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【SS】花帆「死体はね、蓮の下に咲くんだよ」
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※人がいっぱい死にます
花帆「高校…金沢…!ついに今日から、あたしも大都会デビュー!」
花帆「中学のあたしからは心機一転!ここ蓮ノ空で花咲くんだよ!…ね!?」
さやか「同意を求められても困ります。というかわたしに話しかけていたんですか」
花帆「うん。あなたも蓮ノ空女子だよね?同じクラスになれるかなー?ドキドキするね!」
さやか「はあ…。鉄格子つきの護送車に乗せられて、よくそのテンションでいられますね」
花帆「だって楽しみなんだもん〜!いったいどんな学校なのかな?」
さやか「えっ…。も、もしかして…なにも知らず蓮ノ空に…?」
花帆「もちろん!自分へのサプライズにしたくて一切調べてないんだ〜」
さやか「そうですか…なるほど、知らぬが仏ですね」
花帆「…?あ、そうだ!自己紹介まだだったよね」
花帆「あたしは日野下花帆。3年間よろしくね!」
さやか「村野さやかです。馴れ合うつもりはありませんが…一応よろしくお願いします」
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〜〜〜
花帆「」パタリ
さやか「花帆さん!?机に突っ伏せてどうされたんですか?」
花帆「お店もない、人もいない、未来もない…無い無い尽くしだねぇ」
花帆「まさか学校がこんな山奥にあるなんて…ちゃんと調べておけばよかったなぁ…」
さやか「それは…ご愁傷さまです」
花帆「花帆の高校生活は終了しました。次回作にご期待ください」
さやか「そ、そこまで都会への憧憬が!?」
さやか「大丈夫ですよ花帆さん!ここには草と森と自然があります!あるある尽くしですよ!」
花帆「ぜんぶ緑じゃん!あたしはもっと刺激のある色がほしかったのに〜」
さやか「例えば?」
花帆「んーっと、黄色とか橙とか……"赤"とか」
さやか「……」
先生「今から学校案内をします。クラスのみなさんは先生についてきてください」
さやか「…行きましょう。きっと校舎を周るうちに考えも変わりますよ」
花帆「うん…」
-
〜〜〜
先生「ここは職員室です。先生に用があるときは尋ねてきてください」
先生「ここは科学室です。授業のほか科学部部室としても使用されています」
先生「ここは第一保健室です。怪我や体調不良のときはいつでも頼ってください」
花帆「…"第一"ってことは、第二第三の保健室もあるのかな?」
さやか「確かに…。どこかにあるかもしれませんね」
先生「あちらが体育館で、手前にあるのが部室棟。そして向こうに見えるのがグラウンドです」
先生「…これで一通り構内を見回りました。では教室に戻ります」
花帆「……」
花帆(やっぱり山奥の学校だからなんにもないや…)
花帆(あーあ、学校の中にショッピングモールとか遊園地があればよかったのになぁ)
花帆(そしたら、高校生活も楽しくなったのに…)
花帆「……ん?」
-
花帆(なんだろう、あの広場?あそこだけ周囲から浮いてるような、まるで別世界みたいな雰囲気…)
花帆(窪みの真ん中に四角いステージが鎮座してる…表面は傷だらけで錆色だ…)
花帆(周囲は階段や手すりに囲まれてて…上空には、巨大な鐘が吊るされてる…)
花帆(んー変な場所。いったい何に使うんだろう…?)
花帆「はい、先生。あれって何ですか?」
「!?」ザワッ
えな「うそ…。あの子知らないの…?」
びわこ「みんな見ないフリしてたのに…」
しいな「よりにもよって先生に聞いちゃうだなんて…」
花帆「えっ、え…?どうしたのみんな…?」
さやか「花帆さん…」
花帆「なになに!?もしかしてまずかった…?!」
-
先生「あの場所は、生徒たちが"催し"に使っているみたいですね」
花帆「催し…?」
先生「…それでは、教室に戻りましょう」
さやか「……はあ〜〜〜っ!もう花帆さん、どうなることかと思いましたよ…!」
花帆「えっと、あたし変なこと聞いちゃった…?」
さやか「いえ…。ただ、とても触れづらい話題ではありました」
花帆「さやかちゃんはあの場所がなんなのか知ってるの?」
さやか「え?まあ、ええ、はい…。本当に何も知らないんですね」
花帆「うん…。あ、さやかちゃんさやかちゃん!ちょっと耳貸して!」
さやか「なんですかなんですか?貸しますけども」
花帆(先生のあの態度、どう考えても怪しいよね…?催しってなんのこと?)ヒソヒソ
さやか(わ、わたしの口からはとても……)ヒソヒソ
花帆「えー?そんな〜…」
さやか「百聞は一見にしかず、です。その時が来れば自ずとわかりますよ」
花帆「うーん、そっかー。それにしてもあのステージ、すっごく年季入ってるね」
さやか「…伝統ですからね」
-
〜〜〜
花帆「嘘っ…そんなあ!?」
花帆「山奥だからなのか、電波が届いてない…!」
花帆「お母さんから聞いてた話と全然違うじゃん!…って電話しようと思ってたのに、全然つながらないよぉ!」
花帆「メールも……だめだぁ!インターネットすら通ってないなんて!」
花帆(なんでこんなことに…)
花帆(あたしが望んでいたのは…もっと都会チックで、もっと華やかで、誰もが憧れるキラキラ高校生活…)
花帆(…それなのに!)
花帆(今は鉄格子つきの部屋に軟禁状態…!外界からも完全に遮断されてて…これじゃ監獄だよ!)
花帆(こんな学校やだ!3年間も耐えられないよ!)
花帆(今を変えなきゃ…!そのためには……)
花帆「よーし!脱走だー!」
-
死にそう
-
〜〜〜
花帆「だ、だめだぁ〜!」
花帆(今さらだけど、正門には警備員さんがいるんだ…!これじゃあ通れないよ…)
花帆(森のほうは金網でびっしりだし、抜け道なんてどこにも…)
花帆「!」
花帆(ここ、金網に穴が…!)
花帆(この穴から脱走できちゃうかも……)コソコソ
梢「あら、新入生さん。そこで何を?」
花帆「!?あわわ、上級生…!えっと…」
梢「ふふ、何をしていたか当ててあげるわ」
花帆(ひぃ!怒られる……)
梢「ずばり、迷子になったのね?」
花帆「……え?」
梢「ここにはよく迷子の生徒が来るのよ。でもよかったわ、新入生さんが学校の外に出ていなくて」
梢「…実はね?蓮ノ空から脱走しようとした生徒は皆…行方不明になるそうよ」
花帆「ゆ、行方不明…!?」
梢「毎年100人以上は見かけなくなっているとか」
花帆「そっ、そんなに危険な森なんですか!」
梢「ふふっ。冗談はさておき、外には絶対出ないようにね。わかった?」
花帆「はいぃ…」ガクガク
-
花帆(それにしてもこのセンパイ、すっごく美人!)
花帆(スタイルよくて髪もツヤツヤ!気品もあって、見てるだけでうっとりしちゃう…!まさに大和撫子って風貌!)
花帆(けど、何故か目が濁ってる…?そういえば他の上級生も同じ目をしてたような…)
花帆「あの、センパイはこんなところでなにされてるんですか?」
梢「資材の運搬をね。クラブの活動に使うのよ」
花帆「そうなんですね、あたしも手伝います!」
梢「ありがとう。でも…」
花帆「これを運べばいいんですね?よいしょ……うわぁ?!」
梢「日野下さん!?」
花帆「うぐぅ〜…!お、重いぃ……」ヘナヘナ
梢「『重いから気をつけて』…って今しがた言おうとしたのに」
花帆「すみません〜…調子乗りましたぁ〜…」
梢「しょうがないわね?……ふんっ」ムキムキ
花帆「わあっ!急に軽くなった…!」
梢「普段から鍛えているもの。さ、このまま部室まで行きましょう?」
花帆「はい!」
-
〜〜〜
花帆「はぁ〜…癒されるぅ〜…」ポワーン
梢「ふふっ、お口に合ったようでなによりだわ」
花帆「センパイが淹れてくれた紅茶、ほんとにおいしかったです!身体も心も全回復!」
花帆「それにギターの弾き語りまで聴かせてくれて…もうすっごく満たされちゃいました!今日はありがとうございます!」
梢「いいのよ、すべて私の好意なんだから」
花帆「…」キョロキョロ
花帆「紅茶にギターに……センパイ、ここってなんの部活なんですか?」
梢「!!よく聞いてくれたわ…!」
梢「ここは──スクールアイドルクラブよ!」
-
花帆「スクールアイドル…?」
梢「ええ。…あ、そうだわ!」
梢「実は今度の日曜日にスクールアイドルクラブのライブをやるの!新入生を呼び込むためのライブでもあるからいつも以上に気合を入れているのよ!満足度95%を超える最高のパフォーマンスを披露するつもりだわ!」
梢「よかったらあなたにも観にきてほしいのだけれど、どうかしら?」
花帆「はい!絶対観に行きますね!」
梢「ありがとう!そう言ってもらえてうれしいわ…!」
梢「ところで…あなたの名前、まだ聞いてなかったわね?」
花帆「花帆です!日野下花帆!」
梢「乙宗梢よ。これからよろしくね、日野下さん」
-
〜〜〜
花帆「授業終わったー!土曜はお昼までだから半日のんびりできちゃうね」
さやか「ですね。練習時間が多く取れるのでありがたいです」
花帆「え、練習って?」
さやか「あ…。花帆さんにはまだ話していませんでしたね」
さやか「実はわたし、すでに部活動を…」
ザワザワ…
花帆「…なんだろう?ロビーに人がいっぱい集まってる」
「すげー…いきなりキング対クイーンだ」
「ついに頂上決戦かぁ…」
「新年度一発目だから気合い入ってるね」
さやか「あれは…」
花帆「みんな掲示板のほう見てる…あそこになにか貼り出されてるのかな?…んー!見えない〜!」ノビー
さやか「人が減るのを待ちましょうか」
花帆「えー待てないよ!さやかちゃん、おんぶ!」
さやか「ええっ!?すでに乗る気まんまんで構えてる…!」
さやか「…ああもうわかりました!乗ってください!」
花帆「ありがとうさやかちゃん!よいしょ……あ、見えた!」
-
武 乙
骨 宗
筋 梢
隆
花帆「名前?が書いてあるよ、二人分」
さやか「…そうでしょうね」
花帆「あれ?乙宗って、どこかで聞いたような…」
花帆「……あー!このまえ会ったセンパイだ!」
さやか「お知り合いなんですか?」
花帆「うん!梢センパイはね、あたしが行方不明になりそうなところを助けてくれたの!そのあともすごく親切にしてくれたんだ〜!」
花帆「みんなライブ告知の掲示を見に来てたんだね?スクールアイドル…すごい注目度…!」
さやか「ライブ…ですか」
花帆「確か、今度の日曜日にやるって梢センパイが……って明日だ!」
花帆「さやかちゃんも観に行こうよ。見た目もすごいけど歌声もきれいで〜!もうほんとすごいんだから!」
さやか「はい、元よりそのつもりでした」
花帆「そうだったんだ!今から楽しみだね〜」
さやか「楽しみ…ですか」
さやか「………………」
-
期待
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〜〜〜
梢『本日はライブにお越しいただき、誠にありがとうございます』
梢『みなさんが心から楽しめるよう、私たちも精一杯パフォーマンスしていく所存です。それでは一曲目…』
〜♪
「梢さま〜!」
「今日も美しいですわー!」
花帆「すごーい!ステージに上がったセンパイ、すごく輝いてる…!」
さやか「こ、これが……スクールアイドル…!」
梢『…お聴きいただきありがとうございました。続いては、夕霧綴理のステージです』
さやか「あ、夕霧先輩…!」
花帆「さやかちゃんのお知り合い?」
さやか「はい、わたしを導いてくれた方なんです」
綴理『〜♪』
さやか「夕霧先輩〜!」
「……」
花帆(あれ?さっきより歓声が少ない…みんな聴き入っちゃってるのかな?)
さやか「すごいです…!氷もないのにこれだけの表現力を…!」
花帆「うん……うん!ほんと、すごい…!」
-
花帆(知らなかった…。蓮ノ空にもこんなにキラキラ輝けるものがあったなんて…!)
花帆(今までいろいろ言い訳して、勝手に諦めてたけど……)
花帆(あたしも、自分のやりたいことを見つけて…がんばってがんばってひたすら突き進めば……)
花帆(そしたらいつか、花咲けるのかも…!)
さやか「…ライブ、終わりましたね。それでは行きましょう」
花帆「えっ、もう帰るの…?梢センパイに直接ライブの感想とかお礼を言いたいよ!」
さやか「それは後日にしましょう。一年生は早めに向かわなければ…」
花帆「向かうって、どこに?」
さやか「──決闘場です」
花帆「え…?」
さやか「さあ、行きますよ花帆さん」
花帆「あ!ちょっと待ってよ、さやかちゃんー!」
-
〜〜〜
さやか「…ここが、決闘場です」
花帆「ここって…」
花帆(錆色のステージが鎮座してる謎の広場…!)
花帆(前はガラガラだったけど、今日は生徒がたくさん集まってるみたい。周りの石段は観客席だったんだ…)
花帆「ね、ねえ…。さやかちゃん」
さやか「なんですか」
花帆「前はうやむやにされちゃったけど…」
花帆「この場所って、いったい…」
「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
花帆「ひぃ!?」ビクッ
-
「キングー!仕上がってるよー!」
「やっぱ三年生最強は伊達じゃないな!去年より貫禄が増してやがる…!」
筋隆「しゅぅぅぅ……」ムキムキ
花帆「な、なんなのぉ…?!」
花帆(偉丈夫…いや女の人だよね…?身長2メートルはありそうな人がステージの上に…)
花帆(いやそれより、あの筋肉…!体が岩みたいにゴツゴツしてる…!?制服が今にもはじけそう!)
スッ
梢「どうぞお手柔らかに、武骨先輩」
筋隆「ぬ…!」
「梢さま!いつの間にステージの上へ…?!」
「気配を一切感じさせなかった…!これが二年生最強のクイーン…!」
花帆「あ、センパイだ!梢センパイ〜!」フリフリ
梢「」ニコッ
花帆「さっきまでかわいい衣装でライブしてたのに、もう制服に着替えてる…!これがスクールアイドル…!」
花帆「ところで、二人で向かい合ってるけど…なにするんだろう?」
さやか「……」
-
梢「ようやく武骨先輩との決闘が叶いましたね。今日という日を心待ちにしておりました」
梢「共に最強と謳われた二人のバーリトゥード。…存分に楽しみましょう」
筋隆「言葉など要らぬ。我ら決闘者、舞台に上がれば拳を交えるのみ」
梢「…はい。その通りですね」
ワアアアアアアアアアアア!!
「キングーーー!!!」「梢さまーーー!!!」
さやか「いきなりボルテージMAXですね…」
花帆「な、なに…?これからなにが始まるの……?」
さやか「…花帆さん。どうか目を逸らさず、最期の瞬間まで見ていてください」
さやか「花帆さんの知らない──本当の蓮ノ空がありますから」
ゴーン ゴーン ゴーン…
花帆「わ、鐘が鳴ってる…!」
さやか「……さあ、始まります」
-
鈍色のステージの上。制服に身を包んだ二人が相見える。
張り詰めた緊張が会場を包み、須臾の時を永劫にすら感じさせる。どちらが先手を打つか、取り囲む観客たちは固唾を飲んで見守っていた。
梢が動いた。ステージを踏み鳴らし、筋隆までの距離を一息に詰める。
目にも止まらぬ梢の拳打。
しかし、それらはすべて大木のような腕に阻まれた。
梢「………っ!?」
手応えがなく、たじろぐ。生じた一瞬の逡巡。
その隙を筋隆は逃さなかった。高く掲げた巨手を振り下ろす。
筋隆「ふんぬっっっ!!!」
梢「──!!」
-
大砲のような拳が錆びた鉄塊に打ちつけられる。
その衝撃は地を伝い、観客席にまで波及した。
花帆「きゃあっ!?」グラッ
さやか「大丈夫ですか花帆さん!」
花帆「う、うん……それより、梢センパイ!」
梢「ふっ……!」
筋隆「!!」
拳を避けられないと察知した梢は、身体を捻ることでダメージを軽減。
さらに筋隆の膂力をタービンのように利用し、旋回する。華麗なピルエットは勢いを増す。
跳躍。ブレない回転軸。栗色のスカートが花開く。
梢「………ふっ!!」
回転エネルギーを右足に注ぎ、がら空きな巨体の脇腹へと打ち込む。
筋隆「んぐぁああっ……!!?」
砕けた骨の音が、筋隆の叫声にアクセントを加える。
-
「うぉおおおー!いい蹴り入ったー!!」
「あんなに苦しそうなキング、初めて見た…」
「頑張れー!梢さまー!」
花帆「……なんで、あの二人…戦ってるの…?」
花帆「これ、格闘技…じゃないよね……?テレビで観るスポーツより生々しいし…本気で攻撃してるし…」
さやか「…これが蓮ノ空の伝統──"決闘"です」
花帆「決闘…」
さやか「ここ蓮ノ空では毎週日曜日になると、選ばれた生徒同士で決闘を行います」
さやか「対戦カードは前日の土曜日に貼り出されるみたいですね。今週は武骨先輩と乙宗先輩が選ばれたので、今こうして二人による決闘が執り行われているわけです」
花帆「その、決闘って……なんの目的が…?」
さやか「うーん…勝者を決めるため、ですかね」
花帆「勝者…それってどうやったら決まるの?どこにも審判が見当たらないんだけど」
さやか「生き残った人が勝つ…それだけです」
花帆「……じゃあ…つまり…」
さやか「…はい」
さやか「決闘では毎回必ず、どちらかが死にます」
花帆「…………!」
-
さやか「あのお二方は今、相手を殺すつもりで戦っています」
さやか「いえ、殺すつもりではなかったですね。殺すために、です」
花帆「え、えっと……冗談だよね?」
さやか「これが冗談に見えますか?」
花帆「……」
花帆「…わかんないよ」
花帆「なんで……なんで?生徒同士で戦って…殺し合わなきゃいけないの…?」
花帆「こんなのおかしいよ……」
さやか「……」
花帆「ねえさやかちゃん!答えてよ…!」
花帆「なんで…決闘なんてものがあるの…?なんでみんな普通に受け入れてるの…?なんで許されてるの…?」
花帆「ねえ……?」
さやか「……」
さやか「……伝統だからです」
花帆「……なに、それ…」
さやか「それが蓮ノ空女学院なんですよ。わかってください」
さやか「花帆さん…。わたしたちにできるのは…この対決の行く末を、ただ見守ることだけです」
花帆「…………」
-
間合いをはかり、対峙する二人。
筋隆は呼吸を乱し、時折砕かれた脇腹を摩る動きを見せる。それでも威圧的な双眸で梢を睨めつけている。
一方の梢は相手の隙を待つばかりで、なかなか踏み出せずにいた。
膠着が続く。
「おーい!最強対決なのにいつまで見合ってんだ!」
「こっちは強打の応酬が見たいんだよ!」
「早くヤり合いなさいよ!」
梢「…」
筋隆「………っ」
梢「!!」
筋隆が脇腹を抑えるタイミング。その隙を狙って梢は飛び込んだ。
梢の胸の高さほどにある筋隆の腹部へ、虚をつく一撃。
筋隆「ぐぅっ……!」
-
梢「チャンスっ…!」
よろめく筋隆の胴体。梢は拳を握り、腹部に目掛けて殴打の雨を降らす。
梢「っ!!」
殺気が肌を走る。
上を見やると、振り下ろされた鉄拳が眼前に迫っている。
梢は再び身体を捻り、相手の攻撃を自身のエネルギーに昇華。バレエ仕込みの美しい旋回で宙に飛立つ。
梢「………ふっ!!」
先ほどよりも高く舞い上がり、筋隆の頭部に回し蹴りを繰り出した。
筋隆「…………二度は通じぬ」ガシッ
梢「……っ!!?」
打ち放たれた梢の蹴りは、筋隆の頭部に届くことなく制止する。
筋隆はわざと隙を見せ、相手の攻撃を誘っていた。
もがく梢。しかし巨大な右手が梢の健脚を捕えて離さない。筋隆の策は見事に奏功した。
梢「…………──っ!!!」
筋隆が剛腕を振り回すと、その頭上に楕円が描かれる。徐々に加速し、紫の毛筆は艶やかな軌跡を宙に残した。
時折、なにかの液体が遠心力を借り、観客の元まで飛散する。
梢「──────っっっ!!!!!」
風切り音と甲高い奇声が幾重にもこだまする。
声が止んだ頃。筋隆は回していた腕を振り上げ、そして、
筋隆「…………ふんぬっっっっっ!!!!!」
梢を、鉄のステージに叩きつけた。
-
花帆「いやああああああああっ!!!」
花帆「梢センパイっ!!梢センパイ…!!」
さやか「お、落ち着いてください花帆さん!」
花帆「い、いやぁ…梢センパイが…!優しかった、梢センパイが…鉄板に叩きつけられて……」
さやか「大丈夫ですよ!ほら、よく見てください!」
花帆「えっ……」
筋隆「ぬぅ……!?」
梢「ぜえ、ぜえ、ぜえ…………」
梢は体躯を柔軟に曲げ、全身で筋隆の腕にしがみついていた。
遠心で頭に血が上り、顔は紅潮。息も切れ切れで、焦点も合わない。
だが梢は微笑む。
梢「…幼少の頃から、ね……私…バレエを、習っていたの…。そこで得た技能は、今まさに活きているわ…」
梢「家族に…そして過去の自分の努力に、感謝しなくちゃいけないわ……ねっ!」ギュウウウ
筋隆「ぬおぉぉっ……!?」
タコのように腕へと絡みついた梢。その渾身を絞り上げ、筋隆の剛腕を締めつける。
-
筋隆「ぐぅ…ぅ……このっ……!」
梢「んーーー!!」ギュウウウ
振り払おうと躍起になる筋隆。それでも梢は抱きついて離れない。
鍛え上げた筋肉を絞り上げ、巨木を砕かんとする。
筋隆「ふぅ……!ぐぬぬっ………!!」
抱擁はいよいよ激しさを増す。軋む関節が、筋肉が、血管が、悲鳴を上げる。
筋隆「ぐぅぅっ………はな……れろぉ…………!!!」
梢「んーーーーーーー!!!」ギュウウウウウウ
筋隆「──っ!!!」
カクン。筋隆の抵抗が霧散する。
ようやく解放された梢。すぐに立ち上がり、疲弊した身体を奮起し、跳ねるように間合いを取る。
一呼吸をおいて、スカートを二、三払う。
筋隆「ああっ……!ぐっ…ううぅ………」
垂れ下がった筋隆の右腕。その丸太のような腕は力無く揺らめくだけ。
梢「……可哀想にね。腕が使い物にならないなんて」
筋隆「ふぅぅ……ふぅぅぅ………っ…!」
梢「これ以上、苦しまないよう」
足に全力を込め、地を蹴り放つ。
梢「──すぐ終わらせるわ!」
-
梢「ふんふんふんふんっ……!!!」
筋隆「っ……!!」
梢、怒涛の攻撃。
筋隆の隻腕では防ぎきれず、急所への強打を許してしまう。
開け放たれた鳩尾に重い拳がめり込む。
筋隆「がはっ……!!」
血反吐を浴び、紫の髪が赤に染まる。それでも猛攻は続く。
胴に風穴空けんとする連撃が、巨岩を穿とうとしていた。
「いけいけ!そのままころせー!」
「いやあ!キング死なないでー!」
花帆「あっ……梢センパイ!!」
梢「────!!?」
気づくと、梢は天を仰いでいた。荘厳な鐘は静謐を保ち、梢たちの決闘を見守っている。
起き上がり、周囲を見回す。いま自分が観客席にいることを瞬時に理解する。
右半身と背中の鈍痛が、事の経緯を雄弁に語ってくれた。
梢は一飛びでステージへと帰還。そして、自分を吹き飛ばした筋隆の右腕を静かに見つめる。
梢「…………」
もはや動かないと思われたその右腕。筋隆は身体を捻ることで垂れ下がった腕を鞭のように撓わせ、梢に強烈な一打を喰らわせた。
梢「すみません、油断していたのは私のほうでした。実にお見事です」
筋隆「…言葉は要らぬ」
梢「……ええ、そうだったわね」
-
梢が駆ける。それと同時に、筋隆は生きている左腕を振りかぶる。
間合い1メートル強──先に届いたのは筋隆の攻撃。
筋隆「ふんぬっ………!!」
梢は迫る隻腕を軽く往なし、相手の懐へと潜る。
筋隆は身体を反転させ、再び鞭打を繰り出す。
梢はしゃがんで大振りの右腕を躱わす。
梢「……はあっ!」
今が好機と、梢は地に着けた手を支えに、ふらついた筋隆の右膝に蹴りを喰らわす。
筋隆「っ…!?」
100キロ超を支えてきた柱の片方が折れる。自由の効かない右腕も相まって、筋隆は大きくバランスを崩す。
覚束ない右足で踏ん張る筋隆だったが平衡は戻らない。拝跪するような姿勢で前傾に倒れかかる。
2メートル近い巨躯の、その頭部が、初めて下がった瞬間だった。
梢は飛び上がり一歩退く。そこから間髪入れずに構え、
梢「──ふんっ!!」
しなやかな右足で垂直に蹴り上げる。
その強烈な一撃は美しい縦一文字を描き、筋隆の顎を砕いた。
-
筋隆「あが………!!ああっ……あ…!?」
開いた口は塞がらず、周囲に涎を撒き散らす。
均衡の崩れた身体。加えて、揺れる脳が視界を乱す。
それでもなお、王が膝をつくことはなかった。
梢「……」
梢はステージに上がった時と同様、気配を消して近づく。
すると、筋隆がなにかを察し、手当たり次第に暴れ始めた。
筋隆の視覚と聴覚は機能していなかった。
筋隆「ああああああああああああっっっ!!!!!」
動かすたびに激痛に悶えるであろう右腕を、際限なしに振り続ける。
筋隆「ああっ………あああ!!ああああああっっっ!!!!!」
暴走する筋隆。ふらつく足が、徐々に梢との距離を縮めていく。
梢「……」
梢は冷静に相手を観察。
姿勢を下げ、筋隆の左足を蹴り払う。
筋隆「………!!」グラッ
支えを失った巨体は、勢いそのまま梢のほうに倒れ込む。
右足を引き大股を開いた梢。
ステージを踏み締め、右手を弓矢のように引き絞り──放つ。
筋隆「あっ…………が…………………………」
梢「…」
穿たれた巨岩。梢の右手が筋隆の心臓を掴んだ。
心臓を握り締める。しばらくの痙攣。そして完全に静止した。
-
ゴーン ゴーン ゴーン…
「うぉーーー!二年が三年に勝ったー!!」
「流石です梢さまー!」
「うそ…あのキングが負けるなんて…!」
花帆「……………………」
「はいはい、どいてー。死体運搬するからねー」
「せーので……って重っ!?」
「だれか運ぶの手伝ってー!二人じゃ無理だってこれ!」
花帆「……………………」
「一、二年のみんなは決闘場の掃除よろしくね〜」
「掃除のやり方は二年が教えてくれる…はず!わかんないことあったら聞けばいいから!」
花帆「……………………」
さやか「……花帆さん」
花帆「…えっ?ど、どうしたのさやかちゃん」
さやか「さっきからずっと呼びかけてましたよ」
花帆「……そっか」
さやか「…一年生も掃除、あるので…手伝わなければ」
花帆「…………うん…」
-
花帆「…………………」ゴシゴシ
花帆(ついさっきまで、決闘をしてたステージの上…)
花帆(床に広がる血や体液が、南中するお日様に照らされて…キラキラ輝いてる…)
花帆(眩しすぎて…眩暈がする…)
さやか「…ここで、戦っていたんですね……」ゴシゴシ
花帆「…………」
さやか「素手と素手でぶつかり合って…骨が砕けて…肉が抉れて…血がはじけて……」
さやか「最後は、胸を一突き──ううっ!」オロロロ
花帆「さやかちゃん!!大丈夫!?」
さやか「おぇっ…おぇっ……す、すみません…」
花帆「さやかちゃん…」サスサス
花帆(さやかちゃん、気丈に振る舞ってたけど…ほんとはずっと無理してたんだ…)
「おい!なにやってんだ一年!」
花帆「ひぃ!?」
-
紅子「嘔吐は死ね!」
さやか「す、すみません…自分で掃除しますので…」
紅子「汚ねぇもん見せんなっつってんだよ!ああ!?」
花帆(さやかちゃんが責められてる…!あたしが守らなきゃ!)
花帆「……そ、そこまで言う必要…ないんじゃないですか?」
さやか「花帆さん…」
紅子「…あ?なんだてめぇ…先輩に歯向かうってのか?」
花帆「えっ!?いや、あの…」
紅子「一年が……調子乗ってんじゃねぇぞ!!」
花帆(ひぃ!殴られる──)バッ
花帆「…………」
花帆「…………」
花帆「…………あれ?」
梢「調子に乗っているのはあなたのほうよ。毒島さん」グググ
紅子「お、乙宗ぇ…!」
花帆「梢センパイ!」
-
紅子「いた、いたた……くそっ、放せよ!血まみれの手で触んな!」
梢「あら、ごめんなさい」パッ
紅子「ちっ…!今日のところは勘弁しといてやる!」タタタ
梢「行ってしまったわ。…来週が楽しみね」
さやか「花帆さん!お怪我はありませんか…?」
花帆「う、うん…平気だよ、ほら!」
梢「よかったわ、二人とも無事で…」
花帆「梢センパイ…!」
さやか「あの、助けていただきありがとうございました!」
梢「いいのよ。しかし困ったものねぇ?校内での暴力行為は校則違反なのだけれど…」
花帆「…………え」
-
花帆(さっき、あれだけ暴力を振るって……人を殺したのに……そっちは校則違反にならないの…?)
花帆(いや、校則どころか…法律とか倫理的におかしいよね…)
花帆(なんで全部全部…許されてるの…?)
梢「日野下さん、立てる?ほら私の手に掴まって」パッ
花帆「──!」
花帆(さっき……人を殺した手…!!)
花帆「あ……あああ………」
梢「…あら、ごめんなさい。血がついてないほうの手がよかったわね」
梢「さあ」パッ
花帆「っ……!」
花帆「………………いやあっ!!」パチン
-
梢「」
花帆「あっ…!ご、ごめんなさいー!」ビューン
さやか「花帆さん!」
さやか「……行ってしまいました」
さやか「あの、乙宗先輩…」
梢「」
さやか「花帆さんは、決闘のことをついさっき初めて知ったんです…だから、まだ心の整理がついていないというか…」
梢「」イイノヨ
さやか「えっと…」
さやか「……」
さやか「では、わたしは掃除の続きに戻りますね…」
梢「」テツダウワ
さやか「あ…ありがとうございます…」
-
〜〜〜
花帆(おかしいおかしいおかしい…)
花帆(ぜっっったいに!おかしいよ…!)
花帆(学校で殺し合いをさせて、人が死んで…それなのに、みんな黙って見てるだけなんて…!)
花帆(こんなの絶対……許しちゃだめだよ…!!)
花帆(来週の日曜日にも…やるんだよね…?早くしないと、まただれかが死んじゃう…!)
花帆(とりあえず職員室に行って、先生たちに学校で起きているこの惨劇を伝えなきゃ…!)
先生1「伝統だからね」
先生2「伝統だから…」
先生3「伝統ですから」
花帆「えええええーーー!?」
-
花帆(どういうことなの…?)
花帆(先生もみんな『伝統だから』としか言わない…!全然まともに取り合ってくれないよ…!!)
花帆「こうなったら、一縷の望みを託して生徒会に……」
沙知「んー、伝統だからねー。無くすわけにはいかないのだよ」
花帆「そ、そんな!会長はおかしいと思わないんですか!?学校で毎週、殺し合いをするなんて…」
沙知「郷に入ればなんとやら〜だよ、新入生ちゃん。ここはそういう学校なわけ」
花帆「…だったら、警察に」
沙知「おっと、それはやめておいたほうがいい」
沙知「脅しみたいで申し訳ないが、過去同じことをして"行方不明"になった生徒が何人もいる。…私も実際見たからねぃ」
花帆「で、ですけど…」
沙知「はい、お話はおしまい。私もけっこう忙しいんだからさ?ほら帰った帰った」
花帆「……はい…失礼しました…」
花帆(絶対……おかしいよ………)
-
〜〜〜
花帆「れっらいうぉわうぃいうぉ…(絶対おかしいよ…)」ブクブク
さやか「花帆さん、湯船に顔をつけるのはお行儀がよくないですよ」
花帆「…」ブクブク
花帆「…あ!さやかちゃん!!」ザバン
さやか「わあ!?な、なんですかいきなり!」
花帆「こんなところ、二人で逃げ出しちゃおうよ!」
さやか「に、逃げるって…」
花帆「脱走だよ!」
さやか「……はあ?脱走…?」
花帆「前に失敗したときにね、見つけておいたんだ!蓮ノ空唯一の脱出口を…!」
さやか「すでに試みていたんですね…」
花帆「あのね!森のほうに金網が張り巡らされてるでしょ?だけど裏手に抜け道があるんだー!」
さやか「…そこから脱出する、と」
花帆「うん!」
さやか「…花帆さん」
花帆「なあに?」
さやか「はあ……お湯に浸かっていますが、頭を冷やして考えてみてください」
さやか「…この学校から逃げることは不可能なんです」
-
花帆「そ、そんなのやってみないとわからなくない…?」
さやか「事後では手遅れなんですよ」
さやか「いいですか?蓮ノ空女学院には決闘という伝統があります」
さやか「その拘束力は凄まじいもので、決闘に関するルールは絶対遵守……法すら超越するとか」
花帆「ルールとかあるんだ…」
さやか「まあ不文律らしいですが…例えばこんなものがあるそうです」
──決闘者は、鐘の音が鳴り終えるまでに決闘場に集まらなければならない。
花帆「鐘の音…。鐘って、あの吊り下がってる巨大な鐘のことだよね?」
さやか「はい。そしてこの決闘者というのは、学校から逃げた人すらも対象になり得るんですよ……この意味がわかりますか?」
花帆「…わかりません」
さやか「正直ですね…」
さやか「蓮ノ空の生徒全員が決闘者候補…なので、地球の反対まで逃げたとしても、知らぬ間に決闘者に選ばれている可能性だってあります」
さやか「もちろん、逃げた人は決闘場には来ませんよね。すなわちルールを破ってしまうわけです」
花帆「…でも、逃げちゃったならルールなんて関係なくない?」
さやか「あるんですよ、それが。蓮ノ空の伝統は、地の果てだろうとどこまでも追いかけるという噂です」
花帆「えっ…」
さやか「ルールを破った者がその後どうなるかは知りません。大方の察しはつきますが」
花帆「…行方不明、とか?」
さやか「まあ、そんなところでしょうね」
さやか「お分かりいただけましたか?…この学校からは、卒業以外の方法で抜け出すことはできないんですよ」
花帆「…………」
-
花帆「じゃあさやかちゃん、一緒に脱走しよっか!」
さやか「えええっ!?わたしの話、なかったことにされました…?!」
花帆「ルールとかそんなの知らないし!とにかく逃げようよ〜!」
さやか「いや、ですから…」
花帆「さやかちゃんこそ冷静に考えてみてよ!蓮ノ空の生徒はみんな、決闘者になる可能性があるんでしょ?」
花帆「てことはさ……あたしたちだって他人事じゃないんだよ?!」
さやか「…そうなりますね」
花帆「もし選ばれたら…昨日みたいに殺し合いをしなくちゃいけないんでしょ?あたし、死ぬのも誰かを殺すのもやだよ!」
花帆「だったら決闘からもルールからも逃げるしか………ん?」
さやか「…花帆さん?」
花帆「……そういえば、さやかちゃんは蓮ノ空に来る前から…決闘のこと、知ってたんだよね?」
さやか「まあ、はい」
花帆「こんな伝統があるって知ってたのに…どうして、蓮ノ空に来ちゃったの…?」
さやか「…………」
さやか「…その話は、また今度にしましょう」
花帆「さやかちゃん…?」
さやか「とにかく!脱走なんて無理です!」
さやか「くれぐれも一人で逃げようだとか、変な気を起こさないでくださいね?」
花帆「うう、わかりました…」
-
〜〜〜
花帆「よーし、脱走だー!」
花帆(授業サボったら怪しまれるかもだから昼休みまで待った!ついでに食堂でオムライスも食べた!これで準備万端!)
花帆「さようなら、蓮ノ空……今日からあたしは自由だー!」
花帆「……んぐぐっ!あれ、通れない〜!なんでー?!」
花帆「ええっ、嘘…?胸が金網に引っかかって……んぐー!」
花帆「ぜえ、ぜえ……だめだぁ…また脱走失敗…」
花帆「あたしはこのまま決闘に巻き込まれて、儚く散る運命なんだぁ…」
鷹「キー!」
花帆「いいなぁ…あたしも空を飛べたら、どこまでも自由に飛んでいけるのに…」
花帆「はあ…。逃げられないなら大人しく校舎に戻って……」
花帆「……あれっ!?今度は制服が引っかかって戻れなくなっちゃった!!」
花帆「どうしよう…!とりあえずさやかちゃんに連絡…あ、この学校…電波届いてないんだった」
花帆「だれかに見つけてもらうまで身動き取れないよ…でも、こんなとこ人なんて通り掛からないよね…」
花帆「え、もしかしてあたし、決闘どころか金網に突っ込んだまま死んじゃう?!そんなのやだ〜!!」
花帆「だれかー!助けてください〜!!」
梢「まさか、と思い様子を見にきてみれば…」
花帆「梢センパイ…!」
-
ズルズルズル…
花帆「センパイ〜!ありがとうございます、助かりました〜…」
梢「まったく、手のかかる子ね。またこんなところに来て、いったいなにを企んでいたのかしら?」
花帆「うっ、それは…」
梢「…まあいいわ。それより服がところどころ解れているわね」
梢「その…部室に行けばすぐに繕ってあげられるのだけれど…ど、どうかしら?」
花帆「っ…」
花帆(優しかった梢センパイ……でも、リングの上では化け物みたいに暴れて…)
花帆(……その手で…人を殺したんだ…)
花帆(人殺し……人殺し…………)
花帆(ヒ ト ゴ ロ シ)
花帆「……すみません!」ビューン
梢「あっ」カホサン…
-
花帆(思わず逃げちゃった…)
花帆(センパイは悪い人じゃないってわかってるのに…)
花帆「きゃっ」ドン
さやか「おっと…大丈夫ですか、花帆さん?」
花帆「う、うん…。支えてくれてありがとね…でも、もういいよ」
さやか「はっ、失礼しました!わたしってば…」オムネヲ…
花帆「…さやかちゃんはどうしてここに?」
さやか「昼食後、花帆さんが急にどこかへ向かわれたので、例の脱走を実行しているのでは…と思いまして」
花帆「ぎくっ!」ギクッ
さやか「やれやれ…」
花帆「でも思ったより穴が小さくて出られないってわかったから、もう脱走なんてしないよ!安心して!」
さやか「それならいいですが…」
さやか「…ああ、花帆さん!手から血が出ています…!」
花帆「あー…さっき切っちゃったのかな?保健室行ってくるね」
さやか「でしたら、わたしも付き添います」
花帆「ありがとうさやかちゃん!」
-
〜〜〜
花帆「失礼しまーす」
さやか「…どうやら先生はいないようですね」
三年生「ねえ、なんの用?」
花帆「あ、手を怪我したので消毒を…」
三年生「そんな軽傷で来ないでくんない?」
花帆「え…?」
さやか「えっと、ここは保健室ですよね?」
三年生「違う違う、第一保健室。ここに来ていいのは三年生か、決闘で負傷した重傷者って決まってんの」
花帆「じゃあ軽傷の一年生は…」
三年生「さあ?第二か第三にでも頼れば?」
花帆「そんなぁ…」
三年生「わかったら出てってくんない?」
花帆「うう、すみません…失礼しました…」バタン
さやか「まさか保健室をたらい回しにされるとは…」
花帆「やっぱ変だよ、この学校…」
花帆「伝統も…伝統に従う先生や生徒も、みんな…」
さやか「花帆さん…」
慈「……」
慈「一年生、か…」
-
とりあえずここまで
毎週人が死ぬ設定なのでオリキャラがいっぱい出てきていっぱい死にます
-
〜〜〜
花帆(蓮ノ空に入学してから一週間。いろいろあったなぁ…)
花帆(さやかちゃんに出会って、スクールアイドルに出会って…)
花帆(それから…決闘があって……)
花帆(…………)
えな「花帆ちゃんー」
花帆「あ、えなちゃん」
えな「ねえねえ、花帆ちゃんまだ部活決めてないんでしょ?」
花帆「う、うん。ちょっと考え中…かな……。それどころじゃなかったし…」
びわこ「あの、よかったら…なんだけど」
しいな「私たちと一緒に、合唱部に入ってみない?」
花帆「合唱部…。三人は同じ部活なんだね」
えな「そうそう。せっかくだし花帆ちゃんもどうかなーって」
びわこ「無理にとは言わないけど…」
しいな「まだ決まってないならさ、どう?」
花帆「うーん…」
-
しいな「…迷うってことは、どこか入りたい部活があるんだ?」
花帆「!」
びわこ「図星…?」
花帆「……」
花帆「あ、さやかちゃんさやかちゃんーーー!」
さやか「遠距離から話しかけないでください…!なんですかなんですかーーー?」
花帆「さやかちゃんは何部に入部するのーーー?」
さやか「わたしはすでに入部済みですーーー!」
花帆「えっ!そうなの?初耳なんだけどーーー!?」
さやか「わたしはスクールアイドルクラブに入りましたーーー!」
花帆「!そっか……だからこの間、ライブに…」
花帆「じゃあ…あたしも同じとこに…」
さやか「…そんな理由で決めていいんですか?」
花帆「!」
さやか「花帆さんが本当にしたいことはなんですか?」
花帆「……あたしが、したいのは…」
梢「日野下さん」ヒョコ
花帆「ぎゃあ!!?」
梢「化け物を見たかのような反応ね…。流石の私も傷つくのだけれど…」
花帆「あ……ご、ごめんなさいセンパイ…」
-
えな「すご!本物の乙宗梢…!」
びわこ「制服直ってる…何着持ってるんだろう?」
しいな「クイーンはやっぱり格が違うっていうか…オーラやば…!」
梢「…あの、日野下さん…」
花帆「は、はい…」
梢「今度の日曜日──」
花帆「っ!!」
梢「……また、ライブをやるの。前みたいに荷物運搬や力仕事を手伝ってもらえたらとても助かるのだけれど…」
花帆「…ライブ、ですか」
さやか「確か、毎週決闘の前にライブをされているんですよね。去年からの習慣だとか」
梢「そうなの。実はスクールアイドルクラブは慢性的に部員不足で…入部希望も村野さん一人だったし」
梢「よ、よければ…手を貸してもらえないかしら…?」
花帆「でもあたし、非力ですし…」
梢「いいのよ!もし大変なら、いるだけでもいいから!」
花帆「えっ、それあたしの意味あります?」
梢「うぐっ…!」
さやか「正論突き…」
-
梢「…」チラッ
えな「えっ?」
梢「…」チラッチラッチラッ
えな「……あー、花帆ちゃん!先輩が頼んでるんだからさ、ほら!手伝ってあげなよ!」
びわこ「う、うん!情けは自分のためにもなると思うし」
花帆「みんな…」
しいな「この学校にいたらどうせムキムキになるんだから、早めに鍛えておいて損はないんじゃない?」
花帆「む、ムキムキ…」
さやか「花帆さん…。少なくとも脱走計画に青春を捧げるよりは建設的だと思いますよ」
花帆「うっ…」
花帆「……わかりました」
花帆「梢センパイのこと…お手伝いします」
梢「ありがとう日野下さん…!」
-
〜〜〜
花帆「わん、つー、わん、つー」パンパン
花帆(梢センパイのダンスをこんなに間近で見られるなんて…!所作の一つひとつが艶やかで美しい…)
花帆(……)
花帆(ほんとに…決闘の時とは別人みたい……)
梢「ごめんなさいね、いろいろ手伝ってもらって」
花帆「いえ…。こちらこそ、センパイに冷たい態度ばかりとってすみません」
梢「いいのよ。…それで、ダンスはどうだったかしら?」
花帆「あ…いい感じだと思います!ただ…」
梢「ただ?」
花帆「なんというか…左寄り?な気がしました。素人意見ですけど」
梢「そう…やっぱり。この間の決闘の傷をかばってしまっているのね」
花帆「決闘……うっ…。すごく激しかったですもんね…骨とか折れなかったですか?」
梢「右肩と右腕、あばらも少し。あと右脚を断裂しているみたい」
花帆「えっ!それでよく学校に来れてますね…。日曜日、大丈夫なんですか?」
梢「ええ、ライブまでには治すわ。気合いで」
花帆「わ、根性…」
-
花帆「あの、そこまでしてライブをする必要ってあるんですか?」
梢「…………」
花帆「決闘もあって、体もボロボロなのに…無理しなくても…」
梢「……このライブだけはね、休まず続けたいの」
花帆「どうしてですか…?」
梢「そうね…。去年の今頃、私には思うところがあったのよ」
梢「蓮ノ空では日曜日になると必ず人が死ぬ……それに重傷を負ったり心に傷がつく人も少なくないわ」
梢「だから私は…できるだけ楽しい思い出を作ってあげたいと思った」
梢「生きる希望を持ってほしい……どんな最期だとしても『生きててよかった』と思えるような体験をみんなに与えたい」
梢「…誰も望んでいないかもしれない、私の独りよがりなのかも……」
梢「それでも、このライブだけは続けるって決めたの。これが蓮ノ空の生徒のためにできる唯一の救いだと信じているから」
花帆「……!」
花帆「センパイは…そんな想いを背負ってライブを…!」
梢「不謹慎だと言われることもあったわ。人を殺したくせに綺麗事だということも重々理解しているつもり…」
梢「…ただ、私にできるのは…せめてこれくらいなのよ」
花帆「……あ、あたしは!梢センパイを応援します…!」
花帆「誰がなんと言おうと…センパイは胸を張っていいです!花帆が保証します!」
梢「日野下さん…!」
花帆「だから、その……これからもライブ、がんばってください!」
梢「ええ…!あなたにだけでもそう言ってもらえて、とてもうれしいわ…!」
梢「…それじゃあ、練習再開よ!少しでも完璧な私に仕上げなくっちゃ!」
花帆「はい!どこまでも付き合います!」
-
〜〜〜
花帆(梢センパイと過ごすようになってから、段々とセンパイへの見方が変わってきた)
花帆(優しいセンパイから、人殺しへ…)
花帆(人殺しから…頼れるセンパイへ!)
花帆「あ、ロビーのところ…また人集りが…」
梢「明日の対戦表ね。さて、どうなっているかしら」
花帆「この決闘者ってどうやって選ばれるんですか?」
梢「…わからないわ。新入生や転入生、怪我人は一定期間の免除があったりするのだけれど」
梢「先週は新年度初回とあってエンタメ重視だったわね。見世物として楽しむ需要もあるみたい」
花帆「そうなんですね…。それって誰が決めてるんですか?」
梢「この学校の人間よ。それ以上はだれも知らない」
-
梶 毒
井 島
美 紅
柑 子
梢「梶井美柑(かじいみかん)さん…相手は同じ二年生になったのね」
花帆「……このうちのどちらかが、明日…亡くなる…」
梢「あるいは両方…ね」
花帆「えっ…」
花帆「あの、あたし、まだ決闘のこと全然知らないんですけど……二人とも亡くなった場合はどうなるんですか?」
梢「なにもないわ。ただ、二人死んだというだけ」
花帆「…じゃあ、決闘に勝ったらなにが貰えるんですか?」
梢「なにも。負けた者はすべてを失うけれど」
花帆「……?」
花帆「えっと、つまりただ殺し合って、なんの意味もなく人が死んでいく…ってことですか?」
梢「…そうなるわね」
花帆「じゃあ…なんのために決闘を…?」
梢「……伝統だからよ」
-
〜〜〜
梢『〜♪』
「梢さまー!愛してるー!」
「私に花丸してー!」
花帆「すごい熱量…」
花帆(不思議…というか、すごく違和感…)
花帆(みんな、死ぬのは嫌なはずなのに…なぜか伝統に逆らうことだけは絶対にしない…。逆らえないにしても、ちょっとは反抗的になりそうなのに…)
花帆(さやかちゃんから聞いたんだけど、運動部や文化部では決闘で生き残るための訓練をしてるらしい。格闘術なんかを先輩から教わるのだとか…)
花帆(…それでもやっぱり、誰かは死ぬ……伝統がある限り永遠に続くんだ…)
花帆(……けど!黙って見てるだけなんていやだ…!)
花帆(梢センパイみたいに、あたしにもできることはないかな…?)
花帆(蓮ノ空のみんなのために、できること…)
梢『みんな、盛り上がっているかしらー!?』
さやか「はーい!盛り上がってまーす!」
花帆「……」
花帆(あたしに、できること……)
-
〜〜〜
綴理「…ボクもいっしょでよかったの?」
さやか「当然じゃないですか。夕霧先輩も同じスクールアイドルクラブなんですから」
花帆「わあ、もう超満員…!」
梢「ごめんなさいね。私のせいで遅れてしまって…」
花帆「いえいえ!センパイは生徒のために素晴らしい活動をされてるんですから!気にしないでください!」
さやか「それにしてもすごい人の数ですね……先週よりも多いのでは?」
梢「そうね、決闘者の梶井さんは科学部だから」
花帆「科学部…?それがなにか関係あるんですか?」
綴理「科学の力ってすごい」
さやか「…?」
梢「……役者が揃ったようね」
花帆「!」
紅子「ちっ…2年になってそうそう決闘かよー。マジだりー」
美柑「開始2分前に到着か…。遅かったね」
紅子「ああ?うるせぇなぁ、何分前に来ようが同じだろ」
花帆「あっ!あのバット持った人…」
さやか「花帆さんを殴ろうとして乙宗先輩に止められ、臆して逃げた方です…!」
-
美柑「くふっ、原始的な木の棒で挑むつもりか。猿でももっとマシな武器を持ってくるだろうに」
紅子「ああ!?これは愛用の金属バットだゴラァ!!攻撃にも防御にもなる最強武器だぜ!」
美柑「そうかいそうかい。バカ相手は楽に勝ててありがたい」
紅子「てんめぇ…!嫌いなんだよ、お前みたいな暗ぇやつ!」
美柑「くふふ…精々死ぬ前に吠えるがいい」
梢「先程の話なのだけれど…」
梢「決闘を観戦しに来る生徒の、そのほとんどは偵察目的なの」
花帆「偵察…?」
さやか「決闘に勝った人とはいずれ対戦するかもしれませんからね…。我々も他人事ではありません」
梢「ええ。特に科学部が使う武器は予測がつかず脅威だから…注目度は高いわね」
花帆「なるほど…」
紅子「大体よぉ、早く来たからってなんだよ!その夏休みの工作みてぇなのを準備してただけだろ?ああ?」
美柑「くふっ……まだ気がつかないのか」
紅子「てめぇの考えなんて知らねぇよ!」
ゴーン ゴーン ゴーン…
紅子「勝ったほうが勝ち……先手必勝じゃい!!」
-
鐘が鳴るのとほぼ同時。紅子が駆け出したその時。
リング中央で爆発が起こった。
紅子「!!」
紅子の足が止まる。鐘の音に混じる微かな羽音に気づき、上空を見上げる。
太陽に照らされ空に浮かぶ影となった鐘の、その内側。闇に潜んでいたドローンたちが姿を現す。
計4機の機体が紅子の頭上高くに群がり、幾何学的隊列を組む。吊り下げた籠を傾け、順々に爆弾を投下していく。
紅子は即座に反応、バットで対処を試みる。しかしピンポン球より小ぶりな小型爆弾の雨はバットをすり抜け、容易に足元まで届く。
着地が爆破のトリガーだった。
紅子「あつっ!」
爆弾一つひとつは皮膚を焦がす程度の威力だった。しかし爆破は連鎖し、軽い球は爆風に乗って浮き上がり、紅子の胴や頭付近でも炸裂する。
ドローンからの投下はなおも続く。爆弾入りの籠を徐に傾け、驟雨ではなく長雨を降らす。
遮二無二にバットを振り回す紅子。大抵の爆弾はバットに当たった時点で破裂したが、いくつかは観客席まで届いた。
「危ないでしょ!こっちを巻き込まないでよ!」
「いけいけー!そんな不良なんて殺しちまえ!」
次々に起こる閃光。爆煙の檻に囚われ、紅子は身動きを封じられる。
ギギギギギ……。カシュッ。
紅子「ぐふっ…!?」
鋭い痛み。なにかが突き刺さる感覚。腹部の激痛に、バットを振る手が止まる。
空襲は続く。火花が紅子を焼く。
-
美柑「くふふふふ…」
ギギギギギ……。
クロスボウを構える美柑。煙のなかに揺らめく、黒い影に標的を定める。
カシュッ。
紅子「ぐああっ!!」
美柑「かつて決闘で、これほど優雅に狩りを楽しんだ者はいないだろうな…くふ、くふふ」
梢「相手に反撃の隙を与えない……決闘の基本ね」
花帆「ひどい…一方的にいたぶるなんて…」
さやか「やらなきゃやられるんですよ。悪趣味ではありますが、あれは正しい戦い方です」
綴理「……」
紅子がリング端まで逃げると、上空のドローンも高度を保ちながら追尾する。なおも爆撃が止むことはない。
紅子は煙の合間に、愉悦に綻ぶ美柑を見る。装填済みのクロスボウ。鏃は紅子に向けられている。
紅子「ズルいだろ!!ロボットなんか使いやがって…反則だ!!」
美柑「ズルい…?少しはものを考えてから喋ってくれ」
美柑「もし外部から操縦しているならば、それは決闘のルールに反する。だが、このドローンたちは私のプログラミングに従い稼働している。つまり私の武器の一部だ」
美柑「不意打ちのために決闘前から仕込んでおいたのさ。君が来るずっと前にね…?これが反則ならば、そのバットも反則ということになるだろう」
紅子「くそっ…!」
紅子は美柑に近づこうとする。だが、矢が的確に急所を射抜き、その場から動くことを許さない。
焼けた肌、焦げた制服。袖はとうに灰になっていた。
紅子「……くそがあああああっ!!!」
-
自棄になった紅子。前も後ろもわからぬまま、愛用の金属バットを全力で投げる。
それは狙い通りか、はたまた偶然か。バットは回転しながら真上へと飛び上がり、そして1機のドローンに直撃する。
校舎三階分の高さで爆破。その下では、ドローンより先に降ってきたバットを紅子がキャッチ。
紅子は真上を見上げる独特なフォームで、バットを景気よく振り抜く。落下してきたドローンにミートし、機体は再び天へと運ばれる。
打ち上がったドローンが他機と接触。機体同士が絡まり、衝撃で小型爆弾がはじけ、さらに他ドローンを巻き込み大爆発を起こした。
緻密なプログラミングが、ドミノ倒しに破壊されていく。
空襲が止む。ステージから黒煙が払われた。
紅子「……なんかわかんねぇけど、しゃあああああ!!!」
花帆「すごい、ドローンがすべて落ちた…!」
美柑「な、なんてことだ!私のドローンたちが…」
回路が剥き出しのドローン4機が、火花を立ててリングの上に横たわっている。
「あんだけやって死んでねーのかよ」
「くたばれ毒島!お前の帰る席ねぇから!」
紅子「くそっ…野次ってるやつあとで全員ぶっころす!…」
紅子は観客席に中指を立ててから、黒ずんだ手でバットを握り締める。
一方、美柑はすでにクロスボウを捨て、新たな武器を装備していた。
糸で吊られた液体入りの大瓶。両手に提げたそれらを、ぶんぶんと勢いよく回し始める。
-
紅子「ぜえ、ぜえ……てめぇの考えは、よーくわかる。そいつを投げつけるんだろ?」
美柑「……」
紅子「で、防ごうとしてバットで殴ったら、瓶の中身が私にかかるって作戦か」
美柑「くふふふふ…」
紅子「中身はなんだ……あれか?"りゅうさん"だろ?皮膚を溶かすやつ!」
美柑「さあ…?」
紅子「…まあなんでもいい。とにかく避ければいいって話だろ?!」
遠心力を蓄えた瓶が放たれる。瓶は歪んだ放物線を描き、紅子へと迫る。
紅子は身を反らし、瓶の軌道を躱わして美柑との距離を詰める。
不敵に笑む美柑。
瓶につながった糸を引く。
紅子「──!!」
その瞬間。瓶の運動方向とは逆の力が加わり、液体が押し戻され、瓶内に真空が生じた。
液体が瓶底を叩き、水撃が紅子を襲う。
梢「あれは…ウォーターハンマーね」
さやか「水撃作用ですか…」
綴理「第一法則…!」
花帆「???」
-
紅子「っ…!溶ける……」
紅子「……ああ?なんも起きねぇ…?」
瓶からはじけた液体は紅子の周辺に飛び散っていた。
美柑「君が知りたがっていた液体の正体は──ご存知、塩化ナトリウム」
墜落したドローン。その回路が液体に浸される。
美柑「入手が簡単で……」
バチッ。
美柑「そして、電気をよく通す」
紅子「びびびびびびびっっっ!!?」
ステージ上に走る電撃。
ドローンの電力は、靴が焼けてほぼ素足だった紅子を感電させるには十分だった。
美柑「足元を重点的に爆撃したのも、ドローンが打ち落とされるのも、君が瓶を避けようと動くのも…」
美柑「すべてが、計算通り…!」
美柑「ああ!こんなにも順調に事が運ぶなんて…!バカ相手だと楽勝すぎて困り果ててしまう…!!」
美柑「さて新入生諸君!科学部では部員を募集中だ!我が部の科学武器をもってすれば勝利は必至…!」
美柑「広義の科学を探求する者は、ぜひ我らが科学部の門を叩いてくれ!」
両手を広げての大演説。しかし、耳を貸す者はひとりもいなかった。
観客の視線は、美柑の背後に注がれていた。
紅子「勝った、ほうがぁ……………勝ちだあぁぁ!!」
-
紅子に背を向けていた美柑。振り返ろうとした瞬間、金属バットが首元を撫でる。
美柑「びびびびびびびびびびびっっっ!!?」
身体が痙攣、視界が明転する。
紅子が歩み寄る。痺れた手に力を込め、今一度バットを握り締める。
紅子「……お返しじゃあ!!」
振りかぶって美柑の側頭部に一撃。よろめく胴体にもう一撃。
仰向けに倒れた美柑の腹を踏みつける。バットを静かに置き、ボロボロの制服から匕首を取り出す。
紅子「ぜえ、ぜえ……てめぇは…殺すだけじゃ物足りねぇ…!死ぬ以上の苦しみを与えてから、殺す…!」
紅子「てめぇを大勢の前で犯して…!腹を刺して臓器をぐちゃぐちゃにかき混ぜて……そして心臓をグサリ!」
紅子「ははっ!どうだ?怖いか!?これでも恨みは晴れねぇけどなぁ!!」
紅子は興奮を隠しきれない様子で美柑に馬乗り。慣れた手つきで匕首を使い、美柑の制服を引き裂く。
下着を切ろうとしたところで紅子の手が止まった。
紅子「……なんだ…これは」
美柑「くふっ…くふふふふ……」
美柑の胸部。ちょうど正中線をなぞるように、手術痕があった。
痛々しい縫合。笑みをこぼす美柑。その悍ましい光景を、紅子だけが見ていた。
美柑「くふっ…最期に教えてやるのも悪くない…くふふふふ…」
紅子「な、なんだよ…てめぇ…!」
美柑「…デッドマン装置を知ってるか?」
-
美柑「私が死んだ瞬間、爆弾のカウントダウンが始まる」
美柑「爆弾の場所は、学校の敷地内だ。君の部屋か、あるいは教室か……とにかく、必ず君を殺害できる場所とだけ言っておこう」
美柑「タイマーの時間は…秘密だ。最高で100時間に設定できる」
美柑「くふっ、くふふ……」
美柑「さあ、私を殺せば君も数日内に確実に死ぬわけだが…どうする?」
紅子「っ……!」
狂気に当てられ、紅子は体の芯から震え上がっていた。
竦んだ右腕を殴る。震えが止まった。
匕首を両手に持ち、天高く振り上げる。
紅子「……はっ!そんな爆弾、いくらでも打ち返してやるわ!」
紅子「私には相棒の金属バットがある…!だからなにも怖くねぇ…!くたばれ、ゴミがっ!!」
振り下ろされた刃先が、美柑の胸に突き刺さる。
美柑「私の勝ちだああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」
一瞬だった。
美柑の胸に埋められた爆弾が起動。
轟音とともにステージは赤に染まり、周囲一帯に火薬のにおいが立ち込める。
破裂した二人の少女。血が肉が飛び荒ぶ。それらはどちらも原型を留めていなかった。
-
ゴーン ゴーン ゴーン…
花帆「…………」
梢「死なば諸共……まさか自爆するとは」
さやか「ごほっ…大丈夫ですかみなさん?……ああっ!花帆さん!」
花帆「え…?」
綴理「黒焦げの手が、ほっぺたに…」
花帆「あ、ほんとだ……呆気に取られて気づかなかった…」
梢「毒島さんの腕ね。ここまで飛んでくるなんて凄まじい衝撃だわ」
花帆「……」
花帆(人間の腕が…あたしの手の上に…)
花帆(見た目以上にずっしりと重い……)
「おいおい爆発とか聞いてないって〜」
「ひゃー…死体のパーツ、あちこちに飛び散りましたねぇ」
「みんなー!拾えそうな肉片あったら拾ってくんないー?…ってこら、骨を投げるな!大腿骨か!?」
花帆「この腕……あの人たちに渡しに行かなきゃ……」
さやか「だ、大丈夫ですか…?花帆さんには刺激が強すぎるので休んでいたほうが…」
花帆「ううん、平気だよ。さやかちゃんこそ大丈夫?」
さやか「うっ……今回は、絶対に吐きません…ギリギリですが」
-
「頭、胴……あーズタズタでわかんない!どれが誰のパーツだ!?」
「なんか化石の復元みたい」
「確かに!これは長さ的に脚のあたりだと思うから…こう並べてみたら…」
花帆「…あの」
「あ、腕…!わざわざ渡しに来てくれたんだ〜ありがとう!」
「みんなポイポイ投げてきやがったからねー。助かるよ」
「乙宗ちゃんもありがと。今週は運搬のほう手伝ってよね」
梢「はい、もちろんです」
花帆「……運搬?」
「お、なになに?汚れ仕事に興味あるかい?」
さやか「あ、花帆さん。一年生は決闘後の掃除を…」
梢「…待って!」
梢「決闘者の遺体がどこに運ばれるのか……よければ、あなたたちも見てみない?」
花帆「遺体が…」
さやか「運ばれる場所…」
-
「今回は派手に爆破したから掃除も大変だわ」
「ほらー、二年も突っ立ってないで手伝えー」
綴理「あ……ボク、お掃除してくる」
さやか「あ、えっと…わたしも…」
花帆「…さやかちゃん」
さやか「!」
花帆「…行ってみよう」
さやか「……は、はい」
梢「ふふっ…。いい返事ね」
-
〜〜〜
「ごめんねー?死体と相乗りで」
花帆「い、いえ…」
「いつもこの車で運んでるんだけど、鉄格子はめられてるから窓開けられないんだよねー」
「今回は焦げた肉と油がヤバいね…。こればっかりは慣れないなあ」
さやか「…ひょっとしてこの車、わたしたちが蓮ノ空に来る時に乗った送迎車では…?」
「お、気づいた?」
さやか「あれ死体運搬用だったんですか!?……ううっ」
花帆「吐かないでさやかちゃん?!」
「死体運びは臭いし重労働だしで誰もやりたがらないからさ…ちょっとでも興味持ってくれる新入生がいて、先輩うれしいよ…!」
「私たちが卒業したら、来年の運搬係は乙宗ちゃん一人だけだもんね…」
梢「…そうですね」
花帆「あの、センパイたちは、どうしてこの仕事を?」
「んー、そうだねぇ…」
「……贖罪のつもり、かな」
さやか「……!」
梢「…そろそろ見えてくるわ」
さやか「!あ、あれは…」
花帆「湖……」
-
〜〜〜
「よーし、着いたよー」
花帆「すごい……蓮の花が湖一面に…!」
花帆「…でも蓮が咲くのは夏頃だったような?」
梢「ここの蓮はどういうわけか、一年中花開いているのよ」
花帆「へー…」
さやか「不思議ですね…」
「じゃあ今から埋めるよ。まずは科学部の子、持ってきてー」
梢「私がやるわ。日野下さんと村野さんは少し待っててもらえるかしら」
さやか「わたしも手伝います!」
花帆「あ、あたしも…」
梢「…そうね。頭と胴体は運ぶから、他の軽い部位をお願いするわ」
-
花帆(湖に腰あたりまで浸かった三年生のお二人…)
花帆(てきぱきと、死体を湖の底に埋めていってる…)
「じゃあ次はヤンキーの子、持ってきてー」
花帆「は、はい!」
花帆(毒島センパイ…)
花帆(あまりいい思い出はないけど…いざ目の前で亡くなったとなると、悲しい気持ちになる…)
花帆「……冷たい」
さやか「…ですね」
花帆(これが、死ぬということ……)
「しゃー!全部埋めたー!」
花帆「…今までの決闘で出た死者は、全員ここに?」
「そうそう。少なくとも十数年分は確実にね」
「先週のキングはあの辺に埋めたよ。いやーあれは今までのなかでも特に大変だった」
花帆「……伝統は、何人殺したんでしょうか」
「いっぱいだよ。いっぱい死んだ」
「大丈夫、2〜3ヶ月もすればそういうの考えなくなるから。それがこの学校でやってく秘訣!覚えといてね」
花帆「……」
-
梢「ごめんなさい、日野下さん…。嫌な思いをさせてしまって」
梢「でも…知っておいて欲しかったの。決闘の果てを」
花帆「……はい」
梢「毎週、蓮ノ空の生徒が死ぬ」
梢「それはあまりにも理不尽で、救いがない…でも私たちにはどうしようもないわ」
梢「だからせめて、少しでも安らかであるようにと願って…この湖に埋葬される」
梢「──死体はこうして、蓮の下で眠るの」
梢「知っているかしら?蓮の花言葉は…」
花帆「……清らかな心…」
梢「…ええ、その通りよ」
-
花帆「…………」
花帆「わかりません……どうしてですか…?」
さやか「花帆さん…」
花帆「死んでからじゃ…手遅れなんですよ…?」
花帆「死んだらもう…なにもかも、お終いなんですよ…?」
花帆「美味しいものも食べれないし、本も読めない…友達にも会えないし、学校にも行けない…楽しいことも悲しいことも全部なくなっちゃう……」
梢「……そう、ね」
花帆「なのに……どうして決闘なんてやるんですか…?意味なんてないのに、どうして無駄に人を死なせるんですか…?」
花帆「どうして、この学校は…!こんなことを何年も何十年も続けてるんですか…!?」
花帆「教えてください……!」
梢「…………」
梢「……伝統だからよ」
花帆「!」
-
花帆(伝統だから……)
花帆(わかってた…。この回答しか返ってこないって)
花帆「すみません、センパイ…。つい感情的になっちゃいました…」
梢「いいのよ、いいの…。私も最初は受け入れがたかったもの」
花帆「え…!梢センパイも…?」
梢「……ええ。だから日野下さんの気持ちはよくわかるつもりよ」
花帆「…それが聞けてちょっと安心しました。そっか、センパイも人間だったんですね」
梢「化け物ではないのだけれど…?」
「みんな、学校戻るよー」
梢「はい、いま行きます」
花帆(蓮ノ空に続く、決闘の伝統…)
花帆(この忌まわしい伝統は、いつまで続くんだろう…)
-
〜〜〜
『決闘がいつ始まったか?』
『わかんないねぇ〜…。103年前の創設初期からか、どこかの年にぽっと湧いてきたか』
さやか『そんな虫みたいな…』
花帆(決闘のことなにかわかるかなと思って、古い資料が残ってそうな大倉庫に来てみたけど…)
花帆「んー…それらしいものはどこにも…」
花帆(わあ、賞状やトロフィーがいっぱい…。写真も飾ってある…)
花帆(あ、これは…スクールアイドルクラブの…!なにかの大会で優勝したのかな?)
花帆(…………ラブライブ…?)
梢「探しものは見つかった?」ヒョコ
花帆「梢センパイ…!」
-
花帆「あの、これって…」
梢「ああ、それは…昔、蓮ノ空のスクールアイドルがラブライブで優勝した時のものよ」
梢「全スクールアイドルの憧れの舞台…。そこで優勝したのだから、当時の蓮ノ空は相当レベルが高かったんでしょうね」
花帆「そうなんですね…。あ、その頃の蓮ノ空はまだ決闘なんてしてなかった時代ですよね?」
梢「いえ、当時からあったはずだわ。スクールアイドルという名前がつけられる前から伝統は続いているそうよ」
花帆「そんな前から…」
花帆(じゃあ、他の部活も…?)
花帆「…ここに飾ってある写真、みんな笑顔で…楽しそうで、本気で嬉し泣きしてるのが伝わってきて…びっくりしました」
花帆「みんな、全力で青春してるんです…。こんな学校なのに、キラキラ輝いてて…どうしてだろう…」
梢「……そうね。むしろ蓮ノ空だからこそ、これだけ輝けるのかもしれないわ」
花帆「蓮ノ空だから…?」
梢「いつ命を落とすかわからない…。どれだけ部活に励んでも、来週にはこの世を去っているかも…」
梢「そんな限られた"いま"のなかで……みんな、懸命に頑張っているの。自分が生きた証を残すために」
花帆「…!」
梢「…だからといって、決闘は肯定されるものではないのだけれどね」
花帆(そっか……そっか!この学校の生徒は、今を全力で生きてるんだ…!)
花帆(だったら、あたしは…)
花帆(あたしの中で燻ってたこの想い……やるなら、今しかない…!!)
花帆「梢センパイ!あたし、スクールアイドルやりたいです!!」
-
梢「ひ、日野下さんが…スクールアイドルに…?」
花帆「あたし、歌もダンスもたぶんダメダメだし、スクールアイドルには向いてないですけど…」
花帆「…やってみたいって、思ったんです!」
花帆「決闘は嫌だし、死にたくない…でも、いつかその時が来るのなら……」
花帆「あたしは…なにもしなかったって、後悔したくないから…!」
梢「………………」
花帆「うっ…。やっぱり、あたしなんかじゃ無理ですよね…」
梢「!?ち、違うわ!本当はいつか、私のほうから誘おうと思っていたの!」
花帆「え…?それって…」
梢「日野下さん……いえ、花帆さん!」
梢「部長として、あなたを歓迎するわ…!」
梢「やりたいと思ったその日から、あなたはもうスクールアイドルよ!一緒に頑張りましょう!」
花帆「──!!ありがとうございます…梢センパイ!」
-
花帆「あたし、梢センパイみたいにいっぱいライブやります!これから毎日でも!」
梢「ふふっ、その前にまずは練習からね?」
花帆「そ、それはわかってますけど…」
花帆「…あたし、蓮ノ空のみんなのためになにができるかって、ずっと考えてたんです」
花帆「最初はセンパイの真似事からですけど、あたしもスクールアイドルとして、蓮ノ空のみんなに希望をあげたいです!」
花帆「でもそれだけじゃだめで……もっと根本的な問題を解決しないといけないと…」
花帆「だから、決めました!」
花帆「──決闘の伝統は、あたしが終わらせます」
梢「!?………か、花帆さん……それは…」
花帆「みんな、決闘で生き残ることばかり考えてるけど、そもそもだれも死なないのが一番ですもんね!」
梢「……それは、そうだけれど…」
花帆「決闘がなくなれば、もうだれも傷つかずに済むんですよ!まさにハッピーエンドです!」
-
梢「………………」
梢「花帆さんのように、学校を変えようと行動に移した生徒はこれまでにもいたわ」
梢「それでもまだ、伝統は続いている……これがどういうことかわかるかしら?」
花帆「…わかってます。先生も生徒会長も話を聞いてくれませんし…きっと大変な道のりなんだと思います」
花帆「一朝一夕にはいかないだろうし…正直、なにをすればいいのかもわかりません…」
花帆「……でも!あたしは…!あたしにできることをやりたいんです…!」
梢「花帆さん……」
花帆「あたし……いつか、この学校を変えます!変えてみせます!!」
花帆「だれも死ぬことのない学校に…!」
花帆「蓮ノ空を、みんなで花咲ける場所に…!」
-
一章終了で進捗8%くらい…先は長そう
一年前から構想してたSSなので読者いなくても完結だけはさせたい
-
斬新で続き気になる
完結まで頑張ってください
-
読んでる!
面白いから最後まで楽しみだ。
-
橋の下ってことは溺死?
-
橋じゃなくて蓮だわ
-
かなり長そうだけど楽しみにしてます
-
これで8%かよ…
-
常識がぶっ飛んでる世界って面白い
大ボリューム期待してます
-
#
花帆「…………えい…っ!!」
空を切る刃、放たれた花帆の渾身の一撃。……梢は飄々とかわす。
花帆「うわわっ!?」
よろけて地を彷徨う。ナイフの切先は情けなく垂れ下がっている。
くるりと向き直り、二撃三撃とナイフを振るう。
不発。不発。
花帆「っ……!」
足を踏ん張り、よろけそうになった上体をなんとか保つ。次の一手を打つため、武器を構えなおす。
梢「遅いわ」
花帆「…………え」
梢の振るうナイフが、すぐ首元まで差し掛かっていた。
──死。
理解よりも先に体が動く。
梢「……!?」
梢の胸に飛び込んだ。反撃する絶好のチャンス。
花帆「……うわっ!!」
しかし無理に体勢を変えたせいで足がまごつき、仰向けに倒れる。
花帆の胸に、ナイフが押し当てられる。
梢「…………ここまでよ。ほら、立てる?」
花帆「うぅ…ありがとうございました…」
-
さやか「花帆さん、お疲れ様でした」ハイ、ミズデス
花帆「ありがとうさやかちゃん…」ゴクゴク
花帆「うぅ……。おもちゃのナイフなのにうまく使えなくて…やっぱりあたし、ダメダメだぁ〜…」
梢「そう落ち込まないで、花帆さん」
梢「初めての模擬戦なんだもの。動きはぎこちなかったけれど、判断力はよかったと思うわ」
花帆「ほんとですか?!じゃあ…」
梢「…でも、花丸はお預けね」
花帆「ええ!?さやかちゃんはもらってたのに〜…」
さやか「わたしは梢先輩に数撃当てましたから」
花帆「そっか…。そういやあたし、センパイに触れることすらできてなかったかも…」
梢「これから訓練を積めば、秋までには決闘でまともに戦えるようになるはず。いっしょに頑張りましょう!」
花帆「……はい…」
花帆(そもそも決闘なんてなければ、こんなきつい訓練なんてしなくていいのに…)
梢「それじゃあ月末のFes×Liveに向けて練習よ。まずは走り込みから!」
花帆「ええっ!!今からですかー?!」
梢「当然!決闘用の訓練とライブの練習、どっちもやるのが蓮ノ空のスクールアイドルよ!」
花帆「うわぁ〜!梢センパイの鬼ぃ〜…!!」
-
〜〜〜
花帆「…さやかちゃん」
さやか「なんですか…?神妙な面持ちで」
花帆「花帆はこの学校を変えるために何ができるか考えました」
花帆「それで、いくつか案を思いついたんだけど…」
花帆「決闘の伝統をなくすための署名活動やってまーす!ご協力よろしくお願いしまーす!」
さやか「か、花帆さん?!」
花帆「行動を起こすならやっぱり署名が鉄板だよね!」
花帆「あ、さやかちゃんも手伝ってくれたらうれしいな〜!はい、署名用紙」
さやか「いや…。いやいや、だめですよ、こんなの…」
花帆「えー、こうでもしないとこの学校は変わらないよ」
花帆「お願いしまーす!……あれ、みんな避けてく…」
さやか「あーもう…もしバレたらどうなるか…」
梢「…花帆さんと村野さん?なにをしているのかしら」
さやか「お、乙宗先輩…!!」
-
花帆「梢センパイ!いま決闘反対の署名を集めてるんです!」
梢「署名…」
花帆「梢センパイが書いてくれたら100人ぶんの効果がありますよ!なので書いてもらえませんか?」
梢「…………」
梢「はあ…。わかったわ」
花帆「わーい!ありがとうございますセンパイ!」
梢「…変な虫がつかないようにね」
花帆「?」
さやか「すみません、先輩…。わたしは止めようとしたんですが…」
梢「大丈夫よ。この程度で学校に目をつけられることはないわ、署名に協力する人は少ないでしょうし」
花帆「えっ」
梢「それより…」
梢「村野さんにも言ったのだけれど、花帆さん…どうか揉め事は起こさないようにね」
花帆「揉め事…ですか?」
梢「喧嘩だったり、言い争いだったり…いろいろね」
梢「さて、協力はできないけれど、花帆さんのことは応援しているわ。がんばってね」
花帆「はい…」
さやか「……署名、続けますか?」
花帆「うーん…。印刷した紙、もったいないし…」
さやか「…わかりました。今日一日は付き合いますよ」
-
〜〜〜
花帆(あれから何日か署名を続けたけど、結局用紙1枚も埋められなかった…)
花帆(あたしが草分け的存在になれば、みんな賛同してついてきてくれると思ったのに…)
ザワザワ…
さやか「…また、対戦表が貼り出されたみたいです」
花帆「……」
大 世
賀 末
美 よ
沙 も
知 ぎ
花帆「ふんふん…」メモメモ
さやか「花帆さん、どうしてメモを?」
花帆「これはね、さやかちゃん。あたしがベッドの中で、蓮ノ空の生徒のために何ができるかって考えた結果なの」
さやか「また変なことを…」
花帆「変じゃないよ!」
「沙知先輩か…。生徒会長のお出ましだね」
「相手は2年生?じゃあ会長の勝ちで決まりかなー」
花帆「…違う学年同士で戦うこともあるんだ」
さやか「ですね。訓練量や経験の差を考えると上級生が有利になりそうてすが」
花帆「2年生と、3年生(生徒会長)…と」メモメモ
さやか「またメモですか」
花帆「ねえさやかちゃん!ちょっとあたしにつきあってくれない?」
さやか「…わかりましたよ。花帆さんは放っておくと脱走しかねませんからね、ついていきますよ」
花帆「もう脱走は諦めたのに……ありがとう、さやかちゃん」
-
〜〜〜
2年生a「えーっと、世末(よもすえ)よもぎのことが知りたいの?」
花帆「はい!人柄とか、どういう印象だったか〜とか聞きたいです!」
2年生a「んー、印象なら…とにかく食べる!」
花帆「腹ぺこ大食いフードファイター女子…と」メモメモ
さやか「なんだか脚色されてませんか」
2年生b「よもぎ?あいつはいい子だよ。みんなに優しいし、優しすぎて自分を後回しにしちゃうような子」
2年生c「だから去年は決闘終わったあと、ずっと寝込んでたもんなー。毎日部屋におにぎり投げ込んでたら一週間で復活したけど」
花帆「優しくていい人…と」メモメモ
さやか「……」
2年生d「確か、生徒会長のことが好きって噂があったような。好きな相手と決闘とは…皮肉なもんで」
花帆「そうなんですね…。会長が好き…」メモメモ
花帆「センパイ!ご協力ありがとうございました!」
さやか「…あの、花帆さん?この聞き込みにはどういった意味が…」
花帆「それはねぇ……あ、梢センパイ!」
-
梢「あら、花帆さんに村野さん…よく会うわね」
花帆「ほんとですねー」
梢「それで、2年の教室に来て今度はなにを?」
花帆「…実は今、決闘者に選ばれた人のことを調べてるんです」
梢「……」チラッ
さやか「あ、いや、わたしも理由は知らなくて…」
梢「そう…。一応聞くけど、どうして?」
花帆「ほら、決闘が終わったら、死体は湖に埋められるじゃないですか」
さやか「…そうですね」
花帆「なのでせめてもの供養として、亡くなった人のお墓を作ってあげたいなって」
花帆「そこにお供えする花を、その人の人柄や生き方を知った上で選ぼうと思うんです」
梢「それで、決闘者の身辺を調べているわけね」
花帆「はい!」
さやか「あ、そういう理由だったんですね。てっきり…」
梢「花帆さん。私も協力してもいいかしら?」
花帆「え、はい!ぜひぜひ、情報なら大募集中なので!」
さやか「世末先輩のことをご存知なんですか?」
梢「いえ、私は沙知先輩……大賀美沙知についてなら、話せることも多いわ」
花帆「生徒会長ですね!まだ調べてないので助かります」
梢「そうね…。大賀美沙知という人物は……」
-
〜〜〜
梢「ライブお疲れさま。花帆さん」
花帆「疲れた……でも、とっても楽しかったです…!」
梢「来週はもっと磨きをかけたパフォーマンスを見てもらいましょう!」
花帆「はい!がんばります!」
さやか「あ、花帆さん!乙宗先輩!」
綴理「こず、かほ。おつかれ」
梢「ええ。席をとっておいてくれてありがとう」
さやか「花帆さん、昨日悩まれていた花の選定は済みましたか?」
花帆「うん。これかなーっていうのは決めたよ」
花帆「決闘が終わってから花を選んだほうがいいんだろうけど、できるだけ早くお墓を作ってあげたいから…」
沙知「………………」
「生徒会長ーーー!」
「かっこいいとこ見せてよー!」
沙知「あーやれやれ、ちょっとは集中させてくれないものかな…」
よもぎ「……」
ゴーン ゴーン ゴーン…
-
鐘の音が鳴り終える。決闘者はいまだその場から動かない。
すると合図もなしに、両者揃って腰に手を回し、
沙知「………………」
よもぎ「………………」
鞘から抜いたナイフを、胸の前に捧げた。
花帆「あれは…なにをしてるんでしょうか」
梢「決闘前の儀礼よ。お互いナイフを使う場合、ああやって相手への敬意を表するの。…模擬戦でも同じことをしたはずなのだけれど」
花帆「あー…あれってそんな意味があったんですねー?」
梢「といっても、実際に行う人は珍しいけれどね」
沙知「…………さて、始めるか」
よもぎ「……はい」
よもぎはナイフの持ち手を少し前に構え、相手の出方を伺う。
沙知はナイフを手で遊び、柄の感触を確かめる。
沙知「……うん、今日はこれがいい」
逆手持ちに決めると、貼りついていた笑顔が消えた。姿勢を下げ、その鋭い眼光で獲物を威圧する。
-
よもぎ「──うぐっ!!」
突き上げるような剣撃。沙知は低い姿勢のまま間合いに入り、刃先を真上へと突き刺す。
構えていたナイフでなんとか防いだよもぎ。しかし崩れた体勢を整える間もなく、沙知の連撃が始まる。
よもぎ「っ……!うっ…」
干戈を交える金属音がステージを支配する。刃と刃がぶつかり、赤い火花が散る。
よもぎの手は痺れていた。沙知の猛攻を受けるたびに、凄まじい衝撃が腕まで伝う。
反撃する暇もなく、ついにナイフがはじけ飛ぶ。
よもぎ「…………っ」
ひんやりとしたステージに倒れたよもぎ。その視線には、馬乗りになった小さな先輩が映っている。
憐れむでもなく、嘲るでもない。無の表情で、沙知はよもぎを見下ろしていた。
-
よもぎ「……この学校での、戦い方を…教えてくださり……ありがとうございました…」
よもぎ「悔いはありません……。私、は……大賀美先輩の、ために……死にます…」
沙知「…………」
よもぎは溢れる涙を拭う手段を持たなかった。代わりに、沙知がよもぎに優しく触れる。
よもぎ「…………最期、だから……初めて、迷惑…かけてもいいですか……」
沙知「……ああ」
よもぎ「………ずっと、ずっと…好きでした……」
沙知「…………知っている」
ナイフがよもぎの胸を突く。
吹き出した血が口元を汚したが、よもぎは最期に柔和な笑みを浮かべていた。
ゴーン ゴーン ゴーン…
沙知「…………やれやれ」
沙知「こればっかりは、いつまで経っても慣れないな…」
-
〜〜〜
花帆「…………」
さやか「それが…お墓ですか?」
花帆「う、うん…。墓石までは用意できなかったけど…」
『世末よもぎ ここに眠る』
花帆「今まで亡くなってきた人たち、全員分のお墓は作れないけど…これが、あたしができる範囲のこと…」
花帆「これで少しは…報われる、のかな…」
梢「……その花は…椿?」
花帆「はい…。花言葉は……控えめな優しさです」
花帆「どうか、安らかにお眠りください……」
「ほーい、埋めたから学校帰るぞー」
花帆「……いま行きます」
花帆(また決闘が行われて、生徒が亡くなった)
花帆(蓮ノ空はまだ、なにも変わってない)
-
ずっと暗い…
-
お前が始めた物語だろ
-
いずれこのSSが完結する頃、その時にも花帆さんは変わらずにいてほしい…
-
支援
-
みてるぞ
-
実は密かに続きを待っているスレ
気が向いたら再開してくれ
-
綴理の戦いをみるまで俺は死なない
-
完結することなく板が閉鎖しそうで泣く
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https://i.imgur.com/paU8oVA.jpeg
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https://i.imgur.com/YrlkJRp.jpeg
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