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【艦これSS】誰がために鈴は鳴る
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選択のとき、というのは、どうやらこちらの都合などお構いなしに訪れるものらしい。
否、らしい、というのは正確ではない。すでに過去において私はそれを経験済みだ。
もっとも、その時の私は今とは違い鉄の塊であったのだが。
「まずったなぁ〜……」
立ちこめる煙幕と、耳をかすめる風切り音のなか、独りごちる。
主砲塔一基が全損、カタパルトも故障し水上機は発艦不能。
右腕は少しずつ感覚を失いつつあり、そして周囲にはまだ複数の敵艦がいる。
いわゆる、絶体絶命というやつだ。
「こりゃちょっと、いよいよかな」
そう言ってはみるものの、こんな絶望的な状況でも覚悟などなかなか決まるものではない。
あの暗くて寒い海の底に還るのなんてまっぴらごめんだし、なにより私はまだあの人と―――
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「大当たりぃ〜!」
威勢のいい声とともに、からんからん、とハンドベルが鳴る。
「おっ?」
馴染みの商店街で買い物を済ませた私は、ふくびき大会に参加していた。
いわゆるガラポンというやつだ。
「おめでとさん。三等はっと、これだね」
「やったー……って、ええ〜ビミョー!」
「当たり引いただけでも儲けモンだろう?贅沢言うんじゃないよ」
賞品に対して贅沢を言うなとはなにごとか。
しかし一等でも国内旅行らしいので、三等ならこれくらいが妥当なのかもしれない。
「こいつで提督さんとデートかい?いいねぇ、あたしも将来有望な男が欲しいよ」
「何いってんのおばちゃん、歳考えなって」
「歳のこと言ったら、アンタのほうがよっぽどお婆ちゃんだろう?」
「あ〜それは言いっこなし!うんうん、おばちゃんも若い若い」
言いながら、またねと手を振りその場を後にする。
小言を言っていた彼女も、まいどありと返す。お互い慣れたものだ。
「今週中……いや、今夜にでも行けないかな?」
少々の不服はあるとはいえ、思わぬ収穫に足取りも軽く帰路につく。
冷たい空気が、微かに冬の訪れを告げていた。
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「ただいま戻りましたよ〜っと」
「おかえりなさい」
基地の入口で歩哨と挨拶をかわす。
門に掛けられた札に、仰々しく書かれた『第14遊撃戦隊』の文字。
私こと鈴谷は、この隊の旗艦を務めている。
「予定時刻を過ぎてますね。また司令に叱られますよ」
「ちょっとくらいバレないって。どうせ今日も執務室に缶詰めだろうし」
まったく組織の幹部というものはかわいそうだ、と哀れんでいると。
「そうだな、今ようやく気分転換に外に出られたぐらいにはな」
後ろからとても聞き覚えのある声がする。私はさっと振り返る。
「ほぉ〜う!提督じゃん、ちーっす!」
なにごともなかったように挨拶。
「ほぉ〜う!じゃないよ、まったく……
街に顔をだすのはいいが時間は守れといつも言っているだろうが」
「いーじゃん少しくらい。別に減るもんでも〜……減るかもしれないけど、
有限だからこそ時間は有効に使うんだよ、うん」
「わかったからとっとと入れ。まだ仕事が残ってるんだ」
「ちょっと押さないでって!おみやげが潰れちゃうじゃん!」
ぎゃあぎゃあと喚きながら基地の中へと歩を進める。
「相変わらず仲が良くて羨ましい限りです」
門番の彼が笑いながら言ってきた。
「まぁね」
私も笑って応えてみせた。
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「ねぇ提督、お腹すいてない?どっか行こ?」
執務室で書類を片付けながら彼に訊いてみる。
思っていたより仕事は早く終わりそうだし、今日はちょうどいいかもしれない。
「いや、今日は食堂で済ませる」
しかし返ってきた答えはあまり芳しくない。
「え〜、たまにはなんか良い物パッと食べに行こうよ〜!」
「たまには、って普段から勝手に外食とかしてるじゃねぇか」
勝手にとは失礼な。あれらは地域住民との必要な交遊費だ。
「もう!提督は鈴谷とご飯食べたくないの!」
「いつも一緒に食ってるだろ。今日じゃなきゃいけない理由でもあるのか?」
「別にそういうわけじゃないけど……」
「ならまた今度な」
どうやら乗り気ではないようだ。仕方ない、またあとで聞いてみよう。
後ろ手に隠していた、先ほどのくじの景品をポケットに押し込み机に突っ伏す。
「ふ〜んだ、おやすみ〜」
「おい」
頭を突かれるが無視してやる。しばらくそうしていたら、諦めたのか
ペンを走らせる音が聞こえてくる。
ささやかな抵抗のつもりだったのだが、その音が妙に心地よくて
うつらうつらと意識が沈んでいった。
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けたたましいサイレンの音で目を覚ます。窓の外はすっかり暗くなっている。
「!夜襲!?」
「おはようさん。近隣海域で敵部隊が確認された、まだ距離はあるがな」
「数は?」
「詳細は不明だが、それほど多くはないだろう。ちょうど演習の帰りだった
神通たちを先行して迎撃に向かわせたとこだ」
私としたことが、居眠りで乗り遅れてしまうとは。
「ごめん、すぐに出るよ」
「たのんだ。近くの基地も救援の準備をしてくれている」
言うが早いか、格納庫へと駆け出し整備員から装備を受け取る。
「少し霧が出ているようです、お気をつけて」
「ありがと。帰ってきたらすぐ点検と整備だから
みんな先に晩ご飯食べちゃいなね」
了解です、と一斉に格納庫中に響く声が返ってくる。元気なのは良いことだ。
「それじゃ行ってきますか。鈴谷におまかせ、ってね!」
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微かな月明かりに照らされた海面をしばらく走ると、遠くに
砲の発火炎らしき明かりが幾つか見えてきた。同時に通信が入る。
《こちら神通。現在敵艦と交戦中。軽巡1、駆逐艦2と認む》
「こちら鈴谷了解。ごめんね遅れちゃって。悪いけど、しばらく
指揮をお願いできる?」
《承りました。初風以下4隻をお預かりします》
敵の数はそう多くはないようだ。報告どおりの戦力ならば
神通に任せておけば問題ないだろうが、急ぐに越したことはない。
主機を全速にし交戦海域へと舵を切る。
「さてさて、突撃いたしま、っ!?」
刹那、眼前に光が走る。その直後、身体のすぐ近くで水しぶきが上がった。
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「くっ……!」
至近弾。
神通たちのいる場所からこれほど正確な砲撃が飛んでくるとは思えない。とすれば答えは一つである。
新手だ。それもすぐ近く。
[至近弾により航行用艤装に損傷。最大速力26ノットに低下。復旧まで数十分から2時間弱]
先ほどの攻撃で少し損傷してしまったようだ。戦闘に支障はないが
あまり喜ばしくない状況ではある。艦載機を1機射出する。
「闇討ちとはいい度胸してんじゃない、のっ!」
旋回しつつ、牽制のため魚雷を三本発射。暗闇に目を凝らす。
見えた。
駆逐艦らしき艦影が幾つか。
そして一回り大きい、おそらく重巡洋艦クラスの艦影。
「あっちゃ〜……こっちが本隊か……」
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その姿を認めたときには、既に敵は攻撃を開始していた。
待て待て、いくら私でもこれは多勢に無勢というものだ。
「こちら鈴谷。我単独にて敵艦隊と接触。救援を求む」
基地司令部に連絡を取りながら、急ぎ針路を反転し後退する。
努めて冷静に報告を行うが、流石に内心穏やかではない。
《敵艦隊の規模を報告せよ》
「重巡1を認む。それから、うわっとっと!とにかくたくさん!!」
たまらず叫ぶ。
そうこうしている間にも敵の砲弾がひっきりなしに飛んでくるのだ。
《了解した。至急救援を送る。出来得る限り敵の前進を遅らせよ」
「ああもう了解!ったく、無茶言ってくれちゃって!」
敵の正確な位置把握と爆撃を図り、残りの艦載機を発艦させようと
意識をカタパルトに向けた瞬間、身体に衝撃が走る。
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「あぐ……っ!」
航空甲板に直撃。
幸い内部には貫通しなかったが、カタパルトは使えなくなった。
火災による誘爆を防ぐため発射管の魚雷をすべて敵に向けて発射する。
「このっ……あんま調子乗んないでよねっ!」
両脚の2番、3番主砲で応戦するが命中は期待出来たものではない。
ここにきて、全速の出せなくなった先ほどの損傷が重くのしかかる。
そして、そもそも私はこれ以上の後退を続けることが出来なくなっていた。
街の灯りが見える。
このまま退き続ければ、敵が市街地を射程圏内に収めてしまうのは明白だった。
それだけは避けねばならない。
再び針路を変え、すかさず探照灯による射撃を開始する。
どうせこちらは私一人なのだ。位置が割れたところで大差はない。
「ここから先は、通行止めだっての!」
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―――どれだけの砲弾を発射しただろうか。もう数えてもいない。
敵を二隻沈めたのと、敵弾が貫通し1番砲塔が沈黙したのだけは覚えている。
「はぁ……はぁ……まずったなぁ〜……」
苦し紛れに煙幕を焚いてはみたが、敵が突撃してくればもはや意味もない。
私は、ここで沈むのだろうか。
私にとって初めてではない、二度目の、戦没。
それは嫌だ。
しかし彼と約束もしたのだ。
あの街を守ると。
どうせ退けないのならいっそぶつけてやろうかと考えた矢先、通信が入る。
《司令部より鈴谷へ。横須賀からの救援と神通たちもそちらへ向かっている、耐えろ》
耐えろとは、随分とのんきなことを言ってくれるものだ。
だが彼の声と、救援の報せを聞いて覚悟が決まった。
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「提督。こういうときってさ、ヒトは遺書ってのを書くんだっけ」
《……冗談にしては笑えんな》
「あはは、大丈夫だって。約束は守るから。皆には指一本触れさせないよ」
《そんな我儘は許さんぞ。かならず生きて返ってこい》
まったく、我儘なのはどっちなんだか。
苦笑しながら、何か書くものはないかと鈍った右手でポケットをまさぐる。
くしゃ、っと紙のような感触がありそれを取り出す。そこには―
『三等 高級ホテルディナー4割引きペア券!!』
「……」
「ぷっ……」
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「あっはははははははははは!!!!」
《!?どうした!?》
「いや、ちょっと……くくくく……このタイミングでって……」
―ああそうだ、私には、まだ今日できなかったことが残ってたんだった。
「ねぇ提督、お腹すいてない?」
しばしの静寂。そして。
《……そうだな。誰かさんのせいで晩飯食えなかったしな》
「!……そっかぁ〜!お腹ペコペコなんだねぇ〜かわいそうに〜」
《せっかくだし、たまには良いもんを食いに行きたいな》
「奇遇だねぇ、鈴谷もおめかしして出かけたいところだったんだよねぇ」
《そりゃあいいな。当然、俺も連れて行ってくれるんだよな?》
「そうだねぇ、一人で行くよりは……うぅん、私も提督と、
"生きたい"」
《だったら》
「うん、急いで帰るよ」
つまり、そういうことになった。
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そうと決まれば、この煙幕の向こうのお邪魔虫たちをどうにかしてやらないと。
幸い、航行用艤装の修復は終わり最大速力は30ノットまで回復している。
ならばやはり突撃しかあるまい。
ただし、さっきまでとは違う。死ぬためでなく、生きて帰るための突撃だ。
上空でただ一機待機していた瑞雲からの通信が入る。
[本機の燃料のこりわずか。帰投の見込みたたず。必要な処置を取ります]
「そっか、ごめんね……じゃあ、お願い」
[了解。突撃開始]
急降下。
直後、敵艦に火の手が上がる。
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「お見事……!」
その炎を目指して一気に煙幕の中に突入。残りはあと2隻。
すかさず、あの憎らしい重巡に砲撃を浴びせながら接近する。
当然反撃してくるが、あえて避けず、使い物にならなくなった1番砲塔で受け止める。
「そんなにこれが羨ましいなら、あげるっての!」
ベルトを切り、敵艦へと投げつけてやる。
ほどなく、攻撃を浴び続けた砲塔は弾薬に引火し誘爆。勢いそのままに敵を吹き飛ばした。
「おう、案外うまくいくもんだね〜……っうわっと!?」
爆発寸前に放たれた魚雷を間一髪避ける。が、そこでバランスを崩してしまう。
僅かに生じた隙を逃すまいと、駆逐艦が飛びかかってきた。
「こいつ、まさかぶつける気じゃ……っ!?」
思わず目を瞑ろうとしたその時、光の矢が走り敵艦を叩き落とす。
「……!?」
矢の飛んできた方へと視線を移す。そこには。
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《誘導弾1発命中、効果あり。効果あり》
《各艦へ、対潜警戒を厳にせよ》
《いずも一号機よりこちら足柄、降下準備完了よ》
《周囲に脅威を認めず。降下待て》
《了解。降下待て。上空にて待機》
《念のため攻撃隊は発艦させておきます。よろしいですね?》
「うっわぁ〜……」
海自の護衛艦隊とその指揮下の艦娘たちが、恐らくまるまる一部隊集結していた。
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「引くわ〜……」
「なに言ってますの、あなたは……」
久しぶりに聴く声だが、誰だかすぐにわかった。
「お〜熊野じゃん!久しぶり〜!」
「久しぶり〜、じゃありませんわ!せっかく助けに来てあげたのに
さっきの言い草はなんですの」
「いや、だってこんな大げさなの引くでしょ。なんかやっちゃったかと思ったよ」
相変わらずですわね、とでも言いたげに首を振る。
「とはいえ、無事でよかったですわ……それにしても……」
「?」
「こんなにボロボロになっておきながら、そこだけは煤ひとつ付いてませんのね」
なにかと思えば、そんなことか。
私は胸を張って答えてやる。
「ま、当然じゃん?」
私の左手に光るそれを見ながら、彼女は呆れたように笑った。
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「なんで〜!ご飯食べに行くんじゃなかったの〜!!」
帰還後、即刻入渠を命じられ、私は不満を爆発させた。
ストレッチャーに寝かされたまま、ぶんぶんと手を振り回す。
「何言ってんだ、バカかお前は」
「ばっ……ちょっと〜、単身敵を食い止めたスーパーヒーローに失礼じゃない?」
命からがら戻ってこられたのはディナーを楽しみにしていたからなのだ。
バカ呼ばわりは百歩譲っても、それが無しになるのは納得がいかない。
「そんな姿で、しかも血まみれの割引券持っていっても入れてくれねーよ」
「うぐ……っ」
確かにとても人にお見せ出来る格好ではないし、正直に言えば身体中痛い。
ここは大人しく従うしかなさそうだ。
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「にしても、あんな大部隊、どんな手使って来てもらったのさ」
たかだか一艦娘にあれだけの救援というのはおかしな話である。
ましてやここは地方の小さな基地にすぎない。
「いや、お前の報告どおりに伝えただけだぞ。
『大規模な敵上陸部隊接近の恐れアリ』ってな」
「え」
そんなことは言っていないだろう。と思ったのだが
あのとき確かに私は「たくさん」と伝えてしまっていた。うん、間違いではない。
「それにな」
ぽん、と私の頭に手を乗せてくる。
「誕生日の前日に艦を沈めたとあっては、指揮官として失格だしな」
「あ……」
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気づけば、日付が変わっていた。
11月20日。
かつての私、帝国海軍巡洋艦鈴谷の進水日。
今は誕生日として祝うのが慣例になっている。
「おめでとう。また一年経ったな」
「あはは、忘れてた」
どうやら彼は覚えていてくれたようで、あの救援も
この日を迎えるためにわざと大げさにやってくれたらしい。
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「上にバレたら大目玉だね」
「ああ、そうだな」
「その時は鈴谷も一緒に怒られてあげようか」
「たのんだ。いや、いっそ逃げるのも有りか」
「お、愛の逃避行ってやつ?」
「そういうのはな、高飛びっていうんだ」
「もう!ロマンがないなぁ〜!」
一日生き延びて、美味しいご飯を食べて。
一週間生き延びて、可愛い服を買って。
ひと月生き延びて、面白い映画を見て。
そうして一年生き延びられたなら、大好きな人に祝ってもらおう。
―それが私の、今ここで戦う理由だから―
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切ないですね…これは切ない
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日付が変わる前に投稿できて良かったですね
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乙です
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いいゾ〜これ
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