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バサラ日記(その30)
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追記:
「行き行きて神軍」の奥崎謙三の自宅があった兵庫区荒田町と
私が住む長田天神町は、徒歩40分程度、バスなら10分程度の距離である。
無理をすれば歩けない距離ではない。
奥崎謙三はアンチに嫌われ、痕跡が残らないほど
当時の住居も墓も破壊され、更地にされているが、
私も奥崎謙三に負けない程、アンチが多い。敵だらけだ。
一方、同じ神戸人である奥崎謙三と私の違いは、
奥崎謙三は肉体派。殴る蹴るの暴力が基本。
「日本帝国陸軍の中で最も上司を殴った事が多い男」
として自慢しており、日本軍をカニバリズム(人肉食)に追いやった責任を
天皇陛下に求め東京に行き天皇を4回パチンコで狙撃している。
私は肉体派でないから、これは出来ない。家庭内ではない他人に
殴る蹴るの暴力をふるった事はないし、その体力も腕力もない。
私が使う暴力は、「言葉の暴力」「言論の暴力」だ。
その責任が今、問われている。
次の奥崎謙三と私の違いは、扱っているテーマの難しさ。
南方戦線で起こったカニバリズムを実証するのなら、
関係者への聞き取り調査だけで十分な説得力が得られるが、
精神医学を破壊したり、クローン人間問題を扱ったりするのは
聞き取り調査では何ともならないので、取り扱いが非常に難しい。
「学問の矛盾」をネット内外で攻めるしかないのだ。
よって私は「学問の矛盾」を追求する民間センターを個人で設立して
弾圧する警察や検察と対峙している。この闘い方の差は
扱っている問題の大きさの差である。私が扱っている問題の方が大きい。
私が主張している内容が事実なら、日本国家は潰れる。米国も潰れる。
更に次の奥崎謙三と私の違いは、学歴である。奥崎は尋常小学校卒。
私は帝国大学卒。しかも博士だ。よって闘い方も自ずと違ってくる。
私の場合は、言論戦、頭脳戦、情報戦となり、奥崎は 肉弾戦だ。
また、闘い方も違う。奥崎は、押して押して押しまくる闘い方をする。
そのため前科が多く、刑務所に何度も入り、刑務所内でも刑務所長を
怒鳴りつけたりしている滅茶苦茶な武闘派の闘い方をしている。
それに対し、私は、警察の厄介にはなったが、押して押して押しまくる闘い方をしない。
相手が押して来たら、その時は引いて逃げるし、相手が引いたら
今度は押して見せる「柳に風」の闘い方をする。毛沢東の闘い方だ。
私には体力も腕力もない。また健康も透析患者だし、心臓病も
入院が求められているレベルだ。奥崎のような元気な闘い方は出来ない。
そして更なる奥崎謙三と私の違いは、奥崎は行動役。語り部は映画監督。
と言った形式で著名な映画監督、原と組み、世間に訴え続け、最後に
評価を得たのに対し、私は一匹狼で、語り部も自分でやっている。それが
ネットだ。よって、検察からネットを奪われたら、私の活動は死んでしまう
事になる。検察から理不尽な攻撃を受け私の精神性が死にかけた事もあり
ネット活動を復活させた。語り部活動なしに後世に評価を問えない。
奥崎謙三と私との間で、以上の違いがあるが、共通しているのは
1)国家の巨大な闇を暴き、白日の下に晒そうとしている事
2)アンチが非常に多い事。特に官憲と対峙している事。
3)同じ神戸人であり、住所が徒歩圏である事
4)同じ昭和生まれ の昭和人である事
の4つであり、奥崎の活動には、ただただ励まされるのである。
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