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【SS】綴理「……きた」
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世界がゆらゆら揺れたかと思うと、息をつく間もなく崩れてしまった。
せっかく作った世界が消えてしまって、少し残念だったけど、
でも、目を開けるとさやがいたから、寂しくはなかった。
「おはようございます、綴理先輩。朝ですよ」
「……んん」
ゆらゆらと、ゆさゆさと、肩に触れる手のひらがあったかい。
あったかくて、心地よくて…………あれ?
「綴理先輩? 起きてます?」
「……さや、きた」
「え? はい、村野さやかが来ましたよ」
にこにこと、さやが答える。
そういうことじゃなかったけど、さやを見ると、胸のあたりがぽわぽわ暖かくなった。
「おはよう、さや」
「はい、おはようございます、綴理先輩」
とりあえず、起きて確かめてみよう。
今日は忙しくなるかもしれない。
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「やっぱり、きた……!」
着替えて外に出ると、昨日までとは明らかに、空気が違っていた。
ほっぺにひんやり、乾いた風が撫でる。
ふんふんと鼻をきかすと、なにかが熟したような、甘い匂いも流れている。
「さや! さや! きた!」
「? なにが来たんですか?」
「秋がきた」
「ああ。ふふ、そうですね」
「うん」
頭の中で、スケジュールを組み立ててみる。
授業には、ちゃんと出ないといけない。こずに怒られるから。あ、さやにも怒られるか。
時間は限られている。やっぱりお昼かな、と思う。
「さや、今日のお弁当はなに?」
「えっと、玉子焼きと、かまぼこと、唐揚げ、それから、最近冷えてきたので、保温できる容器に豚汁を入れてみました」
「おお〜〜楽しみだ」
「ふふ」
さやの弁当は、ちょっとしたピクニックにピッタリだろうな、と思った。
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お昼休みになって、すぐ教室を飛び出して、校庭脇から森に入る。
かしゃかしゃ、かしゃかしゃって、パンプスが鳴る。
落ち葉がたっぷりだ。これだけでも、もう楽しい。
道らしい道はなかった。膝より低い雑草が生えっぱなしで、その中に隠れるようにして、茶色くて、カチカチに乾いた落ち葉がまぎれているだけ。
「わー、わー、わー」
かしゃかしゃ、かしゃかしゃと適当に歩く。
落ち葉はそうやって声を上げることができる。
でも、足首をくすぐる雑草はふんにゃり道を譲るばかりで、しゃべってくれない。
だからボクが代わりにしゃべっていた。
「わー、わー、わー」
かしゃかしゃ、かしゃかしゃ。
「わー、わー、わー」
かしゃかしゃ、かしゃかしゃ。
森は賑やか。
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「もぐもぐ」
イイ感じの切り株があったから、そこでお昼にした。
おいしい。
おいしいし、発見があった。
玉子焼きには細かく刻んだアスパラが入っていた。
豚汁には人参と里芋がゴロゴロ入っていた。
野菜がたっぷりなお弁当で、たぶん、バランスがいい。
さやはすごいな。
「はう」
ほわっと息をはく。
森は日陰が多くて、日中もすこしひんやりしていて、豚汁の温かさが身体に沁みた。
「ごちそうさまでした」
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良い雰囲気
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さて。
休み時間も少なくなってきたし、そろそろ目的を果たさないと。
といっても、さっきまで歩いて、目星はだいたいついていた。
「わー、わー、わー、えーと……あった」
かしゃかしゃ、かしゃかしゃ。
落ち葉にまぎれて、小さな粒が落ちている。
茶色くて、つるつるしてて、細長い。
「どん ぐり だ」
ひとつ、手に取ってみる。
う〜ん、良い。
「ふふん」
どんぐりはたっぷり落ちていた。
そのうえ、ここにはボクひとり。
「取り放題だ」
ひょいひょいと、イイ感じのどんぐりを拾っては、吟味して、中でもイイのを、制服のポケットにしまっていく。
「えへへ」
きたきた、きたきた。
どんぐりの季節が、やってきた。
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「そういうわけなんだ」
「あ、あなたね……」
放課後、部室にいくと、真っ先にこずに呆れられてしまった。
というのも、膝から下、雑草を引きずりながら歩いていたせいで、タイツと靴がずいぶん汚れてしまっていたからだった。
「とにかく、練習着に着替えてしまいなさい……って、あなた! ポケットも泥だらけじゃない」
「うん、そこがボクの四次元ポケット」
「呆れた。どんぐり拾いをするにしても、なにか袋に入れなさいったら、もう」
着替えている最中、ボクが机に出した今日の成果を、こずはタオルの上にひとつひとつ並べていた。
混じっていた葉っぱや枝の端を、器用に仕分けては避けていく。
小言はあっても、こずは優しい。
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「こんにちはー!」
「ち゛わ゛ち゛わ゛ー゛!゛」
「こんにちは。本日もよろしくお願いいたします」
わっと、さや達がやってきて、すぐ賑やかになった。
今日みたいな日は、かほが一番の味方になる。
「わぁ! どんぐりたくさん! 梢センパイどうして並べてるんですか! どんぐり好きだったんですか!」
「ち、ちがうのよ花帆さん、これは私ではなくて」
「すっげー! 押収品のディスプレイみたいな職人芸を感じますぜ!」
「る、瑠璃乃さん! そういうのではないのだけれど!」
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さやが静かだなと思ったら、ボクの脱いだ服と靴のほうを見てぷるぷる震えてた。
「こ、こんなに……よ、汚れが……」
「さや〜、お弁当、おいしかった」
「つ、綴理先輩……」
さやはよく分からない顔をしてたけど、ふーって、風船の空気が抜けるみたいに深呼吸して、それから笑ってた。
「それは良かったです」
「うん、ありがとう」
「綴理先輩、今日は練習着のまま帰ってくださいね。制服と靴はいったん、私のほうで預かりますから」
「うん? わかった〜」
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「そ れ か ら、どんぐりも、あんなにたくさん持ってきて、虫が湧くこともあるんですから」
「おお〜それは困る」
「そうですね、4つ……いや6つまで選別してください。出来ますか?」
「え……」
「悪いようにはしませんから」
こずが並べてくれたどんぐりを眺める。6つ……6つ……。
せっかく持ってきたどんぐりの、半分はあきらめることになってしまうけど。
整理されているおかげか、6つはすぐ、決まってしまった。
「うん、わかった」
「ありがとうございます」
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後日、さやは6つのキラキラ光るどんぐりを持ってきてくれた。
ボクが選んだどんぐり達だった。
「一度煮沸して、しっかり乾かしてから、ニスで表面を塗ったんです。せっかくなら、と」
どんぐり達はまばゆく輝いていた。
表面は水で濡れているように艶々としていて、その下には暗い茶色が引き締まっていた。
か、カッコイイ……。
「さや、きみは、天才だ……」
「お、大げさですよ。ネットで調べて、その通りにしただけですから」
さやはそう言うけど、でも、制服と靴もキレイになって返ってきたし。
やっぱり、さやはすごいな、と思う。
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「さや」
「なんですか?」
「来年、またどんぐりの季節が来たら、お願いします」
「ふふ。はい、このくらいなら、喜んで」
なにとぞ、とボクが言うと、さやもにっこり、なにとぞ、と返してくれた。
さやの加工してくれた6つのどんぐりは、部室でいまも輝いている。
来年は、何個つくってくれるかなぁ。
おしまい
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めぐは補習中でいなかったんだ、たぶん
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乙です!
とても良かった❗️
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めちゃくちゃ良かった
また頼むわね
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さや、いやママ!
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詩人じゃん……
またお願いします、なにとぞ
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絵本みたいでひたすらにチルい
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