板情報 | スポーツ/趣味/健康 ]

田宮流居合蒲田道場 掲示板


1  反日と戦う保守愛国サイトを応援する  (Res:1)
1哀哭者    :2019/01/15(火) 07:34:07  
反日と戦う保守愛国サイトを応援する

保守愛国のまとめサイトに、サイバー攻撃や左翼法匪による弾圧が相次いでいます。
在日コリアンとマルキシズム左翼の残党はマスコミを乗っ取り、嘘プロパガンダ。
インターネット上でも工作員がやらかしまくって印象操作。
今日も在日と左翼は特定野党(立憲民主・共産など)を使って日本を破壊中。

(↓↓検索推奨↓↓)
 保守速報
 U-1速報
 あじあにゅーす2ちゃんねる
 もえるあじあ
 みずきの女子知韓宣言
 余命三年時事日記

東京・大阪で「ヘイトスピーチ条例」という名の、保守愛国への言論封殺・情報抹殺条例が法制化までされてしまいました。皆さん方はどう思われますか?
名前:   E-mail(省略OK)
2  ホームページコンテンツ充実してきました。  (Res:2)
1齊藤 力弥    :2016/02/11(木) 19:07:18  
蒲田道場の皆さん。こんにちは。齊藤です。
ホームページのコンテンツ、山内さん、平井さんのご協力もあり、
だんだんと充実してきました。気になるのが、蒲田先生の検閲なしで
勝手にアップしていること... なので、文責ということで、
寄稿頂いた方たちのお名前を載せさせて頂きました。
※蒲田先生、内容ご確認頂き、修正必要であればお申し付け下さい。

他の方々からもコンテンツの提供をお待ちしております。
ただし、個人情報保護、肖像権、著作権等の縛りもありますので、
無断転載などにならないよう、オリジナルな情報をお願いします。

※神奈川県剣道連盟居合部の道場一覧リンクから、正式に本ホームページ
へのリンクが貼られました。県連から認めて頂きましたので、
ご報告しておきます。
2阿修羅    :2016/04/01(金) 17:13:42  
土佐伝承の長谷川英信系居合では、介錯の秘伝として、次のようなことが口伝されていたそうだ。
介錯することになった場合には、『もともと介錯は武士のすることではないので、古伝である当流においては不調法である』と前置きしておくべきである。そうしておけば仮に切り損じた時でも、前置きしておいたために、不覚・過失とはならないで済む。
名前:   E-mail(省略OK)
3  介錯は武士の心得  (Res:1)
1阿修羅    :2016/04/01(金) 17:12:16  
土佐伝承の長谷川英信系居合では、介錯の秘伝として、次のようなことが口伝されていたそうだ。
介錯することになった場合には、『もともと介錯は武士のすることではないので、古伝である当流においては不調法である』と前置きしておくべきである。そうしておけば仮に切り損じた時でも、前置きしておいたために、不覚・過失とはならないで済む。
名前:   E-mail(省略OK)
4  掲示板開設しました。  (Res:4)
1齊藤 力弥    :2016/02/04(木) 01:09:03  
蒲田道場の皆さん。こんにちは。齊藤です。
この度、蒲田道場のホームページリニューアルに伴い、掲示板を
開設しましたので、ご連絡します。
稽古お休みの日や、その他連絡事項、居合に関する相談ごとなど
があれば、何でも書き込みしてください。
きっと誰かが返事を書いてくれると思います。
また、メールアドレスkamatadojo@yahoo.co.jpは、しばらく
私が受信管理しますので、ホームページに掲載したい情報や
ここを訪れて下さった入会希望の方などからのお問合せも
受け付けます。
それでは、今後ともよろしくお願いします。
2阿修羅    :2016/02/08(月) 14:38:38  
『御触書』と刀の長さ

「武家諸法度」自体に「二本差し」のことは、触れられていませんが、 いまの「通達」である「御触書」において詳しく書かれ定めています。

幕府は寛永十五年(1638)に大刀二尺八寸(84.8cm)、脇差一尺七寸(51.5cm) という武器の最大刃長寸を定めて、お触書を出したが治安上の効果がなかった。

正保二年(1645)に「浪人者」の取り締まりのため、武士・浪人・町人の区別を明確にした。
「槍」や「野太刀」の市中携帯を「幕府令」で規制し、武士の「髭」や「髷」の形も規制した。

このときに刀の大鍔や角鍔(忍び対策上)も禁止しています。
大刀の刃長を二尺八~九寸(85~87.6cm)
小刀を一尺八寸(54.5cm)と定めています。
これに違反する者には厳しく対処し、時には死罪にすることもありましたた。

寛文八年(1668)から天和三年(1683)にかけては、 町民の帯刀を禁止したことで、「二本差し」が「武士階級」の象徴となりました。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)
3阿修羅    :2016/02/16(火) 12:30:17  
御触書』と刀の長さ

「武家諸法度」自体に「二本差し」のことは、触れられていませんが、 いまの「通達」である「御触書」において詳しく書かれ定めています。

幕府は寛永十五年(1638)に大刀二尺八寸(84.8cm)、脇差一尺七寸(51.5cm) という武器の最大刃長寸を定めて、お触書を出したが治安上の効果がなかった。

正保二年(1645)に「浪人者」の取り締まりのため、武士・浪人・町人の区別を明確にした。
「槍」や「野太刀」の市中携帯を「幕府令」で規制し、武士の「髭」や「髷」の形も規制した。

このときに刀の大鍔や角鍔(忍び対策上)も禁止しています。
大刀の刃長を二尺八~九寸(85~87.6cm)
小刀を一尺八寸(54.5cm)と定めています。
これに違反する者には厳しく対処し、時には死罪にすることもありましたた。

寛文八年(1668)から天和三年(1683)にかけては、 町民の帯刀を禁止したことで、「二本差し」が「武士階級」の象徴となりました。
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)
4阿修羅    :2016/02/16(火) 12:54:39  
身分と下緒の色

下緒は刀装品として登場してよりは個人の趣味によって様々な色や紋様のものが用いられていた。室町幕府や豊臣政権により過剰に華美なものには禁止令が出されることもあったが、厳格に守られていたものではなかったことが、当時の風俗を描いた絵図等により見ることができる。
江戸時代に入り、武士階級に所々の厳格な決まり事が定められるようになると、個人の好みで選んだ色の下緒を身につけることは儘ならなくなっていった。一例を挙げると、江戸期には緋色の下緒を付けられるのは武士として最も高い身分の将軍・大名のみである。
下緒の色には諸藩で様々に異なった規定があり、明文化されていない慣習による決まり事もあった。現代においても、居合道においては「白色の下緒は師範のみが許される」「黒一色以外の下緒は有段者のみ許される」といった決まり事を厳格に求める流派や道場は多い。

羽織紐の色の一例
奥州会津藩を例にとると、「紐の制度」というのがあり、身分により羽織の紐の色が下のように定められていた。
紫色:別格の色。家老(千石高)、若年寄八百石高)。
御納戸色(おなんどいろ):家老、若年寄、三奉行(三百石高)、城代(五百石高)、大目付(三百石高)、軍事奉行(三百石高)、学校奉行(三百石高)など。<高士>
黒色:一般の武士(上士)。<一の寄合以上>
紺色:猪苗代城在勤の猪苗代十騎。
花色(縹色(はなだいろ):厩別当、勘定頭、納戸、御側医師、駒奉行、武芸指南役。<二ノ寄合>
茶色:(中士)<三ノ寄合>
萌黄色:(中士)<年割>
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)
名前:   E-mail(省略OK)