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栞子「虹ヶ咲学園裏同好会、ですか?」
-
せつ菜「ええ、裏同好会です。聞いたことありませんか?」
栞子「いえ……特には。何やら怪しげな響きですが」
せつ菜「簡単に言ってしまえば、生徒会が公認していないモグリの同好会ってことです」
栞子「はぁ……」
せつ菜「そしてそれらの同好会を監視し、経過を観察するのが歴代生徒会長の役目なんです」
栞子「はぁ……はい?」
栞子「監視ってどういうことです? ただの同好会なんですよね?」
せつ菜「ただの同好会ですよ。ちょっと癖がありますけど」
栞子「癖がある……あぁ、確かに同級生がフランクフルトフェラチオ同好会の設立を却下されたって泣いてましたし、なんとなく分かりますよ」
せつ菜「私は許可したんですけどね。副会長が勝手に却下したんです」
せつ菜「ま、一つ見てみれば分かりますよ。これが裏同好会のことを纏めたファイルです」ドサッ
栞子(目の前に置かれた黒いボロボロのファイルには、数百枚を超える紙が挟まれている。この一枚一枚が同好会だとしたら、見回るのもかなり手間なのでは……)
-
せつ菜「観察するのは一年に一度で大丈夫ですから、想像しているほどの手間にはなりませんよ!」
せつ菜「次回の生徒会選挙までに全てチェックし終えたら何も問題はありませんし」
栞子「そう、なんですか」
栞子(それでも、一日に一つの同好会は見なければいけないのですが)
せつ菜「ここまでは既に私が確認をし終えていますので……えっと」
栞子(言いながら、黒いファイルの3分の1ほどをめくり、あるページにクリップを挟んだ)
せつ菜「この裏同好会から、観察をお願いします。途中で引き継ぐのは心苦しいのですが……」
栞子「いえ……此方こそ、色々とご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。今までお疲れ様でした、中川会長」
せつ菜「ありがとうございます。詳しいことはファイルの最初のページに書いてありますので、よろしくお願いしますね」
栞子(深々と頭を下げて、中川会長は生徒会室を出ていった)
栞子(生徒会長の座を無理やり奪った私に、頭を下げる必要なんてないのに……なんであんなに申し訳なさそうにしていたのでしょうか)
栞子(なんで、あんなに苦役から解放されたような安堵の表情をしていたのでしょうか)
栞子(一抹の不安を覚えながら、開いたままになっているファイルへと目をやる)
『文芸同好会』
栞子(そんな、大文字のかすれた明朝体の下に書かれていた箇条書きが私の不安を更に増大させた)
・同好会室に五人以上いる場合、決して入室してはいけない
・もし上記の状況で入室してしまった場合、入室した者は諦めること
-
ドキドキしてきた
-
放課後
栞子「……というわけで、今から文芸同好会を見に行こうと思うんですが」
愛「事情は分かったけど、なんでそれを愛さんに話すの?」
栞子「だって一人だと怖いじゃないですか」
愛「いや愛さんだって怖いからね!? 何その説明文……五人以上いる時入室したら何があるの!?」
栞子「裏……ですからね。恐らくは……」
愛「恐らくは?」
栞子「R-18なことをされるのではないかと……」
愛「嘘でしょ?」
愛「しおってぃー、そんなところに愛さんを同伴しようと?」
栞子「快諾してくれてありがとうございます! 副会長さんも誘ってきますね」ダッ
愛「え!? 待っ……やだからね!? 絶対行かないからね!?」
愛「しおってぃー!? ねぇ!? 聞こえてるよね!? ねぇってば!!」
-
SCPの収容手順か何か?
-
─────
───
─
栞子「えっと……この廊下をこう曲がって、と。分かりにくい地図ですね」
愛「なんで愛さんがそんなとこに……」ブツブツ
副会長「文句言いながらでも来てくれるんですね」
愛「来ないと延々文句言ってきそうだもん」
愛「それに、しおってぃーってああ見えて寂しがりやさんだからさ」
副会長「そうなんですか?」
愛「うん……だから、なるべく側にはいてあげたいんだよね。R-18な目に合うのは嫌だけど」
副会長「R-18……? よく分かりませんけど、今から行くのって文芸同好会ですよね?」
愛「しおってぃーはそう言ってたけど」
栞子「それでこの角を曲がる……うん?」
栞子(……こんなところに廊下、ありましたっけ? ここは確か壁だったような……)
栞子(きっと気のせいですね、あるもんはあるんですから。まだ一年生ですし学園に慣れていないだけです)
愛「まだ着きそうにない?」
栞子「この廊下を行ってすぐの筈ですけど」
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しお
-
R18でもGがつくタイプの可能性
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かすみ「ふーむ……今日もかすみんはかわいいですねぇ。昨日よりもかわいい」
かすみ「つまり昨日のかすみんは今日のかすみんよりかわいくなかった? かすみんがかわいくないなんて有り得ないのに……?」
かすみ「ぐぎぎ……自己矛盾で脳が自壊する……うん?」
ワイワイ
かすみ「あれってしお子と愛先輩と……誰だろ? なんだか楽しそう……」
かすみ「おーい、かわいいかすみんがここにいますよー!? 生きてるだけで偉いって褒めてもいいんですよー!?」タッタッタッ
かすみ「しーお……」
シーン
かすみ「子……? あれ? ここ曲がっていったように見えたけど……」
かすみ「見間違いかな? ただの壁だし……」コンコン
栞子「おや? かすみさんの声がしたような……」
愛「どしたの、早く行こうよ」
栞子「聞き間違いですかね?」
-
え、ホラーなん?
-
『文芸同好会』
栞子「着きました、けど……」
愛「観察って言ってもさ、そのファイルにはどうしろって書いてあるの?」
栞子「確か最初のページに……」
・裏同好会に出向き、室内の様子を伺い、同好会ごとに適合した方法で観察をする。
・内部に会話可能な存在がいる場合、出来る限り会話をして同好会の現状を確認する。
・同好会室内に存在する物体、生命体は室外に持ち出さない。←絶対にです。八人死にました(18代目生徒会長 槇原)
・万が一攻撃的な存在に出会った場合、速やかに逃亡すること。
・同好会の観察が終わったら、下のチェックボックスにチェックを。
・新たに気付いたことがあれば、該当の同好会のページに書き込みをすること。
・死なないこと。
・観察業務を途中で投げ出したら、終わりです。
栞子(PC書き文字の下に、鉛筆で殴り書きされた文字が……終わり? どういうことですかね)
栞子「とりあえず観察して、話せそうな人がいたら話せって感じらしいです。あと備品盗むなって書いてますね」
副会長「意外と普通なんだ……中川会長がいつも物凄い顔してたから、どんな業務なんだって思ってましたけど」
愛「副会長は一緒に行ったことないの?」
副会長「何度か着いていきたいとは伝えたんですけどね。一人で行くって聞かなくて」
-
愛「それで、観察するんだよね? 五人以上いたらエッチなことされちゃうけど」
栞子「まごまごしてても無意味ですし、ドア窓から覗いてみますか……」ヒョイ
「……」
栞子(『四人』、長机で静かに本を読んでいますね。文芸同好会と言うだけのことはあります)
栞子(室内にはいくつも本棚が置かれて迷路のように……ちょっとした図書室ですか。地震でも起きたら大変そうです)
副会長「四人……だから入っていいんですよね?」ガラッ
栞子「あ、ちょっと!」
「! いらっしゃい、生徒会の人?」
副会長「ええ、ここは文芸同好会ですよね? 見回り中でして……少しお話聞かせてもらっていいですか?」
愛「どうすんの? 副会長入っちゃったけど愛さん達も入る?」
栞子「この場合はどうすればいいんですかね……?」
愛「この場合って?」
栞子「『五人』いるんですよ、室内に」
愛「五人? 中にいるのは四人だけじゃないの?」
栞子「いいえ。副会長が中には入りましたから」
愛「……あ。確かに……どうすればいいんだろうね」
-
副会長「何か変わったこととか……」
「いえ、特には……いつも通りですよ。ずっとここで本を読んでいます」
愛「けどさ、なんだか普通じゃない? ファイルに色々変なこと書かれてた割には何処にでもある同好会って感じだけど」
栞子「確かにそうですね。R-18な道具もありませんし、官能小説の類も見当たりません」
栞子(3000円で見抜きするエロ小説の一つもないとは、何のための文芸同好会なんですか。全く……)
愛「もう入っちゃおうよ。多分これなんともないんじゃない?」
栞子「はぁ……愛さんがそう言うなら」
副会長「それにしても、失礼ですが思ったより普通で驚きました。五人いたら入ってはいけないなんて書かれていましたから……」
「あはは……期待外れでしたかね?」
副会長「四人しかいないからですかね? なんちゃって……」
「五人いますよ?」
副会長「はい?」
「五人、いますよ? ほら」
栞子(言って、室内の少女が此方を指差す。しかし、私達に向けられたものじゃないことはすぐに分かった)
栞子(ドアを開けてすぐの所にある本棚を、彼女は指差していた。本棚と本棚の隙間にいる、それに向かって)
副会長「……あ」
栞子(瞬間、私と愛さんの間を、干からびた細長い手足の何かが駆け抜けて行く。慌てて振り向いてももう遅かった)
栞子(その奇妙な、生物かどうかもわからない何かは既に廊下の向こうの暗がりに紛れて消えていた)
栞子「今、のは……」
愛「しおってぃー」
栞子「追ったほうがいい、んですかね……?」
愛「しおってぃー!」
栞子(不意の大声に驚き、思わず身をすくませて文芸同好会の方へと向き直る)
-
怪異調査みたいな感じか?
-
副会長…😭
-
栞子「え……?」
栞子(そこに文芸同好会の扉は無かった。ただただ白い壁が一面に広がっている)
栞子(そこに手をついてみても、返ってくるのは硬い壁の感触だけだった。この先に部屋のような空洞があるとはとても思えない)
栞子「……そんなわけないですよ。だって、今までここにあったんですから。副会長さんはここに入って……」
愛「しおってぃー、これ見て」
栞子「……これ?」
栞子(しゃがみこんだ愛さんが、足元から何かを拾い上げる。先ほどの奇妙な生物が落としていったのだろうか、そこには『文芸』というタイトルを打たれた薄ぺらいコピー雑誌があった)
栞子「これが何か……?」
愛「……変なんだよ、これ」
栞子(言いながら愛さんはその雑誌のページを捲る。いくつかの短編小説の後に、新人歓迎特集と銘打たれた空白のページがあった。正確には数行書かれて途中で終わっているページが)
栞子(印刷ミス? そう思っている私の目の前で)
栞子(雑誌の中の文字が、増えた)
『新人が増えるのは久しぶりですねー』
栞子「え……?」
『ワタヌキさん、順番くるの遅かったからあんなになっちゃいましたもんね』
『何はともあれ、ようこそ文芸同好会へ!』
『なんで? 扉が、扉がない……! どうなってるの!? ここから出して……っ!!』
『出られないよ』
『うん、出られない』
『いつか出られるから、順番だね』
『私達もずっと出られない』
『安心してよ。ここには読み切れないほど本があるから』
『新しい五人目が来るまで、いくらでも時間を潰せるから』
『だってここは、文芸同好会だから』
『何を……言ってるの? 出して! 三船さん、宮下さん! 聞こえてるよね!? ここから出してよぉ!!』
『出られないよ』
『ずっと出られないんだよ』
『だからさ』
『仲良くしようよ』
栞子「五人いると入っちゃいけない、って……」
愛「部屋の中にいる誰かと、交代しちゃうからなんだ……」
-
栞子「待ってください……何か助け出す方法……!! ファイルに何か……!!」ペラペラ
栞子(文芸同好会のページを何度も見直す。けれど、そこには前にも見た2行だけしか書かれてはいない)
栞子(何の書き込みもされていない。交代されるなんて注意書きも、交代した場合どうすれば助け出せるかも……!)
栞子「なんで……同好会室から出られなくなる、って注意書きさえあれば、誰も中に入れなかったのに……!!」
愛「……わざと書かなかったんじゃないかな」
栞子「え……?」
愛「愛さんは幽霊とか信じないし、今目の前で起きたことも私達の勘違いか何かだと思い込みたい。けど、もしこれが、本当に怪奇現象とかそういうのだとしたら……」
愛「あの文芸同好会の中に、元生徒会の人間がいるんだと思う」
栞子「……」
愛「一緒に生徒会をしている仲間が文芸同好会に飲み込まれた場合、助け出すにはどうすればいい?」
栞子「……新たな犠牲者を文芸同好会の室内に入れる?」
愛「そういうこと。だからファイルには何も書かれてない」
次の生徒会関係者を犠牲に、仲間をあの同好会から救い出す為に。
栞子「そんな……」
-
ファイルに書かれてる情報がまず信頼できないのがやばすぎる
-
こわい
-
愛「……で、どうするの?」
栞子「え……?」
愛「文芸同好会に組み込まれるから入るな、ってファイルに書くの? 書かないの?」
愛「書けば今後、犠牲者は出ないと思うけど」
栞子「……それは」
栞子(未来に犠牲になる筈だった人々を救う為に、副会長や同好会室の中にいた人々を見捨てる)
栞子(きっとその方がいいのだろう。倫理的にも、常識的にも、その方が……)
栞子「……」キュッ
栞子(観察終了のチェックだけをして、ファイルを閉じる。愛さんが何か言いたげに此方を見ていたが、結局口を開くことはなかった)
栞子(ファイルに何も書かれていなかった、ということはもう私達に出来ることは何もない。最短で五年後に副会長が救われることを信じて、私達はトボトボと元来た廊下を引き返した)
栞子「副会長さんの親御さんにどう説明すればいいんでしょうかね……」
愛「正直に言ってもねぇ……多分精神病院入れられるよ」
栞子「同好会に飲み込まれました、ですからね……」
かすみ「あれ? しお子と愛先輩、今どこから出てきたの……?」
栞子「……かすみさん、こんな時間にどうしたんですか?」
かすみ「こんな時間って、まだ放課後になったばかりだけど」
愛「本当だ。結構時間経ってると思ったんだけど一分も経ってないや」
栞子「一分も……一分も経ってないってことはないですよね? 結構長居しましたよ?」
栞子(しかしスマートフォンで確認してみても、確かに副会長さんを誘って文芸同好会に向かってから数分も経ってはいない。何が起こっているのかますます分からなくなってきました……)
愛「……やっぱ夢でも見てたのかな? ほら、白昼夢みたいなさ。同好会室から副会長が出られなくなったなんて、そんな話あるわけないし!」
かすみ「歩夢先輩が同好会室から出られなくなったんですか?」
栞子「……はい?」
かすみ「スクールアイドル同好会のドア、年季が入ってましたからねぇ。やっぱり立て付けが……」
愛「いや、なんでそこで歩夢が出てくるの? 何の話してんのさ」
かすみ「え、だって──」
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もう漏らした
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かすみ「──生徒会副会長は、去年からずっと歩夢先輩じゃないですか」
ファイル1 文芸同好会 観察終了
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ヒエッ…
-
歩夢「次はこの書類に判子を……」
栞子「……」
歩夢「栞子ちゃん? ……栞子ちゃん!」
栞子「ぁ……す、すみませんボーッとして……」
歩夢「ひょっとして眠い? あまり無理しちゃ駄目だよ」
栞子「いえ、大丈夫です。続きをお願いします」
栞子(あれから一夜明けて、生徒会室に来ると当たり前のように歩夢さんが副会長の椅子に座っていた)
栞子(歩夢さんは去年からずっと副会長をしていた……誰に聞いても、その返事は変わらなかった)
栞子(元々いた副会長の痕跡は、調べられる範囲では何処にも残っていなかった。彼女の教室ではクラス人数が一人減っていたし、教師にはそんな人間は虹ヶ咲にはいないと言われた)
栞子(副会長の家の住所は知らないが、きっとそこでも『そもそも存在していなかった者』として扱われているのかもしれない)
栞子「……」
栞子(まだファイルには200枚近いページが残っている。これから先も、あんな奇妙でおぞましい同好会に出会わなければいけないのだろうか)
栞子(中川会長のあの表情の意味が、ようやく分かった。確かにこんなものを誰かに押し付けることが出来たなら、それは安堵どころの話じゃない)
-
仮に数年後副会長が出てきたとして周りの認識はもうなるんだろう
漏らした
-
栞子(中川会長に頼る……駄目ですね。生徒会長に成り代わるような真似をしておいて、そんなこと出来ません)
歩夢「次はフランクフルトフェラチオ同好会設立申請……うん、却下で。諦めないんだよね、この子」
栞子(愛さんもあんなものを見た後では着いてきてはくれないでしょうし、これから一人で……200も……あんな……)
栞子(……そういえば)
栞子「私の前の前の生徒会長って、誰なんですかね?」
歩夢「前の前? 三年のミナカワさんのこと?」
栞子「ミナカワさん……えぇ、その方に聞きたいことがあるのですが、どのクラスか分かりますか?」
歩夢「分かるよ。確か……ライフデザインの方だったから、彼方さんと同じクラス」
栞子「ちょっと行ってきますね!」
歩夢「あっ!? 栞子ちゃん、まだ申請書がこんなに……もう!」
─────
───
─
栞子「ライフデザイン科……ここですね」
栞子(しかし、勢いで来てしまいましたが三年生の教室というのは緊張しますね……)
栞子(落ち着け……しずくさんで見抜きをする時のような清廉な心持ちで……)
栞子「失礼します」ガラッ
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「フランクフルトフェラチオ同好会」って文字が何度も踊るホラーストーリーってなんなんだ(哲学)
-
栞子(教室の奥の方で何やら人だかりが見えますね……おや、手前にいるのは……)
彼方「すやぴ……んー、栞子ちゃん?」
彼方「どしたの。彼方ちゃんに何か用?」
栞子「いえ、彼方さんではなく……」
彼方「めぇぇぇ……!」
栞子「!?」
彼方「最近さーヒツジのモノマネにハマってるんだ。エマちゃんとヒツジさんパンダさんでゴロゴロすると楽しいんだぜ」
栞子「そ、そうなんですね」
栞子(相変わらず捉えどころのない人ですね……女性で美人だから許されてますが)
栞子「実は、ミナカワさんという方に用があって……」
彼方「ミナカワちゃん? ミナカワちゃんならあそこにいるけど」
栞子(言って、彼方さんは教室の隅にある人だかりを指差しました)
栞子「随分と人気者みたいですね。元生徒会長となると人望に厚いのでしょうか」
彼方「それだけじゃなくて、気さくで美人な上に頭もいいんだよ。海外の凄い大学から推薦も来てるとか……ライフデザインで特進じゃないのに信じられないよね」
栞子(凄い人なんですね……なんだか会うのが楽しみになってきました)
栞子(彼方さんに手短にお礼を言い、私は人だかりの中に突入しました。やはり人だかりには上級生が多く、押しのけるたびに睨まれましたが、私が現生徒会長だと気付くとすぐに場所を開けてくれました)
栞子(きっと生徒会手続きの何かを聞きに来たと思われたのでしょう。まぁ似たようなものですが)
-
イナ川みのないまじめな栞子かと思ったらしっかり見抜きしてて草
-
栞子(人だかりをかき分け、進み)
栞子(中心に、それはいました)
「だからアスモデウス星雲から来た電波が私の耳を蟻にしてくました未来は物理学の奥にある本棚によって形成されます人形がバラバラになる日は来るから」ブツブツ
栞子(ガリガリに痩せこけた身体、針金のような手足には掻きむしったような酷い痣と膿が滲んでいる)
栞子(髪はあちこちが脱毛して地肌が見え、目の焦点は合わず常に忙しなく動き回っている。元は美人だったであろう顔は、顔面麻痺のように痙攣し右側だけが吊り上がっていた)
「あ、あの! ミナカワさん、この問題の解き方教えてもらっていいかな?」
「さんという方に歯が並んで輪を作りますベコベコにへこんだ芝の中には世界から見た車窓がいくつもいくつもあり椅子が、椅子が食べられない」
栞子(差し出された問題集に、どう見ても落書きにしか見えない記号とぐちゃぐちゃに崩れた日本語に見えない文字列が書き込まれる。問題集を差し出した少女はそれを嬉しそうに受け取った)
「そっか、こう解けばいいんだ! ありがとう、ミナカワさん!」
栞子(……関わりたくない。信じたくない。見ているだけで吐き気がしてくる。これが本当に、元生徒会長のミナカワさん……?)
栞子「あの……すいません、ミナカワさん、ですか?」
「自殺をするひよこの群れを見た時には蛍光灯を変えました」
栞子「生徒会長の三船栞子です。この裏同好会について、聞きたいことがあって……」
「肝不全を引き起こっ……!?」
栞子(ミナカワさんの動きが止まった。焦点の合わなかった視線が、私の突き出した黒いファイルの上に落ちる)
栞子「先日、文芸同好会に行ったのですが、そこで……」
「あ、あぁ……ああああ……やだ……やだぁぁぁあっ!!!!」
栞子「ミナカワさん!?」
栞子(泣き叫び、身体や顔を無茶苦茶に掻きむしりだしたミナカワさんの手を無理やり抑える。しかし、細い手とは思えないほど異常な力で振り払われてしまう)
栞子(血が滲み、かさぶたが外れ膿が吹き出す。私以外の誰も止めようとしないことに苛立ち、顔を上げて周りを見回した)
栞子(いつの間にか輪に加わっていた彼方さんを含め、周りの人間は、微笑ましいじゃれ合いを見るかのように薄い笑みを浮かべていた)
-
こわあ
-
彼方「ミナカワちゃんは本当に優しいなぁ。そんなに真剣に答えてあげるなんて」
「あぁぁぁ!! うら、うらはやだ……もうやだ……ぁ!!」ガリバリ
栞子「ひっ……あ、ありがとう、ございます。失礼、します……」
栞子(泣き叫ぶミナカワさん、自傷を続ける彼女を笑顔で見ている周りの人間。全てが気持ち悪くて、どうしようもなくて、私は逃げるように立ち上がった)
「あ……あぁ……う……」
栞子(教室のドアを開けて、廊下に出ようとした私に、縋るような、囁くような微かな声が聞こえた気がした)
「がっちゃ……だめ、なにも、ねがっちゃ……だめ……」
栞子(後ろ手にドアを閉めて、教室を取り巻く瘴気から逃れるような心持ちで、自然に足は早歩きになっていた)
栞子「願っちゃ駄目……?」
栞子(いったい、何を……?)
栞子(込み上げてくる不安に耐えながら、私は生徒会室に戻りました。歩夢さんは呆れたのか、申請書を片付けておくようにとメモを残して姿を消していました)
栞子(……裏同好会のせい、ですよね。ミナカワさんのあれは……)
栞子(私は今後、人間がああなってしまうような何かを観察するんですか……?)
栞子(ファイルを開き、文芸同好会の次のページを捲る)
栞子(そこには名前だけは平凡だった文芸同好会とは違い、見るからに奇妙で、最悪を想起させる文面が踊っていた)
NEXT FILE 『悪夢研究同好会』
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こわい😨
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ワクワク
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怖い…
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まるで七人ミサキだな、文芸同好会
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ᶘイ;⇁;ナ川💦 こわいですこわいです〜
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たぶんミナカワはイナガワから取ってるんだろうなと思ったけどそんなこと言っていられないくらい怖い
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冒頭が嘘のように怖くて草
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おしっこ漏らしちゃった😭
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おもろい
スクスタ準拠か
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放課後
栞子(授業が終わらなければいいのに、なんて初めて思いました)
栞子(授業が終わって、ホームルームが終わってしまえば……また私は裏同好会の観察へ赴かねばならないのですから。憂鬱な栞子ちゃんです)
「ねぇ三船さん、また却下されたんだけどさ……フランクフルトフェラチオ同好会はエッチな同好会じゃないんだよ? 最後まで聞いてくれれば三船さんも納得してくれるよ」
栞子(さて、地図を頼りに向かいますか)
「まずはフラフェラ競技の歴史から教えてあげるね。1850年代のイギリスでは癒やしの痴漢『癒痴漢』と破壊の痴漢『破痴漢』が日夜殺し合いを繰り広げて……三船さん!? 三船さんどこ行くの!?」
栞子(『悪夢研究同好会』……名前を見た時にはギョッとしましたが)
栞子(よくよくファイルを読んでみれば、書いてあることは案外普通なんですよね)
栞子「……とはいえ、気を抜いてはいられませんが」
栞子(『文芸同好会』の例もありますからね。ファイル外の即死トラップが仕掛けられていないとも限りません)
栞子(……誰かに相談、できればいいんですが。あんなものを見た後に誰かを裏同好会観察に誘うことも出来ませんし……)
-
フラフェラ同好会を文芸同好会に放り込もう
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栞子(うじうじと悩みながらも、地図を頼りに歩みを進める。文芸同好会の時にも通ったのとほぼ同じルートだからか、二度目はあまり迷わなかった)
栞子(そして)
愛「ん、しおってぃーじゃん。やっほー」
栞子(薄暗い廊下の壁にもたれかかって、携帯電話で手遊びしている愛さんを見つけました)
栞子「愛さん? 何故ここに?」
愛「生徒会室に行ったけどいなかったからさ、多分裏の方だろうって先回りしといたんだよ」
栞子「先回り……用事があったのなら、裏から帰るのを待っていてくれてもよかったんですが」
愛「いやいや、待つって意味分かんないじゃん!」
栞子(言って、愛さんはケラケラと笑う。普段通りの楽しげな表情で)
愛「一晩考えたんだけどさ……愛さんも行くよ。裏同好会観察しながらさ、文芸同好会に飲み込まれた副会長助ける方法、探しに行くんでしょ」
栞子「……はい?」
愛「ん?」
栞子(副会長を助ける方法……裏同好会のことが心配すぎて、言われてみれば頭から抜けてましたね。ファイルに書かれていない以上、五年後を待つしかないと半ば諦めてもいましたし)
愛「なに、その反応……しおってぃーも副会長助けたいから、裏の観察続けようとしてるんだよね?」
-
栞子「……いえ、申し訳ありませんが副会長のことは諦めかけていました。単純に観察だけをしようか、と……」
愛「……なんで?」
栞子「しかし、まだまだこれだけ裏同好会があるので……助ける方法が無いとも言い切れな」
愛「目的もないのに裏同好会の観察を続けようとしてたの?」
栞子「え……? だって裏同好会の観察は生徒会長の責務で……」
愛「あのさ、目の前であんなことが起こったら、普通は仕事とか責任とか言ってないで放り出しちゃうもんなんだよ」
愛「愛さんは『副会長を助け出す』って目的があるからここに来た。しおってぃーはなんで、目的もないのに自分が死ぬかもしれない場所に来られたの?」
栞子「なんで、って……それは……」
栞子(なんでだろう? 私は怯えていた、不安に思っていた。ミナカワさんを見て、裏同好会の観察なんてしたくないと心の底から思っていた)
栞子(なのに、当たり前のようにファイルを持ち、当然のように裏同好会へ出向いている……なんで? 自分の命が脅かされるかもしれないのに、なんでそんなことを?)
栞子「……すみません、分かりません」
愛「責任感が強いのかもしれないけどさ、無理しないで。……一周回って怖いよ、しおってぃー」
愛「はぁー……それで、今日はどの裏同好会に行くの?」
栞子「はい、今日はこの……『悪夢研究同好会』へ」
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一瞬淫夢研究同好会に見えてしまって自己嫌悪に陥った
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>>46
もう始まってる!(精神汚染)
-
愛「何そのヤバい同好会名……」
栞子「いや、それが意外と問題なさそうなんですよ」
栞子(地図を片手に歩きながら、私は空いた手で愛さんに黒いファイルを差し出す)
愛「ええと……何これ、かなりラフというか……」
『悪夢研究同好会』
・文字通り悪夢を研究している同好会。
・見た目は奇妙だが友好的なので入室、会話ともに一切問題なし。適当に観察してチェックを入れよう。
・最近見た悪夢を話してあげると喜ぶ。
・絶対に嘘を吐いてはいけない。
・喜ばせようと悪夢を捏造した場合、この世界が滅ぶ可能性がある。
愛「世界が滅ぶ、とか書かれてるけど……」
栞子「嘘さえ吐かなければ問題なさそうなんですよ」
愛「ええと、下にあるのは過去の生徒会の体験談か……東北出身の庶務が地元で地震が起きる夢を見たと発言。直後実際に巨大な地震が発生。これって……」
栞子「最近だと、世界中を感染病が覆い尽くす夢を見た人や母国で戦争が起こる夢を見たって嘘吐いた人がいたみたいですね」
栞子「とはいえ、悪夢を捏造しなければ何も起こりません。今回は問題なく終われそうです」
愛「ふーん……?」
-
栞子(どこか訝しげな愛さんと共に、薄暗い廊下を歩く。昨日来た時は違和感を覚えた程度でしたが……)
栞子(やはり、こんな廊下は虹ヶ咲学園には存在しない。今、私達が歩いている場所は体育館の天井がある筈です)
栞子(時間がほとんど経っていなかったということもありますし、何か空間というか、そういうものが歪んでいるのでしょうか)
愛「ここじゃない?」
栞子(愛さんに促され、ボロボロのドアの前で立ち止まる)
栞子「『悪夢同好会』……確かにここですね。暗幕が張ってあって中は……見えませんが」
愛「入っていい、んだよね?」
栞子「ファイルでは問題ないと書かれていましたから……」
コンコン
「はぁい、どうぞー!」
栞子(ノックの音に反応して、部屋の中から可愛らしい人懐っこい声が響く。友好的というのは本当なのかもしれない)
栞子(ドアを開けて、暗幕を片手でどけて中を覗き込む)
「あー、一年ぶりに来たね!」
「生徒会の人だよね、ね! 楽しみにしてたの!」
「もう来てくれないかと思って寂しかったの……」
栞子(可愛らしい声を出す、人とメガネザルのアイノコのような、黒目と顔の横幅が異常に大きい少女達がそこにいた)
栞子(白目の部分がほぼ無く、黒目で埋まった眼球が顔の殆どを支配している。なんとも生理的嫌悪感を抱かせる顔だ)
愛「愛さんは生徒会じゃないんだけどね、私は宮下愛。君達はなんて名前?」
栞子(友人を作ることにかけては一流の愛さんは、実害がないと知るや否や親しげに話しかけている。彼女にとって見た目は微塵も関係ないらしい)
-
😨😨😨
-
CKクラスシナリオっぽいな
-
嘘をつくとそれが現実になる的なやつか
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「ナイだよ?」
「トメなの」
「アーちゃん……」
栞子「私は生徒会長の三船栞子です。よろしくお願いしますね」
栞子(見た目こそ恐ろしいが会話は出来るし、何より私達が来るやいなやお茶やお茶菓子まで用意してくれた。緊張していた身体が弛緩するのを感じる)
栞子(他の同好会もこんな風に友好的でいてくれるといいんですが)パリポリ
愛「アーちゃんはかわいいなー! うりうり」クリュクリュ
「やめて……恥ずかしい……」
栞子(愛さんもすっかり馴染んでますし……まだ来て数分ですよ? 何故そんな怪しい人達に馴染み倒してるんですか)
「ところで……ねぇ愛、栞子。最近、悪夢とか見なかった?」
栞子「!」
栞子(来ましたね……悪夢の話。ここで捏造をするとまずいことになるんですよね)
栞子(実際に見た悪夢だけ話せば、何も起こらない。一瞬身構えはしましたけど簡単な話じゃないですか)
愛「悪夢? 見た見た、先週なんだけど、バスケットボール部の助っ人に行く夢を見てさ……」
栞子(そう、簡単な話なんです。簡単……)
「なるほど、気付いたら体育館が血まみれだったんだ?」
「とっても素敵な夢なの!」
「ボールに刃が生えてバラバラ……自分の時間を大切にしたいって願望が出てる……ありがとう」
愛「そんなに喜んでもらえるとこっちも嬉しくなっちゃうなぁ。次は一昨日見た夢なんだけど……」
栞子(……簡単な話なのに、何故過去の生徒会の皆さんはミスを犯してるんですか?)
-
栞子(いや……何だか変ですよね。明らかにおかしい)
栞子(体験談の東北出身の子が吐いた嘘は恐らくは『東日本大震災』……察するにこの同好会で嘘を吐いた場合、それが最悪の形で現実になる)
栞子(他にも生徒会の人々は、『コロナ感染症』、『ロシア─ウクライナ戦争』と地球規模で人々に不幸をもたらす嘘を吐いている)
栞子(だから、おかしい。そんな事態が引き起こされるのは簡単に予見できるのに、過去の生徒会は何故嘘を吐いた?)
栞子(……ここにはファイルに書かれている以上の何かがある?)
栞子「愛さん、そろそろ……」
愛「──で、地球上の飲水が全て毒水になる夢を見たのが四年前だったかな」
「毒水だったら皆死んじゃうね?」
「とっても残酷なの!」
「聞かせて……もっと聞かせて……」
愛「はいはい、次は……えっと……次は……」
栞子「愛さん?」
栞子(何だか様子が……)
栞子「愛さん、もう帰りましょう!? 悪夢なんてもういいですから」
「だめだよ?」
「もっと聞かせてほしいの」
「見た悪夢を全部……」
栞子「……っ!? 観察は終了です! 愛さん、帰りますよ!」
愛「悪夢……喜ばせなきゃ……三人を喜ばせなきゃ……悪夢……」
栞子「愛さん!」
栞子(こうなったら無理やり引きずってでも……!!)
愛「あ……そうだ。最近見た夢なんだけど」
愛「太陽がある日突然黒い影に覆われて、皆が変だな変だなって気にしてたんだよね」
-
愛「最初はただの日食かなって思ったんだけど、いつまで経っても太陽は黒い影に覆われたままで」
愛「太陽が覆われた日からどんどん地球の気温が下がっていってさ。なんとね、その黒い影って太陽を食べてる虫だったんよ」
愛「太陽を食べ切った虫が、地球に向かって突き進んできて、地球を食べ始めて……」
愛「それで、地球が滅んだんだよね」
栞子「……愛、さん?」
栞子「それ、本当に……見たんですよね? 悪夢、なんですよね?」
「嘘だよね?」
愛「……」
「嘘なの」
愛「……あれ、なんで」
「嘘……吐いたんだ……」
愛「あれ? ……あれ!? なんで、喜んでほしくて、あれ!? なんで愛さん、そんな……!?」
愛「あ……あぁぁぁっ!!」
栞子「っ……愛さん、出ますよ!! すぐに!!」ズルズル
「嘘吐きは駄目だよ?」
「ここでは嘘は許されないの」
「けどね……安心して……」
「私達は、キミを嘘吐きにはしないから」
-
ヒェッ…
-
栞子(あの後、無理やり愛さんを同好会室から引きずり出して、私達は逃げるようにその場を後にした)
愛「ごめん……そんなつもりじゃなかったのに」
愛「なんだかあの三人と話してると、もっと喜ばせなきゃ、もっと楽しませなきゃって気分になってきて……」
栞子「仕方ないですよ。終わったことなのですから」
愛「けど……よく覚えてないけどさ、なんだか愛さん物凄い嘘吐いたんでしょ? 地震とか、感染病とか」
栞子「あはは……そんな感じですよ」
栞子(太陽を食べきった虫が、地球に侵略してきて滅ぼす……なんて途方もない嘘でしたけどね)
栞子(ですが流石に有り得ませんよ。地震、感染病、戦争なんかに比べてリアリティがなさすぎますもん。間違いなく現実にならない)
栞子(……一応体験談に書き留めてはおきますか)カキカキ
愛「……そういえば、ふと思いついたんだけどさ」
栞子「はい?」
愛「副会長にほっぺをつねられる悪夢を見た、とか言ったらそれが現実化して副会長戻ってこれたんじゃないかな」
栞子「……あ。確かにそうですよ! 悪夢研究同好会に戻って……」
愛「駄目だよ、扉消えてたし。早く気付けばよかった……」
栞子「むむむ……」
栞子(それも書き加えておきますか……)カキカキ
・悪夢の捏造は有効利用できる可能性あり。いなくなった人を戻せるかもしれません。要検証
愛「はぁ……またこんな同好会があったら、副会長のこと試してみようね。じゃあ、今日は愛さん帰るから……」
栞子「スクールアイドル同好会には寄らないんですか?」
愛「なんだか疲れちゃってさ……じゃあね、しおってぃー」
-
栞子(問題は起こりつつも2つの裏同好会の観察を終えました……)
栞子(まだまだたくさんページはあるのに、こんなところで挫けてられません。元気印の栞子ちゃんです)
栞子「……」
栞子(帰り道、私は夕焼けを見ながら歩いていました。あの太陽が虫に食べられるとは想像もつきませんが……)
栞子(ま、起こるはずもないことを考えても仕方ありませんね。考えるべきことは他にたくさんあるのですから……)
「ねー、お母さん」
「なぁに? ボクくん」
「おひさまがね、なんだか黒いよ」
「おひさまが? それは……えっと、黒点ってやつじゃないかな。私もよく知らないけど、温度が低いと黒く見えるの」
「ふぅん……でもあれ、なんだか」
虫みたいに見えるんだけどなぁ。
ファイル2 悪夢研究同好会 観察終了
-
かすみ「それでね、りな子がムカデにちょっとだけ殺虫剤をかけて、悶え苦しむのを二時間くらい眺めてて──」
栞子「あはは……」
栞子(友人と愉快な雑談をしながら過ごす日常、なんとも平和なものです)
栞子(こんな日々がいつまでも続いてくれればいい。切にそう思います)
かすみ「そういえば、せつ菜先輩が前より同好会室に顔出してくれるようになったんだよね」
栞子「生徒会業務を引き継ぎましたからね。中川会長のこと、少し心配してましたから……元気そうでよかったです」
かすみ「? 何の話?」
栞子「いえ、ですからせつ菜さんですよね? 中川会長じゃないですか」
かすみ「せつ菜先輩はせつ菜先輩だよ。中川会長って人のことは知らないけど……」
栞子「そうなんですか?」
栞子(かすみさんには正体を明かしてないのでしょうか? そんなことないと思いますが……)
栞子(まぁミトコンドリア並の知能しかないかすみさんのことですから、きっと忘れているだけですね)
-
そういえば何で中川は無事なんだ
-
かすみ「言いたいのはそんなことじゃなくて……練習中にさ、せつ菜先輩が、しお子が困ってたら助けてあげてほしいって言ってたんだよね」
かすみ「しお子とせつ菜先輩って何か関係あるわけ? 接点無さそうだけど」
栞子「ふふっ、秘密ですよ」
かすみ「あー! 何それ、ずるい!」
栞子「それに、今のところは助けも大丈夫ですよ。かすみさんはかすみさんのやりたいことをやってください」
栞子(流石に『裏』には巻き込めないですしね。かすみさんすぐ死にそうですし)
かすみ「ふんっ。いいですよーだ、かすみんは窓ガラスに映ったかわいいかすみんを眺めて過ごすから」
かすみ「はぁ……かすみんは今日も惚れ惚れするほどかわいいですねぇ……」ウットリ
バリィィン
かすみ「グァァァァァッ!!! かすみんのあまりの可愛さに窓ガラスが割れましたよぉぉぉっ!!!」
「今日も空は青いなぁ……」サメザメ
栞子「こういう人と結婚したら、毎日が楽しくなりそうだなぁと思うんですよね」
栞子(そんな風に微笑みながら、ファイルを開く。今日行く裏同好会は……)
栞子(……ん? これって普通に見たことあるような……)
NEXT FILE 『ワンダーフォーゲル同好会』
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面白いよ
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とうとうワンダーフォーゲル部きたか
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せつ菜あえてそこ行く前に放棄してない…?
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アンディ・ウィアーかな?
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「〜〜そして、鑑真が日本に樒を持ち込んだことから、葬式と樒は密接な関係があると言われています」
教師「よし、続けて……中須。続きの文章を読んでみろ」
かすみ「はい! ええと……
しずく『なにっ! 栞子が結婚するだと!』部室崩壊
中川『そうなんですよ!!』
しずく『ううむ……ワシで見抜きをしていたからレズだとばかり思っていたが』
しずく『結婚祝いに裸でも見せてやるか! 喜んで見抜きするぞ!』ガハハ
これが後の世でジャンプにも掲載された、『こちら虹ヶ咲イナ川見抜き前同好会』である」
教師「よし。ここは日本史の期末テストに出るから、きちんと暗記しておくように」
キーンコーンカーンコーン
教師「む……今日の授業はここまで」
起立 礼 着席
栞子(ついに授業が終わってしまいましたか……また裏同好会に行かなければ)
かすみ「しお子、なんだか顔色悪いよ。大丈夫?」
栞子「大丈夫ですよ。心配していただきありがとうございます」
かすみ「最近夏なのに気温が下がり気味だからね、風邪なんて引いちゃヤダよ」
栞子「あはは……」
-
栞子「そういえばかすみさん、ワンダーフォーゲル同好会って知ってますか?」
かすみ「ワンゲル部? 勿論知ってるけど……あれ同好会じゃないよ?」
かすみ「ワンダーフォーゲル部。きちんと部として認められてるんだから……ああ、今思い出しても腹が立ってきた」
栞子「何かあったんです……?」
かすみ「あのマッシブ女ども、部室を明け渡せって毎日のように迫ってきて……汗臭いしムキムキだし、あぁもう!」
栞子「大変だったんですね……」
栞子(しかし、『ワンダーフォーゲル部』? ひょっとしてファイルが古くて、裏同好会から正式な部に昇格したなんてことがあるんでしょうか)
栞子(……いや、ありえませんね。そもそも虹ヶ咲の生徒かも怪しい人々しかいなさそうですし)
栞子(となると『ワンダーフォーゲル部』と『ワンダーフォーゲル同好会』は別物……?)
栞子「そもそもワンダーフォーゲルってなんなんですかね?」
かすみ「かすみんも詳しく知らないけど、山登ったり川下りしたり……登山部ほどガチじゃないエンジョイ系ってイメージ?」
栞子「へぇ、アウトドア派なら楽しそうですね」
栞子(私もインドアなところがありますし、話を聞いてみても……同好会の方はまともに会話できるか分かりませんが)
-
Σᶘイ���⇁���ナ川
-
栞子「ありがとうございます、ではかすみさん……また明日」
かすみ「もう帰るの? たまには一緒にパフェでも食べに……」
栞子「いえ、生徒会の業務がありまして。また誘ってください」
かすみ「むー……いいもん。しず子とりな子誘って巨大ジャンボパフェ食べるから。しお子なんて知らないもん」
栞子「拗ねないでくださいよ。私はいつでもかすみさんのこと、一番大事に思ってますから」
かすみ「! ……し、知らない」
栞子(顔真っ赤じゃないですか。ちょろいなぁかすみさん)
栞子(適当にかすみさんをからかいながら教室を後にし、私は部室棟へと向かった。相変わらず裏同好会の目的地は、校内地図には存在しない廊下を指し示している)
愛「や、しおってぃー。今日も観察行こっか」
栞子「大丈夫なんですか? 昨日は具合悪そうでしたけど」
愛「愛さんまだ若いからねー。一晩寝れば元気いっぱい!」
愛「ほら早く行こうよ! パパパッと観察して、オワリっ!」
栞子「引っ張らないでくださいよ、もう……」
「「……」」
-
栞子(ええと……この廊下を左に曲がって次の角を左に曲がって、更に次の角を左に曲がって、次の角を左に曲がる……)
愛「相変わらずわけのわからない道順だね。元の場所に戻っちゃわない?」
栞子「理論上はその筈ですけど」
栞子(四回左に曲がって見えたのは見知らぬ木造の廊下。絶対こんなところ虹ヶ咲に無いですよ)
「……えっ!? ここ、どこ!?」
「なんで木造!?」
栞子「!? 誰ですか!?」
かすみ「あ……」
エマ「あはは……」
愛「かすかすにエマっち!? ここで何してんの!?」
栞子「まさか私達の後を性欲の赴くままにストーキングしてきたんですか!? あなた達はストーカーの適性がありますね!」
かすみ「ちがっ……かすみんそんなつもりじゃ……!」
-
エマ「二人の後を追ってきたのは事実だから……ごめんね、こんな真似しちゃって」
かすみ「実はね……」
かすみ『はぁ……しお子付き合い悪いなぁ。生徒会ってそんなに大変なのかな?』
栞子『〜〜』
かすみ『あれ、しお子? なんでこんなところに……生徒会室とは真逆だけど……』
栞子『〜〜!』
愛『〜〜!』
かすみ『! あれって、愛先輩……!?』
かすみ(なんでしお子が愛先輩と……そういえばこの前の放課後も二人で一緒にいたような……まさか!!)
栞子『愛してますよ、愛だけに』
愛『しおってぃー……見抜きして、いいんだよ』チュッ
かすみ『た、ただれてる……!』
エマ『あれ? どうしたのかすみちゃん。こんなところで震えて……』
かすみ『エマ先輩。実は……』
エマ『栞子ちゃんと愛ちゃんが相互ドスケベ条約を締結……!? こうしちゃいられないよ、後を追って写真を撮って校内掲示板に貼り付けなきゃ!!』
エマ「というわけで……」
愛「エマっち、かわいい顔してめっちゃ怖いことしようとしてなかった?」
エマ「ところでここはどこなんだろうね? 虹ヶ咲に三年いて、初めて見るけど……」
栞子「……」ハァー
栞子「かすみさん達に心配をかけたのは私の責任です。しっかりと説明しますから……」
-
─────
───
─
かすみ「裏同好会……」
エマ「私達の記憶にいる副会長は歩夢ちゃんだけど、本当は別の副会長がいたんだね?」
栞子「はい、そういうことです」
愛「分かったら二人とも帰ってよ。命の保証は出来ないんだならさ」
かすみ「いや……流石にこれ聞いて帰れませんよ」
エマ「こんな恐ろしい話、栞子ちゃんと愛ちゃんだけに背負わせるわけにはいかないもんね」
栞子「し、しかし実際に人が消えてるんですよ!?」
栞子(あと太陽が虫に食われてるかもしれません)
かすみ「だったらますます帰れないって。友達が危険なことしようとしてるのに、のうのうと家に帰ったりしたら私は私でいられないよ!」
栞子「かすみさん……」ウルッ
エマ「観察をやめることは出来ないの?」
栞子「色々考えたんですが……最初のページにあるこれが気になるんですよね」
・観察業務を途中で投げ出したら、終わりです。
栞子「私に引き継いだ中川会長が無事ということは、誰かに引き継げば問題はないのかもしれませんが……」
エマ「? よく分からないけど、辞められないならしょうがないね」
愛「仕方ないか……行くんなら行こうよ。ワンダーフォーゲル同好会」
『ワンダーフォーゲル同好会』
栞子(木造校舎に相応しい、ボロボロの木のドア。それに釘で打ち付けてある板切れに、その文字は彫られていました)
-
エマ鬼畜で草
-
栞子(ファイルをもう一度読み直し、見落としがないか確かめる)
栞子(……信じるしかない。文芸同好会の時のような悲劇を繰り返してはならない)
栞子(騙し討ち、洗脳、催眠、ファイルの虚偽……全てを仮定に入れて、私はドアを開けた)
栞子(目の前に広がっていたのは、鬱蒼とした森だった)
『ワンダーフォーゲル同好会』
・この同好会のドアの先は、自然豊かな山に繋がっている。この山が地球上のどこにもないことは既に確認済。
・山の中で登山を繰り返しているワンダーフォーゲル同好会の一団を見つけ、必要なものはないか確認すること。
・必要なものがないと言われた場合はその時点で観察終了。
・○○が必要だと言われた場合は、何としてでもそれを用意し取引すること。
・明け渡したくなっても、決して明け渡してはならない。
栞子(吐き気とともにせり上がる不安を飲み込み、私達は青草の香りがする地面へと一歩踏み出したのだった)
-
かすみ「これ……どういうことなんですか?」
愛「いや、愛さんに聞かれても……」
栞子(事前に説明はしていたのですが、やはり廊下から山というギャップは大きかったみたいですね……)
栞子(今こうして地面に立っている私ですら信じられませんもん。何故、虹ヶ咲の廊下が謎の山に繋がっているのか)
栞子(なんともいえない不安に怯える私達の中で)
エマ「うーん……この山の香り! なんだかスイスの実家を思い出しちゃうよー」
栞子(エマさんだけが嬉しそうにはしゃいでいた)
かすみ「エマさんの地元ってこんな感じなんですか?」
エマ「山が多いからね。家でヤギを飼ってて、草を食べさせに行く為によく山奥の野原まで歩いてたんだ……懐かしいなぁ」
愛「愛さんは生まれも育ちも東京だからねぇ。こんなに自然ばっかりだとなんだか落ち着かないや」
栞子「一旦外に出ますか……っと」
栞子(ドアが消えている。先程私達が入ってきた筈の場所には、大きな木がそびえ立っていた)
かすみ「え……これ出られないってこと!?」
栞子「みたいですね。観察を終えるまでは出られない、ということなのでしょうか」
かすみ「あー……なんでこんなとこ来ちゃったんだろ。しお子見捨ててダッシュで逃げればよかった」
栞子「聞かなかったことにしておいてあげましょう」
愛「とりあえずさ、ワンゲル同好会見つければいいんだよね? それで、必要な物がないか聞くと」
-
栞子「そういうこと、ですね。ほら、かすみさん行きますよ」
かすみ「うう……今更ながら後悔が……」
栞子「後はエマさん……エマさん?」
愛「あれ……エマっち!? どこ行ったの!?」
栞子「先程まではその辺で空気がボーノ言ってたんですが……」
愛「……まずくない? 裏同好会の中で行方不明って……」
かすみ「ど、どうなるんですか?」
愛「最悪死ぬんじゃないかな?」
かすみ「死ッ! エマせんぱぁーい!? かすみんはここにいますよー!」オーイオイオイ
エマ「皆どうしたの? そんなに慌てて」
栞子「エマさん! よかった……無事だったんですね」
愛「……あれ? それって」
「んめぇぇぇ……」
エマ「野生のヤギかな? そこで見かけてね、仲良くなったから連れてきちゃった」
栞子「出る時には逃してあげてくださいね。同好会から持ち出しは厳禁って書かれてましたから」
エマ「分かってるって。野生の子は野生でしか生きられないしね……んー、かわいいねー」ナデナデ
栞子(頭を撫でるためにしゃがみこんだエマさんの豊満な胸がヤギの顔に押し付けられている……くそっ、ヤギめ! だから悪魔のモデルにされるんですよ!)
栞子「まぁ……行きますか、何かの役に立つかもしれませんし」
栞子(言って、四人と一匹で歩き出す。愛さんとかすみさんはヤギをかわいいかわいいと撫でているが、私はエマさんの胸の方を撫でたくて仕方がなかった)
栞子(そうして10分ほど歩いたところで、ふと異常に気付いた。景色が全く変わっていない)
-
栞子「……なんだか、同じところをグルグル回っているような?」
エマ「山ってそんなもんだよ?」
愛「あー……確かにそんなイメージあるかも。同じ景色が延々続くような……」
かすみ「高速道路みたいなもんじゃないですか? 助手席で寝て起きると同じところ走ってるような気がしますし」
栞子「そういうもの、なんですね」
栞子(無理やり納得し、更に歩き続ける。10分しか歩いていないような気もしたし、1時間以上歩き続けているような気もする)
栞子(同じ景色、同じ景色、同じ景色……時間の感覚も、何もかもが壊れていくような気がする)
栞子(心が山に飲み込まれているような、山と一体化しているような……)
愛「全然見つからないね、ワンゲル同好会」
栞子「えぇ……そもそも登山道のような道にも行き着きませんし」
エマ「ヤギパカ大丈夫? 疲れてない?」
「めぇぇぇ……」
栞子「ヤギパカ?」
エマ「この子の名前だけど……」
栞子(独特な感性してますね……ヤギパカって)
かすみ「あー……もうそろそろかすみん限界! いくらスクドルで鍛えてるからって、山の中を上履きで歩くのは無理がありますよぉ!」
栞子「一度休憩しましょうか?」
愛「そうする? じゃあ愛さん枯れ木集めてくるから焚き火しようよ、焚き火」
-
栞子(愛さんが枯れ木を集めたり枝をへし折ったりするのをぼんやりと眺めながら、私はかすみさんとエマさんのことを考えていました)
栞子(ある程度の覚悟をしてきてくれている愛さんとは違い、二人は私からの話をざっくり聞きかじっただけでここまで来てしまった)
栞子(今のところ危険は何もないようですが……もし何かあったら恨まれるどころじゃ済まないですよね)
かすみ「ヤギパカを解体してバーベキューしませんか?」
エマ「まだ細いから駄目だよ? 太らせてから食べなきゃ」
栞子(あんなに怯えて……)
愛「えっと……あれ? ねぇ、しおってぃー」
栞子「はい?」
愛「あそこ……あの木の向こう、なにか見えない? 黒い影みたいなの……」
-
栞子「影……?」
栞子(最初は何もないとしか思わなかった。ただ、木と木の間に木漏れ日が落ち、それが作り出した影を愛さんが人と見間違えたのだろうと)
栞子(けれど、違いました)
ずるり、ずるりと。
木の表面を這うように。
木から木へと飛び映るように。
いくつもいくつも無数の影が、ずるずると私達に近付いてきている。
感情も何も感じられない、ただの黒い影が。
栞子「ひっ……!?」
愛「なんなの、あれ……!?」
栞子「分かりません! エマさん、かすみさん、逃げますよ! よく分からないのが迫ってきてます!」
エマ「えっ……!?」
かすみ「な……何あれ? 黒い巨大ナメクジ……?」
栞子「とにかく逃げてください!」
エマ「わ、分かった! すぐに……」
「めぇぇぇ?」トテトテ
エマ「ヤギパカ!? そっち行っちゃ駄目!」
栞子(逃げ出そうとしたエマさんの手をするりと抜け出たヤギパカが、影の方へと歩いていくのが見えた)
栞子(連れ戻そうとするエマさんを無理やり引っ張り、私達は側の草やぶに逃げ込みました)
「めぇぇぇ……」
栞子(ヤギパカの側まで近付いた途端、黒い影の動きが止まりました。ヤギパカを取り囲むように、木に巻き付いた影。それはまるで値踏みをしているようにも見えました)
-
読ませる文だなぁ
おもろい
-
エマ「ヤギ……」ムグッ
愛「静かにして、エマっち。気付かれる」ボソッ
「めぇぇぇ?」
栞子(取り囲んだまま影の動きは止まりました。不安そうにしていたヤギも、何もしてこないと気付いたのか足元の草を食べて寛いでいます)
栞子(……何もしてこない、って。もしかしてあの影がワンダーフォーゲル同好会?)
栞子(だとしたら近付いて会話を……)
「め?」
栞子(そんな考えは、一瞬にして粉々に消し飛ばされました)
栞子(ヤギパカが顔を上げた瞬間、周りにいた影が一斉にヤギパカに飛びついたのですから)
「めぇぇぇっ!?」
「明け渡せ」
「明け渡せ」
「明け渡せ」
「明け渡せ」
栞子(目から、鼻から、口から……身体中の穴という穴から影がヤギパカの中に入っていく。肉体が膨れ上がり、ボコボコと隆起し、押し出されるように眼球が飛び出した)
栞子(肛門からは腸が垂れ下がり、皮ははちきれんばかりにのび広がり、全身から絶えず黒い血が流れ出ている……)
エマ「……! ……!」ムームー
栞子(全ての影がヤギパカの中に入ってから、数分の間ヤギパカは奇妙なダンスにも似た不気味な痙攣を続けていました。そして、操り人形のようなダンスが終わると……)
栞子(身体のあちらこちらが割れ、肉が腐り落ち、その隙間からしゅうしゅうと先程の影が出ていくのが見えました)
-
「合わなかった」
「合わなかった」
「合わなかった」
「合わなかった」
栞子(この世の底から響くような暗い声色で言うと、影はまた木々の表面を滑るように何処かへ走っていきました)
エマ「ヤギパカ……」
栞子(ヤギパカはもう、息をしていませんでした。全身が奇妙に隆起し、言われなければ元がヤギだったとは到底気付けないほどに変形して……)
愛「ファイルに書いてた明け渡すな、ってさ。あの影のこと?」
栞子「そうみたいですね……明け渡せと言っていましたし」
愛「あの影に取り憑かれると全身が膨れ上がって腐り落ちる……うーん、厄介になってきたね」
栞子「えぇ、早いところワンゲル同好会を探してここを出ましょう。いいですか、エマさん、かすみさ……」
かすみ「……なん、で、そんなに冷静なの……?」
栞子「……はい?」
かすみ「あんなのがいるんだよ……? ヤギパカ見てたでしょ……?」
かすみ「とっ、取り憑かれたら、身体がボコボコになって、死んで……オエッ!」ビチャビチャッ
栞子「かすみさん!」サッ
かすみ「触らないで!!」
栞子「ッ!」
かすみ「……なんか怖いよ、しお子も愛先輩も。なんでそんなに冷静でいられるの? 死ぬかもしれないのに……ゲホッ」
愛「……単純な話、今まで二つ裏同好会を見てきてるから。ゲロ吐いて泣いてるだけじゃ死ぬって理解してるだけだよ」
-
かすみん😭
-
かすみ「……私は無理だよ、そんなに冷静じゃいられない」
愛「……なるべく逃げられるようにしておいてあげるからさ、そうやって邪魔するのはやめてくれないかな」
愛「愛さん達も死んじゃうからさ」
栞子「ちょ、ちょっと!? なんで喧嘩してるんですか!?」
栞子「もっと楽しくやりましょうよ……こんなんじゃワンゲル同好会の観察終われないじゃないですか」
栞子「そうです、私の新作見抜きプレイを……」
愛「……エマさんは?」
かすみ「ふぇ?」
栞子「エマさん?」
栞子(ヤギパカの死体に縋って泣いていたエマさんの姿がない……ヤギパカの死体もだ)
栞子(埋めてあげにいった? いや……まさか!)
栞子「影を追っていったんじゃ……!?」
愛「影を!?」
かすみ「なんでそんなこと……!?」
栞子「エマさんはヤギパカが殺されて、明らかに怒っていました。怒りに任せて影を追ったとしたら……!」
愛「あぁ! もう! どいつもこいつもっ! 早く後を追うよ!」
かすみ「……ぁ」
愛「……影を追うような真似はしたくない、って言うなら置いてくよ?」
愛「あの影が1グループだけしかいないとは限らないけど」
かすみ「ぐ……行きますよ! 行けばいいんですよね!!」
栞子「あぁ……」ハラハラ
-
栞子「エマさん? エマさーん!?」
愛「エマっち!? おかしいな、影の方に来たんならこっちへ……」
栞子「エマさん、聞こえてたら返事してください!!」
かすみ「……っ?」
かすみ「あ、あの……なんかあそこの草、変じゃない?」
栞子「草……?」
かすみ「……赤い、よね?」
栞子「……」
愛「……二人とも、どいて。私が確認するから」
栞子(言って、愛さんは赤い草の方へ近付いていく。まさかそんな筈はない、という思いとそうだったらどうしようという気持ちに押しつぶされそうになりながら、私はその背中を眺め続けていた)
栞子(そして、愛さんがひょいとそれを覗き込み……)
愛「あー、これヤギだよ。さっきのヤギ」
栞子(安堵の声が聞こえた。その声に促され、私とかすみさんもそちらへと赴く)
栞子(確かに草を濡らしていたのは、ヤギパカの血だった。ボロボロのヤギパカが、影にやられた時に見た姿勢のままそこに横たわっている)
栞子「……影にやられたときのまま?」
かすみ「しお子? 何か変なところでもある……?」
栞子「だって、ヤギパカはエマさんが持ち上げて連れて行ったんですよね?」
愛「死体がなかったってことはそうなるけど」
栞子「じゃあなんで、影にやられた時のままここに倒れ込んでいるんですか? エマさんが動かしたとしたら腕の形や足の形はズレる筈では?」
-
愛「……言われてみれば。じゃあどういうこと?」
かすみ「け、けど確かにヤギの死体は無くなってたんだよ!?」
栞子「いなくなったエマさん、移動した筈なのに死んだ瞬間の姿勢のままのヤギ……」
栞子「……違う。いなくなったのはエマさんじゃない」
愛「つまり……?」
栞子「エマさんもヤギもあの場所から移動していなかった。移動したのは私達の方なんですよ!」
栞子「思い出してください。入った筈のドアが無くなっていた! 歩いても歩いても景色が変わらなかった! この山は……」
栞子「パズルを入れ替えるように、私達を乗せた地面の方が移動し続けているんです」
-
,,(d!.;ヮ;..) ヤギパカ…
-
愛「……じゃあエマさんは?」
栞子「山のどこかで移動をし続けているのかもしれません……」
かすみ「ドアは……?」
栞子「それも、移動を続けているのかも……」
愛「じゃあ結局今と変わらないじゃん!」
栞子「変わります! もっと二人とも私に近付いてください!」ギュッ
栞子「私達が離れ離れにならないよう、固まって過ごす。今出来る事はそれだけしかないんですよ!」
かすみ「エマさんはどうするの……?」
栞子「エマさんは……ここで呼び続けるしかないかもしれません」
栞子「たまたま近くを通りがかったタイミングで、声が聞こえれば……合流できる可能性はあります」
かすみ「そんな……」
愛「エマっち……!」
「……何してんだ、あんたら?」
栞子(ゴロゴロと喉を鳴らすような声が、すぐ目の前で聞こえました)
栞子(聞き慣れない声に顔をあげると、緑の鬼がいました)
栞子(尖ってしゃちほこばった顎、頭にある角、緑色の硬質な皮膚には鱗のようなものが浮いている……小柄な、筋肉の塊のような女性がそこに立っている)
「動きづらいだろ、そんなにくっついちゃ……」
栞子「っ……ワンダーフォーゲル同好会ですか!?」
栞子(喉の奥までせり上がった悲鳴を無理やり抑えつけ、そう質問する)
「そうだけど……あんたら、生徒会か? 悪いタイミングで来たもんだなぁ」
栞子(言いながら、頬をポリポリと掻く緑鬼……幸いにも友好的なタイプのようですね)
栞子「何か必要なものはありますか?」
「ボールペンか何かあれば貰えないか? 仲間が影に取り憑かれてなぁ……刺すものがいるんだよ」
-
まさかの友好型か
-
栞子「ボールペンなら……どうぞ」ヒョイッ
栞子(チェック用にファイルに挿し込んでいたボールペンを差し出すと、鬼は嬉しそうにそれを背負っていたバックパックの中に仕舞い込んだ)
「ありがとう。これ、お礼の肉だ」
栞子「あ、ありがとうございます」
(まだ血が滴ってる生肉……こんなもの貰ってどうしろと)
かすみ「これで……観察終了、ですか?」
愛「そうだけど、エマっちを探さないと帰るに帰れないよ」
「エマっちって、こう、そばかすがあって、髪が赤い女?」
栞子「そ、その子です! 今どこに?」
「あー……うん」
栞子(嫌な予感が頭をよぎる。エマさんに一体何が……)
「それ」
栞子(言って、鬼は私を指差しました。いや、違う。指差されたのは……)
血の滴る、生肉。
私の手に握られた、捌かれたばかりの新鮮な肉を。
鬼は指差している。
「言っておくけどさ、私が殺したんじゃないよ。影にやられてさ、目の前でこう……ね?」
「こんな山では貴重な食料だからさ、ほら……分かるでしょ? あんたらの仲間だとは思わなかったんだって」
「帰り道教えてあげるから……全部忘れて帰りなよ。ね? ほら、帰りなって」
栞子(鬼の声が遠くなっていく。気を失いかけているんだと気付いたのは)
栞子(目の前が真っ暗になった、丁度その瞬間だった)
-
─────
───
─
ってぃー……
栞子「ん……」
愛「しおってぃーってば!」バチンッ
栞子「ぐおおおおおっ!!?」
栞子(思い切り頬を鞭打された……! 歯がガタガタになったような気がします!!)
栞子「な、何を……って、ここは?」
栞子(いつもの廊下、外から聞こえてくる運動部の声……普段通りの日常がそこにはありました)
栞子「脱出、できたんですね?」
愛「あの鬼にドアの場所教えてもらってさ。長いこと住んでるから、大体どう移動するのか覚えてるんだって」
栞子「……エマさんは」
かすみ「……死んだよ」
栞子「……」
かすみ「しお子が握ってるそれ、エマさんだって……言ってたじゃん……」
栞子(言われて、右手を見る。血塗れで生臭い右手に握りしめられて、ボロボロになってしまった生肉)
栞子(これが……こんなものがエマさんな筈はない)
栞子(エマさんが死ぬわけがない。だって、エマさんは……)
かすみ「……私のせいだ」
かすみ「私が……変な話しなかったら、こんなこと……」
愛「……別にかすかすが悪いってわけじゃ」
かすみ「……帰ります」フラッ
愛「あ……」
愛「かすかすじゃない、って反論してよ……あはは……」
栞子(エマさんが……死んだ。信じたくないのに、手に持った生肉の感触と血の臭いは消えてはくれない)
栞子(……目を瞑る。せめて、苦しまずに死ねたことを祈りたかった。エマさんが話していたスイスのように、ヤギに囲まれた平和な世界で、楽しく暮らせるように……)
栞子(祈ることしか、私には出来なかった)
-
虹最初の SS、本当に幽霊はいたんですかみたいな雰囲気になってきた
-
?
エマ(全身を貫くような痛みに目が覚めた。目の前が薄暗い……室内? それとも洞窟?)
エマ(誰かを呼ぼうとしたが、喉がまともに動いてくれない。喉だけではなく、手足も動いてはくれない。全身が潰れているような気がした)
エマ(……そうだ、私は皆とはぐれて、あの影に囲まれて……身体に入られたのを必死に抵抗して……)
エマ(破裂したんだ。内側から、ぐちゃぐちゃに)
エマ(じゃあなんで、私は……)
「めぇぇぇ……」
エマ(この声、ヤギパカ……? 生きて……)
「あぁ、お前も目が覚めたんだな」
エマ(喉を鳴らすような声と共に、緑色の鬼のような顔がぬっと眼前に突き出される)
「覚えてるかもしれないが、お前は生徒会の連中と一緒にここに来て……影に取り憑かれたんだ」
「あいつらはもう帰ったよ。お前のことは死んだと思ってる」
エマ(帰った? 私をここに置き去りにして……? なんで!?)
エマ(それに、死んだと思ってるって……)
-
「あの影に入られた奴はな、なんというか……死ねなくなるんだ」
「動けはしないし話せもしないけど、意識は消えないし肉は再生し続ける」
「腹がな、減るんだよ。この山では食料もあまり無いから、腹が……」
エマ(言いながら、鬼は立ち上がる。その右手に光る物が見えた)
エマ(前に果林ちゃんの実家で見た、ナタと呼ばれているものだった)
「だからな、ごめんな」
「全部、諦めてくれ」
エマ(そして、ナタが、振り下ろ
【ファイル内から消された一文】
・内部にいるワンダーフォーゲル同好会と影は敵対しながらも、一種の共生関係にあると考えられる。影に同族の肉体を提供する代わりに、影は永劫に生き続ける肉を同好会に与えている。
同好会の鬼は、我々が生贄に捧げるから、友好的に振る舞ってくれているに過ぎないのかもしれない。
ファイル3 ワンダーフォーゲル同好会 観察終了
-
栞子「……」
璃奈「栞子ちゃん、大丈夫? 璃奈ちゃんボード『心配』」
栞子「だいじょうぶ、ですよ」
璃奈「かすみちゃんも昨日から様子がおかしくて……もしかして、何か関係ある?」
栞子「それは……その……」
璃奈「『栞子ちゃんが3日間見抜き出来なくなる代わりに、起こった出来事を全て説明してくれる機械』使っていい?」
栞子「やめてください。本当に死んでしまいます!」
栞子「死……」ズーン
璃奈「もしかして、かすみちゃんに告白された?」
栞子「はい?」
璃奈「かすみちゃん、栞子ちゃんのこと好きだから……けど、栞子ちゃんはしずくちゃんが好きなんだよね? いつも見抜きしてるし」
栞子「あ……えっと、ははは……実はそうなんですよ。フっちゃって……此方もそれで傷ついたというか」
璃奈「人騒がせなんだから」
栞子(一夜明けて、やはりというか思った通り……エマさんのいた痕跡はこの世から全て無くなっていた)
-
栞子(スクールアイドル同好会はマネージャーを含めて九人。それが私と愛さん、かすみさんを除く皆の共通認識になっている)
栞子(副会長の時もそうだったけれど、エマさんの成してきた全てが否定された気がして何だか胃の奥に鉛を突っ込まれたような、静かな重さが身体を蝕んでいく)
栞子(それでも、ファイルを捨てる気にはなれない)
栞子(副会長とエマさん、二人を奪ったのが裏同好会だとしたら、二人を救えるのも裏同好会だけなのだろうから)
栞子(死者を呼び戻す方法なんてものが、あるのかは分からないけれど……何でもありのあの世界ならばそれくらい造作もないことなのかもしれない)
璃奈「よかったら放課後、フランクフルトフェラチオ同好会設立の許可を求める抗議デモ一緒に見に行く……?」
栞子「300人くらいがハンガーストライキするんでしたっけ。楽しみですが……用事がありますので」
璃奈「そっか、残念」
栞子(私は楽しみも喜びも全て捨てて、挑まなければならない。それが二人に対する礼儀だろうから)
栞子(犠牲が出て、ようやく私は……正しく裏同好会を観察する生徒会長になった。そんな気分だ)
栞子(私はゆっくりとファイルを開き、ページを捲る)
NEXT FILE 『農業実習同好会』
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生徒会長なりたての時期だからミアとランジュはまだいないのか
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最終的にメンバー何人生き残れるのか…
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最後にフラフェラ同好会が世界を救うオチ
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久々のホラーssで嬉しい
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300人も賛同者がいるのか…
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恐ろしくなってきた
まさか主要キャラからもこんなことになるとは
結末が気になる
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ᶘイ^⇁^ナ川に侵食されかけてる栞子ちゃん
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怖いけど続きも気になるタイプのSSだ
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久し振りに骨のあるSSだ
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続きが気になって仕方ない
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ワンゲル部の言い方的に刺せば助かるらしいけどどうやるんだろ
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フランクフルトフェラチオ同好会すごくない!?
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エマっち😢
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,,(d!.。ヮº..) ヤギパカといっしょにがんばるよ…
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難易度:★☆☆☆☆
1=佐 4=田
2 17 409 79
-
教師「──という計算式が成り立つことから、平穏時と勃起時のチン肉差を表す事が可能である。センター数学では頻出だからこの証明は覚えておくように」
キーンコーンカーンコーン
教師「む……では今日の授業はここまで」
起立 礼 着席
栞子(ふぅ……やはり高校にもなると数学は難しいですね)
「あ、あの……栞子お姉様。今、時間大丈夫ですか?」
栞子「ドウセイさん? 同級生なんですからお姉様なんて……恥ずかしいですよ」
栞子「これからちょっとした用事はありますが、少しくらいなら構いませんが」
「栞子お姉様にお手紙を書いてきたんです。是非、お返事をいただけたらと……」
栞子(生徒会長になってからこういう人が増えましたね。生徒会長はレズが多いと言われていますが、私もそう思われているのでしょうか)
栞子「どれどれ……」
>>111
栞子「ふむ……これは……」
-
「お姉様に直接気持ちを伝えるのは恥ずかしくて……こんな形にしてみたんです」
栞子「なるほど。では……挑ませていただきましょう」
解凍編─アイシーコールドリーディング─
栞子「1が佐、4が田とくれば真っ先に思い付くのは『全国名字ランキング』ですね。1位は佐藤、4位は田中……」
栞子「となると下の数字にもそれぞれの順位の名字を当てはめてみれば」
2位 鈴木
17位 木下
409位 出口
79位 杉山
栞子「そして、名字の最初の一文字目だけを抜き出して読んでいくと」
す き で す
栞子「となります。この程度のこと、みふねのみ、です」
栞子「ドウセイさん、貴女は私の事が好きなのですね。お気持ちは嬉しいのですが、生徒会業務が忙しいので……」
「ああ……私の作った問題を解く栞子お姉様が麗しすぎて直視できません……!」
栞子「そうなんですか。じゃあ私生徒会行くので」テクテク
栞子(さて……『農業実習同好会』ですか)
栞子(普段ならばここでファイルを開き、裏の裏まで何度も確認してから挑むのですが……今回に関してはそうもいきません)
-
栞子(なにせ……)
『農業実習同好会』
・本年度より新設された同好会です
栞子(これしか情報がないのですから)
栞子(正確には、ページは同好会名以外は空白。まっさらなページの上に付箋が貼り付けられている形です)
栞子「裏同好会も新設とかあるんですね」
栞子(考えてみれば、生徒会が管理していない『裏』なのですから、際限なく増えていってもおかしくはないんですよね。であれば、この数で済んでいるのは奇跡といってもいいのかもしれません)
栞子「……私が最初の観察者、というわけですね」
栞子(初見殺しを地で行く裏同好会に、ファイルの情報が一切ない状態で挑む。今までの三つですらファイルがあってもあの体たらくだったというのに)
栞子「……おや?」
栞子(いつも通り、地図を片手にああでもないこうでもないと歩いていると、何故か校舎の外に出てしまいました)
栞子(何度地図を読んでも、廊下を数回曲がっただけで何故校舎の外に出ることになるのか分かりません。既に裏の空間なのでしょうか?)
栞子「時計は動いてますし……本当にただ、外に出ただけ?」
栞子(愛さんはいつも通り廊下にいるかもしれませんし、ざっくり場所だけメールして裏に入る直前まで向かいますか)テクテク
-
栞子「地図によるとここを曲がる、となっていますが……」
栞子(これではただ後者裏に出るだけでは? たしかこの向こうには中庭があって噴水が……)
栞子「……畑?」
栞子(ひょい、と覗きこんだ先にはどこまでも広がる農場がありました。のどかな雰囲気の中、数人の男女が楽しげに話しながら畑を耕しています)
栞子(記憶と全く違う光景。つまり、これは既に……)
栞子(振り返っても、そこには見慣れた学校はなく──見知らぬ野菜が実った畑が広がっていました)
栞子「愛さんが来る前に……裏に入ってしまったようですね」
栞子(この状況で愛さんはこっちに入ってくることが出来るのでしょうか? それとも、私一人でここの観察を……)
「やぁ! よく来てくれたね!」
栞子(ふと、嬉しそうな、元気のいい女性の声が辺りに響きました)
「私は農業実習同好会の会長、マガツ! 君の入会を心から歓迎するよ!」
栞子「え? いや、私は……」
栞子(……そうだった気がする。私は農業に興味を持ち、農業実習同好会の体験入会をお願いしたんだ。だから、この農場にいるんだ)
栞子「はい! 体験入会の三船栞子です、農業の未来の為にビシビシご指導ください!」
-
ヤバくねえか
-
取り込まれてるじゃん…
-
初手洗脳はキツい
-
「良しっ! いい返事だね、三船さん。早速仲間達に紹介しよう!」
栞子(言って、マガツ会長は数人の男女の元へと歩いていく。私も遅れないようその後を追った)
栞子(ああ! それにしても太陽が気持ちいい! 土から伸びるこの美しい緑の葉を見てください! これこそが人間の求める喜びというものです!)
「やぁ同士諸君! この子は体験入会の三船栞子ちゃんだ! 共に作物を育てる楽しさを分かち合おうではないか!」
栞子「虹ヶ咲学園一年生、三船栞子です! ぶ、ブロッコリーを育ててみたいです!」
栞子(私の挨拶に、収穫をしていたらしき男女が笑顔で快活に挨拶を返してくれる。こんなに爽やかに受け入れてくれるなんて……素晴らしい仲間に出会えたような気がします!)
「ああ! ブロッコリーは最近指定野菜に昇格したからね! うんうん、よく勉強しているな!」
「では、キミと共にこの農場で過ごす仲間を紹介しよう! 旧家大学農学部のアンドウくんとケイザンくん、キャベツ農家のカベヤさん、水耕農業高校のイタドリさんだ!」
栞子「……おや? 虹ヶ咲の生徒は……」
「あっはっはっ!! 実はまだ創設したばかりでね! この私、マガツしか虹ヶ咲の人間はいないんだ! おっと、三船さんが入会してくれたら二人かな?」
「彼ら彼女らは私の農業を愛する心に同調してくれてね、こうして共に農場の管理をしているんだよ!」
栞子(確かにマガツ会長は素敵です。他校や本職の人まで巻き込むなんて……それだけ魅力的ということでしょう)
「では、早速三船さんにも収穫を手伝ってもらおうか!」
栞子「け、けど私、制服……」
「何を言っているんだい?」
「君はジャージを着ているじゃないか」
栞子(言われ、下を向くと私はジャージを着ていた。当たり前だ、農業をするのに制服を着ている人間はいない。私は最初からジャージを着ていたのだ)
栞子(だって私は農業実習同好会の人間なのだから)
-
「このハサミで、茎の根本から作物を切ってこっちのカゴに入れるんだよ。焦らなくていいからね」
栞子(そう言いながら私に収穫手順を教えてくれるのは、農大のアンドウさんです。大柄で筋骨隆々な身体は、農業にしっかり向き合った朴訥な人間性を感じさせます)
栞子「はい……こうですかね?」
「そうそう、そんな感じ。初めてとは思えないよ、上手いもんだねえ」
栞子「ありがとうございます! ……ところで、これって何ていう野菜? なんですか?」
栞子(促されるまま収穫してみたものの、こんな野菜は今まで見たことがない。緑色で、人の顔のような模様があって、うごうごと蠢いている。とても美味しそうな作物)
「うーん、マガツさんが言うには『トリツキ』って野菜らしいけど。僕も詳しくは分からないんだよね、多分ホウレンソウの新種かな?」
栞子「言われてみればホウレンソウにも見えますね」
栞子(口から溢れる涎を誤魔化しながら、私はなるべく冷静さを保ってそう言いました。こんなの、今すぐにでも食べてしまいそうです)
「三船さん、気持ちは分かるけど食べちゃ駄目だよ。これ、本当に美味しそうな見た目してるから……うん、本当に気持ちは分かるんだけどね」
「じゃあ、三船さんも手順を覚えてくれたし、僕は手が空いたからちょっと行ってくるよ」
栞子「どこに行くんですか?」
「実家。家族をここに連れて来ようと思ってね、きっと皆気にいるよ」
栞子「家族を……きっとマガツ会長も喜ぶと思います!」
「ああ。じゃあ、後はお願いね」
栞子「はい!」
-
─────
───
─
栞子「ふぅ……ようやく私の担当範囲を収穫し終えました」
栞子(こんなに美味しそうな『トリツキ』を前に、つまみ食いせずに業務を終えられるのは私くらいなものでしょう)
栞子(……業務? ……あれ?)
「三船さん、初日から頑張ってくれたね!」
栞子「マガツ会長! お褒めいただきありがとうございます!」
「もう日が暮れるよ。さぁ、宿舎へ帰ろう!」
栞子「はい!」
栞子(マガツ会長に連れられ宿舎へ向かう。その最中、アンドウさんが見知らぬ年老いた男女を連れて歩いているのが見えた)
栞子「アンドウさん? その方々は先程言っていた……」
「実家にいた親父とおふくろだよ。栄養素は少なそうだけど……快く同士になってくれたんだ!」
栞子「やはり家族は一緒にいるのが一番ですからね!」
栞子(アンドウさんのご両親も幸せそうな顔で農場を眺めています。美しい光景……本当に、農業実習同好会に入ってよかったです)
-
怖すぎる…
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栄養素…?
-
【某新聞地方ニュースより抜粋】
2006年8月18日
旧家市の一軒家から50代の男女二人の遺体が発見されました。
警察によりますと17日午後8時10分頃、近隣住民から「この家に住む夫婦が、身体から草木を生やして倒れている」と通報がありました。
消防が駆けつけたところ、男女はキッチンで倒れて既に死亡しており、身体中から植物の芽のようなものが生えていたことが確認されております。
遺体はこの家に住む安藤京福さん(57歳)、京子さん(55歳)であることが判明しており、警察は同日家に訪ねてきたとの目撃証言がある男女の息子が何らかの事情を知っていると見て、行方を探しております。
-
栞子「それではケイフクさんは昔、農業を?」
「ワシの若い頃はどこでも畑があったからね。とはいえ趣味程度のもので……まさかこの歳になって、また農業に携われるとは思わんかったわ」
栞子(アンドウさんのお父さんは嬉しそうに言いながら、茹でた『トリツキ』を美味しそうに齧っています)
栞子(農業にまた携われる幸せ、『トリツキ』を栽培できる幸せ……身体中から幸福が溢れていますね)
「おや……三船さん、『トリツキ』を食べないのかい?」
栞子「マガツさん。あはは……食べようと思ったんですが、急に気分が悪くなってしまって、何も入らないんです」
栞子(こんなに美味しそうなのに、こんなに食べたいのに、口にしようとした瞬間顔を背けてしまう。何故なのでしょう?)
栞子(本能的に『トリツキ』を避けているような……)
「ふぅん……美味しいから、具合が良くなったら是非食べてよ。これを食べることで、我々は初めて同士になれるんだから!」
栞子「はい! 体調が良くなればすぐにでも!」
栞子(マガツさんは愛おしそうに、蠢く『トリツキ』を撫でている。マガツさんに指で触れられる度に『トリツキ』も嬉しそうにその身をよじって……ああ、なんて美味しそう)
栞子(……そういえば愛さんはまだ来ないんでしょうか。もう夜だというのに……愛さんもきっとこの場所が気に入るのに)
栞子(愛さんに、早く私の仲間を紹介したいなぁ……)
-
「さ、さ! 食事が済んだら早く寝よう! 明日も早いんだから!」
栞子(マガツ会長の言葉で解散し、与えられた部屋で柔らかな布団に潜り込む。その日は今までの人生で一番ぐっすりと眠ることができました)zzz
「『トリツキ』を食べないね」
「気付いてるのかな」
「侵食は進んでいるから大丈夫だよ」
「彼女は栄養豊富そうだからねえ。早く仲間にしたいよ」
「きっと分かってくれるさ! 彼女は既にこの農場を居心地のいい場所だと認識しているからね! もう二度と戻れはしないよ!」
栞子「……」zzz
「あれ……確かに栞子お姉様が此方に歩いていくのが……栞子お姉様!? 何故こんなところで寝ていますの!?」
(校舎の裏、噴水のある中庭の中心……私はそこで、彼女が地面に倒れ伏し眠っているのを発見しました)
(栞子お姉様……やはり生徒会活動で疲れているのでしょうか。それにしても……幸せそうな寝顔)
キョロキョロ
(誰も見ていない……)
栞子「……」zzz
「栞子お姉様……私ドウセイは、貴女が振り向いてくれなくても構わないのです。ただ、その美しいお姿を側で見せていただければ、それだけで……」
「ただ、願わくば一度だけ、一度だけでいいので接吻を……。眠り姫の唇を奪う私を、ふしだらな女と罵ってくれても構いませんから……」
チュッ
「……むぐっ!?」
-
栞子「……!」ガバッ
栞子「はぁ……はぁ……ここは……?」
栞子(狭い木造の部屋、ふかふかの布団……)
栞子「そうだ……私は生徒会長として『農業実習同好会』の観察に……ッ!?」
栞子(身体の中からぞろぞろと、蠢く何が抜け出て行くような感触に身悶えする。体内に根を張ろうとしていた何かが口の中から外に出ていこうとしているような、妙な感触……)
「やぁ! 起きたかい三船さん! 今日も一日農作業を楽しもうじゃないか!」
栞子「! マガツ、さん……」
「? どうしたんだい? 私の顔に何かついているかな?」
栞子(どうして気付かなかった? いや、気付いていたんだ。気付いていて、それを当たり前だと認識してしまっていたんだ……!)
栞子「なぜ、顔から……芽が生えているんですか?」
栞子(目から、鼻から、口から……身体のいたるところから、蠢く芽が生えている。身体を出入りし、うじゅるうじゅると意思を持った芽が動き続けている)
栞子(私以外の全員が……植物を身体から生やしている……!)
-
「おや? おやおや? それがどうしたんだい? なぁ皆!」
「そんなの当然のことじゃないか」
「農作物のためだもんなぁ」
「人の身体は栄養素がたっぷりだもの! 身体で育てるのが一番なのよ!」
「畑の『トリツキ』達も皆、土じゃなくて人の身体に入りたくてうずうずしてるんだよ」
栞子「そんな……じゃあ、あれを食べていたら……」
栞子(一部の寄生虫は、宿主にわざと食べられてその身体に住み着き栄養を吸い取るらしい。本能的に自分が最も快適に生き残れる場所を分かっているのだ)
栞子(もし、植物にもそんな意思があるとしたら? 土よりも栄養に優れた場所を求めて、人を狙ったとしたら……)
「気付いてももう遅いよ。無理矢理になるのは残念だけど」
栞子「っ!」
栞子(アンドウさんとケイザンさんが私の両腕を抑える。身体をよじって逃げ出そうとしても、筋骨隆々な男二人に抑えられてはどうすることもできない)
「さ、『トリツキ』を食べよう。大丈夫、苦しいのは最初だけだから」
「きっとすぐに」「キミも」「農業のことが大好きになって……皆を仲間にしたくなるから」
栞子(笑顔のマガツさんが、『トリツキ』をもって近付いてくる。昨日、私が収穫したものだ……蠢く、不気味な、奇妙なほどの鮮やかさを持った悍ましい野菜を!)
栞子「嫌だ……やめてください! やだ……やだぁぁぁぁっ!!」
栞子(そして、私の口に『トリツキ』が……!)
愛「しおってぃー!!」バチンッ
-
栞子「うぐおっ!?」
愛「しおってぃー! しおってぃー大丈夫!? 目ぇ覚まして!」バチンッバチンッ
栞子「痛い! 痛いです! もう起きましたから!」
栞子(痛む頬と、目の前には愛さんの顔。ここは……校舎裏の中庭? 私は農場にいた筈では……)
愛「……なんか口から野菜出てるよ? ひょっとして昼ごはん吐いた?」
栞子「! ぺっぺっ!」
栞子(吐き出し、唾と共に地面にべたりと落ちたそれは、カラカラに干からびて茶色くなった、野菜の切れ端でした)
栞子(どことなくホウレンソウに似ていて、人の顔のような模様が薄っすらと見える……そんな野菜)
愛「何があったの? メール見て駆けつけてみたらしおってぃー寝てるし、隣に女の子倒れてるし……」
栞子「女の子……? ドウセイさん!? 何故私の隣に……」ユサユサ
「……」ガバッ
栞子「ドウセイさ……」ホッ
栞子(彼女が顔をあげたほんの一瞬のことでした。ドウセイさんの目から、蠢く緑の植物がニュッと突き出ているのが見えたのは)
栞子(しかしすぐにそれは眼球の奥に引っ込み、後にはいつも通りのドウセイさんの顔が残されていました)
「……」ニコッ
栞子「貴女、まさか……」
「私達はいつまでも待っているよ。農場はどんな時でも、キミを受け入れるから」
「気軽に戻ってきてよね、『三船さん』」
栞子「……」
栞子(呆然としている私の前で、ドウセイさんは何事もなかったかのように立ち上がると、校舎へ向かって歩いていきました)
-
また犠牲者が出てしまったのか…
-
愛「……いや、ごめん。全然分からないんだけど、何があったの本当に」
栞子「話せば長くなりますが……まぁ、ファイルを纏めながら、ゆっくりと話させてもらいます……」
栞子(人に巣食う植物。入っただけで認識を弄られる農場)
栞子(後世の生徒会長の為に、私は一体何をファイルに書けばいいのでしょうか)
栞子(……そういえば、何故ドウセイさんはあの植物に入られたのでしょうか? あの農場にはドウセイさんはいなかった筈ですが……)
栞子(考えても仕方ありません。とにかく書けることだけ書いておきましょう)
『虹ヶ咲ニュース新聞(マスコミ同好会発行)』
最近のトレンドはなんといっても農業だよね! 一年の道静さんが立ち上げた週に一度の農業交流会は、今や虹ヶ咲でもトップクラスの社交場として知られているよ! 虹ヶ咲生徒の半分くらいは常連になってるんじゃないかな??
土をいじるって楽しいよね! 太陽の光を浴びて、作物を収穫するってとっても素敵!
まだ行ったことのない人は是非一度訪ねてみてね。栄養たーっぷりの、とっても美味しい野菜も用意してあるから、さ。
ファイル4 農業実習同好会 観察終了
-
歩夢「なんだか最近みんな、変なアクセサリーつけてるんだよね」
栞子「変なアクセサリー?」
歩夢「植物の芽みたいな……あと、それ付けてる子達、やたら友キスしたがるんだよね。変なの」
栞子「あはは……絶対しない方がいいですよ」
歩夢「そういえば……栞子ちゃんって今年の春に入学したんだよね?」
栞子「当たり前じゃないですか。一年生の栞子ちゃんですもん」
歩夢「そうだよね……なんなんだろ、これ」
栞子「どうかしたんですか? ……これ、去年の書類ですよね?」
歩夢「うん、去年の書類なんだけど……栞子ちゃんが処理したことになってるんだよ」
栞子「私が? 春に入学した私が、去年の書類を処理できるわけないじゃないですか」
歩夢「そうだよね、間違ってるよね。けど……ミナカワ先輩から引き継いで、去年からずっと栞子ちゃんが生徒会長をしてて……」ブツブツ
栞子「……間違えてません? 私は中川会長から会長業務を引き継いで……」
歩夢「えっと……中川会長、って誰のこと?」
-
そういうことだったのか……点と点がツナガルコネクトして恐ろしい事実に気付いた
-
栞子「いやいやいや。物忘れが酷すぎますって」
栞子「せつ菜さんのことじゃないですか。彼女が本名で生徒会長を……」
歩夢「せつ菜ちゃんは分かるけど、本名ってどういうこと? せつ菜ちゃんはせつ菜ちゃんだよ?」
栞子「……歩夢さんも知ってますよね? せつ菜というのは芸名みたいなもので、本当の名前は中川……」
歩夢「違うよ?」
栞子(有無を言わせない声色で、歩夢さんは短くそう言った)
歩夢「せつ菜ちゃんはせつ菜ちゃんだよ。生まれた時からずっと、せつ菜ちゃん」
栞子「……どうなってるんですか?」
栞子(歩夢さんが出した去年の書類に目を通す。学祭、体育祭、クリスマス会……その全てが私が処理したことになっている)
栞子(まるで、中川菜々なんて人物は最初からいなかったかのように)
栞子「せつ菜さんは今どこに!?」
歩夢「スクールアイドル同好会にいると思うけど……」
栞子「会いに行ってきます!」ダッ
歩夢「あ! まだ書類……『フランクフルト同好会』と『フェラチオ同好会』設立許可証? 二つに分けたらバレないと思ったのかな、却下で」
-
栞子(走る、ただただ走る。嫌な予感に身体を締め付けられながら)
栞子(いつからだ? いつから中川会長は存在していないことになった?)
栞子(始めて副会長と愛さんと共に『文芸同好会』に行った時は中川会長の話は通じた)
栞子(『悪夢研究同好会』に行く前に歩夢さんに、前の前の生徒会長を聞いたときもミナカワさんを教えてくれた)
栞子(その後だ。その後から急に誰も、まともな反応を返してくれなくなった)
栞子(わからない、何を言ってるの、なんて……『優木せつ菜』という存在があったから適当に流してしまっていた)
栞子(中川菜々は、ある時点をもってこの世界から消えている!)
ガラッ
せつ菜「おや!? そんなに息を切らせてどうしたんですか栞子さん!!!」
かすみ「しお子……? 何しに来たの……?」
栞子「せつ菜さん……中川菜々はどうなったんですか?」
彼方「中川……?」
果林「誰のこと? せつ菜の知り合い?」
-
せつ菜「中川……そんな人、私は知りませんよ!!」
栞子「よく思い出してください! 貴女は中川菜々なんです! ちゃんと……」
彼方「栞子ちゃん? そんなに迫っちゃ駄目だぜ」
栞子「け、けど……!」
かすみ「意味分かんない……いきなり入ってきて、何考えてんの……?」
栞子「う……」
栞子「で、でも……中川菜々は……」
栞子(瞬間、せつ菜先輩がブレた。肉体が痙攣し、身体があちらこちらに奇妙にネジ曲がり、表情がコロコロとまばたきをする間もなく変わっていく)
せつ菜「ななな中ああか川なんんんんんて人ひひひととはししししらないいいいいでですすすね」
栞子(もう、それは人間の形をしてはいなかった)
果林「せつ菜もこう言ってるんだし、栞子ちゃんの間違いじゃない……?」
栞子(そして、その異常に誰一人気付いてはいない)
栞子「……私が間違ってたみたいです。申し訳ありません、せつ菜さん」
せつ菜「いえいえ、気にしないでください!!!」
栞子(私が非を認めると同時に、せつ菜さんは元の姿に戻っていた。いつも通りの明るい笑顔が、今は薄ら寒い何かにしか思えない)
栞子(謝罪の言葉と共に、スクールアイドル同好会の部室を出る。思い出していたのは、ファイルの最初にあった殴り書きの言葉)
・観察業務を途中で投げ出したら、終わりです
栞子(業務を私に引き継ぎ投げ出したから……中川菜々は『終わった』のかもしれない)
栞子(本人はきっと、そんなことになるとは思っていなかったんだろうけど)
栞子(後悔の中、私はファイルを開く。あの姿を見てしまったからには、もう……進む以外の道は残されていないのだから)
NEXT FILE 『手品同好会』
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完璧主義有能生徒会長 三船栞子の現時点での戦績
副会長 存在消失
エマ・ヴェルデ 実質死亡及び存在消失
虹ヶ咲生徒 約半数及びその家族が植物の苗床化
地球 リアルタイムで太陽が虫に食べられ中
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もう終わりだよこの学校
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副会長がマシに見えてくるな
エマさん悲惨過ぎる
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>>138
学校どころか地球が終わる…
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まず洗脳に対する耐性を持ってないと話にならないだろこの業務
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せつ菜は優木せつ菜という名前や姿を持っていたおかげで、存在が消えずにギリギリ「せつ菜」としての部分だけ切り離して残れたのか
けど、中川菜々としての要素が消えた以上人生の殆どが消えたようなもんだよな……
ちゃんとハッピーエンドになるか心配だ
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>>134
フラフェラはまだしもフェラチオ同好会は流石にマズイですよ…
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今まで被害0で乗りきってた中川バリ優秀やんって思ったが既に1年後全人類絶滅確定みたいな状態でバトン回ってたとしてもそれを認識出来ないんだよな
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業務を投げ出すことで裏同好会もすべて消えて終わるっていう抜け道的なゴールだと思ってたんだけど
マジで投げ出した人間が終わるのか…
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>>142
ディアボロとドッピオかな?
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エマちゃん復活あるか?
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しおちゃんがんばれ✊😭
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ホラーといつもの栞子ノリのギャップがああ〜たまらねえぜ
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ハピエン厨なんだけどもう諦めるしかない?😂
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昼休み 食堂
「あら栞子ちゃん、いらっしゃい! 最近来てくれないから心配してたのよぉ!」
栞子「あはは……最近忙しくて。ちかわさ丼ください」
「はい、ちかわさ大盛りにしておくからね!」
栞子(久々に食堂に来ましたが……活気のある室内、優しいおばちゃん達、安いメニュー。本当にいいものですね)
栞子(ハンガーストライキを窓の下に眺めながら食べるとまた格別です)モグモグ
「……」ギュルルル
栞子(食べたくても食べられない人間を見ながら食べる食事ほど美味しいものはありませんね)
栞子「……む?」
果林「……」
栞子(あれは果林さん? 何故食事も取らずフラフェラハンガーストライキの前に……?)
「……朝香先輩、私達に何か用でも? 一緒にハンガーストライキに参加してくれるというなら、歓迎しますが」
果林「貴女達はフェラチオを履き違えているわ」
「なにっ」
「なんだあっ」
果林「……ハンガーストライキなんかをしても、フランクフルトもフェラチオも喜びはしない。八丈島に古くから伝わる教えよ。言いたいのはそれだけ……」
「待ちなさい! よくも私達を虚仮にしてくれましたね……」
「囲んじまえ! モデルだからってフェラチオされないとでも思ってるのか!」
「しゃぶってやる! フランクフルトフェラチオもろくに知らない愚か者がぁっ!」
果林「……はぁ」
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フラフェラだけ世界観違うの笑うわ
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果林「確かに私はフランクフルトフェラチオを知らない……けれど、私はモデルなのよ?」
果林「フェラチオに関しては貴女達より一日の長があるわ。よく見ていなさい……これが本物のフェラチオよ!!」
朝香流口淫道 壱の型 『さざれ石』!
「なっ……!」
栞子(果林さんはただ、その場にしゃがみこんだだけのように見えました)
栞子(しかしその瞬間、私は見たんです。ハンガーストライキをしていた全ての生徒が、存在しない陰茎から無様に射精し地に倒れ付すのを……!)
「ば、かな……私達にちんちんは無いのに……!」
「射精の感覚が止まらない……っ!」
果林「フェラチオは肉棒にするものじゃない。心にするものなのよ」
果林「過去行った10万3000回の枕営業……その中で一度として、私は肉棒に触れたことはないわ。これが真のフェラチオなの。分かったら無駄なハンガーストライキはやめて、たっぷり食事を取りなさい。栄養失調なんかになったら可愛い顔が台無しよ」
栞子(果林さん、処女だったんですか。意外ですねぇ)
栞子(フェラチオの真髄を見た彼女達は、きっとハンガーストライキを辞めることでしょう。願わくば、もう二度と設立申請をしないでほしい……私が望むのはただそれだけです)
栞子「さて、放課後になりましたし今日も裏に行きますか」
愛「慣れてきたね、しおってぃー」
栞子「……もう五回目ですからね」
栞子(嘘をつきました。本音を言うと、軽く振る舞っていないと今すぐにでもファイルを投げ出して逃げ帰ってしまいそうなんです)
栞子(だって、今日向かう『手品同好会』は……)
栞子(同好会名が、真っ赤なインクで書かれているんですから)
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愛「……なんで真っ赤なの? 今まで黒インクじゃなかった?」
栞子「嫌な予感がしたので、過去のページを漁ってみたんですが……同好会名が赤いインクで書かれているものは、その……」
栞子「目が合った瞬間こちらを殺しに来るほど、敵対的な同好会みたいなんです……」
愛「……マジで?」
栞子「マジです」
『手品同好会』
・扉の先は控室に通じており、控室内の暗幕を捲ると巨大な舞台に繋がっている。舞台は裏の場合もあれば、表の体育館や講堂に繋がっている場合もある。
・同好会のメンバーは一人。手品師が舞台に上がっている隙をついて中に侵入し、舞台袖から手品を観察すること。
・手品に『新作』があった場合、内容をしっかりと確認しておくこと。世界に多大な影響を与えそうな手品の場合、命を懸けてでも手品の実行を食い止めること。
・もし扉を開けた際、控室に手品師がいた場合、一目散に扉を閉めて逃げればメンバーの半数は生き残れる可能性が高い。
・手品師の攻撃手段は現時点で骨まで焼き尽くす炎、肉体を溶かす腐食性の体液、身体を切断するまで締め付け続ける鎖が確認されている。
愛「ごめん、しおってぃー。愛さん帰っていい?」
栞子「駄目ですよ……私だって怖いんですから」
愛「いや……でも、流石に直接的に殺しに来る相手はキツいよ……骨まで焼き尽くす炎って」
栞子「舞台に立っている隙を突けばいいんですよ。今までの生徒会だってなんだかんだ観察を終えているんですから、きっと私達だって出来る筈です!」
愛「うん……まぁ、しおってぃーがそう言うなら……」
-
かすみ「……あっ」テクテク
栞子「あ……かすみさん」
かすみ「しお子と愛先輩……ってことは、今から裏?」
愛「そんなとこかな。よかったらかすかすもどう?」
かすみ「……かすみんは無理ですよ。エマ先輩を、仮に死体だとしても……何とかして裏から取り戻したい気持ちはありますけど」
かすみ「もし何かあったら、存在が消えてしまったらと思うと……消えたくない、私、死にたくない……!」ポロポロ
愛「……大丈夫だよ。気持ち、分かるから。エマっちのことも元副会長のことも、愛さん達に任せといてよ!」
栞子「かすみさんに無理に背負わせる気はありませんよ。むしろ行きたくないと考えるのが当たり前です」
かすみ「ごめんね、弱くて……自分勝手で。応援してるから……」
栞子「かすみさんの応援があれば観察成功間違いなしですね! 元気100倍栞子ちゃんです」
愛「じゃ、行ってくるからね。また明日!」
かすみ「はい……」
かすみ「また、明日」
-
元気100倍栞子ちゃん!
-
栞子(地図を片手に廊下を歩き続けること10分ほど。やはりというか、いつもと同じように唐突に、私達は見知らぬ廊下に出ました)
栞子(ただくねくねと歩き続けているだけなのに、何故このような結果になるのか未だに理解しかねますが、諦めるしかないのでしょうね)
愛「ここが手品同好会、だね」
栞子「ええ……ですが」
栞子(ドア窓が黒いカーテンに隠れていて、内部の様子が伺えません)
栞子「ノック、します……?」
愛「舞台に出ていてもその音で気付かれるかもしれないよ」
栞子「となると……いきなりこの扉を開けてみる他に、方法はないんですね」
愛「うん……」
栞子(恐る恐るドアノブに指をかける。横では愛さんが、いつでも逃げ出せるようにクラウチングスタートのポーズを取っていた。もし何かあったら飛び付いて転ばせてやりましょう)
ガチャリ
栞子(重苦しい音が響き、ゆっくりと扉が開き──)
栞子「ひっ!?」
栞子(──ほぼ同時に、扉の隙間から透明な液体が流れ出てきました。咄嗟のことに避けることも出来ず、膝から下が液体に濡れていきます)
愛「うわっ!? わわっ!?」
栞子(廊下に手をついていた愛さんは、腰から下と手を液体に浸され悲鳴を上げています。可哀想に)
愛「こ、これ……ファイルにあった肉体を溶かす体液……!? しおってぃー逃げて! 愛さんはもう……もうここまでみたいだから……!」
栞子「……いえ、ただの水みたいですね。なんだかやたらサラサラしてますが……」
愛「え? あ、本当だ。水だこれ」
栞子(しかし何故手品同好会の中に水が? まさか水中脱出トリックを室内でやろうとしているわけでもないでしょうに)
-
栞子(開いた隙間からそうっと中を覗き込むと、確かにファイルに書いてあった通り部屋の奥に暗幕と)
「ずっ……ううっ、ひぐっ……うっ」
栞子(泣いている、手品師然とした衣装を羽織った赤い顔の少女の姿が見えました。流す涙に身体を震わせる度に、少女の身体のあちこちから薄い炎が上がっています)
栞子(あれが手品師……? しかし、ファイルに書いてあったような好戦的なバケモノには見えませんが……)
愛「あれ、手品師……? だよね?」
栞子「だと思いますけど……」
栞子(まさか、部屋の中に溜まっていた水はあの手品師の涙……? だとしたら、どれほど前から泣き続けていたのか……)
愛「……あのー、すいません。ちょっといいですか?」
栞子「へ? あぁっ!?」
栞子(ほんの少し考え込んでいる隙に、隣にいた筈の愛さんは涙で濡れた部屋の中、手品師の横に移動していました)
栞子「な、なにしてるんですか!? 話しかけるなんて……」
愛「いや、愛さん泣いてる子に弱いから……」
「うう……なんだよ、誰だよお前ら……ぐすっ。アタシに何か用かよぉ……」
栞子(会話が通じる? 少なくともいきなり殺される、ということは無さそうですが……用心しなければ)
栞子「名乗る程たいした名じゃないが、誰かがこう呼ぶ栞子ちゃん。生徒会長の三船栞子です」
愛「愛さんは宮下愛だよ。しおってぃーの付き添い」
「生徒会……観察か。ぐずっ、えぐっ、もういいだろ、観察終了でいい、早く出てけよぉ……」
栞子「え……いいんですか?」
栞子(まさか裏同好会側から観察終了を言い渡されるとは。まぁ……たまにはこういう日があってもいいかもしれませんね。身構えていたぶん拍子抜けでしたが)
-
栞子「じゃあお言葉に甘えて……」ソーッ
愛「キミ、名前は?」
「ぐすっ……テジナ。この手品同好会の会長……ひぐっ」
栞子「愛さん? 対象が終了でいいって言ってるんですよ? 愛さん!?」
愛「テジナ……じゃあジーナだ。なんで泣いてるのさ」
栞子「なんでそんなこと聞いてるんですか!? 早く出ないと骨を焼き尽くす炎が……!」
愛「裏とはいえさ、泣いてたり困ってる子って放っておけないじゃん」
栞子(素晴らしい考え方だとは思いますが、自分達の命がかかってると本当に理解してるんでしょうか)
「なんで、泣いてる……って……ううっ!」
「だ、誰も……もう誰も、マジックショーを見に来てくれなくて、アタシは、ずっと、頑張ってるのに……えぐっ」
愛「見に来てくれない……?」
栞子「マジックショーなんて近くでやってれば是が非でも見に行きたい部類のものだと思うんですが」
「アタシもそう思ってたよ……なのに、どんどん、お客さん減っていって……」
「手品なんて誰も、興味持ってくれなくてぇ……うぁぁぁん!!」メソメソ
栞子(思わず愛さんと見つめ合ってしまいました。渾身のマジックショーに人が来ないから泣いている? 裏の怪異が? それではまるで……)
栞子(まるで私達、人間のようではないですか)
-
愛「集客が足りないとか? チラシを配ってみたり、ポスターを貼ったりした?」
「やってみたけど効果なし。小さい子の前で実演したら、『どうせタネがあるんだろーっ! いかさまじゃん!』なんて、そんな、うぐっ、ひっ……」
栞子「確かに、最近の子供は手品を見た時に純粋に喜ぶのではなくトリックを見破ることに必死になるらしいですが」
愛「嫌な時代だねぇ……愛さんが小さい頃なんて、目をキラキラさせながら魔法だーって眺めてたのに」
「そうだよ……アタシも、幼い頃に母親にマジックショーに連れて行ってもらって、次々と巻き起こる摩訶不思議な現象にすっかり魅了されて……」
「大きくなったら、あんな魔法を使ってみたい。私も、誰かを楽しませたいと思って手品を研究してきたのに……」
「も……もう私は……誰も楽しませられない……!! うっ、ひぐぅ!」
栞子「……なんでそんな素敵な志を持っているのに、生徒会を襲ったりしたんです?」
「だって、それは……あいつらが世界を捻じ曲げるから……」
栞子「……ん?」
「う……うぁぁぁぁん!!」メソメソ
栞子(なんだか今、おかしなことを言われたような……愛さんも何か気付いたでしょうか)
愛「う……うう……」メソメソ
栞子「愛さん?」
愛「分かる……分かるよ! 全力で皆を楽しませてさ、笑顔を見せてくれたらサイコーだもんね……! な、なのに、誰も愛さんのライブに来てくれなかったりしたら……うぁぁぁぁん!!」
栞子「愛さん!?」
栞子(忘れてた……この人のあだ名、『楽しいの天才』だった。人を楽しませたいのに上手く行かない人なんて見つけたらら、こうなるに決まってるのに……!)
愛「決めた! 次のマジックショー、お客さんでいっぱいにしてみせようよ!」
「え……?」
栞子「え……」
栞子「えぇぇぇぇぇ!?」
-
「協力……してくれるのか? 生徒会なのに?」
愛「愛さんは生徒会じゃないけど……だって手品頑張ってるんでしょ!? 楽しくなってほしいじゃん!」
栞子「愛さん、本気ですか!? 裏なんですよ!? これ裏同好会なんですよ!?」
栞子「まかり間違ってもハートフルな結果にはならない、って今までの裏同好会で学んできたじゃないですか!」
愛「それでも愛さんは協力したいよ……しおってぃーは?」
栞子「私は……」
「……」
栞子「……はぁ。分かりましたよ、私も出来る限り協力します。裏とはいえテジナさんも虹ヶ咲の生徒、ならば生徒会長の私が見捨てていいわけありませんからね」
「お前ら……良い奴だなぁ……!! うわぁぁぁぁん!!!」
愛「ほらほら、泣いてないで! 人を笑顔にしたいなら、まずは自分が笑顔にならなくちゃ!」
栞子「次のマジックショーの日程は決まっているんですか?」
「もう引退を考えていたから……まだ何も」
栞子「ふうむ……確か、この暗幕はどこの舞台にでも繋げることが出来るんですよね? 表の虹ヶ咲の講堂にも」
「あぁ。いつでもどこでも……他の舞台がある時は繋げられないけどな。失礼だし」
栞子「……となると。ううむ。表の世界と裏世界では時間の流れが違いましたよね? 表の明日の昼休みって、この世界でいうとどれくらいです?」
「二ヶ月くらい、か?」
栞子「二ヶ月……ちょっと一旦、表に出てきます。観察終了していないので扉は消えないと思いますが……」
栞子(色々と案を出している愛さんを部室に残したまま、私はその場を後にしました。廊下をくねくねと歩き、見知った廊下に出たところで、私は鞄からスマートフォンを取り出しました)
栞子「あ、もしもし璃奈さんですか? 今すぐ会えませんかね、お願いしたいことが……」
-
─────
───
─
栞子「ふぅ……すっかり遅くなってしまいました。扉は……よし、まだありますね」
栞子「今戻りました!」ガチャッ
愛「遅いよしおってぃー!」
「随分長かったなぁ。もう一週間も戻ってこないから、アイのやつ見捨てられたかって冷や冷やしてたぜ」
栞子「一週間? あぁ……向こうの二、三時間はこちらでは一週間ほどですか」
愛「二三時間、って……もう向こうでは夜じゃん! やばっ、ちょっと家に友達の家に泊まるって連絡入れてくる!」
栞子「この地図を持っていってくださいね、戻ってこれませんから」
愛「はーい!」タッタッタッ
栞子「ふぅ……」
栞子(しかし、本当に裏とは思えないほど落ち着いた雰囲気ですね……いやいや、まだ何か罠があるかもしれません! 気を引き締めないと……!)
栞子(エマさんや副会長の末路を思い出して、しっかりと観察に挑まなければ!)
「……その、さ。アイから色々聞いたよ」
栞子「色々?」
「エマッチって子のこととか、副会長さんとか。裏の奴らも悪い奴ばかりじゃないんだけどさ、なんというか、私も含めて表の命を軽く考えてる奴が多くてね……」
「……い、今は違うぞ? アイも、シオリコも、いい奴だって知ってるからな。表にもいい奴っているんだな、って初めて知ったよ」
栞子「……テジナさんは、何故裏に? 裏で産まれた……ってわけではないんですよね? 母親とマジックショーに行ったって言ってましたし」
「それが……よく覚えてないんだ」
「気付いた時には私は手品同好会の会長として存在していて、たまに来る生徒会の人間を恨んで襲ったり、マジックショーを披露していた」
「マジックショーに行ったり大好きな食べ物を作ってもらったり、人間だった……記憶は、薄っすらとあるんだが……」
栞子「人間、だった……?」
栞子(赤い皮膚、身体からたまに現れる薄い炎、全く人間には見えませんが……『裏同好会の化物は、元々人間だった』とでも言うのでしょうか)
-
「アタシのことはいいんだ。あんなに長く、何をしに行ってたんだ?」
栞子「実はですね……」
ガチャッ
愛「連絡が遅いってめちゃくちゃ怒られた……もう夜の20時回ってるじゃん……」
栞子「丁度愛さんも来ましたね。実は、これを作っていたんですよ」
『手品同好会 大マジックショーのお知らせ
昼休みに講堂にて開演!
手品同好会会長テジナ氏の大奇術に加え、大人気スクドル宮下愛のパフォーマンスもあります!
出演者 テジナ
宮下愛
三船栞子』
「かわいいイラスト……って、これチラシか?」
栞子「チラシ兼ポスターです。あの後生徒会に戻って、急いで璃奈さんに絵を描いてもらって……」
栞子「理事長に講堂の使用許可を取り、大急ぎで印刷してあちらこちらに貼りまくりました! 朝には生徒会を総動員して学校中に配ってもらう予定です!」
愛「い、意外と行動派なんだ」
「シオリコ……アタシの為にこんなに……」ウルッ
栞子「泣いてる暇はありませんよ、テジナさん! 明日の昼休みまで後一ヶ月半くらいしかないんです!」
栞子「それまでに、私と愛さんに手品を教えてください!」
愛「頑張ってマスターしてみせるからさ、カッコいいの教えてよね!」
「……ああ! 最高の手品を教えてやるよ!」
栞子(そうして、私と愛さんの一ヶ月半に渡る手品修行が始まったのです)
-
──
「手品の基本は一つのコインから始まる。まずはコップの底をコインが貫通する手品からだ!」
栞子「はい!」
愛「頑張るよ!」
──
「いいぞアイ! シオリコも中々筋がいいぞ!」
愛「ええと、こうして……こうか」
栞子「うむむ……難しいですね」
───
栞子「もう我慢の限界です! 見抜きしていいですか!」
「好きにしろ!」
─────
「まさか見抜きを手品に昇華するとは……新機軸だ」
愛「いやー、流石に舞台では厳しいでしょ」
栞子「見抜きくらいいつでも披露できなければ、生徒会長なんてやれませんよ?」
─────────
「よし、二人ともサマになってきたな……アタシに教えられることはこれで全部だ!」
栞子「ありがとうございます!」
愛「ごめんねジーナ、ほとんど付きっきりで特訓してもらっちゃって。自分の練習出来なかったんじゃない?」
「アタシはいいんだ。やれと言われれば完璧な手品を披露する……それが手品師だからな」
-
─────
───
─
栞子「ついに……今日が発表の日ですね」
愛「向こうの世界ではたったの一日。見違えるようになった愛さん達に驚くんじゃないかな」
栞子「テジナさんも準備はいいですか?」
「……」
愛「ジーナ?」
「あぁ……いや、ちょっと、緊張してな……」
「また誰もいなかったらどうしよう。ガランとした空席だけが広がっていたらどうしよう、って……不安になっちまって」
愛「そんなわけないじゃん! きっと皆、楽しみにしてくれてるよ!」
栞子「チラシもポスターも目に入ってる筈ですからね!」
「あぁ、そう、だよな……よしっ! 手品同好会withアイシオリコ! 行くぞ!」
栞子(暗幕をくぐり、私達は暗闇を進む。いったい何人くらい集まってくれているのか……心臓が高鳴っていく)
栞子(舞台袖を抜け、見慣れた講堂の舞台上に立つ。せめて、せめて半分くらいは……!)
栞子「……」
栞子(そこには、誰一人いない……静かな空間がありました)
-
「あ……」
愛「あ、あれー? み、みんな時間とか場所とか間違ってるのかな?」
栞子「チラシに書いてある時間、間違ってたかもしれませんね……あ、あはは……」
「……いいんだ。いいんだよ、そんな風に取り繕わなくても」グスッ
愛「泣かないでよ、ジーナ……」
「違う……嬉しいんだ。結果がどうあれ、二人はアタシの為に全力を尽くしてくれた。それが嬉しいんだよ」
栞子「テジナさん……」
「さぁ! 大奇術の始まりだ! お客さんはいなくとも、最高の特等席で二人も、アタシのことを見てくれている! これ以上ないってくらい、良いステージじゃないか!」
栞子「ぐすっ……はい! 私も頑張ります!」
愛「愛さんだってジーナにもしおってぃーにもまけないからね!」
「さぁさ、最初は潮の魔道士シオリコの見抜きマジックを──」
ガチャッ
「あ、あれ? もう始まってる?」
「嘘でしょ!? 授業終わってから走ってきたのに!?」
栞子「あ……」
ガヤガヤ
「マジックショーなんて子供の時以来だわ!」
「朝にチラシ貰ってからわくわくが止まらなかったのよねぇ」
栞子(次々と生徒達が、教師達が講堂の中に入ってくる……広い講堂なのに、既に立ち見まで出来ている)
「……」
愛「ほら、ジーナ。呆けてる場合じゃないよ? お客さん入ってきたんだから!」
「あ……ゴホンっ!」
「ようこそお集まりくださいました! これより手品同好会による、世紀の大奇術を皆様にご覧に入れましょう!」
「まずは潮の魔道士シオリコの、見抜きマジックです!」
-
栞子「こちらの風船をご覧ください。何の変哲もないただの風船ですね?」
栞子「しかし私が一度魔法の呪文を唱えて見抜きをすれば、なんと驚き! 風船がどんどんと割れてしまうのです!」
「あれ生徒会長だよね?」
「生徒会長見抜きとかするんだ……」
栞子「マタ・サワル・シオフクゥ……マタ・サワル・シオフクゥ……」クチュクチュ
パァンッ!
「おお! 風船が割れた!」
「一体どうなってるんだ!?」
栞子(ネタバラシをしてしまえばなんてことはない、目に見えないくらいに細く圧縮された潮を高圧洗浄機のように風船目掛けて噴出しただけです)
「素晴らしい奇術を見せてくれたシオリコに大きな拍手を! 続いては言葉の超能力者アイによるポルターガイストマジックです!」
「愛さーん!」
「愛さんこっち向いてー!」
愛「実は愛さんのダジャレには不思議な力があってね。なんと、ダジャレを言うだけで物を動かすことが出来るんだよ!」
愛「アルミ缶の上にあるミカン、ダジャレを言うのは誰じゃ、ちかっちちちっちでかっち……!!」ウニョウニョ
ふわぁっ
「物が浮いてる……」
「愛さん、すごい。私が見込んだだけのことはある。璃奈ちゃんボード『感服』」
愛(なーんて、講堂上の梁にピアノ線を引っ掛けて、それを手で動かしてるだけなんだけどさ)
-
「超能力を見せてくれたアイに拍手を! 続いては手品同好会会長、テジナによるマジックメドレーです!」
「すごいメイク……本物の皮膚みたい」
「うちのスタイリストでもこうはいかないわね。特殊メイクの専門家でもいるのかしら」
栞子(そうして軽快なBGMと共に始まったテジナさんの手品は、同好会室で何度も見ているとはいえ圧巻の一言だった)
栞子(基本のコップを通り抜けるコインマジックかと思いきや、通り抜けない。おや、と思っているとコップの方が二つ、三つと増えていく)
栞子(慌てた演技をするテジナさんの手の中で、コップが無数に増殖し、それを頭上に放り投げるとコップは全て鳩に変わって飛び立つ)
栞子(観客が鳩に気を取られている隙に、舞台上には大きな箱が用意されている。テジナさんは箱の中に入り、私達に箱を剣で刺すように言う)
栞子(私達が剣で刺すたびにテジナさんは悲鳴をあげ、ついにはグッタリと動かなくなり……箱を開けるとなんと首だけが宙に浮いて身体が消えている!)
栞子(その首が客席に飛んでいき、講堂の一番後ろにいた身体に着地する……全てにタネがあるらしいが、何度見てもトリックが全く分からない。本当に魔法のようだ)
「なんて見事な……!」
「本物の魔法なんじゃないの? 正体見たり! って感じだな」
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
「……では、最後になりましたが、是非皆様に見て頂きたい手品があります。アタシの新作の手品……」
栞子(新作? そんなのをやるとは聞いていませんでしたが……って、新作!?)
栞子「こ、これってファイルにあった……」
「『黒い炎』、です!」
栞子「要確認の……!!」
-
栞子(私が叫ぶのと、テジナさんが両手を広げたのはほぼ同時でした)
栞子(テジナさんの手から、真っ黒な、星のない夜よりも黒い炎が講堂の中に立ち昇り、観客達を包み込みました)
愛「ジーナ!? 嘘でしょ!?」
栞子「し、信じてたんですよ!? 観客を焼くなんて……!」
栞子(しかし、そんな私達の声はもうテジナさんには届いてはいませんでした。テジナさんは恍惚の表情で、黒い炎の範囲を広げていきます)
栞子(そして、観客席から悲鳴が──)
「きゃーっ! なにこれ、すごーいっ!」
栞子(──あがりませんでした。あがったのは悲鳴ではなく、喜びが如実に現れた歓声)
「昼なのに星がキラキラしてる……プラネタリウムみたい!」
「一瞬驚いたけど、こういう手品か! 凝ってるなぁ!」
栞子「え……?」
「今皆様にご覧頂いているのは、アタシの正直な気持ちです」
「アタシはずっと、表の人間を憎み、恨んでいました。表の人間はまるで真っ黒な炎のように邪悪な存在だと」
「けれど……違ったんです。真っ黒だと思っていたその中には、美しい星々にも似た煌めきがありました」
「それをアタシに教えてくれたのがシオリコとアイです。どうか皆様、二人にもう一度大きな拍手を!!」
栞子(割れんばかりの拍手が辺りに響きました。どの席にも笑顔が溢れ、楽しさが溢れ……きっと、私も笑顔でした)
栞子(マジシャンらしく一礼をし、私達は舞台の奥へと引っ込みました。暗闇を歩いている最中も、ずっとずっと、拍手は鳴り止むことはありませんでした)
「……」ウルッ
愛「あれ、ジーナ泣いてる?」
「ば、ばか! 泣いてなんかない!」
栞子(……少なくとも今回の観察は成功。そう言ってもいいでしょうね)
-
平和だぁ
-
まだ油断できないぞ
-
「いやー、終わった終わった」
栞子(机に腰を落ち着け、一息つきます。一ヶ月半もの間入り浸っていたこの空間とも、もうお別れだと思うと寂しさが募りますね)
「あぁ、そうだ。二人にお礼をしなきゃいけないね」
愛「いいよ。お礼が欲しくてやったわけじゃないからさ」
栞子「そうですよ。テジナさんが満足してくれたなら、それが一番です」
「いやいや、お礼しなきゃアタシの気が済まないよ。それでさ、どんなお礼がいいか考えてたんだよね、ずっと」
「そしたら……前にアイから聞いた話、思い出してさ」
栞子(言いながら、どこから取り出したのか、テジナさんの隣に巨大な箱が出現しました。ゆうに何人も入れそうなほどの巨大な箱……一体何が入っているんでしょう)
「さぁ、目を逸らしちゃいけないよ。タネも仕掛けもありません……はいっ!」
栞子(テジナさんの掛け声に合わせ、箱が四方にパタパタと倒れていく)
栞子(そして、その中には……)
副会長「……あ、あら? 今まで読んでいた東野圭吾は?」
エマ「……」コヒュー…コヒュー…
愛「副会長……?」
栞子「それにエマさん……!?」
「この二人をアイ達のところに戻してあげれば、喜ぶんじゃないかって……手品でこの箱の中に移動させてみたんだ」
副会長「たす……かったの? 私、出られたの!?」
栞子「副会長……エマさん……!! ありがとうございます、テジナさん! 本当に……本当に嬉しいです!」
栞子(裏に囚われた人間を救えるのは裏だけ。やはり、私の考えは間違っていなかった。死んだと思っていたエマさんまで、こうして生きて会えるなんて……!)
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エマさんは大丈夫ですかねこれ…
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呼吸やばいやん…
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愛「エマっち……戻りたてだから苦しいのかな? エマっち? エマっち?」
エマ「……」ヒュー…
栞子「本当にありがとうございます、テジナさん。ファイルの内容、書き換えておきますね」
栞子「手品同好会には私達の味方になってくれる、とっても素敵な手品師がいるって……」
「あ、あの……それでさ、お礼の後にこんなこと言うのも変なんだけどさ」
「よかったら……アタシの、友達に、なってくれないかな……?」
愛「友達?」
栞子「何言ってるんですか?」
「あ……ご、ごめん。裏の存在が調子に乗っちゃったよね、友達なんて……」
愛「あのね、二ヶ月近く一緒に過ごしたんだよ?」
栞子「もうとっくに、私達とテジナさんは友達じゃないですか!」
副会長「え? え? これどういう……あれ? エマさんこれ大丈夫なの? 寝てる……の?」
「……ああ! 友達、初めて出来たよ……嬉しいなぁ……!」
「またいつでもここに……っ」
栞子(いつでも、そう言ってテジナさんは悲しそうに顔を伏せた。今までの裏同好会の流れから考えると、観察を終えれば手品同好会に通じる扉は……)
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副会長は割と大丈夫そうだけど、エマさんはヤバいな
体感的に半年くらい切り刻まれ続けたりしたってことだよな、多分
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「あ、あはは……アタシのこと、忘れないでよね。アタシも絶対に、二人のこと、忘れな……」
愛「あのさ、ジーナ。表に来ない?」
栞子「……えっ?」
「表に?」
愛「ほら、さっきのショーでも皆、ジーナのことメイクだと思ってたでしょ? 見た目は赤いけどほとんど人間だしさ」
愛「よかったらスクールアイドル同好会に来なよ! 不思議なメイクのマジックアイドル、なんて人気出ちゃうかもよ? 住む場所だって、愛さんの家に来ればいいしさ!」
「けど、そんな……迷惑になるんじゃ……」
栞子(……ファイルにあった書き込み。裏のものを表に出してはいけない)
栞子(あくまで手品同好会の範疇で移動した、という扱いのショーとは違い、この誘いはファイルの教えに真っ向から反するものなのかもしれません)
栞子(けれど……)
栞子「大丈夫です。虹ヶ咲学園生徒会長三船栞子は、テジナさんを表の生徒として受け入れます」
栞子「理事長にはいくらか貸しがありますし、転入くらい簡単ですよ!」
愛「理事長に貸しって……何したのさしおってぃー」
栞子「娘さんのことで色々と……そんなことは置いといて! どうしますか、テジナさん。私達はテジナさんと共に学園生活を過ごしたいと思っていますが……」
「いい、のかな……?」
「こんなアタシが、表に出ても、いいのかな……?」
愛「いいに決まってるじゃん! さ、行こうよ」
愛「皆で、表の世界へ!」
「……ありがとう。アタシ、表に……!」
「出ていいわけがないだろう?」
栞子(顔に飛沫がかかりました。生ぬるい、粘り気のある飛沫が)
栞子(何が起こったかを理解する前に、本能的に私は顔を吹いていました。袖口についたのは、真っ赤な、液体……)
栞子(そして、私は見ました)
栞子(テジナさんの胸から生えた、黒く毛深い腕を)
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なんてことを……
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今回は初めてのハッピーエンドだと思ったのに、、
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「ご……ぽっ」
栞子「テジナさん!?」
「裏の存在が表に出ていいわけがないだろう? 何かを履き違えてはいないか?」
栞子(いつの間にテジナさんの背後に立っていたのだろうか、黒いスーツに身を包んだ巨大な黒山羊がそこに立っていました)
栞子(その黒山羊が、テジナさんの胸を、突き貫いて──)
愛「あ……あぁぁぁっ! ジーナ! ジーナぁぁぁっ!!」
「そもそも貴様は『観察者を襲い、殺害し絶望を与える存在』として作り出されたのだろう? 存在が揺らいでは、会を作った意味が無いではないか」
「く、ろ……やぎっ!」
愛「離せよ! ジーナを離せってばぁぁっ!!」
「これはこれは『観察者』様! お初にお目にかかります! わたくし、『裏同好会監視委員会』のクロヤギと申します! 以後お見知りおきを!」
「に、げて……アイ、シオ、リコ……こいつ、は……」
「ところで、そちらにいる眼鏡の女性と転がっている肉は『裏の所有物』で間違いありませんね?」
「それを表に出すわけにはいきません! こちらに返していただきましょう!」
栞子「なっ……副会長とエマさんはようやく帰ってくることが出来たんです! 皆で一緒に……テジナさんも一緒に表に帰るんです! その薄汚い手を離してください!」
「ほほう! この『手品同好会会長』が表で、観察者様の仲間になり、共に学生生活を過ごし、冒険を繰り広げると!」
「そんなもの、『観測者』様は望みませんよ!」
栞子「は……?」
愛「くそ、が……離せって……!」
「……タネも仕掛けも……!!」
栞子(ふと、テジナさんの姿が消えた。血まみれの腕だけが空中に間抜けに突き出され、黒山羊の視線が一瞬惑う)
栞子(次の瞬間には、空中に出現したテジナさんに黒山羊は蹴り飛ばされていた。ゴギリ、と嫌な音とともに黒山羊が壁に叩きつけられる)
愛「ジーナっ……」
栞子(床に落下するように着地したテジナさんは、胸から夥しい血液と、臓器のようなものを垂らしていた。もう助からないであろうことは、誰の目にも……明らかだった)
-
クロヤギ……悪魔の類か何かか
-
「ふくかいちょ、と、えまち、せおって、に、げろ……」
愛「けどジーナが……!」
「うる、せぇ、ころす、ぞ」
「おもて、のくずが……あたし、は、おまえら、だましてたんだ」
「ころそ、と、おもってたんだ」
栞子「嘘です! 殺すつもりならいくらでもチャンスは……」
「いけ、って……いってんだろォ!」
ボオッ!
栞子(黒い炎が私達とテジナさんの間に壁を作る。身を焦がす程に熱い、輝きのない邪悪な炎が……!)
栞子「……副会長、エマさんを背負ってください! 愛さんも! 逃げますよ!」
愛「ジーナが……でも、ジーナが!」
バチンッ
愛「っ……!」
栞子「テジナさんの気持ちがわからないんですか!? 私達に出来ることはなにもありません!」
愛「……ごめん、ジーナ。ごめんね……」
「嘘まで吐いて逃がすとは……余程観察者様達が気に入ったのだな。手品同好会会長」
「しかし、しかしだ。君を嬲り殺したとしても、観察者様達に追いつき、所有物を取り戻すなど造作もないこと……命乞いにでも力を使った方がよかったのではないか?」
「あい、つら……あたしを、ともだち、って、いってくれた」
「それに、あいつ、ら……あたしの、だいじなもの、まもって、くれた」
愛『人を楽しませるって、本当にサイコーだよね!』
栞子『協力しますよ、絶対に成功させますよ。マジックショー』
「だから、あたしも、あいつらの……だいじなもの、まもるんだ……!」
「いのちに、かえても……!」ゴウッ
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栞子「はぁっ……はぁっ……!」
愛「表はまだ!?」
副会長「もう半年以上運動してないのよ……足が、もう……!」
栞子「この廊下を曲がればっ……!!」
エマ「……」コヒュッカヒュッ
ズウッ
「え、会長……いまどこから走ってきたの?」
「愛さんも……あれ? さっきまで講堂で手品してなかった? またマジック?」
「と……誰だろ?」
栞子「かえって、これた……」ハァハァ
愛「ジーナ……」
副会長「やった……もう小説は当分読みたくないわ……」
栞子「テジナさんのことは残念です……けれど、副会長とエマさんは無事にこの世界に戻ってきました」
栞子「今はただ……それだけを喜びましょう……」
エマ「……」ヒュッ
栞子(そういえば、まだ観察終了のチェックをしていませんでした……チェックを……)ペラッ
栞子「……」
栞子(手品同好会のページが、消滅している)
栞子(……テジナさんの手品は凄いものでした。虹ヶ咲の生徒達は、その素晴らしい魔法をいつまでも、いつまでも覚えていることでしょう)
栞子(一瞬の煌めきのように、もう二度と同じものを見ることは出来ないとしても)
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あなた「んふふー、マネージャーは忙しいー♪ あれ? 愛さんだ」
あなた「講堂からここまで移動したの? 手品とっても凄かったよ! 最後の人が特に……って、泣いてる……?」
愛「ごめん、気にしないで……あなたこそなんで部室棟に? 今日の昼休みは同好会には寄らないって言ってなかったっけ?」
あなた「マジックショーを見てたら歩夢ちゃんにピッタリの曲を思い付いてね、すぐにでも打ち込みたくなって……」
栞子「大変ですね、マネージャーも作曲もやるなんて」
あなた「あはは、本当にね。七人もいるから一苦労だよ」
栞子「七人?」
栞子(エマさんを抜いて八人の筈では……)
あなた「うん、七人。歩夢ちゃん、せつ菜ちゃん、愛ちゃん、果林さん、彼方さん、璃奈ちゃん、しずくちゃん」
あなた「ほら、ピッタリ七人……あっ、まさか栞子ちゃんが入ってくれるとか?」
栞子「……」
栞子「……え?」
栞子(裏にはもう二度と関わりたくないと)
栞子(存在が消えるのが怖くて仕方がないと震えていた小さい姿を、今も鮮明に覚えている)
栞子(……中須かすみの存在が、人々の中から消えていた)
ファイル5 手品同好会 廃会
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NEXT FILE『迷宮同好会』
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エマさんも帰って来たのに忘れ去られたままで、かすみもかすみで持って行かれたのかよ……
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裏行かなくても消えるの怖すぎ
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廃会エンド新しくて良かった
かすみん誕生日の終わりと共に消された…
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基本的に絶望なんだけどうっすら希望がある感じが癖になる
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1回裏行ったら観測者認定されるのか
観測やめたからかすみは消えた?
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誕生日に消されちゃった…
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なるほどスクスタ準拠だから裏同好会の監視委員会なのね
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>>190
そういうことか……じゃあ、逆説的に考えて愛さんも逃げられないし
副会長やエマさんも……? いや、この2人はどうなるんだ
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農業の時は栞子1人で行ってなかったっけ
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あぁそうか、なら愛さんもかすみも観察者認定はされてないことになるのか
じゃあ……エマさんたちと等価交換にされてしまった、とかそういうことなのか?
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自分の意思で観察を放棄した、の可能性もありそう
農業の時は栞子が1人で入っちゃったから、それでアウトなら愛も消されてるだろうし
今回は明確にかすみは裏に行きたく無いって意思見せてたし
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クオリティ高過ぎる
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おもろい
エマさんは肉塊が息だけしてる感じなのかね
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見抜きは欠かさない栞子ちゃん愛おしい
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フランクフルト同好会のパートだけが癒し、、
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フランクフルト同好会却下され続けた結果裏に設立しそう
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>>1です
豪雪対応の為本日更新ありません
皆様も本日は部屋を暖かくして見抜きしてください
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>>202
それは大変そうだ
怪我しないようにな
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大変だな、待ってるからゆっくりで大丈夫だぜ
わざわざ報告してくれてありがとな
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明日を楽しみにしてます
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見抜きしながら待ってるよ
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もんじゃ宮下 愛の部屋
栞子(裏から戻った後……午前の授業をサボったことを咎める教師を3階の窓から突き落とし、私達は愛さんの家へと逃げるように向かいました)
栞子(どの道、現在の虹ヶ咲にとっては部外者でしかない副会長とエマさんを連れているので、学園を出ていく他に道はなかったのですが)
栞子「かすみさんの存在が消えた……」
副会長「かすみさん、って一年の中須かすみさんよね? 彼女も私やエマさんのように裏に囚われた?」
栞子(道すがら副会長には今までに起こった事件を伝えていたが、中々に理解が早い。読書の賜物だろうか)
愛「けどさ、かすかすは裏には行ってないんだよ」
愛「しおってぃーも聞いてたでしょ? 絶対に裏には行かない、って言ってたの」
栞子「ええ。あれほどまでに強い拒絶の意志があったのですから、勝手に裏に入って自滅したとは思えない」
副会長「じゃあ、なんで存在が?」
栞子「それなんですが……一つ、仮説があるんです」
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愛「仮説?」
栞子「中川会長の存在が消えたことに気付いた際、『いつ、どのタイミングで存在が消えたのか』を考えたんですよ」
栞子「『文芸同好会』に行った時には、愛さんも副会長も中川会長のことを覚えていましたよね?」
副会長「文芸同好会の話はしないで。私は今メチャクチャ機嫌が悪いのよ」
愛「うん、まぁ当然覚えてたよ」
栞子「その後、『悪夢研究同好会』に行く前に歩夢さんに『私の前の前の生徒会長』を聞いてみたんですよ」
栞子「すると歩夢さんはミナカワさんのことを教えてくれました。これはミナカワさん、中川会長、私の順に生徒会長が代替わりしたことを覚えていないと出来ないことだと思います」
副会長「まぁ……確かにそうなるわね」
栞子「そして、悪夢研究同好会の観察を終えた後」
栞子「かすみさんと話している時に、中川会長の話題を出したんですよ。それに対してかすみさんはこう答えました」
栞子「『なんの話?』と」
愛「! つまり……」
栞子「クロヤギが言うところの『観察者』が『終わる』条件……それは、『一度でも裏の観察に参加した人間が、その後二回連続で観察に参加しない』ではないでしょうか」
栞子「裏に関わった人間で中川会長だけが『終わった』ことから、私は観察者を生徒会長……つまり自分だけだと思っていました。だからこそかすみさんが消失する可能性を見落としてしまったんです」
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愛「それって……愛さんも裏に行くのを辞めたら、存在が消えるってこと!?」
栞子「はい。それに愛さんだけではありません」
栞子「一度裏に取り込まれたので確定ではないのですが……副会長とエマさん、貴女方もその対象となっているのかもしれません」
副会長「えっ!? で、でも私が閉じ込められてから4つも観察を終えてるのよね? 私みんなの記憶から消えはしたけど、かすみさんみたいに身体は消えてないじゃない!」
栞子「それは裏にいたから、とも考えられるんです」
副会長「そんな……それにエマさんも、って……」
エマ「……」コヒュー…
栞子(裏を脱出した瞬間から、エマさんの様子はずっとおかしかった)
栞子(ワンゲル同好会での死から蘇ったせいだろう、すぐに元に戻ると楽観視していましたが……既に二時間以上、エマさんは不定期に苦しげな呼吸を繰り返すだけで、此方の問いかけに反応を見せることすらありません)
栞子(どころか、食べ物も受け付けず、水すらも口に入れた瞬間に端からこぼれ落ちて行く。生命というものを捨て去った抜け殻のような身体……どこかそんな印象を受けました)
愛「エマっちがもしそうだとしたら、どうするの?」
愛「自分で歩く事は出来ないし、裏に入った瞬間クロヤギに奪われるかもしれないんだけど……」
栞子「……それもあるんですよね」
副会長「私達のことを裏の所有物、と言っていたのよね。一度脱出してもなお、まだ裏の存在という扱いなのかしら……?」
栞子(分からないことばかりが次々と現れ、時間が無駄に過ぎていく。エマさんは虚ろな目で空中をジッと眺めている、愛さんは俯き、副会長は活字中毒症状で手が震えている)
栞子(解決方法が見つからない──)
愛「観察辞めればいいんじゃない?」
栞子(ふと、愛さんがそんなことを言いました)
-
栞子「何を言っているんですか? 観察を辞めれば『終わる』と──」
愛「しおってぃーの考えが正しければ、終わる条件は二回観察に参加しないことなんだよね?」
愛「誰も観察しなければ、終わらないんじゃないの?」
栞子(言われてみればその通りだ。観察するから誰かが終わる、ならば観察をしなければ……誰一人として終わらない)
副会長「……けど、かすみさんは?」
栞子「それに中川会長もです。彼女達は裏のせいで存在が消滅してしまったんですから。何とかして取り戻して──」
愛「本当に戻ると思う?」
栞子「えっ……?」
愛「副会長の時はさ、閉じ込められただけじゃん」
愛「エマさんも裏で死亡した、って聞いただけで事実かどうか分からなかった」
愛「だから私もなんとか取り戻そうとしたし、その為に頑張ることができた」
愛「けどさ、かすかすと元会長はさ、こっちの世界にいたまま存在が消されたんだよ?」
愛「それって本当に、裏で取り戻せるものなの?」
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栞子「それは……」
副会長「分からない、けど……」
愛「そう、分からない。完全に存在が消えた二人を取り戻せるのかは誰にも分からない」
愛「分からないものに、愛さんは皆の命を賭けたくない」
栞子(エマさんは自発歩行は不可能、副会長も文芸同好会に閉じ込められたトラウマがある、確かに裏に行くのは難しいかもしれない)
栞子(けれども、二人を置いて二回観察を終えてしまえば、今度こそ完全に二人は消滅してしまうかもしれない)
栞子(……かすみさんや中川会長を見捨てて、ファイルをどこかにしまいこんで見なかったことにする。それが一番、この状況では理にかなっているのかもしれません)
栞子(二人のことを忘れ、いつも通りのくだらない日常に戻るのが──)
-
果林「──悪いけど、それは認められないわね」
栞子(声が、しました)
栞子(この場にいない筈の、声が)
愛「……カリン?」
栞子(愛さんの目が大きく見開かれる。私はゆっくりと声のした方向へ振り向き……)
栞子「何故、ここにいるんですか?」
栞子(開け離れた襖の向こうに立つ、スクールアイドル同好会の面々を見つけました)
歩夢「ごめんね、これ届けようと思って……」
栞子「それは……裏同好会のファイル!?」
栞子(慌てていたせいか、廊下にファイルを落としてしまっていたようです。全く気付きませんでした……)
果林「愛と栞子が一緒に授業をサボって、手品をやってた……ってところが気になって、皆で連れ立って探しに来たのよ」
果林「悪いとは思ったけど、ファイルの中身も読ませてもらった。かすみ、って子のこと……ちゃんと説明してくれる?」
栞子「っ……それは……」
愛「……ちょうどいいよ。皆にも聞いてもらえばいい」
愛「それで判断してもらおうよ。裏に行くか行かないかをさ」
-
栞子「〜〜で、私達は今ここにいるんです……」
栞子(一度副会長に説明したからか、幾分かスムーズに説明を終えることが出来ました)
璃奈「……正直なことを言うと、信じられない。璃奈ちゃんボード『オカルト否定派』」
歩夢「生徒会副会長は私じゃなくて、その人……? でも、私には確かに副会長として活動してた記憶が……」
副会長「裏同好会は記憶を書き換えるみたいだから、そういった記憶を植え付けることも出来るのかもしれないわね」
栞子(やはりというか、ファイルを見て、私の話を聞いて尚、裏同好会の存在を信じる人はいませんでした)
栞子(無理もありませんね。私とて実際に体験していなければ、荒唐無稽な話と一蹴してしまうでしょうから)
愛「……ま、信じる信じないは別にして。皆も分かったでしょ? 裏には行かない方がいいって」
愛「エマっちのこの姿見ても分かるでしょ? 下手を打つとこうなっちゃうの……って、皆にはエマっちの記憶もないんだよね」
-
あなた「……うん、私にこの人の記憶はない」
あなた「けど……」
栞子(言って、彼女はエマさんのブラウスのボタンを外していきました。豊満なバストがあらわになり、思わずムラムラしてしまいます)
栞子(財布に3000円入ってましたっけ……)
あなた「覚えてるんだ……脳じゃない、身体が覚えてる。私は絶対に、この人の下乳の汗を拭いたことがある」
あなた「私は拭いたんだ、下乳を……絶対に拭いたんだよ……」ポロポロ
歩夢「下乳を……」ポロポロ
しずく「美しい、涙ですね……」ポロポロ
栞子(部屋の中にしんみりとした空気が流れました。彼女の嘘偽りのない涙に、私達はただただ感じ入ることしか出来ませんでした……)
果林「……裏同好会、私は行くべきだと思うわ」
愛「……はぁ!? カリン、自分が何言ってるか分かってんの!?」
果林「これを見ても分かるでしょ? エマって子も、かすみって子も、私達の仲間なのよ」
果林「それを存在消されて記憶も弄られました?」
果林「このまま友達見捨ててのうのうと生きてけって言うつもり!? 愛こそ自分が何言ってるのか本当に分かってるの!?」
栞子「果林さん……」
-
そんな感動的なシーンじゃねーよwww
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いやでもスクスタサ終時に経ってた下乳拭き屋スレでは結構しんみりしたし
感動するのもわかるわ
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果林「悪いけど私は行くわよ。裏に奪われた全てを、きっちり取り戻してみせる」
愛「カリンは裏に行ったことがないからそんなことが言えるんだよ!」
しずく「私も……行きたいと思います」
愛「しずくまで……!」
しずく「きっと、私とかすみさんって方は仲が良かったと思うんですよ」
しずく「だって、栞子さんから話を聞いているだけでも、なんだかいつもからかいあってる情景が浮かんでくるような……」
しずく「もし、かすみさんに意識があるとしたら不安で不安でしょうがないと思うんです。だったら私は助けに行きたい、それが……友達だと思うんです」
璃奈「私も、行く。私は引っ込み思案だけど、こんな私と仲良くしてくれたんだとしたら……見捨てられないよ」
栞子「確か前に手マンしたって言ってましたね」
璃奈「どっちがどっちを?」
栞子「さぁ……」
果林「皆、乗り気のようだけど?」
愛「……」
栞子「しかし……一度でも裏に関われば抜けることはもう出来ませんよ? 皆さんにはその覚悟があるんですか?」
栞子(私の言葉に、スクールアイドル同好会の面々が頷き返す。覚悟はとっくに決まっているようだった)
-
栞子「分かりました……いいですか、愛さん?」
愛「……勝手にしなよ、愛さんは行かないから」
果林「大丈夫なの? 消えない?」
愛「愛さんは手品同好会の観察に同行してる。次は行かなくてもセーフだよ」
栞子「副会長とエマさんも、手品同好会の観察を終える前に合流しましたし、次はセーフラインの筈です」
副会長「よ、よかった……休めるのね?」
エマ「……」カヒュッ
歩夢「となるとこの九人……あれ?」
果林「せつ菜ちゃんは……?」
しずく「あ、あれ? 愛さんの家に入った時には確かに……」
栞子(せつ菜さんは人格こそ裏に入っていませんが、肉体は何度も裏を経験していますからね。本能的に逃げてしまったのかもしれません)
栞子(どの道中川会長の話をすると肉体がバグりますし、裏は厳しかったかもしれませんが……)
歩夢「こほん、八人で裏に行くってことでいいのかな?」
果林「それなんだけど……四人程のチームを作った方がいいと思うのよ」
果林「大勢でぞろぞろ行ったせいで、回避しきれない罠がありました……なんて洒落にならないじゃない?」
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しれっと教師を3階から突き落としたって書いてない?
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下乳拭き屋さん…😭
-
あなた「確かに……」
果林「次の裏同好会に行きたい人、いる? 当然私は参加するわ」
しずく「行きたいです!」
栞子「私は毎回参加させてもらいますよ。そもそも、これは私がやるべきことなので」
愛「……遠足気分じゃん。そんな簡単なもんじゃないってのに……」
果林「覚悟はしてる、って言ってるじゃない」
果林「私は例えどんな同好会でも、どんな恐ろしい相手でも渡り合ってみせるわ!」
あなた「果林さん……」
果林「ところで栞子ちゃん、次の裏同好会はなんなの?」
栞子「迷宮同好会ですね」
-
果林さんおわた
-
餓死する未来しか見えない
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─────
───
─
虹ヶ咲学園 廊下
歩夢「じゃあ、メンバーは私、栞子ちゃん、しずくちゃん、彼方さんでいいね?」
栞子「はい。皆さん、エマさんと副会長のことをよろしくお願いします」
果林「……」ムームー
彼方「果林ちゃんのこともちゃんと縛っといてね」
あなた「大丈夫だよ、縛るの得意だから」
しずく「迷宮には流石に連れていけませんもんね。二度と出て来られなさそうですし」
愛「……」
栞子「愛さん、その……もし私達に何かあったら、後のことはよろしくお願いします」
愛「……分かってるよ」
栞子「死ぬことはない、と書いてありますので大丈夫だと思いますが……」
『迷宮同好会』
・扉の先にはいくつもの仕切りがあり、中にいる老婆が入った人間に相応しい迷宮に案内してくれる。
・迷宮内での死亡率は高くはない。基本的に死なないようになっているので、心を強く持って挑もう。
・迷宮を無事通り抜けられたら観察は終了。老婆が何を言ってきても、無視して部屋を出て問題ない。
-
栞子(左、左、左と廊下を曲がり、一度瞬きをした途端、私達は見知らぬ廊下に辿り着いていました)
しずく「木造……」
彼方「本当にオカルト、って感じだぜ。彼方ちゃんちょっと……既に怖くなってきたかも」
栞子「まだまだスタート地点にも立っていませんよ」
栞子(地図を頼りに廊下を更に歩いていく。廊下の突き当りに、普段よりも幾分ボロボロの扉がポツンと備え付けられていた)
栞子(明かりがついていないのか、ドア窓からは中の様子が伺えない。慎重にドアノブを回して、扉を開けた)
「いらっしゃいませえ」
栞子(予想外に、扉の向こうは明るかった。室内のあちらこちらから水晶のようなものが生え、それが虹色の光を放っている)
栞子(簡素なカウンターの向こうで、小さな椅子にちょこんと腰掛けた、人の良さそうな老婆がニコニコと朗らかな笑顔でこちらに挨拶をした)
歩夢「えっと……私達は」
「はい、はい。この婆には分かっておりますともじゃ。生徒会の方々でしょう」
栞子「はい、迷宮同好会の観察に参りました」
「そうでしょう、そうでしょう。婆達の渾身の迷宮を見に来てくれたのでしょう、嬉しいことですじゃ」
栞子(本当に嬉しそうに言う老婆に、なんとなく此方も頬が緩んでしまう。もともとお婆ちゃんは好きな方だから、余計にかもしれない)
しずく「あなたも虹ヶ咲の生徒……なんですか?」
「ええ、ええ。婆は虹ヶ咲の生徒ですよ。気軽にメイロ婆とお呼びくだされ」
栞子(この老婆が虹ヶ咲の……と考えても意味はない。農場の時にもそんなことがあった。後に調べたニュースによれば、2006年に行方不明になった筈の人間に、私は出会ったのだ。時空や年齢くらい歪んでいてもおかしくはない)
-
栞子(軽い自己紹介を終えると、メイロ婆は私達をカウンターの奥へと案内した)
栞子(幅広の室内に、人一人分くらいの間隔をあけて仕切りが並んでいる)
彼方「これが迷宮……? ただの仕切りだよね」
歩夢「確かに教室にしては広いかなとは思うけど……」
「大丈夫ですとも。中は案外広々ですじゃ」
栞子(そう太鼓判を押すと、一人一人別の仕切りの前に立たせていく。同じ迷宮に入ることは出来ないようだ)
彼方「なんかすぐ終わっちゃいそうだね」
しずく「ですね……」
栞子(裏に期待していたのか、二人の声には残念そうな響きがあった)
栞子(安心しろ、と言ってやりたくなった。だって、既に私は知っているのだから)
「それでは楽しい楽しい迷宮に、行ってらっしゃいですじゃ!」
栞子(安心安全に見える時ほど残酷な結果に終わるのが、裏のさだめだと)
迷宮に踏み込むと同時に、四人の甲高い苦痛の混じった悲鳴が室内に響いた。
-
彼方「あ……あぁ……遥ちゃんが、遥ちゃんがぁ……!!」
歩夢「やだ……やだやだやだ……こんなの食べたくない……!! こんな気持ち悪い虫なんて……っ!!」
しずく「か、おが……くず、れてく……!?」
栞子(姿は見えない。しかし、聞こえてくる声だけでも彼女達がどんな状況に置かれているかは簡単に見て取れた)
栞子(酷く恐ろしい、身の毛もよだつような光景を目の当たりにしているのだろう。私もまた──)
栞子「……文芸同好会!? なんで、私は迷宮に入った筈じゃ……!?」
栞子(最悪の体験をしているのだから)
栞子(迷宮に入った瞬間、私の身体は文芸同好会の中にいた。あの日見たままのメンバーが、薄ら寒い笑みを浮かべている)
「連れてっちゃいましたね」
「あの子、馴染んでたのになぁ」
「彼女が逃げたせいで、ワタヌキさん引き戻されちゃったんですよね」
「ワタヌキさん怒ってますよ。折角逃げ出せたのに、って」
栞子(背後から生臭い息が吹きかかる。枯れ枝のような細い指が、私の首に一本一本かかっていく。逃げようともがいても。指の力はどんどん増していき──)
栞子(ゴキリ、と嫌な音と共に私の首はへし折れ、痛みの中で意識が遠くなっていき……)
栞子「──ぁああああっ!?」ガバッ
栞子(私は目覚めました。目の前にはいくつもの分岐がある細長い通路が広がっています)
栞子(今のは夢……? しかし、夢にしては随分とリアルだった。今もまだ首が痛むような気がしている)
-
「あ、はぁ……」
栞子(頭上から聞こえた声に顔を上げると、仕切りの上に先程の老婆が立っていました。細い板の上に器用に立ち、ニヤニヤと笑みを浮かべながら此方を見ています)
「説明を一つ忘れておりましたじゃ。栞子様の迷宮は、裏同好会迷宮……もし道を間違えた場合、過去に観察した裏同好会の『最悪のパターン』をその身をもって味わうことになりますじゃ」
栞子「その身をもって──!?」
栞子(首筋をなぞる。先程の異常なまでにリアルな幻覚、痛み……あれが文芸同好会の最悪のパターン? 副会長が逃げて、連れ戻された化物に首を絞められる……)
「くく、ふふふ……」
栞子(受付をした時の友好的な笑みは今は失せ、侮蔑の混じった嘲笑と共に老婆は私を見下ろしている)
「ついでにもう一つ教えておきますじゃ。婆は……お前ら表の人間が大嫌いですじゃ。お前らの苦しむ顔を見る為に、こうしてせっせと皆で迷宮をこしらえたんじゃよ。せいぜい、死ぬよりも苦しい目に合うことじゃな」
栞子「ちょ、待っ──」
栞子(一方的に言い放つと、声を掛ける間もなくメイロ婆は仕切りの上を走り去って行きました)
栞子(残されたのは迷宮と、断続的に聞こえる皆の悲鳴のみ。一番大きい悲鳴は歩夢さんで、今は蜘蛛とゴキブリをかけ合わせたような緑色の虫を食べているみたいです)
栞子「……道を間違えないようにしなくては」
栞子(基本的には死なない、心を強く持て。その意味がはっきりと分かりました)
栞子(多分、死者は皆自殺している)
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すいません途中ですが寝ます
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すっげぇ気になるところで……くぅ、ぐっすり寝てくれよ
座して待ってるからな
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雪かきでお疲れかな?
続き楽しみにしてるぜ
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みんながんばれ😭
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たまに挟まるタフ要素に一番困惑してるのは俺なんだよね
それはそうと本当に面白くて夜更かししちゃった
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頑張れ!
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早くフルフェラしたり教師を突き落としたり下乳を拭ける平和な世界に戻って欲しい😭😭😭
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教師はもう突き落としてるんだよなぁ
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見抜きと下乳で生きる勇気がわいてくる
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SCPとか裏バイトとか秘封霖とか好きだからドンピシャだわ
続き楽しみ
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栞子(一人分の細長い通路を歩いていくと、右手に仕切りの境目が見えた。真っ直ぐ歩くか、右に曲がるか選ばなければいけないようだ)
栞子「うーむ……」
栞子(前方の道も、右手の道も真っ直ぐに続く道が見えている。流石に壁を作って答えを教えてくれるような、生易しい連中じゃないようですね)
栞子(どうしましょうか……間違えたらまた、幻想の中で殺されるかもしれません)
クラピカ『行動学の見地からも人は迷ったり未知の道を選ぶ時には無意識に左を選択するケースが多いらしい』
栞子(そういえばクラピカがそんなことを言っていましたね。ということは、迷宮同好会もあえてハズレを左に置いているかもしれません)
栞子「子供の頃に古本屋でハンターハンターの大きな漫画本を見つけて読んでみたら、クラピカとレオリオのセックスシーンが載った商業アンソロだった衝撃は今でも覚えています。信じますよ、クラピカ」
クラピカ『品性は金で買えないよ』
栞子(右手に折れ、狭い道を進む。平坦な道が延々と続いている……やはりこっちで正解だったのですね)
栞子(道が左に折れていますね……分岐と分岐の間がやたら遠い迷宮ですね。無駄に歩かせるタイプは嫌いですよ)
栞子「……あ?」
栞子(左に折れた先には、『ハズレ』と書かれた紙が貼られた壁がありました)
-
栞子「っ……!?」
栞子(瞬間、酷い頭痛と共に意識が遠ざかり──)
「悪夢を聞かせて?」
「とっても怖いやつがいいの」
「嘘は……駄目だよ……?」
栞子(気付いた時には、私は悪夢研究同好会の部室にいました。しもべ妖精を無理やり横に引き伸ばし、メガネザルのように巨大な黒い六つの眼球が私に向けられています)
栞子「……先日のことなんですが、身体が紫色に膨れ上がる奇病にかかる夢を見まして」
栞子(身体が操られているかのように、私の意識を無視して口が勝手に動く)
「嘘だね?」
「嘘なの」
「嘘を……吐いたんだ……」
栞子(三人が声を揃え私を糾弾すると同時に、全身に鋭い痛みが走りました。手指の先から身体が紫色に染まり、壊死を始めた細胞が膨らみ、膿と蛆が体内を食い荒らさんばかりに駆け巡る)
栞子(脳のほとんどが痛みに塗り潰され、膨張に耐えきれず眼球が弾け飛び、圧力で喉が締め付けられ……!!)
栞子「が……ごげっ……!」
栞子(……これが『最悪のパターン』?)
栞子(痛みと呼吸困難と、全身を襲う不快な感触に身悶えしながらも、私は頭の何処かで疑問を浮かべていました)
栞子(愛さんの吐いた嘘はこれよりも大掛かりな、地球全てが犠牲になるような嘘でした)
栞子(……私だけが死ぬような嘘が、それよりも最悪? いずれ地球が滅ぶよりも、私が今死ぬことの方が最悪……?)
栞子(『誰にとって』、最悪?)
栞子「が……あ……」
栞子(しかし、そんな疑問も迫りくる死が塗りつぶしていき──)
栞子「……っ。はぁ……はぁ……」
栞子(いつの間にか、先程の分岐点の前まで私は移動していました)
-
彼方「あぁぁ……もうやだ……!! 遥ちゃんが死ぬのもうやだぁぁっ!!」
栞子「彼方さん……」
栞子(目覚めた瞬間、一際大きく聞こえた叫び。恐らく彼方さんは、妹さんがありとあらゆる方法で死に続ける幻覚を見せつけられているのでしょう)
栞子(しかし……気になるのはしずくさんの方です)
栞子(歩夢さんと彼方さんの叫びは聞こえてくるのに、しずくさんの叫び声は最初の一回しか聞こえていない……)
栞子(無事に間違えることなく迷宮を攻略している……?)
栞子「しずくさん! 聞こえますか!!」
栞子(悲鳴が聞こえているのだから、声も届く筈です。そんな考えで大声で叫んでみたものの、反応は返ってきませんでした)
栞子(彼方さんの悲鳴と、歩夢さんの悲鳴……歩夢さんの方はニチャグチャと液体の多い物体を噛み千切るような音が混じっていて、聞いているだけで不快になる)
栞子「……他人の心配をしている場合ではありませんね」
栞子(右手に折れる道を一睨みして、私は真っ直ぐに続く道を歩き始めました)
-
心を強くあれ、ってのは真っ直ぐかつ猪突猛進で全部ぶち抜いて進めってことなのかな
-
─────
───
─
栞子「はぁ……はぁ……」
栞子(その後ぶち当たった分岐、その全てで私はハズレを引き続けました)
栞子(ワンダーフォーゲル同好会では影に取り憑かれて肉体が内側から破裂し、永遠を生きる肉として鬼に身体を切り刻まれました)
栞子(農業実習同好会では、『トリツキ』を食べた私が農場の一員となり、植物の苗床として人生を終えていました)
栞子(手品同好会ではテジナさんが悪辣な笑みを浮かべ、私の身体を溶かして半殺しにした後、じわじわと身体を炎で焼きなぶり殺しにされました)
栞子「……耐え、きりましたよ……」
栞子(私が観察した裏同好会はこの5つで終わりです。ファイルの並び通りならば、ここまでに100以上の同好会の観察を終えており、100を超える地獄を味わうことになったのかもしれませんが……)
栞子(まさか途中で代替わりするとは、流石の迷宮同好会の連中も気付かなかったようですね)
栞子「夢の中で、5回殺される程度……平気です……」
栞子(いつの間にか、周囲からも悲鳴は聞こえなくなっていた。皆はもうゴールしたのだろうか、それとも絶望に耐えかねて死を選んでしまったのだろうか)
栞子(……いや、きっと大丈夫だ。そう信じるしかない)
栞子「……また、分岐ですか」
栞子(T字路のように別れた道が目の前にありました。右に行くか左に行くか……とはいえ、ハズレでももう何も体験することなどないのですが)
栞子「クラピカの言うことなんて信用できません。左に行きましょう」
クラピカ『ケンカ腰(スラム流)でしか話が出来ないのか?』
クラピカ『束ねる王子の程度も知れるな』
クラピカ『───という「誤解」をもたらしかねない言動は慎んだほうがいい……』
クラピカ『ここまでがワンセンテンスだ よろしいか?』
栞子(煽り始めた脳内クラピカを無視し、私は左に向かって歩き始めました。ハズレでも問題ないと分かっているからか、いままでの分岐よりはさほど緊張感はありません)
栞子(しばらく歩いていると、『ハズレ』の紙が貼られた壁が見えました)
栞子「……」
栞子(何も、起こりませんでした)
栞子(ただ道を間違えただけ。もはやこの迷宮は私にとって、遊園地の愉快なアトラクションと相違ない)
栞子(後はゴールを目指して突き進むだけですね)
栞子(迷宮同好会を鼻で笑いながら、私はもと来た道を戻ろうと後ろを振り返る)
栞子(『ハズレ』と書かれた壁がありました)
-
薄汚ぇクルタ族さぁ…
-
栞子「え……?」
栞子「あれ、えっ? え……」
栞子(道の両脇にハズレの壁がある。戻る為の道は、私の目の前から消失していた)
栞子「め……メイロ婆さん! 道がありませんよ! これじゃ迷宮じゃなくて……」
栞子(迷宮じゃなくて、牢獄みたいじゃないか)
栞子(私を閉じ込める為の、どこにも行かせないための檻──)
栞子「聞こえているんでしょう!? 早く壁をどかしてください!」
栞子(返事はない。悲鳴すらも、聞こえない)
栞子(誰もがいなくなってしまったかのように、シンとした冷たい空気だけが私を包み込んでいる)
栞子「……まさか、本当に閉じ込められた?」
栞子(考えてみれば分岐を間違えた際、私は分岐の前まで歩いて戻ったわけではありません。幻覚に殺され、気付けば分岐の前まで移動していた……)
栞子(では、幻覚を見なかったら?)
栞子(幻覚に殺されるまでが、この迷宮のルールだとしたら?)
栞子「あ……」
栞子「死ななきゃ、出られない……?」
-
栞子「あ……あああ……嫌だ嫌だ嫌だ!! 出してください!!」
栞子(壁に縋り付き、手が痛むのも構わず殴り続ける。返事はない。反応はない。ただの仕切りにしか見えない壁は、揺れることもなく私の拳を受け入れている)
栞子「嘘だ……こんな、こんな……!!」
栞子「イカサマをしたわけじゃないんです! ただ、引き継いだだけなんですよ!! 観察した裏同好会がまだ少ないんですよぉ!!」
栞子「だから許してくださいよぉ!!」ガンッガンッ
栞子(殴り続けた拳から血が滲み、壁が赤く染まっていく)
栞子(叫び続けた喉がガラガラに乾き、肉が裂けたような気さえする)
栞子(返事はない)
栞子(反応はない)
栞子(指の感覚が無くなるまで殴り続け、恐らくは折れてしまったであろう、ジンジンとした熱さを感じ始めた小指を眺めながら、私はようやく理解した)
栞子(詰んだ、と)
-
これって迷宮同好会における最悪のパターンの幻覚ってことか?
-
─────
───
─
彼方「ぜぇ……ぜぇ……」
しずく「お疲れ様です、彼方さん。そっちはかなり酷かったみたいですね……」
彼方「あぁ……しずくちゃん……。そっちは早かったみたいだね……」
しずく「私の方は、演劇に関する見た目や記憶が失われていく迷宮でして……丁寧に丁寧にアイデンティティを潰されていく恐怖はありましたが、そこまで危険はなかったんですよね。迷宮を出たら元に戻りましたし」
彼方「こっちは酷かったよ……遥ちゃんがさ、色んな方法で死に続けるんだ。屋上から落ちそうだったり、火事の真ん中にいたり。彼方ちゃんは毎回それをギリギリ助けられる状況にいるんだけど……」
彼方「遥ちゃんを見捨てて見殺しにしないと、幻覚が終わらなくてさ……助けるたびにリセットされて、遥ちゃんが死にかけてて……見捨てたら遥ちゃんが、泣き叫びながら、助けてって、私の名前を呼んで……」ポロポロ
しずく「なんとも悪趣味な……」
歩夢「……」ゴフッ
しずく「あ、歩夢さん……歩夢さん?」
しずく「あの、なんで制服がそんな、極彩色のマーブル模様に……?」
歩夢「こたえたくない」ゲプッ
しずく「歩夢さん?」
歩夢「わたしは、なにもしなかった。なにもたべなかった」
しずく「……あの、口から何か、ココナッツの繊維みたいなものが出てますけど」
歩夢「……」ボリッガリッ
歩夢「……わたしだけ、げんかくじゃないのか」バリボリ
しずく「あ、あはは……栞子さんが戻ってきたら口ゆすぎましょうね」
彼方「そういえば栞子ちゃんは……?」
しずく「まだ迷宮の中にいるみたいですね。何も聞こえてきませんが……」
-
「ひひひ……迷宮は楽しんでいただけましたかな、お三方」
彼方「メイロ婆……あんな迷宮ってないよ、最悪だったぜ……」
歩夢「なんで私だけリアルで虫食べさせられたの?」
しずく(歩夢さんやっぱり虫食べてたんだ……)
「あぁ、あぁ……その顔が見たかったんですじゃ。その不快と苦痛に満ちた顔が……ひひひっ!」
「これで迷宮同好会の観察は終わりですじゃ。もう一度楽しみたいなら、迷宮に戻ってもいいんじゃよ」
彼方「絶対に戻らない……って、終わり?」
しずく「あの、栞子さんがまだ……」
「……栞子様なんじゃがの、ちょっと困ったことになってのう」
しずく「困ったこと……?」
「迷宮の中にいらっしゃらないんじゃよ。途中までは確かに、我々迷宮同好会が楽しく見守っていたんじゃが……」
「なんと申し上げてよいか。迷宮の途中で、フッと姿が消えてしまったんじゃ」
歩夢「消えた、って……貴女達が何かしたんじゃないの!? まさか栞子ちゃんを殺したの!?」
「殺すわけがないですじゃ。婆達は、人を殺すことは出来んよ」
「そういう風に作られていないからのう……ひひひっ」
しずく「作られて……? よく分かりませんが、栞子さんは本当に……?」
「えぇ、えぇ。栞子様は……間違いなく、迷宮同好会にはいらっしゃらない。これは嘘偽りない真実ですじゃ」
-
歩夢にだけ当たりキツイなこのババア
-
彼方「……あのさ、もう出たんじゃないかな、栞子ちゃん」
歩夢「もう出た?」
彼方「先に迷宮を出て、この同好会室の外に脱出した。だからこの中に栞子ちゃんはいない」
彼方「このお婆ちゃんは適当なことを言って、栞子ちゃんを探させるって名目で彼方ちゃん達にもう一度迷宮探索をさせようとしている。違うかな?」
「どう受け止めてもらっても結構ですじゃ。婆は真実を言っているだけですからなぁ」
しずく(……栞子さんだけ先に脱出した? そんなことあるのかな。こうして、迷宮の出口で待てる場所もあるのに)
しずく(だけどそうとしか考えられないもんね。裏に慣れてる栞子さんが迷宮を抜けられないとも思えないし……)
しずく「じゃあ……私達も出ましょうか」
彼方「遥ちゃんは死んだりなんかしないもんね。べー、だぜ」
「血色のいい舌ですじゃ」
彼方「そう褒められると悪い気はしないんだけどね。舌には自信があるし」
歩夢「出たら真っ先にトイレ行きたいな……吐きたい……」
しずく「裏を出るまでは我慢してくださいね。裏のトイレとか何がいるか分からないので……」
「あぁ、そうそう。これを忘れておった」
しずく(同好会室の扉を開け、出ようとした私達に老婆がすっと近寄り、何かを差し出してくる)
しずく「……これ、って」
しずく(黒いファイル。栞子さんが持っていた裏同好会の観察用ファイルが、老婆の手にありました)
「落とし物ですじゃ。では、また……迷宮同好会は、またのご遭難をお待ちしておりますじゃ……」
しずく(押し付けるような形で黒いファイルを手渡され、扉の向こうへと追い出される。私達が何か言う前に扉はピシャリと閉じられ、瞬きをしたほんの一瞬の間に扉は消えていた)
歩夢「栞子ちゃんのファイル……なんであの人が?」
彼方「……き、きっと落としちゃっただけだよ。落とし物って言ってたしさ!」
しずく(嫌な予感を感じつつ、私達はファイルに挟んであった地図を頼りに、元の見慣れた廊下へと戻りました)
-
愛「……無事、戻ってこれたみたいだね」
果林「んっ……んっ……」ムームー
璃奈「本当に、入ってから3分くらいしか経ってない。璃奈ちゃんボード『びっくり』」
あなた「歩夢ちゃん、どうしたのその服……?」
しずく(私達の帰りを待ってくれていた面々……その中に、栞子さんの姿はない)
愛「皆が戻ってきても副会長とエマっちの記憶はある……セーフだね」
愛「次は愛さんと副会長とエマっちは確定参加として……」
彼方「あ、あのさ……」
しずく(私達が裏に入る前のぶっきらぼうな態度はどこへいったのだろう。ニコニコと笑いながら次の予定を決め始める愛さんに、彼方さんが恐る恐る声を掛ける)
愛「ん? どしたの?」
彼方「戻ってきて、ないの?」
愛「……いやいや、戻ってきてるよ? カナちゃん、歩夢、しずく。ほら、3人いるじゃん」
しずく「っ……!?」
しずく(脳が冷えていく感覚が、私を襲う。彼方ちゃんもまた、言葉を失ったようだった。歩夢さんですら、一時的に吐き気を忘れてしまったようで──)
-
しお子…
-
物語の進行役は絶対に無敵の存在だと信じてたのに…
-
語り手ですら……?
-
もう見抜きできないねぇ
-
しずく「栞子、さんは……?」
愛「……? しおりこ……?」
彼方「三船栞子ちゃんだよ! この虹ヶ咲の生徒会長!」
しずく(まさかまさかまさか、そんな筈はない。栞子さんが消えたなんて、そんなわけがない)
しずく(だって、栞子さんはベテランで、裏の経験者で、迷宮だって余裕で突破したはずで、だって、だって──)
しずく(これじゃ、軽々に脱出した私達が見捨てたようなものじゃない──!?)
愛「ちょっと待ってよ、何言ってるのさ……虹ヶ咲の生徒会長は愛さんだよ?」
歩夢「……分からない。理解できないよ……とりあえず、吐いてくる……」ウプッ
あなた「待ってよ歩夢ちゃん! 背中さすってあげるから!」ダッ
果林「んっ! んうっ!」
璃奈「果林さん、何か言いたい? 今、ほどくね」シュルシュル
果林「ぷはっ……! しずくちゃん、彼方……もしかして、またなの?」
果林「私達には『三船栞子』という仲間がいて……その子が、かすみちゃんやエマのように同好会の中で消えたの!?」
しずく(果林さんの言葉が遠い。まるで他人事のように、私はその言葉を聞いていた)
しずく(三船栞子が……私に3000円払って見抜きをしていた可憐な少女が。この日、世界から失われた)
ファイル6 迷宮同好会 観察終了
-
とんでもねえ展開なのに見抜きで落としに来るの酷え
-
???????
栞子「……」
栞子「…………」
栞子「………………んむ?」
栞子(暗闇の中で私は目覚めました。確か、私は迷宮同好会の中で……閉じ込められて……)
栞子(手の痛みは無くなっていました。折れていた筈の小指も、今は無事に動きます)
栞子(まさか、無事に脱出出来た? しかし、この暗闇は……)
「ああ、起きたかい? フロイライン・ミフネ」
栞子「!?」
栞子(耳元で、甲高い声が響きました。同時に目の前の暗闇が蠢き、じわじわと一点に向けて収束していきます)
栞子(暗闇が人の形を作り出していくにつれ、光が徐々に漏れ出してくる。何処かの室内に寝かされて……)
栞子(……ここは、生徒会室?)
「はははっ、驚いたかい!? アルターシュヴィーデと言いたくなる気分だろう!」
栞子(人の形をした暗闇が、高らかに吠える。アルターシュヴィーデ? 確か、ドイツ語だったような……)
「そんなに怯えることはないさ、別に取って食ったりはしない。ここは裏同好会監視委員会の活動拠点ってわけだ」
栞子(生徒会室ならば庶務の席に座っている、カラス頭のスーツ姿の男が低くしゃがれた声で言う。裏同好会監視委員会? クロヤギの言っていた、あの……?)
栞子「なぜ、私がそんな場所に……?」
-
「私が助けてあげたのだよフロイライン!」
栞子(暗闇が蠢く。よく見れば、その暗闇は漆黒の身体を持つ蝿で構成されていた。羽音は一切聞こえないが、あれが私の周りに纏わりついていたらしい)
「キミは迷宮同好会を突破出来ずに、あの場で終わりかけていた。だが、少々聞きたいことがあってね……ルールを曲げて、この場に攫ってきたというわけだ!」
栞子(終わりかけていた……やはり、私はあの状況で詰んでいたのでしょう。それをこの蝿女が助けてくれた……)
栞子(裏の人間が、それもクロヤギと同じ一味の人間が、私を……?)
「聞きたいことってのはたった一つだ、観察者様」
栞子(カラス男が、此方を見ようともせずに、ひび割れた嘴を器用に動かす)
「いいや2つだ! フランクフルトフェラチオに関しても聞かなければならない!」
「セフィロトの木は後回しだ。今はその時じゃない」
栞子(理解できない。目の前の会話が……フランクフルトフェラチオ? それは、私のクラスメートが言っているだけの、くだらない同好会で……)
「ならば仕方ないな! これだけ教えてくれたまえ、フロイライン・ミフネ!」
栞子(気取った声色で、気取ったポーズで。蠢く暗闇は)
「キミは、『三船紫子』とどんな関係にあるんだ!?」
栞子(何故か、私の祖母の名を口にしました)
NEXT FILE 『映像研究同好会』
-
フランクフルトフェラチオがキーパーソン……?
-
生徒会室
果林「……さて」
果林「助けなきゃいけない人間が、また増えてしまったみたいね」
愛(放課後の生徒会室には、重苦しい雰囲気が漂っていた)
愛(部外者も含めてこの人数がゾロゾロ連れ立って入ってきたことに驚いていた庶務は、りなりーの顔を見て怯えて逃げていった。何したんだろう、りなりー)
璃奈「乳首がちくわになる装置を作っただけ、だよ」
愛「今当たり前のように思考読んだよね?」
歩夢「栞子ちゃんが裏に囚われた……かすみ、ちゃんもまだ助けられていないのに」
愛「その栞子って子は、愛さんの前の生徒会長だったんだよね?」
しずく「はい、その筈です」
愛(……となると、変だな。愛さんは既に『100近い裏同好会の観察を終えているし、その記憶もある』。この記憶が捏造されたものだとしたら、栞子も同程度の修羅場を乗り越えている筈だ)
愛(死にもしない、単純な迷宮で存在消失にまで至るとは思えない)
愛「裏のベテランだったんだよね、その子。罠にでもハメられたとか?」
しずく「いえ……分かりません。ベテランといっても、迷宮同好会で6つめだったようですし……」
愛「……6つめ? 迷宮同好会で?」
彼方「せつ菜ちゃんから業務を引き継いだって言ってたし、そんなもんなんじゃない? まだ就任して一週間ちょっとでしょ?」
愛「ますます意味が分からなくなってきたよ。せっつーから引き継いだ? ……って、あれ? 確かせっつーは中川会長で……引き継ぎがあって……」
愛(……なるほど。確かに三船栞子は存在したらしい。記憶に矛盾が生じてる。裏に存在を消された後、無理やり辻褄を合わせられた際に起こる特徴的な現象だ)
-
副会長「今助け出さなきゃいけないのは栞子ちゃんとかすみちゃん。その上で、私とエマさんの存在を取り戻す」
あなた「眠ってるようなもんだから下乳は拭きやすいけど、やっぱり汗かいてないと興が乗らないんだよね」
エマ「……」カヒッ
あなた「水すら飲めないのは命に関わるし、早くなんとかしてあげなきゃ」
愛「……とにかく、愛さん達は前に進むしかない」
愛「早速、今日のぶんの観察に取り掛かろっか」
果林「メンバーはどうする? 愛、エマ、副会長、私は確定で……」
愛「前回行ったしずく、カナちゃん、歩夢はお留守番だね」
しずく「わ、私はもう一回でも……」
愛「駄目だよ、留守番にも意味があるんだから」
しずく「……はい」
あなた「私は行くよ。璃奈ちゃんは?」
璃奈「私も、行きたい。璃奈ちゃんボード『逃亡禁止』」
愛「……少々人数が多すぎる気もするけど、エマっちを交代で背負うと考えると多いほうがいいのかもね」
副会長「クロヤギが襲ってきた場合も対処がしやすそうだし、ね」
愛「……よし、じゃあ行こうか」
愛「次の裏同好会、『映像研究同好会』へ」
『映像研究同好会』
・扉の向こうは編集室になっており、不特定多数の人型存在が忙しそうに歩き回っている。
・会話が通じるのは多くても二名程度。最奥で映像編集をしている編集長は間違いなく言葉が通じるので、作業の合間に話しかけること。作業中は間違いなく無視される。
・壁際の棚には映像研究同好会の製作した映画が保存されている。毎年1本のペースで増えていることを確認済。
・新作映画のタイトル、パッケージ裏のあらすじを確認し、世界に影響を及ぼす類のものでなければその時点で観察を終了すること。
・もし世界に影響を及ぼしそうなものならば、映画に参加し無理矢理にでも筋を捻じ曲げること。
-
愛(廊下を歩き、裏と表の境目で不参加のメンバーを待機させる。裏に入った瞬間、参加認定される可能性もないとは言い切れないからだ)
愛(何度も通った道なので地図なんていらない。大体の地形は頭に入っている)
愛(カリンからは絶対に目を離さないようにしながら──以前ファイルの中で、裏で迷子になった奴が後日バケモノになって殺しに来たという記述を見たのだ──愛さんたちは映像研究同好会の前まで歩いていった)
愛(木造校舎には雰囲気の合わない、スチール製の飾り気のない扉がポツンと壁から生えている)
あなた「ドキドキしてきた……」
副会長「……」
愛「副会長、顔真っ青だけど大丈夫?」
副会長「大丈夫……とは口が裂けても言えないわね。またあんな目にあったらと思うと……」
愛「キスでもしたら落ち着くかもよ?」
副会長「ふぇ!? はぁっ!?」
愛(副会長を扉の横に押し付け、肘を壁に付けて顔を近付ける。途端、青ざめていた副会長の顔が真っ赤に染まった)
愛「ほら、緊張がとけた」クスッ
副会長「な、なによ……驚かせないでよ」
璃奈「イケメンにしか許されない振る舞いをする愛さん、すき」
果林「ふざけてる場合じゃないでしょ。さっさと入るわよ」
愛(じゃんけんに負けてエマっちを担いでいるカリンが、段々と下にずれてきたエマっちを背負い直しながら文句を言う。常に口が半開きなせいか、エマっちの涎で肩がしとどに濡れていた)
-
涎拭き屋さんにもなれるね
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愛「じゃあ、開けるよ?」
愛(軽い音と共に扉が開かれる。最初に見えたのは、煩雑に物が積まれた机。その周りを歩き回っているのは汚れた服とボサボサの髪の、目の下にクマを作った少女達だ)
「なにこれ、線撮!? 進行何してんの!? アニメーターちゃんと管理しとけよ!」
「カッティングずれてんじゃん演出どこ見てたんだよ!」
「お世話になっておりますぅ、私映像研究同好会のものですがぁ、二原のご依頼でお電話させていただきましたぁ」
「おい、レイアウト上がったみたいだからお前取り行ってこい。あ? 30分しか寝てない? こっちは徹夜してんだよ。いつも通りガスメーターボックスの中に入ってっから」
「アニメーターに持ってくから穴開けといて。絶対ズラすなよ」
あなた「なにこれ地獄?」
璃奈「アニメを作ってるみたい、だね」
愛「映像研究って言うから普通に実写だと思ったんだけど……」
愛(場合によっては参加する、って書いてあったし。アフレコにでも参加すんの?)
「今回はアニメってだけで、うちは何でもやるよ」
愛(机と人混みの奥、ラフな映像をつなぎ合わせて画面上のタイマーのようなものをいじっている女性がこちらを向きもせずに、感情のこもらない声で淡々と言う)
「アニメ、3D、実写。ジャンルもファンタジーからドキュメンタリーまで、幅広くね。あんたら生徒会だろ? 忙しいから、さっさと棚見て、帰れ」
愛「……はいはい。そうさせてもらうよ」
-
副会長「えっ、本当に棚見て帰るだけでいいの? いきなり映画に食べられたりしない?」
「しないよ、他の暇な裏同好会と一緒にすんな。煽ったりバトったりする暇があるなら、趣味に費やした方が千倍マシだ」
璃奈「同感。アンチと戦う暇があるなら、機械作ってる方が楽しい」
あなた「そういえば璃奈ちゃん、この前アンチの毛根が死滅する機械作ってたよね」
璃奈「趣味と実益。一挙両得、すき」
果林「……となると、ここにはエマを治したり栞子ちゃん達を取り戻す手段も置いてなさそうね」
果林「ハズレ同好会だわ。さっさと次に行きましょう」
「ああ、行け行け。なんとでも言え」
愛「はいはい。ええと……前回の新作映画は……っ!?」
『世界滅亡のカウントダウン』
愛(……た、タイトルだけじゃ判断できないよね。ギャグ映画かもしれないし……)
『あらすじ』
ロシア戦争を革切りに引き起こされた第三次世界大戦。
毎日のように空中を飛ぶ戦闘機に怯える、日本に住む少年ユウタは、ある日森の中に埋まっていた不思議なボタンを手にする。
ホームレスの男からそのボタンは世界中の人間を殺すボタンだと教えられたユウタは、ボタンを押してみたい好奇心と、世界が滅亡する恐怖の狭間で日々を過ごしていく。
愛「……あの、一つ聞いていい?」
「なんだ?」
愛「これ、ギャグ映画だったりする?」
「ドキュメンタリーだぞ、それ」
-
愛「ドキュメンタリー……ってことは! こ、これ実際に起こった話ってこと!?」
「ああ。リアルタイムで進行中だよ、映画自体は途中で終わっているが、ボタンは今もユウタ少年の手にある」
「彼がボタンを押した瞬間、この映画は完璧に完成する……その為に、尺を少し開けてあるんだ。待ち遠しいよ」
副会長「ボタンを押した瞬間……人類は滅亡するの?」
「そのボタンはな、各国の核発射スイッチなんだよ。一度ボタンを押せば、一斉に核が発射されて地球はボン! 作るのに随分苦労したよ」
愛「あんたがこのボタンを……!? なんでそんなもの作ったのさ!」
「撮りたくなったからだよ」
「人類を皆殺しに出来るボタンを、何の力もない、思慮の浅い少年が持ってしまった。その心の揺れ動きをカメラに収めるには、実際に渡すしかないじゃん」
あなた「狂ってる……」
璃奈「……少しは気持ち、分かるけど。やっちゃいけない一線を越えてる」
「……んじゃ、止めれば?」
愛「止める……参加する、ってことだよね?」
「歴代生徒会は、私らのやり方にケチつけたいときそうしてたけど」
果林「分かったわ、この映画に参加してボタンを押すのを阻止しましょう。でも、どうやって映画に……? 今からその、ユウタって子のところまで走って向かうとか?」
「そんな面倒なことしなくていいって。んじゃ、行ってらっしゃい」
愛(言って、少女は小さな黒板に拍子木をつけた道具をこちらに向ける。確かカットに使うカチンコとかいう道具だったような……)
愛(カンッと小気味いい音が響いた瞬間、目の前が真っ暗になった)
-
ミーンミーン
ミミミンミミミン
愛「……蝉の声?」
愛(気付けば、森の中に移動していた。恐らくはパッケージにあった、ユウタ少年がボタンを拾った森だろう)
あなた「えっ? えっ!? な、なんで森の中に!?」
果林「超能力……? なるほど、これが裏の力ってわけね」
愛(瞬間移動させられたくらいではもう驚くこともないが、裏に慣れていない人間にはやはり珍しいのだろう。二人ともキョロキョロと辺りを見回している)
璃奈「暑いの、きらい」
愛(りなりーは平常運転だった。恐らく、瞬間移動装置くらい自前で作っているからだろう)
璃奈「この枝を、折って……」ペキッ
璃奈「できた。服に付ける用のクーラー」
副会長「璃奈さん、本当に表の人間よね? 裏のバケモノとかじゃないわよね?」
璃奈「たまに、自分で自分が分からなくなる」
愛「とりあえずユウタくんを探さないと。これが映画の最初から再生されてるんだとしたら、ボタンをこっちが確保しちゃえばそれでミッションは終わりなんだし」
-
果林「じゃあ、どうする? 手分けして……」
愛「それぞれバラバラに、は駄目だよ。何があるか分からないしね」
愛(そもそもカリンを一人で行動させるなんて、迷ってくれって言ってるようなものだし。放っておいたら海外まで行き着きそうだもん)
エマ「……」ラウー
あなた「じゃあ、皆で固まって……ねぇ、あの子じゃない?」
愛「男の子……ボタンを持ってる」
愛(彼女の指差した先に、半袖短パンの美味しそうな少年がいた。まだ10歳にも満たないだろう、ちんちんの小さそうな少年だ。ヤバっ、と声が出そうになり、溢れ出た涎を拭く)
璃奈「ショタコンな愛さん、きらい」
愛「違うよりなりー? 愛さん別にショタコンってわけじゃなくてさ」
愛「ただ少年少女は美しいものであって、それを愛でたいという気持ちは万人にあるものだと思うんだよ。いわば小動物を愛でる気持ちだよ? 分かるよね? ね?」
副会長「ショタコンロリコンに加えて獣姦願望もあるのね」
愛(思いというものはいまいち伝わらないものなんだなぁ……)
果林「けどどうするの? 既にボタンは向こうの手に渡ってるみたいだけど」
愛「確かこの後はホームレスの男にボタンがヤバイものだって知らされるんだよね。こっちが先に接触してみたら筋書きが変わるんじゃない?」
果林「そうね……じゃあ、そのボタンはこっちのものだから返して、って方向で行ってみましょ。ねぇ、キミ!」
愛(少年が顔を上げて、赤面する。果林は残念な中身さえ知らなければ途轍もない美人だ。こんな美人に声をかけられて勃起しない少年はいないだろう)
「な、なに?」
果林「そのボタン、私達のものなの。返してもらっていい?」
「そうなの? ちょっと埋まってたけど……」
果林「落としちゃって、ずっと探してたのよ。ねぇ、お願いだから返してくれない? 代わりに……お礼してあげるから」
「い、いいよ。別にお礼なんて……」
愛(素直にボタンを此方に渡してくる少年。素直ないい子だ。お礼はいらないと言っているけれど、手コキくらいしてあげてもバチは当たらないだろう)
副会長「……」
愛「ん? どしたの副会長?」
副会長「う、ううん。なんでもないわ。このボタン、預かっとくわね」
-
エッッッッ
-
というか、初見でクリアした生徒会凄すぎないか
-
しおりこー😭
-
「けどさ、それなんのボタンなの?」
果林「えっ? ええとね、このボタンは……」
愛(前かがみになり、少年の目線に合わせて話をするカリン。しかし少年の目線は彼女の目の下を行く。目の前で揺れる二つの丘に、彼もまた幾分か前かがみになっていた)
愛(『全核発射ボタン』を持っていた少年は、今や『マス掻く発射寸前』である)
果林「えっと……なんのボタンだと思う?」
「!」
あなた「ちょっと……顔真っ赤だよ、この子?」
副会長「その……今の子はマセてるらしいから、多分いやらしいボタンだと思ってるんじゃない?」
あなた「いやらしいボタン……?」
璃奈「この『押すと愛さんの全身に仕込んでおいた微小ナノマシン型バイブが起動しアヘ顔絶頂ボタン』、みたいに?」
愛「今すぐ壊せそんなもの」ガチャンボカン
「し、知らない! ばいばい!」ダッ
果林「あっ……行っちゃった」
愛「帰ってからもイッてると思うよ」
璃奈「下ネタを言う愛さん、きらい」
愛「えぇ……」
あなた「で……これで無事にミッションクリアだよね? 核発射装置は此方の手の中にあるわけだし」
果林「その筈だけど」
あなた「……じゃあさ、なんで」
あなた「私達はまだ、映画の中にいるの……?」
-
愛「確かに……これ、どうやって出たらいいんだろ?」
果林「映画でしょ? 終われば出られるわよ」
愛「この映画の終わり、って……確か何か言ってたよね、あの偉そうな子」
璃奈「このボタンを押した瞬間、完成」
愛「あぁそうそう! そんなこと……………ん?」
果林「………………えっ?」
副会長「ボタンを押した瞬間、完成? つまりそれって……」
愛(全員の視線が、副会長の持っているボタンに注がれる)
愛(簡素な銀色の台に、薄汚れた赤いボタンの付いたジョークのようなちゃちなボタン)
愛(これを押さなければ、映画から出られない……?)
愛「いや……それはないと思う。裏同好会は、こっちがズルして裏をかかない限りは何らかの抜け道を用意してくれている筈だよ」
愛「それに、これしか方法が無いなら過去の生徒会が何度世界を滅ぼしてるか分からないし……きっと、似たような映画は前にもあっただろうからね」
果林「じゃあ、どうするの?」
愛「とりあえずは映画のあらすじ通りに進めるのが一番じゃないかな。確か……ホームレスの男性に、このボタンが核の発射装置だって教えてもらえばいいんだよね?」
-
映画である以上結末を書き換えるにしろ面白くしなきゃ許してくれなさそうだよなぁ
-
愛(ユウタ少年が逃げ出した方向に向かって森の中を歩き続けると、不意に木々が途切れ、田んぼの中に家々がぽつんと建つ田舎の風景が目の前に現れた)
愛(道路はコンクリート舗装されているが、道を照らす電灯には木で出来たものが混ざっている)
副会長「随分とその……寂れたところね? 人の姿も見えないし……」
果林「田舎のことなら任せて。こういうところには、一軒くらいどうやって生活しているのか分からない個人商店があるのよ」
果林「その個人商店で、ここがどこなのかを聞いて、新聞があれば日付を確認する……それでどう? 件のホームレスに関しても聞けるかもしれないし」
副会長「ここがどこなのか、って……裏なのよ? 異世界かもしれないじゃない」
愛「ドキュメンタリー、って言ってたからね。きっと表だよ、それに異世界ならさっさとボタン押して終了で話が早いし」
璃奈「異世界の人間殺すことに躊躇い、ないんだ」
愛(裏の観察続ければ皆そうなるよ、きっと。愛さんがサイコパスってわけじゃなくさ)
愛(カリンの提案に乗って、田んぼの広がる道を歩く。時折見える家屋は、どの家も人の気配がしない。限界集落というやつだろうか)
あなた「皆、こういう空き家をなんとかしないのかな?」
副会長「私の実家も田舎なんだけど、こういう田舎は異常に頭の固い老人連中がいるのよ。余所者にこの村を荒らしてほしくないから売るな、みたいな」
副会長「だから売ることも再利用も出来ず、かといって実家を更地にするのも気が引けるって人達がこういうボロ屋を生み出していくわけ」
副会長「若い連中は皆言ってるわよ、あのジジイ共早く死なねぇかな、ワガママ言ってて元気だから後10年は生きそうだな、なんて」
あなた「妙に実感篭ってるね」
愛(歩いても歩いても、見えるのは田んぼとボロボロの家々のみ。少なくともユウタ少年が家族と住んでいる家はある筈なのに、それすらも見えない)
愛(本当にこんなところに店なんかあるんだろうか、そんな気さえしてくる……)
-
あなた「あ……あれ、鳥居じゃない?」
愛(言われ、右手を見ると田んぼの向こう、山の中に続く木々の中にぽつりと赤い物が見えた)
愛(その奥には階段が続いている……神社だ)
果林「神社ね。けど……田舎だと神主さんも常駐してない場合があるわよ?」
あなた「それでもお店探すよりは……」
果林「まぁ……そうね。行ってみましょ」
愛(神社に向かうと言いながら、何故か逆方向に歩き出したカリンを引きずるように神社へと歩いていく)
果林「エマ、大丈夫? 苦しくない?」
エマ「……」スー
愛(エマっちは此方に反応こそしないが、呼吸音の違いで『快』『不快』程度は分かるようになってきた。じわじわと感覚が戻ってきてるのかもしれない)
愛(足に限界を迎えたりなりーを背負って、愛さん達は100段近い階段をゆっくりと登っていった)
「おや……? こんな田舎にお若い団体さんとは珍しい」
愛(石段を登りきると、境内を掃いている壮年の男性が見えた。神主だろうか、半袖から見える太い腕が、農作業経験者を思わせる)
-
果林「道に迷ってしまって……ここはどこでしょうか?」
「道に迷った……? この村に来る道は一本しか無い筈ですが……」
「まあ、そんなこともあるでしょう。ここは四音途ですよ」
あなた「しねと?」
「群馬の中でも秘境も秘境。おだやかでいい村です」
果林「群馬……やっぱり、表みたいね」ボソッ
愛(群馬か……場合によっては映画を放棄して新幹線で東京に戻る手もあるね。ボタンは海にでも捨てれば、錆びて使い物にならなくなるだろうし)
あなた「それで……えっと、今日の新聞ってありませんか?」
「新聞でしたら、そこの社務所に置いてありますよ。後で麦茶でも持っていきますので、よければ上がって読んでください」
あなた「ありがとうございます!」
愛(……会話におかしなところはない。やっぱりここはただの表だ。気のいい神主と、おだやかな村……なんてことはない。命の危険もない余裕な観察だったね)
愛(社務所に上がり、置いてあった新聞を広げる)
『1980年 8月17日』
愛「……」
愛(新幹線で帰るという選択肢は消えた。開業前じゃん)
-
愛「まぁ……そんなに簡単に帰らせてくれるわけ、ないよね……」
あなた「生まれる前じゃん……」
副会長「璃奈さん、タイムマシンとか作れない? あなたいつもくだらないもの作ってるじゃない」
璃奈「この時代にあるものでは、無理」
愛(やっぱり映画を終わらせるしかないか……)
「どうしたんだい? タイムマシンなんて……SFマニアの集まりか何かかな?」
愛「あ、いえ……あはは。そういうわけでは」
愛(ニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべながら、麦茶の載った盆を持った神主が社務所に入ってくる)
愛(神主本人が持ってくるなんて……事務の人や、巫女さんなんかはいないのだろうか?)
果林「変な質問を続けてごめんなさい。この辺りにホームレスはいませんか?」
「ホームレス?」
愛(盆に置かれた麦茶のコップを取って一飲みし、神主が怪訝そうな顔をする)
「ホーム……あぁ、浮浪者ですか。一人いますよ、数日前に流れ着いた食い詰め者でね、橋の軒下で寝泊まりしては畑作業を手伝って食い物を貰ってる」
「都会ならともかく、こんな田舎に流れ着くなんて犯罪者ではなかろうか……って不審に思ってたんですよ。知り合いの方ですか?」
果林「いえ、そういうわけではないんですが……」
-
「気になるのでしたら、後で息子に案内させましょう。親としては心配ですが、仲がいいみたいなので」
果林「それは助かります……」クラッ
果林「あ、あら……?」
あなた「果林さん?」
果林「な、なんだか……目眩が……」
愛(言われてみれば、なんだかクラクラと目の前が揺れているような……隣ではりなりーがすーすーと寝息を立てている)
「随分と歩いてこられたようなので、お疲れなのでしょうね」
「私は電話をしてきます。ゆっくりとお休みください」
愛(ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、神主が言う。まさか……あの麦茶になにか……)
愛(駄目だ……意識が途切れ……)
「えぇ、四音途様に捧げる生贄が……」
愛(神主の言葉が遠い。生贄という言葉を最後に)
愛(意識が 途切 れ)
-
─────
───
─
愛「っ……」
愛(暗闇の中で、私は目を覚ました。頭が殴られたかのように痛む。頭を擦ろうとして、手が動かない事に気付いた。縄のような物で身体を縛られている……)
愛(そうだ、神主に薬を盛られて……下腹部に違和感はない。睡姦レイプをされたわけではなさそうだけど……だとしたら、何故神主は薬を……?)
あなた「うっ……つうっ……!」
愛「大丈夫?」
あなた「愛ちゃん! こっちは大丈夫だけど……動けないや」
果林「全員縛られてるみたいね。……エマはどのみち、動けないけれど」
エマ「……」ヒューヒュー
果林「嫌そうに呼吸してるし、縛られてるのかしら……? よく見えないわね」
璃奈「ライトも、出せない。璃奈ちゃんボード『しょんぼり』……ボードも出せない……」
副会長「……ねぇ、眠る前に神主さんの言葉、聞いてた人いる?」
愛(一瞬、場が静まった。暗闇の中で、風鈴だろうか、鈴を鳴らすような音だけが響いている)
副会長「生贄……って、言ってなかった?」
愛「愛さんにもそう聞こえてたけど……そんな、いくら昭和の田舎だからって神様に生贄をーなんてあるわけないじゃん」
副会長「だったらこの状況は何?」
愛(薬を盛られて、縄で縛られて、暗闇の中に閉じ込められている)
あなた「……殺される、ってこと?」
-
果林「ま、待ちなさいよ! これは『核ボタンを持った少年』を描いたドキュメンタリーでしょ!?」
果林「なんで急に、アルバトロスが嬉々として出してきそうなB級ホラーが始まるのよ!?」
愛「分からないよ! 分からないけど……」
愛「少年にボタンを押させたくなるような状況を作り出す仕掛け、なんじゃないかな」
あなた「ボタンを押したくなる仕掛け……?」
愛「例えば……『幼馴染の女の子が生贄にされ、殺されそうだ』。こんな展開があったとする」
愛「少年は、周りを皆殺しに出来るボタンを持っている」
愛「少年がやることは……?」
璃奈「ボタンを、押す……?」
愛(だからこの年代で、この秘境なのだろうか。生贄文化がまだ残っている昭和の田舎を舞台に、少年の心をへし折っていく……)
副会長「けど……ボタン、こっちが持ってるわよ?」
あなた「それに、ユウタくんが私達を助ける理由って何も無くない……?」
愛「……とにかく逃げる方法を考えた方が良さそうだね。私達を捧げる神様が本当にいないとも限らないし」
愛(もう既に生贄として捧げられているとしたら……今この瞬間、頭からバリバリ食われてもおかしくはない)
-
愛(身をよじる。縄は固く縛られているようで、簡単には外れそうにない)
愛(とにかく使えそうなものは……駄目だ、真っ暗で何も見えない)
愛「刃物とかライターとか、持ってる子いないの?」
副会長「タバコは吸わないから……」
あなた「歩夢がいてくれたら良かったんだけど……包丁持ち歩いてるし」
果林「ポケットには寿司しか入ってないわね」
愛(皆の所持品にも使えそうなものはない……声の反響からして、そこまで広い部屋では無さそうだね。よし……)
愛「転がって壁にぶつかってみるよ。そこが扉なら、思い切り当たれば壊れるかもしれないし」
果林「音を出したら気付かれるんじゃない?」
愛「その時はその時だよ。どうせ生贄にされる身だもん」ゴロゴロ
ドンッ
「! 誰かいるの!?」
愛(幼い少年の声が壁の向こうから聞こえる)
愛「縛られて閉じ込められてる! 助けて!」
愛(反応から敵ではないと考え、言う。十数秒ののち、ガラガラと扉を開く音が足元側から聞こえた。扉の隙間から漏れた光が私達を照らす)
愛「ユウタくん……?」
「わ、わっ……す、すぐに切るから……!」
果林「ありがとう……でも、どうしてそんなに顔が真っ赤なの?」
愛「カリン、言い辛いけど……スカート捲れてる」
-
歩夢さん包丁持ち歩いてるのか…
-
「さっきのボタンのお姉さんだよね……? なんで僕の家にいるの?」
愛(無事に縄を切り終え、一段落ついたところでユウタくんが前かがみになりながらそう問う。最早はちきれんばかりに怒張したそれは、前かがみになっても誤魔化せることなく確かな膨らみを示していた)
愛(精通も来ていないであろう、まだ剥けてもいない小さな果実……そろそろ狩るか)
果林「……」
愛(カリンは顔を真っ赤にして体育座りをし、ユウタくんとは反対の方向へ向いてしまっている。無自覚なエロボディマスターのくせに、こうしたエロハプニングには弱いのだ)
あなた「僕の家、って……ここは?」
「四音途神社の物置だよ。僕のパパ、神主なんだ」
愛「私達はその神主さんに縛られてたんだよ」
「パパが? なんでそんなこと……」
愛「それはこっちが聞きたいくらいだよ。とにかく逃げなきゃ……ほら、カリン! エマっち背負って!」
果林「もうお嫁に行けないわ……」グスッ
愛「身を隠したいんだけど、何処かいい場所はある?」
「それならクノさんのところがいいよ。案内したげるから、行こ」
璃奈「クノさん?」
「浮浪者って仕事してる人だよ」
愛(例のホームレスか……丁度いいかもしれないね)
愛(物置を出て、辺りを見回す。誰もいないようだ。神主に逃げ出したことを気付かれる前に、私達は素早くその場を逃げ出した)
-
お前ん家なのかよ……
-
「おぉ、ユウ坊……そちらの方々は?」
愛(ユウタくんに案内され、向かったのは村の端にある川の下……粗末なダンボールを継ぎ接ぎした家の中から出てきたのは、まだ若い、無精髭を生やした男だった)
愛(ホームレスという割には余り日に焼けてはいない。腕や足も細く、薄汚れたジーパンと白シャツを着ていなければ、その辺の大学生といった雰囲気だ)
「旅の人、かな?」
「ふぅん……僕はクノというものです。見ての通りの流れ者で、お恥ずかしい話ですがそこいらの田舎をふらふら渡り歩いているんですよ」
愛(人当たりの良さそうな笑顔につられて、私は今までに起こった出来事を説明した。ところどころ誤魔化しはしたものの、森でボタンを拾ったこと、神主に薬を盛られて縄で縛られたこと、生贄という言葉が聞こえたこと──)
「ええっ、じゃあやっぱりあのボタン、お姉さん達のじゃなかったんだ!」
「それで、僕がそのボタンを皆殺しに出来る兵器のボタンと言ったと……それは、まぁ、ユウ坊が見せてきたら冗談でそんなことを言ったかもしれませんが」
愛(ボサボサの髪をパリポリとかき、フケを飛ばしながらクノさんが困惑気味に言う。あくまで冗談だった……?)
愛(たまたま吐いた嘘が真実だった? そんな都合のいい話が……?)
「まぁ、いいや。ユウ坊、案内してくれてありがとうな。今日は帰って誤魔化しといてくれよ」
「誤魔化すって?」
「宮下さん達が逃げたの、ユウ坊のせいだってバレたらお父さんカンカンだぞ?」
「あっ、そうか……バレないようにしなきゃだね!」
愛(話を聞き終わると、急にクノさんはユウタくんに帰宅を促した。ユウタくんもそれを素直に聞き、果林さんの太ももに意味深な視線をやると元気に駆けていった)
「ふぅ……そうですか。生贄、神主が眠らせた……ふぅむ」
あなた「何か心当たりが……?」
「ユウ坊もいなくなったことですし、あなた方も村の者に漏らすような真似はしないでしょう。まず、自己紹介をしましょうか」
「僕はオカルト専門誌月刊怪奇のライターをしている、クノヒサヤスと申します。この村には取材でやってきました」
-
愛(言って、クノさんは小汚いハンドバッグの中から一冊の雑誌を取り出す。おどろおどろしい、口から血を流した女のイラストが描かれた表紙には月刊怪奇の文字が踊っている)
璃奈「これ確か廃刊した──むぐっ」
副会長「ちょ、璃奈ちゃん……駄目よ」
「廃刊? あはは、オカルトブームですからね。売上は絶好調ですよ」
愛(まだこの時代はオカルトブームが終わってなかったんだよね。このあと、ハロウィンやホラーᎷなんかの漫画雑誌も出てきたし、ひばり書房は全盛期だ)
「まあまあ、正直に言ってしまうとやらせなんかも多いですが……中々面白いですよ?」
『数百人が一夜にして消えた悪夢の学校 N学園の噂。元生徒会長M氏へのインタビュー』
『爬虫類人間は実在した!? アマゾンの奥地で見つけた奇妙な抜け殻』
『猫又と踊る老婆の写真 連載:奇妙な風習』
『特集 ホラー漫画の世界 日野日出志』
愛「これはまた、中々……」
「これは前号なんですがね、僕はこの中で奇妙な風習という連載を持っているんです」
「この四音途には未だ生贄文化と奇妙な神への信仰が残っていると聞いて、こうして浮浪者の振りをしてやってきたのですよ」
果林「なぜ、浮浪者の振りを?」
「浮浪者は疑われにくいんですよ。根無し草なんて誰もちゃんと相手にしませんからね、それにすぐに何処かへ行くと思っていますから何でも答えてくれるんです」
愛「それで……何かわかったんですか?」
「それがね、さっぱり。四音途神社に何かがある、ってことは分かって、ユウ坊を手懐けたまではよかったんですが……肝心の神主のガードが固い」
「境内を歩いていると追い出されるし……しかし、旅人を薬で眠らせるなんて余程だ。場合によっては警察に通報もやむを得ませんね」
-
あなた「警察に通報……携帯電話があるんですか?」
「携帯……電話? なんのことです?」
愛「この時代にはそんなものないでしょ……駐在さんに連絡して、本署に連絡してもらうとか」
「駐在は駄目ですね。同じような生贄行為を何度も行ってきたんだとすると、駐在もずぶずぶのはずです」
「固定電話は神社と村長の家には黒電話があったと思いますが……」
副会長「確か、神主は生贄について電話で誰かと話していました」
「……なら、村長も駄目か。二日後、会社の人間が僕を迎えにくるんです。車に一緒に乗って、警察に駆け込むのはどうでしょうか?」
「4人乗りですが、なに、押し込めばこれくらい乗りますよ。それまではここに身を隠していればいい」
果林「ご迷惑おかけしますが、よろしくお願いします」
愛(二日後に無事、脱出……それでいいんだろうか。本当にそれで、この映画は終わりを迎えることが出来るんだろうか)
副会長「……?」
愛「副会長?」
副会長「いや……? やっぱりなんだか……」
愛「何かあった? 上に何かある……?」
副会長「気のせいだとは思うんだけど……ずっと、誰かに見られてるような気がして……?」
「流石に監視カメラなんてつけてませんよ?」
副会長「あ、あはは……すいません、気のせいだと思います。色々あって混乱してるのかな、あはは……」
-
「クノさん、いるかね」
愛「!」
「村長の声だ……ちょっと出てくるから、静かにしてて」ボソッ
「これはどうも、村長! どうかされましたか?」
「いやなに、倒れちゃいないかどうか確認しに来たのだよ。この村で死なれちゃ敵わんからの」
愛(老人の声と、クノさんの声が聞こえる。健在確認だなんてきっと嘘だ……愛さん達が逃げたこと、既に気付かれているんだ)
「ところで、神主から聞いたんだがね、この辺りに旅人さんが来ているらしいんだ。何か見なかったかね?」
「いや……ずっと寝てましたからね。それより腹減ったんですよ、野菜クズか何かくれませんか?」
「全く……後で屋敷に来なさい。大したものはやれんがね」
愛(足音が遠ざかっていく。無事に誤魔化せたみたいだ)
愛(足音が完全に聞こえなくなった後、クノさんはダンボールハウスの入り口を捲った。顔が青ざめている、先程までの快活な笑顔は消え、引き攣ったように口を真一文字に結んでいる)
「逃げた方がいいかもしれない」
璃奈「え……?」
「村長、鎌を持ってた。それに、向こうに村の人間がクワなりなんなり持って勢揃いしてたんだ。僕達、予想してたよりヤバいことに首突っ込んじゃったのかもしれないよ」
-
愛「逃げるって……でも、車が来るのは二日後でしょ!?」
あなた「それに電話もないって……」
「けど、あいつら村中を探して君達が見つからなかったら、ここを襲撃するかもしれない。そうしたらどうにもならないよ」
果林「……神社に行きましょう」
「神社に? 敵の本拠地だろう、あそこは?」
果林「神社なら電話もある、それに一度逃げ出したものが自分から戻ってくるとは思わないでしょ?」
果林「山の方に逃げても山狩りをされたら終わりよ。それに……エマを背負って逃げ回るのは難しいわ」
璃奈「私も……追われたら逃げ切れるか、怪しい」
果林「神社に行き、電話を掛けて助けを呼び、警察にも電話をしてもらう。後は何とかして助けが来るまで物置なり土蔵なりでやり過ごす……この状況ではそれが一番だと思うわ」
副会長「私も賛成。正直、恐ろしくはあるけど……それが一番助かる可能性が高いと思うもの」
愛(本当にドキュメンタリーどころじゃなくなってきたね。タイトル間違ってるんじゃないの?)
「よし、じゃあ僕も行こう」
果林「クノさんは関係ないわ。殺されるかもしれないのよ?」
「僕は取材で来ているんだ。生贄儀式の本拠地に踏み込めるのにそれを見過ごすなら、僕はオカルトライターとして筆を折らなきゃならない。それに……美人が狙われているのを放っておくなんて、男には出来ませんよ」
愛「クノさん……」
愛「……よし、じゃあ神社に向かおう。ユウタくんも助けてくれるだろうし……」
愛「神社めがけて、全軍出陣!」
七名。それが全軍だった。
-
愛(ユウタくんに案内してもらった道を、時折物陰に隠れながら倍近い時間を掛けて戻る)
愛(最早村民も信用はできない。誰にも見つからないように、泥にまみれ、草の中を這いつくばるようにして移動する)
愛(幸い、想像していた通り、神社の入り口には誰も立ってはいなかった。クノさんがまず境内に上がり、続いて此方へ手招きする)
「神主はいないみたいですね、ユウ坊も……今のうちに僕は本社に連絡します。皆さんは例の物置へ」
愛(物置に戻る……千切れた縄はそのままだった。ユウタくんはここには戻ってこなかったらしい)
愛「とりあえず扉を閉めた方がいいのかな?」
果林「明かりは……今なら携帯電話でライトを点けられるわね。閉めても大丈夫よ」
愛(各々、ポケットに入れておいた携帯電話を取り出し、ライトを点ける。雑多な物が押し込められた物置が、白い光に照らされてぼんやりと浮かんでいる)
愛「……あれ?」
愛(ふと、気付く。雑多な物置の一角に、不自然に何も置かれていない箇所があった。近付き、床をライトで照らす)
愛「……扉?」ガチャッ
果林「地下に続いてるみたいね……どうする?」
愛「どうするって……やめといたほうがいいよ。絶対ロクなことにならないもん」
-
「おい、ここか!?」
「クノの野郎、許さねぇ……!」
愛「この声……まさか、クノさん、バレたの!?」
副会長「ど、どうするの!? 物置まで踏み込まれたら……」
愛「……ちっ! 皆、地下に逃げこむよ!」ダッ
愛(滑り込むようにして階段を駆け下りる。怒号と共に、扉が蹴り割られるような音をバックに私達は地下への階段を急ぎ降りていった)
チャポン
愛「水……?」
あなた「辺り一面、水に沈んでる……地下水かな?」
果林「なんでもいいわよ。早く逃げないと……」
愛(そこでふと、気付いた。誰も降りてくる気配がない)
愛(確かに怒号が聞こえた。物置に踏み入る音も聞こえた。地下への扉にも気づいている筈だ)
愛(にも関わらず、村人達は誰一人地下へ降りて来ようとしていない)
愛「なんで……?」
璃奈「きっと気付いてないだけ、行こう、愛さん」
愛「本当にそうなのかな……?」
愛(クノさんの安否を気にしながらも、地下を進む。足元が濡れることも気にせず、ぱちゃぱちゃと音を立てながら進んでいくと、地下の道が広がり空洞のような場所に辿り着いた)
愛(そこに、ソレはいた)
「……」
愛(イボだらけの背中、ぎょろぎょろと動く目玉。生臭い、湿った臭いが辺りに漂っている……)
愛(巨大なカエルが、水の中に座り込んでいた)
-
愛「カエル……?」
あなた「生贄って……まさか……このカエルに?」
愛(カエルは私達のことをジッと見下ろしている。その瞳からは何の感情も感じられない)
愛(ゆっくりとカエルが口を開いて……)
愛「危ない!」
バチャンッ!
愛(その舌がカリンに向かって伸びた。思わず隣にいたカリンを押し倒し──)
愛(舌は、エマっちだけを絡めとるとカエルの口の中に戻っていった)
愛「エマっち!」
副会長「か……返しなさい!! 彼女は食べ物じゃないのよ!」
愛(慌ててカエルの足元に縋り付き、殴りつけるが、カエルは此方のことを意にも介さず口を閉じて遠い目をしている)
愛(ぐちゃり、ごぎり、と。肉と骨を磨り潰す音がカエルの口の中から聞こえてくる……!)
愛「あ……あぁ……折角、戻ってこれたのに……!」
あなた「そんな……っ!!」
-
愛(カエルが喉を鳴らす。エマっちだったものがカエルの喉を滑り落ちて行く)
「……」
まだカエルは満足してはいない。
目の前の食料へと目を止めると、血に塗れた赤い口を開く。
そして、長い舌が──
「……!?」
愛「え……?」
愛(此方へ飛ぶことはなかった。見れば、カエルは慌てたように目をキョロキョロ動かし、全身を震わせている)
璃奈「くるし、がってる……?」
副会長「エマさんを食べたから、腹痛でも起こした……?」
愛(カエルは自分では移動することが出来ないのか、ぶるぶるとただ身体を震わせていた。そして、一際大きくぶるりと震えると)
愛(その場に倒れて、もう二度と動くことはなかった)
-
愛(動かなくなったカエルの口から、ずるりと)
愛(透明な粘膜に身体をドロドロに汚したエマっちが、ぬるりと吐き出された。服は破れ、ほとんど裸のようになっているが身体に傷はない)
あなた「あぁ……エマさん! よかった、身体拭いてあげるね……!」
果林「……」
愛(喜び、エマっちの下乳を拭いている彼女以外は、皆エマっちに奇異の目を向けていた)
愛(確かに聞こえた。肉を抉る音が、骨を砕く音が、肉塊を咀嚼する音が……確かに聞こえたんだ)
愛(にも関わらず、エマっちはキレイに透き通るような美しい肌を晒している。傷なんてどこにもない)
愛(なんなんだ? これ、本当にエマっちなのか?)
「なんということを、してくれたんだ……!」
愛「っ!?」
「神が消えれば、我々は、我々は……!!」
愛(怒り狂った表情の神主と、なきべそをかいているユウタくんがそこにいた。ユウタくんの頬が腫れている……殴られたみたいだ)
「ごめん、ごめんねお姉ちゃん……秘密に、できなくて……」
「殺してやる! 貴様ら皆殺してっ……!?」
愛(鎌を振り上げた神主の腕が、さらりと崩れて水の中に落ちた)
「あ……あぁ……!!」
愛(崩れていく。呆然と見ている私達の前で、神主の身体が、ユウタくんの身体が。どんどんと砂になり崩れていく……)
愛(そして、後には何も残らなかった。ただただ、水の中に沈んだ砂と、浮いている服だけが……彼らの痕跡を残していた)
-
愛(エマっちを背負い、重い足をひきずるようにして地下から地上へと戻る)
愛(物置の外では、クノさんが困惑の表情を浮かべていた。顔といい身体といい、青黒い痣が見えている。随分手酷くやられたようだ)
「どういうことなのかな。村人が皆……砂になってしまったようですが」
愛「地下で……カエルを……」
愛(私の説明を聞くと、クノさんは一度大きく唸り、物置の方へと目をやった)
「この村は、そのカエルの見ていた夢だったのかもしれませんね」
果林「夢、ですか?」
「人を従え、生贄を献上させる……人々は生の代わりに、カエルへと生贄を貢ぐ。カエルが死んだことで、この村の人達は生を保つことが出来なくなった」
「これで……良かったんじゃないですかね。自然の摂理に反していますから」
愛「そうかもしれません……ただ」
「ただ?」
愛「……ユウタくんは何も知らなかった。出来れば、生きていてほしかったよ」
「そう、だね。ユウ坊は素直ないい子だった……」
愛(言って、クノさんは物置に向かって歩いていく。地下へ行くのだろうか)
「この中にカエルの死体があるんですよね? ……おや?」
「皆さん何処に……このボタンは……」ヒョイッ
-
─────
───
─
愛「……っ! もどって、これた?」
「あー、おかえりおかえり。まぁまぁ良かったんじゃない? すっごいB級って感じで」
「元のドキュメンタリーだとユウタくんも村人側じゃん? あーやらかしたかなって思ったんだけど、主人公変わってうまいこと収まったしよかったよ」
副会長「あ、あれ……ボタンは!?」
果林「無くしたの……!?」
「あれ、映画の中のアイテムだよ? 俳優が外に持ち出せるわけないよね?」
愛(映画の中のアイテム……やっぱり、あれはただの映画だった? あのボタンを押したところで何も変わらない、ただクソ映画に付き合わされただけ……?)
「今は元々月刊怪奇を出してた出版社の倉庫にあるよ。あのライターが持ち帰るように歴史が変わったし」
愛「クノさんが持ち帰ったの……? あのボタンを!?」
「そうだよ。ボタンはまだ誰にも押されてない」
「出版社の倉庫に今も眠っている……もし、誰かが見つけて興味本位で押してみたら」
「その瞬間、世界は終わる。私達は、着地点を知らないカウントダウンを続けるしかない」
「……おめでとう。物語は完成したよ」
-
愛(……無意味だった、のかもしれない)
愛(今までの生徒会の皆も、こんな気持ちを味わってきたのだろうか? こんなやるせない、徒労感を……)
「さて、観察は終了だけど……そうだね。物語を終わらせてくれたお礼に、これを渡しておこうかな」
愛(少女は立ち上がると、棚の一番奥から一本の古ぼけたビデオテープを抜き出す)
『虹ヶ咲学園 初代生徒会活動記録』
愛(手書きのラベルに、そんな文字が踊っていた)
愛「これは……?」
「言っただろう? お礼だよ」
「君達の物語を……だらだらと続くくだらない物語を終わらせる為の、重要なヒントだ。『観測者』も飽き飽きしてる頃だろうしね」
「楽しんで見てくれよ」
璃奈「物語を、終わらせる……?」
「さ、帰りなよ。そちらの生徒会室にも再生機はあった筈だ。私達は忙しいんだから……」
愛(ビデオテープを片手に、私達は同好会室を出た)
愛(『初代生徒会』……そんなものが、なんの役に立つんだろう? 物語? 一体なんのことだ?)
愛(彼女の発言は、今の私達には何も分からなかった)
ファイル7 映像研究同好会 観察終了
-
─────
───
─
『あ、っと。これでいいのかな?』
幼さの残る女性の言葉と共に、古ぼけた白黒の映像が始まった。虹ヶ咲学園の生徒会室の中に、4人の男女が並んでいる。
『録画は出来ているのか? まぁいいが……副会長、一年の八木黒介だ。この虹ヶ咲学園をよりグローバルな、先進的な進学校となるよう活動していきたいと思っている』
眼鏡をかけた、神経質そうな細面の男がズームで映し出される。カメラに慣れていないのだろう、せわしなく眼鏡を中指で押している。
『素晴らしきSchülervertretungだね! この場に経理として参加できる光栄……そして私に会えた光栄に満たされたまえ! 我が名は誉れ高きベルゼビュート・イレイナ! 偉大なドイッチュラントからの偉大な留学生さ!』
金色のクセっ毛を持つ背の高い女性が、独特なポーズと共に高らかに名乗りを上げる。八木と名乗った副会長が嫌そうにその顔を見ている。
-
『あはは……ベルちゃんは面白い子っすね。自分は書紀の兎野ライカっす! ヤギくんみたいな志とかはないけど、楽しい学校に出来たらいいなって思うっすよ!』
小柄な少女が、元気いっぱいに飛び跳ねながら自己紹介をする。その顔には希望に溢れた笑みが称えられていた。
『あー……庶務の烏丸雄大。終わりだ』
低い、しゃがれた声の少年が短く言う。すかさず兎野と名乗った少女が彼に飛びついた。
『あー! 駄目っすよカラスくん! 自己紹介はちゃんとするって言ったじゃないっすか!』
『思いつかねぇよ、そんなの』
『ほらほら、なんかあるっすよね? 頑張るぞー! とか、彼女作りたいー! とか』
『俺彼女作るよりは、女の子と女の子でイチャイチャしてるの見る方が好きなんだけど』
『か、カラスくん、そっちの趣味なんすかー!?』
和気藹々といった雰囲気の中、八木がカメラに向かって近付いてくる。
『ほら、お前も映れ』
『私はいいよ、恥ずかしいし』
八木の言葉に、幼い少女の声が答える。
-
随分意味深な名前だなぁ
-
『駄目だ。お前が言い出したんだろう、生徒会を記録に残したいと。会長のお前が映らなくてどうするんだ』
『け、けど……私は別に、記録係でいいっていうか』
画面が揺れる。カメラを強引に奪われたらしい。
『え、えっと……虹ヶ咲学園初代生徒会長、三船紫子です。これから生徒会の皆さんと共に、虹ヶ咲を素晴らしい、楽しい学園にしていければいいなと思います』
画面の向こうでら髪飾りを付けた少女が笑う。口元から見える八重歯が眩しい。
『虹ヶ咲は、積極的に留学を推奨し、また受け入れることで国際化の波に乗った共学高校として──』
『はっはっはっ! まるで宣伝ビデオのようだね!』
『そうっすよフネちゃん。これはただの活動記録なんすから、そんな固いこと言っちゃ嫌っす!』
『硬いのは八木の頭だけで十分だ』
『誰の頭が硬いって?』
画面が切り替わる。生まれたばかりの学校を盛り上げようと、様々な行事を催し、また部活動、同好会活動を奨励する様子が3〜5分程度の間隔で収められている。
-
そして──。
『来年度の新入生数は、定員の半分にも満たない状態だね』
悲痛な顔で三船が言う。生徒会室の椅子に座る面々も、また悲痛な面持ちで黙り込んでいた。
『私達は必死に頑張ってきたのに、結果は……伴わなかった』
『虹ヶ咲、閉校しちゃうんすか?』
『すぐに、とはならないだろうが……この先も大幅な定員割れが続くようなら、閉校は避けられないだろうな』
八木の言葉に兎野が「うぐっ」と声をあげて黙り込む。
『残念だよフロイライン。これでは、私を送り出してくれたドイッチュラントの皆に顔向けすることが出来ないじゃあないか。ああ! 嵐よ! なぜ我が身を引き裂くのか!』
『なにか……手はないのか?』
『出来ることは今のところ、全てやった筈だよ。行事も増やし、自由な校風の通りに同好会活動も許可して……』
コンコン
『会長、いますか? 今日こそフランクフルトフェ──』
画面が途切れる。そのまま、画面が黒く塗りつぶされたまま1分ほど無音が続く。
-
フラフェラ…
-
『あははははっ!! あはははは!!』
傾いた画面の中、赤黒い血に染まった生徒会の中で、やはり真っ赤な血に染まった三船紫子の哄笑が響く。
『おい……やめろ、三船。自分が何をやっているのか分かっているのか!?』
画面の端から現れた八木の顔には、爪痕のような傷がついている。最早左目は見えないらしく、真っ赤に染まった眼球を擦りもせず三船紫子と対峙している。
『分かったんだよ! 分かっちゃったんだよ!! こうすればよかったんだ!! あは、あははははっ!!』
『兎野もベルゼも烏丸も殺して……何がしたいんだよ、お前は!! あの時からだ! あのふざけた名前の同好会を許可したときから、お前はおかしく……!!』
『ふざけた名前!? そう見えるかもね!? そう見ちゃうよね!? だって君は分かってないから、まだ分かってないから!!』
三船紫子が右手を振るう。一瞬画面がブれ、次の瞬間には黒く濁った何かに八木は飲み込まれていた。ぐちぐちと、肉体を磨り潰す音が聞こえる。
『再構築なんだよ、再構築なんだ、これは! あぁ……『フランクフルトフェラチオ同好会』。いや……』
『『セフィロト・アド同好会』……ありがとう、これで……虹ヶ咲の皆は未来永劫楽しい時間を……』
画面が揺れる。途切れる。音が消え、画面が消え。
そして、唐突にニュース映像が流れた。
『えー……都内虹ヶ咲学園における集団消失事件についての続報です。学校側は、今回の生徒約数百名の失踪について意見を翻し、『行方不明になったのではなく、旅行中の事故があった』と発言したことが分かりました』
『唯一行方不明にならなかった三船紫子さんは、当日風邪を引いて旅行を休んでいた為に助かったということですね』
『虹ヶ咲学園は一度閉鎖され、新たなオーナーが見つかり次第再建を進めたいとしています。では次のニュースを……』
-
歩夢「これ……どう見ても、栞子ちゃん、だよね?」
彼方「でも、年代的にそれは有り得ないぜ。こんな白黒のビデオテープを撮れる時代に、栞子ちゃんは産まれてない」
愛「虹ヶ咲は元は共学で、一度生徒が集団失踪して潰れてる……ってのは、本当なの?」
璃奈「以前調べたことがあるけど、事実。旅行中の飛行機事故で、生徒会長以外の全員が行方不明になった」
愛「……じゃあ、これ。本物なんだ」
愛(ビデオを見れば分かる。そう言われていたのに、分からないことが増え続けている)
愛(三船紫子は何故ああなった? そもそもなんでフランクフルトフェラチオ同好会の名が? 初代生徒会は三船紫子によって殺害されたのか? 何故映像研は私にこの映像を見せた?)
愛(分からない。何も分からない……!)
-
フラフェラ、お前何なんだよ……
-
ガラリ
「あ、あの会長! すぐに来てください!」
愛「庶務の……こんな時になに!?」
「それが……部外者が学校の中に入り込んでるんです! ってここにも部外者が!?」
愛「部外者? 一体誰が……」
「ミフネシオリコ、と名乗る方なのですが……三年の教室で、ミナカワさんと話しているんです! 今にも殴り掛からんばかりで……!」
愛「ミフネシオリコ……栞子!?」
副会長「自力で帰ってきたの!?」
彼方「けどミナカワちゃんにって……ああ、もう! 行くよ!」
愛(カナちゃんに言われ、私達は三年の教室に向かう。ライフデザイン科の教室に辿り着いた瞬間、悲鳴が上がった)
「ひぃっ……ひぃっ……」
栞子「……見捨てたんですね? あなたは、裏同好会の人々を……っ!!」
「あっ、会長! 早く取り押さえてください!」
「あの部外者がミナカワさんに訳のわからないことを言って、殴りかかったんです!」
愛「っ! と、とにかく落ち着いてよ! 生徒会室に連れて……」
栞子「離し……愛さん!」
愛「三船栞子ちゃんだよね? 分かってるから、今はとにかく生徒会室へ!」ボソッ
栞子「っ……」
愛(ミナカワさんをそれでも一目睨むと、栞子は大人しく私の言葉に従った。ヒソヒソと怪訝そうな目で何やら言い合う生徒たちの言葉を背に、教室を出る)
彼方「……無事に戻ってこれたんだね、栞子ちゃん」
栞子「えぇ、まぁ……愛さんの反応を見る限りでは、私の存在は消えたようですが」
-
愛「分かるの?」
栞子「愛さんは私のことをしおってぃーと奇怪なあだ名で呼んでいましたからね」
愛「しおってぃー……? なんでそんなあだ名?」
栞子「私の見抜きを見た愛さんが言った、『栞子ちゃんティッシュ使いすぎ!』を縮めてしおってぃーですが」
愛「えぇ……」
栞子「それより、持ってますよね? ファイル。渡してください」
愛「ファイル? 裏同好会ファイルのこと?」
栞子「……」
愛(しおってぃーは愛さんが渡したファイルをジッと眺めていた。ぎり、と奥歯を噛みしめる音が聞こえる)
栞子「クズばかりです……こんな、今まで、ずっと……」
愛(言って、しおってぃーはファイルを開き……)
愛(中にあったページを破りだした)
愛「ちょ……何してんのさ!? まだ観察する裏同好会が……!」
栞子「必要ないんですよ、観察なんて!」
栞子「ずっと……最初から、観察なんてするべきではなかったんです!!」
愛(止めるのも聞かず、しおってぃーはビリビリとページを破っていく。残ったのは1枚のページと、引き裂かれた紙屑の山……)
彼方「……どうするの? かすみちゃんも戻ってきてないよ?」
栞子「大丈夫です、大丈夫……私がちゃんと終わらせますから」
栞子「観測者の為の物語はここでおしまい。私が……祖母が始めた物語を!」
栞子「裏同好会を、終わらせます!」
NEXT FILE『裏同好会監視委員会』
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フラフェラ…箸休め的な立ち位置だと思ってたのに……
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しおりこー😭
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ミナカワがなんかやらかしたのか?
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もう終わりが近いのか
寂しい
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早く終わってほしい気持ちもあるし寂しい気持ちもあるな…
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エマちゃんどうなった?
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登山同好会の影響がまだ残ってたから無事だよ
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やっぱふだんから下乳拭いてないと、いざってときに動けないもんだよな
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生徒会室
栞子「……まず、皆さんに謝っておかなければならないことがあります」
愛(生徒会室に戻り、しおってぃーは皆の前でそう言った)
愛(部外者が、と騒いでいた庶務はりなりーの機械で陰毛をもやしに変えられ泣きながら逃げていった。可哀想に)
栞子「裏同好会に関する全ての悲劇は……私の祖母、三船紫子が起こしたある事件に起因しています」
彼方「……虹ヶ咲の生徒が行方不明になった、っていうあの事件?」
栞子「はい……。皆さんは『セフィロト・アド信仰』を知っていますか?」
栞子「異国で発展した邪教のようなものなのですが……読んで字の如く、『生命の流れに手を加える』ことを掲げた宗教です」
栞子「過去に騒がれた様々な怪奇事件……ゴム人間、レプティリアン、イエティ、スレンダーマンなど、これらを作り出したのがセフィロト・アドと言われています」
栞子「モンスターと呼ばれている彼らは本来善良な市民でしかありませんでした。しかし、セフィロト・アドによって手を加えられ、歴史に残る悍ましき怪物と成り果ててしまったのです」
愛「そのセフィロト・アドのせいで、初代虹ヶ咲の生徒は……? けど、そんな邪教がなんで虹ヶ咲に?」
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栞子「当時の虹ヶ咲は生徒数不足により、将来的な廃校もやむなしという噂が流れていました」
栞子「……何も考えていないオーナーが、何も考えず運営した私学。生徒がどれだけ頑張っても魅力的に映らない学校……よくある話ではあるのですが」
栞子「祖母は、その状況をなんとかしようと抗っていました。そこをセフィロト・アドに目を付けられたのです」
栞子「セフィロト・アドは日本に来る際に、日本人に親しみやすいように名前を変えた……受け入れられるように、目的が騙す相手に気付かれないように」
あなた「それが、フランクフルトフェラチオ同好会ってこと……?」
歩夢「フランクフルトフェラチオ同好会……確かにセフィロト・アドよりは親しみが持てるけど」
璃奈「フェラチオを嫌いな人間は、いない」
彼方「フランクフルトは漢字で書けば肉棒……つまり子宮に向けて生命を与える流れってことだよね。フェラチオは文字通りくわえる……」
栞子「祖母はフランクフルトフェラチオ同好会の設立を許可し、結果的に魔に魅入られた」
栞子「……虹ヶ咲に廃校してほしくなかった。虹ヶ咲の皆に悲しい思いをさせたくなかった。歪まされた願いの中で、祖母は虹ヶ咲の生徒全てを『終わらない楽しい世界』へ閉じ込め、異形へと変貌させた。それが裏同好会です」
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栞子「どす黒い瘴気が渦巻くようになった虹ヶ咲には、外からも異形が集まるようになりました……本来の虹ヶ咲生徒が立ち上げた同好会以外にも、次々と気味の悪い同好会が立ち上がって……」
栞子「そんな虹ヶ咲を購入して再建したのが、今の鐘理事長の父親です」
璃奈「確か、立地を気に入った。って学校紹介に書いてあったけど……」
栞子「……けど、おかしいとは思いませんか? この建物の立地は、そこまでいいわけではありません。私が鐘元理事長なら同じ金額で音ノ木坂を買います。あそこなら余程無能ガバをやらかさなければ廃校しませんし」
栞子「それも、三船紫子がセフィロト・アドと取り交わした契約なんですよ」
栞子「虹ヶ咲の事件を誰も語らない、誰も大して取り合わない、むしろ虹ヶ咲に対して好感を持つ。買収したいと思うし、私財を投じて再建したくなる……」
栞子「その代わりに、再建後の虹ヶ咲の生徒たちはセフィロト・アドの顧客である『観測者』にあるものを提供しなければならなくなったのです」
しずく「提供……? で、でも私達は何も……」
栞子「『観察』、ですよ」
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確かに音ノ木潰れるのはありえないなとは思ってた
というか紫子ってなんて読むんだ…しこ?
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フラフェラ同好会ギャグみたいな名前なのに存在が邪悪すぎるだろ
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シリアスな笑いにも程がないかね
-
栞子「虹ヶ咲の生徒会長は裏同好会を『観察』し、時に襲われ、時に仲間が死に、時に裏切り……その悲喜こもごもを観測者に見せることで対価として虹ヶ咲学園の安寧を得ていたのです」
栞子「……虹ヶ咲学園を舞台にした、悪趣味な観客を喜ばせるだけのくだらないB級スラッシャーホラー映画。これが裏同好会の真実なんです」
愛「……じゃあ、今まで愛さん達がやってきたことって」
栞子「舞台で切り刻まれる道化、それが私達の役割です」
愛「しおってぃーは……なんで、そんなことを知ってるのさ?」
愛「正直言うと、言ってることが全く信じられない。どこかの裏同好会に洗脳されて、そんな陰謀論を突き上げてるだけにしか聞こえないよ」
栞子「……裏同好会監視委員会に聞いたんですよ」
愛「裏同好会監視委員会に……? あのクロヤギ達が、そんなことを……?」
愛「けどさ、監視委員会だって裏の存在でしょ!? そんな事情があるにしても、なんで奴らはそれを……!!」
栞子「単純な話ですよ。裏同好会監視委員会は……三船紫子(ゆかりこ)を除く初代生徒会のメンバーによって運営されているんです」
愛「初代生徒会の……?」
-
>>323
ゆかりこだと思う
-
栞子「……皆さんを巻き込んでしまい、本当に申し訳ありませんでした」
栞子「三船の恥は三船が雪ぐしか有り得ません。私が責任を持って、裏同好会を終わらせます」
副会長「終わらせるって言っても……具体的にはどうするの?」
栞子「……秘密です」
愛「秘密って……ここまで来てそれはないでしょ」
栞子「……絶対に言えません! 申し訳ありませんが、私はもう一度一人で裏同好会監視委員会に……」
しずく「秘密……駄目だよ、栞子さん前に言ってたじゃない。私には自分の全てを曝け出したいって」
しずく「見抜きをしている時に……言ってたじゃないですか……」ポロポロ
栞子「しずくさん……」
しずく「栞子さん……死ぬつもり、なの?」
あなた「えっ……!? し、死ぬ……?」
栞子「違います、私は……!!」
しずく「見ていれば分かるよ……何回私で見抜きしたと思ってるの? 栞子さんから貰ったお金、NISA枠の限界越えてて積み立てすら出来ないんだよ……?」
しずく「死んじゃ、やだよ……」ポロポロ
-
栞子「しずくさん……」
栞子「……っ。ごめんなさい!」 ダツ
彼方「栞子ちゃん!」
歩夢「待ってよ! 考えてることは分からないけど、きっと他に方法が……!!」
栞子(皆の言葉を背に受けながら、私は逃げるように走り出しました)
栞子(きっとこれを話せば、皆は着いてこようとします。だって……スクールアイドル同好会の皆は、とても優しい人達ばかりなのですから……)
栞子(そんな人達をこれ以上巻き込むわけにはいきません。私は、私は一人で……!)ギリッ
栞子(裏同好会を終わらせる為に、命を使います!)
栞子「はぁ……はぁ……」
栞子(走って、走って、走り続けて……)
栞子(古ぼけた木造校舎の中に、私は立っていました。幾度となく歩いてきた裏の世界……これも今日で見納めです)
栞子(目の前にあるのは裏同好会監視委員会の扉……几帳面にマジックペンで書かれた看板の下には、薄っすらと生徒会室の文字がかすんでいました)
栞子(大きく息を吸う。目を瞑る)
栞子(私はドアノブに手をかけ──)
栞子(短い足音と、急ブレーキをかけたような靴が木に擦れる音が、響きました)
愛「……ギリギリ間に合った、って感じかな?」
栞子(背後から荒い息と共に、声が聞こえる)
栞子(共に裏同好会を観察してきた、優しい声。愛さんが、そこに立っていました)
-
栞子「なぜ……地図はもう無いはずですよ?」
愛「何回裏に行ったと思ってんの? 中川会長って人のぶんも記憶にあるから、100回は当に越えてるんだよ」
栞子「……私は生徒会長です。全ての業務責任は私にあります」
愛「今の生徒会長は愛さんだ」
栞子「……愛さんは私のことを覚えていないんですよね?」
愛「うん、微塵も覚えてないよ。しおってぃーってあだ名もさっき知ったくらい」
栞子「じゃあ……じゃあ、なんで」
栞子「こんなに私に、寄り添ってくれるんですか……?」ポロポロ
愛「友達だから」
愛「私には記憶も何もないよ。けどさ、しおってぃーと愛さんは友達だった」
愛「友達は助けたい、全力で、何があっても! ……しおってぃーだって愛さんがそういう人間だって知ってるでしょ?」
栞子(この人かすみさん見捨てようとしたなかったっけ……?)
栞子「愛さん……」ポロポロ
-
まさかの愛×しおだったとは
-
栞子「……覚悟はいいんですね?」
愛「ファイルを手にした瞬間に、全ての覚悟は終わってるよ」
栞子(ゆっくりとドアノブを回し、私は扉を開ける)
栞子(血だった)
栞子(血、血、血、血──部屋中に血が広がっている)
栞子(床に転がっている、ねじ切られたカラスの頭)
栞子(壁に縫い付けられた、穴の開いた無数の暗闇)
「やっぱ駄目っすよねぇ、乗り気じゃないんなら一言相談してほしかったっすよ!」
「ああ、そうだな。もっと早く相談してくれていれば、その時点で殺してやったというのに」
栞子(それらを蹂躙する、血塗れの黒山羊と、紅い瞳の兎)
栞子「……殺したのですか、仲間を」
「おやおやおや!! これはこれは元『観察者』様! このような薄汚いところへようこそ!」
「お孫さんってのは薄々分かってたんすけどね、まさかベルちゃんとカラスくんがこんな強硬手段に出るとは思わなかったっすよ」
愛「……い、一緒に生徒会をしてたんだよね? 友達じゃ……なかったの!?」
-
「友達っすよ。だからこそ許せないんすよ! こんなに楽しいのに! こんなに楽しかったのに! なんで裏切ったんすか!!」
栞子(甲高い声で叫ぶ兎は、言いながら後ろ脚をぺしぺしとタップする。その度に脚に当たったカラスの胴体からびちゃびちゃと血が飛び散った)
「それで、何故こちらに? そもそもあなたは観察者の資格がもうない……存在も失われた筈です」
「そちらの観察者様はどうぞ、裏同好会の観察に戻ってください。この女は此方で処分させていただきますので」
栞子「観察はもう必要ありませんよ……というか、出来ませんよ」
栞子(言って、ファイルを開く。裏同好会観察委員会しかページが残されていない黒いファイルを)
栞子(二人の動きが、止まった)
「あ……あぁぁぁ……なんてこと、するんすか……!」
「観察の記録が……観測者様へお伝えする記録が……っ!!」
栞子「観測者なんてもう必要ありませんよ」
栞子「楽しい物語はもうおしまい。裏同好会はここで完結です」
栞子「三船紫子に、セフィロト・アドに囚われた貴方方も、もう楽になっていいんです」
「違う……違う! 私は、私の意思で……!」
「うるさいっすよ……! まだまだ楽しく……!」
栞子「……」スウッ
栞子「ヤギくん! ライカちゃん!」
「!」
「あ……フネ、ちゃん?」
栞子「もういいんだよ、皆。私があんな話に乗っちゃったから……皆をこんな目に合わせちゃったの」
栞子「謝っても謝りきれないよ……ごめん、本当にごめんね」
「茶番だ……お前は紫子会長ではない、お前は……」
「お前、は……」ツウッ
-
栞子「私は全てを終わらせたいんです。だから……裏同好会監視委員会の力を貸してください」
愛「力を……って、何するつもりなのさしおってぃー!?」
栞子「……裏同好会監視委員会は、裏同好会に対して強い権限を持ち合わせています」
栞子「私は……裏同好会監視委員会の一員となり、全ての裏同好会を救済します。私は『観察』なんてしない、『対話』によって裏同好会を廃会し、囚われた魂を救います」
「馬鹿な……最早裏同好会は因果で雁字搦めになっている。何十年、何百年かかるかも分からないぞ?」
「人間の身体でそんなことをすれば、存在どころか魂すらも消滅しちまうっすよ……!? それに、それに裏が消えて観測者も消えれば虹ヶ咲が終わっちゃうっすよ!」
栞子「構いませんよ、それが私の……我が一族の罪なのですから」
栞子「それに、終わらないものなどありません。学校生活だって、楽しい物語だって、青春だって、スクフェス2だって、淡島マリンパークだって。けれど、終わってもいいじゃないですか」
栞子「私は、永遠に終わらないものよりも、いつか終わったあとの遠い未来で誰かと「あんなことがあったね」「素敵だったね」なんて笑い会う方が余程いいと思うんです」
栞子「楽しかった思い出だけを心に残して……」
栞子「過去を変えることは出来ません。しかし、未来を変えることは出来るはずなんです! 私は、フランクフルトフェラチオされた裏同好会を終わらせて……皆を、未来に進ませます」
愛「しおってぃー……!」
-
ふざけてるようで中々重いセリフを吐きよって
-
栞子「愛さん……」
愛「しおってぃーだけにそんな辛いものを背負わせるわけにはいかないよ!」
愛「愛さんも、一緒に……!」
栞子「……愛さん、私はきっと未来には進めません」
栞子「だから……せめて、愛さんだけは私のことを覚えておいてください。三船栞子という女がこの世界にいた、ということを」
愛「駄目だよ……しおってぃー、そんなの駄目だって!」
栞子「クロヤギ……お願いします」
愛「しおってぃー!!」
「今……この瞬間を持って」
「三船栞子を、裏同好会監視委員会長と任命する!」ガンッ
愛「しおってぃー!」
愛(気付けば、愛さんは廊下に立っていた。見慣れた廊下の真ん中で叫んだ愛さんを、周りを歩く生徒たちが怪訝そうな顔で眺めている)
かすみ「わわっ!? 何叫んでるんですか、愛先輩!」
-
愛「かすかす……?」
かすみ「かすかすじゃないです! かわいいかすみんって呼んでくださいよぉ!」
エマ「あはは……大丈夫だよ、かすみちゃんはいつでもかわいいから」
愛(むくれるかすかすをエマっちが撫でている)
愛「裏に閉じ込められたんじゃ……」
かすみ「裏? まさか裏ビデオのことですか!? そんなのにかすみんは出てませんよーだっ!」
愛(……かすかすが裏のことを知らない。裏の存在が消えた?)
愛(脳の中に薄っすらと浮かぶものがあった。三船栞子会長、文芸同好会、悪夢研究同好会、ワンゲル同好会……)
愛(愛さんと共に笑う、しおってぃーの姿)
愛「かすみんはさ……しおってぃーのこと、覚えてる?」
かすみ「しおってぃー? 新作のお菓子ですか?」
愛「……ううん、なんでもない」
愛(愛さんの中に浮かんだ記憶だけを残して、しおってぃーは皆の中から消え去っていた。全てを置き去りにして、しおってぃーだけが……)
-
一年後
中川「……では、そういうことでお願いしますね」
「はい! 中川会長、引き継ぎありがとうございました! 精一杯頑張らせていただきます!」
せつ菜「……ということで! 生徒会の引き継ぎも無事に終わりましたし今日から私は無敵ハイパーせつ菜ちゃんです! スクールアイドルしますよしますよしますよぉぉぉ!!!」ペカー
「!?」
副会長「あはは……こういうところが好きなんだけどね」
せつ菜「っと……前生徒会長のミナカワさんが、生徒会お疲れ様打ち上げをしてくれるみたいです。行きますよぉぉ!!」
副会長「あ、ちょっ……ちょっと!」
愛「うわっ! ……今、凄い勢いでせっつーが走ってったけど何かあったの?」
副会長「いえ、ちょっとまぁ……ああ、すいません。夜間使用申請許可ですよね?」
愛「うん、ごめんね。毎日毎日……」
副会長「構いませんよ」
愛「ありがとう、じゃあね」ガラガラ
「今の人って、あれですよね? スクールアイドル同好会の」
副会長「えぇ……でも、何考えてるのかしらね」
愛『愛さんのスクールアイドル活動一周年を記念して、一週間見抜き大会をするよ!』
愛『我こそは見抜きマスターだって人は是非スクールアイドル同好会に見抜きしにきてね!』
副会長「今日で一週間目……目的がいまいち分からないわ」
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───
「私は腕が四本に見える見抜きをすることができます!」
愛「うーん……」
「だ、駄目ですか!? うえーん!」ダッ
愛「ふぅ……」
愛(……もう、23時か。今日もそろそろ終わりそうだね)
愛(……)
しずく「愛さん」
愛「わ、わっ!? しずく!? まさかしずくも見抜きを!?」
しずく「違います。けど……変なんですよね」
しずく「愛さんが見抜き大会をするって言ってから、心のどこかがずっとざわついているんです」
しずく「私は、誰か大切な人に、見抜きをされていたような……」
愛「しずく……」
しずく「……忘れちゃってても、きっと身体が覚えてるんですね。そういうこと」
しずく「私が忘れた誰かがフラっとやってくるのを期待して、愛さんは見抜き大会を開いた」
愛「……お見通しってわけか。そうだよ、大事な人を待ってるんだ」
しずく「ふふっ、妬けちゃいますね。愛さんだけが覚えてるなんて」
しずく「大丈夫ですよ、きっと……戻ってきますから。では、私はこれで」
愛「終電あるの?」
しずく「無いので、璃奈さんと一緒にかすみさんの家にお泊りです。今日こそ最高絶頂回数を更新しようって璃奈さんと相談してるんですよ」
愛「あはは……頑張ってね」
愛「ふぅ……」チラッ
愛(23時20分……)
-
ttps://m.youtube.com/watch?v=iyw6-KVmgow
愛「……」
栞子『愛さん』
栞子『愛さん?』
栞子『愛さんっ!』
愛「……」パチャパチャ
栞子『はぁ……愛さんがそう言うなら』
栞子『嘘さえ吐かなければ問題なさそうなんですよ』
栞子『ヤギパカ?』
愛「……っ」
愛(23時50分……そろそろ、出た方がいいよね)
栞子『せめて、愛さんだけは覚えておいてください』
愛「覚えてるだけじゃ寂しいんだよ……」
愛「未来を、キミと語り合いたかったんだよ……!」
愛(……どれだけ時間がかかるか分からないって言ってたもんね。もう……会えないのかもね)
「……」
愛「!?」
-
愛「キミ、本物の?」
「……はい。私は本物です」
「封筒か何かあれば貸してください」
愛「……」ガサガサ
「この封筒に百円玉を入れます。それを股間に当てて……」
愛「……」
「はっ!」チュグォォォッ
愛「……」グスッ
愛「裏は、終わったんだね」
「えぇ、全ての魂を解放しましたよ。気が遠くなるほど時間はかかりましたが……」
愛「そっか、そっか……」
愛「おかえり、しおってぃー」ポロポロ
「……」
栞子「ただいま、愛さん」
-
???年後
「以上で生徒会長の引き継ぎを終わります。何か質問は?」
「いえ、特には……お世話になりました。これから頑張ります!」
「あとは……最後に、これ」
「? なんですか、このボロボロのファイル」
「虹ヶ咲の歴代生徒会に伝わる由緒正しきファイルだよ。開けてみれば分かるからさ」
「はぁ……」ペラッ
ファイルに挟まれているのは写真だった。歴代生徒会と、その友人達が笑顔で映った卒業式の写真が何十枚も挟まれている。
時代は巡る。時は移ろう。
しかし、何かある度に皆が思い出すのだろう。
楽しかった記憶を。美しかった光景を。仲間と交わした会話を。このファイルは、そんな……終わりの瞬間の記録である。
@cメ*˶ˆ ᴗ ˆ˵リ 从cι˘σ □ σ˘* jΣミイ˶º ᴗº˶リ
(ζル ˘ ᴗ ˚ ルヘ ζ㎗òヮóリ ᶘイ^⇁^ナ川
ノレcイ´=ω=) ⁄/*イ`^ᗜ^リ
╰*(..•ヮ•.. ) *╯从[˶˃ᴗ˂˵]从 ⎛(cV„Ò ᴗ ÓV⎞
完
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皆さん観測お疲れ様でした
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栞子お疲れ様😭
神SSありがとう
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おつかれ
読み応えあった
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乙
最高だった
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乙
笑いあり涙ありの物語だった
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シリアスの中に3回に1回はぶっこまれるギャグ
見事であった
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ヘルシングみてえな終わり方で草
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怖かったけど面白かった〜
最後はハッピーエンドだったし!
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乙
面白かった
過去作とかある?
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このカオスな人間関係の同好会の日常が見たくなる
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乙
引き込まれて一気に読み切ってしまった
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お疲れ様でした!
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っぱ見抜きよ
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乙
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>>351
ある
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とっても良かった
いつの間にか虜になってたわ
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ギャグとホラーの反復横跳びが面白すぎて最近の楽しみだったし、最後はめっちゃくちゃ感度した
愛と栞子が再開するシーンは泣いた
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インスタントデスゲームとかオナバト同好会の人なんだろうなとは思う
作風とか終わり方とか
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素晴らしいSSだった
次回作に期待
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>>357
アスペか?
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>>357
なら読みたいからリンク貼ってくれたら嬉しいな
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ごめん正直過去スレ探してくるの面倒でクソ雑アスペな返答してた
虹ならこんな感じ
・ホラー系
【ホラー安価SS】栞子「>>3を>>5してはいけない?」
https://itest.5ch.net/test/read.cgi/lovelive/1654177887/
【安価】あなた「怖い話?」
https://itest.5ch.net/test/read.cgi/lovelive/1610446483/
・下ネタ系
璃奈「私のボードに精液ぶちまけた人は今すぐ名乗り出て」
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read_archive.cgi/anime/10627/1511074027/
栞子「オナニーをするのは初めてですね」
https://itest.5ch.net/test/read.cgi/lovelive/1651934032/
あと>>360があげてるやつ
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インスタントデスゲームと顔射のやつなら読んだことあるな
作者は超古参勢だったか……
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乙!読み応えあって面白かった
まさかのエンディングデーも泣いた
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>>366
Xエンディングデー
◯エンディングテーマ
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不本意ながらラストにちょっと感動してしまったわ
更新が楽しみな名作やった、乙
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インスタントデスゲームの人じゃったか
やはり良い
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