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【SS】かのん「ホストクラブ虹ヶ咲」
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以前投稿したSSを大幅に加筆、修正し、ストーリーを大きく変えたものです。
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期待
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おお
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期待
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かのん「ホストクラブ虹ヶ咲!?」
可可「そうデス!」
大学の講義を終え、可可ちゃんとお茶していると、唐突にそのホストクラブの話はもたらされた。
かのん「ホストクラブって……可可ちゃん、本気で言ってるの!?」
可可「はい! 可可、スクールアイドルに会いたいのと同じくらい、日本のホストクラブに行ってみたかったのデス!」
かのん「そうだったんだ……」
かのん(可可ちゃんて、意外と女好きだよね……)
可可「というわけで今から行きましょう!」
かのん「え、私も!?」
かのん「私はいいよー、ホストクラブってガラじゃないしさ、ちょっと怖いし……」アハハ
可可「実は可可も少し緊張していマス。でもかのんと2人ならきっと大丈夫デス!」
可可「さあ行きましょう!」グイッ
かのん「ええええ!?」
そこからの可可ちゃんの勢いは凄まじかった。
私のささやかな説得も抵抗も虚しく、私の手を引っ張った可可ちゃんは、瞬く間に私をその場所に連れて行った。
私にとって夢と至福の場所。
そして悲痛と絶望の場所。
ホストクラブ虹ヶ咲に。
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「いらっしゃいませ。ホストクラブ虹ヶ咲へようこそ」
ダークスーツに身を包んだスタッの女の子が、柔らかな笑顔で迎えてくれた。
ネームプレートには「侑」と書いてあった。
照明を抑えた暗い店内。その奥へと案内される。
可可ちゃんが「おお……」と声を漏らしたのが聞こえた。
私もゴクリと唾を飲み込む。
本当に来てしまった。
通された広いフロアでは、黒いスーツをビシッと着こなしたホストの女の子たちが客の女の子たちをもてなしていた。
あちらこちらの席で楽しそうな喋り声、甘えるような声、吐息のような囁き声がした。
ホストの女の子は皆驚くほど可愛い女の子だった。
フロアを妖しく照らす光の効果も相まって、日常とは切り離された異世界に迷い込んでしまったかのように私には感じられた。
心臓の鼓動が速くなるのがわかる。
「お席こちらです」
侑さんに案内され、私たちは大きな黒いソファに座った。
上等な皮でできていそうな、ピカピカで座り心地の良いソファだった。
「可可ちゃん、本当に大丈夫かな……?」
「かのん、今更何を言うのデスか。ここまで来たら楽しみましょう!」
可可ちゃんは両腕を振って言った。随分興奮しているようだった。
「いらっしゃい。隣いいかしら?」
「ちっすー! 隣いいかな?」
私たちの席に2人のホストが来てくれた。
2人ともスタイルの良い美人だった。
「え、あ、はい……!」
緊張のあまり裏返り気味な声を出してしまう。
2人のうちギャルっぽい金髪の女の子が私のすぐ隣に座った。
「私、宮下愛! よろしくね!」
「はい、よろしくお願いします……」
愛ちゃんが元気で明るい性格であることはすぐにわかった。
ただ、ヤンチャしているギャルの雰囲気もあって、私の周囲にはあまりいないタイプだと思った。
自然と体が怖気付いてしまう。
「怖くないよ!」
「あ……」
「名前なんて言うの?」
「えっと、かのんです……」
「かのん! 可愛いね!」
愛さんは私の心を見透かしたように、優しい笑顔を向けてくれた。
それは私の胸の隙間にスッと差す光のようで。
「とりあえず1杯飲もうよ!」
「はい……!」
私たちはグラスで乾杯する。
チャリンと、新しい扉が開く音がした。
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さすがホストと言うべきか、愛さんはとても話が上手だったし、こちらの話を引き出すのも上手だった。
たった20分ほどの時間で、私はすっかり愛さんと打ち解けていたし、クスクスと笑いが絶えなかった。
「愛だけに!」
「あはは、またダジャレですか!」
私はツッコミを入れる。
こんな綺麗な女の子が自分のためだけに話を盛り上げて、自分だけを楽しませてくれる。
良い気分にならないわけがない。
「それじゃかのん、今日は楽しんでってね!」
時間が来た愛さんは、最後にまた元気な笑顔を見せてくれた。
太陽みたいな人だなと私は思った。
「はい、ありがとうございます」
名残惜しさもあったが仕方ない。
私は席を立った愛さんを見送ってから、グラスをゆっくりと傾けて余韻に浸った。
楽しいひとときだった。
これがホストクラブというものか。
可可ちゃんの方を見ると、女の子とパンダの話で盛り上がっていた。
「果林、これ見てくクダサイ! うちにあるやつなんですけど……」
「あら、可愛いわね。でも一緒に映ってる可可ちゃんが可愛過ぎて、そっちに目がいっちゃったわ」
「もうっ! 果林ったら、何言ってるんデスか!」
可可ちゃんと話してる女の子は随分と色気のある美人さんだった。
可可ちゃんの頬もいつもになく緩んでいる。
私はもう一度グラスに口をつけてから、店内を見渡してみた。
店内は夏の草原の夜空のようにキラキラと輝いていた。
それはここにいる人だけが知っている秘密の空間のように感じられた。
他のお客さんの方を見ると、どのテーブルにも唸るほど可愛いホストの子がついていた。
「コペ子ー、いつもありがとね!」
「ううん、今日はかすみんに売上1位取って欲しくて」
「コペ子……! 嬉しいよ! コペ子のためにも頑張るね!」
「うん! かすみんは私の希望だから!」
「璃奈、今日も可愛いね」
「浅希ちゃんいっつも褒めてくれる」
「当たり前じゃん! 本当のことだもん!」
「璃奈ちゃんボード、テレテレ」
「よーし、ドンペリいっちゃうよー!」
「浅希ちゃん、そんなに飲んで大丈夫なの?」
「わざわざお店に来なくても、いつでも会えるのにー」
「だって、スーツ姿のお姉ちゃんカッコいいんだもん!」
「遥ちゃん、嬉しいこと言ってくれるねー」
「今日はお姉ちゃん独り占めしちゃうからね!」
ホストの子と親しげに話す常連のお客さんも結構いるようだった。
あの人たちは今までにいったいいくら使ってきたのだろう。
日々慎ましく暮らす自分とはまるで違う世界に住む人たちだ。
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確かに綺麗な子に接客してもらうのは悪い気はしないし、愛さんとの会話はとても楽しかった。
だが、だからと言って大金を払って通い詰めるというわけにはいかない。
私には普段の私の生活があるし、将来のために頑張りたいことだってある。
今の楽しかったひとときは、甘い思い出の一つとして胸にしまっておけばいいのだ。
「ご一緒していいですか?」
不意に声をかけられる。
次のホストの女の子が来たのだ。
見るとそこには息をのむほどの美女が立っていた。
「あ、はいっ!」
私はまたなんとも間抜けな声を出してしまった。
私の体を再び強い緊張が支配していくのを感じる。
「上原歩夢です。よろしくね!」
黒スーツにピンク色のネクタイをしたその子は、ニコッと笑ってから私の隣に座った。
またとびきり可愛い子が来てしまった。
「よ、よろしくお願いします!」
「ふふっ、緊張してる? リラックスしていいんだよ」
「こういうお店、初めてなもので……」
「お名前聞いてもいいかな?」
「か、かのんって言います」
正直に言えば、歩夢ちゃんは私のタイプだった。
それもただタイプというだけではない。
私の理想とする女の子のイメージを歩夢ちゃんは超えてきたのだ。
しかも心なしか、愛ちゃんの時より歩夢ちゃんとの物理的な距離はうんと近かった。
これで緊張しないはずがない。
「かのんちゃんね! 今日はお友達と一緒に?」
「はい、よくわからないまま連れてこられてしまって……」
「そっか! でもせっかくだから、かのんちゃんにも楽しんでって欲しいな。まずはリラックスだよ!」
「はい!」
「敬語じゃなくていいよ」
歩夢ちゃんは可憐に咲いた花のように笑った。
その笑顔は不思議と心を和ませ、体の強張りをほぐしてくれた。
人を安心させてくれる雰囲気が歩夢ちゃんにはあった。
「それじゃ、乾杯」
私と歩夢ちゃんのグラスが触れる。
私の目は歩夢ちゃんに釘付けだった。
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「私と侑ちゃんもずっと一緒なの」
「へー、歩夢ちゃんたちも!」
「幼馴染っていいよね!」
「うん! 昔のこともいろいろ話せて楽しいよね!」
私と歩夢ちゃんはお互いの好きなこと、最近の出来事、幼馴染の話なんかをした。
私が歩夢ちゃんのことを知りたくてたくさん質問していると、歩夢ちゃんも同じように私に質問してくれた。
そして私が話し出すと、歩夢ちゃんはその一言たりとも聞き逃すまいと、真剣に私の言葉に耳を傾けてくれているのがわかった。
それが堪らなく嬉しかった。
「私とちぃちゃんは毎年一緒に海に行くんだけど……」
私がちぃちゃんとのエピソードを話し始めたその時だった。
「なんでよ! 意味わかんない!」
どこからか怒号が飛ぶ。私は驚いて口をつぐんだ。
向かいのテーブルのお客さんだった。
「璃奈、今日は私とアフター行ってくれるんじゃなかったの!?」
「ごめん、行けなくなっちゃって……」
「行けなくなったって何!? 他の人と行くことになったんでしょ!?」
「うん……」
「何よそれ! 私はどうなったってもいいの!?」
フロアはしんと静まり返った。
そのお客さんは顔を真っ赤にしてホストの子を睨んでいた。
「そんなことないよ。でも浅希ちゃんとはこの前アフター行ったよね? だから……」
「やだやだ! 璃奈と一緒にいたいよー! 一緒にいてよー!」
「今度美味しいもの食べに行こ?」
ホストの女の子が宥め、そこに侑さんも駆けつけた。
「あれがホス狂いって言うのかな」と私は思った。
なんとなく話は聞いたことがあったけど、実例の痛ましさたるやなかなかのものだ。
「ここまで入れこんじゃったらダメですよ」と言う見本のようだった。
「ごめんね、ビックリしちゃったよね」
歩夢ちゃんが申し訳なさそうに言った。
歩夢ちゃんが謝る必要なんて全くないのに。
それから私たちは話の続きに戻り、お互いの幼馴染観を語り合った。
歩夢ちゃんが私の話にクスクスと笑ってくれたところで、侑さんが歩夢ちゃんに声をかけた。
「あ、もうそんな時間? そろそら行かないといけないみたい」
「そっか……」
「ふふっ、かのんちゃん、今日はお話できてとっても楽しかったよ!」
「私もだよ、歩夢ちゃん!」
「またお話できたら嬉しいな!」
その満面の笑顔に胸が高鳴った。
やっぱり歩夢ちゃんは可愛い。
そして、私と歩夢ちゃんの間には特別な何かが生まれたように私は感じた。
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初めてのホストクラブ体験は、私の日常にある種の活力を与えた。
その想い出があることで、日々に新たな彩りが加わり、より生き生きと活動できているのだ。
そして、それに向かって頑張ろうとも思えた。
お店の手伝いも終わったある日の夕方、私は可可ちゃんに電話をかけ、またホストクラブに行かないかと誘った。
可可ちゃんは「もちろんいいデスよ!」と答えた。
可可ちゃんもこの前は、カリスマNo.1ホストと名高いせつ菜ちゃんと話せて、随分とご満悦だったのだ。
「でもかのんも結構ハマったんですね!」
待ち合わせ場所に来た可可ちゃんが言った。
「まあね」
私は照れ笑いをする。
もっともホストクラブにハマったわけじゃなくて、ただ歩夢ちゃんに会いたいだけなんだけどね。
ホストクラブ虹ヶ咲に到着すると、前回と同じように侑さんが迎えてくれた。
「2人ともいらっしゃい。この前は楽しんでもらえたかな? 気になった女の子がいたら、指名もできるよ」
「あ、じゃあ……歩夢ちゃんで……」
「かのんちゃんは歩夢ね、オッケー!」
私は小さく息を吐いた。
人生初めてのホスト指名。
これでまた歩夢ちゃんに会えるのだ。
「可可ちゃんは?」
「せつ菜さんでお願いしマス!」
「オッケー、せつ菜ちゃんだねー!」
侑さんは当たり前のように私たちの名前を覚えてくれていた。
そしてフロアまでのエスコートも細かな配慮が行き届いているように感じられた。
歩夢ちゃんも凄いけど、幼馴染の侑さんも凄いな、と私は思った。
席についてから少しすると、待ち焦がれたその子が来てくれた。
「ご指名ありがとう! また会えて嬉しいな、かのんちゃん」
優しい微笑みが私を照らす。
ふわりと歩夢ちゃんのいい匂いがした。
「私も嬉しいよ! 歩夢ちゃん!」
すぐ隣ではせつ菜ちゃんが可可ちゃんに挨拶していた。
可可ちゃんの再会を喜ぶ声が聞こえる。
また格別な時間が始まるのだ。
私と歩夢ちゃんは乾杯した。
私が歩夢ちゃんの髪型を褒めると、歩夢ちゃんも私のことを褒めてくれた。
それからゆっくりと会話を楽しんだ。
私も2回目の来店でお店のシステムや雰囲気にも慣れてきていた。
今回は少し余裕を持って歩夢ちゃんと接することができている気がする。
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「それでなんとか助かったんだけど」
「うんうん」
「椅子に縛られてた時はどうなるかと思ったよー!」
「ふふっ、大変だったね!」
歩夢ちゃんを笑わせたことに満足しながらグラスに口をつけると、侑さんが歩夢ちゃんに声をかけた。
「ごめんね、ちょっと行ってくるね!」
「あ、うん……」
「また後で。楽しんでね!」
歩夢ちゃんは他のお客さんのテーブルに行ってしまった。
私は取り残された荷物のような気分でテーブルの一点を見つめていると、少し離れたテーブルから声が聞こえてきた。
「歩夢ちゃん!」
「今日子ちゃん、こんばんは!」
「今日もとっても可愛いよ! 歩夢ちゃん!」
「ありがと!」
「クッキー焼いてきたんだ。良かったら食べて!」
「わぁ、可愛いっ! いつもありがとう!」
聞きたくもない会話が聞こえてくる。
「やっぱり歩夢ちゃん人気なんだ」と私は思った。
他の人と指名が被ったら、当然、私だけが歩夢ちゃんと過ごすことはできない。そんなことはわかっている。
でも、近くで他のお客さんと歩夢ちゃんが楽しそうに話しているのは辛い。
私がもっと歩夢ちゃんと話したいのに。
他のテーブルの様子を意識の外に置きながら次の女の子が来るのを待っていると、お客さんが私のすぐ向かいのテーブルに案内された。
「あ、梨子ちゃん! 久しぶりじゃん!」
そのお客さんに侑さんが親しげに声をかける。
「ごめんね、最近忙しくて、なかなか来れなかったのよ。とりあえず空いてる子みんなつけてもらえる?」
「もちろん! みんな呼んでくるね!」
侑さんがそう言って席を離れてから、そのお客さんの席に1人、また1人と女の子が座った。
みんなその人とは顔見知りみたいだった。
「あ、梨子ちゃんー」
「梨子さん、お久しぶりです!」
「梨子ちゃーん!」
その人の左右に3人ずつ女の子が座る。
とんでもない高待遇だ。
お店の太客というやつだろうか。
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「とりあえずこれで1番高いの持ってきて!」
その人はそう言いながら、まるで新品のバッグの中から緩衝材を取り出すみたいに、無造作に札束を出してテーブルに置いた。
「オッケー! みんなで思いっきり盛り上げちゃうよ!」
侑さんは張り切って言った。
たくさんの女の子に囲まれているその女性は満足そうに笑っていた。
周りの様子からしても、躊躇なく大金を出すのはいつものことなのだろう。
あの人は間違いなく、ホス狂いにして、このお店のエースなのだ。
「ああなったらおしまいだな」と私は思った。
「侑ちゃん、この後空いてる? またアフターでピアノ教えてあげるわよ」
「本当!? じゃあ教えてもらおうかな」
「侑ちゃん上達早いから、私が手取り足取り教えてあげれば……」
そう言いながら、その人は侑さんの体にベタベタと触っていた。
当然お触りなんてあってはならないし、そもそも侑さんはホストではなく内勤のスタッフさんだし、もはや何が何だか私にはわからなかった。
「はーい、今日子ちゃん! ドンペリだよ!」
ホストの子がニコニコしながら歩夢ちゃんのいる席にボトルを運んだ。
突然の高級ボトルの登場に驚いた私は、気になって聞き耳を立てた。
「今日子ちゃん、いつもいいの頼んでくれてありがとね」
「ううん、歩夢ちゃんといるのが楽しいから!」
その様子から、そのお客さんがこれまでも高級ボトルを注文してきたことが伺えた。
私は心の中で唸る。
歩夢ちゃんを応援するためには、売上に貢献しなければならない。
悔しいけど、あの人は歩夢ちゃんに貢献できているということだろう。
私も、頑張らないと。
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それから私はホストクラブ虹ヶ咲に通うようになった。
可可ちゃんと一緒に行くこともあれば、1人で行くこともあった。
「ちょっと出かけてくるね!」
暗くなってからそれだけ言って家を出ようとすると、ありあが慌てるようにドタバタと私のところにやって来た。
「ねぇ、お姉ちゃん……出かけるって、もしかしてまたホストクラブ?」
ありあは心配そうに言った。
眉間に薄らと皺が寄っている。
「そういうとこ、あんまりハマり過ぎない方がいいんじゃ……」
ありあの声はいつもになく元気がなかった。
少しの沈黙が流れる。
「心配しなくても大丈夫だよ。そんなんじゃないから」
「でも……」
「行ってきます!」
「あ……」
ありあは何かを言いかけていたが、私は構わず扉を閉めた。
ありあは本気で私を心配してくれていたようだったが、まったく余計なお世話と言うほかない。
ホストクラブと聞いて変な印象を持つのはわかる。
だがそれは、そのものを知らないが故の先入観に過ぎないのだ。
虹ヶ咲はありあが心配するような場所ではないことは、私がよく知っている。
お店の前まで来ると、同い年くらいの2人組の女の子がコソコソと話しながらお店の方を見ていた。
どうやらホストクラブが気になってここまで来たのはいいものの、その扉を前にして最後の勇気を必要としているようだった。
「どうしよう、どうしよう」と楽しそうにはしゃいでいる。
私は、私と可可ちゃんが初めてお店を訪れた時のことを思い出した。
初々しい2人を尻目に、私は若干の先輩風を吹かせながら、先にお店に入った。
一歩踏み出せば素晴らしい世界が待っているんだから、君たちも早くおいで。
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侑さんは私の顔を見ると、すぐに歩夢ちゃんを呼んでくれた。
「今日もありがと。かのんちゃん」
「ここ最近は、歩夢ちゃんが私の癒しだよー!」
「ふふっ、そう言ってもらえて嬉しいな」
歩夢ちゃんの顔を見て私はホッとする。
かつてはあれほど緊張していたこの空間も、今や私の安らぎの場となっていた。
「歩夢ちゃん、シャンパンいこうよ!」
「え、いいのー? じゃあ飲んじゃおっか!」
洒落たデザインのボトルが運ばれ、シャンパンが注がれる。
私と歩夢ちゃんは静かに乾杯した。
私を心地よい淡い空気が包んでいく。
ワイングラスの煌めきが、ソファの革の質感が、
何もかも私には特別なもののように感じられた。
いつものように歩夢ちゃんとの会話は弾み、追加したボトルも飲み干したところで、侑さんがマイクを握って話し始めた。
「さあそれでは、本日の売上1位を発表致します!」
フロアが沸き立ち、侑さんに注目する。
「あ、もうそんな時間なんだ」 と歩夢ちゃんが言った。
私は両手をぎゅっと握りしめた。
いよいよ今日の売上発表だ。私も高めのボトルを注文したし貢献できたと思うがどうだろうか。
「本日の売上1位は……」
侑さんの少しの溜めに私は唾を飲み込む。
お願い。
「かすみちゃん!」
侑さんがそう言うと、向かいのテーブルのかすみちゃんが「やったー!」と言って立ち上がり、その場でピョンピョンと跳ねた。
「やったーコペ子! ありがとう!」
「やったね、かすみん! 私もすごく嬉しいっ!」
「コペ子のお陰だよー!」
かすみちゃんは嬉しそうにお客さんに抱きついた。
お客さんは驚いてから、顔を赤らめ、視線を落としていた。
あんなことされたらそりゃ堪らないな、と私は思った。
「それでは1位のかすみちゃんに1曲歌って貰いましょう、Poppin' Up!」
かすみちゃんはステージに立ち、フロア中の歓声を受けながら元気に歌った。
それまで隣にいたお客さんは、高名な画家による完成したばかりの絵画を眺めるみたいに、有り難そうに目を細めながら、かすみちゃんの歌声に浸っていた。
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「ごめん歩夢ちゃん、私の力不足で……」
私はあのステージに立つ歩夢ちゃんを思い浮かべた。
私はもっと頑張れたはずだったのに。
「何言ってるの? かのんちゃんが謝ることじゃないよ!」
「でも、歩夢ちゃんを1位にしてあげたかったのに……」
「ふふっ、かのんちゃん、ありがと!」
歩夢ちゃんは向き直り、項垂れる私の顔を覗き込んだ。
「でもね、1位を取ることも大事だけど、今の私はお客さん1人1人との時間を大切にしたいって思うんだ。だから、こうやってかのんちゃんとお話するのが楽しい時間になれば、私は幸せなの」
そう言ってにっこりと笑った。
やっぱり歩夢ちゃんは健気でいい子なんだ。
心の底からそう思った。
「かすみん! 今日も最高の歌だったよー!」
向かいのテーブルから歓喜に沸く声が聞こえてくる。
「えへへ、ありがとっ!」
「今度のイベントでも絶対1位取ろうね!」
「そうだね! 取れるといいなー!」
「イベント?」 と私は歩夢ちゃんに聞いてみた。
「うん、今度お店の1周年イベントやるんだ。イベントの日はフルメンバーでお客さんもたくさん! シャンパンタワーもたくさん出て、賑やかで楽しいよ!」
「へー!」
「最後に売上1位の子はスペシャルライブもやるんだ!」
「そうなんだ。じゃあその日こそ1位取りたいね!」
「イベントの日はみんな本気だから難しいよー」
歩夢ちゃんは首を横に振りながら言った。
「No.1のせつ菜ちゃんもいるし、他のみんなもどんどん高いボトル入れていくからね」
それから歩夢ちゃんは少し目を伏せて。
「それに私、イベントの日に1位取れたこと、まだないんだ……」
そのポツリと呟いた一言が、私の中の何かを猛烈に燃え上がらせた。
さっきまでの落胆が嘘のように、気持ちが高揚していく。
無意識に歩夢ちゃんの手を握っていた。
「かのん……ちゃん……?」
私の目力にきょとんとする歩夢ちゃん。
「この子を絶対1位にしてあげないといけない」と私は思った。
今度のイベント、私も本気で参戦しよう。
その時こそ、歩夢ちゃんに輝かしい舞台をプレゼントするのだ。
そんな決意を固めたところで、今夜も時間が来てしまった。
私は会計を済ませ、歩夢ちゃんに見送られながらお店を後にした。
家に帰ると、すでに明かりは消えており、家族は寝静まっているようだった。
廊下を忍び足で歩いていると、急に現実に引き戻されたような感覚になった。
今いったい何時なのか検討もつかなかった。
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歩夢ちゃんに1位を取ってもらうため、私はそれなりの準備が必要だった。
売上に貢献できるだけの資金を、それも短期間で用意しなければならない。
連日のホスト通いで私の所持金は目に見えて減っていた。と言うより底を突いていた。
「ねぇ、ちぃちゃん。お願いがあるんだけど……」
私は家のカフェに遊びに来ていたちぃちゃんに切り出した。
「どうしたの?」
マンマルに話しかけていたちぃちゃんが振り向き、私の顔を見てから少し首を傾げた。
「お金、貸してくれない……?」
「え……」
「お願いっ! この通り……!」
私は手を合わせてちぃちゃんにお願いした。
ちぃちゃんはしばらく黙っていたが、私が顔を上げるとゆっくりと口を開いて。
「もしかして、ホストクラブ?」
その声にはいくらか悲しげなトーンが含まれているように私には感じられた。
「いや、その……」
図星を突かれた私が答えに窮していると、ちぃちゃんは「はぁ……」 とため息をついた。
「私、かのんちゃんが本気で困ってるなら、お金なんていくらでも渡すよ? でもホストに貢ぐためってことなら、貸せない」
ちぃちゃんは厳しい表情で私に言った。
「ちぃちゃん聞いて。ホストって聞いて思うところはあるかもしれないけど、貢ぐとかそう言うんじゃないの! 私はただ歩夢ちゃんを応援したくて……」
「かのんちゃん、冷静になってよ」
ちぃちゃんは怒りとも悲しみともつかない視線を私に向けていた。
私はそんな幼馴染の視線を受けたのは初めてだった。
「今まで一体いくら使ったの? お金借りてまで行くべきものなの?」
ちぃちゃんは淡々と言った。
その質問はどこまでも無機質で、容赦のないもののように私は感じた。
「気付いてる? かのんちゃん、もう立派なホスト狂いだよ」
「違うもん!」
「ねぇ、かのんちゃん!」
語気を強めて私を見つめるちぃちゃん。
でもね、本当に違うから。
「ごめんね。ちぃちゃんにはわからないよね」
ちぃちゃんが帰ってから私は深い溜め息をついた。
正直、ちぃちゃんがお金を貸してくれるかどうかは私には予想がつかなかった。
でも、これほど何の理解も得られなかったことに私は落胆していた。
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ちぃちゃんはホストクラブに行ったこともなければ、虹ヶ咲がどんいう場所かもまるで知らないのだ。
ならばこれまでのどこかのタイミングで、ちぃちゃんもお店に誘えば良かったとも思ったが、あの様子ではそれも断られたかもしれない。
「貢ぐとか、本当にそんなんじゃないのに」と私は呟いた。
私はあくまで頑張る歩夢ちゃんを応援したいだけだ。
それにこれほど私の心を満たし、人生に彩りを与えてくれる歩夢ちゃんに、それなりの対価を支払うのは当然のことではないか。
今度のイベントで歩夢ちゃんを1位にしてあげなければならない。
もはやそれは私の義務なのだ。
私は怪訝な表情を浮かべるマンマルと目が合った。
「そうだよね? マンマル」
私は1位を獲得した歩夢ちゃんの喜ぶ姿を想像する。
満面の笑みと、もしかしたら涙も見せるかもしれない。
そしてフロア中の喝采を受けながらライブを披露するのだ。
ライブが終わると、頬を赤らめながら「かのんちゃん、ありがとう!」と私に言ってくれる。
私は「おめでとう、歩夢ちゃん!」と言って、2人で祝杯をあげる。
それから歩夢ちゃんは私に言うのだ。
「私気付いたの……いつも1番近くで応援してくれてる、かのんちゃんへの気持ちに……」
歩夢ちゃんの瑞々しい唇が私に迫る。
「うわああああああ!」
そこまで想像して私は身を悶え、頬を手で擦った。
「なななんてね! そんなことになっちゃうこともあるかもね!」
考えるだけで頬がクリームみたいにとろけていく。
幸せと言うのはつまりクリームがたくさん詰まっていることなのだ。
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イベント当日は夜になるのが待ち遠しかった。
この日のために私なりに準備したのだ。
お金は恋ちゃんとすみれちゃんから無理言って貸してもらうことができた。
すみれちゃんは最初は首を横に振ってたけど、「それじゃあ、きな子ちゃんに頼もうかな」と呟くと、慌てるようにそれを止められ、結局貸してくれた。
日が暮れると、私は可可ちゃんと待ち合わせをして虹ヶ咲へ向かった。
「可可も今日は楽しみにしていマシタ!」
可可ちゃんの目もいつもになく真剣だった。
「今日はお互いライバルだね」って笑い合って。
お店に着いて、案内されたソファに座ると、侑さんがマイクでフロアを煽り始めた。
「さあ、今日はお店の1周年記念! みんな、盛り上がっていくよー!」
この特別なイベントに、他のお客さんもやる気に溢れているようだった。
「カリスマNo.1ホスト優木せつ菜の1位が揺るぎないことを証明してみせマス!」
「イベントはやっぱりお祭りで楽しいですねー!」
「かすみん、私頑張るからね!」
「コペ子ー、今日は楽しもうね!」
「ま、1位取るのは璃奈だけどね」
「浅希ちゃん、札束しまって」
「愛先輩、今日は飲む日ですよー!」
「いいねー、色葉っち! たくさん飲もうね!」
「しずく、今日は同伴してくれてありがとね! さっそくドンペリいこ!」
「あんまり飲み過ぎないでくださいね」
「お姉ちゃん、今日はやるよ! お姉ちゃんの晴れ舞台、実現させるから!」
「おー、遥ちゃん、気合入ってるねー」
「えへへ、果林さーん、素敵ですー!」
「あらあら、もう酔ってるのかしら?」
「エマおねえちゃんとおどるー!」
「わたしもエマおねえちゃんとおどりたーい!」
「とってもたのしみだね、エマおねえちゃん!」
「みんな、たくさん遊ぼうねー!」
相変わらずエマちゃんは子どもたちに人気だな、と私は思った。
でも相手が誰であろうと今日の私は負けるわけにはいかないのだ。
絶対歩夢ちゃんを1位にして見せる。
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続きます。
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9人なのか
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「ここは先手必勝デス! せつ菜、タワー行きましょう!」
「わかりました!」
私はビックリして可可ちゃん達の方を見た。
可可ちゃんは私にニヤリと笑って得意気だった。
可可ちゃんも本気なんだ。
「さっそくシャンパンタワーのオーダーいただきました!」と侑さんのアナウンスが入る。
フロアがフワッと盛り上がったのを感じた。
すぐにシャンパンタワーが用意され、お店中のキャストが集まって、その豪勢な儀式を盛り上げる。
「初っ端からタワーなんてカッコいいわね」と果林ちゃんが声をかけ、可可ちゃんは照れていた。
虹ヶ咲ホスト達の熱いコールの中 、せつ菜ちゃんがボトルを構える。
「せつ菜、お願いしマス!」
「はい! せつ菜スカーレットストーム!」
そう言ってせつ菜ちゃんはタワーのてっぺんからシャンパンを注ぐ。
グラスから溢れ出た黄金の液体はその下のグラスへと注がれ、タワー全体をゆっくりと満たしていった。
美しい光景だった。
勢揃いしたキャストのみんなに囲まれた可可ちゃんは随分と楽しそうで、私も頬が緩んだ。
でもその次の瞬間には、私はキャスト陣の中の歩夢ちゃんを見ていた。
歩夢ちゃんも場を盛り上げるために頑張っていたけど、決して目立とうとはしない控えめな佇まいが私の胸を溶かした。
キャストたちと可可ちゃんはシャンパンを飲み、コールをし、またシャンパンを飲んだ。
美女たちを侍らす可可ちゃんは本物のお姫様のようだった。
可可ちゃんのシャンパンタワーが終わると、さらに別のテーブルでもシャンパンタワーが始まっていた。
「さぁ立て続けて、しずくちゃんにもタワーのプレゼントです!」
「部長、いつもありがとうございます!」
「しずく、盛大にやっちゃってよ!」
「はい! しずくスカイブルーハリケーン!」
連続でタワーのオーダー。さすがイベント日、とんでもないペースだ。
ここは遅れをとるわけにはいかない、と私は思った。
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しずくちゃんのタワーが終わり歩夢ちゃんが戻ってくると、私はすぐに言った。
「歩夢ちゃん。私たちもタワーやろ!」
「ええっ!?」
「おおっと、歩夢にもタワーの注文です! 今夜はタワー合戦だ!」
侑さんのアナウンスとともに、特大のシャンパンタワーが運ばれてきた。
輝くクリスタルグラスによる巨大な壁に私は圧倒される。
まさか私がシャンパンタワーをやる日が来るなんて。
それまでと同じように、キャストのみんなが私のもとに集まってくれた。
「いいねいいねー、かのん! 愛さん、バッチリ盛り上げちゃうよー!!」
「これは特大タワーだね! マッターホルンを思い出すよー!」
「これ全部みんなで飲み干すから、覚悟しててねー」
「かのんさん、カッコいいです!」
「歩夢さんは愛されていますね」
「かのん、最高よ!」
みんなが私を見つめ、声をかけ、褒めてくれる。
こんなの興奮しないはずがない。
「では皆さん、いきますよー!」
かすみちゃんがコールの音頭を取った。
「トキメけ! トキメけ!」
「トキメけ! トキメけ!」
「Move On! Move On!」
「Move On! Move On!」
虹ヶ咲コールに包まれる。
まるで突如として私にとてつもないカリスマが宿り、美女たちを魅了し、その愛を一身に受けているかのようだった。
「ではまずは、部長のかすみちゃんから一言頂きましょう!」
「こんな特大のタワー! さすが歩夢先輩、やりますねぇ! これも、かの子から歩夢先輩への愛の大きさだと、かすみん思います! 仲良しの2人の愛の結晶となるこのタワー! 今夜は思い切り楽しみましょう!」
キャストのみんなが「イエーイ!」と盛り上げる。
もはや私は楽しくて仕方なかった。
-
「ではでは、お次はかのんちゃんの大きな愛を受けた歩夢から一言頂きましょう!」
「かのんちゃん、こんな大きなタワーのプレゼント、本当にありがとね。かのんちゃんはお友達みたいに、何でも話せて、時間を忘れるくらいいつも楽しくて、私のことすごく応援してくれて……かのんちゃんからいっつも貰ってばかりだから、これからたくさん返せていけたら嬉しいな!」
歩夢ちゃんは私を見つめて一呼吸置いてから。
「これからもよろしくね、かのんちゃん! 大好きっ!」
最高だった。
「それでは、それでは! かのんちゃんから一言頂きましょう!」
「あ、えっと、歩夢ちゃんはいつも本当に頑張ってて、純粋で……だから、私も歩夢ちゃんに輝いて欲しいなって、応援したくて。歩夢ちゃん、貰ってばかりって言ってたけど全然そんなことなくて、貰ってるのはいつも私の方。ずっとずっと、可愛くて素敵な歩夢ちゃんでいてください! これからもよろしくね!」
私がそう言うと、みんなが拍手と掛け声で湧き上がった。
「いいマイクパフォーマンスだったわ」
「お2人の関係性が伝わってきましたね」
「2人ともとっても嬉しそう」
-
そしていよいよ、タワーにシャンパンを注ぐ時がやってきた。
「歩夢ちゃん、一緒にやろ!」
「うん!」
私と歩夢ちゃんは2人でボトルを持ち、タワーの頂上からそれを注いだ。
まるで結婚式のケーキ入刀のような共同作業だった。
自分たちで注ぐシャンパンタワーは驚くほど綺麗で、価値ある芸術作品を創り出しているようでもあった。
その全てが満たされると、上からグラスを取っていき、みんなで乾杯した。
「ふふっ、美味しいね!」
そう言う歩夢ちゃんの笑顔が眩しい。
シャンパンを飲み干し、キャストのみんなが解散した後も、歩夢ちゃんは私の隣にぴったりとくっついて座っていた。
歩夢ちゃんの体温すら感じられそうなその密着具合に、私の幸せは最高潮に達していた。
「歩夢ー!」
歩夢ちゃんが別の卓に呼ばれる。
だがもはやそれくらいで動じる私ではない。
「かのんちゃん、ごめんね!」
「うん、行ってらっしゃい!」
穏やかに歩夢ちゃんを送り出す。
すると歩夢ちゃんは私の耳元で「大好きだよ」とだけ囁いて、別の卓に向かった。
「歩夢ちゃーん!」
「今日子ちゃん、こんばんは!」
歩夢ちゃんがついたのは、いつもの指名被りの子だった。
イベント日だからその子も張り切っているようだ。
まあ楽しく歩夢ちゃんとお話すればいい、と私は思った。
歩夢ちゃんと一番仲良しなのは私だし、私は余裕を持って構えていればいいのだ。
-
「隣いいかなー?」
私のテーブルには彼方ちゃんが来てくれた。
彼方ちゃんは何度も話したことのある、馴染みのある女の子の1人だ。
「彼方ちゃん、1周年おめでとう!」
「ありがとー!」
「今日はいつもより賑やかだね」
「かのんちゃんがタワーしてくれたお陰だよー」
彼方ちゃんとの会話を楽しんでいると、ボトルの入った豪華な箱が運ばれていくのが見えた。
どうやら被りの子が高級ボトルを注文したようだ。
そのテーブルの方を見ると、歩夢ちゃんが驚いているのが見えた。
「こんな高いボトル、本当にいいの……?」
「歩夢ちゃんへの愛に比べたら、こんなの大したことないよ!」
「今日子ちゃんたら! もう、大好きっ!」
私はできるだけ平静を装い、気にしないように努めた。
だがどうしても見逃せない光景が視界に入ってしまった。
その子が歩夢ちゃんの肩や腕をすりすりと触っていたのだ。
そして私の方を見て、挑発的な笑みを浮かべた。
まるで歩夢ちゃんは自分のものとでも言うかのように。
「あの子……!」
私は拳を握りしめ、その子を睨んだ。
いっそ注意しに行こうかとも思ったが、隣にいる彼方ちゃんに手を握られた。
「こらこら、そんな怖い顔しないの」
彼方ちゃんは私の心を見透かしたように言った。
「で、でも彼方ちゃん、あの子、歩夢ちゃんのことベタベタ触って……」
「被りの子のことは気にしない、気にしない。それよりも彼方ちゃんと楽しいお話しよ?」
それでも私の拳は収まらなかった。
あの子が好きに歩夢ちゃんに触れているのが許せなかった。
「それともかのんちゃん、あの子と喧嘩でもして、歩夢ちゃんに恥をかかせたいのかな?」
その言葉に私はハッとする。
そうだ、私の態度はともすれば歩夢ちゃんに迷惑をかけることになる。それだけはあってはならない。
私は彼方ちゃんの手を握り返した。
「ごめんなさい……せっかく彼方ちゃんといるのに」
「ううん。かのんちゃんはやっぱりいい子だねー」
-
彼方ちゃんと乾杯する。
飲みながら、彼方ちゃんは歩夢ちゃんとご飯を食べに行った時の話をしてくれた。
それからいつも彼方ちゃんを指名する妹さんの話も。
なぜ実の妹がわざわざホストクラブに来て姉の指名をするのかという率直な疑問が浮かんだところで、どこからか子どもたちの元気の良い声が響いてきた。
「エマおねえちゃん! これのみたーい!」
「ボーノ!」
子どもたちの注文によって、今度はエマちゃんの卓に高級ボトルがやってきた。
やはり今日はいつもより圧倒的に景気がいい。
歩夢ちゃんを1位にするためにはまだまだ頑張らなくてはいけない様相だった。
「ねぇ璃奈……璃奈は私のこと好き?」
「浅希ちゃん、酔ってる」
「酔ってないよ! ねぇ、どうなの?」
「もちろん好きだよ」
「えへへ。今日はアフターいいでしょ?」
「うん。空けてあるよ」
「私のために? 嬉しいっ!」
「今日は浅希ちゃんとたくさん一緒にいたい」
「もう璃奈ってば! ドンペリ追加で!」
「愛先輩、お帰りなさい!」
「ただいま、色葉っち!」
「やっぱり今日みたいなお祭りでは愛先輩大活躍ですね!」
「みんなで盛り上がりたいからね! 愛さんまだまだ盛り上げちゃうよー!」
「愛先輩、めっちゃカッコいいです! ボトル行きましょう!」
各テーブルでボトル注文が進む中、侑さんによるマイク音声が響いた。
「それではここで本日の売上中間発表です!」
私の中で緊張が走る。
いよいよ現在の売上状況が判明する。
最終1位を獲得するためにも、現時点で1位か、少なくとも2位にはなっておきたいところだ。
私は耳を澄ませて、侑さんの発表を待った。
-
「本日の売上暫定トップ3は……!」
フロア中が静まり返る。
「3位、歩夢! 2位、せつ菜ちゃん!」
いくつかのテーブルから喜びや驚きの声があがった。
私は1位への高い壁を感じないわけにはいかなかった。
歩夢ちゃんが3位。
「1位は……なぜか、私です……」
侑さんは恥ずかしそうにそう言った。
「やったね、侑ちゃんっ!」
フロアが驚きと混乱に包まれる中、ホス狂いの梨子さんが侑さんに言った。
なるほど、あの人の仕業か、と私は理解した。
ホストではない侑さんをランクインさせるとは傍迷惑な人だ。
「あはは、まさか私が1位なんてね。梨子ちゃんのお陰だね」
「このまま今日は1位取るわよ!」
「私が1位取ってもなぁ」
「ふふっ。あとで私の部屋にいらっしゃい」
「あ、えっと……」
やはりあのホス狂い、只者ではない。
このペースだと追いつくのは難しい。
「このまま全ては阻まれてしまうのだうか」と私が現実に打ちひしがれていると、梨子さんのスマホが鳴った。
「もしもし曜ちゃん?」
梨子さんが電話に出た。
いつもより幾分かトーンを落とした柔らかな声だった。
「うん、今ピアノの練習中で……え!? 何言ってるの!? 女遊びなんてしてないわよ!」
梨子さんは急に顔色を変え、焦りを隠せない。
「ま、待って、曜ちゃん! 話聞いて! そんなわけないじゃない! ねぇ曜ちゃん、そんなこと言わないでよぉ……わかった、今そっち行くから! ちゃんと話そ? ね?」
そんな通話をしながら、梨子さんはあっという間にフロアを出て行ってしまった。
嵐が過ぎ去ったフロアには、火の消えたローソクから漂う煙のような沈黙が残った。
梨子さんはリタイアした。
ならば、これは最大のチャンス到来ではないか。
ここから一気にスパートをかけていくしかないと私は思った。
「歩夢ちゃん、ボトルいこ!」
「本当に?」
かくして箱入りのボトルが運ばれてくる。
大丈夫、このまま突き進めばいいのだ。
他のテーブルの盛り上がりも最高潮に達しているようだった。
「果林さーん、素敵ですー!」
「あなたもとっても素敵よ」
「本当ですか? 私、可愛いですか?」
「ええ、とっても可愛いわ」
「もっとお金払ったら、もっと可愛く見えますか? もっと私だけを見てくれますか……?」
「ふふっ、飲み過ぎよ」
「ううう、このままだとせつ菜ちゃんに1位取られちゃうよー! やだよー、かすみん!」
「私だってやだよ? だから諦めずに、一緒にこれから挽回してこ!」
「う、うん、そうだね! 弱気になっちゃダメだよね! よし、これいっちゃうよ!」
「ま、待って! そんな高いの頼まなくていいですー!」
-
そして後半戦もあっという間に過ぎ、その瞬間はやってきた。
「さあいよいよ、今日の売上最終結果を発表するよ!」
私は受験番号が張り出される受験生のような気持ちで固唾を呑んだ。
どこかでチリンとグラスが鳴った。
「3位、かすみちゃん! 2位、せつ菜ちゃん! そして1位は……」
侑さんは少し溜めて。
「歩夢だー!」
会場から歓声や拍手が飛んだ。
歩夢ちゃんが両手で口を塞いで驚いていた。
「やった……やったー!」
私は飛び上がって喜んだ。
これまでの全てが報われたような気持ちだった。
被り客への嫉妬だとか、金銭的な不安だとか、そんなものはどこかへ吹き飛んでいく。
私は虹ヶ咲が大好きで、歩夢ちゃんが大好きで。
そんな気持ちをぎゅっと抱きしめて。
「というわけで、歩夢のスペシャルライブが決定!」
侑さんが高らかに宣言する。
-
「う……あれ……」
私は自室のベッドの上で目を覚ました。
外から漏れる陽の光が眩しかった。
外出したままの格好だった私はのそりと起き上がる。
頭が鉛のように重く、視界には嫌な浮遊感があった。
明らかな二日酔いだった。
「気持ち悪……」
こうなるのも当然のことだった。
昨日は随分と酒を注文し、随分と酒を飲んだ。
そして歩夢ちゃんが1位を獲得したことに感激し羽目を外してしまったのだ。
昨日の記憶を呼び戻してみる。
歩夢ちゃんと喜びを分かち合い、祝杯を上げたとこまでは憶えている。
だがその後の記憶は、所々の光景がなんとなく浮かぶだけで、その連続性を欠いていた。
まるで無作為に切り取られたフィルムみたいに。
歩夢ちゃんが歌っている光景、可可ちゃんとも乾杯した光景、最後にキャストのみんなに手を振って見送られる光景。
ぼんやりではあるが、それらは確かに自分が体験したもののようだった。
「はぁ……」
私は溜め息をついた。勿体ないことをした。
せっかく歩夢ちゃんが1位を取ったのだ。そのすべてを克明に脳裏に刻んでおきたかった。
歩夢ちゃんの喜びの言葉と歌を全身に吸収しておきたかった。
だがこれも昨夜、私がこの上なく楽しんだ証拠だろう。致し方ない。
喉が渇いていたので台所まで行くと、ありあが食器の片付けをしていた。
ありあは私を見ると「あ……」と小さく声を漏らしてから、持っていた白い皿に目を落とした。
それから私の顔色を確認するように静かに顔を上げて、「ねぇ、大丈夫なの……?」と私に言った。
「何が?」
「何がって、昨日大変だったんだよ。お姉ちゃん酔っ払って……」
「ああ、もう大丈夫だから!」
私は冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、その場でゴクゴクと飲んだ。
「ちぃちゃんにも謝ってね」
「なんでちぃちゃんが出てくるの?」
「覚えてないの……?」
嫌な予感がした。
私は昨日の記憶をもう一度呼び起こす。
だがどれだけ足跡を辿っても、自分がいつどのようにして家に帰ってきたのかまるで思い出せなかった。
スマホを確認しようとしたが手元にはなかった。
「ちぃちゃんが連れてきてくれたんだよ」
「ちぃちゃんが……?」
ありあの説明によると、ひどく酔っ払った私は可可ちゃんと最寄駅まで帰ってきていた。
だが私はそこから一歩も歩けない状態になってしまったと言う。
可可ちゃんが困っていると、私はちぃちゃんに電話をかけ始めた。
そして心配したちぃちゃんが駅まで迎えに来て、私を家まで送ってくれたということだった。
「最悪だ……」
自室に戻った私はベッドに倒れ込んでからそう言った。
スマホを見ると、確かに通話履歴もメッセージも残っていた。
酔っ払った私がちぃちゃんにダル絡みしたことは明白だった。
「あぁ……うぅ……」
目を覆いたくなるような私のメッセージに、私はうめく。
よくこれでちぃちゃんが迎えに来てくれたものだ。
「また怒られるのかな」
私は天井を見上げる。
これじゃ、ちぃちゃんのホストクラブへのイメージもますます下がったことだろう。
今度こそ行くのを止められそうだ。
私は、最後にありあに言われたことを思い出す。
「ちぃちゃん、悲しそうだったよ」
-
天気予報は雨のはずだったがまだ雨は降り出していない。
それでもどんよりとした灰色の雲が、今にも漏れ出しそうなほどの水分を蓄えていた。
大学の講義を終え、友達と校内で少しお喋りしてから、私は帰りの電車に乗った。
ガタゴトと走る電車に揺られる中、スマホでバイト情報を検索する。
借りたお金を返さないといけないし、今後のためにもお金がもっと必要だった。
歩夢ちゃんが1位を取れたからもうお金は使いません、なんて格好がつかない。
私はこれからも歩夢ちゃんを応援しなくてはならないのだ。
それに、この前の被り客のことだってやはり気になる。歩夢ちゃんの1番は私のはずなのだ。
「被りは伝票で殺せ」という言葉がある。
ホストクラブでは、よりはたくさんお金を出す人が正義であり、偉いのだ。
あの被りの子に勝つためにも、多くのお金を稼がなくてはならない。
「こんな時、可可ちゃんに相談できたらな」と私は思った。
あのイベントの数日後、可可ちゃんは虹ヶ咲にはもう行かないと私に言った。
私はびっくりした。可可ちゃんのせつ菜ちゃんへの愛は本物だったし、これからも私と可可ちゃんは一緒に虹ヶ咲に通い詰めていくものだと思っていたからだ。
可可ちゃんは、親からの仕送りやら貯金やら学費やら、使ってはいけないお金を注ぎ込んでしまっていた。
それをすみれちゃんからもひどく叱られ、虹ヶ咲通いを断念したのだと言う。
「せつ菜ちゃんのことは、いいの……?」と私は訊いた。
可可ちゃんは目に涙を浮かべて黙った。
可可ちゃんの重い苦しみが伝わってくる。
結局、問題はお金なのだ。
可可ちゃんはそれを理由にせつ菜ちゃんを諦めた。
でも私は、そんなことで歩夢ちゃんと離れたくない。
だってその問題さえ解決できれば、私が頑張れば、あの場所は私に夢を与えてくれる。愛を与えてくれる。
私はスマホで検索を続ける。
割の良いバイト。今の私にできて、少しでも稼げるバイト。
探せば探すほど、世の中にはたくさんのバイトで溢れているのだ私は感じた。
きっとどこかの山奥の工場でバイトは大量生産されているのだ。
だがその種類は数あれど、短期間に大きく稼げるバイトというのは限られてくる。
私は1つの求人記事を眺める。
風俗の求人だ。
今まで見つけても考慮に入れなかった種類の求人。
虹ヶ咲に通っているお客さんにもそういう仕事をしている人がいる。
やはり普通の私がホストにお金を落とすためには、この手の仕事に関わるしかないのだろうか。
「でもなぁ……」
いくらなんでも自分が風俗に関わるなんてあって良いのだろうか。
私は、見ず知らずの女の子にサービスを提供する自分を想像してみた。
想像してみたが、そのビジョンは色彩を欠きぼやけている。
どこまでも現実味がなく、それは私が私として許せる心の範囲の外のイメージだった。
真っ当なバイトで地道に稼ぐしかない。
そう考えて画面をスクロールしようとした時、あの時の被り客の表情を思い出した。
歩夢ちゃんにベタベタと触りながら、我が物顔でこちらを見たあの客のことを。
あの子は私がこうしてる間にも、ボトルを注文しているかもしれない。
あの子は私が安いボトルを注文した直後に、5倍の値段のボトルを注文するかもしれない。
そうなれば、歩夢ちゃんのエースはあの子だ。
そんなの私には耐えられない。
「被りは伝票で殺せ」
稼ぐしかない。
私が選り好みしてる場合ではないのだ。
-
その日会ったのは26歳のお姉さんだった。
一見スタイルも良い、黒髪ロングヘアの美人さんだった。
優しく微笑んで「こんにちは」と挨拶された。
「大学生かぁ、若いっていいね!」
明るくそう言ってから、いろいろな話題を投げかけられる。
柔らかい口調で、笑顔を絶やさない。
普通にモテそうな人だな、と私は思った。
でも、実際はこういうお店に来て、こういうことするような人なのだ。
私も人のことは言えないが。
服を脱ぎ、シャワーを浴びた後も、お姉さんは笑顔を絶やさなかった。
体を拭き終えると、お姉さんは私の身体に身を寄せてきた。
「じゃ、好きにしていい?」
私が頷くと、お姉さんの目の色が変わったのを感じた。
そして私の顔や身体を舐めるように見始めた。
整った顔立ちの美人さんのはずなのに、今にも涎の垂れてきそうな緩んだ口元が、ニヤついた表情が、気持ち悪かった。
私の手を握ったかと思うと、その手は私の腕へ、肩へとゆっくりと進んでいき、やがて私の体を撫で回し始めた。
本当に気持ち悪い。
でも我慢しないと。
これも虹ヶ咲に通うため、歩夢ちゃんに会うためなのだ。
私が我慢すればいいだけなんだ。
「ふふ、女子大生最高っ……!」
お姉さんは呟いて、私に口付けた。
好きでもない人、よく知りもしない、会ったばかりの人とのキス。
まともに受け止めたら、最悪な気分になることはわかってる。
だから私は歩夢ちゃんのことだけを考えた。
この前も可愛かったな、歩夢ちゃん。
早くまた会いたいな。
お姉さんは何度も口付けをし、貪るように舌を中に入れてきた。
私の口の中を知らない何かが這えずり回る。
お姉さんの荒い息遣いがうるさかった。
それから私の控えめな膨らみを細めた目で見ると、両手で揉み始めた。
「やばすぎ……」
お姉さんは言う。
モニュモニュとそこを揉みしだきながら、やっぱりお姉さんの息は荒かった。
「彼女はいるの?」
「いません」
「えへー、こんなに可愛いのに」
恋人がいなくて良かったって本当に思う。
いたとしたら、恋人に黙って見ず知らずの人とお金のためにエッチなんて、どんな気持ちだっただろう。
そもそも恋人が欲しいわけではないが。
私には歩夢ちゃんがいる。
-
この辺から加筆かな?
-
「あっ……!」
不意に膨らみの先端をハジかれ、思わず声が出てしまう。
すでにピンと尖っていた2つの突起。
こんなに嫌な気持ちでいるのに、なんで硬くなっているのだろう。
「もっと可愛い声聴かせて」
お姉さんは片方の蕾をペロペロと舐め始め、もう片方を細く綺麗な指で摘んだ。
「ぁっ……は、ぁ……」
出したくもない声が漏れてしまう。
こんなの絶対気持ち悪くて、嫌で、不快感しかないはずなのに。
それでも刺激は快感として伝わり、耐え切れずに喉が鳴る。
身体がびくっと跳ねてしまう。
こんなの本望じゃない。
でも女の身体はそういうふうにできてるから仕方ないのだ。
お姉さんはそこへの愛撫を気に入ったらしく、蕾を舌で押し潰したり、じゅるっと吸い付いたり、指先でころころと転がしたりして楽しんでいた。
「はぁ……ぁ、ぁ……ぁ……」
絶え間なく続く刺激。
嫌でも私の息も荒くなっていく。
私は必死で歩夢ちゃんのことを考えた。
お姉さんは私の身体をキスしながら、下半身へと狙いを移していく。
私の太ももを両方持って、ぐいっと広げられる。
その場所がより露になる。
お姉さんはそこを覗き込むように凝視する。
相変わらず口元がニヤついている。
気持ち悪い。
「いただきまーす」
お姉さんがすでに愛液で溢れている私の秘部を、舌でぺろっと舐めあげる。
「ああっ!」
全身を貫くような快感に、身体が跳ねる。
咄嗟に口元を両手で押さえる。
「声、我慢しなくていいんだよ」
お姉さんは舌での愛撫を始めた。
ねっとりと丁寧に、びちゃびちゃと水音を響かせながらの愛撫。
腰が浮き、太ももの震えを止められなかった。
どんなに望まなくても、押し寄せる快感は受け入れるしかなかった、
「あっ……く、ふぁ……ああっ……あんっ!」
私の声がいつもの声じゃない。
お姉さんに強く刺激される度、突かれるように変な声が漏れ出てしまう。
-
私の反応に気を良くしたお姉さんは、次第に愛撫を激しくさせていった。
より速く、強く、私の秘部はお姉さんのしたいように、めちゃくちゃに犯されていく。
押し寄せる快感は恐怖すら感じるほど大きくなっていき、絶頂への高まりを予感させた。
「あぁ……! だ、だめっ……はあ……あっ、あっ、あっ……」
ダメだ。
もう何もかも抑えられない。
お腹から、背中から、強過ぎる刺激がどんどん襲ってくる。
お姉さんは硬くなった陰核を集中的に舌で攻め始め、押しつぶし、しゃぶりついた。
じゅるじゅると水音が響く。
気持ちいい気持ちいい気持ちいい!
「あ、ああっ…………ああああああああっ!!!!」
頭が真っ白になる。
私の体は大きく跳ね、激しく仰け反った。
お姉さんが私に微笑みながら、頭を撫でてくる。
「イッちゃったね」
全身の力が抜けている。
深呼吸をして呼吸を整えるのがやっとだった。
お姉さんはそんな私のことを満足気に眺めていた。
私の目尻からこぼれた涙を拭いながら、お姉さんは言った。
「もう一度する?」
結局、私はこの後何度も犯された。
お姉さんは終始気色悪い笑みを浮かべながら、私の体を楽しんでいた。
「すごい良かったよ!」
事を終えて、お姉さんは料理をたらふく食べた後みたいに、充実感たっぷりにため息をついた。
「また来るね」
別れ際、お姉さんは最初に会った時のような、優しい美人のお姉さんにすっかり戻っていた。
これがいつも人に見せている顔であり、こうやって笑顔を振りまきながら日常を過ごしているのだろう。
本当はニヤニヤしながら犯し続ける変態のくせに。
私は事務所に行き、今日の分の給料の入った封筒を受け取る。
封筒から紙幣を出して枚数を確認する。
私の切り売りした体が、耐え抜いた不快感が、欲しくもない快感が、この紙切れ数枚に変わったんだ。
そしてこれがボトルに変わり、愛に変わるのだ。
-
面白いけどかのんちゃん…
-
虹ヶ咲のメンバーたちは金を使わせるように煽ってるわけでもないのに、ファンがこうなっていくのはなんだか悲しいな……
-
前より悲しい結末になってしまうのだろうか
-
前のって同じタイトルのがあるの?
-
>>38
前のはこちらです
かのん「ホストクラブ虹ヶ咲!?」 可可「そうです!」
https://itest.5ch.net/fate/test/read.cgi/lovelive/1629463881/
-
「かの子、飲むスピード速っ!」
私が空になったグラスをテーブルの上に置くと、それを見たかすみちゃんが驚いて言った。
「最近、お酒強くなったのかも!」
「いいねー、かのん! 愛さんも負けてられないよ!」
愛ちゃんがそう言って笑った。
「そりゃ連日ここに通ってるのだから、お酒にも強くなるか」と私は思った。
私は飲み物のお代わりを注文する。
私の右隣にはかすみちゃんが、左隣には愛ちゃんが座ってくれていた。
「かすみんだって負けませんよー!」
「かすみんは無理しちゃダメだよー」
「無理なんてしてないですよ!」
「聞いてよ、かのん! この前かすみんったら飲み過ぎて、しずくの私服着て帰っちゃったんだよ!」
「そ、それは言わないでくださーい!」
愛さんが笑い、私もつられてケラケラと笑う。
心が洗われるようだった。
そんな風にして2人と楽しく話していると、侑さんがまた1人女の子を連れてきた。
「かのんちゃん、今日入った子紹介するよ!」
「新人の三船栞子と申します。よろしくお願いします」
その新人の子、栞子ちゃんは礼儀正しく、深々とお辞儀した。
「栞子ちゃんね! とりあえず飲もうよ!」
私は栞子ちゃんを座らせ、4人で乾杯した。
かすみちゃんはさっそく栞子ちゃんを「しお子」と呼ぶことに決めたようだった。
愛ちゃんは「しおってぃー」と呼んだ。
「しおってぃー?」とビックリする栞子ちゃんの顔は恐ろしく整っていた。
さすが虹ヶ咲だな、と私は思った。
-
会計を済ませ、虹ヶ咲を出た私は電車に乗り、自宅の最寄駅で降りると、自動販売機でミネラルウォーターを買った。
ミネラルウォーターを飲みながら、暗く静まり返った住宅街を歩く。
今夜も「今日子ちゃん」と呼ばれているいつもの被りの子がいた。
あの子も随分と景気が良いようで、高いボトルを入れては歩夢ちゃんと盛り上がっているようだった。
今夜の売上1位は歩夢ちゃんで、最後に歌を歌ったが、その歌は「今日子ちゃん」に捧げられた。
彼女の方が私よりお金を落としたのだ。
「シフト増やすか……」
私は呟く。
そして明日も明後日も明明後日も仕事が入っていることを思い出す。
大学には行かなくなっていた。
もっともっと稼がないと。
-
風俗店には実に様々な客が来る。
会社勤めの小綺麗な女性、遊び人のギャルもいれば、何もかも未経験だといううぶな学生もいた。
自分の母親くらいの年齢の女性にも抱かれた。
その人は自分のことを「お母さん」と呼んで欲しいと頼んできた。
私はその要望に応えてその人を「お母さん」と呼んだ。
その人は「娘にこんなことして、悪いお母さんでごめんね」と言いながら私を犯した。
私のことを心配する人や、説教するお姉さんもいた。
「若くて可愛いのだから、もっと他のことを頑張りなさい」と言う人がいれば、「あなたがこんなところにいるなんて勿体ない」と言う人もいた。
だが結局、どの人も最後には私を抱いた。
空っぽな人ばかりだな、と私は思った。
今日はどんな人が来るのだろうか。
あまり癖がない人だといいな、と思いながら私は対面する。
「こんにちは!」
その子に対して私は明るく言った。
いつも通り、形式化された挨拶だった。
すると、その子は私を見て目を丸くした。
「かのん……ちゃん……?」
見覚えのある顔に私ははっとすると同時に、背筋が凍りついていく。
その子は私の高校のクラスメイトだった。
-
ひぇっ
-
プレイルームに入ってから、私はそのクラスメイトと目を合わせることがでぎず、口をつぐんでいた。
「かのんちゃん……だよね?」
クラスメイトが言う。
誤魔化しようがない状況だった。
「あ、あはは、こんなところで偶然だね! 久しぶり!」
私はあくまでも軽快を装って言った。
彼女は開いた口が塞がらないようだった。
「かのんちゃん、どうして……」
「ま、まあ、いろいろあってね!」
「そ、そうだよね……」
しばらくの沈黙があってから、クラスメイトの子が「あの、私ね」と切り出した。
「友達がこういうお店行ったって話してて、私全然その、知らなかったから、どんなところなんだろうってホームページ見てて……そしたら、かのんちゃんに似てる子がいたから……そんなわけないって思ったよ? まさか、そんなことないって。でももしかのんちゃんだったらって考えて……違ったら、それはそれでいいし……でもそうだったら……とか、確かめないとって……」
彼女が何を言いたいのかよくわからなかったが、そんなに長々と言い訳する必要ないのに、と私は思った。
ここで働いているのがバレた私の方がはるかに厳しい立場なのだがら。
「でも本当にかのんちゃんだったなんて……」
「みんなには内緒にしてねー!」
驚きと悲しみの混ざった表情のクラスメイトに、私は明るく言った。
あまり暗い雰囲気にしたくなかったのだ。
しかしお客さんとして友達が来てしまった場合、これは一体どうしたものだろうと私は思った。
もしかしてキャンセルされるのだろうか。
-
「かのんちゃんにも事情があるんだろうし、余計なお世話なのは分かってるけど、こんなのやめた方がいいよ」
クラスメイトは言った。
「かのんちゃんは学校のみんなの憧れだった。こんなところで擦り減らすなんておかしいよ。かのんちゃんの価値はこんなものじゃない」
クラスメイトは目に涙を浮かべて言った。
今まで客から受けた説教に比べると、いくらか私の心に響くものがあった。
彼女の言葉が、本心からの声であることを感じたからだ。
「うん。ありがとう」と私は言った。
だが彼女も例外ではなく、その話の後はしっかり私を抱いた。
いや「しっかり」という表現は適切ではないかもしれない。
「しっかり」という表現ではあまりに良く言い過ぎている。
確かに彼女は私のことを時間をかけて抱いたが、そこには通常の範疇を遥かに越える異常性があったからだ。
まず彼女は私をゆっくりとベッドに押し倒し、その上に覆い被さった。
よく知るクラスメイトにそんなことをされ、私は違和感に襲われる。
だがその違和感の正体は、単にその子が友達だからというだけではなかった。
彼女は私にゆっくりと口付ける。
彼女の鼻息が荒くなっていることに気付く。
長い口付けだった。
それからクラスメイトは私の全身を愛撫した。
それは文字通り全身だった。
私の体のあらゆる部位のあらゆる箇所を彼女は舌で舐めたのだ。
耳たぶから足の小指の裏まで。
まるで全身に塗られた蜂蜜をくまなく舐め取るみたいに。
首筋や鎖骨を舐められることはこれまでもあった。
だが彼女はそこから肩、二の腕、肘から手の平、指先まで舐めていくのだ。
ある箇所を集中して舐めた後、少し舌を移動させ、その箇所を集中して舐めた。
抜かりなく全てのマスを塗り潰すように。
左手の薬指と小指の間をペロペロと舐めた彼女は「かのんちゃんのこと、ずっと好きだったの」と言った。
「3年間ずっとかのんちゃんのこと好きだったんだよ。結局言えなかったけど」
呆然とする私の顔を見ながら、彼女はそう続けた。
そして私の体への愛撫に戻り、胸からお腹までを隅々まで舐め、お腹から足の裏までを隅々まで舐めた。
両足の10本の指を1本ずつしゃぶり終えると、私をうつ伏せにし、それから背中を右端から舐め始めた。
私の肌という肌に彼女の唾液が付着していく。
私という人間の表面が奪われていく。
彼女は私の体の「背中側」を舐め終えると、今度は私の頭皮と髪の毛を舐めたいと言った。
私はもうやめて欲しいと泣きながら頼んだ。
彼女は慰めるように私の頭を撫でたが、そのまま頭皮の匂いをかぎ、髪の毛を口に含んだ。
-
「さぁ、栞子ちゃんにボトルのオーダーです!」
侑さんが高らかに言った。
栞子ちゃんの卓に高級ボトルが運ばれ、周りのキャスト達がコールで盛り上げ始めた。
「ふふっ、楽しそうだね」
その光景を見て、私の隣にいる歩夢ちゃんが言った。
「栞子ちゃん、あっという間に人気になったね」
「うん。栞子ちゃんとっても可愛いから」
「歩夢ちゃんはもっと可愛いよ」
「もうかのんちゃんったら」
歩夢ちゃんがクスクスと笑う。
私の最高の癒しの時間はいつだってここにある。
そのために、私の全てを注ぎ込むまでなのだ。
幸せのクリームを全身に感じながら、私はシャンパンに口をつけた。
「あのね、かのんちゃん」
私がグラスをテーブルに置くと、歩夢ちゃんが打って変わって寂しそうな表情で言った。
「うん?」
「実はね、私、今月で辞めるんだ」
歩夢ちゃんが寂しそうな表情のまま、私の目を見て言った。
私はしばらくその言葉の意味がわからなかった。
歩夢ちゃんがいったい何を辞めるというのか。
歩夢ちゃんは何を伝えたいのか。
「え、嘘……」
その意味を理解した瞬間、私は瞬きも忘れて歩夢ちゃんをただただ見つめていた。
「歩夢ちゃん、お店辞めちゃうの……?」
「うん」
「別のお店に行くってこと? それなら私も……」
歩夢ちゃんは首を横に振る。
「新しくやりたいことを見つけたんだ。だからホストはもう引退」
私は何か言おうとしたが、うまく言葉にならなかった。
歩夢ちゃんは私の手を握り、私のことをまっすぐに見つめた。
「かのんちゃんには本当に感謝してるの。今までいっぱい支えてくれてありがとう。かのんちゃんといろんなお話できて、私とっても楽しかったよ」
そこまで聞いて、私の目が涙で潤んでいくのがわかった。
「歩夢ちゃん、私だってそうだよ。歩夢ちゃんと話すのが本当に楽しくて」
心の中で言いたいことはたくさんある。
辞めて欲しくない。いなくなって欲しくない。離れたくない。
でも今はそれらの気持ちをぎゅっと抑えて。
「新しい夢が見つかったんだね。それなら私も応援するよ。おめでとう、歩夢ちゃん」
-
虹ヶ咲を後にした私は、いつも通り電車に乗り、いつも通り駅からの夜道を自宅に向かって歩いていた。
歩夢ちゃんがホストを引退する。
それ自体はもちろんショックを受けた。
だが意外と自分が冷静でいられるのは、自分の中で淡い期待があるからだ。
歩夢ちゃんと私はホストと客だ。
でも歩夢ちゃんがホストを引退するとなれば、私たちは普通の女の子同士ということになる。
ある意味で、私たちの間にある障壁はなくなるのだ。
歩夢ちゃんと私はただのホストと客の関係ではなく、特別な関係にあることは間違いなかった。
だからこそ、引退を切り出す歩夢ちゃんの表情は寂しそうで、切なそうで。
「そっか、歩夢ちゃん……」
私は気付く。
歩夢ちゃんはホストを引退した後、私と一緒になるつもりなのではないだろうか。
引退を告げる時の歩夢ちゃんの目は、それを訴えかけるもののような気もした。
きっと私の告白を待っているんだ。
「やば……」
私は歩夢ちゃんと恋人になった未来を想像する。
私服姿の歩夢ちゃんと街中をデートし、歩夢ちゃんの家に遊びに行き、そしてその先は。
「もう歩夢ちゃん! 歩夢ちゃんっ!」
私の気分は高揚する。
告白がうまくいけば、夢は現実になるのだ。
いつまでも歩夢ちゃんを応援することができる。
歩夢ちゃんの引退は次の世界へのステップなのだ。
-
そんな甘い妄想に浸りながら歩いていると、自宅が見えてきた。
同時に自宅の前に人影があるのも見えた。
「ちぃちゃん!?」
「お帰り、かのんちゃん」
どうしてちぃちゃんが私の家の前にいるのか。
驚いていると、ちぃちゃんは「連絡したんだよ。かのんちゃん見てないみたいだけど」と言った。
「ごめんね、待たせちゃって。とりあえず中に」
「ううん、ここでいいよ」
ちぃちゃんはそう言ってから、私の家を見上げ、夜空を見上げた。
空には三日月が浮かんでいた。
「随分遅かったね」
「え? うん、まあ……」
「ホストクラブ行ってたんでしょ?」
ちぃちゃんは目を合わせずに言う。
私は「やっぱりその話か」と思って、気持ちが重くなる。
「ありあちゃんから相談されたんだ。かのんちゃん、最近毎日帰りが遅いって。ありあちゃん、すごく心配してたよ」
「ねぇ、ちぃちゃん、その話はやめようよ」
私はちぃちゃんの横顔に向かって言った。
「ちぃちゃんがホストクラブのことよく思ってないのはわかるよ。でも私は好きで通ってるの。だからその話はやめよ。私、ちぃちゃんと喧嘩したくないよ」
「私だって……」
「え……?」
「私だって、かのんちゃんと喧嘩なんてしたくないよ」
ちぃちゃんが私の方を向く。
その瞳から一筋の涙が流れる。
ちぃちゃんが私と目を合わせなかったのは、涙を堪えていたからだったのだ。
「でも今のかのんちゃん、見てられないよ……」
私は黙り込んでしまう。
ちぃちゃんの目尻から、涙がさらに1粒、2粒と流れた。
「かのんちゃんはいつも輝いてた。いつも夢に向かって真っ直ぐだった。なのに今はホストに貢ぐばかりで。本当にそれでいいの? お金は? ものすごい額でしょ? いったいどうしてるの?」
何か言わなきゃと思ったが、私の口はもごもごと動くだけで声が出なかった。
私はこういう場合、ちぃちゃんに弱いのだ。
「ホストの子は、かのんちゃんのこと、金づるとしか見てないんだよ?」
「か、金づるじゃないよ! 歩夢ちゃんはそういう子じゃ……」
「かのんちゃん、目を覚ましてよ!」
ちぃちゃんが私を抱きしめた。
「かのんちゃんがいろんな人の食い物にされてるの、私耐えられないよ。お願いだから、もっと自分のことを大切にして」
ちぃちゃんは腕に力を込めて、ぎゅっと私を抱きしめる。
私は久々にこんな風に人に抱きしめられた気がした。
-
歩夢ちゃんのラストイベントは盛大に行われた。
侑さんはマイクで煽り、コールも飛び交っている。
フロアは歩夢ちゃんのお客さんで埋め尽くされた。
今日はここにいるどの子も被り客なのだ。
「今日子ちゃん」やよく見かける被りの子もいたが、知らないお客さんもいた。
歩夢ちゃんが人気なのはわかっていたが、実際に目の当たりにすると、被りがこんなにいたのかと驚くものがあった。
主役の歩夢ちゃんは各テーブルを挨拶して回っている。
1人1人に多くの時間を使うことはできないし、私のテーブルにもまだ来てくれていない。
それでも、頑張る歩夢ちゃんの姿を見られるのは嬉しかった。
「みんな歩夢ちゃんが大好きなんだね」
私のテーブルに来てくれた彼方ちゃんが言った。
「歩夢ちゃんが嬉しそうで、私も嬉しいな」
「かのんちゃんも大人になったねー」
私と彼方ちゃんは笑い合い、シャンパンを飲んだ。
「担当の子が辞めたら、みんなどうしてるの?」
私は興味本位で訊いてみた。
ここに勢揃いしている私の仲間たちの行く末が気になったのだ。
「他の仲良しの女の子を指名するお客さんが多いかなー。別のお店に行く人もいるけど」
「ふーん」
今は歩夢ちゃんが好きで集まっているこの人たちも、次回は別の女の子を目当てに訪れるのだろうか。
「今日子ちゃん」はどうするのだろう。
せつ菜ちゃんや愛ちゃんあたりに指名替えするのだろうか。
それとも心機一転、別のホストクラブに行くのだろうか。
-
「歩夢ちゃんが辞めても、来ていい?」
私は彼方ちゃんに訊いてみた。
「もちろんだよー!」
彼方ちゃんは満面の笑みでそう答え、私の手を握った。
「かのんちゃんなら大歓迎! これからもたくさんおもてなしするよー!」
彼方ちゃんの言葉には優しさが溢れていた。
担当がいなくなる寂しさを少しでも励ましたい、そんな思いが伝わってきた。
「今度、ランジュちゃんとミアちゃんっていう新人の子も入るんだー! また賑やかになっちゃうよー!」
「へー、それは楽しみだね!」
「何なら、彼方ちゃんを指名してくれてもいいんだぜー?」
「ふふっ、じゃあそうしようかな!」
また私たちはクスクスと笑う。
彼方ちゃんは冗談のつもりだろうが、それも良いなと私は思った。
でもそれはあくまでホストクラブの世界での話だ。
私と歩夢ちゃんにはホストクラブを飛び出した未来がある。
それを信じているからこそ、歩夢ちゃんの最終日でも私には余裕があるのだ。
やがて歩夢ちゃんが私のところにも来てくれた。
「卒業おめでとう! 歩夢ちゃん!」
私は歩夢ちゃんに用意していたプレゼントを渡した。
それからシャンパンタワーをオーダーし、キャストみんなと一緒に歩夢ちゃんの門出を祝福した。
「素敵な夜にしてくれてありがとう」
次の卓に向かわなければならない歩夢ちゃんはそう言ってから、「それじゃ、また後でね」と小声で言って席を立った。
今日は最終日ではあったけど、私は歩夢ちゃんとアフターの約束を取り付けていたのだ。
「最後の思い出に」ってお願いして。
歩夢ちゃんは快くOKしてくれた。
結局私は、「今日子ちゃん」やここにいる被りの子たちに勝ったのだ。
その後もフロアでは、シャンパンタワーが飛び合い、ボトルが何本も卸され、ラストイベントは大盛況の中終わった。
歩夢ちゃんの最高売上が更新されたな、と私は思った。
-
続きます。
-
主人公同士の交わりはどうなるかな
-
「ごめん、お待たせ!」
待ち合わせのバーに歩夢ちゃんが来てくれた。
ホストとしての最後の出勤を終えた私服姿のの歩夢ちゃんが。
「歩夢ちゃん、本当にお疲れ様」
「ありがとう」
私と歩夢ちゃんは乾杯する。
「今日は私の我儘聞いてもらっちゃってごめんね」
「ううん。かのんちゃんに誘ってもらって嬉しかったよ」
歩夢ちゃんはにっこりと笑った。
それから私たちはいろいろな話をした。
歩夢ちゃんはこれから頑張りたいことを話してくれた。
私は歩夢ちゃんの夢の話に聞き入った。
素敵な夢だと思った。
「これからも頑張ってね。歩夢ちゃん」
「うん。ありがとう」
私たちはグラスを飲み干した。
-
「かのんちゃんが最後のお客さんで良かった」
歩夢ちゃんが言ったその言葉が本当に嬉しくて。堪らなくて。
そろそろ私も言うべきことを切り出そうかと思ったところで、歩夢ちゃんのスマホが鳴った。
歩夢ちゃんはスマホに出て「うん、わかった」と言った。
「お迎えが来たみたい。そろそろ行こっか」
歩夢ちゃんはそう言うと席を立ち、帰り支度を始めた。
私は動揺する。
今から大切なことを言うところだったのに。
歩夢ちゃんがあっさりお店を出ようとしていることに私は焦りを覚えたが、会計を済ませ、とりあえずバーを出た。
お店の前には黒塗りの車が停まっていた。
「これまで本当にありがとう、かのんちゃん!」
完全にお別れの流れだった。
歩夢ちゃんはこれでいいのだろうか。
本当にこれっきりのつもりなのだろうか。
私の中で戸惑いがぐるぐると回っていたが、いずれにしてもこれが最後のタイミングだった。
「ねぇ、歩夢ちゃん!」
私は切り出した。
「これからも会えないかな? 私たち。普通の女の子同士として」
歩夢ちゃんはしばらく黙って私を見つめていたが、静かに首を横に振った。
「かのんちゃん、ありがとう。気持ちはとっても嬉しいよ。でも私は普通の女の子に戻って、新しい世界で頑張りたいの。だから寂しいけど、かのんちゃんとはここでお別れ」
「ぇ……」
私は絶句する。
こんなはずじゃない。
こんなはずじゃないのに。
「元気でね、かのんちゃん」
歩夢ちゃんは車のドアに手をかけた。
それは私と歩夢ちゃんの永遠の別れを意味していた。
-
もう2度と歩夢ちゃんとは会えない。
その現実が私の首を絞め、胸を締め付けた。
嫌だ。行かないで。
「ま、待って、歩夢ちゃん!」
私はバッグから札束を取り出して歩夢ちゃんに押し付けた。
「お金ならあるから! ほら、このお金もあげる! これからも私頑張って稼ぐから! 歩夢ちゃんにお金全部あげるから! だから私と付き合って、歩夢ちゃん! 一緒に幸せになろ?」
私は必死に訴えた。
頬を涙が伝う感覚があった。
歩夢ちゃんは目を丸くして驚いていたが、それから本当に悲しそうな表情で私を見つめた。
「ごめんね」
歩夢ちゃんはそれだけ言うと、札束をゆっくり押し返してから車に乗り込んだ。
ドアが閉まると車はすぐに発進した。
顔を俯かせた歩夢ちゃんは、もう私のことを見てくれなかった。
残された私は全身の力が抜けていくのを感じた。
「歩夢ちゃん……」
私は札束を落とし、その場に崩れ落ちた。
この現実を現実として認めたくなかった。
何かの間違いであることを願わずにはいられなかった。
-
そこからの記憶はおぼろけだ。
私はフラフラとどこかのホストクラブに入り、女の子たちに囲まれながら、お酒を浴びるように飲んだ。
そしてベロベロに酔っ払った。
気がつくと私は家の玄関のドアを叩いていた。
力いっぱいガンガン、ガンガンとドアを叩いていた。
「歩夢ちゃん! 歩夢ちゃん!」と叫びながら。
そこは私の家ではなかった。
見覚えのないドアだった。
他人の家のドアだ。
「歩夢ちゃん! 開けて!」
朦朧とする意識の中、私は叫びながらそのドアを叩き続ける。
深夜、静まり返った住宅街の中。
でもそんなことには構わなかった。
「お店辞めないで! 辞めないでよ!」
私の拳がドアに打ち付けられる度、ドアは鈍い音を立てた。
私がなぜこんなことをしているのかわからない。
気付いたらこうしていたのだ。
「お金あげるから! 歩夢ちゃん!」
そうか、ここは歩夢ちゃんの家なのだ、と私は気付く。
なぜここに辿り着いたかは全く思い出せない。
でもとにかくここは歩夢ちゃんの家で、中に歩夢ちゃんがいるのだ。
家の明かりはついている。
中にいる歩夢ちゃんに伝えなきゃ。
私の想いを。
そうでないと、もう2度と歩夢ちゃんに会えなくなる。
「歩夢ちゃん、聞いて!」
私は力の限り泣き叫んだ。
「歩夢ちゃん! お願い、開けて! 歩夢ちゃん! 私、もっと稼ぐから! もっとお金あげる! たくさんあげる! 私、大丈夫だから! もっと頑張るから! 歩夢ちゃんのためなら、たくさんエッチする! おばさんに抱かれても、体中舐められても平気だよ! 歩夢ちゃんのためだもん! 全部お金歩夢ちゃんに渡すから! だがらずっと一緒にいよ!? これからもずっと! またシャンパンタワーやろうよ! 私たくさん注文するから! 歩夢ちゃん、お願い! 私と付き合って! 歩夢ちゃん! ここ開けてよ!」
私は何度も何度もドアを殴り続けた。
すると不意に、私の体が何かの強い力で掴まれる。
2人の人間が私を両側から押さえたのだ。
「聞こえてる?」と2人のうちの1人が私に言った。
2人の手によって私は玄関のドアから引き離される。
青い制服が見えた。警察だった。
-
「お嬢ちゃん、何してるの。迷惑でしょ」
警察官が言う。
私はドアの方に戻ろうともがくが、2人の警察官にがっちりと押さえられて動けなかった。
「話聞くからさ、大人しくして」と警察官が言った。
まさか逮捕されるのだろうか。
ヒヤリとした恐怖心が私に舞い降りる。
嫌だ。そんなの嫌だ。
「ちぃちゃん! ちぃちゃん助けて! 私捕まっちゃう! ちぃちゃん!」
また私は叫び出していた。
「静かにしなさい」と警察官に言われるが、私は叫び続けた。
すると目の前の玄関のドアが勢い良く開いた。
家から出てきたのはちぃちゃんだった。
髪を下ろして、部屋着姿のちぃちゃんが、目を見開いて私を見ていた。
「かのんちゃん!?」
そうだ、この家はちぃちゃんの家だ。
私は思い出す。
「かのんちゃん……だったんだ……」
ちぃちゃんはその場で立ち尽くしていた。
ちぃちゃんの背後には、ちぃちゃんのお母さんが心配そうにこちらの様子を見ていた。
お母さんの手にはバットのようなものが握られていた。
-
◆
レストランの明るい店内には、肉の焼ける美味しそうな匂いが漂っていた。
私とちぃちゃんがワクワクしながら待っていると、店員さんが料理を運んできてくれた。
大好きなハンバーグだ。
「いただきます!」
私はハンバーグを頬張る。
ハンバーグはジューシーで、歯応えも抜群、ソースと肉の相性も絶妙だった。
私とちぃちゃんは「美味しいね」って笑い合った。
「ちぃちゃん、本当にありがとう!」
「ふふっ、このお店かのんちゃんと来たかったんだ」
例の警察沙汰から2ヶ月が経っていた。
あの時のことは思い出すだけで死にたくなるし、心の底から反省している。
警察官にも親にもこっぴどく叱られた。
あと1歩間違っていたら本当に捕まっていたかもしれない。
そんなことがあったのに、ちぃちゃんはずっと私のそばにいてくれた。
憔悴し、部屋に閉じこもっていた私に毎日会いに来て、優しく声をかけ続けてくれた。
お陰でどうにか普通の生活を取り戻すことができた。
私はもう虹ヶ咲には通っていない。
風俗の仕事も辞め、お酒もやめ、大学にもきちんと行っている。
ホス狂いは卒業したのだ。
-
「ありがとうございましたー!」
会計を済ませ、お店の外に出た。
繁華街はたくさんの人で賑わっている。
私とちぃちゃんもその賑わいの一部となって、駅の方角へと歩いた。
私は家族とも仲が良いし、大学の友達とも話すし、ちぃちゃんともこうしてよく一緒に遊んでいる。
だがそれでも、時折言いようのない寂しさに襲われることがある。
それは遠い昔に大切な忘れ物をしてきたかのような、胸を締め付ける寂しさだった。
そんな時、私は誰にでもいいから抱かれたくなる。
26歳のお姉さんでも、「お母さん」と呼ばせた女性でも、私の全てを舌で舐めたクラスメイトでも。
誰でもいいから、私を激しく犯して欲しかった。
その疼きをほぐすため、私は歩夢ちゃんのことを思いながら、夜な夜な自慰に耽るのだ。
歩夢ちゃんとの思い出や、あの可愛らしい笑顔を思い浮かべながら絶頂を迎える。
そしてこんな日々がいつまで続くのだろうと思いながら眠るのだ。
きっと今夜もそうするのだろうと思った。
賑わいの中にいるのに、ちぃちゃんが隣にいるのに、私は寂しいのだ。
「あ、ちょっとコンビニ寄ってもいい?」
コンビニの前を通りかかった時、ちぃちゃんが何かを思い出したように言った。
「うん。じゃあここで待ってるね」
私はコンビニの前で、ちぃちゃんの用事が終わるのを待った。
すると目の前を見覚えのある女の子が通り過ぎた。
虹ヶ咲でよく見かけた、「今日子ちゃん」と呼ばれていた被りの子だった。
向こうも私に気付いて立ち止まり、一瞬だけ目が合ったが、すぐに無視して歩き出した。
彼女はすぐそこのビルに入って行った。
ビルには大きな看板が取り付けられており、そこには「ホストクラブ蓮ノ空」とあった。
なるほど、と私は思った。
歩夢ちゃんが虹ヶ咲を辞めた後、彼女は他のホストクラブに行くことを選んだのだ。
看板には華やかで美しいホストたちが写っている。
どの子も可愛かったが、私は真ん中にいるオレンジ色の髪の女の子に目が留まった。
瞳はつぶらで、天真爛漫そうで、その笑顔には心惹かれるものがあった。
ここに行けばまた夢に浸れるのだろうか、と私は思う。
この寂しさを忘れさせ、日々に潤いを与えてくれる、そんな幻想の世界がここにも広がっているのだろうか。
私はその看板に、そのお店に吸い寄せられていた。
あのトキメキをもう一度感じたくて。
「行くよ」
ちぃちゃんの声がしたのと同時に、腕を掴まれ、その場から連れ出される。
急に強い力で引っ張られた私はバランスを崩しそうになるが、なんとかちぃちゃんについて行った。
ちぃちゃんは私を引っ張りながら、ずんずんと歩いていく。
振り返ると「ホストクラブ蓮ノ空」の看板がどんどん遠ざかっていった。
オレンジ色の髪の女の子も小さくなり、やがて見えなくなった。
私はちぃちゃんの方を見る。
前だけを見つめるちぃちゃんの髪が滑らかに揺れていた。
「ちぃちゃん、どこに行くの?」
「もう遅いでしょ。帰るんだよ」
ちぃちゃんは繁華街の出口に向かって進んでいく。
力強く私の手を握って。
おわり
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以上です。
ありがとうございました!
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かのん視点で終始歩夢は綺麗に描かれてるのが一番怖い
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>>59
乙です!
かのん視点の描写が秀逸でした
後、ホストクラブの描写も良い……
出来れば次はキャバクラや風俗に堕ちたLiella!11人のSS読みたいな〜
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乙、不安こそ残ったけど一応は幸せそうな形で終わって良かった
かのんの意識外っぽそうな部分で他のメンバーが不安を煽る商法とかしてないし
皆割とクリーンっぽそうなんだよな
まっファン側が勝手に狂うからバランスは取れてるんだけどね、まるで俺らみたいだ
-
乙
大作やった
-
ホストクラブって怖いとこやなぁ
沼る時の描写上手くて感心した
-
乙!
リメイク前も読んで覚えてたよ。梨子ちゃんが焦って退店してくとこで笑ったからw
前作も面白かったけど、今回でグッと良くなった
-
怖いくらいめちゃくちゃよかった
女性声優に突っ込んでる俺らも明日は我が身だ
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怖いけど面白かった乙
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引き込まれる文章だなあ〜
おもしろかったです
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描写が生々しくて面白い
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