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梓「ショートピース」
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夕焼けが夜だったのだ。
日曜日の午後6時半、夕暮れの河川敷を歩いていた。道を行く白い車の少し早いヘッドライトがぼんやりと光って通り過ぎた。
眠たくてあくびが出た。
唯先輩は電話で、会いたいねって言った。
唯先輩は電話越しに遠くの街にいて、わたしは少し寂しかった。
もう3ヶ月も話なんかしていなかったのだ。
急に電話をもらったって困る。わたしはうまく話せなかった。
もしわたしが唯先輩くらい身長が高ければ、わたしは今煙草を吸っているだろう。
そうしたら、この憂鬱もどこかへ消えてしまうだろうか。
そんなことしたら、唯先輩はわたしのことを嫌いになるだろうか。
そうなってしまったら、わたしはどうするだろうか。
どうしようか?
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"
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ここ最近ずっと続いてる睡眠過多のせいで、眠るのが早くなっていた。
だいたい七時くらいには夢の中にいた。それでいて起きるのはいつもと変わらないのだから困ったものだ。
本当のことを言えば午後5時にはとてつもなく眠くなっているのだ。だけど高校3年生ともなると受験勉強なんかもしなきゃいけないし、そもそも部活だって5時に終わるかどうか怪しい。それに、そんなに早く眠ってしまう日々が続くと家族に心配されるので、なんとか目を覚ましておくためにわたしは散歩に出ることにしている。
はじめてみると案外散歩もなかなか楽しいものだ。
外の空気にあたりながら歩いていると、目が覚めるとまでは行かなくても少なくとも歩きながら眠ってしまうことはない。
それにダイエットにもなるしね。
家のあたりをグルっと回ってから大きな道に出て横断歩道を渡りコンビニの横の裏道を通って短い壊れかけた橋を渡ると河川敷に出る。昔、唯先輩とギターの練習をした河川敷。
向こう岸の少し離れたところに野球場があって日によっては野球少年の声が聞こえてくる。
そこをずっと歩いて行く。
だんだん道が狭く細くなってきて、草木が高くなってきて、最後は膝くらいある草の間の獣道を半分かき分けるみたいに歩いていた。
そのうちに少し開けた場所に出る。
そこが行き止まりだ。
ベンチがひとつある。
黄色いやつで、ペンキが剥げかけている。
その他にはなにもない。
そこに座る。思ったより丈夫だ。それから、はてこの場所はなんのために存在していたのだろうなと考える。いつもそうする。
少し高くなっていて、西側にはずっと川が続いてる。
だから、夕日がよく見える。
この時期はだいたい6時半頃から日が沈みだして、7時くらいには暗闇がすとんと落ちてくる。
そしてわたしは日が沈む少し前に家を出て、それから30分くらいして帰ってきてベットに入って寝る。
だから、夕焼けがわたしの夜だったのだ。
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「一般的な意見を言えば過眠症っていうのはストレスが原因で起こることが多いみたいだよ、梓ちゃん疲れてる?」
憂がちょっと笑って言う。
「そんなことはないと思うんだけどね」
と、わたしは首を傾げる。
「ま、でも勉強とか?意外とあれ負担になってるのかな。先輩たちと絶対同じとこ行かなきゃっていうのが」
「梓ちゃん、でもけっこう判定いいじゃん」
「まあね。でも憂に言われる筋合いはないって!憂なんてもっといいじゃん!てか憂はどうするの?どこ行くか決めた?」
「うーん……まだ、かなあ。どうしようかなあ。ね、どうしよっか!」
「そんなこと言われても……」
どうしようか?
いつでもくるくるそればっかりわたしたちは考えているのだった。
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わかりやすく話を要約するとこういうことになるのだった。
わたしは先輩たちと軽音部でバンドを組んでいて、先輩たちはみんな同じ大学に進学した。そこでやっぱりバンドの続きをやっている。わたしも特にそういう約束はしていないけど、その大学に行こうとしている。だってわたしも放課後ティータイムの一員だったわけだし、そうしてもいいはずだ。
でも、本当はいいとかわるいとかの問題ではないのだろう。
例えば、誰か(誰でもないんだけどこういう奴はいつもわたしの頭のなかに存在していて大きな声で喋るからわたしは頭が痛いのだった)はそんなことで将来を決めてしまうなんて幼いことだって言うかもしれない。でも別にそれはかまわないというか、だってわたしは実際まだ幼いのだし、何かを選ぶということが何かを捨ててしまうのだ、というのは大きな誤りでわたしたちはその時その瞬間にそのことを選ぶしかなかったわけで、そうではない何かを選ぶことなどできないわけで、他の何かを選べたように思えるのはわたしたちが過去をまるでひとつのフローシートみたいにして思い返すという行為から生じる間違えなのだ。
だけどこうしたことをわたしが知っていたとしてそれがなんの意味を持つだろう。
わたしは未来にも立っていて、何何をしたらきっと後悔するだろうということをまるで未来から過去を覗くみたいに予見する。わたしはまだ預言者としてはあまりに未熟なので、何かを選ぶことができないにもかかわらず、やはりこんなふうに思わずにいられない。
どうしようか?
そして、わたしは1年先を進む先輩たちについていったところでわたしは1年遅れでしかついていくことができなくて、そしてその1年はあまりに長いということが不安なのだった。
さて、どうしようか?
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*
唯先輩から突然電話があってびっくりした。
ちょうど散歩に出ていた時間の頃で、携帯電話が急に鳴ってわたしはびっくりした。びっくりして、電話を切ってしまった。かけ直したら、通話中で、がちゃがちゃ画面をいじっていたら急にまた電話が鳴ってわたしはまたびっくりした。びっくりしたけど、今度は電話は切らなかった。
電話は唯先輩からだった。
それは画面に写った文字からよくわかっていた。
唯先輩とは特に春の頃は電話してお互いの近況話しあったりしたけれど、最近は電話はなかった。わたしの方からもかけなかった。
「ねえ、ねえ、あずにゃん、元気? ねえねえねえ」
「うーんと……元気ですよ」
「ねえねえ、ほんと!?」
「ほんとですよ。うそのほうがよかったですか」
「ううん、ねえねえ、あずにゃんが元気でよかったな、ねえ」
「なんですか」
「ねえ、あずにゃんが元気でよかったよ」
「そうですか。唯先輩はどうですか」
「元気だよ!あ、ねえ、あずにゃんがいないぶんの最高レベルって意味でね」
「それは嬉しいですね」
「ねえねえ、ねえ」
「こんどはなんですか」
「ねえ、あずにゃん勉強は頑張ってる?」
「うーん……どうでしょう、ぼちぼち?」
「でも憂は、ねえ、あずにゃんがすごく頑張ってるって言ってたよ!」
「そうですか、でも憂ほどじゃないですよ」
「ねえ、あのさ……」
「はい?」
「やっぱいいや。ねえ、それよりさあ、あずにゃんは何してた?」
「散歩してました」
「えーだめだよちゃんと勉強しなきゃ、ねえ、あずにゃん、聞いてる?」
「聞いてます聞いてますよ。唯先輩には言われたくないです」
「それ、いつだって言えるよ!」
「あはは」
「ていうか、ねえ、あずにゃん、散歩面白い?」
「おもしろいとかそういうものじゃないですよ」
「ふうん……あ、ねえ、あずにゃん! ねえねえ、あずにゃんが聞くことないの、わたしに」
「ん……ないですね」
「あ、ひどい!ねえ、ひどいよ、あずにゃん、ねえねえ」
「冗談ですよ。最近夕日見ました?」
「夕日? あずにゃん急にロマンチックだねえ、ね」
「夕日が綺麗なんですよ。こっちは。それで、散歩してるんですけど。唯先輩はもう忘れちゃいました?」
「そうだっけ……よくわかんない。でも、こっちは夕日見えないんだよ、家の近くにはたくさん建物があってね、オレンジは見えるんだけどね、夕日は見えないや」
「ふうん……そうですか、それは惜しいですね」
「うん」
「……」
「……」
「ね、先輩」
「なに?」
「どうしましょうか?」
「え、え、え、なにが?」
「いろんなことですよ。いろんなことをどうしようかなあって」
「うーん……会っちゃう?」
「ぷっ……なんですか、それ」
「出会い系?」
「意味分かんないです」
「ね、会いたいよ、あずにゃんに!」
「そうですね、じゃあまた今度」
「うん。そうだ、そうだね。じゃあ、じゃあね。バイバイ」
電話が切れた。
ちょうどコンビニの前だった。
サラリーマンが二人煙草を吸っていた。
その時わたしが思いついたのはこんな考えだった。
煙草を吸ったら、どうだろうか?
わたしは唯先輩が好きだ。
すぐに煙草の匂いがした。
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わたしがはじめて唯先輩を好きになったのはたぶん高校生の時で、具体的にはいつだったかは忘れてしまったけどまあよくある高揚感の中だった。
まあそれはなんていうか事故みたいなもので、ちょうど一番柔らかい部分が衝突でへこんだという程度のことで、すぐに消えた。
憧れ、なんて人によっては言うのかもな。
2回目の衝突は春にやってきた。わたしが春に先輩たちがみんないなくなっちゃった不安で震えているところに唯先輩が一番電話でいろいろ話を聞いてくれたから好きになったというだけのことなのだ。だから、正確には好きになったというより唯先輩にすがりつくといったようなもので、実際新しい軽音部が始動して軌道に乗った頃にはそんなことやっぱり忘れてしまったのだった。
3度目は今、やってきた。
わたしは単純な人間ではいたくないと思ってる。
少なくとも、先輩たちに見捨てられちゃうかなって怯えたくはないし、受験が怖くて不安だって思いたくはない。
だから、唯先輩のことを好きになってみようと思ったのだ。
そうすれば、不安はもう少し混沌として、意味のあるものになるんじゃないかなあって。
まるで煙草を吸ってみようって思うような軽率さで、そんなふうに思ったのだった。
唯先輩を好きになったら、どうしよう?
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もし、わたしが唯先輩くらい大きかったらこのままコンビニに入って煙草を買っただろう。
煙草とライターを買ってそれでおそるおそる煙草に火をつけて吸って器官に入り込んだ煙に咳き込んだりしただろう。
でも残念ながらわたしは小さかった。小さいのでたぶんコンビニの店員はたばこを売ってくれないだろう。下手したら怒られるかもしれない。学校に処罰されるかもしれない。それは困る。
だからそのまま歩いていった。
そして、そのうちいつものベンチのところまでやってきた。
いつものようにそこに腰を下ろす。
夕日がいつもよりぼんやり見えた。
煙草の先っちょの炎みたいに、ぼんやりと遠く。
わたしはたぶん少し憂鬱だった。
別にたいしたことじゃないのだ
だってほら、煙草一本で消えてしまう憂鬱なんてたいしたことはないだろう。
どうせ、あと数年もすれば10代は終わりを告げて、その頃には煙草だって吸えるようになっていて、でももうその時にはこんな憂鬱どこかへ行っちゃって煙草なんか必要ないんだろう。
わたしは不安なのだった。
人生の中で、わたしはいつも『どうしようか、ねえ、どうしようか』って思ってる。
その、『どうしようか』と『どうしようか』の間の一時の休息を得るためだけにまた『どうしようか』って頭を抱えるのだ。
幼いなあって思う。
夕日は明日も見れるだろうか。
見えたらいいし、たぶん見えるだろう。
空はそんなに簡単に変わったりしないし、わたしの憂鬱だってそんなに簡単に消えたりはしないのだ。
煙草一本なんかじゃ。
煙草を吸ったら、どうだろうか?
そんなことを考えていた。
夕焼けは消えてしまって、灰殻みたいに薄く濁った雲が空を覆っていた。
あくびが出た。
唯先輩に電話がしたい。
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おしまいです
投下している時には気が付かなかったですけどレス間のアスタリスクはいりませんでしたね、見づらくしてしまって申し訳ないです
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寝る時間早すぎワロタww
ぜってーあずにゃんは夜更かし型だわwww
乙
読みヅラかった
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