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余命幾許もないミリPを>>(安価)が看取ってくれるようです
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以前、同名のSSスレを立ててたんですが、途中でスレが落ちた……。
先日パソコンの整理をしたら途中だったらテキストができたんで完成させました。
恵美編を改めて投下しつつ、スレが残ってる限りまた安価でSS書こうと思います。
■前スレ
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read_archive.cgi/internet/20196/1523799335/
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P「恵美。アイドル楽しいか?」
恵美「なぁに、突然」
仕事帰りの車の中でプロデューサーは突然そんなことを言い始めた。
友達にメッセージを送り終わって、スマホから手を放して少し考えてみた。
まだまだ駆け出しだけど、舞台も慣れてきて、いろいろお仕事ももらえるようになった。
恵美「新しい友達もたくさんできたし、お仕事も楽しいよ」
P「そっか」
そうやって返事した後プロデューサーは何か言葉に迷っているようだった。
アタシはプロデューサーの言いたいことがわからなくて後部座席からちょっと身を乗り出してみた。
恵美「ねぇ、なんなのー?」
P「こらっ、危ないからちゃんと座ってな」
まるで子供をたしなめるような言い方だ。その態度が何となく気に食わない。
周りからは大人っぽいってよく言われるのに、プロデューサーだけはアタシのことを子ども扱いしてくる。
ちょっとセクシーな仕事だって取ってくるくせに、矛盾しているといつも思う。
P「じゃあ、質問を変えるけど」
むくれたアタシの気配を察知したのか話題を切り替えてきた。
こういうところほんとずるい。
P「トップアイドルになりたいか?」
恵美「えっ?」
そう言えばプロデューサーにスカウトされたときに言われたっけ。
スカウトされたときにアタシがアイドルなんてありえないって言うと『君ならトップアイドルになれる』って。
情熱的だよねーうちのプロデューサーってば。
そういうとこ、嫌いじゃないけど。
恵美「そりゃ、なりたいよ。一番になりたいって、誰でもそう思うんじゃない?」
P「うーん……言い方を変えるか。琴葉やエレナを押しのけてでもトップになりたいと思うか?」
その質問に対して言葉を返すことができなかった。
そりゃあ、プロデューサーの言いたいことはわかる。
一番は一人しかなれないから一番なんだ。
それを琴葉やエレナを押しのけてでも掴み取りに行けるかって考えると……。
恵美「……わかんない」
辛うじて絞り出した言葉はそんな一言だった。
口ではそう言ったけど、おそらく無理だ。
仲間や友達を押しのけて、自分だけ先に行くなんてできないし、そんな覚悟もない。
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P「まぁ、恵美はそういう子だよな」
恵美「……こんな中途半端な気持ちじゃ、やっぱ駄目なのかな」
P「いや、すまん。そんなつもりじゃなかった。ただ、恵美の今後をどうしようか考えててな」
恵美「今後?」
P「今のところ、仕事は舞台とモデルが中心だからな。本当のトップを目指すならある程度マルチさが必要だから」
春香とかな、とちょっと比較対象としては大きすぎる名前を出してきた。
歌、舞台、ドラマ、ラジオ、グラビア、バラエティ……春香はあまりにもマルチすぎる。
事務所の稼ぎ頭で、昨年IA大賞を受賞した名実ともにトップアイドルだ。
P「もう少し仕事にバリエーションを持たせつつ、いくつかのフェスに参加したり……賞が欲しいならそれなりの仕事をしないと」
恵美「プロデューサーはさ」
P「ん?」
恵美「アタシがトップアイドルになると、嬉しい?」
P「そりゃ嬉しいさ。自分が育てたアイドルがトップになって喜ばないプロデューサーはいないよ」
恵美「だったら」
P「ストップ」
アタシ頑張ってみようかな、と続けようとしたらプロデューサーが遮ってきた。
ちょうど信号は赤になっていた。
そして、バックミラー越しにアタシを見てきた。
としても真剣な目をしていてちょっとドキッとした。
P「そういうのは、なしだ」
恵美「えっ?」
P「俺が喜ぶからとかは、なし。恵美自身がトップになりたいかどうかだ」
恵美「アタシは……」
アイドルだって友達ができるって応援してくれたからなった。
自分からやりたいと思ってやり始めたわけじゃない。
アイドルを始めたことに後悔は全くないけど。
この道を突き詰めていきたいとまで、考えているだろうか。
でも、ここまで連れてきたプロデューサーが喜んでくれるなら、頑張ってみようと思ったのに。
P「別に今すぐ答えを出せっていうわけじゃない。ナンバー1になることだけが生き方じゃないしな」
信号が青に変わってまた車を走らせ始めた。
プロデューサーの表情はよくわからなかったけど、怒っているわけではないみたいだ。
でも、アタシはなぜか怒られたみたいな気持ちになって、思わず顔を伏せた。
P「恵美はもう子供じゃないからな。自分の未来のこと、ちょっと考えてみてくれ」
こういうときだけ大人扱いするんだ。
ほんとずるい。
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安価スレは昔と違って落ちるようになったから続けるなら安価じゃない方がいいと思う
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病院の廊下でプロデューサーと交わしたそんな会話を思い出していた。
つい先週の話なのに、遠い昔のようだった。
すっかり夜も更けた救急病棟の待合室は静かで、まるで世界から取り残されたみたいだった。
新曲の収録が終わり、プロデューサーと事務所に戻ろうと車に乗り込んだ時だった。
最近あまり顔色がよくなかったけど、今日は一日お腹をさすったり、せき込んだりしていた。
そんなプロデューサーはエンジンをかけようとキーを回そうとしたとき、激しくせき込んだ。
アタシは慌てて背中をさすってあげようとして身を乗り出したらぎょっとしてしまった。
プロデューサーが口元を抑えていた手を放すと、そこにはベットリと血がついていた。
そしてそのままプロデューサーはそのまま横向きに倒れこんだ。
アタシは思わず悲鳴を上げて、プロデューサーの体をゆするけど呻き声しか言わなくて。
救急車を呼ぼうとしても、アタシはすっかり気が動転していた。
オペレーターの人に現状を伝えることがなかなかできなかった。
どうにか状況を伝えて、10分もしないうちに救急車は来てくれた。
その間必死にプロデューサーに声をかけていたけど、プロデューサーは本当に苦しそうで、返事をしてくれなかった。
アタシにできたのは救急車の中で手を握ってあげることしかできなかった。
担架に乗せられたプロデューサーが処置室に運ばれてどれぐらいたっただろう。
ひたすら手を組んでプロデューサーが無事であることを祈っていた。
組み合わせた手はさっきまで血が着いていたけど、看護士さんに言われて洗い流した。
ただ、裾に着いた血は落ちなかった。
その血を見ると悪い想像しか出てこなかった。
看護士「あの、すみません」
そんな風にしていると、アタシの顔を看護士さんが覗き込んできた。
びっくりしつつも顔を上げて返事を返した。
看護士「ご家族の連絡先をご存知でしょうか?」
恵美「家族……」
もちろん、知らなかった。
知っているのは独身なことぐらいで。
そもそもプライベートな話をほとんどしたことがないことを思い出した。
恵美「えっと、アタシはわからないけど……その、事務所の人ならわかると思います」
看護士「では、連絡を取っていただいてよろしいですか? よろしくお願いします」
看護士さんはぺこりと頭を下げて踵を返した。
小走りで処置室に戻っていこうとするその背を慌てて呼び止めた。
恵美「あの、プロデューサーは、大丈夫なんですか?」
看護士「……今はまだ処置中ですので。後程、医師からご家族に説明をさせていただきます」
それだけ言い残して、看護士さんは去っていった。
ただ、少し何かを言い淀んでいたことを、アタシは見逃さなかった。
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安価スレは色々あって落ちるようになったから安価はやめた方がいいゾ
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>>6
知らなんだ。ではレスから適当に拾うことにする
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事務所に電話をして、いきさつを話したら社長と小鳥が駆け付けてくれた。
でも、社長が言うにはプロデューサーには家族がいないらしい。
両親も病気で亡くなっていて、一人っ子だから本当に一人ぼっちだということを初めて知った。
社長からその旨をお医者さんに伝えると少し困った表情をしていた。
医者「……そうですか、わかりました。とりあえず、今は症状が落ち着きましたので」
少し引っかかる言い方だったけど、とりあえず胸をなでおろした。
医者「ただ、胃からの出血が止まるまで入院はしていただく必要があります」
社長「そ、それで、彼は何の病気なのかね?」
物々しいお医者さんの口ぶりに社長もただならぬ何かを感じたみたいだった。
ただ、その問いかけにお医者さんは首を振った。
医者「プライバシーですので、私の口からお伝えすることができません」
お前らは他人だ、って言われているみたいでちょっと嫌だった。
思わず反論しようとしたアタシを小鳥が抑えた。
医者「面会が可能になりましたらご連絡いたしますので、ご本人と直接会話をしてみてください」
その言葉を最後に、アタシたち3人はその場に残された。
結局、お医者さんの言うとおりにすることしかできなかった。
社長は駐車場に置きっぱなしになっている車を回収するためにスタジオに戻り、
アタシは小鳥にタクシーに乗せられて帰ることになった。
小鳥「恵美ちゃん、今日のことはみんなには黙っておいて」
タクシーに乗せられる間際で小鳥はアタシの手を握ってそんなことを言った。
家に帰ったら琴葉に電話をしてこの不安を少しでも紛らわせようとしていたのに。
小鳥「結構、デリケートな話かもしれないから。プロデューサーさんとお話しできるまでは、ね」
恵美「……わかった」
小鳥「お願いね? じゃあ、今日はゆっくり休んでね」
恵美「うん、ありがとう」
お互い、核心をついた事は言えなかった。
口に出せば現実になってしまいそうで。
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プロデューサーと面会を許可される日、アタシも一緒に行くことになった。
最初は社長だけで行くつもりだったみたいだけど、どうしてもと食い下がって同行することになった。
病院に着くと、社長が受付で手続きをしてくれた。
受付のお姉さんがあちこちに電話をしているようで結構時間がかかっている。
そのひとつひとつがアタシの不安を刺激した。
結局病室に案内してくれたのは20分ほど待たされてからだった。
病室までの道のりで、アタシは手の震えが止まらなかった。
社長「所君。大丈夫だからね」
そうやって社長は励ましてくれたけど、社長自身もちょっと声が震えていた。
病院がしている対応を考えれば、簡単な病気じゃないんだと思う。
悪い想像が頭の中をぐるぐると回っていて苦しかった。
社長「入るよ?」
病室の前にたどり着き、社長が部屋の扉をノックすると『どうぞ』と声が聞こえた。
プロデューサーの声だった。
ほんの1日聞かなかっただけなのに、すごく久しぶりに感じた。
社長が意を決したように、扉を開いた。
P「社長、わざわざありがとうございます」
プロデューサーはベッドに横になったまま社長に頭を下げた。
その顔色はあまりよくなくて、なんだかちょっと痩せた気がした。
P「恵美もごめんな、迷惑かけて」
恵美「迷惑だなんて、そんなこと思ってないよ……」
アタシはその姿がショックで、プロデューサーの言葉にそう返すことしかできなかった。
昨日の夜は会えたらもっと明るく話しかけようとかいろいろ考えていたのに。
P「恵美、せっかく来てくれて悪いけどいったん外してくれるか?」
恵美「えっ? ちょ、ちょっと待ってよ! アタシも……」
P「大丈夫、ちゃんと後で話すから。少しだけ、社長と2人で話をさせてくれないか」
恵美「なんで、なんで、アタシはいちゃダメなの?」
P「ちょっと、大切な仕事の話だけしておきたいんだ。頼むよ」
プロデューサーはアタシの目をジッと見つめた後、深々と頭を下げた。
そういう風にされると、強く出れないの知ってるクセに。
ずるいよ。
恵美「……アタシだけ、何かを秘密にするの無しだかんね? ちゃんと話してよ?」
P「わかってるよ、約束する」
恵美「……うん」
もやもやする気持ちはあったけど、社長に中庭にいるとだけ伝えて病室を後にした。
部屋を出る際に後ろ髪を引かれて振り返ってみるとプロデューサーは軽く手を振ってくれた。
胸がきゅっとしたけど、アタシも小さく手を振り返した。
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病院外の中庭は日当たりがよく、入院患者さんらしき人たちが思い思いの時間を過ごしていた。
車いすに乗ったお婆さんに何か話しかけるお爺さん。
じゃれあうふたりの子供をニコニコしながら見守るお母さん。
きっと、心温まる光景ってやつなんだろうけど、アタシの心は全く晴れてこない。
ベンチに腰掛けて空を見上げると、アタシとは対照的にとてもいい天気だった。
落ち着かなくて、OFFにしていたスマホの電源をONにした。
いくつか通知が来ているけど、今は返事を返す気にならなかった。
何となく、ブラウザを立ち上げてみて、検索欄に文字を入力した。
『血を吐く』
検索結果が出てくる。
そっか、血を吐くことを吐血とか喀血っていうんだ。
それを見てもう一度文字を入力しなおしてみる。
『吐血 病気』
もう一度検索してみると、有名なポータルサイトの医学情報ページが先頭に来た。
そのリンクをタッチしてみる。
吐血の症状が多い病気という一覧が出てきて目を通してみる。
『胃潰瘍、十二指腸潰瘍』
この病気はアタシだってしっている。
親戚のおじさんがなったことあるけれど、今も元気にしている。
この病気なら、大丈夫だよね?
『食道動脈瘤』
難しい言葉がいっぱいあってよくわからないところもあったけど、食道にある血管にこぶができて、それが破裂する病気みたい。
だけど、この病気はすごく大量の血を吐くって書いてあるから、多分これじゃないと思う。
確かに血を吐いていたけど、記事に乗っているほど大量でもなかったし。
『マロリー・ワイス症候群』
内容を読んでこれも違うってすぐに分かった。
吐いちゃったときに食道のあたりに傷ができることが原因って書いてあった。
直前まで一緒に仕事をしていたけど、吐くようなことはしていなかった。
そう判断してもう少しスクロールして出てきた文字に心臓が跳ねた。
『胃がん』
この病気も、知っている。
芸能人でもこの病気だったってニュースになることがあった。
そして、そのまま死んじゃったっていう話があることも。
それ以上記事を読む気にもならなくてアタシはブラウザを閉じた。
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社長「所君」
スマホを握り締めたままどれぐらいうつむいていたんだろう。
社長から声をかけられて少し驚いた。
頭の中がぐちゃぐちゃで周りの音は何も聞こえていなかった。
社長「彼が、呼んでいるよ。行ってあげたまえ」
社長はいつものようにやさしく笑いながらそう言ってくれたけど、目じりがほんの少し潤んでいるの気づいた。
でも、それには気づかないふりをして席を立ち、重い足を引きずって病室に向かった。
怖くて怖くて仕方がない。
話を聞きたい気持ちと聞きたくない気持ちが両方アタシの中で暴れている。
病室の前にたどり着いた後も、しばらく躊躇したけど、思い切ってノックした。
恵美「プロデューサー、入るよ」
P『どうぞ』
扉を開けるとさっきと変わらないプロデューサーがいた。
アタシとは対照的ににこやかな表情をしている。
P「ごめんな、待たせて」
恵美「別にそんなに待ってないし、いいよ」
P「そっか、ありがとう」
アタシはベッド横の椅子に座ってプロデューサーの言葉を待った。
少しの沈黙が流れた後、プロデューサーが口を開いた。
P「なんとなく、想像がついているんじゃないか?」
恵美「っ」
心の中を見透かされたようだった。
心臓が鷲掴みされたような気分だった。
P「まだ細かい検査結果は出てないけど」
やめて、それ以上言わないで。
涙が出そうになる、
P「がん、みたいだ」
ぐらりと、世界が回った気がした。
その場に倒れこみそうになるけど唇を噛んで耐えた。
P「転移も進んでるみたいでな。どうしようもないみたいなんだ」
プロデューサーはまるで他人事のように淡々としゃべっている。
アタシはいまにでも泣いてしまいそうだったのに。
P「ごめんな、恵美。もうプロデューサーを続けることは、できないんだ」
プロデューサーはやさしく笑いかけてくれた。
でも、それが止めになった。
プロデューサーの膝に縋り付いて。
恵美「なんで、なんでぇ……」
感情の赴くまま、泣いた。
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(前回はここで今際の言葉を安価取ってレスは以下の通り。以下、新規分です)
>131 : 名前なんか必要ねぇんだよ! :2018/04/24(火) 02:00:28 BaB6jeWQ
>自分を信じろ
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恵美「やっほ、プロデューサー」
病室に入ってきた恵美は帽子を取りパイプ椅子を広げて座った。
制服姿だから、また学校が終わって直接来たんだろう。
恵美「今日はちょっと顔色いいじゃん」
P「ん、ちょっと飯が食えたからな。そのせいかも」
恵美「そっか。やっぱりちゃんと食べないと元気でないもんね」
P「そうだな。食える時にちゃんと食っておかないとな」
遠くない未来、俺はまともに食事を採れなくなる。
バイパス手術を受ければある程度食事はできるようだが、あくまで緩和療法。
がんが治るわけでも進行が止まるわけでもない。
医者に告げられたその絶望的な未来に手が震えそうになるが、布団の中で強く拳を握って堪えた。
P「それより今日はレッスンじゃなかったか?」
恵美「そうなんだけど、琴葉とエレナのレッスン日が明日だから合わせようと思って変えてもらったんだ」
P「ん、そうか。すまん、もうプロデューサーじゃないのにな。つい気になっちまう」
恵美「やめてよ。退職じゃなくて休職なんでしょ? だったらまだプロデューサーじゃん」
P「それはそうなんだが……」
がんが発覚し、社長に退職を申し出ても決して受け入れてはくれなかった。
休職扱いにするから治ったら戻ってきたまえ、と涙ながらに言ってくれた。
その言葉は嬉しかったが、その未来は恐らくやってこない。
恵美「それよりさ、聞いてよ。今日学校でね」
恵美は学校であった出来事を身振り手振りと共に話し始めた。
俺が入院してもう2か月、恵美は最低でも週に1度は必ず俺の病室に顔を出す。
ほかのアイドルや同僚たちも顔を出してくれるが恵美ほど高い頻度で来ることはない。
それが普通だ、みんな学業や仕事がある。
それなのに恵美はどうやって時間を確保しているかわからないが頻繁に俺のところへ来て笑顔を向けてくれる。
あまりここに来てはいけない、そう言わなければならないのはわかっている。
家族もいない俺にはその笑顔が支えになっていることも事実で、言い出せずにズルズルと過ごしている。
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恵美「あっ、プロデューサー」
恵美が来てから10分ほど談笑していたが何かを思い出したように声を出した
P「ん?」
恵美「爪、伸びてるよ。ダメじゃん、ちゃんと切らないと」
P「そう言えば久しく切ってなかったなぁ……」
華やかな業界にいる身だからなるべく身なりには気を使っていたつもりだが、人と会う機会が激減した今、その意識も薄れつつある。
そもそもいつ死ぬかもわからないのに、そんなことにまで気を使ってられないという思いもあるが、それを口に出すことはできなかった。
恵美「しょうがないなぁ、もう」
恵美はそう言うと自分のカバンからポーチを取り出した。
そこからいろいろ取り出し始めたが俺にわかるのはネイルニッパーとやすりぐらいだった。
恵美「ほら、切ってあげるから手出して」
P「いいよ。自分で切るから」
恵美「いいからいいから。綺麗にしてあげるって」
P「いや、でも……」
恵美「ほーら!」
言いよどむ俺にしびれを切らした恵美は俺の手を自分に引き寄せた。
無理やり振り払うわけにもいかず、若干の気恥ずかしさを感じながらも手から力を抜いた。
恵美「大丈夫だって。海美や琴葉なんかにもよくやってあげてるし、慣れてるから」
そう言うとネイルニッパーを俺の親指に当てた。
爪を切るパチリという音が病室に響いた。
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恵美は丁寧に俺の爪を切っていく。
人に爪を切ってもらうなんていつぶりだろうか。
もはや最後の記憶を思い出すことすらできない。
恵美「やっぱ男の人の爪って大きいね。この爪切りじゃ1回で切れないや」
P「そもそも手の大きさが違うからな」
そういうと恵美は自分の指と俺の指を並べる。
恵美の指は細くて長く、とても美しかった。
俺と比べると半分程度の大きさの爪にネイルが施されている。
恵美「それだけじゃなくてさ、指の形も違うっていうか」
P「そう言えば男と女では指の形の違いが顕著に出るらしいな」
恵美「へぇ」
その少しの会話とともに俺の両手の爪を切り終ると、やすりのようなもので俺の爪を磨き始めた。
そこまではおとなしく身を任せていたが、クリームのようなものを手に取ると俺の手に塗り始めたときは思わず身をよじった。
当然俺の手と恵美の手が密接に絡み合うことになる。
くすぐったさと気恥ずかしさが湧き上がってくる。
P「め、恵美。爪だけ切ってくれればいいんだけど」
恵美「綺麗にしてあげるって言ったじゃん。ネイルケアはここからだから」
俺の気恥ずかしさも知らず恵美は楽しそうだ。
事務所の誰かが来たらどうしようとやきもきする俺を尻目に恵美は棚からタオルを取り出し、洗面器に入れたお湯に浸し始めた。
十分に暖かくなったタオルを絞り、俺の両手を包む。
その温かさに残っていた緊張がほぐれた気がする。
P「あー……これはいいな」
恵美「でしょ? はい、ついでにマッサージしてあげるね」
恵美の手つきは優しかった。
その心地よさに力が抜けていく。
抗がん剤の副作用に苦しむ日々が続いていたが、ここまで心穏やかでいられるのは久しぶりだった。
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しばしのマッサージの後、恵美はもはや名前もわからない小さなヘラのような道具を手に取った。
そして俺の爪の根元から飛び出している皮を押し上げ始めた。
P「なにしてるんだ?」
恵美「甘皮のケア。これが出てると出てないじゃネイルの出来が大違いなんだからね」
P「へぇ」
恵美や莉緒のネイルは素人目で見てもいつも綺麗だった。
その裏ではここまでの手間がかかっているとは思わなかった。
P「女の子は大変だな」
恵美「プロデューサー、その言い方おじさんみたいだよ」
P「うっさい」
恵美「にゃはは」
恵美は笑いながらもう一度軽くやすりをかけると、俺の指に透明な何かを塗り始めた。
途端に爪がピカピカになり始める。
恵美「これがベースコートね。ツヤ出しと同時に爪を保護してくれるんだよ」
P「すごいな。見違えるぐらい綺麗になってく」
恵美「アタシはこの上からネイルを塗って、さらにその上からトップコートを塗って保湿オイル塗るんだけど……やったげようか?」
P「さすがにネイルは勘弁してくれ」
恵美「だよね。はい、おしまい」
そういうと恵美は俺の手を離した。
ちょっと名残惜しさを感じたのは気のせいだと思いたい。
P「いや、これはすごいな」
恵美「ね、すごいでしょ?」
これまでの爪とは比べ物にならないぐらい、出来上がりの爪の輝きは綺麗だった。
アイドル達が互いのネイルを見せ合いながら楽しそうにしているのを横目で見ていたが、その楽しみの一端が分かった気がした。
確かにこうやって綺麗な爪を見るのは何となく気分がいい。
P「なんか、テンション上がるな」
恵美「でしょ? いいでしょ?」
恵美はとても満足そうに笑いながら道具をしまい始めた。
俺は暫く自分の爪を見つめていたがふと思い至った。
P「でもこれは自分でできる気がしないな」
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何気ないその感想に恵美は表情を変えた。
先ほどの満足そうな笑顔は消え失せ真剣な目で俺を見てくる。
その突然の反応に思わずたじろいだ。
若干の沈黙ののち、恵美は口を開いた。
恵美「大丈夫だよ、プロデューサー」
恵美が手を握ってくる。
爪の手入れは終わっているからもうその必要はないはずなのに。
恵美「これからもアタシがやってあげるから。心配しなくていいよ」
P「恵美、それは」
恵美「これからもできる限り傍にいるから。アタシにできることってあんまりないかもしれないけど、傍にいるから」
強く手を握ってきた。
その手は少し汗ばんでいて、緊張が感じられた。
目頭には理由はわからないけど涙が浮かんでいた。
恵美「だから、プロデューサーの傍にいさせて。お願い」
P「恵美、それは」
俺がもう来てはいけないと言い出そうとしていることを感じ取ったのだろうか。
その言葉は字面以上に深い何かを感じさせた。
単純に俺の看病をしたいとか、そういったものじゃない。
だけど、そんなことが許されるはずがない。
恵美にはこれからもアイドルとして羽ばたいていくのに、こんな何時くたばるともわからない男に構っている暇はない。
いや、そもそも恵美の抱いている『それ』はアイドルとしてはご法度だ。
P「それは、ダメなんだ」
恵美「なんで?」
P「いいか、恵美はアイドルだ。新しいユニットも、部隊も決まって、これからなんだ。だから」
―――俺なんかの傍にいてはダメだ。
―――もうここに来てはいけない。
―――アイドルとして頑張っていってほしい。
恵美「じゃあ!」
そう言葉をつづけようとしたときに恵美に遮られる。
ここまで強く言葉を発する恵美を見るのは初めてだった。
強い意志のこもった視線を俺に向けて、こう告げた。
恵美「アタシ、アイドルやめる」
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その言葉はこの病室に重苦しい沈黙をもたらした。
自分の心臓が跳ねる音を感じる。
P「恵美、お前。自分が何を言って……」
驚きなのか、怒りなのか、失望なのか、自分の感情がわからない。
自分の感情を見失うほど、恵美が口に出したそれは衝撃だった。
何か言おうとしてもそれ以上何も出てこない。
恵美「わかってるよ」
そんな俺に恵美はあっさりとそう告げた。
俺の手をさらに強く握りしめた。
恵美「わかってる。プロデューサー、言ってくれたよね?」
何を指しているのかわからず俺は黙ることしかできない。
恵美「自分がどうしたいかを考えろって。だからアタシ、ちゃんと考えたんだよ」
確かに言った記憶がある。
恵美が今後どのようなアイドルになりたいかを聞いたときに、俺が喜ぶからという理由でトップアイドルを目指すと言いそうになったのを咎めたあの時。
恵美「アイドルは楽しいよ。それは嘘じゃない。でも、でもね」
自分で考えろ、と言っておきながら俺は恵美が自分の意志で「トップアイドルを目指す」と言ってほしかったのだろう。
だが、恵美の口から出てきたのは真反対の言葉だった。
恵美「アイドルより、アタシはプロデューサーのほうが大切だよ」
迷いのないその口調に俺の心臓は痛むぐらいに跳ねた。
喜びもあった。それは間違いない。
恵美「プロデューサー。家族、いないんでしょ?」
だけど俺はそれ以上に彼女がアイドルの道を諦めようとしていることにショックを覚えていた。
――それは勘違いだ。
――同情からそう言っているだけだ。
自分で自分のしたいことを考えたというのに、それを侮辱するようなことを言いそうになる。
恵美「病気で苦しいのに、絶対寂しいよね? 辛いよね? だから、アタシが傍にいたいんだ」
恵美のうるんでいた瞳からとうとう涙がこぼれた。
本当によく泣く子だ。
いつだったか友達が告白に成功したとメールを受け取って泣いている場面に出くわして焦ったことがあったことを思い出す。
が、俺が原因で泣かしてしまったのは恐らく初めてだ。
俺の傍に居たいと訴えながら泣いてくれる。
それは一般的に考えて喜ばしいことのはずだ。
恵美「ダメ、かな?」
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あの後、俺は返事をすることができず、少し考える時間が欲しいと告げて、恵美をそのまま帰らせた。
また週末に来ると言い残し、恵美は笑って帰っていった。
夜の病室は静かだが、それでも時折聞こえてくるものはある
遠くで僅かに聞こえる咳き込む音。
看護師が駆けていく音。
がしゃがしゃと、鉄製の何かが乗ったカートが通り過ぎていく音。
それらの音は死を感じさせた。
そう、俺のすぐ近くにも死が待っている。
俺の命は持って1年。
だがちょうど1年生きられるとは限らない。
もっと長いかもしれないし……もっと短いかもしれない。
そのわずかな時間、恵美が共に過ごしてくれるというのだ。
もちろん恵美はまだ未成年の高校生だ。
四六時中一緒にいられるわけではない。
だけど、きっと俺が望むことをしてくれる確信があった。
傍に居てほしいといえば時間の許す限り一緒にいてくれるだろう。
痛みを訴えれば体をさすりながら励ましてくれるだろう。
俺の苦しみや泣き言をきっと何も言わずに聞いてくれるだろう。
そう、もっと下世話なことだって。
最低な想像だが、魅力的に思う自分がいた。
恵美は優しい子だ。
あんな子が俺みたいな男をを好いてくれて、俺に尽くしてくれると言っているんだ。
二つ返事で頷くのが当たり前なんだろう。
P「だけど」
それでいいのか。
恵美に甘えてみっともなく一人泣き言を漏らしながら生きていくのが正しいのか。
俺の人生の幕引きが、本当にそれでいいのか。
そんな感情が俺の頭から離れない。
結局、俺は何も成せていない。
トップアイドルを育て上げる夢を抱いてこの業界に入ったのに。
俺が入社する前から事務所にいた13人と違い、今回の39プロジェクトは初めて俺が0から関わったアイドル達だ。
彼女たちをトップアイドルにするために走り続けてきた。
恵美だって俺がスカウトした一人だ。
-
そう、今でも覚えている。
いろんな子をスカウトしたが、恵美は特に俺のインスピレーションを刺激した。
申し分のないスタイル、甘いかと思えばクールな一面も見せる歌声、何かが憑依したかと思わせる演技力、抜群のコミュニケーション力。
控えめな性格だけが唯一の欠点だったが、間違いなくトップアイドルになれる逸材だ。
そんな子が俺のためにアイドルを辞めようとしている。
そんなことを許してしまっていいのか?
俺が目指し、志してきたものに俺自身の手で土を被せてしまっていいのか?
俺の残りの人生、本当にそれでいいのか?
考えるまでもない、そんなのは御免だ。
なら、結論はひとつだ。
P「……ごめん、恵美」
その懺悔を聞く人は誰もいない。
俺が決意したことは恵美の気持ちを台無しにして、意志に干渉することだ。
偉そうに自分で考えろと言っておきながら、結局自分のために恵美を利用しようとしている。
最低の決意だ。
P「ごめんよ恵美」
だけど、そんな当たり前のことを覆すぐらいに、死が怖い。
死そのものよりも何も成さずに死ぬのが怖い。
俺が生きてきた証が欲しい。
P「ごめん」
ふらつく体を起こし、病室を出た。
この階の談話スペースには公衆電話がある。
引き出しにしまったメモ帳には社長の電話番号が書かれている。
P「最低だ、俺は」
俺の贖罪の言葉は誰も聞いていない。
病院の廊下はひどく静かだ。
心の底でもしかしたら誰かに止めてほしいのかもしれない。
だが、そんな人間が現れるはずもなく、公衆電話にたどり着いた。
P「許してくれ」
そう口にしておきながら、社長の携帯番号を押す手は止まらなかった。
もう21時を過ぎているが、恐らく社長はまだ事務所にいるだろう。
コール音が続く。
思いとどまる最後のチャンスだが、そのつもりもなかった。
P「社長ですか。夜分遅くにすみません」
――ごめん、恵美
社長に俺の決意を伝える。
当然向こうは驚いているが今回ばかりは俺の意志を通させてもらおう。
恵美だけじゃない。
これから社長を初め、いろんな人に迷惑をかけると思う。
死を言い訳に俺のエゴイズムにいろんな人を巻き込むことになる。
だけど、当たり前の良識を捨ててでも叶えたい事があった。
-
病院の最寄りにあるバス停に着いたのは面会時間開始のちょうど5分前だった。
メガネ、帽子、マスクを整えて病室に向かって歩き出した。
休日なので周りにはアタシと同じようなお見舞いの人も多い。
すっかり配置を覚えてしまった病院の敷地内をプロデューサーの病室を目指して歩く。
近づくにつれて、心臓の鼓動が早くなってくる気がした。
恵美「プロデューサー……」
前回来た時、アタシの思いのたけを伝えた。
プロデューサーがアタシにもう来るなと言い出そうとしていることは何となくわかっていた。
きっとアタシのことを気遣ってくれていることはわかっていた。
でも、アタシはやっぱりプロデューサーの傍に居たい。
この前、プロデューサーの爪を切ってあげたときに愛しさが込み上げてきて止まらなかった。
とっさのことで頭が整理できていない状況だったから直接的なことはひとつも言えなかったけど、気持ちは伝わってると思う。
プロデューサーはどんな返事をするだろう。
OKしてくれるかな?
やっぱりちょっと怖い。
生まれて初めてのオーディションでもここまで緊張しなかったと思う。
面会の手続きをするための台帳に名前を書く時も少し手が震えた。
別にプロデューサーにアタシのことを好きになってほしいわけじゃない。
嘘、好きになってくれたらうれしいけど。
でも、傍に居させてくれるだけでいいから。
そんないい返事が来ることを祈りながら歩いていると、すぐプロデューサーの病室の前まで着いてしまった。
少し深呼吸。
マスクと眼鏡をはずして、扉をノックした。
恵美「プロデューサー。入ってもいい?」
P「恵美か。入っていいぞ」
プロデューサーの口調はいつも通りだった。
アタシばっかり緊張していてやっぱり不公平だ。
そう思いながら、アタシは病室の扉を開いた。
-
P「恵美、おはよう」
恵美「プロデューサー……?」
病室の中はこの前来た時とは全く様変わりしていた。
ベッド脇の食器やタオル類はカバンにまとめられている。
よく花を活けていた花瓶も片付けられていた。
そして何よりプロデューサーはいつもの入院着じゃなかった。
スラックスを履き、ネクタイを締めようとしていた。
恵美「どう、したの?」
思いがけない光景に何とか絞り出せたのはその一言だった。
プロデューサーはネクタイを締め終わるとアタシに向き直った。
P「あぁ、退院することにした」
恵美「退院って、えっ?」
P「もちろん、よくなってるわけじゃない。俺のがんは相変わらずだ」
恵美「だったらなんで退院なんて」
P「俺の場合、病院にいてもよくなるわけじゃないからな。だから、仕事に復帰しようと思うんだ」
恵美「無茶だよ! だって……」
プロデューサーが時折痛みに苦しんだり、吐き気に悩まされていることは知っていた。
たった数か月ですっかり痩せてしまった体はとても働けるような体には見えない。
反論しようとした私の言葉はプロデューサーに遮られた。
P「恵美、聞いてくれ」
恵美「あ……」
そう強く言われちゃ頷くことしかできない。
-
P「俺の命はもうあまり長くないから、いろいろ考えたんだ。これからどう生きるか」
恵美「どう、って」
P「病院のベットで恵美に見守られながら過ごすも悪くないと思った」
心臓が跳ねた。
それは私が望んだことだ。
P「でも、ごめん」
そのわずかな言葉に、アタシは頭を殴りつけられたような衝撃を受けた。
目の前の世界がぐるりと回って、思わず倒れこみそうになった。
気持ちが拒絶されたことに泣き出しそうになる。
でもプロデューサーはそれに構わず語り続ける。
P「俺の残り時間は俺の夢を叶えるために使いたいんだ」
そこまで言うとプロデューサーはジャケットを羽織った。
その恰好はほんの数か月前までよく見ていたプロデューサーの姿だった。
P「トップアイドルを育てるって、夢を抱いてこの業界に入ったんだ」
その夢は初めて聞いたけど違和感はなかった。
プロデューサーはよく『トップアイドル』と口にしていた。
その言葉を発するときはいつだって情熱的で、輝いていた。
そんなプロデューサーが好きだった。
P「39プロジェクトはその夢を叶えるための大きな仕事だったんだ。だけど、まだ果たせていない」
プロデューサーは少し天を仰いだ。
お互い何も言い出せないまま、気まずい沈黙が流れた。
何も言わない私を見て、プロデューサーは少し息を吐いて思い切ったように口を開いた。
P「恵美、スカウトした時にきっとトップアイドルになれるって言ったこと、覚えてるか?」
恵美「……うん」
P「お世辞じゃなくてな、恵美を初めて見たとき本当にそう思ったんだぞ」
なんで今そんなことを言うんだろう。
そんなこと言われても全然うれしくないのに。
P「そして、その気持ちは今でも変わっていない。だから」
プロデューサーが少し言い淀んだ。
頭が混乱していて何を言おうとするか想像もできない。
だけど、アタシにとってはよくないことだってことはわかった。
P「恵美、俺はお前をトップアイドルにしたい」
プロデューサー、わかってる?
P「俺の残り時間は全部、恵美をトップアイドルにするために使う」
プロデューサーが言おうとしていることって自分で『それはなしだ』って言ったことだよ。
P「他のアイドルには申し訳ないけど、恵美のプロデュースに専念させてもらうように社長に話してある」
やめてよ、プロデューサー。
P「だから、恵美」
-
.
P「トップアイドルに、なってくれないか?」
.
-
廊下を歩く人たちの話す声がよく聞こえるぐらい、病室は静かだった。
プロデューサーはもうそれ以上何も言わなかった。
何かを言いたかった。
言い返したかった。
だけど何も出てこなくて、先に涙が出てきた。
スカートを握りしめて堪えようとしても、ぽろぽろと零れてくる。
恵美「ひどいよ、プロデューサー」
やっと出来てたのはそんな言葉だった。
恵美「アタシの気持ち、わかってるでしょ?」
P「……あぁ」
恵美「それなのにアタシにアイドルを続けて、トップアイドルになれって言うんだ?」
P「……あぁ」
恵美「いっつも自分でどうしたいか、どうなりたいか考えろって言ってたのに。アタシの気持ちは無視して自分の夢を押し付けるんだ」
P「ごめん」
その謝罪の言葉に感情が揺さぶられた。
もう堪えが聞かなかった。
恵美「謝らないでよ! あ、あやま、る、ぐらい、なら」
病院だというのに思わず大きな声が出てしまった。
でも、最後まで続けることができなかった。
涙が止まらくて、喋ることができない。
P「そうだな。謝るのは卑怯だな」
そうだよ、卑怯だよ。
アタシの気持ちをわかってて、利用しようとしている。
こんなに大好きなのに、プロデューサーはアタシのことを『アイドル』としてしか見てくれない。
そんなの酷すぎる。
-
恵美「最低……」
P「そうだな」
ここに来るまでおめでたいことを考えていた自分が滑稽だった。
言いようのない感情に頭がおかしくなりそうだった。
恵美「最低っ!」
プロデューサーの胸に飛び込む。
痩せてしまったプロデューサーでも、アタシを受け止めるぐらいの力はあったようだ。
恵美「卑怯だよ!」
胸に顔を押し付けたまま抱きしめた。
プロデューサーは棒立ちのまま何も言わない。
恵美「ほんと、卑怯……」
プロデューサーを罵りながらも自分の愚かさに呆れていた。
ここまで蔑ろにされているのに、プロデューサーを憎めない。
やっぱりプロデューサーが好きだった。
好きな人の力になりたいって思ってしまう。
この人の望みだったら叶えてあげたいと思ってしまう。
『好きになったほうが負け』って言葉の意味が痛いほどわかった。
ほんとに馬鹿だなぁ、アタシ。
恵美「……今だけ」
P「えっ?」
恵美「今だけで、いいから。ぎゅってして」
P「それは」
恵美「今だけだから。そうしてくれれば、アタシ頑張るから」
P「……恵美」
恵美「お願い」
それ以上は何も言えなかった。
泣くことしかできずにプロデューサーのYシャツを濡らしていく。
そうしていると、背中に回された手の感覚が伝わる。
本当に触れるか触れないかぐらいの優しい抱擁だった。
このまま時間が止まればいい。
そう思いながらアタシは暫くの間泣き続けた。
-
それから私の生活は一変した。
プロデューサーはアタシの専属として仕事に復帰することになった。
それ以外のアイドルは社長とアイドルを休業した律子が担当している。
当然、事務所の中で波紋は起きた。
なぜアタシだけが特別扱いなのか。
身体のことがあっていままで通りの仕事ができないことは分かっていたけど、なぜアタシなのか。
そんな声は否が応でも聞こえてきた。
プロデューサーが取ってきた、たくさんの新しい仕事が私にばかり回ってくるとその声も大きくなってくる。
何人かの子には直接問われたことがある。
プロデューサーが選んでくれたから、とそう答えることしかできなかった。
765プロのみんなは優しい子ばかりだから、明らかな贔屓なのにいじめられるとかそういうことはなかった。
だけど、やっぱり距離は感じるようになった。
レッスン量が異常に増えた。
仕事がない日はほぼ毎日レッスンで、アタシのプライベートはほぼなくなった。
劇場でほかのアイドルとお喋りする機会が減ってきた。
よくほかのアイドルにネイルをしてあげることもあったけどその機会もなくなった。
ドラマの仕事が増えた。
プロデューサーが取ってきた男装の麗人役がはまり話題になった。
グラビアの仕事も増えた。
以前と異なるどこか影を感じさせる表情がいいと褒められた。
バラエティにも出るようになった。
女性アイドルに求められているものをプロデューサーと話し合ったお陰か、手ごたえはあった。
個人のソロアルバムも出すことになった。
収録スケジュールが倒れそうになるほど過密だったけど、必死に歌った。
いろんなフェスにも参加した。
注目されていた961プロアイドルより大きな歓声を集めて、注目を集めた。
アタシが必死にレッスンと仕事をこなす中、プロデューサーも命を削りながら仕事を取り、企画を立て、走り回っていた。
明らかに無茶をしているアタシたちを心配してくれる声もあったけど、すべて無視した。
その結果、事務所内でますます孤立していった。
――ねぇ、恵美。いま、アイドル楽しいの?
ある日、そんなことを琴葉を問われた。
意図が分からず、楽しいよ、と返すことしかできなかった。
琴葉は何か言いたげだったけど、それ以上は何も言ってくれなかった。
琴葉だけじゃない、誰も、何も言わなくなった。
無茶なことをしているのはわかる。
だけど、アタシたちには時間がなかった。
何度も倒れそうになったけど必死に走り続けた。
-
―
――
―――
舞台袖からステージを眺めると、961プロのアイドルが素晴らしいパフォーマンスをしていた。
以前フェスで961プロのアイドルに土を付けたからか、鬼気迫るものがあった。
だが、それは俺たちだって負けてはいない。
P「恵美、そろそろ出番だぞ?」
恵美「うん」
ドームを埋め尽くす何万もの歓声は地響きのようだった。
年に1度開かれる日本の全アイドル事務所が集うアイドルフェスなだけはある。
出ようと思っても出られるものではない。
既にある程度の人気がないと出場資格すら得られない。
現に39プロジェクトで出場できたのは恵美だけだった。
ただ、それだけ権威があるフェスだ。
このフェスを取れば、今年のIA大賞は間違いなく恵美だろう。
それだけの準備はしてきた。
P「ついに、ここまで来たな」
恵美「そうだね」
少ない口数に違和感を覚えて表情を伺うと少し強張っているのが見えた
ここまで大きなステージだ、無理もない。
P「緊張してるのか?」
恵美「うん、ちょっと」
P「無理もない、ドームだからな」
恵美「それもあるんだけど……」
P「どうした?」
恵美「怖くて」
P「怖い?」
恵美「もし、今日のフェスを落としたらって……」
今日のフェスを落とせばもしかしたら今年のIA大賞を逃すかもしれない。
トップアイドルへの道が断たれるかもしれない。
-
恵美「だって、プロデューサー。もし、もし負けたら」
恵美の言いたいことはわかる。
俺にはもう時間がない。
バリアフリーなんて欠片もない舞台袖では難儀するが、もう歩く力すら出なくて車椅子を使ってる。
絶え間なく続く疝痛に悩まされ、正直こうやって喋るのも辛い。
食事らしい食事だってもうほとんどとれていない。
久しぶりに会う人には俺だと認識してもらえないぐらいに痩せ衰えている。
IA大賞の発表は再来月だが、そこまで命が持つかもわからなくなってきた。
俺に来年は残されていない。
今年が最初で最後のチャンスだ。
恵美「怖くなってきちゃったんだ。もし負けて、IA大賞取れなくて……プロデューサーが居なくなっちゃったことを考えると」
ステージのアイドルの歌は最後のサビに入っている。
もうあまり時間がない。
恵美「大変だったけど、プロデューサーがいてくれたからここまで来れたよ。でも、アタシひとりじゃ」
P「恵美」
1年にも満たない時間だったが、ほぼ毎日といっていいぐらい恵美と一緒にいた。
共に笑って、泣いて、苦しんで、戦ってきた。
俺がプロデューサーとして伝えられること、教えられることは全部伝えてきた。
もう、恵美に伝えられることはもうほとんど残っていない。
だから俺から言えるのはたった一つだけだった。
P「恵美、確かに俺は死ぬ。それはどうしようもないことだ」
スタッフが恵美を呼ぶ声が聞こえる。
もうじき出番がやってくる。
P「でも、ここに来るまで俺のすべては恵美に伝えてきた。仕事してても、俺が言いたいことや考えてることわかるようになってきただろう?」
恵美は小さく頷いた。
目頭には涙が浮かびそうだが必死に堪えている。
偉いぞ、泣いたらメイク崩れちゃうからな。
P「だったら、俺はそこに居る。たとえ俺が死んでも、恵美がアイドルである限り、俺は恵美の中に存在する」
スタッフが少し慌てているようだ。
すみません、最後ですから。
P「だから、大丈夫だ。1人じゃない」
さぁ、恵美。
出番だ、行ってこい。
P「自分を信じろ」
-
恵美は少し何か言いたげだったが、軽く目頭をぬぐい笑顔を作った。
そうだ、笑顔はアイドルの基本だからな。
恵美「アタシ、頑張ってくるから」
少し話し過ぎた。
もう返事をする気力もなく、小さく頷いた。
恵美は俺の手を握りしめた後、踵を返した。
恵美「行ってきます!」
その強い言葉と共にステージに駆け出して行った。
-
ステージの上で恵美が歌って踊っている。
素晴らしいパフォーマンスだ。
さっきまで泣きそうになっていたとは思えないような笑顔を見せてくれる。
できたら観客席で見たかったが、この体じゃ難しい。
誰も居ない控室でモニター越しに見ている。
スピーカーとは別に観客の歓声が直接聞こえてきて、熱狂具合を証明してくれる。
間違いない。このフェスは勝った。
IA大賞も間違いないだろう。
俺はやり切った。
たくさんの人に迷惑をかけ、恵美の人生に干渉した。
居直りだとはわかっているが、それでも俺に後悔はなかった。
俺は夢をかなえた。
何かを成したんだ。
そう考えるとなんだか疲れた。
もういいだろうか。
俺にできることは全てやり切った。
もう何も残っていない。
意識が霞んでいくが、不思議と怖くなかった。
たとえ俺が死んでも残るものがある。
所恵美というアイドルは、俺の人生の最高傑作、俺が生きた証だ。
恵美が輝く限り俺の意志はそこにある。
こんな幸福な話はない。
だから、もう休もう。
死にかけの体でこれだけ働いてきたんだ、よく生きたほうだろう。
だから、ゆっくりしたい。
もうやれることは何もないしな。
恵美の歌が終わって地鳴りのような歓声が響いてきた。
ドームごと揺れている気がする。
子守歌にしては騒がしすぎるが、俺にはこれ以上ないメロディだ。
心地よい振動を感じながら、目を閉じる。
ありがとう、恵美。
恵美のおかげで、いい人生だった。
モニターの中でフェスの優勝者が告げられる声を聴きながら俺の体から力が抜けていった。
-
.
――ん……
――あぁ……しまった……
――まだ……やり残したことが……あった……
――恵美に、恵美に……
――おめでとうって……言ってあ、げなく……ちゃ……
.
-
―
――
―――
久しぶりに来た劇場は私の記憶とはかけ離れていた。
いまや765プロは961プロと並ぶ業界屈指のアイドル事務所だ。
劇場も改築と増築が何度か入り、今や専用の劇場としては日本トップクラスのキャパシティだ。
正門には『765プロライブ劇場 設立15周年記念Live』と大きく掲げられている。
――15年かぁ
当時のことに思いを馳せながら関係者入り口で要件を伝える。
スタッフはインカムで何か確認をした後、私を先導して歩き始めた。
この人は劇場の常勤スタッフだ。
――当時は掃除だって自分たちでやってたのにな
そんな郷愁の念に駆られる。
だけど公演前の慌ただしい感じは何も変わっていなかった。
時折アイドルらしき子ともすれ違う。
私の顔を見て驚く子もいるし、別の現場で知り合った顔見知りの子は挨拶してくる。
ただ、その中で私と共にアイドルをしていた子は誰一人としていない。
この先にいるたった一人を除けば。
スタッフはとある部屋の前に止まるとノックした。
部屋の中から返事が返ってきて通しても問題ないとスタッフに告げた。
スタッフは私に会釈をして離れていく。
ドアノブを握って本当に会うかを一瞬躊躇するが、ここで引き返すわけにもいかない。
長尺の台詞を話す前のように深く息を吸って、思い切って扉を開けた。
恵美「久しぶりじゃん、琴葉」
琴葉「えぇ、久しぶり」
部屋の中には私の友人である所恵美がいた。
少なくとも、私は友達だと思っているが恵美はどう思っているんだろう。
恵美「来てくれてありがとう、仕事大丈夫なの?」
琴葉「ちょうど撮影の谷間だったから。夜には戻らないといけないけど」
恵美「さすが、人気女優は忙しいんだね」
琴葉「恵美がそれを言うの?」
そこまで言ってお互い笑いあった。
よかった、自然に話せてる。
-
私がアイドルを辞め、女優業を始めてからもう10年近く経つ。
事務所も移籍して劇場に足を運ぶことも、恵美と会う機会も激減した。
私だけじゃない。
劇場設立15年ということは39プロジェクトか稼働してからも15年経っていることになる。
だけど、当時のメンバーで今でもアイドルを続けているのはほとんどいない。
私のように女優になった子、タレントになった子、アーティストになった子、作家になった子、道は様々だ。
芸能界を引退した子も多く、普通にお母さんをしている子だっている。
そんな中で、恵美は39プロジェクトのメンバーとして唯一アイドルとして第1戦で活躍し続けている。
入れ替わりも激しく、若い子だってたくさん入ってきているのに、恵美はずっとファンを熱狂させ続けている。
もはや『レジェンド』と言っても差支えがなくなってきた。
琴葉「招待してくれてありがとう。今日は他の皆も結構来るみたいよ」
恵美「よかったぁ。せっかくの記念だからね」
琴葉「撮影現場の人たちに羨ましがられちゃった。今日のチケット、すごくプラチナだから」
これだけ大きくなった劇場でも恵美がステージに立つには会場が小さすぎる。
いまだ765プロに籍を置く恵美だけど、劇場に立つことはほとんどない。
だけど15周年記念で久しぶりに劇場に立つとあってチケットの価値は青天井になっていた。
恵美「みんなが見てるならアタシも頑張んないと。期待しててね」
琴葉「……ねぇ、恵美」
私が今日ここに来たのはただ恵美を激励しに来たわけじゃない。
どうしても確認したいことがあった身体。
ここ数年、ずっと聞こうと思って聞けなかったこと。
琴葉「アイドル、まだ続けるの?」
恵美の顔から笑みが消えた。
怖気づきそうになるがここで引き下がるわけにはいかない。
-
琴葉「批判するわけじゃないの。年齢的にも、体力的にも他の道を選ぶことを考えてもいい年じゃない」
恵美「そういう人もいるけど、私より年上でもアイドルを続けている人はいるじゃん。別に辞める理由にはならないよね?」
恵美の口調は驚くほど冷たかった。
共にアイドルをしていた頃の恵美とはまるで違う。
そのギャップに心が痛んだ。
わかっている、お互いにもう子供じゃないんだ。
琴葉「……ごめんね。そういうことを言いたいんじゃないの。私が言いたいのは」
恵美「何?」
そう、私の言いたいこと。
私が聞きたいことをはっきりと言わないと。
友達なんだから
琴葉「いま、アイドル楽しいの?」
恵美「っ」
プロデューサーが亡くなる前、同じことを恵美に聞いたことがある。
その時は目を合わせずに、楽しい、とだけ答えた。
そして、今は言い淀んでいる。
そのリアクションで私の考えは間違っていないことがわかった。
琴葉「恵美は凄いと思う。今でも努力を欠かすことなく頑張ってるから。でも、それって……」
ずっと考えていた。
恵美がトップアイドルとして駆け抜けていくについれてずっとずっと思っていたことだった。
何時だって周りに気を使って、他人の心の機微に敏感で、とてもやさしい子だった。
それがあの日から脇目も降らずトップアイドルの道を進み始めた。
明らかに異常とも思えるレッスンと仕事量。
人との距離も広がっていき、恵美は一人でいることも増えた。
前の恵美はあんなに周りには笑顔で溢れてたのに。
だから、どうしてもこの疑問が拭えなかった。
琴葉「それって、本当に恵美がやりたいことなの?」
-
プロデューサーが亡くなるまでの間、恵美とどのように過ごし、何を伝えたかはわからない。
ただ、あれをきっかけに恵美が変わったのは間違いなかった。
そしてプロデューサーが亡くなってからもそれは変わらなった。
ずっとアクセルを限界まで踏んで走り続けている。
ここまで壊れずに走り続けられたのは奇跡だと思う。
でも、だからこそ、誰かが止めてあげないと。
私はそう思って今日ここに来た。
気まずい沈黙が流れる。
だけど今日だけは負けるわけにはいかない。
私は辛抱強く、恵美の言葉を待った。
恵美「……証だから」
琴葉「えっ?」
暫くの沈黙の後、恵美が口にしたのはそんな言葉だった。
恵美「アイドルとしてのアタシはさ、プロデューサーが生きてきた、証だから」
琴葉「証って」
恵美「プロデューサーが残してくれたもの、まだここにあるから」
そう言って、恵美は胸に手を当てる。
私は何も言えなかった。
プロデューサーは恵美に何を残したんだろう。
いや、どんな『呪い』をかけていったんだろう。
もう亡くなって10年以上経つのに、恵美をこんなにも縛り、そして恵美に想われている。
恵美「あの人とアタシはアイドルとプロデューサーって関係でしかなかったけど、それでも」
私だって当時プロデューサーにはたくさんお世話になった。
感謝もしているし――今思えば子供だったとは思うけど――憎からず思っていた。
ただ、2人の間にあるものは私の想像を遥かに超えるぐらい強いものだった。
恵美「アイドルとしてのアタシはあの人との絆だから。だから、アイドルはやめられないよ」
琴葉「恵美……」
恵美「心配してくれてありがとう。でも、アタシは大丈夫だから」
そう言うと恵美は時計を見る
そしてわざとらしく笑顔を作って立ち上がった。
恵美「ごめんね、琴葉。これからゲネプロだから。もう行くね」
琴葉「ちょっと待って、めぐ……」
恵美「じゃあ、楽しんでってね!」
恵美は振り返ることなく、控室を出ていった。
-
ほんの少しの会話だったけど、よくわかった。
恵美は止められない。
違う、『恵美とプロデューサー』は止められない。
多分これからも走り続けるんだろう。
2人で作った『所恵美』というアイドルを輝かせるために。
これだけ時が経っても色褪せることなく繋がり続ける絆に私は打ちのめされていた。
琴葉「……恨みます、プロデューサー」
生まれて初めてプロデューサーにネガティブな感情を抱いた。
当人は満足だったろう。
トップアイドルを育て上げて死んでいったのだから。
でも、自分が死んだ後のことをもう少しだけでも考えてほしかった。
もう私にできることは何もない。
だからせめて、恵美が走り切って、倒れてしまったときに支えてあげることぐらいしかできないだろう。
控室を出ると、恵美の歌声が聞こえてきた
目の前をアイドルらしき子たちが駆けていく。
どうやら恵美のゲネプロを見学しに行くようだ。
私も彼女たちの後を追い、舞台袖に足を運んだ。
舞台袖ではアイドルの子たちが恵美のステージを輝いた瞳で見ていた。
私も新人のころは先輩たちのライブをこんな感じで見ていたが、今の感情は当時とは全くの真逆だ。
煌びやかな衣装に確かな歌唱力に華やかなダンス。
非の打ち所がない完璧なアイドルだ。
このパフォーマンスをするのにどれだけ積み上げてきたんだろう。
琴葉「っ」
涙が出てきた。
あんまりすぎる。
走り続けてもその先には何もないのに。
そこに夢も希望もなく、ただ倒れるまで走り続けるなんて空虚だ。
そして、それを止められない自分が無力すぎて情けなくて。
琴葉「恵美……」
舞台を見つめるアイドル達に気づかれないように、私は声を押し殺して泣いた。
-
2年越しに恵美編終わり。
あとは適当にリクエストがあれば書きます。
-
大人組で誰か書ければ
-
スレタイで損してるから別スレで田中琴葉スレオナシャス!
-
おつです
ぷっぷかさんとか
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箱崎星梨花ちゃんオナシャス!
-
まかべーオナシャス!
-
>>41
ぷっぷかさん了解。
頭の中にプロットはあるので何とかなりそう
>>40
また落ちたらそれで手直します
-
エミリー曇らせてほしいけどな〜、俺もな〜
-
曇らせはやめろ
-
2年越しだろうがなんだろうが完結させたのが凄いっすね…
自分もまた頑張ろう
-
お疲れ様ナス!
面白かったゾ〜コレ
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