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【短編】種
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それは私が十七の夏のことであった。
外はうだるような暑さであったが、私は照りつける太陽に誘い出されていた。
とにかく家に居たくなかったのだ。
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学校は夏季休暇に入ったが、私はすることもなく家にいた。
その日の朝ものろのろとベッドから起き出し、遅い朝飯を食った。
父は仕事で家を空けているのが常だが、その日は弟もいなかった。
どうやら朝早くに友人と出かけて行ったらしい。
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一人の朝食を済ませ、私は再び自室に戻った。
部屋に戻ったところで何もすることはないので、物思いに耽るのが私の夏休みの日課となっていた。
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物思いに耽るといっても、このところ浮かんでくるのは家に対する恨みばかりである。
私の家は裕福であった。
しかし、裕福であることは私にとって決して幸せではなかった。
実際のところ、私は裕福であることに目を付けられ、中学では同級生に酷く虐められていたのである。
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もう始まってる!
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また、この物質的に恵まれた生活と父の存在は切り離せないものであった。
私は何も分からない子供ではなかったから、父にはその生活相応の社会的地位があることは幼いころから感じていた。
それは重圧以外の何物でもなかった。
私にとって父の背中は追い越すべき存在ではなく、私の限界を規定する壁であった。
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なんか始まってる!
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ポジ種かな?
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弟の存在も私を一層惨めにしていた。
私には一つ違いの弟がいた。
弟は私と違って快活であり、友人も多かった。
私には夏休みに遊びに出掛ける友人などいないのだ。
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私は嫌なことがあると、それを全て家のせいにするようになっていた。
そうでもしないとやっていられなかったのである。
しかし、弟の存在は、私の現実からの歪んだ逃避行を許してはくれなかった。
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****殺す
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あっ・・・(察し)
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同じ家に育った。
それなのに、弟は私と違って、活発で優しく友人から慕われていた。
劣等感よりも何よりも、弟に逃げ道を塞がれてしまうことは耐え難いものであった。
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出来の良い弟はいらない
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弟は優しかった。
心の捻じ曲がった兄に対しても何かと気を遣ってくれた。
その優しさは私には残酷すぎるものであり、憎かった。
私はいつしか弟と衝突を繰り返すようになっていた。
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神聖四文字かな?
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前の晩にも喧嘩をしたばかりであり、その日は弟と顔を合わせたくなかった。
だから、弟が朝早くに家を出ていて私はホッとした。
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ごゆるりと…
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考え事をしているうちに、日が高くなっていた。
広い家で一人いても、嫌なことを思い出すだけだ。
たまには外に出てみるのもいいかもしれない。
そう思い立ち、私は家を出て歩き始めた。
太陽がギラリと光っていた。
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家は高級住宅街の真ん中にあったが、三十分も歩けば河川敷に出る。
気が滅入ってしまったが、川面でも眺めていれば少しは気が晴れるかもしれない。
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没後20年記念かな
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私が汗を拭いながら河川敷に到着した時、夏の日差しは真上から容赦なく降り注いでいた。
橋の陰で少し涼もう、そう思った矢先に黒い影がフラリと私の視界に現れた。
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それは男であった。
気が狂っているのか、その男は炎天下で黒いスーツを着込んでいた。
呆気にとられている私に近づくと、男は握り拳を差し出した。
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「種だ」
男が拳を開き、その掌には植物の種らしきものが乗っていた。
「受け取れ」
私の体は何かに支配されているようであった。
私は促されるままに、その種を手に取った。
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男はそれ以上何も言わず、後ろを振り向いた。
その振り向きざま、私は男の胸に光る何かを見た。
今思えば何かバッジのようなものだったのだろう。
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その煌めきに、私は一瞬目を瞑った。
再び私が目を開いたとき、そこに男の姿はなかった。
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乱反射に輝く川面を眺めながら、私の心は穏やかではなかった。
私の手に握られている得体の知れない種について、思案していた。
何の植物なのか。あの男は一体何者なのか。
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不安が心の隅に巣食っていた。
しかし、私は不思議とその種を捨てる気にはならなかった。
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どのくらい経っただろうか。
腹が減り始め、太陽も真上から大分傾いていた。
川べりから腰を上げ、私は家に向かって歩き始めた。
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誰もいない昼下がりの町を歩いた。
ダラダラと歩いているうちに、先程まで感じていた不安はどこかへと消え去っていた。
その代わりに、家に着く頃にはこの種を植えてみようという気持ちになっていた。
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家に着いた私は、物置から植木鉢を引っ張り出してきた。
そこに庭の乾いた土と種を放り込んだ。
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私は植木鉢をベランダに置き、それを部屋から観賞することを思い付いた。
植木鉢を抱え、私はベランダに出た。
西から雷雲が近付いていた。
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午後八時。
夕方から降り出した雨は今や豪雨となっていた。
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私と母は居間で弟の帰りを待っていた。
弟が帰って来ないのだ。
弟がこの時間まで連絡の一つも寄越さず遊び歩くなんてことは今までなかった。
加えてこの豪雨である。
雨が、私達の不安を駆り立てていた。
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母からの連絡を受け、多忙な父も仕事を放り出して帰ってきた。
ずぶ濡れのその姿はいつになく弱々しかった。
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午後十時。
私は警察に連絡するため、電話の受話器に手をかけた。
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終に弟が帰って来ることはなかった。
弟が変わり果てた姿で発見されたのは、翌日の午後のことであった。
警察によると、弟は豪雨で水位の上がった川に飲み込まれたらしい。
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不可解なことに、弟がその日誰と何をしていたのか、警察は全く手掛かりが掴めなかったそうだ。
弟はなぜ死ななければならなかったのか、私達家族は終にそれを知ることはなかった。
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弟。
優しい弟。
彼の死は、世界の時間を止めてしまったようだった。
この世の全てが、色褪せていた。
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弟が死んで何日が経っただろうか。
その日、私は弟の夢を見ていた。
夢の中での私は、弟を守る強い兄であった。
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夢から醒めたとき、私はこれ以上ない喪失感に襲われた。
既に、日が高く昇っているようだった。
私はカーテンを開けるために、窓辺に向かった。
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カーテンを開けた私の目に飛び込んだのは、大輪の花であった。
すっかり忘れていた、あの時の種だ。
涙があふれ出た。
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あれから何年も経った。
私はあの日以来、悲しみに暮れるのはやめようと心に決めた。
弱い自分を変え、強くあろうと誓った。
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私はやがて大学生になり、法律に出会った。
私はかつて、一人の優しい少年を守れなかった。
だから、今度は多くの人を守りたい。
そのために法律を学ぼう、そう思った。
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私は弁護士になった。
それまでの道のりは険しかった。
そして、これからも険しいだろう。
多くの人を守る、それは簡単なことではないのだ。
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私はようやく独立し、法律事務所を構えるに至った。
困難が日々降り掛かり、挫けそうになることもある。
そんな時、私はポケットに手を伸ばす。
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種だ。
あの時咲いた花は、やがて枯れた。
しかし、花は実を結び、そして種を残したのである。
それは私にとって希望と再生の象徴であり、ずっとポケットに入れていた。
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さて、そろそろ依頼人の来る頃である。
今日の依頼人は、奇しくも高校生の少年である。
それもあって、今日は長々と昔の思い出に浸ってしまった。
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やっぱりな♂
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私は、まだ見ぬその少年に昔の自分を重ねていた。
そうだ、私がいつまでもこの種を持っていても仕方ない。
今日来る少年にこの種をプレゼントしよう。
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空色何色
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少年が喜ぶかは分からないな。
しかし、何せ希望の種だからな。
部屋にノックの音が響いた。
私は立ち上がり、ドアを開いた。
〜終了〜
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なんか詩的!
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投下は以上になります。
ありがとナス!
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本当に希望の種なんですかね・・・(恐怖)
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お疲れ様です
ええSSやこれは…
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お前なかなかぁ…美しいじゃねぇか
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これは例の事件の前日譚ですね…たまげたなあ
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短編SSの「バッジ」の作者と同一人物かな?
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なかなか引き込まれる文章
その種は自由と正義の象徴に成り得たのかな?
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まさかこんな…作者乙ゥ〜
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悲しい過去を乗り越える強さを描いたいいお話だと思いました
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彼のこれからが気になるss
+1145141919点
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ひまわりは弁護士バッチからですね……
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きっと立派な人物になったんやろうな…
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少年サイドのSSも見たいですね…
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こういうのなんだっけプロローグってやつか
いいゾ〜これ
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そういえばひまわりで放射能除去とかいう話はもう聞きませんね…
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種が恐ろしいものに思えてならない
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弁護士って悪いやつだなー
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誰かはわからないけどネットに強そう
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悪いものたちを裁く日まで立ち止まらなさそう
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某掲示板の文学作品集を髣髴とさせる 300点
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ポジ種とか言ってた奴は✝悔い改めて✝
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エピソードゼロすき
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面白かったねー!
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不安の種なんだよなぁ…
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