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40白牡丹 ◆Enju.swKJU:2012/03/01(木) 22:22:48
──驕兵の乱
創業を語る上で、この乱を無視することはできないだろう。
この乱こそ、中統朝の最初の大きな試練、そして指揮系統の統一された国軍が実力を示した晴れ舞台だった。

軍の指揮系統の統一。これが政事堂の議題に上った時、その実現を最も切望したのは誰だったのか。
皇帝白牡丹か、それとも諸葛休民か。
意外にも、その答えは版図の大部分を有する湖南観察使だった。

当時、湖南観察使領には以下のような軍事力が存在した。
①包括する五州の州軍
②節度使に直属する藩鎮主力部隊、牙軍(長征健児=あらすじの>>4

②の牙軍は、当初こそ藩鎮の手足となって闘う精鋭であり、本来、藩鎮の権力を象徴するものであった。
しかし、軍功の見返りに手厚い給料をもらい、軍団内部で通婚を重ね、軍職を世襲するようになった彼らは
次第に増長するようになる。
「藩鎮の統帥」ではなく、「優遇してくれた藩鎮の統帥」にのみ、忠誠を誓うようになったのだ。

さんざん贅沢に慣れ、軍団内部に味方を多く持ち、
統帥の首すらすげかえるまでに増長した牙軍の兵士たちは「驕兵」と呼ばれ、
湖南観察使もまた、その扱いに頭を悩ませていた。

軍制改革によって、この厄介な身中の蟲を駆除することができれば……。
湖南観察使の頭にはそんな考えがあった。
政事堂にあって、この改革に強硬に反対すると思われたのが彼であり、
彼の賛成は白牡丹を内心驚かせたが、諸葛休民に言わせれば、「わかっていたこと」だとか。
ともあれ、こうして次のような改革が行われることになる。

①軍権の中央への集中
これは、段階的に行われた。まずは外形的に、次第に実質的に。

・皇帝直属の「枢密院」を設置し、軍の最高権を集約
→皇帝は「天下兵馬大元帥」を兼任。軍の最高統帥者に
→各州刺史は「将軍」を兼任
→「州軍」という枠を撤廃。各将軍(刺史)に直属する「方面軍」扱いに
→各「方面軍」には、各州出身者を均等に配属
→「呉王朝の軍」への所属意識の高揚を目指す
→合同訓練

②指揮・指示の統一
・指示は全て湖南語に(諸少数民族の部隊に対しても)。旗や動作などと合わせて繰り返し訓練し、身体に覚えさせる
・指揮時の旗、采配、動作などは全体で統一

③士官学校の設置
・教官には引退した武官を登用。優れた指揮官を生みだすとともに、引退した武官が不満を持って反乱することを防ぐ
・軍事教育とともに、高潔な精神教育も実施

④徴兵制
・兵士は等しく農民から徴兵
・勲功者は出自に関わらず褒章し昇格させる

こうした改革は、一つには強力な軍を生みだすために、そして別の裏の目的を持って行われた。
そして「裏の目的」もまた、果たされつつあった……。


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