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完璧認定2

932幸せな名無しさん:2025/07/12(土) 15:34:20 ID:mODWyMsE0
人は誰しも、未来を良くしようとします。
私もずっとそうでした。
今も昔も、そして年を重ね人生最後の瞬間までも、「もっとこうすればよかった」「まだ良くなれるはずだ」と、もしかしたら思うのかなと感じます。

私も社会において立派で素晴らしいこととされ、「成長しよう」「反省して進もう」と教えられてきました。
皆さんもそうかと思います。
その努力のおかげで、私たちは文明を築き、生活を豊かにしてきたのも事実です。
未来を良くしようとする気持ちは、決して否定されるものではありません。
むしろそれは、人間らしさのひとつだと思います。

でも、その言葉の奥には、
「今のままではダメだ」という前提も隠れているなとも感じます。
未来を良くしようとする思いは、今を条件付きでしか認めない姿勢でもあります。

私たちは高嶺の花を追いかけるように、もっと高く、もっと遠くにある理想を追い求めて歩き続けていますよね。
でもその足元には、小さく咲く野花が、そっと咲いてたりします。
それはずっとそこにあったのに、目もくれず気付かず、踏みつけて通り過ぎていた。

「今このままでは足りない」「もっと良い自分にならなくては」という気持ちは、いつも現在を犠牲にして未来を約束の地にしている。
ですが、未来はいつも「今」の上にしか咲きません。
今を否定したままでは、未来もまた否定の上に成り立つのではないかとも思うのです。

今の瞬間を、そのまま完璧だと受け入れる「在り方」。
過去の失敗も、未熟さも、足りなさも、すべて含めて「完璧」と見る。
それは未来を諦めることではなく、未来を「不足を埋めるための逃避」にしないということだと思います。

足元にある名もない野花を、そのまま愛でる目を持つこと。「これでOK」と言えること。
その時、未来は「足りない今を補うため」ではなく、「今の私をそのまま表現するため」に使えるようになるのだと思います。


未来を良くしようという言葉は、一見美しい響きを持ちます。
けれどそれは、今を条件付きでしか許さない呪縛にもなると感じます。

その呪縛をほどくのが、
「今ここをそのまま認める」
「この瞬間を完璧だと認める」
という生き方なのではないでしょうか。

足元の野花を見つめる目を取り戻したとき、私たちはようやく「すでにここにある」豊かさに気づくのだと感じます。


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