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大東亜戦争(太平洋戦争)の真実
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凡人
:2017/09/03(日) 05:07:18 ID:N3gutJNg0
ストロンボさんは今年3月、旧日本兵の遺品の返還に取り組む「OBON(オボン)ソサエティ」に相談した。日章旗には「武運長久(ぶうんちょうきゅう=出征した兵士の無事がいつまでも続くこと)」と大書され、約180人の署名があった。その中の42人が「安江」姓だった。神社の宮司の協力もあり、旗の持ち主は、安江姓が多い岐阜県東白川村の安江定男さん=享年(25)=だと分かった。旗に署名した6人がいまだ健在だということも明らかになった。
◆「兄のにおいがする」
「長い間、待っていました」。8月15日、東白川村でストロンボさんを出迎えた安江さんの弟、辰也さん(89)はそう切り出した。
互いの兄弟姉妹や近況に触れながら、「若いときのあなたもハンサムだったでしょう」と辰也さんが向けると、ストロンボさんも「そうだろうね」と冗談を言い合うほどすぐに打ち解けた。辰也さんはふいに「私は兄に代わってあなたに話をしているようだ」と漏らした。
日章旗の返還は感動的な場面だった。ストロンボさんから直接受け取った辰也さんは旗に何度も顔を埋めながら、涙をにじませて「兄のにおいがする」と話した。
辰也さんは「この旗に、定男の『武運長久』を願いながら記名頂いた180人の皆様の『しっかりやってこいよ』『きっと帰ってくるんだぞ』という気持ちの真心が通じて、帰ってくることができたと思っている」と話した。
辰也さんによると、兄の安江さんとは日本を離れる前日、面会した。短い時間で終了5分前というときに、兄は声を潜めて「南の離れた島にいく。生きて帰れそうもないが、お前たち3人(兄弟姉妹)で力を合わせて、両親のことを頼んだぞ」と話したのが最後だったという。
辰也さんはストロンボさんにこう声をかけた。「いまあなたの国と日本は世界に冠たる友好国になっている。旗をうちの宝にして、大切に長く長く伝えていきたいと思っている」
◆読者からの手紙
このニュースには称賛の声が相次いだ。
ネットでは「93歳を国賓で迎えろ」「互いに命をかけたものでしか分からない世界」などと好意的な意見が並ぶ。「戦争したことのない韓国がアレなんだもんな」と、何度も過去を持ち出し日本に対し“歴史戦”を挑む韓国を揶揄(やゆ)する意見もあった。
《(記事を)読むと胸がいっぱいに。日章旗は無形英霊と思います。心からストロンボさまのご苦労と平和の友情に感動して感謝します》
東京都練馬区の徳永光さん(59)は産経新聞にこのような手紙を寄せた。
手紙は《慈愛和平の心境は大切です》とした上で、《長年の約束を守ってお疲れさま》とするストロンボさんへのはがきも託した。
約束を果たし、帰国直前に取材に応じたストロンボさんは17日、「ようやく旗を返すことができてすばらしい気持ち。正しいことができたのだと感じた。少しも後悔することはない」と言い切った。
そして「戦争中は敵同士だったが、戦時中でも私は日本兵に対して一定の敬意を持っていた。日本兵は強く戦い、忍耐深く、戦い方が非常に紳士的だった」と語った。
旗の橋渡しをしたオボンソサエティの共同代表、敬子・ジークさん(49)=米オレゴン州在住=は「こんなに奇跡的なことは最初で最後かも。退役軍人で健在な人もいるが、来日されるまでの方はいないでしょう」と話していた。
◇
寄せ書き日の丸 先の大戦では出征にあたり、家族や知人らが武運長久を祈って日章旗に署名やメッセージを寄せ書きし、多くの日本の将兵は受け取った日章旗を肌身離さず身に着けて戦地へ赴いた。一方、連合軍の将兵らは戦火に倒れた日本の将兵が持っていた日章旗を戦利品として入手。故郷へ持ち帰った。その後、日章旗の返還を希望する旧将兵やその遺族が出てくる一方、近年は国内外のインターネットオークションで売買されるケースも増加、問題となっている。
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