■掲示板に戻る■ ■過去ログ 倉庫一覧■
(´<_` )悪魔と旅するようです
-
「だが、今の記憶じゃ足りない。
故に、しばらく時間を貰おう。
あんたが記憶を溜め込めるまで。
オレが自由に姿を現せるまで」
闇は徐々に形を作り上げていく。
無形だったそれは人の姿へと成った。
「数年、あんたはオレのことを覚えているだろう。
オレが願いを叶える日を心待ちにしているといい。
ある日、オレはあんたが持っていたオレに関する記憶を食って、あんたの前に姿を現そう。
そうして、共に記憶を作ろうじゃないか。
四人もの人間を甦らせることができるだけの、強く、濃い記憶を」
闇が手のようなモノを伸ばしてくる。
一瞬の躊躇い。しかし、子供は手を伸ばし返す。
( ´_ゝ`)「契約成立だ。
オレのことは好きに呼ぶといい。
何なら、父母、兄、弟。姉や妹としてくれてもいい」
そう言った闇は、子供の姿とよく似ていた。
(´<_` )悪魔と旅するようです
まとめ様
http://boonrest.web.fc2.com/genkou/akuma/0.htm
REST〜ブーン系小説まとめ〜 様 (第二話まで)
http://lowtechboon.web.fc2.com/devil/devil.html
ローテクなブーン系小説まとめサイト 様(第八話まで)
第九話
https://www.logsoku.com/r/2ch.sc/news4vip/1469273435/
-
タビダチ
最終話 終わり
(´<_`;)「――は?」
美しい青空を背景にした兄者を見つめ、
ようやく出てきたのはただの一音だけ。
寝起きのぼんやりとしていた意識は何処かへ消え、
しっかりと形を成したそれだけが弟者の手元にある。
( ´_ゝ`)「どうした。もっと喜べ。
あんたが願いに願った、
それこそ、本来の、一番大きな願いよりも、
数だけは多く発していた願いさえ、今、叶うのだから」
両の手を大きく広げ、何かを受け止めるような仕草をしている兄者だが、
そこに飛び込ませてしまえるような意志も意見も問い掛けも、弟者は持ち得ていない。
目覚めと同時に告げられた理解不能な言葉と、
付随する動作に対応できる人間がこの世界にどれだけ存在しているのか。
(´<_`;)「待て、少し、追いつかない」
( ´_ゝ`)「時間は無限だが、あんたにとっては有限だ。
無駄に浪費するものではないぞ。
いや、しかし、最早意味のないものでもある、か」
-
(´<_`;)「待てと言っている。
お前の言葉を今すぐに噛み砕けるだけの脳をオレは有していない」
眉間に深くしわを寄せ、唸るようにして弟者が言う。
驚きにより、寝起きとは思えぬほど意識がはっきりしているが、
突然の出来事に対処できる程の回転を得ることはできていなかった。
そもそもからして、弟者は突然の事態というものに対する適応力が低い。
時には若さという名の経験不足から無茶な行動に出ることもあるが、
彼の根本は思考を重ねてから慎重に行動する性質だ。
旅の中でも命に関わるような突発的な事態は、
全て兄者が対応してきたといっても過言ではない。
( ´_ゝ`)「どうした。傲慢であれ、横柄であれとは言わんが、
不必要な謙虚さは自身の成長を妨げ、周囲からの評価も落とす。
あんたは知恵のない阿呆でも、物事を理解せぬ能無しでもないだろう。
この空が青いうちに、風が心地良いうちに、世界が穏やかなうちに、
全てを済ませてしまおうじゃないか」
(´<_`;)「お前の自由気まま、奔放さ、他人の話を聞かない性質はよくよく理解しているがな、
とんでもない過大評価はやめてほしいものだ。
オレは平々凡々、ありふれた人間で、寝起きの頭で突然の言葉を飲み込めるほど、
上等な頭を持っちゃいない」
今日の食事もままならぬような人間がいたとして、
寝起きに酒池肉林の贈呈を告げられればどのような反応をするか。
答えは困惑。
-
どのような性根を持っていたとしても、
どれほどの状況に置かれていたとしても、
突発的な出来事に対し、躊躇無く諸手を挙げることのできる者は多くない。
弟者はその最たる例と言えた。
状況の整理と事態の把握だけで彼の脳神経は手一杯。
待ったをかけるための言葉が出てきただけでも重畳といえる。
( ´_ゝ`)「過剰も過小もしてはいない。
オレはあるがままの、等身大のあんたを見ているつもりだ。
寝起きの頭とて、欲していた願いを前にすれば瞬きのうちに目覚めるだろう。
何も慌てる必要などない。オレの言葉を聴き、答えを知ればそれで終いになるのだから」
考えることが出来ようが、出来まいが、
関係も問題もないのだと兄者は言う。
真に大切なことは否応なしに与えられ、後には終わりだけが残るのだと。
(´<_`;)「答え……」
弟者は生唾を飲み込む。
昨晩のことが脳を過ぎる。
答えとは、願いだ。
告げた覚えのない。
しかし、弟者と兄者を繋ぐ願い。
-
( ´_ゝ`)「そうだ。この旅の最中、あんたは何度同じことを疑問に思った。
否定の言葉を幾度吐けども、オレはそれをまた否定する。
何を言ったところで、あんたもわかっていたはずだ。
悪魔たるオレが、契約なしでここにいるはずがないということを」
その通りだった。
兄者という悪魔の存在を知ってから、
まだ旅に出るよりも前から、
弟者は自身が何かを願ったのだろうということを知っていた。
悪魔とはそういうモノだ。
心のどこかで、己が無知であるだけだと。
契約をなさずとも悪魔がとり憑くことはあるのだ、と。
在りもしない可能性を信じていたが、
思考を越えたどこかから、それはありえない、と断ずる声があった。
何かを悪魔に願ったという罪から目を背けようとし続けていただけだ。
気づかなければ、認識さえしなければ、
取り返しのつかないことをしでかしたことでさえ、なかったことになるような気がしていた。
( ´_ゝ`)「全てが終わる。あんたにとっては万々歳。
利益はあっても不利益はない。
こんな良心的な悪魔、今となってはオレくらいのものだ」
これが日常の中であれば、弟者はどの口が、と言ってやれただろう。
そうして、兄者はこの口さ、などと言葉を返してくるのだ。
(´<_`;)「……」
だが、今の弟者は言葉を持たない。
背筋を這い上がってくる感覚が彼の口を重くさせる。
-
( ´_ゝ`)「さあ、本当の、心底の願いを気分良く聞き、受け止めるためにも、
あんたが飽き飽きする程に問うてきたもの達。
つまらない雑学や説教、経験に心境などではなく、
オレとあんたの間で交わされた契約に関連する疑問。
小さな願い達を叶えてやろう」
まるで慈愛の心を持っているかのような言い草だ。
悪魔ごときが優しき母の真似事でもしているつもりなのだろうか。
弟者は黙って眉間にしわを深くする。
終わりの匂いを強く感じさせる兄者の表情は、
常のような飄々としたものとは違い、
あどけない少年が明日の山菜取りを楽しみにしているかのような、
今の先にある未来へ胸を躍らせているようなそれであった。
( ´_ゝ`)「そんな顔をしてどうした。
オレはあんたにそんな顔をさせたいがために、
今まで共にいたわけでも、
小さな願いを叶えてやるべく口を開いたわけでもないぞ」
問われて、弟者は応えることができない。
どのような顔をしているのか、と尋ね返すことすらできなかった。
心臓が早く脈打つ。
全てを聞き、知り、願いが叶う。
その先にあるものが恐ろしい。
冷たく、深い闇が眼前に漂い、
自分を飲み込まんとしているのを弟者は感じ取っていた。
-
( ´_ゝ`)「懇切丁寧に優しくあんたを宥め、紐解いてやるのも一興かもしれないが、
この清々しい空気のある時間を逃すのは惜しい。
残念なことこの上ないが、先へ先へと進ませてもらおうか。
そうでなければ、あんたの願いを叶えるに相応しい日など、
次にいつやってくるかわかったもんじゃない」
穏やかな風が弟者の頬を撫でる。
木々がざわめき、また静まるのを聞いた兄者は、
ゆるりと人差し指を一本立てた。
( ´_ゝ`)「全てはたった一つ。
あんたの願いに繋がっていく。
何せオレは箱から出てきた悪魔。
人間の願いを叶えてやるため、ここにいる」
(´<_`;)「オレはお前に願いなんて――」
告げた記憶はない。
いつもの反論が勝手に口から飛び出しかける。
無意味な返しだということは重々に理解しているというのに、
習慣というものは恐ろしいものだ。
( ´_ゝ`)「ほら、あんたは阿呆でも、間抜けでもない。
その思考停止の否定は、最早意味を成さないことをしっかりと理解している。
時は進む。答えはどうしたってあんたに降り注ぐ。
無駄口は必要ない」
-
こちらを見ている兄者の笑みが不吉な色をまとっている。
それはきっと、全人類が共通して抱いている不吉の予感ではなく、
弟者だからこそ感じてしまうものだ。
あぁ、どうしてお前はそれ程までに楽しそうなのか。
一つ、新たに疑問を投げかけたくなってしまう。
( ´_ゝ`)「弟者。あんたはよくオレに問うていたな。
お前は何を食べるのか、と。
あんたはいつもその答えの隣にいたというのに」
立てていた人差し指で口に触れ、兄者は口角を上げる。
今まで、少なくとも弟者には向けられたことのない類の笑みがそこにはあった。
からかいを含むわけでもなく、
慈愛を含むわけでもない。
愉悦と期待に胸を躍らせた、
何処か薄ら寒い悪魔の笑みだ。
(´<_`;)「まさか」
隣にある答え。
気づいて然るべき答え。
考えようとして、気づく。
( ´_ゝ`)「さて、あんたが想像しているまさか、が正解か不正解か。
ひとつ、答え合わせといこうじゃないか。
無論。はずれたからといって罰があるわけではなし。
正であったとしても褒美も何もないが、
そこは願いを叶えてやるということで一つ納得してもらおう」
自身の考えが正解であることを弟者は確信していた。
故に、己が今の今までそこに至らなかったことに疑問を覚える。
-
(´<_`;)「記憶……。
もしくは、それに類する何か」
新月であると信じて疑わなかった空に、
燦然と輝く望月を見たような、そんな気分だった。
旅の途中、見知らぬ人間から親しげに声をかけられた。
数日前まで滞在していた村の名前が出てこないことがあった。
顔も名前も知っている人間が脳裏をよぎる瞬間があったが、
何を話したのか、どうしてその人間を知っているのかを思い出せないときがあった。
一度や二度の話ではない。
旅を始めてからの長いとも短いともいえぬ時間の中で、
似たようなことは幾度となく起こっていた。
であるにも関わらず、弟者は気づけなかった。
違和感を覚えることなく、
ちょっとした勘違い、ど忘れの範疇だと無意識のうちに結論付け、
碌に考えることさえしてこなかった。
( ´_ゝ`)「素晴らしい。大正解だ。
オレが喰らう唯一は記憶。
時間が長ければ長いほど、密度が濃ければ濃いほど、
それは甘美でありオレの力となる」
宙に丸を描く兄者の姿に弟者は改めて眼前の存在が如何に異端であるかを思い知る。
失ったことにさえ気づかせることのない、
じわじわと奪い続け、取り返しのつかない場所にまで緩やかに誘導していく性質は、
悪魔が悪魔たる所以のものだろう。
-
( ´_ゝ`)「求めに求めた謎であったとしても、
答えを知ってしまえば存外簡単なものだったりするだろ?
あんたはいつだって答えの隣にいた。
だが、気づけなかったことを悔いることはない。
失うと同時に大いなる苦痛や違和感を与えているようでは、
契約に支障をきたしかねないのだから。これは、悪魔の性質。
言い方は悪いが、蚊が血を得るために毒を打つようなものだ」
朗々と語られる言葉はうんざりする程に聞いてきた声と語調であるはずだ。
しかし、意識の端で弟者は違和感を覚える。
形容することのできぬそれは、彼の足元からのそり、と手を伸ばす。
( ´_ゝ`)「オレはあんたの記憶を代償に力を行使する。
旅の最中もそうやってあんたを助けてきた。
あぁ、勿論、この力の使い方は契約にしっかりと組み込ませてもらっている。
つまるところ、だ。
オレは私利私欲のためにのみあんたの記憶を喰らったことなど、ただの一度としてない。
お望みならば、誰にでも、何にでも、
この言葉達が真実であると誓いをたててやろう」
(´<_` )「神にでもオレにでも、自身にでも。好きに誓っておけ。
どのみち、その誓いの真偽を確かめることはできん」
失われた記憶に心当たりはあれども、
その部分に関していくら思考を巡らせても欠けたものを取り戻すことは叶わない。
あの人は誰だったのか。
あの時何があったのか。
考えるだけ無駄だとわかっていても、
弟者は脳を働かすことをやめることができずにいた。
-
一度は自身のものだった記憶。
些細な、それこそ、日常の中で埋もれて然るべきものであったとしても、
失われたそれを再び手にしたくなるのは道理だろう。
( ´_ゝ`)「ならば誓いは横に置き、次に進もうか。
一つ、重大な答えがわかっただから、残されている疑問もすぐに解けるだろう。
全ては一つに帰結する。全ては繋がっている。
よく目を凝らせ。答えはもうあんたの目の前にあるだろ?」
(´<_` )「残りの、疑問」
( ´_ゝ`)「そう。まずは、そうだな。
あんたはいつも上辺だけの否定を重ね、
オレの言葉を聞くまいと耳を塞ぎ続けていた。
けれど、心の隅ではずっと疑問に思っていたこと」
(´<_` )「――オレはお前と契約をした記憶なんて、ない」
弟者は目を見開くでも、驚愕に息を呑むでもなく、
零すように慣れ親しんだ言葉を紡いだ。
細い目は静かに兄者を見つめている。
( ´_ゝ`)「今のあんたならばわかるだろ?
記憶がないなんて当然だ。
何一つ、おかしなことなんてない」
(´<_` )「お前が喰ってしまったのだから」
-
強い風が吹く。
弟者の衣服は風に揺れるが、
兄者のものは少しも動かない。
人と人でないモノの境界線がそこにはあった。
(´<_` )「オレは始まりを知らない。
何処で出会い、何を話したのか。何も」
口を動かし、頭を働かせ、
一つ目の答えを与えられた弟者の心は酷く凪ぎ始めていた。
回り始めた歯車を止める術はない。
地の底から這い出し、体を上ってくるような嫌な予感も、
思考の隅で引っかかっているナニカも、
受け入れることしか許されていないのだ。
覚悟を決めたとは、腹をくくったとは、とても言えないけれど、
ひとまず全てを聞いてやることにした。
どのような結末であったとしても、他に道はない。
これは奥底に抗う意志を抱いた諦念だ。
(´<_` )「どうして契約時の記憶を喰う必要があったんだ。
オレが何を願ったかなど知りもしないが、
その場で契約を終わらせてしまえば良かっただろ。
まさか、オレがお前と共にあることを望んだ、などという世迷言をほざくなよ」
-
( ´_ゝ`)「無論、そんなことを言うつもりはない。
あの時のあんたはそれを願ったりしなかったのだから。
だが、あぁ、オレはあの日のことを一瞬たりとも忘れたことはない。
記憶を喰らう悪魔だからか、オレという個性か、記憶することは得意でね」
(´<_` )「お前の記憶が何処にしまわれ、如何に取り出しやすいかなど興味もない。
回りくどく言うよりも、端的な言葉を持ってオレの問いに答えればいい」
過去を思い起こした兄者の声は、
心なしかいつになく穏やかなものを感じさせる。
何が彼をそうさせるのか。
喰われた弟者にはわからない。
( ´_ゝ`)「情緒のない奴だ。契約の日。出会いの日。
つまりは記念日、というやつだろ?
人間はそれを思い出すとき、大抵は穏やかで、暖かな表情をするものだ」
(´<_` )「ほざけ。何が記念日だ。
悪夢の始まりにそんな言葉を当てはめる気などない」
吐き捨てるようにしながらも、弟者の瞳は真っ直ぐ兄者を射抜き、
彼の内面、這い寄る悪寒の正体を探ろうとしていた。
( ´_ゝ`)「それは残念。
共に同じ価値観を共有したかったのだが、残された時間でそれは叶いそうにもない。
ならば、あんたの疑問に答えてやるべきだろう。
語らずに終えてもいい部分もあるが、オレは全て話したいと思う。
あの時、オレがどう思ったのか、それを知ってもらいたい。
自己満足でしかないが、お優しいあんたのことだ。許してくれるだろ?」
-
また、少しの違和感。
昨日までの、弟者のよく知る兄者であれば、
悲しみを長々と紡ぎ、歩み寄る姿勢のない弟者に嫌味を言い、
ぐるぐると言葉で彼を引きずりまわしたはずだ。
( ´_ゝ`)「何故、オレがその場で契約を終わらせなかったのか、というのは、
最後の答えが大いに関係している。
オレがあんたの傍に在る理由にして、あんたがオレを求めた理由。
事の大本にして、あんたが知るべき最大の答え」
弟者の心臓が強く鼓動する。
記憶にない、喰らわれた記憶の中にある弟者の罪。
悪魔の手を取ることは、法に定められていないため刑に処されることはないけれど、
人間という種、そして社会にとっては紛うことのない悪だ。
個体としての悪魔がいかに良い存在であったとしても、
心を許すことのできるような相手であったとしても、罪は罪。
暴き立てられようとしているその根本に、
弟者のこめかみに一筋の汗が伝う。
( ´_ゝ`)「あんたの望みまで喰らったわけじゃない。
答えを一つ、また一つと知ったあんたなら、
よく考えればすぐに気づくことができるはずだ。
短いあんたの人生の中で、最も強く願ったことは何だ?
実現不可能なんていう建前は肥溜めにでも投げ捨ててしばえばいい。
何せオレは悪魔。
主であるあんたが望むのならば、どのような願いも叶えてやれる存在なのだから」
-
如何に荒唐無稽な願いであったとしても、
契約さえしてしまえば悪魔は叶えることができる。
対価は大きいが、奇跡の代償であることを考えれば、
ずいぶんと安上がりとも言えるだろう。
(-<_- )「オレが最も強く願ったこと……」
安易に答えをねだるのが癪で、
彼は目を閉じ、静かに残された記憶を遡っていく。
ここ最近の願いといえば、もっぱら兄者に関することばかり。
黙らせたい。目にモノを見せてやりたい。払ってしまいたい。
毎日のように願っているもの達が浮かんでは消えていく。
成すために苦しい旅を続けているのだから、
並大抵の願いと一緒にすることはできない。
嘘偽りなく、弟者が強く願っている事柄だ。
しかし、だからといって、
自身の一生で最も強い願いなのか、という問いには首を横振らざるを得ない。
五月蝿い言葉の数々はとても賑やかで、時には知恵になる。
揶揄するような態度は鬱陶しいけれど、いつでも傍にいてくれる証。
全てを終わらせてしまいたいと思うけれど、今を悪くないと思う自分も確かにいた。
ならば、より強い願いがあったはず。
弟者は記憶の奥深くにもぐりこむ。
-
しえんんんん
-
ゆっくり休みたい。
美味しい食事をしたい。
恋人がほしい。
普通の暮らしがしたい。
安全な場所へ行きたい。
金銭的な余裕がほしい。
他愛もない願いの数々。
生きていれば一度は脳裏をよぎるちっぽけな願い達。
その中で、弟者は幼い己の声を聞く。
姉者に泣かされないようになりたい。
妹者を大切にしたい。
父者と母者を支えたい。
ずっと、ずっと家族と一緒にいたい。
悲痛に泣き叫びながら零される願いは、
彼が生きた中で最も強く、悲しいものだった。
(´<_` )「――家族を生き返らせたい。
死んだことなんて、なかったことにしてほしい」
自分と家族が世界の中心であったあの頃、
突然に全てを失ってしまった現実を直視するには、
弟者はまだ幼すぎた。
差し出される手があったのならば、
悪徳を予感していたとしても掴んでしまうほどに。
-
( ´_ゝ`)「大正解だ。
そう、あんたは願った。
ずっとずっと、オレが喰わずとも忘れてしまえるほど昔、
怯えながらも願いを口にした」
兄者との契約に覚えはないけれど、
当時を語る彼は楽しげで、
記念日などとほざいていた言葉も、
あながち冗談ではなかったのかもしれないと思ってしまう。
( ´_ゝ`)「金銭だの才能だの永遠の命だのを欲する人間が溢れている中、
身内の蘇生を願われたのは久しいことだった。
それが一度に四人! 恋人を、母をと願われたことはあったが、
家族全てを、と請われたのは初めてのことだった」
(´<_` )「誰か一人では意味がない」
喪っただけ、取り戻したいと願っただけだ。
傲慢であろうとしたわけでも、
愚かしい人間の性を楽しむ悪魔を喜ばせたかったわけでもない。
( ´_ゝ`)「そうだろうとも。あんたは好んで傲慢になったわけではない。
あんたの心からの願いが、そうであっただけだ。
上辺だけの欲望など何の面白みもない。
血を吐くようにして願われたからこそ、
オレは誠実にあんたの願いを叶えてやることにした」
-
個体によるが、多くの悪魔は年月を重ねた分だけ狡猾になる。
真っ当に願いを叶えてやるのは骨が折れるうえ、
得られるモノと消費しなければならないモノの釣り合いがとりにくい。
彼らが知恵を働かせ、効率的に食事をし、
手早く願いを叶えてやることを選べば、
願いの先には契約者にとっての悪夢が生まれる。
( ´_ゝ`)「幼いあんたの記憶全てと、記憶するという能力を奪い、
腐った死肉を墓地から呼び出し、彷徨わせることは簡単だった。
白痴以下の動く肉塊となったあんたが周囲の人間に殺されようと、
意志のない死体が再び殺されようと、オレには関係のないことだからな」
(´<_` )「……」
弟者は眉をひそめる。
想像しただけでおぞましい。
自身が何も覚えることのできない存在になることもそうだが、
眠りについた死者を冒涜するような行為には吐き気が出る。
( ´_ゝ`)「そう怖い顔をしてくれるな。結果を見れば、オレはそうしなかった。そうだろ?
喪われた命一つ呼び戻すのに必要な対価は膨大で、
四人分など、とてもではないが幼子では支払えない。
魂や寿命を差し出されたとしてもだ」
もっとも、オレはその二つを望むことはないが、と
兄者は肩をすくめて見せた。
-
( ´_ゝ`)「だからオレは提案した。
あんたには記憶を作ってもらう、と。
強く、濃い記憶さえあれば、四人を蘇らせることも可能だろう。
そのために、オレは数年間を待ち、その間の記憶を対価にあんたの前に自由に現れ、力を貸す。
悪魔と共にある生活だ。薄い記憶になりうるはずがない。
時間をかけることになるが、確実で、効果的な手法であったと今でも確信している」
笑う兄者に返す言葉を弟者は有していない。
全てが彼の思い通りに進んでいる。
記憶を喰われ、兄者と初めて会ったと感じたあの時から今まで、
弟者の中で薄っぺらく感じられた瞬間は殆どない。
苦労や驚き、喜びに悲しみ。
村の一員として暮らしている人生よりも、
ずっと強く濃い時間を毎日毎日過ごしてきた。
こうして兄者が全てを話し、
傲慢な願いを叶えることができると判断できるほどなのだから、
得てきた記憶というのは想像よりもずっと強く、代え難いものなのだろう。
( ´_ゝ`)「全てを知り、あんたは何を思う?
早く願いを叶えろと思うか?
その意見には大賛成だが、あと少し、オレの与太話にも付き合ってもらいたい。
何、この声を、あんたが嫌った長いお喋りも、これで最後になるんだ。
願いを叶えれば悪魔と主はさようなら。最後の一時くらい大目にみてくれ」
(´<_` )「オレが何を言ったところでお前は勝手気ままに言葉を続けるだろ。
今更、続きの許可を求められたところで気味の悪さしか感じない。
とっとと話してしまえ」
-
冷たくあしらってから、弟者はふと気づいてしまう。
兄者は急いている。
同時に、この時間を惜しく思っている。
相反する二つの感情を何故、弟者は察することができたのか。
理由を思考で導き出すことはできない。
共に旅を続け、薄くない記憶を積み上げてきたから、としか言いようがなかった。
( ´_ゝ`)「お言葉に甘えるとしよう。
あんたと出会い、契約を交わしたあの時。
オレはあんたを好ましく思い、願いを真っ当に叶えてやろうとした。
普通の体を持ち、自我を持つ人間を蘇生してやろう、と」
だが、と続ける兄者の表情は、
苦いものを押し殺そうとしているような笑みだった。
( ´_ゝ`)「その後のことを考えてやる程ではなかった。
つまり。死したはずの人間が蘇ったことに普通の人間は怯えるだろう。
四人もの人間を蘇らせる対価として、やはりあんたは白痴以下になるだろう。
酷いと思うか? しかし、時間の経過や努力ではどうにも成し得ない奇跡を与えるのだ。
正しく人間の体を持ち、以前の思考、記憶を伴って再び現の地を踏ませるというのは、
至極良心的で、真っ当な部類にはいる。
責められる謂れは欠片もないとオレは誰に対してでも告げることができた」
願いを叶えられる側である弟者にとって、
兄者が語る未来予想図は楽しいものではない。
彼がその気持ちを言葉にしなかったのは、
対価として妥当、あるいは格安である、と感じていたからだ。
-
死んだ人間は生き返らない。
世の理であり、この世界に生きる大勢が涙や血の味を感じながらも乗り越えてきた。
そこから自分だけは逃れようとしてしまった。
蘇り後の後処理まで良くとり図ってくれ、と願うのは面の皮が厚すぎるというものだろう。
けれど、と弟者は眼前にいる兄者から目を離さずに考える。
今、わざわざこんな話をしているのだ。
彼は面白くない未来に弟者を送るつもりはないらしい。
( ´_ゝ`)「だがな、あんたは、その未来さえ、覆させた。
あんたは面白い人間だ。
何も覚えていない、何も覚えられない人間にするには惜しいと思った。
きっと当時のあんたはオレに気に入られるとは微塵も考えていなかっただろうが、
悪魔の手を怯えながらとったあんたの言葉が、オレは大そう気に入ったんだ」
(´<_` )「……オレは、何を言った?」
噛み締めるように言葉を紡ぐ兄者は新鮮だった。
過去を懐かしみ、宝物のように語るに相応しい言葉を幼い自分が言えたとは思えない弟者は、
先を急かすように問いかける。
( ´_ゝ`)「契約を成立させ、オレはあんたの姿をとった。
長い付き合いになる。呼びかけるための名前は必要だろ?
しかし真名を教えるわけにもいかない。
だからオレは言った。好きに呼べ、と。
何なら、父でも、母でも、妹、姉、弟でも。兄、とでも」
-
(´<_`;)「まさか」
弟者はハッと目を見開く。
目の前にいる悪魔は、自身を「兄」者としている。
姿を写し取っているが故の名乗りだとばかり思っていたが、
とんだ勘違いだったことに気づいた。
( ´_ゝ`)「そのまさか、だろうさ。
あんたがオレを「兄」にした。
姉も妹もいるが、上の男兄弟、兄はいないのだ、と。
家族が蘇ったとして、新たに兄を求めることはできないから。
同じ姿をしたオレを兄としたい。だから、兄者と呼ぶ。
……あんたは怯えていたはずの目を真っ直ぐオレに向けて言ったんだ」
本能的に悪魔を恐れていながらも、
幼い子供は己の欲望に忠実であった。
家族を乞うた彼は、目の前に与えられた選択肢によって、
新たな家族まで得ようとした。
当時の自分を知らぬわけではない弟者は、
その場で頭を抱え、地面に顔を向ける。
一番初めに生まれた女の子が姉者であるならば、
初めての男である自分は兄者ではないのか、と。
自分が弟者であるならば、同性の兄弟をもう一人、兄を望んで何が悪い、と。
友達の兄を見てはいつも思っていた。
-
弟者が名付けたのか
-
( ´_ゝ`)「世間を知らぬ子供とはいえ、
悪魔を家族の中に引き入れようとした人間は初めてだった。
見るにも聞くにも、な」
願いを口にする時だけは媚びへつらう人間や、
その瞬間でさえ自分が世界の頂点に立っているとでも言いたげな態度をとっていた人間。
恐れと恐怖に揺れながらも、震える手を伸ばしてきた者。
幾人もの人間を見てきたが、
悪魔を心の懐へと誘う者を見たのは初めてのことだった。
( ´_ゝ`)「覚えてなんていないだろうが、それから数年。
あんたはオレが中にいることをしっかり覚えていたし、
返事がないことを知りながらも何度もオレに話しかけていた。
日常の話をし、感情を告げ、そろそろ出てきてもいいんじゃないか、
願いが叶う日を楽しみにしている、と」
家族の蘇生と、密かに望んでいた兄という存在。
その二つは幼い弟者の心を支え、
いつしか、無くてはならないものに変化していた。
弟者は否定の言葉を投げようとしては口を無為に開閉させ、
最後は閉じるという動作を何度も繰り返す。
体の隅々にまでいきわたっていたはずの血が、
急速に顔面へと集まりだし、彼の頬を染めていく。
覚えはなく、自分がそのようなことを言うとは信じ難いのだが、
思い出を語る兄者の表情からは嘘を感じることはできない。
-
( ´_ゝ`)「成長し、世間を知ってもなお、
あんたは後悔することなくオレを兄と呼び続けた。
言葉を返すことはできなかったが、
オレはあんたの声をずっと聞いていた」
弟者の様子に気づいているにも関わらず、
彼は揶揄することなく、けれど、沈黙することもせず、
自己満足の言葉を続けていく。
( ´_ゝ`)「あんたがオレを「兄」にした。
オレは応えてやりたいと思った。
悪魔には身内など存在していないが、
無為と戯れるようにして生きてきたわけじゃない。
現実に在る兄という存在や、物語の中に在る兄という役割をオレは知っていた」
そうだろうさ、という言葉は弟者の口から吐き出されることなく、
無様な呻き声に変わる。
認めたくない。認めたくはないが、
彼はいつの瞬間も「兄」であることを辞めたことはなかった。
拒絶と否定を何度押し付けても、
彼は兄者と名乗り、傍に在り続けた。
( ´_ゝ`)「どうせ兄になるのであれば、
オレの知る中で最高の兄になろう。
悪魔を身内にしてしまうような面白い人間に応えるには、
持てる最良が必要だとオレは考えていた」
-
弟者は静かに息を止めた。
数多くの人間を知り、作り上げられた創作物を知る悪魔が思う最良とは何か。
人間の価値観と悪魔のそれは違っている。
だが、ここで良とは言い難いものを兄者が抱いていると考えるほど程、弟者も捻くれてはいない。
理解が及ぶ程度には近しいながらも、
納得がいくのかと聞かれれば緩く首を横に振るような最良がそこに在ることを予感させた。
( ´_ゝ`)「弟を支え、励まし、知恵を授け、守り、
我が身よりも愛し、慈しむ。
美談に描かれ、観客が涙を流し良き兄であったと口を揃えるような」
(´<_`;)「待て」
とうとう弟者は声を上げる。
嫌な予感はこれだった。
(´<_`;)「おい。待て、待てってば」
息を一つ吐くだけの時間でもいい。
時よ止まれと願う。
文字通り片時も離れずにいた存在を失うには、まだ早すぎる。
静止を乞う傍ら、弟者の思考は確固たる形を持たずにいた予感を言語化していく。
処理が進めば進むほど、彼の中で湧き上がる焦燥は激しく火をふくのだが、
そこに構っていられる余裕は既にない。
-
(´<_`;)「そうだ。お前は言っていた。
オレの今までの記憶と記憶するという力を奪うことで、
ようやく四人の人間が蘇生できるのだと」
裏返りそうな声を必死に押さえつけ、
思考の末に生まれた言葉を吐き出す。
(´<_`;)「現時点で出来うる最良がそれであるというのならば、
その未来をどうやって覆すっていうんだ」
失われた記憶について兄者がいくら語ったところで、
彼の言うところの、強く濃い記憶にはならないだろう。
体験した覚えのないそれらは、少しばかり気になる他人事の域を出ない。
四人を蘇らせた後、弟者の記憶や思考が正常に機能するよう、
保たせられるほどの記憶になるはずがなかった。
ならば最良とは何か。
一人の人間を生贄に、四人もの人間が生き返る。
奇跡という言葉さえ霞むその光景以上を引き出すには、
今、弟者が持っているものだけでは圧倒的に足りない。
過去の記憶と未来の記憶。
どう足掻いたところで、弟者が持っているのはそれだけ。
そう。弟者が、持っているもの、は。
-
( ´_ゝ`)「気づかれる前に、と思っていたんだが、
お喋りが過ぎてしまったらしい。
まあ、あんたはこれから全てを忘れるんだ。
安心してくれ」
身勝手にも程があるというものだ。
良き「兄」として、何もかも知らせぬままに終わらせてやれたというのに、
兄者は自分の意思と感情によって、
全てを話し、弟者が願いの先へ気づくだけの時間を作ってしまった。
いくら終わりを急いたところで、
情報を並べてしまえば弟者がそこへ思い至るのは自明の理であったというのに。
(´<_`;)「やめろ。これは、命令だ。
なあ、契約者の命令だぞ」
弟者は手を伸ばす。
実体を持つのか持たぬのかも曖昧な手でも服でも掴めれば、
先にある未来を遠ざけることができるような気がした。
( ´_ゝ`)「それを聞き入れるつもりはない。
他に最良の方法などないのだから。
あんたが百になるまで生き、それら全ての記憶を用いたとしても、
今からオレが成す最良には至らない」
弟者の手が空を切る。
-
( ´_ゝ`)「死んだ人間は蘇らない。
故に、他者は世の理から外れた存在を恐れる。
抜け殻や蘇生した人間を」
恐怖は周囲の人間だけに適応されるわけではない。
自然に還ったはずの肉体を取り戻し、
目蓋を持ち上げることになる当人達にも同様の感情が付きまとうことになる。
どのような形で蘇生させたとしても、
一度は喪われていることに変わりはなく、
弟者の家族の生が周囲や当人達に受け入れられることはありえない、とさえ言ってしまえた。
末は壊れた弟者と共に心中か、家族揃っての生き地獄か。
( ´_ゝ`)「ならばどうすればあんたの家族は迫害されずに済む?
あるいは、自分を恐れずに済む?
この問い掛けの答えは簡単だ」
触れることのできぬ兄者に弟者は悲痛な顔を見せる。
目には見えており、距離も近い。
少しの労力で捕まえれるはずの存在が掴めない。
種族の壁。
決意の差。
二人の間には、目に見えぬ隔たりが無数にあった。
-
( ´_ゝ`)「そもそも、死ななければいい。
あんたが住んでいた村は、
慣れ親しんだ隣人を無意味に傷つけるような場所ではなかっただろ?
当たり前に生を続け、楽しくも苦しい現を楽しめるだろうさ」
(´<_`;)「もう、オレの家族は、死んでいる」
両の手で兄者を追いながら、彼はかすれた声を出す。
死んだ者は蘇らないというのが世の理であるならば、
過去は変えられないということもまた、
安定と秩序ある世界における決まりごとだ。
弟者の家族は死んだ。
軽く扱える過去ではないけれど、
時間は心の傷を十分に癒してくれた。
悲しい死を弟者は現実として受け止め、
既に心の整理もつけてある。
(´<_`;)「兄者」
けれど、新たに何かを喪う覚悟など、弟者は持っていない。
( ´_ゝ`)「過去を変えよう。
あんたがオレに与えてくれた、
兄という役割と、名前と、思い出を対価に、
家族の死を無かったことにすればいい」
-
(´<_`;)「やめろ!」
悲鳴じみた声だった。
(´<_`;)「お前は! 何を言っているのか、わかってるのか……?」
凍えるような汗を流しながら弟者は問う。
答えが是であることを知りながら、
前言の撤回をあの口が告げてくれないだろうかと期待して。
(´<_`;)「だって、それは、お前の食べられる、一つは、記憶で。
それ以外は、駄目だって、毒だって!
オレは覚えてるぞ! この記憶は、喰われていない!」
兄者は弟者の願いを叶えるため、
喜んで毒を喰らおうというのだ。
彼が知る最良の「兄」とやらが、
我が身も省みない自己犠牲精神の塊であったとしても、
弟者はそれを許容する気は全く無い。
( ´_ゝ`)「落ち着け。深呼吸でもしたらどうだ。
言っただろ? どうせすぐに忘れる。
あんたはオレのことも、旅のことも、全て忘れ、
もう一度人生をやり直すんだ」
(´<_`;)「誰がそれを望んだ!」
-
( ´_ゝ`)「あんたであり、オレでもある。
最初に願ったのはあんた。
より良い方向を願ったのがオレ。
悪くない契約だった。互いにとって、な」
(´<_`;)「オレは、そんなの、願ってない」
誰かの屍の上で、家族と一緒に笑いあいたい、など。
( ´_ゝ`)「この結末を望んだのはオレだが、
あんたの願いだって間違いなく叶っている。
もう、ずっと昔の願いだったとしても、
かつては何よりも切望した思いだっただろ?
叶う機会がやっと巡ってきたんだ。
素直に喜ぶといい」
そんなことはできないとわかっていながら、
兄者は祝福の笑みを浮かべる。
( ´_ゝ`)「過去を変えることも、時間を巻き戻すことも、
長い長い生の中で始めての経験だ。
何、心配することはない。
願いを叶えるのが悪魔の役目。
初めての試みだからといって失敗に終わることはない」
(´<_`;)「ふざけるな、ふざけるなよ。
過去を変えるなんてやめておけ。
時間を巻き戻す? そんなことをしてどうする」
-
( ´_ゝ`)「幾分、初めてのことなもんでね。
過去を変えた後、あんたがどうなるのか検討もつかん。
今に至るまでの過程が全て変化し、
この場から消えるかもしれないし、この場に留まるのかもしれない。
記憶も新しいものが詰め込まれる可能性もあるが、
すこん、と十数年分が抜け落ちることも十二分にありうる話」
だから時間を越える必要があるのだ、と兄者は語る。
契約者である弟者が改変の影響を受けず、
変わってしまった記憶を得られなかったとしても、
過去を変える基点、すなわち、家族の死の時間にまで戻ってしまっていれば、
記憶や認識の齟齬を最小限に済ませることができるという算段だ。
( ´_ゝ`)「過去を変えることも、
時間を戻すことも、
全て無駄なく必要な行為であることがわかってもらえたか?」
(´<_`;)「わからない。オレにはさっぱりだ!」
( ´_ゝ`)「そうか。それは残念だ。
納得しないだろうと思ってはいたが、
ほんのわずか、かすかな希望を抱いていたんだが……。
仕方がない」
小さなため息をつき、兄者は手を軽く振る。
( ´_ゝ`)「さようならだ。
良き人生を。
我が弟に幸あれ」
(´<_`;)「待て!」
-
兄と引き換えの家族か
-
弟者の視界が歪む。
景色が混ざり合い、反転し、色彩が裏返る。
足元は溶けて崩れ、泥のように、氷のように姿を変えていく。
世界が終わる。
今という時間が消える。
,,;;<_`;)「兄者!」
形を変え始めた我が身を無視し、
未だ寸分も姿を変えぬままそこに在る悪魔を呼ぶ。
だが、彼は微笑むばかりで言葉を返すことさえしない。
,,;;<_`;)「くそ、くそくそ!
どうして、こんな、オレは、望んじゃ」
歯を食いしばり、
自分という存在を保とうとするが、
世界の変化に抗うことはできなかった。
体の外側だけでなく、内面、記憶まで狂い始める。
時間を巻き戻っている証拠なのか、
悪魔の力を行使している影響か。
旅の記憶が消えてゆく。
笑う悪魔の声も、言葉も、名も、
何もかも失われていく。
,,;;<_`;)「いやだ……。
わすれたく、ない」
-
――――――――
――――――
――――
――
―
('A`)「……ん?」
整備はされていないけれど、
人が頻繁に行き来することで道という形を保っている道を歩いていた毒男は、
懐に異変を感じて足を止める。
しばし探り、取り出したのは手のひらに収まってしまう程の箱。
年季が入っているのか、ところどころに黒ずんだ汚れがあり、
お世辞にも由緒や価値があるとは言えないものだった。
彼が持っているのはそれと汚い麦藁帽子だけで、他には食料も替えの服もない。
正真正銘の手ぶらというやつだ。
それだけで毒男が普通の旅人とも商人とも違っていることがわかるだろう。
(;'A`)「なんだ、これ」
箱を見つめ、毒男は言葉を零す。
一見すれば何の変哲もない箱だが、
確かな観察眼を持つ者ならばわかる異変があった。
(;'A`)「おい、悪魔さん?
どうなってんだよ。
何で、お前の箱が、壊れてってるんだよ……!」
-
はて
-
奇妙、としか表現しようのない光景だった。
毒男の手の中にある箱が、
何故か緩やかに崩壊を始めている。
底の部分から表面の糸がほつれ、
板が軋み、細かな破片を飛ばしながらヒビを作っていく。
(;'A`)「どうして。こんな、わからない。
こんなこと、今までなかったじゃないか」
混乱している間にも少しずつ壊れてゆく箱から目を離さぬまま、
彼は震える手で蓋を開けようと指を懸命に動かした。
何も知らぬ人間が見れば、
起きている事象は奇妙であり、おぞましいけれど、
箱を捨て、忘れてしまえば終いだと助言することだろう。
毒男を取り巻く絶望も、恐怖も何も理解せぬままに。
小さく、ちっぽけで、何処にでもあるようなその箱が、
時間の流れに取り残されてしまった彼にとっての唯一無二。
たった一つの友人であるなど、誰が想像できようか。
(;'A`)「悪魔さん!」
( )「――おや、初めてに予想外はつきものだが、
なるほど、こうなったか。
世界や時間というモノは存外、賢いモノではないらしい」
不規則に崩れてはまた形を成す靄は、
楽しげに言葉を紡ぐ。
-
(;'A`)「何で笑ってんだよ。
お前、何があった」
( )「あぁ。お坊ちゃん。感謝しなければいけないな。
世界や時間というモノが混乱しているおかげで、
オレはまだこうしてお坊ちゃんと会話ができている。
この機会を逃すわけにはいくまい」
兄者は過去を変えた。
家族を喪わずにすんだ弟者は、彼の助けを求めない。
未来に兄者が得る毒は消え去ることになる。
だが、毒を持って過去を変えなければ弟者の家族は死ぬ。
毒と記憶を抱えたまま時間を遡った兄者は、
世界に対する矛盾を孕み、
正常な時の流れから多少外れることとなってしまったようだ。
その結果、幸いなことに兄者を蝕む毒は緩やかな速度となり、
兄者の死を幾分か先延ばしにしている。
( )「信じられんだろうが、オレは未来から時を遡ってここに在る。
手法はお坊ちゃんの最も嫌うもの。
おかげで今、この時もオレの体は死へと向かっている。
残りわずかな時間。一つ、お坊ちゃんに伝えておこう」
(;'A`)「オレが最も嫌うって、お前、まさか」
( )「問答はなしだ。是非に関してならば未来で終わらせてきた。
何時までオレの体がもつかもわからん以上、
結果から先に言わせてもらおうか。
お坊ちゃん、あんたの永遠を終わらせるには、
その魂を喰わせてしまえばいい」
-
(;'A`)「は? 何だ、急に」
( )「オレは未来で空を見た。
人間として、生きるあいつを、だ。
悪魔が死した後、人間になるのか、という問いに、
明確な答えを提示することはできないが、
あの時、オレはあいつが空であると感じた」
(;'A`)「――空?」
息を呑む。
長く長く、飽きるほどに生きてきたが、
ほんの一時でもその名を忘れたことはない。
名だけではなく、
顔も、声も、仕草も、何もかも。
終わりの瞬間ですら、毒男は忘れることができずにいる。
(;'A`)「空が、人間に……?」
死に逝く兄者のことも、
未来から時を遡ってきたということも、
毒男の頭から追い出されていく。
残るのは唯一つ。
愛した悪魔に関する情報だけ。
-
また懐かしいのが来たな
-
..;:: )「ここよりずっと北の村に住んでいた。
細かな場所を説明することはできんが、
お坊ちゃんなら探し出すこともできるだろうさ。
死ぬ前に一度、あいつの姿を見てみるのもいいだろう」
音もなく靄は崩れる。
欠けた部分は修復されることなく、ぽっかりと穴を開けていた。
..;:: )「死するには悪魔に呪われた魂を喰わせ、
命を終わらせる必要があるが、
必ずしもその後に転生が待ち受けているということもあるまい」
生気を失った暗い瞳をしていた毒男だが、
兄者から伝えられる言葉達に小指の爪ほどではあるが、光を取り戻していく。
愛した存在が、この地上で生きているかもしれない。
自分も死ぬことができるかもしれない。
希望がそこにはある。
..;:: )「悪魔に喰われた魂がどうなるかなど、オレは知らない。
消化され、消滅すればお坊ちゃんは二度と空には会えないだろう。
どこぞの悪魔の腹の中で永久の苦しみを得る可能性だってある。
人の輪廻から外れてしまっていても不思議ではない。
だが、悪い賭けではないはずだ」
このまま長いだけの生を行くも、
未知の先へ足を踏み出すも、
選ぶ恐ろしさに然程変わりはない。
-
好きに選べばいいと兄者は言う。
結末を見届けることも、
責任を負ってやることもできないけれど、
提示してやることだけならばできるから。
(;'A`)「会いたい。
空に、会いたい」
..;:: )「あいつは何一つ覚えちゃいないが、
きっとお坊ちゃんを待っていることだろうさ。
お坊ちゃんが人間の皮を被ったナニカであろうとも、
拒絶することはないだろう」
(;'A`)「でも、やっぱり怖い。
だって、それはオレ一人で行かなければならないんだろ?」
死んでほしくない。
毒男の目はそう語る。
..;:: )「今更、夜中に厠へ行けぬ幼子のようなことを言い出すか。
両足を持ったお坊ちゃんよ。
考え、術を作るだけの脳を持ったお坊ちゃん。
オレは選ばない。お坊ちゃんの道は、自分で決めろ」
(;'A`)「わかっている。これは、ただの我が侭だ。
もう二度と、目の前で死ぬ悪魔を見たくないという」
..;:: )「ならばオレは箱に戻ろう。
存在が喪われるその様を見ずに済むように。
崩れた箱だけ残されるように」
-
粉々に砕けた箱を見て、自分は泣くだろう。
毒男は未来を予測し、既に瞳に涙が浮かび始めているのを感じていた。
どうして、悪魔というのは死ぬときに笑むのか。
目の前にいる存在に表情はないけれど、
投げかけられる言葉はどれも軽く、楽しげだ。
後悔の念でも叫んでくれたのならば、
毒男は世界を今よりも強く恨むことができたというのに。
永遠の身を賭けてでも世界を滅ぼしてやる、と決意してやれるのに。
(;'A`)「駄目、だ。ここに、このまま、いてくれ」
最期の瞬間を目にしたいわけではない。
だが、そこから逃げたとして、
残るのは現実を認めようとしない心だけだ。
在りもしないもしかしたらに引きずられ、
懺悔と虚無を重りにして生きていく気力など毒男は持ち合わせていない。
故に、最期を見送る。
(;'A`)「オレは、何もできないから。
せめて悪魔さんが終わるその時まで、
は、話し相手に、でも、なれれば」
保身のためにこの場へと引き止めた毒男は、
自分にできるせめてもの贖いを提案として口に出した。
-
がんばれ、どっくん
-
..;:: )「どれだけの時間がかかるか、全くもってわからんが、そうだな。
お坊ちゃんの好意に甘えるとしようか。
退屈な箱の中で終えるより、お坊ちゃんと話していたほうが楽しそうだ」
未来の話でもしよう、と兄者は揺れる。
楽しい、のだろう。
毒男は悲しげに目を細めた。
きっと、兄者は未来で幸福を得てきた。
命に代えても願いを叶えてやりたくなる者と出会い、
思いを忠実に実行し終え、ここにいる。
残された時間がわずかであろうとも、やり遂げた達成感をもって笑っているのだ。
その喜びを持ったまま生き続けてほしい、と毒男が願ったところで、
兄者はその思いを叶えてはくれない。
('A`)「どんな話でも聞くよ。
昔みたいに、たくさん話してくれ」
..;:: )「面白い話ならば山のように。
お坊ちゃんから離れ、旅をした時間は実に有意義だった。
何から話すか迷うところではあるが――」
弾むような声が止まり、靄が蠢く。
どこか、毒男とは違う方向を見つめているようだ。
('A`)「悪魔さん?」
首を傾げ、毒男も直感的に兄者が見ているのであろう方向へ顔を向ける。
遠くから、泣き声が聞こえていた。
-
..;:: )「すまないが、お坊ちゃんの好意に甘えているわけにはいかなくなった。
手間をかけさせることになるが、
声の方向へと向かってはくれないだろうか。
生憎、オレはその箱を移動させるだけの力を持っていないもんでね」
(;'A`)「え? どうし……いや、わかった」
理由を問おうとして、毒男はすぐに言葉を下げる。
今も欠片を崩し続けている兄者を待たせるわけにはいかない。
説明を受けるにしても、阿呆のように足を止めたままでなくとも良いだろう。
(;'A`)「オレが知るお前は、泣く子供を助けるような悪魔じゃない。
五月蝿いと邪険に扱ったり、暴力をふるうような存在ではなかったけれど、
わざわざ近づいていくようなことはしない奴だった。
関心はあれど、傍観者の立ち位置から離れようとしない。
そんな悪魔だった」
足場の悪い道を駆け抜けて行けば、
泣き声はだんだんと大きくなってくる。
(;'A`)「未来で、悪魔さんを変えるような何かがあったのか?」
..;:: )「さて。オレは変わったのか、変わっていないのか。
判断がつきかねるところだ。
見ず知らずの幼子が泣いていたとして、
オレはきっとお坊ちゃんの言うとおりの行動に出るだろう。
今回は、相手が違っていた、というだけの話。
果たしてそれを変化と呼んでいいのか」
-
毒男の足が土を蹴り上げ、木の葉を撒き散らす。
人が通っていそうな道など彼の足元には存在していない。
最短距離を行くために彼は道無き道を選んだ。
(;'A`)「声が」
かすかに聞こえていた音が、鮮明な泣き声となって毒男の鼓膜を揺らす。
慰める声も、宥める声も聞こえてこないところをみるに、
そこに居るのは子供一人のようだ。
お天道様が顔を出している時間帯に野盗の類が現れるとは思いたくないけれど、
理想と現実はいつも相容れぬもの。
村から外れたこんな場所で、
抵抗の一つもできない年頃の子供が一人きりというのは非常に宜しくない。
..;:: )「やはり、そうか。
時間というものは細かな調節が利かないらしい。
いや、喰らったせいで記憶が足りなかったか?」
静かに兄者が呟いた。
その声を毒男はしかと聞いていたけれど、
言葉の意味を確かめるまでには至らない。
(;'A`)「どう、したんだい?」
足を止めた毒男の前にいるのは、
零れ落ちる涙を何度も何度も拭う男の子だ。
-
(う<_; )「わかんない」
慟哭という言葉が似合いの声を上げていたにも拘わらず、
少年は俯いた状態のまま首を横に振り、嘆きの理由が不確かであることを口にする。
一つの感情で胸を、頭を満たしてしまっているらしい彼は、
突然に現れた毒男へ警戒心を抱くだけの余地もないらしい。
(う<_; )「どうして、お、オレは、こんなに、かなしいの?
むねが、くる、しくて……。
なの、に、なんでか、わからない」
変声期を迎えていない子供の声は掠れており、聞く者の胸を打つ。
他者との関わりを絶って久しい毒男でさえ、
目の前でうずくまり、涙を止めぬ少年を庇護してやらねばと思ってしまう程だった。
(;'A`)「とりあえず落ち着いて。
息を、深呼吸を」
(う<_; )「なくなった。
なくなっちゃった、ことしか、わからない」
思いを紡ぎ出せば紡ぎだすほど、
彼の嗚咽は激しくなり、過呼吸のような息遣いへと変わっていく。
何も知らぬ第三者の声かけなど、一粒の砂以下の重みしかない。
(う<_; )「大切だった、はずなのに! オレ、た、大切だ、と、
お、おも、ってて、でも、それ、しか、わか、らないん、だ」
-
少年の頭ばかり見えていた毒男の目に、
泣きはらした顔が映りこむ。
(;<_; )「何を、なくした、かすら、オレは、覚えてない……!」
疑問と焦燥。
故の絶望。
幼い子供が浮かべるには複雑すぎる感情の色に、
毒男は眩暈がしそうだった。
失い、息ができなくなるほど苦しんでいるというのに思い出せぬ理由を毒男は知っている。
まだ幸せだったあの時。
空と揃って教えてくれたことの一つ。
('A`)「おま、え」
ゆっくりと、錆びた音でもたてそうなほどの速度でやや上を見る。
先ほどよりも欠けさせた部分を広げた靄は、心なしか悲しげに揺れていた。
....;;:: )「オレはあんたに泣いてほしかったわけじゃない。
どうして覚えているのだろうな。間違いなく、全て喰ったというのに。
何も覚えていないというのに、何故、嘆くのだろうな。
忘れてしまえ。弟者。何もかも。それは、あんたに必要のない記憶だ」
(;<_; )「い、やだ。
なんで、そんなこと、言うんだ!」
-
弟者は靄を恐れない。
明らかに普通ではない、異形のモノであるというのに、
そこには人がいるのだとばかりに言葉を返す。
(;<_; )「勝手に決めるな!」
張り上げられた声を聞き、
毒男は顔を歪める。
彼は、その感情を知っている。
('A`)「……結局、無駄だったのか」
ぽつり、と誰にも届けるつもりのない言葉が漏れた。
(;<_; )「オレが! 失ったものが! 必要だったかどうかなんて!
お前が決めるな!」
空を喪ったとき、後悔と絶望の中で、毒男は何度も思った。
長すぎる時を経た今でも、時々思う。
勝手に決めてくれるな、と。
何が本当に必要で、欲しているのか。
こちらのことをわかった気になって、
願いを叶えられたところで喜びを感じれるはずがない。
('A`)「悪魔さんの言ったとおりだった。
自由を奪ったって、何も変わらないんだ」
-
狡猾な悪魔は、甘言も手管も使い、
したいと願ったことを叶えてしまう。
己が身を滅ぼしてしまう。
('A`)「ずるくて、賢くて、優しい悪魔さんはこの子に何をした?」
凪いだ目が兄者を写す。
空を喪ったときよりは幾分か正気の色を持っているけれど、
まともな人間としての輝きは昔々に置いてきてしまった瞳だ。
....;;:: )「願いを叶えただけだ。悪魔の本分として。
そして、良き兄として。
――お坊ちゃん。そう睨んでくれるな。
悲しむのは一時のこと。記憶がないのだから、
時間の経過で痛みも失せるだろう」
悪魔は身勝手な存在だ。
かつて、毒男はその生き様を憎み、呪いをかけた。
('A`)「お前に記憶を喰われ、それでも嘆きの声を上げねば気が治まらぬほど、
大きなものを取り上げてしまったのだと何故気づかない」
....;;:: )「対価に見合うだけのものを渡している。
今、かすかであったとしても、覚えているというのは予想外だが、
オレは欠片も後悔していない」
(-A-)「そうか」
わかっていた。
空も、死ぬその時、後悔の念など抱いていなかった。
残される者へ謝罪を送っても、彼女の心は満足していた。
それが悪魔なのだ。
-
良き兄として、が切ない
-
('A`)「悪魔さん。オレの願いを叶えてくれ」
涙を流し続けている子供の横で、
毒男は表情を崩すことなく悪魔を見据える。
....;;:: )「何の冗談だ? もうすぐ朽ちるこの悪魔に、何を託そうとする。
魂を喰らってほしいのなら他をあたれ。
生きてきた時間よりもずっと短い時間で手ごろな奴を探し出せるだろうさ」
('A`)「お前でないと意味がない」
今も欠け続けている兄者の姿を見るに、残された時間は多くない。
よく口の回る悪魔に惑わされる時間が惜しいとばかりに毒男は矢継ぎ早に言葉を差し出した。
('A`)「見知らぬ悪魔にやれるほど、オレの魂は安くない。
空を知り、オレを知っているお前だからこそ、
最悪の事態、消滅も、永遠の苦痛も受け入れられる」
全てが真ではないが、嘘でもない。
可能であるならば、見知った悪魔に魂を喰われたいと思うが、
兄者がそれを言い出さなかった時点で、それを望んでいないのだという確信があった。
死に逝く友の思いは汲んでやろう。
そう思ったからこそ、毒男は何も言わなかったのだ。
だが、事情が変わった。
黙って兄者を逝かせるわけにはいかない。
-
('A`)「呪われた魂だが、長く生きた魂でもある。
お前を侵す毒を帳消しにできる可能性だってないわけじゃない。
上手くいけばオレは満足して死に、お前は生き、この子は嘆くことをやめる。
まあ、もっとも? 悪けりゃオレの呪われた魂が毒となり、お前は死ぬわけだが、
何もしなくてもどうせ死ぬんだ」
言葉を引き下げるつもりはない。
酷い悪魔達に振り回されるのも、
振り回される人間を見るのも、もう御免だ。
('∀`)「悪くない賭けだろ?」
毒男は笑う。
死に場所を決めた人間の笑みに、
兄者は沈黙を返す。
このまま、ただ黙していれば、
時が兄者を殺すことだろう。
嘆く弟者と無力感に陥る毒男を残して。
('∀`)「乗れよ。
オレは、乗った。
次は悪魔さんの番だ」
空に会えるか否か。
人間として生まれ変われるか。
未知へ毒男は足を踏み出した。
....;;:: )「――兄者、と呼べ。
お坊ちゃんの願いを叶えるなら、
その名でなければ意味がない」
-
半分以上が崩れた靄が手を伸ばす。
願いを叶えてやると、言って。
('∀`)「この子の、兄になってやってくれ」
兄者は満足していた。
家族を蘇らせてくれという願いを、最上の形で叶えてやったと自負している。
そこを撤回するつもりは毛頭ない。
だが、結果として、記憶を失ったはずの弟者は酷く悲しんでいた。
愛する者を喪った毒男と酷似するその姿に、
一抹の疑問が過ぎったことも、確かだったのだ。
そこへ差し出された賭けは、毒男の言うとおり、まったく持って悪くないものだった。
('∀`)「人間として生き、人間として死ぬ。
この子とお前の両方が死ぬまで、
お前は悪魔に戻ることなく、人間でい続けろ」
良き「兄」ならば、嘆く弟を捨て置いたりなどしない。
とれる手段があるのならば、迷うことなく取る。
....;;:: )「契約成立だ。
お坊ちゃんの願い。確かに受け取った。
オレは人間、弟者の兄として生きよう」
(;<_; )「あ、にじゃ……?」
-
うおおおおおお
-
( ´_ゝ`)「対価としてもらうのはお坊ちゃんの魂。
呪われ、永遠を生きたそれを喰らう。
――さようなら、だ」
('∀`)「ありがとう。
オレの、大切な友達」
弟者とそっくりな顔をした悪魔が口を開ける。
目に見えぬ何かを彼が口に含み、嚥下すると同時、
今の今までそこに立っていたはずの男が消えた。
残されたのは彼が着ていた服と麦藁帽子だけで、
その他は何一つとして毒男の存在を証明するものはない。
( ´_ゝ`)「空よ。お前の推察は正しかったようだ。
魂を喪った肉体は時の流れを受け、消滅する。
墓を作り、弔ってくれるような存在もいないお坊ちゃんには似合いの最期かもな」
灰のひとかけらでさえ残っていないその場所を兄者は見下ろす。
靄などではない。確かな形を得て、二本の足でしっかりと地面を踏みしめて。
まだ幼い、一人の人間として、彼はそこに立っていた。
(う<_; )「――あれ?」
一つ、嗚咽を上げて弟者は首を傾げる。
-
(う<_; )「オレ、何で泣いて……?」
過去は再び変えられた。
兄者が「兄」として、人間として生きるために。
( ´_ゝ`)「知らん。急に泣きだすから驚いたじゃないか」
ため息をつき、弟者を見る。
双子の弟を見つめる兄の目だ。
(´<_` )「うーん?」
( ´_ゝ`)「泣きやんだならいい。
ほら、早く帰るぞ。
こんな村はずれにオレ達だけできたと知れたら母者達に怒られる」
家族の情報は願いを叶えるにあたって強制的に流れ込んできている。
たとえ、願いの力がなくとも、
長く弟者と共に在った兄者は大抵のことを知っていたけれど。
(´<_`;)「拳骨は勘弁だ」
( ´_ゝ`)「だろ? のんびりしている暇はないぞ」
(´<_` )「そうだな」
弟者は立ち上がり、兄者の後を追う。
向かうのは家族が待っている二人の家だ。
-
∬´_ゝ`)「おかえり」
l从・∀・ノ!リ人「おかえりなのじゃー」
@@@
@#_、_@
( ノ`)「どこに行ってたんだい?」
( ´_ゝ`)「村の端まで」
l从・∀・ノ!リ人「えー! おっきいあにじゃとちっちゃいあにじゃずるいのじゃ!
いもじゃもいきたかったのじゃー!」
彡⌒ミ
( ´_ゝ`)「お前達がいない、って妹者が探してたんだぞ」
(´<_`;)「ごめんな」
∬´_ゝ`)「うちの仕事、手伝いなさいよねー」
@@@
@#_、_@
( ノ`)「そりゃあんたもだよ」
∬;´_ゝ`)「うへ。薮蛇〜」
( ´_ゝ`)「次は一緒に行こうな」
l从・∀・ノ!リ人「わーい!」
-
どっくんありがとう
-
双子の兄弟は家族との人生を過ごす。
l从・∀・ノ!リ人「おっきいあにじゃ!」
( ´_ゝ`)「ん?」
l从*・∀・ノ!リ人「いもじゃがしゅうかくしたのじゃー!」
( ´_ゝ`)「おぉ、凄いじゃないか。
それほど立派な人参をオレは見たことがない」
l从*・∀・ノ!リ人「えっへん! なのじゃ!」
(´<_` )「妹者は何でもできるな」
l从>∀<ノ!リ人「まかせるのじゃ!」
(´<_` *)「よし。じゃあ、ご褒美に肩車をしてやろう!」
l从*>∀<ノ!リ人「わーい!」
∬´_ゝ`)「あんたら、まだ仕事終わってないでしょ」
(´<_`;)「拳は、拳は――!」
l从;・∀・ノ!リ人「にげるのじゃ!」
(メ´_ゝ`)「……姉者、どうしてオレまで殴られたんだ?」
∬´_ゝ`)「連帯責任」
(メ´_ゝ`)「理不尽な……」
-
@@@
@#_、_@
( ノ`)「兄者。ちょっとお使いを頼まれてくれるかい?」
( ´_ゝ`)「任されよ」
彡⌒ミ
( ´_ゝ`)「怪我には気をつけるんだよ」
( ´_ゝ`)「村の中での使いだぞ。
怪我なんてするものか」
∬´_ゝ`)「どの口が言うのよ。
つい三日前、木から落ちた弟者の下敷きになって怪我したくせに」
( ´_ゝ`)「あれは弟者が悪い」
∬´_ゝ`)「それは間違いないけどね。
同じ体格の人間を受け止めようとしないの、ってことよ」
( ´_ゝ`)「……」
@@@
@#_、_@
( ノ`)「助けたいならまずは自分の身の安全からだよ」
( ´_ゝ`)「そう、だな」
-
――そうして時は流れ十数年。
すくすくと手足を伸ばし、
年相応の肉体を得た双子は家族と共に村の端に立っていた。
∬´_ゝ`)「本当に行くの?」
(´<_` )「勿論」
l从;・∀・ノ!リ人「でも、心配なのじゃ……」
@@@
@#_、_@
( ノ`)「兄者がいるし、悪いようにはならないだろ」
眉を下げ、心配を顔に出している姉妹に対し、
母者は豪胆に頷くばかりで兄弟の身を案じる様子は一切ない。
ただし、信用の度合いは圧倒的に兄へと傾いているようではあるが。
(´<_`;)「何で兄者ばっかり信用されてるんだ!」
母に意義を申し立てるのは弟者だ。
同じ腹から生まれ、共に育ってきたというのに、
この扱いの差は認められない。
( ´_ゝ`)「日頃の行いというやつでは?」
(´<_`;)「いや、確かにちょっと、同じ環境で育った双子とは思えないくらい落ち着いてたり、
色んなこと知ってたり、できたりするけど!
兄者だって、怪我をするとは……とか言って馬鹿なことしたりするだろ!」
-
( ´_ゝ`)「不覚にも……」
(´<_` #)「ちょっと格好つけた言い方やめろ!」
( ´_ゝ`)「してないが」
ああ言えば、と弟者が苦々しげな顔をすれば、
周囲にいる家族達の反応は生暖かいものとなる。
彡⌒ミ
( ´_ゝ`)「兄者が駄目なところは弟者がちゃんとしてるし、
逆もそうだから、父さんは安心してるよ。
二人が揃ってさえいれば、何があっても大丈夫だって」
∬´_ゝ`)「まあ、昔から言ってたもんね。
いつか旅に出るんだ、って」
姉者は過去を思い返す。
双子の下にあたる弟が、目をきらきら輝かせ、
大人になったら兄者と旅に出るのだ、と。
当の本人の許可も取らず、宣言だけは立派にやってのけていた。
l从;∀;ノ!リ人「ちゃんと帰ってくるのじゃ?」
(´<_`;)「泣かないでくれよ……。
大丈夫。できるだけ商人さん達なんかと行動するつもりだから」
-
今のご時勢、野盗の類には事欠かない。
極稀に野生動物や抜け殻の被害にあう旅人もいるが、
前者に関しては人が整備した道に寄ってくることは少なく、
後者に至っては余程運が悪い人間でもない限り、接触することは皆無と言っても過言ではなかった。
@@@
@#_、_@
( ノ`)「何処へ向かうかは決めてるのかい?」
(´<_` )「――北へ」
涙を浮かべる妹から進行方向へと視線を移動させる。
まだ見ぬ遠い土地について、彼は何も知らない。
どのような町や村があり、
何が栄え、名産となっているのか。
( ´_ゝ`)「わざわざ寒い方へ行かずとも、と何度も言ったんだが」
兄者は肩をすくめる。
強制的に旅立ちを決められた日から今日まで、
弟者は向かう先を北と決めて譲らなかった。
(´<_` )「いいだろ。どうにかなるさ」
( ´_ゝ`)「ならなかったらどうする」
(´<_` )「絶対に大丈夫だ」
-
行くのか…!
-
確信を持って言葉を口にする弟者の目には、
兄者に対する強い信頼の色が煌いている。
( ´_ゝ`)「良き「兄」というのは大変だ」
(´<_` )「別に良き兄なんて求めてないぞ」
∬´_ゝ`)「何があったって、あんたらは私達の良き家族だからね」
姉者は双子の弟達の背を強く叩く。
彼女なりの激励だ。
∬´_ゝ`)「名残惜しいけど、ずっとここで立ってるわけにもいかないでしょ?」
l从;∀;ノ!リ人「お手紙待ってるのじゃ」
@@@
@#_、_@
( ノ`)「気が済むところまで行っておいで」
彡⌒ミ
( ´_ゝ`)「無理や無茶はしないこと。
力を合わせて進むこと。
いいね?」
家族達からの言葉に兄者と弟者は笑みを返す。
-
( ´_ゝ`)「いってきます」
(´<_` )「いってきます」
未来というものは存外簡単に変えることができてしまう。
とある家族が死ななければ。
たったそれだけのことで、彼らの周囲だけでなく、
遠く離れた土地にまで影響を及ぼすことがある。
世界全体から見れば些細な出来事一つで歩む先が大きく変わるというのならば、
途方もなく大きな何かが変われば、未来はどれ程の変化を生むのだろうか。
例えば、封印されていた悪魔達が全て解放されたとすれば。
(´<_` *)「今日という日を心待ちにしていた」
( ´_ゝ`)「知ってるさ」
(´<_` *)「兄者も、もっと嬉しそうな顔をしたらどうだ?
何だかんだ言って、兄者も楽しみにしていたことをオレは知ってるぞ」
( ´_ゝ`)「……あぁ、そうだな」
兄者は笑む。
この先、何が待っているのか。
-
皆どうしているだろう
-
子を成せなくなるはずだった娘は、
隠れるような村で過ごす女は、
山の中で親を待つ幽鬼は、
人を殺しかねぬ糞餓鬼と悪魔を恐れながらも心優しく接してくれた老人は、
他者を避けた場所で蒐集に精を出す男は、
記憶を保つことができぬ老婆と空は、
村で一番の知恵者を願う男は、
親を抜け殻に殺された女とそれに惚れる悪魔は。
変わるか、変わらぬか。
蓋を開けてみなければわからない。
( ´_ゝ`)「楽しみだ」
(´<_` *)「だろ?」
得意げに笑い、弟者は言葉を続ける。
(´<_` )「ずっと兄者と旅がしたかった。
しなきゃいけない、って思ってた」
心の奥にずっと根付いて取れることのなかった温い熱だ。
誰にも話したことのない感覚だったが、
今、伝えるべきことだと弟者は確信していた。
(´<_` )「最後まで、付き合ってくれるだろ?」
途中退場は許さない。
( ´_ゝ`)「――勿論だとも。
この兄者。約束を違えることはない」
(´<_` )「信用してるからな」
( ´_ゝ`)「任せておけ」
二人は歩み続ける。
旅が終わるその時まで。
(´<_` )悪魔と旅するようです
完
-
熱い大団円乙…!!!!心から乙!
-
乙乙
-
これにて完結。
最終話が一番短いという事態に悩み、投下が遅れてしまいました。
待っていてくださった方々には申し訳ない気持ちでいっぱいです。
どうにか長くできないものかと考えもしましたが、
やはりこれが一番綺麗で、納得のできる最後だと決心し、書き上げました。
次はまた短編なんかを書けたらいいな、と思っていますので、
機会があればまたお会いしましょう。
当スレは二、三日後には過去ログ申請を出す予定です。
-
だから長岡の時に三人って言ってたし空の時には一人とか言ってたんだね 謎が全て解決面白かったですお疲れ様です
-
ずっと待っててよかったと思えた作品だった
長い間お疲れ様でした
-
ひとえに・・・よかった・・・どうか幸せに・・・
-
えええ
再開したと思ったら終わってるし…読み返してくるとりあえず乙
-
乙…
やっぱりめっちゃ面白かったわ
もっかい最初から読み直してくる
-
最初から読んでみた
くっそ面白かった
-
完走乙
戻ってきてくれたのが何より嬉しい
-
完走乙!
戻ってきてくれてめちゃくちゃ嬉しい
最終話なのに未来が気になってしまうような良い終わり方だった
-
完結乙
前話からこの最終話の流れは間違いなく神
兄弟の掛け合い大好きでした
-
完結乙!!!!!ありがとう!!!大好きだ!!!
-
完走お疲れさまでした!ありがとう
-
続きずっと気になってたけど完結してたのか!
おつ!
■掲示板に戻る■ ■過去ログ倉庫一覧■