■掲示板に戻る■ ■過去ログ 倉庫一覧■
【SS】しおめぐカレンダー
-
"5月の風に揺れる木漏れ日
翠い木々にそっと手を伸ばそう"
"少しずつ日が短くなっていく9月
夏の終わりの寂しさをこのメンバーと一緒に噛みしめよう"
-
1年は12ヶ月で、あの時の私たちは12人だったからでしょうか。私はそう思っているんですが、あの方に唐突に聞かれたんです。
「栞子ちゃんって、自分は何月担当だと思う?」
担当ってあるものなんでしょうか。考えたこともなかったので、聞き返してしまいました。
「誕生月は10月ですが……、それでいいでしょうか」
「うーん、そうじゃなくてね、1年間の歌を作ろうかなって思ってて、みんなどこを歌いたいかなって」
なんだか申し訳無さそうに、少し目線を外しながら笑っているあの方を見ると、こちらもきちんと答えなければと思った次第です。
「少し考えてきてもいいでしょうか」
-
しお?
-
私の部屋にもカレンダーはあります。たいていどこの部屋にもひとつはかかっているものではないでしょうか。あるいは卓上のものが机の上に。
とは言ってもあらためてまじまじと見つめることはなかなか無いものでした。
スケジュールは逐次連絡が来ますし、スマホで完結しています。
そんなこともあって、あの時までは月のはじめに1枚めくる部屋のインテリアくらいに思っていましたから。
-
自分の気持ちが変われば、見える景色も変わってくる。そのことを感じられたのがこの一件でした。
今までよりずっと具体性をもって、私はただそこにあるものを眺めていました。
時間の流れを目に見えるものにする、そのスケールが1年という単位である、これらの性質を持ったものとして。
今を通じてその先の、時間というものを捉えうる存在として。
-
大きく視点をとった時、区切られた時間そのものより、そこへ移ろいゆくことのほうが私の琴線に触れました。
特段、夏への、夏からの。
木々が翠を宿し、己の生命力を表出させる季節。そこへ至り過ぎ去ってゆく時節。
変化に惹かれるものがありました。たとえそれがのぼりであってもくだりであっても。
夏のあわい。
それが私の答えです。
-
「5月か9月?わかったけど」
ひとつに絞れなかったことは少し申し訳なく思いましたが、私は熟慮の上でたどり着いた結果ですのでそのままお伝えしました。
ですがあの方は若干引っかかっているようでした。
「だいたいみんなに聞くと、こうわかりやすくイベントのある月とか選んでくるもんなんだけどね」
また少し申し訳無さそうな笑顔で聞かれました。
「遠慮してない?選ぶ人が少なさそうなところを選んだり、バランス取ろうとしたりしなくて大丈夫だよ……?」
まだまだ私という人間の理解が浅かったようですね、私はこういったところで遠慮はしませんよ。
-
今になっても、カレンダーを見るとずっと前のこういった出来事たちを思い出します。
休みなく流れていく時間の中で、ずっと慌ただしくしている私たちですから、立ち止まってなにかをじっと見つめること自体珍しいことになっている気もします。
そうであればこそ、結びつき、思い起こされる過去が鮮明になっているのではないかとも思います。
-
ですが鮮明であるのはその当時の自分の姿だけ。その時点で曖昧であったら、それを今見返したところで曖昧なんです。
夏そのものに当てはめられる人は私ではない、そう思うに至ったのはどうして?
すでにその場に先客がいたからではなくて?
今となっては知る由もありませんが、それももう些細なことです。
-
自称夏ガール、あの時すでに私は彼女を知っていました。
「この藤島慈を差し置いて、夏が似合いますなんて言わせないから!」
いったいなにに対してそんなに高々と宣言しているのかまったくわかりませんでしたが、妙な納得感があったのもまた確かです。
「他のスクールアイドルの曲をカバーする時はね、夏曲がめぐちゃんの担当なんだよ」
「夏めきペインって曲を作ってね、これがもう夏って感じ!聴いてくれた?」
私の中の夏のイメージに彼女が合致していたからでしょうか、自然な成り行きの中にあるように感じていました。
時間は過ぎ去って行きますが、季節は巡ってまた戻ってきます。
それってちょっとずるいです。
-
カレンダーを眺めることが増えてしまったのかもしれません。特に写真やイラストがあるものでもないのですが。
目に見える形に組み立てられた時間を、その中の特定の時間を、待ちわびているところです。
日付に丸をつけてみました。
無機質な格子の中に、花が咲いたように思います。
いったんそうなってしまえば、あとは吸い込まれてゆくだけです。視線が、気持ちが。
らしくないのかもしれません。でも事実そうなんですから、仕方ありませんよね。
-
卒業後に会う機会もありました。それこそ何度も。
その度に今のように気持ちが浮ついていたと思います。
ですが今回は、その今までともまた少し違うのです。
今まではある程度の期間こちらにいましたし、そもそも帰国する理由が他にありました。
いくら学生でなくなったとはいえ、そう簡単に日本とアメリカを行き来はできませんし。
そんな中でも私との時間を作ってくれる、その嬉しさが日々を照らしてくれていました。
-
でも。でも今回は、私のためだけに帰ってきてくれるんです。
様々なもので容易く埋まってしまう時間という器を、私のためだけに空けてくれるんです。
ですから、そのピンポイントの帰国の日を、慈さんから伝えられたなんでもない夏の日を、花にして咲かせておきたかったんです。
そして私はその花を眺めていました。光陰に抗える花を。
-
あと1日寝れば、もうすぐだな、今日はもう寝ちゃいましょうか、そんなことばかり考えていた時でした。
机の上で、海の向こうからの言葉を預かっていることを振動で伝えようとしてくれているものがありました。
「ねー、ちょっと外出てみて、玄関からだよ」だそうです。
なんでしょう、空でも見上げさせられるんでしょうか。ひとつ同じ空の下というベタなやつですね。
別に断る理由もありませんから、スマホカメラを準備しつつ外に出ました。
-
「やっほ、ただいま」
いるはずのない待ち望んでいた人がそこにはいました。
完全に不意を衝かれ、しばらく喋ることも忘れていました。
ようやく絞り出せたのは一番の疑問です。
「どうしてもうこちらに?」
「日本時間で日本時間との時差考えてたから教える日付1日ズレちゃった」
「だからね、今日泊めて!」
-
まったく意味がわかりません。どうしてこれで今まで生活できていたんでしょう。
「日本帰ったあとのことばっかり考えてたからつい、ね」
本当にしょうがない人です。こういう心憎いフォローがさらっと出来てしまうところも。
「別に本来明日は泊めるつもりだったので、準備は出来ていますけど……」
「さすが栞子ちゃん」
-
「カレンダーに印つけてくれたの?そうかそうか、そんなにめぐちゃんに会いたかったか」
こういうことに関しては本当に目ざといと思います。そんなに目立つものでもないと思うんですけどね、これ。
「誰かさんのせいで意味のない印になりましたけどね」
「ならカレンダーを今に合わせればいいよ」
そう言いながら彼女は今日の日付、穴が空くほど見つめてきた日の1日隣を丸く囲っていました。
「ほら、ばっちり。こっちの方が楽しい時間が長くていいでしょ」
-
こうして期せずして花は2輪になりました。
時の荒野に寄り添うように咲く2輪の花。
それはまるで——
-
おわり〇
ありがとうございました
-
しおめぐすこ
-
良い話
-
しお?
-
ちぇーい👶
-
めぐ?
-
相性良いな
■掲示板に戻る■ ■過去ログ倉庫一覧■