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1    歴史部に向かって    (書き込み数 : 30)

1紋章官    :2017/01/07(土) 16:38:31   
新年にふさわしく、掲示板も模様替え!今年も宜しくお願いします。
コミケの打ち上げでうっかりしていたのは、現在、江戸・東京博物館で開催中の戦国時代展。だれか見に行かれた方いましたか?
こちらはコミケの原稿の追い込みで年明け回しにしたので、来週見物予定です。

その打ち上げで西川さんたちに昨年のアンソロ向け同様の原案をお渡ししたところでしたが、昨年の三日月宗近の時は3案考えていた
ところ。アンソロにしてもらったのは、そのうち学習漫画方式(笑)。その他に考えていたのは逆転裁判方式と語り手を孝蔵主にしたもの。
逆転裁判方式は三日月宗近を経歴詐称(!)で裁判にかける形。弁護士と検察官で証人や資料紹介で、その由来を紹介する案。
語り手を孝蔵主にした案。まずは孝蔵主を御紹介。この人は高台院おねの側近女性。彼女は大坂の陣前に江戸へ下向、将軍秀忠に仕えるように
なっていました。私はこれは高台院による徳川・豊臣の融和工作を意図したものと考えています。
孝蔵主は大坂城から北政所おねの側近として奥向きを大谷吉継の母と共に担った辣腕家。立場上、政治的な事も心得、また大坂城に引き
取られた浅井三姉妹の面倒もみていますし、大坂へ人質としていた少年時代から秀忠を知っている。
なにしろ徳川実記におねと秀忠の間柄を実の母子のように慈しまれたと記録する間柄であれば側近の孝蔵主も顔馴染みで当然。
そんな彼女が大坂の陣直前の時期に江戸に下向するのは高台院の意向で双方の融和を目指し、彼女を送り込んだ、と見る方が自然。孝蔵主の
人物像はわかりませんが、豊臣家と高台院を見限って徳川家に仕えたとは考えにくいところ。
おそらく表向きは将軍御台所崇源院於江が、江戸の奥を取り仕切るにあたり、御台所の組織整備や政治的役割を整えるのに、大坂城の奥
を北政所おねの側近として仕切った経験をもつ孝蔵主が教える、もしくは整備するため招かれた、というところでしょう。
いわゆる大奥の整備は春日局の功績と言われますが、彼女はこの時点では将軍家奥向きの半ば公的機関としての運営や書状の書式などを経験
していませんので、経験を持つ孝蔵主の方が優位だったでしょう。何しろ、奉行衆だろうが、なんだろうが、秀吉にかわり朝廷や公家、諸大名
とやりあった北政所おねの側近中の側近として実務を仕切った孝蔵主の能力は、並大抵ではなかったはずです。
それゆえ、政治的手腕があり、秀忠、於江の両方を子供時代から知る孝蔵主を江戸へ送り込んで大坂と江戸との間を取り持ち、融和に努めよう
としたと、見ていいのではないでしょうか?失敗しましたが。
なお孝蔵主は将軍秀忠に仕えているので表へ出仕。奥ではありません。このあたり、表に出仕したことは彼女の能力を秀忠の周辺を固める
徳川家臣団も認めるものだった、というように思えます。
しかも彼女は秀忠に仕えつつも、長く報酬を秀忠から与えられていない。与えられるのは高台院死後の事。報酬を与えるのが主君であれば、
その時まで仕えていても、秀忠が主君ではなかった、と言えるのです。では、その間、孝蔵主の主君は誰だったか?
そうなると高台院おね、という事になる。将軍御台所於江との説も成りたちますが、奥向きの女性が秀忠に仕え、しかも扶持をもらう、
というのはあまり聞かない。それも高台院の死後という事は、孝蔵主の主はあくまで高台院であり、それを憚り、秀忠は扶持を与えな
かった。もしくは孝蔵主も高台院が主人なので、その生前においては扶持の話を断り続けた、と見ていいのではないでしょうか?
但し、扶持をもらいましたが、孝蔵主は高台院の死の翌年、後追うように死去しています。
さて、孝蔵主の紹介が長くなってしまいましたが、このような立場だけに彼女が高台院死後、将軍秀忠に形見分けで届けられた三日月
宗近を前に、その伝来と大坂城の夢を語らせる、という筋立ても考えていました。まあ、幻の原案となりましたが、それでは。
24 紋章官    :2017/03/24(金) 21:25:27   
寒の戻りか冷えますねえ~さて歴史部の申込み、今年は何サークル参加するのでしょうか?
申込みを済ませたとはいえ、当選しているか心配なところ。それに展示に離れているのも心細いところ。どうなるのかな~。
今回は5月6日の土曜日。それで翌日は日曜日でお休みできる。ありがたいなあ。
さて刀装具は小さいので、運ぶのも楽。一度甲冑の胴を運んだ時は行き帰りが大変でしたが、小道具は箱に入れてリュックに
背負えば大丈夫なところ。数があってもわりと運べるのがありがたいところ。但し、箱はいろいろなサイズがあるので、それ
が困りもの。前回の時よりも数が増えますので、それが心配なところです。それでは
25 西    :2017/03/24(金) 22:31:22   
紋章官さん>
いつも書き込みありがとうございます。第一次締め切り分は32サークルになりました。
とりあえず、チラシ掲載分はここまでですが、当日まで参加は受け付けるので、まだまだ集まったらいいなあと思っています。

当落についてはコミティアから「著しい書類不備以外は当選」というおしらせが出ていますよ。
搬入はもし使えるようだったら車で行きたいですか?ご希望があったら歴史部までメールでご相談くださいね。
26 紋章官    :2017/03/25(土) 22:15:00   
西川様、情報、ありがとうございます!32サークルですか、大勢集まり楽しみですね~もっとあつまるといいですね。
例えば50サークル越えとか?打ち上げにも多くが参加してもらえれば、と思います。
車は心配ありません。そこは刀装具は小さいので、展示品はリュック一つで十分。他の物も大丈夫です。
それにしても3スペースとって、1スペースを歴史部座談スペースにできたら、といまごろ考えたり、自分は使わなくても展示パネルを頼んで、みなさんで
ポスターなどの掲示場所にするとかの考え方もありましたねえ。気が早いですが、来年の企画で行きましょうか(笑)
でも歴史エリアにないと意味がないですかね。

さて今回の新刊予定「中世の町屋建築」-日本の中世家屋建築についての冊子が確定。刀装具の展示なのに、家屋の冊子がまずは原稿が出来上がってしまい
ました。なんででしょう?これから挿絵なので、あわせて刀装具の冊子を描き始めていますが、どうしてもつまんないなあ・・・やはり写真をいれないと
いけないし。それとも漫画原案用のいくつかの話をまとめた冊子にでもしましょうか?それでは
27 七倉    :2017/03/27(月) 21:14:47   
4/2(日)はかなまら祭りに行って来ますo(^▽^)o
千代田区のスタンプラリーも時間見つけて行きたいです

>スタッフワーク
当日のお手伝いならOKです

>紋章官さん
手が回らなくてお手伝いできなくてすみません\(__ )
中世家屋建築も刀装具の冊子も見たいですw

とうらぶユーザー的には自分達の本丸(プレイヤーと刀剣男士達の屋敷)がどんな構造か参考になるモノが欲しいです(´∀`)
28 紋章官    :2017/03/31(金) 22:23:33   
大丈夫ですよ~しかし、とうらぶはみてないので、その参考なる冊子になるか定かではありませんよ~

さて展示で心配事は古い系統のものが多いので、地味なことが悩みどころ。刀装具の説明文もどの程度にしようか、というのも悩みのタネ。深入りしすぎて
いるので、お手軽な説明文や案内をどうしたらいいのか戸惑っています。どのように書きましょうか。いちから書き直そうとしていますが、うまくまとまら
ない状態。あまり小難しいのはいやですよね~悩むな~それでは。
29 紋章官    :2017/04/22(土) 19:06:07   
コミティア歴史部まで、あと2週間。追い込みはどうですか?原稿もそろそろ終わりにしないといけないところ。大河ドラマにちなんで、今川家の大物「寿桂尼」
の紹介冊子を持っていきます。井伊直虎は、いくらでも本が出ているので、それよりも今川家を実に50年近く支えた寿桂尼の方を取り上げるところ。
大河ドラマでは敵役ですが、武田、北条と対等に渡り合い、今川家臣団の駿河・遠江の豪族たちを統制した手腕の高さは女地頭どころでないところ。
彼女は京都の生まれで、実家は権中納言中御門家という中級公家。都育ちの公家の姫君が右も左も知らない地方の守護大名家にくだり、そこで政務をとったの
ですから、並大抵のことではありません。
この寿桂尼こそ、先に主人公をはってもいいくらいなのですがねえ。それでは。
30 闇のかぎしっぽ屋    :2017/04/22(土) 22:31:19   
歴史部のぼりの作成ですが、サイズはいくらになるのでしょうか?
A4用紙に印刷と案内にありますが、プリンタの印刷範囲によって大きさのずれがあると思います。
多少の大きさのずれは許容できるのでしょうか?
縦何センチ×横何センチと指定された方が作りやすいと思うのですが?!

それとスミマセン。右半分の下側の「歴史部」の文字は作成分の文字と重なって読めなくなるので、消さして貰います。
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2    刀剣女子のための刀装具展示 IN コミティア120 歴史部!    (書き込み数 : 13)

1紋章官    :2017/03/07(火) 00:22:01   
コミティア120に展示に申込みました当サークル。当選の可否はともかく展示のお題は刀剣乱舞にあやかり「刀装具」。
刀剣への関心が高まりましたが、この刀装具はまだまだ知名度の低いところ。それでも、御刀と一緒に目に触れる機会は増えた所と思います。
目にした方、いますか?こまかい彫金で獅子や龍、植物や人物、それらが

御刀を納める拵えを飾る目貫、笄、小柄など室町時代から江戸時代にデザインと技巧を尽くし、数知れない金工たちが腕をふるい製作したものです。
とはいえ趣味性が高すぎる。骨董市で並んでいるものは、ほとんど下級武士の日常使い程度。そのため作りはそこそこ。しかし、上位のほうを見ていくと
精巧華麗、現在では作ることができないレベルの品々があります。
このあたり刀を腰に差すにあたり、拵えが日常品なので、これら刀装具は拵えの実用品なので、たとえて言うなら腕時計が一番近いと言えるでしょう。
それゆえ腕時計が量販品から超高級ブランドの特注品まで幅が広がるように、刀装具もレベルの幅が広い。そして室町から江戸時代、明治まで長く
製作がつづけられました。
さて今回、展示しますのは室町・戦国から江戸時代までの古い方に属する品々。大河ドラマがせっかく2年続けて戦国時代なので、それに便乗
するところです。なにしろ来年は西郷さんで明治維新、そのつぎは東京オリンピックにむけて近現代。当分、ご縁がないところ。
展示予定品の内容は順次こちらに書き込み致します。それでは~
7 七倉    :2017/03/27(月) 21:28:06   
先週刀剣博物館に行きましたー。
知人に会うついでに「明石国行」を見るのが目的でしたが、鎌倉時代(主に備前?)の華やかな刃文や肥後拵の鞘が印象的でした。

刀装具について気になるのは
目貫には動物をあしらった可愛いデザインのがある事、昔の人達がどの様に細かい装飾を施したかです。
刀身に彫られてる溝や装飾も気になるところですo(^▽^)o
8 紋章官    :2017/03/29(水) 21:32:17   
七倉様。見にいかれました~備前物は華やかですよ~数年前に備前一文字展という展示会がありまして、波打つ刃紋の華やかさでは備前物は見ものでしたよ。

さて刀装具も刀身も丹念に鏨で彫りこんで行きます。切り込むというのが正しいのか、削り込むというのが正しいのか、なかなか表現が難しいところですが
丹念に彫りこんでいきます。おととしのコミケスペシャルの地方団体や企業エリアで、どこのブースか忘れましたが、玉鋼の文鎮へ名前切をやっていました。
話を聞くと刀研ぎ師の人で大刀剣市でもやっているとの事でした。刀身に装飾を入れるのは、これと同じです。丹念に刻みこみ梵字、不動明王、剣、草紋龍、
そして倶梨伽羅龍。刀身彫刻で頂点は倶梨伽羅龍です。手入れも大変ですけど。但し、溝、それは樋のことだと思いますが、この作り方は不勉強なので
知らないところ。こんど、聞いておきます。刀装具も同じ所。先だってNHKの美の壺で日本刀や肥後象眼が取り上げられた時、鍔の象嵌などの製作場面が
ありましたので、それを参考にしていただければと思います。それでは
9 紋章官    :2017/04/02(日) 21:53:01   
4月に入り、コミティアまで1カ月!準備を急がなくてはいけないのに、千鳥が淵から神保町に出かけて春の古本ワゴンセール。
わーい、戦国の作法、モンゴル年代記、蛇ー日本の蛇信仰、ボゴミール派、みんな安く手に入りました。その分、千代田区役所のパン屋でつい、
パンを買いすぎた・・・・

さて展示品。笄4本揃え。このうち1本は古美濃と呼ばれるグループに入っています。刀装具は彫金細工。そのため技能が高いものはみな京都で
製作されたと思われがちですが、なかなかどうして、室町戦国時代には地方でも高い技量で製作されていたようで、江戸時代までは駿府、越前、
山口などの区別がされていました。但し、いまはその見分けが不明。このうち越前一乗谷遺跡の町屋遺構から見事な一匹獅子目貫が出土しています。
このことからも各地での製作水準は高かったようです。このうち、古い京都以外ではっきりわかるのが美濃となっています。
このグループ、古美濃と呼ばれるもので、彫りの深さや仕立て技法で美濃と呼ばれる流れがあり、そのまま江戸時代も続きます。
今回、その古美濃の笄も並べるところです。この古美濃の彫り方の特徴は直角や斜めに深く彫りこむ手法。そして画題は秋草や鈴虫などを入れた
秋草図、丁子図など植物紋がほとんどのこと。それが始まりから終わりまで続くのですから、息の長い伝統と言えます。笄も秋草図。
そして直角の深い彫りこみと、その典型的な姿をもっているものです。それでは。
10 紋章官    :2017/04/06(木) 21:21:26   
コミティアから参加案内が届きました!スペースは展示27です!歴史のエリアはどのあたりなのやら。離れていますが、遊びに来てくださいね。

さて展示品。今回、展示します笄、このうち大黒天が彫られているものがあります。この大黒様、宝袋を背負っていますので富と共に戦の際の
守り神!そのため古い小道具でも見かける図柄となっています。また大黒様がいなくても、打ち出の小づちと鼠の組み合わせで、大黒様の留守模様
と判じるようになっています。江戸時代は、こちらの方が多いのかな?打ち出の小づちと鼠で富を強調する形になっています。
ただし、今回の笄は古風な時代のあがるもの。それに裏には作者銘が切られている。通常、購入できる範囲で最も古い作者銘のうちに入ります。
もちろん、それより古い作者銘はありますが、大概が徳川美術館やら前田育徳会などの所蔵品。もしくは値段が一気にあがるので、まあ、手が出せません。
これもたまたま売りに出たので入手できたところ。この人、桃山時代から江戸時代初期の人で、祖父や父、兄と共に豊臣家に仕え、その後、本家を預かり
徳川家に対応しつつ前田家に仕えた人。だから豊臣秀吉や徳川家康から徳川秀忠、家光、前田利常などと顔を合わせ、金沢の彫金工芸はこの人をもって
始まるところです。その作者銘は後藤顕乗。こうなると出てきたときがチャンス。現在、古い品や笄が人気がないので、おかげで手が届きました。
この人の兄「栄乗」の自身銘の作品も市場に出てきますが、ほとんど出てこないし、出てきても値段がはるので、とても手が出ない。夢だな~それでは。
11 紋章官    :2017/04/12(水) 23:43:03   
桜が満開、そして冷える。おかげで長く桜が楽しめる。団地の桜は満開がすぎましたが、向かいの団地の桜はこれから満開。長く楽しめそうです。

さて展示品。笄に江戸初期の人物、後藤顕乗の自身銘がつく事に触れましたが、他にもこの後藤家の作品を並べるところです。刀装具も人気に波がありまして、
町彫と呼ばれる町方職人の物の方が今は人気が高い。そのため古いものは全体に低い。また将軍家お抱えの後藤家の物も同様。いいものなんですがねえ。
細かい事を抜きにしまして、今回、大河ドラマにあわせて室町から江戸時代までの展示なので、後藤家の古い方の小柄を並べます。というか、好みや
買えるものが、そうだった、というところ。後藤家の2代宗乗、4代光乗、5代徳乗、6代栄乗、笄で7代顕乗、10代廉乗、11代通乗のお品
となります。初代祐乗は手が出せない、3代乗真は買い逃しましたが、並べる笄のうち古後藤の笄は書籍によっては乗真作とされていますので、一応
埋まる?8代即乗は運次第なのでいつになるやら。9代程乗は、まあ、選ばなければ手に入るのですが、どうしたものか。というところ。
2代宗乗は3つあるので、その分、他の代を手に入れればいい、と思われるかもしれませんが、なにしろ1点もので、程乗は顕乗の息子ですから江戸前期
の人物なので350年前、乗真は戦国時代中期なので450年前の人物。そんな時代のお品は数は少ないので出てくるところを捕まえるしかないところ。
人気がなくてもそこそこの値段はするんです。それでも買い逃すと次があるか難しい。初代祐乗と短命だった8代即乗は数が少なく入手は運次第、3代
乗真もないわけではないのですが、ある条件で集めているので、それに該当する物が少ないのが痛いところ。なんで乗真が少ないのか、不思議だよな~
と調べていて感じていますところです。それでは
12 紋章官    :2017/04/15(土) 01:00:03   
お宝ガレリアで「茶の湯」展に合わせて茶器の入れ物紹介。おもしろかったですよね。それにしても初花はまだ徳川家の個人蔵だったんだ。茶の湯と言えば
古田織部を主人公とする「ひょうげもの」で大坂城落城、いよいよ織部の切腹が迫ってきています。長い連載も終わりが見えてきました。どんなふうに、しめ
くくるのか、興味が惹かれます。

さて後藤家の品々を展示しますが、その最高のもの、初代祐乗の代表作ともなれば、茶器同様に足利将軍家から織田信長、豊臣秀吉、徳川将軍家、前田家など
渡っていきます。前田家所蔵の「濡れ烏笄」は足利義政から足利将軍家より後藤家預かりに戻され、それを明智光秀が強引に買いとり、織田信長に献上、
それが豊臣秀吉の手に渡り、加藤清正に下賜され、加藤家取り潰し後に後藤顕乗の手で前田利常に納められる。また牡丹獅子金具拵えは足利義政から足利将軍家
の宝物として伝来、足利義昭から豊臣秀吉に贈られ、大坂冬の陣和議の斡旋の礼物として豊臣秀頼から本多正信に贈られ、それが次男正重に形見分けされた事で、
主君前田利常へ献上される。また徳川美術館の後藤宗乗の尾張名物「丸木橋三所物」。こちらも足利将軍家から途中は不明ですが、徳川家康の手に入り、
家康はこれを気に入っていたと伝えられ、家康の遺産分割「駿河御分物」として尾張徳川家に伝来する。
そんな華やかな伝来を誇るような名品には及びもつきませんが、ささやかながら並べるところです。これらの品物も、もしかして名のある武将たちの手を経たかも
しれない、と見ながら妄想するのも面白いところではないでしょうか?それでは。
13 紋章官    :2017/04/19(水) 21:20:06   
なにやら桜がやっと満開になったかとおもったら、いきなり25度越え!体がついていかないなあ~気がつけば4月も後半。コミティアの準備はどうですか?
といいつつ、自分の遅れの心配をしなければいけないところ。

さて展示品。先に書きましたように後藤家の古いものは足利将軍家の持ち物だったことで、江戸時代は大名家の憧れの品物。江戸城に登城の際や他御大名家と
交際する際に使う拵えに備える身分装身具。それで需要が多いので、古い品物を後藤家が真贋や作者特定を鑑定しました。これが「極め」というもので、
その鑑定書が「折り紙」、そして小柄や笄に鑑定した証として、特定した作者銘と鑑定した自分の名前の「極め銘」というものを刻みました。
今回、展示する古い小柄はすべて裏面にこの「極め銘」を持ちます。表の図柄も楽しめますが、うらの極め銘も見比べると面白いものなのですが、まあ、まずは
表の図柄を楽しんでください。それでは。
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3    冬コミにむかって    (書き込み数 : 10)

1紋章官    :2016/08/19(金) 22:04:41   
夏コミ、お疲れさまでした!親睦会は先に抜けさせていただきましたが、みなさんはいつまでおしゃべりされていましたか?
中には今度の日曜日のコミティアに参加される方もいるとか。私は午後、のんびり見物予定です。

さて夏コミで大王陵終焉という新刊を頒布しましたが、これがきがつくと持ち込み数を完売!ちょっと驚いたところ。
城郭模型普及推進委員会さんのところでの頒布でしたので、期待していなかったのですが、いつのまにか売り切れていました。
この冊子、五月のコミティアで出した大王陵出現と対になるもので、丸ゆべしさんが行かれた山の辺の道沿いに点在する
前期巨大古墳を通じて巨大古墳の出現と大王を論じた「出現」に対し、逆に大王陵としての巨大古墳が姿を消す時代の
古墳の話をするものです。本来は!
当初はこの大王陵終焉期が継体新王朝登場時期に重なっており、その継体天皇の真の陵「今城塚古墳」に始まる剣菱形と称される
前方後円墳の展開と継体・欽明朝の乱とも称される、記紀における継承時期の混乱・錯綜について古墳の形状と比定をからめ、
自分なりの論説を書いたところです。要約すれば、継体天皇崩御後、摂政という概念がなかったために、権限同等を持たせるため後見
役としての安閑天皇と継承者としての欽明天皇の同時即位が行われ、安閑天皇が短期間で崩御したことで、続けて宣化天皇が後見と
して即位、そして彼の崩御で欽明天皇の単独統治が始まったため、即位伝承に混乱が生じた。との仮説を展開させてもらったところです。
そして剣菱形前方後円墳は、その継体・欽明王朝のための墳形として誕生、建造されたもの、としました。
ところが資料を当たり始めると、もうひとつの面が見えてきたので、その話ものせさせてもらったところです。それは女性天皇への
道筋。その話は又次に。それでは
4 紋章官    :2016/09/16(金) 21:40:24   
水曜日にtvkで「斎王」が放送されてました。見た方います?ゆべしさんとは夏コミの打ち上げ時に、この番組の話をしましたが、これは三重テレビ製作の月1度の番組。毎回、テーマを決めて、斎王に関する紹介をしています。機会があれば一度、見てみてください。

さて明日は趣味の鑑賞会なのですが、今回、講演のお題が「鎌倉時代の在銘の太刀」。鎌倉時代の太刀自体、無銘でも少ないのに、在銘となればなおのこと貴重。講演とはいいますが、鑑賞会なので、当然、実物も展示、そして参加者は持つことができます。刀にうとい私でも、さすがに今回だけは、もってみたいところ!何が出てくることやら。なにしろ都内の有力刀剣商や愛好家が持ち寄りますから、展示会ではなかなか目にすることもないものも出てきますので、見物でしょう。話が脱線しましたので、ここまでに。それでは。
5 紋章官    :2016/09/25(日) 01:42:07   
先だって「華族」という番組をやっていました。案内役は松平定知アナンサー。松山藩主久松平家の分家筋で爵位はありません、と自分の家ネタで始めるのですから。サンドイッチマンの伊達さんも伊達一門。同じ家系ネタでも歴史的家系ネタはなかなか強力です。

番組で近衛家が出てきましたが、藤原家としての近衛家は江戸前期で断絶しています、一応!戦国期の関白近衛前久、その息子の近衛信伊で平安末期に始まる藤原家系の男系血筋による継承は終わり、息子がいないなかったことで天皇の弟が養子に入り継承しています。
このあたり、何度も縁組を重ねてきた関係ですが、他の五摂家から養子を迎えなかったところが、筆頭の維持なのか、摂関職をめぐる争いで五摂家は互いにライバル、もはや同族意識はなく、対立関係しかなかったのか、それとも天皇の意思が反映したのか、なかなか興味深いところ。
それにしても箱をだして、見せてくれたのが「御堂関白記」って、目立つものや派手な物ではありませんが、千年前の記録。やはり近衛家!
出てくるものが違いますねえ~それでは。
6 紋章官    :2016/12/23(金) 22:35:16   
冬コミに向かって、と言いつつ、そのコミケ91は目前!準備は追い込み中!明日はラジオミュージックソンを聞きながら製本かな~

というわけでコミケ91、30日金曜日の西1ホール、ほ07b「紋章官」にて出ます!しかし年々歴史が小さくなる・・創作(文芸・小説)とジャンル統合!ゲーム(歴史系)か刀剣乱舞と統合だったら、どうなることか・・・漫画(少年・歴史系)というジャンルができて、それとの統合、というのもあるのか・・・一応、「キングダム」は春秋戦国時代なんだし、「へうげもの」はあるし、ゲームもバサラ・無双系なら戦国武将、三国志があるし、気がついたら、メカミリ系がガルパンや艦コレと統合されていたりして・・・そんな事になったらどうしましょうか?何しろ、高校の世界史がなくなり、日本史の近現代史と同時期の世界史を統合した新授業を作る、というご時世ですから。まあ、確かに、孤立した流れをもつ日本史が世界の動きと影響しあう時期なので、ありといえばありの考え方ではありますが。またへんな省略や正当化をしないだろうなあ。それでは
7 Studio KODAI    :2016/12/24(土) 10:29:22   
冬コミの入稿を終えてまったりしています。
甥っ子が高校生(いま高2)なので、ときどき今どきの学校の情報が入るんですが、我々の学生時代とは隔世の感がありますね。甥は今いちおう「世界史」と「地理」を選択しているのですが、高3になると理系に進むので社会科科目が消えて数学が増えるんだそうです。しかしさすが私の甥だけあって、山川出版社の「世界史便覧」をしょっちゅう眺めて喜んでいるようです。(本当に君は理系にすすむのか甥よ…)
 私は、むしろテレビ番組から時代劇が減っていくのが心配です。アニメでも、『日本昔ばなし』みたいなのを、もっと沢山作って放映してほしいですよね。(と言いつつ私は『オルフェンズ』に狂ってますが。)
 ともあれ、私の甥のように歴史が好きな子は好きなんだから、世の中がどう変わろうとも、歴史好きはいなくならないと思います。我々も頑張って布教を続けましょう。
8 西    :2016/12/25(日) 21:50:44   
いつも楽しい書き込みありがとうございます!

2016年の打ち上げのお知らせと2017年歴史部のご案内をメールしました。サークルの皆様ご確認お願いします。

歴史部内で机を使った展示をする場合の詳細もコミティアに確認しましたので、ご予定があるサークルさんはメールでお知らせいただくか、冬コミで西にお声がけくださいね。

皆様冬コミの追い込み頑張ってください~って私もだ~
9 紋章官    :2016/12/27(火) 23:22:43   
もうすぐコミケですね~歴史部打ち上げの案内もありがとうございます。参加しますので、宜しくお願いします。歴史部での展示、やりますよ~何しろ、大河ドラマが女城主直虎のあとは西郷さんと近現代と続くので、当分、戦国ネタがない!そうなると勢い、来年5月の歴史部でやるしかないところ!ついでに、また学習漫画ネタを考えていきますので、宜しくお願いします。では当日に!
10 紋章官    :2017/01/01(日) 22:46:05   
冬コミお疲れさまでした。売り上げが苦しかったので、今後の活動費に頭が痛いところ。この趣味、完全独立採算制。夏に落選して売り上げがないところに冬も不振となると、正直、厳しい!

さてうっかりしていましたが、江戸東京博物館で「戦国時代展」が開催中~今は上野の国立博物館や江戸東京博物館は1月2日から開館するようになりました。博物館に初もうで、というキャッチフレーズで始まったのも根付いたところでしょう。歴史部の宴会に来られる方で案外と戦国時代の人がいない。このあたり、歴史部の幅広さと言えますが、穴でした。今回、毛利家をやっている方がこられましたので、そこが埋まるでしょうか?そう言えば年明けから春日大社展も始まります。NHKはそれにちなんで太刀再現などの特集番組をしきりと組んでいる。さしあたり、行くなら国宝鎧5領揃い踏みの時と考えていますが、どうしようかな。まずは戦国時代展。明日にでもいこうかな~それでは。
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4    刀剣と戦国武将    (書き込み数 : 14)

1紋章官    :2016/09/25(日) 23:31:39   
大河ドラマで今日、真田昌幸の死となりましたが、大河ドラマの登場人物には御刀にかかわる話や、所持者として有名な人物が
いる。歴史上の人物としては知名度がなくても、刀に名前を残している人がいるのです。

そんな一人が、今日も、北条氏直の墓参途中に真田信繁と再会した板岡江雪斎。この人、実在の人物で、豊臣政権との交渉役を
担当したのも事実。実際、小田原開城後、豊臣秀吉の面前に引き出され、開戦の始末をどうするか?と責任を問われると、いいわけ
をせずに、「首をはねよ」と言い返した剛直な人物。この剛直さに秀吉は笑って許し、その礼に献上したのが自分の刀。すなわち、
現存唯一の「大左」在銘太刀、国宝、名物「江雪左文字」。九州の左文字派が鎌倉時代に繁栄した一大流派。その刀は、ただ「左」と
一文字切ることから「左文字」派の名があり、何代複数の字の変化があることで知られます。
中でも大「左」と呼ばれるのが最高の名工の作は基本的に短刀。このため「左」在銘品は短刀に限られます。その名工「大左」と
称えられる名工唯一の在銘太刀が、この「江雪左文字」として知られます。
この太刀、その豪壮な姿と華麗な刃紋で知られます。そのできと唯一の在銘太刀として国宝に指定されています。
今まで板部岡江雪斎は、この所有者としてのみ名前を知られるところ。今回、大河ドラマに初登場なくらいの人物。
さて太刀は豊臣秀吉に献上され、徳川家康に移り、それから徳川頼宣に譲れ紀州徳川家に伝来、今に伝わります。
それではこんな御刀話をいろいろと続けてみたいと思います。それでは
8 紋章官    :2016/11/11(金) 22:03:25   
武将と刀剣。毛利輝元と小早川隆景ときたので、当然、吉川家に触れないといけません!毛利両川というので、どうしても毛利家優位で扱われますが、家の始まりでいけば、この吉川家が実は一番古いかもしれません。もちろん、毛利家の始祖は大江広元の息子。鎌倉時代に始まりますが、吉川家も小早川家も新補地頭で安芸に下向した御家人の家系。
その点で毛利家も同じです。さて、この吉川家には鎌倉時代のある事件を伝える太刀が伝来しています。それが御家名物「狐ヶ崎為次」。
平安後期の刀鍛冶「為次」の銘が入る平安太刀。そして号「狐ヶ崎」は鎌倉時代の事件、梶原景時一族滅亡となった駿河国狐ヶ崎合戦にちなみます。よく知られるように源頼朝の重用された梶原景時は、頼朝の死後の権力争いで北条氏との争いに敗れ幕府内で孤立、そのため一族あげて京都へ落ち伸びる途中、駿河、伊豆などの御家人を集めた追討軍と狐ヶ崎で合戦に及び、一族討ち死の悲運にあいます。
その戦いに参戦したのが、駿河国住人吉香小次郎。彼は、この太刀を使って梶原景時の息子の一人を打ち取っています。
そのことにちなみ、この太刀を「狐ヶ崎」とあだ名するようになったもので、現在に至るまで700年、子孫の吉川家に伝来したものです。
日本には数百万振りの刀剣が存在するでしょうが、使用された戦いがわかり、使用者がわかり、かつその家系に伝来しているものとしては、最古の例でしょう。そして吉川家に収蔵された吉川本「吾妻鏡」が、現存唯一の吾妻鏡全巻揃いであり、鎌倉時代研究の基礎資料となっているのは象徴的な事。鎌倉御家人吉川家、その歴史を伝える象徴的な物と言えるでしょう。それでは。
9 紋章官    :2016/11/19(土) 00:14:37   
武将と刀剣。吉川家の御家重宝「狐ヶ崎為次」のように数百年の星霜を
こえ、歴史的事件を今に健全な姿で、しかも鎌倉期の当時の太刀拵え
まで付属してのこるものがある一方、途中で戦災、火災で失われたものも数知れず。ことに名刀の災厄といえる事件がいくつかあります。
一番は大坂落城。ちょうど大河ドラマでまもなく、その時を迎えますが、豊臣秀吉が収集し、秀頼に受け継がれた名物名刀に多大な被害が
でます。中には、運よく堀の中におちて火災をのがれた骨喰藤四郎の
ようなものもありますが、鯰尾藤四郎、獅子貞宗など焼け身になってしまったものもある。それを集めた徳川家康はどうしたかといえば、
刀鍛冶越前康継に命じて、再刃(刃のつけなおし)を行わせる。
焼ける前の本阿弥家の押形資料をもとに再生させて用いたのです。
このあたり家康の道楽の一部だったのか、なかなか興味深いところ
です。それでは
10 紋章官    :2016/11/26(土) 12:10:28   
武将と刀剣。豊臣秀吉の人物批評に刀剣をおさめる拵えから人柄を評した、というものがあります。
稀代の人たらしであり、刀剣収集家であった秀吉らしいところです。評されたのはいわゆる五大老、前田利家や宇喜多秀家など。当然、そこに徳川家康(江戸大納言)の拵えについてもある。
秀吉曰く、徳川家康の拵えは黒く飾り気がない頑丈な簡素な拵え、いかにも節約家で実用第一だった家康らしいと言っています。
この拵えで人柄を評した話、真偽のほどは定かではありませんが、徳川家康の拵えというものが、どのようなものだったのか、示された内容からも、なるほどと思うところもあり、興味深いところです。それでは
11 名無しさん    :2016/11/26(土) 12:33:18   
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君の声や瞳だけで胸が痛いよ
12 紋章官    :2016/12/03(土) 11:28:10   
12月となりました。いろいろと悩ましいところ。まずはお金の算段。

さて武将と刀剣。徳川家康の話。家康も拵えは実用第一。儀礼用などで必要な場合、豪華な拵えを整えています。東照宮などに伝わる拵えはその代表例。家康の子供たち、越前松平家に伝来した結城秀康所用と伝わる豪華な糸巻太刀拵えを所有された方にお話をお聞きしたことがありましたが、拵え自体も金銀の金具などで重さがずっしりあるそうで、それに太刀の重さが加わると、実用には向かないのは確かと言われました。
葵と桐の紋所を交互に散らし、その金銀の蒔絵も色分けするおしゃれな物、桃山の豪華さが感じられるお品とのでした。それでは
13 紋章官    :2016/12/09(金) 21:34:47   
江戸東京博物館で戦国の時代展が始まったそうで、行こうかどうか悩んでいます。しかし、原稿におわれて時間がないし、お金がないし・・・コミケで入場料が稼げたら、行こうかな?

さて武将と刀剣。徳川家康もなんやかやいいつつ、御刀を集めています。将軍になったから、という事ではなく、身分の上の必要もありつつ、それなりに刀好きだったのでしょうね。
今回の大河ドラマでは、ずいぶんと人間味ある描かれ方されていますが、刀剣にまつわり人間性がでる逸話があります。
その1.気になった刀を買い込み、名刀だ!と目利きに見せたら、大したことはありません、と言われて不機嫌になり、その後は用いなかった。その2.伏見で買い上げた刀を別な研ぎ師に見せたら、正宗です、と言われて上機嫌になった。
神君、タヌキおやじ、苦労人とさまざまに評される人物もずいぶんと身近に感じる逸話です。ちなみに、徳川家康と刀といえば、妖刀村正の因縁がいわれますが、これは完全に創作。単に村正は伊勢地方で活躍したため、伊勢から東海地方に多く存在、それで偶然、使われただけの事。
それも切れ味が良かったので、武士たちに好まれただけの話です。
実際、家康の差料に村正があったそうですので。それでは
14 紋章官    :2016/12/16(金) 22:26:05   
来週にはクリスマス、その次はコミケで今年もくれるところ。コミケの準備はすすんでいますか?

さて武将と刀剣。織田信長にも、刀剣にまつわる話はいくつもあるところ。へしきり長谷部の由来や義元左文字など、いろいろあります。
とはいえ、織田信長の刀剣での貢献は、おそらく正宗の地位を現在の名声まで引き上げたこと!信長自身の愛刀と言われるものは、備前長船光忠、長船長光など古備前刀系統に見られます。
しかし、茶道具の「名物狩り」なみに刀剣も集めた模様で、その下賜を行い、それが秀吉の刀御政道に引き継がれますが、その中で相州鍛冶の正宗も収集対象としています。それ以前においては銘尽くしなどに見られるように、菊御作、山城鍛冶、古伯耆、古備前、大和伝などのが贈答などにふさわしいものとされていましたが、信長は相州鍛冶にも目を向け、正宗を新しい名刀として取り入れました。それは豊臣秀吉に引き継がれ、徳川時代に名前の良さから最高の地位にまで上り詰めることとなるのです。もちろん、宗近や粟田口、長光など古来伝統の名刀がより高い所にあり続けましたが、一方でそれら稀有の名刀よりは手に入る余地のある名刀、ということで正宗が珍重された、とも考えられます。
さて、武将と刀剣はここまで。それでは、
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5    展示企画は五月飾り!    (書き込み数 : 14)

1紋章官    :2013/03/29(金) 21:29:06   
おさわがせいたします。紋章官でございます。歴史部事務局様、メールありがとうございます。当日は皆様、よろしくお願いします。
サークルスペースは展示ブースにつき、展示09にて店開き!考えてみれば、もう何回目の展示参加やら。
さてコミティア申し込みの時点では未定でしたが、輸送の都合で天気が雨の場合、断念ですが今回は端午の節句にちなみ甲冑の
胴部分である腹巻をメインと致します。腹巻は室町期に盛行したもの、戦国時代に当世具足が現れると、それに押されて姿をけし、
細々と大名家の飾り甲冑などで製作されました。
持参品は当然ながら江戸時代の飾り甲冑。ただし見栄え第一で、あんがい大名物ほど装飾過剰でちぐはぐですが、これは忠実に
仕立てられたもので、背中に背板もついています。具足や胴丸に比べて腹巻は少ないので観察に良いかと思います。それでは。
8 紋章官    :2013/04/25(木) 23:56:18   
あわくっています紋章官です。あと10日あまりです。ぼちぼち天気が本当に気になり始めました。ここのところ、雨がふった天気が安定しない。今回は運ぶものが大物なので、晴天を願うところ。腹巻展示はあめが降ったら断念です。

さて、展示参加なのでスペースが歴史部の皆さんから離れた展示サークルのブロックに配置ですので出張所になります。歴史部の看板や案内を置きますか?考えようによっては、別なエリアに出ていますので新しい集客も出来るかと思います。歴史部のチラシは当然、預かりますが、他に希望される人が居ればどうぞ、ご相談ください。それでは
9 紋章官    :2013/04/28(日) 01:06:59   
達観の境地になってきております。紋章官です。ぎりぎりまで原稿、チラシを進めますが、折角の連休、一日くらい遠出したいところですし、つらい!

さて今回展示予定の腹巻はあまり古いものではありません。江戸時代でも後期から幕末期。漆や仕立から加賀金沢での製作と見られています。ちょうど大河ドラマ、また「武士の家計簿」の時代と重なり、もしかしたら、猪山家の人々も目にしていたかもしれません。その頃は兜や袖など一式揃い、どこかの床の間か広間に飾られていた事でしょう。
ちなみに猪山成之の甲冑一式は現存、箱根武士の森美術館に所蔵されています。江戸時代、加賀の甲冑は加賀具足と呼ばれる、独自の発展を遂げており、色合いや兜の造形で特徴をもちますが、この腹巻は室町期の本歌に忠実なお品。あんがい、復古品は考証がいい加減な仕立になっていますが、これはしっかりしており、金沢の甲冑師や職人たちの確かな仕事ぶりをうかがわせています。本当に漆が美しくて、良いものです。
それでは。
10 紋章官    :2013/04/29(月) 00:33:28   
幽翠街道様、リンクの件、ご苦労様です。意外な穴でしたね。

さて本日、天気に誘われ、土浦までバサラ展を見てきました。駅前の観光センターでチケットを購入すると、スタンプラリー台紙つきで、それを街中のスタンプポイントで集めると、戦国バサラのキャラクターと土浦城のクリアファイルがもらえるそうで、私は時間の都合で断念。こちらは好評で今日で来場者2万人突破との幕が会場に掲げてありました。そのためか公式図録は完売御礼、増刷中!展示品の前田利家や上杉景勝などは何度か見たことがありますが、蜂須賀小六正勝の胴や大友宗麟の寄進した甲冑はあまり出てこない品だし、入り口に展示されていた腹巻も面白いのですが、みんなさーと通り過ぎていました。おかげでゆったり見れる。自分の腹巻を思い浮かべながら見るのですが、室町期の本歌は格が違います。甲冑武具界では古いものを尊ぶ風潮があるそうですが、なんとなくわかる気がしました。
また今回の展示品の腹巻は背板がついていませんでしたので、コミティアで展示予定品についてはオリジナルの背板が付属していますので、その装着状態を見てみてください。しかし、ひとつもなかったのは意外だったなあ〜
さて土浦では街中の和菓子屋やパン屋に立ち寄り昼飯代わりに買い食い、福祉販売所では、かわいらしい動物の木製ストラップを見つけ買いこんできました。キャラクターグッズもいいですが、こういう地元のものを見つけるのは楽しいものです。スタンプラリーついでに皆さんもどうでしょうか?明日は会員制の刀装具の鑑賞会、続いて年に一度のコイン即売会、遠出できないのが困った〜それでは
11 紋章官    :2013/05/01(水) 00:08:38   
諦めの境地の紋章官でございます。hpとっぷに参加サークル一覧が掲載で見やすくなり、LEXCONの案内も掲載されたというのに、さっしが〜あとは製本でありますが、チラシとスタンプの支度が抜けていた・・・あわわ、どうしたものか・・

腹巻展示のお話。さてこの腹巻、案外軽いものです。これは皮革加工品を主な素材に漆で固めているので、当然といえば当然。また元来、腹巻が徒歩兵のものだったので機動性優先ゆえ計量になる。
またこれは少し細身でありますが、室町期の腹巻を見ていると、細身も多く、そのような傾向なのかもしれません。しかし古式な甲冑、腹巻や胴丸で小札や伊予札を連ねた仕立を見ると、その工数やきっちり仕上る職人の技能の高さには感嘆するばかりです。工芸美術品です。それでは
12 紋章官    :2013/05/03(金) 23:22:17   
コミティア直前です。準備はいかがですか?さて天気も大丈夫そうなので、腹巻の展示も可能なようです。明日の晩は梱包していることでしょう。なお荷物なので、場合によりましては3時半ごろにしまい、一度家に持ち帰り、後から打ち上げに参加しようかと考えてもいます。展示台ごと箱に入れるので大きく、そのままではお店も迷惑だろうし、宅急便もいやなので考えています。打ち上げ開始時間は何時からかな?
さて腹巻ばかり記載していますが、刀装具も展示します。将軍家御腰物役後藤家や京都の川原林派、一宮派、江戸の菊岡派、石黒派、仙台の草刈清定、金沢の加賀象嵌などのお品を展示する予定です。それでは!
13 紋章官    :2013/05/10(金) 23:53:55   
コミティアお疲れ様でした!また当ブースへご来訪頂きました皆様、ありがとうございました。タナキヨ本舗様、タンポポ様、おいでくださりましたか?また展示の周囲のサークル様、ご挨拶が最後になってすみませんでした。お隣は漫画雑誌の展示、後ろのサークル様方は綺麗なイラスト展示でいいなあ、と見ました。
さて人出はなかなかの賑わいでしたが、いかがでしたか?場所は悪くなかったと思うのですが、通過する人が多かったのは残念なところ。
さて五月飾りとして腹巻を展示しましたが、どうでしたでしょうか?見る人は背中や内側をしげしげと見ていかれました。運ぶ際、一度箱が転げまして、あけるまでひやひや。しまう際には大きな部分がはがれたので、一瞬、硬直。これがあるので、あまり触ることは宜しくない。
はがれた大きな破片は持ち帰り、無事、貼り直しました。あーよかった。箱の底にも小さな破片が落ちていまして、ビニール袋にいれてあります。まあ、もう動かすことはないでしょうが。
やはり一つだけでは比較できなくて、この腹巻がどれほど高級品かはわからなかったかと思います。しかし、所有できるのは一つ、運ぶのも問題があるので、一人ではどうしようもないところ。そんなこんなですが、まずはお疲れ様でした。それでは
14 名無しさん    :2016/11/26(土) 13:18:45   
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泊まれる本屋
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6    刀剣乱舞にあやかりまして!四方山話    (書き込み数 : 18)

1紋章官    :2015/05/15(金) 22:37:18   
あからさまにゲームに便乗しております。先週土曜日は林原めぐみさんのラジオ番組公録のあと、いつもの趣味の勉強会。趣味が修行
になってきております。まさに極道!道を極めるか、踏み外すか、という道を歩き始めています。

そんな趣味の集まりには研ぎ師さんや鞘師さん、もちろん愛刀家もいらっしゃいます。その中に、刀装具で犬養毅旧蔵のお品をお持ちの
方もいます。ちょうど今日は5月15日、5・15事件にて犬養首相が暗殺された日です。
この犬養毅は政治家と同時に大変な趣味人。号「木堂」として数寄者として名高く古美術愛好家として珍しいところでは硯の収集と研究、
また刀剣愛好家としても名高く、今でも時折、犬養毅の鞘書がある刀剣が出てくる事があります。
そんな彼の蔵刀に長曽根虎徹があったのはしられた話。
その虎徹は刀身に風神と雷神が浮き彫りされていることで「風雷神虎徹」の呼び名を持ちます。このあたり虎徹は江戸時代に活動、
名声を持ったことで、近藤勇(真偽別にして)の他、いろいろな有名人がもっていたりします。
詳しくは文春新書「名刀虎徹」に列挙されていますが、井伊直弼、木戸孝允などいます。ここで木戸孝允が出てきましたが、明治の
元勲や政治家には愛刀家が少なくありません。黒田清隆、伊藤巳代治、金子堅太郎等々、元来、下級でも武士という出自が作用し
ているのか地位と財力で収集、コレクションを構成しました。それでは。
12 紋章官    :2015/07/31(金) 22:41:04   
まだコミケカタログを買っていないので、サークルチェックも何もしていないところ。刀剣乱舞のエリアはあるのだろうか?

さて「堀川国広」。数年前に堀河国広とその一門展があり、そのカタログが販売されていますが、刀屋さんに残っているのかな?
この「堀川国広」の工房ですが、先の「埋忠明寿」の工房の近くにあったと考えられています。この埋忠明寿の工房があった地区は古地図で「埋忠町」と記載されたところで、地名になるほど埋忠派が根付いていた事がわかります。他にも記録により、芸術家であるのと同時に刀剣研ぎと鑑定の名門の一族でもある本阿弥光悦の居宅も近所で、このあたり刀剣にかかわる人々が、仕事柄、近くに集住して、交流していたことが想像されます。華麗な堀河国広の作風も、そんな刺激をえたことかと思うと、刀剣も桃山美術の一ジャンルとして評価してもらいたいところです。そういえば、山形の鶴岡で刀剣組織の何か鑑賞会か大会が明日からあるようです。また飛び入りがいるといいのですが。それではまた
13 紋章官    :2015/08/07(金) 22:03:55   
来週はコミケ!今頃、何をしているのやら。

さて「堀川国広」。活動時期が桃山から江戸初期にあたり、場所も京都。このため作刀に恵まれたといえます。それは天下統一が進み、財力を手にした武士や諸大名が、実用としての刀と共に身分を示す道具としての刀を求めていた時期にあたります。
何しろ従来にない財力を手にしていたのです。豪華さを競う桃山文化のさなか、その中心地京都で活動できたことは、幸運なことだったことでしょう。そのことで富を得た大名たちを顧客に持ち、戦ゆえにせかされることもなく、思うがままに槌を振い、さかんな作刀を行い、多くの作品を残す事ができたといえます。
それも戦場で消耗するのではなく、泰平の時代に宝物として守られていくのです。それではまた。
14 紋章官    :2015/08/28(金) 22:14:54   
コミケも無事に終わりました。しかしゲーム「恋愛」のジャンルに行ってみれば、「刀剣乱舞」で埋め尽くされていましたねえ~「東方」「艦これ」そして「とうらぶ」!ゲーム3大勢力になりそうです。

それで「堀川国広」。埋忠明壽が京都の金工家系の出身に対し、もともと九州日向の伊東家の家臣。それが伊東家が50年に及ぶ薩摩島津家との抗争に敗れ、居城飫肥を追われます。このため、家臣である堀川国広も飫肥を離れ、各地を流浪、京都堀河に定住、工房を構えたのは慶長4年ごろと考えられています。そしてこの京都居住時代に優れた作刀をおこなうのです。それではまた。
15 闇のかぎしっぽ屋    :2016/01/01(金) 20:33:15   
冬コミの打ち上げ、お疲れ様でした。(いやいや、冬コミ、お疲れ様、でしょう?!)
その中で、刀剣乱舞を教えていただきましたが、私の好きな劍があるかと思って調べたら、ないじゃん。一気に冷め、夢も覚め。刀剣乱舞、敗れたり!!!破敵、守護の二振りを打って、出直してきなさい。
16 紋章官    :2016/01/01(金) 21:15:43   
闇のかぎしっぽ屋様。新年あけましておめでとうございます。
今頃はごゆっくりされていますか?私も詳しくはないのでよくわかりませんが、刀の愛好家にしてみれば、どの刀を撰んでいるの?という戸惑いもあるようです。もちろん、ゲーム自体に、そもそも困惑しているの
ですが。今頃になって、紅丸組さんに渡した原案のやりかたで、三日月宗近の小話がまとまりました。しかし、作画ができない・・・没かな~
それでは今年も宜しくお願いします。
17 紅丸組    :2016/01/02(土) 17:06:25   
紋章官さん!原案ネームになっているようでしたら拝見したいですー(^_^)/
18 名無しさん    :2016/11/26(土) 12:36:03   
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君の声や瞳だけで胸が痛いよ
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7    夏コミへ向けてー四方山話    (書き込み数 : 15)

1紋章官    :2016/05/14(土) 01:29:53   
コミティア歴史部がおわり1週間、なにか少し気が抜けていますが、みなさん、どうですか?
とはいえ、あまりゆっくりできないので、当落に関係なく夏コミにむけての原稿にとりかかるところ。

さて地震で被害のあった熊本城の石垣から石仏がでてきたとのこと。詳細はわかりませんが、
石垣から石仏が出てくるのは往々にしてあるもの。有名なのは発掘で出土した織田信長による
二条城の石垣。他にも姫路城、福知山城、大和郡山城などでも出てきています。
これについて解釈がありまして、石材集めにかき集めた、もしくは石垣の安全を願い埋め込んだ
などあります。考え方次第では人柱かわりに石仏を使用したとも考えてもよいのではないでしょうか?
けっこう、築城に人柱伝説はあるものです。実際は出てこないのですが、それだけ難工事が多いため
石仏を埋め込む事が行われたのではないでしょうか?工事の安全と工事で死亡した人夫の菩提を
祈って。それでは
9 紋章官    :2016/06/30(木) 21:39:49   
九州は梅雨のおわりの大雨とか。みなさん、くれぐれもお気を付けを。

雨といえば国東半島で降られまして、宇佐八幡は長ーい参道ですっかり靴がびっしょり。熊野磨崖仏の山道でも同様。レンタカーで別府に戻る時は濃霧で高速道路が通行止め!翌日も早朝から濃霧で、あまり外が見えない。朝7時5分の列車で臼杵に向かったのですが、外は真っ白、臼杵についても霧が晴れない!駅からも何も見えなくて、バスに揺られ臼杵城の真横に来て、はじめてお城の存在がわかったほど!駅から徒歩10分も要らない距離だったのに、まったく見えなかったのですから、ひどい霧でした。この臼杵城。もとは島だっただけに、そそり立ったもので、帰り列車からは、そのテーブル状の構造が一目了然でした。しかし、霧さえなければ見渡せる城が、全く見えなかったのだから大変な濃霧だったのですねえ~それでは
10 紋章官    :2016/07/08(金) 21:50:09   
7月に突入!明日は雨とか!古代ギリシャ展に行こうかと思っていたのに!たまたまチケットショップで安くチケットが購入できたのですが、それが7月いっぱいの期間限定チケット!9月半ばまであるので、本当はコミケ明けに行くつもりだったのですが、しまったなあ~可能なら合わせて浅草寺にほおずき市に行きたいのに~

さて臼杵お城見物!臼杵石仏からの戻りのバスでは、くっきりお城が見えました。元が島だけにそそり立っているもので、背の高い石垣や櫓などが残っています。臼杵駅からは徒歩5分程度。霧が晴れると目の前にお城が見えるんです。それが朝、到着したときは全く見えなかったのですから、霧の濃さがわかります。さて臼杵駅からは卯寅口に入ります。ここにお稲荷様と櫓がありますので、これを眺めて、そのまま本丸と天守台。周囲に視界をさえぎるものがないので、見渡すには一番。
市街地を一望できます。大手口からは歴史の道になりますので、武家屋敷や寺院が残る一角へ行けますので、いいものでしょう。観光案内所も大手側です。こじんまりとしていますが、なかなかのお城でした。それでは
11 紋章官    :2016/07/15(金) 22:18:25   
今朝は博多は祇園山笠、明後日は京都で山鉾巡行前祭!今日から宵宵山、宵山と盛り上がるのでしょうねえ~10年以上前に見に行きましたが、夜に数々の山鉾や笠が提灯で飾られ、浮かび上がる姿はなんとも言えない光景でした。

さて臼杵では朝8時10分ころに臼杵に到着して8時15分のバスで臼杵石仏に行きました。朝一のつもりなのですが、臼杵石仏は朝6時から拝観できるところなので、早くつく分に問題はないところ!
さて小雨のせいか、他にちらほら見物客がいるだけで、ほとんど一人貸切状態。臼杵石仏。有名なのは首がおちていた大日如来像なので、これだけかと思いきや、実際は、他にもあり、4群による大規模な石仏群です。それも、あまりに大日如来が有名なので、紹介されませんが、他の石仏群も堂々たるもので、ひとつひとつでも十分、目を見張るものでした。細かくは又次に、それでは。
12 紋章官    :2016/07/22(金) 21:27:59   
涼しい事を幸いにコミケ原稿の追い込み中!日曜日はワンフェスだあ~原稿の時間と楽しみの時間と悩ましところです。

さて臼杵石仏見物。バス停は石仏のある公園の入り口にありまして、降りて観光センターやお土産屋を抜けて入場料を支払い入場。まずは入場口から登る谷間に石仏群が並んでいる。
まずはホキ第1群。数で行けば、ここが一番なのでしょうねえ。如来三尊像のほか、さまざまな石仏が、それぞれの集団を形成している。
それで驚いたのは彩色が残っている事。もちろん、石造とは思えないほどの繊細な彫刻が施され、長年、風雨にさらされたことで剥落、崩壊しているところもありますが、残っているものは眼を見張るものばかり。
なかでも驚きは地蔵尊と十王像。磨涯仏でここだけでしょう。
十王像群は色の残りも良く、これ見ているだけでも時がたつのを忘れるほど。こんなに色がよく残っているのか、と思ったところですが、あとでガイドさんに聞いたのですが、雨が降ると湿気で彩色が鮮やかに見えてくるとの事!つまり、雨でちょうどよかった!前日来の雨で色が出てきていたようです。何が幸いするのやら。
さて三尊像も堂々たる姿。この像も見事な物です。眼の墨も残っていますので、見つめられている気分。おもわず手を合わせたくなるところ。
そして上に上がりホキ第2群へ向かいます。それは又次に。それでは
13 紋章官    :2016/07/29(金) 21:00:02   
7月も終わり、明日は隅田川の花火大会。どんなかな~

それで臼杵石仏。すみません。前回の地蔵尊と十王像があるのがホキ第1群は奥の方で、入り口からあがると、まずあるのはホキ第2群。
正直、臼杵石仏は意図の異なる2つに分かれるのではないでしょうか?このホキ第1群、第2群、山王石仏でひとつのグループ、有名な大日如来のある古園石仏と、それぞれ構成する意図が別々にあるように思えます。それぞれ、大型の三尊像が鎮座します。
このホキ第12群の阿弥陀三尊像も堂々たる体躯と見事な彫刻が施されています。主尊たる阿弥陀如来が堂々と中央に座り、両側に菩薩立像を伴う。この阿弥陀如来は大変、安定感と威風といえるようなものがあり、まこと主尊にふさわしいもの。隣に小ぶりの9体弥陀仏立像が並んでいますが、こちらは多くが破損しており、1体だけ色ものこり、往時をしのばせてくれます。眺めてあきませんよ~それではまた
14 紋章官    :2016/08/07(日) 09:13:34   
いよいよ今週はコミケ90!さあ、民族大移動!オリンピックよりも
コミケです!さて今回は落ちていますので、城郭模型普及推進員会さん
と有明探偵局さんで頒布します。新刊は以下の通り

・欧州家屋史略
・欧州船舶談義
・関東の水軍城
・関東地方の天守
・大王陵出現
・大王陵終焉
・仏国土 豊後

となっております。冬コミでの新刊、欧州貨幣型録、ドイツ騎士修道会史略やハンザ史、ウェールズ史など残っている過去本在庫も持っていきますので、宜しくお願いします。それでは
15 紋章官    :2016/08/13(土) 19:08:46   
世の中、オリンピックのニュースばかり。一方でコミケが始まりました!初日は西館4Fで肥後守さんのところで店番をしたおかげで、TM
レボリューションの西川さんを眺めることができました。いや、行列が長く、野次馬の多い事!
さて明日は歴史で宜しくお願いします。城郭普及推進委員会さんのところで店番しています~家老の城など過去本も在庫のあるものは持ち込みますのでよろしくお願いします。それでは~
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8    ザ★刀剣で歴史充を    (書き込み数 : 2)

1七倉    :2016/06/18(土) 03:07:43   
6/25(土)、石川さんと富士美の「ザ★刀剣」を見に行きます。
都合の合う方よろしければどうでしょうかヽ(^0^)ノ

12時にJR八王子駅集合で。
当日どうするかは、その時の状況で適当に決めます。

ついった垢をお持ちの方は「Twipla(ついぷら)」で参加表明してみてください。
それでは当日楽しみにしてますo(^▽^)o
2 幽翠街道    :2016/06/20(月) 06:32:17   
幽翠街道です。
ツイプラ主催の七倉様に代わりに補足しますね。


ツイプラ(イベント告知&出欠確認サイト)
6/25(土)「ザ★刀剣」で歴史充を

ttp://twipla.jp/events/207257

hを上記のURLに付けて下さい。

Twitterのアカウントをお持ちの方でしたら、気軽にアクセスできますので、是非是非どうぞ~
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内容

9    歴史部への道・室町・戦国時代を楽しもう!    (書き込み数 : 20)

1紋章官    :2016/01/16(土) 11:29:01   
信長燃ゆに続き真田丸も始まり、コミケとコミティア歴史部申込み内容を考えています紋章官です。

今年は再び展示申込みを行うか、悩んでおります。採算性を考えると、通常通り、歴史ジャンルに申込むのが穏当なのですが、
場所を広くとるには展示申込みが肝要。ただ申込サークルさんが増えている手前、こちらの展示だけで広くとってしまうのも考え
もの。例年通り、刀装具の展示ですが、一昨年からかなりコレクションを整理しまして、入れ替わりましたところ。
古い時代のお品が好きで、その時代のものが充実してきます。そのため、今年の展示は室町~江戸初期までの時代の品々に
なるでしょうが。でも、刀剣人気は出ても、こちらは相変わらず知名度が低い・・・それでは
14 紋章官    :2016/03/25(金) 22:13:50   
歴史部まであと1カ月余りになりました。原稿、進んでいますか?一昨日、コミティアからの封筒が届きました。さあ、急がないと。

後藤家の祐乗の次は宗乗。祐乗の次男です。長男は?といえば、通説は若死、ある説は領地を回復して美濃に帰国、その家系は斎藤家から織田家に仕えた後、関ヶ原後に帰農したとされています。
さて京都に残り、足利将軍家に彫金で仕えた模様です。身分は武士のまま。この宗乗は父親に対し穏やかな作風と捉えられています。
このあたりは現品をみて感じるところですが。それでは
15 紋章官    :2016/04/01(金) 22:10:26   
原稿が進みません~かろうじて、関東の水軍城(仮)の文書だけはできましたが見直しと挿絵を考えないと。次は欧州中世家屋史(仮)あともう少し文書を書かないと~花見にいけないよ~

さて後藤家2代目宗乗、この人、結構長生きで78歳で亡くなったと考えられます。後藤家の人たちは5代目までは長生きの人が多い。次の3代目乗真は51歳で死んでますが、これは討ち死!息子の4代目光乗は92歳まで生きてます。ひ孫と孫が先にあの世へ行ってます。この光乗は92年も生きていたので、天文法華の乱や三好長慶の台頭、永禄の変、織田信長の台頭、足利幕府滅亡、本能寺の変、山崎合戦、豊臣秀吉の台頭、豊臣秀次切腹、伏見地震、徳川家康の台頭、関ヶ原の戦い、二条城での家康と秀頼の対面、大坂の陣と戦国中期以降の京都や周辺での事件を見ています。何しろ死去は元和6年!生没年が明確でこれだけの事件を目にした人はそうそういません。この人が山科言継なみに日記を書いてくれていれば、どれほどの資料的価値があったか!何しろ基本的に、後藤家はこのときまでは武士!足利将軍家の近習、織田信長からも分銅と大判役を命じられ、それは豊臣秀吉の時代もそのまま!時の政権に出仕し続けていたんです。当然、室町御所、二条武衛陣(御所)、二条新御所、安土城、聚楽第、大坂城、伏見城を見ているし、出入りしている。それどころか、大田牛一の信長公記の「安土城天守の次第」に記載される「てんしゅ最上層の金具(を製作担当したの)は後藤平四郎」と記載された後藤平四郎とは、この後藤光乗と有力視されています。
何しろ、この後藤宗家当主の名乗り「四郎兵衛」といいますが、その四郎兵衛を最初に名乗ったのが、この光乗!彼が後藤平四郎と一時期名乗ったとしてもおかしくなく、いずれにせよ、彼は安土城建設にもかかわったことが見えてくるのです。当然、その後の大坂城、聚楽第でも金具をあつらえてもおかしくない。その上、織田信長も豊臣秀吉も足利将軍家に習ったのか、後藤祐乗の作品を収集、愛蔵しており、その収集や手入れを後藤家がになうのは、自然な流れ。もちろん、求めに応じて、新しく金具を仕立ててもいます。何しろ、豊臣家が使用した桐紋のデザインを光乗の息子徳乗がしたといわれ、そのことから別名「徳乗桐」と呼ぶほどなのですから。それでは
16 紋章官    :2016/04/08(金) 22:01:02   
歴史部にむけておいこみですね~原稿が、強引に2冊目「欧州中世家屋史略」の文書だけ終わった~(打ち切った~)挿絵、どーしましょ。

さて刀装具展示に向け、頭を悩ましています。本当は、この5代目後藤徳乗の桐紋のお品があればいいのですが、まあ、困難だ。なんで、この人の桐紋のお品があれば、という思いがあるかと言えば、前に書きましたように、彼のデザインの桐紋が豊臣家の桐紋だから。それにこの後藤徳乗は豊臣秀吉に仕えて、大判や太閤分銅金、大法馬金などを製作した責任者!現在、日銀などに保管されている徳川家康の遺産とされる小型分銅金は、大坂城落城後に焼け跡から回収された豊臣秀吉の分銅金と考えられており、全体に桐紋が打ちこまれています。さすがに、そんなものは手に入りませんが、後藤徳乗の小柄などで桐紋のものはまだ入手できる余地があるので、これと同じ桐紋が使われていると思えば、なかなかロマンなところ。それに天正大判を別に笹書き大判とも呼びますのは、大判の表に書かれる「拾両 後藤(花押)」を後藤徳乗が書いており、その花押がまるで葉が垂れる笹に見立てた所からの呼び名です。
さすがに徳乗自身書きのままの大判などほとんどありませんし、刀装具でも後藤徳乗自身銘の作品は知られる限りでは、尾張徳川家の徳川美術館蔵の作品くらい。まあ、入手できませんなあ~それでは
17 名無しさん    :2016/04/22(金) 21:04:41   
歴史部の打ち上げなどの案内、ありがとうございます。打ち上げも出ますよ!追って申込みです。

と浮かれてていいのか、気になるところです。熊本地震。熊本城の被害がクローズアップされています。石垣や櫓の倒壊を嘆いていますが、宇土櫓が健在な事に慰められる一方で、もうひとつの心配は城内にある熊本県立博物館にある資料や工芸品。
熊本は肥後象眼で今も知られますが、趣味の世界では肥後金工、肥後鍔と呼ばれる鍔などの金具の一大流派の地。鉄鍔では江戸時代、江戸も京都もかすむほどの隆盛を極めた土地で、博物館や細川家の永青文庫には、その鍔や資料類が収蔵されています。もちろん、鍔なので落ちても割れることはなくても、損傷はするだろうし、また個人の家にねむっている品々もありますでしょうから、それが心配。
何しろ、肥後鍔や金具の製作地は現在の熊本駅の山側地区、八代それに三角といったところ。地元資料が失われていないか心配なところです。
どうか、ぶじでありますように。それでは
18 紋章官    :2016/04/28(木) 21:27:52   
いよいよ一週間後がコミティア歴史部です。みなさん、準備はいかがですか?さて今回、当サークルはスペースN49にて武家御倉と合同参加しています。
今回の新刊は以下の通り。

欧州中世家屋史略
関東の水軍城
大王陵出現

となっております。中世の建物の家屋のお話、それから昨年の東国水軍本の姉妹編として関東の水軍城のご案内、そして大和の前期大型前方後円墳のお話。あとは再販本ですが、冬コミで臨時頒布した欧州中世貨幣カタログ(カラー版)を持ちこむか悩んでおります。何しろカラーコピー代が高くつくので、完売しないと手痛いところなんで。ご好評の家老の城は再販します。ハンザ史、ドイツ騎士修道会史、ボヘミア・フス戦争史略、フランク王国史略なども持ち込みます。それでは
19 紋章官    :2016/05/02(月) 23:27:46   
連休前半が終わりました!例年通り、コイン販売会を見物。今年は海外のディーラーさんが増えて、良いものがいくつもありました。高いですが・・・
さて歴史部での展示品、まだ迷ってます。豪華なのがいいのか、古いものがいいのか、悩ましいところ。古いものは時代を感じさせてくれますが、華やかな物は江戸時代のものだし、結局のところ、いろいろ持ち込んで、気ままに並べる感じでしょうか。それで、まずは楽しんでいただければありがたいところです。それでは
20 紋章官    :2016/05/06(金) 21:06:29   
コミティア116無事終了、みなさんお疲れさまでした。打ち上げも楽しく終わり、中座しました友人は無事、日が変わる前に弘前に帰りつけました。奥羽天極さん、MAY STORMさん、島崎さん、電車やバスは大丈夫でしたか?

さて当サークルで預かりました歴史部パンフレットは3部残りました。自前のチラシ50枚はなくなりまして、シールも20枚前後なくなった感じです。けっこう、人がきたかんじとなりました。今回は御新規参加の方もジャンルを越えて歴史部も広がりを感じるところです。
歴史部は又来年ですが、次は夏コミ!さあ、次の原稿に取り掛からないと!それでは
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10    いなりこんこん小狐丸    (書き込み数 : 10)

1紋章官    :2016/03/20(日) 19:55:28   
「いなりこんこん恋いろは」という漫画、アニメがありまして、これを見始めましたのは、偶然OP曲をききまして、いい曲だなと思いました
のが始まり。この漫画。人間のいなりと共に稲荷神であるうか様も主人公。このうか様。漫画では二次オタ!恋愛ゲームにはまりこみ、
暇を見ては恋愛ゲームをしている、という設定。そこで刀剣乱舞にもはまりこんでいたのでしょうから、以下のような4コマ漫画の案にて

第1話:その始まり
第一コマ
いなり:うか様~ゲーム作ったんですかあ?
うか:え(ゲーム機片手に振りむき、あせり顔)
第2コマ
いなり:だって、稲荷神の助けで作ったって(三日月宗近のイラストを見せる)
第3コマ
うか:私が?(イラストを見て目を見張る)
第4コマ
いなり:うか様、なんでもできるのですねえ
うか:(心の声)
 第1案:わたし、知らない・・・
 第2案:好みじゃない!
 第3案:そうか、この手があった!

このうか様の心の声、どの案がいいでしょうか?それでは
4 紋章官    :2016/04/06(水) 20:05:06   
幽翠街道さん、ご苦労様です!うちはN49です。宜しくお願いします~

さて4コマ続行
第4話 うか目覚める
第1コマ
うか:こんなこと、いつやったかな?(とうらぶ画面を見ながら)
第2コマ
うか:稲荷神が手助けして刀を製作と言われても・・(頭をひねる)
第3コマ
うか:製作?あ、そうか、この手があったか(ぽんと手を叩く)
第4コマ
うか:みな、集まれ~(自分の使い(狐)たちをよぶ)
使い(狐)たち:何かよからぬことを

さあ、この先、どうのように展開するか?それでは
5 紋章官    :2016/04/10(日) 11:56:26   
コミティアカタログも発売開始!いよいよ近づいていますねえ~

それで4コマ
第5話 職権濫用?
第1コマ
深夜のゲーム製作会社
スタッフ1:〆切だ~手がたりなーい
スタッフ2:誰でもいいから助けて!
第2コマ
不意に現れる狐:稲荷神の使いです。お助けします
スタッフ:え、神様のお使い?
第3コマ
子供:はい、稲荷神の御導きを信じてください
スタッフ1:信じます、信じます
スタッフ2:おいこみだ~
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6 紋章官    :2016/04/13(水) 21:22:20   
原稿、もうひとつ書けるかな~

気を紛らわすために4コマ
第6話 ゲームデビュー?
第1コマ
うか:これで恋愛ゲーム尽くしになる、楽しみだな~
うっとり気味のうか
第2コマ
(狐)使い:うかさま~試験版もらってきました!
うか:え、どうして?
第3コマ
(狐)使い:はい、助力へのお礼奉納だそうです!
うか:やったね、さっそくやろう!
第4コマ
うか:あれ・・・・なにか違う
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7 紋章官    :2016/04/19(火) 21:24:59   
熊本地震が早く沈静化しますように。

気を紛らわすために4コマ続けます
第7話 燈日、困惑
第1コマ
いなり:あれ、これって?(ゲームソフトを手に取る)
燈日:なにやってるんや、いなり。
第2コマ
いなり:お兄やん、ほら、うか様やで(ゲームソフトを見せる)
燈日:え、ほんまや(パッケージのうかに目が点になる)
第3コマ
いなり:ゲームに出てくるなんて、さすがうか様や。
    うかさま、綺麗やから主役や
燈日:あの2次オタ、やるのに飽き足らず、自分ででるか。
第4コマ
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)
8 紋章官    :2016/04/23(土) 22:24:26   
阿蘇神社楼門再建祈願

稲荷神にも大地を鎮めるよう祈りましょう。
第8話 うか、悟る
第1コマ
うか:こんなはずじゃなかった・・・(しょげる、うか)
第2コマ
御使い(狐):でも、うか様。このゲーム、大ヒットです。
御使い(狐):そうです、稲荷神の霊験あらたかと参拝者も増加です。
第3コマ
うか:私は何もしていない。そもそもこの刀だって私が助力も
つくったわけでも・・(そこではっとする)
御使い(狐):うか様?
第4コマ
うか:そうか、そうすればいいのか(ぽんと手を打つ)
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)
9 紋章官    :2016/04/27(水) 21:51:19   
コミティアが来週だあ~おいこみだあ

稲荷神はどうするか?
第9話 うか、勘違い
第1コマ
某所 扉を叩くうか
うか:可美真手命様、いらっしゃいますか?
第2コマ
可美:なにかご用で?(目を丸くする)
可美真手命は石上神宮の御祭神(ご神体は布都御霊と称される剣)
第3コマ
うか:はい、弟子入りしたく。
可美:弟子入り?
第4コマ
うか:どうすれば、キャラに変化する刀を作れますか?
(省略されました・・全てを読むにはここを押してください)
10 紋章官    :2016/05/03(火) 20:13:07   
いよいよコミティア目前!今日のシティに参加しているみなさんもご苦労様です。

第10話 いなりの大ぼけ
第1コマ なぜかいなりの部屋
うか:金山神にも相談したのに駄目だった(しょげている)
いなり:心の声(うか様も中二病やったんか・・・)
第2コマ
いなり:うか様、御使いのみんな、変化できるやないですやん。
うか:物足りない
第3コマ
いなり:じゃあ、うか様、どんな姿のキャラがいいのんです?
うか:え、それは(言い淀み)
第4コマ
いなり:さしあたり、兄やんで代わりにしてください。
燈日:なんや、いきなり
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