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澪「二人の探偵」
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がたんごとんとリズミカルな音を立てながら、私たちの乗る電車は暗いトンネルの中を進んでいく。それにしても随分と長いトンネルだ。暗い場所は私を不安にさせる。昔の私なら一人で怖がって耳でも塞いでいたかもしれない。
単調な景色が続くので、ぼんやりとそんなことを考えていた。ガラスに反射して見える向こうの私の顔は少し疲れているようにも見えた。この長い移動の疲れもあるかもしれない。
同じボックスシートにいる他の四人は今も楽しそうに話続けている。
助手の唯とムギ。これまでの事件を通して仲良くなった律と梓。私たちはこの五人でバンドを組んでいる。
……といっても、あくまで趣味程度だけど。
やっぱり仕事が第一のつもりだ。
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唯「ねえ、まだ着かないの〜?」
律「今どこだったっけ?」
紬「あと八駅進めば到着ね」
唯「八駅……お腹空いたよ〜……」
紬「あともう少しだからがんばって、唯ちゃん!」
梓「しっかりしてくださいよ、もう……」
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出発の時からずっとこの調子だ。普段と変わらない。そんないつもの光景に私は安心した。
不意に眩しい光が車内に差し込んだ。長かったトンネルを抜けたようだ。私は思わず腕で顔を覆って、目を細めた。外の光景に唯と律が息を呑むのが聞こえた。
律「ほら見ろよ、海だぞ!」
唯「わぁ〜! ひろーい!」
窓の外には広大な海が広がっていた。遥か地平線の彼方まで眺めてみても、何も存在しない。紛れもない海だ。海を見慣れていない私たちにとってはこの景色を見ただけで、自分たちは旅行しているのだと実感できる。
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澪「はしゃぎすぎじゃないか……?」
唯「だって海なんてめったに見ることできないんだよ?」
律「そうそう、写真撮っとこうっと!」
梓「二人とも小学生みたいですよ」
紬「まあまあ」
今だに小学生でも通りそうな顔立ちの梓が言った。そうは言っても、梓の表情もどこかしうれしそうだ。ムギの目も子どもっぽく純粋に輝いている。きっと私も同じような顔をしているんだろうな。はしゃぐ二人と外の景色を見ていると、私もどこかうきうきとしてきた。
私たちは今、温泉旅行に出かけている。
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完結目指して、ちびちびがんばります。
澪ちゃん、お誕生日おめでとうございます。
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澪探です。
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正に澪探ですな。
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期待するが、連載か
完結してから読みます
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◇
一ヶ月前
澪「温泉旅行券?」
空き時間を利用して『秋山探偵事務所』のホームページ作成を検討していると、警察の制服姿の律が事務所を訪れてきた。またパトロール中にサボって来たんだろう。相変わらずふまじめだ。
目の前に差し出された券を見て私は首を傾げてみせた。
律「ああ、この前の『桜が丘演芸大会』で私たち優勝しただろ? その優勝賞品だってさ。ほら、五人分。三食までついてるんだってさ!」
唯「温泉っ!?」
紬「いこういこう〜♪」
澪「温泉旅行って……」
私はデスクに向かってホームページ構成を考えるのに集中していたかった。
しかし、今は律が誘惑を解き放った。既に唯とムギは旅行に関心が向いている。この状況は「一応」勤務中の探偵事務所としては好ましくはない。その思いが顔に出たのか、律が顔を覗き込んできた。
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律「あんまり嬉しそうじゃないな。どうかしたのか?」
澪「いや……」
ホームページ作成は急いでいるわけではない。
いや、宣伝のためには急がないといけない。けど、何がなんでもというわけではなかった。
……それに残念なことに今の私たちには仕事がない。時間は充分にあった。
唯「『山と海の温泉巡り』! すごいね〜!」
紬「どんな所なのかな?」
律「あ、それならパソコンで調べてみようぜ」
当然、ノートパソコンを操作している私に視線が集まる。
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澪「うっ……」
私は少し呻き声を漏らした。
まさか旅行の話がこうも話が弾み、パソコンまで使えなくなるとは思ってもいなかった。ケータイを勧めても、「パソコンより見づらいし、遅いし、めんどくさい」と返ってくるのが目に見えている。ため息をついてから顔を上げた。
澪「わかったよ……」
ノートパソコンをたたんでから律に手渡そうとした時、ある事を思い出したので手を止めた。
律「ん?」
澪「あっ、ちょっと待って」
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インターネットエクスプローラーを開き、あるサイトを「お気に入り」に保存した。私はここを参考に構成を考えていた。
それは、とある「探偵事務所」のサイトだった。それぞれのページが丁寧にまとまっていて無駄が無く、几帳面さがうかがえた。その探偵のプロフィール覧を見ると、私たちと歳が近いらしい。仕事も順調らしく、ブログには日記も付けられていた。今の自分と見比べてみると、少し悲しくなる。
澪「ごめんごめん。そっちのテーブルでみんなで見よう」
唯「澪ちゃんもノリノリだね」
唯がいたずらっぽい笑みを浮かべながら言った。
まあ、たまにはこういう気晴らしもいいだろう。私は自分にそう言い聞かせた。
その後、梓にも連絡を取り、正式に旅行に行くことが決定した。三泊四日のよくある温泉旅行だ。この旅行を機に仕事が増えることを祈ろう。
そんな淡い期待を私は抱いていた。
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ホームページじゃなくて、ウェブサイトの方が正しいのかな。
間違ってたらごめんなさい。
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順調ですな、楽しみです。
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◆
長い移動を終えて、旅館に到着した。既に日は傾いて、時刻は夕方になっていた。
駅からは旅館運営のマイクロバスでの移動だった。その最中もはしゃぎ続けた唯は少々乗り物酔いになったようだった。しかし、晩ご飯の話題になるとかなり顔色が戻っていたので心配することもなさそうだ。
すぐに手続きを済まして部屋を目指した。部屋は角部屋の『七号室』だった。長い廊下が続く。
唯「ご飯まだかなぁ……」
唯は力なくお腹の辺りをさすっている。よっぽどお腹を空かしていたんだろう。
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律「もうすぐで来るって」
梓「あっ、この旅館は大広間で夕食だそうですよ」
律「そうなのか?」
梓「はい。すぐ横に厨房があるから、だそうです」
律「へえ。ま、こうも広いと大変だよな」
紬「みんな、先に温泉か晩ご飯どっちにする?」
唯「ご飯!」
梓「私も少しお腹が空きました」
律「じゃあ、先に晩ご飯にするか。いいよな、澪?」
澪「うん」
唯ほどではないが、私もお腹が空いていた。温泉は晩ご飯の後に少し休んでからでも問題はないはずだ。
私たちは荷物を部屋に置いてから大広間に向かった。
広間には真新しい畳が敷き詰められていた。交換して日が浅いのか、なんとも独特で和風のいい匂いだ。脚の短い長机と座布団が並んでいる。
私たちが座ると、すぐに女中さんがやって来た。私たちと同じくらいの歳なのだろうか。随分と若く見える。
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「お伺いします。何号室に宿泊中ですか?」
澪「七号室です」
「七合室……っと。おしぼりになります」
おしぼりが差し出された。適当に拭いていると、次にお茶を持ってきた。
「もうしばらくお待ち下さいませ」
そう言ってから頭を下げて広間から出て行った。
律「若いな」
紬「私たちと同じくらいなのかな?」
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梓「女中さんって五十代くらいの人がやってるイメージだったんですけどね……」
澪「しっかりしてそうだな」
私は……しっかりできていそうにはない。
未だに仕事はあまり入ってこない。このまま何も行動を起こさなければそんな生活が続くだろう。この旅行中に何か案を練るべきかもしれない。
年の近いであろう女中を見て、そんな気持ちに駆られた。
唯「ご飯楽しみだね〜♪」
律「いやいや唯。この旅行は温泉旅行だぞ」
唯「あ、そっか」
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女中さんは何歳くらいが多いのかなあ。
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ピンきりですな。
部屋まで案内するのはベテランが、エントランス付近には若い子もいるという印象。
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そう、この旅行の目玉はやはり温泉だ。温泉は六つあり、そのそれぞれに特徴がある。 ……と公式サイトに説明があった。
一の湯こと、「入の湯」
正統派かつ王道な温泉と言ってもいいのかもしれない。普段私たちがイメージするような普通の温泉だ。掲載していた写真では岩の間から湯が流れ出ていた。
二の湯こと、「静の湯」
暗い洞穴の中にある温泉で、写真で見ると照明は他の温泉と比べると少なく思える。音のない空間でゆっくりと浸れるかもしれない。
三の湯こと、「涅の湯」
またしても特徴は色で、黒色の湯だ。見た目の通り、かなり珍しい温泉だそうだ。見た目とは裏腹にアルカリ性で肌の汚れや角栓を落とす効果がある、とのことだ。
四の湯こと、「明の湯」
この温泉の特徴は湯の色にある。何と言っても血のように赤い。“血の湯”の異名を別に持つらしい。詳しくは載っていなかったけど、昔からの伝わる話もあるらしい。……正直、この温泉は怖い。
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五の湯こと、「浄の湯」
“涅の湯”とは真逆の白色の温泉だ。こちらは硫黄成分が含まれていて酸性らしい。肌をすべすべにしてくれる、らしい。酸性、アルカリ性で何がどう違うのかまでは載っていなかった。見た目通り美白効果はありそうにも見える。
六の湯こと、「天の湯」
広い海を見渡すことのできる露天風呂だ。晴れていれば、夜には星空が見える、と書いている。星が見えなくても、波の音を聞いていればゆったりくつろげそうだ。この湯なら良い詩が浮かぶかもしれない。
旅行出発前に私たちは一の湯から入ろうと話し合っていた。順番も割り振られているのだから反対する理由も無かった。
そんな風にしゃべっていると、数人の女中さんが私たちの方へとやって来た。おぼんの上には豪華そうな夕食が並んでいる。唯の顔をちらりと窺うと、これ以上ない幸せそうな顔をしていた。
私はコップにジュースを注いで回していった。注ぎ終えると右手でコップを握り、四人の顔を見つめた。四人も私の顔を見つめていた。
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澪「えー……今回は幸運にも演芸大会で優勝できたので、私を含めこの五人での温泉旅行が実現しました」
少し緊張しているせいか喉に違和感を覚える。咳払いしていると、律が野次を飛ばしてきた。
律「幸運じゃないぞー!」
唯「実力だよ!」
澪「……それじゃあ、もっとうまくなるために練習しようか」
唯「ええ〜!」
律「それとこれは別だろー!」
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>>21
若い子がコトリと湯のみを置いてくれるとかわいらしい。
毎回変な所で話を切ってしまって申し訳ないです。
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梓「けど、二人はせっかくの練習時間でも遊びすぎですよ」
唯「だってムギちゃんの持ってくるお菓子がおいしいんだも〜ん。ムギちゃん、いつもありがとね!」
紬「ううん、よろこんでもらえるなら私もうれしい!」
澪「……まぁ、何より今回の旅行は『音楽を始めたこと』がきっかけで実現したんだ。私たちに始めるきっかけを作ってくれてありがとう、梓」
梓「いえ、そんな……」
私が礼を述べると、梓は肩を寄せながら俯いた。どうやら照れているようだった。そのどさくさに紛れて唯は梓に抱きついた。
唯「おかげでギー太にも出会えたしね〜♪」
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澪「そして、律」
律「私か?」
澪「私たちのバンドに入ってくれてありがとう。律がいなかったらここまで来れなかったよ。ありがとう」
一瞬、呆然としていた律の顔が見る見る内に赤くなっていった。
律「……なんだよ、急に。照れ臭いなー……」
唯「りっちゃん顔赤くなってるよ?」
紬「あっ、本当だ!」
律「なななっ……!」
梓「おでこまで真っ赤ですよ」
律「中野〜! この野郎、言うようになりやがって!」
律は顔を赤くしたまま梓にチョークスリーパーをかけた。梓は律の腕をポンポンと叩きながらも、うれしそうな顔のままだった。
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梓「プッ! 苦しいですよ〜!」
じゃれ合う二人を見て微笑ましくなった。まるで、学生みたいだ。
澪「……そして、唯とムギ」
唯紬「えっ?」
急に名前を呼ばれた二人は固まった。私はずっと思っていたことを二人に告げようと決めた。
今、この場で伝えよう。
澪「こんな私について来てくれて、ありがとう。探偵事務所が私一人だけだったら、きっとどこかで諦めていたと思うんだ。二人には本当に感謝してる」
心からの感謝の気持ちを伝えた。
律と梓もいつの間にか微笑みながらこちらを見つめている。唯とムギは顔を見合わせてから笑顔になった。
唯「……ううん、感謝するのは私たちもだよ。解決するためにいつも全力で一生懸命がんばる澪ちゃんがいるから、私たちも一緒にがんばれたんだよ」
紬「だからこれからも一緒にがんばろうね!」
澪「……!!」
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予想もしていなかった唯とムギの言葉に私は動揺した。
二人の笑顔は私に衝撃を生み、その衝撃は波のように広がって私の心を大きく揺さぶった。ふと、目頭が熱くなる。しかし、私はそれを鼻をすすってごまかした。
澪「……じゃあ少し遅れたけど、『桜が丘演芸大会』における私たちの優勝を祝って」
私はコップを持つ右手を掲げた。同時にコップを手に取った。
大きく息を吸ってから、
澪「かんぱーい!」
唯紬律梓「かんぱーい!!!!」
五つのコップがぶつかり合い、音が鳴った。私たちの顔から笑顔がはじける。
みんながいるから、がんばれる。
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本日はここまでです。
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部屋
夕食を終えて、私たちは部屋でごろごろとくつろいでいた。五人とも同じ部屋にしてもらった。部屋は充分に広いので、窮屈ではない。
横になると、長い間電車に乗っていたせいか、体が一定のリズムで揺れているような気がする。さらにお腹がいっぱいで、なんだか眠気もする。
律「そろそろ温泉に行くか?」
梓「そうですね。少し休めましたし」
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そうだ。私たちは「温泉」旅行に来たんだ。ここで寝てしまってはせっかくの旅行の意味がない。
澪「そうだな。そろそろ行こうか」
唯「いこういこう〜!」
紬「まず最初は“入の湯”ね!」
ムギが両手を胸元に寄せながら意気込んだ。期待度の高さが窺える。そんな様子を見ていると、私まで期待が高まる。
タオルと浴衣を持って、温泉へと向かった。
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『入の湯』
律「唯、温泉だぞっ!」
唯「温泉だね! りっちゃん!」
梓「広いですね……」
温泉からは湯気がよく立ちのぼっていた。この「入の湯」がよくある温泉とそう変わりはないとわかっていても、旅行気分は存分に味わえる。こうなると残りの温泉が楽しみになってきた。
紬「あったか〜い!」
ムギがしゃがんで、手でお湯をすくった。私もムギにならってお湯をすくってみた。すると、指先からじんわりと温かさが伝わってくる。
私はタオルを置いて、ゆっくりと湯に浸かった。痺れるような熱さだ。家のお風呂とは全然違う。肩まで浸かると、目を閉じた。
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澪「はぁ……」
唯「いいお湯だねぇ……」
長い息をはいた。全身の疲れが浄化されるような心地よい気持ちだ。この瞬間だけは、永遠のように思える。
横を見ると、唯たちも同じように肩まで浸かりながら至福の表情を浮かべていた。この顔を見ていると、お茶をしている時のような落ち着いた気持ちになる。
日頃の仕事の悩みが薄らいでいくようだ。
この旅行は私の心を安らかにしてくれるに違いない。のんびりとそんなことを思った。
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ここまで
露天風呂入りたいなあ
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結構ハイペースで書いてますね。
中〜長編になりそうかな。
間を置かず書くのはしんどいと思いますが、読んでますので頑張ってください!
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部屋
紬「気持ちよかったね〜」
梓「はい。家のお風呂とはやっぱり違いますね」
律「はーさっぱりした」
澪「ふう……」
広々とした温泉だったので、心まで清々しい気分になった。一番目として「入の湯」はやっぱり正解だった。こうなると、残りの温泉がどんな様子なのかが気になる。柄にもなく、少しわくわくとした気持ちになってきた。
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紬「今から何かする?」
律「うーん……」
唯「あっ、トランプとか!」
律「この年でトランプが出てくるとは思わなかった……」
唯「え〜? せっかく持ってきたのに……」
梓「テレビもおもしろそうなのはなさそうですね……」
澪「じゃあ今日はもう寝よう」
唯「もう寝るの?」
澪「今日はもう移動で疲れたよ……」
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律「年だなあ……」
澪「うっ……」
唯「でも、まだ眠たくないよ〜……」
梓「そんなこと言っても……」
その時、視界の端でムギがこちらに背中を向けて白い何かを抱えているのが見えた。
あれはもしかして……。
そして、ムギは立ち上がって私たちの方へと向き直った。
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唯「みんなも眠た……いっ!?」
ボフッ!
白い物体が唯の顔に直撃した。その正体はムギが投げた枕だった!
ムギは満面の笑みを浮かべていた。
律「おっ!」
梓「ムギさん!?」
まさか……枕投げが始まろうとしている……?
唯も唯で自分の顔に当たった枕を手にしながら、怪しい笑みを浮かべている。
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はい、もちろん完結めざしてがんばります。
無理のないように。
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唯「ふふふ……なかなか良い球を投げる、ねっ!」
澪「わっ!」
唯の投げた豪速枕は私の顔に直撃した。その合図を皮切りに律が大声を出した。
律「よーし! 今夜は枕投げ大会だっ!」
唯紬「おーっ!」
梓「ええっ!?」
私も梓に同意する。 ……普段なら。
今回は温泉旅行だ。多少羽目を外すのもいいかもしれない。
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澪「くらえっ!」
律「おぅっ!?」
投げた枕が律の側頭部に直撃した。律がくぐもったうめき声を上げて倒れた。
私の思い切った行動に、梓まで驚いている。
梓「澪さんまで!?」
唯「梓ちゃん、ここはもう戦場だよっ!」
紬「油断すれば後ろからやられてしまうわっ!」
梓「なんですかその緊迫感のある設定!」
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律「受けてみよ! この……枕を!」
梓「ひゃっ!」
身軽にも、梓は律の投げた枕を寸前のところでしゃがんで避けた。枕は壁に直撃し、大きな音を立ててから落ちた。
律「なにぃ!?」
梓「強く投げすぎです……よっ!」
紬「やった!」
ムギは情けを知らないのか、律に抗議している梓の顔に枕を投げた。無防備だった梓はまともに衝撃を受け、腕を突き出しながら上半身を反らした。
-
唯「梓ちゃんの仇!」
紬「きゃっ!」
律「こしゃくな〜!」
なんだろう……この高揚感は……。
まるで小さい頃に戻って遊んでいる時のような気分だ。みんなではしゃいで、笑って。こうなれば職業も年齢も関係ない。
この旅行中は思う存分満喫しよう!
そう思い立ち、枕を手に取ったその時、
コンコン
ドアからノックの音が聞こえた。
瞬く間に私たちの間に静寂が忍び寄った。
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今日はここまで。
「あずにゃん」ではなく「梓ちゃん」って珍しい気がする。
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梓がさん付けなのも珍しいね。
-
唯「な、何……?」
律「まさか先生かっ!?」
紬「そんな!」
梓「そんなわけないでしょう。多分、私たちが物音を立てて騒ぎ過ぎたんですよ」
律「あー……」
コンコン
再びノックが鳴った。そのままドアを見つめていると、視線を感じた。
四人が私を見つめていた。
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澪「な、なんだよ……」
律「すまん澪! 私たちを代表して謝ってくれ!」
澪「ええっ!? どうして私だけなんだよ……」
律「“ティータイム”のリーダーだろ? 頼むよ〜……」
……まあ、いい年した社会人が周りの迷惑も考えずに羽目を外したのは確かに問題だ。私も調子に乗ってしまった事は言い逃れできない。仕方ないといえば仕方ない。
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澪「……わかった。その代わり、ムギも一緒に来てくれないか?」
紬「え、わたし?」
澪「うん」
ムギを選んだのにはちゃんと理由があった。
ムギのぽわぽわした雰囲気があれば、相手が怒っていてもなんとかなるような気がする。その効果は謝る側の私にもある。ムギが隣にいれば、私もあまり緊張せずに謝ることができそうだ。
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紬「わかった!」
澪「ありがとう」
いざ、二人でドアの前へ。
ノックの音の感じでは怒ってはいない……と思う。そう思いたい。
ドアノブに触れる直前、唾を飲み込んだ。我ながら情けない状況だ。せめて誠意を持って謝ろう。
意を決してドアノブを捻った。
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今日はここまで。
せせこましくなってきたな。がんばる
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見てるからがんばれ(´∀`\xAD\xFB)
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澪「はい……?」
「すいません、もう夜遅いので、もう少し静かにしてもらえませんか?」
訪れたのは、少しショートカット気味の黒髪の人だった。女の人……かな? 多分合ってるはずだ。
澪「す、すいません!」
紬「ごめんなさい!」
慌ててムギと一緒に頭を下げた。
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「あ、いえ。そこまで謝らなくてもいいですよ」
そう言われて頭を上げると、後ろにもう二人立っていることに気づいた。
一人は律と同じくらいの身長で、髪にパーマをあてている。もう一人は私より背が高く、髪が長かった。
今の声はパーマの人かな?
澪「本当にすいませんでした」
「はい、おやすみなさい」
澪「おやすみなさい」
バタン
澪「はあ〜……」
ドアが閉まると同時に大きく息をはいた。全身の力が抜けてしまった。
すると、ムギが心配そうに私の肩に手を置いてくれた。
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紬「澪ちゃん、だいじょうぶ?」
澪「うん、力が抜けたよ……」
律「どうだった?」
唯「怒ってた?」
澪「少し怖そうな人だったけど、謝ったら許してもらえたよ。それに来たのは女の人たちだった」
唯「よかったー……」
梓「これからは気をつけないといけませんね」
澪「うん。今日はもう遅いから寝よう。ムギもありがとう」
紬「また何かあったら何でも言ってね!」
頼りになる仲間を持ってよかった。
……この年で注意されるとは思わなかったけど。
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ありがとう。がんばります。
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次回も期待。
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澪「それじゃあ消すぞ」
唯律紬「はーい」
梓「はい」
紐を引っ張って消灯。オレンジ色の豆電球が小さく光っている。
唯「え、豆電球つけたままなの?」
澪「え、消した方がいいかな?」
唯「私は消して寝るよ」
梓「私も消して寝てます」
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律「私は真っ暗な方が熟睡できる気がするな」
紬「私も消して寝ているわ」
私以外、満場一致の意見だった。紐を握りしめたままの私に視線が集まる。
思わずため息をついた。
澪「わかった、消すよ……」
カチリ
部屋は真っ暗になった。手探りで枕の位置を確認して布団に入った。
小さい頃に真っ暗な部屋が怖かったので、そのまま豆電球をつけたまま寝ていた。それが今に至るまで習慣になった……とは恥ずかしくて言えそうにないな。
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唯「おやすみ〜」
律「おやすみ」
紬「おやすみ」
梓「おやすみなさい」
澪「おやすみ」
久しぶりのこの暗さ。さすがにもう怖くはない。
律の言う通り、今日はぐっすりと眠れそうだ。何かいい夢でも見られるかもしれない。旅行はまだ長い。ゆっくりと休もう。
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少し新企画の方で調子に乗りすぎた。ちびちびがんばるよ。
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無理しないで頑張って
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♯
鳥のさえずりが聞こえてきた。
どうやら朝になったらしい。夢も見ないくらいの深い眠りだったみたいだ。
澪「ふう……」
仕事を始めてからというもの、たいして疲れているわけでもないのにため息をつくことが多くなったように思える。
悪い癖だ。直さないといけない。
起きたからには朝ご飯を食べたい。けど、まだみんなは寝ている。少しロビーでも見て回ろう。
音を立てないように部屋を出た。
少しうろついてからロビーに着くと、誰もいなかった。自動販売機が稼働している音と掛け時計の音だけが鳴っている。そこにあったソファに腰を下ろすと、どこからか味噌汁の匂いがしてきた。
一日の始まりを感じさせるいい匂いだ。
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澪「はぁ……あっ」
思わず手で口を押さえた。またため息をついてしまった。
そんなことをしていると、後ろから足音が聞こえてきた。現れたのはムギだった。
紬「あ、ここにいたんだ」
澪「あ、ムギ」
浴衣姿のムギはなんとなく新鮮だった。ムギはそのまま私の所へと来た。
紬「こんな所でどうしたの?」
澪「ああ、みんなが起きるまで時間をつぶそうと思って」
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紬「そっか。私も座ってもいい?」
澪「いいよ」
ムギは礼の言葉を述べて私の隣に座った。ムギの髪の毛からシャンプーのいい匂いがする。
紬「澪ちゃん、最近はどう?」
澪「最近? 何が?」
紬「仕事のこと」
澪「ああ……」
良くはない。ただ、決して悪くもない。
今の探偵事務所は私にとっては居心地のいい場所だ。それだけは間違いない。
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遅くなったけど投下。旅行は二日目突入
-
澪「悪くないよ」
紬「そうなの?」
澪「うん。そりゃあ仕事はあまりないけど、毎日楽しいよ」
私がそう言うと、ムギは花が咲いたように笑顔になった。その顔を見ると、私まで笑顔になった。
紬「よかった!」
澪「……ただ、ずっとこのままじゃいけないとも思う。もっと知名度を上げて、仕事の依頼が来るようにしないと!」
-
紬「何か良い案はあるの?」
そう言われると弱い。何しろ、具体的な案はほとんど浮かんでいない。案なのか希望なのかが自分でもよくわからない曖昧なものばかりだ。
私は思わず腕を組んだ。
澪「うーん……ビラ配りはまたやるとして、今は事務所のホームページを作ろうと思ってる」
紬「ホームページ?」
澪「うん、有名な探偵事務所はやっぱりホームページも作ってるんだ。ネットでも名前を知ってもらえるようにさ。私の尊敬してる人もそうしてるんだ」
紬「尊敬してる人も……じゃあ、私たちも作らないと! けど、ただのホームページじゃおもしろくないかも……」
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澪「え?」
紬「ただの探偵事務所の紹介だと読み流されてしまうかもしれないわ。何か目立つポイントを作らないと!」
ムギは人差し指を空に突き立て、私の方を向いた。ポイントか……。
私の尊敬している人のホームページは事務所の実績・依頼内容紹介だけでなく、ブログも公開してあってオープンな感じがする。顔写真まで掲載してあり、その親しみやすさは参考にした方がいいのかもしれない。
澪「そうだな……」
-
ボーン
時計が鳴った。
部屋を出てから思ったよりも時間が経過していたようだ。そろそろ唯たちも起きているだろう。
澪「みんなを起こしに行こう」
紬「うん、そうだね」
私たちはロビーを後にして、部屋に戻った。
部屋に入ると三人とも起きていて、布団をたたんでいた。
律「おっ、二人ともどこに行ってたんだ?」
澪「みんな寝てたから、ちょっとロビーに行ってた」
唯「お腹空いた〜……」
梓「大広間に行きましょうか」
紬「朝ご飯、もうできてるみたいだよ」
唯「たのしみ〜♪」
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今日はここまで。
投下するまではいつもヒヤヒヤするけど終わったら安心安心
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事務所=けいおん部ということか。
投下のスピード上がったな。
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うーんどうだろう。前作読んでるかは知らないけど、集合場所の一つみたいな扱いではあるかな。ただ、バンドはあくまで趣味の設定。
投下時刻が不安定なのは申し訳ない
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大広間の中に入ると、既に数組の人が朝ご飯を食べていた。おいしそうな鮭が見える。
私たちが座布団に座ると、すぐに女中さんがやって来た。
「何号室にお泊りですか?」
澪「七合室です」
「ありがとうございます。こちら、お茶です。すぐに朝食を準備しますので、少々お待ちください」
澪「あ、はい」
私が返事をするなり、女中さんは頭を下げてから大広間を後にした。
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律「朝から大変だなぁ……」
梓「本当に丁寧ですよね」
澪「そうだな」
事務所の知名度だけでなく、私たち一人一人が意識改革を試みればより高度なものへと昇華するかもしれない。そういう意味では接客マナーも考え直してみようと思った。
湯飲みを手に温かいお茶を飲んでいると、三人の女性が大広間に入ってきたのが見えた。その顔をはっきりと認識した瞬間、喉が機能を麻痺させた。
澪「うっ! ゲホッ、ゲホッ!」
唯「澪ちゃん!?」
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紬「澪ちゃん大丈夫!?」
澪「だ、だいじょうぶ……」
律「いきなりどうしたんだよ……」
咳き込んだせいでお茶が少しこぼれてしまった。何か拭く物を探さないと……。
そうして私が慌てていると、
「あっ」
澪「え?」
顔を上げてみて思わずぎょっとした。
見間違いじゃなかった。現れたのは、昨晩私たちの部屋に来た三人組だった。ムギを見ると、目を丸くしていた。
ここは誠意を見せないといけない。
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澪「あっ、あの! 昨晩は夜遅くにうるさくしてすいませんでした!」
「ああ、いえいえ。あの後は静かだったので、そこまで気にしなくても」
ショートカットの人、小柄でパーマの人、背が高くて髪が長い人。
落ち着いて顔を見ると、私たちと年が近いように思えた。
律「この人たちが隣の……?」
紬「うん」
唯は口をぽかんと開けながら三人組を見上げていた。どうしてそんなに見つめているんだろう。
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今日はここまで。
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「私たちも座ろうよ」
「そうだな」
パーマの人が座ると、後の二人もそれに続いた。私たちのすぐ隣に座ったようだ。
私には怖くてそんなことできない。 ……さっき言われたように気にしすぎかな。
するとタイミングよく、女中さんが朝ご飯を持って来てくれた。
「お待たせいたしました」
澪「ありがとうございます」
白いご飯、鮭にお味噌と海苔。卵焼きまである!
普段から食べてはいるけど、今日はいつもより輝いて見える。これも旅行のおかげだ。
唯の顔を見ると、子どものように目を輝かせていた。梓や律やムギも期待を胸に抱いているようだ。
私が手を合わせると、みんなも後に続いた。
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澪梓紬「いただきます」
唯律「いただきまーす!」
さて、どれから食べようか。目に留まった卵焼きに箸を伸ばそうと思ったその時、
「わあっ! おいしそ〜! 見てよ晶、幸!」
晶「おっ、本当だ」
幸「おいしそうだね」
ショートカットの人が晶、髪の長い人が幸……だと勝手に想像した。
さっきの三人が私たちの朝ご飯に興味の視線を送ってきている。
私たちに直接話しかけているわけではないけど、少し気になる。早くあの人たちにも朝ご飯来ないかなあ……。
-
唯「おいし〜この卵焼き!」
律「おおっ! ほんとだ!」
「そんなにおいしいの?」
唯「うん、おいしいよ!」
いつの間にか、パーマの人が唯と律の背後まで近づいていた。唯みたいに子どものように愛想のいい笑顔だ。
唯と律はしあわせだと言わんばかりにおいしそうにぱくぱくと食べていた。作ってくれた人がこの様子を見ればきっと感無量だろう。
-
菖「晶も楽しみにしてるくせに〜」
改めて……『晶』さんか。
男の人にも女の人にもいる名前だ。あの人はぱっと見ただけでは判断しづらいだろうと思う。
失礼しましたー、と言って菖さんはすぐに自分の席へと戻った。
これで落ち着いて朝ご飯が食べられる。不快だったわけじゃないけど、朝から神経を擦り減らす必要もない。
-
今日はここまで。
-
今日はお休み。がんばります。
-
待ってる
頑張れ
-
書き終わってから全部見るつもり。楽しみに待ってます。
-
菖「ところで、“楽器店”なんだけどさ……」
晶「ああ」
……ん? 楽器店?
晶「いつ行く?」
幸「まだ日にちはあるから、そこまで急がなくてもいいんじゃないかな」
みんなの顔を見ると、私と同じように静止していた。三人の会話を聞くことに集中力を高めている。
晶「となると、スタジオで練習だな」
-
間違いない。この三人組は音楽に関わっている。
趣味で始めたバンドとはいえ、音楽に関する話題は少し敏感に反応するようになっていた。
唯「あの」
菖「はい?」
いつの間にか、今度は唯が菖さんの側に近づいていた。
唯「もしかして、音楽やってるんですか?」
菖「はい。私たち三人でバンド組んでまーす!」
唯「おおっ!」
-
推測通り、この三人は音楽をしていた。同じ事を楽しんでいることがわかると、急に親近感が湧いてきた。
菖「それがどうかしたんですか?」
梓「私たちもこの五人でバンドを組んでるんです!」
菖「えっ、そうなの!?」
三人は目を少し見開いて驚きの表情を浮かべた。
晶「意外だな……」
晶さんが小さい声でそう言うのが聞こえた。
-
菖「どのくらい音楽やってるの?」
律「澪と唯は始めてからまだ一年経ってないよな?」
紬「うん、まだだと思う」
菖「えっ、始めたばかりなんだ!」
梓「休みの日とかにみんなで集まったりして練習しています」
菖「そっか……趣味か……」
唯「どうかしたの?」
菖「……実は私たち、プロのミュージシャンを目指してるんだ!」
-
ポンポン読めるようにがんばる。ありがとう
-
大学編の3人も混ざると展開に広がりが出てくるな。
収拾が難しいかもしれないが、頑張って!
-
ミュージシャン!
音楽は趣味程度には楽しめてはいる。
けど、それだけで食べていこうとはとても思えない。今の仕事も達成できればやりがいがある。
たまに集まって練習するのが私たちに合っているんだと思う。
唯「すごーい!」
律「マジか!」
幸「やっぱり珍しいよね」
晶「だろうなあ……」
-
菖「この旅館の近くにあるスタジオを借りて練習してるんだ!」
なるほど、クラブ活動の合宿みたいだ。いつもと違う場所だとモチベーションも変わるかもしれない。
何かに全力で打ち込む姿はなんだかとても尊敬する。
唯「三人の演奏見てみたいな〜!」
唯がそう言うと、三人は虚を衝かれたかのように面食らった。
が、すぐに晶さんは咳払いして立ち直った。
晶「まあ、練習してからならいいよ」
唯「やった!」
-
なんだかよくわからないうちに、すごいことになってしまった。
昨日迷惑をかけてしまった人たちの生演奏を聞かせてもらえるだなんて。しかも、ミュージシャンを目指している人たちの演奏だ。また迷惑にならないか心配だ。
菖「練習もしたいから、そうだなあ……。十一時くらいに来てくれれば!」
澪「あっ、あの!」
晶菖幸「?」
澪「ありがとうございます! 昨日迷惑かけた上に、こんなわがまままで聞いてもらって……」
菖「ううん、それはもう終わったことだから気にしないで! 気になることがあるとせれば……敬語かな。私たち、多分同じくらいの年でしょ!」
-
社交的でオープンな態度に少し面食らってしまった。
たしかに同じくらいの年だとは思う。だけど、やっている職業や性格上どうしても遠慮して敬語になってしまいそうだ。
律「それもそうだな」
唯「わかったー!」
ただ、この二人は順応しすぎだとは思う。
紬「楽しみだね〜♪」
梓「はい!」
せっかくの旅行だ。
これを機にいろんな人との交流も悪くない。普段味わえないようなことも楽しもう。
-
梓もいるから難しい。けど、考えているうちが一番楽しいのかもしれないね。
ありがとう。
-
♯
三人が演奏しているスタジオは旅館から歩いて五分程度の場所だった。その近くにはお土産などが買える店が立ち並んでいる。
唯「楽しみだね」
梓「はい、どんな演奏をするんでしょうね!」
音楽経験の長い梓。
遠慮してるのかあまり表情には出さないけど、私たちの中では一番楽しみにしているようだった。興奮している様子はいつもよりももっと子どものように見える。そんな梓が少しかわいらしい。
-
律「ここだな」
ご飯の後に教えられた部屋番号のドアの前で立ち止まった。
中から音は聞こえない。いや、防音室だからか。本当に音を遮断できるものなのかな?
もしかすると、この部屋は完全防音で今も演奏中なのかもしれない。そうなると迷惑になってしまうかもしれない……。
紬「澪ちゃん、どうしたの?」
澪「あ、いや……何でもないよ」
私は些細なことを気にしすぎなのかもしれない。時には大胆にならないといけない。
けど、生来の性格が私をためらわせる。
そんな私を尻目に、律がドアをノックした。すると、数秒後にドアが開いた。
出てきたのは菖さんだった。
-
菖「やっほー! 来てくれてありがとね!」
澪「今回は招いてくれてありがとうございます」
晶「さっきも菖が言ってたけど、敬語なんて使わなくていいよ」
菖「そうそう! 気にしない気にしない」
それでもやっぱり気が引けてしまう。私も少しずつ敬語なしでしゃべるようにしよう。
晶「じゃあ演奏しようか」
菖「だね」
幸「なんだか緊張する……」
菖「リラックスリラックス」
-
私まで緊張してきた。唯、ムギ、律、梓の四人も息を呑んで静かに見守っている。
三人が所定の位置についた。
ベースは幸さん! 同じ楽器の人にはどうしても親近感が湧く。
すると唯が晶さんを、正確にはギターを指差した。
唯「あーっ! わたしのギー太と色違いだ!」
晶「……なにその名前?」
唯「わたしのギターの名前! かわいいでしょ?」
晶「なんか弱そうな名前だな……。私のは『ロザリー』っていうんだ!」
名前付けてたのか、と心の中でツッコミ。
-
ちびちびと進んでるせいか100いくの早かった。どこまでいくのか自分でもわからない。
-
あと一つ。今は書く気力がなぜかなくなってる。ないとは思うけど、万が一更新がしばらく途絶えてもいずれは必ず完結させる。
当然、そうならないようにがんばるけどね。
-
>>104
どんなに時間が掛かっても必ず最後まで書いてくださると信じていますので大丈夫ですよ。
-
>>104
ほぼ毎日書いているみたいだね、凄い事だ
週連載なら俺も経験したことあるが、やっぱりモチベを維持するのは大変だった
定期的に書かねばならない、と思うと、だんだんと苦痛になってくるんだよね、いつもいつも筆が進むわけじゃないのにさ
だから、投下間隔を延ばしても良いと思う
忙しくなったら休載を宣言したっていいのさ
俺は、貴方が完結させるのを信じてる
俺だって出来たんだから
-
菖「じゃあいくよ。ワン、ツー、スリー、フォー!」
演奏が始まった。
私はベースを始めて一年も経っていない。音楽も、好きな歌手は何人かはいるけど、音楽好きを自称するほどまでは聴いていなかった。音楽素人同然の私がここに来て迷惑にならないかが心配だった。
けど、この三人の演奏に私は聴き入っていた。これがプロを目指すバンドの演奏なのか、と思った。
梓を横目で見ると、呆然としていた。頬が少し紅いように思える。じっと、瞬きを忘れたかのように見つめていた。
時間は流れるように過ぎていった。
ジャーン!
菖「……どうだった?」
-
唯紬「すごーい!」
梓「すごかったです! 三人の息がぴったりと合っていて完璧でした!」
律「やっぱ目指すものが違うと全然違うな……」
そう。
私たちはしょせん、休日や仕事のない日に集まるバンドだ。プロを志すこの三人にはまったく及ばない。そもそも比べる事がおかしい。
幸「よかった」
菖「本当にね」
-
晶「終盤に私が少しもたついたから、もっと練習しなきゃな」
幸「あ、私も」
自分にも厳しい。演奏以外にも見習うべき点はありそうだ。
紬「あのー、訊きたいことがあるんだけどいいかな?」
菖「どうしたの?」
紬「三人のバンド名は何ていうの?」
律「言われてみれば、まだきいてなかったな」
菖「まだ言ってなかったっけ?」
-
幸「自己紹介もまだだね」
幸さんがそう言うと、菖さんは照れ臭そうに頭をかいた。
菖「いや〜ごめん! 自己紹介もまだだったね。私たちのバンド名は『恩那組』っていうんだ!」
ん?
梓「えっ?」
唯「『オンナグミ』……?」
菖「うん。恩恵の“恩”に、那覇の“那”」
紬「すごい名前ね……」
律「なぜか体がくすぐったい……」
-
ありがとう。「完結」ってのはどんなSSでも重要な点だな、と思ってる。
-
自分のペースで無理せず頑張ってください。
-
律「なぜか体がくすぐったい……」
菖「やっぱちょっと変わってるよね。これ幸がつけたんだよ」
意外だ。
いや、会ってまだ間もない人のことを決めつけるのは失礼だけど、これは予想外だった。てっきり菖さんか晶さんがつけたのだと思っていた。
……これはこれで失礼か。
菖「私から言うね。私の名前は吉田菖! 菖って呼んでね。ドラマやってまーす!」
幸「私は林幸。ベースをやってます。幸って呼んでください」
-
晶「ん、和田晶っていいます。楽器はギター。私たち三人で本気でプロ目指してる。呼び方は……晶でいいよ」
三人の自己紹介が終わった。会ってあまり間もないのに、名前で呼んでいいのだろうか。人見知り故にそんなことを思った。
まあ、あっちが促してくれているので名前で呼ばせてもらおう。
次は私たちか。咳払いをして、少し息を吸った。
澪「えっと、秋山澪です。ふだんは探偵事務所で探偵の仕事をしています」
唯「その助手の平沢唯と!」
紬「琴吹紬です!」
-
澪「楽器は私がベース」
唯「私はギター!」
紬「私はキーボード!」
澪「呼び方は名前でいいです」
『探偵』と聞くと、三人の表情が明らかに変わった。好奇心の色が見える。珍しい職業だろうとは思う。
だから次に訊かれることは大体予想できた。
菖「へー! やっぱ探偵ってさ、名推理とかするの!?」
-
澪「いや、それはないかな。身元調査とか素行調査とかが多いよ」
晶「あー……浮気調査とかか」
澪「そう。だから名推理とかそういうのは小説やドラマの影響が大きいかな、やっぱり」
菖幸「そうなんだ……」
律に目配せすると、律は小さく頷いた。
律「田井中律、楽器はドラム。えーっと、ふだんは警察官やってる」
梓「中野梓です。小学校の頃からギターをやっています。本屋さんで働いています」
菖「これで全員自己紹介したね!」
-
いつもありがとう。今日ストックができれば安心。
-
晶「バンド名は?」
三人の視線が私に集まった。好奇心の色を存分に含んだその視線に思わず目を背けてしまった。
ただちょっと、まだこのバンド名が恥ずかしいだけだ。
唯「『ティータイム』っていうんだよ!」
晶「ティー……タイム……?」
幸「ティーって紅茶のティー?」
唯「そうだよ」
-
は、恥ずかしい……。
この名前は事務所を構えるビルの管理人であるさわ子さんに付けてもらった。なんでも、私たちがいつもお茶を飲んでばかりいるからだそうだ。情けない話だけど否定できないのが悲しい。(そういえば、さわ子さんに「旅行に行く」と出発数日前に告げると、何度もうらやましいと言われた)
梓「やっぱり少し恥ずかしいですね……」
律「だな……」
晶「のほほんとしてるみたいで、なんだか……ぐっ!」
菖の素早い肘鉄が晶に決まった。打たれた晶はうめき声をあげながら脇腹を押さえた。
-
菖「うん、かわいいよ! 梓ちゃんも敬語じゃなくていいんだよー」
梓「いえいえ! 私、『ティータイム』の中では一つ年下なので敬語で話したいんです」
菖「そう? でも遠慮しないでね」
梓「はい」
演奏と挨拶が終わって、さらに打ち解けたような気がする。とりあえずは一安心だ。
唯「この後どうする?」
晶「少し疲れたな……」
-
幸「演奏して少し汗かいたから温泉に行かない?」
律「おっ、いいなそれ」
紬「せっかくいろんな温泉がある場所なんだから、入らないともったいないわ!」
なるほど、ムギの言う通りだ。
私たちは今日を入れて残り二泊。今日は二日目。まだ入っていない温泉は五つ。四日目の早い段階で帰る予定なので、三日目である明日までには全部入っておきたい。
澪「そうだな、せっかくだから入ろうか」
梓「今のうちに入っておかないと、間に合わないかもしれませんしね……」
-
菖「ん? みんなはいつまで泊まる予定なの?」
澪「明後日の午前中には帰る予定かな」
菖「そうなんだ……。私たちは四泊五日だよ」
律「私たちより一日多いのか……」
晶「せっかくここまで来たんだったら、たくさん練習しときたいからな」
温泉旅行ともなれば誘惑に駆られそうなものだけど、その辺りを晶は徹底している。
……もし恩那組がプロデビューするのなら、大ヒットするに違いない。こんなにがんばっているんだから。ずっと応援しようと心に留めておいた。
-
今日はここまで。ありがとう。
-
『静の湯』
唯「ほわー……ここは静かだねえ……」
静の湯は説明にあったように洞窟の中にあった。しきりはきちんと設置されてある。
洞窟だけあって、声を出すと大きく響いた。外部からの音はなく、私たちの声と湯しぶきのだけが聞こえる。肩まで浸かり、天井を眺めているだけで気持ちがよかった。大きく息を吸って、ゆっくりとはき出した。
澪「はぁ〜……」
紬「澪ちゃん、リラックスリラックス」
澪「ああ、ムギ……。おかげさまで、かなりリラックスできてるよ……」
-
紬「ふふ、よかった」
前を見ると、晶が壁を背に一息ついていた。この温泉はそれぞれが静かな空間の中で思いに耽る場所なのかもしれない……。
律「やったな〜!? くらえっ!」
唯「わっ、ちょっとかけすぎだよ!」
……多分。
近くに三の湯である『涅の湯』があると聞いたので、続けて入ることになった。
写真で見たよりもお湯の色が黒い。色だけを見ると身体に悪影響を与えそうにも思える。本当に珍しい温泉だ。
-
晶「黒い色って少し不気味だな……」
幸「でも、肌にいいらしいしよ」
晶「それは説明にもあったけど……」
菖「お肌スベスベだよ〜」
色はともかく、この温泉もいい湯加減だ。ついつい頭の中を空にしたまま呆然としてしまう。ずっとこの状態でもよくなってしまいそうだ。
律「梓はそんなに髪長くてめんどくさくないか?」
梓「日本人形みたいだとよく言われますね。黒くて直毛なので」
律「あー……」
-
唯「ムギちゃんはきれいなブロンドヘアーだよね〜」
紬「そう? ありがとう。でも、雨の日とかはくせ毛で大変なの……」
唯「あ、私もくせ毛だよ! くせ毛仲間だね!」
長い時間浸かっていると、なんだか眠くなってきた。瞼がとても重い。この強烈な誘惑と頭の中で静か格闘していると、一人の女性に目が留まった。
どこかで見たことのある人だ。どこだろう……つい最近見たはず……。見間違いじゃないはずだ。
目を凝らしてその人を見た。その顔を認識した瞬間に記憶が蘇り、眠気は吹き飛んだ。
澪「ああっ!」
驚きのあまり叫んでしまった。唯とムギが不思議そうな表情で私を見た。
憧れの『あの人』が目の前にいる。その女性は少し驚いたように振り向いた。
-
「あの、どうかしましたか……?」
澪「あっ、あの……もしかしてあなたは……」
よろこびと緊張が入り混じって声が震える。でも、訊かずにはいられない。短く息を吸ってから、
澪「探偵の曽我部恵さんですか……?」
恵「ええ、そうですが……」
やっぱり曽我部さんだった。信じられない。
-
今日はここまで。これで二人の探偵
ありがとう。
-
今日はお休み。書く気力は戻ってきてると思う。
-
今までぴっちりやってきたからな。
少し緩めて英気を養ってください。
-
曽我部恵。
女性探偵であり、私と同じように探偵事務所を経営している。若いながらも実績は豊富で、仕事も上々と聞いている。特に女性の依頼人から好評を博しているらしい。公式ホームページと併せて個人ブログも掲載しており、私はそこを参考にしていた。
そんな理想的な人に直接出会えるだなんて……。
澪「あ、秋山澪といいます! いつもブログ見ています! 私も探偵なんです!」
恵「あら、そうだったんですか」
澪「はい!」
-
恵「同業者同士、お互いにがんばりましょうね」
柔和な笑みを向けてくれた。いろいろ訊いてみたかったこともあったけど、実際に会ってみるとそんなこと忘れてしまった。そのまま呆然としていると、「それでは」と言って曽我部さんは温泉を後にした。
その背中を見送っていると、唯とムギが私の肩を叩いた。
唯「澪ちゃん、さっきの人は?」
澪「え、ああ……私の尊敬してる探偵なんだ」
紬「ああ、朝に言ってた……。綺麗な人だったね」
澪「…………」
優しそうな人だった。身に纏うオーラが私とは全く違っていた。数々の依頼をこなして自信が付いているからなのかもしれない。
とにかく、私にとって遠く偉大な存在だ。
-
♯
温泉からあがると、旅館に戻って少し遅い昼食を済ませた。恩那組の三人も一緒だ。
唯「いや〜食べた食べた……」
菖「まだお昼過ぎなんだねぇ」
幸「お昼に温泉入ったから、ちょっと変な感じがするね」
晶「夜までどうする?」
幸「練習はもういいんじゃないかな」
-
菖「楽器店は……そうだっ! 明日みんなで行かない? あっ、もちろん都合が合えばだけど……」
梓「いいですね、それ!」
律「特に予定があったわけじゃないからちょうどいいな。いいよな、澪?」
澪「うん、いいよ」
菖「ほんとに!? じゃあ、明日一緒に行こっか!」
唯「うん!」
楽器店に行くのは少し久しぶりだ。『エリザベス』をメンテナンスに出して以来だ。
……実は私も自分のベースに名前を付けているという事実は伏せている。言えば律あたりがからかってきそうで恥ずかしいからだ。
-
今日はここまで。改めて人数多い。
-
梓「明日は決まりですね。じゃあ夜は……」
菖「うーん……あっ」
腕を組んでいた菖が表情を明るくした。いたずらで子どもっぽい笑顔だ。
菖「『ティータイム』の結成までの話を聞きたいな〜」
すると晶がやれやれとばかりに肩を竦めた。
晶「まためんどうなことを……」
菖は目を輝かせて私たちを見つめた。さて、どうしようか……。
助手の唯とムギはともかく、律と梓は事件を経て仲がよくなった。特に梓の方の事件はまだ梓にとってはデリケートな話題かもしれない。判断に迷っていると、梓が私の顔を見て頷いた。
-
梓「話してもらってもいいですよ。もう解決したことですし、気にしてませんよ」
澪「う、うん……」
律「私のも全然話してもらっても構わないぞ。なんなら、私の活躍を美化してもらってもいいんだぞ!」
澪「ありのまま伝えるよ」
私がそう言うと、何かを言いたそうにしていたムギが三人に向かって身を乗り出した。
紬「私たちの話が終わったら、ぜひ『恩那組』の話も聞かせて!」
晶「え」
-
律「プロ目指すバンドの話が聞けるのはおもしろそうだな!」
晶「どうしてそんな流れに……」
幸「まあいいじゃない」
菖「そうだよ! 減るもんじゃあるまいしー。それに、“晶の音楽始めたきっかけ”に触れるわけじゃないんだから」
唯「晶ちゃんのきっかけ?」
晶「お、おいっ! 菖!」
菖「ま、これは夜の温泉の時にでも〜」
-
紬「楽しみ〜♪」
晶「まったく……」
澪「えーと……」
私たちがみんな揃うまでの話、か。
思い返せば、いろいろなことがあった。楽しかったことや、うれしかったこと。怖い思いをしたこともあった。けど、それらを一緒に乗り越えることができたからこそ、『ティータイム』結成までに至ったんだと思う。
さて、どこから話そうかな。恩那組だけでなく、唯たちも話を楽しみにしているようだ。早く話し始めないと。
澪「そうだな。まず、唯と初めて出会ったことなんだけど……」
-
>>83の修正版
「おい菖、そんなに近づいたら迷惑だろ」
菖「晶も楽しみにしてるくせに〜」
改めて……『晶』さんか。
男の人にも女の人にもいる名前だ。あの人はぱっと見ただけでは判断しづらいだろうと思う。
失礼しましたー、と言って菖さんはすぐに自分の席へと戻った。
これで落ち着いて朝ご飯が食べられる。不快だったわけじゃないけど、朝から神経を擦り減らす必要もない。
-
今日はここまで。ありがとう。
-
ちょこちょこでもほぼ毎日書いてるのは凄い!
-
♯
澪「その事件が終わった後に律の加入が正式に決まって『ティータイム』が結成できたんだ」
話を終えた後に聞こえたのは三人の感嘆の声だった。まあ、その反応も当然のことかもしれない。事件に関わった私自身もまるで想像やドラマの世界みたいだと思う時がある。
晶「すごいな……」
幸「ドラマみたい……」
菖「みんなにはそんなにすごい話があったんだね……」
澪「まあ、誇ることでもないんだけど……」
-
菖「いや、立派だよ。だから結束力というか、絆が強いんだねえ」
唯「えへへ〜」
『絆』という菖の言葉が少し照れくさかった。唯はともかく、ムギと律と梓もほっぺたを赤くしていた。ただ、仲が良いのには違いない。
菖が腕を組みながら一度頷いた。
菖「ふふ〜。それじゃあ、次は私たちの結成までの話だね」
幸「どこから話すの?」
菖「入部してから、でしょ!」
晶「ほんとに話すのか……」
-
どういうわけか、晶は乗り気じゃなさそうだ。それに対して、菖と幸はうれしそうだった。理由はよくわからないけど、期待できそうだ。
菖「まずはね、高校の時に軽音部に入部して幸と出会ったんだ。幸のスラーっとしたモデルみたいな姿見てすぐに、この子と組もう! って思ったの」
幸「私は菖が小さくてかわいくて明るいから、一緒に組もうって決めたんだ」
律「お互いに惹かれるものがあったんだな……」
菖「で、私がドラム、幸がベースって決めたんだ。けど、ギターがいなかったから探したんだ」
紬「それで見つかったにが晶ちゃんね!」
-
菖「うん。『とある情熱』を燃やしている晶をギターとして迎え入れたんだ」
唯「『とある情熱』?」
菖「ふっふっふ。まあそれは温泉の時にでも晶から聞かせてもらおうよ」
晶「なに勝手に決めてるんだよ! 私は話さないからな!」
菖「もし話さないのなら私から話してみせよう」
晶「…………」
幸「とまあ、私たち三人でやっていくことにしたの」
梓「三人でですか……」
-
『ティータイム』側の結成までの過程は前作読めばわかるかなーって思ったので省略した。不親切かもしれないけど申し訳ない。
ありがとう。
-
菖「うん。私たち、いつの間にかプロを目指すくらいに熱中してたんだ」
幸「部活内でバンド対決があったんだ。それで一位をとってから本気でそう思うようになって……」
菖「今に至る、と」
律「すごいな……」
梓「一位をとっても、プロを目指すのはかなりの勇気が要りますよね……」
-
菖「そうなんだ。そこで自信をつけるために、ライブハウスやスタジオなんかで演奏させてもらったりしてたんだ。 ……ずっと三人でね」
幸「その中で褒めてもらったり、アドバイスをもらったりしてここまで来たの。みんなの支えがなかったら、どこかでくじけてたかもしれない」
晶「だな」
すごいと思った。この三人は懸命に前を向いて、まっすぐに生きている。急に自分がちっぽけな存在だと思った。今は私たちとあまり大差のない無名のバンドだ。けど、それをしっかりと受け止めて一生懸命に練習に打ち込んでいる。
私もいつまでも悩んではいられない。とにかく行動を起こさないと何も始まらない。がむしゃらでもいいんだ。
そんなことを気づかせてもらった。
-
♯
『明の湯』
結局、夕飯まで私たちは話続けていた。やはり女性が集まれば話が弾むのかもしれない。
夕飯を終え、今は八人で湯に浸かっている。ゆったり……とはできない。この湯に限っては。この温泉は湯が赤色をしている。どうしても血を連想してしまい、そのたびに背筋が寒くなる。どうやら、気にしているのは私だけみたいだ。脱衣所で律がからかってきたけど、あえて無視しておいた。
澪「ふう……」
さっきの恩那組の話を聞いて、心のどこかに火がついた。やることは違ってもがんばっている人たちがいる。
私たちも負けていられない。旅行が終われば積極的に行動を起こそう。
-
晶「……なあ」
私に声をかけたのは晶だった。晶は私の隣まで来ると、少し上を向いた。
澪「どうしたの?」
晶「……さっきの話で言ってなかったけどさ、どうして探偵になろうって思ったんだ?」
澪「ああ……」
ため息をついて、私も晶と同じように遠くを眺めた。湯気がゆらゆらとのぼっている。ほんの数秒、ぼんやりとそれを見つめていた。すると、晶が慌てたようにとりなした。
晶「あっ、いや。話したくないならいいんだ」
澪「ううん、ちょっと思い出してたんだ……。話すよ」
-
今日はここまで。ありがとう。
-
憂誕、新企画があるね。もし参加するなら当日、もしくは数日前はお休みするかも。
-
休む時にあらかじめ宣言しておくのは、良い事だと思う
読んでいる人も居るからね
色んな意味で期待してる!
-
探偵を志した理由。
──困っている人を助けたいんだ。
そういえば、事務所を立ち上げた時に唯にも同じことを訊かれた。そのことを思い出して少し微笑んだ。
澪「私は小さい頃、デパートで迷子になったことがあるんだ。いつの間にか、マ……お母さんとはぐれて気がつけば一人になってたんだ。怖くなって泣いてると、知らないお姉さんが声をかけてくれたんだ」
差し伸べられたあの手を、あの温もりを今でも覚えている。優しくて温かい笑顔を泣きじゃくる私に振りまいてくれた。
-
澪「そのお姉さんが励ましてくれたおかげで落ち着くことができて、すぐにマ……お母さんと合流できたんだ」
晶「へえ……」
澪「その時から、そのお姉さんのことが忘れられなくてさ。私もお姉さんみたいに困っている人を助けたいって思ったんだ」
晶「それで探偵、ってわけか……」
澪「うん……」
話し終えると、どこかさっぱりしたような気持ちだ。お姉さんのことを思い出したからかもしれない。
隣の晶を見ると、顔を俯けていた。
-
晶「そっか……」
何か思いつめているみたいだ。声をかけようか迷っていると、菖と幸が私たちのところに来た。
菖「なになに〜? 打ち明け話〜?」
晶「え?」
菖「澪ちゃんの話聞かせてもらったなら、晶からも話さないと〜」
晶「えっ、で、でも……」
唯律「聞かせてーっ!」
紬「わたしも〜!」
-
梓「ちょ、ちょっと大声出しすぎですよ……」
いつの間にか、全員が集合していた。菖が一同を見てから、晶に向かって頷いた。
菖「ねっ?」
晶「だーもう勝手にしろ……」
晶は諦めたように息をはいた。菖がニシシと笑ってから話し始めた。
菖「晶がギターを始めた理由だね。えーと、どこから話せばいいのかな……」
幸「それなら、ここから。晶は昔、髪長かったんだ」
-
今日はここまで。参加するために休む時はその時に言うようにする。
ありがとう。
-
唯「えっ? 今は短いけど……」
菖「最近はまた伸ばし始めたんだよ」
髪の長い晶が私には思い浮かばない。晶の顔を見ると少し顔を赤くしている。
幸「髪が長かったのが前提ね。晶はとある理由で軽音部に入部してきたの」
紬「それがさっき言ってた、『とある情熱』なの?」
菖「そう! まさにそれ! ずばり、晶は軽音部にいた男の先輩に恋していたので入部したのです!」
-
唯「おおっ!」
なんだかすごい展開になってきた。晶が恋する乙女だったなんて……。
もう一度晶の顔を見ると、顔から湯気が立ちのぼりそうなくらい赤くなっている。
幸「それから、晶を応援しようって私たち三人でずっと一緒なの」
菖「それから、部活内でバンド対決があったんだ。学祭で演奏して、人気投票してもらう形式で」
梓「たしか、そこで一位になったんですよね?」
菖「うん、なったよー。でね、ここで重要なのがバンド対決前に晶がある宣言をしてたんだ」
-
唯「どんな?」
幸「『一位になったら先輩に告白する』って言ってたんだ」
唯紬律「おおっ!!?」
三人が大声でリアクションすると、菖と幸は満足げに頷いてみせた。
梓「そ、それで……?」
菖「行ったよ、告白しにね」
-
幸「けど、その前にちょっと問題が起きたの。晶が告白しに行くと、他の先輩たちが私たちのことを『女の子だから一位になれた』って陰口言ってそうなんだ。晶の好きな先輩……前田先輩っていうんだけど、その人もそれに同意してるのを晶が聞いちゃったそうで……」
菖「まあ前田先輩はその場は空気読んだだけで、ちゃんと実力で判断して私たちに投票してくれたそうだけどね〜」
澪「それならよかったよ……」
菖「それから後日、晶は前田先輩のところに行ったよ。 ……長かった髪をバッサリ切ってね」
幸「『女だから人気が出たって言われないように、いっぱい練習してプロのミュージシャンになって、先輩を見返してやります!』って宣言したんだ」
梓「おー……」
唯「晶ちゃんにはそんな歴史があったんだね……」
-
今回はここまで。次回はおやすみ。空けるのは一日もしくは二日。あまり空けたくはないと思ってる。
ありがとう!
-
昨日も今日も寒いので、無理をしないで体には気を付けてください。
-
続きを楽しみにしています。
ご無理をなさらぬよう…
-
菖「そうなんだよー……」
紬「『見返す』ってことは、晶ちゃんはまだその先輩のこと諦めてないのね!」
菖「さすがムギちゃん、名探偵! また伸ばし始めた話につながるんだよね!」
探偵のお株をムギに奪われてしまった。それはともかく、まだ話があるとは思っていなかった。まるで恋愛小説を読んでいる時のような気持ちだ。
幸「ちょっと前にライブハウスでで演奏してると、前田先輩が来てくれたんだ。レコード会社の営業としてね」
-
律「ん? それってもしかして……」
幸「うん、私たちをスカウトに来てくれたんだ」
菖「高校の時からすごかったからって褒めてくれたんだ。晶ほどじゃないけど、私と幸もうれしかったなー……」
二人は懐かしむように少し微笑みながら話してくれた。スカウトがかかれば当然うれしいはずだ。晶にとっては天にも昇る心地だったに違いない。
梓「その時、晶さんは……?」
菖「しましたよ、もちろん! 告白! ……ただちょっと、オチがね」
急に菖が言い淀んだ。まさか……。
-
菖「フられたというか……前田先輩、髪の長い子が好きらしいんだよね……」
澪梓「……ああ」
なるほど、それでまた髪を伸ばし始めたのか……。
っていうか、まだその人のこと諦めてなかったのか。第一印象からは想像もつかないような一途な性格だなあ……。相当その人のことを想っていないと、とてもできないことだ。
唯「晶ちゃんは本当にその人が好きなんだね!」
唯がそう言うと、晶は顔を俯かせた。プルプルと肩を震わせている。菖と幸が不安そうにその顔を下から覗き込んだ。
-
菖「晶さん……?」
晶「だあーっ!」
菖「わっ!」
晶「もう私の話は終わり! 温泉出るぞ!」
晶は顔を赤くしたまま脱衣所へと向かった。私たちはその背中を見て小さく笑った。
-
律「晶にそんな熱いドラマがあったなんてなー」
紬「わたし、晶ちゃんを応援する!」
唯「わたしもー!」
幸「私たちもあがろっか」
梓「そうですね」
よかったのか悪かったのかは人それぞれだろうけど、聞けてよかった。人には人の数だけドラマがある。それが垣間見えたいい機会だった。
「あら?」
温泉から出ようと湯の中を歩いていると声がかかった。出所の方を振り向くと、曽我部さんが湯に浸かっていた。驚きのあまり少し変な声が出た。
澪「そ、曽我部さん!?」
恵「またお会いしましたね。秋山さんもこの辺りで宿泊を?」
-
今日はここまで。憂誕が近いね。企画も成功してほしい。お休み申し訳ない。
ありがとう。
-
澪「は、はい。『紫花月殿』という旅館で」
恵「あら! 私もそこに宿泊させてもらっているの」
澪「えっ、奇遇ですね!」
すごい偶然だ! 憧れの探偵とたまたま出会っただけでなく、宿泊先まで一緒だなんて! これは何かいいことがあるかもしれない。
ウキウキとした気持ちでいると、曽我部さんが私の肩越しに何かを見ているのに気づいた。どうしたんだろう。曽我部さんの顔が青ざめているような気がする。耳を澄ましてみると、低い声が聞こえてきた。ここは温泉だ。何かあるわけがない。
そう思いながら恐る恐る後ろを振り向くと、髪の毛がぞわっと逆立った。
-
澪「っ……」
白い湯気のずっと向こうに黒い人影が見えた。長い髪で顔がよく見えない。薄暗い岩陰の方にいるのが不気味さを引き立てている。影のようなその存在は不気味な足取りで動いている。そのたびにお湯がざぶざぶと低い音を立てた。低い呻き声を発しながらこっちに近づいている……!?
恵「きゃああああああああああああっ!!!!!」
曽我部さんは叫び声を上げた。私は恐怖のあまり喉が締まり、声が出なかった。曽我部さんはそのまま脱衣所へと駆け出した。一瞬遅れた私もその背中を追いかけた。
異変に気付いた唯たちは全力で走る私と曽我部さんを見てたじろいだ。
律「ななな何なんだっ!?」
-
恵「にににっにに逃げてっ! 幽霊がっ!」
唯「おおおおばけっ!?」
澪「わあああああああっ!」
菖「ええええええっ!?」
阿鼻叫喚の中、脱衣所へと逃げ込んだ。今にも戸を開けてここに忍び込んでくるようで気が気でなかった。服を乱暴に着替え、その勢いのまま私たちは外に飛び出した。
外の空気を吸って一息ついた私はその場にへたり込んだ。
-
澪「はあ〜……」
紬「な、何があったの……?」
澪「ゆ、幽霊がいたんだ……! 湯気の向こうに……!」
律「み……見間違いじゃないのか……?」
澪「本当だって! 曽我部さんと一緒に見たんだ!」
曽我部さんの方を見ると、まだ青い顔だった。けど、私よりは落ち着きを取り戻したみたいだ。
恵「ええ……長い髪を垂らした人影のようなものが不気味な動きで……」
晶「単にのぼせただけじゃ……」
恵「いえ、仮にのぼせていたとしても、二人揃って同じものを見ることは考えられないわ。 ……それに、この地域には温泉にまつわる怪談話もあるらしいわ」
曽我部さんがそう言うと、みんなが押し黙った。この温泉にそんな怖い話が本当に……? でも、曽我部さんが言うと、信憑性があるように思える。
沈黙を破ったのは唯だった。
-
今日はここまで。温泉で走るのはかなり危険。ありがとう。
-
唯「ゆゆゆ幽霊がほんとにいるの……?」
唯も怖いのか、カタカタと震えていた。幽霊は私だって怖い。今だって足ががくがくと震えている。
恵「今夜少し調べてみることにするわ。 ……私も少し怖いので。では私はお先に」
そう言い残して曽我部さんは先に旅館に戻って行った。
菖「あー……びっくりした……」
幸「私はびっくりしたみんなにびっくりした……」
晶「こんなにドタバタしたのは久しぶりのような気がするよ……」
-
菖「何だかんだで楽しかったんじゃないの〜?」
晶「まず疲れたよ……」
梓「私も疲れました……」
澪「なんかごめん……」
菖「いやいやっ! 別に謝らなくてもいいんだよっ!」
律「けど、本当に幽霊だったのか気になるな……」
梓「とりあえず、旅館に戻りましょうか……」
晶「だな……」
旅館までの道のりはみんな口数が少なかった。唯に至ってはムギの腕にずっとしがみついていた。私も幽霊のことばかり考えていたので、足取りが悪かった。
幽霊の存在は信じる信じないはともかく、みんなの頭に深く印象付いたのかもしれない。
-
♯
旅館に着くと、私たちは『七号室』、恩那組の三人は『六号室』へと戻った。
菖「それじゃあ、また明日ね〜」
幸「おやすみ」
晶「じゃあな」
澪紬律「おやすみ」
梓「おやすみなさい」
唯「おやすみ〜……」
-
バタン
律「はあー……久しぶりにこの部屋に戻った気がするな……」
たしかにかなり密度の濃い一日だったと思う。恩那組と出会って、演奏を聞かせてもらって、温泉では互いに結成までの話をした。そして最後には幽霊騒動……。オチまで付いて申し分ない。
紬「ねえねえ。あの幽霊について少し考えてみない?」
律「考える……?」
律は疲れ果てたように寝転がって天井をぼーっと見つめていた。今はカチューシャを付けていないせいか、前髪がとても長く見える。
-
今日はここまで。憂誕なんとか間に合いそう。最近はこの板自体が元気なくなってきてるようだから盛り上がるといいね。
-
本作、憂誕との両立、頑張って。
-
梓「推論するってことですか?」
紬「そう! 曽我部さんの言ってた怪談話がどんな話なのか推論するの! 小説の探偵みたいじゃない?」
澪「そうだな……」
推論か……。
推理小説とかではあるけど、自分にできるかどうかはわからない。ムギは両手を合わせてぽんと音を鳴らした。
紬「じゃあ簡単なことでもいいから、今わかっていることをどうぞ!」
澪「えーと……夜。幽霊を見たのは夜」
-
律「そんなことでもいいのか?」
律がすばやく起き上がってあぐらをかいた。いつの間にか私たちは円になっていた。
律「じゃあ、時間は二十時から二十一時。夕飯のあと!」
梓「場所は温泉の『明の湯』ですね」
澪「さらに細かく言うなら、『四の湯』も付けよう」
唯「どうして?」
澪「ここの温泉は数字が割り振られてるだろ? その数字に何か意味があるかもしれない」
-
唯「なるほど……」
唯も何か推理小説を読んだ方がいいかもしれない。最近は専らギターのギー太ばかり触っている。もっとも、勤務時間内にそんなことができる今の環境が問題だ。
それにしても、『四』か……。あまりいい番号とはいえない。
ムギを見ると、真剣味を帯びた目をしていた。既に私と同じ結論に達しているかもしれない。
紬「『明の湯』から連想できるものは?」
律「連想……?」
紬「ひっかけとかじゃなくて。ほら、パンフレットにも載ってた!」
ムギが指を立てて言うと、梓が「あ」と声を漏らした。
-
梓「もしかして、『血』ですか……?」
律「あっ」
律も思い出したみたいだった。なにしろ一緒に入る前に内心怖がる私をからかった律だ。忘れているはずがない。
紬「それと、数字の『四』……」
梓「それってもしかして……」
律「…………」
唯「え? え?」
律と梓がほぼ同時に察した中、唯だけが頭の上に疑問符を浮かべている。仕方ない、私が誘導しよう。腕を組んで顔をしかめている唯の方を向いた。
-
今日はここまで。推論回は慎重にならないとね。ありがとう。
-
澪「唯、1〜5まで数字をかぞえてみて」
唯「えーっと。いち、に、さん、よん、ご」
澪「“よん”の他に別の読み方はないか?」
唯「うーん……“し”?」
澪「正解。『血』という字が来た上で、『四(し)』の漢字で思い浮かぶのは?」
唯はもう一度腕を組んでうーんと唸った。私たち四人は静かに唯を見守った。
少しすると、唯は顔を輝かせ、座った状態のまま私に身を乗り出した。
-
唯「『死』! 死ぬの『死』!」
澪「そう。『死』だ」
律「なんか不気味な話になってきたな……」
元々、幽霊なんてもの自体が不気味だ。思い出しただけで鳥肌が立つ。頭を振って幽霊の姿を頭から遠ざけた。
紬「澪ちゃんと曽我部さんが見たっていう幽霊はあの温泉で死んだ人かもしれないわ」
澪「その可能性は高いな……」
律「なんで温泉で、ってなるよな……」
唯「死んだ原因は何かな。 ……のぼせたとか?」
-
律「それだと、血とお湯の色関係なくなるんじゃないか?」
あの湯の色を思い出した。
考えただけでくらくらする。話が進むまで私は黙っていよう。
梓「お湯が真っ赤になっているのはたくさん血が出たってことですよね。となると、『失血死』……。でもふつう量に関わらず、お風呂場で血を流すことってできますか?」
律「……あるな。ありえない話じゃない。血の量はまあ、あんまり多くないけど。でも簡単にできる」
梓「えっ」
梓が判断に困っていると、律が左腕を前に差し出した。そして、左手の手首を右手で切るような仕草をした。
-
律「リストカットだよ」
呆気にとられる梓を尻目に私は背筋の寒い思いをしていた。隣に座っている唯も少し震えていた。唯も怖がりなのかと共感の念を抱いていると、唯が勢いよく立ち上がった。
唯「リストカット!?」
紬「落ち着いて唯ちゃん! これはあくまで怪談話の推論だから!」
唯「そ、そうだったね」
いきなり叫んだ唯に私まで驚いてしまった。そのおかげか、少し怖い気持ちが紛れたような気がした。
リストカットか……。
-
今日はここまで。憂誕が終われば今度は企画だね。できればこれも参加したい。
ありがとう。
-
ぜひ、お待ちしてる!
-
律「まあ、風呂じゃなくても基本的に自分の部屋とか、一人の空間でするらしいけどな」
梓「リストカットって自傷行為ですよね。切ること以外に何か意味があるんですか?」
律「精神的に不安定な人が自分の血を見て安心するとか構ってほしいから、とかは聞いたことはあるな……。私には絶対理解できないことだけどさ」
律がいつになく真面目な顔で言った。私にとっても到底理解できないことだ。万が一、精神状態が不安定になっても、リストカットだけは絶対にやらないと密かに決意した。
紬「じゃあ、次は動機ね。その女の人はどうして……。あっ、女の人でいいんだっけ?」
-
律「いいと思うぞ。女風呂だし、髪が長かったんだろ?」
澪「う、うん」
紬「じゃあ、その女の人はなぜ自傷行為をしたのか」
唯「他の人に切られた可能性は?」
律「私がもしその幽霊だったらあそこの温泉じゃなくて、襲ってきた人間の所に化けて出るけどな」
唯「なるほど……」
-
なぜ自傷行為に及んだか……。
頭の中で『明の湯』の光景を反芻してみた。
一番先に思い浮かんだのは血のように赤いお湯の色だった。あの温泉は誰もが強烈な印象を残すはずだ。前もってパンフレットとウェブで見ていたけど、実際に目にすると思っていた以上に印象深かった。
となると……
澪「たぶん……」
ぽつりと声が漏れた。無意識の行動だったので、はっと我に返った私はすぐに口を閉ざした。
すると、律がひょいと身を乗り出して私の顔を覗き込んだ。たじろいだ私は座ったまま少しだけ上体を反らした。律は私を見つめていたかと思うと、にっと笑った。
-
律「ははーん。さては、何かわかったな?」
澪「い、いや……」
唯「えっ、わかったの!?」
梓「本当ですかっ!」
紬「澪ちゃん、聞かせて!」
みんなが期待の眼差しで私をじっと見つめている。小学生の頃から人数の多い少ないに関わらず、注目を浴びるのは苦手だった。自信がないときはなおさらだった。大人になった今もそれはあまり変わらない。『ティータイム』のボーカルも唯に任せている。
この推論も自信はない。けど、今日は少しだけ勇気を出してみよう。
-
澪「……じゃあ、なぜ自傷行為に及んだか。それはたぶん、“血の量”が重要だと思う」
梓「量……」
澪「そう。温泉のお湯が赤色に染まるくらいだ。リ……リストカットよりも酷いケガだと思う。あそこで死んだのならたぶん……」
律「体のどこかの部位を落としたか、動脈でも切ったか、だな」
声が震えて言い淀んだ私に対し、律はきっぱりと言い切った。さすが警察官……というよりは性格か。
-
今日はここまで。遅くなってごめん。ありがとう。
-
澪「とにかく、それくらい重傷だったんだ」
唯「じゃあどうしてそんなこと……」
確信部分だ。
いきなり答えを言ってもいいかもしれない。けど、その前にみんなの『明の湯』に対しての感想を聞いてみたくなった。
澪「みんなは『明の湯』を実際に見て、どう思った?」
紬「え?」
答えを言わない私に少し驚いたみたいだった。でも、文句も言わずにちゃんと考えてくれた。
-
唯「温かそうだなって思った!」
梓「私は珍しい色だと思いました。目を引くというか」
紬「とても明るい温泉だと思ったわ。誰でも目に留まるような」
律「印象に残りやすい温泉だったな。そりゃ、『涅の湯』みたいに黒の方がもっと珍しいんだろうけど、赤は目立つ色だからさ」
みんなの話を聞いて安心した。 ……唯のは少し違うけど。
澪「そう。赤色のお湯は目立つ。『あそこは印象に残りやすい温泉』なんだ」
梓「まあ、血の色みたいだと思わなかったわけではありませんが……」
律「……まさか『印象に残りやすい』ってのが動機なのか?」
-
律はたまに妙なところで鋭い。私は頷いた。
澪「たぶん、それこそが女の人が作り上げた『自分を自殺に追いやった人への復讐』だと思うんだ。」
唯「復讐?」
澪「大量の血で赤く染まった湯に女の人が死んだまま浸かっていたら、誰だってトラウマになるだろ? たとえ、恨まれている人が直接その現場を見なかったとしても……話を聞いただけでぞっとする」
律「そう言われるとそうだな。それほど怨んでいたのか……とは思うな……」
紬「たぶん夢に出てきてうなされるかも……」
-
ついに結論だ。息を吸って、ゆっくりと言った。
澪「自殺した理由は、『命を投げ打ってまでして怨んでいる人に強くて恐ろしい印象を焼き付けたかったから』だと思う」
私が言い終えると部屋が沈黙に包まれた。やっぱりどこかおかしかったかな。自信がなかったとはいえ、残念な気もする。少し俯いていると、ぱちぱちと音が聞こえた。
ムギが拍手をしていた。
紬「澪ちゃん、見事な推論だったわ」
澪「え……?」
梓「そうですね。一つの出来事からここまで話が進むとは思っていなかったです」
律「さすが探偵ってとこか」
唯「すごいよ、澪ちゃん!」
澪「ああいや……みんなの情報を寄せ集めただけだから……。なにも、そんなにすごいことじゃないよ。それにこれは推論、遊びだよ。答えが合ってるかどうかはわからない」
-
今日はここまで。推論回は終わり。はたして話として成立していたか……。
ありがとう。
-
律「またまた〜! 謙遜しなすって〜」
澪「け、謙遜なんかじゃない!」
律「へへ〜」
澪「まったく……」
この調子だと、何を言ってもからかわれそうだ。私は腕を組んでため息をついた。
ふと時計を見ると、随分と針が進んでいた。
紬「あっ、もうこんな時間!」
-
梓「もう寝ますか?」
澪「そうだな」
珍しい行動をしたものだから頭が少し疲れた。しっかりと睡眠をとって冴えた頭の回転を緩めないといけない。
唯「え〜? せっかくの旅行なのにもう寝るの?」
律「四日目は午前中に帰るだろ? 実質フルに遊べるのはもう明日だけだぞ」
唯「あ、そっか」
澪「じゃあ、消すぞ」
-
唯「おやすみ〜」
律「明日も目一杯遊ぼうな!」
紬「うんっ! 楽しみ〜♪」
梓「おやすみなさい」
澪「おやすみ」
今日は楽しかった。明日の楽器店も楽しみだ。
ゆっくりと寝よう。
知恵を絞ったせいか、頭が少し熱っぽかった。知恵熱かもしれない。一瞬、眠れないのではないかと心配したけど、程なく眠りに落ちた。
-
今日はここまで。旅行二日目終了。切りがいいのでここまでにさせてもらった。
読んでくれてありがとう。
-
♯
私は暗い部屋の中にいた。
外から差し込む薄明かりのおかげで、今座っている場所が探偵事務所だということがわかった。いつもくつろいでいる場所でも、夜になるとまったく異なった雰囲気だ。一人、照明もない事務所に長い間座っていると、どこか虚しい気持ちになってしまう。
澪「はあ……」
癖のため息が出てしまった。ソファもデスクも薄っぺらいファイルもノートパソコンも無言を貫いている。寂しい空間だ。
その時、ガチャという音が鳴った。事務所のドアが開いていた。入り口に立っている人を見て私は反射的に立ち上がった。
澪「あ……あ……」
-
現れたのは『明の湯』で見たあの髪の長い幽霊だった。
体が凍りついたように動かなくなった。叫び声も出せない。なんとか数歩だけ後ずさりした。
「うううう……」
低い呻き声を発しながら一歩一歩私の方へと近づいてくる。私はついにへたり込んでしまった。もうだめだ。
幽霊の手がゆっくりと私の顔に触れた。その瞬間、目の前が真っ暗になった……。
澪「はっ!?」
唯「わっ! 起きた!」
澪「え?」
辺りを見渡すと、そこは旅館の部屋だった。四人が心配そうに私の顔を見つめていた。
澪「……朝?」
-
律「だいじょうぶか、澪?」
紬「ずいぶんうなされていたわ……」
澪「夢か……」
唯「どんな夢だったの?」
澪「昨日温泉で見た幽霊が事務所にやって来た夢……」
梓「澪さんの頭にもしっかりと焼き付いていますね……」
なんてことだ。遊びのつもりで話した推論の話が実際に影響するだなんて。
これからもあの幽霊の影に付き纏われるかと思うとぞっとした。
唯「だいじょうぶだよ! 朝ご飯を食べれば元気になるよ!」
律「それもそうだな」
-
唯の言う通りだ。朝ご飯を食べて気持ちを入れ替えよう。
布団をたたんだ後、服を着替えて部屋を出た。それから、隣の部屋で宿泊している『恩那組』の三人がいる部屋へ向かった。ドアをノックすると、部屋から晶が出てきた。
澪「おはよう」
晶「ああ……おはよう」
手で口を覆いながら晶があくびをした。昨日はあまり眠れなかったのかな?
唯「朝ご飯一緒に食べようよ!」
晶「ああ。二人も呼んでくるよ。ちょっと待ってて」
そう言ってから晶は一度部屋の中に戻った。
廊下の向こうからいい匂いが漂ってくる。温かい味噌汁を飲んでほっとしたい。
-
ガチャ
幸「おはよう」
菖「お待たせー! じゃあ、大広間に行こっか」
八人で大広間に向かう。
昨日までの私だったら想像もつかなかった出来事だ。少しうれしい。今日も一日が楽しみだ。
大広間に着くと、曽我部さんが一人で食事しているのが見えた。目が合うと、曽我部さんが笑顔で手招きしてくれた。
恵「おはようございます」
澪「おはようございます、曽我部さん」
-
恵「この方たちは……?」
澪「えっと……。こっちの二人が助手の平沢唯と琴吹紬です。あとの二人は友達で、そこにいる三人はこの旅行で知り合いました」
晶「どうも」
菖「私たちも朝ご飯一緒にいいですか?」
恵「もちろん。昨日の温泉で一緒でしたよね」
晶「そうです。ありがとうございます」
-
今日はここまで。キャラ人数多いね。読んでくれてありがとう。
-
曽我部さんを加えての朝食になった。これで昨日の幽霊騒動の人が全員揃った。
隣から漂ってくる赤だし味噌汁の匂いが心地良い。今日は目玉焼きまであった。
すると、女中さんが向こうからやってきた。
「何号室にお泊りですか?」
律「六号室と七号室です」
「ありがとうございます。朝食の用意まで少々お待ちください」
女中さんが大広間から出て行くと、曽我部さんは少しだけ声を潜めて私たちを見渡した。
-
恵「昨日のことなんだけど……」
紬「何かわかったことが……?」
ムギがそう訊ねると、曽我部さんは重々しく頷いた。みんなの顔に不安そうな影が走った。私も同じような顔をしているはずだ。怖い話は苦手だけど、私も昨日の騒動に関わった以上聞かないといけない。
恵「昨日、私たちがいたのは『明の湯』。インターネットで調べると、昨日私が言った怪談話がある温泉というのがどうもあの温泉らしいの……」
唯律「ええっ!?」
菖「そ、それで……怪談話というのは……?」
曽我部さんは一度咳払いをして、語り始めた。
-
☆
昔、ある男女が村に暮らしていた。二人は仲睦まじく、互いに愛し合っていた。
ところが時が過ぎると、男は酒に溺れるようになった。仕事を放棄し、賭博や女に手を出して荒れ狂ってしまった。女は家を支えるためにとても貧しい生活を強いられ、その心労でかつての美貌は失われてしまった。僅かな銭を稼げども、すぐに男に奪われて酒に消えてしまった。
ある日、女が仕事で重荷を運んでいると、別の女を連れた男とすれ違った。女が頭巾を被って前屈みになっていたためか、男は女に気づかなかった。汚らわしい笑みを浮かべながら遊びふらつく男を見た時、女の中で何かが切れてしまった。
全てを呪い、怨念に取り憑かれた女は村から姿を消してしまった。男はかつて愛していた女が失踪したと聞くと、笑い飛ばして再び遊びにでかけた。
数日後、女が死体で見つかった。
血の湯に身浸かり、左手首を切り落としていた。酔っ払ったまま連れて来られた男は血で明るく染まった湯と女の死体を見ると、顔を真っ青にして正気を失ってしまい、そのまま狂人になってしまった。
そうした怪談話がその温泉にあるとされる……。
-
★
恵「……といった話だそうよ。あくまで語り継がれてきた話であって、本当にあった出来事なのかどうかは誰も知らないみたい」
曽我部さんは短く息をはいてからお茶を飲んだ。
本当かどうか誰も知らない? じ、じゃあ昨日私と曽我部さんが見たのは一体……。
とにかく本当に怖い話だ。晶まで少し怖がっているようにも見える。朝から気が滅入る話を聞いてしまった。気を紛らわせる意味でも、早く朝ご飯来ないかな……。
澪「……ん?」
『ティータイム』のメンバー……つまり、唯とムギと律と梓がじっと私の顔を見つめていた。何かあったのかな……。
今はそれよりもお腹が空いて仕方がない。
-
今日はここまで。企画が迫っているので更新が途絶えるかもしれない。その時はごめんなさい。ありがとう。
-
平行して進めるのはかなりの負担かと思います。
無理せず、完結を目指してください。
-
無理して平行せんでも、ええねんで
企画も、楽しみにしてるからね
-
♯
朝食が終わり、それぞれ部屋に戻って準備を始めた。
あと五分で『恩那組』のみんなと楽器店に行く時間だ。
澪「えーっと、財布以外に何か持って行った方がいいかな……」
紬「ねえ、澪ちゃん」
澪「なに、ムギ?」
振り返ると、唯とムギに両手を握り締められた。二人の目がきらきらと輝いている。
唯「すごいよ澪ちゃん!」
-
紬「完璧だったわ!」
澪「えっ、えっ?」
わけがわからない。二人が何にここまで興奮しているのかがわからない。
律と梓も笑いながら私たちを見ている。
律「澪の推論……いや、『推理』は曽我部さんの話と同じだったな!」
梓「あそこまで一致するとは思ってませんでした!」
なるほど、わかった。みんなが興奮しているのはそういうことだったのか。
しかし、私は反論しなければならない。あらぬ誤解をされては困る。
-
澪「私の推論は『たまたま』曽我部さんの話と同じようなものだったんだ。何も私が一から十まで解いていったわけじゃない」
律「そうか? 動機まで当てるなんて大したもんだぞ」
澪「いや、それはみんなの言った話を寄せ集めただけで……本当に偶然なんだ」
なぜか、このまま私が反論を続けてもあまり意味がないように思えてきた。何を言ってもいいように解釈されてしまう。水掛け論だ。
あの推論との一致は本当に偶然だった。うれしくないわけじゃないけど、今は困惑する気持ちの方が上だ。
澪「よし、行こう」
このままだとキリがないと思い、立ち上がって話の流れを止めた。
部屋を出ると、ちょうど晶たちも部屋から出てきたところだった。菖がにこりと笑った。
菖「揃ったね〜。じゃ、めざせ楽器店!」
-
♯
楽器店は歩いて少し下ったところにあった。こんなところにもあるものなのかと妙に感心した。
中に入ると、いつものように感嘆の声が漏れてしまった。
澪唯「わあ……」
ずらりと楽器がならんでいる! この光景はいつどこで見ても新鮮な心地だ。
音楽を始めた身としてはわくわくする気分にもなれる。
唯「わああ……っ! ギターがいっぱいだよー!」
晶「そういえばお前はギターだったっけか」
-
今日はここまで。企画は何も思い浮かんでないから参加するかはわからないや。
でもみんな参加したら盛り上がるんじゃないかな。ありがとう。
-
唯「うん! 梓ちゃんもだよ!」
晶「一度、『ティータイム』の演奏もどんなものなのか聞いてみたいな」
澪「い、いや……プロを目指すバンドからすれば聞き苦しいと思うけど……」
菖「まあまあ! まだプロになったわけじゃないから!」
紬「じゃあ今度、演奏したものを送ろうよ!」
唯「おおっ!? 本格的だね」
幸「みんながどんな演奏なのか楽しみだね」
-
菖「うんうん」
横を見ると、ギターの弦もずらりと並んでいる。何がどう違うのかは私もあまりわからない。
晶が腕を組んで弦を眺めていた。
晶「もうちょっとでギターのメンテナンスしないとな……」
唯「え?」
晶「ん? ギターのメンテナンスだよ。してるだろ?」
唯「え……ギターのメンテナンス……?」
晶梓「え?」
-
唯「メンテナンスって何するの?」
晶「そりゃお前……弦を張り替えたりとかだな」
唯「え、弦って交換するものなの?」
晶「なにぃーっ!? お前、弦張り替えてないのかっ!?」
唯「う、うん……」
梓「そうだったんですかっ!?」
唯「だって知らなかったんだもん……」
-
晶「まったくお前ってやつは……。私と同じギターなんだったっけ? いいギターなんだから大切にしろよ!」
唯「してるもん! 服を着せてあげたり、添い寝してあげたり!」
晶「た、大切にするベクトルが違う……」
幸「晶の負けだね」
晶「はあ……」
怒りを通り越して、呆れ果てた晶は力が抜けてしまったようだった。
たしかに、唯はギー太を愛している。演奏技術は劣るかもしれないけど、愛情の深さなら誰よりもすごいのかもしれない。
ベースのコーナーに行くと、レフティモデルのベースが置いてあった。左利きの私にとっては感動的だ。
-
今日はここまで。明日はお休み。ようやく終わりが見えてきた。最後までがんばる。ありがとう。
-
完結に目指して頑張れ!
-
幸「もしかして左利きなの?」
澪「ああ、うん。右利きのものと比べてあまり置いてないから珍しいなって」
幸「一人だけ左利きだと、ステージで映えるだろうからかっこいいね」
澪「そ、そうかな……」
目立つのはいやだ……。文字を書いているだけでも「左利きなんだね」と言われてきたので、私にとってはつらい世の中だ。
澪「幸の方がかっこいいよ。背が高くて……」
話しながら幸の方を見ると、なぜかどんどん猫背になっていた。
もしかして……
-
澪「……背が高いの気にしてる?」
幸「ちょっとね。今のは冗談だよ」
そんなに気にすることかな。
いや、その人にはその人の事情がある。私が勝手にあれこれ言っても仕方がない。
でも、幸の演奏は偽りなくかっこよかった。
そんな調子で楽器を見ながらみんなで話していると、二時間近く時間が経っていた。
一旦、旅館に戻って昼食を済ませた後に五番目の温泉である『浄の湯』に入ることにした。
-
『浄の湯』
目に見えるのは真っ白なにごり湯だった。あの赤いお湯じゃない!
それだけでも安らぐ気持ちだ。
今日は三日目。温泉に浸かるのも今日が最後だ。時間が早く過ぎているような気がする。
ふと、ずっとこのままがいいと思ってしまった。
唯「ずっとこのまま温泉にいたいね〜……」
澪「帰ったらまた仕事だぞ。私たちももっと宣伝していかないといけないからな」
唯「まあまあ。温泉に浸かっている間くらいは仕事のことは忘れようよ」
-
澪「…………」
まあ……たしかにそうだ。
私は肩まで浸かってから少し上を向いた。
律「あ、そういえば澪の名推理の話はしてたっけ?」
菖「えっ、なになに!?」
律「澪の出した推論が、曽我部さんの話してくれた怪談話とほとんど一致してたんだ!」
澪「!!」
菖「それってすごくない!?」
律「だろ?」
おのれ律め……人が油断している時にまたその話をするとは……。
早くも温泉から逃げ出したくなったけど、三人の好奇心の視線からは逃れられない。
-
今日はここまで。ありがとう。
-
幸「どんな推論だったの?」
紬「まず、みんなでわかっていることを言って、それから一つずつ話し合ったの。時刻とか、場所とか……」
梓「そして、最後に澪さんが結論を出してくれたんです。結論はたしか、『命を投げ打ってまでして怨んでいる人に強くて恐ろしい印象を焼き付けたかったから』ですね」
唯「あの赤い温泉を見ただけでそこまで言い当てたんだよ!」
菖幸「おおっ」
また話が一人歩きしていきそうだ。ここらで食い止めないといけない。
澪「いやだから……あれは偶然当たってただけだよ」
-
晶「その推論が『偶然』のものだったとしてもさ、せっかく当たったんだからそれはそれで素直によろこんでもいいんじゃないか」
澪「…………」
まあ、当てることができたことくらいはよろこんでいいかもしれない。晶の言う通りだ。
それに、晶の一言で話が収まった。これでまた安心できる……。
菖「あっ、そうだ! みんなは明日で帰るんでしょ?」
唯「うん」
菖「じゃあさ、せっかくだから日が沈んだら肝試ししない? 昨日の幽霊つながりでさ!」
律「おもしろそうだな!」
紬「やろうやろう〜♪」
……まだ安心できそうにはないか。
-
♯
私が念じたにも関わらず太陽は沈んでしまい、街灯のない道は真っ暗になってしまった。肝試しにはふさわしい暗さだ。
私たちは旅館から離れた場所にあるトンネルの前にたむろしていた。
今回の肝試しは二人組で行動する。この薄暗くて長いトンネルの向こうには海があるらしい。その海沿いの道に神社があって、そこにお賽銭をしてから別のルートで旅館に帰って終了……だそうだ。幸いにも、驚かせる人はいないので、ただ“夜の怖い道を歩くだけ”だ。
ペア決めはくじ引きで行われた。
ムギと幸、唯と菖、律と晶、私と梓……の組み合わせと順番になった。なぜか最後の組になってしまった。くじ引きの巡り合わせが悪いのは小学校の時からだと思う。
五分間隔で次のペアが出発する。不思議なもので、あっという間に自分たちの順番がやって来た。「怖がって腰抜かしたりするなよ?」と笑いながら出発した律の顔が記憶に新しい。
梓「じゃあ行きましょうか」
澪「う、うん……」
静かに私たち最後のペアがスタートした。
トンネルに入ると、すぐさま静寂が訪れた。外と比べてまったく音がない。私と梓の歩く音だけが聞こえる。
-
澪「…………」
梓「澪さんはこういうの苦手なんですか?」
澪「え、ああ……怖いのは苦手かな……」
梓「そうですか? 私が依頼したあの事件の方がよっぽど怖かったと思いますけど……」
澪「ああ……」
今となっては懐かしい事件だ。梓を付きまとうストーカーを直接捕まえようと奮闘したことがあった。
ただあれは……
澪「あれは仕事だったから……。ふだんの私は怖がりだよ」
-
今日はここまで。事件に関しては既にあるので省略。ありがとう。
-
梓「うーん……たしかに怖がりかもしれません。けど、いざという時の澪さんは本当に頼りになりますよ」
澪「そうかな……」
梓「そうですよ。あんな武器を持った男の人に立ち向かうなんて、ふつう怖くてできませんよ」
澪「…………」
探偵になってからは自分の意外な姿に驚かされることがあった。
梓の言ってくれたストーカー事件の時もそうだし、誘拐犯から人質を救うために現場に駆けつけたり、音楽を始めたりもした。探偵を始める前の私には想像できなかったことばかりに違いない。
そんな怖がりな私がここまでがんばってこれたのは……
澪「それもみんなのおかげ。私一人だけじゃないからがんばれるんだよ」
-
梓「……よかったです。澪さんの志が変わってなくて」
梓は笑顔でそう言ってくれた。
梓「ずっとそのままでいてください」
澪「努力するよ」
ついにトンネルを抜けた。
外に出て少し歩くと、波の音が聞こえてきた。海が近いらしい。少し風が強い。
しばらく進むと、前方左手に鳥居が見えた。あそこか……。急に足が重くなった。
鳥居まで来ると、今度は長い階段が見えた。風を受けて木がざわざわと騒いでいる。
-
梓「のぼりましょうか」
一つ年下の梓に手を引かれた。我ながら情けない。怖さのあまりついつい手に力が入ってしまう。
恐怖から意識をそらすために階数をかぞえていたけど途中でわからなくなってしまった。何も手がつかないくらい集中できない。
梓「着きましたね……」
澪「あ、あとはお賽銭か……」
あと少しで終わる……。
梓も緊張しているみたいだ。梓と二人でお賽銭箱に近づいたその時、
「わっ!!」
-
梓「きゃっ!」
澪「うわっ!」
突然の大声に心臓が止まってしまうかと思った。握っていた梓の手を離してしまい、そのまま尻もちをついた。恐る恐る顔を上げると、律が立っていた。晶までいる。
梓「ど、どうして律さんと晶さんがここに!?」
律「いやーせっかくの驚かせるチャンスだからな! もったいないから晶と待ち伏せしてたんだ!」
梓「ズルイですよもう……」
-
今日はここまで。ありがとう!
-
最近疲れて帰ってくることが多いんで、見逃した分改めて通しでみました。
丁寧に書かれてますね。
この澪は、美点のひとつである真面目さ、誠実さが際立ってていいと思います。
アピール下手なところも。
他のメンツも無邪気で切り替えの早い唯やおっとりしてるけど肚の座ってそうなムギ
などらしくていいですね。
それと、前作では律の同僚の和っちゃんや憂、純なんかも出てたと思うんですけど、
今回は旅行先ってことで出てこないの?
事件の核心は幽霊の正体なんですかね。
-
晶「私が旅館に戻ろうって言っても聞かなくてさ。『澪を驚かせるんだ!』って」
梓「まったく……」
最後にしてやられてしまった。律の性格はわかっていたはずなのに……。
晶の手を借りてやっと立ち上がった。
お賽銭を済ませ、鈴を鳴らしてから拝礼した。
晶「よし、早いとこ旅館に帰ろう」
梓「はい」
早く晩ご飯を食べて温泉に入りたい……。
それにしても、さっきから木がざわついている気がする。先程までとはまた違った不気味な気配だ。階段の方を見ると、人影が見えた。
-
澪「あ」
暗いので姿がはっきりとしない。ただ、シルエットを見ただけでわかる。あれは髪の長い女性だ。
今もこちらに迫っている。木のざわめきの音で足音が聞こえなかった。
律晶梓「あ」
三人もその存在を認識したようだった。既に私の体は恐怖に支配されて動けなくなってしまった。心臓がばくばくと動悸している。
間違いない! あの幽霊だ!
律「あ、あ……」
律は言葉が出てこないようだった。
そして幽霊は私たちの目の前で立ち止まった。膝が震えて仕方ない。幽霊がゆっくりと両腕を律に伸ばした……
「見ぃ〜つ〜け〜た〜……」
-
律「ぎゃあああああああああ!!??」
梓「きゃあああああ!!!!」
晶「うわああああああっ!!!!」
私はまたしても腰を抜かしてしまった。今朝みた夢と同じだ! 私たちは幽霊に呪い殺されてしまう!
もうだめだと思ったその時、
「やっと会えたわね、あなたたち」
律「…………え?」
「もう旅行中では会えないんじゃないかって思ったわ」
な、何がなんだかわからない……。幽霊じゃない……?
-
律「だ、誰だ……?」
「あら? 気づいてなかったの? わたしよ、わたし!」
幽霊……いや、その人は前髪を揃えた。その瞬間、私は勢いよく立ち上がって指差した。
澪「ああーっ!?」
さわ子「そうよ! 山中さわ子よ!」
幽霊の正体はなんと、事務所のあるビルの管理人、さわ子さんだった。
全身から力が抜けていくのがわかった。本当の幽霊じゃなくてよかった……。
梓「それよりも、どうしてさわ子さんがここに……?」
さわ子「あんたたちが演芸会で優勝して温泉旅行が当たったでしょ? 羨ましいから私も行きたいなーって思って!」
-
律「どうして私たちに一言くれないんだよ!」
さわ子「いきなり登場して驚かせようって思ってね〜!」
梓「まあそれは成功したみたいですけど……」
律「じゃあ、どうしてここの神社に?」
さわ子「ここの神社は成功の運気を高めるそうなの。宿で聞いたから時間は遅いけど行こうかなって思って!」
澪「はあ……」
晶「この人はお前たちの知り合いなんだな?」
-
梓「そうです……」
晶「ったく、お前たちといると本当にバタバタするな……」
晶が深いため息をつきながら言った。
それには私も心底同意する……。私たちはいつも全力疾走しているみたいだ。
律「まあまあ、楽しかったからいいだろ?」
晶「お前が言うなよ」
澪「帰ろうか……」
梓「はい……」
-
今日はここまで。ありがとう。もうすぐ終わり。
>>251
無理やり出しても仕方ないので出してない。自分の中ではここ最近ちょっと雑っぽいので気をつけたい。事件は……まあこんな感じになった。前が少し重かったのでね。
読んでくれてありがとう!
-
1期2年次合宿ネタですか。
ストーカーじゃなくて良かった。
-
♯
澪「ただいまー……」
旅行に到着すると、先に出発した四人が出迎えてくれた。
唯「おかえり、何かあったの?」
紬「遅いから心配したわ……本当に幽霊が出たんじゃないかって」
みんなに迷惑をかけてしまった。少し申し訳ない気持ちになる。
いや、それよりも言わないといけないことがある。
澪「……実は幽霊の正体がわかったんだ」
唯紬「ええっ!?」
-
菖「正体って!?」
唯とムギは私に詰め寄らんばかりに近づいてきた。明らかに期待の眼差しを含んでいる。私には苦笑いしかできなかった。
澪「幽霊の正体は……」
手で合図を出すと、さわ子さんが登場してきた。してやったりの笑顔をしている。
さわ子「やっほー!」
唯「さっさささ……」
紬「さわ子さん!?」
菖幸「……誰?」
澪「私たちの事務所のあるビルの管理人……」
菖「……へえ〜。澪ちゃんたちは知り合いが多いんだねえ……」
-
少しだけ皮肉が込められているような気がするけど、そこは否定しないでおこう。
今日も一日が長かったような気がする。ただ、これで幽霊の悪夢からは解放されたはずだ。
私たち一行は大広間に向かった。ここでの夕食も最後と思うと、名残惜しいものがある。
中に入ると、朝と同じように曽我部さんがいた。この人もあの騒動に関わっていたんだから一応報告しておかないといけないな……。
澪「曽我部さん、一緒にいいですか?」
-
恵「ええ、もちろん。みんなで一緒に食べましょう!」
紬「ありがとうございます!」
曽我部さんの正面に座った。なんだか緊張してくる。
幽霊に怖がっていたとはいえ、あの有名探偵の曽我部さんだ。私なんかがこんなに気軽に接していいものなのかと今でも思う。
でも、解決したからにはきちんと伝えないといけない。一人の探偵として、思い切っていこう。
澪「あの、曽我部さん」
恵「はい?」
澪「あの騒動のこと……幽霊の正体がわかりました」
-
今日はここまで。幽霊はわかりきってることかと思ってた。ありがとう。
もし一気に最後まで書けたなら一気に投下する。
-
恵「えっ」
曽我部さんの笑みが強張った。無理もない。あんなに不気味な出来事だったんだから。
恵「幽霊の正体……?」
澪「はい。単刀直入に言うと、幽霊は存在しませんでした」
恵「そんな……じゃあ一体あれは……」
澪「あれは私たちの知り合いの人でした。さっき、私たちが神社で肝試しをしていると、その人と偶然遭遇して判明しました」
さわ子さんが手を振ってきたけど、一度視線を送るだけに留めておいた。
-
恵「そう……じゃあ、本当に幽霊はいないのね……?」
澪「はい、いません」
私がそう言うと、曽我部さんは胸元に手を当てて安堵の表情を浮かべた。
恵「よかった……。いや、幽霊のことを調べて、自分が恐ろしい温泉に入ってたのかと思うと怖くなって……」
澪「あの話は迷信でしょうね……」
噂が誇張されていくのはよくあることだ。有名な昔話というのも、元にあった話が大きくなっていっただけなのかもしれない。
伝えたかったことは曽我部さんに伝えた。これで私も安心できる。
-
恵「わざわざ報告ありがとう。これで私も安心して眠れそうだわ」
澪「私もです」
思わず苦笑いが出た。もうあんなに怖い夢はごめんだ。あんな呪いにはもうかかりたくない。
唯「これで一件落着だね!」
澪「ああ」
律「いやーまさかさわちゃんだったとはなあ……予想外というか」
-
梓「ホントですよ」
「お料理お待たせしました〜!」
女中さんが夕食を持ってきてくれた。晩ご飯はすき焼きだ!
唯「おいしそう〜!」
紬「いい匂い〜!」
澪「それじゃあ、みんな」
手を合わせて、
澪「いただきます!」
「いただきまーす!!!!!!!!!」
-
今日はここまで。遅くなってごめん。ありがとう。
-
終了前ということだけど、澪達と晶達は今後も付き合いが続くということなの?
-
♯
少し調子に乗って食べ過ぎてしまった。また体重が増えてしまう……。
いやいや、旅行が終わってからがんばって仕事をして動けばいいんだ。そうすれば無理なくダイエットできる……多分。
大広間の向こうを見ると、ステージがあった。あんなところで何があるのかな。
唯「あれカラオケかな?」
律「おっ、本当だ」
菖「使っていいか訊いてみよっか」
すごい行動力の早さだ。菖はあっという間に通りすがりの女中さんに声をかけて質問した。
-
「はい、21時までならご利用いただけますよ」
菖「ありがとうございます。じゃあ、歌ってみようかなー!」
私たちはステージの近くの席に移動した。
さわ子さんは酔っ払って疲れたと言って先に部屋に戻って行った。律が「年だな」と言いかけたのを制しておいた。幽霊より怖いものは見たくない。
唯「なに歌おうかな〜♪」
菖「おおっ! これにしよっかな〜」
BGMが鳴り始め、カラオケ大会が始まった。みんなが歌って盛り上がりだした。
開始からしばらくの間、私はコップを片手にみんなの歌を聞いていた。幽霊騒動の後だからか、みんなの笑顔がはじけていた。やっぱりこういう時の方が落ち着いていられる。
-
恵「とっても楽しい人たちと一緒なのね」
澪「はい。私も頼りにしています」
私がそう言うと、曽我部さんはにっこりと頷いてくれた。
律「おい、澪も聞いてばっかいないで何か歌えよ」
澪「え?」
律がマイクを私に向けた。今のところ曽我部さんも含め、私以外の全員が歌っている。
目立ってしまうのがイヤだったので、小さくなっていたつもりだったけど、ついに見つかってしまった。なかなかマイクの方に目を向けられないでいた。
すると、唯が私の背中を押した。
-
唯「はい、立って立って〜!」
澪「ちょっ」
律「はい、マイク持って」
反論する間もなくマイクを握らされてしまい、そのままステージに上がってしまった。恥ずかしさと緊張とで体温が上昇するのがわかる。
みんなが私を見ている。唯は今までギターを弾きながらこんな舞台で歌っていたのか……と、つい感心してしまう。
さて、もう逃げられなくなってしまった。
澪「あ、えーっと……」
-
仕方ない。どの曲にしようかな。みんなが知っているような曲を……。
となると、小学校で歌うような合唱曲かな。
……決めた。私が選曲したのは『翼をください』。
BGMが始まってしまった。深呼吸する暇もない。
それに、この場所に立つと喉が渇いてしょうがない。マイクを握る手が少し震える。私は勇気を振り絞って歌い始めた。
いざ歌い出すと、歌詞を追うので精一杯で周りの目は気にならなかった。気になることがあるとすれば、耳が燃えるように熱いことくらいだ。
できるだけ一生懸命に歌うようにした。
間奏に入ったので、みんなの顔を見る余裕ができた。みんなは笑って見ていてくれた。
私も少し微笑んでいると、曽我部さんに目が留まった。口をぽかんと開けてぼうっとしている。頬も赤い。胸の辺りで手を組んで私を見つめている。何かあったのかな……?
モニターに次の歌詞が表示されたので、私はまた集中し直した。
-
今日はここまで。ありがとう。
>>270
友達になったということで、あるんじゃないかなあ。恩那組の三人ならたとえプロになってもフレンドリーだろうし。
-
タイトルの二人の〜は澪がリスペクトする恵さんのことなんだよね。
ここから、どう大団円につなげるか。
-
『天の湯』
ここが旅行最後の温泉。
綺麗な夜空を一望できる壮大な露天風呂だ。都会と違って、大きい星から小さく星まで幾多の星がきらきらと輝いている。
律「はあー……これで最後か〜……」
梓「早いですね」
真っ暗な空に星がきらめいている。最後の温泉にふさわしい壮大な景色と解放感だ。遠くからはかすかに波の音も聞こえ、目を瞑っても安らぎを感じる。
紬「澪ちゃんの歌上手だったね!」
唯「うん! これからは澪ちゃんにもボーカルやってもらわないと!」
澪「そ、それだけはイヤだ!」
-
律「どうしてだよ〜?」
梓「もったいないですよ!」
菖「私、澪ちゃんの歌もっと聞きたいよ!」
幸「私も聞きたいな。ボーカルが二人だと、幅が広がるよ」
澪「うっ……」
カラオケ大会が終わってから、ずっとみんなからやけにべた褒めされている。
恥ずかしいので歌いたくないという気持ちは今でも変わらない。
ただ、そういった変化を求める気持ちがまったくないわけではなかった。
澪「まあ、演奏を録音する時にでも考えるよ……」
菖「絶対に送ってね!」
幸「楽しみにしてるから」
-
なんだかこの旅行の最中に大変なことになってしまった。帰ってからもいろいろと仕事以外にもやることが多くなりそうだ。気を引き締めないといけない。
晶「なあ……ちょっといいか?」
澪「ん?」
なぜか、晶が真剣な表情をしていた。私は背筋を伸ばしてから座り直した。
晶「探偵って依頼来なかったら厳しいだろ?」
澪「う、うん……。まあ、私たちの事務所がまさにそうだから……」
晶「やりがいはあるのか?」
澪「うん、あるよ」
晶「…………」
-
晶「…………」
これは自信を持って言える。やりがいがなければ今、こんな風に楽しく旅行はできなかったと思う。
これからもみんなでがんばっていくつもりだ。
澪「もし事件が解決できると、私もうれしい。そうやってできたつながりの一つが『ティータイム』だから」
晶「……私たちもオファーがなかったら無職となんら変わらない。それは今でも不安だ」
澪「うん……」
晶「けど、同じようにがんばってるお前たちを見てると元気が出てきたよ」
-
澪「そっか、よかったよ……」
私たちもプロを目指す恩那組の三人の話を聞いて良い刺激を受けた。懸命に前を向いて生きるその姿は尊敬できる。私たちも負けていられない。
晶「だからがんばろうな。互いに」
澪「うん、お互いに」
晶が拳を突き出してきた。私は笑顔でそれに答え、拳を突き合わせると、晶がにっと笑った。
この旅行は一生の思い出になるに違いない。
私はまた夜空を眺めて一人静かに微笑んだ。
-
今日はここまで。ありがとう。探偵はめぐみんと澪。
-
失礼。あまりにも荒いので今日はお休み。ごめん。
-
気にせず、ゆっくり練って。
-
♯
菖「じゃあ、明日の朝ご飯一緒に食べようね〜!」
紬「うん!」
唯「じゃあおやすみ〜」
梓「おやすみなさい」
幸「おやすみ」
晶「また明日な」
澪律「おやすみ」
あとは寝て、朝ご飯を食べて帰るだけだ。そう思うと、やはり寂しい気持ちになった。
-
唯「旅行、明日で終わりだね」
律「明後日からはまた仕事だ」
梓「なんだか……高校の時みたいでした」
紬「友達までできたりしてね!」
澪「そうだな……」
出発前はどうなることかと思っていた旅行だったけど、今となっては夢のような時間だった。
それほどまでに楽しい時間だったと思う。
澪「ん……」
歌を歌ったせいか、眠くなってきた。いや、肝試しの心労のせいかもしれない。さわ子さんには本当にまいった。瞼がとても重い……。
律が私に目をやってから手をぱんと合わせた。
-
律「よし、もう寝るか。明日の移動は長いからな」
紬「そうね」
唯「それじゃあ、おやすみ!」
梓「おやすみなさい」
律「おやすみ」
紬「おやすみ〜」
澪「おやすみ」
明かりを消すと、部屋が真っ暗になった。次に明るくなった時には朝になっているはずだ。
布団に入り、これまでの楽しさを味わいながら目を瞑った。
早くも、隣から唯の寝息が聞こえてきた。唯は本当に子どもをみたいだなあ。そんなことを思っていると、私も意識が遠のいていくのがわかった。それに抗うことなく、私も眠りについた。
-
♯
旅行四日目、最後の朝だ。
今日は夢を見ることもなく、気持ちよく目覚めを迎えた。カーテンの隙間から差し込む朝日が眩しい。
紬「あ、澪ちゃんおはよう」
澪「おはよう、ムギ」
紬「みんな起こそっか」
澪「うん」
唯と律と梓はまだ寝ていた。昨日はけっこうはしゃいでたからなあ。
唯の寝顔は相変わらず子どもみたいだ。すやすやと眠る寝顔を見ていると、少し起こすのがためらわれた。けど、ここは心を鬼にして……
澪「もう朝だぞ、ほら起きて!」
-
紬「りっちゃんも梓ちゃんも起きて!」
律「んー……朝か……」
梓「あ、おはようございます……」
唯「まだ眠いよ〜……」
澪「朝ご飯抜きになっても知らないぞ。はい、着替えて着替えて」
唯律「はーい……」
布団をたたむ際に、律が「立つ鳥跡を濁さず」とつぶやいていた。律の支度は随分と手際がよかった。律が言うには、早いのは警察学校の時にみっちり仕込まれたから、らしい。
まだ半分寝ぼけた唯にちゃんとした布団のたたみ方を指導していた。
-
それから服を着替え、隣の部屋に向かった。
ドアをノックすると、すぐに菖が出てきた。後ろには晶と幸もいた。
菖「おはよう!」
澪「おはよう。じゃあ行こうか」
唯「お腹空いた〜……」
律「唯は食べてばっかだな……」
八人で大広間に着いた。今ではおなじみになった女中さんたちが行ったり来たりしている。朝から大変なことだ。
中を見渡しても、曽我部さんはいなかった。もう帰ったのかな?
まだ起きていないのかもしれない。いつ頃まで宿泊しているのか訊いておけばよかった。
-
今日はここまで。企画投下数多いね。驚いた。いつもありがとう。
-
「何号室にお泊りですか?」
澪「六号室と七号室です」
「ありがとうございます。準備まで少々お待ち下さい」
女中さんがその場を後にした。いい匂いが漂ってくるので、今日の朝ご飯も期待できる。
菖「朝ご飯食べたらすぐに帰るんだっけ?」
唯「うん、そうだよ」
菖「さびしくなるな〜……ねえ?」
幸「もっとどこかに行ければよかったんだけど……」
晶「まあ、仕事もあるし仕方ないだろ」
そうだ。明日からはまた切り替えていかないといけない。今は旅行前よりやる気に満ち溢れている。これもみんなのおかげだ。
-
菖「そういえば、お土産は買ったの?」
梓「あっ、そういえば……」
紬「まだ買ってないわ」
菖「じゃあ、この旅館にもお土産屋さんあるから、このあと行こうよ!」
唯「何にしようかな〜」
律「そうだなあ……」
私は何にしようかな……。すぐに頭の中で期待が膨らんでいく。
もしかしたら、この地域名物のお菓子とかあるかもしれない。どうせなら、旅行先ならではのものがほしい。
……ただ、『明の湯』関連のお土産は避けようと密かに決めた。
-
『お土産屋』
手続きを済ませた後、最後にお土産屋さんに立ち寄った。店内にはいろいろな商品があった。ムギが目を輝かせながらいろいろな商品に手を伸ばしている。あの勢いだと出費がすごいことになりそうだ……。
紬「すてきなものがたくさ〜ん♪」
唯「おまんじゅうにしようかな〜」
梓「あっ、お菓子もありますよ!」
澪「石鹸か……」
律「澪はこれなんかいいんじゃないか?」
澪「なんだよこれ……」
律が差し出してきたのは『根性』という文字のキーホルダーだった。
よくわからないけど、一応買っておくことにした。事務所の鍵にでも付けようかな。文字を見ただけで気持ちが変わるかもしれない。
-
菖「タオルとかもあるよ!」
幸「六種の洗顔だってさ。晶買ってみたら?」
晶「どれどれ……高いな……」
恩那組の三人は明日買うそうだ。今日はまた練習に打ち込むらしい。
その熱意とやる気を。この旅行中に私たちももらえることができた。あとはそれらをきちんと発揮しないといけない。
澪「ふう……けっこう買っちゃったな……」
旅館の外に出て、手荷物を確認した。
パパやママ、憂ちゃん、和や純の分も買うと、なかなかの量になってしまった。帰りに両手が塞がって疲れるのも旅行の醍醐味かもしれない。
澪「あっ、そういえばさわ子さんは?」
梓「あともうしばらく宿泊するそうです。よろしく言っといて、と」
律「さわちゃんもよくやるな……」
紬「たまにはさわ子さんにもゆっくりしてもらおうよ」
律「事務所でお茶飲んでる姿しか思い浮かばないけどな……」
-
唯「おまたせ〜」
最後に会計を済ませた唯がやって来た。
澪「それじゃあ……帰ろうか」
唯「うん!」
振り返ると、晶と菖と幸が横一列に並んでいた。私たちもいつの間にか同じように並んでいた。
よく晴れた青空の下で、私たちは向かい合った。みんなにこにこと笑顔を浮かべている。
晶「それじゃあな。元気でやれよ!」
紬「うん。恩那組もプロを目指してがんばってね!」
菖「もちろん! プロになっても、みんなのことは忘れないよー!」
-
律「また遊ぼうな! 澪の事務所で待ってるから!」
幸「うん、絶対に遊びに行くよ!」
梓「私たちの演奏ビデオも送りますから!」
菖「楽しみにしてるからね!」
唯「またね〜バイバーイ!」
澪「私たちも負けないようにがんばるよ! それじゃあ……」
手を振って、その場を後にしようとしたその時、
「待って!」
晶菖幸「?」
唯紬律梓「?」
大声で誰かに呼び止められた。部屋に忘れ物でもあったのかな……。内心ドキドキしながら声の出所の方を見ると、思わず面食らってしまった。
澪「えっ?」
-
大声を出して私たちを呼び止めたのはなんと曽我部さんだった。よっぽど大急ぎでこちらに向かってきたのか、肩で息をしている。私は曽我部さんの方へ歩み寄った。
澪「だ、だいじょうぶですか? 何かあったんですか?」
恵「さ、最後に挨拶しておきたくて……」
澪「……わざわざありがとうございます。私も曽我部さんに挨拶したかったので……」
恵「秋山さん……最後に一ついいかしら……?」
澪「はい?」
曽我部さんと目が合った。かなり真剣な表情だ。何か重大な話かもしれない。
私はぴんと背筋を伸ばして曽我部さんの口が開くのを待った。
すると、曽我部さんは顔を赤らめながら、後ろから何かを取り出した。 ……それは色紙だった。
そして、それとマジックとを両手で私に突き出して言った。
恵「サインください!」
澪「へ?」
-
呆気にとられる私に構わず、曽我部さんは勢いよく続けた。
恵「“めぐみへ、みおたんより”って書いてほしいの!」
澪「え」
一体どうして……あの聡明な探偵の曽我部さんが……?
私の頭の中は疑問符で埋め尽くされ、考えるのが困難になってしまった。
助けを求めるようにみんなの方を見ると、満面の笑みを浮かべていた。
律「ほら、サインしてあげろよ!」
唯「おめでとう、澪ちゃん!」
紬「憧れの曽我部さんのお願いよ!」
梓「ここは思い切りいってください!」
澪「ええーっ!!!!!」
私の大声が温泉中に広く響き渡ったのは言うまでもない。
この旅行は本当に思い出になった……。
-
♯
『秋山探偵事務所』
澪「さてと……」
唯「お茶の時間だね!」
紬「は〜い♪ 琴吹家自慢の紅茶よ〜!」
律「おっ、サンキュームギ!」
梓「ありがとうございます」
旅行を終え、私たちは仕事に戻った。
ただ、気持ちを切り替えただけで依頼人が来るはずもなく、今のところ仕事はゼロだ。
今日は休日なので事務所に集合している。
-
澪「仕事来ないなあ……」
紬「またビラ配りしよう!」
唯「うん! 宣伝していくしかないよ!」
梓「時間があれば私も手伝います!」
澪「そうだな……地道にいくしかないな……」
恩那組のみんなもそうやってがんばっているんだ。ここで弱音を吐いても何の意味もない。
『あの後』、曽我部さんに事務所宣伝のコツも教えてもらった。
女性スタッフが多いことを宣伝すると、女性の人が依頼しやすくなるらしい。
私としてもそっちの方がやりやすいので、その方向で行こうとみんなで話し合った。
律「おっ、曽我部さんのブログ更新してるぞ」
唯「見せて見せてー!」
何だろう……この複雑な気持ちは。『あの一件』以来、曽我部さんを見る目が少し変わってしまったことは否定できない。
もちろん、今でも尊敬しているけど……。
五人で一つのノートパソコンを覗き込んだ。
-
『温泉旅行』
先日休みをいただいて、温泉旅行に行っていました。とても楽しかったです!
なんと、温泉が六つの種類も。それぞれ異なった効能があって大変興味深かったです。
その中で、『明の湯』という温泉には怖い怪談話があり、その話を聞いた夜は怖くてなかなか眠ることができませんでした。
今回、わたしは一人旅行をしていたのですが、宿泊した旅館でとても楽しい人たちと交流することができました。
プロバンドを目指す人、そしてわたしと同じ探偵の人も!
二人の探偵が温泉旅行の旅館で偶然出会うだなんて……何か事件でも起こりそうなシチュエーションですね。まるで小説みたいでした。
カラオケ大会があったりして、とても楽しかったです。
……実は、その探偵の方の歌声がとても綺麗で、思わずサインをお願いしてしまいました。
そのサインは私の宝物です。
……とまあ、本当にいろいろなことがあってとても楽しかったです。
温泉に浸かった後のリラックスした気持ちで今日も仕事を頑張りたいと思います!
みなさんの成功をわたしもお祈りしています。
澪「…………」
律「澪はよっぽど気に入られてるんだなあ……」
唯「澪ちゃん、大人気だね!」
-
紬「そのうち『澪ちゃんファンクラブ』とかできちゃうかも!」
澪「そんなの絶対に認めないからな!」
梓「けど、曽我部さんのあの勢いならやりかねないですね……」
澪「うっ……」
そんなのは絶対にイヤだ……。これ以上目立ちたくなんかない。
ましてやファンクラブなんて……考えただけでも気が遠くなる。
律「ところで、今日はどうするんだ? せっかく集まったわけだけど」
紬「あっ、忘れてた! 私、ビデオカメラ持ってきたの!」
唯「じゃあ演奏ビデオを撮って恩那組に送ろうよ!」
梓「いいですね、それ!」
律「よし、じゃあ近くのスタジオでやるか」
澪「ちょっと待って。そんな急に……」
律「いいじゃん! せっかくの休みの日なんだからさ!」
澪「……仕方ないなあ」
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唯「それじゃあ、楽器を持ってしゅっぱーつ!」
律紬「おーっ!!」
梓「なんだか、いつも通りですね」
澪「やれやれ……」
梓と顔を見合わせて苦笑いした。
まったく……私たちはいつもバタバタしている。これは旅行中、晶にも指摘されたことだ。
ただ、それが私たちらしさだと思う。これからもずっとこんな調子になるかもしれない。
でも、みんなといればどんな困難も乗り越えられる。
唯が、ムギが、律が、梓がいつも私を支えてくれる。
コンコン
澪「え?」
不意にノックが鳴った。事務所に静けさが訪れ、みんなの視線が扉に集まった。
今日は休日だ。一体誰だろう……? もしかすると待望の依頼人かもしれない。
そうなればいくら今日が休日といっても、追い返すのはあまりにもったいない……。
少し躊躇していると、今度は私に視線が集まっていた。みんな笑っている。
-
紬「ほら、澪ちゃん!」
律「出番だぞ!」
梓「がんばってください、澪さん!」
唯「もしかしたら依頼人かもしれないよ!」
そうだ。私は困っている人を助けたいんだ。
なら、当たり前のことをしないといけない。一度頷いてから、扉の方へと歩いた。
そして、胸に手を当てた。
──みんながいるから、がんばれる。
意を決して、扉を開けた。
これは私でも恥ずかしがらずに堂々と言える。深呼吸して、思い切り言った。
澪「はい、秋山探偵事務所です!」
〜完〜
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やっと完結。
澪誕、澪探、みおたんの流れがやりたかった。疲れたけど楽しかった。
読んでくれてありがとう。みんなのおかげでがんばれた。
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なんかもう、ほぼ毎日書き続けてしっかり完成させるとか脱帽ですわ、俺には到底無理だもん
今から少しずつ読んでいきます、完結お疲れ様でした!!
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お疲れ様です。
長丁場をよく支えて完結させたことに感服します。
今回は旅行先で際立った事件は無かったけど、けいおんらしさが
出て読んでいて楽しかったです。
また次回作もお願いします。
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