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キリスト教が支援する「アイヌを先住民とする運動」は破綻している

4 名無しのひつじさん :2018/11/16(金) 03:40:36 ID:G1PkmiRY0
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  檜山奉行所は、この森林地帯を7箇所に区分し・・、
  1673年2月に、樹皮剥ぎや稚木伐採を禁止し、また、野
 火を放つことを禁じる等の天然林の保護策を定めた。
  また、アスナロ等の材木を造船や他藩との交易物とし
 て活用する一方で、伐採を出願制としたことから他藩か
 らも山師が訪れるようになった。
  こうした山師による伐採の運上金は、松前藩の財政の
 一端を担った。
  しかし、1695年4月、檜山で山火事が発生し、過半数の
 樹木が消失したことから、かねてから他の地域で伐採を
 請願していた山師の飛騨屋久兵衛からの訴えが認められ、
 池尻別・沙流久寿里(釧路)厚岸・夕張・石狩等におけ
 るエゾマツの伐採が許可された。
  山師により伐採されたエゾマツは、石狩川等の川を下
 って石狩川口から本島へ船で運ばれ、江戸や大阪でその
 材質の高さから障子や曲物へと加工され流通した。
.
1756年、弘前藩勘定奉行であった乳井貢が、津軽半島で漁
 業に従事していたアイヌに対し、同化政策を実施した。
  以後、本州からアイヌ文化が急速に失われた。
  (参考)乳井貢:にゅういみつぎ、1712年〜1792年。
      陸奥(むつ)弘前(ひろさき)藩(青森県)藩士。
      1753年、勘定奉行となり、貸借証文の破棄、
     貯米の実行など藩の財政再建につとめる。
      宝暦5年の大飢饉の際は、果敢に対応して領内
     から餓死者を出さなかった。
      和算、儒学、農学など諸学に通じた。
      著作に「志学幼弁」「初学算法」など。
.
1868年〜1869年、亘理伊達氏(わたりだてし)が北海道へ
 移住した。
  陸奥国伊達郡(宮城県亘理郡亘理町)が出身地・・、
  1603年2月、亘理郡亘理城主になったのが始まり・・、  
  江戸時代には、2万4000石以上を領した。


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