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从 ゚∀从フェルメール・ブルーは優雅に空を舞うようです
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ハインリッヒは目を覚ました。
顔を傾けると閉めたままの窓から夕陽が部屋に差し込んでいた。
自分で組み立てた扇風機が淀んだ生温い空気を掻き回す。裸だというのに身体は汗ばんでいる。
隣には同じく裸のドクオが寝息をたてていた。行為が終わってそのまま寝てしまったらしい。
ろくに換気もしてないせいで汗と精液と煙草の臭いが部屋じゅうに篭っていた。
从 ゚∀从「ドクオ・・・」
伸びきったドクオの髪を撫でる。少し痩せた頬、数日剃っていない無精髭、筋肉質とは程遠い身体。顔つきも決して良いとは言えない。
どうして好きになったのだろうか。彼の寝顔を見ながらハインリッヒは暫く考え込んだ。たまにこんな事を考える事がある。
部屋は相変わらず片付いていない。プラスチックのコップには歯ブラシが二つ、化粧品のボトルの間に歯磨き粉チューブが並び、柄も形も不揃いのマグカップがシンクに放置され、乾燥機から出した服は分別されず置かれている。
どれもまとまりなく中途半端で不完全でただそこに置かれている。生活感の溢れるアパートの一室はただ雑然としていた。
从 -∀从「分かんないや」
ハインリッヒは思考を止める。
スローモーションの様に、ゆっくりとベッドに身を投げた。
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(゚、゚トソン「ほんのちょっとだけエロあります・・・」
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从 ゚∀从フェルメール・ブルーは優雅に空を舞うようです
起 東武スカイツリーライン北千住駅から徒歩10分
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気がつけば夏になっていた。灼熱の太陽がアスファルトに照りつける。
梅雨明けと同時に好天気が続き街は渇いていた。こうも暑いと早くもうんざりしてしまう。
ハインリッヒは夏が好きではない。周囲の人間も言っているが冬は重ね着すれば暖かいが夏は脱いでも暑いのだ。
休みの日だって出かける気が起きやしない。
从 ゚∀从「ねぇ、エアコンつけちゃダメ?」
ハインリッヒはうだるような暑さに悲鳴をあげた。全開の窓の向こうからは蝉の必死の鳴き声が絶えず響く。元気なものだ。
関東地方は最高気温が三十度を越える真夏日が続いていた。
('A`)「ダメ」
要望はドクオによって却下された。この部屋にエアコンはあるが節電のためにドクオはエアコンの起動を渋っていた。
その代わりにホームセンターで購入した扇風機が稼働しているものの温い空気を送るだけで気休めにしかならない。
ベッドに寝そべるハインリッヒとドクオの間を際限なく往復している。ネジの締め方が緩かったのか時折カタカタと音をたてており妙に耳障りだった。
从 ゚∀从「ケチ」
ハインリッヒは口を尖らせた。読んでいたファッション雑誌に汗が垂れる。
しかしこの部屋の主権はドクオにあるので、ハインリッヒは仕方なく諦める。家賃は当然として光熱費も折半すると言ったのだが、ドクオは男の挟持があると聞き入れなかった。
蝉の鳴き声と、ハインリッヒとソファーに座るドクオの間を行き来する扇風機の音だけが続く。
少ししてからドクオがのそりと立ち上がった。
从 ゚∀从「どうした?」
ドクオはハインリッヒの隣に寝転がる。セミダブルベッドなのでそれほど狭くはないがやはり密着すると暑い。ついハインリッヒは顔をしかめる。
('A`)「うーん、したくなった」
从 ゚∀从「まだ昼間だぞ」
-
('A`)「関係ないよ」
ドクオが顔を近づけて、唇を奪う。ハインリッヒはファッション雑誌を諦めベッドの脇に追いやった。
从 -∀从「ほんとさ、もうちょっとムードってものを作らないかなー」
('A`)「えー、いいじゃんか」
悪びれずドクオは笑う。付き合い始めの頃とは変わってしまったものだ。
同棲とは性生活において解放されるも同然である。行為をするまでの駆け引きもなくなり、朝だろうと昼だろうと関係ないのである。
時間も構わず求めてくるドクオに少し疲れながらもハインリッヒは応えるのだった。
§ § §
ハインリッヒが大学に進学したのは、なんとなくである。
中学校を卒業する際に、ハインリッヒには具体的なビジョンどころか、将来やりたい事もなかった。
母親が13歳のハローワークだとかそういう本を買ってきてくれたのは覚えているが、そこにハインリッヒの心を動かすものはなかった。
小学生の頃にはケーキ屋さんになりたい、アイドルになりたい、などと同学年の女子は自分の夢を語っていたが、男子に混ざり放課後にはサッカーや野球に興じていたハインリッヒにとっては理解出来ない感性だった。
高校では彼氏も出来てそれなりに青春を謳歌したが、卒業を控えても就きたい職業は特になかった。当時付き合っていた彼氏と結婚など考えた事もなかったし、適当に就職してしまっても良かったのだが両親の説得により更なる可能性を求めて大学へ進学したのである。
両親はどちらも大学を卒業しているのだ。大学の4年間でたくさん学び、様々な体験をし、その後数十年と付き合いの続く大切な仲間との出会いがあるんだ、と父親は熱弁していた。
しかし母親は大学を卒業してすぐに父親と結婚したそうで、あまり意味がなかったんじゃないかとハインリッヒは思う。
そのなんとなく入った大学も2年目になるが、相変わらずではある。入りたかったサークルはなかったので、単位を落とさない様に講義を受け、学費を稼ぐべくバイトをする。
そしてたまに飲み会に出る、そんな程度だ。
从 ゚∀从「金曜日?」
ハインリッヒは聞き返す。金曜日は飲み会の定番だ。
-
川 ゚ -゚)「あぁ、夜なんだがどーしても一人足らなくなってさ」
同じ学部のクーと並んで大学のリノリウムの廊下を歩いていた。クーとは大学からの付き合いだ。
从 ゚∀从「んー、シフト入ってないから大丈夫だけど」
川 ゚ -゚)「ありがとう、助かるぞ。 本当はペニサスだったんだがアイツおたふく風邪になったろ」
从 ゚∀从「あぁ、あの年でね」
川 ゚ -゚)「それでハインに来てもらえないかなって」
从 ゚∀从「私か・・・」
クーの方を盗み見る。彼女は本当に美人だ。身長もそこらの男より高いし、スタイルもいいし、伸ばした髪も流れる様に美しい。
実際にこうして隣を歩いているだけで周囲から比較されそうで怖くなってしまう。
从 ゚∀从「合コンなんてあんまり行かないし、私で大丈夫なのかなぁ」
川 ゚ -゚)「大丈夫、ハインには胸があるじゃないか」
从 ゚⊿从「そこー?」
川 ゚ -゚)「アイシスもハインはおっぱい要員で確保しといて、って言ってた」
从 ゚∀从「あいつシメる」
川 ゚ -゚)「まぁ半分冗談だけどさ」
クーは笑う。
川 ゚ -゚)「でもハインだって十分魅力はあるんだぞ。
自信を持っていいんだから」
从 ゚∀从「そっかなぁ・・・」
ふと窓ガラスに映った自分の顔を見る。顔はそれほど良くない。髪もある程度伸ばすと無造作にハネてしまう。言葉遣いも性格も男っぽいとよく言われる。
胸の発育に関しては小学生の頃から良かったので人より大きいという自覚はあるぐらいだ。
-
川 ゚ -゚)「お店とかLINEで送るからな」
从 ゚∀从「おう」
そういえば、とハインリッヒは思い出す。彼氏がいるのに合コンに行くのは浮気に値するだろうか。
別に、一緒に食事をする、手を繋ぐ、キスをする、セックスをする、どこからが浮気になるのか定義なんてないのだけれど。
でもドクオは嫉妬深そうな一面もあるし、独占欲が強い気もする。
从 -∀从「・・・黙ってよう」
§ § §
リハ*゚ー゚リ「先に言っておくよ〜、今日の男性全員早稲田だから」
狭いエレベーターの中でアイシスが笑った。
ハインリッヒとクーと同じ学部であり、今日の主催者である。明るい性格の持ち主で異性の友達は多い。
川 ゚ -゚)「早稲田・・・お前のツテすごいな」
リハ*゚ー゚リ「たまたま高校で仲良かった奴が早稲田でね、向こうからもおっぱい大きい子紹介して〜って言われてて」
从 ゚∀从「下心見え見えだな、オイ」
リハ*゚ー゚リ「まぁ希望に添える三人が集まった訳だよ!」
あまり膨らみのない胸の張りアイシスは高笑いする。ハインリッヒとクーは黙ってそれを見守った。
虚しくなったアイシスはエレベーターの中に設置された鏡の前で前髪を指で流す。
リハ*゚ー゚リ「まぁ、頑張ろ」
新宿駅から歩いて3分の距離にある雑居ビルのエレベーターの扉が開くとモダンな雰囲気の空間が広がっていた。色とりどりの看板だけが目立つ無骨なビルの外観とは大違いだ。
それぞれの個室は完全に独立していて遮音性に優れている。照明は切子グラスを用いたものが並べられていた。
柔らかな光を浴びながら部屋へとハインリッヒ達は入る。
リハ*^ー^リ「おまたせしましたー」
-
部屋には既に男性陣が席に着いていた。先頭であるアイシスが手前の男性に手を振る。それが高校時代の同級生らしい。
( ゚∀゚)「おーアイシスおひさ!」
色黒の男性が迎え入れる。体形はがっちりとしていて、いかにも何かしらスポーツをやっていそうだ。
( ゚∀゚)「今日はよろしくね! 適当に座っちゃって、後で席替えするから!」
言われた通り、女性陣も座る。男女が交互に座る一般的な陣形になる。
( ゚∀゚)「飲み物生じゃない人〜」
リハ*゚ー゚リ「ウチは全員生でダイジョーブだよ」
( ゚∀゚)「おぉ〜」
ジョッキが行き渡ってから色黒の男性の音頭で乾杯する。それから一人ずつ自己紹介が始まった。
( ゚∀゚)「ジョルジュです! アイシスとは高校からの仲なんだ」
色黒の男性はジョルジュ。明るい性格でムードメーカーであり、リーダーシップもあるという。
今回の発起人も自分だと語った。
爪'ー`)y‐「フォックスです。 こいつらとは同じ学部」
大人びた印象の男性はフォックス。身につけているものはそれぞれ高価なブランドのものだ。
ジョルジュと同年代とは思えないほど落ち着いているが、少し鼻にかけた喋り方が特徴的である。
( ・∀・)「モララーです。 自分も同じ学部。 よろしくね」
最後に名乗ったのはモララー。先の二人と違いシンプルな服に身を包み、柔和な笑みを浮かべている。
一通り自己紹介が終わるとコースの料理がテーブルに並び始めていた。アイシスは男性陣の皿を受け取りせっせとサラダを取り分ける。クーも早くもジョッキを空けたジョルジュにメニュー表を手渡す。ハインリッヒといえば手持ち無沙汰で、少し俯く。
( ・∀・)「場慣れしてない感じ?」
从;゚∀从「えっ」
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正面に座るモララーの言葉にハインリッヒはどきりとする。モララーにはからかう様子もなく、優しく微笑む。
从 ゚∀从「わ、分かります?」
( ・∀・)「なんとなくね」
从 -∀从「うーん、あんまり合コンとか行かなくて・・・」
どうしても、ハインリッヒは比較してしまう。クーは色白で髪も綺麗な上にモデルみたいな抜群のスタイルだ。さばさばした性格で男女問わず人気がある。
アイシスもあれで男には尽くすタイプだったりする。ふんわり揺れるナチュラルボブパーマがとても可愛らしい。
そんな二人と比べると、自分の華の無さが目立って仕方なかった。
( ・∀・)「いいんじゃないかな、無理する事はないし」
从 ゚∀从「そうですかねー」
( ・∀・)「そうだよ」
清涼感のある七分袖のシャツに柔らかな笑みが印象的だ。ジョルジュもフォックスもなかなかの男前だが、モララーは特に整った顔をしている。身長もクーより少し高いぐらいはあるだろう。
从 ゚∀从「モララーさんはこういうの、よく行かれるんですか?」
( ・∀・)「ううん、あまり。 今日も代打なんだよ」
从 ゚∀从「あ、じゃあ自分と一緒ですね」
モララーのジョッキが三分の一ほどになっていたが、ハインリッヒが気付いた時にはモララー自らメニュー表を手繰り寄せていた。
ハインリッヒは出しかけた手を引っ込める。完璧にこなす隣のクーもアイシスも別の生き物に見えてしまう。
( ・∀・)「大丈夫、そんなに気にしなくても」
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从 ゚∀从「優しいんですね」
( ・∀・)「そんな事ないさ・・・次どうしようかな」
从 ゚∀从「もう生はいいかなー」
モララーはとても話しやすい。変に構えなくても良い。更に同い年なので敬語を使う必要はないとモララーは断った。
あまりにも気兼ねなく話せたので、席替えの際には少し名残惜しさすら感じてしまっていた。これだけ自分が話せる異性を思い浮かべると、ドクオぐらいである。
ハインリッヒは少し嬉しかった。
§ § §
金曜日の夜の列車はいつも混んでいる。更に翌日が休日なので終電間際まで延々と帰宅ラッシュは続く。大概座る事は難しいので諦めて立って帰るのだ。特に急行は本当に混む。
しかし今日に限っては珍しく三人揃っての着席が叶った。地下鉄の車内にはやはりサラリーマンやOLが大半を占めるが、飲み会帰りと見られる人が多い。
リハ*゚ー゚リ「いやー楽しかったねぇ」
アイシスは可愛らしいカバーを装着したスマートフォン片手に呟いた。彼女のスマートフォンはずっと無料通話アプリの着信ランプが光っている。
川 ゚ -゚)「あぁ、それにあんなにイケメンばかりだとは思わなかった。 アイシスを少し見直したよ」
リハ*゚ー゚リ「少しかい!」
川 ゚ -゚)「しかしフォックス君はすごかったな、全身DIESELだったぞ」
リハ*゚ー゚リ「やっぱり!? あれ絶対なんかの御曹司だよね」
網棚には乱雑に折り畳まれたスポーツ新聞が置かれていた。ロングシートに座る乗客は皆、黙ってスマートフォンに視線を落としている。
ハインリッヒはぼんやりと、正面のくたびれたスーツに身を包んだ中年男性が読む日経新聞の見出しを眺めていた。
-
リハ*゚ー゚リ「ハインは?」
アイシスに急に振られて、ハインリッヒは我に返る。
从 ゚∀从「えっ」
リハ*゚ー゚リ「今日、モララー君とすっごいいい感じだったじゃん!」
从 ゚∀从「そ、そうか?」
川 ゚ -゚)「モララー君結構ずっとハインの事見てたからな」
从 ゚∀从「まじ?」
自分は話しやすかったのだが、相手はどうだったのか。そこまで観察する事など出来なかった。
リハ*-ー-リ「やっぱりおっぱいなのかね、おっぱい」
川 ゚ -゚)「ジョルジュ君はアイシスの胸は高校1年から全く成長してないって言ってた」
リハ*゚⊿゚リ「あの色黒、LINEのグループ名をインド人の会にしといてやる」
川 ゚ -゚)「ハインも彼氏いそうでいないから、チャンスじゃないか」
そういえば。ハインリッヒは目を瞑る。ハインリッヒは彼氏がいる事を二人に伝えていなかった。
今回代打として誘われたのはそれ故でもある。交際を始めてまだ二ヶ月ほどしか経っていないし、タイミングがなかったのもある。何より相手は同じ大学のドクオだ、二人は彼を知っているかもしれない。
ハインリッヒは正直なところ、ドクオの評判というものが不安であった。恐らく、というよりまず良いものではないだろう。異性となれば尚更だ。
从 -∀从「いやー・・・」
言うべきか、言わざるべきか、暫く逡巡してハインリッヒは唸る。しかし遂に観念して、口を開いた。
从 -∀从「その・・・今さ、彼氏いるんだ」
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リハ;゚ー゚リ「えええええ!?」
トンネルを進む車内にアイシスの声が響く。耳にイヤホンを刺していない何人かが振り向いた。
川;゚ -゚)「アイシス声大きい」
リハ;゚ー゚リ「だって、だって」
从 ゚∀从「ごめん、なんか言い出すタイミングなくって」
川 ゚ -゚)「しかしそれなら今日は誘ってしまって悪かったな」
从 ゚∀从「いやいいんだよ、緊急だったしさ」
アイシスが身を乗り出してハインリッヒの服の袖を引っ張った。
リハ*゚ー゚リ「で、どんな彼氏!? イケメン!?」
从 ゚∀从「いや、イケメンでは・・・ない・・・間違いなく」
リハ*゚ー゚リ「どこ好きになったの!? どこで知り合ったの!? バイト先!? もしかしてうちの大学!?」
从 ゚∀从「だ、大学・・・」
リハ*゚ー゚リ「えー、私知ってる人!?」
从 ゚∀从「どうだろ、学部全然違うし・・・」
ドクオは目立つタイプではない。むしろ逆で、日陰にいる様な人間だ。きっと中学校でも高校でも同じだったのだろう。
川 ゚ -゚)「なんて人だ? 知っているといいな」
列車が駅に着く。開扉と共に一斉に車外へ流れていく。雑然としたプラットホームに凛としたブザーが鳴り響く。
从 -∀从「ど、ドクオ・・・」
ブザーが鳴り終わり閉扉する。空気圧で改めてドアが強く施錠されたのと同じぐらいに列車は動き出す。明るい駅を出て再び隧道へ入っていった。
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リハ*゚ー゚リ「あー、ドクオ君か、うん」
アイシスの表情が曇る。
从 ゚∀从「・・・知ってるんだ?」
リハ*゚ー゚リ「まぁ、たまたま。前に食堂でサイフ落としたの拾ってあげた事あって」
川 ゚ -゚)「私は知らないな。 どんな人なんだ?」
リハ*゚ー゚リ「なんというか、無愛想というかー、いかにも根暗っていうか。あんまり人と話してるの見た事ないかなぁ」
从;-∀从「あーうん、当たってるというかそのまんまだわ」
やはり、とハインリッヒは呻く。悪い予感ほど当たる。でもドクオを知る人物で、彼と友好関係である者以外は、大概こういう評価になるだろう。
ドクオは社交的ではない。明るい性格でもない。人付き合いが得意ではない。それはハインリッヒから見てもそう感じる。
リハ*゚ー゚リ「そっかーハインがドクオ君かぁ。 意外っちゃ意外だよ」
川 ゚ -゚)「まぁいいじゃないか。 ハインは幸せなんだろ?」
从 ゚∀从「あ、うん」
川 ゚ -゚)「ならそれでいいじゃないか」
咄嗟に肯定してしまったが、どうなのだろう。ハインリッヒは考える。
勿論幸せなんてものに明確な定義はない。分かりやすい基準も存在はしない。
自分は幸せだろうか。ドクオといて幸せだろうか。少なくとも不幸せではない。
一緒にして楽しいし同棲生活だって上手くやっている。十分幸せじゃないだろうか。
从 ゚∀从「幸せ・・・うん」
言い聞かせる様にもう一度ハインリッヒは言う。そんな事を急に問われても困る。自身の幸せについて考えるのはもっと大人になってからで良いと思う。
リハ*゚ー゚リ「そだね、でもハインに彼氏とはな〜先越された気がするな〜」
川 ゚ -゚)「アイシスは一人の男と長続きする事を目標にした方がいいな」
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リハ*゚⊿゚リ「もーうるさいな〜。自覚してますよーだ」
列車は地下のトンネルを出る。等間隔で車体を照らしていた蛍光灯がいなくなり、代わりにビルの灯りが見える。地上に出てからは急行として本領発揮する。快調に飛ばしはじめ、窓の外をタワーマンションが通り過ぎていく。
ビル群と別れて暗い川沿いを暫く走ると大きなカーブに差し掛かり徐々に速度を落とす。カーブを曲がりきればホテルや近年新しく建設されたキャンパスに出迎えられ、すぐに駅に着く。
从 ゚∀从「あ、私降りるね」
リハ*゚ー゚リ「え? ハイン新越でしょ?」
从 -∀从「いやー、色々あって家出ちゃってさ、今ドクオの家に、まぁ居候してるんだよね」
リハ;゚ー゚リ「ど、同棲!? 同棲してるの!?」
从 ゚∀从「そ、そうなる」
リハ*゚ー゚リ「はぁーやりおる」
アイシスはうなだれる。駅に着いてからも肩を落としながら力なく手を振っていた。苦笑いで手を振るクーに見送られながらハインリッヒは列車を降りた。
更に北へ向けて発車していった列車を見届け、ハインリッヒは改札へ進む。駅からアパートまでは歩いて10分ぐらいだ。酔いを覚ますにはちょうど良い。
§ § §
駅前の通りをまっすぐ歩き、国道を越えてから路地に入る。アパートまでの道のりは単純で覚えやすい。
比較的大きい街なのでアパートに至るまで様々な店舗や銀行があり不自由しない。まだここで暮らして一ヶ月ほどだが、ハインリッヒはこの街を気に入っていた。
ドクオはまだバイトに行っているはずだ。今夜は遅いと言っていた。さすがに普段着ない様な服を身に着けていればドクオも何かしら怪しむかもしれない。丸襟ブラウスなどドクオの前では着た事すらないから尚更だ。
アパートに到着してハインリッヒは住んでいる部屋を見上げる。
从 ゚∀从「あれっ」
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部屋には灯りが点いていた。二人とも朝に家を出ているので消し忘れというのはありえない。蛍光灯が点いているという事は、ドクオの帰宅を示していた。
何より窓からカーテンが揺れているのはドクオが煙草を吸っている証拠だ。煙草の臭いがどうしても服に付くのでベランダで吸うようドクオに頼んで了承してくれたものの、よく横着をして窓を開けただけで部屋の中で煙草を吸う。
从 ゚∀从「どうしよ・・・」
ハインリッヒは立ち止まる。怪しまれるだろうか。しかしドクオが帰宅している以上、どうにも出来ない。むしろ帰宅が遅くなれば不必要な不安を与える恐れもある。
堂々としていれば大丈夫だ。ハインリッヒは迷うのをやめアパートの階段を登った。
从 ゚∀从「ただいま」
部屋の中からおかえり、とドクオの声が返ってくる。やはり帰宅している。バイト先が早く閉店したのだろうか。
从 ゚∀从「いやー、疲れた疲れた」
平然を装ってハインリッヒは部屋に入る。案の定ドクオは煙草を吸いながらソファーに寝転がりテレビを見ていた。首だけ動かしてハインリッヒの方を見るも、目を丸くする。
('A`)「なにその格好」
从 ゚∀从「ん、女子会。 こんなの久しぶりに着たから疲れちゃったぜ」
('A`)「へぇ・・・。 誰と?」
从 ゚∀从「同じ学部のだけど・・・クーとアイシス、知ってる?」
('A`)「あー、アイシスってあのビッチっぽい」
从 ゚∀从「あーひどいなー。 いい子なんだよ」
ドクオはソファーから立ち上がる。ハインリッヒの方に寄り顔を近づける。
('A`)「香水?」
从 ゚∀从「うん、クーから借りた」
('A`)「クー・・・そっか」
从 ゚∀从「あれ、なんか行っちゃダメだった?」
('A`)「いや、女子会でしょ。 大丈夫だよ」
ドクオが不機嫌なのは大体分かる。こんな着飾った姿を見せた事がないからだ。自分の知らない姿を見せられて困惑すらあるのだろう。ハインリッヒはやはり合コンなどまず口にしてはいけないと再確認した。思っていた通り、ドクオはきっと嫉妬深い。
('A`)「でもその服かわいいね」
-
从 ゚∀从「そお? ガラじゃないっつーか」
('∀`)「確かに」
ゲラゲラとドクオは笑う。誤魔化しきった。大丈夫だ。ハインリッヒは胸をなでおろす。
('A`)「こんな服持ってたんだね」
ドクオは後ろからハインリッヒの胸を撫でる。
从 ゚∀从「ダメだって、シワになっちゃう」
('A`)「んー、じゃあ脱がせる」
从 ゚∀从「しょうがないなー」
ハインリッヒは床に置いたままだったバッグを手繰り寄せる。ドクオはもう眠ってしまった。
行為が終わるとドクオはよく寝てしまう。この時間ならばもう朝まで起きないだろう。
スマートフォンには着信ランプが点滅していた。その色は無料通話アプリの着信のものだ。アイシスから今日はお疲れ様でしたという内容をちゃんと送るようアドバイスを受けていたので帰宅中にミッションを遂行していた。その返事だろう。
すっかり時間が経ってしまった。もう夜も遅い。きっとそれぞれ眠りについている頃のはずだ。
从 ゚∀从「あ、全員きてる」
ジョルジュのプロフィール画像は自身がサッカーをしている写真だ。ユニフォームは大学で所属しているチームのものと思われる。
フォックスは今日身につけていた高価なブランドの腕時計の写真だった。よほど気に入っているのだろう。
モララーは友人に撮ってもらったのだろうか、スノーボードに興じる躍動感のある写真だった。意外とアクティブである。
どうもこういうところで個性が出る。ハインリッヒはお気に入りのゆるキャラで、ドクオはザクウォーリアだ。
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从 ゚∀从「返しとこう」
この時間では返ってこないだろう。一通り返信してから化粧を落とすためにベッドから出る。
整理出来ず乱雑にボトルが並ぶ洗面台に立つとスマートフォンが震えた。
从 ゚∀从「まだ起きてるんだ」
唯一返ってきたのはモララーだった。洗面所に置かれた全自動洗濯機にもたれながら返信する。
またすぐにモララーからの返信がありなかなか途切れず、さっと化粧を落として部屋に戻る。
从 ゚∀从「モララーさんわりとマメなんだなぁ」
セミダブルのベッドでドクオが大の字で寝ていたのでハインリッヒはソファーに転がる。バッテリーが切れそうだったので充電しながら返信に応じる。
意外とスタンプを使ってくるモララーが面白い。結局眠りについたのはそれから一時間ほど経ってからだった。
そのモララーからデートに誘われたのはその二週間後である。
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起 おしまい
つづく
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修羅場の予感しかないおつ
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この淡々とした文章好きだぜ
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こえー
乙
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ジョルジュー!眉毛眉毛!
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おつ
面白い修羅場の予感ですよ
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ありがとうございます、次いきます
>>22
やってもうた!もうジョルジュは出ないのでお許し下さい!
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承 夜明けの首都高は空いている
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その日のハインリッヒは少し緊張していた。
モララーが食事に誘ってきたのは三日前。それまでもモララーとだけは頻繁にメッセージのやり取りが続いており、ごく自然な流れだった。
しかし食事とはいえ、男女二人となれば意味合いも変わる。ハインリッヒは遠回しにクーとアイシスの二人に聞いてみたが、モララーから何かしら誘われてはいないとの事だった。
さてはモララーと良い感じだな、とアイシスに探りを入れられそうになったのでそこで会話は打ち切っている。
ひょっとすると、ひょっとしなくても、デートだろうか。デートだろう。
从 ゚∀从「こういうの、久しぶりだなぁ」
駅での待ち合わせの最中にハインリッヒは呟いた。
こうやって改札を出たところで、スマートフォン片手に回りを見渡しながら待ち合わせをするなど久しぶりだ。
ドクオとは同棲しているので待ち合わせをする必要がない。大学から帰る時に待ち合わせる事もあるがこんなに緊張したりはしない。
( ・∀・)「おまたせ」
ハインリッヒが改札の前に立ってから十分ほどでモララーは来た。集合時間より早い。
モララーは今日もシンプルな服で纏めている。やはり彼には清潔感がある。ハインリッヒといえば普段はクローゼットの奥で眠っている少し気合の入った服で来ていた。
いつも部屋ではユニクロで買ったジャージで過ごしている。大学にもどちらかと言えば動きやすい服を選ぶ事が多い。
( ・∀・)「じゃ、行こっか」
从 ゚∀从「うん」
良くない事だ、と自覚はあったがハインリッヒはドクオの存在を喋っていなかった。モララーが彼氏の有無を聞いてこなかったのもあるが、合コンに出席した時点で大丈夫だと判断したのかもしれない。
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考え方によってはドクオとモララー両方に対しての背信行為になるが、言い出すタイミングがなかった、騙すつもりではなかった、とハインリッヒは弁明する。
何より今日は食事なのだ。いくら異性との食事とはいえ二人とも成人しているし、もう子供ではない。高校生カップルでもあるまいし、この程度で浮気だのと小さい事を気にする必要はない、とハインリッヒはエスカレーターに乗りながら考える。
( ・∀・)「お台場とか、来たりするの?」
从 -∀从「んー、あんまり」
お台場はベタなデートスポットだが、あまり縁がない。元々ハインリッヒは埼玉県民なので中学や高校では地元でばかり遊んでいた。
池袋だとか渋谷みたいな場所にはたまに繰り出したがさすがにお台場は遠い。
从 ゚∀从「あ、でもこの前ガンダム見に一回行ってる」
( ・∀・)「ガンダム? あぁ、ダイバーシティの。 なんか意外だね」
当然ドクオの趣味だ。ドクオが何としても行きたいと言い出したのだ。
ドクオはそれほどアニメを見ている訳ではないらしいがガンダムを中心にロボットを題材とした作品を好んでいるらしい。
ハインリッヒとしてはあまり見分けがつかず、ファーストガンダムが弱そう、エヴァンゲリヲンもロボットじゃないの、と言ってドクオを激怒させてからは極力触れない様にしている。
从;-∀从「あー、そういうの好きな友達がいてさ、付いてく感じで」
つい取り繕ってしまった。誤魔化してしまった。
タイミングがなかったと言い訳しておきながら、内心どこかでドクオの存在を隠してしまいたいのかもしれない。
どうなのだろう。ハインリッヒは長いエスカレーターを登り終えるまで考える。
( ・∀・)「あのガンダムってたしか東京でやって静岡に行ってまた東京に帰ってきたんだよね。 知り合いにすっごい熱狂的ファンの奴がいて静岡まで見に行ってた」
从 ゚∀从「へーそれはすごいな」
( ・∀・)「しかも在来線」
从;゚∀从「すごっ!」
東京から静岡まで在来線なら何度乗り換えるのだろう。何だか分からないがすごく遠そうだった。
苦行の旅を想像しただけで腰が痛くなってくる。
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臨海エリアの中心に設けられた地下駅から出ると、大きな観覧車やショッピングモールが見えた。よくテレビで見る建物がたくさんある。
広大な遊歩道には家族連れやカップルでごった返していた。土休日の人出はすごいと聞いていたが本当だ。
从 ゚∀从「すご・・・」
( ・∀・)「すごいねー」
ハインリッヒはモララーに一任して隣を歩く。知らない人間からすればきっとカップルに見えるだろう。
でもモララーは顔が整っているし、身長も高いし、隣を歩いていて釣り合っているだろうか。まるでクーの隣を歩いていく時の様な、変な気持ちになる。嫉妬とは違う、妙な不安感だ。
ハインリッヒは隣のモララーを盗み見ながら、不安の元を探る。クーは可憐で美しい。モララーは美形できっと人気がある。
そういう輝いている人の隣を歩くのが、きっと落ち着かないのだ。ドクオの隣を歩いていて安心感を得られるのは、恐らく丁度良いからだろう。
ドクオは丁度良い。ハインリッヒにとって丁度良い。そういう事なのだろう。
二人でショッピングモールを回る。そういえばドクオとこういうベタなデートをした事がなかったな、とハインリッヒは思う。同棲までしているのに変な話だ。
同棲しているからいつでも会えるし逆に近すぎるのかもしれない。でもそんな反省は別に今ここでする必要はない。
服だったり、鞄だったり、アクセサリーだったり、書籍だったり、色々な話をしながら見て回る。
モララーと会うのはまだ二回目だし、知り合って二週間だし、無料通話アプリでメッセージのやり取りを続けたぐらいの仲のはずだが、楽しかった。
まだお互いの事を深く知らないのに、それらが楽しかった。とても新鮮だった。
それがただドクオとは別の人間だからか、それともモララーだからかは、多分ハインリッヒも薄々感づいていた。
从 ゚∀从「うわ、すごい綺麗」
海沿いのショッピングモールを出ると、赤い夕陽が燃えていた。階段とデッキを伝って砂浜に降りる。
海の向こうは工場群で、ビルやクレーンの奥にまさに太陽が沈もうとしているところだった。テトラポットの先の海面は橙色に染まりキラキラと輝いていた。
-
从 ゚∀从「わー写真撮ろ」
周囲のカップル達もしきりに写真を撮っていた。顔を寄せ合い二人で撮影しているカップルもいる。
自分はあんな事を人前で出来ない、とハインリッヒは心の中で嘆く。ドクオと写真など撮った事もないし、そんな柄でもない。
( ・∀・)「写真撮る?」
从 ゚∀从「えっ?」
ハインリッヒは思わずスマートフォンを落としそうになる。考えが読まれたのかと思いモララーを見ると、ただ無邪気に笑っていた。
なんだかハインリッヒも笑ってしまう。
从 ゚∀从「うん、撮ろっか」
柄じゃない。ハインリッヒは心底思う。こんな風に男と顔を寄せ合って写真を撮るなんてすごく似合わない。
いつもの自分が見たらきっとゲラゲラと腹を抱えて笑うだろう。
( ・∀・)「もっと近づいて」
从 ゚∀从「うん」
距離が近い。これだけ近くで見ると、モララーはイケメンというよりは、美形なのだと思う。
呼ばれて慌てて視線をモララーの手にあるスマートフォンに向ける。
( ・∀・)「よーし撮れた。 送るね」
从 ゚∀从「ありがと」
すぐに無料通話アプリで写真が送られてくる。ハインリッヒの顔は赤い。モララーと比べると尚更だ。
夕陽のせいにしてハインリッヒはスマートフォンを鞄にしまった。
ディナーは近くにあるホテルのビュッフェだった。窓際の席で、大きな窓の向こうにはライトアップされたレインボーブリッジが様々な光を見せていた。
その奥には都心のビル群が夜空に散りばめられた星々の様に輝く。摩天楼の中心で圧倒的な存在感を放つ東京タワーはいつものオレンジ色ではなく七色の光を身に纏っていた。
モララー曰くあれはダイヤモンドヴェールという演出だそうだ。ベイエリアを一望する事が出来てまさしく絶景そのものだった。
席もただ窓際にカウンターが設けられたものではなく、一つの机に向けて二つの席がやや向かい合う様に角度をつけて設置されていた。
完全に向かい合う訳ではなく、しっかりと窓の外の夜景を見ながら食事を楽しめる設計で、よく考えられているものだとハインリッヒは感心してしまう。
-
从*-∀从「ローストビーフうまかった・・・」
ビュッフェの入ったホテルを出てからハインリッヒは呟く。
普段、ローストビーフはともかくオマール海老やフォアグラなどまず食べる機会などない。食後のコーヒーも格別であった。
从 ゚∀从「本当に良かった? 払ってもらっちゃって」
( ・∀・)「気にしないで、大丈夫だよ」
ビルの間を縫って潮風が吹きつける。幅の広いペデストリアンデッキを二人はゆっくり歩く。
ひっきりなしに車が往来する首都高の上を跨ぐ。赤いテールランプが幾重にも重なっている。
从 ゚∀从「あ、ガンダム」
首都高に架かる橋を渡り終えると白い機体が目に入った。大型ショッピングモールを背に堂々と立っている。
その下では大勢の人が写真を撮っていた。アジア系の観光客のグループもいる。なかなか人気が衰えないものである。
ここはドクオと来て以来だ。付き合い始めだったから、二ヶ月ほど前の事だろうか。
( ・∀・)「写真撮る?」
从 -∀从「ううん、大丈夫」
ガンダムの前を通り過ぎる。プロムナードはまっすぐ駅に伸びる。
この先は多客期に使用される広大な臨時駐車場が広がるだけで人気は少ない。遠くから聞こえる首都高の車の往来だけがBGM代わりに流れていた。整列した街灯がずっと続く。
とりあえず駅に向かっている。駅のある方向に歩いている。でもこの後どうするのかハインリッヒは考えていなかった。
果たしてモララーは何と言うのだろう。一応頭のなかで帰宅ルートを想定しておく。行きと同じで八丁堀でいいだろうか。新橋からの方が早いだろうか。
( ・∀・)「ハインリッヒはさ」
从 ゚∀从「うん?」
( ・∀・)「お酒はよく飲むほう?」
从 ゚∀从「あー、うん。 そこそこ、かな」
この前の会では少し飲み過ぎてしまっていた。女の子なんだから少しはこういう時ぐらい控えめにしておきなさいとアイシスに後で注意されてしまったぐらいだ。
彼女も仲の良いメンツからは隠れ酒豪だの悪酔い絡み酒女だの散々言われているが男性の前ではあまり強くないふりをしている。あれはハインリッヒから見てもタチが悪い。
-
( ・∀・)「だよね、この前すごかったし」
从 -∀从「あれは場酔いしたというかー、慣れない事はするもんじゃないって感じ。 普段は嗜む程度だよ、本当に」
( ・∀・)「そうか、ならワインとかは好きかな」
从 ゚∀从「あんまり飲んだ事ないけど、いずれは手を出してみたいなって。 でもどんなのがいいかとか分かんなくって」
家で飲むのは大体が缶ビールだ。缶チューハイも買ったりする。ドクオはビールの類は苦手らしくたまに缶チューハイを飲むぐらいである。
( ・∀・)「じゃあうちで飲む?」
ん、とハインリッヒは言葉に詰まる。とても自然にモララーは言った。
从 ゚∀从「ええと、うん、いいよ」
自然すぎて、あまり考えずにハインリッヒは答えた。別に断る理由があった訳でもない。
この後予定はないし、まだ遅い時間でもない。それにモララーという人間をもっと知りたいというとても純粋な欲求もあった。
( ・∀・)「よし、なら行こう。 二十分ぐらいで着くよ」
§ § §
从;゚∀从「ほえぇ・・・」
上を見上げすぎてハインリッヒは変な声が出た。列車で降り立った街には何本も背の高いマンションが競うように生えていた。
大規模な再開発が進められ新たに多くのマンションが建設されているのは知っていたが、本当に摩天楼だ。ハインリッヒが居候する三階建てアパートと比べると尚更である。
そしてモララーはその中でも一際背の高いタワーマンションに向かってまっすぐ歩いて行く。まさか、とハインリッヒは緊張する。しかしモララーは平然とゲートをくぐった。
从;゚∀从「た・・・タワマンだ・・・」
-
エントランスには石畳のポーチがあり黒塗りのタクシーが控えていた。更に天上が高く開放感のあるエントランスホールに入る。
さながらホテルの様にフロントの女性スタッフが頭を下げた。様々なコンシェルジュサービスを請け負うという。説明しながらモララーはエレベーターへ向かう。
从 ゚∀从「えっと・・・ご家族と?」
( ・∀・)「ううん、一人暮らし」
从;゚∀从「ほえぇ・・・」
エレベーターにはびっしりとボタンが付いていた。数字は四十五まである。モララーは慣れた手付きで目的階のボタンを押した。
从 ゚∀从「32っすか・・・」
( ・∀・)「景色いいよ」
从 ゚∀从「だろーね・・・」
エレベーターは恐ろしい階数があるのにあっという間に指定された階へ着く。かなりの高速エレベーターなのだろう。
自分のバイト先のビルもこれだけの高性能エレベーターになればいいのに、とつくづく思う。
長い内廊下を歩く。天上の端を削り蛍光灯が設置されていてまるで自然光のようだ。
部屋に着きドアに手をかざすとテンキーに青い番号が浮かび上がる。スマートフォンをタッチさせるとオートロックが解錠された。
( ・∀・)「さ、入って。 そんなに広くないけど」
灯りをつけると、奥へ促される。モララーがカーテンをさっと引くと、ハインリッヒは大きな強化ガラスの向こうに燦然と輝く街並みに目を奪われた。
大パノラマを彩るのはまさしくイルミネーションの海だ。同じく街にそびえ立つタワーマンション、狭い土地に密集する市街地、眼下で蠢く大量の自動車、長細い灯りが何本も連なる線路、遠くの高速道路の光の帯まではっきり見える。
これほどの高さならばこの街一帯の生活や営みが見渡せてしまいそうだった。
从*゚∀从「すっご・・・」
ベランダに出て、ハインリッヒは感嘆の声を漏らす。こういう感動が得られるのは東京タワーだとかスカイツリーだとか、そんな部類の特殊な場所だけのはずだ。
しかし彼はここに住んでいる。毎晩この景色を見るのだ。ハインリッヒは純粋に羨ましいと思った。
きっと恐ろしい額の家賃だろう。それでも羨ましい。
( ・∀・)「気に入ってもらえた?」
从*゚∀从「そりゃもう・・・」
-
ベランダから部屋に戻ってソファーに腰掛ける。革張りのソファーは包み込まれる様で快適だ。
どこのソファーかとモララーに聞くとイタリア製とだけ返ってきた。きっとこれも高い。
从 ゚∀从「すごい・・・」
このタワーマンションにきてからすごいしか言っていないとハインリッヒは自分の語彙の無さを反省する。でも本当に住む世界が違うんじゃないかと思ってしまう。
気がひけるので直接聞けないが、恐らく、と言うより間違いなくモララーは金持ちなのだ。フォックスが目立ちすぎて誰も気づけなかった。
从 ゚∀从「これ女はべらせてる部屋だ・・・」
( ・∀・)「残念ながらいないんだな。 隠れ草食系って良く言われる」
白を基調とした部屋はわりとシンプルに纏められている。美しく塗装されすっきりとしたフラットなデザインが特徴的なテレビボードには50インチほどの液晶テレビが置かれている。
一人暮らしでそのサイズである。ドクオと暮らすアパートの24インチテレビを思い出してしまう。これだけの大きさならTSUTAYAでブルーレイでも借りてくれば楽しめそうだ。
( ・∀・)「おまたせ」
モララーがワインボトルとグラスを持ってくる。ゆるやかにカーブを描くガラステーブルによく似合った。
キャップシールを取りコルクスクリューで開栓する。丁寧にボトルの口元を拭いてから静かにワイングラスに注いだ。
从 ゚∀从「わー本当にちょっとだけだ、テレビで見るやつだ」
( ・∀・)「あんまり注ぎすぎると香りが台無しになるからね。 このグラスの膨らみの部分で香りが篭もるんだよ」
从 ゚∀从「あ、だからワイングラスって上が狭くなってるやつ多いんだ」
( ・∀・)「そう。 ハインリッヒはワイン初めてだから、白から飲んでみよう」
モララーがハインリッヒの隣に座り、ワイングラスを持って乾杯する。いつものジョッキの癖で力強く当てそうになるがそれでは割れてしまう。
それにワイングラスは柄の部分を持つそうだ。よくドラマで悪役のオッサンがグラスの底を持っていた気がするがあれは間違いらしい。
モララーのテイスティングを真似てみる。よく分からないがこれが、ワインが開くという事なのだろう。確かにフルーツの香りはする。ような気がする。
( ・∀・)「そんなに難しく考えなくても大丈夫だよ」
-
从 ゚∀从「そ、そう?」
ひと口含む。口の中で転がしてみる。
鼻の奥にまた新たな香りが届く。飲み干すと柔らかな酸味が感じられた。
( ・∀・)「どう?」
从 ゚∀从「ついグイーッといきそうになる」
( ・∀・)「はは、徐々に慣れていこうよ」
カーテンを開けたまま、夜景を見ながらワインを楽しむ。部屋の照明は控えめにされ良い雰囲気を演出していた。
昼間もさんざん話をしたのに話したい事はまだたくさんあった。よく尽きないものだ。
ハインリッヒ自身それほどおしゃべりな性格ではないのに、不思議だった。
( ・∀・)「隠していた訳じゃないんだ。でも多分気になっているから、話そうと思う」
モララーは切り出した。なんの話か、とハインリッヒは考えて
从 ゚∀从「あぁ、この部屋とか?」
すぐに理解する。
( ・∀・)「うちは、実家がそこそこの金持ちなんだ。 今は父親が海外に飛んでいるから一人暮らししているんだけど」
从 ゚∀从「それでこのタワマン」
( ・∀・)「実家は古臭い屋敷みたいな家だったからね、マンションって地味に憧れだったんだよね。 武蔵小杉からなら大学も通いやすいし、列車で一本だし」
从 ゚∀从「でもモララーってお金持ちっぽい感じしなかった・・このマンションに着くまで全然分からなかったし」
白い大皿に盛られた種類豊富なチーズを手に取る。
( ・∀・)「あんまり見せびらかすものじゃないって思ってるんだ。 その点ではフォックスとは逆だね」
从 ゚∀从「あぁ、全身DIESEL」
( ・∀・)「やっぱり皆気づくよね?」
从 ゚∀从「LINEのアイコンもタグ・ホイヤーだもん」
( -∀-)「アイツ某乳業メーカー社長の御曹司なんだよ。 悪い奴じゃないけど金持ちって感じが全身に出てるんだよね」
あの少し鼻にかかった話し方を思い出す。しかしあの恵まれた容姿で社長の御曹司となれば将来有望である。
アイシスが食らいつく理由は理解出来る。
( ・∀・)「自分はなんというか、変な言い方をすると人に知られたくないんだ。
俺が金持ちだと分かると、態度が変わる。 金持ちという色眼鏡で見られる。 そういうのが本当に嫌なんだ」
-
从 ゚∀从「あー、皆そうなんだ」
( ・∀・)「露骨に接し方が変わる人とか多いよ。 小学校の頃から大学まで、ずっとね。 俺を見る目が変わるんだ」
ハインリッヒはそんな事なかったけどね、とモララーは付け足す。
从 ゚∀从「まぁ急に駅前タワマンだからびっくりしたけどさ。 モララーはモララーだと思うんだよ」
( ・∀・)「ありがとう。 なんか不思議だね、まだ二週間ぐらいなのに」
从 ゚∀从「それは私も思ってたなー。 まだ会うのも二回目なのに、なんかしっくりくるというか」
ワイングラスを指でなぞる。美しいフォルムを辿る。滑らかな曲線を描く。
( ・∀・)「なんでだろうね」
ちょうどモララーと目が合う。ちょうど。本当にちょうどだろうか。モララーはずっと見ていた気がする。
会話が途切れる。暫く見つめ合う。ゆっくりと時間が流れる。モララーの顔が近づく。何をしようとしているのかは分かった。
実際はそんなスローモーションではなかっただろうけど本当にゆっくりと見えた。ワイングラスを持っている事なんか忘れて、促される事もなく目を閉じて、それを受け入れる。
長い時間だったし、短い時間だったかもしれない。それでもハインリッヒは自分の胸が高鳴るのを感じていた。
( ・∀・)「しちゃったね」
从 ゚∀从「しちゃった」
唇を離したあと、モララーは悪戯っぽい笑みを浮かべる。こんな顔をするんだ。ハインリッヒはぼんやり思う。
( ・∀・)「意外?」
从 ゚∀从「意外・・・かも」
モララーがワイングラスをガラステーブルに置いた。なんとなくハインリッヒも置く。
( -∀-)「だから隠れ草食系ってよく言われる」
あぁ、それってそういう意味だったのか。
モララーがハインリッヒの肩に手を置く。またキスされるのかと見上げると、やんわりとソファーに押し倒されていた。
从;゚∀从「あ、あの」
-
さすがにハインリッヒは、上ずった声をあげる。
从;゚∀从「そ、その、言ってなかった事があって」
( ・∀・)「言ってなかった事?」
从;-∀从「その、私、本当は彼氏いるんだ・・・黙っててごめんなさい、合コンの時も、代打だったから、それからなんとなく言い出すタイミングがなくって」
( ・∀・)「でも」
弁明するハインリッヒをモララーが制する。
( ・∀・)「今日、部屋に来てくれたでしょう?」
本当だ。
ハインリッヒは気づく。
嫌だったら断ればいいのに、彼氏がいるなら断ればいいのに、部屋に来た。
どうしてだろう。
( ・∀・)「どうして?」
从 ゚∀从「どうして、だろ」
モララーは急かさず待っていた。
今日はシフト入れてないし、まだそんなに遅い時間ではなかったし、何より
从 ゚∀从「モララーの事、もっと知りたかったから・・・かな」
( ・∀・)「俺も、ハインリッヒの事もっと知りたかったんだ」
もう一度唇を重ねる。
それからハインリッヒは任せるままだった。
-
§ § §
「ねぇ、今日最初からするつもりだった?」
「いや正直あんまり考えてなかった」
「あーじゃあ軽い女だと思った?」
「別にそんな事思ってないよ」
「流れってやつかね」
「流れってやつだね」
シャワーを浴びて、ハインリッヒはソファーに座る。入れ替わりでモララーが入ったので、スマートフォンを取り出す。
ドクオにはクーと飲むから遅くなると言っておいた。ちゃんとクーとのツーショット写真も送っておく。
実際に先週飲んだ時の写真だ。まさか今になって役立つとは思わなかった。
从 ゚∀从「はぁ・・・」
浮気だろうか。まぁ浮気だろう。どこからか浮気か、なんて定義はない。
でもセックスまですればさすがに浮気だろう。罪悪感はある。ドクオは今何をしているかな、とも考える。
しかしカーテンをもう一度開けると大パノラマの夜景が待ち構えていて、考えるのを放棄した。
カーテンを閉じて、部屋を歩いて回る。壁にかけられたコルクボードが目に入る。
近づいてみると、何枚もの写真が貼られていた。どれもモララーが写っていて、記念の写真ばかりなのだろう。デジタルフォトフレームではなくアナログな手法だが良いものだ。
男女のグループで撮影しているものが殆どで、逆に女性と二人の写真は一枚もない。過去に付き合った女性との思い出だとかそういうものは残さないタイプなのかと、ハインリッヒは意味もなく深読みする。
-
从 ゚∀从「綺麗だな・・・」
大学のサークル仲間だろうか、同年代と見られる男女と撮った写真が一際印象的だった。どこかの駅で列車をバックにして撮っている。
ただの背景に過ぎない列車だったが、その鮮やかな色が、あまりにも滑らかで瑞々しく、美しかった。
何という色なのだろう。
( ・∀・)「どうしたの?」
気がつけばモララーがシャワーから出てきていた。
( ・∀・)「あぁ、写真? 大学のやつが多いよ」
从 ゚∀从「これは?」
その印象的な一枚を指さす。
( ・∀・)「それは箱根に行った時だね。やっぱり温泉が良かったな」
从 ゚∀从「箱根か・・・。 この後ろのは? すっごく綺麗」
( ・∀・)「それはロマンスカーだね、たしかフェルメール・ブルーっていう色」
从 ゚∀从「フェルメール・ブルー・・・」
( ・∀・)「オランダの画家ヨハネス・フェルメール。 真珠の耳飾りの少女が有名だね」
よくテレビなどで見る、青いターバンが特徴的な少女を描いた絵画だ。
退屈な絵画などに興味がないハインリッヒでもそれは知っていた。
从 ゚∀从「綺麗な色だな・・・」
この美しい色を覚えておこう。このメタリックな輝きを記憶しておこう。箱根の方に行く事なんてないけれど。
色に興味を持つ事すら珍しいのに、ハインリッヒはそう思った。
( ・∀・)「今日さ、泊まってく?」
从 ゚∀从「え?」
-
急な質問にハインリッヒは戸惑った。部屋に置かれたデジタル時計を見る。
青いLEDで表示された数字はもう遅いものだった。
从 ゚∀从「終電ないだろうな・・・」
ここから家までタクシーを使えばそれは恐ろしい額になるだろう。まして割増料金だ。
从;゚∀从「あ、でも、化粧落としとかないし」
( ・∀・)「買いに行く? 下に遅くまでやってるドラッグストアとかあるよ」
从;-∀从「えーっと・・・」
ハインリッヒは考え込む。会って二回目の男の部屋に泊まっていいものだろうか。アイシスが聞いたら何と言うだろう。
それにドクオを思い浮かべる。クーと飲んでいるという設定で誤魔化しているが、さすがに外泊まですれば不審に思うのではないか。
ぐるぐると考えが回る。酔いで回っているのかもしれない。頭の中をぐるぐるかき混ぜる。螺旋を描く。次第に面倒になってくる。
从 -∀从「・・・多分大丈夫」
どうせ身体の関係を持った仲だ。今更素顔を見られても別に構いはしない。
ドクオがクーの連絡先を知っている訳がない。万が一大学で直接聞かれた時のために後日口裏合わせをすれば良いだけだ。
そもそもハインリッヒとドクオは同じ大学だが共通の仲の良い友人というのは一人もいない。今回ばかりはドクオの社会性の無さに感謝する。
从 ゚∀从「うん、大丈夫」
考える事をやめる。放り投げる。全部酔いに任せる事にした。
§ § §
夜が明けるとモララーはアルコールが抜けたから車で送ってあげると言った。屋内駐車場に停められていたセダンに乗ってマンションを出る。
人のまばらな住宅街を抜ける。日曜日の朝だけあって車も少ない。
都心部に入ってからは首都高に乗った。車で高速道路を走る機会は少ないので窓に映るビル群を眺めていたが、暫くして長いトンネルに入ってしまった。あまりにも長いのでモララーに聞くと十キロメートルも続くという。
-
从 ゚∀从「長いね」
( ・∀・)「山手通りの深いところを走っているからね」
車内で流している音楽のタイトルを訊ねる。知らない洋楽だ。
( ・∀・)「眠い? 寝ててもいいよ」
シートに身を任せ微睡みのなか、トンネルに設置された省エネルギーの照明をぼんやりと見る。ぼんやりと考える。ドクオでは不満だったのだろうか。
ハインリッヒは男勝りな性格故に、過去に付き合った男性が多い訳ではない。だから付き合っている訳でもない男性と関係を持ったのは初めてだ。
自分自身が驚いている。そんな事をする奴だったのかと、戸惑ってすらいる。
それにモララーの事が好きかどうかも分からない。会って二回目なのだから、当然だ。
どうしてだろう。ハインリッヒは繰り返し考える。
女性らしからぬ口調は、男から受けが良くはない。そんなハインリッヒを受け入れてくれたのがドクオだった。モララーだった。
違いがあるだろうか。ない訳ではない。
タワーマンションの三十二階の部屋はまるで夢の様な場所で、また是非訪れたいと思う。部屋にあるものがどれも洗練されていて、お酒も美味しくて、楽しかった。
今の生活に不満が不満なのか。家出して、居候させてもらって、それなのに不満だというのか。
从 -∀从「・・・」
数分だろうか、数十分だろうか。いつの間にか眠っていた。
車はとっくに長いトンネルから抜けだしたようだった。周囲は明るい。
( ・∀・)「あ、起きた? もうすぐ着くよ」
首都高は河川の堤防の上に造られており、防音板もなく開放的だった。比較的高さがある。大きな河川を挟んでいるので周囲が見渡せた。
向こうに見える街が、自分が住んでいるところだ。あんな風になっているのだ。こうして見るのは初めてかもしれない。川と川に挟まれた中州に住宅やビルがぎっしりと建ち並んでいる。アパートからは見えないのに首都高からはスカイツリーがはっきりと見えた。
( ・∀・)「結構都会だね」
从 ゚∀从「私も思った」
-
純正のカーナビに従ってインターチェンジを降りる。国道に出て大きな橋を渡るともう見慣れた街だ。
从 ゚∀从「あの、お願いがるんだけどさ」
( ・∀・)「あ、大丈夫。 ちゃんと手前で停めるよ」
申し訳無さそうに切り出したハインリッヒをモララーが制する。
从 ゚∀从「え?」
( ・∀・)「なんとなくだけどさ、ハインリッヒって同棲してるんじゃないかって」
お見通しという訳だ。そこらの女より目敏いのではないだろうか。
从 -∀从「うん・・・よく分かったね」
( ・∀・)「昨日泊まるって言ってから結構LINEしてたから」
从;-∀从「あー、それかー」
同棲を始めてから初めての外泊なので随分と気を使った。実家にいた頃に両親を上手く誤魔化していた時代を思い出す。
本当に、モララーは気遣いが出来る。感嘆させられる。
( ・∀・)「この辺りでいいかな」
アパートより少し手前でモララーは車を停める。駅とは反対方向で、万が一にもドクオに見られる心配はない。
从 ゚∀从「ありがと、すごい助かった」
( ・∀・)「あのさ」
車を降りようとすると、モララーに呼び止められる。
( ・∀・)「ハインリッヒに彼氏がいても、俺はハインリッヒの事が好きだから」
从 ゚∀从「あ・・・うん」
あまりにも不意打ちで、ハインリッヒは対応出来なかった。変な声が出る。顔が赤くなっていく。
从*゚∀从「あ、ありがと、嬉しい」
( ・∀・)「じゃあ、また今度」
-
笑って手を振って、モララーは車を出す。黒のセダンが道路の流れに乗る。
角を曲がって見えなくなるまで、ハインリッヒは見送っていた。
好きだと言われた。昨日は行為の最中ですら、そんな言葉を吐かなかったのに。
§ § §
アパートに帰ると、ドクオはいなかった。今日は朝からシフトに入っているのだろうか。身軽なジャージに着替えてからハインリッヒはとりあえずクッションに座る。
テーブルに積まれた雑誌、乾燥機から出してアイロン台の上にこんもり置かれた洗濯物、空き缶が半分ほど占めるビニールの区指定のゴミ袋、開いたまま電源が落とされたノートパソコン、雑然とした部屋が、帰ってきたんだと実感させる。
カーテンの向こうには隣のアパートの壁が見える。特に遠くは見通せない。
从 ゚∀从「・・・洗濯しよ」
洗濯機を開ける。案の定脱いだ服が入っているだけで回した形跡はない。
スプーンで量った粉末洗剤を放り、柔軟剤のボトルを手に取るとこれはとても軽かった。一回分もないだろう。
从 ゚∀从「替えあったかな」
洗面所を探すとすぐに柔軟剤の詰め替えが見つかった。ボトルを置いて静かに注ぐ。端からくるくる丸めて出しきってから一杯分を取る。お任せモードで洗濯機が震え始めるのを確認してからハインリッヒは戻る。
日曜日だけあってテレビはつまらない。バイトも夕方からのシフトだ。洗濯機が仕事を終えるまで、アイロン待ちの洗濯物の消化に充てる事にする。アイロンをコンセントに繋いで読みかけだったヤングジャンプを手繰り寄せた。
从 ゚∀从「楽しかったなー」
-
誰もいない部屋で呟く。また今度、とモララーは言った。次はいつだろう。
それと同時に、ドクオに悪いと罪悪感を持ちつつ、懲りていない自分に気がつく。どう見ても浮気という行為をしたのだから、反省するべきなのだ。でも次を楽しみに感じる自分がいる。
从 -∀从「どうしちゃったのかなぁ、私」
夏場のアイロンは余計に暑い。咎めるドクオもいないしエアコンを使ってやろうかとも考える。でも、なんだか申し訳なくてやめておいた。
とりあえずドクオのシャツも、丁寧にアイロンをかけておく。罪滅ぼしではないけれど。
-
承 おしまい
つづく
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きてたか乙
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おつ
草食系ってなんだったかな・・・
-
草ならなんでも食べるやつさ
おつ
-
乙です
読みたいところに地の文が置いてあって読みやすい・・・
行く末も気になります
-
おんなこえー
乙
-
ありがとうございます
次いきます
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転 大橋ジャンクションはぐるぐる回る
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ハインリッヒが通う大学は渋谷駅から徒歩13分と好立地である。周囲には他の大学や大使館が多く、都心部に位置する。
難点としては駅からずっと上り坂だという事ぐらい。渋谷という街はその字のごとく谷にある。渋谷駅がその谷底の中心にあるのでどの方面に向かっても上り坂なので仕方ないが、これが億劫なのだ。
家から距離はあるものの乗り換える事もなく一本の列車で行けるので通いやすい。
リハ*゚ー゚リ「あ、ハイン!」
ハインリッヒが教室に入ると、アイシスがすぐに隣に座った。アイシスはただ大学に登校するだけでも服装と化粧に気合が入っている。いつも抜け目ない。
リハ*゚ー゚リ「ねぇ、ハインはあれからモララー君となにかあったの?」
そんな彼女は目を輝かせて、明らかに良い答えを期待しているのが分かる。
从 -∀从「んー、別にー」
浮気をしてしまった、などと言えるはずもなく、適当にはぐらかす。えー、とアイシスは口を尖らせた。
リハ*゚ー゚リ「だって合コンの時あんなによさ気だったじゃん。 なんにもないことないでしょ」
从 ゚∀从「いやーLINEがちょいちょい続いてるぐらい」
リハ*゚ー゚リ「ほーん」
わざとらしくアイシスは首を傾げる。
从 ゚∀从「なんだよ」
リハ*゚ー゚リ「モララー君のFacebook見ると先週誰かとお台場デートしていたそうですが〜」
从;゚∀从「ぶっほ!」
危うく飲んでいたマウントレーニアを吹き出すところだった。
リハ*゚ー゚リ「これ誰と行ってるんですかね〜、なんか夕陽とかも撮っちゃってるんですけどね〜」
从;-∀从「んんん〜? 誰だろうね〜?」
それは盲点だった。ハインリッヒは無料通話アプリなど実用的なもの以外のソーシャル・ネットワーク・サービスの類は好んで利用していなかった。モララーめ、アップしていたのか。
从 ゚∀从「そ、そういうアイシスはどうなのさ? 全身DIESEL・・・じゃなくてフォックスさんとはどうなんだよ」
リハ*゚ー゚リ「ん〜聞いちゃう〜?」
-
从 ゚∀从「そのドヤ顔は聞いて欲しくてたまらないんだな」
にんまりとアイシスは笑う。ちょっとババくさい。
リハ*゚ー゚リ「実はこの前焼き肉デートに行ってきました!」
从 ゚∀从「うわー肉食」
リハ*゚ー゚リ「叙々苑!」
从;゚∀从「うわー!」
さすが御曹司だ。将来の夢は玉の輿と豪語していたアイシスは意地でも喰らいつくだろう。
リハ*^ー^リ「だからさ、おっぱい分けてよ」
从 ゚∀从「は? なんだ唐突に」
リハ*゚ー゚リ「この前の合コンさ、おっぱい大きい子紹介してって言われたって、私言ったじゃん」
从 ゚∀从「言ったね」
リハ*゚ー゚リ「あれジョルジュの趣味だと思ってたんだよね、アイツ昔っから巨乳好きだったし」
从 ゚∀从「うん」
リハ*- -リ「でもとにかくおっぱい大きい子紹介してってゴリ押ししてたのフォックス君とモララー君なんだって。 はぁーおっぱい大きくなりたい、おっぱいさえあれば」
从 ゚∀从「なるほど、アイシスの中学生サイズの胸ではフォックス君をおとすのは微妙だと」
リハ#゚⊿゚リ「そうだよ! 男は結局おっぱいか! おっぱいしかねーのか!」
モララーも巨乳好きなのか。それは知らなかった。ハインリッヒはどちらかといえば、納得する。
どうしてクーではなく自分が選ばれたのか、どうしても気になっていた。美人でスタイルも抜群で物事を完璧にこなすクーが隣にいて、何故あえて自分を選んだのか、疑問ですらあった。
大学で、駅で、街で、隣を歩いているだけで引け目を感じてしまうのに、そんなクーと並んで座って比較されて、選ばれたのだ。モララーに本当は聞いてみたかったが、まだ一度だけ身体の関係を持った相手にそんな事は出来なかった。
でも、モララーが巨乳好きだと聞けば、納得する。だからか、と納得してしまう。確かに胸のサイズだけはクーよりも大きい。顔も大して良くないし性格も口調もぶっきらぼうで男っぽいハインリッヒにとって唯一女性らしさが誇れる点だ。
-
从 -∀从「・・・かもなー」
別に、自分の特徴で真っ先に胸が挙げられるのが嫌という事はない。顔より先に胸を見られる事には中学生の頃から慣れているし、高校生になってからは見知らぬ男性に売春を持ちかけられた事すら何回もある。そういうものだと割り切っている。胸が大きい事を武器にしようとは思わないので夏でもさほど露出させないが、それでもすれ違いざまに男性は見ていく。世の中の男性は皆そうだと分かっていた。
从 ゚∀从「つか代打だって言ってたじゃねーか、スカしやがって」
リハ*゚ー゚リ「あれ、嬉しそうじゃないな。 私からしたらおっぱい大きいってほんとにうらやましいよ。 それだけで振り向いてもらえたりするんだし」
从 ゚∀从「んー、まぁ、そうなんだろうな」
胸が大きい事以外で、自分が選ばれる。
ハインリッヒはどこかで期待していたのだ。その願望に自覚があった。
これまで付き合っていた歴代彼氏達も、二ヶ月前から付き合っているドクオも、自分のどこを好きになったのか聞いてみると色々回り道をしてやはり胸が大きいところに帰結するのだった。
別に、それが嫌だった訳ではない。でもハインリッヒは胸以外で自分の価値を見出したかった。見出して欲しかった。そんな願望が自分の中にあったのを自覚していた。
だから今更ショックでもなんでもない。そうですか、知ってましたよ、と言ってやりたいぐらいだ。
从 ゚∀从「なぁアイシス、私っておっぱいだけかな」
リハ*゚ー゚リ「まぁおっぱいだよね」
从 ゚∀从「そうかぁ」
ハインリッヒという人間を説明するに際してそれは避けられないのだ.
小学生高学年からみるみるうちに発達した胸はまさに思春期の自分にとってコンプレックスだったのに、今はそれを受け入れるしかない。
-
リハ*゚ー゚リ「ハインさ、悪いことは言わないから、モララー君のほうがいいと思うよ?」
从 ゚∀从「うーん」
リハ*゚ー゚リ「絶対そう。 みんなそう言うよ」
アイシスに悪気はない。モララーがタワーマンション住まいという隠れた事実を知らなくともこの前の柔らかな対応だけで、恐らく暗い性格故に最低評価を獲得しているドクオより遥かに優勢になるだろう。
そして彼女の言う通り、世間もモララーを選べと口を揃えるだろう。
それは仕方のない事だ。
§ § §
从 -∀从「しんっどい」
ハインリッヒのバイト先は駅とアパートの間にある。実家を出てドクオのアパートに居候させてもらうにあたり、やむを得ずバイト先も変えた。ただ元々働いていたバイト先と同じ業種の店舗を選んだので仕事を覚える事は簡単だったが、繁華街に店を構えているのでとにかく忙しい。
その日のハインリッヒは満身創痍だった。帰宅するなり着替えもせずソファーに雪崩れ込んだ。ちょうどシャワーから出たドクオが顔を出す。
('A`)「おかえり、どうしたんだ」
从 -∀从「もー疲れたー」
ソファーでハインリッヒは足をばたつかせる。着替えるのも化粧を落とすのも面倒で、いっそこのまま眠ってしまいたいぐらいだった。
('A`)「バイト? あそこ忙しそうだもんな」
从 -∀从「訳分かんないクレームつけてくるオッサン多すぎるんだよー、胸しか見てねーし」
ドクオは冷蔵庫から缶ビールを取り出す。私も、とハインリッヒは手を差し出した。
从 ゚∀从「あれ、つかドクオがビールって珍しいね」
-
('A`)「一昨日異動になった店長のお別れ会やったんだけどその時に少しはビール飲めって言われてさ。 別に酒ぐらいなんでもいいと思うんだけどなぁ」
从 ゚∀从「ふーん、ドクオも大変だねぇ」
ソファーから身体を起こして缶ビールを開ける。
('A`)「そういえば、この前クーさんのとこ泊まったんでしょ?」
从 ゚∀从「あぁ、うん」
このタイミングでくるのか。ハインリッヒは少し身構えた。
同棲してから初めて外泊したあの日の翌日、ドクオはハインリッヒに問いただす様な事はしなかった。てっきり事情聴取でもされるのではと不安だったがドクオの反応は普段と大して変わらないものだった。クーと飲んでいるうちに終電がなくなってしまいやむなく泊まる事にした、という設定で写真を送付し綿密に対策をしたかいがあったのだと思っていた。
('A`)「クーさんどこ住んでるの?」
从 ゚∀从「草加だよ。 駅近アパート」
('A`)「へぇ、同じ東武線なんだ」
从 ゚∀从「そうそう、だからよく一緒に帰るんだよね」
どうやら疑っている訳ではなさそうだ。ハインリッヒは安堵する。同じ大学だが二人には接点がない。現にドクオはクーを知っていたが彼女は彼の事を知らなかった。
从 ゚∀从「というかなんでクーの事知ってるんだっけ? 関わりないだろ?」
('A`)「あー、だって、美人じゃん。 うちの学部でも、有名。 目立つよ。 ほんと」
从 ゚∀从「はいはい、私は地味ですよー」
ビールをぐいっと飲み干す。手で潰してゴミ袋に放る。
('A`)「で、クーさんパンツ何色だった?」
从 ゚∀从「なんで」
('∀`)「いいじゃん! 教えてくれよ!」
从 ゚∀从「えー、やだ」
-
容姿端麗なクーが他の学部の生徒に知られている事は当然だ。他の大学の様にミスコンでもあればたちまちその頂点に立つと思う。クーはそれぐらいに、目立つ。
でもドクオまでそうやって鼻の下を伸ばしているのには少し腹が立った。
从 ゚∀从「別に知らなくてもいいだろ」
('A`)「だ、だって世の男どもが渇望してやまないあのクーさんのパンツだぞ」
从 ゚∀从「ドクオには私にはいるじゃん」
うわ、重たい女が吐くセリフだ。言ってからハインリッヒは後悔する。咄嗟に出た言葉に自己嫌悪する。
('A`)「まぁ・・・うん」
クーに嫉妬した事はない。彼女は完璧すぎて、自分では叶う訳がないと分かり切っているからだ。大学を歩けばすれ違うたび男に振り向かれ、バイト先では彼女目当ての常連客が何人もいて、美人女子大生特集と称したテレビ番組でインタビューされる様な彼女に勝てるはずがない。
それでも、ドクオがクーの事を意識するのは気に食わなかった。彼女の話をするのは無性に腹が立った。ドクオはハインリッヒにとってある種のテリトリーに近い。その不可侵領域ですら侵される気がしてならなかった。
クーと仲が良いのでよく一緒にいるが、男どもも、女達もクーを見ている。自分はクーの友達でしかない。そんな中で自分を選んでくれたのがドクオだったのだ。そのドクオがクーを美人だと嬉しそうに語る。引っぱたきたくなるぐらい腹が立つ。
モララーも、クーと並んでいたのに自分を選んでくれたから嬉しかった。本当に、クーに嫉妬してはいない。諦めに近い。そんな女神クーではなく自分を選んだイレギュラーな存在が心底嬉しいのだ。
从 ゚∀从「クーかぁ・・・眩しいよな」
ハインリッヒも、もし男ならクーと付き合いたいと思う。それぐらい彼女は輝かしい。
从 ゚∀从「・・・風呂入るわ。 今日はさっさと寝る」
クーには何も罪はないのだ。考えないようにしよう。
('A`)「あ、そういえばさ」
ドクオが床に置いた紙袋に手を突っ込む。
-
('∀`)「これ、前から気になってたサガミ001買ってきたんだ、後で試してみようぜ」
0.01と数字が印字されたシンプルな箱を出して嬉しそうにドクオは語る。
そんな気分じゃない。というより鬱陶しかった。面倒だった。露骨にハインリッヒは顔をしかめてしまう。
从 ゚∀从「えー、やだ・・・今日はいい」
('A`)「え、せっかくだしさ」
从 ゚∀从「疲れてるから今日はしたくない」
('A`)「いいじゃん、せっかくだし」
从#゚∀从「したくないんだよ!」
つい声を荒らげてしまう。ドクオはどうして、といった顔できょとんとしていた。何故そんな顔が出来る。
从#゚∀从「私だって疲れてる日とか体調悪い時とかしたくない日もあるんだよ! ドクオみたいに毎日したい訳じゃない!」
(;'A`)「で、でも」
でもなんだ。この部屋に居候させてやっているとでもいうのか。身体を払って住まわせてもらっているのか。
(;'A`)「つ、付き合ってるんだし」
ぶん殴ってやりたかった。殴らないにしてもiPodでも鞄でも灰皿でもなんでも投げつけてやりたかった。
そんなにしたいならクーとしろ。すればいい。言いたくて、口には出来なかった。自分の中に蠢く醜悪な感情を外には出したくなかった。
それは紛れも無く嫉妬だ。自分のテリトリーであるドクオにすら圧倒的な存在感を誇るクーへの嫉妬だ。叶わないと諦め続けたクーへの初めて感じる嫉妬だ。醜かった。そのどろどろとした感情も意識しない様に蓋をしてきた自分が恐ろしく醜くて仕方なかった。
悔しくて悔しくてたまらなかった。もし仮にドクオの中でクーは憧れの存在ならば、自分はなんなのだろう。妥協して作った彼女か。同棲までして簡単にセックス出来る彼女か。そこまで考えるともう小さな台湾製のテレビも汚れた窓ガラスも安いテーブルも全てぶち壊してバリバリに割ってしまいたくて仕方なかった。
-
从 ゚∀从「・・・したくない。 もう寝るから」
逃げる様に部屋を出る。まどろっこしい服も下着も荒々しく脱いで分別せず全て洗濯機に叩きこむ。シャワーを最大出力で出して顔から浴びる。温度など知った事か。化粧も落とさずただ温水を浴びる。別に涙は出ない。そういうのじゃない。
モララーだったらどうだろう。モララーなら何と言うだろう。比べるなんて褒められた行為ではない。まるで天秤にかけているみたいで、ひどい女だ。
モララーなら。何度も繰り返す。頭の中を反復する。モララーなら。モララーなら。
§ § §
モララーの所有する黒塗りのセダンは快調に高速道路を走っていた。ハインリッヒは車に詳しくないのでよく分からないが、セダンタイプの車なので価格も高そうに感じた。実際に、明らかに高級車のオーラを放っている。それでもモララーに聞いてみると
( ・∀・)「外車じゃないし、そこまで大仰なものではないよ。 外車だと金持ちだってアピールしている様で嫌なんだ」
と答えた。親父はそのタイプの人間で、メルセデス・ベンツだとかアウディばかり乗り回していてね、と付け足した。どうやら父親はなかなかのレベルの高所得者らしい。
从 ゚∀从「フォックス君は?」
( ・∀・)「ボルボ」
从 -∀从「うわーブレない」
( ・∀・)「だろー? 大学生がボルボなんて似合わないよ」
アイシスはフォックスと良い関係を築いているのだろうか。彼女の性格からして虎視眈々と彼の事を狙っているに違いない。
ハインリッヒからしてみれば、相手やその家庭が金持ちという事はさほど魅力ではなかった。確かにモララーが住む武蔵小杉駅直近のタワーマンション三十二階からの眺めは何度見ても惚れ惚れするし、恐らく高級な部類に入るのであろうワインなどのお酒も本当に美味しい。しかし金持ちだからといって、心を奪われる様な事はなかった。
そもそも裕福な人間に良い印象がないのも大きな要因かもしれない。ハインリッヒがこれまでの二十年で出会った金持ちにカテゴライズされる人間は、大概が最大の武器である金を湯水のごとく使い彼女の身体や心を自分のものにしようとする者ばかりだったからだ。その点、金持ちである事を隠し気取らないモララーは新鮮であった。
( ・∀・)「そういえばフォックスで思い出したけど、アイシスちゃんとどうなんだろうね」
从 ゚∀从「あ、それ私も気になってた。 フォックス君どうなの?」
-
( ・∀・)「うーん、アイツいつも取っ替え引っ替えで彼女いるし」
从 ゚∀从「す、すげー」
さすがはイケメン御曹司。アイシスのライバルは多そうだ。
( ・∀・)「アイツはちょっと飽きっぽい。 よく彼女が変わってるよ」
フォックスからも見ればアイシスは並居る彼女候補の一人なのだろう。そんな熾烈な戦いに身を投じようとは、ハインリッヒには考えられなかった。
从 ゚∀从「アイシスもよく彼氏変わってるし、お似合いかもね」
柔らかなセミアニリン本革のシートを撫でる。今日も車内には知らない洋楽がかかっていた。珍しく首都高は流れが良い。
从 ゚∀从「変な事聞くけどさ」
( ・∀・)「うん」
从 ゚∀从「どうしてクーやアイシスじゃなくて私だったの」
( ・∀・)「唐突だね」
追越車線に入って前に連なるトラック共を一気に追い抜かす。そのままスピードに乗って飛ばしていく。
从 ゚∀从「ほら、だってクーはあんなに綺麗だし、アイシスも可愛いし」
( ・∀・)「確かに二人とも魅力的だったね。 でも、うーん、気を悪くしないでほしいんだけど、俺は完璧すぎる人間があまり好きじゃないんだ。 どっちかというと苦手なほう。 見ていて眩しすぎて」
从 ゚∀从「つまりブス専的な?」
( ・∀・)「いや、何もそんな刺のある言い方をしなくても。 俺はハインリッヒの不完全なところというか、完成しきっていない部分が気になったんだと思う。 それにハインリッヒは二人に負けないぐらい可愛いよ」
从*゚∀从「急に可愛いとか言うなよ、照れるな・・・」
( ・∀・)「どうしてそんな事を?」
-
从 ゚∀从「いや、モララーがあの合コンで巨乳をご所望だったと聞いて」
(;・∀・)「ぐっ!」
モララーの動揺がそのまま車の動きに出る。
(;-∀-)「まぁ、嘘をついて見繕っても仕方ないしね、うん。 その通りだよ」
从 ゚∀从「胸揉んでる時のモララー完全に普段のクールさ失ってるもん」
(;・∀・)「ぐぐっ!」
また車が蛇行する。
从 ゚∀从「胸が大きいから好きになった?」
(;・∀・)「そうだな、それはゼロじゃない、うん。 でもさっき言った事は本当だよ」
从 ゚∀从「うん、ありがと。 変な事聞いてごめんね」
モララーは好きだと言ったがハインリッヒは好きだと言っていない。
話をしていると楽しいし、タワーマンションの部屋も飽きないが、モララーの事を好きなのかどうかよく分からない。
モララーもハインリッヒに急かす訳でもなく、ドクオを別れるよう持ち掛ける事もなく、ハインリッヒとキスをしたりセックスをしたりする。
ハインリッヒも自分が置かれた状況をきちんと理解しながら手を繋いだり一緒に寝たりする。
どういう結末に転がるのか予想もつかないまま、ハインリッヒはなんとなくこの関係を続けている。
自分はどうしたいんだろうか。ドクオと別れてモララーに鞍替えしたいのだろうか。それともただ遊びたかっただけだろうか。
ドクオという彼氏がいながらモララーという男と関係を持ち、天秤にまでかけている、ひどい女ではないか。ハインリッヒ自身が好まない自分勝手な女の主たる例ではないか。
ハインリッヒは自分でも本当に分からなくなっていた。多分、ドクオからも、モララーからも、求められている。自分はどうしたいのだろう。どちらを選びたいのだろう。ドクオとモララー。彼氏。浮気相手。ドクオ。モララー。コミュ症。イケメン。ドクオ。モララー。ぐるぐる回る。また頭の中でぐるぐる回る。目も回りそうになる。気がつけば車がぐるぐる回っていた。
从 ゚∀从「・・・すごく回るね」
( ・∀・)「大橋ジャンクションは螺旋状だからねー、すごく回るよ」
地下深いトンネルからぐるぐる回って地上へ這い出る。長いトンネルのせいで燦々と降り注ぐ太陽光はとても眩しかった。
モララーからドライブに行こう、とメッセージが来たのは何日か前の事だ。モララーが何か予定をたてる時は律儀に必ず数日以上前に聞いてくる。更にどこか行きたいところがあれば、と問われたので、ハインリッヒはなんとなく芦ノ湖と答えたのだった。
芦ノ湖。本当になんとなくである。金曜ロードショーを見ていたドクオが第3新東京市は箱根だの芦ノ湖などと喋っていたのをうっすら覚えていたから、不意に芦ノ湖などと出たのだろう。
ハインリッヒからすれば正月に父親が欠かさず見ていた箱根駅伝で映っていたな、程度の印象である。ハインリッヒの父親の大学讃賞はそういう日常からあった。
-
わざわざ都心の反対側にあるアパートの近くまでモララーは迎えに来てくれた。そこから幾つか高速道路と有料道路を経由する。順調に進んできたものの、小田原に入ったあたりでモララーは唸った。
从 ゚∀从「箱根新道事故で通行止め・・・通るやつだった?」
ハインリッヒは電光掲示板に表示された文字を声に出して読む。
( ・∀・)「うん、まぁ下に降りるしかないね」
道路の末端部になるジャンクションから先は閉鎖されていたのでやむなく一般道へと進路を取る。国道に入った途端、やはり車の流れは滞る。
从 ゚∀从「混んじゃった」
( ・∀・)「混んじゃったね」
周りを山に囲まれたところに国道は走っている。左手に綺麗な川が流れていて、右手には少し高い位置に線路が伸びていた。
从 ゚∀从「あっ」
その線路の先にあるカマボコみたいな駅から出てきた列車に目を奪われる。
鮮やかで美しいメタリックな輝き。目の覚める様な瑞々しいウルトラマリン。
从 ゚∀从「フェルメール・ブルーだ」
( ・∀・)「あぁ、本当だ。 あれに乗ったんだよね」
フェルメール・ブルーは二本の光条を迷う事なく悠然と進む。徐々に加速しながら渋滞する車達をよそに走り去っていく。その間に車列は全く動かず、まるで大名行列が通る際に平民がひれ伏すみたいだった。
堂々たる走りでカーブの先に消えてゆくフェルメール・ブルーを、ハインリッヒはずっと目で追いかけていた。
( ・∀・)「よほどお気に入りなんだね」
从*゚∀从「すっごい綺麗だった」
満足気にハインリッヒは姿勢を戻す。前の方からテールランプが消灯していく。車列はようやく動き始めていた。
カマボコみたいな駅舎はまさしく箱根の駅だった。先程のフェルメール・ブルーは新宿に帰るところだったのだろう。
近くにはホテルが幾つも建っている。歩道を行き交う人を見ているとやはり高齢者が多かった。箱根は年齢層が高い。だからハインリッヒもあまり興味がなかった。
从 ゚∀从「箱根、どうだった?」
-
( ・∀・)「温泉が良かったよ。 あの時は冬に来たんだけど、ちょうど前日に雪が降って箱根湯本から強羅まで綺麗な雪化粧だった」
从 ゚∀从「冬か・・・雪かぁ」
冬には何をしているだろう。誰といるだろう。
実際の芦ノ湖は、テレビで見た通りの光景だった。晴れていたので富士山がくっきりと見えた。海賊船と呼ばれる観光遊覧船も浮かんでいた。
芦ノ湖に到達するまでの間もテレビ中継で見た箱根駅伝でお馴染みの交差点や踏切があって楽しめた。
総合的な感想としては、まぁこんな程度だろう、である。自分で芦ノ湖を挙げておきながら、何か感動を得られた訳ではなかった。
从 ゚∀从「・・・あのさ」
帰りの車の中でハインリッヒは一つだけ嘘をつく。
从 ゚∀从「ごめん、その、今日さ、生理なんだ」
( ・∀・)「うん、大丈夫だよ。 気にしないで」
ハインリッヒは顔を覆う。モララーは優しい。やはり優しい。どうしようもなく優しい。
もっとモララーが不完全な人間だったら。不器用な人間だったら。欠点だらけだったら。
こんなに惹かれる事はなかっただろう。
-
転 おしまい
つづく
-
週一ペース無理でした!
書き溜めが尽きました!
年内目標にします
-
乙
何年でも待つぞ
-
おつ
-
ありがとうございます
特に使えない設定投げときます ●≡≡ゞ(゚、゚トソン
-
从 ゚∀从
ハインリッヒ
大学2年生。家出してドクオのアパートに居候中。男勝りな性格で喋り方も荒っぽい。髪は伸ばすとハネる。幼少時から女子より男子と遊ぶ事が多かった。一人称は高校生の時に頑張って「オレ」から「私」に直した。服の上からでも分かるあまりにも目立つ大きい胸が逆にコンプレックス。子供の頃にやっていた草野球の影響で今でも高校野球が好き。お気に入りは済美高校。ドクオが自炊しないので料理はよくやる。実家は越谷。
('A`)
ドクオ
ハインリッヒと同じ大学の2年生。学部は違う。コミュ症気味で大学にあまり友人はいない。通学困難なためアパートで一人暮らしをしていた。性欲は旺盛。ガンダムを中心にロボットアニメが好き。信仰するのはサンライズと池田秀一。居酒屋でバイトしているがあまりお酒は飲まない。ビールは特に苦手。
川 ゚ -゚)
クー
ハインリッヒと同じ大学の2年生。同じ学部。整った顔立ちと抜群のプロポーションで大学の中では少し有名人。実家から通えない距離ではなかったが独り立ちするべく進学を機に草加駅直近のアパートで一人暮らしを始める。黒髪に戻すよう父親から会う度に言われ悩み中。
リハ*゚ー゚リ
アイシス
ハインリッヒと同じ大学の2年生。同じ学部。胸が小さい事がコンプレックス。背も平均より低いほう。圧倒的不利を覆すべく女子力を上げ続ける。杉戸高野台の実家暮らし。将来の夢は玉の輿に乗る事。
( ・∀・)
モララー。
有名大学の2年生。実家は金持ちに部類され自身はタワーマンションに住んでいる。お金持ちの息子である事をあまり話さず隠す傾向にある。愛車は日産フーガ。おっぱいが大きい女性が好み。
_
( ゚∀゚)o彡゜
ジョルジュ
モララーと同じ有名大学の2年生。小学生の頃から現在に至るまで一貫してサッカー部に所属。いつも日焼けして色黒なため大体インド人というあだ名がつく。アイシスとは同じ高校。おっぱいが大きい女性が好み。
爪'ー`)y‐
フォックス
モララーと同じ有名大学の2年生。乳業メーカー社長の御曹司。全身DIESEL。幼少時から金銭的に困った事はない。主にブランド物が好き。愛車はボルボV60。顔立ちも良いので女性に困った事もない。おっぱいが大きい女性が好み。
(゚、゚トソン
トソン
結局出番がない。
アパート
ドクオが住みハインリッヒが居候するアパート。北千住駅から徒歩10分。三階建て。
基本的にドクオが自炊しないので料理はハインリッヒがよくやる。洗濯などは気づいた方がやる取り決めだが大体ハインリッヒがやる。
家賃や光熱費はハインリッヒの申し出を断ってドクオ一人で支払っている。
タワーマンション
武蔵小杉駅直近四十五階建てのタワマン。家賃は普通の大学生がひっくり返る金額。
大学
ハインリッヒが通う大学。渋谷駅から徒歩13分。駅からとにかく上り坂。
サガミ001
すごくうすい。
-
(゚、゚トソン「わりと年内投下間に合いました」
(゚、゚トソン「ついでに四話完結だから起承転結にしてみたけど安直でしたゴメンナサイ」
-
結 フェルメール・ブルーは優雅に空を舞う
-
从 ゚∀从「一緒に住んでもいいなら、いいけど」
ドクオに告白されたハインリッヒの答えは、こうだった。
この歳になってハインリッヒが家出をしたのは、両親にうんざりしていたからだ。
ハインリッヒは昔気質の父親が苦手だった。大学を出て大手流通会社に就職した父親は第一線を走る営業マンだ。酒と煙草をこよなく愛して土休日は会社の同僚達とよくゴルフに出かける。教養がなければ真っ当な大人のなれないと大学進学を説得し、良い仲間と出会えるとスポーツをするサークルに入るよう勧めた。よく飲むくせに酒癖が悪く夜遅くに帰っては母親に怒鳴り散らしていたのを何度も見た。会社の定期健康診断でも注意されたらしいが飲酒を控え改善する気は毛頭ないらしく、きっと死ぬまで繰り返すだろう。
ハインリッヒは理想の女性像を押し付ける母親が苦手だった。自身がそうであった様に女性はおしとやかであるべき、男性を支えるべきというのが母親の持論だった。夫に尽くして円満な家庭を築く事こそ女性の幸せだとよく言い聞かせてくる。そんな母親にとってハインリッヒの男勝りな性格と乱暴な言葉遣いは常に許せないものの筆頭であった。箸の使い方を矯正する様に長年諦めもせず繰り返し口調を直すよう求めた。きっと死ぬまで酔った父親に怒鳴られ続けるだろう。
成人を迎えいよいよ嫌気が差していたハインリッヒにとって決定的だったのが半年ほど前からの両親の不仲だった。元々酒癖が悪く土休日には家にいない身勝手な父親に対して母親の不満が募っているのは明白だったので、いずれこうなる事をハインリッヒは感づいていた。父親が飲酒して帰宅するたびに母親との喧嘩が絶えなくなり、しまいにはゴルフクラブを振り回したり窓ガラスを粉砕したりする始末だった。
リビングでの怒声が二階にある部屋にまで届き遂に我慢出来なくなったハインリッヒが割り込むと、お前もいい加減やりたい事を見つけろ、女なのだから男に口出しするな、誰が働いているから飯が食えるんだ、きちんと教育しないからこうなるんだ、どうして女の子なのにそんな事を言うの、いつになったらお母さんの言うことを聞いてくれるの、と両親から共に罵詈雑言の嵐を浴びせられたのでテーブルにあった皿やグラスや花瓶や灰皿を全部床に叩き落として家を飛び出した。背後からお前を何年育ててやったんだというお決まりの常套文句とどうして女の子なのにそんな乱暴な言葉を使うのと物心ついた頃から聞き続けた言葉が追いかけてきたが玄関のドアを蹴り飛ばして振り落としてきた。
そんな時期に告白してきたのがドクオだった。食堂でたまに喋る程度だったので告白された時にはコイツ私の事好きだったのか、マジか、いつの間に、というのが正直な感想であった。でも告白されるのは純粋に嬉しかったし、ドクオとは話しやすいと思っていたし、ドクオがアパートで一人暮らしというのも何気ない会話で知っていたので、実家を出たくてたまらなかったハインリッヒは一緒に住む事を条件とした。あまりにも予想外だった返答にドクオは面食らっていたがウチでよければ、と承諾してくれた。
そうして、今に至る。
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大学が前期の授業を終え夏季休暇に入る頃には、季節はすっかり夏本番に入っていた。気温はぐんぐん上がり各地で熱中症注意予報が出されていた。今年の夏は全国的に暑い、と天気予報でも言っている。夜になってもなかなか気温は下がらない。今晩も熱帯夜だ。ドクオもさすがにエアコンを起動した。二時間のタイマー設定なので、それまでに眠りにつかなければならない。
从 ゚∀从「・・・寝れねー」
ハインリッヒはもう何十分も天井と睨めっこを続けていた。常夜灯だけがうっすら天井を照らす。
寝苦しい。何度も寝返りをうつ。眠れないとどうしても色々考えてしまう。考える事がたくさんある。
ドクオと同棲しながら、モララーと何度も会った。あのタワーマンションに泊まる事もあった。その度にクーやアイシスの名前を出してアリバイ工作を続けていた。ドクオが疑っている様子はない。むしろクーの名前を出すと、激昂した時の印象が強いからか、あまり掘り下げようとはしなかった。
ドクオという彼氏がいて一緒に暮らしているのに、他の男を遊ぶ。世間的に褒められた行為ではない状態をずるずると続けていた。誰にも話せずにいた。さほどドクオに不満が溜まっている訳ではない。自分勝手な一面もあるが優しいところもある。同棲していても毎日の様に馬鹿話なんてして楽しいものだ。モララーもよき理解者であり、色んな場所に連れて行ってくれる。ハインリッヒが知らないものを見せてくれる。
選択しきれないハインリッヒはどちらかを捨てる事など出来なかった。ドクオを切る覚悟もモララーを諦める覚悟もなかった。ドクオは気づく気配はないし、モララーも全て分かった上で関係を続けた。ハインリッヒが好きなようにすればいいよ、とだけ言いドクオとの別れも自分との交際すらも強く求めはしなかった。
こんな状況は続けてはいけない。ハインリッヒには自覚があった。自分の中途半端な態度はドクオにもモララーにも悪い。どこかできっぱり決断しなければいけないと、頭では分かっていた。
从 -∀从「・・・優柔不断のクズめ」
自分を罵り、何度目か分からない寝返りをうつ。すると隣から手が伸びてきた。その手はハインリッヒを捉え、抱き寄せる。
从 ゚∀从「どうした?」
顔を向けると、常夜灯に照らされ光るものが目に入った。ドクオは泣いていた。
-
从;゚∀从「どうしたの」
(;A;)「ハイン」
ドクオはようやく目を覚ましたようだった。自分が涙していると気づく。
(;A;)「・・・嫌な夢を見た」
从 ゚∀从「嫌な夢」
(;A;)「ハインがどっか行っちゃう夢・・・。 追いかけても追いかけても追いつかなくて、すげぇ悲しかった」
从 ゚∀从「それで・・・」
( A )「ハイン、いるよね?」
まだ寝ぼけているのだろうか。
从 ゚∀从「うん、いるよ」
( A )「いなくならない?」
从 -∀从「うん、いなくならない」
ドクオの頭を撫ででやる。少しの間ハインリッヒの腕に掴まっていたものの、やがて再び眠りについた。
幼子をあやす様に頭を撫でながらハインリッヒは罪悪感に苛まれる。なんと無責任な発言だろう。
从 ゚∀从「・・・そんな風に泣くんだな」
ドクオが泣くのを初めて見た。ニヒルな男を気取っていながらこれほど弱みを見せたのも初めてだ。
ドクオがもう一度深い眠りについたのを見届けて、ハインリッヒは静かにベッドを出る。冷蔵庫を開け安売りされていたミネラルウォーターで乾ききった喉を潤す。
再度ベッドに戻る前に洗面台に立ち寄る。蛍光灯をつける。片付かない洗面台が闇夜の世界から切り離された様に照らされた。ドライヤーはコンセントに差しっぱなし、抜けた髪が床に散らばり、歯ブラシは現役と引退したものが混同している。
鏡に映る自分。髪は随分と伸びた。ある程度伸びると無造作にハネてしまうのでいつもは短めに切っているが、ドクオが髪の長い女性が好きだと言ったのでここ数ヶ月は切らないままでいる。もうすぐ肩にかかるぐらいだが見事にハネている。これぞ幼い頃からコンプレックスだったものの一つだ。
クーの様に綺麗な髪だったら良かったのに、とよく思う。長く整ったクーのストレートの髪は風に靡くと本当に美しい。髪を染める前の、高校生時代の黒髪の写真も見せてもらったがまるで日本人形の様だった。卒業アルバムの中でもクーは群を抜いていた気がする。
从 ゚∀从「クー・・・」
近くにいなくても比較してしまう。つい引き合いに出してしまう。憧れて、諦める。
クーならば何と言うだろう。ハインはハインだよ、と言ってくれるだろうか。なにせ彼女は優しい。あの美貌で性格まで良いのだからずるい。
-
从 ゚∀从「まだ、起きてるかな」
ベッドの脇で充電していたスマートフォンを拾いにハインリッヒは部屋に戻った。
§ § §
ハインリッヒは正面に座るクーを盗み見た。今日も彼女は美しい。
テーブルを挟んで向かい合っているので必然と目が合うが、優しく微笑みかけてくる。
川 ゚ -゚)「どうした」
从 ゚∀从「いや、なんでも」
つい顔を背けてしまう。やはりクーは眩しい。自分には眩しすぎる。
取り繕うようにテーブルに置かれたルイボスティーを飲む。酸っぱいし甘い。甘酸っぱい。
駅の隣の商業ビルにある喫茶店は冷房が効き快適な温度を保っていた。外は相変わらず暑い。少し歩いただけで汗が噴き出してくる。
ちょうど例年なら実家で高校野球を見ている時期だ。父親は高校野球も好んでよくテレビで観戦していた。ハインリッヒも幼少時からおままごとより野球に興味があったので小学生の頃から父親とリビングで見ていたものだ。応援するのは勿論地元の県の学校だが、他県にお気に入りの学校もある。
从 ゚∀从「ごめんな、わざわざ来てもらって」
川 ゚ -゚)「いいんだよ」
ちょうどルミネに行きたかったしな、とクーは笑う。
川 ゚ -゚)「しかしなんだ、都民の余裕か。 私とアイシスの間ではハインは埼玉を出た脱北者なんだからな」
从 -∀从「うへぇー」
クーに相談がしたい、と持ちかけると快く引き受けてくれた。大学は夏季休暇なのでクーに都内まで出てきてもらうのは申し訳ないとは思っていたが、クーはわざわざハインリッヒの最寄り駅までやってきた。このターミナル駅こそクーやアイシス達が使う路線の受け皿なのだ。
駅ビルの中にもスターバックスがあるが改札から近いのでいつも混んでいる。今いる喫茶店も制服こそ着用していないが学生らしき若年層が多い。きっと夏休みの課題に励んでいるのだろう。ハインリッヒは最後まで夏休みの課題が片付かないタイプの生徒だった。
川 ゚ -゚)「そういえばアイシスはダメだったらしいな」
-
从;゚∀从「え? フォックス君? マジで?」
川 ゚ -゚)「一番になれなかったって言ってた」
从 ゚∀从「そっか、アイシスダメだったか・・・」
フォックスも胸の大きい女性が好みとの事だったので、こればかりはアイシスが気の毒である。苛烈を極めた戦争にアイシスは敗れたのだ。アイシスの溢れんばかりの女子力を持ってしても牙城は落とせなかったという事だ。フラれた理由が、本当に胸が小さいというものなら不憫ではないか。
でも彼女はここで深く落ち込まず次を探すだろう。アイシスのポジティブさは目を見張るものがある。
アイシス、頑張っていたのにな。ハインリッヒは健気な友人を思い浮かべる。
川 ゚ -゚)「今度反省会でも開こうと言っておいた」
从 ゚∀从「多分、二人の胸を分けろ! 分け与えろ! 神は不公平に人間を作りすぎだ! とか言いそうだな」
川 ゚ -゚)「それは言えてる」
クーは笑いながらストローでハニーカフェ・オレをかき混ぜる。
川 ゚ -゚)「ところで、ハインの話ってなんだ」
从 ゚∀从「うん? うーん」
ここまできて、迷うべきではない。ハインリッヒは重々承知していた。自分で呼び出したのだ。それに誰かに現状を話さないと自分でどうしたら良いのか分からなくなっていた。
アイシスはモララーが良いと言うに決っている。他の人間も恐らくそう言うと思う。
川 ゚ -゚)「ん?」
从 ゚∀从「えっとね・・・、友達の話なんだけどさ」
川 ゚ -゚)「おい」
从 ゚∀从「友達! 友達の話な、ほんとに」
川 ゚ -゚)「分かった分かった、胸の大きい友達の話な」
从;゚∀从「む、胸が大きいかは分からないだろ! 友達だぞ!」
それで、と冷静にクーに促され、ハインリッヒはいったんルイボスティーのストローに口をつける。
从 ゚∀从「その、な。 そいつには彼氏がいて、一緒に住んでる、というより住まわしてもらってるんだ。 付き合う代わりに」
-
川 ゚ -゚)「ふむ」
从 ゚∀从「でもたまたま知り合った別の男と仲良くなって、遊んだりするようになった。 浮気行為もしたりして」
ルイボスティーが注がれたグラスの氷が傾く。
从 -∀从「自分でも、もうどうしたらいいのか分からなくなっちゃってるんだよね。 住まわしてもらってる彼氏を選ぶか、遊んでる男を選ぶか、どっちかにしなきゃいけないっていうのは頭の中では分かってるんだけど、うん」
優柔不断な自分に嫌気が差す。両立させる事など許されない。どちらにも悪い。
川 ゚ -゚)「その友達とやらは、迷ってるんだな。 そして罪悪感もあると」
从 ゚∀从「うん」
川 ゚ -゚)「まぁ、浮気っていうのは良くない事だからな。 このままずるずると続けていくのは良くない」
从 ゚∀从「うん、それは自覚がある」
川 ゚ -゚)「まずはそもそも」
一度区切ってクーはハニーカフェ・オレを飲む。氷がぶつかって軽快な音を出す。
川 ゚ -゚)「どうして彼氏の事を好きになったんだ?」
ドクオ。知り合ったのは四ヶ月前。付き合い始めたのは間もなく三ヶ月前。
从 ゚∀从「それは、よく考えた。 本当によく考えた。 まず、最初は特に意識してなかったんだけど、向こうから告白されて。 自分も話しやすい奴だな、と思ってたし、何より告白されて嬉しかったし。あと実家を出たくてたまらなかったから、住まわせてもらおうと」
川 ゚ -゚)「いきなりか」
从 -∀从「うん、自分でも付き合ったばかりの男の部屋に住むなんてどうかと思ったけど、そんなちっぽけな事どうでもいいってぐらいに実家を出たかった。 だから、うーん、正直ちょうど良かった」
川 ゚ -゚)「ちょうど良いから付き合ったのか?」
从 ゚∀从「いや、そういう訳じゃない。 ほんとに話しやすい奴だしバカだけど正直な奴だし。 ドクオならいいって思った」
-
川 ゚ -゚)「それでも他の男と遊んだのは何か不満があったのか?」
从 ゚∀从「特に不満があったからって理由じゃない。 たまたま知り合って、たまたま意気投合して、流れでそうなった。 ドクオの代わりにって思ったんじゃないんだ。
でも、そうだな、ドクオに不満が何もない訳じゃない」
もう一度ルイボスティーに口をつける。ラズベリーの酸味が広がる。
从 ゚∀从「ドクオは多分今の関係に満足しきってるんだ。 これ以上進展させようって気はない。 勿論二人とも学生だしまだ結婚なんて考える事はないけど、これから関係を良くしていこうって気がまるで見えないんだ」
まだ大学二年であり、今年に入って成人したばかりであり、結婚なんて考えるのは早い。ドクオとの子供を全く想像しない訳ではないが、将来やりたい事を見つけられずにいる中でまだ欲しいとは思わない。ドクオも恐らく同じ様な考えのはずだ。
それでもドクオは今の同棲生活に満足しきっている様に思えてならなかった。思い切って告白してみたところ一気に同棲するまでになり、家事も分担して、好きな時間にセックスをして、一緒に寝る事が出来る、それで満足している気がした。現状からもうこれ以上ドクオとの関係に何か進展があるとは思えなかった。ここで打ち止めの気がしてならなかった。
川 ゚ -゚)「相手の男とは?」
从 ゚∀从「本当にたまたま始まって、いつの間にか普通に浮気してるって気づいたんだ。 浮気したかった、とかじゃない。 でも向こうは私とは違う、というか、モララーは住む世界がちょっと違って、だから色んなところに連れて行ってくれるし、私の知らない色んなものを見せてくれる。 それなのに何か裏があるんじゃいなかってぐらい優しくて、多分本当にいい人なんだと思う」
クーはハニーカフェ・オレを飲む。
ハインリッヒもルイボスティーで喉を潤す。
川 ゚ -゚)「なるほどな」
クーがそう言って暫く黙る。ハインリッヒも次の言葉は出てこなかった。渇いて仕方ないのでまたストローを咥える。ドクオを取るか、モララーを取るか、まるでクーに決めてもらうかの様だ。ジャッジしてほしかったのだろうか。アイシスはモララーにするべき、と言った。アイシスでなくとも皆そう言うだろう。参考にする気もないが父親も間違いなくそう答える。
さながら裁判長からの判決を待つ被告の如く、クーの口元を見つめていた。
川 ゚ -゚)「それならドクオだろう、迷う事か?」
从;゚∀从「え」
抜けた声が出てしまった。
从;゚∀从「な、なんで」
-
川 ゚ -゚)「まだ付き合ってそれほど長くないだろう? 同棲しているからハードルが低いとはいえそれで関係が飽和しているなんて努力が足りないんだよ。 これ以上関係が進展しないと思ってハインは何か努力したか?」
从 ゚∀从「いや特に・・・」
川 ゚ -゚)「だろう」
クーはストローでハニーカフェ・オレをぐるぐる回す。
川 ゚ -゚)「それにまず浮気なんてまだハインには早い。 今付き合ってる男にいくつか欠点があったとしてもお前も好きになったんだろう。 それより良い男が現れたからってすぐに乗り換えるのは感心出来ないし、将来誰かと結婚しても同じ事を繰り返すぞ」
返す言葉もない。ハインリッヒは唇を噛んで聞いていた。本当に返す言葉もない。
川 ゚ -゚)「完全無欠な人間なんてこの世に存在しないんだから欠点はあるさ。 互いにそれをカバーしたりするのが良い恋人関係だと思うし、私はそう心掛けてる」
从 ゚∀从「・・・うん、そうだと思う」
川 ゚ -゚)「そもそもハインが浮気なんて珍しいというか、そういう事をしない女だと思っていたがな。 確かにモララー君は魅力的な男性だったけど」
从 ゚∀从「それはさ、二人の変わり者に迫られて、ちょっと舞い上がっちゃったからなんだよ、多分」
川 ゚ -゚)「変わり者?」
これも、言うべきだろうか。でも言った方が楽になる気がした。
从 -∀从「私はさ、大学入ってからずっとクーの近くにいたじゃん。 クーには叶いっこないって分かってたし、男も女も皆クーの事ばかり見てるし、仕方ないと思ってたんだ。 でもそんなクーの影にいる私の事を好きだって言ってくれる変わり者が二人も現れて、舞い上がっちゃったんだ。 髪もこんなにハネまくってるし、性格も喋りも男っぽいし、そんな自分なんかを選んでくれる奴が二人もいてさ」
川 ゚ -゚)「ハインさ」
クーはため息をつく。少し呆れの表情も入っている。
川 ゚ -゚)「前々から気になってたんだが、ハインはもっと自分に自信を持つべきなんだよ。 私がどうとか関係ないんだ」
从 ゚∀从「でもクーは」
川 ゚ -゚)「関係ない。 私は私だ。 アイシスはアイシス。 そしてハインはハインだ。 ハインの個性があるしハインにしかないものもある。 他の人なんて気にしなくていいんだから、ハインはもっと自信を持っていいんだ」
-
从 ゚∀从「私なんかが」
川 ゚ -゚)「なんか、じゃない。 ハインだからこそ」
どうしてクーはこんなに優しいのだろう。ハインリッヒは自分が随分とちっぽけな事で悩んでいたのでは、と気づく。むしろ拗ねていた様なものではないか。どうせクーには叶わないと。
从 ゚∀从「・・・もしかして、そう言ってほしかっただけかもしれないな」
川 ゚ -゚)「背中を押す事ならいつでもするさ。 友達だからな」
大学でクーに出会って良かったと、ハインリッヒは心から思う。良い出会いがあるという大学崇拝の父親の言葉もあながち間違いではなかった。
从 -∀从「私も男だったらクーと付き合うな、マジで」
川 ゚ -゚)「なんだ、ハインは百合か」
从 ゚∀从「そういうのじゃないよ。 でもクーはさ、完璧じゃない? 何か欠点あるの」
川 ゚ -゚)「私に欠点はいくらでもあるさ。 人参食べれないし」
从 ゚∀从「欠点ちっさ」
川 ゚ -゚)「あとは、あんまり言いたくないんだけど、高所恐怖症なんだ」
从 ゚∀从「え、意外」
川;゚ -゚)「校舎とかあのレベルならなんて事はないんだがな、東京タワーとかスカイツリーみたいな高さは本当に無理。 中学の遠足で東京タワーに登らされて泣き喚いたのは今でもよく覚えているぐらいだ」
本当に意外である。今度アイシスと共謀してクーをどこか高いところに連れて行こうと考えてみる。顔面蒼白になるクーを一度は見てみたい気がする。もしくはいつも気高いクーの泣き叫ぶ姿でも見られるだろうか。
-
川 ゚ -゚)「今かなり失礼な事を想像してないか?」
从 ゚∀从「いや、別にそんな」
でも安心したな、とハインリッヒは続ける。クーにも欠点があって。
川 ゚ -゚)「欠点がない人などいないだろうさ」
完全無欠であり、非の打ち所がない、クーの事はそういう部類の人間だと思っていた。今になって親近感がわく。大学に入ってからずっと一緒にいたのに、本当に今更だ。
川 ゚ -゚)「しかし、友達という設定はどこに行ったんだかな」
从;゚∀从「あっ」
川 ゚ -゚)「ははは」
やっぱりクーには叶わない。
§ § §
ハインリッヒが帰宅の途についたのは午後十一時をまわったぐらいだった。午前中にクーと会って約束通り買い物に付き合ってからバイトに出向いたので今日も満身創痍だった。早く帰って熱闘甲子園を見ようと思う。毎年夏に一番楽しみなのが熱闘甲子園だ。あれだけの学校がありながらよくあれだけのドラマがあるものだといつも感心する。
しかし今日は間に合うか微妙だった。遅いシフトのバイトが一人欠けたのだ。この忙しいなか急に電話で休みを告げた同僚の男子大学生を恨む。次に会ったらタイキックをお見舞いするというのが今日出勤したバイト全員の結論だった。
从 ゚∀从「ドクオに連絡しとこうかな」
いつも遅くなる時はドクオに連絡しておくのだが今日はその暇すら与えられなかった。帰宅が遅くなりなおかつ連絡がないとドクオは決まって不機嫌になる。そういう時はもう寝てしまっている事を密かに望む事も多い。まるで実家にいた頃に少し似ている。最近は音を極力たてずに解錠して帰宅する技術が身についてきたぐらいだ。
アパートに着いて、上を見上げる。遅い帰宅の時のお決まりの確認事項だ。部屋に電気は点いていた。今日は窓が閉められている。ドクオは起きている。
この一帯は閑静な住宅地だ。駅前の通りから少し離れているので今のような遅い時間帯にはもうすっかり静かなものである。階段を登る足音がよく響く。ドクオの部屋からも、テレビを切っているとこの階段を上がる足音が聞こえてくる。
-
从 ゚∀从「ただいま」
部屋に入るとドクオがテレビを見ていた。ハインリッヒに気がつくと遅かったね、と声をかける。
从 ゚∀从「バイトでデミタスがまた電休しやがってさ、明日マジでタイキックだよタイキック」
('A`)「うっわ痛そう」
从 ゚∀从「ドクオは何してたの」
するとドクオはやや恥ずかしそうに机に視線を向けた。机の上には置きっぱなしのテレビやブルーレイディスクのリモコン達やペン立てが無造作に置かれるなか、見慣れない紙の箱があった。
从 ゚∀从「ケーキ?」
箱を開けるとケーキが入っていた。しかしハインリッヒには特に心当たりがなかった。自分の誕生日ではないし、ドクオも違う。ドクオは普段ケーキなど買う様な柄ではない。
从 ゚∀从「誕生日じゃないし、何かあったっけ」
('A`)「いや、その・・・付き合って三ヶ月、だから」
ハインリッヒは思わず噴き出してしまった。ドクオの顔が赤くなってますますこみ上げる。
从*゚∀从「お前、ふつー付き合った記念日とか逆だろ、女がやるもんだろ」
('A`)「ハインはそういうの興味なさそうだし」
从*゚∀从「うん、ない」
またハインリッヒは爆笑する。もうこうなれば笑いは止まらなかった。
从*゚∀从「意外だなぁ、ドクオがこういう事やるの」
ひとしきり笑ってからハインリッヒはもう一度ケーキを覗く。あまりに笑われてドクオは少し憮然としていた。
('A`)「嫌だった?」
从*-∀从「いやいや、すごく嬉しい」
ドクオが付き合い始めた記念日など、そんな些細な事を覚えて、大事にしているとは想像もしなかった。サプライズなんてするようなタイプではないと思っていたのでハインリッヒは純粋に嬉しかった。不器用ながらこんな一面もあるのだ。
从*^∀从「うん、マジで嬉しい」
('A`)「二度も言うなよ」
从*゚∀从「それぐらい嬉しいんだよ」
-
熱闘甲子園は録画しておいた。フォークを持ってきてケーキを取り出す。こうして二人でケーキなど食べるのは初めてだ。とてもシンプルなショートケーキだったが久しぶりに食べたケーキは甘くて美味しかった。
三ヶ月など早いものだ。もう三ヶ月なのか、とハインリッヒは内心驚く。しかしまだたったの三ヶ月だ。その程度では一緒に暮らしていても相手の全てが分かる訳ではない。いくら付き合って同棲しているからといって他者という絶対的な壁がある以上、この先何年かかっても相手の全てが分かる保証はない。今となってはそんなものだろうとハインリッヒは思う。飽和した関係なのではとすら思ったのに、こうしてドクオの新しい一面も見る事が出来た。
从 ゚∀从「なぁ、私達いつまで続くと思う」
('A`)「なにその急な質問」
从 ゚∀从「いや、なんとなく。 まだ大学生だしさ、結婚なんて考える歳でもないけどさ」
('A`)「ハインはたまーにすっごく冷静な目線で物事見てるよな・・・」
そうだな、とドクオは眉間に手をやり、考える。
('A`)「俺からすれば、ハインが実家にいつ帰るのかが気がかりではあるよね。 今って暫定的同棲な訳だし」
从 ゚∀从「あー、そうだな・・・。 でも、うーん、帰る気はさらっさらないんだよね。 だから」
('A`)「いや、ハインがここに居てくれるならそれが一番いいんだ。 二人の方が楽しいし、一人じゃさみしいし。 存外二人暮らしも悪くない」
从 ゚∀从「ふーんそっか、一人じゃさみしいんだ〜」
ひとつ、本音が聞けた気がする。ハインリッヒが満面の笑みで顔を近づけるとドクオはそっぽを向いた。ぐいっと引き寄せてキスをする。
从*゚∀从「かわいい奴だな」
('A`)「普通は逆だろ・・・」
やっぱり二人の先の事を考えるのは早い。まだ就きたい業種も決まっていない。だから暫くはこのままで良い。前向きにそう思う。
('A`)「なんかさ、二人でどっか行きたいな」
从 ゚∀从「いいな、なんかある?」
-
('A`)「ディスニーランドとか?」
从 ゚∀从「柄じゃないしドクオも微妙だろ」
('A`)「うん、俺も柄じゃない」
从 ゚∀从「じゃなんで挙げたんだ」
どこか行きたいところ。またこの質問だ。前も考えた。なんとなく答えた芦ノ湖はもう達成してしまっている。
从 ゚∀从「あ、芦ノ湖」
('A`)「え?」
从 ゚∀从「そうだ 箱根、行こう」
§ § §
テレビ・コマーシャルの様な勢いで箱根行きと決めてから一週間あまり。ハインリッヒとドクオはいつも使う最寄り駅へ向かっていた。背負うのは一泊分のちょっとした荷物。諸々の予約を済ませた頃はノリノリだったが、空を見上げると見事なまでに曇天で、駅前アーケードを行く人らには傘を持つ者もいる。これではテンションもあまり上がらない。普段は駅に着くとエスカレーターを上がって駅ビルへと入っていくが今日は階段を降りて地下へ向かう。今日の目的は地下鉄にある。とても地下鉄らしい妙に薄暗い照明とタイル張りのホームに降りると、これまた古めかしいアルミ合金の車体が出迎えた。いかにも老兵といった雰囲気を持っている。本当にここにあのフェルメール・ブルーがくるのかと、さすがにハインリッヒは少し不安になった。
箱根への小旅行を思いついてからハインリッヒはさっそく行き方や宿などを調べた。夏季休暇の間は朝から夜まで一日中バイトのシフトに入っている日もあるので少しぐらい贅沢しても良い。宿泊予約サイトで評価の高い宿をいくらか見比べて予約をして、次に箱根までのアクセスを調べると意外にも二人が住むアパートの最寄り地下鉄駅から箱根へ行く特急列車が設定されている事が分かり驚いた。それがあの憧れのフェルメール・ブルーだという。ロマンスカーの類はどれも新宿からしか乗れないものだと思っていたのだ。
実際に地下鉄のホームに降りてみると通勤列車ばかりが行き交い、今から旅行に行くといった格好の者は殆どいない。平日なので夏休みとは無縁のサラリーマンやOLが大半を占めていた。まだ朝の通勤ラッシュの終わりかけの時間帯なので列車はひっきりなしにやってくるし、どんどん階段を降りてくる通勤客も次々とアルミ合金の車体に吸い込まれていく。ごく普通の地下鉄の駅なので駅弁の売店がある訳でもなく、ホーム上にある一般的な小型売店でビールと軽食を買い込んでとりあえず樹脂製のベンチに座った。こんな陳腐な地下鉄の駅にあのフレッシュなフェルメール・ブルーが本当に来るのだろうか。ついでにこれだけ多くの通勤客を見ると、朝から缶ビールが入ったビニール袋をぶら下げていてちょっとだけ申し訳なく感じる。
从 ゚∀从「お」
券面に書かれた特急列車の発車時刻が近づくと、それを知らせるアナウンスが流れる。あまり数は多くないものの、旅行客と見られるグループが目立つようになった。そして眩いヘッドライトと共に軽快なメロディを奏でながらフェルメール・ブルーは入線した。頭からつま先、天井の空調装置まで統一された塗装を施されている。何の変哲もないただの蛍光灯もメタリックな車体に妖艶に映る。古く汚れた地下鉄の駅に瑞々しい鮮やかなフェルメール・ブルーはあまりにも異様だった。列車を待っていた通勤客も突然の来訪客を物珍しそうに見ている。周りのスーツに身を固めた通勤地獄から解放された者達だけを乗せて青い車体はするすると駅を出た。
-
从 ゚∀从「なんかあんだけ通勤ラッシュのなかゆっくり座って高みの見物って気持ちいいな」
('A`)「あの小学生の頃に学校を休んだ時の皆が勉強してる間に休んでるぜ俺!みたいな快感な」
从 ゚∀从「あぁ、まさにそれだわ」
フェルメール・ブルーはゆっくりと次の駅を通過する。地下鉄を走っているのに、暫く駅に止まらないらしい。先程と同じくホームで整然と並ぶ通勤客を優越感すら感じながら眺める。普段から自分も混雑した列車に詰め込まれて通学しているのに、こうしてリクライニングを倒した座席で缶ビールを開けてそれらを頬杖つきながら見物するだけでもう十分に非日常だ。
そしてフェルメール・ブルーは美しいエクステリアに負けないほど、車内のデザインも凝った設計がなされていた。天井の間接照明の柔らかな光が落ち着いた雰囲気を作り出している。シートなどには暗色系が多く採用されていて上品で洗練された印象を与えていた。
前が閊えているのかノロノロ走っていたフェルメール・ブルーがずるずると朝ラッシュの遅れを引きずる地下鉄から脱出する。すると本領発揮と言わんばかりにスピードに乗り、快適に飛ばしはじめた。隣を走るいくつもの普通列車を追い抜かし、都心から遠ざかっていく。地上に出てから同じ様な設計の駅と同じ様な街並みの住宅地が広がっていたが大きな川を渡ってからは緑が多くなる。そして何よりあれほど分厚い雲が占拠していた空のキャンパスに水色が増え始めた。都心から離れるにつれ、雲は減っていく。周囲に田園が広がり近くに青々とした山が見え始めた頃にはあの曇天が嘘みたいになくなってすっかり晴れていた。
从 ゚∀从「やばい、超晴れた」
('A`)「同じ関東でも全然天気違うのな」
綺麗に晴れ渡っている。頭上に雲は一つもない。フェルメール・ブルーは優雅に空を舞う。水色を塗りたくった空のキャンパスを滑らかに泳ぐ。そして美しいウルトラマリンは、どうしてもモララーを思い出させる。
あの日、ハインリッヒがクーに相談した日、ドクオと交際三ヶ月を迎えた日、お祝いのケーキを二人で食べた日、ハインリッヒはようやく決心した。翌日に無理を言ってモララーに会えるか頼むとすぐに承諾してくれた。べたつく蒸し暑い夜の駅で、待ち合わせをした時から、モララーは少し察していた。やはり彼は察しが良い。
ハインリッヒがドクオを選ぶという結論を伝えると、モララーは穏やかに、そっか、残念だな、と言った。なんとなくそんな気がした、と続けた。今日顔を見て、顔つきが違うからそんな気がした、と。
今まで何の選択も決心も出来なかったハインリッヒは、これまでどんな顔をしていただろう。完璧なクーとは違い、モララーが言った不完全で完成しきっていないハインリッヒ。現れる選択肢から逃げ出していた自分。一体どんな顔をしていただろうか。
モララーには申し訳ない気持ちしかなくただ謝るしかなかった。あれほど優しいモララーとはいえ激昂されても仕方ない、と覚悟していたのに、最後までモララーは優しかった。ハインリッヒの選択を咎めなかった。むしろ君が選んだ道だから、と送り出してくれた。本当に表裏のない優しい男なのだ。つくづく自分にはもったいないぐらいの。また遊びに来ても良いと言ったが、ハインリッヒは丁重に断った。それが自分のけじめだ。
でもきっと、このフェルメール・ブルーを見かけるたびにモララーを思い出すだろう。列車が武蔵小杉に停まるたびに思い出すだろう。泊まる時に借りた男性用シャンプーの匂いに触れるたびに思い出すだろう。
記憶なんて簡単に消せないのだから、こればかりは仕方ない。胸の痛みは自分への罰として受け入れる。
そしてハインリッヒは自分が臆病だと自覚していた。ドクオにこの一ヶ月の間、他の男と食事をしたり身体を重ねたりした事実を告白しなかった。しなければ、という罪悪感は当然あるが、それよりも嫉妬深いドクオが怒り狂う事が恐ろしかった。関係がそこで終演を迎えアパートも追い出される事も、十分に考えられた。これで交際した女性はハインリッヒ含め二人だというドクオにこういう異常時のマニュアルはきっと存在しない。だからこの罪悪感を抱いたまま、封印してしまおうと決めた。いつか話す日がくるかもしれない。ドクオといつまで続くかなど、やはり保証はないのだ。来春には別れて口も聞かない仲になっているかもしれないし、このまま同棲を続けて結婚まで到達するかもしれない。こればかりは分からないのだ。
('A`)「良かったな、500缶二つ買っといて」
从 ゚∀从「だなー」
-
フェルメール・ブルーはおよそ二時間かけて箱根へ達する。中間地点あたりで既に五百ミリリットルの缶ビールを空けてしまった。ビニール袋からごそごそと新しい缶ビールを取り出す。ドクオも機嫌が良い。缶チューハイの進みがとても早い。平日の朝に特急列車で酒盛りをする大学生カップルだなんて、夏季休暇を存分に楽しんでいるではないか。だから普段受けている講義と比べると二時間なんて早かった。
箱根に着いてからフェルメール・ブルーと別れ、予約した宿に向かう。宿泊予約サイトで評価の高い宿を見比べ直感で決めた宿だったが、木造りの門から石畳の道が続き高級感が溢れていた。モダンな部屋にはいかにも柔らかそうなベッドが置かれており、部屋に入るなりダイブする。ダブルベッドで飛び跳ねながら二人はとにかくはしゃいだ。ドクオに至っては、箱根に行きたいと言い出した時には温泉街のイメージが強いからか夏に箱根か、と顔をしかめたのに、多分忘れてしまっている。
箱根の山々を眺められる露天風呂を堪能し、産地直送の飛騨牛を岩盤焼きで楽しめる料理に舌鼓を打ち、部屋に戻ってから再び酒盛りを始めた。朝から飲んでいたので日付が変わる頃には二人はすっかり酔ってしまっていた。もはや今日何度セックスしたかも覚えていない。
(*'A`)「あー、きょうぅ、これでなんどめぇだっけぇ」
从*-∀从「んー、わかんない」
下半身が熱い。いくら同棲していても、こんなに一日中した事なんてない。ドクオは疲れてしまったのか、ずるずると崩れ落ちた。
从*゚∀从「おーい」
(*'A`)「もうもげそうぅ」
从*゚∀从「そんなかんたんにもげるかバカ」
(*-A-)「もうねむい」
从*゚∀从「ねるの?」
(*-A-)「いや、まだ・・・ぁ」
仕方ないのでハインリッヒがドクオに跨る。シモンズ社製のダブルベッドがぎしり、軋む。
-
(*-A-)「・・・ごめんなぁ」
从*゚∀从「え?」
ドクオの目は既に閉じていた。寝ぼけているのだろうか。
(*-A-)「ごめぇん、ごめんなぁ」
从*゚∀从「なにがだよ」
(*-A-)「ごめん・・・」
从*゚∀从「だから、なににあやまってるんだよ」
(*-A-)「あのなー、おれさぁ、クーのこと、すきだったんだぁ」
もう眠ってしまったのか、寝言なのか、酔っているからか、それ故に隠していた本心が出たのか、ハインリッヒには考える事は出来なかった。
頭の中でぐるぐる回る。ぐるぐる回る。回る。
(*-A-)「クーのこと、すきでぇ、だからクーとなかいいハインに、まぁずちかづいたんだ」
从 ゚∀从「は・・・あ・・・」
言葉が作成されない。ぐるぐる回る。思考がまとまらない。ぐるぐる回る。叶わないクー。ぐるぐる回る。嫉妬してしまったあの日。ぐるぐる回る。ハインはハインと言ってくれた。ぐるぐる回る。
(*-A-)「だけどハインのことすきになっちゃったぁ、あはは、はぁ、はは」
ドクオは寝ながら笑う。実際に眠りに落ちていたかどうかは判定出来ない。でもハインリッヒにはそれはどうでも良かった。
从 ゚∀从「クー・・・」
その名。
分かっていた事だ。クーは美しい。クーは目立つ。クーには叶わない。クーには嫉妬すら出来ない。分かっていたはずだ。分かっていたはずだ。分かっていたはずだ。分かっていたはずだ。分かって
从 ∀从「なんで・・・」
気づけばドクオの首を締めていた。無意識に締めていた。泣きながら締めていた。
ドクオは寝ているからか抵抗しなかった。酔っ払っているからか抵抗しなかった。
ぐえ、なんて情けない声をあげる。蛙を踏み潰した時のような感覚。
あれ、なんだったんだろう。
頭の中でぐるぐる回る。ドクオがぐるぐる回る。モララーがぐるぐる回る。クーがぐるぐる回る。
視界がぐるぐる回る。モダンな部屋がぐるぐる回る。シモンズ社製のベッドがぐるぐる回る。箱根がぐるぐる回る。フェルメール・ブルーがぐるぐる回る。
「クー」
-
フェルメール・ブルーは優雅に空を舞うようです
おしまい
-
投下終了です。
読んでいただいた方ありがとうございました。
-
最後のレスは見なかった事にした
幸せなドクハイでいてくれ
-
乙乙
一気に読んじまった
-
おおおつ
えっ幸せにおわると・・・えっ。衝撃すぎるわ
クーはどこまでもハインに影を落とすのか・・・クーが悪いわけでもないからなんともいえぬ
-
乙。すごく良かった。
-
このおわりかたはすごくいいね
乙
-
乙
これモデルいるんじゃないの?色々と生々しかったから…
こういうの万人受けはしないんだろうけど、個人的にはすごく好きです
-
おつです!
面白かった、いい短編だー
-
1です。ありがとうございます。
>>95
特にモデルはいないです。
大学やマンションなどは大体実際のものを使ってます。
-
しばらく頭に残りそうな作品だった。乙
次の作品を楽しみにしてます
-
嫌な作品だ
おつ
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