!?」

その貴重な眠気は、唐突に訪れた列車の振動とそれに伴う座席からの落下により、彼方へと消え去る事となった

>「……ん、故障か?」

「うぐぐ……こ、故障? 誰か線路に石でも置いたんでしょうか?」

真一の言葉を聞いてメルトが強かに打った頭を摩りながら窓を見れば、列車は静止してしまっている。
だが、事故というには車体に大きな損壊はなく、別に原因がありそうだ。

>「そういや、列車止まってないか?こんな荒野のど真ん中で……」
>『その、大変申し訳ありませン……燃料切れでございまス。
>王都からこちら、今まで休みなく走り続けていたものでしテ……』

そして案の定。判明した列車が止まった原因は、単なる燃料不足であった。
それだけであれば、予備の燃料か何かでどうにでもなりそうなものであったが、問題は

>『いえ、魔法機関車ですのデ。あくまでも動力は魔力でス。
>魔力の結晶体である“クリスタル”を焚べれば、また動かすことができるのですガ……』

この列車の動力源が、クリスタル(課金要素)であった事だろう。

>「なんで帰りの燃料積んでねーのよ。特攻隊じゃねえんだからさぁ」
>『いエ。必要分のクリスタルは、確かに積んできた筈でございまス。
>それはワタシ自ら、出発前に確認しておりましタ。
>ただ……どういう訳か、クリスタルが予想より早く減ってしまっていたのでございまス』
>「……つまり、魔法機関車の燃費が悪くなった、という事?」
>『いいエ。炉にくべていない筈のクリスタルが、どこかに消えてしまったのでス』
>「…………」

「……な、何故こちらを見るんでしょう。私、ずっと此処に居ましたよ。アレですよ。車掌さんがガチャで使い込んだとかじゃないんですか?」

移動用の燃料(課金要素)が消失した事で向けられたウィズリィの視線に対して、
メルトは無実であるにも関わらず必要以上に過敏に反応して、視線を逸らしつつ車掌へと責任を擦り付けようとする。
この辺りの対人能力の低さは、半引きこもり故のサガか。

「そもそも、そもそもです!石(クリスタル)で周回用のスタミナ回復するのは情弱…………って!掲示板に書いてありました、確か。私よく判らないですけど」

そして更に、問われてもいないのに言い訳を始め、その途中で初心者設定だった事を思い出し慌てて取り繕うメルト。
幸いだったのは、そんなメルトの言葉など誰も聞いてはいなかった事であろう。
何故なら、燃料枯渇の続報として更にとんでもない問題が発生していたからだ。

95佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2017/12/29(金) 01:53:40
>「んー、仕方ねーな。クリスタルなら俺も少しは蓄えがあった筈だし、分けてやるよ。
>……って、あれ。俺のクリスタル、こんなに少なかったか!?」
>『皆さんの持っている“魔法の板”も、魔力によって動いているのではないのでしょうカ?
>それならバ、使用する度にクリスタルを消費してしまうのも仕方ないと思いますガ……』
>「だからそういう仕様はよお!もっと早く告知しろっつーんだよクソゲーがよぉ!」

クリスタルの激減。
真一と、妙に長いトイレタイムを終えた明神の驚愕の声を聞いたメルトは、
反射的に自身のスマートフォンを取り出し、プロフィール画面を開く。するとそこには

クリスタル:4

「……何か知りませんがクリスタルが超減りました!運営!侘び石はよ!」

混乱し、思わず侘び石(ゲーム進行上の不具合やアップデートの際に配られるクリスタル)を要求する声を上げてしまうメルト。だが、それも仕方ないと言えるだろう。
佐藤メルトはバグを利用したチートやアカウントやアイテムの売買によるRMT(リアルマネートレード)といった、規約違反をさんざんに繰り返していた悪質プレイヤーであり、
カード増殖バグで増やす為にレアカードを購入した事で目減りはしたものの、相応の量のクリスタルを有していたのだ。
五穀みのり程とまでは言わずとも、微課金を鼻で笑える額のクリスタルを有していたのである。

それが、ガチャを回すどころかスタミナ回復すら不可能な残量まで激減していれば混乱するのは必定
更に、特に明神や真一達の様に戦闘行為を行ったという訳でもないのだから混乱の倍率はドンである

>「インベントリの水も食料も取り出せなくなっちまったら、俺達は今度こそ飢え死にだな……」
「ううっ、垢BANされる様な証拠は残してないのに……。運営は金の為にユーザーを絞る拝金主義者です……」

不安を煽る様な明神の言葉を聞いた事で更に混乱し、頭を抱えるメルト。
だがその時。まるで救済措置とでも言わんばかりに鳴り響く、新着クエスト発生の効果音。

>「“ローウェルの指輪”を手に入れろ。報酬は……クリスタル9999個だって!?」
>「あらあら、燃料がないとはうっかり屋さんやねえ。
>丁度破格のクエストも舞い込んで来はったことやし、真ちゃんの言う通りこのクエストでクリスタル手に入れへんとねえ
>ふふふ、ローウェルの指輪のクエストって初めてやし、楽しみやわぁ」
>「なんだそのサービス末期みてーなインフレ具合は……」

「っ、賢者シリーズをクエストで出すとか運営ご乱心ですか!?」

真一達の言葉を聞いてメッセージを閲覧したメルトは、驚愕に片目を見開く。
9999個の石もそうだが、それよりもローウェルの指輪を入手出来るというのはクエストとしては破格過ぎる。
何せこのローウェルの遺物……性能が異様に高い事もさることながら、何よりも『ゲーム内存在上限個数限定』のアイテムなのである
プレイヤー1人に対してではない。全プレイヤーに対しての上限個数限定だ。
当然ながら、所有者はそのアイテムを手放す事は無い為、表のトレードは勿論、裏のRMTにも出回る事は滅多に無く
メルトが唯一オークションで見かけた時は、それこそ高級車が買える程の値が付いていた。

(……これは、是非欲しいです)

降って沸いた激レアアイテムに対し、ゴクリと生唾を飲み込むメルト。
幸運な事にBotと海外業者が大量に沸く街【鉱山都市ガンダラ】は、同じ穴の貉であるメルトの熟知している都市だ。
仮に指輪がイベントのクリアボーナスでなくとも、欺き騙して出し抜いて指輪を手に入れる算段は十分に立つ。
手に入れた指輪は自身で使っても良いし、交渉次第では先程眺め見た、どれだけ実弾(リアルマネー)をつぎ込んだのか
課金額が判らない程のスケアクロウデッキを持つみのりに売りさばいても構わない。

……と、物欲センサーが振り切れそうな打算をしていたメルトであるが

96佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2017/12/29(金) 01:53:56
>「向かう先に異論はないよ、真一君。だがここからまた半日歩き詰めというのはかなりしんどい。
>俺や君は問題なくとも、ここには女の子もいるんだ。レッドラの背中に何人か乗せられないか」
>「ほうやねえ、確かにこれでは歩くの向かれへんし、しめじちゃんみたいな子を半日も歩かせるのはねえ……」

「え? あっ」

そこで、現在の状況がゲームでは無く現実である事を思い出す。
そう。ゲーム内では自分の庭の様に縦横無尽に駆け回れたフィールドも、今は自身の体一つで散策しなければならないのだ。
自身の細い腕と、日焼けしていないインドア風に白い肌を交互に眺めたメルトは、最後に画面に表示された4つしかないクリスタルを確認して

>「其疾如風(コマンド・ウインド)。味方に空を飛ぶ力を与えるスペルよ。
>これを使えば、それほど疲れもなく目的地……鉱山都市ガンダラまでつけるんじゃないかしら。
>魔力のリチャージも、ブックのスキルのおかげでそれほど負担にはならないしね」

「あ……あの。飛ぶ前にですね……私、クリスタルが無くて……どなたか貸してください、お願いします……。
 あと!あと、その……ガンダラに付いたら、どなたか傍に居てくれませんでしょうか……?」

打算が破綻し、野垂れ死にの予感を覚えたメルトは、遠くの激レアアイテムよりも、目先の生存の為に
己の寄生先とクリスタル(活動資金)の無心を行う事を始めた。

【クリスタル残4。物欲センサー動かしてる場合じゃない】
【急募:石と寄生先(クレクレ厨)】

97崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2017/12/29(金) 01:54:46
そろそろ、夕飯の支度をしなければならない。
父親は坊主の癖に金無垢の腕時計を嵌めてブガッティを乗り回すような超俗物だが、三度の食事はきっちり家で食べる。
毎日決まった時間になゆたが食事の支度をし、食卓の前でスタンバイしていなければ、途端に機嫌が悪くなるのだ。
崇月院家では三度の食事の時間は何があっても変わることはない。従ってなゆたもスケジュールをそれに合わせている。
買い物は既に済ませた。父と、自分と、それから真一。その妹の雪奈の分。
赤城家と崇月院家は共に母親がおらず、両家の母親的役割はなゆたがほぼ一手に引き受けている。
……尤も、真一は母親と死別しているが、なゆたの場合は単なる離婚なので母親とは定期的に会っているのだが。
とまれ、なゆたの中では真一と雪奈の分の食事を作るのは日常の一部となっている。

――今日はクリームシチューにしようかな。

そんなことを、ぼんやり考える。
今度の土曜日には、溜まっている洗濯をしよう。本堂の掃除は毎日しているけれど、本尊はしばらく磨いていないのでそれもやりたい。
そういえば、生徒会の仕事もやり残したことがある。頼りない生徒会長には任せておけない。
じきに中間テストの範囲も発表されるだろう。学年10位内はキープしておきたいので、勉強もする必要がある。
真一の赤点を回避させるため、家庭教師めいたこともしなければなるまい。
やることは山積している。それを順番に、着実にこなしてゆこう。

……しかし、それらに着手する前にやることがある。それは――

「ひゃぁぅっ!?」

ガクン!と突然起こった震動によって、なゆたは頓狂な声を上げて目を覚ました。
どうやら、機関車に揺られながら眠り込んでしまっていたらしい。
突然ワケのわからない(ゲーム的には知悉しているが)世界に放り出され、立て続けにバトルをさせられたのだ。
疲労して眠ってしまうというのも無理からぬことだろう。
しかし、てっきり王都キングヒルへ行くとばかり思っていた魔法機関車が停止している。――到着した、という訳ではないらしい。

>その、大変申し訳ありませン……燃料切れでございまス。
 王都からこちら、今まで休みなく走り続けていたものでしテ……

魔法機関車の運転手を務めるブリキの兵隊、ボノがそんなことを言ってくる。
クリスタルがない、と慌てる一行。なゆたもスマホの液晶画面に視線を落とし、クリスタル(通称『石』)の残量をチェックした。

……やはり、減っている。

なゆたは18歳未満のため、基本的に月々の課金は5000円まで!と自らを戒めている。
が、少しでも魅力的なガチャやキャンペーンが開催されると、ついつい「おぉっと手が滑った!」と課金してしまう。
何せ金無垢の腕時計を嵌めブガッティを乗り回す住職のいる寺の一人娘だ。豪農(?)のみのりほどではないにせよ経済力はある。
従って、基本的に手持ちの石に不自由したことはなかったのだが――

「……ふーむ。これはちょっと、死活問題ね」

制服の短いプリーツスカートから伸びる、白いニーハイソックスに包んだ脚を組み替え、顎に右手を添えて唸る。
実際、今も10連ガチャを10回程度回すくらいの予備がある……にはある。
とはいえ、目減りしているのは事実だ。資源が有限である以上、いつかは枯渇してしまう。
どこかで減った分の石を補充する必要がある。

「…………」

スマホを操作し、『ショップ』のアイコンをタップする。
『クリスタルを購入する』をタップ。――が、いつもは出てくるはずの課金確認のポップアップが出ない。
やはり、課金などという安易な方法ではこの世界ではクリスタルを手に入れることはできない、ということらしい。


で、あれば――

98崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2017/12/29(金) 01:54:56
次善の策を講じようと思ったそのとき、手の中のスマホが小さく通知音を鳴らした。
スマホの左上に小さくブレモンのアイコンが現れ、新たなお知らせが届いたことを知らせてくる。
それを確認し、なゆたは思わず目を見開いた。あと二度見した。

新着クエスト――鉱山都市ガンダラで“ローウェルの指輪”を手に入れろ。

>報酬は……クリスタル9999個だって!?」
>なんだそのサービス末期みてーなインフレ具合は……
>ふふふ、ローウェルの指輪のクエストって初めてやし、楽しみやわぁ
>……は?
>っ、賢者シリーズをクエストで出すとか運営ご乱心ですか!?

それを見た他のプレイヤー(うちひとりは魔物)の反応は様々だったが、一様に驚きに満ちているというところだけは共通している。
が、それも無理のないことであろう。何せ、クエスト報酬は個数限定の超超超レアアイテム。
おまけに石9999個進呈と来れば、明神やメルトの「末期」「ご乱心」という感想も致し方ない。
単細胞の真一は報酬に一も二もなく飛びつくだろう。
心からゲームを楽しんでいます、という風情にはんなりなみのりも、このクエストも楽しもうとするだろう。
しかし。


――絶 対 無 理 。


なゆたの頭には、『QUEST FAILED』の文字しか出てこなかった。
大賢者ローウェル。
かつてキングヒルの王に代々使えた偉大な賢者で、この世界の1/3の魔法を編み出した――と(設定には)ある。
その魔術と知識へ向ける貪欲さは異常、偏執的でさえあり、アルフヘイムだけでは飽き足らず。
ついには闇の世界ニヴルヘイムの深奥にまで至ったという。
そんなアルフヘイムでは知らぬ者のいない大賢者ローウェルが、己の魔力の粋と叡智とを封じたと言われる指輪。
その指輪を嵌めた瞬間、牛馬ですらたちどころに高位魔法言語を喋り世の理を改編する魔法を使い出すという。
尤もそれは設定上の話で、ゲーム上でどんな働きをするのかまではなゆたは知らない。
いや、この中の誰も知るまい。何故なら、ローウェルの指輪はほとんど実在が疑われるようなレベルのアイテム。
攻略wikiにさえ実際の効果が記されていない、幻の存在なのだから。
むろん、ランカーのなゆたでさえお目にかかったことはない。

ただし。
なゆたはかつて一度だけ、ローウェルの指輪が手に入る『かもしれない』クエストにマルチで参加したことがある。
クエスト『転輾(のたう)つ者たちの廟』。
正規のストーリーをクリアした後で出てくる超高難度クエストのひとつである。
ストーリーモードのラスボス級が雑魚として群れで襲ってくるクエストで、ソロではまず攻略不可能と言われている。
なゆたはたまたまフォーラムに立てられていたメンバー募集のスレッドで名乗りを上げ、パーティーに加わった。
そして、その廟所の最下層で待ち構えていたボスが――誰あろう、大賢者ローウェルその人。
禁断の叡智を手に入れ、不死の魔物と化した大賢者の成れの果てだったのである。
ローウェルはとにかくバフとデバフを多用してくるイヤらしい敵で、なゆたのパーティーは散々翻弄され全滅した。
なお、その際の他のメンバーはベルゼブブ、メタトロン、バアル、カイザードラゴンなど、軒並みレイドボス級。
そんな選りすぐりのパーティーでさえ敵わなかったバケモノ、それが大賢者ローウェルなのだ。
ローウェルの指輪が手に入り、なおかつクリスタルが9999個も貰える。
そんなムシのいいクエストがホイホイ達成できるレベルで転がっているわけがない。
おいしいアイテムと報酬には、それなりの難度が付いて回るものだ。
もし目先の報酬に欲が眩んで、ローウェルご本人とご対面……などということになったら――

――うん、無理。無理無理無理、160%無理!

なゆたは断言した。
ここで今一度、魔法機関車内にいるメンバーとパートナーを見てみよう。
真一のレッドドラゴン。レア度は高いものの、育成がまだまだ。
まして搦め手をまったく考えない猪武者の戦い方では、ローウェルに指一本触れられず撃墜されるのがオチだ。

99崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2017/12/29(金) 01:55:09
明神のリビングレザーアーマー。
マスターの明神自体は手慣れたプレイヤーだろうと思うが、いかんせんリビングレザーアーマー自体が心許なすぎる。
スルメであるという事実はまったく否定しないし評価もするが、超高難度に連れていけるモンスターではない。

みのりのスケアクロウ。
これは役に立つ。例えローウェルとの対決になったとしても、自分の役割をきっちりこなしてくれるだろう。
しかし、スケアクロウ単体では火力は出せない。メインアタッカーがいてこそ光るモンスターなので、単品ではどうしようもない。

ウィズリィと原初の百科事典。
こちらはまだ未知数だ。モンスターとしては、いずれも育てれば強力な魔法を使いこなすというのはわかっている。
が、現状彼女たちがどれほどの強さなのかまではわからない。大賢者に勝るレベルとは考えづらかった。

しめじとレトロスケルトン。
……………………う、うん。

そして、自分とスライム。
ポヨリンは種族の限界を遥かに突破して鍛えてある。属性有利なら、タイマンでドラゴンを屠れる自信もある。
ただ、ひとりでは無理だ。ローウェル討伐にはパーティーの力が、それも緻密な計算とチームワークがなければいけない。
ベルゼブブを倒せたこと自体、奇跡のようなものである。急造メンバーで大賢者を仕留められるとは到底思えない――が。

>――どうやら、次の目的地が決まったみたいだぜ

案の定と言うべきか、真一はもうやる気らしい。
これについてはもう分かり切っていたことなので、特に驚かない。が、言うべきことは言っておこうと思う。

>向かう先に異論はないよ、真一君。

明神も異論はないらしい。それより交通の足の方が気になっているようだ。
確かに、徒歩での移動は時間もかかるし、何よりモンスターとのエンカウントの危険がある。よけいな消耗は避けるべきだ。
さすが年長だけあって年下への気配りが出来ている、となゆたは単純に感心した。

>お互い手の内知ってた方が連携しやすいやろ?

みのりに至っては、自らの手の内まで明かしている。
ブレモンの楽しみ方は人それぞれだ。気の合う仲間とパーティープレイする者もいれば、ソロに徹する者もいる。
他のプレイヤーは味方になる場合もあれば、敵になる場合もある。
そんな中、自分のデッキというのは命綱となりうる。よってプレイヤーは通常、滅多にデッキ編成を他人に見せないのだ。

「み、みのりさん!そんな、軽々しく自分のデッキを――」

思わず、慌ててみのりのスマホの液晶画面を手のひらで隠そうとする。
とはいえ、敢えて手の内を見せるというのは彼女がそれだけ皆を信用している、もしくはしようとしていることの証拠だ。
そんな彼女の心を自分が無碍にするのは筋違いだと、なゆたはすぐに手を下ろした。

「……えと。あとで、わたしのデッキも見せますね。信頼の証として」

自分の非礼を詫び、それから小声でみのりに言う。ガンダラへ行く道すがら、みのりには自分のデッキを公開しようと決める。

>其疾如風(コマンド・ウインド)。味方に空を飛ぶ力を与えるスペルよ。

そして、明神に質問されたウィズリィが空飛ぶ箒や絨毯の代わりに提示したのは、飛行の魔法。
空を飛ぶなんて体験は当然未体験だ。いかにも異世界といった提案に心が躍ったが、こほん、と空咳を打って平静を装う。

>……あと、その話は本当に信用できるのよね?

「それについては、心配ないと思うわ。基本、通知がウソをつくなんてことはないし。そんなの本気で運営に問い合わせ案件だもの。
 第一……この通知はわたしたちを導いている気がする。わたしたちが進むべき道へ」

この世界に運営なんているわけがない。ということは、この通知を皆のスマホへ送っているのはいったい誰なのだろう?
神か。悪魔か。それとももっと得体の知れない何かか――

100崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2017/12/29(金) 01:55:22
「……で。みんな、ちょっといいかしら?」

皆の意見がガンダラへ行くということで固まりかけたそのとき、徐に車内の全員に対して言う。

「ガンダラへ行くっていうこと自体は、わたしも賛成よ。というか、それしか選択肢はないみたいだしね」

ウィズリィの飛行魔法でキングヒルまで行き、石よこせ! と王に直訴するという方法もあったが、それは言わない。

「ただし、ローウェルの指輪のクエストについては、すぐに飛びつかない方がいいと思う」

そう前置きして、先程考えたその根拠を説明する。
ひとつ、ローウェルの指輪は実在さえ疑われるレベルの超絶激レアアイテム。そう簡単に手に入るとは思えない。
ひとつ、通常のクエスト報酬が石3〜5個。クリアに1週間かかる最高難度クエストの報酬が石20個。それに対する9999個。
ひとつ、自分はかつてローウェルの指輪を手に入れようとして盛大にコケた。
ひとつ、もしローウェル本人と戦う羽目になったら、どうひっくり返ってもこのメンバーでは勝てない。
……とはいえ、このクエストが〇周年記念キャンペーンばりのボーナスクエストだという可能性もないわけではない。
気休めにもならないかもしれないが、一応そちらの説明もしておく。
根拠としては、かつてなゆたがコテンパンにされたローウェルの住処『転輾つ者たちの廟』はガンダラとは違う地域にある。
第一、クエスト名が違う。報酬が一緒の別クエスト、という線もあるかもしれない。

「だから。まずガンダラへ行ってみて、クエストの内容をよく確認してからチャレンジするかどうか決めましょ。
 無理だと思ったらやめる。勿体ないと思うけど……命の方が大切、だもの」

そう、自分たちが現在いるのは単なるゲーム画面ではない。
疲労もすれば腹も減る。眠気もあるし、トイレにだって行きたくなる――現実の世界なのだ。
ゲームで死んでも『クエスト失敗』と言われて悔しい思いをするだけだが、ここではそれだけで終わる保証はない。
本当に死ぬ可能性だって充分にあるのだ。
そもそも、新着クエストの通知が来たからと言ってそれを絶対に受けなければいけないという決まりはない。
ガンダラは素材掘りの聖地であり、クエストそっちのけでツルハシ片手に日々掘削作業に明け暮れるプレイヤーも少なくない。
初心者から熟練者まで多くのプレイヤーがおり、クエストの数も多い。
リスキーな石9999個クエは早々に諦めて、もっと堅実に石10個くらいのクエストを多くこなしていくという方法もあるのだ。
こちらは王都へ行くだけの魔法機関車の燃料と、自分たちのスマホのバッテリー分を確保できればいいのだから。
ローウェルの指輪はプレイヤー垂涎の品だが、なゆたはその入手に対して執着がほとんどない。
元々スライムを極限まで鍛えているような片寄ったプレイヤーである。レアリティにはさして価値を見出していないのだった。

「特に、真ちゃん。敵は強ければ強いほど燃える! な〜んて言うのは厳禁だから!
 ここから先はパーティープレイよ。真ちゃんの身勝手な行動で、みんなが危険に晒されるの。
 自分のせいで全滅! なんてイヤでしょ?」

ぴしり、と真一の鼻先に人差し指を突き付ける。

「ま……真ちゃんもそろそろソロプレイじゃなくて、マルチの楽しさを覚えるべきって思ってたから。
 これはいい機会かもね……だから、ちゃんとみんなのことを考えなくちゃダメよ」

いつも真一のブレーキ役となってきたなゆたである。その立ち位置は異世界へ転移しても変わらない。
自分ひとりならいくらでも真一に合わせられるが、これからはそうはいかない。
マルチで大切なのは譲り合いの心だ。真一もそれを知っていい、と思う。

「……もちろん、それはわたし個人の意見だから。どうしてもこのクエをやりたいって言うなら、それも正当な意見だと思うけど、ね」

とにもかくにも、ガンダラへ行ってみてから決めることだ。当座の拠点も確保したいし、食べ物やベッドも恋しい。
自分の準備はとっくにできている。今すぐ飛んでも構わない、となゆたはウィズリィを見た。
……しかし。

101崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2017/12/29(金) 01:55:35
>あ……あの。飛ぶ前にですね……私、クリスタルが無くて……どなたか貸してください、お願いします……。
 あと!あと、その……ガンダラに付いたら、どなたか傍に居てくれませんでしょうか……?

不意に、それまで捕獲された栗鼠のように隅の方にいた少女――メルトが切羽詰まったような声を上げた。
大なり小なり経験者らしい他のメンバーと違い、この少女だけは正真正銘の初心者……のように、なゆたには見えた。
少なくとも、彼女の言動を疑うようなことはしなかった。
よもや自分より年下の少女が日常的に不正行為を繰り返す悪徳プレイヤーだとは夢にも思わない。
よって今の言動に対しても、

――そうだよね。真ちゃんがいたわたしと違って、こんなところにひとりで放り出されて。不安に決まってるよね。

と考え、多少の怪しい言動もまったく疑問に思うことはなかった。
スマホの液晶画面をなぞり、フレンド画面を開く。

「わたしでよければ、あげるよ。まだ石には余裕があるから――。しめじちゃん、ID教えてくれる? フレンドになろう」

フレンドになればプレゼントボックスで石の譲渡ができる。
また、フレンド間では相手のステータスも確認できる。レベルとランキングも表示されるので、こちらの実力もわかることだろう。
とりあえず、クリスタルを20個ほどメルトへプレゼントしておく。

「ここにいる人たちは、みんなしめじちゃんのことをひとりになんてしないと思うけれど。
 でも、不安だって言うのはよくわかるから。一緒にいよう? 大丈夫! わたし、こう見えて結構強いし!」

メルトに視線を合わせ、にっこり笑って右手を差し伸べる。一緒に手をつないで歩こうか――そんな仕草。
真一の妹、雪奈とは姉妹のように育ったなゆただ。面倒見がよく、年下のために骨を折ることを苦と思わない。
また、現在はすっかりやらなくなってしまったが、小学校卒業まではなゆたも赤城家で剣道を嗜んでいた。
全国大会で名を馳せた真一には遠く及ばないが、同年代の女子高生に比べれば動ける方である。

「ポヨリン、いいわね? イザってときはわたしより、しめじちゃんを守ってあげて」

『ぽよっ!』

ポヨリンにメルトのボディガードを任せると、ポヨリンは眉間を引き締め気合の入った(?)表情でぽよんと跳ねた。
それから、メルトの胸にぽよよんと飛び込んでゆく。

「――さて……。わたしは準備いいわよ、ウィズリィ。いざ、鉱山都市ガンダラへ!!」

メルトの望み通り傍らに立つと、ウィズリィに対して告げる。
全員の準備が整ったなら、さっそく飛翔の魔法でガンダラへと飛ぶことになるだろうか。

まるでアメリカの西部開拓時代のように、ゴールドラッシュに湧く鉱山都市。
誰も彼もが一獲千金を求めて素材を掘り、鉱山に出没するモンスターを狩りに赴く。
素材に、金(石)に、モンスター。何かを手に入れたいと欲するなら、ガンダラほどお誂え向きの場所はない。
明神たちの例に漏れず、ゲームではなゆたも嫌と言うほど世話になった場所だが、実際に向かうその地は果たしてどんな所なのだろう。
ぐっと拳を握って逸る心を押さえつけながら、なゆたはウィズリィが魔法を唱えるのを待った。


【みのりにだけデッキ公開】
【指輪クエに対しては懐疑的かつ及び腰。慎重論を主張】
【メルトの希望を承諾。少々のクリスタルを譲渡】

102赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2017/12/29(金) 01:56:07
>「向かう先に異論はないよ、真一君。だがここからまた半日歩き詰めというのはかなりしんどい。
 俺や君は問題なくとも、ここには女の子もいるんだ。レッドラの背中に何人か乗せられないか」

>「ウィズリィちゃんや、何か便利な乗り物とか借りられないか。魔女の箒とかそういうの、あるだろ?」

>「あらあら、あらあら、そうやねえ。
魔法のじゅうたんがあらはったらみんなで乗れるしええんやなぁい?
どのみち現地ガイド役がおってくれるとありがたいわ〜」

“考えるよりもまず行動”を信条としている真一は、今すぐにでもガンダラへすっ飛んで行きたいところだったが、確かに明神らの懸念も一理ある。
ゲームの中とは違い、この世界にいる自分たちは疲れもすれば傷付きもする、生身の人間なのだ。
ガンダラまでの道中にもモンスターは現れるだろうし、余計な消耗を避けられるならばそれに越したことはない。

「うーん、グラドはまだ成体じゃねーからなぁ……。三人くらいなら乗せられるだろうけど、この全員ってのはちょっと厳しいぜ」

しかし、幾らレッドドラゴンとはいえ、まだ体のサイズもそこまで大きく成長していないグラドでは、大勢の人間を乗せて飛ぶことはできない。
真一が両腕を組みつつ唸り声を上げていると、そこにウィズリィが助け舟を出してくれた。

>「其疾如風(コマンド・ウインド)。味方に空を飛ぶ力を与えるスペルよ。
 これを使えば、それほど疲れもなく目的地……鉱山都市ガンダラまでつけるんじゃないかしら。
 魔力のリチャージも、ブックのスキルのおかげでそれほど負担にはならないしね」

――曰く、彼女の保有するスペルを使えば、ガンダラまで文字通り飛んで行けるらしい。
効果時間がそこまで続くのかどうか気になったが、どうやら魔力を再充填する手段も用意してあるようだ。
異邦者たちの案内人を自称しているだけあって、流石に頼りになると真一は感心する。

>「あ……あの。飛ぶ前にですね……私、クリスタルが無くて……どなたか貸してください、お願いします……。
 あと!あと、その……ガンダラに付いたら、どなたか傍に居てくれませんでしょうか……?」

>「わたしでよければ、あげるよ。まだ石には余裕があるから――。しめじちゃん、ID教えてくれる? フレンドになろう」

さて、移動手段も決まって早速出発しようかという矢先、メタルしめじと名乗った女子中学生が、自分のクリスタル残量を見て狼狽し始めた。
元々初心者のようだし、所持していたクリスタルも少なかったのだろう。
真っ先にクリスタルを譲った世話焼きのなゆたに続いて、真一も自分のクリスタルを譲渡することに決める。

「俺も少し分けてやるよ。こっちに来てから結構減っちゃったから、そんなに沢山は渡せないけどさ。
 ……それと、お前は必ず元の世界まで連れて帰るって言ったろ? 俺たちが守ってやるから心配すんなって!」

真一は幾つかのクリスタルをプレゼントした後、自分の胸をドンと叩きながらそう言って見せる。
真一もなゆたと同じで、困っている後輩などに助けを求められたら、放っておけない性分なのだ。
メルトに言われるまでもなく、彼女を一人置き去りにして行くつもりなどは微塵もなかった。

* * *

103赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2017/12/29(金) 01:56:24
そんなこんなで車中でのやり取りを終えた真一たちは、日が暮れる頃にはガンダラに到着した。

道中は真一となゆた、メルトの三人はグラドの背に乗り、残りの三人はウィズリィの魔法で飛翔。
行程の途中で魔力を回復するために何度か休養を取ったが、それでも特に危険な目に合うこともなくここまで来れたのは、空路を選択した賜物だろう。
真一はスマホで地図を開きつつ、ついでに自分のデッキをチェックする。
あれから大分時間も経ったので、昨晩のベルゼブブ戦で使用したカードは全てチャージが完了していた。これで、この街の探索にも支障はない。

「……にしても、夜だってのに随分と活気のある街だなぁ。流石にゴールドタウンって呼ばれてるだけあるわ」

そして、真一は多種多様な人々で賑わうガンダラの街並みを一瞥し、思わず溜息をこぼす。

アルメリアの金脈と称される街――鉱山都市ガンダラ。
南部の国境沿いに連なるフレイル山脈の麓に位置し、地理的には辺境の土地であるにも関わらず、鉱山から採取される豊富な鉱物資源によって発展し、今ではこうして各地から様々な商人や冒険者が訪れる大都市になった。

――ちなみに、ブレモンの世界にも人間は存在する。
現実世界の人間に極めて近い特徴を持った、ヒュームと呼ばれる種族。
或いはファンタジーさながらのエルフやホビットといった亜人種も存在し、このガンダラでは原住民であるドワーフたちが数多く住まい、鉱山での採掘などの仕事に勤しんでいる。
見渡してみると、今日も仕事を終えた彼らがこうして街に降りて来て、仲間と酒場を探している様子などもチラホラとあった。

「さて、俺たちもまずは今夜の宿と、メシでも食えるところを探そうぜ。もう不味いアイテムのパンは食い飽きちまったよ」

そこで、真一はともあれ今晩の宿を確保しようと提案する。
長旅で皆も疲れているだろうし、それに何よりもいい加減まともな食事を口にしたいという気持ちもあった。
アイテムのパンを齧って飢えを凌ぐことはできたが、味についてはとても食べられたものではなく、この二日間で軽くノイローゼになっている。

104赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2017/12/29(金) 01:56:44
「……ん? あっちの方で何か賑わってんな」

――と、宿を探しながら街を歩いていたところで、何やら路上に人集りができているのに気付いた。

「さぁー、次のチャレンジャーはいないかい? 参加費用は1000ルピ。もしもこいつに勝つことができたなら、今までの賭け金は総取りだぁ!」

気になってその様子を覗き込んでみると、そこには一つのテーブルを挟むようにして、二脚の椅子が置かれていた。
片方には見るからに屈強そうなオークが腕を組んで座り、その傍らにヒューム族と思われる男が立ち、声を張り上げて群衆に煽りを入れていた。

「おーし、次は儂が相手だ!!」

そんなオークに挑むべく、今度は一人のドワーフが対面の席に着いて1000ルピ(ゲーム内通貨)分の金貨をテーブルに積み上げる。
そして、台上でオークと腕を組み合わせると、司会の男の掛け声に従って一気に力を込める。
――いわゆる、アームレスリングというやつだ。
要するに参加費用として1000ルピを渡し、もしもこのオークに腕相撲で勝つことができたなら、今までの賭け金を全て貰えるというルールなのだろう。
見れば台上には既に結構な量の金貨が積み上がっており、オークがかなりの相手を打ち倒してきたのが分かる。

そして、今まさにチャレンジャーとして名乗りを上げたドワーフも、同じように瞬殺されていた。
力自慢で有名なドワーフ族をこうも簡単に捻じ伏せてしまえるあたり、オークが秘めたる膂力の程が窺い知れた。

「おーっと、そこの興味有りげに見ている坊っちゃん! 次は君が参加してみるかい?
 ……って、君みたいな子供が、こいつの相手になるわけないかぁ!」

すると先程からそんな様子を眺めていた真一を見て、司会の男が声を掛けて来た。
相手からすれば、周囲を沸かせるためのマイクパフォーマンスの一つだったのだろう。
狙い通り観客からはどっと笑い声が上がって、真一を煽り立てるような暴言も飛ぶ。

だが、それと同時――真一の脳内では「プチッ」と血管の切れる音が鳴り響いていた。
真一はスマホから取り出した金貨をテーブルに叩き付けると、オークの対面の椅子に勢い良く腰を下ろす。

「お、おいおい……本気かい? 君じゃ腕がもがれるかもしれないよ?」

「……テメーが売ってきた喧嘩だろうが。買ってやるから、さっさと始めようぜ」

司会の男はまさか真一が本気になるとは思っていなかったらしく、先程まで騒いでいた観客たちも、ざわざわと妙な空気に包まれる。
相手はオークという歴としたモンスターであり、身長は2メートルを超える巨漢。体重だって真一の三倍くらいはありそうだ。
どう見ても戦いになるわけがなく、真一が無事で済まないのではないかという心配の声も囁かれ始めた。

――が、勝負が始まった次の瞬間、観客は一様に信じられない光景を目撃する。

真一が満身の力を込めて振り下ろした右手で、オークの腕がテーブルに叩き付けられていたのだ。
しかも、あろうことかその勢いでオークは椅子から転げ落ち、真一の腕一本でひっくり返されていた。
そんな様子を目にして絶句する群衆の中で唯一人、真一だけが悪役のように不敵な笑みを浮かべていた。

「――悪いな、俺の総取りだ」

無論、力比べでオークに勝てるわけがない。
ならば何をしたのかと言うと、スペルカードを使ったのである。
真一はオークと腕を組み合わせる直前、こっそりとポケットから取り出したスマホを操作して〈限界突破(オーバードライブ)〉のスペルを発動。
魔法によって底上げされた身体能力を以て、オークとの戦いに挑んだのだ。
相手の油断もあったし、あのベルゼブブの羽を斬り落とした時のことを思えば、これくらいの芸当は造作もなかった。

また、こんなところでスペルを無駄撃ちしてしまったことをなゆたに咎められるんだろうな――と、真一の脳裏には嫌な光景が浮かんでいた。

105明神 ◇9EasXbvg42:2017/12/29(金) 01:57:12
>「うーん、グラドはまだ成体じゃねーからなぁ……。三人くらいなら乗せられるだろうけど、この全員ってのはちょっと厳しいぜ」

俺の提案に真ちゃんは渋い顔をした。こいつわりとこえー顔してっからちょっとビビるわそれ。
え、ていうかレッドラってアレまだ成長期なの?攻略Wikiにゃ文字情報しか載ってねーからわかんなかったけど。
あれよりデカくなるとかもはやレイド級だろそれ。超低確率とは言えリセマラでそんなん出すなよ運営……。

>「残念ながら、そういうのはないわね。
 魔女の箒は、私個人の飛行魔法の補助をするものだから、複数人での使用には不向きだし。

片やウィズリィちゃんも、俺の問いに首を横に振った。
いいんだぜ俺は君と箒にニケツでもよぉ……他の連中レッドラに乗せて俺はウィズリィちゃんとタンデム。
これで万事解決じゃん!真ちゃん?適当にマラソンでもさせとけば。
俺が頭の中で完璧なプランを立てていると、どうやらウィズリィちゃんには対案の用意があったようだ。

>「其疾如風(コマンド・ウインド)。味方に空を飛ぶ力を与えるスペルよ。
 これを使えば、それほど疲れもなく目的地……鉱山都市ガンダラまでつけるんじゃないかしら。

「有能かよ。でも俺はニケツでもいいのよ……ニケツしよ?俺と君でさぁ」

当初のプランに頑なに固執する俺の声なき抗議は仕事の出来る魔女っ子の提案によって叩き潰された。
お兄さんかなしい……女の子とニケツしたかった……。
でもまぁこれが最適解だろうな。いわゆる飛行魔法は移動狩りが楽になるからガチ勢の間でも検証が進んでる。
魔力効率の良い飛び方とか、空中補給の方法なんかも、俺はWiki情報で知ってるから、低コストでガンダラまでいけるだろう。

>「何か事前に準備があるならしておいて頂戴。準備ができ次第、スペルを使って飛ぶことにするから。
 ……あと、その話は本当に信用できるのよね?」

「それについては問題ない。この世界の唯一絶対の神から啓示が降りてるからな」

さて、ウィズリィちゃんがいわゆるNPCのモード(準備が出来たら俺に話しかけてくれ!とか言うアレ)になったので、
俺達漂着者もクエスト開始に向けて準備を整える段となった。

>「報酬9999なんて、さぞかし難しいクエストなんやろねえ。
 協力し合わなクリアーでけへんやろうし、ちょいと皆さん今のうちに見たってぇなお互い手の内知ってた方が連携しやすいやろ?
 昨夜デッキ再構築もしましてん 特にうちのイシュタルは珍しいから皆さんどういうのか知らへんやろでねえ。」

石油王がなんか情報共有したいとか言ってる。お?課金自慢か?野良パでそんなんしたら晒し案件やぞ。
……え?マジでデッキ見せんの?石油王が差し出したスマホには、彼女のデッキ編成が全部公開されていた。
正気かよ。昨日会ったばっかの人間にそんなんされたら俺……メタデッキ組んじゃうよ?

>「み、みのりさん!そんな、軽々しく自分のデッキを――」

そういう危険を分かってるんだろう、なゆたちゃんが制止に入るが、時既に時間切れ。
俺はばっちり石油王のデッキレシピをこの目に焼き付けていた。やったぜ。

っていうか石油王のデッキえげつねぇな!この編成は好きなだけ殴らせたあと殴った分だけ殴り返すバインドデッキだ。
スケアクロウの高耐久に加えて、多種多様の回復スペルに被ダメの肩代わり……ダメージソースの確保に余念がねぇ。
拘束と範囲軽減入れてるのは一応普通のタンクとしても機能させるためか?正攻法じゃ石油王に火力を献上するだけだろう。
出し抜けるポイントがあるとすれば、バインドのキーカードが二種三枚しかないってところか。
特に主砲になるであろう『収穫祭の鎌』は、ベルゼブブ戦で使い切ってる……丸一日経つまでこいつはただの硬いカカシだ。

106明神 ◇9EasXbvg42:2017/12/29(金) 01:57:24
>「ゲームとは違うし、ゆっくり回復カード切れるように待ってられなさそうやから高回復を中回復に代えてみたわ〜
他にもいろいろ、ゲームのシステムだけでは収まらへんところがあるみたいやしねえ。
スケアクロウのグラフィックのフレーバー程度やと思うてた蔦についた実も食べられたりしはったし、相違点は色々ありそうやねえ」

石油王はのほほんと自分のデッキを解説してるのを聞いて、俺は頭が痛くなった。
これ他人に知られたらマズい奴じゃねえの。石油王はさぁ……PvPやらない人?危機感なさすぎじゃない?
だが腹は決まった。ローウェルの指環が争奪戦になるなら、俺が真っ先に標的とするのは石油王、貴様だ……!

>「……で。みんな、ちょっといいかしら?」

廃課金デッキにワイキャイ言ってた俺達に、なゆたちゃんが低い声で釘を差す。

>「ガンダラへ行くっていうこと自体は、わたしも賛成よ。というか、それしか選択肢はないみたいだしね」
>「ただし、ローウェルの指輪のクエストについては、すぐに飛びつかない方がいいと思う」

物騒な前置きをしてから、なゆたちゃんは根拠を添えて話し始めた。
要約すると指環のクエストマジでやべー奴だから今のトーシロPTじゃぜってー勝てないってことらしい。
曰く、ガチ勢がレイド級の魔物を従えて束になってかかっても無理無理カタツムリだったという。

……うん?サラっと流したけどなゆたちゃん指環のクエスト参加したことあんの?
あれってガチのハイエンドコンテンツだよな。この女、スライムでエンドコンテンツ行ってんの!?
俺行ったことないからわかんないけどああいうのって最低限レイド級持ってないと参加資格すらないとかじゃないのか。
――まぁアレだな。なゆたちゃんもしかすっと廃人サーのhimechanなのかもな。取り巻き連中がやべー奴らなんだろう。
今分かってる情報から統合するにそういう結論しか出ねーけど口に出すのはやめておいた。
ギスギス×で行きましょう^^;。

>「だから。まずガンダラへ行ってみて、クエストの内容をよく確認してからチャレンジするかどうか決めましょ。
 無理だと思ったらやめる。勿体ないと思うけど……命の方が大切、だもの」

「同感だな。別に俺は、ガンダラに永住したって良いと思ってる」

ガンダラは良いとこだぞぅ。ハイエンドへの挑戦を早々に諦めたミッドコア連中が金策がてらいつも駄弁ってる。
ガチ勢連中を「ガチ過ぎてついて行けないッスわ(笑)」と遠巻きに眺め、新規ちゃん相手には半端な知識でマウントを取る。
みんなで鉱石掘りながら運営への文句を言い合い、業者のBotをMPKしてアルフヘイムの警察気取りだ。
あそこの駄目人間を許容する雰囲気はすっげー居心地良かった。まぁ俺はガンダラでも爪弾き者だったんだけど。

>「あ……あの。飛ぶ前にですね……私、クリスタルが無くて……どなたか貸してください、お願いします……。
 あと!あと、その……ガンダラに付いたら、どなたか傍に居てくれませんでしょうか……?」

話が纏まりつつある中で、なんかずっと素っ頓狂なリアクションばっかしてた女子中学生が声を上げた。
昨日俺がおトイレ行ってる間に自己紹介済ませやがったらしいメタルしめじちゃんだ。

>「わたしでよければ、あげるよ。まだ石には余裕があるから――。しめじちゃん、ID教えてくれる? フレンドになろう」

小動物みたいなしめじちゃんのムーブに母性を刺激されたのかなゆたちゃんは慈愛顔でお小遣いをあげていた。
よーしおじさんも女子中学生にお金あげちゃおうかNA!いや違うんですこれは純粋な援助であってですね、やましい気持ちは……

107明神 ◇9EasXbvg42:2017/12/29(金) 01:57:38
>「ここにいる人たちは、みんなしめじちゃんのことをひとりになんてしないと思うけれど。
 でも、不安だって言うのはよくわかるから。一緒にいよう? 大丈夫! わたし、こう見えて結構強いし!」

なゆたちゃんはそう微笑み、バブみ全開でしめじちゃんに手を差し伸べた。
なにこの光景。はぁ……マヂ尊い。俺もなゆたちゃんにママになってほしい……。
養ってくれなくてもいいんだ。ただ俺に微笑みかけ、寄り添い、手を握ってくれればそれで……。

>「俺も少し分けてやるよ。こっちに来てから結構減っちゃったから、そんなに沢山は渡せないけどさ。
 ……それと、お前は必ず元の世界まで連れて帰るって言ったろ? 俺たちが守ってやるから心配すんなって!」

真ちゃんも良い感じのことを言って胸をドンと叩いた。
あ、真ちゃんは別にママになってもらわなくて良いんで……またの機会にお願いしますね^^;

「しめじちゃんには俺も同行しよう。レトロスケルトンとリビングレザーアーマーは同じアンデッドで相性が良いからな」

PTプレイの重要な要素の一つにシナジーがある。アンデッド強化のスペルの恩恵を一緒に受けられたりな。
だからまぁ俺がしめじちゃんと共に動くのは合理的ではあるんだけど、理由はそれだけじゃあない。

……しめじちゃん。いかにもいたいけな少女って感じのツラしてっけど、俺は知っている。
クリスタル減りまくり事件の際にこいつの口からポロっと出た、ミッドコア以上でなけりゃ知りようのないワードの数々。
証拠があったら垢BANされるような規約違反に手を染めてるっていう自白。
そして、生身でアルフヘイムに放り出されたこの非常事態でも本名をひた隠しにしてる、グレー者特有の危機管理意識。

結論から言おう。しめじちゃんからは俺と同属……邪悪なる者の匂いをプンプン感じる……!
俺には理解(わかる)!十中八九こいつは猫被ってやがるぜェーッ!

「それから石油王さん。手札を明かしたあんたに対する義理として、俺もバディのことを解説しておこう。
 こいつはヤマシタ。種族はリビングレザーアーマー、見ての通りペラッペラの革鎧に宿ったアンデッドだ。
 防御力はカスみたいなもんだが革鎧を装備できる全てのジョブのスキルを使えるというのが特徴だな。
 ……ベルゼブブを捕獲出来てりゃ、こんなゴミモンスターに頼らなくても良かったんだが」

暗になゆたちゃんにギスギスをぶつけつつ、俺はヤマシタについて簡単に説明した。
これが全部だ。物言わぬ革鎧に蹴りを入れてから、俺は客室の椅子に腰を落とした。

「俺はいつでも行けるぜ。とっととガンダラ行ってまともなメシを食おう」

108明神 ◇9EasXbvg42:2017/12/29(金) 01:57:53
ガンダラに着いたのは夜になってからだった。
いや飛行魔法ってスゲーわ。だって空飛べるんだぜ?俺飛行機もロクに乗ったことなかったからおしっこ出るとこだったわ。
何がやべーって風がやばい。もうこれは本能的な恐怖だね、耳元でビュオビュオ響くのマジこえーよ。

>「……にしても、夜だってのに随分と活気のある街だなぁ。流石にゴールドタウンって呼ばれてるだけあるわ」

「ゲームの方のガンダラはNPC以外はBotが動かしてるキャラが黙々鉱石掘ってるだけの不気味な街だったんだけどな。
 これじゃゴールドタウンじゃなくてゴーストタウンやないかーい!……ってな、わはは」

益体もない戯言を抜かしながら俺はガンダラの街に降り立つ。
近隣有数の鉱山都市として賑わっている(設定)、Botとミッドコアの溜まり場になっている(現実)。
果たして俺の今訪れているガンダラは、前者の方の設定を反映して見事な盛り場へと変貌を遂げていた。
鉱山へ向かう目抜き通りには綺羅びやかな燭灯を掲げた酒場や宿屋が立ち並び、往来に人の流れが途切れることはない。
コボルト族らしき背の低い生き物が、酒場に人を呼ぼうとさかんにポン引きしては道行くオークに蹴られている。

「鉱山労働者とその家族、労働者向けの飲食店に、街の外から鉱石の買い付けに訪れた商人。それから冒険者か。
 一次産業がこれだけ盛況なら、王都の方もさぞかし税金で潤ってるんだろうなぁ。
 王都で受けられる接待ってのにも、こりゃ期待が持てそうだ」

>「さて、俺たちもまずは今夜の宿と、メシでも食えるところを探そうぜ。もう不味いアイテムのパンは食い飽きちまったよ」

「コカトリスの串焼きでも食うか?お通じ良くなること請け合いだぞ。ははは」

乾いた笑いで冗談を交わしながら、俺達はガンダラの街を散策する。
宿は綺麗なところがいいなぁ……。獣人共と同じ獣くせーベッドなんかで寝られるかよ(差別発言)。
あとシャワーね、これ大事よ。鉱山の麓だし沐浴設備は整ってると思うけど、大衆浴場はいやだぜ。
明らか真ちゃんと混浴する流れになるじゃん。

>「……ん? あっちの方で何か賑わってんな」

真ちゃんがなんか見つけたらしい。俺もそっちを見ると、なんか道端に蛮族共が集まっている。
オークが机に腕をほっぽり出してドヤ顔していた。傍で人間っぽい男が声を張り上げる。

>「さぁー、次のチャレンジャーはいないかい? 参加費用は1000ルピ。
 もしもこいつに勝つことができたなら、今までの賭け金は総取りだぁ!」

……ははーん、賭け腕相撲か。いかにもクソ田舎の野蛮人が好きそうな催し物だな。
アホくさ。こんなんオークが勝つに決まってんじゃん。種としてのスペックがちげーよ。ヒトがゴリラに勝てるかっての。

>「おーっと、そこの興味有りげに見ている坊っちゃん! 次は君が参加してみるかい?
  ……って、君みたいな子供が、こいつの相手になるわけないかぁ!」

「馬鹿馬鹿しい。行こうぜ真一君、あんなやっすい挑発に乗ることは……真一君?」

ちょっと真ちゃん!?何オークの前に座ってんの!?その金貨どっから出した!?……あ、インベントリか。
っていやいやいや!いっくらお前がリアルファイト上等のフィジカルエリートだからってオークは無理だろ!?
よくよく相手と自分の腕の太さ見比べてみ?あいつの力瘤お前の頭くらいあるのよ!?

109明神 ◇9EasXbvg42:2017/12/29(金) 01:58:07
>「……テメーが売ってきた喧嘩だろうが。買ってやるから、さっさと始めようぜ」

イベンターのMCと観客の煽りにものの見事にプッツンした真ちゃんはもう既に周囲が見えていない感じだ。
いきなりキレたヒュームの子供にオークの方が困惑気味になってる始末である。

「……なゆたちゃん、いっつもあんなんの手綱握ってんの?いつか過労死するぞ君」

なんでも良いけど怪我だけはしてくれるなよ……治癒スペル無駄打ちなんてアホくせーからな。
まぁ俺は治癒持ってないから割を食うのは大方なゆたちゃんなんだろう。合掌。
俺が瞑目しナムナム手を合わせていると、ドーンとものっそい音が聞こえてきた。
あーあ、骨何本イったかな?俺治癒スペルは使わないけど慰めるくらいのことはしてやるよ。
目を開けた。オークが机から転げ落ちていた。

「……んん!?」

椅子に座ったままの真ちゃんが、不敵な笑みでそれを見下ろしていた。

>「――悪いな、俺の総取りだ」

なん……だと……?いやマジでウソだろお前!?ホントに人間かよコイツ、ゴリラ混じってない?
しかし俺は目撃した。真ちゃんの身体をぼんやりと覆う、プレイヤーだけに見えるバフの輝き。
こ、こいつ……!身体強化のスペル使いやがった……!!

「えぇ……チートやん……チートやんこんなん……」

ていうか結局スペル無駄打ちしてんじゃねーか!何やってんだよマジでさぁ!
脳筋ってのは褒め言葉じゃねーかんな!なゆたちゃんしまいにゃ心労で倒れるぞ!

「……なゆたちゃん、追い詰められる前に大人にちゃんと相談するんだぞ。俺達は君の味方だ」

スペル使ってNPCから金巻き上げるとか業者も真っ青なレッドカードだよぅ……。
おめーこれが現実じゃなかったら一発垢BANだかんな?そこらへんちょっとよく考えて?
いやー現実で良かった。現実?現実とは一体……うごごごご。

「まぁ、前向きに考えるならこれで宿代とメシ代は確保出来たってことだ。
 真ちゃんパイセンのオゴリで良いとこ泊まらせてもらおうじゃないか」

さて、ガンダラまで来たは良いものの、こっからどうすりゃいいんだ?
確か鉱山の奥がダンジョンになってたはずだけど、最奥にいきゃ指環が手に入るのか。
アプリの通知だけじゃなんとも判断しがたい。ちゃんとプレイヤーの導線作っとけよクソゲー!

「当面の資金は得られたことだし、情報収集に行かないか。他にもクリスタルが稼げそうなクエストがあるかもしれない。
 ブレモンはRPGだからな。情報収集にうってつけの場所と言えば、相場は決まってるだろう」

俺は目抜き通りの向こうを指差した。
そこに建っているのは、この街で一番大きな建物。冒険者ギルドが併設された酒場である。

「ここから先はRTA方式でサクっと進めよう。酒場のマスターに大金握らせて、一番良い情報を絞り出す。
 支払いは任せたぞ真一君!」

110五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2017/12/29(金) 01:58:50
魔法機関車の中、デッキを開示するみのりを慌てて制止しようとするなゆただが、意図を汲んでかその手を下げた。
その様子を見て笑みを浮かべながら口を開く

「なゆちゃんありがとうなぁ。でもええんよ〜
PTというのは集団で一つの戦士やと思うんよ。
アタッカーが鉾で、うちみたいなタンクが盾、みたいにね。
身を守る盾の性能を知っておかないと、思い切って攻撃もできへんやろ?」

礼を言い、そしてその意図を説明する。
タンクの仕事は単純で、敵の攻撃を一手に引き受けうることにある。
後は敵を倒すのも、味方を回復するのも、デバフを入れるのも後衛陣に任せてしまえるのだから。
逆に言えば、タンクが攻撃を一手に引き受けるからこそ、後衛陣は自由に行動ができる。

であるのだが、ベルゼブブ戦でヘイト数値を越えてターゲットを変えた。
これはタンクの固定が信用できなくなる事であり、後衛陣の行動リソースが防御行動にも割かなければいけなくなることになる。
デッキ編成を変え固定力を増しているとはいえ、ゲーム同様に固定ができるとは限らない。

ならばデッキを晒し、みのりがどういう行動がとれるのか
どこまで固定ができるのかをそれぞれに計算に入れておいてもらうという狙いがあっての行動である。

という旨の説明をし、一堂にデッキを見せるのであった。


が……その笑みの裏で別の思考もひた走っていた
クリスタルの消耗増そしてガチャなどの補給線の停止から、スマホの操作自体制限されているのも同然である。
デッキ編成にスマホを操作することさえも、だ。

だがみのりには消耗したとはいえそれでも十分すぎるほどのクリスタルがあり、そういった面では大きなアドバンテージを得ているといえる。
こうして開示して、しっかり信用させ対策を取らせた事を見越して更にデッキを再構築するほどの。


勿論そんな思惑を微塵も表に出さず、明神のバディの説明を受け
「おおきにな〜
ベルゼブブさんは残念やったねえ。
今度なんぞつよそおなモンスターさんいはったら頑張って捕獲しましょか〜」

デッキ構築が全てスケアクロウのイシュタルを基準に作ってあり、他モンスターを捕獲する気もないし、捕獲しても育成する時間もないので、こちらに遠慮しなくても大丈夫な旨も付け加える。


話しは進み、ウィズリィの其疾如風(コマンド・ウインド)でガンダラまで一気に行けるとのこと。
魔法の絨毯ではなかったのは残念だが、身一つで空を飛べるとは、現実世界では体験できない事に興奮が隠し切れないみのりであった。

ガンダラ行きで話がまとまりかけたところで、なゆたからローウェルの指輪のクエストについての情報がもたらされる。
それはかつてなゆたが挑んだローウェルの住処『転輾つ者たちの廟』の顛末
思わずため息が零れる様な話であった。
最庵緯度クエストの報酬を考えれば9999個が如何に破格で、そしてどれだけの難易度であるかという事を思い出させるに値する話。

「ひょえ〜恐ろしい話やねえ。
ほれにしても、なゆちゃんは色々知ってて有り難いわ〜
このPTのおかあさんやねえ」

真一の鼻先に人差し指を突き付けるなゆたを見てコロコロと笑い声を上げるみのりであった。

111五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2017/12/29(金) 01:59:03
そんな緊張しつつも弛緩した空気の中、震える小動物のような声があがる
>「あ……あの。飛ぶ前にですね……私、クリスタルが無くて……どなたか貸してください、お願いします……。
> あと!あと、その……ガンダラに付いたら、どなたか傍に居てくれませんでしょうか……?」

メルトである。
クリスタルが枯渇し、パートナーモンスターも脆弱、そしてメルト自身も押さなく体つきも貧弱
誰かの庇護がなければとてもこの世界で生きてはいけないだろう
そんな声になゆたをはじめ、真一、明神も援助を惜しまない姿勢を見せている。

「しめじちゃん良かったなぁ
クリスタルはもう足りているやろし、おねいさんからはこれをあげるわ〜
他の皆さんも持っといてぇな〜」

そういい取り出したのは30センチほどの藁人形。
ユニットカード「囮の藁人形(スケープゴートルーレット)」から呼び出された5体の藁人形である。
身に着けておけばある程度のダメージを肩代わりしてくれる
許容量を超えればはぜて消えるが、ある程度の盾となってくれるだろう。

「この藁人形、トランシーバーみたいな感じ見たいにもなるし、これからガンダラ行ってもしはぐれても連絡が取れるとええやろ?」

相違って藁人形を明神、ウィズリィ、めると、なゆた、そしてみのり自身が持つ。

「なゆちゃんと明神のお兄さんがシメジちゃんを守ってくれはるからねえ。
うちは真ちゃんと一緒にいさせてもらうわ〜
藁人形一体足りひんけど、うちが守るよって安心してぇな。
アタッカーとタンクで相性もよろしいおすしな〜」


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魔法機関車での宣言通り、みのりは真一の隣に位置して歩いていた。
風を切り空を飛ぶ其疾如風(コマンド・ウインド)を楽しみ、ガンダラの町の賑わいに息をのみあたりを見回す。
そこは喧噪行き交う活気に満ちたファンタジーな街であり、どこを見ても目新しくその空気すらも新鮮でおいしく感じるものだ。

勿論上品な待ちとは言い難く、柄の悪さも適度にまじりあっており、ピンポイントでそこへと首を突っ込むのが真一であった。
巨大なオークとの腕相撲勝負に乗り、そしてそれを瞬殺!
当たりの人垣からはどよめきと歓声が上がり、後ろでは明神やなゆたからため息が聞こえてくるかのようだった。

「真ちゃん凄いわ〜!こんな大きなお人に腕相撲で勝てるやなんて〜!」
ひときわ大きな歓声を上げ、真一の頭に抱き着くみのり
だが、もちろんみのりもプレイヤーであり、バフの輝きは見えている。

抱きつきながら耳元に口をやり、そっと囁きかける
「こんなところでスペルカード使ってもうたらなゆちゃんに怒られるえ〜
この頭に大きなコブつくられる前に、はよ行こな〜」
囁き終わるとようやく体を離し、真一の手を引き先に進む。

「真ちゃんの大活躍でお金も仰山手に入ったことやし、ウィズリィちゃん、明神のお兄さんの言うような宿屋や酒場に案内したってぇ〜」

待ちきれないかのように真一の手を引き、ウィズリィ案内を待つのであった。

112佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2017/12/29(金) 01:59:33
>「わたしでよければ、あげるよ。まだ石には余裕があるから――。しめじちゃん、ID教えてくれる? フレンドになろう」
>「俺も少し分けてやるよ。こっちに来てから結構減っちゃったから、そんなに沢山は渡せないけどさ。
>……それと、お前は必ず元の世界まで連れて帰るって言ったろ? 俺たちが守ってやるから心配すんなって!」


「あえ―――ふ、フレンド登録ですか……そ、そうでしたね。その、ありがとうございます」

自分から石を乞うたにも関わらず、スムーズに恵んで貰えた事。
そして、みのりからは「囮の藁人形(スケープゴートルーレット)」という割とレアなアイテムを受け渡された事に対して、メルトは動揺を見せる。
メルトの感覚では、弱みを見せて頼みごとをすれば、頼みごと以上の見返りを求められるのが当然なのだ。
その辺りの認識が甘い連中を騙してアイテムを撒き上げた挙句に引退させた事は何度もあるが、こうも無条件に善意を示される事は彼女にとって初めての事であった。
故に視線を泳がせ、人差し指を擦り合わせて気まずさを示しつつもIDを提示する。
そして、送られてきたクリスタルと人形を確認すると

「えへへ……」

誰にも盗られまいとするかの様に、無意識にスマートフォンを胸にかき抱く。
同時に浮かんだ笑みは、石配布に喜ぶゲーマー特有のそれか、或いは他の何かなのかはメルト自身にも判らないだろう。


>「しめじちゃんには俺も同行しよう。レトロスケルトンとリビングレザーアーマーは同じアンデッドで相性が良いからな」

と。そんなメルトにある意味では初の顔合わせといえる明神が語りかける。
この場では唯一の成人した大人の男性。例え所有するモンスターが強力とは言えずとも、その庇護を得られるという事は子供のメルトにとって力強い。が

「えっ……あ、はい。ありがとうございます」

声を掛けられたメルトは、一瞬顔を引き攣らせた。
……別段、メルトは明神に嫌悪感を覚えている訳では無い。そもそも、嫌う程の長い付き合いがある訳もないのだから。
では、何故このような反応を見せたのかと言えば。

(リビングレザーアーマーですか……あの時の嫌な奴を思い出しますね。私が塩の壺バグで鬼沸きさせて囲ってたジュエルビーストを煽り台詞残して解き放った上に、運営にバグ報告して修正させたあの荒らし……今でも許せません。作業の為に割った石返して欲しいです)

単なる八つ当たりのとばっちりであった。
だが、その荒らしが明神であるという、ある意味奇跡的な偶然が起きる可能性は低いだろうと思い直したメルトは、直ぐに表情を取り繕うと、明神に対して礼儀正しく頭を下げる。
言動の端を見て、相手の立ち位置を見抜けるか見抜けないか。
明神とメルト。同じアングラな側に位置するプレイヤーであっても、この辺りに半引きこもりと社会人の人生経験の差が明確に表れていた。

さて。その後、デッキ構成やモンスター情報などの公開をはさみつつ――――

>「――さて……。わたしは準備いいわよ、ウィズリィ。いざ、鉱山都市ガンダラへ!!」


なゆたの掛け声と共に、一行は空へと飛び立つのであった

113佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2017/12/29(金) 01:59:45
鉄を打つ音と、鳴り響く怒声と嬌声。立ち込める煤と漂うアルコールの臭い。
亜人と人間の区別なく泥臭く騒ぎ、酒とつまみを喰らう姿。
日暮れの中に在るにも関わらず、数多の建物から漏れ出る灯りと喧騒は、夜が持つ静謐をあざ笑うかのような活気に満ちていた。

ここは鉱山都市ガンダラ。
夢と希望と欲望が渦巻く不夜の街。

>「……にしても、夜だってのに随分と活気のある街だなぁ。流石にゴールドタウンって呼ばれてるだけあるわ」
>「ゲームの方のガンダラはNPC以外はBotが動かしてるキャラが黙々鉱石掘ってるだけの不気味な街だったんだけどな。
 これじゃゴールドタウンじゃなくてゴーストタウンやないかーい!……ってな、わはは」

(……あっ、あの黄鉄鉱のポイントが空いてます!軽銀の沸きポイントにもBotが居ません!なんですかこれ!素材の宝石箱ですよここ!)

周囲を落ち着きなく見渡しつつ歩きながら、見知ったBot御用達の発掘ポイントが空いている事を発見しては足を止め、
置いていかれそうになる度に小走りで集団へと追いつくメルト。
その様子はまるでおのぼりさんであったが、それも仕方ないといえよう。
ゲームでは中華Botに貼り付かれ活用しようにも出来なかった狩場が、この世界では見向きもされていないのだ。
金儲けに旨味を感じる者が見れば、カモが鍋と葱背負ってブレイクダンスしているような物である。
周囲を通りかかる現地の通行人はそんなメルトの様子を不審そうな目で見ているが、本人はそれどころではないというのが救いだろう。
もしその視線に気づいていたのなら、恐らくメルトは見る間に萎縮してしまった事だろうから。

>「さて、俺たちもまずは今夜の宿と、メシでも食えるところを探そうぜ。もう不味いアイテムのパンは食い飽きちまったよ」
>「コカトリスの串焼きでも食うか?お通じ良くなること請け合いだぞ。ははは」
「こんな世界ですから、流石にカップラーメンは無いですよね……」

そして、歩きながら食事と宿の談義をしている最中であった

>「おーっと、そこの興味有りげに見ている坊っちゃん! 次は君が参加してみるかい?
>……って、君みたいな子供が、こいつの相手になるわけないかぁ!」
>「馬鹿馬鹿しい。行こうぜ真一君、あんなやっすい挑発に乗ることは……真一君?」
>「……テメーが売ってきた喧嘩だろうが。買ってやるから、さっさと始めようぜ」

「うえぇ!? え、え!? あの!何してるんですか真一さん!正気ですか真一さん!ダメですよ!腕がポキッとなってしまいますよ!?
 ほら、今からでも遅くないですからクーリングオフしましょう!ねっ!ねっ!?」

なんと、通りすがりに挑発された真一が、巨漢のオークが主催する腕相撲の賭け試合にエントリーを決めていたのである。
採掘ポイントに気を取られ遅れていたメルトが追いついた時には、既に真一は勝負の席に着いており、
大人と子供程もある体格差など気にもせず、相手のオークに睨みを利かせていた。

(なに考えてるんですかこの人は! デカいは強いんです。少年漫画じゃないんですから、こんなの勝てる訳ないですよ……
 こんな所で寄生先の戦力を失う訳にはいきませんし、最悪『生存戦略(タクティクス)』のスペルの回復効果で…………あれ?スペル?)

どうあっても引く様子がない真一を半ばあきらめて眺めていたメルトであったが、試合後に負うであろう怪我を回復する手段を思い描いた時、ある可能性に思い至った。
それは、体格で劣る真一がオークの腕を叩き付けるのと正に同時の閃きであった。

>「――悪いな、俺の総取りだ」

>「……なゆたちゃん、追い詰められる前に大人にちゃんと相談するんだぞ。俺達は君の味方だ」
>「真ちゃん凄いわ〜!こんな大きなお人に腕相撲で勝てるやなんて〜!」

「うわ……驚きました。いい感じに仕様の隙間を付いてます。ただ、運営の目を掻い潜るには少し心許ないですね。
 フィールドで継続時間の長いスペルを使用してから街に戻って、偶然を装った方が……」

明神が驚き、みのりが真一に抱き着いて賞賛の言葉を発しているのを傍から眺めなつつ、、
メルトは『バフの発光はプレイヤーにのみ見える』という仕様の裏側を付いた真一のセンスに静かに驚嘆する。

114佐藤メルト ◇tUpvQvGPos:2017/12/29(金) 02:00:02
そして、直ぐにその技術を上手に悪用する手段を考え始めるメルトであったが、

>「まぁ、前向きに考えるならこれで宿代とメシ代は確保出来たってことだ。
> 真ちゃんパイセンのオゴリで良いとこ泊まらせてもらおうじゃないか」
>「真ちゃんの大活躍でお金も仰山手に入ったことやし、ウィズリィちゃん、明神のお兄さんの言うような宿屋や酒場に案内したってぇ〜」

次いで同行者の面々が今後の指針について語りだした事で我に返ると、誤魔化すように慌ててその会話に参加する。

「そ、そうですね。明神さんの言う通り、酒場のマスターの弱みを握るか懐柔をすれば、特殊クエストが発生します……って、攻略サイトに書いてありましたし!」

慌てて参加した為に、妙な知識を吐き出しそうになってしまったのはご愛嬌。
――――と、そこでメルトはある事を思い出す。

(あれ、そういえばガンダラの酒場のマスターって確か『雄々しき兎耳の漢女(マッシブバニーガイ)』だった気が……)

粗暴な炭鉱不達や、歓楽街を取り仕切る悪漢達をも恐れさせる酒場のマスター。
彼のブレモンのモンスターとしての名は『雄々しき兎耳の漢女(マッシブバニーガイ)』。
ゲーム中ではプレイヤー達に優良な情報と良質な依頼と報酬を与えるやり手であり、ガンダラにプレイヤーが集まる要因の一つでもあった。
名前と連動して、ゲームでの彼のグラフィックを想起したメルトは、頬に汗を垂らしながら女性陣に向けて口を開く。

「あの、なゆたさん。みのりさん。ウィズリィさん……ええと、ですね。私、頑張りますので、頑張って守りますので……」

何を、とは言わない。ただ、メルトの視線は明神と真一の臀部に向けられている。

『雄々しき兎耳の漢女(マッシブバニーガイ)』。
有能な酒場のマスターだが、男性プレイヤーが話しかけた時に一定確率で画面を暗転させ、全ステータスにデバフを掛けて来るのが玉に傷。
メルトには、今の時代が『雄々しき兎耳の漢女(マッシブバニーガイ)』がマスターである時代でない事を祈る事しか出来ない。

115崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2017/12/29(金) 02:00:34
液晶画面越しに見る世界と実際に肉眼で見る世界は大違いだ。
酒のにおい、土のにおい。怒号と喧騒、頬を撫でる風の感触。
視覚だけでなく嗅覚や聴覚、触覚に訴えかけてくるすべてのものに、自分たちのいる場所が紛れもない現実だということを思い知らされる。
まるで自分がハリー・〇ッターやロード・オブ・〇・リングの世界の住人になったような気持ちだ。
もちろん、こんな体験は初めてのこと。すべての物事が驚異と興奮に満ちている。

鉱山都市ガンダラは世界設定的な意味で重要な場所であると同時に、ゲーム進行にとっても欠かすことができない都市だ。
『ガンダラで揃わないアイテムはない』と言われている通り、ゲーム内で必要な資材の80%はこの街で手に入る。
アップデート等で新規アイテムが実装された際も、プレイヤーは大抵最初にガンダラを当たるのだ。
ガンダラにはいつでも人が、亜人種が、モンスターが溢れている。
しかし。

――いない。

メルトの隣に佇みながら、なゆたは目だけを動かして周囲を見渡し、そう結論付けた。
人間はいる。設定では『ヒューム』と呼ばれる種族だ。
彼らは西洋ファンタジー色の強い衣服を身につけているものの、その肉体自体はなゆたたちと変わらない。
エルフもいる。ドワーフもいるし、ホビットも、オークやスライムなどといったモンスターの姿もちらほら見える。
が、『プレイヤーはいない』。
自分たちの他に、このブレモンの世界に召喚されたであろうプレイヤーが一人も見当たらないのだ。
ブレモンのプレイヤーで、ガンダラの重要性を理解していない者は存在しないと断言していい。
実際、ゲーム内のガンダラの路上にはパーティーメンバーを募集したり、アイテムのトレードを希望するプレイヤーが大勢いる。
もし自分たち以外にこの世界に召喚されたプレイヤーがいるなら、自分たち同様ガンダラを目指さないわけがないのだ。
なゆたはガンダラで他のプレイヤーと接触し、情報を交換しようと考えていた。
が、その予定は早々に潰されてしまった。

――わたしたち五人だけが、アルフヘイムに召喚された? まさかね……。

ブレモンは一億ダウンロードに迫る怪物覇権ゲーである。
もちろんダウンロードした全員がゲームをやっているということはないだろうが、それでも他のゲームとは桁違いのユーザー数を誇る。
そんな中、自分たち五人だけがこの世界に召喚されるというのは理屈に合わない。
もっと多くのプレイヤーと出会い、ギルドを結成して一致団結すれば、それだけ早くこの世界から脱出できると思ったのだが――。

「……このパーティーでどうにかしろ、ってことなのかしらね」

右手を顎先に添え、ぽつりと呟く。
もしもゲームのストーリーモード宜しくこの世界を救え! という条件を突き付けられるなら、このメンバーでは甚だ心許ない。
特に明神とメルトのモンスターは問題だ。ストーリーの終盤まですら行けるかわからない。

――これは。気合を入れていかなくちゃならないわね。

しかし、不可能ではない。wikiやフォーラムには、低レベルクリアや低レアモンスターでのストーリークリア報告も届いている。
困難な道ではあろう。だが実際に達成しているプレイヤーがいる以上、自分たちにできない道理はない。
wiki編纂者のひとりでもあるなゆたの脳内では、現在急速に低レベル低レアクリアへのフローチャートが構築されつつあった。

116崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2017/12/29(金) 02:00:44
と。考え事に気を取られていたところ、不意に歓声が上がった。
見れば、いつのまにか真一が巨大なオークと腕相撲に興じている。
無謀な挑戦にパーティーメンバーたちが慌てる中、泰然と構える真一はなんと、巨体のオークをあっさり捻じ伏せてしまった。
真一の身体がぼんやりと輝いている。それはプレイヤーにしか見えない、スペルの輝きだ。

>――悪いな、俺の総取りだ
>真ちゃん凄いわ〜!こんな大きなお人に腕相撲で勝てるやなんて〜!
>うわ……驚きました。いい感じに仕様の隙間を付いてます。ただ、運営の目を掻い潜るには少し心許ないですね。

他のメンバーは一様に驚いていたが、なゆたは声を荒らげるでもなくその光景を眺めた。
真一は基本的に直情径行の単細胞だが、一方で応用力がとてつもなく高い。
1を教えると、明後日の方向に10飛んでいくようなタイプだ。常識にとらわれない、奇想天外な発想をする。
彼にブレモンを教えた当初、彼の何を考えているのかさっぱり理解できないデッキに随分難儀した覚えがある。
彼はこのアルフヘイムで『プレイヤーにスペルを掛ける』という突拍子もない策を実行し、自分のものとした。
そして、その使い方の巧妙さが秒単位で進歩している。驚くべき成長率と言うほかない。

――ああいうのだけは悪知恵が働くのよね。

こんな振舞いは今に限ったことではない。長い付き合いの中では幾度もあったことだ。
ベルゼブブ退治の際の奇襲といい、彼は一見無策に見えて実は……ということを自然にやってのける。
見ているこちらとしては理解できないし、ハラハラするのでやめてほしいのだが、それを言っても詮なきことだろう。

>……なゆたちゃん、追い詰められる前に大人にちゃんと相談するんだぞ。俺達は君の味方だ

「あはは……。ありがとうございます、明神さん。でも、もう慣れたんで……」

気遣わしげな明神の言葉に、軽く彼の方を向いてぎこちなく微笑む。
ただ、真一のお蔭でガンダラでの活動資金ができた。ゲーム内通貨など腐るほど持っているが、金銭は持っているに越したことはない。

>当面の資金は得られたことだし、情報収集に行かないか。他にもクリスタルが稼げそうなクエストがあるかもしれない。
>ブレモンはRPGだからな。情報収集にうってつけの場所と言えば、相場は決まってるだろう

明神が提案する。
目抜き通りの向こうにある、ひときわ目を引く建物。その佇まいには見覚えがある。
宿や道具屋、冒険者ギルド――人の営みの中で必要なものをすべて備えた酒場。
ゲームの中では酒場でモンスター退治や素材収集のクエストを請け負う。きっと、そこにローウェルの指輪のクエストもあるのだろう。
もちろん、なゆたにも異論はない。

>真ちゃんの大活躍でお金も仰山手に入ったことやし、ウィズリィちゃん、明神のお兄さんの言うような宿屋や酒場に案内したってぇ〜

みのりが真一の手を引き、先へ行こうとする。

――む。

その様子に、なゆたは僅かに眉を顰めた。
みのりはその前にも腕相撲に勝った真一に抱きついたり、妙に親しげにしている。
そんな光景に、なぜだが胸の中がモヤモヤする。

――いやいや。まあまあ。いえいえそんな。

なゆたはすぐにかぶりを振ると、胸の中のモヤモヤを打ち払った。
元々スキンシップ過多な人かもしれないし、興奮のあまり人に抱きつくことだってあるだろう。
そう自分を納得させる。

117崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2017/12/29(金) 02:00:59
>そ、そうですね。明神さんの言う通り、酒場のマスターの弱みを握るか懐柔をすれば、特殊クエストが発生します……
>って、攻略サイトに書いてありましたし!

メルトもそう提案してくる。初心者のはずなのによく勉強してるのね、となゆたは感心した。
しかし、その一方でなゆたも当然知っている。
その酒場のマスターが、ただのマスターではないということを。

『雄々しき兎耳の漢女(マッシブバニーガイ)』――

身長2メートルを越えるヒゲ面ムキムキマッチョのオッサンが、バニーガールの格好をしているという異様なモンスターである。
ブレモンはその辺のモブやNPCにもケンカを売れるシステムで、『雄々しき兎耳の漢女(マッシブバニーガイ)』にもケンカを挑める。
が、勝ったという話はほとんど聞かない。とにかく恐ろしく強く、たいていのプレイヤーとモンスターは3ターンともたず沈む。
超激レアモンスターの一体なので仲間にもできる(らしい)が、魔力以外のステータスが軒並み異常なほど高いという。
が、『雄々しき兎耳の漢女(マッシブバニーガイ)』の恐ろしさはそんなフィジカルエリートっぷりにあるのではない。
男プレイヤーが話しかけると、一定の確率で放ってくる全ステータスデバフスキル。
回避不可能のそれが、ブレモンの全男プレイヤーを恐怖のどん底に突き落としていたのである――。

>あの、なゆたさん。みのりさん。ウィズリィさん……ええと、ですね。私、頑張りますので、頑張って守りますので……

「……あぁ……。あれかぁー……。わたしたちには関係ないけど、真ちゃんと明神さんは……うん……」

メルトの気まずそうな言葉に、なゆたもまた困り笑いを浮かべて右手の人差し指で米神を掻いた。
しかし、酒場に行かないという選択肢はない。ここに留まっていても仕方ないし、情報は欲しいのだ。
真一の言う通りまともな食べ物も食べたいし、お風呂に入ったりベッドできちんと睡眠もとりたい。
ゲーム内ではバッテリー残量がある限り何時間だって周回できたクエストも、今はそう簡単には行かない。

「と、ともかく、酒場へ行きましょ。考えるのはそれからよ」

うん。と覚悟を決めると、なゆたは先行する真一とみのりの後に倣って歩き始めた。
酒場の中は路上に輪をかけてうるさい。ジョッキになみなみ注がれたエールを鯨飲しながら、下手な歌を歌うドワーフ。
ワイングラスを優雅に傾けているエルフ。遠慮のない笑い声を響かせる鉱山夫姿のヒュームたち。
胸元も露なエプロンドレスのウェイトレスがジョッキとソーセージなんかを持ってテーブルの間を駆け回り、ホビットがお零れに与る。
そんな、いかにもファンタジー世界の酒場といった感じの内部の熱気に一瞬眩暈を覚える。
が、気圧されてはいられない。なゆたはキッと口許を引き結ぶと、大股でカウンターへ歩いて行った。

果たして、『彼』はそこにいた。

見上げんばかりの巨体をしたバニースーツ姿の中年男が、黙々とグラスを磨いている。
その肉体は極限まで鍛え上げられており、布の少ないバニースーツの胸元から覗く大胸筋ははちきれんばかりに隆起している。
剥き出しの腕も丸太のようだ。先程真一が勝負したオークのものより、さらに太い。
いかついヒゲ面の眼光は鋭く、酒場内のどんな揉め事も見逃さないとばかりに店内に注がれている。
アフロヘアから飛び出したウサミミが、時折ひょこひょこと揺れる。

――う。

さすがに少々引いた。ゲーム内でもそのヴィジュアルに引き気味だったが、実際遭遇するとその衝撃は倍増する。

「みんな、ここはわたしに任せてくれない? 交渉事なら経験があるから、悪いようにはしないわ」

仲間たちの方を振り返って提案する。
真一と明神は交渉の切り札で、まだ切るのは早い。といってみのりやメルトにやらせるのも悪い、と思う。
現地人(?)のウィズリィに任せるのが一番いいのかもしれないが、なゆたは自分がやる、と断言した。
高校の生徒会では副会長として教師と丁々発止の舌戦を繰り広げ、予算をもぎ取っているなゆたである。

118崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2017/12/29(金) 02:01:28
「……あの」

「いらっしゃァ〜い、『魔銀の兎娘(ミスリルバニー)亭』へようこそ! アラ、アンタたちここらじゃ見ない顔ねェ」

マスターはいかつい顔に似合わない、甲高い声で愛想よく返事をしてきた。

「ええ、ガンダラへはさっき到着したばかりよ。早速なんだけど、部屋を用意してもらえるかしら? そうね……とりあえず三部屋」

軽く背後を見てから、マスターへ指を三本立てる。
二人部屋を三部屋、部屋割は真一と明神の男部屋と、他四人の女部屋が二部屋ということでいいだろうと思う。
全員個室でもよかったのだが、ガンダラに何泊するかわからない以上、出費は極力切り詰める必要がある。
また、全員が個室では万一襲撃などされた場合に対応が遅れる。警戒の意味もあって相部屋を選択したのだった。なお、一人一泊50ルピ。

「真ちゃん、お金」

真一に手を伸ばし、腕相撲の賞金から支払ってもらう。
本来なら一刻も早く部屋に行き、ちょっと休憩するなり酒場のテーブルを確保して食事するなりしたいが、まだやることがある。
なゆたはカウンターに両肘をついて緩く腕を組み、バニー姿のマスターと会話を続けた。

「マスター、今ギルドに来てる仕事の一覧を見せてくれない?」

「いいわヨ。これが今のところ募集してる依頼の一覧ね」

マスターがカウンターの裏から台帳を出し、目の前に広げる。
なお、一覧はプレイヤーが各々持っているスマホからも確認できるので、カウンターの台帳をわざわざ覗き込む必要はない。
クエスト一覧には『黄鉄鉱を300個収集せよ』だの『鉱山に巣食うゴブリンを討伐せよ』だのというクエストが羅列してある。
そのランクはE〜Aまであり、難易度も千差万別だ。
……ただ、そこに『ローウェルの指輪を手に入れろ』というクエストはない。
もう期間が終了したのだろうか? ――いや、そんなことはない。
ランクAより上のミッションは通常の画面には表示されない。そこは明神やメルトの言葉通り、裏技を使う必要があるのだ。

「真ちゃん、お金。――全部」

ちょいちょい、と右の手のひらを上にして指で招く。
先程のアームレスリングで獲得した賞金を全部よこせ、と言っている。
問答無用で賞金の入った袋を提出させると、なゆたはそれをどかん、とカウンターの上に置いた。
マスターが驚いたようにぱちぱちと目を瞬かせる。

「まだるっこしいことは無しよ。今、このギルドで一番大きな仕事を教えてちょうだい」

なゆたがそう言うと、マスターはやや思案気な表情を見せ、それからカウンター裏をまさぐって二冊目の台帳を出してきた。
そこには『廃鉱に棲むバルログ退治』『オリハルコン採掘』『エリクサーの精製』など、錚々たる上位クエストが名を連ねている。
が、そこにもローウェルの指輪に関するクエストはない。
なゆたが顔を上げると、マスターはニヤリと笑った。
明らかに、まだネタを隠し持っているという顔だ。――ならば。

119崇月院なゆた ◇uymDMygpKE:2017/12/29(金) 02:01:43
「――明神さん」

仲間たちの方に向き直ると、なゆたは明神に視線を合わせた。

「明神さんは強いモンスターが欲しいんですよね? ベルゼブブ捕獲を試みてたくらいだし。
 あのときは討伐を優先しちゃってごめんなさい。でも、次にもし強力なレイドボスが出現したら――捕獲の手助けをしますよ。
 みんなも協力してくれるはず。ううん、協力してもらう。あなたが欲しいモンスターを捕獲できるように……その代わり」

そこまで言って、肩越しに右手の親指で軽くマスターを指す。
明神が抜け駆けしてベルゼブブを捕獲しようと試み、なゆたがそれを阻止したのは以前あった通りだ。

>……ベルゼブブを捕獲出来てりゃ、こんなゴミモンスターに頼らなくても良かったんだが

と、明神が上位モンスターに対して執着を見せているのも知っている。
ガンダラ周辺のレイドモンスターと言ったら、上位クエスト一覧にもあった悪魔族のバルログや、炎の精霊イフリート。
それからドラゴンゾンビくらいだろうか。
ドラゴンゾンビは見るからに不衛生なので論外として、バルログやイフリートならば捕獲できないこともないだろう。
パーティーの戦力的にも申し分ない。だが、ひとりでの捕獲は不可能だ。
だからこそ。

「レイドモンスターの捕獲に手を貸す代わりに――明神さん、マスターから情報を引き出して。
 これはあなたにしかできない仕事、だから」

『雄々しき兎耳の漢女(マッシブバニーガイ)』の繰り出す、暗転からの全ステータスデバフスキル――
それを、甘んじて喰らえと言っている。 
マスターのデバフは宿屋で宿泊しても回復せず、しばらく実時間を経るしか解除方法がないという鬼スキルだ。
しかし、その代わり喰らった男プレイヤーに対してはマスターの隠しステータス『心証』が爆上がりするというメリットがある。
心証が上がると宿代が安くなる、アイテムの買取値が高くなる、など種々の恩恵が得られる。
その恩恵の中に、きっとローウェルの指輪に関する情報も入っているに違いないのだ。

「お願い明神さん! わたしたち、みんなでこの世界から脱出する手助けと思って!」

無茶振りにも程がある。そして、ちゃっかり真一をデバフの対象から除外している。
が、これには一応理由がある。

「真ちゃんはこの際、モンスターの一種として見ていいと思う。
 となれば真ちゃんも貴重な戦力のひとり。クエストを受ければ戦闘は避けられないんだから、戦力は多いに越したことはないわ。
 そんな真ちゃんが全ステータスデバフを受けるのは、わたしたち全員にとって不利でしょ?
 でも、明神さんは戦わない。そして、下がるのは明神さんのステータスであって、ヤマシタさんのじゃない。
 ってことは、明神さんのステータスが下がっても、パーティーの戦力そのものは低下しないってこと」

一応パーティーのことを考えているらしい。
……とはいえ、『真ちゃんにいかがわしいことはさせたくない』という考えが一番先に立っているのだが。

「ってことで、よろしくお願いします! マスター、彼がマスターにお話があるそうですよ!」

そう言って明神の背中を押す。

「あらン……何かしら? かわいい子ねン」

『雄々しき兎耳の漢女(マッシブバニーガイ)』――バニースーツに身を包んだアフロマッチョ中年は、明神を見て舌なめずりをした。

【情報のため明神を売る鬼畜的所業。ゴメンナサイ……】

120赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2017/12/29(金) 02:02:40
「ハッ、喧嘩を売った相手が悪かったな」

まるで信じられないものを目撃したかのように、目を白黒させる司会の男の姿を見て、真一は満足そうに鼻息を鳴らす。
そして机上に積まれた金貨を全て掴み取り、それをインベントリに格納して、アームレスリングの席を立った。

>「真ちゃん凄いわ〜!こんな大きなお人に腕相撲で勝てるやなんて〜!」

すると、そんな真一の元へ真っ先に訪れたのは、意外にもみのりだった。
彼女は無邪気そうに真一の頭に抱き付いてくるが、抱き締められているこちらからすれば、ただ事では済まされない理由があった。

「ちょ、ちょっ……! その……あ、当たってんだけど……!」

――そう、当たっているのだ。
頭になど抱き付いてくれば、必然的に。
普段は野暮ったい農作業服に覆い隠されているが、みのりの体躯はスレンダーでありつつ、女性らしい起伏に富んでいる。
真一も健全な男子高校生なので、そんな体をこうやって無防備に押し付けられると、大分参ってしまうものがある。
血流が心臓の方から登ってきて、自分の頬が紅潮していくのを感じた。

>「ここから先はRTA方式でサクっと進めよう。酒場のマスターに大金握らせて、一番良い情報を絞り出す。
 支払いは任せたぞ真一君!」

>「真ちゃんの大活躍でお金も仰山手に入ったことやし、ウィズリィちゃん、明神のお兄さんの言うような宿屋や酒場に案内したってぇ〜」

>「そ、そうですね。明神さんの言う通り、酒場のマスターの弱みを握るか懐柔をすれば、特殊クエストが発生します……って、攻略サイトに書いてありましたし!」

「あ、ああ……そうだな。さっきの一悶着で路銀も手に入ったし、それくらいは俺が持つぜ」

そして明神の提案に乗り、一行は酒場を目指すことにする。
しかし、ここでもみのりは何の気無しに真一の手を握ると、子供のようにはしゃぎながら、その手を引いて歩き出した。
何故かは分からないが、ガンダラの街に着いてからというもの、彼女のボディタッチが異様に多い気がする。
歳上の可愛いお姉さんにベタベタされて、悪い気のする男はいない――が、そんな様子を鋭く見据える視線を感じ取り、真一は何やら居心地の悪さを覚えずにはいられなかった。

* * *

121赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2017/12/29(金) 02:03:08
――“魔銀の兎娘(ミスリルバニー)亭”。
ガンダラに存在する数多くの建造物の中でも、その魔窟は一際の異彩を放っていた。
まず見てくれからいかがわしく、屋根の上には兎の耳のような飾りが付いており、店の前にはハート型の看板が立てられている。
ショッキングピンクやパープルといった毒々しい色で塗装されたその店は、ファンタジー世界の酒場というよりは、現代のキャバクラなどを彷彿とさせた。

「……なぁ、マジでこの店にすんの?」

真一は「他の店にしとこうぜ」という雰囲気を醸し出しながらそう言うが、彼らの主目的はあくまでも情報収集だ。
ガンダラの街では何故かこの店が一番繁盛しており、ゲーム内でも多数のクエストを取り扱っている。
ローウェルの指輪という激レアアイテムの情報を手に入れるためには、避けては通れない道であった。

そして、一行が決心を固めて店の戸を叩くと、予想に反して店内は意外とまともな酒場だった。
ウェイトレスの格好がコスプレ染みていて、妙に露出度が高いのが気になるが、それに目を瞑れば如何にもイメージ通りのファンタジー風だ。
人間だけでなく、多様な亜人種たちが卓を囲んで酒を酌み交わし、高らかに歌いながら手を取り合って踊る。
子供の頃から色んな漫画やアニメで見知ってきた光景を目の当たりにして、真一は思わず感動しそうになるが、そんな店内に一つの異物を発見してしまう。

「うげっ……あれが、噂のバニーマスターか」

それは“雄々しき兎耳の漢女(マッシブバニーガイ)”の名で知られる、モンスターの一種だった。
バニーガールの服装を纏った筋骨隆々のオッサンという、ゲテモノ極まる容貌でありながら、その戦闘力は作中のNPCでもトップクラスに位置するらしい。
真一は当然戦ったことなどなかったが、今後もその機会が来ないことを心から願った。

>「みんな、ここはわたしに任せてくれない? 交渉事なら経験があるから、悪いようにはしないわ」

>「真ちゃん、お金」

「……ん。頼んだぜ、なゆ。お前は生徒会でもそういうの得意だったもんな」

真一はなゆたに言われた通りに金貨を渡すと、マスターとの交渉を彼女に一任する。
なゆたは気の強さに加え弁が立つのを知っていたし、何よりアレとあまり関わり合いたくない。
この場はなゆたを信頼するとして、真一はそそくさと席を離れると、近くのウェイトレスを呼び止め、しれっとエール酒を注文した。

「ぷはぁ……! あっちの世界のビールと違って冷えてないけど、すげー美味いなコレ! 本場の味って奴か?」

そして、なみなみとジョッキに注がれたエール酒を一気に半分くらい飲み干すと、真一は幸福の溜息を漏らす。
真一は現実世界にいる頃も、酔っ払った父親に付き合わされて、こんな風に酒を飲むことは多少あった。
あちらでは大っぴらに言えたことではないが、幸いここはアルフヘイムだ。日本の法律を気にする必要なんて微塵もありはしない。

「おっ、兄ちゃんいけるクチだな? ほら、もっと飲みな飲みな!」

「おう、ありがとな! そういうオッサンも中々飲めるじゃねーか」

すっかりいい気になった真一は、隣の卓のドワーフたちとも意気投合し、彼らに促されるがままガブガブと酒を呑み始める。
そして、何語かさえ分からない賛美歌のような歌を共に歌いながら、瞬く間に酒場の空気へ溶け合っていくのであった。



【面倒事をなゆたたちに任せて、未成年飲酒を断行】

122明神 ◇9EasXbvg42:2017/12/29(金) 02:03:48
『魔銀の兎娘(ミスリルバニー)亭』は、ガンダラに数あるクエスト起点の中でも質・量共にトップクラスを誇るロケーションだ。
店内は広々としていてプレイヤー同士の交流も盛んに行われ、ガンダラを拠点とする冒険者達の憩いの場となっている。
……というのが、当初開発の想定したこの店の様相だったらしい。
だが、実情はそうならなかった。プレイヤー達は魔銀の兎娘亭に寄り付きもせず、ガンダラ自体が深刻な過疎化に陥っていた。
その理由の一つが――

>「いらっしゃァ〜い、『魔銀の兎娘(ミスリルバニー)亭』へようこそ! アラ、アンタたちここらじゃ見ない顔ねェ」

――アレだ。
この店のマスター、雄々しき兎耳の漢女(マッシブバニーガイ)。
バニーガールの格好したものっそいガタイのオッサンという出オチ丸出しのビジュアルがもう生理的にアレだけど、
更にやべーのがこいつが振り撒いてくる回避不能にして時間経過以外で解除できない超極悪デバフ。
男性プレイヤーにのみ付与される点と、暗転つまり一晩明かした描写が全ての言い逃れを叩き潰している。
プレイヤーの間じゃ『肛門裂傷デバフ』だとか『掘られ状態』とか揶揄されてる開発部の悪ノリの結晶だ。

「クソッ、再現性高えなオイ……」

果たして店の奥、カウンターの向こうにそいつはいた。
近付くだけで雄の匂いが漂ってきそうな濃ゆいツラで、店内の様子をネットリと眺めている。
ときおり俺や真ちゃんに向かってウインクしてくんのホントやめて欲しい。

>「あの、なゆたさん。みのりさん。ウィズリィさん……ええと、ですね。私、頑張りますので、頑張って守りますので……」

しめじちゃんはああ言ってるけどむしろ守って欲しいのは俺達の方なんだよなぁ……。
マジで大丈夫かこのゲーム。一応全年齢向けだよ?CEROに怒られたりしない?

>「……あぁ……。あれかぁー……。わたしたちには関係ないけど、真ちゃんと明神さんは……うん……」

何濁してんだてめー他人事だと思いやがってよぉー!
ん?何を想像したのかな?おじさんにこっそり教えてごらん??
とまぁ通報されたら垢BANモノのセクハラは置いといて、画面越しじゃないリアルなおっさんバニーの存在に俺達は気圧されていた。
ドン引きだよ……開発さんは各方面への配慮が足りてないのでは?世の中にはデリケートな少数派もいるんですよ!

>「みんな、ここはわたしに任せてくれない? 交渉事なら経験があるから、悪いようにはしないわ」

お尻を抑えて一歩下がった俺と入れ替わるようになゆたちゃんが前に歩み出る。
なんて頼りになる女子高生なんだ……もしかしてなゆたちゃんは俺のお母さんなのでは?

>「真ちゃん、お金」

情けない最年長に変わって交渉の矢面に立ったなゆたちゃんは、早速PTのお財布(蔑称)に路銀を要求する。
真ちゃんやっぱ尻に敷かれるタイプだわ……なんか他の客と勝手に未成年飲酒始めてるし。
おめーはダメ亭主かなんかかよ。女房に働かせといて一人で飲み歩いてんじゃねーよマジで!

>「真ちゃん、お金。――全部」

流石のなゆたちゃんもこれにはお冠らしく、財布の中身を全部カツアゲする英断に出た。
真ちゃんが腕相撲でチートかまして巻き上げてきた金の全てがカウンターにドンと置かれる。
マスターの眉がピクリと跳ね上がった。一介の冒険者がホイと出せる金額じゃない。この店の酒を棚ごと買える金だ。
そして……A級以上のクエストを求める上級者達が、挨拶代わりに握らせる額でもある。

>「まだるっこしいことは無しよ。今、このギルドで一番大きな仕事を教えてちょうだい」

交渉慣れしてると言うだけあって、なゆたちゃんの要求は端的かつ正確だった。
この辺は流石にエンド勢って感じだ。まぁ使ってんのがスライム()だしhimechan疑惑が高まるばかりだけれども。
マスターは鼻を鳴らして金貨の入った袋を矯めつ眇めつ眺めると、やがて奥からもう一つの台帳を引っ張り出してくる。
ニュービーには拝むこともままならない、危険度の高い上級クエストの記された帳簿だ。
初心者が勝手に挑んであたら若い命を散らさないように、マスターが厳重に管理しているクエスト類である。

123明神 ◇9EasXbvg42:2017/12/29(金) 02:04:00
「俺もナマで拝むのは初めてだ。あんな額の金、ミッドコアにゃ用意出来ねえからな」

だが……まだ足りない。まだ先がある。
この段階で受注が可能になるのは、ブレモンを半年も続けりゃたどり着ける『普通の上級者』に向けたクエストだ。
これよりも更に高難度な、ハイエンドコンテンツの名に恥じない『裏クエスト』がこのゲームには存在する。
ローウェルの指輪はまさにそのハイエンドコンテンツで排出される超極希少アイテムなのだ。
ガンダラでハイエンドコンテンツを受けるには……金だけじゃなく、とある条件を満たさなければならない。

>「――明神さん」

振り返ったなゆたちゃんが迷わず俺を見据えたのを感じて、とってもイヤーな予感が背筋を駆け巡った。
俺は咄嗟に逃げ場を探したが、後ろには石油王がニコニコしながら突っ立ってて下がれねえ。

>「明神さんは強いモンスターが欲しいんですよね? ベルゼブブ捕獲を試みてたくらいだし。
 あのときは討伐を優先しちゃってごめんなさい。でも、次にもし強力なレイドボスが出現したら――捕獲の手助けをしますよ。
 みんなも協力してくれるはず。ううん、協力してもらう。あなたが欲しいモンスターを捕獲できるように……その代わり」

……待て待て待て。この流れはマズいぞ!本当にマズいぞ!
なゆたちゃんはマジモンの交渉巧者だ。提示されたこの美味い条件は、交換条件がとんでもなくエグいことを意味してる。
そして交換条件を先出しすることで、拒否しづらい空気を出していやがる。
拒否権を剥奪するんじゃなく、あくまで相手が自分の意志でそれを選び取ったという履歴を残すためだ!
パーティに数少ない男である俺に、この状況で依頼することなんて一つしかねぇ。

>「レイドモンスターの捕獲に手を貸す代わりに――明神さん、マスターから情報を引き出して。
 これはあなたにしかできない仕事、だから」

うげぁー。やっぱそーなるの?
裏クエストを受注する条件。それは、男性プレイヤー一人を犠牲にしてマスターの心証値を上げること。
本来はパーティを組んで、最も火力の低いプレイヤーを生贄に捧げてクエストを開始するのが定石だ。
俺達もその例に漏れず、つまり生贄は俺だった。

「マジかよ」

この女……言ってる意味分かってんだろうな……俺にあのおっさんへケツを差し出せってことだぞ。
ふざけやがって、なんで俺が昨日今日シリ合った連中のために純潔を捧げなきゃなんねーんだ!シリだけに!

>「お願い明神さん! わたしたち、みんなでこの世界から脱出する手助けと思って!」

お願いするんじゃねええええ!!!
脱出すんのなんか俺一人で良いんだよ!おめーらは仲良くガンダラでチマチマ石掘ってろや!
ガンダラは掘る場所であって掘られる場所じゃねぇんだよ!!
ていうか真ちゃんを生贄に捧げりゃいいじゃん。あいつ良い感じに酔っ払ってるし好都合だろ。
マスターだって絶対若い方が良いって!なぁマスター!マスター?なんで俺の方凝視してんの?
目線がずっと下がり気味なのマジでこえーんだけど!

>「真ちゃんはこの際、モンスターの一種として見ていいと思う。
 となれば真ちゃんも貴重な戦力のひとり。クエストを受ければ戦闘は避けられないんだから、戦力は多いに越したことはないわ。
 そんな真ちゃんが全ステータスデバフを受けるのは、わたしたち全員にとって不利でしょ?
 でも、明神さんは戦わない。そして、下がるのは明神さんのステータスであって、ヤマシタさんのじゃない。
 ってことは、明神さんのステータスが下がっても、パーティーの戦力そのものは低下しないってこと」

クソっもっともらしい理屈こねやがって!
サラっと言ったけど真ちゃんもはや人間として扱われてねえ!お前らお友達じゃないの?
ベルゼブブの時はたまたま上手く行ったけど真ちゃんあんな戦い方続けてたらそのうち捻り潰されて死ぬからな!?

>「ってことで、よろしくお願いします! マスター、彼がマスターにお話があるそうですよ!」

勝手に話を進めるんじゃねぇ!!
ねぇ真ちゃんどう思う!?あの娘俺を売ったよ!?お前のお友達ああいうことする奴なんだよ!!
ヘイ真ちゃん!こっち見て!……だめだあいつ完全に出来上がってやがる……!

124明神 ◇9EasXbvg42:2017/12/29(金) 02:04:17
俺は不条理への怒りを込めてなゆたちゃんを睨みつけた。なゆたちゃんは眼を逸らさなかった。
目線を合わせて来るんじゃねえ。それは厄介事を厄介だと分かって頼んでくる奴の眼だ。
罪悪感とばつの悪さを受け入れて、それでも目的を果たそうとする……芯の強さのある眼だ。
邪悪なる俺にはそれが眩しい。居心地の良い日陰から引きずり出される気分になる。

「…………レイドボス捕獲の話、忘れるんじゃねえぞ」

ついに根負けして、俺の方が目を伏せる事になった。
最近の女子高生ってみんなこんな押し強いの?そりゃ真ちゃんも尻に敷かれるわ。こえーもんなゆたちゃん。
まぁ確かに、こんなとこでウダウダ行ってる場合じゃねーってのはその通りだ。
ローウェルの指輪のクエストがいつまでも発生してるとは限らない。
入手のチャンスを逃せば俺達はすっとガンダラで暮らさなきゃならなくなるかもしれないのだ。

「しめじちゃん、石油王、今の話は聞いてたな?君達も証人だ。約束を違えるなよ」

ウィズリィちゃんは何の話してるかわかんねーと思うからこの際除外する。
多分この子はこれから俺がどんな覚悟を決めるか知ることはねーんだろうな……。
でもわかっておいて欲しい。ここに過酷な運命へ立ち向かった一人の男がいたことを。

>「あらン……何かしら? かわいい子ねン」

なゆたちゃんに押し出されるようにして矢面に立った俺を、マスターは舌舐めずりで迎えた。

「マスター、部屋の予約を変更する。二人部屋が二つと個室が一つだ。俺は……あんたのところに泊まる」

マスターは犬歯を見せる笑みを作った。
全然関係ないけど笑うという行為は本来攻撃的なものであり獣が牙をむく行為が原点である的なイメージが脳裏をよぎる。

「うふ。それは『そういうコト』だって受け取ってもいいのかしらン?」

「ああ……俺達は、あんたの求めるものを用意できる」

「あはぁ、しばらくご無沙汰だったから滾るわねぇ……それじゃ、あの月が天辺に来た頃に待ってるわン。
 ちゃんとシャワー浴びてから来るのよぉ?優先的に使えるようにしといてあげるわ」

「作法は心得てるつもりだ」

俺は女性陣を顎でしゃくって二階への階段を示す。

「先に宿に行ってろ。そして夜明けまで降りてくるなよ。明日の朝メシまでには戻ってくる」

テーブルで酔客たちと盛り上がってる真ちゃんの肩を、恨みをこめてべしべし叩いた。

「そろそろ門限だ真一君。君は女衆を部屋までエスコートしてそのまま個室に直帰してくれ。
 いいかもし俺が夜明けより前に戻ってきて泣きながらシャワーを浴びていたら、その時は何も声を掛けてくれるなよ」

「大丈夫よン、やさしくするから☆」

マスターが俺にウインクする。背筋をものすごい勢いで脂汗が流れ落ちた。
うわぁ……蛇に睨まれたカエルってこんな気持ちだったんだぁ……。

125明神 ◇9EasXbvg42:2017/12/29(金) 02:04:31
真ちゃんに女性陣を送らせてからしばらく酒場で時間を潰す。シラフじゃやってらんねえよマジでさぁ。
しかしここのビールぬるいっすね。キンキンに冷やしてくんなきゃ美味しくないじゃん。配慮足りてねえなあもう!
月が直上に差し掛かる、地球時間で言う所の12時になってから、俺はシャワーを浴びてマスターの部屋を訪れた。

「待ってたわァ。さぁ、アタシの望む通りのものをくれるのよね?」

ベッドに腰掛けて俺を出迎えたマスターは、相変わらず肉食獣染みた視線で俺を舐めた。
まるで物理的にペロペロされたような錯覚に陥って身震いしながら、俺はスマホを手繰った。

「あんたの求めて止まないもの。そいつは……これだ」

残り少ないクリスタルを消費して、インベントリを開く。
その最下段、一番最近に入手したアイテムを取り出して、机の上に置く。

――『蝿王の翅』。
超希少レイドボス、ベルゼブブを討伐した者だけが手に入れることのできる、トロフィーアイテムだ。

マスターは蝿王の翅と俺の顔とをしばらく交互に眺めて、そして笑った。
あの品定めするような粘着質な笑みではない、相好を崩した快活な笑顔だった。

「へぇ……アナタみたいなヒョロヒョロのヒュームがベルゼブブを倒したの?
 それは興味深いわ。ええ、とっても滾る。聞かせてちょうだい、あの凶悪無比な蝿の王を、どんな風に下したのか」

――なゆたちゃんに生贄に選ばれたあと、俺は必死に脳味噌の中身をひっくり返して活路を探していた。
そして、一つの記憶を探り当てて、それに全てのチップをベットし賭けに出た。
すなわちそれは、ブレイブ&モンスターズが押しも押されぬクソゲーだという厳然たる事実だ。

ご存知の通り、ブレモンはクソゲーである。
バディ間のバランスは崩壊してるし、ガチャの排出率はゴミだし、不具合への対応はクソみてーに遅い。
この前塩の壺バグでデュープ行為してる奴を見つけて通報したのに証拠不十分でロクに対処しなかったからな。
結局フォーラムで俺がバグの仕様を公開して、デュープに手を染めるプレイヤーが大量発生してようやく重い腰上げやがった。
いやー良いことすると気持ちがいいなあ!ブレモンの平和を護る聖戦士と呼んで欲しい。

とまあこのように、開発はプレイヤーの神経を逆なでする言動に迷いがない。
ガンダラの主、マッスルバニーガールと謎デバフの設定周りにしたってそうだ。

126明神 ◇9EasXbvg42:2017/12/29(金) 02:04:55
ブレモンプレイヤーの99割は、マスターの放ってくるデバフがいかがわしいモノだと思ってる。
そりゃそうだ、オカマっぽいマスターが男性にだけ付与してくるデバフだもの。状況証拠が揃いすぎてる。
しかしその一方で、ゲーム中のテキストでも開発のアナウンスでも、デバフの内容については一切言明されていないのだ。
聡明なるプレイヤー諸兄がいくら『マスターに掘られたんですけお!』と騒ぎ立てたところで、開発は涼しい顔でこう言い返す。

『全年齢向けゲームでそんないかがわしいシーンあるわけないじゃないスか(笑)。邪推しないで下さいよ(核爆)』

クッソむかつくけどまぁ正論だ。肛門裂傷デバフなんてのはプレイヤーが勝手に言いだした揶揄に過ぎない。
いくらそうとしか取れないシーンであっても、言明されていない以上これは健全なシーンなのだ。
そういう脳味噌の腐った開発陣の悪意を、今俺の立ってるアルフヘイムが完璧に再現しているとすれば。
そこにこそ、俺の活路はある。

「聞かせよう。俺とその仲間たちが、これまでどんな旅をしてきたのか。
 まだ誰にも教えてない、出来たてホヤホヤの冒険譚さ」

ブレモンが健全なゲームだという前提に則って状況を読み解けば、大体の答えは見えてくる。
マッスルバニーガールがデバフを放ってくるのはプレイヤー。男性である以前に、冒険者だ。
そしてゲーム上の演出としての暗転は、すなわち一晩明かしたことを意味している。
酒場で数多くの冒険者を相手にしているマスターが、一晩明かした後に好感度を上げるという状況は、
不健全な交友関係を除外するのであれば、すなわち健全な交友関係を構築したということに他ならない。

もっと端的に言うならば、冒険者と冒険譚を肴に夜通し飲み明かして、仲良くなった。
それが暗転と心証値爆上げのからくりってわけだ。
対象が男性限定なのは、全年齢向けのゲームにおいて男であるマスターに夜明けまで付き合えるのは、男だけってことなんだろう。
マジで紛らわしいな……こういうトラップを喜々として仕込んでくる開発のクソ根性が、俺には手に取るように分かる。
伊達に三年くらいフォーラム戦士やってねえからな。

「うふふ。長くなりそうだしとっておきの瓶を開けちゃうわ。特別よ?明神ちゃん」

いつの間にか俺の名前を呼ぶようになったマスターが、戸棚から高級そうな酒瓶を出してくる。
クリスタルガラスで作られたショットグラスに、琥珀色の液体が注がれた。

暗転後にプレイヤーに付与される、全ステータスを低減させる凶悪なデバフ。
その正体は――二日酔いだ。

127明神 ◇9EasXbvg42:2017/12/29(金) 02:05:16
翌朝。俺は凄まじい頭痛に苛まれながら朝食の席についた。

「うごごご……頭が割れるようにいてぇ……。ゲームのデバフをリアルに受けるとこんな感じなのか……」

「もう明神ちゃん飲み過ぎよン!今水持ってくるから待っててねっ!」

鼻歌交じりに厨房を駆け回るマスターは全然堪えた様子がない。
昨日あんだけ度の強い酒ガバガバ飲んでたのになんで酒残ってねーんだよ化物か。
俺も会社の忘年会とかでは結構呑む方だけどここまで酷い二日酔いになったの初めてだよ……。

「だが情報は聞き出せた……へへっ……身体張ったかいがあったぜ……」

起きてきた女性陣や真ちゃんは、このテーブルを埋め尽くすようなご馳走に目を奪われることだろう。
仲良くなったマスターが、俺の仲間たちを送り出すために腕によりをかけて振るった料理の数々だ。
しかも起き抜けに喰っても重くないよう消化しやすいメニューをしっかり選んである。
ちょっとつまみ食いしたけどすげえ美味かった。なんなのマスターお嫁さんかなんかなの?
やがて揃った全員を相手に、俺はマスターから聞き出したローウェルの指輪に関する情報を話した。

「まず結論から言うが、ローウェルの指輪自体の在りかについては情報がなかった。まぁ当たり前だがな。
 ただし、指輪に繋がるような手がかりはある。――数日前、この店に『聖灰のマルグリット』が訪れたらしい。
 賢者ローウェルの弟子が、何の因果かガンダラくんだりまで来てる。間違いなく指輪に関係してるだろう」

聖灰のマルグリット。
賢者ローウェルに師事する『十二階梯の継承者』の一人である魔術師の男だ。
マルグリットは第四階梯、つまり継承権第四位のかなり上位の弟子ということになる。

マルグリットはブレモンのメインクエストでもプレイヤーと関わることになるキーキャラクターで、
"アコライト外郭防衛戦"を初めに何度も対決することになるほか、一部のクエストでは共闘することもある。
その強さもさることながら、有名絵師がキャラデザを手掛けてるだけあってビジュアル面でも人気が高い。
いやマジですげえイケメンなのよ。小学生と大きなお姉さまがたから絶大な師事を得てるらしいっす。
あとセリフがいちいちクサいので男連中からもそこそこネタ的な人気があるのもデカイね。

「なんでも、マルグリットはガンダラの道具屋で大量のポーションを買い付けて鉱山に向かったらしい。
 その後数日、今日に至るまで奴の姿をこの街で見かけた者はいない。鉱山から出てきてねえんだ。
 出入りしてる鉱夫たちにも見つからない場所っつうと、ガンダラ鉱山奥の『第十九試掘洞』しかないよな」

第十九試掘洞は、ガンダラ鉱山の奥地を侵入点とする中級者向けのダンジョンだ。
作業員がとにかく縦横無尽に掘りまくった結果、という設定のもと、入る度に内部構造が変わる特徴を持ってる。
ダンジョン解放レベルは中級者だけど、下層に辿り着くのはエンドコンテンツ並に難しいとされている。

「おそらくマルグリットは未だにダンジョンに篭ってる。買い込んだ物資の量から見るにかなり長丁場だ。
 俺達も試掘洞に潜って、奴に接触出来れば、指輪に繋がるなんらかの手がかりが得られるかもしれねえ」

そこまで話して、もう喋るだけで響くような頭痛が限界に達してきた。

「約束は……果たしたぜ……あとのことは……頼んだ……うっ」

「明神ちゃん水よ――明神ちゃん?明神ちゃーん!?」

マスターが冷水を持って来た時には時既に時間切れ、デバフによって俺のHPは限りなく0に達していた。
マスターが力いっぱい揺さぶって、そのダメージで俺は死んだ。スイーツ(笑)


【マスターと仲良くなり(意味深)、デバフを受ける(意味深)。
 ローウェルの弟子、『聖灰のマルグリット』がガンダラ鉱山奥『第十九試掘洞』に篭ってるという情報を入手】

128五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2017/12/29(金) 02:05:49
「あら〜あらあらま〜そういう事やのねぇ〜」
みのりの口から思わず感嘆の声が出たのは、喧騒と紫煙の溢れる『魔銀の兎娘(ミスリルバニー)亭』
その主である『雄々しき兎耳の漢女(マッシブバニーガイ)』を前にしての事であった。

ガンダラはプレイヤーならば誰もが立ち寄り、拠点とする者も多い街ではあるが、みのりは数度訪れたきり
必要なものは町で集めるより課金や取引で集める事がメインだったので、この町に来ることもなかったのだ。
故にほぼ初見状態
ここで何が必要とされ、何が起きるのか全く知らずに来ているのだ

なゆたが交渉を買って出た時もそのまま任せ、何が起きるのかをただ見守っていたが……一連のやり取りを見ておおよそ察するに至る。
>「しめじちゃん、石油王、今の話は聞いてたな?君達も証人だ。約束を違えるなよ」
「はいな〜、確かに聞きましたよって、おきばりやす〜」
悲壮な覚悟を浮かべた表情の明神を安心させるように声をかけその後ろ姿を見送る。

「しめじちゃん、こうなること知っててんな〜
うちこういう普通のクエストプレイとか全然してきいへんかったから知らへんかったわ〜
うちの方がお姉さんやけど、ゲームの知識ではシメジちゃんの方が頼りになるわ〜これからも助けたってや〜」

隣に並ぶメルトが自分よりゲームの知識が豊富な事に素直に驚きの声をかけ、交渉を明神へとバトンタッチして下がってきたなゆたにも声をかける

「交渉お疲れさん〜お見事さんやったねえ。
ほやけど、あのマスターすんごい乙女やのに、いたす時は男に戻りはるんやろうか?不思議やわ〜」

交渉を任せテーブル席に消えて行った真はともかく、ここに残り交渉を行った女三人とその身を捧げた明神はこれから何が起こるかは想像できていただろう
その上でみのりは小さく首を傾げ出した言葉に説明を加える

『雄々しき兎耳の漢女(マッシブバニーガイ)』はその風貌で一目瞭然
骨格から筋肉、顔付き、あふれ出る男性ホルモン、どれをとっても立派な男いや漢である
全力で漢であるにもかかわらずそれに抗い性格と服装を女に保つのは並大抵の精神力では不可能であろう
それを可能にしている『雄々しき兎耳の漢女(マッシブバニーガイ)』がベッドの上だけ男に勃ち戻る不思議を指していたのだ

なんにせよここから先の交渉は明神に託された
テーブル席で酒を呑む真一を見つけ、肩を叩きテーブル席の奥に去っていく明神に代わりみのりがその隣の席に着いた。
一人で飲みたい気分なのも察するに有り余る故に、それを引き止める真似はしない

「あらあら、真ちゃんなんや美味しそうなもん呑んどるやないの〜
なゆちゃんと明神さんが交渉してくれてたけど見ているだけで喉乾いてもーたから一口頂きますえ〜」

真一の手に自分の手を重ね、ジョッキの反対側にも手を添えくいっと一口。
喉を潤し、ふぅと一息ついてからようやく手を離し笑みを浮かべた

「ふふ、美味しいお酒やねえ。
エールいうのん?
美味しし飲みやすいけど……随分と軽いお酒やねえ、これやとうち酔う前にお腹いっぱいになってしまいそうやわ〜」

テーブルを囲み陽気に歌っていたドワーフの空気がピクリと固まる
元々気が荒く酒飲みを自認する鉱夫のたまり場である
『雄々しき兎耳の漢女(マッシブバニーガイ)』によって揉め事は一切置きえないとはいえ、女に挑発されてそのまま流せるような男たちではないようだ

それならばこれはどうだと出された火酒を一息に飲み干し、妖艶な笑みを浮かべる

「あらま―これは美味しいわ〜いい具合の酔えそうやし
お兄さん方、お酒に詳しそうやし、一つうちと遊んでみいへん?」

みのりが提案したのは小さなコップに入れた強い酒を度数の弱い順に入れて並べる
一杯飲めば次の一杯は更に強い酒になっているというものだ。
お互いに一杯ずつ飲み、何列目まで呑めるかという、いわば量より質の飲み比べである

かくしてグラスの列を前に酒豪たちが集い、コールと共に一杯、さらに一杯と度数を強めながら進み、それと共に盛り上がりも高まっていくのであった。

129五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2017/12/29(金) 02:06:06
酔いが進めば話も進む。
気も大きくなり、普段はこぼれない話も零れてくるというもの。
最終的にみのりは20杯を空け、『魔銀の兎娘(ミスリルバニー)亭』の上位20酒を全て呑み切ることに成功。
このラインまでたどり着いたのはスタート時12人の内3人のみであった。
その間に、今回呑んだ代金を全て奢ろうという申し出を受け、更にガンダラの最近の情報も聞き出すことに成功していた。

【ここ最近目に見えてクリスタルの産出が減ってきた】
【鉱脈が不自然に枯れた】など

情報を引き出しはしたが、流石に20杯も飲めば足元もおぼつかず、真の方に寄り掛かるようにして部屋へと連れて行かれることになるのであった

「うふふ、ブレモンな世界に来たからってちょいと浮かれてもうたかもやねえ〜
真ちゃんごめんな〜でも明神はんに言われたようにエスコートしたってえな〜
あ、そうやったわ〜明神はん他に泊まるいう事は真ちゃん一人で寂しあらせぇへん?」

酔っぱらいの戯言ではあるが、ともすれば夜中に忍び込むような雰囲気も漂わせる発言に真一は、そしてなゆたはどう聞いたであろうか?
結局のところ、真一は一人部屋に。
なゆたとメルト、ウィズリィとみのりの部屋訳がされ、それぞれが夜を迎えたのであった。


酔い潰れてベッドに横たわっていたみのりであったが、それぞれ部屋に分かれドアが閉まった途端に普通に起き上がった
顔の赤みも引き、つい先ほどまで酔い潰れていた痕跡すらないのだ
「少し横になってたら酔いも引いたみたいやわ〜」
急な変化に驚いたウィズリィに笑いながら答えるが、実はそうではない。
そもそもみのりは酔っていなかったのだ

みのりの実家である五穀ファームは由緒正しき農家で様々な作物を生産している
その品目の一つに日本酒用のコメや蒸留酒用の大麦などもあり、幼少のころから製品となったお酒の試飲をしてきている
その訓練の賜物か、はたまた体質的なものか
本来の目的である酒利きの方はあまり上達しなかったが、酒酔いに対しては恐ろしく強い耐性を備えるに至ったのだった。


夜も更け普段ならば熟睡している時間ではあるが、みのりの目は冴えたまま
酔いにくいとはいえ、酔わない訳ではないのであれだけ呑めばそれなりに影響が出るのであろうか?
などと考えながら同室のウィズリィと話をしていた

「鉱夫のお兄さん方が言うとったけど、クリスタルの産出が減ったって話やけどねえ
機関車のクリスタルが足りひんくなったとか、消費が激しくなるってぇ、この世界的な異変が起こってるゆうことなやろうかねえ?」

手に持つ藁人形をいじりながら話しをしていると、突然藁人形の口から水音が流れ出す
驚きながらも良く聞くとそれはシャワーの音のようだった

「あれれ?なんやろね、これ
ていうか「囮の藁人形(スケープゴートルーレット)」て消えひんけどモンスター扱いやからかねえ?」

そういいながらあれやこれやと藁人形をいじっていると
『ひんけどモンスター扱いやからねえ?』
と自分の声が聞こえてくる。

あれこれ触るうちにわかったことは、「囮の藁人形(スケープゴートルーレット)」は4体の受け藁人形と1体の反射藁人形によって構成される
ダメージ累積計算できることから何らかの繋がりがあるようで、トランシーバーのように離れた場所であっても藁人形を介して声を届ける事ができる。
だがそれ以外にも、反射藁人形は他四体の周囲の音声を一方的に拾える機能がついているようだった。
ウィズリィに渡した藁人形を同じように弄ってみても他の藁人形の音声を拾う事はなかった事から間違いはないであろう
そしてみのりが持つ藁人形こそが反射藁人形であったという事だ。

「ふぅ〜ん、悪趣味な機能やけど、まあ、便利やわねえ
なゆちゃんがやきもきしてそうなのも楽しそうやけど、まずはこちらかしらねえ〜」

拾う音声を明神の持つ藁人形に合わせ、事の成り行きに聞き耳を立てながら夜を明かすのであった。

130五穀 みのり ◇2zOJYh/vk6:2017/12/29(金) 02:06:20
翌朝、テーブルを埋め尽くすご馳走と、全身生気が抜けたような明神と、どちらに驚けばいいか迷うような朝食

>「だが情報は聞き出せた……へへっ……身体張ったかいがあったぜ……」
「千夜一夜お疲れ様やわ〜。これ、うちからのせめてもの心遣いよ〜」

全てを聞いて知っていながらもみのりが明神の席にそっと置いたのは、藁で編んだドーナッツ型の座布団であった。



明神が体を張って引き出した情報
それは賢者ローウェルの弟子、聖灰のマルグリッドが鉱山に入っているという事
おそらくはガンダラ鉱山奥の『第十九試掘洞』に入っているであろうという事だった

基本野良のレイド戦にふらっとあらわれてはタンクとして参加して一戦終了すれば離脱
そんなプレイをしてきたみのりであるから、当然時間のかかる探索プレイはしてきていない
『第十九試掘洞』も始めてはいる事になるのだが、その表情に不安はない
相変わらず冒険できることへの興奮が不安や恐怖を塗りつぶしてしまっているのだから

「はぁ〜それは大変なダンジョンやのねえ
昨夜クリスタルの算出が減っている云う話聞いたし、それにも関連しているかもしれへんね〜」

わっくわくである
まるでこれからピクニックへ行くかのように

「それで、その『第十九試掘洞』ってクリアーするのにどのくらいかかるんやろか?
ウィズリィちゃんに食べ物とか色々手配お願いしてもらわなあかへんしぃ、洞窟やと飛んだらすぐに頭打ちそうやしヘルメットでも用意してもらう?
明神さんは名誉の負傷やし、元気になるまではうちのイシュタルに運んでもらおかしらね〜」

みのりのパートナーモンスタースケアクロウのイシュタルは藁で出来た案山子である。
その固有スキルの一つに『長男豚の作品(イミテーションズ)』があり、藁を組み替えてその姿を変えることができるのだ。
案山子の背中を椅子状に組み直せば人ひとり背負い移動する事もできるだろう。


【酒宴での零れ話はどんどん追加していっちゃってくださいなー】
【円座布作って明神の夜の既成事実化】

131ウィズリィ ◇ojxzobrjS9F.:2017/12/29(金) 02:06:54
鉱山都市ガンダラ。
辺境にありながら、鉱物資源の取引によって発展した大都市。
が、発展していると言っても辺境には違いなく、ちょっと旅をする途中で立ち寄る、という事はあまり起こらない場所だ。
この都市に訪れる人間は、大抵の場合「鉱山都市ガンダラに行こう」という確固たる意志を持ってこの都市を訪問するのである。
そして、鉱山都市という呼び名からも知れる通りこの街の主要産業は鉱山であり、
ありていに言うなら私達魔女とは(クリスタルの採掘場所、という点を除けば)あまりかかわりのない場所となる。

……延々と文章を使って何が言いたいかというと。
わたしことウィズリィ。初ガンダラである。

「ふうん……」

辛うじて外見上は特に大したこともないよう取り繕うが、正直内心ではだいぶ興奮している。
もちろん、文献や書簡、それに旅人との会話で、ガンダラという都市がどういう場所か、見知ってはいた。
が、百聞は一見にしかず。
猥雑な喧噪、行き交う荒くれ者たち、どこからか漂う美味しそうな料理の匂い、
そんな、文章上では数文字で片づけられる現象達が大いなる実感を持って襲い掛かってくる。
静謐に包まれた忘却の森や、活気はあっても整然としていた王都(の表通り)とは全く違う。
これが……いわゆる「いけない大人の街」という物か。

「(これは……危ないわね。頑張って自制しないと空気に呑まれる、かも)」

深呼吸をしようと息を吸いかけて、濃厚な酒精の香りにあわてて中断する。
見れば、道端でオーガたちが呑み比べをしていた。火がつきそうな強い酒なのが匂いだけで分かる。

「これは……危ないわね」

大事な事なので、今度は口に出して言いました。
まったく、シンイチ達も先導しないといけないのに、先が思いやられ……。
……あれ、シンイチは?

132ウィズリィ ◇ojxzobrjS9F.:2017/12/29(金) 02:07:07
きょろきょろと周囲を見渡すと、オークと腕相撲に挑もうとしているシンイチの姿が。
いやいやいや、死ぬわ彼。
……と、思ってしまうのは素人なら致し方ないだろう。
が、わたしは彼が纏っている強化スペルの輝きを見逃さなかった。

「(限界突破(オーバードライブ)か……大したものね)」

その効力は、並の魔女なら習得に一か月は要する(無論、基礎魔法からの下積みも考慮すればもっとだ)とも言われる中位の強化魔法に匹敵する。
只の元気で無鉄砲な少年に見えるが、彼もやはり「異邦の魔物使い(ブレイブ)」なのだ。
スペルの効果を得て、シンイチがオークの腕を一気に押し倒す。一瞬の沈黙ののち、歓声が上がった。

さて。
腕相撲会場から程よく離れたところで、わたしはシンイチに話しかける。

「お疲れ様……というべきかしら。でも、限界突破(オーバードライブ)を使ってしまったのは少し勿体無いかもね。
 今後すぐに使用機会が来ないとも限らないし、『戻しておく』わ。今の状態なら、私の方が魔力回復も早いし」

そう言って、わたしはブックに視線をやり、スペルカードを1枚取り出す。

「多算勝(コマンド・リピート)……プレイ」

これは、簡単に言えば「魔力再充填」のスペルである。
目には見えないが、これでシンイチの限界突破(オーバードライブ)は再び使用可能になったはずだ。
使用済みのカードは、ブックのスキル効果で作り出された知の避難所(ナレッジへイブン)に格納。
すでにそこには2枚の多算勝(コマンド・リピート)と其疾如風(コマンド・ウインド)が入っている……魔法機関車からガンダラまでの移動に使った分だ。
これで4枚、上限いっぱい。
格納しているカードは魔力充填速度が倍になるので、およそ半日で回復する。本番は明日、と考えれば、それまでには回復している事だろう。

「これでよし。さて、行きましょう。……ええと、地図、地図」

ブックのページにガンダラの地図を表示させ、行先である冒険者の酒場の場所を辿る。

「この辺りだと、やはり『魔銀の兎娘(ミスリルバニー)亭』が最大手かしら。そこに向かうので異存は……?」

魔銀の兎娘(ミスリルバニー)亭。
その名を口にした瞬間、ナユタやミョウジン達の顔に微妙なげんなり感が漂った。
はて。
どういうことだろう?

133ウィズリィ ◇ojxzobrjS9F.:2017/12/29(金) 02:07:21
「……なるほど」

バニーと聞いた時点で想像してしかるべきだったかもしれない。
“雄々しき兎耳の漢女(マッシブバニーガイ)”の姿を目にしたわたしは、ナユタたちのげんなり顔仲間に加わる事になった。
フィジカルの権化のようなマッシブな男がその肉体をそのままに女装している。まさしく悪夢のような光景。
伝承で『彼ら』の存在自体は知ってはいても、聞くのと実際に目にするのとでは破壊力が違う。
これがシンイチ達『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の引率でなければ反転ターンからの退出待ったなしだったのだが。

「そうもいかないわよね……」

なけなしの勇気を振り絞ったところで、ナユタがこちらを見、提案してくる。

>「みんな、ここはわたしに任せてくれない? 交渉事なら経験があるから、悪いようにはしないわ」

「そうなの? なら、お手並み拝見と行かせてもらうわね。
 ……正直なところ、その。肉の圧でわたしだとあまり口が回らなさそう」

……そこからのナユタの手腕は見事な物だった。
最初のリストに望む物がないと見るや、即座に金子を積んで(シンイチの先ほどの稼ぎが吹き飛んだ。シンイチ……不憫)追加のリストを提示させる。
そこにも望む物が見つからないと、今度はミョウジンに話を振ったのだ。
不覚ながらわたしは知らなかったが、どうもこのマスターは男と友好関係を結ぶことを好むらしい。
ミョウジンもそれを知っていたのか、強いモンスターの捕獲を手伝う、というナユタの言もあり、最終的には協力を約束した。

……すごい物だ。わたしは感嘆せざるを得なかった。
ここまで来ると、私が持つ『知』の体系とは違う、いわば『話』の技術と言ってしまっていいだろう。
さすが『異邦の魔物使い(ブレイブ)』……なのだろうか。
哀愁の漂うミョウジンの後ろ姿を見ていると、どうもそれも違うような気がした。

ミョウジンが一人で呑み始め、ミノリがシンイチに絡みに行ったので、テーブルには3人の女性が残される。
つまり、わたし、ナユタ、そしてシメジ。
ミョウジンはシンイチが私たちを送る事を期待していたようだったのだが、ミノリがあの様子ではシンイチもなかなか席を外せまい。

「やれやれ……ところで、貴女達お酒は飲める? 私は呑まないことにしてるのだけど。
知識の守り手を自称してるものとしては、頭の回りが鈍くなるものは避けたいからね」

なお、忘却の森の魔女の中には、『この方が頭良くなるよぉー』と言って酒を飲む者も少数派だが存在する。
個人的には、その路線はあまり進みたくない。あれは大人自称者たちの呑む悪魔の飲み物だ。
……決して、1回こっそり呑んだ後、頭痛をこらえながら両親に叱られたのが尾を引いているわけではない。ないったらない。

「まあ、ここでは呑めないのが少数派でしょうから、肩身が狭いのは確かだけど。……他の客ともあまり話ができなさそうね。
 しかたないから、女の子同士の話に花を咲かせることにしましょうか」

冗談めかして(あまりうまくないのは自覚している)言うと、続ける。

「……貴女達、このガンダラの事にとても詳しいようね。この店やマスターの事もよく知ってたみたい。
 マスターの勘所も……どんな条件なら彼が交渉に応じるかも、知ってたのかしら。
 正直驚いてるわ。わたしも知らないようなことを、外から来た貴女達が知っているなんて。
 ……よかったら聞かせて。この世界の事を、貴女達はどれだけ知っているの?」

ナユタとシメジの二人を見据えて、私は目を細めた。

134ウィズリィ ◇ojxzobrjS9F.:2017/12/29(金) 02:07:59
* * *

「まったく……呑みすぎよ、ミノリ」

ナユタ、シメジの二人と話している間、ミノリはひたすらに呑んでいたようだ。
部屋分け(即席のくじを使った)でミノリと同室となったわたしは、足元をふらつかせる彼女を先導して、部屋までつれていった(シンイチの手も借りた)。

そして、部屋の扉が閉じた瞬間。

「……えっ」

何もなかったかのようにむくりと起きるミノリ。なにそれ。酔ってないの?

>「少し横になってたら酔いも引いたみたいやわ〜」

「そ、そう」

怖くなったのでそれ以上の追及はしない事にする。
ちらほらと言葉を交わすうちに、ミノリは酒を酌み交わしながら得た情報を披露した。

>「鉱夫のお兄さん方が言うとったけど、クリスタルの産出が減ったって話やけどねえ
>機関車のクリスタルが足りひんくなったとか、消費が激しくなるってぇ、この世界的な異変が起こってるゆうことなやろうかねえ?」

「そう……確かに、成型クリスタルの取引価値が上がってきているのは、聞いてはいたけれど」

アルフヘイムにおいて成型クリスタルは高密度な魔力供給源としてポピュラーな存在だが、それは安価であることを意味しない。
たとえば、ガンダラ近辺で流通している貨幣単位は「ルピ」だが、ルピと成型クリスタルの直接的な交換は行われていない。
成型クリスタルの方の価値が高すぎて、ルピ貨幣を物理的に用意できないのだ。
高純度の成型クリスタルを10個用意できれば、土地の安い辺境ならばルピを経由せず物々交換で立派な一軒家が建つ。クリスタルとはそういう物なのである。

……と、いう前提を考慮に入れたとしても、ここ最近のクリスタルの高騰ぶりは異常だった。
正確に把握はしていないが、確か私が王都を発つ頃のレートでは成型クリスタル10個で王都中心部の土地に家が建てられるぐらいにまで上がっていたと思う。
『王』も頭を悩ませていたと聞くが……これも、世界の危機に関わる問題なのだろうか。

「世界的な魔力流の異常……確かに、あり得ない話ではないわ。貴女達『ブレイブ』が来た事もそうだけど、世界が直面する問題に、魔力は深くかかわって……ん?」

突然、水音が聞こえた。
どうも、ミノリの手元の藁人形から聞こえてきたらしい。
しばらく試行錯誤してみると、どうも藁人形が音を拾ってミノリの手元の藁人形に伝えているらしいことが分かった。

「便利だけど悪趣味ねえ……あまり悪用はしないでほしい物だけど、ちょっと、ミノリ?」

嬉々としてミョウジンの会話を聞こうとするミノリを、わたしは呆れ顔で眺めているほかなかった。
……これは、止めると尾を引く奴だろうし。

135ウィズリィ ◇ojxzobrjS9F.:2017/12/29(金) 02:08:21
翌朝。
ミョウジンの奮闘の結果、わたしたちは大変豪華な(しかも消化の良い)朝食にありつけることとなった。
……実際、ミョウジンは奮闘していたと思う。ベルゼブブを倒した際の奮戦の語り口は、藁人形越しに聞いていたわたしも思わず手に汗握ったほどだ。眠気の都合で最後まで聞けなかったのが悔やまれる。

そして、もちろんミョウジンは、豪華な朝ごはんのために奮戦したわけではない。

「聖灰のマルグリッド、か……」

有名人だ。
直接の面識こそないが、私の故郷の忘却の森にも訪れた事があると聞く。
それはつまり、このアルフヘイムの範囲に囚われず世界を飛び回っている存在である、という事だ。

「賢者ローウェルの手掛かりには違いないわね。彼を追う、で方針としては問題ないと思うわ。
第十九試掘洞に行くとしたら、確かに長丁場になるわね。一応、『王』の名義で各種の必要物資は集めてみるわ」

わたしも、伊達や酔狂、徒手空拳で『王』の使者をやっているわけではない。
『王』の紋章を刻んだペンダントを預かっており、しかるべきところで提示すれば恩恵が受けられるのである。
……もちろん、普段から見せびらかしたりはしていない。こっそりと隠して携帯している。

「それじゃあ、朝食が終わったらさっそく準備と行きましょう。わたしはこの街の領主のところで物資を貰いに行くけど、あなた達はどうする?」

一同を見渡して、確認を取るようにわたしは言った。
……ところで、ミョウジンの座布団はなぜ中央に穴が?

【ウィズリィ:全体の音頭を取り、領主亭に向かう準備】
【クリスタル:高騰】

136佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/01/06(土) 23:57:39

>「まだるっこしいことは無しよ。今、このギルドで一番大きな仕事を教えてちょうだい」

メルトの眼前では筋肉ムッキムキのマッシブバニーガイと女学生……なゆたが対峙している。
自身の体躯を遥かに上回る巨漢に一歩も引かずに交渉をするその姿はいっそ神々しくすらあり、
そんな光景を眺めるメルトは、彼女にしては珍しく尊敬の念の様な物を抱きかけたのだが

>「お願い明神さん! わたしたち、みんなでこの世界から脱出する手助けと思って!」

「まさかの直球勝負ですかっ!!?」

直後に放たれた160㌔のビーンボールの様な畜生発言によって、その感情は一瞬にして吹き飛んでしまった。
本質的に善人では無く、基本的に他人の事など肉盾くらいにしか考えていないメルトであるが、彼女は基本的に中学生である。
流石に味方のアスタリスクを生贄にして攻略情報を召喚する程のストイックさ……言い換えると残酷さは有していなかったらしい

「あの!真一さんにみのりさん!なゆたさんがある意味闇取引に手を出して――――あ、ダメですねコレ出来上がっています」

>「ぷはぁ……! あっちの世界のビールと違って冷えてないけど、すげー美味いなコレ! 本場の味って奴か?」
>「あらま―これは美味しいわ〜いい具合の酔えそうやし
>お兄さん方、お酒に詳しそうやし、一つうちと遊んでみいへん?」

なけなしの善意を以って、せめて真一とみのりの二人から止めて貰おうとするが……
幼馴染であるなゆたへの全幅の信頼の現れなのだろうか、真一は本場のエールを豪快に喉に流し込んでおり。
みのりに至っては現地の呑兵衛相手にフードファイトならぬジョッキファイトを挑んでいる始末であった。

(みのりさんはセレブ層特有の謎感覚があると思いますから、ある意味理解出来ますが……みのりさんと真一さん、この二人本当に一般人なんでしょうか。
 生身でレイドボスに立ち向かったり、[出:採掘権][求:情報]のシャークトレードをしてみたり……あれ?
 ひょっとしてこの一行で一番ダーティなのってこの二人だったりするんですか?)

ふと考えてしまった発想を振り切るように首をぶんぶんと振ってから、メルトは最後の防衛線である明神へと視線を向ける。
いかな交渉と要求があったとはいえ、明神本人が拒否をすれば成立しない交渉だ。
そして、仮に自分が同じ立場であれば間違いなく拒絶する案件であったので、慌てながらもある意味安心していたのだが。

>「しめじちゃん、石油王、今の話は聞いてたな?君達も証人だ。約束を違えるなよ」

「うえええええっ!?あの、本当に受け入れるんですか!?いや、受け入れるってそういう意味じゃなくて!
 あれ、私もう自分で何言ってるのか判らなくなってきましたよっ!!?」

ここでまさかの受諾である。その言葉を聞いたメルトの混乱はピークに達してしまった。
仕方ない……といえば、仕方ないだろう。先にも述べた通り、性根が歪んでいるとはいえ、メルトは年齢的には中学生なのだ。
男と漢の肉体トレードがよもや可決するとは夢にも思っていなかったのである。

>「しめじちゃん、石油王、今の話は聞いてたな?君達も証人だ。約束を違えるなよ」

「力になれるかは判りませんが努力はします!しますけどっ!!?」

>「大丈夫よン、やさしくするから☆」

悲壮感と決意を秘めた(様に見える)顔でドナドナされていく明神を、頭を抱えながら見送るメルト
ある意味でこの異世界に辿り着いて以来の最大の衝撃を味わっている彼女であったが、

137佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/01/06(土) 23:58:27
>「……貴女達、このガンダラの事にとても詳しいようね。この店やマスターの事もよく知ってたみたい。
>マスターの勘所も……どんな条件なら彼が交渉に応じるかも、知ってたのかしら。
>正直驚いてるわ。わたしも知らないようなことを、外から来た貴女達が知っているなんて。
>……よかったら聞かせて。この世界の事を、貴女達はどれだけ知っているの?」

「……この世界の事ですか? 」

ウィズリイの語りかけによってようやくある程度立ち直った様である
一度深呼吸をすると、メルトはウィズリイから視線を逸らしながら口を開く

「あの……ええとですね、私は初心者なので、設定とかそういうのは詳しくは知りません。
 ただ、もしも。この世界が、公式設定通り(私の知っている通り)の世界なら」

「きっと、この世界は最悪の結末を迎えるんではないかと思います。だってこの世界には、救い手(プレイヤー)達がいないんですから」

どさくさに紛れて頼んだミルクを冷ましつつ飲むメルトの口から語られたその言葉に、悪意は無かった
それはそうだろう。メルトは、ソロプレイ用のメインストーリーを攻略する人間が存在しなかった場合の、ゲーム世界の想定を語ったに過ぎないのだから。
だが、そうであるが故に感情無く語られたそれは、聞いた者の胸にしこりを残すような、気味の悪い真実味を纏っているのであった。

「それにしても、この世界のミルクって随分変な味がしまふねぇ……え?カルーアミルク……変わった商品名れ……きゅう」

そして、ゲームのバグには詳しいがカクテルの名前には疎い少女が初めてのアルコールで顔を赤くし、
意識を飛ばしてしまっている時も時は過ぎ、夜は更けていく……


翌朝。起床したメルトが、自身がまるで泣き付いた子供がしがみつく様な恰好でなゆたにしがみつき眠っていた事に気付き、ベッドから転げ落ちて悶えたり、
その後、召喚してもいないのに勝手に現れたレトロスケルトンに軽度の二日酔いの介抱をされ、
(あれ?私って雑魚モンスターに介護されるレベルの存在なのでしょうか?)などと自問自答してみたりと、まあ色々とあったのだが。
そんな些事を吹き飛ばす程の情報がもたらされる事となった。
その情報の主は当然、夜の帳の中に消えて行った明神である

>「うごごご……頭が割れるようにいてぇ……。ゲームのデバフをリアルに受けるとこんな感じなのか……」

「だ、大丈夫ですか明神さん? 頭が割れる様に痛いなんて、下だけじゃなく上も酷い目に遭ったんですか?
 私、携帯食(カロリーブロック)のカードなら持ってますけど、上か下のどっちかに詰めれば回復するでしょうか……?」

みのりの用意した臀部に優しい座布団を見て、欺瞞を確信に変えたメルトが彼女にしてはレアな気遣いといった行為を見せるが
あさっての方向に向けられている気遣いの産物など受け取る者が居るであろうか。いや、居るまい。
まあ、それはさておき……

138佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/01/07(日) 00:54:44
>「まず結論から言うが、ローウェルの指輪自体の在りかについては情報がなかった。まぁ当たり前だがな。
>ただし、指輪に繋がるような手がかりはある。――数日前、この店に『聖灰のマルグリット』が訪れたらしい。
>賢者ローウェルの弟子が、何の因果かガンダラくんだりまで来てる。間違いなく指輪に関係してるだろう」

明神の口から出た、重要ワード。それは、『聖灰のマルグリット』の存在、
そして彼が恐らくは『第十九試掘洞』に滞在して居るであろうという推察であった。

運営とプレイヤーから割と愛されているそのキャラの存在はメルトも良く知っている。
と言っても、ゲームとしてではなく商売としてブレイブ&モンスターズを遊戯していたメルトである。
マルグリットにキャラクターとして愛着が有る訳では無い。
彼女が知っているのは、メルトが利用した事のあるバグの一つに、マルグリットのイベント戦を利用したものがあるからだ。

即ち『聖灰の不死者バグ』
メインストーリー序盤における、マルグリットとの敗北イベント戦闘……この戦闘時、
マルグリットにはあらゆる状態異常が通らないのだが、どうしてか低確率で『即死』の状態異常だけが通ってしまうのである。
無論、イベント戦闘である為に即死判定が出てもマルグリットが倒れる事は無く、一瞬色調が赤色に反転してから
また通常通り戦闘が継続するのだが……この即死判定が出た次のターンにマルグリットへ捕獲コマンドを使用し失敗すると、
何故か戦闘終了後にデモンクリスタルという、素材として異様に優秀なアイテムがBOXの中に一つ入っているのである。
マルグリットに即死と捕獲を仕掛けた回数分だけアイテムが手に入った為、バグを知った当時のメルトは
生き汚さに特化した編成で、運営による修正が入るまでアイテムを乱獲したものだが

「そういえばアレ、運営が修正するのが異様に早かったですね……」

メルトが当時得た利益と、いつも腰が重い運営にしては異様に速かった修正速度を思い返している最中も話は進む。

>「なんでも、マルグリットはガンダラの道具屋で大量のポーションを買い付けて鉱山に向かったらしい。
>その後数日、今日に至るまで奴の姿をこの街で見かけた者はいない。鉱山から出てきてねえんだ。
>出入りしてる鉱夫たちにも見つからない場所っつうと、ガンダラ鉱山奥の『第十九試掘洞』しかないよな」

>「それで、その『第十九試掘洞』ってクリアーするのにどのくらいかかるんやろか?
>ウィズリィちゃんに食べ物とか色々手配お願いしてもらわなあかへんしぃ、洞窟やと飛んだらすぐに頭打ちそうやしヘルメットでも用意してもらう?
>明神さんは名誉の負傷やし、元気になるまではうちのイシュタルに運んでもらおかしらね〜」

>「賢者ローウェルの手掛かりには違いないわね。彼を追う、で方針としては問題ないと思うわ。
>第十九試掘洞に行くとしたら、確かに長丁場になるわね。一応、『王』の名義で各種の必要物資は集めてみるわ」
>「それじゃあ、朝食が終わったらさっそく準備と行きましょう。わたしはこの街の領主のところで物資を貰いに行くけど、あなた達はどうする?」

「……あ、あの」

そうして全員が真剣に話を進める中、何となく空気に乗せられ口を開いてしまったメルト。
彼女は直後に、やってしまったと思いながらも一度開いた口を閉じる訳にもいかず続く言葉を紡ぐ

「……私は、寄ってみたい店があるのでそちらに立ち寄っても良いでしょうか?」
「ほ、ほら!この服装で洞窟に向かうのは、正直無謀だと思うので、武器とか、防具屋さん的な物を見て回れたらと思いましてっ!」

嘘である。
武器防具屋も見るが、メルトが立ち寄りたい店は別に有る。

その店とは、ゲーム上では設定のみ存在し、ストーリー上でプレイヤーに潰されるガンダラの一店舗。
禁制の薬や道具を数多く扱う『蝙蝠の牙商会』だ。

(正直、雑魚モンスターと凡カードであの洞窟に挑むとか無理です。無謀です。
 かといって、正面からの戦力強化なんて望める状況ではありません。
 ……だったら、私なりの手札を増やして、出し抜けるように準備をしておきます。
幸い、ストーリー上で店を潰せる程の弱みは『知っている』訳ですし)

ある意味、ゲーム知識の有効利用。弱者の仮面を被ったメルトは、腹の内で味方を出し抜く手段を思案する……

139崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/01/08(月) 19:53:09
『ふざけるな! どうして俺がそんなことをしなくちゃいけないんだ!? 寝言は寝て言え!』

そんな叱責を受けることを想定していた。
我ながら無茶振りだと思う。もし自分がその提案の対象に指定されたとしたら、即断で拒絶していたことだろう。
が、明神は声を荒らげなかった。
それどころかしばしの沈黙ののち、

>…………レイドボス捕獲の話、忘れるんじゃねえぞ

なんと、なゆたの提案を文句ひとつ言わず呑んだのだ。
もちろん、すんなり納得したわけではないだろう。それどころか理不尽きわまる話と考えているに違いない。
他ならぬなゆた自身がムチャクチャだと思っているのだから、当然だ。
しかし、あらゆる損得、プラスとマイナス、メリットとデメリットを勘案した上で、明神はそれを承諾した。
それは紛れもなく英雄的行為と言える行いだ。――それが自らの大切なもの(貞操的な意味で)を失う行為ならば、尚のこと。

「オーケイ、明神さん。約束する、必ずお望みのヤツをふん捕まえてあげるわ」

にひっ、と白い歯を見せてウインクすると、なゆたは右手の親指を立ててサムズアップした。
もっとも、後々なゆたは明神と取り交わしたこの約束を心の底から後悔することになるのだが――
それはまた別の話である。

真一とみのりがアルフヘイムの住人を相手に酒盛りを繰り広げている。
真一は『ここは異世界なんだから未成年だって酒呑んでいいだろ!』という理屈で鯨飲しているが、無論そんな屁理屈は通らない。
世界が変わったところで未成年は未成年だ。そこは自重すべきである。

「ちょっと真ちゃん! 異世界だからって羽目を外さない! 明日は戦いに行くんですからね、二日酔いなんて論外だから!」

一応釘を刺してみるものの、そんな言葉を聞く真一ではないだろう。
やれやれ、と肩を竦め、それから残ったウィズリィとメルトに視線を向ける。
そういえば、まだ食事をしていない。マスターとの交渉を済ませ、一仕事終えると、俄然空腹になってきた。

「すみませーん! 注文お願いしまーす! えーと、ソーセージ盛り合わせと、あとサラダ。それから――」

慌しく走り回っているウェイトレスを捕まえ、適当に注文する。
すぐに運ばれてきた料理に舌鼓を打ちながら、なゆたたち三人は会話に興じる。

>……貴女達、このガンダラの事にとても詳しいようね。この店やマスターの事もよく知ってたみたい。
>マスターの勘所も……どんな条件なら彼が交渉に応じるかも、知ってたのかしら。
>正直驚いてるわ。わたしも知らないようなことを、外から来た貴女達が知っているなんて。
>……よかったら聞かせて。この世界の事を、貴女達はどれだけ知っているの?

>……この世界の事ですか?

ウィズリィの質問に、メルトが応じる。
ウィズリィの問いはもっともだろう。自分たち(彼女の言う『ブレイブ』)は、彼女にとって謎だらけの存在に違いない。
魔法の素質なんて何もなさそうなのに、奇妙な板を巧みに操って多様なスペルを使いこなす。
人に馴れることのないモンスターを使役し、育成し、戦闘に使用する。
何よりこの世界とは別の世界から来たと言う割に、この世界のことに妙に詳しい――。

>あの……ええとですね、私は初心者なので、設定とかそういうのは詳しくは知りません。
>ただ、もしも。この世界が、公式設定通り(私の知っている通り)の世界なら
>きっと、この世界は最悪の結末を迎えるんではないかと思います。だってこの世界には、救い手(プレイヤー)達がいないんですから

メルトの言葉はプレイヤーの視点に立った回答であり、ウィズリィにはやはり難解に聞こえるに違いない。
あなたたちはゲーム、つまり『既に出来上がった物語』の登場人物に過ぎない。
その存在も、姿も、思考さえも、すべては神(運営)によってプログラムされたものでしかない、などと。
いったいどういう手段を講じれば、彼女に納得させることができるのだろう?

140崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/01/08(月) 19:57:16
「大丈夫! その『最悪の結末』を覆すために、わたしたちはこのアルフヘイムへ来たんだから!」

メルトの言葉をフォローするように、ソーセージを食べながら告げる。
実際問題として、どうして自分たちが現実世界を離れ、この『ブレイブ&モンスターズ!』の世界に招かれたのかはわからない。
けれども、例えどういった理由があるにせよ、崩壊の運命にある世界を放置して帰還はできない。
不幸になるさだめの者を、自分が手を差し伸べることで助けられるのなら。
自分が行動することで、誰かが絶望の慟哭を発さずに済むのなら。
それは当然やるべきであり、『やらねばならない』ことなのだ。

「わたしたちの事情を、あなたたちの世界の常識で説明することはとても難しいのよ、ウィズ。
 そうね……例えるなら、わたしたちのことは『神さまの使い』だとでも思ってくれればいいかしら。
 神さまはわたしたちに世界を救えと言った。この世界で戦えって。そして、その冒険が快適になるよう便宜を図ってくれてるの」

柑橘系のジュースのジョッキに口をつけ、喉を湿らせて、なゆたは続ける。

「そんな神さまの使いが、わたしたちの世界にはゴマンといて。いろんなところを毎日冒険してる。
 そして、リアルタイムに情報を共有している。どこそこの地下迷宮には何々が出るぞ、とか――あのアイテムがあるぞとか。
 もちろん、わたしも新たに得た情報をみんなに提供してる。そうやって、この世界のことを深く理解していってるのよ。……だから」

なゆたは大きな瞳でウィズリィを正面から見つめた。

「わたしたちは、この世界のことをほぼ90パーセントは理解していると思ってくれていいわ」

ネットに存在する、数多のブレモン関連フォーラム。wiki、個人の攻略ブログ。
それらの掲載する情報によって、ブレモンの世界はほぼほぼ解析・攻略が完了している。
100パーセントと言わなかったのは、今後のアップデートを見越してのことだ。

「今のところ、わたしたちの持つ情報とこの世界に相違はないわ。
 わたしたちの情報と知識を活用していけば、この世界を救うこともきっと不可能ではないはずよ。
 ……このまま行ければ、だけどね」

ベルゼブブの行動ルーチンやガンダラのマスターの籠絡イベントなど、現時点ではゲームのブレモンとこの世界の情報は一致している。
が、最大の謎である『なぜ自分たちがゲームの中に入ってしまったのか?』という件については、なんの手掛かりもない。
その謎が解明されない限りは、今後も自分たちの持つ攻略情報と現実のアルフヘイムが一致し続けるとは思わない方がいいだろう。
結局のところ当意即妙、臨機応変。当たって砕けろでいくしかないのだ。

「ま……乗り掛かった舟ってヤツ! 袖振り合うも多生の縁、毒喰らわば皿まで!
 最後まで付き合うから、大船に乗った気でいてよ、ウィズ!」

そう言うと、大きくジョッキを掲げる。

「アルコールではないけど、これは固めの盃! 一緒にこの世界を救おう! かんぱーいっ!」

>それにしても、この世界のミルクって随分変な味がしまふねぇ……え?カルーアミルク……変わった商品名れ……きゅう

「……って、しめちゃんっ!? これお酒だー!?」

目を回してひっくり返ってしまったメルトの様子に仰天する。
その後なゆたはメルトを背負って部屋に戻り、一緒のベッドで彼女を介抱して夜を明かした。

141崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/01/08(月) 20:10:02
>うごごご……頭が割れるようにいてぇ……。ゲームのデバフをリアルに受けるとこんな感じなのか……

翌朝、酒場へと降りてきたなゆたは蒼褪めた顔をして頭を押さえている明神を見て眉を下げた。

「お疲れさま、明神さん。大変だったみたいね……あなたの犠牲、決して無駄にはしないから……!」

ぐっ、と右拳を握り込んで言う。
明神の座っている大きなテーブルには、所狭しと豪奢な朝食が並んでいる。
それはどれをとっても消化吸収がよく、しかも即座にエネルギーに変換されるものばかりだ。
どうやら、明神は首尾よくマスターの心を掴んだようである。

――これからは、このお店を拠点にするのもいいかもしれないわね。

もし今後気軽に都市や街を移動できる類の魔法や交通手段が得られたなら、ガンダラを本拠地にするのもよいと思う。
ガンダラは言うまでもなくアイテムゲットのメッカであり、利便性においては王都にもひけを取らない。
その上マスターの全面的なバックアップも得られるとなれば、今後も活用しない手はない。

――いっそ、マスターを明神さんのパートナーモンスターにすればいいのに。

そんなのことさえ考えてしまう。マッシブバニーガイは強力無比なレアモンスターなのだから、捕獲の手間も省ける。
ともあれ、全員が揃ったのを見計らって朝食を採り、そのついでに明神の得た情報を開示してもらう。

>まず結論から言うが、ローウェルの指輪自体の在りかについては情報がなかった。まぁ当たり前だがな。
>ただし、指輪に繋がるような手がかりはある。――数日前、この店に『聖灰のマルグリット』が訪れたらしい。
>賢者ローウェルの弟子が、何の因果かガンダラくんだりまで来てる。間違いなく指輪に関係してるだろう

明神が得た情報は、賢者の指輪に直結するものではなかった。
が、無関係ではない。明神の告げた人物の名前は、それほど重要なNPCの名前ということだ。

「……聖灰のマルグリット……ねぇ」

そんな重要人物の名を聞いて、なゆたは半熟の目玉焼きをフォークでつつきながら気のない声を漏らす。
某有名絵師(少々腐が入っているという点でも有名)のデザインだけあって文句のつけようがないイケメンで、しかも強い。
巷にはマルグリットと他の『十二階梯の継承者』の腐臭のする絵が溢れており、ファンクラブと称するフォーラムもある。
今夏のコミケでは壁サーが出したマルグリットのオフセット本に稀少価値が出て、腐女子が血で血を洗う争奪戦を繰り広げたとか何とか。
そんな大人気のマルグリットであるが、なゆたの中ではその評価は芳しくない。

「耳触りのいいことしか言わないイケメンって、いまいち好きになれないのよね」

そんなことをぽつり、と言う。
法話では仏の顔で仁愛だ慈しみだと言いながら、家では般若湯をかっ喰らい外車を乗り回している父親に重なっているのかもしれない。

>なんでも、マルグリットはガンダラの道具屋で大量のポーションを買い付けて鉱山に向かったらしい。
>その後数日、今日に至るまで奴の姿をこの街で見かけた者はいない。鉱山から出てきてねえんだ。
>出入りしてる鉱夫たちにも見つからない場所っつうと、ガンダラ鉱山奥の『第十九試掘洞』しかないよな

第十九試掘洞。その名も知っている。入ったこともあるし、攻略情報も把握済みだ。
踏破すること自体は難しくないが、極めるとなると骨が折れる場所である。上級クエスト『バルログ狩り』の舞台でもある。
鉱夫が希少金属を求めて欲をかき、下へ下へと掘り進んだあげく、封印されていたバルログを目覚めさせてしまったという話だ。

>おそらくマルグリットは未だにダンジョンに篭ってる。買い込んだ物資の量から見るにかなり長丁場だ。
>俺達も試掘洞に潜って、奴に接触出来れば、指輪に繋がるなんらかの手がかりが得られるかもしれねえ

「オーケイ、じゃあわたしたちもへ行きましょう。マルグリットに接触し、指輪に関する情報をゲットする。
 ひょっとしたら、『マルグリットに接触すること』の報酬が指輪かもしれないし、行かない手はないわ」

>約束は……果たしたぜ……あとのことは……頼んだ……うっ

必要な情報のすべてを提示すると同時、明神はテーブルに突っ伏した。
へんじがない ただの しかばねのようだ。

ともかく、これで今後の行動指針は決まった。

142崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/01/08(月) 20:17:56
>はぁ〜それは大変なダンジョンやのねえ
>昨夜クリスタルの算出が減っている云う話聞いたし、それにも関連しているかもしれへんね〜

みのりがはんなりした口調で言う。
何気ない発言だが、しかしその内容は重要である。

「クリスタルが減ってる……?」

そもそも、一行がこのガンダラへ来たのも、ローウェルの指環を手に入れようとしているのも、元はと言えばクリスタルのためだ。
クリスタルが潤沢に存在するのなら、わざわざ試掘洞なんぞに潜らなくともよいのである。
大変な思いをして試掘洞へ入ったあげく、クリスタルが貰えないなどという事態は何がなんでも避けたい。
この調子では、王都へ行って王へ謁見するのに何年かかることやら、考えるだけで眩暈がする。
世界を救いたいとは思うが、その偉業に一生を捧げるつもりはサラサラないのだ。

>それで、その『第十九試掘洞』ってクリアーするのにどのくらいかかるんやろか?

「ん〜……。行って帰ってくるだけなら、そんなにはかからないんですけど。
 マルグリットがもし最深部まで行っているとしたら、それなりの時間がかかりますね。
 食料とか、必要かもしれないものは用意していった方がいい、かも」

>それじゃあ、朝食が終わったらさっそく準備と行きましょう。わたしはこの街の領主のところで物資を貰いに行くけど、あなた達はどうする?

「わたしも一緒に行くわ。ひとりで物資を調達するのは大変でしょ?
 もうちょっと歩いてみて、この世界のことをより把握しておきたいとも思うし」

ウィズリィの行動に同行を申し出る。

>……私は、寄ってみたい店があるのでそちらに立ち寄っても良いでしょうか?
>ほ、ほら!この服装で洞窟に向かうのは、正直無謀だと思うので、武器とか、防具屋さん的な物を見て回れたらと思いましてっ!

「そうね。じゃあ、三人で行きましょう。明神さんはまだ動けないだろうから、ここで養生してるとして……。
 真ちゃんとみのりさんは、明神さんと一緒にいて。マスターが目を光らせてるだろうから、滅多なことはないと思うけど。
 明神さんをひとりにしてはおけないからね」

荒くれ者の集う酒場だ。ひとりでひっくり返っている明神に、どんな無頼漢が難癖をつけてくるかもわからない。
留守番組と物資調達組に分かれ、なゆたは魔銀の兎娘亭を出た。

「行こ? しめちゃん」

メルトににっこり微笑みかけ、右手を伸ばす。
昨晩、なゆたは酩酊したメルトを自分のベッドに招き、落ち着くまで濡れタオルを額に当てるなどしてずっと看病していた。
あげく、メルトが自分にしがみつくように眠ってしまっても、なゆたはそれを咎めるでもなく受け入れた。

――妹が増えたみたい。

そんなことを考えている。
なゆたは真一の妹、雪奈と実の姉妹のように育った。年下の扱いは慣れているつもりだ。
なゆたはアルフヘイムにいる間、このどこかいつも人の目を窺っているようにおどおどした少女のことを守ってやろうと決めた。
メルトの何か含みのあるような態度が気になったし、それに――見てしまったのだ。

抱きついたまま眠る彼女の、はらりと零れた前髪の奥。
そこから覗く顔の右側に、大きな傷痕があることを。

143崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/01/08(月) 20:24:51
ウィズリィ、メルトと三人で領主の館に行く。
ウィズリィの携帯する王の紋章の効果は覿面で、領主は快く私財を擲って協力を申し出てくれた。
具体的には多額のルピを貰った。なゆた的にはクリスタルをもらいたかったのだが、産出量が減っているという今贅沢は言えまい。
実際に、領主もクリスタル産出量の激減には頭を悩ませているらしかった。
鉱山を掘りに掘りまくっているお蔭で、現在は坑道が脆くなり崩落による被害が少なくないという。
崩落だけではない。ある試掘洞では有毒ガスが発生し、また他の試掘洞では眠っていた魔物を起こしてしまい、犠牲が出ている。
ゲームとしてディスプレイ越しに眺めているだけでは決して分からない、生きた世界の逼迫した現状がそこにはあった。

――早くなんとかしなくちゃ。

この状況がみのりの言う通り、世界的な異変の一端を成しているというのなら。
一刻も早く手を打たなければ、致命的なことになりかねない。
何より、この世界が滅びてしまっては元の世界に帰れない。

ともあれ、領主から資金を調達してから、なゆたたちは街に戻ってきた。
それから各種の商店でクエストに必要な物資を購入する。

「カロリーブロックに、水。薬草や毒消し、もちろんポーションも必要ね……。ありったけ頂戴。
 それから人数分の毛布と、火口箱。鍵開けツールなんかは今回は必要ないと思うけど、一応用意しておこうかしら」

初めての本格的なクエストだ。ゲーム画面越しの戦いとは違い、綿密な下準備をしておく必要がある。
もしもの用意はしておくに越したことはない。
と、必要と思われるものを購入していくと、なかなかの量になった。とても、女三人では運べない。
仕方がないので荷車を用意して貰い、そこに買ったものを載せていく。
もっとも、アイテムの保管はスマホのゲーム画面でインベントリに入れられるため、本来ならばわざわざ持ち歩く必要はない。
今は全員に分配する前なので、敢えて荷車に乗せている。

「あ、そうそう。ウィズ、ちょっとここは任せてもいい? すぐ帰ってくるから――。
 しめちゃん、付き合ってくれる?」

ふと思いつくと、物資の調達をウィズリィに任せて自分は別の店に行く。
向かった先は武器と防具の店だ。壁に掛けられた剣や槍、トルソの鎧などがいかにもファンタジー世界な光景を演出している。
なゆたはその店で装備の物色を始めた。

「や〜、ファンタジー世界に来たなら、やっぱりそれなりの格好をしなくちゃね!
 元の世界じゃこんなのコスプレ会場でしか着られないけど、アルフヘイムなら堂々と着られるもの!」

楽しそうにそんなことを言いながら、衣服や鎧を確かめる。衣装を抱えて試着室へ行き、色々着てみる。

「ねえねえ、しめちゃん! これどう? あはは……ちょっと露出度高すぎ?」

などと言って、メルトに感想を求める。こういう姿は年相応の女子高生といったところか。
あまりに服選びに熱中しすぎて、注意が散漫になっている。
自分が服を試着している間に、メルトが自分のそばを離れ『蝙蝠の牙商会』へ単身行ったことにも気付かないほど――。

144崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/01/08(月) 20:31:08
「お待たせ〜!」

買い物に行って、四時間ほど経過しただろうか。

なゆたはウィズリィならびに密かに用事を済ませたメルトと合流すると、真一たちのいる魔銀と兎娘亭に戻ってきた。
店の前には荷車が一台停まっており、山のように物資が積まれている。
が、真一たちの目を引くのはそんな明らかに買いすぎな量の物資だけではないだろう。

なゆたが着替えている。
学校指定のセーラー服の代わりに身につけているのは、白地に紫色の縁取りのブラウスとミニスカート。
金色の精緻なエングレービングが施された、白銀の胸当て。薄手のマントに、丈夫な皮のニーハイブーツ。
腰には胸当てに合わせた腰鎧と、美術品のような仕立ての細剣。
あげく、額にサークレットまで嵌めている。

どこからどう見ても、このブレイブ&モンスターズ!の世界の住人といった出で立ちだ。

「じゃっじゃーんっ! どう? 真ちゃん? 似合う?」

なゆたが身につけているのは、ゲーム内ではプレイヤーのアバターに着せるコスチュームだった。
真一に感想を聞き、その場でくるりとターンしてみせる。マントとスカートの端が、ふわりと風に舞って躍る。

「せっかく、ブレモンの世界に来たんだもの。楽しめることは楽しまなくちゃ!
 これ、姫騎士の胸当て。それから姫騎士のマントに、姫騎士の剣!いいでしょー?」

何やら『くっ、殺せ!』とでも言い出しそうな名称の装備品である。
しかし、これで終わりではなかった。なゆたは荷車の方を見ると、

「真ちゃんの分もあるよ」

と言い、真一をそちらへ誘導した。
荷車の上に、深紅の鎧一式が置いてある。

「竜騎士の鎧。着てみて?」

学生服の代わりに鎧の下に着る衣服とブーツ、手袋も用意してある。
真一が着替えて鎧に袖を通せば、どこからどう見ても竜騎士といった姿が出来上がるだろう。

「……これも」

荷車に積まれた毛布をどけ、黒い鞘に入った一振りの剣を差し出す。
炎精王の剣によく似たデザインだが、スペルではなく実剣である。重量はあるものの、真一ならば取り回すのは苦ではないだろう。

「魔銀の剣(ミスリル・ソード)。現状ガンダラで買える武器の中では、これが一番性能がいいと思う」

ガンダラで恒常的に購入できる武器の中では、最も高価な武器だ。
期間限定イベントなどでこれより上位の武器が売られる場合もあるが、今のところはこれがベストであろう。
それからなゆたはポケットから鏃型のペンダントをひとつ取り出し、真一の首にかけた。
一定確率でステータス異常を回避するアイテム、聖章の首飾り。
なゆたは自分の胸元から同じものを取り出すと真一に見せ、

「えへへ。……お揃い」

そう言って、嬉しそうに笑った。
今さら真一に『直接戦うな』とか、モンスターを戦わせるのがブレモンのルールだ、とか言ったところで無意味だろう。
であれば、真一が無謀なことをしても生き残れるような策を講じるしかない。
きっと、自分はこの世界で真一のフォローをするために召喚されたのだ――なゆたはそう思う。

「さあっ! 第十九試掘洞へ行きましょう!
 聖灰のマルグリットの首根っこを捕まえて、ローウェルの指環の情報を洗いざらい吐かせるのよ!」

物騒なことを言いながらすらりと腰に佩いた姫騎士の剣を抜くと、なゆたはその切っ先を高々と空に掲げてみせた。


【レッツ・ラ・お着替え。メルトの保護者となることを決意】

145赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/01/12(金) 02:37:51
「くっ、頭痛がいてえ……」

“魔銀の兎娘(ミスリルバニー)亭”で過ごした狂騒の夜が明け、燦々と陽光が降り注ぐ朝――
されどそんな澄み渡った天気とは裏腹に、真一は右手で頭を抱えながら、最悪の気分で朝日を眺めていた。

その理由は言うまでもなく、二日酔いである。
真一も年齢からすれば、かなり酒に強いタイプなのは間違いないが、それにしても昨晩は飲みすぎた。
酒豪で有名なドワーフたちを、悉く潰してしまうみのりのウワバミのような呑みっぷりに付き合った結果、真一は死亡した。
そして、一晩を経て蘇ったが、その後遺症は彼に痛烈なダメージを与えていた。
元の世界ではこんなに酒を飲んだことなどなかったため、これが生まれて初めて味わう二日酔いの辛さというやつであった。

>「だが情報は聞き出せた……へへっ……身体張ったかいがあったぜ……」

しかしながら、真一がフラフラと階下へ降りると、そこに待ち受けていたのは先の晩餐を遥かに上回る豪勢な朝食だった。
真一は一体何事かと目を丸くしたが、異様に親しげな明神とマスターの様子を見て、その理由を察する。
……あいつ、本当にアレと一晩を過ごしたのか。

「おいおい、マジであのマスターを懐柔したのかよ……。
 ありがとうな、アンタの犠牲を無駄にはしないぜ」

真一は頭を下げて明神に感謝の念を告げたあと、改めて食卓に並んだメニューを睥睨する。
それらを眺めていると、先程までは二日酔いで吐きそうになっていたのが嘘みたいに食欲も湧いてきた。
そこで、真一はテーブルの隅に積まれていた、白身の魚の刺し身らしき物が気になり、一切れつまんでみる。
普通の魚よりは肉が固いようだったが、コリコリとした食感で美味しかった。

「あら、それは“シーサーペント”のお肉よン」

――と、マスターの説明を受けて、思わず吐きそうになる。
シーサーペントというのは、海原を生息地としているヘビ型モンスターであり、ゾンビみたいな顔も相まって非常にグロテスクな姿をしている。
……味については文句なかったが、できれば魚か何かだと思い込んだままでいたかった。

>「なんでも、マルグリットはガンダラの道具屋で大量のポーションを買い付けて鉱山に向かったらしい。
 その後数日、今日に至るまで奴の姿をこの街で見かけた者はいない。鉱山から出てきてねえんだ。
 出入りしてる鉱夫たちにも見つからない場所っつうと、ガンダラ鉱山奥の『第十九試掘洞』しかないよな」

>「それで、その『第十九試掘洞』ってクリアーするのにどのくらいかかるんやろか?
ウィズリィちゃんに食べ物とか色々手配お願いしてもらわなあかへんしぃ、洞窟やと飛んだらすぐに頭打ちそうやしヘルメットでも用意してもらう?
明神さんは名誉の負傷やし、元気になるまではうちのイシュタルに運んでもらおかしらね〜」

>「賢者ローウェルの手掛かりには違いないわね。彼を追う、で方針としては問題ないと思うわ。
第十九試掘洞に行くとしたら、確かに長丁場になるわね。一応、『王』の名義で各種の必要物資は集めてみるわ」

そんなこんなで一行が愉快(?)な朝食を済ませながら、話は本題へと移り変わる。
明神が文字通り体を張って得た情報は、ローウェルの指輪の在り処を示すものではなかったが、その手掛かりとして有力な内容だった。
曰く、大賢者ローウェルの愛弟子の一人である、聖灰のマルグリットという人物がこの街に訪れているらしい。

「――なるほど、これで行き先も決まったな。
 とにかく他に手掛かりもない以上、早速その第十九試掘洞ってのに行ってみようぜ。
 この世界が本当にゲームなら、それでフラグも立ちそうなもんだしな」

真一はぐいっとコップの水を飲み干すと、明神らの案に賛同するが、一つだけ引っ掛かっている事案があった。
それは、訳も分からぬままこちらに飛ばされてしまってから、ずっと抱いていた疑問。
“この世界は一体何なのか?”という根源的なクエスチョンである。

これが本当にゲームならば、こういう風に行動一つでフラグが立って、プレイヤーを正解のルートへと導いてくれることもあるだろう。
しかし、仲間として行動しているウィズリィを筆頭に、この世界の住人には間違いなく意志が存在する。
いや、それどころか先に戦ったベルゼブブのようなモンスターにさえ、個の思考というものを感じる瞬間があった。
それらが全て、ゲームとしてプログラミングされたものだと考えるのは、どうにも無理があるように思え、やはり“この世界は生きているのではないか?”という疑問が生じてしまうのだ。
ならば、ゲームみたいに何もかも都合よくストーリーが動いてくれるものなのだろうか。
頭の片隅にそんな違和感が引っ掛かったままであったが、ともあれ今は先に進む以外方法も見当たらなかった。

146赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/01/12(金) 02:38:36
>「それじゃあ、朝食が終わったらさっそく準備と行きましょう。わたしはこの街の領主のところで物資を貰いに行くけど、あなた達はどうする?」

>「……私は、寄ってみたい店があるのでそちらに立ち寄っても良いでしょうか?」
「ほ、ほら!この服装で洞窟に向かうのは、正直無謀だと思うので、武器とか、防具屋さん的な物を見て回れたらと思いましてっ!」

>「そうね。じゃあ、三人で行きましょう。明神さんはまだ動けないだろうから、ここで養生してるとして……。
 真ちゃんとみのりさんは、明神さんと一緒にいて。マスターが目を光らせてるだろうから、滅多なことはないと思うけど。
 明神さんをひとりにしてはおけないからね」

「ああ、分かった。買い出しはお前らに任せたよ。
 この先は長丁場になりそうだし、しっかりと準備頼んだぜ」

そして、なゆたはウィズリィの提案に従い、メルトも連れて三人で買い出しに出掛けると言う。
真一もこの街を散策してみたいという気持ちはあったが、傍らで死んでいる明神を置いて行くのも気が引けたし、何より自分自身も二日酔いで気分が悪い。
ここは大人しく女性陣に準備を任せ、今後の戦いのために体を休めておく方が得策であろう。

* * *

しかし、女の買い物は長い。

いつの間にやら太陽の軌跡は頂点に達し、通りを歩く人々の賑わいで、すっかりと街に活気が戻った正午。
二日酔いも完全に覚め、暇を持て余してどうしようもなくなった真一は、仕方ないので木の棒を手に取って、酒場の横で素振りをしていた。
真一は剣道家なので、元の世界にいた頃はこうして素振りに精を出すのが日課だった。
学ランの上着はとっくに脱いでいたが、それでもこのように体を動かしていると、じんわりと心地良い汗が滲み出してくる。

>「お待たせ〜!」

通りの方からその声が聞こえ、真一は棒を振る腕を止めると、Tシャツで額の汗を拭う。
どうやらようやく買い出しに出掛けた女衆が帰って来たようだ。

「おせーぞ、なゆ! まったく……女って奴は、何でそんなに買い物が長いんだよ?」

昼過ぎまで散々待たされた真一は、思いっ切り不満顔で文句を垂れ流す。
――が、そこで華麗に様変わりした彼女らの格好が目に入り、吊り上げた目を思わず丸くする。

>「じゃっじゃーんっ! どう? 真ちゃん? 似合う?」

「むっ……あー、まぁ……悪くないんじゃねーか? 馬子にも衣装って言うしな」

などと言いつつ、真一は人差し指で頬を掻きながら目を逸らす。
なゆたとは物心付いた頃からの仲だが、こうして如何にも姫騎士然とした衣装を纏った彼女は、正直可愛いと思った。
しかし、それを素直に言うのも恥ずかしかったので、咄嗟に悪態をついて誤魔化した。

>「真ちゃんの分もあるよ」

そんな真一の態度を知ってか知らずか、なゆたはしっかりと自分たちの衣装も用意してくれていた。
それらを受け取ると、真一は「ちょっと着替えてくるわ」と言い残し、一旦酒場の部屋へ戻って行った。

――そして、十分ほど経った後、再び姿を現した真一は見事に変身を遂げていた。
滑革で出来た半袖の上衣を着用し、その上から竜騎士の鎧を纏う。
板金鎧一式を装備するのは、流石に重すぎて動きにくくなりそうだと感じたので、防具は必要最小限のパーツを厳選した。
胸当てと肩当て。両腕には篭手を嵌め、ブーツの代わりに鉄靴を履く。
そして、仕上げに真紅のマントを肩から羽織れば、今までのラフな学ラン姿とは一変――若き竜騎士の出で立ちが完成した。

「……ふっ、我ながら中々イケてるじゃねーか。サンキュー、なゆ。気に入ったぜ!」

真一はスマホのインカメラで自分の姿を眺めながら、その出来栄えに満足し、ニッと笑みを浮かべる。
今までの格好では、どうにも世界観から浮いていて間の抜けたような感じだったが、これならば戦う姿も様になるというものだろう。

>「魔銀の剣(ミスリル・ソード)。現状ガンダラで買える武器の中では、これが一番性能がいいと思う」

>「えへへ。……お揃い」

最後になゆたから手渡された長剣を左腰に提げ、鏃型のペンダントを首から通す。
そんなことで嬉しそうに顔を綻ばせるなゆたを見ていると、何やらむず痒くなるような思いだった。

* * *

147赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/01/12(金) 02:40:11
こうしてようやくファンタジーな世界で戦うための準備を整えた一行は、早速第十九試掘洞へ向かって足を踏み出した。

しかし、勢い込んで出発したは良いものの、その道中は地味に過酷だった。
目的地である第十九試掘洞は、鉱山都市ガンダラに隣接したフレイル山脈の最奥に位置するので、そこに至るためには険しい山道を進む必要があるのだ。
更に上の方へ登れば登るほど、火口から下る熱気が強くなって、より上昇した気温が体力を奪い取っていく。

「お前ら、大丈夫か? ダンジョンに着く前からへばってちゃ話にならないぜ」

無駄に強靭な肉体が取り柄の真一は、この登山でも大して疲れた様子はなさそうだったが、他のメンバーはどうだろうか。
メルトのように虚弱そうな女の子もいるので、自分のペースに付き合わせて無茶をさせるわけにもいかない。

「おっ、もしかしてアレが第十九試掘洞の入り口か?
 やーっと、到着した……って言いたいところだが、素直に俺たちを迎え入れてくれる気はないみたいだな」

そこで先頭を歩いていた真一がようやく山道の先に洞窟の入り口らしきものを発見し、安堵の溜め息を漏らした。
しかし、そんな様子も束の間――すぐに“何か”の存在に気付いた真一は、表情を一変させて鋭く周囲を睨み付けながら、剣の柄に指を掛ける。

こうして近付くまでは、立ち込める煙に遮られて見えなかったが、いつの間にか自分たちは取り囲まれていたようだ。
数は恐らく十数体。それらの全長は三メートル程で、人型のシルエット。一歩足を動かす度に「ギギギ……」と歯車の軋む音を鳴らしている。
敵の正体は、ドワーフたちの高度な技術によって生み出された、物言わぬ鋼鉄の兵士――“アイアンゴーレム”という名のモンスターであった。
ニヴルヘイムと戦争を繰り広げていた古の時代、ガンダラの守護者として生み出された彼らは、こうして今でも侵入者を排除すべく戦い続けているのだ。

「ハッ、ようやくお出ましってか。……ビビる数じゃねえ、一気に片付けるぞ!!」

真一は長剣を抜き放つと同時、スマホに表示された〈召喚(サモン)〉のボタンをタップし、眩い閃光を迸らせながらグラドを喚び出す。
ダンジョンでの戦いに備え、道中ではしっかりとパートナーの体力を温存させていた。
――ここから先は、存分に暴れさせてやる時間というわけだ。



【第十九試掘洞の前に立ち塞がった、門番たちとの戦闘開始。

 ……そして遅ればせながら、明けましておめでとうございます!
 今年もよろしくお願いします!】

148明神 ◆9EasXbvg42:2018/01/18(木) 22:13:36
俺がマスターから聞き出した情報を元に、当面のパーティの指針は決まった。
ダンジョン『第十九試掘洞』へ潜り、そこに居る賢者ローウェルの弟子『聖灰のマルグリット』に接触する。
まぁダンジョンから帰ってこないマルグリットってそれもう死んでんじゃねーのと思わんでもないけど。
そこはマル公(愛称)のイケメン補正に賭けるほかあるまいて。

>「それじゃあ、朝食が終わったらさっそく準備と行きましょう。
 わたしはこの街の領主のところで物資を貰いに行くけど、あなた達はどうする?」

ケツ持ちに王が付いてるウィズリィちゃんはガンダラ領主にカツアゲかましに行くらしい。
キングヒルの王がなんぼのもんじゃいこちとら石油の王がおんねんぞ。
なあ石油王!お、石油王がなんかくれた。真ん中に穴のあいた座布団だった。
そういう気遣い要らねーから!髪薄い人にカツラ手渡すようなもんじゃねーかよ!!

「クソ……めっちゃ座り心地良い……」

藁を編んで作ったにしちゃものっそいフワフワしててケツを優しく包み込んでくれる。
まるで人をダメにするクッションみたいだぁ……。あぁーダメになるぅー。
というか今気付いたけど石油王もしめじちゃんもあとなゆたちゃんも、俺のデバフが肛門裂傷の方だと思ってんのか。
別に解かなくても問題ない誤解ではあるけどさぁ!俺別にそっちのケに目覚めたわけじゃないからね!
なぁ真ちゃん!真ちゃんなんで俺と目ぇ合わせてくんないの?もっと見つめ合お?

死亡中の俺の頭上でダンジョン攻略準備の話がとんとん進み、なゆたちゃんWith女子組は買い出しに出ることになった。
なんか俺のお守りに真ちゃんと石油王が残るらしい。こいつら二人にして良いんですかねなゆたさん。
ティーン共の乳繰り合いなんか興味ねーけど色恋沙汰はパーティの崩壊原因ワースト3に入りますよ。俺知ーらね。



149明神 ◆9EasXbvg42:2018/01/18(木) 22:14:00
女子共が買い物に行ってから既に四時間が経過しています。
とっくの昔に日は高く登り、夜通し酒場でグダ巻いてた酔っぱらい共も元気にお仕事に出ていきました。
待ちくたびれたらしき真ちゃんは身体動かしてないと気が済まないのか表で素振りをしています。

「あいつ止まると死んじゃうマグロかなんかなの?」

俺はマスターの淹れてくれたお茶(ルイボスティーみたいなやつ)を啜りながら真ちゃんの素振りを眺めていた。
経験則から言うと、二日酔いに効くのは体内に残った酒を分解する水とエネルギーだ。
つまり十分な水分と炭水化物を摂取して安静にするのが酔い醒ましの特効薬ってわけよ。
深酒の後とかポカリ飲んどくと翌朝に残んなくて良いよ。これ豆な。

んでまぁそーいう科学的な根拠を知らないはずのこの世界でも、酒場の店主は経験則でわかっていたらしく、
マスターが甲斐甲斐しく用意してくれたお茶と消化の良い朝食のお陰で俺のデバフもだいぶ解けてきた。
どうりであんだけどんちゃん騒ぎしてた酔客達が朝っぱらから仕事に精を出せるわけだ。

「明神ちゃん、頼まれてたもの用意しておいたわよン」

酒場の看板を降ろして外出していたマスターが、なゆたちゃん達より早く帰ってきた。
その手には俺が調達を依頼しておいた道具がいくつかぶら下がってる。

「採掘作業用のブーツに、小型のツルハシに、クロスボウ。あと羊皮紙の束……鉱山へ行くんでしょ?何に使うのンこれ」

「ちょっとした保険さ。調達ありがとよマスター、全部でいくらになった?払うよ」

「もう!水臭いわねェン!ツケで良いわよツケで!ツケておくから……絶対生きて帰ってきなさよね」

なんかヒロインムーブし始めたよこのオッサン。俺ときめいちゃうよ?
なゆたちゃんは俺の貞操を生贄に捧げる鬼畜だし、石油王は死体蹴りに定評があるし、
優しい言葉をかけてくれるのが女装したオッサンだけだと思うと泣けてくる。

さておき、とりあえず俺のしておくべき準備はこれで完了だ。
流石に革靴で山道は歩けねーからブーツに履き替え、最低限の護身用として扱いの簡単なクロスボウを持ってく。
あとは残り乏しいクリスタルが本格的に枯渇した時に鉱山で自給自足するためのツルハシ。

石油王が酒場で集めた情報によれば、ガンダラ鉱山のクリスタル算出量はここしばらく激減してるらしい。
鉱山内はとっくに掘り尽くされてるだろうが、成形クリスタルの素材にすら満たない結晶屑なら微妙に残ってるはずだ。
補給の効かないダンジョン内での最後の生命線、できればこいつを使う機会が来なけりゃ良いが。

>「お待たせ〜!」

装備の点検とクロスボウの試射をしていると、表から馬車の止まる音となゆたちゃんの声が聞こえてきた。
四時間待ちぼうけくらった真ちゃんがぶーたれるも、なゆたちゃんはどこ吹く風で戦利品を披露している。

>「じゃっじゃーんっ! どう? 真ちゃん? 似合う?」

おせーなぁと思ってたらなゆたちゃん一人だけおべべを新調してやがる。
おめーなに優雅にウィンドウショッピング洒落込んでんだよマジでさぁ!良くないよそういうの!
なぁ真ちゃん!おめーもなんか文句いってやれって!

>「むっ……あー、まぁ……悪くないんじゃねーか? 馬子にも衣装って言うしな」

なゆたちゃんの装いを見た真ちゃんはなんか照れながら中学生みたいな反応を返している。
はぁー?おめー気の利いた褒め言葉の一つも掛けてやれよぉ!おじさんとっても歯がゆいよ!
俺の目から見てもなゆたちゃんの姫騎士スタイルはよく似合っていた。俺こーいうの東京ビッグサイトで見たことある!
なんかレイピア持ってっけど戦うんスかなゆたさん。リアルファイトはそこの男子の専売特許やろ。

>「真ちゃんの分もあるよ」
>「竜騎士の鎧。着てみて?」

真ちゃんの反応に満足したらしきなゆたちゃんは馬車から真っ赤な鎧一式を引っ張り出した。
竜騎士だってよ真ちゃん。しかもジャンプして床舐める方じゃなくてドラゴンと融合する方の竜騎士だわ。
……ねぇ俺の分は?俺の分ないのなゆたちゃん!俺ビジネススーツでダンジョン行くの!?

フルアーマード真ちゃんとくっ殺なゆたちゃんが砂糖吐きそうなほど甘ったるいやりとりをしている。
クソっ俺の手元にベルゼブブが居れば!こいつらに今すぐ〈闇の波動(ダークネスウェーブ)〉ぶちかましてやるのに!!



150明神 ◆9EasXbvg42:2018/01/18(木) 22:15:32
ガンダラ鉱山への道程は険しい山道だった。俺達はここを徒歩で登山するのだ。
石油王の善意で俺はカカシに背負ってもらえることになったけど、二三歩進んだところで謹んでお断りした。
なにがひでーってこのカカシ足が一本しかねーから移動がジャンプなんだよ!
なんぼスケベクッションが座り心地良いからって一歩進むたびにガクンガクン揺さぶられたら顔面ゲロまみれや。
石油王がカカシに乗らずに自分で歩いてるの見て察するべきだった……この女分かってやがったな?
マスターにブーツを調達しておいてもらって本当に良かったです。革靴だったら今頃マメだらけだったろう。

>「お前ら、大丈夫か? ダンジョンに着く前からへばってちゃ話にならないぜ」

この過酷な道程の中でも真ちゃんは相変わらず元気いっぱいだった。
ウソだろこいつ……板金鎧着てんだぞ。なんで俺達と変わらないスピードで登山出来てんだよ……。

「底なしの体力と言い、物怖じしなさと言い……ホントに現代っ子かよ。なゆたちゃん君らの地元って群馬県かなんかか?」

もうこいつ一人にダンジョン行かせて俺達麓でお茶でもしばいてりゃ良いんじゃねえかな……。
登山なんて中学のときの遠足以来だよ……地熱か知らんがクソ暑いしさぁ!ワイシャツびっちゃびちゃやぞ。

「……この中で、ゲームの方の『第十九試掘洞』に入ったことがあるのは?とりあえず事前情報を共有しておこう」

道中をぜーはー言いながら踏破しつつ、俺は同行者達に話を振った。

「試掘洞が他のダンジョンと異なるのは、『無制限インスタンスダンジョン』である点。
 一旦入ったら、クエストクリアか失敗のどちらかでしか出られないと思っておいた方が良い」

マルチ型ゲームにおけるダンジョンには、大まかに分けて二種類がある。
フィールドと地続きになってていつでも誰でも何人でも何時間でも出入り自由のパブリックダンジョン。
そして、クエスト受注時に個別にサーバーに生成される、時間と人数制限のあるインスタンスダンジョンだ。
後者はモンハンなんかが代表例だな。インスタンス生成された空間にはそのパーティだけしか入ることができない。
そして基本的に、該当クエストをクリアするか全滅、あるいはリアイアでしか退出が不可能な仕組みになっている。
試掘洞も例に漏れず、足を踏み入れた瞬間に出入り口が閉ざされて出られなくなる仕掛けだ。

「試掘洞のマップは突入と同時にランダムに生成される。俺達がすべきは敵とトラップを退けつつ、
 マップのどこかにある階段を見つけて下の階層を目指すことだ。もちろん階層が変わればマップも変わる。
 まあ往年の不思議のダンジョンみてーなもんだと思えば分かりやすいな。やったことあるだろ?ない?世代か?」

よく考えたら俺こいつらと一回りちかく年齢違うじゃん……おじさん若者と話合わなくてちゅらい……
これがおっさんパーティなら、『Wizardryみたいなもんやで』っつったら一発で伝わるんだけどなぁ。

「えーと確かバルログが居るのが10階層だったか。一応10階刻みで地上への脱出口があったな。
 まずは10階を目指しつつ、マルグリットを探そう。10階までならそんなに時間は掛からねえはずだ。
 ゲームの都合上省略されてる部分を考慮しても、スムーズに進めば丸一日ありゃ10階に降りれる」

問題は――マルグリットがバルログを撃破して10階以降に降りてるパターンだ。
中盤で訪れることになる試掘洞のクエストは10階で一応クリアになる。そこから先は趣味の領域だ。
試掘洞は無制限インスタンス。探索には時間制限も人数制限もなくて……階数にも制限がない。
試掘洞の踏破がエンドコンテンツと言われている所以は、どこまでも果てのない洞窟を無限に下って行かなきゃならないからだ。

10階層を皮切りに敵のレベルが格段に上がり、層を降りるごとに強くなっていく。
現在の記録は確か116階層だったけど、その時点で雑魚敵のHPはレイドボス並になっていた。
リキャストにリアル時間が必要というブレモン特有の限られたリソースと、補給の効かない試掘洞のシステムは極端に相性が悪い。
なにせカードを戦闘で使い切ったら、リアルで丸一日ダンジョンの中で待機してなきゃならないのだ。

151明神 ◆9EasXbvg42:2018/01/18(木) 22:16:22
しばらくアプデがなくてみんな暇を持て余してた時期に、試掘洞の攻略が廃人達の間で流行ったことがある。
専属のカメラマンを連れて生放送で配信してたから俺も見てたんだけど、そのとき編み出された攻略法は二つ。

人数制限がないことを利用して、大量の戦闘要員を投入して本隊の戦力を温存したまま下層へ送り込む『極地法』。
時間制限がないことを利用して、少数精鋭のパーティが大量の物資を持ち込んで何日も篭もる『キャンプ法』。

世界記録になってる116層踏破チームは後者だったけど、その時かかった時間はリアルで三週間だった。
諸々を省略してるゲーム内ですら、三週間かかったのだ。

俺達には人数も、時間にも余裕がない。
ついでにいえばゲームのキャラと違って腹も減れば睡眠も要るし、トイレだってその辺でするわけにはいくまい。

「……10階までにマルグリットが見つからなけりゃ、早々にこのクエストは諦めるべきかもな」

と、そんな感じの話をしているうちに試掘洞の入り口がようやく見えてきた。
やっとだよ……俺もう既にヘトヘトなんだけど今からダンジョン潜るのぉ?もう帰って明日にしない?
今から山降りれば日が落ちる前にはガンダラ戻れるしさぁ。ね?明日にしよ?

>「おっ、もしかしてアレが第十九試掘洞の入り口か?
 やーっと、到着した……って言いたいところだが、素直に俺たちを迎え入れてくれる気はないみたいだな」

鼻歌でも歌いそうなくらい溌剌としていた真ちゃんが不意に声を落とした。
おニューの剣に手を掛けるその視線の先には、無数の人型のシルエット。
そして人の形をしているのはシルエットだけだった。無機質な歯車と板金で構成された――『アイアンゴーレム』。
試掘洞に出現するモンスターの一種だ。

「……ついでに言えば、素直に帰してくれるつもりもなさそうだ」

気付けば四方八方から、俺達を取り囲むようにしてアイアンゴーレムの群れが出現していた。
えぇ……数多くない?見えるだけでも二十弱はいるじゃねーか。マドハンドでももっと自重すんぞ。
ゲーム上じゃ間違いなく処理落ち不可避の十重二十重の包囲網が形成されていた。

>「ハッ、ようやくお出ましってか。……ビビる数じゃねえ、一気に片付けるぞ!!」

おめーはもっとビビれや!なにこの状況でテンション上げてんだよ!!
あのゴーレム3メートルはあるじゃん!そのご自慢の鎧なんか一発でスクラップやぞ!

「仕方ない、押し通って試掘洞に入ろう。狭い洞窟の中に入ってしまえば数の利は覆せる。
 前方のゴーレムを集中攻撃して突破口を開くぞ」

言うまでもなく真ちゃんは既に剣を抜き、戦闘態勢に入っていた。
お前のそういうとこホント頼りになるわ……。俺が女の子だったらキュンと来てるね。
俺女の子じゃないから全然キュンと来ないけど。

真ちゃんがレッドラをサモンし、ゴーレムの群れへと切り込んでいく。
俺もまたスマホを取り出して……ヤマシタを呼ぶのはやめておいた。
サモンはクリスタルをかなり消費する。この先どんだけ長丁場になるかわからない中でリソースを使い過ぎるのは危険だ。

「俺と真一くんで道を拓く、援護してくれ。……しめじちゃん、後方を頼む」

レイド勢のなゆたちゃんでも、札束殴りの石油王でも、魔法使いのウィズリィちゃんでもなく、
しめじちゃんに後方を任せたのには理由がある。

152明神 ◆9EasXbvg42:2018/01/18(木) 22:16:53
基本的に俺や彼女のような蛇の道を行く者は、表立った戦闘能力を持つことがない。
まっとうな育成にかけるコストがあったらもっと別のことに使うからだ。
ブレモンって強いパーティに寄生すれば自キャラが最弱でも結構いいとこまで行けるしな。

一方で、まったくのノーガードでプレイし続けることは出来ない。
金策のために強い敵のうようよいるエリアに出向くことだってあるし、他プレイヤーから敵視されることもある。
邪悪なる者にとって、何を置いてもまず必要になるのは、敵対者を足止めし、安全な場所まで逃げ切る手段。
技術と、戦術と……道具だ。

戦力を温存しなければならないこの状況で、おそらく最も遁走に長けた手段を持つのはしめじちゃんだろう。
同じ邪悪を嗅ぎ分ける俺の鼻がそう言ってる。
しめじちゃんになんかわかってる感じの目配せをして、俺は真ちゃんの後ろからついていく。

「走れ!」

後方に声を飛ばしつつ、俺は腰から下げていたクロスボウを構えた。
既に弦は引いてあり、矢も番えてある。何度か試射して照準のクセも把握した。
あとはアイアンゴーレムの弱点である胸のコアを射抜けば、生身の俺でもモンスターを倒せるはずだ。
そう、真ちゃんのように!

「くらえ!」

ボヒュ!と風を切って放たれた矢がアイアンゴーレムの一体に迫り――普通に外れてどっか飛んでった。
あれぇ?この距離で外すぅ?

「オートターゲットとかそういうのは……ないな!」

そりゃそうだろとしか言いようのない結果に俺は愕然とした。
ヤマシタがバスバス弓当ててたから簡単だろと思ってたけど全然当たんねーわ。素人だもんね!

「ま、待て、今次弾を装填するから……クソ、弦が固い……!」

わちゃわちゃしている間に俺が攻撃をスカしたゴーレムがこっちに向かってくる!
あーもう!なんでクロスボウって連射効かねーんだよ!ゲームではもっとサクサク撃ってただろ!
俺は諦めた。クロスボウを脇に放り捨ててスマホを構える。

「うおおおおおヤマシタ!『狙い撃ち』!!」

あっやべサモンしてねぇ。オイオイオイ死んだわ俺――
ものすごい勢いで走馬灯が流れた刹那、スマホの画面が青白く輝いた。
光の中からスキルの燐光を纏った矢が飛び出して、俺の間近に迫っていたアイアンゴーレムのコアをぶち抜く。
クリティカル補正のかかった『狙い撃ち』の矢を弱点に直撃して、ゴレームはその場に崩れ落ちた。
だが、矢を放ったはずの射手、ヤマシタはどこにもいない。スマホの表示は未召喚のままだった。

「スマホの中から撃ったのか……?」

思えば、インベントリからアイテムを取り出すのは、スマホからバディを召喚するのと同じ原理と言えなくもない。
ゲーム的には別システムでも、世界観的には同系統の魔法だとすれば。今起きた現象は、言わば『矢だけをサモン』したようなもの。
残存クリスタルの表示を見ても、インベントリにアクセスした分のコストしか差っ引かれていない。
これはもしかして……裏技を発見してしまったのでは?

「いけるぞ……!ヤマシタ、『乱れ撃ち』だ!!」

スマホを高く天に掲げて命令を下せば、画面から無数の矢がアイアンゴーレム達へと飛びかかっていく。
一瞬にして矢だらけになって沈黙したゴーレムを踏み越えて、俺は真ちゃんの後を追った。


【しめじちゃんに殿を任せて突破口の開拓作業。クリスタル節約の裏技を見つけて調子に乗る】

153五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2018/01/22(月) 22:53:11
「はいな〜いってらっしゃいな〜」
朝食の後、買い出し班となったウィズリィ、なゆた、しめじを見送るみのり。
残された三人の内二人は二日酔いで動くもままならない状態であったが、正午を過ぎるころには回復したようだった。

暇を持て余した真一が酒場の横で素振りを始める
>「あいつ止まると死んじゃうマグロかなんかなの?」
それを視た明神が呆れるように口をつくが、みのりはそれに応えず小さく笑い席を立つ。

本来ならばタオルでも持って行って真一の汗をぬぐうくらいしそうなものであるが……
みのりが真一に絡むのは真一が目的なのではなく、なゆたの反応が面白いからなのである
故になゆたが不在の今、ここで絡む必要もないというわけだ

「ふぁ〜昨日あんまり寝てへんし、山登りする前に一眠りさせてもらうわ〜
明神のお兄さん、またマスターに新作冒険譚語れるように頑張りましょなー」

そういい残し部屋に入るのであった。

早寝早起きな生活習慣が身についていたみのりだが、ブレモンの世界に来てからは生活リズムが狂っている。
従来の生活を送らなくてもいいという解放感と異世界に来た興奮が勝り、気付いてはいないが確実に寝不足というものは蓄積しているのだ。
それに加え昨夜は明神の様子を藁人形を通じて盗み聞きし続けていたが為、そろそろ限界が近づいていたためだ。

部屋に入りベッドで横になり、夢うつつのままに藁人形を操作する。
ウィズリィの、なゆたの、そしてメルトの動向が藁人形を通じて流れてくる
「ふふふ、種を撒いた甲斐があったわねぇ
これから色々みのってきそうで楽しみやわぁ」
それぞれを声を聴きながら想いを馳せていると、ドアからノックの音が

「おう、お前さんら第十九試掘洞に行くんだってな?
昨夜の二十酒呑み達成の景品として持っていけい」

やってきたのは鉱夫のドワーフ
持っているのは鉱山用ブーツと鳥籠INカナリア、そして魔力を含んだ手形だった。



それからしばらくして帰ってきた買い出し班
荷車に山と積まれた物資と、ファンタジーな住人かくやと言わんばかりにお召し代えの済みななゆただった
真一の鎧と剣も買ってきており、二人が並ぶと絵になることこの上なし

「あらあら、二人ともお似合いやわ〜冒険者コンビやねえ」
苦虫を噛み潰した様な顔で二人を見る明神の隣で、みのりが満面の笑みで褒め称えていた。
真一の反応が物足りなくもあったが、なゆたがこれだけ積極的な行動に出たことは満足であった。

「うふふ〜ええ事やし、もっと仲よぉさせたいけどぉ……同時につつきまわしたくなるのも悪い癖やわねぇ」

いちゃつく二人をそのままに、荷車から必要な荷物をスマホのイベントりに入れながら小さく声が漏れてしまった

「はいはーい、みんな荷物は基本しまって必要最小限のものは手で持ってこな〜」
零れ落ちた言葉をかき消すように、他のメンバーにも声をかける。
手のひらサイズのスマホに膨大な荷物が消えていくのはウィズリィにとっては驚きの光景かもしれないが、どんどん消えていく。

それとともに、スマホを起動させるのもクリスタルの消耗が発生するので、使用頻度の高そうなものはバックパックに入れておこうというのだ。
みのりの場合はイシュタルの藁の体に突っ込んでいくというものであったが。

154五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2018/01/22(月) 22:53:23
かくして一行は第十九試掘洞へと向かう
険しい山道に加え火口から下る熱気が強くなり更に体力を奪っていく。
鉱夫のドワーフからもらったブーツのおかげで随分と登りやすく助かっている。
いくら疲れたからと言って、イシュタルに乗るわけにはいかないのだから。
それは進んで数歩で早々に辞退した明神の顔色が雄弁に物語っているのだ。


ようやくたどり着いた洞窟入り口付近。
そこで待ち構えていたのはアイアンゴーレム
ガンダラの守護者として生み出され、いまだに侵入者を排除すべく叩居続けている鋼鉄の人形。

そう【ガンダラの守護者】であり【侵入者を排除】しているのだ。
つまり無差別に攻撃してくるモンスターではなく守護者なのだ。
侵入するものにとっては厄介な障害ではあるが、守られるべきガンダラの者にとっては心強い味方。
意思を持たない鋼鉄人形は何をもって敵味方を判別しているのか?

みのりが鉱夫のドワーフからもらったのは鉱山を歩きやすい専用ブーツ
イシュタルの手にぶら下がっている有毒ガスを感知するカナリアの鳥籠
そして、手形……これこそがガンダラのものであるという証明であり、第十九試掘洞を守るアイアンゴーレムへの味方識別信号
第十九試掘洞の罠や扉を開く手形なのだ。

それをイシュタルの体の中に収めているのだが……あえてそれを出さなかった。


>「ハッ、ようやくお出ましってか。……ビビる数じゃねえ、一気に片付けるぞ!!」

>「俺と真一くんで道を拓く、援護してくれ。……しめじちゃん、後方を頼む」


鎧姿で剣を抜きドラゴを召喚して、文字通り竜騎士然としている真一と、押し通ると言い放つ明神
殿を任されるメルト
そんな姿を見ると、みのりの胸がときめいてしまうからなのだ

「はふう〜みんなかっこええわ〜
うち登ってくるだけで疲れてしまってるのに、皆さんおきばりやす〜」

白刃が舞い矢が乱れ飛ぶ二人の背中を追い走り追いかけるみのりは、疲れてしまったという言葉とは裏腹に輝いていた


【色々情報握りながらもファンタジーな冒険を満喫すること優先で握り潰す】

155ウィズリィ ◆gIC/Su.kzg:2018/02/02(金) 03:47:41
昼下がりのガンダラ。
荷車に物資を詰め込む作業もひと段落して、わたしもようやく一息つく。
荷車に詰まれた物資は、平野の1人旅なら3ヶ月分にもなろうか、というほど膨大な物だ。
とはいえ、6人での道程、さらに慣れない坑道での道行きとあれば、どれだけ準備をしても安心はできない。
無論、これだけの物資もわたしとブック……さらに言うなら“ブレイブ”達が使用できる無限倉庫(インベントリ)の魔法あってのものだが。

ナユタとシメジはどこかに買い物に行ったまま、まだ戻って来ていない。
わたしはしばらくぶりに、一人での時間を強制的に楽しむこととなった。
いや、ブックもいるのだから一人と一体、か。

「……」

こうして街並みを眺めていると、世界が滅びに瀕しているなんて嘘のよう。
道をゆく人々を見るともなく見ながら、思い返すのは昨晩のこと。
ナユタとシメジの二人に対して、わたしが問いを投げかけた時のことだ。

156ウィズリィ ◆gIC/Su.kzg:2018/02/02(金) 03:48:40
わたしは問いかけた。貴女達は、この世界についてどれだけ知っているのかと。
まずその問いに答えたのはシメジだった。

>「あの……ええとですね、私は初心者なので、設定とかそういうのは詳しくは知りません。
> ただ、もしも。この世界が、公式設定通り(私の知っている通り)の世界なら」
>「きっと、この世界は最悪の結末を迎えるんではないかと思います。だってこの世界には、救い手(プレイヤー)達がいないんですから」

この世界には救い手がいない。
言葉にすれば数単語、数秒程度の文だが、それはわたしの胸の内にずしりと重く沈んだ。

否定しようとするだけなら簡単だ。わたしも、『王』も、世界を救おうと動いている。
いや、わたし達だけではない。
一般民衆に表ざたにこそなっていないものの、この世界……アルフヘイムだけではない、世界の全てが危機にさらされているのは、世界の支配階級の人々の間ではもはや常識と言っても過言ではない。
そして、『王』以外の支配者達。彼らもまた彼らなりに、この世界を救おうと動いている(らしい)。
だから、救い手がいないという事はない……と、口にしようとして唇を開いて。

「……」

言葉は出なかった。
別に沈黙封印(サイレンスシール)の魔法をかけられたわけではない。
わたしは、言葉を発する前に気づいたのだ。
救い手とは、『わたし達ではない存在』を、暗に意味するのだと。
つまり、それは……。

>「大丈夫! その『最悪の結末』を覆すために、わたしたちはこのアルフヘイムへ来たんだから!」

わたしが言葉を選んでいる間に、今度はナユタが言葉を重ねてきた。
確かに、シメジの言はいかにも説明不足だ。社交的なナユタが補足を加えるというのは不自然ではない。
だが……加えられた補足は、あまりにも衝撃的な内容だった。

>「わたしたちの事情を、あなたたちの世界の常識で説明することはとても難しいのよ、ウィズ。
> そうね……例えるなら、わたしたちのことは『神さまの使い』だとでも思ってくれればいいかしら。
> 神さまはわたしたちに世界を救えと言った。この世界で戦えって。そして、その冒険が快適になるよう便宜を図ってくれてるの」

「……」

>「そんな神さまの使いが、わたしたちの世界にはゴマンといて。いろんなところを毎日冒険してる。
> そして、リアルタイムに情報を共有している。どこそこの地下迷宮には何々が出るぞ、とか――あのアイテムがあるぞとか。
> もちろん、わたしも新たに得た情報をみんなに提供してる。そうやって、この世界のことを深く理解していってるのよ。

「…………」

>……だから」
>「わたしたちは、この世界のことをほぼ90パーセントは理解していると思ってくれていいわ」

「……90、パーセント」

神の使い。無数にこの世界に降り立ち、彼ら同士の間で知識を共有する。
世界全てを100とした時、90が既知。
信じがたい大言壮語だ、誇大妄想だ、と切って捨ててしまう事は簡単だろう。
だが、ナユタの言葉に嘘はないように思える。……少なくとも、ナユタ自身はそれを事実だと認識しているように見える。
なにより……彼女らがマスター相手に見せた的確な対処は、その言葉を肯定している。

>「今のところ、わたしたちの持つ情報とこの世界に相違はないわ。
> わたしたちの情報と知識を活用していけば、この世界を救うこともきっと不可能ではないはずよ。
> ……このまま行ければ、だけどね」

「そうね。それが本当なら……きっと、貴女達、それにミノリやミョウジン、シンイチは……世界を救う、救い手となれるのでしょう」

なんだか無性に喉が渇く。
わたしは無意識に、手元の飲み物……柑橘系果実の絞り汁……を口に運んでいた。
飲み物を飲み干したのを見たウェイトレスが気を効かせておかわりの注文を取りに来たので、同じものを頼む。
……喉の渇きは、まだ続いている。

そんなわたしの様子に気づいたのかどうか、ナユタは盛り上がっていた。

>「ま……乗り掛かった舟ってヤツ! 袖振り合うも多生の縁、毒喰らわば皿まで!
> 最後まで付き合うから、大船に乗った気でいてよ、ウィズ!」
>「アルコールではないけど、これは固めの盃! 一緒にこの世界を救おう! かんぱーいっ!」

「ええ、乾杯。がんばって世界を救わないとね。ところで……」

>それにしても、この世界のミルクって随分変な味がしまふねぇ……え?カルーアミルク……変わった商品名れ……きゅう
>「……って、しめちゃんっ!? これお酒だー!?」

「……あらら」

のびるシメジ。慌てるナユタ。それを見るわたしはなんだか微笑ましい気持ちになってしまって、聞こうととした問いは記憶の水底に沈んでいってしまったのだった。

……そんなに神様の使いがたくさんいるのに、どうしてわたしは会った事がなかったのかしら?

157ウィズリィ ◆gIC/Su.kzg:2018/02/02(金) 03:49:40
「……ふう」

長いような短いような回想を終えて、わたしはため息をつく。
昨夜からある程度の時間を経て、自分の抱いた感情への整理はある程度ついている。
ただ、それを具体的に言語化するほどの時間の余裕は、まだないが。

「考える事はたくさんあるのにね……時は金なり、か。よく言った物だわ」

金で時が買えるなら、いくらでも買いたいのだが。
時間を操る魔法は、忘却の森でも失われたと言われている魔法系統である。
クリスタルを使ったとしても、そんな事が出来るかどうか。

「……あら」

そんな益体もない事を考えていると、町の人並の中からナユタ達が帰ってくるのを見つけた。
どうやら一人(と一体)の時間は終わりのようだ……しかし。

「衣装を変えるだけで、随分なじむわね……」

ナユタの適応力に、少々驚くわたしだった。

*  *  *

その後、ナユタとシンイチが何やら青少年的甘酸っぱい一幕があったりもしたのだが、割愛。
わたしは知識にこの身を捧げたのよ。色恋沙汰なんて関係ないわ。ふーん。

*  *  *


諸々の準備を終え、いよいよ第十九試掘洞行きである。
と、言葉にすれば、スペルカードを起動するように簡単に移動できるように錯覚するかもしれないが、もちろんそんな事はない。
其疾如風(コマンド・ウインド)を使えば似たようなことは出来たかもしれないが、スペルカード起動もただではない訳で、そうそう無駄遣いは出来ないのだ。
つまりどういう事かと言えば、岩山登りの時間、である。

「シンイチは元気ね……運動能力が有り余っているのかしら。稀有な能力だわ」

思わず呆れ気味に眺めてしまうが、呆れる事ではない、と考え直す。
ちなみに、何故私が呑気にシンイチを眺める余裕があるのかと言えば、もちろん移動にも魔法を行使しているからである。
仮にも魔女を名乗る身だ。個人用の移動魔法ぐらいは嗜んでいる。当然よね。
今回は風雲月歩(ムーンウォーカー)の魔法を使っている。分かりやすく説明するなら、一人用の不可視の乗騎を用意する魔法、と言ったところか。
体力的には楽ができ、魔力の消耗もほぼ自然回復と相殺できるレベルだが、乗騎の一挙手一投足を思考と魔力で制御しなければならない上に、上位の魔法と違って空を飛んだりはできない。
「長い距離を体力魔力を温存して移動する」以外の用途には使いにくい不人気魔法である。
とはいえ、こうして悪路も無視して移動できるというのは得難いメリットなので、一人旅の多いわたしは愛用している。
ちなみに乗り心地は可もなく不可もなく。風のクッション、と言ったところか。
と、誰に聞かせるでもない移動魔法のレビューを思考の片隅でしていると

>「……この中で、ゲームの方の『第十九試掘洞』に入ったことがあるのは?とりあえず事前情報を共有しておこう」

ミョウジンが第十九試掘洞に関する情報を話し始めた。
正直、言っていることは五割程度しか理解できなかったが、それでも貴重な情報には違いない。
そもそも、わたし自身は第十九試掘洞に関しては伝聞情報しか知らない。丁寧に拝聴する。

「まずは十階層が節目、という訳ね。マルグリットが潜ってから時間が経っているそうだし、そこに留まっているのは考えにくいけれど……」

百や二百ということはさすがにないだろうが、二十三十程度なら十分あり得る範囲だ。
そもそもマルグリットが何のためにここにいるのか、ということがさっぱり分からない以上、当たって砕ける的な行動以外には選択肢が少ない。

「彼は一体何をしているのかしら……それにしても」

ため息を一つついて、つぶやく。

「貴方達は本当に、何でも知っているのねえ……」

158ウィズリィ ◆gIC/Su.kzg:2018/02/02(金) 03:50:35
と、言っているうちに目的地(正確にはその入り口)に到着した。
やれやれ、ようやくついたわね。
ちょっと一服……という甘い見通しは、すぐに修正を迫られた。

現れたのはアイアンゴーレムだ。
実際に相対したことこそほぼないが、その性質程度はわたしも知っている。
怪力、鈍重……そして、群れを成す。

>「ハッ、ようやくお出ましってか。……ビビる数じゃねえ、一気に片付けるぞ!!」
>「仕方ない、押し通って試掘洞に入ろう。狭い洞窟の中に入ってしまえば数の利は覆せる。
>前方のゴーレムを集中攻撃して突破口を開くぞ」

男性陣の対照的なコメント。個人的にはミョウジンの意見の方に賛成だ。
真の勇者ならシンイチの意見に同調するのだろうが、それは無謀と紙一重である。わたしのように戦いが専門でない者にとっては、特に。

>「俺と真一くんで道を拓く、援護してくれ。……しめじちゃん、後方を頼む」

「……?」

なぜかミョウジンはシメジに後方対応の指示を出す。
彼女はとても戦いが得意なようには見えないのだが……まあ、ミョウジンなりに何か意見があるのだろう。

さて、わたしも援護を頼まれた以上、遊んでいるわけにはいかない。
風雲月歩(ムーンウォーカー)を解除し、地面に降り立つ。
この場所の地勢……魔力流の流れを感じ取るために、手っ取り早いのは直接触れる事だ。
本来なら素手で地面に触れたいところだが、靴越しに地面からでもある程度は感じ取れる。
地勢は『地』。
なら、これだ。

「ブック、壁を右側に。わたしは左側をやるわ」

ブックが応答した気配を感じ取りながら、わたしは手を前に突き出し、つぶやく。

「許せ。忘却の森の御名に依りて四元の詠唱を破却する。
 阻め強き者……『石壁隆々(ストーンウォール:ストロング)』!」

呟きが終わると同時に、分厚い石の壁が大地から盛り上がり、アイアンゴーレムと私たちの間を阻む。
その名の通り石の壁を作り出す魔法……今回のこれは地勢の支援を得てさらに強化された特別製だ。
いかにアイアンゴーレムが怪力と言えど、ちょっとやそっとで破れる物ではない。
わたしの魔法で坑道入口の左側に壁が作られるのとほぼ同時に、ブックの魔法によって右側に同様の壁が作られる。
真正面のゴーレムはシンイチとミョウジンによって排除済だ。これで道が出来た。あとは走り込むだけ。

「ミノリは行ってるわね。ナユタ、シメジも、早く!」

私自身も走りながら、後方に声をかけた。

【ウィズリィ:ブレイブたちに複雑な感情を抱きつつもお仕事】
【魔法(非スペルカード):初披露】

159佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/02/09(金) 23:56:32

メルト達が辿り着いた領主の館では、想像よりも遥かに容易く領主からの協力を得る事が出来た。
銅の剣と50Gを渡されて放り出されるかもしれない。
下手をすれば適当な冤罪で牢にでも繋がれるのでは?
などと、権力者というものに対して妙な偏見と警戒心を抱いていたメルトにとって、それは驚くべきことだったが、
その懸念は、ウィズリィという少女の堂々たる態度を見た事によって得られた納得により一応は払拭される事となる。

(ウィズリィさんの後ろ盾……『王』というキャラは、権力者が阿る程の権力を持ったNPCという訳ですね)

己が髪の隙間から眺め見たウィズリィの姿は、公式サイトとゲーム内で見慣れた少女の姿そのものであったが、
彼女を構成する要素は通常のモンスターとは異なるらしい事を改めて認識したメルトは、
脳内でウィズリィの重要性を、ノーマルNPCからイベント用のユニークNPCのレベルに引き上げる事にした。
……と、そんな無礼な思考をしているメルトになゆたから声が掛かる。

>「あ、そうそう。ウィズ、ちょっとここは任せてもいい? すぐ帰ってくるから――。
>しめちゃん、付き合ってくれる?」

「えっ、私は蝙蝠……ああ、いえ!特に用事はありませんので、その、お付き合いします。
 ウィズリィさん、申し訳ありませんがここを宜しくお願いします」

とっさに『蝙蝠の牙商会』を目的地にしている事を口からぶちまけそうになりつつも、慌てて気付き誤魔化したメルトは、
ウィズリィに断りを入れると、なゆたの後ろを小走りで付いていくのであった……

>「ねえねえ、しめちゃん! これどう? あはは……ちょっと露出度高すぎ?」
「は、はぁ。似合っていますが、その、水着より露出が高い服だと元の服より目立つと思うのですが」

そうして辿り着いたのは、ファンタジー世界においては必須の要素と言ってもいい武器と防具の店。
どうにもなゆたは先程メルトが咄嗟に口走った事を覚えていてくれていたらしい。
メルトの本心としては武器も防具も左程興味がないが、自分から口に出した手前付き合わない訳にもいかず、
流されるままになゆたのファッションショーを眺め見て感想などを述べつつ、抜け出すタイミングを図っていたのだが

(……! ナイスタイミングです店員!)

メルトにとって運良く、なゆたを良客と判断したらしい女店員が彼女に近付き、あれこれとアドバイスをし出した。
それを好機とし、上手く気配を消しながらメルトは『蝙蝠の牙商会』へと向かうのであった。

―――――

160佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/02/09(金) 23:56:57
>「お待たせ〜!」

4時間ほどの買い物を終え、魔銀と兎娘亭に戻ったメルト達。

>「じゃっじゃーんっ! どう? 真ちゃん? 似合う?」
>「むっ……あー、まぁ……悪くないんじゃねーか? 馬子にも衣装って言うしな」

宿に残った真一達も休息を取り体調を整えており、現時点で宿内では、真一と新衣装に着替えたなゆたによる
小規模なラブコメ的な何かが繰り広げられていた。
さてそんな中、メルトはと言えば……

「うぐぐ……疲れました……ここ数年間の移動距離をここ数日が上回ってます……」

彼女は店の隅の椅子に腰かけ、机の上にスライムの様に伸びていた。
無理も無いだろう。この世界に来る前は半引きこもり状態であったメルトにとって、4時間の買い物は長すぎたのだ。
買物に対する女子力と言う名前の第二エンジンを有していないが故に、精神的疲労も加わり疲労感は体感で2倍なのである。

……余談ではあるがメルトの服装も一応変化はしている。
といっても、今までの服の上に床に引き摺る程に裾の長い黒色のローブを一枚羽織り、木製の杖を手に持っただけという地味な変化である為、特に語る事は無いのだが。
ああ悲しきは基礎体力。装備が有するリアル筋力値制限。
ファンタジー世界では御洒落をするにも最低限の体力が必要なのであった。

最も……ローブの袖の中に、紫色の液体の入った小瓶が入っている辺り、全くの収穫なしという訳ではなさそうだが。

――――


そして各々が準備を終え、一行はとうとう第十九試掘洞へと向けて歩を進めていた。
険しく、また地熱によって蒸し暑い道中。先頭を行く真一は同行者達を心配し声を掛けるが

>「お前ら、大丈夫か? ダンジョンに着く前からへばってちゃ話にならないぜ」

「へ……はひ……だ、大丈夫でしょうか……あれ? 大丈夫って何でしたっけ……?」

約一名、全然大丈夫じゃなかった。というか限りなくアウトだった。
そして、当然と言えば当然ながらその一名とは佐藤メルトである。
何せ彼女は、アウトドアという言葉とは程遠い人生を送ってきた生粋のインドア派。
装備を背負って山登りをした経験など、小学校低学年の時の遠足以来なのである。
息を切らし目を回し、スペルカードのカロリーブロックを消費して体力を回復することでかろうじで付いていっている始末である。
心が折れていないのは、レアアイテムへの物欲ブーストと、生存欲求の合わせ技か。

161佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/02/09(金) 23:57:46
>「シンイチは元気ね……運動能力が有り余っているのかしら。稀有な能力だわ」
>「底なしの体力と言い、物怖じしなさと言い……ホントに現代っ子かよ。なゆたちゃん君らの地元って群馬県かなんかか?」

さて、そんなメルトはさて置き、他の面々は各々の足や手段でしっかりと歩を進めていた。
健脚なみのりや真一、明らかに疲労の色を見せる明神など違いは有れど、流石にメルトよりは体力は有る様である。
よって、その道中では雑談に興じる余裕が産まれていた。

>「……この中で、ゲームの方の『第十九試掘洞』に入ったことがあるのは?とりあえず事前情報を共有しておこう」
>「試掘洞のマップは突入と同時にランダムに生成される。俺達がすべきは敵とトラップを退けつつ、
>マップのどこかにある階段を見つけて下の階層を目指すことだ。もちろん階層が変わればマップも変わる。
>まあ往年の不思議のダンジョンみてーなもんだと思えば分かりやすいな。やったことあるだろ?ない?世代か?」

口火を切ったのは明神。
彼は第十九試堀洞のダンジョンとしての構成を語り、一同へと情報を募る。
……勿論、メルトもこのダンジョンへと挑んだ事はある。
最前線の攻略組の様に熱心に挑んだ訳ではないとはいえ、素材集めやダンジョンの罠を用いたPK的に有用な場所だ。
それこそ一時は良くお世話になったものである。

「……はぁっ……あのっ……プレイ動画で見たの、ですがっ!
 洞窟だと、敵に追われるままに逃げると、挟み撃ちで詰むって、実況者達が言って……ぜぇ……ましたっ!」

……だが、そうであるにも関わらず、メルトが語った情報はたったそれだけであった。
情報の隠匿。善良なプレイヤーから見れば、或いは真っ当な倫理観を持つ人間からすれば、それは罪悪であろう。
だが、メルトの様な悪質プレイヤーにとって、情報は公開しないのが当たり前のものであるのだ。
何せ、『相手が知らなければ自分だけが得をする』のだから。




そうして一同がさらに歩を進め、とうとう。ようやっと洞窟の入り口が見えて来た。
熱さにうだっていたメルトは、直射日光が遮られる事で涼が取れそうな洞窟に対して喜びの色を見せるが

>「おっ、もしかしてアレが第十九試掘洞の入り口か?
> やーっと、到着した……って言いたいところだが、素直に俺たちを迎え入れてくれる気はないみたいだな」
>「……ついでに言えば、素直に帰してくれるつもりもなさそうだ」

「うええええっ!!?なんでこんなワラワラ沸いてくるんですかぁ!?
 入口にモンスターハウスとか、配置した人は難易度の意味勘違いしてますよ!絶対!」

そうは問屋が卸さないらしい。
現れたのは無数の巨大な影。古に生み出された侵入者を阻む鉄の防衛機構。鋼の兵士。
即ち、アイアンゴーレムの大群だったのである。

荒野以来の魔物らしい魔物との会敵に、怯むメルトであったが

>「ハッ、ようやくお出ましってか。……ビビる数じゃねえ、一気に片付けるぞ!!」
>「仕方ない、押し通って試掘洞に入ろう。狭い洞窟の中に入ってしまえば数の利は覆せる。
>前方のゴーレムを集中攻撃して突破口を開くぞ」

流石に男性陣は肝が据わっている様である。
真一はグラドを呼び出し、明神はアイアンゴーレムへの突破策を提示した。
頼りがいのある二人のその姿に、ゴーレムは二人に任せて楽をしようと考え始めていたメルト。だが予想外であったのは

162佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/02/09(金) 23:58:59
>「俺と真一くんで道を拓く、援護してくれ。……しめじちゃん、後方を頼む」
「あ。はい……はいっ!?え、あの!すみませ」

明神が、唐突にメルトに殿を任せて来たと言う一点である。
とっさに否定の言葉を吐こうとするも、コミュニケーション能力を育ててこなかった口は上手く言葉を紡ぐ事が出来ず、
また、明神から向けられた『信頼している』的な意味が込められてるっぽい視線を受けた事で、柄にもなくテンパってしまい
……そうこうしている内に、二人はスマホを携えアイアンゴーレム達との戦闘を開始してしまったのである。
なんとか助けを求めようにも、

>「許せ。忘却の森の御名に依りて四元の詠唱を破却する。
> 阻め強き者……『石壁隆々(ストーンウォール:ストロング)』!」

既に、ウィズリィは強力なスペルを用いて石の壁を産み出しゴーレムの侵攻を防いでおり、

>「はふう〜みんなかっこええわ〜
>うち登ってくるだけで疲れてしまってるのに、皆さんおきばりやす〜」

みのりは他の一行の果敢な戦闘に、劇を見る女学生の様な楽しげな態度を見せ、完全に観戦ムードであり、手出しするつもりはなさそうに見える。

(……不味いです。こんな所で派手に立ち回って、勘繰られるのは嫌ですし……かといって、何もしなければジリ貧です)

暫く右往左往したり、口元に手を当て視線をせわしなく動かしていたメルトであったが

(仕方ありません……ちょっとだけ、ちょっとだけです。バレないように偶然を装って……!)

やがて覚悟を決めたらしい。スマホを操作し〈召喚(サモン)〉のボタンへと指をかける

「召喚(サモン)――――レトロスケルトン、ゾウショク」

言葉に合わせ、メルトの影から湧き出る様に現れたのは、命を失い、骨と化しても尚動き回る古の屍。
カタカタと顎を鳴らす自身のパートナーモンスターに、視線を向ける事すらせず、指示を出す。

「……ゾウショク。アイアンゴーレムの身体に組みついてください。くれぐれも、地面に足を付けない様に」

メルトの指示を受けたレトロスケルトンのゾウショクは、人間の様に首を傾げる動作をした後、
それでもメルトの指示を忠実に守りアイアンゴーレムの一体へと組みつく。

163佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/02/10(土) 00:30:10
スピードの差でゴーレムに取り付く事ができたゾウショクであるが、当然の事ながら、絡みついた所でレトロスケルトンがアイアンゴーレムにダメージを与えられる訳も無い
モンスターとしての強度が違うのだ。それこそ、アイアンゴーレムが動き回るだけでいずれレトロスケルトンは砕かれて終わってしまうだろう。
そうであるというのに、何故メルトがその様な行為を指示したのかといえば

「……ユニットカード【戦場跡地】を使用します」

全ては、そのユニットカードを使用する為の布石であった。
ユニットカード『戦場跡地』とは、フィールドの地面からオールドスケルトンという、レトロスケルトンと同等の性能しか有していないモンスターを
大量に沸かせるという効果のコモンカードである。
沸く数こそ、なゆたの有する『民族大移動(エクソダス)』に近しいとはいえ、
召喚されるスケルトンは一定のステータスしか有しておらず、また成長する事もない為、
高レベルのモンスターには一撃で薙ぎ払われる、壁としても使い物にならない産廃カードだ

だが、このカードには一つだけ有用な特性がある。
それは……召喚されるオールドスケルトンは、フィールドによって特性が変化するという点だ。
火のフィールドでは、ヒートオールドスケルトンに、水のフィールドではアクアオールドスケルトンに

そして――――金属のフィールドでは、メタルオールドスケルトンに。

「メタルオールドスケルトン、ゴーレムに取り付いてください」

メルトが呼び出したメタルオールドスケルトンに指示を出すと、湧き出たモンスター達は次々と後方のゴーレムに取り付いていく。
……無論、金属の属性が付いた所で雑魚は雑魚。ゴーレムが腕を振る度に砕け散り、ダメージを与えることも出来ないが

(ですが……攻撃力もない雑魚モンスターでも、金属としての重さはありますので。
 さて、作業用ゴーレムはどれくらいの重さまで耐えられるでしょうか……100kg?1t?それとも10tでしょうか。ええ、壊れる限界まで、性能テストと洒落込みましょう)

メルトの思惑通り、金属製のスケルトンに取りつかれたゴーレムは、出力の限界を超え、
徐々にその歩みを遅くし、やがて立ち止まり膝を付いてしまう。それを確認したメルトは、

「……ぐ、偶然メタルなスケルトンで助かりました!ええ、運が良かったです!さあ、速く入口に入ってしまいましょう!」

大根丸出しな演技でそう言うと、明神の背に追いつき、盾にするような体勢で洞窟へと突入するのであった。

164佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/02/10(土) 00:43:14
……余談だが、オールドスケルトンが金属属性を有したのも勿論偶然ではない。
ブレイブモンスターというゲームにおいて、フレーバーテキストが示すフィールドというのは
基本的には周囲の環境の事を差す言うのだが……実は、パートナーのモンスターを召喚している場合に限り、
一部のカードではパートナーのモンスターが晒されている環境がフィールドとして扱われてしまうのである。

具体的に言えば、火山のダンジョンでは通常、フィールドは火属性として扱われるが
召喚したパートナーが氷漬けにされてしまっている場合は、氷のフィールドに居る扱いにする事が出来る場合があるのだ。

勿論、これはバグである。
それも初期に登場したカード特有のバグであり『使える』カードは早々に判定を修正されてしまったのだが
……使えないカードの『戦場跡地』は運営の修正を免れていたのだ。

それを知っていたメルトは、レトロスケルトンのゾウショクをアイアンゴーレムに張り付かせる事で、
周囲が金属しかない環境であると誤認させ、メタルオールドスケルトンの召喚に成功した、という訳である

165崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/02/14(水) 14:47:18
アイアンゴーレムの囲みを突破して足を踏み入れた第十九試掘洞は、荒く掘削されたまだ新しい坑道だった。
要所要所が木で補強され、崩落防止措置こそなされているものの、あちこちに崩れた土砂が堆積している。
もちろん、足場も悪い。歩き心地など度外視した、ただの穴ぐらである。舗装された道路に慣れ切った現代人には酷な道だ。
掘削した土砂や採取した鉱石などを運搬するためのトロッコと線路があるが、移動に使うのは危険だろう。
言うまでもないが空気も悪い。こんなところに長く籠もっていたら、塵肺は必至である。
壁面や天井に埋積している鉱石が輝きを放っているのか、松明やランタンなしでも坑内を歩けるのだけが救いだろうか。
いずれにせよアスファルトの上を歩き、エアコンの利いた部屋の中で過ごす人間にとっては想像を絶するロケーションだ。
というのに、そんな文明の利器に侵食されきった一人であるなゆたは、顔色ひとつ変えずに歩いている。
それどころか、その足取りはまるでハイキングにでも行くように軽やかでさえあった。
もちろん、なゆたは真一のようなフィジカルエリートだったりするわけではない。
スポーツは全般得意だし、同世代の中では体力もあるとの自負はあるが、それはあくまで現代社会の中での話だ。
こんな蛮族やら化物やらの闊歩する、文明レベル中世なみの世界を踏破するには心許ない。

が。

そこはそれ、何事にも対処法はある。
秘密はなゆたの装備している姫騎士シリーズにあった。
姫騎士装備一式は、基本的に同じ女性専用装備の女騎士シリーズと大差ない。外見上も姫騎士装備が気持ちかわいい、程度の違いしかない。
というのに、価格に天と地ほどの開きがある。
女騎士シリーズ一式を揃えるのにかかる費用は、26000ルピ。
しかし、姫騎士シリーズ一式を揃えるのにかかる費用は530000ルピ。文字通りケタが違う。
女騎士装備と姫騎士装備、両者の何がそこまで違うのか?
それはゲーム内のインベントリで閲覧できるフレーバーテキストだった。

女騎士シリーズの前文にはこうある。
「女騎士が身につける防具一式。誇り高き女騎士は男にも(オークにも)絶対に負けない」

一方、姫騎士シリーズの前文はこうだ。
「姫騎士が身につける防具一式。温室育ちのお姫さまが快適に冒険するためのあらゆる手段が講じられている」

おわかりいただけただろうか。
女騎士の鎧は単なる板金鎧に過ぎない。――しかし、姫騎士の装備はそうではない。
冒険に憧れるお姫さまがやれ暑いだの寒いだの、足にマメができただのと泣き言を言わないための対処が施されているのだ。
胸当てはまるで羽毛のような軽さで装着者に重量を感じさせず、マントは常に快適な温度を提供している。
魔力を纏ったブーツに護られた脚の運びは軽やかで、悪路をまるで問題にしない。
坑道などという、今までの人生で一度も足を踏み入れたことのない場所へ赴くため、なゆたは可能な限りの対策を練ったのである。
決して「異世界に来たんだからそれっぽい恰好したい!」という浮ついた気持ちがメインだったわけではない。
……断じてない。
なお、購入費用の530000ルピは自腹を切ったため、パーティー資金の横領着服にも当たらない。
いけいけどんどんの真一と違い、石橋を叩いた上で渡らないことも辞さないなゆたであった。

「さて。中に入ったはいいけれど、階段を探すのが一苦労ね……」

先程明神が言ったことを思い出しながら、軽く右手で顎先に触れる。
第十九試掘洞は自動生成型のダンジョン。入るたびに内部構造が変化するため、決まった攻略法は存在しない。
共通の踏破法があるとするなら、それは「とにかくフロアを虱潰しに歩いて階段を見つけるしかない」という一点だろうか。
つまり、ショートカットや抜け道はないということだ。

166崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/02/14(水) 14:47:57
ただ、内部構造が変化するというだけで、出現するモンスターや存在するトラップは決まっている。

第十九試掘洞一階でエンカウントするモンスターは四種類。
まず、ゴブリン・チーフテン。チーフテンは族長の意。只のゴブリンよりは遥かに強いが、所詮ゴブリンである。
ケイブビートル。こういった洞窟内を主な生息場所にする巨大な甲虫。60センチくらいの大きさのカナブン。
スペクター。幽霊系の敵だが普通に物理で殴れる。ドレインタッチでステータス一時低下を連発してくる嫌な敵。
グレイ・ウーズ。スライム系統樹のモンスター。灰色の粘液状のモンスターで、酸で攻撃してくる。

ケイブビートルが多少硬いくらいで、そこまで脅威となりうる敵はいない。グラドがひと暴れすれば難なく蹴散らせる程度であろう。
トラップは一階には存在しない。
極論、現段階におけるパーティーの脅威はモンスターやトラップではなく、この坑道内の劣悪な環境に順応できるかだった。
もちろん、こんなことは液晶画面越しにゲームをしていた頃は考えもしなかったことだ。
しかし、今は空気の悪さや崩落の危険、疲労、不意の怪我など様々なことに気を配らなければならない。

>……10階までにマルグリットが見つからなけりゃ、早々にこのクエストは諦めるべきかもな

「わたしも明神さんの意見に賛成。指環は確かに垂涎のアイテムだけれど、命には代えられないわ」

ローウェルの指環は実在が疑われるほどの幻のアイテム。確かになゆたも見てみたい、あわよくば手に入れたいとは思っている。
しかし、それも命あっての物種。そこまでのリスクを冒してまで手に入れるものではない。
元々指環を手に入れようとしたのは、クリスタルを手に入れるためだ。
産出量が減少している、入手が困難になっているとはいえ、ローウェルの指環を手に入れなければ貰えないというものではない。
効率は悪くなるだろうが、他にもクリスタルを手に入れる方法はあるのだ。そちらにシフトすればいい。
欲をかいて犠牲者を出し、キングヒルにたどり着く前に満身創痍などということは避けなければならない。
まだ、このパーティーの冒険は始まったばかりなのだから。

「わたしたちはゲームについては詳しいけれど、実際の冒険に関してはド素人もいいところよ。
 わたしと真ちゃんは一応キャンプの経験とかもあるけど、そんなの大した役には立たないと思うし。
 こまめに休憩を取りながら進みましょう。決して無理はしない、みんな疲れたら疲れたって遠慮せず言うこと。
 水と食料は半月籠もっても大丈夫なくらい用意してきたから、水分補給はこまめに。いい?」

世話焼きの本領発揮か、テキパキと仲間に指示を送る。
こういう長丁場のクエストは、無理は禁物だ。とにかく体力を温存して進まなければならない。
パーティーが焚火を囲んで野営しているイラストや小説の挿絵などはよく見るが、自分たちにそんなことができないのは百も承知だ。
毛布一枚かぶって地べたでゴロ寝することだって難しいだろう。つまり、休憩でもまともな体力回復は期待できないということだ。
何をどうしたって、クエスト中に消耗することは避けられない事実である。
であれば、とにかく【いのちだいじに】でいくしかない。

「ま……それは明日にしましょう。今日はみんな、ここに辿り着くので疲れちゃったと思うから。
 本格的な探索は、明日から始める。どうかしら?」

真一などはこのまま前進したいだろうし、自分も装備のおかげで大して疲れていないが、これはパーティープレイである。
パーティープレイは最もステータスの低い者を基準に考えるのが基本中の基本だ。
つまり、なゆたはメルトのことを中心に置いてものを考えている。
坑道の中である程度広い場所を見つけると、なゆたは野営を提案した。
インベントリの中からキャンプを選択すると、ぽぽん、と三つのテントが出現する。
ミスリルバニー亭のときと同じ編成で休息しようというわけだ。

「坑道内は火気厳禁。だから、温かいものは食べられないわ。残念だけど……でも、今だけの我慢だから。
 携帯食はおいしいものを選んだつもりよ、……まぁどれも似たり寄ったりではあったんだけど」

野営の準備をしながら、眉を下げてあはは、と笑う。
実際雑巾よりちょっとマシレベルの乾パンと、歯ブラシみたいな食感の肉?の入った缶詰が主だったが仕方ない。
見張りとして今まで出番のなかったポヨリンをテントの外に配置すると、一行はそこで一晩を明かした。

167崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/02/14(水) 14:48:33
翌日、まずい携帯食を食べて腹ごしらえをし、準備を整えると、一行は改めて試掘洞攻略のために出発した。
第十九試掘洞はストーリーの中盤に挑むダンジョンであるが、難度的にはそう高いものではない。
あくまでこのダンジョンの肝は十階以降で、ストーリーでの出番は顔出しに過ぎないということなのだろう。
前衛のグラド(と真一)が敵を薙ぎ払い、続いてヤマシタがグラドの取りこぼしを射撃で攻撃する。
それだけで、立ち塞がるモンスターは大抵すぐに沈黙してゆく。女性陣は楽なものだ。

「このまますんなり行ってくれれば、楽なんだけどね……」

スムーズに事が運んでいるときほど、警戒を強めなければならないというのは初歩の初歩だ。
幸い、一階の階段は探索開始から30分ほどで見つけることができた。
坑道内では宝箱などもランダムに生成されるのだが、中身は決まっている。ここで手に入れられるものはレアリティも低いので無視だ。
そうしてこまめな休憩を挟みながら、どんどん下層に降りてゆく。

「しめちゃん、疲れてない? いつでも遠慮なく言ってくれていいんだからね」

ローブ姿のメルトへ気遣わしげに話しかける。
本当はメルトの分も姫騎士装備を用意したかったのだが、店員と話し込んでいる間にメルトは忽然といなくなってしまっていた。
町の中を探しに行こうとしたところで幸い合流できたのだが、その後は色々とタイミングが悪く、結局買いそびれてしまったのだ。
現在、なゆたはメルトの横、ないしやや後方を歩いている。
しんがりはパーティー全体を俯瞰して見ることができる。誰かが不調を訴えればすぐわかるということだ。
試掘洞の入口でなぜ明神が自分たちではなくメルトにしんがりを依頼したのか、なゆたはその真意を掴みあぐねていた。

あのときは『たまたま』メルトの展開した【戦場跡地】によって『偶然』ゾウショクが金属属性を付与され――
『意外にも』アイアンゴーレムを足止めできたが、そんな幸運が何度も続くとは思えない。
よもや明神がいち早くメルトの本性を察知し、メルトがそれに秘密裏に応えた、などとは夢にも思っていないなゆたである。
ともかく、メルトにはただ坑道内を歩くことさえ大冒険であろうと、自分がしんがりを務めることにした。

「真ちゃん、歩くの早い! こっちには女の子がいるんだからね、ちょっとその辺、気を遣って!」

最後尾から先頭の真一に向けて声を出す。
もちろん、注意をしたのはそのままの意味もあるが、罠に警戒しろという意味も含まれている。
運動神経は動物並だが、頭の中も動物並の真一のことだ。トラップのことなどまるで考えていないだろう。
もし、足許の分かり辛いところにワイヤートラップがあったり、床にスイッチがあったりしたら、真一は即アウトだ。
もちろん、その辺りは真一のすぐ後方を歩く明神が目を配っているとは思うが――。
それでも、注意するに越したことはない。

ゲームとして現実世界でブレモンをプレイしているときはわからなかったが、試掘洞は陰鬱なロケーションだ。
下層に溶岩の流れているフロアがあることから、地熱の影響で坑道内はじんわりと暑い。
もちろん空気は澱んでおり、魔法のマントがなければたちまち額に汗がにじむ。
天井がそう高くないため、いつも頭を押さえつけられているような錯覚に陥る。閉所恐怖症の人間は我慢できるまい。
光が見えないというのもつらい。入ってまだ一日弱しか経っていないのに、もう青い空が恋しい。
もちろん、気晴らしになるようなBGMもない。
何をするにも劣悪な環境の中を行軍していると、自然と誰もが無口になる。
会話のない沈鬱な行軍は疲労を増幅させる。疲れると喋るのが億劫になる。――負の連鎖だ。
そこで。

「み……、みのりさん! しりとりしません?」

突然、そんなことを言った。

「わたし、みのりさん、ウィズ、しめちゃんの順番で。
 あ、ウィズはしりとり、わかんないかな?えっと、しりとりっていうのはね……」

男二人を誘わなかったのは、敵と罠の警戒に集中してほしかったからでイジメではない。

「じゃ、早速! え〜と……じゃあ、イシュタルの『い』で!」

そんなこんなで、女性陣によるしりとり大会が開催され――

168崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/02/14(水) 14:49:35
第十九試掘洞に突入して、約三日後。
一行は問題の地下十階に到達した。
一階から九階までは自動生成のダンジョンだが、十階など節目となるフロアだけは決まった構造になっている。
地下十階は広大な一間のみのフロアになっていた。光が届かず、どれだけ高いのかわからない天井に、眼下に広がる溶岩の海。
オレンジ色のマグマがぐつぐつと音を立てて煮えたぎりながら、ゆっくりと流れてゆく。
そんなマグマの海の上、20メートルほどに大きな石橋がかかっている。
そこを渡れば、地下十一階への階段もしくは地上への脱出口に行きつく。

一本道のルートで迷いようがなく、構造としては単純極まりないが、もちろんすんなり通れる訳ではない。
地下十階のボス、バルログを倒さない限り、ここから一歩も先に進むことはできないのだ。

バルログ。炎属性の上級魔族である。
6メートルほどの人型をした燃え盛る巨体に、頭のねじくれた角。牙の生え揃う裂けた口に、背の巨翼。
右手に持った炎の魔剣と、左手に携えた炎の鞭――総体、悪魔の見本のような姿をしたモンスターだ。
先日倒したベルゼブブに比べると素早さや使用する魔法のレベルで劣るが、単純な攻撃力はベルゼブブよりも上である。
戦闘手段は炎の魔法に加え、両手に持った武器での物理攻撃。これが初心者お断りレベルで強い。
ここまで挫折もなく、サクサクとストーリーを進めてこられたプレイヤーの大半が、このバルログに返り討ちにされる。
水-氷属性にきわめて弱いため、その系統で固めて攻めると割とあっさり沈むが、それに気付くかが初心者と中級者の分水嶺と言える。

そんなバルログが、橋の上にその巨体を屹立させている。
そして、そのバルログの手前に、炎の悪魔と対峙するひとりの男の姿も――。

「いた! マルグリット!」

なゆたは思わず右手の人差し指を突き出して叫んだ。
その特徴的なヴィジュアルを見間違うことなどありえない。

精緻な文様の施された、白灰色の魔法のローブに手甲、脛当てをつけ、手には魔術の徒の証たるトネリコの杖を携えている。
流れるようなサラサラの長い金髪に、いかにも腐女子受けしそうな整った顔。しなやかな体躯ですらりと背も高い。
その佇まいからは『美形とはこういうことだ!』という、ブレモン運営の熱いメッセージが伝わってくるかのようである。

バルログが咆哮をあげ、マルグリットに炎の魔剣を振り下ろす。
マルグリットは魔術師らしからぬ身軽な動きで跳躍し、バルログの攻撃をかわす。
近接戦闘が苦手なはずの魔術師だというのに、バリバリの武闘派であるバルログをうまく往なすその動きは見事の一言に尽きる。
さすが、絶大な人気を誇る上級NPCといったところだろうか。
もしマルグリットがバルログを倒してさらに下階へ進んでいたとしたらアウトだったが、それは杞憂に終わったようだ。
とはいえ、グズグズはしていられない。なゆたはスマホに控えさせていたポヨリンを召喚しながら、明神を見た。

「明神さん、バルログ。どうする?」

もちろん、捕獲するか? という意味だ。
なお、なゆたが明神のモンスター捕獲を手伝うのは(今のところ)一度きりの予定である。次はない。
と、マルグリットの方でもこちらに気付いたのか、こちらを一瞥すると端正な顔に僅かな喜色を湛え、

「おお……! これは全知全識なる智慧の神の御手か、あるいは叡知の頂に座す我が賢師の御導きか!
 冥底に至るがごとき、かような大地の懐深くにて生ある人草と相まみえようとは……! 
 この『聖灰のマルグリット』の運、まだまだ尽きるには早いものと見える!」

と言った。やはり、ゲームの中と同じくセリフが臭い。

「心在らば応えられよ、勇敢なる冒険者たちよ! 願わくば、共にこの悍ましき紅炎の化身をニヴルヘイムへと送還せしめよう!
 大愚なれど、わたしも『十二階梯の継承者』の末席を汚す者……相応の礼を約束する!」

「オッケー! 真ちゃん! 竜騎士の鎧は炎ダメージ20パーセントカットだから、多少はバルログの炎に耐えられるはず――!
 思いっきりやっちゃって! ゴーッ!!」

間に合った。となれば、あとはバルログを倒すだけだ。
真一に指示を出すと、なゆたはスマホの液晶画面を素早くタップし、スペルカードを展開した。


【バルログと戦闘開始】

169赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/02/17(土) 00:39:41
「2、4、6、8……」

グラドを召喚した直後、真一は直ぐ様突っ込むわけでもなく、周囲に素早く目を配ってアイアンゴーレムを数えていた。
これは彼がヤンキーだった中学時代の経験に基づく知恵だが、複数人の敵とケンカをする時には、その数と配置を読み違えれば命取りになる。
先程までは硫黄の煙でよく見えなかったものの、こうして前に出てきてくれるのならば、はっきりとアイアンゴーレムたちの姿を視認することができた。

「――こいつらの数は全部で13体だ! 挟み込まれないように気を付けろ!」

卓越した動体視力を以て、瞬く間に敵の総数を把握した真一は仲間達に呼びかけると、自分から最も近い位置にいる一体へ躍り掛る。
鉱石の双眸で、真一の動きを捉えたアイアンゴーレムは「グアアアアア!!」と唸り声を上げて迎え撃つが、直後にその叫びは後方へと吹き飛んだ。
真一が先んじて行使したスペル――〈火の玉(ファイアボール)〉の一撃を、思い切り叩き込まれたのである。
そして、敵が体勢を崩した隙を見逃さず、今度はグラドが上空から襲撃し、自慢の爪でアイアンゴーレムの急所――胴体部のコアを叩き潰す。
――まずは、一体目。

>「俺と真一くんで道を拓く、援護してくれ。……しめじちゃん、後方を頼む」

>「いけるぞ……!ヤマシタ、『乱れ撃ち』だ!!」

そんな真一のすぐ後に続いたのは、意外にも明神だった。
何となく気怠げで、頼りなさそうな印象を受けた明神だが、自ら犠牲になった昨夜の一幕といい、ああ見えてガッツのある男なのかもしれない。
――などと感心しているのも束の間、真一は眼前でグラドとアイアンゴーレムの一体が格闘戦を繰り広げているのに割って入り、相棒が相手の体を押さえ付けた瞬間、長剣をコアに突き立てた。
これで二体目。この世界でグラドと戦うのはもう幾度目だが、タッグの連携も徐々にこなれてきているのを感じられた。

>「はふう〜みんなかっこええわ〜
うち登ってくるだけで疲れてしまってるのに、皆さんおきばりやす〜」

>「許せ。忘却の森の御名に依りて四元の詠唱を破却する。
 阻め強き者……『石壁隆々(ストーンウォール:ストロング)』!」

>「メタルオールドスケルトン、ゴーレムに取り付いてください」

真一はグラドとのコンビ攻撃。明神はスマホ越しに射たれる矢を使って、着実に敵の数を減らして行く最中、仲間達は各々のスキルを活かして、第十九試掘洞への道を切り開くべく奮闘していた(みのりは何もしていなかったが)。
ウィズリィが魔女らしく魔法で石壁を生成して敵の動きを阻害するのは見事だったが、予想外なのはメルトの活躍である。
ユニットカードで大量に生み出された骸骨らは、どういう理屈かその全てが金属化し、アイアンゴーレムの重しとなってしがみついていた。
二人の妨害も相まり、ようやく敵に阻まれていた行路が拓かれる。

>「……ぐ、偶然メタルなスケルトンで助かりました!ええ、運が良かったです!さあ、速く入口に入ってしまいましょう!」

「ナイスだぜ、しめ子! 今のうちだ、洞窟の中に逃げ込むぞ!」

真一は今しがた討ち取った三体目のゴーレムを蹴り飛ばし、ひらりとグラドの背に跨って洞窟の入り口を目指す。
先程明神が言っていた通り、あの洞窟の中にさえ入ってしまえば、彼我の戦力差は覆すことができるだろう。
現地で出会ったウィズリィも含めて6人――烏合の衆としか形容できない即席パーティであったが、中々どうして彼らの連携は堂に入ったものであった。

* * *

170赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/02/17(土) 00:41:11
そんなこんなで門番の襲撃を切り抜けた一行は、順調に第十九試掘洞の探索を進めていた。

時間にして三日間。
下層には溶岩が流れているという性質上、階下へ降りる度に上昇する熱気には流石の真一も参ったが、彼らが苦戦するほどのモンスターはほとんど道中には現れない。
途中、真一が何気なしに開いた宝箱に擬態したモンスター『グリードボックス(手足が長いミミック的な姿)』の奇襲には肝を冷やしたが、どうにか倒せたおかげで『水神の護符』というレアアイテムも人数分ドロップしてくれた。
これは使用すると一定時間水のベールに覆われ、炎属性の攻撃に対して大幅な耐性を得るという効果を持つ。
この先に待ち受ける敵との戦いを考えれば、かなり心強いアイテムであると言えるだろう。

――そして、ようやく辿り着いた地下十階層。

そこは今までのフロアのように、入り組んだ構造ではなく、広大な空間が広がっていた。
眼下で煮え滾る溶岩の海に照らされているせいか、洞窟の中とは思えないほど明るく、天井や壁面には数多の鉱物が散りばめられ、幻想的な美しさを醸し出している。
更に、このフロアの最奥に鎮座している“とある巨大なオブジェ”。
あれは神話で語り継がれる古代の戦争時、ガンダラのドワーフと魔術師たちが生み出したロストテクノロジーの結晶――超大型のアイアンゴーレムだ。
ゲーム内のストーリーでは、遥か昔にその強大な力を以て魔族の襲撃から街を護り、力尽きたあとはこうして第十九試掘洞の下層で眠りに就いているという設定だった筈だ。
確かフレーバーテキストで、あのゴーレムに与えられた名を見た覚えがあるのだが、さて一体何だっただろうか。

>「いた! マルグリット!」

>「おお……! これは全知全識なる智慧の神の御手か、あるいは叡知の頂に座す我が賢師の御導きか!
 冥底に至るがごとき、かような大地の懐深くにて生ある人草と相まみえようとは……! 
 この『聖灰のマルグリット』の運、まだまだ尽きるには早いものと見える!」

超大型ゴーレムに睨まれているような雰囲気を察し、何となく背筋に冷たいものが走るの感じていた真一だが、なゆたの叫びではっと我に返り前方を見据える。
橋の上にはフロアのボスモンスターであるバルログと、それに対峙する魔術師――聖灰のマルグリットの姿があった。

>「心在らば応えられよ、勇敢なる冒険者たちよ! 願わくば、共にこの悍ましき紅炎の化身をニヴルヘイムへと送還せしめよう!
 大愚なれど、わたしも『十二階梯の継承者』の末席を汚す者……相応の礼を約束する!」

>「オッケー! 真ちゃん! 竜騎士の鎧は炎ダメージ20パーセントカットだから、多少はバルログの炎に耐えられるはず――!
 思いっきりやっちゃって! ゴーッ!!」

マルグリットは何やら小難しい言葉を並べ立てているが、曰く、あのバルログを一緒に討伐することができれば、何らかの報酬をくれるということらしい。

「言われるまでもねーさ。こっちはそのために、こんな洞窟の奥まで潜ってきたんだからな。
 援護は任せたぜ、なゆ! 行くぞ、グラド!!」

真一は左腰の長剣を抜き放つと、再度グラドの背に跨って飛翔する。
この数日間の戦いで、パーティの戦闘スタイルもある程度確立されていた。
まずはこうして前衛の真一とグラドが突っ込み、後衛のメンバーがそれをサポート。
敵の攻撃はタンクのイシュタルが全て防ぎ、高レベルのポヨリンがサブアタッカーとして痛打を叩き込む――というような具合だ。

171赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/02/17(土) 00:41:23
グラドはバルログと一定の距離を保ちつつ、周囲を旋回するように飛び回る。
レッドドラゴンは炎属性のため、バルログの攻撃を受けても威力半減だが、それは相手からしても同じことだ。
得意のドラゴンブレスも、奴が相手では充分な効力を発揮できないだろう。――ならばこちらの攻撃手段は、格闘戦を仕掛けるに他ならない。

「このままあいつの周りを飛びながら、徐々に距離を詰めるんだ。
 そして間合いに入ったら、一気に飛び込んでブン殴るぞ。防御は俺がサポートするから心配すんな」

グラドは真一の指示に頷き、じわじわと間合いを計り始めた。
剣道において“ふくみ足”と呼ばれる歩法がある。足指を這わせて少しずつ前に進み、相手に悟られないように距離を詰める技術だ。
真一が今回思い付いたのは、そこから着想を得た作戦である。
バルログへと一直線に突っ込むのではなく、こうして周囲を旋回しながら徐々に前進することで、敵に気付かれない内に間合いへ入ることができる。

「……入った。今だ、グラド!!」

充分に距離を詰めた後、グラドはバルログの背後から飛び込んだ。
バルログは見た目通り近接戦闘に長けたモンスターであるため、左手に持った鞭で素早く迎撃するが、その一閃をグラドは更に深く潜って回避する。
この洞窟内で過ごした三日間で、グラドのレベルはかなり上がっていた。
元々レベルが低かったというのもあり、中〜上級者向けに設定された第十九試掘洞は充分な経験値稼ぎの場になったのだ。
必然、諸々のパラメータも上昇した今のグラドのスピードならば、これくらいの攻撃を避けるのは造作もないことであった。

そして、切り返しで繰り出された二撃目は、真一が長剣で叩き落としてガードする。
これも事前に入手した『水神の護符』を使用していたため、炎の鞭から放たれる火の粉を気に留める必要はない。

「――〈漆黒の爪(ブラッククロウ)〉!!」

バルログによるニ閃の攻撃を切り抜けるや否や、今を好機と見定めた真一は、迷いなくスペルカードを切った。
その効果によってグラドの右手の爪は、鈍い漆黒の光沢を帯びて硬化する。
一時的にではあるが、オリハルコンにも匹敵する硬度を得たその爪を、グラドは満身の力でバルログの顔面に叩き付ける。
その一撃は頬まで裂けた醜悪な横っ面に突き刺さり、六メートルの巨体は悲痛な呻き声を上げながら、後方に蹌踉めいて片膝を落とした。



【バルログに先制パンチ!】

172明神 ◆9EasXbvg42:2018/02/22(木) 23:19:28
>「あ。はい……はいっ!?え、あの!すみませ」

俺の無茶振りにしめじちゃんはめっちゃキョドっていた。ゆるせ。
なんか無言の抗議みたいなのが飛んできそうだったので俺は振り返らずに真ちゃんの背中だけを凝視していた。
まー仮にしめじちゃんがガチの無力だったとしたら相当ヤバいんだけど、なゆたちゃん辺りがサポートしてくれるだろ。
あいつ真ちゃんとは別ベクトルで何故か元気だったしな。やっぱあいつら二人だけフィジカルおかしくない?

>「許せ。忘却の森の御名に依りて四元の詠唱を破却する。阻め強き者……『石壁隆々(ストーンウォール:ストロング)』!」

と、体よく仕事を擦り付ける俺の背後で、ウィズリィちゃんが呪文を唱える声が聞こえた。
俺たちの疾走している地面の両脇が隆起し、モーセが海を割るみたいに石造りの壁が生まれる。
サイドから迫るアイアンゴーレムたちは壁に阻まれ、機械質な唸り声だけがこっちに届いた。

「『石壁』の中位魔法か……!でかしたウィズリィちゃん!」

こいつは知ってる。
障壁を生成して敵の攻撃を阻害する、ブレモンの魔法系モンスターが使うスキルの一つだ。
ゲーム中じゃ単なる防御バフに過ぎなかったけど、なるほど『ここ』ならそういう使い方もできるのか。
システム上の効力が微妙な死にスキルも、フレーバーテキストの内容によっちゃ想定以上の効果を発揮する。
まだまだ研究の余地ありだなこりゃ。

しかしウィズリィちゃん、カードもなしにサラっと規模のでかい魔法使ってんな。
『魔女術の少女族』ってこんな強キャラだったっけ……『王』の勅命受けてるだけあってエリート的な奴なの?

「……道が拓けた。入り口まで走り抜けるぞ」

俺がウィズリィちゃんの手際に舌を巻いているうちに、真ちゃんが首尾よく前方のゴーレムを斬り伏せていた。
ボロボロになりながらこっちに走ってくるトドメの刺し損ねには、スマホの中からヤマシタの矢が急所を貫く。
そんなこんなで、前方と両翼からの妨害はこれで片付いた。
あとは、後ろから追いすがってくる連中にどう対処するかだ。

>「召喚(サモン)――――レトロスケルトン、ゾウショク」

覚悟完了したらしきしめじちゃんは、スマホから自分のパートナーを召喚した。
レトロスケルトン。ブレモンの中でも一二を争う最弱モンスターの代表格。
これといった特徴もなけりゃ経験値が美味いわけでもない、微妙にタフくてめんどくさいだけの雑魚敵だ。
正直アイアンゴーレム相手だと突進してくるあれを掠めただけでバラバラになりそうな貧弱さである。

そんなもん出してどうすんだ、とは聞かなかった。
ぶっちゃけ俺がどう頭ひねったってレトロスケルトンでアイアンゴーレムに勝つ方法なんかないとは思うけど。
しめじちゃんの表情に迷いはなく、組み立て終わったパズルを眺めるような冷静さがそこにあった・

>「……ゾウショク。アイアンゴーレムの身体に組みついてください。くれぐれも、地面に足を付けない様に」
>「……ユニットカード【戦場跡地】を使用します」

アイアンゴーレムの首(?)のあたりにレトロスケルトンがしがみつく。
それきり何が起こる気配もないまま、しめじちゃんはスマホを手繰ってカードをプレイした。
『戦場跡地』。オールドスケルトンとかいうアンデッド属性の雑魚を大量出現させるユニットカードだ。
数で押し切るつもりか?いやいや、なんぼ量出そうがオールドスケルトンごときでゴーレムが止まるかよ。
そもそもこのカード、出て来る雑魚が本当に雑魚いから時間稼ぎにもならねー産廃ユニットじゃねーか。

>「メタルオールドスケルトン、ゴーレムに取り付いてください」

だが俺の懸念とは裏腹に、出現したオールドスケルトンたちは一様に金属の身体を持っていた。
頑丈かつ高重量の金属モンスターが無数に生まれ、アイアンゴーレムへ次々と飛びかかっていく。
さしものゴーレムも想定を超える超荷重には耐えかねたのか、やがてスケルトンを全身にくっつけて動作を停止した。

173明神 ◆9EasXbvg42:2018/02/22(木) 23:20:16
マジかよ。俺の記憶が確かなら「戦場跡地」で出現する雑魚の属性はフィールドの属性に依存する。
火山の上というこのロケーションなら、火か土属性のオールドスケルトンが出て来るはずだ。
しかし実際に出現したのは金属フィールドに出るはずのメタルオールドスケルトン。
しめじちゃんがその不具合に驚いた様子はない。むしろそこまで織り込み済みで戦略を立てたように見える。

……まさか、アレか?ブレモンのめっちゃ初期の頃にあった、フィールド属性誤認のバグ。
フォーラムでも取り上げられて、一部のカードがアホみたいに強くなったから即刻修正された不具合だったはずだ。
俺もその件で『プレイヤーの創意工夫を修正で潰すクソゲー』っつう内容のスレッド立てた記憶あるから間違いねえ。

ナーフされたカードが何だったかも覚えてる。
そして修正リストの中に『戦場跡地』は――なかった。
フィールド属性を任意に変えられたところで雑魚は雑魚って認識で、誰も気にしちゃいなかったのだ!

「……やりますねぇ」

口笛吹きそうになる心の沸き立ちを抑えて、俺は静かにつぶやいた。
縛りプレイじみた産廃カードと忘れ去られたバグの組み合わせで、ここまでのコンボを作り上げやがった。
配られたカードできっちり勝負に勝つ、その捻じ曲がった強さ。俺は敬意を表する。

>「……ぐ、偶然メタルなスケルトンで助かりました!ええ、運が良かったです!さあ、速く入口に入ってしまいましょう!」

「いやぁまったく、幸運だったな!今後もその調子で神引きを頼むぜ!」

何やら自分の邪悪さをひた隠しにしておきたいらしいしめじちゃんに配慮して、俺も適当にノっておいた。
追っ手を無事に退けた俺たちは、試掘洞の入り口へと駆け込んだ。
最後の一人が入り口をくぐり抜けた瞬間、轟音と共に巨大な岩が落盤して外からの光が途絶える。
土埃が晴れた頃には、出入り口が完全に封鎖されていることを誰ともなしに理解した。

「大丈夫だ。これは"そういう仕様"だから」

俺はゲームの内容を知らないウィズリィちゃんへ簡潔にそう伝えた。
第十九試掘洞は、ひとたび足を踏み入れたが最後、10階に到達するか全滅しない限り脱出することは出来ない。
この落盤はダンジョン封鎖のシステムを再現したものだろう。
レッドラの爪とかで気長に掘れば巨岩をどけられるかも知れないが、時間的にそれも厳しい。
また別の岩が落盤してこないとも限らないしな。俺たちはもう、前に進むしかないのだ。

>「さて。中に入ったはいいけれど、階段を探すのが一苦労ね……」

とまれかくまれ、安全っちゃあ安全地帯に潜り込んだことで人心地ついた俺たちだったが、
次に立ちはだかるのは途方もないこの穴蔵を虱潰しに探して階段を見つけ出すという、
これまたどっと疲労感が襲ってきそうな課題だった。

「分かり切ってたことだがここは埃っぽいな……手頃な布を濡らして口元を覆っておいたほうが良いぞ。
 鉱物の微細な粒子は肺に入ると後々厄介だからな」

避難訓練を思い出しながら、俺はポケットからハンカチを取り出して覆面にする。
社会人ならハンカチぐらい持っとけってガミガミ言いやがる課長にも今だけは感謝だ。
ここでもなゆたちゃんがリーダーシップを発揮して、行動方針は拍子抜けするくらい素早くまとまった。
真ちゃんを先頭に、なゆたちゃんを最後尾に置いて、あとは頑張って歩き続ける。それだけだ。

>「ま……それは明日にしましょう。今日はみんな、ここに辿り着くので疲れちゃったと思うから。
  本格的な探索は、明日から始める。どうかしら?」

「異論なし。比較的安全な1階でまずこの穴蔵での活動に慣れておくってのは妥当だな」

むしろ今から階段探して歩き周りましょうなんて言われたら絶望してたわ。
しめじちゃんが仮にまだ元気だったとしても今度は俺がギブアップだ。
おじさんデスクワークがお仕事だからマジでしんどいねん。

174明神 ◆9EasXbvg42:2018/02/22(木) 23:21:01
再びなゆたちゃんが司令塔となって、手頃なスペースにテントと野営の準備を広げていく。
テントの周辺には低級モンスターが忌避するコモンアイテム『清めの塩』を設置しておいた。
1階に出現する程度のモンスターならこいつで近寄れなくなるはずだ。
三角形を描くように配置した3つのテントの中央で、俺たちはダンジョン内で初めての晩餐をとった。

>「坑道内は火気厳禁。だから、温かいものは食べられないわ。残念だけど……でも、今だけの我慢だから。
 携帯食はおいしいものを選んだつもりよ、……まぁどれも似たり寄ったりではあったんだけど」

なゆた厚生大臣から配給されたのは、水分を極限まで抜いた保存用のパンと肉の缶詰。
調理なしで食べられるものというとここが限界なんだけど、なんともわびしい食卓である。
もっと干し肉とかあるだろ!と思ったが、現代人がおつまみとかおやつに食うようなジャーキーなんてものは存在しない。
アルフヘイムで手に入るのは、ガンガンに塩を効かせて犬も喰わないような塩辛さのマジモンの「干した肉」だ。
当然そのままでは喰えず、茹で戻してスープの具にするくらいしか使い道はない。
つまり加熱調理が必要ってことで、火気厳禁の鉱山内じゃ塩分補給の熱中飴代わりにしゃぶるしかないのだった。

「これ何の肉だよ……食感が肉のそれじゃねえ……」

渡された缶詰を開けると、ツンとした匂いが鼻の奥を突く肉の塊が顔を出した。
フォークで刺して持ち上げるとプルンプルンと弾力を示すが、歯応えは妙に繊維質でまんま歯ブラシだ。
そんでもって気になるお味は……なんつうか、茹でたジャガイモを二三日放置したみてーな……。

「お母さんが梅雨時に作ったまま忘れてたカレーの具がこんな味だったかな……。
 ウィズリィちゃんはカレー食ったことあるか?肉と根菜を煮込んで香辛料をやたらめったにぶち込んだ料理だ。
 俺はこいつに豚肉の揚げたのを乗せたカツカレーってのが大好物でよ。うめーんだこれが」

もはや食う術もないかつての好物に思いを馳せて、今喰ってる缶詰との落差に溜息が出た。
食材の保存技術はそりゃ現代に比べりゃ劣るんだろうが、この世界の旅人ってこんなん常食してんの?
たぶん消毒のために長時間茹で続けて味もなにも抜け落ちた肉に、誤魔化しのスパイスをぶち込んでるんだろうけど。
ミスリルバニー亭のマスターが作ってくれた朝食で肥えた俺の舌に、こいつは大ダメージだった。

「……疲れちまったよ。俺はもう寝る」

精進料理より修行じみた質素な食事を済ませた俺は、他の連中に一言残してテントの中に引っ込んだ。
ごつごつした山肌を日没までに登り切る強行軍に、入り口付近での戦闘。色んなことがありすぎた。
何時間でも睡眠すら必要とせず動き回り続けるプレイヤー共が、どんだけ超人なのかよく分かる。
そいつらと同じ環境に放り出された俺たちが、どれだけ追い詰められつつあるのかもだ。

まともな食事も寝床もなけりゃ、いつ魔物に襲われるとも知れないダンジョンでの野営。
あの荒野での一晩もぶっちゃけ相当堪えたけど、やっぱゲームの世界はパンピーに厳しすぎる。
このレベルの負担を強いられ続けたら、遅かれ早かれ俺たちはのたれ死ぬだろう。
とっとと王都で賓客待遇を受けるか、そうでなけりゃ現実世界に帰るべきだ。

俺はこんなところで死にたくなんかねぇ。こいつらと一緒に心中するのもごめんだ。
俺が助かるためだったら、他の誰であろうが喜んで犠牲にする。


「……便所」

夜半、他のテントからも静かな寝息が聞こえ初めてきた頃、俺はむくりと起き上がった。
クソまずい缶詰を流し込むのに大量の水を飲んだせいか、すげえおトイレ行きたい。
夜中便所に頻繁に行くのって歳とった証拠なのかな……やだなぁ俺まだ二十代なのに……

「真一君、ちょっとお花摘み行ってくるから」

起きてんのか微睡みの中にいるのか分からない同室の真ちゃんに一応声はかけておく。
流石にダンジョンのど真ん中でいきなり姿が消えたら大騒ぎになるだろうしな。
さて……問題は、どこで用を足すかだ。

175明神 ◆9EasXbvg42:2018/02/22(木) 23:21:36
長時間多数の労働者が滞在する場所には、必ず必要になる施設がある。
喫煙所と、便所だ。
第十九試掘洞はダンジョンだけど、ダンジョンである以前にれっきとした労働場だ。
バルログの出現以前、この穴蔵を掘り抜いた鉱夫たちが用を足していた仮設の便所があるはず。

「ポヨリン……お前はAか?Bか?どっちでもいいや、おトイレ付いてきてくんない?暗くて怖いしさぁ」

見張りについていたなゆたちゃんのスライムが護衛に付いてくれようがなかろうが、俺はテントを後にした。
現実世界の知識に照らし合わせるなら、鉱山における便所のスタイルには二種類がある。
適当にその辺の地面を掘って囲いをつくり、適当に出すもの出しなさいっつう原始的な便所。
それから現代でも工事現場でよく見るような、組み立て式の個室。
さすがに鉱山で水洗便所なんてもんは期待できねえだろうが、とりあえず座って用を足せりゃなんでもいいや。

帰り道を見失わないように地面に印を付けながらしばらく探すと、ほどなくして便所が見つかった。
木の板で簡素な塀が作ってあるだけの、非常にお粗末なトイレだった。
クソ……一昨日まで大理石のお上品な便所で用を足せてたってのにひでぇ落差だ。
ぶつくさ言いながらも、とりあえず出すものは出せて俺は人心地がついた。

「これ、どう処理すりゃいいんだ……?」

ここで俺は新たなる問題に直面する。
幸いにも便所はテントの近くにあったが、なんつうかその、近くにありすぎた。
夜明けまで俺の産み落とした我が子をここに放置しておくのは、色々とまずい気がする。
具体的には臭いやらなんやらがそのうちテントまで漂ってきて、ただでさえ寝辛いところに確実な安眠妨害となるだろう。
全体的に疲労困憊の俺たちのパーティに、さらなるデバフを付与するのは流石にはばかられる……。

とりあえず応急処置としてインベントリにでも隠しておくか?
いや、食料やらテントやらといっしょに排泄物を保管しておくのはちょっと……。

当たり前だけどレバーをひねれば水が流れて葬り去ってくれるようなインフラ設備はありゃしない。
気軽に言っちまってるけどこりゃかなり深刻な衛生問題だよなあ。
鉱山の連中はどうやってこれを解決してたんだ?まさかほっといてどうにかなったわけじゃあるめぇ。

悪臭を放つトイレを前にして悩む俺の足元で、何かが這いずるような音が聞こえた。
咄嗟にスマホを手繰ってサモンの用意をするが、すぐに防衛行動は無意味だと悟った。
音の主はトイレの穴の中で、俺の排泄物に飛びついていたからだ。

「こいつは……スライムか……?」

いやポヨリンじゃなくてね。ポヨリンはこんなことしないよ!
トイレの中にいたのは、赤黒く濁った体色をもった粘液質のスライムだった。
俺はこいつを知ってる。下水道マップとかによく出現する雑魚モンスター、『ガベッジスライム』だ。
確か設定じゃヘドロなんかの有機物をエサにしている腐食性のスライムで、魔物の死骸なんかも分解する、
言わばダンジョンの掃除屋みたいな立ち位置の生き物だったはずだ。

ガベッジスライムは本来、試掘洞に出現するモンスターじゃない。
ってことはこいつは外部から人為的に持ち込まれてここにいることになる。
そうか……そういうことか。ボットン便所のわりに俺が用を足すまで排泄物のカスも残っちゃいなかった。
この鉱山では、トイレの中でスライムを飼って掃除させてたってわけか!

「スライム洗式便所……!」

唐突なファンタジー要素に俺はテンション上がっちゃった。
たぶん数ヶ月ぶりの食事だったんだろう、一心不乱にエサを貪るガベッジスライムを俺は微笑んでトイレを出た。
いやーおもしれーもん見れたわ。鬱屈してた気分が一発で吹っ飛んだ気がする。
俺は軽やかな足取りでテントに戻って、ポヨリンの肩(?)をべしべし叩いて毛布に入って寝た。

176明神 ◆9EasXbvg42:2018/02/22(木) 23:22:48
翌朝。

「おはよう。出発前に用を足すならあっちにトイレがあるぞ」

俺は歯磨きしながらテントから出てきた連中にニヤリと笑ってそう教えた。
歯磨きっつっても歯ブラシなんかないので適当な使い捨ての布っ切れで歯を擦るだけだけど。
まぁこんなんでも結構歯垢取れるからね。オーラルケアは社会人の必須科目よ。
あー連中がスライム式便所にどんな反応するか見てみてぇなあ。犯罪になるからやんねーけどな。

「さて、休息も済んだことだしとっとと進むとしよう」

テントをインベントリにしまい、相変わらず世知辛いお味の携行食を腹に収めて、俺たちは再び歩き始めた。
かったい地面で寝たから体中の骨がバキバキいってるけど、それでも登山直後の昨日よかマシだ。
一番元気な真ちゃんを先頭に、俺は二番手として援護射撃を適当に撃つ。
そんな感じで寄ってくる魔物を蹴散らしながら俺たちはダンジョンを虱潰しに進んだ。

「あったぞ、最初の階段だ!」

探索開始からほどなくして、二階への階段が見つかった。
はじめこそ幸先の良さに喜びあった俺たちだったが、二階以降はトラップへの警戒にも気を配る必要がある。
足取りは次第に重く、遅々としたペースでの進軍は精神的な負担を増大させた。
パーティの口数がだんたんと少なくなり、無言のギスギスが場を支配していく。

この空気超わかるわ。
高難易度のクエストとかで失敗が重なると、最初はどんまい!とか言っててもそのうちみんな無口になるよね。
チャットで発言すんのも億劫になるし、怒ってんじゃないかと不安になって話しかけづらくなる。
あとはもう無限のスパイラルよ。わーいギスギス!明神ギスギス大好き!空気悪くすんのたーのしー!

>「み……、みのりさん! しりとりしません?」

唐突になゆたちゃんがそんな提案を始めた。
はぁー?おめー空気読めよ!今はお互いに不満と怒りを溜め込むフェーズだろーが!
そんでそのうち些細なことからマジギレしあってパーティ崩壊の黄金パターンやろがい!!

>「わたし、みのりさん、ウィズ、しめちゃんの順番で。
 あ、ウィズはしりとり、わかんないかな?えっと、しりとりっていうのはね……」

エンド勢のなゆたちゃんもまた、こういう無言ギスギスのやばさを理解してるんだろう。
率先して悪い空気をブレイクしにかかりやがった。気遣いの達人かよおめーはよぉ。
そんで俺と真ちゃんナチュラルにハブられてね?男衆は黙って前向いてろってのかよぉ!

「……真一君、俺たちもなにかやるか。古今東西好きな女の子の部位ゲームとかどうだ?
 ここんとーうざーい、二の腕!」

女共のキャイキャイがうるせーからこっちもセクハラで対抗だ。
女の子の二の腕いいよね……この世の全ての女子にノースリーブの着用を義務付けたい。

とまれかくまれ、なゆたちゃん主催のガス抜きが功を奏したのかパーティが崩壊することはなく、
なんだかんだで進んでは休むを繰り返すこと三日、俺たちはついに試掘洞の10階へと到達した。

「やっぱ居るよなぁ……バルログ」

マグマの海にかかる一本の岩橋。その半ばで仁王立ちするクソでけえ悪魔の姿。
"焔魔"バルログ――試掘洞クエストのボスモンスターにして、ベルゼブブと同格のレイド級だ。
ベルゼブブと違って固定ポップなので挑戦自体は簡単だが、レイド級に相応しい強さと捕獲難易度を誇る。
こいつがレアモンスターと呼ばれる所以は、遭遇率が低いんじゃなくて、単純にめちゃくちゃ捕獲しにくいからだ。

177明神 ◆9EasXbvg42:2018/02/22(木) 23:23:22
>「いた! マルグリット!」

バルログの圧倒的な存在の前に余録のようになってたが、なゆたちゃんの指差す先にはもう一つの影。
金の長髪からなんかキラキラした粒子が飛んでる超スーパーハイパーイケメンがそこにいた。
"聖灰"のマルグリット――ブレモンの顔とも呼べる絶対的な知名度と人気を持つ、NPCだ。

マルグリットは既にバルログと対峙し、何度か攻撃を交わし合っているようだった。
半端な鎧なんか一瞬で鋳潰しそうな炎の魔剣をマルグリットは華麗に回避し、空中に氷柱を作り出して発射する。
バルログは冷気を纏って飛来した巨大な氷柱を、口から吹き出す高温の炎で溶かして防いだ。
ゲーム画面じゃ「あっそふーん」で終わるような攻防も、こうして間近で見るとすげえ迫力の応酬だ。

さて、俺たちがこれからとるべき行動は、当然マルグリットに対する助太刀だろう。
あのイケメンが早々におっ死ぬとは思えないが、指輪に関する手がかりは現状あいつだけなのだ。
恩は売っておいて損しないだろう。そして、俺にはもう一つここで戦う理由がある。

>「明神さん、バルログ。どうする?」

――バルログの捕獲。
なゆたちゃんがガンダラで一方的にこぎつけやがった契約の対価を、ここで支払ってもらうべきか。
答えなんざとっくの昔に決まっていた。

「当然、捕獲する。手伝ってくれ。……これで俺たちの貸し借りはチャラだ」

分かりきっていることを、俺はあえて口に出した。
貸し借りの解消はすなわち、俺たちが共同戦線を張る理由がなくなったことを意味している。
バルログさえ手に入りゃ、もうこんな反吐の出るような仲良しパーティに用はねぇ。
俺は一人でも戦える。これまで……ブレモンを始めたときからずっと、そうして来たんだ。

バルログを前にして契約の再確認を行う俺たちの姿に、交戦中のマルグリットも気付いたらしかった。
いっそムカつくくらい美形な顔をパっと明るくさせて(こういう愛嬌も人気の理由だ)、朗々と声を上げる。

>「おお……! これは全知全識なる智慧の神の御手か、あるいは叡知の頂に座す我が賢師の御導きか!
 冥底に至るがごとき、かような大地の懐深くにて生ある人草と相まみえようとは……! 
 この『聖灰のマルグリット』の運、まだまだ尽きるには早いものと見える!」

……よく舌噛まねぇなこいつ!
バルログ相手にぴょんぴょん跳ねながら滑舌を酷使する長台詞。只者じゃねぇ……!
しかも、しかもだ。こいつのこのセリフ、ゲーム内じゃ聞いたことねえぞ!

「新規ボイスが実装されているだと……!?」

ブレモンはスマホゲーの例に漏れず、無駄に豪華な声優がメインキャラクターに声を当てている。
マルグリットのCV、中の人は確か売り出し中の人気男性声優。ゲームと同じ声で、今ここにいるマルグリットも喋った。
どーなってんだ。まさか現実から声優が声当ててるってわけでもないだろうに。

>「心在らば応えられよ、勇敢なる冒険者たちよ! 願わくば、共にこの悍ましき紅炎の化身をニヴルヘイムへと送還せしめよう!
 大愚なれど、わたしも『十二階梯の継承者』の末席を汚す者……相応の礼を約束する!」

すまねぇ日本語以外の言語はさっぱりなんだ!
いや多分、おそらく、もしかすっと日本語なんだろうけど何言ってんのかさっぱりわからんぞ!
ちゃんと字幕表示してくんねーかなぁ!明神むつかしい言葉わかんないよぅ……。誰か翻訳して?

>「オッケー! 真ちゃん! 竜騎士の鎧は炎ダメージ20パーセントカットだから、多少はバルログの炎に耐えられるはず――!
 思いっきりやっちゃって! ゴーッ!!」

なゆたちゃんよく理解できたな今のセリフ!
アレか?真の陽キャは海外行ってもジェスチャーだけでだいたい会話が出来るとかそういうやつか?

>「言われるまでもねーさ。こっちはそのために、こんな洞窟の奥まで潜ってきたんだからな。
 援護は任せたぜ、なゆ! 行くぞ、グラド!!」

178明神 ◆9EasXbvg42:2018/02/22(木) 23:24:08
クソッ、陽キャカップルが陰キャを置いてきぼりにして話を進めてやがる!
真ちゃんホントに分かってんのぉ?俺なゆたちゃんに翻訳してもらっても8割がたフィーリングでしか理解出来てないよ?
ゲーム的な文脈にのっとれば、多分バルログ倒すとイケメンがなんかくれるんだろう。それ以上はわからぬ。

真ちゃんは当意即妙とばかりになゆたちゃんに応じると、レッドラに跨って離陸した。
あーあー、これぜってー流れ弾が俺たちの方に飛んでくるパティーンじゃん・

「『水神の護符』、使っとけよ。うまく火力が出りゃ効果が切れる前に戦闘が終わるはずだ」

俺は後方の連中にそう伝えて、真ちゃんから貰った護符を発動した。
身体が青白く光る水属性のベールに覆われて、マグマの上にいる暑さを感じなくなった。
こいつは道中のミミックみてーな奴から手に入ったんだったか。クソゲーらしからぬ親切な設計だぜ。

「サモン――出てこいヤマシタ」

流石にクリスタル節約とか言ってらんねーので初っ端からフルサモンで行く。
ずっと画面越しから弓撃ってるだけだったリビングレザーアーマーが、地面に降り立って大きく伸びをした。
窮屈だったとでも言うつもりかよこの革鎧。アンデッドのくせによぉ。

「……あいつなんでさっきからぐるぐる回ってんの?バターになりたいの?」

先んじて飛び出した真ちゃんは、レッドラと一緒にバルログの周りを旋回するばかりで一向に攻撃する気配がない。
真ちゃんは普段はアレだけど戦闘における実戦勘は一流だ。ただ無意味に回ってるだけじゃないんだろう。
俺そういうのわかんねーからとりあえず石油王さんタンクおねがいしますね^^。

タンクのいるパーティでの鉄則は、タンクがしっかりヘイトを稼いでタゲを取るまで行動しないこと。
迂闊にバフやヒールを使ってヘイトを稼いだり、攻撃なんてしようもんなら大惨事だ。
ヘイトテクニックで敵の行動をコントロールすることもタンクの役目なのだ。
火力職がタンクに先駆けて敵を殴って怒らせるいわゆる「先釣り」は、どのゲームでも嫌われる傾向にある。
まぁ今はマルグリットとかいう先客がいるのでヘイト取り返すの大変だろうけど石油王さんがんばってね……

というわけでヘイト固定されるまで僕ちょっとその辺お散歩してきますね^^;
俺は橋の方まで寄って、景気よくバカスカ魔法撃ちまくってるマルグリット君に声をかけた。
真ちゃんと石油王がヘイトとってくれりゃ、多少こいつとお喋りしても死にはしねーだろう。

「マル公、随分苦戦してるじゃねーか。ご自慢の"聖灰"はどうした?セイレーンあたりぶつけりゃいいだろ」

"聖灰"とは、魔術師マルグリットの代名詞にもなっているとある魔法群のことだ。
魔術における『灰』には"復活"や"生命の源"という魔術的な意味合いがある。
マルグリットは不死鳥が灰の中から蘇るように、奴がこれまで倒した魔物を灰から復活させ従える魔法を持ってる。
いわば俺たちとは異なる原理によるサモンだ。いかにもプレイヤーのライバルキャラですよって感じの設定だよな。

向こうからしちゃ初対面の俺からいきなり愛称(非公式)で呼ばれて、マルグリットはその形の良い柳眉を開いた。

「まる、こ……?否其れよりも、何故君が我が手勢の枢要を識っている?
 確かにわたしはここより遥か西方は紺碧の地にて海魔の唄姫を斃し獲たが、その事実は如何なる者にも存知となってはいないはず」

「自分で抜かしたポエムも忘れたのかてめーは。俺たちゃ全知全識の神の御手だからそーゆーのもご存知なの」

セイレーンは、大陸の西方にある『アズレシア』っていう港に低確率でポップする準レイド級のモンスターだ。
人心や船を惑わす歌声、ようは混乱系範囲デバフをばら撒く水属性の魔物で、バルログに対する相性は良いはず。
何を隠そうこのセイレーン、プレイヤーにとっての初対面は野生ではなくマルグリットの召喚によるものなのだ。
マルグリットは「うっそマジ?こんなんが神の御手なの?」みたいなことを小難しい言葉で呟いた。

「おおしかし神の御手よ!隔靴掻痒なる事実ではあるが、わたしの現今の魔力では海魔の詩姫を御し切ることが能わない!
 かの妖魔をひとたび灰より解き放てば、御者たるわたしの白喉を真っ先に引き裂きにかかるだろう。
 しからば、わたしが血潮の中に沈んだあとに標的となるのは御手たちに他ならない!」

えっとつまり……レベルが足りないから捕まえたセイレーンちゃんが言うこと聞きませんってことか?
そんな意味わからんシステムなの聖灰って。

179明神 ◆9EasXbvg42:2018/02/22(木) 23:24:51
「嘘言うなよ、おめーがアコライト外郭で初心者相手にセイレーン出してイキりまくってんの知ってんぞ俺」

「神の御手の言葉はわたしには少々難解過ぎるきらいがあるな……」

おめーが言うんじゃねーよ!おめがーがよぉ!!
思わず食って掛かりそうになった俺とは対照的に、マルグリットは本気でキョトンとしていた。

「御手の言を疑うことを赦して欲しい。しかしわたしはアコライト……かの城壁都市を生来より訪れたことがない。
 もしや御手は、砂塵に掠れた鏡像を見るが如く、所以なき何者かとわたしとを思い違えているのでは?」

「アコライト外郭に行ったことがない……だと?」

……んん?んんんん?何かが致命的に噛み合ってねーぞ。
思えばさっきこいつは自分のことを、『十二階梯の継承者』の"末席"だと言った。
だがメインシナリオで初めてマルグリットと遭遇したとき、こいつは既に第四階梯にまで上り詰めていたはずだ。

NPC周りの設定がゲームと大きく書き換わってんのか?
いや、ミスリルバニーのマスターがあんだけきっちり再現されてんのにマルグリットだけ仕様変更されてるなんてことあるか。
他に考えうる可能性は一つ。俺はマルグリットに踵を返して、真ちゃんの援護に回ってる仲間共のところに戻った。

「戦いながらで良い、聞いてくれ。もしかするとこの世界、ブレモンの本編より過去の時間軸の可能性がある」

ガンダラが実際のゲームの過疎っぷりとは裏腹に大盛況だったのは、単に描写を省略されてたからだと思ってた。
だが石油王の持ってきた『クリスタルの算出量が減っている』って情報を踏まえると、なんとなく想像がつく。
ゲームの方のガンダラは――クリスタルが出なくなって多くの鉱夫が路頭に迷った後の、『未来のガンダラ』。

「俺はずっと考えてたんだ。本来大賢者ローウェルの『遺物』として厳正に管理されてるはずの指輪が、
 唐突にクエストの達成条件として"手に入れる"よう指示された理由。
 賢者亡きあとの跡継ぎ問題で忙しいはずのマル公がこんなとこでのんびりレベリングなんぞしてる理由」

『ブレイブ&モンスターズ』は、滅びに向かいつつある世界を救うためにプレイヤーたちが奔走するシナリオだ。
魔法文明を支えるクリスタルの極端な産出量減少。僅かなクリスタルの確保を巡って対立する大国同士の戦争。
『十二階梯の継承者』の中には、師を蘇らせんとニブルヘイムに渡って魔王染みた存在になった奴もいる。
それらの世界を揺るがすような大混乱が、大賢者ローウェルの死を契機としているのであれば。

「もしかして……まだ。賢者ローウェルは生きてるんじゃないか。
 ローウェルを死から救い出すために、俺たちは過去のアルフヘイムに喚ばれたんじゃないのか」

そこまで言って、俺は自分の言葉を鼻で笑った。

「……まぁ、んなことを今考えたってしょうがねえな。とっととバルログふん捕まえてマル公にインタビューするぞ」

>「――〈漆黒の爪(ブラッククロウ)〉!!」

うまいことバルログの懐に入り込んだ真ちゃんとレッドラが、スペル強化された前爪をバルログの顔面に叩き込む。
クリーンヒットした一撃にバルログは呻き、よろめき、片膝を地面に着いた。
地響きかと思うくらいの轟音が腹の底を揺るがす。

「よし、スタンが入った!一気に畳み掛けるぞ!――『濃縮荷重(テトラグラビトン)』、プレイ!」

すかさず俺は待機状態にしてあったスペル選択画面をタップ。
スペルカード『濃縮荷重』は、一定範囲にかかる重力を二倍に引き上げる効果を持つ。
ただバルログが立ってる状態なら、体重が二倍に増えたところで動き回ることは可能だろう。
しかしヤツはいま、片膝。立ち上がるには全体重を片方の足で支えなければならず、つまりは体重4倍だ(どんぶり勘定)。
効果時間中はバルログの機動力は半分になったと考えて良いだろう。

「良いか勢い余って殺すなよ?生かさず殺さずでじっくりいたぶってやるんだ……ぐはははは……!」

瀕死の時間が長い方が捕獲の試行回数増えるからね。
他意はないよ。


【マルグリットの話とゲームの差異から『ここは過去のブレモン世界で、ローウェルはまだ生きているのでは?』と推測。
 膝をついたバルログにスペルで重圧を加え、立ち上がれなくする】

181名無しさん:2018/02/26(月) 21:21:33
第十九試掘洞に入り三日後
慣れないダンジョン探索で消耗しながらも辿り着いた地下十階。
そこはどこまでも高い吹き抜けの天井と、熱気と光を噴出させるマグマの海。
そしてそこにかかる石橋とその奥には熱気に揺らめく超巨大アイアンゴーレム

その橋に立ちふさがるは炎の上級悪魔バルログ
もはや地獄かとかく言わんばかりの光景であった。

遮るもののない状態ではありがバルログはまだこちらには気付いていない。
なぜならば、バルログは先客をもてなすのに随分と忙しそうだからである。

>「いた! マルグリット!」
「実物もカード絵と同じで美形はんやねえ」
なゆたの声に目をやればそこには見間違おう事なきマグリットの姿が。
初対面ではあるがこちらはあちらの事を良く知っている。
マグリットの方もこちらに気付き、助力を要請。

勿論こちらもその為に来ている訳であり迷うまでもないのだが、ここで始める前に決めておかなければならないとがある。
>「明神さん、バルログ。どうする?」
>「当然、捕獲する。手伝ってくれ。……これで俺たちの貸し借りはチャラだ」

「ふふふ、ホントにゲームとおんなしなんやねえ。
それにしても、悍ましきとか、ニヴルヘイムに叩き返すとか、散々な謂れ様やねえ。
こちらも話しは纏まったようやし、捕獲前提でいきまひょか〜」

ゲームにおいて、ベルゼバブやバルログはニヴルヘルムより這い出た敵性MOBではあるが、捕獲しパートナーにもできる存在でもあるのだ。
勿論マルグリットにとっては魔界から這い出た化けものでしたかないのだが、その違いに思わず笑いがこぼれてしまう。
話がまとまりなゆたが真一にGOサインを出すのを見て思わず吹き出してしまうみのり

「あらあら、なゆちゃんのパートナーモンスターがなんやったか忘れてしまいそうやわ〜」

笑みをなゆたに向けながら後ろに控えていたイシュタルを前に出す
スマホに用意されているのは『水神の護符』
「流石にバルログの攻撃を受けるのは藁の体のイシュタルでもしんどそうやし、使わしてもらいましょかねえ」
水神の護符を受けたイシュタルが先駆けているグラドと真一を追いバルログに迫る。

PTプレイの基本形態として、タンクが敵の攻撃を受け、アタッカーがそのすきに敵を攻撃する
故に戦闘の起点はタンクが受け持つことになり、いかに敵のヘイトを集め攻撃を集中させるかがカギとなる。

だがこの戦いに於いては既にマルグリットとの戦闘が行われている中に乱入する。
すなわちマルグリットに向かっていたバルログのヘイトを上回るヘイト稼ぎをする必要になるのだ。
なかなか骨の折れる仕事ではあるが、それは一方的にヘイトを上回ろうとすればの話。
状況を作り出すことで難易度を変える事もできるのだ。

バルログを前にのんびり作戦会議に耳を傾けていたのは、ただ話しを聞くためだけではない。
真一とグラドを先行させ、周囲を飛び回らせることによりバルログの注意が分散する
距離を置いて魔法を撃ちあう戦いをしてきたバルログとマグリットだが、そこに接近してきた真一を鞭で迎撃。
それをかいくぐったところでイシュタルがマグリットを越えて橋を進む。

中距離まで詰めたところで大きくジャンプし、『不協響鳴(ルーピ―ノイズ)』を発動
耳障りな声で嘲笑い、バルログのヘイトを集める
マグリットと真一にヘイトが分散していたがために、近接ヘイトを伴わなくとも『不協響鳴(ルーピ―ノイズ)』のみでバルログの標的となる事に成功。
そして振るわれる炎の鞭。

バルログは右手に炎の剣、左手に炎の鞭を持つが、何もイメージだけでこの姿になっているわけではない。
近距離の敵は剣で、中距離の敵は鞭による攻撃となっており、鞭による攻撃を誘発するためにこの距離での挑発行動となったのだ。

耐久度だけ高く、回避能力も防御力もほぼ皆無なイシュタルである
当然のように炎の鞭が命中し、その先が体に巻きつく。
鞭のダメージだけでなく、巻きつき動きを封じた状態で炎の追加ダメージを与えるバルログの恐るべき攻撃ではあるが、みのりはこれを狙っていたのだ。

「うふふ、そないに情熱的に抱きしめてくれるやなんて、こちらも応えな女が廃るわねえ」

炎の鞭を受けてはいるが、水神の加護のおかげで早々消し炭になる事はない
寧ろこの状態をタンクの視点からは【敵を物理的に繋ぎとめている】と見るのだ。
ゆえに、それを強化するために発動されるのは愛染赤糸(イクタマヨリヒメ)
対象とパートナーモンスターを赤い糸でつなぎ、一定期間離れられないようにするものである。

182五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2018/02/26(月) 21:22:14
マグリットに向けられたヘイトを短期間で上回る事は難しいが、ヘイトを分散させその上で己にヘイトを向けさせて物理的につなぎとめて固定する。
それはみのりの戦略
後はイシュタルとバルログの綱引きである。
巨体のバルログの膂力も相当のものではあるが、畑に突き立つのが本性である案山子のイシュタルの固定力も相応にある。
勿論単純な力比べならばそう長くかからず引き抜かれてしまうが、これはPTプレイなのだ。

左手を封じられたバルログの剣撃を躱し、グラドの渾身の一撃がバルログの顔面に入る。
うめき声を上げながら片膝を落とすバルログに、追撃と言わんばかりに明神の『濃縮荷重』がのしかかる。
一定範囲の重力を二倍にするその呪文を見て、イシュタルが跳躍
片膝をついたところに超重力がかかり、たまらず付いたその右手に!

『濃縮荷重』は敵味方関係なくかかる重力増加。
バルログにとってはかかる自身の重さが二倍になり、イシュタルにとってはバルログを縫いつける楔の強化というわけだ。

バルログは左手を鞭と赤い糸がお互いを絡めあい、右手はイシュタルという杭によって橋に縫い付けられた状態で超重力に囚われたことになる。
以前真一がベルゼバブの翅を切り落とすことにより、単純なダメージだけでなく機能的なダメージを与えられる事にヒントを得たものであった。


とはいえ、レイドボスであるバルログを追い込むのには如何にも火力不足
アタッカーである真一とグラドの属性がバルログと同じ火だからだ。

「さ、今回は属性的に大ダメージを与えるのは女衆の役目という事になりますし。
ウィズリィちゃん、シメジちゃん、なゆちゃん、勢い余って殺さんように注意ですえ〜」

「雨乞いの儀式(ライテイライライ)」の発動に伴い、高い天井から大粒の雨が降り注ぐ。
マグマと雨は激しく反応し、橋の周囲は水蒸気で覆われ、橋のフィールドは水属性へと変化した。

バルログの物理的な固定とフィールド操作を終え、女性陣を振り返る。
ウィズリィの魔法はその幅広さと汎用性でどういった局面でも力を発揮するだろう
シメジは洞窟に入る前に見せたフィールド属性を利用した増殖戦略
そしてなゆたのぽよりんは言うまでもない水属性
火力的にも十分であろうし、マグリットも氷を作り出し攻撃できるくらいであるから、このまま押し切ることも可能であろうと。

固定を終えた後、みのりの思考は明神の言葉を反芻していた。
>「もしかして……まだ。賢者ローウェルは生きてるんじゃないか。
> ローウェルを死から救い出すために、俺たちは過去のアルフヘイムに喚ばれたんじゃないのか」

「……ふぅん。そう云う話やったら……残念な話やわねぇ」

と小さく呟きを漏らしながら

183佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/03/13(火) 02:03:09
第十九試掘洞の探索、二日目。


息を切らせて少女は進む
荒く採掘された洞穴を、奥へ、奥へと

録に舗装されていない剥きだしの地面と、地熱により気化した地下水が齎す湿気に、体力を
闇しか見えぬ行く先と、時折現れ襲い掛かってくる異形の生物達に、気力を

元より小柄な身体には充分に備わっていない其れ等を、少女は奪われ続ける

だがそれでも、少女は歩みを止めない
疲労に震える脚を動かし、眼前を歩む者達の背中を見失わないよう進み続ける

何故、少女は歩みを止めないのか
こんなにも辛いのに、こんなにも苦しいのに
それでも歩を進める。その理由とは……

(そ、素材と、アイテムと、あと命ですっ……!)

ぶっちゃけて言えば、物欲であった

(ここで置いて行かれたら、もしくは着いて来れないと判断されたら、【詰み】です……
 寄生プレイどころか、酒場で初期装備のまま、クリアまで放置ルートになってしまいます……!)

物欲を充足させる為の寄生プレイ。それを成り立たせる為に、メルトは似合わない努力などというものをしているのである。

そもそも、寄生プレイとは上級者にコバンザメの様に張り付き、努力と不相応の利益を得ようとする、マナー違反の代表のような行為だ。
勇者プレイや姫プレイ以上に嫌悪されるプレイスタイルであり、一般プレイヤーから見れば、楽して利益を得ようとする悪質行為に他ならない。
……そして、メルトは知っている。楽をする為の寄生プレイを行う為にも努力は必要である事を。

寄生プレイをする為には……強者にただ張り付いているだけではダメなのだ。
張り付き、纏わりつくだけの寄生では、直ぐに通報されて垢BANされてしまう。
それでは意味が無い。大切なのは、寄生対象である強者に容認させる事
『ギリギリ役に立ちそうかな?』
『使えないけど頑張っているからもう少し応援してあげようかな』
そう思わせ、ギリギリ切り捨てられないラインで美味い蜜だけ吸って行くのが冴えた寄生の方法なのである。

ネット弁慶であり、リアルでは人付き合いのステータスが最底辺のメルトであるが、
ブレイブ&モンスターズを通じて、その切り捨てラインの見極めの力だけは身に着けていた故に、
このメンバーから外されないようにある意味では健気な努力を続けている訳である

>「しめちゃん、疲れてない? いつでも遠慮なく言ってくれていいんだからね」
「だ……大丈夫、です。まだ、頑張れます……!」

カロリーブロックを齧る事で体力を回復しつつ、佐藤メルトは目の前を歩く者達の背を追いかける。
かけられる善意すらもメルトにとっては、自身の立場を脅かす敵だ
自分を見捨てさせない為に、メルトは歩を進める

184佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/03/13(火) 02:04:23
そして、更に日を跨ぎ三日目。
疲労も一周して感じなくなり始めて来た所で、一行はとうとう試掘洞の10階へと辿り着いた。
煮え立つ赤黒いマグマの上に掛かる巨大な石橋の存在は、情景だけで圧倒されてしまうものであったが、
そんな情景が視界にも入らぬ程に強大な存在感を放つ存在が一つ。

>「やっぱ居るよなぁ……バルログ」
「っ……大きい、ですね」

"焔魔"バルログ。
近接では炎鞭と炎剣、遠距離では炎魔法と口腔からの熱線と、多彩な攻撃手段を使いこなし、おまけにその全てが高威力という難敵
モンスターの能力によるゴリ押しで勝つのが困難である、試掘洞クエストにおけるボスモンスターだ
その異様な風貌とベルゼブブを彷彿とさせる威圧感に、思わず身を竦めるメルトであったが、どうにもバルログがこちらへ襲い掛かって来る様子は無い。

見れば、かの焔魔は大地の底から響く様な悍ましい咆哮を上げ、その力を何者かに振るっている様だ。
炎による振るわれる炎の暴虐。その先に視線を向けて見れば

>「いた! マルグリット!」
>「実物もカード絵と同じで美形はんやねえ」

秋の小麦が如く美しい金色の髪に、洗練された白灰色の魔法のローブ、そしてトネリコの杖。
背筋が凍る感覚さえ覚える程に整った容貌をした男の名は、『聖灰のマルグリット』
ブレイブ&モンスターズにおいても屈指の知名度を誇るそのマルグリットは、
恐るべきことにその身一つで巨大な悪魔と対峙し、戦線を維持している。

「凄いですね。顔が綺麗で、力も有って――――全部、持ってるんですね」

英雄譚の一場面の如きその光景を前にして、メルトは無意識に己の下がった前髪……その下に隠した傷を抑えながら呟く。
場違いに平坦な声色に込められた感情は、嫉妬か、憎悪か、或いは憧憬か。
当然、炸裂音が響く中でメルトのその声は誰に拾われる事も無い。
ここで考えるべきは、この後の戦略である。即ち、バルログとマルグリットの戦闘にどう関わっていくか
そして、その考えは全員に『貸し』の有る明神に委ねられる事となった

>「明神さん、バルログ。どうする?」
>「当然、捕獲する。手伝ってくれ。……これで俺たちの貸し借りはチャラだ」

なゆたの問いに答える明神の解は、バルログの捕獲。
その迷いの無い答えを聞いたメルトは、先程の冷めた視線から一転し、大きく目を見開き明神の横顔を見つめる。

(えっ……自分の後ろを採掘されたのに……生贄にされたのに。この人は、モンスターの捕獲だけでその貸しを無かった事にするんですか……?
 ……なんで、そんな事が出来る人が居るんですか?)

仮に自身が同じ立場に立たされたとすれば、とても耐えられないであろう事を、モンスターの捕獲如きで平然と許すという明神。
自身の周りに居た【大人】とは余りに異なる彼の言動を前にして、メルトは動揺を見せる。
……盛大に勘違いであるのだが、勘違いであるが故に感じ入る事もあったのであろう。

「……その、私は力になれないかもしれませんが、前向きに善処しますね」

だが、首を振り意識的に動揺を振り払うと、メルトは政治家の様な発言をしつつスマホを強く握りしめるのであった。

185佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/03/13(火) 02:06:54
>「おお……! これは全知全識なる智慧の神の御手か、あるいは叡知の頂に座す我が賢師の御導きか!
>冥底に至るがごとき、かような大地の懐深くにて生ある人草と相まみえようとは……! 
>この『聖灰のマルグリット』の運、まだまだ尽きるには早いものと見える!」
>「心在らば応えられよ、勇敢なる冒険者たちよ! 願わくば、共にこの悍ましき紅炎の化身をニヴルヘイムへと送還せしめよう!
>大愚なれど、わたしも『十二階梯の継承者』の末席を汚す者……相応の礼を約束する!」

「……えっ、え……あ、は、はい……?」

こちらから協力を申し出る前に、マルグリットが協力を要請してきてくれたのは幸運であった。
だが、如何せんゲーム画面に表示されるコメント以外の会話に慣れていないメルトである。
マルグリットの怒涛の台詞の本流に、気圧される様に意味も解らず肯定の意を述べてしまう事しかできず……
それでも幸いな事に、真一とみのり、なゆたという人付き合いのスキルが高い三人が居た事で何とか話は纏まった様である。

>「オッケー! 真ちゃん! 竜騎士の鎧は炎ダメージ20パーセントカットだから、多少はバルログの炎に耐えられるはず――!
>思いっきりやっちゃって! ゴーッ!!」
>「言われるまでもねーさ。こっちはそのために、こんな洞窟の奥まで潜ってきたんだからな。
>援護は任せたぜ、なゆ! 行くぞ、グラド!!」

「……まさかの肉弾戦を再度ですか!? あの、真一さん、火が相手だと流石に危ないと思いますので控えていた方が……えっ。
 なゆたさん、止めないんですか……むしろ薦めるんですか……ええ……」

開口一番、戦闘が始まる。

そこから先の連携は、即席のメンバーとはいえかなり上等なものであると言えるであろう。
ヘイトを集め、襲い掛かってきたバルログを愛染赤糸(イクタマヨリヒメ)の効果により拘束する、みのりのイシュタル。
リアルマネーを湯水のように注ぎ込まないと手に入らないその頑強さは流石であると言えるが、それよりも見るべきはみのりの戦術眼だ。
適切な場面で、適切なカードを適切に切り、役割(ロール)を徹底してこなす。
言葉にすれば簡単であるが、実際にそれを成すのは恐ろしく難しい。
臨機応変に的確に相手を追い込んでいくその能力が、果たして才能に寄る物か努力によるものかは判らないが、どちらにしても驚異的である事に違いは無い。

そして、レッドドラゴンと共にバルログへと強襲を掛ける真一。
メルトの驚愕と心配を余所に、緩急織り交ぜた戦術は、果たしてどこで磨かれたものであるのか見事にバルログへと一撃を叩き入れる事に成功していた。
……彼についてはもはや言葉で語る必要もないだろう。人獣一体。
攻撃力も鑑みれば、実質的にモンスターが二体居る様なものだ。命の危険を顧みずモンスターに立ち向かうその精神性は余人が真似できるような物ではあるまい。

こうして皆が皆、激しい戦闘を繰り広げる最中、メルトはといえば

「ユニットカード【骨の塊】×2発動します……ゾウショクバルログに適当に石を投げてください。
 絶対にヘイトを溜めたらダメですよ。絶対ですからね?」

物陰に隠れつつ、レトロスケルトンのゾウショクに其処の石を投げさせていた。
勿論、そんな事でダメージが与えられる訳も無い。
ポーズである。戦闘しているポーズを取っているだけだ。
寄生プレイの本領此処に在り、物陰に隠れつつ戦闘に参加しているフリをする事でメルトはこの場をやり過ごそうとしていた。
あわよくば、このまま戦闘終了まで傍観を決め込もうと考え始めていたメルト。
だが、そんな彼女の耳に明神の言葉が入って来た。

>「戦いながらで良い、聞いてくれ。もしかするとこの世界、ブレモンの本編より過去の時間軸の可能性がある」
>「もしかして……まだ。賢者ローウェルは生きてるんじゃないか。
>ローウェルを死から救い出すために、俺たちは過去のアルフヘイムに喚ばれたんじゃないのか」
>「……ふぅん。そう云う話やったら……残念な話やわねぇ」

「えっ……何ですか、それ。それは、困ります」

状況から明神の立てた推測に、思わず戸惑いの声を出すメルト。
だが、それも仕方ないと言えるだろう。もし、明神の言った事が事実であれば……この先の出来事が判らなくなる。
イベント通りに進めて行けば安全であった筈の道筋が、おぼろげにしか見えなくなるのだから。
不意の恐怖に動揺するメルト……そんなメルトを、突如として傍に居たレトロスケルトンのゾウショクが押し倒す。

186佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/03/13(火) 02:07:36
「痛っ!な、何をするんですか……ひっ!?」

突然のその行動に抗議の声を上げるメルトであったが……振り返り見て見れば、先ほどまで自分が隠れていた物陰。
そこそこの厚さがあった石柱に、大穴が空いていた。
穴は煙を上げており、高熱で溶解した事が見て取れる。そして、その射線上には……バルログの姿。
イシュタルに拘束されたバルログが苦し紛れに吐いた熱線が、石柱を貫いたのである。

それは、今この場に安全地帯などないという確かな証明であり、物質的にそれを感じてしまったメルトは、背筋を氷柱で貫かれた様な恐怖を覚える事となる
……普通の子供であれば、ここで恐怖に駆られ身動きが取れなくなる所であろう。或いは、誰かに助けを求め縋るのかもしれない
だが、メルトはそうはならなかった。自身に命の危機があると察した瞬間、彼女は自分自身の力のみで生き残るべく戦略を切り替える

>「さ、今回は属性的に大ダメージを与えるのは女衆の役目という事になりますし。
>ウィズリィちゃん、シメジちゃん、なゆちゃん、勢い余って殺さんように注意ですえ〜」
>「よし、スタンが入った!一気に畳み掛けるぞ!――『濃縮荷重(テトラグラビトン)』、プレイ!」

みのりによる役割の提示と、明神のスペルカードによる拘束の強化。

「……。スペルカード『愚鈍な指揮官(ジェネラルフール)』を発動します」

それに合わせるようにして発動したのは、愚鈍な指揮官(ジェネラルフール)のスペルカード。
先程生み出した『骨の欠片』を消費し発動したその効果は、スペルカード1枚の効果発動の遅延。
アイテムを3つも消費する割に、無効化ではなく遅延しか出来ない燃費の悪さ。
また、相手が用いるスペルによっては『溜め』や『連射』となってしまい、攻撃力を倍にしてしまう可能性のある使い勝手の悪さから、あまり使用されていないカードであるが、
メルトはその使い勝手の悪い効果を逆手に取った。

(……真一さんが肉弾戦で戦えるという事は、この世界でのスペルは現実に即した現象でもあるという事です。だったら)

プレイヤーの様に多彩なスペルカードは用いられないが、モンスター達は生態が有する機能としてスペルを使う。
つまりバルログの炎魔法や、熱線、炎剣もスペルなのだ。
故にメルトは、愚鈍な指揮官(ジェネラルフール)をバルログの……熱線に対して使用した。

187佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/03/13(火) 02:08:53

みのりの「雨乞いの儀式(ライテイライライ)」により、炎剣や炎鞭の威力を減衰させられたバルログの現在の最大威力の攻撃手段は、
口腔から放つ熱線である。放つ直前まで雨による減衰を受けないその攻撃は、フィールドを水属性にされても尚、高い威力を誇る筈であったが、

イシュタルに放とうと口腔に溜めたその熱線を、放つ事は出来なかった。
愚鈍な司令官のスペル……太った軍人の形をした黒い霧が、ニヤニヤとした笑みを浮かべながらバルログの口元を手で押さえつけているからである。
バルログは、拘束されていない片腕でその霧を祓おうとするが、霧である為に物理的に払う事が出来ない。
そうしている間にも、熱線を放つ為の熱源はバルログの口内にどんどんと溜まって行く。
そうして、いよいよ熱量は最大に達し、バルログの頬が己の熱線で限界まで膨らんでしまった時に、
メルトはゾウショクに一つの指示を出した。

「ゾウショク、石を投げてください」

……さて、例えば人間が限界以上に口に水を含み、口を塞がれた状態で。その頬を突かれたら一体何が起きるのか。

答えは、暴発である。
ゾウショクの投擲した石がバルログの頬にぶつかった瞬間、バルログの顔が小さく爆発を起こした。
溜まりに溜まった熱エネルギーが、本来熱線を放出しない器官に侵入し、内側からその身を焼いたのである。

無論、バルログは炎属性のモンスターだ。この程度の爆発で死ぬ訳が無い。
だが……だからといってダメージが無い訳でもない。

自身の処理限界を超えた熱量は、口腔を焼き……熱線の再使用を不可能とした。
威力を減衰させた炎の武器と魔法、封じられた熱線。

バルログの戦力の低下は言うまでもないだろう。
それを確認したメルトは

「あ……あの、私は攻撃手段が無いので、なゆたさん。攻撃をお願いします」

追撃を、なゆたへと依頼する。

188崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/03/15(木) 22:16:20
>「当然、捕獲する。手伝ってくれ。……これで俺たちの貸し借りはチャラだ」

「了解、リボンつけてプレゼントしたげる」

明神の速答に、なゆたはニヤリと笑って応えた。
バルログは初心者お断りの強力なレイドボスかつレアモンスターだが、なゆたとポヨリンにとっては属性有利な相手だ。
ここで「いや、もっと強いモンスターのために温存しておく」と言われるよりは、バルログで手打ちにしてくれた方が有難い。

>援護は任せたぜ、なゆ!

「ん!」

手綱を解かれた暴れ馬のようにバルログへ突貫する真一とグラドへ、一度小さく頷く。
幼なじみのふたりにとって、余計な言葉は不要である。真一が何を考えているのかなど、手に取るようにわかる。
後はそれをアシストし、より真一とグラドが戦いやすいような戦況を作ってゆくのが自分の役目だ。
さっそく真一がグラドを手足のように操り、バルログの顔面に先制の一打を叩き込む。
咆哮をあげ、片膝をつくバルログ。
そこで、明神が不意に気になることを言う。

>「戦いながらで良い、聞いてくれ。もしかするとこの世界、ブレモンの本編より過去の時間軸の可能性がある」
>「もしかして……まだ。賢者ローウェルは生きてるんじゃないか。
 ローウェルを死から救い出すために、俺たちは過去のアルフヘイムに喚ばれたんじゃないのか」

「この世界が……過去のブレモンの世界? ローウェルは生きてる? そんな、まさか……」

一般に覇権ゲーとして認知されているブレイブ&モンスターズの時間軸では、大賢者ローウェルはとっくに死んでいる。
正しくは『死んだことになっている』と言えばよいか。ローウェルは究極の知識を手に入れるため、単身世界の表舞台から姿を消した。
その後は誰もローウェルの足取りを掴んだ者はなく、直弟子の『十二階梯の継承者』たちも散り散りとなっている。
実際はハイエンドコンテンツの最深部でアンデッドになってました、というのはあくまでプレイヤー情報。
少なくともこの世界の誰も、ローウェルの足取りについては知らないはずである。

が。

そのローウェルが、もしまだ健在であるとするのなら。

「わたしたちは、ローウェルの死をきっかけとしたこの世界の崩壊を食い止めるために喚ばれた――?」

ブレモンの現状のストーリーモードは、世界に巣食う巨悪のひとつを懲らしめるところで一応のエンディングとなっている。
つまり、ストーリーモードをクリアするだけでは、この世界そのものの衰亡を食い止めるには至っていないのである。
しかし、もし。
この世界そのものの崩壊を阻止する方法があるとして、それを成すために自分たちが召喚されたのだとしたら……?

「むむむ……」

もし明神の予想が当たっているとしたら、それは大ごとだ。
もちろん今現在も大ごとなのだが、万一予想通りであるのなら、それは一朝一夕でどうにかなる問題ではないだろう。
自分たちの世界へ帰れるようになるのは、いったいいつになるか想像もつかない。
戦闘時であるということさえ束の間忘れ、なゆたは腕組みして考え込んでしまった。
そんななゆたをよそに、戦闘は進んでゆく。
明神のスペル発動、『濃縮荷重(テトラグラビトン)』――重力増加によりエネミーのDEXを著しく減少させる効果を持つスペルだ。
片膝をついたバルログを中心に放射状にフィールドの重力が増加し、バルログはぐぐ、と身体を深く折り曲げた。

「グオオオオオオオオオ――――――――ッ!!!」

バルログが吼える。
グラドからの一撃を喰らい、なおかつ重力増加によって行動を制限されているというのに、恐るべき膂力で攻撃を仕掛けてくる。
ただ、その攻撃の矛先はすべてイシュタルへと向けられている。
みのりの発動させた『愛染赤糸(イクタマヨリヒメ)』によって、バルログは他のメンバーを攻撃できない状況にあった。
これで、仲間たちはバルログの攻撃を気にすることなく攻撃に集中することができる。

189崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/03/15(木) 22:23:06
バルログが耳まで大きく裂けた口を開く。その口腔の奥に、燃え盛る紅蓮の炎が見える。
物理的攻撃手段を封印されたバルログが繰り出したのは、高威力の熱線である。
喰らえば大ダメージは避けられない脅威だが、それさえもメルトのスペルカード『愚鈍な指揮官(ジェネラルフール)』が押さえ込む。
人型の霧のような、煙のような何かが、その手でバルログの口を塞いでいる。
そして――

>「ゾウショク、石を投げてください」

レトロスケルトンの投擲したその辺の石ころがバルログの頬に接触した瞬間、その顔面がボガァン! と音を立てて爆裂した。
発動遅延によって臨界に達していた口腔内の熱が暴発し、爆発を起こしたのだ。
バルログの口からもくもくと黒煙が上がる。地味な攻撃だがダメージは少なくあるまい。
咄嗟の判断で機転を利かせたメルトの手腕に、なゆたは感心した。
思えばパートナーのレトロスケルトンといい、試掘洞に入った際の『戦場跡地』といい、『愚鈍な指揮官』といい。
一般的に産廃と言われている手札をああも巧みに使いこなすその知恵は、並大抵のものではない。
普通、初心者といったら真一のように見た目派手で単純にATKの数値の大きな手札を持とうとするものなのに――。

「……ん?」

なゆたはそこで、小さな違和感を覚えた。
以前、なゆたが編集者のひとりとして参加しているwikiやフォーラムで話題になったことがある。
数多いるプレイヤーの中には、カードのバグやルールの隙間を巧妙について私腹を肥やす、人倫にもとる手合いがいると。
そういった悪質な連中は一見誰にも見向きされないような手札を持ち歩き、奇想天外な使い方で他者を陥れるという。
もちろん、そんなプレイヤーは運営に見つかるたびに即BANされるのが常だが、それでも数が減ることはない。
ソシャゲとは、良心的プレイヤーと悪徳プレイヤーとのせめぎ合いであろう。
しかし。

――まさか、ね。

なゆたはメルトを一瞥すると、すぐにそんな考えを頭から締め出した。
この、いつも怯えたような態度を見せている小動物のような少女が、そんな存在であるはずがない。
悪質なプレイヤーというのは、日がな一日パソコンや携帯でフォーラムに入り浸っては不快な文句をわめき散らしていたり。
議論でマウントを取ることしか考えていないような、品性下劣な人間に決まっているのだ。
そう、例えば――
かつてなゆたとフォーラムでほぼ一昼夜マンツーで口論した、あの最悪の荒らし。


『うんちぶりぶり大明神』のような――。


――あ、なんか、腹立ってきた。

もののついでに憎らしい荒らしのことを思い出し、なゆたは渋面を作った。
『うんちぶりぶり大明神』はフォーラムでは蛇蝎のように嫌われているクソコテである。
wikiでは出禁と名指しされているにも拘らず、いつもクソスレを立てたり、盛り上がっている話題に水を差したりして煙たがられている。
モンデンキントのプレイヤー名で、なゆたもよくそのクソコテには反論したものだ。
半端に頭がいいらしく、一見理路整然とした論調で話してくるため、議論の相手としてはやりづらいことこの上ない。

――あの荒らしもこっちに来てるのかしら? もしそうだとしたら、一発ぶん殴ってやるわ。

そんなことを考える。
と、

>「あ……あの、私は攻撃手段が無いので、なゆたさん。攻撃をお願いします」

メルトからの攻撃要請。なゆたはハッと我に返った。

「あ、ゴメンゴメン! すぐにやるわね!」

アハハ、と笑ってスマホの液晶画面をタップする。
そう、今は戦闘中なのだ。思案はあとですればいい。

190崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/03/15(木) 22:29:55
ポヨリンが、なゆたの足許でぽよんぽよんと跳ねている。
戦闘が始まって以来、なゆたは一度もポヨリンにバルログを攻撃させていない。
現在攻撃しているのは真一&グラドとウィズリィ&ブック、そしてマルグリットだけだ。
バリバリの炎属性である真一とグラドではバルログに有効打を与えられない。試掘洞の中で鍛えたとはいえ、まだ物足りなさは否めない。
ウィズリィのパートナーであるブックの魔法も、そこまでバルログに打撃を与えているとは言い難い。
マルグリットに至っては、NPC戦闘の宿命かバルログにダメージが通っているかも怪しい。
と、すれば。

――わたしがやるしかないみたいね。

なゆたは戦闘が始まってからずっと、ATBで行動が可能になるたび自らのスペルカードを手繰り続けていた。

「『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード』……プレイ」

ポヨリンの体表がスライムの柔軟さと、鋼の強靭さを同時に帯びる。

「『限界突破(オーバードライブ)』……プレイ」

鈍色に輝いていたポヨリンの身体から、スーパー〇イヤ人のようなオーラが迸る。

「『分裂(ディヴィジョン・セル)』……プレイ」
「『分裂(ディヴィジョン・セル)』……もう一枚プレイ」
「『分裂(ディヴィジョン・セル)』……さらに、もう一枚プレイ」

ポヨリンの身体がぐにゃりと歪み、1匹が2匹に。重ね掛けで2匹が4匹に。スペルカード三枚消費で4匹が16匹に増える。
みのりの『雨乞いの儀式(ライテイライライ)』によってフィールドが水属性に変化しているため、さらに倍。
鋼の身体を持ち、ステータスを限界突破させたポヨリンが、しめて32匹。

『ぽよっ!』
『ぽよよっ!』
『ぽよぽよっ!ぽよよんっ!』
『ぽっよよよ〜んっ!』

すでになゆたやメルトの周囲はポヨリンだらけになっている。
この状態でもバルログに集中攻撃することは可能であったが、なゆたはまだカードを引く。

「『民族大移動(エクソダス)』……プレイ」

ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽんっ!!

32匹のポヨリンだけでも大変な状況なのだが、その上さらにスライムが大量に出現する。その数は少なく見積もっても400匹はいようか。
戦場となっている橋は端から端まで30メートルはあろうかという巨大な橋だが、そこから零れ落ちそうになっている。
もっとも、『民族大移動(エクソダス)』によって召喚したスライムには他のスペルカードのバフは適用されない。
よって、その強さは最弱モンスターのスライムのまま――なのだが。
なゆたはそれを、戦力として当て込んでいるわけではなかった。

ポヨリンはなゆたが手塩にかけて育て上げ、種族の限界以上の強さを持たせたモンスターだが、しょせんスライムである。
スライムだというだけでガチ勢はパーティーへの同行を嫌がるし、ランキング入りなど勿論望めるはずもない。
しかし、そんななゆたとポヨリンがどうしてハイエンドコンテンツに行ったり、ランキング入りを果たしてきたのか?

「みのりさん、明神さん、ウィズ、しめちゃん! あとマルグリットも――みんな後退して! できるだけ後ろに!
 でないと……『踏み潰されちゃうから』!」

なゆたはグラドと一緒に空を飛んでいる真一以外の全員に退避の指示を出した。
そして、それが完了したと見るや、最後のスペルカードを切る。

「『融合(フュージョン)』――プレイ! ウルティメイト召喚……光纏い、降臨せよ! 天上に唯一なるスライムの神――
 G.O.D.スライム!!」

カッ!!

橋の上にいたポヨリン以下、すべてのスライムたちが光に包まれる。
400匹以上のスライムたちが、なゆたの最後に引いたスペルカードによって一匹に融合し――。

『ぽぉぉぉぉ〜〜〜、よぉぉぉぉ〜〜〜、よぉぉぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜んんんんんんん〜〜〜〜』

そこに黄金の輝きと共に光背を負い、純白の翼を三対生やし。輝く王冠とリングを頂いた、巨大なポヨリンが出現した。

191崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/03/15(木) 22:34:45
スライムというモンスターは、多い。
ブレイブ&モンスターズというコンテンツのマスコットキャラクターになっていることもあり、その種類は多岐に渡る。
素のスライムから始まり、ブラックプディング、グレイ・ウーズ、ゼラチナス・キューブ等のいわゆるリアル勢から――
プチスライム、にゃんこスライム、抱き枕スライムなどのカワイイ勢。
某有名ゲームとのコラボ企画で限定配布された、セイバースライムなんてものまでいる。
そして、そんな無数のスライム系統樹の頂点に君臨する二体のスライムのうちの一匹。
それがこの『G.O.D.スライム』だった。

『G.O.D』とはGigantic-Optimal-Dominator(巨大で最上の支配者)の頭文字とも、ごつい・おおきい・でかいの略とも言われている。
のべ400匹以上のスライムがひとつに融合したその巨体は、実に身長18メートル重量40トン。
これはガ〇ダムとほぼほぼ同等のスペックである。
G.O.D.スライムもまたレイドモンスターであり、エンドコンテンツのひとつにボスとして出現する。
単純な攻撃力ではブレモンすべてのモンスターの中でも十指に入る、強力無比なモンスターだ。
真一は現実世界での対戦でなゆたがこのモンスターを召喚するのを見たことがあるだろう。
かつてみのりと共闘した際も、なゆたはこの切り札を使った。
これがなゆたのぽよぽよ☆カーニバルコンボの正体である。

コンボデッキは成立までの支度が肝要であり、時間がかかるという弱点がある。
しかし、仲間たちのアシストのおかげでなゆたは心おきなくコンボを組み立てることができた。
このコンボを発動させると、なゆたはほとんどのカードを使い切ってしまうが、今回のクエストの目的はマルグリットとの接触。
マルグリットを発見した今、後は迅速にバルログを討伐して地上に戻れば目的達成だ。
であれば、この段に及んで出し惜しみする必要はない。坑道は狭かったが、幸いここは高さも広さも充分にある。

「ゴッドポヨリン、いくわよ!」

『ぽぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜よぉぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜』

なゆたの声に、眩い後光を纏ったゴッドポヨリンが返答する。身長18メートルだが、表情には相変わらずしまりがない。
レイド級の超巨大なスライムが、ぽよんではなくずずぅぅん……と地響きを立てながら跳ねる。
ゴッドポヨリンは『濃縮荷重(テトラグラビトン)』によって身動きが取れず、いまだに片膝をついているバルログを見下ろした。
バルログは身長6メートル。大きさは三倍違う。バルログが片膝をついている今、身長差はさらに広がっている。
なゆたはスマートフォンをタップすると、高らかに言い放った。

「ゴッドポヨリンの攻撃! 万理万物悉くを打ち砕け――天の戦鎚!」

ゴッドポヨリンが双眸を輝かせ、勢いをつけて高く跳躍する。
楕円形の姿が、瞬く間に別の何かに変わってゆく。
それは、巨大な右の拳。
以前ポヨリンがベルゼブブに見舞った、攻撃力倍加のスキル『てっけんせいさい』。
それを、G.O.D.スライムの巨体で再現したのだ。

「『黙示録の鎚(アポカリプス・ハンマー)』!!!」

スペルによって逃げられないバルログめがけ、なゆたは18メートル40トンのゲンコツを振り下ろした。


【全力で殴。】

192赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/03/19(月) 01:26:21
地下十階層の広大な空間を埋め尽くす爆風、粉塵、燐光――

それらが晴れてようやく視界が開けた時、橋の上には後光を纏うゴッドポヨリンと、その一撃にノックアウトされたバルログの姿があった。
スマホ上に表示された敵のHPバーを見ると、まだ微かに息はあるようだが、あの様子では最早立ち上がることさえできない筈だ。

「ゲームでは見たことあったけど、半端ねーな……ゴッドポヨリン。ここまで来ると、相手に同情すら覚えるぜ」

真一はグラドの背をポンポンと叩き、下方を指差して橋の上に降りるよう指示を出す。
瀕死のバルログは明神が捕獲したがっているようだし、あとの処理は彼に任せて大丈夫だろう。

「おぉ……実に見事也。先の御業は、我が賢師が紡ぐ四方の守護天使の招来にも匹儔する。
 ……そうか。貴公らこそが神の御手――いや、師より伝え聞いた“異邦の勇者”なのだな」

すると、地面に降り立った真一の元へ、何やらいたく感銘を受けた様子のマルグリットが現れた。
そこでようやく思い出したが、そもそも自分たちはローウェルの指輪を探すため、その手掛かりになりそうな彼に会いに来たのだ。
先程、バルログを討伐できたら相応の礼をすると言っていた覚えがあるけれど、まさか指輪をくれたりしないだろうか。

「貴公らと此処で遭逢することは、我が賢師より告げられていた。
 受け取るが良い、異邦の勇者よ。
 貴公らの力が正真のものであるのならば、其れを託すよう仰ぎ、わたしは彼の地から到来したのだ」

指輪を貰えないか交渉してみようと頭を捻っていた真一だったが、言うまでもなくマルグリットは懐から何かを取り出して、真一に手渡す。
それは白銀の輝きを帯び、中央には紅々と光る宝玉の嵌められた――まさしくローウェルの指輪に他ならなかった。

「おいおい……これってまさか、アンタのお師匠様の指輪か!?
 いや、俺らも実はそいつが欲しくてここまで来たんだけど、こんなにあっさりと貰っちゃっていいのかな」

満足気に頷いているマルグリットをよそに、真一は何やら拍子抜けしたような思いだったが、そこでポケットに入れたスマホが鳴動する。
スマホから流れるドラ○エのOPのように壮大なBGMは、クエストクリアの証だ。
真一が慌ててスマホを開いてみると、画面には報酬としてクリスタル9999個の獲得を示すメッセージが表示されていた。

「何つーか、終わってみれば意外と簡単なクエストだったな。
 まぁ、このダンジョンを潜ってくるのは骨が折れたけど、指輪を探すのはもっと大変かと思ってたぜ」

真一は貰った指輪をインベントリに格納し、ほっと安堵の溜め息をつく。
ゲーム内では伝説的なレアアイテムの捜索というクエストだったが、このパーティの実力ならレイドボスも労せず倒すことができたし、クリアしてみれば拍子抜けと思えるくらいあっさりとしたものだった。

「さ、報酬のクリスタルを分けるのは後にして、とにかく俺たちも地上へ戻ろうぜ。
 こんなところで三日三晩も過ごしたから、いい加減みんなも疲れただろ」

真一が指輪を受け取ったため、報酬のクリスタルも真一のスマホにのみ振り込まれたようだったが、それでも9999個だ。
6人で分配しても充分すぎる量だし、魔法機関車の燃料分を差し引いても、しばらくクリスタルに困ることはないだろう。
真一はマルグリットに軽く礼を告げた後、未だバルログの捕獲に勤しんでいる明神たちの方へ足を向けた。

193赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/03/19(月) 01:27:39
――まるで魔獣が唸り声を上げるように、鈍い金属音が鳴り響いたのは、その直後だった。

次いで聞こえたのは、巨人が地を踏みしめる足音。
そして、その一歩による地鳴りで、洞窟内に響き渡る反響。

いきなり叩き起こされたかのように、真一が視線を音源の方へ向けた時、そこには信じられない姿があった。
それは、ゲーム内には存在しない筈のモンスター。
古の時代に力を使い果たし、現在はただの背景として、ダンジョンに横たわっているだけのオブジェ。

全長30メートルを越える巨体が立ち上がり、一歩進むごとに歯車の軋む音を上げながら、大地を揺らす。
その瞬間、真一は思い出した。かつてガンダラのドワーフたちが作り上げた、ロストテクノロジーの結晶、超大型のアイアンゴーレム。
あいつの名前は、確か――

「――――“タイラント”」

巨人が洞窟を闊歩する光景を眺めながら、真一はその名前を吐き捨てるように呟いた。

「……ッ……!?」

そして、同時に“あるイメージ”が脳裏に浮かび、真一は強烈な目眩と頭痛を覚える。
それは白昼夢というには、あまりにもリアルな既視感(デジャヴ)だった。

――俺は、あいつの姿を見たことがある。

ゲームの中で見たという話ではなく、現実の光景として、どこかで見た記憶がある。
ならば、一体どこであいつを目撃したのだろうか?
込み上げてくる吐き気を堪えながら、更に自身の記憶の奥深くを探ると、瞼の裏側にその光景がフラッシュバックした。

街々に並ぶ高層ビル群。そして、中央に聳え立つ全長300メートル以上の電波塔。
――場所は恐らく、東京だ。
ビルを薙ぎ倒しながら、東京の街を進軍する数多の超大型ゴーレム――タイラントの横隊。
更に、上空ではF-15の編隊が飛び交いながら、無数のドラゴンや、虫の姿の化物と銃撃戦を繰り広げている。
そんな地獄のような光景から逃げ惑う人々によって、パニックが連鎖する交通網。

そして、魔都と化した東京を焼き払うため、高々度から降り注いだ幾数発の――

194赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/03/19(月) 01:27:53
「ハァ……ハァ……何だ、今のイメージは……?」

そこで不意に記憶は途切れ、真一は我に返る。

額から噴き出る汗を拭い、肩で息をしながら視線を上げると、タイラントは真一たちを嘲笑うように見下ろしていた。
繰り返すがゲーム内のタイラントは、ただの力尽きたオブジェであり、モンスターとしてのデータは存在しない筈だ。
――だが、そんなことはどうでもいい。
あれを放っておいたらヤバいと、自身の直感が全力で警鐘を鳴らしているのに従い、真一はグラドの背に飛び乗った。

「あいつが何だかは知らねーが、とにかくヤバい相手なのは間違いねえ! ここで絶対に叩き潰すぞ!!」

そして、グラドは咆哮を上げながら、タイラントへと一直線に飛翔した。

敵の戦闘能力は全く不明だが、あの巨体から考えれば、流石に身のこなしは重いだろう。
圧倒的なスピードの差を活かし、瞬く間に彼我の距離を詰めたグラドは、タイラントの胴体部のコアを目掛けドラゴンブレスを噴射する。
こいつが以前倒したアイアンゴーレムの親玉ならば、その弱点も同じ筈だ。

しかし、タイラントは至近距離から放たれたドラゴンブレスを、まるで蚊でも叩くかの如く、容易に片腕で払い除けた。
それと同時にタイラントの胸部の装甲が開いて、そこから二門の砲塔がせり出す。
そして、砲口が光を吸い込んだかのように見えた直後、二筋の極大な光条が吐き出された。
先程ゴッドポヨリンが見せた一撃に匹敵するか、或いはそれ以上の規模の光線が虚空を切り裂き、真一とグラドに襲い掛かる。
グラドはそれを持ち前の反射神経と運動能力だけで何とか回避するが、その一秒後には、光線を追うようにして振り抜かれたタイラントの鉄拳が眼前にあった。

――躱せない。

真一は直感でそう判断を下すものの、既に打つ手はない。
明確な死のイメージがこちらに肉薄する中、ただ体を動かしたのはグラドだった。

「……がはっ……!」

タイラントの拳が炸裂する直前、グラドは身を反転させ、真一だけを振り落としたのだ。
真一は空中から地面に叩き付けられた痛みに身悶えするも、すぐに上体を起こし、再び敵の方を見据える。
そこには右拳を掲げるタイラントと、その拳をまともに喰らい、洞窟の岩壁に叩き付けられたグラドの姿があった。

「畜生ッ……グラド!!」

真一は声を張り上げてグラドの名を呼ぶ。しかし、相棒からの返答はない。
そして、タイラントは最早グラドには目もくれず、残った敵を打ち倒すため右足を踏み出した。



【ローウェルの指輪ゲット。
 そして、復活した超大型ゴーレムとの第二ラウンド開始!】

195明神 ◆9EasXbvg42:2018/03/24(土) 23:59:39
>「うふふ、そないに情熱的に抱きしめてくれるやなんて、こちらも応えな女が廃るわねえ」

膝を折り、スペルによる重圧で地面に手を付いたバルログ。
その右手へ――石油王のカカシの一本足がぶっ刺さった!
うひょー超いたそーぅ(歓喜)

「……殺すなよ?マジで殺さないでね?」

タゲを奪い取るために石油王の敢行した強引なヘイトテクニックに俺は股間の縮み上がった。
この戦いは、全員一律ゼロの状態からよーいスタートで始まる通常のレイドバトルと違う。
先客として先んじて戦いを始めていたマルグリットが、相当ヘイトを稼ぎまくってる状態からの戦闘開始だ。
いかにヘイト獲得手段に優れたタンク型のスケアクロウと言えど、普通のやり方じゃタゲは奪えない。

この無理難題に対して今回石油王が講じた工夫は、俗に「ST方式」と呼ばれるヘイト分散テクニックだった。
ブレモンにおけるヘイト値(敵視量)とは絶対評価ではなく相対評価。ヘイト量には「集中力」という上限がある。
例えばマルグリット単独相手に100%の敵視を向けていたところに、横から別の誰かに殴られたら、
その相手にも集中力を差し向けねばならず、その分マルグリットに対するヘイトは下がるって寸法だ。

石油王はこの仕様を利用し、まず真ちゃんに突撃させてバルログからヘイトをとらせた。
マルグリットが100持っていたヘイトが、マルグリット70、真ちゃん30くらいに分散したのだ。
本来スケアクロウが稼がなければならない100のヘイトを70に抑える。
節約できた30のヘイトを稼ぐのに、本来費やすはずだった時間とリソースを、バルログの拘束に使える。
結果は見ての通り、右手を磔にされ、拘束スペルで攻撃を封じられたバルログはタコ殴り状態である。

一口にタンクと言っても、ただ敵にスキルをぶっ放してヘイトを稼ぐだけが能じゃない。
攻撃をしのぐためにバフを焚かなきゃならないし、拘束やデバフで敵の行動を制御するのもタンクの仕事だ。
だから"上手いタンク"と呼ばれる連中は、こうした『必要以上にヘイトを稼がない』判断も要求されるのだ。

ブレモンの高難易度レイドだと、タンク役を二人置くことが結構ある。
片方がST(サブタンク)としてヘイトを分散させたり、累積デバフの溜まったメインタンクに代わって攻撃を受ける、
いわゆるスイッチを行ったりと攻略法としてはわりとポピュラーな方式だ。

石油王は言わば、真ちゃんを一時的な仮のSTとして扱うことで、自身のヘイト補助に活用したってわけだ。
突発的に始まったこの戦闘の中で、一つ間違えば真ちゃんにタゲが飛びかねない綱渡りを、渡りきりやがった。

……いやマジで、なんでこのレベルのタンクが今まで野良専だったんだよ。
絶対どっかの攻略チームからお呼びがかかるだろ。エンドコンテンツじゃ引く手数多だぞ。

>「さ、今回は属性的に大ダメージを与えるのは女衆の役目という事になりますし。
 ウィズリィちゃん、シメジちゃん、なゆちゃん、勢い余って殺さんように注意ですえ〜」

ウルトラCのヘイトテクニックをこともなげに披露した石油王は、浮かせた時間でもう一つスペルを使った。
『雨乞いの儀式(ライテイライライ)』。大雨を降らせてフィールド属性を水に変えるカードだ。
戦況のコンダクト(指揮)。アタッカー達が十分に火力を発揮できるよう場を整えるのも、タンクの役割の一つである。

しかしバルログも流石はレイド級と言ったところか、デバフ盛り盛りでも戦意の衰える気配がない。
メインウェポンである剣と鞭を石油王に封じられてなお、口から放つ凶悪な熱線は健在だ。
マルグリットの放った巨大な氷柱を、属性不利さえ覆して溶かし尽くした炎のブレス。
いかにフィールド属性の恩恵があれども、植物性のカカシなんか一発で燃やし尽くされるだろう。
あれマジでやばない?石油王バフ残ってる?タンク用の軽減スキルなんか持ってねーぞ俺。

>「……。スペルカード『愚鈍な指揮官(ジェネラルフール)』を発動します」

その時、隅っこで石投げ士にジョブチェンジしていたしめじちゃんが、スマホを手繰ってカードを切った。
スペル効果で出現したおっさんのスタンドみたいなヤツが、バルログのでけー口を両手でふさぐ。

こいつホントに産廃カードしか持ってねーのな!ありゃコスパ最悪のクソコモンカードだ。
溜め系ブレスの発射を数秒遅らせたところで、数秒分たっぷり溜めて威力の上がったブレスが放たれるだけという。
防御バフをスカらせた上で敵の攻撃威力を引き上げるから、むしろMPK向けとして邪悪な使い方しかされないスペルである。
今どきこんなもんデッキに入れてるだけで晒し案件だ。俺もやらかしたことあるからよくわかる。

196明神 ◆9EasXbvg42:2018/03/25(日) 00:00:10
>「ゾウショク、石を投げてください」

俺のクソイキリ薀蓄をよそに、しめじちゃんは性懲りもなく石を投げるお仕事にお戻りになられた。
あーあー俺しーらね。今のうちに逃げる準備だけしとこ。あばよしめじちゃん、次は晒しスレで会おうぜ!

しかし果たせるかな、予期されていた事態は起こらなかった。
クソザコレトロスケルトン君の火の玉ストレートがバルログのほっぺたにぶち当たる。
膨らんだ頬を押せば当然中身が吐き出されるが、肝心の出口はおっさん型スタンドに塞がれていた。

結果――バルログはむせた。盛大にむせた。
逆流した炎が喉を焼いたのか、むせるなんてもんじゃない「暴発」がバルログの体内に発生する。
なんか聞いたこともないような悲鳴というか爆発音が口から発せられて、肉の焼ける匂いと黒煙が鼻から立ち上った。

「狙ってやったのか、こいつを……!」

今彼女が為し得たのは、「スペルの効果には物理現象が伴う」というこの世界独自の仕様を逆手に取った、裏技。
コンボの下敷きになってるのは、ウィズリィちゃんが試掘洞の入り口で見せた、「石壁」による進路の遮断だろう。
しめじちゃんがスペルの仕様やバグの悪用に詳しいのは分かっていた。
この土壇場で、しめじちゃんは世界とゲームの二つの法則を組み合わせて、独自のコンボを作り上げたのだ。

まっとうなプレイヤーが一朝一夕で思いつくやり方なんかじゃない。
まともなプレイヤーなら、クソカードを有効活用するんじゃなく、そもそも強いカードをデッキに入れる。
こいつは邪道をそれでもまっすぐ進まんとする、執念と機転の為せる技だ。

>「あ……あの、私は攻撃手段が無いので、なゆたさん。攻撃をお願いします」

ほんとかー?ほんとに攻撃手段ないのかー?
バルログ並に口をあんぐり開けている俺の隣で、しめじちゃんはしずしずと後ろに下がった。
同様にぼけっと何事か思案していたなゆたちゃんが、考えを振り払うように頭を振る。

>「あ、ゴメンゴメン! すぐにやるわね!」

一部始終を俺とともに見守っていたなゆたちゃんであるが、なにもせず棒立ちしてたってわけじゃないらしい。
「すぐやる」ってのは……つまり、「すぐ殺る」って意味だった。
既に彼女のスマホには、先行入力されたスペルが山のように積まれている。

>「『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード』……プレイ」
>「『限界突破(オーバードライブ)』……プレイ」

「ATB温存による多重スペルか……出し惜しみする気はねえようだな」

>「『分裂(ディヴィジョン・セル)』……プレイ」

「……んん?」

>「『分裂(ディヴィジョン・セル)』……もう一枚プレイ」

「マジで?」

>「『分裂(ディヴィジョン・セル)』……さらに、もう一枚プレイ」

「まだ積むのか!?」

一気に5枚のカードが切られ、効果を受けたぽよりん達がどんどん分裂し、ゾウショク(骨じゃない方)していく。
倍化のスペルで3乗したぽよりんの数は実に32匹。ぽよりんABCD……Zから先は何になるんだ!?ぽよりん「あ」とかか!?

197明神 ◆9EasXbvg42:2018/03/25(日) 00:00:46
>「『民族大移動(エクソダス)』……プレイ」

「ウソだろおい……っ!」

ポヨリンA〜えに加え、大小さまざまなスライムたちが次々と出現し、バルログさん家を埋め尽くさんばかりの光景が広がった。
これがゲームだったら間違いなく処理落ちしてクライアントが動作を停止してるだろう。CPUが悲鳴を上げる幻聴が聞こえる。
どんぶり勘定でも数百匹がゆうに超えるスライムの大群が、なゆたちゃんの号令に従って積み重なっていった。
俺は気付いてしまった。なゆたちゃんがこれから何をしようとしているのか。

>「みのりさん、明神さん、ウィズ、しめちゃん! あとマルグリットも――みんな後退して! できるだけ後ろに!
  でないと……『踏み潰されちゃうから』!」

「まさか、アレをやる気か?あの伝説のコンボを……!」

>「『融合(フュージョン)』――プレイ! ウルティメイト召喚……光纏い、降臨せよ! 天上に唯一なるスライムの神――」

「石油王っ!カカシを戻せっ!拘束スペルで俺たちをつなぎ止めろっ!下手すりゃふっとばされてマグマに落ちるぞ!」

俺が喉を振り絞るかいなや、積み上がったスライム達が金色の稲光に包まれる。
32匹のポヨリンたちを核として、寄り集まったスライムの集合体は、融合スペルにより一個の生命体として完成するッ!
かくも神々しいその姿は全長18メートルの超巨大スライム。神の名に恥じない圧倒的質量の暴力ッッ!!
その名も――

>「G.O.D.スライム!!」

冗談みたいな大きさのスライムが、突風を巻き起こしながら跳躍する。
試掘洞10階層の高い高い天井に届かんばかりに飛び上がったゴッドポヨリンが、身体を拳へと変じて流星のごとく落下する!
その先には、もはや処刑を待つばかりの哀れなバルログ君の困惑気味な顔があった。

「衝撃にっ!備えろーーーっ!!」

>「『黙示録の鎚(アポカリプス・ハンマー)』!!!」

爆心地もかくやの轟音と暴風に身を揉まれながら、さながら走馬灯染みた記憶が俺の脳裏を横切っていく。
なゆたちゃんの生み出したこの破壊の化身を、俺は知っている。

――G.O.Dスライム召喚コンボ。
本来レイド級に数えられるスライムの最強種を、複数のスペルの組み合わせで強引に再現する究極のコンボだ。
スライムというモンスターの持つ個体識別性の無さと、無数のスライムを生み出す専用ユニット『民族大移動(エクソダス)』。
この二つをヒントとして闇鍋のような試行錯誤の果てにたどり着いた、プレイヤーの一つの到達点である。

馬鹿みたいに手数がかかりすぎるのが難点だが、自前でレイド級を作り出せるという浪漫に魅せられたプレイヤーは多い。
攻略Wikiにもデッキビルドの専用ページがあるし、実際に使ってみた動画がYoutubeにいくつも上がってる。
戦術のフォロワーは多いものの、そいつらは一様に口を揃えて言うのだった。『このコンボ、使いづらい』と。
そりゃそーだ、コンボ成立までの間クソザコスライムが死なないようにひたすら守り続けなきゃならないもんな。

一方で、例外的にこのコンボを実用レベルで使いこなしているプレイヤーがいる。
G.O.Dスライム召喚コンボの発見者にして提唱者のハイエンドプレイヤー、『モンデンキント』。
エンド勢の間じゃ『スライムマスター』とか『月子先生』とか呼ばれてる有名スライム使いだ。

俺がフォーラムで悪名を馳せているのに対し、モンデンキントは正しく良い意味で注目を集めている。
たまにフォーラムにふらっと現れては、レイド勢と攻略論を熱く語り合ったり、新規ちゃんにアドバイスをして去っていく。
その影響力は強く、半端なスライム使いがモンデンチルドレンとか揶揄されてスレが荒れまくったのを覚えてる。

かくいう俺も、モンデンキントの野郎とは浅からぬ縁がないこともない。
というか俺がクソコテとして有名になっちまったのは、奴の影響によるところが大きいと言えよう。
俺の立てた荒らしスレでの出口の見えない不毛な議論に、一人また一人とスルーを決め込む中、
モンデンキントは、モンデンキントだけは俺の説得を諦めようとせず、粘り強く反論を返し続けた。

198明神 ◆9EasXbvg42:2018/03/25(日) 00:01:16
俺たちクソコテにとって、荒らしレスをスルーされることほど堪えることはない。
反応がなければモチベーションは下がるし、独り相撲を続けられるほど強靭なメンタルは育ってない。
誰にもかまって貰えなければ、俺というクソコテはネットの片隅で寂しく消えていたことだろう。

だがモンデンキントはときに丁寧に、ときに苛烈な切り口で反論を重ね、俺も負けじと煽りを混ぜて反論を返す。
そのレスバトルの応酬はそのうちフォーラムの風物詩となり、『うんちぶりぶり大明神』の名は広く知れ渡るようになった。
愛すべきモンデンキント先生にいつまでも噛み付く愚かな荒らしクソ野郎として。その通りである。
ゲーム内でも奴の弟子を名乗るプレイヤーに闇討ちされかけたことは一度や二度じゃねーしな。

閑話休題。つまるところなゆたちゃんは、モンデン野郎のフォロワーなんだろう。
いっとき絶滅したかに思われたモンデンチルドレン、こんなところに生き残ってやがったのか。
モンデンキント、見ているか……お前の遺した種は今たしかにここで芽吹いているぞ……。

>「ゲームでは見たことあったけど、半端ねーな……ゴッドポヨリン。ここまで来ると、相手に同情すら覚えるぜ」

あ、終わったみたいっすね。空中にいた真ちゃんがドン引きしながら降りてきた。
バルログ死んでねーよなこれ……スマホのターゲットリストを見る。生きてたわ。HPミリの虫の息だけど。
ゴッドポヨリンが拳をどけると、そこには萎びたカエルみたいになったバルログ君がいた。

「捕獲ビーム、発射!」

俺はスマホを手繰り、キャプチャーコマンドを発動した。
洗脳光線が迸り、もはや指一本動いてないバルログに巻き付いていく。
だがさすがにレイド級、捕獲ビームは途中で千切れ、弾け飛んでしまった。

バルログのATBゲージはとっくに溜まっているはずだが、奴が起き上がる様子はない。
ゲーム上はHPがミリでも遜色なく動き回るモンスターも、この世界じゃシステム通りはいかないんだろう。
そりゃおめえ、全身の骨がバキバキに折れてたらもうなんもできねーよ。

「捕獲」

というわけでこちらもATBが溜まり次第もう一度ビームを放った。
失敗した。

「捕獲」

失敗。

「捕獲」

失敗。

「捕獲」

――成功。
洗脳光線がバルログをぐるぐる巻きにして、光の粒へと分解し、スマホの中へと巻き取っていく。
リザルト画面には、確かに『焔魔バルログ』の捕獲完了が表示されていた。

「うおっ……!うおおおおおおおお……!!!」

あんまテンション上げすぎるとカッコ悪いので俺は静かに拳を握って歓喜を圧し殺した。
やっとだ……!やっと……!俺のケツを犠牲(未遂)に捧げた甲斐が、あった……!!
バルログさえ手に入りゃ、ソロプレイでどこまでだって行ける。パーティプレイを強いられることもない!

「バルログ、確かに受け取った。ガンダラでの取引はこれで完遂、貸し借りはチャラだ」

なゆたちゃんへ向けて俺はニヤリと笑って見せた。
ククク……バルログの試し斬りはてめーでやってやるぜなゆたちゃん……ゴッドポヨリンが帰ったらね。
あっポヨリンさんこっち見ないで?ブルブルぼく悪いクソコテじゃないよ。

199明神 ◆9EasXbvg42:2018/03/25(日) 00:01:48
>「おいおい……これってまさか、アンタのお師匠様の指輪か!?
 いや、俺らも実はそいつが欲しくてここまで来たんだけど、こんなにあっさりと貰っちゃっていいのかな」

マル公となにやら話していた真ちゃんが、素っ頓狂な声を上げる。
イケメンから手渡され、真ちゃんの手の上にあるのはまさしく――ローウェルの指環。
指環だ!やっぱ実在したのか……!マルグリットてめえなに勝手に真ちゃんに渡してんだ!
こういう一つ限りのドロップアイテムは公平にじゃんけんか殺し合いで獲得権を決めるもんだろうがよ!

>「何つーか、終わってみれば意外と簡単なクエストだったな。
 まぁ、このダンジョンを潜ってくるのは骨が折れたけど、指輪を探すのはもっと大変かと思ってたぜ」

ああーっ!クソてめえ真ちゃんこの野郎!インベントリにしまうんじゃねえよ!
そこにしまわれたら引ったくって奪えねえだろうが!

>「さ、報酬のクリスタルを分けるのは後にして、とにかく俺たちも地上へ戻ろうぜ。
 こんなところで三日三晩も過ごしたから、いい加減みんなも疲れただろ」

「……そうだな。今後のことは、ガンダラに戻ってから話そう」

俺はどうにかクソコテの発作を抑えて、務めて冷静にそう返した。
マルグリットは何かやり遂げたようなツラでニコニコしている。覚えとけよクソイケメン野郎。
――そのとき、バルログの咆哮なんかよりずっと禍々しい音が響き渡った。

「!?……なんだ今の音は?」

咄嗟に音のした方向を見ると、フロアの背景に同化していた馬鹿でかいゴーレムが動き出していた。
おいおいおいおい!試掘洞のフレーバー建築じゃなかったのかアレ!?
ゴッドポヨリンさんを遥かに凌駕する巨体が、軋みを上げながら一歩を踏み出す。
足元でマグマが波立ち、ゴーレムから剥がれ落ちた瓦礫で埋まっていく。
プレイヤーの世界観に関する知識として、俺も、真ちゃんもまた、あいつの名前を知っていた。

>「――――“タイラント”」

「まだ実装されてないボスだろアレは――!」

タイラントは、試掘洞のクエストでほんの少しだけ触れられた程度の伏線の一つだ。
アルフヘイムの超古代文明が作り出し、古の大戦でその役目を終えた、アイアンゴーレムの親玉。
ボスモンスターとしては未実装で、規格外の巨大さから大規模レイドバトル実装の布石じゃないかと噂されていた。
ゲームですら見たことのない、『生きたタイラント』が、今俺たちの眼の前にいる。

>「ハァ……ハァ……何だ、今のイメージは……?」

「おい、真一君!……真ちゃん!ぼっ立ちしてんな!マグマの津波がこっちまで来るぞ!」

俺が肩を掴んで揺さぶると、呆けていた真ちゃんははっとしたように顔を上げた。

>「あいつが何だかは知らねーが、とにかくヤバい相手なのは間違いねえ! ここで絶対に叩き潰すぞ!!」

「はあああ!?おめー図体の差見てみろよアリンコが人間様に敵うと思ってんのか!!」

真ちゃんは俺の制止を振り切って、レッドラに跨って離陸していってしまう。
いや流石に無理ゲーだろ!?あんなん100人くらいレイド級揃えねーと太刀打ちできねーって!

「……付き合ってられっか!そこの脱出ポータルから地上に戻ればそれで封じ込め完了だろ。
 いくら馬鹿でけえゴーレムだからって、試掘洞10階分を突き抜けて地上に収容違反するなんてことがあるかよ」

ガンダラ鉱山には誰も入れなくなるだろうが、それこそ俺の知ったこっちゃねえ。
どうせクリスタルもロクに出ねえ枯れた鉱山なんだ、このままタイラントの墓標にでもすりゃあ良い。
俺は踵を返して、ついでになゆたちゃん以下四名に吐き捨てた。

200明神 ◆9EasXbvg42:2018/03/25(日) 00:02:25
「あのドラゴン馬鹿と心中したけりゃ好きにしろよ、悪いが俺ぁここで降りさせてもらうぜ。
 俺の分のクリスタルも欲しけりゃくれてやる。あいつのスマホがあいつと一緒にぶっ壊れなけりゃな」

言いたいだけ言って、俺は脱出ポータルへ向けて走り出した。
その頭上を駆け抜けていくなにかがある。見れば、ふっとばされたレッドラが壁に叩きつけられていた。

>「畜生ッ……グラド!!」

地上に落下して耳障りな鎧のひしゃげる音と共に、真ちゃんが悲痛な叫びを上げる。
レッドラは応えない。息をしてるのかどうかも怪しい。

馬鹿が。ざまぁねえな。勝てもしねえ相手にぶつかって、パートナーに庇われてりゃ世話もない。
俺は賢いからよ。賢いから戦う相手は選ぶぜ。おめーとは違う。ここは逃げの一手が正解なんだよ。
君子危うきに近寄らずってな。俺は臆病なんじゃねえ。無駄に命を散らすのが合理的じゃねえってだけだ。

タイラントの二つの砲門が真ちゃんたちを捉え、破壊の光が砲塔の中に宿る。
ありゃ防御できねーだろうな。まあ半端に生き残るよりここで全部消し飛んじまった方が楽だろう。
俺は死にたくないんでお先に脱出しますね。あでゅー。

……………………。

「ああああああ!!!クソ!クソがっ!!バルログ!!!」


なけなしのクリスタルを消費して、捕まえたばかりのバルログが再出現する。
全身に裂傷を刻み、鞭は途中で千切れ、特徴的な牙も半ばで折れている。
傷ついたパートナーは非召喚時に少しずつ回復するが、さっきの捕獲からわずかにしか時間が経っていない。
ミリからほんのちょっとだけ回復した程度のHPで、健気にもバルログは大剣を掲げた。

「座標転換(テレトレード)――プレイ!」

二つの物体の位置を入れ替えるスペルを発動、バルログの姿が俺の目の前から消えた。
代わりに出現したのはバルログと同じ大きさの岩――このフロアの天井を構成する、落盤寸前だった巨岩だ。
位置を入れ替えたバルログは、タイラントの丁度頭上に出現した。

発射寸前にまで光を溜め込んだ砲塔を、頭上から自由落下するバルログが剣で殴り付ける。
重力加速度とバルログ本来の膂力による衝撃力は、タイラントの巨砲を弾き、光線の軌道を逸らすことに成功した。
真ちゃんの鼻先三寸の位置を破壊の光が擦過していく。

バルログはそのままマグマの海に着水。
炎属性なのでダメージを受けることはないが、自慢の剣はたった一撃打ち込んだだけで砕け散ってしまった。
レイド級を凌駕する――超レイド級。純粋なステータスにおいて、天と地ほどの差があった。

「真一君を連れて走れ!ポータルを踏めば地上へ脱出できる!とにかくそこから離れろ!急げ!!」

他の連中へ向けて怒鳴り散らし、俺はスマホを見た。
表示される残り僅かなバルログのHP。レッドラを一撃で行動不能にしたタイラントの攻撃力。
……たぶん、レイド級でも二発と耐えられないだろう。口の中に苦虫の味がした。

マグマの海から起き上がったバルログが、タイラントの腰のあたりにしがみつく。
もはや炎のブレスを吐くこともできず、折れた牙で噛み付くぐらいしか攻撃手段は残っていない。
それでも。時間は稼げる。……稼げてしまう。

合理的な判断を選ぶ猶予が、俺にはあった。


【バルログを捕獲!出現したタイラントに対し、捕まえたばかりの瀕死のタイラントで時間稼ぎを敢行】

201明神:2018/03/25(日) 02:46:34
【×瀕死のタイラント
 ○瀕死のバルログ】

202五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2018/03/29(木) 21:11:15
灼熱のマグマの海にかかる橋
手を縫い付けられはいつくばる巨大な悪魔バルログ
飛び交う魔法、炎、閃光
あらゆるものが五穀みのりを高揚させる

農業に携わる者は百姓と呼ばれていた
百の仕事があるという意味であるが、それは現代において尚健在である
中でも五穀ファームの跡取り娘としてある種の英才教育を受けてきたみのりに大きくのしかかっていた。
農作業は勿論、農協への顔つなぎ、事務仕事、出荷、天候に左右され予定の立たない作業

そんな生活の中でブレモンは唯一の支えではあるが、やはりリアルの生活が優先
ブレモン内でそれなりに声がかかる事はあってもそれらをすべて断ってきた
出来ない約束はしない……できないのだから

しかし今、ブレモンの世界に入り、日々の生活に追われることなくどこまでもブレモンを楽しめる
それが五穀みのりを高揚させるのだ


イシュタルを杭としてバルログを橋に縫い付ける。
それはタンクとしてこの場での最適解
バルログは行動不能状態になるが、それはイシュタルもまた同じ
口内に光が収束するのを見ながら、みのりはそれでもイシュタルを下げようとはしない
至近距離でこの攻撃を受ければ大ダメージは必至、ともすればイシュタルが死ぬ可能性もあるにもかかわらず

しかし、固定という役割を果たせるのならば死ぬ事すらタンクの仕事の一部であると思っているからだ。

だが、もう発射されてもいいといいうタイミングを過ぎてもいまだに発射されない。
不思議に思いバルログをよく見ればその口を太った軍人の形をした黒い霧が塞いでいるのだ。
『愚鈍な指揮官(ジェネラルフール)』のエフェクトであることを思い出したが、その効果は行動遅延
イシュタルを回避させるつもりがない以上、早いか遅いかだけの違いであり、意味がない事のように思えたのだが、それはシメジのとった次なる行動で激変する。

溜まりに溜まり膨れ上がった頬に投石する事で暴発を引き起こしたのだ
爆風を頬に感じながら、そこに小さな笑みを浮かべそれは大きな歓声へと繋がる。

「ひゃーシメジちゃん凄いわー!ゲームであんな効果あらへんよねえ。
機転の利く頭のええ子ややわ〜おかげでうちのイシュタル助かったえ〜」
なゆたに追撃を任せ、後ろに下がろうとするシメジに抱き着き頭をわしゃわしゃと撫でまわすのであった。

ゲームでは石を投げれば石の命中ダメージしか表示されない
だがここでは石を投げるタイミング、場所、状態により様々な効果が表れる
それを的確に利用したシメジに素直に喜び、歓喜する。
その手がシメジの隠している傷にもかかろうとしたところでなゆたの退避の声が響いた。

そこから始まるなゆたのコンボ
以前共闘した際にも発動したぽよぽよ☆カーニバル!
綿密に組み立てられた見事なコンボは一度見れば忘れられるものではない

「あ、あれをやるのね〜、あ、いや、それだと……」

その威力を知っているみのりは逡巡した
バルログの残りHPが読めていないからだ。
これから繰り出される黙示録の鎚(アポカリプス・ハンマー)は強力無比な攻撃であり、マルグリットとの戦闘でバルログがどれほど消耗していたのか
更には、単純な攻撃力と防御力によるダメージ計算ではなく、バルログの這いつくばった体勢だとダメージ計算が変わってくるのではないか?

それによっては一撃で殺しかねない
ここで愚鈍な指揮官(ジェネラルフール)をバルログの熱線に使ったように、みのりが来春の種籾(リボーンシード)をバルログに使えばたとえオーバーキルになってもHPを1残すことができる。
しかしそれは手札の開示をも意味する事になるのだ。

みのりは列車内で自分のデッキを一堂に見せている。
それは手に内を晒すよう身思われるだろうが、むしろ逆
一度見せたことによりデッキ内容に対する認識は固定され、それ以外の想定を消す効果もあるのだから。
見せたデッキと実際のデッキの差、それはみのりの切り札ともいえるものなのだ。
それをここで明かすべきか。

明かせばなぜ入っていないはずのカードが入っていたのか、他にもカードがあるのではないのか、という想定を生むことになってしまうのだから。
勿論「あれからこんな事もあろうかとまたデッキ構築変えましてん」と言えばそれまでだが……
明神の為にバルログを確保する事はそれに値する事か?

>「石油王っ!カカシを戻せっ!拘束スペルで俺たちをつなぎ止めろっ!下手すりゃふっとばされてマグマに落ちるぞ!」
しかしその逡巡も当の明神の声によってかき消される。
そうなのだ、今自分はブレモンの世界にいる
ゲームであればどれだけ強力な攻撃であっても派手なエフェクトとダメージの数字が跳ね出るだけであり、あくまで視覚情報
だが、今、現実としてその戦いの場に立っているのだ。
当たり前のその事実であるが、いまだに認識が追い付いていなかったことに気付き、みのりの思考は走り出す

203五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2018/03/29(木) 21:16:22
「イシュタル、お戻りやす!」
後光を纏ったGODスライムが巨大な拳に形を変え、バルログが影に覆われたところでイシュタルを呼び戻す
左手を縫い付けていた杭が抜けてももはや回避は不可能であろう。

指示は戻れ、だけであったが、イシュタルはみのりの意思を忠実に再現して見せた。
大きく宙を跳ね着地、そこから低空に跳ね加速してウィズリィとしめじに向かい突進、そのまま激突。
二人には多少の衝撃はあったであろうが、ダメージはないであろう。
なぜならば所詮は藁の体。
激突しても胴体部分に突き刺さるのみだが、小柄な女の子とはいえ二人分。
藁の体に引っかかり、手足が4本突き出た状態で、みのりを腕に引っ掛けてさらに跳躍してなゆたの脇に着地。

案山子の身体では抱きかかえる事は出来ないが、激突する事で胴体部分に二人を咥えこみ固定したのだ
また藁の体は衝撃吸収材の役割を果たしてくれるであろう。

「地脈同化(レイライアクセス)!ほれからぁ明神のお兄さんに愛染赤糸(イクタマヨリヒメ)!あとはおきばりやす〜」

地脈同化(レイライアクセス)は本来地脈と繋がり継続回復効果をもたらすが、その代償としてその場に繋ぎ止められ動けなくなる。
今回は代償を利用し吹き飛ばされないように繋ぎとめたのだ。
そして少し離れた場所にいた明神に愛染赤糸(イクタマヨリヒメ)で繋ぎとめ、後はなゆたの腰とイシュタルの胴体を抱えて衝撃に備え……

そして黙示録の鎚(アポカリプス・ハンマー)は炸裂する!

18メートル40トンの質量だけでも凄まじいものがあるのだが、それに落下エネルギーを加え振り下ろされた一撃は想像を絶する攻撃力を発揮した
潰されたバルログは言うに及ばず、橋全体を揺るがし衝撃波が駆け抜ける

#########################

「はふぅ〜ん、ゲームでは派手なエフェクトやったけど、実際に体験しはるとそれ所やあらへんねえ
真ちゃんは飛んではったし、マルグリットさんは云うても高位のNPCやから大丈夫やろうけど、みんなは大丈夫おすか〜?」
閃光と爆風が落ち着き、ようやく抱きついていた腕をはなしてあたりを見回した。

全員が揃っており一安心、というところであったが、懐に忍ばせておいた囮の藁人形(スケープゴートルーレット)の残骸が消えていくのを見て改めてその威力の高さに戦慄するのであった。
おそらく真一以外に持たせていた5体の藁人形は同じ状態であろう。
秘密裏に情報収集できなくなったが、ここは素直にダメージを身代りしてくれたことを喜ぶことにした。

さて、戦い終わり驚いたのはあれだけの攻撃でもバルログが死んでいなかったこと、
確かにダメージ計算上は殺しきれない数値であったのであろうが、それでも現実に目の当たりにした質量と衝撃を前に直撃を食らってもまだ死なない事に驚きが隠せない。
とはいえ、流石にもう動けないようで。
これもまたゲームとの違いと言えよう
機能的な損傷と同様に、ダメージと共に動きが鈍っていき、瀕死では動けなくなるという当たり前の道理が適用されているという事なのだから。

やはり無事であったマルグリットと真一が何か話している
明神はバルログの捕獲に成功

それぞれが行動する中、みのりはイシュタルの胴体部分に突き刺さった二人を引っ張り出す作業をしていた
まず引きずり出せたのがウィズリィ
そして続いてシメジなのだが、何やら引っかかってなかなか引っ張りだせない。

「かんにんな〜イシュタルの体に色々に持つ突っ込んでしまってたから引っかかってもうて
ああ、御髪が乱れてもうて……」

イシュタルの胴から頭と右腕を出して咥えこまれているシメジの髪が乱れているのを手櫛で整えようとしたところ、前髪に隠されていた大きな傷を見つけてしまう
一瞬の躊躇の後、優しい笑みを浮かべ静かに傷が見えないように髪を整えた
何か言葉を駆けようと口を開くが、そこから出た言葉は大きく鈍い金属音と、巨大な足音でかき消されてしまった。

振り返ってみれば洞窟奥にオプジェのように設置されていた巨大アイアンゴーレムが動き出しているのだ。
6メートルクラスならば巨人とまだ認識できるが、30メートルクラスともなるともはや巨大建造物が迫ってくるように感じる
圧倒的な質量と圧迫感に言葉を失う。

「え、えええ……あないのブレモンにいはったかしらぁ〜?って、真ちゃん?あれ敵なん〜?」
>「あいつが何だかは知らねーが、とにかくヤバい相手なのは間違いねえ! ここで絶対に叩き潰すぞ!!」

204五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2018/03/29(木) 21:18:12
突如動き出したタイラントに真一は突如としてグラドに乗り攻撃を加える
だが、あまりにサイズが違い過ぎる
真一の攻撃などまるで蚊でも払うかのように片手で防ぎ、そして放たれる閃光
辛くもそれを躱したグラドであったが、追い打ちのように繰り出された拳を前に、真一を振り落とし守るのが精一杯だった。
落下する真一と明神の頭上を追い越し対岸の壁に叩きつけられたグラド。

「あ〜これ、あかへんねぇ」
みのりの口からぽつりと零れる言葉
この一連のやり取りで、戦えばどうあっても負けるしかないと悟ってしまったのだ
いち早く逃げ出した明神は正しい選択をしたと言えるだろう


「はい、ほならうちらも逃げましょか〜
とはいえ、逃げるんにしても大変そうやけどねえ。
シメジちゃんはちょうどええし、そのままイシュタルに対岸まで運んでもらってぇな」

そういいながら見据える脱出ゲートは橋の対岸の奥
既に明神と壁に叩きつけられがグラドがいる。
大きな橋ではあるが、30メートル級のタイラントが渡ろうとすれば、やり過ごせるような隙間はない。
橋の下はマグマであり、飛行できるのはウィズリィ位なもので全員が飛んで逃げるわけにもいかないだろうし、すんなり通してもらえるとも思えない
その股下をくぐらなければならないのだから

>「これは……やはりこれは運命か?
> これがあればタイラントの動きを僅かならがら止められるであろう
> 時は短い、行かれよ!」
逃げようにもどう逃げるか迷っていたところにマルグリッドが手を差し伸べる。

その手の先はイシュタル
シメジの体に押し出されたドワーフの通行手形があった。

「あ……ちょ、それぇ〜はふん〜しゃぁあらへんかぁ
真ちゃん、走れる?
マルグリッドさんがなんとかしはるみたいやし、みんな逃げるえ〜」

マルグリッドがドワーフの通行手形を掲げると目映く光だし、タイラントの動きが止まる。
ロストテクノロジーの結晶とはいえ、ドワーフの作品であり、この地の守護者なのだ
マルグリッドの魔術を加えればドワーフの通行手形の効果が及ぶのは不思議ではないが、それも長く持ちそうにないのはだれの目に見ても明らかであった。
大きな音をたて、手形が崩れ始めているのだから

だがそれに引き換えにするのは、切り札となりうる通行手形とマルグリッドの喪失である。
通行手形の方は今使わずして、という状態なので構わないのだが……こういったシュチュエーションでは重要なNPCが身を挺して主人公PTを逃がしそのままフェイドアウトするのがゲームのセオリー
だがここでマルグリッドを失うのは辛い
真一がどれほどマルグリッドと話情報を集めたかわかっていないのだから
辛いが、背に腹は代えられぬ

動きを止めたタイラントの股下をくぐり、対岸に走ったところでマルグリッドの持つ通行手形が砕け散る。
それと同時にタイラントは動き出し、胸部砲塔が光りだす。
当たれば確実にオーバーキル、身代わりになってくれる囮の藁人形(スケープゴートルーレット)は既になく、あったとしてもとても代わりキレるダメージではない。

しかしその閃光は僅かに逸れて通り過ぎていく。
狙いは性格であったが、明神が繰り出し送り出したバルログがタイラントに大被さるように飛びかかっていたのだ。

>「真一君を連れて走れ!ポータルを踏めば地上へ脱出できる!とにかくそこから離れろ!急げ!!」
対岸側から明神の声が響く
そして壁に叩きつけられたドラゴも横たわっていた

橋の上ではバルログがタイラントの腰のあたりにしがみついているが、その姿はあまりにも痛々しい。
先ほど瀕死の重傷を受けて捕獲されたばかりで傷も癒えていないであろうに。
だが、30メートルと6メートルとではあまりにも差がありすぎる。
たとえ万全の状態のバルログであってもタイラントを相手にどれだけ戦えたかは疑問ではあるが

205五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2018/03/29(木) 21:21:09
橋を渡りきったところで背後から大きな音が響き、見れば橋が崩壊していた。
考えてみれば当然と言えば当然。

黙示録の鎚(アポカリプス・ハンマー)の衝撃は橋全体に及んでいたのだ
そこに30Mと6Mの巨体が暴れれば橋自体が持たない。
二体は瓦礫とマグマにつかるがそれでも動きを止めるには至っていない。

「明神のお兄さんの男気は無駄にしたらあかへんよねえ
ここは諸共で花道飾らせてあげるわ〜肥沃なる氾濫(ポロロッカ)」

瀕死の状態でタイラントに向かわせた以上、ここで死なせることは覚悟の上だろう。

本来のブレモンプレイヤーであればなかなか取れる行動ではない
パートナーモンスターという程に共に冒険をし、育て、強くなっていく、プレイヤーとモンスターの絆は深いのだ

だがみのりに至っては課金キャンペーンに湯水のようにお金をつぎ込み、懸賞として【完成されたイシュタル】を受け取っており、育成、やり込み要素がないので、そういった絆の要素が少ない
だからこそ、パートナーモンスターを死なせることもタンクの仕事の一部だと割り切れる
そして今ここに明神が強いモンスターを渇望し、交換条件を呑んだ末に手にしたバルログも諸共に沈める事に躊躇はない

みのりはスペルを発動させる、

効果によりフィールドに洪水が発生
元々雨乞いの儀式(ライテイライライ)の雨の効果で表面温度が下がっていたところに、大量の水がこればマグマは冷えて固まり岩となる
瓦礫とマグマに浸かっていたタイラントとバルログを銜え込んだままに

「ガッチリ岩で固められているしこれでええとは思うけどねえ、まあ、脱出するまで持ってくれればええわ〜」

溶岩に周囲を固められたタイラントを見てようやく安心し、シメジをイシュタルから引き出して脱出ポータルへと目を向けた




【生き生きとレイドバトルを楽しむ】
【ウィズリィ、しめじをイシュタルに収納+なゆた、明神、みのりでかたまり衝撃波を耐える】
【ウィズリィ自由、しめじ案山子の胴体部分に収納のまま】
【マルグリッドがタイラントの動きを止めている間に対岸に】
【橋が崩落しタイラントとバルログがマグマのなかでもみ合い】
【肥沃なる氾濫(ポロロッカ)でマグマを冷やし溶岩にして固めて拘束】

206ウィズリィ ◆gIC/Su.kzg:2018/04/05(木) 04:43:56
石と透明な水晶で無骨に構成された建造物を、さらに無骨な鉄巨人がなぎ倒していく。
竜が飛び、怪物が謡う。鉄の鳥が周囲を飛び回り、鋼の礫と炎の吐息が交錯する。
人々は追われ、叫喚し、軍勢に蹂躙されていく。

……それをわたしは、どこからか眺めている。
思考は靄がかかったようではっきりしないが、それでもこの光景を形容する言葉だけは分かっていた。
地獄。滅び。世界の最期(おわり)。
その様は、ああ。なんて……。

「……なんて、愉快」

……え?

207ウィズリィ ◆gIC/Su.kzg:2018/04/05(木) 04:44:30
>「あいつが何だかは知らねーが、とにかくヤバい相手なのは間違いねえ! ここで絶対に叩き潰すぞ!!」

シンイチの声が響いた。意識が急速に現実に引き戻される。
そう、わたしはシンイチ達『異邦の魔物使い(ブレイブ)』と共に坑道の奥深くまで降りてきていたのだ。
目的は、魔法機関車の燃料となるクリスタルを手に入れるため。……に、賢者ローウェルの指輪を手に入れるため。
……そして、その最大の手がかりである聖灰のマルグリッドに出会うため。
冷静に考えるとそこそこ迂遠な道程だ。急がば回れ、と言ったところか。
いや、今はそんな事を考察している場合ではない。

わたしがこの溶岩洞……第十九試掘洞第十階層にたどり着いた時、真っ先に目に入ってきた物があった。
タイラント……かつてガンダラのドワーフと魔術師が作り出した、超大型アイアンゴーレム。
その作成には当時の魔導工芸、魔法技術の粋が詰め込まれていたらしく、忘却の森でもその存在は噂になっていた。
わたしの魔法の師の一人が作成にかかわった……などという話まであったほどだ。
いくら忘却の森の民が長命とはいえ、どこまで本当かはうかがい知れないが。本人ははぐらかすばかりだったし。

閑話休題。
ともかく、そんな物とこんなところで出会うとは思わず、少々気もそぞろになったことは否めない。
シンイチ達が焔魔バルログとの戦いに全力を投じる中、わたしはといえばスペルを使う事なくほぼ無言で戦いを切り抜けた。
ブックに指示をだし魔法で攻撃こそしたものの、シンイチ達からはさぞ異様に映ったに違いない。この娘、楽をしているのか? と。

事実は逆だ。

わたしの中では強迫観念にも似た予感が警鐘を鳴らしつづけており、楽などとんでもなかった。
予感が叫ぶ。バルログに気を取られていては、恐ろしい事になると。
わたし達を見下ろすあのまなざしを忘れた瞬間、恐ろしい事になると。
……悲しい事に、予感は的中した。
バルログとの戦いが終わり、空気が一瞬弛緩した一刹那。
タイラントが、動き出したのだ。

208ウィズリィ ◆gIC/Su.kzg:2018/04/05(木) 04:45:00
私を夢から現実に引き戻した叫びと共に、シンイチはレッドドラゴンに乗ってタイラントに突貫する。
無謀だ、と直感する。そう感じたのはわたしだけではないようで、ミョウジンは口汚く吐き捨てて踵を返し、
ミノリは口から諦めの言葉を吐く。
正直わたしも同感だ。あれは魔導工芸の最高傑作の一つ。少々腕の立つドラゴンと剣士程度では一太刀も与えられまい。
その証拠に、シンイチの僕のドラゴンのブレスはいとも簡単に片手で防がれ、反撃の光線と鉄拳で一撃で払われてしまう。
やはり強い。単純な膂力一つとってみてもわたし達とはけた違いだ。
仮にまともに戦えば、攻撃を防ぐこと1つできず、わたし達は敗れるだろう。

……?

自分自身の思考した言葉に、何か引っかかった。
なんだろう……何か違和感を感じる。
些細な食い違い。だが、どこか致命的な色を含んでいるような……。

……!!

まさか……でも、もしそのとおりならば。
確かめなければならない。結果によっては逆転の一手にも致命傷にもなりうる……!

マルグリッドが何かを掲げると、タイラントの動きが止まる。
短いが確実な隙。好都合だ。
私はブックに合図を送り、スペルカードを引き出す。
スペルカードを手にしたまま橋を全力で走り切り、渡りきったところでスペルを起動する。

「『知彼知己(ウォッチユーイフミーキャン)』……プレイ!」

209ウィズリィ ◆gIC/Su.kzg:2018/04/05(木) 04:45:32
【モンスター】
モンスター名:“古の鉄巨神”タイラント
HP:132517/10000000
特技・能力:
◎古の鉄巨神(アイアンタイラント):攻撃力防御力に多大な上方修正。ただし、コア部分の防御力はその限りではない。
◎魔導兵器(マジカル・アーティフィシャル):デメリット:動作自体に一定量の魔力を要する。魔力供給源を断たれると一定時間で機能を停止する。
◎三位一体魔法式(システム・トリニティ):保有するカードの魔力回復速度が通常の2倍。


【使用デッキ】(10枚)
・スペルカード
二連破壊光線砲(デュアルキャノン)×1:高威力の光線を放つ。1枚使用済。
自己修復(オートリペアラー)×3:徐々に自身のHPを回復する。重複可。3枚使用済。
魔力供給(マナサプライ)×2:ゴーレム系専用スペル。一定時間自身に魔力供給を行う。
重複可だが意味は解除対策以外薄い。2枚使用済。
破滅災厄砲×1:超広範囲、超絶高威力の破壊光線を放つ。直撃すれば小規模な街程度なら全滅可能。
魔力回復速度上昇系の恩恵を受けない。1枚使用済。

・ユニットカード
無尽の鉱山(インフィニティマイン)×1:保有するカードの魔力回復速度が通常の2倍。鉱山、塔、魔力炉が揃うとさらに倍。
このカード自体は魔力回復速度上昇系の恩恵を受けない。1枚使用済。
無限の塔(インフィニティタワー)×1:保有するカードの魔力回復速度が通常の2倍。鉱山、塔、魔力炉が揃うとさらに倍。
このカード自体は魔力回復速度上昇系の恩恵を受けない。1枚使用済。
無涯の魔力炉(インフィニティパワープラント)×1:保有するカードの魔力回復速度が通常の2倍。
鉱山、塔、魔力炉が揃うとさらに倍。このカード自体は魔力回復速度上昇系の恩恵を受けない。1枚使用済。

【持続中バフ】
自己修復×6、魔力供給×4、無尽の鉱山×1、無限の塔×1、無涯の魔力炉×1
【魔力回復速度補正】
×128

210ウィズリィ ◆gIC/Su.kzg:2018/04/05(木) 04:46:04
流れ込む情報の奔流にくらくらしそうだ。
だが、必要な事実は知れた。後は皆に伝え、対策を行うだけだ。

おりしも、ミノリのスペルの効果でタイラント(とバルログ)は岩に閉じ込められた。
いいタイミングだろう。脱出ポータルに目を向けるミノリ、それにシメジやナユタに向け、声をかける。

「脱出じゃだめね。するにしても、こいつは何とかしないと。
 ……そんな顔しないでちょうだい。別に自棄になった訳でも無謀なわけでもないわ。勝算はあるし、理由もある。
 説明はしたいけど、その前に……『忘却殺しの杖(ハードメモラライズ):不動如山(コマンド・マウンテン)』、プレイ」

先端にスペルカードが埋め込まれた杖を生成する。
これは、振うだけで連続してスペルカードの効果が発動できる強力な魔法具(ユニット)だ。
もっとも、その反面、持続時間はさほど長くない。

「簡単に言うと、これを放置したらまずガンダラが滅びるでしょうね。そういうスペルを持っているわ、これ。
今は魔力充填期間が終わっていないだけ。だから、その前に倒さないといけない」

説明しながら杖を振るう。
不動如山(コマンド・マウンテン)は持続する魔力付与を解除する効果を持つスペルカードだ。
まず解除するのは、タイラントに無法な魔力充填速度を与えている三枚のカードの一角、『無尽の鉱山』。

「倒す算段もあるわ。こいつの弱点は胸の部分のコア。それはアイアンゴーレムと変わらないみたいね。
 こいつは、シンイチの攻撃を『手で防いだ』。防御魔法が不完全なのよ。でなければ、無視したはずだから」

杖を振るう。『無限の塔』解除。さらに魔力回復の速度が落ちる。

「だから、皆でコアを集中攻撃すればほどなく倒せるはず。防御魔法は再構築しているようだけど、
 それは私が解除するわ。大丈夫、バルログをなんとかできたあなた達なら、きっとできる」

杖を振るう。『無涯の魔力炉』解除。魔力回復の根源はほぼ断った。後は持続回復魔法を解除すればいい。

……油断がなかったと言えば嘘になるだろう。杖を振るう事と説明に集中するあまり、わたしは一つの事を見落としていた。
『二連破壊光線砲(デュアルキャノン)』の魔力再充填。それが間に合う可能性。
その見落としが現実のものとなるまで、もうあとわずか。

【ウィズリィ:対スペル・ユニット型デッキの本領発揮】
【タイラント:情報丸裸。二連破壊光線砲発射数秒前】

211佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/04/12(木) 01:27:50
>「ひゃーシメジちゃん凄いわー!ゲームであんな効果あらへんよねえ。
>機転の利く頭のええ子ややわ〜おかげでうちのイシュタル助かったえ〜」

「わっ、わっ、なっ、何をするんです―――!?」

自身のスペルが思った通りの結果を齎した事に安堵の息を吐くメルトであったが、
結果を確認した直後にみのりに揉みくちゃにされ、慌てて前髪を抑える事となった。
追撃をなゆたへと任せた以上、メルトにはこれ以上出来る事も無いので、暫くの間
構われるのを嫌がる犬の如く、手をピンと伸ばし必死の抵抗を見せていたのだが

>「『融合(フュージョン)』――プレイ! ウルティメイト召喚……光纏い、降臨せよ! 天上に唯一なるスライムの神――
 G.O.D.スライム!!」

(うなっ!!?)

次いでなゆたが宣言したスペルカード群を耳にして、先程安堵の為に吐いた息を再び飲む事となる
……それも当然と言えるだろう。それ程までになゆたが使用したコンボは面倒臭く
そして、それ以上に強力なものであるのだから。

>「あ、あれをやるのね〜、あ、いや、それだと……」
>「ウソだろおい……っ!」
>「石油王っ!カカシを戻せっ!拘束スペルで俺たちをつなぎ止めろっ!下手すりゃふっとばされてマグマに落ちるぞ!」

(下手をしなくても吹き飛ばされます!あのコンボを実践出来る人がなんでこんな間近にいるんですか!?)

慌てふためき周囲を見渡し、戦闘の余波から逃れられそうな場所を探すメルト。
勿論、彼女がこれほど狼狽するのには理由がある。
――――簡潔に言えば、メルトは彼のコンボを喰らった事があるのだ。

212佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/04/12(木) 01:28:19
新カード、新モンスター、新戦略
目まぐるしく移り変わるブレイブ&モンスターズの流行の中で一時、最弱級のモンスターであるスライムが注目された事があった。
とある上位プレイヤーが生み出したと噂される『レイドボス級を疑似的に生み出す』コンボ。
圧倒的な破壊力と画面上のインパクトにより多くのプレイヤーを魅了したそのコンボは、多くのスライム使いを生み出す事となった。

そして、ブームが産まれればそれを悪用する者も現れる。
当然……悪質なプレイヤーであるメルトは悪用する側であった。

チルドレンと呼ばれた、スライムコンボのビギナー達。
彼等に目を付けたメルトは、地形上『民族大移動(エクソダス)』が有効に発揮し辛い複数のエリアで網を張り、
パートナーとしてスライムを連れたプレイヤーをMPKによって狩り続けたのである。
G.O.D.スライム召喚はシビアなコンボだ。
スライムの絶対数の不足、或いはスライム達の距離が離れすぎていればコンボ不成立となる。
環境に恵まれず、更に愚鈍な指揮官(ジェネラルフール)の様な妨害系のスペルを受ければ、
腕の良いプレイヤーでも早々コンボを成立させる事は出来ない。
そうなれば、相手はただの雑魚モンスターであるスライムを連れただけのカモとなってしまうのである。

そうして、淡々とプレイヤーを借り、G.O.D.スライムコンボへの悪評の一因を産み出していた時の事。
その日もメルト……当時はゴールデンしいたけというプレイヤーネームであった彼女は、日課としてスライムを連れたカモを狩ろうとしていたのだが、
運悪く――――その日相手にしたプレイヤーは『本物』であったのだ。
環境の不利を巧みな戦術で乗り越え、メルトが用いた十重二十重の妨害も、まるでスライムの行動ルーチンを完全に記憶しているような操作で捌き切り、
とうとうG.O.D.スライムコンボを成立させ……メルトがトレイン行為で集めたモンスター達を、岩陰に隠れ安全マージンを取っていたメルトごと吹き飛ばしたのである
幸いモンスター達が肉盾の役割を果たしHP全損はしなかったものの、この一件はメルトにスライム使いを狩る危険性を感じさせるには十分であった
連れているのがただのスライムである以上、モンスターからプレイヤーの強さを測る事が出来ない
カモだと思って襲った相手が、その実人食いの怪物であるという可能性に思い至ったメルトは、以降スライム使いを狩る事を辞めていたのである。

……という訳で、G.O.D.スライムに多大なる警戒心を抱いていたメルトであったが
危惧された絶大な衝撃波による転落は、みのりの機転により防がれる事となった。

「わっ!ひゃっ!!?」

外見に見合わぬ機敏さを見せたイシュタルの突進を受け、絡め取られる様に回収されたメルト。
彼女はイシュタルに荷物の様に抱えられつつ、次いで無事に……と言って良いかは判らないが、訪れた衝撃をその身を持って味わう事となった。

213佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/04/12(木) 01:28:39
>「はふぅ〜ん、ゲームでは派手なエフェクトやったけど、実際に体験しはるとそれ所やあらへんねえ
>真ちゃんは飛んではったし、マルグリットさんは云うても高位のNPCやから大丈夫やろうけど、みんなは大丈夫おすか〜?」

「……は、はい。大丈夫、です……少し気持ち悪いですが……うぅ」

這う這うの体でイシュタルの腕から抜け出そうともがくメルトであったが、どうやらローブの一部が藁に絡まってしまったらしい。
何故か動けば動く程に変に絡まって行き、若干の焦りを見せるが……そこで、みのりによる救いの手が入った。
先の衝撃によりまだ思考が定かではないメルトは、普段であれば裏がないか警戒するであろうその手を迷いなく取り
……そして、次の瞬間それを後悔する事となった

> 「かんにんな〜イシュタルの体に色々に持つ突っ込んでしまってたから引っかかってもうて
>ああ、御髪が乱れてもうて……」

「―――――っ!!!? やめてくださいっ!!!!!」

みのりの手がメルトの前髪に掛かり、その下に隠されていた傷を露わにした事を感じた瞬間、
彼女はバネ仕掛けの玩具の様に、服の端が千切れるのも構わずイシュタルから身を離し、前髪を手で押さえつけながら
露わになっている傷の無い眼でみのりへと視線を向けた。
そこに浮かぶのは、焦燥、恐怖、羞恥、後悔……例えるのであれば、虐待を受けて育った動物が見せるような感情。
これまでの短い旅路の中では見せる事の無かった、むき出しの感情。
そのメルトを見てみのりが口を開きかけるが

突如として鳴り響いた地響き。
岩石が砕け、巨大な『何か』が動き出した気配が、有ったかもしれない会話を押し潰す。

>「――――“タイラント”」
>「まだ実装されてないボスだろアレは――!」
「っ……なんですか、アレ……オブジェクトじゃないんですか!?なんで動くんですか!!?」

タイラント。
ブレイブ&モンスターズのストーリーモードでは、ただ背景としてのみ存在していたオブジェクト。
半端なビルよりも遥かに巨大なその怪物が、機械的な駆動音と共に動き出したのである。
そして、そのアイセンサーは間違いなくメルト達を捕えていた。

214佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/04/12(木) 01:29:07
>「あいつが何だかは知らねーが、とにかくヤバい相手なのは間違いねえ! ここで絶対に叩き潰すぞ!!」

タイラントに対して、真っ先に反応を見せたのは真一であった。
どこか焦りの色すら見える様子で果敢に突撃をしていったが……

>「畜生ッ……グラド!!」
>「あ〜これ、あかへんねぇ」
「あ……当たり前です。攻撃パターンも特性も知らないボスに挑んで勝てる訳ありません。ましてあのサイズですよ……!」

閃光と、拳。
それだけの単純な攻撃で、彼とグラドは撃墜されてしまった。
こと戦闘に関して高いセンスを見せる真一が堕ちる姿は、彼我の戦力差をくみ取るには十分であった。

>「……付き合ってられっか!そこの脱出ポータルから地上に戻ればそれで封じ込め完了だろ。
>いくら馬鹿でけえゴーレムだからって、試掘洞10階分を突き抜けて地上に収容違反するなんてことがあるかよ」
>「あのドラゴン馬鹿と心中したけりゃ好きにしろよ、悪いが俺ぁここで降りさせてもらうぜ。
>俺の分のクリスタルも欲しけりゃくれてやる。あいつのスマホがあいつと一緒にぶっ壊れなけりゃな」

そして、それは明神も同じであったのだろう。彼が取ったのは、逃げの一手
それは限りなく正しい選択といえるだろう。何故ならば、この場には命懸けで勝ち目のない相手と戦う理由など存在しないからだ。
石は手に入れた。バルログも入手出来た。目的は果たした。ならば、これ以上ここに留まる理由などない。

>「はい、ほならうちらも逃げましょか〜
>とはいえ、逃げるんにしても大変そうやけどねえ。
>シメジちゃんはちょうどええし、そのままイシュタルに対岸まで運んでもらってぇな」

「……分かりました。といっても、逃げ道は見当たりませんが」

そして、この場に用が無いのはメルトも同じだ。
しかし――――残念な事に、明神とメルト達では条件が違う。
何せ、目指す出口との間にこそ、目下の難敵であるタイラントが君臨しているのだから。
普通に考えれば、逃げられる可能性は1割も無い事であろう。

だが、そんな最中で奇跡的な偶然が起こる。

215佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/04/12(木) 01:29:34
>「これは……やはりこれは運命か?
> これがあればタイラントの動きを僅かならがら止められるであろう
> 時は短い、行かれよ!」

みのりが所有していたドワーフの通行手形。
マルグリットがそれを利用し、何らかの術式を用いる事でタイラントの動きを縛ったのである。
恐らくタイラントは、防衛機能と安全装置の同時稼働の自己矛盾によるエラーを引き起こしているのだろう。
嬉しい誤算であるが……徐々に崩壊していく手形を見る限り、作り出された逃走時間はそう長くない事が伝わってくる。

やがて、タイラントの股下を抜け、対岸への道を半分ほど進んだところで手形は砕け散り、
タイラントはまるでウサでも晴らすかの様に胸部の砲塔をメルト達へと向ける

(っ!?スペルカードは間に合いません、ゾウショクでは盾にもなりません。対策は、対策は、対策は――――!)
(――――な、い? え……私は、ここで……死ぬ?)

イシュタルの腕の中で、タイラントの胸に収束していく極光を眺め見ながら、あまりにも唐突に降りかかった死の運命を呆然と眺め見るメルト。
防御手段も退避手段も無い中、呆然とした表情のまま眺め見る彼女は

> 「座標転換(テレトレード)――プレイ!」
>「真一君を連れて走れ!ポータルを踏めば地上へ脱出できる!とにかくそこから離れろ!急げ!!」

「……あっ。明神さん、何で……?」

助からないと思ったが故に、満身創痍のバルログによる急襲によって外れたタイラントの砲撃と、掛けられた声に大きく目を見開く事となった。
声の主は明神、彼は……己だけであれば余裕を持って逃亡できたであろうに、皆を助ける為に戻ってきたのだ。
メルト自身が同じ立場であれば迷いなく一人逃げ去るであろう場面。
その場面でまるでヒーローの様に表れた明神に、意識せず尋ねる様な言葉を吐いてしまうメルト。
そんな呆然としているメルトとは対照的に、みのりが冷静に、明神からのバトンを上手く繋げる。

>「明神のお兄さんの男気は無駄にしたらあかへんよねえ
>ここは諸共で花道飾らせてあげるわ〜肥沃なる氾濫(ポロロッカ)」
>「ガッチリ岩で固められているしこれでええとは思うけどねえ、まあ、脱出するまで持ってくれればええわ〜」

肥沃なる氾濫(ポロロッカ)を用いた溶岩による拘束。
バルログの抵抗も合わせれば、タイラント相手とはいえ、脱出ポータルへ辿り着く事は容易だろう。
眼前に現れた生存への希望の光。
誘蛾灯に惹かれる様にポータルを目指し始めるメルトであったが――――そんな彼女を引き留める声が一つ。

216佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/04/12(木) 01:29:55
>「脱出じゃだめね。するにしても、こいつは何とかしないと。
>……そんな顔しないでちょうだい。別に自棄になった訳でも無謀なわけでもないわ。勝算はあるし、理由もある。
>説明はしたいけど、その前に……『忘却殺しの杖(ハードメモラライズ):不動如山(コマンド・マウンテン)』、プレイ」
>「簡単に言うと、これを放置したらまずガンダラが滅びるでしょうね。そういうスペルを持っているわ、これ。
>今は魔力充填期間が終わっていないだけ。だから、その前に倒さないといけない」
>「倒す算段もあるわ。こいつの弱点は胸の部分のコア。それはアイアンゴーレムと変わらないみたいね。
>こいつは、シンイチの攻撃を『手で防いだ』。防御魔法が不完全なのよ。でなければ、無視したはずだから」
>「だから、皆でコアを集中攻撃すればほどなく倒せるはず。防御魔法は再構築しているようだけど、
>それは私が解除するわ。大丈夫、バルログをなんとかできたあなた達なら、きっとできる」

ウィズリィ。この世界の住民。この世界の当事者。
彼女は冷静に語る。タイラントを倒さずに放置する事で訪れる被害を。
この場に居る者達だけでタイラントを倒せる可能性を。

――――ふざけないでください。

メルトの口から思わずそんな声が漏れかけた。
ガンダラを滅ぼすスペル。成程、確かに危険だ。多くの人の命が失われる未来は、実に悲劇的なのだろう。
だが……メルトにとって、そんなことはどうでもいい事だった。
ガンダラが滅びようが、人が大勢死のうが、心底どうでもいい。
自身の命は、ガンダラに住む無数の命よりも遥かに重要なのである。

助かりたければ、現地の人間が自分の命を賭けて抵抗すればいい。
この世界に迷い込んだ自分達に、この世界の人間の為に命を賭けて戦えなど、馬鹿げている。
自分に救い手は居なかった。ならこの世界の人間達にも救い手など必要ない。メルトはそんな事を次々に考え……

「――――ユニットカード「血色塔」を使用します」

だが、結局その心中のどれをも語る事は無く、彼女が語ったのは一枚のユニットカードの名前であった。
ユニットカード「血色塔」……それは、赤色に光る塔を産み出し、一定範囲のプレイヤーの操作画面を赤黒のみの色表記とする
対プレーヤー仕様とも言える嫌がらせ向きのカードだ。
フレーム単位で自身のモンスターの動きを把握している廃人勢には効果が薄いが、初心者や中級者に対しては絶大な効果を
発揮するそのカードは、真っ当なプレイヤーには無用の長物であるが……メルトの様なプレイヤーが逃げの手を打つ際に重宝するカードであった。

……と言っても、今回メルトは本来の効果を期待してカードを発動させた訳では無い。
彼女が期待したのは、スペルの発生時に大地より生み出される全長10m程の『塔そのもの』に対してであった。
メルトの宣言と共に固まったマグマと言う地面の表層から出現する塔は、急速にその頂上の位置を上昇させる。

――――タイラントの胸部にうち当たる軌道で。

結果として、『二連破壊光線砲(デュアルキャノン)』の発射直前に発射口への打撃を受けたタイラントは、
体勢を崩し……なんとか立て直したものの、砲撃は誰もいない固まったマグマへと向けて放つ事となってしまっていた。

「……すみません。私は弱いカードしか持っていないので、援護だけをさせていただきます」

ポータルの近くで岩に身を隠しながらそう言うメルトであるが、どうも逃げ出すつもりは無いらしい。
その視線の先には、先ほど自身を救ってくれた明神の姿

(こんな事で危険な目に遭うのは嫌ですが……それでも、借りは――――返さないといけませんよね)

震える脚を意志の力で押さえつけるその様子は、ギリギリのところまでは逃げないであろう事を言葉に出さずとも周囲に伝えていた。

217崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/04/12(木) 19:46:54
今思えば、バルログ相手にG.O.D.スライムを召喚したのは完全にオーバーキルだった。
しかし、そんな手を使ったのも無理からぬことである。
三日に及ぶ、試掘洞での探索行。蒸し暑く薄暗い洞窟内。
陰気なモンスター、まずい食事。休息だってゴツゴツした地面に毛布を敷いて横になるだけで、ろくろく眠れもしない。
お風呂なんて以ての外だ。綺麗好きななゆたにとって、いかにもファンタジーといったクエストは苦行に等しかった。
それでもウィズリィやメルトの手前、自分がしっかりしなければと気を張り詰めていたが、それがストレスとなって蓄積している。
早く地上に戻って、お風呂に入りたい。ベッドでぐっすり眠りたい。マスターの作ったゴハンが食べたい。
無事マルグリットを発見し、ボスであるバルログとの戦闘に突入した今――決着を急ぐのは当たり前の思考だろう。

そう。

まさか『バルログが前座に過ぎず、その後に真打の超レイド級ボスが控えている』などと――

いったい、誰が予想し得ただろうか?

>「――――“タイラント”」

「……タイラント……! そんな、あれは……」

軋んだ音を立てながら、緩慢に起動したその巨体を見上げ、なゆたは呆然と呟いた。
“古の鉄巨神”タイラント。
魔導工芸の最高傑作。今はその製作方法さえ絶えてしまったロスト・テクノロジーの産物。
しかし、そんなフレーバーテキストは大して役に立たない。大切なのは――

>「まだ実装されてないボスだろアレは――!」

明神の叫びが、すべてを言い表している。
タイラントは『未知の敵』だった。
今まで、ウィズリィを除く現実世界からアルフヘイムに召喚されたメンバーは全員、ゲームのブレイブ&モンスターズの知識に従ってきた。
魔物の攻略法も、戦い方のセオリーも、向かった先の街にあるイベントさえも、ゲームで培った情報と経験によってこなしてきたのだ。
しかし――タイラントは違う。
プレイヤーの知るタイラントはあくまで『古の兵器という設定を持つ背景』に過ぎず、ゆえに敵として認識されることもなかった。
次のアップデートで大型討伐イベントとして実装されるのでは?という噂は常にあったが、現時点での動きはなかったのだ。

いつか戦うこともあるだろう、とは思っていた。
そのときには万全のメンバーで挑み、討伐一番乗りを果たしてやろうと意気込んでもいた。
だが。
それがまさか今になろうとは、夢にも思わなかった。

「ぽよっ!」

レイド級のG.O.D.スライムからただのスライムに戻ったポヨリンが、なゆたの傍に跳ねてくる。
G.O.D.スライム召喚はあくまで1バトル限定。バルログ戦が終わった今、スペルの効果も切れたということだろう。

>「あいつが何だかは知らねーが、とにかくヤバい相手なのは間違いねえ! ここで絶対に叩き潰すぞ!!」

「!? 真ちゃん、待っ――!」

止めるいとまもあらばこそ、真一がグラドに騎乗して一気にタイラントへと間合いを詰めてゆく。
グラドは果敢に攻撃を仕掛けたが、タイラントにはまるで通じない。まるで蚊を払うように、グラドは容易に撃墜されてしまった。

>「……がはっ……!」

「真ちゃん!!!」

叫ぶ。真一が目の前で死ぬなど、そんなこと。絶対にあってはならないこと。
しかし、真一はグラドの最後の機転によって振り落とされ、間一髪でタイラントの拳から逃れていた。
生来の頑丈さと竜騎士の鎧によって幸い真一は軽傷のようだが、グラドはわからない。
なゆたはすぐさまスペルカードを切った。

「『高回復(ハイヒーリング)』……プレイ!間に合って!」

回復を飛ばしたのは、グラドに対してだ。グラドは壁面にめり込んだまま、ピクリとも動かない。
ここでグラドを喪うわけにはいかない。自分たちのパーティーのためにも、そして何より――真一のためにも。

218崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/04/12(木) 19:48:09
>「……付き合ってられっか!そこの脱出ポータルから地上に戻ればそれで封じ込め完了だろ。
 いくら馬鹿でけえゴーレムだからって、試掘洞10階分を突き抜けて地上に収容違反するなんてことがあるかよ」
>「あのドラゴン馬鹿と心中したけりゃ好きにしろよ、悪いが俺ぁここで降りさせてもらうぜ。
 俺の分のクリスタルも欲しけりゃくれてやる。あいつのスマホがあいつと一緒にぶっ壊れなけりゃな」

真っ先に白旗を上げたのは明神だった。吐き捨てるように言うと、一目散に白い光を放つポータルまで走ってゆく。

>「はい、ほならうちらも逃げましょか〜
 とはいえ、逃げるんにしても大変そうやけどねえ。
 シメジちゃんはちょうどええし、そのままイシュタルに対岸まで運んでもらってぇな」

みのりは相変わらず呑気な口調だったが、取る行動にはそつがない。勝てないと判断するや否や、逃げの一手だ。

>「これは……やはりこれは運命か?
 これがあればタイラントの動きを僅かならがら止められるであろう
 時は短い、行かれよ!」

マルグリットも逃走に手を貸す。ドワーフの通行手形があれば、ドワーフの創造物であるタイラントを束の間止められる。
その間にタイラントの股下を潜り抜け、ポータルに辿り着けというのだろう。

「橋が崩れる――! 真ちゃん、早く! グズグズしないで!
 グラちゃんは回復させたわ、あの子は死なない! だから……あとは、わたしたちが死なないようにするだけ!」

ぐいっと真一の右手首を掴むと、なゆたは無理矢理引きずってでも真一を連れて行こうとその腕を引っ張った。
ゴッドポヨリン渾身の一撃によって、橋には亀裂が入っている。やりすぎた、と自分でも思ったが後の祭りだ。
と、タイラントの胸部の砲塔、その筒先が自分たちに向けられた。
チャージが早い。……退避が間に合わない。
砲門が輝く。防ぐ方法は、――ない。

「――――――ッ!!」

なゆたはポヨリンを左腕でぎゅっと胸に抱き、きつく目を瞑った。

しかし。

>「ああああああ!!!クソ!クソがっ!!バルログ!!!」

明神の悲鳴のような叫び声が、遠くで聞こえた……気がした。
タイラントの砲塔から放たれる、破壊の閃光。しかしそれはなゆたたちを灼き消すことはなく、ギリギリ逸れて後方の壁に穴を穿った。

>「真一君を連れて走れ!ポータルを踏めば地上へ脱出できる!とにかくそこから離れろ!急げ!!」

「明神さん!!」

なゆたは思わず叫んだ。
絶対絶命の危機の中で、自分だけ助かりたいと思うのは無理からぬことだ。
だから、なゆたは明神が最初に吐き捨てた言葉を否定しなかった。
勝ち目のない戦いに挑むのは勇気ではない、無謀だ。それは否定しようがない。この場では真一の蛮勇こそ非難されるべきだろう。
自分が助かるために、他を切り捨てる。それは正しい。間違っていない。なんら誤ってはいない――

しかし、明神はそれをしなかった。

ああ、そうだ。
彼は『魔銀の兎娘(ミスリルバニー)亭』でも、人身御供に等しいなゆたの提案を受け容れてくれた。
仮に、そこに打算や目論見があったとしても。
それを行動に移せる人間は、ごく僅かだ。

ボロボロのバルログが必死のていでタイラントにしがみつき、時間を稼いでいる。――なゆたや真一たちのために。
自分だけでも逃げようと思えば、いくらだって逃げられるはずなのに。

「行こう……、真ちゃん!」

そう言うと、なゆたは全力でポータル目指して走り出した。

219崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/04/12(木) 19:49:24
>「明神のお兄さんの男気は無駄にしたらあかへんよねえ
 ここは諸共で花道飾らせてあげるわ〜肥沃なる氾濫(ポロロッカ)」

なんとか崩壊前に橋を渡り切り、肩で息をする。
と、みのりのスペルによって、どこからともなく膨大な水が押し寄せる。
眼下に広がっていたマグマの海はくろぐろとした岩石の大地に変わり、バルログとタイラントは下肢の身動きがとれなくなった。
とはいえ、タイラントの上半身はまだ自由に動く。胸の砲塔も健在だ。もう一度例の閃光を撃たれれば、今度こそ後がない。

「早くポータルへ!」

ゲーム的な思考をするなら、これはこういうイベントだ。いわゆる負けイベントというものだろうか。
強大すぎるエネミーから無事逃げおおせられれば、クエストクリア。最初から勝てる可能性などない。
であれば、目の前にあるポータルへ飛び込み、地上への生還を果たせばそれで何もかも終わる。
今後またタイラントとぶつかる機会もあろうが、その際はこちらもタイラント討伐用に対策を練ることができる。
とにかく今は、全員が無事に地上に戻ることさえできれば――

>「脱出じゃだめね。するにしても、こいつは何とかしないと。
 ……そんな顔しないでちょうだい。別に自棄になった訳でも無謀なわけでもないわ。勝算はあるし、理由もある。
 説明はしたいけど、その前に……『忘却殺しの杖(ハードメモラライズ):不動如山(コマンド・マウンテン)』、プレイ」

そんななゆたの考えをあっさりと否定したのは、ウィズリィだった。

「……ぅ……、ぅぇぇ?」

思わず頓狂な声を出してしまった。
今まで現実世界でのデュエルで幾多の強敵を屠ってきたなゆたをして、耳を疑う発言である。
呆気にとられるなゆたをよそに、ウィズリィは淡々と言葉を紡ぐ。

>「簡単に言うと、これを放置したらまずガンダラが滅びるでしょうね。そういうスペルを持っているわ、これ。
 今は魔力充填期間が終わっていないだけ。だから、その前に倒さないといけない」
>「倒す算段もあるわ。こいつの弱点は胸の部分のコア。それはアイアンゴーレムと変わらないみたいね。
 こいつは、シンイチの攻撃を『手で防いだ』。防御魔法が不完全なのよ。でなければ、無視したはずだから」
>「だから、皆でコアを集中攻撃すればほどなく倒せるはず。防御魔法は再構築しているようだけど、
 それは私が解除するわ。大丈夫、バルログをなんとかできたあなた達なら、きっとできる」

30メートルもある超巨大な敵を相手に、勝ち目があるとウィズリィは言う。

「……そんな無茶な……」

もし、対タイラント戦がバルログ戦の続きであったなら、ゴッドポヨリンが使えた。
ゴッドポヨリンの攻撃力をもってすれば、きっとタイラントの撃破も不可能ではなかったに違いない。
しかし、もうゴッドポヨリンは使えない。そして、なゆたはゴッドポヨリン召喚のためにスペルカードもほとんど使ってしまった。
ウィズリィは『皆でコアを集中攻撃すれば倒せる』と言っているが――
グラドは壁にめり込んだまま、依然としてぴくりとも動かない。
ポヨリンはバフが何もかかっていない、素のポヨリンに戻ってしまった。
ヤマシタの射撃であの巨大なタイラントの核を破壊しようと思ったら、果たして何発の弓を射かけなければならないのか。
イシュタルはそもそもタンクだ。殴られた殴り返すスキルは持っているが、殴り返すまでにこちらが死ぬ。
ブックは見てくれ通り戦闘向きではないし、ウィズリィの補佐で手一杯だろう。
ゾウショクはメルト自身が言う通り、援護するのが関の山だ。
こんなパーティーで、いったいどんな攻撃ができるというのか? タイラントどころか、その辺の野良モンスターさえ倒せるか怪しい。

「マルグリットさん、何かないの!?」

苦し紛れにマルグリットに打開策を訊ねてみる。
マルグリットは端正な面貌を苦渋に歪め、恐らくかっこいいのであろう(なゆたは全然そうは思わないが)ポーズを決めながら、

「おお……偉大なる我が賢師よ、どうかこの不肖の弟子に福音をお授け下さい――!」

などと言っている。はっきり言って役に立たない。
柔軟なものの考え方ができるウィズリィと違って、あくまでNPCということだろうか。
こちらには、タイラントを倒せるだけの火力を持つ駒の手持ちがない。
といって、ここでタイラントを仕留められなければ、ガンダラが滅ぶ。
究極の二者択一だ。なゆたは懊悩した。

220崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/04/12(木) 19:55:42
今回パーティーが受けたクエストは『ローウェルの指環を手に入れろ!』だった。
『タイラントを討伐せよ』でもなければ『ガンダラを防衛しろ』でもない。
従って、危険を冒してまで未知のボスであるタイラントを倒す義理などないし、ガンダラも見捨ててしまえばいい。
それによって後々の進行に多少の支障は出るかもしれないが、所詮フラグが立つか立たないか程度の違いである。
ゲーム内のすべてのイベントを網羅する!と息巻く廃人プレイヤーでもなければ、さして気にすることもない問題なのだ。
そう。ローウェルの指環は手に入れた。クリスタルも9999個手に入った。
であるなら、自分たちは当初の予定通り速やかに魔法列車に戻り、ボノに燃料のクリスタルを渡して王都へ向かうべきだ。
それが、この世界から現実の世界へ戻る唯一の方法に違いないのだから。
そうするのが正しいのだ、本当は――。

でも。

これを放って逃げては、もう自分たちはウィズリィの言う『異邦の魔物使い(ブレイブ)』ではない――
そんな、気がした。

>「――――ユニットカード「血色塔」を使用します」

メルトが発動させたスペルカードの効果によって砲塔に打撃を受けたタイラントは大きく仰け反ると、明後日の方に閃光を発射した。
これにより、ウィズリィのスペルカードによって頼みの綱のユニットカードを封じられたタイラントは砲の発射が不可能になった。
電池切れだ。しかし、殴打による直接攻撃はできる。冗談のような大きさの巨拳が振るわれるのを、間一髪で転がって避ける。

>「……すみません。私は弱いカードしか持っていないので、援護だけをさせていただきます」

「全然オッケー! ナイスアシスト、しめちゃん!」

ぐっと右手の親指を立て、笑ってサムズアップする。そして間髪入れずスマホをタップし、タイラントへ向けスペルカードを手繰る。

「いつまでも好き勝手絶頂してんじゃないわよ、このガラクタ! 『鈍化(スロウモーション)』――プレイ!」

たちまち魔力の輝きが放たれ、タイラントの動きがみるみる緩慢になってゆく。
『鈍化(スロウモーション)』のスペルカードは、敵の敏捷力や回避力をダウンさせるものではない。
『相手のATBゲージを溜まりづらくする』スペルだった。
本来はぽよぽよカーニバルコンボ発動のために初手でかけるものだが、今回は仲間のアシストによって使用していなかったものだ。
これで、少しは時間も稼げることだろう。

ウィズリィが自己修復を封じれば、タイラントは拳での物理攻撃しかできないでくの坊になるが、問題はこの後だ。
ここは戦力をバラけさせるより、誰かひとりにバフを集中させ一点突破をした方がいい。
と、なれば。

「『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』――プレイ!」

なゆたは次のスペルカードを使用した。対象の肉体に鋼の効果を与える、攻撃力と防御力の増加スペルだ。
しかし、その掛けた相手はポヨリンではない。




かけた相手は、真一だった。

221崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/04/12(木) 20:07:27
なゆたは真一の目を真っ直ぐに見つめると、決然と口を開いた。

「グラちゃんの仇。取りたいでしょ? ……いやグラちゃん死んでないけど。
 真ちゃん、まだ『限界突破(オーバードライブ)温存してたわよね? 今すぐ自分に使って。 
 みんなももし使えるスペルカードがあるなら、真ちゃんのバフに使ってあげて! お願い!」

振り返り、仲間たちに向かって言う。
とはいえ、皆疲れているだろうし、スペルも少なからず使ってしまっているだろう。
そもそも他人にかけられるようなスペルを持っていないかもしれない。
けれども、今は真一にすべてを賭けるしかタイラントを倒す方法はない……と、思う。

「ウィズ、『多算勝(コマンド・リピート)』をわたしに! 『限界突破(オーバードライブ)』を回復させて!
 真ちゃんが自分で掛ける分にプラスして、わたしがさらに『限界突破(オーバードライブ)』を掛ける――!」

ブレイブ&モンスターズのルールでは、スペルカードは重ね掛けが可能である。
なゆたがポヨリンに『分裂(ディヴィジョン・セル)』を三回使ったのがいい例だ。スペルは重ねれば重ねるほど相乗効果を生む。
ただし、『限界突破(オーバードライブ)』の重ね掛けというのは今まで試したことがない。
加えて、そのスペルを掛ける相手はモンスターではないのだ。となれば、もはや何が起こるかまるでわからない。

ウィズリィがスペルカードの回復を行ってくれれば、なゆたは迷いなくそれを実行する。
現状のパーティーの総戦力を真一に注ぎ込む、一か八かの大博打だ。

ただ、それでも恐らくタイラントを撃破するには足りない。さらに一段階、真一を強化する必要がある。
仲間たちのスペルでは、これ以上の強化は望めない。――ならば。

「真ちゃん、チャンスは一度だけよ。タイラントのコアを一撃で破壊するだけの攻撃――きゃああああッ!」

ぶおん、と烈風を撒いてタイラントが拳を振り下ろす。
直撃こそ避けたものの、なゆたは拳風に煽られて紙切れのように吹き飛ばされ、真一から引き離された。
ポヨリンがいち早く落下地点に先回りし、クッションのように柔らかな身体でなゆたをキャッチする。

「ッぐ……ゥッ!」

間一髪怪我はしなかったものの、衝撃が大きく息が詰まる。
だが、倒れている暇などない。なゆたは気力を奮い立たせてうつ伏せから上体を起こすと、力の限りに叫んだ。

「――指環を使って! 真ちゃん!」

今しがたマルグリットから受け取ったばかりの、ローウェルの指環。
アルフヘイムで比肩し得る者のない大賢者が、その持てる叡智を結集させて創造したという魔導具。

「その指環が! きっと、わたしたちの道を切り拓く! 闇を払う光になる、はず――!!」

声が嗄れるほどの叫びは、果たして真一に届いただろうか。
超絶レアアイテム、ローウェルの指環――その効果は、誰も知らない。誰にもわからない。
戦いに使えるアイテムなのかどうかさえ、定かでない。
ひょっとしたらインベントリ容量が無限に増えるようなアイテムかもしれないし、単なるトロフィー的なアイテムなのかもしれない。
しかし――なゆたはその小さな指環がタイラント攻略の鍵になると、そう信じた。


【真一へスペルカード『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』
 およびウィズリィが回復してくれれば『限界突破(オーバードライブ)』を付与。
 真一にすべてを託し、ローウェルの指環の発動を促す】

222赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/04/17(火) 01:19:00
タイラントが一歩足を踏み出す度に、洞窟内は激しく揺り動き、地鳴りの音が岩壁を叩いて反響する。
そんなことは気にも留めず、遥か高みから矮小な人間たちを睥睨するタイラントの姿は――その名の通り、まさしく“暴君”に他ならなかった。

「〈高回復(ハイヒーリング)〉……頼む、目を覚ましてくれ……!!」

>「『高回復(ハイヒーリング)』……プレイ!間に合って!」

真一は自分の身代わりとなり、タイラントの拳をまともに受けてしまった相棒を救うため、直ぐ様回復のスペルを行使する。
画面上に表示されたHPバーを見る限り、幸いにもグラドが絶命したわけではないようだが、やはりそのダメージは甚大だったようだ。
なゆたと二人で回復を重ね掛けしているにも拘わらず、グラドは壁面に埋もれたまま、身体を起こすことはできなかった。

>「あ……ちょ、それぇ〜はふん〜しゃぁあらへんかぁ
真ちゃん、走れる?
マルグリッドさんがなんとかしはるみたいやし、みんな逃げるえ〜」

>「橋が崩れる――! 真ちゃん、早く! グズグズしないで!
 グラちゃんは回復させたわ、あの子は死なない! だから……あとは、わたしたちが死なないようにするだけ!」

タイラントに勝てないと判断するや否や、仲間たちは真一の手を引いて脱出の算段を立てる。

――真一は後悔していた。
先程脳裏に浮かんだ“記憶”によって我を忘れ、そのせいで相棒を失いかけた挙げ句、こうして他の仲間まで危機に晒されている。
やはりタイラントは放っておけないと自分の直感は警鐘を鳴らし続けているが、こうなってしまっては最早他に選ぶ手もない。
真一は〈召喚解除(アンサモン)〉のボタンに指を添え、グラドを回収して洞窟から逃げ出す覚悟を決めた。

しかし、そんな彼らを嘲笑うかの如く、タイラントは再び眼前に立ちはだかった。
その胸甲は既に開かれ、二門の砲塔が急激に光を吸い込む様子が見て取れる。
――あいつは、先程撃ち放った極大の光線を、もう一度解き放とうとしているのだ。
それは分かっているのに、今からではあの攻撃を防ぐことも躱すこともままならない。
「畜生……」と、真一は奥歯を強く噛み締め、口の奥に血の味が滲むのを感じた。

>「ああああああ!!!クソ!クソがっ!!バルログ!!!」

だが、突如として響き渡った叫び声が、バルログとの間に割り込んで真一たちの窮地を救う。

――声の主は、明神だった。
彼は今しがた捕まえたばかりのバルログを召喚し、更に〈座標転換(テレトレード)〉のスペルをプレイ。
直上に出現したバルログがタイラントに襲い掛かることで、間一髪、真一たちを狙った光線の軌道は横に逸れていった。

「明神、アンタ……」

>「真一君を連れて走れ!ポータルを踏めば地上へ脱出できる!とにかくそこから離れろ!急げ!!」

明神は自分の身を挺してでも、仲間たちを外に逃がす選択肢を選んだのだ。
右手に握った剣も叩き折られ、尚も懸命にタイラントへと食い下がるバルログの姿を見て、真一は息を呑んだ。

>「明神のお兄さんの男気は無駄にしたらあかへんよねえ
ここは諸共で花道飾らせてあげるわ〜肥沃なる氾濫(ポロロッカ)」

>「行こう……、真ちゃん!」

更にみのりがプレイしたスペルによってマグマが固まり、組み付いたバルログごとタイラントを拘束する。
あの程度の呪縛など、タイラントならすぐに解いてしまうだろうが、それでもパーティが逃げ出す時間には充分だ。
なゆたに手を引かれ、真一は共に脱出ポータルへと駆け出した。
……だが「本当にこのままあいつを放置していいのか?」という疑問が、真一の後ろ足を引く。
仲間が必死の思いで稼いだ時間を、無駄にするわけにはいかない。――しかし。

223赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/04/17(火) 01:21:22
>「脱出じゃだめね。するにしても、こいつは何とかしないと。
 ……そんな顔しないでちょうだい。別に自棄になった訳でも無謀なわけでもないわ。勝算はあるし、理由もある。
 説明はしたいけど、その前に……『忘却殺しの杖(ハードメモラライズ):不動如山(コマンド・マウンテン)』、プレイ」

>「簡単に言うと、これを放置したらまずガンダラが滅びるでしょうね。そういうスペルを持っているわ、これ。
 今は魔力充填期間が終わっていないだけ。だから、その前に倒さないといけない」

そして、今まさに脱出ポータルへ飛び込む直前、それを一蹴したのはウィズリィだった。
先程から戦闘行為も最小に、彼女は黙々と一人で敵の能力を分析していたのだ。
ウィズリィ曰く、やはりタイラントは一体で街を壊滅させてしまうような力を持っているらしいが、今はまだ魔力を蓄えている段階であり、完全な状態に戻るためにはもう少し時間を要するらしい。

そのウィズリィの言葉を聞いて真一は立ち止まり、握られたなゆたの手を振り解く。

「……すまねえ、皆。迷惑を掛けちまった。
 だけど、ウィズの言う通りだ。タイラントがこんな洞窟内でくたばってたってことは、きっと外に転送する方法もあるんだろう。
 あいつが力を取り戻してから外に出たら、ガンダラの街だけじゃなくて、恐らくもっと――」

真一は先程脳裏に浮かんだイメージをもう一度思い出し、何度か首を横に振る。

「どうせゲームの世界だって、知らねえ顔して逃げ出すことはできる。
 でも、俺たちに飯を作ってくれたオカマのマスターとか、一緒に酒飲んだドワーフのおっさんたちとか……あいつらが命の無い、ただのデータだとは思えないんだ。
 だから、タイラントを絶対ここから出すわけにはいかない。……そして、今あの野郎を仕留められるのは、俺たちしかいない。
 ――頼む、皆。少しだけ俺に力を貸してくれ」

そして、真一が選んだ答えは、やはりウィズリィと同じだった。

合理的に判断するならば、賢い選択ではないのだろう。
ガンダラの街がどうなろうと――更に言えば、このアルフヘイムさえも、異世界の住人である真一たちにとっては関係の話なのだ。
さっさと元の世界に帰る方法を探し、何もかも見捨てて逃げ出してしまえばいい。

――だが、真一はもう一度タイラントと戦う道を選んだ。
理屈ではない、自分の腹の底に宿っている何かが、そうすべきだと判断したのだ。

224赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/04/17(火) 01:23:21
>「しゃぁあらへんわぁねえ。これで一撃位は耐えられるやろうし、おきばりやすえ」

>「太陽の恵み(テルテルツルシ)、いるなら使いますえ?」

そんな真一の言葉に対し、みのりはやれやれと言った具合に返答し、スマホの画面に指を当てる。
プレイしたのは、ダメージ軽減のための〈囮の藁人形(スケープゴートルーレット)〉と、炎属性の攻撃力を底上げする〈太陽の恵み(テルテルツルシ)〉だ。
真一の身体に何体かの藁人形が纏わり付き、洞窟内には燦々と輝く太陽が浮かぶ。

>「――――ユニットカード「血色塔」を使用します」

>「……すみません。私は弱いカードしか持っていないので、援護だけをさせていただきます」

メルトはユニットカードで生成した赤黒い塔をタイラントの胸部にブチ当て、今まさに再発射されようとしていた光線の軌道を逸らした。
これで砲が再発射されるまで、幾ばくかの時間を稼ぐことができる。

>「グラちゃんの仇。取りたいでしょ? ……いやグラちゃん死んでないけど。
 真ちゃん、まだ『限界突破(オーバードライブ)温存してたわよね? 今すぐ自分に使って。 
 みんなももし使えるスペルカードがあるなら、真ちゃんのバフに使ってあげて! お願い!」

「――サンキュー、皆。もう一度、行ってくる」

そして、なゆたからのバフも受け取り、真一は再び走り出した。

同時にスマホを操作して〈炎精王の剣(ソード・オブ・サラマンダー)〉と〈限界突破(オーバードライブ)〉のカードをプレイ。
刀身に炎を纏った魔剣を携え、風のような速度で洞窟内を疾駆する。

>「――指環を使って! 真ちゃん!」

「……指輪? そうか、ローウェルがこの場所で俺たちに指輪を渡したことに、何か意味があるんだとしたら……!」

タイラントが振るった拳を潜り抜けた直後、後方で叫ぶなゆたの声を聞いて、真一はある閃きに至る。
マルグリットから指輪を受け取った際、確か彼は「貴公らと此処で遭逢することは、我が賢師より告げられていた」というようなことを言っていた。
つまりローウェルは、真一たちが今日、この場所に訪れることを知っていたのだ。
その上で指輪を託したのだとすれば、或いは――

「勿体付けて渡したんだから、頼むぜ! 役に立ってくれよ……激レアアイテム!」

真一はインベントリから取り出した指輪を左手に嵌め、上空へと掲げる。
――瞬間、指輪の中央部に位置する赤い宝玉が輝き、その効力を発揮した。
ローウェルの指輪と呼ばれる、伝説のレアアイテム。その効果の一つは、装備者の魔法効果を、大幅に増幅させるというものだった。
無論、大賢者の指輪に秘められた魔力は、それだけが全てではないのだが――ともあれ今は、真一が使用中のスペル全ての性能が、一時的に急上昇する。
例えば、グラドの治療のために使っていた〈高回復(ハイヒーリング)〉のスペルも〈完全回復(コンプリート・ヒーリング)〉に匹敵する能力を持つ程に。

「グラド……!? 良かった、目を覚ましたのか!」

すると、強化された回復スペルによって一気に復活したグラドが目覚め、埋もれていた壁面から身を乗り出した。
そんなグラドの元へ真一が駆け寄ると、グラドは嬉しそうに鼻先を擦り付けて来たあと、すぐに首を上げて頭上のタイラントを睨(ね)めつける。
――言うまでもない。グラドの想いもまた、真一と同じであるということだ。

「……ハッ、やられっ放しで引き下がるなんて、俺たちの性分じゃねーよな。
 行くぜ、相棒。俺とお前で、今度こそあいつを叩き潰すぞ」

真一の言葉に、グラドは唸り声を一つ返した。

225赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/04/17(火) 01:25:11
真一を背に乗せたグラドは、タイラントの背後を通り抜け、一気に洞窟の天井付近まで飛翔する。

――タイラントの直上まで飛び上がった理由は、二つある。
一つ目は、あの厄介な光線の死角に入るためだ。
タイラントの〈二連破壊光線砲(デュアルキャノン)〉は非常に強力で、高水準な命中精度を誇るが、胸部に砲塔を備えているという性質上、その射角には限界がある。
例えば自身の真後ろだったり、頭上方向を狙うことは、物理的に不可能である筈だ。

そして、もう一つはただ単純に――――落下速度さえ加速に利用し、何よりも速く空を駆けるため。

「……バルログ、すまねえ。だけど無駄にはしないぜ」

眼下ではようやくマグマの拘束から逃れたタイラントが、尚も懸命に喰らい下がるバルログと格闘戦を繰り広げていた。
しかし、力の差は歴然。間も無くタイラントの両手に捕らえられたバルログは、力任せに胴体を引き千切られ、無残にも溶岩の中に叩き付けられる。
バルログのHPが尽きたであろうことは、スマホで確認するまでもなかった。

そして、タイラントが次なる獲物を狙うため、上空へ視線を上げた直後、真一はグラドの背を叩いて合図を出した。

「――今だ、〈火炎推進(アフターバーナー)〉!!」

その瞬間、真一はスペルカードを発動し、グラドは後方へ炎を噴射しながら、流星の如く空中を滑り落ちた。
〈火炎推進(アフターバーナー)〉は元々高速移動のために用いるスペルだが、当然その効果も指輪の力で増幅されている。
真一はそれを追加でもう二枚使用し、グラドの移動速度は多段式ロケットのように順を追って加速していく。
上空からの落下速度プラスアルファ。更にプラスアルファ。

『パンッ――』と、音速を超え、空気の壁を破る音が鳴り響いた。

同時に真一の身体に纏わり付いていた藁人形は、全て細切れになって弾け飛ぶ。
音速を突破した際の反動を、人形が肩代わりしてくれたのだ。
――まさしく、人竜一体。
紅蓮の飛矢と化した真一とグラドは、タイラントの反応速度さえも遥かに凌駕するスピードで、一直線に虚空を斬り拓く。


「ブチ抜けぇぇぇぇ――――――――――ッ!!!!」


〈炎精王の剣(ソード・オブ・サラマンダー)〉を用いた両手突きと、グラドの〈ドラゴンクロー〉。
二つの刺突は一点で交錯し、ただ正確無比にタイラントのコアを穿つ。

紅蓮の矢は炎の軌跡を描きながら、タイラントの胴体を貫通し、その背中を破って空中に飛び出した。

一撃で急所を撃ち抜かれたタイラントは、力なく膝を折って倒れ伏せる。
そして、タイラントが崩れ落ちた際の衝撃によって、地下十階層の天井が崩落を始めたのは、それと同じ時であった――



【タイラント撃破&洞窟が崩壊する5秒前。
 ちなみに、次のレスで今章を締めようと思っているので、このターン中に洞窟からの脱出をお願いします!】

226明神 ◆9EasXbvg42:2018/04/23(月) 03:07:17
バルログが命がけの特攻で生み出した僅かな時間を使っての、撤退戦。
俺の意図を誰よりも早く察した石油王が、スマホを手繰ってスペルを起動した。

>「明神のお兄さんの男気は無駄にしたらあかへんよねえ
 ここは諸共で花道飾らせてあげるわ〜肥沃なる氾濫(ポロロッカ)」

召喚された大量の水が波濤のごとくタイラントの足元に押し寄せ、マグマを冷やし固めていく
バルログごとタイラントを足止めし、他の連中がポータルへ駆け込む隙を作り出した。

>「ガッチリ岩で固められているしこれでええとは思うけどねえ、まあ、脱出するまで持ってくれればええわ〜」

「よし……!とっととこっちに渡ってこい!全員だ!」

足元が固まった溶岩で固定されてるとは言え、タイラントから攻撃手段が失われたわけじゃない。
バカでけえガタイに任せて腕の一つも振るえば拳は試掘洞10階層のどこにだって届くだろう。
またぞろあのオーバーキルな破壊光線を撃ってこねえとも限らねえ。
逃げ道は確保できたが、安心安全には全然程遠い。

>「脱出じゃだめね。するにしても、こいつは何とかしないと。

崩落した橋のこっち側に全員が集結したその時、ウィズリィちゃんが唐突にそう言った。
何らかのスペルでタイラントを分析してたらしいが、この土壇場で何を言い出しやがる。

「ああっ?んな悠長なこと言ってる場合じゃ――」

>「簡単に言うと、これを放置したらまずガンダラが滅びるでしょうね。そういうスペルを持っているわ、これ。
 今は魔力充填期間が終わっていないだけ。だから、その前に倒さないといけない」

「……マジかよ」

レイド級に位置するボス達が、通常のスキルとは別にスペルを使うことはWikiにも載ってる周知の事実だ。
わかりやすい所じゃベルゼブブの「闇の波動」がそうだし、バルログの収束熱線もスペルの一種。
ボスのスペルは内部的に独自のりキャストタイマーを持っていて、プレイヤーの対カードスペルの影響も受ける。
だからレイド戦では、ボスのスペルを如何に遅延させたり防御するかも重要になってくるわけだが――

「お前には何が見えてんだ」

原則として、ボスの所持スペルがデータとして公開されることはない。
どんな効果をもったスペルで、何属性で、何の対カードスペルで防げるのか。
Wikiに載ってるスペル情報はあくまで、プレイヤーが試行錯誤を重ね、ドロップするカードから類推した結果に過ぎない。
だが、ウィズリィちゃんは初見の、しかも実装されてすらいなかったタイラントからスペル情報を読み取った。
マスクデータを解析したってのか?どこのスーパーハカーだよおめーはよ。

>「倒す算段もあるわ。こいつの弱点は胸の部分のコア。それはアイアンゴーレムと変わらないみたいね。
 こいつは、シンイチの攻撃を『手で防いだ』。防御魔法が不完全なのよ。でなければ、無視したはずだから」

「根拠を確かめてる時間は……ねぇな」

スマホを手繰る手が震える。歯の根が合わなくなる。
ベルゼブブ戦でも、ガンダラでも、試掘洞でも、俺達は常に最適解を選んで先手を取り続けてきた。
しかし、未実装のタイラントにはゲーム知識という俺達独自のアドバンテージが通用しない。
ウィズリィちゃんが解析したデータを、それだけを信頼して……覚悟を決めなきゃならない。

それが、たまらなく怖くて――悔しい。
どんだけ斜に構えていたって、結局のところ俺はどうしようもなく、ゲーマーなんだろう。

ざけんじゃねえぞ。何がタイラントだよ、ツラと名前覚えたからな。
てめえがどれだけ穴蔵の底でイキってようが、実装から一月も経てば素材目的で廃人共に討伐周回されんだ。
高いステータスだけが特徴のクソコンテンツだって、俺がフォーラムで証明してやる。

227明神 ◆9EasXbvg42:2018/04/23(月) 03:07:42
>「だから、皆でコアを集中攻撃すればほどなく倒せるはず。防御魔法は再構築しているようだけど、
 それは私が解除するわ。大丈夫、バルログをなんとかできたあなた達なら、きっとできる」

ウィズリィちゃんが杖を振るい、スペルの発動を示す燐光が幾度となく灯る。
スマホの画面越しにタイラントを見れば、いくつかのバフが解除されていくのがわかった。

「倒せるのか?マジで?バルログは死にかけ、ゴッドポヨリンさんもログアウトしてるこの状況で――」

>「……そんな無茶な……」

突拍子もないウィズリィちゃんの提案に、なゆたちゃんが困惑の声を零す。俺も同感だった。
弱点をぶち抜きゃ倒せるっつうのはまぁそうなんだろう。
だがそいつは、弱点補正のかかった状態でタイラントのHPを削りきれる、そもそもの火力が足りてることが大前提だ。
パーティの火力担当であるレッドラは床ペロ状態、なゆたちゃんのコンボも丸一日使えない。

バルログ戦でほとんどの手札を使い切った俺達に、それだけの火力を確保できるだろうか。
いやそれ以前に、タイラントさんなんか光線の発射準備に入ってません?

「リキャ明けてんじゃねーか!削り切る前にこっちが蒸発すんぞ!」

腐れタイラント野郎の破壊光線が再び俺達を射程に捉える。
あ、これマジでやべーやつだ。俺達自体もやべーけどポータルまでぶち抜かれるぞ。
防御バフなんか残ってねえし、そもそも壁張れるのがカカシ一匹じゃ俺達全員はカバーできない。
ワンチャン今からでも全員黙らせてポータル踏むか――?駄目だ、転送にどんだけ時間がかかるか分からねえ。

>「――――ユニットカード「血色塔」を使用します」

「……しめじちゃん!」

降って湧いた危機に誰もが硬直する中――しめじちゃんだけが、最善手となるカードを切っていた。
ユニットカード「血色塔」。周囲の画面表示を赤く染めるネタカードの域を出ない嫌がらせユニットだ。
どす黒い赤の巨塔がタイラントの足元から隆起。巨体がバランスを崩し、破壊光線は明後日の方向へ飛んでいった。

>「……すみません。私は弱いカードしか持っていないので、援護だけをさせていただきます」

「今さらだぜ――!」

しめじちゃんはこともなげに言ってのけるが、俺は内心で舌を巻いた。
タイラントの攻撃を見てからじゃユニットの発動なんて間に合うわけもない。
初めから彼女は、破壊光線の発射挙動を読んで、タイラントの足元を掬えるユニットを予め切っていた。

強力なカードを持ってない……なんてのは、しめじちゃん自身が弱い理由にはならない。
現に今俺達の命を救ったのは、大正義の強カードなんかじゃなく、クソカードを使いこなす彼女の判断力だ。
しめじちゃんがこっちを見ている。涙の出るような好アシストに、俺は頷きを返した。
なんかわかってる感じを出す為に――!

>「いつまでも好き勝手絶頂してんじゃないわよ、このガラクタ! 『鈍化(スロウモーション)』――プレイ!」

しめじちゃんの拓いた活路を皮切りに、なゆたちゃんが気炎を吐く。
未知の強敵と遭遇して、その途方もない巨大さに畏怖し、完全に逃げの姿勢にあったパーティが、再び戦意を得る。

>「……すまねえ、皆。迷惑を掛けちまった。

レッドラを撃墜されて茫然自失だった真ちゃんも、ここでようやく元の勢いを取り戻したようだった。

>だから、タイラントを絶対ここから出すわけにはいかない。……そして、今あの野郎を仕留められるのは、俺たちしかいない。
 ――頼む、皆。少しだけ俺に力を貸してくれ」

「クソ、マジでやるんだな?あのバカみてーにクソでけえボスを、まともなカードも残ってない、俺達で。
 陰気な穴蔵の底で、得られるものがあるかも分からねえ戦いを、この世界の顔も知らねえ他人の為に――」

228明神 ◆9EasXbvg42:2018/04/23(月) 03:08:18
くだらねえ。幼稚なヒロイズムだ。命まで賭けてやることだとは思えねえ。
ガンダラ?ほっとけよ、どうせすぐに過疎って死ぬ街じゃねえか。所詮はNPC共だろうがよ。
あのクソ田舎にまともな報酬が用意できるとも限らねえし、そもそもこの戦いは誰にも知られることはないだろう。
ああ、マジで不合理だ。非生産的だ。こんなところでてめーらと心中なんか御免だぜ俺は。

……だけど。
ガンダラって街を、俺は嫌いになれない。
気のいい鉱夫連中。賑やかな街の光景。ぬるいけど旨いビール。――俺の帰りを待ってる酒場のマスター。
あそこにある全てが失われるのは、きっと、多分、おそらく……俺は嫌だ。

顔も知らない他人の為に命を賭ける?
倒せるかも分からない、強大な敵と命がけで戦う?

「そんなもん、いつものことじゃねえか。俺達は――ゲーマーなんだから」

これから始まる戦いは、気負うことなんか一つもない、ただの日常だ。
世界を救うなんてことは、全世界1000万人のアクティブプレイヤー達が、毎日やってることなんだからよ。

>真ちゃん、まだ『限界突破(オーバードライブ)温存してたわよね? 今すぐ自分に使って。 
 みんなももし使えるスペルカードがあるなら、真ちゃんのバフに使ってあげて! お願い!」

なゆたちゃんの指示を軸として、俺達の動きはまとまり始める。
方針だけはとっくに決まっていた。真ちゃんにバフを集中させて、一撃に全てを賭ける。
不確定要素の多い、とても戦術と言えるようなもんじゃないが、こいつが今ある手札でできる最大限だ。

「黎明の剣(トワイライトエッジ)、プレイ。キツイの一発、ぶちかましてこい!」

真ちゃんの召喚した剣に、俺のスペルが燐光を灯す。短時間のみ攻撃力を倍加させるバフだ。
石油王のフィールド魔法、なゆたちゃんと真ちゃんの強化バフとシナジーして、一撃の威力に特化させる。

>「――サンキュー、皆。もう一度、行ってくる」

「えっ歩いて行くの……?」

タイラント目掛けて身体強化ダッシュで弾丸の如く疾走する真ちゃん。
コアってあの巨体の中心部だよな……どうやってあそこまで登るつもりなのあいつ。

>「――指環を使って! 真ちゃん!」

そこへ名将なゆた監督から新たな指示が飛んだ。
ローウェルの指環、効果も分かってないレアアイテムを、ぶっつけ本番で発動。
俺の後ろでぐったりしていたレッドラが起き上がって、真ちゃんを背に空へと舞い上がった。

「スペルの強化効果か――そりゃレアアイテムになるわあんなもん」

スペルの効果を向上させる装備アイテムはそれなりにあるが、ローウェルの指輪が他と異なるのはその強化幅だった。
倍どころの話じゃない。死にかけだったレッドラが強化されたヒールで即刻飛び起きたのだ。
そして指輪の効果は回復だけじゃなく――真ちゃんにかけられたバフにも影響していた。
剣に灯った光はもはやそれそのものが巨大な刀身になって、真ちゃんは文字通り一つの矢と変貌する。

>「ブチ抜けぇぇぇぇ――――――――――ッ!!!!」

229明神 ◆9EasXbvg42:2018/04/23(月) 03:08:46
竜の翼を持った光の矢は、タイラントのコアを狙い過たず穿ち抜いた。
多分、多重バフに弱点特攻が乗っても、タイラントの膨大なHPを削り切ることは出来なかっただろう。
だが、この戦いはシステムによって縛られたゲームのバトルとは違う。

どんなに小さなアリでも、象を殺す可能性はゼロじゃない。
脳味噌の血管の一本でも噛み切れば、わずか一寸でも穴を開けただけで、巨象は容易く地に伏せる。
『弱点を破壊される』というのは、どんな生き物でも必ず死に至る傷だ。
バルログがHPミリで動けなくなったように……機能的な損失は、ステータスと関係がない。

つまり、タイラントは弱点を撃ち抜かれて――即死した。
バカみたいに長いHPバーが一瞬で消滅し、鋼の巨人が機能を停止する。
30メートルの巨体が力を失って倒れ込み、その衝撃が試掘洞10階を崩壊させ始めた。

「倒せたのか……!リザルトを確認してる場合じゃねえな、今度こそポータルから脱出するぞ!」

崩壊していく試掘洞の天井、割れた瓦礫が雨のごとく固まったマグマに落ちていく。
ポータルが瓦礫に埋もれちゃ元も子もないが、脱出口の確保はとっくに終わっていた。

『工業油脂(クラフターズワックス)』。硬質化するワックスによって、ポータル直上の天井は補強済みだ。
真ちゃんにバフかけたあとはわりと暇だったから時間を退路の確保に使えた。
あとは――

「バルログ、戻れ……!」

俺はスマホの召喚画面からアンサモンをタップする。
タイラントの足元で倒れ伏したバルログに、反応はなかった。

「戻れ……!クソッ、戻れ!」

祈るような気持ちで何度も召喚解除を行うが、祈りが届くことはない。
分かりきっていたことだった。スマホの召喚画面に、「DEAD」の文字が虚しく表示されている。
何より、冷えた溶岩に埋もれたバルログは、胴から下がなかった。
タイラントとの戦いでバルログが引きちぎられた瞬間を、俺はこの目で見ていた。

奥歯が砕けそうになるくらい食いしばって、俺は踵を返してポータルを踏む。
眼の前が青く染まり、胃袋が反転するような重力加速度を感じたかと思えば、すぐに視界が拓けた。

「ここは……鉱山の麓か。山を降りる手間は省けたな、はは」

おそらくポータルは、試掘洞10階から最も近い地上へと俺達を転送したんだろう。
実に三日ぶりに再会した太陽は、嫌になるくらいの晴天となって俺を照らしていた。
見回せば、マルグリットもまた、俺達にひっついて如才なく脱出を果たしていたようだった。

「戻ろう、ガンダラに。そこのイケメンには聞かなきゃならないことが沢山ある。
 三日ぶりにまともな寝床と食事にありつけるぜ。……マスターも、待ってるだろうしな」

【タイラント撃破後、試掘洞を脱出して鉱山の麓に出る。バルログ死亡】

230五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2018/04/29(日) 20:55:39
タイラントの動きを封じ、後は脱出ポータルで鉱山から出るだけ。
もうそこまで来ている段階で待ったがかかる

それはウィズリィの言葉
確かにこの世界の住人であり、王の使いであるウィズリィの立場からすればタイラントは看過できない存在なのであろう

読み取られたデータから、現在タイラントはHPが本来の1%程度
だが1%と言えども分母が莫大過ぎるのが問題だ
正面から戦いHPを削っていくのではとても勝ち目がない……が、それはあくまでゲームでの話
機能破壊や急所への一撃は数字では計れないダメージをもたらす

ウィズリィの言葉は実現可能なのかもしれない
なのかもしれないが、それをする理由がみのりにはないのだ。

ブレモンの世界に入り、実生活に縛られることなく冒険を満喫していた
それはあくまで【楽しみ】であり、【命をかける】程のものではない
だがここから先は文字通り命をかけることになる

画面の外から眺め操作するゲームではないという事は何度も実感したが、現実の死がすぐ隣に居合わせる戦いに足を踏み入れる覚悟などできはしない
そしてそれ以上に……スペルを次々とプレイしタイラントのバフを解除していくウィズリィの横顔を眺めるみのりの目は酷く冷めたものになっていた


そんなみのりを余所に話は進んでいく
なゆたの号令により真一にバフを載せ、一点集中突破を計るという
やる気みなぎる高校生二人に、少し呆れを含んだ笑みと共に小さく息を吐きスマホを取り出した

「しゃぁあらへんわぁねえ。これで一撃位は耐えられるやろうし、おきばりやすえ」
そういいながら二枚目の囮の藁人形(スケープゴートルーレット)をプレイ
現れた5体の藁人形を真一の体に張り付けていく。

この藁人形は対象の身代わりとなって攻撃を受け、内一体は累積ダメージを反射する
とはいえ、タイラントの攻撃力を見れば明らかに許容量を超えており、身代わり5体合わせても真一への致命ダメージは避けられないだろう
文字通り焼け石に水、気休め、ではあるが、みのりにとってはそれでもかまわないのだ
真一に藁人形を張り付ける事で、ひそかに「来春の種籾(リボーンシード)をかける目晦ましなのだから

致命ダメージを負ってもHP1残して復活できる
デッキに複数入れられない貴重なスペルであるが、「即死さえしなければ」回復スペルを飛ばし回収する事もできるのだから

「太陽の恵み(テルテルツルシ)、いるなら使いますえ?」
準備の終えた真一に声をかけるみのり
真一の言葉に応じ、それを実行した

タイラントの顔近くに眩い光球が出現し、目晦ましになり、そしてフィールドは火属性に変化する
それと共に真一がグラドを回復させ宙を舞う
後は真一に全てを託し、乾坤一擲の攻撃を見守るのみ……などというつもりはさらさらありはしない。

真一を送り出した直後、タイラントの拳圧に吹き飛ばされたなゆた
そしてタイラントを打つべくバフ解除をしたウィズリと距離を取り、明神とシメジの近くに場所を移すのであった

######################

最初に声をかけたのはシメジに
「シメジちゃんさっきは嫌なところ触れてしもうてカンニンな〜
お詫びにこれ、受け取ったってえな」

シメジのスマホにカードトレードで送られたのは「慈悲の糸(カンタダスリング)」
それはダンジョンから脱出するためのカードであり、どの階層に居てもダンジョン入口へと戻る事ができる
ただし使用者本人のみのに適用される

「真ちゃんが失敗したらそれで一足先に出るとええよ
うちも拾えるだけ拾って逃げるつもりやけど、シメジちゃんまで拾えるかわからひんからねえ」

そう、みのりは真一の成功に全てを賭けるつもりなどありはしない
最初見たベルゼブブ戦で受けた最低評価からは随分と上昇しているものの、この死と隣り合わせの戦いにあっては当然失敗した時の策を張り巡らしておくもの

「色々お薬仕入れてたみたいやけど、この状況やとそっちの方が使い勝手がええやろうから」
そう小さなささやきを付け加えるみのりの手に握られるスマホは、いつも使っているスマホと同じ機種ではあるが赤色と、色違いになっている事に気づくだろうか?

231五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2018/04/29(日) 20:58:46
シメジにカードを渡した後、明神側により今度こそ真一の戦いに目を……向けてはいるが意識は向いていない
隣の明神に聞こえる程度の声でつぶやくのだ

「ほれにしても、どうしてタイラントがこのタイミングで蘇って、何をもってうちらを敵として認識したんやろうかねえ
光の世界アルフヘイムと、闇の世界ニヴルヘイムという対立軸で、アルフヘイム側で守護神的なタイラントがさっきまで居たニヴルヘイムのバルログには反応せぇへんかったのに
ゲームの強制イベントならともかく、ここの【世界】での敵と味方の基準が謎やねぇ」

そもそも、みのりはタイラントを敵として認識するのに疑問を抱いていた。
なぜ、今、このタイミングでタイラントが起動したのか?
ガンダラのドワーフと魔術師が作り出した、超大型アイアンゴーレムであり、アルフヘイムの戦力である
ドワーフの通行手形で動きを止めたことからもそれは間違いないだろう

二ヴヘイムのバルログと戦っていた自分たちと敵対する理由がないのだ、本来は
唐突に攻撃を加えた真一から戦闘を始めたと言えばそれまでだが、起動のタイミング、攻撃、どれも附に落ちない
タイラントがガンダラを壊滅させる理由も見当たらない
そして脱出できるタイミングで留まらせタイラントを倒すように促したウィズリィにも不信感を抱いているのだ

ウィズリィ自身は単純にガンダラを守るため、という動機かもしれない
だが、その後ろに繋がるアルフヘイムの王の思惑は?
そもそも自分たちを召喚した理由……なし崩しになっていた疑念が一気にみのりの中で芽吹いていた。

#############################

幸いなことに真一の攻撃はタイラントのコアを貫く事に成功
崩れ落ちる巨体に見合う大きな振動
だがその振動は更に大きくなりやがて10階層全体が崩れ落ちんとし始めた

明神に促され脱出ポータルを踏み、視界は暗転
次に視界が開けた時には太陽が降り注ぐ鉱山の麓であった

「あ〜〜お日様が気持ちええわ〜
真ちゃんお疲れ様〜なゆちゃんもよう頑張ったねえ、吹き飛ばされたみたいやったけど怪我はあらへんようでよかったわ〜
真ちゃん信じて全部託すとか、女っぷりが良かったよー」

今回の戦いでシメジやウィズリィをイシュタルの身体に咥えこみ守ったこと
そしてなゆたがぽよりんをクッションにしたことはのちにみのりの戦闘に変化をもたらすのだがそれはまた後日のお話し

二人を労うみのりの手に握られているスマホは元の緑になっていた。
皆が喜び合う中、その背中に哀愁を漂わせるのは明神であった
それもそうだろう、渇望しようやく手に入れた強力モンスターを回復もできぬまま繰り出し死なせてしまったのだから

ところで、この世界でパートナーモンスターが死んだらそうなるのだろうか?
一定時間使えないだけで復活する?
復活させる手段がある?
デスペナルティがあれども復活させられる?
それとも……
それを今の明神に聞くのは酷というものだろう

「明神のお兄さん、バルログは残念やったねえ、でもおかげで助かったわぁ〜
ポータルが崩れへんかっのもお兄さんのおかげやろしねえ
そういえば前ベルゼバブ捕獲しようとしてたやろ?
これはうちからのお見舞いやし、どうぞやえ〜」

カードトレードによって明神に転送されたカード
それは【負界の腐肉喰らい】
かつて一度だけガチャの特賞として出されたある意味幻のカード
育てればそれはベルゼバブに進化する!

しかしそれ自体は戦闘力を一切持たず腐肉を与え続けなければならない
腐肉は一度に1個ずつしか与えられず、アンチマクロコードが仕込まれており自動餌やりもできず、膨大な量の腐肉を一つずつタップしては移動なりしてアンチマクロを解除しなければいけない
もはやベルゼバブに進化させる前にプレイヤーが廃人(物理)になるとまで言われたカードであった

嫌がらせかずれたお見舞いか
みのり本人は実に良い事をしたという風情で晴れ晴れとした表情を浮かべているのであった。

【タイラント撃破もウィズリィに不信感
殊勲の明神にベルゼバブ(幼生)をプレゼント】

232佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/05/13(日) 02:17:01

>「『形態変化・硬化(メタモルフォシス・ハード)』――プレイ!」

震える脚で立っているメルトが、かろうじでタイラントの砲撃を逸らした直後。
なゆたが取った戦略は――――『支援強化(バフ)』であった。
当然、と言えば当然だろう。
タイラントの様な強大な敵に対して、素のステータスだけで挑むという事はありえない。
ボス級エネミー攻略の基本は、バフを絶やさず、どれだけ重ねられるかと言うのが重要な要素であるのだから。

(けれど、ここで真一さんに強化を掛けるなんて……奇策にしても博打が過ぎるのではないでしょうか。先程、手痛く敗北したばかりだ

というのに)

ただ一つ、メルトにとって意外であったのは……その相手がパートナーモンスターではなく、真一だった事。
勿論、これまでの事から、真一にバフを掛ける選択肢自体はメルトも想定していた。
だが、ポヨリンを軸として高度な戦術を使いこなす……恐らくは熟練者であろうなゆたが、今ここでその選択肢を選ぶとは想定していな

かったのである。

それは何故かといえば……メルトにとって真一の評価は左程高く無いからだ。

攻撃力が高いのは認める。グラドと連携した時の制圧力に目を見張るモノがあるのも事実だ。度胸や精神力も並はずれているのだろう。
けれど、彼は先に戦力の詳細が不明であるタイラントに特攻を掛け、その結果としてグラドと言う強力な戦力を失っているのである。
『パーティによる戦闘は、連携が命』
メルトは、集団戦というものを寄生を行っていた時のくらいでしか体験していないが、それでも集団戦に重要な物を知識では理解してい

る。

盾役が崩れれば、戦線は一気に崩壊する。
支援、回復役がヘイト管理と優先順位を間違えれば、全滅はまぬがれない。
攻撃役にプレイヤースキルが無ければ、相手を倒す事は叶わない。

数人の集団が、一つの生命体であるかの様に緻密な連携を取る事で、初めて自身達より強大な敵と対峙出来るようになるのが集団戦だ。
であるというのに、独断で先走り戦力を潰してしまった真一。
彼に対して、メルトの評価が下がってしまったのはある意味仕方ないと言えよう。

――――けれどそれは、あくまでメルトの視点での話だ。
僅か数日の付き合いと、マニュアルに基づいた偏見によって下された評価でしかない。


>「グラちゃんの仇。取りたいでしょ? ……いやグラちゃん死んでないけど。
>真ちゃん、まだ『限界突破(オーバードライブ)温存してたわよね? 今すぐ自分に使って。 
>みんなももし使えるスペルカードがあるなら、真ちゃんのバフに使ってあげて! お願い!」

長年の時を共に過ごしてきたなゆたという少女には、メルトの様な暗い思いは無いようである。
……いや、仮にあったとしても、それを上回る感情を持っているのだろう。
それは即ち――信頼。生きる中で積み重ねてきた、欺瞞などを凌駕する感情。

「……何ですか、ソレ」

なゆたの迷いのない態度。自分では決して持ち得ぬ者を持つ少女に対し、メルトは自分でも驚く程に冷たい声を出していた。
そんなメルトと対照的に、真一を信頼している彼女の言葉に感化されるように、メルト以外の者達が真一へとバフを重ねていく。

>「黎明の剣(トワイライトエッジ)、プレイ。キツイの一発、ぶちかましてこい!」
>「しゃぁあらへんわぁねえ。これで一撃位は耐えられるやろうし、おきばりやすえ」

明神のスペルが真一の攻撃力を倍増させ、みのりのスキルが真一に命綱を張る。
レイドボスとの戦闘におけるセオリーとは違う。だが、確かな連携の元に場が整えられていく。

「私は……」

その流れに飲まれる様に、メルトはとあるスペルカードを使用しようとし……しかし、ハッと我に返ったように別のカードの起動を宣言

する。

233佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/05/13(日) 02:17:32
「……ユニットカード【戦場跡地】を使用します」

先にゴーレム相手に使用した、産廃カード。
起動したカードにより、タイラントの足元の大地から炎属性のオールドスケルトンが沸き、タイラントの巨体へと纏わりつき始める。
無論、脆弱なオールドスケルトン達はタイラントに何らダメージを与える事は出来ない。
だが、人間とて足元から虫が這いあがってくれば不快に思うものだ。真一が攻撃を成功させる為の一瞬の隙を作るくらいには役に立つだ

ろう。

(危なかったです。私は何を考えていたんでしょうか……他のカードはまだしも、『このスペル』だけは見せてはいけないというのに)

メルトが握るスマートフォンの画面に写るのは、「勇者の軌跡」のスペルカード。
この世界において……いや、元の世界においても、開発陣を除いて、恐らくメルトだけが持っているカード。
産廃カードで揃えられたメルトの手札における、唯一の切り札にして――致命のアキレス腱。

>「シメジちゃんさっきは嫌なところ触れてしもうてカンニンな〜お詫びにこれ、受け取ったってえな」

そんなカードを使用しなかった事に煩悶しているメルトに話しかけ来たのは、みのり。

「……気にしてません。……ですが、先ほどの事を笑うなら私のいない所でしてくださると助かります」

彼女は、先程メルトの顔の疵を見てしまった事への謝罪をし、お詫びにと脱出の為に有意なカードを差し出してきた。
そんな彼女に対して、メルトは気にしていないと言うが……視線がみのりから逸らされており、カードを受け取るてが震えている事から
言葉が虚勢であり、警戒を解いていない事は容易く見抜かれてしまうであろう。
そして、その状況のうえでみのりは言葉を続ける。

>「色々お薬仕入れてたみたいやけど、この状況やとそっちの方が使い勝手がええやろうから」
「っ!?」

メルトがガンダラで行った悪質行為を見抜いたかの様な―――いや、行った事を確信している言葉。
それは、メルトにとって言葉に詰まる程の驚愕であった。
無意識に、みのりが指摘した『ゲーム上でプレイヤーが使用できない、名前だけが存在するイベントアイテム』である【狂化狂集剤(スタンピート・ドラッグ)】が収納されているスマートフォンを強く握りしめる程に。
反射的にみのりから二歩分距離を取ったメルトは、しかし刃向う事も出来ず

「……あなたの事、嫌いです」

そう言って明神の背中に隠れてみのりの視線から逃れる事しかできなかった。


>「――サンキュー、皆。もう一度、行ってくる」

そんな中。眼前では、なゆたと明神、みのりの支援強化を受けた真一が、覚悟を決めた表情……少年ではない、男の表情でタイラントへと向かって行く。

――――――

234佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/05/13(日) 02:17:57
>「その指環が! きっと、わたしたちの道を切り拓く! 闇を払う光になる、はず――!!」

>「――今だ、〈火炎推進(アフターバーナー)〉!!」
>「ブチ抜けぇぇぇぇ――――――――――ッ!!!!」


そして、指輪が輝き、一陣の光の矢と化した真一は――――タイラントの心臓部(コア)を穿ち抜いた。

数秒の後に、地鳴りと共に倒れ込んでいくタイラントのアイセンサーからは光が失われ、確かに機能停止した事を伝えている。

>「スペルの強化効果か――そりゃレアアイテムになるわあんなもん」

「す……ごいです!やりました!本当にやりました!」

倒れて動かないタイラントの巨体。
真一の成し遂げた偉業を目にしたメルトは、語彙も少なく、珍しく上気した顔で勝利を喜んでいる。
予想以上であったローウェルの指輪の効果への驚愕と、成功率が低いと思っていなかった、タイラントへの即死攻撃の成功。
それらへの思考が混じり合い、思わず子供の様に感情が漏れてしまったのであろう。
……だが、喜んでいる時間は無い。ただでさえ、タイラントとの戦闘で脆くなっていた岩盤が崩れ始めたのである。

>「倒せたのか……!リザルトを確認してる場合じゃねえな、今度こそポータルから脱出するぞ!」
「え、あ……ですが、ドロップアイテムとか素材の回収……」

悪質プレイヤーらしく素材への執着を見せたメルトであるが、流石に素材よりは命の方が大事であったのだろう。
未練がましくタイラントとポータルの間で何度か視線を往復させた後、出口へと向けて走り出した。

>「バルログ、戻れ……!」
>「戻れ……!クソッ、戻れ!」

「あのっ……明神さん。新しいのを捕獲するなら、出来る限りお手伝いしますし、もしもお墓を作るならお手伝いしますから」

その道中、スマートフォンでアンサモンによるバルログの回収を行おうとしていた明神の背中に、メルトは申し訳なさそうにそう声をか

ける。
強大な敵を前にして、自身の脱出をふいにしてまで、メルト達を助ける為に戻ってきた心優しい明神の事だ。
捕獲したばかりであるとはいえ、パートナーであるバルログをロストしてしまった事に心を痛めているのだろう。
そう考えたメルトは、命を助けられたと言う思いも有り、珍しくも彼女なりに明神へと気遣いを見せたのである。

そして、そんなやりとりの果てに彼女はポータルへと辿り着き……試掘洞を抜け出したのであった。

―――――

235佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/05/13(日) 02:20:27
―――――

>「ここは……鉱山の麓か。山を降りる手間は省けたな、はは」
>「あ〜〜お日様が気持ちええわ〜
>真ちゃんお疲れ様〜なゆちゃんもよう頑張ったねえ、吹き飛ばされたみたいやったけど怪我はあらへんようでよかったわ〜
>真ちゃん信じて全部託すとか、女っぷりが良かったよー」

「眩しっ……うう、太陽の光が久しぶり過ぎて、溶けそうな感じがします」

脱出した試作坑の空は、入った時とは違い突き抜けるような蒼天であった。
数日ぶりに見た、どこまでも透き通る空の青さと太陽の光に、坑道探索で疲れ切っていたメルトはめまいを覚えて地面に座り込んでしまう。
マルグリットが、なにやら良い声で詩的な言葉を紡いでいるが、それを聞き取る余裕も無い。
取り出したカロリーブロックを口にして体力の回復に努め、暫くの間呆けた様にしていたが……

>「戻ろう、ガンダラに。そこのイケメンには聞かなきゃならないことが沢山ある。
>三日ぶりにまともな寝床と食事にありつけるぜ。……マスターも、待ってるだろうしな」

「泥だらけなので水浴びくらいはしたい所ですが……鉱山の井戸って凄く危険な予感がします。
 道中で浄化(クリア)系のコモンスペルが売ってたら良いんですが」

明神の言葉に反応する様に、フラフラと立ち上がると、ガンダラへと向けて歩き始めようとし、

>「明神のお兄さん、バルログは残念やったねえ、でもおかげで助かったわぁ〜
>ポータルが崩れへんかっのもお兄さんのおかげやろしねえ
>そういえば前ベルゼバブ捕獲しようとしてたやろ?
>これはうちからのお見舞いやし、どうぞやえ〜」

(……あれ?みのりさんのスマートフォンは、あの機種だったでしょうか)

だが、ふと小さな疑問を覚えて立ち止まる。
明神に話しかけるみのりが手に持つスマートフォンが、タイラントとの戦闘の最中で見た物と違う気がしたメルトは、彼女の手元に視線を向けかけ……やめた。
どうにも、坑道内でのやりとりの結果、みのりに苦手意識を抱いてしまったらしい。
その代わりに、真一となゆたの方へとスマートフォンを向けて口を開く

「あの……良ければ、スペルカード【生存戦略(タクティクス)】を使いますが。
 お二人とも、戦闘中一番危険なところに居ましたので……あ、良ければですので、勿論、お嫌でしたら使いませんが」

それは、今回、最前線に立ち続けた――――即ち借りを作り過ぎた二人に、多少なり利益を還元しようという気遣いと、
ここで気を使っておけば、いざという時に見捨てられる可能性が減るかもしれないという打算が交じったの言葉。

何にせよ、二人の回答いかんでメルトはスペルを使用し、今度こそ本当にガンダラへと向かう事だろう。

236崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/05/14(月) 20:28:05
緋色の閃光となって空を翔ける、真一とグラド。
人竜一体の突撃が、あたかも神の如き暴威を振り撒くタイラントの弱点を狙い過たず穿つ瞬間を、なゆたは見た。
それまで炯々と光を放っていたタイラントのアイセンサーが消え、巨体がぐらり……と傾ぐ。
比肩する者など存在せぬとばかりに振舞っていた暴君は、自らの指先にも満たない大きさの存在に心臓を打ち砕かれ、撃破された。

>「す……ごいです!やりました!本当にやりました!」

メルトが快哉を叫ぶ。
ゆっくり身を起こしながら、なゆたもまた右手をぐっと握りしめて勝利に笑みを浮かべた。

「おお……、おお……! あれなる真紅の姿、あれはまさしく古より語り継がれし伝説の『紅玉の竜騎兵(ルビードラグーン)』……!
 まさに我が賢師の予言は真実であった! 事ここに至り、わが痴愚なる脳髄も漸う憑信の階梯に至った!
 御身らこそ、まことの神の御手! まことの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に他なりますまい――!」

マルグリットがいつもの難解な言い回しで熱っぽく告げる。
ドワーフの創造した巨大破壊兵器を、豆粒のような人間とモンスターのパーティーが打ち破ったのだ。
それは、この世界の住人からしてみれば到底信じがたい、驚天動地の光景に違いない。
確証なんて、何もなかった。これをこうすれば勝てる、なんて戦術は存在しなかった。
理論も、戦略も、保障も、なにひとつなかった。
あるのはただ、甚だ効果の不確かな指環がひとつきり――
けれど。


絶対に、勝つと思っていた。


メルトの考える、信頼。長年傍にいた者だけが持ち得る確信。
それがなゆたの心を突き動かした。
真一はなゆたの期待を裏切るような男ではない。
幼稚園の発表会のときも。小学校の運動会のときも。剣道の全国大会のときも。
彼はいつだって、どんなときだって、なゆたや周囲の期待に応え続けてきたのだ。
彼がやると言った。力を貸せと言った。
……ならば。
自分はそれをするだけ。真一の願いを叶えるために、自分の期待と信頼を知らしめるために、全力を尽くすだけだ。

戦闘は終わった。パーティーは賭けに勝った。
だが、それは同時にこのダンジョンの崩壊を意味してもいた。
むろん、こんなイベントはなゆたの記憶にはない。
タイラントの再起動といい、自分たちの知らないブレイブ&モンスターズが進行しつつある――という認識を新たにする。

>「倒せたのか……!リザルトを確認してる場合じゃねえな、今度こそポータルから脱出するぞ!」

明神が叫ぶ。なゆたはポヨリンを伴い、慌ててパーティーに合流した。
タイラントが倒れた衝撃で天井が崩落し、地鳴りと共に大小の岩が降ってくる。
せっかく戦闘に勝利したというのに、落石で死んだとあっては元も子もない。幸い、ポータルはまだ生きている。
この中に飛び込めば、正真正銘クエストクリアというわけだ。
真一とグラドが落石を身軽に避けながら飛翔しているのが見える。
一刻の猶予もないというのに中々こちらに戻ってこないのは、タイラントを撃破した余韻をふたりで味わっているからだろうか。
真一とグラドの間にある、確かな絆。それを感じて、なゆたは微かに笑った。
彼らは放っておいても戻ってくるだろう。ならば、こちらは自分の身の安全の確保に専念すべきだ。

「いくよ、ポヨリン!」
『ぽよっ!』

すぐ傍でポヨリンが嬉しそうに跳ねる。ポヨリンも今回は奥の手のゴッドポヨリンになり、活躍の場を得た。
宿に戻ったら、その身を労わって一緒にお風呂に入り、綺麗に洗ってあげよう――そんなことを考える。
しかし、そんなとき。

>「バルログ、戻れ……!」

明神の悲痛な声が聞こえた。

237崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/05/14(月) 20:33:29
>「戻れ……!クソッ、戻れ!」

明神が何度も何度もスマホの液晶をタップする様子を、なゆたは眉を下げて見遣った。
誰が見ても、バルログは死亡している。あのタイラントに上半身と下半身を真っ二つにされたのだ、当然と言えるだろう。
ゲームのブレモンでは、パートナーは例え死んだとしても教会などで復活させることができる。
しかし、自分たちの今いるアルフヘイムは、ゲームのそれとは似て非なる世界。
ならば――

――死ぬと、復活できないんだ。

当たり前といえば、あまりに当たり前の事実に、なゆたは今更ながらに戦慄した。
今までは、何となくゲームの延長線上のノリで行動している部分が多かった。例え負傷したり、最悪死んでも何とかなるだろうと。
だが、そうではなかった。この世界での死、それはゲームの死なんかではない。
現実世界と何も変わらない、本当の死――。
バルログはそれを教えてくれた。今後は慎重の上に慎重を重ね、安全を確保することを第一に考えて行動しなければならない。

>「あのっ……明神さん。新しいのを捕獲するなら、出来る限りお手伝いしますし、もしもお墓を作るならお手伝いしますから」

メルトが傷心しているであろう明神に気遣わしげに声をかけている。
不謹慎な話だが、今回のクエストにおいてMVPは誰かといえば、それは紛れもなく明神だろう。
もし、明神が自分の保身だけを考え、パーティーに手を貸すことを考えなかったら。バルログを捨て駒にして時間を稼がなかったら。
自分たちは今頃、全員タイラントに葬り去られていたに違いない。
せっかくゲットしたレイドモンスター、バルログを捕獲直後に喪った明神の落胆は、察するに余りある。
となれば、メルトのように明神のため新しいモンスターを捕獲するというのは至極当然のなりゆきであろう。
明神はバルログを捕獲した際、『これで貸し借りはナシ』と言った。
よって、本来は今現在パーティーが明神のために骨を折る義理も義務もない。
とはいえパーティーの強化は図りたいし、何より明神がバルログを喪ったのは仲間たちを助けるためだ。
借りを返すためにも、自分たちは積極的に新たなレイドモンスター狩りを明神に提案しなければならない。
……はず、だったが。

「…………」

なゆたは、バルログの代わりに新しいモンスターを捕まえよう――という言葉を、明神に告げることができなかった。
なゆたが明神に対して言えたのは、

「……ありがとう、明神さん」

という、短い感謝の言葉だけだった。
明神とバルログがマスターとパートナーの関係にあったのは、ごくごく短い時間でしかなかったけれど。
それでも、ふたりの間には絆めいたものがあったのだろうと、なゆたは思う。
真一とグラドのように。自分とポヨリンのように。

『……ぽよ……?』

ポヨリンが不思議そうになゆたを見上げる。
プレイヤーの中には、パートナーモンスターを純粋な戦力、持ち駒としか見做さない者もいる。
いや、そう考える者の方が多いだろう。実際、真一やなゆたのように一体のモンスターに執着する方が少数派に違いない。
従って、なゆたのそんな考えも明神にとっては見当違いの、余計な気遣いでしかないのかもしれない。
けれども、やはり。
なゆたにはどうしても、明神にかける言葉が見つけられなかった。
万が一、自分が明神の立場だったとして。ポヨリンにもしものことがあったとしても。
『死んだから、じゃあ次を見つけよう』なんて。そんな気分には、とてもなれそうになかったから――。

「……なんでもないよ、ポヨリン。……なんでもない」

踵を返すと、なゆたは迷いなくポータルを踏んだ。

238崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/05/14(月) 20:35:55
「ぅ……」

三日ぶりの、燦々と輝く太陽。その光の眩しさに、右手で額に庇を作って目を眇める。
次に気が付いたとき、一行はクエストに潜った試掘洞がある鉱山の麓にいた。
ポータルはきちんと仕事をしたということだ。しかし、崩落が起こってしまった今となってはもう二度と行けまい。
あの場所は古の暴君の墓所として、岩と瓦礫に埋もれてしまった。
ガチ勢としてはタイラントのドロップアイテムなどを微細に調査したいところだったが、已むを得まい。
命あっての物種、というやつだ。

>「ここは……鉱山の麓か。山を降りる手間は省けたな、はは」

>「あ〜〜お日様が気持ちええわ〜
>真ちゃんお疲れ様〜なゆちゃんもよう頑張ったねえ、吹き飛ばされたみたいやったけど怪我はあらへんようでよかったわ〜
>真ちゃん信じて全部託すとか、女っぷりが良かったよー」

>「眩しっ……うう、太陽の光が久しぶり過ぎて、溶けそうな感じがします」

「あはは……ありがとうございます、みのりさん。でも……わたしは何もしてないです、むしろ失敗しちゃったくらいで。
 バルログでイベントは終わりだろうって、頭から信じ込んで。その後が控えてる可能性を全然考えなかった。
 だからバルログで奥の手を見せて、みんなを危険にさらしてしまった……。
 奥の手を見せるときは、さらなる奥の手を用意しておく――なんて。戦術の初歩の初歩なのに」

眉を下げ、ぱたぱたと両手を振って謙遜する。
実際にそうだ。なゆたの見通しの甘さが、パーティーの危機を招いてしまった。
今回のクエストは反省することばかりである。今後はもっと周到に策を巡らせなければ、先へ進めまい。
真一と一緒に、五体満足で元の世界へ戻るためにも。

>「明神のお兄さん、バルログは残念やったねえ、でもおかげで助かったわぁ〜
>ポータルが崩れへんかっのもお兄さんのおかげやろしねえ
>そういえば前ベルゼバブ捕獲しようとしてたやろ?
>これはうちからのお見舞いやし、どうぞやえ〜」

みのりが明神に何やらモンスターを渡している。
バルログを喪った明神は、いったいどんな反応をするだろうか。
やはり、なゆたは何も言わなかった。否、言えなかった。
ただ、よく馴れた犬のように足許にすりすりと身を擦り寄せるポヨリンを抱き上げ、ぎゅっと胸に抱擁するだけである。

>「あの……良ければ、スペルカード【生存戦略(タクティクス)】を使いますが。
>お二人とも、戦闘中一番危険なところに居ましたので……あ、良ければですので、勿論、お嫌でしたら使いませんが」

不意に、メルトがそんなことを提案してくる。
突撃隊長として徹頭徹尾戦い続けたのは真一であって、なゆた自身は大したことをした覚えはなかったのだが。
それでも、肉体は思いのほか疲労していたらしい。安全が確保されたと思うや否や、どっと身体が重くなってきた。

「う、うん……。お言葉に甘えちゃおうかな……。
 ごめんね、しめちゃん。あなたを守ろうと思ってたのに、わたしも結局突っ走っちゃって……」

スペルを使ってもらい、疲労回復しながら、困ったように笑う。
今回のクエスト、MVPは明神だと思うが、時点はこの少女であろう。
産廃カードをよくもあそこまで有効に使うものだ。その発想力には脱帽としか言いようがない。
このまま成長したのなら、きっと凄腕のプレイヤーになる――そう確信する。
……彼女が垢BAN上等の悪質プレイヤーだとは、やはり露とも気付いていないなゆたであった。

239崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/05/14(月) 20:41:43
「♪太古の眠りより目覚めし赤鋼(あかがね)の巨人 神の似姿より放たれるは 万象を灼き穿つ憤怒の雷光――
  其を撃ち斃せしは異界よりの使者 その名も猛き五人の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』――
  闇の暴威に慄える者よ 今ぞ蒼穹を視よ 紅き光輝放ち翔くる『紅玉の竜騎兵(ルビードラグーン)』の雄姿其処に在り
  御名を讃えよ 彼等の御名を その名も猛き五人の『異邦の魔物使い(ブレイブ)』――」

マルグリットが何やら妙な節をつけ、即興で作った恥ずかしい歌を歌っている。やたら声がいいのが逆にイラっと来る。

>「戻ろう、ガンダラに。そこのイケメンには聞かなきゃならないことが沢山ある。
>三日ぶりにまともな寝床と食事にありつけるぜ。……マスターも、待ってるだろうしな」

そんなマルグリットになゆたと同じくイラッとしたのか定かではないが、明神がそんなことを言う。
マルグリットは歌を中断すると、しっかり頷いた。

「無論。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の申し出とあらば、このマルグリットに否やはない。
 この脳髄に納められし智慧の幾許かでも、御身らのお役に立てるのであれば喜んで。我が賢師もそれをお望みのはず」
 
今後の方針は決まった。
宿に戻り、お風呂に入って汗を流し、美味しいごはんを食べ、ベッドで思うさま寝た後で、マルグリットの話を聞く。
ただ、その前に。やらなければならないことがある。

「さて。大切なことは沢山あるけれど、みんな。その前に――何よりも先にすることがある。でしょ?」

全員を呼び止めると、なゆたは徐に一度咳払いをした。

「試掘洞の地下10階に到達して、レイドボスを倒した。
 マルグリットと合流して、ローウェルの指環も手に入れた。石も魔法列車の燃料に使ってお釣りがくるくらい貰えた。
 その上出てきたタイラントまでやっつけられたし、何より――全員無事で帰ってこられた!
 ってことで……クエスト、クリアー! みんな、お疲れさまーっ!!」

元気よくそう宣言すると、なゆたは両腕を大きく上げてバンザイしてみせた。
と同時、ウィズリィを除く全員のスマホから同時にやたら豪華なファンファーレが鳴り響く。
難易度SS級のクエストをクリアしたときにのみ聴くことができる、専用のファンファーレだ。
これで、本当にガンダラのミッションはおしまいということなのだろう。

「……真ちゃん、お疲れさま。
 ちゃんと、勝てたね。勝てるって信じてた。真ちゃんならやれるって。
 ……かっこよかったよ」

すす、と真一の隣に寄り添うと、なゆたは真一の顔を見てそう告げた。
呟くように言って、真一の着ている竜騎士の鎧の端を軽くつまむ。

「絶対に、一緒に元の世界に戻ろう。
 わたしと真ちゃんなら、絶対帰れる。例え、ニヴルヘイムの魔王が立ち塞がったって。ゲームに登場しないボスが立ち塞がったって。
 必ずやっつけられるって――わたし、信じてる……から」

なゆたは照れ臭そうに、仄かに笑う。
それからぱっと手を離すと、たった三日だけの不在だったのに早くも懐かしく感じる『魔銀の兎娘(ミスリルバニー)亭』へ駆けていった。


【MISSION CLEAR!】

240赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/05/21(月) 02:08:26
タイラントのコアを撃ち抜いた音は、真一とグラドの背を追って、後方から聞こえてきた。
人と竜が一体となって敢行した、音の速度さえも超えた突撃。
剣を握る両手に残った衝撃が、その威力の程と、それが齎した結果を雄弁に語っている。

>「バルログ、戻れ……!」

>「戻れ……!クソッ、戻れ!」

次いで真一の耳に届いたのは、地面に倒れ伏せるバルログに対し、尚も懸命に呼びかける明神の悲痛な叫びだった。
スマホでステータスを見る余裕は無かったが、あのバルログがタイラントによって胴体を引き裂かれるシーンは、真一も確かに目撃していた。
確認するまでもなく――バルログの命は既に喪われてしまったのだろう。

もしも、自分が同様にグラドを喪ったら、一体どんな心境になるのだろうか。
明神とバルログには、ほんの一時の繋がりしかなかったが、あの二人は間違いなくパートナーだった。
自分たちを救ってくれた仲間の死を弔い、真一は両眼を閉じて、僅かばかりの黙祷を捧げた。

「――っと、あんまりモタモタしてる時間はないみたいだな。
 洞窟が崩れるぞ。脱出だ、グラド!!」

そして、すぐに再び瞳を開いた真一は、グラドの背を叩いて指示を出す。

見ればタイラントが倒れた際の衝撃によって、地下十階層の天井が崩落を始めており、この場所も長くは保ちそうにない。
真一は仲間たちが全員脱出したのを見届けた後、もう一度だけ洞窟の中に眠るバルログとタイラントを一瞥し、グラドと共に脱出ポータルへ飛び込んだ。

* * *

洞窟の外に出て、三日ぶりに浴びる太陽の光。
燦々と降り注ぐ日差しの眩しさに、真一は目を眇めつつ、左手で顔を覆う。

『キュウー……』

真一の隣に寄り添っていたグラドも、同様に目を伏せながら、か細い鳴き声をあげていた。
スペルの効果で体力を回復したとはいえ、やはりタイラントとの死闘は、流石のレッドドラゴンにも応えたのだろう。
グラドの姿は、心なしかいつもより弱っているように感じられた。

「……ああ、本当にありがとうな、相棒。
 この世界に来てから、お前には何度も助けられてばっかだ。今日はゆっくり休んでくれ」

真一はグラドを抱き締めて感謝の言葉を告げた後、〈召喚解除(アンサモン)〉のボタンをタップし、今度こそグラドをスマホの中に戻す。
グラドはレッドドラゴン――韻竜と呼ばれる希少な古代種の末裔ではあるものの、今はまだ幼生なのだ。
人間で例えたら小学生くらいの年齢だろうし、そんな幼い体でありながら、我が身を呈して真一を救い、あのタイラントに対してさえ一歩も臆することなく戦ってくれた。
相棒が奮い起こした勇気には、あらためて感謝してもしきれないような思いだった。

241赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/05/21(月) 02:10:25
>「ここは……鉱山の麓か。山を降りる手間は省けたな、はは」

そして、真一は力なく笑う明神の元へ歩み寄り、バツが悪そうに頬を掻きながら頭を下げる。

「今回ばかりは、アンタとバルログに助けられたよ。
 バルログは……俺の無茶のせいで死なせちまったようなもんだ。
 俺たちを助けてくれてありがとう。……あと、ごめん!」

何とも不器用で、目上に対する礼儀を知らない真一らしい言葉ではあるが、その想いは明神に伝わっただろうか。
恐る恐る目を上げてみるものの、明神の横顔からは、彼の真意を読み取ることはできなかった。

>「あ〜〜お日様が気持ちええわ〜
真ちゃんお疲れ様〜なゆちゃんもよう頑張ったねえ、吹き飛ばされたみたいやったけど怪我はあらへんようでよかったわ〜
真ちゃん信じて全部託すとか、女っぷりが良かったよー」

「みのりも、力を貸してくれてありがとうな。
 最後に付けて貰った藁人形がなかったら、タイラントに突っ込んだ時の反動で死んでたかもしれねえ」

あんな戦いを終えた後だというのに、相変わらずふわふわした調子のみのりにも、真一は感謝の言葉を述べる。
タンクという縁の下の力持ち的な立ち位置ではあるが、彼女の的確なサポートがなければ、恐らく今回のクエストも成功することはできなかっただろう。

>「あの……良ければ、スペルカード【生存戦略(タクティクス)】を使いますが。
 お二人とも、戦闘中一番危険なところに居ましたので……あ、良ければですので、勿論、お嫌でしたら使いませんが」

「ん、サンキュー……貰っとくよ
 しめ子も、あんなデカブツ相手によく頑張ったな。お前の機転のおかげで助かったぜ」

すると、戦闘で疲労していた真一となゆたの元にメルトが現れ、回復スペルの使用を提案してくれる。
彼女の気遣いは遠慮なく貰っておくことにして、生存戦略の魔法効果を受けると、疲れ切っていた肉体に力が戻ってくるのを感じられた。

>「……真ちゃん、お疲れさま。
 ちゃんと、勝てたね。勝てるって信じてた。真ちゃんならやれるって。
 ……かっこよかったよ」

>「絶対に、一緒に元の世界に戻ろう。
 わたしと真ちゃんなら、絶対帰れる。例え、ニヴルヘイムの魔王が立ち塞がったって。ゲームに登場しないボスが立ち塞がったって。
 必ずやっつけられるって――わたし、信じてる……から」

先程までクエストクリアを大いに喜んでいたなゆたは、真一に寄り添ってそんなことを囁く。

「バーカ、俺を誰だと思ってるんだ?
 俺が今まで、お前との約束を一度でも破ったことがあったかよ。
 だから……今回も約束するぜ。俺とお前だけじゃない。明神も、みのりも、しめ子も――全員揃って、必ず元の世界に帰ろう」

真一はなゆたの頭を軽く叩きながら、ニッと笑ってそう答えた。
心と体が疲労しきっている中、無理矢理浮かべた作り笑いのような笑顔であったかもしれないが、彼女にちゃんと勇気を与えることはできただろうか。

「さあ、とにかく街に戻ろうぜ!
 マルグリットから色々と話も聞かなきゃいけねーし、今日は『魔銀の兎娘(ミスリルバニー)亭』で二次会だ。
 あのオカマのマスターも、きっとまた美味い飯と酒を用意してくれるだろうさ」

そして、真一はポンと手を打って全員に呼びかける。
その提案に異議があるわけもなく、仲間たちは軽い足取りで山道を駆け下り、街への帰路を急ぐのであった。


――と、そこで不意に、どこか遠くを見据えているようなウィズリィの姿が目に入った。
真一たちのような異世界の住人とは違い、ただ一人の現地人。魔女術の少女族。
如何にも大団円的な雰囲気の中で、彼女だけが何か別のことに思いを馳せているような様子が目に留まり、真一も先程まで忘れかけていた感覚を思い出す。
……実を言うと、真一も何故か、心の底からクエストクリアを喜べていなかった。
その原因は、恐らくタイラントと戦っている時にフラッシュバックした、奇妙な“記憶”なのだろう
他の仲間たちには黙っていたが、あの光景は決して夢でも幻でもなく、確かに自分の脳裏に刻み込まれている。

困難なクエストを達成し、強敵も倒すことができ、素直に喜んで良い筈のムードの中。
何かが、誰かが――自分の心の片隅を引っ張っているような気がして、真一はもう一度振り返り、遠くの空に視線を向けた。

242??? ◆jTxzZlBhXo:2018/05/21(月) 02:12:10
アルメリア王国領内、とある廃墟にて。

――遥か古の時代。
人と魔が誇りと名誉と、一つの聖地をかけて争った“天門戦争”と呼ばれる戦いに於いて、その廃墟は最前線を守護する要害として機能していた。
城を取り囲む高い城壁は、数え切れないほどの傷を受けて尚健在であり、跳ね橋へと続く荘厳な城門を見れば、兵士たちの活気で賑わうかつての姿が目に浮かぶようであった。
――しかし、そんな砦も今は昔。
すっかり朽ち果て、民衆からも忘れ去られたこの場所は、現在では人ならざる者たちが根城とする魔窟と化していた。

そして、その廃墟の中庭で一人、夜空を見上げながら立ち尽くす少年の姿があった。
年の頃は十代後半くらいだろうか。肩ほどまで伸びたブロンドの髪は絹のように美しく、前髪の隙間から覗く青い瞳は、切れ長で意志の強さを感じさせる。
一見すると性別が分からないほど中性的でありながら、されど彼の容貌は、世の女性が思わず振り返らずにはいられないくらい整っていた。
そんな少年が黒いローブを纏い、月明かりの下でワーグナーを口ずさむ姿は、まるで童話の一節を切り取ったかのように幻想的であった。

「また、ここに居たのか。ミハエル・シュヴァルツァー」

ふと、少年の背後から一人の男が現れて声を掛ける。

その男は、魔族だった。
体格は3メートルを優に越えるほど大柄であり、鍛え抜かれた全身には漆黒の甲冑を身に着け、同色の外套を肩から羽織っている。
彼の屈強な肉体や、そこから醸し出される威厳を見れば、男が尋常な存在でないことは一目で分かるだろう。

「ノスタルジー……とでも言えばいいのかな。この場所から空を見てると、遠い故郷を思い出すんだよ」

魔族の男からミハエルと呼ばれた少年は、口元に微笑を携えながらそう答える。

「〈悪魔の種子(デーモンシード)〉で目覚めさせたタイラントが、件の連中に討ち取られたようだ。まだ完全体ではなかったといえど……どうやら貴様の言う通り、奴らに対する認識を改める必要があるらしいな」

男が発した言葉に対し、ミハエルは特に驚いた様子もなく、ただ軽く肩をすくめて見せた。

「まあ、秘密兵器の実験は上手くいったみたいで良かったじゃないか。……彼らのところには、次は僕が行くよ。君たちもそのために、僕をこんな場所まで呼んだのだろう?」

ミハエルは人差し指でくるくると前髪を弄びながら、相変わらず子供のように邪気のない笑顔を浮かべて返答する。
そんな彼の答えに満足したのか、魔族の男は無言でミハエルの姿を一瞥すると、そのまま踵を返して立ち去ってしまった。
男の後ろ姿が消えていったのを見送り、ミハエルはわざとらしくもう一度肩をすくめた後、懐から何かを取り出す。

ミハエルの右手には“ブレイブ”と呼ばれる少年たちと同じく――“魔法の板”が握られていた。


この廃墟から望む夜空には、二つの天体が浮かんでいる。

一つは、まるで鮮血で染まったかのように、紅い燐光を放つ月。
そしてもう一つは、蒼い輝きで空を満たす――水の惑星。


第二章「古の守護者」





【第二章完結!
 このまま次章の冒頭文を投下しますので、もう少々お待ちください】

243赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/05/25(金) 07:01:52
とある日の夜、真一は夢を見た。

夢の中の真一は、見渡す限り灰色の大地の上で、ただ一人立ち尽くしていた。
周囲に建ち並んでいた筈のビルや家屋――無数の建造物は、その全てが瓦礫となって崩れ落ち、荒れ果てた地面の上には、雑草さえも茂らない。
青く澄み切っていた筈の空は、どこまでも続く煙のような雲に覆われ、灰白色で染められていた。
まるで、世界の終わりみたいな――と、形容すればいいのだろうか。
そんな景色の中に一人、真一だけが取り残され、当てもなく立ち尽くすばかりだった。

――いや、彼の隣にもう一人、誰かの姿があることに気付く。
それは、銀の髪を持つ少女だった。

年齢は恐らく、真一と同じくらいだろう。
背まで伸びた長いシルバーブロンドは、一切の痛みもなく珠のような輝きを帯びており、双眸は湖みたいに青く透き通っていた。
彼女は今にも泣き出しそうな表情で――しかし、それでも固く誓った決意の色を瞳に宿して、真一に向き直る。

「わたしは、これからわたし自身の存在の消失と引き換えに、一度だけこの歴史を過去に戻します。
 だから、どうか……どうかお願いします。今度は必ず、わたしたちと、あなたたちの世界を護ってください」

そう告げながら、瞳の中に涙を溜める彼女を見て、真一は咄嗟に何か言わなければという思いに駆られる。
しかし、夢の中の真一の口からは、言葉を発することができなかった。

「……それと、もう一つ。
 わたしは過去からも未来からも消えてしまうけれど、あなただけは……少しでもわたしのことを憶えていてくれたら嬉しいです」

少女の瞳の端から、溜め込んだ涙が零れ落ちる。
それと同時に、少女はどこか照れくさそうに、はにかんで笑ってみせた。
真一が彼女の笑顔を見たのは、それが最後だった。

「……ありがとう。さよなら、シンイチ」

少女は振り返り、懐から取り出した銀の短剣で、自分の左手に十字の切れ目を入れる。
傷から血が溢れるその手を天へと掲げ、高らかに詠唱を捧げた。


「――銀の魔術師の名に於いて。
 召喚(サモン)――――〈機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)〉!!」


そして、灰色の空が二つに裂け、そこから一筋の光条が降り注ぐ。

――その瞬間、真一の意識は途切れ、暗い闇の中へと落ちていった。

244赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/05/25(金) 07:04:10
「…………夢、か」

『ガタン――』と、魔法機関車が揺れて、真一は浅い眠りから目を覚ました。
窓辺から外を見渡してみると、東の空には既に朝日が昇っている。
真一たちがマルグリットと別れてガンダラを発ち、翌日の朝が来たのであった。

――ふと、真一は自分の目元に涙の跡が残っているのに気付き、慌てて手の甲で拭う。

今さっきまで長い夢を見ていたような気がするのだが、その内容はもう殆ど記憶から消えてしまっていた。
残っているのは、自分の胸を刺す確かな悲しみと、夢の中で出会った一人の少女。
何となくだけれど、憶えている。彼女の名前は、確か――

「――――“シャーロット”」

真一がポツリとその名前を呟いた直後、傍らに置かれた伝声管から、何者かの声が聞こえてきた。
声の主は、魔法機関車の車掌――ブリキの兵隊のボノであった。

『……皆様、お目覚めでしょうカ?
 間もなク、次ノ目的地に到着しまス。宜しけれバ、御降車の準備をお願い致しまス』

相変わらず微妙に片言なのは気になるが、ともあれ今回は特にトラブルもなく、目的地に着くことができたようだ。
窓から身を乗り出して前方を眺めると、そこにはぼんやりと、海辺に面した大都市のシルエットが見えてきた。
アルメリア王国随一の貿易都市にして港湾都市。水の都“リバティウム”である。


――数日前、第十九試掘洞での戦いを終えた真一たちは、『魔銀の兎娘(ミスリルバニー)亭』に戻って一夜を過ごした。

そこで明神の帰還を大袈裟に喜ぶマスターとすったもんだあったのは割愛するが、ともあれその晩は大いに飲み食いをしつつ、マルグリットから情報を聞き出すことに成功する。
曰く、現在アルフヘイムは“侵食”と呼ばれる未知の現象に見舞われ、以前までは確認されたこともなかったモンスターが多数現れたり、有り得ない規模の災害が街を襲ったり、或いは使い方も分からないような機械や武器が海岸に流れ着いたり――など、世界各地で様々な異変が発生しているらしい。
そして、マルグリットの師である大賢者ローウェルは、数年前から侵食の発生を予知していて、それに備えて密かに準備を進めていたということ。
また、時を同じくして“ブレイブ”と呼ばれる来訪者が現れることも前々から予言しており、マルグリットはガンダラで彼らに指輪を手渡すよう指示を受け、あの場所までやって来ていたようであった。

更にマルグリットはローウェルからブレイブたちに対する言伝を、もう一つ授かっていた。
その内容は、水の都と称される大都市リバティウムを訪れ『人魚の泪』というレアアイテムを手に入れよ、との指令だった。
また、マルグリットから話を聞くのがフラグとなったのか、そのタイミングで真一たちのスマホにも、同じ内容のクエストが届く。
報酬はクリアするまで不明――というタイプのクエストだったので、すぐには飛びつかなかったものの、真一たちは協議の結果、このクエストを進めることを選択した。

これが何らかの罠である可能性も否定できないが、少なくともガンダラの一件では、ローウェルとマルグリットの協力によって助けられた。
そして、以前明神が推測していたように、やはり現時点においては、まだローウェルが生きているというのも確かな情報らしい。
この世界を襲う異変や、ブレイブの来訪を予知していた、ブレモン作中の重要人物。
ゲーム内では既にアンデッドに成り果てていた彼が、まだ存命であるのなら、右も左も分からないこの状況下では、大きな手掛かりになり得るのは間違いないだろう。
幸い魔法機関車でキングヒルに向かうならば、地理的にもリバティウムは通り道なので、ここは一先ずローウェルの指示に従った方が得策だと判断し、今日に至るのであった。

245赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/05/25(金) 07:05:16
――そして、時は現在に戻り、水の都リバティウム。

ガンダラが産業の街であったのに対し、リバティウムは商業の街だ。
リバティウム湾にできた潟の上に築かれた都市であり、街の中には縦横に運河が走っていて、ゴンドラという渡し船で運河の上を移動することもできる。
大規模な港湾を有しているという特性上、この街は古くから貿易都市として栄え、経済力ではキングヒルをも上回るナンバーワンの都市へと発展を遂げた。
ゲーム内ではリバティウムでしか手に入らない各地の名産品や、レアモンスターの卵なども購入することができ、また作中で唯一の“カジノ”を持つ街でもあるため、ミニゲームとしてギャンブル遊びができるという点も、プレイヤーにとっては周知の情報だろう。

真一はスマホで地図を開きつつ、ついでに充分なクリスタルが残っていることも確認する。

ちなみに前回の報酬のクリスタルは、各々に1000個ずつ振り分け、残りは魔法機関車の動力として活用した。
以前、動力分のクリスタルが盗まれたかもしれないとの疑惑もあったので、今度はボノも管理に充分気を付けると念を押している。
また、ローウェルの指輪は今まで通り真一が預かることになったが、タイラント戦で使ってからは一時的に魔力を失ってしまったようで、現在は使用不可の状態になっていた。

「――さあ、皆。もうすぐ到着みたいだぜ! 出発の準備だ!!」

そして、真一は勢いよく座席を立ち、夢うつつの仲間たちに声を掛ける。
先程見たかもしれない夢は、未だ真一の胸中に引っ掛かっていたが、とにかく今は一旦忘れることにして、今回のクエストに集中しようと決意していた。

水の都を舞台とする、第三の冒険の始まりであった。



【第三章開始!】

246明神 ◆9EasXbvg42:2018/05/30(水) 19:43:43
ポータルから次々と地上へ帰還してきた連中が、お互いの健闘を称え合うその輪の中に、俺は参加する気になれなかった。
そういう陽キャみたいなノリおじさんついてけねーよ……クエスト終わったら無言解散が基本やぞ。
PTチャットなんてもんはな、定型文の「よろ」「おつ」だけで意思疎通できて然るべきなんだよ。

>「明神のお兄さん、バルログは残念やったねえ、でもおかげで助かったわぁ〜
 ポータルが崩れへんかっのもお兄さんのおかげやろしねえ

隅っこの方でぼっ立ちしてた俺に、なゆたちゃんと話してた石油王がススっと近寄ってきた。
なんでこいつ足音しねーの?舞妓はんみてーなスキル持ってんな……

>「そういえば前ベルゼバブ捕獲しようとしてたやろ?これはうちからのお見舞いやし、どうぞやえ〜」

石油王がスマホを手繰り、俺のスマホも同時に震える。
画面に映し出されたのはトレード表示。先方から送り込まれたカードは――

「おまっ……これっ……お前……!!」

スマホを二度見する。
何度見ても、そこに表示されてるのは金枠のレジェンド級レアカードだった。
レアカード自慢に溢れるSNSでもお目にかかったことのないガチのマジで希少なカードだ。

――『負界の腐肉喰らい』。
それ単一ではスライム以下の基礎ステータスしか持たない雑魚の蛆虫だが、こいつは一つ特殊な性質を有している。
レベルとは別に管理されてる成長度をMAXまで上げると、蛆虫は蛹となり、羽化と共に進化する。
進化形態は……レイド級モンスター、ベルゼバブ。
そう、この蛆虫はレイド級へと成長する可能性を秘めたスゴイ蛆虫なのだ!

こいつはむかーしに一度だけやった限定ガチャの特賞になってたカード。
消費者庁が出てくるレベルのしっぶい排出率のせいで、実際に入手できたプレイヤーは殆どいなかったはずだ。
YouTuber共がこぞってガチャに挑んで爆死する配信ゲラゲラ笑いながら見てた覚えあるもん俺。
マジかよ……石油王半端ねえな。ブレモンの運営こいつに足向けて寝らんねーぞ。

「えっマジで貰っていいのこれ……?もう貰ったかんな?返せって言われても返さねーよ!?」

石油王はなんかすげえやり遂げた顔で俺を見ている。
わはは!マジかよ!バルログがベルゼバブに化けたぜ!やっぱ良いことってするもんですね!
やったぜ。俺は小躍りしそうになるのを大人の余裕で押さえつけて、石油王に礼を言った。
気に入ったぜ。この先俺がお前らを裏切るときはおめーだけは最後まで残しといてやるよ。

>「無論。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の申し出とあらば、このマルグリットに否やはない。
 この脳髄に納められし智慧の幾許かでも、御身らのお役に立てるのであれば喜んで。我が賢師もそれをお望みのはず」

イケメンのまだるっこしい喋り方も今なら許せる気がする。
いや許せねーわ。おめー次わけわからん歌うたいやがったらその口に雑巾味のパン突っ込むかんな。

>「さて。大切なことは沢山あるけれど、みんな。その前に――何よりも先にすることがある。でしょ?」

マルグリットの妄言に引率のなゆた先生は鷹揚に頷くと、俺達を顧みて言う。

>ってことで……クエスト、クリアー! みんな、お疲れさまーっ!!」

なゆたちゃんはそう朗らかに宣言して、諸手を挙げて万歳した。
やっぱついてけねーよ陽キャのノリ!でも俺空気読めるから一応片腕挙げとくね!
同時にスマホからファンファーレが響く。ローウェルの指環にまつわるクエストは、これで終わりってことなんだろう。

どこに元気を残してたのか真っ先にガンダラ目掛けて駆けていくなゆたちゃんを追って、俺達は帰り道を行く。
誰にも知られることのない、だけど確かに俺達が護った世界へと。



247明神 ◆9EasXbvg42:2018/05/30(水) 19:44:15
その夜、俺は酒場の隅っこで一人でグラスを傾けていた。
3日ぶりの俺達の帰還を大歓迎したマスターは腕によりをかけてご馳走をつくってくれて、俺達は久々のまともな食事を堪能した。
大宴会はガンダラの鉱夫たちを巻き込んで夜まで続き、月がてっぺんに登ってようやく静かになった。
真ちゃんはまたぞろ泥酔してマル公と一緒に床で寝てるし、女連中も流石に疲れたのか今はもう部屋に引っこんでる。
今この酒場で動いてるのは、時計の針と俺だけだ。

今回のクエストは、まぁ結果オーライってところだろう。
バルログは確かに惜しかったが、レイド級なんぞより命のほうがよっぽど大事だ。生き残れただけでも御の字と言える。
何より、他の連中に恩を売れたってのがでけえ。奴らは俺が他人を見捨てられなかったお人好しだと思ってんだろうな。

ククク……甘ぇ、甘ぇぜ。俺がそんな善良な人間に見えたか?全部打算でやってんだよ俺はよ。
脳筋の真ちゃんはもとより、PTの実権を握るなゆたちゃんも、これで俺を信用せざるを得ない。
仮に俺が何の担保もなくローウェルの指環を貸せっつっても、バルログの件を引き合いに出しゃ断れねえはずだ。
連中を出し抜いて、俺が報酬を総取りする……そーゆーことも今後はやりやすくなるだろう。

それに、思わぬところで得られたものもあった。
石油王から貰った『負界の腐肉喰らい』は、RMTで売りさばきゃ三桁万円は下らない価値のあるレアカードだ。
もとの世界に戻ったら速攻業者に売っぱらって小遣いにしてやるぜ。

ほら、こうして見るとバルログ全然惜しくねーじゃん。
死んだ甲斐があったっつーか、むしろ先行投資として十分に機能してると言える。
流石は俺氏、先見の明があるわ。いやまじで、あの時真ちゃん見捨てずにバルログ放り込んで正解だったな!

「……明神ちゃん、なにか辛いことがあったのね?」

ふと顔を上げると、すぐ傍に『魔銀の兎娘亭』のマスターの顔があった。
うおお、びっくりしたぁ!アップでフェードインしてくんじゃねえよ自分のツラ考えろや!
酒場の裏で洗い物をしていたはずのマスターは、いつの間にか戻ってきて心配そうに俺を見ている。

「……なんもねーよ。なんだよ急に」

「試掘洞からマルグリットを連れて戻ってきたってことは、目的は果たせたんでしょう?
 なのに明神ちゃん、今すっごく暗い顔してるわ」

「ツラが辛気くせえのは元からだよ」

もういいだろ、俺は一人でチビチビ呑みてえんだよ。浸りたいの。わかる?
なんか全然寝れねえしさ、こういうときはお酒の力借りて脳味噌寝かしつけるに限る。
わかったら放っといてくれ。なんで対面に座ってんだよオッサン、どっか行けよ!

「駄目よ、ここはアタシの店。この店の席に座ったら、誰であろうと必ず笑顔になってもらうわ。
 たとえどんなに辛くても。たとえ……何を喪っていても」

「……あんた、知ってんのか?試掘洞で何があったのか。真ちゃんからでも聞いたのかよ」

「いいえ、何も知らないわ。でもね、長年この仕事してるとわかっちゃうものなのよ。
 お客たちが何に心を痛めて、どんな傷を癒やすのにお酒を求めているのか。
 だからね明神ちゃん、あなたが何を喪ったのかアタシは知らないけど……その傷を、一緒に塞ぎましょう」

「酒場のマスターが人生相談かよ」

「そんな御大層なものなんかじゃないわ。でもね、お酒は傷の消毒にも使えるの。
 ……心の傷だって、きっとお酒で洗えるはずよ。アタシはそう信じて、この店をやってきた」

248明神 ◆9EasXbvg42:2018/05/30(水) 19:44:33
俺は鼻で笑ってグラスの中身を呑み下した。
へっ馬鹿馬鹿しい、シーマンじゃあるめぇし、NPC相手にお悩み相談なんかできっかよ。
なんかフワっとした良い感じのこと言いやがって、余計なお世話なんだよ。
だけど、一理あることは確かだった。呑み下してきたものを、ゲロの代わりに吐き出したかった。

「つくづく損だよなぁ、大人ってのはよ」

タイラント相手に生き残れた。ガキ共に恩を売れた。石油王からレアカードを貰えた。
――そんな『よかった探し』を、俺はずっと続けてる。
その程度のことで犠牲に釣り合うわけもねーのに。俺にとって、バルログはその程度の存在なんかじゃなかったはずだ。

初めて手にしたレイド級。
苦労と死闘の果てにゲットした、俺のパートナー。
どんな風にステータスをビルドして、どんなスキルを覚えさせて、手持ちのスペルとどう組み合わせようとか。
いろんなことをあれこれ考えて、計画を立てる作業は自分でもびっくりするくらい心が躍った。

だから、バルログがあの穴蔵の底で死んじまったときは涙が出そうなくらい後悔したし、
タイラント相手に無策で突っ込んでった真ちゃんには心底腹が立った。

だけど……真ちゃんは俺に頭を下げて詫びた。なゆたちゃんは俺に礼を言った。
俺は大人だから、詫びられれば許さなきゃならない。礼を言われれば応えなきゃならない。
大人がいつまでもウジウジ言ってんのは、めちゃくちゃカッコ悪いからな。

でも全然割り切れねーや。俺ってもっとドライな人間だと思ってたんだけどな。
比類なきクソコテと名高きうんちぶりぶり大明神も、結局はただのゲーマーだったらしい。

じゃあ真ちゃんぶん殴って指環奪えば溜飲が下がるのかっつったら、それも多分、違う。
タイラントとの戦いは……正直言って、楽しかったからだ。

世界を護るとかいうでっけえ大義を掲げて、仲間の力を合わせて強大な敵に立ち向かう。
そういう至極まっとうなゲームとしての楽しさを、俺は感じていた。
クソゲーだと信じて疑わなかったブレモンを、思いっきり楽しんじまったのだ。

だから一晩、一杯の酒でこの後悔を洗い流せれば、俺はそれで良い。
今後のことは今後、適当に考えていこう。
俺はグラスの中身をもう一度呷って、腹の裡に溜まった熱を吐き出した。

「カッコつけ過ぎちまったかなぁ……」

マスターは頬杖突きながら俺に微笑みかけて言った。

「明神ちゃんがカッコつけたんだもの、ちゃんとカッコ良いわよ」

かくして、大人の夜は静かに更けていった。



249明神 ◆9EasXbvg42:2018/05/30(水) 19:45:23
>『……皆様、お目覚めでしょうカ?間もなク、次ノ目的地に到着しまス。宜しけれバ、御降車の準備をお願い致しまス』

列車の客室の隅っこで蛆虫にエサをやっていた俺は、車掌さんの声に顔を上げた。
いつの間に夜が明けたのか、窓からは柔らかい日の光が射し込んでる。
何やら寝言をつぶやいてた真ちゃんが、欠伸涙を拭いながらむっくと起き上がった。

「うお、もう朝か……結局まともに寝られなかったな」

社畜の朝は早い。まぁ俺は全然朝遅い方なんだけど、俺は珍しく日の昇る前から起きていた。
何故かっつーと、赤ん坊の世話に忙しくておちおち寝れられなかったからだ。

石油王から貰い受けた『負界の腐肉喰らい』。
エサをやり続けることで成長し、やがてはレイド級へと進化するっつー触れ込みのレアモンスターだが、
問題のエサやりがアホみてーに大変だった。

エサが腐肉ってのはまだ良い。
アンデッド系を倒せば文字通り腐るほどドロップするコモンアイテムだから、インベントリの在庫は潤沢だ。
ただその腐肉を食わせる頻度がめちゃくちゃ多いんだよ!

満腹度のゲージが異常に短くて、腐肉を食わせてMAXまで上げてもすぐに0になっちまう。
ゲージが0のまま放置してるともの凄い勢いでダメージ受けて蛆虫が死んじまうから、間断なくエサをやり続けなきゃならない。
今は多少成長レベルが上がってゲージも伸びたけど、ここまで育てるのに殆どつきっきりで世話する羽目になった。
乳幼児を育てるお母さんの気持ちが少しだけわかった気がするぜ。
子育ての体験を通して命の尊さを学べるブレモンはやっぱ神ゲーですわ(皮肉)。

「石油王っ!石油王こいつ育てんのすげえ大変なんだけど!このままじゃ俺お母さんになっちまうよ!」

とんでもねぇクソカード寄越しやがったなあの女!
そら誰も持ってねーし誰も自慢しねえわけだわ!
レイド級がほしけりゃ荒野に出向いて野生のベルゼバブ捕まえたほうが万倍楽だもんよ!

『グフォフォォォ……!』

「おーよしよしお腹空きまちたね?だいしゅきな腐肉はここにありまちゅよぉ〜」

赤ん坊と言うにはあまりに野太い咆哮を上げる手のひらサイズの蛆虫に、俺は腐肉を齧らせる。
満腹になったらしき蛆虫は、上機嫌で俺の指に頭(?)を擦り付けた。
ポヨリンさんがよくなゆたちゃんにやってる動きだけど、蛆虫がやるとすげえ禍々しい絵面だ……。
俺は蛆虫を肩に乗っけて、バキバキになった背筋を伸ばしながら窓辺に立った。

「うおおお……海だ……」

窓を開けると風と一緒に潮の匂いが鼻に飛び込んで来る。
海岸沿いを走る線路の先には、沢山の船が行き来するでっかい港町があった。

250明神 ◆9EasXbvg42:2018/05/30(水) 19:45:42
――水の都リバティウム。
ガンダラから王都へ向かう鉄道の中継地点であり、俺たちの次なる目的地だ。
試掘洞から脱出したあと、マルグリットを経由して新たな指示がローウェルのクソジジイから下った。
リバティウムで『人魚の泪』なるアイテムを取ってこいとかいうおつかいクエストだ。

何他人を顎で使ってんだあのジジイ。いや面識ねーけど、ゲームの方じゃ故人だけど!
そもそもジジイかどうかも不明だしな。アンデッドのローウェルってどういう見た目だったの?

「人魚の泪ねぇ……聞いたことねぇアイテムだ。またぞろ高難度クエストの報酬とかじゃねーだろうな。
 なゆたちゃんは知ってるか?レイド勢なら聞いたことくらいはあるんじゃないか」

指環と違って名前からどういうものかまったく推測が出来ねえ。
宝石とかアクセサリかもしれないし、そのまま聖水みたく瓶詰めされたセイレーンの涙の可能性だってある。
人魚と言えばその肉を食うと不老不死になれるって伝説が有名だが、泪もそういう霊薬の類か?
このあたりのアイテム情報は、むしろアルフヘイムの原住民、ウィズリィちゃんのが詳しいかもしれない。

「……ま、タイラントとかいう化け物を見ちまったんだ。今さら未実装のアイテムが出たって驚きゃしねーよ。
 ただ、俺たちの知識がまるで頼りにならなくなっちまったっつーのは怖えところだな」

人魚の泪が"ただのレアアイテム"ならどうとでもやりようはある。
ソシャゲ攻略のキモは強力なアイテムを入手できるコンテンツをいかに効率よく周回するかだ。
最速入手の方法は廃人共が真っ先に調べ上げて共有する情報だし、俺たちもその恩恵に与れる。

だが、ゲームに存在しない、"この"アルフヘイムに固有のアイテムとなると話は途端に厄介になる。
街で聞ける雑多な情報から手掛かりを集め、ダンジョンを攻略し、ボスを倒す。
その過程を一から自分たちだけの力でやっていかなきゃならないのだ。

廃人共が踏み荒らした轍を辿るのではなく。
ふかふかの新雪に自分の足跡を残しながら、道なき道を手探りで進んでいく。
それはWiki情報に脳死で従うソシャゲ脳の俺にとってこの上なく怖い道程で。
――たぶん、めちゃくちゃ楽しいだろう。

>「――さあ、皆。もうすぐ到着みたいだぜ! 出発の準備だ!!」

新たな冒険の予感にテンション上がった真ちゃんが俺たちを促す。
甚だ遺憾ながら、まったくの同感だった。



251明神 ◆9EasXbvg42:2018/05/30(水) 19:46:32
クリスタルを燃やした煙を上げて停車した列車から、いの一番に飛び出す真ちゃんの後を追って俺も地面と再会する。
磯くせぇ空気を胸いっぱいに吸い込んで、目の前に広がる大都市の光景を余すとこなく目に収めた。
肩の上で蛆虫が嗅ぎ慣れない匂いにぶるりと震えたので、俺は腐肉を食わせて頭をなでてやる。

水の都リバティウムは、海路の要衝にもなってるアルメリア随一の交易都市だ。
ひっきりなしに港に出入りする船には大陸の各地とやりとりする物資が山積みで、その中には他じゃ手に入らないものもある。
ゲーム中でプレイヤーが訪れることのできない未実装の地域も、そこで採れるアイテムだけは実装されてたりするのだ。
国内のあらゆる物資が集積するという都合上、交易の拠点としてここに定住するプレイヤーも多い。

「見てみろよ、海めちゃくちゃ青くて透き通ってるぜ。あっちにはサンゴ礁まである。
 俺こっちに来る前は名古屋に住んでたんだけどよ、あそこの海はマジで汚ぇからなぁ……。
 こういう潜れるくらい綺麗な海って初めて見たよ。桟橋から泳いでる魚が見えるってヤバくね?」

照りつける陽光を受けてきらきら輝いてる水面は、宝石みてーに美しい。
もうこれが人魚の泪でいいじゃん。この目に映る景色が一番の宝物とかそういうそれっぽいまとめでさぁ。
港に入っていく船を目で追いながら振り仰げば、街の方には真っ白い漆喰で出来た無数の建物が広がってる。
俺こういうのディスカバリーチャンネルで見たことある!

そういや、他の連中ってどこの出身なんだろうな。
ブレモンはグローバル対応だけど、名前からして日本人じゃないってこたぁあるまい。
石油王は喋り方からして関西の人間っぽい。あとはわかんね。もっと方言出してこ。

「まずは腹ごしらえと行こうぜ。こういう地中海っぽい街のメシは旨いって相場が決まってる」

リバティウムで買える食料アイテムってどんなんがあったかな……。
船底貝とベストマトのパエリアとか、干し魚のスープとか、ワイルドボアの生ハムとかだな。
内陸のガンダラと違って新鮮な魚介類が大量にあるから、食事も魚系が中心になるんだろう。

陸側の入門管理所を兼ねた駅で手続きを済ませた俺たちは、リバティウムの門をくぐる。
しかしまぁ、身元不明もいいとこの俺たち異世界人が、ずいぶんとすんなり通して貰えたな。
手続きはウィズリィちゃんに任せたけど、管理所の衛兵たちが直立不動で敬礼してる。
王様の権威ってすげー。

さて、成り行きで来ることになったリバティウムだが、プレイヤーにとっても重要な施設の多い街だ。
アルメリア全土に跨る鉄道の分岐点であり、いくつかある離島への出発点。
クエストを受注する冒険者ギルドに、プレイヤー間取引が可能な交易所。
何より――アルフヘイムにただ一つだけしかない、カジノ。

「情報収集はギルドか酒場に行くとして、カジノも洗っといたほうがいいかもな。
 ローウェルがわざわざリバティウムを指定してきたってことは、リバティウム独自の要素が関係してる公算が高い。
 リバティウムと言えばカジノだろ。案外カジノの景品になってたりするかもな」

シナリオの攻略に、モンスターのコレクション、高難易度レイドまで、様々な遊び方のできるブレモンだが、
おそらく最も横道に逸れた要素と言えるのがカジノだ。

ポーカー、スロット、ビリヤードにバカラにルーレット。無駄に作り込まれたミニゲームに没頭するプレイヤーは多い。
聞くところによると『カジノガチ勢』の中には、カジノで得たアイテムをRMTして生計を立ててる馬鹿もいるらしい。
金策と言うにはあまりにも不確定要素と先行投資が大きすぎて、俺はあんまりギャンブルは齧っちゃいないけど。

252明神 ◆9EasXbvg42:2018/05/30(水) 19:47:09
「幸いにも俺たちは、路銀に余裕がある。軍資金は十分ってわけだ。
 なにか有力な情報が聞けるかもしれないしな、どうだ、一勝負いってみないか」

決してカジノで遊びたいわけではない。決して。
流石に世界の命運のかかった旅でさぁ?せっかくリバティウム来たからってカジノの籠もるのはねぇ?
良くない、良くないとは思うんだけど、レアアイテムの情報をゲットするなら仕方ないよね?

「石油王」

綺麗に磨かれた石畳の道を踏みながら、俺はリバティウムを散策する流れで石油王の傍に寄った。

「真一君となゆたちゃん、しっかり見といてやってくれ。試掘洞のタイラントの件と言い、今のアルフヘイムはどうにもキナ臭い。
 情報探しも大事だが、プレイヤーのアドバンテージが失われた以上、これまでより慎重に動かなきゃならなくなった。
 なにかあったとき、高校生連中を止められるのはおそらくあんただけだ」

あの穴蔵の底でタイラントと対峙したとき、石油王が零した言葉が妙に頭に残ってる。

――>『ほれにしても、どうしてタイラントがこのタイミングで蘇って、何をもってうちらを敵として認識したんやろうかねえ』

アルフヘイムの守護者であるタイラントが、なぜアルフヘイム側に召喚された俺たちを襲ったのか。
目覚めたばっかで敵味方の判別プログラムが働いてなかったとか、王様に謁見して初めて俺たちがアルフヘイムの所属になるとか、
そういうシステム的な不具合だったならまだ良い。

考えうる最悪の可能性は、俺たち……というかアルフヘイムと敵対する何者かが、タイラントのプログラムを弄ってた場合だ。
アルフヘイムを滅ぼさんとする第三者がいて、タイラントの裏で糸を引いていたとしたら、こいつはかなりまずい。
タイラントをぶっ倒してすべてが解決したわけじゃなくて、この先も似たようなことが起こり得るってことだからだ。

正直言って、石油王の示唆した可能性に俺は思い至れなかった。
あの土壇場でそんなことを考える余裕なんてなかったからな。
おそらく俺たちの中で唯一、石油王だけがタイラントの「その先」を見据えていた。
どういう肝の座り方してんだこいつ……。

「……まぁ、ただちに影響はないって可能性もあるけどな。警戒はしとくにこしたこたぁない。
 大興奮して走ってくワンちゃん二匹を、例の赤い紐で繋ぎ止めるくらいの気で居りゃいい。
 俺は拘束スペルもってねーからよ」

石油王にひらひらと手を振って、俺は彼女から離れる。
冷静で思慮深いこいつには、今のところ注意喚起程度で十分だろう。
今度は、集団の後ろにくっついてるしめじちゃんの方へと寄る。

「しめじちゃん、俺はガンダラで君が言ったこと、覚えてるぜ」

バルログの死骸に必死にアンサモンをかける俺の背中に、しめじちゃんは声をかけた。

>「あのっ……明神さん。新しいのを捕獲するなら、出来る限りお手伝いしますし、もしもお墓を作るならお手伝いしますから」

それは単なる気休めの安請け合いだったのかも知れない。
でも言質とっちゃったからね。お手伝いしてもらいますよ。
俺は他の連中に聞こえないよう声を潜めて、前方から視線を逸らさずに言った。

「捕獲の手伝いは要らない。墓づくりもだ。それよりも頼みたいことがある。
 この先、俺が君に助けを求めたら……一度だけで良い。誰よりも俺を優先してくれ。
 真ちゃんでもなゆたちゃんでも石油王でも、ウィズリィちゃんでもなく、俺のためだけに君の力を使って欲しい。
 まぁ分かると思うがこいつは邪悪な誘いだ。俺の邪悪に、一度だけ加担してくれ」

今後、俺たちのパーティがどんな道程を辿るかは分からない。
ただ一つ決まってるのは、俺とこいつらの間には貸し借りはなく、従って共闘する理由ももうないってことだけだ。

こいつらと一緒にアルフヘイムを旅するのは、それなりに楽しい。
眼の前で死なれたらたぶんキツいだろうし、試掘洞と同じように、俺はこいつらを助けるだろう。
だけど、それとこれとは別問題で、俺は俺の利益を最優先して動きたい。
ローウェルの指環は奪い損ねちまったが、人魚の泪を独占できるならそれをしない理由はない。

たとえ、同じ釜のメシを食った奴らを裏切ることになろうとも。
レアアイテムの奪い合いは、プレイヤーの宿命だ。


【腹ごしらえとカジノ行きを提案】

253五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2018/06/01(金) 22:13:28
>『……皆様、お目覚めでしょうカ?間もなク、次ノ目的地に到着しまス。宜しけれバ、御降車の準備をお願い致しまス』
でん生還から車内に響くボノのアナウンスに冒険者たちは目を覚まし、降車の準備を整える

「はぁ〜い、もう着いたんやね〜」
真一と明神が乗る男性陣の車両に隣の車両から入ってきたみのりはベッドに寝そべったまま
そう、ベッドごと移動してきたのだ
「ふふふ、こっちに来てからすっかりお寝坊さんになってもぉたわぁ〜」
起き上がることなくやってきたみのりだが、シーツをめくればベッドにしているのが自身のパートナーモンスタースケアクロウのイシュタルである。

イシュタルの能力の一つに『長男豚の作品(イミテーションズ)』というものがある
体積は増えないものの、藁を組み替え編み直すことで形を変える事ができる機能であり、それを利用して移動ベッドとして寝そべったままの移動を可能にしたのだ。

とはいえ、みのりが身に纏うのは深い紫に星をあしらったかのような装飾の施された『宵闇のドレス』
しっかりとリバティウムのカジノを照準に身支度を整えていた
「うふふ〜イベントリのコスチュームを自分で着る日が来るとは思わへんかったわ〜」

そんな上機嫌なみのりに明神が負界の腐肉喰らいに餌を与えながら吠える
手のひらサイズの蛆虫に腐肉を与え続ける姿は悍ましものがあるが、その先に辿り着くのがレイド級モンスターベルゼブブならば見え方も違ってくる
とはいえ、みのりは驚きの表情を隠さず素直に驚いていた
「明神のお兄さん、早速使ってくれたんやねえ
やっぱりカードは使ってなんぼやし、うち嬉しいわ〜」

そういったん喜びの声を上げながらも

「ほやけど、もう使ってもうたんやねえ
うちも育てたことあらへんから詳しくは知らへんけど、最初の駅で戦った成体は自動車位の大きさあったやろ?
今は手のひらサイズやけど、これからおおきゅうなるし、それだけ一杯食べさせなあかへんやろうし
カジノのドレスコードにも引っ掛かってきそうやけど、早速育て始めてびっくりやわ〜
ええパパさんやられてはるようやし、ベルゼブブ目指しておきばりやす〜」

エールなのか貶めているのか
微妙なところではあるが屈託のない笑顔を明神に送り、リバティウムに降り立った。

入門手続きを済ませ、リバティウムに入り、まずは食事、そしてカジノへという流れに
既にドレスアップも済ませカジノに行く気満々なみのりであったが、ここにきてその顔色は冴えないものになっていた。
食事の際も飲み物とツマミ程度のものを頼んだだけで、ほとんど口に運ぼうとしない。
そのことを尋ねられれば困ったような笑みを浮かべ
「うち山育ちのせいか、船があかんのよねえ。
車や飛行機や列車は平気やけど船酔いが酷くって。
リバティウムの交通手段ってゴンドラがメインやん?
ゲームなら画面タップだけやけど、実際にゴンドラにのるとなるとちょっとねぇ……」

と応えるだろう

「ほれにしてもローウェルはんもいけずなお方やねえ
事前に判ってるなら、わかりにくいヒント残して右往左往させへんで、手ぇまわして用意してくれておいてくれればええのになぁ」
などと苦笑を浮かべる

冗談めかして言っているが、みのりがブレモンの世界に来てから引っかかっている事の核心でもある
誰がこの世界に呼び寄せたのか
王の真意
事前にわかっていながらガンダラではなくバルログの待ち構える第10層でマルグリットと合流させた意味
そしてタイラントの起動

どれも府に落ちない事ばかりなのだから

食事も一通り終わるのを見計らい、みのりは「囮の藁人形(スケープゴートルーレット)」を発動させ5体の藁人形を召喚
「ここも広い町やし、はぐれた時の為の連絡手段として持っておいてや〜
頭摘まんで話すとうちの持っている藁人形に声がとどくよって
それに、護身用にもなるしな」
そういいながら藁人形を明神、ウィズリィ、しめじ、なゆたに配っていった

「ほなら色々聞き込みたいところはあるやろうけど、まずは全員でカジノにいこうやな〜
うちが大勝ちして情報収集資金出すよって、期待してえや」
と、少々強引に全員を伴いカジノに向かうのであった

254五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2018/06/01(金) 22:14:56
カジノに入り、ルーレットの前にて
メンバー全員に必勝法を知っている、と宣言して台の前に座る
みのりが座ったのはルーレットの中でもミニマムベッド10万ルピの上限なしの最高級台

みのりの賭け方は、ルーレットの赤か黒かを当てるというもの
当たれば倍返し、外れれば没収という単純なものだ
確率は二分の一

必勝法を知っているという割には勝ったり負けたりしながら、100万ルピ程の負けが積もったところでみのりが動く
「勝ったり負けたりで結局負けてきているし、ここらで逆転しますえー!」
黒に200万ルピチップを積み上げる

だが、結果は赤
200万ルビチップが没収されるが、みのりはヒートアップして
「次で全部取り返すんや!」
3倍の600万ルピをまたも黒に

だがまさかの二連続赤
「ここで引いたら女が廃るわ!大勝負行きますえー!」
明神の「もうここで引いとけ」という言葉を振り払い、更に三倍の1800万ルピを黒に
一千万越えの賭けとなると、たとえ単純な赤黒勝負であっても周囲の目を引きギャラリーが増えてくる
しかしここで親の総取り、赤でも黒でもない緑の00が出てしまう
周囲からは大きなため息が上がり、ギャラリーも散らばっていこうかというところで

「これで終わりやと思うた?」
そういいながら5400万ルピを黒に積み上げる
更にテーブルにボーイを呼び、16200万ルピのチップを用意させる。
なゆたの「これは王様からの旅費でしょ!ダメよダメ!」という悲鳴にも似た声もみのりを止められない

これは次はずれても更に3倍賭けするという無言の圧力
湧き上がる歓声と顔色の悪くなるディーラー

「ふふふ、ギャンブルを知らへん素人女が熱くなって周り見えへんくなってるとディーラーはんは思ったかもやねえ
確かにうちはギャンブルのこと知らへんけどぉ、みんなと同じくらいは確率くらいは知ってるし
あと何回ディーラーはんは赤を出し続けられるか、楽しみやわ〜」

そう、赤と黒、確率は1/2でしかないが、連続して赤が出る確率は回を重ねるごとに跳ね上がる
5回6回と続けばもはや天文学的な確率であり、もはや偶然とは思ってもらえない
しかしここまで賭け金が膨れ上がってしまえば、カジノ側の大きな損失となる
ディーラーは行くも引くもできない状況に追い込まれてしまっているのだ
明神となゆたには事前に「大きめな声で」止めるように藁人形を通じて指示しておいたのも、一芝居打つことでギャラリーを呼び寄せる効果もある


「なあ、真ちゃん、ウィズリちゃん?」
歓声の上がる中、みのりは静かに二人を名指ししにっこりと微笑んだ

255名無しさん:2018/06/01(金) 22:15:17
「うちはスリルは好きやけど、リスクとはき違えるほど阿保な女やあらへんつもりなんや
ホントは王都についてから王様に直接聞こうと思うてたんやけどな」

リバティウムに降り立った時に明神にかけられた言葉を反芻し、続ける

「ガンダラでタイラントが起動した時、真ちゃんはどうして急に攻撃したん?
タイラントはアルフヘイムの守護神やいう話なのに、ウィズリィちゃんはどうして破壊せなアカンと判断したんやろうねぇ
降りかかる火の粉を払うのに必死になって、周り身もせずに順番に戦って行ってたら、あのディーラーはんみたいに二進も三進もいかへん状況になりそうやし
善い悪いの話やのうて、自分がなぜ戦っているか理解して納得した上で動きたいよってな
ここらで状況を把握しておきたいんやわ〜」

そういい二人に順に視線をやる口調はいつも通りの緩やかであり、貌はいつも通りの笑顔ではあるが眼は笑っていなかった

というところで大きな歓声
ルーレットの球は赤に!
みのりは大勝負に負けてしまったのだがギャラリーたちはそれ以上にさらに3倍、億越えの大勝負が見られるという期待の歓声を上げたのだ。

そこへ人垣をすり抜けるように現れたウェイターがすっとシャンパンの入ったグラスを差し出してきた
「お客様、随分と熱くなっている御様子
ご友人もお困りのようですし、少々気になるお言葉もありましたので
ギャンブルを楽しんでもらうのは本意でありますが、あまり過熱しすぎると……
こちらは支配人からの差し入れでございまして、よろしければどうぞ」

「ふ〜〜ほうやねぇ。負けてばかりで周り見えへんくなってたわ〜
おおきにさん、出来れば静かなところでちょっと休みたいよし、案内してくれます?
支配人さんのお部屋とか?」

グラスを受け取りパタパタと残った手で風を自分に送るようなしぐさをし、ウェイターに言づけてから席を立つ
「VIPルームをご用意いたします」とウェイターが下がっていった
際限のない賭け方に王の旅費という言葉は色々なところの琴線に触れたのであろう

「VIPルームでカジノの偉いお人とお話出来そうやし、人魚の泪についてなんぞ聞けるかもしれへんねえ
まあ、それまでに二人の話を聞かせてほしいわ〜」
シャンパングラスを傾けながらウィズリィと真一の言葉を待つ

【船酔い属性発覚】
【金にモノを言わせてカジノ支配人との接触を試みる】
【真一とウィズリィに情報提供を求める】

256ウィズリィ ◆gIC/Su.kzg:2018/06/08(金) 22:00:41
「……」

ポータルを抜けると、そこは鉱山の麓だった。
文学的には落第点であろうこの描写が、ガンダラにおけるわたし達の旅の結末となる。

視線をめぐらせれば、シンイチやナユタ、それにミョウジン、ミノリ、シメジが各々に言葉をかけ合い、互いの苦労を労っている。
わたしもその輪に加わろうかと一歩足を踏み出しかけて……やめた。
一瞬先に進んでいたブックがこちらに戻り、物言いたげにわたしの目の前を往復する。

「……いいのよ、わたしはここで」

そう言ったわたしが立つのは、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』達が集まる位置から10歩ほど離れた場所だ。
このぐらいの距離ならば、一同の動向は概ね把握でき、逆にこちらの細かな挙動は察知されにくい。
また、彼らのうちに何らかの害意を向ける者がいても対応できる。

つまり、俯瞰者、観察者、監視者、そういった者の位置だ。

「わたしはここで、いいの」

わたしはそう言うと、安心させようとブックに笑いかける。
ブックはそれでも何か言いたげにうろうろしていたが、やがて諦めたのか、わたしの傍らに戻った。

やれやれ、この子にまで心配されるだなんて。
わたし、そんなに疲れた顔をしていたかしら。

……否定はしない。
今回の冒険は、元々数少ないわたしの冒険遍歴の中でも最上級に厳しい物だったから。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』達を鼓舞する都合上、タイラントは簡単に倒せるかのように振る舞っていたわたしだが、
実際はそんな事はない、薄氷の勝利だったことは結果を見ての通りだ。
朗々と演説を終えた後、タイラントの光線砲の充填が間に合っていたことに気付いた時は真剣に肝が冷えた。
光線を逸らすカードを展開してくれたシメジには感謝の念に堪えない。無論、それはミノリ、ミョウジン、ナユタ、シンイチにも同じだ。
わたし達は、彼らに感謝をしなければならない。ガンダラを陰ながら救ってくれた彼らに。

とはいえ、表立ってそう告げる訳にはいかない。
タイラントが再起動してガンダラを襲うところでした、などとバカ正直に公表したらパニックは必至だ。
故に、今回の事件は『王』の名の下、箝口令が敷かれることになるだろう。
彼らの戦いは誰も知る事はない。
彼ら自身と、『王』と、わたしを除いて。

「…………はぁ」

呼気を吐き出しただけなのに、どうもため息のような色彩を帯びる。
わたしはどうしたいのだろう?
『王』の使者として、使命を果たしたいのか。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の仲間として、世界を救う大冒険を繰り広げたいのか。
以前のわたしなら、前者だ、と即答していたところだろうが。
今のわたしは、数秒思考してから、やはり前者だ、と答える。
後者の選択に憧れる事がないと言えば嘘だろうが、それでも選ぶことはない。

なぜなら、わたしと彼らは、似たような魔法を扱えこそすれ、別の存在だからだ。
彼らは異邦の存在。
わたしはこの世界の住民。
ならば、完全な仲間になど、なれる道理もない。
ほら、こう言い切ってしまえば簡単な事だ。
迷う事など、何もない。

「……」

脳裏をよぎるのは、タイラントが動き出した刹那、一時視界を奪った幻。
タイラントを初めとするこの世界の軍勢が、どこか見知らぬ世界を襲う光景。
あれをわたしは、どこかで見ていた。
見ていて、嗤っていた。
嗤うわたしは、それを当然のことと受け止めていたけれど。
わたしは……。

「……いや。今考える事じゃないわね」

軽く首を振る。幻のことだけでなく、今考えなければいけない事は無数にある。
タイラントの起動原因は謎のままだし、そもそも世界を襲う“侵食”については何の手掛かりも得られていない。
マルグリットを助けた事は、通過点に過ぎない。その実感を新たにする。
わたしは、まだまだこれからも歩き続けなければいけないのだ。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』達を導く、知恵の魔女として。

> ……クエスト、クリアー! みんな、お疲れさまーっ!!」

なゆたが皆に声をかけ、ファンファーレが『異邦の魔物使い(ブレイブ)』達の魔法の板から響く。
ブックからは、何も鳴らなかった。

257ウィズリィ ◆gIC/Su.kzg:2018/06/10(日) 06:51:24
水の都リバティウム。
発展規模だけで言えば王都キングヒルに匹敵する(抜いているという説もある(要出典))、王国随一の海運都市だ。
この都市だけでしか手に入らない物品も数多く、ガンダラとはまた別種の活気で満ち溢れている場所である。

何故王都に向かっていたはずのわたし達がこの都市に来たかと言えば、賢者ローウェルからの指示だ。
試掘洞で助けたマルグリットが、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』達へのローウェルの言伝を持っていたのである。
曰く、「リバティウムで『人魚の泪』を手に入れろ」。

……おつかい?

そんな感想を抱いたのは仕方ないと思う。
いや、まさか賢者ローウェルともあろう方が、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』にただのおつかいを頼むはずもあるまい。
これはきっと、彼ら(含むわたし)が手に入れることに意味があるとか、そういう類の指示なのだろう。
そういう類の指示なのだと信じよう。
違ったら分かってるでしょうね。

さておき。
『人魚の泪』という存在について、即座に該当する知識はわたしの見識の中にはない。
一応関連しそうな情報として、『決して泣かなかった人魚の話』という古い伝承があるらしい、とブックが教えてくれたが、
詳細な内容までは分からなかった。
元々はリバティウム近隣の民間伝承らしいので、この場所を訪れるのは間違っていないのだろうが……。
詳細な内容は古老とかをあたれば分かるだろうか。後でそういうのが詳しそうな人を当たってみなければ。


というような事前知識入手を整えて、入門を済ませたのがつい先ほどのこと。
元々この都市の入門管理は比較的甘く、相当な不審人物や手配書の出ている犯罪者でもなければ入門拒否という事態はほぼない。
とはいえ、本来ならそこそこ煩雑な書類処理が必要なのだが……ここも『王』の威光の届く場所である。
『王』の代理人であることを示すペンダントを見せれば、衛兵は即座に敬意を示して、入門を許可してくれた。
わたしの手柄ではないが、少々気は大きくなる。ふふん。

入門を済ませて、地図を見ながら都市内を移動する。
簡単な腹ごしらえを済ませて(アサリのパスタ、おいしかった)、ゴンドラに乗りながら次の行先を相談。
そんな中、ミョウジンが声を上げた。

>「情報収集はギルドか酒場に行くとして、カジノも洗っといたほうがいいかもな。
> ローウェルがわざわざリバティウムを指定してきたってことは、リバティウム独自の要素が関係してる公算が高い。
> リバティウムと言えばカジノだろ。案外カジノの景品になってたりするかもな」

なるほど、一理ある。
景品はさすがに虫がよすぎるとしても、カジノのVIPルームで情報が手に入る、という可能性はあるだろう。
そういう訳で、皆でカジノに向かう事とした。
一部の面々(主にミョウジンやミノリ)がカジノにやけに強い関心を示しているのは気にならなくはなかったが、
個人的嗜好のうちだろうと判断していた。
……それが、まさかあんなことになるなんて。

258ウィズリィ ◆gIC/Su.kzg:2018/06/10(日) 07:23:22
>「ここで引いたら女が廃るわ!大勝負行きますえー!」

……なにやってるの、ミノリ。
さすがのわたしもこれには引いていた。
勝てば負けが帳消しになる程度の額を、確率1/2の枠に賭けつづける。なるほど、確かに一種の必勝法ではあるのだろう。
ただし、それは「勝ち負けが完全に確率通りに発生した場合」の話だ。
今回ミノリが選択したのはルーレット。一見完全に運否天賦の勝負だが、それはあくまで一見の話。
ディーラーがその気になれば、いくらでも結果は操作できる。そのぐらいは少し考えれば分かる話だ。
ミノリが今回かけた額は1800万ルピ。相応の大金だ。胴元としてはそうそう勝たせるわけにもいくまい。
もちろん、ディーラーがここで3600万の払い戻しを許容するなら話は別だが……。
幾つもの熱視線と、わたしの冷めた視線が交錯する中、ルーレット上に球が躍る。

……ほらね。結果は00、親の総取り。
哀れ、1800万ルピ分のチップは胴元の懐に。
やれやれ、さすがにミノリの頭も冷えただろう。わたしはミノリに視線を向ける。と、その時。

>「これで終わりやと思うた?」

…………は?
引いた。主に血の気が。
ミノリが場に積み上げたのは5400万ルピ。さらに、ボーイに用意させているのはざっとその3倍のチップ……恐らく、1億6200万ルピ。
ちょっとちょっとちょっと、何考えてるの。
ミノリの所持金がいくらあったか知らないが、これだけの浪費をしてただで済むとは思えない。
いや、そもそも……。

>「これは王様からの旅費でしょ!ダメよダメ!」

ナユタの悲鳴じみた声。
そう。まさかミノリ、わたしの持ってきた王からの旅費用のルピにまで手を付けてないでしょうね!?
いくら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』といえど、公金横領まで許したつもりはない。
私は険しい視線で、ブックの示す無限倉庫(インベントリ)の内容表示に視線を走らせる。

「……?」

減っていない。
わたしのポケットマネー分はもちろんのこと、王から貸与された旅費用のルピは、1ルピたりとも減っていなかった。
なら、あれはミノリのポケットマネー? ナユタの言葉は狂言? 何故そんな事を?
混乱する中、ミノリの呟く言葉が耳に届く。

>「ふふふ、ギャンブルを知らへん素人女が熱くなって周り見えへんくなってるとディーラーはんは思ったかもやねえ
>確かにうちはギャンブルのこと知らへんけどぉ、みんなと同じくらいは確率くらいは知ってるし
>あと何回ディーラーはんは赤を出し続けられるか、楽しみやわ〜」

……そういう事か。
事ここに至り、わたしはようやく事の概ねを把握する。
ディーラーがルーレットの結果を操作できるとは言っても、それはあくまで暗黙の了解であり、公式にそう出来るわけではない。
当たり前の話で、結果の操作を大っぴらにしているとなってしまったら、もうディーラーは信用されないのだ。
結果の操作は、あくまでディーラーの奥の手……最後まで隠し通さねばならない奥の手なのである。

今、ミノリに相対しているディーラーは選択を迫られている。
ミノリの勝利で場を収め、億単位の払い戻しをするか。
あくまでミノリを敗北させ、代償として自らの結果操作を浮き彫りにするか。
……あるいは、第三の選択肢として、『自分以上の上位権力者に場を収めてもらう』か。

おそらく、ミノリが狙ったのは3つ目だ。それは、ナユタに狂言を打たせてまで『自分達が特別な存在である』と示したことからも分かる。
(あながち完全な狂言でない辺りがいやらしい。彼らが『王様からの旅費』にアクセスできるのは事実なのだ)
結果として出てくる上位権力者……おそらくカジノの支配人か重役……から、『人魚の泪』に関する情報を得ようという算段なのだろう。
なんて食わせ者。ミノリの評価がわたしの中で1段階変動した。
おりしも、ディーラーがルーレットの球を弾きいれ、わたしも含めた場の一同の視線がそちらに集中する。
その時。

>「なあ、真ちゃん、ウィズリちゃん?」

ミノリの声が、わたしを名指しにした。

259ウィズリィ ◆gIC/Su.kzg:2018/06/10(日) 08:01:50
>「うちはスリルは好きやけど、リスクとはき違えるほど阿保な女やあらへんつもりなんや
>ホントは王都についてから王様に直接聞こうと思うてたんやけどな」

ミノリの言葉が続く。こちらを見つめる目じりは下がっているが、目は笑っていない。

>「ガンダラでタイラントが起動した時、真ちゃんはどうして急に攻撃したん?
>タイラントはアルフヘイムの守護神やいう話なのに、ウィズリィちゃんはどうして破壊せなアカンと判断したんやろうねぇ
>降りかかる火の粉を払うのに必死になって、周り身もせずに順番に戦って行ってたら、あのディーラーはんみたいに二進も三進もいかへん状況になりそうやし
>善い悪いの話やのうて、自分がなぜ戦っているか理解して納得した上で動きたいよってな
>ここらで状況を把握しておきたいんやわ〜」

「……」

ミノリ。彼女の評価を、わたしはまた1段階変動させなければいけないだろう。
彼女は……相当な切れ者だ。それだけではない。必要とあらばコストを支払っていく度胸もある。
今はこうして言葉で問い詰められているだけだが、それを遮断した時どうなるかは、背景の哀れなディーラー氏が身をもって示している。
……まさかとは思うが、このディーラー氏を追い詰めたのもわたし達を問い詰める伏線だったのだろうか。
そうだとしたら恐るべしだ。感嘆するしかない。

歓声が響く。ディーラーはどうやら、一旦はミノリを負けさせることにしたようだ。
とはいえ、次はないだろう。その予想の通り、ウェイターがやってきてミノリに言葉をかける。
どうやら、首尾よく支配人との面談の場を設けることに成功したようである。

さて、ディーラー氏が陥落した以上、次はわたし達だ。ミノリは言葉を止め、わたし達の返答を待っている。
とはいえ、わたしの方から返す言葉は、もう決まっていた。

「単純な話よ。とは言っても、これはわたしもスペルで見たから知ったようなものだけど。
 あのタイラントは完全に整備された状態ではなかった。完全体から見ればスクラップ寸前と言ってもいいような状態だったわ。
 そして、タイラントには本来、自動修復プログラムが搭載されている。それはあの機体も例外ではない。わたしも確認した。
 つまり、タイラントが元々起動していたとしたら、自動修復プログラムで整備も完全に行われていなければおかしいのよ。
 そうなっていなかったとしたら、理由は只一つ。
 あのタイラントは一旦停止していた物が、わたし達の侵入と前後して再起動した。そう考えるほかないわ。
 となれば、あれはわたし達を敵と認識していると考えるのが妥当。味方と思っているなら、わざわざ動き出さないでしょうからね。
 『王』の命を受けているわたしはもちろん、それに同行している貴方達も一先ずはアルフヘイムの存在として認識されるはず。
 にもかかわらず敵と認識されたなら……後は分かるわよね」

さて、この答えでミノリは納得してくれるだろうか。
この答えは事実ではあるが、一つの事を伏せたうえでの回答でもある。
わたしが直前に見た幻の事を、この回答では触れていないのだ。
その必要はないと判断したから。些末なことだと。
……本当に? という疑念を、わたしは握りつぶした。

【ウィズリィ:ミノリに振り回されっぱなし】

260佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/06/16(土) 22:16:38

遠く耳朶に響く潮騒の調。
肌の上を走り抜けていく風は潮の香りを纏い、ここが港町である事を訪れた者達に告げていく。

蒼き大海原を臨むこの街こそは、世界に名高き湾岸都市。水の都リバティウム。

あらゆる国の品物が集まり、あらゆる国の人間がそれを売りさばく。世界の縮図。万国の見本市。
ゲーム中においても数多のプレイヤーが拠点を構えていたその都市に、その日異邦人たちは辿り着いた。

蒼きこの街で彼等を待つのは、心震わせる冒険か、はたまた体を震わせる理不尽か。

かくして、舞台を変えて物語はここに再演する――――。



>「見てみろよ、海めちゃくちゃ青くて透き通ってるぜ。あっちにはサンゴ礁まである。
>俺こっちに来る前は名古屋に住んでたんだけどよ、あそこの海はマジで汚ぇからなぁ……。
>こういう潜れるくらい綺麗な海って初めて見たよ。桟橋から泳いでる魚が見えるってヤバくね?」

「明神さん。あそこにフナムシがいます。フナムシが……あの一匹いるやけに大きいフナムシはモンスターでしょうか?」

リバティウムに到着してから暫くの間、一行の間には驚く程に平穏な時間が流れていた。
風光明媚な情景、心惹かれる美しい街並、活気あふれる人々。
砂漠や鉱山と言う過酷な環境を旅してきた一行にとって、故郷の観光地の様なこの街は心を落ち着かせるに十分であったのだろう。
それは、活気を苦手とするきらいの有るメルトにとっても例外では無かったらしく、ガンダラの時の様にゲームとの知識のすり合わせの為に奔走する事も無く、彼女は

それこそ普通の子供の様にリバティウム観光を楽しんでいた。

>「まずは腹ごしらえと行こうぜ。こういう地中海っぽい街のメシは旨いって相場が決まってる」
「そういえば、この街で手に入る食糧アイテムには『ゲゲゼボボ』がありましたが……いよいよ公式で正体不明だったアレがナニかが判ってしまうんでしょうか」

だが、メルトがこれだけ気を張らずに過ごせているのは、環境だけが原因な訳では無い。
――プレイヤー、明神。
彼の存在こそが、今のメルトの軟化した態度の一因であった。

……元来、佐藤メルトという少女は人間不信である。
荒んだ家庭環境と、顔の傷によって背負ったトラウマ。
それらによって組み上げられた、自分以外の何者をも信じない性格は、他人の善意を否定し悪意を鋭敏に察知する事だけを成してきた。

だが……ガンダラの坑道で行われた明神の献身。
自身の安全や利益を捨ててまで、他者の為に動いた明神の行動が、その頑な人格の殻に罅を入れた。

明神なら。自身の最良を捨てて、誰かの為に動いたこの大人ならば、信じてもいいのかもしれない。
無意識の内にそう思い始めたのである。

>「捕獲の手伝いは要らない。墓づくりもだ。それよりも頼みたいことがある。
>この先、俺が君に助けを求めたら……一度だけで良い。誰よりも俺を優先してくれ。
>真ちゃんでもなゆたちゃんでも石油王でも、ウィズリィちゃんでもなく、俺のためだけに君の力を使って欲しい。
>まぁ分かると思うがこいつは邪悪な誘いだ。俺の邪悪に、一度だけ加担してくれ」

「それは……。え、と……初心者の私に何が出来るかは判りませんし、無条件に約束をするのは損なので、申し訳ありませんがお断りします」

だからこそ

「ですが……今度、明神さんのクリスタルで一回だけガチャを引かせてくれるなら、いいですよ?」

食事所に向かう道中に投げかけられた、明神からの依頼。
本来のメルトであれば、口約束すらせずに拒絶するであろう彼の願い(シャークトレード)に、条件付きであるとはいえ了承の意を示したのであろう。
もしゃもしゃと腐肉を喰らうベルゼブブの幼体の柔らかい体を指で突くメルトの顔には、薄くではあるものの笑みが浮かんでいた。

―――――

261佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/06/16(土) 22:17:01
さて。協議の結果、一行はカジノでの情報収集を主軸に置いて動いていく事となった。
『人魚の泪』……求められたそのアイテムの名前を、メルトは目にした事も無ければ、耳にした事も無い。
ひょっとすると、廃人の中でも攻略組の最前線の連中であれば知っているのかもしれないが、RMTの為にレアアイテムの名称は一通り記憶しているメルトが知らない

以上、少なくともゲーム上は実装されていないアイテムと見た方がいいだろう。
となれば、その情報を得る為には情報が集積する場所、情報を統括する人物に接触を行う必要があり、それを念頭に置いた場合、金と権力が集約するカジノと言う場所

はその条件全てを満たしており、大変都合がよかった。

メルト自身も、ガチ勢に比べれば左程でもないものの、それでもカジノでの金策の技能は習得しており、ここは腕の見せ所であると内心考えていた……のだが。

>「これで終わりやと思うた?」

眼前で繰り広げられるみのりの大博打に、それどころではなくなってしまっていた。

(……必勝法があると言ったので、カードを使ったイカサマでもすると思ってたのですが……完全に力技じゃないですか!)

みのりの行っている、青天井にベットを増やしていく行為。
その目的は、彼女の発言からメルトにも察する事が出来る。
つまるところ、みのりは勝負を仕掛けているのだ。眼前のディーラーの、その上に居る者達。
賭け事など行わずとも、客から搾取する事で莫大な利益を吸い上げられる……経営陣に。

ベットするのは、金とカジノの信頼

例えば、借金が一定の金額を越えた時に、貸し手と借り手のパワーバランスが逆転する様に。
少額の連敗に対しては嘲笑う事が出来る経営陣も、人の人生が買える程の大金と大勢のギャラリーを前にしては、迂闊な行動は取れなくなる。
カジノとは、客に夢を見せる商売だ。
それが事実であれどうであれ、『イカサマをしている』と大勢に判断されてしまえば、終わりなのである。
かといって、億に届く金を『勝たせて』しまえば、カジノ側としては痛手が過ぎる。

>「お客様、随分と熱くなっている御様子
>ご友人もお困りのようですし、少々気になるお言葉もありましたので
>ギャンブルを楽しんでもらうのは本意でありますが、あまり過熱しすぎると……
>こちらは支配人からの差し入れでございまして、よろしければどうぞ」

故に、その解決策は、必然……カジノ側の判断による無効試合へと落ち着く事となる。思考ロジック的にはそうなるのだが……

(……カジノ側が、それでも負けさせて来る可能性もありました。どのタイミングで水を差してくるのかも不明だった筈です。みのりさんの財源も、無限であった訳で

は無いでしょう。
 だというのに、汗ひとつ掻かずに相手の上限を読み切って、しかもこの緊迫した状況を利用してウィズリィさんから情報を引き出そうとするなんて……あの人は、異

常です)

背筋に得体の知れない悪寒が奔り、思わず一歩後ろに下がるメルト。思わず明神の服の裾を握ったその掌は、じっとりと汗ばんでしまっていた。
……メルトは悪質プレイヤー。RMTやらシャークトレード等、危ない橋はさんざ渡ってきている。
情報や金銭の取引を行う相手が、海外のマフィアの時もあったが……それでも正面から正々堂々と相手を欺き切ってきた。
だが……あくまでその渡った橋は、ネットと言う壁を隔て、仕込んだ十全のセキュリティにより身を護った上でのものだ。
勝算が有ったのだろうとはいえ、今回のみのりの様に、破滅すらもリスクの一部に入れてのものでは決してない。

みのりは悪意を見せた訳でもなければ、敵意を向けて来た訳でもない。
だというのに、人好きのするその笑顔を、今この場に居る誰よりも……何よりも恐ろしいと、メルトはそう感じてしまっていた。


・・・

262佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/06/16(土) 22:27:26
カジノの三階。階段を上がり、赤絨毯が敷かれた広い廊下を進んだその突き当りに、大きな木製の扉が在った。
金や宝石で飾り立てられたその扉は、貴人をもてなす為の空間がその先に有ると、一目で判別出来る造りをしている。
一行を扉の前まで案内してきた、先程シャンパンを運んできた年若い眼鏡を掛けたウェイターは、一度扉の前で立ち止まるってから振り返ると、首元で纏められた金色の長髪を揺らしつつ、ウィズリィへと笑顔を向ける。

「皆様方、こちらがVIPルームでございます。中には責任者がおりますので、此度の件を含めて暫しご歓談を頂ければと思います」

そう言ってウェイターは、ノックをせずに音を立てて扉を開いた。

……その部屋は、扉やカジノの絢爛華麗な様子と較べると、拍子抜けする程に大人しい部屋であった。
置かれている装飾品や飾られた絵画は、成程、高級なものであろう事は間違いないが、威圧感を与える様な物は一つとして置いていない。
カジノを上から見下ろせる硝子張りの壁や、多数の銘柄の酒が置かれたバックバーなどは特徴といえば特徴なのだろうが、言ってしまえばそれだけだ。
恐らく、成金を持て成す為の部屋では無く、『真に物を見る目がある人間に寛いで貰う』為の部屋であるのだろう。

そんな部屋の中央に置かれた、黒檀と良く似た木で出来た、重厚な造りの机。その横に置かれたソファーに、一人の男が腰かけていた。
ギョロリとした猛禽を思わせる目。灰を思わせる色をした髪。着込んだ白スーツを押し上げる程の鍛えられた体躯。
十指に嵌められた金の指輪には、それぞれが違う色の宝石がはめ込まれている。
男は首だけを動かし、ウェイターに引き連れられた一行の姿を目に留めると、ゆっくりとその腰を上げる。
立ち上がった男の上背は2mを優に超えており、経営者と言うよりは暴力団の元締めというのが相応しい様子である。
そんな男に対し、金髪のウェイターは笑顔を見せたまま一礼し、口を開く。

「ライフエイク様。遊技場で少々御戯れをなさっていた、彼の『王』の関係者の方々をお連れしました」
「……ご苦労だった、レアル=オリジン。暫し、其処で待て」

責任者……ライフエイクは、そう言って金髪のウェイター……レアル=オリジンを椅子の傍で控えさせ、一行の元へ歩み寄ると、真一となゆた、二人のちょうど間へと向けて右手を差し出す。

「……お初に御目にかかる。俺は此処の責任者のライフエイクだ。ガンダラから遠路遥々、ようこそ。王の客人達よ」

堂々たる態度のライフエイクの表情に浮かんでいるのは、確かに笑顔。だが、その目はとても冷たく……獲物を狙う野生動物の様に、何も感情が込められていない。
だが、一行が真実恐れるべきは、その容貌ではない。

(カジノに来るのは、つい先ほど決めた事なのに、私達の素性を掴んでいる……それも、ガンダラに居た事も含めて。一体、どんな情報網をしてるんですか)

思わず目を見開いたメルトが思った通りに……恐れるべきは、情報の収集能力であろう。
どういう経路でどういう伝手を用いて手に入れたのかは不明であるが、どうにも眼前の男にはメルト達の情報を掴んでいる様である。
それでも……態度は友好的であるライフエイクの手を取り交渉を始めれば、条件次第ではあるが、彼は『彼の知り得る情報』を渡してくれる事だろう。しかし

(……それに何か、おかしいです。ゲーム中で、このカジノ関係のイベントは性格が悪い物が多かったと記憶しています……こんなにスムーズに進む事があるのでしょうか)

メルトは生来の警戒心を発揮し、この状況への違和感を募らせていく。
……何がおかしいのかは判らない。だが、何かがおかしい。その違和感を無視できなくなったメルトは、ライフエイクに手を差し出された二人の内、なゆたの背中へと歩み寄ると、彼女にだけ聞こえる様に小さく呟いた。

「……なゆたさん。『誰得セール』の気配がします」

誰得セール……それは、ブレイブ&モンスターズにおいて、運営が月一で開催していた、店売りアイテムの販売額15%オフというイベントの事である。
その壮大な宣伝文句に惹かれた新規プレイヤーは、少し無理をしてでも普段買わない高級なアイテムを購入し……そして、実は大概の店売りアイテムはプレイヤーの露店で売っており、しかも誰得セールの価格より安いという事実を知って、後でがっかりするという様式美だ。
つまりメルトが呟いたのは、現地の人間が聞いても判らないがプレイヤーにのみ伝わる『警戒せよ』とのメッセージであった。

椅子の横に控えたレアル=オリジンが笑顔を浮かべる中、室内には緊迫した空気が流れ出す……。

263崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/06/19(火) 19:20:27
石油王の面目躍如と言うべきか、みのりの恐るべき手練手管によってVIPルームに通された一行は、そこでカジノのオーナーと面会した。
多額の金銭が縦横に動く賭博の殿堂の中で、この男はたくさんの人々から巨額の金を巻き上げてきたのだろう。
表情こそ柔和な微笑であったが、その目は獲物を狙う捕食者(プレデター)そのものだった。

>「……お初に御目にかかる。俺は此処の責任者のライフエイクだ。ガンダラから遠路遥々、ようこそ。王の客人達よ」

友好の証としてか、ライフエイクが右手を差し出してくる。
こういう場合、第一印象が大切だ。相手に呑まれてはいけない。
こちらを手強い交渉相手、易々とは組み敷けない相手と思わせ、五分の交渉をするには、度胸が大切である。
なゆたはその手を一瞥したが、自ら握手に行くことはしなかった。
握手は真一がするだろう。そう見越してのことである。

>「……なゆたさん。『誰得セール』の気配がします」

そっと背後に回ってきたメルトが、そう囁いてくる。
『誰得セール』――少しでも慣れたブレモンプレイヤーなら誰でも知っている、公式ガッカリイベントだ。
初心者救済、低レベルプレイヤーもレアアイテムGETのチャンス! という触れ込みのイベントで、今でも月一で開催されている。
ブレモンリリース当初、プレイヤーのレベルが軒並み低かった時代は、そのイベントにも確かに目的通りの需要があった。
が、プレイ人口が増え、いわゆる廃人と呼ばれるプレイヤーが巷に溢れた今となっては、その価値は無に等しい。
廃人たちがエンドコンテンツでレアアイテムを手に入れまくり、不要分を露店で売りさばく。
過剰なアイテムはインベントリを圧迫するため、少しでも早く売るためプレイヤーたちは捨て値をつける。
その結果供給が需要を上回り、一部の激レアアイテム以外の価値は軒並み暴落した。
露店のアイテム売値は、正規の値段の50%オフなど当たり前。
よって今ではイベントの15%オフなどという触れ込みはお得な謳い文句でもなんでもなく、鼻で笑われる有様なのである。
そんな『一見おいしそうではあるが実は罠』の匂いがすると、メルトが警鐘を鳴らしている。
実のところ、危険な匂いを嗅ぎ取っているのはなゆたも同様だった。
なゆたは言葉で返答する代わりに、小さく頷くことでメルトへ同意を示す。
挨拶を済ませると、ライフエイクは一行にソファを勧めた。

「飲み物はワインで宜しいかな。ああ、そちらのお嬢さんはジュースがいいだろう」

主人の言葉に、傍らに控えていたレアル=オリジンが持ち場を離れる。飲み物を取りに行ったのだろう。
ライフエイクは執務机の近くに歩いてゆく。なゆたはソファに腰を下ろした。
ガンダラの椅子は木組みの粗末なもので、座り心地も悪かったが、ここのソファは元の世界のものと比べても遜色がない。
まさに、VIPのための贅を凝らした調度というやつだ。

「しかし、豪胆な客人たちだ。初めてこの地を訪れた者で、あれほど周囲の耳目を集める人間もそうはいない。
 尤も――客人たちにとっては、ギャンブルの勝敗よりも注目を集める、そのこと自体が目的だったようだが……」

レアル=オリジンがワインとジュースのボトル、グラスを持ってきて、メルト以外にワインを振舞う。
全員の目の前で封を開け、グラスに真紅の酒を注ぐのは、薬の類など入っていないというパフォーマンスだろうか。
メルトに対しては柑橘系の果汁だ。細かな泡が出ている辺り、炭酸が含まれているのかもしれない。
グラスを軽く掲げてワインを一口含むと、ライフエイクは言葉を続ける。

「客人らは金よりも欲しいものがあって、このリバティウムを訪ったと見える」

「ご明察ね。確かにわたしたちはお金儲けのためにここへ来たわけじゃないわ。
 欲しいものがあるの。『人魚の泪』……知らないかしら?」

なゆたが口を開く。
相手は一行がガンダラからやってきた、ということを既に掴んでいる。きっと、なゆたたちに関する他の情報も持っているのだろう。
だとすれば、隠しごとをしていても仕方がない。
ライフエイクはニヤリと嗤った。獣のような凄絶な笑みだった。

「私のカジノ……『失楽園(パラダイス・ロスト)』には、アルフヘイム中からあらゆる者たちが訪れる。
 ヒュームに、エルフに、ドワーフ……オークやゴブリンだっている。
 そして、そういった者の集う場所には、おのずと情報も集まってくる。
 このアルフヘイムにおいて、私の知らないことなど数えるほどしかなかろうな」

「それなら――」

「いかにも。『人魚の泪』はここにある」

カジノの支配者は鷹揚に頷いた。ストレート極まりない、肯定の言葉だった。

264崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/06/19(火) 19:21:36
「本当!? それは一体どこに……」

「残念だがそれは話せない。最近物騒なものでね、『人魚の泪』の在処を知るのは私と、そこにいるレアル=オリジンだけだ。
 しかし……所在は明かせずとも『人魚の泪』を手に入れる方法であれば、客人たちにお教えしよう」

身体を前にのめらせるなゆたの言葉を遮り、ライフエイクは猛禽のような眼差しで一行をぐるりと見回した。

「実は近々、当カジノ主催で大々的なイベントを催す予定になっている。
 領主殿の許可を得た、リバティウムをあげての一大イベントだ。我がカジノが巨費を投じて建設した闘技場を使ってね。
 その名も『デュエラーズ・ヘヴン・トーナメント』――」

「……デュエラーズ・ヘヴン……トーナメント……」

ライフエイクの告げた名前を繰り返す。
字面から言って、その内容がどんなものであるかは明白だった。

「そう。当カジノが主催者となり、アルフヘイム中から腕に覚えのある者を募る。
 その者たちが戦い、頂点を目指す……そして決まった優勝者が名実ともにアルフヘイム最強の猛者、というわけだ。
 賞金は10億ルピ。その他、副賞として――」

「……『人魚の泪』がもらえる、ってワケね」

「ご名答」

ルールは対戦相手を先に倒した者の勝利。生死、試合放棄、戦意喪失等勝利条件は問わないという単純極まりないもの。
また、ヒューム、エルフ、ドワーフ、魔物、参加者の種族に制限もないという。
つまり、真一たちアルフヘイムの外から来た者もパートナーモンスターを出場させることで参加が可能というわけだ。

「ふぅん……」

チラシを見ながら、なゆたは鼻白んだ。
トーナメントはカジノ側の用意した特設闘技場で開催される、とライフエイクは言っていた。
となれば、その目的は明らかだ。
そのトーナメントの裏では、当然ギャンブルが行われるに違いない。それも、平時のカジノのレートとは比較にならない高レートで。
自分たちが出場すれば、きっとライフエイクは一行を『王に選ばれし異邦の魔物使い(ブレイブ)』として大々的に紹介するだろう。
カジノ側にとって『異邦の魔物使い(ブレイブ)』などというキャッチーな存在は絶好の客寄せパンダだ。
ライフエイクは一行を広告塔とし、荒稼ぎするつもりでいる。
その見返りに一行が得られるのは、優勝できるかどうかもわからないトーナメントの出場権のみ。
これは一行にとっては甚だ不平等な、まさしく誰得イベントと言うしかない条件であろう。

「『人魚の泪』を欲するなら、是非トーナメントに出場するしかない。どうかな?
 私としては、是非とも客人らに出場してほしいと思うのだが。
 きっといい勝負を繰り広げ、大いにイベントを盛り上げてくれるだろうからね」

愉快げに笑みを浮かべるライフエイクから視線を外すと、なゆたは仲間たちを見た。
そして、しばしの沈黙ののちに口を開く。

「……みんな、どうする? わたしは――出る。トーナメントに出場するわ」

割に合わない条件だが、他に手掛かりや入手の方法がない以上、正面からぶつかるしかない。
……いや。
それは建前だ。トーナメントという言葉を聞いた瞬間、なゆたはそのイベントに魅了されてしまった。
『トーナメントで優勝し、我こそ最強とアルフヘイムに知らしめる』――そのなんと甘美な響き!
それはきっと、なゆたのブレモンプレイヤーとしての、エンドコンテンツ常連としての、ランカーとしての矜持なのであろう。
例え『人魚の泪』が賞品になかったとしても、なゆたはトーナメントと聞いただけで出場を決めたに違いない。

「素晴らしい」

ライフエイクは軽く両手を広げた。

265崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/06/19(火) 19:22:45
「エントリーはこちらで済ませておく。他の客人も、参加希望者はいつでも言ってくれれば応じよう。
 トーナメントの開催は一週間後――客人らは当日までじっくり英気を養ってくれ」

「オーケイ、そうさせてもらうわ。みんな、行きましょ」

話は終わった、とばかりになゆたは立ち上がった。それから、仲間たちを促して扉の方へ歩いてゆく。
そんな一行の背へ、ライフエイクが声をかける。

「宿泊先はもう決まっているのかね? 客人たちさえよければ、当カジノのホテルに部屋を用意させるが……?」

「結構よ。お気持ちだけ受け取っておくわ、ミスター。それじゃ、また後日」

きっぱり断ると、なゆたはそのままカジノを出た。
正直、胡散臭いにも程がある話だ。
このカジノ『失楽園(パラダイス・ロスト)』自体はゲームにも登場しており、ギャンブルの種類もミニゲームと同様だった。
しかし、ライフエイクなどという支配人は初めて見たし、ゲームのデータにもないはずである。
もちろん、トーナメントなんてイベントもゲームのブレモンでは見たことも聞いたこともない。
やはり、ここは自分たちの知っているブレモンの世界とは似て非なるものなのだろう。
だが、ゲームの中のカジノとこの世界のカジノとで一致している点がひとつだけある。

それは、このカジノが性質の悪いものである――という一点だった。

みのりを相手にイカサマを行ったディーラー。それはカジノで恒常的にペテンが行われているという証だ。
そして、素早く一行をVIPルームへいざなった行動の迅速さ。
一行がガンダラからやってきたという事実を既に掴んでいた、ライフエイクの情報網。
これらすべてが、このリバティウムに用意されているシナリオが性質の悪いものであるということを物語っている。
それが、一行をリバティウムへ誘導した大賢者ローウェルの目論見なのかどうかは知る由もないが――
とにかく警戒するに越したことはない。華やかな街並みを歩きながら、なゆたはトーナメントに昂ぶる気持ちを何とか押さえつけた。

「さて。じゃ、当座の根城に行きましょうか。リバティウムにいる間、拠点とする場所へ。
 わたしに当てがあるから。わたしの予想が正しければ、きっとあそこに――。」

軽く振り返って仲間たちにそう言う。
活気あふれる商業都市だけあって、リバティウムは宿泊施設も充実している。
王族の逗留するような高級ホテルから、雑魚寝するだけの木賃宿。裏通りへ行けば娼館だってよりどりみどりだ。
しかし、軒を連ねるそれら多くの宿を丸無視し、なゆたはどんどん先へ進んでゆく。
ゴンドラに乗り、目指すは街の一角。
やがて辿り着いたのは、運河に面した通りにある一軒の邸宅だった。
いかにも中世ファンタジー世界の建築物といった感じの、ゴシック建築の屋敷である。

「……あった」

邸宅は鉄柵の門を備えた立派なもので、前庭を通って館へ行く造りになっている。
庭は丁寧に造作されていて、なぜかどの庭木も枝葉がスライムの形に剪定してあった。
門に鍵はかかっていない。門を開けると、なゆたはズカズカと館へ向かって歩いていく。
玄関の両開きの扉についているドアノッカーが、なぜかスライムの形をしている。なゆたはノッカーを叩きもせずに扉を開けた。
扉を開けた先はホールになっており、左右前方にスロープ状に湾曲した階段が備え付けられている。
中はかなり広いと言っていいだろう。が、この屋敷の中で特筆すべきなのは館の豪華さ、広さなどではない。

『やたらスライムがいる』。

広大な屋敷内を、ありとあらゆるスライムたちがぽよんぽよんと我が物顔で闊歩している。
ブレモンのマスコットキャラ枠ということで、スライムはやたら種類が多いというのは周知の通りだ。
見慣れたノーマルなスライムから、コラボ限定激レアスライムまで、館の中はスライムの品評会のようになっている。
そんなスライムたちの巣窟を見て、なゆたは頬を桜色に染めて身をくねらせた。

「ふあああああ……! きゃわた〜んっ!」

そんななゆたに気付いたらしく、スライムたちが一斉に寄ってくる。無数のスライムたちに囲まれながら、なゆたは仲間たちを見ると、

「あ、みんなゆっくりして? 疲れたでしょ、客室は二階だから、好きに使ってくれていいわ」

などと言った。そして、こう続けたのだ。

「ここ、わたしの家」

と。

266崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/06/19(火) 19:32:01
むろん、なゆたが実は神奈川県民ではなくアルフヘイムの出身だった――ということではない。
『ブレイブ&モンスターズ!』には、箱庭モードが搭載されている。ルーム機能とも言う。
任意の土地を購入し、そこに自分好みの家を建てたり、調度をカスタマイズするなどして楽しむモードである。
この邸宅はそうしてなゆたがゲーム内で建て、部屋を自分好みにした箱庭なのだ。
落ち着いた佇まいの、しかし女の子らしい調度の数々からは、なゆたがこの箱庭のために膨大な手間をかけたことが窺える。
どこへ行っても色とりどりのスライムがいることに目を瞑れば、ゆったり寛ぐこともできるだろう。
ゲームの時代と今いるブレモンの時代には剥離があると思っていたが、なゆたの家は間違いなくここにある。
ますます謎は深まるばかりだが、それでも自由に使える拠点があるというのは大きなアドバンテージであろう。

「みんな、おなか空いたよね? いますぐ支度するから、もうちょっと待っててくれる?」

さっそくなゆたは姫騎士の胸鎧や剣を外し、ブラウスにミニスカートの軽装になると、エプロンをつけてキッチンに向かった。
キッチンにある食材は充実している。コレクター気質のなせる業である。
一時間半ほどして、なゆたは広々とした食堂に全員を呼び出した。
テーブルの上に、大皿に盛られた大量の料理を次々に置いてゆく。
白身魚のトマト煮に、イカとサーモンのアクアパッツァ。タコと船底貝のアヒージョ。
エビや鶏肉をふんだんに使ったパエリアや、山盛りのシーザーサラダ。貴重なレア食材・シードラゴンフィッシュの香草焼きもある。

「さ、どうぞ! ありあわせのものだし、こっちでの料理は初めてだから勝手がわからなかったんで……。
 もし口に合わなかったらゴメンね。まぁ……まずは食べてみて!」

現実世界にいるときから、赤城家と崇月院家の家事を一手に取り仕切ってきたなゆたである。
こちらの世界に来て以来、食べるものといったら携帯糧食かガンダラのマスターの手料理で、自分が料理を作るのは久しぶりだ。
もちろんアルフヘイムにはガスコンロも圧力鍋もないが、そこはそれ。なんとかファンタジー世界に適応してゆく。

「食べながらでいいから、聞いてちょうだい。これからのこと」

エプロン姿のままテーブルの傍らに立ち、おたまを軽く振ってメンバー全員にそう告げる。

「まず、今から一週間後にこのリバティウムで大々的なトーナメントが行われる。優勝賞品は『人魚の泪』――
 人魚の泪獲得が今回のわたしたちのクエストの目的だから、このイベントは避けては通れない。そこまではいいかしら」

デュエラーズ・ヘヴン・トーナメント。
アルフヘイム中から、我こそは一番の強者と名乗りを上げた者が集まり、鎬を削る一大イベント。
優勝者に与えられるものは、最強の名声と賞金の10億ルピ。そして副賞の『人魚の泪』。

「でも――わたしの見立てでは、このトーナメントはそんな甘いものじゃないわ。
 きっと裏がある。それを暴き、裏の裏をかいて……あの主催者、ライフエイクを出し抜かなきゃ、人魚の泪は手に入らないと思う」

メルト同様、なゆたはライフエイクからなんとも言えない危険を感じ取っていた。
前述の通り、なゆたの知っているブレモンのゲーム内にライフエイクなどというNPCは存在しない。
従って、ガンダラのマスターと違って彼がどういった人物なのか、攻略法はあるのか、ということが現時点ではわからない。
ホテルに部屋を用意する、というライフエイクの申し出を拒絶したのも、単に仲間に自分の家を見せたかったからというわけではない。
敵になるかもしれない人物に借りは作れない。まして、ライフエイクの用意したカジノのホテルともなれば完全アウェーだ。
盗聴、盗撮、どんな自体が起こるかわからない。みすみす虎口に入る愚は犯せなかった。

「ただ――ひとつだけ、確かなこともわかった。
 それは『トーナメントの副賞で与えられる『人魚の泪』は本物だ』ってこと」

確信を持って言う。
カジノとは、信用の上に成り立つ商売である。
みのりが無茶なベットでディーラーを嵌め、支配人を引きずり出したときと同じように。
カジノは『イカサマをしている』ということを客に知られてはならないのである。
今回も、賞品として『人魚の泪』を出した以上、それは本物でなければならないのだ。
もしも賞品が偽物であった場合、その事実が露見すればカジノの信用問題となる。
まして、今回のイベントはリバティウムをあげてのビッグイベント。
賞品は豪華であればあるほど人々を惹きつけ、興行の成功に寄与するだろう。従って本物なのは疑いようがない。

267崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/06/19(火) 19:37:01
「もっとも、あっちが本当に賞品を引き渡す気があるのか、それはわからないわ。
 自分のお抱え選手に優勝させる、出来レースの可能性だってあるわけだし……ね。そこで――」

そこまで言って、なゆたは一度キッチンへと歩いていった。
すぐに、食後のデザートだろうか――アイシングのたっぷりかかったクグロフを持ってくる。これも自分で作ったらしい。
クグロフをテーブルの中央に置くと、なゆたは大振りのナイフを取り出した。
そして鋭利なナイフを勢いよく振り下ろすと、だんっ! と音を立ててケーキを真っ二つに切った。そして、

「……チームをふたつに分ける、ってのは。どうかしら?」

全員の顔を見遣り、ニヤリと笑った。

「ライフエイクはわたしたちに客寄せパンダを求めてる。わたしはそれに乗って、トーナメントに出場するわ。
 参加者はあとふたりは欲しいかな。人目を引き付ける担当は、多ければ多いほどいい。優勝の確率も上がるしね。
 で、トーナメント参加者が戦ってライフエイクや観客たちの注目を集めている間に、もう片方がライフエイクの真の目的を暴く。
 そういうことでどう?」

トーナメントで金儲け、というのがライフエイク第一の目的であることは間違いない。
そして、その他にもう一つ。かのカジノオーナーには何らかの目論見があるのではないかと、なゆたは見当をつけていた。
ただ単に金を儲けるだけなら、普通にトーナメントを開催するだけで莫大な富が手に入るはずである。
しかし、それとは別にライフエイクは一行がガンダラにいる間から一向に目をつけ、その動向を窺っていた。
極論、もしみのりがカジノで騒動を起こさなかったとしても、ライフエイク側からこちらに接触してきた可能性もある。
もし『人魚の泪を囮として、一行をトーナメントに出場させること』がライフエイクの目的に必要な過程であるのなら。
彼はトーナメント開催中、また何らかのアクションを起こすはずである。
そこを押さえ、ライフエイクの目論みを挫き、ついでに人魚の泪も手に入れる。
それがなゆたの考えたミッションの全貌だった。

「これはわたしの仮の案だから、もちろん拒否してくれて構わないし参考程度に聞いてくれればいいんだけど。
 わたしと真ちゃん、みのりさんのパートナーモンスターがそれぞれトーナメントに出る。
 わたしのポヨリンは生半可な相手には負けないし、真ちゃんのグラちゃんだってそう。
 みのりさんのイシュタルは一発逆転が狙えるし、何より――勝負が決するのに時間がかかるのがいい。時間稼ぎにはもってこいだわ。
 潜入調査は明神さん、ウィズ、そしてしめちゃん……三人は機転が利くから、裏方仕事は適任だと思う」

一応、人選は(調理中に)吟味したつもりである。
自分はもちろんクエスト抜きでトーナメントに出たい願望があるので、出場組。
真一もバトルマニアであるし、第一、猪突猛進な性格ゆえにスニーキングミッション向きではないため、出場組。
明神は年長者らしく知恵が回るし、何よりガンダラでの勇気ある行動がいまだ記憶に新しい。潜入組のリーダーは彼が適役だ。
残り三人の戦闘力を考えた場合、一番戦えるのはイシュタルであろう。よってみのりも出場組。
ウィズリィはこの世界の出身者ということが大きい。いざというときには現地人という強みが救いになるだろう。潜入組。
メルトは――

「……どう? しめちゃん。明神さんと潜入任務……やってもらっていいかしら?」

ぽん、とメルトの右肩に手を置くと、なゆたはぱちりとウインクした。
本当は、メルトにはいずれにも加わらず、安全なこの屋敷で待機していてもらいたかった。
が、なゆたは敢えてそれを口にしなかった。
ガンダラの一件以来、なゆたはメルトの視線が自然と明神の背を追うようになったのを知っている。
さしものなゆたも触れるのを躊躇うほどキモい、明神の『負界の腐肉喰らい』を臆せず触っている辺りからも、彼女の変心が窺える。
どこか怯えたように一歩引いたところにいた彼女が、自ら壁を壊すように動いているのは喜ばしいことだ。
ということで、なゆたは明神にメルトを任せることにした。

268崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/06/19(火) 19:37:53
「さっきも言ったけど、もちろんこれはわたしの考えだから。
 明神さんやウィズがトーナメントに出たい! って言うのも、みのりさんが潜入任務したい!って言うのも自由よ。
 あ、ただし、真ちゃんはダメ。あなたはわたしと一緒にトーナメントに出ること。異論は認めない!
 どう? ……まぁ、トーナメントまではあと一週間あるし。じっくり考えて」

そう言うと、なゆたは勢いよく真っ二つにしたクグロフを今度は人数分に切り分け、新しい皿に盛って差し出した。

「リバティウムにいる間、この屋敷は自由に使ってもらって構わないから。宿代と食事代も浮くし、お誂えでしょ。
 さ〜て……いっぱい食材使っちゃったし、明日は市場まで買い物に行こうかな! みのりさん、付き合ってくれます?」

食事が終わると、なゆたはそう言って大きく伸びをした。



日を追うにつれ街の中はお祭りムード一色になり、トーナメント目的に訪れる者たちの数も増えるだろう。
10億ルピを求める者。優勝して得られるであろう名声によって、立身出世を狙う者。
ただただ自らの強さを満天下に知らしめようとする者。世界の崩壊を食い止めるために戦う『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
そして――

「フフ……。さて、楽しいイベントを始めようか」

それを妨げようとする者。

肩まで伸びたブロンドの髪を風に靡かせ、ひとりの少年がリバティウムを一望する丘の上に立つ。
様々な欲望と願望を呑み込んだ『デュエラーズ・ヘヴン・トーナメント』まで、あと一週間――。


【トーナメント開催。主催者にきな臭さを感じ取り、トーナメント出場組と裏方潜入組の二班にチーム分けを提案。
 明神とメルトにフラグが立ったことを生温かい目で見守る】

269赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/06/26(火) 20:00:31
明神の提案に従い、一行がやって来たのはアルメリア王国唯一のカジノ――『失楽園(パラダイス・ロスト)』だった。
真一自身もゲーム内で“金策”のために何度かこの施設を利用したことがあり、初めて訪れたガンダラと比べたら、その勝手もある程度は理解している。

>「勝ったり負けたりで結局負けてきているし、ここらで逆転しますえー!」

そして、カジノに入るや否や、意気揚々と勝負に乗り出したのはみのりだった。

>「ここで引いたら女が廃るわ!大勝負行きますえー!」

>「ふふふ、ギャンブルを知らへん素人女が熱くなって周り見えへんくなってるとディーラーはんは思ったかもやねえ
確かにうちはギャンブルのこと知らへんけどぉ、みんなと同じくらいは確率くらいは知ってるし
あと何回ディーラーはんは赤を出し続けられるか、楽しみやわ〜」

みのりはルーレットの赤か黒に張るという単純な勝負を繰り返し、次第に負け越して所持金をどんどん減らしている。
であるにもかかわらず、みのりはそれでも一切引く姿勢を見せず、遂には数千万ルピにも達する賭け金を積み上げ、流石にディーラーも顔色を悪くしていた。
カジノのディーラーというのは、ルーレットにせよカードにせよ、出目をある程度操作する能力があって当然なのだ。
しかし、カジノ側が勝つばかりでは客に相手もされなくなってしまうので、上手い具合に勝ったり負けたりを交互させ、最終的に少しだけ胴元の懐が暖かくなるように調整するのが、優れたディーラーに求められる技量である。
だが、みのりのように潤沢な資金力を活かしたゴリ押しで、ここまでの高額をベットされてしまえば、ディーラー側も負けるわけにはいかなくなるので、勝負は一方的な結果になり始めていた。

真一はみのりの無茶を止めようかと思ったが、敢えて“勝ち目のない勝負”に挑む彼女には、何か別の意図があるのではないかと察し、その戦いを静観していた。
しかしながら、みのりの刃先が向いたのはカジノ側ではなく、意外にも真一とウィズリィだった。

270赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/06/26(火) 20:01:30
>「なあ、真ちゃん、ウィズリィちゃん?」

不意にみのりが見せた冷たい笑顔で、真一を思わず背筋をゾッとさせる。

>「ガンダラでタイラントが起動した時、真ちゃんはどうして急に攻撃したん?
タイラントはアルフヘイムの守護神やいう話なのに、ウィズリィちゃんはどうして破壊せなアカンと判断したんやろうねぇ
降りかかる火の粉を払うのに必死になって、周り身もせずに順番に戦って行ってたら、あのディーラーはんみたいに二進も三進もいかへん状況になりそうやし
善い悪いの話やのうて、自分がなぜ戦っているか理解して納得した上で動きたいよってな
ここらで状況を把握しておきたいんやわ〜」

そして、みのりが二人に言及したのは、先のタイラント戦についてだった。

彼女の言葉を聞いて、真一の脳裏にもあの時のイメージが蘇る。
東京の街を無数のタイラントが闊歩し、上空にはドラゴンや魔物が飛び交い、その地獄のような光景から逃げ惑う人々の姿。
あの記憶が想起した時、真一にとってタイラントは決して看過できない脅威となり、それに立ち向かうのは当然のことだと感じた。
しかし、それはあくまでも真一視点の話であり、みのりや他の人間からすれば、タイラントはあくまでもガンダラの守護者なので、いきなり戦い始める理由はないのだ。

>「単純な話よ。とは言っても、これはわたしもスペルで見たから知ったようなものだけど。
 あのタイラントは完全に整備された状態ではなかった。完全体から見ればスクラップ寸前と言ってもいいような状態だったわ。
 そして、タイラントには本来、自動修復プログラムが搭載されている。それはあの機体も例外ではない。わたしも確認した。
 つまり、タイラントが元々起動していたとしたら、自動修復プログラムで整備も完全に行われていなければおかしいのよ。
 そうなっていなかったとしたら、理由は只一つ。
 あのタイラントは一旦停止していた物が、わたし達の侵入と前後して再起動した。そう考えるほかないわ。
 となれば、あれはわたし達を敵と認識していると考えるのが妥当。味方と思っているなら、わざわざ動き出さないでしょうからね。
 『王』の命を受けているわたしはもちろん、それに同行している貴方達も一先ずはアルフヘイムの存在として認識されるはず。
 にもかかわらず敵と認識されたなら……後は分かるわよね」

どう答えたものかと真一が言葉を詰まらせていると、ウィズリィが先に回答する。
タイラント戦の際も、彼女は敵の詳細情報をスキャンする魔法を駆使して、その能力やHP、更には使用スペルまで明らかにしていた。
ならば、タイラントが異常をきたしていることを見抜いていたと言っても、納得できる話ではある。

「俺は……正直言って、自分でもよく分からねーんだ。
 ただ、あの時に一瞬だけ――何故かあいつが俺たちの世界で暴れてるような光景が脳裏をよぎって、思わず飛び出しちまった。
 ……と言っても、多分俺が変な妄想に取り憑かれただけとしか思えないよな。
 悪い。今は上手く言葉にできないから、自分の中で考えが纏まったらまた答えるよ」

――と、真一は極めて曖昧な言葉を返す。
しかし、みのりの質問には、真一もハッキリと答える術がないのだ。
彼自身、あの時に見たイメージの正体も分かっておらず、結局あれこれ考えを巡らせても「嫌な予感がしただけ」としか言い様がない。
こんな回答でみのりが納得してくれるとも思えないが、今はこう答える他になかった。

* * *

271赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/06/26(火) 20:03:15
こうしてルーレットで無謀なギャンブルを続けた結果、一行はカジノのVIPルームへと案内された。
みのりがここまで計算していたかは分からないが、そうだとするならば見事な手腕である。

>「……お初に御目にかかる。俺は此処の責任者のライフエイクだ。ガンダラから遠路遥々、ようこそ。王の客人達よ」

「俺は赤城真一だ。よろしく、ライフエイク」

そして、真一たちをこの部屋に案内した『失楽園(パラダイス・ロスト)』の主――ライフエイクが差し出した右手を、真一は物怖じすることなく握り返す。
経営者というよりも、ヤクザの組長と称した方がしっくり来るような風貌もさることながら、スーツ越しでも分かる程鍛えられた肉体や、握った右手の拳が潰れているのを見れば、ライフエイクから醸し出る暴力の臭いもはっきり感じ取ることができた。

>「実は近々、当カジノ主催で大々的なイベントを催す予定になっている。
 領主殿の許可を得た、リバティウムをあげての一大イベントだ。我がカジノが巨費を投じて建設した闘技場を使ってね。
 その名も『デュエラーズ・ヘヴン・トーナメント』――」

>「……デュエラーズ・ヘヴン……トーナメント……」

テーブルに配られたワインを呷りながら、なゆたとライフエイクの交渉は続く。
得られた情報は、まさに真一たちが探している『人魚の涙』をライフエイクが所持しているということ。
そして、その争奪権を賭けて、彼らが『デュエラーズ・ヘヴン・トーナメント』と名付けた闘技大会を、この街で開催しようとしていることだった。

>「『人魚の泪』を欲するなら、是非トーナメントに出場するしかない。どうかな?
 私としては、是非とも客人らに出場してほしいと思うのだが。
 きっといい勝負を繰り広げ、大いにイベントを盛り上げてくれるだろうからね」

>「……みんな、どうする? わたしは――出る。トーナメントに出場するわ」

「聞くまでもねーだろ? 俺は勿論出るぜ。
 力尽くで取りに来いって話なら、ガンダラの時よりもずっと分かりやすくていいや」

なゆたの問い掛けに対しては、真一は当然とばかりに首肯する。
ガンダラで賢者の指輪を探した際には、あちらこちらと散々遠回りさせられたが、今回は目当てのアイテムがすぐ手の届く位置にあり、わざわざその入手方法まで提示してくれているのだ。
真っ向勝負で向かって来いというなら、望むところだと答えるのが赤城真一なのである。

>「素晴らしい」

>「宿泊先はもう決まっているのかね? 客人たちさえよければ、当カジノのホテルに部屋を用意させるが……?」

>「結構よ。お気持ちだけ受け取っておくわ、ミスター。それじゃ、また後日」

そうしてライフエイクとの交渉も纏まり、一行はそのままカジノを後にする。
だが、VIPルームを出る際、ライフエイクの傍らに控えていたレアル=オリジンが柔和な笑顔を浮かべたその裏から、まるで獲物を見定める狩人のように獰猛な瞳を向けていたことを、真一は見逃さなかった。

* * *

272赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/06/26(火) 20:03:36
>「ふあああああ……! きゃわた〜んっ!」

>「ここ、わたしの家」

カジノを出た真一たちが、なゆたに招かれるまま訪れたのは、彼女がリバティウムに作ったマイルームだった。
ブレモンというゲームには、任意の土地を購入して家を建て、自由にカスタマイズして遊べる箱庭モードという機能がある。
真一もゲーム内でここへ何度かやって来たことはあったが、まさか“このアルフヘイム”にも、なゆたの家が存在しているとは思わなかった。

「しっかし、これは本当に可愛いのか……?
 何事にも限度ってものがあるだろ」

なゆたの家を埋め尽くす無数のスライムたちを、真一は白い目で見やりながらツッコミを入れる。
ゲームで見た時は何とも思わなかったが、現実の光景としてスライムの群れを見ると、完全に可愛いを通り越してグロテスクな映像になりかけていた。

>「……チームをふたつに分ける、ってのは。どうかしら?」

>「ライフエイクはわたしたちに客寄せパンダを求めてる。わたしはそれに乗って、トーナメントに出場するわ。
 参加者はあとふたりは欲しいかな。人目を引き付ける担当は、多ければ多いほどいい。優勝の確率も上がるしね。
 で、トーナメント参加者が戦ってライフエイクや観客たちの注目を集めている間に、もう片方がライフエイクの真の目的を暴く。
 そういうことでどう?」

そして、なゆたが振る舞ってくれた手料理を食べながら、今後についての協議が始まる。
なゆたの提案は、このチームを二手に分け、表と裏からライフエイクの企みを暴くというものだった。
確かに今回のトーナメント――ただ大会に優勝すれば良いというだけの簡単なイベントにも思えず、連中が罠を張っている可能性も充分考えられる。
罠に嵌ってチームの全滅を避ける意味でも、二手に別れるのは妙案のように思えた。

「俺はそれで異論ないぜ。カジノでも言った通り、あのデュエラーズなんとかって大会にも出るつもりだしな」

真一はなゆたの案を承諾し、切り分けられたクグロフを一口食べる。
こうしてなゆたが作った手料理を食べていると、昔の生活を少しだけ思い出し、元の世界に残してきた妹や父親の顔が脳裏に浮かんだ。

* * *

273赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/06/26(火) 20:05:54
そして、翌日の朝。

なゆたたちに「ちょっと喧嘩売ってくる」と不穏なことを言い残した真一は、早々と一人で家を出て行ってしまった。
彼が向かったのは、やはり先日も訪れた『失楽園(パラダイス・ロスト)』だった。
今日は真一もインベントリから取り出したスーツを着用し、首元には真紅のネクタイを締め、普段は下ろしている前髪もオールバックに固めていた。

「さて……と。トーナメントの前に、前哨戦と洒落込むか」

真一は自信有り気な笑みを浮かべ、勢い良くカジノのドアを開く。
――この赤城真一という男は、何を隠そうギャンブルが大得意だった。

その才能が開花したのは中学時代。
彼が通っていた中学では、部室棟が本校舎からかなり離れた場所に位置しており、教師の見回りもほとんどないため、不良生徒たちの根城と化していた。
酒やタバコなどの持ち込みは当然。更に、ラグビー部の不良が麻雀牌を持ってきたのを切っ掛けに『部室棟ギャンブル』と呼ばれるギャンブル大会が始まったのは、真一が中学二年の時だった。
そこで上級生から目を付けられていた真一は、三年の先輩たちが雀卓を囲むのに呼ばれ、生まれて初めて麻雀牌を握ることになる。
無論、真一はカモにされるために招かれたわけだが、その時真一に眠っていたギャンブルの才能が芽を開く。
麻雀はルールくらいしか知らなかった真一が、野生の勘としか思えない天賦の危険牌察知能力と、持って生まれた度胸を活かした闘牌で上級生らを圧倒し、それを皮切りに真一の連勝街道が始まった。

部室棟ギャンブルで開かれる種目は、主に麻雀、チンチロ、おいちょかぶの三種類だったが、その全てで真一は圧勝を続け、ギャンブル大会は僅か半年足らずで終幕を迎えることになる。
彼のギャンブラー力は、未だに地元の不良連中の間では『湘南のアカギ伝説』として語り継がれているらしい。


――という経歴を持つ人間なので、ブレモンのゲーム内でも、カジノは金策のために度々利用していた。

そしてカジノの中に入った真一は、店内をざっと見回してから、とりあえず入り口付近にあったスロットの前に座る。
スロットはゲーセンのコインゲームで何度もやったことがあるので、真一は手慣れた操作でリールを回す。
最初の内は上手く行かなくて空振りを続けるが、何度かやっている間に絵柄の配列を覚え、次第に目押しで777の数字を揃え始めると、排出口にも大量のコインが溜まっていく。
そんなスロット遊びを小一時間ほど続け、充分に軍資金を蓄えた真一は、店内に見知った顔を見付けてスロット台を離れた。

「……おや、これはこれはお客様。本日はお一人ですか?」

それは、先日の一件でライフエイクの隣に控えていた男――レアル=オリジンだった。

「ああ、ちょっと遊びに来ただけさ。
 ここはホールデムのテーブルか? 俺も混ぜてくれよ」

今日のレアルはウェイターではなく、ポーカーのディーラーとしてカードを配っていた。
真一も参加していいかと問い掛けると、レアルは口元に微笑を携えながら「勿論、歓迎しますよ」と真一の席を用意する。

このカジノで行われているポーカーは、テキサス・ホールデムと呼ばれるカジノポーカーの代表的な種目だ。
ディーラーは共有(コミュニティ)カードという5枚のカードを場に出し、プレイヤーは各々に配られた2枚の手札と組み合わせて、誰が一番強い役を作れるかを競うゲームである。
単純なルールでありながら、5枚ものカードが見えている点から通常のポーカーよりも奥深い心理戦を楽しむことができ、プレイヤーにも難しい駆け引きが要求される。

「それでは皆さん、ゲームを始めましょうか」

ディーラーのレアルはもう一度ニッコリと微笑むと、卓につくプレイヤーたちにカードを配り始めた。

* * *

274赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/06/26(火) 20:06:28
それからしばらくゲームは続き、最初は八人ほど座っていたプレイヤーも、残りは二人だけになってしまっていた。

一人は真一。そして、もう一人は如何にも成金といった風貌を持つ豪商の男。
残りのメンバーは天井知らずの賭け金でチップを失い、既に脱落している。
これだけのロングゲームになると、強制ベット(ブラインド)もかなりの額まで跳ね上がっていた。

現在、コミュニティカードとして見えているのはハートの2、ハートのA、ハートのK、クラブの2、ダイヤの3。
真一はその5枚と自分の手札に目を落とすと、卓上に置かれたチップに手を伸ばす。

「――――レイズ」

真一はそう言うと、手元のチップを上乗せ(レイズ)し、賭け金を更に釣り上げる。
その様子を見て、対面に座る豪商の男は、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。

「コールだ! 随分と威勢がいいじゃないか、小僧」

男は真一の賭け金に合わせて(コール)、同額のチップを並べる。
どうやら相手も自分の手札には自信があるようだった。

「……だが、十年早かったな! フルハウスだ、チップは頂くぞ」

そして、二人が勝負に出たため、手札を開示して役の強さを競うことになる。
相手の手札はダイヤのAとクラブのA。つまり、Aが三枚と2が二枚のフルハウスだ。
これだけの強力な役を揃えていたのであれば、あの自信にも頷けるというものである。

「悪いな、フォーカードだ」

しかしながら、真一の役はそれを更に上回っていた。
手札はスペードの2とダイヤの2。2が四枚のフォーカード。確率0.1%の上級役である。
真一が何事もなかったかのように開いたカードを見て、豪商の男は怒り顕に声を荒げる。

「フォーカードだと……!? クソッ、運だけは良いみたいだな。
 だが、そんな偶然が何度も続くと思うなよ!」

男が鼻息を荒げながら椅子を蹴り飛ばすのを横目で見やりながら、真一の視線は、カードを配るレアルの手元を注視していた。


そして、更に続く次のゲーム。
そこで開かれた5枚のコミュニティカードを見て、いつの間にか卓を囲んでいた大勢のギャラリーたちが、どっと歓声を上げる。
場に出たカードはハートの2、クラブの3、スペードのA、スペードのK、スペードのQ。
つまり、互いの手札次第では――最上級の役(ロイヤルストレートフラッシュ)の完成も有り得るというわけだ。

「レイズだ」

真一はそれらのカードを一瞥すると、迷いなく自分のチップに手を伸ばし、その半分を賭け金として積み上げた。

「フンッ、そんなもんハッタリに決まっとるわ! 付け上がるなよ、小僧……コールだ!!」

相変わらず強気の姿勢を見せる真一に対し、相手はポーカーフェイスもどこへやらという面持ちで、同額のチップを積む。
だが、彼の判断は恐らく正解なのだろう。
この状況で都合よくロイヤルストレートフラッシュが揃うことなどまず考えられず、真一の態度はただのハッタリだと見た方が正しい。

しかし、真一はそれに対して一切躊躇することなく、更にチップへ手を伸ばす。

「レイズ。――――オールインだ」

その発声を聞いて、ギャラリーたちの間にもざわざわと異様な空気が流れ始めた。
真一の答えはオールイン――つまり、今まで勝ち取ったチップの全賭けである。

「オールインだと……!?」

ここまでは豊富な資金力を活かし、常に攻め続けていた豪商も、ついに額から一筋の冷や汗を流す。
このゲームで稼いだ真一のチップは既に相当な額であり、それを全て積み込むとなれば、勝っても負けても千万ルピ以上に達する。
幾ら潤沢な財産を持つ豪商といえど、それだけの勝負に出るためには、かなりの勇気が必要なのだ。

チップを積んだ真一は、鋭い眼光で豪商を射抜く。
理性的に考えれば、こんなものはハッタリに決まっている。しかし、先程の勝負で真一が発揮した強運や、無言の圧力。ゲームの流れ。
それら全てが豪商の脳裏に“最悪のイメージ”を連想させる。
そして、ついに彼の口からは、コールの一言を発することができなかった。

「ちっ……降参(フォールド)だ」

その言葉を聞いて、彼らを囲んでいたギャラリーは更に沸き立った。
真一もようやくニッと笑みを浮かべ、手札の2枚を卓上に伏せる。
真一の手札はダイヤの4と、ハートの6。――つまり、全くの役無し(ブタ)だったのだ。

「十年早かったな、オッサン」

真一は相手の男にそう言い残すと、勝ち取ったチップの山を抱え、ポーカーの卓を後にしたのであった。

* * *

275赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/06/26(火) 20:07:39
「――見事なお手並みでしたよ、お客様」

真一が上機嫌でカジノを出ようとすると、その出入り口にはレアル=オリジンが立っていた。
彼は相変わらず柔和な笑みを浮かべながら、細目で真一の姿を見やる。

「……ハッ、ゲームのシナリオまでコントロールしといてよく言うぜ。このペテン野郎が」

真一がそう言い返すも、レアルは表情一つ崩さず、真一へ向けた視線を外さない。

ディーラーがカードを操作する術は、無数に存在する。
例えばシャッフルの仕方や、カードの配り方。或いはトランプ自体への細工。
真一は途中から気付いていたが、先程のゲームにおいてレアルは配るカードのほぼ100%を完全にコントロールしていた。
真一が都合良くフォーカードを揃えたのも、最後の勝負でブタを掴まされたのも、全てはレアルのシナリオ通りだったというわけだ。
つまり、あのゲームの本質はレアルの意図を読み、または逆手に取って立ち振る舞うことにあり、他のプレイヤーとの戦いというよりは、レアルとの戦いだったと言い換えても差し支えないだろう。

「今回の前哨戦は、私の敗けということにしておきますよ」

真一の言葉を肯定するような内容も問題だが、レアルの発言には、もっと気になる部分が含まれていた。

「……ってことは、やっぱりアンタも参加するんだな。あのデュエラーズなんとかって大会に」

「ええ。その時は、私の本気をお見せしましょう」

先日、VIPルームを出る際にレアルが見せた狩人のような眼光で、真一は何となく相手の本性に気付いていた。
こうしてカジノに訪れたのも、それをもう一度確認したかったからというのが大きい。

「――上等だ、また返り討ちにしてやるよ」

真一は口元に不敵な笑みを浮かべると、そのまま振り返ることなく、カジノを後にした。


――デュエラーズ・ヘヴン・トーナメント開催まで、残り六日。



【カジノで大暴れ。レアル=オリジンへの宣戦布告】

276明神 ◆9EasXbvg42:2018/07/03(火) 04:22:45
>「それは……。え、と……初心者の私に何が出来るかは判りませんし、
 無条件に約束をするのは損なので、申し訳ありませんがお断りします」

俺の邪悪な提案に、しめじちゃんは難色を示した。
まぁ当然っちゃ当然だ。俺に協力したところで彼女にはなんのメリットもない。
そもそも俺の要求は、しめじちゃんにとって手札を他人に知られるリスクを孕んだものだ。
漂流者御一行様のなかでしめじちゃんだけに見返りを求めるっつうのも道義を欠いた話だろう。

むしろバルログの件をいつまでも引き合いに出して譲歩を求める俺の方が大人げなくて、しかも卑劣だ。
同情くらいは買えるかと期待してたが、歳不相応に賢しいしめじちゃんにそいつは通用しなかったらしい。
やべー無茶苦茶カッコ悪いな俺。なんかこう取り繕う感じのこと言っとくか。

「……そっか。ああいや、忘れてくれ。この件でこれ以上君に何かを求めるつもりは――」

>「ですが……今度、明神さんのクリスタルで一回だけガチャを引かせてくれるなら、いいですよ?」

……お?おおお?
眼の前でクソ醜態をかました大人に対して、しかししめじちゃんは若干の温情を示した。
マジで?正直なゆたちゃんあたりにチクられても仕方ないくらいの厚顔無恥な要求だったんだけど!

俺の肩で腐肉を咀嚼してる蛆虫を、撫でるように指で突つくしめじちゃん。
その表情に、初めて会ったときのような、怯えと絶望の入り混じった暗さはない。
ダンジョン内でも頑なに自分の能力を明かしたがらなかった彼女が、僅かに見せた歩み寄り。
きっとそれは、この世のどんなものよりも儚くて、そして尊いものだ。

「……水臭いこと言うなよ、10連を引かせてやるぜ。ちゃんとレア排出確定の奴をな」

ともあれ、これで約定は成立した。
この取引が悪魔との契約となるかどうかは、俺の立ち振舞如何によって変わる。
まあ悪魔なんですけどね。しめじちゃんが協力してくれる以上、この俺に敗北はない。
雁首揃えて待ってろよリア充共……最高に迷惑なタイミングで裏切ってやるぜ……!

邪悪なる後の災いを身中に抱えて、漂流者パーティはカジノへと向かった。



277明神 ◆9EasXbvg42:2018/07/03(火) 04:23:43
ソシャゲ然りネトゲ然り、プレイヤー間取引のあるゲーム全般に言える経済要素の至上命題とされてきた課題がある。
貨幣価値の維持。ゲーム内通貨は価値が暴落しやすく、ほっとくとすぐインフレが起きるのだ。

全プレイヤーの総資産、つまりゲーム内で流通させられる貨幣の額は、基本的に増えることはあっても減ることはない。
ログインボーナスやらクエストの報酬としてシステムから排出されるルピは、プレイヤーの数だけ毎日増えていく。
ブレモンみたくプレイヤーが日毎に増えてるような、脂の乗ってるゲームは特にその傾向が強い。

仮に一日にプレイヤーが入手できる貨幣の最低額がざっくり1000ルピだとしよう。
ブレモンの同時接続数は確か100万ちょいだったから、どんぶり勘定でも毎日最低10億ルピがシステムから排出されてるわけだ。

このルピの供給過多は、結果としてルピ自体の価値を大きく引き下げることに直結する。
毎日ハイパーインフレが起きてるようなもんだ。
貨幣は希少だからこそ、流通が制限されているからこそ額面通りの価値を持つ。
プレイヤーの持ってるルピの額が多すぎると、値段が固定なNPC販売のアイテムが意味を失っちまうのだ。

実装当初は高すぎて誰も手が届かなかった、店売り最強の武器。
今のインフレ具合なら、30分くらい金策するだけでインベントリ一杯になるまで買えるだろう。
店売りの武器よりも、それを修理するための鉱石のほうが高値がついてる始末だ。
NPC販売品の価格が安くなるイベントが「誰得セール」なんて呼ばれるわけだぜ。

通貨のインフレを是正するために、運営側はあの手この手でルピを回収する施策を講じてきた。
貨幣価値を元に戻すなら、ルピの流通を制限する、つまり排出したルピ徴収するのが手っ取り早い。
装備の修理やパートナーを回復させるための宿屋の料金、鉄道や飛空艇の使用料。
アバターやパートナーを着飾るコスチュームに、ルームに置く家具。
ルピとは別にトークンと呼ばれる代替貨幣を用意して、レアアイテムの取引はそっちでしかできないようにしたりとかな。

とはいえ、極端なルピの回収はプレイにも支障が出る。
最もルピが入り用となる初心者層からルピを奪っちまったら、まともに冒険することもままならない。
徴収するなら金の余ってるところからっつうのは現実と同じだ。
カジノが実装されたのも、メインシナリオのプレイと関係ないところで過剰なルピを回収するための経済措置ってわけだな。

まぁつまり何が言いたいかっていうと……。
俺たちプレイヤーは、アルフヘイムに生きるどんな大富豪よりも金を持っていて。
このカジノは、馬鹿みたいな金額がポンポン飛び交っては溶けていく、マジモンの魔境だってことだ。

>「勝ったり負けたりで結局負けてきているし、ここらで逆転しますえー!」

自信満々にルーレットの卓に座った石油王は、早くも大負けを掴んでいた。
この時点でスった額は600万。早くも俺の年収を軽く超える額の金が賭博台の露と化した。
おいおいおい。必勝法知ってるんじゃなかったんすか石油王さん。おもかす負けてますやん。
ディーラーが薄ら笑いでチップを石油王の卓から引き寄せる。俺の金じゃないけど心臓に悪いわ……。

「石油王、石油王。そろそろこの辺で引いといた方がいいんじゃねえかな……次負けたら1000万の大台だぜ」

>「ここで引いたら女が廃るわ!大勝負行きますえー!」

俺の忠告虚しく、石油王は新たなチップを台に乗せた。
ひええ、倍賭けかよぉ……1000万っつうとアレよ?ガンダラなら一等地に土地買えちゃうよ?
おめー必勝法ってひたすら倍々で賭けてく奴だろ。
そりゃいつかは大勝ちして掛け金回収できるだろうけど、そのいつかが来る前に原資が尽きりゃそれまでだ。
俺その方法でトータルプラスになった奴見たことねえもん。

>「これで終わりやと思うた?」

案の定ルーレットは石油王の賭けた色を外し、三倍の1800万ルピが一瞬で消し飛ぶ。
石油王はさらに三倍プッシュ。5400万が溶けたあたりで、ディーラーの顔から微笑みが消えた。
なゆたちゃんが真剣な声音で石油王を制止するが、聞く耳を持たないギャンブラーはついに億に手を出す。
うーんなゆたちゃん名演ですねぇ。俺ちょっとお母さんに怒られたこと思い出してビクってなっちゃったわ。

278明神 ◆9EasXbvg42:2018/07/03(火) 04:24:58
――そう、俺の忠告も、なゆたちゃんの制止も、全部演技だ。
石油王から藁人形越しに指示が飛んだ時は、その金の使い方に感心せざるを得なかった。
石油王はもとから、カジノで勝とうなんざ考えちゃいない。

まぁどんだけ石油王が強運の持ち主でも、対ディーラーのギャンブルで勝てるわけがねーのよ。
この手のカジノって最終的に絶対に胴元が勝つように出来てるし、ディーラーはそれを実現する技術を持ってる。

ルーレットの出目を操作することくらいは朝飯前だろうから、デカい賭けほど当たりを引く可能性は0に近づいていく。
人魚の泪とやらが仮にカジノの高額景品でも、正攻法で交換額までコインを稼ぐのはまず不可能だ。

とまぁ、そういう前提を踏まえたうえでだ。
潤沢な軍資金を背景にして、そいつを最大限活かす方法。
意外や意外、それは『大負けすること』である。

カジノは夢を売る場所。客たちはみな、一攫千金の夢を見るためにここに集う。
人間一人の人生なんか軽く塗り替えちまえるような額を賭けて、一矢も報いることなく討ち死にしたギャンブラーの姿に、
誰が夢を見れるだろう。人生を賭けてギャンブルに挑むだけの、勝算を得られるだろうか。

億超えの配当を石油王に掴ませて、短期的な大損失を被るか。
他の無数の客たちから夢を奪い、カジノから足を遠のかせて、長期的に致命的な損失を被るか。

その二者択一を、伸るか反るかのギャンブルを、石油王は『カジノ側へ』強いたのだ。
どっちがディーラーかこれもうわかんねぇな。

>「なあ、真ちゃん、ウィズリちゃん?」

ディーラーから視線を外さないまま、石油王は真ちゃんとウィズリィちゃんに問いかける。
表情はいつもと変わらないにこやかなものだったが、俺には理解(わかる)!
石油王、目が笑ってねぇ……!

その無言の圧力に気圧されたのか、しめじちゃんが一歩下がって俺の後ろに隠れる。
まー気持ちは分かるよ。俺だってこえーもん石油王。どういう心臓してんのこいつマジでさぁ!

「……しめじちゃん?」

ドン引き半分、畏怖半分の俺と違って、しめじちゃんはガチで怯えていた。
俺のスーツの袖を頼りなげに掴む彼女の手から、蒼白な震えが伝わってくる。

いつも穏やかで飄々としてる石油王が、チラっとだけ見せた、仲間への釘刺し。
その生々しい大人特有の圧力は、矛先の向いていないしめじちゃんですら、怖れを感じるものだったらしい。

「大丈夫だ、大丈夫」

俺のケツのあたりで子犬のように震えるしめじちゃんに、俺は薄っぺらい言葉をかけた。
何が大丈夫なのかとか、何をもって大丈夫と言えるのかとか、そういう中身の一切ない空っぽの言葉。
だけど……嘘を言ったつもりはない。彼女の不安を少しでも取り除けるなら、俺は繰り言を現実に変えよう。
子供を背負った大人は無敵だからよ。

>善い悪いの話やのうて、自分がなぜ戦っているか理解して納得した上で動きたいよってな
>ここらで状況を把握しておきたいんやわ〜」

石油王の問いは、先のタイラント戦での二人の不可解な行動についてだった。
タイラントを見るなり飛びかかっていった真ちゃん。
アルフヘイムの守護者であるはずのタイラントを敵対勢力と断じ、破壊するよう指示したウィズリィちゃん。

あの土壇場でなし崩し的に戦う羽目になった俺たちだったが、今考えりゃ二人の行動には合理性がない。
ウィズリィちゃんに至っては、タイラント絡みの一件がニブルヘイム側の破壊工作だと言われても納得できちまう。

結局のところ、俺たちはウィズリィちゃんのことを異世界の原住民であること以外に知らない。
彼女に勅命を下した『王』とやらが、本当にアルフヘイム側の存在かどうかも、確たる証拠はないのだ。

個人的かつ感情的なことを言うなら、そりゃウィズリィちゃんが敵だとは思っちゃいねえよ。
彼女がいなけりゃ俺たちは生きてガンダラにたどり着けなかっただろう。

それに……ガンダラの街並みや雑踏の一つ一つに驚き感動する彼女の姿が、全部嘘で俺たちを油断させるための演技だったとは、
多分、俺は思いたくないのだ。

279明神 ◆9EasXbvg42:2018/07/03(火) 04:25:57
そいつはきっと、石油王も同じ気持ちだろう。
だからこそ、なあなあで、疑念を抱いたままにしておくことをやめた。

彼女を信じる根拠が、一つでも、わずかな欠片でもあるなら……推定無罪でも構わない。
少なくとも俺は、それでウィズリィちゃんを信じられる。

>「単純な話よ。とは言っても、これはわたしもスペルで見たから知ったようなものだけど。

時間にしてみればほんの数秒、だけど気の遠くなるような沈黙を経て、ウィズリィちゃんは口を開いた。
彼女の弁を要約すると、クソポンコツタイラント君が本調子じゃなかったのは、起動直後だったから。

バルログがずっとその場にいたにも関わらず、俺たちが試掘洞10階に入った途端に起動したってことは、
あのタイラントはニブルヘイム側じゃなく、アルフヘイム側に敵対するようになってたってことだ。

タイラントの敵対設定が書き換わってた理由は不明だが、少なくとも現状で把握できる事実はそれだけ。
ウィズリィちゃんの言葉には、確かに筋が通っていた。

>「俺は……正直言って、自分でもよく分からねーんだ。

真ちゃんは……自分で言ってる通りよくわかんねーな。
こいつがタイラントを目の前にして意識がどっかに飛んでたのは俺も見てる。
呆然と立ち尽くした後に、急にあいつヤベー奴だとか言い出して突撃してったからな。

なんかこう、真ちゃんだけが謎の電波を受信したんだとしてもそれは突飛な話とはならない。
そもそもゲームの世界に人間が何人も取り込まれてるこの状況自体が突飛過ぎるからよ……。

まぁ真ちゃんの白昼夢はとりあえず置いとこう。
結果的にタイラントがやべーやつだったことは確かだしな。
問題は……ウィズリィちゃんをこのまま信用しちまっても良いかどうか。

「……俺は当面、ウィズリィちゃんを信じることにするよ、石油王。
 信じる根拠が十分ってわけじゃねーけど、信じない根拠もそんなにねえからよ。
 疑わしきが罰せずなら、特に疑わしくねえ場合はもっと罰せず。とりあえず俺は、それで良い」

それに――仮にウィズリィちゃんが邪悪なる意志のもと俺たちに近づいたとして。
彼女のバックにニブルヘイムのラスボス級が控えているとして。

「この判断が後の災いを招いたとしても、そんなチャチな災い如きにやられるつもりなんかねえだろ?
 ……俺たちが、何回世界を救ってきたと思ってんだ」

>「お客様、随分と熱くなっている御様子

仲間内に生まれた心地よいギスギス感に俺が狂喜している一方で、カジノの方でも動きがあった。
台に積まれた億超えのチップとは別次元の、不可視のギャンブルは――石油王の勝ちだ。

脂汗を流すディーラーを見るに見かねたのか、ウェイターがシャンパンをサーブしつつ別室への移動を提案する。
これ以上カジノの潜在的な利益を損失する前に、高額ギャンブル自体を差し止めに来たのだ。

ここまで完全に石油王の目論見通りなんだろうけど、これ結構ヤバくない?
黒服の怖いお兄さんたちに裏に連れてかれるやつじゃん。濃密な「暴」の気配がしますよ。

大丈夫かなぁ……大丈夫か。なんてったってこっちにはベルゼブブと生身で殴り合った男がいる。
頼りにしてますよ真ちゃん先生!やっちまってくださいよ!暴の嵐を吹き荒れさせてやろうぜ!

>「皆様方、こちらがVIPルームでございます。
 中には責任者がおりますので、此度の件を含めて暫しご歓談を頂ければと思います」

怖いお兄さんに連れて行かれた先は、石油王の要望通りのVIPルームだった。
これ本当にVIPルームなんですかね。なんかこうアウトロー的な文脈のVIPルーム(皮肉)とかじゃねーよな?
果たして分厚い扉が開け放たれた先は、俺の危惧していたような拷問室ではなく、ちゃんとした応接間だった。

>「ライフエイク様。遊技場で少々御戯れをなさっていた、彼の『王』の関係者の方々をお連れしました」
>「……ご苦労だった、レアル=オリジン。暫し、其処で待て」

280明神 ◆9EasXbvg42:2018/07/03(火) 04:26:57
レアルオリジンとか呼ばれたウェイターはしずしずと場を上司に引き継いで一歩下がった。
ほんでこのいかにもなマフィア面したおっさんがライフエイクね。はいはい、明神覚えました。

……どっちも知らねえキャラだ。
リバティウムのカジノ絡みのイベントは俺も一通りこなしたが、こんな連中名前すら出てきやしなかった。

ある程度予想はしてたけど、やっぱ変なところでゲームの方のブレモンと乖離がある。
暫定未来――俺たちのプレイしてたブレモンの時代には、こいつらはもう退職してたってのか?

>「……お初に御目にかかる。俺は此処の責任者のライフエイクだ。ガンダラから遠路遥々、ようこそ。王の客人達よ」

マジかぁ……。ガンダラに、『王』と来たか。どこまで掴んでんだこいつら。
俺たちのことをライフエイク某がどの程度知ってんのか、こいつはかなり深刻な問題だ。
今こいつの語った情報、そいつが単なる推測であるなら、情報源は大体想像がつく。

俺たちはガンダラからの列車に乗ってこの街に来たし、入門の際に王の手形を見せてる。
その情報をこの短時間で入手出来るってことは、ライフエイクはリバティウムの政治的に主要なポストも握ってる大物ってこった。
まあカジノの元締めだしな。そんくらいは予想の範囲内ではある。

問題は、最悪を想定しなきゃならないのは――ライフエイクが別にリバティウムの要人ってわけでもない場合だ。
じゃあこいつは俺たちの身元をどっから知ったのって話になるわけで。
否が応でも、クソボケうんちカスカスガラクタポンコツタイラント野郎のことが頭を過ぎる。

アルフヘイム、ひいては俺たちに敵対的で、しかもタイラントの脳味噌を弄り回せるような技術持ち。
ライフエイクがそのお仲間である可能性も、考えなきゃならなくなる。

>「飲み物はワインで宜しいかな。ああ、そちらのお嬢さんはジュースがいいだろう」

俺たちに走る緊張なんぞどこ吹く風で、ライフエイクはお飲み物をサーブした。
今更毒殺ってハラでもねぇだろう。俺はソファにどっかり腰を落として受け取ったワインに口を付けた。

……うんま。なにこれ。俺の愛飲してるマックスバリューの2L780円ワインと全然違う……。
これ飲んじまったらガンダラのぬるいビールなんか牛のションベンだわ。ションベンおいしいです!

レアル=オリジンにワインのお代わりを要求しながら、俺はなゆたちゃんとライフエイクのやり取りを眺めていた。
この手の交渉事は陽キャ組に任せといて問題あるまい。ぼくしらないひととおはなしするのにがて……

しかしまぁ、なゆたちゃんホント物怖じしねぇなぁ……相手ヤーさんだよ?ちっとはビビろうよ。
ポヨリンさんを殴り殺せるヤクザなんかこの世界にゃ存在しねえと思うけどさ。

>「いかにも。『人魚の泪』はここにある」

うわぁお、いきなりビンゴかよ。流石神ゲー、プレイヤーの動線に無駄がねぇや。
正直こんなトントン拍子に話が進むとは思っちゃいなかったが、案の定一筋縄じゃいかないらしい。
ライフエイク某的にも、人魚の泪はコイン億枚積まれたっておいそれと蔵出し出来ない代物のようだ。

>「……デュエラーズ・ヘヴン……トーナメント……」

提示された条件。それは、カジノ主催のトーナメントに出場し、優勝すること。
その優勝賞品こそが、俺たちがおじいちゃんからおつかい頼まれてる人魚の泪ってわけだ。

「トーナメントねぇ……。なゆたちゃんよーく考えろよ、こいつは多分おそろしく割に合わねえぞ」

なんかいい感じに盛り上がってるところに水を差すのもアレだけど、俺は一応釘を打っとく。
非合法なカジノがファイトクラブも兼ねてるってのは現実世界でも珍しくねえ話だ。
非合法ゆえの、暴力のぶつかり合い。流血沙汰はもちろん、人死にだってギャラリーは大歓迎だろう。

自分自身の命をベットするギャンブルだ。そりゃリターンは多きかろうが、そいつはあくまで勝てばの話。
負けりゃその後に控えてるのは、その場で殺されるか、臓器抜かれて殺されるかの二択。

当然対戦相手だって本気で殺しにかかってくる。殺らなきゃ殺られるのは自分だからな。
端的に言うなら、危険だ。危険過ぎる。女子高生が飛び込むような世界じゃねーってことは確かだ。

>「……みんな、どうする? わたしは――出る。トーナメントに出場するわ」

「……だと思ったよ」

281明神 ◆9EasXbvg42:2018/07/03(火) 04:28:01
なゆたちゃんはすげえイイ顔で参戦を決意した。俺は目頭を揉んで首を振った。
はいはいはいはいわかってましたよおめーはそういう奴だよ!

ベルゼブブのときも、バルログのときも、なんだかんだ一番ノリノリだったのがなゆたちゃんだ。
こんな血湧き肉躍るようなイベントごとをスルーするわきゃねーよなぁ。

>「聞くまでもねーだろ? 俺は勿論出るぜ。
 力尽くで取りに来いって話なら、ガンダラの時よりもずっと分かりやすくていいや」

そーだね!おめーもそういう人種だったね!!
真ちゃんに関しては論ずるまでもなく飛びつくってわかってたよ!こういうの好きそうだもんな!
もーやだこの戦闘民族夫婦。

でもまぁこいつらが率先して進んでくれるおかげで、俺たちは停滞することなくここまでこれた感はある。
これからも弾除け件マインローラーとして地雷原を突き進んでいただきたい所存です。

>「エントリーはこちらで済ませておく。他の客人も、参加希望者はいつでも言ってくれれば応じよう。
 トーナメントの開催は一週間後――客人らは当日までじっくり英気を養ってくれ」

我が意を得たりとばかりにライフエイクは犬歯を見せた。
当人はにこやかな笑みでも浮かべてるつもりなんだろうが、肉食獣が牙を剥いてるようにしか見えなかった。
なゆたちゃんが席を立ち、俺も最後の一杯を飲み干してからそれに続く。

レアルさん瓶一本お土産に来んねーかな……いいの?マジで!?うひょお!明神おさけだーいすき!
見るからに高級そうなワインボトルをこれまた上等な紙に包んで貰って、俺はホクホク顔でVIPルームを出た。

>「宿泊先はもう決まっているのかね? 客人たちさえよければ、当カジノのホテルに部屋を用意させるが……?」

帰り際、ライフエイク様がそうお声をお掛けになられた。
その高貴なるお言葉は私の心に染み入り、お心遣いへの感謝の念で胸がいっぱいになりました。
流石高級ワイン配布してくれる運営様はサービスがちげーわ。ブレモン運営も見習ってやくめでしょ。

>「結構よ。お気持ちだけ受け取っておくわ、ミスター。それじゃ、また後日」

ヘイヘイヘーイ!ホテルとってくれるっつうんだから泊まってけばいいじゃん!
ライフエイクさん悪い人じゃないって!俺にはわかるよ!超わかる!おさけくれたもん!

……まぁ俺の個人的な恩は置いといて、連中の懐で安眠出来る気がしないのには俺も同感だった。
ライフエイク。紳士的に振る舞っちゃあいるが、奴は決して善人なんかじゃない。

おそらくは意図的に、『匂い』を隠さなかった。同属にだけ香る、ゲロ以下の匂い。
邪悪なる者の匂いが、ライフエイクからは常に漂っていた。

「舐めやがって、バレバレなんだよ」

俺はワインの包み紙を破り取った。
うまいこと加工してやがるが、こいつはスペルカードだ。
『盗聴(タッピング)』か『発信(パッシブバグ)』か……その辺の術符屋でも売ってる狩猟用コモンスペルのどれかだろう。

俺のお土産要求にサっとこれをお出しできたってことは、普段からこの手の工作を内外に向けて行ってるってこった。
仕込まれたスペルに気付かず重要な情報を漏らしてくれれば御の字。
気付かれたとしても、スペルに気付く程度の魔術知識と脳味噌はあると知れれば、それも有用な情報ってわけだ。
なんのこたぁない。戦いはとっくの昔に始まってて、戦闘開始のゴングなんてもんは終わり際にしか鳴らないのだ。

「権謀術数、上等じゃねえか。裏工作がてめえだけの十八番だと思ってんじゃねえぞ。
 俺はバトルで負けたことはあっても、陰湿さで他人に負けたことは一度もねえんだ。
 てめえがドン引きするくらいネチネチと追い詰めてやっから覚悟しとけよ。あとワインありがとうございました」

スペルに向かって言いたいだけぶち撒けて、俺は包み紙を丸めて燃やした。
まあこんだけ啖呵切っといてこのスペルが単なる『発信』だったら赤っ恥もいいとこだけどな!

「……さて、行こうぜ。つってもこの街のどこまでライフエイクの息がかかってるかわかんねーし、
 リバティウムに安全な宿なんてあるのかね」

>わたしに当てがあるから。わたしの予想が正しければ、きっとあそこに――。」

282明神 ◆9EasXbvg42:2018/07/03(火) 04:29:06
俺の問いに、なゆたちゃんは腹案ありとばかりにスイスイと歩を進めた。
リバティウムの商業区を抜け、ホテルや宿屋の並びを抜け、水路をゴンドラで遡る。

「おいおい、こっちは居住区だろ。まさか民家の土間でも借りようってのか?」

流石に6人でお邪魔すんのは迷惑だろー……と要らぬ心配をする俺をよそに、
なゆたちゃんはまるで目的地が完全に決まっているかのように、ゴンドラの漕手に指示を出した。

やがてたどり着いたのは――運河に面した一軒の豪邸。
なゆたちゃんはあろうことか、呼び鈴すら鳴らすことなく鉄門扉を開いて中に足を踏み入れた。

「ちょ、ちょっちょっと待てよ!ドラクエじゃねーんだぞ!他人ん家に勝手に入ったら――」

見た所この家はかなりの金持ちの邸宅だ。
それもそのはず、ここは押しも押されぬリバティウムの一等地、立ち並ぶ住宅は一様に豪邸ばかり。
んなところの敷地に不法侵入すりゃ、門番なり番犬なり警備兵なりに追い回されるに決まってる。

果たして、俺の危惧した事態には陥らなかった。
門番はおろか番犬なんてものは尻尾の先すら見えなくて、代わりに庭を駆け回ってるのは――

「――スライム?」

前庭を抜けた先にある玄関は、ドアノッカーまでスライムの形状だ。
鍵はかかってなかった。扉を開いた先には、屋敷内を自由闊達に賭ける無数のスライムたち。

>「あ、みんなゆっくりして? 疲れたでしょ、客室は二階だから、好きに使ってくれていいわ」

……あ。なんかわかっちゃった。大体わかっちゃったけど。
いやそれおかしくねーか?主に時系列がなんかおかしなことになってない?
なにかこう触れちゃならない疑問に頭が支配されるなか、スライムを構っていたなゆたちゃんは言った。

>「ここ、わたしの家」

「なん……だと……!!?」

過去のブレモン世界であるはずのアルフヘイムに、なぜかなゆたハウスが建ってる謎はともかくとして。
それよりも、そんなことよりも、もっとドでかい驚愕が俺の背筋に稲妻を奔らせた。

「こ、この女……『地主』だったのか……!?」

――地主。
それは、大人気ゲーム『ブレイブ&モンスターズ』において、極めて限られたプレイヤーだけが手にできる称号。

正真正銘の、選ばれし者の中でさらに選ばれし者だけが到達できる領域。
マイルーム機能のハイエンドコンテンツ、すなわち土地と邸宅を所有するプレイヤーのことを指す言葉だ。

ソシャゲには珍しくもない、箱庭やマイルームといった機能。
プレイヤーごとに与えられた部屋に、自由に家具を配置してフレンドとか呼んだりできるコミュ要素だ。

しかしブレモンのそれが他のゲームと異なるのは、フィールドに存在する街に土地を買って、家を建てられる点にある。
まさに今俺の目の前にある、リバティウムに建てられたなゆたハウスがその例の一つだ。

とはいえ、誰もが自由に家を建てられるわけじゃない。
土地と邸宅の所有が、バトルとは別の意味でハイエンドコンテンツとされるのには理由がある。

283明神 ◆9EasXbvg42:2018/07/03(火) 04:30:06
――理由その1。土地がない。

アクティブユーザー100万人の全員が家を建てられるような土地は、アルフヘイムには存在しない。
基本的に固定オブジェクトしかない通常フィールドと違って、箱庭エリアはプレイヤーが自由にオブジェクトを配置できる。
実際のところこれはサーバーにもの凄く負担のかかる行為だ。庭具や家を毎回読み込み直さなきゃならないからな。

だから箱庭エリアは専用のインスタンス鯖に格納されてるわけだが、もちろん鯖の容量だって無限じゃない。
したがって、箱庭機能をフルに使える『土地』ってのはごく限られた数しか存在しないのである。

――理由その2。金がかかる。

箱庭コンテンツは運営の用意したルピ回収機構のひとつだ。
客層も金を持ってるエンド勢に合わせてるから、土地も住宅も購入と維持に馬鹿みたいな金がかかる。
当然立地によっても地代は変わるから、リバティウムなら三等地でも億は余裕でぶっちぎる値段が付くだろう。

――理由その3。ライバルが多い。

箱庭は全てのプレイヤーの憧れ、いつかは手にしたいマイホームだ。
このゲームをやりこんでる奴はみんな家を欲しがるし、ソシャゲはやり込んでる奴が滅茶苦茶多い。
そこへ前述の土地が限られてる要因が噛み合うと、結果として発生するのは熾烈な争奪戦だ。

新しい土地が解放されることをどこからか聞きつけた連中が集い、土地を巡ってバトルが起こる。
土地の契約は早いもの勝ちだから、解放予定の土地に24時間貼り付ける執念と忍耐も要求される。
建築ガチ勢のなかには、チームで複数の土地に張り付く為だけにギルドを組む奴もいるほどだ。

加えて土地転がしで財を成そうと企む輩や、既存の住宅から住民を追い出そうとする地上げ屋が混じって、
箱庭を巡る争奪戦はそれはもう血みどろの混沌を極めることになる。
リアルを完全に捨てた廃人だけが、土地あるいは土地を売った大金を手に出来るわけだ。

よって、ブレモンにおいて土地と住宅を手にできるプレイヤーは、
『莫大なゲーム内資産』と『土地を買い付けるコネ』の双方を兼ね備えてなくちゃならない。

リバティウムは景観の良さと、街自体の利便性の高さから、アルフヘイム全土でも屈指の人気エリアだ。
そこの、しかも運河に面した一等地に邸宅を構える選ばれし民が、いま俺の目の前に居る。
なゆたちゃん。ハイエンド勢だとは思ってたが、本格的に何者なんだコイツ……?

>「みんな、おなか空いたよね? いますぐ支度するから、もうちょっと待っててくれる?」

当のなゆたちゃんはこともなげに旅装をほどき、キッチンへ引っ込んでしまった。
俺は3年近くプレイしてきて初めて足を踏み入れる土地付きの住宅の威容に、ただただ圧巻されるばかりだ。

「すっげ……このテーブル、スライムツリーだ……交易所でも出品されてんの見たことねーぞ」

ブレモンのアイコンの一つでもあるスライムを象った家具は、アイテムデータとしての種類は多い。
しかしそのどれもが、エンドコンテンツで入手できるレア素材を加工しないと作れないものばかりだ。
このテーブル一つ売っぱらうだけでも所持金のケタが7つは増えるぜ。

>「さ、どうぞ! ありあわせのものだし、こっちでの料理は初めてだから勝手がわからなかったんで……。
 もし口に合わなかったらゴメンね。まぁ……まずは食べてみて!」

やがてキッチンから戻ってきたなゆたちゃんの手には、大小様々な皿を乗せた盆があった。
彼女はそれをテキパキとテーブルに配置し、あっという間にリバティウム風満漢全席の完成だ。
パスタにパエリア、煮物にアヒージョ、焼き魚は……これシードラじゃねーか!

「ウソだろ……シードラゴンフィッシュが食える日が来るとは……いただきます」

時価300万ルピは下らないレア魚、シードラゴンフィッシュの香草焼きに箸を入れる。
ズワッという軽快な手応えと共に皮から離れたその純白な身を、胸の高鳴りを抑えつつ口に入れた。

「う……うまっ……うまっ……」

駄目だ、うまい以外の感想が出てこねえ。身体が芯から震えるのが分かる。
ガンダラのマスターの料理も美味かったけど、なゆたちゃんの料理スキルも負けちゃいねえ。

ああー心がバブミを帯びていくんじゃぁ〜。クソッ、なんでなゆたちゃんは俺のママじゃねえんだよ!
ふざけやがって!ふざけやがって!!!なんか涙出てきたわ!もうこれが人魚の泪で良くない!?

284明神 ◆9EasXbvg42:2018/07/03(火) 04:31:34
「しめじちゃんこれ食ってみろよ。世界の全ての邪悪を赦せる気持ちになるぜ」

シードラ焼きをしめじちゃんに勧めつつ、俺はアヒージョにも手を伸ばす。
アヒージョ……わりとレシビが単純だから俺もよく自炊で作るけど……なんだこれ……俺の作るのと全然ちがう……
油の一滴まで無駄にしたくねぇ……バケットを……バケットをください……浸して食べます……

「ウィズリィちゃん、海の幸は食ったことあんのか?見た目はアレだけどタコうめーぞ、タコ。マジで」

>「食べながらでいいから、聞いてちょうだい。これからのこと」

ちぎったバケットをアヒージョに漬けて貪る俺に、おたまを携えたママが言う。
食事中に喋るんじゃねええ!俺は救われたいんだよ!孤独で救われたいの!

あと食事中にスマホ弄る奴もぶっ飛ばしてやる!俺の前に出てこい!相手してやるぜ!!
でも食卓においてママの言うことは絶対なので、俺はバケットを咀嚼しながら謹聴の姿勢をとった。

なゆたちゃんが議題として提じたのは、今後の方針についてだ。
トーナメントの景品になってる人魚の泪。その真贋は疑うべくもない。

パチもんを平気で並べるようなカジノなら早晩寂れるだろうし、賞品の品質はカジノの責任問題だ。
だから、トーナメントで優勝して景品をゲットするっつう方針に間違いはないだろう。

>「もっとも、あっちが本当に賞品を引き渡す気があるのか、それはわからないわ。
 自分のお抱え選手に優勝させる、出来レースの可能性だってあるわけだし……ね。そこで――」

問題は、俺たちが無事に人魚の泪を手に出来るかどうか。
トーナメントの実権を握るのは邪悪なる者、ライフエイク。何か仕込みがあったって不思議はない。
だったらどーするか。なゆたちゃんの中に結論はもう出ているようだった。

>「……チームをふたつに分ける、ってのは。どうかしら?」

なゆたちゃんの作戦、その概要はこうだ。
トーナメントに出場はする。ちゃんと優勝目指して健闘もする。
ただしそれは全員でじゃない。メンバーの半数は、トーナメントの裏で暗躍し、ライフエイクの目論見を暴く。

奴のハラがどうあれ、優勝賞品が人魚の泪なら、俺たちはきっちりそれをいただく根回しをするのだ。
気になる裏工作の人選は――

>潜入調査は明神さん、ウィズ、そしてしめちゃん……三人は機転が利くから、裏方仕事は適任だと思う」

285明神 ◆9EasXbvg42:2018/07/03(火) 04:32:20
俺かぁぁぁぁ!まぁ俺だよなぁ。
どー考えたってリビングレザーアーマーは真っ向からの戦闘向きじゃない。

バルログが居りゃ話は変わったかもしれねえが、ないものねだりをしたって始まらねえよな。
そもそも俺トーナメント参加するつもりなかったしな。ミョウジンボウリョクキライヨ。

そんでもって戦闘能力が補助寄りのウィズリィちゃんも、タイマントーナメントには向かない。
一方で、彼女の補助スペルをうまく使えば、隠密理にことを運ぶ選択肢が遥かに増える。
ガンダラの鉱山で見せた魔法は、遁走や追跡撒きにも便利だ。

ただ……意外だったことがひとつある。

>「……どう? しめちゃん。明神さんと潜入任務……やってもらっていいかしら?」

なゆたちゃんが、しめじちゃんに裏工作を任せた。
直接矢面に立つ参戦組よか危険は少ないとはいえ、俺たちが暴力にさらされる可能性は決して低くはない。
もちろん俺だって最低限の自衛の術はあるし、それはしめじちゃんにしたってそうだろう。

だけど、ガンダラであんだけしめじちゃんを戦いから遠ざけたがってたなゆたちゃんの急な心変わりに、俺は微妙に戸惑った。
まあ合理的ではある。ガンダラでも言ったけど、俺としめじちゃんは同じアンデット使いで連携取りやすいからな。

ぶっちゃけた話をすれば、しめじちゃんがこっち側に居てくれるのは正直かなり心強い。
彼女の土壇場での機転と発想力、状況を的確に読む能力は、戦力として相当に信頼できる。
試掘洞でも結局しめじちゃんに助けられっぱなしだったからよ……。

>「どう? ……まぁ、トーナメントまではあと一週間あるし。じっくり考えて」

なゆたちゃんの采配は、現状の戦力を適材適所に振り分ける文句なしの最適解だと俺は思う。
ライフエイクが信用できねえ以上、バックアップは絶対に必要になるだろうしな。

「俺に異論はないよ、なゆたちゃん。しめじちゃんとウィズリィちゃんが良けりゃ、そのプランで行こう。
 狂犬真ちゃん号の手綱を握らなくて済んでむしろホっとしてるぜ。頑張ってな石油王」

最後のエールを直接真ちゃんの手綱を握るなゆたちゃんじゃなく石油王に送ったのは、まあ俺なりの皮肉だ。
俺には未来が見えてるぜ……ぜぇぇぇぇっっったいなゆたちゃんも暴走する側だからよ……。

トーナメント開催まで、あと1週間。
魔を食い魔に喰われる伏魔殿の扉が開くその時に備えて、俺たちはしばしの休息をとることにした。



286明神 ◆9EasXbvg42:2018/07/03(火) 04:33:27
1週間。ヒマである。
まあ実際はやること山積みなんだけど、んなこたぁ俺の知ったこっちゃない。
つうわけで、ヒマを潰すことにします。

「遊びに行こうぜ」

翌朝、なゆたハウスで朝食を摂っていたしめじちゃんとウィズリィちゃんに、俺は声をかけた。
正直、トーナメントが始まるまで俺たち潜入組がとれるアクションは殆どない。

もっかいライフエイクんとこ忍び込んで機密書類盗み出すなんてことが俺たちトーシロに出来るわけもねえ。
顔覚えられちゃってるからね。カジノに入った瞬間に黒服のエスコートがサービスされるだろうよ。

「せっかくのリバティウムだ、まだ回ってないとこ沢山あるだろ。たっぷりおのぼりさんしようぜ」

ちなみに俺はガンダラからずっと着ていたクソ暑いスーツをついに脱いだ。
今着てるのはアロハシャツに短パン。アバター用のコスチュームのひとつだ。

ソシャゲによくある水着イベントのおまけで配布された、世界観無視も甚だしい服だけれど、
常夏のリバティウムでいつまでもスーツを着続ける忍耐力は俺にはなかった。

アロハにサングラス姿の俺は、半ば強引にしめじちゃんとウィズリィちゃんを屋敷から引っ張り出す。
そんでゴンドラに乗って向かう先は、リバティウム商業区。いわゆる盛り場、中心街だ。

「食ったことないうまいもん食って、見たことないもの沢山見て、やったことない遊びをする。
 エビ競争とか、レッドビー釣りとか、カジノ以外にもミニゲームはあったよな。
 俺は取り戻してえんだ、失われた青春ってやつをよ……友達いねえからよ……」

ライフエイクのクソ野郎のせいで有耶無耶になってたけど、冒険者としての本懐を忘れちゃならねえよ。
そう、それはすなわち冒険。物見遊山の観光とも言う。

バトル系の用事はチームオブ脳筋に任せといて、俺たちは適当に情報収集という名の街歩きをするのだ。
なんか思わぬ収穫が都合よく転がっていることを信じて……!

「リバティウムと言えばカジノ?そりゃ田舎者の回答だぜ。プロがまず行くのはここだ、『交易所』」

ゴンドラを降りた先には、首を180℃回さないと全容を視界に収めきれない巨大な広場、交易所。
交易所は、アルフヘイムの主要都市に置かれているプレイヤー間取引の拠点だ。
ブレモンにおけるアイテム取引の方法は2つある。

ひとつは交易所に設置されたマーケット。鯖内共用の市場にアイテムを出品して、落札者を募る方式だ。
マーケットにアクセスすればどの都市からでも出品落札ができ、検索で欲しいアイテムを見つけるのが簡単だが、
出品額に応じて手数料をガッツリ取られるっつうデメリットもある。

そしてもうひとつが露店。これは旧来のMMOよろしく、その辺に露店を広げて品物を並べる方式だ。
露店ごとにいちいち品揃えを覗かなくちゃならないから欲しいものが見つかりにくいし、
同時に買い手もつきにくいっつう致命的なデメリットはあるが、手数料はかからない。
したがって、マーケットよりも露店のアイテムの方がおおむね安く買えるっつう寸法だ。

露店の出店が許されてるのは交易所の中だけなので、アイテムを求めるプレイヤーはまず交易所へ行って、
マーケットを確認しつつ、その辺の露店を地道に覗いて回って欲しいアイテムが安く売られてないか探すわけだな。

んで露店にめぼしいものがなかったらしぶしぶマーケットで買って帰っていく。
これが平均的なブレモンプレイヤーのショッピングの流れね。

さて、今紹介したのはあくまで『ゲーム上』での交易所の姿。
"このアルフヘイム"の交易所がどうなってるのかは、今から確かめるのだ。

「うおお……すげえ熱気だ……」

交易所に一歩足を踏み入れた途端、圧力を伴う熱が俺の頬を叩いた。
目抜き通りを埋め尽くさんばかりに露店が軒を連ね、怒号じみた売り子の声とそれに応じる客の声が飛び交っている。
交易所ってよりこりゃもう市場だな。露店だけで構成された市場だ。

「石油王から持たされた藁人形、ちゃんと持ってるよな?連絡手段なしにはぐれたら一生合流できねえぞこれ」

287明神 ◆9EasXbvg42:2018/07/03(火) 04:34:41
まあ日が暮れたらなゆたハウスに帰りゃいいだけだし、そこはあんまり問題じゃない……わけがない。
女の子が一人はぐれたら即事案だわこんなん。

「なるべく俺の傍を離れるなよ、不安なら服の裾でも掴んどいてくれ。
 俺はこれから周り見えなくなるくらいはしゃぐからよ」

というわけで男明神、羽目外します。うひょおー!
幸いにも軍資金には余裕がある。土地買えるほどじゃなくても、俺レベルの小金持ちはプレイヤーに珍しくもない。
露店を店ごと3軒くらい買っても余るくらいのルピが、俺にはある!!

「エビ競争!これがやりたかったんだよ!賭けもできるからこいつで軍資金増やそうぜ!」
「チャウダー・ベルのアミュレット、こんな安くていいのか!?パチもんじゃないの!?」
「おおーよしよし、お腹がすきまちたね!腐肉たっぷりあるからたぁんとお食べ!」

以上、羽目外しタイムでした。
近くの露店から、懐かしい匂いが漂ってくる。イノシシ系の魔物、ワイルドボアの脂身を串揚げにしてる屋台だ。
なんとなく郷愁の念にかられて、俺はそれを三人分買った。

「ちっと味は足んねえけど、アルフヘイムのトンカツだ……。油の味しかしねぇ……へへっ」

二人に一本ずつ串を渡して、通路の脇に腰を降ろす。
なんか無性におかしくなって、俺は一人で薄ら笑いを浮かべた。

トンカツ……食いてえなあ。ヒレのやつが食いてえよ。これは脂身が多すぎる。
こんなん常食してたらギシュギシュの実の油ギッシュ人間になっちまうよ。

「……アルフヘイムは良いところだな。メシはまぁ美味いし、人間には活気がある。
 別に世の中に絶望してたわけでもねーけど、わざわざ命賭けてまで向こうに帰る必要あんのかって思っちまうんだ」

俺は、真ちゃんやなゆたちゃんとは違う。
現実世界にそれほど執着はないし、最悪戻れなくてもこっちに定住したって良いと考えてる。

ゲームの中の世界。俺だけが持ってる力。ここならそれこそ、死ぬまで遊んで暮らせるだろう。
仕事に追われてひぃひぃ言いながら生きてる現実世界より、よっぽど楽しいし……色々楽だ。

「なあウィズリィちゃん。王様は俺たちに何をさせたいんだ?世界を救えってんならいくらでも救ってやるよ。
 だけど……救ったあと、俺たちはどうなる?用済みの漂流者が、この世界に生きる場所はあるのか?」

288明神 ◆9EasXbvg42:2018/07/03(火) 04:35:18
帰りたくねえなあー。
間違いなく会社クビになってるだろうしよお。

王様が俺たちをアルフヘイムに呼んだのなら、ついでに永住権もくんねえかなあ。
今後の色々を考えると、なんかすげえ気分が沈んできたので、俺は全部振り払って立ち上がった。

「ま、何もかんも考えるのは、とっととジジイのおつかい終わらせて王様に会ってからだな。
 ちっと歩き疲れちまったよ、交易所の外のカフェテラスに行こうぜ」

歩きがてら、俺はインベントリから鎖に繋がった小さな錘を取り出した。
『導きの指鎖』。いわゆるエンカウント防止アイテムで、フレーバー的には敵の位置を教えてくれるダウジングの鎖だ。

ここでいう敵とは、魔物に限らず敵対の意志をもった存在全般のことをいう。
ゲーム的に言うと中立から敵対になったMobの存在を感知するアイテムだな。

『導きの指鎖』を虚空に垂らすと、鎖の先端がひとりでに持ち上がって、俺の背後を示した。
俺は溜息を吐いて鎖をインベントリにしまい、しめじちゃんとウィズリィちゃんだけに聞こえるよう声を落とした。

「振り向くなよ。まっすぐ前を見ながら聞いてくれ。――尾行が付いてる」

十中八九ライフエイクの差金だろう。リバティウム市街に来た時点でおおかた予想は出来てた。
カジノに喧嘩を売った御一行様のうち、見るからに弱そうな男と少女二人が単独で街に出てる。

ライフエイクにとって俺たちはネギを背負ったカモだ。
いきなり拉致られることはないだろうが、部下に尾行させて探りを入れるくらいのことはするだろう。

トーナメント優勝候補たちの弱みを握ることに繋がるし、単純に情報が得られるだけでもメリットはでかい。
俺たちの拠点を特定できれば、一度渡した人魚の泪を盗み出すこともできるだろうしな。

そういうわけで、俺たちを尾行してる暫定ライフエイクの手下は、このまま距離を保ちつつ付いてくるはずだ。
実力行使になったとしても、俺たちに参戦組ほどの戦闘能力はないと踏んでいる。
敵対心を隠さないような武闘派を尾行に付けてるのが良い証拠だ。

「さて、連中をどうするよ。ただ追手を撒くだけなら、俺達には逃走向きのスペルがある。
 適当な路地に誘い込んで空でも飛べば、まず追ってこれやしないだろう。
 ……俺は迎撃アンド制圧でも構いやしねぇぜ。せっかくの観光気分を台無しにした罪は重い」

奴らの誤算は、俺たちを見た目で判断したことだ。
召喚師(サモナー)相手にガタイで強さを測る愚かしさを、その身にたっぷり教えてやるぜ。


【潜入チーム、街に出て尾行に遭遇。処断求ム】

289五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2018/07/06(金) 20:27:48
五穀家
古くから農業を生業とし、庄屋、豪農、大地主と呼ばれてきた
近年では五穀ファームと会社形態をとっている
扱う農作物は多種多様であり、穀物類から果樹まで手広く扱う

ワサビ田も所有しており、幼少期のみのりにとっては格好の遊び場であった
ワサビ田は清流の流れる山深い場所にあり、友人たちと山を駆けて遊んでいた時にそれは起きたのだ

突然木の上から落ちてきた塊
それはリスに巻き付いた蛇であった
友人たちは悲鳴を上げながらリスを助けなければと拾ってきた枝で蛇をつつき叩き、リスを開放することに成功し歓声を上げていた

だが……みのりは友人たちのようには思わなかった
みのりの中ではリスも蛇も等価
リスがドングリを食む姿はかわいいと笑顔で眺めるのに、リスを捕食すしようとする蛇には悲鳴を上げ邪魔をする
捕食という点では同じなのに、なぜリスを助けるのか理解できなかった

みのりはその考えを、このブレモンの世界にも当て嵌めている
そんなことを思い出しながらウィズリィと真一の回答に耳を傾けていた

「そうなんや〜」
二人の答えに応える言葉と共にみのりから発せられる緊張感が霧散した
たとえ二人がどう答えたとしても、この言葉で迎えたであろう
なぜならばみのりには提示された答えが真実かどうか知る術はない
だが、重要なのは真実を引き出すことではなく、ここで問いに対する言葉を引きずり出すことにあるのだから

ついでといっては何だが、明神からも言葉を引き出せた事にも満足していた
まるで子の非を認めつつも庇い口添えをする親のようで
少しくすぐったい気持ちになったが、それもまた小気味良いく、笑みがこぼれる

「ウィズリィちゃんにとってうちらは王様が頼りにするほどの強力な異邦の魔物使い(ブレイブ)かもしれへんけど、やっぱり異邦のてゆう枕詞がつく存在やし、心細いよってなぁ
水先案内人として頼りにしてるし、色々なこと話してくれて安心させてくれるとありがたいわー
真ちゃんも、ちゃんと言葉にできたらまた説明してくれたらええけど、あんまり突っ走りすぎんとってえな
うちら真ちゃんほど走れるわけやあらへんし、振り切られてしまったら悲しいしなぁ」

そう言葉を添えるが、真一へはこれで少しでも明神の言う手綱になれば……という意図もあるが、効果はあまり期待できないだろうと内心苦笑いしながら
しかし本命はウィズリィだ

みのりは早い段階でこの世界がゲームではなく一つの異世界であることを認めていた
ゲームの感覚がなかなか抜けない部分もあったが、ここを一個の世界であると認識している

ゲームであれば『設定』や『ストーリー』という力が働くが、ゲームという前提が外れたならばみのりには成り行き以外にウィズリィ……引いてはアルフヘイムに付く理由がないのだ
アルフヘイムもニブヘイムも世界の面の一つでしかない
両者の争いは蛇とリスの捕食と同じ
みのりにとってはどちらにも加担する理由がないのだから
更に言えば、みのりはこの世界を気に入っていた
家業に追われ、お金はあっても使い時がないほど時間に追われた生活より、この世界で暮らすのも悪くない
世界を救う英雄になる必要もなく、みのりにはこの世界で暮らせるだけの力と財がある

ゆえに、タイラントに対する攻撃の理由は重要になっていたのだ
タイラントがアルフヘイムの守護神か、ニブヘイムの手によって改造されたかはどちらでも構わない
ウィズリィや王がどう一体とであろうとも、自分はこの世界では異邦の、そう異物なのだ
それにタイラントが反応しアルフヘイムとニブヘイムとの争いどころではなく、『世界の異物』として排除しようとしていたのならば……みのりの第二の生活設計に大きな支障が生じるのだから
だからこそここでウィズリィの反応を引き出しておきたかったのだ
これからのウィズリィやこの世界とのやり取りのために

290五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2018/07/06(金) 20:31:05
目的を果たしたところでみのりの気は緩み、はんなりまったりとしたものになっていた
VIPルームに通されたところで何が起ころうと焦ることはなかっただろう

交渉とは実力行使というバックボーンによって支えられるものなのだから
もしVIPルームに通され客の目から遠ざかったところで暴力でもって対応されたのならば、むしろやり易いとすら考えていた
なぜならば、自分たちはこの世界で有数の強さを誇っているという自覚があるから


王が異邦の魔物使い(ブレイブ)に何をさせようとしているのかは不明である
ではあるが、この世界にも戦士や手練れの者はいるだろう
そういった者を使わず、いや、それらでは手に負えないからこそ異邦の者たちを頼るのであって
カジノの用心棒や腕自慢に負けるような相手をわざわざ迎えには来ない
すなわち自分たちの力は王がお墨付きを与えてくれており、またやるかやらないかは別問題として、できるかできないかならばカジノを壊滅させられる。
と即答できるだけの戦力と財力を持っているという自覚があるからだった

しかし暴力沙汰ではなく、提案されたのはトーナメント
その交渉をなゆたと真一に任せ、ワインのグラスを傾けていたのもそういった自信の表れであった
そう……表面上は……
交渉を任せるふりをしながら、しめじに張り付かせていた囮の藁人形(スケープゴートルーレット)の藁人形を操作
こっそりソファーの下に移動させ、部屋を後にしたのであった。
お土産のワインの袋にスペルカードが仕込まれているのと同様に、すでに戦いにゴングはならされているのだから。

********************************************

成り行きに身を任せ余裕を見せていたみのりであったが、事ここに至ってはその面影は既になく。
ゴンドラから降りた時には船酔いで立っていることもできず、移動ベッドに変形させたイシュタルに横になりながらついていくという醜態を晒していた。
弱弱しくうめくみのりだが、目的地到着し、なゆたの一言に驚き体を起こすことになった

「ここ、私の家」という言葉に!

なゆたが料理を作っている間、みのりはイシュタルのベッドに横になりながらシャンパンに口をつけていた。
ゆっくり休んでいるように見えてその内心は穏やかではない
箱庭があるという事は完全なる異世界とは言えなくなってくる
これがゲームの延長上なのか、ゲームが異世界に介入する手段なのか……考えているうちに徐々に混乱してきて、みのりは考えるのをやめた
ピースのかけたパズルを完成させようとするようなもの
朧気ながらでも全体像を見渡したかったところだが、情報が欠けすぎているからだ

そうしているうちに次々に運ばれてくる海鮮満漢全席!
ぐったりしていたみのりもその匂いに食欲を誘われテーブルに引き寄せられるように席に着いた

「はぁふぅ〜おいしいわぁ〜船酔いもいっぺんに吹き飛んでもうたよぉ〜
真ちゃんこないな美味しいもんいつも作ってもらってたん?果報者やねえ
それにこの家も手入れ行き届いてるし、ストレージとしてしか使っていないうちの家とは大違いやわ
も〜うちのお嫁さんい欲しいくらいやよ〜」

感嘆の言葉を惜しまず発し、その分だけ惜しまず食べる
皆の反応も同様で、ひと時の至福がテーブルを包んだ。

291五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2018/07/06(金) 20:36:24
食後のデザートに差し掛かったところでなゆたからの提案を発せられる
それはトーナメント参加チームと潜入チームとに分かれるというもの
人選は適材適所といえるだろうが、気がかりは当然ある

>狂犬真ちゃん号の手綱を握らなくて済んでむしろホっとしてるぜ。頑張ってな石油王」
「あははは、まあ頑張りますわぁ〜」

明神の言葉に苦笑を浮かべながら力なく答えるみのり
だが、みのりの返答は実際に口に出た声だけではなかった
「明神のお兄さんも、この世界には青少年保護条例はあれへんけど大人の分別はお忘れなきようになぁ〜」
明神の肩によじ登った藁人形から囁かれる言葉

なゆたがしめじの明神に対する態度の変化に気づいたように、みのりも気づいていた
カジノで明神の背中に隠れ震える姿に驚きを覚えつつ、その変化の意味も敏感に察していたのだから

明神に茶々は入れるが、しめじにはあえて触れないでおく
自分が怖がらせてしまった自覚はあるし、ここでフォローを入れるより「恐怖の対象」のまま近くにいるほうがしめじが明神に縋る理由になってそれもまた良しと判断したわけだ

それにそれ以外にはっきりさせておきたいことがあったからだ

「なぁ、ウィズリィちゃん。水先案内人として頼りにしてるって言うたけど、さっそくまた頼らせてほしいんやわ
うちのイシュタル……モンスターとしての種族はスケアクロウなんやけど、ウィズリィちゃんはこの世界で見たことあったり知ってたりした?」

スケアクロウは本来ブレモンにいないモンスターである
入手方法はコラボ課金者プレゼントのみなのだから

タイラントのステータスを読み切ったウィズリィが知らぬとなれば、モンスタースケアクロウはこの世界に存在しない、もしくは知名度が極端に低い
ゲームの世界の延長か異世界かを判断する一ピースになりうる質問を投げかけた。

>さ〜て……いっぱい食材使っちゃったし、明日は市場まで買い物に行こうかな! みのりさん、付き合ってくれます?」
「はいな〜、できればあまりゴンドラ使わへんルートがありがたいけどねぇ」
話もまとまり最後に翌日の予定を決め、二階の客室へと別れていった

*******************************************************

その夜中
「はぁい、おそうなって堪忍なぁ」
皆が寝静まった後、藁人形を操作し話しかけるみのり
通話の先はカジノのVIPルームに秘かに置いてきた藁人形
その先にいるライフエイクである

VIPルームに残した藁人形で盗聴できれば幸運程度で、本気でそれを当てにはしていない
当然チェックは入るし、偽情報を流されかねないのだから
そんな真偽不明の情報を仕入れるより、直接通話の手段として用いたのである

>「いいえ、カジノは不夜城。時間は問題ありませんよ。やはりこれはあなたの忘れ物でしたか」
「トーナメントのお話ですけど、うちもエントリーさせてもらおうと思いましてん
ええ、そう、うち自身が出場しますわ〜」
>「驚きましたね。ほかの少年少女はともかく、あなたのようなタイプが出てくれるとは思っておりませんでしたよ」
「うふふ〜ほうやろぉ?ほれならわかったますやろ?うちみたいな人間が出るっていう意味が」
>「もちろんですとも。よくわかっておりますよ」
「せっかくトーナメントに出るんやし、ちゃんとルールのあるところで盛り上がりましょうなぁ」
>「イベンターとして喜ばしい限り、健闘を祈りますよ」

それからしばし会話ののち通信が終わるとライフエイクのもとに残った藁人形は崩れ、消えてしまった

292五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2018/07/06(金) 20:40:15
翌朝、朝食の席でみのりは新しい藁人形を配る
囮の藁人形(スケープゴートルーレット)の効果時間が24時間なのか、朝にはすべての藁人形が消えてしまっていたからだ
「なゆちゃんは今日うちと一緒にお買い物やし、今日は真ちゃんに藁人形渡しておくなー」
藁人形は真一、明神、ウィズリィ、しめじ、そしてみのりの手元に配られた

真一は早々に「喧嘩売ってくる」と家を出る
もはや止めても無駄と肩をすくめるしかできず見送った後、潜入組の三人も明神が引率して街に出ていった

残るはキッチンで洗い物をしているなゆたとテーブルでくつろぐみのりのみ
船酔いが酷く、ここリバティウムでの市街活動に向かないみのりがなゆたの買い物の誘いを受けたわけ
それは明神と同じ危惧を持っていたからだ

真一も大概だが、本質的に暴走するのはなゆただと睨んでいたから
それに明神の言う「首輪」を付けるためだ


リバティウムの市場を巡り、様々な食材を見て回る中、なゆたに問いかける

「なぁ、トーナメントやけど、なゆちゃんは本気で勝ちに行くつもりなん?
普通に戦えるのならうちらの誰かが優勝できると思うけどなぁ……」

『デュエラーズ・ヘヴン・トーナメント』
ルールは単純、種族制限なしで1対1で決闘し相手を倒した者の勝利
その条件は、生死も含み条件を問われないのだ

このルール、ブレモンのプレイヤーの戦闘とは違う次元の戦いになる
お互いにパートナーモンスターを前に出し、指示やスペルで援護、コンボを決める戦いができないのだから

闘技場に降り立つのがパートナーモンスターであれば、プレイヤーはセコンドとして付くことくらいはできるだろう
そこで指示を出すことはできても、流石にスペルの使用までは認められまい
「真ちゃんのドラゴはそないに影響受けへんやろうけど、なゆちゃんのぽよりんはスペルコンボが前提となった強さが大きいわけやん?」
そして核心に触れる
「そういう事情を知ってライフエイクはんが異邦の魔物使い(ブレイブ)やからゆうて、パートナーモンスターの【使用】を認めるとか言われた時に困ってしまうからねえ」

真一やなゆたの力を疑っているわけではい
トーナメントに出れば優勝できると思っているのも本心だ
だがそれはあくまでブレモンのルールにのっとた戦いでの話である

今回は相手がブレモンのルールに従ってくれるとはいいがたい
生死を含んだ戦いなのだから、強力なパートナーモンスターを素通りしてプレイヤーにダイレクトアタックしてくることが予想されるからだ
なゆたはもちろん、真一ですらそういった戦いにさらされて無事に勝ち抜けると思う程この世界の戦士たちを過小評価もしていない
という事を説明したうえで言葉を続ける

「真ちゃんやったら喜んじゃいそうやけど、タイラントの件もあるし今朝もやる気満々で出て行ってしまったし
正直困りどころなんよねぇ〜
ほら、こういう戦いかたらされたと思うとなぁ」

いつの間にか藁人形がなゆたの背中にへばりつき、その細首をぺちぺちと叩いている
自分は直接出場することを隠し、真一を引き合いに出しているものの、その実なゆたのことを言っているのだが
さて、どう出るか


などと話していると雑踏の中にアロハシャツにサングラス
それは見間違えることなく明神の姿であった。
人垣の隙間を目を凝らしてみれば明神より頭二つほど低い処にウィズリィとしめじも見て取れる

「あら〜あれ明神のお兄さんたちやない?ほら、あそこ」

なゆたに明神の場所を指し示すと、みのりの面相が崩れる

「なぁ、潜入班にしめじちゃん入れたのって、やっぱりなゆちゃんも気づいての事なん?
あの二人ってガンダラの後あたりからなんかええ雰囲気になってるもんねえ
ちょっとつけてみいひん?」

楽しそうになゆたの手を引き、人込みの中距離を置きながら明神たちの後を追う

293佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/07/21(土) 23:57:57

鈍い金色の夜は、ひとまず明けた。
策略の刃と策謀の弾丸による前哨戦は終わり、訪れるのは一時の平穏。
いずれ壊れる事が判っているその平穏であるが、それでも、それが心安らぐひと時である事に変わりは無い。

「皆さんは、トーナメントに参加をする事を前向きに考えている様ですが……」

前夜の内に訪れた、なゆたの家。
ゲーム上では上位の廃人達や商人プレイで財を築いた一部のプレイヤーしか保有していない、装飾品の最上級とでもいうべき空間。
敵は誰も居ない筈の安全地帯の中で、少女……佐藤メルトは、部屋の隅にしゃがみ込み、手近な所に居たスライムの一匹をクッション代わりに抱えつつ溜息を付

く。
その脳裏で思い返されるのは、昨夜のカジノでのやり取り。そして、その後のなゆたの家でのやり取りだ。

ライフエイク。
半ば反則ともいえる力技で成し遂げた、カジノの重要人物。
彼の者から齎された情報は、確かに貴重なものであり……そして、厄介な火種であった。
『デュエラーズ・ヘヴントーナメント』
ゲーム上にも存在しなかったそのイベント、或いはギャンブルに勝利する事により『人魚の泪』が手に入る。
それは、いかにも判り易く単純明快なイベントだ。
ゲームのおつかいクエストであれば、メルトとて何の躊躇いも無くイベントを進行させようと考えるであろう程に。

だがそれはあくまで……これが、ゲームの物語であればの話だ。

即座に思考を巡らせ、躊躇いなく参加を決めたなゆたと真一。
傍観者に徹するも、肯定の意味での沈黙を保っていたみのりと明神。

彼等と異なり、メルトの意見はトーナメンとへの参加について……肯定的ではなかった。いや、むしろ強く反対であった。
メルトとて、これまでの旅の中で真一やなゆた、みのりが強者の立ち位置に居る事は理解している。
真正面から彼らと戦って勝利する事が出来る者は少数であろう事も推測出来ている。だが、それでもだ。

「……強い人ほど崩しやすい。最悪の勝ち方も、最低の負け方も、有るんです」

その強さを以ってしても、リバティウムの一等地に居を構える優秀さを以ってしても……メルトに取って、この賭け(ギャンブル)は不利な物であると判断したの

である。
佐藤メルトは悪質プレイヤーだ。騙し、謀り、裏切り……人の嫌がる事を率先して行う事で自身の利益を確保してきた。
そんなメルトの目線では――――手段さえ問わなければ、自分達を貶める手段はいくつも思いつく。
そしてそれは、自身と同質の悪人であるライフエイク達も同じであろう。
いや、『この世界に則った悪事』をその身で行ってきたという点においては、メルトが思いも寄らない手段を取ってくる可能性すら存在しているのだ。
幸い、こちら側にはみのりという、メルトが恐怖を覚える程の手腕を持つ人物が居るが……相手は、金と欲の街に君臨する闇の支配者。
絶対の安心を確信するまでには至らない。

だから、反対するべきだった。少なくとも、自身は関わらないと宣言するべきであった。
いつもの様に、これまでの様に、安全地点を確保したうえで漁夫の利を狙う動きをするべきであった。だというのに

294佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/07/21(土) 23:58:26
>「……どう? しめちゃん。明神さんと潜入任務……やってもらっていいかしら?」
>「俺に異論はないよ、なゆたちゃん。しめじちゃんとウィズリィちゃんが良けりゃ、そのプランで行こう。
>狂犬真ちゃん号の手綱を握らなくて済んでむしろホっとしてるぜ。頑張ってな石油王」

『……私は構いません。はい、構いません。その、宜しくお願いします』


「ふああああ――――!!」

明神からの問いかけに対して、快く協力を約束をした自身の言葉を思い返し、メルトは謎の声を上げて抱えていたスライムをボフンボフンと叩く。
彼女の白い頬には僅かに朱が差しており、錯乱している事が容易く見て取れる。
そのまま勢いよくスライムに顔を埋め、暫くの間沈黙していたメルトであったが……暫くして顔を上げると、小さく言葉を漏らす。

「……私は、バカになってしまったのでしょうか。他人は利用するモノなのに、自分から利用されるなんて……」

自分で自分が不利になる言動をしてしまった。
その事が信じられず、自身の不可解な言動に混乱するメルト。原因を追究しようにも人の心の機微に疎い彼女に自身の心の機微など判る筈も無く……
そのまま、思考放棄して不貞寝をして一日を過ごす事を計画し始めた矢先の事である。



>「遊びに行こうぜ」

部屋の隅に座っていたメルトに、明神が話しかけてきたのだ。

>「せっかくのリバティウムだ、まだ回ってないとこ沢山あるだろ。たっぷりおのぼりさんしようぜ」

「……え?あの、何を」

先程まで思考していた事と奇抜なアロハシャツスタイルに困惑しつつ、もぞもぞと姿勢と服を正すメルトに対し、明神は構わず続ける。

>「食ったことないうまいもん食って、見たことないもの沢山見て、やったことない遊びをする。
>エビ競争とか、レッドビー釣りとか、カジノ以外にもミニゲームはあったよな。
>俺は取り戻してえんだ、失われた青春ってやつをよ……友達いねえからよ……」

「はあ。つまり、明神さんは外出をして遊びたいのですね」

会話を行う間に、なんとか思考を通常運転に戻したメルトは、明神の言わんとする事を理解し……嘆息する。

「あの、明神さん。今の状況を理解していらっしゃいますか? その、この街はカジノのボスのお膝元で、出歩いたりしたら危険なんですよ?」

それは、事実だ。現状のこの街は、謂わば敵地。何をされてもおかしくない、ある意味でガンダラの坑道よりも危険な場所なのである。
そこを物見遊山で歩こうなど、正気の沙汰ではない。
無用な外出は控えるべきで、外出するのであれば徹底的に隠密性を保って動かなければならないのが当たり前なのだ。
メルトはその事を明神に伝えるべく、一度大きく息を吸ってから口を開く

「……だから、勝手に遠くに離れたりしないでくださいね」

開いて、自分の言葉に固まる。
……明神の放った友達が居ないと言う言葉へのシンパシーか。青春を取り戻したいと願う者に対する、青春を無為に消費する者としての贖罪か。原因は判らない
だが、再度自身の口から思いも寄らぬ言葉が飛び出した事にメルトが固まっていた隙に……外出は決まったのであった。

・・・

295佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/07/21(土) 23:58:57
・・・

「青エビがレース枠3の時に、インド人みたいなNPCを右に押しのけると――――やりました、勝ちました」
「!? 明神さん、ウィズリィさん! あの出店にドラゴンヘッドレスが……あれ、よく見たら偽物でした。商品名がドラコソヘッドレスです」
「クリスタルオークの腐肉が売っていたので買っておきましたので食べてください……ん、あまり食いつきが良くないみたいですね」

・・・

初めは外出に乗り気でなかったメルトであるが、今では思いの外この散策を楽しんでいた。
息は切れるし、汗もかく、足は疲れるし、明神の裾に掴まっていなければ、直ぐにでもはぐれてしまいそうである。
それでも、この様に『遊ぶためだけの』外出をするのは、メルトにとって本当に久しぶりの事であったからだ。
元の世界では、ネット通販の荷物を受け取りや、あくどいビジネス目的以外では、外出をしなかった。
この世界に来ても、レイドボスに襲われ、かと思えば命からがら坑道を潜り抜け……生き残る事に精いっぱいで、娯楽に精を出す余裕などなかった。

>「なあウィズリィちゃん。王様は俺たちに何をさせたいんだ?世界を救えってんならいくらでも救ってやるよ。
>だけど……救ったあと、俺たちはどうなる?用済みの漂流者が、この世界に生きる場所はあるのか?」

故に、この奇跡の様な時間を経たメルトは、明神がウィズリィへと投げかけた言葉……冒険の後についての質問を聞き、彼女らしくもなくほんの一瞬だけ思ってしまった。

真一、なゆた、みのり、明神、ウィズリィ

彼等、彼女等と、世界を救わない、ただの冒険の為に世界を巡る姿を。
自分を偽る事無く、彼等に付いていく、自分の姿を。
そんな、決して叶う事の無い白昼夢を描いてしまった。

だが、夢は夢だ。所詮は叶う事のない幻に過ぎない。
楽しい時間の終わりを告げる様に――――明神が口を開いた。

>「振り向くなよ。まっすぐ前を見ながら聞いてくれ。――尾行が付いてる」
「ああ、やはりそうなりますよね……あのカジノの方が、情報を疎かにする訳がありませんので」

明神の声に釣られるようにして彼の手元を見れば、そこにはアイテムである『導きの指鎖』が重力に逆らい後方を示していた。
敵対者に反応する鎖が反応したこの状況、着けてきて来ているのがただの強盗やスリの類であると楽観する程、メルトは甘くない。
メルトの様な日陰者にとっての、ささやかな……けれど夢の様な時間の終わりに、自分でも知らず寂しげな表情を作る。

>「さて、連中をどうするよ。ただ追手を撒くだけなら、俺達には逃走向きのスペルがある。
>適当な路地に誘い込んで空でも飛べば、まず追ってこれやしないだろう。
>……俺は迎撃アンド制圧でも構いやしねぇぜ。せっかくの観光気分を台無しにした罪は重い」

「……とは言いましても、判るように倒してしまうと、後で言いがかりをつけられませんし……それに、折角掛かった魚ですので、有効に使わない手は無いかと思います」

メルトはそう言うと、明神に見えない様に小さく笑みを作る。
それは、先ほどの散策中に見せた楽しげな様子では無く……メルト本来の、陰湿で、邪悪な性質が漏れ出たかの様な笑み。

・・・・・

296佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/07/22(日) 00:00:27
「……おっ、あいつらスラムに入ってったぞ。こいつぁ好都合だぜ」

二人の少女と男が路地裏へと歩を進めるのを見て、それを追跡していた数人の男達の内の一人が愉快気に呟く。
剃りあげた頭と、筋骨隆々の肉体。そして、背負った大剣(クレイモア)。
全身に血と暴力の気配を纏うその男は、名をバルゴスという。
バルゴスは、この街において上からの命令で暴力を振るい食い扶持を稼ぐ、いわゆるチンピラという存在だ。
今回も、直属のボスの上の上――名前も知らないお偉方からの命令を受けて、名前も知らない少女と男を追跡していたのだが……

「ボスには出来れば監視だけにしろたぁ言われたが、ガキと野郎のママゴトを見せられてイライラさせられたんだ、仕方ねぇよな。
 それに、あいつら金もたんまり持ってるみたいだからなぁ。頑張ってる俺様がちっとばかし貰ってやるべきだろ」

いかんせん、短慮なバルゴスに追跡と言う任務は合っていなかったらしい。
道中で少女たちが散在し、金儲けをしている姿を見て、欲が出てしまった様だ。
少女たちが、自分の狩場……スラム街に入った事を確認したバルゴスは、彼女達を痛めつけ、金を巻き上げんと動き出す。
上からの命令には、見つかり抵抗されたら、攫うようにという内容も有ったため。
自分から襲い掛かった事については、仕方なかったと言い訳をするつもりである様だ。

元々、スラムの住人を殴りつけ、僅かな金を毟るのは彼の日課だ。
勝手知ったる庭の様にすいすいと進み……やがてその目が、少女達が着ていたローブを捕えた。
バルゴスは歪んだ笑みを浮かべると、足音を消しそのローブの後ろに近寄り。

「おい、ガキ共。なに俺様の庭を歩いてんだ、オラァ!!」

背後から、一番小さい少女の頭を殴りつけた。
子供を襲えば、大人はそれを見捨てて逃げられないと判断しての行動。
短慮ながら、喧嘩慣れしているバルゴスの暴力は、少女の頭を大きく揺らし――――そして、勢いのままにその首が地面に落ちた。

「―――――は?」

剛腕に自身の有ったバルゴスであるが、流石に人の首を一撃で捻じ切る威力があるとは思っていなかったらしい。
目を見開き、慌てて落ちた首を視線で追うと、そこには……

『カタカタカタカタ……』
「な、なんだこりゃ!?ほ、骨!?」

地に落ちて尚、カタカタと笑う頭蓋骨。
その悪趣味な光景を前に思わず一歩後ろに下がろうとし、その背中が何か固い物にぶつかる。
驚いてバッと振り返ると……

『カタカタカタカタ……』

そこには、先ほどまで少女と一緒に居た男が着ていた服を纏う、骨。
バルゴスがヒッと悲鳴を上げると……それに呼応する様に周囲から音が鳴り出す。

『カタカタカタカタ……!』『カタカタカタカタ……!』『カタカタカタカタ……!』
『カタカタカタカタ……!』『カタカタカタカタ……!』『カタカタカタカタ……!』
『カタカタカタカタ……!』『カタカタカタカタ……!』『カタカタカタカタ……!』

それは、前から、後ろから、廃屋の窓から、屋根から。
気が付けば――――バルゴスは無数の骨人間に囲まれていた。
人の正気を削り取る様な光景を前にして、思わず大声を出そうとしたバルゴス……だが、悲鳴を上げる事は許されなかった。
無数の骨の内の一体が、バルゴスの口にその骨の腕を入れたからだ。
そして、それを引き金とする様に、骨人間達はバルゴスに群がり出す。初めは抵抗していたバルゴスだが、やがて骨の群れに埋もれ、その姿は見えなくなった。

・・・・・

297佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/07/22(日) 00:09:24
・・・・・

「……とりあえず一人は確保出来ましたね」

廃屋の中の一つに隠れたメルトは、骨に埋もれるチンピラの姿を眺め見てから、大きく息を吐いてそう言った。
そう……先程、バルゴスを襲った骨の群れはメルトの『戦場跡地』により発生したモンスターだったのだ。
人目の少ないスラムに入り込んだのは、騒ぎを小さくする事と、狭い場所で逃げ場を無くす事が目的。つまりわざとであったという訳である。

「他の追跡者もオールドスケルトンに囲まれて動きは取れないと思いますが……禿げ頭の人よりは、密度が薄いので倒せてはいないと思います。明神さん、ウィズリィさん。よければ確保に力を貸していただけないでしょうか」
「情報ソースは多ければ多い程良いですし、情報を引き出す途中でNPCが1匹ロストしても、予備さえあれば問題ないですから」

どうやら、情報を引き出す為に追跡者を捕縛する事を選んだ様であるが……感情も無くそう言うメルトの姿には、明神やウィズリィ、旅の同行者達に向ける様な感情はまるでない。有るのは、モンスターに向けるのと同じような無機質で作業的な感情のみ。

「あ……その、スペルを使うなら、出来るだけ弱いスペルを使用していただけるとありがたいです。戦力は、過少に見積もられた方が都合が良いと……掲示板に書いてありましたので」

298崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/07/23(月) 17:32:44
一晩明けた。
夕食時になゆたの提案した作戦とチーム分けに全員が賛同してくれたため、今後の方針はスムーズに決まった。
なゆた、真一、みのりはデュエラーズ・ヘヴン・トーナメントに出場し、正攻法で人魚の泪獲得を目指す。
明神、ウィズリィ、メルトは裏方としてライフエイクを出し抜き、人魚の泪奪取を狙う。
戦力の分散はリスクを伴うが、適材適所の人材運用をしたつもりである。

「真ちゃん、おは――」

朝。朝食を作っている最中に真一の姿を見かけたなゆたは、いつも通り挨拶をしようとして声を失った。
珍しいことに、真一が正装している。
オシャレというものにまったく無頓着な真一が、スーツにネクタイ姿でいるということ自体が驚天動地の事態である。
いつもの洗いざらしのウルフカットも、オールバックにバッチリ纏めてある。正直言って惚れ惚れする男ぶりだ。
そもそも、真一がアバター用のスーツなんてものを持っていたことからして意外である。
現実世界で真一の私服をコーディネートしていたオカン的存在のなゆたは戸惑った。

「……ふ、ぁ」

思わず素っ頓狂な声が漏れる。心臓の鼓動が早くなり、なぜか頬が赤く染まる。
元々、真一は素材自体はいい。テレビに出ている男性タレントなんかよりよっぽどカッコイイ、となゆたは思っている。
それゆえ常日頃から服装には気を遣えと口を酸っぱくして言い続け、ウザがられてきたのだが、どういう風の吹き回しだろうか。

――確か、イベント用のイブニングドレスが倉庫に眠ってたはず……。

咄嗟にそんなことを考える。
が、真一はそんななゆたの胸中などどこ吹く風、

>ちょっと喧嘩売ってくる

と言って出ていってしまった。

「ちょ! 喧嘩って――真ちゃん! 朝ゴハン、もうできちゃうよ!? 食べないの!?」

そう言うものの、真一はもう立ち去った後である。
いつもそうだ。真一は何か思い立っても、詳しいことは何ひとつ言わない。
現実世界でも「ちょっとバイク乗ってくる」と言って行き先も告げずにいなくなる、などということは日常茶飯事だった。

「まったく……。大暴れなんてしないでよね、計画がメチャクチャになっちゃう」

腰に手を当て、真一の去った玄関の扉を見遣りながら、やれやれと息をつく。
喧嘩の相手はライフエイクか、はたまたレアル=オリジンか。
さしもの真一も、大会前に敵の本拠地に単身乗り込んで大暴れするほど短慮ではないだろうと思う。
……実際は危惧した通りに大暴れしていたのだけれど。
尤も、なゆたの想像していた大暴れは荒事的な意味でだったが、真一が暴れたのはカジノ荒らしである。
どちらにせよ作戦にない行動には違いないが、元々真一は諫めて止まる性格ではないので仕方がない。
なゆたは朝食作りに戻った。

朝食はシンプルに、ボーパルチキンの卵を使ったプレーンオムレツにサラダ、パンとスープといったメニューにした。
ボーパルチキンは刃物のように鋭い嘴で攻撃してくる凶暴なニワトリだが、卵は黄身が濃く非常においしい。

>遊びに行こうぜ

みのり、ウィズリィ、メルトと女性陣全員で朝食を食べていると、いち早く朝食を終えた明神がそんなことを言ってきた。
見れば真一と同じように明神も着替えている。見慣れたヨレヨレのスーツではない、ド派手なアロハシャツにハーフパンツ。
なゆたはまた絶句した。

「……明神さん、明らかにチンピラだよそれ……」

サングラスまでつけて完全バカンス仕様の明神に、ついついそんな感想を漏らしてしまう。

299崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/07/23(月) 17:38:32
>せっかくのリバティウムだ、まだ回ってないとこ沢山あるだろ。たっぷりおのぼりさんしようぜ

「もう……しょうがないなぁ」

遊びに来たわけではない。あくまで、自分たちはイベントのため。人魚の泪を手に入れるためリバティウムを訪れたに過ぎない。
……とはいえ、大会が始まるまでの一週間、屋敷の中に閉じこもっていろというのも酷な話であろう。
第一、明神たち裏方組はその作戦の性質上、少しでも多くの情報を収集しておく必要がある。
となれば、外に出て様々なものを見ておくことは必須だろう。なゆたは小さく頷いた。

「いいけど、日が暮れたら戻ってきてくださいね? 外泊厳禁! 特にそういうの、まだしめちゃんには早いから!」

びし! と明神に条件を突きつける。
胡散臭いグラサンアロハ男に引率される少女ふたりというのは極めていかがわしい光景だったが、やむを得ない。
現実世界なら間違いなく通報案件だが、多種多様な種族の集うこの世界なら大丈夫だろう。……きっと。
明神とウィズリィ、メルトが遊山に出かけると、屋敷の中にはみのりとなゆただけが残った。
洗い物を済ませ、手を拭きながら台所からリビングへ戻る。
エプロンを外し、仲間たちと跳ね回っていたポヨリンを傍らに置くと、なゆたはみのりと一緒に買い物に出かけた。

「今日のゴハン、どうしようかなぁ……。あんまり似た料理だと飽きが来るし。
 ホントは和食がいいんだけど、お醤油やお味噌なんて扱ってるところ、あるのかな?
 あ、味醂も欲しい……味醂……! う〜む」

活気にあふれる市場をのんびり散策気分で歩きながら考える。
昨晩はイタリア料理風に攻めてみたが、なゆたの本当の得意料理は和食である。
特に煮物は金に飽かして美食三昧してきた生臭坊主の父をして絶品と言わしめるほどだったが、ここに醤油や味噌はあるのか。
なんとか現状の魔術素材などで醤油に似たものを錬成できないか――などと考えつつ、食材を吟味してゆく。
魚介類はさすがの品揃えだが、陸のものとなるとやや物足りない。
栄養バランスも考えて……と思案しながら、魚の鮮度を確かめたり。露店売りのフルーツを試食したりする。

>なぁ、トーナメントやけど、なゆちゃんは本気で勝ちに行くつもりなん?
 普通に戦えるのならうちらの誰かが優勝できると思うけどなぁ……

店のオヤジと20分に渡って値切り交渉を続け、提示額の5分の1の値段で食材を買いホクホクしていると、みのりにそんなことを言われた。
なゆたははっきりと首を縦に振る。

「もちろん。出場するからには、狙うは優勝。それしかないでしょ!
 もし真ちゃんやみのりさんと当たっても、手加減なんてしませんよ!」

そう言って朗らかに笑う。
大会が順調に推移すれば、間違いなく三人の中の誰かは仲間同士で戦うことになるだろう。
目的はあくまで人魚の泪であって、優勝そのものではない。三人のうち誰かが優勝できればそれでいい。
しかし、なゆたはガチである。仮に仲間であろうと、自分の前に立ち塞がるなら叩き潰す。そう思っている。
それはなゆたのプレイヤーとしての、ランカーとしてのプライドの問題である。

>なゆちゃんのぽよりんはスペルコンボが前提となった強さが大きいわけやん?
 そういう事情を知ってライフエイクはんが異邦の魔物使い(ブレイブ)やからゆうて、
 パートナーモンスターの【使用】を認めるとか言われた時に困ってしまうからねえ

「ふむ……」

なゆたは腕組みし、右手を顎先に添えて思案した。
みのりの懸念はわかる。この戦いは遊びや、ましてゲームなんかではない。
ルール上、戦いの勝敗は生死を問わないということになっている。
それは暗に、この大会には人死にが普通にある――ということを意味している。
大会の参加者たちは皆、必死になって戦いに臨むだろう。誰だって殺されたくはない。相手を殺さねば、自分が死ぬ。
大会の中で戦う相手は皆、真一やみのりやなゆたを殺すつもりで来る、ということだ。

>真ちゃんやったら喜んじゃいそうやけど、タイラントの件もあるし今朝もやる気満々で出て行ってしまったし
>正直困りどころなんよねぇ〜
>ほら、こういう戦いかたらされたと思うとなぁ

みのりが思案げにそう言った瞬間。
いつの間にかなゆたの背中にしがみついていた藁人形が、首筋をぺしぺしと軽く叩いた。

「―――!!」

背筋に氷塊を詰め込まれたような悪寒を覚え、なゆたは一度ぶるり、と震えた。
いったい、いつ仕込んだのか。藁人形が自分を狙っていたことに、なゆたはまるで気が付かなかった。

300崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/07/23(月) 17:45:57
確かに、そういうことをしてくる者もいるだろう。
ガンダラでも大概危険な目に遭ってきたが、今回はそれとはベクトルの違う危険が待っている。
それでなくとも、なゆたは試掘洞でイフリートがタイラントに惨殺される瞬間を目の当たりにした。
この世界の死は、ゲーム上の死ではない。本当の死なのだ。
あっさりコンティニューして、いやぁ失敗失敗と笑って済ませられる問題ではない。

けれど。

「……確かに、みのりさんの言いたいことはわかります。みのりさんがわたしや真ちゃんを心配してくれてるってことも。
 ありがとうございます……みのりさんのその優しさが、とっても嬉しい。でも――」

なゆたはみのりの目を真っ直ぐに見詰める。

「どんな妨害や危険があったとしても、わたしは――大会に出ます。
 遊びじゃない。ゲームじゃない。死ぬかもしれない……けれど、それに対する覚悟は。もう、出来てるから」

なゆたには、常に自らの行動の軸としているひとつの思想がある。
『やらない後悔より、やって後悔』。
行動の後にしてしまった失敗は、間違えた経験として自らの血肉になる。
しかし、行動しなかった失敗は何にもならない。そこにはただ、どうしてやらなかったんだろうという無念があるだけだ。
なゆたはただ座して状況の改善に期待することをよしとしない。
他者の行動に依存した、受動的な幸福の到来を是としない。
自らの活路を開くのは、自らしかない。よって、なゆたはいつでも先陣を切るのである。

「それに、多分ですけど……みのりさんの言うようなことにはならないんじゃないかなって。
 ライフエイクはわたしたちの出場を望んでる。王の肝煎りの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』――
 そんなネームバリューのある参加者が、金づるになって大会を盛り上げることを期待してる。
 無理難題をふっかけて、わたしたちが大会参加を渋るような流れになるのは、ライフエイクにとっても不本意でしょうから」

ライフエイクの狙いは金を稼ぐことと、もうひとつ。自分たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を大会に参加させること。
とすれば、その目的を自ら妨げるような下策は選ぶまい。
でなければ、そもそも人魚の泪などというこちらがピンポイントでほしがっているものを大会の商品に提示したりはしないのだ。

「いずれにせよ、わたしたちのやることは変わらない。みのりさんと真ちゃん、わたしは大会に出て優勝まで勝ち進む。
 明神さんとウィズ、しめちゃんは、裏からライフエイクの目論みを暴く――」

今、命を惜しんでこの大会に出ることを躊躇すれば、自分はきっとその選択を後々まで後悔するだろう。
希望の芽は、危険を冒して一歩を踏み出した先にこそある。その芽を不参加という選択で自ら摘み取ってしまいたくはない。
だからこそ。
なゆたは戦うことを選んだ。

「明神さんやウィズ、しめちゃんだって、必ずしも安全なミッションじゃない。
 途中であいつらに捕まっちゃうかも。傷つけられちゃうかも、殺されちゃうかもしれない……。
 命がかかってるって点では、わたしたち6人はみんな変わらない。みんなが命を賭けて、今度のイベントを成功させようとしてる。
 なのに、その作戦を立案して。みんなにやれって言ったわたしがやっぱりやめるなんて。言えるわけない」

ライフエイクの隠している目的を暴き、白日の下に晒し、その上で挫く。
きっとライフエイクは激昂するだろう。あれは裏社会の人間だ、殺人になんの躊躇いもないだろう。
そう。考えようによっては、明神たちの方がよほど困難で、かつ危険な任務なのだ。
危ないと思えばいつでも試合放棄できる自分たち出場組と違い、明神たちにギブアップはないのだから。
 
「死ぬのは怖い。傷つくのも怖い。でも……それよりも。やれたはずのことをやらずに後悔し続ける方が、もっと怖い。
 わたしは臆病者にはなりたくない。わたしの望むわたしであり続けるために、わたしは……戦う。
 それに――」

なゆたはそこまで言うと、にっと白い歯を見せて笑った。
右手の親指で自らを指し、胸を張ってみせる。

「世界のために命を張るって。めっちゃカッコイイ! ――でしょ?」

みのりに対して自信満々に言ってから、ぱちりとウインク。
やっぱり、みのりと明神の懸念していた通り。
パーティーの中で誰よりも暴走するのは、この少女だった。

301崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/07/23(月) 17:50:00
>あら〜あれ明神のお兄さんたちやない?ほら、あそこ

話が一段落すると、みのりは何かを見つけたようだった。
見れば、やや離れたところにやたらと場違いなアロハシャツ姿の男と、それに付き合う少女ふたりの姿が見える。
紛れもなく明神とウィズリィ、メルトだ。遊びに行くとは聞いていたが、本当にバカンスを満喫しているらしい。

「ありゃりゃ……」

情報収集など、やってほしいことは山ほどある。遊び惚けてばかりではいられまい。
とはいえ、まだ大会までは一週間ある。今日明日くらいはそれでもいいか、となゆたは楽観的に判断した。

>なぁ、潜入班にしめじちゃん入れたのって、やっぱりなゆちゃんも気づいての事なん?
 あの二人ってガンダラの後あたりからなんかええ雰囲気になってるもんねえ
 ちょっとつけてみいひん?

「えっ? ちょ……み、みのりさん!?」

いかにも恋バナが好きといった様子で、みのりが不意になゆたの手を掴んで駆け出す。
その様子につんのめりながら、なゆたもなし崩しに明神たちの後を追う体勢になった。

「最初は、わたしがしめちゃんの保護者になって。アルフヘイムにいる間は守ってあげよう、なんて。そう思ってたんですけど。
 余計なお世話だったみたい。しめちゃん的には明神さんの方が波長が合うみたいだから。
 それなら、明神さんに任せた方がいいって思ったんです。明神さんも、しめちゃんのことは気に入っているみたいだし。
 ……いや別に、やましい考えとかはないですよ!? 後をつけるなんて、そんな趣味の悪い……もうっ!」

どんな理由があるにせよ、場に馴染んでいるとは言い難かったメルトが誰かに心を開いたというのはいいことだ。 
みのりはそんなふたりが恋愛的な意味で気になるらしい。一応窘めはするものの、結局なゆたも一緒になって明神たちの後を尾けた。

「……にしても……ホント、事案モノの絵ヅラですね……」

二十代の明神と一見して小学生にも見えるメルトとでは、明らかに犯罪臭のするカップルである。
ウィズリィが同行しているので崖っぷちで健全性を保ってはいるが、そうでなければ完全に人攫いの構図だ。
そんな三人組を遠巻きに見守りながら、なゆたはふと昨日のカジノでの遣り取りを思い出していた。

>権謀術数、上等じゃねえか。裏工作がてめえだけの十八番だと思ってんじゃねえぞ。
 俺はバトルで負けたことはあっても、陰湿さで他人に負けたことは一度もねえんだ。
 てめえがドン引きするくらいネチネチと追い詰めてやっから覚悟しとけよ――

明神が『失楽園(パラダイス・ロスト)』で、ワインの包み紙の体裁を取ったスペルに対して吐き捨てた言葉。
それが、どうにも気になっている。
なゆたの中では、明神はみのりに並んで頼りになる年長者という評価だ。
とかく突っ走りまくる真一と自分をうまくフォローしてくれる明神の存在は、パーティーの強みのひとつだろう。
そんな自分の中の明神像と、明神自身の言葉とが、どうにもリンクしない。
心の中では何かを企んでいるかもしれないが、少なくとも表面上彼が陰湿なことをしていた試しはない。
陰湿というのは、もっと人の心を抉るものだ。同情の余地もなく非道で、酷薄で、下世話なものなのだ。
例えば、現実世界でなゆたが幾度となくレスバトルを繰り広げた、あのクソコテのような――。

――明神……さん、か。……まさかね。

自分がよく知る、男気ある仲間の明神と、思い出すことさえ腹が立つ最悪のクソコテ。
両者の間にある共通点――その名を口に出すと、なゆたはすぐにその可能性を否定した。
そうこうしている間に、明神たちは何を思ったのか市場を離れ、別方面へと歩いてゆく。
その先にあるのは観光スポットでもなければ、歓楽街でもない。
明神たちが向かったのはスラム街。まっとうな仕事に従事する以外でこの街の生み出す富のおこぼれに与ろうとする、ゴロツキの巣窟。
ゲーム内ではリバティウムのスラムに巣食う盗賊退治、などというクエストもあった。
言うまでもなく危険な場所であるが、何を思ったか明神たちはその中へと入っていってしまった。
道に迷った、という風ではない。明らかに『わかっていて』スラムへ向かっている。

「!? 何考えてるの……三人とも!」

ぎょっとした。いくら『異邦の魔物使い(ブレイブ)』とはいえ、迂闊に過ぎる。
ゴロツキや追いはぎ、盗賊に不意を衝かれれば、あっという間にやられてしまう可能性もあるのだ。

「ポヨリン!」
『ぽよっ!』

傍らのポヨリンがやる気満々でぽよん、と跳ねる。
なゆたはみのりと共にす明神たちを追った。

302崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/07/23(月) 17:54:12
いざとなればポヨリンでゴロツキどもを薙ぎ倒してやろうと勢い込んでスラムに入ったなゆただったが、それは杞憂に終わった。
見れば、無数の骸骨がスラムの一角から無尽蔵に湧き出し、ゴロツキのひとりと思しき男を取り囲んでいる。
言うまでもなくメルトの仕業であろう。

――そういうコトね。

きっと、ゴロツキは明神たちの尾行をしていたのだろう。ライフエイクの差し金だろうか。
それを察した明神たちは敢えてスラム街へ足を踏み入れ、逆に罠を張ってゴロツキを捕獲した――という流れなのだろう。
なゆたはほっと胸を撫で下ろし、明神たちを助けようなどと驕ったことを考えていた自分の心を恥じた。
彼らもまた、ガンダラで視線を潜り抜けてきた冒険者なのだ。この程度のことで危機に陥るほどヤワではない。

「……買い物をして帰りましょ、みのりさん。三人はもう、作戦を始めてるみたいだから。邪魔しちゃ悪いわ」

傍らのみのりにそう告げると、なゆたはその場からそっと立ち去った。
潜入組は既に、ライフエイクの土台を崩すための工作を開始している。ならば、後は彼らに任せるのがいいだろう。
自分たちは自分たちの仕事に全精力を傾けるべきだ。
なゆたは市場に戻って食材や必要なものをどっさり買い込むと、屋敷に戻った。

「さて」

日が暮れ、全員が帰ってくると、なゆたは今日も料理を作った。
リヴァイアサンの切り身の塩焼きに、クラーケンの酢の物。シーサーペントの煮付け。
味噌汁に炊き立ての白米もある。
普通の店舗には、もちろん和食の食材など売っていない。
しかし、やりようはある。なゆたは市場に戻ると、リバティウムの片隅にある東方の商品を取り扱う店を訪ねていた。
アルフヘイムの東端にある島国、ヒノデ。
そこにはサムライやニンジャといった特殊なスキルを持つ者たちがおり、ヨウカイというモンスターが跳梁跋扈しているという設定だ。
西洋ファンタジーの定番、いわゆる日本枠である。
海外でも配信されているブレモンだ。海外向けの仕様らしく、ヒノデも何やら間違ったエキゾチックな日本像が用いられている。
首都ヤマトの真ん中に富士山的な山があり、そのてっぺんに江戸城があるような頭の悪いデザインだが、それでも日本には変わりない。
そんなヒノデの物資を取り扱う店で、味噌や醤油に似た調味料を買い付けてくるのに成功したのだ。
だいぶぼったくられたが、やっぱり日本人に味噌と醤油、米は欠かせない。なゆたは満足した。

「真ちゃん、まだ大会までは時間があるわ。その間ただボーッとしてるってのも芸がないし……。
 ね。特訓しない? 久しぶりに揉んであげるわよ」

食事を終え、洗い物を片付けると、なゆたは真一にそう提案した。
真一にブレモンを教えたのはなゆただ。真一がブレモンにハマると、一時期は時間を忘れてふたりでデュエルしたものである。
トーナメントにはアルフヘイム中から腕に覚えのある猛者が集まってくる。
決して楽観視はできない。とすれば、特訓するに限る。
屋敷の庭園は広く、戦闘するにはもってこいだ。ポヨリンはもちろん、グラドも思う存分身体を動かすことが出来るだろう。

「思えば、真ちゃんと戦うのも久しぶりよね。さあ……どれだけ強くなったか、お姉さんに見せてみなさーい!」

ポヨリンを前衛に起き、スマホ片手ににやり、と笑う。
以前は10回戦って9回勝ち、1回負けるにしてもスペル不使用などハンデありきだったが、今はどうだろうか。
この世界に来てから、幾たびかの実戦を経て真一とグラドは確実に強くなっている。
仮に特訓であろうとも手は抜かない。全力で叩き潰すつもりでいる。

「それじゃあ――デュエル!!」

高らかにそう宣言すると、なゆたは早速スペルカードを一枚手繰った。


【潜入組のことは潜入組に任せ、特訓開始。】

303赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/07/30(月) 02:30:44
「はぁー、食った食った。やっぱ日本人は和食だよなぁ」

真一がカジノで大暴れした日の夜。
その日の食卓には、真一が荒稼ぎした金で買ってきた土産のリヴァイアサンが塩焼きになって並び、他にも酢の物や煮付けなど、懐かしい故郷の品々をなゆたが用意してくれた。
どうやら昼の間に、市場で東方の食材や調味料などを仕入れてきたようだ。

「ご馳走様、うまかったよ。
 こうしてお前が作った飯を食ってると、どうしても向こうの世界を思い出しちまうよな。
 ……さっさとあっちに帰って、また雪奈や親父たちにも食わせてやろうぜ」

真一は庭園のベンチで緑茶を啜りながら、なゆたとそんな話をする。
いつの間にかすっかり馴染んでしまった異世界生活だが、彼らには帰らなければならない場所と、帰るべき理由がある。
こうして夜空を見上げながらも、真一の瞳の奥に映るのは、やはり遠い故郷に残してきた家族たちの姿だった。

>「真ちゃん、まだ大会までは時間があるわ。その間ただボーッとしてるってのも芸がないし……。
 ね。特訓しない? 久しぶりに揉んであげるわよ」

「……ん、そういやお前ともしばらく戦ってなかったな。
 おもしれえ。この世界に来てから、俺とグラドがどれだけ強くなったか見せてやるよ」

――と、そんななゆたの提案に対し、真一はニヤリと笑って頷いてみせる。
思えばなゆたにブレモンを勧められてから、彼女とは幾度となくデュエルを繰り返してきた。
無論、当時の真一とグラドでは、モンスターの育成も戦術もなゆたには遠く及ばなかったが――この世界に来てから何度も死線を超えたことで、自分たちは確実に強くなった。
まともに戦えばそれでもなゆたとポヨリンが上回るだろうが、あの頃に比べれば、かなりいい勝負ができるだろうという自負はある。

>「それじゃあ――デュエル!!」

「行くぜ、グラド! 今日は正攻法だ。
 真っ向勝負で、あいつらのタッグをブチ負かしてやろうぜ!」

真一は〈召喚(サモン)〉のボタンをタップし、グラドを庭園に呼び出す。

こうしてある者たちは特訓に明け暮れ、またある者たちは街に渦巻く陰謀と戦いながら、リバティウムの夜は更けていった。

* * *

304赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/07/30(月) 02:32:21
そして数日が過ぎ、いよいよデュエラーズ・ヘヴン・トーナメントの開催日がやって来た。

――コロシアム。
普段は主に剣奴と呼ばれる奴隷たちが、別の剣奴やモンスターと戦う剣闘士試合が行われ、リバティウムではカジノに並ぶメジャースポットとして知られている。
ブレモンのゲーム内でも、通常のPvPのような形式で、NPCやモンスターと戦えるミニゲームが実装されており、その戦績によってルピやクリスタル、或いは景品でしか入手できないレアアイテムなども手に入れることができる。
日頃から大勢の観客たちによって賑わう場所ではあるが――それでも今日は、何やら普段とは違う異様な熱気で包まれていた。

参加者である真一となゆた、そしてみのりの三人は、そんなコロシアムの入場門付近で、最後の話し合いをしていた。
ちなみに明神たちの潜入組は朝から別行動を取っており、こうしている今でも、ライフエイクの陰謀を暴くべく行動をしているだろう。

「今更お前らに言うまでもないと思うが、今回のトーナメントはパートナーモンスターじゃなく、あくまでも俺らが自身が参加者だ。
 当然フィールド上で戦わなきゃならねーし、場合によっては直接プレイヤーの方を狙われるかもしれねえ。
 俺はともかくとして……お前らは、いつも以上に気を付けて行けよ」

以前みのりが危惧していた通り、今回のトーナメントはいつもの戦いとはわけが違う。
自分たちがトーナメントの参加者であり、召喚獣はプレイヤーが使役する“道具”として扱われるため、スペルやユニットカードによる支援も可能だが、その代わりプレイヤー自身も前線に立って戦う必要がある。
ゲーム内でのバトルのように、ただモンスターを戦わせればいいというわけにはいかず、その危険度は今更彼女たちに指南するまでもないだろう。

「……っと、じゃあ俺の番みたいだから行ってくるわ。
 とにかく、お互い勝ち残れるように頑張ろうぜ! 俺と当たるまで負けんなよ?」

そこで真一は係員に呼び出され、なゆた・みのりの二人と拳を打ち合わせると、フィールドの入場門へと足を進める。
歩きながら真一は両手で軽く自分の頬を叩いて気合を入れ、懐から取り出したスマホの画面に目を落とす。
――体力も魔力も充分。共に戦う相棒も、普段以上にやる気が満ち溢れているように感じられた。

* * *

305赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/07/30(月) 02:34:00
場内に足を踏み入れた真一を待っていたのは、四方八方から響き渡る大歓声であった。

いや――歓声だけではなく、この大会に私財を投資をしているであろう者たちの怒号や罵声。
客席をざっと見回してみると、その種族もヒュームだけではなく、人から亜人から獣人まで、あらゆる地方や国々から観客が集まっているのが見て取れた。
そして、客席の上段に備えられた巨大な銅鑼の傍らで、ライフエイクが相変わらず吐き気のするような笑みを浮かべているのも確認できた。

真一が軽く腕を回して準備運動をしていると、対面の入場門から対戦相手が入って来て、場内の歓声はより一層大きくなる。
その相手の姿を見やり、真一はニッと不敵に笑ってみせた。

「……まさか、いきなりテメーが相手とはな。これもそっちのシナリオ通りってか?」

眼前に立つ、真一の対戦相手。
それは、先日のカジノでも対峙したライフエイクの懐刀――レアル=オリジンに他ならなかった。

「フッ……それは、ご想像にお任せしますよ。
 私としては、こうして互いに体力が有り余っている状態で、貴方と相見えることができたのを嬉しく思いますが」

今日のレアルは、カジノの時のようなディーラー姿ではなく、黒いレザーアーマーを纏った軽装備で身を固めていた。
そして、レアルは両腰に提げた二振りのレイピアを抜き放ち、右と左それぞれの手に握って、切っ先を重ね合わせるように構える。
レアルの体躯は細身ながら、こうして改めて見ると、無駄なく鍛えられたしなやかな筋肉を備えていることが分かった。

「〈召喚(サモン)〉――――行くぜ、グラド!!」

真一はスマホの画面をタップし、場内にグラドを召喚。
同時に左腰から抜いた長剣を握り、正眼の構えを取って、鋭い眼光でレアルを見据える。

「――――さて。それでは一つ、お手合わせを願いましょうか」

その一瞬、レアルは柔和な笑顔を浮かべた仮面の裏から、獲物を狙う狩人のように獰猛な表情を見せた。
そして、ライフエイクが巨大な銅鑼を打ち鳴らすのがゴングとなって、両者の戦いは火蓋を切って落とされた。

306赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/07/30(月) 02:35:58
「〈闇の波動(ダークネスウェーブ)〉――!!」

まず、戦いの先手を取ったのはレアルだった。
レイピアを構えた姿から剣技をメインに用いるのかと思っていたが、どうやら敵には魔法の心得もあるらしい。
レアルはレイピアを振り翳し、その切っ先から以前ベルゼブブが放ったのと同じ漆黒の衝撃波を飛ばして、真一を間合いの外から狙い撃つ。

「チッ……そうきたか! 〈炎の壁(フレイムウォール)〉!!」

真一は間一髪で炎の壁を生成し、闇の波動を受け止める。
そして素早くレアルの方へ視線を向けると、そこにはもう敵の姿はなく、煙のように消えてしまっていた。
これもレアルが行使した〈幻影の足捌き(ファントムステップ)〉というスペルの力であり、自身の肉体を幻影化しながら、速力を高める効果を持っている。

一秒後。
再びレアルが姿を表した時――レイピアの剣閃は、既に真一の目と鼻の先にあった。
真一はそれを持ち前の反射神経だけで躱し、次いで繰り出されたもう片方の剣戟も、何とか長剣で叩き落としてみせた。

「グラド、俺は大丈夫だ! 上空から狙ってろ!」

真一はレアルと鍔迫り合いながらグラドに指示を出し、それを受けたグラドは飛翔して眼下のレアルに狙いを定める。

レアルの剣技は速く、洗練されていた。
両手のレイピアを巧みに使い熟し、右上から首筋を狙ったかと思えば、その直後には左下から刃が迫る。
真一は防戦一方ながら、それらの剣戟を全てギリギリで見切り、寸でのところで受け流し続けていた。
真一のような武道家は、ボクシングみたいにウィービングやダッキングといった体幹をずらす動きをしない。
常に体幹を真っ直ぐに保ち続け、自らの重心を操る術を身に付けるのが、あらゆる武道に共通する基本である。
そして、自分の重心をコントロールすることができるというのは、即ち相手の重心の動きを見抜く目を養うということにも繋がるのだ。
レアルの剣は真一よりも速かったが、敵の重心がどう動くかさえ見誤らなければ、その太刀筋はある程度予測することができた。

二太刀、三太刀……と、敵の剣戟を躱し続け、ようやくコンビネーションが途切れた隙を狙い、真一は力尽くの横薙ぎを振り抜いた。
速さではレアルに分があるが、力ではこちらが上回っている。
レアルは真一の一撃をレイピアでも受け止めながらも、そのまま踏ん張り切れないのを悟り、素早くバックステップで距離を取った。

307赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/07/30(月) 02:38:33
「今だ、ドラゴンブレス!」

――だが、両者の距離が離れるその瞬間を、上空からグラドが狙っていた。
レアルは頭上から迫り来る業火を視認すると、再び〈幻影の足捌き(ファントムステップ)〉のスペルを発動し、危うくドラゴンブレスを回避する。

「――――〈火球連弾(マシンガンファイア)〉!!」

無論、真一もそれを放っておくわけがない。
高速移動で逃げるレアルを追うようにして、真一は場内に無数の小火球をバラ撒いて、敵の動きを牽制する。
炎の雨が絶え間なく降り注ぎ、ようやくレアルが動きを止めた刹那、今度は再びグラドのドラゴンブレスが放射された。
次から次へと繰り出される真一とグラドの波状攻撃で、遂に捌き切れなくなったレアルは、その場で足を止め、ドラゴンブレスを正面から闇の波動で受け止める。

――しかしながら、こちらのコンビネーションは、まだこれで終わってはいなかった。

「悪いな、こっちは二人掛かりだぜ!!」

レアルがドラゴンブレスを受けるために踏み留まった時、真一は既に〈火炎推進(アフターバーナー)〉のスペルで上空に飛び上がっていた。

狙うのは眼下のレアル。
真一は自由落下の勢いのまま、上段に構えた長剣を、思い切り袈裟懸けに振り下ろす。
レアルは両手の剣を交差させ、その一閃を受け止めたが、細身のレイピアでは魔銀の剣(ミスリルソード)より強度も重量も劣る。
真一の剣はレイピアの刃を容易く叩き折り、そのままレアルの肩口を深く抉って、痛烈な一撃を与えた。

「……どうする、まだ続けるか?」

刹那の攻防を終え、沸き立つ場内をよそにして、真一は肩で息をしながらレアルに剣先を突き付ける。

「フッ……フフフッ。何を馬鹿なことを……ようやく、面白くなってきたところじゃありませんか。
 それに――貴方には約束した筈です。次に相対した時は、私の“本気”をお見せすると」

“人間であるならば”――かなりの重傷と言ってもいいほどの手傷を負いながら、尚もレアルは余裕気な表情を崩さなかった。
それどころか、一層不気味な笑顔を見せたかと思うと、その瞬間――どこからともなく現れた無数のコウモリが、レアルの周囲を取り囲んだ。
敵の異様な雰囲気を察知したグラドは、素早く真一との間に割って入り、レアルとの距離を取らせる。
何匹ものコウモリの群れが渦を描き、レアルの肉体を包む。
それに伴って、場内には紫色の魔力が充満していき、熱気に包まれていたコロシアムは、得体の知れない冷気によってどんどん熱を奪われていくようであった。

そして――コウモリが離れて再びレアルの姿が現れた時、それは既に人間の形をしていなかった。

レアルの肉体は3メートル近くまで肥大化し、肌も青く変色している。
背中からは緋色の羽が生え、全身には黒銀の板金鎧を纏い、何よりも特徴的なのは、口元から覗く二本の“キバ”であった。

「チッ、ただの人間じゃねーとは思ってたが……まさか、ヴァンパイアとはな」

変貌したレアルの姿を見て、真一は舌打ちを鳴らす。
そう、レアルの正体は人間ではなく――魔族。人の生き血を啜り、永劫の時を生きるヴァンパイアであった。
しかも、レアルはただのヴァンパイアではなく〈ヴァンパイア・ロード〉と呼ばれるその上位種。
ゲーム内では期間限定イベントの最中にだけ訪れることができる、吸血鬼城というエリアに生息するボスモンスター。
――いわゆる“レイド級”というランクに該当する種族である。

「……大変お待たせ致しました。それでは、第二ラウンドを始めるとしましょうか」

レアルは嗤い、肩から流れ落ちる血を魔力で固めて剣にすると、その切っ先を真一へと向けた。



【デュエラーズ・ヘヴン・トーナメント開幕。
 真一は正体を表したレアルと一騎打ち】

308明神 ◆9EasXbvg42:2018/08/07(火) 01:37:09
物見遊山を決め込んでリバティウム市街を訪れた俺たち。
待ち構えていたのは、腐れライフエイクによる無粋極まる罠だった……!
罠?まあ罠かな……?どっちかっつうと罠を張る黒幕は俺たちの方なんですけどね、初見さん。

>「……とは言いましても、判るように倒してしまうと、後で言いがかりをつけられませんし
 ……それに、折角掛かった魚ですので、有効に使わない手は無いかと思います」

「腹案ありって感じだな。よっし、作戦は任せるぜしめじちゃん」

俺たちのような闇系の仕事を生業とする邪悪なる者にとって、追手を如何に潰すかは必修科目と言える。
荒らし、嫌がらせ、混乱の元、トレード詐欺にMPK。恨みを買うことなんざ日常茶飯事だからよ。

正面切ってガチンコすれば百パー勝てねえ相手でも、環境をうまく使えば一矢報いるくらいは可能だ。
そしてその一矢を、二矢、三矢と増やしていく。こちらだけが矢を放てる構図を作り出す。
俺たちはそういうギリギリの戦い方を、今日まで続けてきた。

アルフヘイムに放り出された今だって、その姿勢は何も変わっちゃいない。
ライフエイクがマフィア流のやり方で手を回すなら、俺たちも俺たちなりのやり方を貫き通すだけだ。

しめじちゃんに促され、俺たちはスラムの裏路地へと足を踏み入れた。
その後を追うように、数人の武装したごろつきがスラムに入る。

>「おい、ガキ共。なに俺様の庭を歩いてんだ、オラァ!!」

図体のわりに不気味なほど音もなく近寄った大剣使いのごろつきが、ローブ姿の小柄な人影をぶん殴った。
おそらくごろつきの目的は、初っ端から暴力を叩きつけて、精神的なイニシアチブをとることだろう。
パンピー相手ならそれで十分。俺だっていきなり殴られたら素直に金出すよ。暴力はマジで怖えからな。

>「―――――は?」

果たしてその目論見が実ることはなかった。
殴りつけた人影の頭部がぽろりと落ちて地面を転がったからである。

ごろつきが獲物だと思っていた人影は、ローブやアロハシャツを纏ったガイコツ。
それだけじゃない。いつの間にやら出現した無数の白骨死体が、ごろつき達を完全に包囲していた。
ごろつきが悲鳴を上げるより先に、骨がその口に突っ込まれて沈黙した。
骨の擦れ合う乾いた音だけが路地裏に響き渡り、そうして哀れな男たちは白骨の海に呑み込まれていった。

>「……とりあえず一人は確保出来ましたね」

手近な廃屋の中で俺と一緒に隠れながら、一部始終を見守っていたしめじちゃんが言う。
アロハをガイコツに貸して、元のスーツを着なおした俺は、ごろつきの冥福を祈って黙祷した。

「……お見事」

R.I.P。
まぁこいつ、真っ先に俺じゃなくてしめじちゃん狙ってきやがったからな。同情の余地はねえ。
突然服貸してくれって言われて何事かと思ったが、なるほどこーゆことね。

あえて隙を見せて、先制攻撃をかけさせたことで、俺たちは重要な情報を安全に入手できた。
尾行者の人数構成。人相。装備。何よりも、その戦闘技能。

このチンピラ、足音を完全に消して忍び寄ってきた。
少なくとも単なるごろつきってわけじゃねえだろう。近接戦闘の技術をそれなりに修めてる。
つまり……金で雇われて腕を貸す、戦いのプロ。傭兵か、私兵のたぐいだ。

ぞっとしねえな。もしも骨を身代わりにせずに、直接迎え撃つプランを採択していたら。
少なくとも背後から奇襲を受けたしめじちゃんは無事じゃ済まなかっただろう。
撃退できたとしても、手痛い損失を被ることになる。

309明神 ◆9EasXbvg42:2018/08/07(火) 01:37:57
危うく俺は敵の戦力を見誤って、しめじちゃんを危険に晒すところだった。
先制攻撃をスカすことで敵戦力を分析する発想は、他ならぬしめじちゃんの機転によるものだ。
やっべえ……明神猛省します。でもやっぱりライフエイクが悪いよなあ……。

>「他の追跡者もオールドスケルトンに囲まれて動きは取れないと思いますが
  ……禿げ頭の人よりは、密度が薄いので倒せてはいないと思います。

「大丈夫だ、そっちはもう"終わってる"」

もちろん、俺とてしめじちゃんの策略をぼけっと突っ立って眺めてたわけじゃない。
骨に埋もれた路地の後方、つまり退路には、二人のチンピラが立ち尽くしていた。
連中の表情は、仲間が骨に呑まれたことに対する愕然じゃない。
びっくりフェーズはとっくに終わっていて、今は逃げたいのに足が動かない、謎の現象に対する困惑だ。

「『工業油脂(クラフターズワックス)』……退路にたっぷり撒かせてもらったぜ。
 おっと、地面に張り付いた靴を脱いで逃げようなんて思うなよ。足の皮は大事にな」

粘ついた油にホイホイされたチンピラ二名は、観念したように俯いた。
理解が早いようで何よりだ。俺はインベントリからロープを出して、ヤマシタにチンピラ共を拘束させていく。

>「情報ソースは多ければ多い程良いですし、
 情報を引き出す途中でNPCが1匹ロストしても、予備さえあれば問題ないですから」

無力化したチンピラ連中を眺めながら、しめじちゃんは無感情にそう呟いた。
その言葉の、あまりにも冷たく酷薄な響きに、俺は背筋が伸びるのを感じた。

NPC。ロスト。予備。
俺たちの今立つアルフヘイムが、ゲームの中の世界であるなら、その言葉に深い意味なんて感じはしなかった。
俺だって、画面の向こうのNPCが死のうが死ぬまいが大して気にも留めねえだろう。
せいぜいが、もらえるアイテムに取り逃しがないかとか、フラグの回収ができてるかとかその程度だ。

だけど……俺はもう、知っちまった。
この世界に生きているのは、システムが描写する登場キャラクターなんかじゃなく。
メシを食い、夜には寝て、泣きも笑いもすれば怒りもする、生身の人間だってことを。

ゲームだと思い込もうとしたって、そうそう割り切れるもんじゃない。
だからこそ、チンピラに対するしめじちゃんの哀しいまでの酷薄さは、俺の鳩尾に響いた。
まだ中学生ぐらいだろうこの子に、一体何があったってんだ。
どういう生き方をしてきたら、こんな言葉が出てくるようになっちまうんだ。

「……そうだな」

だけどそれは、出会ったばかりの俺がおいそれと触れて良い問題じゃあないだろう。
しめじちゃんの頬を覆う、長すぎる前髪のように。――そこから僅かに垣間見えた、横顔の大きな疵のように。
彼女が己の居場所を闇の中に求めるなら、それを尊重しようと俺は思う。
日当たりの良い場所に引っ張り出したりなんかしない。俺は邪悪な男だからよ。

「まっ、情報源は多くて困ることもねえだろう。
 拷問のコツは、別々の奴を個別に痛めつけて出てきた情報をすり合わせることだしな」

実際のところ、情報入手の手段としての「拷問」ってのはあんまり効率が良いとは言えない。
苦痛から逃れるためにあることないこと喋る奴はいるし、喋らない奴は何やったって喋りゃしねえ。
情報の確度を上げるには、複数の情報源から並行して情報を引き出し、齟齬がないか照らし合わせる必要がある。
幸いにも俺たちの手の中には、都合3つの情報源がある。拷問も尋問もやりようはいくらでもあるだろう。

というわけで、楽しい楽しいインタビューの時間がやってまいりましたっ!
本日お招きしましたのはライフエイク某の手下、お名前は?バルゴスさんね。お相手はうんちぶりぶり明神でお送りします。

「ウィズリィちゃん、この辺りの人払いと目隠しを頼む」

310明神 ◆9EasXbvg42:2018/08/07(火) 01:38:40
スラムの石畳の上にふん縛った三人のチンピラを転がして、俺はウィズリィちゃんに顎をしゃくった。
ウィズリィちゃんは指示通りに周辺に『石壁』のパーティションを立てて、急ごしらえの隔離空間が完成する。
バルゴスと名乗ったリーダーらしき大剣使い以外の二人には、猿轡と目隠し、耳栓も突っ込んでおいた。

「さて、ちゃっちゃと済ませちまうか。夕飯の時間に遅れちまう。
 ……誰の命令で、何の為に俺たちを尾けてきた?」

石畳に伏せるバルゴス君の前にしゃがみこんで、俺は端的に質問する。
バルゴス君はしばらく拘束を解かんと力んでたが、やがて無駄を悟って静かに零した。

「……何のことだ?俺は金持ってそうな子供連れがいたから粉かけただけだぜ」

「ほーん。いくら欲しいの、言ってみ?」

「ああ?」

「金が欲しけりゃやるっつってんだよ。ほれ、金貨はこんなもんで足りるか?」

スマホを手繰ってインベントリから呼び出したルピが、バルゴス君の頭の上に降る。
バルゴス君は額に青筋を浮かべながら吠えた。

「てめえ……!大金積まれりゃ俺が鞍替えするとでも思ってんのか!見下すのも大概にしろよ……!!」

「なんだ、やっぱ誰かに雇われてんじゃん」

「…………!」

俺がニヤっと笑みを向けると、バルゴス君は喉を詰まらせたような呻きを上げた。
使い込まれた大剣に、俺たちを奇襲したときの無音歩行術。
バルゴス君はただのチンピラじゃない。自分の腕にプライドを持った、プロの傭兵だ。
どうせ手足の二三本落としたってロクに喋りゃしねえだろう。
相手がプロなら、俺がすべきなのは拷問じゃなく……交渉だ。

「バルゴス君よお。俺もできれば手荒な真似はしたくないわけなのよ。
 お前がすんなり色々喋ってくれりゃ、お仲間含めて生きて帰してやるからさ」

「ふざけろ。命が惜しくて傭兵なんざやれるか。殺したきゃとっとと殺れ」

「は?何自分の都合で命諦めてんの?一気に三人も手下が消えたら迷惑すんのはお前の雇い主なんだけど?」

「ん?……うん??」

「だからさあ、尾行させてた手下が消えるじゃん?雇い主は当然お前が殺られたと思うじゃん?
 死ぬ前に何吐いたかもわかんないじゃん?"当日"の警備の配置やら何やら考え直しじゃん?
 しかも急に部下が三人いなくなったから人員の補充とかもしなきゃじゃん?……大迷惑だろうが」

「"当日"だぁ……?てめぇ何をどこまで知ってやがんだ」

「ほら、こういうきな臭い情報もお前が死んだら持って帰れないだろ?
 簡単に死ぬなんて考えるなよ。お前には、雇い主に伝えなきゃいけない情報がたくさんあるんだからさ」

「……俺がてめえに嘘をつかないとでも思ってんのか?」

「それもそーだな。じゃあやっぱお前らには死んでもらうか。
 見りゃわかると思うが俺達は死霊術師(ネクロマンサー)だ。生きてる奴より死体の方が素直に色々喋ってくれるだろうぜ」

バルゴス君が黙る。硬い唾を飲み下す音が聞こえる。
俺が指をパチリと鳴らすと、傍に控えていたヤマシタがチンピラAの目隠しと猿轡を問いた。
チンピラはしばらく目を泳がせたあと、震える声で一言「バルゴス……」と呟いた。

311明神 ◆9EasXbvg42:2018/08/07(火) 01:39:19
「やれ、マゴット」

『グフォォォォォ!!』

俺の肩でクリスタルオークの腐肉をもしゃもしゃ咀嚼していた蛆虫が飛び跳ね、チンピラAの顔に付着した。
マゴットってのは蛆虫につけた名前だ。そのまんまである。
突如掌サイズの蛆虫に飛びつかれたチンピラAは、悲鳴を上げながらじたばたともがく。

「ひっ……ひぃぃぃ!バルゴス!バルゴス!!」

仲間に降り掛かった災難に、バルゴス君は泡を食った。

「おい……おい!やめろ!何するつもりだてめえ!」

「はあー?いちからか?いちから説明しないと駄目か?聞かないほうが良いと思いますよ俺は」

ちなみにマゴットに戦闘能力はない。マジでただチンピラの顔に張り付いてるだけだ。
だがおぞましい蛆虫に顔に集られるという光景は、これから何が起こるか余人に想像させるのに十分だった。

「わかった!わかったからもうやめてくれ!本当に何も知らされてねえんだ!
 俺たちみてぇな末端は、上のまた上から降ってきた命令にただ従う駒でしかねえ。
 てめえらを街中で見かけたら尾けろとは言われちゃいるが、何の為かなんて知らねえんだよ!」

「だろーな。俺もはなからまともな情報なんか期待しちゃいねえよ。
 お前の後ろで誰が糸引いてるか、大体予想もついてるしな」

「だったら!こんな手の込んだやり方で、一体俺に何をさせてえんだ……?」

「簡単なことだよ。お前みてーな学のないクソチンピラにおあつらえ向きの単純作業さ。
 俺がこれから言う内容を忠実にこなしてくれりゃ、この金貨も、仲間の命も、お前のもんだ」

俺は地面に転がるバルゴス君の額を指で突いて、命じた。

「何もするな。見て見ぬ振りをしろ。この先一週間、俺たちがどこで何をしようが――全部見逃せ」

 ◆ ◆ ◆

312明神 ◆9EasXbvg42:2018/08/07(火) 01:39:42
「ライフエイクの孫請けみたいな連中に襲われたわ」

夕暮れ時、なゆたハウスの食卓で、俺は仲間達に簡潔に報告した。
しかしアレだな、食卓で今日あったこと話すってなんかマジでお母さんと子供みてーだな。

「やっぱ尾行は付いてる臭いな。これから街に出るときは後ろに注意しとけよ。
 こっちはとりあえず平和的に解決できたから良いけど――えっ、和食?マジで?」

今日の夕飯は昨日に引き続きなゆたちゃんの力作だったが、俺は電撃に打たれたような思いだった。
味噌汁に、魚の塩焼きや煮付け……主食はなんと白米だ。ジェネリック白米。
味噌汁をすする。ちゃんとミソとお出汁の味がした。

「うお、うおおおお……俺の知ってるメシの味だぁ……」

まさかこのアルフヘイムで、なんちゃってオリエンタルじゃないまともな和食が食えるとは思わなかった。
自分じゃ気付けなかったけど、ホームシックというか、どこか米と味噌への渇望があったらしい。
心にドバドバと温かいものが満たされていくのがわかった。

「アルフヘイムに米なんてあったんだな……しかもこの煮付け、この照りは……ミリンかっ!?
 マジかよ、こんなん交易所にゃ無かっただろ。どこまで探しに行ったのなゆたちゃん」

なゆたちゃんはやり遂げた顔で食卓を囲む俺たちを眺めている。
その食に対する妥協のない姿勢には頭が下がるばかりだ。シャッポを脱ぐしかねえ。
待てよ。ここまで和食を再現できるなら、もしかしてもしかすると……。

「なぁなゆたちゃん。トンカツって作れないか?ワイルドボアのヒレ肉とか使ってさぁ。
 真ちゃんを森に放り込んで小一時間も待てば何かしら肉は狩ってくるだろ」

ああでもトンカツ食うならポン酢は欠かせないよな。
醤油はなゆたちゃんが調達してきたのがあるとして、ポンカンは……柑橘類が身近にあるじゃないか!

「せ、石油王……カカシの実ちょっと貰っていいか……?絞ってトンカツのタレに使いてぇんだ。
 なゆたシェフにトンカツ作って貰ったら、一切れくれーやるからよ……」

もしもトンカツがアルフヘイムで食えるのなら、いよいよ現実世界に戻る理由がなくなるわ。
いやかなりジェネリックトンカツではあるけれど、味が同じならこの際うるさいことは言わねえよ!

閑話休題、なゆたちゃんと真ちゃんが腹ごなしにバトルに興じる傍で、俺は食後のお茶をしばいていた。
この茶葉は俺が交易所で買い付けてきたものだ。なんかこう、ハーブっぽい味がする。
俺はそれを二人分淹れて、しめじちゃんに一つ渡して傍に座った。

「トーナメントが始まったタイミングで、俺たちはもう一度カジノに忍び込もう。
 正式な警備の連中のほとんどは、コロシアムの方に出払ってる。
 バルゴス君みたいなチンピラがカジノの警備に駆り出されてるのが良い証拠だろうよ」

ちなみにトーナメント当日は、カジノは通常のホールの運営を停止してるらしい。
代わりに遠隔視の魔法を応用したライブビューイングみたいなのを展開して、
カジノ会員のなかでも特におセレブな連中がそこでデュエルの成り行きを見守るそうな。

「ライフエイクが何を目論んでるにせよ、奴の根城には必ず何かしらの痕跡が残ってるはずだ。
 邪悪の親玉って奴は、自分の手元に最も重要な駒を置きたがるもんだからな
 書類であれ、帳簿であれ、要人であれ。確保できればよし、駄目でも盗聴スペルくらいは仕掛けられる」

情報収集向きのスペルカードを俺はいくつか持ってる。
例えば物体を複製する「万華鏡(ミラージュプリズム)」なら、金庫なり書類なりの偽物を用意することだって可能だ。

「先頭には俺が立つ。しめじちゃん、退路の確保は任せたぜ」

俺は……なゆたちゃんみたいな人格者じゃない。
しめじちゃんが年端もいかない子供だってわかっていても、彼女の戦力を当てにしてしまう。
この戦いが、彼女をより深い闇の底へと引きずり込む行為だとしても。
しめじちゃんが堕ちるときは、誰よりも先に俺がまず堕ちてやる。

 ◆ ◆ ◆

313明神 ◆9EasXbvg42:2018/08/07(火) 01:40:12
光陰矢の如く……ってほどでもないけれど、一週間はあっという間に過ぎ去った。
その間俺たちは何度か街へ出て、その度に『導きの指鎖』を垂らす。
鎖の先はどこも指さなかった。バルゴス君は約束を守ってくれているようだ。

「始まったな」

コロシアムの外で待機していた俺は、壁の向こうから湧き上がる歓声を聞いて立ち上がった。
カジノはコロシアムのすぐ傍だ。表の入り口じゃなく、裏の通用口へと回る。
そこには、事前にシフトを確認しておいたバルゴス達が、警備として立哨していた。

「…………」

バルゴスは俺たちの方をちらりと見て、何も言わずに目を逸らした。
俺もまた、バルゴスを居ないものとして、通用口へ足を踏み入れる。

「通用口の警備がバルゴスから別の奴に交代するまで1時間。
 撤収を考えるなら、30分以内にライフエイクの執務室まで辿り着くのが理想だな。
 こっから先は後戻りの出来ない命がけのミッションだぜ。覚悟は良いか……なんて、聞かないけどよ」

俺は肩の上で腐肉を食むマゴットをつまみ上げて、しめじちゃんに差し出した。

「こいつを預けておく。いざとなったら敵の顔に投げつけてでも脱出するんだ。
 俺に構わなくても良い。逃げるのは得意だからな」

『グフォフォ……?』

「いいかマゴット、俺とはぐれた時はしめじちゃんをしっかり守るんでちゅよ。
 レトロスケルトンとも仲良くな。肉はねぇけど腐ってはいるからよ、多分」

我が子にそれだけ言い含めて、俺はおしゃべりをやめた。

「……なんか妙だな。トーナメントが始まったってのに、ホールの方から人の声が聞こえてこねえ。
 ハイソなセレブ共が賭けに興じてるんじゃなかったのか?なんでこんな静かなんだ――」

不意に物音が聞こえて、俺は息を呑んだ。
角の向こうから誰かが歩いてくる気配がする。

カジノの警備を担当してる歩哨か?
やり過ごすには時間が惜しい、リスクはでけえが排除して進むか。
ヤマシタを召喚し、弓に失神魔法を付与した矢を番えさせる。狩人のスキルが一つ、『スタンアロー』。

3カウントで曲がり角を飛び出したヤマシタは、角の向こうの人影を間断なく射撃した。
風を切って飛翔した矢は狙い過たず直撃し――人影はそれを振り向きざまに掴み取った。
そして訂正しなければなるまい。人影じゃない。その影は……人じゃなかった。

「んなっ……ウソだろ……!なんで……」

掴んだ矢を握力だけで握り潰したのは、天井に届かんばかりの巨躯。
2つの禍々しくねじれた角に、黄色く輝く瞳孔。
硬質な毛皮に包まれた、雄山羊の頭をもつ巨人。

――"角魔"『バフォメット』。
ニブルヘイムの尖兵であり、ブレモンのシナリオでも戦う中ボスクラスの敵だ。

「なんでカジノにモンスターが居るんだよ……!!」


【トーナメント開始を見計らってカジノへ潜入。何故かニブルヘイム所属のモンスターと遭遇】

314五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2018/08/10(金) 23:21:41
夜の帳も落ちなゆたハウスに再び戻り集った一同
テーブルに並んだ久しぶりの和食にそれぞれが感嘆と共に歓声を上げた

>「せ、石油王……カカシの実ちょっと貰っていいか……?絞ってトンカツのタレに使いてぇんだ。
> なゆたシェフにトンカツ作って貰ったら、一切れくれーやるからよ……」
「はいな〜なんぼでも〜
にしても明神のお兄さんはお料理にも造詣が深いんやなぁ
うちはそういった類疎いから羨ましいわぁ」

思わぬところで口にした和食に喜び夢を膨らませる明神にみのりはにこやかに答える
更にご飯をよそい、しめじの前に

「それにしてもライフエイクはんも困ったものやねえ
無事に切り抜けられてよかったわ〜
しめじちゃん一杯食べとき、体力勝負なところあるやろうから、この一週間でいっぱい食べて体力つけんとな?」

明神からもたらされた襲撃の報
これはなゆたと共にその一端を目撃していたのだが、みのりはさらに深い深度で情報を得たいたのだ

リバティウムで明神を見かけたのは偶然?
いや、そんなわけはない
メンバーに持たせていた藁人形と、みのりの肩に張り付いていた藁人形の親機
みのりは他には明かしていない藁人形の盗聴機能を使い、耳元に音声を拾いそれぞれの情報を得ていたのだから

その中で明神が自分と同じくブレモン世界への永住を考えている事を把握していた
更にシメジに対しての認識を大きく改めていた

襲撃者を捕獲する手管、捕獲した後の酷薄なまでの認識
情報を得るために使うスペルカードを選ぶ用心深さ
ガンダラでの【買い物】やタイラント戦での機転、そして前髪で隠している傷……

もはや幼い初心者とは思っていない
周到にて狡猾、世故に長けた一人のプレイヤーとして、自分と同じ側の人間として認識しているのだ

勿論、認識を変えたからといって扱いを変えるほど不用意ではないが、明神としめじに一種のシンパシーを感じ、その夜のご飯はより一層美味しく感じるのであった

####################################

そして時は流れ一週間後
デュエラーズ・ヘヴン・トーナメント開幕の朝

潜入組に藁人形を配っていく
明神とウィズリィに一つずつ、シメジに二つ
最後の一つ、親機となる藁人形はみのり自身が持つ

「ウィズリィちゃんの話では通話の傍受や妨害があるかもしれへんから、連絡用というより身代わり用として持っといてや
一回はダメージ身代わりに請け負ってくれるはずやから
もう傍受とか関係あらへん状況になったら迷わず連絡してえや?」

なゆたの言うとおり、参戦組はルールに守られて戦えるが、潜入組はそうではないのだから

315五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2018/08/10(金) 23:24:49
「ようこそ皆さん、異邦の魔物使いの効果は上々で、盛り上がっておりますよ」
コロシアムで受付を済ませた真一、なゆた、みのりを迎える声
その主は満面の笑みで迎えるライフエイクだった
挨拶もそこそこにみのりが書類を持ちその巨躯へと歩み寄る

「ライフエイクはん?デュエラーズって1対1って事やよねえ?
これ見たらうちらパートナーモンスターと出場という事になってるみたいやけど?
うちはルールの内側で盛り上がりましょう云うたはずやけどなあ」

「はて?何か不都合でも?
剣士が剣を持ち出場するのが当たり前のように、あなたがた魔物使いは魔物と共に出場するのが当たり前ではないですか
当然のルールですし、あなた方に不利な条件はないと思いますが?」

想定問答を作っていたかのように躱すライフエイク
更に詰め寄ろうとするみのりだったが
「皆様が特別な出場者とはいえ、主催者と挨拶以上の話をしていては不正を疑われますからな
これにて失礼しますよ」
そんな勝利宣言と共に去って行かれてしまってはこれ以上の追及のしようもなかった

危惧していたプレイヤーも生死のかかる戦いの場に立たされる事が現実のものに
その事態に頭を痛めていたが、真一はまるで気にしていないかのように
いやむしろ水を得た魚というように意気揚々と係員の呼びかけに応じてコロシアムへと入っていった


「いってもうたなぁ……」
真一を見送った後、なゆたにぽつりと呟く

「なゆちゃんなぁ、先週自分が傷つく、死ぬ覚悟はできているって言うたやん?
うちはとてもやないけどそんな覚悟でけへん
せやから当然、【仲間が死ぬ覚悟】なんて尚更でけへんからねえ
真ちゃんには言うても無駄やろうし、今更どうこうできへんから……無理したらあかへんよ?」

なゆちゃんに何かあった時、真ちゃん止められる自信なんてうちにはあらへんから。
と付け加えて、不安げな笑みを浮かべて見せた




係員に促され、二人は控室へと向かう
参加者総数35名のワンデイトーナメント
参加者同士のトラブルを避けるために控室は8名1室の4か所
当然対戦相手と同じ控室になることはないし、なゆたとみのりの控室も別々にされている
不正や乱入防止のために、基本控室から出られない
みのりの出番は一回戦の最終試合の組で午後からになるようだった

「ふぅ……体よく分断されてもうたなぁ
ルールに守られる戦いどころかルールにいいように振り回されてもうて……」
眉を潜ませながら割り当てられた控室に入ると、既に他の7人は入室済であった

室内には14人
トラブル防止と世話係として選手一人につき一人の係員がついていた
「おまけに監視付とは……徹底してはるわぁ」
肩を竦めながら控室中央の水晶から中空に浮かび上がる試合に目をやるのであった

316五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2018/08/10(金) 23:30:15
映し出されるのは真一とレアル=オリジンの戦い

頭上からのドラゴンブレスを躱すレアルに火球連弾(マシンガンファイア)をばらまく真一
波状攻撃から繰り出される真一の一戦がレアルの肩口を深く抉る

一進一退の攻防を制したに見えたが、レアルは奥の手を見せる
蝙蝠の群れに包まれたレアルの魔力が充満していくのが画像越しからでも分かった

レアルの正体はヴァンパイア!
イベント中に現れるボスモンスターであり、間違いなくレイド級
それは単独で挑める相手ではないという事を表していた

その時点でみのりが立ち上がる
真一一人で勝てないのはもちろん、無事に負ける事すら許されないと判断したからだ

真一の戦術はスペルカードを駆使した人獣一体の肉体戦
だがプレイヤーのスペルは一度使えば24時間使用不能になる
ワンデイトーナメントである特性上スペルカードの使用には慎重になるが、ヴァンパイアは出し惜しみして勝てる……いや、生き残る事すら出ない相手だ
とはいえ出し惜しみなく使ったとしても戦いが長引けばスペルカードを使い果たし、肉体強化のスペルが使えなければ真一はヴァンパイアであるレアルとレッドドラゴンであるグラドの戦いの場に立っている事すら許されないだろう
それだけ人の肉体は脆いのだから

だが……
「お飲み物を用意いたします」
みのり付きの係員がその動きを制す
試合である以上、手出しすることはできないのだ

「ふふふ、異邦の魔物使い……仲間の戦いが気になるかな?」
そんなみのりに出場者の一人が声をかける
振り向けばそこには……

濃厚なメイクに満面の笑み、オールバックに整えられた髪
もはやラメというより鱗状の装甲?と見間違わんばかりに煌めくタキシード
ド派手な羽飾りに金銀のあしらわれたマント
そしてトドメにその身の周囲に浮遊する無数の薔薇!

THE宝塚!な男装の麗人が立っていた

「君たちの事はガンダラの弟から聞いているよ」

芝居がかった動作を織り交ぜながら話しかけてくるのだが、みのりには何のことやらさっぱりわからない
ぽかんとしているとそれを察したように言葉を続ける

「ふふふ、判っていないようだね、小鳥ちゃん
君たちがガンダラで宿泊した『魔銀の兎娘(ミスリルバニー)亭』の『雄々しき兎耳の漢女(マッシブバニーガイ)』は私の弟
そして私は『煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)』、君のもう一人の仲間の対戦相手さ」

ガンダラのマスター雄々しき兎耳の漢女(マッシブバニーガイ)の姉!
マッチョなオカマとヅカな麗人の姉弟とは……
流石のみのりも目が点になるしかなかった

(……なゆちゃん……あんたの相手は大変やで……)
その強烈な個性に気圧され思わず心の中で呟かずにはいられないみのりであった


【デュエラーズ・ヘヴン・トーナメント開幕。
 控室にてなゆたの一回戦の対戦相手と遭遇】

317佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/08/18(土) 03:04:44

>「てめえ……!大金積まれりゃ俺が鞍替えするとでも思ってんのか!見下すのも大概にしろよ……!!」
>「なんだ、やっぱ誰かに雇われてんじゃん」

(成程、この様な交渉パターンもあるのですね……)

囚われたバルゴス達への交渉を開始した明神。
その背に隠れつつ流れを伺っていたメルトは、明神の流れる様な会話の運びに、思わず感心してしまう。
交渉における基本は飴と鞭。言葉にすれば簡単ではあるものの、それを実行する事は容易では無い。
なにせ、相手がどれだけの飴を欲しており、どの程度であれば鞭の痛みに耐えきれなくなるかなど、人間心理を理解していなければ推測し得ないからだ。
例えば、メルトがバルゴス達から情報を聞きだすとすれば……捕獲した部下達と別室に分け、一人一人に『正しい情報を話した二人だけは助ける』と言いつつ、苦痛を与え続ける事を選択するだろう。
そしてその途中で、一人が情報を喋った事を告げ、不和を煽る。
それは、疑心暗鬼と苦痛からの解放を餌にした鞭のみの交渉だ。
だが、明神は違った。

>「だったら!こんな手の込んだやり方で、一体俺に何をさせてえんだ……?」
>「簡単なことだよ。お前みてーな学のないクソチンピラにおあつらえ向きの単純作業さ。
>俺がこれから言う内容を忠実にこなしてくれりゃ、この金貨も、仲間の命も、お前のもんだ」
>「何もするな。見て見ぬ振りをしろ。この先一週間、俺たちがどこで何をしようが――全部見逃せ」

こちらの利益を確保しつつも、相手が許容する交渉。
交渉相手の権限内で完結し、かつ損失は少ない……そう思わせる事で、一歩引かせる。
大きな恨みは買わず、平穏に終わる――――後の手間が少ない効率的な手段。

「……流石です明神さん。私も見習わなくては」

バルゴスの部下の顔から幼虫……マゴットをペリペリと剥がしつつ、一人頷く。
明神の交渉のその上手さに、メルトは密かに尊敬の念を抱くのであった。

・・・

318佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/08/18(土) 03:05:30
>「トーナメントが始まったタイミングで、俺たちはもう一度カジノに忍び込もう。
>正式な警備の連中のほとんどは、コロシアムの方に出払ってる。
>バルゴス君みたいなチンピラがカジノの警備に駆り出されてるのが良い証拠だろうよ」

「敵地潜入、ですか?」

スラム街で一悶着あったその後、なゆたのホームでの事。
リヴァイアサンの切り身にドバドバと醤油を掛けて、ほぼ醤油の味となったソレを米に乗せて食べていた、育ち故に味覚が壊れ気味なメルト。
咀嚼をしながら周囲の話をしていた彼女は、明神に語りかけられると、箸を置き思案する。

明神の話は、正直リスクが高いとは思うが、得られるメリットが大きいのも確かだ。
悪人は、大切な物を近くに置かない――それはメルトも実感として知っている。

悪事を行う人間は、他人を信用しない。
恨みの種はいつ何処で芽吹くか判らず、自身の周りに居る人間も悪人だからだ。
利用される事を警戒し、裏切られる事を前提に動く。そうであるが故に、何か有った時には自身の力で対処出来る様、大切な物は近くに置く。
そうであるからこそ、その根城に隠さなければならない物が存在する可能性は、極めて高い。

(ですが、そこまでのリスクを侵す必要はあるのでしょうか。撤退の手立てを考える方が安全だと思うのですが)

……正直なところをいえば、メルトはこの話には乗り気ではなかった。
それは、戦略的な視点を除いて、メルトにとって直接的な利益に成り得る物があまりに少ないからだ。
その為、断りの言葉を告げようとした。だが、その寸前

>「先頭には俺が立つ。しめじちゃん、退路の確保は任せたぜ」
「……あ」

掛けられたのは、退路を任せるという明神の言葉。
人生で、気に掛けられる、頼りにされるという事が皆無であったメルト。
そうであるが故に――――本人も気づかぬ内に敬愛の念を抱いている明神の言葉に、吐き出そうとした後ろ向きな言葉が止まる。
そして、暫くのあいだ手元の箸を宙へ彷徨わせる様に動かし……やがて、大きな息と共に言葉を吐いた。

「……判りました。ですが、あまり期待はしないでくださいね。私は初心者ですので、間違いを起こすかもしれません」

吐き出された提案に対する肯定の言葉には、不安と、そして僅かに喜色が混ざっていた――――。

>「それにしてもライフエイクはんも困ったものやねえ
>無事に切り抜けられてよかったわ〜
>しめじちゃん一杯食べとき、体力勝負なところあるやろうから、この一週間でいっぱい食べて体力つけんとな?」

「……あ、はい。すみません。いただきます」

が、それも一瞬。みのりに差し出されたおかわりのご飯を受け取ると、メルトは自身の感情を隠すようにもぐもぐと箸を進め始めるのであった。

319佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/08/18(土) 03:07:17
・・・

それから一週間は、大会に向けての準備期間となった。
神算鬼謀渦巻くその時間は


特に、何も起こらなかった。


……当然、と言えば当然である。ライフエイク達の側からしてみれば、真一達は大会の目玉。餌なのだ。
情報を集める事はするだろうが、使用する前に潰す様な事をする筈も無い。
むしろ、カジノ側にとってみればバルゴスの襲撃こそが一番の予想外であったのではないだろうか。
もしもバルゴスがメルトへの襲撃を成功していた場合……恐らく、最終的に最も『痛い目』を見るのはバルゴスであっただろう。
そう考えると、バルゴスという男は短慮ではあるものの、ある意味で運の有る男なのかもしれない。

そして、そんなバルゴスの横を通り抜けて堂々と入り込んだカジノの内部。

>「通用口の警備がバルゴスから別の奴に交代するまで1時間。
>撤収を考えるなら、30分以内にライフエイクの執務室まで辿り着くのが理想だな。
>こっから先は後戻りの出来ない命がけのミッションだぜ。覚悟は良いか……なんて、聞かないけどよ」

「大丈夫です。みのりさんから預かったアイテムもありますし、それに私は、逃げるのは少し得意なんです。私と明神さんの二人くらいであれば、何とかします」

手に抱えた預かりもののマゴットに残っていたクリスタルオークの腐肉を与えつつ、メルトは微笑を作って明神へと言葉を返す。
この時点で……メルトも建物内の違和感に気付いていた。

>「……なんか妙だな。トーナメントが始まったってのに、ホールの方から人の声が聞こえてこねえ。
>ハイソなセレブ共が賭けに興じてるんじゃなかったのか?なんでこんな静かなんだ――」

明神の語る通り、あまりに静かな……静かすぎる館内。
上流階級の人間は下町の人間の様に馬鹿騒ぎは行わないのだろうが、それを差し引いても人の気配が無さすぎる。

(優秀な防音設備……いえ、そうだとしても給仕のNPCすらいないのはおかしいです。まるで――――)

警戒レベルを上げ、追手が居ないか確認しつつ進むメルト。

320佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/08/18(土) 03:08:35
「わっ……すみません」

だが、後方を注意するあまり前方への注意が疎かになってしまっていた様だ。
立ち止まった明神に気付かず、その背中に頭をぶつけてしまう。
謝りつつも、何故明神が足を止めたのか気になり視線を再度前へと向けて見れば――――

>「なんでカジノにモンスターが居るんだよ……!!」
「なっ……バフォメット!?なんで、こんな所でエンカウントするなんて……!」

"角魔"『バフォメット』。
ブレイブ&モンスターズのシナリオ上で戦う、ニブルヘイムの先兵。
そして、メインシナリオ中盤でプレイヤー達に『強制敗北イベント』を体感させる強敵がそこに居た。

「……逃げましょう明神さん。私のゾウショクと明神さんのヤマシタさんでは、勝ち目がありません。レア度が違い過ぎます」

状況の不明さに息をのみ、身を竦めたメルトであったが、直ぐに現状を受け入れると明神へと小声で言葉を投げかける。
後ろ向きな発言ではあるものの、その言葉は的を得ている。
モンスターもある程度育ち、カードも充実してきたプレイヤー達。彼らにニブルヘイムの脅威を叩き込むのが、シナリオ上のバフォメットの役割だ。
『病で娘を失った地方領主が、領地の村の人々を生贄に捧げて娘を甦らせる儀式を行ったが、その儀式はバフォメットを呼び出すものであった』
簡略に纏めるとこの様なシナリオで出現する敵であり、初戦ではダメージがほとんど通らず、プレイヤー達は必然的に敗北してしまう。
その後は、シナリオの中でローウェルの弟子の一人の協力を仰ぐ事が叶い、撃退に成功するのであるが……弱体化してもなお強い。
圧倒的な攻撃力と耐久力は、その時点のエース級のモンスターでなければ対応が叶わないだろう。
ましてや、メルト達の手元にある二体では……正面から戦えば、勝ち目など1パーセントもあるまい。

「相手がどの段階のバフォメットか判りません。そうである以上、戦ってはダメです。バフォメットは移動速度が遅いので、後退すればなんとか逃げ――――」

そう言って退路を確認しようとメルトが振り返った時

「……なっ、嘘です。バフォメットが2体、ですか?」

振り返った廊下の先には、もう一体のバフォメットの姿。
……どうやら、誘い込まれたのはメルト達のほうであったらしい。
何かを食べたかのように口元から赤い液体を滴らせるバフォメットは、メルト達二人の姿を捕えると口元を半月に歪め、悠々と近づいてくる。
挟み撃ちの形。ここままでは、メルトと明神の二人は仲良くバフォメットの餌となる事だろう。

「それなら――――上に逃げます、明神さん。少しだけ時間をください。2F直通のエレベーターを作ります」

暫しの間恐怖で固まっていたメルトであるが、やがて血色塔のユニットカードをスマホに映す。
どうやら、血色塔で天井をぶち破り、そのまま2Fへと向かう事を画策しているらしい。
そんな大雑把な手を用いれば、本来であれば直ぐに捕まってしまうのであろうが……カジノに人間の気配が無い今であれば、然したる問題は無いだろう。
不安と恐怖にさいなまれつつも、メルトは画面に指で触れるのであった。

321崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/08/21(火) 19:33:52
>「なぁなゆたちゃん。トンカツって作れないか?ワイルドボアのヒレ肉とか使ってさぁ。
 真ちゃんを森に放り込んで小一時間も待てば何かしら肉は狩ってくるだろ」

「ふむ」

わざわざ市場中を探し回って食材を集め、作った和食はみんなの口に合ったようだ。
やっぱり、日本人はどこへ行っても和食とは縁が切れない。
海外旅行へ行くときも、醤油や梅干を携帯していく人がいるくらいなのだ。異世界ならば尚更だろう。なゆたは満足した。
その上で明神がトンカツを要求してくると、なゆたは右手で顎先に触れながら思案した。

「卵はあるし、小麦粉もある。パン粉はパンを削って生パン粉を作れば調達できるし……。
 そうね、作れると思う。ただ、ワイルドボアは獣臭が強いから。それならヒュージピッグのお肉の方がいいかなぁ」

作れないか? と言われれば、作れませんとは言えないのがなゆたである。俄然闘志が湧いてくる。
油もヒュージピッグ(体高5メートルほどの巨大なブタ)のラードが使えるだろうし、不可能ではない。
なゆたはとん、と自分の胸を叩くと、

「オッケー! 明神さん、まっかせといて!
 じゃあ、今回のミッションを達成して人魚の泪を手に入れた暁には、トンカツパーティーってことで!
 腕によりをかけて、揚げたてのトンカツ。お腹が裂けるくらい食べさせてあげる!
 だから、明神さん。ミッションは何としても成功させてね!」

と言ってガッツポーズした。

>「ご馳走様、うまかったよ。
 こうしてお前が作った飯を食ってると、どうしても向こうの世界を思い出しちまうよな。
 ……さっさとあっちに帰って、また雪奈や親父たちにも食わせてやろうぜ」

「……ん」

真一も今回のセレクトには満足してくれたらしい。なゆたは嬉しそうに頷いた。

「おじさんもウチのお父さんも、雪ちゃんも心配してるだろうからね。
 雪ちゃんには料理みっちり教えたから、食事に関しては当分は大丈夫だと思うけど……。
 それでも、ずっとこっちにいていい理由にはならないから」

明神やみのりがブレモン世界への永住を考え始める一方、真一となゆたの気持ちはまったく変わらない。
この世界のことも捨て置けないが、まずは元の世界へと帰還すること。それが何より大切なのだ。
そして、そのためには。人魚の泪を手に入れ、次のステップに進まなければならない。
まんまとローウェルの思惑に乗ってしまっているような感じもするが、今それを言っても始まるまい。

「……どうしてわたしたちがこっちの世界に来たのかとか。
 アルフヘイムとニヴルヘイムの関係とか。時代の齟齬とか。
 わかってない謎は山のようにあるけれど――。
 今は、ひとつひとつ。目の前の問題を片付けて、元の世界へ戻る方法を探っていくしかない。
 余計なことは考えないで……トーナメントで優勝を目指す!」

そう言うと、なゆたはトレーニングの提案に応じてグラドを召喚した真一と向き合った。
自らもスマホをタップし、ポヨリンを召喚する。
特訓が始まる。あくまでトーナメントを想定した模擬戦――とはいえ、お互い手加減なしのガチンコだ。
入念な下調べや手回しが必要な潜入組と違って、大会出場組のやることと言ったらひとつしかない。
それは、強くなること。戦うこと。

そうして、なゆたは真一と一緒にトーナメント開催前夜まで、とにかくスパーリングを数多くこなして過ごした。

322崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/08/21(火) 19:35:23
デュエラーズ・ヘヴン・トーナメント当日。
大会の開催を告げる号砲が鳴り響き、魔法の花火が晴天を賑々しく彩る。
ここリバティウムへ来た当日も、あまりの賑わいに祭りでもあるのかと疑ったほどだが、今日は人通りが特に多い。
この大会を観戦するため、アルフヘイム全土から人々が押しかけてきているという証左であろう。
そして。

>「今更お前らに言うまでもないと思うが、今回のトーナメントはパートナーモンスターじゃなく、あくまでも俺らが自身が参加者だ。
 当然フィールド上で戦わなきゃならねーし、場合によっては直接プレイヤーの方を狙われるかもしれねえ。
 俺はともかくとして……お前らは、いつも以上に気を付けて行けよ」

「そうね。充分気を付ける。……でも、それは真ちゃんも同じよ。
 トーナメントはギブアップも認められてる。無理だと思ったら、命の危険を感じたら、事前に棄権すること。
 真ちゃんもみのりさんも、心の隅に留めておいて。……もちろん、わたしもヤバくなったらそうするわ」

真一の言葉に頷き、それから付け加える。
実際問題、真一、みのり、なゆたの出場組に求められているのは『ライフエイクの思惑に乗ること』。
『大会で目立ち、ライフエイクの目をこちらに引き付けておくこと』である。
人魚の泪を奪取する本命は自分たちではなく、潜入組と思っていい。
畢竟、その任務さえこなせれば、優勝できなくても何ら問題はないのだ。なぜなら――
クエストの達成条件はあくまで『人魚の泪を手に入れろ』であり『トーナメントで優勝しろ』ではないからである。
どういう手段を取ったとしても、人魚の泪さえ手に入れられればそれでいいのだ。
……とはいえ、真一もなゆたも生粋のデュエリストである。目的云々を抜きにしても、敗北は矜持が許さない。
どんな相手が出てきたとしても、全力で打ち破る。叩きのめす。
ギブアップしろ、などという言葉にハイそうですかと従うことのないことはわかりきっている。
しかし、それでも。
そう言わずにはいられなかった。

>「……っと、じゃあ俺の番みたいだから行ってくるわ。
 とにかく、お互い勝ち残れるように頑張ろうぜ! 俺と当たるまで負けんなよ?」

「うん。……いってらっしゃい。決勝で会いましょ!」

真一が係員に呼ばれ、待ってましたとばかりにコロシアムへと歩いてゆく。
その相貌は気力に満ち溢れており、心身ともにベストコンディションなのが見て取れた。
剣道の全国大会でも見た、真一の佇まいだ。きっと初戦を勝ち抜くことができる、なゆたはそう確信した。
けれど。

――どうか、無事で。

なゆたは心からそう願った。真一の背中を見送りながら、胸の前で祈るようにギュッと両手を重ねる。

>「いってもうたなぁ……」
 
「ええ……」

真一の姿が見えなくなると、みのりがぽつりと呟いてくる。なゆたは頷いた。

>「なゆちゃんなぁ、先週自分が傷つく、死ぬ覚悟はできているって言うたやん?
 うちはとてもやないけどそんな覚悟でけへん
 せやから当然、【仲間が死ぬ覚悟】なんて尚更でけへんからねえ
 真ちゃんには言うても無駄やろうし、今更どうこうできへんから……無理したらあかへんよ?」

「ありがとう、みのりさん。
 死ぬ覚悟はあるけど、死ぬつもりはないよ。わたしは絶対に生き残って、元の世界に帰らなきゃいけないんだ。
 覚悟はあくまで覚悟の話で……命を粗末に扱うって意味じゃ、ないから」

みのりの心配そうな表情を少しでも和らげようと、にっこり笑って返す。

「もう、ルビコン川は遥か背中だよ。後戻りはできない……だったら、遮二無二進むしかない!
 出たとこ勝負でやるだけだよ、だって――わたしたちは。ガンダラでもそうやって生き残ってきたでしょ?
 大丈夫! きっと、ううん絶対! なんとかなる――なんとか。してみせるから!」

確証も、保険も、なにもないけれど。それでも大丈夫、成功する、と断言する。
気休め以外の何物でもない言葉だったが、それでも言わないよりはマシであろう。
係員がふたりの名を呼び、控え室へと促す。ここからはもう、大会が終わるまでバラバラだ。
それぞれが違う部屋に案内される直前、なゆたはみのりを呼び止めた。そして、

「……武運を!」

そう言ってウインクし、右手の親指を立ててサムズアップしてみせた。

323崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/08/21(火) 19:36:20
控え室に備え付けられている水晶でコロシアムの状況を確認したなゆたは、息を呑んだ。
まさか、真一の初戦の相手があのレアル=オリジンだとは。
そして――レアル=オリジンが人間ではなく、モンスターだったとは――。
『真なる鮮血の主(ヴァンパイア・ロード)』。
『吸血鬼城(ミディアンズ・ネスト)』と呼ばれるエリアに出没するレイドモンスターの一種で、強大な闇の力を操る。
とにかくATK値が高く、毎ターン自己回復能力を持ち、さらに毒、麻痺、吸血による魅了なども持つ厄介な相手だ。
なゆたもゲームのブレモンで戦ったことがあるが、あまり相手にしたくないモンスターの上位に数えられる。
普段は『吸血鬼城(ミディアンズ・ネスト)』の中から出てこないモンスターが、まさかこんなところにいるなんて。

「こんなの……反則でしょ!?」

水晶玉に向かい、なゆたは思わず叫んだ。
トーナメント主催者の従者に過ぎない者が、レイドモンスターだったなど、想像できるだろうか?
……いや。
ひょっとしたら、想像できていたかもしれない。少なくとも『彼』は。自らがヴァンパイアロードであるというヒントを提示していた。
自らの名を名乗ったときから、ずっと。
『レアル=オリジン』――即ち『原初の王族』。
吸血鬼を統べるヴァンパイアの君主として、これほどわかりやすい名前はない。

「く……!」

こんな強敵が相手では、真一に勝ち目はあるまい。
いくら実戦を経て強くなったとはいえ、真一とグラドのコンビにはまだ甘さが目立つ。グラドの育成も充分ではない。
大会が始まるまでの特訓も、結局自分とポヨリンのコンビが数多く勝利を収めた。
並の相手なら力押しでどうにでもなると思っていたが、ヴァンパイアロードは並の相手ではない。
ゴッドポヨリンや他のフレンドのレイド級がパーティーを組んで、ようやく倒せるレベルの敵なのだ。

――本気で潰しに来てるってこと? なんのために?

大会運営側がトーナメント表を操作し、都合のいいカードを作るだろうということは予想していた。
しかし。もし、単に自分たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を客寄せパンダにしたいだけなら、もっと三人を泳がせるだろう。
そして準決勝くらいで『異邦の魔物使い(ブレイブ)』同士をぶつけ、潰し合わせる。その方が大会は盛り上がる。
初戦で早々に敗北させてしまっては、客寄せパンダも何もないだろう。

――ライフエイクの目的はいったい……?

ライフエイクの真の狙いがただの金儲けでないということは、ここに至り確信できた。
だが、それが何なのか。そこまではまるで想像もつかない。
それは潜入組の仕事になるだろう。控え室に軟禁状態では、手の施しようがない。
いずれにせよ、戦いは始まってしまっている。あとは、真一の秘めたるポテンシャルに賭けるしかない。
ガンダラであの巨大なタイラントさえ屠り去った、真一の爆発力に――。

「試合のお時間です。準備の方をお願い致します」

食い入るように真一の試合を見ていると、不意に係員にそう告げられた。

「え? でも、まだ真ちゃんの試合が……」

「当大会はワンデイトーナメントでございます。総勢35名の試合を本日中に恙なく終了するには、同時に試合を行う必要がございます」

「……なるほどね」

真一が戦っているのはメインとなるコロシアムだが、他にも試合用の特設闘技場が用意されているのだろう。
真一の試合を最後まで見届けられないのは残念だが、やむを得ない。

「よぉーっし! じゃ、行きますかぁ!」

真一のことは信じている。彼が窮地を乗り越えることを。
後は自分だ。自分こそ、誰よりも頑張って初戦を切り抜ける必要がある。他のことに意識を向けている余裕などないのだ。
最後に名残惜しそうに水晶の中の真一の姿を見遣ると、なゆたは控え室を出るのではなく、控え室の隣室の更衣室へ向かった。

324崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/08/21(火) 19:38:40
《これより、デュエラーズ・ヘヴン・トーナメント第四試合を開始いたします!》

拡声の魔法で増幅されたアナウンスが、闘技場全体に鳴り響く。
メインのコロシアムから少しだけ離れた、トーナメント専用に設営された臨時闘技場。
メインコロシアムより少しばかり小さいが、それでも戦うには充分な規模の施設は、既に観客でごった返していた。
喧噪、歓声、怒号。誰も彼もが戦いの熱気に浮かされ、鯨波のように思い思いの声を上げている。

そんな闘技場の真ん中に、なゆたは既に陣取っていた。
真一やみのりと一緒にいたときは姫騎士姿だったが、今はそうではない。――着替えている。
大きなリボンのついた鍔広の白い帽子に、真っ白なサマードレス。アンクルストラップのローウェッジサンダル。
どこからどう見ても、夏のお嬢さんといったスタイルである。
浜辺や避暑地のコテージにでもいるような格好で、とてもこれから血みどろの戦いを繰り広げるようには見えない。
しかし、なゆたはそんなことお構いなしで腕組みし、じっと前方を見据えている。

《エントリーナンバー22! 『異邦の魔物使い(ブレイブ)』モンデンキント選手!!》

アナウンスが高らかになゆたを紹介する。が、その名は本名の崇月院なゆたではない。
なゆたはエントリーの際、敢えて本名ではなくプレイヤーネームであるモンデンキントで登録していた。
ガンダラなどと違い公式の大会であるデュエラーズ・ヘヴン・トーナメントゆえに、デュエリストとしての名前で闘技場に現れたのだ。
大きな鍔で目許を隠したなゆたはニヤリ、と笑うと、デッキから一枚カードを手繰った。
『命たゆたう原初の海(オリジン・ビリーフ)』。フィールドを海に変化させるユニットカードだ。
それまで殺風景な土の地面だった闘技場が、瞬く間に蒼い海原と白い砂浜に変貌する。
さらになゆたは右手で自らの左肩を掴むと、着ているサマードレスを引き剥がすように脱ぎ捨てた。

「月子・イン・サマ――――――――――――――!!!!」

ばさあっ、と音を立ててサマードレスを脱ぐと、中から現れたのは青いボタニカル柄のビキニ。
下に水着を着込んでいたのだ。おまけに、いつの間にか大きな浮輪まで抱えている。
なゆたの背後でどぱぁーんっ! と派手に波飛沫が上がる。輝く砂浜でポヨリンはじめ沢山のスライム達がぽよんと跳ね、戯れる。
まさしく夏の装い。サマー・スタイルである。
おお〜……という声が観客席のあちこちから上がる。

「ふっふっふっ……夏と言えば夏イベ! 年に一度のビッグフェス!
 まさかブレモン世界で実体験することになるとは思わなかったけど……これをやらなきゃヘビーユーザーじゃない!
 ド派手にやらせてもらうわよ……浜辺の話題はこの“月の子”モンデンキントが独占、ってヤツ!」

今年の夏の大型アップデートのために、前々から準備をしていたらしい。
リバティウムに自宅を構え、アイテムを蓄えていたのも、夏のイベントを見越してのことである。
サマードレスを脱ぎ捨て大幅に露出のアップしたなゆたを見て、会場が湧く。
胸こそみのりよりだいぶ控えめだが、水着もスレンダーな肢体に似合っていて可愛いと言えるレベルであろう。

――これで観客たちはわたしの味方になったようなモノね。勝った!

アウェー感溢れる会場の空気をひっくり返してしまおうという作戦である。
少なくとも、これで会場の男たちの視線はなゆたに釘付けになったことだろう。


……と、思ったが。


《続きましてエントリーナンバー14、『煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)』、ステッラ・ポラーレ選手!》

なゆたの対戦相手を告げるアナウンスで、その思惑は瞬く間にひっくり返されることになった。

325崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/08/21(火) 19:43:36
それまで晴天だったコロシアムの空が、突然闇色に染まる。
時刻はまだ午前中だ。というのに、まるで時間を吹き飛ばして夜が訪れたかのような状況の激変に、なゆたは戸惑った。
コロシアムの観客たちも同様に驚いているようで、観客席全体がざわざわとどよめいている。

「これは……ユニットカード『真夏の夜の夢(オベロン&タイタニア)』……。フィールドを闇属性にするカード……」

なゆたが『命たゆたう原初の海(オリジン・ビリーフ)』を使用したように、相手もスペルを使用できるということだ。
しかし、それで終わりではなかった。
黒一色に塗り潰された闘技場の中央に、突如としてスポットライトの光が注がれる。
そこにはいつの間にか立派な大階段が設置されていた。高さはゆうに5〜6メートルはあろうか。
そして、その高みから地面にいるなゆたを見下ろすかのように。
大階段の最上段には、ひとりの麗人が佇んでいた。

『♪おお 輝くその姿 明眸皓歯にして容姿端麗 地上に降り立った美の化身 宵の明星
 ♪その輝きですべてを照らす 我らが光 畏れよその身を 崇めよその音(ね)を 讃えよその名を
 ♪ああ 我らの 煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)――』

華やかなオーケストラの音楽と共に、どこからかコーラスの歌声が聞こえてくる。
恐らくどこかに楽団とコーラス隊を控えさせているのだ。いわゆるカゲコーラスというものだろう。
闘技場に満ちる、なゆたの対戦相手を讃える歌。

なゆたは大階段の上を仰ぎ見た。

それはまさに、宝塚のスター。
これでもかというほど長い睫毛に、入念に施されたメイク。
鼻立て(化粧の一種)によって鼻梁の高さが強調され、恐ろしいほど顔が整って見える。
オールバックの金髪はラメでも入っているのかきらきらと輝き、男前ぶりにさらに拍車をかけている。
白と金を基調とした燕尾服は一部の隙もなく、まるでそれを着て生まれて来たかのようにその肉体に馴染んでいる。
手には微塵の汚れもない白手袋を嵌め、トップスターの証の膝上まであるブーツ(いわゆるスターブーツ)を履いている。
マントはまるで宝石で織り上げたかのよう。頭のてっぺんからつま先まで、冗談のようにまばゆく煌めいている。
突き抜けすぎている。一歩間違えるとギャグだ。けれど、本人はいたって大真面目らしい。
その人物はコーラスの歌声に合わせ、大きく両手を広げると、

「――ステッラ・ポラーレ!!!」

と、あたかも地平の果てまで響くかのような美しくも凛然とした声で言い放った。
同時に、ぱぁぁぁぁんっ!!という轟音が鳴り響き、大量の紙吹雪とリボンが闘技場の中を乱舞する。
ステッラ・ポラーレ。北極星を意味する言葉だ。
どうやら、それがなゆたの対戦相手『煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)』の名前ということらしい。

――なんてこと。

なゆたは絶句した。
一見してただの人間のように見えるが、『煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)』はれっきとしたモンスターだ。
しかもただのモンスターではない。イベント専用のレイドモンスターであり、尋常でない強さを有している。
特にその所持している二種類の専用スキルは有名で、このモンスターの代名詞となっている。
真一がレアル=オリジンと初戦で当たったのは偶然の産物と考えられないこともなかったが、これはもう完全に違う。
ライフエイクは本気で初戦から『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を潰しに来ているらしい。
……だが、なゆたが絶句したのは初戦の相手がレイドモンスターだったから――『ではない』。

――あっちの方が!!派手!!!!

わざわざ貴重なユニットカードまで使用し、ド派手に夏を演出したつもりだったのに。
それを上回るポラーレの舞台演出に、完全に喰われてしまった。
今や闘技場の観客席はステッラ・ポラーレを讃える声でいっぱいになっている。誰もなゆたのことなど見向きもしない。

――負けた……!

なゆたはガックリと膝をついた。

326崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/08/21(火) 19:47:44
「君の夏の装いも悪くはなかったが。どうやら、舞台演出では私に軍配が上がったようだね? 小鳥ちゃん」

カツリ、とブーツの高いヒールを鳴らし、ポラーレが大階段から悠々と下りてくる。
なゆたは立ち上がると、歯を食いしばってポラーレを睨みつけた。

「名前はもう名乗ったから、二度は言うまい。お初にお目にかかる、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の小鳥ちゃん。
 思ったよりも可愛いお嬢さんだ、弟から聞いた話だと、もっと猛々しいものと思っていたのだけれどね」

「……弟……? わたしのことを……知ってるの?」

怪訝な表情を浮かべる。ポラーレは鷹揚に頷いた。

「知っているとも。ガンダラの弟から連絡を受けてね……弟のあんな弾んだ声を聞いたのは久しぶりだ。
 見どころのある連中が来たと。年甲斐もなく熱くなったと。応援したいと――彼らならやってくれるはず、と。
 特に明神というコが可愛いから、リバティウムに来たら面倒を見てやってくれ……とね」

「ガンダラ。明神さん。それって、まさか……」

「ああ。ガンダラの『雄々しき兎耳の漢女(マッシブバニーガイ)』――ガブリエッラはわたしの弟だ」

「マスターが! 弟! ……っていうかマスターってガブリエッラっていう名前だったんだ……」

姉弟関係よりもマスターの本名に衝撃を受けるなゆたであった。
ゲームの『雄々しき兎耳の漢女(マッシブバニーガイ)』と『煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)』に血縁設定はない。
この、現実のアルフヘイム限定の設定ということだろうか。

「可愛い弟の頼みだ、無碍にできなくてね。ということで出張ってきた。
 さて……まずは、君の実力を試させてもらおう。いくら弟の頼みでも、見込みのない者を支援するほど私はお人好しじゃない。
 だから、君が弟の評価通りの人物かどうか。直接戦って確かめることにする」

どんどん話が先に進んでゆく。なゆたは顔を顰めた。

「支援? よく言うわ。ライフエイクの手先になって、わたしたち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を潰しに来たんでしょう?
 ガンダラのマスターは女ぶりのいい、親切な人だったけど、男のふりなんてしてるあなたはそうじゃないみたいね」

「ライフエイクの手下? なんの話か分からないな」

ポラーレは肩を竦めた。

「白々しい――!」

ギリ、となゆたは歯を食いしばった。そして素早くスマホをタップする。

『ぽよっ!』

なゆたの足許でポヨリンが元気よく跳ねる。やる気は充分、という様子だ。
ポラーレはどこからか薔薇の花を取り出すと、その花弁の匂いを嗅いで微笑んだ。

「闘志が漲っている。結構! ならば私もくどくどしい言い訳など弄するまい。
 一昼夜を掛けた討論よりも、たった5分の闘争の方がより互いを理解できる場合もある。
 ならば! 互いの尊厳、矜持、誇りを賭けて。存分に戦おう、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』!」

「言われるまでもないわ! あなたのその綺麗な衣装、ズタボロにして――ライフエイクの目論見を、洗いざらい吐いてもらうから!
 ――デュエル!!」

大階段が撤去され、遮蔽物のなくなった水のフィールドで、ふたりが距離を置いて対峙する。
銅鑼が高らかに打ち鳴らされ、試合開始の合図が一帯に響き渡る。

先に仕掛けたのは、なゆただった。

327崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/08/21(火) 19:51:49
「ポヨリン! 速攻! 『しっぷうじんらい』!!」

ポヨリンが颶風を撒き、スライムという種族の常識を超えた恐るべきスピードで疾駆する。
『しっぷうじんらい』。敵から必ず先制を取れるスキルである。まずは戦いの主導権を握る必要がある。
しかし、ポラーレはポヨリンの弾丸のような突進をひらりと事もなげに避けた。
なゆたはポヨリンにさらに攻撃を指示したが、ポラーレにはかすりもしない。
ポラーレは蝶のような軽やかな身のこなしで、ひらりひらりとポヨリンの体当たりを往なしてゆく。
そう、『蝶のように』――

ブレモンのレイドモンスターのHPは、少ない者でも数百万。多い場合は兆にも届く。
しかし、ポラーレのHPはそうではない。レイドモンスターとしてのステッラ・ポラーレのHPは『3565』。
これは数多いるレイド級モンスターの中ではダントツの最下位である。
レイド級だけではない。すべてのブレモンのモンスターの中でも、HPが少ない部類に入るだろう。
しかし、だからといってポラーレが弱いとか、与しやすい相手だという訳ではない。
HPの少なさに反比例して、ポラーレの回避率はブレモン全キャラクター中第一位。
つまり『攻撃が当たらない』のである。

そして、ステッラ・ポラーレの固有スキル『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』。
素の回避率の高さをさらに劇的に引き上げるこのパッシブスキルによって、ポラーレはあらゆる物理攻撃、魔法攻撃を避ける。
近年は研究や対策が進み、スキル封じの専用アイテムの実装などでだいぶ対処しやすくなったが、リリース当初はひどかった。
『勝たせる気がない』『難易度の意味を履き違えている糞運営』などと、だいぶフォーラムも荒れたものである。

「物事はスマートであるべき。それは戦闘についても同様だ。殴り合って血と汗にまみれ、地面を転がるなど無様の極み。
 真の強者は敵に一切触れさせず、美しく勝利して当然。そうだろう、小鳥ちゃん?」

「ずいぶんな余裕ね……。でも、そうやってわたしをナメてると痛い目を見るわよ!」

ランカー、重課金者としてのプライドを刺激され、なゆたは米神をひきつらせた。
しかし、ポラーレはそんななゆたの苛立ちなど意にも介さない。単調なポヨリンの攻撃を、マタドールのように華麗に避けてゆく。

「舐めてなどいないさ、私の信条の問題だよ。一度も被弾せず、必要最小限の攻撃で勝つ。
 それが私の戦い。それ以外の勝利に価値はない――このように、ね!」

びゅばっ!!

「――――!!!??」

これまで攻撃を避けるだけだったポラーレが、突然攻勢に出る。
スキル『しっぷうじんらい』でブーストしたポヨリンに勝るとも劣らない速度で、ポラーレは一瞬のうちになゆたへと接近した。
ぶあっ! と突風がなゆたの全身を打ちしだく。サイドテールにした長い髪が激しく嬲られる。
なゆたは咄嗟に顔の前で両腕をクロスさせ、防御体勢を取ったが、ポラーレはそのままなゆたの横をすり抜けて後方へとすれ違った。

「いったい何を……、痛っ」

なゆたは素早く振り返ってポラーレを見たが、そのとき防御した右腕に小さな痛みを感じた。
見れば、前腕部が小さく刺されており、血が盛り上がっている。

「フフ……まずは一刺し」

ポラーレが手に持っている薔薇の匂いを嗅ぎ、不敵に笑う。
その微笑みを見て、なゆたは背筋に氷を詰め込まれたような悪寒を味わった。

――まずい!

そう。ステッラ・ポラーレの代名詞とも言える専用スキルはふたつ。
ひとつは超回避性能を齎す『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』。
そしてもうひとつは――

「……『蜂のように刺す(モータル・スティング)』……!」

「ご名答」

無意識に呟いたなゆたの言葉に、ポラーレは愉快げに頷いた。

328崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/08/21(火) 19:55:51
『蜂のように刺す(モータル・スティング)』。
『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』と並ぶ、レイドモンスター・ステッラ・ポラーレの専用スキル。
一見なんの殺傷力もない薔薇の棘での単体物理攻撃に見えるが、この攻撃の恐ろしさは単純なATK値にあるのではない。
一撃喰らっても、なんでもない。二撃目を浴びても、行動にはまったく影響がない。
ただし、三撃。ポラーレの薔薇の棘に三度刺された者は『問答無用で死ぬ』。
どれほどHPがあろうと。いかなるバフで強化していようと。神の力を宿す堅牢無比の防具を身につけていようと。
『ポラーレの薔薇に三度刺されると死ぬ』。これはブレモン世界において絶対のルールなのである。
よって、ゲームの中ではポラーレに三度刺される前になんとしても回避能力を上回って攻撃を叩き込まねばならなかった。
先述したように今では対策も練られ、充分な事前準備をして行けば倒せない相手ではないが、昔は無理ゲーと呼ばれたものである。
その、一撃目。冥土の旅の一里塚。
それを、受けた。

――いくらなんでもヤバすぎでしょ、コイツ……!

かつて、ゲームの中ではなゆたもこの難敵を倒したことが何度かある。
だが、ここはゲームの中とは違う。もちろん『煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)』対策なんてしていない。
なゆたの勝ち目は、限りなく薄い。

「私は三度しか君を傷つけない。だが、その三度が君にとってアケローンを渡る渡し賃となる。
 君がもし、生き残りたいと思うなら――」

「その三撃。あと二撃を、凌ぎ切ってみせろ……ってことね……」

「うん。三撃と予告した以上、それ以上の攻撃は私の美学が許さない。それは敗北と同義だ。
 君が私の攻撃を捌き切り、その白い肌にこれ以上薔薇の棘が刺さることを阻止するならば――潔く敗北を認めよう」

「……なるほどね。ご立派だわ」

「それからもうひとつ。君が私の身体に触れることができたなら、そのときも。君の勝ちとしよう」

「……触れる? 攻撃じゃなくて?」

「攻撃も接触も、私にとっては同じことさ。言ったろう? 強者は敵に一切触れさせずに勝って当然……と」

「品行方正で優しい月子先生的には、こういうことあんまり言いたくないんだけど。……めっちゃムカつくわ、あなた」

なゆたは忌々しげに吐き捨てた。明らかな格下と見られ、手心を加えられるなど、デュエリストの誇りが許さない。
が、やはりポラーレは余裕の笑みを崩さない。薔薇の芳香を堪能しながら、

「ならば、私に認めさせることさ。君の実力をね……そのときには、いくらでも非礼を詫びるよ。小鳥ちゃん?」

と、挑発的に言った。
なゆたはもう一度ポラーレを睨みつけると、スマホをタップした。
主の傍に戻ってきたポヨリンが、なゆたの憤りを体現するかのように一度勢いよく跳ねる。

「吐いた唾ぁ……呑むんじゃないわよ、オバサン!!」

ポヨリンが一瞬光り輝き、二体に分裂する。スペルカード『分裂(ディヴィジョン・セル)』の効果だ。

「行くわよ、ポヨリンA! B! 波状攻撃!」

『ぽよっ!』

『ぽよぽよっ!』

スキル『しっぷうじんらい』の速度を維持したまま、二体のポヨリンがポラーレへと肉薄する。
ポラーレの笑みは、まだ消えない。


【戦闘開始。】

329赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/08/28(火) 08:03:18
レアルが放った魔力によって、紫色の空気が充満していくコロシアム。
そして、まるでレアルに引き寄せられたかの如く、上空には積乱雲が浮かび、先刻まで晴れ上がっていた空模様も曇天一色と化していた。

「まさかこんなところで、レイド級に出くわすことになるとはな。
 ……テメーらは、一体この街で何を企んでやがる?」

真一はレアルを見据える視線を片時も外さぬまま、そんな問いを投げ掛ける。
無論、相手が素直に答えてくれるとは思っていなかったが、先程の戦いで乱れた呼吸を整えるのと、状況を打開するための策を練る時間を稼ぎたいという算段があった。
だが、真一の考えを知ってか知らずか、意外にもレアルはその問答に応じてみせた。

「万斛の猛者の血と、幽き乙女の泪が水の都を濡らす時、昏き底に眠りし“海の怒り”は解き放たれる――」

レアルもまた、自分を睨む真一の双眸を見下ろしながら、口元には妖艶な笑みを浮かべる。

「……どういう意味だ? 聞いたこともない話だぜ」

「フフフッ……ここで死ぬ貴方には、識る必要のない話ですよ。
 では、問答もさておき、そろそろ死合を再開するとしましょうか。何時までもこのまま舞台を止めておくわけにもいきますまい」

再度投げられた真一の問いには答えず、レアルは右手に握った紅の大剣を振り被る。
――〈鮮血の女神(ブラッディ・メアリー)〉。
自身が流す血を刃に変えるスペルで形成された剣には、はっきりと視認できるほどの、膨大な魔力が渦巻いているのを感じられた。

「来ないのならば、こちらから仕掛けさせて頂きますよ!」

そして、再び戦いの火蓋を切って落としたのはレアルだった。
レアルは真一との間に割って立つグラドに狙いを定めると、上空から烈風の如き気勢で飛び掛かり、鮮血の剣を振り下ろす。

「チッ、こうなったら腹を括るしかねーな……迎え撃て、グラド! 〈漆黒の爪(ブラッククロウ)〉!!」

対する真一は〈漆黒の爪(ブラッククロウ)〉のスペルを発動。
漆黒の気を纏って硬化した爪を使い、グラドはレアルの一閃を正面から受け止めた。
――だが、両者の力の差は明白。
レッドドラゴンはレイド級にも劣らないスペックを持つ種族だが、その反面、育て上げるのに膨大な時間を必要とするため、グラドはまだ未成熟体だ。
対するヴァンパイア・ロードは、吸血鬼城の主として君臨する歴としたボスモンスターであり、真っ向から打ち合えばグラドに勝ち目はない。
レアルが力任せに振り抜いた剣戟によって、グラドの防御は簡単に崩され、次いで繰り出された切り返しの連撃も、どうにか爪で受け止め防戦一方に回るばかりであった。

「〈限界突破(オーバードライブ)〉――――!!」

それを見た真一は、直ぐ様自分の身体にバフを掛けると、素早くレアルの背後に回り込んで〈火の玉(ファイアボール)〉のスペルを放つ。
これがゲームのバトルならば、単騎でヴァンパイア・ロードに挑んでも、勝機は一厘ほどもないだろう。
しかし、この世界に於いての戦いは、必ずしもそうとは限らない。
ゲームでは実行できない、あらゆる戦術や手段。或いは、プレイヤー自身さえ駒の一つとして利用することすら許されるのだ。
頭を使え――と、真一は自分に言い聞かせる。喧嘩に必要なのは、熱いハートとクールな頭脳だ。
この状況で利用できる全ての策を駆使すれば、必ずどこかでチャンスは訪れる。

330赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/08/28(火) 08:05:10
「そんな豆鉄砲、この私に通用するとでも思いましたか!?」

グラドとの打ち合いの最中、真一の動きも正確に把握していたレアルは、背後から撃たれた火球を容易く剣で薙ぎ払う。
だが、その一撃を躱されるのはこちらの計算のうちだ。
真一の狙いは、レアルが防御のために振り返る一瞬の隙に、グラドを離脱させることにあった。

「一旦距離を取れ、グラド! 挟み込んで撃ちまくるぞ!!」

真一はスマホ越しに指示を出し、それを受けたグラドは、持ち前の高速飛行で瞬く間にレアルから距離を置く。
そして、レアルを挟撃するような位置に陣取ると、真一が次いで撃ち出した二発の〈火の玉(ファイアボール)〉に合わせ、ドラゴンブレスを連射した。

「更にもう一発! 喰らえッ――〈燃え盛る嵐(バーニングストーム)〉!!」

次から次へと撃ち込まれる火球とブレスの連打に、流石のレアルもその場で防御に徹するしかなかったのだろう。
今を好機と見定めた真一は、手札の中でも最高レベルの火力を持つスペルを行使し、コロシアムの中央に巨大な炎の嵐が巻き起こった。
場内を埋め尽くす爆轟と火焔。試合を観戦している観客たちも、よもやこれで勝負が決したかと思わずにはいられなかった筈だ。
しかし――この程度の攻撃で崩れ落ちるほど、対峙する敵は甘くなどない。

「――――〈悪夢の使役者(ロード・オブ・ナイトメア)〉!!」

そして、炎の中からレアルの声が響いた瞬間――コロシアムの中央から解き放たれた無数のコウモリが、闇の衝撃波を伴って炎の嵐を掻き消した。
〈悪夢の使役者(ロード・オブ・ナイトメア)〉とは、ヴァンパイア族が使うスペルの中でも、最上級に位置する一つだ。
大量のコウモリを召喚すると同時に、〈燃え盛る嵐(バーニングストーム)〉をも上回る規模の衝撃波を放ち、その威力の程も然ることながら、波動に触れた相手を“暗闇”の状態異常に陥れる副次効果を備えているため、一撃でパーティが機能不全になる危険性もある。

コロシアムの端から端までを完全に塗り潰す波動を受けた真一は、一瞬で目の前が暗くなるのを感じた。
恐らくは、グラドも自分と同じ状態に陥ってしまっているのであろう。
しまった――と、後悔する暇さえもない。
遠くからグラドの悲鳴と、地面に叩き付けられる轟音が聞こえた直後、今度はこちらを狙って放たれた〈闇の波動(ダークネスウェーブ)〉に飲み込まれた真一は、そのままコロシアムの壁面に衝突した。

そして――それから数十秒が経過して、ようやく場内の闇が晴れる。

どうにか上体を起こして、真一がやっと回復してきた視力で状況を確認すると、コロシアムの中央には、悠然と仁王立ちするレアルの姿があった。
流石に無傷というわけではないのだろうが、レイド級モンスターというのは、とにかく総じてタフなのだ。
敵の総体力から考えれば、あれしきの攻撃はかすり傷程度の認識なのかもしれない。
更にコロシアムの反対側に目を向けると、レアルに撃墜されたグラドが、自分と同じく何とか体を起こそうとしている様子が見て取れた。
真一は急いで〈高回復(ハイヒーリング)〉のスペルを二回使って、自分とグラドの治癒に専念する。
幸いグラドも戦闘不能になったわけではなかったが、既にHPは半分以上削り取られてしまっていた。

「今度はこちらが問い掛ける側です。……まだ、続けますか?
 ――と言っても、簡単に貴方たちを逃がすつもりなどないのですが」

レアルは余裕綽々といった面持ちで嗤いつつ、上空から真一とグラドの姿を見下ろす。
これがまともなトーナメントならば――或いは、ここで降伏を選ぶという道もあったのかもしれない。
しかし、この場所は既にライフエイクの庭なのである。レアルが言った通り、リタイアを宣言しても簡単に逃げられるという保証など有りはしない。
グラドと共に生き残りたければ、レアル=オリジンに勝つしかないのだ。
――ならば、どうやって?
真一が奥歯を噛み締めながら、レアルを睨み返していたその時、上空からポツポツと雨が降り注ぎ始めた。

331赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/08/28(火) 08:07:14
自分の頬を打つ雨粒ではっと真一が顔を上げると、頭上にはドス黒い積乱雲が浮かんでいた。
それから少しだけ思案を巡らし、真一はスマホの画面に目を落とす。
莫大なHPを持つレアルにさえ、致命打を与えられるかもしれない攻撃手段は、自分の手札にも一つだけあった。
それは――この一週間でなゆたと積んだ特訓によって、レベルを上げたグラドが習得した、新たなるスキルだ。
ブレスとクローに次ぐ、レッドドラゴンの三番目のスキル。
種族特性に相応しい、圧倒的な高火力を誇る技ではあるが、使用のために全ての魔力を使い切ってしまうのと、攻撃の反動によって大ダメージを負うというリスクを有している。

――外せば終わりの必殺技。
必要なのは、それを必中の技とするための状況だ。
真一は一瞬だけ瞳を閉じ、全てのファクターを整理する。
手持ちのカード、パートナーの能力、敵の特徴、自分が考案できる戦術、フィールドの状態、天候――

――そして、意を決した真一は、再び瞳を開いて立ち上がった。

「……ナメんじゃねーよ、クソ野郎。
 余裕こいて高みから見下してるつもりのテメーに、俺たちの底力ってやつを見せてやるぜ」

真一が放った言葉を受けたレアルは、口角の端を更に吊り上げ、右手に握った大剣の切っ先を向ける。

コロシアムの反対側には、真一と同様に立ち上がるグラドの姿があった。
真一はスマホに呟き、全ての指示をグラドに出し終えると、長剣を構えてレアルに向き直る。
互いに剣先を突き付けながら、コロシアムの中央で真一とレアルの視線が交錯した時、最後の戦いが幕を開けた。

「ユニットカード、〈トランプ騎士団〉! 行くぜ、お前たち!!」

そして戦いが再開するや否や、真一が真っ先に発動させたのは〈トランプ騎士団〉というユニットカードであった。
それぞれ剣、盾、銃、杖を持った三等身の騎士人形たちが四体召喚され、レアルに向かって突撃を開始する。
先頭の盾が敵の攻撃を阻み、次いで剣と銃で反撃。最後に杖の騎士が魔法を繰り出すというのが、彼らの得意な連携技である。

「ふざけた真似を……こんな物が、私の相手になると思いましたか!?」

しかし、当然といえば当然の結果だが――騎士人形たちの攻撃は、レアルに対して微塵もダメージを与えることはできず、血の剣を何度か振り払うだけで、一網打尽に叩き伏せられてしまった。
だが、彼らが時間を稼いでいる間に、今度はレアルの背後からグラドが強襲する。
まずは中距離から放射されたドラゴンブレス。それをギリギリで避けたレアルの懐に飛び込み、続けざまにドラゴンクローを叩き込む。
クローは見事にレアルのボディを捉えることに成功したが、それしきで怯むレアルではない。
レアルが振るった反攻の一閃を回避したグラドは、そのままヒラリと身を翻して上空に離脱する。
それを追ってレアルは飛び上がるが、次は下方からその背中を真一が狙っていた。

332赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/08/28(火) 08:10:18
「離れろ、グラド! ――――〈大爆発(ビッグバン)〉!!」

そして真一が撃ち放ったのは、超特大の豪火球であった。
真一が好んで用いているスペル――〈火の玉(ファイアボール)〉と同系統の技ではあるが、威力と規模はそれを遥かに上回る。
まるで、太陽がもう一つ昇っていくかのような火球が下方から迫り、レアルの背中を襲う。
この一撃が通れば、幾らレイド級でもそれなりのダメージは期待できると思われたが、寸でのところでレアルは〈幻影の足捌き(ファントムステップ)〉を発動して回避し、哀れにも火球は虚空を切ってそのまま天に消えていった。

「フッ、フフッ……! 惜しかったですね。どうやらそれで打ち止めですか!?」

「ところがどっこい! もう一つあるぜ!」

次の瞬間、レアルは――いや、恐らくは会場上の誰もが目を疑っただろう。
それは、人間である筈の真一の体が、体長10メートルを超える巨人の姿へと変貌したからだ。

「よくも今まで、散々見下してくれやがったな。
 〈巨人化(タイタンフォーム)〉だ! これが俺の切り札だぜ――レアル!!」

レアルよりも遥かに巨大な姿となった真一は、眼下の敵を狙い、大上段に振り被った長剣を叩き下ろす。

「そんなものが最後の手段とは……少しばかり、貴方を買い被っていたようですね。
 ――――散り果てろ、〈鮮血の牙(ブラッディ・ファング)〉!!」

だが、真一が振るった唐竹の一閃が、レアルに届くことはなかった。
レアルは血の大剣に煌々と輝く魔力を纏わせると、大砲のような威力の剣戟を振るい、一撃で巨人の真一を両断する。
すると、巨人の体は幻みたいに消え去っていき、フィールドの端には元のサイズの真一が立ち尽くしていた。
――これで、全ての攻撃は終わったのだろうか?
戦いを見守る観客たちが息を呑む中、真一はただ一人、不敵な笑みを浮かべていた。

「……テメーには、カジノで見せた筈だけどな。ハッタリは俺の十八番なんだ」

その真一の言葉を聞いて、はっと何かに気付いたレアルは両眼を大きく見開いた。

――そう、真一が発動したスペルは〈巨人化(タイタンフォーム)〉などではない。
真一は〈陽炎(ヒートヘイズ)〉というスペルで作り出した幻影によって、あたかも自分が巨大化したかのように見せ掛けていただけだったのだ。
ならば、そうまでして真一がレアルの注意を引こうとした目的とは何なのか。
レアルは慌ててフィールド内に目を走らせるが、もう真一の準備は全て終わっている。


真一が立てた作戦は、大きく分けて三段階であった。
まずは巨人化を偽装した幻影を作り出し、レアルの注目を集めて、その他の準備を悟らせないようにすること。
そして二段階目の仕掛けは、真一が上空に放った大火球と、四体の騎士人形にタネがある。

――その時、一際強い稲光がピカっと走って、頭上の積乱雲が凄まじい雷音を轟かせた。

「そんな、馬鹿なことを…………!?」

真一の策を朧気に察したレアルは、この試合で初めて狼狽の声を漏らす。
上空へと消えて行った〈大爆発(ビッグバン)〉――その狙いは、火球の熱が生み出す上昇気流によって、頭上に浮かんだ積乱雲を成長させることにあった。
更にもう一つ。フィールドの中央付近ではいつの間にか剣、銃、盾の騎士人形が肩車を組んで立ち、その傍らには杖の人形が控えている。
――肩車の一番上で、頭上に剣を掲げる騎士人形。
最早言うまでもない。彼らの目的は、フィールド内に“避雷針”を作ることである。
真一がレアルを打倒するために選んだ武器は――――天上から降り注ぐ“稲妻”その物だったのだ。

「……ご明察。だけど、もう遅いぜ――――喰らいやがれッ!!」

そして、真一の合図と共に杖の騎士人形が〈落雷(サンダーフォール)〉の魔法を唱え、それに導かれた神の槍が、フィールド中央に立つレアルの体をまともに打ち据えた。
真一は余波を受けないようにフィールドの端で身を伏せながら、それでもレアルを睨む視線を片時も外さない。
これで終わる相手じゃないのは分かっている。だからこそ、こちらの手札にはまだ“最後の一撃”を残しているのだ。

333赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/08/28(火) 08:12:18
「お……のれ……人間風情が……!
 ……そんなもので、この私を……討てるとでも……!!」

落雷の直撃を命中させても、レアルのHPを全て削り取ることはできなかった。
今は全身を麻痺してまともに動ける状態じゃないだろうが、ヴァンパイア・ロードは自己回復の手段も持っているため、このまま放っておけばすぐに復活するだろう。
まったく、レイド級と呼ばれるモンスターのタフネスには呆れるばかりであった。

「ああ。テメーの息の根を止めるには、これくらいじゃ足りねーってことは分かってたぜ。
 次で本当に最後だ。――待たせたな、グラド!!」

そして、真一が天に向かって剣を掲げたその先――――遥か上空で、レアルを狙い続けるグラドの姿があった。

作戦の三段階目。
巨人の幻影も、落雷攻撃も、全てはこの一撃を当てるための布石に過ぎない。
真一が剣を振り下ろすのに従い、天空のグラドは流星と化し、フィールドを目掛けて一直線に降下する。


「――――――――〈ドラゴンインパルス〉ッッ!!!!」


グラドが習得した三番目のスキル――〈ドラゴンインパルス〉とは、自身の肉体を炎の魔力に変えて突撃する、捨て身の体当たりだ。
韻竜と呼ばれる古代種の末裔だけが有する、膨大な魔力全てを物理的エネルギーへと変換して行うそれは、全魔力の消費と反動ダメージというリスクを背負って尚、あまりに十全すぎる威力を持つ。
――当たれば終わり、外しても終わり。
まともに使えば大博打としか言い様のない代物だが、敵が全身を麻痺して躱す術を持たないこの状況ならば――必中にして、必殺の威力を持つ、至大至高の一撃と成る。

間もなくして焔の流星は水の都に堕ち、力尽きた〈真なる鮮血の主(ヴァンパイア・ロード)〉は、その身体を霧散させて、アルフヘイムから消え去った。

一瞬、目の前の出来事に静まり返る場内。
そしてその直後、四方八方から響く大歓声と共に、第一試合の勝者として、高々と真一の名が告げられた。

「――〈召喚解除(アンサモン)〉! ありがとよ、相棒。お前には今回も随分無茶させちまったな」

真一はグラドをスマホの中に回収し、未だ画面上でダウンしている相棒に向けて、そんな言葉を伝える。
しかし、これで真一は手持ちの主力スペルをほとんど使い果たし、グラドもこの様子では、再び戦えるようになるまでしばらくの時間を要するだろう。
本当はもう少し上まで行きたい気持ちもあったが……まあ、仕方ない。
真一とグラドのデュエラーズ・ヘヴン・トーナメントは、ここでお終いだ。あとは信頼できる仲間たちに託すことにしよう。

「……ま、しゃーねえな。俺たちはここでリタイアさせて貰うわ。
 残りの戦いは、二人に任せることにするぜ」

――ふと気付けば、いつの間にか天を覆っていた積乱雲も晴れ、上空には再び燦々と輝く太陽が昇っていた。
水の都に降り注ぐ陽光に照らされながら、真一はフィールドを後にするのであった。



【レアル=オリジンとの死闘に勝利するが、力を使い果たしてリタイア。
 残りのトーナメントはなゆたとみのりに託す】

334明神 ◆9EasXbvg42:2018/09/04(火) 13:11:26
いるはずのゲスト客の姿がなく、不気味に静まり返ったカジノの館内。
そこで俺たちは、いないはずの敵と遭遇することとなる。

全ブレモンプレイヤーにとって、みんなのトラウマという形で記憶に刻まれた存在。
角魔バフォメットが、その金に光る両眼に俺たちを捉え、ゆっくりと歩み寄って来た。

>「……逃げましょう明神さん。私のゾウショクと明神さんのヤマシタさんでは、勝ち目がありません。レア度が違い過ぎます」

「……奇遇だなしめじちゃん。俺もいまドンピシャで同じこと考えてたぜ」

まぁ誰だってそう思う。俺だってそう思う。完全に想定の範囲外だ。
バフォメット。とにかくアホみたいに硬くて攻撃が痛いこいつだが、ブレモン全体で言えば中の上くらいの強さだ。
少なくともステータス面で言えばレイド級ほどデタラメってわけじゃあない。
多分ゴッドポヨリンさんなら真っ向から殴り合っても勝てるだろう。

バフォメットがプレイヤーのトラウマ足り得るのは、ひとえにこいつとの戦いがマルチじゃない点にある。
メインシナリオで遭遇するバフォメットは、完全にソロで打ち勝たなきゃならない相手なのだ。
馬鹿みたいに鍛え込んだ廃人の手を借りれなけりゃ、数の暴力でゴリ押しできるわけでもない。
これまで脳死で救援を待ってたプレイヤーは、ここでついに「戦略」と「相性」を意識したプレイングを迫られるわけだ。

シナリオ中でバフォメットと戦う機会は2回ある。
一つは、ニブルヘイムの驚異を再認識させられる、問答無用の負けイベント。
そして命からがら敗走した後、修行とNPCの手助けを受けてもう一度挑み、ようやく勝利できる構成だ。

やりこみプレイの一環に、強制敗北戦闘をどうにかして勝つってのがあるが、
今の所どれだけゲームに精通し、カンストキャラを揃えたとしても、一回目のバフォメットには勝てた例はない。
トップを爆走する廃課金勢ですら、負けイベントを覆すことは出来なかったのだ。
多分内部的にHPが減らない特殊なバフかなんかが付いてるんだと思う。

>「相手がどの段階のバフォメットか判りません。そうである以上、戦ってはダメです。
 
プレイヤーがバフォメットを倒すには、まず奴から特殊バフを引っ剥がせるNPCの協力が必要だ。
大賢者ローウェルの弟子、つまりは『十三階梯の継承者』が一人、"虚構"のエカテリーナ。
シナリオ内でこいつを同行させられれば、バフォメット討伐のお膳立てを整えてくれる。
逆に言えば、エカテリーナと出会わない限りバフォメットを倒すフラグが立たねえってわけだ。

たった今、俺たちの眼の前に現れたこのバフォメットは、討伐フラグが立つ前なのか後なのか。
もしもバフが付いたままなら、俺たちはそれこそゲームと同じように強制敗北を叩きつけられることになる。
言うまでもなく、単なるゲームオーバーじゃ済まねえだろう。
待ってるのは哀れな野郎と女の子一人がバフォメット君のおやつになる未来だ。

バフの有無を確かめるにも状況が悪い。
とにかく今は一時後退して、今後の方策を練らなきゃならねえ。
しめじちゃんの声に促されるまま、俺たちは速攻で踵を返す。
ライフエイクの目論見なんざ知ったことか。俺はとんずらこかせてもらうぜ!

>「バフォメットは移動速度が遅いので、後退すればなんとか逃げ――――」

景気よく逃走ルートに入った瞬間、しめじちゃんが息を呑む音がいやにはっきりと聞こえた。
彼女の細い肩の向こう、俺たちが通ってきた道を塞ぐように、ひとつの影がある。
それは、俺の背後からゆっくりと迫りくる巨体と鏡写しのようにそっくりだった。

>「……なっ、嘘です。バフォメットが2体、ですか?」

「おいおいおいおい冗談じゃねえぞ!詰んでんじゃねーか……!」

前門のバフォメット、後門のバフォメット。
裏口から入ってきたと思しき新手のバフォメット退路を断たれ、俺たちは完全に立ち往生してしまった。
バルゴスの野郎は何やってんだ!部外者の立ち入りを許してんじゃねえよ!!

335明神 ◆9EasXbvg42:2018/09/04(火) 13:12:29
……退路方向のバフォメットの口元に付いてる、赤黒い汚れは何だ。何を食った。
俺たちは裏口からまっすぐここへ来た。俺たち以外に、あそこに居たのは誰だ。

「バルゴス……!」

俺はやりきれない思いで瞑目する。
バルゴスは特別良い奴ってわけじゃなかったし、むしろロクな死に方しねえクズの類だと思う。
それでも、つい数分前まで会ってた奴がおそらく魔物に喰われて死んだって事実は、
根っからパンピーの俺の心にずどんと重くのしかかった。

そして何よりまずいのは、バルゴスの死が全然まったく他人事じゃねえってことだ。
おっさん一人平らげたぐらいじゃ満腹には程遠いのか、新手のバフォメットもまた俺たちに迫って来ている。
この狭い通路に逃げ場なんてあるはずもなくて、あとは前と後どっちに喰われるのが先かの違いしかない。

どうする。どうしようもねえけど、どうにかしなけりゃならねえ。
ここで我が身を犠牲にしてでもしめじちゃんを逃がすのが正しい大人の姿勢って奴なんだろうな。

でもダメだ、死にたくねえわ俺。しめじちゃんの命も、俺の命も、諦めたくねえわ。
正しさなんてクソくらえだ。間違ってようが、みっともなかろうが、足掻くことをやめられねえ。

>「それなら――――上に逃げます、明神さん。少しだけ時間をください。2F直通のエレベーターを作ります」

やがて俺は、早々に思考を放棄しなかった自分の采配を褒めることになる。
隣で固まっていたしめじちゃんが、死中に活路を見出したからだ。

「……任せろ!」

しめじちゃんの要請に、身体は自然と反応する。
彼女もまた、軽々しく命を諦めるはずがないと、俺には理解できていた。
ギリギリまで練り続けていた遁走の策を実行に移す。

「『迷霧(ラビリンスミスト)』――プレイ」

スペルが起動し、俺としめじちゃんを包み込むように乳白色の濃い霧が発生した。
同時、しめじちゃんのスペルによって地面から赤黒い塔が隆起し始める。
真っ白に覆われた視界が、更に赤いモノクロへと変わっていくのを感じた。

――『迷霧』と『血色塔』、この2つはともに視界に作用する妨害スペルだ。
そして2種のスペルは同様の効果をもたらすがために、合わせて発動することである種のシナジーを生み出す。

ざっくりと言うなら、モノクロになった視界を霧が覆うことによる、目潰しの相乗効果。
バフォメットの視界はこれで完全に塞がれたはずだ。

「『万華鏡(ミラージュプリズム)』、プレイ!」

温存しておいたATBバーをさらに消費して、俺は追加のスペルを発動した。
ヤマシタの輪郭が幾重にもブレて、同じ姿をした革鎧が3つその場に出現する。
対象の半分のステータスを持った3つの分身を作成するスペルだ。

もともと貧弱なクソ雑魚革鎧がさらに半分のステで出てきたところで、バフォメットのおやつが増えるだけだろう。
だがそれで良い。視界がまったく利かないこの状況なら、分身共はデコイとして十分に効果を発揮する。
ヤマシタの分身達は、それぞれ剣を構えて前後のバフォメットへ突撃していく。

バフォメットの攻撃は手探りになるとはいえ、分身が叩き潰されるまでの時間が1秒から10秒弱に増える程度の違いでしかない。
しかしそれだけありゃあ、血色塔が天井をぶち破るのに余裕で足りる。
雨後の竹の子のごとくニョキニョキ生える血色塔に俺はしがみ付いた。

336明神 ◆9EasXbvg42:2018/09/04(火) 13:13:12
「しめじちゃん、手ぇ貸せ!目は瞑っとけよ!」

血色塔によって破壊された天井の瓦礫が降ってくる。
俺はスーツのジャケットを脱いでしめじちゃんに被せ、その細い背中を引き寄せた。
頭に降り注ぐ細かい瓦礫は……まぁ根性で耐えよう。バフォメットに喰われるよかよほどマシだ。

革鎧のひしゃげる音と共に、万華鏡の効果が切れる。分身が全て叩き潰されたのだ。
そしてそれとほぼ同じタイミングで、俺たちはぶち抜いた穴から二階へ逃れることに成功した。

二階の床にまろび出ると同時、俺は周囲に目を走らせる。
誰も居ない。従業員がひっきりなしに往来していた二階通路もまた、不気味なまでに静まり返っていた。

「すぐにここを離れるぞ。奴らがよじ登ってこないとも限らねえ」

穴を埋めるように『工業油脂』を硬質化させ、しめじちゃんの手を引き走り出す。
アンサモンで回収しておいたヤマシタ(本体)を再召喚し、前方の様子を偵察させながら。
血色塔の効果が切れても視界が赤いままだと思ったら、額から血が出て目に入ってやがる。
瓦礫で切ったっぽいな。全然気付けなかったあたり、俺はそうとうビビっていたらしい。

「……助かったぜ。よく思いついたなこんな逃げ方」

進路も退路も塞がれているなら、新しく「道」を作れば良い。
単純明快な解決策ではあるが、土壇場でそうそう思い付けるようなもんじゃない。
一本道ゲーに慣れた俺たちみたいなゲーマーは特に、選択肢を自ら縛りがちだ。

現実世界は、入念にレベルデザインされたゲームとは違う。
巣の中で口開けて待ってりゃメシが降ってくるなんて甘い考えは通用しない。
満足なカードが配られないことだってあるし――配られたカードだけが選択肢ではないのだ。
俺の半分くらいしか生きてないはずのしめじちゃんは、それを誰よりも理解している。

「君に退路を任せて良かった」

冷静に考えるとむちゃくちゃ情けない発言だった。
俺は額をごしごし擦って血を乱暴に拭い、前へ向き直った。

「今の所カジノに居るのは一階のバフォメット2匹だけか……従業員共はマジでどこ行ったんだ。
 まさか、バフォメットに全員喰われちまったのか?あの腹にンな容量があるとは思えねえが」

雑な考察をしながら俺たちは二階を進む。
予定とは少しズレたが、もともと俺たちの目的地は二階にあるライフエイクのオフィスだ。
一階にバフォメットがいる以上今のところ脱出が困難であることには変わりない。
なにか脱出に使えるものがないか探すうえでも、このまま探索を続けるべきだろう。

「先週俺たちが通されたVIPルーム……その先にあるのが、多分ライフエイクのオフィスだ」

一週間前、石油王がカジノで大暴れして連行されたVIPルームの奥には、別の扉があった。
カジノを見回っても他にそれらしき部屋がなかったことから考えるに、おそらくそこが目的地だ。

二階をどれだけかけずり回っても、人影はおろか魔物の影すら見当たらなかった。
念の為『導きの指鎖』を使い続けてるが、鎖はまっすぐ階下のバフォメットを指している。
途中、吹き抜けになっている廊下からカジノのホールを見渡せたが、やはり誰もいない。
コロシアムの様子を中継しているはずの受像板も停止したままだ。

「着いたぞ、VIPルームだ」

ヤマシタに分厚いドアを蹴り開かせる。鍵はかかっていなかった。
中は無人だ。革張りの豪奢なソファに、黒檀製の応接机。先週訪れた時と変わらない。
壁面に張り出したワインセラーには、同じ銘柄のワインがいくつも収まっていた。
そして、その奥には金縁で飾られたドア。

337明神 ◆9EasXbvg42:2018/09/04(火) 13:13:54
「流石に鍵がかかってんな。ちょっと下がってなしめじちゃん。……ヤマシタ!」

俺の声に応えて、ヤマシタが鎧の内側から針金やら鉤棒やらを引っ張り出した。
盗賊系ジョブには鍵開けのスキルがある。
ギルドハウスの不法侵入とかに有用なので当然ヤマシタに習得させ済みだ。
しばらく鍵穴の前でガチャガチャやってると、やがて軽い音と共に錠前が開く。

「よし、入るぞ――」

――そこで俺は、重大な事実の見落としにようやく気がついた。
本当はもっと早く、それこそバフォメットと遭遇した時点で、思い至るべきだった。

『何故カジノに誰もいないのか』なんてことは、大した問題じゃない。
それこそライフエイクが人払いをすれば従業員もゲストも消え失せるだろう。
真に考察すべき疑問は……ニブルヘイム在住の魔物、『バフォメットが何故ここにいるのか』だ。

バフォメットは本来、アルフヘイムのその辺を彷徨いていて良いようなモンスターじゃない。
シナリオで遭遇するのだって、クソど田舎のボケナス領主が召喚儀式を遂行したからだ。

野生のバフォメットなんてもんは存在せず、その背後には必ず誰かが居る。
誰か――それはつまりアルフヘイムの住人。人間の悪意の介在なしに、現れるはずのない魔物だ。

ならば、誰がバフォメットをニブルヘイムから喚び出したのか。
その答えは、扉を開けた先にあった。俺はたまらず怒声を上げた。

「あいつ……ライフエイク!あの野郎!!」

オフィスの壁一面に、生き血を思しき赤黒い液体で魔法陣じみた文様が描かれている。
そしてその魔法陣を切り抜くように、色のない虚空が広がっていた。
空間に穿たれた、穴。俺はこいつを知っている。メインシナリオ後半に出てくるダンジョンへの入り口だ。

ダンジョンの名称は――『ニブルヘイム』。
ライフエイクのオフィスに、アルフヘイムとニブルヘイムを繋ぐ『境界門』が出現していた。

「あの腐れヤー公、ニブルヘイムと内通してやがった……!」

アルフヘイムにとって、ニブルヘイムは世界を侵す外敵だ。
ニブルヘイムから侵攻してくる魔王やら魔族やらが引き起こす事件で何人も犠牲になってるし、
アルフヘイムもまたニブルヘイムの連中を目の敵にして見つけ次第征伐してる。
つまり2つの世界は依然戦争状態にあって……ライフエイクの行為はれっきとした外患誘致だ。

メインのド終盤、ダンジョンとしてのニブルヘイムが解放されたあたりのシナリオを思い出す。
賢者ローウェルの死後、その弟子が一人、師を蘇らせるためにニブルヘイムへ渡った。
そしてあっちで絶望から魔王と化して、師を奪ったアルフヘイムに復讐と言う名の侵攻をかける……っつう内容だ。
魔王が自分自身をアルフヘイムに『召喚』する為に、メイン級のキャラが何人も生贄になった。

なんのことはない。バフォメットがカジノを彷徨いていた理由。
それは、あの売国奴が意図的に境界門を生成して、向こう側から召喚したからだ。
おそらくは……カジノの従業員や、ゲストを生贄に捧げて。

「何考えてんだあの野郎。こんな街中にニブルヘイムとの門なんか作って、何がしたい」

ことここに至っちゃ、ライフエイクの側近のレアルとかいう奴も本当に人間か怪しいもんだ。
奴は自分以外の人間のことなんざ屁にも思っちゃいない。人間を傍に置くことはしねえだろう。
連中の目的は一向に分かりゃしねえが、とにかくやべえ事態だってことは確かだ。

呼び出される魔物のレベルは、生贄となった者の生命力の大きさ、強さに依存する。
仮にライフエイクがバフォメットより強力な魔物の召喚を望んでいた場合、生贄の対象は戦士や魔道士になるだろう。
戦闘力を持たない村人を生贄にしたバフォメットでも、クソふざけた強さだったんだ。
高レベルの戦闘職なら、それこそレイド級を凌ぐ化物が生まれてもおかしくない。

338明神 ◆9EasXbvg42:2018/09/04(火) 13:14:34
デュエラーズ・ヘヴン・トーナメント。
もしもその真の目論見が、「より強い生贄」の選別にあるとしたら。

あいつらが……危ない。
俺は潜入前に石油王から手渡された藁人形を取り出した。

「石油王!石油王聞こえるか!今すぐ二人を連れてそこから逃げろっ!
 ライフエイクはニブルヘイムと通じてやがった!トーナメントは奴の生贄選別儀式だっ!」

ライフエイクの目論見については完全に憶測だが、裏をとってる暇なんかねぇ。
石油王の話じゃ藁人形は身代わりの他に通話機能もあるらしいが、応答はない。
耳に押し付けてみると、ザ……ザ……とノイズのようなものがかすかに聞こえた。

「クソ……!門の魔力がデカ過ぎてジャミングになってんのか」

俺の声がどこまで石油王に伝わってるのか確かめる術はない。
そして、危険が危ないのは出場組だけじゃなかった。
廊下の向こうから重い足音が響いてくる。ドン亀バフォメットがついに二階に到達したのだ。

「俺たちもずらかるぞ、しめじちゃん。……つっても、奴さんに逃がしてくれるつもりはねぇようだが」

しめじちゃんの言う通り、バフォメットが弱体化してるのかどうか確かめずに挑むのは愚の骨頂だ。
そして弱体化前ならもうどうしようもない。エカテリーナはリバティウムに居ねえから、特殊バフの解除はできない。
まぁ弱体化してたとしてもレトロスケルトンとリビングレザーアーマーじゃ歯が立たないけどな!

「俺が食い止める……って言えたらカッコいいんだろうけどな。
 俺一人じゃ秒で挽肉だ。時間稼ぎにもなりゃしねえ。だから、一緒に逃げよう」

カジノの出入り口は2つある。
客が出入りする正面玄関と、俺たちが侵入した従業員用の通用口。
このうち通用口へのルートは使えないと考えて良いだろう。
狭い通路でバフォメットとかち合いでもしたら、それこそ完全に詰みだ。

「バフォメットの現在位置は、聞こえる音と指鎖の動きから察するに一階二階にそれぞれ一匹ずつ。
 二階の奴は階段から二階廊下をまっすぐこっちに向かって来てる」

俺は潜入のために作ってきた簡略地図を広げて、しめじちゃんにルートを説明した。

「ホールを抜けて正面玄関から脱出する。まずはVIPルームを出て、吹き抜けからホールに飛び降りるぞ」

広いホールに出ちまえば、動きの遅いバフォメットから逃げ切れる公算が高くなる。
問題は、上位の魔物であるバフォメットはスペルを所持しているという点だ。

「奴のスペルは確か、『火の玉(ファイアーボール)』と『影縫い(シャドウバインド)』だったな。
 火玉はどうにでも出来るが影縫いがヤバい。ホールの照明と影の向きには注意するんだ」

影縫い(シャドウバインド)は、対象の影を踏むことで一時的に動きを封じる拘束スペルだ。
足の遅いバフォメットだが、このスペルで動きを止めてゴリラ火力でぶん殴るという、
理不尽の極みみたいなクソ即死コンボを持ってやがる。
屋外ならともかく、四方八方に照明器具のあるカジノのホールは罠だらけと考えて良いだろう。

「ルートは頭に入ったな?バフォメットはすぐそこだ、俺が道を付ける」

VIPルームに戻ると、指鎖がビンビンに張ってカタカタ震えだした。
扉のすぐ向こうにバフォメットが居る。濃密な魔力の気配は、霊感のない俺にもはっきりとわかった。

339明神 ◆9EasXbvg42:2018/09/04(火) 13:15:00
「『万華鏡(ミラージュプリズム)』――プレイ!」

分身作成のスペルを発動。対象は……VIPルームの扉だ。
新たに3つ扉が増えて、都合4つのドアが壁に出現した。
バフォメットの動きが止まり、逡巡する気配が伝わってくる。
指鎖の先は、右側のドアを指し示した。

「今だ、駆け抜けろ!」

俺は一番左のドアを蹴り開いて、廊下に飛び出した。
すぐ傍にバフォメットがいたが、奴は2つ隣のドアをぶち破らんとするところだった。
バフォメットが振り向くより先に、俺たちは廊下を走り抜ける。

「吹き抜けだ、飛び降りるぞっ!」

先んじてヤマシタとゾウショクに飛び降りさせ、次いで俺たちも宙に身を投げ出す。
2匹の忠実なしもべは、主の身体を確かに受け止めた。
俺はホールの絨毯に足を付けて、すぐに周辺を見回す。

そして――ホール中央に陣取っていたもう一匹のバフォメットと目が合った。

「へへ……鬼ごっこをしようぜ。てめえが鬼な」

正面玄関へ行くには、このバフォメットの傍を横切らなきゃならない。
俺はしめじちゃんと反対方向の脇に走りながら、バフォメットを挑発した。
もちろん照明の位置には注意して、自分の影がバフォメットに重ならないよう動くことを忘れない。

バフォメットはホール内じゃ追いつけないと判断したのか、息を大きく吸い込む。
スペルの予備動作。バフォメットの口からバレーボール大の火球が吐き出された。

「当たるかよそんなションベン球!たかし君の投げる球のほうが気合入ってるぜ!」

『火の玉』は真ちゃんが得意とするスペルでもある。あいつの放つ火の玉はもっと速かった。
あのドラゴンバカの戦いを見てきた俺にとっちゃ、こんなもんは目を瞑ったって避けられるぜ。

小学生の頃から俺はドッジボールで避けるのが得意だったんだ。
一人だけ最後まで生き残って、ひたすら周囲を萎えさせる天才と呼ばれた男よ!

見ろ!上半身のスウェーだけで躱すこの見事な神回避!
上手い!上手いね明神ちゃん!ウチ来ない!?

――そのとき、俺は確かに見た。
火の玉を吐き出したバフォメットが、その山羊みたいなツラを歪ませて、笑うのを。

俺をかすめて背後に飛んでいった火の玉が爆発する。
爆風や炎は大したことなかったが……爆炎は強く光り輝いた。
強烈な光源が背後に出現したことで、俺の影が前方に大きく伸びる。

そして――バフォメットの魔力を纏った足が、伸びた俺の影を踏みつけた。
『影縫い』が発動し、俺は指一本動かせなくなった。

「えっ、あっ、やべ――」

俺よりも、バフォメットの方が知略で一枚上回った。
火の玉を攻撃ではなく光源として使う即席コンボに嵌められて、拘束スペルを喰らってしまった。

状況に理解が追いつき、己の不明を呪った時には、既にバフォメットは距離を詰めている。
人間なんか一撫でで肉塊に変える豪腕が、降ってくる――


【ライフエイクのオフィスでニブルヘイムへのゲートを発見。
 脱出を試みるも、バフォメットの拘束スペルに捕らわれて即死確定】

340五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2018/09/08(土) 20:34:03
選手控室にてみのりは既に試合用のコスチュームに着替えていた
ペンギン袖の大きめのパーカーで体のラインと両手が隠れている
下は作業用ズボンとブーツといういで立ち
なゆたの夏イベ水着姿と比べると全体的に野暮ったさは隠しきれないが、みのりの戦術上必要機能を全て揃えた機能美の粋ともいえる衣装なのだ

とはいえ試合開始はまだ先の話。
水晶球に映し出される試合の様子を見続ける
ワンデイトーナメントの性質上、試合会場は複数設けられ同時進行されている
第一試合である真一の戦闘中に第四試合のなゆたの試合が始まり、新たなる水晶球に映し出された

なゆたの対戦相手は先ほどまで控室で言葉を交わしていた、『煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)』ステッラ・ポラーレ
一言二言言葉を交わしただけで既に只者ではないとわかっていたが、試合会場に現れた……いやもはや降臨したといっていいだろう
そのド派手な演出はなゆたの登場を霞のように吹き飛ばすほどのものだったのだから

始まるなゆたとポラ-レの戦いにみのりはした唇を噛む
真一の戦う真なる鮮血の主(ヴァンパイア・ロード)レアル=オリジンとはまた別の意味で難敵であるからだ
専用の対策を講じていないとまず勝てない、という勝つどころか一撃入れる事すらままならないであろう
唯一の救いは3回はリタイアのチャンスがある事だ


『蜂のように刺す(モータル・スティング)』は3回目の攻撃で問答無用に相手を殺すことができる恐るべきスキルだ
だが逆に言えば3回目の攻撃を受けなければ死ぬことはない

試合という形式をとっている以上、リタイアのチャンスは対峙した時点
そして、1回目、2回目の攻撃を受けた時点
なゆたは既に2回のチャンスを消費してしまっている。

(対策を立てていない以上、勝ちの目はあらへん……
手の内さらけ出して消耗してしまう前にギブアップするんが最善手やで)
水晶球を見つめながらみのりは心の中で祈らずにはいられなかった

真一は生き残るために全ての手の内を晒し全力を尽くす必要があるだろう
結果、たとえ勝ったとしても2回戦はおろか一日は戦えまい
だが、なゆたの相手はギブアップが許されるのだろうから

コロシアム入りする前になゆたに投げかけておいた言葉が引っかかってくれる事に望みをかけるのだが……

水晶球に対峙するなゆたとポラーレの顔がアップで映し出される。
二人のやり取りの声までは水晶球は伝えなかったが、一つだけ確実に伝わったことはある

「ああ、こらあかんわ」
思わず口から漏れ出すあきらめの声
なゆたのその表情を見れば途中でギブアップなど考えられないのだから

341五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2018/09/08(土) 20:34:54
真一の戦いに視線を移すと、そこは炎と闇との壮絶な打ち合いとなっていた
打ち合いといえば聞こえはいいが、真一は撃つたびにスペルカードを消耗していく
「戦いの後」の事を考えないのはみのりにとっては信じがたい光景だが、相手を考えれば「戦いの後」を考えていてはこれまで立ってはいられなかっただろう
そしてレアルの攻撃や態度を見ればギブアップ宣言の余裕を与えるとは思えない

このままスペルカードが尽きるまで粘るであろうが、そのあとどうできるか、みのりには想定ができなかった
しかし真一はみのりの想定を超えて戦いを動かした

牽制、幻惑、自然をも利用した落雷
そこからの流星が如き一撃!

正に流れるような戦術にみのりは息を呑み、会場の歓声と共に感嘆の息を吐いた
この目で一部始終を見ていても信じられないが、真一はレイドモンスターしかも〈真なる鮮血の主(ヴァンパイア・ロード)〉であるレアル=オリジンと戦い、勝利したのだ
出会った時、ベルゼブブに単身突っ込んで言った姿からすればもはや別人といって良いのではないだろうか?
それほどの成長をこの戦いで見せた真一に心で賛辞を贈る

だが、全力を出し切り消耗しきった真一とグラドは次には進めないだろう
見立て通り、真一のリタイアの表示がされる
五体満足で戦いの場から降りられただけでも十分といえよう

「うちの試合は最終組やし、まだ時間あるやんな
真ちゃんリタイアしたみたいやし、もう選手やあらへんから会いに行きたいんやけど?」

振り返り専属係員に尋ねるが、首を横に振るのみ。
(どうあっても合流させへんつもりなんやねえ)
思案を巡らせながら水晶球に目を戻す

試合は同時進行で行われる
真一やなゆだの試合だけでなく他の試合も順次進んでおり、すでにこの待合室に選手はみのりを含め二人しか残っていない

それぞれが試合会場で戦いを繰り広げているが……正に激戦
ライフエイクが謳ったように、アルフヘイム最強の猛者を決めるにふさわしいといえよう
ドワーフの戦士、エルフの魔術師、巨人、魚人……どの出場者を見ても強力な実力者で恐ろしく高レベルな拮抗した試合が続いている
あまりにも拮抗しすぎており、もはや潰し合いという様相を呈してきているが、誰もが熱に浮かされたように戦い、血を流し、倒れていく

「なあ、これってワンデイトーナメントやんなぁ?
2回戦てやれるのン?」

あまりにも壮絶な試合が多く、敗者より勝者の方が血が流れているものも見受けられる
生死を問わない戦いである以上、こういう事もあるのではあろうが、それでも思わず聞かずにはいられないほどの惨状なのだ

その問いに対しては
「最高の医療チームが控えておりますので、試合終了後の治療メディカルチェックは万全を期しております」
という満面の笑みでの回答が帰ってきた

「ふう……ん。ほなら安心やなぁ」
水晶に目を向けたまま返事をするみのりの耳に明神の叫びが届いたのはその時であった

>「石油王!石油王聞こえるか!今すぐ二人を連れてそこから逃げろっ!
> ライフエイクはニブルヘイムと通じてやがった!トーナメントは奴の生贄選別儀式だっ!」
ノイズのまみれてはいたが、確かにそれは明神の声
傍受の危険を顧みず伝えたという事は、確実な証拠をつかみ尚且つ緊急を要するという事であろう

それと同時に背後に気配
反射的に振り返った瞬間、胸元から『ドン』と鈍い音
視線を下げれば、自分の胸にガラス質なものが突き刺さっているのが映る。

342五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2018/09/08(土) 20:35:53
視線を戻せば係員がみのりの胸にガラス化した腕を突き立てていたのだ
「どう……し……」
言葉を紡げないみのりをあざ笑うかのような係員の表情は歪み消えていく
それはもはや人の表情ですらなく、人の形をとった鏡……そう、係員は人の姿に化けた鏡像魔人「ドッペルゲンガー」だったのだ
ニブルヘイムの魔物であり、力こそは強くないが姿を自在に変えられる、戦闘力以外の脅威が高い魔物である

みのりの背後では控室に残っていたもう一人の出場者が担当の係員、正体を現したドッペルゲンガーに首を狩っ切られ倒れる
ドッペルゲンガーがもう一組の決着がつき目撃者も消えたと油断をした瞬間、召喚されたイシュタルにはたかれ強い衝撃を受けて吹き飛んだ
だが、それは大したダメージにはならず、直ぐに立ち上がり倒れたみのりを見下ろした

「最後ノ悪足掻きキモココマデダナ
異邦ノ魔物使イトイエド所詮ハ脆弱ナひゅーむ、不意ヲ付ケバコンナモノダ
主人ノイナイ魔物ナド木偶モ同然」
「元々オ前ハ試合ニ出ルト何をスルカ判ラナイカラ試合前ニ殺ス予定ダッタガ
ヤハリ仲間ガ動イテイタカ
予定ガ早マッタガ、アトハ我々ガコノ女ノ姿ヲ映シテ……」

「ふぅん……やっぱり傍受されてたんやなぁ
まあそれはええんやけど、ライフエイクはんには『ルールのうちで』って言うておいたのに、残念やわぁ」
胸を貫かれたみのりが何事もなく立ち上がり、小さく息を吐く

確かにみのりは胸を貫かれた。
着衣にも胸に大きな穴が開いており、豊満な胸が作り出す谷間が覗いているが傷一つついていない

それはみのりが受信用に持っていた囮の藁人形(スケープゴートルーレット)の藁人形がダメージを肩代わりしたからだ
当然致命のダメージを肩代わりしたので人形は消失
明神との連絡手段は失われ、明神には傍受されているノイズのみが届くであろう

5体の藁人形のうち、みのりの持つ親機はダメージ反射をするものであり、攻撃力がほぼないイシュタルがドッペルゲンガーを殴り倒せたのは、藁人形から発せられる反射ダメージの衝撃に殴るモーションを合わせたからなのだ
あえてイシュタルを使い反射ダメージの存在を隠したのは、倒したと油断させて時間を稼ぐためであった

「マダ生キテイタトハ。
ダガ知ッテイルゾ。オ前ノ魔物ハ直接的ナ攻撃力ハナイシ、鈍イ
ソシテオ前自身ニ戦闘力ハナイ」

にじり寄る二体のドッペルゲンガー
一気に襲い掛かってこないのは先ほど致命の一撃を与えたにもかかわらず無傷で立ち上がった事への警戒だろうが、長くはもたないだろう
確かにこの室内でで戦いが始まり、みのりが狙われれば助かるすべはない

「よぉしってはるなぁ。
ウィズリィちゃんの話ではイシュタルはこの世界におらへん魔物やゆうのに
それにしても、うちらって戦う理由あるのン?
おたくらニブルヘイムの方々やろし、アルフヘイムと対立しているのは知ってるけど、うちら関係あらへんやない?」

「理由ナド必要ナイ
オ前タチナド生贄ニ過ギナイノダカラナ!」

問答にならない問答は終わりをつげ、戦端は開かれる
「ほんに、しゃぁあらへんなぁ……『品種改良(エボリューションブリード)』--プレイ!対象イシュタル!』
イシュタルに寄り添いながらスペルカードを発動
『品種改良(エボリューションブリード)』は土属性モンスターのステータスを3倍にするものである

スペルカードの効果が表れ、イシュタルの体が急激に膨らんでいく
1.5メートルのイシュタルが3倍……いや、さらに膨らんでいく

343五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2018/09/08(土) 20:36:43
倒れている際に秘かに発動させていたスペルカード『土壌改良(ファームリノベネーション)』の効果によりフィールドは土属性となっており、その恩恵で土属性スペルの効果は2倍となる
すなわちイシュタルはかけられた『品種改良(エボリューションブリード)』の効果は6倍となり10メートル近い巨大な案山子となろうとしていた
当然寄り添っていたみのりは既に藁に飲み込まれ、選手控室が広いといっても10メートルの案山子が収納されるには足りはしない
天井を突き破らんとしたところでイシュタルの固有スキル『長男豚の作品(イミテーションズ)』が発動
人の形を崩し、藁の塊となって控室を満たすことになる

「所詮ハ藁ノ塊ニ過ギ……ヌ、ダ……」
藁に飲み込まれた二体のドッペルゲンガーが刃上に変化させた両手を振り回すが、その声も尽きて静まり返る


この世界でのブレイブマスターの弱点
それはプレイヤーである人間があまりにも脆弱であるにもかかわらず、同じ戦場に立たねばならない事である
モンスターを盾に戦おうにも、直接人間を狙われればあまりにも脆く倒される

その弱点を補うためにみのりが辿り着いたのがこの形

真一の人魔一体の戦い
なゆたのゴッドポヨリンのコンボ
そしてガンダラでしめじとウィズリィをイシュタルの体に咥えこみ衝撃から守った事

これらの経験からイシュタルを巨大化させ、その藁の中に紛れ込んでしまうというのだ
藁の体であるから紛れ込むのは簡単であるし、今回のしようも肌の露出を抑える事で藁の中でも活動しやすいようにというものだ
『長男豚の作品(イミテーションズ)』で内部構造を操作することでイシュタル内を移動して場所を掴ませない
これで安全に戦場にいられるというわけだ

室内だとその巨体では身動きが取れないので、不定形の藁の塊となり、控室から出る
【トーナメントのルール】を反故にし襲われた以上もはやライフエイクの指示に従う理由はない

「さて、まずは真ちゃんを保護して、なゆちゃんを止めてもらいたいんやけど
明神のお兄さんやしめじちゃんも切羽詰まってたみたいやし……はふぅ〜大変やわ〜」

通路を完全に封鎖しながら移動する藁の塊の中でこれからの算段を考えるみのりだが、その前に現れた一人の女
深紅のドレスに老がいっぱいに広がらんばかりのクリノリンスカート
大きな襟飾りに鍔の広い豪華な帽子
凄まじいコルセットを予感させるくびれたシルエットと、その予感を一刀両断する広く割れた背面から白い肌が輝きを放っている
手に持たれるは長煙管
正にゴージャス!THE女王!

この女をみのりは知っている
そしてこの姿が数多あるこの女の姿の一つでないことも
この人物こそ『十三階梯の継承者』が一人、"虚構"のエカテリーナ、なのだから

「お初にお目にかかります〜『十三階梯の継承者』が一人、"虚構"のエカテリーナさんとお見受けしますわ」

通路を塞ぐ藁の中からみのりが上半身を出しながらエカテリーナに挨拶をするとともに、両脇から茨にからめとられたドッペルゲンガーを押し出した
いくら巨大化したとはいえ、所詮は攻撃力皆無の案山子である
そのイシュタルがドッペルゲンガーを沈黙させられたわけは、巨大化イシュタル内でユニットカード『荊の城(スリーピングビューティー)』を発動させたからだ
刺されれば睡眠状態になるデバフ効果付き茨が張り巡らされた藁の海を泳げばどうなるかは見ての通りである

「ふむ、そなたが我が師ローウェルに導かれし者だな。
世辞合は無用。わらわの前ではあらゆる虚構は無意味」

「あら〜お恥ずかしいわ〜。ほやけど話がはようて助かりますわ〜
ガンダラでは『聖灰のマルグリット』さんにもお世話になりましたよってなぁ」

ドッペルゲンガーを見せる事で、係員がドッペルゲンガーに入れ替わっており、襲撃を受けた旨
そこからトーナメントの裏できな臭い事が蠢いている事も言わずとも伝わっている
それだけでなく、みのりがローウェルに対し大きな不信感を持っていることも見抜かれた様子に小さく肩を竦めた

344五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2018/09/08(土) 20:37:28
だが今はここでどうこうしている時間はない
「お話したいところではあるんやけど、色々切迫しておりましてなあ
カジノの事務所でうちらの仲間が何か見つけましたようで、ここのオーナーさんがニブルヘルムと通じてると判断に足るようなもの
おそらくは……『門』だとは思いますけどぉ?
それと、トーナメントは生贄選別の儀式とか」

「選別……門……
『万斛の猛者の血と、幽き乙女の泪が水の都を濡らす時、昏き底に眠りし“海の怒り”は解き放たれる――』
事務所にはわらわが行こう
そなたはその光を辿るがよい」

みのりの言葉を受け取り、そう言い残すとエスカテリーナ虚空へと消えていき、後に残るのは仄かに揺れる赤い光球のみ
慌てて明神としめじの特徴を口いだしたが、それは伝わったのかただ虚空へと消えたのか判らなかった

赤い光球は揺らめきながら移動を始める
みのりはドッペルゲンガーとともに藁の塊に飲み込まれ、そのあとをついていく

藁の中でエカテリーナの言葉を復唱し思いを巡らす
選りすぐりの猛者たち
実力が拮抗しすぎて潰し合うかのような試合
……万斛の猛者の血……泪……ニブルヘイム……生贄
「もしかしてトーナメント自体が……?」
みのりの思考が一つの答えに辿り着こうとしている時に、光球はある部屋の前に止まる
そこは試合後真一が通された部屋であった

【試合観戦中に係員(ドッペルゲンガー)の襲撃を受けるも撃退】
【藁の塊状態で移動、"虚構"のエカテリーナと遭遇】
【"虚構"のエカテリーナ、事務所に移動】
【真一のいる部屋の前まで移動】

345五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2018/09/09(日) 10:11:18
そもそもこのリバティウムに来たのはマルグリット経由で伝えられた大賢者ローウェルの指令『人魚の泪』を入手せよ、という言葉が発端である
ガンダラで指輪を渡すように指示されていたローウェルが、わざわざ第十九試掘洞第十層バルログのと戦闘が不可避な場所で待っていたこと
そのままタイラントとの戦闘が始まってしまったこと
この一連の流れに作為を感じずにはいられない

そこへ来てこのタイミングでゲームにおいて本来リバティウムにいないはずの"虚構"のエカテリーナが目の前に立っている
マルグリットと同様にローウェルの指示でこの場所にいるのだとすれば……随分と業腹な話だ、と顔には出さずともエカテリーナには伝わっているのだろうから

『十三階梯の継承者』を使い自分をいいように動かしているローウェルの意図が読めず更に不信感が高まっているのだ
ここで事情を知っているであろうエカテリーナに聞くべきことは多くある

だが今はここでどうこうしている時間はない
「お話したいところではあるんやけど、色々切迫しておりましてなあ
カジノの事務所でうちらの仲間が何か見つけましたようで、ここのオーナーさんがニブルヘルムと通じてると判断に足るようなもの
おそらくは……『門』だとは思いますけどぉ?
それと、トーナメントは生贄選別の儀式とか」

「選別……門……
『万斛の猛者の血と、幽き乙女の泪が水の都を濡らす時、昏き底に眠りし“海の怒り”は解き放たれる――』
事務所にはわらわが行こう
そなたはその光を辿るがよい」

みのりの言葉を受け取り、そう言い残すとエスカテリーナ虚空へと消えていき、後に残るのは仄かに揺れる赤い光球のみ
慌てて明神としめじの特徴を口いだしたが、それは伝わったのかただ虚空へと消えたのか判らなかった

赤い光球は揺らめきながら移動を始める
みのりはドッペルゲンガーとともに藁の塊に飲み込まれ、そのあとをついていく

藁の中でエカテリーナの言葉を復唱し思いを巡らす
選りすぐりの猛者たち
実力が拮抗しすぎて潰し合うかのような試合
……万斛の猛者の血……泪……ニブルヘイム……生贄
「もしかしてトーナメント自体が……?」
みのりの思考が一つの答えに辿り着こうとしている時に、光球はある部屋の前に止まる
そこは試合後真一が通された部屋であった

【試合観戦中に係員(ドッペルゲンガー)の襲撃を受けるも撃退】
【藁の塊状態で移動、"虚構"のエカテリーナと遭遇】
【"虚構"のエカテリーナ、事務所に移動】
【真一のいる部屋の前まで移動】



>>344のレスの冒頭コピペミスでごっそり抜けておりましたので修正版を改めて張らせてもらいます
失礼しました】

346佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/09/15(土) 23:53:30

メルトが逃げの一手として使用した『血色塔』。
それは、一定範囲の視界を赤く染める塔を現出させる妨害用のカードであるが、単体ではバフォメット対策としては不十分なものであった。
動き自体は鈍重であるとはいえ、彼の魔物は『火の玉(ファイアーボール)』という遠距離攻撃用のスペルを有している。
2体のバフォメットが、動く人影を目標として乱射すれば、直撃は免れなかったであろう。

>「『迷霧(ラビリンスミスト)』――プレイ」
>「『万華鏡(ミラージュプリズム)』、プレイ!」

故に、この場面で明神が打った手は、状況を一転させる妙手となる。
濃霧による迷彩と、分身による攪乱。
赤い視界の中でもたらされたそれらの効果は、二人の生存に対して通常以上の成果を齎した。
リンク、チェーン、コンボ……ゲームによって表現方法は様々に在るが、判り易く言うのであれば、『効果の相乗』。

明神の思惑通り、血色塔が天井を破砕するまでの間、カードの効果は確かに二人を守り切ったのだ。

>「しめじちゃん、手ぇ貸せ!目は瞑っとけよ!」
「……え? えっ、明神さん何を――――むぎゅ!?」

最も――瓦礫から保護する為にジャケットを被せられて抱き寄せられたメルトは、対人恐怖症気味の性質と謎の緊張によって混乱の最中に有り、その事を理解出来なかった様ではあるが。

・・・

明神が使用した『工業油脂』の効果により穴を埋めた事で仮初の安息を得る事は出来たが、安心は出来ない。
何せ、相手はモンスター。一枚の壁、一枚の床。人間相手には有用なそれらの障害物は、彼等の強大な力の前にあまりに心許ない。
それを良く理解しているのであろう。急いでこの場を離れる事を主張した明神に手を引かれるままに、メルトはその細い足を動かす。

>「……助かったぜ。よく思いついたなこんな逃げ方」
「っはっ、はあっ……!逃走経路として、壁抜けや、バグルートを探すのは得意……じゃないです、その、偶然です」

その顔に朱が差しているのは、慣れない運動が原因か、或いは頻繁に視線を向ける己の繋がれた手が原因か。
酸素不足による思考能力の減衰によって設定にボロを出しつつも、かろうじで言い繕うメルト。
この期に及んで未だ自身を虚飾で飾るのは……根本的な所でメルトが人間という生物を信用していないからだろう。
本人すら自覚の薄いままに明神を信頼しつつ、同時に自身の悪辣は許容されざるものであると理解しているが故に信用出来ない。
そして、人という生き物はは二律背反に陥った時に、自身が傷つかない選択肢を選ぶものだ。
故に、メルトは自身の悪性を晒さない。晒せない。だが

>「君に退路を任せて良かった」
「っ……!?」

走りながら、明神が呟いたその言葉。
自身に向けられた短いその言葉に、メルトは一瞬息をする事を忘れた。
理解しがたい感情が胸中へと去来し、思わず握られた手を強く握り返してしまう。

「あの……あのっ……!」

そして突き動かされるように何かを、自身でも判らないそれを言葉として吐き出そうとし

>「着いたぞ、VIPルームだ」
「……あ。そう、ですか。着いたのですね。思ったより早く来られて、良かったです」

しかし、結局その何かが言葉になる事はなかった。
立ち止まった明神の前には、先日目にしたVIPルームの扉。
呆然と立ち尽くしていたメルトはそれを認識すると、無意識に思考を切り替える。
生き汚い、悪質プレイヤーの思考へと。


・・・

347佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/09/15(土) 23:54:17
>「あいつ……ライフエイク!あの野郎!!」
「これ、私、これ知っています……ですが、何故……何故、『これ』が此処に有るんですか!?」

VIPルームの最奥に有る金縁の扉。
明神のモンスターであるヤマシタのスキルによって開かれたその扉の向こうに広がっていた光景は、メルトの想像よりも尚悪い、最悪の光景であった。
赤黒い血液によって描かれた魔法陣と、その中央に世界に開いた穴の様に広がる、虚無とでも言うべき黒。
ブレイブ&モンスターズのメインシナリオを終盤まで進めた者であれば、誰もが知っているその黒は、名を『境界門』。

>「あの腐れヤー公、ニブルヘイムと内通してやがった……!」

ダンジョン『ニブルヘイム』の入口である。

>「何考えてんだあの野郎。こんな街中にニブルヘイムとの門なんか作って、何がしたい」
「判りません……シナリオに沿って考えれば、ニブルヘイムの浸食はアルフヘイムの滅亡と同義の筈です」

シナリオ終盤において本格化するニブルヘイムとの攻防は、熾烈を極める。
序盤から面識のあるメインキャラも含め、多くのキャラクターがその脅威の前に命を散らす。
それはまさしく、世界の存亡をかけた戦いであった。
だからこそ、メルトには判らない。
ゲームより過去であると推測される時系列で、ゲームの序盤とでもいうこの街で、この様な事態が起きている理由が。
ライフエイクと名乗る男がそれを引き起こすメリットが。

(……。強力な兵力の確保を得る為……想定される手間とコストを考えればこの予想は論外ですね。
 ライフエイクという人間自体がニブルヘイムの魔物が擬態した存在という可能性は……いえ、ニブルヘイムの存在としては『まとも』過ぎます。であれば、残る線は……)

判らない。けれど、メルトは判らない事を前にして思考を停止する事はしない。
メルトの様な悪質プレイヤーにとって、思考の停止は敗北を意味する。
相手の思考を、欲望を読み、相手が最も嫌がる事を以って利益を得た上で逃走する。
そのゲームスタイルが、半ば強制的にメルトの思考を稼働させる。

(……ニブルヘイムとライフエイク。双方に利益が有る『ビジネス』の結果でしょうか。ライフエイクの手引きでニブルヘイムは侵攻の拠点を手に入れる。ライフエイクが手に入れる物は)

機械的にプレイしてきたブレイブモンスターズのストーリー。
その中でニブルヘイムに関連する部分を、メルトは懸命に思い出していく。

(異界、生贄、村人、魔王、ローウェル、死者、浸食、悪魔、蘇生……)

知恵熱が出そうな程に加速した思考の中で、情報は断片と化し、やがてゆっくりと収束していく。
パズルのピースが繋がるように、メルトの思考の中では一枚の可能性の絵画が描かれていき……

348佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/09/15(土) 23:55:06
> 「石油王!石油王聞こえるか!今すぐ二人を連れてそこから逃げろっ!
> ライフエイクはニブルヘイムと通じてやがった!トーナメントは奴の生贄選別儀式だっ!」

しかし、状況は想像の完成を待つ事は無かった。
藁人形へ向けた明神の悲痛なまでの呼びかけで、我に返るメルト。

そう、のんびりと思い悩んでいる時間など無いのだ。
トーナメントが調理場である以上、その食材は、真一やなゆた、みのりであるのは間違いないのだから。
一刻も早く彼らにその事態を告げ、撤退をさせねばならないとメルトは考える。
それは、仲間意識や善意の感情から――――ではない。

>「俺たちもずらかるぞ、しめじちゃん。……つっても、奴さんに逃がしてくれるつもりはねぇようだが」
「それでも逃げないといけません明神さん。逃げて、皆さんに危機を伝えなくては。もしも真一さん達が生贄になる様な事があれば……召喚されるのはきっと、レイドボスなんていうレベルの存在じゃありません」

危機感だ。単純な危機感から、メルトは真一達へ現状を伝える事を急ぐ。
ゲーム内の登場人物達の犠牲は、魔王とでもいうべき存在を呼ぶことを可能とするモノであった。
そうであるのなら……数多の強大なモンスターを繰り、スペルを操りプレイヤーを犠牲とした時に呼ばれる存在はどれ程の存在となるのか。

想像に身震いしつつ、足音が響く廊下の向こうへとメルトは視線を向ける。
逃げても、立ち向かっても、そこに立ちはだかるのは確かな死の形。
自身の生きていた世界では味わった事のない恐怖に思わず、足を一歩引いたメルトであったが

>「俺が食い止める……って言えたらカッコいいんだろうけどな。
>俺一人じゃ秒で挽肉だ。時間稼ぎにもなりゃしねえ。だから、一緒に逃げよう」

「一緒……はい、わかりました。大丈夫です。逃げるのは得意ですので、足は引っ張りません。一緒に逃げましょう明神さん」

明神の投げかけた軽口が、その足を引き留める。
『一緒に』
親から見放され、社会から落伍し、薄暗がりの中を一人で生きてきたメルト。そうであるが故に、彼女にとって、今の明神の言葉はとても暖かなものであった。
メルト自身は気づいていないが、この様な危機的な状況にも係わらず、彼女の表情には――――微笑が浮かんでいた。

・・・

349佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/09/15(土) 23:55:49
明神の作戦通り、吹き抜けから宙に投げ出したメルトの体を、召喚したレトロスケルトンのゾウショクが受け止めんとする。
レトロスケルトンの能力は高くは無いので一種の賭けではあったが、メルト自身の体重が軽かったのが幸いした。
骨を軋ませつつも、ゾウショクはメルトを受け止める事に成功した。

急いで体勢を立て直したメルトが駆け抜けてきたVIPルームを見上げてみれば、バフォメットは明神が増やしたドアの破片を振り払い、方向転換をしている。
だが、鈍重なバフォメットでは今から追ってきたとして、追いつかれる事はないだろう。

となれば、クリアすべき問題はあと一つ。

>「へへ……鬼ごっこをしようぜ。てめえが鬼な」
「ユニットカード「骨の塊」をしようします――――ゾウショク、出てきた骨の欠片を投げてください」

1Fに陣取った、もう1体のバフォメット。
その巨体に威圧感と恐怖を感じるが、しかしここまでくればメルトは臆さない。
とっさの事態に対して反射的に行動を行う事は、悪質プレイヤーの基本技能だ。
そうでなければ、自治を重んじるプレイヤーと運営の目から逃げ続ける事など出来はしない。
明神は言葉による挑発を。メルトはゾウショクの行動による挑発を。
バフォメットの左右、逆方向から行い、バフォメットを惑わせる。
しかし、敵もさるもの――直ぐにメルトの行動に攻撃力が無い事を理解すると、バフォメットは標的を明神へと定め火の玉を連射し始めた。

>「当たるかよそんなションベン球!たかし君の投げる球のほうが気合入ってるぜ!」
「凄いです明神さん……!たかし君がどなたかは存じませんがっ!」

その火の玉をも機敏な動きで回避していく明神。メルトはその行動に純粋に賞賛の言葉を述べ……しかし気付いた。気付いてしまった。
バフォメットが、邪悪な笑みを浮かべた事に。
背筋に悪寒が奔り、とっさに周囲に視線を向ければそこには炎を受け伸びていく明神の影。

(>「奴のスペルは確か、『火の玉(ファイアーボール)』と『影縫い(シャドウバインド)』だったな)
(>火玉はどうにでも出来るが影縫いがヤバい。ホールの照明と影の向きには注意するんだ)

「明神さんっ!!!!」

明神の言葉を思い出した瞬間、メルトは駆けだしていた。
『このまま前に進めば自身だけは安全に生き延びられる』
先程まで思考の片隅に有ったそんな考えは、一切頭から抜け落ちていた。

真っ白な思考のまま、メルトは影縫いによって身動きが取れなくなっている明神に駆け寄り――――そして、彼の身体を突き飛ばした。
影縫いはあくまで対象の動きを制止させるスペルであり、地面に縫い付けるスキルではなかった事が幸いした。
慣性の力も加わり、明神はバフォメットの剛腕の軌道から外れる。

そして、身代りに少女がその狂拳の犠牲となった。

バフォメットの拳は、メルトの小柄な体をまるで人形のように易々と吹き飛ばす。
勢いのまま壁に叩きつけられたメルトは、口から血を吐くと、重力に引かれ地面にずるりと落ちる。
通常であれば絶命を免れないその一撃。だが――――

「……ゲホッ!……た、だ、いじょうぶ、ですか明神さん……早く、逃げ……」

メルトは生きていた。見れば、彼女の足元にはボロボロに形が崩れた藁人形が二つ落ちている。
『囮の藁人形』……出発前にみのりに渡された身代り人形がダメージを引き受け、メルトの命をすんでの所で救ったのだ。

350佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/09/15(土) 23:58:11
震える脚で立ち上がると、ゾウショクを召喚し体重を預け逃げようとするメルト。
頑強さはないとはいえ、レトロスケルトンの移動速度はバフォメットよりは早い。
同じ手を喰わず、火球を上手く裁き続ければ逃げ切れるだろう。
メルト自身もそう判断し、一歩前へ踏み出した……その直後であった。




「…………え?」




メルトは、自身の胸から赤色の何かが生えているのを目にした。
直後に感じるのは、灼熱の様な痛み。
思わず悲鳴を上げようとするが、声を出す事は出来ない。代わりにその口から溢れ出たのは大量の赤い液体――――己が胸に生えた刃と同じ色の、血液。

「危機を脱したと思い込んだ時こそ死地である――――ギャンブルの基本原則だ。覚えておくといい、御客人」

そして、エントランスに響く低い男性の声。
空間からにじみ出る様に姿を現したその男は、メルトの背後に立っており……彼が手に持つ日本刀は、メルトの心臓貫いている。
白いスーツを着込んだ男。
猛禽の様な瞳を持ち、十指に指輪を嵌めたその男

ライフエイク。

現れたのは、今回の騒動の主犯であった。

「っ、く……!」

自身が致命傷を負った事を察したメルトは、震える指でスマートフォンを操作し、スペルカードを使用する。
メルトの身体をほの暗い光が包み込むが……それを見たライフエイクは、日本刀を捻りメルトの傷口を再度抉る。

「生存への努力は認めよう。だが、私は御客人達がこれまでに使用したスペルは全て知っていてね。勿論――君が『生存戦略(タクティクス)』のスペルを有している事も知っている。
 そして、そのスペルを使うならば、タイミングを考える事を勧めよう……致命傷を負っている最中に回復をしても、無駄に苦しむ時間が延びるだけという事を知ると良い」

……ライフエイクの言葉の正しさを証明する様に、日本刀に貫かれているメルトの傷は癒えない。
傷口はとめどなく血を流し、体温は下がり、その肌は青白くやがて土気色へと変貌していく。
明神が妨害に入ろうと試みても、バフォメットがその前に立ちはだかり、ライフエイクの凶行を止める事は出来ないだろう。
薄らぐ意識と継続する痛みの中で、メルトは明神を眺め見る。

これまで生きて来て初めて出会った、信頼できる大人。
こんな自分と一緒に、街の散策に付き合ってくれた男性。
退路を任せて良かったと。一緒に逃げようと。
……メルトが生きている事を肯定してくれた人。

霞む目では明神がどのような表情をしているか見る事は出来ない。だが

(……きっと、心配してくれ……てます。明神……さんは、良い人……ですか……ら)

きっと、明神であればこんな自分の事でも心配してくれているだろうと、そう願う。
だから……そんな明神の足を止めてはいけないと。明神まで犠牲にしたくないと、そう思い。
メルトは血と一緒に言葉を絞り出す。

「……にげ……て、くだ……さい……わ、たし、へいき……です、か………………」

そして――――その言葉を最後に、メルトの心臓はその動きを止めた。

351佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/09/15(土) 23:59:27
睥睨していたライフエイクは、日本刀を引き抜くとメルトの髪を掴み持ち上げ、その顔を覗き込む。

「瞳孔は開いている。脈も無い。呼吸も停止している。心臓は損壊し血液も循環していない――――つまり、医学的に間違いなく、この少女は死んだという訳だ」

そういったライフエイクはメルトの髪を掴み、体ごと引き摺りながら明神の元へと歩んでいく。
そして、間にバフォメットを挟んだ位置で立ち止まると、メルトの頭を明神に見せつける様に持ち上げてから口を開く。

「カジノの散策は楽しかったかね? 私を出し抜いたと思い、さぞ自尊心を満たせた事だろう。
 それで……私の掌で踊り、同行者の子供を失った今、君がどのような気分なのか、是非聞かせてくれないか?」

ライフエイクの顔に浮かぶのは、嗜虐心に溢れた笑み。
人の不幸が、絶望が、そういったものが好きで好きで堪らない――――そんな笑み。
明神が自身の言葉にどの様な返答をしようと構わず、ライフエイクは続ける。

「さて……本来であればここで君も殺すところなのだが、折角頑張ってここまでやって来てくれたのだ。その褒美として、条件付きで君だけは生かして返してあげよう」

ライフエイクはメルトの胸から引き抜いた血濡れの日本刀を、明神の眼前へと突き立てる。

「その刀でこの子供の死体を切り刻め。私が満足出来る程に損壊出来たら、五体満足で帰してやる」

……嘘である。ライフエイクは、明神を生かして帰すつもりなど無い。
これは、彼にとって単なる余興だ。トーナメントが思惑通り進み、彼の願った結果が齎されるまでの、暇つぶしに過ぎない。
残酷で醜悪な悪意の趣味。人の悪意を煮詰めた様な濁った瞳で、ライフエイクは明神に命令をし――――



「一から十まで。よくもそれ程に真実の無い言葉を吐けるものだ」


だが、その虚偽の罠は、一人の女の声によって食い破られる。
ライフエイクと明神、その間に突き立てられた日本刀の柄の上に赤色の光球が現出し……それは瞬きする間に、光球はキセルを手に持つ女へと姿を変えた。

「わらわの名は"虚構"のエカテリーナ。故有って助けに来てやったぞ、異界の者よ」

352佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/09/16(日) 00:00:16
『十三階梯の継承者』エカテリーナ。
真紅の女が、刀の柄の上に立ったまま、ライフエイクを見下しつつ声を放つ。
その鋭利な視線を受けたライフエイクは……しかし、一切怯む様子を見せない。

「……ククッ、これはこれは。『十三階梯の継承者』様がわざわざ子守りに来るとは。
 大変な事になった様だ。私ではまるで歯が立たない。急いで逃げねばならないかな?」

「また、虚言。一切引くつもりなどあるまいに……生意気な野良犬よ」

肩を大袈裟に竦め、からかう様に嗤うライフエイクと、不快そうに眉を潜めるエカテリーナ。
双方は殺意と敵意をぶつけ合い……一触即発とでも言うべきその状況の中で、エカテリーナは己が背後に居る明神へと声を掛ける。

「異界の者よ……此処はわらわが時間を稼ごう」

そう言うと、エカテリーナは己の指に嵌めていた赤い宝珠の指輪を外し、背後も見ずに明神へと放り投げる。

「……その指輪には『境界門』の先の者達と戦う為に必要な術式と、1度限りの転位のスペルが刻まれている。
 そなた一人と……死体の一つくらいであれば持ち帰れよう。間に合わず、すまなかったな」

353崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/09/19(水) 17:28:56
「く……」

額を伝って顎から滴る汗を、なゆたは乱暴に右腕で拭った。
試合開始からすでに10分が過ぎ、なゆたは幾度となくポヨリンに攻撃を命じたが、ステッラ・ポラーレに一撃も当てられていない。
すべてポラーレの専用スキル『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』によって回避されている。

『……ぽよ……』

ポヨリンが心配そうになゆたを見上げる。
『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』の鉄壁の守りを突破するには、専用のスペルカードやスキルが必要不可欠。
そのどれも所有していないなゆたには、最初から勝ち目などないのである。
しかし。

――死んでも棄権なんてするもんか。

なゆたに試合放棄の意思はない。みのりの予感は見事に的中していた。
自らの勝利を手放すサレンダーはデュエリストにとって最も屈辱的な敗北である。それだけは矜持が許さない。
といって、みすみす『蜂のように刺す(モータル・スティング)』の餌食になって死ぬ気もない。
どんなことをしてでも、真一と共に元の世界に帰る。そう誓ったのだ。
ならば、この強敵に真っ向勝負で挑み、正面から撃破するしかなゆたの生き延びる方法はない。

――確かに、わたしに『煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)』攻略のスペルやアイテムはない……。
――でも。だからって、勝ち目がまるでないってワケじゃ……ない!!

そう。
ゲームの中でなら、なゆたの勝機は九分九厘ない。――しかし、ここは数値だけがすべてを決めるゲームの世界ではない。
本物の、生の世界。ならば、ゲームの中では起こり得ない、数値では解析できない奇跡を起こすことだって出来るはずなのだ。
データ上では絶対に勝ち目のなかったタイラントを、真一が奇想天外な策で打ち破ったように。
尤も、真一と同じことをなゆたが成すというのは、想像以上に難しい。
現実世界ではwikiを編纂していたくらいであるから、なゆたは基本的にデータに造詣が深い。
また、ゴッドポヨリンのコンボデッキを組むことでもわかる通り、系統立てたロジックを得意としている。
つまり、決められたルールの下で戦術を編むのが得手であって、型破りで破天荒な行動は不得意ということだ。
ブレモンに習熟したエンド勢ゆえの弱点といったところか。
しかし、この戦いに勝つにはそれをするしかない。
ゲームの中では思いつきもしない、奇想天外な手段を講じるしか――。

「どうしたのかな?小鳥ちゃん。もう八方塞がりかい? であれば……素直に棄権したまえ。それならもう傷つかなくて済む」

10メートルほどの距離を置いて佇むポラーレが軽く右手を差し伸べ、降伏勧告をしてくる。
なゆたはすぐにかぶりを振った。

「生憎だけど、わたしは生まれてこの方サレンダーと遅刻だけはしたことがないのよ。お断りするわ」

「自分の置かれた状況が分かっているのかな? たったひとつの命を儚く散らすのは、賢い選択とは言えないね」

「もちろん、死ぬつもりなんてないわよ。わたしは――あなたに勝つ。勝って『人魚の泪』を手に入れる」

「画餅だね。では……不本意ではあるが、二撃目を決めさせて頂くとしよう!」

言うが早いか、ポラーレは上半身を前のめりにして突進してきた。
すかさず、なゆたはポヨリンに指示を出した。

「ポヨリン! 『ウォーターマグナム』!」

ポヨリンがすぼめた口から高圧で水を射出する。
鉄板に穴を穿つほどの強力な攻撃だが、やはりポラーレには当たらない。まさに蝶の軽やかさで、ポラーレは攻撃を避けた。

「止まって見えるよ、小鳥ちゃん!」

「ち、ぃ……!」

ポラーレの突進は止まらない。なゆたは舌打ちした。
ポヨリンがポラーレの攻撃を阻止すべく立ち塞がる。

「『毒散布(ヴェノムダスター)』――プレイ!」

なゆたがスマホでスペルカードを手繰ると同時、すぐそばのポヨリンがぶるるっと身体を震わせる。
その途端、ポヨリンの全身から周囲に向けて濃緑色の飛沫が放たれる。
非致死即効性の毒によって毎ターンの継続ダメージを与えるスペルだ。
自分の周りに毒を散布することで、即席の弾幕を張ったのである。

354崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/09/19(水) 17:29:26
「フン……悪あがきは美しくないな」

スキル『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』でも毒は回避できないらしい。ポラーレは一旦後退した。
ポラーレは、自分は三度しか攻撃しないと言った。
一度の仕損じもなく『蜂のように刺す(モータル・スティング)』でなゆたを死に至らしめる、と。
つまり、なゆたはポラーレの放つあと二度の『蜂のように刺す(モータル・スティング)』を一度でも失敗させればいいのだ。
とはいえ。

――口で言うのは簡単だけど、ね……!

それが、リリース当初『無理ゲー』とまで言われたほどの難題なのだ。
一撃入れられるのは避けたものの、事態は好転していない。貴重なスペルカードを使ってしまった分、なゆたの方が不利である。
ポラーレは三度しかなゆたを傷つけないと宣言したが、アタックを挑むこと自体は何度でもできる。
その都度今のようにスペルカードを消費していっては、いずれジリ貧でなゆたが負けることは火を見るより明らかだ。
なゆたは慎重にスペルカードを選別した。
ワンデイトーナメントである以上、スペルカードの回復はない。今の手持ちで優勝まで漕ぎつける必要がある。
初戦ごときでカードを使いこなしてしまう愚は犯したくない。――が、温存などという手段を選べるほど生易しい相手でもない。
文字通り、死力を尽くす必要がある。なゆたもまた、レアル=オリジンと戦った真一と同じ状況に追い込まれていた。

「どうせ散るなら、美しく散りたまえ……『異邦の魔物使い(ブレイブ)』!」

ポラーレが再度突っかけてくる。恐ろしいほどのスピードだ。
スマホをタップし、なゆたもスペルカードを使おうとする。ポヨリンがポラーレを食い止めようと跳ねる。
だが。

「私のスキルは、ふたつだけではないんだよ? ――『幻影機動(ミラージュ・マニューバ)』!」

びゅおっ!

ポラーレがスキルを使用する。その途端、ポラーレの姿が一気に三体に増えた。
専用スキルふたつのインパクトがありすぎるため、話題に上ることは少ないが、ポラーレは他にも共有スキルを持っている。
そのひとつが『幻影機動(ミラージュ・マニューバ)』。質量を持った残像を生み出し、手数と速度をブーストさせるスキルだ。

「ポヨリン! 『しっぷうじんら――」

「遅い!!」

ポラーレの攻勢に、スキル『しっぷうじんらい』で対抗しようとする。
しかし、ポラーレの方が早い。スキルの効果が発動しポヨリンが先制を取る前に、三人のポラーレがなゆたへと肉薄する。

「貰った!」

ポヨリンはポラーレの動きに追いつけない。なゆたを守り切れない。
ポラーレが手に持った薔薇を掲げる。水着しか纏っていない、肌を大きく露出したなゆたの身体に、二撃目の死の刺突が――
いや。
なゆたに二撃目を叩き込む刹那、ポラーレはハッと気付いた。

――もう一匹のスライムはどこへ行った?

なゆたは戦闘開始と同時に『分裂(ディヴィジョン・セル)』でポヨリンを二体に増やした。
しかし、今ポラーレが認識しているポヨリンは一匹しかいない。
もうスペルカードの効力が切れたのか?
否。『分裂(ディヴィジョン・セル)』は対象が倒されるか、戦闘が終了するまで解除されない。
ポラーレはポヨリンを一度も攻撃していない。であれば――
ぎゅん、と刹那の速さで刺突を叩き込みながら、ポラーレはなゆたを見た。

笑っている。

「しまった……!」

ポラーレがなゆたの講じた手段に気付いた瞬間、その足許――水のフィールドが大きく撓む。

びゅるんっ!

まるで、球状のドームを形作るように。三人のポラーレを包み込もうと恐るべき速さで水がせり上がる。
その動きはまるで、水自体が意思を持っているかのよう――いや、実際にそうなのだ。
『この水は意思を持っている』。
それこそ、なゆたの戦術。
スペルカード『形態変化・液状化(メタモルフォシス・リクイファクション)』によって変化した、もう一体のポヨリン。
なゆたは液状化させたポヨリンBをフィールドに伏せさせ、カモフラージュしてポラーレ捕縛の機会を窺っていたのである。

355崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/09/19(水) 17:29:45
「く、ぉ……!!」

ポラーレは眉を顰めると、渾身の力で高く上空へ跳躍した。ポヨリンBの飛沫が、ほんの僅かに爪先を掠める。
『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』の能力を最大限に用い、ポラーレはすんでの所で捕獲を逃れた。

「ちいい〜っ!惜しいっ!」

なゆたが心底口惜しげにフィンガースナップを鳴らす。
なゆたは自らが囮となり、甘んじて『蜂のように刺す(モータル・スティング)』二撃目を喰らう代わり、一計を案じた。
まさに命懸けの博打であったが、ポラーレを追い詰めこそすれその身体を捕らえることは叶わなかった。
トン、とやや離れたところにポラーレが着地する。

「……奇策だね。もう一匹の君のペットに気付くのがもうあと一瞬でも遅かったら、私は捕らえられていただろう。
 素晴らしい。さすがは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』……この世界の未来を決める者だ」

「お世辞は結構よ……どれだけ惜しかったって、失敗は失敗だもの」

ポラーレの賛辞に、右肩を押さえながら返すなゆた。右肩には針の穴ほどの刺し傷があり、血が滲んでいる。
なゆたは失敗した。貴重なスペルカードをまた一枚消費した上、致死の三撃のうち二撃目を受けてしまった。
もう、なゆたには後がない。

「確かに。もう手詰まりだろう、君には私の攻撃を食い止める手段も、私に触る方策もない。
 もう一度言おう、降参したまえ。そうすれば、私も三撃目を放つことはない」

「それで。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』なんて言ったところで、所詮はこの程度。
 期待外れだった……なんて言うんでしょ?」

ふ、となゆたはせせら笑った。

「わたしはね。わたしひとりでこの闘技場に来てるワケじゃないの。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の看板背負ってるの。
 わたしだけが負けるならいい。でも――『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の名はわたしたち5人のもの!
 わたしがドジ踏んで、その看板に泥を塗ることだけは……死んでもできない!!」

傷口を押さえていた手を離し、そう高らかに言い放つ。
『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の名は、この世界へ来てから初めて聞いたもの。
それ自体に馴染みはないし、また愛着があるわけでもない。
けれど、なゆたはその称号を5人の絆のようなものと思っている。
着の身着のままで異世界に放り出され、身を寄せ合って。持てる力の全てを使って助け合う5人を結びつける名だ――と。
その名に、称号に、自分の失敗で傷をつけることはできない。
……そう。たとえ、死んでも。

「その意気や善し! ならば『異邦の魔物使い(ブレイブ)』よ、約定通り引導を渡そう!
 これは、まさしく私よりの慈悲と思いたまえ――これより諸君を待つ地獄行からの救済だと!!」

「地獄行……?」

「問答無用!!」

ポラーレの言葉に、なゆたは怪訝な表情を浮かべた。
しかしポラーレはこれ以上の会話をよしとしないらしい。先程のように、一気に間合いを詰めてくる。
もう先程の手は使えない。元の楕円形に戻ったポヨリンBが、ポヨリンAと共になゆたを護ろうと立ちはだかる。

『ぽよっ!』

『ぽよぽよっ!』 

二体のポヨリンが果敢にポラーレへと挑みかかるが、無策では『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』は破れない。
ポラーレはあっという間に攻撃有効範囲まで肉薄してきた。

「ポヨリンA! 『ハイドロスクリーン』!」

なゆたが鋭く命じる。その声に応じ、ポヨリンAがフィールドで高速回転を始める。
水のフィールドが激しく波立ち、なゆたとポラーレの間に水の障壁が生まれる。
水の壁によって足止めさせられ、なおかつ視界を遮蔽されて、ポラーレが僅かに歯噛みする。

「ポヨリンB! 『アクアスプラッシュ』!」

ドッ!ドウッ!ドドッ!

ポヨリンBが口から圧縮した無数の水弾を撃つ。数を恃みの盲撃ちだ。
しかし、一発だけでも当たればいい――そんな攻撃も、ポラーレの身体に傷をつけることは叶わない。

356崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/09/19(水) 17:30:09
「悪あがきは美しくない――と言ったはずだ!」

迫りくる無数の水弾を『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』で捌きながら、ポラーレが言う。
なゆたがポヨリンAに命じて張った『ハイドロスクリーン』は、火属性の攻撃のダメージを和らげるもの。
今この場においては、僅かな間の目晦ましにしかならない。
水の膜をこともなげに打ち破ると、ポラーレは薄膜の向こうにいたなゆたへと瞬時に薔薇の棘を見舞った。

「これが最後だ――さようなら、小鳥ちゃん! 『蜂のように刺す(モータル・スティング)』!!」

ぎゅあっ!!

なゆたの無防備な首筋に、三撃目の刺突が命中する。
どんな強靭な装備も、防御魔法も、なにもかもを無効化して『三撃叩き込んだ相手を必ず殺す』スキル。
それがなゆたの白い肌を刺し穿つ。

「……あ……」

致死の攻撃を間違いなくその身に受けたなゆたは大きく双眸を見開き、驚きの表情のまま一歩、二歩とゆっくり後退した。
そして、ふらりと身を傾がせると、ばしゃあっと水飛沫を立ててフィールドに横ざまに倒れた。

『ぽ、ぽよっ! ぽよぽよっ!』

『ぽよよぉぉ……』

倒れ伏したなゆたへ、ポヨリンAとBがすぐに駆け寄ってすがりつく。
しかし、もうなゆたは目を見開いたままピクリとも動かない。
主人に寄り添ってぴいぴいと泣く二体のスライムと、物言わぬ骸と化したなゆたを一瞥し、ポラーレが息を吐く。

「終わりだ。しかし、先に言った通り――これは慈悲なのだよ。
 これからの道行きは、君たち異界の者には過酷すぎる……知らずにここで命を散らした方が幸せというものなのさ。
 とはいえ……後味が悪いものだ。前途有望な少女を手に掛けるというのは……」

ポラーレはそう言うと、持っていた薔薇をなゆたの亡骸に手向け、踵を返した。
戦いは終わった。

……いや。
本当にそうか?

「……?」

異様な雰囲気に、ポラーレは思わず眉を顰めた。
会場が、文字通り水を打ったように静まり返っている。
勝敗は決した。本来であればもう大会運営がポラーレの勝利を宣言し、観客たちがその勝利を歓声をもって祝っているはずだ。
……というのに、何も聞こえない。当然与えられるべき賛辞も、嬌声も、勝利宣言も――。
だが、それも無理からぬことであろう。

『まだ、何も終わってはいないのだから』。

「……は!?」

遅まきながら違和感の正体に気付き、ポラーレは振り返った。
なゆたは水のフィールドに横ざまに倒れ、目を開けたまま屍と化している。
二匹のポヨリンが、なゆたに縋ってぽよぽよ泣いている。
そう。

スキル『分裂(ディヴィジョン・セル)』は対象が倒されるか、戦闘が終了するまで解除されない――。

「まさか!」

「そのまさか――よ、チョウチョさん!」

ばしゃあっ!!

凛然とした声が闘技場に響く。と同時、ポラーレの背後で大きな波飛沫が上がる。
そこから飛び出してきたのは、もちろん“モンデンキント”――月の子なゆた。
仕留めたと思った少女が背後から出現する、その状況に驚愕したポラーレの隙を衝き、なゆたは大きく右手を振りかぶった。
そして、渾身の力を込めてその尻を叩く。

「ひぎぃっ!?」

尻を平手で痛打されたポラーレは身も世もない、麗人というイメージとはかけ離れた声を上げて仰け反った。

357崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/09/19(水) 17:30:24
「ば、バカな……」

ポラーレは信じられないといった表情で、愕然となゆたを見た。
確かに、ポラーレの薔薇の棘はなゆたを三度刺し穿った。それは間違いない。
『蜂のように刺す(モータル・スティング)』は絶対。いかなる者も、三度刺されたら死ぬというルールからは逃れられない。
その証拠に、今も三度刺されたなゆたの亡骸が目の前に――。

「!?」

『なゆたの亡骸がある』。

そして、同じくポラーレの視界には『佇立するなゆたの姿も見えている』。即ち――

『なゆたが二人いる』。

「……君は……」

ポラーレは唇をわななかせた。
ポヨリンを変質させて作ったような紛い物でもなければ、幻影でもない。まぎれもない本物のなゆたが、二人。
そのうちのひとり、横たわるなゆたに、ポヨリンAとBがまだ纏わりついている。
目の前に厳然と存在するその事実から導き出される結論は、たったひとつ。

「自分自身に……『分裂(ディヴィジョン・セル)』を使ったのか……!」

「言ったでしょ。『死んでも負けられない』って」

そう。
なゆたは自らにスペルカード『分裂(ディヴィジョン・セル)』を用い、二人に増えた上で片方を囮に使った。
スキル『ハイドロスクリーン』も、『アクアスプラッシュ』も、『分裂(ディヴィジョン・セル)』の布石に過ぎない。
それだけではない。試合開始直後の特攻も、ポヨリンBを液状化によって埋伏させていたことも。
すべてはこの一手のため――
最初からなゆたはポラーレのスキルを凌駕する方法ではなく、それに耐え切る戦術を編んでいたのだ。

「そういうことか……ハハ、ハハハハハ……」

右手で軽く顔を押さえ、ポラーレは愉快げに笑い始めた。
なゆたは『蜂のように刺す(モータル・スティング)』を回避できなかった。
だが、死にもしなかった。ポラーレの宣言した三撃に耐え切った上、ポラーレの尻を痛撃した。
誰の目にも勝敗は明らかである。

「……私の負けだ」

ポラーレが自らの敗北を認めると、それまで文字通り水を打ったように静まり返っていた闘技場がどっと歓声に包まれる。
大会運営が拡声の魔法でモンデンキント――なゆたの勝利を高らかに宣言する。

《勝者、モンデンキント選手!!》

割れんばかりの歓声が耳をつんざき、紙吹雪が舞い飛ぶ。観客たちがなゆたの勝利を祝う。
なゆたはポヨリンを抱き上げ、右手を高く掲げてガッツポーズをした。
戦闘が終了し、スペルカードの効果が切れる。分裂していたポヨリンが一体に戻る。
そして、なゆた自身も。

「……自分の死体を見るっていうのは、もう二度と体験したくないわね……」

極力見ないようにしていたが、それでも否応なく視界に入ってしまった自分の亡骸。
それが効果の消滅と共に消えるのを一瞥し、眉を顰める。
しかし、本当に一か八か、伸るか反るかの大博打だった。
もしもほんの僅かでも歯車が狂っていたら、なゆたは本当に死んでいただろう。
いや、本当に死んだのだが。

――真ちゃん、勝ったよ。

歓声に包まれ、その声に手を振って応えながら、なゆたは思った。
これで、人魚の泪に一歩近付いたことになる。他の仲間たちも、きっと首尾よく為遂げてくれることだろう。

358崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/09/19(水) 17:30:50
「完敗だ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』……見事な戦いだったよ。もう、小鳥ちゃんとは言えないね」

ポラーレがさわやかな表情でそう言ってくる。負けはしたものの、遺恨のようなものはないらしい。
白手袋に包まれた手が差し伸べられる。なゆたは小さく笑って握手に応じた。

「ありがとう、ポラーレさん。あなたも強かったわよ……少なくとも、わたしがこの世界へ来て戦った相手の中では一番」

ベルゼブブやタイラントも相当強かったが、それらの相手のときは仲間がおり、多くのアシストがあった。
しかし、今回は孤立無援の中で掴み取った勝利だ。まさに紙一重、薄氷の勝利と言うべきだろう。
そんななゆたの言葉に、ポラーレが僅かに眉を下げる。

「それは光栄だ。……しかし……これで君はより過酷な戦いに身を投じることになってしまった。
 君だけではない、君の仲間たちも。『異邦の魔物使い』すべてが」

「そういえば、さっきも言ってましたよね。これから待つ地獄行、とか――」
 ポラーレさんは知ってるんですか? もし、知ってるなら教えてください。
 どうして、わたしたちはこの世界に召喚されたのか? その理由を」

ポラーレは明らかに、なゆたたちの知らない情報を持っている。
勝者の権利として、それを訊ねることくらいはできるだろう。なゆたは真剣な面持ちでポラーレを見た。
小さく息をつき、ポラーレがかぶりを振る。

「そうだね。君は死線を潜り抜けて私に勝った。ならば、知る権利があるだろう。
 とはいえ――私の知識にも限りがある。何もかもを教えてあげることはできないが……これだけは言える。
 君たち『異邦の魔物使い』が、アルフヘイムとニヴルヘイム。ふたつの世界の未来を決めるのだ」

ふたつの世界の、未来。

「……どういうことですか?」

「アルフヘイムとニヴルヘイム。君たちを手に入れた側が、覇権を握るということさ」

「覇権……?」

なゆたは首を傾げた。
アルフヘイムとニヴルヘイム。ブレモン世界はこの二つの世界で構成されている。
両者は決して融和することはない。常に戦い、争い、滅び滅ぼされる関係だ。
逆に言えば、アルフヘイムとニヴルヘイムは戦い続けることで互いを調整し合い、均衡を保っているとも言える。
お互いの世界由来の戦力をぶつけている限り、永遠に勝負はつかない。
しかし、この世界の外から来た、この世界の理から逸脱した存在がいたとして。それを戦力として相手の世界にぶつければ――?

「……待って。それってどういう――」

ドォォ―――――ン……

なゆたがポラーレにより深い事情を聞こうとしたそのとき、遠くで大きな爆発音のようなものが聞こえた。
どうやらカジノの方で何かがあったらしい。
カジノは今まさに明神たちが忍び込んでいるであろう場所だ。もしや何かあったのか、となゆたは拳を握りしめた。

――明神さん、しめちゃん……!

もしや、こちらの作戦がライフエイクに露見したのだろうか?そんな嫌な思考が頭をよぎる。

「君の次の試合までには、多少時間がある。……行くかい?」

「当然! まずは真ちゃんとみのりさんに合流する!」

ポラーレの問いに力強く頷くと、なゆたは水着姿のまま走り出した。


【『煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)』ステッラ・ポラーレに勝利。
 真一、みのりと合流するために、ポラーレと共に控え室側へ】

359赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/09/27(木) 01:40:10
未だ熱気の冷めやらぬ試合会場を後にした真一は、帰りの通路を歩きながら、レアル=オリジンとの問答を反芻していた。

>「万斛の猛者の血と、幽き乙女の泪が水の都を濡らす時、昏き底に眠りし“海の怒り”は解き放たれる――」

その最中、レアルが発したライフエイクの真意を仄めかすような台詞。
戦っている時にはとても悠長に推理する余裕などなかったが、こうして落ち着いて思い返してみると、一つ一つの意味は然程難しくないように感じる。
万斛の猛者の血――とは、読んで字の通り、恐らくはこのトーナメントに集められた多くの参加者たちの生き血を指し示す言葉だろう。
そして、幽き乙女の泪というのも、今までの情報から察する限り、人魚の泪だと考えて相違ない筈だ。
無論、これが全てレアルの狂言だという可能性も捨てきれないが、あの時レアルはまさか自分が真一に負けることなど微塵も想像していなかっただろう。
であるならば、あの場面でレアルが真一を謀る理由も考えられないので、発言の信憑性は俄然高くなる。

トーナメント参加者という生贄と、人魚の泪。そして、それらをトリガーにして覚醒する“海の怒り”。
やがて真一の思考がはっきりと纏まりかけた時、通路の先に立っていた一人の少年の姿が目に入り、真一はふと足を止めた。

「やあ、竜騎士さん。先程の戦いはとても見事だったよ」

その少年は、窓から通路に差す木漏れ日を背景にして、一切の邪気もない笑顔を浮かべながらそう言った。

――彼の姿を見た一瞬、真一はまるで自分が童話の中にでも紛れ込んでしまったかのような錯覚を受けた。
肩ほどまで伸びた、絹のようなブロンドの長髪。そして深海の底にでも繋がっているんじゃないかと思えるほど、人目を引き寄せる深い青の瞳。
顔立ちは男らしいとも女らしいとも言えないが、それでも冗談みたいに整っており、体躯は華奢な風に見えるものの、不思議と立ち方や佇まいからは重心の安定を感じられ、何らかの武芸を身に付けているように思えた。
年齢は真一と同じくらいだろう。だが、彼の浮かべる無邪気な笑顔は、もっと年端も行かぬ子供のような幼さであり――その反面、切れ長の双眸からは、年齢よりも遥かに大人びた知性や、意志の強さを感じさせる。

何とも形容しがたい、不可思議で端麗な容貌を持つ少年であった。
そして彼の浮かべた笑顔を見て、真一は何故か遠い昔、同じ顔をどこかで見たことがあるような気がした。

「――お前、どこかで俺と会ったことあるか?」

真一は単刀直入に問い掛ける。
だが、少年はきょとんとした表情に変わって、頭の上から疑問符を出すばかりだった。

「……いや、これが初対面の筈だけど。
 なにせ僕は、この街を訪れたのも初めてだからね」

少年は軽く肩を竦めながら返答する。
真一は瞬きもせずに相手の様子を観察していたが、誤魔化したり嘘を言っているような雰囲気は読み取れなかった。
この世界に来てから何度もこういった既視感を覚えることはあったが、今回は自分の思い過ごしなのだろうか。

360赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/09/27(木) 01:42:35
「それよりも……先程の試合は楽しませて貰ったよ。
 君はあれだね。危ない橋を渡るのが好きな風に見えて、実はその橋が安全であることを知っているタイプだろう。
 そして、人間性にも甘さがあるように思えるが、いざ戦いとなれば敵に容赦をしないことを心掛けている。
 随分と戦い慣れしているように見受けられたけれど、違うかい?」

少年は抑揚のない独特の語り口調で、真一に対しての所感を述べる。
真一はいきなり図星を指されたような気がして面食らうが、彼の問い掛けには、何故かこちらの返答を引き摺り込むような魔力があるように感じられた。

「……まあ、俺はガキの頃から喧嘩ばっかしてきたからな。
 “中途半端な喧嘩”ってのが、一番危険だってことは理解してんだよ。
 相手がもう二度とこっちとは戦いたくねーと思うくらいにやらないと、必ずどこかから報復を受ける。
 徹底的にやる姿を見せることで、周りの似たような連中に対する抑止にもなる」

そんな真一の回答が予想外だったのか、少年は目を丸くしたあと、今度は口元に手を当てて面白そうに笑い始めた。

「ふっ、ふふふっ……なるほどね。
 つまり不良少年同士の抗争であっても、世界規模の戦争であっても、軍事の基本はまったく変わらないというわけだ。
 不良グループをより高度化・大規模化させた集団をマフィアと呼ぶのならば、そのマフィアを指先で簡単に擦り潰せる最大規模のマフィアが“国家”ということになるんだろう」

「……そういうお前こそ、随分変な喩え方をする奴だな」

真一は少年の発言を聞いて、やはり掴みどころがない変な奴だと思った。
だが――どことなく波長が合うというか、思考の方向性が自分に似ているような気がして、不思議と彼の言葉が腑に落ちるのを感じていた。

「ところで、そんな格好をしてるってことはやっぱお前は魔術師か?
 もし魔術や魔物なんかに詳しかったら教えて欲しいんだけど、この街にまつわる“海の怒り”って言葉に聞き覚えとかねーかな」

そこで真一は少し話題を変えたかったというのもあり、唐突にそんな質問を投げかけてみる。
少年が纏っている黒いローブを見る限り、恐らく彼は魔術師なのだろう。
魔術に精通している人間ならば、神話や伝承などについても、一般人より深い知識を持っているかもしれない。

「ふむ……君はこの国に伝わる“人魚姫”の伝説は知っているかい?」

少年は真一の質問を受けると、口元に指を添えて何事かを思案する。
先程声をあげて笑っていた時といい、どうやら口に手を当てるのが彼の癖であるらしい。
そして、真一が「いや」と首を振って否定すると、少年は再び言葉を紡ぎ始めた。

「遠い、遠い昔……人と魔が覇権を争っていた神話時代の話だね。
 このリバティウムの近海には“人魚族(メロウ)”が統治する小さな島国が浮かんでいたらしい。
 メロウの島には莫大な魔力的資源が眠っていると噂されていたが、島は常に魔法の濃霧で覆われており、メロウに認められた者以外は決して立ち入ることができない不可侵の地であったようだ。
 そして、その島国には一人の心優しい王女が住んでいた。
 彼女はメロウも人間も等しく分かり合えると信じており、常日頃から民草に友愛を説き、武力ではなく歌と対話によって多種族と和睦を結ぶべきだと主張する……そんな人物だった」

少年は相変わらず起伏の乏しい口調で、人魚姫の伝承を語り続ける。
真一はそんな姿から相手の感情を全く読み取ることができず、何か居心地の悪い不気味さを感じつつあった。

361赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/09/27(木) 01:47:00
「そして、そんなある日……メロウの島には一人の青年が漂着する。
 青年は人間だったが、それを偶然にもいち早く発見した王女は、彼を宮殿に匿って守り抜くことを決意する。
 健気にも青年を介抱するメロウの王女。次第に体力を取り戻していき、王女に外の世界の出来事を語り聞かせる青年。
 二人は当然のように恋に落ち――やがて青年が故郷に帰らなければならない日を迎えても、必ずまた再会しようと約束し、誓いの口付けを交わした」

真一は黙したまま少年の話を傾聴する。
その真一の様子を横目でチラリと覗いた少年は、一度だけ微笑を浮かべた。

「――だが、メロウの国の平穏には、それから間もなくして終焉の日が訪れる。
 島を覆う濃霧の切れ目……出入り口とでもいうべき箇所を遂に看破されて、人間による大軍勢の侵攻が始まったんだ。
 圧倒的な武力の差の前に、濃霧の守りで長年国交を閉ざしていたメロウたちは、まったく戦う術を持たなかった。
 ただ人間たちに陵辱され、虐殺されていく国民たちの姿を見ながら、それでも王女は武器を捨てよと唱え、懸命に愛を説き続けた。
 “戦争があるから武器が生まれた”のであって、因果は決して逆ではないというのに――哀れな王女は武器を捨てて、非暴力を貫くことで、必ず相手と分かり合えると信じていた。

 王女は自分が最後の一人になっても、決して力には屈せず、和睦の道を探し続けると決意していた。
 しかし……敵の軍勢の中にあった、誰よりもよく知っている人影を見付けてしまい、王女の心は簡単に崩れ落ちる。
 ――それは、かつて王女と愛を誓い合った青年だった。
 そう。人魚島の出入り口を密告し、侵略戦争を提言したのは、他ならぬあの青年だったんだ。

 心優しいプリンセスは自決の道を選び、自分の胸を短剣で刺し貫くと、そのまま海の底へと消えていった。
 結局、彼女の理想は妄想であり、幻想に過ぎなかった――――が、その力だけは本物だった。
 メロウの王族が継承する莫大な魔力は、深淵の門をこじ開け、昏き底から一匹の“化け物”を呼び寄せる」

そこで一度話を区切った少年は、まるで喜劇でも語るかのようにして、口角の端を吊り上げた。

「それは、全身を蒼き鱗で覆われた大蛇。
 終焉を告げる、黄昏の日の尖兵。
 幾百、幾千の暴威を踏み潰す暴威。
 幾千、幾万の悪意を喰らい尽くす悪意。

 彼の者の名は、世界蛇“ミドガルズオルム”――――或いは“ヨルムンガンド”。
 王女の泪によって降臨した世界蛇は、その圧倒的な力で大軍勢を蹂躙し、人もメロウも等しく虚無に還した。
 そして、人魚島と共に深海へと沈んでいった世界蛇は、今も昏き底で最終戦争の日を待ち続けていると語り継がれている。
 ……これが、この国に伝わる人魚姫の御伽噺だよ」

少年の話を聞き終え、全てのピースが噛み合ったように感じた真一は、思わず息を呑む。
世界蛇……ヨルムンガンド……もしも“奴”の狙いが、そんな怪物を目覚めさせることにあるのだとしたら――

「――ねえ、シンイチ君。この世界から戦争がなくならないのは、何故だと思う?」

不意に真一の思考を遮るようにして、少年がそう問い掛ける。
真一はその質問に猛烈な違和感を覚えたが、違和感の正体を考える余裕はなかった。

362赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/09/27(木) 01:49:16
「それは……俺たちに意思があるからだろう」

「――ふふっ、その通りさ。
 だけど僕たちは本来、そんな意思なんて持たなくても良かった筈なんだ。
 例えば全ての生命がボルボックスのような群体生物であったのならば、この世界に戦争は起こらなかった。
 ただ本能のままに吸収と分解をループするだけの器官……今日も世界が平和に回るためならば、僕たちはそんな存在でも良かったんだよ。

 しかし、不可思議にも生命は個体に進化し、進化を果たした全ての生命には自由意思が認められた。
 その結果、僕たちは何万年も前から思想、主義、倫理、宗教、歴史、文化、国境、土地、資源、民族、種族――あらゆる言い訳を駆使して己を正当化し、無益に、無意味に――終わりの見えない争いを、永劫繰り返し続けてきたんだ。
 ねえ、シンイチ君……僕たちがこんな悲しい生物になってしまったのは、一体何故だと思う?」

少年は紺碧の双眸で、真一の両眼を見据える。
“ああ、こいつの瞳はやはり深海に繋がっている”――と、何故かそんな想像が真一の脳裏をよぎった。

「きっと、この世界が始まった日……誰かが僕たちに命令を下したんだ。
 ――――“戦え”ってね」

全てを語り終えた少年は、もう一度最初に会った時のように、邪気のない笑顔を浮かべてみせた。
その表情を見た真一は、ようやく理解する。
多分、こいつは“敵”なんだと――自分の直感が告げていることを悟った。

「……おっと、つい無駄話が過ぎてしまったね。
 僕は野暮用があるから、これで失礼させて貰うことにするよ。
 なーに、君とはまたすぐに会えるさ。……その時が来るのを楽しみにしているよ、シンイチ君。

 ――――〈形成位階・門(イェツィラー・トーア)〉」

「おい、ちょっと待てっ……!」

少年はローブを翻しながら振り返り、その場を立ち去ろうとする。
真一はそれを呼び止めようと声を上げるが、直後にはどこからともなく現れた黒い穴に包まれ、少年の姿は影も形もなく消えてしまっていた。
――と、そこで真一は唐突に、先程自分が覚えた違和感の正体に気付く。

「あいつ、何で俺の名前を……――」
 
闘技場の外。カジノがある方角から凄まじい爆発音が聞こえてきたのは、それと同時だった。
自分の胸が早鐘を打ち続けているのに従い、真一は脇目も振らずに走り始めた。

* * *

真一が息を切らしながら自分の控え室まで辿り着いた時、扉の前には既になゆたとみのりがいた。
何故かなゆたはビキニ姿の超軽装で、みのりはそれと対称的に藁に包まれている。
大真面目に竜騎士の格好をしている自分が馬鹿に見えるような二人のファッションに目を疑うが、今はそんなツッコミを入れてる場合ではない。

「よかった、二人共無事だったんだな……っ!
 その様子だと、お前らも何か掴んだみたいだが、俺もライフエイクの狙いがやっと分かった。
 とにかく話は後だ! 今はさっさとこの闘技場から脱出して、カジノの方へ向かうぞ!」

何としても二人を回収してから逃走する予定だったが、幸いにもその手間は省かれた。
真一はなゆたとみのりを先導しつつ、出口を目指して風のように通路を駆け抜ける。

今、本当にヤバいのはカジノへ潜入したあいつらの方かもしれない。
間に合え――と心の中で祈りながら、真一はただ懸命に足を踏み出す。



【謎の少年との会話によってライフエイクの目的が判明。
 真一はなゆた、みのりと合流してカジノへ急行する】

363明神 ◆9EasXbvg42:2018/10/06(土) 03:00:11
火の玉と影縫を使ったバフォメットのコンボに絡め取られ、逃げ場をなくした俺。
ゆっくりと、しかし確実に距離を詰めた化物の右腕が、いやに大きく目に映った。
死んだわ俺。肝が冷え切っているせいか、パニックになることはなかった。
走馬灯も流れて来ない。動かない身体に反して唯一自由な眼球が、バフォメットの肩越しにしめじちゃんを捉えた。

「しめじちゃん、見るな――」

逃げろと言うべきだったけど、別の言葉が口を出た。
多分俺はこれから、ものすごくグロい死に方をする。そのザマを見ねぇでくれと。
最期の最期まで、変なところでカッコつけちまったなぁ。

>「明神さんっ!!!!」

だけど、しめじちゃんは俺から目をそむけない。
バフォメットの牛歩を追い越して、まっすぐ俺の方に向かってくる。
待て。待て待て待て!俺を置いていきゃ、君だけは確実に逃げれるんだ。
二人してバフォメットの餌食になることなんざねぇだろ!

言葉にならない祈りは届かず、しめじちゃんはその細い身体で俺の腹に突進する。
疾走の勢いはそのまま慣性になって、俺はバフォメットの前から転げ出た。
そして、慣性を使い果たしたしめじちゃんの背中を、バフォメットの豪腕が薙ぎ払った。

「しめじちゃん!!」

殴られたしめじちゃんはあっけなく放物線を描いて、カジノの壁に叩きつけられる。
どろりとした血が彼女の口から流れ出て、糸の切れた人形のようにその場で崩れ落ちた。

「しめじちゃん!しめじちゃん!!」

当初の諦めからくる冷静さはとっくの昔に消え失せて、俺はただ彼女の名前を連呼するしかなかった。
なんでだ。俺たちはつい最近出会ったばかりの、お互いの本名も知らねえ他人同士じゃねえか。
見捨てたって誰に咎められるわけでもない。俺だって、自分の命が一番大事だ。
安全圏から助けこそすれ、身代わりに死ぬなんてことがあっていいわけない。

>「……ゲホッ!……た、だ、いじょうぶ、ですか明神さん……早く、逃げ……」

しかし、魔物を一撃で屠るバフォメットの拳を受けて、しめじちゃんは生きていた。
足元に転がるズタボロの藁人形――石油王の配ってた無線代わりのそれは、一度だけ致命傷の身代わりになる効果を持つ。
今まさにそれが発動して、しめじちゃんを即死ダメージから守ったのだ。
自分でも呆れるほどに間抜けな俺は、藁人形による一度限りの保険をすっかり忘れていた。

「良かった……なんつー無茶をしやがるんだ」

動揺のあまり震える手を、俺は立ち上がったしめじちゃんに差し出した。
また助けられちまったな。報酬のガチャを20連くらいに増やさなきゃいけねえ。
このまますぐに駆け出せば、バフォメットのスペルのリキャストが終わる前にここから抜け出せるはずだ。
しめじちゃんが俺の方で一歩踏み出す、その刹那。

>「…………え?」

彼女の胸から、赤く染まった刃が突き出した。
しめじちゃんの喉から呼気の代わりに、泡立った鮮血が零れ出る。

「は…………?」

>「危機を脱したと思い込んだ時こそ死地である――――ギャンブルの基本原則だ。覚えておくといい、御客人」

胸を貫かれたしめじちゃんの背後から、透明な幕を捲るようにして一人の男が姿を現す。
ライフエイク。このカジノの頭目にして、ニブルヘイムの内通者。この世界の、裏切り者。
奴はその手に日本刀を握り、刃はしめじちゃんの身体に鍔元まで埋まっていた。

364明神 ◆9EasXbvg42:2018/10/06(土) 03:00:37
馬鹿な。俺は今この時まで、『導きの指鎖』を使い続けていた。
敵対する存在の位置を知らせる錘の先は、バフォメットの方しか指してなかったはずだ。
信じがたいことだが、ライフエイクは凶行に及ぶその瞬間まで、自分の敵意を完全に抑え込んでいた。

いや……違う。奴は、『人を殺す』をいう行為に一切の感情のブレをもたない。
敵意も害意もないまま、まるで朝食のパンを切り分けるように、人間に刃を入れられるのだ。

>「生存への努力は認めよう。だが、私は御客人達がこれまでに使用したスペルは全て知っていてね。
 勿論――君が『生存戦略(タクティクス)』のスペルを有している事も知っている」

しめじちゃんが治癒スペルを発動するが、ライフエイクはその様子をあざ笑うようにして刃を捻る。
傷口は広がり、しめじちゃんは苦しそうに呻いた。

「やめろ……!」

俺はたまらずライフエイクに飛びかかろうとした。
武器も持たず、ヤマシタに命令を下すことさえ忘れて、奴の横っ面をぶん殴ろうとした。
だが、それよりも早くバフォメットが俺の前に立ちはだかる。再び影を踏まれて、俺は動けなくなる。

「やめろ……やめてくれ……」

体中の関節にセメントを流し込まれたように、指一本動かせないまま、目の前でしめじちゃんの命が侵されていく。
肌から赤みが失せ、唇が真っ青に染まって、光の消えそうなその両眼と、俺の目が合った。

>「……にげ……て、くだ……さい……わ、たし、へいき……です、か………………」

……それきり、しめじちゃんは何も喋らなくなった。
もがいていた指先がほどけて、頭がだらりと下がる。
胸から脈打つように溢れていた血はもう出ない。心臓が、止まってしまったからだ。

>「瞳孔は開いている。脈も無い。呼吸も停止している。
 心臓は損壊し血液も循環していない――――つまり、医学的に間違いなく、この少女は死んだという訳だ」

ライフエイクはしめじちゃんの髪を掴んで無感動にそう吐き捨てる。
そして、バフォメット越しにようやく俺へと視線を遣った。

>「カジノの散策は楽しかったかね? 私を出し抜いたと思い、さぞ自尊心を満たせた事だろう。
 それで……私の掌で踊り、同行者の子供を失った今、君がどのような気分なのか、是非聞かせてくれないか?」

愉悦に満ちたその問に、俺は……何も答えられなかった。
何言ったってライフエイクを喜ばせるだけだろうし、何も考えることができなかった。

しめじちゃんが死んだ。俺をバフォメットから庇わなければ、藁人形の防御で生き延びることが出来たはずだ。
ライフエイクが潜んでいる可能性を俺が気付いていれば、無防備な背中を狙われることもなかったはずだ。
そして、その無慮無策の行き着いた先が、今目の前に広がる血の海と、しめじちゃんの亡骸だ。
俺が。死なせたようなものじゃねえか。

>「さて……本来であればここで君も殺すところなのだが、折角頑張ってここまでやって来てくれたのだ。
 その褒美として、条件付きで君だけは生かして返してあげよう」

「……なんだと」

膝を着いた俺の目の前に、血塗れの日本刀が突き立てられた。
ライフエイクは心底愉快そうに、俺を睥睨して言う。

>「その刀でこの子供の死体を切り刻め。私が満足出来る程に損壊出来たら、五体満足で帰してやる」

365明神 ◆9EasXbvg42:2018/10/06(土) 03:01:05
ライフエイクのその言葉の意味を、脳が理解するのに時間がかかった。
しめじちゃんの死体を、この日本刀でズタズタに切り裂けば、奴は俺を見逃してくれるらしい。
鈍く光る刀身に映った俺の顔は、自分でも見たことがないくらい、醜く歪んでいた。

「本当か……?死体をぶった切りゃ、俺をここから逃してくれるのか……?」

俺は媚びへつらうような視線でライフエイクを見上げた。
誰がてめえの露悪趣味に付き合うかよ。わざわざ刀を寄越してくれるんなら渡りに船だ。
しめじちゃんの身体に突き立てるフリして、奴に一撃くれてやる。

多分、よほど上手くやったところで、相打ちにすら持ち込むことは出来ねえだろう。
それでも、命を張ってでも、俺はライフエイクに一矢報いたかった。
愚かな獣と切って捨てる奴の喉元に、噛み跡を残してやりたかった。

震える手で、刀の柄に手を伸ばす。
指先が刀に触れる直前、目の前に赤い光の球が浮かび上がった。

>「一から十まで。よくもそれ程に真実の無い言葉を吐けるものだ」

光球は瞬く間に人の形になって、輪郭を確かなものへしていく。
光の中から現れたのは、鍔広の帽子に折れそうなくらい細い腰と、ヤケクソのように巨大なスカートを広げた赤ドレスの女。
俺はこの女を知っている。俺だけじゃない、ブレモンのプレイヤーなら誰もが名前をソラで言えるだろう。

>「わらわの名は"虚構"のエカテリーナ。故有って助けに来てやったぞ、異界の者よ」

――十三階梯の継承者が一人、"虚構"のエカテリーナが、刀の柄頭を足場にして立っていた。

エカテリーナは、十三人いるローウェルの弟子の中でも、特に多くのプレイヤーの印象に残っているNPCだ。
メインシナリオ最大の壁とされているバフォメットとのソロバトルにおいて、力を借りることになるからだ。
あらゆる虚構を内包し、あまねく虚構を看破するこいつの魔術がなければ、バフォメットの無敵バフを解除できない。
そして、ダンジョン:ニブルヘイムが解放されるシナリオの中で、生贄として犠牲になるキャラの一人でもある。

エカテリーナのこの豪奢なドレス姿は、千を数える奴の仮装のなかの一つでしかない。
虚構を身に纏い、自在に姿を変えられるこの女は、いつしか自分の元の顔や名前すら忘れてしまった。
真実を見失った、虚構だけで形作られた存在。それが"虚構"のエカテリーナだ。

>「……ククッ、これはこれは。『十三階梯の継承者』様がわざわざ子守りに来るとは。
 大変な事になった様だ。私ではまるで歯が立たない。急いで逃げねばならないかな?」
>「また、虚言。一切引くつもりなどあるまいに……生意気な野良犬よ」

突如現れたエカテリーナに対し、ライフエイクは臆すことなく皮肉の応酬を演じた。
『継承者』の実力は、裏はおろか表社会にも広く知れ渡っている。
その一人であるエカテリーナを前にして皮肉を垂れる胆力は、奴が一山いくらのアウトローとは一線を画す存在だと証明していた。

「エカテリーナ……なんでお前がリバティウムに居るんだ。こいつもローウェルの差し金なのか」

「今この場で事情を問うて何とする?問答は不要」

俺の疑問に、エカテリーナは答えるつもりがないようだった。
そんな場合じゃないってことは俺が誰よりもよく分かってるはずなのに、頭がまともに働かない。
厳然たる事実は目の前にあるしめじちゃんの亡骸だけだ。

>「異界の者よ……此処はわらわが時間を稼ごう」

エカテリーナがライフエイクから視線を外すことなく、何かを俺に向けて放った。
両手でキャッチしたそれは、赤い宝石の輝く指環だ。

>「……その指輪には『境界門』の先の者達と戦う為に必要な術式と、1度限りの転位のスペルが刻まれている。
 そなた一人と……死体の一つくらいであれば持ち帰れよう。間に合わず、すまなかったな」

しめじちゃんの死体を抱えて、カジノから脱出しろ。エカテリーナはこちらを一顧だにせずそう言った。

366明神 ◆9EasXbvg42:2018/10/06(土) 03:01:39
「ざけんな」

俺は指環を握りしめて、エカテリーナの背中を睨んだ。

「間に合わず、だと?過去形で語ってんじゃねえぞ。死体しか持って帰れねえような役立たずのスペルなんざ要るか」

エカテリーナの顔はこっちからじゃ見えないが、ライフエイクへ向けていた怒気がこちらにも流れてくるのが分かった。

「貴様は盲人か?それとも小娘を救えなかったことに絶望し、心中を望んでいるのか?
 事実を直視せよ。貴様に出来るのは、この場を去り小娘の亡骸を葬ることだけであろう。
 すまぬと言ったが、元よりわらわに貴様を救う命などない。指環が要らぬなら、此処で散るがよい」

「心中なんかするつもりはねえし、しめじちゃんの死体を持って帰んのも御免だ。
 てめぇがこの場をどう分析しようが、俺は生きてるしめじちゃんと一緒に帰るぞ」

ライフエイクが俺を睥睨して、堪えきれないとでも言うように笑った。

「悲しいな。どうやら私は出る言葉の全てが虚言の大嘘付きだと思われているらしい。
 だがその少女の状態については嘘など言っていないよ。見ての通り、"それ"は最早冷えていくだけの死体だ」

俺はライフエイクの言葉を無視して、しめじちゃんの身体を抱き寄せる。

『グフォフォ……?』

"死"という概念を理解できていないのか、マゴットが動かないしめじちゃんの頬を心配そうに舐めた。
呼吸は止まり、脈を打つ気配もない。半開きの目に光はなく、言い繕いのしようもないくらいに彼女は死んでいる。
だけど……俺はそれでもまだ、諦めたくなかった。

「エカテリーナ。『その姿』のお前は魔術師だったな。転移のスペルは要らねえ、指環の中身を治癒の魔法に書き換えてくれ」

「……無意味。治癒は生者にしか効果をもたらさぬ。わらわに無駄な骨を折らせるつもりか」

「頼む」

「断る。再三告げたるがわらわにこれ以上貴様を助ける道理はない。こちらに利のない取引など笑止」

エカテリーナの反応は冷ややかだった。当たり前だ。助けてきてくれた奴に厚顔無恥な要求だと俺も思う。
それに、交渉材料になるようなものを俺は持ち合わせちゃいなかった。
『継承者』相手に袖の下は通じねえだろう。金なんざいくらでも稼げるだろうしな。
だから俺は、ライフエイクの方をちらりと見てから、口端を上げて言った。

「……てめぇが"間に合わなかった無能"じゃなくなる、ってのはどうだ?」

エカテリーナが目の端でこちらを見た。あらゆる虚構を見透かすその眼が、俺を射すくめる。
場に充溢していた怒気が、似て非なるなにかに変質する。
哀れみか、狂人に対する呆れか。

「馬鹿な、虚構が見えぬ。本気でそのような妄言を吐いているのか?……本心から、死者を蘇らせられると思っているのか。
 "聖灰"は異界の者を高く評価していたようだが、わらわには微塵も理解できぬ」

……これはアレだ。哀れみというか、ドン引きだ。
ライフエイクは揶揄するように犬歯を見せた。

「ギャンブルに負けて心を壊す人間は何人も見てきたが、最期は皆判を押したように無謀な賭けに出るのだ。
 家財の一切を売り払い、妻子を質に入れてなお、起死回生の大勝ちを掴めると信じている。
 己を盲信する者に微笑むほど、勝利の女神は理想主義者ではないというのに」

367明神 ◆9EasXbvg42:2018/10/06(土) 03:03:45
ライフエイクの現実的な指摘を、俺は鼻で笑った。
数多のゲームを渡り歩いてフォーラム戦士をやってきた俺は、ただ一つだけ勝利の方程式を知っている。
レスバトルに勝つために必要なのは、主張の正しさなんかじゃない。
根拠が何もなくったって、相手より優位に立っていると自分を信じ続ける、面の皮の厚さだ。

「てめえは自分が何を経営してたのか忘れたのかライフエイク。
 ここはカジノだ。胴元が絶対儲かるように出来てる……分の悪い賭けをする場所だぜ」

「ふ」

不意に、エカテリーナの肩が大きく揺れた。

「ふ、く、くくく……なるほど、郷に入りては郷に従えとはよく言ったものだ。
 負けを確信してなお賭けに挑むのが鉄火場の流儀であるならば、来客たるわらわも一口乗らねばなるまい」

俺の手の中の指環が輝き、浮かび上がった環状の文字列が組み変わっていく。
文字列は日本語じゃないが、治癒スペルを行使する際に出現する文様に似ていた。
エカテリーナが何故急に翻意したのかわからないが、俺の要求は受け入れられたようだった。

「……恩に着る」

「問答はこれで終わりか?ならば行け。わらわとて、不祥を我が師に謗られたくはない。
 ……転移もなしにどうやって、その小娘をここから連れ出すつもりなのかは知らぬが」

「決まってんだろ。抱えて逃げるんだよ」

『工業油脂』でしめじちゃんの傷を塞ぎつつ、俺は彼女の身体を背負った。
指環に込められた治癒スペルが発動するが、外から見て取れる変化はない。やっぱり生きてる肉体にしか効果がないのか。
だとしても、天命を待つ前に人事を尽くそうと、俺は決めた。

「困るな御客人。私の頭越しに場を辞する算段を進めるなど、ホストとしては看過できない悪徳だ。
 君は生かして帰してやろうと先程言ったが……当然、あれは嘘だ」

逃亡の体勢を整えた俺に対し、ライフエイクは顎をしゃくった。
控えていたバフォメットが動き、俺の進路を阻まんと踏み出した。

「貴様と違いわらわは真実しか言わぬ。――時間を稼ぐと、先刻そう言った」

368明神 ◆9EasXbvg42:2018/10/06(土) 03:04:08
瞬間、バフォメットの身体が『折り畳まれた』。
体中の全ての関節が逆方向に曲がる。見えない巨大な手によって、握りつぶされているかのように。
エカテリーナは相変わらず振り向きもしないが、奴の魔法か何かだってことだけは俺にも分かった。
あれだけ無敵の敵として脅威の存在だったバフォメットが、抵抗すら出来ずに押し潰されていく。

「……恐ろしいな。実に恐ろしい。あれは、村一つを一晩で更地に変えるニブルヘイムの悪魔なのだが。
 悪魔を捻り潰す人間がこの世に存在するなど、到底信じがたいことだね?」

「ならば、それを使役する貴様は何者か」

「ただの商売人だとも。取り扱う商材が少々特殊であるに過ぎない」

「よくもべらべらと、虚言を垂れるものよ」

「これは失敬。商売は口が回らねば成り立たないものでね」

「仕様もない。野良犬よ、常世の住人でありながらアルフヘイムに弓引いたその罪、冥界で悔いるがよい。
 ――『虚構展開』」

エカテリーナの長煙管から夥しい煙が噴出した。
視界を真っ白に染め上げる煤と灰は奴の身体を覆い尽くし、一気に膨れ上がる。
膨張した煙が晴れると、そこには豪奢なドレス姿はなく、代わりに1匹の巨大なドラゴンがいた。
広大なホールを埋め尽くさんばかりの巨体、頭部は吹き抜けの天井スレスレだ。

「振り向かず走れ、異界の者よ。わらわの四方三里に居るうちは、巻き込まぬ自信はない」

竜と化したエカテリーナが息を吸い、胸郭を大きくふくらませる。
真ちゃんのレッドラがやるのと同じ、ブレスの予備動作だ。

「行くぞヤマシタ、ゾウショク。着いてこい」

ヤマシタはともかく、主従関係にないレトロスケルトンも、素直に俺に追従する。
急いでホールを出て、大扉を閉じた瞬間、腹の底を揺るがすような爆発の音が轟いた。



369明神 ◆9EasXbvg42:2018/10/06(土) 03:04:50
既に冷たくなりつつあるしめじちゃんの身体を背負って、俺はカジノを疾走する。
少女の身体は軽いとはいえ、日頃から運動不足のおっさんにはあまりにも重労働だ。
息が切れる。酸欠で頭痛がする。心臓はずっとバクバク言ってるし、疲労で足はうまく回らない。

死体を抱えて走ることに、意味はあるのかと、何度も理性が忠告する。
その度に俺は唇から血が出るほど噛み締めて、痛みで思考を打ち消した。

死者は生き返らない。それはこの世界においても絶対のルールだ。
何度アンサモンしても死んだバルログは反応しなかったし、バルゴスは未だにバフォメットの腹の中。
人類の頂きに君臨する十三階梯の継承者だって、しめじちゃんを助けることはできなかった。

「頑張れしめじちゃん。……絶対助けるからな」

だけど、そんな小学生でも知ってる理屈で納得できるほど、俺は達観しちゃいない。
血を流しすぎた?それがどうした。心臓が止まってる?知ったことか。
認められるわけねぇだろ。……受け入れられるわけねぇだろ!

ほんの僅か、髪の毛1本ぶんでも助かる可能性があるのなら、俺はそこに全額ベットする。
そう、可能性は完全にゼロってわけじゃない。『まだ』、間に合うかもしれないのだ。

いつだったか、ものの本で読んだことがある。
生命を維持できなくなった人間が、どの段階で死を迎えるかについてだ。

心臓はあらゆる生き物に共通する急所だが、破壊されたとしても即死するわけじゃない。
心臓が止まって人が死ぬのは、血液が回らなくなって、脳が深刻な酸欠状態で不可逆的な損傷を負うため。
いわゆる『脳死』が死の定義として扱われているのは、心臓が止まった段階ではまだ死んだと決まったわけじゃないからだ。
心臓移植なんて技術が存在するくらいだからな。

つまり、脳さえ無事なら、極論心臓が止まっても人間は生きていられる。
失った血を補充し、損傷した細胞を修復すれば、蘇生の可能性は万に一つ存在するのだ。

ライフエイクに刺されたとき、しめじちゃんは『生存戦略』のスペルを行使していた。
あの野郎が刀を捻ったせいで傷口は治癒しなかったが、スペルは確かに発動した。

『生存戦略』が、字面通りに"生存"するための魔法だとすれば。
修復できない傷口を塞ぐことよりも、脳の保護のためにはたらいていたとしてもおかしくはない。
だから俺は、『生存戦略』の効果が切れる前に、エカテリーナから受け取った指環で治癒を重ねがけした。
しめじちゃんの脳みそが、完全に死を迎えることがないよう、回復スペルを継ぎ足した。

俺はこれ以上回復系のスペルを持ってない。治癒の効果が切れればしめじちゃんの死は今度こそ確定するだろう。
だが、石油王やなゆたちゃん、真ちゃんは『高回復』や『浄化』のスペルを所持していたはずだ。
首尾よくカジノから脱出して、あいつらと合流することさえできれば、治癒のバトンを繋げる。
ありったけの回復スペルを総動員して、傷ついた心臓を修復すれば、命を取り戻せるはずだ。

バルログが死んだ時、俺にはどうすることも出来なかった。
二度も三度も同じ思いをしてたまるか。人は死んだら生き返らない?誰が決めやがったんだそんなもん、ぶん殴ってやる。
俺は諦めねえぞ。しめじちゃんは絶対に死なせない。たとえ彼女が望まなくたって、俺が助けたいから助けるんだ。

しめじちゃんが助かる可能性は、仮定に仮定を重ねた希望的観測に過ぎない。
生存戦略が脳を保護してなけりゃその時点でアウトだし、回復スペルでも破壊された心臓は治らないかもしれない。

だけど……ここは剣と魔法の世界だろうが。
奇跡のひとつやふたつくらい、片手間で起こしてみせろよ……!

「げほっ……おえっ……」

足が重い。身体中が酸欠で悲鳴を上げて、さっきから口の中に血の味がする。
それでも前に進むことを止めるわけにはいかない。絶対に、この足を止めたくない。

370明神 ◆9EasXbvg42:2018/10/06(土) 03:05:27
しめじちゃん。

君は自分が死に瀕するその時になっても、最後まで俺の安否を気遣ってくれていた。
一回りも歳の違う子供にここまで言わせる俺は、多分大人失格だよな。
25にもなって一体なにをやってんだ俺は。

でもそれでいい。
俺が君を助けたいのは、君が子供で、俺が大人だからとかそんな理由じゃない。

荒野で初めて出会ったときの、邪悪さをひた隠しにした言動。
ガンダラの鉱山で何度も俺達を助けてくれた、歳不相応に冷静で的確な判断力。
リバティウムで一緒に街を回ったときに見せた、未知の楽しさに心踊らせる素顔。
その全てが失われてしまうことに、俺は耐えられない。絶対に認めたくない。

この感情は、子供に対する大人の庇護欲や父性とは多分ちがう。
俺はきっと、君のことを、一回り年下の友達として信頼していたんだと思う。

大人げない、青臭い、一方的で押し付けがましい友情かもしれない。
でもしょうがねえよ、受け入れてくれ。俺の本当に数少ない友達として、君には生きていてもらいたい。
暗黒の学生時代を経て遅れてきた青春に、しめじちゃん、君を巻き込ませてもらうぜ。

「やっぱ居るよな、てめぇは……」

従業員用の通路を通って辿り着いた、通用口。
俺たちがカジノに忍び込んだ当初の侵入口は、巨体によって塞がれていた。
バフォメット。エカテリーナが瞬殺した奴とは別の、2階でやり過ごした方のバフォメットが、俺の前に立ちはだかった。
ライフエイクの野郎、俺の逃亡を見越して残りのバフォメットをここに向かわせてやがったのか。

「ざけんじゃねえぞクソ山羊野郎。ニブルヘイムに帰って草でも喰ってろ」

ホールに戻って正門から脱出するという選択肢はない。
しめじちゃんの容態は一刻を争うし、ホールは今人外共の戦場になってる。
手持ちのスペルは残りわずか。俺はまともに走れなくて、手駒は最下級の雑魚2匹だ。

常識的に考えりゃ、こいつは完全に『詰み』だろう。
なにが常識だ。そんなもん会社の便器に産み落としてきたぜ。

「ヤマシタ、あいつの股下くぐって背後に回れ。ゾウショク、援護しろ」

2匹の魔物は忠実に動いた。
まずヤマシタが疾走し、身軽さを利用してバフォメットの懐に潜り込む。
振るわれた豪腕に革鎧の片腕があっけなく千切れ飛んだが、その腕へゾウショクがしがみついた。
一瞬の動作遅延、その隙を突いて、ヤマシタはバフォメットの股下をくぐって突破する。

瞬間、俺はカードを切った。

371明神 ◆9EasXbvg42:2018/10/06(土) 03:05:48
「『座標転換(テレトレード)』、プレイ」

ヤマシタと俺の位置が入れ替わり、俺はバフォメットの背後に着地した。
あとはヤマシタとゾウショクをアンサモンで回収すれば、俺の退路にあるのは通用口の扉だけだ。
ドアに手をかける。外の光が差し込んで、俺の影がバフォメットの方向へ伸びた。
バフォメットが片足で影を踏む。『影縫い』のスペルが発動する――

「根性見せろ、マゴット――!!」

『ぐふぉぉぉぉぉ!!!』

俺の肩で鎌首をもたげたマゴットの顎に、ビー玉程度の大きさの黒い球体が出現した。
それは狙い過たずバフォメットの足元へ飛ぶと、炸裂し衝撃波を撒き散らす。
バフォメットの足が影からズレて、身体が自由を取り戻した。

――『闇の波動(ダークネスウェーブ)』。
レイド級モンスター、ベルゼブブの使う上級攻撃魔法だ。
ベルゼブブの幼体であるマゴットは、不完全ながらもそのスペルを成功させた。

本来の『闇の波動』は、石造りの建造物を更地に変える威力を持った衝撃波だ。
マゴットの放ったそれは本家には遠く及ばない貧弱な衝撃でしかないが、バフォメットの足元を掬うくらいはできる。
再び動けるようになった俺はバフォメットを尻目にカジノの外へ飛び出した。

カジノに併設されたコロセウムから、試合の歓声がここまで聞こえてくる。
そして如何なる神の采配か、出入り口からこちらに向かってくる三人の人影と、目が合った。

真ちゃん、なゆたちゃん、石油王。
それぞれ戦装束をボロボロにしながらも、生贄にされることなくコロセウムから脱出を果たしている。
俺は力なく揺れるしめじちゃんの身体を抱き、叫んだ。

「ありったけの回復スペルを寄越せっ!しめじちゃんが死にかけてる!!」

そして俺は、全ての意識がトーナメント組に向いていたがために、完全に失念していた。
背後のバフォメットは未だ健在で、俺の後を追ってきていることに。
俺のすぐ後ろで、豪腕を振り上げていることに。


【エカテリーナと交渉し、しめじちゃんを抱えてカジノから脱出。
 バフォメットの封鎖を突破するも、後ろから追いつかれる】

372五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2018/10/09(火) 23:31:20
闘技場から控室へ走るなゆたとポラーレの前に赤い光の玉が浮かび上がる
赤い光は返って周囲を暗くさせ、その奥は暗く見通せない
いや、見通せないのではなく見えないのだ
物理的に通路一杯に詰まった藁のために

二人の前で藁は蠢き開いていき、そこにはみのりが驚きの表情で立っていた

「あらあらあらあら……まぁ〜なゆちゃん!試合降りてくれたんやね〜
無事でよかったわ〜
苦渋の決断やったやろうけど、それでええんよ〜」

言葉に詰まっていたが驚きの表情が歓喜に変わった頃、溢れる言葉と共になゆたを抱きしめる

なゆたとポラーレの試合の行く末を見ることなく控室を出てきたので、なゆたが勝ったことを知らないのだ
歓喜のハグはバツの悪そうなポラーレによる訂正が入るまで続き、そして真実を知り更なる驚愕を生むのであった

「色々話す事や聞きたい事はあるんやけど、まずは真ちゃんと合流せななぁ
あの赤い光の玉が真ちゃんまで導いてくれるそうやし、説明は後でするよって行こか〜」

かくして無事になゆたたちと合流を果たし、藁の中へと誘う
藁の中は前後の通路側に厚みはあるものの、その内部は空洞になっており、移動するシェルターに様相を呈していた
その中で取り急ぎ真一がレアルに勝利するも力を使い果たしトーナメントをリタイアしたことを伝える
それと共に、トーナメント自体これ以上続かないであろうことも

そこまで話したところで真一の控室前までたどり着いており、通路の向こうから息を切らして走ってくる姿が見えた

>「よかった、二人共無事だったんだな……っ!
> その様子だと、お前らも何か掴んだみたいだが、俺もライフエイクの狙いがやっと分かった。
> とにかく話は後だ! 今はさっさとこの闘技場から脱出して、カジノの方へ向かうぞ!」

走り出そうとする真一を茨が絡み取り、眠らせる

「あかんよ〜全力戦闘したばっかやのに、無理したら肝心な時に戦えられへんからなぁ
うちらの目的は事はカジノに行く事やのうて、カジノで明神のお兄さんとしめじちゃんと合流する事
そこからが始まりやよってな
ちゃぁんとカジノには連れて行ってやるし大人しくしとき?」

眠りに落ちていく真一の頭を撫でながら語りかけ、藁の中に突っ込むとなゆたとポラーレにも入るように促す
こうして控室前からカジノへ向け藁の塊が動き出す

「真ちゃんは茨からといたし、2.3分で目ぇ覚めるやろ
道中で色々話しておかなあかへんことあるよってな、聞いたってや」

そしてみのりが話す、これまで見聞きしたことを

トーナメントの試合はどれも凄惨で潰し合いの様相を呈していたこと
明神から連絡があり、ライフエイクがニブルヘイムとの繋がりがあると判断した
それに足るだけの証拠を見つけた、となればおそらくは『門』を見つけたのではなかろうか、と
通信と同時に係員に化けていたドッペルゲンガーに襲われた、と胸元の大穴と茨で戒められたドッペルゲンガーを藁から二体出して見せる
その後の"虚構"のエカテリーナの遭遇し先にカジノに向かった旨と残された
「万斛の猛者の血と、幽き乙女の泪が水の都を濡らす時、昏き底に眠りし“海の怒り”は解き放たれる――」
の言葉を

「まあ、これらを総合すると、トーナメント自体生贄の儀式やろし、その結果何ぞ恐ろしいものが出てくるいう話やろうし
レアルはん吸血鬼やったやろ?真ちゃんにやられてもちゃんと死んだとは限らへんし、あれが吸血鬼やったって事はライフエイクはんかて人間かどうか怪しいものやわ
そういう訳やから休める時はやすんどきぃいう話やんよ〜真ちゃん?」

話の途中で既に起きていたであろう真一に言葉をかけて微笑みかける

373五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2018/10/09(火) 23:33:06
その話の最中も藁の塊と化したイシュタルは前に立ちはだかる有象無象をすべて取り込み茨で絡め眠らせていった
こうなった以上ここは敵地
立ちはだかる者は須らく敵として排除していくのだ

コロシアムから出たところでイシュタルは形状変化
後方に一塊残しつつ、カジノへと延びる絨毯に変わった
これは動く歩道である
案山子形態の移動能力は低いものだが、カーペット上になり常に形状変化することで素早い動きを可能にしたのだ

このことをガンダラで思いついていれば登山はずいぶん楽であっただろうが、とあの時の明神に死にそうな顔を思い浮かべるみのりと真一、なゆた、ポラーレは運ばれていく

まだこの時のみのりは事態をどこか楽観視していたのだ
明神には一つ、しめじには二つ囮の藁人形(スケープゴートルーレット)を持たせてある
更にシメジはガンダラで仕入れた奥の手、がある事も把握している
だからこそ試合に出る真一やなゆたに比べ、安心して送りだせていた

更には"虚構"のエカテリーナがカジノに向かったのであるから問題はない、と
だがそれは間違いであったことをすぐに思い知らされることになる


カジノの入り口が見えてきたところでそこから明神が飛び出してくるのが見えた
素晴らしいタイミングと一瞬頬が緩みかけたが、即座にそれどころでないことが見て取れた

明神に抱えられたシメジ
力なく垂れ下がる腕
後ろから太い腕を振り上げるバフォメット

危機的状況であることはわかるのだが、思考が追い付かない
停止した思考を再び動かしたのは明神の叫びだった

>「ありったけの回復スペルを寄越せっ!しめじちゃんが死にかけてる!!」

その声色、トーン、乗せられた感情にみのりの全身が総毛立つ

「イシュタルっっ!!!!」

普段のみのりからは考えられない程、大きく、そして鋭い声が響き、それに応えるように後方の藁の塊から何かが射出された
それはカジノで立ちはだかった警備員たち
藁にのまれ茨に絡めとられて眠らされていた者たちを、砲弾のようにバフォメットに投げつけたのだ

人魔混合の砲弾を浴びせられバフォメットが大きく仰け反る
更に射出は続き扉の奥へと押し込んでいった

バフォメットを押し戻したところで明神と接触
その腕に抱えられたシメジをのぞき込みすぐに分かった
(チアノーゼを起こしている……!)

みのりが血色が失われ強烈な死の雰囲気をまとう人間を見たのはこれが初めてではない
家業は農家であり、その規模は大きい
従業員も雇っているが、家長ともども全員が畑に出る
幼いみのりは祖父について畑に行ったものだ

それはワサビ田で起こった
ワサビ田は清流が必要であり、それは往々にして山深くにある
軽トラックがやっと通れるような山道を登った先、人の往来から外れたもはや異界ともいうべき場所で祖父は心筋梗塞で倒れた
それ以降、五穀ファームでは必ず仕事はツーマンセルを組み、従業員全員が救命講習を受けるようになったのだ

374五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2018/10/09(火) 23:35:28
その時の状況が脳裏に蘇り
「……うちは死ぬ覚悟も、仲間を死なせる覚悟も……できてへんのや……
死なさひん!今度は死なさへんよ!
しめじちゃんを藁の上に寝かせて」
みのりの戦衣装はペンギン袖のパーカー
それはブレイブのもう一つの弱点であるスマホ操作を見せないための衣装である
画面を見ずとも袖の中で素早く動いていた

「来春の種籾(リボーンシード)」
致命のダメージを負ってもHPを1残す効果があり、死んでさえなければ命をつなぎとめる事ができる
「中回復(ミドルヒーリング)」
効果は中程度ではあるが、その分ディレイが短く素早く次のスペルカードが使用ができる繋ぎ回復
「我伝引吸(オールイン)」
1ターンPTのダメージを肩代わりをすることができる、しめじに迫る強烈な死に至るダメージを代わりにイシュタルが負うのだ
「浄化(ピュリフィケーション)」
状態異常を回復させる。心肺停止した時点から血液の供給が途絶え脳は死に至るが、死に至る前に脳に障害が起こり始める事を防ぐのだ

激しいダメージをあえて受け続けるイシュタルを支えるためのみのりの戦術をすべてしめじに注ぎ込むのだ
スペルカードの名前を読み上げながら行使することで、周囲に状況を知らせていく

本来ならば既に死んだと手を放すべきところであった
医者ではないので、まだ生きているのか既に死んでいるのか判断がつかない
死んでいれば「回復」のスペルは効果を表さず無駄になってしまうのだから
真一にも言ったように、これからが本当の戦いでもあるのだから

だが、異世界に放り出されそこで出会った稀有な邦人
寝食を共にし戦いを乗り越えてきた戦友というのは、みのりが自覚する以上に掛け替えのない存在になっていたようだ

藁の絨毯は寝かされたしめじを揺らさないようにゆっくりと後退していた
カジノ全体を揺るがすような振動
二階の窓が次々の割れ、爆炎が上がる
ライフエイクと"虚構"のエカテリーナが激しい戦いを繰り広げているのだ
また入り口からはバフォメットが再度出てこようとしていた

「もう少しカジノから離れたら地脈同化(レイライアクセス)を使うわ
でも、その前に……そこかぁあ!!」

二階の崩れた壁からライフエイクの姿を認め、茨を振るわせ絡めとっていた二体のドッペルゲンガーを投げつけさせた
今シメジの救命活動をしている最中にそれをする必要はなかった
いやむしろいらぬヘイトを稼ぐことになる、と分かっていたがそれでも投げつけてやらねば気が済まない程度にはみのりの血は滾っていたのだ

「ごめんなぁ〜ちょぉと頭に血ぃ登っていらんことしてもうたわ
みんな疲れているからうちが表に立たなあかへんのやろうけど堪忍やで」

しめじ救命のために大量のスペルを消費し、位置を固定してしまう地脈同化(レイライアクセス)を使う以上、戦闘はできなくなるであろうからだ
取り乱したことを詫び、その顔を見せないようにしめじの鼻をつまみ、人工呼吸を始めた

【真一、なゆた、ポラーレと合流、状況説明しながらカジノへ】
【バフォメットに警備員などを投擲、後退させる】
【しめじに全力治療&二階のライフエイクにドッペルゲンガー投擲】
【1階バフォメット再襲来:2階エカテリーナvsライフエイク】

375佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/10/16(火) 22:40:18

明神による失血の防止措置と、エカテリーナから授かった治癒のスペル。
みのりによる多種多様な治癒術式。
一人の人間に与えるには過剰とも言える治療が、メルトに施される。

あゝ、善なるかな。
メルトに手を差し出した彼等には、治療の為にスペルを用いない道も有った。
何故ならば、現実的に見ればどう考えてもメルトは死んでいるからだ。
故に、メルトが死した事実を認め、訪れるであろう強敵との対峙に備える事も出来た筈だ。
けれど、彼らはそれをしなかった。
旅を共にしてきた少女を生かす事を願った。
これからも共に歩む道を……知らぬ者も居るとは言え、メルトの様な悪党を生かす事を思考したのだ。

そして、だからこそ。
諦めなかったからこそ、仲間達による救出の願いは奇跡を起こす。

エカテリーナのスペルにより死すべきであった脳細胞は損壊を免れし、浄化(ピュリフィケーション)は常態を維持させた。
中回復(ミドルヒーリング)により、大きく開いていた刃傷は縮小し、地脈同化によって臓器の傷は塞がれていく。
そう、奇跡だ。奇跡と言っていいだろう。
死者の傷を癒す事など、現代科学を以ってしても不可能である。
異邦の旅人達は、その意志で。願いで。奇跡を果たしたのである。


――――けれど、奇跡はここで打ち止めであった。


奇跡で、意志で、願いで、祈りで……死者は生き返らない。
失われた命は、あらゆるスペルを用いても取り戻す事は出来ない。
それは世界を支配する絶対の法則。

少女、佐藤メルトは……あらゆる傷が塞がったにも関わらず、息を吹き返さない。
心臓はその動きを再開せず、肺はみのりから注ぎ込まれる酸素を循環させない。
血液は、全身を巡らない。
まるで眠っている様に、少女はその目を閉じたまま。

376佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/10/16(火) 22:42:12
――――――――――

人は脳で世界を見る。
脳はあらゆるモノを観測させる。
現実を――――そして、夢という虚構の世界でさえも。

死にゆく定めにあるメルトは、スペルによって機能を温存された脳で夢を観ていた。
それが、己が死にゆく夢。
深く暗い海に沈んでいく夢だ。

(……ああ。私は死ぬんですね。やはり、ダメだったのですね。最後に“悪あがき”はしてみましたが……失敗してしまいましたか)

夢であるせいか、不思議と息は苦しくない。
意識もはっきりしている……だが、それでもメルトは己が死にゆく身であると言う事を理解していた。
手足に絡みついている縄。海底深くから伸びている様な黒く太い縄が、メルトをゆっくりと引きずり込んでいっているからだ。

ときおり、暖かな光が明滅し、己の身体を浮上させようとするが……黒い縄がそれを許さない。
ゆっくり……けれど確実にメルトは海の底へと引きずり込まれていく。
ふと、縄の先がどうなっているのか気になり、視線を海底へと向けてみれば……その先にはどす黒い大きな蛇のようなナニカ。
そして、周囲を見渡せば自身よりも遥かに速い速度で黒い縄に引きずり込まれる、輪郭の無い白い無数の人型。

(成程……死ぬとアレに捕食されるのですか。天国とか地獄なんて信じていませんでしたが……死後というのは随分と野性味にあふれているのですね)

恐ろしい筈の光景、自身が迎える末路を前に、けれどメルトは何故だかくすりと笑みを浮かべてしまう。

(……ここは、寂しいですね。暗くて冷たくて……だから、こんな所に明神さん達が来ないで良かったです)

死が逃れられない事を知り、死への恐怖が麻痺したのだろう。
満足したかのように目を瞑り沈んでいくメルト。
走馬灯の様にに思い浮かぶのは、長い現実での日々ではなく……不思議と短い旅路を共にした者達の姿ばかり。
荒野の駅での出会い、炭鉱の街での酒場、坑道の奥での戦い、列車の雑談。

うめき声を上げながら沈んでいく他の人影と異なり、静かに沈んで行くメルト。
……だからこそ、気付く事が出来たのだろう。

『――――憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い。あの人が、憎い』

無数のうめき声の中に紛れる、憎悪の声。
メルトが声へと視線を向けてみれば、巨大な黒蛇の額にあたるであろう場所に……女が居た。
海の様に青く波打つ美しい髪を持ち、顔を両手で覆う女。
一見して人である様に思えるが……その女の下半身は、鱗を持つ魚の様な形状をしている。

(人魚……)

メルトが女を見て思い浮かべたのは、お伽噺で謳われる人魚姫。

『どうして、どうして裏切ったのですか、愛していたのに、愛していたのに、信じていたのに』
『共に生きられるよう、【人魚の肉】すら分けたというのに……憎い、憎い、憎い、憎い、憎い……!』

その人魚は周囲を棘の付いた宝石のような檻で囲まれており、時々檻へと手を伸ばしては、棘によって血を流し、再び呪詛を呟く事を繰り返している。
そして、海中を揺蕩ってきた人魚の血。その血がメルトへと触れた瞬間、彼女の脳に存在し得ない記憶が再生された。

それは、遠い海の楽園の光景。
平和を願う夢見がちな人魚の姫と、楽園に漂着した男の蜜月の物語。
全てが悲劇で終わる、忘れられた歴史の一幕。

まるで実体験のように感じられる記憶の奔流に驚愕するメルト――――だが、それは悲しき歴史に対してでは無い。
メルトが驚愕したのは、見せられた記憶の中に居た、ある人物の姿について。

人魚の楽園へと辿り着き
世間知らずな姫の心を捕え
口付けと共に愛を嘯き、全てが滅ぶ原因を作り上げた男の、その姿。

(ライフ、エイク……!?)

猛禽の様な瞳を持つ、遠い歴史の先に居るその男は――――メルトの命を奪った男と、全く同じ容貌であったのである。

377佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/10/16(火) 22:43:08
――――――――

未だメルトは死したまま。目を覚ます事は無い。
けれど、状況は彼らを待つ事をしない。

人魔の弾丸を受けたとはいえ、バフォメットは健在。
獲物が増えた事を喜ぶように、口元から赤い液体の混じった涎を垂らすと一行へとその歩を進める。そして、


「ふむ、凄まじいね。これ程の術をこれ程の時間行使し続けるとは。いずれ体力が尽きてやられてしまいそうだ」
『……戯言をほざくなら、汗の一つでも流すが良い』

カジノの中では、竜と化したエカテリーナとライフエイクが激戦を繰り広げていた。
先程から轟音を響かせるエカテリーナの火炎のスペルは、並みの相手であれば塵も残らない威力を有しているが、対するライフエイクは汗を掻く事も無くその暴威を凌いでいる。
そして、その最中。

>「もう少しカジノから離れたら地脈同化(レイライアクセス)を使うわ
>でも、その前に……そこかぁあ!!」

エカテリーナの攻撃により砕けた外壁の隙間から、みのりがドッペルゲンガーを高速で射出した。
奇しくもそれはエカテリーナの炎と同じタイミング。
直前に攻撃に気付いたライフエイクであるが、これまで回避を続けていた彼も、2方向からの同時攻撃は避ける事が出来ない。
爆炎と衝撃がライフエイクを襲う。抜群のタイミングであり、素人目に見れば勝利を確信する様な状況であったが。

「……やれやれ、スーツに煤が付いてしまった」

そこには、周囲を水で結界の様に覆い、爆炎を無傷でやり過ごしたライフエイクの姿。
ライフエイクが使用した水の結界を見て、エカテリーナはその威圧感を強める。

『【水王城(アクアキャッスル)】……人の寿命で習得し得るスペルではあるまい。やはり、貴様はニヴルヘイムの先兵か……!』

その問いに対し、ライフエイクは軽く肩を竦めると口を開く。

「ではそういう事にしておこう。私はニヴルヘイムよりアルフヘイムを侵略する為に訪れた存在だ、と」
『虚言……貴様、一体何者だ……!』

378佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/10/16(火) 22:52:28
―――――――

混沌と化した戦況。
……メルトの命は失われたまま。
眼前には強大な敵が立ちはだかり、更にその先には恐ろしい謀略が蠢いている。
そんな思考すらままならない状況であるが……もしも、そこから先に踏み込む事が出来る人間が居れば気付く事だろう。

メルトが絶命しているにも関わらず、そのパートナーであるゾウショクが召喚されたままであると言う事実。
死後硬直を始めているメルトの手に握られたスマートフォン。その画面に映る『生存戦略』のスペルが、未使用の状態であり、
そして代わりに、『死線拡大(デッドハザード)』という、この世界に来て一度も使用していないスペルが使用済になっている事に。

そして、それぞれの持つスマートフォンで、メルトの死体が捕獲可能なモンスターとして表記されている事に。

……奇跡で死は覆せない。
ならば、絶命の事実を書き換えられる様、準備をすればいい。死んでいないと世界を騙すのだ。
佐藤メルトは悪質プレイヤー、そんな彼女がただで潔く死ぬ筈が無い。
化かし合いなら百戦錬磨、『一度使用した』スペルを知っている虚飾の王ですら欺いてみせる。
生存戦略(タクティクス)は範囲回復。だが、日本刀で貫かれた時、スペルの光はメルト一人だけを包んでいた……!

【状態異常:アンデット・・・AGI、DEX大幅低下、STR上昇、状態異常中、種族がゾンビに固定される。この状態異常は状態異常回復スペルを2度掛けなければ回復しない】
【ゾンビ:HP全損時でも、一定時間捕獲、回収可能。そのまま放置すると完全ロスト←いまここの途中】
【傷を治さないまま状態異常だけを回復するとメルトは即死、脳の機能を維持しないままゾンビ化すると何かしら後遺症が残ったのでお二人の行動でギリギリ生存可能性有り】

379崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/10/22(月) 23:44:53
血の気が引く、とは、まさにこのことだろう。

「――――――」

元々大きな双眸をこれ以上なく見開いて、なゆたは硬直した。
時間にして、たったの数時間。離れていたのは、たったそれだけの短い間。
それまではなゆたの自宅で一緒に寝起きし、朝食を食べたはずなのに。
明神の後ろを控えめに、けれどしっかりついていく彼女の姿を、自分は微笑ましく見ていたはずなのに。

なのに。

今、なゆたの目の前では血にまみれたメルトが瀕死の重傷を負い、明神におぶわれている。
なゆたは寺の一人娘だ。人の死というものには、それこそ日常レベルで接している。
しかし、幸いなことに檀家の死には遭遇しても、近親者の死に遭遇したことは今まで一度もなかった。
時間的には、なゆたとメルトは知り合ってから一ヶ月も経っていない。
けれど、なゆたにとってメルトは紛れもない近親者。大切な、かけがえのない仲間である。
ポラーレとの戦いの最中にも、なゆたは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』の称号に拘った。
仲間たちと共有するその名を、自らの敗北によって汚させはすまいと――。
しかし、そんな努力も肝心の仲間が死んでしまっては何の意味もない。
だから。

>「ありったけの回復スペルを寄越せっ!しめじちゃんが死にかけてる!!」

という明神の全身全霊の叫びにも、

>「イシュタルっっ!!!!」

というみのりの鋭い呼声にも、まるで反応できなかった。
今にも明神を攻撃しようとしていた山羊頭の魔物――バフォメットが、イシュタルの投擲した人間砲弾を喰らって仰け反る。
事態は刻一刻と変転している。一秒たりとて無駄にはできない。
だというのに、なゆたは棒立ちのまま何も行動をとることができずにいた。

――わたしのせいだ。

ぐるぐると、深く激しい悔恨が胸の中で渦を巻く。
メルトは自分たちとは違う。彼女はただ単に何らかの巻き添えを食らい、この世界に放り出された無力な少女に過ぎない。
同じ巻き込まれた側でも、状況を楽しむ余裕さえあり率先して戦いに臨む自分や真一とは根本的に異なるのだ。
そんな彼女に、自分は危険な任務を押し付けてしまった。
こうなる可能性は充分あったのに。予測できたはずなのに。
だのに――

――わたしのせいだ。

『今まで大丈夫だったんだから、きっと今度も大丈夫』なんて。
何の根拠もない、楽観的な結論を出してしまったから。
作戦を立てるのなら、どんな僅かな危険性をも考慮し、それを回避する方策を用意しておかなければならないのに。
自分はそれを怠った。ノリと勢いだけでメルトを危険に晒し、最悪の事態を招いてしまった。

――わたしの、せいだ……!

トーナメントに出たいなんて、興味本位の遊び半分で思わなければよかった。
ガンダラの時のように、彼女を非戦闘員として匿っておけばよかった。
チームをふたつに分けようなんて、言わなければよかった。
メルトには、家で留守番していてと厳命すればよかった――。

ぼろぼろと涙が零れ、ひゅぅひゅぅと喉が鳴る。上手く呼吸ができず、胸がキリキリと痛む。
強い精神的ショックによる過呼吸だ。なゆたは苦しげに胸元を押さえて、その場に蹲った。

380崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/10/22(月) 23:48:10
みのりがメルトを藁のベッドに横たえさせ、必死の救命活動をしている。
だというのに、自分は何もできない。その思いが、なおさら呼吸を困難なものにする。

「……か……はっ……」

なゆたは首を垂れ、出ない息を吐いた。
もちろん、周囲に気を配っている余裕もない。と、カジノの建物全体を揺るがす激震が走り、炎が上がる。壁が崩れる。
上階でスーツ姿のライフエイクと、巨大なドラゴンが対峙しているのが見える。
移動中にみのりから話は聞いていたので、状況は理解している。
大賢者ローウェルの直弟子、『十三階梯の継承者』のひとり“虚構”のエカテリーナ。
その名、その姿、その力は当然なゆたも知悉している。ただ、そんな重要人物がどうしてこの場にいるのか。
なぜ自分たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』に力を貸してくれるのか。それはわからなかったが――。

>「もう少しカジノから離れたら地脈同化(レイライアクセス)を使うわ
>でも、その前に……そこかぁあ!!」

救命活動の合間、みのりが今度は上階のライフエイクへ向けてモンスターを投擲する。
普段のみのりの態度とはかけ離れた、烈しい怒りを感じさせる振舞い。
平素何を考えているかわからず、真意を隠している節のあるみのりさえも激怒するほど、事態は逼迫しているということだ。
だが、ライフエイクはそんなみのりの攻撃とエカテリーナの攻撃をこともなげに捌いてしまった。
そして――先程みのりに人間ロケットを投げつけられていたバフォメットが、再度迫ってくる。
みのりはメルトの蘇生で手が離せない。明神にバフォメットを撃破するだけの火力はない。
だとしたら――。
今ここでバフォメットに、あの中盤の壁で有名なボスモンスターに対処できるのは、自分と真一しかいない。
真一はもちろん立ち向かうだろう。なゆたは幼馴染である彼の性格を知っている。

けれど、自分はどうだ?

戦いたい気持ちはある。けれど、それよりも自分の采配ミスでメルトに重傷を負わせてしまった自責の念が強すぎる。
行動したいと思っても、行動できない。ポヨリンに指示を飛ばしたくとも、声が出ない。
なゆたは俯いたまま強く目を瞑り、歯を食い縛った。

――何がランカーよ、何が重課金者よ。
――月子先生なんて呼ばれて、ベテランぶってたって。大事な仲間のひとりだって助けられない。
――全部、わたしのせいだ。わたしが招いた結果だ。
――わたしが悪いんだ。わたしが――

すぐ近くで燃え盛っているはずの炎の熱が。仲間たちの叫びが。魔物の咆哮が、やけに遠い。
この世界はゲームじゃない。本物の熱を、生命を、生と死を有した現実の世界なのだ。
ポラーレとの戦いのさなか、自らの命を天秤にかけたときさえ実感しなかったその事実を、今なゆたは魂の深奥から思い知った。
思えば、みのりはそのシンプルな真実にずっと前から気付き、心から理解していたのだろう。
だからこそ、試合が始まる前に何度も無理をするなと忠告したのだ。
自分は知らなかった。よくも彼女に『覚悟はできてる』などと言えたものだ。

戦いたくない。
逃げ出したい。
何もかも、なかったことにしたい。

そんなことを考える。少なくとも、もうなゆたは今までのようには戦えない。
仲間が傷つき、斃れる姿を見てしまった後では――
……しかし。

『ぽよっ!』

ふと、傍らで声がした。
なゆたの顔を覗き込むようにして、ポヨリンがぽよんぽよんと小さく跳ねている。

「……ポヨ……リン……」

ひゅうひゅうと苦しい息の下で、なゆたは小さくその名を呼んだ。

381崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/10/22(月) 23:56:47
ポヨリンは優しい子だ。いつも、なゆたのことを心配している。
なゆたが気落ちすれば、寄り添って慰めようとする。先程の試合で分裂したなゆたの片方が死んだときも、ぽよぽよ泣いていた。
しかし、今は違った。
ポヨリンはのっぺりした顔の眉間に一生懸命皺を寄せ、口をへの字に結んで、ぽよぽよ跳ねている。
それはなゆたを気遣うのではなく――『早く戦わせろ』と主張しているかのように、なゆたには見えた。

『ぽよっ! ぽよよんっ! ぽよぽよよっ!』

ポヨリンはしきりに小さく跳ねながら、なゆたに何事かを伝えようとしている。
現実世界からずっと一緒に戦ってきたパートナーだ。なゆたはポヨリンの心を瞬時に理解した。
……怒っているのだ。憤っているのだ。敵に対して。メルトをこんな目に遭わせた、憎むべき勢力に対して。
この理不尽な運命を跳ねのけて、敵を倒したいと。そう望んでいるのだ。
ポヨリンにとっても、メルトは大事な仲間。だから――
そんな仲間をひどい目に遭わせた奴は、絶対に許さない。そういうことなのだろう。

――嗚呼。

事なかれ主義で自分の利益優先のはずの明神が、自らの命も顧みず行動している。
あのおっとりしたみのりが、今まで見たこともない剣幕で激怒している。
なゆたの腕の中でのんびりお昼寝したり、ぽよぽよ飛び跳ねて遊ぶのが大好きなポヨリンが『戦いたい』と言っている――。
それなら。

――わたしに出来ることはなんだ? わたしのしなくちゃいけないことは何だ?
――そんなの、ひとつしかない。ずっと前から決まってる。

ぎゅっと唇を噛む。息を無理矢理に飲み下し、両脚に力を入れる。

「うああ……ああああああああああああああああああ―――――――――――――っ!!!!」

なゆたは大きく叫ぶと、一気に立ち上がった。そしてスマートフォンを手に、素早く画面をタップする。
切ったカードは『鈍化(スロウモーション)』。対象のATBゲージを著しく鈍化させるスペルだ。
地響きを立てて一行に肉薄しようとしていたバフォメットの動きが、極端に鈍くなる。
次いで『限界突破(オーバードライブ)』。ポヨリンにバフがかかり、水色の全身から闘気が迸る。
なゆたは後方のみのりと明神を振り返った。

「みのりさん、明神さん、一分ください。……たった一分でいい。
 一分で――潰しますから」

決然とした調子で告げる。
なゆたの脳内で、猛烈な勢いで対バフォメットの攻略フローが組み上がってゆく。
初戦のバフォメットを倒すことはできないというのは、ブレモンプレイヤーの中では常識だ。
しかし、現在こちらにはバフォメット討伐に必要不可欠な人材エカテリーナがいる。
エカテリーナ自体はライフエイクと戦っている最中だが、それはこの際関係ない、となゆたは睨んでいた。
かつて、フォーラムでバフォメット討伐戦について、悪辣なプレイヤーと議論したことがある。それによると――
ゲーム内のバフォメット討伐戦でバフォメットの無敵バフが解除されるのは、エカテリーナ参入後の再戦時ではない。
プレイヤーがエカテリーナの助力を仰ぐことに成功した時点で、内部的に無敵解除のフラグが立つのだという。
もし、この世界とゲームに共通性があるのなら、今ここにエカテリーナがいる時点でバフォメットの無敵バフはない。
当時はデータの解析など邪道だとずいぶん憤ったものだが、その知識がここで役に立った。

「しめちゃんは死なせない……、絶対に助けてみせる!
 そのための邪魔者は、全部! ……わたしたちが排除する……!
 真ちゃん、やろう! こんな奴……ふたりでやれば瞬殺でしょ!」

真一の考えることなら、わざわざ言葉にせずとも目配せでわかる。
もし真一が何か策を練るなら、なゆたはすぐにその意を汲み取り指示通りに動くだろう。
バフォメットを斃し、ライフエイクの目論みを挫く。

闇の世界のとば口を前に、なゆたは新たなスペルカードを選択した。


【真ちゃんとタッグでバフォメット退治。
 真ちゃんの指示に従うのである程度動かして頂いて結構です】

382赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/10/29(月) 06:57:10
>「ありったけの回復スペルを寄越せっ!しめじちゃんが死にかけてる!!」

どうにか闘技場を抜け出し、やっとの思いでカジノまで辿り着いた真一たちを待ち受けていたのは、そんな絶望の知らせだった。
藁から這い出た真一は、明神が悲痛な叫びを上げる姿と、血まみれの衣服を纏ったメルトの姿を視認し、状況の全てを察する。

>「……うちは死ぬ覚悟も、仲間を死なせる覚悟も……できてへんのや……
 死なさひん!今度は死なさへんよ!
 しめじちゃんを藁の上に寝かせて」

みのりはそんなメルトを藁のベッドに寝かせると、手早く幾つかの治癒スペルを使い、その後は教科書通りの心肺蘇生術を行う。
普段は決して自分の本音を見せない彼女が、こうして狼狽えている姿を見るのは初めてだったが、それでも的確に手を動かすことができるのは流石というべきだろう。

>「……か……はっ……」

だが、その一方でなゆたが胸を抑えながら息を吐き、崩れ落ちる姿を真一は横目で捉えていた。
――今回の作戦を考案したのは、他でもない彼女だ。
見通しが甘かった。こうなることを少しでも予想できなかった……といえば、それは間違いなくパーティ全員の責任だが、なゆたの性格からすれば、この状況を全て自分のせいだと考え、自暴自棄になってしまうのも無理はないだろう。
なゆたにもあとで何か声を掛けなければならないという思考が、真一の脳裏をよぎるが、とにかく今はそれよりも火急の事態がある。
真一は「俺も手伝う」とみのりに告げると、メルトの胸部に手を当て、人工呼吸に合わせて心臓マッサージを開始した。

――しかし、手を当てた瞬間に理解する。
メルトの心臓は、もう一切の鼓動を止めていた。
呼吸もしていない。脈拍もない。もはや言うまでもなく――メルトは完全に死亡していた。
真一は口の中に血の味が滲むほど、強く奥歯を噛み締めた。

いや、だが……何故だろうかと自問する。
なゆたが我を見失い、明神も血相を変え、みのりでさえ狼狽を隠せないこの状況下で――何故か真一だけは、非情なほどに冷静だった。
血が沸騰しそうなほどの怒りが込み上げてきているというのに、そんな感情とは無関係に、真一の脳はどこまでも冷静に現状を認識していた。
この感覚は……何と表現すればいいのだろうか。そう、敢えて言うならば――真一は“慣れていた”。
まるで、過去にもっと多くの命が喪われていく様を目の当たりにしてきたかのように、真一は仲間の死と直面することに慣れ切ってしまっていたのだ。
無論、真一が思い出せる限り、自分の人生でそのような経験はない。
しかし、記憶にない経験が心を凍てつかせることで、真一は他の誰よりも冷静で居続けることができた。

そして、冷製であるからこそ、分かってしまうのだ。
今、自分やみのりがやっている行為には、何の意味もないということを。
“死者は蘇らない”――それは現実世界でも、このアルフヘイムにおいても、決して覆すことはできない絶対の掟だ。
もうメルトが復活する可能性がないのであれば、こんなことに時間を浪費するよりも、今はライフエイクを止める方が優先だ。
奴の野望を成就させてしまえば、それこそもっと比にならない犠牲が出るのは目に見えている。
真一は心臓マッサージの手を止め、仲間たちにそう進言しようと決意した。
そして、顔を上げて各々の様子を見回していると――不意に、とある“異常事態”が起きていることに気付く。

383赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/10/29(月) 06:58:46
「ゾウショク…………お前、何で消えてないんだ?」

それは、メルトのパートナーモンスターであるレトロスケルトン――ゾウショクの姿だった。
ゾウショクはメンバーの輪の外で、カクカクと骨を揺らしながら、不安そうに主人の様子を窺っていた。
メルトが死亡しているのであれば、彼女のパートナーがこうして召喚されたまま動いていることなど有り得ない筈だ。
そこで、はっと何かを閃いた真一は、メルトの手に握られたままのスマホに目を落とす。
真一は慌ててそれを取り上げると、未だ明滅している画面に指を走らせ、スマホを操作する。
表示されているのは、メルトのデッキカード一覧。そして、使用済みの状態になっている〈死線拡大(デッドハザード)〉のスペルカード――

「こいつ、まさか……ッ!?」

それを見た瞬間、真一は自分の脳内を電流が駆け抜けていくのを感じた。
確信じみた予感が脳裏に浮かび、真一は自分のスマホを取り出すと、今度はバックカメラをメルトに向ける。
その画面上には、以下のような表示が映し出されていた。

『モンスター名:佐藤メルト』
『種族:ゾンビ』

「――――ハッ、そういうことかよ。尊敬するぜ、しめ子」

まさしく起死回生というべきメルトの策を理解した真一は、口元に不敵な笑みを浮かべた。
そして、未だ震えるなゆたの肩をポンと叩くと、真一は仲間たちにこう告げるのであった。

「……みんな、落ち着いて自分のスマホを見てくれ。
 画面に表示されている通り、今のしめ子は紛れもなくゾンビというモンスターになっている。
 俺の予想が正しければ……こいつは絶命する直前、自分自身に〈死線拡大(デッドハザード)〉を使って、アンデッドの状態異常を付与したんだ。
 そして、ゾンビはHPを完全に失ったあとであっても、一定時間は消えずに死体が残るから、プレイヤーが捕獲・回収することが可能となる。
 つまり、こいつをモンスターとして捕まえ、その後にHPの回復を行えば――しめ子はもう一度目を覚ます可能性があるってわけだ」

真一は自分の推察を語り聞かせたあと、今度は自分たちの背後に迫るニヴルヘイムの尖兵――バフォメットの姿を、視界の隅に捉えた。
そして、真一は明神にメルトのスマホを手渡すと、長剣の柄に指を掛けながらこう言い残す。

「しめ子の捕獲はアンタに任せたぜ、明神! 俺はなゆと一緒に、あのヤギ頭をブチのめして時間を稼ぐ」

メルトを救う算段は立った。
ならばあとは邪魔者を排除し、彼女を復活させるための時間を稼ぐだけだ。
藁のベッドから飛び降りた真一は、鞘走りの音を鳴らしながら長剣を抜き放ち、その切先を対峙する敵へと向ける。

>「しめちゃんは死なせない……、絶対に助けてみせる!
 そのための邪魔者は、全部! ……わたしたちが排除する……!
 真ちゃん、やろう! こんな奴……ふたりでやれば瞬殺でしょ!」

「……落ち着け、なゆ!
 お前が考えてそうなことは分かってるが、しめ子のことならアイツらに任せとけばきっと大丈夫だ。
 俺たちは、今の俺たちにしかできないことをやる。お前の言う通り、あんな雑魚なんざ俺とお前なら楽勝だ」

真一は焦る様子のなゆたにそう忠告すると、左手に握ったスマホを見やる。
レアルとの戦いで消耗したグラドは未だ回復しきっておらず、手持ちのスペルカードも残り少ない。
ポヨリンなら単機でもバフォメットと戦えるだろうが、そのためにはなゆたに普段通りの思考を取り戻して貰う必要があった。
この戦いでは、なゆたのサポートに回ろうと考えたいたものの、そこでふと何かに思い至った真一は、スマホを操作してインベントリを開く。

384赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/10/29(月) 07:00:11
――真一が確認したかったのは“ローウェルの指輪”の状態だ。
先のタイラント戦で使って以来、使用不可のままになっていた指輪ではあったが、あれからしばらくの時間が経過した今ならばどうだろうか。
半ば祈るような気持ちでインベントリをスクロールさせていくと、そこに表示されていた画面には、再び使用可の状態になった指輪が映し出されていた。
真一は迷いなくそれをタップし、取り出した指輪を左手に嵌める。
すると、ガンダラで使用した時と同じように、指輪の中央に付いた赤い宝石が光を放ち、真一のスマホに魔力を注入していく。

「成る程……こいつはつまり、魔法効果のブーストという追い充電機能が付いた、魔力充電器みたいなもんってことか」

ローウェルの指輪の効果――それは、端的に説明するならば“莫大な魔力の貯蔵と放出”であった。
一定期間、宝石に魔力を貯蔵し続けつつ、魔力のない者には貯め込んだ魔力を分け与え、既にある者にはその力を増幅させる。
指輪の恩恵を受けた真一のカードたちは、次々と失った魔力を取り戻してリキャスト可能の状態に戻っていく。
カードの復活に魔力を使ってしまった以上、前回のようなブースト効果までは得られないだろうが、先程までの状態から考えればこれだけでも充分だ。
真一は〈高回復(ハイヒーリング)〉のスペルでグラドを回復させると、今度は〈召喚(サモン)〉のコマンドをタップする。

「さっきまであんだけ無理させちまったってのに、悪いな相棒。……行けるか?」

召喚されたグラドに真一がそう問いかけると、グラドは低い唸り声を一つ返す。
体力も魔力も充分に回復したグラドは、戦意に満ちているように感じられた。

「――よし、行くぜなゆ! あんな野郎、小細工を使うまでもねーさ。真っ向からブチかませ、グラドッ!!」

そして、真一の合図に従い、真っ先に飛び出したのはポヨリンだった。
二体に分裂したポヨリンは、敵の反応の遥かに凌駕したスピードで特攻し、バフォメットの腹部に突き刺さる。
〈分裂(ディヴィジョン・セル)〉と〈しっぷうじんらい〉。ポヨリンを分裂させ、威力の倍加した先制攻撃を叩き込むという、なゆたが好む基本戦法の一つだ。
思わず蹌踉めくバフォメットに対し、今度はポヨリンの後方からグラドのドラゴンブレスが放射される。
体勢を崩されて為す術がないバフォメットは、まともにそれを受け、更にHPバーを大きく後退させる。

しかしながら、バフォメットはこれでも初心者の壁などと言われている中ボスクラスのモンスターだ。
その威厳を示すかのように、バフォメットはドラゴンブレスが直撃しながらも倒れることなく、大きく息を吸い込んで〈火の玉(ファイアボール)〉の狙いを定める。
だが、そんな予備動作を行っている最中――――連撃の三段目。〈火炎推進(アフターバーナー〉で飛び込んだ真一の姿が、既にバフォメットの眼前にあった。

「ヴァンパイア・ロードと比べりゃ止まって見えるぜ。……遅すぎなんだよ、ヤギ頭!」

高速で迫る真一は、すれ違い様に長剣を二度振るい、バフォメットの両眼をそれぞれ正確に刺突する。
先刻のコロシアムにおいて、あのレアル=オリジンと斬り結んだことを考えれば、こんな芸当などは造作もないことであった。

「――――トドメだ、グラドッ!!」

そして、両眼を潰されて呻き声を上げるバフォメットを、左右からグラドとポヨリンが狙っていた。
グラドの〈ドラゴンクロー〉。更に、ポヨリンによる〈てっけんせいさい〉。
両者の呼吸が見事に合致したダブルパンチが炸裂し、瞬く間にHPを削り取られたバフォメットは、その体を霧散させて消えていった。

「ハッ、俺たちに挑むのは100万年早まったな。
 ……っと、だけどこんなところでいつまでも油を売ってる場合じゃねえ。
 急ぐぞ、なゆ! 俺たちはこのままライフエイクを止めに行く!!」



【グラド&ポヨリンのコンビネーションでバフォメットを瞬殺。
 真一となゆたはライフエイクを止めるためにカジノ内へ急行】

385明神 ◆9EasXbvg42:2018/11/06(火) 16:01:18
>「イシュタルっっ!!!!」

カジノの外、走り寄ってくる石油王が俺の姿を認めると、聞いたこともないような声音で怒号が飛んだ。
より正確には、『俺の背後』に迫るバフォメットに向けて、カカシが何かを射出する。
俺のすぐ脇を掠めて飛来した物体は、その質量でバフォメットを大きく仰け反らせ、カジノの中へと押し戻した。
殺傷範囲から辛くも逃れた俺は、そのままトーナメント組と合流を果たす――

>「……うちは死ぬ覚悟も、仲間を死なせる覚悟も……できてへんのや……
 死なさひん!今度は死なさへんよ!しめじちゃんを藁の上に寝かせて」

「わかった。俺に出来るのはここまでだ、後は、頼む……!」

石油王の対処は迅速だった。
まずカカシを変形させて作った筵にしめじちゃんの身体を横たえ、傷が広がらないよう固定する。
袖の中のスマホに一瞥もくれることなく、使えるだけの治癒スペルを注ぎ込んでいく。

延命、回復、ダメージ肩代わりに状態異常の回復。
バインドデッキの要となる治癒系スペルをこれでもかと振る舞い、しめじちゃんの身体は何度も光に包まれた。

スペルは……機能しているのか?これで、本当に良かったのか?
思考を隅から蝕むような、管虫に似た疑念が背筋を這い回る。

石油王が人工呼吸を、真ちゃんが心臓マッサージをする傍らで、俺はしめじちゃんの手を握り続けていた。
依然として、彼女の手は氷のように冷たい。青白く浮いた血管が脈打つ気配もない。
どうか、僅かにでも熱を帯びてくれと、祈るように埃まみれの掌をさすった。

>「……か……はっ……」

なゆたちゃんが、未だ死に向かい続けるしめじちゃんの姿に息を詰める。
きっとこいつは、しめじちゃんの容態に責任を感じているんだろう。
死地に送り出してしまったと、自分を責め続けているんだろう。

だけど、理屈に沿って言えば、真っ先に責められるべきなのは俺だ。
保護者面なんかするつもりはないが、それでも、しめじちゃんは俺が守らなきゃならなかった。
頼りになる年少者にかまけて、勝手に命を預けて、代わりに傷を負わせたのは……俺だからだ。
しめじちゃんが体を張る必要なんかないくらい、俺自身が、頼りになる存在でなきゃいけなかった。

大人と子供に年の差以外の違いがあるんだとしたら、それは自分の命に責任を取れるかどうかだ。
俺はまだ大人になれちゃいない。ならなきゃいけなかったのに、なれなかった。
今、俺の前に横たわるしめじちゃんの姿は、そのツケだ。

>「もう少しカジノから離れたら地脈同化(レイライアクセス)を使うわ
  でも、その前に……そこかぁあ!!」

石油王が吠え、瓦礫の向こうに垣間見えたライフエイクへカカシの中身を投げつける。
どんなときも飄々として捉えどころのないこいつが、ここまで感情をあらわにするのを初めて見た。
責任を感じてるのも、怒りや悲しみを抱えているのも、俺やなゆたちゃんだけじゃない。
石油王や、真ちゃんだって、しめじちゃんに死んでほしくないのは一緒だ。

「しめじちゃん……」

だが、俺にはわかってしまった。
これだけ治癒のスペルを注ぎ込んでも、しめじちゃんの肌に温もりの灯る気配はない。
心停止した人間の生存率は、停止後3分で50%にまで下がり、5分経てばまず間違いなく助からない。

しめじちゃんがライフエイクに心臓を貫かれてから、今この瞬間に至るまで。
生と死を峻別する分水嶺、5分のデッドラインは、とっくに経過していた。

もう、助かる見込みは残されていないと、理解してしまった。
冷たいままのしめじちゃんの手を、最後に握りしめて、俺は地面にそっと置く。
空いた手で拳を握って、自分の額にぶつけた。

386明神 ◆9EasXbvg42:2018/11/06(火) 16:02:27
「……しめじちゃんは、俺をかばってこうなった」

誰が悪いかとか、恨むなら俺を恨めとか、そんな益体もない自己満足を垂れようとは思わない。
ただ、抑え込んでいたひたすらなやりきれなさが、無力感が、ついに限界を越えた。
まともに息も吸えてなかったから、酸欠気味になってたのもあると思う。
何も考えられなくなって、俺は天を仰いだ。馬鹿みたいに明るい空が、今だけは無性に遠く感じた。

「くそっ……畜生っ……畜生……!!」

眼の前の空が滲む。渇き、張り付いた喉の奥から、蚊の鳴くような呻き声が零れた。
人が死ぬ瞬間を、眼の前で見るのはこれが初めてだ。
誰か教えてくれ。俺はどうすりゃいい。どうやって、この絶望と折り合いをつけりゃ良いんだ。

>「――――ハッ、そういうことかよ。尊敬するぜ、しめ子」

隣でしめじちゃんの胸を押していた真ちゃんが、不意にマッサージを止めてそう呟いた。
自分のスマホとしめじちゃんのスマホを見比べて、にやりと口端を上げる。
俺には理解できなかった。しめじちゃんの死を目の当たりにして、ヘラヘラ笑えるこいつの神経が。
頭の芯がカっと熱くなって、思わず掴みかかりそうになる俺を、真ちゃんは片手で制して言った。

>「……みんな、落ち着いて自分のスマホを見てくれ。

「ああ!?こんなときに何を言ってやがる――」

俺は怒鳴り声を上げて威嚇したが、真ちゃんは動じることなくスマホを示した。
その動作の迷いのなさに、つられて俺も自分のスマホに目を落とす。
起動しっぱなしのブレモンアプリの画面には、モンスターとのエンカウント通知が表示されていた。
ARカメラによるターゲットは、カカシの筵に横たわるしめじちゃんの死体を確かに捉えている。

>『モンスター名:佐藤メルト』
>『種族:ゾンビ』

佐藤……メルト。こいつはもしかして、しめじちゃんの本名なのか?
そして人間であればヒュームと記載されるはずの種族欄には……『ゾンビ』。
HPバーは完全に0になっているが、ゾンビの種族特性によって死亡状態ではなくリビングデッド、仮死の状態になっている。
待て。ちょっと待て。まだ頭が全然回ってない。眼の前の情報を処理し切れてない。

しめじちゃんは間違いなくアルフヘイムに引きずり込まれたプレイヤーの一人で、つまりは人間だったはずだ。
同じメシを何度も一緒に食っているし、カジノで引き寄せたときの彼女の体温だって、ゾンビのものじゃなかった。
だが、現実問題として、目の前に居るしめじちゃんはゾンビ……モンスターとしてシステムに処理されている。

まさか……まさか。
俺は真ちゃんからしめじちゃんのスマホをひったくり、スペルのリキャスト状態を確認して、全てに合点がいった。

まじかよ。

……まじかよ!!

腹の底から何かがせり上がってくるのを感じる。それは、呼気。断続的に吐き出される、笑い。
もう笑うしかねえよ、こんなもん。

「く、くくく……くははは……ははははははははは!!!!」

ライフエイクに刺されたとき、俺はしめじちゃんが『生存戦略』……治癒のスペルを行使したものだと思ってた。
事実、何がしかのスペルが発動したのは確かだが、俺はスペルの内容までは把握しちゃいない。
ライフエイクの言葉から、すっかり生存戦略が使われたものだと勘違いしていた。

387明神 ◆9EasXbvg42:2018/11/06(火) 16:04:01
デッキに1枚こっきりの生存戦略は、まだ発動していない。
代わりにリキャストマークがついているのは――

「俺はこれまで生きてきて!今日この時ほど度肝を抜かれた瞬間はねぇ!
 ああ、アルフヘイムに放り出されたあの時よりも、ずっとだ!
 やりやがったなしめじちゃん!やってくれやがったな!!」

――『死線拡大(デッドハザード)』。
その効果は、対象にアンデッドの状態異常を付与……ゾンビ化させること。

ライフエイクは、あの嘘つき野郎は、たったひとつ真実を口にしていた。
しめじちゃんは、確かに死んだ。殺されたのだ。

「自分をゾンビに……モンスターに変えたのか!!」

そして、モンスターである以上、『捕獲(キャプチャー)』や『帰還(アンサモン)』が効く。
ゾンビ系のモンスターは仕様上、HPが0になっても捕獲や回収を行えば死亡判定にはならない。
ゲームシステムの庇護を受けることで、完全なロストを防ぐことが可能なのだ。

思いついたって普通はやらねえ。まともな神経をしてれば発想すら出てこねえだろう。
瀕死の重症を負って、手元には治癒のスペルがあれば、大抵の奴は迷わず傷を癒やすことを選ぶ。
ゾンビ化、つまりは自分の死を受け入れる選択なんか、頭のどこかがブッ飛んでなけりゃ無理だ。

他に回復手段がなかったら、知性を失った化物に成り下がるだけの、あまりに危うい綱渡り。
その分の悪すぎる賭けに、レアル=オリジンも真っ青のギャンブルに、しめじちゃんは全額ベットした。
生命を、実存を、人としての尊厳をチップに変えて……見事に高配当を掴み取った。
あのライフエイクを出し抜いて、百戦錬磨のギャンブラーを騙し果せたのだ!

>「うああ……ああああああああああああああああああ―――――――――――――っ!!!!」

うずくまっていたなゆたちゃんが、咆哮もかくやの叫びを上げて立ち上がる。
その双眸に、これまでのような絶望はない。ふつふつと滾る戦意が、熱の錯覚を伴って俺の頬を叩いた。

>「みのりさん、明神さん、一分ください。……たった一分でいい。一分で――潰しますから」
>「しめ子の捕獲はアンタに任せたぜ、明神! 俺はなゆと一緒に、あのヤギ頭をブチのめして時間を稼ぐ」

「ああ!前に出るのは任せた。俺は……今度こそ、しめじちゃんを助ける」

真ちゃんとレッドラ、それにポヨリンさんなら、バフォメット相手でも互角以上に立ち回れる。
無敵バフの有無は依然不明だが、仕様上はエカテリーナと遭遇した時点で無敵は解けてるはずだ。
ブレモン開発の雑なプログラミングと、ソースコードぶっこ抜いて解析した廃人共の知識を、今は信じるほかない。

なら、俺が勘案すべきことはもう何もない。あいつらの戦闘能力は、誰よりも俺が知ってる。
月明かり以外になにもない荒野で、ベルゼブブと対峙したあの時から……ずっと。

「石油王、回復スペルと『浄化』はまだ余ってるな?これから俺は『捕獲』で一旦しめじちゃんをスマホに確保する。
 刺された傷はあらかた治したが、HPはまだ0のままだ。捕獲が成功すれば仕様上最低限のHPが保証される。
 すぐに再召喚するから、浄化でアンデッドを解除して、すかさず回復を叩き込んでくれ」

死んだ人間は、生き返らない。この世界はゲームじゃないからだ。
それなら、ゲームにすれば良い。ゲームのルールで、現実を上書きしちまえば良い。
俺たちは、この世界に降り立ったその日からずっと、そうやって戦ってきたはずだ。

腹の中を締め付けていた疑念が雲散霧消して、俺はもう迷わなかった。

ゲーマーは神に祈らない。俺たちの神は、乱数と確率の中にこそ宿る。

この世の何よりも冷徹で、だからこそ確かな『システム』という名の法則が、俺の背中を押した。

388明神 ◆9EasXbvg42:2018/11/06(火) 16:04:55
「行くぞ――『捕獲(キャプチャー)』!」

しめじちゃんのスマホを手繰って、彼女の身体にターゲットを合わせ、捕獲コマンドを実行する。
対象を隷属させる魔性の光がしめじちゃんを巻取り、包み込んでいった。

捕獲の成功率は、対象のHP残量や状態異常によって変動する。
HP0かつアンデッド化しているしめじちゃんの捕獲成功率は、理論上最高値だ。
一切の抵抗なく、しめじちゃんの身体はスマホの中に吸い込まれていった。

召喚画面を見る。
そこには、『佐藤メルト』の名前と共に――召喚可能を示すアイコンが表示されていた。
HPバーは真っ赤だが、ちゃんと残っている。

「生きてる……生きてる……!!」

身体中を硬直させていた緊張がフっと抜けて、俺は思わずスマホを持つ腕に自分の頭を埋めた。
堪え続けていた大粒の雫がふたつ、みっつ、石畳に落ちて弾けた。

「サモン――『佐藤メルト』」

召喚アイコンをタップして、しめじちゃんを再びスマホの外へと出現させる。
しめじちゃんを救うには、この工程が必要だった。
アンデッドは回復スペルの効果を逆転させる。そのままじゃどれだけ回復をかけてもHPは戻らない。
かと言って、HPが0のままアンデッドを解除すれば、当然の結果としてそのまま再度の死を迎えるだけだ。

アンデッド状態のまま肉体を修復して、捕獲でHPをちょっとだけ戻し、アンデッドを解除して回復。
ゲームの仕様を思いっきり悪用した、裏技スレスレのやり方。だが、これが俺たちのやり方だ。
現実世界とゲームの境界線に立つ、『異邦の魔物使い(ブレイブ)』だけが、このやり方を実行できる。
見てるかライフエイク。なんでも知ってるようなツラしてるてめえにだって、こいつは予想できねえだろ。

「あとは頼んだ、石油王」

石油王の浄化と回復スペルが輝き、今度こそしめじちゃんの肌が赤みを取り戻していく。
もう一度握った手に、少しずつ体温が戻っていくのが、はっきりとわかった。

「……『瀧本』って言うんだ」

しめじちゃんが意識を取り戻しているのか、俺からは判別できない。
だけどこの機会を逃したら一生言えないような気がしたから、死の淵から生還した友人に、俺は告げた。

「俺の、名前」

システムを通じてしめじちゃんの本名を、俺は知ってしまった。
あれだけ頑なに隠そうとしていたのだから、きっと彼女は誰にも知られたくなかったんだろう。
それなら、俺も明かそう。何の意味があるってわけでもないけど、これからも彼女と友達で居続けたいから。
一方的にリアル割れしてるってのは色々フェアじゃねえしな。

「さぁて!バフォメットの始末が終わったようだし、俺もそろそろ混ざってくるわ。
 ライフエイク、あの腐れ売国奴の顔面に、一発くれてやらなきゃ気が済まねえ。
 石油王、しめじちゃん。落ち着いたらお前らも来いよ。エカテリーナに恩着せに行こうぜ」

流石というかなんというか、俺たちPTの誇る二大火力厨を相手に、バフォメットは秒も保たなかったらしい。
その末路を、俺は見届けなかった。見なくたって、あいつらなら負けないと、信じていた。
塵と化していくバフォメットの残骸を踏み越えて、瓦礫の向こうのカジノへと、脚を踏み入れる。

カジノ内では、依然として激戦が繰り広げられていた。
大立ち回りを演じるライフエイクは、エカテリーナと真ちゃん、なゆたちゃんを相手に一歩も引く様子がない。
十三階梯の継承者に、レイド級をぶん殴れる二人を加えたハイエンドパーティと、互角以上に立ち回ってやがる。
なんぼなんでも強すぎだろこいつ。ニブルヘイムから悪魔呼び出す必要ある?

389明神 ◆9EasXbvg42:2018/11/06(火) 16:06:29
ライフエイクは戦闘中にも関わらず闖入した俺の姿を認め、次いでその向こうのしめじちゃんを見る。
常に揶揄するような表情を浮かべていた奴の眉が、わずかに開いた。

「……これは驚いた。私もそこそこ長生きしているつもりだが、初めて遭遇する事例だ。
 私の剣は確かに彼女の心臓を貫き、生理反応からも完全に死亡したのをこの目で確認した。
 本当に、死者の蘇生を成し遂げたとでも言うのかね?」

「こいつを言うのは二度目だぜライフエイク。ここはカジノで、俺たちはチップを投げた。
 分の悪い賭けに勝つのがそんなに珍しいか?胴元さんよ」

答えになってない返答に、ライフエイクが再びピクリと眉を動かす。
わはは!イラつかせてやったぜ。さまーみろ。
レスバトルのコツはいかに相手から冷静さを失わせるかだ。
煽りカスとして名を轟かすうんちぶりぶり大明神の面目躍如よ。

「……なるほど。この世界にはまだまだ私の未知なる現象があるのかもしれない。
 真実を探求するというのは、歳を重ねても心躍るものだ。生き甲斐が一つ増えたと礼を言っておこう」

「余裕ぶっかましてんじゃねえぞヤー公が。てめーにゃ百年生きたってわからねえよ。
 その『門』の向こうに居る、てめーのお友達だって、死を覆すことはできやしねえ」

少なくとも、ブレモン本編の時空では、ニブルヘイムでも死者の完全な蘇生は成し遂げられていない。
ローウェルの弟子が向こうに渡って方法を探したが、ついぞ見つけられずに絶望して魔王と化したからだ。
生前の姿を残して蘇ったのはローウェルただ一人。それも、正気を失った完全とは言えない状態でだ。

「知りてぇだろ?死人の蘇らせ方。こいつは金になるぜ。頭下げて頼んでみろよ、教えて下さいってよ」

「魅力的な提案だが、それには及ばない。自由意志に頼らずとも、情報を聞き出す術はある。
 饒舌な君の首から上だけを我が書斎に招待して、ワインでも開けつつ話を聞くことにしよう」

「あれあれ?もしかして俺のこと殺すって言ってる?なに?おこなの?むかついちゃったの??
 メッキ剥がれてんぞチンピラぁ。ポーカーフェイスはどーした」

クソほどしょうもない低レベルな煽り合いは、戦闘と平行して繰り広げられている。
俺がここまで強気に能書き垂れられるのも、他の連中とライフエイクの攻防が拮抗してるからだ。

人類最高峰の決戦の渦中で、俺ができることはあまりに少ない。
戦闘用のスペルもほとんど切っちまってるしな。
だから煽る。ヤジを飛ばす。ライフエイクの集中力を、わずかにでも削ぎ落とす。

「馬鹿な……あり得ぬ、死者の蘇生など……。虚構ではない、のか……?」

竜と化したエカテリーナが信じがたいといった口調で呟いた。
おめーも反応すんのかよ!集中しろ集中!あとでこっそり教えてやっから。
教えたところでプレイヤーにしかできねぇやり方なんだけどな。

「さあ!カードはもう配られた!次のゲームも全額ベットするぜ。俺はもう勝負を降りねえ。
 レイズかコールか、てめぇが決めろ。今度こそ、五分の賭けをしようじゃねえか」

しめじちゃんのおかげで、俺の藁人形は温存されたままだ。
ライフエイクの攻撃がこっちに向いたとしても、一発までなら耐えられる。
それ以降は……メイン盾のご登場を願うほかあるまい。


【しめじちゃんを捕獲し、ゾンビ化の解除と治療を実行。本名を漏らす。
 ライフエイクのヘイトを分散させるためにレスバトラー明神の本領発揮】

390五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2018/11/10(土) 21:40:55
注ぎ込まれる回復スペル
適切に施される人工呼吸

しめじの命を繋ぎ止める為のできうる限りの手段を施しているみのりではあるが、実のところ考えての行動ではなかった
真一が、なゆたが、明神が、驚いた通り普段のみのりの状態ではなくなっていたのだ

ゆえに、なゆたの慟哭も、真一の驚きと笑い、明神の焦燥と喜び
それらは耳に入り目に映ってはいても脳裏に映し出されてはなかった
それでもかろうじて体は動いたのは、祖父を見殺しにしたトラウマから来る「死なせない」という強迫観念からであった

みのりがどういった状況においても、飄々とし楽しんでいるかのように思われる態度でいられるのは二つの理由がある

一つはその場を切り抜けられる戦闘力を持っている事
そしてもう一つは、常に収集し分析し把握し想定し思考し続ける事にある

だからこそ常になぜ戦うのか、どういった状況かというのを常に思考し続けていた
故にあらゆる事態に備え、対応できるだけの余裕を持っていたのだ

だがしかし、しめじの死という強い衝撃を受け、思考は停止してしまった
常に走り続けていた思考がいったん止まると、簡単には動くことはできない

真一の笑いの意味もそこから語られるしめじの狙いも理解できない、いや、脳が受け入れていないのだ
> すぐに再召喚するから、浄化でアンデッドを解除して、すかさず回復を叩き込んでくれ」
事態の推移に全くついていけないまま、明神の言葉でかろうじて記憶に残ったのは、浄化し回復する、という事のみ

「え?あ……う、うん〜」

どうしてそれをするか全く理解できていない生返事だが、その返事を聞くとともにしめじの躯は明神のスマホに吸い込まれていった
その光景にうろたえるが、再度出現したしめじの体に思い出したかのように「浄化(ピュリフィケーション)」を発動
ゾンビ化解除と同時に【高回復(ハイヒーリング)】が注がれる

状態異常解除と高回復により、躯であったシメジの体は生気を取り戻していく
明神がしめじに何か囁いた後になり、ようやくみのりは事態を把握した
しめじが助かったのだ、と

「よかったわ〜〜〜しめじちゃん
どうやってかはうちには判らへんけど、なんでもええわ!
生きててくれてありがとうな〜」

しめじの小さな体を抱きしめ涙した
戻ってきた体温を確かめるかのように強く、自分の胸に押し込むかのように体と頭を抱きしめて

「……ふ〜〜〜……安心しすぎて恥ずかしいとこ見せてもうたなぁ
みんな切り替えてちゃんとこの場でやるべき事やってはるのに、うちもシャンとせなやねえ」

ひとしきり抱きしめたあと、ようやく落ち着きを取り戻すと、しめじを抱擁から解放しあたりを見回した


カジノでは真一となゆたがバフォメットを瞬殺
カジノに入り、主戦場足る二階へと姿を現した
主戦場では"虚構"のエカテリーナとライフエイクが激しい戦いを繰り広げている
そこへ瓦礫を乗り越え、明神が辿り着いたところだ

振り返れば巨大な藁の塊だったイシュタルが元の案山子の姿に戻っている
品種改良(エボリューションブリード)と荊の城(スリーピングビューティー)の効果が切れたのだ
右手の袖をまくり、スマホを取り出しスペルカードの残りを確認

391五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2018/11/10(土) 21:44:25
・スペルカード
〇「肥沃なる氾濫(ポロロッカ)」
○「灰燼豊土(ヤキハタ)」
●●「浄化(ピュリフィケーション)」
●○「中回復(ミドルヒーリング)」
●「地脈同化(レイライアクセス)」
●「我伝引吸(オールイン)」
〇〇「愛染赤糸(イクタマヨリヒメ)」
●品種改良(エボリューションブリード)
●土壌改良(ファームリノベネーション)

・ユニットカード
〇「雨乞いの儀式(ライテイライライ)」
〇「太陽の恵み(テルテルツルシ)」
●「荊の城(スリーピングビューティー)」
○「防風林(グレートプレーンズ)」
●○「囮の藁人形(スケープゴートルーレット)」
○「収穫祭の鎌(サクリファイスハーベスト)
●「来春の種籾(リボーンシード)」

ここにきてようやくみのりの思考が再び走り出す
なぜ戦うのか、どういった状況なのか、何が想定されるのか、自分のできる事は?
これまでの情報と今の状況がまとめられ思いを巡らせると、みのりは小さく首を傾げた

「しめじちゃん、ゆっくり休ませてあげたいところやけど、どうにもきな臭いよってなぁ
うちもちょっと行ってくるわ〜
危なくなったらそこのお姉さんにしがみつけば多分大丈夫やえ〜」

レイドボスの一角にしてその回避能力には定評のあるポラーレを紹介
ポラーレが傷を負うことはまずないであろうし、それにしがみついていれば安全というわけで
何より、アルフヘイム勢力として異邦の魔物使いを自陣営に引き入れようとしている以上、しめじを助けないわけにはいかまい

しめじとポラーレが何か言う前にみのりは直立した姿勢のまま柔和な笑みを湛え手を振りながら高速でカジノへと移動してしまった
そう、イシュタルを絨毯上に変化させ移動床としているのだ
残されたのはしめじの頭に降ってきた一体の藁人形であった

392五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2018/11/10(土) 21:46:58
カジノ内部では明神の乱入によりしばしの睨みあい状態が成立していた
しかしそれは表面張力の限界に挑むコップの水のように、ほんの僅かなきっかけで戦いは再開されるであろう

ライフエイクが一歩踏み出そうと重心を移動させた瞬間、その足元から
巨大な木が突き出て天井を貫く
木は一本だけでなく、ライフエイクを中心に十数本を数え林立し戦場を二分した

防風林(グレートプレーンズ)の効果である

「はいはい〜そこまで〜
ライフエイクはん、あんたさんなんでまだこんなところで戦ってはるのン?」

激しい戦いに水を差しながら涼し気に木々の中にみのりが現れ話しかける

「聞いた話によると、うちら異邦の魔物使いはアルフヘイム、ニブヘイム両陣営から随分と買われてるそうやないの
うちらの知らんところで争奪戦繰り広げられてそうな勢いなくらいになぁ」

転移先が不便な辺境であったこと
大々的に迎え入れる事の出来ない王
姿を現さず導くだけの大賢者ロズウェル
代わりに助力するように配置された十三階梯の継承者達

これまで点であったそれぞれの動きは線となり繋がるのを感じながら、その一人である"虚構"のエカテリーナを横目で一瞥し続ける

「勧誘の一つもなく、闘技場で生贄として戦わせたというんは……両陣営関係ない目的があるんやないかねえ
万斛の猛者の血と、幽き乙女のが水の都を濡らす時、昏き底に眠りし“海の怒り”は解き放たれる――
やったっけぇ?
あんたさんがまだここで戦ってるんは、万斛の猛者の血とやらが足りひんからやないんかなぁって思うんよ
つまりは……この場の戦いの勝ち負けやのうて、戦うこと自体が目的っぽいんで止めさせてもらったんやけど
せっかくやしうちの推理の答え合わせでもしてほしいわ〜」

長々と推理を披露している間に、真一・明神・なゆたのもとに藁人形が辿り着いていた
藁人形から流れるのは「カジノから離れて」の一言
その言葉の意味はすぐに分かるだろう

ライフエイクが応えようと息を吸った瞬間、林立していた防風林(グレートプレーンズ)が消失
数十の巨木に貫かれ、それでもその木によって支えられていたカジノは一気に崩れ瓦礫の山と化したのだ

「さて、この不幸な事故で潰れて死んでくれれば手間なしやけど、そういう訳にはいかへんやろうしねえ
もしこの戦いも儀式の一部やったら戦っても思うつぼ、戦わなければやられたい放題
どないしたらええか、今のうちに考えよか〜」

瓦礫の山の前に立ち、おそらくはそれぞれが逃げているであろうメンバーに藁人形を通じて語り掛けるのであった


【しめじ復活に安堵し思考再起動】
【状況確認し戦線復帰・ライフエイクの狙いを推理しながら全員に藁人形配布】
【カジノを崩壊させ戦いに水を差し、時間稼ぎ】

393佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/11/19(月) 23:48:53
巨大な怪物の咢が目の前に迫る。
この怪物に食われれば、自身という個は完全に終わると、何とはなしにメルトは理解していた。
絶命の危機……だが、メルトは抵抗しようとはしない。
打てる手は全て打っており、そうであるが故にこの期に及んで抗う手段などは持ち合わせていなかったからだ。

(ここで終わり……結局、私の人生なんてそんな程度の物なのです)

そして、その打った手も不確実極まりないものであり、故にメルトは自身が助からないだろうと決めつける。
いや、決めつけざるを得ない。
実の親からすらも侮蔑と無関心のみを受けて育った少女は、自身の人生はなんの希望も無い昏く湿った灰色で、実も花も葉も無さないキノコのような物だと考えているからだ。
……そう自分に言い聞かせて、心を冷たく固い金属の様にして守らなければ、絶望に潰れてしまうからだ。
心に僅かに花咲いた信頼の芽から目を背け、諦めと共に死を享受しようとし。

(……え?)

そこで、己の手を誰かが握っている事に気付いた。
スーツを着込んではいるが、すらりと長く凹凸が無い人外の腕。
怪物の咢へと沈むメルトを引き上げ始めたそれは

(な……なんで此処でアスキーアートです!?)

某巨大掲示板で用いられる、AA(アスキーアート)。
その中でも一昔前に流行し、『荒らし』『煽り』行為においても多用されていたAAであった。
AAは怪物がメルトに繋いていた拘束を素手で千切ると、メルトを小脇に抱え上へ上へと泳ぎだす。
華麗な泳法であるが、そうであるが故にその姿は奇怪であり

(……キモいです!八頭身のAAはキモすぎます!)

率直に言ってキモかった。
メルトは咄嗟に逃れようとするが……そこでふとある事に気付く。

(あ……でもこのAA、明神さんと同じスーツを着ています……)

それだけ。たったそれだけの事で――――メルトは安堵してしまった。
自分も、他人も。何もかもを信じず、騙し裏切り利用する事で生きてきた少女の冷たい鉄の心は、仲間の一人と服装を同じくしているという理由だけで、現れた奇怪な存在を受け入れてしまった。
そんな少女に一瞬だけ視線を下ろしたAAは、口を∀の形に変えると、猛然と泳ぎだす。上へ、更に上へ。
昏い海底では無い、明るい水面へと。

海から抜け出る直前、最後にメルトが見たのは……未だ海底で泣き続ける人魚姫の姿であった。

394佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/11/19(月) 23:49:13
「――――」

一瞬の激痛と、その直後に訪れた、まどろみの様な心地よい暖かさ。
徐々に覚醒していく意識の中、メルトはそこでようやく自身が置かれていた状況を思い出す。
一刻も早く起き上りたいところではあるが、未だ強い眠気は残っており瞼は重い。
いっそ、このまま眠ってしまおうかという考えすら脳裏を過り……その時であった。

>「……『瀧本』って言うんだ」
>「俺の、名前」

声が聞こえて来た。
聞き覚えのある声だ。
もう聞けないと思っていた声だ。
彼の声が聞こえているという事は、つまり自身は助かったのだと……彼「等」に助けて貰えたのだと、少女は気付く。

(……)

未だ眠気は強いけれど。
目を開けたら全てが夢であるのかもしれないと、そう思うと怖いけれど。
それでも、その言葉に自分は答えなくてはならないと、少女は思う。
それが何故なのかは、少女に判らない。だが、そうするべきだと少女の心が告げている。

ゆっくりと力を入れて瞼を開き。
頬を動かし、慣れない笑顔を造り。

「…………初めまして滝本さん。私は、佐藤メルトです」

そうして、言葉を紡ぐ。

>「よかったわ〜〜〜しめじちゃん
>どうやってかはうちには判らへんけど、なんでもええわ!
>生きててくれてありがとうな〜」

次いで、みのりから言葉を掛けられた時に頬を伝った一筋の涙。
その意味は、今は少女本人でさえ理解していない。
理解していないが、抱きしめられた事を切欠に、涙は次から次へと溢れて行き――――


・・・・・

395佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/11/19(月) 23:49:37
「あ……あの、すみません。重くありませんか?」
「フフ、心配する必要はないよ。君は羽の様に軽いし、子猫ちゃんのエスコートは得意なんだ」

鎧袖一触。
滝本――明神とメルトがさんざ苦しめられたバフォメットを、真一となゆたのコンビが薙ぎ払った後の道を、メルトはポラーレに運ばれ進んでいた。
回復のスペルを受けた事で肉体的には問題は無いとは言え、心臓を貫かれ、ゾンビになるという未知の体験が齎した精神的疲労は大きい。
さしものメルトも歩く事が困難な程に参ってしまい……そんなメルトを運ぶ事となったのが、みのりに紹介されたポラーレであった。
『煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)』。
イベントレイドのモンスターに属する此の麗人の傍に居れば安全であろうという判断であり、事実それは間違っていない。間違っていないのだが……

「あ……あの、なぜこの運び方なんでしょうか?私は、別に適当に掴んで運んでいただいても」
「そんな訳にはいかないさ。だって――――この方が、美しいだろう?」

問題は、この所謂「お姫様抱っこ」という運び方。
ミーハーな女性であれば黄色い悲鳴でも上げそうなものだが、基本的に雑に扱われる人生を過ごしてきたメルトにとって、
ヅカ系の麗人にこの様に運ばれるのはかたつむりを直射日光に当てるがごとくであり、精神的な疲労はむしろ増していくのであった。

――――閑話休題。

>「さあ!カードはもう配られた!次のゲームも全額ベットするぜ。俺はもう勝負を降りねえ。
> レイズかコールか、てめぇが決めろ。今度こそ、五分の賭けをしようじゃねえか」

メルトとポラーレがカジノの奥へ辿り着いたのは、明神に少し遅れての事であった。

「……なんですかコレ。廃プレーヤーが広域殲滅のスペルでも連射したんですか?」

明神が浴びせ始めた煽りの言葉により、戦闘行為は一時的に止まっているものの、破砕された壁や床は繰り広げられた戦いの凄まじさを物語っており、その光景を前にしたメルトは緊張でゴクリと唾を飲み込む。
一歩。何か一つ間違えれば、即座に戦闘が再開されるであろう雰囲気。小心者あればこのまま均衡を保っていたい状況であるが、

>「聞いた話によると、うちら異邦の魔物使いはアルフヘイム、ニブヘイム両陣営から随分と買われてるそうやないの
>うちらの知らんところで争奪戦繰り広げられてそうな勢いなくらいになぁ」

そんな空気などつゆ知らず。スペルで戦場を分断し、平時の調子を取り戻したみのりが、のどかな……けれど決して油断できない口調で口火を切る。

「……。驚いた、それは初耳だ。そうと聞いては私も君達を是非手に入れなくてはならないかな?
 どうだね? 今、両手を上げて降参をすれば、傷を付けずに丁寧に賓客として扱おうと思うのだが」

対するライフエイクの返答は、相も変わらず虚言に満ちている。
真っ当な答えなど行う気は無いという意思表示であるのだろうが、その虚言にはこれまでとは違い苛立ちの感情が紛れているのが感じられる。
恐らくそれは、先ほどの明神の言葉を受けての変調であろう。
化かし合いや騙し合い、命の取り合い。そんなものに対しては幾千幾万という場数を踏んできたライフエイクであるが、
掲示板文化であるただの『煽り合い』というものへの経験は乏しい……というよりも、この世界の住人である以上、そのような経験はある筈が無い。
そうであるが故に、調子を狂わされてしまったのだろう。
だが、その効果は長くは続かない。

396佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/11/19(月) 23:51:38
>「勧誘の一つもなく、闘技場で生贄として戦わせたというんは……両陣営関係ない目的があるんやないかねえ
>万斛の猛者の血と、幽き乙女のが水の都を濡らす時、昏き底に眠りし“海の怒り”は解き放たれる――
>やったっけぇ?
>あんたさんがまだここで戦ってるんは、万斛の猛者の血とやらが足りひんからやないんかなぁって思うんよ
>つまりは……この場の戦いの勝ち負けやのうて、戦うこと自体が目的っぽいんで止めさせてもらったんやけど
>せっかくやしうちの推理の答え合わせでもしてほしいわ〜」

みのりが自身の推測を聞かせた頃にはライフエイクの精神性は常の物に戻っていた。
人間としてみれば、異様な立ち直りの速さ。ライフエイクは面白げな様子で口を開こうとし―――けれど、それは遅い。
エカテリーナを始めとする猛者達の猛攻に、メルトの生存と明神の口撃による冷静さの奪取。
それらを布石として、みのりは『罠』を張っており、その罠は此処に実行されたのでる。

「……! 子猫ちゃん、しっかりと掴まっていたまえ。少々、激しいダンスを踊るからね!」
「えっ?ダンスってな―――――ひゃあっ!!?」

ポラーレの言葉にメルトが疑問符を浮かべた直後、防風林(グレートプレーンズ)の消失によりカジノが崩れ始めたのだ。
固有スキル『蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)』により倒壊する瓦礫を避け、或いは宙を堕ちる瓦礫を足場として跳び。
ポラーレは倒壊による余波の全てを見事に避け続けるが、それに運ばれるメルトは堪ったものではない。
元よりインドア半引きこもりのメルトに、アスリート並みの平衡感覚などある筈も無く、あっという間に酔ってしまった。
それでも、ポラーレの見事な体裁きにより振り落とされる事無く、メルトと、ついでにその服の中に入っていたマゴットは無事に生還を果たした。

「うぷ……みのりさん、こういう作戦は事前に言って頂けると……」

危険範囲から逃れた所でようやくポラーレの手から下ろされたメルトは、真っ青な顔で藁人形に対して恨み言を言い掛けて、
しかし途中で言葉を切り、沈黙してから再度口を開く

「……いえ、そうしていたらあの白服ヤクザに気付かれてましたね。すみません」

そう言ってから、カジノの跡地に目を向けるメルト。人工的な建造物は倒壊してしまっているが、
メルトが内部で見た魔法陣―――ニヴルヘイムへの入り口は中空に浮かんだまま未だ光を放っている。
それが意味する事は、この倒壊に巻き込まれたにも関わらず、ライフエイクは未だ健在であるという事。

>「さて、この不幸な事故で潰れて死んでくれれば手間なしやけど、そういう訳にはいかへんやろうしねえ
>もしこの戦いも儀式の一部やったら戦っても思うつぼ、戦わなければやられたい放題
>どないしたらええか、今のうちに考えよか〜」

「……あ、あの。今のうちに言っておきたい事がありまして。これは本当に妄言で、私としても信じがたいので、信じて頂かなくてもいいのですが
 あの白服ヤクザ――――ライフエイクは、この『儀式』で、人魚を呼び戻そうとしているのではないでしょうか?」

みのりが稼いだ貴重な時間。この時間を有効活用する必要がある事はメルトも理解している。
だが、どうしても――――自身が死にかけた時に見た光景が忘れられない。
あの時に見た光景を語らねばならないと、強迫観念に突き動かされるようにメルトは言葉を紡ぐ。

遠い昔の人魚の国の物語。
人を信じ、国を滅ぼした愚かな人魚姫の物語。

それは真一が聞いた歴史と気味が悪い程に一致しており、ただ一つ違いがあるとすれば……人魚姫を騙した男がライフエイクと酷似していたという事。
そして、人魚姫が呼んだ化物は、今尚海底で命を喰らい続けているという事。
それは、現実的に考えれば有得ない戯言だが……。

397崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/11/23(金) 22:18:54
「バフォメットが足止めにすらならないとは。さすがは『異邦の魔物使い(ブレイブ)』――
 聞きしに勝る強さ、とはこのことだ」

バフォメットをワンターンキルし、怨敵ライフエイクのところへ行くと、カジノのオーナーは表情を変えぬままそう言った。

「お生憎さまね。わたしたちはアンタ程度の相手に時間を掛けるほど悠長でもなければ、呑気でもないの。
 何より――アンタはわたしたちの大切な仲間を手に掛けた。しめちゃんの命を奪おうとした!
 もうゲームの時間は終わりよ。これからはカジノでもトーナメントでもない。
 ガチンコでブン殴るから、覚悟しなさい!」

「ガチンコ……か。いいや、それは違うなお嬢さん。
 私にとっては、この世の何もかもがギャンブルの対象でしかない。
 勝てばすべてを手に入れ、負ければすべてを失う。
 まあ――こういうものは往々にして、胴元が勝つと決まっているのだがね」

十三階梯の継承者のひとりと、独力でそれぞれレイドモンスターを退けたふたりの『異邦の魔物使い(ブレイブ)』。
現在これ以上を望むべくもない高火力編成を前にしても、ライフエイクはまるで動じない。
それどころか、この甚だ分の悪い賭けを愉しんでいるようにさえ見える。
その狂気さえ感じさせる様相は、まだすべての手の内を見せていない――という余裕からか。
実際、ライフエイクは恐ろしく強い。まさしく規格外の強さであろう。
そもそも、ライフエイクなどというキャラクターはゲームのブレモンには存在しないのだ。
よって対策が立てられない。今は三人が三人とも、試行錯誤しながら対ライフエイクの突破口を探すしかなかった。
そんな折。

>生きてる……生きてる……!!

後方の明神が歓声をあげる。
一旦は死亡したかに見えていたメルトの蘇生、回復に成功したのだ。

>……これは驚いた。私もそこそこ長生きしているつもりだが、初めて遭遇する事例だ。
 私の剣は確かに彼女の心臓を貫き、生理反応からも完全に死亡したのをこの目で確認した。
 本当に、死者の蘇生を成し遂げたとでも言うのかね?

今まで鉄仮面で何事にも動じなかったライフエイクでさえもが驚いている。
ゲームのブレモンでは蘇生や復活などは日常茶飯事で、何も珍しいことではなかったが、この世界では違うらしい。
尤も、ゲーム内でも死亡した大賢者ローウェルを蘇生させることは誰にもできなかった(という設定になっている)。
しかし、明神は見事にそれをやってのけた。
大賢者の直弟子たちにさえできなかった奇蹟を、理屈と屁理屈。知恵と悪知恵。理論と暴論によってもぎ取ったのだ。

「しめちゃん……! よかった……」

>よかったわ〜〜〜しめじちゃん
 どうやってかはうちには判らへんけど、なんでもええわ!
 生きててくれてありがとうな〜

感極まったみのりがメルトに抱きついているのを、ちらりと見る。
よかった、と心から思う。どんな理屈かは(ブチギレていたため)わからなかったが、とにかくメルトは助かったのだ。
メルトを危険にさらしてしまったのは、作戦を立案した自分の責任だ。
しかし、死んでさえいなければ。助かってさえいれば、償いのチャンスはある。
この戦いが終わったら、しめちゃんに謝ろう。彼女が二度と危険な目に遭わないよう、方法を考えよう。
生き残ってくれたという安堵感と嬉しさから込み上げる涙を右腕でぐいっと拭うと、なゆたは再度ライフエイクを睨みつけた。

>あれあれ?もしかして俺のこと殺すって言ってる?なに?おこなの?むかついちゃったの??
 メッキ剥がれてんぞチンピラぁ。ポーカーフェイスはどーした

後方で明神がヤジを飛ばしている。
どこかで聞いたような――否、読んだような覚えのあるヤジだが、なゆたにそれを深く考える余裕はなかった。
そうして戦いを続行しようとした矢先、ライフエイクと自分たちを隔てるように無数の樹木が猛烈なスピードで繁生する。

>はいはい〜そこまで〜
ライフエイクはん、あんたさんなんでまだこんなところで戦ってはるのン?

それまでメルトの蘇生に当たっていたみのりも参戦し、戦況が一気にこちらの有利に傾く。

398崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/11/23(金) 22:22:25
「ちょっ、わっ、どっひゃあああああっ!?」

ライフエイクがみのりの質問に答えようとしたその瞬間、樹木――『防風林(グレートプレーンズ)』が消滅した。
それにより、カジノが一気に崩壊を始める。湯水のように金を費やして建造したのであろうカジノ場は、轟音を立てて崩れ落ちた。
当然、なゆたもそれに巻き込まれる。足場が崩れ、まるで無重力空間に放り出されたように身体が浮く。
が、それは予め分かっていたことだった。みのりの藁人形が抜け目なくそれを報せてくれていたのだ。

「ポヨリン!」

『ぽよっ!』

落下しながらスマホを操り、スペルカードを選択して傍らのポヨリンを呼ぶ。
ポヨリンはシンプルな造形の顔立ちに気合の入った表情を浮かべる(眉間に皺が一本できただけ)と、大きく口を開いた。
スペルカードの効果が発動し、ポヨリンが俄かに伸びあがる。
クッション程度の大きさだった身体が、なゆたの身長ほども大きくなる。
ゴッドポヨリンのような巨大化ではない。身体が通常よりも柔らかくなり、伸長したのだ。
スペルカード『形態変化・軟化(メタモルフォシス・ソフト)』。
このカードの効果によって、ポヨリンはどんな形状にも変化することが可能となる。
伸びあがったポヨリンを前に、なゆたは大きく息を吸い込むと息を止め、鼻をつまみ、ぎゅっと目を瞑って身体を丸めた。
ばくんっ! とポヨリンがなゆたを呑み込む。なゆたはポヨリンの中にすっかり納まってしまった。
そのまま、ポヨリンはぼよんっ、ぼよんっ、と跳ねたり転がったりして安全なところまで退避する。
多少瓦礫が降ってきたところで、ポヨリンの弾力のある身体はびくともせずに跳ね返してしまう。
なゆたは全身をエアバッグに包まれているようなものだ。……ポヨリンの中は液体なので、呼吸ができないのが玉に瑕だが。
ぼよよんっ、と跳ねて仲間たちのところに合流したなゆたは、口をあんぐり開けたポヨリンの中から飛び出した。

「ぷはっ!」

>さて、この不幸な事故で潰れて死んでくれれば手間なしやけど、そういう訳にはいかへんやろうしねえ
 もしこの戦いも儀式の一部やったら戦っても思うつぼ、戦わなければやられたい放題
 どないしたらええか、今のうちに考えよか〜

瓦礫の山と化し、濛々と土煙を上げるカジノの残骸を眺めやりながら、みのりが言う。
みのりの見立て通り、この程度のことでライフエイクが死ぬとは考えづらい。戦いはまだ続くだろう。
しかし、高火力メンバー三名を相手に一歩も引けを取らないライフエイクに正攻法は効きづらい。
何か、弱点を攻める必要がある。

>……あ、あの。今のうちに言っておきたい事がありまして。これは本当に妄言で、私としても信じがたいので、信じて頂かなくてもいいのですが
 あの白服ヤクザ――――ライフエイクは、この『儀式』で、人魚を呼び戻そうとしているのではないでしょうか?

「……人魚を……呼び出そうとしている……?」

不意に、まるでそれが自らの使命だとでもいう風に語り始めたメルトの言葉に、なゆたは怪訝な表情を浮かべた。
『万斛の猛者の血と、幽き乙女のが水の都を濡らす時、昏き底に眠りし“海の怒り”は解き放たれる』
その文言自体は、なゆたも真一たちと合流するまでの間にポラーレから聞いていた。
当然何らかの破滅的な力を召喚するものか、とも思っていたが、メルトの見解はなゆたとは違うらしい。
メルトは語る。
かつてこの地に存在した、人魚の悲恋の物語を。

「つまり……しめちゃんはその、人魚姫の恋人? がライフエイクだって言いたいの?
 人間なのに、そんな長生きしてるの? それとももともと人間じゃなかった? もしくは人間であることを捨てた……?
 ううん、そんなの今はなんだっていい。アイツが呼び出そうとしているのが、かつて自分が裏切った人魚姫なのだとしたら。
 人魚姫を呼び出して涙を手に入れ、バケモノを手中に収めようとしている……ってこと……?」

トーナメントが始まる前、ライフエイクはこう言った。

『いかにも。『人魚の泪』はここにある』と。

なゆたはそのとき、てっきり人魚の泪はカジノのいずれかの場所に保管されているものと思い込んでいた。
『ここ』とは、自分たちのいるカジノのことを指しているのだと。
だが、実際はそうではなかった。ライフエイクの言う『ここ』とは、リバティウム全域を指していたのだ。
ライフエイクもまた、人魚の泪を手に入れてはいなかった。
そして、人魚の泪を手に入れるため。人魚を召喚するのに必要なエネルギーを手に入れるため――
この世界の人間とは比較にならない力を持つ『異邦の魔物使い(ブレイブ)』をトーナメントに出場させたのだろう。

399崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/11/23(金) 22:26:19
「……フ……」

「フフフ……。フハハハハハハハハハ……!」

幾重にも折り重なったカジノの瓦礫の中から、笑い声が響く。
やがて夥しい数の瓦礫がふわりと空中に浮かび上がると、ライフエイクがその姿を現した。
だが、さすがにこれだけの攻撃を受けてノーダメージではいられなかったらしい。
着ていた上等の白いスーツは襤褸と化し、見る影もなくなってしまっている。
シャツもボロボロに破れ、上半身は半ば裸にも等しい状態となっていた。そして――

「そうだ。そうだとも、異世界の客人よ。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』よ。
 このときを幾とせ待ちわびただろう。王女をこの地上に引きずり出すための、『万斛の猛者の血』が集うときを!
 人の命を捨て、人ならぬ者と化し……この地に根を張って幾星霜! 待った、待ったぞ! ハハハハハ―――」

その姿は、人間のそれではなかった。

「……ス……。
 『縫合者(スーチャー)』……!」

露になったライフエイクの身体を目の当たりにし、なゆたは呟いた。
ライフエイクの剥き出しになった上半身には、まるでジグソーパズルのピースのように生々しい無数の縫合の痕がついている。
そして、その肌の色も縫合の部位ごとに一定ではなく、まるでモザイク模様のようだった。
その意味するところはただひとつ。

『複数のモンスターの身体を人の形に繋ぎ合わせ、自らの肉体としている』

つまり、人型の合成魔獣――キメラのようなものだ。
人間と変わらない姿をしているが、人間とは比較にならない強さを持つライフエイクの秘密がこれだった。
ゲームの中でも、ストーリーの終盤で同じような敵と戦うクエストがある。
魔王と化した十三階梯の継承者が師の復活のための試行錯誤の段階で生み出した試作品だが、極めて強かった。
現在なゆたたちのいる世界の時系列とはまるで噛み合っていないが、それでも間違いあるまい。
レイドモンスター『縫合者(スーチャー)』。
それが、リバティウムの実質的な支配者。カジノ『失楽園(パラダイス・ロスト)』のオーナー、ライフエイクの正体。
かつて謀略によってメロウの国を侵略し、人魚姫の想いを踏みにじった青年の成れの果てだった。

「私は“彼女”に用がある。そのために、長い長い年月を待ち続けたのだ。
 諸君には、我が大願の礎となって頂こう――死にたくなければ戦うことだ。
 戦うことで万斛の猛者の血は蓄積され、私の開いた門と彼女のいる海底とが繋がれる。
 もし、私の望みを挫く方法があるとするなら……それは諸君らが無抵抗のまま死ぬ、という選択肢のみだが。
 その気はないのだろう? その、ちっぽけなお嬢さんの命程度でも大騒ぎしていた君たちなのだからな」

メルトを指差し、ライフエイクは明神やみのりの努力を嘲笑った。
そうすることで憎しみを募らせ、無理にでも戦わせようとしているのだろう。
しかし。

「姑息な悪口でわざわざヘイトを稼がなくたって、戦ってやるわよ……たっぷりとね!」

ずいっと一歩を踏み出し、なゆたは応えた。

「アンタはしめちゃんを殺そうとした。あんなにも頑張った明神さんを、みのりさんを嗤った。
 わたしの仲間をバカにした! それだけで、もうアンタをボコボコにする理由には充分すぎる!」

「ほう」

ライフエイクが目を細める。

「アンタが伝承のご当人だっていうなら、アンタに弄ばれた人魚姫のぶんまで殴り倒してやるだけよ!
 さあ――覚悟はいい? ライフエイク! アンタの最後のギャンブルを始めましょうか――!!」

400崇月院なゆた ◆uymDMygpKE:2018/11/23(金) 22:26:36
ライフエイクの目的が人魚姫と再会し、その呼び出した魔物――ミドガルズオルムを手中にすることにあるのなら。
人魚姫との再会自体を未然に防ぐことが最良にして最高の選択であろう。
しかし、なゆたはそれを考えなかった。元より自分たちもローウェルから『人魚の泪を手に入れろ』というクエストを受けている。
人魚の泪が人魚姫当人の零すものであるのなら、自分たちもまた人魚姫に会わなければならない。
いずれにせよ、万斛の猛者の血とやらは流されなければならないのだ。

「いいだろう。ならば諸君は自らの全てをベットしたまえ。
 諸君らから全てを奪い――私は。私の目的を遂げさせてもらう!」

『縫合者(スーチャー)』は複数のモンスターの肉片を繋ぎ合わせて造られたモンスターである。
肉体を構成しているモンスターのスキルを複数使いこなし、ターンごとに属性も変化させてくる難敵だ。
しかし、だからといって怯んでなどいられない。倒せないと嘆いている暇などない。
スマホの液晶画面に『ライフエイク』とエネミー表示が出されている。
正体を現したことで、正式に倒すべき敵となったということなのだろう。

「行くわよ、みんな!
 コイツをぶちのめして――みんなで! トンカツパーティーするって約束したんだから!」

トーナメントでの戦いとこの場での戦闘によって、使えるスペルカードの数は減少している。
しかし、闘志はポラーレと戦った際の比ではない。漲る戦闘意欲と共に、なゆたは新たなスペルカードを手繰った。


【ライフエイクと本格的な戦闘に突入】

401赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/11/30(金) 19:41:26
建物を支えていた〈防風林(グレートプレーンズ)〉の消失によって、崩落を始めるカジノ。
藁人形を通してみのりから指示を受けた真一は、直ぐ様グラドの背に乗って飛翔し、カジノの倒壊に巻き込まれないよう離脱していた。
そして、上空から眼下に視線を向けると、無残にも砕け散った瓦礫を吹き飛ばして、その中からライフエイクが姿を現す。
だが、スーツが破けて顕になったライフエイクの肉体は、人間のそれではなかった。

>「フフフ……。フハハハハハハハハハ……!」

>「そうだ。そうだとも、異世界の客人よ。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』よ。
 このときを幾とせ待ちわびただろう。王女をこの地上に引きずり出すための、『万斛の猛者の血』が集うときを!
 人の命を捨て、人ならぬ者と化し……この地に根を張って幾星霜! 待った、待ったぞ! ハハハハハ―――」

合成魔獣――“縫合者(スーチャー)”。
数多のモンスターの身体を集め、人の形に縫い合わせた化物。それこそがライフエイクの正体だったのだ。
彼が元からそのように作られたのか、或いは永劫の時を生きるため、自ら自分の身体に手を加えたのかは分からない。
しかし、人の姿をしていたライフエイクが、あれだけの力を持っていた理由には合点がいった。

>「私は“彼女”に用がある。そのために、長い長い年月を待ち続けたのだ。
 諸君には、我が大願の礎となって頂こう――死にたくなければ戦うことだ。
 戦うことで万斛の猛者の血は蓄積され、私の開いた門と彼女のいる海底とが繋がれる。
 もし、私の望みを挫く方法があるとするなら……それは諸君らが無抵抗のまま死ぬ、という選択肢のみだが。
 その気はないのだろう? その、ちっぽけなお嬢さんの命程度でも大騒ぎしていた君たちなのだからな」

正体を表したライフエイクは、更にその真意までを明らかにする。
奴の狙いは、遥か遠い昔――最愛の男に裏切られ、絶望を抱いて海に沈んだメロウの王女を、冥府の底から引きずり上げること。
そして、彼女の持つ尋常ならざる魔力を利用し、再びこの地でミドガルズオルムを喚び出させることに他ならなかった。
真一は闘技場で出会った少年から語り聞かされた、人魚姫の伝承を思い返す。
メルトが死の淵で見た光景――かつて、王女を裏切った張本人こそライフエイクであるという話が事実ならば、有ろう事かこいつはもう一度あの悲劇の再現を試みようとしているのだ。
真一は腹の底から怒りが込み上げてくるの感じ、長剣を握る右手に力が入る。

「ハッ……何を言ってやがる。その問題には、第三の選択肢があるだろうが。
 これ以上無駄な血は流さず、人魚姫を喚び出させる前に、テメーをここで秒殺すれば終わる話だ」

そんな真一の挑発を受けたライフエイクは、尚も余裕気な笑みを浮かべながら、左手を動かして手招きの仕草を見せる。

「――――やって見給えよ。できるものならば、だがね」

そのライフエイクの返答が、戦いの再開を告げる合図となった。

402赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/11/30(金) 19:42:42
上空から滑り落ちるように急降下したグラドは、落下の勢いのままにドラゴンブレスを撃ち放つ。
不意打ちにも近いタイミングで繰り出された砲火は、ライフエイクを直撃した――かと思われたが、敵の身体は水の結界に覆われ、一切のダメージを負っていなかった。
――〈水王城(アクアキャッスル)〉と呼ばれる、水属性の上級防御魔法だ。
縫合者(スーチャー)であるライフエイクは、身体に縫い合わせたモンスターの数だけ、その固有スキルを行使することができる。
つまり、ブレモンの攻略情報という絶大なアドバンテージを持っているプレイヤーたちでさえ、敵が一体どんな魔法を使うのか予想できないというわけだ。

「――――〈三叉槍(トリアイナ)〉」

ライフエイクが一言詠唱を呟くと、今度は彼を覆っていた水の城が形状を変え、三本の巨大な槍となってグラドを襲う。
グラドの機動力を以てしても、この猛攻を全て躱すことはできない……一瞬の攻防の中でそう判断を下した真一は、〈火炎推進(アフターバーナー〉のスペルで無理矢理グラドのスピードを底上げし、その場から緊急離脱して難を逃れる。
しかし、三叉槍が回避されることも、ライフエイクの計算の内だった。
こちらの機動を完全に読み切っていたライフエイクは、〈幻影の足捌き(ファントムステップ)〉で先回りし、既にグラドの直上へと飛び上がっていた。

「死角を取ったぞ。かの赤竜といえど、背後からの攻撃は防ぎ切れまい」

空中戦に於いて、より高い位置を取った者が有利というのは大常識だ。
更に加え、完全にこちらの虚を突いたタイミングで浴びせられる死角からの強襲。
ライフエイクは会心の手応えを感じつつ、両手に握った刀を唐竹割りに打ち下ろす。
――その剣戟を、グラドは全く視認することができなかった。
だが、元よりこちらは人竜一体。相棒の弱点をカバーし合うのが、真一とグラドの真骨頂である。
グラドの背に跨っていた真一は、長剣を頭上へと振り抜き、逆風の太刀でライフエイクの一閃を受け止めた。

「……死角がどうしたって?」

真一がニヤリと笑うのに対し、その視線の先でライフエイクが歯噛みをする。
そして、続けざまにグラドが身を翻し、自らの尾を鞭の様にしならせてライフエイクを打ち据えた。
地上へと叩き付けられたライフエイクは、何とか空中で体勢を整え、両足から地を踏み締めることに成功する。
しかし、敵が着地時に見せたその隙を“彼女”だけは見逃さなかった。

「虚構展開――――ッ!!」

そう詠唱を唱えながら躍り出たのは、十三階梯の継承者が一人――虚構のエカテリーナだった。
先程まで黒竜の姿で飛び回っていた彼女は、今度は銀狼の姿へと変貌し、風さえも上回る疾さで大地を駆け抜ける。
流石のライフエイクもその速度には対応できず、瞬く間に彼我の距離を詰めたエカテリーナは、自慢の牙を敵の肘に突き立て、そのまま左腕を食い千切った。

「離れろ、エカテリーナ! 行くぜ――〈大爆発(ビッグバン)〉!!」

そして、敵の間隙を突くことに長けているのは、この男も全く同様であった。
流れるようなエカテリーナとの連携でライフエイクの左腕を落とし、今を好機と見定めた真一は、手札の中でも最大火力のスペルを切る。
まるで太陽と見紛うような大火球が落ち、今度こそライフエイクをまともに直撃した。

まさかレイド級である縫合者(スーチャー)を、これしきの攻撃で討ち果たせたとは思っていない。
だが――充分な手応えはあった。大火球によって巻き起こった爆風と粉塵が晴れるのを待ち、真一は油断なく上空からフィールドに視線を巡らせる。

403ライフエイク ◆jTxzZlBhXo:2018/11/30(金) 19:44:12
事ここに至るまで、ライフエイクの誤算は幾つかあった。

その中でも、特に大きな誤算は“ブレイブ”と呼ばれる少年たちの戦闘力を侮っていたことだ。
ガンダラでの戦いぶりを聞き及んでいたが故に、充分な警戒はしていたつもりだった。
そのため、わざわざデュエラーズ・ヘヴン・トーナメントに招くという面倒な方策を取り、彼奴らが得意とするチームプレイを封じ込めて各個撃破を試みたのだ。
だが、まさかライフエイクの懐刀――ヴァンパイア・ロードであるレアル=オリジンが、一騎打ちで敗北することは想定できなかった。
それどころか、数多の窮地を乗り越えてこの場まで辿り着き、こうして自分を追い詰めるまでに至っている。

しかしながら――それでもまだ、ライフエイクには僅かばかりの余裕が残されていた。
その理由は、切ることさえできれば全てを覆すことのできる“ジョーカー”をこちらが握っていることだ。
本来はレアル=オリジンがトーナメントで多くの血を集め、もっと早くに召喚条件を達成する予定だったのだが、こうなってしまっては仕方ない。
最悪の場合、一度この戦いから離脱して、別の場所で生贄を集め直すという手段もある。
逃走のためのスペルは幾らでも用意があるし、逃げ切るだけならば何の問題もない。
何もここで自分が無茶をしてまで、五人のブレイブを相手にする必要などないのだ。

結局のところ、ライフエイクは全てが自分の手の上で動くゲームだと思っていた。
そして、それこそが彼にとって最大の誤算だった。

シナリオを影で操る黒幕。盤上で駒を動かすプレイヤー。勝つと分かっているギャンブルの胴元。
最後の最後まで、ライフエイクは自分がそういった存在であることを微塵も疑わなかった。
――だから、夢にも思わなかったであろう。
まさか、深淵の盃を満たす最後の一滴が、他ならぬ自分自身の流した血になるなんて――


「――――この時を待っていたよ、ライフエイク」


悪魔の声が、響き渡った。
その直後、ライフエイクの心臓は、背後から突き出された射干玉の穂先に貫かれる。
そして、今まさにライフエイクを穿った槍を握る少年は、肩ほどまで伸びたブロンドの髪を靡かせながら、くすりと魔性の笑みを浮かべた。

「ま、ま……さか……貴……様……」

ライフエイクは苦痛と驚愕に瞳孔を限界まで開きながら、声にならない悲鳴を上げて、背後を振り返る。
――自分の身体を刺し貫いたその人物を、ライフエイクは知っていた。
何故ならば“彼ら”こそがライフエイクにブレイブたちの情報を提供していた、此度の計画の協力者だったからだ。
一体どうして……と、思考を巡らせようとするが、脳に送られる筈の血流は既に遮断され、ライフエイクは急速に目の前が暗くなっていくのを感じた。

「何をそんなに驚いているんだい、ライフエイク?
 “この物語”は、他でもない君が始めた悲恋のストーリーじゃないか。
 ならばこそ、こうして彼女が眠る棺を開く際には、君の死を以て完結を迎えるのが一番美しい筋書きだとは思わないかい?」

少年の言葉は、もう殆どライフエイクの耳には届いていなかった。
ライフエイクは力なく崩れ落ち、そのまま前のめりに倒れ伏せる。
彼が最後に見たのは、自分の姿を見下ろす少年の笑みと、深海の様に蒼い双眸だった。
今まで数多のギャンブルを勝ち抜き、あらゆるポーカーフェイスを見破ってきたライフエイクだったが、その表情からは一切の感情さえ読み取ることができなかった。

404赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/11/30(金) 19:46:52
「あいつは……!?」

〈大爆発(ビッグバン)〉によって巻き起こった粉塵が晴れ、ようやく視界が開けた時、真一は信じ難い光景を目撃した。
それは、先程まで対峙していたライフエイクが、何処からともなく現れた少年の手で、背後から刺し貫かれていた姿だった。
そして、その少年は――闘技場で真一と出会い、人魚姫の悲劇譚を語り聞かせた人物に相違ない。
少年は魔術師の様に漆黒のローブを纏い、右手にはライフエイクの心臓を穿った黒い長槍を握っている。
――だが、何よりも驚愕したのは、その左手に持った5インチ程のディスプレイ。
それは、ブレイブと呼ばれる真一たちが所有するのと同じ――“魔法の板”に他ならなかった。

事態は何も飲み込めなかったが、それでも真一は自分の直感に従い、あの少年を止めなければならないと判断した。
そして、今まさにグラドの背を叩いて飛び出そうとした時――

「召喚(フォーアラードゥング)――――〈堕天使(ゲファレナー・エンゲル)〉」

――その真一の動きを、少年の一声が先んじて制した。
突如として生じる発光現象。そして、その中から現れ、真一の行く手を阻む一匹のモンスター。
それは、真一たちが誰よりもよく知っている〈召喚(サモン)〉のコマンドと全く同様のものであった。

「……そう焦るなよ。君たちには、これから紡がれる人魚姫の第二章を、特等席で見せてあげようというのだからさ」

少年が召喚したのは〈堕天使(フォーリン・エンジェル)〉という名の、悪魔型モンスターだった。
頭部に生えた黄金の二本角と、背には十二枚の黒い翼。
右手に光り輝く槍を携え、その姿は悪魔でありながら神々しさを感じるような美貌を宿していた。

堕天使はガチャ産でありながら、レイド級にも比肩するスペックを有するモンスターであり、希少価値は真一のレッドドラゴンにも勝る程だ。
ブレモンを始めて日の浅い真一は知らなかったが、少年と堕天使の組み合わせを見て、なゆたたち他のプレイヤーはピンと来るものがあったかもしれない。
少年の正体は――現実世界で開催された、昨年度のブレモン世界大会の覇者であった。
――名前はミハエル・シュヴァルツァー。
堕天使の性能を活かしたビートダウン系の戦法を好んで用いるプレイヤーであり、その端麗な容姿と派手な戦闘スタイルとが相まって、国内外を問わず多数のブレモンプレイヤーから支持を集めている。
ブレモンに精通している人間ならば“金獅子”だとか“ミュンヘンの貴公子”など、大仰な愛称で呼ばれる彼のことを熟知していてもおかしくはないだろう。

「さあ、今ここに深淵の盃は満たされた。万斛の猛者の血を供物とし、冥府の扉を叩くとしよう。
 目覚めるが良い、人魚族の王女――――“マリーディア”よ」

そして、遂に復活の時は来たる。
ミハエルの呼び掛けによって展開された魔法陣――それは、明神たちがオフィスで見た“境界門”と同種の物であったが、その門が秘めたる魔力と、禍々しさは次元が違う。
門の中からは、無数の亡者たちの声が聞こえてきた。
それは、現世に解き放たれた獣の歓喜か。或いは、憎悪に囚われた人の恩讐か。
思わず耳を塞ぎたくなるような地獄の合唱を伴い、数え切れないほどの魂が黒い魔力に姿を変えて、門の外へと解き放たれる。
そして、それらの中心部でただ一人――両手を地について項垂れる女の姿があった。

405赤城真一 ◆jTxzZlBhXo:2018/11/30(金) 19:50:48
海のように波打つ青い髪と、真珠のように整った美貌を持ち、腰から下は魚の尾ヒレの形をした女。
メロウの王女――マリーディア。
境界門を通して再び現世に喚び出された彼女が最初に見たのは、かつて誰よりも愛した男の亡骸だった。
自らの献身を裏切り、愛の言葉を嘯いて、我が故郷まで滅ぼしたその男のことを、マリーディアは死してなお現世に囚われ続けるほどに憎んでいた。
百度殺しても足りないほどに憎み、憎しみ続け――だが、哀れな彼女はそれでも愛を忘れることができなかった。

マリーディアは啼泣し、言葉にならない声を吐き出すみたいに悲鳴をあげた。
――その叫び声は、まるで歌のように聞こえた。
愛する者を喪った女が、愛を知らない男のために紡ぐ絶望の歌。
彼女の旋律は哀しくも美しく、空気を震わせて聞く者全ての胸に哀愁を伝える。
そして、それは伝承で語り継がれているように――昏き底から一匹の“化物”を喚ぶ力を宿していた。
その時、港の方から砲撃のように激しい破壊音が響き渡る。
次いで聞こえるのは、押し寄せる怒涛の波音と、恐怖に怯える群衆の悲鳴。
そして、海面から首を出した“それ”の姿を目にして、真一は思わず言葉を失った。

それは、全身を蒼き鱗で覆われた大蛇。
終焉を告げる、黄昏の日の尖兵。
幾百、幾千の暴威を踏み潰す暴威。
幾千、幾万の悪意を喰らい尽くす悪意。
彼の者の名は――――世界蛇“ミドガルズオルム”。

「あははははっ! あれが、終末を齎す世界蛇の姿か。
 凄いね、大したものじゃないか。こうして実際に目にしてみると、あの迫力は到底口伝できるような代物ではないと感じるよ。
 “悪魔の種子”の力を以てしても制することができるかどうか……少しばかり楽しみだね」

ミドガルズオルムを喚び出したマリーディアは、全ての魔力を失い力尽きて、その身をとあるアイテムに変えていた。
透明の小瓶に入った青い液体。“人魚の泪”という名で通称される万能の霊薬を拾い上げながら、ミハエルは子供のように楽しそうな笑い声をあげた。

「……テメーは一体、何が目的でこんなことをしやがる」

真一には、この男の思考が全く理解できなかった。
ギリッ……と奥歯を噛み締め、心の底から吐き気を催す邪悪を見るかのように、ミハエルへと侮蔑の視線を向ける。

「言っただろう、シンイチ君?
 知恵を持った全ての生命は、訳もなく戦いたがっているのさ。
 かつて背負った原罪の咎を贖うために、自らの本能の赴くままに。
 だからこそ、僕は一切の意味も目的も持たず、ただ戦うために戦おう。
 つまり、僕の行動に敢えて理由を述べるとするならば――それは、エデンの園で、アダムとイヴが林檎を食べたからさ」

「……イカレてるぜ、テメーは」

真一は闘技場で自分が感じた気配は、やはり間違いではなかったと確信する。
この男は、間違いなく駆逐せねばならない“敵”なのだ。
――しかしながら、状況は既に最悪だった。
敵はあのタイラントにも匹敵するか、或いはそれ以上の力を持つであろう超レイド級のモンスター。
更にそれを駆るのは、この世界で初めて敵として対峙した、世界最強のブレモンプレイヤーだ。

「さあ、諸君。ようやく舞台の準備は整った。――――戦争を始めるとしようじゃないか」

ミハエルは嗤い、両手を広げて高らかと頭上に掲げる。
その仕草とタイミングを同じくして、ミドガルズオルムはリバティウム全体が震えるような怒号を天へと解き放った。



【ミハエルの奇襲によってライフエイク死亡。
 遂に復活したミドガルズオルム&ミハエルとのボス戦開始】

406明神 ◆9EasXbvg42:2018/12/10(月) 01:36:30
真ちゃん、なゆたちゃん、エカテリーナと攻防を繰り広げながらも、俺から視線を外すことはない。
てめえが百戦錬磨のギャンブラーなら、俺は海千山千のレスバトラー。
フォーラムでの魔を喰い魔に喰われるクズ共の蠱毒を生き抜いてきた俺の論圧()を舐めんじゃねえぞ。
読み読みなんだよてめぇの考えてることなんざよぉ。

俺は弱い。戦闘能力ってものさしなら、ライフエイクの足元に及びもしないだろう。
普通なら放っておいても何ら問題のない、路傍の石のような存在。
だが、そんな矮小で脆弱で、風前の羽虫に過ぎない俺を、奴は無視することができない。
そういう立ち回りを、俺はしている。

この世のすべてを見透かしたような、超然とした態度を崩さないライフエイク。
全知全能を気取った奴にも、たったひとつだけ知らないことがある。
死者の蘇生。心臓が完全に停止し、生命反応の失せた肉体に、再び命を宿す手段。
それは明確に、俺たちだけが知りうるこの世界のブラックボックスだ。

俺はあえて奴の眼前に身を晒し、死者蘇生という手札を公開した。
ライフエイクに興味を抱かせ、情報源となる俺自身を意識させるためだ。

ライフエイクは死者の蘇生の方法を、知りたがっている。
そのために、俺を逃がすわけにはいかない。
拘束するにせよ、殺すにせよ、真ちゃん達の猛攻を掻い潜って俺に攻撃を仕掛ける必要がある。
激しい攻防のさなかでも残し続けてきた奴の余裕、集中力のリソースを、俺の存在が奪う。
ライフエイクは未だに余裕ぶったツラしてやがるが、実際のところ手一杯になってるはずだ。

余裕がなくなれば、奴の警戒網にも綻びが生まれる。
こちらの仕掛ける搦め手が、通りやすくなる。
そして、この僅かな意識の間隙、すなわち『隙』を最大限活かすことのできる奴を、俺は知っていた。

>「はいはい〜そこまで〜 ライフエイクはん、あんたさんなんでまだこんなところで戦ってはるのン?」

大理石の床を割り、戦場に突如として林立した巨木。
石油王のカード――確かフィールドを変化させる『防風林』のユニットだ。
木立の壁で両雄を阻み、戦闘を強制的に中断させた石油王は、木々の向こうから静かに姿を現す。
その表情からは、さっきまでの焦りや怒りは消え失せていた。こっちも完全復活ってわけだ。

>「聞いた話によると、うちら異邦の魔物使いはアルフヘイム、ニブヘイム両陣営から随分と買われてるそうやないの
 うちらの知らんところで争奪戦繰り広げられてそうな勢いなくらいになぁ」

いつものゆったりとした口調で放たれる言葉は、俺にとっても初耳なものばかりだった。
『万斛の猛者の血と、幽き乙女の泪が水の都を濡らす時、昏き底に眠りし“海の怒り”は解き放たれる』。
なんだそりゃ、ブレモン本編じゃそんな言い伝え聞いたことねえぞ。
万斛の猛者の血も、乙女の泪も、トーナメントと『人魚の泪』に関連するワードってのは分かる。
でも、海の怒りって何だよ。やべー奴のニオイをヒシヒシと感じるんですけど!

石油王が訥々と語る一方で、俺はポケットの中でスマホに指を滑らせていた。
この停滞を作り出したのは、石油王だ。あの女が、あの策士が、ただ推理を披露するだけとは思わない。
案の定、身体にひっついていた藁人形がカジノから離れるよう呟いた。

「サモン・ヤマシタ!」

俺の側に出現した革鎧が、俺を小脇に抱えて跳躍する。
同時、『防風林』が解除されて、木々に支えられていたカジノが一気に崩落した。
俺を担いだヤマシタが安全圏に着地すると同時、ポヨリンさんに包まれたなゆたちゃんも戻ってくる。
真ちゃんはレッドラに跨って空に逃れ、メルト――しめじちゃんは、なんか知らない奴に掴まれていた。

「うおっ、よく見たらイクビューじゃねえか。誰か捕獲したのこいつ」

煌めく月光の麗人、通称イクビューはブレモンに登場する人型レイド級モンスターだ。
トーナメント組と合流した時からなんか居るなぁと思ってたけどそれどころじゃなかったからね。
完璧スルー決め込んでたけどなんでこいつ仲間みたいな感じでここにいるの……?
どっからPOPしたんだよ……リバティウムでエンカウントして良い敵じゃねえだろこいつ。

407明神 ◆9EasXbvg42:2018/12/10(月) 01:37:04
「やあ、お初にお目にかかる。君が"明神"だね?ガンダラの弟から話は聞いているよ」

「あ?弟……?マスターのことか?あんたマスターのお姉ちゃんなの?知らねえ裏設定だ……」

「ふふ。積もる話もあろうが、今はまだ楽しくお喋りしている場合ではないだろう?
 この一件が片付いたら、心ゆくまでこの邂逅を祝そう。近くに良い店を知っているんだ」

「るせぇ、コミュ強特有の雑な仕切り方すんな。……しめじちゃん、大丈夫か?」

お姉ちゃんにふん掴まれて退避を果たしたしめじちゃんは、グロッキー状態だ。
病み上がりどころか死に上がりのところに加速度で振り回されりゃこうもなる。
とはいえ、しめじちゃんは目を回しながらも無事なようだった。

>「……あ、あの。今のうちに言っておきたい事がありまして。
 これは本当に妄言で、私としても信じがたいので、信じて頂かなくてもいいのですが
 あの白服ヤクザ――――ライフエイクは、この『儀式』で、人魚を呼び戻そうとしているのではないでしょうか?」

「人魚……?しめじちゃん、なにか知ってるのか?」

青白い顔のまま、しめじちゃんは臨死体験のさなかに見てきたことを語った。
遠い昔、一人の青年が人魚の姫と睦み合い、しかし裏切りによって彼女を地獄に叩き落とした。
そのクソゴミカスカスうんち野郎があのライフエイクで、奴はもう一度人魚に会おうとしている。
しめじちゃんの言う通り、それは何の担保もない単なる妄言に過ぎないのかもしれない。
だが、石油王から聞いた言い伝えと、しめじちゃんの語った内容には、奇妙な符合がある。

彼女の言葉には真実味と信憑性があると、少なくともなゆたちゃんは判断したらしい。
俺も同感だった。

>「つまり……しめちゃんはその、人魚姫の恋人? がライフエイクだって言いたいの?

「するってぇとアレか?ライフエイクの野郎は、大昔の元カノとヨリと戻そうとしてるってことか。
 自分から裏切って殺したくせに、死人を足蹴にするためだけに蘇らせようってか。
 反吐の出るクソ野郎だな。その事実だけで、ぶっ飛ばす理由におつりがくるぜ」

それで『海の怒り』か。
ははーん。だんだんパズルのピースが揃ってきたぞ。
ライフエイクが何をやらかそうとしてやがるのか、おぼろげながらも見えてきた。
クソが。どこまで人を虚仮にすりゃ気が済むんだ。人間も、人魚も、てめえの玩具じゃねえぞ。

>「フフフ……。フハハハハハハハハハ……!」

そのとき、地の底から響くような哄笑と共に、瓦礫をはねのけてライフエイクが姿を現した。
流石に生き埋めでそのまま死んでくれってのは虫が良すぎる話だったらしい。
無傷ってわけではない。高そうな白スーツは見るも無残なボロ布だ。
ただ、白日の下に晒された奴の素肌は、人間のそれではなかった。

>「そうだ。そうだとも、異世界の客人よ。『異邦の魔物使い(ブレイブ)』よ。
 このときを幾とせ待ちわびただろう。王女をこの地上に引きずり出すための、『万斛の猛者の血』が集うときを!
 人の命を捨て、人ならぬ者と化し……この地に根を張って幾星霜! 待った、待ったぞ! ハハハハハ―――」

>「……ス……。『縫合者(スーチャー)』……!」

「おいおい。おいおいおいおいおい……」

俺は言葉が出なかった。ライフエイクの様相を目の当たりにしたら誰だってそうなる。
奴の肉体は、数えるのも馬鹿らしいくらいに多種多様な生き物をパッチワークのように継ぎ接ぎしてあった。
ドラゴンの鱗、人狼の毛皮、オーガの筋肉に、リビングアーマーの装甲。
それぞれのモンスターの特性をひとつの肉体に融合させた、外法魔術の到達点。

408明神 ◆9EasXbvg42:2018/12/10(月) 01:37:55
『縫合者(スーチャー)』。
それは、ブレモン本編において終盤の大ボスとして立ちはだかる、レイド級モンスターの名だ。
ローウェルの弟子が生涯をかけて開発した術法を、ライフエイクはその身に宿していた。

「どうなってんだ、『縫合者』はローウェルの死後に作り上げられたモンスターだろ。
 ローウェルの生きてるこの時間軸じゃ絶対に生まれるはずのない存在……」

いや。ゲームの方のアルフヘイムと時間軸が連続してないのは確かめたばかりだ。
たとえ過去編であっても、本編で実装済みのモンスターが出現するのはあり得ないことじゃあない。
それに、『縫合者』の技術を十三階梯とはまったく別の奴が開発してたっておかしくはないのだ。

時系列の不整合は、今更問題にはならない。
そんなことよりもずっとずっとやべえのは、奴がブレモン終盤に出てくるレイド級ってことだ。

同じ『レイド級』というカテゴリの中でも、当然ながら強弱の序列はある。
レベルキャップ解放前、例えば推奨レベル100のレイド級と、レベル150のレイド級とじゃ、天と地ほどの差があるのだ。
低レベル帯……いわゆる旧レイドのモンスターなら、レベル差の暴力でソロでも狩れる。
具体的にはベルゼブブやバルログなんかは、ゴッドポヨリンさんの敵じゃあないだろう。
多分俺でも手持ちのスペルを全部吐き出せばどうにか倒せる程度のHPだ。

だが、縫合者は違う。奴は最近のパッチで実装されたばかりの、最新レイドコンテンツだ。
推奨攻略人数は8人以上。もちろん、カンストまでレベルを上げて鍛え込んだ8人で、ようやく倒せる難易度だ。
対して俺たちはまともな戦力が3人、エカテリーナとお姉ちゃんを含めても5人。
ろくに太刀打ちできるような相手じゃない。全体攻撃で即死するのがオチだろう。

>「姑息な悪口でわざわざヘイトを稼がなくたって、戦ってやるわよ……たっぷりとね!」

絶望的な戦力差を目の当たりにして、しかしなゆたちゃんの戦意は折れなかった。
マジ?戦うの?強気な姿勢は結構だけど、流石にそりゃ無理ゲーが過ぎんだろ。
案の定というかなんというか、やっぱ最後の最後に暴走すんのはこいつだよなぁ……

――俺は、そんな風に斜に構えてた自分の発想を、恥じることになる。
なゆたちゃんの戦意は、ゲーマーとしての挑戦心や、まして意地なんかじゃなかった。

>「アンタはしめちゃんを殺そうとした。あんなにも頑張った明神さんを、みのりさんを嗤った。
 わたしの仲間をバカにした! それだけで、もうアンタをボコボコにする理由には充分すぎる!」

「そうか……そうだよな」

勝てない相手に直面して、俺は何をビビってんだ。
縫合者?最新のレイド級?ステータス差?そんなもんは、この場から逃げ出す理由になんかなりはしない。
初めから決めてたろ。あいつは絶対に一発ぶん殴るって。
なゆたちゃんの言葉で、俺はようやくそれを思い出した。

>「ハッ……何を言ってやがる。その問題には、第三の選択肢があるだろうが。
 これ以上無駄な血は流さず、人魚姫を喚び出させる前に、テメーをここで秒殺すれば終わる話だ」

真ちゃんの煽り文句に俺も乗っかる。

「てめえの目論見なんざ知るかよ、ライフエイク。一人で気持ちよく演説打ってんじゃねえぞ。
 よくも……よくもしめじちゃんを刺しやがったな。俺の大事な友達を、殺しやがったな。
 その不細工なツラがまともに見れるようになるまでぶん殴ってやるから覚悟しとけ」

>「行くわよ、みんな!
 コイツをぶちのめして――みんなで! トンカツパーティーするって約束したんだから!」

「ああ!美味しくメシを食うための、腹ごなしの運動といこうじゃねえか!」

誰に合図をされたでもなく、俺たちは同時にライフエイク目掛けて吶喊した。
俺はスマホを手繰り、カードプールからスペルを切る。
『黎明の剣(トワイライトエッジ)』。攻撃力上昇バフを真ちゃんに行使し、ヤマシタと共に右翼を駆ける。

409明神 ◆9EasXbvg42:2018/12/10(月) 01:38:27
縫合者は素体となった複数のモンスターの性質を宿した魔物だ。
今、奴の体内では魔物共が肉体の主導権を争い合っている。
その時『表』に出てくるモンスターの属性によって、使う攻撃や弱点となる属性が変化するって仕組みだ。

こいつを攻略するには、使う魔法から弱点属性を推察してこちらの攻撃属性を変えるか、
どの属性にも安定してダメージを与えられる無属性攻撃にバフをかけて叩き込むのが定石。
つまり、レベルを上げて物理で殴る脳筋戦法がわりかし効果的だ。
俺は無属性で火力の高い攻撃手段がないから、弱点属性を探るほかない。

いま、ライフエイクは真ちゃんの攻撃を『水王城』で防いだ。
つまり『表』に出てるのは水属性のセイレーンかリヴァイアサンあたりだ。
土属性か雷属性の攻撃なら大ダメージを与えられる。

「ヤマシタ、『ライトニングブラスト』」

ヤマシタは鎧の中から杖を抜き出し、弓と持ち変える。
軽くて丈夫な革鎧は魔術師にとっても装備可能な防具だ。
したがって、リビングレザーアーマーは、魔術系のスキルを行使できる。
ヤマシタが無言で詠唱した魔術が発動し、杖先から紫電が迸ってライフエイクを穿った。

……HP全然減らないんですけお!
やべえな、弱点がどうとか以前に、単純にステータスの差がありすぎる。
たとえ弱点補正で威力が倍になろうが、1ダメージが2ダメージになるだけじゃねえか。
こりゃ火力は期待できそうにねえな。攻め方を変えるか。

>「……死角がどうしたって?」

一方、上空からの奇襲に端を発する真ちゃんの攻防はライフエイクを追い込みつつあった。
レッドラに叩き落とされたところを、エカテリーナの容赦ない着地狩り。
自身を銀狼へと変じたエカテリーナの牙が、ライフエイクの左腕を断ち落とした。
そこへ間髪入れずに『大爆発』。爆炎がライフエイクを包み、あたりは砂煙に包まれる。

「……やったか?」

こういうこと言うとすぐ生存フラグがどーのとか言い出す奴がいるけど、でもしょうがねえよ。
今こうして自分が当事者になってみて、言いたくなる気持ちがよくわかった。
そりゃ言っちゃうよ、「やったか?」って。ほとんどお祈りみてえなもんなんだよ。
確殺コンボがこの上なく決まったんだぜ、これでやれてなきゃ嘘だろ。

やがて爆煙が晴れる。
フラグが回収されるか否か、煙の向こうに結果がある。
カードの裏面は既に決まっていて、それを今からめくるのだ。

「やってる……!?」

やってた。
果たしてライフエイクは、地面に縫い付けられたまま絶命していた。
ビックバンで粉微塵になったわけじゃない。奴は、五体満足のまま死んでいた。
トドメとなったのは、ライフエイクの胸を貫く黒い槍。
それを握るのは、真っ黒なローブを着た、真ちゃんと同じくらいの歳の少年。

>「あいつは……!?」

真ちゃんが何かに気づいたように零すが、俺には何がなんだかわからなかった。
何が起こった。あいつは何だ。どうやってこの戦場に介入してきた?
あたり一帯は更地になってて、身を隠せるような遮蔽物はどこにもなかった。
いやそれ以前に、ライフエイクがいたのは『大爆発』の爆心地だぞ?
あの大火力スペルの渦中で、ライフエイクの心臓を正確に貫いたってのか?

410明神 ◆9EasXbvg42:2018/12/10(月) 01:38:56
……ふと、乱入者が片手に持った物に目が行った。
スマホと言うには大きく、ノーパソと言うには薄くて小さな、板状の物体。
それは、ある意味では俺たちの持つスマホと同じ機能を備えた電子機器。

「タブレット、だと……?つまり奴は、俺たちと同じ――」

>「召喚(フォーアラードゥング)――――〈堕天使(ゲファレナー・エンゲル)〉」

――異邦の魔物使い(ブレイブ)。
俺たちのように、アルフヘイムに降り立った、ブレイブ&モンスターズのプレイヤーだ。
フォーアラードゥングってのは確か、ドイツかどっかの言葉で『召喚』を意味する言葉だったはず。
むべなるかな、タブレットの発光と共に、少年の傍らにモンスターが出現した。
主に傅く『堕天使』は、性懲りもなく突撃していった真ちゃんを阻むように前へ出る。

>「……そう焦るなよ。君たちには、これから紡がれる人魚姫の第二章を、特等席で見せてあげようというのだからさ」
>「さあ、今ここに深淵の盃は満たされた。万斛の猛者の血を供物とし、冥府の扉を叩くとしよう。
 目覚めるが良い、人魚族の王女――――“マリーディア”よ」

謎のブレイブがそう声を掛けると、奴の背後に巨大な魔法陣が展開する。
『境界門』だ。アルフヘイムとニブルヘイムを繋ぐ、人ならざる者の通り道。
カジノにあった者とは魔力の桁が違うその門から、夥しい数の"なにか"が這い出てくる。
破裂寸前の水風船に小さな穴を開けたかのように。門の内側で膨らんだ圧力が、解き放たれる。
そしてその中に、貞子みたいなポーズで現界する女の姿があった。

「マリーディア……しめじちゃん、君が見た人魚姫ってのは、あいつか?」

マリーディアはライフエイクの亡骸をその目に収め、空を震わすように慟哭した。
それは弔いの鐘であり、同時に海の底に眠る怪物を呼び起こす、号令でもあった。
港の方から怒号じみた悲鳴が聞こえる。
目を向ければ、海から巨大な化け物が姿を現し、天目掛けて咆哮を上げる。

ライフエイクの目論見のすべてがたった今終わり、もっと絶望的な何かが、始まった。
ミドガルズオルム。人魚の女王がかつて裏切られた憎しみから呼び起こした『海の怒り』。
そして、ライフエイクがまどろっこしい儀式の果てに手に入れようとしていたモノ。
その正体は、ガンダラの山奥に眠っていたタイラントと同等以上の力を持つ、レイド級を越えたモンスターだ。

>「さあ、諸君。ようやく舞台の準備は整った。――――戦争を始めるとしようじゃないか」

心底愉快そうに声を上げる少年。俺はようやくそこで、状況に理解が追いついてきた。
同時にふつふつとこみ上げてくるものがある。ライフエイクに向けていた、行き場をなくした怒りだ。

「人の頭の上で意味分かんねえこと抜かすなよクソガキ。なげえ御託は終わったか?
 まずそもそも誰だよてめーは。いきなり現れて好き勝手言ってんじゃあねえぞ」

ブラフだ。俺はこいつを知ってる。
ブレモンを多少なりとも"真っ当に"齧ったことのあるプレイヤーなら知らない奴はいないだろう。
こいつは、ミハエル・シュヴァルツァーは、ブレモン世界大会の現王者だ。
ワールドワイドで展開されているブレモンの、掛け値なしに世界最強のプレイヤー。
世界に1000万人はいるすべてのプレイヤーの、頂点に立つ男だ。

だけど、そんなことは俺の知ったことじゃねえ。
ただ一つ言えるのは、こいつが神様気取りのどうしようもないクソガキだってことだけだ。

「異世界でクソくだらねぇテロに走るほど、世界チャンピオンの座は退屈だったのか?
 戦いがしたけりゃニブルヘイムにでも行けや。民間人虐殺して悦に浸るのがてめえの言う戦争かよ。
 ガキの自己表現に付き合ってるほど俺たちゃ暇じゃねえんだ」

俺は性懲りもなく煽りをぶちかましながら、発動待機状態のスペルをプレイした。
『迷霧(ラビリンスミスト)』――俺たちを包み込むように、濃い霧が発生する。

411明神 ◆9EasXbvg42:2018/12/10(月) 01:39:29
「おら、逃げるぞ。……良いから黙ってついてこい、俺に考えがある」

迷霧で覆われたカジノ周辺から、俺たちは裏路地へと逃げ込んだ。
ここ一週間の探索と、バルゴスからの情報で、俺は入り組んだ裏路地の地理を頭に叩き込んである。
通風孔や抜け道をうまく使えば、ミハエルの視線から逃れることは難しくないだろう。
……まぁ、路地ごと一気に薙ぎ払われたらその時点でアウトなんですけどね、初見さん。

裏路地は大混乱に陥っていた。
港に出現した大怪物から逃げ惑う人々で大通りは混雑し、近道を求めて裏路地にも人が入り込んでいる。
裏路地を縄張りにしているアウトロー達も、この時ばかりは住民を逃がす手助けをしていた。

路地から空を見上げると、リバティウム衛兵団の旗を立てた小型飛空艇が港へと飛んでいく。
遠距離から大砲を撃ち込んでいたが、ミドガルズオルムの放つ水流に撃ち落とされて通りへ落下した。
阿鼻叫喚になる地上の避難民。美しき水の都リバティウムは、今や地獄を切り取ったような有様だ。

「クソ……大砲じゃ歯が立たねえってのか。なんつうもんを喚び出しやがる。
 ざっと見積もってもタイラントレベルの超レイド級……ガンダラであれを起こしたのも、あいつか?」

路地を構成する屋根の上から港の方を確認して、俺は頭を抱えたくなった。
街の反対側にいても姿を確認できるだろう、途方もない巨大さ。
ミドガルズオルムは、最初に衛兵団を撃墜したあとは、天を仰いで咆哮を上げるばかりだ。
ミハエルは『制することができるかどうか』と言っていた。
つまり、まだ完全に制御下におけたってわけじゃないんだろう。

「冗談じゃねえ。ガンダラに続いてリバティウムでも超レイド級かよ。奇跡は二度も起きねえぞ。
 装甲張った飛空艇でも一撃で墜落する攻撃力、かすりでもすれば即海の藻屑だ。
 とっととここから逃げて陸路でキングヒル目指すのが一番オススメの選択肢だな」

タイラントの時のようにはいかない。
あの時は、既にHPが相当減った状態で、しかも弱点が露わになっていた。
だがミドガルズオルムは召喚されたてほやほやで、どこ狙えば良いかも分からない。
ついでに言えば、俺たち自身がライフエイクとの戦いで相当消耗してるってのもある。

「だけど……ここで俺たちが逃げれば、奴は際限なくリバティウムを破壊し尽くすだろう。
 ローウェルのジジイからのおつかいも失敗で、ここでクエストは断絶だ。
 俺たちが元の世界に帰るにせよ、ここに残るにせよ、アレをそのままにはしておけねえ。
 タイラントの時とは違って、俺たちにとっても明確な実害がある」
 
お腹が痛くなってきた……。
逃げ出すのはきっと簡単だ。自分の命を守るだけなら、どうとでもやりようはある。
これから大量に出るであろう死人に目を瞑れば、平穏無事に明日を迎えられるはずだ。
でも、それじゃ多分、この溜飲は下せない。
ライフエイクの目論見は完膚なきまでに叩きのめす。そう決めた。

412明神 ◆9EasXbvg42:2018/12/10(月) 01:39:44
「だから、どうにかしよう。倒せなくても、できることをしよう。
 時間を稼げば、他の十三階梯共が駆けつけていい感じになんとかしてくれるかもしれねえ。
 それに、大昔に一度目覚めたってことは、その時封印する手段があったってことだ。
 ……このままあのドイツ野郎にやりたい放題させとくのも癪だしな」

俺はスマホを手繰って、所持スペルのリキャスト状況を他の連中に見せた。
手札の秘匿とか言ってる場合じゃねえし、俺の場合は手札が知られてもさして問題はない。
そういうデッキの組み方をしている。

「まずは現状確認だ。スペルはどれだけ残ってる?トーナメントで使った分のリキャは回ってねえだろ。
 俺は拘束スペルが4枚、妨害スペルが5、攻撃に使えるのは3だ。
 ただあのクラスの巨体に拘束がまともに効くかは分からねえ。火力に関しちゃ問題外だ」

それから――俺は真ちゃんの方に向き直った。

「あのミハエルとかいうガキ、お前とどっかで会ってるみたいな言い草だったな。
 タイラントの時みたいな白昼夢とかでも良い。あいつについて知ってること、全部話せ。
 ……一人で先走るのは、もうなしだぜ」

現状、真ちゃんは俺たちよりも情報面で一歩先にいる。
こいつの謎フラッシュバックになにか有用な情報があるならそれがベスト。
使えるものは何でも活用すべきだ。

「あの超レイド級に対してつけ入る隙があるとすれば、ミハエル自身ミドガルズオルムを制御しきってねえことだ。
 タイラントみたく目覚めたばっかで判断能力がないのか、『捕獲』がまだできていないのか。
 いずれにせよ、戦闘になればミハエルからミドガルズオルムになんらかのアクションを起こすはずだ。
 その隙を狙って、奴のタブレットを奪うなり破壊するなりすれば、ワンチャンあるかもしれねえ」

問題は、首尾よくミハエルからタブレットを取り上げられても、制御を失ったミドガルズオルムが暴走する可能性があることか。
だから、タブレットは破壊でなく回収して、アンサモンの操作をこっちで行う必要がある。

「狙撃は俺がやる。ヤマシタのオートエイムに命中バフをかければまず外さねえ。
 あとは……狙撃の護衛と、ミドガルズオルムを引きつける役、誰か手を挙げる奴はいるか?」


【超レイド攻略前の作戦会議フェーズ
 明神の提案:ミドガルズオルムを引き付け、隙を見つけてミハエルのタブレットを狙撃】

413五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2018/12/14(金) 21:15:14
戦いは最終局面を迎えようとしている
体勢を整えライフエイクとの決戦
だがその中においてみのりは違和感と共に一つの可能性を感じていた

カジノを崩壊させ一度戦いを止めたのは、ライフエイクを倒さない為であった
儀式は【万斛の猛者の血】が必要であり、その猛者はライフエイク自身も含まれている可能性が高いから
それどころか戦闘行為自体が当てはまる危険性すらあるからだ

しかしシメジからもたらされた情報により、儀式は二段階に分かれている可能性が出てきた
すなわち、【万斛の猛者の血】により伝承の人魚の女王を呼び出し、【人魚の泪】がリバティウムに流れた時点でミドガルズオルム……おそらくは超レイド級モンスターが出現する、というものだ

その違和感が確信に変わったのは瓦礫から現れたライフエイクの言葉
>私は“彼女”に用がある。そのために、長い長い年月を待ち続けたのだ。
>このときを幾とせ待ちわびただろう。王女をこの地上に引きずり出すための
これらの言葉であった

ライフエイクは人魚の泪が水の都を濡らした後に出現するミドガルズオルムについては一切言及していない
あくまで女王を、彼女を呼び出すことを目的としている口ぶりなのだから

なゆたの言うように【人魚の泪】獲得を目的としている自分たちとライフエイクの到達点は同じだ
問題はそのあと如何にミドガルズオルムが出現しないようにするか、という事に焦点が移るのだ
ならば戦いようもまた変わってくるというもの

>その気はないのだろう? その、ちっぽけなお嬢さんの命程度でも大騒ぎしていた君たちなのだからな」
「当たり前ですえ?命の大きさは関係性によって変わりますよってなぁ
あんたはんにとってはちっぽけな命でも、うちらにとっては限りなく大きなものや
同じようにあんたさんにとって大切な命はうちらにとっては限りなく小さなものやぁ云う事、忘れへんでおくれやすえ?」

ライフエイクの言葉に笑っていない目の笑みと共に返しながら、周囲にも話を伝える

「ベルゼブブの時にちょっとそうやったんやけど、知性の高いモンスターにヘイト獲得によるタゲ取り固定はあんまり効果あらへんようなんやね
本能的なヘイトより、感情的な憎しみや戦術の方が優先されるんやろねえ
まあつまりはアレは十分な知性を持っていて対MOBというより対人戦て感じでタゲ取りはあまり意味があらひんぽいんやわ〜
ほやから隙を見つけて物理的に絡みついて動きを封じるからイシュタルごと攻撃したてえな」

みのりに残されたスペルカードは少なく、縫合者(スーチャー)相手となると使えるカードはさらに制限される
フィールド属性を操作してもそれに合わせられては逆効果になるからだ
更にヘイト取りによるタゲ取りが効果ない以上、できる事はこのくらいしかないのだから

414五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2018/12/14(金) 21:17:27
だが、実のところ、みのりの取って重要なのはそこではない
いかにしてライフエイクを無力化した状態で儀式の第一段階【万斛の猛者の血】を揃え人魚を呼び出すか

伝承故に事実関係がどういったものかをそこから導き出すのは危険である
ライフエイクの目的がミドガルズオルムではなく人魚の女王【彼女】であるならば尚更、だ

故に人魚の制御の為にも生かしたまま【万斛の猛者の血】を揃える事が好ましい
この場でライフエイクが直々に戦っているのはおそらくあと一人二人の命で完成するはず
となると、いつ誰を殺すか……という話になるのだから
みのりにとって、命とは大小もあり順位付けができるものなのだから

勿論自分の考えが支持されるとは思っていない
故にあくまで戦闘中の犠牲であるように見せかける必要もあるのだ
みのりは左のペンギン袖の中で二台目のスマホを秘かに用意していた

先陣を切ったのは真一とエカテリーナ
二人がライフエイクに攻撃を加えるさまをみのりは漏らさずに見つめていた
一瞬のスキを突きイシュタルを突っ込ませるために

そのチャンスは真一の〈大爆発(ビッグバン)〉が炸裂した直後
絨毯上になったイシュタルが地を這いその爆心地へと滑りよる

爆炎が晴れたところで標的の足元に辿り着いたイシュタルは、そのタイミングを待っていたみのりは愛染赤糸(イクタマヨリヒメ)を発動させる直前に、それを見た
ライフエイクが背後から槍で貫かれる姿を
金髪碧眼の少年が槍でライフエイクを貫く姿を
そしてその金髪碧眼の少年の顔を


戦闘開始直後に戦闘の相手が倒された事
それによりみのりの考えていた戦闘プランが全て崩れた事
その相手が同じ異邦の魔獣使いである事
その顔と召喚された堕天使(ゲファレナー・エンゲル)によりそれが“金獅子”ミハエル・シュヴァルツァーである事
そして何より、異邦の地にて貴重な同じ飛ばされた人間と出会えたにもかかわらず言い知れぬ不安感を覚えた事


これらが交じり合い、数瞬の空白が生まれみのりは硬直してしまっていた
故にミハエルが魔法陣を展開し門を開いた時の対処が遅れた

ミハエルの言葉が正しければ出現したのは目的の人魚の女王
ライフエイクが殺されている以上、即座に確保しなければいけなかったにもかかわらず、だ

とはいえ、たとえ迅速に対処できたとしてもミハエルの言動から考えれば堕天使に阻止されていたであろう
>「さあ、諸君。ようやく舞台の準備は整った。――――戦争を始めるとしようじゃないか」
その言葉は海面から首を出してミドガルズオルムの圧倒的存在感が、そして言葉から感じられる狂気が強力に裏打ちをしていた


その事態を正確に把握し、的確な対処をとったのは明神であった
ミハエルに怒声を叩きつけながらも『迷霧(ラビリンスミスト)』を発動
態度とは裏腹な行動にみのりは感嘆の笑みを浮かべながらイシュタルをエカテリーナに飛び移らせる
真一に張り付いた藁人形からエカテリーナに一言「真ちゃんをお願いしますえ」と声をかけ走り出した

ミハエルと対峙した様子、タイラントの件を思えば暴走しかねない真一の撤退をエカテリーナに任せたのだ
ミドガルズオルムの出現、異邦の魔獣使いと深くかかわるローウェルの弟子であればミハエルの事も知っているかもしれない
状況を鑑みれば体勢を立て直す旨は伝わるであろう
その思惑を汲み取ってか、エカテリーナはミハエルを一瞥し虚構展開し真一とグラドを飲み込み虚空へと消えていった

415五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2018/12/14(金) 21:20:04
明神の後につき入り組んだ裏路地を駆けていく
ミドガルズオルムは猛り咆哮し、町は大混乱の坩堝と化している
だがそれもつかの間、伝承の通りだとすればすぐにも混乱の坩堝は阿鼻と叫喚の渦と化し一夜にして洗われ更地となるだろう

そんな中で開かれる作戦会議
それぞれの状態を確認作業に入るが、あえてみのりは状態を明かさず
「ほならうちがミドガルズオルムを抑えますわ〜
さっき言った通り、うちは対人戦よりああいったモンスター相手の方が力発揮できるよってな
勿論一人では無理やからこのお二人にご助力願いたいわー」
そういって目くばせする先は『十三階梯の継承者』が一人、"虚構"のエカテリーナ。
そして、『煌めく月光の麗人(イクリップスビューティー)』ステッラ・ポラーレであった

「お二人の力借りられれば意外とこっちの方がはよ終わるかもしれへんし、そうでなくてもやりようがあるよってなぁ」

レイドボスには即死攻撃は無効化という特性がついている
故にポラーレの『蜂のように刺す(モータル・スティング)』が通用するかどうかは不透明なところではあるが、軽く笑いを交えながら話すみのりはそれを承知の上でミドガルズオルムの抑えを申し出ているように話す
そしてそのまましゃがみ込みしめじと目線を合わせ、言葉を続ける

「それでしめじちゃんな、ポラーレのお姉さんはうちが借りてしまうし、このどさくさに紛れて逃げえな
あの金獅子さんはうちらと同じブレイブなんやわ、それも世界一の
多分真ちゃんとなゆちゃんが二人がかりでもまともに戦ったら勝てへん
隙を作るのがせいぜいやろし、守られへんし次は生き返れるとも限られんやしで、列車に戻っとき?な?」

ブレモンプレイヤー1000万人の頂点は伊達ではない
そのプレイ動画はみのりも何度も見ており、トッププレイヤーとの戦いにおいても派手な演出を優先させ尚且つ圧倒的にかつ戦術は目に焼き付いている
更にライフエイクの心臓をその手で貫く程にこの世界に、この世界の戦いに慣れ、言い知れぬ不安感を掻き立てさせるオーラ
今まで幾度も「勝てない」という判断を覆してきた真一達の事を考えても、もはやこの先どうなるかわからないのだから

「まあそれで、金獅子さん実物初めて見たけど、随分と拗らせているような御仁やったねえ
やる気満々で話しても埒が明かんように見えたけど……
ただ、金獅子さんがやった事は、うちらがやろうとしていた事そのものなんよね
その点は手間が省けたゆう事はあっても怒って敵対するようなはずやろ?
それを踏まえたうえで真ちゃんには思うところあるみたいやからうちも聞いときたいわぁ」

みのり自身もミハエルに対し言い知れぬ不安を感じていた
故に真一がミハエルを見た途端にタイラントに見せた時と同じような敵意をむき出しにした真意を聞いておきたかったのだった

【超レイド攻略前の作戦会議フェーズ
ミドガルズオルムを抑える役を買って出る
ポラーレとエスカリーテに協力要請
しめじに避難勧告
真一に真意を問う】

416佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/12/24(月) 16:59:25
>「フフフ……。フハハハハハハハハハ……!」

>「……ス……『縫合者(スーチャー)』……!」
>「どうなってんだ、『縫合者』はローウェルの死後に作り上げられたモンスターだろ。
>ローウェルの生きてるこの時間軸じゃ絶対に生まれるはずのない存在……」

「……『そんな事ある筈が無い』という思い込みを突く事は有効な戦略ですが、流石にこれは予想外です」

哄笑と共に瓦礫を潜り現れたライフエイク。
建造物の崩壊を受けて傷を負ってはいるものの、傷は浅く、戦闘には何の支障もない様だ。
その頑強さは恐るべきものであるが、しかしこれまでの戦いを見る限り、さもありなんと納得できる範囲のものでもある。
本当に驚くべきは、その容貌。
瓦礫によってはぎ取られたスーツの下に存在している、数多のモンスターを継ぎ合わせた様な異形の肉体。
複数の魔物を人工的に融合させたキメラというモンスターがいるが、ライフエイクの体を構成するモンスターの数と質はそれを遥かに上回る。
レイドボス級の魔物さえ縫い合わせ、己が一部とした外法の到達点が一つ。
その名を『縫合者(スーチャー)』。
ブレイブ&モンスターズのストーリー終盤において立ちはだかる強大なボスの名である。
当然、その強さは有象無象のレイドボスを凌駕しており、このリバティウムに現れるモンスターでは相手にならない程に、強い。

(しかも、白服ヤクザは正気を保っています。ストーリー上の『縫合者(スーチャー)』は、縫い合わされた魔物の怨嗟と適合不全による拒絶反応の激痛で発狂していたというのに……!)

正気を保った『縫合者(スーチャー)』……それはつまり、ランダムではなく己の意志で多数のスペルを使い分けて来る存在であるという事。
即ち、上位の『プレイヤー』に匹敵する戦力である可能性を有している事を意味している。
掌に浮かんだ汗を拭いながら、メルトは警戒を最大限に高め、明神の後ろに半身を隠しつつライフエイクを待ち受ける。
そして、そんなメルトを気に掛ける様子も無く、ライフエイクは尊大な態度を崩さず口を開く。

>「私は“彼女”に用がある。そのために、長い長い年月を待ち続けたのだ。
>諸君には、我が大願の礎となって頂こう――死にたくなければ戦うことだ。
>戦うことで万斛の猛者の血は蓄積され、私の開いた門と彼女のいる海底とが繋がれる。
>もし、私の望みを挫く方法があるとするなら……それは諸君らが無抵抗のまま死ぬ、という選択肢のみだが。
>その気はないのだろう? その、ちっぽけなお嬢さんの命程度でも大騒ぎしていた君たちなのだからな」

「っ……」

あけすけな挑発。だが、メルト、その言葉に反論が出来ない。
……恐怖だ。一度は自身を殺したライフエイクへの恐怖が口を噤ませ、足を震わせる。
彼女は思わず一歩、後ろへと下がり

417佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/12/24(月) 17:00:13
>「ハッ……何を言ってやがる。その問題には、第三の選択肢があるだろうが。
>これ以上無駄な血は流さず、人魚姫を喚び出させる前に、テメーをここで秒殺すれば終わる話だ」
>「当たり前ですえ?命の大きさは関係性によって変わりますよってなぁ
>あんたはんにとってはちっぽけな命でも、うちらにとっては限りなく大きなものや
>同じようにあんたさんにとって大切な命はうちらにとっては限りなく小さなものやぁ云う事、忘れへんでおくれやすえ?」
>「てめえの目論見なんざ知るかよ、ライフエイク。一人で気持ちよく演説打ってんじゃねえぞ。
>よくも……よくもしめじちゃんを刺しやがったな。俺の大事な友達を、殺しやがったな。
 その不細工なツラがまともに見れるようになるまでぶん殴ってやるから覚悟しとけ」

真一、みのり、明神

>「アンタが伝承のご当人だっていうなら、アンタに弄ばれた人魚姫のぶんまで殴り倒してやるだけよ!
>さあ――覚悟はいい? ライフエイク! アンタの最後のギャンブルを始めましょうか――!!」

そして、なゆた。

彼等、彼女等の強い言葉が。強い意志が。強い感情が。
誰かの為に怒る事が出来る――――そんな、当たり前のようで当たり前ではない善性が、メルトの震えを止めた。

>「いいだろう。ならば諸君は自らの全てをベットしたまえ。
>諸君らから全てを奪い――私は。私の目的を遂げさせてもらう!」

「……上等です。刺された私の痛みと恨みは、貴方の破産で埋め合わせて貰います」

そして、水の街にて異邦の勇者達と享楽の支配者との決戦の火蓋は切って落とされたのである。


> 「ヤマシタ、『ライトニングブラスト』」
>「――――〈三叉槍(トリアイナ)〉」
> 「虚構展開――――ッ!!」
>「離れろ、エカテリーナ! 行くぜ――〈大爆発(ビッグバン)〉!!」


メルトの眼前で、大規模スペルの打ち合いが始まった。
ライフエイクが予備動作すらなく水槍を撃ち放てば、真一は火炎推進(アフターバーナー〉のスペルを用いる事でグラドの限界速度を超過した回避を行う。
明神はその隙を突きライフエイクの弱点属性を突く事で気を逸らしつつ僅かとはいえHPを削る。
そのダメージを無視しつつライフエイクは真一の挙動を読み、背後からの急襲を試み……だが、第二戦力たる真一自身の機転により迎撃される。
そして、エカテリーナは銀狼へと変じライフエイクの腕を食い千切り、発生した致命的な隙を逃すことなく〈大爆発(ビッグバン)〉のスペルが叩き込まれる。
撃ち合い、読み合い、騙し合い。
ストーリー上の魔物相手とは違う。知略と戦略をぶつけ合うこの戦闘は、プレイヤー対プレイヤーの戦闘に酷似していた。

>「……やったか?」
「いいえ、『縫合者(スーチャー)』の耐久力と性質なら、おそらくは生存しています」

土煙に覆われた視界。
その先に居るであろうライフエイクに備え、メルトは『生存戦略』のスペルをいつでも起動できるように構える。
それほどに警戒をしていたが故だろうか。その声は、メルトの耳に確かに届いた。


>「――――この時を待っていたよ、ライフエイク」

418佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/12/24(月) 17:00:37
戦場と化しているこの場にそぐわぬ、鈴の様に透明な声。
その声を聞いた瞬間……メルトは、直感的に感じた。
それは――――『悪意』。
先程、ライフエイクに刺殺された時と良く似た……しかし、彼の黒い悪意とは異なる、言うなれば『白い悪意』。
言い知れぬ不安に追い立てられるように、ゾウショクを前に出すメルト。

やがて、周囲を覆っていた土煙が風で晴れると、其処には……倒れ伏すライフエイクと、その傍に立つ黒いローブを着込んだ少年の姿。

>「あいつは……!?」
>「タブレット、だと……?つまり奴は、俺たちと同じ――」

真一と明神の双方から驚愕の声が上がる。
前者は少年の事を知っているが故、そして後者は――――少年が手に持つタブレットから、『プレイヤー』である事を推察したが故。

>「召喚(フォーアラードゥング)――――〈堕天使(ゲファレナー・エンゲル)〉」
>「……そう焦るなよ。君たちには、これから紡がれる人魚姫の第二章を、特等席で見せてあげようというのだからさ」

そして、周囲の警戒や驚愕を受ける張本人たる少年は明神の推察が事実である事を裏付ける様に、魔物を『召喚』した。
召喚された魔物名は、堕天使(ゲファレナー・エンゲル)……少年の容貌と、堕天使。

「……ミハエル・シュヴァルツァー……?」

ブレイブ&モンスターズを齧った事の有る人間であれば多くが知っているだろう情報に、ここに来てメルトは思い至る。
そう。眼前に立つ少年は、ブレイブ&モンスターズにおける現王者。即ち、世界最強のプレイヤー。
そのミハエルの登場に誰もが困惑している最中、ミハエルは楽しげな様子で言葉を発する。

>「さあ、今ここに深淵の盃は満たされた。万斛の猛者の血を供物とし、冥府の扉を叩くとしよう。
>目覚めるが良い、人魚族の王女――――“マリーディア”よ」

そして――――言葉と共に『境界門』が開かれた。
カジノに存在していたものとは規模が違う、巨大な門。その中から現れるのは、無数の異形。
だが……その異形の群れの中で、一つだけメルトの見知った人影があった。

>「マリーディア……しめじちゃん、君が見た人魚姫ってのは、あいつか?」
「……そう、です。あの人です」

眼前に現れ――――ライフエイクの亡骸に縋り付き慟哭を上げているその人物は、確かにメルトが死の夢の中で見た女性と同一人物であった。
不気味ではあるが、あまりに悲壮な様子にメルトは声をかけようとし、その直後……海から現れた怪物の咆哮に動きを止めた。
振り返り見れば、そこには巨大な……全てを飲み込まんばかりに巨大な怪物の姿。
その姿を、メルトは知っている。観た事が有る。
海に顕現した怪物は、その怪物の名は

『ミドガルズオルム』

即ち、過去に国を滅ぼした最悪の化生だ。

419佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/12/24(月) 17:01:05
>「さあ、諸君。ようやく舞台の準備は整った。――――戦争を始めるとしようじゃないか」
>「人の頭の上で意味分かんねえこと抜かすなよクソガキ。なげえ御託は終わったか?
>まずそもそも誰だよてめーは。いきなり現れて好き勝手言ってんじゃあねえぞ」

心底楽しそうに、謳う様に語るミハエルと、消え去った人魚の女王、荒れ狂うミズガルズオルム。
それらの状況と異様に呑まれかけたメルトであったが、明神の罵倒により我に返る。
そして同時に……メルトの心にある感情が沸いてきた。
だが、今はそれをミハエルにぶつける時では無い。大事なのは、それを忘れない事。

>「おら、逃げるぞ。……良いから黙ってついてこい、俺に考えがある」
「はい。流石にアレと真正面からぶつかるのは愚策すぎます」

明神の『迷霧(ラビリンスミスト)』に紛れ、メルトはその場から逃走する。
全ては時間を稼ぐ為……この状況においては、正面突破など愚策も愚策
求められるのは、綿密な戦略だ。
恐らく、明神はその事を理解しているのだろう。また一つ、明神への評価を高めつつメルトは街を駆ける。

420佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/12/24(月) 17:01:38
>「さあ、諸君。ようやく舞台の準備は整った。――――戦争を始めるとしようじゃないか」
>「人の頭の上で意味分かんねえこと抜かすなよクソガキ。なげえ御託は終わったか?
>まずそもそも誰だよてめーは。いきなり現れて好き勝手言ってんじゃあねえぞ」

心底楽しそうに、謳う様に語るミハエルと、消え去った人魚の女王、荒れ狂うミズガルズオルム。
それらの状況と異様に呑まれかけたメルトであったが、明神の罵倒により我に返る。
そして同時に……メルトの心にある感情が沸いてきた。
だが、今はそれをミハエルにぶつける時では無い。大事なのは、それを忘れない事。

>「おら、逃げるぞ。……良いから黙ってついてこい、俺に考えがある」
「はい。流石にアレと真正面からぶつかるのは愚策すぎます」

明神の『迷霧(ラビリンスミスト)』に紛れ、メルトはその場から逃走する。
全ては時間を稼ぐ為……この状況においては、正面突破など愚策も愚策
求められるのは、綿密な戦略だ。
恐らく、明神はその事を理解しているのだろう。また一つ、明神への評価を高めつつメルトは街を駆ける。

421佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/12/24(月) 17:01:59
それは、メルトに対する撤退の勧め。
……考えてみれば、当然であろう。現状、メルトはただの足手まといだ。
モンスターは弱く、スペルの構成も脆弱。挙句に、真一の様に本人が戦える訳でもない。
今までは状況からパーティに寄生していたが、それぞれが命懸けのこの状況では、余計な荷物は死因になりかねない。
言葉を受けた直後こそ困惑したが、メルトは年齢に沿わない思考を有している……故に、小さくぎこちない笑みを作り口を開く。

「わかりました……けれど、出来る事はやっておきたいと思います。
 なので、逃げる途中で『戦場跡地』のスペルで街の人達を追い立てて、街から逃がしてみようと思いますが、良いでしょうか……?」

しおらしい返事。いかにも初心者で、いかにも純朴な子供の様な返事だ。
だから当然――――メルトの内心は言葉とは異なっている。

悪質プレイヤーの獲物を横殴りし、ドロップアイテムを奪うような存在。
自身の知らないルールの穴を用いて、自身を嵌めようとする存在。
自信に溢れ、人から愛され、才能に恵まれた存在。

それらは全て、メルトが嫌悪する人間だ。
故にメルトはミハエルに一矢報いる事を画策する。これは、悪質プレイヤーなりの復讐だ。
世界最強がどうしたというのか。表舞台での絶対強者を舞台の外で闇討ちするのが自身の在り方。
自信が奪うのは構わない――――けれど、自身から奪った者には、相応の損失を。

ポケットに仕舞った【狂化狂集剤(スタンピート・ドラッグ)】。
ガンダラで入手した、プレイヤーが入手できないイベント専用アイテムを確認し、真一の話を聞きつつメルトは脳裏で戦略を練り上げる

422佐藤メルト ◆tUpvQvGPos:2018/12/24(月) 20:47:11
>「まずは現状確認だ。スペルはどれだけ残ってる?トーナメントで使った分のリキャは回ってねえだろ。
>俺は拘束スペルが4枚、妨害スペルが5、攻撃に使えるのは3だ。
>ただあのクラスの巨体に拘束がまともに効くかは分からねえ。火力に関しちゃ問題外だ」

「私は……」

始まった作戦会議。その中でスペル確認を求められたメルトは、一瞬躊躇いつつも言葉を紡ぐ。

「状態異常付与が1つ、行動阻害スペルが2つ、状態異常耐性弱体スペルが1つ、回復スペルが2つです……すみません。攻撃に使える物は一つも持っていません」

手札を晒しつつ、謝罪するメルト。
彼女の持つスペルとユニットカードは、ほぼ全てがレア度コモンのカード。
挙句に仕様はプレイヤーへの嫌がらせに特化している。恐らく、ミズガルズオルムに対しては役に立つ事は無いだろう。
唯一「勇者の軌跡」というスペルカードは強力だが……このカードは、ブレイブ&モンスターズにおいて、そもそも実装されていない。
つまり、非合法の手段を用いて入手しているカードだ。ギリギリまで使用も存在を明かすつもりは無いらしい。
最も、蘇生時にスマホを確認されている為、他の面々には承知されてしまっている可能性もあるのだが……死んでいたメルトにはそれは与り知らぬ事だ。

>「狙撃は俺がやる。ヤマシタのオートエイムに命中バフをかければまず外さねえ。
>あとは……狙撃の護衛と、ミドガルズオルムを引きつける役、誰か手を挙げる奴はいるか?」
>「ほならうちがミドガルズオルムを抑えますわ〜
>さっき言った通り、うちは対人戦よりああいったモンスター相手の方が力発揮できるよってな
>勿論一人では無理やからこのお二人にご助力願いたいわー」

そしてどうやら、作戦はミハエルのタブレットを潰す方向で動き始めたらしい。
明神の立てた戦略と、みのりが担うと宣言したミドガルズオルムの引きつけ。
この状況において、メルトは自身がどう動くか思考を巡らせていたのだが、そんなメルトにみのりが声を掛ける。

>「それでしめじちゃんな、ポラーレのお姉さんはうちが借りてしまうし、このどさくさに紛れて逃げえな
>あの金獅子さんはうちらと同じブレイブなんやわ、それも世界一の
>多分真ちゃんとなゆちゃんが二人がかりでもまともに戦ったら勝てへん
>隙を作るのがせいぜいやろし、守られへんし次は生き返れるとも限られんやしで、列車に戻っとき?な?」

「え?」

それは、メルトに対する撤退の勧め。
……考えてみれば、当然であろう。現状、メルトはただの足手まといだ。
モンスターは弱く、スペルの構成も脆弱。挙句に、真一の様に本人が戦える訳でもない。
今までは状況からパーティに寄生していたが、それぞれが命懸けのこの状況では、余計な荷物は死因になりかねない。
言葉を受けた直後こそ困惑したが、メルトは年齢に沿わない思考を有している……故に、小さくぎこちない笑みを作り口を開く。

「わかりました……けれど、出来る事はやっておきたいと思います。
 なので、逃げる途中で『戦場跡地』のスペルで街の人達を追い立てて、街から逃がしてみようと思いますが、良いでしょうか……?」

しおらしい返事。いかにも初心者で、いかにも純朴な子供の様な返事だ。
だから当然――――メルトの内心は言葉とは異なっている。

悪質プレイヤーの獲物を横殴りし、ドロップアイテムを奪うような存在。
自身の知らないルールの穴を用いて、自身を嵌めようとする存在。
自信に溢れ、人から愛され、才能に恵まれた存在。

それらは全て、メルトが嫌悪する人間だ。
故にメルトはミハエルに一矢報いる事を画策する。これは、悪質プレイヤーなりの復讐だ。
世界最強がどうしたというのか。表舞台での絶対強者を舞台の外で闇討ちするのが自身の在り方。
自信が奪うのは構わない――――けれど、自身から奪った者には、相応の損失を。

ポケットに仕舞った【狂化狂集剤(スタンピート・ドラッグ)】。
ガンダラで入手した、プレイヤーが入手できないイベント専用アイテムを確認し、真一の話を聞きつつメルトは脳裏で戦略を練り上げる、

423崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2018/12/27(木) 16:33:31
「金獅子……ですって……!?」

まったく唐突に、なんの前触れもなく現れては怨敵ライフエイクを殺害した少年の姿を見て、なゆたは瞠目した。

ミハエル・シュヴァルツァー。
世界的人気を誇る覇権ゲー『ブレイブ&モンスターズ』の頂点に立つ者。
金獅子、ミュンヘンの貴公子などと呼ばれる彼のことを、なゆたもブレモンプレイヤーとして当然のように知悉している。
過去数回行われ、我こそ最強との絶対の自信を誇る各国のトッププレイヤー、廃課金者、プロゲーマーが出場した世界大会。
その何れもで圧倒的な強さを見せて優勝した彼の顔と名前を、よもや間違えるなどということはあり得ない。

そのミハエルが、なぜこのアルフヘイムにいるのか。なぜリバティウムにいるのか。
なぜ、自分たちの敵として立ちはだかっているのか――

その全てに対して、なゆたは何らの理解に到達することもできなかった。

>さあ、諸君。ようやく舞台の準備は整った。――――戦争を始めるとしようじゃないか

ミハエルが大きく両手を広げる。その姿はまるで、これから演奏を始めようとする指揮者(コンダクター)のようだ。
実際、ミハエルは奏でるつもりなのだろう。
人々の悲鳴を。阿鼻と叫喚を。
嘆きを、怒りを。蘇った伝説の魔物の咆哮を。――破滅の音楽を。

ミハエルが何の目的でそれをしようとしているのかも分からない。正常な人間の思考としては度を越えている。
だが、彼が冗談や酔狂でそんなことをしようとしているのではない、ということだけは、どうにか理解できた。

>おら、逃げるぞ。……良いから黙ってついてこい、俺に考えがある

明神がスペルを発動させ、一行は路地裏にいったん退避した。
背後では派手な砲撃の音や、人々の逃げ惑う声。建物が破壊される轟音が鳴り響いている。

世界蛇ミドガルズオルム――通常のボスキャラであるレイド級モンスターをはるかに超越した、超レイド級。
もはや天災にも等しいその暴威を前に、リバティウムが瞬く間に瓦礫と変わってゆく。

>まずは現状確認だ。スペルはどれだけ残ってる?トーナメントで使った分のリキャは回ってねえだろ。

「ゴッドポヨリンは使えない……わたしが『分裂』のスペルカードを使いきっちゃったから。
 どのみちあの超レイド級には効かないだろうけど。今は、ベストコンディションの三分の一ってところかな……」

スマホを手繰り、手持ちのスペルを確認する。
ポラーレとの戦いで、主なカードは使用してしまっている。リキャストするのは最低でも明日の話だろう。
つまり――なゆたとポヨリンは戦いにはまるで役に立たない、ということだ。
手向かったところで、敵とさえ認識されず跳ね返されるのがオチだろう。

>あの超レイド級に対してつけ入る隙があるとすれば、ミハエル自身ミドガルズオルムを制御しきってねえことだ。
>その隙を狙って、奴のタブレットを奪うなり破壊するなりすれば、ワンチャンあるかもしれねえ
>あとは……狙撃の護衛と、ミドガルズオルムを引きつける役、誰か手を挙げる奴はいるか?

「…………」

明神が作戦の提案をするのを、なゆたは黙して聞いた。
確かに、現状ミドガルズオルムは見境なく暴れているだけのように見える。
とすれば、明神の言う通りミハエルの持つタブレットさえ奪ってしまえば、何とかなる……のかもしれない。
狙撃の護衛は難しい。元々なゆたのデッキは防御向けではないバリバリのアタッカーである。
それはみのりの方が相応しいだろう、と思う。実際にみのりがその役目に立候補した。
残る役目は囮だが、それもできるとは言えない。何せスペルカードが足りないし、囮とは何よりも目立つ必要がある。
蟻のような小ささのなゆたとポヨリンがミドガルズオルムの足許をうろついたとしても、一顧だにされないだろう。
現状、なゆたに出来ることは何もなかった。せいぜいがリバティウム住民の避難誘導くらいか。

だが、なゆたが沈黙していた理由は護衛や囮の役に立てないから――ということだけではなかった。

424崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2018/12/27(木) 16:38:22
>お二人の力借りられれば意外とこっちの方がはよ終わるかもしれへんし、そうでなくてもやりようがあるよってなぁ

「ううむ……私の『蜂のように刺す(モータル・スティング)』は必殺にして極美の攻撃だが、さすがに自信はないな。
 サイズが違いすぎる。試してはみるがね。
 本来諸君とは正式な契約を結んでいないから、モンスターとして君たちの指示を受けることは御免蒙るが――。
 共闘ということならいいだろう。弟から君たちのことを頼まれているということもある。
 ここで君たちを死なせて、涙に暮れる弟を慰める方が私にとっては骨だ」

そう言って、ポラーレはばちーん!と長い睫毛とメイクに彩られた片目をウインクさせた。快く手を貸すと言っている。
エカテリーナも同様に協力を快諾するだろう。どのみち、どうにかしなければならない相手だ。野放しにはできない。

>それでしめじちゃんな、ポラーレのお姉さんはうちが借りてしまうし、このどさくさに紛れて逃げえな
>わかりました……けれど、出来る事はやっておきたいと思います。
 なので、逃げる途中で『戦場跡地』のスペルで街の人達を追い立てて、街から逃がしてみようと思いますが、良いでしょうか……?

みのりがメルトにも避難勧告を行う。
当然だ、何せメルトは先程まで死んでいたのだから。体力だって充分に戻っていないだろうし、彼女にできることはない。
尤も、なにもできないのは自分だって同じだ。であるなら、いっそメルトを保護して一緒に列車に戻るべきなのかもしれない。
足手まといにならない――それが非戦闘員にできる、唯一にして最高のサポートなのだから。

>それを踏まえたうえで真ちゃんには思うところあるみたいやからうちも聞いときたいわぁ

みのりが真一に問う。それは、少し前に明神が真一に対して告げた問いとほとんど同じだった。
そして、なゆたもそれに同意する。
自分たちがミハエルに会うのはここが初めてだったが、真一だけは先んじて彼に会っていたかのような反応を見せていたからだ。
だとすれば。ふたりの間にはどんな因縁があるのか?それを聞いておかない限り、こちらも対策の取りようがない。

「……真ちゃん」

小さく呟く。今は、真一が短慮を起こさず冷静に事態の収拾に務め、情報を開示してくれることを願うのみだ。

真一の話を聞き、なんとか事情を理解して、なゆたは改めて頭の中で状況を整理する。
ミハエルは恐らく、ずっと前から自分たち『異邦の魔物使い(ブレイブ)』を監視していたのだろう。
そして、一網打尽に撃滅する機会を窺っていた。自らの敵として。

――わたしたちは、アルフヘイムの『王』に召喚された。でも彼は違う……?
――彼はニヴルヘイムの何者かによって、この世界に召喚されたってこと? だからアルフヘイム破壊のために行動している?
  
真一からの情報を聞いてなお、不確定で不明な要素が多すぎる。なゆたは右手を顎先に添え、俯いて眉を顰めた。
ひとつ言えることは、ミハエルはこのまま矛を収めはしないだろうということ。リバティウムを破壊し尽くすだろうということ。
ここで踏ん張らなくては――自分たちは死ぬ、ということ。

ならば。

――どうすれば、ミドガルズオルムを鎮めることができるの……?

パーティーの皆が皆、対ミドガルズオルムの方策を模索する中、なゆたもまた頭をフル回転させてあらゆる可能性を探った。

ミハエルの説得――不可能。
ガチンコの殴り合いでミドガルズオルムを制す――不可能。
援軍――期待薄。仮に来たところで返り討ちに遭い、被害が増す確率高し。
諦めて逃げる――論外。

なんとか知恵を絞って、ミドガルズオルムを戦い以外の方法で鎮めなければならない。
そう。撃破するでなく、封印するでなく。
あの超レイド級モンスターを『鎮める』方法を。

425崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2018/12/27(木) 16:43:32
なゆたの心の中で、ずっとずっと引っかかっていることがある。
それは『人魚の泪』の根幹にかかわること。悲劇の御伽噺の中では語られることのなかったこと。

『メロウの王女は、なぜ泣いた?』

その一点が、御伽噺を聞いた瞬間からずっとなゆたの胸に棘のように突き刺さっている。
普通に解釈すれば、王女は愛を誓い合ったはずの青年に裏切られたことに対して絶望し、怒り、慟哭したのであろう。
その尽きせぬ憤怒が、怨嗟が、結果として世界蛇の降臨を招いた。そう考えるのが普通だ。
しかし。

――本当にそう? 彼女は……怒りや憎しみで涙を流したの?

なゆたには、それがどうにも腑に落ちない。
メロウの王女は心優しい女性だった。どんな種族も互いに理解し合い、手を取り合い、愛し合えると信じて疑わなかった。
侵略の脅威におびやかされても、決して希望を捨てなかった。愛し合い、認め合い、理解し合うことを願った。
王国が滅びても。最後のひとりになっても。

そんな王女が、最後の最後に自らの信念を捨てるだろうか?
愛は幻想だった。融和など空言だった。自分のしてきたことは全くの無意味だった、世界は絶望で満ちていると――
そう、思うだろうか。
もちろん、なゆたには王女の気持ちなど分からない。ただ想像するだけだ。
実際にはその通りだったのかもしれない。心から愛したはずの、分かり合えたはずの恋人の姿を敵の陣中に見出し。
裏切られた、と憎悪の念に身を焦がしながら死んでいったのかもしれない。王女の気持ちは、王女本人にしか分からない。

けれども。……それでも。

――違う。

なゆたは、そう断言した。
絶望はしただろう。慟哭もしただろう。その悲しみはいかなる海溝よりも深く、どんな高峰よりも高かったはず。
けれど。『悲しみには種類がある』。
憤怒や怨嗟の念によって励起された悲しみでなく、きっと王女の悲しみは――

『自らの愛が足りなかった。愛する彼を過ちの道から救い出すことができなかった』

そんな、自責の念から導き出された悲しみだったのではないか――と、なゆたは思った。
なゆたがそんな理解の方向に至ったのには、理由がある。
それはとれもなおさず『なゆたにもそういう経験があるから』だった。

かつて真一が不良としてケンカに明け暮れていた頃、なゆたはそんな真一を更生させようとずいぶん骨を折った。
真一につっけんどんで素っ気ない態度を取られても、決して諦めなかった。鬱陶しいくらい付き纏った。
自分が胸襟を開いて話し合えば、きっと真ちゃんはわかってくれる。ケンカもやめてくれる。
昔みたいに仲良くできる――そう信じて疑わなかったから。

尤も、そんななゆたの献身はことごとく空振りに終わり、僧侶である父に『あの年頃の男の子はそういうもんだ』と諭され。
父の助言に従ってほんの少しだけ距離を取ると、真一はいつの間にか不良を卒業して元に戻っていたのだが。

もちろん、なゆたの体験がそのままメロウの王女に当てはまるということはないだろう。
その証拠に、御伽噺の中の王女はライフエイクへの説得を試みることなく自害してしまっている。
だが、なゆたはこれだけは誓って断言できるのだ。

『一度裏切られたくらいでダメになってしまうほど、恋ってものはヤワじゃない』と――。

メロウの王女がミドガルズオルムを召喚してしまったのは、彼女の意思によるものではないとなゆたは考える。
ミドガルズオルム召喚のトリガーはあくまで王女の魔力でしかなく、それが解放されるプロセスなどは関係ないのだ。
だとするなら。望まぬ召喚によって狂乱を強いられているミドガルズオルムがミハエルに従わないのは当然と言えよう。

426崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2018/12/27(木) 16:45:52
また、ライフエイクについても謎がある。
みのりが内心で気付いたように、またなゆたもその違和感に気付いていた。
ライフエイクはミドガルズオルムの召喚に関しては、ただの一言も言及していない。
まるで、ミドガルズオルムのことなど最初から知らないか――『そんなものに興味はないとでも思っているかのように』。
そうだ。
ライフエイクの望みは、あくまでもメロウの王女。かつて愛し合い、自ら裏切った恋人との邂逅にあったからである。
で、あるならば。ミハエルが味方であるはずのライフエイクを殺害したのも説明がつく。
ミハエルの目的はミドガルズオルム復活とアルフヘイムの破壊にあったが、ライフエイクはあくまで王女との再会が目的。
両者の目論み、そしてその到達点には明らかなズレがある。
だからこそミハエルは最後の万斛の猛者としてライフエイクを選び、用済みになった者の排除と計画の成立を成し遂げたのだ。

メルトの指摘通り、ゲームのイベント内で接敵する『縫合者(スーチャー)』は正気を失い、発狂していた。
縫い合わされた魔物の怨嗟と、適合不全による拒絶反応。
それらが齎す激痛はいとも簡単に本体の理性を、人格を、ありとあらゆるパーソナリティを揮発させてしまう……はずである。
だというのに、ライフエイクは正気を保っていた。しかも、現実が御伽噺に代わるほどの長い年月を。
それは、まさに常人には想像さえつかない強固な意志力。精神力の賜物ではなかったのか?

ライフエイクにそれほど長い間正気を保たせた、その意志の源とは何か?
それもまた王女の気持ちと同様に想像するしかなかったが、なゆたにはひとつ心当たりがあった。

人の命を捨て、人ならぬモンスターになってまで、ライフエイクが追い求めたこと。
想像を絶する激痛に抗いながら、長い長い年月を待ち続けた、その真意。
それがもし、なゆたの想像する通りのものだったとしたら――。

「……みんな。わたしに考えがある。力を貸してくれる……?
 うまくいけば、ミドガルズオルムを鎮められる。金獅子の鼻を明かしてやれる。すべてが丸く収まる……。
 そして――きっと。わたしたちは『それをするためにここにいる』んだ」

決然とした表情で、なゆたはパーティー全員の顔を見回した。
ミドガルズオルムを力で打倒することはできない。明神が最初に考えた作戦通り、ミハエルからタブレットを奪う必要がある。
従って最初は明神に巧くその作戦を為遂げてもらわなければならない。
自分の作戦は、その先。ミドガルズオルムにどう対処するか?という点に主眼が置かれていた。
世界一のプレイヤーであるミハエルに制御できないものが、自分たちにできるとは到底思えない。
よしんば制御できたとしても、王女の嘆きの具現であるミドガルズオルムを通常のモンスターとして使役なんてできなかった。
それは文字通り、王女に永劫の慟哭を強いる行為だからである。
また、これまで通り王女を海底に還したとしても、それは根本的な解決にはならない。
王女が海底で哭き続ける限り、いつまたミハエルのような邪悪な目論みを企てる者が出ないとも限らない。
メロウの王女の悲恋に関する伝承は、尽きせぬ哀しみは、ここで終止符を打たなければならないのだ。

なゆたは仲間たちから視線を外すと、

「ポヨリン!」

そう、鋭く呼んだ。

『ぽ、ぽよよっ……!ぽよ〜っ!』

やや離れた場所からポヨリンの声がする。見ればポヨリンは何かをずるずると引きずり、こちらに運ぼうとしている最中だった。
それは、ミハエルによって心臓を貫かれたライフエイクの亡骸。
ポヨリンはなゆたの作戦によって、いち早くライフエイクの亡骸を回収しに行っていたのだ。
なゆたは仲間たちに自分の考えを手短に説明した。

「人魚姫の泪が憎悪や怒りによるものじゃなく、あくまでも愛によるものなら。
 ライフエイクが人の姿を捨ててまで求めたものが、人魚姫との再会にあるのなら。
 活路はそこにある……シンプルな話よ。わたしたちはただ『ふたりを会わせてあげればいい』――!」

とはいえ人魚姫は人魚の泪に変わってしまったし、ライフエイクは死んでいる。
再会も何もあったものではない――が。

427崇月院なゆた ◆POYO/UwNZg:2018/12/27(木) 16:50:21
「ライフエイクが『縫合者(スーチャー)』でよかったわ。グロいしキモいし、全然わたしの趣味じゃないけど。
 でも――わたしでも簡単に生き返らせられるから」

なゆたはそう言うとライフエイクの亡骸を一瞥し、スマホをタップした。
そして『高回復(ハイヒーリング)』のスペルを切る。
ライフエイクの肉体が淡い治癒の光に包まれ、ミハエルによって開けられた胸の大穴が塞がってゆく。
普通なら、肉体の欠損を復元させたところで一旦死んだ者が生き返ることはない。
しかし、ライフエイクは『縫合者(スーチャー)』。
複数体の魔物の肉を、命を繋ぎ合わせ、人外の生命を獲得したレイドボスであった。

『縫合者(スーチャー)』は繋ぎ合わせた魔物の数だけ固有スキルを行使できる。
そして、ゲーム内ではvs『縫合者(スーチャー)』戦の際、プレイヤーはその身体にある複数のターゲットを選択し攻撃するのだ。
つまり――

ライフエイクの命は、ひとつではない。

「……がはッ!」

傷がすっかり塞がると、それまでぴくりとも動かなかったライフエイクの肉体が僅かに震える。
やがてライフエイクは苦しげに一度血を吐くと、うっすら目を開けた。

「……どういう……ことだ……?」

穴の開いていたはずの胸に触れ、上体を起こしたライフエイクが呟く。
なゆたは腕組みしてリバティウムの支配者を見下ろした。

「アンタのことはムカつくし、しめちゃんを一度は殺した敵だし。絶対に許してなんてやらないけど。
 でもね……それじゃ何の解決にもならないから。第一、アンタの恋人が悲しいって泣いてるから。
 だから。……アンタの望み、叶えてあげる。王女さまに会いたいんでしょ? そのために、何千年も過ごしてきたんでしょ?」

「……なんだと? 正気かね……? 私は君たちの敵だぞ? 君たちの命など顧みもしない。
 目的のためには手段を選ばない男だぞ……?」

ライフエイクが怪訝な視線を向ける。
この水の都で気の遠くなる年月を過ごし、カジノの胴元として権謀術数の中に身を置いてきた男だ。
なゆたの行動が理解できないというのも無理からぬ話だろう。
だが、そんなことはなゆたには関係ない。びっ、と右手の人差し指でミハエルとミドガルズオルムの方を指差す。

「うっさい! つべこべ言うな! さあ、王女さまはあっちよ。金獅子の手の中で、王女さまが待ってる。
 会いに行きなさい――そして、言いたいこと全部。ぶちまけてきなさい!
 その上で、アンタがまだ王女さまを泣かせるなら。そのときこそ、全身全霊でアンタをぶん殴る!!」

なゆたは叫んだ。
そして、パーティーの皆にもできる限りライフエイクがミハエルへと到達する手助けをしてほしい、と頼む。

「わたしのしてることは間違ってるかもしれない。致命的な過ちなのかもしれない。
 でも……ごめん。わたしはそれをしたいんだ。人魚姫の涙を、止めてあげたいんだ。
 みんな、お願い……力を貸して!
 ポヨリン、いくわよ!」

『ぽよっ!』

スマホをタップし、残り少ないカードを選ぶ。ポヨリンが魔力の煌めきを帯びる。
ミハエルの身は、彼に守護天使の如く寄り添う『堕天使(ゲファレナー・エンゲル)』が守っている。
ライフエイクがミハエルに到達し、その手の中の『人魚の泪』を奪取するのは至難の技であろう。
だが、なゆたはそれが成されることを信じた。当然、それは可能であるべきと思った。


なぜならば――


悪者の手の中に囚われた王女というものは、古今東西。恋人の手によって取り戻されなかったことがないからである。


【ライフエイクを蘇生させ、無理矢理味方に。王女との再会によるミドガルズオルムの沈静を画策】

428名無しさん:2019/01/09(水) 21:50:14
>「うっさい! つべこべ言うな! さあ、王女さまはあっちよ。金獅子の手の中で、王女さまが待ってる。
 会いに行きなさい――そして、言いたいこと全部。ぶちまけてきなさい!
 その上で、アンタがまだ王女さまを泣かせるなら。そのときこそ、全身全霊でアンタをぶん殴る!!」

なゆたの啖呵を聞いたライフエイクは吹っ切れたようにふっと笑った。

「いや、全く違うはずなのにどこかアイツに似ていると思ってな」

彼は、かつてとある大国の王子だった。
幾星霜もの年月の果てに今では姿も忘れてしまった何者かに、言葉巧みに騙されたのだ。
曰く、メロウの国がその強大な魔力を用いての地上の侵攻を企んでいる
自分を匿ったのは、地上の情報を引き出すための策略だった――
誓い合った愛も偽りで、ただ篭絡されて騙されていただけなのだと。
潰さなければ潰される――そう思い込まされた彼は、苦悩の末にメロウの国の侵略を決めた。
王女の慟哭を聞き、自らが正体知れぬ悪意の罠にはまったのだと気付いた時には、何もかも遅すぎた。
その時彼は決意した。どんなに長い時がかかろうと、どんな手段を使ってでも王女と再会すると。
人の身を捨て《縫合者(スーチャー)》となり、狂気に堕ちてもその目的だけは決して忘れることは無かった――
そして今。まんまとミハエルに利用され、またしても同じ過ちを繰り返してしまった。
しかし以前と違うことは、今回はまだ挽回できるかもしれないということだ。
自らの目的のために容赦なく踏み躙ったにも拘わらず、それでも尚手助けしてくれる酔狂者がいるのだから。

「ミハエル――貴様の好きなようにはさせない!」

ライフエイクはミハエルを睨み据え、一歩一歩歩みを進めていく。

「ふふっ、あははははは!  予想外の展開だ!
僕の考えた筋書きとは違うがこれはこれで面白いじゃないか!
いいだろう、止めてみたまえ。出来るものならね!
――〈堕天使(ゲファレナー・エンゲル)〉! 全力で相手をして差し上げろ!」

ミハエルは余裕綽綽な態度で〈堕天使(ゲファレナー・エンゲル)〉にライフエイクの阻止を命じた。

429カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/01/21(月) 23:40:33
【キャラクターテンプレ】

名前: 美空 風羽(みそら かざは)→カザハ
年齢: 気分は永遠の17歳→マジで外見17歳
性別: 女→少年型
身長: 165→165
体重:標準→風の妖精なのでとても軽い
スリーサイズ:標準→少し細身
種族: 人間→シルヴェストル(風の妖精族)
職業: 窓際会社員→異邦の魔物使い?
性格: 地球では冴えない陰キャラだったがこの世界で秘めたる愛や勇気を開花させていく……のか!?
特技: 弟を尻に敷くこと(色んな意味で)
容姿の特徴・風貌: 少し尖った耳に薄緑色のセミショートヘアー、いかにもな風魔法使いっぽい服装
簡単なキャラ解説:
地球では地味で冴えないオタ会社員で、両親は2年ほど前に謎の失踪を遂げ、実家で弟と二人暮らしをしていた。
スマホゲームは管轄外だったが、世界的プレモンプレイヤーの謎の失踪のネットニュースを見て
弟と一緒に興味本位でダウンロードしたところ、起動した瞬間にトラックが自宅に突っ込んできた。
その拍子に二人揃って異世界転移。
何故かその際に種族まで変わり、少年型のシルヴェストル(風の妖精)となっていた。
ついでに少しばかりの戦闘能力も得たようで、弟(下記)の背に騎乗し一体となって戦う戦闘スタイルを取る。
尚、地球での生死は不明。

【パートナーモンスター】

ニックネーム:カケル(人間だった頃の名前は美空 翔(みそら かける))
モンスター名: ユニサス
特技・能力: 高速飛行・風の攻撃魔法と低威力の回復魔法が使用可能・角と蹄を使った近接戦も少々
容姿の特徴・風貌: 角と翼の生えた白馬 つまりユニコーン+ペガサス
簡単なキャラ解説:
就職に失敗し姉宅(実家)の自宅警備員兼家政夫を務めていた弟。
この度の異世界転移で人型ですらない種族になってしまった上に姉のパートナーモンスター扱いに。
姉には元から尻に敷かれていたが文字通りの意味でも尻に敷かれる羽目になってしまった。
テレパシーのようなもので姉とは意思疎通ができる。

【使用デッキ】

・スペルカード
「真空刃(エアリアルスラッシュ)」×2 ……対象に向かって真空刃を放つ。
「竜巻大旋風(ウィンドストーム)」×2 ……竜巻を発生させて攻撃。
「俊足(ヘイスト)」×2 ……対象の移動速度・素早さを飛躍的に向上させる。
「自由の翼(フライト)」×2 ……物にかけた場合、浮遊させて意のままに動かす。
敵にかけた場合、相手の抵抗を破れば同上。味方にかけた場合は対象に飛行能力を与える。
「瞬間移動(ブリンク)」×2 …… 対象を瞬間的に風と化すことで近距離感を瞬間移動。
「烈風の加護(エアリアルエンチャント)」×2 ……対象の体にかけた場合は風の防壁を纏わせる。
武器や爪にかけた場合は風属性の攻撃力強化。
「風の防壁(ミサイルプロテクション)」×1……飛び道具による攻撃を防ぐ防壁を展開
「癒しのそよ風(ヒールブリーズ)」×1 …… 一定時間中味方全体の傷を少しずつ癒し続ける。
「癒しの旋風(ヒールウィンド)」×1 ……味方全体の傷を癒やす。
「浄化の風(ピュリフィウィンド)」×1 ……味方全体の状態異常を治す。

・ユニットカード
「風精王の被造物(エアリアルウェポン)」×3 ……風の魔力で出来た部防具を生成する。
「風渡る始原の草原(エアリアルフィールド)」×1……フィールドが風属性に変化する。
「鳥はともだち(バードアタック)」×1……大量の空飛ぶモンスターを召喚し突撃させて攻撃

430カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/01/21(月) 23:41:47
阿鼻叫喚のリバティウム。
逃げ惑う群衆の中に、一人の少年がいた。といっても人間ではない。
薄緑色の髪に少し尖った耳――アルフヘイムに存在する種族の一つ、風の妖精シルヴェストルだ。

「あれは世界蛇”ミドガルズオルム”……伝説は本当だったのじゃ!
もうこの街はおしまいじゃぁあああああ!」

やたらと説明臭い台詞で絶望している爺さんを尻目に、少年はどさくさに紛れて、
どういう原理か翼生えた白馬を召喚し、飛び乗る。

「早く逃げるよ!」

しかし、白馬の方は飛び立つ様子はない。

《……戦わなくて良いのですか?》

「アホか! あんなんと戦ったら死んじゃうじゃん! もう死んでるかもしれないけど!」

《姉さん、小学生のころの将来の夢が勇者でしたよね。
16歳の誕生日に親から伝説の剣を渡されて実は代々続く勇者の一族であることが明かされて
魔王を倒す旅に出るんだって言ってましたよね》

「黒歴史を掘り起こすんじゃねぇ!」

《その心配は無用です。私の声、姉さん以外には聞こえませんから》

普段ならそれはそれで一人で馬と会話している危ない人に見えるだろうが、
尤も、この状況では誰も他人のことを気にしている余裕はないのでどちらにしろその心配は無用だ。
一人と一匹が押し問答をしているうちに、この辺でこいつらの境遇を説明しておこう。
一言で言うとブレモンを起動した瞬間に家にトラックが突っ込んできて気付いたらこの世界にいた。
ついでに種族も変わっていて弟に至っては人型ですらなくなっていた。
普通は異世界転生ものといったら最初に神様的なやつが出てきて説明してくれるものだが、そういう説明は一切無く。
右も左も分からずフラフラしていたところにナビゲーター妖精みたいな奴が現れて
リバティウムに行って”異邦の魔物使い”の一行に合流するように、と無責任なアドバイスだけしてどこかに去っていった。
行く宛ても無いのでとりあえずその言葉に従いリバティウムに来てなんとなくトーナメントを観戦していたところ、見つけたのだった。
スマホを操作しモンスターと共に戦う少年と少女――”異邦の魔物使い”。
探して声でもかけようかと思っていたところでカジノの方で爆発が起こり、有耶無耶のうちにトーナメントは中止。
更には海から巨大な化け物が現れて今に至るという訳だ。

431カザハ&カケル ◆92JgSYOZkQ:2019/01/21(月) 23:42:55
「その魔法の板……そなた、もしや異邦の魔物使い(ブレイブ)ではないか?
どうか我らをお助けくだされ……!」

押し問答をしているうちに、説明臭い台詞で絶望していた爺さんが気付かなくていいことに気付いてしまった。
シルヴェストルのローブ状の裾から除く腕に取り付けた”魔法の板”に目ざとく目を付ける。
周囲の人もその言葉に反応し、引くに引けない状況となった。

「異邦の魔物使いだって……!? 伝説は本当だったんだ!」
「すっごく強いんでしょ!?」

「え、いや、まあ……それほどでも……あるかな!?」

幼き日、いつか勇者になるんだと目を輝かせていた少女は、
ヤンキーやギャルが支配する地球社会に揉まれるうちにいつしか陰キャラになり果てた――
ついに幼き日の夢を叶えるチャンスが巡ってきたのだ!

《――いつ勇者になる?》

「今でしょ! 〈俊足(ヘイスト〉!」

自分達に速度強化のスペルをかけ、常識を超えた高速飛行を可能とする。
風の妖精を乗せた純白の天馬――逃げ惑う人々の目には、それはいかにも絵になる光景に映ったことだろう。
純白の翼をはためかせ、超高速でミドガルズオルムの前を横切る。
そして街とは逆の海の方で滞空し――

「〈竜巻大旋風(ウィンドストーム〉!」

渦巻く真空刃の攻撃スペルをぶち込む。
並のモンスターの大群なら一瞬で吹き散らす大規模攻撃だ。
しかしそれも、ミドガルズオルムの固い鱗の前では意味を成さない――否、確かに効果はあった。
大蛇が街の方への攻撃をやめ、彼らを見据える。
今まで街の方へ向けて撃っていた水流を矢継ぎ早に狙い撃ちで放ってきた。

「おんぎょおおおおおおおおおお!? 避けて避けてマジで避けて!」

《言われなくてもやってます!》

最初一瞬ちょっと期待できそうな絵面に見えたのは気のせいだったのだろう、全く絵にならない光景となった。
〈俊足(ヘイスト〉の効果で間一髪のところで避け続けるが、ついにそれも限界がくる。
水流が容赦なく彼らを撃ち抜いた――と思われたが。

「危ねぇええええ! 〈瞬間移動(ブリンク)〉間一髪!」

ほんの僅かにずれた場所にいた。攻撃が当たる瞬間に瞬間移動のスペルを発動したのだ。

とはいえ、〈瞬間移動(ブリンク)〉が使えるのもあと一回。このままではジリ貧だ。

「ああ弟よ、今のポク達、最高に勇者だよね!」

《うん、無謀ともいうけどね! 夢がかなって良かったね!》

不吉なことに、この世には陰キャラがいきなり輝いたら死亡フラグというジンクスが存在するのだ。
旗をへし折ってくれる者を求む。切実に。

432embers ◆5WH73DXszU:2019/01/25(金) 23:30:39
【キャラクターテンプレ】

名前:■■■■/(プレイヤーネーム:■■■■)
   “燃え残り”エンバース(embers)
年齢:不明
性別:男
身長:178cm
体重:20kg
スリーサイズ:燃え落ち、欠けている
種族:“燃え残り”エンバース(embers)
職業:無職
性格:疲れ果て、もう何も失いたくない
特技:生存
容姿の特徴・風貌:燃え残り、辛うじて五体満足な人体/チェーンメイル/ボロ布同然のローブ
簡単なキャラ解説:
2年ほど前にアルフヘイムに転移。しかし召喚された地はいかなる因果か、当時ゲーム内に断片的なデータのみが存在するだけだった未実装エリア。
共に転移した仲間達となんとか攻略を進めていくも、最終的にルート選択に失敗。
仲間を全員失い、挙げ句旅路の果てに運命の行き止まり――シナリオの結末に辿り着いてしまい、自らも死を選んだ。
――はずだったが、どういう訳かモンスターとして蘇ってしまい、その後は故あってリバティウムを訪ねていた。

なお彼が冒険した『光輝く国ムスペルヘイム』は、実際のブレモンには滅びた後の『闇溜まり』として実装されている。

“燃え残り”は闇溜まりに出現するモンスターの種族名。基本的には炎耐性持ちのアンデッドのようなもの。

【パートナーモンスター】

ニックネーム:フラウ
モンスター名:メルテッド・W
特技・能力:伸縮可能な肉体による剣技/体力、防御力の高いぶよぶよの体/再生能力
容姿の特徴・風貌:白い人型の生物が溶けて、ゲル状に成り果てたモノ
簡単なキャラ解説:
強烈な呪いの炎によって溶けて、しかし生き残ってしまったモンスターの成れの果て。
本来の姿は騎士竜ホワイトナイツナイト。
白夜の騎士と名付けられた美貌は見る影もないが、
ユニットとしてはリーチが長く、かつ高耐久とまとまった性能。

【使用デッキ】
・スペルカード
「握り締めた薔薇(ルーザー・ローズ)」×2 ……対象に特殊バフ『残り火』を付与する
「奪えぬ心(ルーザー・ルーツ)」×2 ……対象に特殊バフ『内なる大火』を付与する
「蓋のない落とし穴(ルーザー・ルート)」×2 ……フィールドを縦断、または横断する大穴を生成する。落下すると炎属性の継続ダメージを受ける
「見え透いた負け筋(ルーザー・ルール)」×2 ……対象に特殊バフ『被虐の宿命』を付与する
「奮起(リバーン)」×2 ……対象のHPを中程度回復する
「死に場所探り(ネバーダイ)」×2 ……味方全体に時間経過によって減少していく特殊HPを付与する
「縋り付き燃ゆる敗者の腕(ジョイント・スーサイド)」×1 ……対象の味方ユニットを中心に長時間燃え続ける炎を発生させる
「縫い留められし怨念(ドント・エスケープ)」×2 ……指定地点を中心に長時間燃え続ける広範囲の炎を発生させる
「牙?く負け犬(ダブルタスク)」×1 ……使用した瞬間もう一度行動が可能になる。また一定時間スペルが2連続で使用出来る

・ユニットカード
「道見失いし敗者の剣(ダークナイト)」×1 ……柄以外が見えない剣を生成する。
「抱かば掻き消える儚き陽炎(ロスト・グッド・エンド)」×1 ……炎属性の味方ユニットを4体召喚する。ユニットは短時間で消滅する
「破壊されるべき光輝の炉(イビル・サン)×1 ……指定地点に巨大な炉を落下させる。炉は一定以上のダメージを受けるか、時間経過により大爆発を起こす
「魂香る禁忌の炉(レベルアッパー)」×1 ……指定地点に巨大な竃を落下させ、対象を閉じ込め継続ダメージを与える
                        対象が内部で死亡した場合、任意のユニットに特殊バフ『レベルアップ!』を付与する

433embers ◆5WH73DXszU:2019/01/25(金) 23:31:41
「……ここまで来て、これかよ」

紅々と燃える炎を抱えた、石造りの巨大な焼却炉。
その中に身を投げる/炎が絶えぬよう未来永劫その傍らに在り続ける。
それだけが今の■■■■に残された、たった二つの選択肢。

「俺は……俺達は……ただ元の世界に帰りたかっただけだ」

世界地図の最東端/光輝く国ムスペルスヘイム――ブレイブ&モンスターには存在しなかったはずの国。
未実装のエリアとイベント――その渦中に放り込まれ、それでも必死に生き抜いてきた。
だが結局失わずに済んだのは己の命だけだった。

確実に分かっている事――どちらのルートを選ぼうと、もう望んだエンディングには辿り着けない。
ここが結末なのだ。物語はもう修復不可能。
待っているのはバッドエンド/デッドエンド――その二つだけ。

「なのに、なんでこうなった」

焼成炉の中で、かたり、と鳴る音。
ついさっき炎の中に身を投げていった先客――その骨が熱に歪む音。
炉を覗き込む――見えるのは嘲り笑うように口元を歪めた髑髏。
怒りに任せて炉に叩きつけられる拳。
先客は容易く崩れ落ち――炎の底へと消えた。

「……お前の言う通りになんて、なってやるかよ」

覚悟を決めた/あるいは全てを諦めた――それ故の、迷いのない声。
擦り切れだらけの学生服から取り出される、ひび割れたスマートフォン。
そして血塗れの右手で画面をタップ。

「これはもうゲームじゃない。だからこの物語のエンディングは、俺が決めるんだ」

液晶画面から溢れる燐光/描き出されていく人型の輪郭。
この世界に迷い込んで以来、ずっと共に歩んできた無二の相棒。
純白の甲殻を身に纏った騎士のごとき竜――ホワイトナイツナイト。

「フラウ」

■■■■は相棒の名を呼ぶ/液晶画面をもう一度タップ――ありったけのスキルを発動。

「やっちまえ」

鞭のようにしなる刃の右腕――瞬きの内に放たれる二十の剣閃。
切り刻まれる焼却炉/瞬間溢れ返る太陽のごとき炎。

434embers ◆5WH73DXszU:2019/01/25(金) 23:32:03
否、違う。ごときではない。
それはまさしくこの国の太陽だったのだ。
命を薪に炎を育み、豊穣と繁栄を、そしてその裏に闇を生み続けてきた太陽。

それは■■■■が冒険の終わりに求めていた物ではなかった。
一体どこで間違えたのか、元の世界へ戻るルートには入れなかった。
一緒に帰りたかった者達も既に一人もいなくなった。

今更この国の為に薪になってやれるほど■■■■はお人好しではなかった。
だが呪われた炎の傍らで未来永劫、新たに送り込まれてくる『薪』を焚べ続ける火夫。
そんなものに成り果てるのも御免だった。

故に――選んだのは予定調和の外側。
これがゲームであって欲しいくらい悲惨な、現実だからこそ選べた選択肢。

国中へと溢れていく太陽の炎。
邪悪な太陽の恩恵を受け続けた国/積み上げられた罪――全てが燃えていく。

「……熱いだろ、フラウ。一足先に、休んでくれ」

慣れた手付きでスマホを操作/相棒をアンサモン。
名残を惜しむように頬に触れた白い左手が、淡い光に逆戻りして消失。

一人きりになると、■■■■はその場に膝から崩れ落ちる。
そして相棒が宿るスマホと、仲間達の遺品を秘めた鞄――それらを抱きしめるように丸くなる。
それきり、動かなくなった。

「……疲れた」

呟き、物語の終わりに望んだのは一刻も早く燃え尽きて、消えてしまいたい。
それだけだった。

435embers ◆5WH73DXszU:2019/01/25(金) 23:33:10
     
     
     
だが――その望みは叶わなかった。
最初に感じたのは息苦しさ。
水中ではない、自分は地中に埋まっている――そんな事を考える余裕はなかった。
ただ恐ろしいほどの閉塞感から逃れたい。
その一心で藻掻き、地の底から這い出た。
瞬間襲いかかる、視界を灼く眩い光/頬を撫でる風/潮の匂い/空気の味/波の音。
永い間眠り続けていた五感が悲鳴を上げる。
悲鳴を上げて虫のよう丸まり、頭を抱え、感覚の嵐が治まるのを待つ。

それからなんとか人心地ついて――■■■■は理解した。
自分は生き返った/あるいは生き残った。
瞬時に紡ぎ出される次の思考――もう一度死のう。

しかし、それはすぐには実行出来なかった。
立ち上がりざま、足元でかしゃんと響く音。

視線を下へ――燃え残っていたのは自分だけではなかった。
呪われた炎の中で最後まで離さなかった物。
相棒が宿っていたスマートフォン/旅を共にした皆の形見。

それらを目にした時、欲が出たのだ。
最後はバッドエンドだった――だが確かに楽しかった旅路の残滓が、この世界に残り続けて欲しいと。

壊れているとは言え魔法の板に、異世界からの漂流物。
美術館/商人/魔法学者/貴族/王家――大切に扱ってくれるだろう候補はいくらでもある。
そう考えて、■■■■は歩き出した。

まずは街を目指さなくては――大きな街がいい。
――商業の街リバティウムなら、この遺品の価値が分かる者もいるだろう、と。

436embers ◆5WH73DXszU:2019/01/25(金) 23:38:39
そして今――■■■■は辿り着いたリバティウムで、阿鼻叫喚に囲まれていた。
前触れもなく海から現れた怪物――ミドガルズオルム。
その顎門から放たれたブレスが、瞬きの間にリバティウムを縦断。

飛空艇の墜落する音/建物の崩れ落ちる音/逃げ惑う人々の悲鳴。
それらに囲まれて――■■■■は駆け出した。

「……駄目だ。こいつらを道連れには、出来ない」

ミドガルズオルムとは正反対の方向へ。
決して手放さぬよう両手でしかと握りしめるのは、肩にかけた革鞄の帯。

かつて異世界の旅路を共にした友の、そしてそれ以上だった者の形見。
あんな化物に殺されてしまえば、それらは己の肉体もろとも粉々にされる。
皆がこの世界にいた証が完全に失われる。
そんな事は認められない。

せめて誰か、信用出来る者に鞄を預けなければ。
その一心で■■■■は駆ける。
だがついこないだ蘇ったばかりの、天涯孤独のモンスターがそう都合よく、そんな人間を見つけられる訳もない。

そんな事は分かっていた。
それでも誰かいないかと■■■■は走り――しかし不意に足を止めた。
声が聞こえたのだ――逃げ惑う人々の流れから外れた路地裏から。

女子供/老人/怪我人/重病人――大穴で恐ろしく図太い神経を持った火事場泥棒。
いずれにしても見過ごす事は出来なかった。

「おい、アンタ達。こんなところで何してる。さっさと逃げないと……」

路地裏に踏み込んだ■■■■が再び足を止めて、今度は言葉も失った。
年若い少女が手にした魔法の板――スマートフォンを目にした瞬間に。

「……ブレイブ?」

437embers ◆5WH73DXszU:2019/01/25(金) 23:39:22
しかし困惑は一瞬。

「今すぐ逃げるんだ。あんな奴の相手をする必要はない。
 逃げて、元の世界に帰る方法を探すんだ。物語に深く踏み込めば、帰れなくなるぞ」

■■■■はすぐに眼の前の少女の肩を両手で掴んだ。

「ゲームの登場人物は、画面から飛び出してこないものだ。そうだろう?
 だけど丁度良かった。君達になら安心してこれを預けられる。役に立つかは分からないが……」

肩から鞄を外して一方的に話を進める■■■■は、しかしふと気付いた。
現在地は路地裏/少女は見るからに未成年/一方で自分は――年齢不詳の無職。
加えて己の外見――歩くぼろぼろの焼死体。
それらの情報を包括的に見て考えると――自分は今、限りなく不審な人物であると。

「……あー、いや、勘違いしないでくれ。俺は怪しい者じゃない。
 通りすがりの……えーと……元、ブレイブなんだ。
 名前は……今はちょっと思い出せないけど……」

慌てて弁解を連ねる焼死体もどき――しかし信用度を稼げている気がしない。
なんなら余計に墓穴を掘り進んでいる気すらする。
ひとまず少女から手を離すべきだが、焦るあまりそんな簡単な事が思いつけない。

リバティウムに突如として現れた超レイド級モンスター、ミドガルズオルム。
それとは全く関係ない薄暗い路地裏で、何もかもを失った敗北者の冒険が――再開する前に終わろうとしていた。

438明神 ◆9EasXbvg42:2019/01/28(月) 00:50:51
逃げ惑う人々の怒号と悲鳴、それをかき消すようなミドガルズオルムの咆哮。
空襲を受けた激戦区みたいな混乱を背景に、俺たちの作戦会議は続く。

レイド戦ってのは80割が参加者の募集と打ち合わせフェーズだ。
戦闘が始まれば細かい相談をしてる暇なんかないし、臨機応変にも限界がある。
お互いに何が出来て何が出来ないのか、どのタイミングでどんな支援が必要なのか。
コミュ障お断りのハイパー陽キャ向けコンテンツ、それが高難度レイドなのだ。

俺と石油王の問に、真ちゃんはミハエルについて知ってるだけの情報を述べた。
ミハエルと真ちゃんはトーナメントの会場で一回、遭遇している。
その時はまだお互い世間話を交わしただけらしかったが、真ちゃんはこの時点でミハエルを"敵"と認識していた。
タイラントの時と同じだ。こいつはどういうわけか、アルフヘイムに害なす者を嗅ぎ分ける鼻を持ってる。

それが世界を救う為にブレイブに与えられた加護なのか、真ちゃんがナチュラルに持ってる第六感なのか。
今はどっちだって良い。少なくともタイラントの件で、そいつが信じるに値うるものだってことは分かった。

「俺たちがアルフヘイムの使徒なら、あの野郎はニブルヘイムの使徒ってわけか?
 解せねえな、プレイヤーなら全員アルフヘイム側の存在なんじゃねえのか。
 召喚者によって陣営が変わる?2つの勢力に分かれて争う大規模PvPってところか。
 クソゲーがぁ、パッチノートに書いとけっつったろこういうことはよ……」

ほんと運営さんのそういうとこ良くないと思いますよ俺は!
後のプレイに大きく影響与えるような情報を伏せてんじゃねえよ!
これ課金コンテンツだったら返金騒動モノだかんな!?

何も明らかになっちゃいねえけど、少なくとも待ってたって事態は好転しないってことは分かった。
ミハエルは明確にリバティウムの、ひいてはアルフヘイムの破壊を目的に動いてる。
仮にミドガルズオルムをどうにか出来ても、奴を野放しにしてる限り同じことが続くだろう。
それこそ、タイラントをぶっ倒しても今こうやってミドやんが暴れてる現状のように。

>「ほならうちがミドガルズオルムを抑えますわ〜
 さっき言った通り、うちは対人戦よりああいったモンスター相手の方が力発揮できるよってな
 勿論一人では無理やからこのお二人にご助力願いたいわー」

ミド公のタゲ取りに石油王が手を挙げた。
異論はない。というか石油王の他にあのクラスの敵の引き付けなんざ出来る奴はいない。
タンクの仕事は本職に任せるのが一番だろう。

「頼んだ。あいつの火力マジでやべえから無理だけはすんなよ。
 さっきはこの街を守るとか青臭ぇこと言ったが、第一に優先すべきはあんた自身と、俺たちの人命だ」

純粋にヘイト稼ぎと防御に徹するなら、属性的に有利の取れるカカシはそうそう落ちはしないだろう。
それでも、単純なステータスの差でゴリ押しされれば耐えきれるかどうかは未知数。
多分このパーティで一番危険に晒されるのは石油王だし、奴もそれは承知の上で立候補してる。
お姉ちゃんとエカテリーナには死んでもこいつを守ってもらわなきゃならねえな。

「待て、何故妾がさらっと作戦に組み込まれている……?
 あの詐術師には個人的な借りがあればこそ、ここまで共闘はした。
 だが妾にはこれ以上貴様らに手を貸す理由などなかろう」

狼からいつの間にか人型に戻ったエカテリーナが今更不平を垂れやがった。
何なんこいつ……空気を読めよ空気をよ。そんなんだからおじいちゃんに怒られんねんぞ。

「カテ公さぁ……なんでこの土壇場でそういうこと言うの?野良ボスのお姉ちゃんですら仲間面してんじゃん。
 なっ、乗りかかった船じゃねえか、このままいい感じになし崩しで力貸せよ。どうせ暇だろ?」

「暇ではない。妾は断じて暇人ではない。カテ公とは何だ、そのような呼び名を赦した覚えはない」

439明神 ◆9EasXbvg42:2019/01/28(月) 00:51:57
ふえぇ……めんどくさいよぉ……。
そういやこいつそういうキャラだったわ。働くのにいちいち理由求めるタイプの奴だったわ。
なぁなぁで共闘してくれたマルグリット君ってマジで(都合の)良い奴だなぁ。

「カテ公じゃ不満か?じゃあこういうのはどうだ。
 ――俺は、お前の本当の名前を知ってるぜ」

「…………!!」

カテ公の背筋が硬直し、帽子の向こうの双眸が僅かに見開かれた。
"虚構"のエカテリーナ。真名を失いし者。
変幻自在を繰り返すうちに真実を忘れ、いつしか虚構だけで形作られた存在。

実装分のメインシナリオをクリアしてる俺は、奴の未来を知っている。
その末路も。そして、エカテリーナが生涯を費やして取り戻そうとした、本来の名前も。

「お前が存在の全てを虚構に溶かして消滅する前に、お前の真名を教えてやる。
 それでどうだ?お前がこれまで自分探しにかけてきた時間を思えば、断然お得な取引だろ」

「貴様、何故それを……いや、何をどこまで知っている?」

「マルグリットから聞いてねえのか。俺たちゃ"神の御手"、この世界のことは割となんでも知ってんだよ」

エカテリーナは再び、虚構を見抜くその両眼で俺を睨み据えた。
そして、俺の言葉に偽りがないと理解したのか、自分の肩を浅く抱いて一歩下がった。
ウソ発見器持ってる奴が相手だと交渉がスムーズで助かるわ。腹の探り合いとかクソだるいからね☆

「交渉成立だな、お前の持ち場はあっちね。対価は示したんだ、給料分は働けよ」

>「それでしめじちゃんな、ポラーレのお姉さんはうちが借りてしまうし、このどさくさに紛れて逃げえな
 あの金獅子さんはうちらと同じブレイブなんやわ、それも世界一の
 多分真ちゃんとなゆちゃんが二人がかりでもまともに戦ったら勝てへん
 隙を作るのがせいぜいやろし、守られへんし次は生き返れるとも限られんやしで、列車に戻っとき?な?」

二人の手駒を従えた石油王は、戦場に赴く前にしめじちゃんに声をかけた。
俺も何か声をかけようとして、でも何も言えなかった。
しめじちゃんに避難を促す言葉はウソになる。俺は彼女に逃げて欲しいとは思っちゃいないからだ。

ここがどんなに危険でも、命の保障がないのだとしても。
俺はしめじちゃんに、傍に居て欲しかった。合理的な理由なんか一つもない、単なる感情論だ。

正直、ミドガルズオルムは恐ろしい。ミハエルも行動原理がサイコパスじみててマジで怖い。
煽り文句でどうにか自分を鼓舞しちゃいるけど、吹けば飛ぶような強がりでしかない。
俺は実際のところ臆病なパンピーだから、重責と危険に晒されてとんずらしないとは言い切れなかった。
俺のことが信用ならないのは俺が一番よく知ってるからな。

だけど、しめじちゃんが後ろに居てくれるなら、少なくとも俺は一人で逃げ出したりしない。
もうあんな思いは御免だ。絶対に、今度こそ、しめじちゃんを死なせない。
ヘタレでビビリな俺にも、それだけは確かな意志として胸の裡にあった。

>「わかりました……けれど、出来る事はやっておきたいと思います。
 なので、逃げる途中で『戦場跡地』のスペルで街の人達を追い立てて、
 街から逃がしてみようと思いますが、良いでしょうか……?」

だから、しめじちゃんが撤退を遅らせる提案をした時、俺は内心嬉しかった。
口に出しちゃうとマジで情けない話になるから言わなかったけれど。

「俺はそっちの方が助かる。ミハエルの野郎はリバティウムの住民なんか虫ほどにも感じちゃいねえ。
 流れ弾が直撃しても寝覚めが悪いし、奴が住民を人質に取らないとも限らねえからな。
 不確定要素はなるたけ排除しておくべきだ。しめじちゃん、住民の避難誘導は任せて良いか」

440明神 ◆9EasXbvg42:2019/01/28(月) 00:52:37
それに……俺はもう知っている。
しめじちゃんが、佐藤メルトが、『守られて右往左往するだけの弱者』なんかじゃないってことを。
彼女はおそらく、単なる正義感から避難誘導に立候補したわけではあるまい。
今この段階じゃなんとも推測しかねるが、戦場に留まるのには何か別の狙いがあるはずだ。
しめじちゃんが近くに居てくれるのは、純粋に、心強かった。

「あとは……なゆたちゃん、君はどうする」

沈黙を保ち続けるなゆたちゃんに、俺は水を向けた。
さっきの現状確認では、彼女はトーナメントでほとんどのスペルを吐き出したと言っていた。
パーティのメイン戦力、頼みの綱のゴッドポヨリンさんは明日までログインしてこない。
如何に趣味ビルドでガチガチに鍛えたと言っても、スライムじゃミハエルの堕天使に太刀打ち出来ないだろう。

戦術や鍛錬じゃどうにも出来ない『レア度差』という隔たりが、このクソゲーには存在する。
まぁそれをどうにかしやがったのがモンデンキントとかいうスーパースライム馬鹿なんだけど、
その薫陶を受けたなゆたちゃんと言えどもスペルなしの素殴りじゃ限界はある。

>「……みんな。わたしに考えがある。力を貸してくれる……?
 うまくいけば、ミドガルズオルムを鎮められる。金獅子の鼻を明かしてやれる。すべてが丸く収まる……。
 そして――きっと。わたしたちは『それをするためにここにいる』んだ」

何事か思案し続けていたなゆたちゃんは、不意に俺たちを見回して口を開いた。
まるで、長い数式の果てに回答を導き出したかのような、確信めいた口調だった。

「急になんだよ。何を思いついたってんだよなゆたちゃん。
 あの怒り狂って暴れてるミドやんを、なだめすかして穏便にお帰りいただける方法があるってのか?
 ……フカシじゃねえだろうな。ありゃ二三発ぶん殴って止まるようなもんじゃねえぞ」

>「ポヨリン!」

なゆたちゃんは返答の代わりに自分のパートナーを呼んだ。
どこに行ってたのかポヨリンさんはズルズル何かを引きずりつつ駆け寄ってくる。
いやこれマジで何よ?なんかすげえグチャミソのボロ雑巾みたいだけど……。

「ってお前、これ!ポヨリンさんが咥えてんの、ライフエイクの死体じゃねーか!」

辛うじて五体っぽい原型をとどめている肉塊は、よく見たらライフエイクだった。
ミハエルに叩き潰された挙げ句、ミドやん復活の余波でズタズタになった死体。
ポヨリンさんはそれをなゆたちゃんの前に放り出す。

>「人魚姫の泪が憎悪や怒りによるものじゃなく、あくまでも愛によるものなら。
 ライフエイクが人の姿を捨ててまで求めたものが、人魚姫との再会にあるのなら。
 活路はそこにある……シンプルな話よ。わたしたちはただ『ふたりを会わせてあげればいい』――!」

「ちょ、ちょっと待て!お前一体何するつもり――」

>「ライフエイクが『縫合者(スーチャー)』でよかったわ。グロいしキモいし、全然わたしの趣味じゃないけど。
 でも――わたしでも簡単に生き返らせられるから」

俺が制止するより早く、なゆたちゃんはスマホを手繰った。
スペルが発動――『高回復』の光がライフエイクの死体を包み込み、傷を癒やしていく。
やがて、機能を停止していたライフエイクの肉体が、命を取り戻した。

縫合者は、いくつもの魔物を融合させて造り上げたキメラ系統の最上位モンスター。
つまり複数の命を身体に宿しているということであり、その全てを潰さなければ完全な死は訪れない。
ゲーム上ではHPを0にしさえすれば全部の命を殺すことが出来たが……ここは微妙に仕様の異なる世界。
ミハエルによって貫かれた"以外"の命は、未だ健在だった。

441明神 ◆9EasXbvg42:2019/01/28(月) 00:53:23
>「……がはッ!」
>「……どういう……ことだ……?」

回復が完了し、気道に溜まった血を吐き出すと、ライフエイクは目を白黒させながら周りを見回した。
いやホントにどういうことだよ!せっかく死んだこいつを蘇生するとか何考えてんだなゆたちゃん!

>「アンタのことはムカつくし、しめちゃんを一度は殺した敵だし。絶対に許してなんてやらないけど。
 でもね……それじゃ何の解決にもならないから。第一、アンタの恋人が悲しいって泣いてるから。
 だから。……アンタの望み、叶えてあげる。王女さまに会いたいんでしょ? そのために、何千年も過ごしてきたんでしょ?」

未だ状況を理解出来ていないライフエイクと俺をよそに、なゆたちゃんは頭上から言葉の洪水をぶつけた。
そして俺もようやく脳みそが追いついてきた。なゆたちゃんが、これから何をしようとしているのか。
――ライフエイクに、何をさせようとしているのか。

ミドガルズオルムを目覚めさせたのは、ライフエイクでもミハエルでもない。
『人魚の泪』の主、マリーディアその人だ。
絶望と哀しみによって溢れた泪が呼び水となって、"海の怒り"はこの世界に解き放たれた。

さらに元をたどって何故、マリーディアは泣いたのか。
それは、クソ女たらしのライフエイクと離れ離れになった、別離の哀しみ。
あの人魚姫は裏切られてなお、ライフエイクを想い、求めて泪を流している。

そして――ライフエイクもまた、人魚との邂逅を望んでいた。
奴が求めていたのは『ミドガルズオルム』ではなく、『人魚の泪』。
俺が煽り代わりに提示した"死者の蘇生"に、少なからず執着していた理由。
全ては、はじめから一本の線で繋がっていたのだ。

なゆたちゃんは、言わばガスの元栓を締めようとしている。
ミドガルズオルムを現界させている魔力の供給源、『人魚の泪』。
人魚の泪が発生する原因となった、マリーディアの哀しみ。
マリーディアに哀しみをもたらした、ライフエイクとの別離。

上流の上流、根本の根本を為すその問題さえ解決すれば、ミドガルズオルムがこの世に存在する理由はなくなる。
あの超レイド級を、戦うことなく再び海の底に鎮めることが、できる。

442明神 ◆9EasXbvg42:2019/01/28(月) 00:53:54
「自分が何やろうとしてるか分かってんのか、なゆたちゃん」

言いたいことは分かる。頭では理解出来る。
だけどそれは、散々煮え湯を飲まされたライフエイクさえも、救ってやるってことだ。
奴がこれまでしてきたことを思えば、おいそれと賛同することは、俺には出来なかった。

「こいつは、ライフエイクは!しめじちゃんを殺したんだぞ。俺たちを陥れようとしたんだぞ。
 そして今、裏切り者の分際で、昔の元カノに再会しようとしていやがる。
 どの面下げてマリーディアに会うつもりか知らねえし、知りたくもねえ。
 これまで散々他人の人生を弄んできた奴が、今更幸せになろうなんて虫が良すぎるだろ」

ミハエルの乱入で消化不良になっていたライフエイクへの怒りが、今になって腹の中で燃えている。
わかってる。これが最善だ。ライフエイクの協力なしに、ミドガルズオルムを再封印なんて出来っこない。

「織姫と彦星じゃねえんだぞ。いい年こいた男女の逢い引きを、俺たちが手助けしてやるってのか?
 クソ野郎とバカ女の、云百年越しの傍迷惑な恋物語を、今さら大団円で終わらせようってのか?
 そんなの――」

だから、俺がこいつを助けるに値する、理由付けが必要だった。

「――すげえ面白そうじゃん。やってやろうぜ」

俺はもしかしたら、とんでもない選択ミスをしたのかもしれない。
とっとと逃げればいいのに、訳の分からん仕事を背負い込んで自縄自縛に陥ってるのかもしれない。

だけど、どこまで行っても、結局俺はゲーマーなのだ。
未完結のシナリオがあるのなら、最後まで見届けたくなっちまう、そういう習性の動物だ。
そして俺は、そういう自分が……嫌いじゃなかった。

 ◆ ◆ ◆

443明神 ◆9EasXbvg42:2019/01/28(月) 00:54:23
さて、方針はこれで決まった。
石油王とNPC二人はミドガルズオルムのタゲを取って街の被害の防止。
しめじちゃんは撤収しつつ住民の避難の高速化と誘導。
なゆたちゃんはライフエイクと一緒にミハエルから人魚の泪を奪う。
そして俺は、ミハエルの手元を狙撃してタブレットの奪取だ。

俺が直面している課題はふたつ。

一つは、今しがた戦闘画面で確認したけど、やはりというかミハエルは防御障壁を張ってやがる。
あんだけ大っぴらに姿見せてんだから狙撃に対する警戒は当然と言えば当然だ。
ヤマシタの攻撃力じゃ、バフかけてもミハエルの障壁は突破出来ないだろう。
ただまぁこれに関しては、どうにかする方法は既に考えてある。

もう一つは――ミハエルが従えているパートナー、『堕天使』だ。
奴の傍をつきっきりで護衛しているあのモンスターが居る限り、矢は障壁にすら届くことなく撃墜される。
制空権を完全に取られている以上、狙撃はまず不可能と考えていいだろう。

堕天使(フォーリンエンジェル)。
ガチャ産モンスターの中でも数えるほどしか居ない最高レアに君臨する、排出確率0.001%の"宝くじ"だ。
その性能は単独でレイド級に匹敵し、そこにスペルが加わればもはや手の付けようもない。
同じ悪魔族のバフォメットが10匹で襲いかかっても、上空からの爆撃で消し飛ばされるだろう。
広範囲・高火力の遠距離攻撃に加え、接近戦でもベルゼブブを瞬殺するデタラメぶりだ。

いやマジでさぁ、開発はバカなんじゃねえの……?
なんぼなんでもこんなクソふざけたスペックのモンスターを対人ゲーに実装すんなよ。
ゲームバランスの崩壊どころじゃねぇだろこれ。戦術要素ゼロじゃん?
そらミハエル君も世界チャンピオンになるわ。あいつ事故って死なねーかな。

「なゆたちゃん、とにかくどうにかして堕天使を抑え込んでくれ。
 倒せはしなくても、あの六枚羽根を破壊して飛行不能にすれば、制空権は取り戻せる。
 奴がこの空を明け渡したときが、俺の狙撃チャンスだ」

手の中にあるスマホを手繰り、ブレモンのアプリを一旦バックグラウンドにして待受画面を表示。
幸いにもスマホは、ブレモン以外の機能も一応使えるみたいだ。
つっても、圏外になってるから写真やら動画みたいなオフライン環境で動くアプリしか利用できないが。
その中にある俺の目当ては、『周回用.apk』というタイトルのアプリデータだ。

周回要素の強いゲームには大抵、自動で操作して周回や狩りを行う外部ソフトウェアがある。
いわゆるBotやマクロと呼ばれるソフトだ。もちろん規約違反だし、使用がバレればBANは免れない。
一回BANされてから封印してたけど、まぁこの世界からアカウント停止を食らうことはあるまい。

俺はマクロが十全に動作することを確認してから、ブレモンアプリをバックグラウンドから呼び戻した。
これで準備は整った。あとは堕天使さえどうにか出来れば、あのクソガキからタブレットを取り上げられる。
俺は仲間たちを見回した。なゆたちゃんは既に臨戦態勢だ。

「よし、作戦は頭に入ったな。ライフエイク君が告りに行くの、手伝ってやろうぜ」

いざ出陣、と意気込み新たに声をかけたその時、不意に隣から声が聞こえた。

>「おい、アンタ達。こんなところで何してる。さっさと逃げないと……」

この路地裏は既に住民が逃げ去った地区にあるから、俺たち以外にここへ足を踏み入れる者が居るはずもない。
何事かと振り向けば、ぶすぶすと煙を吹く焼死体と目(?)が合った。
死体ではあるが、自立歩行し、こちらへ向かってくる……つまり、アンデッドだ。

「うおおおおっ!?なんだお前っ!ヤマシタ――」

迫りくるアンデッドを咄嗟に排除せんと俺はスマホを手繰る。
だが、召喚ボタンをタップする寸前に、アンデッドの呟いた声が耳に届いた。

444明神 ◆9EasXbvg42:2019/01/28(月) 00:54:50
>「……ブレイブ?」

「……何だと?」

このアンデッド、見た目からするに後半のマップ"闇溜まり"に出現する『燃え残り』。
俺たちが構えたスマホを見て、確かに『ブレイブ』と言った。
この世界でブレイブがどのくらい知名度のある存在なのか不明だが、少なくとも、認知と会話を行う知能がある。
単なるバグ湧きのエネミーじゃないってことだ。

>「今すぐ逃げるんだ。あんな奴の相手をする必要はない。
 逃げて、元の世界に帰る方法を探すんだ。物語に深く踏み込めば、帰れなくなるぞ」
>「ゲームの登場人物は、画面から飛び出してこないものだ。そうだろう?
 だけど丁度良かった。君達になら安心してこれを預けられる。役に立つかは分からないが……」

燃え残りはなゆたちゃんの肩を掴んでまくし立てる。
逃げろと、何かを受け取れと、早口で喋る。
俺はその両腕を払い除けて、なゆたちゃんとの間に立った。炭化した皮膚っぽい何かがパラパラと宙を舞った。
こえーよ。ブレモンはホラーゲーじゃないんですよ。

「ちょっと待てや!唐突に意味深なこと言いながら話を進めんじゃねえ!
 まずお前は何なんだよ、ミドやんの犠牲者がもうアンデッドになったのか?
 燃え残りってこんな平和な地域にポップするモンスターじゃねえだろ」

問いかけつつも、俺にはなんとなくこいつが何なのか分かってしまった。
元の世界。ゲーム。このアルフヘイムでそんな用語を口にする奴はそう多くはない。
つまり……

>「……あー、いや、勘違いしないでくれ。俺は怪しい者じゃない。
 通りすがりの……えーと……元、ブレイブなんだ。名前は……今はちょっと思い出せないけど……」

ブレイブ。この世界に放り込まれた、俺たちと同じ境遇の持ち主。
いやでも、"元"って何だよ。そんでなんでブレイブ様が焼死体になってその辺彷徨いてんだよ。
アンデッド化したブレイブなら俺の友達にも一人居るけどさぁ。

「とにかくなゆたちゃんから離れろや!お前死んでから鏡で自分のツラ見たことねーのか?
 火葬場から直接こっちの世界に転移したってんならそれはもうご愁傷様だがよ」

登場と言い、言動と言い、なんもかんもが急過ぎるわ。
ほんで後生大事そうに抱えてるそのカバン、何入ってんだそれ。

「その荷物、別に誰かに預けんでもインベントリにしまっときゃ良いだろ。
 スマホないの?"元"ブレイブっつったが、スマホぶっ壊しでもしたのか」

ブレイブをブレイブたらしめる証、『魔法の板』ことスマートフォンは、そうそう壊れるもんじゃない。
何らかの魔法的な保護が働いているのか、少なくとも落としたくらいじゃビクともしなかった。
試掘洞潜ってる時に何度か高い位置から地面に直撃しちゃったけど、それでも傷ひとつついちゃいない。
多分システム的に破壊不可能オブジェクトとして扱われるんだろう。

「あんたが何者なのかすげえ気になるけどよ、ぶっちゃけ今は新キャラ登場でワイキャイやってる場合じゃねえんだ。
 あの化物をどうにかする方法はそこの女子高生がもう思いついた。準備も覚悟も完了してる。
 ローウェルのジジイのおつかいも終わらせなきゃならねえ。つまりなぁ……」

俺は燃え残りの肩を掴み返して言った。

「逃げろじゃねえんだよ。おめーが逃げんだよ!」

445明神 ◆9EasXbvg42:2019/01/28(月) 00:56:43
掴んだ肩の感触は、死体のくせになんか生暖かった。
燃え残りを解放して、しめじちゃんに声をかける。

「しめじちゃん、撤収ついでの避難誘導にこいつも連れてってくれねえか。
 四の五の言いやがったら捕獲してゾウショクの後輩にでもしちまえ――」

闖入者の処断を速やかに済ませた俺は、ミドやんの様子を確認する為に上空を振り仰いだ。
視界を横断するように、何かが空を駆けていくのが見えた。

「何だありゃ!?」

いやホントに、何だありゃとしか言いようがなかった。
ミドガルズオルムへまっしぐらに吶喊していく飛行物体は、よく見りゃ羽の生えた馬。
飛空艇より遥かに高速で飛翔する馬には、小柄な子供っぽいのがひっついていた。

「リバティウム衛兵団の二次隊か?いやでも、あれ人間じゃねえよな……」

馬と乗り手はミドやんの背後、つまり海側へと回り込む。
そして、ミドやん目掛けて魔法を放った。

>「〈竜巻大旋風(ウィンドストーム〉!」

乗り手から射出された、真空刃のつむじ風。
それはミドガルズオルムの背中に直撃し――ダメージはごくわずか。
しかし、街へ散発的に攻撃を繰り出していたミドやんの目が、初めて海側へと向いた。
ヘイトを取ったのだ。

>「おんぎょおおおおおおおおおお!? 避けて避けてマジで避けて!」

イラついたミドやんが水ビームをやたらめったら撃ちまくる。
馬と子供は空中を機敏に移動してビームを避けまくるが、ジリ貧には違いなかった。

「やべえ、変な奴がいきなり来て横殴りしやがった!あいつこのままじゃ撃ち落とされて死ぬぞ!
 ……石油王!」

俺は一言、石油王を呼ぶ。こいつならそれで十分意図を理解して動いてくれるだろう。
まぁ意図もなにも、タゲ取り早くしてやくめでしょってだけなんですけど。
最後に、俺はなゆたちゃんに声をかけた。

「さてなゆたちゃん、俺たちもライフエイクの恋バナを邪魔するクソ堕天使を、叩き落としに行くとしようぜ」

謎の死んでる系ブレイブに、これまた謎の馬と子供。
邪悪なおっさんとメンヘラ人魚姫の、海と時間を隔てた恋の行方。
戦場は加速度的に混沌さを増して、俺はSANチェックに失敗しそうだ。

だけど、こんなこと言ってる場合じゃ全然ないし、すげえ不謹慎ではあるけれど。
カジノから追い詰められっぱなしだった俺は、今さらなんだか楽しくなってきた。
ずっと忘れていた感覚を、ようやく思い出した。

シナリオを水増しするかのように飽和するキャラクター達。
次から次へと定食のようにお出しされる、イベントとレイドバトル。
マジで節操のない、コンテンツのサラダボウル。
世界観の整合性なんてまるで考えちゃいない、思いつきで実装されるストーリー。

そうだよな。そうだったよな。

――ブレイブ&モンスターズは、こういうゲームだ!

446明神 ◆9EasXbvg42:2019/01/28(月) 00:56:58
【バトル開始
 
 ミハエル&堕天使:ライフエイクwithなゆたちゃんと交戦開始。現状狙撃は不可能
         堕天使の羽を破壊することで飛行能力を奪えば狙撃が可能に
 
 リバティウム市街:しめじちゃんに避難住民の誘導を依頼。
          突如現れた燃え残り(エンバース)の保護も頼む

 ミドガルズオルム:石油王にヘイト固定を依頼。
          カザハ君が死にそうなので保護してあげて】

447五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/01/31(木) 22:45:45
混乱の波が広がっていく中、路地裏での作戦会議で徐々に練りあがっていく行動方針
エカテリーナとの交渉を成立させ協力を取り付けた明神にみのりが礼を述べ

「ありがとさんね、おかげで目途がついたわ
まあ、ダメやっても3ターンは持たせるよってな
それ以降は危なくなったらうちは逃げるし、それまでにお願いするわ〜」

礼と共に作戦概要も打ち合わせをしておく
打ち合わせの最初の戦力分析の際にスマホを見せなかったが、しめじ蘇生の為に殆どのカードを使い切ってしまっている事は既に知られているであろう
イシュタルがいかに耐久特化のモンスターと言えども、回復支援が入らない状態で超レイド級モンスターの相手は出来はしない
1ターンキルを免れるのが精いっぱいではあるが、それでもみのりの目には勝算が映っていた


話がまとまったところで、しめじがみのりの避難勧告を了承
ここに至りて子供扱いされた事に反発されることもありうると思っていただけに胸をなでおろした

「ええ子やわ、わかってくれてありがとさんな。
町中混乱しているやろし、踏みつぶされんように気ぃつけてや」
と表向きの言葉をかけた後はそっと耳元で呟く
「いざとなったら、周りの人間盾にしてでも逃げるんやで?」

みのりはしめじを何の力もない子供とは思っていない
だがそれでも戦場から排除し逃げるように促した
それはしめじの長所が正面戦闘ではなく混乱時に煌めく機転だとみているからだ
……いや、違う……やはり逃がしたのはしめじに死んで欲しくないという気持ちが高かったのであろう

みのりは人の重さに大小も順位もつけられる
しめじが助かるためならば見ず知らずの人間の犠牲も許容することができるのだから


練りあがっていく戦略になゆたが大きな石を投げかける
それはライフエイクの復活
そもそものライフエイクの目的は人魚の姫との再会
そして人形の姫はライフエイクの死を突きつけられ絶望しミドガルズオルムを呼び出す事になった

この反応は両者がいまだに想いあっていた証左に他ならない
のであれば、再会を果たさせミドガルズオルムを鎮めようというものだ
しかしこの作戦には大きな問題がある

堕天使を操る金獅子から人魚の泪というアイテム化した人魚の姫を奪還する必要があるのだから
そして何より、ライフエイクを味方として共に戦うというものだ
戦力として考えれば『縫合者(スーチャー)』はこの上なく強力であり、おそらく個の戦闘力で言えばこの中で誰よりも強い
金獅子と戦うにおいてなくてはならない戦力ともいえるだろうが、策略を巡らせしめじを殺し、あらゆる犠牲をいとわず儀式を執り行った張本人である

思うところは多いだろうが、明神は折り合いをつけたようだ
だが、みのりは違う
明神やしめじに向けた笑みを湛えたまま、目だけは汚い汚物を見るかのような冷たい眼差しをライフエイクに向けていた


みのりはライフエイクの目的がミドガルズオルム召喚ではなく、人魚の姫との再会、そして邂逅である事は気づいていた
だからこそ、言ったのだ

>同じようにあんたさんにとって大切な命はうちらにとっては限りなく小さなものやぁ云う事、忘れへんでおくれやすえ?」
と。そして、一同に宣言しておいたのだ

>金獅子さんがやった事は、うちらがやろうとしていた事そのものなんよね
>その点は手間が省けた
と。包み隠さず言えば金獅子がやったことは、そのままみのりがやろうとしていた事でもあったのだ
『縫合者(スーチャー)』とは数多くの魔物の肉体を無理矢理繋ぎ合わせた状態であり、縫い合わされた魔物の怨嗟と適合不全による拒絶反応は発狂に値する苦痛である
それでもなお正気を保っていられるのは人魚姫との再会という一つの想いがあったからだ
そこまではなゆたと同じ読みだったが、そこから導き出される結論は真逆

目の前で人魚の姫の首を落とし唯一のよりどころを崩してやろうと思っていた
ライフエイクにとって大切な命であってもみのりにとっては意趣返しの為の命でしかないのだから

それらの言葉をすべて呑み込み、沈黙をもって了承の意思表示をするのであった

448五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/01/31(木) 22:46:20
話はまとまり、いよいよ、という時になって思いがけない乱入者
それは“燃え残り”エンバース
本来の出現地域でないモンスターではあるが、問題はそれではない

その焼死体の口から【元ブレイブ】という言葉が出た事だ

そうなると出現地域でないこのリバティウムに出現した事に意味が出てくる
のだが、残念だがそれに思いを巡らせている時間もない

ミドガルズオルムに向かい飛翔していくユニサス
その上に乗るのは良く見えなかったが風の精霊だろうか?
〈竜巻大旋風(ウィンドストーム〉を発動させ攻撃するのだがダメージを与えられた様子もなく、ミドガルズオルムのヘイトを煽るだけのようだった

「はぁ〜せわしないけどしゃあないねえ
真ちゃん、なゆちゃん、しめじちゃん明神のお兄さん、お気ばりやすえ〜
ほならエカテリーナはん、ポラーレはん、あんじょうよろしゅうに」

明神に促されみのりが声をかける
と共に真一、なゆた、しめじ、明神、そして狙撃手たるヤマシタに藁人形が張り付いた
本来ならば親機の藁人形は自分が持ち、自分の身を守るとともに藁人形を持たせたメンバーの情報把握をしていたのだが、事ここに至ってはそうもいっていられないのだから仕方がない

そしてエカテリーナの虚構のローブに包まれ、ポラーレと共にその場から姿を消した


みのりたち三人が現れたのは遥か上空
ミドガルズオルムの頭上であった

「それでは策を聞かせてもらおうか?」

エカテリーナの言葉にみのりは答える

「エカテリーナはんはミドガルズオルムを中心に虚構結界を張っていただきましてぇ
ポラーレはんはミドガルズオルムに蜂のように刺す(モータル・スティング)お願いしますわ〜
上手くすればそれで終わりますでおすし」

「そなた……わらわの虚構結界の事まで……ブレイブというのは真に割と何でも知っておるようだな
だがならば知っておろうが虚構結界を構築すれば……」

虚構結界
それはエカテリーナの大規模空間魔法の一つで、その身を空間そのものに変じさせるものである
ストーリーモード終盤で訪れる【虚数の迷宮】は迷宮自体がエカテリーナであったというものなのだ
迷宮の中心部に深紅の宝玉が存在し、そこに到達することで迷宮化が解除され再会できるのだ

虚構結界を張る事で内部に接触するには複雑な迷路を踏破せねばらならず、内部から出るにしても強力な結界により弾かれる
こうすることで金獅子のミドガルズオルムとの接触を防ぎ、リバティウムの衛兵団の無駄な犠牲を増やさない効果があるし、流れ弾で周囲に被害も及ばない
ミドガルズオルムを閉じ込める為に利用するのだが、欠点もある
エカテリーナ自身が空間化するために、他の一切の行動がとれずサポートが期待できない
という事と、中心にある深紅の宝玉を破壊されれば結界が解かれてしまう

ミドガルズオルム程の巨体を包み込む結界となれば、外装はともかく内部は巨大な空間にならざる得ず、深紅の宝玉も容易く攻撃にさらされてしまうという事だ
もっとも、宝玉を守ったとしてもミドガルズオルムの攻撃力ならば結界を内部から食い破るのにさほど時間は要さないであろう


「まあ、色々問題はあるけど、まずはミドガルズオルムを隔離するのが先決やし、ちょうどええ具合に足場もあるようやしねえ
それではお二方、頼みますえ〜」

そういいながらみのりは落下していく
その落ちる先には逃げ惑うユニサスの背中があった

449五穀 みのり ◆2zOJYh/vk6:2019/01/31(木) 22:47:15
落ちていくみのりを見送りながら、ポラーレとエカテリーナは顔を見合わせ肩を竦めた
二人で一息ついた後、それぞれの顔が引き締まりリバティウムの港の一角は巨大な赤黒い繭に包まれるのであった
ミドガルズオルムを覆い隠すように出現した繭の表面には幾層もの魔法陣が展開され、侵入はおろか内部の様子を見る事すら阻んでいた

その内部では、突如として降ってきたみのりがカザハの背後に、カケルのお尻に衝撃と共に落下着地を果たしたのであった
軌道調整したイシュタルをクッションにしたとは言えみのりにも相応の衝撃があったようで、カザハに抱き着いたまま数秒の間を置く必要があった

「は、はぁ〜い。突然お邪魔してごめんえ〜
ミドガルズオルムを抑えに来たんやけど、うち空飛べへんし便乗させてらもいに来たんよ
うちは五穀みのり、異邦の魔物使い(ブレイブ)よ
シルヴェストルとユニサスのコンビって絵になってええよねえ、お姉さん好きよ〜
あ、攻撃来るから避けてね」

突如と降ってきたみのりの衝撃でカケルの高度がガクッと落ちるのも気にせず自己紹介
勿論そんな状態をミドガルズオルムが見逃すわけもなく強烈な水弾を放ってくる
それを避けてもらいながら、結界を張り外部から遮断した旨を伝える
逆に言えば、結界内部から逃げ出すこともできない、という事も

しばし逃げ回っていたのだが、唐突にポラーレが眼前に現れ空中に制止
「残念だが……」
言葉ではなく突き出されるレイピアはボロボロに刃毀れしていた

ブレモンの世界ではポラーレの蜂のように刺す(モータル・スティング)に三度傷つけられたものは必ず死ぬ
耐性やHPの方など関係なく、問答無用で死ぬのだ
が、それはあくまで三度「傷つけられたら」の話である
〈竜巻大旋風(ウィンドストーム〉でも傷一つつかなかったミドガルズオルムの防御力は、ポラーレの攻撃力では文字通り傷一つつかなかったのであろう

「ここまでは想定通りという顔をしておるが、ここからどうするのじゃ?」

空間からエカテリーナの声が響く

「ほうやねえ、3ターンは持たせると云ってもうたし
ポラーレはん、エカテリーナはんの深紅の宝玉を蝶のように舞う(バタフライ・エフェクト)で守ったってくださいな
結界は抑えの要ですよってなぁ」

「わかった、が……何か策があるのかな」

ポラーレの問いにみのりの笑みは徐々に狂暴なものに変貌し、愉悦をこらえきれないように言葉が溢れ出す
仲間たちの前では決して見せない表情、声、そして……力!
このためにエカテリーナを結界にして目隠しを作ったといっても過言ではないのだから

「そらもう……力づくですわっ!!!」

クッション代わりになっていたイシュタルが形を取り戻し、その中心から禍々しい魔力が溢れ出した
その魔力は熱風と熱砂となって吹き荒む
それは徐々に大きくなり、結界内を満たす大砂嵐となりミドガルズオルムを襲う
暴風に乗った砂はグラインダーのようにあらゆるものを削る凶器となるのだ

「イシュタルの周りは台風の目みたいなもんで安全やから安心してえな
それでな、あんた風の妖精やろ?
うちの砂嵐に風を上乗せしてくれたら助かるんやけど?」

カザハに協力を求める笑顔は柔和なものに戻ろうとしていたが、端々に凶暴さが漏れ出ているままであった

【虚構結界でミドガルズオルムを物理的、視覚的に隔離】
【強引にカザハ&カケルに相席同乗】
【巨大砂嵐を発生させてミドガルズオルムの動きを封じる】

450名無しさん:2019/02/03(日) 15:51:23
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ttps://jbbs.shitaraba.net/bbs/subject.cgi/otaku/18102/


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