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『河辺メモ』について

1管理者:2002/03/08(金) 14:54

ここから、このスレッドの過去レスを見る事が出来ます。

http://kamakura.cool.ne.jp/gomoyama/keijiban/kawabe.htm


スレッド提案がありましたので、立ち上げました。皆さんの活発な
議論を求めます。

「始めまして。『僧侶の誤りを正す正宗信徒の会』のmsと申します。
河辺メモが一年半前に問題になりましたが、そのままうやむやです。
真相はとんでもない、大謗法の姿だと私たちは思っています。
これをスレッドとして取り上げて欲しいのです。皆さんはメモの
真贋も含めて、どうお考えになっていますか。お聞かせください。」

4メモ追跡班:2003/01/06(月) 17:23
 「流出元が本人」を100%否定しませんが、おそらく違うでしょう。
 実は『河辺メモ』は、いくつか存在するのです。
 まず1つは、本当のメモ(メモのメモ)。つまり、その場の臨場で記したメモのこと。2つ目は、その『メモのメモ』に基づき、下書きを起こした『メモ』。そして3つ目には、記録として保存を目的にした清書の『メモ』があります。このうち清書分は、少なくとも直筆とコピー2部の3つが存在します。直筆は河辺師の手元に、コピーは法○院と総本山に届けられるとのことです。
  
 大御本尊に関する流出メモが、どれに該当するのかわかりませんが、河辺師の釈明談話(平成11年7月10日付・宗門「お知らせ」)によれば、『メモのメモ』または『下書きメモ』のようです。しかし『清書メモ』の可能性も否定できないでしょう。
 『メモのメモ』と『下書きメモ』は、おそらく清書されれば捨てられるのでしょうから、本人でなくても他人が入手し暴露することができます。また『清書メモ』(コピー分)であれば、本人の預り知らないところで流出していくことが考えられます。

 『河辺メモ』の流出は、札幌・日正寺住職時代のこと。日正寺は、河辺師在職中に離脱在勤僧侶を出しております。問題となった『河辺メモ』の第一報は、離脱僧の集まりである憂宗護法同盟が発行する「同盟通信」(平成11年7月7日付)でした。また“「C作戦」を裏付ける『河辺メモ』の存在”というスクープを最初に報じたのは、「創価新報」(平成6年1月1日付)でした。
 さらに、この大御本尊に関する流出メモの日付は昭和53年2月7日ですので、日正寺住職の前、東京・妙因寺住職時代を含め、平成2年年末までは学会関係者の出入りや親交は多数あり、いくらでも入手する機会はあっただろうと想像できます。つまり、相当早い時期に学会側が『河辺メモ』を手に入れているとの推測が成り立つのです。
 最近出版された学会の暴露本の著者は、長年山崎正友氏の下で裏工作に携わってきた人物だけに、著述内容や出版意図を素直に額面どおり受け止めることはできません。

 『メモのメモ』あるいは『下書きメモ』であれば、『メモのメモ』は書きなぐりのため、主語や事実関係、てにをは等が不確実で、『下書きメモ』は未整理状態のため、いずれも不全であることは免れません。となると、河辺師の釈明:記録ミス云々は一応筋が通っております。
 また、このメモの流出による騒ぎによって、河辺師は日正寺から大願寺への移転を命じられております。札幌(地方)から東京(中央)への配置換えという点を除き、寺院の格・世帯数・講員数等を比すれば明らかに降格ですし、大布教区支院院長等の役職を全て解かれ一住職に下げられました。河辺師にとって、メモ流出による利得はないように思われます。
 つまり「流出元が本人」ならば、その目的やメリットが依然として不明だということです。
 
 ところで、『河辺メモ』(直筆清書分)の全てが行方不明なのだそうです。
 河辺師の逝去に伴うドサクサの間に、大願寺から忽然と消えてしまったとのこと。御遺族や主な遺弟も行き先がわからないらしいのです。河辺師の病気療養で代務者の任で副住職として派遣された○○師が、河辺師本人やご遺族・遺弟の許可がないまま、法○院へ『河辺メモ』(直筆清書分)の全てを引き渡し、その功績で大願寺住職の命を受けたとの噂が流れております。真相はわかりません。

 大御本尊に関するメモの部分についても、流出した分の前後が明らかになれば、当時教学部長だった阿部師(現・御法主上人猊下)の発言の意図も、もっと明確になろうと思われ、誠に残念な事態です。
 宗門にせよ、学会にせよ、『河辺メモ』を秘匿した方が好都合なのかもしれません。『河辺メモ』は、この30年余りにわたる宗門と学会の軋轢の歴史を、河辺師の関わる範疇だとしても、余すことなく書き綴っているおり、第1級の資料であることは間違いありません。
 それだけに宗門と学会、どちらにとっても不都合な記述が残されているのでしょう。3部の清書分のうち、どれかでも公になることを望むものです。

5ひみつくん:2003/01/06(月) 18:03

メモの追跡ってのは、日顕さんをどうにかしたいのか、それとも戒壇の本尊をどうにかしたいのか、その用途によって、使う人間の目的が見えるんだよネ

6あわわ:2003/01/06(月) 19:31
苦しいねえ。その札幌時代以前からその著者とは河辺は知り合いだったんだよ。更に今の事態をそのころから想定して捨てた断片メモなんかとっとくかい?後に法主自らが800万信徒だかを音頭って切り捨てるなんて予想してたらそれこそオカルトだぜ。しかも当時の教学部長が後に法主になるとでも予見してたのかい?

7あわわ:2003/01/06(月) 19:39
だいたい、学会の宗門攻撃ビデオに「あれは俺の声だ」と本人の声が入っている。訴訟になっていないのは発言事実と意図が同じ証拠だろう。北海道から大願寺ね、と言えば名を換える。じゃ、たたね。

8メモ追跡班:2003/01/06(月) 20:26
哀れだね、本人は裏読みのつもりでも、物事の表層だけを舐めて得意になっているのが。
そうだよ、著者は敬台寺時代からの知り合いだよ。その著者の経歴・事績に思いやれよ。
そんな単純なものでなはいな。
しかも学会の宗門工作は昭和40年代から始まっており、53年当時ならば、阿部教学部長は
次期法主候補の筆頭だし、52年路線の真っ最中で、河辺氏はキーパーソン1人だぜ。
いずれにせよ当方としては、流出元にはさほど興味がなく、
阿部教学部長が何を語ったかということと、『河辺メモ』の行方を知りたいだけのこと。

9犀角独歩:2003/01/06(月) 20:40

> 次期法主候補

ほお、そうなると、顕師が猊座に就くのは必然性があったということになるわけですか。
この一言は、興味が惹かれます。

まあまあ、意見の違う同士でも、ここでは紳士的にやりましょう。2chでもあるまいし。
私も無礼・非礼は嫌いだけど。

一つ質問。メモ追跡班さんは、その行方を知る目的はどんなところにあるのでしょうか。
私ももちろん、この内容には大いに興味がある故にお尋ねします。

10犀角独歩:2003/01/06(月) 20:42

おっと、9はあわわさんを批判しての言葉ではありません。
ここの「管理者からのお願い」に従った記述です。
誤解がないように補足しておきます。

11あわわ:2003/01/07(火) 02:36
(人物敬省略)追跡班さん。貴方のはどっかの反学会ルートの妄想入り意図的情報の受け売りですな。俺のは物事の基本に沿ったオリジナル推理。悪党が悪党を売るのはよくあることだ。また、流出元が本人、よくある話だ。メモの行き先?一番消えて欲しいのは現法主だからな。学会なら何かの為にとっとくだろう。あと、当時の候補は早瀬日慈。阿部は当時能化ですらなかったから正信会・山崎に突っ込まれて、今じゃ学会にも突っ込まれてる。基礎知識ですよ。悪党を知るには悪党を好きにならないと解らないよ。善人や正義の側に立つとなおさらね。

12ひみつくん:2003/01/07(火) 03:36
なんだ、けっきょく、創価の誰がどうだ、山の誰がどうだの話かい。アホくさ。
戒壇の本尊、信者会員だけが目の色変えてホンモノとさわいでるだけで、
日顕さんだって、名誉さんだって、それがどんなもんだか知ってるんでしょうが。
要はそれをニセモノと言ったらジョーカー引いたようなものでぼろ負けする
だから、お互いにジョーカー引かせようと躍起になっている。
いいタイミングで巻き散らかされたメモ、それは巻かれて困るヤツの
反対にいるヤツが仕掛けたジョーカー。でも仕掛けたヤツもぜんぜん、
ホンモノだなんて思っちゃいない。
日顕さんも、名誉さんも、どう語ったかじゃなくて、ニセモノだと思ってるよ
そんなもの目の色変えて追跡だ何だ、踊らされ、それに答えてまた怒る
裏だ、悪党て、かっこつけたって、謀略に踊らされているだけじゃねえの
両方とも道化、ピエロのお笑いネタだね。

13メモ追跡班:2003/01/07(火) 12:38
不躾な表現にてご不快な思いを抱かれたこと、お詫びいたします。

 当代猊下が、達師の後継法主候補の筆頭とまでいえなくても、有力候補であったことは間違いないでしょう。ただ当時、学会の52年路線の最中で、顕師は学会派と目されており、達師に躊躇がみられ、仮に内々の示唆があったとしても、表向きの相承への段取りが整っていなかったのではないでしょうか。
 早瀬御尊能化も十分筆頭候補ですが、達師からみてどうでしょうか。大宣寺さん等も下馬評に挙がっておりましたが、当時の宗内の大方の評は顕師だったように思われます。
 この辺りは、現下において、主任理事や海外部長、教学部長らの名が取り沙汰され、中でも「やはり主任理事が本命かな」と評されているようなもので、後継法主のことは、学頭に就くなりの顕示がなければ、その時の法主の胸の内にしかありません。
 過去700年余りの宗門の歴史においても、その時その時の状況で多様な相承の仕方があった訳ですので、結末において受け止めるしかないでしょう。

 『河辺メモ』(直筆清書分)の行方は大変気になります。
 たぶん状況から見て、当代猊下の管理下にあるのでないかと思われます。
 この『河辺メモ』は、間違いなく第1級の資料です。30年余りに亘る学会の在家主義路線(学会が主・宗門が従、宗門・学会並列、分離独立)の流れを概観できるものと捉えております。河辺師の情報収集力と分析力には卓越したものがあり、その時その時の宗門と学会の対応ぶりを証言するものでしょう。
 宗門の学会任せの体質や稚拙な対応、翻弄ぶり、またギリギリのところでの主権回復、教団維持への対策や、学会側の在家主義路線に基づきながらの押したり引いたりの手練手管の宗門対策・工作ぶり、学会関係者の戸惑いや逡巡、内部改革者・造反者の動きなどが把握できると期待しているのです。
 特に最近(以前からですが)学会は、分離独立による在家主義路線の正当性を築くために歴史の改ざんを図っているだけに、真相を把握し残すために、必要不可欠な証言記録・根拠資料の1つとして、是非とも公開していただきたいと願う次第です。

14メモ追跡班:2003/01/07(火) 13:04
あわわさん。
オリジナル推理でも、掌の孫悟空ということもあるから、固執しないでね。
もう少し物事を大局的に観てみようよ。もちろん当方にも言い聞かせていることだけど。
>悪党が悪党を売るのはよくあることだ。 ―そうだね。
>流出元が本人、よくある話だ。 ―その通り。じゃぁ、目的やメリットは?
>メモの行き先?一番消えて欲しいのは現法主だからな。 ―おそらく。そして、学会も消えてほしいから、双方万歳。

大御本尊に関する流出メモについて。
 メモ自体は、河辺師のものであることは間違いない。作り物ではないだろう。しかしそれが『メモのメモ』なのか『下書きメモ』なのか『清書メモ』なのかは判明しない。『メモのメモ』または『下書きメモ』であれば、不全の可能性があり、河辺師の釈明は一応筋が通る。
 猊下は偽作説に立つのか、否か。真相は判らない。立つならば、大石寺教義とどう整合性を図るのか、あるいは糊塗したり秘していくのか。
 学会は、おそらく本音では偽作説に立っており、現在大御本尊正意の止揚を図っているところ。学会員は、学会の教義展開・革新を受け入れるだろうから揺らぐことはないだろうが、大御本尊に固執する者や正宗僧俗は、やはり一途に大聖人の正意として信じ切っていくのだろうか。

15犀角独歩:2003/01/07(火) 15:48

少なくとも精師以降の石山とその教学は戒壇之漫荼羅の真偽より、さらに大きな現代社会文明との不一致を抱えている。それは何かといえば、「御生骨」、いわゆる御肉牙である。日蓮の歯とその歯肉が生き続け、そればかりではなくいまだに成長しているというわけです。

こんなことが事実であれば、現代文明を支える科学は根底から覆されてしまう。
つまり、この御生骨なるものが生きているなどという教義と聖物をもつ石山とその教学は現代文明社会には決して受け入れられない。その延長上に生身の日蓮であるという戒壇之漫荼羅もある。これが現石山教学である。

このことは、既に顕師が戒壇之漫荼羅を本物であると思っているとか、池田さんが本物であると信じているというレベルの問題ではない。石山信仰を自称するのであれば、御生骨と戒壇之漫荼羅の科学分析をしっかりと問い、信者各自も、社会に対する発言の責任を示すべきである。

16:2003/01/08(水) 03:08
    素朴な疑問なんですけどぉ……
    御生骨の歯肉が成長し続けてるって話、私も学会で聞いたことがあります。
    何年前から言われてたんでしょうかねぇ? ずいぶん昔からじゃないですか?
    今、どれくらいの大きさなんですか? かなり大きいと思うんですけど?
    スイカぐらいの大きさになってたりして……

17犀角独歩:2003/01/08(水) 08:51

ここは河辺メモのスレッドですが、ちょっとだけ。

犬歯1本の先を残して肉が包み込んでいるというのが言われていることですね。
成長談を聞いたのは、私も学会からでした。戸田さんの記述が残っています。

「今度の4月20日から、お山においても、御肉牙(おにくげ)の拝観が許され、この御肉牙というものについて、これは不思議なものだ。話だけは、なんべんも聞いたかしらんが、もういっぺん言います。日蓮大聖人様御在世の時に歯を抜いた。その抜いた歯の下のほうに肉がちょっぴりついておった。ところが、この肉が七百年のあいだに、だんだんだんだんふえて、ちょうど、まさに歯を包まんとしている。これは説明つきますか。しかも脈打っているのですよ、汗かいているのですよ、生きているのですよ。こういう不思議なものはありますか。
身延が威張ったって、仏立宗がなんと言ったって、こういうお歯は、富士大石寺以外は絶対にない。それから、仙台からも、福運あってこの御生骨を拝観する方々は、帰ったら、わが目で見てきた、その実態を、みんなに話して、わが日蓮正宗の誇りとして、語り伝えてもらいたいと思います。(昭和31年4月1日・仙台支部旗返還授与式・仙台市公会堂)」

ところで、御生骨は元来、「肉付(附)の歯」と言われていたようで、その記述が現れるのは精師『富士門家中見聞抄目録(家中見聞中)』です。

「御牙歯脱け落つ聖人此歯を以て日目に授けて曰く我に似り問答能くせよとてたまはりける御肉付きの御歯と申すは是なり、(此の御歯当山霊宝随一なり広宣流布の日光を放ちたまふべしと云へり)」

この記述に基づくように量師『富士大石寺明細誌』に

「一、日蓮聖人肉附の御歯一枚
又御生骨と称す、蓮祖の存日生歯を抜き血脈相承の証明と為て之れを日興に賜ひ事の広布の時に至らば光明を放つべきなり云云、日興より日目に相伝し代々附法の時之れを譲り与ふ、一代に於て只一度代替蟲払の尅之を開封し奉り拝見に入れしむ常途之れを開かず」

とあります。精師の草は明暦3年(1657)、量師の記は文政6年(1823)のことです。つまり蓮祖滅後367年も経ってから言い出されたことであったわけです。ただし、この時点で、肉が「成長」していると言った記述は見られず、単に広宣流布に光を放つ(もっとすごいか)というものでした。

ところで抜歯を受けるという話は、石山に始まるものではなく、元来、昭門に言われていたもののように思えます。昭師『遺跡之事』に

「一、聖人御歯二粒ハ御存生之時親リ聖人之御手自リ賜フ所也」

とあります。文保元年(1317)の日付となっているので、この書が昭師の真筆であれば、聖滅36年の書ということになります。(その実否は確認していません)同師は元亨3年(1323)103歳で寂したといいます。案外、この昭門の話をモチーフにして出来上がったのが石山・御生骨話なのであろうかと思えます。

昭師の伝は素朴でありそうな話と感じますが、精師の話は荒唐無稽。大事な点は精師は肉付歯(御肉牙)を戒壇之漫荼羅・造初御影・生御影とセットで石山の霊宝、換言すれば、自山宣揚の“目玉”としている点です。戒壇之漫荼羅の記述も、この精師に始まるのです。なお、目師相伝・広宣流布に放光伝説は容易に広布目師再来説とつながっている点も指摘できます。

18犀角独歩:2003/01/08(水) 09:48

17を少し補足。

精師の家中抄と量師の明細誌を読み比べると、すぐ気づけることがあります。
それは精師は肉付歯(御肉牙)を目師が聖人から受け取ったとしているのに対して、量師は「日興より日目に相伝」と変わっている点です。結局、伝説というのは、書くも都合よく書き換えられて、それが恰も日蓮・日興の時代から言われていたように、真実みをもって語られ、さらにのちの人は、それを鵜呑みにするという“仕組み”がここにあるわけです。のちの鵜呑みにした人…、まさに戸田さんがそうであったわけです。

19犀角独歩:2003/01/08(水) 09:51

18の訂正、場所を取って済みません。

誤)書くも都合よく…真実みをもって
正)斯くも都合よく…真実味をもって

20犀角独歩:2003/01/08(水) 10:07

上述、ややスレッドから外れて石山伝説について、考えてみたのですが、結局のところ、これは単に御肉牙に留まることではないと思えます。先にも記したとおり、戒壇之漫荼羅に関する記述は精師より遡れないわけです。この精師が御影堂を建立し、その堂宇を本門戒壇本堂と呼称し、そこに戒壇之漫荼羅、その前に御影像を置き、さらに造初御影と“肉附歯”を霊宝随一としたのは事実であり、ここからすべてが始まっています。

いわば、この精師でパフォーマンスと蒐集資料を真に受け、現在に至る石山教学を構築したのが寛師であって、ここに日蓮(人)本仏・戒壇之漫荼羅(法)一体論が創作されていったわけです。

この「人法一箇本尊論を批判することは謗法であり、たいへんなことなのだ」というヒステリックな信仰感情が高揚するとき、寛師教学信仰者にとって“死刑宣告”に等しいのが「戒壇の大御本尊を否定した」というレッテルであるわけです。

結局のところ、河辺メモ騒ぎというのは、このレッテル貼りが巧みに利用され、さらに「互ひに相讒諂(あいざんてん)し枉(ま)げて辜(つみ)無きに及ばん」という、まさに他門から失笑を買う事態に発展したことであったと私は見ています。

21メモ追跡班:2003/01/08(水) 12:45
レッテル貼りの意、同意いたします。
猊下が、大御本尊を否定したか否かは、河辺師の『清書メモ』ないし流出メモの前後が出てこないと判明しませんが、「法主が当山の本尊を否定」というセンセーショナルのレッテル貼りは大変な騒ぎとなりました。

これによって、宗内を動揺させ、当代猊下(法主)の権威・信頼を失墜させ、次に法主詐称のキャンペーンへとつながり大々的に繰り広げていきました。
また、会内では、大御本尊とはそんな曖昧なものなのか、という認識を与え、総本山や大御本尊に対する恋慕の想いをさらに一層失わせ、大御本尊正意の止揚を図る環境づくりを果たしております。

現下において、池田名誉会長や学会幹部らは御肉牙などは信じていないでしょう。
御肉牙や大御本尊(偶像信仰)を掲げている限り、世界宗教・広宣流布など実現しないと捉えているのだと思います。その意味で良くいえば、宗門が「聞く耳」を持たないので、宗門切捨て・分離独立を選択したともいえるかもしれません。

『河辺メモ』騒ぎは、仮に流出元が河辺師本人だったとしても、結局のところ宗門攻撃の1つであり、同時に会員に対する意識革命の一環としても多少役立ったのではないかと考えております。

22犀角独歩:2003/01/08(水) 13:12

メモ追跡班さん:

21の記述について、賛同します。
そういう流れであると思います。

その前提で、実際のところ、いったい何が書かれてあったのかというのであれば、意味があることでしょう。

しかし、もっと言えば、「本人ぞ知る」を本音と事実を自分の地位・生活に保身することなく、河辺師本人が発言・記述すればよいわけです。本音と建前の使い分けがあるとすれば、それは不妄語戒に違反するでしょう。

> 池田名誉会長や学会幹部らは御肉牙などは信じていないでしょう

それはそうでしょうね。
ただし、私が先に引用したのは創価学会発行の会長指導集からの抜粋です。
過去に創価学会の長が以上のように語ったのは事実です。
であれば、その点をしっかりと否定するなり、訂正するなりする責任はあります。

いずれにしても、カリスマ信仰、聖物崇拝(偶像崇拝とは少し違うと思いますが)からの脱却は、このような掲示板などで多数が見聞認知していくなかで得られれば、それは個人にとって有益なこととなるでしょう。しかし、接種効果として利用される可能性も否めないので、この点に注意は必要でしょう。

―注:接種効果=(inoculation effect)予防接種のように少し弱めの反駁する情報を提供して、それに対する抵抗の仕方や反論する理論を構築しておくというものである。それによって、組織を批判したり、脱会をうながす説得メッセージの効果は弱まる(『マインド・コントロールとは何か』紀伊國屋書店 P70)―

23菊水護国:2003/01/08(水) 13:52
> これによって、宗内を動揺させ、当代猊下(法主)の権威・信頼を失墜させ、次に法主詐称のキャンペーンへとつながり大々的に繰り広げていきました。
また、会内では、大御本尊とはそんな曖昧なものなのか、という認識を与え、総本山や大御本尊に対する恋慕の想いをさらに一層失わせ、大御本尊正意の止揚を図る環境づくりを果たしております。

なるほど、私は「当代猊下(法主)の権威・信頼を失墜させ」の方は、理解してましたが、「会内では、大御本尊とはそんな曖昧なものなのか、という認識を与え」と言う方は気づきませんでした。
宗門への攻撃の意味のみでは無く、会内へのそのような操作があったこと、良く理解しました。さすがに見事な分析です。

24メモ追跡班:2003/01/08(水) 14:26
宗門が不妄語戒だとしても、学会も不妄語戒に満ちております。
内と外と建て分ける感覚を含めて、本音と建前の使い分けが実に巧い。信仰者の姿ではないな、と思います。

会長指導集からの抜粋だろうということも承知しております。
池田創価学会は、なし崩しで事を進める団体のようです。財務にしても、公明党(例えば、衆議院進出や汚職者が出れば党解散を約束したこと等)にしても、また昭和54年の「お詫び登山」における約束や教義撤回にしても、いずれも前言を否定・訂正することなく、物事が進められていきます。

「仏意仏勅の創価学会」「永遠の指導者・池田大作」をスローガンとするだけに、学会や名誉会長については無謬性を保たなければならないのでしょう。
これは、元々の大元がモザイク教義等で成り立っているためなのか、それとも池田氏の個人的な資質なのかわかりませんが、いずれにせよ学会は殆どの場合、誤りを認めず他者に責任転換するのを常とするようです。

学会は、52年路線の挫折を経てから、新規の取り組みをする時は、必ず予行演習・シミュレーションをします。まるでマクドナルドの経営戦略のように。
大御本尊(本尊義)についても、幹部・会員の間に幅広い捉え方が存しているのは、存するように、本部の方が様々な段階や場面で展開しているのでしょう。対機説法なのかもしれませんが、大御本尊正意止揚に基づいて小出ししながら、会員や社会・世間の反応をみて、その時点で最も有効な手立てを展開しているからと思います。

本スレッドのテーマから外れてしまいますので、以上にしたいと思います。

25犀角独歩:2003/01/08(水) 14:36

> 24

もちろん、この点は私も同様に思います。
念のため。

26メモ追跡班:2003/01/08(水) 14:49
> 24訂正
 昭和54年の「お詫び登山」 → 昭和53年の「お詫び登山」

27あわわ:2003/01/12(日) 00:13
話がだいぶ逸れてるようですが、皆さんの言い分によればソーカはあらかじめ疑難を推定して、論理防御の為にあらゆる考えを試考錯誤していることになるが、それがマインドコントロールの継続とする論理には首を傾けざるを得ない。むしろ思考停止を避ける為の実験的考察と考えられる。日蓮の教えとやらを世界に普遍な思想と信奉するならば想定されるあらゆる批判を先取りする試みは社会的に様々な関わりを持つ教団なら当然といえよう。河辺メモに対する宗門の見解も当初、疑難を破すためとのたまっていたではないか?

28犀角独歩:2003/01/12(日) 00:21

河辺メモに関する考証は昨日今日始まったものではなくて、既に充分に論じられてきました。
その点を考慮して27の如きことを書かれているわけですか。
私は現時における展開が逸れているとは思えませんが。

29あわわ:2003/01/12(日) 00:30
もちろんそれは法主を擁護する弁解であったのは、その後なんの補足もなかったことからも明らか。だが、他教他宗、宗教学、又それ以外の分野等と幅広く意見交換していることからも、むしろ現実偏重体質における模索と見るのが妥当ではあるまいか?皆さんの指摘は宗門側の反ソーカ体質にかなりの影響を感じられるが?実際にはソーカでも会員レベルでは他宗批判の根拠はいまだに五重相対や、五時八教等の天台教判で、とてもではないが現代仏教学を少しでも知る者には笑いのタネでしかないのだ。

30犀角独歩:2003/01/12(日) 00:33

> 29

言葉の行き違いがあるといけないので記しますが、私はこの意見は何の異論もありません。

また、私には顕師を弁護する気も、池田さんを弁護する気も、ひいては石山、学会を弁護する気も毛頭ありません。
事実が明らかになればよい、そう思うばかりです。

31あわわ:2003/01/12(日) 00:36
追記。五十二年路線と最初に騒いだのは正信会で、彼らは当時、妙信講とソーカの間に揺れ、愚痴ばかりをこぼしていた日達氏の弟子としてソーカ攻撃の急先鋒となったが、後にソーカと蜜月時代にあった日顕氏により追い出された。

32波木井坊竜尊@日蓮宗葵講(元富士山東光寺預かり信徒):2003/01/12(日) 23:15
どうも最近わかったことだけど、学会は北山の文書やご本尊をかなり調査した
みたいだね。河辺メモを裏つけるなにかを探し回ったようだ。

33メモ追跡班:2003/01/13(月) 23:19
> 31も、1つの仮説にすぎません。
凡そ真実とは、無数無量幾多の事実から、都合の良い事実を選び取り、組み合わせ作り上げたストーリーです。事実は1つですが、真実は100人いれば100通りの真実が生まれる可能性があります。つまり真実は評価なのです。その評価の妥当性を担保するのが、より多くの事実による検証ではないでしょうか。だから、当方は『河辺メモ』の公開を望むのです。

宗門が、『河辺メモ』について、河辺師の「記録ミス」との釈明で、事のケリをつけるのは当然のことでしょう。大御本尊と唯授一人血脈相承が正宗の命脈である限り、事の真相は別にして、「法主が当山の本尊を否定」するなんてことはありえない、という見解を押し通すしかありません。

でも学会は違います。学会は、言論問題と正本堂建立以降、「広布第2章」の開幕を掲げ、路線を変更し明らかに宗門に対するスタンスを変えました。これが五十二年路線として顕現し、それに対して宗門僧侶が正信覚醒運動を起こしたのです。このスタンスは、昭和54年に一時的には挫折しましたが、学会創立60周年=平成2年をめあてに再度取り組まれ、今日に至っております。捲土重来です。相当の準備と態勢を整えての取り組みです。
宗門否定や大御本尊否定をも含んでいる今日の路線・スタンスは、長年会員への指導内容や学会存立の前提に抵触するものであるだけに、破門による分離独立という形をめざしたのでしょう。宗門にC作戦があって、「お尋ね」や宗制宗規の変更で始まり、学会を「切った」というストーリーは、一連の事相の部分観にすぎません。言ってみれば、本家否定・親殺しともいえる今日の路線を正当化していくための史実作りです。

学会は、以前より自己を正当化する史実作りに熱心な団体です。小説「人間革命」もその一例でしょう。現下において、学会や学会メディア、関係者による「広布第2章」以降の正本堂問題や御本尊模刻その他に関するストーリーも、幾多の事実から、都合の良い事実だけを選び取り、一定の目的に沿って作り上げた物語だと捉えます。

こうした捉え方も、もちろん1つの仮説です。100通りの仮説の真偽は、事実による検証です。事実の積み重ねにより真相が明らかになり、説得力のある仮説が浮かび上がります。そして最後は主観で判断するしかありません。
もっとも宗教は思い込みだから、そんなことは不必要だといわれれば、それまでですが…。

34あわわ:2003/01/25(土) 22:44
では、事実をひとつ。
ソーカは平成二年の開創七百年祭で多額の供養を正宗にしてます。それまでにも二百か寺も作ってます。
そこで疑問ですが、分離破門を狙ってたのにわざわざ供養しますかね?
私の知り合いのソーカは塔婆供養とかもかなりやってましたよ。これは事実ね。
それに正信覚醒運動とやらをした僧侶達は現法主により破門されたまま。仮説ですがむしろ宗門の体制にそぐわない勢力を排除する体質が問題では?もし阿部師が法主でなかったなら、即刻破門もしくは降格でしょう。

35犀角独歩:2003/01/26(日) 02:01

あわわさん:

事実認識が甘いですね。
私も200箇寺供養で、広布基金を出した口です。
ところが、その金を寺院建立に使わず、会館建設、池田特別施設の建設費用に回したわけです。映画『華麗なる人々』の部屋のデザインの参考に池田専用施設が参考にされたのは夙に有名な話でしたね。会館・池田専用施設には世間を驚かすほど湯水のように金を使い、200箇寺は1箇寺1億円以内の安普請。おまけに全然、予定より遅れて寺院は後手後手、これに石山は怒ったのです。すべて出来レース。寺院の金を会館に回すことも最初から決めていたこと、それで石山が怒ることもわかっていたのでしょう。

要するに学会は寺院を寄進すると言って、金を集めて、それで会館を造って、寺院を後回しにして、石山に喧嘩を売った、こんな事実認識が欠けていませんかね。

まあ、いろいろ、言い訳がすべてお見事に考えそろえてあるでしょうが、当時、石山陣営にいて、坊さんの憤懣やるかたない怒りトークを聞いていて自分は、この学会のやり口をえげつないと思ったわけですよ。でもまあ、こう書いても100万言の学会の巧妙な組まれた言い訳が書かれ反論されるだけでしょうが。

しかし、断っておきますが、こんな学会なんかのくだらない供養をあてにした石山も同じ穴の狢であると言うことです。金をむしられた会員だけが人の好い犠牲者です。

坊さん、学会職員の隷属されて、供養を出して、功徳を積んだなんて思う気持ちの悪い自己満足の人々、実態を認識すべきです。金なんか出しても功徳なんか絶対になりません。御利益信仰という、破廉恥な行為は早く卒業すべきでしょう。

38南条時光・四条金吾@創価学会学生部・公明党:2003/11/27(木) 12:01
戸田さんの記述が残っています。

「今度の4月20日から、お山においても、
御肉牙(おにくげ)の拝観が許され、この御肉牙というものについて、これは不思議
なものだ。話だけは、なんべんも聞いたかしらんが、もういっぺん言います。
日蓮大聖人様御在世の時に歯を抜いた。その抜いた歯の下のほうに肉がちょっぴりつ
いておった。ところが、この肉が七百年のあいだに、だんだんだんだんふえて、ちょうど、
まさに歯を包まんとしている。これは説明つきますか。しかも脈打っているのですよ、汗かいているのですよ、
生きているのですよ。こういう不思議なものはありますか。
身延が威張ったって、仏立宗がなんと言ったって、こういうお歯は、富士大石寺以外は絶対にない。それから、仙台からも、
福運あってこの御生骨を拝観する方々は、帰ったら、わが目で見てきた、その実態を、みんなに話して、わが日蓮正宗の誇りとし
て、語り伝えてもらいたいと思います。(昭和31年4月1日・仙台支部旗返還授与式・仙台市公会堂)」
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------
・身延の安永弁哲の『大石寺の正体』に出てくる話だが、石田次男が御肉牙を見て光ったなどと
戸田先生に語ったら、戸田先生が「そんな事、絶対に外に言うな」と言ったと書いてありました。

39犀角独歩:2003/11/27(木) 17:12

> 38

懐かしいですね。わたしも 2002/07/19(金) 19:28 に『「おにくげ」について教えてください』で投稿した文書です。

自己所蔵の『戸田城聖先生 講演集 下』(昭和36年10月12日初版・発行者 北条浩・発行所 創価学会 P205)から転載したものでした。
また、最近では『創価学会の功罪を考える』217(2003/10/18(土) 17:11)で再度、引用しました。

安永師も引用していたのですね。
続く石田さんの話ははじめて聞きました。

40愚鈍凡夫:2003/11/27(木) 20:08
ハードディスクで「御肉牙」を検索したら、出てきました。

1952(昭和27)年5月10日 戸田会長、聖教新聞第2面に。
 『御生骨は弘安二年、大聖人様御年五十八歳の折、身延において日興上人(あるいは日目上人)にたまわられたものであり、本堂において生きたお骨として崇め奉り、広宣流布される時まで生きておられれるとの事であり、水晶の塔にお包みし、木製円形の宝樹に入れ、更に真鍮のお厨子に入れ、桐箱に納め、常時御宝蔵の長持に安置申し上げておかれるとの由、宗務総監細井尊師より承る。
 会長戸田先生より拝観の御感想を伺う。
 「日開上人様の御代のころ、三分位御歯が出、真珠のように光っていたと承る。その後日恭上人の御時には御肉が倍位にふえ、後年牧口先生が拝観せられた時は極くわづかであったとの事である。今回は広宣流布の曙近きを信じて拝観申し上げた。」』
 等とある。

1956(昭和31)年1月31日 戸田会長、本部幹部会で、
 「このお肉は、しだいにふえて、歯を包んでいる。私が最初に拝んだ時は六百五十年遠忌の時であります。その時には、このくらい、マッチ棒の先ぐらい、お歯が出ていたが、他の部分はほとんど包んでいた。次の機会には私は行かれず、先代の牧口先生が行かれたが『まだ包まってはいないが、上のほうにイボのようなものが出ていたよ』と言われた。ところが、七百年祭の時、拝んだが、歯はすっかり包まっていたのです。ただ、裏のほうの歯が見えていた。裏はまだ包まれていなかった。今度はどうなったかわかりませんが、これがですね、ガラスの中に入れてあり、それを金で作った宝塔の中に入れ、それをまた箱の中に入れ、それを、もう一つの箱の中に入れ、長びつの中に入れてある。なにも御飯などあげるわけではないのですが……。たしかに生きている。まことに不思議である」
 等と、〃御肉牙〃について語る。

1956(昭和31)年4月1日 戸田会長、仙台支部旗返還授与式で
 「日蓮大聖人御在世の時に歯を抜いた。その抜いた歯の下のほうに肉がちょっぴりついておった。ところが、この肉が七百年のあいだに、だんだんだんだんふえて、ちょうど、まさに歯を包まんとしている。これは説明つきますか。しかも脈打っているのですよ。汗をかいているのですよ。生きているのですよ。こういう不思議なものはありますか」
 と、〃御肉牙〃について語る。

1956(昭和31)年4月20日〜
大石寺参詣者に〃御肉牙〃の拝観を許す。

「扨此脚本尊御認めあって中老和泉公日法師に彫刻を仰付られ其褒賞として有職を彫刻阿闍梨日法と下し置かれ且永存の爲め特に楠板を選み給ふたものと伝はつてある。又楠板の一端を以て一体三寸の御尊体を彫刻し大聖人御剃髪を化灰し薄墨の衣白五條の袈裟に彩色し尊覧に備へ奉る。大聖人是を左りの御手の上に据へさせられ莞爾と笑を含ませ給ひ「我姿によく似たり」と印下し玉ふと日興師以來石山にては之を最初仏と唱へ伝ふ(仮名書御伝記に造り初御影富士の大石寺にありと記せり)。又石山に大聖人御灰骨もあり。又由緒深き御肉牙(御生骨と唱へ居れり)もある。これは道本子供の時より永年間に其機会の折々拝観したが拝観毎に形ち大を増し然も大正十三年春拝観した時は其御形ちは上記の如くで×印の様な瘤肉が増加して有つて肉に血管が顕れ其薄紅色の肉中に菌蒔絵を施しあるものゝ如くであつた。」(「弘安二年大曼茶羅と日興師 附 大船大日本丸」 P29〜30)

ご参考までに。 (^_^)v

41問答迷人:2003/11/27(木) 22:46

日顕師のお座替わりの時、「御生骨」を「拝観」しましたが、近くまでは行けず、五メートル程の所でしか見ることができませんでした。しかも、順番に列を為して日顕師の前を通りすぎる訳ですから、爛々と目を凝らして見詰めましたが、何が何だか解りませんでした。

もっと傍で見せてもらえれば、肉が盛り上がっている様が見れたのかもしれません。その儀式に参加した人たちに聞きましたが、誰も鮮明に確認した人は一人もいませんでした。なんともお粗末な「お肉牙拝見」でした。

もっとも、元歯科技工士の身としては、歯を抜いたときに、肉が付いてくるなどということは考えにくいです。もし、それが事実なら、恐らく、歯周病に罹っておられて、化膿した腐肉が付いて来た物と思われます。

42無尽:2003/11/27(木) 23:28
するてえと、日蓮さんは、かなり口が臭かったと。

43問答迷人:2008/02/19(火) 12:53:59

もう、決着済みかと思ってましたら、未だに河辺メモの真贋を問題にする人がいらっしゃるようなので、河辺メモを再度ご紹介しておきますね。


大石寺戒壇板本尊が偽物と記した河辺メモ

http://kamakura.cool.ne.jp/gomoyama/new_page_36.htm

44問答迷人:2008/02/19(火) 12:57:48

以前、当掲示板で、チョンガーさんが、活字にしてくださっていますので、再掲します。


S53.2.7. A面談  帝国H

 一、戒旦之御本尊之件
   戒旦の御本尊のは偽物である。
   種々方法の筆跡鑑定の結果解った。(字画判定)
   多分は法道院から奉納した日禅授与の本尊の
   題目と花押を模写し、その他は時師か有師の
頃の筆だ。
   日禅授与の本尊に模写の形跡が残っている

 一、Gは話にならない 
   人材登用、秩序回復等全て今後の宗門の
   事ではGでは不可能だ。

 一、Gは学会と手を切っても又二三年したら元に戻
   るだらうと云う安易な考へを持っている。

 ※日禅授与の本尊は、初めは北山にあったが北山の
  誰かが賣に出し、それを応師が何処で発見して
  購入したもの。(弘安三年の御本尊)

45問答迷人:2008/02/19(火) 13:07:47

少し注釈を加えますと、

「A面談」の「A」→ 阿部教学部長(当時。現在の日顕御隠尊)
「帝国H」    → 帝国ホテル
「G」 → 66世日達上人
「北山」 → 北山本門寺

46問答迷人:2008/02/19(火) 13:13:19

このメモが河辺師の自筆メモであることは、川辺師自身が認めており、それが宗門通達として出されています。

http://kamakura.cool.ne.jp/gomoyama/new_page_5.htm#河邊慈篤師からのお詫びと証言

47問答迷人:2008/02/19(火) 13:21:04

さらに、このお詫びと証言を分析してみますと、逆に記録ミスなんかでは全く説明が付かず、このメモが日顕師の肉声を記録したに違いない、との結論に到達してしまいます。日顕師と河辺師が口裏を合わせて揉み消しを図ったのだと思います。この間の事情を以前、僕が分析した「河辺メモについて」という文を提示して、参考に供したいと思います。

http://kamakura.cool.ne.jp/gomoyama/toppage1.htm#河辺メモについて

48問答迷人:2008/02/19(火) 17:25:03

そして、この河辺メモの下地の上に立って、犀角独歩さんは、実際に、日禅授与本尊の主題と戒壇板本尊の主題を重ねてみたわけです。ものの見事に、河辺メモの記述通りの結果が現れたわけです。

もはや、河辺メモの信憑性は限りなく高まり、日顕御隠尊が、戒壇板本尊が偽物だと気づき、それを河辺師に語り、それが河辺メモとして流失した以外に、この事実を説明できないと僕は考えます。

日顕御隠尊は、「そんなことをしゃべった覚えは無い」と何処までもしらを切るでしょうが、犀角独歩さんの鑑別結果と河辺メモという二つの物的証拠がそろった以上、もはや、言い逃れは不可能だと僕は考えています。

49問答迷人:2008/02/19(火) 17:42:29

たとえ話です。

徳川の埋蔵金をAさんが見つけたとします。黙っておれば良いものを、知り合いのBさんに、「東経何度何分、北緯何度何分の所に、城跡が有る。その城跡の古井戸の中に埋蔵金は横穴を掘って隠してあるのだ。」と喋ってしまったとします。友達は、びっくりして、その語ったことをそのままメモにして、大事に金庫に入れて保管していました。後年、BさんはAさんと喧嘩別れしてしまいます。BさんはAさんを困らせてやろう、と思い、そのメモの中身をマスコミに流しました。驚いたのはAさんです。すでにその城跡の土地はAさんの所有となっていましたから、そんな事が表ざたになっては、徳川の埋蔵金を独り占め出来なくなってしまいます。Aさんは早速Bさんと会って「君の一族の生活は保障する。金も欲しいだけやる。だから、あのメモのことはなかったことにしてくれ」と頼み込みました。もとより、Bさんは、Aさんが、そういう風に折れてくるだろうと予想していましたから、即座に手打ちをして、「メモは私の聞き違い。徳川の埋蔵金なんか何処にも無い」と訂正して事なきを得ました。

50宗教はアヘン:2009/01/12(月) 00:49:42
「河辺メモ」がどうのこうのというより、仏様を拝んでいる連中にしては随分と性根が醜いと感じるのは
私だけでしょうか?第一に他人の物を盗み出すという窃盗行為が宗教関係者の中で行われるのでしょうか?
またさらに盗み出されたものについて、他人があーだ、こーだと推測して
自説の展開に利用している。恐ろしい人々ですね。どんな顔して仏壇の前で手を合わせているのかねえ。
それと、抜いた歯に付着した肉が生き続けるなんてことはあり得ないでしょう。
正宗だって信者に公開するぐらいだから、歯肉が生き続けているなんて今では言っていないでしょう。
書かれているように仮に肉が生き続けて増殖しているなら、それは謎の生き物ですよ。
何を養分にして増殖しているのか?次第に巨大化して怪獣にでもなるのか?
アメリカ映画のエイリアンじゃあるまいし。くだらない事を論じている暇があったら
派遣村のボランティアに参加して現実をみてください。どこに唯一正しい神や仏がいるのよ?
日本最大だった教団が駄目だったのなら、他にどこがあるのか?深刻度を増す
経済危機を救う神や仏がいたら是非教えてください。

51宗教はアヘン:2009/01/12(月) 13:56:24
ここに書かれていることを読めば、要するに自分たちが信じていた本尊が偽物だった
と気がついたということらしい。つまり、だまされて功徳と勘違いして信仰していたと告白して恨み節を展開しているわけだ。
しかし、信仰は本人がしたくて自主的にしていたわけだ。それは自己責任ということになる。
宗教はアヘン。盲信させられて少しでも良いことがあれば偶然でも功徳となる。
しかし、素朴な疑問がある。神なり仏という絶対的な力を持つものがいるのなら、
偽物を許すのかねえ?そんなものを作製したり、それで人をだましたり、それが
広がるのを絶対に許さないと思う。何百年も放置するのかねえ。それと偽物があるのなら
本物はどこにあるのか?それとも元々何も残っていなかったのか?
つまり一切の話が嘘っぱちで、そもそも絶対的な力を持つ神なり仏がいないという
ことではないか。もしそんなものがあれば、イスラエルとハマスの戦争を止めろよ。
阪神淡路大震災で6000人以上が死ぬ前に何か予言しろよ。いうことだ。

52管理者:2009/01/12(月) 14:55:20

宗教はアヘン さん

あちこちのスレッドに、一方的な書き散らしをされていますが、当掲示板には書き込みのルールが有ります。一番のルールは、話し合いを重んじる、というルールです。誰も応答しないのを良い事にして書きなぐるのは、ルール違反ですので、警告します。直ちにお止め下さい。話し合いを重んじた書き込みをお願い致します。今後も同様の書き込みを続けられるなら、荒らし行為と判断して、書き込み禁止措置を取ります。

53再挑戦者:2009/01/14(水) 19:16:09
、、、51、 さん 。
 
 なかなか 御厳しい ご意見 だが 、、、、、???

 世の中  「 ソゲン 簡単に ヤスヤス ととは イキマヘン  ヨ  !! 」、、。

 ギスギス  ガツガツ の思考 では、  ??? でしょう か  ??


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