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唯「甘え上戸」
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「かんぱーい!」
今夜は忘年会と称して、私たちHTTは居酒屋に来ている。
二十歳を過ぎた頃からお酒を嗜むようになり、ライブの後は決まって居酒屋で飲むようになった。
とは言え、私はそれほどお酒に強いわけではなく、甘いカクテルやチューハイを多少呑む程度だ。
ちなみにりっちゃんはビール、澪ちゃんはワインと日本酒、ムギちゃんはワイン、
あずにゃんは私と同じでカクテルとチューハイって感じ。
飲むお酒にもそれぞれの性格が出ていて面白いと思った。
宴も進みすっかり女子会と化した会場では、酔ったりっちゃんが澪ちゃんに絡んでいて、
ムギちゃんがそれに便乗して……いった具合。
これが普段のティータイムなら、私は隣に座っているあずにゃんにちょっかいを出しているんだけど、
お酒の席ではその必要がない。
どうしてかって?
それは……
「ゆ〜いせんぱいっ! 飲んでますかぁ?」
「うん、飲んでるよ」
「この串揚げおいしかったですよ〜、先輩も食べてください〜」
「じゃあもらおっかな」
「はい、あ〜ん」
「ひ、一人で食べれるって」
「ダーメです! あ〜んしてください」
「はいはい、あ〜ん」
「んふっ、おいしいですかぁ?」
「うん、おいしいよ」
「じゃあ、私にもくーださい、あ〜ん」
「しょうがないなぁ……あ〜ん」
「はむっ! おいし〜ですね!」
「……」
"
"
-
実はあずにゃんは甘え上戸だ。
私と同じでお酒自体にはあまり強くはなくてすぐ真っ赤になって酔っちゃう。
そして飲みすぎた場合はいつもとはまるで違って、あずにゃんの方からスキンシップをとってくる。
それも私限定で。
りっちゃん曰く、私がいない時はそこまで飲む事がないらしく、ほんのり酔ったらそこで止めるみたいだし、
たとえ飲みすぎても酔いつぶれるだけで誰かに絡むことはないという。
なんていうか、私限定での甘え上戸って事がちょっと嬉しいんだけど、ここまで甘えられると調子が狂っちゃう。
なにせ、あずにゃんに対してのイニシアティブが取れないわけで。
「誰? あずにゃんにこんなに飲ませたのは〜?」
「律だよ、律」
「もぉ、りっちゃん!ダメだって言ってるじゃん」
「何を言うかー! 飲み会で飲んで何が悪いー! っていうかもっと飲めーー!」
「りっちゃんが飲むのは別にいいけど、あずにゃん巻き込まないでよ、結構大変なんだよ、主に私が!」
「へへ〜ん、唯だって甘えてくれる梓が可愛くて仕方ないんだろ〜?」
「えへへ、それはもちろんだよ〜、あずにゃんはいつだって可愛いよ〜
って、そうゆう事じゃなくって!」
「ゆーいせんぱい、こっち来て一緒に飲みましょうよぉ〜」
「あ〜、はいはい」
-
たしかにそうなのだ。
普段は私に対して結構厳しいあずにゃんだけど、この時ばかりはまるでホントの猫のように甘えてくる。
”ゆいせんぱぁ〜い”
なんて甘い声で呼ばれたらもう頬は緩みっぱなしもいいところだ。
だけどここで私からもいちゃいちゃしだしたら取り返しのつかないことになるのが分かり切ってるから、
とにかく理性を保ってあずにゃんと向き合わなければいけない。
言ってしまえば”おあずけ状態”だ。
「追加オーダー、カシスオレンジお願いしまーす」
「あずにゃん、ちょっと飲みすぎだよ」
「だいじょーぶですよぉ、ゆいせんぱいと半分こするんですから」
「あ、そうなんだ」
「そうですよぉ、ストロー一緒にさして一緒に飲むんですよ」
「ストローは二個でお願いします」
「え? 口移しの方がいい? もぅ、ゆいせんぱいったらぁ」
「いや、言ってないからね!」
「ほら、これも食べてください〜 あ〜ん」
「スルーしないでよ」
-
まぁ酔ったあずにゃんはこのようにマイペースで、全く操縦が出来なくなってしまう。
何を言っても都合のいい風にとられて、それで私を困らせてくるという……
そかもちょっと強めに言おうものならすぐに目を潤ませて泣き出しそうになるし。
「……ゆいせんぱい、怒ってるんですかぁ?」
まぁこんな感じで。
こうして潤んだ目で、上目づかいで見られたらもうね、可愛いったらありゃしなくて、
「ううん、怒ってないよ、全然、うん!」
「……ほんと?」
「うん、ホントだよ、だから泣かないで? ね?」
「はぁ〜い、えへへ」
「……ふぅ」
結局こんな感じご機嫌取りに走ってしまう。
わがままというか、とにかく私に対しての甘えっぷりは、私から見ても圧倒しちゃうほどで、
それでいてあずにゃんはあずにゃんなのでやっぱり可愛くて。
ただでさえ可愛いあずにゃんが、もうどうしていいか分からなくなるくらい可愛いすぎて、
このまま手を出しちゃいたくなる衝動をかろうじて理性で抑えてつけているというわけだ。
「(蛇の生殺しだよ、これじゃあ)」
-
でもそんな甘えん坊なあずにゃんでもずっとこのままという訳はなく、終いには完全に酔いが回って寝てしまう。
だいたい泣きそうになるのがその前兆だ。
「(……そろそろかな)」
もうそろそろ潰れちゃうだろうと予感して、あずにゃんの甘え攻撃が終わることをホッとしつつも
やっぱりどこか残念そうに思ってしまう。
だけど……
「せ〜んぱい、これおいしそうです」
あれ?
「ねぇゆいせんぱ〜い、あ〜んしてくださいあ〜ん」
……おかしいな……今日のあずにゃんはなかなか酔いつぶれないよ?
そんな私の疑問なんてお構いなしにあずにゃんがどんどん私に迫ってくる。
「せんぱいせんぱい、もっとこっち来てくださいってば〜」
ぐいぐい体を引っ張られてあずにゃんに密着させられて、あずにゃんの体の柔らかさとか
いい匂いとかでもう何が何だか分からなくなっちゃって。
もうこのままでもいいかな……なんて思いかけたころ。
「ゆ〜いせんぱい えへへ」
満面の笑みであずにゃんが話しかけてきて。
そしてお箸でテーブルの上のうずら卵の天ぷらを一つひょいっと掴みあげてそれを私に差し出して見せて。
「ポッキーゲームしましょう」
なんて言ってきた。
"
"
-
「……へ?」
そう言ってあずにゃんはうずら卵の天ぷらの端を唇で加えると、”ん”と言って私へと突き出してきた。
んっ って何? ポッキーゲーム!?
「(ポッキーどこいった!?)」
って心の中で突っ込んだりしたけど。
だいたい卵ってポッキーみたいに長くないし、単なる口移しだよこれ!? っていうか、キスじゃん!?
心の中で冷静に突っ込んではみたものの、あずにゃんはその体勢から動かない。
キスをおねだりしてるようなあずにゃんのお顔から目が離せない。まぁ口には卵が咥えられているけど。
……キス、しちゃおかな……そんな気持ちが湧き上がり、吸い寄せられるように顔がゆっくりとあずにゃんに近づいていく。
「……」ゴクリ
「ん〜」
「(だ、ダメダメ、ここで流されちゃ……)」
なんとか残ってる理性を総動員して、あずにゃんが咥えてるうずらのもう片方を指でひょいっとつまんで取り上げて、
自らの口に入れた。
「あ……」
「ん、おいしいよ〜」
「あ〜、なんで手つかっちゃうんですかぁ、反則ですよ〜」
「だって、そうしないと、ちゅーしちゃうじゃん」
「……ちゅー、しても、いいんですよ?」
「なっ!!!」
-
今までお酒の席で何度も甘えられてきたけど、キスをおねだりされた事なんてなかった。
だいたい私たちは恋人同士じゃない。
だからあずにゃんも酔ってはいるけどその辺は分別出来るんだと、そう思っていたんだけど。
じゃあこの状況はなんなんだろう??
「あらあらあら、梓ちゃんだいた〜ん」
「ちょ、ちょっとうっとり見てないで止めてよムギちゃん」
「唯ちゃん、女として梓ちゃんの想いを受けてあげなきゃ」
「そーだそーだ、それが男ってもんだぞーーー!!」
「律、唯は女だぞ」
「そうだよ! 私は女の子だよ! って今は女でも男でもどっちでもいいよ!」
「えっ、唯って男だったのか!?」
「ちっがーーーう! そうゆう意味じゃなくって……もぅっ!!」
りっちゃんは酔ってて話にならない上に話をややこしくしてくる。
そのりっちゃんを澪ちゃんじゃ抑えきれない。
「ゆいせんぱーい、どうしたんですかぁ?」
「あ、うん、何でもないよなんでも」
「じゃあ、つ・づ・き ん〜……」
「ほら唯ちゃん、梓ちゃん待ってるよ、がんばって!」
「へ?」
「キース、キース!」
「唯、するの? 梓とキスしちゃうの?」
「み、澪ちゃんまで何期待しちゃってるのさ! しないってば!」
-
したいよ! 本音を言うとあずにゃんとキスしたいよ!
でも、こんな状況で、夢にまで見たあずにゃんとのキスなんて……
たしかに高校生の頃ノリでキスを迫ったことはあったけど、その時はまだあずにゃんを
恋の対象とみていなかったからそういう事が出来ただけで。
あずにゃんを恋愛対象として想ってしまっている今の私には、そんな真似はもうできない。
「……ぐすっ……ゆいせんぱい……私の事、きらいなんですね……」
「そ、そんなことないよ」
「だって、ちゅーしてくれない……」
「そ、それは……」
どうすればいいの?
ノリでキスはしたくないし、かといってあずにゃんを泣かせたくはないし、
言い聞かせることもできなさそうだし。
「あーあ、あーずさなーかしたー、なーかしたー!」
「うるさい、律! 静かに見てろよ」
「ぐすっ……ぐすっ……」
……やっぱりあずにゃんの泣き顔を見るのは辛い。
「も、もぅ! わかったよ! するよ! すればいいんでしょ!」
「んにゃ」
-
進退窮まった私は夢中で、泣き出したあずにゃんを抱きしめて、頭を撫でてあやした。
「泣かないであずにゃん、可愛いお顔が台無しだよ?」
「で、でもぉ……ぐすっ」
まだぐずるあずにゃんのお顔に自らの顔を近づけて……
「ちゅっ」
「!」
っと、その柔らかいほっぺに口づけた。
案の定みんなからのブーイングが起こったけどそれには取り合わずにあずにゃんの耳元でささやいた。
「ごめんね、今はほっぺで我慢してくれる?
こんな軽いノリで初めてのキスをしたくないんだよ、分かってくれる?」
「ふぇ?」
「でもね……ちゃんと大好きだからね、あずにゃんの事」
「……」
「一番一番大好きだからね」
「……え?」
離れるとき、もう一度ほっぺにキスをしてあげた。
思いがけない形での告白。
ほんとはもっとちゃんとした形でしたかったんだけど、今はあずにゃんを宥めるにはこれしかなくて。
本心は”好きだよ”って言って抱きしめてキスしたい。
でも、こんな酔った状態じゃ目が覚めたときに覚えてるはずなさそうだから、私は頑なに拒んだ。
私にとっても、もちろんあずにゃんにとっても大切な初めては、こんな形でしちゃダメだと思ったから。
きょとんとした表情のあずにゃんだったけど、とりあえず私の言葉を理解してくれたのか、
にこっと柔らかく微笑むと、そのまま私の方へ体を倒してきて、私の膝にちょこんと頭を乗せた。
そのお顔は酔いがまわったのだろう、さっきよりも幾分朱を増しているように見える。
「えへへ、ひざまくら〜」
「……もぅ」
-
さっきまでの勢いはなく、ただ私の膝というか太ももの上で幸せそうに眼を閉じた。
そんなあずにゃんの頭をゆっくり撫でであげるとうっとりした表情になって、すぐさま小さな寝息を立て始めた。
「すぅ〜……すぅ〜……」
「あらぁ、梓ちゃん寝ちゃったみたいね」
「うん、だいぶ酔いが回ってたみたいだからね」
「梓ちゃん、よっぽど唯ちゃんの事好きなんだね〜」
「そ、そっかな?」
「うん、そうだよ〜、じゃないとあんな真似できないよ」
「酔っぱらってるからじゃない?」
「ううん、酔っててもこんな事するのは唯ちゃんにだけでしょ?」
「そうだけど……でも今日はなんかいつもと違ったよ」
確かに私にだけ甘えてくるけど、今日のそれは度を越していた。
「キスの事?」
「う、うん……いつもは絡んでくるだけであんな事まではしてこないんだよ、」
「うん、そうね、私もちょっと不思議だったんだけど」
「じゃあ止めてよぉ」
「ごめんね〜、興味あったからつい、えへ」
「もぅ……でもどうしちゃったんだろあずにゃん」
「ん〜、梓ちゃんの気持ちが爆発しちゃったのかもね」
「……あずにゃん、ほんとに私の事が好きなのかな?」
「梓ちゃんの気持ちだから私からは言えないけど、私はそう思ってるよ」
「……ムギちゃん、知ってるの? あずにゃんの気持ち」
「どうかしらね〜」
-
ふわふわっと笑うムギちゃんは、どうやらあずにゃんの気持ちを知っているみたい。
でも私に教えてくれないのは、ムギちゃんがいった通りだからだろう。
という事は……ほんとに?
「……」
「唯ちゃん、嬉しくないの?」
「嬉しいよ……すごく嬉しい…………でも」
「でも?」
「好きならちゃんと言ってほしいなと思ってね……こんな酔った状態じゃなくてさ」
「そうだね……でも梓ちゃん素直に言えないんじゃないかな?」
「……」
「あとは、不安なのかも?」
「不安?」
「唯ちゃんがどう思ってるのかって事」
「あ……」
「唯ちゃんだって、梓ちゃんにちゃんと伝えてないよね? だから不安なんじゃないかな?
ずっと大の仲良しでやってきて、いつも一緒にいて……でもお互いの本当の気持ちを知らない……
そういった事がいろいろ混ざっちゃって、お酒が入ると出てきてると思うの」
「そっかぁ…………あずにゃんらしいといえばらしいかな?」
「うんうん」
「私、ちゃんと伝えるよ、あずにゃんを不安にさせないように」
「がんばれ、唯ちゃん」
「うん」
あずにゃんは変わらず私の膝枕で気持ちよさそうに寝息を立てていた。
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・
・
・
「……はぇ……」
「あ、起きた、おはよ」
「……おはようございますゆい、せんぱい……ここ、どこですか?」
「私の部屋だよ」
「え?……あれ?」
「覚えてないの? あずにゃん酔っぱらって寝ちゃったんだよ」
「へ? ……あ、ああああ! す、すいません、またご迷惑を!」
「あ、ううん、大丈夫だよ、別におかしいことなかったから」
「いえ、でも私、本当にすいません!」
いつものように何も覚えてない様子のあずにゃんは、ただただ謝りまくっていた。
そんなあずにゃんを見てると、ちゃんと理性を保てた事を誇らしげに思う。
「大丈夫だから、ね?」
そう言ってひとまず落ち着かせようとして、頭を撫でてあげると、あずにゃんは私の顔をじっと見つめて
なぜか真っ赤になった。
「ど、どうしたの?」
「い、いえ……その」
明らかに様子がおかしい。
いつもなら謝ってあやして、笑ってという感じで終わるんだけどな。
あずにゃんは相変わらず真っ赤になったまま、もじもじというかソワソワというか、妙に落ち着かない。
……なんか、恋する乙女みたいなんですけど!?
「あず……」
「あのっ!」
もう一度どうしたか聞こうと声をかけようとしたら、それを遮ってあずにゃんが少し大きめな声を出し、
思わず圧倒されてしまった。
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「わ、私、全部覚えてないわけじゃなくて!」
「……え!?」
「あの、だから……その……唯、先輩が言ってくれた事、とか……覚えて、ます……」
「……え? えええ!?」
あずにゃんは確かに私が言った事を”覚えてる”といった。
色々言葉をかけはしたが、あずにゃんが真っ赤になってまでそう言うってことはやっぱり、
寝ちゃう前に抱きしめて耳元で囁いたあの言葉なんだろう。
そっか、覚えてるんだ……だったら……
私は意を決してあずにゃんに向き合った。
「あ、あずにゃん!」
「は、はい!」
「もう酔ってないよね」
「えと、はい……大丈夫です」
「私、あずにゃんに伝いたいことがあるの……聞いてくれる?」
「せ、せんぱい……」
「とってもとっても大切なことだから……」
「はい……聞かせてください……聞きたいです」
あずにゃんはすでに瞳を潤ませて、それでも真っ直ぐ私を見つめて私の言葉を待ってくれた。
伝える言葉なんてたった一つ。
私はあずにゃんをぎゅっと抱きしめて耳元でささやいた。
「あずにゃん……」
「はい」
「……飲みすぎだよ」
「……へ?」
終わり
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「なっ! 言いたいことって、そんなこt」
「大好きだよ!」
そう言って抱きしめて唇を重ねた。
ほんとの終わり。
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終わりです。
忘年会シーズンなのでお酒ネタでした。
あずにゃんは酔うと意外と唯ちゃんに甘えそうな、そんなイメージがしてます。
あと、飲みすぎには注意しましょう!
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素敵な唯梓をありがとう
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終始ニヤニヤしぱなっしでした
オチも上手いしスゴく良かったです
乙乙!
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