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日蓮聖人の本尊観

114問答迷人:2002/08/18(日) 20:42

犀角独歩さん

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>昨日、ちょっと本尊三度相伝を読み直したのですが、あの書の信憑性を如何ばかりとお考えになりますか。

今、「心底抄」を基準にしてみます。三度相伝の第三、本尊相伝は、

>三度相伝では「大導師」の語を入れています。この点は執行師も指摘していました。ここに漫荼羅正意に、さらに本尊即大道師(日蓮聖人)という、より人法一体本尊義に近しい思想が転訛していることが窺われます。その意味からも三度相伝のほうが教学史的に見てもあとであろうと思えます。

との、執行師、及び独歩さんのご指摘から、「心底抄」より後世の成立と考えられます。また、第二の、本尊聞書は、さらに時代を下った成立とされる「法界即日蓮思想」が見られますから、成立年代は、第三→第二の順でしょう。問題は、第一の本尊口伝ですが、ここでは、曼陀羅の意味づけについて、

「此の本尊大漫荼羅とは霊山一会の儀式を書き顕はす処なり」

と有るのみで、人法一体本尊義や、法界即日蓮思想が全く見られませんから、三文書の中では一番古い成立であると思われます。本尊三度相伝は、結局、第一→第三→第二の順に、別々に成立した三つの口伝を一つに合わせたものと考えるのが妥当であると思います。


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