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日本家系図学会・掲示板

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1 : 難波吉士・五十狭茅宿禰将軍の真実の系譜(1) / 2 : 忘れられた、源氏(6) / 3 : 出口氏について(3) / 4 : クリス・ペプラー氏の件について(2) / 5 : 忘れられた、源氏(1) / 6 : 法名碑の意味について(2) / 7 : 林正三に関する問合わせ(1) / 8 : 賀陽宮恒憲王(3) / 9 : 倭氏系図の原典(出典)は何でしょうか?(5) / 10 : 近江 九里氏についてお聞きしたいです。(2) / 11 : ご指導お願いいたします。(1) / 12 : 平維盛の子、清水家について(3) / 13 : お願いします(6) / 14 : 質問(3) / 15 : 教えてください。(3) / 16 : 質問(2) / 17 : 日本家系図学会掲示板開設(2)
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1 難波吉士・五十狭茅宿禰将軍の真実の系譜 (Res:1)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 1
1籠の鳥 :2017/10/02(月) 22:41:44
そろそろ怨恨の古代人の藤原不比等なんかに何時までも騙される、難波吉士・五十狭茅宿禰将軍系譜を渡来人や新羅官位由来とする捏造の呪縛から解放されて、多氏古事記とは何か、古代史に日本の根幹に関わる重要な何があったのか、見直しませんか。以下を検索して頂きたいです。

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2 忘れられた、源氏 (Res:6)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 2
1三本一博 :2016/11/14(月) 22:52:08
高知県の四万十町に志和薬師寺があり、その棟札に御本家領家次第沙汰人
とあるが、それを、「ごほんけりょうけしだいさたにん」と読まれて誰の
ことか、わからなくなっています。別の書物には丁寧に御本尊領家次第沙
沙汰人と書かれているのに、これもまた「ごほんぞん」と読まれて誤写と
なっています。(みもとのみこと)と読めば、同じ事だとすぐ解る筈ですが。
紀州武田の御本氏が家系図に土佐に移ってと書いてます。
年代を調べても、だいたいあってますし、この時代荘園制度によってこの
土佐に来たのだろうと推測されます、苗字の由来も御本明神からくるもの
だと、推測されます、これによると御本は、三本とも書くそうです。
よその県に、ある三本(みつもと)とは、違うと思われます。
この事実は、なかなかわかってもらえないです、普通 本家〇〇家などとは
書くかもしれないが、ごんけ とは文面が おかしくはないだろうか?
ごほんぞんにあたっては、これだけ誤写する人がいるだろうか?

2研究編集部 :2016/11/30(水) 13:40:55
1 世に通行する源平藤橘などの大姓は、具体的な系図・史料で裏付けのあるものを除き、
ほとんど全てが系譜仮冒による僭称にすぎません(史実ではないと言うことです)。それが、『吾妻鏡』に記載のある姓氏でも、この事情は変わりません。

2 世の中には誤解が通用している例が多く、例えば、佐藤、斎藤、加藤、近藤など「□
藤」とつくのは藤原氏の子孫と一般に受けとられているようでますが、これはまったくの
誤りで、むしろ「□藤」というのは「本来は、藤原氏ではなかった」というのが実態とみ
られます。ただし、個別に藤原氏を称したことを否定するものではありません。
 桓武平氏の武家は、東国では常陸大掾一族と越後の城一族以外は、東国古族の末流とみ
られますし、『尊卑分脈』の武家平氏の系図の始まりの部分は、清盛への流れ以外の殆ど
では信頼性に乏しいのが大部分です。
 清和源氏は、かなり詳しい内容が『尊卑分脈』にありますが、それでも信濃源氏などに
疑問な個所があり、これに記載されない系図はまず信頼性を疑ってかかるのがよいところ
です。

3 紀伊には甲斐源氏の武田氏一族の流れという諸氏が繁衍しました。具体的には、源平
争乱期の武田太郎信義の弟に奈古九郎義行がおり、その子孫が熊野の武田氏で、中世の大
族湯川氏もその流れという系図に改変されますが、これは系譜仮冒です。
 実際には、尾張連の同族に竹田連があり、その後裔は主に紀州熊野の牟婁郡で繁衍した
もので、天平勝宝年間に竹田連大麻呂が牟婁郡栗栖郷(富田川流域か)の郷長になったの
が起源とされる。その子孫は生馬山王社を創建し、栗栖、岩淵、栢山、松本などが出た。
愛洲(会洲、愛須)は紀伊志摩伊勢などに勢力を持ち、紀伊国牟婁郡の一族に久留栖、三
本、上郷、近露、山本、湯川、武田、川、別所、上(宇恵)、幸徳、波沙、坂本、尾喜な
ど、また土佐に遷した支流から御本、武田、浜田(その末裔に田中光顕伯爵家も出す)な
どを出した、という事情があります。土佐の幸徳、坂本も、同様に熊野からの流れとみる
のが自然でしょう。
 源氏を称したのは、武田・竹田というつながりから、家格を高めるために利用されたと
みられ、源氏と言っているから、それらがすべて史実だというようには考えないほうが史
実に即したものといえましょう。


3三本一博 :2016/12/01(木) 19:28:47
武田信光の2子の武田信忠が義絶されたとあり、その子 家弘が養子になったか、
信忠が家弘に改名したようなことは、ないのでしょうか?


4研究編集部 :2016/12/13(火) 12:28:24
  武田信忠の子孫は確認できず、五島列島の宇久氏ともども、疑問なものです。
「信忠が家弘に改名」ということは、当時の命名法から言っても、無理な想定です。


5名無しさん :2017/04/18(火) 22:47:41
岸という姓なのですが、天保時代頃から明治期までの先祖が、山形県村山郡に在住していた侍なのですが、
その辺の場所は、岸氏発祥の場所の一つであるというような事が、
青春出版社『名字でわかるおもしろ起源(ルーツ)』丹波基二氏著などに書いてあり、

また、そこは、源義仲の末裔の岸美作守源朝臣義満が、在地領主・豪族として居た場所であると、角川書店『姓氏家系大辭典 第二巻 キ~ト』太田亮氏監修に書いてあるのですが、

やはり、先祖は岸美作守源朝臣義満であると考えてよろしいのでしょうか。

また、清和源氏会があるようですので、源義仲末裔として入会したいのですが、入会には家系図が必要との事で、
岸美作守源朝臣義満一族は、最上義光に敗けて家臣にされており、
改易の際の破棄により、最上家家臣の家系図は特に壊滅的であるとの事なので、困っております。

客観的に見て、家系図が無くとも、源義仲の末裔であるだとか、岸美作守源朝臣義満の末裔であるだとか、清和源氏であると認識して頂けるものなのでしょうか?


6名無しさん :2017/04/19(水) 07:49:52
>>5 の追記です。

そのまえに、出口氏のご質問のご回答が、終えられてはいませんでしたのに、
迂闊にも気が付かずにスレッドをお上げしてしまいまして、申し訳なかったというお詫びを、申し上げておきます。


出羽村山郡の岸氏のルーツとされる岸美作守源朝臣義満は、柴田兼頼という在地豪族が、
土地を差し出し築城までしている事や、何百人対、最上軍5000人を前にしても、豪族や出羽山僧兵が駆け付けて加勢している事などから、
それなりの格の清和源氏であったとの確信に足る何かがあったと、
清和源氏であったには違いないのだろうなとは、考えられるかと存じます。

ですが、関東のどこかから出羽に移り住んで、それが、関東のどこからだったかは分からないだとか、
美作守というのが釈然としません。


美作は確かに領主系の交代が激しい所だったらしく、岸美作守義満が源義満の末裔というのは本当で、一時期は美作守家系であったのかなとも考えられます。

いっぽうで、美作もまた、岸氏の発祥地の一つとして、先ず挙げられる場所であり、それは山名氏流清和源氏であるとの事です。

本当に、美作に居た、源義仲の末裔というのはあり得るものなのでしょうか、
また、美作の山名氏から分かれた家系とすれば、山名氏の誰から分かれたと考えられるのでしょうか。

更に、出来れば、関東のどこから出羽に移り住んだと考えられるのか。

如何なものでしょうか。勿論、絶対的なお答えなど、求めさせて頂いてはおりません。

貴サイト様のご見解を、ご参考にさせて頂ければ宜しいのです。


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3 出口氏について (Res:3)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 3
1出口太郎 :2017/03/12(日) 22:36:46
三重県の出口です。私の住む三重県北勢地域は全国の中でも一番
出口の苗字が集中している三重県の中でもとりわけ多い地域で、
出口を名乗る家の家紋の多くが丸に橘です。
神奈川県に住む出口、長崎県に住む出口にも丸に橘の家があるそうです。
出口はどこが発祥なのでしょうか。また、相模の三浦一族の出口氏と関係があるといえるでしょうか。
渡会系出口氏は丸に短冊紋なので、違うのかなと思ったりします。

2出口太郎 :2017/03/12(日) 22:48:03
追記です
丹羽基二氏の「あなたも系図が作れます」によれば藤原氏の出口は丸に短冊紋とのことでした。


3出口太郎 :2017/03/13(月) 16:37:27
訂正です。丸に橘は私の住む自治体近辺です。
北勢地域の出口氏にも別紋の家は多々あります。


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4 クリス・ペプラー氏の件について (Res:2)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 4
1Tm, :2016/11/22(火) 09:03:46
11/21のTBSの番組を切欠にクリス・ペプラー氏が光秀の末裔であることが話題に上がり、こちらの会が「末裔と言って構わない」とお墨付を与えたとの報道がなされていますが、同氏を“土岐氏の末裔”であるするのは良いとして、“光秀の末裔”とするのはどうなのでしょうか?

番組にも出演された子孫氏の、ペプラー氏の祖先に当たるとされる土岐頼次の二男・頼勝が光秀の子ではないかとの推察は、長男を差し置いて彼が家を継いでいることが根拠になっているようですが、それが即、実子でなかった根拠になるものではなく憶測の域を出るものではないと存じます。

そもそも子孫氏は数代前の家系を偽証して、あたかも自身が光秀の血を継いでいる“直系の子孫”であるかの如く触れ回られている訳ですから推して知るべしかと思うのですが如何でしょうか?

2研究編集部 :2016/11/30(水) 13:04:16
 世の中に流布する系図の殆ど全ては、後世の偽作か疑問の大きいものです。
とくに先祖の出身あたりの部分は要注意で、有名人のいわゆる「落胤」的な所伝で
信頼できるのは皆無だと考えられます。関係者がどのように触れ回るのも、ある程度
自由でしょうが、それは史実ではないということです。
 こうした事情ですから、当家系図学会が誰かの家系について、お墨付きを与えるよう
なことをするはずがありません。当会の役員連中も、まったく同様だと思われます。


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5 忘れられた、源氏 (Res:1)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 5
1三本一博 :2016/11/14(月) 22:47:53
高知県の四万十町に志和薬師寺があり、その棟札に御本家領家次第沙汰人
とあるが、それを、「ごほんけりょうけしだいさたにん」と読まれて誰の
ことか、わからなくなっています。別の書物には丁寧に御本尊領家次第沙
沙汰人と書かれているのに、これもまた「ごほんぞん」と読まれて誤写と
なっています。(みもとのみこと)と読めば、同じ事だとすぐ解る筈ですが。
紀州武田の御本氏が家系図に土佐に移ってと書いてます。
年代を調べても、だいたいあってますし、この時代荘園制度によってこの
土佐に来たのだろうと推測されます、苗字の由来も御本明神からくるもの
だと、推測されます、これによると御本は、三本とも書くそうです。
よその県に、ある三本(みつもと)とは、違うと思われます。
この事実は、なかなかわかってもらえないです、普通 本家〇〇家などとは
書くかもしれないが、ごんけ とは文面が おかしくはないだろうか?
ごほんぞんにあたっては、これだけ誤写する人がいるだろうか?

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6 法名碑の意味について (Res:2)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 6
1佐藤護 :2016/01/21(木) 16:04:59
元禄十二年の法名碑で「梅雪道花禅定門」という主人と「乱窓点公禅定尼」奥さんと思しき法名碑がありました。死んだ日は元禄十二年十一月十二日で同じです。住んでいたところは宮城県本吉郡十三浜村相川です。
名前は太郎右衛門で伊達藩の本吉郡の十三浜村の十か村の肝煎りをしておりました。何か隠された出身があるような気がして少しでも意味があるとしたらその意味を理解したくお尋ねしました。
法名碑からヒントでもあれば教えていただきたいと思います。

よろしくお願いします

2門林光治 :2016/11/08(火) 14:32:13
禅定門は、日蓮宗の法名(戒名)です。百済から渡来した天智天皇の関係者の宗派は、日蓮宗から始まり、参謀職の上賀茂・下賀茂神社から日蓮宗の仏信仰と神仏合体の方向で信仰が始まる。


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7 林正三に関する問合わせ (Res:0)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 7
1林 平八郎 :2016/07/08(金) 11:50:52
林秀貞追放後、林正三は大橋家お預けとなり、のち徳川の家臣になつていますが、長男正基、次男正成、四男源助、五男五郎左衛門は、他家に仕えたようですが、三男正継の行方が分かりません。江戸期の正継の家系
を知りたいのですが、お教えください。

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8 賀陽宮恒憲王 (Res:0)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 8
1美佐於 :2014/09/30(火) 08:41:52
賀陽宮恒憲王について調べております。
お亡くなりになった後、敏子夫人が「思いで草」という冊子を出されたそうです。
しかし、この本は国立国会図書館サーチやCiNiiでは所蔵館なしという結果が出ます。
古書のサイトでも探してみましたが、見当たりませんでした。
日本家系図学会ならばお答えが頂けるかもしれないと思いご質問致します。
この書物はどこかで読めますでしょうか。
ご存知であればぜひ教えていただけますでしょうか。
何卒宜しくお願い致します。

2研究編集部 :2015/05/25(月) 20:39:27
 国会図書館及び都内の各種図書館に検索をかけましたが、検索にひっかかりません。
 おそらく、私家本で刊行されて、どこにも寄贈されていないようですので、
賀陽敏子さんの関係者にあたってみるより方法がないようです。


3明彦 :2016/04/25(月) 20:45:04
賀陽敏子様は、晩年柏市光が丘の麗澤大学と深いご関係がありましたから
そちらにご照会してみてはいかがでしょうか。


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9 倭氏系図の原典(出典)は何でしょうか? (Res:0)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 9
1名無しさん :2014/11/12(水) 12:47:29
古代有力豪族の系譜に関心がある桂川と申します。
次の事についてお尋ねします。
古代有力豪族系譜の内、私が知りたい系譜については、その出典がほぼ判明しました。
ところうが、なぜか大倭国造の倭氏のみ、その出典が判明しません。
ネットなどに出回っている椎根津彦ー志麻津見ー武速持ー邇支倍ー飯手と続くこの系譜の原典は何によるものか知りたいのです。ご存じありませんか?
お手数とは思いますが何か手がかりなりと教えて頂ければ幸いです。
よろしくお願いします。

2研究編集部 :2015/05/25(月) 20:32:40
 返事が遅くなって申し訳ありません。
 お尋ねの原典は、鈴木真年編の『百家系図稿』第21巻にあり、これを『古代氏族系譜集成』
のほうに転記されています。ごく簡単なもので、奈良時代初期の五百足で掲載は終わっています。
 この原典は、世田谷区の静嘉堂文庫に所蔵されています。


3桂川光和 :2015/09/27(日) 00:21:34
ご回答ありがとうございます。
昨年世田谷区の静嘉堂文庫に出向き『百家系図稿』第21巻を見ましたが、見落としたのかもしれませんが該当の系譜を探し出せませんでした。
機会を見て再度確認してみます。ご教授ありがとうございました。


4桂川光和 :2015/10/06(火) 20:27:50
国立国会図書館に『百家系図稿』のマイクロフイルム版が収蔵されています。
第21巻に該当系図が存在するか尋ねましたが、見当たらないとのことです。

かって静嘉堂文庫で、第21巻はもとより、百家系図稿の全巻について調べてみましたがが残念ながら見つけることが出来ませんでした。
何か他の文献という可能性はありませんか?


5研究編集部 :2015/11/10(火) 22:13:14
1 >国立国会図書館に『百家系図稿』のマイクロフイルム版が収蔵
○(株)雄松堂出版が『百家系図』をマイクロフイルム化したときに、『百家系図稿』も
 同様にしようとしたのですが、貼り込みが多く、マイクロフイルム化を断念したと聞いて
 います。従って、国会図書館に『百家系図稿』のマイクロフイルム版が収蔵されているこ
 とはないと思われます。
○『百家系図稿』の原本には、第21巻のなかにたしかに系図記載があります。
 ただ、無題で記載されており、探すのに注意を要すると思われます。

2> 何か他の文献という可能性。
○ 内容のカバー範囲は少し異なりますが、中田憲信編の『諸系譜』第2冊に
 「大和宿祢及海直」という系図があって、ここにも倭国造の系図が記載されています。
 こちらは、マイクロフィルム化されているので、利用しやすいと思われます。


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10 近江 九里氏についてお聞きしたいです。 (Res:0)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 10
1田川 :2015/01/06(火) 21:42:49
近江八幡 九里氏の出自について。姓氏家系大辞典(太田亮)によりますと、当麻真人と関係のある功力氏と関係があるように書かれておりますが、
その後九里という姓までどのようにつながっていくのかが知りたいです。
どのような本で調べていくのがよろしいでしょうか? 教えていただけますと、大変助かります。
宜しくお願い致します。

2研究編集部 :2015/05/25(月) 20:55:46
1 『姓氏家系大辞典』クノリ条には、九里刑部について、「或は云ふ功力三郎左衛門也
とも云ひ」という記事がありますが、根拠が不明です。
2 ちなみに、クヌギ氏(功力氏)は甲斐の名族で、用明天皇後裔の当麻真人姓であり、
これが近江に行ったことは管見に入っていません。なお、同大辞典には、「当麻真人榎井
十八世の孫・鴨五郎康祖の男康以・功力太郎と号す」と記載されますが、この「鴨」には
誤記があり、「鶴(都留)」が正記です。
 原典を中田憲信編の『諸系譜』第六、都留系図とする系図が、『古代氏族系譜集成』にも
掲載されていますが、康以の子の康房(功力四郎)までの記事しか見えません。


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11 ご指導お願いいたします。 (Res:1)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 11
1 名前:DAI 投稿日: 2014/08/31(日) 18:56:40
当方、富山県高岡市の上野氏について調べている者です。どしても、
富山県の上野氏については、越中国上野氏、清和源氏新田氏流上野氏
が有力と考えているのですが、この私の考えは正しいのでしょうか。
高岡市のとある町内に多く、上野さんが住んでおられます。
この上野さんと関係のある者なのですが、
どうしてもこの二系統の上野氏で、研究が止まってしまいます。
日本家系図学会の皆様のご指導を仰ぎたく、書き込み致しました。
何卒、ご指導よろしくお願いいたします。

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12 平維盛の子、清水家について (Res:3)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 12
1 名前:時計 投稿日: 2014/07/30(水) 14:34:06
諏訪の清水家について調べている者です。
近藤安太郎氏の平家伝説序章よりこちらに辿り着きました。
諏訪の清水家には平家末裔であるとの言い伝えがあります。
長年6代より先のルーツを調べているのですが、何分調べ方も
分からず1人では難しい状況です。
どなたかお力添えをいただけないでしょうか。
誠に勝手なお願いでございますが、どうぞ宜しくお願い致します。

2 名前:研究編集部 投稿日: 2014/08/01(金) 21:35:11
1 小松内大臣重盛の子の維盛が紀伊の熊野(牟婁郡)に隠れ、那智浦に入水した事情があることから、熊野の土豪には維盛の後裔と称する系譜伝承があります。維盛は、実は入水したのではなく、那智の奥の色川村に潜伏し、そこで子孫を残したが、それが色川、小松、清水などの諸氏になったといわれ、また熊野の玉置氏の娘に通じて玉置五郎盛直を生んだともいいます。

2 これら熊野の諸氏が維盛後裔であったはずがありませんが、名前に用いる通字が「盛」という一族が中世熊野にいくつかあり、それが清盛一門の通字「盛」につながりそうなことから、維盛入水にかこつけて、維盛後裔と称したものとみられます。江戸後期に紀州藩が編纂した『紀伊続風土記』にも、色川郷条などにこの伝承を記載し、維盛の長男盛広の後が小松氏とか色川氏になったとあげます。建武の頃には色川左兵衛尉盛氏は南朝に仕えて軍功があり、その娘が南朝皇族の尊義王に嫁したともいいますから、この地方の名族といえそうです。実際には、熊野古族の後裔の模様で、一に尾張氏族の水主直姓といい、清水氏は牟婁郡の熊野社家に見えますが、具体的な系図は不明です。

3 信濃の諏訪郡などに清水氏があり、『姓氏家系大辞典』では『諏訪志料』の記事をひいて、清和源氏の新宮備前守行家の後裔と伝えますから、この清水氏は熊野の所縁で前項の同族かもしれません。そのほか、全国各地に様々な系統の清水氏が同書に掲載されており、地域ごとに系譜を調べる必要があると思われます。

3 名前:時計 投稿日: 2014/08/03(日) 17:47:37
研究編集部様
ご丁寧に教えて下さいましてどうもありがとうございました。
ご教示頂きました3について調べてみようと思います。
私は歴史は詳しくないのでとても大変そうですがどうしても知りたいと
思っております。

諏訪の当清水家は平家末裔であること自体決して口外していないので、
なぜ諏訪志料に掲載されているのか分かりませんが、何らかの手がかりが
あるように思われます。

諏訪には長塚墓地と言う古くからの墓地があり、明治生まれの長老によると
諏訪湖周辺では最も古い墓だということです。
石碑の文字がもう読めなくなっている石造物群もたくさんありまして、岡谷市が
管理しています。
そちらには清水、小松と小口の家の墓ばかりが埋葬されています。

小口家は平家とは関係があるという事実が見当たらないのですが、
諏訪湖に住まわれている小口家のルーツは一体どちらから来ているのでしょうか。
平家と関連はあるのでしょうか。調べるきっかけになればと思っております。

また、平安時代以降から昭和までの諏訪郡、特に現在の岡谷、下諏訪辺りの
荘園や土地等の管理状況の変遷や年代等が分かる地図、資料をご存知でしたら
教えていただけませんでしょうか。
以前、親戚の故人より聞いた話では嘉永元年頃は庄屋?だったけれど、
諏訪湖一帯の当家の土地は国にあげた?没収された?とのことで、これも
調べるきっかけになればと思っております。

どんな些細なことでも結構ですので、どうぞ宜しくお願い致します。

時計

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13 お願いします (Res:6)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 13
1 名前: 投稿日: 2012/12/28(金) 13:48:56
宝賀先生の「古代氏族系譜集成」
どうかこちらを重版して欲しいです。
何卒、お願いいたします。

2 名前:木海 投稿日: 2013/08/29(木) 12:55:07
1 当人も、なんらかの形で改訂版を出したいと思っているようですが、出版元や財政的な問題で具体的には進んでいないようです。
2 古書市場にも出ていないようですが、まだ手を尽くせば、探せるかも知れませんので、日本家系図学会事務局の個別メールで
 E‐mail  kakeiwak@yahoo.co.jp で具体的な相談をされては、いかがでしょうか。

3 名前:宗全裔 投稿日: 2013/09/03(火) 22:24:36
日本の古本店の検索サイト『日本の古本屋』に宝賀先生の『古代氏族系譜集成』が一セット(60,000円)出ています。
書店の名前は「叢文閣書店」で、東京の千代田区神保町1−9が住所です。今すぐ申し込めば、手に入りますよ。
このサイトでは『家系図総合講座』上下もたくさん出ていますよ。

4 名前:未来 投稿日: 2013/10/21(月) 20:02:53
ありがとうございました。今、名前のあった本を参考にしたいと思います。

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14 質問 (Res:3)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 14
1 名前:未来 投稿日: 2012/08/23(木) 17:17:05
家系図総合講座と言うほんを本屋で探しましたが見つかりませんでした。本屋では販売してないのでしょうか?

2 名前:研究調査部 投稿日: 2013/08/29(木) 13:24:23
1 たしかにその名の本は出ていて、国会図書館の所蔵があるということなので、閲覧ならそこで可能だと思います。
2 出版事情を見ると、何回か改組があった古い時代の日本家系図学会が出したもので、1978年に丸山浩一先生が著者とされています。
 丸山氏は、家系研究協議会の元会長で、大著『増補改訂 系図文献資料総覧』(丸山浩一編。緑蔭書房、1992年。1979年旧版の増補改訂版)を出されている研究者ですから、内容は信頼できると思われますが、日本家系図学会も同書の注記(注記 監修: 樋口清之 指導委員長: 丹羽基二)にある丹羽基二氏(元会長)がすでに逝去し、会組織・事務局の変遷改組があって、この関係の在庫はありません。
3 従って、系図についての総合講座的なものであれば、
 仝鼎は、太田亮博士の『家系系図の合理的研究法』(改題復刊『家系系図の入門』)とか、
 ⊂綉丸山浩一編『増補改訂 系図文献資料総覧』、
 6疇0詑析挫『系図研究の基礎知識』全四冊 、
 ごくやさしく書かれたものなら、豊田武著『日本史小百科7 家系』もあります。
 また、実際に具体的な家系調べをしようというのであれば、現在、当会会誌『姓氏と家系』で吉濱邦彦氏が「我が家の家系図作りに挑戦しよう」という連載をしておりますので、それをご覧下さい。
 更に、岩本卓也 氏が『いまこそ家系図を作ろう』という本を書いていますので、これらをご参考にしてください。

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15 教えてください。 (Res:3)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 15
1 名前:とも 投稿日: 2011/01/10(月) 02:04:56
美濃の早矢仕氏の系譜のご存じの方、教えてください!!

2 名前:木海 投稿日: 2013/08/29(木) 12:47:57
1 分布は美濃あたりに多いようで、書店の丸善の創業者・早矢仕 有的(はやし・ゆうてき)も、美濃国武儀郡笹賀村(現山県市)の出とされます。
2 美濃に多い林(ないしは拝志)の分岐か関係者が起こりではないかと思われますが、具体的な系図はまだ見たことがありません。

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16 質問 (Res:2)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 16
1 名前:未来 投稿日: 2012/08/28(火) 16:19:40
家計図総合講座というタイトルの本をさがしています。本屋では売っていませんでしたが、図書館ではありました。
日本家系図学会の掲示板を見て知っている方がいましたら、情報を教えてください。

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17 日本家系図学会掲示板開設 (Res:2)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 17
1 名前:岩本 投稿日: 2010/10/14(木) 17:35:31
日本家系図学会の掲示板を開設しました。

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