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リリカルなのはクロスSS木枯らしスレ2

1魔法少女リリカル名無し:2013/06/03(月) 18:42:50 ID:yNAUiMQM
さるさんや規制をくらってしまった方用の代理投下スレです

2 ◆jiPkKgmerY:2013/06/03(月) 18:44:20 ID:yNAUiMQM
おお、立てられた。
では、20時ごろにリリカルTRIGUN24話投下したいと思います

3 ◆jiPkKgmerY:2013/06/03(月) 20:46:41 ID:yNAUiMQM
遅くなりましたが投下します。

4 ◆jiPkKgmerY:2013/06/03(月) 20:47:22 ID:yNAUiMQM
「これは……一体なんなんだ?」

 困惑を顔に張り付けて言葉を零したクロノ・ハラオウンに、答えを返せるものはいなかった。
 場にいる誰もが誰も、唐突すぎる展開に思考が追い付けていなかったからだ。
 時空管理局が臨時本部。
 セキュリティとしては最高峰に固められたそこに送られた、一つの情報。
 それは管理局が躍起になって調査を続けていた情報、喉から手が出る程に欲していた情報であった。
 『闇の書事件』が張本人とされる闇の書の主……その情報が送られてきたのだ。
 情報の発信源は不明。
 ただ冗談という一言では済まされぬ程に、情報は緻密なものであった。
 八神はやてという少女の出生から現在に至るまでの経緯。
 添付された画像には彼女が闇の書と共に映っているものもある。
 年端もいかぬ少女。その生い立ちは過酷なものであった。
 両足の障害に両親との死別。頼れる親戚もおらず孤独に生きてきた。
 そんな彼女が『力』を手に入れようとするのなら、動機としては十分に納得のできる話だ。
 とはいえ、発信源も分からぬ情報をそう簡単に信じる事もできない。
 情報が送られたタイミングといい、あまりに怪しすぎる。
 アンノウン、そしてヴァッシュ・ザ・スタンピードという新たな脅威。
 闇の書の主についての情報も得られず、問題ばかりが増えていく現状である。
 行き詰った状況を打開する大きな策を求めていたのは確かだ。
 そして、この情報とやらが真実であれば、現状の打開にこの上なく貢献するであろう。
 だが、だからこそ、怪しさが募る。
 まるでコチラの手の内を読んでいるかのようなタイミングだ。

「八神はやて、ね……どうするよ、クロノ」

 困惑と当惑に包まれた臨時本部において、沈黙を切り裂いたのは猫耳の女性―――リーゼロッテであった。 
 画面に映る情報の数々を見詰めながら声を上げ、クロノの方へと振り返る。
 問い掛けにクロノは簡単に答える事ができない。
 思わず視線を外して、再び画面を見やる。

「とりあえず情報の裏でもとってみる? ダメで元々。もし情報が本当なら万々歳ってことで」

 ロッテの提案は魅力的なものだ。
 主や守護騎士の捜索に行き詰っている今、この情報を確かめてみるのは間違いではない。
 確かに、駄目で元々なのだ。
 試しに捜査をしてみるのも、状況に何らかの進展を与えるかもしれない。
 だが、だ。
 何とも言えぬ異様な雰囲気があるのを否定できない。
 誰かの掌の上で動かされているような気がしてならないのだ。
 何より、こちらの厳戒なセキュリティを察知されることもなく突破してきたという事実。
 この一つの事実が、余りに異質で異常であった。

「……どうしましょう、リンディ提督」
「そうね……。何だか嫌な感じがするけども……ひとまず情報が真実かどうか調査をしましょう。この八神はやての住所へ局員を派遣。捜査、監視をさせましょう。
 指揮はクロノ執務官に任命します。
 同時にこの情報がどのような手段で、誰から送信されたものなのかを調査。こちらはエイミィ。お願いできる?」
「ええ、お安い御用ですよ」
「ありがとう。でも、捜査は慎重にね。罠である可能性も充分ありうるわ」


 しかし、捜査に行き詰っている現状では情報を無視することも出来ない。
 結局のところはロッテの言う通り、調査を進めていくしかないのだ。
 それが何者かの意思に踊らされてるものであろうとしても。
 出来る事といえば最大限の警戒をもって操作をすることだけだ。

「では、この場は解散にしましょう。直ぐに捜査にとりかかるように」

 はい、という声が重なる。
 リンディの指揮に間違いはないだろうが、それでも嫌な予感を拭うこともできない。
 それは指揮官たるリンディ自身にもあるようで、表情には暗いものが混ざっていた。
 ヴァッシュが引き起こした破壊現象に、ヴァッシュの保護。
 そして、闇の書が主に対する謎の情報。
 続けざまに発生する問題の数々に、管理局臨時本部は言い知れぬ重苦しい雰囲気に包まれていた。

5 ◆jiPkKgmerY:2013/06/03(月) 20:49:47 ID:yNAUiMQM
 ―――そうして捜査は行われた。


 結果だけを言うのならば、情報に嘘偽りはなかった。
 情報の通りに八神はやては居を構え、情報の通りに守護騎士達を従えていた。
 闇の書も、そこにある。
 余りに簡単に、拍子抜けするほどにあっさりと、闇の書の主は発見された。
 まるで難航を極めた捜査の日々が冗談でもあったかのようだ。
 その代わりという訳ではないだろうが、情報の発信源に関してはまるで足取りは掴めない。
 誰から送られたかも分からぬ、謎の情報。
 だが、謎の情報は真実のみを記しており、事実として闇の書の主を見つけ出すことができた。
 リンディの判断は迅速なものであった。
 闇の書の主たる八神はやて、そしてその手足となって動く守護騎士達の保護。
 もちろん罠である可能性は依然として付きまとう。
 いや、情報の発生源が特定できぬ現状では、疑念は更に深まっていると言っても良い。
 ただ、事実として目の前に突き付けられた主と守護騎士の姿に、管理局としては動かぬ訳にいかなかった。
 もはや闇の書がどの段階まで完成に近づいているかも分からないのだ。
 リンディやクロノに残された道は一つだけであった。
 せめてもの出来る警戒といえば、何が発生しても対応できるよう戦力を充実させる事と、迅速かつ無駄のない対応を行う事だけ。
 リンディは万全に備えて最高の戦力を配備した。
 例え守護騎士の面々が揃っていようと、普通に考えれば敗北はない程の戦力。
 だが、アンノウンの存在や闇の書の覚醒を考慮にいれると、確実な勝利が得られるとは断定できない。
 そのためにリンディは、何よりも先手をとることを優先とした。
 結界魔法による場の封鎖と共に、砲撃魔法による絨毯爆撃。
 警告もなし。
 相手に抵抗の意志があるのは、これまでの出来事から明白である。
 初撃で全てを決める必要があった。





「―――時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ。警告なしの攻撃で悪いが、この場は制圧させてもらった」




 策は、結論からいえば成功であった。
 倒れ伏す守護騎士達。
 立つ者のいないそこで名乗りを上げるクロノ・ハラオウン。
 言いながらクロノは、状況の把握を急いだ。
 見える限りでは守護騎士の撃墜にも成功している。闇の書の主たる八神はやても床に倒れている。
 砲撃は防がれた様子も、回避された様子もない。
 全力全開の砲撃だ。直撃したとあれば立ち上がれる筈がないが……。

『ユーノ、アルフ』
『ああ』
『任せといてよ』

 クロノは警戒の面持ちで視線をくばりながら、上空にて待機するユーノ達へ念話を送る。
 バインドで早急に拘束しておいた方が良いと考えたのだ。
 先の戦闘に於いて、守護騎士達の戦意は異常であった。
 もはや執念と形容しても良いだろう。
 もしかしたら立ち上がるという事も―――、


「うああああああああああああああああ!!」


 思考を、咆哮が掻き消した。
 目を見開き視線を向けると、そこには灰色の鉄槌があった。
 攻撃が寸前にまで迫っている。
 思考するよりも先に、クロノの魔導師としての経験が反応を見せた。
 無意識の内にシールドを形成し、鉄槌を受け止める。
 火花を散らすシールド。
 その先にある青に染まった双眸を―――鉄槌の騎士ヴィータを正面から見据えて、クロノは舌を打った。

6 ◆jiPkKgmerY:2013/06/03(月) 20:50:33 ID:yNAUiMQM







「……驚いたな。まだ動く元気があるか」

 ヴィータを睨みながら吐き出されたクロノの言葉に、嘘はなかった。
 もしやと考えていたとはいえ、あの攻撃を喰らってこうまで動いてくるとは思わなかった。
 まさか反撃に転じるとは、予想の範囲を越えていた。
 やはり厄介な敵だと、心底からクロノは感じていた。
 とはいえ、ヴィータダメージがない訳ではない。
 攻撃には力も勢いもない。先日フェイトとの戦闘で負傷していた事も影響している。
 その身体に刻まれたダメージは深刻なものだ。
 クロノも盾を通して感じる力に、ヴィータのダメージの程を読み取った。

「だが、眠ってもらうぞ」

 戦況は、十分すぎる程に魔導師に有利であった。
 シールド魔法ごとヴィータの身体を押しのけ、そのままS2Uの矛先を向けた。

「ブレイズ―――」

 体勢を崩しているヴィータにその砲撃を回避する術はなかった。
 デバイスを通して魔力エネルギーは瞬時に臨界へと到達する。

「―――キャノ……ッ!?」

 だが、砲撃は放たれない。
 それよりも早く、クロノの身体を光の輪が拘束をする。
 バインド。
 自由を奪う光の輪に、クロノは目を見開く。


(バインド! 誰が―――)


 周囲を見ると疑問の答えは直ぐに分かった。
 緑を基調とした甲冑に身を包んだ女性が立っていた。
 立ち上がった守護騎士は一人ではなかったのだ。
 あの砲撃を受けていながら、更にもう一人の守護騎士が立ち上がり、戦線へと突入していた。
 執念。
 今度こそクロノは、戦慄めいたものを感じずにはいられなかった。

「ヴィータちゃん、はやてちゃんを!」
「……! おう!」

 湖の騎士からの声に、鉄槌の騎士が応える。
 一瞬の逡巡を見せるが、決断は即決であった。
 倒れる八神はやての元へと駆け寄り、その身体を支えて立ち上がらせるヴィータ。
 主を逃がそうとしている。
 己の意志と、己の判断でもって―――己を犠牲にして。
 やはり、違う。
 これまで観測されていた守護騎士達の様相からは掛け離れたものがそこにあった。

「させない!」

 声は上空から来た。
 雷光の如く勢いで戦線に乱入してくる、金色の閃光。
 閃光は真上からヴィータを襲い、その目論みを防ごうとする。

「てめぇ!」
「やらせないよ。ここで、あなたたちを止める!」

 フェイト・テスタロッサ。
 ユーノやアルフと共に上空にて待機していた彼女は、いち早く事態の急変を察知し、最速の機動でもって戦闘へ参加する。
 フェイトの強襲に、ヴィータも俊敏な反応を見せていた。
 真上からの振り下ろしに、鉄槌で迎え撃つ。
 ぶつかり合うデバイス同士が火花を散らす。

「邪ぁ魔ぁだああああああああああああああ!」

 ヴィータの鬼気迫る激昂に、フェイトは思わず気圧されそうになる。
 いや、実際に力の均衡はフェイトの側へと傾いていた。
 カートリッジシステムが稼働し、三つの薬莢が排出される。
 後先などは考えていないだろう魔力ブースト。
 ただフェイトを突破するだけに、鉄槌の騎士は奥の手を曝け出した。
 バルディッシュから伝わる圧力が段違いに増幅された。

7 ◆jiPkKgmerY:2013/06/03(月) 20:52:10 ID:yNAUiMQM
「くっ!」

 そして、均衡は崩れる。
 その捨て身の戦法に、フェイトの対応が一歩遅れた。
 振り抜かれる鉄槌。フェイトは吹き飛ばされ後方の壁へと激突する。

「フェイト!」
「させない!」

 遅れて戦線に来たアルフが主の代わりとしてヴィータへ近づこうとするも、そこに割り込むのは湖の騎士―――シャマルだ。
 シールド魔法を形成し、アルフの前へと立ち塞がる。

「どけぇ!」

 アルフが放った渾身の右拳は一撃でシールドにヒビを刻み、そして返しの左拳で完全に砕き散らした。
 連撃は、流れるような左上段回し蹴りへとつながっていく。
 何とか防御の姿勢を取るシャマルだが、支援を専門とする彼女にアルフの一撃を受け切る術はなかった。
 鈍い音が響き、シャマルが床へと叩きつけられる。
 湖の騎士を一瞬で殴り倒したアルフは、今まさに主を担ぎ上げようとしているヴィータへと迫った。

「―――チェックメイトだな」

 それと同時にバインドを破壊したクロノも戦線へ復帰し、S2Uをヴィータへと向ける。
 アルフとクロノ。挟まれるように包囲され、ヴィータは忌々しげに舌を打った。

「無駄な抵抗だったな。諦めて投降するんだ」
「逃がしゃしないよ」

 前後を挟む魔導師たち。
 瞳を左右に振り、交互に二人を見ながら隙を見出そうとするも、隙らしき隙はない。
 肩で息をしながら、思考を回す。
 打開の切っ掛けの掴めぬ絶望的な状況に、ヴィータの感情が燃え上がる。


「ふざけんな……」


 こんなところで終わってしまうのか。
 はやてを守れず、はやてを救えず、ただ蹂躙され、終わってしまうのか。



「ふざけんな……」




 その先にあるのは―――はやての死。


 死ぬ。


 死ぬ?


 はやてが、


 …………死ぬ?




「―――ふざけんなああああああああああ!」




 受け止めきれぬ現実に、冷酷すぎる現実に、ヴィータが叫んだ。
 立ち塞がる魔導師の存在すら忘れて、はやてを抱えて空へと飛びだす。
 何も考えてやいなかった。
 ただ、はやてを助けねばという想いが、ヴィータを突き動かしていた。


「うぅぅうおおおおおおおおおおおお!!」


 ヴィータの感情に同調するかのように、それは発生した。

8 ◆jiPkKgmerY:2013/06/03(月) 20:52:50 ID:yNAUiMQM
 天井をぶち破り、戦場に突き刺さる光の杭。
 巻き上がる爆煙と爆風は、魔導師たちの視界を塞ぎ、その痩躯を吹き飛ばす。

「行け、ヴィータ!」

 叫びを飛ばすは守護獣・ザフィーラ。
 先の砲撃を受けてそれでも意識を保った守護獣は、機が熟すまでを辛抱していた。
 ダメージに動かぬ身体でなけなしの力を溜めて、己が力を振るう最適の時を待っていたのだ。
 全ては主を無事に逃亡させるために。
 全力でもって、場を乱しに掛った。
 守護獣の言葉に、ヴィータは全力の逃避をもって応えた。
 狙いは、つい先ほど『鋼の楔』により穴が開いた天井だ。
 外へと続く穴に直進する。
 させるものかと、体勢を立て直したフェイトが驚異的な加速で接近するも、ザフィーラが間に割って入る。
 立ち上がるだけで奇跡とすら言えるダメージの中、全力で最大魔法発動させたのだ。ザフィーラには、魔力も体力も残ってはいない。拳を握ることすら困難な状態。
 それでもザフィーラはフェイトの前に立ち塞がる。
 己の身一つを最後の盾として、主を守護する。
 視界の隅でバルディッシュの一撃を受けるザフィーラを見ながら、ヴィータは足を止めなかった。
 シャマルとザフィーラ。はやてを救うために捨て身で立った二人に応えるためにも、足を止める訳にはいかなかった。

 歪む視界、それでも空を駆けたヴィータは―――遂に、包囲網からの脱出に成功する。




 そして、見た。




 飛び出した先の夜天を埋め尽くす程の、膨大な数の魔導師達。
 数十にも及ぶ魔導師が、グルリと取り囲むように円を造り八神家を包囲している。
 完全な包囲だ。
 穴など何処にもない。
 前に行こうが、後ろに行こうが、右に行こうが、左に行こうが、全ての方向に魔導師が待ち構えている。




「うぁ……」



 数人を相手とするには余りある程の『数』。
 その光景にヴィータは呆然と立ち尽くし、声を漏らした。
 これまで守護騎士と管理局との戦闘は、高町なのは、フェイト・テスタロッサ、ヴァッシュ・ザ・スタンピードといった『個』との対決であった。
 ある意味で、守護騎士達は管理局の本当の恐ろしさを知らずにいたといっても良い。
 管理局が有する最大にして、最強の力―――『組織力』。
 これが、リンディが揃えた最大の戦力であった。
 守護騎士やアンノウンという強大な『個』に対抗するための『数』。
 リンディは己の持てる権限の全てを利用して、その『組織力』を存分に振るう。


 『数』は何ら躊躇いなくヴィータに対して力を振るった。
 全方位から殺到する射撃魔法。
 一発一発は高町なのはのそれと比べてしまえれば遥かに脆弱。だが、それが何十と揃って発射されたとなれば絶対的な脅威となる。

「ッ、グラーフアイゼン!」
『Pferde』

 高速魔法で空を駆るも、包囲網により回避に費やせる空間は限られており、どちらに移動したとしても射手は存在する。
 とても避けきれるものではない。
 それでもと空を駆るヴィータであったが、射撃魔法の一つが痩躯を捉える。

「あ……」

 一発が命中してしまえば、後は連鎖的であった。
 衝撃に足が止まった隙に、射撃魔法が豪雨のように襲い掛かる。
 動けぬ身体と意識で、ヴィータは見る。
 己へと迫る百を越える魔弾。避けることも、防ぐことも不可能。
 ギュと、はやてを抱く腕に力を込め―――そして、放した。
 なけなしの魔力で飛行魔法をはやての身体に掛け、その手を放す。



(ごめん……はやて)



 瞬後、殺到する魔導弾がヴィータを直撃し、その身体を爆炎で包み込んだ。

9 ◆jiPkKgmerY:2013/06/03(月) 20:54:23 ID:yNAUiMQM
 空に咲いた爆炎の中から崩れ落ちるヴィータを見ながら、ユーノは戦闘の終わりを確信した。
 身体を加速させ、移動する。
 先回りをし、重力に引かれて墜落しようとしていたヴィータを抱き留める。
 意識はなかった。力無く頭をたらし、昏倒している。
 その身体は傷だらけだった。傷は管理局との戦闘によって出来たものだけではない。
 各地で見られた魔獣殺し。中には決して弱くはない魔獣もいた。
 それをあれだけの規模で狩りつづけてきたのだ。相当に無理をしてきたのだろう。

「もう反撃の余力はない筈です。丁重に扱ってあげて下さい」

 遅れて近づいてきた武装局員にヴィータを任せ、ユーノは視線を移す。
 その先には道路の真ん中にて横たわる闇の書が主の姿。
 八神はやて。
 全ての元凶とされる少女が、まるでお伽噺の眠り姫のように昏々と眠り続けていた。
 ヴィータは、最後に主を手放した。
 見捨てた訳ではない。身に迫る危険から主を巻き込まないように、少なくともユーノにはそう見えた。

(後はあの子を抑えれば……)

 闇の書を巡る戦いの連鎖。
 戦いの中で何人もの人が傷付いた。掛買いのないものを失ってしまった二人もいる。
 この戦いがなければ、と図らずも考えてしまう。
 高町なのはと、ヴァッシュ・ザ・スタンピード。
 現在、二人が顔を合わせることはない。
 なのはが『あの時』何を見たのかは分からない。
 だが、『あの時』のなのはが見たものは、なのはの強靱な精神力にさえ大きな傷を創った。
 『あの時』の出来事はあまりに常軌を逸していた
 全ては、闇の書事件があったから。
 この事件さえなければ二人は平穏を共に過ごせていた。
 そう考えてしまうとユーノは、沸き上がる感情を抑えることができなかった。



「八神はやて、君を逮捕する」

 これで終わる。
 悲劇を生み出した闇の書事件は、これで終わる。
 やるせない感情に表情を暗くしながら、ユーノは全力の魔力を込めてバインドを形成した。
 それに追随して周囲の局員達もバインドや結界魔法を発動させる。

 そう、その時場の誰もが確信していた。
 クロノも、アルフも、ユーノも、フェイトも、長き戦いの終わりを。
 ただ場の違和感に気付いていたのは、指揮官として観測モニターを通して戦況を見るリンディだけであった。
 守護騎士達の派手な反撃、最大目標のはやての確保に、殆どの人物は意識をとられてしまっている。
 場に足らぬ守護騎士の存在。そして何よりも警戒すべき敵―――アンノウン。
 シグナムとアンノウンという二つの巨大戦力が、この場にはいなかった。

『油断しないで、敵は―――』

 リンディが警戒の言葉を叫ぼうとした瞬間であった。
 音もなく、『それ』は始まった。
 まるでそよ風は吹いたようにすら感じはしなかっただろう。
 当人達ですら何が起きたのかも分からない。
 痛みや刺激もない。彼らが感じたのはほんの僅かな違和感のみだ。
 だが、確かに『それ』は発生していた。
 むしろ離れて見ていた者の方が異変には気が付いたであろう。
 八神家を取り囲むようにできた円上の包囲網。
 ちょうど半分くらいの人数、円の半分ほどが『消失』していた。
 最初からそこには人などいなかったのかのように、円の半分を形成していた管理局の武装局員が『消えた』。
 音もない。予兆や余波らしきものもない。
 ただ瞬きの間に、およそ三十ほどの人員が影も形もなく消え去った。

 言葉を紡ぐ者はいなかった。
 唖然というのが正しいか。
 確かに眼前にある光景だというのに、すぐには信じる事ができない、まるで受け入れる事ができない。
 理解の取っ掛かりすら掴めない。たちの悪い夢を見ているかのようだ。

『全局員、周囲を警戒―――ユーノさん、八神はやての保護を!』

 止まった時を動かしたのは、リンディの一言であった。
 指示に弾けるように動き出すユーノ。

(異常事態。何が起きた。いや、今は闇の書の主の保護を最優先に―――)

 消えたのは、今まさにユーノと共にはやてを拘束しようとしていた魔導師達。
 混乱のままにユーノはそれでもバインドを発動させようとして、



 ―――ズン



 直後、聞いた。
 一振りの剣が、己の身体を貫くその音を。
 あ、と意味をなさない音がユーノの口から漏れる。
 視線を下ろすと、そこには腹部から平型の刃が生えているのが見えた。
 刃の周囲が、見る見るうちにどす黒い色に染まっていく。
 遅れて灼熱のような痛みがやってきて、ユーノはそれきり飛行魔法を維持することができずに地面に向けて落下していった。

10 ◆jiPkKgmerY:2013/06/03(月) 20:57:42 ID:yNAUiMQM
「シグ……ナム……?」


 その光景に、震える声を吐いたのはフェイト・テスタロッサだ。
 フェイトは一部始終を見ていた。
 消えた武装局員達。ユーノの腹部を貫通した刃。
 傾げるユーノの、その後ろに立っていた人物。
 鮮やかな深紅の頭髪。特徴的な剣。騎士甲冑。
 何度となく刃を交わしてきたのだ、見間違える訳がない。
 ヴォルケンリッターが将・烈火の騎士シグナム。
 そう、シグナムがそこにいる。
 ユーノを刺した張本人がいる筈の空間に、シグナムが立っている。
 まるでユーノを刺したのがシグナムであるかのように、そこにいた。
 何で、とフェイトの口から無意識の内に言葉が零れた。



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 一瞬後に轟いたのは、烈火の騎士が怒号であった。
 声と共に駆け出す騎士。
 呆然自失にあった局員達は、シグナムの接近を他人事のように見ていることしかできなかった。
 そして、局員達の眼前へと辿り着いたシグナムは躊躇なく刃を奔らせた。
 刃が、局員の首もとを通り過ぎる。
 数瞬の間を置いて、首が―――落下した。
 胴体と頭部とが切り離されて、鮮血を撒き散らしながら落ちていく。
 死んだ。
 一人の局員が余りに呆気なく。
 周囲を囲む局員達が、衝撃の事実に慌てた様子で構えを取る。
 だが、遅い。
 余りに遅い。
 シグナムの接近を容易に許してしまった時点で、有利不利は目に見えていた。
 一人の局員を殺害したシグナムは、近くにいた武装局員へと踏み込み、返す刀でその胴体を切り裂く。
 鬼気迫る騎士の進撃に、局員達は完全に浮き足立っていた。
 ただでさえ格上の相手。
 最早まともに対応することなどできやしなかった。
 周辺にいたおよそ6名ほどの武装局員は、反撃の魔法を発動させることなく斬り伏せられる。


 その様子を遠くから見ていたフェイトは、まだ動く事ができないでいた。
 彼女の機動力をもってすれば駆けつけるだけの時間は十分にあっただろう。
 それでも彼女は動けなかった。
 目の前の光景が余りに信じられなかったからだ。
 シグナムと最も多く刃を交わした彼女だからこそ、信じられない。
 あのシグナムが殺人という手段を容易く選択した事実が。
 躊躇いもなく人を殺害しているという事実が。
 受け止められない。受け止めきれない。




 蹂躙が、始まった。










 今まで何千何百と剣を振るってきた。
 何の思考もなく、何の感慨もなく、ただ言われるがままに剣を振るい、相対する敵を屠ってきた。
 他の命を奪うことに今更躊躇いを覚える訳がない。
 己が使命のためならば全身を染める程の鮮血に身を濡らすことだって出来る。
 そう、思ってきた。
 そう、思っていた。
 だが、眼前の光景に、眼前にちらつかされた選択に、身体は動き方を忘れたかのように静止する。
 仮初めの鼓動が早鐘を打つ。緩慢な思考が息苦しさすら感じさせる。


「―――何を迷っている」


 揺れる視界の中で声を上げたのはナイブズであった。

11 ◆jiPkKgmerY:2013/06/03(月) 20:59:28 ID:yNAUiMQM
 冷徹な表情。眼前の光景を、まるで無感情な瞳で覗いている。
 主の家が管理局に襲撃されているその光景。
 数十人からなる魔導師に家宅は包囲されている。またテスタロッサや執務官といった手練れも戦線に並んでいた。
 彼我戦力差は甚大。正面からの戦闘では到底勝ち目はないだろう。
 見ている内に襲撃は開始される。
 抵抗を見せたヴィータ達であったが、結局は数に押されて墜落していく。
 最後まで主を逃がそうとした騎士達の様子に、意識を失い地面に寝転ぶ主の姿に、胸が熱くなるのを抑えられなかった。
 だが、その一方で決意を固められない自分がいる。


「全ての事実を目の当たりにしても尚、お前は決断の一つすらできないのか?」


 そう、全ては男の言うとおりであった。
 既に事実は眼前へと突き付けられ、後に残されたのは決断の時だけ。
 今更なにを迷う必要があるのかという想いもある。
 裏切られ、切り捨てられ、窮地へと追い込まれた現状。
 その打開のためならば、主のためならば何でもすると奴に付いていったはずだ。
 だというのに、その一方で全てを捨てる事ができず足踏みをする自分がいる。
 ヴォルケンリッターが守護騎士として。守護騎士が将として。
 背負い込まねばならない。
 例え安寧の時を捨てることとなったとしても。
 残る騎士たちと主が幸福を過ごせるのだとするのならば。
 選択せねばならない。
 選択しなければ、いけないのだ。


「思い出せ。あいつの……ヴァッシュが示した俺達への回答を」
「―――ッ!」


 男の口から零れたヴァッシュという名。
 その名を耳が捉えると同時に鈍重な思考が瞬時に沸騰へと至った。
 心を塗り替える感情は怒りであった。
 全てを知って尚も、主の背負う過酷な運命を知って尚も、情報を管理局へと売り飛ばした男。
 信頼も信用もしてはいなかった。それでも『君達の情報を管理局に流すつもりは無い』という言葉は真実だと思っていた。
 それを、ヴァッシュは容易くも翻した。
 とても許容できる話ではない。久しく覚えぬ『  』が身を滾らせるのを感じさせる。

「ああ、思い出したよ。ナイブズ」

 滾る感情とは裏腹の冷たい、自分のものとは思えぬ程の冷たい声が口から漏れた。
 タカが外れる。
 思考が一気に鮮明となり、身体が自由を取り戻す。
 軽い。多大な疲労が蓄積されている筈の身体は、寸前までの状態が嘘であったかのように軽かった。
 相棒たる剣を発現させ、周囲を見る。


「私は、もう騎士ですらない。主を守るための剣……ただそれだけの存在でいい」
「そうだ。それでいい」

 告げ、ナイブズは軽い動作で腕を振るう。
 その動作には何の躊躇いすら感じられない。
 物を落としたから拾う。靴ひもがほどけたから結ぶ。
 まるでそんな軽い調子で腕を振るった。


「―――道は、俺が開いてやる」


 原理は分からない。
 魔法という概念では説明しきれぬ事象。
 数百年にも及ぶ闘争の中でも終ぞお目に掛れなかった絶技。
 腕を振るった後に、あったのは惨劇だ。
 先にあった数十の人物が、影も形もなく消えていた。
 終わっていた。
 否、眼前の男が終わらせた。
 数十に至る命を、ただ腕を振るうという動作一つで、消し去った。
 一瞬で陣営の半分を失った管理局は、呆然と動きを止めていた。

12 ◆jiPkKgmerY:2013/06/03(月) 21:01:43 ID:yNAUiMQM
 ナイブズの言葉に虚偽はなかった。
 先に自ら手を汚す事で、臆する自分へと進むべき道を切り開いてくれた。
 もはや行くしかないのだ。
 この修羅の道を。
 そして、アイツに報復を。
 全てを裏切ったヴァッシュ・ザ・スタンピードに鮮血の裁きを。

(……ああ、そうか。私は)

 思考と共に気付く。
 ヴァッシュへの復讐を思う時、心が異常なまでに軽くなるという事実に。
 それを認識すると同時に己の欲していたことを理解できた。
 自分は、ヴァッシュを―――、


(―――殺してやりたいのか)


 守護騎士を裏切ったヴァッシュを、主を切り捨て見殺しとしたヴァッシュを、殺してやりたい。
 『殺意』が全てを押して溢れ出す。その『殺意』に身を任せていると全てを忘れられた。
 思えば初めての事なのかもしれない。
 誰かに命じられたわけでもない。自己の意志でもって、一個人に対して『殺意』を向けるという事は。


(待っていろ、ヴァッシュ・ザ・スタンピード。貴様は、私が、殺してやる)


 そうして見上げた世界。
 破壊に塗れた世界の中、夜天の空はナイブズの一撃でおよそ半分ほどとなったといえうようよと空を飛ぶ魔導師たちで埋め尽くされている。
 これが解答。
 次元を統べる者達が見せた、一人の心優しき少女に対する解答。
 良いだろう。それがお前たちの答えだというのなら、相応の返答をさせてもらう。
 

「行くぞ、レヴァンティン」


 ナイブズの決意に対して、シグナムは愛剣を片手に構えて、空を翔けた。
 それがシグナムの解答であった。
 全力全開。
 『不殺』という枷はもう外した。もはや手加減は必要ない。
 数えることすら難しい悠久の戦いの日々で培った戦闘の術を、今あますことなく解き放とう。
 ただ主と、残された騎士達の幸福な日々のため。
 罪も、争乱も、全てが全て将である自分が背負う。
 だから、今はこの『殺意』に身を任せる。
 状況を打開するために。

 集積された莫大な魔力をもって一直進に飛行し、ヴィータを拘束しようとしている魔導師の背後をとる。
 剣はそれの胴体へとめり込んでいき、それを構成する臓器を蹂躙する。
 抵抗が剣を通して伝わる。
 久しい感触。まるで遠い過去の出来事であったかのような、懐かしい感触であった。
 決定づけられた幸福な日々からの離脱に、心が捻じ切れるような悲鳴を上げる。
 だが、それ以上の『殺意』が身を滾らせていた。
 殺す。
 優しき主を否定した貴様らを―――殺してやる。



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 
 次なる標的へ近づき、その首元へ剣を奔らせる。
 それだけで、それは頭と胴体との二つに分かれて沈黙した。
 面白いくらいの鮮血が溢れ出し、身体を汚す。
 生暖かい感覚に包まれながら、戦意すらも無くした魔導師達に対して、自分は剣を振るい続けた。
 蹂躙は程なくして終了する。
 目ぼしい獲物は斬り伏せる事ができた。
 残りは距離を取り、怯えと怒りを混ぜ込んだ表情で睨んでいた。
 数は最初の時から比べれば、ほんの僅かと言えた。

「ブレイクインパルス!」

 そうして近くにいた魔導師をあらかた斬殺し終えた時、横合いから殴りつけてくる人物がいた。
 レヴァンティンを盾に受けるも、押し負ける。
 外見は幼いが、術の練度は相当なもの。
 確か管理局の執務官。
 この惨状を前に、怒りを押し殺して冷静さを保つ精神力。この気に呑まれず立ち向かってくる気概。
 執務官の名は伊達ではないのだろう。
 だが、立ち塞がるといのなら手を抜くつもりはない。
 主を守るため、その命を絶つ―――。


 烈火の騎士は、『殺意』を剥き出しにして駆けだした。


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