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おちゃめくらぶ掲示板

626御茶目菜子:2011/06/25(土) 15:58:37
絵が上手くならないのは努力不足にすぎない
私はお絵かきを趣味としてからはもう25年くらい経つにょ。
それだけ長い期間描いていればさぞかしプロ級の絵が描ける・・・と思うかも知れないけど
未だにpixivでは底辺レベルにすぎないにょ。
これは「才能がないから」と思う人が大半かもしれないけど実際はそうではないにょ。
それは才能というものがどの程度影響するのかというのは科学的に実証されてないだけ
ではなく才能があるかどうかというのも客観的な判断が難しいからにょ。

しかし、才能を否定はできないにょ。
「天才は1%の才能と99%の努力によって形成される」とかの有名なエジソンも言っている
けどこれには様々な解釈があるにょ。
たとえ、その1%の才能の有無によって天才になれるかどうかが決まるとしてもそれは
あくまで天才と呼ばれるレベルになれるのかどうかであって成功するかどうかと才能は
直接的な関係はないにょ。
「努力した者が全て成功するとは限らないが、 成功した者は全て努力している。」という
名言があるけどやはり重要なのは努力をするということにょ。

では、努力をすればどうにでもなるのか・・・?
例えば偏差値40台の浪人生であっても東大に入れるということは漫画の中の話ではなく
現実的に可能なのかというとそれは微妙にょ。
学力偏差値とIQというのはそれなりに相関関係があるためIQが極端に低ければいくら努力を
しても東大合格に必要な学力偏差値に達するのはかなり難しいからね。
別に東大合格に限らず、絵画の世界でも音楽の世界でもプロとして成功するためには
本人の努力だけではどうにもならない面もあるにょ。
確かに成功するには運が必要だからね。
しかし、プロレベルの技術を付けることは運に頼らなくてもできるにょ。

10000時間積み上げの法則というものがあるにょ。
http://lifehacking.jp/2008/11/the-law-of-10000-hours/
10000時間1つのことに費やせば誰でもプロ級になれるというものにょ。
ここで10000時間というのがどの程度の時間かというのが分かりにくいと思うので例えば
ある専門職に就き週40時間の就労をしたとするにょ。
そうすると250週間(≒5年)で10000時間に達するにょ。
職に就いた段階で素人であっても5年経てばプロとして認められるレベルになると考えれば
10000時間の法則というものは無茶なものでも何でもないと言えるにょ。
逆に職人の世界では5年ではようやくプロとしてのスタートラインになったというレベルで
あり、10000時間程度ではまだまだこれからともいえるにょ。

さて、私自身を例に挙げて考えてみようと思ったけど今までお絵かきに費やした時間と
いうのはどれくらいかというのは単純には分かりづらいにょ。
毎日1時間ずつ描いていると考えればすでに9000時間に達しているけど1日中描いている
時もあれば数ヶ月全く描いてないということもあったからね。
それでも10000時間の半分の5000時間は十分に越えていると思われるにょ。
お絵かきよりもポケコンBASICの方が費やした時間が長いかもしれないにょ。
こちらは27年間だから1日1時間でもほぼ10000時間に達するにょ。
最近こそポケコンを触る機会は減ってしまったけど80年代、90年代は毎日コンスタントに
数時間使用していたため合計では10000時間に十分達していると思われるにょ。

10000時間の法則を鵜呑みにして時間を費やせば上達するのかというとそうではないにょ。
上達するためには自分の苦手なものを克服しなくてはならない場面もあるからね。
お絵かきでは何となく描いていた10000時間と上手くなろうとして描いていた10000時間
では本質的に異なるにょ。
つまり、時間だけではなくその質も重要になってくるというわけにょ。
そうなると趣味であろうと努力するということが非常に重要になるわけにょ。
上達しようという意識によって無意識に努力を行っている人こそことわざにあるように
「好きこそものの上手なれ」ということになるにょ。
そうでない場合は「下手の横好き」となるわけにょ。

「自分が簡単に描けるものしか描かない」「分からない部分は実際に見たり調べたりして
描くのではなく適当に誤魔化す」などを繰り返しては絵が上達することはあり得ないにょ。
確かに同じような顔、同じようなポーズでたくさん描くというのは初期の段階においては
非常に重要なことにょ。
これによって絵が定着していくからね。(しかし、明らかにデッサンの間違った状態で
定着してしまうと修正しなくてはならないため定着を狙って同じものを描くのであれば
自分のオリジナルではなく模写などの正解があるものにした方が良い)
私は始めた当初は絵を描く速さだけは速かったにょ。
鉛筆画ならばバストアップで2分、全身で5分あれば描けていたからね。
当時はアタリを全くとらずぶっつけ本番ですべて描いていたためにこの速度で描けて
いたにょ。
しかし、そんな絵を雑誌投稿(もちろん投稿する段階では鉛筆だけではなくペン入れを
していた)しても掲載されるはずがなくボツの連発だったにょ。
そして投稿を始めて7年でようやく某雑誌に初掲載されたにょ。

うれしさのあまりその雑誌に毎日のように投稿し続けたにょ。
ただし、下書き+ペン入れで数10分で描かれたような絵がそんなに簡単に掲載される
はずもなくボツの連発だったにょ。
そこで、これではいけないと思いちゃんとアタリをとって描くことを覚えたにょ。
その結果数年で自分でもはっきり分かるレベルに上達したにょ。

その雑誌も休刊になり、活動はWebへと移行したにょ。
これから先は「底辺絵師のpixivランカーへの道 PART2」で書いたけどWebとして自サイトや
ブログに掲載したりpixivに投稿する場合にはボツになることがなくpixivに投稿すれば
それなりに閲覧があったからそれで自己満足をしてしまい雑誌投稿時代のようにできる
だけ掲載されるように描くという意識も薄れてしまったにょ。
したがって、ランクインするということが雑誌投稿時における掲載のような役割となって
いるためそのランクインの常連(ランカー)となることは雑誌投稿時代の常連投稿者に
なるのと等しいものと考えているにょ。

ただ、ポケコンに関しては若干それとは違っていたにょ。
雑誌へのイラスト投稿だとボツか掲載かの2者択一でありpixivなどのように閲覧や評価
という数値化で善し悪しを比較はできなかったからね。
そのため自分で上手くなったと実感できるレベルになったようやく上達したといえるにょ。
しかし、BASICで作られたゲームであるならば数値で表すことが可能にょ。
それは、実行速度にょ。
ポケコンBASICで作られたゲームの場合はやはりネックとなるのはその速度にょ。
速度が遅くても問題ないタイプのゲームであればいいけどアクションゲームの場合は同じ
ゲームであっても速度によって面白さが変わってくると言っても過言ではないにょ。
ゲーム制作講座で書いたように速度によってゲーム性そのものが変わってくる場合も
あるからね。
速度が速くなれば新たなアイデアを導入することもできさらにゲームを面白くすることも
可能になるにょ。

そんなに変わるのか半信半疑の人もいるかもしれないけ他者が作った雑誌掲載された
ポケコンゲームを私が次々に作り替えて試してみたところ雑誌掲載版と比べて平均で3倍
くらい速くなったにょ。
http://ww5.tiki.ne.jp/~ochame/E500/TECH/basic1.htm
中には「BASICではこれが限界です」とか書いているにもかかわらず同じ機種の同じBASICで
動作させているにも関わらず5倍とか9倍の速度になったものさえあるにょ。
そう考えると「自分自身が考えている限界」というのがいかに限界に達してないのかという
のが分かるにょ。
プログラミングというのは同じコードであればプロであっても素人が作ったものであっても
同じ動作が可能であり私のように不器用な人にとっては非常に大きな魅力となったにょ。
しかも、長い時間積み重ねてきたということによって同じ動作をするアルゴリズムが
無限に思い浮かぶようになり上記のような高速化の礎になっているにょ。
そして、それは自信にも繋がっているにょ。

では、これは絵においても言えるのか・・・?
不器用な私にとっては不器用であることが絵が下手な理由としてずっと考えてきたにょ。
10000時間の法則にあるように時間を積み重ねれば良いというのではなく上達するように
意識をしながら行わなくては無意味であるため最初から「下手である」ことの理由を
考えているようでは上手くなるはずがないにょ。
かといって、努力を自慢するようになってしまってはそれもナンセンスにょ。
努力というのは上達するための手段であり目的ではないからね。
それが分かっていても努力を評価して欲しいと思うのが人間にょ。
しかし、結果がついてくるくらいのレベルに上達するためには10000時間かかってしまう
となると上達しないのは才能がないからといって諦めてしまう人が出てしまうのもやむを得
ないにょ。

10000時間の法則では10000時間後にガクンと一気に上達するわけではなくそれまでの
過程において上達を少しずつ繰り返していくにょ。
とはいえ、あまり短いスパンだとその影響は極めて微量であり、アップダウンを繰り返して
いるような私の場合は短いスパンだと下手になったのではとさえ思ってしまうことさえ
多々あるにょ。
そのため雑誌投稿時代はすべての投稿イラストをコピーして手元に残しておいたにょ。
そうすることで数ヶ月前、数年前の自分と現在を比較して上達が分かるようになるにょ。
デジタルデータであればコピーの必要性はないためデータを消さない限りは比較が可能に
なるにょ。
そうやって自分自身で成長を実感できpixivの場合は閲覧数や評価などでその伸びで実感
可能・・・だけどpixivの場合はジャンルや版権によって閲覧数や評価が大きく変わるため
閲覧数や評価のみで上手くなったかの単純比較は難しいにょ。(それに1枚絵ならば画力が
評価の大きな要素になるけど漫画やネタ絵ではその要素が小さくなる)

こうやって考えていくと「自分には才能がないから」というのは十分な努力をして始めて
口に出して良い言葉と分かるはずにょ。
「努力しても駄目だった」というのは努力不足の言い訳にすぎないにょ。
結局のところ上手くならないのは上手くなるように努力をしていないのが最大の原因で
あり、時間に対してあまり上達してないのはそのやり方に問題があるからと言えるにょ。
絵の上手さというのは数値化して表すことができないため上手くなったかというのの判断は
自分自身ではなかなか難しいからね。(上記のように長いスパンで比較するしかない)
自分の絵というのは描いた時点では脳内補正が働いているためちゃんと描けているように
見えるから客観的には判断が難しいにょ。
「絵の方向性が変わった」というのではなく「絵が上手くなった」という判断が下せる
ようになったというのは自分の絵が上手くなったという証でもあるにょ。
また、上手いと感じる他人の絵と比べて自分の絵との差が具体的かつ明確に分かるように
なった時にようやくその人との差がある程度縮まってきているとも言えるにょ。
技術的な差は努力で埋めることが可能であり、その技術というものが具体的であればある
ほどより着実な向上が期待できるにょ。




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