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少年ジャンプ博物館への投稿スレッド

1学帽野郎@管理人:2004/08/15(日) 23:28 ID:Wk1O6quw
1996年から2000年までのコメントを募集しています。
このスレッドへ書き込みいただければページの方へアップさせていただきますので宜しくお願いします。

http://web.poporo.net/home/davidbowie/1996/1996jump.htm
http://web.poporo.net/home/davidbowie/1997/1997jump.htm
http://web.poporo.net/home/davidbowie/1998/1998jump.htm
http://web.poporo.net/home/davidbowie/1999/1999jump.htm
http://web.poporo.net/home/davidbowie/2000/2000jump.htm

2岩瀬:2004/08/16(月) 18:36 ID:XqMUF11c
では96年の項目を少し。ジャンプ24号にて唐突にこち亀のアニメ化が決定した事が告知された。これは鳥嶋編集長がアニメ会社にある程度のコネがある為に実現したらしく、長年のファンだった自分は非常に嬉しかった。そして27号ではこの時期のジャンプを1人で支えていた「スラムダンク」に遂に終焉が訪れる。湘北VS山王との激戦が辛くも湘北の勝利に終わるも、その試合で燃え尽きた湘北は次の三回戦でぼろ負けしてしまい、舞台が数ヵ月後に飛び、いろいろと展開が進んだ状態で唐突に終了。このあまりにもあっけない幕切れに呆然とした読者が続出し、これがきっかけで前年から落ちていたジャンプの部数はさらに大幅に下落する事となるのであった。

3学帽野郎@管理人:2004/08/16(月) 19:30 ID:6NsObPug
>>2
岩瀬さん、いつも協力ありがとうございます。本来であれば僕自身で完成
させなければならない部分なのですが、この時期以降はあまり熱心に
ジャンプを読んでなかったので、コメントをどうしようか悩んでたところ
だったのです(今更倉庫から出してきて読む気力もありませんし)。
前置きはさておき、早速投稿いただいた記事をアップさせていただきました
のでご確認ください。また次もお願いしますねm(_ _)m

http://web.poporo.net/home/davidbowie/1996/1996jump.htm#1996_20

4岩瀬:2004/08/16(月) 21:29 ID:Mvcvyzbc
では96年後半の所も少し。52号でこち亀が遂に連載1000回の大偉業を達成。この直前にコミックスも第100巻を達成し、正に連載20周年記念の亀年のラストを格好よく締めてくれた。しかし後から考えれば、これが最後の花火だったと言えよう。これ以降急激に話の質が落ちるわ、女性新キャラを乱発するわ、メインキャラのキャラを壊すわ、傲慢な性格の婦警軍団が暴れまくるわ、と暴走するようになろうとは、この頃は誰も想像もしてなかった。それ以外の出来事では同じ52号で「ダイの大冒険」がセンターカラーでラストを迎える。さすがにこちらは大人気ゲームが題材とあって無駄に連載が延命される事なく終了できた。最後に主役が行方不明で終わるのは打ち切りに近いかもしれないが、元ネタのドラクエ3のラストも同じなのでオマージュのつもりだったのでしょう。看板というほどではないが、7年間ずっと読みつづけた作品だけに終了はかなりショックでした。そして、この頃から本格的にジャンプは看板不在のガタガタ状態になるのであった。

5学帽野郎@管理人:2004/08/16(月) 23:05 ID:6NsObPug
>>4
引き続き投稿ありがとうございます。投稿いただいた記事は先程アップ
させていただきましたのでご確認ください。
また、80年代後半期や90年代前半期なんかにも投稿いただけると嬉しいな。
僕の記事だけでは物足りないので(´∀`;)

http://web.poporo.net/home/davidbowie/1996/1996jump.htm#1996_40

6岩瀬:2004/08/17(火) 18:41 ID:9mqw7PvM
今日は97年初頭の辺りを。看板漫画不在という異常な状態でスタートした97年。新年号で鳥山先生が短期連載を始めたと同時に人気作だった「レベルE」がいきなり終了。その、あまりの急展開にびっくりした読者が多く打ち切りだと感じた人が大半だったようだが、後から知った事だが「レベルE」は最初からコミックス3巻分の連載という契約でやってた作品だったらしいので、打ち切りではありません。鳥山先生の新作は初期のドラゴンボールを思わせる展開で中々読ませる内容でした。そして新年号恒例の表紙での連載作家全員集合写真は、この年で終了を迎えました。廃止された原因は和月さんの写真にあったと言われているが詳しい理由は不明。

7岩瀬:2004/08/17(火) 20:55 ID:SN6ngNl2
今度はちょっと遡って91年の夏辺りを。ジャンプ34号で「燃える!お兄さん」が、35号で「魁!!男塾」が相次いで終了。両方ともボロボロの状態だったので、ある意味終了は妥当だったかもしれないが「男塾」の終わり方は明らかに消化不良。7年も連載したのに、この扱いは正直あんまりだと思った。そして看板だったドラゴンボールはフリーザとの激戦が終わり、人造人間達との新たな戦いがスタートする。鳥山先生はこの頃から「早く連載を終わりたい!」としきりに訴えていたそうだが結局聞き入れてもらえなかったらしい。その為この頃から少しずつドラゴンボールは内容がくたびれはじめる事となる。

8岩瀬:2004/08/18(水) 16:33 ID:WOjBjDR.
98年夏頃の辺りを少し。29号から33号までジャンプ創刊30周年記念特集が組まれる。当時の連載作家にジャンプに対する思い出と印象に残ってる作品を挙げて貰うという企画はなかなか興味深かった。そして30周年記念の32号では創刊当時の立役者である本宮ひろ志と永井豪のお二人のインタビューが掲載。コメントが凄く対照的でびっくりした。永井さんは「またハレンチ学園みたいな漫画をジャンプで描いてみたい」と答えたが、本宮さんは「今のジャンプには魅力を感じないから描きたくない」と答え一部で話題になった。

9岩瀬:2004/08/19(木) 17:58 ID:nx8EakrY
2000年の所を少し。夏の新連載が3本スタートするが、問題作「ブラックキャット」はいろんな漫画やアニメやゲームから流用したと思しきシーンが度々出て来るも、小奇麗な絵柄のおかげで固定ファンが付き打ち切りを回避する。「カイゼルスパイク」は絵柄も話もジャンプでは全く目立てず、あえなく打ち切り。そして「ロケットで突き抜けろ」はメチャクチャな作風と電波入った目次コメントで一部で人気を博すがアンケートはさっぱりで、わずか10回でタイトル通り、ロケットで突き抜けていったのであった。正に散り際もロックだったと言えよう。さらばキユ。

10岩瀬:2004/08/19(木) 19:50 ID:wlFOCYJs
99年の項目もついでに書きます。ジャンプ12号から14号にかけて新連載攻勢が始まる。色々な可能性を模索した状態でのスタートだが、読者の反応はいかに?そして17号で足掛け12年続いた「ジョジョの奇妙な冒険」に遂に幕が降りる。80年代からの読者の中には、この作品の為だけにジャンプを買っていた人も相当いたらしく、かなりの数の読者が流出してしまった。正直ジョジョが終わった事で当時はかなり読み応えが減ったと感じたものだった。

11岩瀬:2004/08/20(金) 19:30 ID:jmGFN72k
97年の夏の頃を。新連載がイマイチ伸び悩んでいる状態で遂に最後の切り札である尾田栄一郎の連載がスタート。そう、「ワンピース」だ。海賊王を夢見る少年ルフィの冒険と活躍を描いた本作は新世代の読者の心をつかみ、見事に看板漫画に成長する。最も僕は主人公の性格がどうにも好きになれないので最初から興味なかったんですが。むしろ同時期に始まった「世紀末リーダー伝たけし!」の方を熱心に読んでました。こちらはワンピースほどの人気はなかったけど、キャラが生き生きしていて読みやすくて好きでした。現在ワイド版で復刻されてるので読んだ事ない人はぜひ読んでみて下さい。

12岩瀬:2004/08/21(土) 18:34 ID:dQdzn3vk
97年の秋頃を。ジャンプ48号から鳥山先生の新連載「COWA!」がスタート。これは22・23合併号に掲載された「魔人村のブブル」が好評だったので、それをベースに始めた絵本のような作品であった。そして49号で「幕張」が終了。これは編集部の希望と作者の希望が一致した為だが、本当の主役がガモウひろしでした、というラストには仰天させていただきました。そしてこの頃に遂に大激変が起こる。発行部数が407万部まで落ち込み415万部の少年マガジンに発行部数1位の座を23年ぶりに奪われたのであった。これは当時の僕には大事件でした。もうジャンプは1位の座に返り咲けないと思ったものでした。

13岩瀬:2004/08/21(土) 22:41 ID:UlRcuO3Y
99年初頭の所を。いろいろと試行錯誤をしながら雑誌の立て直しを少しずつ始めたジャンプ。昨年52号からスタートした「ライジングインパクト」は絵柄はまあまあ良かったが、ストーリーがイマイチで15回で撃沈。新年1号から始まった「身海魚」は絵柄も話もジャンプ向きではなく10回ほどで打ち切り。そして新年2号から真打「ヒカルの碁」が登場。囲碁漫画というジャンプにとって未知へのチャレンジであったが、小畑の美麗な絵柄とほったの読ませるストーリー展開で人気を獲得し看板に昇格。アニメ化も果たし小学生の間に囲碁ブームを巻き起こす事になる。

14岩瀬:2004/08/22(日) 18:19 ID:3W5lkD9g
96年初頭の所を。前年に「ドラゴンボール」が終わり、実質「スラムダンク」1人横綱状態でスタートした96年。新年号3・4合併号から遂に「新記録」の3文字と発行部数の表示が消滅。この時点で何か漠然とした悪い予感があったのだが10号の読者アンケートで「あなたの周りで、この1年の間にジャンプを買うのをやめてしまった人はいますか?」などという露骨な質問をしたりしていた。この謎は、この年の4月4日付の朝日新聞朝刊の記事で明らかに。そこには「王者ジャンプ失速。部数発表できぬ苦境!推定60万部減、マガジン追い上げ」という見出しで詳しい分析結果が掲載されてました。やはり皆「ドラゴンボール」が終わって離れたのか、と少し寂しい気持ちになりました。

15岩瀬:2004/08/23(月) 19:03 ID:Sww4IX.6
99年秋の所を。ジャンプ43号から「NARUTO」が44号から「ロマンサーズ」がスタート。「NARUTO」はかなり「うしおととら」と「ドラゴンボール」からの影響が窺えるが個性的なキャラと読ませるストーリー展開で後に「ワンピース」と並ぶ看板漫画になる。「ロマンサーズ」は話がつまらな過ぎて玉砕する。そして、この頃に5年半続いた「るろうに剣心」がセンターカラーで終了。96年以降の看板漫画不在状態をずっと支え続けた作品だけに心からハッピーエンドを迎えられたのが嬉しかったです。

16岩瀬:2004/08/24(火) 17:30 ID:OTEB/eVs
2000年初頭を。人気作を次々と作って本格的に巻き返しを始めたジャンプ。新年号からの新連載はジョジョ6部にあたる「ストーンオーシャン」と「BOY」を円満に終わらせた梅澤の「無頼男」だ。そして10号で「こち亀」が連載1250回突破を果す。ここで擬宝珠家の新しい面々が登場し、賑やかになるが旧来からのファンは益々、作品に対する不信感を募らせ「こち亀」から離れていく事になる。そして同時期に「ゾンビパウダー」が打ち切りに。これは人気があまりなかったのもあるが、どうも他誌の作品である「トライガンマキシマム」をパクった疑いで相手側から抗議されたのが直接の理由だったようだ。まあ参考にしただけにしては雰囲気が似すぎだとは思ってましたけどね。

17岩瀬:2004/08/25(水) 19:08 ID:oXVOCc/.
2000年春頃を。23号から鳥山先生の「SANDLAND」が。24号から、いとうみきおの「ノルマンディーひみつ倶楽部」がスタート。「SANDLAND」は最初からラストが決定した状態で始めた為、安心して読めました。「ノルマンディー」はあまりにもオタク向け過ぎて個人的には大嫌いだったのだが、何故か一部の読者に支持されて1年近く続く事となった。はっきり言って当時の僕には拷問でしかなかった。

18岩瀬:2004/08/26(木) 21:20 ID:Z4FtwXX2
98年秋頃を。鳥山先生のカジカが44号で予定通り12回で終了し、同時期にテンテン君がアニメ化する。一応ある程度はプッシュされていたが視聴率はさっぱりで後にあっさり切られたのが切なかった。ビデオ化すらされなかったし。そしてベースボーイズが51号で18回打ち切りとなる。題材がルーキーズと被ってる時点でダメだと思ったけど見切りが早すぎる気がしたものです。

19岩瀬:2004/08/27(金) 17:43 ID:rdZku.dk
98年初頭を。前年にマガジンに部数で抜かれたショックから立ち直れない状態でスタートした98年。新年1号から新連載画ーROWがスタートするも人気がふるわず9回打ち切り。2・3合併号でこち亀が1050回突破でおなじみの人情話を展開。そして、この頃から大幅な改革が始まり8号で真島が、9号でマキバオーが改革の煽りを受けて無残に打ち切りとなった。マキバオーはまだ増刊号で真の最終回をやらせてもらったから救いがあったが、真島はあまりにもひどかった。聞く所によると新展開に入った直後に「後3回で終われ」と言われた為だったとか。あんまりだ。

20岩瀬:2004/08/28(土) 19:29 ID:EiS1cd42
99年夏頃を。31号から34号まで新連載攻勢が始まる。つの丸の「サバイビー」はギャグ一切無しのシリアスな展開で面白かったのだが、読者の反応はイマイチであっという間に打ち切り。「テニスの王子様」はテニスなめた描写が全開で個人的には嫌いだったが、キャラが美形だったのが女性読者に受けて看板となる。「チャイルドラゴン」は内容がかったるすぎて失敗。「ゾンビパウダー」は少々パンチが弱く失敗してしまった。4作始めて1作だけ残るというのは結果的にバランスが悪い気がした。

21岩瀬:2004/08/29(日) 11:35 ID:9KFRUiSc
98年の10号以降を。10号から14号まで新連載が多数スタート。10号からはベテラン森田まさのりの「ルーキーズ」、11号からは、原作・円陣、作画しんがぎんコンビの「少年探偵Q」、12号からは読みきりで好評だった「河童レボリューション」、13号からは「るろうに剣心」のアシスタントだった樋口さんの「ホイッスル!」そして14号からは大御所の冨樫の「ハンター×ハンター」だ。「少年探偵Q」と「河童レボリューション」は力が足りず打ち切りとなるが、残り3本は根づよい支持があり見事に90年代後半から2000年代のジャンプを支える柱となる。そして15号で鳥山先生の「COWA!」が14回であっさり終了。今回は前作ドラゴンボールほどの執拗なまでの編集部からの延命指令がなかったぶん、安心して終れて本当に良かったと思った物だ。

22岩瀬:2004/08/30(月) 20:17 ID:e7ARoRgE
97年の春頃を。19号から21号まで新連載攻勢に入るが桂さん以外は見事に失敗してしまう。そして22・23合併号から32号までの10週の間に十数年ぶりにジャンプ愛読者賞リーダーズカップが開催。10人の作家が読みきりを描き1位の人が賞金と取材旅行が出来るという特典があり、最終的に鳥山先生が1位を取る事となる。この時の読みきりは一部の作家の作品以外は全て単行本未収録である。

23岩瀬:2004/08/31(火) 20:42 ID:IjufE.Gw
99年の春頃を。22・23合併号で鳥山先生の読みきりが掲載。本来のほのぼの路線であっさり読める安定感が良かった。そして24号で「ぬーべー」がセンターカラーで6年の連載にピリオドを打つ。若干急ぎすぎの感じもしたが看板ではなく中堅クラスの作品なら妥当でしょうね。そして27号で「ライジングインパクト」が連載再開。これは前回の唐突な打ち切りに苦情が殺到した為復活させたらしいのだが、それなら何故最初からきちんとアンケート出さなかったんでしょうかね?最初から出してれば切られなかっただろうに終わってから文句出すのは筋違いじゃないかな?と疑問に思ったものです。

24岩瀬:2004/09/01(水) 19:31 ID:ad5DI8ck
97年の10号前後を。10号で9年間続いた「ろくでなしブルース」に終焉が訪れる。自分がジャンプを購入し始めた時期に既に始まっており、そのままずっと読みつづけていたので正直脱力したが、当時自分も高校卒業の時期だったので作中の卒業式のシーンは涙ものだった。そして最終回では数年後に話が飛び前田が宿命のライバル原田とのタイトルマッチに挑んで終わる。最後まで余韻を残して有終の美を飾ってくれた。そして入れ替わりに11号から「花咲か天使テンテン君」が12号から「仏ゾーン」がスタートする。「テンテン君」は低年齢読者の支持を得て長期連載となるが、「仏ゾーン」は熱烈でマニアックな応援はあったがアンケートはイマイチで19回で消える事となった。

25岩瀬:2004/09/02(木) 19:36 ID:3hwW6AWk
98年の所を少し。21号のこち亀で新キャラ磯鷲早矢が登場。今までに無い和風美人キャラとして個性を発揮し当時の読者には受け入れてもらえたが旧来からのファンは拒絶反応を起こし、こち亀から少しずつ離れていってしまった。同じ頃にジャンプのイベントで「ハンター×ハンター」、「世紀末リーダー伝たけし!」、「ワンピース」のアニメ化が決定。当時何気なくハガキを出してみたら幸運にも当選して名古屋会場まで観に行く事が出来ました。ジャンプのイベントに参加したのは初めてだったので非常に興奮したものです。

26岩瀬:2004/09/03(金) 18:16 ID:uyUB1tRI
少し遡って90年の所を。15号からのこち亀でメインキャラのメモリアルシリーズが4週にわたって描かれる。生い立ちから警官になるまでのエピソードが明かされて面白かったが、3回目の両さんメモリアルの巻でいきなり最終回に・・・と思ったらエイプリルフールにあわせた偽最終回だったので読者から苦情が殺到した。ちなみに4回目の本田メモリアルは本田が平凡すぎてエピソードがないので2分の1ページで終了(笑)。この年は他にも秋本プロが「アトリエびーだま」に名義変更して税金対策をしたり、悪名高い能無しアシスタントSAGAXが加入したりコミックス累計部数がドラゴンボールと並んで5000万部突破して45号で3ページの特集が組まれる、など色んな意味で見所満載な年でした。

27岩瀬:2004/09/04(土) 17:32 ID:pC8d3dVs
2000年秋頃を。47号で4年間続いた封神演義に終了が訪れる。当初からのオタク臭さが少し鼻についていた為、あまり好きではなかった作品であるが円満な終わり方をしてくれたので安心したものだ。入れ替わりで新連載が3本スタートするが、尾玉なみえの「純情パイン」は毒が強すぎて打ち切り。ガモウの「バカバカしいの!」はタイトル通りの馬鹿馬鹿しい内容の為あえなく玉砕。そして少年誌初登場の新鋭・河下水希の「りりむキッス」はかわいらしい絵柄とわかりやすいストーリー展開でそこそこヒットしたのであった。

28岩瀬:2004/09/04(土) 20:47 ID:xgMWxcDw
96年の項目を。11号から問題作・幕張がスタート。当初はマニアックな芸能界ネタが売りだったが、後半からジャンプ編集部の内幕暴露的な楽屋落ちネタが中心になり一部で話題に。個人的に衝撃だったのがドラゴンボールの最後の担当だった武田さんが目薬を使って、出来ちゃった結婚したというネタでした。そして12号から岩田康照の神光援団紳士録がスタートするが内容がかったる過ぎて17回で終わった。なお作者は後にヤングサンデーに移籍して卓球漫画・球魂を発表して人気作家となる。13号では冒頭でアニメ・ドラゴンボールGT放送記念の企画ページが組まれ鳥山先生の1ページ漫画も掲載。(無論、単行本未収録)この漫画の中で「わたしのなかのドラゴンボールは、もうとっくに終わってます」という鳥山先生のコメントが色んな意味で衝撃でした。

29岩瀬:2004/09/05(日) 07:12 ID:JFSSa1p.
2000年春頃を。12号からぬーベーコンビの新作「ツリッキーズピン太郎」がスタート。これはぬーベー連載末期の頃に増刊号に執筆した同名読み切りを連載にしたものだが主人公のデザインを若干変更して変化をつけている。だがヒット作の次は当たらないという法則で2クールで撃沈した。13号からは「身海魚」の作者・田中加奈子の「三獣士」が始まる。これはよくある西遊記テイストの作品だが田中の作品は連載だとコケる法則の為やっぱり打ち切り。そして14号で今や「ミスフル」で生き恥をさらしている鈴木信也の読み切りビリヤード漫画が掲載。デビュー当時の「鉄条」の頃はまだ見込みがあったが、この頃はもう才能が枯渇しており見るに耐えなかった。しかし、そんな僕の感想とは裏腹に鈴木は1年後に野球冒涜漫画「ミスフル」の連載を始めて結果的に中堅作家に成長する事となる。

30岩瀬:2004/09/05(日) 18:11 ID:f1FJoEfY
92年の春頃を。10号のドラゴンボールで遂にピッコロと神様が同化し最強の超ナメック星人となる。そして11号から究極生命体セルが出現。本来、人造人間編は最初の19号・20号を倒して終了予定だったが、彼らが登場した直後に元担当のマシリトが鳥山先生に「やっと敵が出たと思ったらじじいとデブじゃないですか」と抗議電話してきた為、仕方なく16・17・18号を登場させたら、また電話してきて「何だ、今度はガキですか」とイヤミを言った為より明確な敵を出そうという事で登場したわけだ。ただ、絵的に寂しいので入れた体の斑点が作画の際に大いに邪魔になって作者だけでなく、アニメスタッフも苦労する事になった。そして強く設定しすぎてしまった為倒す方法がわからず非常に難儀したキャラだったようです。


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