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【SS】綴理「……きた」

1 : 名無しで叶える物語 (ブーイモ) :2023/10/29(日) 20:40:02 MHgclM9gMM
世界がゆらゆら揺れたかと思うと、息をつく間もなく崩れてしまった。

せっかく作った世界が消えてしまって、少し残念だったけど、

でも、目を開けるとさやがいたから、寂しくはなかった。


「おはようございます、綴理先輩。朝ですよ」

「……んん」


ゆらゆらと、ゆさゆさと、肩に触れる手のひらがあったかい。

あったかくて、心地よくて…………あれ?


「綴理先輩? 起きてます?」

「……さや、きた」

「え? はい、村野さやかが来ましたよ」


にこにこと、さやが答える。

そういうことじゃなかったけど、さやを見ると、胸のあたりがぽわぽわ暖かくなった。


「おはよう、さや」

「はい、おはようございます、綴理先輩」


とりあえず、起きて確かめてみよう。

今日は忙しくなるかもしれない。


2 : 名無しで叶える物語 (ブーイモ) :2023/10/29(日) 20:44:14 MHgclM9gMM
「やっぱり、きた……!」


着替えて外に出ると、昨日までとは明らかに、空気が違っていた。

ほっぺにひんやり、乾いた風が撫でる。

ふんふんと鼻をきかすと、なにかが熟したような、甘い匂いも流れている。


「さや! さや! きた!」

「? なにが来たんですか?」

「秋がきた」

「ああ。ふふ、そうですね」

「うん」


頭の中で、スケジュールを組み立ててみる。

授業には、ちゃんと出ないといけない。こずに怒られるから。あ、さやにも怒られるか。

時間は限られている。やっぱりお昼かな、と思う。


「さや、今日のお弁当はなに?」

「えっと、玉子焼きと、かまぼこと、唐揚げ、それから、最近冷えてきたので、保温できる容器に豚汁を入れてみました」

「おお〜〜楽しみだ」

「ふふ」


さやの弁当は、ちょっとしたピクニックにピッタリだろうな、と思った。


3 : 名無しで叶える物語 (ブーイモ) :2023/10/29(日) 20:49:31 MHgclM9gMM

お昼休みになって、すぐ教室を飛び出して、校庭脇から森に入る。

かしゃかしゃ、かしゃかしゃって、パンプスが鳴る。

落ち葉がたっぷりだ。これだけでも、もう楽しい。


道らしい道はなかった。膝より低い雑草が生えっぱなしで、その中に隠れるようにして、茶色くて、カチカチに乾いた落ち葉がまぎれているだけ。


「わー、わー、わー」


かしゃかしゃ、かしゃかしゃと適当に歩く。

落ち葉はそうやって声を上げることができる。

でも、足首をくすぐる雑草はふんにゃり道を譲るばかりで、しゃべってくれない。

だからボクが代わりにしゃべっていた。


「わー、わー、わー」


かしゃかしゃ、かしゃかしゃ。


「わー、わー、わー」


かしゃかしゃ、かしゃかしゃ。

森は賑やか。


4 : 名無しで叶える物語 (ブーイモ) :2023/10/29(日) 20:53:29 MHgclM9gMM
「もぐもぐ」


イイ感じの切り株があったから、そこでお昼にした。

おいしい。

おいしいし、発見があった。


玉子焼きには細かく刻んだアスパラが入っていた。

豚汁には人参と里芋がゴロゴロ入っていた。

野菜がたっぷりなお弁当で、たぶん、バランスがいい。

さやはすごいな。


「はう」


ほわっと息をはく。

森は日陰が多くて、日中もすこしひんやりしていて、豚汁の温かさが身体に沁みた。


「ごちそうさまでした」


5 : 名無しで叶える物語 (アウアウ) :2023/10/29(日) 20:57:48 5r7QdpyYSa
良い雰囲気


6 : 名無しで叶える物語 (ブーイモ) :2023/10/29(日) 20:58:24 MHgclM9gMM
さて。

休み時間も少なくなってきたし、そろそろ目的を果たさないと。

といっても、さっきまで歩いて、目星はだいたいついていた。


「わー、わー、わー、えーと……あった」


かしゃかしゃ、かしゃかしゃ。

落ち葉にまぎれて、小さな粒が落ちている。

茶色くて、つるつるしてて、細長い。


「どん ぐり だ」


ひとつ、手に取ってみる。

う〜ん、良い。


「ふふん」


どんぐりはたっぷり落ちていた。

そのうえ、ここにはボクひとり。


「取り放題だ」


ひょいひょいと、イイ感じのどんぐりを拾っては、吟味して、中でもイイのを、制服のポケットにしまっていく。


「えへへ」


きたきた、きたきた。

どんぐりの季節が、やってきた。


7 : 名無しで叶える物語 (ブーイモ) :2023/10/29(日) 21:03:04 MHgclM9gMM
「そういうわけなんだ」

「あ、あなたね……」


放課後、部室にいくと、真っ先にこずに呆れられてしまった。

というのも、膝から下、雑草を引きずりながら歩いていたせいで、タイツと靴がずいぶん汚れてしまっていたからだった。


「とにかく、練習着に着替えてしまいなさい……って、あなた! ポケットも泥だらけじゃない」

「うん、そこがボクの四次元ポケット」

「呆れた。どんぐり拾いをするにしても、なにか袋に入れなさいったら、もう」


着替えている最中、ボクが机に出した今日の成果を、こずはタオルの上にひとつひとつ並べていた。

混じっていた葉っぱや枝の端を、器用に仕分けては避けていく。

小言はあっても、こずは優しい。


8 : 名無しで叶える物語 (ブーイモ) :2023/10/29(日) 21:07:18 MHgclM9gMM
「こんにちはー!」

「ち゛わ゛ち゛わ゛ー゛!゛」

「こんにちは。本日もよろしくお願いいたします」


わっと、さや達がやってきて、すぐ賑やかになった。

今日みたいな日は、かほが一番の味方になる。


「わぁ! どんぐりたくさん! 梢センパイどうして並べてるんですか! どんぐり好きだったんですか!」

「ち、ちがうのよ花帆さん、これは私ではなくて」

「すっげー! 押収品のディスプレイみたいな職人芸を感じますぜ!」

「る、瑠璃乃さん! そういうのではないのだけれど!」


9 : 名無しで叶える物語 (ブーイモ) :2023/10/29(日) 21:11:15 MHgclM9gMM
さやが静かだなと思ったら、ボクの脱いだ服と靴のほうを見てぷるぷる震えてた。


「こ、こんなに……よ、汚れが……」

「さや〜、お弁当、おいしかった」

「つ、綴理先輩……」


さやはよく分からない顔をしてたけど、ふーって、風船の空気が抜けるみたいに深呼吸して、それから笑ってた。


「それは良かったです」

「うん、ありがとう」

「綴理先輩、今日は練習着のまま帰ってくださいね。制服と靴はいったん、私のほうで預かりますから」

「うん? わかった〜」


10 : 名無しで叶える物語 (ブーイモ) :2023/10/29(日) 21:15:23 MHgclM9gMM
「そ れ か ら、どんぐりも、あんなにたくさん持ってきて、虫が湧くこともあるんですから」

「おお〜それは困る」

「そうですね、4つ……いや6つまで選別してください。出来ますか?」

「え……」

「悪いようにはしませんから」


こずが並べてくれたどんぐりを眺める。6つ……6つ……。

せっかく持ってきたどんぐりの、半分はあきらめることになってしまうけど。

整理されているおかげか、6つはすぐ、決まってしまった。


「うん、わかった」

「ありがとうございます」


11 : 名無しで叶える物語 (ブーイモ) :2023/10/29(日) 21:19:19 MHgclM9gMM
後日、さやは6つのキラキラ光るどんぐりを持ってきてくれた。

ボクが選んだどんぐり達だった。


「一度煮沸して、しっかり乾かしてから、ニスで表面を塗ったんです。せっかくなら、と」


どんぐり達はまばゆく輝いていた。

表面は水で濡れているように艶々としていて、その下には暗い茶色が引き締まっていた。

か、カッコイイ……。


「さや、きみは、天才だ……」

「お、大げさですよ。ネットで調べて、その通りにしただけですから」


さやはそう言うけど、でも、制服と靴もキレイになって返ってきたし。

やっぱり、さやはすごいな、と思う。


12 : 名無しで叶える物語 (ブーイモ) :2023/10/29(日) 21:24:28 MHgclM9gMM

「さや」

「なんですか?」

「来年、またどんぐりの季節が来たら、お願いします」

「ふふ。はい、このくらいなら、喜んで」


なにとぞ、とボクが言うと、さやもにっこり、なにとぞ、と返してくれた。


さやの加工してくれた6つのどんぐりは、部室でいまも輝いている。

来年は、何個つくってくれるかなぁ。




おしまい


13 : 名無しで叶える物語 (ブーイモ) :2023/10/29(日) 21:26:58 MHgclM9gMM
めぐは補習中でいなかったんだ、たぶん


14 : 名無しで叶える物語 (ササクッテロ) :2023/10/29(日) 21:27:10 lgGv/KogSp
乙です!
とても良かった❗️


15 : 名無しで叶える物語 (アウアウ) :2023/10/29(日) 21:27:25 5r7QdpyYSa
めちゃくちゃ良かった
また頼むわね


16 : 名無しで叶える物語 (ワッチョイ) :2023/10/29(日) 21:53:56 NzshA24o00
さや、いやママ!


17 : 名無しで叶える物語 (アウアウ) :2023/10/29(日) 23:51:23 VuTmrrGsSa
詩人じゃん……
またお願いします、なにとぞ


18 : 名無しで叶える物語 (アウアウ) :2023/10/30(月) 13:50:44 7hCxucLUSa
絵本みたいでひたすらにチルい


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