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日蓮聖人の本尊観

106犀角独歩:2002/08/15(木) 19:17

問答名人さん:

ご無沙汰です。もしお暇がございましたら、レスをいただければ有り難く思います。

もう一点。執行師は『本尊口伝相承書の研究』で、その内容は、二の本尊聞書は朗門山師『本尊五大口伝』と全同。三の本尊相伝は身延学師が雄師に伝えた『本尊相伝』と全同であり、かつ朗門の相伝書は三度相伝に拠った三位順師の『心底抄』に拠って成立したというわけで、さらに底本が源師による点は疑わしいとも言います。

昨日、ちょっと本尊三度相伝を読み直したのですが、あの書の信憑性を如何ばかりとお考えになりますか。

また、この書の冒頭に載る一、本尊口伝では法界即日蓮思想は、ここに見られないと思えるわけです。しかし、二度、本尊聞書では明らかに法界即日蓮思想は見られながら、三度、本尊相伝では、その点が未詳となっています。つまり、この三つは別々の相伝を一つに束ねたものと見ることはできないのでしょうか。如何お考えになりますか。

さらに一度の図を見ると経文・釈文は載っていないこと、ここに日蓮在御判が含まれない点に注意がひかれるのです。また、私は戒壇之曼荼羅の不動・愛染の形が写真で見る限り、愛染の頭は“−”となっているのに、不動は“・”になっているように見えます。これは写真の解像度にも関係した見間違いかも知れません。いちおう、これを前提にして、本尊口伝の図を見ると不動・愛染の頭は共に“−”となっています。しかし、頭が“−”となっているのは弘安2年6月までで、それ以降は“・”となってきます。つまり、頭が“−”となっていて、「二千二百三十余年」という曼荼羅は現存しないと思えるわけです。

“−”、三十余年、「有供養者…」の3条件が整う真筆曼荼羅というのはあるのでしょうか。


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