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1 大刀剣市へ行ってみませんか? (Res:2)All First100 Last100 SubjectList ReLoad 1
1 名前:紋章官    投稿日:2017/09/08(金) 22:39:14    
9月にはいり、当落に関係なく冬コミに向けての原稿に取り掛かり始めるころあいと
なりました。まあ、夏に見送った「ブルゴーニュ公国史」は校正をすれば原稿は完成
するので、ほとんど1冊は完成済み。それ以外に何冊書きあげられますか。

さて刀剣乱舞は根付いたようで、刀剣への関心はしばらく続きそうです。そんな刀剣
をまとまってみられる年に1回の大規模な展示即売会が11月にある「大刀剣市」
以前は神田の古本まつりと日程が重なり、頭を抱えていたのが、近年は分離。
おかげで両方じっくりみられる。今年の日程は11月18日~20日。場所は
新橋の東京美術倶楽部。ところが当の美術倶楽部のhpでは日程が掲載されない。
ということで、刀剣商の全国刀剣商業協同組合のhpで日程を確認しましょう。
この年に一度の刀剣市、いつぞや来日した外国人突撃番組で紹介されたように、
日本人だけでなく、外国人も大勢。現状、白人さんが主流。まだアジア系は少な
い感じです。それに増えてきたのは若い女性。刀剣乱舞で入ってきた人たちで
昨年、会場で行われた抽選で、景品が当たった人に何人か女性がいました。
ちなみに入場料は確か3日間の入場券と販売カタログセットで2000円のはず。
はず、というのも、ここ数年、購入しないものですから値段がわからない。
何しろ付き合いのある刀剣商から送られてくるようになってしまいました・・・
カタログを送ってくる意味合いは、商品を買って!という事です。
知り合いの方々は一人で何冊も届くのはざらで、みんなして1冊100万
だな~と笑っていらっしゃいます。それだけ過去に購入されているわけで、
一方、それだけ高価な名品を購入されていると、このカタログを作成する
ため商品が必要な時期になると、逆に「そろそろ手放しませんか?」と
刀剣商側が働きかけてくるようになるのですが、それはまたおいおいの御話。
なにしろ刀剣商側も、カタログに載せるのですから目玉商品を載せたいので
それを調達する苦労がある。その汗と苦労の商品なのですから。
なお強調しますが、私はそんなに買っていません!ただ、とうとう、送られて
しまうところまで、覚えられてしまった所です。
今頃、カタログは校正中のころ。10月には参加する刀剣商にまずは配布、
刀剣商は御得意客やなじみ客に送付や店頭販売するところです。
毎年、「見てるだけ」で済ませようと思うのですが、結局、何か買っている。
ちなみに今年のコミティアでの展示品の三分一は、これまでの大刀剣市での
購入品。お金がなくなりましたので、すでにいくつも手放しました。
これで踏みとどまれるかが勝負所です。しかし、光壽と蝦夷は痛かったなあ~
それでは。
2 名前:紋章官     投稿日:2017/09/22(金) 21:22:09    
台風やら暑さやらあわただしい一週間、気がつけば9月も後半。いかがお過ごしですか?

さて大刀剣市、刀剣に興味があっても専門店に入るには気が引ける人にはいい機会!ぶっちゃけて言えば、同人即売会の専門店版と思えばいいわけで、入場するのにカタログを購入すのは当然だし、それが2000円くらいするのも参加サークル(店)が少ないのに高い、というのもフルカラーカタログとだと思えば違和感はないでしょう(笑)。
あとは博物館の展示品宜しく、ガラスケースなどに並んでいる本物の刀剣を見て回れば
いいわけです。何も声をかけたから、見てるから買わなきゃいけないわけではありません。何しろ値段が値段、安いものではないのですから。値段もピンきり、居合刀なども
扱っている所もありますし、金具もお手軽な所から並んでます。
他にコミケスペシャルで見た人もいると思いますが、刀鍛冶さんが文鎮などに銘切して
販売もしていますし、去年からは甲冑などの研究会「日本甲冑武具研究会」さんが出ていて、甲冑のカレンダーなども販売しています。また刀剣商のなかでも在庫の刀剣書籍を
持ってきて販売していますので、御刀資料本探しに行ってもいいでしょう。
なにも、超高価な御刀や刀装具ばかり売っているわけではありません。
それなりにお手軽、初歩からのものも並んでいます。御店によって!
そこは御店の得意筋、狙いの客層があります。高額品だけ並べる刀剣商もいますが、そんなお店は限られたもの・・・大概、お手軽な物をならべている刀剣商が多いので、それを
眺めて気に入ったものを見つけてみてはどうでしょう?
基本、商売人の販売会。買ってもらうのが目的ですが、初心者がいきなり買うとも考えてはいません。但し、それぞれ御店の流儀がありますので、そこはエチケットを守り、眺めるだけ、声をかけてみるは良く考えて、というところです。
まあ、こんな世界もあるものだ、と見てみるものいいですよ。それでは~
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2 万国蕩尽伝 (Res:1)All First100 Last100 SubjectList ReLoad 2
1 名前:紋章官    投稿日:2017/09/16(土) 17:00:58    
書き込み途中で変にカーソルがとんでしまい、これが正しいスレッドタイトル、
、下の書き途中で変なスレッドの残りのです。

それで続きです。この古代中国の故事にちなみ、西国立志伝ならぬ、万国蕩尽伝!
コミケでの販売冊子とも考えていたのですが、洋の東西を問わず莫大なお金を蕩尽
して家や国を傾けたお話をあれこれご紹介。いまでこそ、一大業績とたたえられつ
つも、家を傾けた、また家に向かない、もしくは家を傾ける、と親が心配してその
道へ行かせた財産家の師弟は少なからずいます。
それこそ「小原の庄助さん、なんで在所をつぶした?」ネタというところ。
それに比べりゃ、いくら背伸びしているとはいえ、自分の稼ぎのなかでやりくり
しているのだから、こりゃ、趣味はきわめられないなあ~それでは。
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3 万国動じんし尽くす伝 (Res:1)All First100 Last100 SubjectList ReLoad 3
1 名前:紋章官    投稿日:2017/09/16(土) 16:51:39    
せっかくの3連休、それが台風襲来でまさに水入り。せめて被害が出ないことだけを
ねがうところ。個人的には3連休なので、せめて小田原へ甲冑展を見に行くか、
平和島と東京フォーラムの骨董市を見に行くか、というところでしたが台風であきら
めいとうところです。交通費が節約できたな~

さて趣味で大散財していますので、我ながら放蕩者!収集にはお金がかかります。
お金をお足とはよくいったもので、とことこ財布からでていってしまう。お足なら
足休めでやすんでくれるかもしれませんが、今はお羽で、かぜでどんどん飛んで行
ってしまう・・・

放蕩、もしくはお金を蕩尽し尽くす
使うのが正しいか、それも家を潰すほど使うのが正しいのか、

これまた古くからの課題。

古代中国の話。孔子の弟子子貢の子孫は大変な大金持ち。その生活は諸侯もかくや
というもの。多くの側女や子供をもち暮らしていたが、一方で家のきりもりに追わ
れる。それで家のきりもりをやめて、財産も側女や貧しい人たちにすべてわけて
しまった。そのため病気になっても医者にかかれず死んでしまうどころか葬式も
だせない。すると、財産を分けてもらった人たちがお金を出し合い、立派な
御葬式が行われた。
さて、これを見てある人は曰く「財産と家を潰してなんと言う愚か者」、また
ある人曰く「何と見事な行い、これぞ賢者の行い」。
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4 異説奇説 (Res:8)All First100 Last100 SubjectList ReLoad 4
1 名前:紋章官    投稿日:2017/05/19(金) 21:49:14    
コミティア明けボケ中。夏コミの当落はまだ不明ながら、そろそろ原稿入力を
再開しないといけません。ブルゴーニュ公国史が中途なので、その追い込み。
続いて中世都市か教皇庁史か、気が向いたほうで進むかな~

さてコミティアの打ち上げ、二次会のコーヒー中、日本のピラミッド説のおしゃべり
もしましたところ。一時、ブームがありましたねえ~北は黒又山、西は葦嶽山が名の
しれたところ。四国や九州はどこでしたっけ?
ピラミッドというからには人工物、ということではありません。この場合、山岳祭祀
施設の一例、自然丘陵を整形して祭祀施設とした、と捉えれば理解しやすいところ。
何もエジプトのピラミッドのように一から築き上げたものではないのです。
名前から、エジプトのピラミッドを考えるからいけないので、単純に祭祀遺跡の
一形態と考えれば受け入れやすいでしょう。それが縄文時代でも。
狩猟採集時代だからといって縄文文化を侮ってはいけません。
縄文文化は文明の一歩手前まで到達していた高いレベルを誇ります。
同程度のレベルでの人口密度や食生活の豊かさ(虫歯の発見率から算出)において
傑出したものを誇ります。もちろん、他の文化、欧州でもストーンヘンジ、マルタ
の地下神殿など農耕以前でも高い技術と動員力を見せています。
それゆえ、日本の縄文文化でもそれができないわけはないのです。続きはまた。
2 名前:紋章官     投稿日:2017/05/26(金) 20:49:02    
5月もおわりですね~「林原めぐみのTokyo Boogie Night」公開録音当選はがきが届き
ラッキー!という月末。これも日曜日に京都は高尾神護寺、槙尾西明寺を早朝参拝した
ご霊験なのでしょうか?栂尾高山寺は参拝時間前で入り口で断念・・・そりゃ、朝6時半じゃねえ~あ、神護寺は門からです。9時に入りなおして、ちゃんと御本尊薬師如来様を
お参りしました。旅先の早朝散歩が完全に習慣化してしまった・・・

さて日本のピラミッド説の続き。一時、いろいろありましたよね。例えば大和三山が綺麗な二等辺三角形を構成するので、一つは人工山だの、淡島は人工的に整形されただのといろいろと説が展開されたところ。実際、これらのピラミッド説の対象になった山をみていくと、巨石奇岩が散在していたりすることも多い。
実際、黒又山は同志社大学の研究会が調査して整形の痕跡を発見しており、祭祀遺構との
視点から見直せば十分説得力をもちます。
そもそも山をシンボルとして集団が構成され、集団が結束を確認するため、祭祀を行う
また集う場所として整備したと考えれば理解しやすいところ。
たまたま先日見たミステリアスジャパン、異説ありとちょうど、このネタをやっていましたが、そこで山は蛇がとぐろをまいた姿をイメージ、そしてピラミッド候補に三輪山が
出てきたのには、さすがに虚をつかれたところ。何しろ三輪山の神「三輪のオオモノヌシ」は蛇であることは古事記に記された箸墓説話の内容!幽翠街道さん、どう思います?
えらいところにいきなり斬り込んできたなあ。神話ネタで「蛇ー日本の蛇信仰」(講談社学術文庫)を読んでいるところでもあり、切り口を変えてみたくなってきたところ。
それでは
3 名前:紋章官     投稿日:2017/06/16(金) 21:06:55    
コミケ、落ちました・・・いや、去年の夏も落ちていたので、この夏は大丈夫かと思っていたのですが、落ちた・・・・仕事もコミケも絶望・・・・。
ということで友人の所で店番です、初日はアクセサリーのところ、3日目は評論・情報。
新刊は3日目に販売かな・・・「寿桂尼」増補版と新刊は「広義門院」。「ブルゴーニュ公国史」は新刊登録だけで、新刊頒布は「広義門院」かな?

この広義門院は南北朝時代の最中、「治天の君」に擁立され、彼女の名前で令旨を発し後光厳天皇即位を実現、事実上の広義門院院政が2年ほど行われます。
後伏見天皇女御、光厳、光明天皇の実母、崇光天皇の祖母、血統的に天皇家の最長老。
院政は家父長制に根差した「ミウチ」の論理を基本に持っています。この時、男子不在の突発事態に、この皇室最長老の女性が頂点に立つことで継続したもので、もちろん嫁の立場といえど、女性を持って皇位継承の正当性が保障された例となっています。
そして広義門院は皇族出身ではありません。名前は「西園寺寧子」。飛鳥・奈良時代の女帝たちとも異なります。もし、この時、彼女の「治天」にならなかったら、北朝ひいては足利氏の幕府は継続できたのか?他の形になったのか?大変、興味深いところ。
ちなみに、広義門院西園寺寧子は院政の中に入っていません。しかし、彼女の令旨により後光厳天皇が即位、朝廷が運営され、長講堂領などの荘園領が管理されたのです。
このため、彼女の立場は即位していない大上天皇、すなわち後高倉院と同じ立場になっているのは間違いないところ。なんだか中世女性続きになり始めたなあ~それでは。
4 名前:紋章官     投稿日:2017/07/07(金) 21:43:44    
豪雨の被害にめをそむけたくなるところ。何事もほどほどを願うばかり。

さて一時、話題になりました与那国島沖の海底「遺跡」。その後はどうなのでしょう?
と、思っていたら沖縄本島の海底でも見つかったそうで、あらま、いつの間に?というところ。これを自然地形の空前の造形とみるか、人の手によるものか、なかなか難しいところ。何しろ海底のあるので、その場所が地上に出ていた時期、そこまでの工事が可能だったか?という問題にぶつかるのは仕方ないところ。単に技術だけではありません。
工事を可能とするだけに動員力があったのか?という問題もある。
大きければ大きい分だけ労働力、すなわち人数がいる。単に海底にあるだけでなく、その
時期にそれだけの人口があったか、という問題にも直面するのです。
個人的に古代人の技術力、もしくは工事能力は人力限定としても、かなりのもの、と考えていますが、それを可能とする人口がいたか?という問題を考えると悩むところです。
でも、どうなのでしょう?いわゆる縄文海進として知られる事件、水面上昇で低地にあった居住地が海面下になったことで、本来、もっとある遺跡が見る事が出来ない事で、古代の人口推計が低すぎるだけかもしれません。もし、実際はもっと多かったら?
なかなか、これも魅力的な問題です。それでは
5 名前:紋章官     投稿日:2017/07/28(金) 22:24:45    
7月もおわる~まだコミケカタログを買っていない!どーしよー

とはいえ、そんな事は些細なこと。観光客が戻ってきたところでの大雨での大分などの影響は気の毒なところ。昨年の熊本地震後も被害はなくても落ち込んだ観光客が回複したところを、再び影響を受けるのですから。前に書きましたが、熊本地震後の昨年6月の大分旅行、予約を入れていたので熊本空港から大分の豊後竹田へバスで抜ける間、友人と2人、目にした国道沿いの風景を眺めながら旅行にきて良かったのか、と友人と思いましたのは事実。観光でお金を落とすのも支援のうちと言われるようになりましたが、崩れた壁やブルーシートのかかった屋根などを見ていると、心苦しくなるところでして、途中、休憩に入った道の駅でお土産を買い、竹田に到着してコンビニのパンで済ます昼食も、食堂に入って定食におかずを追加、冷凍ミカンを買う、町歩きも途中で御菓子をかって食べ歩く。なにしろ平日とはいえ、他に観光客らしき人影がない。夕方の電車で別府へ移動、翌日は国東半島をレンタカーで回りましたが、最初に行った両子寺は参拝者はいましたが、その後の富貴寺阿弥陀堂、真木大堂、川中不動などはいくら雨模様でも土曜日なのに友人と2人でほとんど貸切状態・・・熊野磨崖仏はまだ数人いましたが、あまりの事にともかく買いもの!が合言葉で友人は現地から二箱、宅急便で発送したくらい。あれくらい、かわんといかんな・・・・
それで3日目は一人、臼杵石仏へ。臼杵せんべいを製造店別一通りの種類を買いこみました。ただ、こうやって買いこもうという気分も被害がない、という安心感があればこそで、はたして熊本で同じ行動を取れたかは定かではありません。
でも行くのが大切、お金を落とす、というだけでなく、人が来ることでお店の人も元気づくものですから。

前ふりが長くなりましたが、異説奇説はこの臼杵石仏にかかわるもの。それはこの石仏造営伝説に都からやってきた皇子の話があるのです。
その皇子の名前は橘豊日皇子、即位して用明天皇、すなわち聖徳太子の父親!なんでまた、この人が?と言うところです。話の続きはまた次に。それでは。
6 名前:紋章官     投稿日:2017/08/18(金) 22:52:18    
コミケお疲れさまでした。打ち上げは一足先に引き揚げさせていただきましたが、みなさん、楽しまれましたか?なにしろ翌日、親を載せて群馬へ行くでの早寝したところ。
思えば歳をとりました。かつては夏と言えば、銀座落語祭り、ワンダーフェスティバル、落語円朝祭り、コミケとお祭り続きに出かけていたのが、落語の方はイベントがなくなり、暑さに幕張に行く元気もお金もなくなり、今年はコミケだけでした。

さて異説奇説。臼杵石仏にかかわる伝説の続き。橘豊日皇子こと用明天皇が豊後にきたという話。これは臼杵石仏造営の伝説の中にあります。
この伝説、いわゆる炭焼長者伝説の形式を持ちますが、他と異なるのが都とのかかわりあい、それも具体的な名前が出てくるところ。まずは都の蘇我大臣の娘が顔にあざがあり、結婚できない。それで観音のお告げに従い、豊後へやってきて、お告げに示された炭焼きの若者の所へ行き、持参した金を差し出す。ところが若者は、池の鶴を取ろうと金を投げて失う。それを聞いた娘はあきれるが、若者曰く「そんなもの池にたくさんある」と言われて見に行くと、その通り。そして黄金の池の水で顔を洗うと娘のあざはなくなり、若者もりりしくなり、二人は結婚、金で長者になる。そこでめでたしめでたしが一般形。
ところが臼杵石仏の話は続きがある。二人の間に娘が生まれる。その娘の美しさは都にも伝わり、橘豊日皇子が都からやってくる。それも都の皇位争いの難をさけての下向。
そして結婚する二人。ところが迎えの使者が来て皇子は都に帰る。娘は妊娠中。そのため子供が生まれたのち、男なら連れてくるように、女なら一人でくるように言い含める。
生まれたのは女の子。そのため娘は一人、都に向かうが船旅の途中、四国で病死。
そのため長者夫婦はのこされた孫娘と共に菩提をともらうため、黄金を中国の寺院へ送る。すると礼を兼ねて連城法師が来日、寺院を建てる。それが臼杵石仏がある満月寺の始まりとなる。
炭焼き長者伝説で妻が都からやってくるのは通常のパターン。裕福な商家の娘が多いですが、具体的な名前を持つ例はないところ。ところが、ここでの話は「蘇我の大臣」と示す(もちろん、名前を示さないパターンもあります)。また子供が生まれて、更に妻通い婚よろしく、都から今度は橘豊日皇子が来る、と結婚話が2世代続く!
他にはないパターンです。しかも蘇我(曾我もしくは久我とも)の大臣と橘豊日皇子と都の具体的名前を持たせる。さあて、ここからが異説奇説の世界。伝説とはいえ後世の追加としても蘇我の大臣と橘豊日皇子であれば、同時期で時代感があう。臼杵石仏は平安時代のものですが、京の影響を強く受けた作風であることは認められ、都の工人がやってきて製作した、とも考えられています。それゆえ、都から製作に来訪した工人や僧が仏教に関わり深い古代の人物を登場させる話に整えたと考えられなくはない。おそらく、元来の炭焼き長者伝説が別にあり、それを寺院縁起として脚色した。という仮説も立てられます。
ところが、それだけではなさそう、というのがこの先の話。本当に皇子が来たのかもしれません。実際、その息子であり聖徳太子の弟、来目皇子は新羅遠征軍司令官として九州へ赴き、そこで病死、久留米の地名の由来になっています。その前段階に橘豊日皇子が即位前に来ることがあった可能性、最低でも、皇子に始まる上宮王家がこの地域と関係を持っていた可能性が示す痕跡があるのです。何しろ、名前が示唆するほど。ではまた続きは次回に手。それでは。
7 名前:紋章官     投稿日:2017/08/25(金) 22:05:02    
明日から映画「関ヶ原」公開!とのことで夕刊の広告欄に公開記念として関ヶ原関連歴史書籍の広告が並んでいました。冬の歴史部の打ち上げの時は、その話ができるかな~
しかし、関ヶ原というと、どうしてもドラマの方を思い浮かべてしまう・・・

さて異説奇説、臼杵石仏の伝説の通り用明天皇は豊後に行ったのか?このあたり、定説では否定。ですよね~しかし、どうもこの家が九州と関係を持った可能性は十分あります。
まず前回書きましたように来目皇子が新羅遠征軍の将軍として九州に赴き、現地で死去。
続いて別な弟が後任として赴くこととなりましたが、こちらは妃の死去で物忌となり、そのまま遠征軍派遣は中止となりました。
しかし、この事でこの家は九州に地盤を築くことができたでしょう。実際、久留米の地名の由来が来目皇子に帰されるのですから。ここでひとひねりは、単に派遣軍司令官に任命されたから行ったのでしょうか?
ここで思いおこすことは継体天皇の時代に起きた筑紫君磐井の乱。この戦乱においてヤマトの派遣軍に敗れた筑紫君磐井は生死不明、息子は領地を献上して助命されます。
問題は、このヤマト軍の派遣と領地献上。このヤマト軍の司令官は物部アラカビ。軍事豪族の長というだけではありません。北九州に物部一族が居住しており、その基盤があることで任命されたともいわれます。この九州の物部氏、ヤマタイ国論争やとうせん説の根拠のひとつとなっていますが、別な見方をすれば、この磐井の乱ではけんされたことで物部氏が九州に基盤を築いたとも考える事が出来ます。
その元になったのが、献上された領地。記録に残された屯倉以外にも献上、接収された領地はあったでしょう。ヤマトと通行に便利な場所を選んで。
その場合、重視されたのは海上交通路。陸路より海路の方が交通が有効な時代。そうなると九州とヤマトの地を結ぶ瀬戸内航路で場所を選ぶこととなる。
そこでクローズアップされるのが瀬戸内に面した豊後国東半島。その地域がヤマトに狙われたとしても不思議ではありません。あまり知られていませんが、中世から戦国期、国東半島は豊後水軍の拠点となっていました。津々浦々の小豪族たちが海に乗り出し、海賊衆として活動しています。その家系から、日本人初のエルサレム入りを果たしたキリシタン神父ペドロ岐部が出ています。
国東半島も海に面した山がちな地域。それだけに紀伊半島や伊豆半島のように交通に船運が発達、海賊衆が誕生、成長する要素を備えていましたが、ただ、その始まりはかなり古いのではないでしょうか?先にふれましたように瀬戸内航路に面し、ヤマトからの船が最初にたどり着く九州の地といえます。それはヤマト朝廷の百済救援軍派遣にあたり、斉明天皇、中大兄皇子などの一行は船で移動、国東半島を経由して九州に上陸しています。
それから考えると、その前の新羅遠征軍を率いた来目皇子も同様の航路で上陸したと考えていいでしょう。そこで意味深くなってくるのが用明天皇の名前「橘豊日皇子」。
なぜに彼が橘と共に「豊」と「日」という文字を名前に持つのかが問題となってくるのです。ほとんど、これでネタばれですが、続きはまた次回。それでは。
8 名前:紋章官     投稿日:2017/09/01(金) 21:55:12    
この夏はおかしなもので、暑さよりも急な雷雨の方が気になるところ。今度の日曜日は湯島天神で落語祭り!いつのまにか再開していたとは。久々に見物に行くかな~お金があれば!

さて異説奇説。用明天皇の豊後訪問説。彼がなんらかの関わりあいを豊後など九州地方にもっていた可能性は十分あります。前回書いたように彼の名乗り「橘豊日(チバナノトヨヒ)」が手掛かりとなります。古代の名前には関わりあいのある地名を持つことが知られます。
それは生誕地、領地、それに部民。用明天皇の場合、「橘」は宮を営んだ地名によります。そのあとの「豊」と「日」に着目すると「豊の国」「日の国」すなわち、豊前・豊後や日向の国が示されてくる。では彼が九州にそのような所領や部民をもつことが可能だったか?といえば可能である。となる。それが最初に触れた磐井の乱により献上された領地。通常、4つの屯倉(直轄領)が置かれたとされますが、本当にそれだけだったのか?と言う事と、この遠征にあたりヤマト朝廷は交通に便利な地を直轄領として確保していたらとしたら?それは輸送に利便性の高い、瀬戸内航路に面した国。そうなると豊後やすこし南の日向にあったと考える事はおかしくもない。磐井の乱後に整備獲得したそれらの場所を王族が管理所有する事は不思議ではない。この屯倉ですが、西に磐井の乱があれば、東にも武蔵国造の乱で知られる争いがあり、そこでも屯倉の関東での設置が語られる。
この時期、ヤマト朝廷が真に全国の統治者として整備される時期のように思われます。
それが屯倉の設置であり、各地に直轄領を配置して目に見える形で行っていたように思われます。時代がさがり、用明天皇の孫山背大兄王の時代、蘇我氏の襲撃から逃れた山背大兄王に近臣が東国にある領地に逃れて兵を起そうとすすめる話があります。王はこれを退け、一族での自殺となりますが、一方で王、すなわち用明天皇の王家は東国に領地をもっていることを教えてくれるところです。但し、出典の作成が壬申の乱の後なので、天武天皇の事績を元に創作した可能性もありますので、そこはいくらか割り引いてもいいでしょう。それに東国もどこまでを示すかが問題。あ、聖徳太子が黒駒で富士山を往復した、という伝説もなしにして考えましょう。ただ彼の乗馬「黒駒」が東国からもたらされた馬ですので、何かしら彼と東国との関係があったように思われます。まあ、厩戸皇子なので、馬に関わる話があってもおかしくなく、古代、馬の産地は東国。信濃、甲斐、上野それに相模や上総で後に朝廷の直轄牧場といえる「御厨」が散在します。ちなみに、相模武蔵におかれた御厨のうち2か所の推定地が横浜市なのは意外に知られていないところ。古代の横浜は馬の産地だったのですねえ~さて、話が明後日ならぬ東国から戻しまして西国、豊後に戻します。それで用明天皇が欽明天皇の皇子として豊後や日向の国の領地を管理、もしくは与えられてもおかしくない。それゆえ、その領地を示す文字が名前に入る。そして欽明天皇は幸いにして子だくさん、皇子も彼の兄敏達天皇、弟崇峻天皇、穴穂部皇子と男兄弟も4人いる。そうなると、これらの皇子たちが地方領地を視察に出掛けてもおかしくない。それゆえ、磐井の乱を契機にヤマト朝廷が確保した豊後や日向の直轄領を欽明天皇から用明天皇が譲られる、もしくは管理担当になり、それを彼が見に行くことがあった、としても何もおかしくありません。実際、古代王朝での皇族将軍が遠征に出ることはヤマトタケル伝説からもあったことは想像がつきますので、用明天皇が豊後に出かけた可能性は十分あるものと思います。記紀の記載がすべて正しいわけでも、すべて記録しているわけでもありません。抜け落ちたものや削られたことが多いでしょうから、このあたり、もう少し可能性として考えてみてはどうでしょうか?ちなみに、丹後半島の間人(タイザ)も用明天皇皇后「間人(ハシヒト)皇女」が中央の乱をさけて滞在、その後、帰られた(退座)ので、この地名になった、という伝説を持つ地名です。このあたり、用明天皇、間人皇后、聖徳太子が地方伝説、来目皇子の九州出征とこの一家は地方に伝説を持つ特徴を持つのは面白いところです。それでは
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5 古本屋通い (Res:28)All First100 Last100 SubjectList ReLoad 5
1 名前:紋章官    投稿日:2016/10/09(日) 21:30:51    
読書の秋です。久々に本の事でもつらつらと書き連ねていきましょう。
というのも、9月にブックオフに新書本と文庫本など18冊、持ち込みました。
なにしろ本棚からはあふれているので、減らさないといけない。
買い取り値段360円・・・他に友人に本をあげたりして20冊ほど減らしま
した。でも、気がつくとなんだかんだで、もう15冊ほど本を買っている。
昨日は神保町にでかけて4冊、本を処分しました。吉川弘文館や青木書店などの
研究書ばかりで、手放したのも、専門古書店。査定4000円でした・・・
定価総額3万5千円・・・・中には掘り出し物だったものもあるのですが、
まさか破格値で購入した本まで買い取り査定が厳しいとは。まあ、だから安く
購入もできていたのでしょうけど。神保町だと、学生よりも研究者や趣味人でも
かなり玄人の人がくるので、高い専門書でも動く。高くても良い本は消えます。
ことに吉川弘文館など読む人は、初めから高い事を承知で書籍を購入するので、
値段に抵抗感はないところ。そういうものだ、と承知していますし、内容も学術書
なので、専門研究論文だし。手放したなかには平安貴族と邸弟という本があって、
平安貴族の邸や賀茂祭り見物の桟敷についての研究がのっている、なかなか読み
こたえあるところ。賀茂祭りの見物桟敷といえば、平安時代の「落窪物語」など、
古典にも登場するものなので、それらを理解するのにも役立つところ。
平安貴族の邸の本を書こうかと思ってた時期に購入したままにしたので手放し
ましたが、いい本だったなあ。そんなこんなです。それでは
22 名前:紋章官     投稿日:2016/11/04(金) 22:26:31    
コミケの通知が届きました。当選です!30日の金曜日、西地区ほ07bで出展します。
夏に落ちたので、その分、冬は宜しくお願いします。何しろ、売れないと本当にまずい・・来年の5月のコミティアもおぼつかない。それに、あと何回出れるかな~

さて神保町の古本まつりも残すところ、あと2日!明日からは神田カレーグランプリが開催。カレーを食べつつ、靖国通り沿いのワゴンセールを日曜日、もう一回行こうか迷っているところ。なんだかんだ十数冊買いこんでいます。まだ本が欲しい。おき場所、どうするのよ?今回、地方出版ワゴンで「波多野氏の波多野庄」という地方出版の新書を買いましたが、掘り出しものでしたね~他にも、他のワゴンで静岡の合戦場の書籍もあったり、長崎新聞社の隠れキリシタンの本もあり、行くと何かしら出てくくる。
それにある程度、売れて補充で出てくる本も期待したいところですし、どうしたものか。
それでは
23 名前:紋章官     投稿日:2016/11/11(金) 21:30:44    
冷えてきました。くれぐれもみなさん、体調にはお気を付けください。

さて古本屋通い。結局、神保町の古本まつりの後半は行かずに終わりました。そうでなくても、2か月に1回くらいは行けそうなので。それで拾いましたのは「日本のミイラ仏」。六興出版から昭和60年に出版された本です。題名通り、国内の即身仏の調査概説書。この六興出版のシリーズは少しカルト的な要素もありまして、「日本のペトログラム」「フゴッペ洞窟」など、在野のマニアックな物もあるのが面白いところ。
その分、アカデミアで行われていない調査や、思わぬ資料が紹介されています。もちろん、うのみにしてはいけません。史料批判はされるべきです。それはアカデミアでも同じことですが。
さて、この「ミイラ仏」は基本的に即身仏に関する調査と紹介。題材からして興味がひかれます。こういうネタの本はなかなか無いところ。その上、貴重なのは現在では撮影禁止になっている即身仏の写真もあるところ。これは昭和50年代までは案外と写真撮影がある面、研究者に可能になっていた時代でした。そうなんです、昭和50年までは寛容な時代。個人的な経験で行くと日光東照宮、写真撮影ではありませんが、有名な薬師堂の天井画「啼き龍」ですが、小学生のころ、初めて行った時は見学者が順番に2人ひと組で真下で手を叩いて啼くのを試していました。それが10年後に行った時は、見学者が数十人まとまって見ている前でお坊さんが拍子木を叩いて、啼くのを実演。もちろん、見学者が増加したこともあるのでしょうが、個人ではできなくなっています。また鳥取県の三徳山の国宝投入堂、こちらは昭和40年代までは、見学者は投入堂まで登り、手すりに座っていたほど。しかし、その後、高校生が落ちる死亡事故が発生して、お堂に近寄れなくなり、登山登録と靴の規制、現在は単独参拝者の死亡事故発生で、2人以上でないと参拝もできなくなっています。もちろん、靴はルートとなる参拝道の保全のためと安全のためで、近寄れないくなったのもお堂の保護には良い事ですが、このような規制が増えている傾向にあります。それは即身仏も同じで、この後、研究者といえど完全に撮影禁止になっているものも少なくないところ。それだけに、この本の写真は貴重です。このあたり古い本は重要です。同様に撮影禁止や火災、盗難などで焼失、行方不明になったものを、その前に著者が撮影して写真を使用していることがあるので、丹念に見てみると思わぬ掘り出しものがあるところです。古い本も探してみましょう!それでは
24 名前:紋章官     投稿日:2016/12/03(土) 11:19:07    
12月になりました。冬コミへの原稿のおいこみどうでしょうか?付き合いもおおいし、仕事もたてこみ泣けるところ。新刊、まにあわせますよ~4冊!といっても2冊はコミティア神話部で完成分。純然たる新刊は2冊。でも共和制ローマ史がきつい・・・

さて古本屋通い。先日、ブックオフへ本の整理で持ち込むと20冊で1500円。あれ?なにかの間違い?期間限定の買い取り金額アップ券があったとはいえ、明細をみると1冊500円、2冊が200円、あとは50円や10円・・・・同時に妹に頼まれて一緒に持ち込んだ漫画や小説70冊は2000円・・・帰り道は雨に降られました。
そんな古本ですが、古書店だけではなく、新橋などでやっている青空古書市なども見てまわると掘り出し物があったりする。それで見つけたのが教育社新書の「雑兵物語」。題名通り、江戸時代に編集された戦国時代の雑兵の経験語りを伝えた書物で、戦場での食事やけがの対応、農村での略奪、隠し物がどのあたりにあるかなど、戦国の現場を伝える貴重な書物です。雑兵たちの戦場やのぼうの城、足軽胴などの紹介でたびたび引用や参考文献として紹介されるようになっていますが、実際、この全文をよもうと思うと、手軽に読める本がない。何しろ1冊に独立させるには短いし、需要もなかなか厳しい。そんなわけで、この新書には他に「おあむ物語」「おきく物語」と籠城での経験談で引用されるものや「武者物語」など、他の書物を一緒に収録している。実にお得なもの!それが1冊150円。知っている人なら、どうです。この値段。国史大系など買うはめになること考えれば、どれほどありがたい事か。長く、古書店の隅に埋もれていたようです。こういう青空市もこまめに見ることは大切ですねえ~それでは。
25 名前:紋章官     投稿日:2017/04/15(土) 00:33:33    
孤独のグルメも第6シーズン。まちの食堂やレストラン巡り、それでひたすら食べる。
いいですよねえ。初回の大阪の串あげ屋台の店。行ってみたいなあ~

さて食べ物屋通いならぬ古本屋通い。先日の春の神保町古本ワゴンセールで買ってきた
本に講談社学術文庫「蛇ー日本の蛇信仰」というのがあります。
蛇信仰。白蛇は金運の神様として知られますが、神話でもヤマタノオロチは退治されますが、三輪のオオモノヌシ、諏訪神社のミシャグチ神と蛇を化身とするものは顔を出してきます。幽翠街道さんに誘われて神話部用に冊子を書くのに調べなおしていくと、この蛇信仰、世界各地に出てくる。太陽、雨、風などの自然現象と共に、動物を具現化した神もしくは大いなる存在として、蛇は様々に顔を出してくる。しかも同じように退治される怪物のモチーフにもなる。敬意と敵対、実に興味深いものです。
なにしろ聖書でも蛇は楽園追放の原因となりますが、逆にいえば蛇は知性あるものとして一目おいた扱いとも言えますので、この蛇に対する見方の象徴的な例ともいえます。
まずは日本の蛇信仰をこの本で勉強するところです。それでは。
26 名前:紋章官     投稿日:2017/06/03(土) 22:24:19    
6月に突入。ここのところ暑さにばてているのか、ひどく眠い事が多い。以前はなかったほど眠ってしまう。まいったなあ。

さて古本屋通い。神保町は専門店の棚ではなく、店先の箱入りやまとめ売り棚にも掘り出し物があるので外せない。そんなひとつが3冊500円の棚から見つけ出した講談社学術文庫の「秦漢帝国」と「始皇帝と兵馬俑」。普通、古書店やBOOK-OFFの棚でも1冊で500円以上がかたい本がなぜか3冊500円の棚に並んでいた。それも書きこみなし、汚れなし、折り目なし。実に大当たり!最近はBOOK-OFFでも価値がわかるのか、なかなか講談社学術文庫は100円棚に回らない。あっても汚れているか、それなりに古いかというところ。そんな中、3冊500円!まあ、年に一度あるかどうかの大当たりです。内容は題名通りなのでわかりやすいので省略。密林は便利かもしれませんが、歩いて探すのはこういう楽しみがあるんです。本屋さんへ足をのばしましょうよ!それでは。
27 名前:紋章官     投稿日:2017/06/23(金) 21:51:37    
夏コミ落ちた。わが身は絶望!みなさんはどうですか?これも林原めぐみさんの公録に当選した等価交換の原則なのか、なかなか厳しいですねえ~

さて古本屋通い。近所のBOOK-OFFが移転。これで立ち読み時間も減るかと期待するところ。しかし、購入はどうなのか!先だっての日曜日、趣味の鑑賞会が御茶ノ水の山の上ホテルであったので、ついでに神保町へ立ち寄りました。日曜は休みが多いので、人も少ない。その中、日曜もあいている3冊500円の販売所へ立ち寄ると、あった!講談社学術文庫の「竜馬の手紙」が綺麗な本状態!ところが別な棚を見ると至文堂の「日本の美術」が十数冊あまり並んでいる。もちろん、古いのでいささか退色等していますが、欲しいのが何冊もある!ということで、まとめ買い!日本の美術は古い本なので、写真や記述が白黒や不鮮明、古いところもありますが、かえって貴重な内容があったり、今は撮影禁止で写真掲載されないものがあったりする。それにまとまりも良いので、良本です。そのうち、埋蔵銭が見つけられないものか。なんで発売時にきがつかなかったか!けっこう、レアネタや独自の切り口があるので、参考になるのです。今回は一乗谷遺跡、草戸千軒遺跡、それにどこにしまったか行方不明になってしまった霊廟建築など買い込みました。
この霊廟建築。いい本ですよ~全国の大名家霊廟建築だけを特集した本で、墓の本はあっても霊廟建築はないので、2冊あっても問題ないところ!これで、また新刊ネタをかんがえられるところです。それでは
28 名前:紋章官     投稿日:2017/08/11(金) 22:42:23    
コミケ、始まりましたねえ~今日は友人のサークルに昼からの店番で行ってきました!買い物の予定はないので、企業ブースや他の知り合いさんのサークルに顔みせ!
いや~涼しくて楽でした。館外はともかく、館内もほどよく外気が流れ込んでいることろは十分凌ぎやすく、いつもの夏コミを考えれば、なんとも快適。そのせいか、タオルを巻いている人は本当、少なかった。このまま3日目まで涼しいといいのですが。

3日目は東ホール、ジャンル評論・情報、イー18b有明探偵局さんで店番と今回の新刊「皇統譜変動」「女院天下を采す」、コミティアでの新刊などを持ち込みます。
それにしても「応仁の乱」に続いて、「観応の擾乱」も中公新書で出ていたのですね。それも応仁の乱に続いて売れているとか。今回の新刊「女院天下を采す」は、まさにその中での事件、後光厳天皇擁立騒動を扱ったもの。この時、天皇即位の鍵を握ったのが、天皇の祖母「広義門院西園寺寧子」。なにゆえ彼女がキーパーソンとなったのかを、軽く論じたところです。「皇統譜変動」はこの一種の姉妹編。なぜなら、この擁立では異例の即位を正当化するため、過去の先例を総動員しているので、その先例など、さまざまな事例を簡単に紹介するものです。
間借りなので、部数はそれほど持ち込みません。今回、ジャンル歴史から近いので、よろしければお立ち寄りを!

さて今日は、帰りがけに渋谷東急での古本販売会を見てきました。この古本販売会、都内だけでなく大阪の古書店も参加しているので、関西地区の出版物なども出てくるので、なかなかに外せない。今回は掘り出し物がありました。「日本中世水軍の研究」!錦正社から出版されている本ですが、取り寄せたり神保町の古本まつりで錦正社のワゴンセールで購入してもいいのですが、そこそこの値段がするところ。それが格安で買えました!今まで見た中で破格の安さ!大当たり!いやあ、こまめに回るものです。優れた研究書は古くても価値は失いません。多少の汚れなど気にはしません!みなさん、良い本は歩いて探しましょう!健康にもいいですよ。交通費と時間はかかりますが・・・それでは!
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6 歴史バラエティ番組 (Res:8)All First100 Last100 SubjectList ReLoad 6
1 名前:紋章官    投稿日:2017/01/14(土) 02:32:34    
3連休はどうでしたか?コミケ疲れを取るのにのんびりか、どこか遠出した人も
おられましたか?

さてお正月番組もいろいろありましたが、歴史物も多かった所。但し、お軽いなあ。
着目は悪くないのに、俳優パートが多すぎて、その分、薄くなる。まあ、視聴
率が大切な民放はともかく、NHKまで・・・
そんな中、歴史物ではありませんが、映画「沈黙」の番組はよかった所。
遠藤周作の小説「沈黙」。隠れキリシタン弾圧時代を舞台に描かれる物語。
完全に読んだ事はないですが、「踏むがよい」に始まる一節にすべてが語られて
いると感じるところ。番組で遠藤周作による、その一節の朗読が流されましたが、
淡々と読んでいる感じに驚きを感じました。
この一節で日本版「クオ・ヴァディス」ではないかと考えるのですが、どうで
しょう?この映画、日本と欧米とどちらで評価されるのか気になります。
さて、そんな隠れキリシタンの本が長崎新聞新書の「カクレキリシタン」。
地元の研究者の方の解説本。この本を昨年、手に入れていたおかげで番組に
登場された隠れキリシタンの人の役割がわかりました。「カクレキリシタン」
では、江戸時代、キリスト教信仰が守られるなかで土俗化、もはやキリスト教
でも仏教でも、神道でもない独特の地域信仰となったと位置づけ、その違いを
示すためカタカナで「カクレキリシタン」と表現されています。
実に重要な提示となっています。このあたり、キリスト教が拡散する中で、
エチオピア・キリスト教、南インドの聖トマスが布教したと伝えられるインド
のキリスト教などと相通じるところがあるかと思われます。
殊に南インドの場合、当初、それがキリスト教だったと到来した欧州人がきがつか
ないほど変化、地元の少数信仰として土着化していました。
この土着化ゆえかカクレキリシタンは江戸時代後期、大規模な発覚ー5000人
にものぼるーが起きた時、幕府は人数の多さに島原の乱の再発を恐れ、その信仰
形態が民俗信仰と化していたのを幸いに、心得違いと称して処刑を回避しています。
次に大規模な弾圧が生じるのは幕末から明治時代初期となります。それでは。
2 名前:紋章官     投稿日:2017/01/27(金) 21:37:28    
1月も末です。さあ、コミケの申込み期限が迫ってきました!振り込みは済ませましたので、あとはサークルカットを描いて出すところ。

正月特番で「二条城」の特集番組がありました。ここも修理維持費が大変で順次、修理中のところ。見学方式で見て回るので、まあ、不要なトークや騒ぐ場面もないので、程よくまとまっていたところ。しかし、芸能人はお得な物で、斑鳩の宮大工の御子孫の家に行くと、奥さんが俳優がくると言うので、屋探して見つけ出したという図面が見物!
なにしろ書付には明治に京都にあった幕府大工頭中井家が運営していた中井役所廃絶時に持ち出した、と書いてある!そして出てきたのは聚楽第図や二条城の縄張り図、それに江戸城天守指図。どれも新出資料。聚楽第図は江戸時代に盛んに作成された考証復元図の一枚ですが、今までのものに比べ、大名屋敷の配置など具体的。最新の研究想定案にかなり近そうでした。二条城図も櫓や御殿だけでなく蔵や、どこに何を入れているかまで書いてある。数年前の二条城展の図面でもなかったような内容。江戸城の天守指図も本格的なのもので、江戸城の3度の天守のうち、どれなのか興味深いところ。願わくは、資料がない元和時天守図面であった欲しいのですが、ざっと見えた範囲では寛永時の最後の天守の模様。他の書類と共に、いまごろ奈良大学の千田先生が調査しているのでしょうが、何かの折に発表されるでしょうが、内容が楽しみです。歴史番組もこんなことがあるので、お得なのかな~それでは
3 名前:紋章官     投稿日:2017/02/18(土) 11:43:29    
何か気がつけばNHKの時代劇枠が増えていた。大河ドラマ「女城主直虎」、NHK自身で大河ドラマを茶化すのか、空想大河ドラマ時代劇コメディー「小田信夫」、遊び心が目一杯!
それにBS時代劇で「ブシメシ」。草刈さんでおもいっきり遊んでいる。名前から「サラメシ」ネタで中井貴一さんが殿さまをやるかと思っていたのですが。
このあたり完全、空想物なのでふくらまし、遊べるだけ遊べるのでいいですねえ。
そして一転、「忠臣蔵の恋」-こちらは毎日新聞連載小説が元です。ドラマもここまでくればわかるように6代将軍家継生母、月光院が主人公。連載開始時に原作者の方はコラムで、月光院と浅野匠頭の正室との交流に気がつき、温めていたものとの事でした。
何かと討ち入りまでの大石蔵之助の動きや赤穂浪士に目が行きますが、視点を変えますと
思わぬ動きも見えてくるもの。今まで、このルートに関する研究や小説はなかったところだったと思います。考えれば贅沢なネタ。何しろ、赤穂浪士と大奥が両方扱える。
知名度の高いネタを合わせて使えるものはなかなかないものです。それでは。
4 名前:紋章官     投稿日:2017/03/11(土) 01:12:53    
3月11日を迎えました。ラジオで震災の怪談を紹介していました。大災害の記憶を伝える民話や伝説がしばしば見られます。また戦争の怪談もしくは民話も存在が知られます。日本の民話のなかに、近代の民話と共に、戦争の民話と独立したジャンルになっています。どうなのでしょう?しばしば凄惨な殺人事件や事故の現場に幽霊が立つ、事故を起こした車両が走り抜けるなどの怪談が生じます。過去の大災害、阪神大震災の神戸ではどうなのでしょうか?遡って伊勢湾台風や日本海中部地震、近くは御嶽山噴火も今後、入山禁止制限が緩められると出てくるのか考えてみたくなります。強烈な体験や喪失感からこれらの話が誕生する事が知られます。そしてこれらはまだ当分、生まれ続けるでしょう。まだ、経験中の段階として。まずはなくなられた人々に手を合わせるばかり。もちろん、関連死の人々も含めて。

さて震災の番組は現段階では、歴史の検証ではなく、事象の解説となっています。戦争についてはまだ体験者の方の証言がありますから、記憶の伝承的な番組がありますが、どうでしょう?近年の段階では歴史番組に入るのがほとんど、ということでしょうか。もちろん、映像記録集のようなものは歴史系でしょうし、戦史解析の形で戦闘を検証するものも、これに含まれるといえます。そうなると、どの段階で歴史番組の範疇に入ってくるのか、興味深いところです。みなさん、どう考えますか?それでは
5 名前:紋章官     投稿日:2017/03/25(土) 21:53:25    
3月もいよいよ最終週。なのに寒さがもどり、桜の開花もすすまない。数年前は確か、早すぎて満開を迎え、散り始めていたこともあったような。なんとも毎年かわるものです。

さて先日、久々の歴史大実験「桶狭間合戦」をNHK-BSでやっていました。見ましたか?
いろいろな検証でいつも面白いですが、中でも小札重ねの袖を用いた、矢、刀、槍での威力検証と長い槍の実験は注目しました。
槍については豊臣秀吉で逸話が残されています。槍の名人の武士と長短の槍の効果を競うため、それぞれ部隊で模擬戦を行う話がありますが、その際、秀吉は長い槍の使い方を部下たち説明、そして槍名人の指揮する部隊を打ち負かしています。槍名人は短い槍の効用を主張していますが、その理由は実験でも長すぎる槍は持つのも大変、仕立てるのも大変なので、短い方が力を込めることもでき、使いやすいという理由。まさにその通り、戦国期の有名な槍や槍使いの槍、蜻蛉切、日本号など武将たちがたばさみ用いた槍の柄の長さは2mないのが普通。一方で長柄槍は4~6m、にわか仕立ての足軽たちが使用する。
このあたり、欧州のテルシオで用いられた長槍と同じ発想といえます。こちらも傭兵団による俄か編成の兵士たちを動かすのに容易なように集団化、それも長い槍を持つことで恐怖心を抑え、集団行動で安心感を与える陣形で、スコットランドのスキムロール、古代ギリシャのファンラクスなど多くの例がみられるものです。
また槍の長さはともかく、幕末に勝海舟が武田家の流れをくむ八王子千人同心の槍の集団戦術を目にして、その合理性に合点した話から、他の戦国大名たちも同じ道を取り入れていた事がわかります。そもそも槍というものは南北朝時代の菊池氏による菊池槍で知られるように、にわか仕立ての兵に使わせるものとして誕生したことを考えれば、当然なのかもしれません。もちろん律令制古代軍隊までは鉾がありましたが、これが武士団登場時代に姿を消し、長刀か太刀の時代がしばらく続くこととなります。
また槍の展開について研究が少ないところ、これは槍が実践用の武器で、損耗率が高く、絶えず作り直されたので、古いものがほとんどないところ。槍のコレクターの人にききましたところ、槍の研究書と言える本は2,3冊くらいしか思い浮かばないとか。厳しいですねえ~その人に頼んで戦国時代の槍(もちろん穂先だけ)を見せてもらいたいところなんですがね。それでは
6 名前:紋章官     投稿日:2017/06/10(土) 11:14:21    
6月ですねえ~そろそろコミケの当落通知も出てくるところ。なにか、最近、えらく眠気に襲われています。ああ、せっかく日曜日に公録にあったのに、ねむらないか心配。

さて歴史番組。川中島合戦の検証実験番組をやっていましたねえ~まあ、川中島合戦と通称しますが、このうちの第4回目、最も激戦であった八幡原合戦の検証。
なかなか面白い!すっかりサバゲーの人が参加するのも定例化。そのうち、ミリサバさんがいるのでは、と見ています。合戦ではなく、戦場で何を食べたか大実験!なら、どうでしょう?以前、ラジオ番組ですが、自由研究ネタの話でファンタジー系資料本をだしてる
人が出てきたことがありました。ローマ人の食事を再現との事でした。
気がつけば何気にNHKでは食事系時代劇が続いていますので、江戸の食事番組もそのうち、やるのでしょうね(あれ、以前、あったかな?)それでは。
7 名前:紋章官     投稿日:2017/07/15(土) 10:49:52    
7月になりました。いろいろとアニメの新番組。今期は原作でも音楽でもなく見始めた物がありました。それというのもコミケで手に取ったイラスト本。それで気にいったので
追いかけていた絵師さんの絵が使われた小説がアニメ化されたので、その絵が動くのをみたくてアニメを見ました。けっこう、おもしろそう~

さて歴史番組ではありませんが、先日の「家ついていっていいですか?」を途中から見たら足軽甲冑研究家の伊澤先生が登場。こんな都合のいいわけがないあ~と思いながら見ていました。足軽胴があんなに並んで、その上、上杉景勝と森蘭丸の甲冑ですか・・・
ひとつ分けてください、と言いたくなります。東京駅前の甲冑専門店に月に一度は通っていますが、状態のいい、桃山から江戸時代初期の足軽胴はなかなかでてこない。状態がわるければ、ひょこひょこ、と出てきて、お値段もそこそこ。コンディションのいいものになると、数年前に1領、これは足軽胴より、ひとつランク上ですが、でもよい胴が一度でました。御値段は先生の言われる通りのランク。これが案外、残りまして、でも3カ月で消えました。あれをは購入してもよかったなあ。置き場所が問題ですが。その後、武将クラスの桃山時代の胴がでましたが、値段は倍。あの胴もよかったなあ~でも交渉前に売れてしまった・・・なお胴は兜より割安なことは確か。置き場所の関係もあり、買い手が少ない事に起因します。
さて映画で「忍びの国」が公開、夏には「関ヶ原」となると映画宣伝絡みでバラエティ安組で、ご当地ものや紹介でいろいろと取り上げることがあります。
それで、何かでてくるといいのですが、まあ、そこはバラエティだからなあ。ただし、通説よりも面白さ優先で、地元の異説伝説が紹介されるのは便利。そういえば、以前、骨董市で顔見知りだった手裏剣収集家のおじいさん、どうされているかな~
まだ御元気だといいいのですが。それでは
8 名前:紋章官     投稿日:2017/08/05(土) 00:30:13    
8月!とおもったら、もう来週はコミケ!いまだにカタログを買っていない!原稿をコピーしていない!いくら落ちたとはいえ、3日目のジャンル情報にでる友人のサークル「有明探偵局」で頒布するのに、ひどすぎる!とはいえ、ずっと土日に用があり続ける、という状態では苦しかったなあ~
コミケ用の新刊は2冊「女院治天 広義門院西園寺寧子」と「皇統譜変動ー歴史上の先例から」となります。あとはコミティアでの新刊の持ち込みなど。しかし、皇統譜変動は予想以上に手間取りました。調べる点を決めていましたが、始めると省略できないところがどんどんでてくる。いや、まいった。

さて歴史番組。「英雄たちの決断」。コメンテーターというのか、解説者というのか、その論点や指摘や分析が面白いですよね。この間は応仁の乱を2時間特番。話題の作者呉座先生も当然、登場!考えてみれば司会の磯田先生も「武士の家計簿」で一研究者から有名人になりました。呉座先生も続けるのか、なかなか見所です。この夏、映画で「関ヶ原」が公開ですが、「応仁の乱」も長時間ドラマか大河ドラマでやれないものか?
もちろん、大河ドラマでは「花の乱」で描かれましたが、主人公は日野富子。今度は・・今度は~主人公は誰がいいかな?足利義政では面白くないので、おもっいきりひねって、ひねって、ひねって、朝倉敏景とか?さすがにきついか。足利義尚!これなら子役からジャニーズ系のアイドルを持ち出して若い子を引き込む・・・方向が違う・・・いや、視聴率の悪い「花の乱」。個人的には音楽が何しろいいですし、毎回エンディングの切絵が良くて、なかなか室町時代の大河ドラマはないのでよかったのですが。そういや、この間の英雄たちの決断の足利義視のイラストの顔はどう見ても佐野史郎さんだった気がする。
藤岡弘さんの大内義弘もよかったですよね~贅沢なのは、初回の最初の場面。金閣の前で能舞台見物の場面。世界遺産でのロケ!合成映像じゃないよなあ~野村萬斎さんの細川勝元が良くて、何より所作や舞いは本業なので見ごたえあったし、金田龍之介の山名宗全は貫録があったし、市川団十郎の足利義政は品があったし、そういや松本幸四郎さんも出ていたな~
さて山名宗全も細川勝元も途中で死んでしまうので、主人公にすると中途半端になってしまう。では畠山や斯波から持ち出すか?というと物足りない。いっそ、町衆か足軽でも主人公にして展開させるのも一つの手!そういや、「花の乱」では山城国一揆や都の町衆も描かれました。あ、いい人がいた!一休さん!この人なら東西両陣営を一歩外から眺めつつ、町衆や国人も出せる。禅僧で皇室の御落胤で文化人、この立場であれば東西両陣営に顔を出しても問題はなく、朝廷、室町御所、寺社権門に出入りしても違和感はない!いい人がいたなあ~ついでに伊勢新九郎も準レギュラーにすれば、戦国へも繋がる。妄想が広がる。どんなもんでしょう?一休さんを主人公に応仁の乱をえがく大河ドラマ!それでは。
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7 TBSと在日朝鮮人 (Res:1)All First100 Last100 SubjectList ReLoad 7
1 名前:名無しさん    投稿日:2017/07/24(月) 18:00:28    
ヤクザ(エタと朝鮮人)の暴力と日本の無法状態をいいことに調子に乗る朝鮮人と左翼マスコミ!

和田アキ子(金福子)「この国を訴えたいくらいいっぱい差別を受けましたから!」
張本勲(張勲)「何故、何も悪いことをしていない我々が名前を隠して生きていかなければならないのか!」
これらの妄言に対して日本人が「朝鮮進駐軍と称して強姦略奪して今も占拠した土地に住んでいますよね?」
「強制連行の被害者は3万人でほとんどは帰国、あなたたちは自分の意思で密入国した白丁か済州ですよね?」
等と反論することはできない。その理由はまずヤクザ(エタと朝鮮人)と偽右翼(エタと朝鮮人)の暴力
(例:オウムの村井幹部を殺した神州士衛館の徐裕行 民主党の石井議員を殺した守皇塾の尹白水)
そして朝鮮総連や韓国民団の圧力、そして反日勢力と呼応して差別差別と狂ったように騒ぐ朝日毎日
等の存在があるからだ。それをいいことに朝鮮人は日本人を完全に侮り調子に乗って力を誇示しているのだ。
和田は叔父が山健組のヤクザだから当然、周りの人間も恐れる。
日本に言論の自由がないのをいいことにとぼけた侮辱挑発発言をした朝鮮人を使い続けるのがTBSである。
 千原せいじが次長課長の河本の母親の生活保護問題を糾弾した片山さつき議員を「夫の会社を潰す」と
「仄めかし脅迫」して泣かせた事件があったが、あんなことができるのもヤクザと偽右翼の暴力の後ろ盾があるからだ。
諜報機関も国家警察もなくヤクザ(エタと朝鮮人)がやりたい放題の無法状態の日本を舐めているのだ。
これというのも1985年にスパイ防止法を朝日毎日を始めとする左翼共産主義勢力がぶっ潰したおかげである。
 高齢童貞をテーマにしたドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」を「逃げ恥!」「逃げ恥!」と連呼して
創価学会による集団ストーカー被害者の男性を馬鹿にする仄めかしを楽しんでいるのもTBSである。
集団ストーカーの被害者はヤクザ(エタと朝鮮人)によって収入や友人を奪われる。
当然、女と付き合うなど不可能である。それだけではない。
創価学会はヤクザ(エタと朝鮮人)を使って被害者の周囲の人間を脅迫し、
自由自在に住居侵入して部屋の中で盗撮カメラをしかけ、恥ずかしい弱味をたくさん握っている。
TBSはこういったことを百も承知の上で創価学会と一緒になって楽しんでいるのである。
 TBSとテレ朝は従軍慰安婦強制連行捏造に力を入れていたが、それ自体が集団ストーカー対策だった可能性がある。
韓国系の池田大作による集団ストーカーのヤクザを使った日本人に対する異常で残虐な犯罪が明るみになった場合、
戦後民主主義や現在の無法体制が全て否定され、左翼エタ朝鮮勢力は壊滅的な打撃を受けることになる。
しかし慰安婦強制連行が事実であるならば「女子供に先に手を出したのは日本だ!」と言い逃れができるのである。

 元ヤクザの更生に力を入れて自己陶酔している者がいるが、そんなことをしている暇があったら集団ストーカーで
ヤクザ(エタと朝鮮人)に虐待されている哀れな無実の日本人を助ける活動をしろ!
元ヤクザに更生する資格などない。40年以上女子供の降参を認めなかった外道の異常者の降参など認めてはいけない。
それは集団ストーカーの被害者や死者を侮辱冒涜する行為である。元ヤクザは自殺か野垂れ死にさせればよい。
集団ストーカーの被害者の味わった苦しみの100分の1ぐらいでも味わいながら死んでいけばよい。
そしてエタと韓国人の芸能人を使うことは集団ストーカー被害者の神経を逆撫で冒涜挑発する行為だから今すぐに止めろ!
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8 趣味の愚痴は続く (Res:5)All First100 Last100 SubjectList ReLoad 8
1 名前:紋章官    投稿日:2017/03/31(金) 22:12:36    
3月もおわりというのに、この寒さ。下手すると雪が降るとか。
千鳥が淵一帯は今日から桜フェスティバル、神保町では春の古本ワゴンセール
なのですが、これでは行えるのか厳しいところ。まあ、本なので、秋まで待てば
いいのですが、それでもさびしいなあ。春も趣味でいろいろお金が出ていきますの
でそうそう、本も買えないところ。

先日のNHKのプロフェッショナルでクリスティーズの日本人が登場、買い付けや
オークションの場面がありました。
その中、買い付けで必要な事は人のつながりによる情報、チャンスは一度きり
という話は聞いていてうなづけるところ。実際、愛好家仲間うちで物が動いて
いるのを目にしています。名品は仲間内で回す傾向があります。
なにしろ仲間内で見せあい、仲間内で欲しがる人が受け取れば、元の持ち主も
見たい時は見る事が出来る。これが骨董商に渡してしまうと、どこに行くかわか
らないですから。
この世界、出た時が買い時、という言葉がありまして、値段に関係なく、売りに
出たら、それを逃すな、と言われます。何しろ1点もの。相場はありますが、
それでも高いとかなんとかいって買い逃したらおしまい、次に買う事ができるか
定かではないのも事実。それで逃したことを嘆くか、高くついても購入して
よかった、と思うかです。もちろん、偽物や変に釣り上げられていることもあり
ますので、そこは目を養う必要はあります。
いずれにしても1点もの。チャンスは一度きりと思って腹を据えるだけです。
まあ、お財布には不幸な話です。宝くじ、当たらないかな~欲しいものが、本で
見た品物の持ち主がなまじ知り合い、というのはいいのか悪いのか・・・それでは
2 名前:紋章官     投稿日:2017/04/28(金) 21:55:24    
4月も終わりです。コミティアまで1週間!準備が間に合わない~

さて今日から箱崎のホテルで年に一度の海外ディーラーも来るコイン販売会。初日でないといいものはなくなってしまうところ。明日は、まだあるかな~まあ、お金がないので、見に行くだけ~何かひとつ買えればいいですが。悩みは専門の中世のコインがあまり入ってこないこと。まあ、今は古代銀貨に移っていますので、いいですが、そちらも良いコインはなかなかに難しい。数はあってもコンディションや値段で撰ぶ事になるので、これぞ、というものが難しいところです。それに最近はグリーティングと言いまして、海外の審査機関に出して、コンディションレベルの審査をしてもらう行為があるのですが、それをすると、コンディション維持のため、密封ケースの中に入れられてしまう。
つまりコイン本体を手に取れなくなる。貴金属ですし、手の汚れや破損、紋様の保護には
ケースに入れるのは当然の事なのですが、ケース入りだと、やっぱり物足りないというのか、つまらないところ。それに中世コインかたろぐのように、図版冊子も作りにくくなる。まあ、それでもコインは数がありますので、ケース入りでない方が圧倒的ですが。
それでは
3 名前:紋章官     投稿日:2017/05/13(土) 10:21:56    
先週はコミティア歴史部。みなさん、お疲れさまでした。楽しまれましたか?始まるまではわくわくながら、終わるとあっというま。今日は今日とて神田祭り!附け祭りの巡行なのに雨とは・・・しかし、神田祭も2年前はラブライブとコラボ、まあ、舞台だし、ありかなと思っていたら、今回はソードアート・オンラインとご注文はウサギですか?と2つコラボ・・・ソードアートはまだ東京が舞台だからいいとしても、ごちうさはいいのかな?とおもいつつ、「チノちゃん絵馬」は欲しい!夏コミに当選したら、飾ろうかしら?

さてコミティア前のコイン販売会、丹念に探したおかげでよいローマ銀貨が購入できました。ついつい予算オーバー。海外ディーラーさんは増えていますが、値段がきつい。始めたころの値ごろ感はすっかり無くなり、手が出せない。それでローマ銀貨を丹念に撰んでいるところ。共和制時代の銀貨と帝政、セプティウス・セヴェルス、ゲタ、エラガバルと購入。カラカラは持っていたので、セヴェルス朝の銀貨が順調に揃うところ。1枚は値段を見間違えて買ってしまった物もあったり・・・それで予算超~あと少しでローマ銀貨が20枚越え。そうなればカラー冊子が作れるかな?いや、30枚までいったところかな?ただ、30枚はまだ遠いなあ。
続いて東京プリンスホテルでの骨董ショーを見物。ここで肥後の鍔を見ながらため息。鍔一枚でローマ金貨が2,3枚購入できる。自身銘付きの品。値段だけでため息でした。それでは。
4 名前:紋章官     投稿日:2017/07/02(日) 10:39:14    
7月に入りました。コミケに落ちたので、評論・情報に出る友人のところで委託販売。どうしても原稿のペースは落ちます。まあ、いいか。

趣味の愚痴。この間、甲冑専門店に出かけまして、いろいろ見てきました所。まあ、下手すると月に2回か3回くらい行くのですが・・・
ここのところ、物さびしいなあと思っていたら、よいものがいくつも並んでいました。
さて、面白いもので、甲冑の場合、胴は兜より平均的に安い傾向があるところ。これは置き場所や分かりやすさで兜が好まれるためとの事で、手間では胴の方がかかる場合も少なくないのに、手の込んだ胴でも兜より安い。もちろん、物のよしあし、保存状態の善し悪し等々の条件はありますが、全体にそうだとのこと。まあ、簡易な足軽胴(御貸胴)などは作りも簡素でわからなくはありませんが、一方で大多数は皮や木を基本に製作しているので胴の方が破損しやすい。大体、痛んでます。無傷なんてまずありえません。どこか、小さなひび割れや欠け、紐のほつれなどあります。それを言い出すと何も買えません。
いやあ、胴や兜も欲しいのですが、置き場所の都合で胴1つだけの制限。兜の置き場所もありません。いろいろ捨てて、置き場所を作ればいいのですが、そうなるとお金の問題もありますので、今がいいのでしょう。でも、良い兜が売りに出ていました。
時代は江戸時代ですが、置き場所と値段であきらめが付けられる・・・(ため息)
無理して買えないこともないのですけどねえ~お金は大切です。我慢を覚えましょう。
それでは
5 名前:紋章官     投稿日:2017/07/22(土) 11:00:53    
梅雨あけしましたね~しかし、しまった!先週、早朝は博多祇園山笠・・・早朝にやるので、前の晩、忘れてしまうとビデオも予約できない・・・なにしろ起きたら、生放送も終わってる!まだ京都祇園祭は午前中なので、助かるところ。そういえば確か京都祇園祭りの先頭、長刀鉾の先端につく長刀、今は取り換えられていますが、昔は銘「三条」とはいる、三条宗近の作だったとのこと~違ったかな?

趣味の愚痴。夏場は暑さのせいかお品の動きも少なく、お財布に優しい季節。まあ買えないんですから、出てくるものがなくてもいいわけです。ただ御店に見に行くにも交通費がかかる。なにしろ、勤め先が近所でバス定期だけ。専門店は都心。電車代がかかる。それに飲み物代やかるーくパンでも食べると、またかかる。これが回数を重ねると、あんがい、馬鹿にならないくなってくる・・・ついでに本を買ってくると、あら1万円が軽く消える・・・・出かけるのもつつしまないと!それでは
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9 お城な話 (Res:6)All First100 Last100 SubjectList ReLoad 9
1 名前:紋章官    投稿日:2016/11/18(金) 23:58:38    
再来年の大河ドラマは西郷さんで明治維新ですが、その次は近現代、大正から昭和と
なったそうです。しばらく、戦国・室町・鎌倉時代はないそうです。足利義満は
いつかな~、白河上皇に始まり、現代までで抜けているのは足利義満から足利義教
の時期。それに四国勢や北陸物も縁がなさそう・・・

さてお城な話。テレビ神奈川で土曜日朝9時台にやっている「お城にいこう!」、
ミニ番組ですが、なかなか面白いので見ております。
そこでお城な話。先に歴史想像で帰ってきたら居城が立派になっていた立花宗茂
の話をしましたが、同じ幸運に恵まれたのが諏訪氏。天正壬子の乱を経て、徳川
家に臣従、それで徳川家康の関東移封に伴い諏訪を離れました。
そのあとに入ってきたのが豊臣秀吉の家臣日野根高吉。彼は諏訪領に入ると、
諏訪氏の中世風の城郭を壊して諏訪湖に突き出た城を新しく築く。
それが高島城。新領主として旧領主の権威を越える存在であることを示すためと、
近江出身ともいわれ、大坂城などの近世城郭を見てきたことから、それを自分の
居城に実現すべく、古い城を壊して材木などを流用するほか、御神木なども切り
倒して強引に資材を調達、そのなか個性をしめすのか、こけらぶきの天守をもつ
高島城を築城するのです。但し、完成したのは本丸と二ノ丸の一部、そこで
関ヶ原合戦後、日野根家は除封され、代わりに諏訪氏が旧領ということで復帰
する。そこで目にしたのが立派な高島城。自分では領民に負担をかけることなく
近世城郭を手に入れてしまう事となるのです。いったい何が幸いするのやら。
そんなお話です。それでは
2 名前:紋章官     投稿日:2016/12/16(金) 21:56:18    
気がつけば12月16日。コミケまであと2週間ないんです!明日はコピーを取りに出かけ、持ち帰って製本にいそしむ予定。土日や平日の夜をこまごまつかえばなとかなるか!あ、年賀状もしたくしないと!。

さてお城な話。12月23日から25日まで横浜のパシフィコ横浜でお城エキスポなるイベントがあるそうです。町おこしや愛好家やいろいろ入り混じるようですが、さてどんなものやら見物に行こうかと思っています。城郭ジオラマや現存天守模型、企業や観光団体のほか、愛好家グループも参加可能らしいので、そちらで何が見られるのか期待したいところ、地域で活動する愛好家グループの中には、専門家顔負けの調査と資料をもっている人たちもいますので、それに期待したいところ。物販や資料本販売にも何かあるか楽しみです。それまでには製本をかたずけないといけませんが・・・それでは。
3 名前:紋章官     投稿日:2017/02/10(金) 21:51:33    
今日は雪が降りましたねえ~12日はコミティア、出かけられる方は防寒にお気を付けを。

さてお城な話。今回、江戸城の慶長期の絵図が出てきたそうで、現在と異なる本丸の縄張りが出てきました。まあ、これは当然で、現在の本丸の内部は寛永の改築時に整ったもの。これも火事で天守や御殿が燃え落ちたので立て直したもので、その際、内部のしきり
がはずされて広大な敷地を確保、また天守も位置を変え独立式天守に!このあたり、豊臣期大坂城を大改造したのと相通じるところ。これは城郭宮殿化といわれる傾向で、戦時の城から平時の城への変革と豪華化の行き着いたものといえます。
この城郭宮殿化は欧州の城郭でも生じた傾向で、ウィンザー城やフォンテーヌブロー宮殿(城)などの例が知られます。所変われど同じ傾向が出てくるのは世のながれというものか。そんなところです。それでは。
4 名前:紋章官     投稿日:2017/02/25(土) 01:05:29    
2月も終わりです。今週、コミティアの振り込みできなかった!どーしましょうか?

さてお城な話。江戸城の天守建設運動があるようで、また物好きな事。チラシをもらいましたが、天守閣と書いてある。天守なんです。あくまで天守!天守閣と閣がつくのは明治以降の間違い!これでまた誤解が広がる・・・天守再建といいますが、文化財破壊になるので、やめてほしいところ。何しろ建築基準法による高層建築の規制を当然うけますので基礎工事に天守台を掘り返し、石垣をばらす事になります。
何しろ、しっかり工事しないと地震で傾きかねない。このあたり熊本城の被害を見ればよくわかるところ。まして江戸城?皇居を真下に見おろすなど、警備上の問題からいいのですかね?
それに天守に限らず各地の復元、再建とされる中には、本来の形状を破壊してしまっている例がしばしばあるところ。これではなんのためやら。そして江戸城天守台、ここの場合、地下に金銀が埋まっているので何が目的やら。
よくお城の埋蔵金伝説がありますが、江戸城天守台には明確に金銀が埋まってる。なんで埋まっているかといえば、話は明暦の大火に遡ります。この明暦の大火で江戸城天守は火災旋風により、閉めていた窓の扉が開き、そこから炎が内部に侵入、炎上したと考えられています。江戸城天守は、基本、倉庫!武器や大判小判などが納められていました。このため天守は炎上と同時に納められていた鉄砲の火薬類で爆発も生じ倒壊したとみられます。そして金銀も溶けてしまう。
さて火災後、幕府は江戸の町内と同時に江戸城の再建工事にも着手。倒壊した天守もお手伝い普請として加賀藩にまずは石垣工事が命じられ、炎で焦げた石垣も築きなおしとなりました。そこで出てきたのは大量の溶けた金銀。炎上の熱で溶けて燃えカスや土くれと固まっている状態。最初のうち、これらを取り分けていましたが、あまりの量に作業が遅れがち、そこで幕府にお伺いを立てたところ、面倒なら分けないで、埋めてしまってよい、との回答をうける。そこで石垣の築き直しの際、底に埋めてしまった。
それがかますに直して何千俵にもなったとか。誇張はあってもどうやら天守台の地下には、この溶けた金銀の塊がねむっている。なにしろ4代将軍家綱の時代。幕府財政は豊かで余裕のあったところ。天守にそれなりの量の金銀が貯蔵されていてもおかしくなく、その程度、埋めてしまっても支障はなかったのでしょう。豪気なことです。
さて、この話は後々伝わります。ご存じの通り、天守建築は再建されないままでしたので、幕府財政が厳しくなってくると、何度か掘り返して取り出そう、という建議検討が徳川綱吉の時代から持ち上がります。殊に老中水野忠邦の時はかなり具体化したようです。この水野忠邦、天保の改革で幕府最後の金銀分銅の鋳造を行っていますが、一方で天守台の金銀発掘を試みたのです。本当にうまっているか、みてみたいところですが、夢のある話なので、このままにしておく方がいいような。それでは。
5 名前:紋章官     投稿日:2017/03/29(水) 21:11:25    
3月が終わると言うのに寒いところです。周囲の桜はどうですか?

さて面白いもので、時々、旅行番組などを見ていますと、同じところが別々の場組で同じ週に見る事がある。それがなぜかお城番組でもあったりする。この間、NHK-BSの城トレとのことで山中城を春風亭昇太さんたち一行が歩いていました。すると土曜日、TVKのお城へ行こうでも中島卓韋さんが出かけていた。ただし、お城に行こうの場合、前の週に伊豆半島の海城長沼城跡を行っていましたので、その続きというところ。長沼城跡、整備状態を見まして、これは行ってみないと、と思いました所です。整備ぶりがなかなか充実していて、これはと言えます。整備された城跡は少なくないですが、海城は少ない所!場所はわかりやすいですね~アニメ「ラブライブ・サンシャイン」の舞台地域、淡島が目の前に見える。そういえば、昔、日本のピラミッドブームのころ、淡島もピラミッド説があったよな~太陽石とか、日時計とか、祭壇場とか、いまはどうなのかな~それでは。
6 名前:紋章官     投稿日:2017/05/05(金) 23:07:23    
GWも大詰め。気がつけばもう残り2日。ああ~明日はコミティア歴史部!みなさん、宜しくお願いします。

さてお城な話。すっかりテレビのホラー番組で心霊スポット城跡回りが定番になりました。今度は鳥取城だったとは・・・次はどこかな~鳥取城は城跡としても面白い城跡で、山上の古い城エリアと中腹から下の近世鳥取藩の藩府としての二ノ丸エリアに分かれます。これは中世城郭と近世城郭が継続併存するもので、他には早くに廃城になりましたが月山富田城、龍野城、出石城などが知られます。別に山上の城郭に幽霊が出るから、山の下に居館を作ったわけではありません。やはり山の上だと生活が大変なので、統治の都合から山の下にさがる近世城郭の流れにそったものです。でも、鳥取城の山上エリアに出るのは理解できますが、まさか戦闘と関係ない、江戸時代に整備された近世城郭エリアまで幽霊が出るとは・・・まあ、お城に幽霊話はつきものですが。それでは、明日は会場で!それでは。
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10 鏨に生きるー戦国を彫金で生きた武家 (Res:8)All First100 Last100 SubjectList ReLoad 10
1 名前:紋章官    投稿日:2017/01/07(土) 11:47:17    
先週の今頃はコミケ!終わって一週間、お宝を楽しんでいる人も多いだろうな~

終わったと言えば大河ドラマで「真田丸」がおわりましたが、それに関わるお話。
趣味の分野で大坂の陣にかかわる名品があります。
それが加賀前田家に伝わる重要文化財「牡丹獅子小さ刀拵」。来歴がまずは華麗。
将軍足利義政の御腰物として後藤祐乗が金で金具を整え、それを拵えに整えた物。
この牡丹と獅子による拵え仕立ては、足利義教の富士高覧の腰刀拵の記録に存在
しており、この時、すでに定まっていたものと思われます。
さて、足利義政の用いたこの拵は以後、足利将軍家に伝来、永禄の変も難を逃れ、
足利義昭に届きます。その後、織田信長に追われた時、途中、野党などに荷物を奪われていますが、
この拵えは守り抜いた模様です。
そして豊臣秀吉と和解後、足利義昭から秀吉に贈与されます。
名品好きな秀吉の事、この歴代足利将軍の腰を飾り、主君織田信長も手にできなか
った名品を手にした事をどれほど喜んだか十分想像できる所。
それが豊臣秀頼に継承されますが、大坂冬の陣の和議が整った際、仲介の労を
ねぎらうとして本多正信に贈られるのです。
さて贈られた本多正信、この名品、家康に献上する事なく、次男政重に形見分け
される。それを本多政重は前田利常に召抱えられると、御礼にこの拵えを献上する。
献上された前田利常は後藤家第7代顕乗を召抱え、後藤家の名品収集に力を入れた
人。当然、これまた喜ばないはずもなく、本品を愛蔵する。
後に、娘が芸州浅野家に嫁ぐにあたり、婿引き出物に贈る適当な短刀に困り、この
拵えについていた短刀を贈る事にしましたが、わざわざ新しい拵えを作りつけて贈
り、この拵えは手元に残し、別な短刀を選び、拵えを直して自分で使えるように
しました。よほど手放したくなかったのがわかります。
そのことで前田家に残り、今に伝わることとなります。真田丸では前田家はやられ
役になりましたが、こんな物もあるのです。なかなか公開されないし、数年前の
展示会カタログでは部分写真だけ。今回も大河ドラマに便乗した話は聞かないし、
今度はいつ見られるのやら。20年前の展示会カタログなら全体写真があります
ので、機会があれば見てみてください。
さて作者である祐乗に始まる後藤家は、戦国をこの刀装金工として彫金で生き残る
のです。そんなお話のご案内。それでは。
2 名前:紋章官     投稿日:2017/01/21(土) 18:41:39    
冷え込みが続いています。その上、あちこちで雪!足元にお気を付けください。

さて「鏨に生きる」ー芸は身を助けると言いますが、後藤祐乗に始まる後藤家は彫金技術で生き残っていきます。
出身は美濃の豪族。城主クラス。美濃の騒乱で領地を追われ、京都に落ちのびたもの。
その後、足利義政に近従として出仕しました。
つまり、近従として将軍家に出仕できる身分と伝手をもっていたことがわかります。
出仕した後藤祐乗。彫金は後からの事なのでしょう。出仕後の伝承として雪舟ばりの話がありますが内容はともかく、彼の彫金技術を認められたのが、足利義政に仕えた後である、という記憶の証ではないでしょうか?
この後藤祐乗。武士なのに一流の彫金技術を身につけ、製作したのですが、それを可能としたのは環境。彼の出身地である美濃は作刀が盛んな事で、拵えを誂える工房も多かった事が考えられます。そのため拵えにつける金具製作も盛んで、身の回りに金具製作について知っている人物がおり、そのため好奇心か何かで彫金を始めていたと考えてもおかしくないところ。
その上で足利義政という美術センス豊かな人物に近侍。足利義政は庭師善阿弥を用いたように、文化面では身分を問わない交流が知られます。それゆえ義政周辺に身分を越えた文化サロンが構成されおり、記録に残らないだけで、さまざまな技術をもった人間が集まり、近侍した後藤祐乗も自然と影響をうけ、センスや技量を磨き、一流の技術を身に付けたと考えるのが自然なところ。
そして後藤祐乗は一流の技術と足利将軍家に仕える身分と経済基盤を獲得することで、彫金を「家業」として伝承する事に成功するのです。
その後を継ぐのは次男「宗乗」。いよいよ戦国時代が本格化していく時期となるのです。
それでは
3 名前:紋章官     投稿日:2017/02/04(土) 01:08:23    
2月に入りました。コミケの申込書を投函しまして、まずは一安心。大河ドラマで春風亭昇太さんの今川義元を眺めつつ、はたと気がつきました。そうか、井伊家を今年やっておけば、来年は西郷さんで幕末明治維新となるので、井伊直弼が出てくる。最終話で井伊直弼が祖先の墓参か法事を行う場面があれば、そのまま西郷さんにつなげられる!そういうもくろみか!と、想像したところ、どうでしょうか?

さて「鏨に生きる」-戦国ものドラマを見ながら刀装具の手入れをしているのは便利な物で、時代を想像することを刺激してくれます。なにしろ、同時代遺物が手元にあるのですから。その戦国時代を生きる後藤家。次男宗乗の時代に入ります。
この人、生まれは1461年。応仁・文明の乱が始まる数年前、そして死去は1538年。戦国時代前半を生きた人です。
さて家業となる彫金をなぜ次男宗乗るが継いだのか?といえば兄が早死にしたから、というのは通説。一方で、別説に祐乗が将軍家に仕えたことで美濃の本領も取り返し、美濃の本領に兄が帰り、京都に弟宗乗が残って彫金業も継承した、ともいわれます。さて宗乗も高い技量をもっていますが、
穏やかな作風とされています。但し、父親の製作を手伝ったことが考えられますので、双方の作品は入り混じっているとみられています。そのため、同じ作品で紹介する書籍によって、祐乗か宗乗かで作者同定が変わることがままあります。
この人の作品、父親の作品ほど華やかな来歴のあるものはありませんが、基本的に足利将軍家に納められた後、分散して江戸時代、将軍家や大名家などに収まります。
そして時折、作品の画題によって、この人の作とあてられることがある。それが「樋定規図」。この「樋定規図」は名前の通り、直線の古い定規を画題にしたもので、単純な図形ながら、その分、図柄として手抜きにならないように整える必要がある。なかなかに難しいもの。後藤家の古い「樋定規図」が出てきて、個人名で作者が同定となると、多くの場合、この2代宗乗が入ってくる。なぜなんですかねえ~個々人で得意、不得意の図柄があって、宗乗はこれが得意だったのか、一つの考えところです。それでは
4 名前:紋章官     投稿日:2017/02/17(金) 21:31:07    
コミティアはどうでしたか?私は11日に始発電車にのって東武・会津鉄道を乗り継ぎ、雪の大内宿見物に行ってきたので、12日は寝ていました。歳だな・・・いや~雪祭りでにぎわっていました。そのまま喜多方へ冬のラーメン祭りに行こうと会津若松まで行くと、雪でダイヤ混乱。そのため喜多方行きを断念して帰ってきました。宿泊覚悟で行けばよかったかな~平安時代の建築の新宮熊野神社長床が見たかった!

さて「鏨に生きる」ー初代祐乗と2代宗乗の作品の見極めの難しさがわかる物があります。それは徳川美術館に所蔵される尾張名物「丸木橋三所物」。名前の通り、丸木橋を題材にした作品です。この画題自体、珍しいものです。この作品、以前は後藤宗乗の作品とされていましたが、あるころから後藤祐乗の方に変わりました。更に古記録では小柄は宗乗とされている。この場合、取り合わせ、ということになりますが、この取り合わせにもいろいろあり、画題の合うものを揃えたものか、先にある金具に後から作り補う、と組みあわせ方法にもいろいろあります。
その取り合わせしたことが忘れられ、初めからセットに思われる事も生じる。このあたり、見極める力が必要となります。とはいえ、尾張徳川家が江戸時代初期、それも徳川家康からの形見分け「駿河御分物」という堂々たる由来のあるお品もそうなのですから、市場にあるものなど、どう転ぶかわからないのは当然のところ・但し、なかなか宗乗から祐乗へ昇格するのは難しいでしょうけど。それでは。
5 名前:紋章官     投稿日:2017/03/03(金) 22:11:32    
3月です。近くの淡島神社ではお祭りでみこし行列していました。先週は上野に春日大社展を見に行ってから歩いていたところ、湯島天神の梅まつりの御神輿も見れました。なにやらお祭りを毎週見ています。

さて「鏨に生きる」-2代宗乗、子供のころに応仁・文明の乱を体験しているわけで、完全に戦乱の時代を生きることとなります。どうなんでしょう?後藤家はれっきとした武家です。2代宗乗は彫金を行いながらも武士の身分であり続けたところです。後藤家は足利将軍家に出仕したことで近江坂本に三百町歩の封を与えられています。
また失われた美濃の領地もまだ権威の残る将軍家の威光で取り戻したともいわれます。
それゆえ彫金は副業扱いだったのかもしれません。但し、このころの武士でも武芸にこだわらず職能で食べていくことを始めており、絵師の狩野家、作法の多賀家や大草家などという家が出てきます。北条早雲の本家、幕府官僚伊勢氏も将軍家奥向きなども取り仕切ることで、武士であるのと同時に儀礼や鞍作りの家としても名を成していきます。
どの家も将軍家に出仕していた家系であり、後藤家もまた同様に将軍家に仕える武士であり、技能として彫金で名をなし生き残りの道を開いたと言えます。それでは
6 名前:紋章官     投稿日:2017/03/17(金) 21:28:38    
明日から三連休!今年は曜日の関係で少ない三連休、楽しんでください。私は月曜日も仕事です。やれやれ。

さて後藤家、宗乗の次が3代目乗真。この人、武将としてなくなりました。というのも足利義輝に近侍、勇猛な性格で領地を守るため、戦って討ち死にしたほど。ちなみに戦った相手は浅井久政。御存じ浅井長政の祖父で戦国大名浅井家を築いた人物です。
後藤家は足利義政に仕えたことで近江坂本に300町歩の領地をもらい、それを守るため進軍してきた浅井久政と戦ったものです。
さてこんな武ばった人ですが、彫金もしっかりしています。性格が出るのか、この乗真の作品は力強く大ぶり、とされています。代表作は加賀前田家にある「鶴亀橋三所物」。この鶴亀の縁起の良い画題から別名「蓬莱橋揃い金具」とも呼ばれます。
揃い金具というだけに、本来は縁頭、栗形など他に5点の金具とセットでしたが、明治時代の売り立てで、笄・目貫・小柄の三所物だけ前田家に残され、残りは流出、国内を流転しています。数年前の展示会で両方が揃え並べあられましたが、今はどこに行きましたか?偶然、持ち主の方と知り合い、一度だけ手に持つことがありましたが、なかなか貴重な機会でした。どうされているのかな~
大ぶりで豪快な作風、なかなかお目にかかれませんが、いつか手にしたいところです。一応、書籍でこの人の作品と紹介されている笄を持ってはいますが、微妙なところ。それでは
7 名前:紋章官     投稿日:2017/04/07(金) 22:30:01    
4月に入り、いろいろと新番組が始まっています。今晩から孤独のグルメだ・・・夜遅く、何かおなかが減ったようなころ合いに見るのは腹の毒か?その昔、NHKで寿司屋を舞台にしたドラマがありましたが、そのドラマの影響で放映日の水曜日は寿司屋に注文が多かったとか。

さて後藤家。3代目乗真の次が4代目光乗。この人、長い生きなんです。死んだのは元和6年、御歳92歳という長寿を誇ります。生まれてから死ぬまで京都で暮らした方です。
それだけに戦国半ばから、桃山、江戸初期まで京都で起きた事件を目撃したのです。もしも、この人が山科言継なみに日記を書いてくれたら、どれほどの資料になったか!
それだけにこの人、いろいろな人に仕えています。足利将軍家の家臣ですから足利義晴、義輝、義昭に出仕。そして三好長慶、三好三人衆、松永久秀などとも面識をもったでしょう。それに織田信長、豊臣秀吉に仕える。更に明智光秀とも交流をもった気配がある。
明智光秀は織田信長に献上するため、後藤家から名品を無理に買い取った、という話が今に伝承されているのが、その証でしょう。それに後藤光乗は刀装具だけではありません。信長公記の「あづち天守の次第」に「最上階の金具は後藤平四郎」と記載される後藤平四郎がこの後藤光乗と推測されています。(後藤宗家当主はこの光乗から四郎兵衛を名乗ります。作者大田牛一は織田信長、豊臣秀吉と同じように仕えていますので、面識はあったはずですので、「平四郎」というのは、この四郎兵衛を渾名したものかもしれません)。
また織田信長に大判役を命じられ、それは豊臣秀吉になっても継続。その事で天正長大判、菱大判に始まる大判製作を行い、更に秀吉の富の象徴、金分銅、法馬金をふいています。これらから後藤光乗は刀装具だけでなく、大判による日本貨幣史、分銅役として度量衡整備に携わりました。この三役は以後、後藤家三家業として江戸時代を通じて家業となったもので、後藤家はこの四代光乗により新しい時代を迎えています。このひと、刀装具以外で盛りだくさんな人なんです。それでは。
8 名前:紋章官     投稿日:2017/04/22(土) 18:52:41    
もう4月22日。コミティアへの準備はどうですか?あと1週間で連休が始まり、2週間後は歴史部当日!わーい、準備が間に合うかな?

さて後藤家。展示合わせた書き込みなのに、間に合わない・・先に4代目光乗の時、大判役などになったことを触れましたが、実務は息子の五代徳乗があたりました。
実際、豊臣家の桐紋をデザインしたのはこの徳乗ともいわれ、一名「徳乗桐」と、その桐紋を呼称するところ。それが顕著に表れるのが刀装具の桐紋と大判、そして分銅金に打ち込まれた桐紋。事に分銅金、大法馬と呼んでいる金塊、現在、日本銀行に保管される小型の分銅金は全体をおびただしい桐紋を打ち込んでいます。よくまあ、うちこんだものと、その手間と作業に驚くところです。また天正大判、そこに墨で書かれた文字、「拾両 後藤(花押)」の最も古いものは、この徳乗の書いたもので、その大ぶりな書きぶり、流れるような花押は珍重されるもので、まるで笹の葉が垂れている様に見えることから「笹書き大判」と呼んでいるところです。
こうして後藤家は貨幣制度にかかわっていくこととなるのです。それでは。
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