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本スレに書き込めない職人のための代理投稿依頼スレ
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「書き込めないの!?これ、書き込めないの!?ねぇ!本スレ!本スレ書き込めない!?」
「あぁ、書き込めないよ」
「本当!?OCN規制なの!?ODNじゃない!?」
「あぁ、OCNだから書き込めないよ」
「そうかぁ!僕OCNだから!OCNだからすぐ規制されるから!」
「そうだね。規制されるね」
捻りが無いとか言うな
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黒い着物『死覇装』を身に纏い、さらにその上、護挺隊の頂点に立つ者のみ着用が許される『隊首羽織』そこに書かれている『十』の数字の白い羽織をなびかせ、
そこに長身の愛刀を担ぐ。
同時に、先程まで不機嫌で歪んでいた顔も、威厳のあるものへと変わっていた。
「はぁ…仕方ないか」
渋々といった感じで、乱菊も冬獅郎の後に続き、義魂丸を口にする。
同じように身体から魂が引き剥がされ、冬獅郎と同じ死神装束の彼女が現れ出る。
その頃には、冬獅郎がレリックをケースから取り出し、先程までの自分の義骸に指示を出していた。
「とりあえず、お前達は拠点にまでこのレリックを届けてくれ」
冬獅郎の身体に入った義骸は、大仰な敬礼を取って答える。
「わかりました! 70%の確率で届けます!」
「100%の確率で届けろバカ!!」
多少の不安は残しながらも、冬獅郎と乱菊の義骸達は素直に指示を受け取り、速やかにその場を去って行った。冬獅郎は素早く乱菊に向き直る。
「松本、お前はまず今のこの状況を黒埼達に伝えろ。それが終わり次第、残りのレリック探索を始めるぞ」
「え〜〜〜! 地下水の中を探し回るんですかあ?」
乱菊も開けられた地下道を見、不服そうな声を出す。
しかし、冬獅郎は有無を言わせない。
「松本、束の間の休息はもう堪能しただろ?」
その口調は、先程までの不機嫌が醸し出したようなものでは無かった。怒鳴るでもなく諭すでもない、ただただ静かで、そして重みのある声。
「こっから先はマジで取り組め―――でねえと、死ぬぞ」
「…わかってますよ」
面倒そうに返しながらも、もう彼女の瞳からは、いままでのお茶らけた感じは消えていた。
「あの、日番谷君…あたしはどうしたら…」
「お前は、そのガキをある程度治療したら保護しろ―その後は命があるまで待機だ。わかったな」
「え、でも―――」
その眼には、「自分も戦いたい」という意味が容易に察せられた。
だが危害を加えられない彼女の性分では足手まといになることは分かり切っているし、第一状況が状況、個人の我儘に付き合うほど、今は暇でも無かった。
「言ったろ、待機する役も重要だってな――だから大人しく待っていろ」
「大丈夫よ、直ぐに終わらせてくるから」
「…わかりました」
乱菊のその言葉に、織姫はただ頷くしかなかった。
そして、二人は再び地下水の入口の方に向き直る。
「準備はいいな、松本」
「何時でも」
簡素な返答――だが、それだけでお互いの準備ができたことが、長年培ってきた信頼でわかっていた。
「日番谷君、乱菊さん」
織姫は、二人が消える最後の最後まで、冬獅郎達を見送っていた。
「―――気をつけて」
「ん、ああ」
「これが終わったら、またショッピングの続きでもしようね」
二人は、それぞれ織姫にそう返すと、暗い地下水の穴の中へと消えていった。
「―――それにしてもこの子、どっから来たんだろう?」
目を覚ますまでの間、その場で治療することにした織姫は、改めて酷く傷ついた少女を見やった。着てる服や、痣だらけの身体を見ても、
ただ地下水を歩いてきたにしてはおかしい位ボロボロだった。
無論、レリックのケースを何故運んで来たのかも大きな疑問の一つ――なのだが……。
(…何だろう、この子…)
それ以上に織姫の疑問を抱かせているのが、少女から感じる『霊圧』だった。
決して大きくは無い、むしろ小さい部類に入るくらいものではあるのだが、――どこか違う、織姫は理屈ではなく感覚でそう感じた。
死神のものでも虚のものでも無く、だが自分達ともどこかかけ離れているような…この感覚は一体……。
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「ウオオオオオオオオオオオオオァァァァァァ!!!!!!」
今度は路地裏の奥で、地獄から聞こえてくるような、重く、響くような唸り声が聞こえてきた。
織姫は、一旦手を休め、恐る恐る向こう角で蠢く影を見た。
――腕が、脚が。
人体の形相を留め得ないその姿態を見たとき、織姫の神経に戦慄が走った。
(虚だ……!! 何でここに?)
新たに湧き出る疑問。
虚は、自分に気づかず、その場から消えていく。
―――このまま野放しにはできない。
「ゴメンね、直ぐ帰ってくるから」
織姫は少女に結界術を張ったまま、急いで虚の後を追いかけた。
角を曲がり、細道を通り、人気の無い路地裏を突き進み―――そして、見つけた。
長い時間を掛けてしまったが、漸く虚の影がその眼に視認することができた。
(せめて、これぐらいはみんなの役に立たなきゃ!!)
そう意に決し、攻撃準備を整え、虚に向かって行こうとして―――不意に止めた。
「―――ガッ!!!?」
「……え?」
突然虚は、頭を抱え込んで苦しみだした。
それと同時に、虚の身体がみるみるうちに溶けだし始める。
鱗のようなもので覆われた皮膚は、不気味な音を立てながらドロドロに落ちて、その上から蒸気が立ち込める。
「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」
そして次の瞬間、原形すら留めずに、虚は字義通り蒸発して、消えた―――。
「……どうなってるの……?」
織姫は、わけがわからず、ただそこで立ち竦むだけだった。
そして、その同じ頃。
「―――あれ?」
「どうしたの、エリオ君?」
同じく束の間の休暇を楽しんでいたエリオとキャロは、ある街路地で足を止めた。
「いや、何か叫び声のようなものが聞こえたような――」
エリオは不審げに辺りを見回し、そしてすぐ角にある細道に目を向けると、そこに一目散へと駆け出した。
「あ、待ってよエリオ君!」
急いで追いかけるキャロを余所に、エリオは角を曲って、そして驚きに立ち止った。
後から来たキャロも、エリオが見ているものを見て、その理由を悟った。
道端に、不思議な光に包まれている少女が倒れていた。
「お…女の子? 怪我してる!」
「それと…何だろ、この光…?」
少女に駆け寄り、不思議に光るものにエリオが触れようとした時、それはふっと消えてしまった。
「な、何? 今の」
「と……とにかくスバルさん達に知らせないと!!」
慌てふためきながらも、少女の介護を始めるエリオとキャロ。
そんな彼等のやり取りを、頭上から遠巻きに見る小さな影が二つ。
「た…大変だ……」
さっきまで少女の、治療の担当をしていた織姫の分身体ともいえる小人――舜桜が、エリオ達と同じくらいに慌てて言った。
「とにかく、織姫さんに知らせないと…!」
時は進む、ゆっくりと。
世界は交わる、再びに。
そしてそれぞれの思いを胸に、彼等は衝突する。
―――――――――――――――――――――――――――To be continued.
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今日はここまで、全然目新しいものが無くてすいませんでした。
なので予告でもしておきましょう。
次回、いよいよ戦闘開始! まず最初は『子供対決』からです!!
―補足…というか反省―
冬獅郎の少年服の下り、完全に要らなかったですね。
衝動的にやってしまって、最後まで入れようか迷ったんですけど…。
でもやっぱり今は反省しています。
質問があったらどうぞよろしくお願いします。
――――――ではまた。
ここまでお願いします。今回はさるさんにやられるわスレは越えるわで色々と迷惑をかけました本当に申し訳ないです。
代理の方、ありがとうございました。
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<削除>
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容量オーバーとわかっていながら、スレ立てせずに代理投稿依頼とな。
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大変お久しぶりです。本当はGWに投下したかったんですが忙しかったりアクセス規制にあったり…ors
遅くなりましたがリリカル×ライダー第4話を20:30に投下したいと思います。
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遅くなりましたがどうぞ。
「アンタみたいな犯罪者を、あたしは許さない」
ティアナが一枚のカードを握りしめながら俺を睨み付ける。
俺はそこまで恨まれるようなことをしただろうか?……いや、恨んでいるとは違うか。しかし彼女がああなっている理由はなんだ?
人を傷付けたのが許せないのか、言い訳にしか聞こえないことばかり言うのが許せないのか、それとも罪が課されなかったことが許せないのか。
「おい、俺は戦い方なんか知らないぞ?」
そんなの知らないとばかりに構えを取るティアナ。こちらの台詞は無視する算段か。
しかしどんな理由にしろ彼女とは分かり合う必要がある。勘違いされたままというのは気分が悪い。
「じゃあ、いくわよ」
結局、いくら考えようと、この戦いを止めることは出来なさそうだ。
リリカル×ライダー
第四話『模擬戦』
「なのは、何故この模擬戦を許可した?」
後ろから話しかけられたので振り向くと、そこにはシグナムさんが立っていた。
彼女の特徴は燃えるような、しかし赤いとは違う桃色に似た髪だと思う。普段からその髪をポニーテールに纏めていて、キリッとしててカッコいい。厳しく真面目な性格で、はやてちゃんの守護騎士達の中でも特にリーダーとして慕われている。
「シグナムさんがここに来るなんて珍しいですね」
「何を言う。こんな興味深い模擬戦、見ないはずがなかろう」
彼女の戦闘(決闘?) 好きは、今に始まったことではなかった。
「にゃはは……そ、そうですね」
実はわたし、ちょっとだけシグナムさんが苦手。あんまりお話しないからというのもあるけど、何より性格的に合わない。嫌いってわけじゃないし、むしろ尊敬してる所もあるのだけれど。
逆にフェイトちゃんとは仲が良いんだけどなぁ。
「で、何故許可した? なのはらしくないと思うが」
自分は過去の失敗から、無茶はさせないように教育している。今回の模擬戦はそれに反するということだろう。そう、自分でもそれぐらいは分かっている。
「やらせてあげないとティアナも納得しないだろうな、と思ったので。それにカズマ君が何故暴走していたかも知りたいし、丁度いいかと思いまして」
「やはりらしくないな。お前がそんな打算的な行動を取るとは」
クスリと笑ってそんなことを言うシグナムさん。わたしってそんなに良い人ぶってたかな?
ただ、らしくないなとは自分でも思うけど。
「まぁ、私は楽しませてもらうだけだ。なのはの判断以上の答えを私が出せる訳ではないからな」
それっきり、黙り込んでしまった。
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・・・
「クロスミラージュ、セットアップ!」
『Set up』
ティアナが一枚のカードを掲げる。彼女の一声と共にそのカードと持ち主が橙色の光に包まれ、それが無くなった頃には先ほどとは全く違う、活動的な服装になっていた。おそらくあの服がバリアジャケットとやらだろう。
そしてカードの代わりに握られた二丁の拳銃。アレが彼女のデバイスらしい。
「さぁ、アンタもバリアジャケットを纏いなさい」
いや、纏えって言われてもやり方知らなんだがな。今から何をすればいいのか、さっぱりなんだから。
――戦え。
「……っ!」
来た、アレだ。あの衝動が沸き上がってくる。俺に全てを破壊させようとする、あの衝動。なのはを傷付けたあの力。……俺をおかしくする、この力。
――戦え。
また左手が動き出す。返却された例の機器を握った左手が。
「チェンジデバイス、セットアップ」
『Stand by ready set up.』
例の機器、チェンジデバイスが動き出す。中央のクリスタルが一瞬光り、ベルトが射出されて腰に取り付けられ、待機音が鳴り出す。
――戦え。
また、俺が俺でなくなっていく……。
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・・・
「あれが、お前の言っていた」
「ホントに“変わった”でしょう?」
わたしが見る先、空間シミュレーターが設置された訓練場。そこでティアナと“彼”は戦っていた。
鎧に似た青いバリアジャケットを纏い、ティアナに向かって歩くカズマ君。けれど、彼はカズマ君であってカズマ君ではない。
「確かに戦うことしか考えていない戦闘狂のようだな。闘争本能の具現とは、言い得て妙だ」
今日の朝、カズマ君の部隊入り挨拶の後にシャマルさんが出した一つの結論がそうだった。少ないデータと推測で成り立った、まだ原因すら欠片も考えられていない危うい推論ではあるけれど、確かに納得出来る考えでもあった。
「わたしのときはあっちが先だったんですけどね」
「あれが先だと、やはり恐怖を抱くだろうな。今は不安と危険性を感じているが」
カズマ君の拳に展開された小さな青い三角形の魔法陣がティアナの放つ橙色の弾丸を悉く粉砕する。それは荒々しく原始的で、しかし緻密で精巧な迎撃。あんなシールドの使い方、初めて見た。
シグナムさんの言う通り、不安と危険性、そして何とかしてあげたいという思いをわたしは抱いていた。そのためにも、まずはこの戦いを見届けなければならない。
何をすればいいか、見極めるために。
・・・
「……くっ!」
またも放った弾丸が迎撃される。
すでに数十発は撃ち込んでいるのに、全て叩き落とされていた。あのカズマって人が突然表情を歪ませて変身してからずっと、言い知れぬ恐怖があたしを包んでいるのが分かる。それを振り払うように攻撃を続けるが、ことごとく無力化されてしまった。
「いったい、何なのよっ!」
なのはさんの教えを破るのを覚悟でビルに飛び込む。射撃型魔導師、特にセンターガードの自分がみだりに動くのは本来得策ではないのだが、今回は一対一ゆえに例外だ。
アイツはゆっくりとこちらに歩み寄る。こちらを侮っているのではなく、こちらを見極めるために。
念のために空間に残しておいた魔力スフィア三つを魔弾に変えて、飛ばしておく。ただの時間稼ぎだ。今は考える時間が欲しかった。
(アイツ、戦い慣れしてる……)
いや、正確には戦いをどう進めるのが最も合理的かを理解している、と言うべきか。普段みんなに指示を出す司令塔または頭脳となるあたしだからこそ、それらを理解しているということが分かる。
「カートリッジは使ってないから十分にある。ただ通常の魔法弾はまともに使用しても意味はない。ならクロスファイアか“アレ”を――」
――いやダメだ。そんな正攻法では勝てない。だいたい“アレ”はまだ実用段階にある代物じゃないのだから、今はまだ使えない。
そう考えている間に、アイツはやって来ていた。
「っ!」
自分の隣の壁が吹き飛ぶ。丸く穿たれた穴の先に見える、青い影。
「このォ!」
考えている暇すら与えてはもらえない。あたしはクロスミラージュを構えて魔法弾を撃ち出した。
-
・・・
――戦え。
(……うるさい)
――戦え。
(うるさい)
――戦え。
(五月蝿い!)
自らの内から響く声がうるさい。俺を惑わすこの声が五月蝿い。俺に望まないことをさせる声が本当にうるさい!
俺は、人を守るためにしか、戦わない!
「……っ!」
頭が疼く。今何かを思いだそうとしたはず――
「――あ、あれ?」
目の前の光景に、思考がフリーズした。
「あ、アンタ、なんかに……」
俺が、正確には装甲に包まれた俺の右腕が、ティアナの首を掴んでいた。その右手が、俺の意思に反して力を込めていく。
「や、やめ……」
止めろぉぉぉぉぉぉぉ!
そう思った途端、手から彼女が消え失せた。
「き、消えた?」
まるで陽炎のように橙色の輪郭を一瞬残して消えた彼女。あれは、一体?
いや、そもそも俺は何をしていた?
「また、またなのか……」
そう思い立った矢先に、事態は推移していた。
「ぐあっ!」
背中に衝撃。装甲ごしではあるが、内臓を揺るがすような嫌な感じ。まさか、攻撃された?
後ろを見れば、消えたはずのティアナがこちらに銃口を向けていた。
「あ、当たった……?」
彼女も驚いたような顔をしている。
そして状況を思い出す。今が模擬戦の真っ最中だったということを。
「や、ヤバい!」
速攻で、全力で逃げることを決めた。
「あ、待ちなさい!」
そして第2ラウンドが始まった。
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・・・
「あれは幻影だったのか」
シグナムさんが驚いたという顔をして、そう呟いた。
「ティアナ、この頃は頑丈なフェイクシルエットも作れるようになったんですよ。しかも喋ることが出来る精巧なものを。……まだ軽く掴めるぐらいですし、維持と精製に相当魔力を持っていかれるんですけどね」
ティアナ特有と呼べる、彼女の得意魔法、それがフェイクシルエット。幻影を精製する魔法だけど、彼女が使えば色んな応用が効く。今のような精巧な偽者も、最近は作れるようになった。
今の奇襲も、彼女らしい機転の効いたものだった。
「しかしアイツ、元に戻ったみたいだな」
アイツとはカズマ君のことだろうけど、確かにさっきとは違う普通のカズマ君に戻っていた。先程の怖いぐらい完璧な戦闘が嘘のように今はティアナから逃げている。
「今のカズマ君じゃ、ティアナには歯が立ちませんよね」
魔法弾がカズマ君に降り注ぐ。橙色の光雨はフェイクを混ぜたものだけれど、相手の戦意を喪失させ、回避を困難にさせる。カズマ君の装甲にいくつかがぶつかり、火花が飛び散っているのが痛々しい。
そろそろ模擬戦も終了か、と思う。これ以上続けても意味はないと思うし。
「いや待て、なのは。あいつをよく見ろ。無意識か知らないがティアナの射撃を避けてるぞ」
「え?」
……確かに、彼は逃げ惑いながらも体を左右にずらして避けていた。ティアナが四方八方から放つ射撃と誘導弾を当初は全弾直撃していたのが、今は八割を避けている。
「なのは、まだ面白くなるかもしれんぞ?」
シグナムさんの笑顔が、妙に楽しげに映った。
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・・・
「このっ、落ちなさい!」
「うわぁ!」
アイツの右に着弾。いや、アイツが左に避けた結果、右に着弾と言うべきか。
さっきから段々と回避が上手くなってる。無様に逃げているくせに、その背中に魔力弾が当たらない。その上、当たっても致命傷にならないほど頑丈なのだ。
さっきとは違う意味で、焦りを感じていた。
「おい! もう降参するから撃つのを止めろ!」
「そうやって騙そうとしても無駄よ!」
多分騙そうと言っているわけじゃないと思うけど。でもコイツをコテンパンに叩きのめさないと気がすまない。
なんでここまでムキになっているか、自分でもよく分からなくなってるけど。
「このっ……!」
フェイクシルエットを彼の前に出現させる。同時に誘導弾四発を二手に別れさせて左右同時攻撃。そして回避した所をあたしが――!
「うわっ!」
彼が目の前に現れた偽のあたしを慌てて避ける。そこに誘導弾を仕向ける。
「いい加減にしろっ!」
彼が体を捻って右の二発を避ける。流石に体制的に無理があるので左の二発は避けられなかったけど、手で強引に叩き落としている。それもシールドも無しに。
「でも、これで終わりよっ! クロスファイアァァァ、シューーート!」
彼に向けた二つの銃口から八つの魔弾が炸裂する。魔力弾達は渦を描くような弾道を取りながら一つの砲撃のようにアイツに迫る。
「っ!」
それに対しアイツは、剣を引き抜いて待ち構えていた。その構えは垂直に支えた剣の峰に左手を添え、腰を落とした独特のもの。
その左手が、ゆっくり剣の峰を撫でる。
「そんなんで……」
「でやぁぁぁ!」
そんなあたしの疑問も刹那。一瞬の内に彼の元に届いた魔弾の軌道に合わせるように、彼は剣を動かす。その剣の腹を滑るようにして魔弾達はあらぬ方向へ流れていった。
アイツは、その剣で、あたしの射撃を弾いた。いや、反らしたのだ。
完璧に、受け流されたんだ。
「そ、んな」
「これで、もう終わりだ」
疲れたような声で宣言するアイツ――カズマ。
あたしは……まだ、負けてなんか――
「――二人とも、そこまで!」
唐突に、なのはさんの声が訓練場を満たした。
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・・・
「主はやて。これがカズマについての報告書です」
大きな机と大量の書類。隣には小人用としか思えない小さな机。
特徴と呼べるものがそんなものしかないこの部屋が部隊長室、そう、八神はやての部屋だ。
ペンと紙の匂いに混じる仄かな甘い香りだけが、ここが女性の部屋であることを証明していた。
「ありがとな、シグナム。慣れないことやらせてしまって大変やったやろ?」
いえ、と断りつつ書類を机に置くシグナム。
「しかし何故このようなことを?」
彼女からしてみれば疑問に違いない。これではまるで彼を監視しているようだからだ。
少なくとも彼女からすればカズマは本当に記憶喪失に見えるし、性格も悪くはないように見えたので、主の目的が読めなかったのだ。
だが、それは決して主を勘繰っているわけではない。シグナムははやてを信じているからこそ、事情を説明して欲しかったのだ。
「んー、単に知りたかっただけよ? 今後使えるかどうかを」
……シャマルが言っていたのはこれか。
シグナムは溜め息をつきながらはやての手を握った。
「シグナム……?」
「主、私達は家族であり、家来です。貴女のことを守護騎士全員が大切に思っていますし、我々全員が貴女のためなら命を捨ててでも尽くすつもりです」
「シグナム……」
彼女は握った手に力を込め、決して離さぬように胸にかき抱く。
「だから主はやてよ、私達にだけは、隠し事をしないで下さい。私達家族を、信じてください」
シグナムが深々と頭を下げる。その手は僅かだが、震えていた。
はやては少しだけ驚いた表情を浮かべたものの、すぐにそれを笑顔に変えて彼女の頭に優しく手を置いた。
「私がシグナム達を信じていないなんてことは一度だってあらへんよ?」
シグナムは頭を上げて、はやてと視線を合わせた。
「では教えてください。何故カズマの監察を、私に命じたのかを」
そこで少しだけはやては困ったように首を竦めるも、すぐに笑顔に戻す。
「私は、カズマ君を助けるつもりや。けどそのためには彼の事を知っておかないかん。武装局員になれる実力があるなら私が連れていくつもりやし、本人が望むなら進路先を斡旋することもできる。逆に戦闘能力がないようならそれに応じた仕事を探してやらないかん。どちらにしろ、カズマ君のことを知らんと私は何も出来んやろ?」
「そういう、ことだったのですか……」
流石は我が主だ、とシグナムが頷く。彼女としてもはやてがそこまで考えて動いているとは想像がつかなかったのだろう。
「申し訳ありません。信じ方が足りなかったのは、私の方だったのかもしれません」
「ええよ、気にせんどいて? それよりカズマ君のこと、ちゃんと見といてや?」
「はい、主はやて」
今度こそ晴れやかな顔で、シグナムは力強く頷いた。
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・・・
結局、勝負はティアナの勝利で決まった。当然だ、自分はひたすら逃げていただけなのだから。
「カズマ君はやっぱりセンスはあるんだけど……」
「……すいません」
不貞腐れたような返答を、なのはに返す。
やはり最大の問題は"あれ"だろう。制御出来なければ俺は役立たずだ。ふと思ったが、記憶を失う前の自分は、こんなことで苦しんだのだろうか。
「痛っ!」
「こんなになるまで模擬戦続けたの?」
俺の身体中に出来た打撲の後を見てシャマルさんが顔をしかめる。バリアジャケットとやらで多少はダメージを緩和出来ても、完全には無力化できないらしい。なのはも最初見たときは顔を歪ませていた。
「なんだかカズマ君って早速患者の姿が板に付いてきたわね〜」
「勘弁してくれよ……」
小声で抗議しておく。効果は全くないだろうが。
二度目の医務室だが、未だに慣れることはできない。いや、こういった場所に医者以外が慣れること自体おかしいか。アルコールの臭いが僅かに鼻をくすぐる空間は、やっぱり居心地悪さしか感じない。
「はい、おしまい」
包帯をあちこちに巻かれてようやく完了か。何だか治療だけで疲れた。
「さ、二人とも疲れたでしょ? 食堂で皆待ってるから」
なのはが笑いながら指差す。もう二時だった。一緒に付いてきていたティアナは隣で不満そうにしていたが、諦めたように溜め息をついた。
シャマルさんに送られて医務室を出た後、食堂に三人で行く間、なのはが何度か話しかけてきたので気まずくはならなかった。ティアナも考え事をしているらしく、俺に絡んではこなかったし目も合わせなかった。
そうして着いた食堂ではフォワードメンバーの三人、スバル、エリオ、キャロが待っていた。
皿に盛られた料理を見て、ようやく空腹を意識したのが不思議だ。あんなに運動したというのに。俺は少食だったのだろうか。
「「お帰りなさい、なのはさん、ティアさん!」」
「お帰りなさい、なのはさん! ティアもお疲れ!」
年少組のエリオとキャロは口を揃えて、スバルは大きく元気な声で、二人を迎えた。
当然、俺の名前はない。
「……なのは、用事思い出したから今日は――」
「――ダメだよ。皆と仲良くしてくれなきゃ」
見事に捕まってしまった。
どうやら自分は器用なことが出来ない質らしい。腕を捕まれていたことにも、今更気付いたほどだ。
ティアナはまだ考え事をしているのか、挨拶をした三人に軽く答えた後に椅子に座っても腕組みを崩さなかった。
「……ティア?」
「あ、な、なによスバル?」
彼女も恥ずかしいと頬を赤く染めたりするのか、と思った。当然のことか。
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「ティアがボーっとしてるなんて珍しいなーと思って」
「あたしは考え事してたのっ!」
わいわいと騒ぎ出す二人だが、仲が良いのだろうからか、端からはコントのように見えた。決してティアナには言えないが。
「あ、あの」
「……え?」
唐突に話し掛けられた。まさか誰かに話しかけてもらえるとは思ってなかったので、咄嗟に反応出来なかった。
見ればキャロがこちらを向いて必死に何か言おうとしていた。……けれど、俺の関心は別の方にいってしまっていた。
「な、なんだその蜥蜴……」
「と、蜥蜴じゃないです! フリードです!」
「キュクルー!」
彼女の頭に乗っている小さな羽を生やした白蜥蜴――もといフリードなる生物に、俺は驚いていた。
「そっかぁ、竜なんて知らないよね」
なのはが合いの手を入れてくれたのは助かった。正直、驚いてる最中の俺に女の子の相手は無理だ。
「竜、だって?」
「そうだよ。わたしもフリードが初めてだったけど、似たようなものなら前に行った戦地で見たかな」
とても竜には見えなかった。さすがに蜥蜴は違うだろうが。
「あ、りゅ、竜だったのか。その、間違えて、悪かったな」
歯切れの悪い口振りに自己嫌悪したのは秘密だ。
「もう、せっかくエリオ君と謝ろうと思ってたのに……」
怒っても可愛らしいのは幼い女の子の特権だろう。俺もキャロを見てるとひたすらに自分が悪いように思えてきた。
「ご、ごめんな」
「キャロもそのくらいで許してあげなよ」
エリオがぽんぽんとキャロの肩を叩く。何だかお兄さんのようだ。
ようやく機嫌を戻したキャロとエリオが姿勢を正してこちらを向く。こちらも何だか緊張してきた。
「「か、カズマさんっ」」
二人が揃って声を上げる。いつの間にか、なのはもティアナとスバルも押し黙っていた。
「「今まで冷たい態度を取って、すみませんでしたっ!」」
食堂中に、二人の声が鳴り響いた。
取り敢えず、声のでかさには驚かざるを得ない。二人仲良くハモるのはいいが、そのせいで食堂中に響いてしまうのは勘弁して欲しかった。
しかも二人の声に反応した周りの目線が凄かった。何故だろう、謝られているのに悪者として見られているような気がする。
「べ、別に謝るほどのことじゃ――」
「その、わたしたち勘違いしてたんです」
俺の言葉を遮るように、キャロは言った。
「わたし、最初は怖い人なんだろうな、って思ってて。あの時近くで見てたエリオ君が怖かったって言ってたし。でも模擬戦見てて、最初はやっぱり怖いと思いましたけど、途中から本当は優しい人なんじゃないかと思い始めて……」
「僕達にはティアさんを傷付けないように戦っているように見えたんです。戦いが終わった後も自分のことなんか全然気にせずティアさんの心配をしてましたし」
キャロの言葉をエリオが引き継ぎ、俺に訴えかける。
確かに自分に彼女を傷付ける意志があったかと言えば否だ。でもそれは当然のことだ。人を傷付けるなんて――。
(――待て。何故俺はそこまで人を守るだの傷付けるなどに拘るんだ?)
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一瞬の疑問。だが、それはすぐに氷解する。
(いや、人として当然か)
それで決着はついた。ついてしまった。
「……聞いてますか?」
「――あ、あぁ、もちろんだって。それで?」
すぐに誤魔化す。今考えることはそんなことではなかった。
「それで、その、これからは仲良くしてもらえませんか?」
「お願いします!」
ぺこりと頭を下げるエリオとキャロ。願ってもないことだ。
「こちらこそ、仲良くしてくれると嬉しい」
初めて心の底から笑えた気がした。
「――うん、無事仲直りできたね」
にっこり笑顔でなのはが俺達の手を取って握らせる。気恥ずかしいが、なのはの気配りは嬉しかった。おそらくセッティングしてくれたのもなのはだろう。彼女も童子のような満面の笑みを浮かべていた。
たちまち主導権を握ったなのはが話を進めていく。自分と彼女達が話しやすいようにしてくれながら。
――ま、これも悪くないか。
俺もようやく、そう思えるようになった。
・・・
「ようやく打ち解けたか。世話の焼ける」
くつくつと低くくぐもった笑い声を放つ男が一人、広大な広間でカズマを見つめる。
巨大なモニターにはカズマが笑う姿が映し出されている。
「これでわしはお前の願いを叶えたぞ。すまんが、今度はわしの研究に付き合ってもらう」
広間のあちこちに置かれた機械を操作しながら、ポケットから十二枚のカードを取り出す。スペードのマークと、鮮やかな生き物の絵が描かれたカードを。
「わしは研究者だ。悪く思わないでくれ」
それらのカードを、機械のスリットに差し込む。
「さぁ、見せてくれ。人を超えた、仮面の戦士の力を」
スリットから、光が溢れ出した。
・・・
ようやく打ち解け始めた居場所、機動六課。安息の地を手にした彼は、日々腕を磨きながら内に潜む闇を押さえ込んでいた。そんな彼を試すかのように、断罪の鉄槌がカズマを襲う。
次回『鉄槌』
Revive Brave Heart
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えー、ようやく第四話です。話は全然進んでおりません(汗)。
文章がかなり変わってしまい、書き方もイマイチだなぁとは思っています。第五話では改善したいので、感想や批判はバンバン受け付けております!
それとスレの過疎化を耳にしました。確かにベテランの多くが去ってしまい、寂しくなったかもしれません。最盛期の頃を知りませんが、やはり今より賑やかだったのかもしれません。
ですが、今も多くの新人は作品を投下しています。その中にはベテランと肩を並べるほどの実力者もおります。自分もいつかそうなるために精進しています。
そんな職人のために住人の皆さんが更なる応援をしてくださることを祈っています。このスレをいつまでも生かすために、皆さん頑張りましょう!
長文失礼しました。それでは。
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では代理投下よろしくお願いします。
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ageます。そしてお願いします。
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じゃあ、私が代理投下してきましょう。
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投下終了。
>>175
行の長さに関するエラーが多発したので、もう少し投下の際は文章を改行した方が
良いと思いますよ。避難所の板は大抵の規制が解除されてますから気付きにくいで
すが、2chはそうでもないので。
ワープロソフトで書いたのをそのまま改行せずに流し投下をすると、結構見にくい
ですし。
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さるさんばいばい食らってしまったので代理投下お願い致します
初回からミスしてすいません
「フェイトちゃんご飯出来たよ!」
「出来たよ!」
声を差し伸べてくれたのは、なのはとヴィヴィオ。
今は素直にこの手に縋ろう。そして思考の迷路から抜け出しなのはの作ってくれた食事を楽しもう。
フェイトが書斎から食卓へ行ってみれば、テーブルに並べられているのは大きなハンバーグが3つ。
今にも破裂しそうなほど肉汁を溜めこんだそれは、見ているだけでフェイトの食欲をそそった。
「うわー美味しそうだね」
「ヴィヴィオも手伝ったんだよねー」
「うん! フェイトママのはヴィヴィオが作ったの!」
よく見れば自分がいつも付く椅子の前に置かれているハンバークの形はかなりいびつだった。
だけど一生懸命作っていた様子を思えば、不格好さがかえって愛しく思えてくる。
「上手だね。ヴィヴィオが作ったのいちばん美味しそうだよ」
「私が作ったのはイマイチなの?」
そう言ったなのはの不満げな表情にしまったといった様子を見せるフェイト。
「えっと…なのはが作ったの凄く美味しそうだよ! 食べてみたいなぁ」
「ヴィヴィオの作ったのは食べたくないの?」
今度はヴィヴィオが泣きそうな顔をして上目使いに見上げてくる。
ここまで来たらもはやフェイトはパニック状態で、どうしたらいいのか分からずに目尻には涙が浮かび始めていた。
その様子を見たなのはがさすがにからかい過ぎたかと思い、声を掛ける。
「ほらほら冷めないうちに食べよ」
「食べよ!」
「二人ともいじめないでよぉ」
恨めしそうなフェイトの表情は、なのはの目にはむしろ愛らしく映り、やはりいたずら心をくすぐるのであった。
しかしこれ以上やって本気で泣かれても困る。今は家族3人で夕食を食べよう。
ひょっとしたらこれが3人で囲める最後の食卓かもしれないのだから。
なのは自身そういう仕事である事は覚悟してきたが今回は状況が状況だ。
もし脱走したスカリエッティとの本格的な戦闘になればフェイトもなのはも駆り出される。
そうすれば前回は勝ったが今回も同じようにはいかないかもしれない。だからせめてこうして娘や親友と過ごせる時間を大切にしよう。
悔いは尽きないがそれでも走馬灯を見るのならば幸せな記憶で満ちる様に。
「それじゃあいただきます」
「いただきまーす」
笑顔を浮かべるフェイトとヴィヴィオを見つめながら何故かは分からないがこの時なのははある予感がしていた。
自分はきっと。
「はい召し上がれ」
きっと二人を残して死ぬだろうと。
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その頃ミッドチルダのある和風居酒屋にて。
「こんな時間にごめんなさいね、はやてさん」
「いえ最近は暇してますから」
座敷に腰掛けている女性が二人。一人はリンディ・ハラオウン。もう一人は元機動六課部隊長である八神はやてだ。
向い合せに座り、営業スマイルのような笑顔を向けるリンディに、こちらは正座をしながら硬い微笑みを浮かべるはやて。
はやては居酒屋にリンディと二人で居るこの状況に些かの戸惑いを覚えていた。
もちろんリンディとは面識がある、しかしそれでも親友の母親であり優秀な指揮官であるという面が強く、このような場所で二人で会う間柄とは言いにくい。
少なくとも杯を交わし合い、日ごろの愚痴を言い合う様な仲でない事は確実である。
はやて自身邪推とは思いつつも、当然この呼び出しには裏があるのだろうと想像せざるおえないのであった。
「あの」
「いらっしゃいませ。ご注文は」
何があるのかとはやてが戦々恐々として口を開いてみれば、それを遮る様に店員が声を掛けてきた。
いや、これが彼の仕事なのだから仕方がない。仕方がないのだが、それでもタイミングという物があるだろう。
そんな風に思っていれば向かいに座るリンディが笑顔で口を開いた。
「まだ決まっていないので後で注文します」
「かしこまりました」
そう言って店員はお冷だけ置いて別の客が居る座敷へと去っていった。
リンディとの緊迫した状況に渇きを訴える喉を潤そうと、はやてがお冷を口に運ぼうとした瞬間。
「はやてさん」
「は、はい」
リンディの呼びかけに、はやては慌ててお冷の入ったコップを座卓の上に戻すと両膝に手を置いた。
「実はお願いがあって呼んだの」
急に笑みの消えたリンディの表情に、はやてはますます身体を強張らせた。
一体何を言われるのだろうか。少なくともこの表情、良い知らせとは思えない。
もったいぶったように口を開こうとしないリンディ。その様子にどんどん事態を最悪の方向へと想定し直すはやて。
そんなはやての不安など気にも留めずにリンディは話し始めた。
「もうすぐ世界が滅ぶわ。はやてさん止めてもらえないかしら?」
「世界が? 滅ぶ?」
この人は何を言っているのだろう。唐突に世界が滅ぶと言われてもどう答えればいいか。
もったいぶったかと思えば今度がさらっと世界滅亡を口にしたリンディに、はやてが取れる態度と言えば、困惑と呆然のいずれかしかなく。
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味よ」
聞き返しても返ってくる答えはやはり取り留めのない物で、より一層はやてを混乱させるのに一役買ってしまった。
しかしリンディの顔は至極真剣といった様子で、一見突拍子もない世界が滅ぶという言葉をはやての中で信用足る物に変えていく。
-
「あの…リンディさん何が起こるんですか?」
そうだ。何が起こるのか分からなければ戦えない。そもそも誰が相手なのか? どうすれば世界を救えるのか?
リンディの言葉が本当だとするならば、世界が滅ぶと言うならば、自分一人で何が出来るのだろうか。
1年前に起こったJS事件でそれに近い経験はしたかもしれない。だがあれは犯罪であって世界の存亡とはまた次元の違う問題だ。
はやてにとってリンディの世界が滅ぶという言葉はあまりに曖昧で、それにスケールが大きすぎて理解出来ない。
言葉が持つ意味の租借に苦闘するはやてに、リンディは表情を崩さずに話し始めた。
「それはまだ言えないの。だけど世界は確実に崩壊へと向かっているわ。
だからもう一度、もう一度あなたの六課を使わせてほしいの」
理由を断固口にしようとしないリンディにさすがのはやても不信感は隠せない。
重大な事をリンディが隠しているのは確かだ。それも世界が滅ぶかもしれない秘密を。
いくらリンディに闇の書事件の恩があると言え、理由も分からずに命を掛けるのはまっぴらごめんだ。
例え親友の母親でもそんな事を二つ返事で引き受けられるほど、はやてもお人好しではない。
「理由も分からず命はかけられません。
何を隠しているんですか?」
はやての言い分はもっともだった。詳細も知らされずに命を掛けるなど愚行に等しい。
リンディもはやての言い分はよく分かる、分かるのだが理由を言う事は出来ないのである。
それを知る事がはやてのこれからの人生を闇で染め上げてしまう事にもなりかねないのだから。
だけど世界を守らればならない。そう葬らねばならない物がある。
「それは……」
「リンディさん!」
世界を守るために少女一人を犠牲にするのは安いかもしれない。だがそれでは10年前の再現ではないか。
そう、はやて自身が犠牲になり解決しようとした闇の書事件。あんな惨劇を二度も繰り返すなど許される事なのだろうか。
それが……少女を犠牲にする事が私に課せられた罪なのだとしたら、私はどんな罰を受けるのか。
いや既に罰は受けている。これ以上ないほど罰を。
言ってしまえればどれほど楽にだろうか。どれほど心安らぐのだろうか。
「そうね、確かに。でもね、あなたを『こちら側』の人間にはしたくないのよ」
「こちら側?」
はやては分からない。この人の言葉は私には理解出来ない。
何が罪で何が罰なのか、リンディ・ハラオウンはどんなパンドラの箱を開けてしまったのだろうか。
リンディの言う『こちら側』とは一体どういう意味なのだろうか。
しかし執念にも似たリンディの言葉にはやては知りたくなっていた。リンディの言葉の意味がなんであるかを。
リンディにとっての『こちら側』つまりはやてにとっての『向こうの世界』の世界がどうなっているのかを。
「分かりました。お引き受けします。
でもいつか、いつか全てを話してください」
「ええ、時が来たら必ず……必ず話しますから」
結局はやては真実を知る事は出来なかった。
だがしばらくの後はやてはリンディから思いもよらぬ真実を聞かされる事になる。
それが全次元世界を破滅へ導く全人類の存亡を賭けた戦いの引き金になろうとは、この時のはやてには想像も出来なかった。
-
午後20時。高町家は既に夕食を終え、ヴィヴィオがテレビにかじり付いている中、なのはとフェイトは夕食の後片付けをしていた。
二人が食器を洗いながら話すのはヴィヴィオ作成のハンバーグの話題でもちきりである。
「ヴィヴィオのハンバーグ美味しかったよ」
「まぁ味付けは私なんだけどね」
そんななのはの言葉にフェイトは苦笑いを受けべる。まぁその通りなのだがはっきり言ってしまうのは寂しい様な気もする。
折角ヴィヴィオが作ってくれたのだからもう少し褒めてあげてもいんじゃないだろうか?
「でもちゃんとふっくらしてたからヴィヴィオの腕がいいんだよ。味付けだけじゃあんなに美味しくならないよ」
だからヴィヴィオの名誉を保つためにも後見人としてしっかり母親に意見しなくては。
ヴィヴィオのこね方がよかったからこそ味付けが最大限に生かされたのだと。
いかにヴィヴィオのハンバーグが素晴らしかったか熱弁をふるうフェイトになのははやや頬を膨らませていた。
「フェイトちゃんヴィヴィオばっかり」
「そうかな?」
「私だってフェイトちゃんの事考えてご飯作ってるんだよ。栄養のバランスとか考えて」
フェイトは少し怒ったなのはが何となく面白かった。
六課の頃もJS事件後は別の仕事で忙しくなり同室と言っても一緒に過ごす時間が多かったとは言えない。
それに食事は給仕の人が用意しくれた物を食べていたから片付けもトレイを下げるぐらいな物だった。
こうして食器を洗いながらなのはと他愛のない話をする時間はフェイトにとって懐かしさを感じさせていた。
なのはと過ごす日常は本当に久しぶりだから、こんな皿洗いの時間でも嬉しく思えてしまう。
「分かってるよ。なのはにも感謝してる」
「うん」
今度は微笑みを浮かべるなのはに愛しさを感じていた。
一番最初の親友で、世界で一番大好きな親友。何が起こってもこの笑顔だけは守り抜いてみせる。
フェイトはそう誓ってなのはに微笑み返した。
――ピリリリ。
それも束の間。かすかに鳴り響いたのは、なのはの携帯電話のコール音。
なのははエプロンで手を拭くと自身の携帯の置いてある寝室へと走りだした。
寝室へ入るとベッドの上で着信を主張し続けるそれを手に取り、通話ボタンを押す。
「はい、高町です。はいはい……今からですか?」
一方皿を洗い続けるフェイトはなのはの会話の内容が少し気になって聞き耳を立てていた。
あまり良くは聞こえないがどうやら緊急の呼び出しらしい。
だがなのはに呼び出しが掛かるとは余程の緊急事態なのか? となれば当然危険度の高い任務だろう。
フェイトは皿を洗う手を止め、なのはの言葉に聞き入っていた。
「分かりました。すぐに向かいます」
フェイトにとってあまり聞きたい言葉であった。かなり厄介な事になっているらしいのは想像に難しくない。
蛇口から流れる水を止めるとフェイトは寝室へと歩き出した。
中を覗くと教導隊の制服に着替えるなのはの姿。その表情は先程見せた笑顔とは違う軍人としての高町なのはだった。
あらかた着替え終わるとフェイトの視線に気が付いたのか申し訳なさそうな表情を浮かべて。
「ごめん。緊急の呼び出し掛かっちゃった。悪いだけどヴィヴィオ見ててくれる?」
「どういう状況?」
「よく分からない。ただ高ランクの人達が何人も墜ちたって……」
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その言葉で思い出すのは、なのはが墜ちたあの日の事。
あんな風になのはの苦しむ姿を見るぐらいなら、この身を引き裂かれた方がどれだけ良かっただろう。
だから今度は一緒に行きたい。高ランクが何人か落ちているなら自分にもいずれ声が掛かるだろう。どうせ行くならばなのはを守れる方がいい。
それにスカリエッティとの関与も気になる。
「私も行くよ。ヴィヴィオは、悪いけどアイナさんに見てもらおう」
「……分かった。じゃあアイナさんが来るまでヴィヴィオお願いね」
「うん」
あいにく高町家で家政婦をしているアイナはこの日休みを取っていた。フェイトとしても本当ならなのはと一緒に行きたいがヴィヴィオを放ってはおけないだろう。
とにかくなのはの事も心配だが、アイナが来るまではヴィヴィオの傍に居なければなるまい。
そんな事を考えている間にもなのはは準備を終え、玄関へと歩き出していた。
フェイトもその後を追う。
「じゃああとお願い」
「気を付けて」
慌てた様子で玄関を飛び出していったなのは。その様子を見届けるフェイト。
勢いよく締められたドアを見つながら妙な胸騒ぎがするのをフェイトは止める事が出来ない。
悪い事が起きる気がする。何故かはわからなかったがフェイトが思い出すのは今朝見た夢の事。
フェイトの中であの血のような紅い色をした瞳が見つめてくるのだ。そう、まるで自分と同じような瞳の色をしたあの鉄の巨人が。
その眼に宿っているのは夢で見た寂しさや儚さではない。殺戮と破壊と思わせる狂気の赤。
何度振り払おうとしても、その視線がこちらを見つめる事をやめてくれようとはしない。
「アイナさんに電話しないと」
フェイトはこれ以上夢の事を考えたくなくて携帯を取り出しアイナへと電話を掛けた。
午後22時 ミッドチルダ首都中央部。
「第1小隊。配置につきました」
『了解。敵を目視確認した後、排除行動に移れ』
いつもは美しい夜景を見せてくれる都市中心部は本局から派遣された武装局員達の存在によって物々しい雰囲気となっていた。
派遣されたのはエース級と呼ばれるAAランク以上の魔導師ばかり。
地上でこれほど戦力が展開される事は稀であり、恐らくは1年前のJS事件以来の事ではないだろうか。
召集を受けた高町なのはは第3小隊を任され、後方のビル陰から双眼鏡を使い様子を伺っていた。
今回の作戦で出動した小隊は4人1組で計6小隊。まずは偵察隊として第1小隊を送り、彼らが敵を確認次第、全小隊で奇襲による集中砲火を掛ける。
この作戦になのは自身、強い緊張感を感じていた。その理由は高ランクが墜とされたと言うのに敵の情報全くない事である。
最初に敵発見の通信を入れたのは、哨戒任務中の地上本部魔導師小隊だったらしいのだが、その報告後通信が取れなくなった。
不審に思った地上本部は、その後も通信があったポイントに部隊を投入し続けたが、いずれも現場到着直後に通信が途絶えてしまっている。
そして地上本部から本局に支援要請が入り、なのはに白羽の矢が立ったと言うわけである。
『敵と思われる物体を目視で確認! なんだありゃ10mはあるぞ!』
突如入る先遣隊からの通信。隊員は畏怖の感情に支配されているようで、その声は上ずり気味であった。
それを皮切りに先遣隊からの通信が続々と押し寄せてくる。
『いやもっとだ。もっとでかい!』
『こっちへ来るぞ! うわぁぁぁぁぁ!!』
断末魔の様な悲鳴を最後に先遣隊からの通信は途絶えた。各小隊は臨戦体制を整え、先遣隊から通信があった場所へ急ぐ。
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「レイジングハート! エクシードモード!」
そう叫んだなのはの身体が桃色の光に包み込まれ、数瞬後に弾けて姿を現したのは戦闘形態エクシードモード。
なのはが持つ形態の中でも最大の出力と装甲を兼ね備えたエクシード。それを使うという事は全力全開の証。
恐らく先遣隊はやられたのだろう。だから省エネ形態であるアグレッサーモードの勝てる相手ではないとなのははそう判断したのだ。
「第3小隊出撃! 敵を殲滅するよ!」
『了解!』
なのははレイジングハートで敵の居る方向を指し示すと最大出力で飛行を開始した。
桃色の軌跡を伴い、音速に迫まろうかという速度で空を切る小隊長に、第3小隊員もぴったりと追従している。
直線速度では高機動魔導師にさえ匹敵するなのはに付いてくる辺り、彼等もエース級である事は想像に難しくなかった。
他の小隊も、それぞれが異った魔力光を発して高層ビルの隙間を彩りながら敵が待つ場所まで高速で駆け抜ける。
やがて全ての小隊は同じ場所にたどり着いた。そこは高層ビル群が立ち並ぶ中でも特に開けた空間で、中隊規模で動いても戦いやすそうである。
だがその風景と比べて他と比べても明らかに異質な物であった。規則的に大きく陥没している道路に砕かれたビルの壁。そしてその壁や道路の陥没の中にべっとりと付いた赤い何か。
それが先遣隊のなれの果てであろうとは、誰も想像したくないだろう。だがこれがなのは達に突き付けられた事実なのだ。
本局から送られた精鋭部隊に走るのは恐怖、絶望、戦慄、そして逃れようのない絶対的力量差。
「これは一体……ん?」
そう呟くなのはの耳に音が入り込んでくる。何かが駆動するような音、そう油圧パイプが動くような。
次に聞こえてくるのは何かが砕かれるような音。アスファルトが砕けているのだろうか? それらの音が一定のリズムを保って紡がれる。
徐々に近づいてくる音に、その場に居る全員が同じ事を考えていた。恐らくこれは敵が出す音だと。ビルの陰に隠れて姿は見えないがこれこそが敵なのだろう。
音はどんどん大きくなり耳を覆いたくなるほどだ。しかしなのは達が見つめるビルの向こう側に奴は居る。
敵の姿がどんなに強大でも目を逸らすな! 敵がどれほど恐ろしい音を立てようとも耳を塞ぐな!
全神経を集中して敵を感じろ! 奴が姿を現した瞬間、一斉射撃だ! なのはを含めた小隊員全員がそう思っていた。
もうすぐ、もうすぐ、ビルの陰から顔を出す。仲間の仇だ! 誰であろうと倒してみせる!
彼らはそう誓ったはずだった。はずだったのどうだろう。誰一人として動かない、いや動けないのだ。
何故ならビルの谷間からその巨体を見せた敵の姿は、彼らの乏しい想像力など遥か彼方に超越するほど強大で。
「ガオォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」
彼らが想像したよりも遥かに恐ろしい咆哮を上げたからだ。
「ママ……」
なのはが緊急招集されてから実に1時間、彼女の娘であるヴィヴィオは涙ながらにフェイトに縋りついていた。
そう、幼いながらもヴィヴィオはこの異様な状況に不安感を覚えていたのだ。
フェイト自身ヴィヴィオに付いていたい気持ちはあったが、とにかくなのはが心配でたまらない。
それにそろそろアイナが来てくれるはずだ。折角の休暇、しかもこんな時間に呼び出すのは気が引けたがそうも言っていられない。
とりあえずアイナならヴィヴィオを安心して預ける事が出来る。フェイトはヴィヴィオを宥めながら腕にはめた時計にちらちらと目をやる。
「ママ……ママ」
「傍にいるよ、大丈夫」
嘘だ。今から遠くへ行ってしまう。でもとにかく今は泣き止んでもらわないと。
なのはは無事だろうか。もしもの事があればこの子はどうなるだろう。いや自分はどうなってしまうだろうか。
あの夢、私と同じ色の瞳で見つめ続けてくる彼。どれほど振り払おうとしても彼の視線が揺らぐ事はない。
真っ直ぐに見つめて投げ掛けてくる感情は存在の意義、存在の定義、存在の肯定と否定、孤独、悲しみ、生まれた意味。
兵器として代用品として生み出された者に生きる価値はあるのか? それはフェイトが長年悩み続けてきた事。
どれほど考えても答えなど出ない。出したつもりでも結局悩み、迷ってしまう。
そうだ、なのはを失えば拠り所を失くしてしまう。そうなればきっと。
――私は壊れるだろう。
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フェイトはヴィヴィオを抱き締める腕に力を込める。お願いだから泣かないでよ。泣きたいのはこっちなんだから。
なのはを喪失してしまう可能性、それはフェイトにとって最大の恐怖であり、自己の存在意義を失う事でもある。
フェイトと言う人間は危うい。その心はちょっとした事で砕けてしまう。そしてバラバラになった破片を繋ぎ合わせる事は容易ではない。
だからヴィヴィオの背中を撫でているのは自己防衛のため。幼い我が子を守るふりをして自分に言い聞かせているのだ。
なのはは大丈夫。なのはは死なない。なのはを失うなんてありえない。なのはは笑顔で帰ってくる。
帰って来たら眩しいぐらいの笑顔で自分を抱き締めてくれる。私に美味しいご飯を作ってくれる。
寝る前には笑顔で「おやすみ」を言ってくれて、朝起きて隣を見たら「おはよう」と言って笑顔をくれる。
「なのはママ帰ってくる?」
小さな身体を抱き締めながらフェイトは思う。帰って来ないなんて嫌だ。なのはを失う未来なんてこの手で壊してみせる。
高町なのはを失う事が運命ならばそれさえも壊す力を、なのはを傷つけるならば例え相手がなんであろうと敵だ。
フェイトと言う人間は危うい。なのはを守るためならば世界を敵に回しても戦い続けるだろう。
そして望むだろう。世界を敵に回しても勝利を得る事が出来る絶対的な力を。
思い浮かべるのは夢の中で手に入れたあの力、フェイトが望む力の理想像、いかなる敵をも叩き砕く無敵の鋼鉄兵士。
だがそれは夢想でしかない、なら今この手にある力を信じる以外ないのだ。10年以上の歳月を掛けて磨き上げた魔法という名の技術。
フェイトは縋るヴィヴィオを離してその小さい肩に手を置いた。
「よく聞いてヴィヴィオ、なのはママは私が助ける。だからヴィヴィオはアイナさんとお留守番してて。
私はなのはママを迎えに行ってくるからここで待ってて欲しいんだ」
「本当?」
ヴィヴィオの表情に僅かばかりの光明が差すとフェイトは柔らかい髪の感触を確かめながらその頭を撫でた。
「うん本当だよ。フェイトママはね、強いんだから」
「知ってる」
「なら、お留守番しててくれる?」
フェイトの言葉にヴィヴィオは涙を拭いながら力強く頷いた。やはり血は繋がっていなくてもなのはの子なんだ。
きっと強くて立派な女性になる。なのはのような不屈の心を持った魔導師に。
フェイトが未来のヴィヴィオに想いを馳せれば、玄関から響くチャイム音。
この時間に訪ねてくる人物は1人しか居ない。念のためフェイトがドアを開けて確認するとそこには待望の人の姿が。
「ごめんなさい、遅くなってしまって」
「アイナさん。いえ、こっちこそ急なお願いで。じゃあヴィヴィオお願いします」
フェイトはアイナを招き入れるとその足で寝室へ向かった。
そしてロッカーに掛けられている執務官の制服に手早く着えるとポケットから愛用のデバイスを取り出し、触れる様な口付けをする。
「バルディッシュ、なのはを守る力を私に」
フェイトは口付けしたままバルディッシュに囁きかけた。
22時30分 ミッドチルダ首都中央部。
時空管理局地上本部と高層ビルが立ち並ぶミッドチルダの中央部。
その中でもひときわ高いビルの上から下界を見下ろすのは、八神はやてと守護騎士ヴォルケンリッターが将シグナムにオールラウンダーのヴィータ。
彼女たちの視線の先に広がる光景は惨たんたる有様であった。
-
「なんだよこれ…廃墟じゃねぇか」
そう口にしたヴィータに他の二人も同意せざるおえない。先程までは照明から眩いばかりの光を放っていたであろうビル群。
だが今その輝かしい明かりは消え果て、どこまでも広がる瓦礫から突き出している鉄骨は、まるでこの街に対する墓標のようにも見えた。
つい数時間前には凛々しくそびえるビルであったろう瓦礫の山々に、半壊して内部構造を痛々しげに晒しているビルも複数見られる。
滅多な事では壊れない鉄筋コンクリートの壁は砕かれたり剥がされていたり、途方もない質量を支えるために生み出された鉄骨もどうやったらこう出来るのか、まるで溶けたようにぐにゃりと折り曲げられている。
こんな事を出来る人間が居るのか。もしこの場になのはクラスの砲撃魔導師が大勢居れば、或いは出来るかもしれない。
だが独力でこれほどの事が出来る者は居るはずもなく、たとえ居てもそれは人間ではないだろう。
「そう、こんな事が出来る人間、居るわけがない……まさかこれがリンディさんの言っとった」
『はやて聞こえるか?』
突然はやての言に割り込むように入る通信。それはフェイトの兄であるクロノ・ハラオウンからであった。
予期せぬ相手からの連絡に、はやては目を丸くしていた。
「クロノ君! どうしてクロノ君が?」
『ああ、今回母さんから君達のバックアップを頼まれてな。だが少ないな』
クロノが差すのは今回のメンバー。はやて自身いきなり六課のメンバーを集めろと言われても出来るはずもなく、自身の守護騎士であるヴォルケンズを伴ってきたという訳である。
「せやな。本当ならなのはちゃんとフェイトちゃんだけでも確保しよう思ったんやけど捉まらんのや」
『知らないのか? フェイトはともかくなのははそこの前線に出ているはずだ』
「なんやて!?」
そんな事聞いていない。出動前の報告では本局からの武装隊は、既に壊滅寸前との事だ。もしかしてなのはは……。
はやての脳裏をどす黒い空想が支配していく。それは血塗れになりがら息絶えたなのはの姿だった。
なのはは自分やヴォルケンズを助けてくれた親友の一人だ。そんな親友の変わり果てた姿など見たくはない。
「はやてぇ!」
はやての思案に突如入りこんで来た聞き覚えのある声。
振り返り見てみれば、上空から黄金色の魔力を伴って見知った顔が高速で近付いてくる。
「フェイトちゃん!?」
フェイトはその言葉が自身の耳届くと同時に、はやて達の待つビルへと降り立った。
何故ここにはやて達が居るのか? フェイトにとっては当然の疑問である。
彼女は娘ながらリンディから今回の作戦を聞かされてはいない。はやて自身フェイトには当然話が行っているものと思っていたから自分達を見て驚く理由が分からないのだ。
はやてはリンディからの頼み事に改めてきな臭い物を感じていたが、引き受けた以上は仕方があるまい。
いずれ全てを話すと約束したのだ。今はそれを信じるより他にないだろう。
「どうしてみんながここに?」
「説明は後や。それより」
はやては眼下に広がる光景を見るよう視線でフェイトに促す。
ゆっくりと視線を落としてみれば広がっているのは一面の廃墟。つい数時間前通ったばかりの光景とはまるで違っていた。
いつも通る風景の変わり果てた様子にフェイト自身驚愕する以外なかった。
「これは……どうして、どうしてこんな事に」
「聞いてへんの?」
「何を?」
やはり聞かされていないのか。しかし何故リンディはフェイトに話していないのだろう。
クロノには話が行っているようだし、リンディはフェイトに話したくなかったのか?
妙な勘繰りかもしれないが、自分がフェイトを指名するのは目に見えていたはず。なのになぜ事前に話が通ってないのか。
-
「はやて何の事!」
何も言わないはやてに苛立ちを覚えたのか、フェイトは乱暴にはやての肩を掴んだ。
バリアジャケット越しでも力強さを感じるとは相当強い力で掴んでいるのだろう。
そしてフェイトの視線。普段は優しさしか見せないそれは狂気とも取れる感情を孕んでいるようだった。
「答えてはやて! 何でこうなったか知ってるの!? なのははどこ!?」
そう、全てはなのはのため。ここで何が起こったのか、なのははどこへ行ったのか、その答えを知るのは、はやてだ。
なら自分は知らなければならない。問い詰めてでも何が起きているのか言わせねばならない。
フェイトの思わぬ剣幕にたじろぐはやてだったが、リンディがフェイトに今回の件を言わなかった以上何か理由があると考えていた。
フェイト・T・ハラオウンという人間に対して、はやては全幅の信頼を置いている、だがリンディはどうなのだろう?
実の子でないと言え、深い愛情を注いでいた事は周知の事実だ。それに執務官としてのフェイトにも信頼を寄せているはず。
ならどうして、どうしてリンディはフェイトに何も告げないのか?
「いやそれは……」
リンディの行動が理解出来ないはやては言葉に詰まり俯いてしまった。
その様子に普段温厚なフェイトも声を荒げる。
「はやて!」
――ドオォォォ!!
するとフェイトの問い掛けに被さるように突如響きわたる爆音と粉塵の嵐。その瞬間、辛うじて原型を留めるビル陰から桃色の閃光を帯びた人影が飛び出した。
フェイト達は見覚えのある光を目で追う。そして光を脱ぎ捨てる様にして現れた白いバリアジャケットの姿に確信した。
「なのはぁ!!」
咆哮にも似た呼び掛け。聞き覚えのある声に驚いたなのはがその方向を見やるとそこには見覚えのある姿が4つ。
間違いない、いや間違える筈がないその姿。
「フェイトちゃん! それに……」
みんな自分を助けに来てくれたのだろう。
だがそう思った瞬間なのはは気が付いた。そうだ来てはいけない。なぜなら今ここに居るのは。
「逃げてぇぇぇぇぇ!!」
なのはの叫び、その刹那響く轟音。なのはの後方にあるビルが噴煙を上げながら、積み木細工を蹴散らすように崩れ去ったのだ。
そして残留する土煙に浮かび上がる黄色い光源が二つ。その光になのはが戦慄を覚えた次の瞬間、一帯を覆う煙は爆音を伴った暴風によって吹き飛ばされたのだ。
「ガオォォォォォ!!」
廃墟と化した都市部に響き渡る咆哮。雄々しく吠えたその姿にフェイトが、いやその場に居る全員が感じたのは逃れようのない恐怖。
粉塵を切り裂き現れたのは、身の丈20mに迫ろうかという大巨人。全身には薄汚れた包帯を巻き、魔導師の攻撃で引火したのか、垂れ下がる端々には篝火のように炎が灯っている。
そしてその姿は、身に宿る癒えぬ古傷を隠さんとするように見えたのだ。まるでそれその物が大きな傷跡であるかのように。
剛腕と形容するのが相応しい力強く巨大な腕に、大地を踏みしめる脚部はその地鳴りを響かせる重量を支えるのに十分な大きさがある。
それに伴った巨躯はまるで神話に出てくる神のように威厳に溢れ、そして怪物のような禍々しい威圧感を併せ持っていた。
顔に巻かれた包帯より覗かせる黄色い眼光は鋭く、目の前に居るなのは達へと向けられている。
だがそれでも高町なのはは退こうとはしなかった! 恐怖の感情はあったがそれよりも今は、かけがえのない友を守る事の方が大事だった!
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「私の大切な友達を!」
だから立ちはだかる物を撃ち抜く! それが自分の出来る事、これが自分の最大火力! 今までこの砲撃に。
「傷つけさせなんかしない!!」
撃ち貫けなかった物などない!!
「行くよレイジングハート!」
『了解マスター』
そう、これこそが高町なのはの全力全開にして、神さえも撃ち倒すと言う名を与えられた究極の砲撃魔法!
そしてその名を!
――カートリッジ全弾ロード!
その名を!
――チャージ完了! 発射準備!
その名を!
――射線軸固定。照準ロック!
その名を!
――これが私の……。
その名を!
――全力全開!!
その名を!
「ディバイィィィィィィンバスタァァァァァァァァァ!!」
レイジングハートから放たれた桃色の光流が巨人目掛けて突き進む。突然の攻撃に巨人は身動きを取る事も出来ない。
なのはが持ち得る最大火力の砲撃は巨人の腹部に直撃し、辺り一面を桜色の光で包み込んだ。
「ブレイク! シュゥゥゥトォォォ!!」
なのはの咆哮が轟くと同時に、眩い閃光が巨人を覆ったかと思いきや突如起こる大爆発。それは凄まじい爆流となり憎き敵を覆いつくした。
巨人の全身を内包するほどに巨大な爆発が現すのは砲撃手の完全勝利。ビルの壁でさえ貫くこの砲撃に撃ち倒せぬ物はない!
誰もが思う。なのはの本領をぶつけられては無事で済むまい。今巨人を包む爆炎が晴れる頃には、彼が神さえ倒す砲撃に屈した姿を見る事になるだろう。
「やったんか?」
はやては晴れない煙を見つめ続ける。どうやら敵が動く気配はない。
カートリッジ7発ロードのディバインバスター。やはりその砲撃は巨人の身体を粉砕するには十分すぎる程の威力があったようだ。
ゆっくりと爆風が天へと舞い上がる様子に、なのははホッと一息付いてからフェイト達の居るビルへと飛翔する。
-
「フェイトちゃ〜ん! みんな!」
遠目から見ても心配そうな様子を浮かべている4人に、なのはは笑顔で手を大きく振り、自分の無事をフェイト達に知らせた。
「なのは!」
それを見るやフェイトは最高速度で飛び出し、なのはに辿り着くや否や、その華奢な身体を力強く抱き締める。
「無事でよかったぁ……よかった」
そう言ってフェイトが嗚咽を漏らし始めるとなのはは笑みを浮かべ、フェイトの身体を抱き寄せた。
ひょっとしたらもう感じる事が出来ないかもしれないと思ったなのはの温かさにフェイトの安堵はますます強くなる。
なのはが家を出てからどれほどこの瞬間を待ち望んだろう。また抱き締め合えるこの瞬間がフェイトにはどんな事よりも嬉しかった。
なのは自身も最近感じていたフェイトやヴィヴィオよりも先立ってしまう不安をこの時だけは拭う事が出来た。
どうやら自分が死ぬのは今ではないらしい。まだヴィヴィオやフェイトと笑い合って過ごせる、そう思うとなのはは堪らなく嬉しくなって目尻に涙が浮かべていた。
「私は無事だよ。でも他の人達は……」
だが同時に思うのは散っていった仲間たち。皆果敢に巨人と戦ったがなのは以外の全員が殺されてしまった。
ディバインバスターを撃てていれば全滅はなかったのかもしれない。
そうは思っても砲撃は足を止めなければ撃てない。あの巨人にそんな隙を見せれば瞬く間に殺されていただろう。
実際先程の砲撃も友達を守りたいがためのやけくそであり、それが直撃した事も、そもそも撃つ事が出来たのが奇跡に近かった。
「なのはが悪いんじゃないよ。とにかく無事でよかった」
落ち込むなのはを何とか励まそうとフェイトは微笑みかける。そうしたフェイトの気遣いは嬉しいがそれでもなのはは責任感を拭い切れずにいた。
だがそれも束の間、後方から地響きのような音が聞こえた。なのはとフェイトは音のする方へ振り向く。
視線の先にあるのは、今だ砲撃の爆風が停滞している巨人の亡骸があるべき場所。そしてまた聞こえる地響き。
「これは……」
フェイトが呟くとなのははハッとした。この音は間違いなく。
「巨人だ」
そう、爆炎を振り払い現れたのは包帯姿の巨人であった。その悠然と歩く姿からはこれと言ってダメージを受けているようには見えなかった。
だが、所詮布でしかない包帯はディバインバスターの直撃を受けて吹き飛んだようで、隠されていた腹の部分を露わにしていた。
そこから覗くのは非常に彩度の低い青色の肌。もはや金属本来の色と言ってもいいほど鈍くて、色合いの薄い青である。
不気味な色合いの皮膚に一同は困惑する。相手の正体は何なのか? 果たして生き物なのか? それともそれ以外の何かなのか?
皆が思案している中、はやては冷静に巨人の肌を見る。視線の先にはディバインバスター直撃の跡。
よく目を凝らして見るが、そこにあるべき物がない。あれだけの攻撃を受ければどんな物でも必ず付く筈の物。
その結果を突き付けられてはやての額には汗が滲み出してくる。はやての様子に心配なったヴィータが声を掛けると。
「はやてどうしたんだ」
「なんて奴や。傷一つ付いてないなんて」
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そう言われてヴィータは巨人の腹に視線を送る。そこには綺麗な光沢こそあれど傷らしい物は一切見られなかった。
まさかなのはの砲撃を、その直撃を受けて傷一つ付かない物質など、この世に存在するのだろか?
分厚い鉄筋コンクリートでさえ撃ち抜いてしまうなのはの砲撃で無傷。それもカードリッジを7発もロードした超超威力砲撃。
もはやこれは常識で考えられる範疇を超えた相手なのだとはやては確信した。リンディの世界が滅ぶという言葉、あながち嘘ではないらしい。
そして相手の様子をじっと観察していたフェイトは、敵の正体に気が付いて叫び声を上げる。
「あれは……そうか鉄だ! 鉄で出来た巨人だ!」
フェイトの言葉になのはも叫んだ。
「じゃああれは鉄巨人!」
いいや違う! 鉄で出来た巨人でも鉄巨人などでは断じてない!
分からぬというなら見せようこの姿! とくと焼き付けろこの身体! 全力全開の砲撃魔法に耐えたこのボディー!
神をも倒す? 笑わせる! ならこの身体は神をも超えし物なのか?
あるいはそうか? それも違う! これを操る者こそ全知全能絶対無敵の神となりえるのだ!!
鉄巨人は自らの身体に纏った包帯を掴んでそれを取り払った。
そして現れたのは全身が鉄で出来た鋼鉄の兵士! それが勝利する事のみを目的とした完全なる兵器、鉄人!
「ガオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」
――鉄人28号!!
そうこれが私フェイト・テスタロッサ・ハラオウンと後に鉄人28号と呼ばれる正太郎との出会い。
それは、JS事件から1年が過ぎた夏の日の事でした
続く。
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あとがき
まず初めての投下なのに規制食らってしまって申し訳ありません。
もう少し投下感覚調整すべきでした。
これで第1話は終了です。ここまで読んでくださった方、支援してくださった方ありがとうございます。
SSは書き慣れていないので文章などにおかしい所がたくさんあると思いますが書いていく内に改善したいと思います。
なので指摘などありましたらどんどん言って下さるとありがたいです。
改めて読んでくださった方、支援してくださった方ありがとうございました。
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また規制……
>>187までは投稿出来たので>>188からどなたか代理で投下して頂けないでしょうか?
自分のせいでスレの進行止めるのも申し訳ないので
本当にお手数ですがよろしくお願い致します
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本スレに代理投下してくださった方、本当にありがとうございました
これからはこのような事態がないように気を付けます
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リリカル鉄人氏の残りの部分を代理投下させていただきました。
これでよろしかったでしょうか?
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>>193
ラッコ男氏、代理投下誠にありがとうございました
これからは他の方に迷惑をかけないよう注意していきたいと思います
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<削除>
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すみません。まだアクセス規制が消えないのでまた避難所投下になります。
誰か投下してください。お願いします。
投下作品はリリカル×ライダー第五話です。
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「オルタドライブ?」
シャーリーの言う単語は、デバイス関係を多少は齧ったわたしにも聞き慣れないものだった。
カズマ君のデバイス、チェンジデバイスと言うらしい箱か又は物々しいバックルとでも形容するしかないそれは、下手なロストロギアより謎だらけのものだった。
もちろん普通のデバイスとは全く違う。機能もよくは分からない。おまけに厳重なプロテクトとダミープログラムによって内部データは閲覧できず、ブラックボックスな中身故にコピーも難しかった。
「ええ、カズマさんが何度か使用した後に調べてみたら幾つかプロテクトが解除されていたんです。それで調べてみたらそんな名前が」
シャーリーにしては珍しい、聞いたことのない専門用語みたいだ。彼女に分からないなら、わたしにも分かる筈がない。
「それで、そのオルタドライブって何のことなの?」
名前からして動力機関みたいな気はする。けれど動力機関が搭載されたデバイスなんて聞いたことがなかった。
「このデバイスに搭載された魔力精製機関のことみたいです。これのお陰でリンカーコアのないカズマさんでも魔法が使えるみたいなんですけど……」
魔力素を変換出来る装置自体を聞いたことがない、とシャーリーは続けた。
簡単に言えば人工のリンカーコアということだと思う。けどそんなもの、一体誰が作ったの?
リリカル×ライダー
第五話『鉄槌』
訓練、訓練、また訓練だった。
機動六課隊員、特にフォワードメンバーは頻繁にヘリで任務に向かっていた。復興支援や、ガジェットと呼ばれる自立戦闘機械の掃討などを行っているらしい。JS事件の傷痕は、未だあちこちに残っているらしかった。
一方の俺はまだ任務に従事出来るだけの訓練を積んでいないため、一人居残り練習という有り様だった。一応、教官としてなのはが残っているのは不幸中の幸いか。
すでに俺が目覚めてから、一週間も時間は経過していた。
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「飛行魔法に魔力付与攻撃、それにベルカ式防御魔法だけかぁ」
なのはが訓練データを見ながらぼやく。
薄々気付いていたが、俺は相当不器用らしい。基礎的な射撃魔法はもちろん、魔力スフィアの形成も出来なかった。というより、射撃魔法自体が向いていないのだろう。他に補助魔法や戦闘以外に使用する魔法も試したが、いずれもダメだった。
唯一、飛行魔法だけは利点になるらしいが。
「まぁ、カズマ君はどちらかというと騎士だしね」
騎士という言葉は聞き覚えがあるが、彼女の言う騎士はおそらく違う意味だろう。
「なのは、騎士って?」
「えっと、わたし達魔導師がミッド式魔法を使ってるのは教えたよね? ミッド式はね、攻撃魔法は主に射撃魔法が得意で他にも補助魔法や様々な魔法を使うのにも向いた万能な魔法体型なの。一方、ミッド式と対を成す魔法体系にベルカ式と呼ばれるのがあってね。そっちは格闘戦用の魔法を中心に戦闘に特化してるんだけど、それを扱うのが『騎士』」
……分かったような、分からないような。
まぁ、斬り合いや殴り合いの方が向いてるのは事実だ。
「似たような戦い方をヴィータちゃんとシグナムさんがするから、帰ってきたら習うといいよ」
そのヴィータちゃんとやらは知らないが。
「それよりなのは、もう一度ガジェットってのと戦わせてくれ。実戦形式が一番伸びるのが早い気がするんだ」
俺の案をしばし顎に手を当てて考えた後、溜め息と共に首肯した。
「大体のことは分かったしね。でもガジェットじゃ、物足りないんじゃない?」
なのは曰く、殴り合いや斬り合いが主な俺はガジェットに対し相性が良いらしい。AMFと呼ばれる魔力を阻害するフィールドを持つガジェットは並みの魔導師には天敵となるものの、自分のように殆ど魔力を使わないものには何の障害にもならないのだ。故にガジェットは自分に取って少々役不足な敵だった。
「でも他にないんだろ?」
「そういうわけでもないんだけど……」
いつまでも顎に手を当てて悩むなのは。段々イライラしてきた。
「おい、そこまで悩むんならさっさとその隠し玉出せよ!」
「うーん、後悔しても知らないよ?」
なのはは、にこりと笑った。
-
・・・
「フェイトちゃんお帰り。ここんとこ忙しいのに厄介事押し付けちゃってごめんな?」
「平気だよ。それにはやてだって大変なんでしょ?」
「私は何時ものことや」
フェイトちゃんが一週間ぶりに帰ってきていた。
彼女に依頼したのはカズマ君の調査。執務官という立場を生かして本局で調査してもらっていたのだ。未だ記憶が戻らない以上、こっちが地道に調べていくしかないのだから。
「それでどうやった? カズマ君の世界は見つかった?」
「管理世界と把握している管理外世界からここ最近急にいなくなった人をリストアップしたんだけど、該当する人はいなかった」
「そっか……」
思わずほっとしてしまう自分が嫌いになりそうだ。けど、せっかく六課とも馴染み始めたカズマがいなくなったら寂しいというのは事実だ。そういって自分を誤魔化すことにする。
「けどね」
「ん?」
カズマ君の偽造の身分証明書を提出するために封筒に纏めていた手を止める。珍しい、彼女が言い澱むことがあるなんて。もう一人の親友ほどではないけれど、彼女も正義の人故に何でもはっきり言うのだ。
「実はそっくりな顔の人が15年前に日本で行方不明になったって情報があったんだ」
「なんやて!?」
まさかだった。確かにカズマ君の顔は東洋系だし、名前も日本人っぽいとは思っていた。しかし本当に日本人、つまりは私やなのはちゃんの故郷、第97管理外世界の出身だったとは。
「でも15年前だから今とは顔が違うはずなんだよね」
「あ……そうやね」
確かにそうだった。15年前に似ていただけなら今はずっと老けているはずだ。早とちりだった。
「そっか、ありがとな」
「いいよ、私も気になってたから」
そう言って微笑を浮かべた後、彼女はここを退室していった。
-
・・・
「はぁぁぁ!」
円筒形のガジェットを真一文字に切り裂く。薄っぺらな装甲は容易くひしゃげ、内部機器を粉砕しながらオイルを撒き散らして爆散した。まぁ、魔力を物質化させて、ホログラムで見た目をリアルにしているだけの偽物なのだが。
「これで、15体か」
訓練再開から10分、最初はガジェットと戦っててと言われて戦闘を続けていたが、数にキリがなかった。
そしてまた、ビルの屋上から三体のガジェットが顔を覗かせる。
「くそっ、フライブースター!」
『Fly Booster』
俺の声に続き、バックルから電子音声が鳴る。それに呼応して背中にある二本のブースターから青い魔力光が噴き出し、俺の体が浮かび上がった。
ちなみに、俺は今の体を見て思うことがいくつかある。
まずはバックル。本来はこんなものじゃなかった気がするのだ。他にも腹や肩のアーマーが不自然に感じる。本来ここには何かマークが描かれていたはずなのに。
そしてこの背中にあるこのブースターも違和感の原因の一つだ。
「おりゃあああ!」
『Slash』
飛び上がった俺の剣が青い魔力光を帯びる。
俺はビルに着地しながら右足を軸に体を回転させ、三体のガジェットを一度に切り裂いた。――そして一歩遅れて爆発する。
「これで、18体かよ」
違和感が何なのか、俺には分からない。今は精一杯生きるしかないのだから。
再び床から四体のガジェットがせり上がる。まだまだ休ませてはくれないか。
「りあぁぁぁあ!」
フライブースターを噴かせ、一気に突進する。いや、しようとした。
それを、轟音が遮った。
「だ、誰だ!」
ガジェットを粉砕した影。背は低い。だが赤い衣装と右手のハンマーが、俺の恐怖心をくすぐる。いったい誰だ?
「なのは、これは一体――」
「お前がはやてを誑かしたのかぁぁぁあ!」
「えぇぇぇ!?」
その赤い影が、俺に襲いかかってきた。
-
・・・
鬱だった。
何故彼をあそこまで罵倒したか分からない。犯罪者と勝手に決めつけ、彼に辛くあたった自分が堪らなく憎い。
任務の合間、つかの間の休憩時間に、あたしは何をやっているんだろう。あの模擬戦以来、考え事ばかりしている気がする。
「ティア?」
声がかかる。スバルだ。あたしに元気がないのを察して来てくれたんだろう。
「ねぇ、スバル」
「何?」
スバルになら、悩みを吐いてもいいかな? 執務官になるために、あまり他人を頼ったりはしたくないのだけれど。
「どうしてあたし、カズマさんにあんなに辛く当たっちゃったんだろう」
「ティア……」
理由は無いわけじゃない。ナンバーズを捕まえた際に、しかるべき罪を課せられるかと思ったら驚くほど軽くて管理局に不信感があったとか。最近良くしてくれているなのはさんを蹴飛ばしたことが許せなかったとか、はやて部隊長が庇ったのが信じられなかったとか。この頃アレの習得が上手くいかず溜まったストレスも原因かもしれない。ホントに、いろいろ。
けど本当は、この機動六課という輪を壊してほしくなかっただけかもしれない。そんな小さな事のために辛く当たった自分が、本当に小さく見えた。
「ティア」
「何よ?」
「一緒に謝ろうか」
「えっ?」
まさかスバルがそんなことを――と考えて、あたしよりもずっとそういうことを気にするやつだったのを思い出した。
「あたしも最初はまだ本調子じゃないなのはさんに暴力を振るったあの人が許せなかったけど、今では反省してるんだ。なのはさんがあの人は悪い人じゃないって言ってたの、早く信じておけば良かったって、今頃になって思ってる」
目に涙を滲ませ、顔を伏せながら言うスバル。きっと任務中も悩んでいたのだろう。それを気付かせないように空元気を出していたに違いない。あたしがいつも通りだったら分かってあげられただろうに。それが悔しい。
「だから、その」
「分かった。スバル、一緒に謝りに行くわよ」
「ティア……」
あたしはなるべくいつも通りに笑いながら、
「くよくよ悩むなんて、アンタらしくないでしょ」
あたしは、そう言った。
-
・・・
何故だか俺は、ティアナとスバルのことを思い出していた。
ティアナとスバルが謝りに来たのは昨日の話だ。こっちはかなり驚いたが、願ってもないことだったので俺も喜んで受け入れた。
何故、今そんなことを思い出すのだろう。
「ぐあっ!」
「どうした! その程度かよ!」
赤い服を着る人影は少女だった。ドレスのような派手なフリルがいくつも付いた服を来ていて、年は小学生くらいだろう。可愛らしい顔立ちをしている。
そんな少女が憤怒の形相を浮かべて、ハンマーを振り回しながら襲いかかってくるなんて悪夢としか思えない。
「グラーフアイゼン!」
『Jawohl!』
威勢の良い彼女の掛け声と、ハンマーから鳴る同じく威勢の良い機械音声が重なる。それと共にハンマー基部のコッキングレバーが動き、薬莢が排出される。
「カートリッジ!?」
「ラケーテン、ハンマー!」
『Raketenhammer!』
赤い魔力がハンマーを包み込む。一瞬の後、ハンマーのヘッド部分は異形の姿に変貌していた。
叩き付ける部分には鋭い突起が、反対側にブースターが付いた新たなハンマーヘッド。見るからに危険そうだと分かる凶悪な外見だ。
それを彼女は、ジェットを吹かして自分の体を軸に回転させながら俺に叩き付ける!
「あぁぁぁぁぁあ!」
俺はそれを右手に発動させた小さな三角形の魔法陣、パンツァーシルトで受け止める。
甲高い耳が馬鹿になるような音が鳴り響き、ハンマーから生えた突起が俺の盾をガリガリと削っていく。
凄まじい衝撃と突起による追加ダメージ。
俺を守る盾は、限界に達しようとしていた。
-
『お願い! わたし達の六課を守って!』
その時、なのはの声が耳を震わせた。
――守る……?
そうだ、守らなければ。今六課隊舎を守れるのは俺だけなんだ。
――そうだ、俺は。
俺が、俺が戦わないと。六課を守るために。
――俺はもう、誰も失いたくない。
そうだ、俺は――
――“全ての人を、守ってみせる!”
「おぁぁぁぁぁっ!」
右手が輝き出す。眩い蒼の光は魔法陣を包み込んでいき、亀裂をみるみる修復させていく。
「な! コイツ、いきなり魔力量が」
少女が表情を変える。だがそんなことはどうでもいい。
俺はフライブースターを最大出力にして押し返す。
均衡する力と力。
「バリア、ブレイク!」
その状況を、俺はあえて粉砕する。
「なぁっ!?」
盾となっていた魔法陣が爆発し、彼女とそのハンマーを吹き飛ばしながら噴煙で包み込む。これで一時的だが眼は潰した。
俺は死角に一瞬で飛び、青い光を帯びさせた剣を降り下ろ――
「そこまで!」
――そうとした所で、戦いは終わりを告げた。
-
・・・
「なのは! てめぇ!」
先程まで戦っていた赤髪の少女が、なのはに掴みかかっていた。
「ごめんね、ヴィータちゃん。ああ言ったらカズマ君と良い戦いをしてくれるかと思って」
「にしてもやり方が悪過ぎだ!」
おそらくなのはの言っていた秘策はこの少女の事だったのだろう。確かに偉く強い相手だった。
ちなみに今いる食堂で夕食がてら事情を聞くということで集まったのだが、彼女がキレ出してしまったため俺には何も出来なかった。
しかし俺はなのはの少女みたいな甘い声にまんまと乗せられたということか。考えてみれば俺が戦わずとも彼女がいた訳なのだから、責任感を持つ必要はなかったのだ。くそ、あの高い声と必死さのある口調は反則だ。思わず守りたくなってしまった。
でも、俺は何か思い出しかけた気が――。
「ホントごめんね。今度はやてちゃんが休み取れるようにわたしが仕事引き受けるから。一緒に遊園地とか、この頃行ってないんじゃない?」
「ほ、ホントかなのは? やったー! はやてと久しぶりのお出掛けだー!」
単純な奴だな、と思ったのは内緒だ。なのははもしかしてこうやって彼女“で”遊ぶことを目的としていたのではないか?
「ところでなのは。この子はどういう……?」
「あたしか?」
なのはに対して散々怒りをぶちまけたからか、先程よりはずっと爽やかな自信に満ちた笑顔をこちらに向けた。
「あたしはヴィータ。はやての守護騎士ヴォルケンリッターにして機動六課スターズ分隊副隊長のヴィータだ」
赤髪の少女、ヴィータはそう名乗った。
・・・
ようやく仲直りをしたティアナはカズマへの詫びとしてクラナガンの案内を志願する。二人での奇妙な買い物は、しかし平和には終われない。
ついに物語は始動する。最悪の方向へと。
次回『覚醒』
Revive Brave Heart
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以上で投下終了です。何度もご迷惑をおかけして申し訳ありません。2ch歴が短いのでアクセス規制の対処法などもわからなくて……。
すいません、作品に話を戻します。今回の話までは平和な話です。次回からカズマの正体がある程度明かされます。それと共にもしかしたらあいつも……?
感想、批評などをよろしくお願いします。
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すみません。では誰か、代理投下お願いします。
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無名氏の第5話を代理投下しました。
上で既にゼロ氏も仰っていますが、一行が長くて
エラーが発生しておりましたので勝手ながら
一部改行させていただきましたが、大丈夫だった
でしょうか?
では、失礼します。
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ありがとうございました。
改行についてはwiki編集時にオリジナルのまま編集しているので大丈夫です。
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>>208
そうじゃなくて、エラーが起こるから投下しにくいと指摘されてるわけで。
貴方のオリジナルがどうとかじゃなくて、人に代理を頼む以上はエラーが起こらないようにするのが
頼む側の最低限の礼儀じゃないでしょうか? 一度指摘を受けてるんですから
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>>209
すいません。問題をきちんと理解していませんでした。今後はこんなことが起こらないよう注意しておきたいと思います。
ちなみに今回のエラーの原因が今一分からないので解決法などがありましたら教えてもらえますか?
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>>210
文字は1行128文字まで
それを超えると投下出来なくなる
テンプレにも書いてあるので熟読するといいと思う
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あれはてっきり一行が128文字しか入らないからレスの際は合計文字数に制限かかるという意味に取ってました・・・・・・。
小説的には一段落128文字ということですね。わかりました、今後は気を付けます。ありがとうございました。
そしてラッコ男氏には迷惑をお掛けしたことに改めて謝罪させていただきます。申し訳ありませんでした。
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時間になりましたので投下します
閃光と衝撃。
光子弾の奔流が眼前の壁面を掻き消すと同時、スラスター出力を最大へと叩き込む。
砲撃後の僅かな粉塵は晴れずとも、各種センサーがその向こうに位置する構造物の消滅を告げていた。
光子弾単発のサイズは親指程度、掃射時間は僅か1秒足らずだが、1度の砲撃によって放たれる総弾数は20万を優に超える。
波動粒子に対する抵抗性を獲得したバイド汚染体でもない限り、雪崩を打って迫り来る光子弾の壁を前にして存在を保つ事など不可能だ。
行く手を遮る物が何ひとつ存在しない事を確信し、壁面に穿たれた巨大な穴に向かって加速。
そして突入と同時、リフレクト・モードへと移行した光学兵器の閃光が空間を埋め尽くす。
機体周囲の全方位から爆発と生命反応の消失に際しての各種エネルギーが無数に検出され、それらの情報がインターフェースを通じて意識内へと流れ込んだ。
更にシステムをサーチ・LRG・モードへと移行、誘導性を有するレーザーを5秒間に亘って掃射。
逃走を図ったか、遠ざかり始めた反応源を殲滅する。
直後、システムを再度リフレクト・モードへ移行、反射制御ナノマシンの増殖・供給を停止した上で掃射開始。
選択式対物反射機能を失ったレーザーの嵐は、既に破壊されつくした周囲の構造物を更に微塵と化し、漂う粉塵すらも巻き込んで全てを消滅させた。
後に残るは半径600mにも及ぶ、巨大な球状の空間のみ。
数ある空間制圧型光学兵器の中でも群を抜く高性能にして、前線の部隊からは「凶悪」とすら評される、R-9Leoシリーズのマルチプル・レーザー・システム。
地球文明圏が有する全光学技術を、文字通り全て注ぎ込んで開発された光学兵器運用特化型フォースは、同一プロジェクトに於いて開発された「サイ・ビット」との連携によって破壊的な制圧力を発揮する。
大型装甲目標すら数秒の連続照射によって破壊可能な極高出力レーザー、更に高密度レーザー弾体をフォース及びサイ・ビットより放つクロス・モード。
ナノマシンによる超高速演算とレーザー触媒機能により、照射後のレーザー自体が選択的に対物反射機能を発動させるリフレクト・モード。
同じくナノマシン制御により、偏向誘導性を持たせたレーザーを掃射するサーチ・LRG・モード。
専用ビットであるサイ・ビットは基本的にフォースと同一のレーザーかサブ・レーザーを照射する為、その通常掃射は瞬間火力こそ特化型波動砲には劣るものの、総合火力では標準型波動砲のそれを凌駕すらしている。
更にサイ・ビット本体もまた攻撃能力を有し、波動粒子の充填後には近接防衛火器としての機能を発現。
その強大な打撃力は迎撃のみならず、機体を中心とした2000m以内の敵性体に対する積極的攻撃能力すら有している。
友軍以外の全てに襲い掛かり、波動粒子を纏っての突撃を以って喰らい尽くすのだ。
その攻撃行動は充填された波動粒子が尽きるまで停止する事はなく、単一の敵性体排除後には次々に目標をシフトしながら特殊戦闘機動を継続する。
フォース及びビットシステムの攻撃性特化と引き換えに波動砲の出力こそ低下したものの、その驚異的な空間制圧力は他のR戦闘機、及びあらゆる機動兵器の追随を許さない。
スペックだけに注目するならば、正に究極にして理想のR戦闘機。
しかしシリーズ初代となるLEOの実戦配備後、前線から上がったのは痛烈な批判の声だった。
構想段階からして余りにも攻撃に傾倒し過ぎたシステムは、Leoシリーズと他機種の同一戦域への同時投入をほぼ不可能にしてしまったのだ。
その最大の要因となったのは、リフレクト・モードの無差別性にあった。
Leoシリーズ最大規模の攻撃手段であるこのレーザーは敵性体のみならず、時に友軍機すら巻き込んでの過剰破壊を引き起こす。
IFFによるナノマシンを通じての反射角制御機能はあるのだが、友軍機による想定外の機動を始めとした各種現象の全てを反射・着弾までに演算処理するとなると、その総情報量はナノマシン群の処理能力を僅かに超えていた。
更にR戦闘機が度々投入される半閉鎖空間に於ける戦闘では、レーザーの空間密度が飛躍的に増加する為、必然的にナノマシンの負担は増加、友軍機への誤射が相次ぐ事態となる。
無論、被害以上の戦果は得られたのだが、運用する艦隊側としてはパイロットに単独行動を強いる結果となってしまったのだ。
-
以降のLeoシリーズは単機による殲滅作戦にのみ用いられる事となったが、それを受けた開発陣が自身等の技術を処理速度の向上へと振り分ける事は終ぞなかった。
如何なる理由か、彼等は機体運用に於ける汎用性向上には僅かな関心も示さず、新たに開発されたナノマシンの有り余るキャパシティを只管にレーザー出力の増大へと注ぎ込んだ。
結果、Leoシリーズの実態は当初の機体構想から大きく外れ、単独運用を基本とした戦術級殲滅兵器へと変貌を遂げる。
こうして実戦配備へと至った後継機「R-9Leo2」は、LEO以上に扱い難い機体となってしまった。
問題となっていたリフレクト・モードの総合火力が更に増大してしまった為、僚機の随伴はおろか施設奪回目的での運用すら不可能となってしまったのだ。
だが、ある程度の運用期間を経て、例外的に僚機を随伴させるケースも現れ始めた。
半閉鎖空間戦闘に於ける戦闘経験を豊富に有し、尚且つ限定条件下に於いて威力を発揮する波動砲を有した機体を補助に付ける事で、物量と耐久性を恃みに襲い来るバイド体を容易に殲滅する事が可能となる為だ。
今作戦に於いても、LEOⅡを運用する彼に対し僚機が与えられている。
「R-9DV2 NORTHERN LIGHTS」、コールサイン「ウラガーン」。
圧倒的密度を誇る光子弾幕により、群体型汚染体に対する大規模制圧射を行う機体。
操縦するのは4度に亘る大規模施設への突入・制圧の実績を持つ、第17異層次元航行艦隊に於いても古参に当たるパイロットだ。
R-9DV2が有する重装甲・大出力を活かしての一撃離脱を得意とする彼は、艦隊でも数少ないフォースの装備を必須としない人物でもある。
高機動にて敵性体群を攪乱・誘導した後に光子弾幕を叩き込み、再度攪乱へと移行しつつ充填を開始するその戦法は、対バイド戦線に於ける掃討戦を熟知したもの。
本作戦に於いてもその技能を遺憾なく発揮し、全方位より迫り来る汚染体群、及び侵食組織体を見事な戦闘機動で誘導した上で、光子弾の掃射により殲滅していた。
無論、管理局員に対しても同様である。
その上でこちらの攻撃時には安全圏まで脱し、収束と同時に攻撃を再開する機体運用は見事なものだ。
汚染拡大によりバイド係数検出機能を除く長距離センサーの殆どが沈黙し、同じく長距離通信すら断たれた現状ですらなお、ウラガーンとの相互支援行動は僅かな綻びも見せてはいない。
『反応消失、進路クリア』
『了解。HLRTへのアクセスハッチを確認、突入する』
物資輸送用大型リニアレール路線へと続く巨大なハッチが、レーザーにより抉り取られた空間の端、破壊され途切れた輸送路の奥から覗いている。
波動砲の充填を開始すると同時に機首を旋回させ、低集束砲撃によりハッチを破壊すると間髪入れずに機体をその先の空間へと滑り込ませた。
暗闇の中へと直線に連なって浮かび上がるは、光を失った無数のリニアレール路線警告灯。
至近距離に大型バイド体の反応は存在しないものの、彼は警戒を解く事なくレーザーをサーチ・LRGへと切り替える。
『バイド係数、最大値検出源まで約5700m。道中に障害物及び敵影は確認できない』
『了解、本機は後方に着く。エグゾゼ、前進せよ』
サーチ・LRGを2秒照射、サイ・ビットへと波動粒子を充填しつつ加速。
レーザーは屈折する事なく直進、暗闇の奥で爆発が起こる。
待ち伏せはない。
ザイオング慣性制御システム及びスラスターを低出力駆動、5700mの距離を一瞬にして移動した後に右旋回、目前の壁面へとビットを撃ち込んだ。
波動粒子を纏った2基のビットは一瞬にして壁面を打ち砕き、それでも足りぬとばかりにその奥へと飛び込み構造物を抉ってゆく。
破壊音と震動が機体を揺らす中、機体側面へと滑り込んだウラガーンが充填済みの波動砲を解き放った。
閃光と共に放たれた光子弾幕は、通常砲撃時よりも弾体散布界を絞られている。
サイ・ビットにより穿たれた壁面の穴、その更に奥へと突き立った20万の弾体は射線上の全てを呑み込み破壊し、数瞬後には円錐状に拡がる巨大な通路を形成していた。
崩落と粉塵が視界を覆い尽くしているものの、近距離センサー群が健常である以上、進攻には何ら問題はない。
-
『エグゾゼ、前進する』
そう告げるや否や、彼はリフレクトへと切り替えたレーザーを掃射しつつ加速する。
ナノマシン制御により機体へと直撃する軌道を除いて対物反射を繰り返すレーザー群は、一瞬にして空間を覆い尽くした。
反射毎に分裂を繰り返すメイン・レーザー、分裂機能こそ持たないものの同等の出力によって照射されるサブ・レーザー。
双方を照射するフォース、サブ・レーザーのみを高速連射するサイ・ビットによって、レーザー弾幕の密度は減衰を上回る速度で上昇してゆく。
数瞬後には愛機であるLEOⅡ「エグゾゼ」を除く空間の全てが青い閃光により埋め尽くされ、対物反射機能の枷より解き放たれる瞬間を待ち受けていた。
そして遂に、インターフェース越しに最後の障壁が浮かび上がる。
目標である高バイド係数検出源へと続く即席の侵攻路、その最後の障害となる構造物。
崩壊した階層の山が、数百mもの絶壁となってレーザーを反射している。
即座に彼は、前方の壁面に対する対物反射機能を解除。
万を超えるレーザー弾体の壁が一斉に牙を剥き、分厚い構造物の壁を瞬時に食い破る。
だが破壊はそれだけに留まらず、構造物の向こうに拡がる空間へと拡大した。
レーザー群は構造物を細分化して尚、集束を保ったまま空間そのものを粉砕したのだ。
光の暴風としか形容できない破壊が過ぎ去った後、センサー上へと出現したのは巨大なバイド生命体、そして無数の局員より発せられる生体反応だった。
前方ではレーザー群に呑み込まれたのか、数隻の次元航行艦の残骸と思しき破片が散乱し炎上している。
局員は空間全域へと散開しているが、レーザー群の通過痕である400m前後の範囲には不自然な空隙が生じていた。
周囲に存在する局員の位置から推察するに、幸運にも数十名の魔導師を巻き込んだらしい。
非戦闘員を含めれば、次元航行艦の残骸から推測して500名は下らないだろう。
レーザーに呑まれる事のなかった局員達は暫し呆然としていたが、程なくして状況を理解したのか、一様にデバイスを構え攻撃態勢を取った。
レーザーをリフレクトよりクロスへ移行、射軸を右側面80度に傾けた状態で照射を開始し、瞬時に左側面80度まで水平稼働。
同時に機体を左側面へと旋回させ照射範囲を更に高範囲へと拡大、レーザーの直撃と余波で以って周囲に滞空する魔導師を薙ぎ払う。
更にサイ・ビットより連続して放たれる高密度レーザー弾体が着弾と同時に高熱を撒き散らす力場を形成し、着弾地点を中心とする15m以内の構造物を真球状に抉り抜く。
直後、進行方向に対し機体右側面を向けたウラガーンが後方を突き抜け、移動を止めぬまま砲撃。
前方に存在する局員、そして次元航行艦の全てに対し光子弾幕を叩き付ける。
クロス・モードによる掃射からウラガーンの砲撃、一連の行動が収束するまで3秒足らず。
その間に、後方に位置する者を除く魔導師の大半と次元航行艦3隻がレーザーに、それを掻い潜った局員と11隻の次元航行艦が光子弾幕によって存在を消し去られていた。
抉られた構造物が凄絶な破壊痕を曝し、次元航行艦の残骸は炎を吹き上げ続けている。
危うく弾幕を凌いだ艦も其処彼処を穿たれ、少なくとも4隻が明らかな航行不能、2隻が機関部付近から炎を上げていた。
局員の姿に関しては、次元航行艦の陰より現れた無傷の20名ほど以外には確認できない。
負傷者の姿及び死体が確認できないのは、完全に消滅してしまった為だろう。
『前方、上層から下層へ貫通する崩落跡を確認。検出源と思われる』
局員生存者から魔導弾が撃ち掛けられるが、彼の注意は既に其処にはなかった。
狙うは唯1つ、上層より現れ下層へと落下していったであろう、大型バイド汚染体。
その正体は程なくして判明した。
『解析終了。「BFL-128『GOMANDER Ver.17.1』」幼生体及び「BFL-126『IN THROUGH Ver.32.9』」6体を確認、管理局部隊が交戦中』
『確認した。これより対A級バイド掃討戦へと移行する』
魔導弾を無視して前方へと加速、レーザーを切り替えサーチ・LRGを照射、同時に波動粒子の充填を開始。
絶え間なく放たれるレーザー群は、崩落地点の上で次々に屈折し垂直に下層へと降り注ぐ。
インターフェースを通じて伝わる、確かな空間の揺らぎと衝撃。
目標はその規模から幼生段階であると判別でき、未だ外皮が硬質化し切らぬ現状ならば構造的弱点を狙う必要はないと思われた。
寄生体との直接戦闘は避け、同一箇所への集中砲火のみで事足りる。
更に好都合な事に崩落跡を通じて強襲を掛ければ、直上からの攻撃は狙わずとも敵性体の構造的弱点へと直撃する筈だ。
-
崩落地点直上へと至るや、機首を直下へと旋回。
70m下方、粉塵と血煙の間から覗く砕けた水晶体へとクロス・レーザーを撃ち込み、更にサイ・ビットを射出する。
赤い軌跡を空間へと刻みつつ、レーザーは砕けた水晶体の中央を射抜き汚染体の体内へと突き立った。
汚染体の各所から爆発と見紛わんばかりの勢いで血液と肉片が吹き出し、更にサイ・ビットが体内へと突入した数瞬後、側面部位が内側より粉砕されて跡形もなく吹き飛ぶ。
直前まで醜悪な肉塊が存在していた空間を突き抜け機首を起こすと同時、敵性体に押し潰される様にしてツァンジェンが大破している事実が判明した。
パイロットのシグナルが消滅している事を確認すると、彼はそれ以上の注意は不要と判じ並列思考の大部分を目前の敵性体へと集中させる。
展開する無数の局員と、20隻以上の次元航行艦。
局員は一様に驚愕の面持ちでこちらを見つめ、一部は既にデバイスを構えて攻撃態勢を取っている。
周囲の状況から推測するにツァンジェンと汚染体の攻撃により、局員は既にかなりの被害を受けているらしい。
しかし次の瞬間、横殴りに襲い掛かった魔導弾幕により、局員の姿が掻き消える。
既に汚染体からの攻撃を予期していた彼は、フォースを盾に危なげなく弾幕を凌ぐと即座にサーチ・LRGの掃射を開始した。
レーザー群は魔導弾幕を正面から切り裂き直進、屈折して2体の汚染体、その長大な胴部へと殺到する。
球状の肉塊が次々に消し飛び、遂には汚染体の頭部までもが吹き飛ばされ消失。
重力制御による浮力を失った400mもの長躯が床面へと叩き付けられ、衝撃により血液が撒き散らされ豪雨の如く一帯へと降り注ぐ。
残存汚染体、計4体。
背後で光子弾幕の壁が垂直に叩き付けられ、A級バイド汚染体の残骸が更に細分化された。
降り注ぐ光子弾幕が、床面ごと敵生体を粉砕した事をインターフェース越しに認識しつつ、彼はウラガーンの合流を待つ。
全方位を映し出す電子処理された視界の中に浮かび上がる、障壁を展開し魔導弾幕を凌いでいた局員の姿。
彼等は残る汚染体とこちらとを同時に相手取るという状況に混乱しているのか、攻撃態勢を取る者の姿はあれど集団的な反撃行動へと移行する素振りはない。
とはいえ、上層階でこちらが取った敵対行動に関する報告が届けば、すぐにでも攻撃が開始されるだろう。
ウラガーンによる光子弾幕とレーザーの掃射を以って、汚染体もろとも速やかに殲滅する事が望ましい。
その時、背後で青い光が瞬いた。
彼はその光をウラガーンのスラスターが放つものであると判断し、IFFと視界に映る機影の双方を以ってその正しさを確認する。
ウラガーンは左側面後方の位置で停止、波動砲の充填を開始する。
局員も状況を理解したのだろう、ほぼ全員がデバイスの切っ先をこちらへと突き付けた。
そして彼もまたウラガーンの砲撃を待ち、リフレクト・モードによる殲滅を実行せんとする。
『本機は魔導師の殲滅に当たる。ウラガーン、艦艇を狙え』
誘導型・高速直射型を織り交ぜた魔導弾幕、そして砲撃と拘束用魔力鎖。
襲い来るそれらを躱し、撃ち砕き、或いはフォースに喰らわせる。
機体直下に発生した魔方陣より間欠泉の如く噴き上がる緑と褐色の魔力鎖を前方への急加速によって回避し、2発のミサイルを展開する局員の中央へと撃ち込んだ。
吹き飛び四散する魔導師の肉体を認識しつつ、彼は僚機へと指示を飛ばす。
『砲撃だ、ウラガーン』
応答はない。
更に局員より放たれた金色の砲撃魔法を水平方向への移動によって躱すが、右側面へと回り込む様に放たれた誘導弾と左側面からの汚染体による魔導弾幕が、左右より挟み込む様にして迫り来る。
彼は後方へ退く事はせず逆に前方へと加速、一瞬にして局員の頭上へと機体を滑り込ませ機首を反転し、追い縋る誘導弾群をクロス・レーザーの掃射で薙ぎ払う。
そして一向に砲撃実行の様子を見せぬ僚機を訝しみ、そちらへと意識を集中した矢先の事だった。
IFF消失、被ロック警告。
視界の一角で、金色の閃光が爆発した。
左側面スラスター最大出力、瞬間的に右側面方向へと200m移動。
光子弾幕が機体を掠め、衝撃と共に警告表示が視界を埋め尽くす。
ザイオング慣性制御システム損傷、機能回復措置完了まで約600秒。
光速巡航及び高次戦術機動、不能。
キャノピー内慣性消去機構、停止。
回避行動とほぼ同時、彼は些かも躊躇う事なくクロス・レーザーを照射した。
目標は濃緑色の機体、僚機であるウラガーン。
一瞬で10mほど上昇しレーザーを回避、レールガンを連射し弾幕を張る。
通常と比して緩慢な動きで辛くもそれを躱し、サイ・ビットへの波動粒子充填を開始。
-
何故こちらが攻撃を受けるのか、等と思考する事はなかった。
突然のIFF消失、僚機に対する無警告での攻撃。
考え得る理由は1つしかない。
汚染されたのだ。
だが、それよりも優先して対処すべき問題がある。
ザイオング慣性制御システムの停止。
背後に管理局部隊が展開しているこの状況下、慣性制御が不可能であるという事実は致命的だった。
慣性制御を用いた高機動は勿論の事、キャノピー内部へと掛かるGの消去すら不可能となってしまったのだ。
機体各所のスラスターを用いれば、正常時と同等ではないにせよ高機動を実行する事は可能である。
しかし発生するGを打ち消す事ができなければ、パイロットの身体は僅かに20m移動しただけでピューレの様に弾けてしまうだろう。
強化措置を施され、耐Gスーツとキャノピーに満たされた耐Gゲルによって護られた身体は理論上15Gまで耐える事が可能だが、それでも通常の様な瞬間的加速は不可能だ。
この状況下で汚染体と局員の双方を相手取る事は、無謀以外の何物でもない。
此処は局員に対する攻撃を控え、システムの回復を待つべきだろう。
こちらがウラガーンへの攻撃に集中すれば、自然と局員は汚染体への対処を優先させる筈だ。
無論、こちらから注意を外す事はないだろうが、システムが回復すれば問題はない。
高機動さえ可能となれば、抵抗すら許さずに殲滅できるだろう。
そして、彼は視界に映り込むウラガーンへと意識を集中した。
一見すると、その機体に異常は見当たらない。
しかし、センサー群は明らかな異常を伝えている。
バイド係数異常増大、パイロット生体シグナル消失。
どうやらA級バイド汚染体の残骸より侵食を受けたらしく、拡大表示されたエンジンユニット近辺から異常なまでの高バイド係数が検出されている。
だが、どうにも理解できない。
高度な対汚染防御が施されているR戦闘機が何故、僅か数秒の内に中枢まで侵食されたのか。
撃墜するのではなく機能を保ったまま汚染するとなれば少なくとも数十時間、侵食特化バイド体であっても数分は掛かる。
一体、何がこの短時間汚染を可能としたのか。
疑問が解消されるまでに、それ程の時間は掛からなかった。
ウラガーンの後方、既に生命活動を停止していた筈の肉塊。
一部は伸長し、ウラガーンの機体後部へと直結している。
増殖を繰り返し見る間に膨れ上がるその中に、濃紺青の光を放つ無数の結晶体を確認したのだ。
照合の結果、視界へと現れる見慣れない表示。
『High energy focusing material detected. LOST-LOGIA「JEWEL-SEED」』
瞬間、周囲の空間に満ちる魔力素の検出値が数十倍にまで膨れ上がった。
魔力素の集束によって形成された無数の力場が、触手の様に空間を侵してゆく。
本来ならば不可視であるそれらは、各種センサー群を介する事によって可視化され彼の視界へと映り込んでいた。
後方の局員達も、見えはせずともリンカーコアを通じて異常を感じ取ったのだろう。
ウラガーンへと視線を固定したまま、不可視の圧力に押される様にして後退してゆく。
そして遂に、ウラガーンの装甲の一部が内部より弾け飛んだ。
大きく抉れた機体からは黒々とした肉腫が泡の様に噴き出し、宛ら癌細胞の如く機体を覆い尽くしてゆく。
しかしその中にあっても、ウラガーンは波動砲の充填を開始していた。
汚染体はウラガーンの全兵装を制御下へと置いているのだ。
幾度目かの金色の奔流が、彼の視界を埋め尽くす。
幸いにして光子弾幕は別方向の艦艇を狙ったものだったが、しかし彼は気付いていた。
後方の局員達、その一部が不審な動きを見せている事に。
波動粒子を纏ったサイ・ビットが肉塊へと撃ち込まれ、血肉に混じり青い結晶体の欠片が降り注ぐ中、金色の髪を揺らす魔導師が欠片の1つを手にしている事に。
-
だが最早、彼の手の内に選択権はなかった。
彼が取り得る行動は、汚染された僚機との戦闘のみ。
意識内へと響く警告音だけが、状況の支配権が失われた事実を無機質に告げていた。
* * *
「・・・複製だって?」
呆けた様なアルフの声を耳にしながら、フェイトは無言で自らの手の内にある青い結晶体を見つめていた。
もう、10年以上も前になる。
母の望みを叶える、ただ只管にそれだけを望み、違法活動を繰り返した。
管理局との敵対、管理外世界の少女との闘いがあった。
母に捨てられ、新たな家族と掛け替えのない親友を得た。
全ては21の宝玉、計り知れない力を秘めたロストロギアを巡って起きた事だった。
『そうだ。あれはオリジナルのジュエルシードじゃない。良く見れば分かる筈だよ』
ロストロギア「ジュエルシード」。
願いを叶える宝石。
次元干渉型エネルギー結晶体であり、極めて不安定な性質を持つ人造鉱物。
外部からの魔力干渉によって容易く暴走し、特定条件下に於いては周囲に存在する生命体との融合を果たし物理干渉力を増幅させる事すらある。
単体で次元震を引き起こす程の膨大な魔力を秘めながら、歪な形でしか願いを叶えられなかった奇蹟の石。
「・・・確かにナンバリングは無いけど・・・でも、どう見たってジュエルシードじゃないか」
『知っての通りジュエルシードの総数は21だ。現存しているものは12個、そのうち本局にあるものに至っては8つ。ところが検出された反応数は40を超えている』
乗り越えた筈の過去が今、悪夢となってフェイトの眼前へと具現化していた。
光学兵器と波動砲の波状攻撃を浴びながらも、損壊を上回る速度で増殖を繰り返す肉塊。
金色の弾幕を放つ濃緑色の機体は、既に半ばまで肉塊に呑まれている。
電磁投射砲を連射している所を見ると、どうやら機能中枢を奪われたらしい。
肉塊によって半ば固定されている為、波動砲の射界がほぼ固定されている事は幸運だった。
射軸が壁面寄りに傾いている為、次元航行艦への被害は最小限に抑えられている。
だが徐々にではあるが、肉塊は機首をこちらへと向ける様に、表層部での不自然な脈動を繰り返していた。
『反応は今この瞬間も増え続けている。ジュエルシード自体が増殖と分裂を繰り返しているんだ』
「まるでジュエルシードが生きているみたいな言い方だね」
『生きているんだよ。ジュエルシードは取り込まれたんじゃない、それ自体がバイド化したんだ』
残るR戦闘機からの攻撃を受ける度に、肉片と共に周囲へと飛び散る青い結晶体。
自身が、管理局が、歴史上の幾多の文明が争い、全てを掛けて手に入れようと試みた21の宝石は、そんな人間達の苦悩と葛藤を嘲笑うかの様にその数を増し続ける。
肉腫の隙間より覗く結晶が青く瞬く度に、肉塊はその体積を爆発的に増大させるのだ。
既に汚染体の体積はR戦闘機による攻撃を受ける前と比して、3倍以上にまで膨れ上がっている。
「何の冗談だい・・・!」
『冗談なんかじゃない。ジュエルシードは自己の生命と生存欲求を獲得している。だからこそ肉の鎧が剥ぎ取られないように再生を促し、また自己の存在を残す為に分裂を続けているんだ』
「ロストロギアが子孫を残そうとしてるってのか。そんな馬鹿な」
閃光。
聴覚が麻痺し、光弾の奔流が100mほど離れた空間を薙ぎ払う。
衝撃が全身を襲うが、フェイトは片膝を突いたまま微動だにせず、弾幕の通過した痕跡へと視線を向ける事すらしなかった。
ただ一言、無感動に呟いただけ。
「使えるの?」
衝撃を避ける為か身を伏せていたアルフと局員、双方が自身へと視線を投げ掛けた事を感じ取りながらも、フェイトがそちらへと振り返る事はない。
手の内にある紺青の結晶体から視線を外し、肉塊へと取り込まれつつあるR戦闘機を見据える。
R戦闘機は肉塊によってほぼ固定されてしまった為か、電磁投射砲を連射してはいるが照準調整ができないらしい。
先程の砲撃もあらぬ方向へと放たれ、壁面を破壊して施設内部へと消えていった。
掃射型波動砲の威力は脅威だが、あれでは牽制程度にしか使い様はあるまい。
-
「ユーノ、このジュエルシードは使えるの?」
再度の問い掛け。
アルフや周囲の局員は言葉を発しない。
数秒の後、僅かに戸惑いを滲ませた声がウィンドウ越しに返される。
『反応を見る限りは、オリジナルとコピーとの間に違いはない。でも実際には汚染の可能性が・・・』
「もう1分は接触状態を保っているけど、何も異常はない」
幾度目かの壮絶な破壊音の後、足下へと転がった結晶体の欠片を更に1つ拾い上げると、フェイトは立ち上がった。
2つのジュエルシードを手に、汚染体への攻撃を続けるR戦闘機の機影を睨み据える。
バルディッシュをライオットブレードへ移行、全方位へと念話を発信。
『ハラオウン執務官より全局員へ。飛散したジュエルシードを可能な限り回収、一個所に集めて。但し肉体への接触は厳禁、魔法を使用して回収する事』
「フェイト!?」
アルフが、信じられない言葉を聞いたとばかりに叫ぶ。
しかしフェイトは、自身ですら驚く程の冷静さを保ったまま指示を出し続けた。
『持ち主が死亡したストレージデバイスと「AC-47β」も一緒に回収して。次元航行艦は順次出港を・・・』
『フェイト、馬鹿な真似は止すんだ!』
ユーノの叫びと共に、背後からフェイトの手首が掴まれる。
振り向けば手首を握ったアルフが、怯えを含んだ表情で自身の主を見つめていた。
恐らくはフェイトの意図を理解したのだろう、低い声色で問い詰めるアルフ。
「まさかそれ、使うつもりじゃないだろうね」
「他に方法は無いよ、アルフ」
「馬鹿言うんじゃないよ! それはもうアタシ達が知ってるジュエルシードじゃない、バイドそのものなんだよ!? そうやって持ってるだけでも、いつ汚染されるか分かったものじゃないんだ!」
「魔力の殆どはあの汚染体に供給されている筈。対汚染防御を施されている筈のR戦闘機を数秒で取り込んだんだから間違いない。これが機能している以上、こっちを汚染する事はできない」
言いつつ、フェイトはバルディッシュを掲げてみせる。
そのカートリッジシステムに直結した、明らかに後付けと判る歪なユニット。
「AC-47β」魔力増幅機構。
飛行資質を有さない魔導師にさえ翼を与え、バイドを含めあらゆる汚染に対する防御機能を強化する異界の技術。
「でも!」
「母さんの時に比べれば、ささやかな願い事だよ」
「そんな問題じゃ・・・!」
アルフの言葉が終るより早く、光学兵器の閃光が視界を覆う。
濃紺青の機体より放たれた無数のレーザー弾体が壁となり、巨大な肉塊を覆い尽くしたのだ。
衝撃音により聴覚が麻痺するが、その報告は念話を用いる事で問題なくフェイトの意識へと伝わった。
『ハラオウン執務官、ジュエルシードの欠片を確保した。30個はあるが、これでいいのか?』
『ストレージデバイス、14基を回収しました。全て「AC-47β」を装着しています』
周囲へと視線を走らせ、200mほど離れた地点に集積されたジュエルシードとデバイス、それらの傍らへと待機する局員達の姿を視界へと捉える。
体調にも魔力にも異常はない。
短時間の魔法行使程度ならば問題はない筈だ。
「ユーノ、クアットロ。魔力炉を暴走させられる? 数は多ければ多いほど良い」
『何を・・・』
『勿論できます。それで、何をさせるつもりなのかしら』
思わぬ言葉に問い返したのであろうユーノの言葉を遮ったクアットロが、答えを返すと同時にフェイトへと問い掛ける。
フェイトは結界の外、無数の光が瞬く隔離空間へと視線をやると、気負いもなく言い放った。
-
「転送を。全ての次元航行艦を管理局艦隊の許へ。本局内部に存在する、汚染を逃れた全ての生存者をその艦内へ」
「無茶よ!」
叫んだのは周囲に居た局員の1人。
彼女は興奮を抑えようともせず、フェイトへと食って掛かる。
「外ではアルカンシェルが乱発されているんですよ!? これだけ空間歪曲が発生している中で転送なんか行ったらどうなるか、貴女だって良く知っているでしょうに!」
「普通ならね。でも、これがある」
そう言葉を返しつつ、フェイトは自らの手の内にあるジュエルシードへと視線を落とした。
紺青の結晶体は、ただ冷たい光を放ち続けている。
「これ1つでも次元震を誘発できる。30個もあれば空間歪曲を突破できるだけの出力は十分に確保できる筈」
『君が言っていたんだぞ、そのジュエルシードは汚染体に魔力を供給し続けていると! たとえ全てのジュエルシードを同時に使用しても、それで十分な出力が得られるとは限らない!』
「ただ使っただけなら、そうかもしれない。でも」
床を蹴り飛翔、集積されたジュエルシードの許へと飛ぶフェイト。
同じ地点へと集められたストレージデバイスの1つを手に取るや、そのコアへとジュエルシードを収納する。
そして、言い放った。
「これを暴走させれば、魔力なんて幾らでも供給できるでしょ?」
ユーノは答えない。
否、余りに予想外の言葉に、返す言葉すら思い付かないのかもしれない。
フェイトは彼の返答を待たず、別の人物へと念話を飛ばす。
『どう思います、スカリエッティ』
『悪くはない。これまでに解析されたジュエルシードの特性から見ても、理論上では問題なく機能する筈だ』
突然の問い掛けに、肯定的な意見を返すスカリエッティ。
その声には常より纏う嘲りの色など微塵もなく、只管に無感動な冷たさだけがあった。
無理もない。
つい先程、彼の娘の1人であるセッテが目前で凄惨な最期を迎え、さらにトーレの死までもが知らされたのだ。
オットーとディードの死を知った時も、彼は全ての感情を取り落としたかの様な表情を見せていた。
押し隠してはいるが、恐らく彼の内面には溢れんばかりの憤りと、地球軍とバイドに対する憎悪が渦巻いているのだろう。
『だが失敗すれば本局も、先程出港した艦艇も唯では済まない。たとえ成功したとしても、本局は跡形もなく消し飛ぶだろう』
『成功すれば皆が助かる。試す価値はあります』
更に2つのジュエルシードを、ストレージデバイスへと収納するフェイト。
彼女の視界の端に、デバイスの1つを手に取る人物の姿が映り込む。
その武装局員はフェイトに倣い、デバイスへとジュエルシードを収納すると汚染体へと向き直った。
彼に続く様に、周囲の局員が次々にデバイスへと手を伸ばし、同じくジュエルシードを収納すると自らのデバイスを構える。
無言のままにその様子を見つめるフェイトへと、直後に複数の声が掛けられた。
「貴女1人では無理ですよ、執務官」
「時間がない。一斉に掛かるぞ、ハラオウン」
「蛇野郎の方は任せて下さい。執務官、デカブツを頼みます」
遥か前方、蛇状汚染体からの攻撃を遮っていたユーノの結界が、魔導弾幕の掃射が途絶えると同時に解除される。
直後、彼等は弾かれる様に前進を開始した。
床面擦れ擦れを飛翔魔法により滑空する者もあれば、魔力供給によって強化した筋力で以って駆け抜ける者もある。
後方からは砲撃が汚染体へと撃ち込まれ、魔導弾掃射ユニットとなっている肉塊を次々に破壊し迎撃を阻止せんとする。
その様子を横目に、フェイトもまた行動を開始した。
右手はライオットブレードを逆手に構え、左手にはストレージデバイスを携える。
汚染体の一部、肉塊より突出したR戦闘機のキャノピー先端を見据え意識を集中。
そして光学兵器の掃射が止んだ一瞬の間隙を突いてソニックムーブを発動、一気にキャノピー周辺を目指す。
しかし加速直後、肉塊の一部から霧が噴き出した。
-
「こ、のッ!」
フェイトは瞬間的に軌道を逸らし、霧の弾体を掠める様にして再度ソニックムーブを発動する。
結果として直撃は免れたものの、左の手首から先に痺れる様な痛みが奔った。
溶け落ちた訳ではないが、恐らく皮膚は跡形もないだろう。
しかし彼女は自身の負傷箇所を一顧だにせず、続けて襲い来る霧の弾体を機動力に物を言わせて回避し続ける。
『テスタロッサ、伏せろ!』
突然の警告に従い身を伏せると、巨大な炎の壁が頭上を突き抜けた。
シグナムだ。
相次いで放たれる炎は霧を掻き消し、フェイトの進路を切り開く。
次いで宙を翔けるは、魔力によって構成された猟犬の群れ。
それらは次々に汚染体へと牙を突き立て、魔力の過剰供給による爆発を起こし肉塊を抉りゆく。
すると今度は、汚染体の一部が触手の様に伸長し、数十mもの頭上まで鎌首を擡げた。
『そのまま進みな、フェイト!』
アルフからの念話。
触手は粘液と血液を周囲へと振り撒きつつ、大気を割いて垂直にフェイト目掛け振り下ろされる。
だが、彼女は進路を変えない。
振り下ろされる触手の軌道上には、僅か数瞬の間に数百本もの緑と褐色の魔力鎖が張り巡らされていた。
迫り来る巨大な触手は数十本もの魔力鎖を打ち砕き、しかし俄に動きを止める。
粉砕した数、その5倍以上もの物量の魔力鎖によって完全に拘束され、空中に静止したのだ。
『行け!』
急かされるまでもなく、フェイトは爆発的な加速を掛けていた。
張り巡らされたバインドの隙間を擦り抜け、汚染体へと肉薄する。
すると眼前の肉壁が裂け、無数の穴が穿たれた膜らしき部位が露わとなった。
酸の噴射口だ。
この至近距離では、どう足掻いても躱す事はできない。
だが、フェイトは噴射口の存在を気にも留めなかった。
緑光の魔導弾が、その中央へと突き立つ瞬間を目にした為だ。
銃弾は微かな光と共に弾け、直後に膜上の全ての穴から鮮血が噴き出す。
フェイトはその中央を蹴り、弾力を利用して上へと跳躍。
幾度目かのソニックムーブと共にブリッツアクションを発動し、右腕のみで以ってライオットブレードを肉塊へと突き立てる。
その位置は当初の狙い通り、僅かに露出するR戦闘機のキャノピー、その至近距離だった。
「バルディッシュ!」
『Riot Zamber』
フェイトの叫びと共にライオットブレードの細身の刀身が、ライオットザンバー・カラミティの巨大な刀身へと変貌する。
ほぼ全ての刀身が呑み込まれたその状態から更に捻りを加え、フェイトは汚染体の損傷個所を更に広く深く抉り始めた。
有機繊維が千切れる際の耳障りな音と感触、そして全身へと噴き付ける鮮血を無視し抉り続けること数秒。
唐突にフェイトは、有りっ丈の力でカラミティを引き抜いた。
反動でしなやかな身体が反り返り、弓の如き曲線を描く。
右手のカラミティを手放し、左手に持つストレージデバイスの柄を両手で固定。
「ッああぁぁぁぁッッ!」
そして絶叫と共に全身のばねを爆ぜさせ、垂直に構えたデバイスの矛先を振り下ろした。
カラミティによって刻まれた傷の中央へと突き立ったストレージデバイスは、肉壁を容易く割りつつ鮮血と共に内部へと呑み込まれてゆく。
程なくして1m50cm程のストレージデバイスは完全に肉塊へと呑まれ、フェイトの視界よりその全容が消えた。
-
「やった・・・!」
デバイスが完全に肉塊内部へと沈み込んだ瞬間、フェイトは全身を返り血に染めたまま我知らず歓喜の声を漏らす。
デバイス内のジュエルシードには、既に転送プログラムへの魔力供給を実行せよとの「願い」が込められていた。
後は、バイド体との接触により「AC-47β」内部の魔力蓄積率が臨界値を突破、暴走する瞬間を待てば良い。
暴走により齎される膨大な魔力は、デバイスを通じてジュエルシードへと流れ込む。
現在のジュエルシードは汚染体への魔力供給により、こちらの「願い」を叶えるには魔力量が圧倒的に不足している為、複数の「AC-47β」を暴走させる事で不足分を補うのだ。
そしてフェイトは今、デバイスと汚染体との接触状態を生み出す事に成功した。
後は暴走の瞬間を待ち、ユーノとクアットロが本局の機能を介して転送魔法を発動させるだけだ。
『退がれ、フェイト!』
ユーノからの警告。
咄嗟に重力に身を任せ、背後より迂回する様に襲い掛かる触手を回避。
途中、肉壁に突き立っていたカラミティの柄に手を掛けると、全身を縦方向へと回転させて刀身を振り抜く。
肉塊を切り裂き、そのままカラミティを回収。
ライオットブレードへと変貌させ、アルフ達の許へと急ぐべくソニックブームを発動せんとする。
だが、フェイトの心中を占めていた作戦成功による達成感は、局員からの警告によって打ち砕かれた。
『何か射出されたぞ!』
咄嗟に背後へと振り返ったフェイトの顔へと、細かな血飛沫が降り掛かる。
何事かと頭上を見上げた彼女の視界に、奇妙な血塗れの鉄塊が映り込んだ。
円柱状、長さ2m程の鉄塊。
余程の勢いで射出されたのか、明らかに推力発生機構を有していないにも拘らず天井面にまで達し、其処に衝突して弾かれると自由落下を開始する。
その正体が何であるかは、すぐに推測が付いた。
「爆発物・・・!?」
『退避を!』
警告とほぼ同時、緑光の魔導弾が鉄塊を撃ち抜く。
瞬間、閃光と共に鉄塊が爆ぜた。
やはり爆発物だったかと納得したのも束の間の事、これまでとは全く性質の異なる衝撃がフェイトを襲う。
巨大な構造物が崩落する際にも似た、しかしそれよりも遥かに重々しく暴力的な振動。
機関銃の如く連続する細かな振動が、雪崩を打って全身を打ち据える。
そして一瞬の後、振動が一際激しくなったその時。
フェイトの身体は大きく後方へと弾き飛ばされていた。
「・・・ッ!」
フェイトは見た。
爆発物の炸裂点から扇状に拡がり迫る、閃光の瀑布を。
無数の小規模爆発が連なり、1つの巨大な奔流となって流れ落ちる様を。
「今のは・・・!」
『ナパームだ! 執務官、戻って下さい! 其処は炸裂範囲内です!』
念話が飛び交う間にも、肉塊は次々に爆発物のポッドを射出する。
R戦闘機への搭載は明らかに不可能であると分かる総数のそれらは、バイドの有する模倣能力による産物か。
立ち込めるオゾン臭からして、内部に充填されている物は可燃性物質などではあるまい。
あのナパームもまた、何かしらのエネルギー集束技術を応用した爆弾なのだ。
-
『撃ち落とせ!』
体勢を立て直すや否や、フェイトはバインドを張り巡らせるアルフ目掛け必死に加速した。
ヴァイスを始めとする数少ない狙撃特化型の魔導師がポッドの迎撃を開始してはいるが、射出数が余りに多い為に対応し切れない。
迎撃されたポッドは緑掛かった光を放つ爆発の奔流を生み出すが、その流れは床面へと接触すると地形に沿って平行移動を開始するのだ。
即ち、炸裂点が空中ではなく床面ならば、爆発は一息に生存者達を呑み込んでしまう事となる。
これ以上の非戦闘員殺害を許す訳にもいかない為、ヴァイス等の狙撃は次元航行艦の方向へと向かうポッドに集中。
結果として蛇状汚染体への攻撃を成功させた魔導師達は、迎撃の手を擦り抜けたポッドの洗礼を受けてしまう事となった。
「逃げて!」
思わず零れた悲痛な叫びすらも、膨大なエネルギー輻射に伴う轟音によって掻き消される。
フェイトを信頼し、自らの生命の危険をも顧みずに蛇状汚染体へと挑み、見事使命を果たした勇敢なる局員達。
十数名の彼等は、仲間達の待つ安全圏まで後200mと迫り、しかし辿り着く事なく光の瀑布に呑まれた。
連続する爆発が彼等の姿を掻き消し、その存在の痕跡すらも残さず拭い去る。
周囲から幾つもの絶叫が上がる中、噛み締められたフェイトの唇からは少々とは言い難い量の血が流れていた。
そして、叫ぶ。
「ユーノ、まだなの!?」
『まだだ! もう少し、もう少しで・・・!』
『もう1機が逃げるぞ!』
背後に視線をやると、濃紺青の機体が側面を曝し逃亡する様が視界に入った。
先程の攻撃で何かしらの異常が発生したのか、常ならば瞬時に雷光の如き速度へと至る機動性を見せる事もなく、緩慢な加速で外部空間を目指す。
恐らくは「AC-47β」より発せられるバイド係数の増大を検出した為であろうが、管理局側が自滅するならば長居は不要と判断したのかもしれない。
いずれにせよ、脅威の一端が去った事に違いはなかった。
『魔力蓄積率、臨界値突破! 全てほぼ同時に暴走する!』
『全艦艇、エアロック封鎖完了しました!』
『艦外の者は5人から10人の集団を作れ! できるだけ密集しろ!』
「フェイト、こっちだ!」
無数の慌しい念話に混じり届いた、アルフの声。
彼女の許へと飛び込んだフェイトは、そのまま両の腕に強く抱き止められる。
「アルフ!」
「伏せなフェイト! 大丈夫だ、みんな此処に居る!」
アルフの言葉通り、其処にはフェイトの家族が集まっていた。
未だ意識の戻らぬリンディ、クライドのポッド。
フェイトはアルフに抱かれたままリンディの身体に腕を回し、3人でクライドのポッドに寄り添った。
『10秒前・・・』
ユーノからの通信に、フェイトを抱くアルフの腕が微かに強張る。
失敗すればどうなるか。
ユーノの腕は確かだが、ジュエルシードがこちらの意図通りに機能するとは限らない。
真空中に放り出される可能性もあれば、同じ領域に転送された次元航行艦の艦体と同化してしまう可能性もある。
最悪の場合、何処とも知れぬ空間へと転送されるか、転送自体すら起こらずに消滅してしまう事すらも考えられるのだ。
だが、今は信じるしかない。
ユーノの並外れた情報処理能力にクアットロのサポートが加われば、全ての次元航行艦と生存者の転送先座標を精確に設定できるだろう。
だが結局のところ、成否を決めるのは人間ではない。
全てはジュエルシード次第なのだ。
-
『5秒前!』
『多過ぎる、防ぎ切れない!』
突如として響いた衝撃音に、頭上を見上げる。
視線の先では20以上ものナパーム・ポッドが天井面へと反射し、艦艇群を目掛け自由落下を開始していた。
フェイトは瞬時に、自身等には打つ手が無い事を理解する。
数が多過ぎる事もあるが、それ以上にこの距離では今から迎撃に成功したとしても、拡散する爆発が艦外の生存者達を呑み込む事は明らかだった。
彼女にできる事は目を閉じ、リンディの身体を確りと抱き締める事だけ。
そして爆発を示す眩い閃光が、閉じられた瞼を貫いて視界を埋め尽くす。
『転送!』
爆音すらも消え去った、生と死の境界に満ちる静寂の中。
ユーノの声が、脳裏へと響いた様な気がした。
* * *
自身の肩を揺さ振る何者かの存在により、リンディの意識は闇から浮上した。
徹夜明けの様に重々しい瞼を上げ、視界へと飛び込んだ光の刺激に耐え切れず再び目を閉じる。
そのまま暫く目を押さえていたリンディだったが、肩を叩かれた事により無理やり瞼を見開いた。
僅かながら光に慣れ始めた視界の中、浮かび上がった人影は赤銅色の髪を揺らしている。
すぐさまその正体に思い至り、その名を声にして呼ぶリンディ。
ところが、幾ら声を出しても自らの声が聴こえない。
そればかりか、何事か語り掛けるアルフの声すらも聴き取れないのだ。
混乱し掛けるリンディだが、アルフはその様子に何事か思い至ったらしい。
両手をリンディの両耳に宛がい、御世辞にも使い慣れているとは思えないたどたどしさでフィジカルヒールを発動する。
頭部を両側面から包む優しい温もりに暫し身を任せていたリンディだったが、やがて聴覚が完全に回復した事を感じ取った。
「ありがとう、アルフ」
「済まないねぇ。リンディの鼓膜も破けてるだろうって事、失念してたよ。さっきまでフェイトに付きっきりだったからさ」
フェイト。
義娘の名を聞いた瞬間、リンディは自らの内に湧き上がった衝動に身を任せアルフの肩を掴んだ。
そして驚きに目を見開く彼女に、矢継ぎ早に質問を浴びせ掛ける。
「アルフ! フェイトは、フェイトはどうなったの!? 崩落は・・・!」
「ちょっと、落ち着きなってリンディ!」
慌てるアルフに詰め寄ろうと、リンディは大きく身を乗り出した。
だが次の瞬間、彼女の身体は重心を崩し右へと倒れ込む。
右足に違和感。
何が起きたか分からずそのまま床面へと叩き付けられそうになった彼女を、咄嗟に伸ばされたアルフの腕が抱き止めた。
そしてアルフに支えられたまま自身の右足へと視線を落とした彼女は、其処にあるべきものが無いという事実に気付く。
「え・・・」
「リンディ・・・」
右脚の足首から先が無い。
その事実を理解した瞬間、僅かな時間ながらリンディの思考は停止した。
自身の肉体の一部が欠損しているのだから、無理もない事だろう。
しかし彼女は聡明であり、同時に並外れた意志の強さを併せ持っていた。
何より彼女の母親としての慈愛は、自身の負傷を気に掛ける思考を大きく上回っている。
「アルフ、フェイトは何処に? あの娘は無事なの?」
先程の取り乱し様とは打って変わり、落ち着いた口調で問い掛けるリンディ。
アルフは面食らった様な表情をしていたが、やがてゆっくりと口を開く。
-
「フェイトは大丈夫さ。本局から脱出する時にちょっと無茶してね、今はぐっすり寝てるよ」
そう言って彼女が指差した先に、フェイトの姿があった。
床の上で毛布に包まり、何処か重圧から開放された様な安らかな表情で眠り続ける義娘。
左手に幾重にも包帯が巻かれてはいるが、それ以外に目立った負傷の痕跡は見受けられない。
その姿を確認するや否や、リンディは全身の力が抜けてゆくのを感じた。
深く、深く息を吐き、常ならぬ弱々しい声を漏らす。
「良かった・・・本当に・・・良かった・・・!」
アルフへと凭れ掛り、肩を震わせるリンディ。
優しく肩を叩くアルフから、更に言葉が掛けられる。
「勿論クライドも無事だよ、今はラボで分析を受けてる」
奇跡の様なその言葉に、リンディは小さく声を漏らしながら歓喜の涙を流した。
今度は無言のまま、アルフの手が彼女の背を撫ぜ続ける。
2分ほどそうしていただろうか。
顔を上げたリンディは漸く、周囲に存在する人影が数百人にも及ぶ事実に気付いた。
其処彼処で生存を祝う、或いは死者を悼む悲痛な声が上がっている。
場所はかなりの広さを持ったホールで、壁際には観葉植物が生い茂り、数件のカフェ・レストラン等が壁面に埋め込まれる様にして店を構えていた。
反対側には設置型空間ウィンドウの出現箇所である事を示す警告表示が、10m前後の間隔で連続して壁面へと貼り付けられている。
今はオフラインだが、本来ならば外部のパノラマ映像が映し出されるのだろう。
「此処は・・・」
「第6支局さ。脱出した艦艇とヴィクトワールからの連絡で、生存者の救助に来たんだ」
「救助に?」
「正確には汚染とR戦闘機を警戒して接近しあぐねていた所に、アタシ達が転移してきたんだけどね」
思わぬ言葉に、リンディはアルフの顔を覗き込んだ。
アルフは無理もないと云わんばかりに肩を竦め、リンディの背後を指す。
「その2人のおかげだよ」
振り返ると其処には、車椅子に座する人物とそれを押す人影があった。
右腕以外の四肢が無い金髪の男性と、亜麻色の長髪を揺らす女性。
ユーノ、そしてクアットロだ。
「ユーノ君・・・」
「リンディさん、御無事で何よりです」
ユーノはリンディの傍らへ車椅子を停めさせると、何処か疲れた様に息を吐いた。
そして手にしていたファイルをリンディへと差し出し、幾分事務的な声で報告を始める。
「ジュエルシード・コピー計31個、及び「AC-47β」14基の同時暴走を利用した強制転送により約46000名が脱出に成功。当該宙域には現在、膨大な魔力とバイド係数として検出される未知のエネルギーによる巨大な力場が形成されています」
「46000・・・あの状況を考えれば奇跡かしらね」
「上層部の被害も深刻と言わざるを得ません。キール元帥は中央区での戦闘指揮中に地球軍が使用した化学兵器により死亡。フィルス相談役はAブロックで民間人の避難誘導に当たっておられましたが、例の可変機による襲撃を受けAブロックの総員もろとも消息不明。
クローベル議長は転送による脱出に成功しましたが、既に胸部と腹部に背面まで貫通する致命傷を負っておられました。転移直前に汚染スフィア群からの砲撃を浴びたとの目撃情報あり。その後、手術室への搬送の途中で・・・」
「亡くなられたのね・・・」
「ええ」
場に沈黙が満ちる。
周囲では相変わらず喧騒が渦巻いているが、リンディ達4名は奇妙な静寂の中にあった。
それを破ったのは、新たに姿を現した2名の声。
-
「御三方とも、最後まで局員としての責務を果たしての殉職です。悔いは無かったと信じましょう」
「生存者の殆どは、武装局員による抵抗が時間稼ぎとなって避難に成功した者です。彼等の死は決して無駄ではありません」
ゆっくりと歩み寄る桃色の髪の女性と、その肩に乗った人形の様な小さな人影。
手を引かれ杖を突きつつ歩く、両目を包帯に覆われた緑髪の男性。
シグナムとアギト、そしてヴェロッサだ。
「お久し振りです、ハラオウン統括官」
「シグナム・・・ええ、本当に久し振りね。意識のある貴女と会うのは」
「お恥ずかしい限りです。私もアギトも、敵の脅威の程を見誤っていた。あの時に撃ち果たしていれば、この様な事態には・・・」
俯き、震える程に拳を握り締めるシグナム。
アギトも同様に、ロードの肩の上で黙り込んだまま俯いている。
彼女等にしてみれば、自らが撃ち漏らした敵によって本局内の人間が殺戮されてゆく様は、憤怒と屈辱と悔恨とに塗れた光景以外の何物でもなかったに違いない。
実際のところ、彼女達があのR戦闘機の撃墜に成功していたからといって本局が惨劇を回避できたとは思えないが、リンディは後悔に打ち震える彼女達へと掛ける言葉を見付ける事ができなかった。
その言葉を齎したのは彼女ではなく、これまで一言も発する事なく佇んでいた人物。
「思い上がりも甚だしい。たった1機墜としたところで、地球軍が襲撃を諦めるとでも? 逆に投入される機体が3機から6機に増えただけでしょうねぇ」
「・・・テメェ」
クアットロだ。
その挑発的な物言いに、アギトが気色ばむ。
「アギト、止せ」
「だってよ・・・!」
「そうなればバイドを含めた三つ巴という状況を考慮しても、こんな風にそれなりの長時間に亘って本局が持ち堪えられたか怪しいものだわ。状況がより悪化する事はあっても、その逆は決して起こらなかったと思いますけど」
「お前ぇ!」
見下す様な言葉に、遂にアギトが激昂した。
その小さな両手に炎を宿し、そちらを見ようともしないクアットロの横顔へと突き付ける様に腕を突き出す。
だが、シグナムの手が彼女の正面へと翳され、射出直前の火球の射線を遮った。
「其処までだ、アギト」
「何でだよ! コイツが・・・」
「要するに気にするなって言ってるのさ、クアットロは。随分と回りくどい言い方だけれどね」
そのユーノの言葉に、アギトの抗議の言葉が止む。
彼女は奇妙な物を見る様な目でクアットロを見やるが、当の人物はもはや興味がないとばかりに全く別の方向を見ていた。
だがリンディからは、ユーノの言葉と同時に色付いた耳が丸見えである。
恐らく内心では余計なフォローをしたユーノに、有りっ丈の罵詈雑言を浴びせ掛けている事だろう。
思わぬ人物の思わぬ一面を垣間見た事で、リンディの顔に微かな笑みが浮かぶ。
陰鬱な空気が和らぎ周囲の喧噪も徐々に落ち着き始めた頃、壁面全体に外部空間の映像が表示された。
「おい、見ろ!」
その声にリンディは、反射的に映像のほぼ中央を見やる。
巨大な空間ウィンドウには、隔離空間内部の映像が鮮明に映し出されていた。
無数の世界が隣り合う様にして密集する異様な光景の中、戦闘による無数の閃光が其処彼処で瞬いている。
その中でも、一際強力な閃光を放つ箇所があった。
惑星群とは反対の方向を映し出した映像、遥か彼方に光る恒星を背に浮かぶ人工天体。
更にその手前に映り込んだ巨大な光球、不気味な闇色の波動を放ち鼓動する異形の臓腑。
「あれが、本局です」
「え・・・」
「あの光球の中心が、本局艦艇の最終位置です」
-
ユーノの説明に誰もが言葉を失い、沈黙のままに光球を見つめる。
映像の手前、即ち周囲には無数の管理局艦艇が漂い、光球から遠ざかる為に移動を続けている様だ。
恐らくは本局の直衛に就いていた管理局艦隊だろう。
良く見ればこの第6支局以外にも複数、支局艦艇の艦影が空間内に浮かび上がっている。
「・・・あの力場は、何時まで持続するのかしら」
「不明です。魔力のみでの計算ならば、消滅まで80時間といった処です。しかし極めて高いバイド係数が検出されている事もあり・・・」
リンディの疑問にユーノが答え始めた、その数秒後。
映像の其処彼処に映るXV級の内1隻が、唐突に爆発した。
喧騒が一瞬の内に静まり返り、赤い光がウィンドウの一端を照らし出す。
「何が・・・」
直後、空間に1条の赤い線が刻まれた。
その線は周囲に無数の光弾を纏い、一瞬にして2隻のXV級を頭上より薙ぎ払う。
数瞬の間を置き、2隻のブリッジ近辺が閃光と共に弾け飛んだ。
その光景にリンディは、何が起きているのかを理解する。
「追撃・・・!」
「あの機体だ! あの青い奴が追ってきた!」
誰かが叫んだその言葉とほぼ同時、更に1隻のXV級と2隻の小型艦艇が無数のレーザー弾体によって撃ち抜かれていた。
艦首から艦尾まで徹底的にレーザーを撃ち込まれた3隻は艦全体から火を噴き、XV級は半ばより折れる様にして爆発、小型艦は小爆発を繰り返しながら崩壊してゆく。
既に空間は無数の魔導弾によって埋め尽くされているが、それらが敵機を捉える様子はまるで無い。
此処にきて漸く状況を理解したのか、生存者の一部から悲鳴が上がり始めた。
しかし大多数はもはや逃げ場がない事を理解しているのか、騒ぎもせずに呆然と映像を眺めている。
リンディもまた静謐を保っていたが、それは諦観によるものではない。
彼女は嘗て提督として培った経験を基に、冷静に戦況を評価しようと試みていた。
そして、気付く。
「・・・浅異層次元潜航?」
「恐らくは。攻撃時に潜航状態を解除し、目標を撃沈後に再度潜航しているみたいですね」
いずれの管理局艦艇も、まるで狙いが定まらぬ様に魔導弾を乱射していた。
それこそ誤射の危険性すら無視し、只管に弾幕を張り続ける。
それは即ち、敵機を捕捉できていないという事実に他ならない。
其処から導かれる、考え得る中で最も可能性が高く、且つ最悪の予想。
浅異層次元潜航機能を使用しての一撃離脱。
「不味いですね。異層次元に潜られると、こちらは全く手出しができない」
「出現する瞬間を狙えば・・・」
「不可能よ。あれだけ小型で常識外れの機動性を持つ移動体を狙い打つ機能なんて、管理局の艦艇には備わっていない」
言葉を交わす間にも、2つの光球が光の尾を引きつつXV級へと襲い掛かった。
その艦は必死に弾幕を張るが、光球は被弾を意に介さぬ様に艦体を蹂躙してゆく。
外殻を裂いた光球が、内部へと侵入を果たした数瞬後。
ブリッジと推進部を内部より引き裂き、光球は外部へと帰還を果たした。
崩壊する艦体を掠める様に飛来する影と合流した光球は、空間へと溶け込む様に姿を消す。
「・・・やはりね」
間違いない。
敵機は浅異層次元潜航を使用している。
こうなれば、管理局側に打つ手はない。
数隻ずつ徐々に撃沈されるか、或いはこちらへと向かっているであろう地球軍の増援に纏めて消し飛ばされるか。
-
「ついてないなぁ」
溜息と共に零されたユーノの言葉こそが、リンディの内心を代弁していた。
本当に、ついてない。
詳細までは知らないにせよ、フェイトが命を掛けユーノが持てる能力を振り絞った結果、多くの生存者が脱出に成功したのだという事は分かる。
しかし脱出に成功しても、直後に抵抗すら儘ならぬ脅威に直面するとは何たる不運。
否、不運ですらないのだろう。
局員の脱出を許した時点で、その収容先ごと抹消する心積もりであった事は間違いない。
敵機がこの場へと現れた事は、不運などではなく必然なのだ。
「・・・義母さん?」
「フェイト・・・」
背後より掛けられた義娘の声に、リンディは振り返る。
其処には毛布を羽織り、心細げな表情を浮かべたフェイトが佇んでいた。
リンディは義娘を近くへと寄らせ、その身体を優しく抱き締める。
フェイトは暫くされるが儘にしていたが、やがて自らも腕を伸べると義母の手に自身のそれを重ねた。
ウィンドウ上では更に4隻が火を噴き、閃光と共に爆散するか緩やかに崩壊を始めている。
周囲は再び静まり返り、リンディは静寂の中で唇を噛み締めた。
自身ができる事は何もない。
義娘やその友人は自身を救ってくれたというのに、今この状況に於いて自身が彼女達を救えないという事実は、リンディの心を容赦なく責め立てた。
迫る最悪の終焉を前に、偽りの安心を娘に与える事しかできない。
「ごめんね、フェイト」
「・・・何か言った? 義母さん」
既に疲労が限界に達しているのか、フェイトは意識を保つ事も辛いらしい。
少しでも安心させようと、リンディは彼女の髪を撫ぜる。
返り血だろうか、不自然に指へと絡み付く髪を解しながら、閉じられてゆくフェイトの瞳を見つめていたリンディ。
しかし彼女は、ふと顔を上げて本局の存在していた宙域、禍々しい光を放つ光球を見やる。
それは長い時を過ごした場所が有する、掛け替えのない記憶を脳裏へと刻み付けようとの、無意識下の行動だったのかもしれない。
だが、その視界へと映り込んだ光景は決して感傷を齎すものではなく、それどころか現実としての脅威と驚愕を叩き付けるものだった。
「・・・え?」
本局を呑み込んだ光球。
それが、消えていた。
あれだけ眩い光を放っていた魔力と未知のエネルギーによる球体が、跡形もなく霧散していたのだ。
代わりにその宙域へと現れていたのは、本局のそれに酷似した巨大な影。
「嘘・・・」
「おい、残ってる・・・本局が残ってるぞ!」
誰もが食い入る様に映像へと見入る中、影は周囲に纏う闇色の光を徐々にではあるが振り払い始めていた。
角度の問題か、巨大な十字架の様にも見えるその影は、恐らくは破損した対宙迎撃用魔導砲身展開機構の残骸であろう、環状構造物の残骸を纏っているらしい。
中心部からは無数の針状構造物が伸び、その先端付近には円を描く様に幾つかの残骸が付着している。
奇跡的に残った、本局艦艇の残骸。
未だ残る力場の影響か鮮明な映像を捉える事はできないが、少なくともリンディはそう判断した。
その考えが間違っている可能性になど思い至りもしなかったし、もし至ったとしてもすぐさま否定しただろう。
「見ろよ! あの暴走にも持ち堪えて・・・」
「待って、何か変よ・・・」
本局以外には有り得ない。
あれだけの巨大建造物、見紛う事なき形状。
あれが本局でなければ何だというのか。
-
「リンディ・・・あの棘、動いてないかい?」
「・・・いえ、私には」
「待って・・・動いてる、動いてるわ」
アルフの疑問に、クアットロが答えた。
常人より遥かに優れた彼女の眼は、その異常を鮮明に捉えたのだろう。
彼女は徐に影を指し、微かに震える声で一言。
「あれ・・・鼓動して・・・!」
まやかしが、拭い去られた。
力場の残滓が完全に消失し、揺らぎの下に隠れていた影の全貌が露わとなる。
偏光の殻が取り払われた後には、異形としか言い様のない存在が出現していた。
死骸にして生命。
無機物にして有機的。
それは最早、リンディ達の知る本局という巨大構造物でも、その残骸でもなかった。
周囲の環状構造物は跡形もなく、中心から全方位へと棘皮動物にも似た鋭い棘状構造物が無数に延びており、それら全てが生命体の如く不気味に揺らめいている。
同じく中心部から前後4対、計8基のバーニアらしき長大なユニットが延び、その先端には複数の歪なノズルが備えられていた。
嘗ては其々の方向へと延びていた巨大な6つのブロックは内2つが消失し、その抉れた箇所からは巨大な青いレンズ状の結晶体が覗いている。
「嘘だろ・・・」
「アルフ?」
「嘘だよ・・・あれ、あれは・・・」
何事かに狼狽するアルフ。
見れば彼女だけでなく、ユーノまでもが凍り付いた様に異形を見つめていた。
アルフが、叫ぶ。
「あれ、全部・・・ジュエルシードじゃないか!」
瞬間、異形が弾けた。
少なくともリンディには、そうとしか認識できなかった。
一瞬、全ての棘状構造物が振動したかの様に見受けられた直後、何らかのエネルギーの壁が異形を中心として爆発したのだ。
可視化する程の高密度エネルギーは、瞬時にリンディ達が搭乗する第6支局にも到達。
轟音と共に襲い掛かった凄まじい衝撃に、リンディの身体は腕の中のフェイトごと1m近くも跳ね上げられた。
無数の悲鳴。
そして彼女は背中から床面へと打ち付けられ、鈍い音と共にその口からは呻きが漏れる。
咳き込むリンディの腕の中、完全に意識が覚醒したらしきフェイトは、明らかに動揺した面持ちで周囲を見回していた。
警報。
警告灯が点滅し、周囲からは呻きと助けを求める声、鋭く指示を飛ばす声が入り乱れて響く。
リンディもどうにか身を起こし、直前の現象についての疑問を口にした。
「今のは・・・?」
「あの本局だったものが使用した、極広域戦略兵器でしょう・・・ごめん、手を貸して・・・撃沈というよりは艦艇内部の人間を狙った、間接的な攻撃手段かも」
クアットロに助け起こされながらも、淀みなく答えるユーノ。
彼の言う通り、警報こそ鳴り響いているものの艦体に重大な損傷は皆無の様だ。
しかしクルーを狙ったにしても、この程度の衝撃で死に至る者は多くはあるまい。
-
「見ろ、見ろ!」
突如、生存者の1人が叫び、ウィンドウを指した。
周囲の人間、リンディまでもその叫びにつられて映像を見る。
そして、絶句した。
「な・・・」
漂う残骸と拡がりゆく炎の波。
ウィンドウ上へと大写しになっていたのは、完全に破壊された濃紺青の機体。
十数秒前まで艦隊を執拗に攻撃していた、あのR戦闘機だった。
「あっちにも・・・!」
それだけではない。
良く見ればその機体以外にも、更に2機の機体が破壊され空間を漂っている。
いずれも巨大な力によって粉砕されたかの様な惨状だが、特徴的な形状のキャノピーとノズルの残骸から辛うじてR戦闘機であると判断できた。
恐らくは増援として艦隊への攻撃に加わろうとした、その矢先に撃墜されたのだろう。
だが、現れた残骸はR戦闘機のものだけに留まらなかった。
「嘘・・・」
「あれは・・・地球軍の艦だ!」
その残骸は、嘗て第97管理外世界へと赴いた3隻のXV級を攻撃した、恐らくは駆逐艦か巡航艦クラスの艦艇のもの。
やはり浅異層次元潜航により姿を隠していたらしいが、何らかの要因により破壊されたのだろう。
艦体は見るも無残に中央から割れ、更に弾薬が暴発したのか、凄まじい光を発して破片すら残さずに消滅する。
「浅異層次元潜航・・・」
その呟きを、リンディは聞き逃さなかった。
声が発せられた方向を見れば、傍らへとウィンドウを展開したユーノが何らかの操作を行っている。
すると大型ウィンドウ上に映し出される映像が、目まぐるしく変わり始めた。
次から次へと移り変わる映像上へと浮かび上がるのは、いずれも破壊されたR戦闘機と地球軍艦艇ばかり。
画面右下には対象との距離が表示されているが、その桁も数千から数百万と様々だ。
此処に来てリンディは、到る所で地球軍戦力が撃破されている事実を理解する。
しかし同時に、損傷を受けた様子など全くないR戦闘機と地球軍艦艇の数も多い。
そして、ユーノが発した言葉の意味に気付く。
「潜航中の地球軍に対する攻撃・・・?」
その思考へと至った瞬間、全ての疑問が解決した。
何故、複数の地球軍戦力が撃破されているのか。
何故、バイドは本局を襲ったのか。
何故、ジュエルシードを核として本局を変貌させたのか。
「まさか・・・!」
浅異層次元潜航を封じる為の存在を生み出す、その媒体として本局を選び。
極広域空間干渉を実行する為のエネルギー源、その供給源としてジュエルシードを複製し。
短時間での侵食拡大の為に必要な膨大なエネルギーの解放、その引き金として局員によるジュエルシードの暴走を誘導する。
フェイト達が人工天体脱出に際して使用する次元航行艦を発見した、その瞬間からバイドの計画は実行段階に移行していた。
管理局の必死の抵抗も、そして地球軍による本局での無法さえも。
多くの血を流し汚染体の排除と脱出に成功した事実にも拘らず、バイドによる計画の域を脱する事はできなかったのだ。
考え過ぎだろうか。
果たしてバイドに、これ程までに高度な人間集団の行動予測、そしてそれを利用した戦略の立案ができるものだろうか。
否、こうして悩む事、それ自体が間違っている。
既にバイドはそれを成し遂げ、最大の成果を上げているのだから。
-
恐らく浅異層次元潜航中の地球軍戦力は残らず撃破され、彼等は切り札の1つを失った。
常軌を逸した打撃力と神出鬼没の機動力・隠密性を併せ持つ事こそが、地球軍が最大の脅威たる理由である。
しかし今、彼等は浅異層次元潜航という隠密の盾を奪われ、絶対的少数にも拘らず地球軍が最大勢力として戦場に君臨している要因、その一端を切り崩された事となる。
この事態から予測できる変化、それは。
「均衡が・・・崩れる・・・!」
嘗ては本局であった異形、その周囲に無数の影が現れる。
それらは初め、小さな点に過ぎなかった。
しかし数秒後、それらの点は爆発的に膨れ上がり、無数の巨大な肉塊へと成長する。
赤黒い醜悪な肉塊は異形をほぼ完全に覆い尽くし、その僅かな隙間からはジュエルシードによって形成されたコアが放つ青い光が覗いていた。
肉塊に覆われた異形の周囲に、可視化した無数の揺らぎが発生する。
揺らぎは異形を中心として拡散を続け、ウィンドウに映る範囲全体へと拡大した。
画面に映る殆どが揺らぎ始め、全く遠近感が掴めない状態となる。
そしてある瞬間、揺らぎの中に影が浮かび上がった。
無数に発生した揺らぎの中、影は次々に浮かび上がりその数を増してゆく。
揺らぎが影によって掻き消えた後、其処にあったのは空間を埋め尽くす程の艦艇の影。
管理世界、バイド、地球軍。
所属を問わず密集した、無数の艦艇。
先程までとは比較にならない、それこそ映像上の全てを埋め尽くす数の汚染艦隊の全貌だった。
「まさか・・・この為に本局を?」
「正面から押し潰す気なんだ。浅異層次元潜航が使用できない以上、地球軍は圧倒的不利に・・・」
「ねえ、あれ!」
ウィンドウを埋め尽くす艦艇群の中、周囲の艦艇とは明らかに異なる巨大構造物の姿があった。
リンディの目は、自然とその構造物へと引き寄せられる。
巨大な2つの環状構造物を繋げた形のそれは、出現直後から微かに光を放ち始めたのだ。
ユーノがウィンドウを操作し、その構造物を拡大表示する。
「スペースコロニー?」
「いえ・・・これは・・・」
拡大表示されたそれは、見るからに奇妙な構造物だった。
直径は約8km、全長はその倍以上はあるだろう。
どうやら環状であるのは前部構造物のみであり、後部構造物には底部が存在するらしい。
周囲には円柱型のユニットが2つ付随し、前部と後部の構造物間にはそれなりの距離が開いている。
少し離れた地点に配置されている十数基のユニットはソーラーパネルだろうか。
前部と後部は其々が逆方向へと回転しており、光は後部構造物の底部中央へと集束している様だ。
その光が何を意味するのか、思い至るものは1つしかなかった。
-
「砲撃だ!」
光が炸裂し、衝撃が意識を掻き消す。
吹き飛ばされたのか、叩き付けられたのか、引き裂かれたのか。
意識が回復するまでの数秒の間、リンディは我が身に何が起こったのかまるで理解できなかった。
ただ朦朧とする意識の中、避難を呼び掛けるアナウンスに紛れる様にして、複数の聞き逃せない言葉が響いた事だけは覚えている。
決して忘れ得ぬ、無限の狂気による蹂躙の始まりを告げた言葉だけは。
『第61管理世界、崩壊! 敵砲撃、射線上の惑星を複数貫通! 第52観測指定世界、第12管理世界、第38管理世界、いずれも崩壊が進行中!』
『汚染艦隊、進攻開始! 陽電子砲の充填開始を確認!』
『地球軍、第97管理外世界周辺宙域へ向け撤退を開始・・・』
戦況が、傾く。
* * *
白い清潔な天井、窓とシェードの間から差し込む麗らかな陽光。
意識を取り戻したギンガが最初に目にしたものは、自身の置かれた状況を暫し忘れさせるものだった。
数秒ほど呆けた様に天井を眺め、次いで跳ねる様に上半身を起こす。
自らの半身を覆う清潔なシーツに程良い硬さのベッド、纏っているのは医療機関の患者服。
額へと生じた違和感に手をやると、指先が張り付けられたシールタイプのものに触れた。
ストラーダによって切り裂かれた傷を、何者かが手当てしたというのか。
他にも擦り剥いたらしき身体の各所に、適切な医療措置が施されている。
室内を見渡すが、どうやら此処は個室らしい。
閉じられたドアの向こうからは、微かな喧騒が聴こえてくる。
ベッドから身を乗り出し窓のシェードを上げると、白い雲が浮かぶ青空と眼下の緑が視界へと飛び込んできた。
自然に零れる、現状への疑問。
「此処は・・・?」
ドアの開く音。
咄嗟に振り返り拳を構えるも、その左腕にリボルバーナックルは無かった。
しかし、扉を潜り入室してきた人物の姿を捉えるや否や、ギンガの意識は完全にその人物へと釘付けになる。
その人物、彼女は記憶の中のそれよりも随分と伸びた桃色の髪を揺らし、柔らかく微笑んだ。
「良かった、意識が戻ったんですね」
思考を支配した驚きに、言葉を紡ぐ事もできないギンガ。
その目前で、彼女は手にしていた薬品の箱を近くの台上へと置くと耳元へと手をやり、既に装着していたインカムを通じて何処かへと報告を行う。
随分と慣れた動作だった。
「614、患者が覚醒しました。危険はありません」
その光景を呆然と見つめるギンガの目前で、彼女は耳元から手を離すと改めてギンガへと向き直った。
そして、再会の言葉を紡ぐ。
「お久し振りです、ギンガさん」
時空管理局辺境自然保護隊、第61管理世界スプールス駐在班所属。
キャロ・ル・ルシエ二等陸士の姿が、其処にあった。
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以上で投下終了です
代理投下して下さった方、有難う御座いました
前回の投下より時間が空いてしまい申し訳ありません
ぶっちゃけた話、実生活に追われていたという以外にも、ょぅι゛ょと戯れるのに忙しかったという事もあります(海底都市的&核爆発後の廃墟的な意味で)
現在は作中の地球軍のモデルにさせて戴いた、ゴーグルとガスマスクがステキなガチムチどもの惑星に降下中
フェイトそん涙目な機動性の無人兵器とか、凡人とわんこを足して質量兵器持たせた戦闘スタイルの大佐殿と死闘を繰り広げております・・・ラデックカッコ良いよラデック
今回で本局脱出戦は終結です
脱出成功、そして浅異層次元潜航封じで地球軍涙目というお話
次回からは人工天体内部でのギンガと旧ライトニング達、そして民営武装警察と+αを中心とする話になります
「R-9DV2 NORTHERN LIGHTS」
光子バルカン強化型、相変わらず群体より単体に強いという謎仕様
「R-9Leo2」
チート機体、レーザー&サイ・ビット無双
波動砲が弱い?
あんなの飾りです、偉い人にはそれがわからんのですよ
難易度BYDOでもなきゃ、青か黄色レーザー撃ってるだけでおkという鬼畜機体
後述のゴマちゃん内部で青レーザーを乱射すれば気分は正しく以下略
「GOMANDER」&「IN THROUGH」
「Ⅰ」ステージ2のBOSS、R-21に相当
諸兄が思わず前屈みになること請け合いな♀の一部が寄り集まってできており、其処から奥様ウットリなブツ(IN THROUGH)がゆっくり出入りするといふ、健全にして純情なプレイヤーを
相次いでトイレに走らせた恐るべき魔性の♀バイド(因みに♂のBOSSは「Ⅱ」で、バカップルは「Δ」で登場)
その長年のキャリアにより一部R-TYPERからは所謂主人公の幼馴染キャラ(♀)に位置するとも言われているが、実際にはR戦闘機よりIN THROUGHの方が幼馴染(♂)ポジションに近い
何もしなくてもエネルギーを得て際限なく肥大化する為、逆に体内に同棲(寄生)している幼馴染(♂)のブツを出し入れしてエネルギーを放出してもらわないと死んでしまうという、いろんな意味で絞め殺したくなる様な生態を持つ
「FINAL」では激しい幼馴染(♂)のブツの出し入れを繰り返し抵抗したものの、あろう事か幼馴染(♂)のブツを出し入れする穴から強引に内部へと侵入した鬼畜外道(R戦闘機)によって
幼馴染(♂)の目の前で屈辱の胎内公開凌辱をされてしまった悲劇のヒロイン
しかも内部では、大人の性教育ビデオなどで繰り返し攻撃される敏感なトコロに潜り込むのが安全地帯という、4月1日ネタが罷り間違って通ってしまったのではないかという卑猥仕様なのでこれはもうだめかもわからんね
「BELMATE」
「Ⅰ」ステージ5のBOSS「浅異層次元潜航なぞ使ってんじゃねぇ(CV:若本)!!」
ゴマちゃんと違い至って健全な外見(要するにウニ)ながら、取り巻きのミートボールのみを突撃させて自分はフワフワしているという亭主関白さが仇となり
「TACTICS」で長年の強制コンビを解消されてしまった腐食金属集合生命体
しかし亜空間バスターを獲得し、更に攻撃にも迎撃にも使える優秀な中距離兵器と搭載数5をも併せ持つ母艦というとっても使える子として、バイド軍の陰の立役者に返り咲いた
作中では馬鹿デカい本局を媒体に、更にジュエルシードを核として形成されている為、戦場となっている空間全域での浅異層次元潜航を封じるに至っています
因みに「TACTICS」に於いて、ミートボールはミートボールで個別ユニットとして存在しますが、軟い、遅い、地味と三重苦の産廃ユニットなので残念
更に蛇足で、地球軍のバスター搭載艦はとても残念な使えない子、今回の文中でこっそりバスター喰らって沈んでます
「UTGARD-LOKI」
「TACTICS」にて登場、地球軍の誇る太陽系防衛用の巨大光学兵器施設、別名コロニーレーザー
射程距離は1天文単位(194,598,000km)という化け物、しかし実はニヴルヘイム級の艦首砲に威力で負ける
どうでも良い事ですが、敵デコイ1基に対して味方8部隊巻き込んで撃つのはどーよ、地球軍
では、また次回
以上です
代理投下をお願い致します
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行ってみる。
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さるさんくらったので誰か頼みます。
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続き、終わりました。
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>>236
GJ!
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ウロスでも書きましたが、改めてお礼を
ss2CCqQQ様、klq83nAA様
代理投下、有難う御座いました
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それでは、失礼いたします。
魔法少女リリカルなのは外伝・ラクロアの勇者
第21話
「・・・・・ん・・・・・ここ・・・は・・・」
小さい唸り声を上げながら、ナイトガンダムはゆっくりと目を開ける。
最初に目に入ったのは真っ白な天井ではなく、天上一面を覆う照明の光り。
それだけで、此処が何処なのか直ぐに理解できた。
「・・・・・アースラの・・・・医務室か?・・・・」
このような体験をするのはこれで二度目、一度目は無人世界でのシグナムとの戦闘の後、そして二度目になる今回は・・・・・
うっすらとあの時の事を思い出す。意識が徐々に無くなっていく感覚、海面目掛けて真っ逆さまに落下する自分、
自分の名を呼ぶ周囲の声、そして落下する自分を抱き止め、必至な表情で自分の名を呼ぶシグナム。
その直後、ヴィータがはやての名前を叫んでいたような気がするが・・・・思い出せない。
「三種の神器の負荷に、耐えられなかったのか」
三種の神器装着による負担は直ぐに、それこそ装備した瞬間から自分の身に起きていた。
以前よりも負担の効果がいち早く現われたのは、間違いなく装着前のダメージと披露が原因、
あの時シャマルが回復魔法を施してくれなかったら、もっと早く気を失っていただろう。
それでも苦痛は体から抜けることは無かったが耐える事が出来るレベルだった。
今回の失態は勝利に浮かれ、気を抜いてしまった自分が原因・・・・言い訳の仕様が無い。
「・・・情け無い・・・・これではサタンガンダムの時と同じだ・・・・」
自分自身を反省するかの様に、深々と溜息をつく。
その行為が落ち着きを取り戻させたのか、自然と辺りを見回し現状を確認する。
場所は間違いなくアースラの病室だろう、気を失った自分が運ばれる所としては当然の場所だ。
直ぐ隣には鎧と武器が置かれている、電子スピアが見当たらないが、あの戦いで砕け散ったのを思いだした。
そして嵌め殺しの窓から見える景色は漆黒の景色と、その中で輝く幾つもの光
「宇宙空間・・・そうするとまだ、地球の衛星軌道上にいるのか・・・・・」
場所の把握が終った所で、次に気になったのは、自分が気を失った後の事だが、それ以前に自分はどの位眠っていたのかもわからない。
あいにくこの病室には時計はあるものの、日付を確認できるカレンダーの様なものは無い。
先ほどまで頭を預けていた枕の隣には、連絡用の端末が置かれていたが、特に動けないわけではないので、誰かを呼びつけるという行為はしたくは無かった。
一度体を伸ばした後、後ろ髪惹かれる思いでベッドから抜け出し、ゆっくりと入り口へと向かう。
そして、ドアのセンサーがナイトガンダムを感知し、音を立てて開く。すると其処には
「ナイトガンダム!!よかった!気が付いたのか!!」
正に今から部屋に入ろうとしていたクロノが立っており、普段は見せない歳相応の笑みでナイトガンダムを迎えた。
「クロノ、丁度良かった。今から君達の所に行こうと思って」
「わかってる、君が倒れた後のことだろ?でもいいのかい、もう起きて?」
クロノの表情から、自分がどれほど心配されているのかが痛いほど分かる。
自然と頭を下げ謝ろうとするがその行動をクロノが制した。
「謝る必要は無いよ・・・・でも、その様子だと大丈夫みたいだね。此処じゃなんだから食堂へ行こう」
「そうですか・・・・決着は無事についたのですね」
「ああ・・・・あの後、奴は完全に消滅した。同時に町での異常も収まった・・・・怪我を負った者はいるけど死傷者0、正に一件落着だよ。はい、紅茶でいいかな?」
クロノが差し出した紅茶をお礼を言った後受取り、早速一口飲む。おそらく疲れているであろう自分の為に砂糖を多めに入れてくれたのだろう。
程よい暖かさと甘さが体に染み渡るのを感じる。
その満足気な表情に満足したクロノは、自分が飲むために持って来たコーヒーを一口啜った後、ナイトガンダムと向き合うように、椅子へと座った。
-
「彼女達・・・アリサ・バニングスと月村すずかは自宅へ帰ったよ。本当は数分前まで君の所にいたんだけどね、彼女たちも疲れているから
家に帰らせた。さすがに釈然とし無い表情だけど、なのは達の説得と後で事情を話すという条件付でね・・・・・・それと」
不意にクロノは席を立ちガンダムを真っ直ぐ見据える、そして、静かに手にしていたコップを置いた後、深々と頭を下げた。
「本当にありがとう。この事件、君のおかげで解決できた・・・・・・本当に感謝しきれないよ・・・・・」
クロノは本心からそう思っていた。
自分達がただ見ているだけでしかなかった闇の書の闇との戦闘、彼は犯されそうになったフェイトを助けてくれた。
そして根源である敵に致命傷を与え、仲間割れ寸前の皆をまとめてくれた。そして諦めかけた自分に戦う力を与えてくれた。
戦力としても、精神的な支えとしても、ナイトガンダムは皆を助けてくれた。
この勝利は間違いなく彼がいてこそ・・・・・・クロノはそう信じて疑わなかったが、当のナイトガンダムはその様な事を全く思ってはいなかった。
「いや、今回の勝利は、皆が力を合わせたから得られたものだよ・・・・・・この事件に関係した人達・・・・・・誰一人が欠けても
解決など出来なかった。だから私だけではない、なのは達やヴォルケンリッターの皆、そしてアースラのクルーやクイント殿達、
そしてクロノ、この勝利は君や皆のおかげだ、それを忘れないで欲しい」
一瞬クロノはポカンとしてしまうが、直ぐに彼の言葉の意味を理解し、はすかじい気持ちになる。
確かに彼の言う通りだ・・・・・・自分は何処かで彼を、ナイトガンダムを完全無欠のヒーローだと思っていた。
自分を含め、彼をヒーローと称えるものは多くいる、決して過小評価ではないと自信を持っていえる。
だが、現実はナイトガンダムの言った通りだ、この事件、関わった皆がいてこそ解決できた。誰が欠けても最悪な結果を招いて板に違いない。
結局自分たちはナイトガンダムをただヒーローとして持ち上げたかっただけだ・・・・・・・皆の健闘を無視して
「(まったく・・・僕もまだまだ子供だな・・・・)その通りだ、まったく君には叶わないな」
自身の恥を誤魔化すかの要にクロノはコーヒーを啜る。
そんな歳相応の少年の態度が微笑ましかったのか、ナイトガンダムも自然と顔を綻ばせ紅茶に再び口をつけようとするが
ふと気になった気とができたため、手をとめ、クロノに尋ねる。
「そういえば、皆は何処へ?はやての病室かい?」
ナイトガンダムにとっては何気ない質問、だが、クロノは答える事無く一瞬で表情を曇らせ自然と俯く。
彼の突然の表情の変化から、直ぐにただ事ではない事は理解できた。先ず脳裏に浮かぶのは知る人物の身の安否、
だがクロノは先ほど『怪我を負った者はいるけど死傷者は0』と確かに言った。彼が嘘を言う筈が無いので、この考えを斬り捨てる。
他に可能性がありそうな事を考えようとするが、それを口に出す前にクロノの口が開いた。
「・・・・・彼女も、君に会いたがっていた・・・君にお礼を言いたいと言っていた・・・・・もしかしたら神様が機会を与えてくれたのかもしれないな」
普段の自分なら決して言わない様なメルヘンチックな言葉。だが、消えゆく彼女の為に
いるかいないかも分からない神がチャンスを与えてくれたと信じたい。
「・・・・・今ならまだ間に合うだろう。来てくれないか・・・・・彼女の別れの儀式に」
八神はやてが自宅で目覚め、周りの迷惑を無視して車椅子を漕ぎ、ようやく目的の場所までたどり着いた時には、すべてが終ろうとしていた。
はやては声を荒げ涙を流し、必至に彼女『リインフォース』を引き止める。
破壊する必要は無い、自分が抑える、こんな事をする必要は無いと
「・・・・・主はやて・・・・・」
はやてのその思いに、リインフォースは必至に固た決意を砕きそうになる。
今すぐはやてを抱きしめたい、共に生きたいと叫びたい、そんな思いに駆り立てられ、自然と右足が一歩出てしまう。
だが、踏み出したのは一歩だけだった。一歩踏み出した直後、我を取り戻し、自分自身を戒めるかのように拳を握り締め決意を改めて固める。
「私は・・・・貴方に綺麗な名前と心をいただきました・・・それだけで十分です。騎士達も貴方の側にいます。
私の魔力や蒐集行使のスキルも、引き継いでいる筈です。ですから私は・・・・笑って・・・逝くことが出来ます」
-
「・・・・っ・・・・話聞かん子は・・・嫌いや!!!そもそも何て消える必要があるんや!!もう何も・・・・心配する事なんかないやんか!!!
あの闇は倒した、もう今までの様な悪夢はおこらへん・・・・今までの罪もこれから償えばええ・・・・消える必要なんか・・・何処にもないやんか!!!!」
声を荒げていたため、嗄れた声になりながらも必至に彼女を説得する。だが、リインフォースはその思いを、首を静かに横に振る事で否定した。
「確かに、あの闇は消えました・・・・ですがあれが防衛プログラムだという事には変わりはありません。私が生き続ければ
防衛プログラムは・・・・あの闇は新たに作り出される。元のプログラムが既に無い今、修復は不可能・・・・・もう、この手しかないのです。
私は・・・・主である貴方の危険を払い、貴方の命を幸せを守る、最善の方法を取らせてください」
理屈は嫌でもわかった。同時にリインフォースが取ろうとしている方法が最も最善だという事も理解できた。
もし理解できていなければ駄々をこね、気を紛らわせる事が出来たかもしれない・・・・だが、それが出来ない。
何が夜天の主だ・・・・・大事な家族一人すら・・・幸せに出来ないなんて・・・・・
「泣かないでください・・・・・我が主」
そんなはやての気持ちを察したのだろう、リインフォースは再び歩み始める、ゆっくりとはやての元へ。
そして、彼女の頬にそっと手を載せ、優しく微笑んだ。
「大丈夫です、私は・・・・・もう・・・・世界で一番・・・・幸福な魔導書ですから」
泣きながらも必至に自分の名を呼ぶはやてに、リンフォースは改めて幸せを心から感じる。
名前と温かな心をくれた主、自分の為に泣いてくれる主、自分には大きすぎる幸せ。
「(出来れば、この幸せをずっと、かみ締めたかった)」
ゆっくりとはやての頬から手を離し、立ち上がる。そして背を向け、魔法陣の中心へと戻ろうとした時
「待つんだ」
否定を許さない凛とした声が、はやての泣き声しか聞こえない丘に響き渡った。
その声に全員が振り向く、聞こえた方向ははやての後ろから。
ザクッザクッと雪道を踏みしめる音と共に、その声の主はゆっくりと姿を表した。
「・・・騎士ガンダム・・・目覚めたのか」
誰よりも早く、リインフォースは声の主、ナイトガンダムを笑顔で迎えた。
彼には心からお礼を言いたかった、消える前に話をしたかった。
叶わないと思っていた願いが叶った事に、内心でいるかもわからない神に感謝の言葉を述べる。
「・・・・・・・・」
だが、ナイトガンダムはリインフォースを一瞥した後、何も言う事無く、ゆっくりと視線をなのはの方へと移す・・・・・そして
「なのは・・・フェイト・・・・・待ってくれないか」
彼のこの言葉は、なのはを含め、この場にいる全員が予想できた。だからこそ、それ程驚かずにその言葉を受け止める事が出来る。
おそらく此処に来たと言う事はクロノから事情を・・・それこそ今何が行われようとしているのかを聞いてきたのだろう。
彼の性格は付き合いが短いヴォルケンリッターやリインフォースでも理解できる、間違いなくこの儀式を止めようとする筈・・・だが
「私が・・・代わりにやろう」
その言葉は誰もが予想する事ができなかった。
「「えっ?」」
「なっ・・・ガンダムさん!!」
なのはとフェイトは声を揃えて驚き、ヴォルケンリッターの皆はただ唖然とする。ただ困惑するだけ、互いに顔を見合わせ、何を言っていいのか口ごもる。
そしてはやては最後の希望が砕かれような表情で固まってしまった。
はやてから見れば、訪れたナイトガンダムは自分と同じく、リインフォースを止めてくれる存在だと信じていた。
だが現実はその逆、自分の様に止めるでもなく、シグナム達の様に見守るわけでもない、彼女に死を与えに此処まで来た。
「・・・・・・わかった、お願いする。二人とも、悪いが下がってくれ」
リインフォースは、その申し出を快く受け入れた。
結果的には自分が消滅するという事は変わらない、それなら自分が最も恩義を感じている相手に葬ってもらいたい。
-
最初で最後の我侭、これ位は許して欲しいと思う。
彼女の言葉を受取ったなのはとフェイトは、それぞれデバイスを降ろし、足元に展開していた魔法陣を消す。
そして邪魔にならないようにゆっくりと後ろへと下がった。
それに対し、ナイトガンダムはゆっくりと前に進む・・・・・・迷う事無く、一歩一歩ゆっくりと。
「なぁ!ガンダムさん!!やめて!!お願いや!!止めてぇぇぇ!!!」
既に自分の前へと進んでしまったナイトガンダムを止めようと、はやては車椅子を動かし追いつこうとするが、積雪で隠れた石に前輪を取られ転んでしまう。
雪が積もった柔らかい地面とは言え、受身も取ることができなかったため、叩きつけられた衝撃がはやてを容赦なく襲い自由を奪う。
せめてもと精一杯手を伸ばし、『やめて』と何度も懇願するが、ナイトガンダムは聞き入れようとはしなかった。
リインフォースから約二メートルほどの距離を開け、ナイトガンダムは立ち止まる。
そして左脇に抱えるように持っていた石版を掲げた。
『ONOHO TIMUSAKO TARAKIT!!!』
石版はナイトガンダムの手を離れ、ゆっくりと浮き上がる、そして光と共に融合を開始した。
「あぁあああああああああああ!!!」
三種の神器装着時に起こる激痛、病み上がりの体には十分なほど堪える。
それでも『彼女』をこの世から消すには・・・・・この事件を本当に終らせるには必要な力、今までの装着時と同様、
確固たる目的を持てば、この苦痛も十分耐えられる。
盾が『力の盾』に、剣が『炎の剣』に、そして身に着けている鎧が『霞の鎧』へと変化していく。
そして最後の仕上げと言わんばかりにスパークを立てながら霞の鎧のバイザーが装着され、中央のくぼみに真紅の宝石がはめられた。
闇の書の闇との戦いでその姿を現したフルアーマーナイトガンダムが再び姿を現す。『彼女』をこの世から消すために。
炎の剣を横に振るい炎を纏わせる。そして、肩の高さまで持ち上げた後ゆっくりと引き、リインフォースを突刺す構えを取る。
その光景を最後にリインフォースはゆっくりと瞳を閉じる。
あとはこの切っ先を彼自分の胸目掛けて突刺せば良い、そうすればその美しい炎が焼いてくれる、もう阻む物は何も無い。
「主・・・・・貴方に幸福があらんことを」
瞳を閉じる瞬間彼女が見たのは、涙で目を晴らした主の姿だった、最後に主を悲しませてしまった事は心残りだが
今更慰めの言葉を投げかける事など出来ない・・・・・・そして
「っ!!」
ナイトガンダムが地面を蹴る、そして飛び上がり、何の躊躇も無く、炎の剣をリインフォースの胸に深々と突刺した。
一切の遠慮も無ければ一言の言葉も投げかける事無く、まるで敵を倒すかのように淡々と行われた作業。
誰もが、あまりにもあっけなく、あまりにも簡単に行われたこの作業にただ呆然とするばかり・・・・だが
「あ・・・・・・あああああああああああああ!!!!!!」
明らかな苦しみの叫びに、全員が現実に引き戻される。
その声の主、リインフォースは先ほどまで炎の剣が刺さっていた胸を掴み、喉が張り裂けんほどの叫びを上げながら蹲る。
その直後、激しい炎が包み込み、彼女を灰に火炎とばかりに燃え盛った。
「・・・・これ・・・で・・・・いい・・・・」
おそらくこの炎は、『闇の書の闇』と同じく、自分を完全に燃やしつくすだろう。
これでいいのだ・・・・・この苦しみは自分への戒めと思えば納得が行く。
先ほどまで聞こえていた主の叫びも徐々に聞こえなくなり、それと同時に痛みも引いて来る・・・否、これは感覚がなくなっているだけだ。
まるで自分という存在が焼き潰されていく様な感覚、それがジワジワと来るのだ・・・・・堪った物ではない。
「ああ・・・・これは・・・・・」
「これは余り経験したくない体験だな」何気なく呟こうとしたが、意識のがそれを許さず、言葉半ばで彼女の意識は完全に途切れた。
-
「・・・・・・ス・・・・−ス」
何かが聞こえる・・・誰かの声が聞こえる
「・・・・ォース・・・・インフォース・・・・」
聞き覚えがある声だ・・・・・何かを必至に繰り返して・・・叫んでいる・・・・・
何を叫んでいるのだろう・・・・・否、覚えがある・・・・・・徐々にはっきりとしてくる意識と共に、その意味を理解する、そう、それは
「リインフォース!!」
「私の・・・名前だ」
意識の覚醒と共にゆっくりと瞳を開ける。
まず目にしたのはどんよりとした空、そして休み無く降り続ける雪。
その内の一粒が目に入り、瞳に刺激を与える。だが、その刺激により彼女の意識は一気に引き戻された。
仰向けに寝ていた自身の体を起こし、あたりを見渡す。
最初は此処が『あの世』といわれている場所かと思ったが、目に写るのは先ほどまでいた海鳴市の丘の景色そのもの、
そして自分を驚きの表情で見ている幼い魔道師達と守護騎士達、
結論を出すにはそれで十分だった。自分は消えておらず、未だにこの世にいるという事だ。
「騎士ガンダム・・・・・これは一体」
剣が突き刺さった感触、そして体を焼かれる激痛、意識が徐々に消えてゆく感覚、そのすべてを経験したのに自分はまだ生きながらえてる。
彼が持つ炎の剣の効果は自分も目にしている、だからこそ、自分が生きている事は可笑しい。
考えられる事としては、直前にナイトガンダムが情けをかけたとしか思えない。
「・・・情けを・・かけたのか」
「いや、違う。私は確かに彼女を消滅させた・・・それは間違い・・・な・・・い」
体をふらつかせながらも、どうにかたたらを踏み無理矢理バランスを取る。やはり体が全快していない今では、短時間の装着にも体の負担は大きい。
意識を持っていかれる前に、三種の神器を石版に戻し、元の鎧の姿へと戻った。説明をする前に倒れては元も子もない。
「彼女って・・・まさか!!?」
ナイトガンダム以外の誰もが言葉の意味を理解できない中、八神はやてだけがいち早くその意味を理解した。
彼が言う『彼女』という言葉、そして彼にしては容赦の無い一撃、思い当たる節は一つしかない。
「闇の書の闇・・・・いや、防衛プログラムだけを・・・・・消したんか」
「そんなはずは無い!!」
そのはやての言葉に、全員が驚き、一斉にリンフォースのへと目線を向けるが、リインフォースだけが、その答えを大声を出し否定した。
確かに炎の剣はあの時、シグナム達のリンカーコアに取り付いた闇の書の闇の一部だけを燃やしつくすという
とんでもない芸当をやり遂げた。だか自分の場合はそれが当てはまらない。
『闇の書の闇』といわれている存在は自分というプログラムの一部、シグナム達の様に後から寄生した異物を排除する事とはわけが違う。
「あれは・・・奴は・・・私の一部だ!!それだけを消すなど・・・・・それに奴はまだ活動すらしていない!!
ありもしないものを消したなど・・・・・バカな冗談は(冗談ではない」
自分でも気が付かないほど取り乱しているリインフォースをナイトガンダムは落ち着かせるように優しさを含んだ声で諭す。
-
その言葉が聞いたのか、未だに納得がいかないと言いたそうな視線を向けるものの、口を噤み、大人しく話を聞こうとする意思を示す。
「確かに、私は消そうとした・・・・・いや、確実に消した、管理者プログラムである君を。リインフォース、あの苦しみから、
君は体が燃える苦痛を経験した筈だ。それが確実な証拠」
「ああ、確かにそうだ。なら、此処にいる私は何だ!?管理者プログラムである私を燃やし尽くしたのなら、此処にいる私は何なんだ!!」
その問いに、ナイトガンダムは沈黙で答える。
決して答えられないわけでもなければ、焦らしているわけでもない。答えは直ぐに口に出来る、だがそれは彼女自身に気付いてほしかったからだ。
だか普段ならまだしも、自分に起こっている出来事に困惑する彼女にはその答えに行き着くには時間が必要だった。
沈黙して一分足らず、ナイトガンダムはゆっくりとその答えを口にする、それはとても簡単な答え
「君が・・・・祝福の風、リインフォースだからさ」
言葉の意味が理解できないのか、ただ呆然とする彼女にナイトガンダムは近づく。
そして彼女手をとり、落ち着かせるように優しく握り締めた後、ゆっくりと話し出した。
「君は、八神はやてと出会い、彼女の優しさに触れた・・・・そして彼女に深い愛情を抱いた、君だけじゃないヴォルケンリッターの皆もだ。
そして君達ははやてからとても大切な物を貰った・・・・・・暖かな心という、とても大切な物を」
ナイトガンダムの言葉の意味をいち早く理解したはシャマルだった。
以前の・・・否、今までの主は自分たちを駒の様に使ってきた。
休む暇も与えずに戦地に送られ、ただの道具として扱われた日々、時には性的奉仕を強要されたこともあった。
いまでは考えただけでも寒気がする出来事。だが、そう感じるこれらの事柄を、当時の自分達は何の文句も無く行ってきた。
理由は簡単、『嫌悪感』や『拒否』などの感情が欠落していたからだ。
おそらく当時から持っていた人間らしい感情といえば他のヴォルケンリッターを想う『仲間意識』だけ・・・否、今にして思えばそれも怪しい。
今までの主が自分達を駒と見るように、自分自身・・・いや、ヴォルケンリッター一人ひとりがそれぞれを『都合の良い戦力』としてしか見ていなかったと思う。
昔の自分も、ヴィータを心配する事はあったが、それは『仲間』として慕う物ではなく、
『駒』として使えなくなるのが・・・主の命に支障をきたすのを恐れての事だったと今では思う。
だが、今の自分はそうではないとはっきり否定できる。
夕食前にアイスを食べようとするヴィータを怒ったり
リインフォースとの別れを悲しんだり
夕食後、バラエティ番組を皆で見て笑ったり
今では当たり前の様に表現しているこれらの感情を持っているのが良い証拠だ。
自分達だけでは到底得られなかった・・・・・・否、必要とすらしていなかっただろう。
だが、笑うこと、悲しむ事、怒る事、それらの大切さを教えてくれ、自分達を『ただの駒』から『人』として変えてくれたのは、
ナイトガンダムの言う『暖かな心』をくれたのは、他の誰でもない今の主、八神はやてだ。
「暖かな・・・心・・・・」
「ああ、君ははやてを愛おしく思っている、そして命に代えても守ろうとした。それは『使命』や『命令』などでは決して無いはずだ。
『リインフォース』という名前と『温かな心』を貰ったその時点で、君はあの闇の書の闇の様に、管理者プログラムという器では無くなった。
私が炎の剣で焼いたのは管理者プログラムとしての部分・・・・彼女が生れ落ちるそのもの。これでもう何も心配する必要は無いよ」
ナイトガンダムの手の暖かさと優しい口調で、どうにか落ち着いて聞くことは出来た。
だが正直な所半信半疑だ・・・・・彼が嘘をつくとは思えないが、本当という確証も無い。
「信じられないのは理解できる・・・なら、ユニゾンしてみるといい・・・・・・はやてと」
ナイトガンダムも、彼女が完全に信用していないのは顔を見て直ぐに理解できた。だからこそ彼女にユニゾンを・・・主である八神はやてとのユニゾンを進める。
管理者プログラムそのものには防衛プログラムの他にも本来の融合型デバイスと機能『ユニゾン』も含まれている、
もし彼の話が本当なら、ユニゾン機能は失われている筈。
一度無言で頷いた後、ゆっくりと歩み始める。一歩一歩、はやての元へと。
-
皆が見守る中、自分を真正面から見つめるはやての元まで近づいたリインフォースは、瞳を閉じ一度深呼吸。そして覚悟を決める。
「主はやて・・・・・お願いします」
目の前で目を瞑り、自分との融合を願うリインフォース。
自分がやる事は簡単、彼女とのユニゾンをおこなえばいいだけ。
もし融合できなければナイトガンダムの言った事が本当になる、だがもし融合できてしまうと・・・・・
「(・・・・何・・・うたがっとるんや・・・・馬鹿・・・・)」
否、何を不安がる必要がある。何故疑う必要がある。
彼は私達に力を貸してくれた、操られたあの子達を解放してくれた・・・・助けられてばかりだ。
それなのに、自分は何も恩返しをしていない所か彼を信用使用ともしなかった。
内心で自分自身を罵倒した後、ゆっくりと息を吸う。
「ほな・・・・・・いくで!!」
知識などは既に頭に入っている、融合失敗はありえない、出る結果は融合できてるか、何の反応も無いかだ。
心の中で祈る・・・・・いるかもわからない神様という人物に・・・・・・そして
『ユニゾン!!イン!!!』
はやての叫び声が響き渡った直後、訪れたのはユニゾン特有の眩い光でもなければ騎士甲冑に身を包んだはやてでもない。
ただ静かに雪がに振り静寂が辺りを支配する。
「・・・・・これで、間違いは無いはずだ」
静寂を破るナイトガンダムのその一言、後に『最後の闇の書事件』と言われるこの事件は、こうして終焉を迎えた。
リインフォースははやてを抱きしめ涙し、そんな彼女を子供をあやすかの様にはやては頭を優しく撫でる。
本当ははやても彼女の様に泣きたいのだろう。だが、幼いながらも八神家の大黒柱、そして守護騎士としての立場が、それを思いとどませる。
それでも、流れる涙を抑える事は出来なかった。閉じた瞳から流れ出る涙を拭わずに、はやてはリインフォースを出し決め、優しく頭を撫で続けた。
「全く・・・まさかこうなるとはな」
シグナム達も、はやてとリインフォースと共に喜びを分かち合いたかったが、今の二人の元に混ざるのは酷なことだと思い断念。
空気を読まずに近づこうとするヴィータの襟首を掴んだシグナム達は、この奇跡を起こした張本人の元へと向かった。
だが、当のナイトガンダムは、シグナム達と同じく二人の様子を伺ってはいたが、急にふらつき、地面に手をついてしまう。
その突然の自体に全員が不安に掻き立てられ、自然と駆け足となった。
今にも地面に倒れそうになるナイトガンダムを、シグナムが咄嗟に抱きかかえ、即座にシャマルに回復をする様に伝える。
その直後、ナイトガンダムに優しく癒しの風、湖の騎士に恥じないその効果は彼の体から疲労を抜き取ってくれる。
「やはり三種の神器の神器の負担か」
「・・・・・ああ、情け無いことに・・・・・どうやら、まだ使いこなせてはいないようだ・・・・」
起き上がろうとするが、どうにも体が満足に動かない、それ所か急に睡魔が彼を襲う。
多少の眠気ならどうにでもなるが、疲労と、シャマルの回復魔法の心地よさには勝てず、徐々に意識を手放してゆく。
「何言ってんだよ!!あんな無茶苦茶な装備品を連続して使ったら、普通は体がもたねぇぞ!使いこなせる云々の問題じゃ・・・って、ナイトガンダム?」
自分の異変にさすがに気付いたのだろう、しきりに何かを話しているが頭が理解しない。
視界もおぼろげになり、リインフォースとはやてがこちらに近づく姿を確認した直後、ナイトガンダムは完全に意識を失った。
-
「此処は・・・・・何処だ」
騎士ガンダムが意識を取り戻したのは、先ほどまで自分が寝ていたベッドでもなければ、雪が降りしきるあの丘でもない。
ただ真っ白な光に包まれた空間だった。
体は飛行魔法を使っているかのように浮いているが不思議と独特の浮遊感は感じられない。
咄嗟にこのような状態になる前の出来事を思い出すが、あの後、意識を失った時点で記憶は完全に途切れている。
「一体・・・どうしたら・・・・」
今という現状が理解できないため、どうしたらいいのか途方にくれる。
叫ぼうにも返事をする物は誰もおらず、辺りを見回しても同じ景色が広がっているだけ
考えられる可能性としては二つある。一つはあの後意識を失った事から、此処が夢の中という事、
そして残りの一つが、自分は死んでしまい、此処が『あの世』と呼ばれている場所という事。
後者に関しては、ネガティブな考えは持ちたくは無いが、ありえないことではない。
普段だったら行動を直ぐにでも起こすのだが、このような状態ではどうしたいいのかまるでわからない・・・・・そんな時であった
「っ!!!?誰だ!!!」
後ろから感じる気配に気付いたのは・・・・・・・
「騎士ガンダム!!良かった・・・・・気が付いて」
ナイトガンダムが気絶した後、直ぐに彼はアースラへと運ばれた。
その場にいた全員が彼の安否を心配したが、目覚めてからの車椅子での全力失速、そしてリインフォースが助かった事で襲った安心感、
更に闇の書の闇との戦闘での疲れが抜け切っていないはやては、彼の後を追う様に意識を失った。
幸いただの過労というシャマルの診断から、はやては自宅へと帰ることとなり、ヴォルケンリッターも主に同行することとなった。
だが、リインフォースは彼にお礼が言いたいという事もあり、ナイトガンダムと一緒にアースラへと行く事に決め、
なのはとフェイトもまた、彼女に同行することとなった。
もう散々目にした天上を見つめ、直ぐに体を起こす。
まず目にしたのはリインフォースの安心した笑顔、本当なら直ぐにでも『心配ない』『大丈夫』と
自分が大丈夫だという事をアピールするのだが、今はそのような気分ではなかった。
「・・・あれは・・・・・間違いないのか?」
あの時聞いた事、それが真実なら・・・いや真実だろう、もしそうなら、自分は・・・・・・
「どうした?やはり体調が優れないか?」
表情を覗き込むように顔を近づけるリインフォースに、ナイトガンダムは無理矢理現実に引き戻される。
同姓が見ても見惚れるほどの美しさ、そのような印象を持つのはMS族でも変わらない。
「(・・・美しい人だ)あ・・・ああ、大丈夫、少しぼおっとしてしまっただけだよ」
笑顔で自分の健全をアピールするナイトガンダムに、リインフォースは安殿の溜息をつく。
「本当は高町なのはとフェイト・テスタロッサもいたのだが、二人とも明日は『シュウギョウシキ』という物があるらしい
クロノ執務官が多少強引にだか帰らせた。二人とも渋ってはいたが、お前が気絶しているだけという事がわかるとしぶしぶ了承していたよ」
「そうか・・・・リインフォース、君はいいのか?はやての所に行かずに」
「主は今はシグナム達がついている。私達の処分も現状では保留の状態、特に行動は制限されていない・・・・・全く人がいいのか、杜撰なのか。
だが、感謝しなければいけないな。ナイトガンダム、こうしてお前と話ができるのだから」
-
八神はやての元へと転送されてから夢にまで見ていた・・・・否、叶わないと確信していたからこそ、
夢を見ることすら諦めた主や仲間達と共に歩める事が出来る時間。
何者にも変えがたいその贈り物を与えてくれた異世界の騎士に彼女は心からお礼が言いたかった。
「騎士ガンダム・・・・・本当に、なんとお礼を言ったらいいのか・・・・・」
情け無いが、正直何と言っていいのかが分からない。気持ちは十分すぎる程あるのだが、それを口に出して言えるほど彼女は器用ではなかった。
あまりの自分の口下手さに情けない気持ちになる。
「お礼なら必要ない。当然のことをしたまでだから」
一切見返りを求めず、さも当然の様に言い放つナイトガンダムに、彼女は言葉を詰まらせてしまう。
否、何となくではあるが予想はできた。彼は決して見返りは無論、感謝の言葉も必要とはしていないと。
だが、それでは自分の気が収まらない。
「むしろお礼ならクロノに言ってほしい。君の状態や詳しい状況などを教えてくれたのは彼なんだから。
それに、君の束縛を解いたのは三種の神器の力によるもの、私は何もしていないよ」
「馬鹿を言うな!行動し、結果を出してくれたのはお前だ・・・・・そんな態度をとって貰っては・・・・困る」
昔の主達の様に、もっと偉ぶったり、何か見返りを求めてくれたほうが良かった。
だが、主はやてといいナイトガンダムといい、そのような事は全くしない・・・・・ストレートに言うと物欲が全く無いのだ。
否、おそらく『気にしないで欲しい』というのが彼の願いなのだろう。
相手を助けるのに理由などつけず、自身の命も顧みない、そして対価となるであろう見返りや感謝の言葉すら求めない。
闇の書の闇が言った様に、彼には『闇』の部分が全く無い・・・・・・・聖人君子も真っ青だ。
「私は君を救えたこと・・・・・それで十分だよ、だから気にしないで欲しい」
笑顔でそういわれると、もう諦めるしかない。
それに彼のことだ、こちらから『何かしてほしい事は無いか』などと聞いたら間違いなく困るだろう、感謝している彼を困られるなど本末転倒だ。
「・・・分かった・・・お前がそう言うのなら・・・・・・・騎士ガンダム、やはり具合が悪いのか?」
何故だろう・・・・彼の表情が暗い様に見える、まるで何かを隠しているかの様な
やはり体調が悪いのかと思ったのだが、診断の結果ただの疲れだという事は湖の騎士から聞いている。
笑顔を向けてはいるが、どうにも何かを・・・・・まるで自分の中の動揺を隠しているかの様に感じる。
「?いや、そんな事は・・・・ないよ。どうしたんだい?」
明らかに嘘だ、おそらく嘘をつくのが下手なのだろう、はたから見ても直ぐにわかる、
直ぐに目をそらしたのが良い証拠だ。
多少好奇心というのもあるが、恩人である以上、自分では役不足ではあるが相談にはのってあげたい。
だからこそ再び尋ねようと口を開いた瞬間、
「クロノだ、入るよ」
彼女のの行動を阻止するかの様なタイミングで、ノックと共にクロノが入ってきた。
こんばんわです。投下終了です。
読んでくださった皆様、ありがとうございました。
編集、いつもありがとうございます。
職人の皆様GJです。
SDXサタンガンダム延びた・・・・orz やはり腹のマークか?
いいよ・・・リインフォースはいいよ・・・・・
次は近いうちに・・・・orz
代理投下、お願いいたします
-
それでは、代理投下させていただきます。
うぅ…ナイトガンダム…
-
以上、遅れながら高天氏の代理投下終了しました。
ここで言うのもアレですが、R−TYPE氏も高天氏も
GJを超えたGJであります!
R−TYPE氏、やはりバイドがやばすぎるww
やっと絶望を脱したと思いきやまた絶望とは…!
もはや絶望EDしか想像が……氏の影響で
ゲームアーカイブスでΔをDLしたのは秘密ですw
(撃墜されまくりですがorz)
高天氏、初代リインフォースをも救うなんて、ガンダムが
大変チート…もとい、凄くカッコイイであります!さすがは
神様の片割れ…!次回でとうとうラクロアに帰るのか…?
ナイトガンダム最高であります…!
…この場でお目汚し失礼しましたorz
-
代理投下、誠にありがとうございました。
-
「そのための封印カプセルだ。1年前は使えなかったが今は頃合いになっているだろうからね。しかし惜しいなぁ。
そう、もしもあの時カプセルと鉄人を使えていたら確実に勝てたのにねぇ。すべては私が無知故の過ち」
無知、敬愛するスカリエッティが自らを無知と罵る。それはウーノにとってあってはならない事なのだ。
彼女とってジュエル・スカリエッティは神。自らの神が我を蔑み、無知を謳うなど言語道断。それは絶対的と信じて止まない愛と信仰心を否する事ではないか。
「いえ! ドクターは無知などではありません! あの時の失態は全て我々ナンバーズの力不足による物。攻めるのならばどうか! どうかこの私めを!」
ウーノが椅子に腰かけたスカリエッティよりもさらに低く跪く。そう、1年前の失態は全てこの身による物。魔道師風情に頭脳を覗かれ、スカリエッティに信頼されればこそ知り得る情報を引き出されるという痴態。
この身を鞭で打たれようとも本望! いやむしろ敬愛するお方に敗北を与えたこの身に罰を! だが微笑みを浮かべるスカリエッティはウーノの頭を、その髪の感触を楽しむ様に撫で始めた。
「気に病む事はないよ。あの時は私にも落ち度があった。だが今回は違う! これから我々が手にするのは勝利あるのみ!」
「おおドクタースカリエッティ! なんと慈悲に溢れるお言葉。ならばこのナンバーズが長女ウーノ、貴方がお与え下さったこの身体と力は勝利のために!」
恍惚と瞳を潤ませるウーノの髪をスカリエッティは嫌味な薄ら笑いを浮かべて撫で続ける。
そして管理局の監視カメラをハッキングした映像が送られて来るモニターに映される光景は、スカリエッティの邪悪な欲望を満足させるには十分な物であった。
「さぁ進もうか鉄人よ! 目指すはアルカンシェル保管庫! ハハハハハハ!!」
スカリエッティの指示を受け、鉄人は炎の海と化した格納庫を行く。この奥の扉、そこが管理局の最強兵器アルカンシェルの格納庫。
アルカンシェルは百数十キロ四方の物体を対消滅させる危険な兵器で普段は格納庫に仕舞い込まれている。その格納庫も万全を期して分厚い特殊合金性の扉によって堅く守られていた。
その前に辿り着いた鉄人は、両手を扉の隙間に差し込み、こじ開けようとする。鉄人の怪力に格納庫の扉は軋む音を立てながらひしゃげていった。
「あいつアルカンシェルを!」
抵抗も出来ずに開かれていく扉にクロノが見たのは抗う事の出来ない力の差。やがて完全に開かれた扉から見えるのは、戦艦が何個も入るような巨大な空間、そしてそこに大量に設置されたアルカンシェル砲台の数々。
現在目立った犯罪もない事から管理局が保有する全てのアルカンシェルがこの格納庫に保管されていると言ってもよい。鉄人は格納庫の中程まで歩くと背中に背負っていた装置を床に置く。
すると下部に設置された杭の様な物がバンカーの要領で床に深々と突き刺さり本体を固定した。鉄人が数字の書かれたパネル部分を押していくと表示盤にデジタル表記の数字が表示されていく。
鉄人が入力しているのはスカリエッティ特製の巨大爆弾の起爆コード。タイマーを30秒にセット、さすがに無敵の兵士と言えど数百メートル規模の爆発に巻き込まれれば無傷といくまいから退避の時間が必要だった。
鉄人は爆弾から少し距離を取ってから床板に拳を振るい、機体が通れるほどの大穴を開けた。これでは爆発のエネルギーが逃げてしまうように思えるが、これだけの規模の爆弾ではそのような心配はない。
仮に多少逃げた所でビルをも吹き飛ばす衝撃波と数千度の熱流は、この規模の格納庫を吹き飛ばすには十分過ぎるほどの威力があるのだ。
巻き込まれては敵わないと言わんばかりに、鉄人は床に空いた大穴から下の階に飛び降りる。その様子を見ていたクロノは今更気が付いたのだ。そう、鉄人に対抗し得る唯一の手段が。
「アルカンシェルが」
「ドカーン!」
スカリエッティの嬉々とした声が船内に響くと同時に、アルカンシェルは猛炎に飲み込まれていた。灼熱の支配する格納庫の中は、宛ら溶鉱炉と言った風情で、溶けた壁やアルカンシェルが床一面に広がっていく。
アルカンシェル砲台の中には、爆風の熱で魔力炉が融点を越えて引火爆発してしまう物もあり、それらが隣の砲台に爆風を浴びせ、ついには連鎖的な誘爆をも生み出していたのだ。
格納庫内の監視カメラは全て爆発で壊れてしまったらしく、司令室のモニターには離れた位置の監視カメラからの映像が送られている。
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書き忘れました規制を食らってしまったので代理投下をお願い致します
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内部の状況は分からないが、炎が渦巻き、今尚爆発が止まないその様を見れば、アルカンシェルの全滅を疑う者はなかった。
それは航行船の中で様子を見ているスカリエッティも同じであったが、もっとも彼の場合抱く感情は落胆ではなく狂わんばかりの狂喜である。
スカリエッティは、モニターをあらゆる位置のカメラ映像に切り替えて、青ざめていく局員の顔を見るのが楽しくてしょうがないと言った様子を見せた。
「ハハハハハハ! 滑稽だな諸君。そんなに怖いかね、この鉄人が」
しかしこれはまだ序の口。本当の闘いはこれから始まるのだ。アルカンシェルさえ破壊すれば鉄人への対抗手段はなくなったに等しい。
だがこのまま終えてしまっては面白くない。折角の余興、どうせならとことん時空管理局を破壊してやろうじゃないか。
この日は歴史に残る日となるだろう。次元世界の守護神たる時空管理局本局がたった一人の犯罪者の手によって落ちた日、その機能を完全に停止してしまう日。
自分をコケにしてくれた者達への復讐にこれほどの物はない。今後語り伝えられる瞬間は目の前にある!
「そう、今日こそが我が宿願成就の時! 後に語られるその名を『時空管理局制止する日』とは今日この日の事よ! ハハハハハハハハ!!」
「そしてその瞬間、我等ナンバーズこの眼に焼き付け、永久の時を過ごしたとしても忘れる事はないでしょう!」
跪き、待望の眼差しで見つめるウーノに、スカリエッティは椅子から立ち上がり、左手を肩に置くと右の手でウーノの顎を持ち上げた。
交わる視線は同じ金色の瞳。自分が作り上げた美しき戦闘機人ウーノ。もっとも愛着を持っている彼女の励ましは、実に気分を高揚させる物だった。
「ウーノ嬉しいよ。そうなればこちらも張り合いが出てくるという物」
「でもドクター、鉄人単騎で管理局を相手にするのはちょーっと厳しいのでは?」
水を差すようなクアットロの言葉にスカリエッティはまだ自分の温もりが残る椅子に座り直した。確かにもっともな意見かもしれない。
さすがの鉄人28号と言えど時空管理局本局の全戦力を相手にすれば、敗北の可能性がないとは言い切れなかった。
しかし強大な力であるからと言って正面からぶつけるのは知恵のない人間がする事である。有り余る力はおとりにもなるのだ。
それは伏兵を忍び込ませるには絶好の隠れ蓑になる。おそらく管理局は伏兵の存在に気がついてはいない。
仮に気が付いていたとしても、鉄人との対決に戦力を集中せざるを得ないから、どうする事も出来ないだろう。
そもそも見つける事など不可能と言っていい。何故ならそれはスカリエッティが作り上げたナンバーズの中でも最も異質な能力の持ち主。
「そうかもしれないねぇ。だが鉄人だけではないよ。なぁセイン」
『はいドクター』
通信をしてきたのは戦闘機人ナンバー6『セイン』その能力は無機物に潜航出来るディープダイバー。直接戦闘力は低いセインだが特殊工作員や偵察員として非常に優秀で、今日も本局の内部破壊の任務を負っていた。
既に本局への潜入を果たして、その内壁を泳ぐセインの背中にはスカリエッティ手製の爆弾が大量に入ったリュックサックが背負われている。小型ではあるが破壊力は抜群でセインの目標を爆破するには十分だった。
セインの目的はあくまで鉄人のサポート。本局の壊滅をより完全な物にして、復旧までの時間を引き延ばす事。本局の動きを止める事は、これからの行動に大きな意味を持つ事になる。
「ふふふ、機人に鉄人。これこそ完璧な陣形。さて、そろそろメインディッシュと行こうか」
スカリエッティが不敵に笑う頃、クロノとエイミィは今だ内部に留まる鉄人の動きを追っていた。モニターに表示される監視カメラの映像が次々に切り替わり鉄人を追跡していく。
進行を留めようと隔壁が展開されるが鉄人の腕力の前にはとても敵わず、引き裂かれ、こじ開けられてしまう。本局の魔道師部隊も鉄人を撃退すべく立ち向かうがいくら攻撃しても装甲に傷一つ付ける事すら出来ない。
色取り取りの魔力弾や砲撃が鉄人に着弾する度、弾け飛んでは光の粒子となって一帯を染め上げていく。その様子は幻想的であったが同時に、本局一面に広がる炎が現実を突き付けていた。
鉄人が通り過ぎた後に残るのは、燃え盛る炎と勇敢な戦士達の血肉。燃える赤と生臭い赤によって管理局は染められていった。
視覚を支配するのは、凄惨なまでの破壊の痕跡。嗅覚を突くのは、炎と亡骸が焼ける匂い。心を支配するのは、威風堂々たる姿で立ちはだかる者への恐怖。
尚も突き進む力に拮抗出来る手段があり得るのか、いいやそんな物は存在しない。ほんの数分前にはあったとしてもそれは既に灰へと姿を変えていた。
-
司令室で見つめるクロノが悔し紛れに拳を握り締める。するとエイミィに巻かれた白い包帯に徐々に赤い血が滲んでいく。
「あいつはどこへ向かって。エイミィ!」
「分かってる! このまま行くと」
先程地上本部襲撃の差にも使われた進路計算シミュレーター。場所を時空管理局本局に設定してエイミィは再び鉄人の進路を予想する。
「このまま行くと……まさか!?」
「どうした! 奴はどこへ!」
エイミィの様子から今日何度目か分からない悪い知らせである事を悟ったクロノは声を荒げた。エイミィは苦虫を噛み潰す様に言葉を発した。
「この本局の中心……メインシステム制御室」
「そんな、まさか鉄人はメインシステムを落とす気なのか?」
時空管理局を機能させるには全ステータスをカバーできる膨大なエネルギーが必要であり、まして宇宙空間に浮かぶ本局は酸素供給等のライフラインを確保するシステムが必要不可欠である。
地上と同じ酸素と重力を生み出し、さらには次元航行艦の発着に、管理局全体の通信機能、レーダー等の軍事的設備。全ての機能を使うには大量の電力とエネルギーを安定供給させるシステムを両立しなければならない。
そしてそれらの管理局が持ち得る全ての機能を統括するのがメインシステムである。生命維持機能、軍事設備、電力供給ユニット、それら設備毎に配された管理ユニットを管理統括するためのシステム。
それが万が一破壊されれば、一時的にではあるが管理局のシステム系統が完全停止する事を意味していた。もちろん制御用のサブユニットは用意されているのだが。
「そう、サブユニットの破壊はセインの出番と言う訳だ」
スカリエッティの戦略は、まず鉄人がおとりも兼任してメインシステムを破壊。その後も各設備の管理システムや重要施設等を攻撃する。その間にセインがディープダイバーを生かして発見されずにサブシステムを爆破。
たった2人で行う作戦だが、それには理由があった。まず第1に鉄人が内部に侵入したとなれば、当然これを撃破しようと全戦力が集中するからセインの存在が気取られる可能性はかなり低い。
第2に如何に戦力を集中しようと魔道師の攻撃で鉄人が破壊される可能性は極めて低く、全戦力を長時間鉄人に釘付け出来て、且つ攻撃に居も解さず破壊行動の継続が出来る事。
第3にセインの能力ディープダイバーは無機物の中を潜航する事が出来る。つまり目視による発見は非常に困難で、鉄人への戦力集中と合わせて手薄となった本局の至る所に移動出来る事。
如何にセキュリティーが厳しくとも壁の中を進まれては対応出来ないし、さらに鉄人に戦力を割かねばないから警備は当然手薄になり、セインに入れない場所はないと言っていいだろう。
万が一セインが局員に発見されてもディープダイバーで壁の中に逃げ込めばいいし、鉄人を救助に回す事も出来る。
これが下手にナンバーズ全員を投入してしまうと複数人が同時に捕らえられた時、救助が間に合わない可能性が高い。つまりこの作戦はセインと鉄人二人で行うのが一番効果的なのである。
そしてスカリエッティの思惑通り、本局は鉄人の対応に追われセインの存在に気付く事はなかった。
「最強の切り札だからと言って、単独で使うほど愚かな行為はない。それのサポート、さらに見合った戦術と運用と言う物があるのだよ」
逃げ惑う魔道師たちに問いかけるようにスカリエッティは実に愉快そうな笑みを浮かべていた。たった二人に落とされるというのはどんな気分か。
きっと煮え返るほど悔しいに違いない。反面それを見る襲撃者の表情はまるで子供の様に喜んでいるのだ。
「こんな事が……本局がたった1機に翻弄されるなんて」
しかし襲撃を受けている当人にとってはたまった物ではない。エイミィ・ハラオウンはただ呆然と鉄人が本局を破壊していく様子を見つめる事しか出来なかった。
壁を壊し、床を抜きながら鉄人が目指すのはメインシステム制御室。巨大なマザーコンピューターが置かれた空間は、システム警護のために配置された魔道師数十人が滞空して尚余裕のあるほど巨大な物であった。
時空管理局の全設備、全データを統括し管理するためにはこの規模の制御ユニットでなければ対応する事が出来ないのである。
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