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YOU、恥ずかしがってないで小説投下しちゃいなYO!2

1名無しさん:2010/02/13(土) 18:55:28 ID:UhsYlmek
前スレ
YOU、恥ずかしがってないで小説投下しちゃいなYO!
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/7864/1157295929/l100

2ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/02/16(火) 06:09:05 ID:ONeV1xYQ
【目指せ、甲子園─9】





翌日の夜。
私はまどかちゃんに電話をかけた。
要件は昨日うっかり聞きそびれた件について……一昨日、私を説得しにきた一年生の女の子についてだ。
あの子もまどかちゃんと同じく、私を野球部に勧誘しに来た。
しかし、野球部にはあの子以外に一年生の女の子が一人いる。
もし、私が入れば野球部にはまどかちゃんと一年生の女の子が二人、そして私がいる事になる。
女子選手は合計で四人、しかし高校野球の規約には『女子選手は一チームに三人まで』と決められている。
つまり、私がいると規約違反で大会への出場停止、さらには部活動の活動停止状態に陥る場合もある。
それなのに、なぜ私を勧誘するのか。そして、なぜ一昨日来たあの子が男子っぽい服装や言動をし、女子である事を指摘したら逃げ出したのか。
色々とわからない事だらけだけど、とにかく話を聞く事で何かわかるかもしれない。
フル充電した携帯電話を操作し、まどかちゃんの携帯にかける。

「…………」

一コール、二コール、出ない

「もしもし」

三コール目が終わった瞬間に繋がった。

「もしもし、まどかちゃん? 私、私〜」
「携帯にかかってきたんだから、みちる、お前なのはわかっている」

電話口の向こうから、呆れたような声が聞こえてくる。

「相変わらずまどかちゃんはシャレが通じないね」
「ほっとけ。で、何か用か?」
「うん。えーとね……」

本題に入ろうとしたところで一つの問題に気づく。
どこからどこまで話していいのか、という事だ。
一昨日のあの子の反応から、あの子が女子だというのは触れてはいけない感じの話題のような気がする。かといって、そこに触れないと何もわからないような気がする。
……まずは、まどかちゃんのあの子に対する認識から探ってみよう。
男子と思っているのか、それとも女子と思っているのか、そこから確かめてみよう。

「えーと…………あ」

もう一つ重大な事に気づいた。
『あの子』の名前がわからない……
聞いておくべきだったなぁ……

「どうした、みちる。何か用があるんじゃ無いのか?」

あるよっ! あるんだけど、名前がわからなきゃどうにもならないのっ!
『あの子』じゃ通じないだろうし、かと言って特徴言っても上手く伝わるかどうかわからないし……うーん…………

3ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/02/16(火) 06:10:16 ID:ONeV1xYQ
……あ、そういえば一昨日の放課後にあの子も一緒に来てたっけ……よし、この話題なら通じる! そこから名前を引き出さないと。

「えーとさ、一昨日の放課後にまどかちゃんと一緒に3人来てたよね?」
「ああ、青山と山吹と川村の事か」
「その中のさ、一番背が小さくて、少し女の子っぽい感じの顔した子いたじゃん」
「というと青山か」

よし、情報ゲット!

「へぇー、青山君って言うんだ」
「それで青山がどうかしたのか?」
「青山君ってさ、小さいしあんな感じの顔だからさ、女の子かなって思って」

この台詞に対する反応で、まどかちゃんの思っている青山君は、男子か、女子か、少しはわかるはず。

「まあ、確かに青山は女みたいな顔をしているが、アイツはれっきとした男だぞ。第一、お前も一緒にいる時に男子用の制服を着ていた姿を見ただろう」

決まった。
青山君はまどかちゃんには男で通している。何らかの理由でまどかちゃんが嘘をついている可能性もあるけど、まどかちゃんは嘘をつくのが致命的に下手だからなぁ……絶対に態度や口調に何らかの変化があるんだろうけど、それもないって事は、まどかちゃんも知らないって事になる。
一応、念のためにもう一回確認してみよう。

「ちなみに今の野球部の女子部員って何人いるの?」
「今は私、それと明石という一年が入ったから2人だ」

やっぱり、青山君は男子だと思われている。
これで私を誘った事に納得がいった。
しかし、男子と思われてるって事は、青山君は私と同じで元男って事になる。
身体測定とかでは一発で女だってバレるから、身体測定が終わった後に女体化したって事が一番無理がない考えかな。
だとすると、なんで男子のフリを……

「おい、聞いているか?」
「え、あっ、ご、ごめん! 聞いてなかった」
「まったく……私はやる事があるから電話をきるぞ」
「あ、うん、また明日ねー」
「ああ」

電話口から短い返事が聞こえ、少ししてから通話が終わった事を知らせる音が鳴り響いた。

4ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/02/16(火) 06:11:23 ID:ONeV1xYQ
数時間後。
まどかちゃんとの電話が終わってからも、考える事は終わらなかった。
考える内容はもちろん、青山君が男子のフリをしている理由だ。
色々と考えが浮かんでは消え、最終的な結論として考え至ったのは、野球部絡みの理由だという事だ。
もし、野球部以外の目的だったらまどかちゃんに隠す理由もない。それでも、まどかちゃんに隠さずを得ない理由があるのかもしれないが、今の私の頭では野球部以外の事で隠す理由が思い浮かばない。
そして、現在の部員が少ない事が野球部の問題なのは言うまでもない。
そう考えると、青山君が女体化した事を隠す理由もわからなくはない。
高校野球の規約で、女子選手は一チームに三人まで。とかいう訳のわからないルールがある以上、どうしても部員は三人までに抑えなければならない。
今の野球部の人数は8人、女子部員は青山君を入れると3人。となると、残りは男子部員しか募集できなくなる。
私のところに何回も勧誘活動を重ねてきた事から考えるに、今のところアテは私しかいないのだろう。
そう、アテは私しかいない。
しかし、私は女子となった身。
私を勧誘すれば、女子選手の定員オーバーで規約に反する事になる。
しかし、もし青山君が男のままだったら……?
女子部員は二人になり、私を入部させたとしても何の問題もなくなる。
もし、青山君がそう考えたとしたら……そして、女体化した事が誰にもバレていない事を利用し、女体化を隠して男子のフリを続けると思い至ったら……?
そして、その考えを実行したと仮定すると、一昨日に女子であると指摘した際に見せた、あの動揺っぷりの理由も説明がつく。
もし、私の口が軽かったりしたら、確実に誰かに話してしまっている。そう、誰かに話してしまいたい衝動に駆られるくらいの出来事なのである。
青山君も、私が誰かに口を滑らせ、そこから話が進んでいってしまったら、と考えてパニックに陥ったのか、それとも単にバレた事に対して、冷静さを失ったのか。
どちらにしろ、対処できないタイミングで女体化がバレたために動揺した、と考えられる。
……まあ、これは全部私の推測であって、実際の部分は大なり小なり異なるのかもしれないけど。

5ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/02/16(火) 06:12:16 ID:ONeV1xYQ
ああ、なんか考えすぎて頭がクラクラしてきた。

「明日は学校だし、今日はもう寝ようかな」

一人呟いて、部屋の電気を消し、布団の上に横たわる。
目を閉じたまま、しばらく何も考えずにいたが、一向に眠れそうにない、というよりは眠くない。

「まだ十時半だもんね」

そう、まだ十時半だ。いつもなら起きている時間である。
いつもより早いせいで、全然睡魔に襲われない。
かといって、他になにかして時間潰すのも気が乗らず、結局は寝る体勢のまま、あれこれと考え事をするハメになる。
色々としょうもない事を考えていたら、不意に野球部の事が頭に浮かんだ。
それに連動して、まどかちゃんと青山君の言葉を思い出す。
……もう、皆が私の事を邪魔者、厄介者扱いしない野球部。
それはとても魅力的に思える。
だけど、私が入った時に誰かが女体化したり、青山君の正体がバレたりしたら……その事を考えると、体の震えが止まらない。
あの悪意に満ちた視線、アレが再び自分向けられるのはもちろん、他の誰かに向く事だって嫌だ。
あんな事はもう経験したくない。
……でも、私が入らなければ多分困るよね。
特に青山君は、女体化を隠すというリスクを負ってまで、私を勧誘しに来たんだし……逆に言えば、入部してくれる人がいなく、それほど切羽詰まっていると言える。
でも、それでも私は怖い……野球部が怖い……
今でも、悪夢として思い出す。
たった一日で変わった野球部の事を……
たった一日で私の居場所が無くなった時の事を……
体が震えだしてきたのが、自分でもわかる。

「う……」

体の震えが止まらない。
暗闇に浮かぶのは、たくさんの敵意の籠った視線、視線、視線。
ここは私の部屋のはず、なのに見られている気がしてならない。
まるで悪夢の再現のように。
上も、下も、前も、後ろも、右も、左も、隙間無く。
私に向けられる。
たくさんの。
敵意の籠った。



視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線視線



そんな……そんな目で私を見ないで……誰か、誰か助けて……!

6ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/02/16(火) 06:13:40 ID:ONeV1xYQ
恐怖に震える私の体。
恐怖で真っ白になる私の頭。
そんな私の頭の片隅に、小さな、だけど確かな声が聞こえた。

『先輩、俺達はそんな事しません。絶対に』

この声は……青山君?
青山君の声で、私は我に返る。
もう、私を見ていたおびただしい数の目は周りには無くなり、体の震えもいつの間にか治まっていた。
でも、なんで青山君の声が……?

『先輩。信じてもらえない事は理解しています、だけどもう一度だけ俺達を、野球部を信じてください』

疑問に思ったところにもう一度、青山君の声が頭の中で再生された。
それで全てがわかった。
私は口では信じられないと言いながら、心の中では青山君達の野球部を信じているのだ。
私の悪夢を払拭出来るほど、信じてしまっている。
それに気づいた瞬間、口元がだらしなく緩む自分に気がついた。
なんだか、とても愉快で嬉しい気分になり、へにゃりとだらしなく緩む。
ちゃんとした口元に直すのは難しいだろうし、簡単に直せるとしても直す気はない。
もう、怖くはない。私の心は決まった。
私が決意すると同時に、控え目な弱さで部屋のドアがノックされる音が耳に入った。

「……お姉ちゃん、起きてる?」

ドアの向こう側から聞こえるくぐもった声、この声は妹のものだ。

「起きてるよ、入っておいで」

私がそう言うと、ドアが開きパジャマ姿の妹が入ってきた。

「それでどうしたの?」
「なんかね、部屋で寝ようとしたら、う〜んう〜んって、うなされるようなお姉ちゃんの声がしたから、大丈夫かなって思って」

それはついさっきまで見ていた悪夢のせいだ。声を出していたつもりはなかったんだけど、知らず知らすのうちに唸っていたらしい。

「ありがとう、もう大丈夫だからね。部屋に戻って寝てなさい」
「……うん……」

返事をしつつもなかなか動こうとせず、心配そうな表情で私の方を何度も見る。
やれやれ、しょうがない。

「ねえ、今日は久し振りに一緒に寝よっか?」
「っ、うん!」

妹は嬉しそうな笑顔を見せ、枕を取りに部屋へと戻っていった。
本当にうちの妹は、まだ小学四年生なのに心配性なんだから……
枕を持ってきた妹を私の隣りに招き入れる。と同時に程よい眠気に襲われる。

「じゃ、おやすみ」
「うん、おやすみ、お姉ちゃん」

隣りから聞こえる寝息に誘われ、私の意識も途切れた。

7ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/02/16(火) 06:14:29 ID:ONeV1xYQ
翌日、放課後。
授業を終えた私は、すぐさま野球部の部室へと足を運んだ。
室内に入って感じた第一印象は、ありきたりだが『懐かしさ』だった。
だけど、私がいた頃より全体的にキレイになってるかな。
そんな事を考えながら部室を少しの間眺めていると、部室のドアが開く音がした。

「こんにちはー……って、あの、どなたですか?」

声の聞こえてきた方に顔を向けると、ややおとなしそうな一人の女子生徒がいた。

「あ、私は今日、野球部に入部した者なんですけど……」

私がそう告げると、女子生徒はなにかを思い出したかのように、両手を合わせて微笑んだ。

「あ、先生から聞いてます。あなたがそうだったんですね。
わたしは一年でマネージャーの市村早苗です、よろしくお願いします」
「私は二年生の山岡みちるです、こちらこそよろしくお願いします」

お互いの自己紹介を終えると、市村さんが鞄から大きめのビニール袋を取り出し、私に手渡した。

「これは?」
「野球部の練習用ユニフォームですよ。部員の方には入部時に一人に一着ずつ配るんでず」

あ、そういえば去年ももらった記憶がある。
市村さんは、私にユニフォームを渡した後、練習の準備をすると言い残し、グラウンドの方に行った。
私も手伝おうとしたけど、やんわりと断られ、早く着替えた方が良いと言われた。
確かにここ、仕切りのカーテンが一応あるけど薄いからなぁ。
よし、さっさと着替えちゃおう。
上の方を着替え終え、下の方を着替えてる最中に外から声が聞こえてきた。

「……今日はいつになく不機嫌そうだったな」
「まあな」
「あっ、あれだろ。今日が月曜日だからだろ。週始めってめんどいよな〜!」

声から察するに男子生徒のものだ。
一人は聞き覚えがある……青山君の声だ。
その声が……こ、こっちに向かって来ている!?
ちょ、ちょっ、待っ、私まだ下穿いてないのにっ! 急がないと!

「うい〜っす……え?」

私がズボンを穿き終わったのと青山君がドアを開けたのは、ほぼ同時だった。
本当に危なかった……穿くのが一瞬遅かったら下着を見られるところだった。
青山君に気取られないように、何事もなかったかのように対応する。
その後、驚いたままの表情で固定されている、青山君と山吹君と川村君の三人に野球部に再入部する事を報告した。

8ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/02/16(火) 06:17:35 ID:ONeV1xYQ
さらにその後、少し遅れてやってきたまどかちゃんに再入部する事を伝えた。
今まで入らないと言い続けてきて、いきなり手のひら返したかのように入部するって言ったから怒声を飛ばされるかもしれない、と覚悟していたが、意外にも跳んできたのは涙目のまどかちゃんだった。

「ちょっ、まどかちゃん!?」
「よかった〜……みちるが入ってくれて本当によかった〜」

まどかちゃんは私を抱きしめながら、泣き出す寸前みたいな声を出していた。

「とりあえず、これで9人揃ったな!」
「ああ、間に合ったな」
「……大会に出られる」

青山君達も喜んでいるようだ……あの笑顔を見ると、本当に入ってよかったって思うよ。

「ところで、だ。なんで急に野球部に入ろうって思ったんだ?」

まどかちゃんが指でやや乱暴に涙を拭いながら、不思議そうな口調で聞いてきた。

「私が勧誘した時は頑固に断ったのに」
「それは青山君のおかげだよ」

私の言葉に皆が一斉に青山君の方を向く。

「青山が、か?」
「うん、青山君が『俺達を、野球部を信じてくれ!』って言ってくれたんだよ」
「そうか。青山、お前には礼を言わないとな」
「れ、礼とかいいですよ、俺はただ自分の考えを言っただけですし」

まどかちゃんが珍しく他人を褒めたせいか、青山君は少し照れている。

「でも、青山君が私に覆い被さってきた時はちょっとビックリしたかな」

その瞬間、部室内の空気が固まった。
あれ? なに、この空気?
そんなに変な事、言った?

「み、み、みちる、その後はどうなったんだ?」

まどかちゃんが何故か小刻みに震えながら訊いてきた。
確かその後は、私が青山君を女の子だって見破ったんだっけ……今の状況で言えるハズがない!

「そ、それは言えないよ。秘密だもん」
「っ!」

まどかちゃんがショックを受けたような顔になり……そのまま、青山君の方にゆっくりと振り向いた。

「青山ぁ……貴様、みちるにどんな不埒な事をしたのだ」
「不埒!? そんな事してませんよ!」
「そうか、あくまでシラを切る、か……なら、力づくで聞き出すまでだ」
「あ、あの、先輩……その金属バットでいったい何をするつもりなんです?」
「言っただろう……力づくで聞き出すと!」

次の瞬間、青山君は脚をフル稼動し部室から逃げ出した。

9ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/02/16(火) 06:18:08 ID:ONeV1xYQ
「逃がさんぞ!」

まどかちゃんはすぐさま、青山君を追いかけに行った。しかも金属バットを片手に握ったままで。
まどかちゃん、何か誤解してない?

「翔太の奴、先輩に襲いかかるなんて……なんて、うらやま……けしからん事を!」
「……今のが修羅場とか言う奴か?」

ん? この二人もなにか勘違いしてない?
もしかして、まどかちゃんは『私が青山君にレ【削除しました】プされた』って思ってるんじゃ……
顔から血の気が失せる感覚がした。
こ、このままじゃ青山君が危ない!

「ち、違うよ、まどかちゃん! それは誤解なの〜!」

私は急いで誤解を解くために、二人の後を追いかけに走った。





【目指せ、甲子園─9 おわり】

10ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/02/16(火) 06:18:49 ID:ONeV1xYQ
とりあえずここまで

9話になって、ようやく全員揃ったけど、まだ話は序盤で試合すらしていない……ちゃんと完結できるか不安です

とりあえず、次回も視点は主人公ではありません
マネージャーの市村さん視点を予定しております

では、また次回

11歩兵:2010/02/26(金) 21:40:22 ID:???
投下しようかな…
むぅ…迷う…

12名無しさん:2010/02/26(金) 22:03:33 ID:???
wktk

13名無しさん:2010/02/26(金) 22:05:39 ID:OXO07CrY
投下wktk

14名無しさん:2010/02/27(土) 00:12:35 ID:???
wkwk

15歩兵:2010/03/11(木) 00:07:20 ID:mUBoCl/o
よし、今だ、投下、


人生なんて何があるかわかんねぇ




人生なにがあるかわからない
みんなそう思ってる

それが面白い奴もいれば
それが不安な奴もいる

少なくとも俺は後者の方だと思う

いつ、どこで、何があるか知ってたらつまんねぇかもしれない

でも知らねぇよりマシだと思う

だってよ、知ってたらこんな白い天井見てなくてもよかったんだぜ?

正直なトコ退屈すぎて死にそうなんだけど・・・

「なんで事故っちまったのかねぇ?俺・・・」

16歩兵:2010/03/11(木) 09:10:19 ID:mUBoCl/o

ため息と一緒に呟いてもなんにも変わらない

どーせ周りは話し相手にもならない年寄りばっかり

青春真っ盛りの俺と違って、青春なんてと〜っくの昔に終わって、病気自慢ばっかしてやがる


そんなに自慢することじゃねぇだろ病気なんて

こんなことなら個室がよかったぜ・・・

「毅〜見舞いに来てやったぞ〜」

「ちっ、なんで毎回お前なんだよ」

「見舞いに来てやってるだけありがたいと思えよ」

そう言いながら近くの丸椅子に座るコイツは、幼稚園から高校の今現在に至るまで、見事にクラスが全て一緒だった斎藤 隆(たかし)、通称 アホの隆

んで俺が柴田 毅(つよし)このアホのツッコミ役になってやってる心の広い好青年だ

まぁ良く言えば幼なじみ
悪く言って腐れ縁てトコ


「誰がアホの隆だコラ?アホはてめぇの方だろーが」

コイツ読心術を使えるのか!?

「いやいや自分で喋ってんの気付かなかったのか?」
「・・・マジか?」

「やっぱりアホじゃんお前」

以後気をつけよう・・・

17歩兵:2010/03/11(木) 10:20:08 ID:mUBoCl/o
「んで?怪我の方はどうだ?」

「全治1ヶ月って言われてたけどもう歩けるんだぜ?でも退院はできねぇっていわれた、もう退屈すぎて治る前に死にそう」

「んじゃいっその事死んでくれ、全人類がそう望んでる」

「そこまで嫌われてねぇだろ!」

コイツ・・・真面目な顔して言いやがる

「そんな事より毅、お前大丈夫なのか?」

「怪我は何ともねぇって」

「そうじゃない、まだ童貞なのか?」

固まった

「その様子だとまだみたいだな」

「そ、そういうお前はどうなんだよ?」

「知らなかったか?俺はとっくの昔に済んでる」

フリーズした

「女体化確定だなこりゃ」


今、この世界では謎の病気?みたいなのが流行ってる

女体化現象、女体化症候群、とかいろんな呼び方されてるが、

まぁ簡単に言えば15〜16歳までにヤっとかないと女になっちまう、ってこと

「ま、まぁ誕生日はもうちょい先だしなんとかな「らねぇよ」…え?」

「はぁ…お前、誕生日は?」

ため息混じりに聞いてくる

「8月14日…」

「んで今日は?」

カレンダーを見る

「6月26日…」

「今日から一ヶ月後に退院、7月26日、もう夏休みに突入するぞ?入院中のお前を夏休みの計画に入れてる奴なんていると思うか?」

「ゔ…」

18名無しさん:2010/03/11(木) 22:10:02 ID:xxxTV4B2
続きwktk

19青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y:2010/03/16(火) 02:27:15 ID:???
 〜青色通知回顧録〜

「っ……。……はぁいっ、おしまい」
「えっ、な、なんで!?」

 一糸纏わぬ姿の……見知らぬ男の子が素っ頓狂な声を上げる。……理由は簡単。私が、未だに慣れない下半身の異物感から早く解放されたいが為に――身体を彼から離したからだ。

「なんでって言われても、私の"お仕事"はもう済んだんだしね。……キミはもう、男の子でいられるでしょ? "童貞"じゃないんだから」
「……そんな……っ」

 確かに私は彼を受け入れた。
 それが仕事だから。けれど、その"後"までお世話をする筋合いは無いんだよ。

「あとはラブホテル備付の有線AV放送でも見て、"頑張って"ね?」

 私は脱ぎ散らかした服をいそいそと身に着けながら冷たく言い放つ。
 自分が頼った国の政策が、どこまでも自分本位に出来ているなんておめでたい考えだことで。

「……それとも、下に居る警察のお世話にでもなってみる? 強姦罪って結構重い刑罰だよぉ?」
「………っ」

 私は努めて彼を嘲るように笑う。
 それ以上はない。そう私はタカを括っているからだ。
 未経験な男の子にとって、私たちの体はもちろん未知の領域だ。
 映像という情報はあるとしても、それと実感とでは大きなギャップがあることに、彼らは大一番になってから気が付く。

「じゃ、コレは貰ってくねっ」

 私はテーブルに置かれた青い紙切れを手中に収めると、装飾の凝った宿泊施設から立ち去る。

 ……裸体を露出したまんまの男の子をその場に残して。

20青色1号 ◆YVw4z7Sf2Y:2010/03/16(火) 02:28:58 ID:???

 ―――なんて世の中の現実なんて、結局はそんなもの。

 いくら飴や餅を吊されていたって、そんな甘ったるいコトなんか転がってるワケがない。
 ……ふふっ、そういう意味では、このシステムはいい社会勉強を教えてるのかもね?

「―――お疲れ様でした」

 私服姿の警察官が、ホテルから出てきた私に平坦なトーンで話し掛けてくる。
 一応、私担当のボディガードらしいんだけど、そう思うなら部屋の前で待機していて欲しい。
 ……なんか色々な人権問題でムリらしいけど。

「はいっ、お疲れ様でした。今日はこれで最後ですし、帰っちゃっていいですよ?」
「いえ、そういうワケには……」
「お堅いなぁ、そんなんじゃモテませんよ?」
「結構です」
「……空気、読んでくれませんか?」

 あの手この手を駆使して、私のボディガード役の警察官は、漸く深々と頭を下げてその場から立ち去ってくれた。
 まったく、面倒な人が担当になっちゃったもんだなぁ。

 ………。

 あの人は、こんなことをずっと繰り返した生活をしていた。
 今、私はあの人同じ立ち位置に居るはずなのに、あの人はもう居ない。
 ……ただ、私の下半身に残る嫌な違和感だけがあの人と、私をつなぎ止める共通点。

 ……それを受け入れられない私が悔しくて、もどかしくて。

「………っ」

 ……泣くもんか。涙なら、とっくに涸れた。涸れ果てたんだ。
 私は独りで生きていくんだ。
 そして一人でも多く、救う。この理不尽な病気から。あの人が、そうしたように。
 それが私の選んだ道なんだから。

「……さぁて、明日も頑張るぞーっ! おーっ!!」

 私は、夜空に向かって明日への意志を振り上げる。

 ……その"明日"が、私のターニングポイントなるなんて……その時の私は知る由もなかった。


  〜青色通知回顧録〜

21青色1号:2010/03/16(火) 02:36:18 ID:???
ある人が投下してくれた動画が嬉しくて小躍りしてたらこんなの出来てました。

……もう過去の作品に固執するのはヤメよう、キリがない。

22名無しさん:2010/03/16(火) 20:09:31 ID:???
GJ!
別に固執してもいいと思うよ。
完結したからって、それで終わりにすることもないんだし。

23歩兵:2010/03/16(火) 23:10:46 ID:c1NROXTk
前に投下した小説のチラシのうr(ry下書きが消えた……

どうしよう…(;´゚ω゚)

24名無しさん:2010/03/18(木) 00:15:54 ID:???
>>23
頑張って復元するんだ
でも無理はしないでください

25ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/03/31(水) 03:57:39 ID:IrWe6Rr.
【目指せ、甲子園−10】





「あぁ・・・・・・暑い」

今年も例年並みに残暑が厳しい。グラウンドにいるだけで体中の水分が全部汗として流れていってしまうそうだ。
大して動いていないわたしですらこんなに暑く感じるのだから、練習している部員達の感じている暑さは計り知れない。
それでも、みんなは不満一つ漏らさずに頑張って練習をしている。
このチーム、夏休みが終わる頃には部員数の不足で秋の予選大会に出場できないような状態だったけど、部員達が積極的に勧誘をしたおかげで今では部員数が九人になった。これで秋の予選大会に出場できるから、練習にも熱が入るのだろう。
わたしもマネージャーとして、ただボーっとしている訳にはいかない。みんなが少しでも練習に集中できるように、わたしはわたしのできる事をしないと!

「おい、市村! ちょっとこっちに来てくれ!」

早速、呼ばれた。
今、わたしを呼んだのは二年生でキャプテンの坂本まどか先輩。腰まで届くストレートの黒髪が印象的な、綺麗な人である。

「はい、今行きます!」

坂本先輩の所まで走っていくと、ノック用のバットを手渡された。

「今から守備練習を行うので、打って・・・・・・ん、なにやら具合が悪そうだが大丈夫か?」
「あ、大丈夫ですよ。どこも悪くありませんから」
「・・・・・・そうか、もし具合が悪くなったら、あまり無茶はするな。辛かったら言えよ」
「はい」

鋭い目つきと素っ気ない口調のせいで怖がる人は多いけど、本当は野球部の部員達を思いやる優しい人だ。

「よし・・・・・・こっちの準備は済んだ。いつでもこい」

坂本先輩はショートの守備位置につくと、わたしの方に向き直り、言った。

「じゃあ・・・・・・いきますっ!」

ボールを軽く上に放る。
バットを握り、落ちてきたボールをショート方向に向かって、思いっきり狙い打つ。
割と本気で打ったその打球を、坂本先輩は涼しい顔でキャッチする。
それどころか

「ちょっと弱いか・・・・・・もっと強く打ってもいいぞ」

などと言ってくる。
さすが、甲子園経験者。
とはいえ、さすがに真正面に飛んだ打球ならキャッチされても仕方ないか。
次はちょっと左右に揺さぶってみよう。

「わかりましたっ」

わたしは打つ力を少し抜いて、コントロール重視の打球を放つ。
が、坂本先輩は先ほどと同じ涼しい顔で危なげなく打球を処理していく。

26ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/03/31(水) 03:59:21 ID:IrWe6Rr.
この人、本当に守備範囲が広いなぁ。打球の勢い次第とはいえ、二塁ベース上や三塁手が担当するような打球まで取れるなんて。
まあ、三年生の誰よりも守備が得意だったから、これくらいは当たり前とか思っているのかもしれないのけど。
その後も、一通り打球を捌き終えた坂本先輩はもう一人の先輩を呼んだ。

「おい、みちる」
「なに、まどかちゃん?」

坂本先輩の声に吸い寄せられるように、近づいたのは二人しかいない二年生の一人、山岡みちる先輩だ。
この人も、普段は坂本先輩と似ていて、腰まで届く長いストレートの黒髪だ。だけど、今はポニーテールにしている。
山岡先輩曰く、部活中は動きやすいし、坂本先輩と見分けもつくからポニーテールにしているようだ。
しかし、髪型と違って顔立ちは似てなく(綺麗か可愛いか、で言えば)可愛い方だ。
これで元男だというのだから『女体化症候群』って、本当にずるいなぁ・・・・・・うん、反則だ。

「・・・・・・という訳だ。では市村、頼む」
「え、何がですか?」
「・・・・・・話聞いていたか?」
「・・・・・・すいません」

山岡先輩について考え事をしていた間に、坂本先輩の話を聞き逃していたようだ。
坂本先輩の視線が痛い。
とりあえず、もう一度話してくれた坂本先輩の話によると、これから山岡先輩もノックを受ける事、ノッカーは変わらずわたしがやるという事、一年間のブランクがあるが全力で打球を打って大丈夫そうなので全力で、との事。
・・・・・・それ、本当に大丈夫なんだろうか。
いくら経験者とはいえ、一年のブランクがある相手に、坂本先輩と同じ勢いの打球を放って、まともな練習になるのだろうか。失礼な事とは思うけど、そう考えずにはいられない。

「遠慮せずにどうぞ」

わたしの思考を感じとったのか、山岡先輩がそう言った。
・・・・・・まあ、本人も言うんなら大丈夫だよね?

「じゃあ、いきますよ!」

ボールを軽く上に放り、山岡先輩の守備位置であるセカンドの方向に出来るだけ力を込めて、バットを振り抜いた。

「あっ」

しかし、打球のコントロールが狙いより上の方向に狂い、山岡先輩の頭上を通過し、外野の守備位置の方に落ちた。と思った。
が、打球は外野の方に向かう事なく、山岡先輩のグラブの中に収まっていた。

27ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/03/31(水) 04:01:18 ID:IrWe6Rr.
「嘘ぉ・・・・・・・・・・・・」

知らずのうちに、口からそんな台詞が洩れていた。
弾道はやや高めで、その場で手を伸ばして届く高さじゃない。それに加え、全力で振り抜いた打球のスピードはそれなりに速いものだった。
その高めの速い打球に瞬間的に反応して、ジャンピングキャッチをした。
とてもじゃないが、ブランクのある人間の反射速度と動きではなかった。
なんか、この人の事を知れば知るほど、反則じみているという思いが強くなる。

「次、いいですよ」

山岡先輩に促され、ノックを続ける。

「いきますよ!」

その後も、わたしは全力で打球を打ち続けた。





そして、数十分後

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」

後先考えず、全力で打ちまくった結果、スタミナ切れを起こした。

「うっ、Tシャツが・・・・・・」

汗で濡れているせいで、肌に纏わりついて気持ちのいいものではない。
替えのTシャツ持ってきてるし、着替えてこよう。
疲労で若干重く感じる両足を引きずりながら、なんとか部室に辿り着く。

「はぁ、なんかいつもより部室が遠く感じたよ・・・・・・」

一人、愚痴を言いながら部室のドアを開ける。

「あ、早苗っ」

ドアを開けたわたしの目の前に真っ先に飛びこんできた光景は、下着姿の女子の姿だった。しかも、知らない人ではなく知っている人だ。

「そっ・・・・・・そんな格好で何をしてるんですか、望ちゃん!」

急いで中に入り、ドアを閉め、余りにも不用心な下着姿の女子部員を叱りつける。

「なんて、って・・・・・・汗かいたから、着替えついでに汗を拭いてたりとかだけど」
「鍵をかけてください! 今回はわたしだから良かったものの、もし先輩以外の人達だったらどうするつもりなんです?」
「大丈夫、男子が来たらカーテン閉めるつもりだったから」
「カーテン閉めるまでの間に見られるでしょう!」

まったく、この子は・・・・・・

「大丈夫だよ、次からは気をつけるからさ〜」
「わたしは今回の事を言ってるんです!」
「わかったから、友達にそんなに怒んないでよ〜」
「友達だから怒ってるんです!」

そう、この子・・・・・・明石望とわたしは小学生の頃から友達なのだが、ご覧の通り昔からどこか抜けている。

「まったく・・・・・・さっさと汗拭いて着替えてください」

そう言い、念のためにカーテンを閉めてやる。

28ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/03/31(水) 04:02:22 ID:IrWe6Rr.
わたしは一人っ子なので、兄弟姉妹がいる感覚ってよくわからないけど、手のかかる妹ってこんな感じなのだろうか。
背も小さめで体の起伏もなだらか、短めの髪を少し強引にツインテールにしているところなど実年齢より幼めに感じられる。

「ふんふふーん♪」

カーテンの向こう側から、脳天気な鼻唄と絹擦れの音が聞こえる。
あ、そういえばわたしも着替えに来たんだっけ。
望ちゃんの下着姿のインパクトに忘れていた。

「望ちゃん、わたしも着替えるので入りますよ」
「うん、わかったー」

一応、確認を取ってからカーテンの向こう側に入る。
中では、望ちゃんが練習用ユニフォームまで着替え終わり、練習に戻ろうとしているところだった。
さて、わたしも早く着替えて戻らないと。
ロッカーから替えのシャツを取り出し、汗でびしょ濡れのシャツを脱ぎ、そこである事に気づいた。

「うわ、ブラまで濡れてるよ」

思わず声に出してしまった。
まあ、シャツまで濡れている事を考えれば、簡単に連想できた事なんだろうけど。
しかし、こっちが濡れているって事は下の方も・・・・・・・・・・・・うっ、考えたくない。
それにしても、どうしよう。
さすがに下着の替えまでは持ってきてないし。かといって、このまま着けているってのも色々問題があるなあ・・・・・・だからといってノーブラで戻る気はない。

「今回は、しょうがないか」

どう考えたところで、下着の替えが無い以上はこのまま着けていくしかあるまい。
ブラがびしょ濡れなので、そのせいで白いシャツの胸の部分が濡れて、透けて見えるかもしれないのが困りどころだ。だからといって、ノーブラで行く気は全然ない。
はあ・・・・・・なんで白いシャツしか持って来なかったんだろう、わたし。
とはいえ、このままではリスクがあるので、ジャージの上半身用を羽織っていくつもりだけど。
おっと、予想外の出来事が起こったとはいえ、考え事にあまり時間を取られるのはよくない。
早く着替えないと。

急いでシャツを着て、ロッカーからジャージを引っ張り出そうとして、わたしの方を向いたまま棒立ちしている望ちゃんの存在に気づく。

29ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/03/31(水) 04:04:46 ID:IrWe6Rr.
「ま、まだ戻ってなかったんですか?」

やや呆れながらも、ジャージを羽織り、ロッカーを閉める。

「まあ、いいです。わたしも着替え終わったので一緒に戻りましょう」

わたしが声をかけても、反応しない。どうしたんだろうか。

「早苗さぁ・・・・・・」

望ちゃんがわたしをジッと見たまま、唇を動かす。

「なんですか?」

いつもと様子の違う望ちゃんを訝しく思いながらも、返事をする。
そんな望ちゃんはわたしに近寄ると、無造作に両手を上げ

「夏休み始まった時より大きくなってない?」

わたしの両胸を無造作に鷲掴み、何の遠慮もなく揉みしだく。

「ちょっ、望ちゃん!」

わたしは止めてほしいという意味を込めて、望ちゃんの両手を掴んで胸から引き剥がす。
望ちゃんは、引き剥がされた両手に視線を移すと、少しの間黙りこみ、それから大真面目な表情で

「うん、やっぱり大きくなってる!」

と言った。
いや、わたし的にはそれよりも人の胸を断りなしに揉んで謝りの一つもなしか。と思いの方が強かったりする。
とはいえ、これも昔からの望ちゃんの奇行の一つなので、パニックを起こさずに心の片隅で「またか・・・・・・」などと思う程度には慣れている。
慣れたくはなかったけど。

「ちっ、また大きく育ちやがって、この牛乳(うしぢち)め」

この言い方には少々ムカッときた。
誰が牛乳か。
わたしより山岡先輩の方がよっぽどデカ・・・・・・それはともかく、牛乳なんて言われるほど大きくはない。
確かに高校一年生の平均より大きいとは言われるが、それでも個人差の範囲内だ。
なので、牛乳なんて言われる謂れはない。

「まったく、誰が牛乳ですか。自分が貧乳だから周りの人が大きく見えているだけじゃないですか」

わたしとしては、少々仕返しを兼ねた反論だったのだが、これが最大の失敗だった事に気づかなかった。

「言ったね? 言っちゃったね? 人の気にしている事を。フフッフフフフフフフフフフ」

なんだか、俯いたまま笑い続けている。
凄く怖い。

「牛乳って言われるの、嫌なの?」

笑い続ていると思ったら、突然笑うのを止め、そんな事を聞いてきた。

「嫌に決まっているじゃないですか。当然ですよ」

わたしの返答に、ニヤリと笑い「そっかそっか、嫌なんだぁ・・・・・・」と呟く。

その呟きを聞いた途端、背中に言いようのない悪寒が走った。
俗に言う『嫌な予感』というやつだ。

30ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/03/31(水) 04:06:17 ID:IrWe6Rr.
そして、予感は的中した。

「そんなに嫌って言われると、牛乳って言われても反論できなくなるくらい大きくしたくなっちゃうな〜。
具体的には揉んで揉んで揉んで揉んで揉んで揉んで揉んで揉んで揉んで揉んで揉みまくって。
もう嫌だって言っても、謝るから許してって言っても、自他ともに牛乳だって認めざるを得なくなるほど大きくなるまで、揉むのを止めない」

その台詞を聞いて、悪寒が体中を駆け巡った。
あの望ちゃんの目は嘘や冗談や脅しではない。本気だ。
それを理解した瞬間、わたしは望ちゃんに背を向け

「そ・・・・・・・・・・・・そんな事されてたまるかあーっ!!」

部室から逃げたした。
しかし、その程度で危機が回避される訳がなかった。

「あははははははははははははははははははははは! 逃がさないよっ!」

笑いながら追いかけてきた。
怖い、怖いよ! 某前原さんも某鉈女に追いかけられている時も同じような恐怖を味わったのだろうか。

「つーか、あたしから逃げられるとでも?」

後ろから声が聞こえる。が、その声はバカみたいに笑っていた時より、よっぽどよく耳に届いた。
つまりは・・・・・・距離を詰められている?
恐る恐る、後ろを振り向く。
もう手を伸ばすだけで届きそうな、そのぐらいの距離しか空いてなかった。
そういえば、今の今まで忘れていたが、望ちゃんって野球部でも一、二を争う俊足だった。
さらに一年生限定で言うならば、間違いなく一番の速さだろう。
だけど、捕まる訳にはいかない。
捕まったら、望まぬバストサイズのアップで身も心も凌辱されると断言できる!

「だ、誰か助けてえーっ!」

わたしは誰かからの助けを求めながら、力の続く限り全速力で逃げ続けた。





【目指せ、甲子園−10 おわり】

31ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/03/31(水) 04:06:52 ID:IrWe6Rr.
とりあえずここまで
野球部女子マネ、市村早苗視点での【野球部の活動記録】という名のキャラ紹介『女子部員編』終了です
なので、地の文が説明口調ですが、ご了承ください
とりあえず、もうすぐ試合させるつもりですし、5話で加入した三人はまともな発言すらない状態でしたので、試合が始まる前にどんなキャラが紹介しておこうと思ったので・・・・・・

という事で、次回も市村早苗視点での、キャラ紹介『男子部員編』です

では、また次回


それにしても、部室での早苗と望のシーンは予想より長くなった。あんなに長くするつもりはなかったのに・・・・・・

32名無しさん:2010/03/31(水) 23:01:02 ID:v.RO.j2w
GJ!

33名無しさん:2010/03/31(水) 23:42:56 ID:???
gj!

34名無しさん:2010/04/01(木) 04:39:33 ID:???
GJ!
三点リーダから中黒に変わってね?

35 ◆jz1amSfyfg:2010/04/03(土) 01:49:49 ID:NBpNwVHI
>>34
携帯変えたから三点リーダーの出し方わかんなかった、だから『・』を半角にして代用しました

36名無しさん:2010/04/04(日) 22:53:14 ID:???
携帯で書いてるのに驚いた

37 ◆jz1amSfyfg:2010/04/09(金) 19:59:16 ID:ynB7BwtE
>>36
むしろ携帯の方が早い

38 ◆YVw4z7Sf2Y:2010/04/09(金) 22:55:58 ID:???
同じく。

39名無しさん:2010/04/09(金) 23:37:31 ID:Z4hpT3EQ
パソコンないの?
校正とか大変だと思うけど

40 ◆YVw4z7Sf2Y:2010/04/10(土) 12:17:57 ID:???
プロレタなオイラにそんなものがあるはずないのです。
校正は1レス毎、投下時にしてますがそれでもミスる時はミスります。

……えぇ、開き直りですとも。

41ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/04/10(土) 17:52:12 ID:NYUH4sic
>>39
パソコンは一応あるけど、携帯の方が慣れてるし打つのも早い
メモ帳に書き溜めて投下する前にざっと読み返して、誤字脱字探して直すので、それほど大変ではないですね
それでも誤字脱字出る時はありますけど

42ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/04/10(土) 17:52:14 ID:NYUH4sic
>>39
パソコンは一応あるけど、携帯の方が慣れてるし打つのも早い
メモ帳に書き溜めて投下する前にざっと読み返して、誤字脱字探して直すので、それほど大変ではないですね
それでも誤字脱字出る時はありますけど

43 ◆jz1amSfyfg:2010/04/10(土) 17:56:25 ID:NYUH4sic
うわ、ミスって名前入れてしまった。しかも同じ内容の二つ書き込んでしまった
すいません

44名無しさん:2010/04/11(日) 10:42:28 ID:???
パソコンなら一万ぐらいから売ってると思うのぜ
俺は逆に携帯とかほとんど触らんので
出先とかにも持っていける執筆用ノートが一台ある

45名無しさん:2010/04/15(木) 22:27:38 ID:xu1r0mXY
>>43
気にするなww
ま、いくらやっても誤字脱字って絶対出て来るよね……

46 ◆jz1amSfyfg:2010/04/21(水) 01:02:59 ID:dsn9A/OQ
>>45
ありがとw
そこらへんはしょうがないって割り切るべきなのかな

>>44
一万って……そんなに安く売ってるのか

47ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/04/23(金) 18:05:06 ID:Lg5vGo6g
【目指せ、甲子園−11】





「はぁ……」

今日のわたしは自分でも自覚できるほど、元気がなかった。
原因は昨日の逃走劇のせいだ。
あの後、なんとか望ちゃんから逃げおおせたが、長時間の全力疾走のツケとして、今朝から体を動かすと節々が痛む。いわゆる、筋肉痛だ。
さすがに放課後になると、痛みも大分和らいで普通に動ける程度にはなった。
ただ、あくまで『普通に動ける程度』であって、体を使う事をするとしばらく痛みが振り返す。
そう、例えば今みたく、練習用の道具を準備している時とか。

「い、痛い……両腕とか両足にズキズキくる……!」

痛みを堪えて、練習用の道具を全て運び終える。
それとほぼ同時、グラウンドに着替え終わった部員達が集まる。
今日は特に用事のある人はいなかったようで全員が集まった。
全員で円陣を組んで、坂本先輩からの二、三言、その後柔軟体操、ランニング、そして個人練習に移る。
この間、わたしは柔軟体操のお手伝いくらいしかやる事がない。
何らかの使命感にかられていた昨日のわたしなら物足りない気分になっただろうけど、筋肉痛が辛い今のわたしには有り難かった。
みんながランニングしている間に体を休めていたら、振り返した痛みが幾分か収まった。
個人練習に入ると、練習のお手伝いするために呼ばれるので、その前に痛みが収まったのは幸運だった。
いくら筋肉痛が辛かろうとマネージャーとしての仕事はキッチリとこなさないと。

「まだ少し痛いけど、これなら大丈夫だよね……うん、大丈夫」

自問自答し、痛みが振り返さない程度に軽く準備運動をする。

「……ん?」

準備運動をしながら、みんなの様子を見ていたが、なんか妙だ。
円陣を組んでいるかのように、全員が一カ所に集まって……何かを話している、のかな?
みんなから少し離れたところにいるわたしまでには声は届いていない。
しかも、ここからじゃ誰が話しているのかもわからない。
わたしの準備運動が終わった頃、話の方も終わったのか、全員一度頷いてからそれぞれが個人練習に移っていった。
一体何の話だったんだろう。
ま、大切な話なら後でわたしにも誰か話してくれるよね。

「おーい、誰か手伝ってー!」

お、早速お呼びがかかった。

「はーい! 今、行きます!」

さて、今日もマネージャーとして頑張るぞ!

48ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/04/23(金) 18:06:14 ID:Lg5vGo6g
「こっちだ」

声のする方に近づくと、眼鏡をかけた、いかにも賢そうな男子に手招きされる。
この眼鏡の男子は麻生良太君。
二学期になってから入部してきた五人のうちの一人だ。

「トスバッティングするからボールをトスしてくれ」
「はい」

少し離れたところにしゃがみ、ボールの入ったカゴから数個のボールを取り出す。

「じゃあトスしますよ」
「ああ」

ボールを、麻生君の腰と同じくらいの高さにトスする。
瞬間、麻生君の振るった金属バットが快音を発し、ボールをネットに叩きこんだ。
芯で捉えた良い打球だ。
四、五回ほとんど同じ高さでトスし、その球を打ち込まれる。
そして悪戯心で、次の球を麻生君の膝くらいの低さでトスする。
いきなりトスされた球の高さが急に変われば、普通なら空振るか打ち損じるかのどちらかだろう。
特に初心者なら、空振る確率が高いだろう。
だが、麻生君は

「おっと」

少し膝を曲げて、ゴルフのスイングのような軌道を描き、低くトスをした球をネットに打ちこむ。
初心者のはずなのに、不意の事態に対応してみせるこの反応速度には驚かされる。

「まだまだだ。今のは単に当てただけだ。振り抜かないと……」

麻生君は悔しそうに呟いていた。
野球を始めて一週間程で、今の高低差に食らいつけるなら大したものだと思うのだけれど。
どうやら、麻生君は自分の野球の、技術レベルの理想を高く設定しているようだ。

「よし、もう一回だ。頃合いを見てもう一度、高低差のある球を頼む」

そう言うと、気持ちを切り替えるように眼鏡のブリッジを指で押し上げ、再び両手でバットを握る。
ここまでやる気になってくれると、手伝う方としても気合いが入る。

「はいっ、わかりました」

返事をして練習を再開する。
腰の高さにボールをトスし続け、麻生君がトスしたボールを打ち続ける。
その繰り返しが十分程続いた頃、『そろそろ頃合いかな……』と考えた。
何が頃合いなのかは言うまでもなく、低めの球をトスする頃合いの事である。

「(よし、行くよっ!)」

心の中で自分自身に合図を送りつつ、表面上では何事もないかのように振る舞い、しかし内心ではどうなるか楽しみに思いながら、何度も反復してきた動きを繰り返し、ボールを低くトスする。

49ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/04/23(金) 18:07:05 ID:Lg5vGo6g
「っ!?」

麻生君は、トスバッティングに夢中になりすぎていたのか、低い球の事を忘れていたらしく、一瞬反応が遅れた。
そんな状況でスイングしても、まともな当たりになるはずもなく、バットの芯で打てなかったボールは低く鈍い音を響かせネットとは見当違いの方向に転がっていった。

「……………………やはり、いきなりそう上手くはいかないか。わかっていたさ、わかっていたとも」

打ち損じて転がっていくボールを見て、凄くショックを受けていた表情になっていたところを見た身としては、言い訳のようにしか聞こえない。
とにかくフォローをしておこう。

「そうですよ、始めから上手くできる人なんてそうそういませんよ。上手くなるには練習と経験、それが一番です」

とにかく言い訳がましいという事には目をつぶり、できるだけ麻生君の発言の内容を肯定しつつ、練習への意欲を高めるように言葉を選びつつ、言葉を紡ぐ。

「ああ、そう……だよな」

麻生君はそう言うと、バットをしまいグラブを掴んで坂本先輩の方に向かった。気持ちを切り替える為に守備練習でもするのだろう。
麻生君が行ってから、すぐに他の部員……成田秀二君に練習を手伝ってほしいとお願いされた。

「じゃあ、バントの練習するからマシンの操作を頼むよ」

成田君は、いかにも女子が騒がずにはいられなさそうなイケメンフェイスに爽やかな笑みを浮かべながら、自分の金属バットを取り出し、素振りをしている。
わたしの仕事は、バッティングマシンにボールをセットするだけ。セットしたら何もしなくても勝手に投げてくれるからね。
数回の素振りを終えた成田君は、バットの先端に左手を添え、即座にバントできる構えに入る。
わたしはマシンの後ろに行き、カゴからボールを取り出しボールをセットする。
球種は当然ストレート。スピードは……初心者だし100キロぐらいでいいかな。
設定を終わらせた。後はたまにボールを追加する事以外では見てるだけ。
マシンのアームがゆっくりと持ち上がり、ボールを持ち上げた瞬間、急激にアームのスピードが増し、設定した通り100キロ(多分)のストレートで、ストライクゾーン(成田君を基準とした場合)に向かっていく。
次の瞬間にコツン、と小さな音がバットから鳴り、ボールが弱々しく地面を転がる。

50ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/04/23(金) 18:07:50 ID:Lg5vGo6g
「よしっ」

成田君が小さく、だが満足そうに呟いた。
今のは、ボールをバットに当てた部分に加えてバットを引くタイミングが良く、打球が上に上がらず球の勢いもいい具合に抑える事が出来ていた。
球速を抑えていたとはいえ、今のは上手い。

「今のは上手なバントでしたね」

上手にバントできた成田君を誉めておく。
これひとつで部員のモチベーションを上げやすいので、誉める事はわりと重要だ。

「ありがとう、いいバットだろ?」

喜んでいる成田君は、わたしの予想してない、少し的が外れた返事を返してきた。
バント技術の事を誉めたつもりなのに、成田君からはバットの事を自慢するような返事が返ってきた。

「え、ええ、いいバットですね」

とにかく、バットの方も誉める事でモチベーションの増加に繋がるかもしれないので、余計な事は言わずにバットも誉めておいた。
その途端、成田君は爽やか?なスマイルを浮かべ、自らの手にあるバットに熱い視線を注いだ。
その眼に、ある種の怖さを感じた。
成田君の様子が少しおかしいので、バットの事をもう少し聞いてみる事にした。

「あの、そのバットって何か特別なバットなんですか?」

わたしが聞くと、成田君はウットリとした顔でバットから視線を外し、頷いた。

「そうなんだよ、なにせ楓たんモデルのバットだからね!」
「え……かえ…? え?」

ん? 聞き間違いかな?
聞き間違いじゃないとすれば『楓たん』って言ったよね?
そもそも『楓たん』って誰? そこからわからない。
みたいな事を成田君に言ったところ、成田君は怒涛の勢いで喋りだした。
早口でまくしたてる感じだったので聞き取りづらかった。
なんとか聞き取れたところから話を整理すると、成田君の見ている深夜アニメに出てくるヒロインの一人が、件の『楓たん』らしい。その深夜アニメは野球を題材にしたものらしく、かなり人気があるらしい。で、その『楓たん』モデルのバットがでたらしく、そのヒロインのファンの成田君は『楓たん』モデルのバットを買ったらしい。
以上が、話の中から聞き取れたところをわたしなりに整理してみた結果だ。
つまり、要約するとアニメキャラのモデルのバット買ったって事のようだ。
たったこれだけの事を理解するだけなのに、酷く疲れた気がする。
とにかく、聞いてる間は練習中止してしまったから練習再開しないと。

51ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/04/23(金) 18:09:14 ID:Lg5vGo6g
「ちょ、成田wwwお前、楓派かよwwwwwきめえwwwwww」

練習再開しようと思った矢先に、背後からやけにテンションの高い声が聞こえてきた。
この独特のテンションは一人しかいない。

「安川君ですか」

そう言い、後ろを振り返ると、予想通り安川慎吾君だった。

「当たりwwそれより、成田よぉwwwww楓派ってどういう事だよwww」
「何か文句でも?」

何やら不穏な空気が、二人の間に漂う。

「当たり前だろwwww楓よりも秋子に萌えるだろjk」
「秋子だって? 冗談だろ!? 秋子より楓たんの方がずっといいだろ」
「はっwwwwwお前目が腐ってんじゃねぇのwwwwwww」
「そっちこそ、視力大丈夫? いい眼医者知ってるから教えてあげるよ」
「違うかwww腐れているのはお前の脳みそかwwwwwwww」
「安川こそ頭がおかしいよ。いい精神科医教えてあげるから一生入院してろよ」

ああ、居心地が悪いことこの上ない。
二人ともアニメの話してたはずなのに、いつの間に罵りあいになったんだろう。
と、とりあえず止めないと!

「あ、あの二人とも喧嘩はいけないとおm」
「「市村さんは黙っててくれ!」」

二人からどなられた。しかもシンクロされた。
こう言われた以上、わたしでは何を言っても無駄だ。
残念だが黙らざるを得ない。
途方に暮れていると、誰かがわたしの隣を通り抜けていった。

「ここは私に任せろ。市村は、青山達のところに行け。練習の手伝いを探していたぞ」

わたしは、手の骨を鳴らしながら通りすぎていったキャプテンの指示に従い、青山君達のところに向かった。

余談だけど、この出来事から一時間程経った頃、あの二人がどうなったのか気になり、グラウンドを見渡してみた。
二人は、グラウンドの端っこの方で正座していた。しかも、俯いて、何かに怯えるようにガタガタと震えながら。
……いったい、あの後に何があったんだろう。

52ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/04/23(金) 18:09:55 ID:Lg5vGo6g
この時間だと、青山君は山吹君と投げ込みしているはず。
正直、投げ込みの練習では何か手伝いできるとはあんまり思えないんだけど、坂本先輩の言った事なので、口からの出まかせとは思えない。
ま、行ってみればわかるよね。
と、言う訳でビニールハウスで作られた簡易ブルペンの前に着いた。
いつもならここで練習しているはず。
ビニールハウスの扉を開くと、予想通りに投げ込みをしている二人……そして、予想外な事に、キャッチャーの斜め前方、わかりやすく言うならバッターボックスの位置にバットを構えて立っている者がいた。
ビニールハウスの中にいた三人……青空翔太君、山吹陽助君、川村龍一君、は一斉にわたしの方を向いた。
多分、誰が入ってきたのかと思って見たのだろう。頭の中ではそう理解できるのだけど、実際に一斉に見られると、不可視の圧力みたいなのを感じて、軽くのけ反りそうになる。
しかし、今はのけ反っている場合ではない。のけ反るよりも練習の手伝いという大切な事がある。

「えっと、坂本先輩に言われたんです。青山君達の練習で人手が足りないって」

ここに来た理由を簡潔に述べると、バッターボックスにいた川村君が構えていたバットを下ろす。

「……それなら、俺の役目は終わりだな…………」
「役目? 役目ってなんですか?」
「少しでも実戦に近い雰囲気で練習したかったから、仮想敵バッターとして、龍一にバッターボックスに立ってもらったんだ。ただし、バットは振らずに立ってるだけでな」

川村君の台詞の疑問に、青山君が答えた。

「そもそも、ここでボール打とうものなら、ビニールに穴空いちまうな。龍一のパワーなら尚更だ」

山吹君の言葉に、わたしは心の中で頷いた。
川村君は、入部当時からずば抜けたパワーの持ち主だった。飛ばす事に関しては多分部内一だろう。
その反面、バットコントロールがイマイチで、ボールに当たる事は十球中、一、二球がやっとといったところだ。

「……マシン打撃してくる」

川村君は、山吹君の台詞にも表情一つ変えず、バットを持ったままビニールハウスから退出した。今言った通り、バッティングマシンで練習しにいくのだろう。

「じゃあ、早速だけどバット持って打席に入ってくれ」
「はい」

近くに立てかけてあったバットを手に取り、川村君がいた場所と同じ位置に立つ。

53ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/04/23(金) 18:11:16 ID:Lg5vGo6g
「あ、言い忘れるところだった。おい、陽助、市村さんが見てるからって、調子に乗ったり力んだりするなよ?」
「そ、そんな事しねえよ! 考えてすらねーよ!」

からかうような口調で喋る青山君の言葉を、山吹君は必死な様子で否定する。

「そうか? その割には焦ってるように見えるんだが?」
「焦ってないっ! 余計な事言ってないで早く構えろ!」

焦りまくっている山吹君を見て満足したのか、青山君は言う通りにキャッチャーミットを一度拳で叩いて、前に突き出す。

「よし、来い」

山吹君は頷くと、大きく振りかぶり、左足を前に出し、ボールを持った右手を真横に振り抜く。
振り抜いた右手から放たれたボールは、サイドスロー独特の軌道を突き進み、青山君が外角低めに構えていたキャッチャーミットに納まる。
山吹君は、やはりコントロールがいい。
球威や球速があまりない分、狙ったところにきっちりと投げる事ができるコントロールは目を見張るものがある。
そして、そのコントロールの良さを一層良く見せているのが、青山君のキャッチングの上手さだ。
捕手のキャッチングが上手ければ、投手は心理的な余裕が生まれるし、投球にも幅ができる。
とはいえ、この二人が出場した試合を見た事がないので、このコントロールとキャッチングの良さが、試合でも通用するかと言われれば、?マークがつく。

「力みすぎだ。もう少し力を抜け」
「抜いてるぞ!」
「嘘つくな。俺が何回お前の球を受けてきたと思ってるんだ」
「嘘じゃねえって!」

二人は言い合いをしながらも、全生徒下校時刻が来るまで練習の手を止めはしなかった。



今日も練習時間が終わった。
わたしの場合、ここからもう一仕事がある。練習用具の片付けだ。
普段ならなんて事はないのだが、今日は筋肉痛なので、ただの後片付けも苦行になる。その辛さは今日、練習用具を準備した時に体験済みだ。
幸い、今日の練習手伝いはたいして辛くない部類に入るものが多かったので、今の痛みはほとんどない。
とはいえ、また重い物を持ったりしたら痛みが振り返すんだろうなぁ…………

「……はぁ」

でも、これもマネージャーの仕事なんだし、仕方ない事なんだ。
憂鬱な気分になりながらボールカゴに手を伸ばすが、ボールカゴを掴む寸前で、カゴが浮き上がった。

54ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/04/23(金) 18:11:54 ID:Lg5vGo6g
「えっ?」

素でそんな声が喉から漏れた。
訳がわからなかった。
だって、青山君がボールカゴを持っているのだから。
なんで今、青山君がボールカゴを持っているのだろうか。
もう練習時間は終わったのだ。

「筋肉痛なんだろ? 今日は俺達が片付けておくから、休んでていいよ」

色々と思考を巡らせていたわたしは、その一言で頭の中が真っ白になった。
……否、一つの疑問が残った。

「なんで、筋肉痛の事……いつから……」
「なんでって、昼休みに聞いたから」

青山君が指さした方向には、両手を顔の前で合わせ、ひたすら頭を下げる望ちゃんがいた。

「昨日、戻ってこなかったから何かあったのかと思って、市村さんと一番仲の良い望に聞いてみたんだけど……」

青山君は、一度言葉を切り、横目で望ちゃんの方を見る。

「コイツがそもそもの原因だったとはな」

望ちゃんは何か反論するつもりだったのか、口を開きかけたが結局何も言わずに閉口した。

「ま、そんな訳で今日のところは俺達に片付けさせてくれよ、な?」
「でも……」

わたしの都合で迷惑をかけさせる訳にはいかないと思い、断って自分で運ぼうとしたが

「でもも何もないっ……女の子なんだから体は大事にしとけ」

青山君はそう言うと、返事を待たずにボールカゴを持ち上げ、体育系部活共用の練習用具室へと歩きだした。
それに続いて、他の部員達も次々に練習用具を持ち、歩きだした。
その様子を、ただ茫然と眺めながら、青山君の言った言葉を脳内で反芻した。

「昼休みに聞いたのかぁ……」

同時に謎が解けた。
わたしが準備運動してた頃、ランニングを終えたみんなが何か話してたけど、わたしの筋肉痛の事だろう。
だから、今日の手伝いはたいして体を使わない、軽いものばかりだったんだ。
ああ、結局みんなに気遣わされちゃったか、マネージャーなのに……わたし、まだまだだなぁ。
マネージャーとしてこんな事、もう二度と無いようにしよう。
わたしは、心から決意した。

55ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/04/23(金) 18:13:11 ID:Lg5vGo6g
そして、片付けも終わり、本来ならここで解散なのだが、今日は解散前に野球部監督の豊永哲也先生から言う事があるとの事で全員グラウンドに集まっている。

「さて……今日は重要な発表がある」

豊永先生は定年間近の割には、張りのある声で語りだした。
重要な発表? なんだろうか?
豊永先生はみんなの視線を一身に浴びながら、口を開いた。

「春の甲子園をかけた、秋の予選大会が迫ってきてるのは、ここにいる全員が知っていると思うが……」

豊永先生は一度沈黙し、ため息をついてから、再び口を開いた。

「我が野球部は、秋の予選の出場を辞退する事にした」





【目指せ、甲子園−11 おわり】

56ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/04/23(金) 18:13:51 ID:Lg5vGo6g
とりあえずここまで
キャラ紹介『男子部員編』も終わり、キャラの視点も早苗さんから翔太へと戻ります
そろそろ翔太にも女の子っぽい格好させてみようかなあ……

というわけで、また次回

57名無しさん:2010/04/23(金) 21:51:26 ID:???
GJ!

58名無しさん:2010/04/24(土) 22:40:13 ID:???
>>56
gj!

59ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/05/31(月) 19:02:56 ID:/9.UHC3I
【目指せ、甲子園−番外編3】




【安全地帯を求めて……】



俺は今、母親による選択を迫られている。
メイド服か、普通の服(ただし女性用)か……って、そんなのは考えるまでもない。

「普通の服着るよ。さすがにメイド服はない」

この姿を、父さんや兄貴に見られたら、おそらく爆笑されるだろう。そんな屈辱を味わうのはまっぴらごめんだ。

「あら、そう……残念だわぁ」

残念がるな。

「じゃあ、俺着替えてくるから」
「あ、待った」

踵を返した瞬間に呼び止められた。
父さんと兄貴が帰ってくる前に着替えてしまいたいのに。

「何?」

俺は振り返らず、母さんに背を向けたまま、言葉を返した。

「はい、プレゼント♪」
「うわっ!?」

な、なんだ? 何かを被せられた……のか?
頭に手をやるが、何もない。いや、いつもと何かが違うような気がする。

「母さん……何したの?」
「鏡見てみなさい」

居間まで行き、設置してあった全体を写し出す事ができるほど大きな鏡を覗き込む。
そこに写っていたのは、もちろん俺だったんだが……一瞬、別の奴が写りこんだのかとおもった。
なぜなら、鏡に写りこんだ俺の姿が、いつもの俺とは掛け離れていたからだ。
いつもの俺は男用の服に短髪なのだが、今の俺は太股のあたりが心許ないメイド服(一応ニーソックスも履いているが、それでも心許ない)着用の上、何故か髪が腰のあたりまで伸びている。

「これって、もしかして……」

手の近くにあった一束の髪を掴んで引っ張る。
頭皮が引っ張られる感覚が無いまま、音も無く床にカツラが落ちた。

「やっぱり、カツラだったか」

呟いて、もう一度鏡を見るとメイド服こそ着たままだったが、髪はいつもの短髪に戻っている。

「しかし、いつの間にこんな物を……」

いや、いつ用意したかなんてどうでもいい。それより、こんな物を用意した母さんに文句の一つでも言ってやろうと、カツラを拾い上げ、台所に戻る。

「おい、母さん!」
「なに? あら、外しちゃったの?」

母さんが、残念そうな口調とともに眉が八の字になる。

「残念がるな。それより、何だこのカツラは!」
「翔太が必要になる時があるかと思って、こっそりと用意してたのよ♪」

母さんにカツラを突き付けるが、のほほんとした雰囲気の口調で返された。

60ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/05/31(月) 19:04:37 ID:/9.UHC3I
ダメだ、この話は時間がかかりそうだ。
続きは着替えてからにしよう。再び母さんに背を向け、台所から出ようとして

「忘れ物よ、翔太」

また、カツラを被らされた。

「…………どうも」

ここで「いらん!」とか言って突っ返しても、また隙を突かれて被らされるに決まってるんだ。それなら、自室に持ち帰って処分する方が安全かつ確実だ。

「やっぱり可愛いわ。さすが私の娘ね!」

くくく、馬鹿め。このカツラを準備した苦労が水の泡になるとも知らずに笑ってやがる。
あと、娘言うな。心はまだ男だ。
さて、今度こそ着替えて……

「「ただいまー」」

こ、この声は……父さんと兄貴! もう帰ってきたのか!?

「ハラ減ったな〜今日のメシはなんだろうか」

父さんの声と足音が次第に大きくなっていく。台所に近づきつつある証拠だ。
ヤバイ! か、隠れないと……って、隠れるようなスペースはこの台所には見当たらない。
……仕方ない。窓から外に出よう。
窓を開き、窓枠に足をかける。

「黙ってあげるかわりに、貸し一つね」

そんな母さんの台詞を背に、一気に外に飛び出す。
このままだと、俺の姿が台所から窓越しに丸見えなので、着地と同時にその場でしゃがむ。
一拍遅れて「母さん、今日の夕飯何?」と言う声が、開きっ放しの窓から聞こえてきた。
ふう、ギリギリだったけどなんとか見られなかったようだ。
今のうちに、玄関から家に入って自分の部屋まで戻ろう。
少し腰を上げ、なるべく足音をたてないように歩きだす。
辺りには人の気配が無かったので、人目を気にせずに動けるのはラッキーだった。
三十秒くらいで入口の前までたどり着けた。
入口のドアも極力音をたてないように静かに開ける。
……よし、誰も来る気配はないから気づかれていないようだ。
玄関に入り、上がりかまちを乗り越える。
普通だと靴を脱ぐが、靴は履いてないので、当然そのままだ。
今、俺の前には二つの道がある。上がりかまちを乗り越えた所にある左右に別れた廊下。左折した先の廊下にあるドアと、右折した先にある階段だ。
とはいったものの、とりあえず左折はしない。
なぜなら、左折を選んだ場合にあるドアの先は、居間になっている。もちろん、居間から台所にも行けるようになっている。

61ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/05/31(月) 19:07:01 ID:/9.UHC3I
さっきから一分程度しか経っていないので、父さんはまだ台所もしくは居間にいる可能性が大である。それに、一階に俺の部屋は無い。
というわけで、二階に向かう事になったが、兄貴という不安な要素が一つある。
二階には、俺の部屋だけではなく兄貴の部屋もある。
何かの拍子に、兄貴が部屋から出てきて鉢合わせして見られる可能性が十分にある。
リスクを軽減するために、まずは玄関の方に戻り、自分の靴を持っていく。
これなら、出会い頭でも靴をぶつけて視界を防ぐ事ができる。
……その後、仕返しされそうだけど、その事については深く考えないようにしよう。
いざという時に即座に投擲できるように、片手に一つずつ靴を持ちながら、部屋に進む。
特に何事もなく階段を上りきる。
手前の方と奥の方。二つの部屋がある。
俺の部屋は残り三メートルしかない手前の方なので、ここまで来ればもう着いたも当然。
一応、念の為に足音をたてずに部屋の中に入る。
ドアを後ろ手で閉め、安堵のため息を吐き、ドアに体重を預ける。

「やっ……たぁっ!」

無事に部屋まで着いた達成感のせいかテンションが上がって、靴を持ったままの両手を上にあげる。
父さんが来た時は危なかったけど、アレ以外は特に何も無かったし、これじゃあ兄貴の事を警戒する必要は無かったな。
さてと、さっさと着替えてしまおう。
まずはエプロンから……

「おい、翔太。いるか?」

口から心臓が飛び出るかと思った。それほど驚いた。

「あっ、兄貴っ、なな何?」
「? どうした、翔太? 何か焦っているような……」
「なっ、なんでもない! で、何!?」
「貸した本とCDを返してほしいんだけど」

ああ、あれか。しかし、今はこの服なので兄貴の前に出れる訳がない。適当な事を言って、後にしてもらおう。

「あ、ゴメン。今、手が離せないから……」
「いいよ、勝手に持っていくから」

兄貴のそんな台詞と共にドアノブが回り、ドアが開かれ……

「せええええい!」

俺の、気合いを込めた蹴りでドアごと兄貴を押し戻す。
ふう、間一髪。

「うおわっ!?」

兄貴は大きくバランスを崩したようで、ドアの向こう側から成人男性が床に叩きつけられるような音が聞こえた。

62ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/05/31(月) 19:08:36 ID:/9.UHC3I
しかし、マズイ事になった。このタイミングで兄貴が来るとは。
しかも、断りも無しにドアを開けようとしやがった。まあ、油断して鍵かけるのを忘れた俺も悪いんだけど。
開ける途中で、死角からドアごと蹴り飛ばせたから、俺のこの格好には気づいていないだろう。

「翔太〜!」

ドアの向こう側から、怒りを押し殺したような声が聞こえる。

「聞かせてもらおうか。なぜ蹴った?」

メイド服を着ているところを見られなくなかったからです! とは言えない。言える訳がない。
なんて言い訳をしよう。兄貴を納得させる事ができるぐらい説得力のある言い訳を。何かないか、何かないか、何かないか……ダメだ、焦りすぎて思い浮かばない。

「理由もないのに蹴ったのか?」

兄貴の口調が平淡なものに変わるが、逆にそれが怖い。

「えーと、ご……」
「ご?」
「ごめんなさい」

謝り、即座に鍵をかける。

「おい、ふざけんな!」

兄貴の怒りの声と、ドンッ、とドアを叩いたような音が部屋に響く。

「第一なぁ、兄貴も悪いんだよ! ノックも無しにいきなり人の部屋に入ろうとすんじゃねえよ、バーカバーカ!」
「なんだとおぉぉ!」

さらに怒らせてどうするよ、俺。怒りに火がついたのか、もの凄い勢いでドアを叩いてる。
このドアが壊れちゃうんじゃないかってくらいの勢いだ。
そんな事を考えていると、ミシリ、という音と共にドアの鍵を取り付けている部分にヒビが入る。

「……え?」

思いもよらなかった事に、思わず声が出る。
もしかして、ドア全体が壊れるような事はなくとも、鍵をつけている部分は壊れやすい……とか?
その考えを肯定するかのように、ドアを叩く音と共にヒビが広がっていく。
この様子だと長くはもたない。せいぜい一分程度だろうか。
一分だと着替えるには時間が無さすぎる。
残された道は窓から外に逃げるしかない。
しかし、逃げるといっても問題がある。
一つはどこに逃げるか、である。つまり、こんな格好の状態で行くアテはあるのか、という事。
そして、もう一つ。他人の目、である。つまり、通っている学校の関係者、特に俺と同じクラスの人間に見られると非常に厄介な事になる。無論、人通りの少ない所を選んで通るつもりだが。
とはいえ、このままじゃ見つかるし行くしかない。
急いで靴を履き窓から出ようとして、部屋の隅でオブジェと化していた、マスクと目が合った。

「無いよりはマシか」

63ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/05/31(月) 19:09:57 ID:/9.UHC3I
そんな訳で、鹿の頭のマスクを被って、窓から飛び降り、庭に着地する。
普段から野球部で鍛えてたおかげか、足に痺れが走っただけで済んだ。
痺れを感じる足をすぐさま動かし、庭から外へと逃げ出した。



その三十分後、俺はとある階段の中腹で休憩を取っていた。

「前にも思ったけど、ここは疲れる……」




脱出に成功した俺はまず、この先どこに行くか、を考えた。
学校関係者に遭遇する危険性に関しては、鹿のマスクを被っているので見られてもバレる事は無いだろうから、そこは悩む必要はない。
となると残る当面の問題は行き先だった。
近くの公園の女子トイレに隠れて考えた結果、今の俺が行っても大丈夫そうな所が一カ所だけ思い浮かんだ。というか、今の俺の状況ではそこ以外での良さそうな場所は思いつかなかった。
ただし、問題が一つ。
その場所は俺が勝手に思いついただけで、アポイントメントを取っていない。つまり、向こうは俺は来る事を知らない。
……いきなり訪ねて迷惑にならないだろうか。
とはいえ、躊躇してたらこのままトイレに篭りっぱなしだ。
厚かましいとは思うが、行くしかないか。



そう決意しトイレから出て、今に至る。

「さすがにマスク被ったままはキツい……」

休憩を終え、立ち上がると同時に鹿のマスクを外す。
今まで着けっぱなしだったから外すのを忘れていた。
やけに普段より息苦しいと思ったら……そりゃ、こんな物被っていたら普段より早く息苦しくなるに決まってる。迂闊だった。
マスクを外した途端、夕方の涼しい風が火照った顔を冷ましてくれた。

「あ、気持ちいい……」

思いがけず小さな幸せを味わい、再び階段へと立ち向かう気力が湧いてきた。

「よし、サクッと上っちまおう!」



そうして二十分後、階段を上りきり、目的地の『みちる先輩の家』に着いた。
まあ、俺の正体や事情を知っている、という条件がある以上行き場所はみちる先輩の家しかない訳であって。
とりあえず、インターホンのスイッチを押して、待つこと数秒。
扉の向こうから「はーい」という声と、微かに聞き取れる程度の足音が聞こえる。
う……妙に緊張する。

「お待たせしまし……」

みちる先輩が、扉を開いて俺を見た途端フリーズした。
今の俺の格好を考えれば無理もないだろうけど。

「あ、お、俺です。青山翔太です」
「あ、青山……君?」

先輩は心底驚いたような表情のままだった。

64名無しさん:2010/05/31(月) 19:10:37 ID:???
リアルタイムキタコレ

65ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/05/31(月) 19:11:26 ID:/9.UHC3I
今、俺は居間で座っている。
そして、俺の前にはみちる先輩が向かい合う形で座っている。
この状況は、前に先輩の家に来た時と酷似している。
もっとも両者の精神状態は前回ほど、よろしくはない。

「えーと、先輩。落ち着きました?」

俺は申し訳なさげに、先輩に問いかける。

「まあ、なんとか……見苦しいところをお見せしてすいませんでした」

先輩の言う『見苦しいところ』とは、さっき俺の姿を見た時の反応の事だ。
先輩は、驚愕の……と言うよりありえないものを見たような表情のままフリーズしていた。
それからフリーズが解けて居間に行くまで、十五分はかかった。しかも、居間についてから今のように落ち着くまで、さらに十分ほどかかった。
それほどまでに、俺の格好は衝撃的だったのだろうか。
昨日まで男子の格好してた奴が、鹿のマスク片手に長髪のメイドへと変わっていたら、確かに衝撃的だろうけど。

「見苦しいなんて、全然そんな事なかったですよ!」

ちなみにこの台詞は社交辞令ではなく、本当に思った事である。

「ありがとうございます。ところでその格好はいったい……?」

とうとう聞いてきた。
言いにくいなあ。この格好をした事を説明すると、ここに来た理由も説明しなきゃいけなくなる。実に言いにくい。
でも、ここに来た理由を上手くごまかして説明したとしても、いずれ聞かれるだろうし、ちゃんと言っておいた方がいいか。
俺は意を決して、話しだした。
母親のせいでこの服を着るはめになった事。我が家からの脱出、潜入、再脱出の経緯。そして、ここに来た理由。
それら一切を包み隠さず、ありのままを喋った。

「と、いう訳です」
「なるほど。よく判りました」

先輩は半ば呆れたような顔で頷いた。
なんで呆れられているのか、よくわかんない。

「それで……よろしければ男性用の服を貸して欲しいんですけど」

この家に来たもう一つの理由がコレだ。
一年前まで男だった先輩なら、まだ男物の服を持っているかもしれない。
前に来た時は、弟がいると言っていたのでお下がりで着せるために残している可能性はある。
そこらへんの可能性にかけて言ってみたが……さあ、どうなる?

「まだ前のが残ってますから構いませんけど……」

俺の読みは当たっていたが、何やら乗り気ではないようだ。
何故だろう?

66名無しさん:2010/05/31(月) 19:11:36 ID:???
wktkしつつ出かけてくるノシ

67ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/05/31(月) 19:12:41 ID:/9.UHC3I
「その……服のサイズ、大丈夫でしょうか?」

……そこは考えてなかった。
ちなみに今、先輩との身長差は目測だが10cmくらい。
女体化すると、大抵の場合体格が縮むらしい。
俺は女体化してもあんまり体格が変わらなかったが、先輩はどうなんだろう。

「あの、先輩の男の時の身長ってどのくらいでした?」
「えっとですね、一年の身体測定の時が……」

先輩の言った数値を聞いて、俺は絶望感に包まれた。
今の俺と15cmも違う。
俺が先輩の服を着たら、間違いなくダボダボになってしまうね。
その状態で家に帰ろうとしたら間違いなく人目を集めるし、家に帰ってからもなんやかんやとうるさく言われるだろう。
しかし、まだだ。先輩がダメでもまだ弟さんの服がある!

「えっと……弟さんの服は」
「弟はどっちとも小学生ですよ?」

ダメでした。
同年代の奴らと比べて、体格の小さい俺でもさすがに小学生の服は辛い。
どうしよう、望みが断たれた。
俺がこの後どうしようか迷っていると、玄関の方から扉が開く音がし「ただいまー!」という元気の良い声が三重に重なって俺の耳に届いた。

「あ、弟達と妹が帰ってきたようです」

先輩のその言葉と同時に居間のふすまが勢いよく開かれ、活発そうな男の子が二人、少しおとなしそうな女の子が一人入ってきた。

「あ、姉ちゃん。ただいま!」
「ただいま、姉ちゃん!」
「お姉ちゃん、ただいま」

三人ともバラバラのタイミングで先輩にただいまの挨拶をした後、俺に気づいたようで弟さん達は俺の方を指さして「この姉ちゃん誰?」と先輩に聞き、妹さんは俺の方をジッと見ている。

「三人とも、おかえり。この人は私と同じ野球部の人よ」
「じゃあ、なんでメイドさんの服を着てるの?」

先輩が答えると、妹さんが首を傾げながら、さらに尋ねてきた。

「えっと、これはね……」

先輩は妹さんくらいの歳の子でも判りやすいように苦労しつつも説明をした。
苦労かけてすいません、先輩。

「という訳よ。わかった?」

三人とも、頷いて肯定の意味を示した。

「じゃ、三人とも早くうがいと手洗いしてきなさい」
「「「うん!」」」

三人は元気よく返事すると、台所の方へと向かっていった。

「すいません、騒がしくて……」
「いえいえ、元気が良くていいじゃないですか」

頭を下げかけた先輩を、手を上げて止める。

68ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/05/31(月) 19:13:58 ID:/9.UHC3I
しかし、これからどうしよう。
こんな格好じゃ帰れない。かといって、男性用の服を借りたとしてもサイズが合わずにとても外に出られないような、だらしない姿を晒す事になるだろう。仮に譲歩して女性用の服を着るとしても、男性用と同じくサイズが合わないだろう。
買いに行くにしても、財布置いてきてしまったし、そもそもこんな格好で外にはもう出たくない。
まさに八方塞がりだ。

「なんとかするのは難しいですね……」

俺の思考を感じ取ったのか、先輩はそう結論づけた。

「そう、ですね……」

何も手段がない。
それでも何か手はないか、二人で頭を働かせたいると

「……あ、一つ手段思いつきました!」

先輩が先に思いついたようだ。

「どんな手段ですか?」
「青山君は今のまま家に帰れない状況にあって、それで悩んでるんですよね?」

先輩が当たり前の事を聞いてきた。

「はい、そうですけど……」
「じゃあ今日は帰らなきゃいいんですよ」
「……え?」
「私の家に泊まっていけばいいんですよ」

一瞬、先輩が何を言ってるのか判らなかった。

「せ、先輩の家に泊まる、ですか?」
「はい。嫌、ですか?」

いえ、嫌ではないんですが。
ありがたい事なんだけど、なんか話が急すぎるというか。

「話が急すぎますよ。先輩のご両親の許可を取らなくてもいいんですか?」
「大丈夫ですよ。多分、父も母も断りませんから」

妙に自信たっぷりな口調だが、先輩がそう言うのなら大丈夫なんだろう。
それに今のところ、先輩の提示した手段しか良い方法が思いつかない。
とはいえ、やはり泊まるという行為は多大な迷惑をかけてしまうのではないか?
やっぱりサイズが合わなくても服を借りて帰るべきか、と悩んでいると、三人が戻ってきた。

「ねえねえ、メイドの姉ちゃんは今日家に泊まるの?」
「だったらさ、俺達とゲームして遊ぼうよ!」
「…………」

どうやら、先輩の言葉は三人の耳にも届いていたらしく、弟さん達は俺の前に立ってしきりに遊ぼうと誘い、妹さんは無言のままメイド服の裾を握ってきた。まるで「帰らないで」と言っているようだった。
……はあ、仕方ない。

「ではお言葉に甘えて、ありがたく泊まらせていただきます」
俺は先輩に向かい、頭を下げた。

こうして先輩の家に泊まる事になったのだが、その話はまた後日。





【目指せ、甲子園−番外編3 おわり】

69ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/05/31(月) 19:14:59 ID:/9.UHC3I
とりあえず、ここまで
なんとか5月中に投下できた……
でも、このペースじゃ6月は無理だろうね
という訳で次回は7月に投下予定です

では、また次回

70 ◆jz1amSfyfg:2010/05/31(月) 19:18:12 ID:/9.UHC3I
>>64
初めてのリアルタイムで一瞬びびったww

>>66
ノシ

71名無しさん:2010/05/31(月) 20:51:13 ID:ovvXaCLM
GJ!!

72名無しさん:2010/07/12(月) 23:40:57 ID:6CxoPmWM
だれもいない
俺ひとりだけ

73名無しさん:2010/07/13(火) 03:06:06 ID:???
俺もいるぞ

74名無しさん:2010/07/14(水) 23:35:41 ID:I60Rrn.c
大丈夫
俺もいるぜ

75名無しさん:2010/07/15(木) 00:44:37 ID:s2pprzg2
なんとこのコミュニティはまだ存続していたのか

76名無しさん:2010/07/15(木) 02:05:29 ID:SOK4J6g2
ほっそりとやってますぜ
また浮き上がるきっかけは絶対にあるはず…

77ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/07/16(金) 15:30:40 ID:6.IVxbCU
【目指せ、甲子園−12】





「我が野球部は、秋の予選の出場を辞退する事にした」

監督の急な宣言に、誰も、一言も、言葉を発せない。
そんな状況でも監督はお構いなしに話を続ける。

「つい一時間程前、ウチの生徒が暴行事件を起こした」

俺を含めた部員全員に動揺が走った。

「その報告を受け、我が校は全ての部で近々開催される大会の出場を自粛する事が決定し」
「待ってください!」

坂本先輩が監督の言葉に待ったをかけた。

「なんだ?」
「事件を起こしたのは野球部の部員ではありませんよね?」
「そうだ」

監督がゆっくりと頷き、それを見た坂本先輩も逸る気持ちを抑えるようにゆっくりとした口調で質問を続ける。

「ならば、他の部の部員ですか?」
「いいや、違う。事件を起こした奴はどの部にも在籍していない」
「では、何故出場の自粛を……」
「世間体ってやつだよ」

監督の放った一言は、坂本先輩を黙らせた。

「いいか、世間様ってのは思っているより頭が固えんだ。大体の奴らは学校の生徒達を単独ではなく、集団として捉える」
「と、いうと?」
「つまり、問題を起こした生徒とお前らは同じ学校の生徒ってだけなんだが、頭の固い奴らからすれば、今回問題を起こした奴もお前らも同じ問題児と見なされる。同じ学校の生徒と言うだけで、だ」

なるほど。つまり『箱の中の蜜柑が一個腐っていた。だからこの箱の蜜柑は全部腐っている』みたいな解釈をされる、という事か。

「そんな馬鹿な……!」

坂本先輩は、苦々しい表情で呻くような声での呟いた。

「という訳だ。この状況ではさすがに出場は避けたいのでな。ついさっき、出場を辞退する旨を伝えた」

監督は淡々と告げた。

「もちろん野球部だけではなく、近日中に行われる大会に出場予定だった部は出場中止となった。以上だ、今日は解散!」

解散が告げられたが、すぐに動き出す者は誰ひとりとしていなかった。

78ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/07/16(金) 15:32:09 ID:6.IVxbCU
突然の衝撃宣言から一夜明けた、翌日の放課後。俺と麻生の二人は職員室の前にいた。
昨日の話について気になる所があり、監督に問いただしたい事があって、同じく気になったという麻生と共に、放課後に職員室にへと向かった。
麻生と顔を見合わせ、どちらからともなく頷くと、職員室のドアをノックし、中に入る。先頭は俺だ。

「失礼します」

中に入ると、職員室独特の雰囲気を感じ取れる。が、今はそんな事に構っている暇はないのだ。
辺りを見渡すと、椅子に座っている監督を見つけた。

「監督」

近寄り声をかけると、監督は書類に走らせていたペンを止め、こっちを振り向く。

「青山と麻生か。何か用か?」

二人とも同じ用事なので、俺が代表して話す。

「実は昨日の話についてなんですが……」
「その話はもう決着がついただろ。我が校は出場辞退だ」

それだけを言い、もう話す事は無いと言わんばかりに机の方へと向き直った。
だが監督に話す気は無くても、俺達にはある。

「監督、その件についてなんですけど気になる事があるんです」
「なんだ?」
「なんで監督は嘘をついたのかと思いまして」

書類の枚数を数えていた監督の手の動きが、一瞬止まった。
もちろん、その反応を見逃すような事はしない。
監督が何か言おうとしたが、それよりも速く、俺が口を開く

「昨日、監督は言いましたよね。近々開催される大会に参加する予定するだった部も、野球部と同じく出場停止にするって」

監督は無言。俺はそれを肯定の意を示すものだと受け取り、話を続ける。

「だけど、おかしいんですよ。俺のクラスに、野球部以外の『近々大会に参加する予定のある部』に所属している奴が三人程いるんですが、全員が大会出場停止の事は聞いていないって言うんですよ」

監督は、何も言わず、書類を数える手も止めず、ただ黙っている。

「それで、その三人はそれぞれの部の顧問の先生に出場停止になるのか聞きに行ったけど、全然そんな事はなく、逆に『何故、出場停止になるのか?』と聞かれたそうです」

監督は数え終わった書類を手放すと、ペンを手に取り書類に何かを書き込みはじめた。
その清々しいまでのシカトっぷりに俺は少々不安になる。だがもうここまで話したら止まらない。

79ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/07/16(金) 15:33:32 ID:6.IVxbCU
「おかしいですよね、この『なんで出場停止になるのか?』って聞かれたの。監督は、ウチの生徒の暴行事件のせいだと言った。監督は知ってるのに、なんで他の先生は出場停止になる程の事件の事を、誰一人として知らないんでしょうか?」

監督は素知らぬ顔でペンを走らせる。

「つまり、この状況で一番自然な考え方としては、暴行事件は監督のでっちあげた実際には起こっていない嘘の事件だって事です」
「ついでに言うと、昨日一日ウチの生徒は誰も暴行事件を起こしてはいない」

俺の後ろにいた麻生が、付け加えるように言った。

「マジで?」
「ああ、信頼のおける筋から情報だから間違いない」

麻生は自信満々といった様子で告げた。
コイツがここまで自信ありげに言うのなら、まあ間違いはないだろう。

「……と言う事ですが、どういう事か聞かせてもらえますか?」

俺がそう言うと、監督はペンを置くと立ち上がり「屋上で話す」と言い、俺達の脇を通り抜け歩きだした。
俺達は慌てて監督の後をついていった。



屋上には、俺と麻生と監督の三人しかいない。
わざわざ場所を変えたという事は聞かれたくない系の話だろう。それを考えると都合が良かった。
監督は金網の向こう側に広がる校庭を見下ろしながら、口を開く。

「お前らの言う通り、暴行事件は俺の作り話だ」
「なら、大会には……」
「しかし、大会出場を辞退したのは本当だ。もっとも、連絡したのは昨日ではなくついさっきだがな」
「……!」

暴行事件が嘘だと判明し、大会に出れるかと喜びかけたところで「大会出場辞退は本当」と来たもんだ。しかも俺達に何も言わず、独断で。
危うく、一瞬本気でキレそうになったが、麻生が強く肩を掴んでくれたおかげで、監督に飛び掛かるのを我慢できるくらいの理性を保つ事ができた。

「な、なんで、嘘までついて大会出場したがらないんですか」

どうにも収まらない怒りが爆発しないように堪えつつ、監督に尋ねた。

「……俺は勝つ見込みのない勝負はやらない主義なんだよ」

監督の言葉が耳に入り、頭の中で反芻しながら言葉の意味を少しずつ理解していき……頭が沸騰しそうな程の怒りが込み上げるのを自覚した。

80ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/07/16(金) 15:35:13 ID:6.IVxbCU
勝つ見込みの無い勝負はしない? ふざけるな。たったその程度の理由で貴重な試合の機会が、甲子園に行くチャンスが消えたんだぞ。
そして、俺達はまだしも先輩達はどうする。今回辞退した事で甲子園出場のチャンスは、来年の夏の一回きり……正真正銘のラストチャンスしか無くなったんだぞ。
勝つ見込みの無い勝負はしない。たった、それだけの理由で……!



「……い…おい、おい! 止めろ、青山!」

麻生の声が意識に割りこんできた。
止めろって、何をだよ?

「その手を離せ!」

手……?
俺はゆっくりと右手のある方を見る。
そこには、監督の胸倉を掴んで金網に押しつけている俺の右手があった。
そうだ、確か俺は監督の言葉にキレて頭の中が真っ白になって、肩を置かれていた麻生の手を振り払って、怒りに任せるままに監督の胸倉を掴んで、金網に力任せに押しつけたんだった。
どうやら、キレて記憶がトンだようだ。トンだ記憶を思い出すと同時に怒りを蘇ってくる。
虚脱しかけていた右手に再び力を入れ、監督を全力で金網に押しつける。

「ぬぐ……!」

監督が苦しそうな呻き声をあげる。
と同時に背中に衝撃を感じ、何者かに羽交い締めにされた。
今の状況を考えると、俺を羽交い締めにしているのは麻生以外には考えられない。

「離せ、麻生!」
「気持ちはわかるけど、まずは落ち着け!」

俺は麻生から逃れようとがむしゃらに暴れたが、麻生は割と力が強く、いくら暴れても逃れる事はできなかった。
しばらくそのままでいたが、俺が落ち着いてきたのを察知し、麻生は羽交い締めを解いた。
その直後に監督は口を開いた。

「青山、お前が激昂した理由、わからなくもない。しかし、出場したところで時間の無駄だ」
「なっ……!」

ようやく精神状態が落ち着いたところでこの物言い。
再び怒りが込み上げてきた。

「いいか、野球は九人いないとできない」

監督はごく当たり前の事を言った。
俺は今の言葉を不可解に思い、眉をひそめるが、監督は構わず話を続ける。

「今の野球部は四人が新入部員、しかも素人だ。仮に秋の大会に出場するとして、実戦までに鍛えたとしても使えるのは運が良くても一人だろう。他の三人は戦力として計算できない初心者的な存在となるだろう」

監督の言っている事は概ね正しい。と同時に反論一つできない自分を悔しく思う。

81ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/07/16(金) 15:36:46 ID:6.IVxbCU
「さらに高校野球での実戦経験の無い者が四人。戦力と数えるには未知数すぎる」

その中の一人として、監督の言葉は精神的に痛く感じる。

「まあ、仮に四人全員が戦力になるとしよう。そして、さっき言った新入部員、上手くいって一人が戦力になったとしよう。そして、残った一人の坂本については戦力になる事はわかっているな?」

俺は頷いた。坂本先輩に関しては、普段の練習風景に加え、夏の大会でその実力を逃す事なく見ていたので、言われずとも戦力になるという事に異論は無い。

「しかし、そこまでだ。戦力になるのは多く見積もっても六人、残り三人は戦力にならない役立たずのままだ」
「役立たずって……」
「なら、どう言えと? 例えどんな言い方をしたとしても、役立たずなのは事実だ」
「……っ」

監督の言ってる事は間違いではない。
ついこの間入った、みちる先輩以外の新入部員四人はお世辞にも戦力と言えるようなレベルではない。秋の大会に合わせた練習をしたとしても、十中八九中途半端なまま終わるだろう。
でも、だからって監督の言い方は酷い。しかも、ここには新入部員の一人である麻生もいるのに。
横目で密かに麻生の様子を伺う。
麻生は自信なさ気にうなだれていた。野球を始めたばかりなので仕方ないとはいえ、役立たず呼ばわりされたショックは大きいようだ。

「でも、そうだとしても俺達がカバーすれば……」
「言ったはずだ、野球は九人いないとできない」

監督がさっきと同じ台詞を発するが、その言葉の意味はさっきとは全く違う。

「四人も足手まといを抱えている。こっちは五人で戦っているようなものだ。相手が弱小校ならまだしも中堅クラスの高校と当たってみろ。ほぼ確実に負ける」

監督はここまで言うと、一度言葉を止め、締めの一言を口にした。

「俺は勝つ見込みの無い勝負はやらない主義なんだ」

勝つ見込みの無い勝負はやらない……中堅クラスと当たると確実に負ける……? そんなの……やってみないとわからないじゃないか!

「どうやら納得できないようだな」

監督は俺の顔を見ると、ニヤリと笑いながらそう言ってきた。

「当たり前です!」

俺は監督に色々な鬱憤をぶつけるかのように怒鳴った。
監督は俺の怒鳴り声を聞くと、不敵な笑顔をさらに歪め、携帯電話を取り出した。

「なら、試してみるか?」

82ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/07/16(金) 15:37:26 ID:6.IVxbCU
試すって……何を?
それを聞く前に、監督はどこかに電話をかけた。

「俺だ。ああ……ああ、そうだ、嫌とは言わさんぞ。お前は俺に五万程貸しがあったはずだ。断ると言うのなら、今日、それも今から返してもらいに行くだけだ。なに? 今月はピンチだから勘弁してほしい? そんな事、俺が知るか。……そうだ、最初からそう言えばいいんだよ。じゃあ今月末の日曜日でいいな? ……ああ、じゃあな」

そう言い、監督は携帯電話をポケットにしまう。

「決まったぞ」
「決まったって……何が?」
「何がって、練習試合だよ、花坂高校との」

監督は当たり前の事のように言ってのけた。
だが、俺達にとっては予想外すぎる事だ。
急に試合が決まった事もそうだが、相手が花坂高校と言うのも全くの予想外だ。
花坂高校は、今年の夏に泉原高校の野球部……つまり、俺達が在籍している野球部と甲子園行きを巡って決勝戦で激闘を繰り広げた関係である。ちなみに花坂高校は甲子園出場の常連校。つまり、ここの地区では最強クラスの高校である。

「証明してみろよ、今のチームで勝つ自信あるんだろ?」

なるほど、わざわざ強いチームを当ててまで自分の言った事は正しいと判らせる気か。
上等だ。

「例え、相手が花坂だろうがどこだろうが、やってやるよ」
「良い返事だ」

監督は楽しそうな笑顔を見せると「試合は今月末の日曜だ、励めよ」と言い残し、屋上から去っていった。

「麻生、部活に行くぞ」

俺は、急展開すぎる状況についていけてない麻生に声をかけ、部活に行くように促す。
花坂高校に勝つため。いまや、一秒たりとも時間を無駄にできない。
俺は麻生の腕を掴み、部室へと駆け出した。





【目指せ、甲子園−12 おわり】

83ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/07/16(金) 15:38:00 ID:6.IVxbCU
とりあえず、ここまで
今回は展開が強引すぎたかもしれませんが、とりあえず試合が決まりました
ようやく試合パートが書けます
とは言っても、次回はまだ試合前の出来事を書くつもりです

とりあえず次回は八月中に投下できるように頑張ります。



では、また次回

84名無しさん:2010/07/16(金) 22:08:02 ID:???
乙!

85ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/07/20(火) 11:46:38 ID:r4k7nYMw
【目指せ、甲子園−13】





「「「偵察?」」」

部室に集まった十人の内、九人が異口同音に疑問の言葉を口にした。

「そう、偵察して敵の戦力を確認するんだ」

この場で、疑問の言葉をただ一人発しない人……坂本先輩がそう言った。
そもそも、何で偵察とかいう話をしているのか。それは、今日の放課後、ほんの二〜三時間程前に起こった、とある出来事のせいである。
簡潔に話すと『監督の嘘を暴きに行ったら、練習試合を組まされた』って感じだ。どうしてこうなったんだっけ……。
ま、いいか。
それから、部活が終わり試合の事を皆に話した。
すると、坂本先輩が「偵察しよう」と言い、現在に至る。

「偵察メンバーは厳選する。誰が偵察に行くかという事だが……」

坂本先輩の言葉に心の中で頷く。
確かにメンバーは選んだ方がいい。全員で行くと確実にバレそうだ。
それに、花坂は夏に対戦したばかりだ。俺達一年生の顔は覚えてないだろうが、四安打五打点を叩きだした坂本先輩の顔はキッチリと覚えているだろうから、坂本先輩は行けないだろう。

「まずは、ピッチャーの山吹。偵察でも情報は入るが、レギュラー陣の打撃は直に見ておいた方がいいだろう」
「了解っす!」

陽助が頷くのを見て、坂本先輩はこっちに視線を向ける。

「青山、お前もだ。お前はキャッチャーの視線から、レギュラー陣のバッティングを探ってくれ」
「は、はい!」

まさか自分が指名されるとは思ってなかったので、慌てながら返事をする。

「さて、次は逆に行かない人間を発表する」
「「え?」」

俺と陽助の声がシンクロした。
まさか二人だけで行けと?
しかし、先輩は俺達の声など聞こえていないかのように無視し、口を開く。

「まずは私だ。夏の大会で暴れすぎたから、向こうに私の顔を覚えている奴がいるかもしれん」

その言葉には皆が頷いた。
先輩は続ける。

「それと、麻生、明石、安川、成田の四人も行くな。現状では偵察に時間を裂くよりも、練習に時間を裂いた方がいい」
「「「「…………」」」」
「返事は?」
「「「「……はい」」」」

四人は不服そうに返事をした。
「あと、市村もだ。こいつらの練習を手伝うには、私だけでは間に合わない」
「わかりました」

市村さんは、四人とは違い素直に返事をした。

86ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/07/20(火) 11:47:20 ID:r4k7nYMw
「さて、残りは川村とみちるだが、この二人に関しては各自に任せる」
「……どういう事すか?」

龍一が聞くと、坂本先輩は間髪入れずに答えだした。

「つまり、二人と一緒に偵察に行ってもいいし、偵察の方が行っている間、こっちで練習していてもいい、って事だ」

この二人は、坂本先輩に比べると有名ではないだろうし、新しく入った四人に比べると野球の技術も不安に感じない程度にあるから、偵察でも練習でもどっちでもいいって事か。

「なら……偵察で」
「じゃあ、私も偵察で」

龍一とみちる先輩の偵察班入りが決定した。

「よし、二人とも偵察だな。では明日にでも偵察の詳しい話をするとしよう」

坂本先輩のその一言で、その場は解散となった。



そして、翌日の放課後。練習が少し早めに切り上がり、部室にて偵察に関しての詳しい話が行われた。
割と長く話し合ったので、最終的に決まった事だけ話すと
『偵察は試合の一週間前の日曜日、朝九時』
『集合場所は自由、ただし花坂高校には必ず四人揃ってから向かうこと』
『泉原高校の生徒だとバレないようにすること』

と、だいたいこんな感じで決まった。
しかし、泉原の生徒にバレないようにって、アバウトだなぁ……。万が一にも、俺達の顔が割れている可能性があるかもしれないから、それに注意しろって意味なんだろうけど……どうすればいいんだ。

「どうすればいいと思います?」

俺は帰り道で偶然鉢合わせ、ついでに一緒に帰る事にしたみちる先輩に聞いてみた。

「万が一、顔を知られている場合ですか……そうですねえ。単純に顔を隠すだけなら、何か被り物をするという手段がありますけど、それは流石に……」
「ですよね。紙袋やマスク着用で行ったりなんかしたら、確実に注目集めますもんね」

当然ながら却下である。

「うーん……後は変装とかでしょうか?」
「変装、ですか?」
「ええ、髪型変えたりとか眼鏡かけたりするだけでも、割と変わって見えたりするものですよ」

87ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/07/20(火) 11:48:01 ID:r4k7nYMw
なるほど、その方法は思いつかなかった。
顔を知られてなかったとしても、試合では確実に顔を合わせる訳だし、偵察してた事がバレたら多分対策を打ってくるだろうし、変装くらいはした方がいいか。

「しかし、変装ってどんな風に変わるかを考えるのがちょっと面倒そうです」

正直な感想を述べたところ、みちる先輩が「大丈夫です」と微笑みを返してきた。

「もし良かったら、どんな変装をするか私に任せてくれませんか? 変装に必要な物はこっちで用意しますし」

それは、俺にとって思わぬ、そして願ってもない申し出だった。
先輩に物品を用意してもらうというのは、少し心苦しいが、変装の事で頭を悩める必要が無くなるのは大いに感激すべき事だ。

「じゃあ、せっかくなんでお願いします」

俺が小さく頭を下げて頼むと、みちる先輩は笑顔で「任せてください」と言った。

「おっと、じゃ俺の家はこっちの方なんで、ここでサヨナラです」
「そうですか。ではまた明日、部活で」
「はい、また明日」

先輩と別れの挨拶を交わし、家へと向かい再び歩きだした。
なんでだろう。変装は先輩に任せたから、安心のはずなのに……何故か嫌な予感が脳裏に纏わりついて離れない。





【目指せ、甲子園−13 おわり】

88ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/07/20(火) 11:48:33 ID:r4k7nYMw
とりあえず、ここまで
次回、偵察編
最初は偵察編も入れて、一話の予定でしたが長くなりそうなので分割しました

次回投下はたぶん八月



では、また次回

89名無しさん:2010/07/20(火) 22:21:47 ID:???
乙!
続きwktk

90歩兵:2010/08/02(月) 01:29:13 ID:???
お久しぶりです。

…うん、チラs…原本の復元はできた。

でも、間が開きすぎたなぁ…

どうしよう?

91名無しさん:2010/08/02(月) 20:41:28 ID:???
いつでも投下待ってます

92ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/08/30(月) 15:03:40 ID:ADk4VZI2
【目指せ、甲子園−14】





今日は、練習試合一週間前の日曜日。つまり、花坂高校に偵察をしかける日。
それで後々の事を考えて、変装しようって事になって、俺の変装はみちる先輩が考えてくれた。
そして、俺はみちる先輩の用意してくれた変装をするために先輩の家に行った。
んで、家に入るなり手渡された変装用の衣装というのが、セーラー服だった。

「なんでだよっ!」

思わず床に叩きつけそうになったが、他人の物なのでギリギリのところで堪える。

「青山君、どうかしましたか?」
「どうしましたか? じゃないですよ!」

なんで、そんな平然とした様子で聞けるの?
むしろ、そっちにどうかしましたか? って聞きたいよ!

「なんで、女装なんですか!?」
「あら、青山君は女の子なんですから女の子の服を着てもおかしくと思いますよ?」
「いや、それはそうなんですけど……」

確かに正論なんだけど、今日は陽助達も一緒だからマズイ。
バレる事はないと思うけど、代わりに女装趣味の変態だと、謂れのない冤罪を被らされる可能性が高い。
すると、今後の人間関係にも影響が出てくるかもしれない。
みちる先輩には悪いけど、やっぱりこの衣装は着るべきじゃないな。

「先輩。すいませんけど、別のにしてもらえませんか?」
「すいません。それしか考えてないので、ありません」

なん……だと……?
まさか、一パターンしか考えてなかったとは。完全に予想外である。

「しょうがない。今着てる服で行くか……」

今着ている服は当然ながら男物である。
このままでは変装っぽくないが、眼鏡をかけて髪型を変えればどうにかなるだろう。

「き、着てくれないんですか?」

先輩は何やらショックを受けているようだ。だからといって、着ようという気はないが。

「いや、さすがに女装はまだ抵抗があるというか……」
「この間、メイド服着てたじゃないですか」

ぬう、あの時の事は一刻も早く忘れたいというのに。

「あ、あの時は他に着る物が無かったからしょうがなく……」
「なるほど、よくわかりました」
「え……?」

なんで、先輩はこっちににじり寄ってくるのか。
そして、なんでその先輩の手つきにとても不吉なモノを感じるのか。

93ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/08/30(月) 15:04:30 ID:ADk4VZI2
「あの、先輩? いったい何をする気なんですか?」
「いえ、せっかく用意した物を無駄にしちゃうのもなんなので、少々無理矢理にでも着てもらおうと。他に着る物が無ければ、私が用意してくれた服を着てくれますよね?」

ま、間違いない。先輩は俺の服を奪い取る気だ。
その証拠に、表情としては笑っているけど目が笑っていない、本気の目だ。
ここに居たら間違いなく危ない、逃げないと。
先輩に背を向けて走り出そうとした瞬間、両足が重りでも付いているかのように動かなくなった。

「わっ!?」

咄嗟に両手を床について顔面強打は免れたものの、四つん這いしているような今の体勢では、先輩からは逃げられない。

「はい、捕まえました」

ほら、もう捕まった。とはいえ、肩に手を乗せられているだけなんだけどね。
でも、まだ足が満足に動かせそうにないから、不審な動きを見せたら、どうなるかわかったもんじゃない。
しかし、何故急に足が動かなくなったんだろう。
不思議に思い、自分の足の方を向くと、体格からして小学生くらいと思われる子供が三人、俺の足にしがみついていた。
俺はその子達に見覚えがあった。
みちる先輩の弟達……正確には弟二人と妹一人だ。
以前、先輩の家に泊まらせていただいた時に知り合い、それ以来、妙に懐かれている。

「お前ら、いったい何を……」

俺は、文句の一つでも言ってやろうかと口を開くと、三人から一斉に睨まれた。
……なんで、俺が睨まれてるんだ?

「お、お姉ちゃんをいじめちゃダメっ!」

先輩の妹の、あかねちゃんが俺に向かって言い放った。

「ちょ、待った! いじめてないって!」

どうやら、さっきのやり取りは傍から見ていて、いじめに見えていたようだ。
さすがに、いじめてると思われるのは心外なので、反論する。

「いじめてたじゃんかー!」
「姉ちゃんが一生懸命考えたのに文句言ってたしー!」

即座に先輩の弟達……優一と優二に反論された。
しかし、対弟達用にこれ以上反論できない台詞は考えてある。

「いや、でもさ、お前らだって先輩に『女装しろ』的な事言われたら断るだろ?」

どうだ。これなら、女装趣味の奴以外はだれだって『断る』としか言えないだろう。
もし、仮に先輩の顔をたてて『断らない』と言ったら、女装趣味と誤解されるリスクがある。

94ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/08/30(月) 15:05:27 ID:ADk4VZI2
さあ、どう答える?

「う……俺達の事はどうだっていいだろ!」
「そうだよ! 今は、それより大事な話してるんだよ!」

くっ、強引に話を逸らしやがった。だが、一度話を逸らした程度で俺が追求を止めると思ったら、大間違いだ。

「あのな……ん?」

俺が反論しようとした時、服の袖を軽く引っ張られる感覚がした。その方を見ると、引っ張っていたのは、あかねちゃんだった。

「お願い……お姉ちゃんの選んだ服、来てください。お姉ちゃん、一生懸命考えたのに……それなのに、それ、な、のに……」

やばい、あかねちゃんが涙目になりかけている。このまま泣いたら、俺が泣かせた事になるのか?
とにかく、泣かれるのはまずい、精神的に。直接的とまではいかないだろうけど、間接的ぐらいには泣かせた事にはなりそうだし、そうなると後味が悪い。
それに、偵察メンバーの今日の集合場所はここだ。俺は着替えがあるから少し早く来たけど、そろそろ残りの二人も来る頃かもしれない。
その時、俺と俺の服の袖を掴みながら泣いている少女を見たら、どう思われるか。
多分、俺が泣かせたと思われるだろう。
そんな誤解されたら、すごく気まずい。ましてや、これから偵察に行くというのに。

「うっ……うう……」

色々考えている間に、あかねちゃんの限界は近づいている。
背に腹は変えられない、か……仕方ない。

「わかったって! 着るよ、着るから泣かないで!」

なかば、やけくそ気味に言うと、あかねちゃんは蚊の鳴くような声で「本当?」と聞いてきた。

「うん、本当だから。だから泣かないで、ね?」

俺がそう言うと、今にも目から零れそうな程の涙を堪えながら、小さく頷いた。



俺は先輩からセーラー服を受け取り、空き部屋で着替えてる間中、一つの事を考えていた。
こんな事になるんなら無理にでも、坂本先輩達と一緒に学校で野球の練習をしていた方がよかった、と。
なんとか着替えを進めていき、上下共に着替え、先輩のいる部屋に戻る。

「先輩、着替えましたけど……」
「あら、似合ってますね。サイズもピッタリで……っと、忘れるところでした」

先輩は呟き、近くのソファに置いてあった黒いロン毛のカツラを俺に被せた。
これって、この前先輩の家に泊まった時に処分しといてくださいって置いていった、あのカツラだ。

95ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/08/30(月) 15:06:24 ID:ADk4VZI2
「捨てるのもなんだかもったいなくて、取っておいたんですけど正解でしたね」

なんて笑顔で言う先輩を見ると、問い詰める気が無くなってしまう。

「ところで、割と着替えるの早かったですね」

無理矢理結んでヨレヨレになった、俺の着ているセーラー服の胸元のリボンを綺麗に結び直しながら、先輩は尋ねた。

「まあ……このシャツとスカートの上下だけだったんで」
「だけど、なんか足りない気がしますね」

先輩は腕を組み、視線を上下にさまよわせる。

「俺も足りない気がします……」

特に下半身の辺りが。
もっと厳密に言うと、スカートの丈が。

「短いですよ、コレ……」

客観的に見れば、丈は決して短すぎではなく、ごく一般的な長さだろう。
しかし、自分の一挙一動に浮かび、翻るスカートを見るとこの長さでは心許なくなってくる。
特に俺の場合は、女物の下着を着ける決心がつかず男物のままなので、ものすごく不安だ。

「せめて膝下十数センチあれば……」
「それは長すぎです」

先輩から冷静なツッコミが入った。
しかし、先輩のこの反応から察するに俺と先輩の考えている『足りない何か』に対する視点は違っているようだ。
聞いてみるか。

「じゃあ、先輩は今の俺に何が足りないと思います?」

俺の言葉に、先輩は一瞬だけ首を俯かせ、視線を『とある場所』……俺の胸部へと向け、ハッとしたように視線を俺の顔に戻し、ニッコリと笑う。
俺には、その笑顔が、失態を取り繕うような、そんな感じの笑顔に見えた。
ってか、そんなに胸が残念に見えるのか。確かに、どんなに贔屓目で見ても大きいとは言えないサイズではあるけど。

「ス、スカートの長さどうしましょうか?」

あっ、あからさまに話を変えにきた。
でも、スカートの長さは俺にとって大事な話なので、指摘はしない。

「スカートの長さって、今から変えられるんですか?」

先輩はチラッと時計を見て、首を横に振った。

「さすがに時間が足りませんね……二人に指定した時間まで後五分くらいまでしかありませんし」

先輩は顎に手を当て、少しの間眉を歪め、何か思いついたらしく明るい声で「そうだ!」と言った。

96ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/08/30(月) 15:07:08 ID:ADk4VZI2
「つまり、スカートがひらひらとひるがえるから、不安で丈を長くしたいんですよね?」
「はい」
「じゃあ、ちょっと待っててください」

先輩は、そう言って家の奥の方に引っ込んでいった。

「どうする気なんだろう」

それから、すぐに先輩は戻ってきた。

「青山君、コレを穿いてみてはいかがでしょうか?」

そんな台詞と共に、先輩が差し出したのは、短パンだった。
確かにこれを穿いてれば、スカートの動きや短さは気にならない。
万が一、スカートの中身が見えてしまう時でも、ガードは万全だ。

「そうっすね、短パン借ります」

先輩の申し出をありがたく受け取り、短パンを装着する。

「どうですか、穿き心地は?」
「あ、問題ありません」

あえて言うならば、全体的にちょっと大きめな気がするが……まあ、問題にならないレベルだ。

「それ、私が中学の時に使ってた物だから、小さくてサイズが合わないと思っていたんですけど、問題ないみたいでよかったです」
「…………」

俺の体型が中学生並み、と言われたようで少し複雑な気分だ。
まあ、いいか。不安の一部はなくなったし。
さて、そろそろ陽助と龍一が来る頃かな。
なんて思っていたら『ピンポーン』とチャイムの音が流れ、玄関の方から先輩を呼ぶ陽助の声が聞こえる。

「来たみたいですね、行きましょうか」
「……うっす」

さて、あいつらはこの格好を見たら、どんな反応をするだろうか。
……不安だ。





【目指せ、甲子園−14 おわり】

97ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/08/30(月) 15:07:48 ID:ADk4VZI2
とりあえず、ここまで
まさか、着替えるだけで一話使うとか予想外だった
『次回、偵察編』とか書いておきながら、話の展開遅くて行けませんでした、すいません
次回こそ、偵察編
9月中に投下できれば、します

では、また次回



そういえば、なにげに第一話を投下してから一年経ってますね

98名無しさん:2010/08/30(月) 21:10:01 ID:qLaCishc
乙!
続きwktk

99名無しさん:2010/08/31(火) 09:43:00 ID:wGt62dBI
投下キテタ!
ファンタさん毎度乙です
自分もそろそろ投下しようかな・・・

100 ◆jz1amSfyfg:2010/09/01(水) 21:42:51 ID:FHKkKXvQ
>>99
待ってますよー

101ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/09/28(火) 15:06:34 ID:YZYDeeig
【目指せ、甲子園−15】





【翔太視点】

結論から言うと、二人に『女装が趣味の変態』だと誤解を与える事はなかった。もちろん、女だとバレる事もなかった。
それはよかったのだが……なんか、さっきからすごく視線を感じる(だいたい陽助のいる方から)んだけど、どういう意味なんだ……?
あー、でも聞くのめんどいし、いいや。

「皆さん、車の準備が出来たので乗ってください」

先輩が車の前で俺達に向かって手招きをしている。
今回、花坂高校に行くにあたり、移動手段としてみちる先輩のお父さんが車で近くまで送ってくれる事となった。しかも、帰りも乗せてくれるとの事だった。
後で、ちゃんとお礼を言っておかないと。

「よし、じゃあ行って、お父さん」

俺達が車に乗り込んだのを確認してから、先輩も助手席に座り車は進み出した。



それから車で二十分。
花坂高校の近くにあるコンビニに止めてもらい、車から降り徒歩で花坂高校に向かう。
道中、龍一について、どうしても気になる事があるので、聞いてみる事にした。

「なあ、龍一」
「……なんだ?」
「お前のその格好は、いったい何を意識してるんだよ」

『その格好』とは、もちろん服装の事である。
今日は、偵察なので顔を覚えられても都合が悪くならないように、変装してくるように二人にも言っておいた。
みちる先輩の『変装』は、髪を三つ編みにして眼鏡をかける、という、とにかく地味な外見になっている。
そして、陽助は髪型をオールバックにして、眼鏡を着用している。
偵察だから地味にする事は普通だと思う。
先輩と陽助で眼鏡が被ってしまったけど、大した問題でもないだろう。
だけど、龍一は違っていた。
サングラスをかけ、上下共にスーツを着ていた。
これくらいなら、普通はあんまり注目されないだろうけど、龍一が着る場合は別だった。
龍一は野球部の中で一番身長が高く、体格もいい。さらに高校生らしからぬ強面な上、妙な威圧感もある。そんな男がサングラスとスーツを着たら、どう見えるだろうか。
少なくとも俺には、頭に『ヤ』のつく危ない職業に就いている人に見える。
と、そんな事を考えている俺とは対照的に龍一は

「……高校生っぽく見せないためにスーツ着て…………今日は陽の光が強めだったから、サングラスをかけてきた」

102ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/09/28(火) 15:07:24 ID:YZYDeeig
などと言った。
いや、確かに高校生には見えないよ。見えないけどさ……堅気の人にも見えないよ。
これじゃ目立つんじゃないのか?
不安を感じた俺は、先輩の方に視線を送る。
先輩は俺の不安を感じ取り、解決策を提示してきた……なんてことはなく、ただ笑顔を見せているだけだった。

「せ、先輩っ」

俺はたまらず先輩に近づき、小声で話す。

「いいんすか? 龍一の服装をどうにかしなくても」
「私はそのままでいいと思いますよ。少なくとも高校生には見えませんから変装の意味はありますし」

いや、いくらバレない格好でも注目されたらあまり意味ないんじゃ……あー、でも龍一なら見た目が見た目だけに、どんな格好でも目立ちそうだな。なら、下手に普通の格好させるよりは今の格好の方がいいのか?
と、一人悩んでいる間に花坂高校の校門がもう目前にある。
ここまで来たら仕方がない。なるようにしかならんか。

「あ、大事な事を忘れてました」

校門をくぐる寸前、先輩がそう口にした。

「チーム決めをしておきませんと」

チーム? いったい何の事だ?
俺は余程『何の事?』って感じの顔をしていたのか、先輩が俺の方を見て小さく笑った。

「考えてみてください。四人で固まって入って、全員で練習をジロジロ見てたら、どう思われると思います?」

もし、自分達が見られる立場になったら、と想像してみる。
練習をジロジロ見ている奴らがいると知ったら、気になるし気が散るかもしれない。
つまり、注目されるという事だ。しかも人数が多いほど、気づかれる確率は高まる。
偵察を行う側からしては、注目されるのは避けたい。
ならば、四人で固まったまま入るのは、あまりいい方法とは言えない。
陽助と龍一も同じ結論に達したようだ。
俺達の表情を見て、先輩は「わかったようですね」と呟いた。
それから、俺達は校門の前で手早く相談し、チームを決めた。
チームは人数の都合上、二人一組のチームを二組作る事となり、一組は俺と陽助、もう一組は龍一とみちる先輩となった。

「じゃあ決まりましたし……行きましょう」

先輩の言葉と共に、俺達は校門をくぐり花坂高校内へと侵入した。

103ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/09/28(火) 15:08:25 ID:YZYDeeig
高校の敷地内に入り、すぐに先輩達と別れた。
先輩達はそのままグラウンドへ向かい、俺達は別の方向へ。
念には念を入れて、野球部のいるグラウンドには二十〜三十分程の時間差で入るつもりだ。

「んで、どうする?」

陽助が質問してきた。質問の意味は、グラウンドに行くまでの二十〜三十分の間、どこでどうやって時間を潰すかという事だろう。

「敷地内を適当にぶらついてりゃ、すぐに時間になるんじゃない?」

ここは他校だから、校内に入らずとも敷地内をぶらついていれば何か物珍しい事の一つや二つあるかもしれない。それを見てれば二十分や三十分なんて、すぐにたってしまうだろう。

「ま、他にプランもないし、それでいくか」

そんな訳で、俺達はアテもなく敷地内をうろついた。

104ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/09/28(火) 15:09:29 ID:YZYDeeig
【みちる視点】

私は、川村君と一緒にグラウンドの方に向かった。
途中ですれ違う生徒と思わしき人達が、みんな目線を合わせようとせず、何気なく距離を空けていた。そんなに川村君の格好怖いかな?

「…………」

川村君は何にも言わない。
もともと寡黙だから、心中が図り知れない。

「着きましたね」

目的の、野球部の練習場に辿り着いた。とはいえ、いきなりフェンス近くまで行き、食い入るように見つめるなどというような真似はしない。
目立たないように、花坂高の戦力を探らないと。ちなみに、打撃陣の私達は花坂の投手陣を探る。
通行人のふりをして、花坂の投手陣が練習している場所を探す。

「……先輩、あそこじゃないすか……?」

川村君が、視線のみで場所を示す。
私も視線を動かし、示した場所を見る。
そこには、雨風や日光をしのぐ屋根だけで構成された簡素なブルペンがあった。とはいえ、ブルペンがビニールハウスな我が高に比べれば、大分マシだろうけど。
とりあえず、さりげなく偵察する。
幸運な事に、野球部の部員達は私達の存在に気づかない程、練習に熱中していた。
さて、ここの投手陣の実力はどんなものか。
練習中の投手達に視線を走らせる。

「ふむ……」

強豪校だけあって、いい投手が揃っている。が、これで甲子園常連と言われると疑問符が浮かんでしまう。
私は、今年の夏の地区大会の決勝戦、つまり我が校と花坂高校の戦いをテレビで見ていたが、当時の花坂のピッチャーは三年のエースが登板していた。彼は投手として素晴らしい実力を持っていて、敵側の立場で見ていた私ですら凄いピッチャーだったと思った。
が、今の花坂には私にそんな思いを抱かせるピッチャーが一人もいなかった。
いくら三年が抜けたからって……これじゃあ、春に甲子園に行けるか怪しいところだ。
とはいえ、こっちは甲子園どころか一勝できるかどうかすら危うい。きっちりと戦力を調べないと。
そんな時、一人の少女がブルペンに入ってきた。
歳は、見た目で言えば15歳くらい。周りの部員と同じユニフォームを着ているから、あの子も部員のようだ。
セミロングの暗い茶髪を揺らしながら、キャッチャーミットではなくグローブを左手にはめる。どうやら投手のようだ。

105ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/09/28(火) 15:10:29 ID:YZYDeeig
彼女がプレートの前に立つと、続けてブルペンに入ってきた少女と同い年くらいの少年が、慌ててキャッチャー用の装備を着けている。どうやら、彼が彼女の球の受け手のようだ。
途中で彼女に急かされながらも装着が終わり、横一列に並んでいるキャッチャーの横にしゃがみ、構えた。
彼女もまた、横一列に並んでいるピッチャーの横に立ち、右手にボールを握る。
大きく振りかぶって、ボールを投げた。
ごく普通のオーバースローだ。
そう、普通の投げ方だった。
しかし、彼女が投げたボールは私の予想を超えた速さで、少年のミットに突き刺さった。

「な…………」

絶句していた私の耳に、川村君の驚いたような声が入りこんできた。
川村君にも私と同じ物が見えたらしい。という事は、今のは私の見間違いではないようだ。
そして、周りの部員達が何事もなかったかのように平然と練習を続けているところを見ると、まぐれでもないらしい。もっともまぐれで投げられるような球ではなかったけれど。

「今のどのくらい?」

そう言い、彼女は後ろを振り向いた。
彼女の視線の先には、ジャージを着たマネージャーらしき女の子がいる。手にはスピードガンを握っていた。

「えーとですねえ……」

マネージャーらしき子はスピードガンに表示されている数字を見て、小さく「わっ」と声をあげる。

「142キロ出てますよー!」
「当然よ。私を誰だと思ってるの」

報告を聞いた少女は腕組みをし、自信に満ち溢れた表情で答えた。

「流石です、遥お嬢様」

キャッチャーの少年が話しかけると、少女はさらに気を良くしたのか抑えきれなさそうな笑顔を浮かべた。
しかし、少年が言った「お嬢様」とは、変わったあだ名だ。
……あだ名だよね?
と、そんな時に他の部員達がヒソヒソと小さな声で話を始めた。

「しかし、春風は凄えよな。どっかいいトコのお嬢様ってだけでも十分なのに」
「それに加えて一年なのにあの実力だろ? 人生って不公平だよなぁ……」

なるほど。あの『春風 遥』と言う少女は本当にお嬢様だったのか。
しかし、知りたい情報が都合良く知りたいタイミングで出てくると、ちょっと不安になるね。

106ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/09/28(火) 15:11:30 ID:YZYDeeig
それにしても、一年生で142キロか……この目で見なきゃ、とてもじゃないけど信じられなかった。
そもそも、女性投手で140キロ台を出せる選手自体が少ない。プロでも一チームに一人いるか、いないか、といった程度。
それを、つい半年前まで中学生だった者が投げれるなんて……驚いたどころじゃ済まない。
これは強敵になるかもしれない。
とりあえず、もっと観察しておかないと。
と思ったのだけど、春風はジャージ姿のマネージャーに何やら耳打ちすると、グローブを預けてグラウンドから出ていこうとする。

「お嬢様、どちらへ? よろしければ僕もゲフウッ!?」

それを見たキャッチャーの少年が慌てて春風についていこうとして、春風に蹴り倒された。
そして春風はそのままグラウンドの外へと消えていった。

「……遼君、お嬢様はトイレに行くって言ったんだよ」

マネージャーがしゃがんで、倒れた少年に話しかけるが、少年は起き上がる事なく、しばらく痙攣していた。

107ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/09/28(火) 15:12:38 ID:YZYDeeig
【翔太視点】

「しかし、ここは活気があるな」

俺の言葉に、陽助は頷く。

「そうだな、どの部活も熱心に練習している」

この二十分間、屋外で活動している部活を見て回ったが、全ての部が休日だというのにまるで平日の放課後のような人数で活動している。しかも、ほとんどの部員がやる気に満ち溢れていて、面倒くさそうにしている者はごく少数だった。
休日返上してるんだから、強い訳だ。
今、高校に残って練習しているうちの新入部員達に見習わせてやりたい。

「さて、そろそろ良い時間だし行こうぜ、翔太」
「あ、もうそんな時間か」

腕時計を見ると、敷地内に入ってからすでに二十分が経っていた。
丁度、時間潰しも終わったところだったし、良いタイミングだ。

「んじゃ、行くか、陽助」
「おう」

野球部のいるグラウンドへと行こうとしたが、途中で尿意に襲われた。

「陽助、先に行っててくれ」
「どうした、翔太?」
「ちょっとトイレ行きたくなったから、学校でトイレ借りてくる」
「そうか、寄り道すんなよ」
「わかってるって」

こうして、俺はグラウンドに向かう陽助と別れて、校舎へ向かった。
来客用玄関から入り、事務の人にトイレを借りる旨を伝え、校内に入る。

「花坂高校の校舎の中って、こんな感じなんだ……」

校内は我が校と比べると小綺麗で、部活に続いてうちの高校との差が開いた。
しかし、ゆっくり眺めている暇はない。早くトイレに行かないと。
適当に先に進んでいると、トイレを見つけた。だけど、職員用トイレだった。
職員用トイレに入るってのは、気分の良いものじゃない。ましてや他校のなんて、余計にだ。
まあ、もう漏れそうって訳でもないし、他のトイレに行こう。
その後、一階を歩き回ったがトイレは見つからなかった。
まあ、普通ワンフロアにトイレは二つもないよな。

「しょうがない、二階行くか」

階段を上って二階に行き、トイレを探し回る。

「あっ、トイレあった……って故障中か」

トイレには男女両方に『故障中』と書かれた紙が貼ってあった。
仕方ない。どうせこのフロアにもトイレはないだろうし三階に行くか。

108ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/09/28(火) 15:13:18 ID:YZYDeeig
三階に上がって、トイレを探す。

「よし、トイレ見つけた……って、今度は掃除中かよ!」

三階のトイレには男女両方に『清掃中』と書かれた立て札が立てられていて、トイレの中からはブラシで床を磨く音が聞こえてくる。
結局、三階も駄目だった。しょうがない、四階に行くか……トイレに行くだけなのに、なんでこんなにあっちこっち歩き回らなきゃならないんだ。
それにトイレのある場所は、階段から遠い場所にあるから余計に歩き回ってる感がある。

「はあ…………」

ため息を漏らしながら、階段を上がる。
しかし、この学校って四階もあるのか。うちの学校は三階しかないのに。
……なんか、うちの学校ってことごとく花坂高校に劣っているような。
まあ、いいや。とりあえずトイレ。
しかし、この階は三階とちょっと構造が違うような。そのせいか一通り歩き回ったのに、トイレが見つからない。

「参ったな……あ」

困り果てて視線をさ迷わせていると、近くの廊下で男子生徒二人が何やら話をしていた。
丁度良い、あの二人にトイレの場所を聞くか。

「あの……あっ」

おっと、危ない。普段通りの低い声で話すところだった。
今の俺は女の格好してるんだった。
声を少し高めにするように意識しながら喋らないと。

「ん?」
「なんだ?」

男子生徒達がこっちを振り向く。
声を高めに意識して、と。

「すいません、聞きたい事があるんですけど」

よし、とりあえずこの声なら男に聞こえないだろう。

「「…………」」

な、なんだ、こいつら。口をポッカリと開けたまま黙ってやがる。何か言えよ。
とりあえず、沈黙は気まずいんでもう一度話しかけてみよう。

「あの……」

と話しかけようとした瞬間、男子生徒の片割れが言葉を発した。

「可愛いな……」
「……え?」

可愛いとか言われたような……聞き間違いか?
もう一人の男子生徒も口を開いた。

「ああ……ねえ、キミどこから来たの?」
「え、えーと……」

な、なんなんだ、この状況? 何がどうなってるんだ?
しかも、俺が質問するはずだったのに先に質問されたし。

109ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/09/28(火) 15:14:06 ID:YZYDeeig
「どこから来たの?」って言われたんだけど、質問には答えなきゃダメなんだろうか?
バカ正直に答えるのはNGだろうし、なんて言ってごまかすか決まってないし、あんまり答えたくない。

「キミこの後、暇?」

考えている間に、次の質問が飛んできた。
この後、暇かと聞かれると答えはNOだ。今からトイレに行かなきゃならないし、その後は野球部の偵察だ。暇なんかない。

「あの、ちょっと用事があって暇じゃないです」
「じゃあさ、その用事っていつ終わるの?」
「えーと、ちょっといつまでかかるかは判りません」
「だいたいでいいからさ、教えてよ」

なんで、こいつら執拗に聞いてくるんだよ。俺はトイレの場所聞きたいだけなのに。
このままじゃ時間の無駄だ。他の人に聞くか自力で探そう。

「ごめんなさい、用事があるので俺……じゃなかった、私はこれで……あっ」

強引に話を切り上げて立ち去ろうとしたが、男子生徒の一人に腕を掴まれた。

「ちょっと待ってよ、用事終わったらでいいから俺達と遊びに行かない?」

今、この男の台詞で気づいた事がある。
もしかして、俺……ナンパされてる?
考えたくはないが、そうとでも考えないと解釈できない台詞もあるし……うへえ、冗談じゃない。
つーか、こいつらいつまで俺の腕掴んでるんだよ。

「あの……離してください」
「あっ、ゴメン」

男子生徒が掴んでた腕を離したのを感じ、俺は逃げだした。

「ちょ、待てって!」

しかし、数歩も進まないうちに再び腕を掴まれた。
逃走失敗。

「なんで逃げようとすんだよ。遊びに行かないか聞いただけなのに!」
「ははは、おめえが怖え顔してっから何か変な事されるかもってビビってんだよ」

いいえ、ナンパされるのが嫌だからです。
って言えればどんなに楽だろうか。

「とりあえずさぁ……変な事する訳じゃねえんだし、遊びに行かねえかって誘ってるだけだしさ」
「い、いえ、私忙しいし……」
「そうつれない事言わないでさ」
「痛っ……」

くっ……こいつ、俺の腕を力入れて握ってきやがった。
こっちをただの女だと見て、少し痛みを感じさせれば言う事を聞くと思ってるんじゃなかろうか。

110ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/09/28(火) 15:15:26 ID:YZYDeeig
生憎だが、俺の精神はまだ男だ。この程度の痛みには屈しない。
だが、掴まれている場所がまずい。
右腕、もっと細かく言うと右手首である。
右利きで左打ちの俺にとって、右手首の怪我は攻守ともに痛手を負う事になる。
特にキャッチャーにとっては、送球に支障が出るのが痛い。
俺は、ただでさえ弱肩なのにさらに送球に難が増える事になってしまったら……ヒットが全て二塁打、場合によって三塁打なんて事になる。
それはまずい。

「あのっ、離してください!」

痛みを感じた事を隠さず表情に出しながら、男子生徒の手を振り払おうと右腕を振り回す。が、ガッチリと掴まれて振りほどけない。
男子生徒の顔を見ると、俺を見下したような下卑た笑顔を浮かべていた。所詮、女子と侮っているのだろうか。
その顔を見た瞬間、怒りが沸いて空いていた左手を固く握りしめた。
我慢の限界だ、ぶん殴る。
他校で騒ぎを、それも暴力沙汰を起こしたくはなかったが、ここまでくれば正当防衛だろう。
そのニヤけた面をぶっとばしてやる!
怒りに任せて拳を突き出そうとした瞬間、横から別の手が伸び、俺の手首を掴んでいた男子の腕を掴んだ。

「えっ?」

男子の腕を掴んだのは、もう一人の男子ではなくユニホーム姿の女子だった。
その女子は、暗い茶髪の隙間から冷たい視線を、腕を掴んでいる男子に向けた。

「二人とも、練習に来ないと思ったらこんなところでサボって、おまけに他校の女子とは……結構なご身分ですわね」

視線同様に冷ややかな言葉をぶつけられた男子達は、逃げるように去っていった。

「大丈夫でした?」

呆然と、茶髪の女子と男子達の様子を見ていた俺は、女子からかけられた言葉で我に返った。

「あ、は、はいっ」
「手首掴まれてたようですけど、痛みませんの?」
「はい、なんとか……」

助けてくれたし、とりあえず悪い人ではなさそうだ。
ちゃんとお礼を言わないと。

「あの、危ないところを助けていただいてありがとうございました、えっと……名前は」
「春風 遥ですわ」
「ありがとうございました、春風さん」

111ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/09/28(火) 15:16:11 ID:YZYDeeig
俺がお礼を言うと、春風さんは優雅に微笑みながら「当然の事をしたまでですの」と返してきた。
その仕草からは気品のようなものを感じだ。

「でもいっぺんに二人も追い払うなんて凄いですよ」

そういえば、春風さんは二人の事を少なからず知っているような口ぶりだったな。

「あの二人と知り合いなんですか?」

その質問に、春風さんは少し寂しげに眉をひそめ、答えた。

「あの二人は、私と同じ野球部に所属していますの」
「野球部に……」

意外な感じだった。この高校の部員はみんな熱心だと思っていたから、サボリがいるとは思ってもいなかった。

「ええ、あの二人はいつもサボリ癖がついているから苦労して……と、すいません、愚痴になってしまいましたわ」

「いえ、大丈夫です」

という事は、春風さんも野球部員か。
もしかしたら、来週戦う相手になるかもしれない。

「ところで何故、他校の生徒が校舎内に?」

あの二人の行動のインパクトが強くて忘れていたが、大事な用件を済ませていなかった。

「あの……」
「なんですの?」
「トイレの場所……教えてください」





【目指せ、甲子園−15 おわり】

112ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/09/28(火) 15:16:57 ID:YZYDeeig
とりあえず、ここまで
今回は視点が変わります。変わる際には一応、その視点キャラの名前を【】で挟めて書いてあります

偵察はとりあえず長くなりそうなので、前後編にしました
次回の投下時期は十月を予定していますが、十一月になるかも……



では、また次回

113名無しさん:2010/09/28(火) 22:42:22 ID:???
乙!

114名無しさん:2010/10/27(水) 00:55:33 ID:a7HTuyho
初めまして、なんか思いついたので投下してみようと思います。
書き溜めもないし遅筆なので忘れた頃にでも続きを書けるようがんばろうと思います。
稚拙でしかも短くてスマソ(´∀`;)


−−−迷う指先の辿る軌跡−−− Ⅰ


「………………」
 ある土曜日、中学時代から仲が良かった女友達と、いつもの如くウチで遊んでいた。
 別段卑猥なことはしていない、普通にゲームをしていた。
 自分に姉が二人いたこともあって、女の子といることに慣れてたから、女の子と遊ぶのも男と遊ぶのも特に差異がなかった。
「………まじかぁ………」
 だから別に、いつものように家で一緒にゲームをして、疲れたから少し姉の部屋で昼寝をしていたんだ。
 姉はもうとっくに自立して家を出てたからここはもう一つのオレの部屋だし。友達はゲームしてるし。
 で、なんだか妙な夢を見て、でもそれがなんだか心地よくて、目が覚めたときまだ夢の続きを見ていたいと思いながら寝ようとしたんだが、やっぱり眠れなかった。
 そして寝返りをうってうつぶせになったとき、気がついたんだ。


「……オレまだ、15歳なって一週間だぞ……」


 あまりにも長いこと部屋に戻ってこないオレを怪訝に思った友達……ケイコが、呆然としているオレに声をかけてきた。
「おーい、いつまで寝て……起きてるじゃん。起きてるならこっちきなよ」
「あ、あぁ、あの、ちょっと……」
「どしたん? もう夕方だし電気点けるよ?」
「ちょっと! 待って! 電気ダメ!」
「はぁ?」
「いや、その、ちょっと悪いんだが、電気点けないでこっち来てくれないか」
 オレの体が異常事態を起こしてなければ、まるで卑猥な行為を誘っているかのような台詞だな、等とこの非常時に考えているオレは冷静なのかバカなのか。
「あぁ、まぁいいけど……」
 ケイコがベッドの横で膝立ちになり、ベッドに座っているオレに目線を合わせる。
「ちょっと、手貸して」
「ほれ」
 差し出されたケイコの手を取るオレの手は汗ばんでいた。こんな形でケイコの手に触れることになるとは思わなかったが、そのケイコの手がなんだか、小さい様な大きいような、不思議な感じがした。
 そして、おそるおそる、まるでこれが夢ではないか確かめるかのように、オレはケイコの手をオレの胸にあてた。


「………あちゃー………」


 その、どこかのんきな言葉で、オレはこれが現実であることを悟った。


 −続く−

115名無しさん:2010/10/27(水) 22:00:58 ID:???
乙!

116名無しさん:2010/10/28(木) 00:30:46 ID:c6VZ/9Jw
−−−迷う指先の辿る軌跡−−− Ⅱ


 とりあえず現実を無理矢理把握したことにして、オレは苦笑いするケイコに連れられて階下のリビングに降りていった。
 そしてキッチンで仲良く夕飯の支度をしている両親に声をかけ、二人が振り返ってオレを見ると……
「え……?」
「あら……まぁ……」
 やはり驚いた。そうだよな、そりゃ驚くよな……と思ったのも束の間、親が何に驚いたのかを聞いてオレはすっころんだ。
「おまえ、ケイコちゃんとしてなかったのか!?」
「あなた、ケイコちゃんの前で言うことじゃないでしょ」
 いや、そこは、言うことが違うでしょってツッコむところだよ母さん。
「いやぁ、なんというか、面目ないというか、すみません」
 ケイコが苦笑いしながら謝る。いや、謝るなって。なんかオレ惨めじゃん。
「いやいやいや、ケイコちゃんが悪いわけじゃないから! そういうのはむしろ、この意気地無しなミノルがいけないんだし」
「悪かったな意気地無しで」
 そう言ってそっぽを向くオレはあれか、さしずめツンデレのツンってやつか。
「それにしても……先週15歳になったばかりなのにねぇ……」
 まったくだ。
「女の子になるならなるで、いろいろ準備しなきゃいけないのに……」
 我が母ながらこの順応性と天然性にはついていけん。
「あ、それなら明日あたしがいろいろ見繕ってあげますよ。あたしの着ない服とか譲りたいですし」
「じゃぁ、お願いしちゃおうかしら」
「まかせてください」
 なんか声がおかしいので黙ってたらいつの間にか明日のスケジュールが決まってしまった。オレの意見は聞く気なさそうだし。
「よ〜し! じゃぁ張り切って服とか持ってきますね! そしたらいろいろ発掘しなきゃいけないんで今日は帰ります!」
 発掘って。おまえの部屋は遺跡か。
「また明日! ミノルは着せ替え人形になる覚悟を完了しといてね!」
 ケイコはハイテンションにそう言い残して颯爽と帰って行った。


 が、試練は翌日を待たずして訪れた。
 そう、風呂だ。
 夕飯を食べて部屋に戻り、現実の重さにげんなりしていると、階下から「お風呂入りなさ〜い」という母の声が聞こえてきたので、ため息をつきながら下着と着替えを持って浴室へ向かう。
 そして再びため息をつきながらシャツを脱いだとき、眼下にある控えめなふくらみが目に入ってどぎまぎしてしまった。
 いやいやいや、いくら女の体でもこれ自分だぞ? いや、でも女が好きだったんだから女の体は好きなわけで………何考えてんだオレ。
 っていうか、これ、下はもっとすごいことになってるんだよな………?
 おそるおそるズボンを脱ぐと、ボクサーパンツの前にあるはずの見慣れた膨らみが無い。さらにおそるおそるボクサーパンツを脱ぐ。
「ま、まじか……まじでないのか……」
 正直上から見ただけじゃ何もわからん。長年慣れ親しんだ体の一部が消滅し、残りは陰毛に隠れて何もわからん。だが触って確かめるのは怖いのでやめておく。
 オレは浴室の鏡を見るのが恐ろしい気持ちと楽しみな気持ちが8:2ぐらいの割合で混在しながら、ガラリと浴室の戸を開けた。


 一つわかったことがある。女の乳首って気持ちよかろうとどうだろうと、刺激があれば立つんだな。これは勉強になった。
「なんのだよ……」
 思わずセルフツッコミを入れてしまうほどオレは参ってるようだ。もう寝よう。
「あぁ……トイレ行かなきゃ……」
 えーと、小さい方でも座ってするんだよな。なんか、男の時より我慢が難しい……うわ、なんか、まっすぐ出ないんだな、女が立ちションできない理由がわかった。

 等と難儀しつつ、翌朝もぼーっとしたまま慣れないトイレを済ませ、朝食を食べ終えたころケイコがやってきた。
 すげー大荷物で。


 −続く−

117名無しさん:2010/10/28(木) 22:13:56 ID:???
乙です!
続きwktk

118名無しさん:2010/10/28(木) 23:57:13 ID:/WnRAz9w
反響あると励みになりますね(*´Д`)

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− Ⅲ


「こんにちは〜」
 そう言って大荷物を抱えたケイコがウチへ来ると、早速オレの部屋は布で埋め尽くされた。
「下着は……合わないね。これは買いに行こう。服はサイズ合いそうなの全部あげる。早速着てみて」
 抵抗するのは無駄だろうと思い、言われるがまま様々な服を着た。
 ワンピース、ブラウス、キャミソール、ホットパンツ、ドルマン、スキニージーンズ、フレアスカート、ミニスカート、ロングスカート、ってスカート多くないか。
「せっかくだし買い物行くときはミニで生足を強調して……」
「ちょ! それは勘弁!」
「えー、じゃぁせめてスカートははいてよー」
「あぁ……可哀想なオレ……」
 というわけでロングスカートの下になんだこれ、レギンスとかいうのを履いて、ブラの代わりに体にぴったりするタンクトップを着て、その上に七分袖のシャツを着る。
 さらにその上に薄手のカーディガンを着て………化粧をしてもらうと、鏡の前に立ってるのは24時間前ここにいたヤツとはまったく別人の女だった。
「なんか……あたしより女らしくてむかつくんだけど」
「褒められてる気がしねぇ。にしても、髪が短くても女は女に見えるもんなんだな……」
 複雑な心境ではあるが、しっかりコーディネートされたオレはもう立派な女の子だった。元々釣り目だったので、ちょっとキツそうな顔のショートヘアなボーイッシュ女の子、といった感じか。
 醜く変化しなかったのがせめてもの救いか……といってもまぁ、周りのすでに変化してしまった人達は、不思議とみんな綺麗になってるから不思議だ。
 変化の代償として美しくなるよう遺伝子に組み込まれてでもいるんだろうか。
「よし、買い物行こう! まずは最優先の下着と、化粧品と生理用品と……ヘアピンとか小物も欲しいね!」
「おまえ、ずいぶん元気だな」
「まぁ、なっちゃったもんはしょうがないじゃん? くよくよしてるより、現状を受け入れてそれに順応し、せっかくなら女を楽しまなきゃ人生もったいないじゃん」
 真顔のケイコにそう言われて、なんだか目からウロコが落ちたような気がした。
「………そっか、どっちにしろ元に戻る訳じゃないもんな」
「そうそう、明日学校でみんなの度肝を抜いてやんな」
「げ! そういやそんな大イベントが残ってた!」
「同じクラスでよかったわぁ〜みんなの驚く姿とあんたのどぎまぎする姿を拝めるんだもんね〜」
「………悪趣味」
「うるさいわね。ほら、行くよ」


 というわけで、最初に下着屋へ来たわけなんだが……
「すいませ〜ん、この子のサイズ測ってもらえますか〜?」
「は〜い」
 うん、くよくよしてても仕方ないけど、人間そんなすぐ開き直れないよね☆キラッ
 そんなわけでめっちゃどぎまぎして挙動不審なオレに、下着屋のお姉さんは苦笑していた。
「えと、この子あれなんですよ、つい昨日女の子になっちゃって」
「ちょ! そんなあっさりバラすなよ!」
「あ〜なるほど。まぁ、そういう方はけっこう来られますし、みんな同じような反応をするのでそうかな〜とは思いました」
 はははと笑う二人の前で、オレだけ赤面してるのはなんか不公平な気がする。
 で、なんとかサイズを測り終えたオレは、女性用下着の値段の高さに驚愕した。
「パンツ一枚で済んじまう頃が懐かしいぜ……24時間前だけど」
「ふむ。意外と胸板あるのね、今後変わってくるのかしら。どちらにしろまぁBカップってのは妥当ね。(あたしより大きかったらぶっとばしてるところだわ)」
「え? 何?」
「何でもない。さ、次は化粧品ね」

 こうして、オレの貴重な休みは慣れない買い物に費やされ、一日前まで縁のなかった大量の物資と、果てしない疲労だけを残して過ぎていった。

 −続く−

119名無しさん:2010/10/29(金) 00:05:47 ID:???
GJ!

120名無しさん:2010/10/29(金) 23:30:25 ID:rfyuTAqA
ついに学校です。
そろそろなんか、えろいシーンを書きたいところですw

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− Ⅳ


 翌朝、さすがにトイレには慣れてきたが、Bカップのブラジャーを着けるのに悪戦苦闘し、恥ずかしながら母親に手伝ってもらった。
「これをこれから毎日着けなきゃいけないのか……」
 正直言って、胸の下が締め付けられて苦しい。あとかゆくなる。まぁ着けなきゃいけないのはわかるけどな。
「ふむ……制服は男子のでいいよな、とりあえず」
 女性用下着を着け、男性用のシャツを着て、男子の制服を着る。体が女じゃなかったらちょっとキワドイ趣味の人だなこりゃ。
「じゃぁ、行ってきます。めっちゃ勇気いるわ」
「まぁまぁ、学校行けばケイコちゃんいるんだから」
「それも逆に怖ぇって」
 しかし母さんはずいぶん慣れたようだ。オレの500倍は順応してやがる。


 で、とりあえずは運良くクラスメイトや他クラスの友達に会うことなく教室にたどり着いた。
「うーす」
「うぃーす」
 いつも通りの挨拶をする。可能な限り声を低めて。
 とりあえずパッと見では誰も気づいてないようだ。よかったような困ったような。
 が、早くもオレの運命はオレを翻弄することとなった。
「出席とるよ−、座りなさーい」
 そう言いながら担任の、背が高くて穏和で柔和な初老の男、竹本先生が入ってきて教壇に立ち、クラス全体を見回す。彼はそうやって生徒の顔をざっと見てチェックするのが日課だそうだ。具合悪そうなヤツがいるとすぐ気づくからすごい。
 で、その視線がオレの前で一瞬止まったわけよ。
「橋本ワタル……深谷カナエ……藤井ミノル……」
「はい」
 呼ばれたので返事をした。もう半ば覚悟完了だ。
「うん? 藤井、その声どうした?」
 やっぱ気づいたよ。この先生なら絶対気づくと思ったよ。
「いや、別に」
「ふぅむ………ちょっと立ってみろ」
 覚悟完了。
「はい」
「ふむ、なるほどな。まぁ心配するな、先生は今まで何十何百という人数を見てきたんだ。別に驚きはせん」
「先生はそうでも、みんなが驚きますよ」
 もう声を低めるのも諦めて普通に喋ってみた。途端に教室が、某マンガによく書かれてるざわざわ状態になった。
「ミノル……おまえもしかして……」
 前に座る角谷(すみや)がオレを見上げて驚愕している。オレは返事の代わりにため息をついた。
「とまぁそういうわけで、今日から女子が一人増えるからみんなよろしくな。特に女子、はじき者にしたら先生ぶち切れるからそういうことないように」
 この穏和な先生が笑顔でそういうコトいうと逆に凄味がハンパない。
 で、案の定教室中が大騒ぎになった。先生はこういう事態に慣れてるらしく、苦笑するだけであえて止めなかった。
「ちょっと、なんでそんなにかわいくなるのよ! あたしも男から女になりたい!」
「うわ〜、ウチのクラスじゃ初だよね〜、仲良くしようね〜」
「ねぇねぇ、下着は女物着けてるの? 制服は女子の着ないの?」
 愕然とする男子をよそに、女子はどことなく嬉しそうだった。何故だ?
「っていうか、藤井君がなるとは思わなかったわ。ケイコといいカンジだったからてっきり……」
「そうそう、私もそれ思った」
 まるでオレが据え膳を見過ごしたかのような言い方だ。
 いやまぁケイコのことは好きは好きだよ。恋愛対象にならないってわけでもないけど……逆に近すぎてそういうカンジにならなかったっていうのが妥当なところかもしれん。

 とまぁそんなわけで、オレは高校一年の秋までを男で過ごし、残りの人生を女で過ごすことを痛感したのだった。


 −続く−

121名無しさん:2010/10/30(土) 00:10:07 ID:???
乙!

122名無しさん:2010/10/30(土) 23:51:56 ID:cTqUBfAU
今回のミノルはかわいいですよ、えぇ。

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− Ⅴ


「とりあえず女子の制服ができるまではその制服で登校してくれ。トイレはすまんが教員用のトイレを使ってもらう。学ラン着た女子が女子トイレはまずいし、男子トイレはちょっと別の意味でまずいんでな」
 そう、オレは貞操を守る側にまわったのだ。今までオレが女子を見ていたような目で男子がオレを見る。

 いや、見るのか? 元男だぞ。あぁでも男って(一昨日までのオレを含めて)バカだからなぁ……体が女ならその辺は案外気にしないのかも。

「しかし、教師の私が言うのもなんだが、このクラス初の女性化がおまえとは意外だ」
「先生まで言いますか、それ」
 オレは今、小会議室で、担任と女性化担当教諭と話をしている。一応こういう例に関するガイドラインが学校にはあるようだ。
 まぁ当たり前か。年に何十人と変わるわけだもんな。
「いやまぁ、なぁ。最近は世間的にもそこまで学生同士のSEXを咎める風潮が無くなってきたし、なぁ」
 いつから女性化が始まったのかは知らないが、最近女子は好きな男子がいると、女性化されると困るので早いうちに童貞を捨てさせようとけっこう大胆になるし、ガードが緩く……というかガードしなくなるらしい。
 まぁこれは童貞捨てたダチの話だけど。
「とにかくなっちゃったもんは仕方ない。クラス初ではあるが学年初ではないし、そのうちウチのクラスでも他にこうなるヤツが出てくるだろう」
「そういう意味じゃ、オレは貧乏くじ引いた感じですね」
「まぁそう言うな。藤井は元々女子とも仲が良かったから、そこはすごく助かってるんだ」
 確かに女子に嫌われてるヤツがなるよりはクラス内での問題は起きにくいだろう。


 とまぁそんな感じでオレは様々な困難とわずかな幸福と共に女としての人生を歩き始めたわけだ。


 わずかな幸福ってのはアレだ、その、なんだ、女子の生着替えはぁはぁってやつだ。
 女になって初めての体育はやばかった。っていうかオレは参加できなかった。
 だって目の前で十数人の女子が下着姿だぞ!?
 童貞には刺激が強すぎるって!
 思い出すだけで赤面しちまうわ!

「えーと……オレどうしたらいいんだろう?」
 体育の授業の前、教室から男子を追い出し、女子だけになったところでオレはどうしたらいいかわからなくなってしまった。
 だってオレ、追い出される側だったんだぜ?
「普通に着替えればいいんじゃない?」
「まぁ、それはそうなんだけど……みんなよくオレがいて大丈夫だね」
「だって女同士じゃん」
「ついこないだまでさっき追い出したヤツらと同じで、みんなのことえろい目で見てたんだよ? で、体が女性化したって中身まですぐ女になるわけじゃないし……」
「おぉ、つまり照れてるんだな、かわいいやつめ〜」
 楠サナエという、ケイコほどではないが仲のいい女子がそう言いながらオレに近づいてきた。上だけ下着姿で。
「ちょ! こっち来んな!」
「た、たしかにかわいいかも……」
 赤面しながら後ずさるオレのどこがかわいいっていうんだ。何故か知らんが他の女子まで寄ってきた。というか、追い詰められた。
「胸は小ぶりなのねぇ。あ、でも肌がすっごい綺麗」
「見て鎖骨が超綺麗! 羨ましいんだけど!」
「あ、でもおしりはけっこうあるのね」
 慣れてないせいで着替えの遅いオレは、ちょうど上だけ脱ぎ終わったところで女子に群がられた。うぅ……辺り一面女の匂い……ちょっと幸せかも……
「ねぇねぇ、おっぱい触らせてよ」
「だ、だめ!」
 思わずブラウスをつかんで胸元を隠す。マンガでよくあるよな、こういう光景。
「えーいいじゃない、あたしのも触らせてあげるからさー」
 とかなんとかやってるウチに、サナエが戯れにオレの首筋を舐めやがった。
「ひゃぁっ!」
 なんだこれ! なにこの感覚! 腰が……
「え、あ、ごめんごめん、まさかそんなに感度がいいとは」
 驚きと、初めて感じるこのなんだ、腰にくる感覚で、オレはしゃがみこんだまま立ち上がれなくなってしまった。ますます赤くなってうつむくオレ。こういうのマンガで以下略
「サナエー、そういうのは学校終わってからにしなさいよねぇ」
 ようやくケイコが来てくれたが、ツッコむところ間違ってませんか。
「立てる?」
 言われてオレは首を振った。
「ごめんごめん、先生には私から言っとくから〜」


 女ってすごい。女って怖い。


 −続く−

123名無しさん:2010/10/31(日) 00:30:19 ID:???
GJ!

124名無しさん:2010/11/01(月) 00:22:42 ID:HjBxycdc
青い春ですねぇ。

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− Ⅵ

 それから一週間、日常のよくあることは大概経験したので、オレはだいぶ女でいることに慣れてきた。もう風呂に入るたび自分の体を見てどぎまぎなんてしない。
「でも他人の女の体はダメなのよね〜」
 そう、ケイコが言うとおり、自分の体を他の人に見られたり、女子の体を見たりってのはどうしてもだめなのだ。
「女を好きだったんだからそう簡単に変わらんでしょ」
 そういえば言葉遣いは変わってないな。
「あたしの従兄弟は三年前に女になって今彼氏とよろしくやってるみたいだけど、ミノルもいずれそうなるのかねぇ」
「それよりおまえの心配しろよ」
「ごもっともで」
 結局女になったところでオレのすることは変わらず、またいつも通り土曜にウチでケイコとゲームなんぞしている。
 で、今度はケイコが先にオレのベッドで昼寝を始めたので、オレは姉の部屋で昼寝することにした。女性化した時と同じようにしたら起きたとき元に戻ってないかなーと淡い期待をしながら。


 が、オレが目を覚ましたとき直面したのは、男の体に戻っているという奇跡ではなく、オレの頬を撫でるケイコの申し訳なさそうな顔だった。
「あ、ごめん、起こしちゃったね」
「いや、ケイコのせいで起きたわけじゃないよ」
 暗い部屋で身を起こす。前は、この状況でケイコがオレの女性化を知ったんだったな……
「ごめんね、ミノル」
「ケイコが起こした訳じゃないんだから謝るようなことはないぞ?」
 オレの手に自分の手を重ねながらうつむいてそう言うケイコはどこかいつもと違った。
「………あたしがさ、もっと積極的になってればミノルは女にならなくて済んだかもしれないんだよね……」
 なるほど、だから謝ってたのか。そういえば学校では前と比べて関わりが減ったし、これを気にしてたんだな。
「いくら仲良くても好きでもない男とやる気にはならないだろ? ケイコが責任感じることないさ」
「あたしは………好きでもない男とこんなにしょっちゅう家で遊んだりしないよ」
「え?」
 正直、かなり驚いた。
 よく考えてみれば、男の家に遊びに来るって女からしたらそれなりに覚悟がいることなのか。
「あたしは、初めての相手がミノルだったらいいなって思ってたし、ミノルの初めてはあたしがいいなって思ってた」
 ケイコがオレの手を握った。
「あたしとミノルの関係って、ちょっと変な距離だったじゃん? ミノルは私を求めるような素振りなかったし、恋愛対象として見られてないのかなって」
「………」
「ホントは、女性化しないために抱かせてくれって、そんな理由でもよかったのよあたしは。15歳になったし、危機感募れば求めてくれるかなって思ってたのが甘かったかな」
 そう言ってオレに微笑むケイコの頬が濡れていた。オレはケイコの手を引いてベッドに来るよう促した。二人で壁を背にして座る。
「やっぱ、他の子みたいにあたしからいかなきゃいけなかったね。でもなんか、怖くてさ。はしたない女だって思われて軽蔑されたら嫌だし、今の関係が壊れるのも嫌だったし」
「………正直まだ女として生きることを全面的に受け入れられたわけじゃないけど、オレはそれを誰かのせいになってしないぞ」
 オレはケイコの手を握った。ケイコがおそるおそる握りかえしてくる。
「なっちまったもんはしょうがないって教えてくれたのはケイコだろ? こうなったのは無意識にオレが選んだ道だったんだよきっと。だからケイコが気に病む必要は無いよ」
「うん……」
「それにな、体が変わったって、気持ちは変わらないんだ」
 オレは壁から離れ、ケイコの正面に回ってケイコを抱きしめた。今となってはオレの方が若干身長が低いので、どうにもしっくりこないが。
「オレは、女性化したくないために抱きたいだけなんでしょって思われて軽蔑されるのが怖かったのかもしれない。でも好きならやっぱ、言って、行動しなきゃだめだよな。だめだったよな」
 そうして、オレたちは静かに涙を流しながら初めてキスをした。

 オレがこうなってからじゃ遅いって思われるかもしれないけど、オレはそうは思わない。
 少なくとも今は、ケイコの温もりと匂いがオレを安らかな気持ちにしてくれるんだ。


 −続く−

125名無しさん:2010/11/01(月) 21:46:05 ID:???
毎日乙です!

126名無しさん:2010/11/01(月) 22:37:02 ID:s2Y2aias
そういえばⅡあたりに書いてある15になってすぐが高一の秋っておかしいですよね( ゚д゚)
そこは中三の春です。申し訳ない。

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− Ⅶ

 そんなわけでオレは女として学生生活を送ってるわけだが、やはり位置的にはどうしても普通の女子のようにはいかない。
 やっぱり15年間を女として生きてきたか男として生きてきたかはでかいな。
 男子の友達はもちろんいるわけで、そっちと仲が悪くなるわけでもないし、女子は女子でまた仲良くなれるし、中立国スイスみたいなもんか。
 ただ、オレと同じコトを普通の女がやってたらすげー反感買うんだろうな。
「で、どうよ、もうやったんか?」
「何の話だよ」
 なるべく昼飯は一日おきで男友達グループと女友達グループを行き来している。今日は野郎共と一緒だ。
「そりゃおまえ、女になってまずやることといったらアレしかないだろ?」
「あぁ、あれな、うん。おまえも女になればわかるよ。意外とな、勇気いるんだぞ」
「オレはもう童貞捨てちまったからなぁ。で、どうだったんだよ?」
「やってないって。やれねーって。まだ女の体になって一ヶ月も経ってないんだぞ」
 今一緒にいるのは、ワタルとコースケだ。ワタルはもう童貞捨てたと公言してるが、コースケからそういう話を聞かないので、もしかしたらいつか仲間入りするんじゃないかと危惧している。
「しっかしなぁ、女っけのないコースケならまだしも、ケイコと仲良いおまえがなぁ……」
 そう言って二人がケイコを見る。ケイコは今机の上に座って女子と話しているところだ。
「なんか不満だったんか?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「もしや、女になる前から男が好きだったのか!?」
「死ぬか、おまえ一回死ぬか」
 ワタルはホントによく喋る。コースケはあまり喋らずにこにこしてることが多い。こいつ女子に人気無いわけじゃないと思うんだがなぁ。

「ってかそうだ、おまえやっぱ男好きになったのか?」
「そう、そこなんだよ。そこ悩んでんだよ」
 オレはパックのコーヒー牛乳を飲み干すと真面目な顔になって続けた。
「元々女が好きなのは、まぁオレんちで勝手にエロ本発掘した失礼極まりないおまえなら知ってると思うが」
「おぉ、おまえがM気質なのもよく知ってるぜ」
「殴っていいか、殴っていいよな?」
「まぁまぁ落ち着け。で、どうなんだよ?」
 こいついつか殴る。
「全然男好きになんないんだわこれが。普通に女の子大好き」
「おまえ……体育の時いっつも顔が赤いのはそのせいか」
「はっはっは、役得役得」
 喜んで良いのか、これ。
「女になってすぐ男好きになるわけじゃないんかねぇ?」
「知らん。周りにいないから聞きようがない」
「でもおまえ、そのまま女好きでも困るよな」
「え?」

 思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
 先日ケイコとお互いに思いを告げ合ったばかりなのだが、それはよろしくないのだろうか?

「だっておまえ、女として生きてくなら男好きなのが当たり前じゃんか」
「………」
 オレは、ケイコを好きでいちゃいけないのだろうか……


 翌日オレは女子がよくやってるのを真似て、昼食のときさりげなくサナエに紙切れを渡した。


「ミノルもだいぶ女子がわかってきたね〜こんな手紙のよこし方するなんて」
 放課後、屋上の扉前に来て欲しいと書いといたのだ。
「ちょっと相談したいことがあって」
「ほうほう」
 サナエはしゃべり方こそ軽いが、けっこう空気を読んでくれる。あまり大きな声で話さないオレの側に来てくれた。
「あれかな、ケイコのことかな?」
「え……なんでわかった?」
「ん〜、なんかケイコちょっと変だったし、ケイコと一緒にいるときのミノルも変だったから」
 こいつ、なかなかやりおる。
「君ら両思いなんでしょ? ずっと前から」
「う……たぶん。オレは好きだった、と思う」
「はっきりしないなぁ」
「なんか、恋愛に発展する前に友情が先だったからさぁ」
「ふぅむ。で、今はどうなの?」
「それなんだけど……」

 続きを言うのが少し怖かった。


 −続く−

127名無しさん:2010/11/02(火) 22:15:59 ID:???
続きwktk

128名無しさん:2010/11/02(火) 23:11:25 ID:bma9zcRk
いわゆるフラグってのを立ててみましたw
お決まりだろうとなんだろうとこの展開は外せない。

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− Ⅷ

「オレはさ、ケイコを好きでいちゃいけないのかなぁ?」
 うつむきながらそう言ったオレの言葉に、サナエはすぐ返事をしなかった。
「女になって、女として生きてかなきゃいけない以上、ケイコを好きでいるのもおかしいっていうか……ケイコにも悪い気がして……」
 そう、オレだけの問題じゃなく、ケイコまで巻き込んでしまうのだ。
「ミノルはさ、今もケイコのこと好きなの?」
 サナエの直球な質問にオレは少し戸惑ってから小さな声で呟いた。
「……好き」
「じゃぁ、別にいいじゃん」
「え?」
 オレの不安をよそに、サナエは何をそんなことで悩んでるんだかとでも言いたいかのようにそう言った。
「まぁ、当人じゃないから言えるのかもしれないけど、好きな人を好きでいちゃいけないなんて、その方がおかしいと思うんだ」
 それは……そうかもしれん。
「女同士で幸せになってる人なんて山ほどいるだろうし、実際女性化しても女の子好きで女の子と付き合ってる人もいるらしいじゃん?」
「え、そうなの?」
「二歳年上の先輩でそういう人はいたよ。今どうかはわからないけど」
「そうなのか……」
「ケイコも今のミノルを好きだってなら、別に問題ないと思うけど〜?」
 サナエが笑顔でそう言う。オレはそれに救われたような気がした。
「でも、きっとミノルはモテちゃうからねぇ、そこが心配といえば心配かな〜」
 そう言いながらサナエがオレの腰に手を回し、自分に向き直らせてあろうことかオレの顎に指をかけた。
「ちょ!」
「ミノルかわいいんだもん。ケイコには悪いけどあたしもミノルに手ぇだしたいな〜」
 今のオレはサナエと大して身長差がない。こんな風に抱き寄せられるとちょっとドキドキしてしまうのだが……何故だ。
「だ、だめ……」
「そ、その恥じらい方がまたかわいい……!」
「ていうかケイコはまだオレに手なんて出してない!」
「あら、オクテなのね二人とも」
 そう言うとサナエはオレを解放した。胸の動機がなかなかおさまらない……
「ま、そういうわけだからさ、無理に好きじゃなくなろうとか、そんなこと考えなくて良いと思うよ」
「わかった……」
 ついでだから聞いてみようか。
「あの、もいっこ聞きたいんだけど」
「ん〜?」
「今サナエに抱き寄せられてすごいドキドキしちゃったんだけど、なんで?」
 オレの言葉を聞くなり、サナエが殴られたかのようなリアクションをとった。
「あんたはぁぁぁぁ、あたしを誘ってるのかぁぁぁぁ!?」
「な、なんでそうなるんだよ!」
「そんなかわいいこと言われたらムラムラしちゃうでしょーが!」
「オレは女だぞ!」
「あんただって今女が好きって言ってたじゃんかぁ〜!」
 とまぁそんな感じで二つ目の質問は答えがもらえなかった。


 その日の夜、ケイコから電話があった。


「ねぇミノル、新しい名前って決まった?」
「あぁ、一応。親がもう手続きしてる」
「何て名前になるの?」
「あんまり変わらないようにって、『ミノリ』っていう名前になるらしい」
「らしいって、他人事みたいに言うねぇ」
「実感はない」
 その後少し他愛ない話を続けると、ケイコがどことなく言いづらそうにしながらこう言った。
「あの、さ、今週の土日ってなんか用事ある?」
「昼間にサナエが買い物に付き合えって言ってきてるくらいかなぁ」
「そっか。じゃぁ夜は空いてる?」
「うん」
「ウチにさ、泊まりに来ない?」
「え? 何故に?」
「いや、ちょっと土日親が実家に行くっていうからさ、日帰りは難しいからあたし一人だし、よかったらこないかなって……」
 ちょっと待て、何故オレの胸がどきどきしてくるんだ。
「え、えと、うん、いいよ。買い物の後行くのでいいのかな?」
「うん、待ってるね」


 電話を切ってから、オレはこの謎のときめきについて考えながら布団に入り、なかなか眠れずとても困ることになった。


 −続く−

129名無しさん:2010/11/03(水) 00:11:21 ID:???
百合フラグktkr

130名無しさん:2010/11/04(木) 00:13:11 ID:84gb9eUA
今回ちょっと短いです(・ω・)

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− Ⅸ

「やほ〜」
 土曜の昼ちょっと前、オレが駅でサナエを待っていると、陽気……というか脳天気にそう言いながらサナエがやってきた。
「おお、私服でもスカートはいてる」
「母さんがスカートで行けって言うんだよ……そもそも女物のズボンとか全然ないんだよ」
「ケイコに服もらったんでしょ? あいつあんまりスカートはかないくせに持ってることは持ってるのねぇ」
 今朝オレが着る服に迷っていると、母親が勝手にコーディネートしはじめ、今のこのロングフレアースカートと、七分袖のシャツに長袖のカーディガンというまるきり女の服を着てオレはここにいる。
 まぁ、まるきり女なわけなんだがな。
「よしよし、じゃぁ今日はミノルの服とかも探そうね!」
「あ、そうそう、名前変わるから。ミノリになるんだって」
「お、そかそか。あんまり変化ないけどちゃんと女っぽい名前でいいね〜」

 というわけでその後サナエの買い物に引っ張り回されつつ、オレは女物だけどあんまり女っぽくない服を探したりしていた。

「そいえば今日は何時まで遊べるの?」
「夜はケイコの家に行くから夕方までかなぁ」
 オレは歩き方に注意しながらそう答えた。男みたいに歩くとみっともなくてしょうがないんだよ。
「ありゃ、あたし今日お邪魔だった?」
「いや、サナエの方が先約だったし。それに……なんでもない」
「ほう、そこで言いやめるということはあれかね、お泊まりかねお嬢さん」
 サナエがニヤニヤしながらそう言う。オレはすぐにそれを否定しようとしたんだが……なぜかどぎまぎしてしまって声も出なかった。
「え、マジでお泊まり?」
「え、冗談のつもりで言ったのか?」
 墓穴掘ったなーと直後に思った。
「うわ、マジお泊まりだ」
 何故か赤面するオレ。何故だ……
「ちょっと、今日の下着どんなの?」
「えぇ!? べ、別に普通のだけど……」
「見せなさい!」
「バカ! 見せれるわけないだろ!」
「ちっ……こうなったら現地調達しかないか……」
 あの……キャラ変わってませんか?
「ほら、ついてきて!」
 そんな感じでオレは下着屋に連行され、サナエがいろいろ吟味した結果、バイオレットのヒモの下着なんぞを買うハメになり、しかもすぐにトイレで履き替えさせられた。
「うふふ〜お姉さんが履き替えさせてあげようか〜?」
「全力で断る」
 トイレの個室までついてきそうな勢いだった。

 で、遅めの昼食にとファストフード店に入ると、ワタルとコースケの姿が目に入った。


 −続く−

131名無しさん:2010/11/04(木) 22:28:55 ID:???
GJ!

132名無しさん:2010/11/05(金) 00:11:08 ID:m3ym4dkk
お泊まりまでもう少しです(゚∀゚)

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− Ⅹ

「お、ミノルじゃん」
「おぉ、一日ぶり」
「昼飯か? こっちこいよ」
「あぁ、サナエもいるから、買ったら行くよ」
 オレとサナエがトレーを持って行くと、オレ達が隣り合って座れるように席を空けておいてくれていた。たぶんコースケの計らいだろう。
「今日は買い物か何か?」
 珍しくコースケから話しかけてきた。
「あぁ、まぁ、オレは付き合わされてるって感じだけどな」
「えー、ミノリだって買い物したじゃーん、かわいい下着とか」
「おだまり」
 ワタルとコースケが顔を見合わせて順番に口を開いた。
「かわいい、下着……?」
「ミノリ……?」
 明らかにワタルの視線がオレの胸元に向いてる。
「あー、下着はいいとして、名前な、ミノリになるんだと」
「下着はね〜、今日この子お泊まりするから勝負下着を選んであげたのよ〜♪」
 あぁ……頼むサナエ、黙っててくれ。
「お泊まり!? 男の家にか!?」
 ワタル、頼む、黙っててくれ。
「ノンノン、ケイコの家よ」
「え……なんでケイコんちで勝負下着なんだよ」


「だって、二人は両思いだもん」
 オレはもう黙々とポテトを食べることに集中してみた。
「でも女同士じゃん……?」
「それがどうしたの?」
 ワタルの反応が普通なんだろうな。
「けっこう、女性化した人が女の子とくっつくなんて珍しくないんだよ」
 コースケがワタルにそう言う。こいつけっこう詳しいな。
「そうかもしれんけど、でもやっぱ男相手の方がしっくりこないか?」
「体のパーツ的にはそうかもしれないけど、生理的な感覚は別じゃないか? ミノ……リはまだあんまり女の自覚なさそうだし」
 今日のコースケはよく喋るなぁ。
「そうねぇ、言葉遣いもあんまり変わらないし。いい加減オレっていうのはどうにかした方がいいと思うんだけどね〜」
「じゃぁ、なんて言えばいいんだよ」
「私でいいんじゃない?」
「………………善処する」
「まぁそれはそうと、ミノル、じゃない、ミノリはまだケイコのこと好きなんか?」
 ワタルの直球の質問にオレはもう諦めて素直に答えた。
「好きだよ」
「じゃぁ、抱きたいのか? 抱かれたいのか?」
「え?」
 思わず動きが止まってしまった。
「だって、好き同士ならそういうこともするだろうし」
「っていうか、おまえらずいぶん同性の恋愛に寛容だな」
 サナエとコースケは特にそうだ。
「あたしは男も女も好きだもん」
 うわ、何このカミングアウト。
「オレは……まぁ、驚いてはいるし釈然としないものはあるけどな。ただ好きならしょうがねーだろ、うん」
「誰が誰を好きだっていいのさ。器が変わったって魂は変わらないもんな」
 オレは友達に恵まれた幸せ者かもしれない。

「で、ミノ……リは抱きたい側なのか抱かれたい側なのかどっちなんだよ」
 ワタル、いい加減名前で詰まるな。
「う……それ答えなきゃいけないのか?」
「うん、それあたしも気になる。かわい〜く答えてね♪」
「いや、わからんて。体の性別で抱く側抱かれる側が決まるってならそりゃ以前のオレは抱く側でしかありえなかったけど……」
「こうなってみると、どっちもありうるってことか」
 コースケがふむふむといった感じでオレの言葉の先を引き継いだ。
「抱かれる側のミノリ……」
 ワタルとサナエがどうもそういう情景を想像したようで、なんかニヤけてる。恥ずかしいからやめてくれ。

 とまぁそんなわけで時間は過ぎていった。オレをそわそわさせながら。


 −続く−

133名無しさん:2010/11/05(金) 22:18:41 ID:???
お泊り楽しみです

134名無しさん:2010/11/05(金) 23:22:12 ID:IRLlXNxk
お泊まりと言えば一緒にお風呂ですよね、これは外せません( ゚д゚)

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− ⅩⅠ

「じゃぁ、行ってくる」
「やるかやられるか、ね……」
「この勝敗が未来を決める、か……」
 サナエとワタルがなんかわけのわからんこと言ってるけど気にしないことにする。
「ま、あんまり気張らずにな」
 コースケだけは苦笑しながらまともな言葉をかけてくれた。まぁ、こいつにまでボケられたらオレ一人じゃつっこみきれん。

 そんなわけでケイコの家までやってきた。二階建ての一軒家だ。

「こんばんは〜」
 親はいないと言われたが、挨拶はちゃんとしないとな。
「はいは〜い」
 ケイコの声が聞こえて、ドアが開く。なんでオレはドキドキしてるんだ。ケイコんちに来るのが初めてってわけでもあるまいし。
「わお、スカートでくるとは意外」
「母さんにコーディネートされた。っていうか、こういうのしかないんだよ」
「そういえばあたしあんまりパンツあげなかったもんね」
 ここでいうパンツが、いわゆるズボンのことであると知るのはもうちょっと後だったが、まぁそれはいい。
「夕飯食べてきた?」
「いや、まだ」
「じゃぁちょっと待っててね、今作ってるから」
 ケイコが思ったより普通の態度なので、さっきまでドキドキしていた自分が少し恥ずかしかった。
 その後夕食を一緒に食べ、一緒に洗い物をして二人で紅茶を飲みながらテレビを見ていると、ピーピーと電子音が聞こえた。
「あ、お風呂溜まった」
 なるほど、お湯張り完了の音か。
「えと、そいえばパジャマって持ってきた?」
「あ、持ってきてない。歯ブラシとかはもってきたけど」
「じゃぁあたしの貸せばいいね。サイズはまぁ、平気でしょ」
「ケイコの方がちょっと身長高いもんな」
 それがちょっと悔しい。
「女としては身長高くない方がいいんだぞ。着れる服限られちゃうんだから」
「そういうもんか」
「ミノル……じゃなくてミノリか、ミノリがまだ成長するならいずれわかるよ」
 こうなってしまうと成長とかだいぶどうでもよく思えちゃうんだけどな。
「で、お風呂なんだけど……一緒に入る?」
「へあ?」
 思わず変な声が出てしまった。
「その方が時間短縮になるし、ほら、お湯の操作とかその場で教えられるじゃん?」
「ってか、ケイコはそれでいいのか?」
「一応女同士……だし?」
「まぁ……ケイコがいいならいいけど……」

 そんなわけでIN THE 風呂

「うわぁ……もう完全に女の子の体なんだねぇ」
 ケイコがちょっと頬を染めながらオレの体を見てそう言う。両手だけだと隠せるところに限りがあって恥ずかしい……
「ケイコの方が女っぽいじゃん」
 オレはそっぽを向きながらそう言った。っていうかなぁ、好きな女の裸が目の前にあるのになぁ、勃つモノがないってのは不思議な気持ちだ。
 その代わり、なんかこう、おしりというか股間というか、その辺がむずむずするというかなんというか……
「ところでさっきからなんでもじもじしてるの?」

 聞くか!? そこでそれ聞くか!?

「………わかんない」
 思わず赤くなって顔を背けるオレ。そしたら後ろ向きにされて背中から抱きしめられた。
「やっぱ、あたしはミノルがミノリになっても好きだわ」
 ケイコの体が暖かい。そして、やわらかい。
「オレ……私も、自分が女になってもケイコが好き」
「一人称が!」
「だって! サナエがいい加減言葉遣い直した方が良いって……」
「まぁ、かわいいから全然いいけど」
「褒められてる気がしなひゃっ!」

 ちょ! ケイコ自重。

「あらー、さっきもじもじしてたのはこれね〜」
 いつの間にかケイコの手がオレの股間に伸び、ちょっとまさぐるとその手をオレの前にもってきて見せた。見せやがったこいつ……
「これがいわゆる、男が勃つってのと一緒なんだと思うよ〜」
 ケイコの指が、トロッとした透明な液体で濡れていた。それはどうやらオレが分泌したものらしい。ってか、見せんな!
「見せるな恥ずかしい!」
「あたしの裸を見て濡れてくれたなら嬉しいな〜」
 とか言いながらケイコは、あろうことかその指を舐めた。
「ぎゃ〜!!!」
「何よ、大げさね。おいしいわよ〜ミノリの蜜は」
 もう真っ赤ですよわたしゃ。


 −続く−

135名無しさん:2010/11/06(土) 22:02:46 ID:???
wktkwktk

136名無しさん:2010/11/07(日) 01:04:50 ID:k4D2V7GI
短いですがいよいよです( ゚д゚)

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− ⅩⅡ

「そんなとこいないでこっちきなよ〜」
 波乱の風呂を終えてようやく寝ることになったのだが、ケイコはなんか、一緒のベッドで寝る気満々みたい。
「………警戒してんだよ」
 結局あの後洗いっこすることになり、オレは恥ずかしくて触れないのにケイコにはさんざんあちこち触られるし、一緒に浴槽に入ったら首筋舐められるし耳舐められるし。
 なんでケイコはこんなにいろいろできるんだろうか、女の子とそういうことしたことあるんじゃないか?
「なによー、好きな子の体触りたくなるのは普通でしょ、ミノリはあたしの体触りたくないの?」
「そういうわけじゃないけど……ケイコはなんでそんなに普通に触れるの?」
「う〜ん、女の体に慣れてるからってのはあるかなぁ。それに……」
 ケイコがベッドから降りてきて部屋の入り口にいたオレの手を取り、ベッドまで連れて行く。
「ミノリは女の子の体そのものに慣れてないしね、その点では慣れてる私の方がリードするのは当然でしょ?」
 オレをベッドに座らせ、横から抱きしめてくる。シャンプーの匂いがする。
「初めてなのはお互い様だし、女同士なんだからどっちがリードしてもいいわけじゃん。ミノリが元々は男の子だったからーなんて気負うのはナシね」
 ケイコはケイコなりに、オレのことを考えてこういう風にしてくれてたのか。
 でも、オレが女性化した原因が自分にあるっていう気負いがあるんじゃなかろうか。
「……ケイコこそ、自分のせいでオレ……私が女になったって気負ってない?」
「全然ないとは言い切れないねぇ。でもミノリとこういうことしたいのも事実だし、それにね、平然としてるわけじゃないんだよ」
 ケイコがオレの頭を自分の胸のところで抱きしめる。鼓動が早い……
「ケイコも緊張してるの?」
「そりゃしてるさ! 自慢じゃないがあたしは処女だ!」
 胸張って言うな恥ずかしい。そういえば、オレも処女っていうのか、今は。
「えーと、で、オ……私はベッドのどっち側に寝ればいいの?」
「どっち側でもいいけど、その前に……」
 あぁ、やっぱり、と思いつつオレの小ぶりな胸を触り始めるケイコ。やめろ気持ちいい。
「ちょっと! おやめ!」
「なんでよー」
 ふくれるケイコ。
「電気消せ! 恥ずかしい!」
 と、オレが言うとケイコは嬉しそうににんまりして電気を消した。こいつ、オレが恥ずかしがると喜ぶらしい。S気質だったのか。

 で、オレが恥ずかしくてなかなか服を脱がないでいると、ケイコの方が先に服を脱いでくれた。
 触れるとまだほのかにお風呂上がりの暖かさがあり、柔らかくてすごく良い匂いがして、胸が熱くなる気がした。
「あのさ、ミノリ……こんな状況で聞くのもあれなんだけどさ……」
「ん?」
 ちなみにこんな状況ってのは、毛布の中で裸で抱き合ってる状態な。
「その……あのね、ミノリの初めての相手、あたしでいいの?」
「はぁ?」
 オレは思わず笑ってしまった。
「何を今更。泊まりにまできてて嫌だって言う方がどうかしてるでしょ」
「そ、そっか、そうよね」
「オレ……じゃない、私ももう女なんだし、ケイコと同じように考えればいいんじゃない?」
「が、がんばってみる」
「どちらかといえば気張らないようにがんばってよ」
 オレは苦笑いしてそう言った。

 以前は、オレが今のケイコみたいに悩む側だったんだよなぁ。そう思うとなんだか不思議だ。

「ねぇミノリ……」
「ん?」
 毛布の中で二人で横になり、足を絡め合って、オレの首の下にケイコは腕を通し、オレを抱きしめながらケイコが言った。
「あたしのこと好き?」
 少し不安がるような、呟くような声だった。愛しい人が、オレからの好意を言葉にして欲しいと求める。
「好きだよ、大好き」
 オレは想いをそのまま口にし、その口で柔らかい、唇を重ねるだけのキスをした。


 −続く−

137名無しさん:2010/11/07(日) 22:39:30 ID:???
エロktkr

138名無しさん:2010/11/07(日) 23:00:50 ID:6ojBzYPI
以降18禁です(・ω・)

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− ⅩⅢ

「ん……」
 抱き合いながら、ケイコの手がオレ……私の背中を撫でる。それだけでも気持ちいい。
「ミノリ……」
 オ……私を仰向けに寝かせ、毛布と一緒に覆い被さるようにして、わ……たしを見つめる。その艶っぽい瞳にオじゃない私はどんな姿で映ってるんだろうか。
 ケイコの顔が近づいてくる。オレは目を閉じて少し口を開いた。
 重ねられた唇からなめらかに舌が入り込んでくる。私は必死に応じるが、ケイコも同じ気持ちなのかなぁ……
 静かな部屋に、舌を絡め合う音が響く。
「………かわいい胸ね」
 唇を離したケイコは、体を舌にずらしてそう言うと、私の乳首を舐めてきた。
「ひやっ!」
 思わず声が出てしまう。これ止めれないのかなぁ……恥ずかしい。

 しばらくケイコはそうやって私の乳首を舌でもてあそんだ。私は声抑えるのに必死。
 なのにケイコってば、下の方に手を伸ばしてきよった。
「ちょ! あっ、ん!」
 下手に抵抗するとやめちゃいそうなのでおとなしくされるがまま足を開く。
 べ、別に触って欲しいとかじゃないんだからね!
 触られたくないわけじゃないんだけど、反応してしまうのが恥ずかしくてどうしても拒むような言葉や態度が出てしまう。不思議だ。
「痛い?」
「痛くは……ない」
「気持ちいい?」
「………」
 言わすな。
「気持ちいいんだ〜」
 わかってるなら聞くな。
「痛かったら言ってね」
 ケイコがそう言うと、ゆっくりと指の先が体内に入ってくる感覚がした。初めての感覚に声もでない。
 なんかこう、痛みはないんだけど圧迫感があって……異物感が強い。
「大丈夫?」
 ケイコが限りなく優しい声でそう言う。私は笑顔でそれに応えた。

 私のナカはケイコの指を一本飲み込んだ。柔らかいね、とケイコが囁く。
 そしてその指を中で動かし始めた。
「は、あ……ん」
 き、気持ちいい……太ももから腰のあたりにかけてゾクゾクする……
 のだけど、上の方……お腹側の辺りを押されたとき、思わずケイコの手を抑えて止めてしまった。
「え、痛かった?」
「いや、ちがくて、その……」
「う〜ん……あ、おしっこ出そうになった?」
「ど、どうしてわかるの!?」
「そりゃぁ、女の子ですから」
 女レベルはケイコの方が遙かに高いもんな、そういえば。
「大丈夫よ、そう簡単に出たりしないし、出ちゃってもあたしは全然気にしないから」
「私が気にする……」
「じゃぁ、タオル敷いとこうか」
 というわけでお尻の下にバスタオルを敷き、再びケイコは私の陰部をいじり始めた。

「あ、だめ、ちょっと……ん!」
 さっきとは異質な強い刺激がきて、私は思わずのけぞってしまい、足を閉じそうになってしまった。
 驚いて下を見ると、ケイコの顔がちょうど私の股間のところにあった。
 え、もしかして、舐めてる? と思った途端、またあの強い刺激がきた。
「あ! ちょっと!」
 でも今度はやめてくれない。うんまぁ、やめなくてもいいんだけど……にしても刺激が……つよ……
「ん! あ! い、あ! だめ!」
「大丈夫よ〜」
 ケイコは私のこの感覚をわかってるかの様にそう言う。こっちは大丈夫じゃないっての!
「だめ……なんか、これ……あ、く、ん、ん〜!」
 こ、腰が砕ける…………私は体中に電気が走るような強烈な感覚に支配され、その後すごい脱力感に見舞われた。
「はぁ……はぁ……」
 どうにか呼吸をしてるって感じ。男の時とは全然ケタが違う……
「大丈夫?」
「はぁはぁ……たぶん……」
「これがね、女の子のイクってやつなんだよ」
 ケイコがそう言いながら優しく頭を撫でてくれた。つまり私は、クリトリスを舐められてイってしまったらしい。
 確かにすごく気持ちよかったけど、もうなんかいろいろ初めて過ぎて頭も感覚もパンクしそうだ。
「でも、それじゃぁケイコはイク感覚をもう知ってるのね?」
 完全に女としての感覚に支配されたからか、無意識に口調も女らしくなってしまった。
「え、えーと、まぁ、うん」
「さっき処女って言ってたってことは、一人でしてひゃっ!」
 陰部を撫でられて私の言葉は封じられた。こんだけしといて自分ばっか恥ずかしがるとかずるい!


−続く−

139名無しさん:2010/11/08(月) 20:54:04 ID:???
乙!

140名無しさん:2010/11/09(火) 00:47:41 ID:Rvc/xkoo
おつおつ!
こうやって新しい投下があるとおいちゃん嬉しいよ

ちなみにコテとか無いん?

141名無しさん:2010/11/09(火) 04:20:46 ID:kaoo03RU
えと、コテとかは考えてないのですよ(・ω・)
こういう風に書き込みするのもこのお話が初めてなもので(´∀`;)
あとリアル事情で祖父が亡くなってしまいまして……とりあえずキリもいいのでここで一端完結とさせていただきます。
ただ、後日談的なものや、他のキャラ視点、他のキャラのお話ってのも思いついてないわけではないので、お声があれば書きますね( ´∀`)


142名無しさん:2010/11/09(火) 04:21:05 ID:kaoo03RU
−−−迷う指先の辿る軌跡−−− ⅩⅣ

「ねぇ、私にもケイコの体触らせてよ」
 私はそう言いながら互いの位置を入れ替えて、ケイコを仰向けにし、両の掌を押さえて組み敷くようにしてみた。う〜ん、男の時にこうするべきだったか。
「う……なんか、恥ずかしい」
「さっきまでさんざんそういうこと私にしてたヤツがよく言うわ」
 私はまずキスをして、舌を絡めて、ケイコの股に足をおいて足を閉じれないようにし、手を押さえたまま乳首に舌を這わせた。少しだけ、気持ちよさそうな声が聞こえた。
 すぐに大きくなった乳首をしばらくそうして舌で弄び、私は押さえていた手を離してお腹の上に舌を這わせながら陰部に顔をもっていった。
「ミノリの舐めといてなんだけど、汚いから舐めなくていいよ」
「私のが舐めれるほどキレイならケイコのもきっとキレイだよ」
 何を言われたってやめるつもりはない。
 電気を消している上に毛布があるから真っ暗でよくわからないが、本で見た情報を必死に引っ張り出して照らし合わせつつ、ケイコの秘所に手を添えて開いてみる。
 暖かく湿った不思議な、独特な匂いがして、私の動悸を早くさせた。これが女の子の秘密の場所……まぁ、自分にもあるんだけどね。
「ん……」
 どうにか舌でクリトリスを探し当てると、舌先が触れた瞬間ケイコの体がビクッとなって声を漏らした。もっと自分の体をよく見て学んでおけばよかった……
 最初はいろいろ考えながらやっていたのだが、段々頭がボーッとしてきて、夢中でケイコのクリトリスを舌でなぶっていた。
 少しそうしていると、急にケイコの足がぎゅっと私の頭を挟むように閉じて、ケイコの体が撥ね、少し痙攣した。
「ちょ、待って」
 足の力を抜くと、ケイコがそう言って私の頭を押さえてきた。
「え?」
「あの……イっちゃったから……もういいよ」
 暗がりで恥ずかしそうにそう言うケイコがかわいかった。

 とりあえず私は顔を上げ、ケイコの顔を見ながら秘所、蜜で濡れている秘裂に指を這わせた。
「顔見るな!」
 腕で顔を隠されてしまった。まぁ、その態度もかわいいけど。
 私はぬるぬるする秘裂の、蜜の出所を見つけると、中指をゆっくり中へいれてみた。すんなり入るというわけでもないが、きつすぎるということもない。
 お返しとばかりにさっき私がやられたようにやわらかい上の壁を撫でる。
「……仕返しでしょ」
「もちろん」
 そうやってケイコの反応を楽しみながら秘所をいじっていると、ケイコがもどかしそうに私を引き寄せた。
「ねぇ、キスして」
 言われるまま、そっと唇を重ねる。

「あたしにもさせて、ミノリも気持ちよくしたい」
 私は濡れそぼったケイコの秘所を解放し、二人とも横向きに寝て互いの陰部に顔を近づける。
「ミノリ濡れてる、あたしのいじって濡れちゃったの?」
「ケイコだって、滴りそうなくらい潤ってるよ」
 そうやって互いを辱め合いながらそっと、牝の匂いでお互いを求めている秘裂に舌を這わせる。
「あ……ん……」
 少ししょっぱいような、不思議な味がする。
 が、すぐにそんなことも気にできなくなる。私がしてるようにケイコも私の秘所を舐めているのだから。
 ケイコの部屋には、ぴちゃぴちゃと淫靡な水音だけが響く。
 断続的に訪れる、予想できない感覚に翻弄されながらも必死にケイコへとお返しをする。もしかしたらケイコも同じ気持ちなのかも……
「ん……は、あ、だめ、ケイコ、なんか……」
「あ……ん、イキ……そう?」
「わかんない……気持ちいいの……」
 イクというのがどういうものかはまだよくわからないのだけど、なんだか腰の後ろがゾクゾクして意識をもっていかれそうな感じがする。
「いいよ……おいで……」
 ケイコがいっそう強く激しく私の陰部を吸い上げながら舌を這わせてくる。なんか、もう、どうにかなってしまいそうだ。
 声も出ないまま私も必死にケイコの秘所を激しく攻め立てる。ケイコの体も急にビクビクし始めたのはわかった。

 が、わかったのはそこまでで、私は体を電気が走り抜けたような感覚と腰から落下していくような快感に襲われてもう何が何だかわからなくなってしまった。

「ん……あ……はぁ……」
 ぐったりしている私の頭をケイコが撫でてくれた。
「気持ちよかった?」
「……うん……でも私ばっかりだった気がする」
「そんなことないよ、あたしも気持ちよかったし、なにより嬉しかったから」
 ケイコが唇を重ねてきた。さっきまで互いに快感を運んでいた口で今度は愛情を伝え合う。
 そして、裸のまま抱き合って私はすぐにまどろみの中へ沈んでいった。

 こうして、私達の初めての夜は過ぎていったのだった。


 −おしまい?−

143名無しさん:2010/11/09(火) 22:03:09 ID:???
お疲れさまでした

144こっぺぱん:2010/11/20(土) 01:17:29 ID:clJH0DcU
ども(・ω・)
「迷う指先の辿る軌跡」書いてた者です。
続きをちょろっと書いたのでのっけます〜
あとせっかくなのでコテつけさせていただきますね。
こっぺぱん好きなのでそのままこっぺぱんで(笑)
長くてエラーでちゃったので本文は↓です。

145こっぺぱん:2010/11/20(土) 01:20:11 ID:clJH0DcU
「上」と「下」に分かれてます。

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− ⅩⅤ 「上」

 翌朝、カーテンの隙間から差し込む陽光で眠りから引っ張り出された私は、真っ先に目に入ったケイコの寝顔を見て反射的に昨夜のコトを思い出してしまった。
 すやすや眠るケイコの隣で赤面して縮こまる私。これでも元男なんだぜ。
「………」
 途中からは無我夢中であんまり覚えてないけど、恥ずかしさと幸福感が混ざったような不思議な時間だったと思う。
 やっぱり、男の頃に抱いてあげるべきだったかなぁとも思ったけど、そうならなかったってことはまぁ、そうなるべきじゃなかったってことなんだろう。
「………」
 とりあえず、もっかい寝よう。


「ミノリ〜そろそろ起きて〜」
 二回目に目を覚ましたときは、もうカーテン全開のリアル太陽拳状態だったのですぐ起きた。パジャマ姿のケイコがベッドの横にしゃがんで私をのぞき込んでいる。
「朝ご飯食べよう。ミノリはまず顔洗っておいで」
 そんな感じで昨晩のことには触れないようにつつがなく朝食を済ませ、特に目的もないので例の如く一緒にゲームをし、昼食を食べてしばらくしたら眠くなってきた。よく寝たのになぁ。
「なんか眠くなってきちゃった」
「お腹いっぱいだしねぇ。ちょっとお昼寝する?」
「う〜ん、なんか寝てばっかになっちゃうねぇ」
「じゃぁ、いちゃいちゃしようか」
 そう言うとケイコが後ろから抱きついてきた。背中が柔らかくて暖かい。
「昨日十分したじゃん」
「そうだけど、こういうのはし続けたって足りるなんてことないもん」
 それはそうかもしれない。
「かわいかったなぁミノリ。ねぇ、おっぱい触ってもいい?」
「だめって言っても触るんでしょーに」
「よくわかってらっしゃる」
 私はてっきり私を抱きしめる手がそのまま上がってくるのかと思ってたのだけど、ケイコは服の下に手を入れて直で触ろうとしてきた。
 まぁ、ブラジャーはしてるけど。
「ちょ、服の上からじゃないの!?」
「じゃぁこっちは服の上から」
 と言ってケイコは片方の手を私の股間に伸ばしてきた。
「そっちはだめ……あ……ちょっと、やめ……」
 反応してしまう体を止めるってのは今の私には無理で、段々艶を帯びてくるケイコの息が私の首をくすぐる。さすがにケイコは女の体には詳しくて、気持ちいいところを的確に攻めてくる。
 徐々に抵抗する力を奪われて、ケイコに抱かれながらあのよくわからない腰の後ろがゾクゾクする感覚が近づいてくる。
 と、そのとき。

「ただいま〜」

 玄関の方でガチャっと音がして、ケイコの親らしき声が聞こえてきた。思わず二人して硬直する。


 −続く−

146こっぺぱん:2010/11/20(土) 01:20:59 ID:clJH0DcU
−−−迷う指先の辿る軌跡−−− ⅩⅤ 「下」

「………いいところだったのに」
 とケイコは言うが、それはこっちのセリフだ。
「しょうがない、とりあえず下に……あ」
「………私のことこんなにしやがって」
 若干はぁはぁしながらおそらく頬を紅潮させて私は言っているのだろう。これが自分じゃなければすごい萌えるんだろうなぁ。
「ご、ごめんごめん」
 だがまぁ、親が帰ってきた以上こんなことを続けるわけにもいかず、とにかくケイコは一階へ降りていった。
 私はとにかく呼吸を整えて身繕いをし、その場で待つ。少しするとケイコが私を呼びに来たので、下へ降りた。ケイコの親には私のことをどう言ったらいいんだろうか……
「友達泊まりに呼んだんだ」
 ケイコがリビングにいる母親にそう言った。私はまだ廊下に隠れている。何故隠れる。
「サナエちゃんでも呼んだの?」
 一回……いや、二回くらいか、ケイコの親に会ったことはある。お母さんはなんかこう、天然っぽいというか、おおらかな感じだった。お父さんは……すごいケイコLOVEだった気がする。
「いや、ミノリ……あー、ミノルだよ、前にウチ遊びにきたことあるじゃん」
「なにぃー!?」
 奥からケイコのお父さんがすっ飛んできた。マンガみたいな展開だなおい。
「お、お、男と一晩過ごしたのかケイコ!?」
「あー、いや、男というか女というか……」
「ちょっとそいつ連れてきなさい!」
 ケイコがリビングから顔だけ出して苦笑し、手招きしたので私はガクブルしながら部屋に入った。
「おまえがウチのケイコ……を……?」
「えと……お邪魔してます」
 けっこうビクビクしながらそう言うと、ケイコのお父さんは毒気を抜かれたようにポカーンとしていた。お母さんは、あらまぁと言って私をまじまじ見ている。そりゃそうだわな。
「え、えぇと、あの、キミは……?」
「以前こちらにお邪魔したこともあるのですが、藤井といいます、藤井……今はミノリです」
 と、いうわけでケイコがいろいろ事情を説明し始めた。
 お母さんの方は最初驚いたものの、なんだかすぐ違和感なく受け入れてしまったようで、普通に娘の友人が来たという感じでお茶など淹れてくれた。
「うぅむ……しかし、この場合女の子だからと言って安心していいものかどうか……」
「平気平気、私が攻めだか……あ」
 またもやお父さんはぽかーんとしている。お母さんは、あらまぁと言っている。私はというと……うつむいてため息つくしかないじゃんか!

 という感じで、いろいろ大変だった。
 で、明日は月曜である。学校である。サナエとワタルとコースケのいる学校である。


 −続く−

147名無しさん:2010/11/20(土) 22:24:51 ID:???
GJ!

148こっぺぱん:2010/11/23(火) 00:53:44 ID:logTZuGI
−−−迷う指先の辿る軌跡−−− ⅩⅥ


「おはよー」
 さすがに着慣れてきたが、下半身の心許なさだけはぬぐえない女子制服を着て普通にいつも通り登校した。いつも通りだよね? 何もおかしくないよね?
「ミノリおはー、ちょっとこっちおいでこっち」
 さっそくサナエに呼ばれる。うむ、想定の範囲内である。
「お、ミノリ来たか。コースケ、行くぞ」
 サナエと示し合わせてでもいたのだろう、ワタルも私に気づくとコースケと一緒にサナエの元にやってきた。想定の範囲内。
「で、どうだった?」
 いきなりかい。でも想定の以下略。
「えぇまぁ、ご期待には添えずといいますか……」
 もちろん正直に答えるわけはない。ヤっちゃいましたなんて言えるか!
「ほうほう」
 あり? この反応は想定の範囲外だ。
「うんうん、想定の範囲内だね、その返事は」
 なんかサナエが余裕の笑みでそんなことを言っている。えー!?なにもしてないのー!?とか言われると思ったんだけど……
「コースケの言ったとおりね」
「え?」
「ミノリのことだから、仮になんかあっても絶対正直に言うはず無いって」
 私はじとーっとした目でコースケを見た。コースケは苦笑している。
「いやすまん、悪気はないんだが」
 それだけ私のことをよくわかってるってことは友達として喜ぶべきかもしれないけど、こういうときに発揮するなと小一時間以下略だ。
「とまぁそういうわけで、真打ち登場のようです。ケイコー!」
 ちょうど登校してきたケイコをサナエがめざとく見つけてこちらへ呼ぶ。私は疲れたように額に手を当てていろいろ諦めた。っていうかすでに疲れた。
「ん? どしたの?」
 机に鞄を置いたケイコがこちらへやってくる。私は机に突っ伏す作戦に出た。
「一昨日ミノリ泊まりに行ったんでしょ?」
「うん、来たけど」
「ミノリが泊まりに行く前に一緒に買い物しててさ、ミノリに新しい下着をオススメしたんだけど、どうだった?」
「あ〜、水色のレースのヤツでしょ、かわいかったよ〜」
 ………ばか。
「じゃぁさじゃぁさ、下着の中身も見たの〜?」
「え……ちょっと、どういう意味よ」
 さすがにケイコも踏みとどまってくれた。まぁ、焼け石に水って感じだけど。
「んもぅ焦れったいわねぇ、えっちはしたのってこと!」
 もっと小声で言えよサナエ。
「あー………ノーコメントで」
 よし、なかなか微妙な返事だ、グッジョブケイコ。
「ふ〜ん、何にもしてないなら別に恋愛感情とかのない友達同士のお泊まりだったのね〜。だったらあたしもミノリとえっちするチャンスはありそうね〜」
「だめ! それはだめ!」
「なんでよ〜二人はただの友達でしょ〜?」
「うぅ……」
 サナエめ……仕方ない、腹をくくろう。私は突っ伏していた顔をあげてケイコの手を取り、引き寄せて腰に抱きついた。
「ケイコはすっごいかわいかったよ。寝顔も、ベッドの中でもね」
 にんまりしながらそう言ってやると、案外サナエたちの方が後ずさった。ケイコは赤面してそうだな。
「ど、堂々とそう言われると対処できねぇぜ……」
 ワタルがそう言う。ちょうどそのときチャイムが鳴ったので、うまいことそれ以上の追求を避けることができた。


 まぁ、結局昼休みにまたさんざん取り調べされたんだけどね。


 −続く−

149名無しさん:2010/11/23(火) 22:08:14 ID:???
待ってました!

150こっぺぱん:2010/11/25(木) 01:05:22 ID:JHGz4tIQ
ネタがないときは新キャラと相場が決まっています\(^o^)/

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− ⅩⅦ

 それからしばらく、特に変わったことはなかった。
 私もかなり女として生きることに慣れ、言葉遣いや仕草などもだいぶ[それっぽく]なったと思う。
 頭で考える言葉はまだちょっと男っぽいけど。

 で、ケイコとの関係だけど、うん、まぁ、つつがなくといった感じかなぁ。
 今までと変わらず、ウチでゲームすることもあるけど、サナエも一緒に三人で買い物に行ったりもする様になった。
 ワタルとコースケと遊ぶこともあるし、学校でも相変わらず男女両方と仲良くしてる。女子と関わる機会の方が増えたけど。

 そして、七月に入って早々、げんなりする出来事があった。

「ス、スクール水着………?」
 そう、水泳の授業である。
 私に手渡されたのは、ビニール袋にぴっちりと収まっている紺色の布だった。
 去年までは多少なり女子がそれを着るのを楽しみにしていたものだが、それを知っているだけに、自分が今度はそういう目で見られると思うとなんか、複雑だ。
 それにねぇ、なんかねぇ、どことなく自分が変な趣味の人間なんじゃないかっていう気がしてしまうわけよ。体的には相応しいんだろうけど、さすがにまだ女としての自覚がそこまで根付いてないし。
「これ、着るの?」
「うん」
 サナエとケイコは私が戸惑ってる方がおかしいとでも言うかのようだった。
「誰が?」
「あんたが」
「なんで?」
「あんた、海パンでおっぱい丸出しのまま水泳の授業やるつもりだったの?」
 まぁ、そういうことなのだろう。確かにそれはまずい。
「………男達の視線の意味を知ってるだけに、すごい嫌だ」
「大丈夫だよ、ミノリのおっぱい小さいから」
「……………さすがにそう言われるのはむかつくようになってきた」
 女らしくある方が相応しく、女らしくない方がだめっていう認識になるのはなかなか一筋縄ではいかないのである。
 元男のわかってもらいづらいジレンマなのだ。
 まぁでも女の子の胸は今でも好きなだけに、その魅力が弱いと言われるのはなんか嫌だ。ついに私も女の子の悩みを抱えるようになったかぁ。
「とにかく、これを着ない訳にはいかないから、ちゃんと家で一回着とくんだよ〜」
 それこそなんかすごい変態じみててアレなんだが。

 で、三日後に水泳の授業をひかえたある暑い火曜日、昼休みが終わってみんなが席につき、五限の開始を待っていたのだが、一人、昼休み中からずっと机に突っ伏して寝てるヤツがいて、近くの席のヤツがどんだけゆすってもまったく起きる気配がなかった。
 そうこうしてるうちに先生が来たんだけど、先生がゆすってもまったく起きず、保健の先生を呼ぶことになった。クラスがざわざわとうるさくなる。
 結局保健の先生もよくわからないらしく、あれこれしているうちに五限目が終わろうとしていた。
 そしてチャイムが鳴り、五限の授業の先生と保健の先生が頭を悩ませている中、そいつ「山瀬 レン」がもぞもぞと動き出し、顔を上げた。
「………あれ?」
「山瀬、どこか具合悪いのか? 五限の間ずっと眠ってて全然起きなかったんだぞ」
「え? もう昼休み終わってるんですか?」
「昼休みも何も、五限が終わってるぞ」
 山瀬が時計を見てびっくりしている。その山瀬を見るともないしに見ていた私は気がついた。
 気がついたので、先生に小声でそれを伝えてからちょっと山瀬を教室の外へ連れ出した。
「おい藤井、どうしたんだよ?」
 その質問には答えず、私は急いで山瀬の手を引きながら屋上扉前まできた。ここなら誰もこないだろう。
「山瀬、おまえ、夢見てなかった?」
「え? なんで知ってるの? オレ寝言とか言ってた?」
「………ちょっと失礼」
 私はそう言い、思い切って山瀬の股間に手を当てた。
「ちょ! 藤井何するんだよ!」
「あぁ………うん、ようこそ、こっちの世界へ」
「え………?」
 私がため息と共に苦笑しながらそう言うと、山瀬は慌ててズボンの中に手を入れ、硬直した。

 こいつがウチのクラスで二人目の女性化男子になったのである。


 −続く−

151名無しさん:2010/11/25(木) 22:28:41 ID:???
GJ!

152こっぺぱん:2010/11/26(金) 00:13:05 ID:3iosuKQc
−−−迷う指先の辿る軌跡−−− ⅩⅧ

 そんなわけで水泳の日がきた。ちなみに山瀬はちょっとあれからパニクっちゃっていろいろ大変だったらしく、水泳は見学ということになった。さすがに女体化してすぐ水着はきついだろうと。
 まぁ、私ですらまだきついからね。
「そういえば、どこで着替えるの?」
「プール脇に更衣室があるんだよ」
「へぇ……男子は教室で履き替えて上にシャツだけ着て行くから知らなかった」
 一応先生も気を遣ってくれて、見学でもいいと言ってくれたのだけど、さすがに水泳の授業全部見学するわけにもいかないし、最初やらないと嫌になっちゃいそうだからがんばるのだ。
 というわけで更衣室へ行く。いわゆる銭湯の脱衣所みたいな感じだった。ただ、窓が小さくて照明が少ないから暗い。あと狭い。
「えと……ここでみんな着替えるの?」
「そうだよ?」
「……恥ずかしいんだけど」
「またまた〜女同士じゃな〜い」
 ためらっていたらすでに下着姿まで脱衣が進んでいるサナエにどんどん服を脱がされてしまった。
「ほらほら、早く着替えなさ〜い」
「うぅ〜……」
 渋々脱がされた服を棚に入れ、棚の方を向いてブラジャーを外す。そのとき皆の目がキラーンと光った、らしい。私は見えてないから。
「ちょっと見せて!」
「男の子が女の子になるとどんな胸になるの!?」
 急にクラスの女の子達が群がってきて私の胸を凝視する。もちろん手で隠したけど。
「えぇ!? みんなと変わらないよぅ! ちっちゃいから見る価値ないよぅ!」
 ついつい口調まで女の子っぽくなってしまう。う〜ん、成長したなぁ私。などと悠長なことを考えている場合ではない。
「いいじゃない、あたしのも見せるから!」
 とみんなが口々に言う。それはちょっと見てみたいけどこっちが見られるのは……
 すると、後ろからケイコが私を抱きしめてきた。
「はいは〜い、みんなそれくらいにしてあげて。ミノリはシャイなのよ。それに、ミノリの体はあたしのものなの」
 ニヤッとしながらケイコがそう言った。それも十分恥ずかしいんだが。
「えぇ〜! ケイコの独り占めずるい〜!」
「だってあたしらはカップルだもん。彼女が困ってたら助けるのが彼女の役目でしょ」
「いや、それは彼氏の役目かと……」
 という私の言葉は誰も聞いていないようだ。
「けち〜!」
「修学旅行の温泉で見れるじゃない。それまではあたしに独占させてよ」
「しょうがないなぁ。でもケイコはもう見たのよね?」
「そりゃまぁ、全身くまなく……」
 それを聞いて赤面する私を見た女子達が急に息を荒くし始めた。おいおいこのクラスやばいんじゃないか。みんなレズっ気ありすぎだろ。

 というわけでようやく水着に着替え、プールサイドに出る。今日は日差しが強いので早く水に入りたいなぁ……
 などと思っていたらぞろぞろと男子が入ってきた。思わず硬直する。
「堂々としてなって。下手に恥ずかしがると男子は喜ぶだけよ」
 サナエがそう呟いてくれたので、かなりのがんばりを必要とはしたけどとりあえず堂々とすることにした。まぁ、ぶっちゃけ注目浴びるほど胸が大きいわけでもないし……と考えると少し悔しい。
 と思ったのだが、男子はどうやら女としての魅力云々よりも、クラスで初の女性化した元男子の体が気になるようで、すごい視線を感じる。
「う〜ん、見事に話題の的になってるね」
「すごく帰りたい」
 こういうときの女子の団結力は見事で、なるべく男子の目につかないようにとみんなが壁になってくれた。
「おい男子、あんまり藤井をじろじろ見るな。他の女子に失礼だぞ」
 体育の先生がそう言って男子をたしなめる。いや、まぁ、私を見るなって言うのはいいんだけど、その理由がちょっとおかしくないですか。

 そんな感じで授業はつつがなく進み、水に入ってしまえば視線も気にならなくなって、私はスク水の洗礼をどうにかこなしたのだった。
 クラスで初とか学年で初とか、過酷。


 −続く−

153名無しさん:2010/11/26(金) 22:14:25 ID:???
乙乙!

154こっぺぱん:2010/11/27(土) 00:33:31 ID:G8KOKJWQ
ちょと別の世界のお話として、短編をうpしていきます。
そんなに長くするつもりはないので、終わりまではこれを続けて書かせてもらいます〜
けっこう重くて暗いお話です。でもこの世界でないと書けない話なので(・ω・)

−−−失意の先、希望の終わり 「1」


 少年は、ずっと女の子になりたかった。
 自分は何故女の子に生まれてこなかったのだろうか、とずっと思っていた。

 女の子の着ている服が羨ましかった。
 女の子の持っているものが羨ましかった。
 女の子の仕草が羨ましかった。
 女の子の髪の長さが羨ましかった。
 女の子の小さくて柔らかい体が羨ましかった。

 だがこの世界には、彼にとってまだ救いがあった。
 15歳〜16歳まで、つまり17歳の誕生日まで女性と交わることがなければ、体が女性になるという奇跡が。
 メカニズムは未だ諸説入り乱れており判然としないのだが、ほぼ例外なく規定の歳まで女性との交わりのなかった男は女性となっている。
 小学生の頃そのことを知った少年は、ずっとずっとその日を待っていた。

 仕草が女っぽくて気持ち悪いと言われても、のばした髪をからかわれても、密かにもらったり買ったりした女性ものの服を着て、化粧をして、いつかこの体が女になるんだと夢を見て過ごした。

 中学時代、女性化した先輩達に憧れ、いろいろと話を聞いたりもした。
 相変わらずバカにされたり、気持ち悪いといわれたり、ただ自分が自分らしくするだけで疎まれもしたが、彼はずっと、毎日毎日いつか自分が女性化するときのことを考えて耐えていた。



 だが、彼の夢は、心ない者の手で潰されてしまった。


 −続く−

155こっぺぱん:2010/11/27(土) 23:58:23 ID:/E1wY3FM
−−−失意の先、希望の終わり 「2」

 15歳になり、あと二年の間に女になれる、いつ女になるのだろうと毎日わくわくしながら過ごしていたのだが、ある日彼は机の中に入っていた手紙、いかにもラブレター然としたその手紙に書かれていたとおり、放課後プール脇に訪れた。
 彼は男性が好きだったので、無骨な字と色気のない手紙と封筒に喜びを隠せなかった。
 手紙の主に会ったら、「もうじき女になれるから、それまで待ってて」と言うつもりだった。

 だが向かった先にいたのは、一組の男女。評判の悪い、彼を目の敵にしていた者達だった。
 彼は予想外の事態に歩みを止める。と、その瞬間を狙ったかのように後ろから羽交い締めにされ、先にいる二人にも拘束されてプールの中へ連れ込まれ、更衣室の床に仰向けに寝かされ、両足と両腕を押さえられてしまった。
 場所が場所なだけに声を出しても誰も来てくれそうになかった。
 もちろん抵抗はしたが、顔と腹を殴られてかなり力を奪われてしまい、評判の悪い男に足を押さえられ、もう一人の先ほど羽交い締めににされた男が彼の両腕を押さえていた。

 その男は、同学年の別クラスの男子で、密かに彼が好意を寄せていた人だった。
 意地の悪い下品な笑みを浮かべながら自分を押さえつけるその姿を見たとき、彼は最初の絶望を感じた。

「おまえきもちわりーんだよ」
「オレのコト好きだとかすげー迷惑なんだよ。女になってから改めて告白ーとか超気色わりぃ」
「男のくせに女になりたがるとかイカれてんじゃねぇの? きもちわりーしゃべり方しやがって、動きとかもきもちわりーんだよオカマ野郎」

 容赦なく彼に浴びせられる悪口雑言。
 そしてずっと見ているだけだった女が動き出し、彼に猿ぐつわをかけ、声を出せないようにしてから彼のズボンのチャックを下ろした。
 彼の血の気が引く。最悪の結果が頭の中をかけめぐる。


 −続く−

156こっぺぱん:2010/11/29(月) 00:41:34 ID:S9XE2YbU
−−−失意の先、希望の終わり 「3」

 二人の男がニヤニヤしながら彼を見下ろす中、同じくニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら彼の性器を下着から出した女は、おもむろにそれを口に含んで勃起させようとする。
 彼は女性に興味はなかったが、体の反応は性指向とは関係なく、彼の性器を勃起させる。
 彼は猿ぐつわをされながらも懸命に叫び、全力で手足を動かそうともがいた。涙を流しながら必死に暴れようとする。が、動こうとすると彼が思いを寄せていた男に頭突きをされてその力を奪われてしまう。

「あたしとヤれるんだから光栄に思いなさいよね」

 女はそう言って、彼の性器を己の性器に挿入した。



 行為が終わった後、男二人と女が去った薄暗い更衣室の中で、彼は座り込んでいた。
 口の端が切れて血を流しており、顔は涙で汚れ、手首は鬱血し、顔は殴られたのと頭突きで赤く腫れていた。
 しかしそんなことは彼にとっては些細なことだった。
 これならまだ、無理矢理レイプされる方がマシだ、と彼は思っていたかもしれない。
 ただ、虚ろで光の消えた彼の瞳からは、失意と絶望以外のものを感じることはできなかった。


 その日から、彼は笑顔を失った。


 彼が唯一すがっていた夢と希望、叶うまであと数日、もしかしたら数時間だったかもしれない、彼が幸せになるための唯一の道を、彼は理不尽に奪われた。
 それも、単に彼が性的マイノリティであるというだけで、それを不快に思ったというだけで、彼を失意の底へたたき落としたのだ。


 だが彼は一縷の望みを持ち続け、枷のような失意と絶望を両手に嵌められながらも、生き続けた。
 中学を卒業し、高校に入学し、16歳の誕生日を迎える。
 彼を蔑む者のいない環境で、女性化した者に羨望と嫉妬の視線を向けつつも、つつがなく高校生活を続けた。
 毎日うつむきながら暮らし、1%もないかもしれない可能性だけを頼りに生き続けた。
 食は細り、どんどんと痩せていく。
 絶望は時間がたっても色濃く、明るい態度など微塵も出せない彼はなかなか友達ができることもなかった。
 それすらも、彼にとってはどうでもいいことだったかもしれないが。


 そしてある冬の日。
 彼は、17歳の誕生日を迎えた。




 その次の日、彼は姿を消した。


 −続く−

157名無しさん:2010/11/29(月) 22:32:16 ID:???
いいですね〜。暗くて思い話は大好きです!

読んでいたら、自分も書いてみようかな…とか思うけど書けない…

158こっぺぱん:2010/11/29(月) 22:49:19 ID:EEHsRV8k
ちょっとこれは暗すぎたかなぁと思ったんですけどね(´∀`;)
こういう風に世界とテーマが確定してるとけっこう書きやすいですよ〜(・ω・)

ちなみに今回はかなりのグロ注意です。まじで。

−−−失意の先、希望の終わり 「4」

 彼が失踪して、もうすぐ一年が経つ。
 家族は捜索願を出し、自らもあちこちと彼を捜して回った。
 学校も生徒へ呼びかけたが、ほとんどの者は他人事としてしか受け取っておらず、彼を気にかける者などいなかったと言ってもいいだろう。

 そして、彼の同級生が高校三年生になり、卒業まで残すところ半年となったある初冬の朝。
 彼を絶望へ堕とした三人が共に進学した学校の門の前におびただしい血の後があった。
 すでに冷え切って地面に染み込み、赤黒くなっている血は最初、登校してくる者達にとってなんだかよくわからなかった。


 だが、一人が校庭を横切ろうとしたとき、悲鳴を上げた。


 その声に驚いた他の生徒や教師が続々と校庭に集まってくる。
 そして、校舎の方を見上げて皆が絶句していた。
 あまりのことに悲鳴も上げられない、そんな感じだった。


 そこには、屋上の鉄柵からそれぞれ三本のロープで両手首と首を釣られた三人の、惨殺死体があった。
 真ん中に、無理矢理彼の童貞を奪った女が、その両隣に彼を押さえつけていた男が、吊されている。
 その死体は言語に絶するほど無残だった。

 男達は性器を切断され、眼球に割り箸を突き刺され、情けなく垂れ下がっている舌には無数の針が刺さっており、両手足の爪は剥がされ、肛門から引きずり出された腸で足を拘束されていた。

 そして女の方は……更に惨い死体だった。
 乳房を根本から切り落とされ、どうやったのか足は腿から縦に裂かれてそれぞれ三枚の肉の板になっていて、眼球はえぐり取られてその中に切り落とされた指が詰めてあり、口の中には大量の排泄物が詰め込まれていた。
 そして……性器には切り落とされた隣の男の性器が挿れられ、肛門にももう片方の男の性器が挿れられていた。
 腹は切り裂かれて引きずり出された腸が首を絞め、剥き出しの子宮には大量のカッターが突き刺されていた。


 教師達は何事かと校庭に集まってくる生徒を止めることもできず、その場に硬直してこの想像を絶する光景に縛られていた。
 そして集まってきた生徒達はこの光景を目にして、その場で阿鼻叫喚の騒ぎを起こす。気絶できた者は幸せだったかもしれない。


 この惨劇は、後に歴史に残るほどの衝撃を持っていた。


 −続く−

159こっぺぱん:2010/11/30(火) 22:49:43 ID:vPkX.Bdc
−−−失意の先、希望の終わり 「5」

 あまりにも凄惨すぎる事態に対応は後手後手になり、ほとんどの生徒がこの惨死体を見て絶句し、あるいは叫び、あるいは暴れ出し、病院送りになるほどのショックを受けた者も少なくなかった。
 この日欠席していた生徒以外はほぼこの凄惨な光景をまぶたに焼き付けられ、その後は授業にならなかった。皆、目を閉じるとその光景が浮かび上がってじっとしていられず、過呼吸を起こして倒れる者や、発狂したかのように大声を上げて失神する者などが後を絶たなかった。
 目撃者に壮絶なトラウマを植え付けることになったこの事件は、警察を呼んでからもあまりの事態になかなかコトが進まなかった。
 そもそも警察の人間すらあまりの凄惨さに動くことができず、言葉を失うほどだったのだから。


 そして同時刻、ある人里離れた山奥で、爆発音があったと通報があった。


 伝えられた山道の脇には、うち捨てられたタイヤのない車が一台有り、ドアが吹き飛んで窓ガラスが全てはじけ飛んでいた。
 その中には、まったく原形をとどめていない肉片と骨片だけが、血まみれになって散らばっていた。
 そして汚れた車のボンネットには、ペンキでこう書いてあった。


『私は許さない 世界を呪い殺してやる』


 と。


 −続く−

160こっぺぱん:2010/12/02(木) 21:14:42 ID:NBXS60J2
一応これで完結です(・ω・)

−−−失意の先、希望の終わり 絶望の底、終わりの始まり

 歴史に残る惨劇は、各メディアで放送されることはなかった。
 だが、警察が保管していた写真がどこからか流出し、世界中に広がり、見た者を震撼させた。
 誰がどういう理由でこれを行ったかというコトに関しては、証拠がなく、憶測が飛び交うだけであった。
 ただ一つわかっていたこと、それは動機であろう。
 それは、恨み以外のなにものでもなかった。


 それから一年、この惨劇を直接目撃した者のほとんどが精神に問題を抱え、人によっては未だに入院している者までいた。
 さらには、このトラウマによって自殺する者までいた。
 それほどの衝撃だったこの事件も、直接目にしていない人達は一年経ってほとんど忘れていった。

 その頃、あちこちで怪死事件が相次いだ。
 犠牲者はほとんどが学生。しかも、どちらかと言えばガラが悪く評判も悪い、件の惨劇で殺された者達と同じ様なジャンルの者達ばかりだった。
 死に方もどこかそれを彷彿とさせるようなもので、眼球を棒状の物で突き抜かれていたり、腹を引き裂かれて内臓をぶちまけていたり、性器を切り落とされてそれを己の口に突っ込まれていたり、生理的嫌悪感を最大限に引き出すのが目的とでもいうかのような惨い死に様ばかりだった。

 しかも原因は不明。犯人と呼べるような存在すらなく、ほとんどが日常の中で突然苦しみだし、さんざん苦悶の悲鳴を上げた後このような無残な死体になるらしい。
 そして再び以前の惨劇が人々の話題に並ぶようになった。

 それと共に、惨殺事件と時を同じくして起こった怪死事件も、同時に話題に上った。
 おそらく車の中で爆発物を抱いたまま爆死したと思われる自殺者の、呪いだと。
 その車のボンネットに書いてあった呪いの言葉が、現実になったのだ、と。

161名無しかもしれない:2010/12/22(水) 20:02:14 ID:U4QwyX6s
凍結してるので投稿

朝だ。

…うん、寒い…
何なんだこの寒さは…
俺の息子さんの意識がなくなりそうなくらい寒い…

半開きの目で布団から顔を出してカレンダーを見た

12月22日、か
…《冬至》 最も夜が長い日。

「んなこたぁどーでもいーんだよ…」
ん? 声が高いな… んなこたぁどーでry
・・・・・・・え?

もう一度カレンダーを見直す。

12月22日
《冬至》


……《俺の誕生日》

162名無しさん:2010/12/22(水) 22:05:48 ID:???
続きwktk

163名無しかもしれない:2010/12/22(水) 22:06:44 ID:U4QwyX6s
続き

「なんで俺が…」
女体化するなんて思ってなかった。
あと一年耐えられるだろうと思っていた。

「……ハァ」
とりあえず状況確認

時計の針は10を指していた
朝の冷え込みからして午後はありえないだろう。

両親は旅行中、妹は学校にいってるとして
おそらく家には俺一人…

「兄ちゃん?」

!!!!!!
まさか伏兵がいたとは…
いや、部屋の外にいるからまだセーフだ。

「マンガ読みたいから部屋入るね。」

あっけなくドアを開けられてしまった。

164名無しかもしれない:2010/12/22(水) 23:05:59 ID:U4QwyX6s
続きかも

「えっ…」
妹の発言から何秒たっただろうか…
ウサイン・ボルトが1秒で10メートル走るとして
100メートルは走っただろう。
それくらい速いようで遅い時間がたった…

「…兄ちゃんなの?」

俺はゆっくり頷いた。
すまない妹よ…もう兄としてお前を守ることができない…

「もしかして…童貞なの?」

お前…はっきりと言いやがって…
そーだよ、童貞だよ。

ったく、愚か者が俺の顔を凝視してやがる。
これが童貞の末路だ、
何とでも言うがいい

「…かわいい」

「……は?」
何故だ、お前が出すべき言葉ではないはずだ…

「…とりあえず鏡みてきたら?」

165名無しかもしれない:2010/12/23(木) 12:44:55 ID:wOc1quHQ
表現下手でスミマソ
ツヅキ

妹にひっぱられ、俺はとうとう鏡の前に立った。
実は夢オチも考えられるのではないか?

《鏡》…通常、主な可視光線を反射する部分をもつ物体である (wiki参照

つまり俺が動くと鏡のなかの【何か】が動く…

鏡の中の妹を見た。
早くしろと言わんばかりの表情をしている。

焦ってはいけない。
夢なら鏡から【何か】がでて襲ってくるはずだ…

「もー…じれったいなぁー…」
突然妹が俺の首筋を触った。

「ふあぁっ!!」
こ、これは俺が出した声なのか?
鏡の中の【何か】も同じ行動をとった…

信じたくなかった…
しかし頭の固いwikiにもかかれていたように、
鏡は変わり果てた俺の姿を映していた…

166ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/12/31(金) 15:59:56 ID:ttwadXpA
【目指せ、甲子園−16】





「ふう……」

俺は今、花坂高校の食堂にいる。
すでにトイレで用は済ませたが、色々な事がいっぺんに起きて疲れたため、座れる場所で休憩をとっている。
しばらく休んで、だいぶ楽になってきた。

「もう大丈夫そうですわね」

春風さんが、俺の顔を覗き込み笑顔で言った。

「あ、はい。すいません、ご心配をおかけして……」
「気にしなくてもよろしいですわ。治ったなら行きますわよ、野球部を見学するのでしょう?」
「はい!」

春風さんには『俺が野球部を見学する』と説明しておいた。
春風さんは野球部に所属している上に、多分だが顔を覚えられた。なら、むしろ『見学』と称して堂々と見に行けばいい。
皮肉な事に、コンプレックスに思っていた高校生に見えない低身長が、今回に限っては俺を『高校見学に来た中学生』に見せるという状況にしてくれた。俺としては不本意な方法ではあったけど。
と、そんな訳で今、俺は野球部へと『案内』してもらってる。
しばらく無言で歩いてたが、春風さんが口を開いた。

「ところで、あなた」
「なんですか?」
「ポジションはどこですの?」

この場合の『ポジション』と言うのは、野球の守備位置の事だろう。

「キャッチャーです」

嘘だらけだと、ボロが出やすくなるだろうから、嘘はできるだけ少なめに。それ以外は本当の事を答える。

「女性でキャッチャーとは……珍しいですわね」

春風さんは、ジロジロと物珍しそうに俺を眺めている。
まあ、しかし実際珍しいかもしれない。
うちの先輩女子は二人とも内野だし、クラスメイトの女子は色んな面で捕手向きじゃない。春風さんも口ぶりからして捕手ではないだろう。
それにプロ・アマ問わず大体のチームでは男が正捕手やってるから、女性キャッチャーは確かに珍しい。

「昔からずっと捕手やってて、他の守備位置を経験した事ないんです」

だから、今となっては捕手をやっているというより、捕手しか出来ない状態に近い。

「そうでしたの」

春風さんの言葉を最後に、またしばらく無言の状態が続く。

「貴女、ここに見学に来たと言う事は受験するつもりですの?」

春風さんが、唐突に聞いてきた。

167ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/12/31(金) 16:00:38 ID:ttwadXpA
他に適当な言い訳が思いつかないし、ここは受験するつもりだと答えておいた方がいいだろう。

「はい、そのつもりです。入学できたら、もちろん野球部にも入るつもりです」
「そう……でも、ここの野球部はレベルが高いですわよ」
「それくらい承知の上です。むしろ望むところです」

言ってから少し後悔した。
たかだか中学生なのに、ちょっと発言が強気すぎただろうか。
生意気だとか思われたらどうしよう……悪いイメージはできるだけ与えたくないのに。

「自信満々ですわね。ま、それくらい自分に自信を持っていたほうがよろしいのですけど」

あれ? 意外と悪く思われてないっぽい。
とりあえず悪いイメージはないようで助かった。
そんな話をしているうちに玄関まで戻ってきていた。

「それじゃ、私は向こうの玄関から入ってきたので……」
「わかってますの。待ってますから早く靴を履き変えてきなさいな」
「はいっ!」

急いで来客用玄関まで戻って、靴を履き変えた。
そして、外から生徒用玄関に戻る途中で携帯電話に着信が入った。

「おっと、電話か……あ」

画面に表示されているのは【山吹陽助】の四文字だ。
トイレに行くって言ったきり、三十分以上も戻ってないからな……怒ってるだろうな。
恐る恐る通話ボタンを押し、電話口に出る。

「も、もしm」
「遅い!」
「うわっ!?」

いきなり怒鳴られた。
陽助は普段あまり怒ったりしないから、こういう時は怖い。普段怒らない人が怒ったりすると特段怖く思うアレな感じだ。

「今どこだよ」
「い、今は玄関にいるけど……」
「オレ、野球部が使っているグラウンドの近くのベンチにいるから、急いで来い。話はそれからだ」

それだけ告げられて、通話を切られた。
通話時間は三十秒にも満たなかったけど、かなり怒っている事は感じとれた。
トイレから出た後に、連絡の一つでも入れておいた方がよかったかもしれない。

「ヤバいかなぁ……」
「何がヤバいんですの?」
「うひぃ!?」

ビックリした! 凄くビックリした!

「きゃっ!? ど、どうしましたの? 『うひぃ』なんて変な声出して」

いきなり、後ろから声かけられたからだよ!

168ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/12/31(金) 16:01:25 ID:ttwadXpA
なんで、春風さんが俺の後ろにいるんだよ!

「ちょっと、聞いてますの?」
春風さんが俺の前で手をヒラヒラと振る。

「……あ、はい」

まだ少しビックリした時のショックが残っているが、なんとか気持ちを落ち着かせ、返事する。

「驚かせてしまったようですわね、ごめんなさい」
「いえっ、大丈夫ですから」

頭を下げ謝る春風さんに、恐縮してしまう。

「大丈夫ならよろしいんですが……ところで何がヤバいのか話して下さいません?」

もしかして、陽助との話を聞かれていた?
一瞬、背筋に寒いものを感じたが、さっきの会話をよくよく思い出してみたら、別に全部聞かれても正体がばれるような内容でもなかったと思い、野球部近くのベンチに向かいながら春風さんに話す事にした。
話す、とはいっても事実をそのまま話す事はなく、大筋はそのままに俺の仮の立場を考慮した話にアレンジした。

「なるほど。つまり、貴女は見学する前に用を足す事にした。だけど時間をかけすぎて貴女のお兄様はご立腹だと」
「まあ、そんな感じです」

アレンジを加えた結果、陽助は何故か『俺の兄』という事になった。どうしてこうなったんだろう。
ま、いいか。

「わかりました、私の方から貴女のお兄様に説明いたしますわ。野球部の二人が貴女に迷惑かけた事が原因の一つでもありますし」

……いい人だ。

「あ、ありがとうございます!」

キレ気味な陽助と対峙するのに、一人じゃ何かと心細い。なので、この願ってもない申し出をありがたく受けさせてもらう。
そうこう話しているうちに野球部が使用しているグラウンドが見えてきた。

「近くのベンチって言ってたから、ここら辺にあるはずなんですけど……」

辺りを見渡してみるが、ベンチらしき物は見当たらない。

「こっちですわ」

春風さんが、俺の手首を掴み歩き始めた。

「あ、はいっ!」

俺は慌てて春風さんに着いていきながら、気づかれないように携帯電話を取り出し、陽助にこっそりと一通のメールを送った。

169ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/12/31(金) 16:02:17 ID:ttwadXpA
送ったメールにはこう書いておいた。

『もう少しでそっちに着く。それと、お前は俺の兄になったから。説明は後でするから、それまでそういう事にしておいてくれ』

陽介は、俺が陽介の事を兄に仕立てあげた事を知らないので、伝えておく。
これを陽助が読んで兄のフリをしてくれれば、春風さんに怪しまれる事はないだろう。

「居ましたわ」

春風さんが囁くように呟き、俺の手首から手を離した。
春風さんの視線の先には、携帯電話の画面を覗きこんでいる陽助がいた。
送ったメールを読んでくれただろうか。
ふと、陽助がこっちを向いた。
俺の存在に気づいた途端、不機嫌そうな顔つきになった。

「遅いぞ」

顔つきと同じ不機嫌そうな声だった。
うわ、やっぱり怒ってるよ。
俺が怯んでいると、春風さんが一歩前に出た。

「失礼ですが、貴方は…………」

そこまで言い、言葉を切る。そして俺の方を向いた。

「そういえば、まだ貴女の名前を聞いてませんでしたわね」

このタイミングで聞くの!?
まあ、黙っている訳にもいかないので答えるけど。

「青や……っ」

つい本当の名前を言いそうになったが、ギリギリで気づいて言葉を止めた。危ない危ない。

「青や?」

春風さんは、中途半端な俺の言葉に首を傾げていた。

「あ、青……青谷翔子です」

とりあえず偽名を名乗っておいた。
考える時間が無かったのと、本当の名前を一部晒してしまったせいで、本名の名残が少し残ってしまっているが問題はないだろう。

「青谷翔子さんね」

小さく頷くと、春風さんは陽助の方に向き直った。

「お待たせして申し訳ありません。貴方は、ここにいる青谷翔子さんのお兄様で間違いありませんか?」

ここは、この偵察をバレずに済ませるか、否か、の重要な質問である。
ここで『いいえ』なんて答えようものなら、生徒でもないのに休日にここにいる陽助は、多分かなり不審がられるだろう。
それは陽助も承知しているはず。
加えて、さっきメールも送っておいたから大丈夫だ。
多分大丈夫なはずだ。

170ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/12/31(金) 16:02:59 ID:ttwadXpA
「ああ、そこにいるのはオレの妹だよ」

陽助の答えを聞き、内心で安堵のため息をついた。
よし……もしかしたら、メールを読んでいないんではないかと思ったが、無用な心配だったようだ。

「それではお兄様、貴方の妹さんが予想以上に時間を浪費してしまった事についてですが」

春風さんの言葉に、陽助が表情を変えた。

「その件については、私達の側に非がありますの」

そう前置きし、春風さんはさっき校舎の四階で起こった事について全て話した。

「……と言う訳です。うちの部員が貴方の妹さんに迷惑をかけてましたの。本当に申し訳ありませんでした」
「あ、いや、別にいいよ。あんたは妹を助けてくれたんだから、謝らなくてもいいと思うんだけど。それに結果的に妹は無事だったんだし」

頭を下げた春風さんに対して、陽助はやや焦りながらも謝らなくていいと答えた。

「しかし、部員のせいで迷惑をかけたのは事実ですし、誰かが頭を下げないと……」
「だから、あんたが下げなくても、ナンパした奴らに謝らせれば……」

謝る、謝らなくていい、と両者互いに一歩も譲らない。
このままだと時間が無駄になるので、別の事で気を逸らすしかないな。
春風さんの服を袖を軽く引っ張り、春風さんの注意を自分に向けてから、考えついた台詞を言う。

「春風さん、野球部の練習に戻らなくていいんですか……?」
「あ……そうでしたわ。結構長い時間抜けていたから早く戻らないと……できるならば、ゆっくりと見学していってほしいですわ」

春風さんはそう言い、急いでグラウンドに戻っていった。
春風さんの姿が見えなくなってから、陽助がポツリと呟いた。

「あの人、マネージャーじゃなかったのか……」





【目指せ、甲子園−16 おわり】

171ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/12/31(金) 16:03:43 ID:ttwadXpA
とりあえず、ここまで
引き続き、第17話をお楽しみください

172ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/12/31(金) 16:05:49 ID:ttwadXpA
【目指せ、甲子園−17】





偵察を終えた俺達は、行きと同じくみちる先輩のお父さんの車に乗せてもらっている。ただし、行き先は先輩の家ではなく泉原高校だ。
というのも、偵察を終えた俺達は、先輩のお父さんが来る前に、学校にいる市村さんに偵察が無事終わった事の連絡を携帯電話で入れた。
すると、坂本先輩が話したい事があるようなので学校に来るように伝えられた。
っていう事があり、現在泉原高校に向かっている訳だ。
それにしても……

「………………」
「………………」
「………………」
「………………」

俺を含め、全員が口を開こうともしない。はっきり言って、すごく気まずい雰囲気だ。

「き、君達、何かあったのかい?」

居心地悪そうに運転している先輩のお父さんが、やや遠慮がちに尋ねてきた。
誰も答えそうにない雰囲気だったので、俺が「まあ、少し……」と答えておいた。
実際には少しどころではなく結構、色々とあった。





俺達は春風さんと別れた後、どこから行こうか迷っていたが、坂本先輩が打撃練習を探れと言っていた事を思い出した。
そんな訳で、グラウンドの一端でマシンを並べて打撃練習をしている連中を見にいった。
連中の実力は、さすがの一言に尽きる。
マシンの球とはいえ、ほぼ全員が良い当たりを連発している。
これ……もしかしたら、今年の夏よりも打線の破壊力上がってるんじゃないか?
まずいな、こっちのピッチャーは陽助ひとりだから、この打線に捕まっても交代できない。好きなだけ打ち込まれる。
そうならないように、一人ひとりをじっくりと観察し、打撃時のクセ、得意なコースと球種・苦手なコースと球種をできるだけ頭に叩きこむ。

「なあ、翔太……じゃなかった、翔子」
「……なんだ?」
「いや、熱心に『見学』するのはいいんだけど、もう少しどうにかならないか?」

陽助に言われて俺は、今の自分がどんな状態なのか気づく。
グラウンドと歩道を隔てているフェンスにしがみつき、食い入るように練習を見つめていた。
この光景は、見学というには少々異常に思われるかもしれない。
いかん、目立ちそうだ。

「もっと早く言ってよ」

陽助に文句を言いつつ、フェンスから手を離す。

173ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/12/31(金) 16:06:49 ID:ttwadXpA
「すまん」
「もういい。それより、お前もちゃんと見ろ。そして覚えろ」

謝る陽助に、ちゃんと打者を見るように促す。
俺だけじゃ、とても全ての打者の事を覚えきれない。

「あいよー」

隣から気の抜けた返事が聞こえた。
その後、しばらく打撃練習を見て、覚えられる限界まで打者のデータを頭に詰め込んだ。

「よし、次行くぞ」
「おう」

暗記した打者データを忘れないように気をつけながら、走塁練習が行われている場所まで移動。

「ここだな」

走塁練習の場(から一番近い歩道)に到着。
走塁練習もしっかりと『見学』させてもらった。
だが、結局注目するほどの選手は見つからなかった。

「打線に比べると明らかに見劣りするな……」

打撃練習とは迫力が段違いだ。

「長打重視の重量打線に切り替えたのかね?」

これで全員ではないから、断言はできないが、おそらくそうだろう。
夏は、走攻守の全てが高いレベルでバランス良く整ったチームだった。
だが、目の前の練習風景からはその片鱗すら感じ取る事ができない。
思えば、夏に対決した俊足バッターは全員三年生だった。
となれば、人材不足でチームのスタイルを変えざるをえなくなったのか。
名門校でもこういう事があるとはな。
しかし、投手が一人しかいないこちら側にとっては最悪の辞退だ。
ただてさえ、陽助は球威や球速ではなくコントロールで勝負するタイプなのに、交代できずに投球回重ねて、スタミナ切れて、コントロールが乱れて、一気に打たれて……なんて状況が容易に想像できる。
今日、帰りに学校に寄って坂本先輩と話し合わないといけないな。

「よし、次だ」

一通り見てから、移動する事を陽助に伝える。

「え、もういいのか?」
「ああ、もういいや。ほら、行くよ」

不思議そうにしている陽助に手招きをし、次の目的地へと進む。

174ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/12/31(金) 16:07:50 ID:ttwadXpA
この後、守備練習の方にもいったのだが、飛び抜けてすごい選手はいなかった。上手いことは上手いんだけど。
ここら辺の予想外な感じは、走塁練習時と通じるものを感じる。
とにかく、次で最後だ。
最後に投球練習を見に行った。
投球練習の見学場所には、龍一とみちる先輩がいた。
よしよし、二人ともちゃんと練習の見学しているようだ。
意外な事に、龍一はあまり注目を浴びていなかった。遠めだからか、それとも練習に集中しているからか。
なんにせよ、いい事だ。
さて、俺達も練習を見学しよう。
とはいえ、ここにも大きな期待は寄せてはいない。
夏、向こうのエースは三年生だった。
超高校級の選手で、その人が一人でほぼ全ての試合を投げ抜いていた。
その反面、他の投手はほとんど登板していなかった。
さらにいうと、花坂高校はここ数年の間、人材は不作らしい。特に投手が酷いらしい。
って事なので、投手もある程度のレベルだろう。
坂本先輩を軸にすれば、投手攻略は決して難しい事ではない。
とはいえ、投手のレベル自体は花坂高校の方が、数も質も数段上なので気を抜かずに『見学』する。

しばらく『見学』し、めぼしい選手を見終えた頃、フェンスの向こう側から声をかけられた。

「あら、翔子さんじゃありませんの」

この特徴的な口調は、俺の知る限り一人しかいない。
声のした方を向くと、俺と同年代ぐらいの、セミロングの茶髪が妙に印象的な少女がそこにいた。

「やっぱり、春風さんだ」

予想通りだった。

「今はこっちの見学に来てますのね」
「はい、捕手ですから。ここが一番のメインのつもりです」

俺がそう言うと、春風さんは満足げな笑顔を見せた。

「ゆっくり見学していってほしいですの。私もこれから練習再開しますし……」
「はい、じっくりと勉強していきますっ!」

春風さんは頷くと、ブルペンに入り、横一列に並んでいるピッチャーの列に加わった。
春風さんはピッチャーか。
キャッチャーの方も列に加わり、しゃがんで捕球体勢に入る。それを確認した春風さんは、ゆっくりと振りかぶって−−

175ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/12/31(金) 16:08:40 ID:ttwadXpA
「着いたぞ、翔太」
「ん? ああ、学校か……」

どうやら、偵察の事を思い返しているうちに学校に着いたようだ。
しかし、思い返してみればみるほど、憂鬱になる。
まさか、春風さんがあれほどの投手だったとは。
あのストレートは本気で打てる気がしない。
これも皆に報告すんのか。
はぁ……気が重いなあ。





【目指せ、甲子園−17 おわり】

176ファンタ ◆jz1amSfyfg:2010/12/31(金) 16:09:46 ID:ttwadXpA
とりあえず、ここまで
今年は2話同時投下で終わりです
今年もこんな駄文に目を通してくださった方々、ありがとうございます

それでは皆さん、よいお年を!

来年こそ、野球パートが書けると信じて……

177名無しさん:2010/12/31(金) 23:22:08 ID:???
GJ!

178医学書的な小説 ◆wM2L2Jw7ro:2011/01/11(火) 02:10:41 ID:dOTnj9ZA
はじめまして変身シーンに特化した作品を作りたいと思いましたのでよければご覧ください

179医学書的な小説 ◆wM2L2Jw7ro:2011/01/11(火) 02:32:06 ID:dOTnj9ZA
性交未経験で15歳から16歳の年齢を迎えた男性は女体化する。この人類の謎に挑む学者は多かった。
医療技術の進歩が目覚しい21世紀においても性交以外で女体化を阻止したという事例は皆無なのである。
宗教の中では伝記や言い伝えなどで阻止を成功させた例が上げられているが怪しいものである。
性交をせずに男性のまま存在させる方法はあるのであろうか?

某一流大学某学部は学生を集めて女体化を実際に観察する実習が行われているのである。
通常の大学なら実習では男性被験者が女体化していく映像をDVD等で見ることが多いが、一流大学ともなれば実際に女体化を観察する実習が存在するのだ。
B1F第3実習室はそのために作られた教室で、観察室と実験室にガラスで区切られている。
学生と解説を行う教授は観察室へ入り実験室には被験者と安全の配慮から医師が待機する形を取ることが常識であった。
7月に被験者見つかったという事で女体化見学授業の日程が学生課の窓口に張り出される、申し込みはまずまずといったようである。
観察室は定員70名に対し35名が見学を希望した。残りの椅子は教授や撮影を行う助教授が陣取った。

つづきます

180医学書的な小説 ◆wM2L2Jw7ro:2011/01/11(火) 20:35:31 ID:dOTnj9ZA
それぞれバラバラと席につくと入り口が閉められる。
夏休み突入の講義ではあるが、35名の集まりは多いほうであろう。
実験室はまだカーテンで閉じられており最初に教授が30分ほどの講義を行った。
その後、カーテンが開けられるといかにも童貞であろうと思われる3名の被験者が全裸で入場してきた。
1人目はデブ、2人目はチビ 3人目はガリでヲタクっぽい連中だった。
全員、陰毛を残して全ての毛が綺麗に剃り落とされておりつるつるであった。
教授がバイト代を1人70万払ったと口にすると観察室から笑いが起こる。
その後、プリントが配られ被験者の名前以外の趣味から性癖にいたるまでの情報に目を通す。無論誕生日は3人とも本日であった。

つづきます こだしですみません

181名無しさん:2011/01/11(火) 21:59:44 ID:???
続きが気になる

182医学書的な小説 ◆wM2L2Jw7ro:2011/01/12(水) 02:29:34 ID:KLffF/dM
しかし、何時何分に変身が起こるのかは未だに大まかな時間以外予測不可能で教授、学生達もその時を待たなければならない。
巷では誕生日SEXと言う物が一時期はやっていたことがある。15歳から16歳の誕生日にSEXをする祝いも込められているのだが実はこれで100%女体化を防げていないのである。
発表された論文によると誕生日前日にSEXをした男子の女体化率は98%であるのに対して当日のSEX後の女体化率は90%と落ち込んでいるのだ。
これはどういうことなのか?実はSEXをしても手遅れな時間があるのだ。これを変化準備と論文では表現している。
変化準備後でも男性器は作用するため回避したと誤解されがちなのだが実はもう手遅れなのである。
変化準備はシャックリに似ているもので分かりにくいと書かれている。またコンドームも女体化を手助けしているのだ。
女性器から分泌される粘液に含まれる物質が女体化回避の重要ポイントこれを男性器が吸収することにより女体化を防ぐのである。
コンドームを装着してしまうと吸収が阻害され性行為が行われなかったのと同じ事になってしまうのである。
また、女性が分泌する粘液は酸素に弱く若干の温度差でも構成を壊してしまうガラス細工のようなものであり女性から搾取することは不可能に近いのであった。
こういう教材に目を通したり、被験者を観察したりしながら全員はその時を待つのである。
特に真性包茎のデブとカントン包茎のチビの陰部をスケッチする学生が多かった。包茎者の女体化はデータが少ないのである。
だが、1時間も経つとやる作業はなくなってくる。
学食に出かけるもの携帯で話し出す者も現れだす時間である。
まじめな学生は、以前被験者の三人をジッと監視している。その時である、ガリが痙攣するような動きを見せた。
ガラス向こうの実験室では医師の様子もあわただしくなった。ガリの変化準備現象が起こった数分後にチビとデブも変化準備現象が起こった。
誕生日の似たもの同士を狭い空間に置くと変身開始が似た時刻になるという説にここで納得する学生達。
変化準備現象から変化開始までは大体2時間程なのでここでまじめな学生も席を立つものが多かった。

次回変身です

183医学書的な小説 ◆wM2L2Jw7ro:2011/01/15(土) 02:29:52 ID:W8OHfoYI
変化準備が完了して2時間が経とうとした頃に被験者3人同時の変化が開始した。
女体化で一番最初に変化が起こる場所はペニスである。
3人のペニスは石垣から這い出そうとする蛇のようにピクピクと動き始め硬くなってゆく、普段の勃起レベルに達ししばらくはビクビクと震えるだけになるが
ペニスが主人の意思に逆らうのはここからである。
ビクビクと震えながら角のようにそそり立とうと更に硬く大きくなってゆくのだ。
ここでビキ、ブチという皮が裂ける音が聞こえた、真性包茎のデブとカントン包茎の肉棒が最後に皮を破りより大きく天を突いたのである。
既に勃起が激しく痛みは感じていないようである。異常ともいえる大きさに成長したペニスは血がみなぎり真っ赤リップのような姿でビクビクと震え続けている。
被験者の顔が快楽を味わうかのような表情を見せるしたで睾丸も意思を持つ生き物のように玉袋のなかで動きながら最後のお勤めを果たそうとしている。
そして、火山が噴火するかのようにそそり立つペニスから最初の白濁液が勢いよく放たれた。
何時もの何十倍たる量の精子打ち出され、そのまま床にべちゃべちゃと落ちて行った。
ペニスは荒れ狂う火山のように射精を続けさせ、被験者は立っているのもやっとな快楽に支配される。
女体化時における射精量は平均的男子で10リットリから20リットルと目を疑う多さなのだ。
ペニスから精液が噴出すたびに上がる情けない声、そして必死にシャッターを切る音、異様な空間である。
つづきます

184医学書的な小説 ◆wM2L2Jw7ro:2011/01/19(水) 21:04:32 ID:muAgspFk
角のようにいきり勃ち、噴出するマグマのように精液を噴出すこと30分が過ぎた。
床は3人の精子がドロドロと排水溝めざしながれている状況であるがそんなことはお構い無しであった。
快感が全てを支配しているため脱糞などの現象もみられ、その都度シャワーを掛け彼らの身体を洗い流しているのだ。
そしてとうとう最後の大噴火が起こった。人生最後の精子が振り絞るようにペニスから放出されると、角のように
燐としていたペニスはその長さのままデレンと垂れ下がってしまう。
こうなるといよいよ大きな変化が始まるのである。
まずは、睾丸がグリグリと腹部の奥へと入り込み、尿道や腸が遠慮をするように場所をあけていく、平均身長のガリは身体心臓に吸い込まれるような感覚を訴えている。
デブの方は肛門から余分な脂肪がが放出されはじめ目に見るがわかりやすい変化をみせてきた。

つづきます

185名無しさん:2011/01/20(木) 00:03:06 ID:7phhwnEU
乙!

186名無しさん:2011/03/19(土) 22:56:48 ID:5upCITMw
トリップってどうやってつけるんですか?

187名無しさん:2011/03/21(月) 00:18:08 ID:???
>>186
#のあとに好きな言葉入れる

188 ◆KitIyj783Q:2011/03/21(月) 20:03:49 ID:???
てす

189 ◆KitIyj783Q:2011/03/21(月) 20:05:01 ID:???
>>187
ありがとうございます

190ファンタ ◆jz1amSfyfg:2011/05/16(月) 17:29:47 ID:fbX9gnHw
【目指せ、甲子園−18】





試合当日。
試合開始前独特の緊張感を抱え、部室のドアを開ける。
やっぱり、誰もいない。
今の時間は八時。昨日伝えられた集合時間である九時より一時間早いのだが、緊張感から落ち着かなくて来てしまった。
さて、着替えるか。
偶然とはいえ誰もいないから、堂々と着替えられる。
…………やっぱり、万が一に備えてカーテンの向こう側で着替えよう。
いつもは女子部員が使っている部室の隅にあるカーテンスペースの中に入り、着替える。

「なんか、自分が段々と臆病になっていくみたいだ……」

ポツリと独り言を漏らし、頭に浮かんだマイナス思考を振り払うように、勢いよく首を振る。
いかんな。これから試合だってのにテンション下がるような真似をしちゃ。
テンションが下がるって言えば、先週は大変だったな。
偵察も偵察で大変だったんだけど、本当に大変なのはここに帰ってきてからだった。
まず、車から降りてグラウンドに向かったのだが、野球部員全員から『誰?』的な視線を向けられた。
まあ、俺達四人とも変装してたから仕方ないといえば仕方なかったのかもしれなかったのだけれども。
……まあ、すぐに偵察から帰ってきたメンバーだとわかってもらえたんだけど。ただし、俺以外。
だって、俺、女装してたし……。
俺以外の三人は、髪型変えるとか眼鏡などの小物使ってたりとかで変装して身分を偽っていたけど、俺なんか身分どころか性別まで偽っていたからね。
いや、生物学的には一応女なんだから真の姿だと言えない事もないけどさ。
とにかく、俺だけ俺だとわかってもらえるまで結構時間がかかった。
俺だと皆に認知されてからは、地獄だった。
坂本先輩は「ほう……」と妙な関心を受け、望からは「可愛い、ムカつくくらいに……」となぜか敵意を向けられ、麻生はただただ無言。安川は「うはwww生の女装少年wwwww」と相変わらずのテンションで接しられ、成田からは「楓たんの方が百倍可愛いですけど」と謎の優越感に浸られた。そして、市村さんにいたっては何をトチ狂ったのか、携帯電話のカメラ機能で俺の女装姿を撮るという暴挙にでた。

191ファンタ ◆jz1amSfyfg:2011/05/16(月) 17:30:30 ID:fbX9gnHw
当然、俺は止めてほしいと懇願したが、市村さんは笑顔で「大丈夫です、待ち受け画像にするだけですから」となんの答えにもなっていないどころか、ツッコミ待ちとしか思えないような台詞を吐き、携帯電話(俺の女装画像データ入り)をポケットにしまってしまった。

「あああ……」

市村さんの様子から見るに、消してほしいと説得しても聞きそうになかった。
というか、なんで俺の写真、しかも女装verなんかのを待ち受けにしたがるんだ。
冗談だと思いたい。
せめて、男の時のだったら、こう……好き……なんじゃないかと思ったりしてドキドキしたりするんだけど。
しかし、女装写真を待ち受けにされるという事でもドキドキする。ただし、誰に見られるかわかんないという恐怖心でドキドキする、というものだけど。
ちなみに後で、望から「早苗は可愛いものには目がない。だから、あんた撮られたんでしょうね……チッ」という、説明と舌打ちが入った。
実は、俺は市村さんに嫌われていて、撮影行為は嫌がらせの一種かも……なんて考えが頭をよぎっていただけに、望の説明はありがたかった。舌打ちは余計だったけど。
話が逸れたな。本筋に戻そう。
一悶着あった後、一旦全員を部室に集合させ、偵察の結果を口頭で告げた。
予想通り、全員が無言のまま俯いて、テンションの下がり具合が目に見えてわかった。
まずい、正直に言い過ぎたかな。しかし、相手の実力を抑え気味に言ったところでどうにもならないだろうしな……。
この後、坂本先輩が「さて、敵の力量もわかった事だし、対策を立てた練習を始めるぞ!」と皆を練習へと駆り立てたが、レベルの違いによるショックは尾を引き、その日はまともな練習にならなかった。
翌日以降は、練習の形を保てはしたが、昨日の悪い空気を引きずっており、皆どこか練習に集中しきれてなかった。
そんな状態の中、日付ばかりが進んでいき、変わらない重たい空気のままで今日を迎えた。
これ、どうすんだ。
こんな状態で勝てる訳がない。
あのクソ監督に「勝ってみせる」なんて大口叩いて、色々と手を尽くした結果が、今のこの状況だ。

「どうすればいいんだ……」

俺は、誰もいない部室で答えの出ない呟きを漏らす。

192ファンタ ◆jz1amSfyfg:2011/05/16(月) 17:31:08 ID:fbX9gnHw
俺が精神的に沈みかけた瞬間。
ガチャリ、とドアノブが回る音。
ビックリして反射的に一瞬だけ体が震える。

「おはようございます。一番乗り……と言う訳ではなさそうですね」

カーテンで隠されているので入口側は見えないが、声で来た人物が市村さんだとわかった。
しかし、市村さん来るの早いな。まだ一時間前なのに、と思い壁掛け時計に目をやると、すでに集合時間三十分前になっていた。
いつの間にっ!?

「あの、中にいるの坂本先輩か山岡先輩です……よね?」

市村さんが、恐る恐るといった口調でカーテンの向こう側にいる人物(俺)に声をかける。
市村さんが、なぜカーテンの向こう側にいる人物を確認するような行動をとったのか、理由はわかる。
もし、ここにいるのが俺じゃなく坂本先輩か山岡先輩だったら、市村さんが来た時点で挨拶の言葉をかけていただろう。
俺が知る限りじゃ、二人の先輩は、部室に来た部員に挨拶の言葉をかけないような人物じゃない。それは市村さんもわかっているはず。
だからこそ、挨拶の言葉のないこの状況をおかしく思っているのだろう。

「もしかして、望ちゃんですか?」

市村さんの足音と同じタイミングでキシ、キシと床の軋む音が聞こえる。
音の聞こえ方からして……こっちに近づいて来ている!
ちょっと待って。俺、まだ着替え中なんだけど!

「開けますよ、いいですね?」
市村さんが、カーテンに手をかける。

「ちょ、ちょっと待った!」
「えっ、青山君?」

カーテンにかかった手が止まった。

「あ、うん、俺。ちょっと着替え中でさ」
「青山君でしたか。返事ないから不安になったじゃないですか」
「ごめん、ちょっと考え事してたから」

カーテンから手が離れた。
ふう、危ないところだった。
なんせ、今の俺の格好はサラシ巻くために上半身裸という見られたら一発で女だとわかる……わか……らないかもな、この絶壁クラスの貧乳じゃ。
…………はあ、サラシ巻く意味あるんだろうか。まあ、万が一に備えて巻くけど。

「青山君、聞きたい事があるんですけどいいですか?」

さらしを巻いている途中で、市村さんが質問をしてきた。

「いいよ、なに?」
「なんで、わざわざそこで着替えるんですか?」

193ファンタ ◆jz1amSfyfg:2011/05/16(月) 17:31:56 ID:fbX9gnHw
さっきも言ったと思うが、ここは基本的に女子部員の使う着替えスペース。そして、男子部員は基本的に人目を気にしないので部室では人前でも普通に着替える。
つまり、俺がカーテンで区切られた空間の中で着替える事は不自然な事であり、市村さんが疑問に思うのも十分に考えられる。

「えーと……」

さらしを巻きながら、どんな理由をでっちあげようかと頭を働かせる。
…………うーん、思い浮かばないし、ここは別の話題にシフトしよう。丁度聞きたい事もあるし。

「後で話すよ。それより確認したい事があるんだけど」
「なんですか?」

よし、市村さんが会話にのってきた。

「あのさ、先週の事なんだけど」
「はい」
「その……俺の女装写真、撮ったよね?」
「はい、ちゃんと待ち受けにしてありますよ」
「あ、してあるんだ……」

市村さんの答えに気落ちする。
待ち受け発言は、冗談か、気の迷いであってほしかった。
さらに、落ち込んだ気分に連動するかのように、サラシが上手く巻けなくなる。
あと少しで巻き終わるってのに!

「〜〜っ!」

つい苛立ちに任せて、壁に拳を叩きつける。
ドン、と音が響き、右手に軽い痛みが走った。

「い、今の音なんですか? 何かあったんですか?」

カーテンの向こう側から市村さんが、どこか慌てたような口調で尋ねてきた。

「ちょっと体のバランス崩れちゃって、壁にぶつかっただけだよ」

苛ついて壁を殴った、などと言えるはずもなく、咄嗟に嘘をつく。

「あのー……どこか怪我とかは」
「してない、全っ然! どこも痛くないし!」

本当は、まだ右手に微かな痛みが残っているがほっとけば消えるだろうし、怪我を口実にこっちに来られちゃマズイので、必要以上に無傷をアピールした。

「でも、本人が気づかない怪我ってのもあるし……」
「無い無い。本当に大丈夫だって」

現在、出来うる限りの最高スピードでサラシを巻いている。
何故かって? 市村さんがカーテン越えてこっちに来そうな確率が増えたからだ。

「でも試合前ですし、ほんの少しだけでも具合のチェックを……」

サラシを巻き終えた(ただし、巻き具合が緩くて不安感有り)時点で、カーテンに市村さんの手がかかる。

194ファンタ ◆jz1amSfyfg:2011/05/16(月) 17:33:02 ID:fbX9gnHw
「あ、開けますよ〜?」

そう言い、市村さんがカーテンを開ける一瞬前に、試合用ユニフォーム(上)を着る。
結構きわどいタイミングだったけど、間に合ったよな? 上半身隠せたよな?

「さあ、ぶつけたとこ見せてください」

市村さんのこの反応からして、見られてないか、見られたけどバレてないかのどっちかだな。

「はい、気の済むまでどうぞ」

壁にぶつけたという設定の左腕を前に出すと、市村さんがしげしげと眺め、たまに触り、一部を押したりして痛くないか聞いてきたりした。
ひとしきりやり終えたところで満足したのか「大丈夫そうですね」と呟き、左腕から手を離した。

「だから言ったでしょ、大丈夫だ、って」

俺がそう言うと、市村さんはジトッとした目を俺に向け、ため息を吐いた。
なんだよ、その反応。

「青山君は不注意すぎです」
「俺が?」
「そうです。よりによって試合当日に怪我するなんて気を抜きすぎてます!」
「いや、怪我はしてないんだけど」
「言い訳なんて聞きたくありません!」

言い訳じゃなく、ちゃんと間違いを指摘したのに、この言われよう。
理不尽だ……。

「いいですか、今後このような事がないように気をつけてくださいよ」
「気をつけろと言われてもな……」

実際、気を配っても怪我する時はしてしまうんだし。

「次に同じような事があったら、お仕置きしますからね」
「お仕置きって、どんな?」
「そうですね…………今のわたしの携帯の待ち受け画面をクラスの皆に見せる、とかです」

それって、あの女装姿を公開するって事か。
……ひどい。

「わかった、気をつける。だから絶対に誰にも見せないでくれよ」
「はい、絶対に見せません」

これからは、どんな事があっても絶対に怪我しないようにしようと固く決意した。

195ファンタ ◆jz1amSfyfg:2011/05/16(月) 17:33:47 ID:fbX9gnHw
それから三十分が経過し、部室に全員が集まった。

「さて、それでは今日のオーダーを発表する」

坂本先輩が皆を見渡せる位置に立つ。手にはメモ用紙を持っていた。

「今回のオーダーについてだが、守備位置は元からいた部員は本職のポジションを、新入組は練習の成果を考慮した上で私が独断でポジションを決めた。打順については長打力より巧打力を重視し、上手い者から一番から順に入れている。その事を頭に入れた上でオーダーを聞いてくれ」

全員が頷く。
それを見て、坂本先輩はメモ用紙に視線を移した。

「では、発表する。

1番 ショート 坂本
2番 キャッチャー 青山
3番 セカンド 山岡
4番 ライト 川村
5番 ピッチャー 山吹
6番 センター 麻生
7番 レフト 明石
8番 サード 安川
9番 ファースト 成田

これが今回のオーダーだ」

俺を含めた数名が戸惑いや驚きの表情を浮かべた。しかし、文句や不満を言う者はいなかった。

「今回のオーダーについて、異議や意見のある者はいるか?」

全員、揃って閉口。
異議・意見無しと見た先輩は時計に目をやる。

「では、このオーダーで決定だ。この後は、試合の時間までグラウンドでストレッチとランニングを行う」

坂本先輩が部室を後にし、他の部員もそれに続く。

「いよいよか……」

誰もいなくなった部室で、一人呟く。
高校に入って初めてのスタメンでの試合。
正直な話、かなり緊張しているけど精一杯頑張らないと。

「おーい、翔太。何してんだ?」

なかなか部室を出ない俺に不思議に思ったのか、陽助が部室の中を覗き込んできた。

「なんでもねぇよ」
「ほら、早くグラウンド行こうぜ」
「ああ、今行く」

俺は、緊張で早まる心臓の鼓動を感じつつ、グラウンドへと向かった。





【目指せ、甲子園−18 おわり】

196ファンタ ◆jz1amSfyfg:2011/05/16(月) 17:34:32 ID:fbX9gnHw
とりあえずここまで
色々あって、これが今年初の投下となりました
今年は去年以上にスローペースになりそうですが、何卒よろしくお願いします


では、また次回

何か単発もの書いて投下して気分転換でもしようかな……

197名無しさん:2011/05/16(月) 21:18:18 ID:???
GJ!
投下待ってるよ

198名無しさん:2011/05/17(火) 01:44:43 ID:tkbLVnmM
乙乙!
避難所だけじゃなくて本スレにも投下して是非盛り上げてくださいな!

199 ◆jz1amSfyfg:2011/05/20(金) 23:10:12 ID:UgLvwPvo
>>198
今書いてる単発は本スレへの投下を検討しています

200名無しさん:2011/05/21(土) 09:15:08 ID:???
>>199 是非とも!楽しみにしてます。

201こっぺぱん:2011/06/25(土) 03:27:03 ID:xDO1X.e2
お久しぶりです!

ゆるゆると新章を書き始めたのでのっけますね〜

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− ⅩⅨ :新しい性別1:

 夏休みまでもう少しとなったある日、暑い部屋の中で窓を全開にしながらカーテンを閉めて、二人の少年が裸でベッドに横になっていた。
「そういえば、友達が女の子になっちゃったんだっけ?」
 汗ばんだ額にかかる髪を上げて、小柄な方の少年がそう言った。
「あぁ、最初はいろいろ苦戦してたけど、最近はだいぶ慣れたみたいだよ」
 背の高い方の少年がベッドから体を起こしてそう答える。
「僕も早く女の子になりたいなぁ」
 小柄な少年は幸せそうな顔でそう言った。今年15歳になる彼は、女性にまったく興味が無いので、このまま順調に女体化の道を進むことを望んでいた。
 だが、背の高い少年は複雑な表情をして、カーテンを開けた。暑い西日が差し込み、彼、コースケを照らす。
 コースケは汗ばんだ体を風に晒しながら、西日に照らされる町並みを見ていた。そのコースケを見る小柄な少年は、コースケを見てなんとも言えない、愛しさと憂いを混ぜたような表情をしていた。


「あぢぃ……」


 期末テスト最終日を終えて、ちょうど暑さ絶頂の時間帯に学校から放り出された生徒達は陽炎の上るアスファルトの上を汗だくになって歩いていた。
「せめて地面が土ならいいのに……」
 手の甲で額の汗を拭うワタルに続いて、ミノリもぐったりした顔でそう言った。
 ワタルやコースケは校門を出るとすぐさまシャツをズボンから出し、ボタンを上から三つくらい外してバタバタさせはじめた。
 さすがにケイコやサナエ、特にミノリはそんなこともできないので、持参したウチワでパタパタやっている。
 女性化した当初は短かったミノリの髪もだいぶ伸び、今は小さいポニーテールにしている。暑いから。
 それにしても今日は異常に暑かった。
 先頭を歩くコースケとワタルの姿が、最後尾のケイコから見ても陽炎でほんの少し歪むほど、太陽がこれでもかと日本を照らしている。
 そして、もうすぐ皆がばらばらに家路に着く路地にさしかかる辺りで、異変は起こった。
 陽炎による歪みとは言い切れないほど、コースケの体がぐらりと揺れたのだ。
「!!」
 コースケの隣にいるワタルは暑さのあまり気づかず、ミノリとサナエはちょうどコースケが視界に入らないあたりを見ていて気づかなかった。
(熱射病……?大丈夫かしらコースケ……)
 健康体そのもので人に弱味を見せないコースケをここで心配するのが、ケイコはどうにも気が引けてしまい、できなかった。
「じゃぁみんなまた明日な」
 ワタルが手の甲で顎の汗を拭いながらそう言う。
「うん、途中で倒れないように気をつけてね〜」
 サナエのその言葉は、ケイコがコースケに向けて一番言いたい言葉だった。

 そして五人はそれぞれの家路に着いた。

「う………なんだ……さっきからずっと……」
 振り返っても皆が見えない場所まで来ると、コースケは必死にふらつきながら木陰を探してどうにかそこにしゃがみ込んだ。
 木にもたれかかりながら、持参しているぬるくなったスポーツドリンクを飲むが、体の異変は収まらなかった。
 それは、聞いていた熱射病の症状とは明らかに違ってきた。
 目眩と動悸から始まったそれは、次第に頭痛、息苦しさ、関節痛へと変化し、更には筋肉、神経までもが一斉に痛みを訴え始めたのだ。
 無論、それだけの痛みをただの中学生男子が長く耐えられるわけはなく、まもなくコースケの脳は意識の緊急停止をした。

 ある夏の、とても暑い日、少年の友人達の知らぬところで、少年は存在に危機にさらされていた。
 命ではなく、存在の。


 −続く−

202名無しさん:2011/06/25(土) 22:29:12 ID:CWB40kjY
乙です!
続きwktk

203DU-02 ◆Gqxh2MML9s:2011/06/26(日) 11:06:20 ID:sljr9cbc
新章キター!
乙GJ!続きに期待

204こっぺぱん:2011/06/29(水) 00:26:47 ID:FCZ4O1u.
wktkされたら書かずにはいられまい!!!

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− ⅩⅩ :新しい性別2:

「おはー」
 翌日、サナエがそう言って教室に入ってきたとき、ケイコとミノリは二人してだるそうに団扇でパタパタと扇いでいた。
「おはよー」
 その姿を男子達は遠巻きに眺めながら複雑な表情をしていた。
「………夏服っていいな………」
「っていうか、ミノル……じゃないのか、ミノリを見てそう思ってるオレらって、何?」
「まぁ、女からしたら外道、なんじゃね?」
「男からしたら至極健全なだけなんだけどな」
 今日は風があるとはいえ、暑いものは暑い。シャツのボタンを二つまで外して団扇で中に風を送っている姿は、中三男子の視線を奪うに十分だった。
 ミノリは今日も髪を束ね、ちょこんと小さなポニーテールを作っている。
 が、本人の女子としての自覚はやはり薄く、机の上に座って足を開いて座っているのだ。
 そこへおあつらえ向きに強い風が入ってきた。
「うわ!」
 慌てて女子生徒達はスカートを押さえる。が、ミノリはすぐさまそれができず、周りの女子を見てから3テンポくらい遅れてスカートを押さえる。意味ねーし。
「………おい」
「あぁ、見た」
「水玉か……」
 男子達がそんなことをぼそぼそ呟くのを聞いて、女子達がいきり立った。
「あんたたちなんでミノリのパンツしか見てないのよ!!!」
「い、いや、だっておまえらの見ても怒るじゃねーか」
「それとこれとは話が別!!!」
「どう別なんだよ……」
 当のミノリは苦笑しながら少し恥ずかしそうにしている。
「あいつら、私のパンツなんか見て何が嬉しいのかね」
「そりゃーあんたが女だからよ」
「………確かに」
 まぁそう簡単に自覚できないよね、とケイコは思いつつミノリを見た。
 どんどん女になっていく、仲良しだった男の子。大好きだったことを、男の時代に伝えられなかった、今でも大好きな女の子。
 複雑な感情だった。加えて、ミノリがどんどん自分より可愛くなっていくのが、妬ましいような悔しいような、変な気持ちになったりもする。

「あぶねー! ギリギリ間にあったぜ!」
 ホームルームちょい前になって、汗だくのワタルが教室に入ってきた。
「あれ? コースケは?」
「あれ? そういえば今日はまだ見かけてないね」
「コースケが学校休むなんて珍しいね」
(もしかして昨日のあれ? ホントに熱射病で倒れたとかだったら……あのとき声をかけとくべきだった……?)
 ケイコがそんなことを思っていると、竹本先生が入ってきた。
「センセー、コースケって今日休みっスかー?」
 先生が口を開く前にワタルがそう言った。
「あぁ、しばらく休むそうだ、お母さんから電話があってな。どうも入院しているらしい」
「え!!!」
「詳しくは先生もわからないんだ。現時点では連絡を待つしかできん」
「そうッスか………」
 コースケは健康で、穏やかで、誰にでも優しくてあまり口数の多くない、少し大人びたヤツとしてクラスの皆がけっこう頼りにしている存在だった。
 そのコースケが入院するとなって、少なからず動揺を受けた者はけっこういた。
 特に、昨日一緒に下校したメンツは一気に心配でたまらなくなった。
(………いくらなんでも熱射病で長いこと入院はないよね……それに、それなら先生が容態を聞いてるはず。となると………)
 ケイコは嫌な予想を無理矢理押し殺すように唇の端を噛んだ。


 −続く−

205名無しさん:2011/06/29(水) 20:14:44 ID:vgIvHe5A
wktkwktk

206こっぺぱん:2011/07/02(土) 02:19:09 ID:UY0I91M.
−−−迷う指先の辿る軌跡−−− ⅩⅩⅡ :新しい性別4:


 飲み物を持ってリビングに行き、どう説明しようか困り果てたミノリが結局率直に皆に説明すると、案の定みんなポカーンとしていた。
「でまぁ、コースケは両性具有になった、と……」
 一番度肝を抜かれたのはおそらくワタルだろう。なんせ小学生の頃からつるんでいた親友だったのだから。
「声帯がイマイチ安定してなくて、かすれ声しかでないから説明もあんまり上手くできないんだって」
「前例はあるの?」
 ケイコの質問はミノリも気になっていたことだった。
 女性化に関しては掃いて捨てるほど前例があるので、多少の個人差はあれど、どれくらいの期間でどういう変化が起こるかは膨大なデータを元に予測できる。
 だがコースケの様な例を、皆は見たことも聞いたコトもなかった。
「ある」
 カスれた声でコースケがそう答える。
「すまん、声がこんなんでうまく説明できない。これを読んでくれ」
 そう言ってコースケはある冊子をミノリに渡した。その表紙にはこう書かれていた。

『新生半陰陽』

 コースケの様な存在を、新生半陰陽とカテゴライズするらしい。
「男性と女性、両方の性的特徴を持ちながら睾丸、子宮は存在せず、子孫を残すことは不可能……また、変化は男性の女性化よりも緩やかで、苦痛を伴う場合もある」
 ミノリはページをめくった。
「加えて、変化の過程で臓器ないし変化が著しい部位に欠損が生じる場合もある。時間をかけてのリハビリや、場合によっては手術などの処置も必要となる……」
 ミノリがコースケの方を見ると、彼……というか彼女というか、コースケは苦笑した。
「声はちょっと形成が遅れてるだけで失うことはないってさ。手術もしてないけど、成長痛のかなり強いのみたいのが不定期に来るから学校には行けなかった」
「ねぇ、原因っていうか、そのなんだっけ、新生半陰陽ってやつになる要因ってのはあったの?」
 サナエの質問にコースケは困った顔をして答えなかった。
 答えられないのか、答えたくないのか、それは誰にもわからなかったが。
「まぁいろいろ聞くならとにかく体が落ち着いてからの方がいいよね」
 ミノリはそう言って冊子を閉じ、コースケに返した。コースケは、すまん、と言ってそれを受け取った。


「………オレ、どう接したらいいんだろう」
 帰り道、ワタルがそう呟いた。
 そう思うのも無理はない。ミノリのときとはまた事情が違うのだ。サナエもいつになくおとなしく、複雑な表情をしている。
「今まで通りに接っすればいいと思うけどね、あたしは」
 ケイコはそう言いながらミノリの方を見た。意見を求めているようだ。
「今決めなくていいと思う。私がミノルからミノリになっても変わらない部分があるように、コースケも変わらない部分はあるハズ」
 つまるところ、悩めということだ。
 ここで悩めない程度なら、その程度の友情ということだろう。
「ただまぁ、なんか困ったら頼るのが友達だからね、私らはコースケもサポートするけど、ワタルもサポートするよ」
 ミノリはそう言って、その日を締めくくった。


 −続く−

207こっぺぱん:2011/07/02(土) 02:20:41 ID:UY0I91M.
あ、3と4間違えちゃった_| ̄|○
なので3を今載っけます_| ̄|○

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− ⅩⅩⅠ :新しい性別3:

 結局その後、コースケは登校することなく終業式を迎えてしまい、皆は宿題と共に夏休みに入った。
 なので、宿題を届けついでにコースケの家にいつものメンツで行くコトにした。
「もしかして、コースケも女性化したとか?」
「あー……確かに15歳にはなってたけどなぁ」
 そんなことを話しながらアスファルトの上を歩いていく。
 今日は薄い雲が太陽をうっすら隠していて、風もあるので涼しい過ごしやすい日だった。
 程なくして、四人はコースケの家の前に着いた。住宅街の中のこじんまりした一戸建ちの家である。
 そして、少し緊張しながらワタルがインターホンのボタンを押す。
「あ、そういやコースケんち両親共働きだ」
 押してからワタルがそんなことを言い出した。
「おいおいおい、それじゃコースケが退院でもしてない限りウチら無駄足やんけ」
 サナエがバシッとワタルを叩きながらそうツッコミをいれる。
 が、そんなことをしているとおもむろにドアが開いた。
 そこには、少し痩せたように見えるコースケが立っていた。
「コースケ!!!」
 皆の驚きの声よりも、コースケは皆が来たことに驚いていたようだった。
「長いこと学校休みやがって、寂しかったぞおい!」
 ワタルが嬉しそうにそう言いながらコースケの肩を叩こうとしたとき、妙な違和感を感じた。
 コースケもいつもと様子が違うし、一言も喋っていない。
「コースケ、夏休みの宿題持って来たんだ。ここで渡すだけでもいいけど、よかったらしばらく休んでた事情とか教えてくれない? みんな心配してたんだよ」
 コースケは、彼らしからずしばし逡巡してから頷くと、家の方へ親指を向け、皆に家へ入るよう促した。


「おじゃましま〜す」
 家にはコースケ以外誰もいないようだった。
 ケイコとミノリは最後に玄関へ向かい、目配せをしてからコースケの方を見る。
 そして、目で何事か訴えてくるコースケの視線に頷き返し、ケイコとミノリはもう一度目配せをして頷いた。
「リビングあたりに勝手に陣取っちゃってもいい?」
 ケイコがコースケにそう言うと、コースケは頷いた。
「じゃぁ私はコースケと飲み物の用意でもしてくるよ」
(だからあの二人よろしく)
 と、後半はケイコにだけ聞こえる声でミノリが言った。


 そしてミノリはカバンをケイコに預けると、コースケと共にキッチンへ向かった。
「喋れない、元気そうだけど学校は来れない、皆へまとめて事情を説明するのが難しい、ってことから大体予測はついてるけど……」
 ミノリはそう言うと、容赦なくコースケの胸に手を置いた。
「ふむ、なるほど。私より大きい」
 チッと舌打ちしてそう言うミノリ。そこで悔しがるあたり彼女の成長が伺える。
「なぁミノリ」
 か細い声でコースケがそう言った。それは本当にか細くかすれていて、まるで声帯が機能していないかのような声だった。
 ミノリは不思議に思った。自分が女性化したときは、最初はそこまで大きく声変わりはせず、数日かけて少しずつ声が高くなっていったので、コースケが女性化したのなら、一ヶ月も経っているのに声が出ないのはおかしいのだ。
「オレが女性化したと思ってるだろ?」
「うん」
「ちょっと、違うんだ」
 コースケは手招きしてミノリを近くへ寄せ、ミノリの右手をとると、それを自分の股間へもっていった。
「…………え?」
「すまない、ミノリ以外にこうして証明するのは難しくて、損な役をやらせてしまって申し訳ない」
 ミノリはきょとんとしたまま少しの間呆然とした。
 コースケの下着の中で自分の手に触れたのは、二つの性器だったのだ。


 −続く−

208名無しさん:2011/07/03(日) 23:31:39 ID:oumDzyJM
うぉ、気になる展開!
続きに期待

209名無しさん:2011/07/04(月) 21:55:22 ID:???
ISネタは大好きです
難しい題材ですけど頑張って下さい

210こっぺぱん:2011/07/09(土) 01:16:02 ID:384xU/e2
ここでの肉体変化ルールは、あくまでも私の中での設定です(・ω・)

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− ⅩⅩⅢ :新しい性別5:

 夏休みが始まって一週間経った。今日はミノリの家にケイコとサナエが来る予定だ。
「やほ〜宿題写しに来たよ〜!」
 サナエが元気よく堂々と宿題やらねぇ宣言してから入ってきた。
「はい、ジュース買ってきたよ」
 ケイコがスーパーの袋をミノリに渡す。
「ありがと。とりあえず私の部屋行ってて」
 ケイコは何度も来ているが、サナエはミノリの家に来るのは初めてだった。
「へぇ〜……なんか、男っぽくも女っぽくもない部屋ね」
 サナエの感想はそうだった。
 キチンと片付けられた整然とした部屋には、ポスターが貼られていることもなく、ぬいぐるみが置いてあることもなく、なんだかこざっぱりしすぎているように感じた。
「元からこんな感じだったけどね」
「ミノリってあんまり男らしくもないし女らしくもないから、納得といえば納得かな〜」
 ミノリがミノルだった頃も、特段男らしい面はなく、どちらかといえばおとなしい方だった。
 そして女性化した後も、決して女らしくもないが男っぽいわけでもなかった。
 彼女が今現在も、両方の性別の友達に恵まれている由縁はそのあたりにありそうだった。
「おまたせ〜」
 ミノリが飲み物を持って部屋に入ってきた。
「さて、それじゃまずは」
「宿題写す!」
「………嫌だと言ったら?」
「ふふふ……キミの弱点が首だということは発覚しているのだよ」
「ケイコ、彼女のピンチだよ、助けて」
「う〜ん、この場合あたしはサナエと一緒にミノリを喘がせてもいいんだけどねぇ」
「げ、外道が二人もいる……!」


 というわけで宿題写しは恙なく成功し、三人は今日集まった本題に入った。
 ちなみに夏期講習に行ってないのは、彼女らの学校が中高一貫で、ミノリもケイコも割と成績優秀な方だからである。
「あのあとちょいと調べてみたのよ」
 サナエがカバンからファイルを取り出すと、テーブルの上にネット上のページを印刷したものを並べた。
「以前ミノリに言ったと思うけど、あたしの先輩が女性化して女性と付き合ってたってのを知ったときに、いろいろ、調べてみたのよ」
 サナエは並べた紙の中から一枚を指さした。
「ちらっと見かけたことがあるだけでうろ覚えだったからこないだ思い出そうと必死だったんだけど、ページ辿っていったらこんな情報を見かけてね」
 それは誰かのブログの様だった。
 そのページに書かれていたことはこうだ。

『僕が新生半陰陽になった原因、いや、要因を考えてみる。原因と書くとなんだか印象が悪い。僕は新生半陰陽のこの体を気に入っているのだから』
『先生は教えてくれなかったけど、おそらく女性化との関わりも深いだろう。というか、女性化の別パターンと捉える方が正しいかもしれない』
『女性化が、遺伝子に組み込まれた作用だとするなら、女性との性的交わりで女性化を防ぐというのは、その行為によって【体が変化する遺伝子】に変化が起こるから、と考えられる』
『つまり、あらかじめ【女性化する遺伝子】と【女性化する遺伝子を変化させる遺伝子】が男性には備わっているのだ』
『それが、女性との交わりという行為によって、選択されるのだろう。それが何故かは、今は置いておくことにする』
 そう読み進めていった先、サナエが青いペンでマーキングしてある箇所をミノリとケイコが読んだとき、二人は驚きを隠せなかった。


『新生半陰陽の要因は、【女性化】と【女性化しない】という選択がされる前に、男性と交わることだと考えられる』


 −続く−

211名無しさん:2011/07/10(日) 22:58:19 ID:???
引きが上手い!続きwktk

212こっぺぱん:2011/07/24(日) 00:02:28 ID:6EC2RiH.
だいぶ時間がかかりました。流れけっこう変わります。

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− ⅩⅩⅣ :新しい性別6:

 ミノリとケイコは固まった。
「………サナエ、これってマジ?」
「マジ。少なくとも、女性化が遺伝子による云々ってのは、正式に公開されてるよ」
 この文書の内容を信じるならば、コースケはすでに誰か、男とSEXをしていた、ということになる。
 すなわちそれは、コースケがホモセクシュアルかバイセクシュアルであることを意味していた。
「驚いた……」
 ミノリがそう呟く。
「コースケのやつ…………そんな大胆なことしてたのか」
 ずるっ、とサナエとケイコがこけた。
「驚くのそこかい!?」
「え? 二人とも違うの?」
「男とSEXしてたってことに驚くでしょ普通!」
 サナエが珍しくツッコミ側にまわった。
「いや、だって、私とケイコだって、ねぇ」
「あー、言われてみると確かに」
「ノロケか、ノロケかこのビッチ共!」
「ビッチとはなんだ失礼な! 女としかヤってないわ!」
「くぁぁぁぁムカツクぅぅぅぅ!!!」
 張り詰めた空気はあっという間にどこかへ行ってしまったようだ。


「あーあー、こんにちは、あーあー」
 コースケはようやく普通に喋れるくらいにまで調子を取り戻した声帯で発声練習をしていた。
 病院の先生に聞きたいことも山ほどあるし、なにより友達に伝えたいこと……いや、伝えなければならないことがあった。
 だがそれはとても億劫で、かなりの勇気を要求されるコト。
 拒絶や奇異の視線に晒される覚悟が、必要なコト。
 自分が、男性を性的対象としていたことの、カミングアウト。
「………」
 今までに築いてきた友人との絆が揺らぎ、あるいは切れてしまうかもしれない。
 それでも、今更嘘をついたり、取り繕ったりするよりはマシだ、と心を決めた。
 あとは機会と勇気。だがそれが一番困難な要素とも言える。
 期待はしない。でも自分を偽ることがないように、コースケは自分に言い聞かせながら発声練習を続けた。


「まぁとりあえずそういうわけだから、コースケはゲイもしくはバイなわけ」
 サナエはひとしきりミノリとケイコをいびってからそう、やや無理矢理まとめた。
「ってことはあいつ、彼氏いるのか」
「ねぇねぇ、これって受けと攻めどっちだと新生半陰陽になるの?」
「たぶん攻めじゃない? 女性化との関連性が云々って書いてあるみたいだし」
「っていうか、新生半陰陽って長いよね」
「もしかしてあれ? みんなが夢見るあの言葉?」
『ふたなり!』
 この三人には、コースケの変化はそんなに重い問題ではないようだった。


 −続く−

213名無しさん:2011/07/24(日) 00:14:40 ID:???
続き楽しみにしてました!

214こっぺぱん:2013/02/07(木) 00:43:39 ID:atvxkEY6
一年半もたってしまいましたが、続きを書いてみました。
見てくれる人がいなかったとしても思いつく限りは書いていきますね〜

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− ⅩⅩⅤ :新しい性別7:

 そして新学期が始まった。
 まだ全然暑い九月の初日は、決まって防災訓練がある。
 ケイコ達は今までと何ら変わりなく登校し、ミノリはやはりどうしても短いスカートが慣れないらしく、できる限り丈を長くして登校している。
 去年の夏までは、周りにいる男子生徒と同じように、白いYシャツをだらしなくズボンの外に出しながら机に座ってくだらないことを話していたのだが……
 今年は、自分が話題の的になっている。
 中学三年生ともなると、夏休み中にいろいろアレなコトが周りのメンツに置きたんじゃないかと妄想したりするものだ。
 こと今の時代においては、この女体化現象を防ぐためにこれくらいの年頃でのSEXも珍しくなくなってもいたので、余計気になるようだった。
「おはよー」
「あちーよー」
 先に教室にいたサナエにミノリが挨拶すると、サナエはまたもブラウスの胸元を大きく開けてうちわでパタパタしていた。
「あんたねぇ……」
「あぁ、いいのいいの、あたしのBカップなんて見て喜ぶ男子はいないから」
 Bカップと聞いて男子達がざわついた。Bカップの乳ってどれくらいの大きさなんだ?と思ったようだ。
「変に男子煽るんじゃないよサナエは」
 ケイコがため息をつきながらそう言った。コースケの姿はまだ無い。
 そうこうしているうちにギリギリでワタルが教室へ入ってきて、すぐにホームルームが始まった。
「よーし、夏休みは終わったぞー現実を受け止めろー」
 竹本先生がそう言ってから出席を取り始めた。そのとき、コースケの名前は呼ばなかった。
 そして始業式のため、皆は体育館へ移動し始め、そのときミノリはケイコに言った。
「もしかして、コースケ転校とか?」
「ありえない話じゃないね……女体化とは違うから、ミノリみたいな対応で済むわけじゃないもんね……」
 同じコトを思ったのか、ワタルも複雑な表情をしていた。いつもの明るくてお調子者な様子は影を潜めている。
 始業式は始まったが、行われることは毎度同じで聞く必要もない話ばかりだったので、ミノリはコースケのコトを考えていた。
 自分は女性になってしまったが、それは前例の多い割と当たり前な出来事だった。変化になかなかついていけないこともみんな知っていて、サポートしてもらえた。
 だがコースケの場合は、その身に起こったことそのものが、周囲には未知の出来事と扱われるだろう。
 それに加えて、同性……男性だったころに、男性を性的対象としていたことも発覚してしまう。
 いつだって多数派は少数派を駆逐しようとする。今のように性別に関する事柄が以前より柔軟に受け入れられるようになったとはいえ、簡単に受け入れられるとは思えない。
 もし転校しないにしても、自分達のクラスですら受け入れてもらえるかわからない。そもそも、男女どっちとして扱うかを周りがどう決めるかも、わからない。
 そんな風にコースケのコトを思うと胸が痛んだ。


 始業式が終わり、ミノリ達は教室へ向かっていた。
「コースケ、どうなるんだろうね」
「単にまだ体が安定してなくて来れないってだけかもしれないよ」
 ケイコはそう言うが、サナエが見つけてきた情報によれば、変化は長くても二ヶ月前後で安定し始めるとのことだった。
 やはり、このままこの学校に通うのは無理なのかもしれない、そう思った。
「あれ? あなた教室間違えてない?」
 最初に教室のドアを開けた女子が、教室の中を見てそう言った。怪訝に思って皆もそれに追随し、もう片方のドアも開けられた。
 確かに見覚えのない生徒が教室の中にいる。制服は女子のモノだ。肩上くらいで髪を切りそろえた、長身で痩身の女子。
「間違えてないよ」
 皆が教室へ入ってその女子のところへ集まる。そして、よく顔が見れるところまできた男子が気づいた。
「もしかして………コースケ?!」
 ざわっと教室が騒がしくなりかけたが、そのときちょうど竹本先生がきて、とりあえず皆を静かにして席につかせた。


 −続く−

215名無しさん:2013/02/07(木) 23:51:14 ID:???
GJ!
続きとても嬉しいです

216こっぺぱん:2013/02/08(金) 23:57:33 ID:bNtL74f2
長いってerror出ちゃったんで二つにわけます。


−−−迷う指先の辿る軌跡−−− ⅩⅩⅥ :新しい性別8:

「えー、というわけで、新入生の紹介をする」
 竹本先生は皆を席につかせると咳払いをしてそう言い、コースケの席に座っている女生徒に自己紹介を促した。
「コウ、です。みんな知ってるとおり、元コースケです」
 真っ黒なストレートヘアーを肩できっちりと切りそろえ、コースケのときよりは低いが女子の中ではダントツに高い身長のその少女は、緊張した面持ちでそう言った。手足は非常に細く、女性らしさをそんなに感じさせない容姿だった。
「ワケあってコウは男性用の更衣室と男性用のトイレを使ってもらう」
 竹本先生がそう言うと、皆は訝しむような顔をした。それはそうだろう、女子生徒の制服を着ている者が男子トイレを使うのは不自然だと思うのが当たり前である。どうして? という声が上がるの無理はない。
 元々コースケはあまりおちゃらけた感じがなく、クラスでも物静かな方だったので、皆もどう対処したらいいかわからなかった。
 と、ミノリが立ち上がってこう言った。
「コウはさ、ぶっちゃけ男と女のどっちが好きなの?」
 皆の視線がミノリに集まった。そう、皆が聞きたかったのはそういう部類のコトなのである。
 ミノリとて注目を浴びたくはなかったし、これは一種の賭けでもあった。が、今こんなことを言えて、この空気をどうにかすることができるのは自分しかいないと思った末の発言だった。
「………私は………男が好きです」
 クラスはざわつかなかった。なんというか、一人称がオレの男っぽい女子が男を好きだと言っているビジュアルは、そんなに不自然ではなかったからだ。
 が、少しずつそのコトの意味を理解してきた者が出てきた。
「ちなみにそれって、いつから?」
 ミノリの質問に、コウはミノリの方へ向き直って答えた。
「ずっと前から」
 コウは手をぎゅっと握りしめ、顔をこわばらせてそう言った。近くの座っていた者は、コウの体が震えているのに気づいた。

217こっぺぱん:2013/02/08(金) 23:58:43 ID:bNtL74f2
新生半陰陽編はこれで終わりです〜


−−−迷う指先の辿る軌跡−−− ⅩⅩⅥ :新しい性別8:下

「先生、コウの扱いが男子の理由を説明してください」
 ミノリは、自分はわかっていたがあえてそう言った。先生も、それを承知の上で続けた。ちなみにミノリは後から先生に、助け船ありがとうと感謝された。
「あー、まぁなんというかな、コウのケースはちょっと希でな、男性器も女性器もあるんだ。だからまぁ、一応男性器のある者を女子のグループにいれるわけにはいかんのだ」
 これにはさすがにクラスがざわめき始めた。が、次に言ったミノリの言葉で、クラスは別に意味で騒がしくなった。
「ちょっと……それって………夢のふたなりじゃん!」
 ミノリが大げさにそう言って驚いたことで、クラスの中の張り詰めた空気が崩れた。
「すげぇ! ふたなりとかマジすげー! 羨ましすぎるじゃねぇか!」
 そう言ったのは、ワタルだった。
 その言葉を皮切りに、男子達の間で「たしかに……」「男の夢じゃねーか……」などと言う言葉がちらほら聞こえ始めた。それを見てミノリはホッと息を吐き、ワタルを見た。ワタルは複雑そうな笑顔を浮かべていたが、どこか吹っ切れたような印象もあった。

 こうして見事に、コースケはゲイだったという事実のインパクトを、コースケはふたなりになったという事実の方のインパクトで上書きしたのである。

 そして放課後、詳しい話を聞こうと集まってきたクラスのメンバーの間にサナエが入ってきて言った。
「ねぇねぇ、コーちゃん顔色よくないけど、まだ調子悪いんじゃないの?」
 質問責めにされているコウに助け船を出したのである。
「うん、ちょっとまだ本調子じゃないみたい」
 コウは苦笑いしながらそう言った。確かに顔色はあまりよくない。
「体が変わるときにすごい負担がかかる場合もあるんだってね、コーちゃんはそうだったんでしょ?」
「たぶん、ね。おかげですごい痩せちゃって」
 確かにコウの体は健康と言えないくらいには痩せていた。
「お話はまた今度聞かせてもらおうよ、ね、みんな」
 サナエがそう言うと、皆はコウの体を心配しながらそれぞれに散っていった。
 そしていつも通りのメンバーで、いつも通りの道を歩く。ついに男子生徒の制服が一人になってしまった。
「いやしかし、ナイスだったね今日のワタルは」
 まだ暑いアスファルトの上を歩きながらミノリがそう言った。
「っていうか、マジでミノリすげーな。オレはのっかっただけで、おまえがすげーよ。神かと思ったぜ」
「いやいや、生まれたときから神なんで」
「謙遜しねーのかよ!」
 ミノリとワタルのこんなやりとりを見て、コウは本当に本当に良い友達を持ったと思った。そう思っていたら、自然に涙が流れていた。
「二人とも、ありがとう。本当に感謝してる。二人が困ったときは私が全力で助けるから」
 涙を流しながら笑顔でそういうコウの顔は、とても魅力的な中性の美しさで彩られていた。


 −続く−

218名無しさん:2013/02/09(土) 00:50:14 ID:???
続きwktk

219こっぺぱん:2013/02/12(火) 02:19:39 ID:A9w.I97I
新章入りました〜

−−−迷う指先の辿る軌跡−−− ⅩⅩⅦ :曖昧な境界線1:

「秋だねぇ」
 五限目が始まる前の昼休み中に、ミノリは外を眺めてそう言った。木々に少しずつだが黄色や赤の色彩が混じってきている。今はもう10月だ。
「なんかさぁ、ウチのクラスあんまり女性化しないね」
 ミノリが教室に向き直ってそう言った。
「まぁねぇ、みんなけっこう対策とってるんじゃない?」
 ケイコがそう言う。
「ビッチがいるのか非処女が少ないだけなのか、どっちなんだろう」
「ミノリって未だに女視点と男視点が混じってるよね。今みたいなこと女子が言ったら酷い目に遭うよ」
 サナエがミノリに後ろから抱きつきながらそう言った。女性化して以来、サナエのスキンシップ率が異常に上がっている。ケイコより多いし、サナエも女同士だからかスキンシップまでは遠慮しなかった。それより先は遠慮していたが。
「そういえばさ、ワタルは女性化しないのかね」
 話題は三人の視線の先でコウと話しているワタルにうつっていった。ちなみのこの二人はなんだかんだで今でも仲が良い。最初は少し接し方に戸惑っていたが、今時は性的嗜好や性別変化で友情が壊れるなんてことの方が希だ。
 コウはその後顕著に肉体が変化することもなく、医者が言うには安定期に入った、とのことだった。傾向としては安定するのが早い方だったらしく、体の負担も少なくて済んだ。
 一説によると、心的ストレスが安定期を遠ざけるという話もある。安定期が早くきたということはそれだけ精神的に安定していた、ということなのかもしれない。
「本人曰く、もう童貞じゃないらしいよ」
 ミノリは以前ワタルがそう言っていたのを思いだして言った。あのときはまだコウはコースケだったなぁなどと思いながら。
「ぶっちゃけ見栄張ってるんだと思ってたけど、もしかしたらホントかもね。あ、私がそう思ってたって言わないでよ」
「言わないよ〜男ってそういうの気にするもんね。でも相手が誰かは気になるな〜」
 サナエがそう言ったところでチャイムが鳴り、皆席に戻っていった。

 そんなことを話していた翌週、体育祭の最中にミノリはワタルが見覚えのない女性と話しているのを見かけた。しかもかなり嬉しそうに話していた。
 あまり近くに行くのもどうかと思ったので、印象でしかわからないが女性はけっこうな美人だった。背中まである茶色い髪と170㎝近くはありそうな身長、細身でバランスの良い体はモデルと言っても通用しそうだったが、服装はラフで、女性的とも男性的とも言えなかった。
 おぼろげにしか見えなかったが、ワタルを見る表情は男を見る目というよりは弟を見る目の様だった気がする。が、ワタルに姉がいるという話は聞いたことがない。
「と、いうことがあったのだけど」
 そのことをミノリは体育祭が終わった後、着替えながらケイコとサナエに言った。
「体育祭に来てたってことはここのOBかなぁ? ワタルの彼女でワタルに会いに来たっていう可能性は?」
 こういった類の話はサナエが好むところである。
「う〜ん、彼女かどうかはわかんないなぁ。OBかどうかはもっとわかんない」
「やっば、すごい気になってきた」
「これは私も気になるわ」
 ミノリとサナエがなにやら盛り上がっているのを見ながら、ケイコは自分はあまり興味がないなぁと思っていた。少しひっかかるような気持ちがどこかにはあったが。
 そして帰り道でいつものメンバーになると、ミノリが間接的にその話題に触れた。
「ワタルってさ、彼女いるの?」
「なんだよいきなり!」
 予想通りの反応である。
「いや、ほら、女性化しないなーって」
 ワタルはすでに15歳になっている。童貞であればいつ女性化してもおかしくはない。
「オレは童貞じゃねーから女性化はしねぇって」
「ふむ、で、彼女は?」
「いないよ、残念ながらな」
 そう言うワタルの顔は本当に残念そうだった。


 −続く−

220こっぺぱん:2013/02/17(日) 00:42:10 ID:5DqYo.Us
−−−迷う指先の辿る軌跡−−− ⅩⅩⅧ :曖昧な境界線2:

 二年前の秋、当時中学一年生だった橋本ワタルは、剣道部で毎日稽古に明け暮れていた。
 近隣の中学の中では比較的強い方だったこの学校の剣道部は人数も多く、男子はもとより女子もかなりの人数がいて、少なくとも一年生は全員の名前など知るわけもなく、人の入れ替わりがあっても気付かないくらいには賑わっていた。
 ワタルは運動神経がよく、剣道の経験は無かったがコツを掴むのは経験の無い他の部員の中で一番早かった。さすがに試合に出るほどの強さはなかったが、部内の模擬戦ではなかなかの戦績を誇っており、ワタルはそれが自分の自信になっているのを感じていた。
 そんなとき、夏休みが終わって部活に行ってみると、見慣れない女子部員が誰よりも早く来て素振りをしているに遭遇した。
 ワタル自身もかなり熱心だったが、彼女の横顔は必死で、どことなく焦りのようなものをたたえているように見えた。
「おはようございます、ずいぶん熱心なんですね」
 素通りするわけにもいかないので、ワタルはそう挨拶した。すると女子部員は素振りの手を止めることなく、竹刀を振るリズムに合わせて区切りながら言った。
「人より、練習、しないと、強く、なれない、からね」
 愛想笑いを浮かべることもなく、そもそもワタルのコトを見ることもなく女子部員はそう言った。ワタルはなんとなく彼女がそれ以上のやりとりを望んでいないと感じたので、軽くお辞儀をすると剣道着に着替えに行った。

 その日の部活は模擬戦だったのだが、ワタルはイマイチ調子が出ず、久しぶりに勝ち数より負け数が多くなった。模擬戦は経験者とも戦うので、あまり勝敗の数にこだわりはもっていなかったが、この日は他人の戦績が気になった。
 そう、あの女子部員である。
 彼女は三年生で、同じ女子部員の中では群を抜いて強かった。まだまだ駆け出しのワタルの目から見ても、明らかに強かったのだ。
 だが一番強いというわけではなかった。
 彼女が勝てない女子が三人いた。
 ワタルはこの日の部活が終わった後、友達の部員に話を聞き、その女子が負けた相手のうち二人は女性化した元男子だということを知った。
 その女子の名前が、「マキ」というコトも知った。
 ワタルはマキの、一心不乱に竹刀を振る姿と、焦燥感のにじむ試合の光景がどうにも忘れられなかった。

 それからしばらくの間、ワタルは早めに部活へ行く様にし、行くと必ず竹刀を振っているマキに挨拶をした。会話をすることはなかったが、なんとなくお互いに顔を合わせるのが当たり前になっていった。
 そしてある日、ワタルが部活に行くと珍しくマキが胴着ではなく制服で剣道場の中に佇んでいた。
「おはようございます」
 少し不思議に思ったが、ワタルは普段通り挨拶をした。
「おはよう、いつも早いね、キミ」
 振り向いたマキの表情は、ワタルが初めて見る表情だった。笑顔でもなく、泣いているわけでもなく、ただ、眉をしかめてない顔を見るのは初めてだった。その表情が逆にワタルの気持ちをざわつかせた。
「先輩、今日は稽古しないんですか?」
 剣道場の入り口から、剣道場の中央にいるマキに話かける。この距離が、なんともいえない二人の薄くて細いつながりを表しているかのようだった。
「うん、しない。もうしないんだ」
 そう言うんじゃないかとワタルは内心思っていたので、あまり驚かなかった。
「キミ、一年生?」
「はい」
「そっか。ねぇ、二個質問してもいい?」
 ワタルが少し返事に戸惑っていると、答えを待たずにマキは質問をした。
「剣道好き?」
「はい、好きです。オレはここに来てから始めましたけど、強くもないですけど、好きです」
 ワタルはキッパリとそう言った。実際剣道は好きだった。勝ち負けが明確にわかる、自分の練習が如実に実力に反映される、そういった己を研磨するような部分が気に入っていた。
「そっかー。私も好き」
 ワタルはこのとき初めて女性の笑顔を真正面から見た。よく花のような笑顔と表現されるが、ワタルはその通りだと思った。華美ではなく、素朴で、道端に自生しているような、誰も名前を知らないような、そんな小さな花が浮かんできた。
「も一個質問ね。キミ、童貞?」
 あまりにも予想外すぎる質問に、ワタルは「へ?」と間抜けな声を出してしまった。


 −続く−

221名無しさん:2013/02/17(日) 22:29:06 ID:???
GJ!

222こっぺぱん:2013/02/21(木) 23:23:27 ID:dPd8MSv2
−−−迷う指先の辿る軌跡−−− ⅩⅩⅨ :曖昧な境界線3:

「あー、やっぱ童貞だよね。一年生だもんね」
 ワタルの反応を見て、マキはそう言った。
「そ、それってどういう……」
 ワタルがそう言いかけたところで、他の部員達が剣道場に入ってきた。
「あ、おはようございます」
「おはよう」
 マキは挨拶してくる部員達にそう短い挨拶だけ返して部室を後にした。ワタルはその後ろ姿を見ることができなかった。

 その後もワタルは誰よりも早く部活に来たが、あれ以来マキの姿を見ることはなかった。
 部員達がマキについて、受験のために引退したのではないか、と言っていたが、ワタルにはそうは思えなかった。もしそうなら、事前に言ってもいいはずだ、何も後ろめたいことなど無い。何も言わないのは何か言いにくい理由があるからではないか、とワタルは思っていた。
 このときはまだ、何故こんなにもマキのコトが気になるのかなどというコトに意識が向く余裕はなかった。
 そして年内最後の大会で、ワタルは二軍の先鋒だったが試合に出場することができた。
 チーム自体は負けてしまったが、ワタルは相手チームの先鋒と次鋒に勝ち、他の部員達から賞賛の言葉を浴びた。これは本当に嬉しかった。
 ただ一つ気がかりなのは、試合中一瞬だけ遠くにマキの姿を見たような気がしたことだった。試合後にそちらを確認したが、マキの姿は無かった。
「なぁ、今日マキ先輩来てたりしないか?」
 ワタルが帰りに同じチームの男子生徒にそう聞いた。
「オレは見かけてないけど……おまえやたらマキ先輩気にするな、惚れた?」
「いや、試合中見た気がしたんだよ」
「あー、そりゃ惚れてるなー」
「なんでそうなるんだよ」
 ワタルは少しムキになってそう言った。それを見て周りのメンバー達は、ほらなと言って笑った。
「なんだよおまえら、オレはそんなんじゃねーって。尊敬はしてるけどな」
 それには皆同意の様だった。
「まぁ確かに強かったよなー。オレ一回試合したけど、3秒で負けたよ」
「オレは7秒もったぜ!」
「大差ねーじゃんか」
 そんなことをみんなで話ながら帰路についた。結局マキは誰も見かけていないとのことで、マキの話題もすぐに出なくなった。

 その日の夜、ワタルの携帯電話に見知らぬアドレスからのメールが一通届いていた。
『初出場、初勝利おめでとう』
 それだけ書いてあり、差出人はわからなかった。
 が、ワタルはそれが、マキからのメールではないかと思った。わざわざチームメンバーがそんなことを送ってくるハズはないし、選手に選ばれなかった生徒がそんなことを言うとも思えない。ワタルは一年なので、憧れてくれる後輩がいるわけでもない。名前も知らない先輩がわざわざそんなことを言ってくるとも思えない。
 そうなると、マキしか思い当たらなかった。クラスの友達は試合に来ていないし、誰かがわざわざワタルの試合結果を話すとも思えなかった。
 ワタルは深夜になるまで返事を考え、こう返事をした。

『ありがとうございます。今度稽古をつけてもらえませんか?』

 そのメールを送ってから、ワタルは自分の中にある不思議な、焦燥感にも似た感情があることに気がついた。


 −続く−

223名無しさん:2013/02/24(日) 22:44:34 ID:???
続きwktk

224こっぺぱん:2013/03/01(金) 23:33:20 ID:Il0J.YuY
−−−迷う指先の辿る軌跡−−− ⅩⅩⅩ :曖昧な境界線4:

 新年最初の部活は、寒稽古という慣習に沿った稽古となった。
 学校に集まった部員達は、全員胴衣に着替えると、素足に草履で外へ出て、震えながら竹刀を振るう。
 が、元々剣道場は寒い。素足など剣士にとっては当たり前のことで、この寒さも200回程度竹刀を振るえば感じなくなる。もちろんその中にワタルもいた。
 三年生は引退してしまったが、物好きな数人がこれに参加している。稽古する側ではなく、サポートする側で。
「がんばれ〜終わったらおしるこだよ〜」
 三年生女子部員の一人がジャージ姿で後輩達にそう声をかける。
「おしるこより先輩が食べたいです」
「ダメ、諦めて女性化しろ」
 後輩のさりげなくないアプローチを同じくさりげなくない形で却下したのは、女子の中で一番強かったアユミという女子だった。
「先輩そこは可愛い後輩の前途のために純潔を捧げるとか……」
「いやないから。ないから」
「二回も言うなんてそんなに大事なコトですかそれ」
「大事大事。それにもうあたし純潔じゃないし」
「えー!!!」
 アユミの周りでおしるこを食べていた男子部員達がそう声を上げた。そこまで驚いたわけではない、どちらかといえば落胆した、が近いだろう。
 このご時世、中学時代に経験してしまう女子は少なくない。だからこそ逆に、純潔に希少価値があるとも言える。まぁ、処女幻想といったところだろう。
「そんな……オレ先輩のこと好きだったのに……」
「いやいやいや、処女じゃないからってなんで好きじゃなくなるのよ」
 アユミは男子部員のそんな冗談(好きなのは本当かもだが)に笑顔で答えた。言われて嬉しくなくはない。
「でも先輩、女性化したら剣道も厳しいんでしょう? けっこうそれで辞めた人いるじゃないスか」
「あーまぁね、男子の時みたいにはいかないよね。そのギャップに耐えられない人がいても不思議じゃないし、仕方ないと思うよ」
 部内最強の女子だからこそ、言えることだった。サボったり怪我をしたりではなく、いきなり自分が今まで勝ててた相手にまったく勝てなくなったら、それは精神的にかなりきついだろうということが、アユミだから言えた。彼女とて最初から強かったわけではないのだ。
「でも女性化してもやってる人いるよ? 剣道って試合の勝ち負けより自分を研磨することが大事だからね。マキも頑張ってたじゃん」
 少し離れておしるこを食べていたワタルの手が止まった。

 マキ先輩は、元男?

 そう思ったワタルは、その可能性を否定できなかった。
 マキを見かけ始めたのは突然で、それが目立たない男子部員が女性化したのだと考えれば納得がいく。必死に練習していたのも、どうにか元の状態に追いつこうと思った結果で、急に辞めると言い出したのも、限界を感じたから、と思うと、マキが女性化した元男である可能性の方が遙かに高いと思えてしまった。
「あの、アユミ先輩……」
「ん? 何? 純潔はあげないよ? もう無いし」
「いえ、あの、マキ先輩のコトなんですが……」
「あー、マキは純潔じゃない? 何、マキが気になるの?」
 そういうことを聞きたかったわけではないのだが、それを聞いたワタルは何故か顔が赤くなるような感覚を覚えた。マキが純潔であるというのを喜んでいる自分を気付かされた。
「マキはどうかなーちょっと頑なな子だからねー、まぁがんばんな!」
 あっけらかんとそう言うアユミに曖昧な笑顔で応じ、ワタルは元の場所に戻った。
 その後部員数人と一緒に片付けをし、ワタルは戸締まりを任されておしるこを作った鍋などを学校に返すと、カバンを取りに剣道場へ戻った。

 そこに、マキがいた。


 −続く−

225名無しさん:2013/03/01(金) 23:59:22 ID:???
wktk

226こっぺぱん:2013/03/06(水) 00:18:41 ID:U8akVWMg
−−−迷う指先の辿る軌跡−−− ⅩⅩⅩⅠ :曖昧な境界線5:

「おつかれ、おしるこおいしかった?」
 マキはワタルに背を向けたままそう言った。
「はい、おいしかったです」
 ワタルは平静を装いながらそう言った。まさかマキがいるとは思わなかった。
「稽古、つけてほしいんでしょ?」
 マキは振り返ってそう言い、ワタルに竹刀を渡した。ワタルは少しためらってから、竹刀を受け取った。
「でも先輩、防具つけないと」
「いいよ、本気だけど本気で打たない稽古だと思ってさ」
「いえ、でも女の子の肌に傷ついたら……」
 ワタルが言い終わる前にマキが打ち込んできた。ダンッ!と踏み込みの音が稽古場に響く。ワタルは咄嗟に竹刀を掲げてそれを受け止めた。互いにすぐさま間合いを取る。よく見ると、マキが打ち込んできた一撃は片手によるものだった。その一撃の重さにワタルは驚き、歯噛みした。悔しいと思った。
「やるね、不意を突いたんだけど」
 マキが右手を竹刀に添える。ワタルも竹刀を握り直し、足下を整えて構える。二人が完全に静止し、互いの目線が交錯する。
 時が止まったかのような静寂の後、先に動いたのはワタルだった。ワタルの竹刀の切っ先がほんの少し下がったのを見たマキは、素早く踏み込みながら最小限の軌道で竹刀を振り下ろした。後の先を狙ったワタルの誘いを見越して、それでは対応できないくらいの速さで動いたのだった。
 ワタルは咄嗟に竹刀を振り上げるが、マキの方がわずかに早かった。マキの竹刀が一瞬先にワタルの頭を捉え、竹刀の切っ先はワタルの肩に命中した。
「キミ、優しいね」
 マキは竹刀を引くと、ワタルにそう言った。ワタルは痛みに耐えながら、ぎこちない笑顔を返す。
「やっぱ、これじゃ稽古にならないか。でもキミは上手いね」
 マキはワタルを褒めたが、強いとは言わず上手いと言った。
「さすがに、防具着けてない女の子に本気出せませんよ」
 ワタルはそう言いながらマキの竹刀を受け取り、防具部屋に歩いて行った。マキから顔が見えなくなった途端に表情は痛みで歪んだ。マキの一撃は重く、やせ我慢もこれが限界だった。
「キミ、何も知らないの?」
 竹刀を置いて振り向いたワタルに向かってマキがそう言った。防具部屋のスライドドアに手を置いて、ワタルの方を見ずに、そう言った。
「知ってますよ」
 ワタルもマキの方を見ずにそう言った。
「そっか、それでも本気は出せなかったか」
 マキは少し笑った。ワタルからは逆光でシルエットしか見えなかったが、それはどこか自虐的な笑顔だった。
「先輩、本気にこだわりますね」
「そりゃね、だから剣道やめたんだもん」
 マキはドアに背中を預けて、右手を前に突き出した。
「手、握ってみ」
 ワタルは言われたとおり、おそるおそるマキの手を握った。そのコトでワタルがどきっとする前に、ワタルの手がぐっと力を込めて握られた。握力測定をするような感じだった。
「先輩、痛いですよ」
「ね? 振りほどくほど痛くないでしょ? これ私の本気なんだよ。前はみんな、痛がってすぐに振りほどいた」
 ワタルは言葉が出てこなかった。なんと言えばいいかわからなかった。
「ごめんね、ただの八つ当たり。キミが将来有望そうだったからつい、ね」
 マキはパッと手を離すとそう言って笑った。悲しそうな、しかし女性的で魅力的な笑顔だった。
「先輩、処女なんですか?」
「へ?」
 不意にワタルの口から出てきた言葉はそんな言葉だった。
 そしてお互い、今の光景を以前どこかで見たことがある、と思った。


 −続く−

227こっぺぱん:2013/03/07(木) 23:12:06 ID:3CGnJzBA
−−−迷う指先の辿る軌跡−−− ⅩⅩⅩⅡ :曖昧な境界線6:

「あ、えーと……なんて言ったの?」
「いや……すいません、なんでもないです」
 予想外の質問に狼狽えるマキと、気まずそうに顔を背けるワタル。稽古場に差し込む夕日は徐々にその色を濃くしていき、まだ冬休み中の学校はとても静かだった。
 沈黙はわずかな時間だったのだが、二人にとってはとてつもなく長い時間に感じた。次にどんな言葉を発したらいいか、二人とも必死に考えていた。相手も必死だということに気付かずに。
「処女だったら………どうするの?」
 おずおずとそう口を開いたのはマキだった。日の傾きは徐々に夜へと向かいつつある。
「いや……その……以前オレが童貞なのは知られちゃいましたし、オレも先輩のコト知っててもいいかなって……」
 マキは、そのワタルの発言が本当に言いたいことではないということがわかっていた。自分がワタルの立場だったら、と思うと何を言いたいかは想像がついたし、ワタルの立場になって考えるコトはマキにとって難しいコトではなかった。
 ワタルなりに、この質問ができるだけ不自然じゃないようにしようと必死に考えた末の理由付けだったのだろう。マキはその姿を、いじらしいとかかわいらしいとか、そういう風に感じた。それはマキにとってとても不思議なコトだった。
 マキの足下を見つめてそれ以降何も言い出せないワタルに、マキは少し安心感を覚えた。
「私は処女だよ。でもって、童貞だよ」
 マキは自嘲気味にそう言った。それは女性としては少し恥ずかしいカミングアウトであり、元男性としての重大なカミングアウトでもあった。
「私のコトは誰かにもう聞いてるんでしょ?」
「はい、さっき」
「さっき!? ずっと知らなかったの!?」
 マキは大分前からワタルは自分が元男であることを知っていると思っていた。
「私がそんなに自然に女をやれてたのかなぁ……それともキミが女慣れしてないのかなぁ」
「どっちもじゃないですかね」
「ま、そうだよね、女っ気ありそうには見えないし、童貞だしね」
「なんか、先輩の容姿から童貞って言葉が出てくると変な感じしますね」
「私も、自分のコト言ってるみたいで変な感じするわ」
 そう言って二人は笑い合った。
 そしてマキは、そっとワタルに歩み寄った。
「キミ、私のコト欲しいでしょ」
 ワタルはその質問には答えず、少しの間逡巡してから、不器用にマキの腰を抱き寄せた。マキはワタルがそうするのをあえて待った。自分だったらそうする、と思ったから。
「いいよ、しよっか」
 マキは、何を、とは言わなかった。言う必要は無かったし、それを言葉にするのはなんとなく、自分もワタルも抵抗がある、と感じていた。これからすることはあえてうやむやで、曖昧なままにしておきたかった。
 ワタルは今度は小さく「はい」と言い、両手でマキの体を抱きしめた。
 不器用で未経験の二人はそこからどうしていいかわからず、ワタルはマキの頬にキスをし、首元にキスをし、胸に手を置いた。その膨らみは小さく、ほとんどがブラジャーのパッドで作られている膨らみだったのだが、ワタルはマキの胸に触れているという事実にとても興奮した。
 興奮していることに少し罪悪感を感じながら。ワタルはマキの制服の裾から手を入れてブラジャーの中に手を滑り込ませた。
「うわっ!」
 すると、マキが素っ頓狂な声を上げた。そういう行為をしているときに出る様な声ではなかった。そのコトで二人はまた笑い合い、抱き合ったままそこにしゃがみ込んだ。
「なんか、くすぐったい」
 マキにはまだ胸を触られて気持ちいいという感覚がわからなかったが、嫌だとは感じなかった。
「先輩、寒くないですか」
「寒いけど、大丈夫。でもドアは閉めてね、明るいのは嫌」
 ワタルは防具部屋の中にある、綺麗なタオルを何枚かつかんで床に敷き、ドアをほんの少しの隙間だけ残して閉めた。完全に閉めてしまうと真っ暗になってしまうので、少し開けておいた。
「息、荒いね」
「すいません」
「いいよ、うん、ありがと」
 ワタルはこのとき、マキが言ったこの『ありがと』の意味がわからなかった。それがわかるのはもっとずっと先のことだった。


 −続く−

228名無しさん:2013/03/10(日) 21:43:13 ID:???
続きが楽しみすぎる
GJ!

229こっぺぱん:2013/03/11(月) 00:58:08 ID:J91NApNU
−−−迷う指先の辿る軌跡−−− ⅩⅩⅩⅢ :曖昧な境界線7:

 ワタルはそっとマキのスカートに手をかけたが、ファスナーの位置がわからなくて戸惑っていた。
「ふふ、男の子はこれわからないよね。ここだよ」
 マキは少しおもしろそうに笑いながら、そう言ってワタルの手を誘導した。ワタルは照れたような、バツが悪そうな表情でマキのファスナーに手をかけると、壊さないよう丁寧に下ろした。
 そして、あまり色気のない下着の上から、陰部に手を這わす。
「う……」
 マキは複雑な声を出した。苦しいのか痛いのか驚いているのか、ワタルにはわからなかった。マキとしては、自分の股間を男子に触られているという想像もしていなかった感覚が、脳にまだ馴染んでいない、という感じだった。
 が、その声もやがて艶っぽいモノに変わっていった。自分からそんな声が出るのかとマキは驚いていたが、ワタルはまったく余裕がない様子だった。それを見てマキは逆に安心した。彼も自分と同じなのだ、と。
「先輩、下着脱がしますよ」
 ワタルはそう言うとマキのスカートを脱がしてから下着を脱がし、マキの下半身を露わにさせた。暗くてよくはわからなかったが、ワタルを興奮させるには十分すぎる状況だった。
 上半身は制服姿で、下半身は紺のソックスだけという姿は、ひどく蠱惑的だった。
 ワタルは落ち着くよう必死に自分に言い聞かせながら、マキの陰部に指を這わせた。二人とも床に座っている状態だったので、マキは恥ずかしさに耐えられずワタルに抱きついた。声も必死に抑えていた。
 すでにマキの陰部は潤っていたが、ワタルは指一本から慣らして、時間をかけてゆっくりと、初めて相手を受け入れるマキの秘所をほぐしていった。指二本がどうにか入るようになったころには、ワタルの自制も限界だった。
「先輩……オレもう辛くて……」
「ん……そうだよね、いいよ、おいで」
 マキは少し震える声でそう言った。恐ろしさというモノがここにきて出てきてしまったようだ。が、ワタルはそれを感じてもやめることはできなかった。逆にここでやめても失礼だろう。
 ワタルはタオルを敷いた床の上にマキを寝かせ、自身も服を脱いだ。ジャージで来ていたワタルは、シャツ一枚の姿になってマキに覆い被さる。二人の肌が触れ合う。部屋は寒いのに、二人とも汗ばんでいた。
「先輩……いれますよ」
「うん……手、握ってくれる? ちょっと、怖い」


 −続く−

230こっぺぱん:2013/03/11(月) 23:41:12 ID:J91NApNU
−−−迷う指先の辿る軌跡−−− ⅩⅩⅩⅣ :曖昧な境界線8:

 ワタルははやる心を抑えながら、マキの手を握り、首元に何度もキスをしながら陰部同士を触れさせた。そして、更にはやる心をそれはもう必死に抑えつつ、ゆっくりとマキの中に入っていった。
「う……」
 マキが苦しそうな声を上げた。痛みはまだないが、圧迫感が強く、その感じたことのない感触に頭がおいついていなかった。余裕がないのはマキも同じだった。
 ワタルはゆっくりと浅いところで出し入れを繰り返しながらマキの反応に全神経を集中し、苦しそうな声の中に艶っぽい声が混じりだしたところで、少し深くマキの中に入った。そこで、抵抗感を感じた。ワタルの先端が処女膜に触れたのである。
「先輩……」
「うん、わかってる。いいよ」
 ワタルも苦しそうにそう言うと、マキは笑顔を見せてそう言い、ワタルを抱きしめた。ワタルも体をマキに預け、マキの体を抱きしめた。
 そして、ぐっと力をいれてマキの中に入った。
「んうっ……!」
 お互いにマキの破瓜を感じた。マキがなんともいえない、苦しさや痛みをかみ殺した声をあげる。
 ワタルはマキの様子に注意しながら、ゆっくりと出し入れを繰り返す。自分の快感よりも、マキのことばかりが気になってしまうのは、ワタルの優しさと自制心の強さから来ているのかもしれない。
 が、マキはそんなワタルの気持ちをわかっていた。
「ねぇ、いいよ、もっと動いても。キミも辛いでしょ?」
「でも先輩、痛いでしょう?」
「痛いくらいどうってことないよ、私は女剣士だよ?」
 動きを止め、心配そうにマキを見つめるワタルに、マキは笑顔を見せてそう言った。汗ばんだ額にかかる黒い髪がなんともいえず艶っぽかった。
 その後のことを、ワタルもマキもよく覚えていなかった。二人とも必死で、二人とも恥ずかしくて、二人ともわけがわからなかった。お互いにそうだ、ということ以外はよく覚えていなかった。
「先輩……!」
「中は、だめだよ、お腹の上に……」
 その言葉がワタルをより興奮させ、ワタルを絶頂に導いた。マキは制服の上着をたくし上げ、ワタルは寸前で自身をマキの中から引き抜くと、マキを抱きしめたまま達した。マキの白くて痩せたお腹の上に、濃い白のどろっとした液体がはき出される。
 二人とも、しばらく荒い息をするだけで、言葉も交わせなかった。
 こうして、マキは女になり、ワタルは二つの意味で男になった。


 −続く−

231こっぺぱん:2013/03/15(金) 23:28:53 ID:73eRlD3A
−−−迷う指先の辿る軌跡−−− ⅩⅩⅩⅤ :曖昧な境界線9:

 その後、顔を合わせることは何回かあったが、二人の関係はそれ以上のものにはならなかった。
 挨拶以上の言葉を交わすこともなく、もちろん触れ合うこともなかった。
 なんとなく、この距離に落ち着いたのだ。ワタルはあのメールがマキからのものかを確認することはなかったし、マキもワタルに連絡はしなかった。
 そして卒業式の日、ワタルは壇上で卒業証書を受け取るマキを見て、もう会えなくなると思ったとき、胸の辺りが痛くなるのを感じた。それはとても切ない痛みだった。
「卒業、おめでとうございます」
 卒業生と在校生でごった返す玄関口で、ワタルは必死にマキを探し、見つけ出すと駆け寄ってそう言った。
「ありがとう。もう会えなくなるね」
 その言葉が再びワタルの胸をツキンと刺す。もう会えない、そう思ったらためらってなどいられなかった。
「先輩、あの……あの、ですね……」
 マキはワタルが何を言うのかわかっていた。わかっていたからワタルが言い出すのを待っていたし、返事も決まっていたからその表情は苦笑いだった。
「えっと、あのですね、その……オレの、彼女になってもらえませんか?」
 周りにいた何人かはワタルのその言葉に反応したが、卒業式のこの日ならそこまで珍しい風景というわけでもなかった。騒がしかったのもあってか、二人のやりとりはそこまで目立たなかった。
「ありがとう、気持ちはいただいておくね。でも、ごめんなさい」
 ワタルは複雑な笑顔を浮かべてその言葉を受け取った。意外というわけではなかったが、一縷の望みは抱いていたので、少なからずショックではあった。
「わかりました。先輩のこと忘れません。あの日のことも忘れません」
「あれは、秘密ね。ごめんね、期待させるようなコトして」
「いえ、嬉しかったです。オレ、先輩のこと好きです」
「ありがとう。私はキミのこと……わかんないな、わかんないから、まだ受け入れることができない」
 まだ、という言葉に少しだけワタルは救われた気がした。いつか受け入れてもらえるかもしれない、と思った。
「曖昧だったね、私らはずっと。私がずっと、か」
 マキは一歩ワタルに近づいた。あのときより伸びた髪がふんわり揺れて、シャンプーの匂いをワタルまで届ける。
「ありがとね、あと、ごめんね」
「いえ、こちらこそ。また、会えたら嬉しいです」
「そうだね、縁がつながってればきっとまた会うことになるよ。今はまだ、なんとも言えないかな」
「それで十分です。ちなみに、年末の試合後にオレにメールしてくれたの先輩ですよね?」
「うん、そうだよ」
「アドレス変えないでくださいね」
「変えたら教えてくださいね、じゃないんだ」
「あ、いや、変えたら教えてください!」
 慌ててワタルがそう言い直すと、マキはたんぽぽの綿毛のように柔らかい笑顔を見せた。そして、ワタルの胸にそっと右手を置くと、くるっときびすを返して手を振りながら去っていった。またねとか、さよならとか、そういう言葉をあえて言わない、言わせない、そんな意図があるようにワタルは感じて、ただ手を振り返すだけに止めた。追いかけたい気持ちは必死に抑えた。

「先輩、オレこないだの地区大会大将で出たんですよ!優勝もしました!」
「お、さすがだね。私が男にしてやっただけのことはある」
「あのとき約束したじゃないですか、先輩の分もオレががんばるって」
「そうだね、よくがんばりました!」
 ワタルの中学時代最後の体育祭を見に来たマキは、当時よりぐっとたくましくなったワタルを見て、なんだか育て親の様な気持ちになった。彼の無垢な笑顔に、マキはまだ明確な形で返事を返せないままだったが、ワタルが未だに自分へ好意を持ってくれてることは確認できたし、それを嬉しいと思った。
 ただそこにあるワタルとマキの境界線は、曖昧なまま今でも二人を繋いでいるのだった。


 −続く− 〜曖昧な境界線 完〜

232名無しさん:2013/03/17(日) 22:57:47 ID:???
素晴らしかったです
GJ!


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