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鬼和尚の仏教講読会 別館2

1 避難民のマジレスさん :2020/09/21(月) 19:36:15 ID:WJISoscI0
前々スレ:https://fate.5ch.net/test/read.cgi/keihatsu/1528924619/
前スレ:https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/8276/1539697204/l50

現在:狂雲集(一休宗純)講読会・開催中であります。

2 避難民のマジレスさん :2020/09/22(火) 19:09:26 ID:gzlQJyKs0
182
示耽名僧 2/3  名に耽る僧に示す
南北東西不可量     量るべからず
扶桑栗散國封疆 扶桑ぞくさん國のほうきょう
耽名愚鈍畜生道 名に耽る愚鈍畜生道
望帝一聲聴断膓 望帝一声聴いて断腸

くま訳
東西南北、領地の広さを測ってもしょうがない。
日本国は国境にある小国である
名誉を追い求める輩は、愚鈍な畜生である。
古代の高徳の皇帝望帝は、死後も民を思い、ホトトギスとなって、春、種まきの時期を知らせているという
のに、ホトトギスの一声を聞く度に、日本国の現状を残念に思う次第である。

*不可量(ふかりょう): 程度が、はかり得る範囲を越えていること。また、そのさま。
*粟散辺地(そくさんへんじ):辺地にある、あわ粒を散らしたような小国。粟散辺土。
*封境・封疆(ほうきょう):領土のさかい。国境。
*望帝杜宇(ぼうていとう)は、古代の蜀にあった古蜀の第4代君主とされる人物。
(´・(ェ)・`)つ

3 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/09/22(火) 21:44:56 ID:1d4drIFg0
>>1 ご苦労さんなのじゃ。

4 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/09/22(火) 21:47:17 ID:1d4drIFg0
また売名に耽る僧に忠言するのじゃ。
東西南北の地平は計り知れないというのじゃ。
その全てに名を届かすのは不可能なのじゃ。
それは名に執着する畜生道なのじゃ。
ただひたすらに善事に励む者が自然に名も高くなるというのじゃ。

5 避難民のマジレスさん :2020/09/23(水) 20:57:59 ID:ohh/vbbw0
>>4鬼和尚、ありがとうであります。
くま訳改
第4句:望帝のように高徳な者の名は自ずと残るのだ。

183
示耽名僧 3/3
金鳥玉兎照籠中    籠中を照らす
百億須彌逼碧空   のしゅみ碧空にせまる
香水無邊四大海   無辺し大海
畜生無始又無終

くま訳
太陽と月(の神)が、籠の中を照らしているのだ。
無限の大宇宙は紺碧の空だ
仏に捧げる水が、大宇宙をつつむ海なのに。
良からぬ事をするやつらは、永遠に畜生に生れ変るのだ。

*金烏玉兎(金うぎょくと):「金烏」太陽。また、日月のたとえ。「金烏」、中国古代の伝説で、太陽に 
 すむ三本足のカラス。転じて、太陽のたとえ。「玉兎」は、中国古代の伝説で、月にすむウサギ。転 
 じて、 月のたとえ。
 八咫烏(やたがらす、やたのからす)は、日本神話に登場するカラス。3本足は、天・地・人を表し、神 
 と自然と人が、同じ太陽から生まれた兄弟であることを示すとしている。
*籠中(こちゅう):籠(かご)の中。
*逼(ヒツ)せまる、事態が差しせまる。身動きできない。
*香水(こうずい):寺院や仏壇において、仏に捧げられるものの一つ。樒という照葉樹の一枝を刺すこと
 によって水が香水となることを、鑑真によって伝えられた。
*四大海(しだいかい):須弥山 (しゅみせん) の四方にあるという大海。
*無始無終:始めも終わりもなく、限りなく続いていること。生ある者があの世からこの世へと生まれ、苦 
 しみを味わい、再び死んであの世へ戻っていくという輪廻りんねが無限であること。
*畜生:生前に悪徳の行為をしたものは,死後にこれに生れ変るという。
(´・(ェ)・`)つ

6 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/09/23(水) 21:59:39 ID:1d4drIFg0
日月も己の心の中に在るのじゃ。
百億のチョモランマも紺碧の空もまたあるのじゃ。
香水が無辺の海となってあるのじゃ。
畜生もまた無始無終の本来仏なのじゃ。

7 避難民のマジレスさん :2020/09/24(木) 21:02:19 ID:ur8PhUy20
くま訳改
日月は心の中にあるのだ。
無限の宇宙は紺碧の空だ
仏に捧げる水が、大宇宙をつつむ海なのだ。
畜生も、本来無始終の仏なのだ。

184
除夜
金吾除夜死山名 金吾除夜に山名を殺す
従此黄泉幾路程 此れよりこうせん幾路程
太平天子東西穩 太平の天子東西おん
九五青雲無客星 九五青雲客星無し

やまんなか先生訳
年末に、金吾山名宗全が死んだ。
黄泉の国への道程はかなりといことであろう。
東西の戦も止み、天子の世は穏やかになったが、
人物はいなくなった。

くま訳
西軍総大将・天子の護衛職として、戦乱末期に山名宗全が殺された。
黄泉(よみ)へ行く道は遠いことであろう。
天子の世は太平になり、東西戦乱はやんだ。
天子の世は晴れ渡ったが、新星の如く現れた人物はもはや無い。

*金吾(きんご):官職名《漢代に宮門の警備や天子の護衛に当たった武官「執金吾」の略》衛門府の唐名
。 山名宗全(そうぜん)(応仁の乱の西軍総大将全)の官職名
*黄泉・黄泉路(よみじ):黄泉よみへ行く道。冥途めいどへの道。また、黄泉。
*九五:易で、九を陽とし、五を君主の位に配するところから天子の位
*客星:ふだんの定まった星座の中に突然に現れた星をいう。多くは彗星(すいせい)で、尾があって星座
 の間を動き回るので分かるが、時として急に明るさを増す新星という場合もある▲歌人・藤(ふじ)原
 (わらの)定家(さだいえ)の「明月記」には「後冷泉院(ごれいぜいいん)の天喜二年」に「天関(て
 んかん)星」――おうし座方向に客星が現れたとある。これは中国やアラビアでも目撃された1054年 
 のかに星雲の超新星爆発とみられる。(毎日新聞2020年2月11日)

西軍の山名宗全と対した東軍大将の細川勝元の後継者は、聖徳太子の化身と言われた細川政元。一休さんの
友達である蓮如とその外護者である政元との親密であった。僧でありながら蓮如は政元を魚食で接待したと
いう程。蓮如・教団と政元の接近がその後の戦国時代での悲劇を生む一因であったのかも知れない。(やま
んなか先生解説より抜粋)

うむ。蓮如は、一休さんより世渡り上手っぽいが、やってることは、榮玄の徒のようである。
(´・(ェ)・`)つ

8 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/09/24(木) 21:26:10 ID:1d4drIFg0
応仁の乱の頭首が死んで一応乱は収まったと書いたのじゃ。
しかし、それは戦国時代の始まりに過ぎなかったのじゃ。
むしろ長く生きたほうが少しは増しだったかもしれん。
まとめる人が居なくなれば大衆はそれぞれ徒党を組むからのう。

9 避難民のマジレスさん :2020/09/25(金) 21:28:32 ID:nTGHwvYg0
やばい人みたいな一休さん
185
嘆日旗落地   にっ旗地に落つるをたんす
錦旗日照動龍蛇 錦旗日照らして龍蛇を動かす
聖運春長救國家 聖運春長うして國家を救ふ
化雷踢殺五逆輩 雷と化して五逆のともがらをてき殺し
誓爲朝廷作悪魔 誓って朝廷の為に悪魔とならん

くま訳
日旗が地に落ちることを嘆く
錦の御旗の翻るところ、聖人も凡夫も皆随うのだ
皇運の勢いが長くつづくように、国家を救うのだ
雷となって、反逆者どもを蹴り殺すのだ
誓って、朝廷の為に悪魔となるのだ。

*龍蛇:西村惠信先生解説抜粋
 凡聖同居し、龍蛇混雑す(『碧巌録』三十五) 凡夫と聖人が同居している
 「悟りの世界は清も濁も併せ呑む素晴らしい世界である。そういう世界には、天にも登る龍がいるかと思 
 えば、地面を這い続ける蛇もいる」ということ。「南方にはどのような仏法があるか」という文殊菩薩の 
 問いに対して、答えた無著禅師のことばである。優れた人と困った人が仲良く同居する世界
(´・(ェ)・`)つ

10 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/09/26(土) 22:57:53 ID:1d4drIFg0
一休は皇族の血を引いているというのじゃ。
天皇からもいろいろ世話になったというのじゃ。
親族の付き合いであったもしれんのじゃ。
世が乱れようとする時期に精一杯の応援だったもしれん。

11 避難民のマジレスさん :2020/09/27(日) 17:42:53 ID:Cu43pdJw0
のたうちまわる一休さん
186
示邪淫僧       に示す
銀燭畫屏残月暁 銀燭画へい残月の暁
錦茵甲帳落花春 錦いんかふ帳  の春
生身若堕在火坑 しょうしん若し火きゃうに堕在せば
花顔玉貌他何人 かがんぎょくぼうまたなんびとぞ

くま訳
銀の燭台が美しい屏風を照らす、残月(秋)の暁
美しい布団に、宝石で出来たとばりが掛かる、花散る春
菩薩でも、もし人間界に落ちれば、煩悩の地獄の業火に焼かれ苦しむだろう。
宝石や花のように美しい容貌に惹かれるのであるが、容貌が何だというのだ。

*錦茵(きんいん):にしきのしとね。美しいふとん
*甲帳(こうちょう):宝石でできたとばり
*生身(しょうじん): 仏・菩薩が人間の姿をとって現れたもの。
*堕在:悪い世界や境遇に落ちて、そこにとどまること。
*火坑(かきょう):火の燃えている穴。特に、地獄にある火の穴。また、煩悩(ぼんのう)の恐ろしさをた
 とえていう
(´・(ェ)・`)つ

12 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/09/27(日) 22:01:53 ID:1d4drIFg0
次は邪淫の僧に示すというのじゃ。
娼家の豪華に飾られた部屋とか美しい女子がなんだというのじゃ。
それは生きながら地獄に落ちていると同じなのじゃ。
一休は純愛であるからよいのじゃ。
愛の無い交わりが邪淫なのじや。

13 避難民のマジレスさん :2020/09/28(月) 20:24:39 ID:X/vQDPl.0
187          1/9
文安丁卯秋 大徳精舎有一僧   文安丁ほうの秋 大徳精舎に一僧有り
無故而自殺矣 好事之徒遂讃之官 故無くして自殺す 事を好むの徒 遂に之を官にしんす
繋其餘殃而 居囚禁者七五輩   その余おうにかかりて しん禁におる者しちご輩
足爲吾門之大亂 時人喧傳焉   我が門の大乱と為すに足る 時の人喧伝す
予聞之 即日晦迹山中      予之を聞いて 即日あとを山中にくらます
其意盖出於不忍耳        その意けだし忍びざるに出づるのみ 
適学者自京城來         たまたま学者の京城より来たり
説本寺件件之故 愈弗勝慨嘆   本寺件々の事を説く いよいよ慨嘆に堪へず
作偈言懐 時値重陽 故成九篇云 偈を作り懐を言ふ 時に重陽にあふ 故に成九篇を成すと云ふ

地老天荒龍寶秋         地老い天ある龍宝の秋
夜來風雨悪難収         夜来風雨あらうして収め難し
對他若作是非話         他に対して若し是非の話をなさば
髣髴雲門關字酬         雲門の関字の酬いに彷彿たらん

山折哲雄先生訳
大徳寺のある僧が
「故なくして」自殺した。物好きがいて幕府に通報したところ、
連座して獄につながれる者がでた。
もつて我が宗門の一大事が勃発したのであるが、世間はこれをみて騒いだ。
自分はこれをきいて、即日山中(譲羽山)に入つてを身をくらましたが、
それはそのような不祥事に我慢することができなかつたからだ。
たまたま情報通の奴がやつてきて、
ことの顛末を話してくれたが、いよいよもつて慨嘆にたえなかつた。
時あたかも九月九日の重陽節にあたつていたので、想うところをのべて九偶を作つた。以下のごとし。

くま訳
天地荒れ果てた龍宝山大徳寺の秋
夜来の風雨が嵐になり、収まらない。
誰かに対して若し、是非の話をするならば、
雲門の関字の公案に対する、返事をほうふつとさせるのである
(大燈國師が年かかって透関して開悟した、雲門の関、のことである)

*重陽:9月9日菊の節句
*天荒地老:((成語)) 経過した時間が長い(中国語辞典)
*関:大徳寺開山の宗峰妙超禅師 (大灯国師)は師の南甫紹明禅師 (大応国師)より「雲門の関」の公案を与え
 られ辛苦参禅修行三年にして、雲門の「関」を透過し、悟りの境地を得たという。そのときの境地を詩偈に
 して大応に示し悟りの認可を与えられたのである。 

 是か非か、問われて、その答えの出るところの内側にいるのだ。是是非非だということでありましょう
 か?
(´・(ェ)・`)つ

14 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/09/28(月) 21:29:29 ID:1d4drIFg0
関を透過したのならばもはや是も非もないのじゃ。
非是非非じゃな。
しかし、世間はそうは見ないじゃろう。
煩わしいことじゃと、すべて捨てて山の中に入ったのじゃ。

15 避難民のマジレスさん :2020/09/29(火) 19:49:52 ID:yjDFQbds0
188    2/9
慚我聲名猶未韜 漸づ我れ声名なお未だつつまず
参禪学道長塵労     ぢんらうを長ず
霊山正法掃地滅      地をはらつて滅す
不意魔王十丈高 おもはざりき魔王の十丈高からんとは

山折哲雄先生解説
第一句は、今度の不祥事に関連して一休自身も世間の指弾をうけたであろうことを予想させる一節である。
そして自分の声各が、いまだ世間を離れて轄まれていないこと世俗から覆い隠されていないことを漸じ、嘆
いている。そこには、参禅学道の士というものにたいするかれの切実な感懐がこめられているはずである。

くま訳
愧ずらくは、未だに私の評判が消えないことである
参禪して、仏道を学んだ結果、俗世間の煩わしい苦労が増えてしまった。
霊山の残した正しい法は、きれいさっぱり消えうせてしまった
思いもよらなかったのは、煩悩の魔王が、こんなにも大きいいことだ。

*慚(はず・ざん):仏教が教える善のひとつ。他者の徳に対する恭敬、もしくはみずからを観察すること
によっておのれの過失を恥じること。自らを顧みて恥じること。
*声名:評判。ほまれ。名声
*韜(トウ・かくす・つつむ・ゆごて・ゆみぶくろ)1ゆみぶくろ。弓を入れておく袋。
*塵労(ジンロウ): 世の中・俗世間における煩わしい苦労。
*正法(しょうぼう):1正しい教え、すなわち仏法。釈迦(しゃか)の死後を三時期に分けた、はじめの五
 百年または千年間。正しい仏法が行われていたとされる時期。
*地を掃う(チヲハラウ)ほうきではき清めるように、すっかりなくなる。
*魔王:悪魔の王様・悪魔は、仏教では仏道を邪魔する悪神を意味し、煩悩のことであるとも捉えられる
(´・(ェ)・`)つ

16 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/09/29(火) 20:48:27 ID:1d4drIFg0
自分にはまだ名声に囚われる心があったとはじるのじゃ。
禅と学びに長く苦労したがまだあったのじゃ。
霊山の正法は少しもなくなったのじゃ。
魔王がまだ心に居ったのじゃ。

17 避難民のマジレスさん :2020/09/30(水) 20:58:37 ID:RP0W9tDs0
鬼和尚、いつもありがとうであります。
くま訳改
第1句:愧ずらくは、未だにわしが、自分の名声に囚われていることである

189    3/9
停因一月老虚堂 ひとやにとどまる一げつ老き堂
身上迍邅休断膓   のちゅんてん断腸するをやめよ
苦楽寒温箇時節     この時節
黄花一朶識重陽 くわうか一だちょうようをしる

くま訳
虚堂老師も一ヶ月間拘禁されたことがあるのだ。
身に降りかかったことに付いて、悩み苦しむのはやめなさい
暑い寒いの苦はない季節である、
一輪の菊が菊の節句であることをしらせてくれるだろう。

*屯邅・迍邅(ちゅんてん)〔易経〕行きつもどりつして悩むこと。悩み苦しむこと。
*黄花:菊,菊の花
*一朶(イチダ): 花のひと枝。また、一輪の花。
*重陽(ちょうよう):五節句の一つで、9月9日のこと。旧暦では菊が咲く季節であることから菊の節句
 とも呼ばれる。
(´・(ェ)・`)つ

18 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/01(木) 22:00:52 ID:1d4drIFg0
苦楽に悩むのは無意味というのじゃ。
休めばよいのじゃ。
ただ時間が過ぎれば苦悩も無くなるというのじゃ。
冬が春になるようにのう。

19 避難民のマジレスさん :2020/10/02(金) 20:21:51 ID:82F.1L.20
190    4/9
清淨本然現大千 清淨本然大千をげんず
現前境界是黄泉 現前境界これくわう泉
慣戦作家赤心露 戦いに慣うさくけ赤心あらはる
眉間掛剣血澆天 眉間に剣を掛けてち天にそそぐ

くま訳
人は生まれながらにして仏心を持っているのである。
今この現状が死後の国と同じなのなのである。
論争に慣れてしまい、師家が本心をさらけ出しているのである。
眉間に剣を打ち掛けて、天に血が噴出しているのである。

*本然清:人は生まれながらにして仏心(清らかな心)を持っているという意味
*赤心:嘘いつわりのない、ありのままの心。丹心。まごころ。
(´・(ェ)・`)つ

20 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/02(金) 21:38:43 ID:1d4drIFg0
一休の悟りの境地なのじゃ。
悟りを得れば大千世界も己になるというのじゃ。
そこではもはやこの世とあの世の区別も無いのじゃ。
赤心を以って弟子を教え、知恵を尽くして天に還るのじゃ。

21 避難民のマジレスさん :2020/10/03(土) 20:12:56 ID:HgpRjtdk0
191    5/9
正傳傍出妄相争 正傳傍出して妄りに相争ふ
曠劫無明人我情 くわう劫の無明にん我の情
人我擔來擔子重 人我になひ來つてたんす重し
空看蛺蝶一身軽 空しく看るけふてふ一身のかろきを

くま訳
正当な後継紗か、傍出か、勝手気ままに争っているのでる。
永遠に智慧の光照らされることのない、執着心
その執着心を担いで来て、責任が重い
我が身虚しく、軽やかな蝶々をうらやましく見やる

*擔子(たんす): 担子 天秤棒で担かつぐ荷物 、責任
*蛺蝶(きょうちょう・たてはちょう):止まる時は、はねを閉じて直立させる。日本ではキタテハ・ルリ 
 タテハ・オオムラサキなど約50種が知られる。
(´・(ェ)・`)つ

22 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/03(土) 21:47:09 ID:1d4drIFg0
昔もわしが正統な後継者じゃとか、いやわしが伝統を継いだとか争いがあったのじゃろう。
それこそ無明の我による苦なのじゃ。
一休の下にも多くの弟子が来たが、責任が重いのじゃ。
むしろ蝶のように身軽になりたいというのじゃ。

23 避難民のマジレスさん :2020/10/04(日) 21:17:02 ID:BDVNOiQA0
193    7/9
棒喝徳山臨済禪 棒喝徳山臨済の禪
商量三要與三玄 商量す三要と三玄と
漢王鑄印却消印 漢王印を鋳てかへって印をせうす
胡亂更参三千年 うろん更に参ぜよ三千年

くま訳
徳山の棒,臨済の喝が我らの禪である
状況に応じてはかり、考える、三要三玄も伝えられたと言うのである。
漢王が作り日本に送ったといわれる金印は、消えてしまったのである。
本当に伝えられたのか、胡散臭い話である。もう一度、一から三千年かけて修行するしかないのである。

*棒喝:徳山の棒,臨済の喝。大喝一声,一喝を与えるなど,必ずしも叱るのではなくて,いきなり相手の
 仏性を喚起する場合もある。
*商量;種々の条件・状況などをはかり考えること。
*三玄:臨済録・何をさすか明示されていない。一説に、玄中玄(真理そのもの)、句中玄(言語における 
 真理)、体中玄(修行で現れる真理)の三つをあげる。
*漢王鑄印却消印:『後漢書』東夷傳」にある金員のことかなと愚考してみた。
*更參三十年(更に参ぜよ三十年)「もう一度はじめから修行をやりなおせ。学人の修行未熟な点をついて、
 叱咤激励する言葉」
*胡乱:(うろん〕①疑わしく怪しい・こと(さま)。胡散うさん。②不確実であること。あやふやなこと。
また、そのさま。胡散。 ③みだりがわしいこと。勝手気ままなさま。乱雑
(´・(ェ)・`)つ

24 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/05(月) 21:59:17 ID:1d4drIFg0
徳山臨済の棒喝が正しい禅というのじゃ。
それにはただ厳しいばかりではなく三要三玄も慮られていたというのじゃ。
漢王は将軍の印を作って与えて後で取り上げたりしたのじゃ。
更に後で将軍を粛清したりしたのじゃ。
にせものの伝統もそのようなものじゃ。

25 避難民のマジレスさん :2020/10/06(火) 20:13:55 ID:xqChlqfQ0
>>23 くま訳改
第三句:漢王により与えられた地位は、漢王により召上げられるのである。
第四句:権威は消失すれば、同等の権威づけを得るのに三千年かかるのだ。

192    6/9
上古道光今日明 上古の道光今日明らかなり
議論臨済正傳名 議論す臨済正傳の名
屋前屋後樵歌路 屋前屋後せう歌の路
憶昔山陽笛一聲 おもふ昔山陽のてき一声

くま訳
浄土宗の場合は、(法然-弁長-良忠-道光と)相伝することの正当性は、今日明らかである。
臨済宗に於いては、正伝するものが誰かが議論されているのである。
庵の前も後ろも、樵の歌が聞える奥深い山中である。
昔を懐かしくに思いださせるのである。山陽賦の詩の笛音である。

*上古:遠い昔。昔。歴史時代の最も古い時代をさす。普通大化の改新頃までをいう。
*賦(ふ)山陽笛:古代中国の韻文における文体の一つ。唐の詩や宋の詞などと並び、漢帝国を代表する文 
 芸である。あらゆる場所・物・感情を網羅的に表現する手段として用いられた。

昨日の詩と今日の詩、順番が逆でありました。
(´・(ェ)・`)つ

26 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/06(火) 21:29:03 ID:1d4drIFg0
昔の仏道は今明らかになっているのじゃ。
今臨済宗の正伝を議論するのは無意味なのじゃ。
家の前後で歌う樵の歌の様にさわがしいだけなのじゃ。
山陽の笛のように思い出させる声が真の正伝なのじゃ。

27 避難民のマジレスさん :2020/10/07(水) 20:23:57 ID:ptHTMwQ20
>>25
くま訳改
昔からの仏道は明らかである。
今臨済宗の正伝を議論あいているのである。
庵の前後で歌われる樵の歌のように騒がしいだけである、
真の正伝はは山陽の笛のように心をふるわせるのである。

194    8/9
近代久参学得僧 近代久参学得の僧
語言三昧喚爲能 語ごん三昧喚んで能と為す
無能有味狂雲屋 無能味わひ有り狂雲のおく
折脚鐺中飯一升 せっきゃく鐺中飯一升

くま訳
最近のベテラン修行僧たちは、
口ばかり達者で、それを能力と称しているのだ 
そのような能無く、味わいがある狂雲一門なのだ。
なんで、なべの中に飯が一升も入ってるようなことがあるというのだ。

*大徳寺の開祖 宗峰妙超 (大燈国師)遺戒:
老僧行脚の後、或いは寺門繁興、仏閣経卷、金銀を散りばめ、多衆閙熱(にょうねつ)、
或いは誦経、長坐不臥、一食卯斎(ぼうさい)、六時行道、たとひ恁麼(いんも)にし去ると雖も、
仏祖不伝の妙道を以って、胸間に掛在(くざい)せずんば、
忽ち因果を撥無(はつむ)し真風地に墜つ。皆是邪魔の種族なり。
老僧世を去ること久しくとも児孫と称することを許さじ。
或いは一人あり、野外に綿絶し、一把茅底(いっぱぼうてい)、
折脚鐺内(せっきゃくしょうたい)に野菜根を煮て喫して日を過ごすとも、
専一に己事を究明する底は、老僧と日日相見報恩底の人なり。
誰か敢えて軽忽(きょうこつ)せんや。勉旃(べんせん)、勉旃(べんせん)

禅と悟りHP訳
私の死後、この大徳寺は金銀を散りばめ、伽藍は繁栄し、多数の僧侶が集まるかも知れない。
また、盛んに読経し、長時間横にならないで坐禅したり、午前中1食で、1日中勤行したり、
型の如く整然と修行したりするかも知れない。
しかし、そのように型の如くいくら修行しても、仏祖直伝の言葉に表わすことのできない
禅の妙道が、無ければ、因果の理法が否定され、禅の真風が地に落ちてしまうだろう。
このような人達は悪魔の種族と言うほかない。
私が死んでずっと時が経っても私の児孫だと言うことを許さないだろう。
しかし、たとい一人であっても野外で人家から離れた所で小さなあばら屋に住んで、
破れ鍋に野菜根を煮て食べて毎日過ごすような貧乏生活をしていても、
「己事究明」の禅に専念する者は、私と毎日顔を会わせているのだ。
そのような人は仏道に報いる真の仏弟子である。
そのような人を誰が敢えてなおざりにするようなことがあるだろうか? 
「己事究明」に努力せよ! 努力せよ!
(´・(ェ)・`)つ

28 避難民のマジレスさん :2020/10/07(水) 20:37:43 ID:ptHTMwQ20
>>27 訂正
今臨済宗の正伝を議論あいているのである→今更臨済の正伝を議論しても、
(´・(ェ)・`)b

29 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/07(水) 21:24:39 ID:1d4drIFg0
今の久参の学僧などは言葉だけで三昧を能く得たとかのたまうだけなのじゃ。
それは三昧ではないのじゃ。
忘我にして能無きを三昧と呼ぶのじゃ。 
それは茶のための湯を沸かす小鍋に飯を一升も入れているようなものじや。
三昧が何であるのかも知らず、言葉で頭を一杯にしているだけなのじゃ。

30 避難民のマジレスさん :2020/10/08(木) 20:28:58 ID:tWqamcf60
>>29 鬼和尚、いつもありがとうであります。
くま訳改
最近の、長く修行している僧は、
言葉だけで三昧を知った気になっているのである。
三昧とは何事かを成し遂げる力ではないのである。
頭を言葉・観念で満たしても、三昧を知ることはできないのである。

195    9/9
風外松杉亂入雲 風外のしょうさん乱れて雲入る
諸方動衆又驚群 諸方は衆を動かし又群を驚かす
人境機関吾不會 じん境機関われゑせず
濁醪一盞醉醺々  濁ちゅう一さん酔ってくんくん

富士正晴先生訳
風もないのに外の松杉乱れ 官に近づくこれ何じゃ
諸方の寺々大衆動員 坊主さわがしこれ何か
人事のからくり わしゃわからん
どぶろくの一盃 酔うてごきげん 

くま訳
風外(事件と無関係)の松杉まで、掻き乱されて雲の中に入ってしまった。
諸方の人々が、出家、在家の仏教徒をけしかけ、又人々を驚かせる。
俗世間の習慣など、わしは分からんのだ。
ドブロク飲んで酔っ払ってしまったのである。けへぇぇ〜

*風外:吹く風の外の方。喧噪や教化の及ばない所などにたとえる。
*濁醪(読み)ドブロク だくろう "
(´・(ェ)・`)つ

31 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/08(木) 21:37:43 ID:1d4drIFg0
>>30 どういたしまして、またおいでなさい。


風で松とか杉の木が乱れてうるさいというのじゃ。
諸方の衆が騒いでいるというのじゃ。
境界がどうのと騒いでいるようじゃ。
悪い酒を飲んで皆酔っ払ってでも居るようじゃ。

32 避難民のマジレスさん :2020/10/09(金) 21:10:25 ID:8JZg..ko0
>>30
くま訳改
第四句:ドブロクを飲んで皆酔っ払ってでも居るようだる

196
閑工夫辱榮衒徒    栄衒が徒をはずかしむ
金襴長老一生望 金襴の長老一生の望
集衆参禪又上堂 衆を集めて参禪また上堂
樓子慈明何作略 楼し慈明何の策略ぞ
風流可愛美人粧 風流愛すべし美人のよそほひ


くま訳
禅の奥義を見極めようと、万事に工夫を凝らすことをしない、虚栄心だけの輩は禅を汚す
金ぴか長老(たぶん養叟)の一生の望は
修行僧達を集めて参禪して、説法をすること
楼子和尚や慈明和尚の話を引き合いに出すのは何の策略かな
楼子、慈明も愛した風流を愛すべし、美しい人をよそおうのだ。

*栄衒徒:(えいげん)自分をひけらかして売り込み栄華を求めること。虚栄心、支配欲のかたまり。名聞 
 利養に邁進する輩
*楼子和尚:楼上の吟を聞いて悟った楼子和尚の故事あり
*慈明和尚が苦寒の中で股に錐を刺して眠気を退散させた)の故事あり
(´・(ェ)・`)つ

33 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/09(金) 21:44:08 ID:1d4drIFg0
実践を疎かにする者は栄衒の徒として辱しめられるのじゃ。
金襴の僧衣で大衆を寺に集めるのが望みとはおかしなことじゃ。
先達の僧が必死に工夫してきたのは何のためだったのか。
化粧をしてかわいいのは美人だけなのじゃ。
禿げ親父が金襴の僧衣を着ても無意味なのじゃ。

34 避難民のマジレスさん :2020/10/10(土) 20:14:16 ID:F0qyauXY0
くま訳改
実践を疎かにする者は栄衒の徒として辱しめられるのだ
金襴の僧衣の長老の一生の望みは、
大衆を集めて説法をすることなのだ。
楼子や慈明の工夫をを理解できないのだ。
化粧をしてかわいいのは美人だけなのだ

おまけ:80歳を越えた一休の作である。
一休像の賛。
大円相裏現全身
画出虚堂面目真
盲女艶歌笑楼子
花前一曲万年春

大円相裏に全身を現す、
虚堂の面目真を、画き出している。
盲女の艶歌を、楼子和尚は笑っているだろう、
花前の一曲を聞く、万年の春。

一休は花のような美人と向かい合い一曲を聞く。
盲女の艶歌を笑っている楼子和尚とは違い、
一休はまさに万年の春だ。
(´・(ェ)・`)つ

35 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/10(土) 21:06:32 ID:1d4drIFg0
だいたいそのような感じなのじや。
花の前で歌う一時が永遠なのじゃ。

36 避難民のマジレスさん :2020/10/11(日) 20:25:08 ID:bfHYesdw0
197    1/2
船子釣臺圖二首 せんしちょう台の図
金鱗難得急流前 金鱗得難し急流の前
坐断釣臺三十年 坐断す釣台三十年
絲線一通名利路 し線一たび通ふ名利の路
子陵可唉來山禪 し陵はわらふべしかつ山の禅

小船の船縁に座り釣りをする絵を見て二首
美しい魚は釣れ難い急流。(悟りを伝えることが出来る弟子に出会うことは困難である、短い人生で)
どっかりと釣台に坐ること30年(待ちに待った30年)
運命の糸が、名利の路につながってしまった。
子陵厳光なら、わらうことだろう、來山の禪を(名利を嫌った厳光なら、禪により名を残すことを嫌ったで
あろう。)

*船子:夾山禅師を悟りに導いた船子徳誠禅師、樂山惟儼禅師の法嗣「汝今、已に得たり。向後、 城隍・
聚落(城中や人里)に住することなかれ。」と言い残したらしい。
*夹山:善会(804-881),唐高僧の世称、船子の法嗣
*金鱗:金色のうろこ。また、美しい魚。
*坐断・座段(ざだん):仏語。誤った考えや執着など、一切の差別の相を断ち切ること。俗念を断つこと。
 殺破ともいう。② どっかりとすわること。腰をすえること。
*名利:名聞利養、名聞とは名誉が世間に広がる事、利養とは財を追い求める事、
*子陵;厳 光(げん こう、紀元前39年 – 41年)後漢時代初期の隠者・逸民。
 光武帝となる劉秀と同門に学ぶ。劉秀が皇帝となると、厳光は姓名を変えて身を隠した。光武帝はその才
 能を惜しみ行方を捜させたところ、後斉国で羊毛の皮衣を着て沢の中で釣りをしているところを見いださ
 れて、長安に召し出された。宮中の作法に詳しい司徒の侯覇が厳光と親しかったが、厳光は細かい礼に従
 わず、光武帝はそれでも「狂奴故態を改めず」と笑っただけだった。それどころか自ら宿舎に足を運んで
 道を論じたという。ある夜、帝と光がともに就寝し、光が帝の腹の上に足を乗せて熟睡し、翌日大夫がそ
 の不敬を奏上して罰しようとしたが、帝は「故旧とともに臥したのみ」とこの件を取りあげなかった。諫
 議大夫に挙げられたがこれを断って富春山(浙江省富陽県)で農耕をして暮らし、その地で没する。
(´・(ェ)・`)つ

37 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/11(日) 21:51:39 ID:1d4drIFg0
来山は三十年修行して悟りを得ようとしたのじゃ。
しかし、名利に走ってしまったというのじゃ。
仏道も伝わらず出家もしていない厳光でさえ名利を捨てたというのに来山はいかんというのじゃ。

38 避難民のマジレスさん :2020/10/13(火) 23:19:57 ID:GfXvZ/NU0
>>37
来山は悟っていたが、それを伝授する弟子を30年間待ち続けた。
伝授したいという、思いが、悟っていない証だみたいな理解でよいのでありましょうか?
来山が、自分は悟ったと思ったのは、勘違いだったのでありますね。
(´・(ェ)・`)b

39 鬼和尚 ◆01mzPGVdXo :2020/10/15(木) 00:06:02 ID:1d4drIFg0
↑そうじゃろう。
 小悟だったのじゃろう。
 人を待たなくてよいのじゃ。
 弟子をすべて悟らせればよかったのであるからのう。

40 避難民のマジレスさん :2020/10/15(木) 23:11:31 ID:TR9.sBGI0
198    2/2
千尺絲綸豈得収 千尺のしりんあに収るを得ん
一天風月一江舟 一天の風月一江の舟
舟飜人去名猶在 舟飜り人去って名猶ほ在り
洙水何因不逆流 しゅ水何に因ってか逆流せざる

くま訳 (伊井暇幻先生の解説を参考にした)
千尺(約300m)の釣り糸をどうして簡単に巻き上げられるか。(30年間待ち続けた弟子の決着をつけるのは容易ではない)
永遠の時の流れの中の、束の間の人生
(來山を悟りに導いた)船子は海に飛び込んで死に、(船子に海に突落され死にかけた)來山は開悟して名利を得た。
孔子の学問を考え続けても、時の流れを逆流させることはできない。

*綸(リン):1 絹糸をより合わせたひも。「綸綬(りじゅ)」2 釣り糸。「垂綸」3 おさめ整える。「経綸」4 天子の言葉
*洙水(しゅすい):泗水(しすい)の支流。流域で孔子が弟子たちに道を講じた。洙泗:孔子の学問

一休さんの悟った人比較1位・子陵厳 光、2位・船子徳誠、3位・ 夹山善会。生没年が分かったのは、3位の
來山のみ。名僧は、何処からともなく来て、歴史の彼方へ消えてゆくのでありましょう。一休さんはきっと
例外でありましょう。
(´・(ェ)・`)つ

41 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/16(金) 22:25:51 ID:1d4drIFg0
そのようなかんじなのじゃ。
時は巡って戻らないというような意味じゃな。
名とか教えを残すことができるだけなのじゃ。
儒教などではできないことなのじや。

42 避難民のマジレスさん :2020/10/17(土) 21:40:24 ID:U9XfzBUM0
199

脳亂春風何所成 春風を脳乱して何の成る所ぞ
遊絲百尺惹多情 遊糸百尺多情を惹く
不知問取桃花去 知らずんばとう花に問取して去れ
換却霊雲雙眼睛 霊雲の双眼睛を換却す

伊井暇幻 先生解説
春風に心乱された一休は、寄り添う肉体を欲し
「遊絲百尺惹多情」との境地に陥る。いや、なに、千尺もはない、ただの百尺である。単位は、執着の深さ
を示すか。
折しも桃の花が咲き誇っている。一休はウキウキと萌す人恋しさに浸りつつ、花を愛で香りを愉しみ、通り
過ぎる。生命を讃えているのだ。
振り返って、霊雲が桃の花を見て悟りを得たことを思い出す。しかし、桃花を視れども悟りは見えず。霊雲
と眼を取り替えたいものだ

……とか口先では云っているが、一休の詩から深刻な苦悩は読み取れない。「あっはっはっ、こんな可憐な
花を見てウキウキしないどころか、悟りを得るなんて、霊雲って奴ぁとんでもないトーヘンボク……あ、い
や、大した漢だったんだなぁ。目玉を取り替えてほしいものだ」と笑って済ませているようだ。
勿論、筆者の思い込みに過ぎぬのだが、道元らの銅睛鉄眼さえ嗤う一休、夾山・船子が命懸けで示した悟り
を厳子陵や孔子より下等と決め付ける一休が、果たして霊雲の悟りを本当に評価しているか、甚だ怪しくな
ってくる。此処で取り上げた一連の詩で一休は、何やら自分の属する禅宗に対し、批判の矛を向けているよ
う感ぜられる。

くま訳
狂おしく頭を悩ます春風、どうしたら良いのだ。
遊里からお誘いがあり、30mくらいの煩悩が引き起こされた。(船子の悟りを伝える弟子に出会いたい欲
は300m)
この風流の喜びが分からないというなら、咲き誇る桃花に聞いて、立ち去れ。
霊雲は桃の花を見て覚醒したと言うのだ。
(´・(ェ)・`)つ

43 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/17(土) 21:57:46 ID:1d4drIFg0
なにやら勇壮な感じもする詩じゃな。
多情もまた仏道のもとになるというのじゃ。
桃の花を見て悟った僧も居るというからのう。
理趣経でいうところの慾箭淸淨句是菩薩位というところじゃな。

44 避難民のマジレスさん :2020/10/18(日) 21:15:11 ID:S8EEZCdM0
200
雪圑
乾坤埋却没門関 乾坤埋却し門関を没す
収取即今為雪山 収取し即ち今や雪山たり
狂客時来百雑砕 狂客、時に来りて、百雑砕
大千起滅刹那間 百雑砕。大千{世界}の滅を起こすや、刹那の間

伊井暇幻 先生訳
雪が降り、一面銀世界に変じた。純白無垢の世界である。
掻き取って無邪気に雪山を作った。霊山か沙弥山か。雪山を眺め瞑想に耽る。此が、眼前する全世界である。
突然、寺内に乱入した狂客が、雪山を踏み砕いてしまった。
思いを巡らせた世界が、刹那の間に崩壊してしまった。

くま訳
一面雪に埋没して、門も玄関も埋もれた
雪かきをして、雪山を作った。
狂客がとつぜん乱入して、雪山を踏み砕いた
世界が崩壊するのは、一瞬の出来事だ。

伊井暇幻先生解説
一般に、「狂客」とは否定的な含意がありそうなのだが、一休の「狂雲集」に限って云えば、親愛のニュア
ンスを込めている疑いもあろう。元より「狂客」は、一休の瞑想になんざ無頓着である。雪山を踏み砕いた
理由を尋ねても、せいぜい「Because It Is There」ぐらいの返答しか得られまい。
 己の思い込みを注入した世界を踏み砕かれた者は当然、怒り狂うに違いない。一休とても、一瞬は眉を顰
めたかもしれぬ。しかし、だとしたら、次の瞬間、己の執着を恥じはしなかったか。瞑想に没入し、己が世
界に凝り固まる自分に気付かされたのではなかったか。或いは、一休も哄笑を上げながら庭に駆け下り、狂
客と一緒になって雪山を踏み砕いたかもしれぬ。いや、「狂客」は、一休自身かもしれない。
 で、まぁ、こんなだから、一休は、兄弟子たる養叟が指揮する営利企業大徳寺から逃げ出すことになる。
(´・(ェ)・`)つ

45 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/18(日) 21:37:41 ID:1d4drIFg0
だいたいそんな感じじゃな。
門も埋もれた雪山を客が崩したのじゃ。
世界が壊れるのも刹那の間であると観じたのじゃ。
積もった雪山に世界を観たのじゃな。

46 避難民のマジレスさん :2020/10/19(月) 20:43:23 ID:7jrpjuM20
201
破邪禪     邪禪を破す
瞿曇四十九年説 ぐどん しじゅうく年の説
看看毘耶與摩謁 看よ看よびやとまかつと
邪師臆説拈話頭 邪師臆説に話頭をねんず
閻王前豈免抜舌  閻王の前あに抜ぜつを免れん

邪禅を打ち破る
ゴータマは49年間教化の説法を続けた
見よ、びや、まかつ の街での説法を
邪師の根拠のない説を論破した
邪師は閻魔様の前に出たら、舌を抜かれることは免れまい。

*歴代三宝紀 巻1・「釈迦一身教化衆生四十九年。」
*毘耶1びや:古代インドの跋耆(ヴァッジ)連合国の首都。釈迦は民衆教化のために、たびたびこの地を訪
 れ、在家の仏弟子である維摩詰もこの地に住んだ。また釈迦の滅後に、この地で第二回の仏典結集が行わ 
 れた。
*摩謁(まかつ):マガダ国・周囲の大小の国を征服、ビンビサーラ(頻婆娑羅〈びんばしゃら〉釈迦に帰 
 依した。釈迦没後アショーカ王の時代にはインド亜大陸のほぼ全域を支配
(´・(ェ)・`)つ

47 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/19(月) 22:21:20 ID:1d4drIFg0
お釈迦様が四十九年説法わしたことを詠うのじゃ。
邪説の外道を軽く捻ったというのじゃ。
それらの外道の如く邪説の外道は地獄に落ちるというのじゃ。
今の邪師にも警告しているのじゃ。

48 避難民のマジレスさん :2020/10/20(火) 21:49:24 ID:pCc6rk3k0
202
警策   1/2
苦哉色愛太深時 苦なる哉色愛はなはだ深き時
忽忘却文章與詩 忽ち忘却す文章と詩と
不前知是自然福 前知せずこれじねんの福
猶喜風音慰所思 猶ほ喜ぶ風いんの所思をゐするを

くま訳
恋愛の情がぐっと深まる時は、苦しいものである
たちまち、文章も詩も忘れてしまうのである。
そのことを前もって分からないのが自然であり、幸福である。突然恋におちるのだ。
そんな時にも喜ばしいのは、自然の風音が恋心を慰めてくれることである。

*警策:禅堂内で警策は文殊菩薩の手の代わりであると考えられている。つまり警策で打つという行為は、
 坐禅修行が円滑に進むようにという「文殊菩薩による励まし」という意味を持つ。

うむ。恋におちてしまうと、恋そのものになってしまい、思いを言葉に転写できなくなってしまうのであ
りますかね。一休さんの禅における心の観察は、そのものになり切るとは表現できないのでありましょう。
(´・(ェ)・`)つ

49 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/21(水) 21:39:27 ID:1d4drIFg0
恋愛に執着すれば苦も又深くなるというのじゃ。
詩文も忘れるほどなのじゃ。
前にはそれが自然のもたらす福音とはしらなかったのじゃ。
昔の恋愛を思えば風音に触れた如く慰められることを喜ぶのじゃ。

50 避難民のマジレスさん :2020/10/22(木) 21:27:59 ID:frfZOL6g0
203    2/2
夢熟巫山夜夜心 夢は熟すふざん夜々の心
蘇黄李杜好詩吟 そくわうりと好詩の吟
若将淫欲換風雅 若し淫欲をもって風雅にかへば
價是無量萬両金 あたひは是れ無量萬両の金

くま訳
妄想が熟してしまい、エッチがしたいと毎晩思うのである。
そんな時は、蘇黄李杜の好きな詩を吟じるのだ。
若しこの淫欲を風雅にかえることが出きるのなら、
その価値たるや、お金に換算できないほどである。

*巫山之夢 (ふざん):男女の交わり、情交のたとえ。「巫山」は中国の四川省と湖北省の間にある山の
 名前で、女性の神が住んでいるとされている。戦国時代の楚の壊王が昼寝をしていると、夢の中で巫山の
 女性の神と情交して別れ際に、「朝には雲となって、夕方には雨になってここに参ります」と言ったとい
 う故事から。
*蘇 軾(そしょく1037-1101)北宋の政治家、宋代きっての文豪、書家、画家、音楽にも通じていた
*黄 庭堅(こう ていけん1045-1105)北宋時代の書家・詩人・文学者
*李 白(り はく701- 762)盛唐の詩人、「詩仙」奔放で変幻自在な詩風
*杜 甫(と ほ、712- 770)盛唐の詩人、「詩聖」律詩の表現を大成させた。李白と並ぶ中国文学史上最高
 の詩人
(´・(ェ)・`)つ

51 避難民のマジレスさん :2020/10/22(木) 21:36:40 ID:frfZOL6g0
202くま訳改
第三句:前にはそれが自然のもたらす福音とはしらなかったのである。
第四句:昔の恋愛を思えば風音に触れた如く慰められることを喜ぶのである。
(´・(ェ)・`)b

52 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/23(金) 21:32:33 ID:1d4drIFg0
大体正しいのじゃ。
性欲を芸術的な感動に昇華するべきというのじゃ。
そうすれば名作も次々に生まれるのじゃ。
難しいことではあるがのう。

53 避難民のマジレスさん :2020/10/24(土) 20:56:00 ID:NpTi/yjM0
204
亂裡二首 1/2
國危家必有餘殃 國あやふうして家必ず余おう有り
佛界退身魔界塲 佛界身を退く魔界の場
臨時殺活衲僧令 時に臨む殺活衲僧の令
君看忠臣松栢霜 きみ看よ忠臣しょうはくの霜

くま訳
争乱の中で
国家が危機を迎えると、家にも必ず報いが及ぶ
仏界が退き、魔界の場となる
機に臨み、殺活自在であるのが禅僧の役割である。
君、見てください、松や柏が冬になっても緑のままであるように、忠臣は、国難にあっても屈しないことを。

*餘殃(ヨオウ):先祖の行った悪事の報いが、災いとなってその子孫に残ること。
「易経」
 積善之家必有餘慶   積善の家には必ず余慶あり
 積不善之家必有餘殃  積不善の家には必ず余殃有り
*松柏の霜の後に顕れ忠臣は世の危きに知らる(ことわざ)
 常緑樹の松や柏が冬になっても緑の色を変えることがないことから、逆境にあっても、いかな 
 る困苦にも屈しない、堅固な節操をいう。
 また艱難にあってはじめて、節操のある人か否か、人の真価がわかること。
 また、平和な世には君子も常人と違わないが、事変にあうと真価があらわれることのたとえ。
(´・(ェ)・`)つ

54 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/24(土) 22:10:09 ID:1d4drIFg0
もはや戦国時代が始まろうとしていたからのう。
国家が危機に成れば家にも災いが来るというのじゃ。 
そのような戦乱でも禅僧は臨機応変に対処するとよいのじゃ。
松や柏の葉が冬の霜に耐えて青いようにのう。
それが忠臣なのじゃ。

55 避難民のマジレスさん :2020/10/25(日) 11:38:14 ID:y3Ntem1Q0
おまけ
公益社団法人関西吟詩文化協会HPより
別妻子良友 <謝 枋得>。 妻子良友に別る<謝 枋得>。
雪中松柏愈靑靑 雪中の松柏いよいよせいせい
扶植綱常在此行 綱常を扶植するは 此の行に在り
天下久無龔勝潔 天下久しく無し きょうしょうの潔
人間何獨伯夷清 人間何ぞ獨り 伯夷のみ清からんや
義高便覺生堪捨 義は高くして便ち覺ゆ 生の捨つるに堪えたるを
禮重方知死甚輕 禮は重くして方に知る 死の甚だ輕きを
南八男兒終不屈 南八男兒 終に屈せず
皇天上帝眼分明 皇天上帝 がん分明

*雪中松柏:「論語」に「子曰歳寒然後知松柏之後凋也」《子曰く、歳(とし)寒くして然(しか) 
 る後に松柏の凋むに後るるを知るなり》とある
*綱常:人の守るべき道徳《三綱五常の略語》(三綱=君臣、父子、夫婦)(五常=仁、義、礼、智、 
信)
*扶植:しっかりとうえつける
*龔勝・伯夷:人名 龔勝は前漢末の人 伯夷は殷代末の人 いずれも清廉潔白な人
*南八:人名 南霽雲(なんせいうん)のこと 安禄山の乱のとき正義をつらぬいた人 
*上帝:天子のこと

 雪中の松や柏は、色愈々青く、歳寒に耐えることができるが、(今自分もちょうどそれと同様に死を覚悟
で北京に送られる)。
 この行為は人の守るべき道徳をしっかりと植えつけるためである。
 天下には久しく龔勝のように清廉な人間はいないが、
 人間の中でどうしてただ伯夷のみが潔白といえようか。自分もこの人達のように清潔でありたい。
 義は元来高尚なものであって、これを貫きとおすためには命をすてる、というぐらいの覚悟がいり、 また礼の精神はま
ことに大切で、これを守るためには死など非常に軽いものであると自覚している。
 南八男児は不義には遂に屈しなかった、(自分もこの思いは同じである)天の神や天子の眼は明らかにものを見分けられ
るので、この正しい心をはっきりとお分かりになられることであろう。
(´・(ェ)・`)b

56 避難民のマジレスさん :2020/10/25(日) 11:41:44 ID:y3Ntem1Q0
205    2/2
獨坐頻忙臈晦心 獨坐しきりに忙しらふまいの心
誰人忠義此時深 たれびとか忠義此の時深き
暁天一睡枕頭恨 暁天一睡ちん頭の恨み
朝日三竿夢裡吟 朝じつさんかんむりの吟

くま訳
獨坐しきりに忙しがる、自分の年功のみを考え、国難に関心を示さない暗い心。
誰が今この時に忠義心深き者であろうか
明け方に少しだけ眠れた、枕辺に悔しく思う。
朝日が竿三本ほどの高さに上った8時頃、夢の中の吟である。

*﨟(ろう)僧が受戒後一夏(いちげ)九旬の間修行して功を積むこと。﨟の多いほど僧の位は高くなる。
*晦:(カイ・[訓]つごもり くらい くらます)1 月の末日。2 月が出ず、暗い。3 よくわからな 
 い。4 人に知られない。くらます
 﨟晦心(ろうまいの心);國訳禪学大成の脚注では、12月31日の心、即ち忽忽たる心持をいふ、とある。
*朝日三竿:國訳禪学大成の脚注では、日出でて竿三本ほどの高さに上りたる時刻に意にして、即ち午前8 
 時頃日稍々上りてよりのこと、とある。
(´・(ェ)・`)つ

57 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/25(日) 21:59:51 ID:1d4drIFg0
戦乱が激しくなってきて夜も寝られんというのじゃ。
忠義の者がおらんかと嘆くのじゃ。
少しだけ寝て気がつくと朝になっていたというのじゃ。
悟っても人々の苦難に一休は悩むのじゃ。
自他一如であるからのう。

58 避難民のマジレスさん :2020/10/26(月) 18:34:17 ID:tJzoXanI0
206  1/5
大燈國師三轉語曰 朝結眉夕交肩    大燈國師の三転語にいわく、朝眉をひそめ、夕方には肩を並べる。
我何似生 云々 何似生        我れかじせい 云々 何似生 
雖古尊罕有受用之者 唯慈明下清素首座 古尊宿と雖も受用の者有ることまれなり 唯慈明下の清素首座 
能用之 雖然晩年偶兜率悦公      よく之を用ふ 然りと雖も晩年兜率の悦公にあって
食茘支之次 遂納敗一塲        れいしを食らふの次いで 遂に敗をいるること一場 
惜乎有始而無終            惜しいかな始有りて而しておはり無きことを。
感懐之餘 作五偈記之 偈曰      感懐のあまり五偈を作り之を記す 偈に曰く

這箇誵訛受用徒 しゃこがうぐわ受用の徒
古今衲子一人無 古今のなつす一人も無し
素老慈明的傳子 素老は慈明的傳の子
茘支核子嚼何麁 れいしのがいしかむこと何ぞそなる

くま訳
大燈國師の三転語にいわく、朝眉をひそめ、夕方には肩を並べる。これはどういうことか、云々
どういうことか、古の有徳の高僧といえども、受け入れる人はまれでありましょう。ただ、慈明禅師のもと
で修行した清素首座は、よくこれを用いる。だからと言って、晩年兜率にあって、茘支をご馳走になった後
に、最後に負けてしまい、詳しく説明してったことは、残念である。惜しむらくは、始めあって、終りが無
いことである。ここで、心に感じいだく思いを5偈として作りここに記する。

これらの、ややこしいことを受け入れる修行僧は、
古今を問わず一人もいない。
わしは、慈明の正伝なのだ
ライチの種を噛むようなお粗末なことをするわけないだろう。ちゃんと自分で取り除くのだ。

*這箇(シャコ):これ。これら。この。
*誵訛(ごうか):いりくんで、むつかしきこと
*核子(かくし):果物の種子。
*的傳:伝統による伝授、正統から正統へと相伝すること
*尊宿:老いた僧、有徳の高僧
*慈明禅師:臨済下七世、慈明禅師石霜楚円(986-1039)
 一休の墓は、敬慕する慈明禅師と楊岐禅師の名を取って「慈揚塔」と名付けられた
*兜率従悦(1044〜1091)は清素首座に茘支を献じたあと、自分の修行経過や見解を述べた。すると清素は、 
只だ仏に入るべきも、魔に入るべからず。須らく知るべし、古徳の、「末後の一句始めて牢関に到る」と 
 謂いしことをとどめを刺す言葉に参ずることによって、悟りへ立ちふさがる堅固な関門に至ると延べ兜率 
 を導いた(禪宗史話)
*麁(そ):肌理きめがあらい。粗末な。おおきい。ほぼ。玄米。
(´・(ェ)・`)つ

59 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/26(月) 23:09:56 ID:1d4drIFg0
大燈国師の三転語は新しく出来た公案なのじゃ。
それを継ぐのは一休一人というのじゃ。
昔は清素が用いたが言葉が多くてどじを踏んだのじゃ。
わしはれいしのたねをかじるようなそんなどじはふまないのじゃというのじゃ。

60 避難民のマジレスさん :2020/10/27(火) 20:45:04 ID:YDRc0VdY0
207    2/5
慈明狭路得楊岐 慈明の狭路楊岐を得
覿面之機痛處錐 覿面の機痛処のすゐ
天澤愁吟風月客 天澤愁吟す風月の客
繍廉吹動軟風扉 しゅうれん吹き動かす軟風の扉

柳田聖山先生訳
慈明老漢に弟子の楊岐がいたのは
痛い処を鋭い矢尻で突かれたため
虚堂の孤独な詩情を慰める客なく
独り寝の部屋には肌に風のみ吹く

くま訳
慈明は狭い困難な路を行ったお陰で、後継者としての楊岐に出会えた。
効果覿面のきっかけは、脚を錐で刺して睡魔を払い修行に打ち込んだことである。
虚堂のお墓からは愁いの吟が聞えてくるようだ、詩作をするような風流な看話禪の後継者がいないこで。
美しいすだれを吹き動かす、扉からわずかに入る風が、詩情を駆り立てるのである。

*楊岐方會:ようぎ ほうえ、992-1049・宋代の臨済宗の僧。後世五家七宗の一つ楊岐派の祖。日本の臨済 
 禅のうち、栄西によるものを除く全てがこの楊岐派に属する。慈明の法嗣
*覿面(テキメン):1 面と向かうこと。まのあたりに見ること。また、そのさま。転じて、まのあたり。
目前。2 効果・結果・報いなどが即座に現れること。また、そのさま
*慈明禅士は汾陽禅師のもとで厳しい修行に堪えていた。
 寒厳の中、慈明は修行仲間の大愚、瑯椰たちと結制して座禅修行に励み夜も横になろうとしなかった。慈 
 明らが硬く決意したことは「古人刻苦、必ず盛大なり」といっては大勇猛心を起こし、眠気がくれば自ら 
 の腿に錐を刺して睡魔を払って修行に励むことだった。
  刻苦の甲斐あってついに汾陽禅師の法を継ぎ、さらに慈明自らの禅風はさらに振るったという。
*機:1 物事の起こるきっかけ。また、物事をするのによいおり。機会。時機。2 物事の大事なところ。 
 かなめ。3 仏語。仏の教えに触発されて活動を始める精神的能力。教えを受ける人、あるいは修行をする 
 人の能力・素質。機根。
*天澤庵:径山にある虚堂の墓塔
*風月:①清風と明月。心を慰める自然の風物を代表するものとしていう。②自然の風物に親しんで風流を 
 楽しむこと。③詩歌や文章を作ること。また、その才能。
*繡(しゅう):ぬいとり。ししゅう(刺繡) ②にしき。 ③うつくしい。美しく飾ったさま。美しい
*繡(れん):すだれ
*軟風(なんぷう): 風があることを感ずる程度の風。 軟弱な気風。
(´・(ェ)・`)つ

61 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/27(火) 21:35:32 ID:1d4drIFg0
そんな感じじゃな。
慈明に善い弟子が出来たのは、自分が錐で足を突いて痛い目にあっても修行を続けたからというのじゃ。
よい弟子が無いのは自分の修行のせいだというのじゃ。
善い弟子が居ないのは寂しいものじゃというのじゃ。

62 避難民のマジレスさん :2020/10/28(水) 21:53:54 ID:hqpPt0vs0
208    3/5
工夫日用閉門車 工夫日用門車を閉づ
五十年来烏有歌 五十年来ういうの歌
素老茘支真敗闕 素老の茘支真の敗闕
徳山臨済竟如何 徳山臨済つひにいかん

くま訳
禅の奥義を窮める為の工夫として、門を閉じる。
五十年来、もともと無いもの、空想の詩を詠んで来た。
わしの茘支、即ち、看話禅による導き法は、完全に壊れている。
臨済の喝、徳山の棒、の禅風は、どうなってしまうのだろうか。

*烏有に帰す:すっかりなくなってしまうこと。特に火事ですべてを無くしてしまうことをいう。「烏有」 
 は漢文で「烏(いずくん)ぞ有らんや」と読み、全くないこと。
*工夫:坐禅参学における精進の意味を含む。公案の思量でもあり、また坐禅そのものとしての意も含む。 
 本分の工夫をなす人とは本当に禅の奥義を窮めようとする人のことで、真の参禅修行するものは、日常の 
 万事が修行であり、修行とそれ以外の俗事などとは分け隔てた生活はしないものである。
*敗闕(はいけつ): きずつきこわれること。また、欠けていること。欠点があ
*素:①他のものを付け加えない、ただそれだけの、などの意を表す。②人を表す語に付けて、ただの、み 
 すぼらしい、などのさげすむ意を表す。
(´・(ェ)・`)つ

63 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/29(木) 21:08:27 ID:1d4drIFg0
大体そんな感じじゃな。
寺に閉じこもって日々工夫したのじゃ。
五十年修行して烏の歌で目覚めたのじゃ。
しかしもはや茘支を捧げる弟子も受ける弟子も無いというのじゃ。
徳山臨済の伝統は廃れてしまうのかと嘆くのじゃ。

64 避難民のマジレスさん :2020/10/30(金) 20:19:28 ID:eGllDJ6Q0
209    4/5
暮天細雨片雲朝 暮天はさいう片雲はあした
名属成都萬里橋 名は成都の萬里橋に属す
百年東海獨休歇 百年東海獨り休けつ
艶簡吟魂永日消 艶簡の吟魂永じつ消す

くま訳
夕方は小雨が降り、明日の朝は曇りでしょう。
狂雲(狂夫)の名は、成都萬里橋にあるのだ、
百年つづく虚堂の法統で寂滅なる悟りを得たのは一休独りである。
艶簡吟魂も一日中消えうせたのである。

*おまけ:劉禹錫 『竹枝』  劉禹錫
 日出三竿春霧消, 日は 三竿を出で春霧消え,
 江頭蜀客駐蘭橈。 江頭の蜀客 蘭橈を駐む。
 憑寄狂夫書一紙, 狂夫に憑りて 書一紙寄す,
 住在成都萬里橋。 成都 萬里橋に住みて在り。

 石川忠久先生訳
 太陽が竿三本分の高さまであがって、春の霧も消えた時分、
 川のほとりに蜀の旅人が美しい舟をとめている。
 舟のお方にお願いします。
 私のしょうがない夫に手紙を一本届けてくださいな
 成都の万里橋のあたりに住んでいるのですが。

*楚の襄王が高唐に遊び、夢で巫山の神女と契った時、神女は朝は巫山の雲となり夕べには雨になると言っ 
 た故事あり
*休歇(きゅうけつ):休も歇も止むこと。止めること。一切の煩悩が止まることに掛けて、寂滅なる悟り 
 をも表す。
(´・(ェ)・`)つ

65 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/30(金) 22:48:25 ID:1d4drIFg0
竹枝の写しじゃな。
今で言えば替え歌のようなものじゃ。
古歌を写して今の境地を詠んだのじゃ。
雨が晴れたような心境というのじゃ。
悟りを得て名を上げたのじゃ。
百年の伝統をついで艶事も消えたというのじや。

66 避難民のマジレスさん :2020/10/31(土) 19:36:20 ID:ZRMAMl/o0
210    5/5
工夫弄棹奯公舟 工夫棹を弄すくわつ公の舟
尊宿織鞋蒲葉秋 尊宿あいを織るほえいの秋
野老難蔵簔笠誉 野老蔵し難しさりゅうのほまれ
誰人江海一風流 誰人か江海の一風流

くま訳
工夫は、釣り竿について成されなければならないカツ公(鄂隠慧奯)の舟 (↓おまけの詩参
老いた僧もわらじをを編む、蒲葉(ほよう)の生い茂る秋である
一休爺は、引っ込んでられないのだ、箕のをまとい、稲刈りをするのが、誉れなのだ
さて、誰が俗世間から離れて一番風流と言えるかな。

*鄂隠慧奯(がくいん えかつ):1366-1425 一休さんより28歳年上。臨済宗の絶海中津にしたがって出 
 家。夢窓派。明で10年修行し,帰国後,絶海の法をつぐ。応永21年鹿苑院(ろくおんいん)塔主(たっす)に
 任じられ,のち天竜寺住持もかねた。将軍足利義持と不和になり,土佐(高知県)の吸江庵(ぎゅうこうあん) 
 に隠退。一休さん35歳の時に60歳で他界。
*鞋(あい):わらじ
*蒲葉(ほよう):ガマの葉。坐禅の時に敷く敷物の中に蒲(がま)が詰めらている。蒲の葉で編んだものも 
 あるそう。もとは「蒲団」と書いた。
*蓑笠・簑笠(さりつ:みのとかさ。雨雪をしのぐために、蓑をまとい、笠をかぶること。さりゅう
*紅海:① 川と海。入江と海。② 俗世間から離れた場所。③ 量が莫大なことをたとえていう語。" "葫蘆

*おまけ:鄂隠慧奯 の詩 
葫蘆葫蘆  ころころ    、 
縮項坦腹。 しゅくこうにしてたんふく
擬得鮎魚、  鮎魚を得んと擬(ほっ)せば  
待跳上竹。  竹に跳び上るを待て

芳澤 勝弘先生訳
(瓢箪は)コロコロ、
(鮎は)短首で太腹
鮎をつかまえるなら、
(鮎が)竹に跳び上がるのを待て。
(´・(ェ)・`)つ

67 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/10/31(土) 22:08:54 ID:1d4drIFg0
魚を釣るには豪華な船を持つことが大事ではなく、釣竿を工夫しなければならないというのじゃ。
善く歩くには蒲の穂で草鞋を編むべきというのじゃ。
雨をしのぐ蓑笠にも難しい工夫が秘蔵されているというのじゃ。
そのように人の目に付かない所に工夫を重ねることが大事というのじゃ。
それが出来る一風流の者は誰じゃと尋ねているのじゃ。

68 避難民のマジレスさん :2020/11/01(日) 11:14:52 ID:zvxCgIyg0
くま訳改 210
魚を釣るには工夫が必要なのである。
達磨が蒲葉を編んだ舟で禅を伝えたように禅を伝えるには工夫をするのだ。
野にある一休も箕のを編む工夫をしているのだ。
さて、誰が俗世間から離れて一番風流と言えるかな。

211
示弄業文筆僧  らう業分筆の僧に示す
苦楽愛憎影與身 苦楽愛憎影と身と
寒温喜怒境兼人 寒温喜怒境と人と
平生吟興黄泉路 平生の吟興こうせんの路
地獄門前桃李春 地獄の門前桃李の春

くま訳
遊び半分に詩文を書く僧に示す
苦楽、愛憎は、いつも表裏一体である。 
寒温、喜怒は、人の知覚の対象である。
常日ごろその心模様を観察することが、冥土へ行く路である。
地獄の門前で試験官が待っている春である

*業:1 なすべきこと。仕事。わざ。2 暮らしの手だて。生業。職業。3 学問。技芸。4 「実業界」 
 「業界人」の略。 
 〈ギョウ〉1 苦労してなしとげる事柄。2 生活のために行う仕事。3 やしき。
 〈ゴウ〉1 報いを招く前世の行い。2 怒りの心。
 〈わざ〉
 《〈梵〉karmanの訳》1 仏語。人間の身・口・意によって行われる善悪の行為。2 前世の善悪の行為 
 によって現世で受ける報い。3 理性によって制御できない心の働き。
*弄する:もてあそぶ。思うままに操る。あざける。からかう。なぶりものにする。
*影身(かげみ):影法師が身に添うように、いつも寄り添って離れないこと。
*境:。視覚 (眼) ,聴覚 (耳) ,嗅覚 (鼻) ,味覚 (舌) ,全身体的触覚 (身) ,心の感覚 (意) の6種 
 の知覚器官 (六識 ) によって知覚される対象のことで,それぞれ,形 (色) ,音声 (声) ,匂い (香) , 
味 (味) ,接触されるもの (触) ,考えられるもの (法) をいう (→六境 ) 。
*平生(ヘイゼイ):ふだん。いつも。つね日ごろ。
*黄泉路(よみじ)黄泉へ行く道。冥途への道。
*桃李(トウリ)」:唐の劉禹錫(りゅううしゃく)の「満城の桃李春官(しゅんかん)に属(しょく)す」の詩 
 句から、試験官が採用した門下生。自分がとりたてた人材。
(´・(ェ)・`)つ

69 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/01(日) 21:45:08 ID:1d4drIFg0
だいたいそんな感じなのじゃ。
文筆も真面目に修行として修めるべきだというのじゃ。
苦楽愛憎感温喜怒を全て筆で現すことも出来るのじゃ。
そのように己を知るために吟興を用いるべきだというのじゃ。
遊び半分では地獄行きだというのじゃ。

70 避難民のマジレスさん :2020/11/02(月) 18:51:15 ID:0QoXVJ3I0
212
山名金吾鞍馬毘沙門化身 山名金吾は鞍馬毘沙門の化身
鞍馬多門赤面顔 鞍馬の多門しゃく面顔、
利生接物人間現 利しょう接もつ人間にげんず、
開方便門真實相 方便門を開く真実の相
業属修羅名属山  業は修羅に属し名は山に属す

やまんなか先生 訳・解説
山名宗全は鞍馬の毘沙門天の化身である。
鞍馬の多聞天の容貌は赤面であり、
その多門天が利益をもたらす為に人間に現れた。
方便の門を開いて真実のあり方を示す。
その業は修羅の道を歩み、その名は山に属す、即ち山名である

武田鏡村先生訳
鞍馬寺の多聞天は、
赤い顔をして
衆生を利益せしめるために、人の世界に出現した。
仏の真実の教えを方便を用いて説いたが、
その行ないはあたかも修羅の如しで、その名を山名という。

くま訳
山名金吾は鞍馬の毘沙門天の化身
鞍馬多門は赤面顔。
衆生済度、待機説法の為に人間界に現われた
方便を駆使して真実相を説いた。
その業は修羅の如くであった。その名は山名である。

*接物利生(せつもつりしょう):衆生済度、待機説法(碧巖録第88則)
*金吾:支邦武官を称するの語なり、「吾は禦なり、金革を執りて以て非常を禦(ふせ)ぐなり」と、故に
「業は修羅に属し、名は山に属す」るなり。(國訳禪学大成・脚注)
*金革:1 刀剣と甲冑(かっちゅう)。武器。武具。2 戦争。いくさ。
(´・(ェ)・`)つ

71 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/02(月) 22:02:31 ID:1d4drIFg0
山名宗全は応仁の乱で西軍の首領だった者じゃな。
政治的にはいろいろあったが、信心深く寺社の保護をしたというのじゃ。
出家もしていたのじゃ。
それで一休も仏教を守護する毘沙門天の化身というのじゃ。

72 避難民のマジレスさん :2020/11/03(火) 18:45:45 ID:cjHTbEFw0
213 陳蒲鞋 八首1/8 ちんほあい
老禪本鐡眼銅睛 老禪もと鉄げん銅ぜい
不是北堂慈愛情 是れ北堂慈愛の情にあらず
天下衲僧脚跟下 天下の衲僧脚跟下
宗門潤色綠蒲青 宗門の潤色緑ほ青し

くま訳
老禅僧は、もともと、真理を見抜く鋭いが眼力があるのだ。
これから言うことは、母親の愛情の様なものではないのだ。
天下の禅僧は、足下を見よ。
宗門は取り繕っているが、緑蒲は青く、未熟なのである。


*蒲鞋(ほあい):便所の草履。黄檗希運の法嗣なる睦州道縱、かつて自ら草履を製し、道路に棄て、以て 
 行人に便ぜしという、俗姓陳氏なる故に、時人呼んで、陳蒲鞋という。
*鐡眼銅睛(てつげんどうぜい):①鉄や銅の眼睛(仏祖の肝心要の道理)②すぐれた眼力を譬える言葉
*北堂:母の居る所、母の別称
*潤色:1 色をつけ光沢を加えること。2 表面をつくろい飾ったり事実を誇張したりしておもしろくする 
 こと。3 天の恵み。また、幸運。
*脚跟下:五祖法演禅師が、寺に帰る途中、提灯の火が突然消えた。「この場に臨んで各自一句を 
 述べてみよ」と命じた。克勤(こくごん)は、「看脚下」と答え、師匠を感服させた。
 暗闇に灯火を失ったような人生の悲劇に遭遇したとき、人は多く右往左往してこれを見失い、 
 占いや苦しいときの神頼みに走り、あるいは悲劇のドン底に沈淪しがちなものだが、道は近き 
 にあり、汝自身に向かって求めよと教えるのが、「看脚下」の一語である。
*緑蒲(りょくほ)」:緑色したガマ(の葉)
*青し:未熟。年少の。若い。
(´・(ェ)・`)つ

73 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/03(火) 22:31:11 ID:1d4drIFg0
大体そんな感じじゃな。
習熟した禅僧は鋭い眼を持つというのじゃ。
観察するためなのじゃ。
母親の慈愛の如き優しいものではないのじゃ。
天下の僧は己の足元のみを見よというのじゃ。
宗門がどうとか言っているのはまだ青臭い輩なのじゃ。

74 避難民のマジレスさん :2020/11/04(水) 19:58:50 ID:caBPdlkw0
214 陳蒲鞋 2/8
唯有宗門零落愁 唯だ宗門零落の愁有り
錯來末法幾禪流 あやまりきたる末法幾禪流
春風桃李吟無酒 春風桃李吟に酒無し
尊宿榮華蒲葉秋 尊宿の榮華ほえふの秋
  
くま訳
ただ、宗門零落の愁あり。
混乱窮まる末法の世に幾つもの禅宗流派が存在する。
春風に桃李の花咲き、風流なお膳立てがあっても、吟も酒もない。
高徳の僧の榮華は蒲葉(ほよう)も枯れ落ちる秋を迎えているのだ。

*末法:仏の在世から遠く隔たったため、教法が次第に微細・瑣末になり、僧侶が戒律を修めず、争いばか 
 りを起こして邪見がはびこり、釈迦の仏教がその効力をなくしてしまう時期
*桃李:桃李(トウリ):1 桃とすもも。2 唐の劉禹錫(りゅううしゃく)の「満城の桃李春官に属(しょ 
 く)す」の詩句から試験官が採用した門下生。自分がとりたてた人材。
(´・(ェ)・`)つ

75 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/04(水) 22:24:16 ID:1d4drIFg0
末法の世になって禅もいくつもの宗派ができてしまったというのじや。
さらにそれぞれの宗派で争ったりしているのじゃ。
正に末法の世なのじゃ。
豪勢な寺とか高い経典などの膳立てがあっても、正しい法はないというのじゃ。
高僧の栄華も落ち目であると言うのじゃ。

76 避難民のマジレスさん :2020/11/05(木) 20:37:13 ID:n0q2q3AQ0
215 陳蒲鞋 2/8
黄衣尊宿事如何 くわうえの尊宿こといかん
不是當機信手拏 是れ当機手にまかせてとらふにあらず
三家村裡野老業 三け村裡野老の業
棒喝商量豈作家 棒喝の商量豈に作家ならん 

くま訳
黄衣を着た高徳の僧(陳蒲鞋 )はこの件をどのように思われるであろうか。
これは、当機の手を使って相手を捉えようというのではない。
へんぴな田舎の村に住む爺さんの業で興味があるのだよ。
棒喝と、問答応酬により人生の一大事を明らめようというのが禅宗師家ではないのかい。

*当機(とうき):相手の能力素質に応じた導き方をすること。
*手。②(器具の)取っ手。横木。③筆跡。文字。④腕前。技量。⑤(物事の)やり方。型⑥部隊。軍勢。 
 配下。⑦傷。負傷。
*三家村裡:へんぴな小村 50の詩 参

77 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/05(木) 22:41:31 ID:1d4drIFg0
そんな派閥闘争にあけくれている今の僧をみたら高僧はどう思うじゃろうか。
これは当機即妙に導く法ではないのじゃ。
田舎の爺さんの派閥争いのようなものじゃ。
棒と喝や問答を形だけやっていてもそれが禅ではないのじゃ。

78 避難民のマジレスさん :2020/11/06(金) 19:04:17 ID:emCATIgM0
くま訳改
第2句:これは、当機の手を使って相手を導く法ではないのである。
第3句:へんぴな田舎の村に住む爺さんの争いではないのである。
第4句:棒喝と、問答応酬を形だけやっていてもそれが禅ではないのである。

216 陳蒲鞋 3/8
元來黄檗下之尊      の尊
臨済師兄不要論   師ひん論を用ひず   
佛法南方今落地 仏教南方今地に落つ
北堂寂莫苦吟魂 北堂寂莫として吟魂を苦しむ

くま訳
元來、陳蒲鞋は、黄檗下の禅師様であって、臨済を黄檗に参じさせた、
臨済兄弟子は論は用いなかった、
(論重視の南方仏教は今落地に落ちた、
北のお堂(大乗仏教)は、ひっそりと静まり返り、吟魂に苦しんでおるのだ。

*師兄(すひん・しひん):禅宗で、法系上の兄弟子をいう。
*論:仏教の教説を解説した書物の総称。本来はアビダルマの漢訳語であり、経・律・論のひとつとして、  
 狭義にはこれを指すが、漢訳圏の大乗仏教ではアビダルマだけでなく、教学の綱要書や、経典あるいはア 
 ビダルマへの注釈の形を取った思想書などをまとめて論書として扱う。
(´・(ェ)・`)つ

79 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/06(金) 21:57:48 ID:1d4drIFg0
元は黄檗宗の者だったというのじゃ。
臨済宗の師兄は論を不要としたというのじゃ。
南方禅は地に落ちたのじゃ。
北方禅も寂しく苦吟するありさまなのじゃ。

80 避難民のマジレスさん :2020/11/08(日) 18:30:59 ID:ebQjNP9E0
217 陳蒲鞋 5/8
眞正工夫任変通 眞正の工夫変通に任す
達磨建立佛心宗 達磨建立す佛心宗
雲起南山北山雨 雲南山に起れば北山は雨
夜來吹過樹頭風 夜來吹き過ぐ樹頭の風

くま訳
禅の奥義を窮める為の眞正工夫とは、状況に応じて自由自在に変化適用することである。
達磨は経論によらず、坐禅を主な修行法とする佛心宗(禅宗)を建立したのである。
雲が南山に起れば、北山に雨が降る ありのままを見るのだ
夜來吹きぬける樹頭の風 じゃい。 

*変通:その場その時に応じて、自由自在に変化・適応してゆくこと。
*佛心宗:経論などによらずただちに仏心を悟ることから、座禅をおもな修行方法とする仏教の一宗派。
 禅宗の別称
(´・(ェ)・`)つ

81 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/08(日) 21:55:54 ID:1d4drIFg0
本当の座禅の工夫とは何が起きてもあるがままに任せるということなのじゃ。
それが達磨の教えた仏の心という宗派なのじゃ。
雲が南に起これば北に雨が降るという人の理解できぬことも受け容れるのじゃ。
夜が来れば風が樹の葉を吹き鳴らす音を流れるままに受け容れるのじゃ。

82 避難民のマジレスさん :2020/11/09(月) 19:00:38 ID:2UjGVukA0
218 陳蒲鞋 6/8
堪笑米山無米銭 笑ふに堪へたり米山米銭無し
誰参尊宿織蒲禪 誰か参ず尊宿織蒲の禪
衆生五欲八風起 衆生五欲八風起こる
看看正邪今現前 看よ看よしょう邪今現前

くま訳
しかし、陳蒲鞋が母を養った米山には米を買う銭も無しとは、お笑いである
高僧がわらじを織る寺で、誰が修行をするのか
人には五欲八風が起こるものなのである。
・・・ほれ見なさい、今まさにそれは正しい、いや、間違ってるという思いが起きたでありましょう。

*五欲:5つの感覚器官に対する5つの対象,すなわち形体のある物質 (色) ,音声 (声) ,香り (香) , 
 味,触れてわかるもの (触) をいう。これらは,欲望を引起す原因となるので五欲という。また,財欲, 
 色欲,食欲,名誉欲,睡眠欲を五欲という場合もある。
*八風(はっぷう):仏の教えに基づいた修行を妨げる8つの出来事の事。人間が求める4つの出来事四順
 (しじゅん)と、人間が避ける4つの出来事四違(しい)とからなる。四順①利い(うるおい)‐目先の
 利益、②誉れ(ほまれ)‐名誉をうける、③称え(たたえ)‐称賛される、④楽しみ(たのしみ)‐様々
 な楽しみ。四違①衰え(おとろえ)‐肉体的な衰え、金銭・物の損失、②毀れ(やぶれ)‐不名誉をうけ 
 る、③譏り(そしり)‐中傷される、④苦しみ(くるしみ)‐様々な苦しみ
(´・(ェ)・`)つ

83 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/09(月) 21:39:17 ID:1d4drIFg0
米山という地名で米も銭も無いのはお笑いじゃというのじゃ。
草鞋を編む僧は誰も参じないというのじゃ。
衆生は五欲と八風に囚われているからのう。
正邪が今現前しているのを見よというのじや。

84 避難民のマジレスさん :2020/11/10(火) 20:12:27 ID:n2jj.iZI0
219 陳蒲鞋 7/8
説道談禪長利名 どうを説き禪を談じて利名を長ず
工夫乱裡築愁城 工夫は乱裡に愁城を築く
門閫空折韶陽脚 門こん空しく折るぜう陽のあし
折得江湖門弟情 折り得たりこう湖門弟の情

くま訳
道を説き、禪の話をして名利を上げる。
誤った工夫により、愁いの城を築き上げる
宗門の法脈が途切れてしまった、雲門宗のように、
禅宗の法脈も断たれてしまうこともあるものなのである。(既に断たれたしまった。)

*閫(しきみ・こん):門戸の内外の区別のために下に敷く横木。門や家屋の入口の横木。また、敷居。
*韶陽(しょうよう):雲門文偃の居た場所。雲門をさす
*江湖(ごうこ、こうこ):唐代に馬祖道一と石頭希遷の2人が活躍した地域。そこから禅宗僧侶の世界を
 「江湖」と称するようになり、後に「江湖会」と言えば、夏安居を指すようになった。
(´・(ェ)・`)つ

85 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/10(火) 22:29:35 ID:1d4drIFg0
売僧は仏道を説き禅を話すのも名利のためだというのじゃ。
その工夫も乱れて虚しいものじゃ。
門派の脚は折れ、徒弟も嘆くのじゃ。
何やら悲壮な感じじゃな。

86 避難民のマジレスさん :2020/11/11(水) 21:13:16 ID:iUpUjRSA0
220 陳蒲鞋 8/8
無米米山名下空 べいなうしてべいさん名のもとむなし
宗門玄要老禪翁 宗門の玄要老禪翁
七寶荘厳之冨貴 七寶しゃう厳之冨貴
平生永雪又寒風 平ぜい氷雪又寒風

くま訳
米が無くて米山と言う名は空なのだ。言葉は、そのものではないのだ。
禅宗門の玄要とは、陳蒲鞋老禪翁の存在が示していることなのだ
仏具、仏像を七寶荘厳に飾る冨貴も、
日常の、永雪、寒風に堪えること、あるがままなのだ。
(´・(ェ)・`)つ

87 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/11(水) 21:51:48 ID:1d4drIFg0
米の無い米の山は空名なのじゃ。
それこそこの門の玄妙で大事なところなのじゃ。
七宝荘厳の富貴とは平生の氷雪寒風と同じなのじゃ。
皆空平等であるからなのじゃ。

88 避難民のマジレスさん :2020/11/12(木) 20:12:18 ID:1HJphfiA0
221
童謡 二首 1/2
童謡逆耳野村謳 童謡耳にさからふやそんの歌
唱起家々亡國愁 唱起すかか亡國の愁
十年春雨扶桑涙 十年春雨扶桑の涙
稼穡艱難廃址秋 かしょく艱難廃址の秋

武田鏡村先生訳
近ごろの子どもがうたう歌を聞くと、野卑な歌ばかりで耳になじまない。
あちこちの家々では、国を亡ぼすような歌をうたい始めたぞ。
この十年ふりつづいた春雨は、日本の国の涙にほかならない。
生計するも困難な廃墟にも秋はめぐってくる。

くま訳 
童謡は耳障りな、下品な歌である。
このような歌が、巷で歌われるとは、亡国の兆しではないかと愁う。
十回目の春雨の時季節を迎えた、日本国の涙であろう。
農作業をして刈入ををするのも困難な大徳寺炎上後の廃墟にも、秋は廻り来る。

*鄙野(ヒヤ)下品で洗練されていないこと。また、そのさま。野卑
*逆耳: 耳障りである,耳に痛い
*鄭衛之音、亂世之音也、比於慢矣。桑間濮上之音、亡國之音也、其政散、其民流、誣上行私而不可止也。
『礼記』・楽記  
禮記の樂記に曰く、「鄭衛の音は乱世の音なり、慢に比し、桑閒濮上の音は亡國の音なり、其の政は散じ、 
其の民は流す、上を誣ひ、私を行ひ、しかして止むべからず」と。即ち其の鄙野の音を聞いて愁ふるなり。
*廃址(ハイシ):建物や城などのすたれたあと。
*濮上之音 :(ぼくじょうのおん):国を滅ぼすような淫乱な音楽のこと。春秋時代、衛の霊公が濮水の 
 ほとりで聞いた音楽が気に入り、晋の平公の前で披露させたところ、晋の楽官の師曠が殷を滅亡させた淫 
 靡な音楽だといってやめさせた故事から。
 鄭衛之音(ていえいのおん): 同 濮上之音。「鄭」と「衛」は春秋時代の国の名前で、両国の音楽はみ 
 だらなものであったとされている。『礼記』「楽記」
(´・(ェ)・`)つ

89 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/12(木) 21:45:57 ID:1d4drIFg0
中国の迷信では国が滅びる時は先ず子供の歌に兆しが現われるというのじゃ。
今おかしな童謡が聞こえるのも亡国の予兆ではないかというのじゃ。
十年も続く雨は日本の涙なのじゃ。
乱世で仕事もなく廃れていく家々があるばかりなのじゃ。

90 避難民のマジレスさん :2020/11/14(土) 16:11:14 ID:vnzMlciY0
222 童謡 二首 2/2
皇城山野野皇城
変雅変風人不平 がを変じ風を返じて人平かならず、
骼皮秋瘦山骨露 かく皮秋瘦せて山骨露る
狂雲一片十年情  狂雲一ぺん十年の情

武田鏡村先生訳・解説
皇居は山野の田舎ほどに荒れはててしまった。
混乱の世の中をうたった詩は、人の不平と不満を述べている。
それは、あたかも秋に山肌の骨格がむき出しになってしまうように、荒れはてている。
狂雲子一休の詩も、この十年の荒涼とした風景を憤りをもって吟じたものである。

肝冷斎先生訳・解説
みやこが壊れて原野になったり、原野がみやこになったり、
みやこの歌も変わり、田舎歌も変わったが、人の不平は収まらぬ(から、いつの世にも歌は生まれてくるの
だ)。
それでも季節は廻り来る。
秋の大地は骨も皮も痩せ、山々は巌をむき出しにする(人間の心も乱世には真実の本心をむき出しにするの
だ)、
狂ったおれはただひとひらの雲になって、この十年を彷徨い続けている。

「雅」と「風」は「上流の文化」と「しもじもの風俗」と考えてもいいと思うのですが、「詩経」の王家の
儀礼歌「雅」と各国の民謡「風」をイメージしていると思うので、みやこ歌と田舎歌、とさせていただきま
した。
「骼」(かく・らく)は骨、特に「骨組み」という意味に使われます。ここは、秋の「骼」と「皮」は、お
そらく草とか木葉のことで、それらが痩せ落ちて山の本体である岩石が露出してきたことをかっこよく言っ
ているのでしょう。もちろんそこにはニンゲン世界の比喩がある。

くま訳
皇居が山野のようになってしまった。野が全て皇居である。
人々の情緒は変わってしまい、平安な気持ちで居られなくなっている。
秋に野枯れ、岩肌が露になるように、人の荒れた心もむき出しになっている。
狂雲、一片の雲として流れ流れてきた十年である。
(´・(ェ)・`)つ

91 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/14(土) 21:56:57 ID:1d4drIFg0
都も荒れ果て野も城も同じになったのじゃ。
それを見て人は不平をもらすのじゃ。
山も地肌がむき出しじゃ。
一休も乱世の十年を嘆くのじゃ。

92 避難民のマジレスさん :2020/11/15(日) 16:44:39 ID:sCeJO2BA0
223
地獄 二首 1/2
十方世界盡乾坤     じん乾坤
水火寒温人命根     人のみょうこん
看看米穀閑田地 看よ看よ米穀閑田ぢ
是衆生之地獄門 是れ衆生の地獄門

くま訳
天上天下全世界
万物全感覚そして人命
看よ耕されることのない閑田地を、(自分とは何かを探求されることなく放置された心)
それこそ衆生の地獄の入り口だ。

*田:めいめいに備わっている心、仏心のこと。

おまけ:五祖法演 投機偈
山前一片閑田地
叉手叮嚀問祖翁
幾度賣来還自買
為憐松竹引清風

本覚寺HP 訳・解説
この寺の前に一片の休耕地がある
礼儀を正して、この田んぼは一体誰ものですかと人に聞いて回った
誰のものかわからないので幾度か売ったり買ったりしてきた
主は誰なのか分かってしまえば松竹の涼しい清風を味わうばかりである

※五祖法演禅師(1024-1104)は、臨済宗中興と言われ古則公案を通じた禅修行を確立。自らの悟りの境地を
詠んだ投機偈。
(´・(ェ)・`)つ

93 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/15(日) 21:46:55 ID:1d4drIFg0
十方の全ての世界に陰陽の気すらもなくなったというのじゃ。
エネルギーが無くなったということじゃな。
水火も感温もなく人の命も尽きたというのじゃ。
米穀を生み出す田もすっからかんなのじゃ。
是は衆生の地獄の始まりなのじゃ。
正に乱世なのじゃ。

94 避難民のマジレスさん :2020/11/16(月) 20:28:24 ID:cbNVEJfo0
224
地獄 二首 2/2
黄泉境界幾多勞 くわうせんの境がい幾ばくか勞す
劒是樹頭山是刀 剣は是れ樹頭 山は是れたう
朝打三千暮八百 朝打三千ぼ八百
目前獄率眼前牢 目前は獄率眼前は牢

くま訳
黄泉の国へ行く境界線を越えて行くのは、幾らか苦労するのだ。
地獄の樹木は剣で出来ており、山には刀が植えてあるのだ。
禅修業では、朝三千、暮八百、警策で打たれるのだ。
目前には獄率が警策を持って立ち、眼前には、地獄の牢獄があるのだ。

*剣樹:枝・葉・花・実などがすべて剣でできているという地獄の樹木。
*刀山(トウセン):地獄にあるという、刀剣を植えた山。つるぎの山。
(´・(ェ)・`)つ

95 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/16(月) 21:09:57 ID:1d4drIFg0
黄泉の境界には幾多の労苦があると言うのじゃ。
つまり死ぬ時のことじゃな。
死の恐れと苦痛が剣の樹とか刀の山の如く襲い掛かるのじゃ。
朝には三千も打たれ、暮れには八千も打たれるような苦なのじゃ。
そして目の前には地獄の羅卒がいて牢がある如くなのじゃ。

96 避難民のマジレスさん :2020/11/17(火) 00:33:36 ID:bMgyWGqw0
うむ。
恐ろしい「死」を克服する為には、真剣な修行か必要であると、くまは解釈したのでありますが、ちょぴっと違ったようであります。
いつも、ありがとうであります。
(´・(ェ)・`)つ

97 避難民のマジレスさん :2020/11/17(火) 19:34:26 ID:JTqM/nX60
225
拝關山和尚塔  關山和尚の塔を拝す
荒草不鋤乃祖玄 荒草鋤かずない祖の玄
涅槃正法妙心禪 涅槃正法妙心の禪
杜鵑叫落關山月 とけん叫落す関山の月
誰在花園躑躅前  誰か花園ていちょくの前に在る

くま訳
関山和尚の墓塔を拝す
無明な僧たちは、未だ鋤き返されておらず、亡き師の「玄」を理解できない。
大悟の境界に於ける幽玄なる仏心を探求する禪
ほとどきすが声を振り絞ったように鳴き叫ぶのは、関山の偉功を偲んでいるのだ。
誰がつつじの花園妙心寺で、関山和尚の法脈を継いでいるといえるのだ。

*關山:①大燈國師が、妙心寺開山、関山慧玄(かんざんえげん、1277年-1361)に与えた道号。②日本原 
 産のヤエザクラ 
 禅風は厳格で、その生活は質素をきわめ、枯淡な禅風で修禅に専念したという。『沙石集』には「本朝な 
 らびなき禅哲なり」と称賛されている。 1360年12月12日、関山は旅の支度をして授翁に行脚に出ると 
 いい、「風水泉」と称する井戸の辺で授翁に遺戒し、立ったまま息をひきとった。
 語録や著書はなく、遺命して肖像を残させなかったた。
 南浦紹明(大応国師)から宗峰妙超(大灯国師)を経て関山慧玄へ続く法系を「応灯関」といい、現在、 
 日本臨済宗はみなこの法系に属する。関山の禅は、後に系統に白隠慧鶴が出て大いに繁栄し、他の臨済宗 
 諸派が絶法したのに対し、その法灯を今日に伝えている。(wikipedia解説抜粋)
*荒草(こうそう):荒果てた草地。禅宗では悟りに至る前の無明(むみょう)の喩に用いる。
 臨済録 上堂1-2
 座主有り、問う、「三乗十二分教は、豈に是れ仏性を明かすにあらざらんや?」
 師云く、「荒草曽って鋤かず」。
 禪と悟りHP訳
 座主(ざす)が質問した、「仏教の三乗十二分教は、すべて仏性を説き明かすものではありませんか?」
 師は云った、「そんなものでは無明の荒草を鋤き返すことはできんよ」。
*乃祖(ないそ):汝 の祖父。また、祖先。

*涅槃妙心:正法眼蔵涅槃妙心  釈尊が体得した甚深不可思議の真理?の内容を表現した語として、禅宗 
 で尊重される。単に、正法眼蔵とも。大悟の境界に於ける幽玄なる仏心は、言教をもっては表現したり、 
 認識によって把握したりすることはできない。
*316望帝杜宇(ぼうていとう):古代の蜀・古蜀の第4代君主・杜鵑に生れ変って春を知らせる
*杜鵑叫落桃花月 血染枝頭恨正長 
 咲き誇る桃の花を照らしながら傾く月のなかに、ほとどきすが血を振り絞ったように鳴き叫ぶ恨みの声
 (黄檗宗のみが用いている施餓鬼法要の経本『瑜伽焔口科範』)
*躑躅(つつじ)妙心寺のつつじは有名らしい。一休さんの頃から植えられてたのでありますね。
(´・(ェ)・`)つ

98 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/17(火) 21:05:31 ID:1d4drIFg0
そのような感じなのじゃ。

祖師の玄妙なる境地は捨て去られているのじゃ。
涅槃に導く正法の妙なる心の工夫による禅なのじゃ。
ほととぎすも月に鳴いているのじゃ。
誰かそれを聞く者が花園躑躅の前に居るであろうかというのじゃ。

99 避難民のマジレスさん :2020/11/18(水) 23:09:38 ID:L4550tNs0
一休さんの帝王学
226  1/4
善悪未嘗混     善悪未だ嘗て混せず
世為善者皆朋舜   世に善を為す者は、皆舜を朋とし、
而悪者皆黨桀也   而して悪を為す者は皆桀(けつ)に党すなり。
雉必為鷹所撃    きじは必ず鷹の為に撃たれ
鼠必為猫所咬    鼠は必ず猫の為にかまる、
是天賦所前定也   是れ皆天賦前定する所也。
一切衆生之歸佛   一切衆生の佛に帰して、
善而免生死之淪没者 善にして而してしょう死の淪没を免がるる者も
亦猶若茲      また猶ほかくの如し
因作偈以示衆云   因つて偈を作つて以て衆に示すと云ふ     

鷹雉鼠猫元自然   ようちそめう元じねん
威音劫來舊因縁   威音劫來旧因縁
照看華清残月暁   照らし看る華清残月の暁
明皇龜鑑馬嵬前    めいくわうの亀鑑馬くわいの前

くま訳
善悪が混ざり合うということは、未だ嘗て無い。
世に善を為す者は、皆、英明な古代の皇帝「舜」を朋とし、
悪を為す者は皆、古代の暴君「桀」(けつ)の仲間である
きじは必ず鷹に撃たれ
鼠は必ず猫にかまれる
是れ皆生まれながらにして決まっていることである。
一切衆生、佛に帰依したもので、
善を行い、生死に捕らわれた迷いの境地から逃れることができる者もまたかくの如しである。
因つて偈を作つて以て修行僧に示すと言って、
     
鷹と雉、鼠と猫の話は元来自然なことである。
大昔からの因縁である。
玄宗皇帝は、かつて華清宮で楊貴妃と見た暁の残月を眺め、
舜という英明な皇帝のお手本があったのに、玄宗は馬嵬(ばかい)で臣下に脅されて、いやいや楊貴妃を殺
害する命令を下し、後で後悔しているのである。(臣下の登用を誤ったのである。)

*舜(しゅん):神話に登場する君主。五帝の一人。儒家により神聖視され、堯(ぎょう)と並んで堯舜と 
 呼ばれて聖人と崇められた。
 母を早くに亡くして、継母と連子と父親と暮らしていたが、父親達は連子に後を継がせるために隙あらば 
 舜を殺そうと狙っていた。舜はそんな父親に対しても孝を尽くしたので、名声が高まり堯の元にもうわさ 
 が届いた。
 舜の周りには自然と人が集まり、舜が居る所は3年で都会になるほどだった。
 堯は舜を登用し、天下を摂政させた。そうすると朝廷から悪人を追い出して百官が良く治まった。それか 
 ら20年後、堯は舜に禅譲した。
 英明な皇帝の代表。
*桀(けつ)は、夏の最後の帝。暴君の代名詞となった。
*華清宮(かせいきゅう):唐代の離宮。『長恨歌』において、楊貴妃が湯浴みしたことで知られる。
*龜(亀)鑑(キカン):「亀」は甲を焼いて占ったもの。「鑑」は鏡の意。行動や判断の基準となるもの。
 手本。模範。
*照看:世話をする,面倒を見る,(物の)番をする,見張る
(´・(ェ)・`)つ

100 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/19(木) 22:02:10 ID:1d4drIFg0
大体そのような感じなのじゃ。
善悪は決して交わらないというのじゃ。
雉は鷹に狩られ、鼠は猫に食べられるのが定めなのじゃ。
衆生が仏に帰依して悟りを得られるのも定めなのじゃ。
実践あるのみなのじゃ。

101 避難民のマジレスさん :2020/11/20(金) 21:46:46 ID:eUuVdyI60
227    2/4
過現未誰人了達 過現み誰人か了達す
悪人沈淪善者脱 悪人は沈淪し善者は脱す
風流可愛公案圓 風流愛すべし公案まどかなり
徳山棒兮臨済渇  徳山の棒、臨済の渇

くま訳
いったい誰が、過去・現在・未来にわたって、一切を明らかに悟っていると言うのか。
悪人は落ちぶれ、善者は苦境を脱するのだ。
風流を愛すべきである。公案を円熟させるのである。
徳山の棒や臨済の渇も大切である。

*過現未(かげんみ):過去と現在と未来。前世と現世と来世。三世 
*三世了達(さんぜりょうだつ):過去・現在・未来にわたって、一切を明らかに悟っていること。諸仏の
智慧は3世を見通しであること。
*沈淪(ちんりん)「沈」も「淪」もしずむ意〕①深く沈むこと。②おちぶれること。零落。淪落。
(´・(ェ)・`)つ

102 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/20(金) 23:00:53 ID:1d4drIFg0
三世に誰がそれらの因果を知り尽くしているじゃろうかというのじゃ。
それを知れば悪人は地獄に沈み、善人は娑婆世界を脱して天にいくのじゃ。
更に善根の者は公案を実践するじゃろう。
そのような者こそ徳山の棒、臨済の渇を継ぐべき者じゃ。

103 避難民のマジレスさん :2020/11/21(土) 10:16:24 ID:CZmSsnrc0
228    3/4
風流脂粉又紅粧 風流の脂粉又紅粧
等妙如来奈断膓 とう妙如来断膓いかんせん
知是馬嵬泉下魄 知んぬ是れ馬くわい泉下のはく
離魂倩女謫扶桑 離魂のせん女扶桑にたくせらる

武田鏡村先生訳・解説
紅とおしろいで化粧した
風流な女性の断腸の思いは、いかに仏さまであってもどうすることもできない。
その断腸の思いは、馬嵬で殺されてあの世に行った楊貴妃の魂であることを知っている。
楊貴妃の魂は倩女のように離れて、もう一人の楊貴妃すなわち日野富子として日本に現れて、罰せられてさまうだろう。

一休は富子が楊貴妃のように凄惨な末路で死をむかえ、・・・と断言した。だが、一休は富子の死をみることなく没している。

くま訳
風流に化粧した楊貴妃、
等妙如来は、彼女の断腸の思いを、どうやって救ってくれるというのだ。
馬嵬で処刑された、楊貴妃の思いを。
倩女のように肉体を離れた楊貴妃の魂が、戦乱威明け暮れる日本國を罰しているようだ。

*等妙如来:等覚と妙覚をもつ仏の尊称。
*離魂の倩女:『無門関』三十五則にある公案で、倩女という女性がその魂と肉体が分離し、一人の倩女は 
 結婚して幸せになり、もう一人の倩女は病床に臥して苦しんでいたが、その倩女が一つに合体した。どち 
 らが本当の倩女か、というもの。一人の倩女は楊貴妃をさし、もう一人の倩女は富子をさす。・・・一休 
 は富子が楊貴妃のように凄惨な末路で死をむかえ、・・・と断言した。だが、一休は富子の死をみること
 なく没している。(↑武田鏡村先生解説)
*魄(ハク):たましい。精神をつかさどる陽の気を魂(こん)というのに対し、肉体をつかさどるという陰
 の霊気。
*離魂(りこん):魂が肉体から分離すること。また、肉体から離れた魂。ドッペルゲンガー(二重身)
*『倩女離魂』(せんじょりこん)は、元の鄭光祖による雑劇で、鄭光祖の代表作。唐代の伝奇小説『離魂 
 記』に題材を取り、科挙試験のために旅だった王秀才を恋いる倩女の生霊が追う内容を持つ。
*謫(タク・テキ・せめる):とがめる。せめる。2.官吏がとがめを受け、位をおとされ遠方へ流される
(´・(ェ)・`)つ

104 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/21(土) 21:49:09 ID:1d4drIFg0
日野富子は応仁の乱の原因を作ったとも言われているのじゃ。
その乱を利用して財産を増やしたともいうのじゃ。
傾国の美女と思ったのじゃな。
宮廷の乱れが乱世の原因にもなったのじゃ。

105 避難民のマジレスさん :2020/11/22(日) 08:56:52 ID:gsjWwTOg0
229    4/4
身心不定假兼眞 身心定まらず仮と眞と
欲界衆生沈苦辛 欲界の衆生苦辛に沈む
愁夢三生六十劫 愁夢三生六十劫
劫空無色馬嵬神  劫空無色馬嵬の神

くま訳
身心は定まらないものだ。仮のことか真実か。(分離した魂が、誰のものかも定まらない)
欲界の衆生は苦辛に沈むのだ。
悪夢は三回生れ変っても延々とつづくであろう。
世界が壊滅して空漠とした期間が。馬嵬の神仕業であろうか。

*真仮(しんか・しんけ):まことのことと仮のこと。真実と虚偽。
*空劫(くうごう・くうこう):世界が壊滅して空漠とした期間。

武田鏡村先生は、「一休は富子が楊貴妃のように凄惨な末路で死をむかえ、「三生六十劫」にわたって地獄
の輪廻をさまようと断言した。」と解してるのである。
(´・(ェ)・`)つ

106 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/22(日) 23:57:43 ID:1d4drIFg0
心身が定まらない時に仮も真もわからないというのじゃ。
それで欲界の衆生は辛苦に沈むというのじゃ。
地獄に落ちて過去現在未来と悪夢に見舞われるのじゃ。
それもまた空であり無色であるのじゃ。

107 避難民のマジレスさん :2020/11/23(月) 19:18:15 ID:jN2NZNXs0
くま訳改
第一句:心身が定まらなければ、仮も真もわからないのである。

ハイテンション一休さん
230
華叟子孫不知禅 華叟の子孫、禅を知らず
狂雲面前誰説禅 狂雲面前、誰か禅を説く
三十年来肩上重  三十年来、肩上重し
一人荷担松源禅  一人荷担す、松源の禅

くま訳
華叟の子孫は禅を知らない
狂雲の面前で誰が禅を説けるというのだ
三十年来、禅を背負ってきた、肩の荷が重いのであるが、
これからも一人で松源の禅を担いで行くのだ。

*松源崇岳(しょうげんすうがく1132〜1202)南宋時代の禅僧。禅宗の看話禅及び默照禅に存在した不正 
 行為を正すため、松源崇岳は座禅の方法を改革した。
 「松源二転語」です。つまり、「開口不在舌頭上(口を開いて物を言うことは単に口先だけのことではな 
 い)」、「大力量人,因甚抬脚不起(力の強い人が、なぜ足を上げないでいるのか)」という二つの転 
 語から、看話禅と默照禅を見た。松源転語 >>112 113 114 参
(´・(ェ)・`)つ

108 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/23(月) 21:59:03 ID:1d4drIFg0
自分以外に松源の禅を知る者は居ないというのじゃ。
なかなか壮大な自負なのじゃ。
正に狂雲なのじゃ。
これからもただ独りで松源の禅を背負っていくというのじゃ。

109 避難民のマジレスさん :2020/11/24(火) 19:33:31 ID:zt/s8/ZE0
自賛  2/3
風狂々客起狂風 風狂の狂客狂風を起こし 
来往婬坊酒肆中 来往のすい坊酒しのうち 
具眼衲僧誰一拶 具眼の衲僧誰ぞ一拶するは
画南画北画西東  南を画し北を画し西東を画す

ある男の残日HP 宇野直人先生訳・解説
自賛    自ら賛す   
自分自身の肖像画に書きつけた作品。 
何物にも囚われず 理想に突き進む私は いつも激しい風を巻き起こす
出入りするのは歓楽街や酒場     
見識のある僧侶で誰か私を叱る人はいないのか  
南と言えば北 いや西だ東だと 勝手なことを言う私を

(前半)
一句は露悪的に自己紹介。風は自由でとらわれないの意。狂は漢詩では「理想に向かって突き進む・これと
思ったことに熱中する」
二句の婬坊酒肆は公案の中の語で「本当の悟り」という事を象徴的に表す。山奥で得た悟りはまだ次元で低
いもので、逆に「巷の色々な人に付き合い、得た悟りこそ本当のものだ」という公案を採用している。とい
う事は、一見破戒僧の様に行動しているが、自分は一段高い次元を目指して行動していると主張している。
(後半)
周囲の禅僧に向けた挑発的な言葉となる。4句も禅の言葉。人を食った結びになっている。この詩で自分の
生き方を主張したが、では一休が主張した次元の高い悟りとはどんなものか次の詩で見てみる。

・婬坊いんぼう酒肆しゅし:歓楽街・酒場
・具眼:物の本質を見抜く力 見識がある
・画皆画北画西東 禅語で「指東劃西」と言えば、東を指したり西を指したりしていい加減にその場をごま 
 かすことを言う。お茶を濁す。

柳田聖山 訳
<訳>
風にいかれた酔っ払いが、狂った風を巻き起こし、
女郎屋や酒場をうろついている。
眼の開いた修行僧なら誰でも一突きにするがよい。
(狂風が相手ゆえ)東西南北あてもなく滅多打ちにするだけだ。
※一休自身を賛した詩であるが、どこか己と普化を重ねているように思われる。
(´・(ェ)・`)つ

110 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/24(火) 23:48:55 ID:1d4drIFg0
自賛ならば自分について詠っているのじゃ。

わしは風狂の者であるから世間の常識に囚われず教えるのじゃ。
売春宿や酒場で教えるのじゃ。
修行が出来た具眼の僧にはわかるじゃろう。
そのような者に四方の仏説を教えるのじゃ。

111 避難民のマジレスさん :2020/11/25(水) 19:12:41 ID:sdUQpy3s0
自賛   3/3
大燈仏法没光輝 大燈の仏法、光輝を没す、
竜宝山中今有誰 竜宝山中、今、誰か有る。
東海児孫千歳後 東海の児孫、千歳の後
吟魂猶苦許渾詩 吟魂、猶、苦しむ、許渾の詩。

石井恭二先生訳
大燈国師の仏法は光を失った、
竜宝山大徳寺の中に、今、どんな人物がいるのか。
達磨大師このかた、千年の後、
日本の法孫である私は、詩情を抱いているのに、
  許渾の詩のように、すでに白髪頭となって苦しんでいる。
(´・(ェ)・`)つ

112 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/25(水) 21:50:26 ID:1d4drIFg0
もはや正しい禅の伝統は光をうしなったというのじゃ。
わしだけがそれを知っているというのじゃ。
伝法も千年を経て善い弟子が居ないことを苦に思うのじゃ。
もはや乱世であるから修行しようとする者もいないのじゃろう。

113 避難民のマジレスさん :2020/11/26(木) 19:51:54 ID:T9jfcAc60
喜びいっぱいの一休さん
231
新造大應國師尊像 大應國師の尊像を新造す
活眼大開眞面門  活眼大いに開く眞面門
千秋後尚弄精魂  千秋ののち尚ほ精魂を弄す
虚堂的子老南浦  虚堂のてき子老南浦
東海狂雲六世孫  東海の狂雲は六世の孫

柳田聖山先生訳
尊像の眼は大きく開き、口元も鋭い。
何年経っても魂を見透かすようだ。
虚堂の高弟、南浦紹超、東海の狂雲、六世の孫。

くま訳
新造の大應國師尊像
目をくわっと見開き、ありのままだ。良く出来てよかったのだ。
長い年月を経ても、こちらの精魂を思いのままに操るようだ。
虚堂直伝の南浦老師、
正伝の狂雲は六世の孫弟子なのだ。

中村満次郎先生HP解説
1453年七月、大徳寺は焼失し、灰燼となっている。この漢詩は、康正二年、六十三歳の作で、大徳寺が
炎上して三年後のことになり、多分尊像も失われたので、新造されたのであろう。
ちなみに、このころ田辺の薪に入り、大応国師の塔所、妙勝寺が興されている。
*真面目:本来の姿・ありさま。転じて、真価 まじめであること。
*弄精魂:通常は妄想分別によって精魂を消し尽くされることを意味している。しかし、道元禅師は精魂を 
 尽くして日常底に修行弁道する意味であるとした。
(´・(ェ)・`)つ

114 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/26(木) 21:55:30 ID:1d4drIFg0
新しい寺の仏像ができたようじゃ。
一休もよろこんでいるのじゃ。
鋭い眼は今も己の心底を見抜いているようじゃ。
千年たってもまだ精魂をこめて実践しているようじゃ。
わしはその六世の弟子なのじゃというのじゃ。

115 避難民のマジレスさん :2020/11/27(金) 19:09:34 ID:n2jj.iZI0
232
脱鱗鯉魚庖中得活 鱗を脱するり魚 庖中にして活するを得たり
活潑々時池水清 活潑々の時ち水清し
怪哉端的死中生 怪しい哉端的死中の生
飛潜天池衲僧眼 天池に飛潜す衲僧が眼
雲暗龍門點額情 雲は暗し龍門點額の情

くま訳
鱗を剥がされた鯉が包丁の下で活路を得た。
ピチピチト元気がよい時は、池の水は清い。
怪しいのである。わしの場合、まさに死中に活である。
天地を飛び廻り禅僧の洞察眼をもって、見てみると、
暗雲立ちこめる大徳寺、住持など引受けなけりゃよかったかも。

*死中得活(しちゅうにかつをうる):『碧巌録』九則絶体絶命のところで活路を開くこと。
*活潑潑地(カッパツハッチ):生き生きと活動すること、意気盛んで、元気のいい様子を言う
*怪哉:おまけ① 参
*飛潜(とびくく・ひせん):木々の枝の下をくぐるように飛ぶ。

おまけ①
怪哉:bigbossman先生解説解説東方朔というのは人名で、前漢の武帝に仕えた宰相、前2世紀頃の人物で
す。
 豪放磊落な性格で、仙人のような暮らしぶりであったとも言われ、
 いろいろと不思議な逸話が多い人です。
 中国の南北朝時代の殷芸(いんげい)が書いた『小説』には、
 前漢の武帝が東方朔をともなって旅行に出かけた際、行く道の途中に、
 頭、目、牙、耳、鼻、歯が人間のようにそろった奇妙な虫がたくさんいた。

 それを見た武帝が「怪哉 あやしいかな」と言ったので、その名がつけられた。
 東方朔は武帝の問いに答えて、「これは秦の時代、始皇帝が厳しい法律で
 人々を縛ったので、罪を受けた者の魂が虫に変化したものと考えられます」
 重ねて武帝が、「どうすればよいのか」と尋ねると、

 「古来から、酒を飲めば憂いを忘れるといいます」東方朔はそう言って、
 虫たちを酒の入った瓶に入れた。すると虫たちはみな、
 満足した様子で散り散りにその場を去っていた。
 後に、古地図を元に調べてみると、はたしてそこは、秦の時代に
 牢獄があった場所であった・・・こういう故事が書かれています。

「怪哉」をこの意とすると、訳は「妖怪怪哉は、刑死した人の生れ変りだから、明らかに死中に活だ。」と
なるが、これは、ないでありましょう。

おまけ②:點額魚(白楽天)
 龍門點額意如何
 紅尾青鬐却返初
 見説在天行雨苦
 為龍未必勝為魚

 ほととんぼ先生HP訳・解説(抜粋)
 意訳:龍門の急流を上りきれず、額を石に打ちあてて、
 むざむざと尾鰭を垂れて返る魚の気持ちは、如何(いかが)なものであろうか。
 聞けば、龍となって天に上れば、雨を降らせる苦しみがあるそうだ。
 そんな苦しみをするよりは、魚のままで、自由に泳ぎまわっているほうが、かえってましかもしれないよ。
 ※紅尾=魚は疲れると尾が赤くなるという。青鬐=魚の青い背鰭(ひれ)。

 白楽天の詩は、・・・人間、実力もないのに無理に出世し、後々苦しむよりは、むしろ下位にあって悠々  
 としているほうがよいという意味です。" "りゅうもん てんがくのい いかん
 こうびせいき きゃくへんのはじめ
 いうならく てんにあって あめをおこなうのく
 りゅうとなるは いまだかならずしも ぎょとなるにまさらず
(´・(ェ)・`)つ

116 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/27(金) 23:38:00 ID:1d4drIFg0
まな板の鯉は却って生きているというのじゃ。
清水の池の中では晩いのじゃ。
死の中に生があるとは人は怪しむのじゃ。
龍の如く天の池に潜む僧の目は飛翔に備えているのじゃ。
暗雲が立ち込める寺の門に入るのも慈悲なのじゃ。

117 避難民のマジレスさん :2020/11/28(土) 11:30:40 ID:fukTh4tE0
233
香嚴擊竹 1/3     きゃうげんきゃくちく 1/3
對盡(畫)忽然盡情識 画に対してこつねん情識を尽くす
道人龜鑑太分明    道にんの亀鑑はなはだ分明
娘生佛見南陽境    にゃう生佛南陽の境を見る
断膓黄陵夜雨聲    はらわたを断つこう陵夜うの声

くま訳
「画にかけるもちひは、うゑをふさぐにたらず」と思い立ち、にわかに迷いの心が起った。
香厳道人は、模範になる禅師であることは、真に明らかである。
香厳は、母親から生れたこの身体を自分と思っていたが、仏を見たのだ(父母未生以前の本来の面目に気づい
たのだ。)南陽の境で。
はなはだ愉快で笑いがこみ上げる、墓守をする、南陽慧忠の陵墓に降る夜の雨音

*香嚴擊竹:正法眼蔵渓声山色の巻に香厳智閑の悟りの契機が語られる。
 愛知学院大学 禅研究所HP解説
 香厳は大潙禅師の下で修行していた。ある時、大潙が言った「君は聡明で物知りだ。お経の注釈なんかか 
 らでなく、君の父母も生まれる前の所からわしのために一句を言ってくれ」と(汝聡明博解なり。章疏の
 なかより記持せず、父母未生以前にあたりて、わがために一句を道取しきたるべし)。香厳は答えようと
 試みるがどうしても出来ない。今まで色々勉強してきたことは何だったのか、年来集めた書物も焼いて
 「画にかけるもちひは、うゑをふさぐにたらず。われちかふ、此生に仏法を会せんことをのぞまじ、ただ
 行粥飯僧(ぎょうしゅくはんそう)とならん」その後、大証国師の跡を武当山に訊ねて庵を結んで暮らし
 た。ある時、掃除をしていて、掃いた石が竹にカチンと当たった音を聞いて大悟したという。まさに、自
 然の語る真理の声を聞いたのだった。それこそが父母未生以前の一句だった。
*亀鑑:人のおこないの手本。模範
*道人:仏道の修行をする人。また、出家得道した人。
*黄陵:黄帝陵:中華民族の始祖とされる黄帝の陵墓
 黄帝:神話伝説上の五帝の最初の帝。紀元前2510年〜紀元前2448年)
*世俗の我(仮我)と真実の我(真我)は、仏教(『大般泥洹経』)。世俗の我(仮我)、自分という場
合、 一義的には、父母から享けたこの身体(人身)を私だと思ってきた(これを「娘生の面目」という。)
その一方に「本来の面目」がある)。
 この世俗の我を空海は 「五蘊の仮我」 と呼ぶ。人間は色・受・想・行・識の五蘊から構成された仮初の我 
 に過ぎないということ。
 本来の面目= 「父母未生以前の本来の面目」とは、何かと言う公案に答えられず、香厳は、一度悟るのを 
 諦めた。
*對法:阿毘達磨(アビダンマ)とは、仏教の教説(具体的には経蔵、律蔵など)の研究・思想体系、およ 
 びそれらの解説書・注釈書のこと。
 くま訳では、絵に描いた餅の香厳の故事に基づいた訳にしたが、 對法:阿毘達磨と解せば、「阿毘達磨 
 などの思想の探求が尽きて」でもよいかも。テキストでも、(盡・尽)と(畫・画)の2通りあり。
*断腸:① はらわたを断ち切ること。また、はらわたがちぎれるほどの悲しさ、つらさなどをいう。
 ② はなはだしく興趣のあること。また、哄笑するほどおもしろいこと。
*南陽慧忠(なんよう えちゅう、675-775唐代の禅僧。諡は大証禅師。
(´・(ェ)・`)つ

118 避難民のマジレスさん :2020/11/28(土) 15:17:40 ID:W0SWfBm20
くま訳、全面改
清水の中にいる時は、元気がよさそうに見えるのだ
死中に生があるとはと、人は怪しむのである。
天の池に住む龍ような洞察眼をもつ僧は飛翔に備える。
暗雲立ちこめる大徳寺、住持を引受けたたのも、慈悲である。
(´・(ェ)・`)b

119 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/28(土) 22:50:17 ID:1d4drIFg0
>>117 情と識が尽きたのであるから三昧が起こったのじゃな。
 香厳の書か何かを見て情識が尽きたのじゃ。
 名僧の亀鑑は真に正しいのじゃ。
 南陽境で父母未生の仏を見たのじゃ。
 墓場で夜雨がっていても爽快なのじゃ。

120 避難民のマジレスさん :2020/11/29(日) 17:16:40 ID:e5flW1XM0
234
香嚴擊竹 2/3
携來苕帚動風塵 ぜうしう(じょうしゅう)携え来って風塵を動かす
看看聞聲悟道新 看よ看よ聞しゃう悟道新たなり
半夜千竿脩竹雨 半夜千かん修竹の雨
南陽塔下弄精神 南陽塔下精神を弄す

くま訳
ほうきで、砂ぼこりを巻き上げる。
看よ、音を聞いて悟り、新たになったのだ。
深夜、高い背丈の千竿の林竹に降る雨
南陽慧忠の墓塔の下で心をもてあおぶ。

*脩竹:修竹:長く伸びた竹
*風塵:1 風で舞い立つちり。きわめて軽いもののたとえにもいう。2 わずらわしい俗世間。また、こま
ごました雑事。
*半夜:子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の十二支で表した。子(ね)の刻は、午前0時 
 を中心とする2時間、前日の午後11時から当日の午前1時までを指す。(一つの刻を、30分刻みで四等 
 分して、たとえば、丑一つ(丑1刻)は、午前1時から午前1時30分までの間)
(´・(ェ)・`)つ

121 鬼和尚 ◆Yj52hBkdLM :2020/11/29(日) 23:41:09 ID:1d4drIFg0
掃除をしていたのじゃ。
今ここで風の音を聞いたりしていると悟道はいよいよ新たに見られるのじゃ。
塔の下で竹林にふる雨の音もありのままの精神を曝け出すのじゃ。


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50 他人の過失を見るなかれ。他人のしたこととしなかったことを見るな。ただ自分のしたこととしなかったことだけを見よ。


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