――――俺のノート――――
「即自存在(etre en soi)」=単に「ある」、純粋な存在=不条理、無意味な嘔吐を催させる。
⇔ハイデガー的現存在、ヤスパースの実存、意識の現象学的還元
「対自存在(etre pour soi)」=対象化された自己=自己の本質としての即自性を離れるという意味で、
意識の自己否定=「無化」=自己規定→客観の形成→「対他存在(etre pour autrui)」
=自己認識における自己超出的構造=対象的自己への「投企」→時間性における選択の自由
→アンマンデガマン