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三夜一夜の果て

19平澤@ウエルディメンタ・デ・パパス第3話:2012/08/10(金) 02:54:30
 パパスは、一枚の布を戸棚から取り出す。エルミックは顔をしかめる。
「なんだそりゃ。そういう趣味かね?」
「まあ、そう取られても仕方ないな」
 パパスは苦笑する。
「まあよく見てくれ」
「これは……このレースはペルシャの連ね銭の紋様か」
「そうだ。これを持ってたらしき男を、ペルシャの公騎士が追ってたからな。まず本物だろう」
「しかし、これが鍵の一つだというのではないだろうな?」
「鍵、とはなんだろうな」
 
 薄桃色のそれは透き通るほどの繊細さで、縁取りのレースの意匠が穴あきのコインであることからペルシャのそれと分かる。臀部を包む布の部分はほとんど紋様が無く清楚なイメージを醸し出しているが
「なんだこりゃあ……」
 拾ったとき、パパスは思わず口に出してしまった。前側を隠す部分の意匠は全体の上品な雰囲気とは非常に異質で、力強く刺繍されたラインが数本入り、なんというか、覆面拳闘士のマスクのような大時代感が漂っているのだ。「劇」という形に並んだそのラインは、パパスには何か未知の文字のように思えた。

「ペルシャ家では、卿も知ってるだろうが女性の下着はけして外注のものを使わない。下着は女衆が自ら縫い洗濯し、家の男達、婿や父親にすらけして見せることがない」
「ああ」
「その模様は代々母から娘へと伝えられる。ペルシャの頭首は母系だったな。彼女らが守り通した秘密が今ここにあるということさ」
「この模様が?」
「おそらくは」

 パパスは、エミリック・フェルスタークから指輪を借り受け、拡大鏡を通して見る。指輪の内側にも小さい歯車がいくつも描かれ、その並びは「場」という形になっている。
「言葉……まあ、駄目もとだな」
 パパスは立ち上がって言う。
「エミリック殿、あんた、エフェクティブにつながりがあると公騎士団から発表が出てたが、本当かね?」
「ああ」
「残りの鍵については、何点かは心当たりがある。私はそちらを当たろう。あんたには、一人の男を確保してもらいたい。17.8の黒髪で紺の服に白のズボン、赤い靴を履き背中にでかい剣を背負っていた。まあ、それはもう手放してるかもしれないが」
「その特徴では無理だぞ」
「待て。一つ、大きな特徴がある。彼は、私達の知らない言葉を喋れる」

 エミリックが帰り、パパスは飲みさしの紅茶を片付ける。ずいぶんと話が大仰になったものだ。しかしエミリック・フェルスタークとは……。まあ、どっちにしろ、話のネタには困るまい。びっくりして頭から抜け落ちていたが、一段落着いたら独占インタビューとしゃれ込もうか。パパスにはエフェクティブの要人を売るほどの勇気はなかったし、同じ500万ゼヌを得るならやはりもう一度世間をあっといわせたかった。
 パパスは、先日の魔女宅の訪問を思い出す。魔女のアパルトメントではろくに収穫が無かった。彼女には親類縁者は居なかったが近所の者と交流が深く、めぼしいものは言伝によりあらかた引き取り手が決まっていた。パパスは許可を得て彼女の雑記帖を見る。そこには彼女を取り上げた記事などが切り抜かれて大事に保管されていた。その中にはパパスの書いたものもあった。
「このたびは、まことに突然のことで……」
 死因は葬儀屋から聞いていた。卒中だという。大家とこの近所の顔役であるらしき女性が弔問に訪れる客の応対をしており、パパスは彼らと二言三言挨拶を交わす。
「うらやましいものですよ。私が死んでも、こんなに人が訪れてくれるかどうか」
「そうですね、彼女はなんというか、そう、暖かいオーラを持った……」
 帰り道で、なんともいえぬ寒々しい気分になったことを、パパスは覚えている。


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