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バサラ日記(その30)
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「国家による言論弾圧」に関し
3人は教授の理解者として自負しているのだ。
理解困難があれど、こじつけたり、ねじ込んだりして無理くり理解する程なのだ。
それでも一連の逮捕事件での審議結果に就き、以下に言及したいのだ。
事実、教授は弁護人もなく、被害者への謝罪もなく不起訴処分となった。
当然、教授に対して本当に国家が弾圧するなら、刑罰を科していると推定できるのだ。
むしろ、検察側は穏便にことを運んでくれたのだ。
逮捕そして罪状を認めた後に不起訴処分で終わるには、被害者側から処分を不服として検察審査会に再審を求められる可能性も思案に入れ、また逮捕を指揮した者の保全も含めて、皆が納得できる相当な理由がない限り困難と思われるのだ。
想像するところ、この度の担当検事は知識人であり、教授の学歴、職歴、そして助言などの聞き入れも踏まえ、大変思慮深い対応がなされたと言えるのだ。
何故なら、被害者に対しての謝罪状や、行政に対する反省書を段取りするのは本来弁護士だが、弁護士がいない頑固な教授を見据えて、親切に謝罪状と反省書の代わりに誓約書を見立ててくれ、業務上納得いく形で教授にとって最善な形で事件を終わらせる計らいをされたと思うのだ。
それに誓約書はなんの法的束縛を受けないし、署名する選択も自由であり、裁判を受ける権利も損なわなかったはずなのだ。
以上事柄の真意を考え、誓約書は言論を弾圧するためか、若しくは不起訴処分にするためのものか、よく思い直してほしいのだ。
出来れば、助言した人の身も少し考慮されたいのだ。
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