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「フィボナッチ数列の殿堂」への夢

1 藤原肇 :2009/01/22(木) 04:57:09
古希の歳を迎えたのが一つのチャンスとなり、十二月の初めに一通の招待状が届き、それにいざなわれて新年の挨拶を皆さんに送り、偵察を兼ねて仙境で新しい年を迎える旅に出ていましたが、元気はつらつとして砂漠に戻って来ました。
私的なことの公開は恥ずかしいとは思うものの、喜びを分かち合ってもらいたいと思うし、今回の旅路の報告にしたいと考えたので、とりあえずは招待状の最初の部分を紹介して見ましょう。
「Dear Dr. Hajime Fujiwara, I was deeply impressed with your Holocosmics: Beyond the new horizon of an unified theory in the Meta-Sciences which forum was held in 1994. And I am very pleased to invite you back to Taiwan again to prove into further research in relation between the mother earth and the human lives.」で始まる十二月一日付けの手紙は、『賢者のネジ』の対談の冒頭に出てくる台湾・日本研究学会の名誉会長で、国際美育自然生態基金会の謝森展会長からのものです。
年末で座席の確保が難しかったが期待に満ちた気分に包まれ、私は台北行きの直行便で太平洋をひと飛びしました。そして、大晦日の夜を北投温泉で過ごして時差ボケを治し、元旦から暫くは静謐な謝さんが作った「恵森自然休間農場」で過ごして来ました。ということでこの物語は始まります。

2 千々松 健 :2009/01/22(木) 11:58:36
「フィボナッチ数列の殿堂」への夢 スレッドオープンを祝して
台北の北投温泉は確かラジウムの多く含まれた岩石の「北投石」で有名なところですね。秋田県の秘境にある玉川温泉と同じく身体にとても良いと聞いています。

空海はその昔、日本各地で温泉を拓いていますが、弘法大師も元は地質学者であったわけですね。藤原先生も地質の専門家であるのですから不思議なめぐりあわせです。

「母なる地球と人間生命との関係」は温泉や岩石を通じて考察する道があり得ますね。
太古の生命は海底火山の噴火口周辺から生まれたと聞いていますから。・・・ちょっと短絡的過ぎるでしょうか(笑い)

3 藤原肇 :2009/01/23(金) 11:46:52
謝さんはこれまで十回以上もゼミや講演に招いてくれ、十年ほど前に人材育成に「藤原塾」を作るから、台湾に拠点を移して住む気はないかと誘ってくれたが、アルプスに近いスイスとイタリーの国境地帯に住みたかったので、この恵まれた申し出の実現に私は手間取っていた。
だが、数年前に再度の招待を受けたときに、二万冊近くの蔵書があるのでそれが問題だと返答したら、図書館を作ってあげるから持って来なさいと言われて、それならばと真面目に転居を考え始めた。
本拠地を地球の他の場所に移すことで、日常性を新しい気分で脱構築できるし、旅人にとって人生に味わいが増すに違いないし、多くの人がこの幸運を生かさない法は無いと助言してくれた。
しかも、伝記で学ぶ近代の芸術家たちの晩年は、パトロンである王侯貴族に招かれたケースが多いし、デカルトやヴォルテールのようなユマニストの場合も同じであり、芭蕉の場合は弟子や読者を訪ね歩く過ごし方をして、旅路として実り多い人生を仕上げていたから、一種の憧憬が私の深層心理の中に定着していた。
その意味では謝さんとの交友に基づく台湾生活は天の恵みだから、現代版の孟嘗君や春申君の食客を体験するのも、人生を彩るエピソードとして面白い体験になるというのが、2009年の元旦における私のささやかな抱負であった。

4 藤原肇 :2009/01/24(土) 01:13:27
デカルトの場合はクリスチーナ女王に招かれたが、折角のスウェーデンの滞在で風邪を引いて安眠してしまい、食客の生活にとって健康は何にも増して大切だと身を以って教えていた。また、フリードリッヒ二世に招かれてポツダムを訪れたヴォルテールは、サン・スウシー宮殿で色んなトラブルに巻き込まれて、最後には王と対立して著書を焚書される運命を招き、晩年はスイスの周辺で右往左往している教訓によれば、スイスに住むという気持ちを冷やすのに役立つ。
そんなわけで、台湾での私は如何に死ぬかを熟考することになるのだが、山荘を提供される仙境の持つ大地のエネルギーは、セドナ渓谷よりも強力だという事実があるし、新天地が秘める牽引力の磁性は絶大なのであり、珪化木を並べたストーンサークルの威力が素晴らしい。
そして、2009年の元旦の霊気を恵森農場で吸い込んだのだが、謝さんから「発足させる研究センターの名前として、場所が明昇丘の南面に位置するので、日の出も日没も素晴らしい景観だから明昇研究所はどうだろう」と言われた。
確かに、明は月と日の組み合わせで昇にも日があるが、月が陰をシンボライズする存在だとはいえ、私には余りにも陽の気が強すぎるという感じがした。そこで、陽の日に対して陰としては星を照応させ、仏教における最高の知的な状態の智慧を生かして、智慧という言葉を活用できないかと提案したら、謝さんは「智慧研究センター」が良いと賛成し、それで一月一日の議論は一段落して新しい年が始まった。

5 村山貴子 :2009/01/24(土) 10:53:02
芸術家は奉仕人だけど思想家は自由人なのです。だからデカルトやボルテールの人生に似た生き方をするのは、脱藩のやり方として素晴らしいチョイスです。
ただし、デカルトさんはお気の毒にも風邪を引いてしまい、最初は疲れで安眠したかもしれないけれども、それが結局は災いして永眠に繋がったのだから、どうか健康管理にはご注意をお願いします。
それにしても「智慧研究センター」というのは素敵な名前ですね。

6 千々松 健 :2009/01/24(土) 12:03:30
「智慧」の付いた名称は良いですね。一つの案ですが「明昇智慧研究中心」ではどうでしょう。その土地柄(固有名)が入っている組織名は安泰であると伺っていますから。

【ところで「智慧」という漢字の組成を少し考えてみましょう。知恵の古い字体が智慧です。「智」という漢字の下には太陽を表している日が付いています。その昔、太陽が東から上り、西に沈み、夜が来ると一日をカウントしました。どうも 365回数えると、同じ場所から太陽が出て来るし、同じ草花が咲き、昆虫たちが出て来るので、これを一年としたのです。長い経験から納得して知る、すなわち腑(ふ)に落ちて知るというのが智の意味です。
また「慧」の字の彗はハレー彗星の彗ですから星を意味しています。夜空に輝く星たちを見て、古代の人々は多くの「星座」を心にイメージしたのです。このように「人類は古くから天体観察を通じて智慧をつけて来た」といっても言い過ぎではないでしょう。】
【 】内は下記からの引用です
 http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/mmdl/11.51kitte.htm

今年はガリレオ・ガリレイが天体望遠鏡を手作りしてから400年目に当たる「世界天文年」ですから、仙境に移られるには丁度良いタイミングではないかと思います。
「青によし 芝山(しざん)の森は いま青春(さかり)」(green spring!) 張錦春
恵まれた温泉も近くにあり、いつでもhot spring cureが可能ですから、安心です。

7 藤原肇 :2009/01/24(土) 12:58:31
千々松さんの智と慧についての字解を感謝すると共に、それをどう扱うかについては次回にすることにして、とりあえずは初夢について書くことにする。
元旦の夜に見る夢のことを初夢といったと記憶するし、「宝船の歌」を枕の下に強いて寝たら夢見がよくて、それが回文になるという説を「百人一首の魔方陣」だかで読み、福禄寿がウロボロスとは面白いと思ったものだが、謝さんの息子の出版社で出してくれた「Mountains of Dreams」には、ウロボロスで組み立てた五輪マークが満載である。そのせいで初夢が狂ったかどうかは知らないが、「一富士、二鷹、三ナスビ」ということにならず、その夜の夢はナスがメビウスの輪の形で現れただけでなく、富士山が逆立ちしたピラミットとして登場した。しかも、逆立ち富士はアインシュタインの相対性理論において、そのモデルとして使うミンコフスキーの概念図では、現在から未来に向かうパターンを現しているので、それはホロコスミックスのパターンだと気がついたし、それが目覚めたときに幸運にも記憶に残っていた。
時差ボケのせいで目覚めは夜明け前の時刻だったから、数百年昔の浮き彫りで飾られた樫か檜で出来たベッドの中で、夢に現れたものの意味について夢想していたら、ふと「逆序の理」という言葉が浮かび上がってきた。

8 藤原肇 :2009/01/24(土) 17:36:46
昔から「順人逆仙」といわれており、道家は「逆なれば仙」という密語を尊ぶようだが、この言葉の重要性を私に徹底的に教えてくれたのは、『賢者のネジ』で長寿について対談した赤木厚史仙人だった。
赤木さんの説によると「逆序の理」は『易経』にあって、最悪の卦の天地(順)は否の形を示すが、最良の卦の地天(逆)は泰として表わされ、陽陰とは言わずに陰陽と表現しているように、始終は直線型で有限だが終始変わらぬという通り無限で、そこに総てを超える逆序の威力があるという。それを敷衍した赤木仙人の長寿の秘訣としての奥義は、少年、青年、壮年、老年に続く死ではなくて、老年の次に青年時代が来るという逆序の理があり、それが中国の仙道の極意だということになるのである。ここに至ったときに私の頭の中に閃光が走ったのである。

9 千々松 健 :2009/01/24(土) 23:25:39
7>メタサイエンスの最先端「宇宙巡礼」のウロボロスについての箇所を読んでみました。
P81『円運動には究極のエネルギーの均衡が表現され、拡散運動が循環運動に転化するメカニズムが機能しているが、私の動態幾何学はそれを更に複雑化して多重的に関連させているので、そこに美しい生命力が見事に現れて来る。』と張錦春氏は語っておられます。

これこそが「フィボナッチ数列の殿堂」の意味するところですね。今般の「神聖方陣とラセンモデル」=21世紀マンダラは偶然にそれと一致するものであると認識しています。

10 藤原肇 :2009/01/25(日) 02:08:04
智慧は仏教における最高の知的な状態であるが、それはあくまでも俗界の順序の世界におけるもので、仙界の逆序で考えるなら慧智になる必要がある以上は、「慧智研究センター」にした方が良いのではないか。
手前の太陽の背後に星があるのではなく、星の中に太陽が包み込まれることで「逆序の理」が成り立ち、赤木さんが仙道書の『道海津梁』から取り出した、次のような詩の一節と結びつくのである。
否泰者順逆也
地天曰泰、天地曰否。
止而悦男下女。
故、
不曰陽陰而曰陰陽。
不曰始終而曰終始。
始終是尽、終始無窮。
造化深機、在於順逆而已。
順生人物、逆成仙仏。
共此一機、惟逆不易知耳。

11 藤原肇 :2009/01/25(日) 19:40:13
一月一日の翌日は二日だから1,1,2となり、これはフィボナッチ数列の始まりと一致しているし、何となく黄金分割に縁のあるスタートだと感じたので、朝食後に謝さんに「慧智研究センター」の名前を示し、英語なら「Research Institute of Cosmic Wisdom」が良いと提案したら、彼は大賛成でそれにしようということになった。また、謝さんは国際美育自然生態基金会の理事長であり、環境問題に関しては台湾における最高責任者であるし、自分が経営する恵森農場には広大な有機農場を持ち、周辺の山には檜を植林して育てていることから、環境問題と宇宙原理についての研究施設として、そのセンターとして発展させたいと希望していた。
そこで、宇宙を支配している最も偉大な大法則はフィボナッチ数列だから、センターの研究課題の一つにしたらどうかと提案した。そして、渦巻きには右回りと左回りの違いの秘密があり、螺旋運動に生命力を支配するカギが潜んでいて、その問題がこれから挑むべき重要テーマだと示唆したところ、それは素晴らしいアイディアだから、具体的にどう展開するか考えようということになった。
有機野菜の昼食の後で「霊芝培養研究所」に行って様子を見たが、若い研究者や作業員が正月だのに熱心に働いていたから、正月休みをしないのか統括にも聞いたら笑われてしまい、台湾では月齢で旧正月を祝うのが自然の摂理だといわれて、農業を始め自然の成長と結びついた世界は月の支配下にあり、それを放棄したことで日本の農業が狂った顛末を改めて痛感した。なを、霊芝に関して「LA International」の2002年.九月号に掲載した記事は、『宇宙巡礼』の「記事」の欄に『不老長寿の仙薬「霊芝」』と題して収録されたお陰で、雑誌が廃刊になった後も多くの人に読まれて喜ばれている。

12 千々松 健 :2009/01/25(日) 22:22:25
もちろん「慧=恵」ですから、「慧智研究センター」と「恵林農場」は共通文字を持つことになりますからぴったりします。
まして宇宙創造論的な視点からも、暗闇が先にあって光が後になるわけですから、陽陰ではなく陰陽が良く、従って智慧よりも慧智の方の流れが良かったのですね。

「Cosmic Wisdom」を研究するために必要なIntelligenceに関する9つのIについて「宇宙巡礼」を参考にして纏めてみました。
第一グループ Imaginative, Intuitive, Insight.(想像的で直観的な洞察力)
第二グループ Inspirational, Inductive, Inference,(霊感的で帰納的な推理力)
第三グループ Intrinsic, Interrelated, Integration,(本質的で相互関係のある総合力)

そして、コンピューターには不可能な分野すなわち「慧智」で勝負する「人間力」を鍛える場<道場<塾<殿堂が構築できたならば大変すばらしいと思います。
また、同時にそこで「武士道の智仁勇」を学ぶならば、真に世に役に立つ人材が輩出されると確信しています。

13 藤原肇 :2009/01/26(月) 02:33:32
朝食を済ませた三日の午前中の散歩は尾根伝いに枯葉を踏み、野生のポンカンやキンカンを食べながら歩いた後で、版画に影響された印象派の絵描きや尾形光琳が好みそうな、直角に折れ曲がった梅の枝が並ぶ林を横切って茶畑を過ぎると、丘の中腹に二階建てのレンガの建物が聳え立っていた。これまで恵林農場には十回ちかく訪れているが、数十万坪か数百万坪かの広さを持つ山や谷を含むこの農場には、京都の鞍馬から大原に続く地帯の景観が広がって、この朝の散歩で歩いたのは初めて訪れた場所であり、丘の上に突然に現れた赤レンガの建物に目を見張った。
中に入ると吹き抜けになった広大な空間が広がっていて中央にビリヤードの台が鎮座し、二階に上ると中央の大きな部屋に私を導いた謝さんが、「藤原さんが送る本はこの部屋だけで十分だろうか」と言ったので呆然としてしまった。かつて謝さんが「図書館を作ってあげるから本を持っていらっしゃい」と言ったので、木造のバラックでも建てるつもりだろうと思っていたのに、レンガ立ての建物が出来ていたとは夢にも思わなかった。
このときまでここがその図書館になるとは考えなかったし、「幾ら待っても藤原さんが腰を上げてくれないから、二年以上も空けたままでもったいなかったので、前庭ではお茶を日干して乾かすのに使っていたけど、ここでゼミでもやったらキット成果が生まれるし、いろんな人が育って面白い結果が生まれるはずです」と謝さんは笑って言ったのである。しかも、建物の二階の東端の部屋には檜か黒檀で作った天蓋つきのベッドまでが置いてあり、「本を読んで疲れたらここで休養したらいい」と言われて、予想もしていなかっただけに夢を見ているような気分になった。しかも、話の様子ではここが謝さんが用意した「慧智研究センター」で、その中に図書館が併設されるらしいということが分かり、この驚きは陰から陽への転換で闇に光が差し込んだ瞬間に似て、逆序の理をそのまま図面にした幾何学的な情景であった。フィボナッチ数列の第四項の1,1,2,3はまさにビンゴになって、その日の夜にミーティングがあるといって、謝さんは五日に戻ってくると台北に帰っていったが、私にとって一月三日は驚きに満ちて感激のうちに暮れたのである。

14 藤原肇 :2009/01/26(月) 07:31:27
一月四日は終日にわたり霧雨が山や谷を包む日で、ある意味ではこの日は地水火風の「四大」が支配したが、『ファウスト』の中で自然の猛威として象徴的に描いた、地震、津波、火事、台風とは無縁の落ち着きに包まれ、私は読者から届いた『インテリジェンス戦争の時代』の校正原稿の朱いれをした。これは社会思想社が文庫本にする予定だったのに、倒産したせいでその実現が不可能になったせいで、改めて改訂版として書き込みをした原稿を再編集して、読者たちが電子版に作り直してくれたお陰もあり、ことによると再び出版される可能性を秘めた本である。
この本が1991年に出たときの思い出は印象深く、当時ロスに住んでいた友人のマッド・アマノに、歴代の首相の顔を五人分まとめて人物像として描き、その人が便所で拙著を読んでいる図柄として、描いて電車の中づり用のビラを作ったのだった。アマノさんは西洋便器に座った首相らしい人物が、『インテリジェンス戦争の時代』を読みながら「うーん、なるほどそうか!!!」と発声し、この排便中の人物の脇には朱色の文字で、「自民党の代議士諸君は大臣から陣笠まで、この本を便所の中でこっそり読んどるよ!!」(元閣僚の談話)とある。
それに続いて太い黒文字の活字で「しかし、国民の皆さん!! あなたは明るい所で堂々とお読み下さい。愚民政治を吹き飛ばす凄いエネルギーが生まれます。」とあり、ビラの右端には「日本政府は自民党に操られて完璧なまでに私物化され、インテリジェンス能力は限りなくゼロに近い。(本文より)」と書いてあって、野にある日本人が無能で横暴な権力者に対して放った批判の矢であった。

15 藤原肇 :2009/01/26(月) 16:58:53
この吊るし広告は東京の地下鉄と東京近郊のJRの車内に、四日間ほど新刊本の中吊り広告として吊り下げられ、多くの人の目に触れたはずのものであり、ギッシリ詰まった通勤の時の車内で見上げたら、思わず目に入って広告を眺めることになったらしい。だから、本の存在を知る人は意外なほど多かったが、現実に買って読んだ人はそれほど多くなかったのは、個人的に賭けに出て印税の四倍の大枚をはたいたのに、結果として二刷りで終わったことが証明していた。
だが、一刷りで終わる拙著で二刷りになったのは例外的であり、アマノさんが描いた痛烈なカリカチュアのお陰で、身動きの出来ない満員電車の中で注目され、書評は少なかったのに読者をかなり獲得した。本当は一週間か十日ほど広告をぶら下げたかったのだが、私の軍資金と出版社の広告予算を合わせたものでは、僅か四日ほどしかそれを実行することが出来ず、電車の中吊り広告費の高さについて痛感させられた。
今にして思えば四十代の私はまだ元気がよく、公共の場を使って権力への反抗を試みるにしろ、一緒にやってくれる出版人も健在だったが、今では本を書いても日本では活字にならないし、言論界自体が気力消失で低迷しているので、幾ら亡国の極みだとは言っても寂しい限りだ。
確か、当時は海部俊樹が首相だったと記憶するが、今にして思うとはるかにまともな時代であり、小渕首相が奇妙な形で葬られた後の密室の談合で、「フカの脳みそ」と言われた森喜朗が首相化して以来、小泉、安倍、福田、麻生とゾンビ首相が続いてしまった。しかも、マンガで脳軟化して完治も読めない麻生太郎に至っては、小学生からも嘲笑されるお粗末な常識力と恥知らずで、海部や竹下の一万分の一くらいの能力だから、20年昔が懐かしく思えるほどの体たらくである。

16 宇都宮雅俊 :2009/01/26(月) 22:08:17
政治だけでなく経済も含めて情けない状態になってしまった。それはテレビや新聞が駄目になり、国民が考える力を失った体と思う。
現在も生き残って反権力で活躍しているのはマット天野さんだけだが、反骨精神の原点が発見できて良かったと思う。

17 宇都宮雅俊 :2009/01/26(月) 22:13:55
訂正。16)の三行目の「体」は「ため」の誤り。15)の最後から三行目の「完治」も「漢字」の変換間違いだと思う。

18 藤原肇 :2009/01/27(火) 02:36:28
こんなことを山霧に包まれた仙境で思ったのは、四大の筆頭に来る地霊のロキの威力だろうが、その頃に台湾代表として訪日していた、謝さんに、その頃に出会いを持ったと私は思い出した。
外国住まいの私にとっての出版パーティとして、『インテリジェンス戦争の時代』は唯一無比に属しており、出版社の武重社長は民社党の曽根益書記長の秘書だった関係で、辞退したのに盛大な出版パーティを企画してくれた。彼は謄写版刷りの秘密文書を持ち出して、『外務省秘録』として出すために倒産出版社を買い、山手書房の版権を総てを手に入れて読破したらしい。
その中にあった『情報戦争』を見つけ出して、復刻して出したいと連絡があったので、全面的に書き直したのが『インテリジェンス戦争の時代』だし、インテリジェンスの中文訳が慧智というのも、慧智研究センターとの兼ね合いで奇遇に属す。
しかも、キャピトル東京ホテルを使い赤坂の芸者入りで行い、まるで政治家がやる出版記念会に似ていたし、余りに派手だったので私はびっくり仰天した。
共に今は故人になってしまったが、武山泰雄元日経編集主幹や『文学界』の西永達夫編集長がスピーチして、私に早く日本に戻ってこいとお説教してくれたし、藤井尚治先生までが薀蓄あることを喋って下さった。謝さんとの出会いは武山さんが主宰した「泰山会」の集まりで、それ以来の交友はかれこれ四半世紀も長く続き、この交友双六の上がりが恵森農園での滞在に結びついた。
また、藤井先生との交友は『間脳幻想』の「まえがき」にあるように、東明社の吉田社長による手引きのお陰であり、1980年代の初めは人生における絶頂期に相当するが、一瘤ラクダが二瘤ラクダに進化できるかは今後の問題である。

19 石黒 :2009/01/27(火) 13:36:41
逆序の考え方だと老年の次に青年が来るのだから、これから上りで青年期がきてらくだの瘤は二つのはずです。これからどうなるか楽しみです。

20 藤原肇 :2009/01/27(火) 14:49:04
一月五日に謝さんが台北から戻ってきたので、その日の昼食は三人の訪問客と一緒にしたが、ゲストのうちで英語を喋る一人を除いて中国語ばかりで、言葉の出来ない世界に迷い込んだ感じがした。それでも、謝さんが時によって日本語で内容を教えてくれ、農業や植物生態の話題が交わされたと分かったとはいえ、現地の言葉が出来なくてニコニコしているだけでは、実に情けないことだという悲哀を痛感させられた。
謝さんは週の半分以上は農園で過ごしているが、台北で顔を出さなければならない集まりも多く、片道100キロほどだから車で往復しており、台北に行く高速道路は有料だが二本走っている。明治時代の遅い東海道線を利用した頃でも、伊藤博文は大磯の蒼浪閣から東京に通っていたし、西園寺公望も湯河原から東京に出ていたのであり、現在では鎌倉から東京に通う人もいるのだから、都心から百キロはそれほどの遠隔感は伴わない。
私が恵林農場に住んでも交通の便はあるのだし、台北に出る途中には桃園国際空港もあるので、世界から孤立するわけでないしアジアは至近距離だ。空間的な距離より時間的な距離としてトポスの問題を考えれば、ロスの空港から300キロ離れた砂漠に住んで、世界に出かけていたこれまでに較べて、山紫水明の山の中の仙境に移り住むといっても、かえって便利な環境に恵まれることになるともいえる。
そう考えて北投温泉の近くにスタジオでも持ち、都会との結びつきを維持しようという邪心を放棄し、ものを持つ人生はオサラバしようと覚悟を決めた。

21 千々松 健 :2009/01/27(火) 22:09:53
昨年の紅葉の季節に念願の上高地を散策しました。穂高の盟峰が神々しく感じられ、40年前に北アルプスを縦走してここに辿り着いた記憶が微かに思い起こされたのですが、残念ながらバスの時間もあり明神池には行けませんでした。
「上高地」の名前の由来は神河内、上口であったようですが、神降地、神交池、神憩う地、であってもおかしくはないと思いました。
北穂高岳・西穂高岳があるのに南と東の名前がない訳ですが、奥穂高岳が南穂高で、明神岳が東穂高に該当すると考えて良いと思います。
「野ごころの歌」藤原肇の山岳誌から 6行6章のうち4章の部分のみですが引用させていただきます。

「野に在る心 野ごころは
エーデルヴァイスの明日の希望
移り行く黄昏に続く明暗の逆転の中で
若く清い憧れを袖に秘めて
この花は 深夜の咆哮を含んだ
峰の嵐に耐える」
・・・『黄昏に続く明暗の逆転の中で』からは逆転する独楽をイメージしました。
勢いよく回ると、ある時点でくるりとひっくり返って、軸棒で立ち上がるあの不思議なコマです。
メビウスの輪のような「捻り」が生じるのですが、動きは止まらないのです。

22 藤原肇 :2009/01/28(水) 03:15:29
客人を送り出して午後の散歩は新しく開いた野菜園方面で、その帰り道に珪化木で作ったストーンサークルに座り、これから「慧智研究センター」をどのような理念のもとに、運営して行くかについての打ち合わせをした。そして、環境問題を中心に取り組むセンターとして、地球をガイアとして捉える活動の拠点にすると共に、『経世済民の新時代』の第六章に書いたアイディアに基づき、人材ネットワークのハブにしたらということになった。
だが、それだけでは物足りないしチャンスを生かそうと思ったので、私はここに誕生する私の蔵書を集めた図書館の中に、フィボナッチ数列についての資料を集めて、慧智という言葉にふさわしい世界のセンターを目指し、世界に人材のネットワークを張ってワークショップを主宰すること。また、ファイにまつわる図面を蒐集してそれを展示したり、彫刻や建造物を配置したら人類の遺産になるので、そうしたことを目標の一つにしたらどうかと提案したら、謝さんは「それは面白いアイディアだ」と賛成してくれた。
それにしてもギリシァ語の大文字のΦがΟ、Ι、―、―の組み合わせで、Οを地球と見立てるとガイアを巡るジェオメトリカルな構図になり、┬と┴を組み合わせれば┼になることからして、このシンボリズムは意味深長なものを含むと感じたのは、ストーンサークルの放つエネルギーのせいだろうか。

23 藤原肇 :2009/01/29(木) 02:28:49
恵林農場の木立の中には彫刻が散在していて、大阪の万博に出品したユーゴのCherinaの青銅の作品が、裸婦や母子像を中心に置いてあるだけでなく、石造りの狛犬やサトウキビ用の石臼が大量に並んでいる。しかも、アリゾナには『Fossil Tree National Park』があって、入場料を払って化石化した地質時代の木の幹を観察するが、ここでは珪化木の椅子に座って議論でき、瞑想も可能だから地質屋の私には天国であり、高い大地のエネルギーを浴びるのは至極当然だ。
また、至極という文字は天文学のトポスと関係していて、夏至や冬至の至ると難局や北極を示すから、至極という言葉は素晴らしい意味を持つと気づいた。後になって、牧夫然とした感じで植生や農業について語り、昼食の有機野菜の味の良さを褒めて微笑んでいた、英語を喋った客人が前農林大臣だと聞いて、地位や肩書きのない田園生活の面白さを感じた。日本の農林大臣の場合は汚職で自殺したり、事務所費を誤魔化して顔に絆創膏を張るていたらくだが、この有機野菜の味を楽しむ人とでは好対照ではないか。

24 千々松 健 :2009/01/29(木) 13:39:20
ある場所や土地の心的固有性(雰囲気)を示す表現としてゲニウス・ロキ(土地の精霊)ということばがあるそうです。
新竹・北埔の恵森農場はこの「ゲニウス・ロキ」の多く集まる仙境であり、従って「至極」な場所(埔=地)に違いありません。

そこは『山々の頂きに憩いあり』の「穂高岳の頂き」であるかもしれないと思います。
もしかしたら「ホ・タ・カ」のホは地(トポス)、タは多、カは神(天)を意味しているのかもしれません。

25 藤原肇 :2009/01/29(木) 17:38:14
千々松さんに指摘されて驚きました。穂高の響きに心地のよさを感じていたのに、「ホ・タ・カ」の持つ意味に気がつかなかったのは迂闊であった。どうも有り難う。まさにカンタータの世界ということ。
渦巻きの話は星雲やDNAの話題として広がっていくし、それが螺旋運動の平面投影だと理解することにより、バッハがフリードリッヒ大王に招かれてポツダムに行き、サン・スウーシ宮殿で作った「音楽の捧げ物」の中に、得もいえないほど美しい「螺旋のカノン」の旋律を残し、一つの主題から無限を生む可能性を示していたことが、ストーンサークルの中心に座る私の頭上を渦巻いた。これはピタゴラスの数に対しての定義から始まって、これまで千々松さんや松本さんが展開してきたことだが、一には数量の始まりとしての一があるだけでなく、それと共に多くの部分を含む全体としての一があり、ピタゴラスは全体としての一をモナドと名づけている。
しかも、モナド論で知られたライプニッツは手紙の中で、「音楽は知らず知らずに数を数えることだ」と書いていて、旋律にフーガを使った波で円舞させたように、バッハは音を使って幾何学をやった芸術家である。こんな思いからホッホシュタッターの『ゲーデル・エッシャー・バッハ』が浮かび上がり、この難解な本を翻訳した野崎昭弘さんを思い出したが、野崎先生は私がグルノーブル大に留学していた時代に、客員教授としてコンピュータ翻訳の研究をされていて、数学の面白さについて色々と教わったことがあるし、一度フィボナッチ数列について質問したら、岩波から出た『π(パイ)の話』という本をくれ、「パイとピラミッドの関係です」と公案の答えみたいなことを言われた。
「ベナイオス河の場」でファウストがヒロンの背に乗り、永遠の神殿に向かうときに交わした言葉に、「私は動かずにいるが、時が私を巡るのだ」と言うが、これは一としての中心点の私と全体の円を現し、この2πrの関係を野崎さんは暗示したらしく、成程と感心した昔のことを懐かしく思い出したが、ピラミッドには黄金比が組み込まれているのである。

26 藤原肇 :2009/01/31(土) 05:48:57
『ゲーデル・エッシャー・バッハ』は著者のお喋りが多すぎるので、読むのに疲れていつも飛ばし読みしてしまうが、こんな難解な本を訳した野崎先生を酔狂だと思ったこともあるのに、この本は部分を何度も読んでしまう不思議な書物であり、英語版と日本語版を台湾に持参することによって、このストンサークルに座って読むのが心楽しく思いやられる。
次に思い浮かんだのが『熊のプーさん』の遊びの『タオのプーさん』で、ゲーデル・エッシャー・バッハの三人をプーさんとすれば、誰かがここで『ファイのプーさん』という本を書くことにより、慧智の塊のようなものが誕生しそうだという予感がした。Pooは本来的にはoooであったと感じるのだが、それは私のE−mailに組み込んだ20002と同じで、ゼロが三つ並んだ無限のシンボルとして、密かに超無限をシンボライズしたものである。これはテトラテュクスを現しているだけでなく、パスカルの三角形としてフィボナッチ数を潜在させている。
そこから出発してメールアドレスにしたのであり、フジの22が超無限を含んで2Φ2を数値化したものだが、そこまで分かればプラトンのアカデミアの門を潜れる。しかも、pとoとの幾何学的な関係について考えるなら、oの接線としての補助線がついたものがpであり、点であり円であるものに補助線が加わることで、螺旋としての運動が始まり生命活動が動き出し、それが初源の生命現象としてのストロマトライトだったので、水酸化第二鉄が生命に如何に重要かが分かってくるが、この水酸化第二鉄の役割は珪水さんがおしえてくれたものだ。
バッハだって自分の名前のアルファベットを数値化して、Bachは14だがJ.S.Bachでは41にしている。それだけでなく、時間や一日を24や365の音符で表現しており、作品の中に名前を数字に転換してメッセージに使い、『ファウスト』の中で数字の象徴性を埋め込んだゲーテと同じで、十次元の魔方陣を楽しんだ藤原定家に似た遊びをしたようである。

27 千々松 健 :2009/01/31(土) 12:01:13
>22[ギリシァ語の大文字のΦ]
黄金比を示すギリシャ文字の「Φ」ファイの由来は興味深いです。もしかしたら、○と十で形成されたカタカムナ図象文字との関連が有るかも知れません。
「サ」の元になる図象は○を横に分けた印で、「キ」の方は○を縦に分けた印であるとすれば、Φは天と地を分けている「キ」のイメージです。
「ヒフミヨイ マワリテメグル ムナヤコト アウノスベシレ カタチサキ」を自己流に解釈しますと、「1.2.3.4.5(昼の時間経過=順序) 回りて廻る 6.7.8.9.10(夜の時間経過=逆序) 阿吽(始めから終わりまで)の統べ(統一を)知れ カタチサキ」 カタチは天の叡智に、サキは先になると思われます。ベクトルがどの方向を向いているかが大切なことです。順序と逆序で元に回ってくるといっても、決して単なる円運動ではなく、ラセンを描いて成長してくのです。それは円を描いてはいるが、上に伸びているストーンサークルのイメージと繋がるのではないでしょうか。
また、○=0=ゼロは始点であり、「mod9」によれば9は0になるので、極まったところ(至極)がまた始点に置き換わるのです。

9の字は○と|で出来ています。丸い滑車を紐で廻す場合を想像すれば、9は時計回りになります。πとΦ(PHI)もPではじまりますが、|と○からできた文字に見えます。こちらは滑車で考えると反時計回りになります。「o,p,q」の連続するアルファベッドで、oは○に、pはπやΦに、qは9(キュウで発音も一致)になっているのも不思議です。

28 千々松 健 :2009/01/31(土) 12:32:44
【F数列とL数列の一般公式およびΦとπについて】少しまとめて見ました。
フィボナッチ数列=1,1,2,3,5,8,13,21・・・
リュカ数列=1,3,4,7,11,18,29,47・・・
とするとき、n番目のフィボナッチ数とリュカ数をそれぞれFnとLnで表わす。

Fn = Fn-1 + Fn-2  フィボナッチ数列
Ln = Φ^n + (-Φ)^-n  リュカ数列は黄金比の累乗で出現する
Fn = {Φ^n - (-Φ)^-n}/√5 フィボナッチ数列も黄金比の累乗と√5で表される
(Fn)^2 + (Fn+1)^2=(√F2n+1)^2 フィボナッチ数列とピタゴラスの定理の関係
 Φはラージ・ファイ(大黄金比≒10618)
 一般には Fn+m+1 = Fn+1 Fm+1 + Fn Fm
 また 2Fn+m = Fm Ln + Lm Fn これは三角関数の加法定理に似ている。

そこで「オイラーの公式」が思い出されます。
e^iθ=cosθ+i sinθ
θ=πのとき e^iπ +1=0 が導かれる。

そこで π≒6/5ΦΦ(円周率=黄金比の二乗×6÷5)を代入すると
e^i6/5ΦΦ +1=0 となり
自然対数の底eと黄金比Φと虚数単位iおよび0と1で表現されることになろう。
e^i6/5ΦΦ=-1であるから
オイラーの公式は (−1)+(+1)=0 と単純化できて
負+正=0 又は 陰+陽=0を意味することになる。
後は πとΦの関係式を厳密に成り立たせることができれば好いことになろう。

29 千々松 健 :2009/01/31(土) 22:49:49
>26
科学には疎いのですが「水酸化第二鉄」が生命の誕生に寄与したという事実からすると「二価三価鉄塩」の持つ酸化&還元作用は生命細胞にある秩序をもたらすに違いないと思いました。
そして、そのバランス効果?は人間のみではなく植物や動物にも共通してよい作用を及ぼすでしょう。

「間脳幻想」よりの引用をさせていただきます。

藤原肇:『秩序の形成というダイナミックな生命現象の基本には、普遍的な法則性が存在しており、それがフィボナッチ数列に他ならないのです。』P309 
『シナジェティクスの立場から、フィボナッチ数列に注目するのですが、脳内ホルモンの分泌と活動において、酵素が大きな働きを演じたのと同じであり、新しい形態をもって生命体が発展していくメカニズムは、促進物質と抑制物質の攻防戦にあり、それがより一段高い次元において統一された表現形式がフィボナッチ数列だ、と確信します。』P312
藤井尚治:『フィボナッチ数列の秘力を使いこなす能力に恵まれた、若い人材を沢山育てて、そういう人々を指導者にして、国づくりや組織づくりをしなければいけない、ということになりますね。しかも、日本といった小さな集団の利益のことだけを考えて、自分本位の動きをするのではなく、人類全体とか、生命体全部の調和とバランスのとれた秩序について考えることのできる人間が、リーダーとして必要になるということだな。』P310 

このように1988年の時点で、既に「フィボナッチ数列の殿堂」への夢の基本が示されていた訳ですね。

30 千々松 健 :2009/02/03(火) 16:17:22
>25,26
「ゲーデル,エッシャー,バッハ」(以下GEB)を近くの図書館から昨日借りてきました。やはり難解かつ大書ですね。でも絵や図が入っていてホッとしました。野崎昭弘をはじめ翻訳者の方々のご苦労が伝わってきます。
副題の『 an Eternal Golden Braid 』一つとっても「永遠の金の組み紐」「不思議な環状パターン」「もつれた階層」等々の候補があり、最終的に「不思議の輪」におさまったことが分かりました。私的には「黄金」の文字が入って欲しかったとも思いましたが・・・ 
そのGEBから若干引用します。

意識現象の理解のためには『脳状態の記述を信号レベル(ニューロン対ニューロンの低レベル)から記号レベル(モジュール対モジュールの高レベル)に移行させることが望まれる』本文P348

『数学の形式システム(つまり、意味を考慮せずに記号を機械的に操作するだけで限りなく数学上の真理を生み出す規則の集まり)に現われるゲーデルの不思議の環は、このようなシステムが「それ自体を知覚する」こと、それ自体について語り、「自己意識」をもつことを可能にするループであり、ある意味で、このようなループをもつことによって形式システムが自己を獲得する、と言ってもいいすぎではない。ここで、奇妙なのは、骨組みだけの「自己」が発生する形式システムが意味のない記号だけで組み立てられることだ。このような自己は、意味のない記号の間に起こった特殊な種類の渦巻き、もつれたパターンのみで生じるのである。』序文P-6

『脳を形づくっている物資ではなく、脳の物質内部に出現しうるパターンこそ鍵なのだ。』P-8

31 藤原肇 :2009/02/04(水) 07:10:28
『ファウスト』の「書斎の場」を思い出せば、入り口の敷居に描かれた五芒星の先端が歪み、その隙間からムク犬にやつしたメフィストフェレスが書斎に入り込んで、そこから悲劇の物語が始まっていることからしても、フィボナッチ数列を体現したペンタグラムの取り扱いは、宇宙の慧智を学ぶ上で最も重要なものである。高校生時代に西行や芭蕉の作品に親しんで、なぜ彼らの生涯は旅に明け暮れたのかと思ったが、大地の高いエネルギーを求めることでそれと共鳴し、自らの内部の生命力の充実を感じることにより、それを満喫したのだろうと実感することが出来た。
だから、『逆序の理』について素晴らしい考察を残した幸田露伴は、小説家としての漱石や鴎外を凌駕した文学者として、最後には素晴らしい『芭蕉七部集』の評釈をしたが、小説家のレベルを突き抜けたが故に文壇での評価は低くても、日本が誇る真の偉大な作家の誉れを残している。小説で知られた『五重塔』は白銀率で構成されているし、彼の人格の中には黄金率が輝き渡っているといえ、伝記作家の小島直記も幸田露伴は最高の作家だと言っていた。
ストーンサークルは久しく忘れていた露伴を蘇らせたし、フィボナッチ数列や五芒星について語り合うことで、「慧智研究センター」の発展の方向を指し示すことができ、次の世代にバトンタッチする基盤が確認しえたのが、一月三日に続く五日で1,1,2,3,5に相当していて、フィボナッチの序列に従っていたということは、何とも形容しがたい僥倖に恵まれたことだと言える。

32 藤原肇 :2009/02/05(木) 07:36:14
幸田露伴の話が出たついでに話題を移すことにして、閑話休題の形で台湾から一気にアメリカに移し、カリフォルニアに戻ってからのことを記すことにする。
というのは私が賀状としてE−mailや掲示板『あけましておめでとうございます』の欄で、「・・・2009年は四半世紀住み慣れた米国の砂漠生活に切りをつけ、古希を迎えたのを契機に人生の転機として、地球上の新天地に引っ越す予定で準備を進めています。・・・」で始まるメッセージを発信したところ、多くの方からE−mailや掲示板の書き込みがあった。
その中の一つに「カリフォルニアの砂漠を後に、今度引越しされるという[地球上の新天地]とは、いったい何処なのかと想像せずにはいられません。ご令嬢様がフランスのぶどう酒会社に職を得られたとこと、ワインが満更嫌いではない私としまして羨ましい限りで御座います。・・・」という文面で始まるメールが届いた。
この格調のある文章を書いたのが日本人ではなくて、生粋のアメリカ人だと言ったら驚く人も多いと予想するが、このメールの差出人はUCI(カリフォルニア大アーバイン校)のテッド・ファウラー教授である。彼との出会いは20年ほど昔に娘のカレッジ訪問旅行の時で、当時デューク大学の准教授だった彼は東京の下町に興味を持ち、『山谷ブルース』という本を書くジャパノロジストだった。
しかも、彼のお陰で私はアメリカで幸田露伴全集を読むことができ、中国の古典のエッセンスで構成された露伴の作品を通じて、意識しないで彼の「逆序の理」に親しんでいたので、それが私の人生にとって貴重な北斗七星の役割を果たしたのは、大上老君が三清の仙境を開き仙洞に導くせいかも知れない。

33 千々松 健 :2009/02/05(木) 23:48:05
幸田露伴の「寺田(寅彦)君をしのぶ」に出てくる「璿璣玉衡(せんきぎょっこう)」は「古から測天の器のようにも云われ、又北斗七星其物のように云われている。」とありますが、科学者の寺田はノーコメントであったと書いています。それは余計に興味が湧きますね。
露伴といえば「五重塔」しか知らずにいましたが、芭蕉七部集の評釈を52歳から最晩年の80歳までかけて完成させていることは知りませんでした。「奥の細道」を英語に翻訳する作業を進めている知人に今度詳しく聞いてみようと思います。

34 藤原肇 :2009/02/06(金) 02:43:38
過去二十年間に渡って日本語図書で利用した大学図書館は、延べ時間としてはUCSD(カリフォルニア大サンディエゴ校)であり、その次はUCI(カリフォルニア大アーバイン校)が来てはるか後にクレアモント・カレッジが続き、私が住むパームスプリングスの周辺で一泊旅行や日帰りが可能だ。
どうしても必要な場合は娘がいたのでシカゴ大が誇る最高の蔵書を活用したが、一日で往復できるのにUCLA(カリフォルニア大ロサンゼルス)やUCR(カリフォルニア大リバーサイド)をほとんど使わなかったのは、蔵書が貧弱で日本関係の教授の質も低かったからだ。
UCIが意外に多かったのは幸田露伴全集があり、数十冊の彼の浩瀚な書を読むために通いつめたが、後で聞いた話だとUCIの教授に赴任したテッドの指示で、図書館にこの全集をそろえたとのことだった。ただUCIやUCRには日本人の司書がいないので本の選択がお粗末で、図書館の良さは司書の質に関わっているだけでなく、その大学の教授や研究者の問題意識が決め手で、最近の日本では良書の出版が少ないことが致命傷になり、アメリカの大学図書館にいい本がほとんど存在しない。
十代の露伴は中学は中退だが湯島聖堂の東京図書館に通ったので、彼にとっての大学は図書館だったのであり、あれだけ凄い漢籍の素養を身につけたのだった。
さて、私が米国を離れるということでテッドから自宅での昼食に招かれ、私が神田の生まれで上野で育ったという経歴を糸口に、折角のチャンスだから久しく中断していた対談を試み、「逆序の理」に始まって幸田露伴の文学談義を論じ、東京の下町について興味深い対談を録音したが、これから引越しなどがあるので活字化は来年だろう。
それにしても奇遇だと思うのは、テッドが修士論文のテーマとして扱ったのが『五重塔』で、小説時代の露伴を相手に悪戦苦闘したという話や、蒲田に住んで露伴の墓が池上の本門寺にあり、ジョギングしながら墓参りを楽しんだという青春談を聞いて、これも不思議な縁だということを感じたのである。


35 千々松 健 :2009/02/06(金) 11:37:35
露伴は五重塔の先端を飾る「九輪請花露盤宝珠(くりんうけばなろばんほうじゅ)」から露盤=>露伴のペンネームを考えたのではないかと夢想します。塔には三重塔、五重塔、十三重塔が多く見られる訳ですが、これも3,5,8,13のフィボナッチ数列ですね。(ただし、八重塔はなく九重塔に変化しているのは偶数を嫌ったからでしょう)

秋田の玉川温泉にも「北投石」が在ることに触れましたが、秋田の大湯環状列石は近くの地名に花輪とか十和田があるとおり、自然の花弁に多く見られる5という数値やその倍の10が伝わったものでしょう。
余談ですが、ヤツデ(八つ手)の葉は八枚ではなく九枚が普通です。

秋田は美人の誉れが高い土地柄ですが、特にストーンサークルのある鹿角市の女性は目を見張る美しさに溢れていました。30年前の体験的印象です。
「珪化木の椅子」のストーンサークルはまさに「殿堂」を意味していると思われます。

36 村山 :2009/02/06(金) 15:03:11
露伴の筆名が露盤から来たという仮設は興味深い夢想ですが、余市から彼が東京に逃げ帰ったときに、汽車がなかったので青森から郡山まで歩き、野宿をしたときに「露を友とする」という思いから露伴にしたと、物の書には書いてあったように思いますが、五重塔の九輪からの連想でフィボナッチ数列と結び付けるとは、素晴らしいイマジネーションだと感心しました。、

37 藤原肇 :2009/02/07(土) 08:27:45
幸田露伴が論じた魔法についての文章の中に、魔方陣について論じたものを見つけて書き写したことがあり、その部分のコピーから引用すると次のような具合になる。
<引用>「・・・洛書というものは最も簡単なマジックスクェアーである。それが聖典たる易に関している。九宮方位の談、八門遁甲の説、三命の占、九星の卜、皆それに続いている。それだけの談(はなし)さえもなかなか尽きるものではない。
一より九に至る数を九格正方内に一つずつ置いて、縦線、横線、対角線、どう数えても十五になる。一より十六を正方格内に置いて縦線、横線、対角線、各隅、随処四方角、皆三十四になる。二十五格内に同様に一より二十五までを置いて、六十五になる。三十六格内に三十六までの数を置いて、百十一になる。それ以上いくらでも出来ることである。が、その法を知らないで列べたのでは、一日かかっても少し多い根数になれば出来ない。古代の人が驚異したのに無理はないが、今日はバッチェット方法、ポイグナード方法、その他の方法を知れば、随分大きな魔方陣でも列べ得ること容易である。しかし魔方陣のことを談じるだけでも、支那印度の古より、その歴史その影響、今日の数学的解釈及び方法までを談じれば、一巻の書を成しても足らぬであろう。極ごく小さな部分の中の小部分でもその通りだ。そういう訳だから、魔法の談などといっても際限のないことである。・・・」
これを読んで分かるのは露伴が魔方陣に精通し、フラクタル的な発想を持っていたことが分かるし、十次元の魔方陣にも通じていただけでなく、無限次元の魔方陣についても理解がおよんでいた。だから、彼の該博な知識と薀蓄からすれば、百人一首の魔方陣に接近できたのは明らかだったのに、芭蕉の俳句の世界に遊んだので和歌とは繋がらなかったのは、彼が神仙の世界に傾倒したからだという気がする。

38 千々松 健 :2009/02/08(日) 08:45:11
露伴は住処を「蝸牛庵」と自ら呼んでいたそうですが、蝸牛とは良く付けたものですね。
かぎゅう、カタツムリ、デンデン虫、マイマイ・・・親しみがもたれる名称も漢字だと別な印象も生まれます。
虫と渦巻きと牛の構成からは、のろのろと歩く牛や蛇や海の貝を思い起こさせる。

Webで知ったことですが、貝類のうち陸に棲むものは巻貝の形を取るものだけであるというのも面白い。
右巻きが多く左巻きは少ないようで、そのことは種類にる遺伝子で決まっているが、稀に「逆旋個体」も発見されるという。雌雄同体で時には自家受精をして種族の保存もするという優れものですね。

39 千々松 健 :2009/02/08(日) 17:47:29
【露伴・蝸牛・ヤコブの階段の連想ゲーム】
ヤコブがベテルの地で野宿をしていた時に見た夢に「天からの階段」というのがあります。
ヤコブの階段は地上から伸びたのではなく、天から降りてきたのです。その階段(道・路)を天使が下ったり上がったりしているのを見たのでした。それは直線的ではなくて螺旋階段であったはずです。また方向性では「天地」と「地天」のそれは「順序」と「逆序」の違いになりましょう。

そこでまた「露伴」のペンネームに戻ります。確かに通説は村山さんのご指摘の通りだと思います。しかし、博学の彼のことですから、それだけではすまないのではないかと推理しました。
「露」:天から降りてくる雨と路を組み合わされた漢字が「露」であるのも偶然ではないでしょう。
「伴」:人間は一人では生きていけないので誰か善き伴侶が必要なのです。もしも伴侶が人でない場合は神様ということになるかもしれません。「いつもそばに居る何者か」が伴の意味になります。
そして、ヤコブも露伴も同じく野宿をした時にイメージされたということも不思議ではないでしょうか。

40 千々松 健 :2009/02/09(月) 08:24:49
現在はサイバー大学の教授をされている野崎昭弘氏の「πの話」岩波科学の本1974年から、また松本英樹さんから多くのヒントをいただきましたことを感謝します。
これも藤原肇博士のナイスガイドのおかげです。
多くの善意の人から恩恵を受けながら、最後は勇気を持って、孤独な静寂の中で自らの思索を展開することが大切であるということを、今回は身をもって体験した思いです。

「フィボナッチ数列や律動とラチオについて」の>155との関係で
「フィボナッチ数列の殿堂」はこの意味で「大ピラミッド」そのものであるといえます。
「黄金比」という言葉をあえて使用せずに、πをフィボナッチ数列とリュカ数列の比率という関係の中で表現できるのですから、関係の関係で二重の関係?が面白いと思います。
 
 『π/6≒{Fn+1)/L(n)}^2』

41 藤原肇 :2009/02/09(月) 09:39:32
露伴が若い頃に電信技官としての訓練を受け、モールス信号のトン・ツウという陰陽の卦に親しみ、リズムへの関心を持ち合わせていたことは、彼の和漢混交体の文体の旋律によく現れている。また、彼の人生のリズムが転換期の節目を持っていて、成功の絶頂期に惜しげもなく小説家としての人生を放棄しており、史伝や随想に続いて俳句の評釈をしているが、螺旋的に回帰して書いたのが連環論であり、遺作の『連環記』の主人公の慶滋保胤(かものやすたね)は文章生だった。
しかも、保胤は陰陽と天文の総帥の賀茂家の出であるだけでなく、安倍晴明の同僚だったことからしても、晴明紋としての五芒星が登場してくるので、露伴がフィボナッチ数列に結びつくことになる。また、露伴の連環は西周の『百一連環』にも結んでいるから、連環を行列式と見れば明治の人のカンの良さには、藤原定家から続く幾何学のトポスが生きていることが分かるが、子規や漱石が露伴と同じ慶応三年の生まれであり、へそ曲がり七人衆の話を誰かの本で読んだ記憶がある。
江戸時代に生まれて明治に活躍した日本人は、『四書五経』で大陸文明をマスターしたのに対して、明治生まれの日本人は「和魂洋才」と粉飾した。
だが、舶来技術の取り込みに熱中したとはいえ、芯棒になる古典を学ぶという点において、西洋の古典は翻訳中で東洋の古典は軽視していたから、結局は表面だけ輝くメッキで終わってしまったという。
この説は成るほどと思わせるだけの説得力を持っていて、現在ではマンガしか読めない男でも首相になれ、末世に似た状況を呈するに至ったのである。螺旋運動は良いほうに動けば素晴らしいが、逆周りになって動くととんでもないことになるのは、スワスチカの原理を始め色々とあって、回転運動が締まるか緩むかの問題になり、生命活動はこの締りと緩みの作用の現れ方だが、結局は『賢者のネジ』の問題に行き着くのだろう。

42 千々松 健 :2009/02/09(月) 13:25:53
「球」とそれに外接する「円柱」とその中にできる「円錐」との間には、ある関係が成り立つことは中学数学レベルですが、改めて見直してみました。
   体積比は  円柱:球:円錐=3:2:1
   表面積比は 円柱:球:円錐=3:2:Φ

 円に関する表面積の比率に「ラージファイ=Φ=黄金比≒1.618」が見られるのでした。
 元々「πとΦの関係」は深い仲なのですね。

ところで、この円錐については円錐螺旋がイメージされて、さらに「ヤコブの階段」の天から降りて来る螺旋階段に繋がり、やがてそれはクリスマスツリーの円錐型と上からグルグル垂らしたリボン飾りに到達しますが、一方では、露伴の蝸牛(カタツムリ)の殻の模様もイメージされます。
西周がフィロソフィーを「哲学」と訳したり、エンサイクロペディアを「百学連環」と訳したり、「五箇条の御誓文」の草稿を書いたらしいことや、「南方マンダラ」の南方熊楠も露伴と同じく慶応三年の生まれであることを「千夜千冊」の松岡氏のサイト等で今回知りました。

43 石黒敏夫 :2009/02/09(月) 17:17:36
DNAとか螺旋階段は円柱の周りにできた渦巻きですが、蝸牛とか巻貝はネジと同じ円錐を取り巻く渦巻きであり、これはネジ型で閉まったり緩んだりします。
そこで千々松さんの体積比の3:2:1において、中間の級に相当するものについて考えたら、地球を始め惑星の多くは球体をしているし、インドのヨガの本の人間の生態模型では、人体が球型として描いてあったのを思い出します。
インドで起こった仏教ではこの世のことを色というが、クは万という字を略したものだと言われ、この世が万の巴から成り立っていることは、多くの渦巻きという公案の解だと聞いています。
『間脳幻想』の中にあるミロのヴィナスのように、人体の比率には至る所にファイがあるわけで、要するに体積比と表面積比として人体には、ファイのデザインの衣装が纏い付いています。

44 藤原肇 :2009/02/10(火) 07:08:48
千々松さんが6で指摘した『宇宙巡礼』の対談相手の張錦春さんは、高等数学の名人でMacocaM(動態幾何学の精緻)を構想し、私のメタサイエンス思考に強烈なインパクトをもたらしたが、彼こそは『道徳経』の第47章が示している、「不出戸、以知天下、不窺見、以見天道。其出弥遠、其知弥少。是以聖人、不行而知、不見而名、不爲而成。」の人であった。
何しろ台湾から一歩も出たことがないのに、日本はおろか世界の古典名著を読破しており、特にライプニッツに関しての理解においては、驚くべき深さに達していただけでなく、張良の末裔として仙術をも身につけていたのである。
張さんについては『経世済民の新時代』の第六章に書いたが、彼は『宇宙巡礼』を日本語版から中文に翻訳したし、中文版の裏表紙の折り返しにある写真が示しているのは、彼が鉄棒で逆上がり回転をしている図である。
千々松さんが9)に引用した「円運動には究極のエネルギーの均衡が表現され、拡散運動が循環運動に転化するメカニズムが機能しているが、私の動態幾何学はそれを更に複雑化して多重的に関連させているので、そこに美しい生命力が見事に現れて来る」という言葉は凄い。
ある日のことだが張さんがこんな内容の発言をした後で、「私はそれを鉄棒で実践しています」と言ったのに対して、私か「どうやってそんなことが実践できるのか」と疑問を呈したら、「証明します」と見せてくれたのが鉄棒での回転である。
目の前でくるくると逆上がり回転を30度以上もやり、まるで人間の風車のように回る光景を目撃した私は、人間業を超えた行為のデモンストレーションに大ショックを受け、こんな偉才が読者としていることに対して感激したのである。

45 千々松 健 :2009/02/11(水) 08:10:48

20数年前に『千々松さん、あなたは「玉に毛あり」という言葉を知っていますか?』と電子計算機に詳しい渡辺茂先生に都立科学技術大学の学長室で質問されたことがありました。
もちろん私は知りませんでした。先生は単なる科学者ではなく、老荘思想に関心を示され、技術文化的な視点から万葉集の歌も分析したり、胎蔵界曼荼羅をコンピューターに類比されたり、その学問の幅の広さには感服しました。

卵が先かニワトリが先かの問題もありますが、順序と逆序という点からすれば、将来から現在を見る。あるいは現在から過去を見る。逆序の視点を忘れてはいけなかったのです。
その点で言えば、藤原博士の地質学は現在から過去を見なければならない「逆序の理」を働かせるフィールドであったわけですね。そして、それを磨けば、将来から現在を見ることも可能になるのでしょう。
今年こそ「フューチャーマネジメント」が大切になってくるのではないでしょうか。

46 藤原肇 :2009/02/11(水) 23:28:43
「玉にけあり」という言葉の連想で思い出すのは、張さんと円の接線について論じたときに、胎蔵界と金剛界の曼荼羅の構造が話題になり、スワスチカが「円に毛の生えた生命活動だ」として、それがエネルギー0の周辺に1が付きまとい、エネルギーを示すガウス座標のことだと納得したことを思い出す。
張さんの読書能力は実に驚くべきで超人的といえ、彼が読んだ本に詳細に付け加えた書き込みは、ページ数から引用記事を含めて絶大なものだった。彼からは膨大な数の手紙を受け取ったが、その多くは私の理解の限界を超えていてが、手元に残っているMacocaMに触れた手紙の文面には、次のように書いてあって誰かその意味を解説してくれるだろうか。
「・・・MacocaM数論では下記を補充すると完美せん。羅針盤を使う時に地南に置いた瞬間に、針は直ぐに真南を指さず左右に動揺数回後に定着する。その現象は地球がかつて反対廻りをしていたことを説明し、外に宇宙の「三体問題」を遭わずに起こる無限多体(原子爆弾破裂のあの複雑極まる微小多体の短時間の相互衝撃、ballの中心は空虚を立派に説明す。
車が角を曲がるときのU-turnであるが、まず前進速度の漸次減少・・それから0,それから返りのー、数論叙述では+1,・・0,・・−1.(今日でさえ数論は依然として未完成で、列に虚数や虚数群を巧妙系統していない。)ラグランジュの直線解では太陽系のorbital spin-off or back等のmeta-culvilenearを説明せんとすると、必ずや月は永久停止(即ち静態化されるのみ、宇宙論としては余りにもお粗末――永遠の満月)・・・)。
これに続いて英文の引用で三体問題について書いてあり、その後に「結局ニュートンは一体問題の範囲でさえ、culvilinearを考慮する智慧のゆとりがなかったので、straight lineの考慮にとどまった」とコメントし、「昔日、ある偉大な数学者が、数学理論の新構築は、あたかも偉大な名将が全軍、全艦隊を指揮して攻城、新国土の攻略に従事するのと全く同じで、Bold imagination, brain, braveを必要とする。その後には更に一連の後継行動と援軍を要す」と書いている。
一回の手紙の一割も紹介できなくて残念だし、時間がなかったので整理することが出来なかったので、残りの手紙はアメリカに置き去りにすることになるが、矢張り、張さんは張良の子孫ということだろう。

47 横浜の教師 :2009/02/12(木) 14:14:39
張さんが作った図面や書き込みのある本を見たときのショックは、余りにも凄くてガツンとくる強烈なものでしたが、鉄棒の回りで回転するなんて人間ワザとは思えません。
それこそ仙人の営みだと思うのですが、1人で1000人の仕事をこなしたということでしょうか。
1から1000まで自由自在に変わることができるのだし、数学者は数の秘術に長けていますから、最良の指揮官より数学者が優れているという考えに異議なし。
ユークリッドやデカルトが人類に与えた功績に較べたら、どんな名将軍の手柄も太陽の前のロウソクの灯に等しいと思います。

48 藤原肇 :2009/02/12(木) 16:55:29
ラグランジュと満月の関係についての話は荒俣宏の『帝都物語』の中にあり、それを読んだ時は平将門のことに関心を奪われ、江戸っ子の私にとっては神田明神の祭伸の将門が関心事だったせいで、三体問題に三角形が関係する程度のことしか理解せず、なぜラグランジュの方程式を登場させて、永遠の満月を論じているのか見当がつかなかった。
ただ、平将門を討ち取ったのが藤原秀郷であり、彼は平泉文化を築いた東北の藤原の宗主だし、若い頃に近江の瀬田の唐橋で大蛇に頼まれて、三上山の大百足を退治したことで有名だ。この百足は円錐形の山を七巻き半していたので、鉢巻よりも短いというオチになっているようだが、鉢巻は球(あるいは卵)の周囲を囲む渦巻きとすれば、円錐の渦巻きは球の渦巻きより劣位で、その間に円筒の渦巻きが位置していることは、射影幾何学からしても予想できるし、張さんの鉄棒を使った回転は円柱の周りの螺旋運動だ。
それにしても、天文幾何学を知っていたメソポタミアの古人にとって、永久に停止し続ける満月というアイディアは、どんな意味を持っていたのかが興味深い。
しかも、百足は鉄の別名で武士の宝の武器と争いを象徴し、竜宮は「金銀珊瑚綾錦」て平和な理想郷だから、ことによると「戦争と平和」のメタファーだったのかも知れない。
スワスチカ自体が回転方向によって逆になり、戦争を司る魔神のシンボルになるか平和の神になるかは、締まると緩むとのネジの回転と結びついているし、それはアドレナリンとドーパミンの関係と同じで、情動と理性の問題やミランダとクレデンダとして、文明と野生のいう具合の西洋的な二項対立と、インドで生まれたゼロがその間に入ることで、中庸で天地を総合する東洋の「ジャンケン」思想になり、それが目出度いトーレスの満月になりそうだ。

49 藤原肇 :2009/02/13(金) 07:33:30
その頃に『間脳幻想』の読者として珪水さんの接触があり、彼は修験をした北海道に住む晴明流の風水師だから、上京して締まると緩むについての秘儀を教えてくれたが、江戸っ子の私が知っておく必要があるといって、大手町にある平将門の首塚に案内してくれた。そして、現在の神殿は西向きだから人は西側から参拝しているが、これは間違いで南側にたって北の神殿に拝するのが、本来のやり方だと教えてくれたのである。
そして、寝るときも南北の方向に体を横たえることが、休養のための夜の過ごし方だからベッドを南北にして、そうやって寝ることが健康の秘訣だと示唆した。そういえば人間の血液には鉄が存在していて、これと磁性の関係は未だはっきり解明されていないが、鳥や魚の動きが磁性に支配されているのであり、大地の持つエネルギーである土地の気の正体は、磁場におけるホワイトホールとしてのツボだから、ことによると古代人は石を使ってストンサークルを構築し、そのエネルギーを満喫して讃えたが故に、神殿は地質学的に興味深い場所に立っていると考えていい。
また、神社が鎮守の森として大樹に囲まれるのは、天の気を受ける避雷針の意味があるのは確実であり、しかも注連縄には螺旋運動としての象徴性が秘められていて、出雲大社に行って圧倒的な注連縄を目撃したことで、渦巻きと螺旋への興味が果てしなく高まった。その頃に古神道の源流を求めて日本の神社を訪ね歩き、『パワースペース』に宇佐神宮の訪問記を書いたり、世界各地のペトログラフィの遺跡を訪れたが、ピラミッドを始めとして石を使った建造物には、興味深いことに黄金分割とパイが織り込まれているから、フィボナッチ数列の世界を満喫する上での天国であるといえた。

50 千々松 健 :2009/02/13(金) 18:39:23
21世紀の科学はモジュラー形式を含んだ「数論」の出番であると思われます。

確かに20世紀末は「自己組織化の基礎原理」を求めようとしたニューサイエンスのブームでしたが、付け焼刃の神秘主義の限界とオカルト化の様相を呈して沈静してしまいました。
理由を一言で云えば、なんら数学的ツールを見つけることができなかったからでしょう。そのような中で「フィボナッチ数列」にこそ、その解が在ると見抜いて居られたのが藤原博士だったわけです。
また「宇宙文明におけるホムンクルス」としての大ピラミッドの研究者達も、古代エジプト人が「Φ=神聖比例/神意の均斉/黄金分割/黄金比」に宇宙の秩序があると確信していたことに対して、共時性と通時性とを見つけることになるのです。
古代エジプトに学んだピタゴラス教団もフリーメイスン達も、錬金術師に象徴される探究者らも共通項は皆 Divine Proportion を如何に操られるかを捜し求めたグループであったといえるのではないでしょうか。

51 千々松 健 :2009/02/13(金) 19:55:37
ピタゴラスの定理の原型となった「円に内接する正五角形」ついて観察すると、10等分して得られる直角三角形(5:4:3)を30度の頂点を軸にして5の斜辺で一回折り曲げてコピーし、次には4の垂線で折り曲げてというように直角三角形を回転させて行き、9回折り曲げると大きな正五角形が出来上がるわけです。
元型が一つあれば、あとのコピーは9回で済むわけです。この「9」という数に着目します。

「10のどんなベキも9で割ると1が余る」
10^n ≡ 1( mod 9 )
【=ではなく、≡ ガウスの合同記号です】
例えば n =3のとき 1000=9×111+1 なので 10^3 ≡1(mod 9)
10^n だけでなく、すべての数を「法9(mod9)」で考えれば、
すべての数を0(mod9)から8(mod9)の9種類で表わせることになります。
これがモジュラー形式の偉力ですが、古神道における「ひふみ算」の本質(秘術?)なのです。

以上、直角三角形を9回折り曲げると完成するペンタゴンと法9ですべての数を9種類で表せることに関しては、9という数が共通しており、何か因縁が感じられるのです。

52 千々松 健 :2009/02/13(金) 21:53:06
宇宙の「三体問題」は良く解からないので、とりあえずはパスして、別の三体問題へ転進します。
まずは精神の三体問題として「感性、ロジック、経験」を茂木健一郎は提唱しています。
それは、要するに「人間力の智仁勇」であると思われます。智はロジック、仁は感性、勇気ある行動は経験に繋がります。
「こころ、ことば、こうい」といった方が簡単かもしれません。
畢竟、心は○に、言葉は△に、行為は□のイメージとなります。基本の図形は三つです。
そして、飛躍を恐れずに勇気を持って前進して、先に若干触れた「球と円柱と円錐の体積と表面積の関係」を新たな「三立体問題」として取り上げたいと思います。
直径1の球体とそれに外接する円柱体および、その中でできる直径1、高さ1の円錐を考えて数値の比較をすると、前にも見ましたように 円柱:球:円錐 の体積比は 3:2:1 で 表面積比は 3:2:Φ となるのは周知のことです。
しかし、自然の世界は円錐体も円柱体も存在しないのですから、全て球体の集合で描き切らねばならないのです。メタボールというのがCGの世界には言われていますが、まさにそれなのです。
本当はどこまで行っても本当の直線は現われないのですが、ほぼ直線と人間には観られるので良しとしましょうの世界なのです。そして、打ち上げ花火の大菊華を見るならば、くす球の中の一つ一つの火薬玉が中心から円錐型に拡散して、綺麗な立体花火を描いていることに気がつくのです。したがって円錐体の集合で球体となっていることも理解されるのです。
それにしても、球体と円錐体の表面積の比率にのみに「Φ」が現われてくるのは不思議です。
でも、円錐体を横から投影すれば三角形ができ、底辺を2とすれば、高さは2、稜線はピタゴラスの定理から√5となるのですから、当然にΦが関係してくるのでした。

さて、立体的な三乗の世界にはなく、平面的な二乗の世界にのみ「Φ」が現われるのはどうしてでしょうか? それは次回に譲ります。

53 藤原肇 :2009/02/14(土) 00:37:20
螺旋が円柱、球、三角錐の形で運動するのを体現しているのが、回転うんどぅしているコマや張さんの鉄棒逆転りであり、この次期に日本はオカルトや神秘主義が蔓延していたので、理性やサイエンスを抜きにした神秘へののめりこみは危険だと思い、それを歴史的に批判する必要があると感じたのだった。
そこで、『パワースペース』に体験の一部を「オカルトブームの罠」として連載したが、その頃にオウム真理教事件で雑誌が休刊になって、執筆は中断したまま現在に至っても本にまとまらない状態が続いている。
それに代わって興味の対象として登場したのが、明治の近代化への橋渡しをしたフルベッキ先生の役割についてであり、脱藩クラブによく顔を出していた読者の一人が訪米したときに、フルベッキを囲む幕末の志士たちの写真を貰いうけ、それが契機でフルベッキ先生の足跡を求めた旅が始まった。
芝白金の明治学院大学を訪ねて資料探しに明け暮れ、図書館にある資料を二日懸かりでコピーしたり、長崎に出かけて現地調査をしたりしたものだった。だが幸運にも、ある時期から亀山さんが上野彦馬の撮った写真の謎に取り組み始め、かなり良い線を行く論陣を展開し始めたので、それは彼に任せて鹿島磤さんとの付き合いの関係で、明治時代全体の展望ということに回帰し、同時に再びフィボナッチの世界に戻ったのである。
いずれにしても、幕末から明治十四年の政変までの時期の歴史は、歴史よりも小説の世界が支配的なイメージを持ち、ある意味では未開拓の領域に属しているので、これから若い人が活躍できるフロンチアに属している。
そんな十数年前のことが次々と蘇ってきて、頭の周りを思い出のコンステレーションが広がっていくし、珪化木を並べたストーンヘンジの中にいることで、これまで断片的に孤立していた知識が結びつき、連環の帯を作っていくというのは実に興味深いことであり、百学連環の世界が走馬灯のように展開していったのだが、それを大きな紙の上で展開したのが張さんだったのである

54 千々松 健 :2009/02/14(土) 23:06:26
張さんの鉄棒人間大車輪にヒントを与えられて、二次元平面と三次元立体に迫ります。
先に見た 円柱、球、円錐は立体ですが、側面からの投影図はそれぞれ正方形、円、三角形になります。
そこにできた平面図を今度は中央を軸にして回転させると、また元の立体がイメージできます。
元の二次平面が「陰」で、回転によりできる三次元立体を「陽」と見なすことができると思います。
従って、張さんはこの陰と陽の関係について身体をもって証明して見せたということになると思われます。

それらの立体(円柱:球:円錐)の体積比は3:2:1 表面積比は3:2:Φ ですが、元の平面図形(正方形:円:三角形)の面積比は 4:π:2です。
面積と面積との関係の中だけでπやΦが出現します。
それは、X^n + Y^n = Z^n を満たす自然数は3以上に解がないというフェルマーの最終定理を思い出させます。
無論のことn が2の場合がピタゴラスの定理に他なりません。ケプラーの定理も面積が問題ですし、アインシュタインのE =mc^2 にしても光速度という距離の二乗ということになるので、やはり面積が問題となっているのですから。
また、静態的か動態的かが問われているのだと思います。「自己組織化の基礎原理」は動態的でなければなりません。変化を起こす「何か」がなくては静止のままです。「拡散と集中」のフタツの方向性は円錐螺旋(ネジ)を左に回すか右に回すかに他なりません。
そこで、ファウストの魔女の九九よろしく 9^2=81≡=0(mod9)を新たな数学ツールとして活用すれば、面白い展開が可能であると予想しています。

55 藤原肇 :2009/02/15(日) 07:12:12
千々松さんの指摘は見事だと思う。
私は張さんがカレンダーの裏を使った思想のフローチャートに驚き、読者に見せるためにそれを借りて東京にもって行き、脱藩道場や脱藩クラブの集まりで披露したことがあるので、その内容に目を見張ったのを記憶している人も多いはずだ。十年ほど前にタマイラボ出版の玉井さんも一緒に台湾を訪れ、恵林農場で数日過ごしたときに張さんも共に行動して、一緒に山の斜面に檜の植林を手伝ったことがあるが、その苗が今では幹の太さが直径十センチくらいになり、人を育てるのに続く木を育てる喜びが実現していた。
植林した後でわれわれは張さんの家を訪問したのだが、そこで数十枚のフローチャート図を見て感激した玉井さんは、その出版化を考えたいといって日本に持ち帰ったが、その後その企画が具体化したとは聞いておらず、実に惜しい宝が眠ったままになっている。若い頃の玉井さんはブラジルで新聞記者として活躍し、物凄いエネルギーの持ち主で問題意識を誇り、出版人として素晴らしい感覚と判断力を持っていたので、きっと出版する価値があると考えたいに違いない。ただ、彼も寄る年波と不況による閉塞感で気力が衰えて、やる気を失っているとしたら残念であるが、フローチャート図の在りかが明らかである以上は、誰かがいつかそれを活用したらいいと期待する。

56 千々松 健 :2009/02/16(月) 08:39:45
張さんの描かれたフローチャート図を機会があれば拝見したいものです。
ところで、先日のTV番組で、竹下景子が「ココロはどこに在るのでしょうか?」と富良野塾の訪問者に質問をしていました。
。。。カラダ全体にあるというのが一応の答えでした。それにヒントをもらいました。
宇宙巡礼の「クラインの壺としての人体」の図を思い出しました。そして、生命体の基本構造は一本の消化器官にあり、アメーバから始まって人間に至るまで、広い意味での腸管が全てに共通しているわけで、その腸管がメビウスの輪のようになって生命体を複雑に形成していったのが生命の拡散であったと考えても良いと思ったのです。
竹下さんの表現にあるように「カラダの一部分にもココロ(感覚と反応)がある」といえるかもしれないのです。
五臓六腑も手足も脳さえも、大切な腸管(栄養を摂取してエネルギーに変換する機能)を助けるための補助機能を果たしているだけなのです。納得するとか腑に落ちて知るとか身体が知るとかは実のところ「ハラ=腹」が知るという意味であったのです。

その「ハラ」ということばで大切なことを思い出しました。
『ハラとは、螺動旋転(螺転)(螺旋状に転回する)神力である。タカアハラ・タアマハラ・カアマハラの三大根本神力のそれぞれに付いているものである。もし宇宙に直線しか無いとすれば、その表現は単調なものになってしまうに違いない。ところが螺動旋転の神力が存在することによって、宇宙は無限の無限の妙趣ある表現で一杯となっているわけである。変身自在・無限循環の至妙を顕現している根底には常にハラ神力の神秘が宿っているのである。』(古神道関係からの引用です)

57 藤原肇 :2009/02/16(月) 13:15:44
張さんは七年ほど前から行方不明の状態が続いており、色々と手配して探したのだが探し当てることが出来ず、音信不通の状態がこれまでずっと続いてきた。
読者に見せるために借りたChart of Essence of Fujiwara Axiomを台湾に持参し、返却しようとしたら「頭の中にあるのであげます」と言って渡してくれた。同じように玉井さんにも持ち合わせたチャートを全部渡したが、あれは彼にしたら形見分けだったのだろうか。
張良も晩年は山の中に姿を消して行方不明になり、羽化登仙で黄色い石と着物が道端にあっただけで、遺体や姿は消えていたと司馬遷は『史記』の中に書いている。私の手元には黄色の石や衣類ではなくて、隠士・天才倍育理論者、張錦春、仙人の雲遊四海と書いた、緑色の名刺とチャートが残っているだけである。
本来ならば張さんも恵森農場に住んでいただろうに、今では彼の姿は地上では見かけないとしたら、何とさびしいことだろうという感慨に包まれた。それにしても誰かが後継者として彼が残したMacocaMの思想を発展することで、不思議な回文の世界を継承と発展をして欲しいと思う。張さんとは実に不思議なめぐり合いであった。

58 佐藤喜美子 :2009/02/16(月) 18:35:55
昨年の夏 偶然にパームスプリングスで藤原先生とお会いしました。最初の印象が強烈で只者ではないと直観しましてそれから先生の御著書を熟読しております。この度台湾の仙境の地に移り行かれることは寂しくもありますが常に節目を大切にされてきていますので これからどんな人生の完成期を見せてくださるのか楽しみでもあります。青年期の石油ベンチャービジネスと壮年期のジャーナリストの時代は常に御自分に厳しい修行を課したチャレンジの連続であったようにお見受けします。「慧智研究センター」の理念に環境問題と宇宙原理を掲げその研究課題の一つにフィボナッチ数列を加えたのは今までとは違った人生を楽しもうという余裕を感じるのは私だけでしょうか。フィボナッチ数列はアメリカのほとんどの高校生用のアルジェブラの教科書に載っているほど有名ですが詳しく書かれていません。これを掘り下げて藤原先生が確信されているように宇宙を支配している最も偉大な大法則であることを世界に掲示できるとしたら何と素晴らしい事でしょう。ここは私たち読者も一緒に研究してみようではありませんか。先日お会いした時に「仙人的な生活をされるのですか。」とお聞きするとしばらく微笑んでいられましたので慌てて「張さんのよう逆上がり回転の修行をするかどうかお聞きしたのではありません。」と言いますと「仙人と隠者は違います。後者は心や腹の中にエネルギーを十分漲らせていますが周囲の環境があまりにも汚れているので自然の中に身を隠すのです。」とおっしゃいました。納得しました。ストーンサークルに座って読書と瞑想を心置きなく楽しんでいるお姿が目に浮かびます。そして教えを受けたり本を読んだりして先生に続く人材が育っていく事を期待しております。ささやかながら私もその一人になれればと思います。


59 千々松 健 :2009/02/16(月) 21:30:49
磁石の針が左右に揺れながら北を指すこととや、時計の振り子が左右に振れることをイメージしていたら、八の字、いや捻りが入ったメビウスの輪のような8の字が浮かび上がったのです。
常に静止していたら役に立たないが、常に動いているから役に立つのでした。
その意味で「ラセンモデル」はメビウスの輪であり、クラインの壺であると確信しています。
物事すべての拡散や集中あるいは開いたり閉じたりは円や楕円や螺旋運動が在ってこそ生じるのだと考えて良いと思います。
カメラの絞りやシャッター機能に類比させると理解しやすいかもしれません。

60 千々松 健 :2009/02/16(月) 21:45:30
仙人の黄石公が張良に授けたという戦略(仙略?)により、張良自身が功を成した晩年に仙人になったというのは感慨深いものがあります。
黄色い石は鉱物界を、着物は蚕か綿花にルーツがあるので生物界をイメージして、鉱物界と生物界(生命界)あるいは物質と精神とを融合せんとして、忽然と消えた(気を得た=エネルギーに化した?)のだと思われます。
行方不明の張さんはまさに張良の遺伝子を受け継いで居られたのでしょう。

突然話が変わって済みません。
もしかすると北投温泉や玉川温泉は太古に隕石が落ちた場所ではないでしょうか?
北投石は隕石の一成分かも知れないと考えたり、衝突で何らかの磁力が発生したりした結果で、生命の発生に関しても何か良いことが起きたのではないでしょうか? 
チョット!チョット!と云われそうですが、そんな場所が「仙境」なのかもしれないと考えるのは面白いと思われませんか。

61 千々松 健 :2009/02/19(木) 13:17:27
サンスクリット語のパンニャーをその音声から漢訳した般若(はんにゃ)は智慧のことですから、慧智は若般にすれば「逆序に理」に叶うかも知れません。
すると不思議なことに、「若般」をにゃはんと読めば にゃはん<にほん<日本 に通じ、一方 じゃくはんと読めば じゃくはん<じゃくぱん<ジャパン と通じます。
二つの方向からジャパンと日本という呼び方のルーツに共通する点が見えてきます。
老若男女、若輩の読み方から「若」はにゃく、じゃく、にゃ、が在りますが「若い」は転化したのでしょうか。草かんむりに右の組み合わせの漢字から推理すると、古代人が若い芽や枝葉や右回りに成長すると観察したのでしょう。ですから逆に、草かんむりに左の字をイメージすれば老人から「若人」に戻れることになりそうですね。
これぞ、若返りの秘法でしょうか? ただし、残念ながら草かんむりに左の漢字は見つかりませんでした。

ところで、作家の埴谷氏の名前は本名の般若から採ったものであることを先日知りました。
はんにゃ<はにや<はにわ(埴輪)!? 彼が晩年まで9章にわたり書き続けた「死霊」に「三輪」という名前の重要な人物が出てきます。大三輪>大宮は宮殿>神殿にも通じます。もしかすると埴輪はストーンサークルの代用かもしれません。ケルト文化にも三つの輪が繋がるような文様が見られますが、興味深いものです。

62 千々松 健 :2009/02/19(木) 15:04:12
以下は一つの名前遊びとしてお許し下さい。
ご苗字の「藤原」からは <ふじわら<フジハラ<不二ハラ<富士波螺<富士輪羅 のように意味を変容させて想像して行きました。
富士山は八字を描いたような綺麗な円錐形のカタチをした世界に誇る信仰の山です。二つと無い不二でもあります。波は波動で律動です。輪は円の連環で、螺は螺旋で、羅は森羅万象の羅になろうかと思われます。
(また<56のハラ=神力とも云えるかも知れません)
お名前の「肇」からは <はじめ<宇宙のはじまり<天地創造 が思い出されます。
暗闇の戸を開き、絵や文字を筆で書きはじめるという意味になります。嬉しいことに漢和辞典に「肇造(ちょうぞう)」=創造と出てきました。
すると、藤原肇博士の名前の存在感がイメージと共に浮かび上がって来るのです。

名前遊びは研修のインスピレーションゲームなどでもよく使います。
「肇国」し直すためにも、やはり基本は人材を得ること、育てることが肝心要なのだと思われます。

63 藤原肇 :2009/02/20(金) 02:07:40
研修のインスピレーションゲームに使う名前遊びということで、千々松さんが私の名前に関して想像力を発揮して、色んな興味深い展開をしてもらえて楽しく読みました。千々松さんは名前を文字の面から捉えて、その意味論を展開しているわけですが、同じように音の面から捉えても面白い結果が生まれ、それを言霊という形の神秘主義に結び付けないで、言語の持つ系統発生的な遺伝子みたいな形で考えたら、面白いと考えたことがありました。
なぜならば、文字の発生は官僚制度と結びついていて、記録をつけるために発達したと言われており、それ以前は言葉による伝達と記憶が主役で、ナレーションが文学や歴史の表現として活用されたというのが定説です。だから、『古事記』の太安万侶は暗記した語り部に属し、『平家物語』や『太平記』は琵琶法師が物語り、『イリアース』や『オデュッセア』のホメーロスも盲目の吟遊の語り師で、出雲大社の千家も口伝で物語るそうです。
ところで、長い海外生活を通じて感じたことは、名前の持つ音にはリゾーム的なものがあり、私の肇という名前をローマ字て書いてみると、HAJIMEにな真ん中にJIMがあるので、米国では私の俗名はジムということになるし、アラブ世界ではメッカ巡礼をし終えた人としてハッジと言い、スペイン語にはハイメという名前があるし、中東ではハイムとして呼ばれてきた経験があり、はじめは一として始まりの意味があるわけです。
だから、ファイを導関数で現すと総てが1で構成され、そのことはメタサイエンスの論文の二ページ目に書いておきました。
Holocosmics: Beyond the new horizon of a unified theory in the Meta-Sciences

64 千々松 健 :2009/02/20(金) 12:29:57
はじめの一歩。。。個人的には中東式の「ハイム」が一番好きです。
言語は音声言葉による語り部・口伝の時代が長く存在していて、文字の歴史はごく最近のことであったということを再認識しないといけませんね。

フィボナッチ数列と関連する「Φ」が導関数として総てが「1」で構成されているというのは何と美しいことでしょう!
1を使ってルートか分数のみで無限に拡散して、しかも Φに戻り集中するのですから。

また、HolocosmicsのFig.4:「NULL CONE」の図象は下記の「ゼロ点螺動モデル」と同様なことを意味しているのではないかと観想いたしました。
http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/pythagoras/P&F3.html

65 藤原肇 :2009/02/21(土) 04:49:24
一月八日に謝さんが台北から農場に戻ってきたが、「藤原さんかここに住んで楽しんでくれることで、私にとっては今後がとても楽しいし嬉しい」いって、正式な形で私に次のような確認の手紙を作ってくれた。
LETTER OF PROPOSAL
January 8th 2009.
Dear Dr. Hajime Fujiwara︰
The executive board of the ◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎ Foundation is proud to nominate you as the Director General for the newly founded Research Institute of Cosmic Wisdom (RICW) [慧智研究中心] in Beipu‚ Taiwan‚ starting on April 15, 2009.
Your esteemed present knowledge and past research in the relationship between life and cosmic wisdom are high hopes that inspire our future study and activity. Moreover your concept for solving the current global warming problem is the most advanced in the world at the present time and your contribution could be very great. It is possible to say that it will be beyond our imagination.
Please accept our sincere offer. We will be very proud to invite you to our new institution to do further research in the relationship between nature and human lives with harmony and wisdom.
We deeply appreciate your consideration of our ideal. We hope your contribution and leadership will be great assets for not only our organization but also for human civilization.    Sincerely,
こんな光栄なことはないので感激した私は文書をしたため、米国を引き揚げ四月からここに移り住むことを約束し、実り多い台湾訪問の旅行のクライマックスを迎えたが、ここに一月の体験として1,1,2,3,5,8,という実に不思議な序列に従った、フィボナッチ数列に支えられた地上巡礼が一段落したのである。
(注記::「英語版Japan's Zombie Politicsの出版について」の81),82)で慎重であれとのアドバイスがあったので、それを有難く受け入れることにして、正式な名称の代わりに◎◎◎Foundationという形の記述にした。)

66 千々松 健 :2009/02/21(土) 15:46:08
Letter文中の<with harmony and wisdom>に注目しました。
聖徳太子の「憲法十七条」のはじめに曰く『和を以って尊し』の「和」が「Harmony」に当たるのではないかと思いました。音声的には 和<倭<ワ<輪<環とイメージが広がります。
そして、偶然ですが太子が師事した高句麗の仏僧の名前は慧慈(えじ)で、もう一人の太子の空海が入唐して会った慧果(けいか)も「慧」が頭の方に付きます。
「Wisdom」は叡智(えいち)ですから慧智(えち)に音声上は近いですし、智慧の逆序の理から発想された「慧智研究中心」は大変好い名称と思われます。

ところで、東京羽田と台北の松山空港の間に直行便が来年秋から運航されるとのニュースを聞きました。また、北京と台北の故宮博物館同士の交流が盛んに進められていますように、多少明るい兆しも見えて来たようです。
春遠からず。4月の引越しがスムーズに為りますように。

67 千々松 健 :2009/02/22(日) 22:23:55
不老不死のシンボルでもある「ウロボロス」は蛇が自分の尻尾を咬んでいるカタチですが、蛇は巳とも呼びますから、巳輪<ミワ<三輪に通じて、老子のはじめた道教の三徳や三星の「福禄寿」に通じることになります。
直角三角形に関する定理で有名なピタゴラスがギリシャでモナドを提唱し、その後ライプニッツが神と人間の関係においてもモナドを見いだそうとして、カルバンの予定調和説に近似したのは、西洋にのみ近代科学が始まった理由の重要なポイントであろうかと思われます。三位一体は巳輪や三輪のジャン・ケン・ポンの世界でもあったのです。

それにしても「モナドの中にはあらゆる宇宙の全体が組み込まれている」という考え方はスゴイです。
ライプニッツは行列式や二進法を見いだして現在のコンピュータ世界の基礎をつくったわけでもあるし、ドイツ哲学の父といわれているわけですが、数論のモジュラー形式について、特に「mod9」についてはどこにも触れていなかったのでしょうか?

68 千々松 健 :2009/02/24(火) 08:42:39
>66 小室氏との対話の中から見つけました。
藤原:しかも、孔子が「和して同せず」とわざわざ注釈しているのに、聖徳太子以来の「和をもって貴しとなす」という伝統が無規範的に拡大してしまい、いつの間にか、和することも同ずることも区別がなくなった。そして、和同開珎に象徴されるような円環の中に閉じ込められた全体主義の国になってしまったのです。

また、実藤遠氏の「宇宙生命の科学」から下記も引用します。P286
『われわれ人間は虚の世界のエネルギーである“霊魂”と、実の世界の物質である“肉体”とがハーモニーしてこの宇宙に現象して「永遠の中今」にいるのです。』

「おくりびと」のアカデミー賞 受賞を祝して!

69 珪水 :2009/03/01(日) 11:36:53
博士からメールが届き「間脳幻想」をボロボロになるまで読み解き現在三冊目に入り「手許から離さない」と仰っております、私も相当読み込みましたが、この方には到底及びません。素晴らしい方が居られるのだなーと、感じ入りました。また千々松さんのIQには一度触れてカタカムナのよもやま話など聞かせていただきたいと希望します。

70 千々松 健 :2009/03/02(月) 12:40:58
珪水さま、内地にお越しの節は、是非とも鎌倉へも足を伸ばしてください。
藤原博士とご一緒に神泉の宇野さん宅をご訪問されたとのこと、こちらこそカタカムナのシンズイに一度触れてみたいと願っています。
ここ鎌倉の地にも七福神が在り、坂ノ下にある御霊神社には「福禄寿」が祀られています。散策しながらの対話を楽しみにしております。

「7つの習慣」や「第8の習慣」でスティーブ・R・コヴィーは人間の本質を4つの側面から見ようとしています。その4つとは知的インテリジェンス(IQ)、情緒インテリジェンス(EQ)、肉体的・身体的インテリジェンス(PQ)、精神的インテリジェンス(SQ)で、これら天賦の4つのインテリジェンス(この場合は潜在能力)から「自分の内面の声(ボイス)を発見する能力(ちから)」が生じると述べています。
その「Q」はQuotientのことですが、辞書を調べると興味深いことに「割り算の答え:商」ですから「比率」ともいえるのです。天賦すなわち神から与えられたということからすれば、この比率は「黄金比」に他ならないのです。
人間にもフィボナッチ数列が刻印(ビルトイン)されていたと考えると面白いですね。

さて、西欧はPQとSQとを分けていますが、東洋では肉体と精神は無理に分けようとしない傾向が有りますので、我々も知的・情緒的・身体的の3つのインテリジェンスにして良いと思います。古代ギリシャではロゴス・パトス・エトスの3つとしていましたから、それに準じているとも云えます。
札幌農大でクラーク博士の影響を受けた内村鑑三は、武士道とキリスト教をハーモニーさせて、日本的なキリスト教の信仰を深めて生きたいと願っていたと思われます。武士道の「智仁勇」はまさに「知的・情緒的・身体的の3つのインテリジェンス」に該当するものです。また、キリスト教の父と子と聖霊の三位一体も、よくよく考えると、知・ロゴスは聖霊に、情緒・パトスは父に、身体・エトスは子にカサネることができるのです。

71 千々松 健 :2009/03/06(金) 15:17:18
【ゼータ関数との関係を覗いてみると・・・】
円周率と黄金比との関連を思考する過程で「すべての楕円曲線はモジュラー形式のゼータが付随する」という記述に出会いました。(「感動する数学」 桜井進著)
初めて耳にする「ゼータ」には興味が湧きますが、何分数学には弱いので、辛いところです。

「平方根の逆数を足し合わせた値はいくらになるのか」といったバーゼル問題をオイラーが解いて、リーマンがゼータ(ζ)関数として発展させています。
そのゼータ関数は無限を有限にする?面白い性質を持っていますし、ゼータ関数の逆数はメビウス関数で表せるそうですから、宇宙巡礼者の一人にとっては、まさに感動モノでした。

『オイラー級数 Σ1/n^s = 1/1^s + 1/2^s + 1/3^s + ・・・において
s>1のときは収束し、0<s≦1のときは発散する。
Sが2以上の偶数の場合結果はすべてπ^sの倍数になり、有理数×円周率のS乗となるのです。
ζ(2)=π^6 /6、ζ(4)=π^4/90、ζ(6)=π^6/945、ζ(8)=π^8/9450、ζ(10)=π^10/93555、』

注目すべき点は分母の数字です。6は6のままですが、その他の90、945、9450、93555、は全て9で割り切れます。すなわちモジュラー形式のmod9では0に置き換わります!これは何かを意味していますね。
Sが奇数の場合は難しくなることは別にしても、
次のように、Sが負数になると思いがけない結果が出てくるので、これにはビックリ仰天でした。
ζ(−1)=1+2+3+4・・・=−1/12
ζ(−2)=1^2+2^2+3^3+4^2・・・= 0
これらもゼータ関数の不思議な性質なのでしょう。

今年、21世紀マンダラとして公開した「神聖方陣とラセンモデル」との関連を考察します。
すると、フィボナッチ数列をモジュラー形式のmod9で表現したときに現われる12の陰と12の陽の循環に「12」という数字が見られます点、
およびフィボナッチ数列の第12項目目に当たる144=12^2の列も行も全てが0で埋め尽くされている点の二点で関連性があると思われます。

72 千々松 健 :2009/03/12(木) 23:38:53
「ハーモニー」に寄せて
会計学の父とも言われるルカ・パチョーリは、1509年に『神聖比例論』(印刷版)を上梓するに際して、盟友のレオナルド・ダ・ヴィンチに多くの幾何学的挿絵を描いてもらっています。そのレオナルド・ダ・ヴィンチは神聖比例について、詩文よりも絵の方が視覚的に示すことができる点で優れていると論じ、次のように主張したといいます。

『絵は物言わぬ詩文であり、詩文は盲目の絵である……最も高貴な感覚である絵からは、調和に満ちた神聖比例が生まれる……詩文の音楽的ハーモニーよりも絵の中の天使の顔の神聖比例的美のほうがもっと優れている。なぜなら、その造形が神聖比例的な一つの調和を生み出し、音楽が耳へともたらす調和と同じ効果を目にも与えるからだ。』

当代一流の芸術家によるイラストとヴェネチアで複式簿記をまとめたルカ・パチョーリの文章との統合により完成した「神聖比例論」の誕生から、今年は丁度500年目の記念すべき年に当たるのです。
同じくイタリア人のガリレオ・ガリレイが天体望遠鏡を自作してから400年目ということで今年は「世界天文年」で有名ですが、こちらの方も取り上げても良いのではと思い筆を執りました。
1,1,2,3,5,8,13... 明日は13日の金曜日です。フォボナッチ数列の第7項目が13とはラッキーかアンラッキーなのでしょうか?

73 千々松 健 :2009/03/16(月) 22:36:12
「FLKM系列」の相互関係式から
x^2+x−1=0 の方程式の解が Φとφ すなわちラージファイ(1+√5)/2 とスモールファイ(1−√5)/2 になる訳ですが、

フィボナッチ数列を3倍してできる数列をK系列にちなんでケン数列として呼ぶことにして、その性質を解くと下記の数式が出てきました。
 Φ^2 + 3Φ − √5 = 0 (Φ≒1.168)
 φ^2 + 3φ − √5 = 0 (φ≒0.618)
黄金比を産むフィボナッチ数列をmod9でモジュラー化して得られた「FLKM系列」同士の関係を見つける中で必然的に出てくるものですが、この式も2−3−5のフィボナッチ数で表現されているのは大変興味深く思われます。
http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/pythagoras/Fai-fai.pdf

74 千々松 健 :2009/03/17(火) 21:17:29
>73を下記のように修正をさせていただきます。+や−が混乱してしまい済みませんでした。
「FLKM系列」の相互関係式から
x^2−x−1=0 の方程式の解が Φとφ すなわち (1+√5)/2 と(√5−1)/2 になる訳ですが

フィボナッチ数列を3倍してできる数列をK系列にちなんでケン数列として呼ぶことにして、その性質を解くと下記の数式が出てきました。
Φ^2−3Φ+√5=0 (Φ≒1.618)
φ^2−3φ+√5=0 (φ≒0.618)
黄金比を産むフィボナッチ数列をmod9でモジュラー化して得られた「FLKM系列」同士の関係を見つける中で必然的に出てくるものですが、これを眺めますと、2−3−5のフィボナッチ数で表現されているのは大変興味深いことです。
そもそも x^2−x−1=0 においても、2−1−1−0のF数列が見られるのでした。

75 藤原肇 :2009/03/23(月) 08:58:25
長らく住み慣れたアメリカを去るに当たり、アメリカ大陸で見落としていた穴場として、風光明媚な火山と軍隊のない中立国である、コスタリカを放浪してみることを試みた後で砂漠に戻ってきた。地球の温暖化で乾季の三月だのに雨が降ったが、それでもArenalとIrazuの二つの火山を訪れて、円錐形の山体や美しい火口湖などを満喫したし、国立博物館ではコスタリカ南部にだけ残っている、Stone Spheresと呼ばれる不思議な球体に接して、これがHolocosmicsの論文で論じたトーラスだと確信した。
そうなると後一つ残るのが円柱との出会いだが、それを捜し歩いたのに最後まで手がかりがなく、張さんの鉄棒に相当するものとは出会えないのかと心配した。ところが思いかけないことにサンロゼ滞在の最後の日に、新設の児童美術館の開館式に行こうとRoberto Lizano画伯に誘われて出席した。
そこは町の南の丘の上の元監獄を改装したもので、驚いたことにこれは英国のベンサムが論じたPanopticonであり、私は確かミッシェル・フーコの『犯罪の歴史』でそれを知り、監視や犯罪との結びつきについて感じさせられた。そして、アメリカに戻る飛行機の中で新聞を開いたら,AIGの役員の詐欺的なボーナス事件でアメリカは大揺れだし、自宅に帰りついてインターネットを開いてみたら、日本では公案畑から官房副長官に抜擢された漆間巌の指揮で、東京地検が国策逮捕を繰り返して騒然としており、行き詰った麻生が国家権力を使い牙をむき出しにして、カネに汚い小沢の追い落としをしていたと知らされた。
安定していた昔のStone Spheresの遺物がPanopticonを経て、千々松さんがかつて論じていた回転運動の中で、独楽が首を振って円錐運動を始めて倒れるプロセスによると、最後に火山の爆発として炸裂に移行するとしたら、この動態幾何学の行方は何とも薄気味悪いものを感じさせ、これがデルホイの神託として『己を知れ』によって、無知の知に二つあるという教えかも知れないと思った。

76 千々松 健 :2009/03/23(月) 21:37:42
「○△□−●」の流れを順序とすれば、「●■▲−○」の流れはまさに逆序になりますね。
ただし、私の『三拍子でワルツを踊ろう』の研修パターンでは、逆の流れを想定していなかったので、いずれ試してみようと思います。また○は自然、安定、調和、△は論理、化合、爆発、□は人工、道具、行為をあらわすと考えれば、○球(トーラス)、△円錐、□円柱が Stone Spheres, Arenal/Irazu火山, Panopticonと繋がります。
それにしても、Arenal/Irazu とはなんとも古代日本的な名前ですね。ビックリしました。

ところで、Stone spheres は日本の勾玉に相当するものではないでしょうか。そして、それを貫き通した長い玉の緒にして輪を作ると、それはウロボロスに見えてくるのではないでしょうか。
八尺鏡に自分自身を映して、己(自身)を知れば、二つの知、有知の知と無知の知が逆転することもありましょう。普通の鏡は左右は逆転して見えるものですから。しかし、刀=武器(軍隊)を持たないコスタリカの行き方は羨ましいですね。
なんだか「玉・刀・鏡」が出てきて三種の神器みたいになってしまいましたので、話を元に戻します。なにしろ図形の基本は○△□ですから、今後も忘れないで行きたいと思っています。

77 千々松 健 :2009/04/04(土) 13:21:05
「地球は青かった」これは宇宙飛行士のガガーリンが残した有名なことばですが、地球は「水」が生んだ生命の宿る奇跡の星であることを示唆していました。
H2Oの三体すなわち気体としては水蒸気、液体としては水、固体としては氷という三つの相が地球上には通常に現われている不思議さを思います。しかもその相の違いが温度にのみ依存するということを地球温暖化問題に関連して考えさせられるのです。

ところで、水が温度により形態を変えるのを、フィボナッチ数列から導き出されたFLKM系列の「数の流れ」との関係で観察するのも面白いかもしれません。
例えば気体はK系列で、液体はL系列で、固体はF系列だと仮定しますと、FLKM系列の中でも異色なK系列はそれら全てに共通するベースであると考えると良いでしょう。

「ミトロカエシ」とは要するに『気体、液体、固体という三つの相が異相界面作用をすると、宇宙的規模の現象が起ることの分りやすい解説である』―――藤原肇著「アメリカから日本の本を読む」の「謎のカタカムナ文明」(阿基米得)をWebテキスト上で見て、以上のことを思いついた次第です。
何と、我田引水?ですが、その点は水に流してください。

78 千々松 健 :2009/04/05(日) 12:47:54
「宇宙波動と超意識」の中で、砂生氏は『人間は何のためにこの世に生まれてきたのかという質問をよく受けます。これに対する答えは「人格を磨くためである」ということです。(中略)
人格を磨くとか人徳を身につけるとか、魂を磨く、意識を高めるという言葉は、すべて同じことを意味します。(中略)
意識を高めるための心構えを、最も簡単な言葉で表せば感謝、反省、実行です。』と述べておられます。

確かに「感謝、反省、実行」の三つがポイントであると思います。これらの人間力は「智仁勇」を身に着けることで鍛えて行かねばなりません。
感謝は他人に対して行なうものですから仁に関係し、反省は本質を捉える知ということで智に関係し、実行は一歩前に出る勇気が伴いますので勇に関係すると言えます。
それを図形の基本に重ねて、○△□で思考するとインスピレーションが鍛えられるはずです。そして「三拍子でワルツは踊ろう」の軽快なリズムでもって生きたいものです。

79 千々松 健 :2009/04/10(金) 10:57:04
「国家の品格」を書かれた藤原正彦先生は33年間勤められたお茶の水女子大学をこの春めでたく定年退官されました。
数学者として、文学者として、また海外生活経験者として豊かな見識を持たれた方ですので、大学組織を離れての今後の出筆活動が楽しみです。
退官記念講演では、やはり「数学の美しさ」を述べておられます。単純が複雑を統制する美しさや、調和(ハーモニー)に美を感じることのできる数学者になるためには美的感受性が必須であり、数学はむしろ文学に近いと述べられていました。
確かに数学は森羅万象を記述する言語であり、自然科学に役立つものであっても自然科学そのものではないのです。

この「森羅万象を記述する言葉」がいわゆる「天書」であり、その中身は「数の流れ」であり、「フィボナッチ数列と黄金比」であると考えて良いと思います。

80 藤原肇 :2009/04/20(月) 12:01:25

慌しい引越しを終えて太平洋を一飛びし、台湾の慧智研究センターに着任しました。
それにしても、山奥にある農場は山紫水明で風光明媚とはいえ、余りに遠隔地に位置する仙境のせいで、インターネットの便が至って悪く情断が支配し、世界情勢が全く分からない状態が続いています。電話回線を使った旧式システムのために、三台持ってきた日本語のコンピュータは使えず、書いた文章をフラッシュメモリーに移して、それを中国語のコンピュータに貼り付けて送信するので、文章一つ書くのに何倍も時間がかかります。
文明を謳歌した環境の中でスポイルされ、すっかり人造人間になり果てた自己に遭遇し、大自然の中で不自然な自分を再発見して、最初の数日間はショックに見舞われました。レヴィ=シュトラウスのブラジルでの体験が、裏返しの状態でメビウスの輪を作って、『悲しき熱帯』を追体験させたのなら天の采配です。自然に恵まれた環境を野蛮だと嘆く前に、野生とは何を意味するかについて吟味して、これからの生き方を考える必要を感じました。
周辺を眺め渡すと草木は生命力に満ちており、沸き立つ霧や流れる雲を背景にして、乱舞する蝶や露を宿す大きな蜘蛛の巣にも、渦や螺旋を読み取るように目が慣れるに従い、フィボナッチの世界に包まれていると感じます。しかも、再び体の中に活力が漲り始めたことが分かるので、徐々にしても良い構想が湧き上がりそうです。

81 千々松 健 :2009/04/23(木) 11:09:29
藤原博士が無事に「仙境」へ軟着陸されたことをお喜び申し上げます。

スレッド番号81から81=9×9をイメージして
「FLKM系列」は多次元にも出現する!
フィボナッチ数列をmod9で観ると11-88のF(フィボナッチ)系列となり、F系列を二次元に展開して掛け算をし(すなわち面積を出し)同じくmod9で観ると11-88のF系列の他に22-77のL(リュカ)系列、33-66のK(ケン)系列、44-55のM(ミチコ)系列の四種類の数の流れが出現することを明らかにして来ました。
そこで今回は更に、立方体の3次元に拡大して(体積で計算して)も同様な数の流れが現れることを確認しました。
このことは、何を意味するのでしょうか?
どんなに次元を増やしていっても、モジュール形式の「mod9の世界」で観れば、フィボナッチの世界は循環に置き換えられることになるだろうということです。
そして、縦にも横にも隣同士の数を足したものが次の数値に成るというごく単純な計算と24毎の繰り返しのラセン形状が観察されるのです。
多分ピタゴラスの『万物は数である』やヘラクレイトスの『万物は流転する』はこのことを示唆していたに違い有りません。

82 mugcup :2009/04/26(日) 03:00:46
初めまして、藤原氏の「日米文化会館騒動に見る日系モミニュティの混迷」
を毎日新聞社から送られてきましたので拝見しました。今私が公開している当地の
日系社会に重なる部分が多く、藤原氏のするどい読みに拍手を送りたい気分です。
LAの日系社会とはほんとうに、、、もしよろしければご覧になってください。

http://mugcupsusa.cocolog-nifty.com/

また当地在住のS氏は藤原氏とは懇意にあるとかで藤原氏のご活動に関してのお話は伺いました。
今その方からいただいたい「小泉純一郎と日本の病理」を拝見中です。

83 千々松 健 :2009/04/27(月) 21:39:20
フィボナッチ数列(F系列)の整数倍がFLKM系列に他ならなかった!
 元来のフィボナッチ数列は
1,1,2,3,5,8,13、21,34,55,89,144、233,377,610、987,1597,2584・・・ですが、
これを9で割った残りの数に変換すると(すなわちmod9でモジュラー形式にすると)
1,1,2,3,5,8,4,3,7,1,8,0,8,8,7,6,4,1,5,6,2,8,1,0、その後は1,1,2,3の繰り返しとなり、
24項目毎の循環性が観察され、前半の12項目と後半の12項目を重ねると1+8=9=0のように全てが0になります。
そして、この24項目を多次元に掛け合わせて出現する四種類の数の流れを「FLKM系列」と呼んでいます。
(この点に関して初めての方は「神聖方陣とラセンモデル」で検索願います)

 本日は、藤原博士をはじめ「宇宙巡礼」をご覧の皆様へ新たな考察で明らかになりましたことを一番にご報告させていただきます。
「1,1,2,3,5,8,4,3,7,1,8,0,8,8,7,6,4,1,5,6,2,8,1,0」をフィボナッチ(F)系列と呼ぶと、
L系列は2×F、K系列は3×F、M系列は4×Fといえることを確認できました。もちろんmod9の世界で見るという前提ですが。
例えば1,1,2,3,5,8を2倍すると2,2,4,6,10,16、になりますが、mod9では2,2,4,6,1,7、となります。これを隣同士の数を足して次の数になるようにすると「2,2,4,6,1,7,8,6,5,2,7,0,7,7,5,3,8,2,1,3,4,7,2,0」が生じますが、この中にはリュカ数
の1,3,4,7が綺麗に入っています。22-77に特徴が見られます。(L系列=2×F系列)
従ってFLKM系列はF系列を整数倍したものに相当すると言えることになります。
では、5倍はどうでしょうか、それは4倍したものと前半と後半を入れ替えたものになります。同様に6倍は3倍に、7倍は2倍に、8倍は1倍に相当するのです。足して9になるところが何とも不思議です。

84 千々松 健 :2009/05/02(土) 19:34:47
 先週から新型インフルエンザの人間への感染が確認されて、世界的に騒ぎが広まっています。
A型インフルエンザウイルスの構造についてはHAが16種、NAが9種あり、それらの組合せで144種類の型(亜型)が理論に存在するといわれています。
今回の「H1N1」は1918-19年に流行したスペイン風邪と同型といいますから、90年目の再来でしょうが、無事におさまってくれることを祈ります。

 さて、ウイルスの構造とフィボナッチ数列を結び付ける何かがないかを見てみました。
そもそも144の数はF数列の第12項目に現れる数値です。
16×9=144、16=4^2、9=3^2、144=12^2 
9はmod9の9との関連で、また16=4^2はFLKM系列の4種類の数の流れとの関連で考えることが出来るのではないでしょうか。144はmod9では0になる最初のフィボナッチ数列でもあります。
古い資料ではHAは15種類までしかないのですが、web検索の結果2005年に16種類目が見つかり最新ではHAは16種となっています。これで全てが出揃ったと言えるでしょう。
 フィボナッチ数列の殿堂が役に立つ分野は図り知れないのですが、このような分子生命科学辺りが一番早い成果を上げる分野になるのではないかと思っています。

85 千々松 健 :2009/05/04(月) 22:56:45
「自然の真の意味は、数が示す調和の中にしか見い出せない」としたピタゴラス学派の確信は間違いではなかった。
「宇宙の核心に秘められている数学的秘密をあばく鍵」・・・それはフィボナッチ数列とモード9である。
「宇宙のデザイン原理」はフィボナッチ・リュカ・ケン・ミチコ系列の4種類の数の流れにある。
「全てを包み込む自然法則」はシンプルで、平明であり、美しい。

 東洋の生んだ曼荼羅Mandalaは宇宙の本質を表わしたものと言われているが、この『神聖方陣とラセンモデル』は日本の生んだ「21世紀のマンダラ」と言えよう。

86 千々松 健 :2009/05/05(火) 09:06:15
プラトンの夢、アインシュタインの夢、そして私たちの夢を「超弦理論」は、やがて叶えてくれるでしょう。

超弦理論によれば、自然界の4つの力(電磁気力・強い力・弱い力・重力)は弦の振動状態の4つの違いとして表され、理論が無矛盾であるためには時空は10次元(時間は1次元、空間は9次元)が想定され、我々の住む時空は4次元(空間の3次元と時間の1次元)だけに開かれていて、残りの空間6次元はコンパクト化されて閉じているそうです。
超弦理論と「21世紀のマンダラ」との関連を見みると数において大変興味深いものが有ります。
先ず「弦の振動状態の4つの違い」はFLKM系列の4つの違いに関連して、空間が9次元であることはmod9の9に着目せざるを得ません。更に、コンパクト化される6次元に関してはFLKM系列のうちK系列が想定されます。なぜならK系列は「33606630」と8個の数で他のFLM系列の24個に比べてコンパクトになっているからです。そして、FLMの3系列が空間の3次元に相当すると見てよいでしょう。

 今後の万有理論の詳細な解明は最先端の優れた科学者にゆだねるとして、大局を観る目は、私たちのアタマの中でしっかりと育ておく必要があります。

87 藤原肇 :2009/05/09(土) 11:36:54
数年ぶりの松江での墓参を試みた機会を利用して、「山根ブロッグ問題」で記憶する人も多い山根治氏に会い、多くの面で未来に期待を託しました。彼は「宇宙巡礼」の議論を読んで露伴の「連環記」に感銘しており、色々と露伴の作品や博識について話し合ったし、私の台湾での計画と共通するものを企画中で、島根県に人材のハブを作ろうとしていました。
彼は広島と島根の境界地区に数千町歩の山林を持ち、そこにソフトな人材の拠点を作る計画を進めており、彼の案内でその地を訪れてきました。
きっとそこと台湾が結びつきを持つことによって、若い人材が育つ場が広がると思います。それに脱藩道場のメンバーが参加することによって、人材のネットワークが広がることにより、現在の日本を包む閉塞感を突き崩せるし、アジアおけるソフトとウエットウエアーを育てる上で、これからの人材の活躍の場になるでしょう。

88 千々松 健 :2009/05/16(土) 23:46:23
本日、電車の中で加島祥造氏の「HARA−腹意識の目覚め−」を一気に読む。
「頭・胸・腹」の昆虫の機能の3要素を思い浮かべながら、楽しく読めた。人生の後半をタオイストとして伊那谷へ独居した詩人の優しさが読み取れる。
明治時代に「武士道」新渡戸稲造と「茶の本」岡倉天心が日本文化を欧米に紹介したが、前者は父権性男文化の肝意識を後者は母系社会の腹意識を代表していたとしており、荒魂と和魂と二重構造を持った日本文化論にもなっている。
それは金剛界・胎蔵界でもあり、陰・陽でもあり、彼の老子「道徳経」の現代語意訳詩の全文を読みたいと思う。

89 ヒロイエ :2009/05/17(日) 19:56:45
藤原さんの墓参はなによりです。
その際に、山根さんと接触があり、台湾と島根のコラボができると聞き
特に、松江生まれにの小生の息子にもぜひ参加させたいと
考えており、微力ながら協力させていただければと思うしだいです

90 千々松 健 :2009/05/18(月) 15:53:47
老子「道徳経」第四十二章 道生一、一生二、二生三、三生萬物。萬物負陰而抱陽。の箇所を加島祥造は次のように詠っておられる。
「タオの始源(はじめ)には あの混沌(カオス)があった。それを一としょう。
その一から陰と陽が生じた。それを二としよう。
そして このふたつの間から三、すなわち この世のすべてのものが生まれたのだ。
すべてのものは、だから、陰を背に負い 陽を胸に抱いているのであり、
そしてこの二つが 中心で融けあうところに 大きな調和とバランスがあるのだ。」
「タオ−老子」ちくま文庫P147
何とすばらしい翻訳であり、分かり易い解釈であろうか?
現代日本の若者たちにも、これなら大歓迎であろう。

さて「フィボナッチ数列の殿堂」との関係で言えば、
1,2,3は、1、1+1=2、1+2=3として現れる基本的な流れであり、かつ
「フトマニ」すなわちAとBを良い関係にして(この場合は足して)Cと置くことである。
フィボナッチ数列をモジュール形式(mod9)に置き換えることによって得られる
12+12=24の循環する「数の流れ」*が「この世のすべてのもの」に内在する理
(ことわり)であると言えましょう。
「数の流れ」*『1,1,2,3,5,8,4,3,7,1,8,0,8,8,7,6,4,1,5,6,2,8,1,0』 
前半の12項目1,1,2,3,5,8,4,3,7,1,8,0を陰として後半の8,8,7,6,4,1,5,6,2,8,1,0を陽とすれば
陰陽の関係が具体的な数の並びとして示されることになるのです。
そして、これが「神聖方陣とラセンモデル」に繋がるのです。

91 千々松 健 :2009/05/19(火) 20:19:46
<自己組織化のリズムについて>
生命科学の関連で「生命―その始まりの様式」多田富雄・中村雄二郎編 誠信書房1994年を読む。
その第15章「生命の始まりとリズム」中村雄二郎から多くのヒントが得られる。
1)プラトンの「振動する箕」(ふるい)にたとえられたコーラー(場)での形と数による宇宙の秩序づけという考え方が、現代物理学における「振動する量子場」の考え方に照応すること。
2)藤原咲平の<集積の原理>は台風の観察から、渦巻きにおける物理エネルギーの集積可能性を見つけて、生物と無生物の境界を撤廃する可能性があること。
3)空海は「声字実相義」の中で、地・水・火・風・空の五大にみな響きあり、更に精神活動の識を含めて森羅万象のうちにリズムの遍在を見ていたこと・・・

リズム(律動)に関していえば、フィボナッチ数列が正にそのリズムを産み出す母型(マトリックス)で、その母型とは老子の言う「玄牝」に相当するものであり、「21世紀マンダラ」はフィボナッチ数列から生まれた「数の流れ」が<形と数による宇宙の秩序づけ>をしていることの証しになるでしょう。
スーフィーが踊る『旋舞』は最終的には三拍子のリズムになるそうですので、西も東も天地人は三つの響きとなるようです。

92 千々松 健 :2009/05/20(水) 22:03:17
このところ縦続きに登場しますことをお許し下さい。
また、自説を唱えることばかりで、ブッククラスターの皆様にはいささか食傷気味であろうかと思われるのですが、大切な事柄であるので、ご容赦願います。
どうか同時進行の考察に加われることを是非とも楽しんでいただければと願っています。

さて、フィボナッチ数列のひふみ化(mod9)により出現する4パターンの数の流れであるFLKM系列を円形の中で見える化できないかと工夫した結果を下記に本日アップしましたのでご覧下さい。
ある数を秘数の9で割り余りの数に置き換えるという計算方式を日本では「ひふみ算」と言いますが、現代の数論では「モジュラー形式」または「法」と言います。この「法」から八本の車軸のある「法輪」をイメージすることで、この度はFLKM系列の見える化ができました。
二年前に古神道のハラからニュートリノのゼロ点螺動をイメージしたことが有りましたが、90度の軸を45度の軸にして4象限の陰と反対に現れる4象限の陽が0点によりバランスしていることが分かります。
――>FLKM系列と陰陽のバランス「法輪」2009.5.20
http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/pythagoras/FLKM8.html
参考:ハラとゼロ点螺動モデル 2007.3.12
http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/pythagoras/P&F3.html

93 けいすい :2009/05/21(木) 13:38:54
博士のどの本かは思い出せませんが水(H2O)三角錐の角度を書いておりました、それでその模型をつくり水が流れるように流してみたことが博士と出会った当時実験をしました。風水でなぜ45度の図が使われるのか?自分なりに納得したことがあります。健さんの研究の参考になればと思います。納得した45度に関してはお会いしたときにでも説明したいと思います。いろんなことに応用ができるのでわ?と思います。

94 千々松 健 :2009/05/22(金) 21:41:55
>93 いつも有難うございます
確かに何処かで読みました。三角錐の水の模型たちが坂を流れ落ちる様子・・・但し45度の角度には気がつきませんでした。
<最近読んで印象的だった本>の方が良いのかも知れませんが、勢いでここにします。
西田幾多郎の弟子にあたる三木清は「構想力の論理」1939年の中で「ロゴスとパトスの統一をめざした自分の<構想力の論理>とは、実は<形の論理>であった。」と述べている。
誤解を恐れずに言うと、ロゴスは△で論理、パトスは○で情緒、エトスが□で形・パターンや行為である。
エトスは智仁勇の勇に当たり、勇気、行為、意志であるし、一歩前に出る勇気でもあろう。西田の言う「行為的直観」や「純粋経験」に当たるはずである。<形の論理>とは『・・・アウノスベシレ カタチサキ』のカタチに該当する。ゲーテがファウストで「はじめにことばありき」を「はじめに行為ありき」と訳したりしていたことが思い出される。(左脳がロゴス、右脳がパトスとすれば、エトスは小脳か間脳であろうか)
また中村雄二郎は「かたちのオディッセイ」1991年の中で「かたちはリズムだ」「哲学はリズムである」さらに、音(振動)が形を産み、生物と無生物の違いに関係なく、リズム性、振動、および順列性が共通にあると興味深いことを哲学者の視点から語っている。それはデカルトの友人のホイエンスがリズムの共振とか共鳴を発見していたことにルーツがあるようだ。
そして、ハンス・イェンニがキマティークの実験で「ヤントラ」を再発見したことを知り驚いた。歴史は廻ってきたのであろうか?
「21世紀マンダラ」はそれに新たなカタチを加えることが出来たのであろうか?
「無限の存在と意味とを生み出す場所でありシステムである」(中村雄二郎)というマンダラに成りえようか?

95 千々松 健 :2009/06/06(土) 12:06:39
<フィボナッチ数列から生じる「神聖方陣」に12種類のピタゴラスの定理を見る>
 有名なピタゴラスの定理「3^2+4^2=5^2」をmod9で見るとどうなるでしょう?
3^2+4^2=5^2、は9+16=25となり成立するが、これをmod9(その数を9で割った余りに置き換える計算法)で見ると0+7=7で、やはり成立します。
それでは、神聖方陣の対角線に現れる11407170411011407170411の回文から何を読み取れるでしょうか?
対角線の数値はフィボナッチ数列を二乗したもの該当して、それぞれは1から9までの二乗数がmod9で表示されたものに他ならないのです。
すなわち、1は1^2、8^2、4は2^2、7^2、7は5^2、4^2、0は3^2、6^2、9^2(0^2)です。
もちろんmod9 (9を法としたモジュラー形式)にての観察結果です。
(例えば5^2は25、25÷9=2余り7、又は2+5=7なので、7になる)
 3^2+1^2=8^2 3を0又は9=0に置き換えても成立する。(11-88) フィボナッチ系列
 3^2+2^2=7^2 3を0又は9=0に置き換えても成立する。(22-77)リュカ系列 
 3^2+6^2=9^2 3を0又は9=0に置き換えても成立する。(33-66)ケン系列
 3^2+4^2=5^2 3を0又は9=0に置き換えても成立する。(44-55)ミチコ系列
すなわち、神聖方陣の世界では合計12種類のピタゴラスの定理が成立しています。
そのうちの1つが通常形式のピタゴラスの定理と重なっているに過ぎないのです。
そして、FLKM系列との関係を見るならば、上から順番に該当しているのです。
 http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/21Mandala.html

96 千々松 健 :2009/06/06(土) 18:19:25
>95のつづき
<3^2+6^2=9^2 の新展開、mod9の世界ではX^n+Y^n=Z^nが成立することもある>
 フェルマーの最終定理が300年の眠りを裂いて20世紀末にワイルズによって証明されたことは記憶に新しいのですが、
21世紀に出現した「神聖方陣」の中、すなわちmod9化されたフィボナッチ数列の世界では、何とその定理は成立しないことが見てとれました。これは事実です。

【3^2+6^2=9^2】が成立することは95ので述べたとおりですが、乗数を3にして見ましょう。
【3^3+6^3=9^3】27+216=243で729にはならないではないか。。。。
しかしmod9の世界では、27÷9=3余り0、216÷9=24余り0、729÷9=81余り0 なので
【3^3+6^3=9^3】は【0+0=0】となり成立してしまうのです。乗数Nが4以上の場合も同様です。
なお、3、6、9の組合せであれば、項目の並び順番は問われない。全て0のオンパレードになるからです。

 X^n+Y^n=Z^n nが3以上はあり得ないというフェルマーの最終定理は対称性の強く出現するモジュラー形式の世界では成立しないことが明らかになった訳です。
 以前より「3,3,6,0,6,6,3,0」というK系列は他のFLM系列の24項目に比べて8項目と短いので、何か特殊な意味があるのではないかと睨んでいたのですが、その一つがフェルマーの最終定理に関係していたというのは我ながら驚いています。

97 千々松 健 :2009/06/08(月) 10:32:55
【3^3+6^3=9^3】はmod9の世界での話しですので、今後の約束として、【 】で囲まれた数式類はmod9で計算した場合を意味することにします。そうすれば混乱を避けることが出来るでしょう。
X^n+Y^n=Z^n はnが3以上の場合は成立しない。(フェルマーの最終定理)
しかし、モジュラー形式(保型形式)では【X^n+Y^n=Z^n】の成立する場合があると言えるのです。
そこで、FLKM系列を特徴づける数について観察しますと、興味ある事実が見えて来ました。
【1^3+8^3=9^3】【2^3+7^3=9^3】【4^3+5^3=9^3】は1+8=9の形になるので9=0
さらに乗数を増やすとどうでしょう?
【1^4−8^4=9^4】【2^4−7^4=9^3】【4^4−5^4=9^4】は1−1=0の形になります。

手計算をしていただくだけで判明しますが、nが奇数のときは加算で、偶数のときは減算の形に変わります。
ただし【3^n+6^n=9^n】はnが奇数でも偶数でもそのまま成立します。0±0=0に成るからです。
1+8=9、2+7=9、3+6=9、4+5=9 がFLKM系列に関係していることは明らかでしょう。
ピタゴラスは二次元世界を、フェルマーは三次元(それ以上)世界を考えていたわけですが、更にn次元で自由に思考することに慣れていくためには、このように「古くて新しいmod9の算術世界」が必須になることと思われます。
そして、そこから生まれる色々な事実が素粒子論にも新たな光を与えて行くのではないかと予想しています。

98 千々松 健 :2009/06/08(月) 21:59:47
科学雑誌のニュートン別冊 「素粒子とは何か」−クォークから超ひも理論まで− がこの今月出版されたのでカラフルなビジュアルを見ながら読んだ。
2008年度のノーベル物理学賞に輝いた南部陽一郎、小林誠、益川敏英の3氏とニュートリノ天文学の小柴昌俊氏の研究成果などが、われわれ素人にも分かり易く展開されていた。

 昨年来、わたしは「21世紀マンダラ」の中で、2)超弦理論で弦(ひも)が「四つの基本振動パターン」を持つ理由になるかもしれない。とか、3)素粒子論の「対称性の破れ」の理由になるかも知れない。と神聖方陣とラセンモデルの利用価値について述べてきて来たわけですが、この別冊を読んで、それは確信に近いものとなりました。
例えばクォークの6種類については、第一世代の「アップとダウンのペア」は1−8のF系列に、第二世代の「チャームとストレンジのペア」は2−7のL系列に、第三世代の「トップとボトムのペア」4−5のM系列に見立てれば良いのです。同様にレプトンの6種類については「電子ニュートリノと電子のペア」は8−1の逆F系列に、「ミューニュートリノとミューのペア」は7−2の逆L系列に、「タウニュートリノとタウのペア」は5−4の逆M系列に見立てたらよいと思います。
また、クォークに光の三原則を重ねて見るのは面白いと思う。三色が重なったところは白色になるわけですが、そこには3−6のK系列を持ってくるとピッタリするのです。
 そもそも素粒子を点ではなく線または紐(ひも)として把握することは良いとして、ひもが閉じているか開いていつかの問いかけは旨くないように思う。
その点に関してはFLKM系列のように24項目で循環する数の流れとして見れば良く、それらは螺旋状に連続しているので、閉じているようで閉じていないのである。
このように一旦「数の流れ」で見るならば、バイオリンの弦の振動によって様々な音色が出るように、また様々な色彩が波長の違いで目に入るように、更には宇宙や自然が様々なカタチを見せることも理解されることであろう。
いずれにしろ大規模実験が進む素粒子物理学の今後の展開が面白そうである。

99 千々松 健 :2009/06/11(木) 13:49:45
『カントは「自然は、それが同時に藝術と見える場合、美である。」といつた。自然が美であるのは自然が技術的であるためであり、自然美の根柢には自然の技術がなければならぬ。しかる
にカントが「自然の技術」Technik der Natur といふものは自然の形式的論理的合目的性である。かかる自然の論理的合目的性と美的合目的性との間には內面的關係が存しなければならない。』
と三木清は「構想力の論理」の中で述べていた。
まさに、自然の造形美には「宇宙の偉大なる建築師」が関わっているとしか思えないし、その論理と美しさとを結びつけるものこそ「フィボナッチ数列」であると考えてよいと思う。

100 千々松 健 :2009/06/23(火) 10:44:31
>100に因んで
二進法はライプニッツが考案したものと言われ、それはONとOFFによるコンピュータ計算に役に立つことになった。
ところで、9と言う数は二進法では1001となり、三進法で9は100、九進法では9は10となります。
次に「mod9」は要するに九進法ですねとの誤解があるようですので、その違いに触れて置きます。
九進法では9は10となりますが、mod9では9÷9=1余り0ですから、9は余りの数の0に置き換わります。20は九進法では22ですが、mod9では10以上の位は無視されて、一の位の数を拾って2となります。
ひふみ算(法・保型形式・モジュラー形式の内の9のケース)が、何故9であるかは不明です。それは神に貞(き)くしか有りません。確かに十進法は便利でしょうが、二進法と同じく人間の考え出した計算方法に過ぎないのです。
金剛界曼荼羅は九会(くえ)マンダラとも言いますが、構造は9つの数のフラクタルになっていて、大の九、中の九、小の九、、、同様な数の流れの繰り返しです。

101 千々松 健 :2009/07/28(火) 20:38:47
幾何学を重視したピタゴラス教団が五芒星や五角形の中にラティオ(黄金比)や直角三角形のピタゴラスの定理を見ていたのは、実はピラミッドを産んだ古代エジプトにルーツが在るわけですが、その古代エジプト人は「黄金比の中に宇宙の秩序が隠されている」という確信を持っていたようです。
代数学的にはフィボナッチ数列は「フトマニ」*の考え方がルーツであると私は思うのですが、そこから生まれるラティオ(神聖比例=黄金比)により、幾何学と代数学の美しい融合が見られたわけです。そして、21世紀の現在、古代から秘数と言われてきた9という数字をモジュール形式で使用することにより、フィボナッチ数列を処理することで、新たな地平が拓かれたのです。それこそが古代エジプト人の夢であったのかも知れません。
*古神道の「フトマニ」に数学的な独自解釈を加えることをお許しください。
任意の二つの数を選び、左右に並べます。そして、それら二つの数を足した数値を更にその右に置きます。次に、その数と一つ左の数を足して、更に右に置きます。この操作を何回も繰り返します。するとどうでしょう。大きな数の項目同士で隣同士を比較すると、1:1.618というラティオが出現します。これが黄金比であり神聖比例であるのです。
1、1、2、3、5、8、13、21、34、55、89、144・・・の所謂フィボナッチ数列はその代表例に過ぎないことが理解されます。
変革していくことのできる何か(智慧)を内蔵しているという意味において「21世紀マンダラ」が役に立つことを願うものです。

102 ぬばたま :2009/07/29(水) 18:50:28
藤原先生、千々松様、松本様、皆様、はじめまして。衝撃を受けてROM専を通せなくなりました。
任意の2つの数からスタートする数列が、黄金数に収束することは衝撃でした。数というものが一般フィボナッチ数列とも呼ぶべき規則性を持つのはなぜでしょう。それをフトマニに結び付けられるのも気が遠くなるほど神秘的です。数学音痴の私にも理解できるような説明を頂けないでしょうか。同じやり方で掛け算を用いるとφ^2に収束、割り算だと値がそのままスモールファイに収束します。これはなぜでしょう。

103 松本英樹 :2009/07/29(水) 23:23:21
101>「幾何学と代数学の美しい融合」というのは素敵な表現ですね。

任意の二つの数を選び、左右に並べます。そして、それら二つの数を足した数値を
更に右に置きます。、、、、と
任意の直角三角形の転がし運動は同じ結果を生じさせます。
「・・・・フィボナッチ数列はその代表例に過ぎない。」まったく同感です。

「フィボナッチ数列の殿堂」とは正にギザの大ピラミッドを指している気がしてきました。
(超)古代エジプト人はギザの聖地の敷地内と殿堂の中の2箇所に「宇宙の秘密」を隠した
のかもしれませんね(殿堂への夢)

ピラミッド内部(殿堂)の秘密に到達するには、もう暫く時間がかかりそうですが、
(常識的には発掘認可はされないだろう、と思う)
しかし、ギザの聖地の敷地内の秘密の箇所は、もうすでに把握されている。
できれば「そこ」に、日本人の手によって、せめて石碑の一つでも残して置きたいものだ(笑)

102>ぬばたま様、はじめまして。急がず「宇宙巡礼」の旅をご一緒に楽しみましょう。

104 千々松 健 :2009/07/30(木) 22:41:57
 7月22日の皆既日食をTVで観ました。真昼に暗黒の夜を迎えた瞬間はまさに感動でしたね。
ぬばたま様もきっとご覧になったことでしょう。暗黒と夜に関する枕詞からすると、和歌にお詳しい方と思われます。
同時代に生きて、同じ現象や情報を体験できることは素晴らしいですね。
驚きや感動を共有できてこそ、お互いに次のステップに進むことができるように思われます。
 フィボナッチ数列と黄金比の関係は多くの方が述べているはずですが、私は数学に弱いので、エクセル表レベルで計算しています。
黄金比は古くは神の比とか神聖比例とか呼んでいたようですから、生物も無生物もそのラティオに拠って創造されたと考えて良さそうです。
既知のものを未知のもので説明したり、未知のものを既知のもので説明したり、順序と逆序の行ったり来たりをして思考することが役に立つようです。
「FLKM系列の四つの数の流れ」についてはオリジナルです。一定の条件下において誰でもが再現できるので、じっくりと追体験をして見てください。

105 ぬばたま :2009/07/31(金) 15:01:51
松本様

温かいお言葉有難うございました。先を急がずに巡礼の旅を楽しみます。『ピラミッドパズルを楽しむ本』は私のバッグにあり、ところ構わず楽しませて頂いてます。動態黄金比のところでいつも思考が停止状態に陥っていましたが、今ようやくわかりました。二つの数を足して右に置くというフィボナッチ数列の操作(これを広義で関数と呼んでもいいのでしょう)と、直角三角形を回転させる操作は全く同じなのですね。ピタゴラスの定理の連続した形態でした。フィボナッチ数列では初めの二つの数は直角を形作る任意の2辺と同じく、任意もしくは所与の『変数』であったわけです。

千々松様
ほんとうに先日の日蝕は荘厳の極みでした。順序から逆序の世界への転換点であったかのような。いえ和歌には詳しくありませんが、『ぬばたま』から日蝕を想起されたのには正直のところ驚きました。私もそうでしたので。藤原先生の下、宇宙巡礼の旅でお会いできましたこと心から有り難く思っています。

数列に関しましてははやる気持ちを抑えきれず失礼いたしました。巡礼が一歩一歩からなるということを、つい忘れてしまい、個々の数値に現れる普遍性の探求を軽んじていました。HPを参照させて頂き、転び、躓きながらも追体験いたします。今後ともどうぞ宜しくお願い致します。

106 千々松 健 :2009/08/03(月) 15:04:37
「フトマニ」の数学的解釈からフィボナッチ数列に結びつける点については証明はできませんが、我ながら仮説としては面白いと思っています。
ことのついでに「ミトラ」と「ミロク」の音声的つながりから、新仮説を網み出してみました。

もちろん、ミトラ信仰が弥勒信仰に繋がっていることは定説ですが、ミトラを「水土羅」とすれば、水と土とによって地上の森羅万象が創造されたことが意味されます。
フトマニの「ト」が足すの意味であることを考えれば、ミトラは「三足羅」にもなります。
すなわち、ミトラは3+3+3・・・のように3を足していくことで全てが生じることを意味しているようです。すると弥勒(ミロク)が369になるのは自然の流れでしょう。
3、3+3=6、6+3=9の369で音声的にミロクに通じます。
また、ミトラを「三足螺」とすれば、三拍子の螺旋形イメージされて、スパイラル・アップやダウンのカタチが見えてきます。
陰と陽が組み合わされて、ある時点で反転(止揚)しながら成長していく姿が、まるで正・反・合の弁証法のように浮かび上がって来るのです。

すると、スーフィー僧が三拍子の踊りを重視したり、キリスト教が三位一体論にこだわることも理解されるのです。

また、鎌倉仏教が「身口意」の三派になることも同様で、身体重視の座禅派、口で唱える念仏派、信じるのみの意識派に分かれて、それぞれの方式でゴールを目指した訳です。
ピラミッドや富士山の登り方も「直登方式、ジグザク方式、ラセン方式」と色々選べるように、どれが最適かは時代背景や環境に左右されるのです。
頂点に達するという目的やねらいを定めるのが戦略であって、登り方は戦術でしかないのです。まして、戦闘のレベルで混乱してはならない訳です。

107 ぬばたま :2009/08/06(木) 10:16:25
藤原先生、たぶん先生の御縁で坂口三郎著『戦争廃絶の理論』という卓越した書物を座右に置かせて頂いています。有難うございました。もし私の勘違いでしたらお許しください。

ところで皆様すでにお読みかもしれませんが、『「炎のピラミッド」の発見』という本が出版されています。

http://www.amazon.co.jp/古代「火の国」の象徴・「炎のピラミッド」の発見-田尻-盛永/dp/4915796671/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1249472798&sr=8-1

発見された『炎のピラミッド』はランドマークによる地上絵型ピラミッドです。その範囲は古代肥後の国南部を除く地域、中心は阿蘇山。ギザのピラミッドような物理的建造物、もしくはピラミッドに類似した地形は存在しません。したがって「○○山ピラミッド説」などとは異質であり、無関係です。また数値が言語ですから当然黄金数とその性質が理解できなければ全く意味を辿れず、私がそうであったように何を言っているのかさえわかりません。

阿蘇五岳と古代より阿蘇神社に連なる熊本県内十余りの神社群を繋ぐとピラミッドが大地に正確に描かれます。五岳という数からすでにピラミッド数学を暗示しているかのようです。Φ、φ、その乗数の拡大と縮小、√Φ、フィボナッチ数列、などが秘められており、距離、面積などの一つ一つの数値の解読によって古代日本の、陰陽思想体系が現れてきます。私がその数値の意味を確認し得たのは、こちらのスレッドでフィボナッチ数列や黄金数の性質を教えて頂いたからです。

著者は熊本県南阿蘇村の八坂神社(5世紀の古文書も残っている古社)の神主さんです。PCなどなかった時代からのご研究のようですから、大変なご苦労であったかと思います。ギザの英知は古代世界に広く伝わっていたのでしょうか。

藤原先生、千々松様、松本様、皆様、もし本書『「炎のピラミッド」の発見』をいつの日かお読みになりましたらどうぞご感想をお聞かせください。

108 松本英樹 :2009/08/06(木) 12:23:31
古代日本の☆ペンタクロスの考察は、下記のHPが参考になろうかと思います。
http://blogs.dion.ne.jp/pentacross/

古代人の自然界に対する鋭い感覚は、現代人の我々には忘れてしまったようです。
ギザの英知というよりも、人類の叡智のDNAが眠ってしまっているだけかもしれませんね。

109 千々松 健 :2009/08/07(金) 21:53:37
>107
興味あるご本をご紹介いただき むばたま様に感謝いたします。いずれ機会があれば覗いて見ます。
さて、「美の幾何学」という本の中で、数理パズルの専門家の中村義作氏が名刺を3枚取り出して、簡単で同様な切り込みを入れて直交させ、正三角形が20できる正20面体の骨格を作られたという話と図が出ていました。
良く観察すると何と正5角形も浮かび上がっているのです。
木工の技術にそのような木組み例が日本古来にも存在したのではないかと夢想しています。
手指が5本あることで正5角形は特別な意味を持っていたのではないでしょうか。人類が2本足で立ってから、また手が自由に使えるようになってから、音声言葉が出来てから、道具を使って物を作り始めてから、数を扱うようになってから、人類が世界に広がって住み着くようになってから、自然とそれは発見されて行くことになるのではないでしょうか。
果たしてピラミッドがルーツかどうかは興味がありますが、黄金比という神の比率を持つに至った最初の民族と地域がどこかという点に関しては、個人的にはあまり興味はなく、かえって人類共通の気付きであったと思うのです。
そもそも、知的優先権や特許権を主張するような意義はどこにもないのです。下手をして優越感の虜になってしまうようなことを恐れるものです。
ギザのピラミッドの偉大さは、「コトバ」より「カタチ」として残されていることにあると思います。

110 千々松 健 :2009/08/12(水) 21:54:56
フィボナッチ数列とオイラーの公式を加味して、逆序の理で計算すると綺麗な数列が観られます。
但し、オイラーの公式は「e^iπ+1=0」
フィボナッチ数列は「1,1,2,3,5,8,13,21,34,55,89,144、、、」
、、、−8,5,−3,2,−1,1,0,1、1、2、3、5、8、、、
これに −1=e^iπを代入すれば

『、、、8e^iπ,5,3e^iπ,2,1e^iπ,1,0,1,1,2,3,5,8、、、』

中央のゼロを中心に両側に対称的にフィボナッチ数列の係数が開き、しかもマイナス表現を含まない形になっていることが分かります。
こうして観るとインドで始まったといわれるフィボナッチ数列の元は「0」から始まっていたはずなのに、ゼロの概念がまだ認知されていなかった13世紀のイタリアの様子が読み取れます。
また、これは数学における「回文」を探る楽しみの一つでもあります。

そういえば、2006.12.3に「神の数学」守護者氏が「回文と魔方陣の相関関係」のスレッドにて示された「1、5、6、2、8、1、0、1、1、2、3、5、8、13、21、」の数列を思い出します。
これは物議を醸した様子でしたが(その時点では私はこのサイトは知り得ていませんでした)
今から思えば、ゼロの左側の世界は「mod9」(ひふみ算)で計算した数値なのです。素晴らしいヒントであった訳です。

111 千々松 健 :2009/08/12(水) 23:30:34
台風8号が台湾を直撃して大きな被害が出ているニュースを聞きながら、フィボナッチ数列の殿堂の「慧智研究所」の在る農場近辺に被害が無かったかどうかを心配するに至らないでいたことを恥じる思いで反省しております。
大自然の脅威を無事に過ごしておられんことを祈るばかりです。

112 松本英樹 :2009/08/13(木) 06:12:09
3年前、「神の数学」守護者様が解説されていた「虚の数列」はインパクトが
あり過ぎて、当時数列初心者であった私には腰が引けそうになりました(笑)
鏡面対称を見つけられないという「神の数学」守護者氏の落胆ぶりが悲しかったですが。

しかし、今回、千々松様が考えられた(オイラーの公式を代入する)という“途方も無い手法”で
得られた数列は、見事にその鏡面対称が浮かび上がっております。

今度は「次元を突き抜けたようなインパクト」を私に与えてくれました。
いや〜、数学の回文のワクワク感が本当に楽しいですね。有難うございました。

113 松本英樹 :2009/08/13(木) 09:36:08
>112補足
「途方も無い手法」は「めちゃくちゃ(超)ビックリした手法」の意で、
「とてつもなく壮大で、考えもつかなかった凄い手法」という気持ちを表現しました。

114 東大ノート :2009/08/13(木) 23:32:18
お盆の最中に、大変驚かせてしまったようですね。
オイラーの公式は元々が三角関数から導き出されたものですから
e^±ix=cosX±isinX > 中間省略 > e^iπ+1=0
松本さんの直角三角形の転がし理論と通じるのではないでしょうか。

モジュラー形式は一般の数学者でもその使い道が良く分かっていないようです。
それは文系の人々が行列(数学)を学ぶ機会が少ないことと同様に残念なことです。
「mod」の世界では対称性や鏡面性などが多く現れて、特に「mod9」は全ての数値を0から8までの1の位で表せるのでとても便利です。

115 松本英樹 :2009/08/14(金) 05:46:22
東大ノート様、はじめまして。つかぬ事をうかがいますが、東大ノート様は
千々松様とは別人の方でしょうか?あるいはハンドルネームとしてのお姿でしょうか?
ネット上の掲示板では同一名で投稿するのがルールと聞いています。変更される場合
あらかじめ、その旨お伝えください。どちらかの投稿で既に表明されていたらごめんなさい。
また、もしも東大ノート様が全くの別人でしたら、失礼の段、お許しくださいませ。

116 千々松 健 :2009/08/14(金) 08:51:01
>115
慌て者で済みません。今気がつきました。
意味論の>17の方でタイトルにしようと考えていた「東大ノート」を、名前の方に記入してしまい、そのままになっておりました。
ご迷惑をおかけしましたこと、お詫び申し上げます。
本当のところ同一人物です。特に意図はないので以降注意いたします。

117 松本英樹 :2009/08/14(金) 11:13:19
千々松様、形式的な確認ということで失礼致しました。
内容を見れば判るだろうに、という突っ込みはご勘弁を(笑)

直角三角形の転がし理論は二次元世界での考察であり、オイラーの公式代入は
多次元への考察にも繋がるような気が致します。

118 千々松 健 :2009/08/16(日) 11:25:30
ミトラとミロクの繋がりは前に(>106)述べてとおりですが、ミロクが「369」の数字に置き換えられると言われています。
さらに数学上の「mod9」(日本古来のひふみ算)では面白いことが起きました。

1次元:  3+6=9
2次元: 【3^2+6^2=9^2】 (9+36≠81    mod9では0+0=0)
3次元: 【3^3+6^3=9^3】 (81+216≠729  mod9では0+0=0)
4次元: 【3^4+6^4=9^4】 (243+1296≠6561 mod9では0+0=0)
5次元以降は省略、全て0+0=0となることが予想される。

3・6・9(0)の組み合わせは「21世紀マンダラ」に出現するFLKM系列の中で一つだけ特異な性格を持つ「K系列」の3−6−0に該当するようです。
また、流行が心配される新型インフルエンザの種類が3^2×4^2=12^2=144 理論上想定されていることをヒントにすれば、
1次元: 【3×6=9】       (mod9では 36=0、9=0)
2次元: 【3^2×6^2=9^2】 (mod9では 324=0、81=0)
3次元: 【3^3×6^3=9^3】 (mod9では 5832=0、729=0)
4次元以降は省略 全て0=0となることが予想される。

要するに「mod9」の世界では3・6・9の組み合わせが、足し算も掛け算も次元を超えて「0」に成ることを意味しているのです。
そこには、ピタゴラスもびっくり、フェルマーも仰天するような世界が観えて来るに違いないと思います。

119 千々松 健 :2009/08/22(土) 22:06:42
京都大学、山中伸弥教授が「iPS細胞」(人工多能性幹細胞)を4つの遺伝子の投入により生成したというニュースを聞いてから興味を持って考えて来ました。
なぜ4つなのでしょうか? 海外では3つでも出来るといっているようですが、その違いは何なのだろうと・・・。
そして、専門家ではない素人の大胆さというか、お節介と言われるかもしれませんが、ある結論(仮説)に至りました。
「FLKM系列」の4つの数に流れをすべて使用するのが前者で、特別なK系列をはずして他の3系列でどうにか済ませてしまえるいうのが後者といえる様です。(身近な例で言えば、血液型にはA・B・AB・O型の4種類ありますが、そのうちO型はすべてに対して対応できるので外してしまおうというのが後者と考えて良いでしょう)
しかし、順序+逆序=秩序の考えからすると、3つよりも4つを選択すべきでしょう。必要条件だけではなく十分条件をも満たして、初めて正解となるという意味において4つの遺伝子を使い切る方式の方が自然の理にかなっており、もしも3種類(最近は2種類)で済ませて効率や経済性を優先するならば、いずれ後悔することになるかも知れないと警告しておかねばならないでしょう。
「21世紀マンダラ」(神聖方陣とラセンモデル)で明らかにされた事柄が、現時点で先ず役に立つとしたら、生命科学の世界からも知れないと予想したことはこの事なのです。

 *いきなり「FLKM系列」といわれてもという方は以下をご参照ください。
  http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/pythagoras/Divine_Matrix_and_Spiral_model.pdf

120 千々松 健 :2009/08/26(水) 23:04:54
松本英樹さんの「ピラミッド・センス」の最新版を拝見しました。
ピラミッドの内部には「双子の胎児」を持つ「宇宙卵」が秘められているという見方は何とすばらしい!
男と女が鏡面対象に位置していて、私の目にはそれはまるで細胞分裂のように映りました。
また、ラージ・ファイ(Φ)≒1.618、とスモール・ファイ(φ)≒0.618の関係から
ΦN乗群とφN乗群の関係を数値で計算されて点対称を示し「太極の図」に結実されているのにも驚きました。
昨年末にΦとφのそれぞれのN乗数を考察したことを思い出しました。
よく知られたΦとφの関係の主なものは以下のとおりです。
①Φ×φ=1 ②Φ−φ=1 ③Φ+φ=√5 ④Φ÷φ=2.618、、、
そして、①に見るごとくΦとφは逆数の関係にあるのが最大の特徴と思われ、それが結果として陰と陽の関係にカサネられるのですね。
さて、ΦN乗数群もφN乗数群も共にリュカ数列になっていることが判ります。
更に面白いことは ②式の次元を挙げるとリュカ数列が出現することです。
ただし、乗数Nが奇数のときは減算で偶数のときは加算するようにします。
Φ−φ=1
Φ^2+φ^2=3
Φ^3−φ^3=4
Φ^4+φ^4=7
Φ^5−φ^5=11
Φ^6+φ^6=18
・・・・
「1,3,4,7,11,18,29,47、、、」が出現しますが、これこそリュカ数列と呼ばれているものです。
それをmod9で処理して「1,3,4,7,2,0,2,2,4、、、」としたものがでリュカ系列と呼んでいるもので「FLKM系列」
の二番目のLに当たります。

121 松本英樹 :2009/08/27(木) 17:43:26
ピラミッドの奥の院から何やら読経の声が・・摩訶般若ピラミッド心経か(冗句)
「広大無辺の宇宙」と「ピラミッド」と「心の中」が宇宙意識で繋がりますように。
宇宙巡礼の旅は果てしなく・・

リュカ数列と正三角形△
直角三角形の転がし理論で表現すると√1:√3:√4:√7:√11:√18
(偶数時+)(奇数時−)が顕われるのは神の手による切り替えスイッチみたいで
摩訶不思議な世界へと誘われる思いです。

122 松本英樹 :2009/08/28(金) 08:16:17
>121意味不明な一文になったようです。

道端に転がっている石を拾い上げられ、誉められたようで、恥ずかしさの
照れ隠しが出てしまいました。オカルト色は極力避けてきたつもりでしたが。

123 松本英樹 :2009/08/28(金) 14:12:21
<胎蔵界曼荼羅図>を眺めますと、中央に大日如来が位置し、その上方に
△(一切如来智印)が描かれています。
仏壇の中には様々な仏像や法具が鎮座しておりますが、何故に△ピラミッド
(一切如来智印)が置かれていないのか?いつから置かれなくなったのか?
なにか大切なものが忘れ去られたような気がしてなりません。

124 千々松 健 :2009/08/29(土) 13:07:06
>123 △のカタチが太陽を意味する大日如来のすぐ上に描かれているのは興味深いですね。
両界曼荼羅を判り易く「金剛界マンダラ」と「胎蔵界マンダラ」と呼ぶとして、前者は男性原理を後者は女性原理を意味しているのは良く知られています。
胎蔵界マンダラは中央(大日如来)を頂点とするピラミッド構造と見立てることは充分に有り得ると思うのですが如何でしょう?
また、空海が東寺に配置した立体曼荼羅のイメージもピラミッドとの共通性が見られるのではないでしょうか?

一方の金剛界マンダラ(九会曼荼羅)はフラクタル構造を持ち、あるリズム(0,1〜8律動)が繰り返されているという特徴が見られ、それはmod9を想起させるのです。
男性原理の金剛界マンダラが「鍵」とすれば、女性原理の胎蔵界マンダラは「鍵穴」と喩えられ、その両方があって初めて「鍵の機能」を果たせるという訳です。
宇宙の秘密を解き明かすカギもどうもそのあたりに在るのでしょうね。
ところで「21世紀マンダラ」は上記の両界曼荼羅に倣い、「神聖方陣」が金剛界マンダラで「ラセンモデル」が胎蔵界マンダラに相当すると考えています。
また、以前は金剛界と胎蔵界を単独に陽と陰に見ていたのですが、この21世紀マンダラを考え出してからは、それぞれの中に陰と陽が含まれていると考える方が理にかなっていると思うようになりました。

125 松本英樹 :2009/08/29(土) 18:00:18
>124以前は金剛界と胎蔵界を単独に陽と陰に見ていたのですが、この21世紀
マンダラを考え出してからは、それぞれの中に陰と陽が含まれていると考える法が
理にかなっていると思うようになりました。←この考えに私も賛成です。

ピラミッド構造がどちらのマンダラかと問われれば、両方のマンダラが含まれている
と答えるでしょう。ピラミッドはフラクタル構造そのものですから。

古代ヤマトの匠達は建築にあたり、両界マンダラの融合を目的とした設計図を描くことに
なるでしょう。それが法隆寺五重塔に残されたと考えます。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~pyramid/houryuuji.htm

黄金分割フレームから透かして見ると、□(金剛界マンダラ)◇(胎蔵界マンダラ)一体化
したのが(五重塔基壇の)柱に残されれたのではないでしょうか。

宇宙の秘密を解く鍵は他にも在りそうです。
それは千々松様が先のリュカ数列で明らかにされた(+−)のリズムです。神の律動か?
第一印象では波形を想像します。何かの周波数(電気的パルスか音の周波数か)
が生命科学を解き明かす要素とも考えられます。
例:落雷多発すると菌糸類の生育が早まる。なぜ?

どちらにしても「21世紀マンダラ」は、宇宙の謎を解く可能性を秘めたものに
間違いない、と思っています。

126 千々松 健 :2009/08/29(土) 18:50:52
『「陰陽の理」すなわち「我々人間をはじめ自然の姿とは陰/陽によるメビウス的結合により顕在しているのである。それを数が教えてくれているのである。」
「自然の道を数で示す」「自然道の羅針盤」』以上は「神の数学」守護者こと佐藤敏夫氏の言葉から断片的に引用させてもらいました。
「道」と言えば、タオ=道と古神道とは共時性に富んでいて、それは同じく「道」がついているので偶然ではないのかもしれない。
Φ×φ=1あるいはΦ×1/φ=1 において、Φ:φ=陽:陰と見れば、陽×陰=1と言えよう。
従って、Φとφを掛け合わせて描いた松本氏の太極の図は「陰陽の理」と「黄金比の理」をカサネたものと言えるのではないかと考えたのです。
>125
法隆寺の五重塔の匠の技も「自然の道」である黄金分割を使用していたことを改めて認識させられました。

127 松本英樹 :2009/08/29(土) 19:32:51
<法隆寺五重塔>
結果的には√2だけが残り、(1:√2の白銀比)が古代日本の建築比率の基に
なった(通説)とされるのです。

128 松本英樹 :2009/08/29(土) 19:49:59
>127補足
(階段を含む長さ):(基壇部の長さ)=√2:1

129 千々松 健 :2009/09/02(水) 20:31:46
>120の補足
リュカ数列を黄金比で表す一般式は
『Ln=Φ^n+(-Φ)^-n 』です。
これはラージファイのΦのみを使用したものですが
Φ=φ^-1 または φ=Φ^-1 の関係からスモールファイのφを追加すると
Φ^-n=φ^n となるので(無論、Φとφとは逆数の関係です)
『Ln=Φ^n+(-φ)^n 』にもなります。 
これは言うまでもなくnが奇数のときは減算で、nが偶数のときは加算する式になることを意味しています。
そして、nが大きくなるほど(-φ)^n の値はとても小さくなるので Ln≒Φ^n と言えるのです。

130 千々松 健 :2009/09/02(水) 21:48:37
>128の補足
Lnはリュカ数列のn項目を示します。
ではフィボナッチ数列を黄金比で表わす一般式はどうなるでしょうか
上記と逆にかんがえると
Ln≒√5Fnが成り立つので
Fn≒Ln/√5
従って Fn={Φ^n +(-φ)^n}/√5となりそうですが、
実はそうは問屋が卸さないのです。
実際に確かめると中間の符号をマイナスにしないと成立しないことが判明します。
そこで、フィボナッチ数列を黄金比で表わす一般式は
『Fn={Φ^n −(-φ)^n}/√5』
となります。
そして、nが大きくなるほど(-φ)^nの値は小さくなるので Fn≒Φ^n/√5≒Ln/√5と言えるのです。
Fn:1,1,2,3,5,8,13,21,34、、
Ln:1,3,4,7,11,18,29,47,76、、
例えば nが9のとき 76/34=2.2353≒√5≒2.2362
もともと黄金比が√5を内包するように、フィボナッチ数列とリュカ数列との関係にもこのような√5が隠されているのでした。

131 千々松 健 :2009/09/03(木) 10:42:22
>129,130に書いたものは >28と一部重複しましたが、その詳細と見ていただければ幸いです。
>Ln = Φ^n + (-Φ)^-n  リュカ数列は黄金比の累乗で出現する
>Fn = {Φ^n - (-Φ)^-n}/√5 フィボナッチ数列も黄金比の累乗と√5で表される
ついでに
π/6≒Φ^2/5 =(Φ/√5)^2 へ
√5≒Ln/Fn を代入すると
π/6≒(Fn*Φ/Ln)^2 
Fn*Φは定義によりF(n+1)であるから
π/6≒(Fn+1/Ln)^2  となる。
その値の約0.5236は、エジプト文明の神聖数である1キュービットの単位に一致するというわけです。
そして
>(Fn)^2 + (Fn+1)^2 =(√F2n+1)^2 フィボナッチ数列とピタゴラスの定理の関係
からも明らかなように
本来の「フリーメースン」(石大工職人のプロフェッショナル団体)は幾何学と数列をマスターしたエンジニアであったと思うのです。

132 千々松 健 :2009/09/06(日) 12:48:46
円周率のπについての公式でオイラーが導き出している?次の二つの式は興味がもたれます。

① π^2 /6=1/1^2 + 1/2^2 + 1/3^2 + 1/4^2 + ・・・(≒1.645)
② π/4=1/1 - 1/3 + 1/5 - 1/7 + 1/9 ・・・(≒0.7854)

①はゼータ関数の変数s=2の場合ですが、sが2以上の偶数の場合、結果はπ^sと有理数とで表現されます。
しかも、その有理数部分は モジュラー形式のmod9 では全て0となるのはすごく面白いと思います。
(s=4:π^4/90, s=6:π^6/945, s=10:π^10/93555,で 93555mod9=0 )
②は分子にくる数値が奇数のみで、奇数項目が加算、偶数項目が減算になるリズムも不思議です。

そして π/ 6 ≒Φ^2 /5≒(Fn+1/Ln)^2≒0.5236 から
① π^2 /6 ≒ 6(Fn+1/Ln)^4
② π/4 ≒ 2/3 (Fn+1/Ln)^2
となり、πに関してもフィボナッチ数とリュカ数で表せることになります。
高等数学には意味音痴の私ですが、
『すべての楕円曲線にはモジュラー形式のゼータが付随する』という数学上の定理は「フィボナッチ数列の殿堂」を強力にサポートするに違いないと思います。

133 千々松 健 :2009/09/06(日) 16:25:45
昨夜の満月はすばらしく、日本の暑い夏を乗り越えて、やっと過ごし易い日々を迎えるような安堵感を持って眺めることが出来ました。
数式が多く出てきて、解りにくいと思われるでしょうが、私自身も数式には沌と弱いので、お付き合いください。

さて、オイラーには「4平方和定理」というのもあるそうです。
『すべての整数は4個の整数の平方和で表される』

何とシンプルでしょう。だだし、3個でも5個でもない4個が出てくるのは不思議です。
これは我田引水になるかもしれませんが、もしかすると、フィボナッチ数列のmod9操作で出現する「FLKM系列」の4つの流れに該当するするかも知れないと夢想しています。

134 千々松 健 :2009/09/09(水) 11:55:27
>132の訂正と追加
② π/4=1/1 - 1/3 + 1/5 - 1/7 + 1/9 ・・・(≒0.7854)
のオイラーの導き出した公式はフィボナッチ数列Fnとリュカ数列Lnで表せる。
しかし、π/4 ≒ 2/3 (Fn+1/Ln)^2 は誤りで(左辺の分子と分母が逆でした) 

『 π/4 ≒ 3/2 (Fn+1/Ln)^2 』が正しいです。
 
 Fn:1,1,2,3,5,8,13,21,34、、
 Ln:1,3,4,7,11,18,29,47,76、
 例えば n=8 の場合 Fn+1=34,Ln=47 34/47≒0.7234 その二乗は0.5233
 3/2 (Fn+1/Ln)^2=3/2(34/47)^2≒0.785≒π/4 と確かめられるはずです。

この「π/4」については
松本さんの下記サイトが参考になります。
「なぜピラミッド比率にこだわるのか?」
http://www5a.biglobe.ne.jp/~pyramid/whypro.htm
 今日の日付から、999>銀河鉄道999>宮沢賢治のケンジコードにも興味が持たれますね。

135 千々松 健 :2009/09/24(木) 11:13:33
< △+○=□のおはなし >
図形の基本は丸形・三角形・四角形にあると云われています。
その3つの図形を使用して幾何学と代数学の美しい融合を今年の2月頃に試みましたが、それを少し発展させました。
直径1・高さ1の円柱とそれに内接する球と(直径1・高さ1の)円錐について、それぞれの比較要素で比較すると
 体積比は  円柱:球:円錐=3:2:1
 表面積比は 円柱:球:円錐=3:2:Φ
 側面積比は 円柱:球:円錐=4:π:2
と数学の定義上いえるのでした。ただし、Φ=黄金比≒1.618、π=円周率≒3.14
二乗した面積に関してはΦやπという無理数が出てきてしまうのに、立体の体積はその比率が綺麗な整数で表されることに
注目します。
数式 1+2=3 それは上記の条件下では「円錐と球を足すと円柱の体積となる」ことを意味しています。
水や油やお酒などの容積を測る場合に、ロート状の円錐と半球のボール状の器を使って行うとすると、円錐1杯分と半球2杯分を足すと円柱分に相当する容積と同じになるのです。
そして、そこに「フトマニの思考」(一般フィボナッチ数列の思考法)を加えれば、1+2=3、2+3=5、3+5=8、5+8=13、、、とフィボナッチ数列が生じてきます。
この1+2=3、円錐+球=円柱を図形に置き換えれば、△+○=□になるというお話でした。

このように、ある体積比がフィボナッチ数列に繋がるという点に関しては、生物の生育や成長過程に比率を見つけていたゲーテのことを思い起こさせずにはおきません。
そして、体積(細胞内容量)を中心にして表面積や側面積にπやΦが付随して表れるということがいえるようです。

136 千々松 健 :2009/10/13(火) 14:18:59
>135 △+○=□のおはなしは如何でしたでしょうか?
さらに独断と偏見にて進めます。今度は五角形と六角形が加わります。文字図形表示ができないので、多少なりとも不便ですが、おつきあいの程を、、、
『π≒6/5Φ^2』を基本図形でイメージしました。
円周率≒6/5黄金比^2 ですから、円周率を●として、黄金比を▲+■とすれば、
< ●≒6角形/5角形(▲+■)^2 >のようになります。
これは、円(周率)はフィボナッチ数列から生まれる黄金比の二乗に、鉱物界を代表する六角形の6を掛けて、生物界を代表する五角形の5で割るという方程式に無理やり読み解くのです。

 さて、この≒という微妙な差は何でしょうか?
<大胆に言うことが許されるのならば> 
 それは円とラセンの違いと思われます。円は元の位置に繋がるが、ラセンは一周すると一つ階段を昇る訳で一周するごとに一つずつ次元を加えていくことになるのです。
また、円はラセンの動きの投影図にしか過ぎないとも言えます。
従って、この≒が=に転換するには、厳密にはどうも数学上の特異点解消問題が存在しそうです。
 しかし、宇宙自然レベルにおいては、これ位の差異は無視されて進行し、そのわずかな差異が、時間と空間を経て、もしかしたら多種類の鉱物や生物を生み出してきたのかも知れませんね。

137 千々松 健 :2009/11/02(月) 11:47:16
「逆バタフライ効果」とは何か?
昨年90歳で亡くなった気象学者エドワード・ロレンツの講演で有名になった「バタフライ効果」とは「ブラジルでの蝶の羽ばたきはテキサスで竜巻を引き起こす」というカオス理論の主要概念で、初期条件の僅かな差が時間の経過とともに拡大し、結果的に大きな違いをもたらすことを示しています。

 一連のフォボナッチ数列から始まった黄金比という律動についての考察から言えることは、バタフライ効果の逆がイメージされるのです。
たとえば F(1,1)をフィボナッチ数列として、初項1で第二項1とすれば、1,1,2,3,5,8、、、11項目目は89、12項目目は144で144/89≒1.618≒Φ(黄金比)
上記の第二項が3の場合はL(1,3)=リュカ数列と呼ばていて、1,3,4,7,11、、、11項目目は199、12項目目は322で322/199≒1.618≒Φ(黄金比)
上記の第二項が4の場合をM(1,4)=ミチコ数列と呼ぶとすれば、1,4,5,9,14、、11項目目は257、12項目目は416で416/257≒1.618≒Φ(黄金比)
上記の第二項が2の場合で、それを3倍した数列を3K(1,2)=ケン数列と呼ぶとすれば、3,6,9,15,24、、、11項目目は432、12項目目は699で699/432≒1.618≒Φ(黄金比)
すでに理解されるように、項目数が大きくなればなるほどに限りなく黄金比に成ることが解ります。初期条件はその比率からすれば大差があるにも拘わらずです。
私はこれをバタフライ効果にちなんで、「逆バタフライ効果」と呼びたいと思います。何事も順序と逆序で思考することが大切と思われます。

 さらに拡大すると「初項と第二項」にどんな数値を取っても「フトマニ」すなわちフィボナッチ数列の概念の基本に帰れば、黄金比に収斂していくという律動の世界が観られるのです。それは、大自然・宇宙の中に潜在する「神の数学」に他ならないのではないでしょうか。

138 千々松 健 :2009/11/04(水) 18:07:43
「賢者のネジ」の編集子より の中で玉井社長は
「太古から人類はこの世界を一言で表現できるコトバを探してきた。そしてそのコトバを「神」として「道」としてきた。そして、現代科学はその正体を「光(フォトン)」ととらえた。
さらにいうならばその構造は「波動」であり「螺旋状」であることもわかってきた。」と述べておられることは、まさに納得できます。
 ところで螺旋状と言えば、16世紀に建築されたフランスのシャンポール城は、フランソワ1世に依頼されてレオナルド・ダ・ビンチが設計したとされる螺旋階段で有名ですが、昇る人、降りる人がすれ違うことがない二重螺旋構造をしていて、出入り口は二対になっており、階上になるにしたがって半径は狭くなっているらしいことを実際を観た方にお聞きして確認できました。
現存する最古の螺旋階段はイラクの世界遺産であるマルウィア・ミナテットといわれていて、それはバベルの塔のように建物の外側に螺旋状の階段があり5周して頂上に登れるようです。しかしこの場合は一重螺旋構造でした。
創世記に出てくる夢の話の「ヤコブの階段」は多分、二重らせん構造をしていて、天使が降りたり昇ったりしていたのでしょう。天から地上に降り注ぐ「光」は量子理論に観られるように「粒子」かつ「波動」であるという二面性を持つ道理からすれば、
「理知の螺旋」という藤原博士が元々準備されたタイトルは捨てがたいものであったと思います。「賢者のネジ」は当時流行した「バカの壁」を意識し過ぎたものでした。

139 千々松 健 :2009/11/06(金) 13:31:47
>11 で藤原博士は「宇宙を支配している最も偉大な大法則はフィボナッチ数列だから、センターの研究課題の一つにしたらどうかと提案した。そして、渦巻きには右回りと左回りの違いの秘密があり、螺旋運動に生命力を支配するカギが潜んでいて、その問題がこれから挑むべき重要テーマだ」と書かれている。
レオナルド・ダ・ビンチは「自然は、自己の中に渾然と生きている自然の法則の理法によって強制される」という科学的認識を持っていた。共に現代にいう生命科学の自己組織化の秘密がそこに示されている。
フランソワ1世がレオナルドを記念して建てたと考えられるシャンボール城はレオナルドの世界観をイタリア・ルネッサンスの美術建築として残したものと考えられる。
写真で見ると○△□を多様に組み合わせた複雑な形状を持たせた屋根と暖炉に繋がる塔、煙突の役目も果たす塔の数が365本というのは1年間の日数に相当している。設計図から図ると、黄金比の長方形の中に左巻きと右巻きのラインが浮き上がり、中央正面の右側が王の棟で左側が神の棟として対をなしているようだ。これはミスターピラミッドこと松本英樹さんの「ピラミッド内部の双子」(黄金卵)と類似していると直観した。
そして、シャンボール城の二重螺旋階段も当然に左回りと右回りの抱き合わせでなくてはならない。それは蛇の絡み合い、縄文、陰陽の太極等に共通するものであろう。
 ・松本氏の「ピラミッド・センス」はこちら
  http://www5a.biglobe.ne.jp/~pyramid/sense.htm

140 千々松 健 :2009/11/06(金) 15:10:43
レオナルド・ダ・ビンチの「ウィトルウィウス的人体図」はヴェネツィアの美術館に残されていると聞く。彼の友人である数学者のリュカ・パチョーリが書いた「神聖比例」の挿入絵はレオナルドが描いているし、パチョーリは当時の貿易都市ヴェネツィアで複式簿記を集大成したことでも有名であるので、プロポーションに関する絵画をこの地に残す意義は大きいと言わねばならない。
人体図はよく見ると「正方形」と「円形」で囲まれていて、真横に手を広げて足を揃えた姿が正方形に収まっていて、手も足も斜めに広げた姿が円形内に収まっているが、正方形と円形は内接でも外接でも無く、下部が接しているだけです。では、肝心な三角形はどこにあるのだろうか? 斜めに上げて広げている両手の先と閉じた足の先の三点を結ぶことにより三角形が浮かび上がる。すると平面積では正方形の半分になる。
そこで思い出されるのは >135の●▲■の話です。正方形に内接する円と三角形から発生する円錐:球体:円柱の関係を計算すると、立体では1:2:3、回転前の断面積では2:π:4、表面積ではΦ:2:3という比率が綺麗に観られる事実です。
そしてまた、我々の身長が両手を真横に広げた長さにほぼ等しいことを改めて気がつかされました。
図形の基本が●▲■であることを更に深めると、中でも▲がどうも「基本の基本」になるのではないかと思われてなりません。

141 松本英樹 :2009/11/06(金) 19:21:05
ご無沙汰しております。ミスター・ピラミッドの松本です(笑)
千々松様、小生の「ピラミッド・センス」のご紹介有難うございます。
私など殆んど感覚的な表現しかできず、千々松様の詳細なご説明はとても勉強になります。

レオナルド・ダ・ビンチの人体図について、ペンタグラムを使った解説はよく見かけるのですが、
初級者レベルですと、今一ピンとこなかった経験があります。○と□の縁取りが気になりました。
そこで、□の黄金分割フレームを作り実際に図に当てて、構成比を分析すると黄金分割が浮かび上がって
来ました。○の中心点はお臍、□の中心点は陰部というように。三点を結ぶ黄金比の△は色々とできますよ。
参考までに
http://www5a.biglobe.ne.jp/~pyramid/kenkou.htm
黄金分割フレームの作り方は
http://www5a.biglobe.ne.jp/~pyramid/ougontukuri.htm
慣れてくれば絵図から黄金分割フレームを作成することができます。

142 千々松 健 :2009/11/14(土) 16:26:28
 任意の数AとBからできる、A+B=C、B+C=D、C+D=E、D+E=F,,,で求められる数列、A,B,C,D,E,F,,,X,Y,Z,,,では、Y/Xの比率は「Φ(ラージ・ファイ)=黄金比≒1.618」に限りなく近づく。
そのうちの良く知られたものがフィボナッチ数列に過ぎなかったのです。AとBはどんな数であっても構いません。(これは自分自身で確かめてください、きっと驚かれることでしょう)そして、mod9の世界(数論でいう法9のモジュラー形式)では、それらは「FLKM系列」の4つの数の流れで表わされ、陰12・陽12を合わせた24ごとの循環性を持つのです。
 張錦春さんの動態幾何学「MacocaM」は現在ある宇宙論の「開いた宇宙」・「閉じた宇宙」・「平坦な宇宙」の三つの観測に対して、生もなく死もない、始めも終わりもない宇宙観を提示しようとしていたのではないでしょうか?
そして、メビウスの環・クラインの壺・トーラスの視点から観て、時間を加味して変化する円運動を動態的な「螺旋状」でイメージしたのでしょう。それは自転をしながら太陽の周りを回り公転している地球が、宇宙規模では更に次元が加わった螺旋状で天転(?)しているに違いないのです。このフラクタル性こそは「フトマニ」の循環性と同義になるのです。

143 千々松 健 :2009/11/16(月) 15:15:55
昨夜のNHKスペシャルで「リーマン予想」を後半20分だけ見た。
「魔性の難問」とテーマが付けられていたが、万物の創造主に関する領域に入るのだから魔性ではなく「神聖」というべきと思う。「神の数学」守護者さんならば何とおっしゃるであろう?
魔は通常は悪魔や魔法の意味ではないか! ある数学者がリーマン予想を解いたとして発表途中に突然に統合失調症に見舞われたということが事実としたら、それは、真に創造主の仕業であろう。体内のDNAの神聖比例(黄金比)が働いて、ストップをかけたと診るべきであろう。
あの大数学者の岡潔が晩年に、理屈では正しい方程式が導かれたとしても、自分の中の意識=情が美しい、正しいと言ってくれない場合は諦めるのが正しいようだという内容を述べていたのはこのことであるに違いない。

 さて、問題の「素数表」をコピーして例の「mod9」で計算したところ思いもよらないことが判明した。
4以上の素数を法9のモジュラー形式で処理すると、3,6,9=0は出現しないのである。また、連続した数字が現れるのは1−1、2−2、4−4、5−5、7−7、8−8の6種類しかないことである。
ただし、今回は2から9999までのの素数についての考察であることはご了承ください。
素数の出現に関しては未だ規則性や循環性は見つからないようだ。
ただし、世の数学者たちが本格的に「mod9」を導入して、チャンとやれば、リーマン予想もやがて決着するかもしれないと思うのは私だけであろうか。

144 千々松 健 :2009/12/10(木) 12:07:35
圭水さんに45度の転がしについてヒントを頂いていたことに感謝をいたします。
その時点では未だ不明でしたが、本日ひらめいて、ピラミッドや黄金比やフィボナチを繋げるヒントがやっと見つかりました。
多少時間をかけて検証しますので、今しばらくお待ちください。

145 千々松 健 :2009/12/12(土) 15:41:55
<神聖比例の定理>
『黄金比を生じるすべてのフィビナッチ数列群は、mod9にて処理すると、多くとも24項目毎で循環する4系列が現れる。』(千々松 健)
補足
「この4つの系列をFLKM系列と命名すれば、F系列は[1,1,2,3,5,8,4,3,7,1,8,0,8,8,7,6,4,1,5,6,2,8,1,0](フィボナッチ数列に因る)で、L系列は[1,3,4,7,2,0,2,2,4,6,1,7,8,6,5,2,7,0,7,7,5,3,8,2](リュカ数列に因る)であり、K系列は[3,3,6,0,6,6,3,0](ケンに因る)、M系列は[1,4,5,0,5,5,1,6,7,4,2,6,8,5,4,0,4,4,8,3,2,5,7,3](ミチコに因る)である。
 それらは前半(陰)と後半(陽)の項目を重ねて足すと全てが9=0となる。(mod9では、ある数を9で割った余りに置き換えることになるので9はすなわち0となる。また例えば十進法の13は1+3=4となる。数論ではこれを4≡13mod9と記す)
 4つの系列の特徴をF系列は1−8、L系列は2−7、K系列は3−6、K系列は4−5にあるといえる。
 また、逆にフィボナッチ数列の性質からすれば、第1項と第2項にどんな数値を選んでも、大項目の隣同士の数値の比率は黄金比に近似する。(実際には12項目以上であれば1.618が出現する)
  参考:「mod9」の計算手法は古くから古神道では「ヒフミ算」、古代ユダヤでは「カバラ算」と呼ばれていたものであり、9は秘数と言われて来た。

以上は、宇宙巡礼の掲示板を利用しての本邦初公開となります。
    2009年12月12日 鎌倉にて 千々松 健
本日、12月12日はフィボナッチ数列の第12項目に当たる144という数値が生まれますので、大変良い記念になる日であります。
 最初のフィボナッチ数列:[1,1,2,3,5,8,13,21,34,55,89,144,233,377,610,987,,,]

146 松本英樹 :2009/12/16(水) 05:30:23
<思い付き>
私たちは基本的にファイ(Φ、φ)のN乗の世界を考察し続けている。
そこで、素数の累乗の世界を覗くのも面白いのではないかと考えた。

最初に手をつけるのは3次元世界である(素数の3乗)のひふみ化。
2〜97までの素数表に一つの特徴が表れた。(但し、3を除く)
ひふみ化された素数表は(1と8)の2色に仕分けされたのだ。

これがどのような意味を含んでいるのか皆目見当もつかないが、
不思議な世界が、ひょっとして、あるかもしれない(笑)

147 千々松 健 :2009/12/16(水) 16:15:23
>146 松本さんの<思い付き>に大賛成です。
>143の続きで、その線上に出てきましたことをお知らせします。
 どんな素数も6乗すると9の倍数に1を足した数になるこが判明しました。
また、オマケに乗数のNは多くても6毎に循環していることも確認できました。
素数の3乗を9で割ると1か8かが余ります。(これは松本さんのご指摘の通りです)2乗と4乗では1,4,7が余ります。1乗と5乗では1,2,4,5,7,8が余ります。そして6乗では1余るのです。
更に7乗以上は1乗に戻って循環するようになります。
それにしても、3以外は3,6,9が出現しないのは不思議ですね。

これらは全く驚きでした。元々「modの世界」では循環性が現れることは理解していましたが、
こんなに綺麗に簡単に出てくるとは思いもよりませんでした。
早速に下記にPDFで見えるように致しましたので、ご覧下さい。

【素数に関する一考察:mod9の世界では素数が何と美しいことか!】
http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/1,2,4,5,7,8mod9.pdf

148 松本英樹 :2009/12/16(水) 19:01:55
千々松様、流石、素早いですね。見やすくて綺麗な一覧表です。
循環性までも現れていたのですか!素敵なことです。
中身の検討は追々に・・・まずはお疲れ様でした(笑)

149 千々松 健 :2009/12/16(水) 21:28:27
>146
>「私たちは基本的にファイ(Φ、φ)のN乗の世界を考察し続けている。」
 まさに同感です。
 【黄金比から生まれるフィボナッチ数列】√Φ^n はL+M融合体
「ΦのN乗はL数列となり、√ΦのN乗はL+M融合体になることを昨年11月にPDFにしました。
√Φの方は累乗数が偶数の場合はL(リュカ)数列が現れ、奇数の場合はM(ミチコ)数列が現れることが解りました。
また、F(フィボナッチ)数列はそれらの内部に組み込まれていることも理解できたわけです。
(単純式のXΦ+YのXとYは共にフィボナッチ数列であり、YはXのひとつ前の項目数値に相当する)
 http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/pythagoras/rootFai.pdf
  <以下は素人の思い付きに過ぎませんが>
√Φ^n のようにnが偶数か奇数かによって二つの系列を生じさせるのであれば、量子力学の世界と近似して考察がなされるかも知れない。
即ち、光は粒子であり、かつ波動である存在としての二面性を持つことになるからです。どちらかをONとOFFにすれば量子コンピュータの理屈に相当するかも知れない。
逆に考えると「光は√Φ^n で表わせる」のかも知れないのです。

150 千々松 健 :2009/12/16(水) 21:45:26
やがて「フィボナッチ数列症候群」は光に到達して消滅するのかも知れませんね。(大笑い)
「初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。―万物は言(ことば)によって成った。」(ヨハネによる福音書1-1、3)
「神は言われた。『光あれ。』こうして、光があった。」(創世記1-3)
この場合の言(ことば)とはロゴスのことであり、言霊、真理、聖霊に近いのです。
そうすると「光は√Φ^nという言(ことば)で表わせる」ということになるのです。
そして、神は√Φ^n というロゴスで万物を創造したとも言えるのです。
*ピラミッドの秘密も多分そのあたりにあるのでしょうか?
*ギザの3大ピラミッドの位置関係が直線にない理由は何でしょうか?

151 松本英樹 :2009/12/17(木) 06:57:18
<一覧表を見て、感じたこと> 「生あるところ、必ず死あり。」
自然界の生命の仕組み、創造主の意思のようにも感じられます。
3が生まれ、以降369が生じないないのはミロクの世界だからかしら・・

3つの力:任意の3点を結ぶ=△ 無限界から有限界へ。
垂線(神の意思)により直角三角形が生まれ、転がし運動が始まる。
系列化と異なる性質の顕在化。

3点を通る円を描く:その中心点はただ一つ。ピラミッドは3基一体。
中心点にも秘密があるでしょうが、それほど大したものではないでしょう。
もっと重要な場所が(笑)直線は2点(2基)あれば充分ですね。

以前は円のみの考察でしたが、今は黄金比の楕円も有りかなと思っています。
(ON/OFFから正/反 同時)
素粒子の加速装置はどうなんでしょうね(笑)遠心力を吸収するには楕円かな?

152 千々松 健 :2009/12/17(木) 11:05:11
<ケプラーの法則>
 第1法則 : 惑星は太陽をひとつの焦点とする楕円軌道上を動く。
 第2法則 : 惑星と太陽とを結ぶ線分の描く面積は単位時間あたり常に一定である。
 第3法則 : 惑星の公転周期の2乗は軌道の半長径の3乗に比例する。
ケプラーも内心は円であろうと期待していたが、天体観測による現実は楕円であった。
楕円は円錐曲線といわれるように円錐から派生するから、ケプラーは折り合いを着けたという。
新しい発見は、このように発見者自身をもひき裂くもののようですね。

 2点を結ぶには直線しかなく、これでは真の円しか描けません。
それが3点となると三角形に展開されて、楕円形が描かれます。
●▲■の中でも▲が重要ではないかというのはそのあたりを示唆しています。▲からしか円錐は生じません。
平面図の▲:●:■を中心軸で回転させた立体=円錐:球:円柱の体積比は1:2:3です。
また、平面図の△:○:□の周囲の長さの比は2Φ:π:4=Φ:π/2:2=1:π/2Φ:2/Φです。
そして、楕円が円錐から派生して、それが三角形から派生するのであれば、その三角形はΦから派生していると考えて良いのです。
基本的な形として「丸は自然、三角は理屈、四角は人工」をイメージしてきたことからすれば、「Φ^nも√Φ^nも ロゴス的な三角形がイメージされる」由縁です。

153 千々松 健 :2009/12/20(日) 22:01:43
 先ずは中学レベルの幾何学ですが、
「三角形の外角の和は360度、三角形の内角の和は180度
多角形の外角の和は360度、多角形の内角の和は180度×(N−2)
ではNが無限化したものを「円」とするとその内角の和は幾らでしょうか?」
<このような「リニアな世界」を解こうとして、今スーパーコンピュータに高額の研究費を投じているように思えてなりません。
私は、もっと目を向けるべきものが身近にあると考えています。>

 これを説明するには「mod9」が良いでしょう。
180度は1+8+0=9として、9÷9=1余り0なので、0度となります。
360度も0度、N個の頂点を持つN多角形も全てが9の倍数になりますから、内角の和も、外角の和も、全て0度です。
従って、円も0度となりましょう。
「mod9」では区別がつかないのです。全てが「空」であると言われているような感じになってきませんか?
まさに、369=ミロクの世界がそこに顕在化するのです。
角度の単位には秘数の9が内蔵されていたことに気が付かされるのです。
そして、敢えて言うならば、21世紀の胎蔵界曼荼羅に相当すると思われる【21世紀マンダラ】=「神聖方陣とラセンモデル」の「螺旋モデル」こそは、私達を可視化された動態幾何学へと橋渡しすることになるはずです。
 *英語では「Matrix Mandala」になる胎蔵界曼荼羅は「そこから本質的な何かが産まれ出るもの(場)」を意味しています。

154 松本英樹 :2009/12/24(木) 11:32:28
>153
「ガテーガテー パーラガテー パーラサンガテー ボーディスヴァーハー」
般若心経最後の一節が頭の中に響きます。
コトバの解釈、原語の意味は様々にあるでしょうけど、
私には「同じ同じ、皆同じ、宇宙の相も皆同じ、ミロクの世界のお姿は」
という風に聞こえてきました。

155 千々松 健 :2009/12/28(月) 13:59:57
 暮れも押し迫った26日に、「場の理論」を提唱している清水博東大名誉教授のお話を直接聴く機会がありました。
未来戦略の考え方、すなわち「純粋未来との誘導合致を図らねばならない」と言うのです。過去、現在、未来の時の流れを順序とすると、それは「逆序」と私が言ってきたものに該当しました。
このように順序と逆序によって秩序が形成されると考えることは、必要十分条件を満たすこと、数学的には逆行列を満たすことに通じると思います。
「里山的境界」のオープン性は「自他非分離の二重生命の原理による相互誘導合致」による「ホリスティックな設計図」に繋がって、「多様性の上に自己秩序を維持していく理論=場の理論」となり「卵モデル」はとてもわかりやすいモデルでした。
そして、二重性や自他を陰陽に置き換えれば、まさに「21世紀マンダラ」(神聖方陣とラセンモデル)に読み替えられると思い、意を強くして帰りました。

156 千々松 健 :2009/12/29(火) 10:48:28
>143の補足
全ての整数はmod9の世界では0から8までの数値に置き換えることが出来ます。
しかし、mod9の世界では素数と非素数(合成数)の違いにはあまり差がないようです。
素数をSとするとき、S^6mod9≡1
合成数をGとするとき、G^6mod9≡0or1(Gが3の倍数の場合:0,それ以外は:1)
従って、3の倍数でない整数をNとするとき、N^6mod9≡1が成立してしまいます。
このような結果からすると「3」という数が重要になるようです。
従って、三角形が形の基本になるということも納得が行きます。
>143の段階では非素数については未だ検証していなかったので、十分条件を満たしていなかったことを反省しています。

157 千々松 健 :2009/12/29(火) 23:10:09
当初は「リーマン予想」に関連していたので、素数にのみ気を取られていたために、素数以外の合成数(非素数)に考えが及ばなかったことを反省して、今度は整数に広げて「mod9」を適用しましたところ
  1≡(3の倍数以外の整数の6乗)mod9
  <369、ミロク、弥勒、は魅力的なり>という結果に相成りました。

 2009年最後の締めくくりとして、下記のPDFを作成しましたので、ご覧願います。
 ベートーベンの第九交響曲がバックに流れているともっと気分が出るのですが、今年一年を振り返りつつ全てに感謝して、寅年が良い年になりますように祈ります。

【整数に関する一考察:mod9の世界では、素数も非素数も何と美しいことか!】
 http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/1,2,4,5,7,8mod9.pdf
 (リニューアル版になります)

158 千々松 健 :2010/02/08(月) 08:35:17
<世はまさに3Dの時代へ>
映画の「アバダー」が牽引して3Dの時代へ突入しそうである。そしてTVもそれに続くという。
このようにタテ軸・ヨコ軸・オク軸?の3軸の時代になるという意味は何か?ドラッカーの言うとおり「新しい次元が加わること」を「イノベーション」と定義すれば、まさにその通りのことが起こるに違いない。
点から線に、線から平面に、平面から立体にと次元が進むと、確実に視点が増えるから、より大局観に近づこう。

最近、宮崎興二氏の著作からヒントを得たのですが、多くの建築物は平面投影図では白銀比が多くみられるが、立面にすると黄金比が観察されることが多いそうで、ピラミッドもパルテノン神殿もしかりとのことです。
そして、私はさらに植物の成長で朝顔の巻き弦や木々の枝の付き方を観察すれば、立面には時間軸が加わって「螺旋」を描くことが理解されるが、それはまさしく黄金比を生んでいるフィボナッチ数列に係ることになると思うのです。

159 千々松 健 :2010/02/11(木) 12:49:17
 丸山真男が追いかけていた「日本文化のかくれた形」は原型から古層へさらには「執拗低音(バッソ・オスティナート)」へと行き着いたようであるが、その姿かたちを私たちに分かるようには見させてはもらえなかった。
偶然にも、私は「ヒフミ算」と「カタカムナ」と「フトマニ」という古い神道の智慧を借りて、その形を描けるのではないかとここ数年間、試みてきたことになる。そして、幸いにも藤原肇博士の見識に触れる機会があり、宇宙巡礼サイトにおいても励ましを頂きながら、深化させることが出来たことを感謝しなければならないと思う。
 やがて、世界の賢者たちがこのサイトから引用してくれるに違いないと確信しているが、情報発信の効果は直ぐには現れないことを肝に銘じながら、じっくりと待つことにしたい。
そもそも文系は理数に弱く、理系は思想に弱いということで、中々にしてこの分野は理解されにくいと思うが、フィロソフィ(考えることを楽しむこと)の文化を醸成したいものです。

160 千々松 健 :2010/02/13(土) 12:43:37
インドで生まれた0と10進法の記数法のおかげで代数計算は紙上で行いやすくなった訳ですが、60進法や20進法や12進法なども存在しているのですから、当然に9進法も存在して良いわけです。
その9進法は10進法の特徴を生かして多数の数字を一桁にする不思議な性質が有ります。即ち、例えば123は9で割ると商は13余りは6となりますが、余りは簡単に1+2+3=6でも計算できるのです。
するとどんなに大きな数でも、一桁(1から8)の数値内に折り畳んでしまうのです。それが「ひふみ算」=「mod9」の威力です。余りの6は更に10倍に成長させて60にしてから9で割ると商は6余り6となります。
それは何回繰り返しても6となりますが、何処かで9倍すると0となり消えてしまいます。「カバラ式計算と生命の樹(セフィロト)の関係」もそれに相似していると思います。
更に飛躍しますが、この「一桁(1から8)の数値内に折り畳んでしまう」ことのできる脅威の循環性が、21世紀の自然科学の発展に大いに役立つものと予感しています。
そして、易経と数論を関係付けるならば1:8、2:7、3:6、4:5という奇数:偶数の関係は皆が陰陽和して9=0となり、それは「FLKM系列」に対応するものとなるのです。

161 千々松 健 :2010/02/16(火) 12:30:29
<高木貞治没後50年に寄せて>
数学には「三つの大きなA」がある。クラインの壺で有名なクラインがそのことを強調していたそうである。Arithmetic、Algebra、Analysis これら3つのAの統合こそが数学であるという。しかし、最近の数学者は「一つの小さなa」ばかりを追いかけている。それは abstract であると高木貞治が70年前の文化勲章授賞式に述べている。
物理学・天文学・生物学・化学などの科学分野において数学は欠くことができない。科学的思考の基盤を担う数学の世界において彼は極めて独創的な数学理論を樹立した。当時の数学先進国のドイツに留学したこともあったが、その「タカギ類体論」は日本人のオリジナリティの高さを世界に証明したといえる。
彼は楕円関数に関する難問「クロネッカーの青春の夢」を解いてしまうのである。2以外の素数をPとすればPは奇数であり P≡1mod4、P≡3mod4、のどちらかとなる。前者は実数と虚数を加えた複素数を使って二つの数の積に因数分解できる。うんぬん、、と。これらは、フェルマーの最終定理の証明に役立った「すべての楕円方程式はモジュラー形式に関連づけられる」という谷村豊=志村五郎予想に引き継がれていったことであろう。

そして現在、そのモジュラー形式でも特異である「mod9」の世界では、「フェルマーの最終定理は不成立である」ということが何と証明されたのです。
【 1^3+8^3=9^3、但し1^3=1はmod9でも1、8^3=512はmod9では8、9^3=729はmod9では9=0、従って、mod9の世界では 1+8=9=0で成立してしまうことになる。追記:これは1:8:9の組み合わせのみではなく2:7:9、3:6:9、4:5:9の組み合わせでも同様です。】
それは、定規とコンパスでは作図不能であった「任意の角の三等分」や「倍の体積の立方体の一辺の作図」問題が、折り紙では可能なことが証明されたことと同様に、驚異であると思います。

162 千々松 健 :2010/02/23(火) 10:57:53
荒木昭太郎著「モンテーニュ」p211からの引用
「ルネッサンスの時代には古代哲学の内容を置き換え深めた新プラトン主義、ユダヤ教カバラの伝承を読み替えたキリスト教神秘哲学、また、占星術、錬金術、魔術、心霊術等が流入し多様な学説を生み出したオカルト哲学などがむらくものようにたち現れ、中世とは一段と異なる知的状況をつくっていた。」「文字、数字、図像、形象などに意味・象徴を担わせ、関連・体系の充実をはかる」という努力がなされた。

モンテーニュの表現を少し借りれば、私にはわからない何らかの仕方、それは天の配剤(オルドナンス)によっているように思われるものが、宇宙生命を統べるものの真実であり、古今東西の叡智を温故知新しつつ、メタサイエンスの時代を第二のルネッサンスとして迎えたいと思い願うものです。

163 千々松 健 :2010/02/24(水) 17:56:38
モンテーニュの「エセー」は随想録と訳されていますが、「試考・試論・表現の試み」という意味であり、『自分で試してみたまえ』という意味が込められているようです。
勝手気ままに言い放っているのではなく、読者に試してみなさい、きっとご自分でも同じような結論にいたるはずですよ。自分自身で試さないと本当に理解するところには至りませんよ、と言っているように思います。

メタサイエンスが拓く21世紀の未来像は、80年代に流行したニューサイエンスの総括をしてこそ、語れるのではないかと思っています。
オカルトに走ることなく、トンデモに分類されることなく、語り得ぬものは語らないで、その代り診せたり・魅せたり・観せたりすることを通じて、まるで真昼には見えない星を夜中に観察するような仕方でもって、見えないと思っていたものを見えるようにすることが大事であると思います。
そして、コンパスと定規のみでなく、折り紙の世界をも加えて思考することが大切になるようです。松岡正剛氏のよく言う「アワセ・カサネ・キソイ・ソロエ」の編集技術はまさに“日本独自の折り紙の基本方法”である考えるのはきっと私だけではないでしょう。

164 千々松 健 :2010/02/25(木) 15:39:12
カタカムナウタヒの第5首には「ヒフミヨイ マワリテメグル ムナヤコト アウノスベシレ カタチサキ」とあるが、これを私は「12345 回りて巡る 678事 阿吽の統べ知れ 形先」と読んでみました。
1234、5678を4と5を境に折り曲げると1:8、2:7、3:6、4:5の組み合わせが生じます。
これは9を0と置き換える「ひふみ算」すなわち現代数学の「mod9」と神聖比例=黄金比を生じるフィボナッチ数列類の律動に相当すると考え、それがカタチの基本であると解釈します。
そして、例の「FLKM系列」を示唆しているようです。1:8はフィビナッチ系列、2:7はリュカ系列、3:6はケン系列、4:5はミチコ系列の特徴である組み合わせに関連します。
また、第5首目と言う数字にも興味が持たれ、5角形は√5を内部に持つ黄金比に関係して、動植物の生命の基礎となるDNA構造と成育過程に関連して来るようである。

すると、第6首のウタヒは6角形を構造にもつ鉱物関係に関連したものになるのだろうか?
もしもそうであれば、5角形と6角形の組み合わせで造られるバッキーボール=C60フラーレン構造こそ、宇宙の謎を解くもう一つのカタチなのかもしれない。
第6首は参考までに「ソラニモロケセ ユヱヌオヲ ハエツヰネホン カタカムナ」
上の5首と6首を合わせて、さらにタイトルのカタカムナを抜いた48文字がいわゆる「いろは歌」とのキソイとなっています。

165 千々松 健 :2010/02/27(土) 14:00:16
昨年の暮れに、素数も非素数も自然数は全て6乗して9で割ると1余る。(ただし、3と6は除く。また3の倍数の場合は余りは0となる)ことを示しました。
それに関連して、
「 0≡(3k)^n mod9 」
ただし、kとnは自然数で、k≧3、n≧1とする。
が成立することが解りました。
この場合nは6でなくても1以上であれば全てに当てはまります。
そして、不思議なことにFLKM系列の中でK系列は特別に短く「3,3,6,0,6,6,3,0」ですが、それはフィボナッチ数列を3倍したものをmod9処理したものに他なりません。
369のミロクは更に魅力的に見えてきます。
(3の倍数でもって顔が引きつる例のお笑いギャグを思い出しますね、、フフフ)

166 千々松 健 :2010/03/03(水) 13:17:31
<2010.3.3>に因んで
タンパク質は全て3N個のアミノ酸の数で構成されているという。これはまるで三角測量で平面地図が作図され、立体についても三点構造が基本となっていることに似ている。
このことは、9を法とするモジュラー形式で表わすと【 0≡(3N)mod9,但しN≧3 】となる。
そしてそれは 165>に見たことの一特殊例に他ならないと言えるのではないでしょうか。

167 千々松 健 :2010/03/08(月) 11:44:07
ダンテの「神曲」には「3」という数が大活躍している。
三位一体に関係すると考えられるが、3の倍数のオンパレードである。
地獄は円錐形の穴でイメージされていて、その蟻地獄は9層で出来ていて、穴の底には6枚の羽で3つの顔をした魔王も登場して、まさに「369=ミロクの世界」であるのだ。

もちろん「聖書」には数が多く語られていて3と7が圧倒的に多く、8や9は見かけない。
数値のオンパレードとも言えるヨハネの黙示録にも9は見かけない。不思議に思っていたところ、144、666、1260は使用されている。それらは「mod9」で9=0であるから、実は「9」が秘められていることが判った。
「9」は直接的に使用されてはいないで隠されていたのだ。それもカバラやヒフミの流れなのであろうか?

168 千々松 健 :2010/03/09(火) 08:30:27
「か・かた・かたち」論の建築家菊地清訓によると、認識のプロセス(かたち→かた→か)と実践のプロセス(か→かた→かたち)の三段階を想定し、単なる「環」ではなく立体的な「ラセン構造」を構成すると述べている。
<かたち>の認識は、一般に感覚の段階から理解の段階へ、そして思考の段階へと、三つの段階を経て深められるという。
 か:思考/原理/本質論的段階/構想
 かた:理解/知識/法則性/相互関係/体系/実体論的段階/技術
 かたち:感覚/現象/現象論的段階/形態
さらに、人間生活・空間・機能との係わりを示す「設計の三段階構造」を提示し、理論と実践の融合を図ろうとしている。

この「か、かた、かたち」は「●▲■」とカサネられると思う。
そしてそれは「WANT,PLAN,ACTION」の一連の仕事の流れと連環にも通じて行くものであると認識している。
そうすると、カは本質的な欲求であり、カタは論理的体系であり、カタチはそれらを実現するパターンとなろう。

169 千々松 健 :2010/03/09(火) 08:35:35
日本民族のルーツは大きく分けて3つあるようです。
 1)南方海洋から来た縄文時代人(石器文化に特徴あり)
 2)北方大陸から来た縄文時代人(土器文化に特徴あり)
 3)西方半島から来た弥生時代人(稲作と鉄器文化に特徴あり)
日本列島にはこれら3種類の人々が長い歴史の中で、融和して暮らして来たようです。
それは、What文の「いつ、どこで、なぜ」の言語的混在にも象徴的に現れていると考えています。
すなわち、
 いつ=I系はイネに関係した3)の系統、
 どこで=D系は2)でアイヌに残存、
 なぜ=N系は1)で沖縄に残存していると考えられます。
入ってきた順番は1,2,3で、それは石器、土器、鉄器文化の歴史的順序にも相当するに違いないと思います。
なお、日本語のルーツについては下記をご参照ください。
http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/mmdl/5.49ws.htm

170 千々松 健 :2010/03/09(火) 10:37:00
>168 お名前を間違えて済みません。菊地清訓は「菊竹清訓」に訂正します。
菊竹氏は武谷三男の「三段階論」に影響を受けたと述べておられますが、カタカムナのウタヒに出てくる「ヒフミヨイ マワリテメグル ムナヤコト アウノスベシレ カタチサキ」のカタチサキについて、どのように解釈されるのかお聞きしたいところです。

171 千々松 健 :2010/03/09(火) 11:08:13
3月9日に寄せて 3^2=9
「mod9」でもって、フィボナッチ数列を計算すると24項目毎に循環が現れます。それを多次元展開してmod9で処理すると6次元の循環性が見られます。
同様にmod10でもって、フィボナッチ数列を計算すると60項目毎に循環が現れ、多次元展開してmod10で処理すると4次元の循環性が見られます。
9や10という法の数値をそのほかの数でもってフィボナッチ数列を計算すると、3,6,8,10,12,14,16,18,20,24,28,30,36,40,44,48,52,60,72,84,100,120などが循環数として出現します。ただし、法の数の多少に関係がなく変化に富んだ現れ方をしますが、一見すると24が最頻値と言えそうです。
多くの数の中から「9」が特別な意味を持たされているのはとても不思議です。

172 千々松 健 :2010/03/11(木) 19:54:17
【「日本人」起源 通説に一石】という見出しで、国立科学博物館の研究グループ(溝口優司代表)が人類学からの立場から新仮説を出したというニュースを見た。
それは、>169 で述べた仮説の実質的な裏付けになると思う。言語的分野も含めた検証をよろしくお願いしたいものである。そうすれば、日本人ルーツに関して、考古学と人類学と言語学との3つが統合されよう。

「我々は、どこから来て、どこに行くのか?」(ゴーギャン)「是空法、非過去、非未来、非現在」(般若心経‐クマラジュ訳)を見てみたいものである。

173 千々松 健 :2010/03/15(月) 11:27:23
>172 補足
「我々は、どこから来て、どこに行くのか?」は正確に引用すべきでした。
1897年 ポール・ゴーギャンが描いた有名な絵の中に書かれた疑問構文のメッセージから
(仏)D'ou venons-nous ? Que sommes-nous ? Ou allons-nous ?
(日)我々はどこから来たのか? 我々は何者か? 我々はどこへ行くのか?
(英)Where Do We Come From? What Are We? Where Are We Going?

「是空法、非過去、非未来、非現在」玄奘訳に遡ること約200年前の鳩摩羅什訳に見られる般若心経の一節。この部分は玄奘訳にはどうしてなのか見当たらない。

174 千々松 健 :2010/03/15(月) 13:45:56
3月14日は「円周率の日」であるという。単なる語呂合わせでしょうが、円周率を何桁まで計算できるかがコンピュータの性能指標の一つにされていますから「コンピュータの日」でも良さそうに思います。
さて、ライプニッツがコンピュータ計算の基礎となった「二進法」を考え出したのには中国の「易経」の影響が見られるといいます。確かに陰・陽=0:1であろうかと思われます。
また「9で割り切れる数の証明」の定理を例に挙げている個所もある。(対話:事象とことばとの結合)
注:その定理とは「用いられている数字の和が9の倍数ならば、その数は9で割り切れる(例えば234、4005など)ということの証明。

以上から考えると、ライプニッツは秘数9の数学的な特徴も認識していたわけですから、まさに「mod9」の特徴であり、カバラやヒフミ式の計算にも明るかったことが推測される。だからこそ、パスカルが発明した計算機を彼は改良し、加・減だけではなく乗・除、さらには開平をも可能にしているのでしょう。
欲を言えば加・減・乗・除・開平に更にmod9のような「モジュラー形式」を追加すれば、鬼に金棒で「神の数学」により叶うことになるのではないかと思う今日この頃です。

円周率≒3.141592、、、の数値よりも●▲■の周辺の長さの比率が「π:2Φ:4」になることの方に興味が持たれます。円周率πや黄金率Φの代数的な意味よりも幾何学的な意味の方が重要であると思う。そもそも「率・比率・ラティオ」は二つの関係の中で成立するのであって、単独には意味を持たないのである。単独には意味を持たない数値をどこまでも求めようとしてもそれこそナンセンスであろう。
(注:直径1の円●:底辺1高さ1の三角形▲:一辺1の四角形■ のそれぞれの周囲の長さの比較において)

175 千々松 健 :2010/03/23(火) 18:20:33
今朝の朝日新聞の科学欄に「現代の秘術でチチンプイ」―21世紀によみがえる錬金術―が載っています。
ペンシルべニア州立大のキャッスルマン教授は「電子の足し算」により「超原子」を生成する実験を進めているという。
https://aspara.asahi.com/blog/science/entry/zMpPmQeREt
チタンと酸素でニッケルを、タングステンと炭素で白金をそれぞれまねる超原子を発見しているそうだ。
将来は(原子)周期表の上で自由に旅することも可能となるかもしれない?との記事である。

私は直ぐに「神の数学」守護者こと佐藤敏夫さんが以前書かれていたことを思い出した。それが現代科学で現実となったのである。
原子の種類に周期が認められるが、それも「mod9」で説明が可能となるのであるし、先日公開した「1≡(N^6)mod9、ただし、Nが3の倍数のときは1ではなく0である」の計算を加えれば、「1個足りない」不安定さをも説明できるように思う。
その意味で「21世紀マンダラ」(神聖方陣とラセンモデル)は21世紀の錬金術師にこそ第一に理解されるものとなろう。
フィビオナッチ数列とモジュラー形式により、いよいよ「パラ/メタサイエンス」は花開こうとしている。
「価電子の数に、足し算のような簡単な規則が成り立つのを発見したとき、教授は「これは何か偶然に違いない」と思ったそうです」と取材した勝田敏彦記者はインタビューの様子を語っているが、
私も、mod9の簡単な計算に出会い、その意味がやり方が解った時や、フィボナッチ数列にmod9を適用して綺麗な循環と4つの数の流れに出会ったときと同じ感動ではないかと推察します。
その「足し算のような簡単な規則」とは何か? その答えは「mod9」であるに違いありません。

176 千々松 健 :2010/04/02(金) 16:29:53
「分子触媒による不斉合成反応の原理」を発見し、産業的に応用された功績でもって野依良治氏は2001年にノーベル化学賞を受賞されました。
左手と右手の関係のようなキラルな関係を分子化学では「鏡像異性体」「光学異性体」と言うそうです。
このように螺旋が左巻きか右巻きかは大変重要な差異になります。例えばサリドマイド事件でも化合物の分子構造の左右の違いにより、奇形を産む毒になるか本来のクスリになるかの大切な問題なのでした。
薬学者の清水博先生の「二重生命の相互誘導合致」で言われる鍵と鍵穴の関係にカサネられるものと考えています。

177 千々松 健 :2010/04/04(日) 12:55:40
「八つ手の葉っぱ」の葉は実は8枚ではなく9枚です。そのことを気付かせてくれたのはモナコ女王のグレースケリーでした。
彼女が制作した植物の押し絵と刺繍の作品展を東京で見た時に、何故か八つ手の葉っぱの数が気になり調べたのです。
八つ手の葉っぱは成長に合わせて増えて行くようですが全て奇数枚になっているのです。3−5−7−9枚と、、、
中央を軸にして両側に増えて行く仕組みなのでした。8ではなく9であったことで見事に先入観を打ち破られました。
 同様なことが或る巻貝にも当てはまります。
リンボウガイは60円切手のデザインにも登場しましたが針は9本でした。
日本近海の特産と言うこともあり、リンボウガイは「日本貝類学会のシンボルマーク」にもなっている貝です。しかし誠に残念なことにそちらのマークは針が8本にされています。それは多分に輪宝のイメージからのデザインでしょう。
しかし、成長したリンボウガイは9本針が普通なのです。ヨカという日本の学名が付けられている同類のハリナガリンボウガイも成熟のカタチは9本です。時々10本のが見られるのですが、それも最後の一本はやがて溶かされて無くなる運命だそうです。
世の中には数にはうるさい巻貝がいたわけです。それらが日本の近海にのみ産出されるというのも面白いですね。
 いずれも「mod9」に関連するお話でした。見え見えですみません。

178 千々松 健 :2010/04/05(月) 15:31:28
「数の不思議」草場公邦著1983年のエピローグからの引用
「ヒルベルトの第12問題が何であるか、数学的な用語を用いず説明するのはいささか難儀であるが、それは、いろいろの数体を同時に統制するような関数を見出すこと、ということになる。そしてその有力な候補者も大体見つかっている。それが保型関数と呼ばれるものである。」
「数学が『世の役に立つか』どうかは、じつは『予の役に立つか』どうか、と同じことだという高木貞治の名言がある。結局個人個人の興味の問題である。」

 
 その高木先生がヒルベルトが提示した数学の20個の問題の第9番を解いて類体論を完成させたし、同じく整数論に関する第12番にも期待がもたれるわけで、それを解くヒントが保形(型)関数なのでした。
確かに数の有機的な関係は、和差積商の四則計算が基本であるが、それにモジュラー形式(特に法を9とするモジュラー形式であるmod9が核となる)を加えて始めて上記の問題は解決されるはずだ。
『整数論は数学の女王である』と述べたガウスに倣えば、『mod9は科学の王様である』と言えようか。
そして、それが役に立つかどうかは、最先端を行くと思われる各分野の研究者が、それにどの様な興味を持つかに関係して来るということを意味しているということでもある。逆にいえば興味のない人には何ら役に立つものではないとも言える。

179 千々松 健 :2010/04/05(月) 21:38:16
>178 追補
8か9かと数にうるさいことを言っておきながら、注意が足りずに済みません。
ヒルベルトの手記に因ると最初は24個の問題を用意していたようですが、1問は割愛して23個の問題を公開したというのが事実のようです。引用元では何故か20個となていますが取り敢えずは23に修正しなくてはなりません。
それにしても、第9問題、第12問題、第24問題という数字の流れからすると、何かピンと来るものが感じられませんか?
ここ数年間、宇宙巡礼をご覧いただいている方には説明は無くても通じると思いますが、ここで若干に補足させていただきます。
フィボナッチ数列はmod9のモジュラー形式で処理すると24項目毎に循環が出現します。それも前半の12個と後半の12個に分けられて鍵と鍵穴の関係(陰陽の太極図)になっているのです。
これらから9と12と24の関連が見えてきますが、ヒルベルトは問題の番号にも或る意味を持たせたかったのではないでしょうか? 遊び半分に、しかし何故かそれは意味を持っているなんて、、考え過ぎでしょうか。

180 千々松 健 :2010/04/06(火) 21:34:38
 鎌倉市の大船フラワーセンター近くにある龍寶寺に満開の桜を見に行く。
境内には「朝散大夫新井源公碑銘」享保10年(1725年)に室鳩巣が撰した碑がありました。新井白石に関する碑ですが風雨により磨耗しており銘文は判読できないというのは残念です。
常陸(ヒタチ)の国(茨城)の出身である新井白石が玉縄城の城廻りに家禄を得て、一時住んでいたようだ。邪馬台国論争の火付け役であり、大和説と九州説に自身でも決めかねていたようです。
後に本居宣長が九州説を唱えていて、記紀の読み方については白石と宣長は同じく「古言」を大切にしながらも意見が異なるのは面白いと思う。
 私は漢学も国学もよくは知らないのですが、「神・命」=「ミコト」は「三九十」又は「三事・御事・御言」に繋がるのではないかと考えて診ました。「ヒフミヨイ マワリテメグル ムナヤコト」のコトと同じ解釈が出来ると思われます。
この場合の「古言」こそ、カタカムナウタヒの出番ではないのかと考える次第です。

181 千々松 健 :2010/04/07(水) 13:20:28
初期の電子計算機に詳しい渡邊茂先生が晩年に曼荼羅(胎蔵界マンダラ)もコンピュータも同じだよとお話し頂いたことが想い出されます。
その頃(20年前?)はマンダラについての知識を持たなかったので理解はできませんでした。
しかし、今から考えると、インプットと中央電算処理(CPU)とアウトプットの三段階がそこには観察されるということで、まさに相似象であったのだと理解されるのです。
 
 そして更に、自然界の生命もその三段階で生きているといえるのです。外部から食物をインプットして、内部でそれを何らかの要素に分解して吸収して栄養とし、最後に外部へ排泄物としてアウトプットする。
ゾウリムシやミミズのような単純な生物と同じく、人間も要するに「腸的な存在」なのです。考えてみると呼吸器官や脳神経やその他の諸器官も腸を助ける手段に過ぎないと言ってもよいのです。
最近友人に「調子はどう?」と聞かれますが、胃や腸の調子が良いかどうかを聞かれているように錯覚してしまいます。どうにかして「ピロリ菌」と仲良く付き合っていく方法が取れないものかと思案中です。

 また「ミコト」とこの三つの事(三段階)をカサネて発想することも面白いのではないでしょうか。

182 千々松 健 :2010/06/10(木) 22:11:09
「mod9の世界では、黄金比を生じる全てのフィボナッチ数列群は、24項目ごとに循環する。そして、12項目ごとに鍵と鍵穴のごとくにバランスしている。更に、その24項目を多次元展開すると、4つの系列が生じる。
それら4つの系列を『FLKM系列』と呼ぶことにしたい。」以上はこれまでの考察でした。
<以下が新たな知見です>
ここでは便宜上スタートを0としていますが、連環しているので何処からスタートさせても同様です。
F:フィボナッチ系列【0,1,1,2,3,5,8,4,3,7,1,8,0,8,8,7,6,4,1,5,6,2,8,1】 
L:リュカ系列   【0,2,2,4,6,1,7,8,6,5,2,7,0,7,7,5,3,8,2,1,3,4,7,2】 
K:ケン系列    【0,3,3,6,0,6,6,3】
M:ミチコ系列   【0,5,5,1,6,7,4,2,6,8,5,4,0,4,4,8,3,2,5,7,3,1,4,5】

L系列はF系列を2倍又は7倍してmod9で処理したものに一致する。
K系列はF系列を3倍又は6倍してmod9で処理したものに一致する。
M系列はF系列を4倍又は5倍してmod9で処理したものに一致する。
F系列はF系列を1倍又は8倍してmod9で処理したものに一致する。
(項目はずれるが、循環するので同じ系列と言える。また以前から観察してきたように1−8,2−7,3−6,4−5は足すと9となる組み合わせである)

 さて、デリバティブ資本主義経済の破綻の本質的な原因は何だったのでしょうか?
それは第一には部分が集まったものが全体とは必ずしもならないこと。
そして第二には一部の人間が考えた数理ソフトを信じてしまったことにあると思います。
今回の新たな知見にもあるように、自然は循環で形成されていて、足るを知っているし、フラクタルなカタチでもって元に戻れるのです。そして、常に全体のバランスを取らねばならないことを知っているのです。
従って、もっと人間は自然から学ばねばなりません。

183 千々松 健 :2011/10/03(月) 17:03:06
今年のノーベル医学・生理学賞の最有力候補者である京都大学・山中伸弥教授が二年前に「iPS細胞」(人工多能性幹細胞)を4つの遺伝子の投入により生成したというニュースを聞いて、その数について考えたコトがありました。何故4つなのでしょうか? その後に海外では3つでも可能であるといっているようですが、その違いは何だろうと考えたのです。そして、ある仮説に至りました。
「FLKM系列」の4つの数に流れをすべて使用するのが前者で、特別なK系列をはずして他の3系列で済ませてしまうというのが後者といえるのではないのか。(判りやすい例で言えば、血液型にはA・B・AB・O型の4種類あるが、そのうちO型はすべてに対して対応できるので外してしまおうというのが後者)
しかし、「順序+逆序=秩序」の考えからすると、やはり3つよりも4つを選択すべきだと思うのです。必要条件だけではなく十分条件をも満たし、初めて数学的な正解となるという意味において、4つの遺伝子を使い切る方式の方が自然の理にかなっているのではないでしょうか。もしも3種類(最近は2種類)で済ませて効率や経済性を優先するならば、いずれ後悔することになるでしょう。

「21世紀マンダラ」(神聖方陣とラセンモデル)で明らかにした事柄が、先ず世の中に役立つとしたら、生命科学の分野からかも知れないと思います。
参照:http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/21st%20Century%20Mandala.pdf
(「フィボナッチ数列の殿堂」への夢 119 2009.8.22のレスの更新版として)

184 千々松 健 :2011/10/07(金) 23:57:37
ICTの起業家スティーブ・ジョブズ氏の死を悼みます。
彼は"Connecting dots" というキーワードを残しているので、その「点と点を繋げる」からヒントを貰います。
古くから人間は星と星を繋げて星座を作り物語を作って来ましたし、ドット式のプリンターは点と点を繋げて文字や絵を描くし、脳神経細胞もある意味では点と点を繋げてイメージを描いたり情報を産んでいるわけです。そして、点と点が多くなれば誰でもが判る筈のものを、未だ少ない段階の点と点を結んで情報化できるのはインテリジェンスの高い証しになるのでしょう。また、見えない点を探して埋めて行くには、まさにジョブズ氏のメッセージどおり“Stay Hungry, Stay Foolish”が大切になるのですね。

余談ですが、実のところ鎌倉ノートの左ページ(キャンバス様)には☆型の小さなドットが五つ薄く印刷されてあり「コネクティング ドット」を手助けしてイラストや図が描きやすくなっているのです。

185 千々松 健 :2011/11/09(水) 23:39:37
藤原肇博士の「生命知の殿堂」カミトロニクスへの入り口の鍵となる【96169】の回文からは【24,15,9,6,3,3,0,3,3,6,9,15,24】が想起されます。その右側半分の【0,3,3,6,9,15,24】はフィボナッチ数列を3倍した数列です。それを(mod 9)処理すれば【0,3,3,6,0,6,6,3,0】の循環が出てきますが、それはFLKM系列の中のKすなわち「ケン(健)系列」です。
最近、肇と健の漢字の中には共通な部分が見られることに気がつきました。律動、黄金律、因果律などの「律」の右側の象形と同じで<筆をまっすぐに手でたてたさま>を言うそうです。すると【96169】の中央の1は肇に通じる訳ですが、垂直に建てた鏡を1と考えて見ると回文が解けますね。

186 千々松 健 :2011/11/09(水) 23:43:17
それに比べてケン系列を産む【24,15,9,6,3,3,0,3,3,6,9,15,24】は3の倍数になっていて、中心は1ではなく0となっています。
2011年11月11日は11がぞろ目になる日で満月にも当たりますが、再び大地が震えるコトのないようにと祈ります。
そして、2011.11.11の数字を使って遊びながら心を静めたいと思います。1+1=2から2,0,2,2,2、フィボナッチ数列風に2,0,2,2,4,6、【2,0,2,2,4,6,10,16,26】0から左側を増やして【26,-16,10,-6,4,-2,2,0,2,2,4,6,10,16,26】とすると0を中心に鏡に映ったように見えるのですが、左側の世界は奇数項の場合はマイナス符号が付くことになります。

187 千々松 健 :2011/11/11(金) 21:10:16
富永仲基の「加上説」と三浦梅園の「一、一の条理学」にヒントを貰いながら考えた。どうも共通する点は日本古来の「フトマニ」の思考法にあるようだ。
先ず1と1とが一つとなって新しい1となり、次には新しい1と直近の1とが一つとなって次の世代の1となる。それを繰り返す操作がまさにフトマニであり、フィボナッチ数列のオペレーションと同じだ。
そこには次々という時間の概念が入ることになり、旧来の説を元にして、新たな説がカサネられて行く「加上説」とも相似すると考えた。
フトマニの教えは一畳と一畳とを並べて一坪とする建築様式にも引き継がれたであろうし、正方形の折り紙を半分にしたのを半紙と呼んだのもそうでしょう。
また、このヨコとタテが1対2の比になるのは、クフ王のピラミッドの王の部屋にも通じます。その1対2の関係からはピタゴラスの定理で√5が生じることが判るし、黄金比(1+√5)/2 を折り紙で折る出すことが簡単であるという事実からすれば、フトマニと神聖比例(黄金比)は連環している訳なのです。
そのような視点からすると、三浦梅園の使用した円形の図(「玄語」の基本形など)はフトマニ図を想起させるものです。

188 千々松 健 :2011/11/22(火) 00:36:57
【2,0,2,2,4】の数の並びに因んで
An = An-1 + An-2  ( A1=1、A2=1 )フィボナッチ数列  1,1,2,3,5,8,13,21,34,,,
An = An-1 + An-2  ( A1=1、A2=2 )似フィボナッチ数列 1,2,3,5,8,13,21,34,55,,,
An = An-1 + An-2  ( A1=1、A2=3 )リュカ数列     1,3,4,7,11,18,29,47,76,,,
An = An-1 + An-2  ( A1=1、A2=4 )ミチコ数列     1,4,5,9,14,23,37,60,97,,,
An = An-1 + An-2  ( A1=0、A2=1 )真フィボナッチ数列 0,1,1,2,3,5,8,13,21,,,
An = An-1 + An-2  ( A1=0、A2=3 )ケン数列      0,3,3,6,9,15,24,39,63,,,
上記の
An = An-1 + An-2  にて、項目の数値指定を無くした数列群を便宜上『フトマニ数列』と呼ぶとすると、

『フトマニ数列』はフィボナッチ数列を拡大したもので「どんな数で割った余りの数列も繰り返しになっている」という性質を持っています。その中でも9で割った場合は0から8までの一桁の数値を全部使用して、周期性を現わすことが可能です。
そしてガウスの合同式の概念を用いて
「a-bがmの倍数になるとき、a≡b(mod m)」との記号化を借用すれば、
【フトマニ数列≡FLKM系列(mod 9)】となり、
すべてのフトマニ数列は、それを9で割った剰余の数列にすると下記のFLKMの4つの系列のいずれかの周期性を持って循環するということを表わすことができるでしょう。
F系列:フィボナッチ系列 【0,1,1,2,3,5,8,4,3,7,1,8,0,8,8,7,6,4,1,5,6,2,8,1】
L系列:リュカ系列    【2,1,3,4,7,2,0,2,2,4,6,1,7,8,6,5,2,7,0,7,7,5,3,8】
K系列:ケン系列     【0,3,3,6,0,6,6,3】
M系列:ミチコ系列    【3,1,4,5,0,5,5,1,6,7,4,2,6,8,5,4,0,4,4,8,3,2,5,7】
2011.11.22の日、2,0,2,2,4を含むリュカ系列に因んで、
また 『 Ln=Φ^n+(-Φ)^-n 』として黄金比Φを使ってリュカ数列の一般式が表わされることを覚えながら。

189 千々松 健 :2012/10/08(月) 22:37:18
2012年度のノーベル医学・生理学賞に「iPS細胞」を発見した山中伸弥教授が選ばれたという嬉しいニュースが入った。
3年前に、「21世紀マンダラ」(神聖方陣とラセンモデル)で明らかにされた事柄が、現時点で先ず役に立つとしたら、生命科学の世界からも知れないと予想したことを思い出します。

また、この夏に到達した三段階論における(3)に注目すれば
(1)現象論に属すステロタイプ:陰陽の螺旋形状(ト―ラス・神聖ベクトル平衡体)
(2)実体論に属すプロトタイプ:フトマニ数列群(フィボナッチ数列や黄金比)
(3)本質論に属すアーキタイプ:循環する四つの数の流れ(FLKM系列)
iPS細胞は「或る4つの遺伝子の投入により生成に成功した」という事実は大変重要です。
私見では、循環する四つの数の流れで明らかにされたFLKM系列に相当するモノが4つの遺伝子の本質になるであろうと考えられるのです。

<真夏の夜の夢 その7>の如く
(1)DNAの二重螺旋構造には、神聖比例と4つの塩基とその結合の仕方が内蔵されている。
(2)「21世紀マンダラ」には、神聖比例と4つの数の流れと結合の仕方が内蔵されている。
をカサネれば更にイメージが湧くものと思われます。
そうすれば「フィボナッチ数列の殿堂」はまさに「生命知の殿堂」へと通じて行くはずですね。

190 千々松 健 :2012/10/09(火) 23:03:47
山中伸弥教授の「iPS細胞」(新型万能細胞)を生み出す「特定の4つの遺伝子」とは Oct3/4 Sox2 Klf4 C-Myc の4因子ということですが、その一つ一つがFLKM系列の4つの系列のどれかに該当するのではないか私は予想して見ました。
例えば【Sox2:F系列、Oct3/4:L系列、 Klf4:K系列、C-Myc:M系列】は語呂などが合いそうですね。
また「体細胞初期化(リプログラミング)」は、まさに「順序+逆序=秩序」の逆序に相当する訳です。
そして、逆序は逆行列のイメージになりますから、生命科学に量子力学や量子論が導入され、再生医療や新薬開発に繋がるのではないかと期待されるのです。

191 千々松 健 :2012/10/10(水) 22:19:43
ALS闘病中の徳田虎雄氏は京大の「iPS細胞研究所」(CiRA)をこの夏に訪問し、山中伸弥所長を激励していたという。山中少年が進路に迷っていた時に徳田氏の著書「生命だけは平等だ」を読んで、医学の道に進む決意を固めたというエピソードを、ご本人を前にして涙ながらに語ったそうです。
ALSという難病に対しても、このiPS細胞の技術が応用されて1日でも早い治療が進むことを願いたい。
それにしても、ここ数年間に相次いで建設された徳州会の湘南鎌倉総合病院と武田薬品の湘南研究所とは、目と鼻の先に位置しているが、それは単なる偶然ではないと思いたい。

192 千々松 健 :2012/10/13(土) 23:13:06
【「山中4因子=iPS細胞を生み出す特定の4つの遺伝子」と「千々松4系列=FLKM系列」とは相似象である】
この予想問題が解明されれば、それこそ「生命知の殿堂」に入ることになるでしょう。
そしてそれは、Inter-Universal(宇宙際的)な理論となると思われるので、まさに「宇宙巡礼」のゴールとなることでしょう。
この夏に、数学の難問「ABC予想」について、宇宙際幾何学者の望月新一教授が証明に到達されたようですから、京都大学は独創的な研究者達にとっては大変良い環境があるようです。

193 千々松 健 :2012/10/25(木) 20:55:55
間もなく、地球上の生命の誕生の秘密の一部が解き明かされるかも知れません。
アメリカの火星探査機(キュリオシティ)が火星上で観測を開始して続々とデータを送ってきているそうで、火星の地形や地層から水の存在や有機物の痕跡が探知されれば、海と陸地が存在して有機物の生成に適した環境にあったと思われる40数億年前の火星から、当時は海ばかりの地球に向けて隕石が飛んできて、その中に含まれていた有機物を元にして地球の海で生命体が生まれたのではないかというシナリオが成り立つかも知れません。
そうなると「石や塵から人間が創られた」という発想も納得がいくかも知れませんし、「天から降りてきた何者か」という表現も文化芸術的ばかりではなく、科学的にも的外れではないように感じられるのです。
「物理化学から生命科学へ」の流れは「錬金術から錬命術へ」と置き換えるとして、iPS細胞のコントロールにより遺伝子と細胞レベルのコントロールは先が見えてきたわけですが、未だ命(いのち)レベルの生命体にどの様な影響があるのかは定かではありません。

194 千々松 健 :2012/10/26(金) 21:19:39
フィボナチ数列を整数倍した数列を
それぞれ9で割った余り表示にする(mod 9処理する)と
全てが「4つの系列」に集約される。
それをFLKM系列と名付けている。
F系列を1倍したのがF系列(8倍も同じ、更に10倍・17倍他も同じ)
F系列を2倍したのがL系列(7倍も同じ、更に11倍・16倍他も同じ)
F系列を3倍したのがK系列(6倍も同じ、更に12倍・15倍他も同じ)
F系列を4倍したのがM系列(5倍も同じ、更に13倍・14倍他も同じ)

この4系列の数の流れは複雑なモノを単純化する作用を持つかもしれない。
例えば、iPS細胞の関係では、細胞の分化はある意味で遺伝子の抑制作用なので、その抑制作用を外すことにより起こる初期化に必要な4つの遺伝子が何らかの形でFLKM系列に関係してくると直観しています。
例えば
 Sox2:F系列、【0.1.1.2.3.5.8.4.3.7.1.8.0.8.8.7.6.4.1.5.6.2.8.1】0.1.1
 Oct3/4:L系列【0.2.2.4.6.1.7.8.6.5.2.7.0.7.7.5.3.8.2.1.3.4.7.2】0.2.2
 Klf4:K系列、【0.3.3.6.0.6.6.3】0.3.3
 C-Myc:M系列 【0.4.4.8.3.2.5.7.3.1.4.5.0.5.5.1.6.7.4.2.6.8.5.4】0.4.4
のように、iPS細胞の「山中4因子」は21世紀マンダラの「千々松4系列」に対応するに違いない。

195 千々松 健 :2012/11/01(木) 18:49:04
「天地明察」の映画にも登場する保科正之の思索に影響を与えた儒学神道系の吉川神道を創始した「吉川惟足」を知りたいと思い、資料を当たりました。
彼は38歳の時、鎌倉から京都へ行き吉田神道の萩原兼従に弟子入りし、40歳で神道の「数学面の秘伝」を伝授されています。その後、会津藩の儒学者の服部安休を通じて保科正之とは1660年に会見していました。その後は66歳の時に幕府の神道方を任じられて、以降は神道方は吉川家が継いでいたようです。
惟足の言うように神道に行法神道と理学神道の系列があるとすれば、理学神道は数理哲学を重視するということなので、「天地明察」の主人公の安井算哲(後の渋川春海)にも、その影響があったに違いありません。ただし吉川惟足の弟子である山崎闇斎しか映画には出てこないというのは残念です。

196 千々松 健 :2012/11/01(木) 18:51:33
>195「教学面の秘伝」とすべきところを「数学面の秘伝」と入力ミスしました。
しかし「数学面」でも当たらずも遠からずなのでした。八卦や八角形を重視するのは卜部系の神道の特徴でしょうし、数の1.2.3.4.5.6.7.8.9.10をヒフミヨイムナヤコトと呼ぶのは古神道からの伝統です。平将門の九曜紋にしても、その伝統が示されています。
そして、吉田神道の奥義の名称は「四重奥秘・神籬磐境之伝」(しじゅうおうぎ・ひもろぎいわさかのつたえ)だそうです。何しろ秘伝なので我々は知る由もないのですが、あるいは一部に漏れていたのかもしれませんが、所詮それはホンモノではなくダマシ情報であると知るべきでしょう。
そこで、秘伝の内容は現代に生きる我々が直観で認識するしかないのですが、ヒントは四の数字と籬や境にあるようです。境は鏡面の境のイメージですし、籬は竹籠の網目のイメージです。そして四重の4と言う数字です。
9の段の九九は【9,18,27,36,45,54,63,72,81】ですが、10の位と1の位の数を足すとすべてが9になります。前半の18,27,36,45と後半の54,63,72,81とは中央に鏡を置いたように対象になって見えます。従って前半を表の世界、後半を裏の世界と観るコトも出来ます。この世とあの世と観ても良いでしょうし、陽と陰と観ても良いでしょう。

197 千々松 健 :2012/11/01(木) 18:52:51
さて、吉田神道の奥義との関連で、いよいよ「21世紀マンダラモデル」に登場する「FLKM系列」との相似象を示さねばなりません。
18は11-88が特徴のフィボナッチ系列と関係し、27は22-77が特徴のリュカ系列で、36は33-66が特徴のケン系列で、45は44-55が特徴のミチコ系列に関係しているのです。
これらの四系列はそれぞれ24ないし8で循環していますので、例えば54は55-44-55ですからミチコ系列に繋がります。
これらの4つの数の流れが網目の如くに噛み合わされて万物が生じて行くのでしょう。
京都大学のすぐ近くには吉田神社が鎮座しますから、山中伸也教授がiPS細胞の四因子を発見できたのも何かの因縁かもしれませんね?
追伸:私の手帳を見たら2006年5月13日に京都大学の構内を通って吉田神社から吉田山を歩いたという記録がありました。

198 千々松 健 :2012/11/22(木) 22:32:59
ノーベル医学・生理学賞を受賞する山中伸弥教授のiPS細胞の件に関してですが、最初の発見時点では、不完全な細胞が混在してしまい、ガンの発生リスクも高かったといいます。その翌年の研究で4因子の内の一つであるC-Mycに替えてGlis1を使用する新手法を確立して【Sox2,Oct3/4,Klf4,Glis1】の4つの転写因子(遺伝子のオン・オフを調節するタンパク質)が揃い、完全なiPS細胞が効率よく作製され、ガンの発生リスクも抑えられて、臨床応用への道が開かれたと言う経過を知りました。
そこで、先にFLKM系列との関係性を例示したものに若干の修正を加えます。
----------------------------
『iPS細胞の「山中4因子」は21世紀マンダラの「FLKM4系列」に対応するかもしれない。例えば:
 Sox2:F系列、【0.1.1.2.3.5.8.4.3.7.1.8.0.8.8.7.6.4.1.5.6.2.8.1】0.1.1
 Oct3/4:L系列【0.2.2.4.6.1.7.8.6.5.2.7.0.7.7.5.3.8.2.1.3.4.7.2】0.2.2
 Glis1:K系列、【0.3.3.6.0.6.6.3】0.3.3
 Klf4:M系列 【0.4.4.8.3.2.5.7.3.1.4.5.0.5.5.1.6.7.4.2.6.8.5.4】0.4.4
Glis1は「魔法の遺伝子」であると山中氏が云われるように、他の3つの因子とは違う性質を持つようです。24循環のFLM系列と違い、K系列は短い8循環ということと3の倍数という点に何か意味が在りそうです。
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199 千々松 健 :2012/12/22(土) 23:54:10
今年最後の「場の研究所」勉強会に参加し、傘寿を迎えられた清水博先生の「二重生命の循環」のお話を伺うことができ、ヒントを頂きました。
ちょうど、来年の巳年の年賀状にウロボロスを使おうと考えていた矢先だったので、右回りのウロボロスと左回りのウロボロスを二重にすると、まさに「二重生命の循環」のイメージとなるのでした。
それは更に、例の21世紀マンダラの「ラセンモデル」に繋がり、12+12=24と180度で交わる12+12=24がワンセットとなる様子に相似象となるのです。
何んと不思議なことでしょう。2年前に早稲田の井深大記念ホールで清水先生にお会いして以来、「関係子」「いのちの与贈循環」「二重生命」等々キーワードは沢山頂戴していたのに、やっとのことで共通項に辿り着いたという想いです。

200 千々松 健 :2012/12/23(日) 21:46:53
山中信弥教授のiPS細胞の発見により、生命を含めて万物は「順序+逆序=秩序」の理によって創られているコトがより明らかにされたと思います。すなわち細胞の分化が順序とすれば、細胞の初期化は逆序に相当するので、逆序の理が示されたと言うことになります。
現象論(●)―>実体論(▲)―>本質論(■)の流れを逆にすると、■>▲>●となる訳ですが、逆三角形(▼)を採り入れて、●>▲>■>▼>●と考えれば、流れ的には逆流することなく循環するカタチになります。量子力学を生んだ行列数学の逆行列がイメージされるのです。
また、ラージファイ(Φ)とスモールファイ(φ)の関係を考えれば、Φとφは逆数関係にありますから、順序の場合にはΦを、また逆序の場合にはφを掛ければ次の数(前方向、後方向の)が出現するというコトになります。黄金比(Φ、φ)を生むフィボナッチ数列はまさにそのような意味を持っています。
その黄金比すなわち古くは神聖比例と呼ばれた比率は円周率と同様に無理数で小数点以下の数値は永遠に続きます。それはもはや神の領域と思われます。

201 千々松 健 :2012/12/23(日) 23:19:59
『初めに<FLKM系列>があった。
<FLKM系列>は神と共にあった。
<FLKM系列>は神であった。
この<FLKM系列>は初めに神と共にあった。
万物は<FLKM系列>によって成った。
成ったもので、<FLKM系列>によらずして成ったものは何一つなかった。
<FLKM系列>の内に命があった。
命は人間を照らす光であった。』

これは、ヨハネの福音書の冒頭の有名なフレーズから、<言(ことば)>を<FLKM系列>に全て置き換えたものです。
何んと大胆な盗用(?)と言われるかもしれませんが、聖書をドイツ語に訳したルターに文句を言っていたゲーテが聞いてくれていたら、きっと面白い反応をしてくれるに違いありません。

*FLKM系列とは神聖比例を生むフィボナッチ数列およびその整数倍の数列を9で割った余りの数に置き換える(mod 9処理する)と24項目で循環する4つの数の流れが現れますが、それらをフィボナッチ系列、リュカ系列、ケン系列、ミチコ系列と定義して、頭文字から<FLKM系列>と命名したものです。

202 千々松 健 :2012/12/24(月) 13:35:24
FLKM系列を生んだ21世紀マンダラの最新版をHPにアップしましたのでご覧ください。
従来の8循環のken系列が24循環に調整されています。0と9が一定のルールで入れ違いを起こしています。そのルールとは「同じ数に上下左右を囲まれた場合は0が9に戻る」というものです。その方が全体のバランスがとれることが松本英樹さんのヒントで判明しました。その変換が009,009という3拍子になっているのも面白いですね。
http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/21st%20Century%20Mandala.pdf

203 千々松 健 :2012/12/25(火) 22:47:41
清水博先生の「二重生命の予贈循環」のお考えには真言密教を深めた空海の香りがいたします。
この「二重」とはダブルではなく「デュアル」と言うコトですから、相互に行ったり来たりするという意味で相互依存または相移即入なのです。
そして、金剛界曼陀羅と胎蔵界曼陀羅の両界曼陀羅(デュアルマンダラ)が相互作用を起こして、重重帝網になり多元性を生んでいくといった姿がイメージされます。

松岡正剛氏が指摘されているように、南方熊楠は高野山の管長をした土宜法竜と大変親しかったようで、800通もの文通をかわす中から、南方熊楠は「萃点(すいてん)」という独特の密教的な世界観を立てていき「クマクス・マンダラ」の図も残しているのです。
この「萃点(すいてん)」は両界曼陀羅に於いては大日如来でもある訳ですが、千々松 健の「21世紀マンダラ」の神聖方陣においては、今回明らかにした如くに「0<=>9」が相移即入する中央を含む9か所に相当するのです。<上下左右天地が同じ数で囲まれた点>がまさに「萃点(すいてん)」を意味していると考えて良いのです。

204 千々松 健 :2012/12/29(土) 22:32:20
南方熊楠の「萃点(すいてん)」を登場させたので、更に「名(みょう)」にも触れてみたいと思います。密教の三密の「身・口・意」に彼は「物・事・意」を重ねています。そして、名とは要するに口=事が変容(編集)されて「名(みょう)」となるというコトのように理解すればよいのです。
「●▲■の流儀」で理解されるように三密はギリシャ語の「エトス・ロゴス・パトス」に重ねられるから、口=事はロゴスに相当し、聖書の『初めに言(ことば=ギリシャ語のロゴス)があった。・・・ 』と繋がってくるわけです。
そのロゴスには法則、思想、概念、定義、尺度、対比、言語、論理、規範等々広い意味があるようですが、その場の主題や文脈の中で一定の意味が選ばれることになるのです。その点を南方熊楠は事(こと)と名(みょう)の関係として言っていたと思われます。

>フィボナッチ数列や律動とラチオについて
>66 :藤原肇:2008/06/03(火) 07:58:43
千々松さんが素晴らしいモデルを幾つも図面化したことで、自然原理の全体像が鮮やかに示されて、これらの図を眺めるだけで心地よい思いです。一枚の図面は何冊かの本以上のメッセージを含みますが、この図面自体が松本さんの言う共時性としての大事件であり、パロルとして「始めに言葉ありき」に相当します。『宇宙巡礼』が言葉を掲げたわけですから、これがどのように通時性に転換していくかが、文明における課題になるから、二十一世紀に生きた一人としてその発展が大いに楽しみです。(引用終わり)
あれから四年半が過ぎてしまい2012年も終わりますが、来る年も「一枚の図面」としての「21世紀マンダラモデル」の成長と理解者の拡散を図れればと願っています。

205 千々松 健 :2013/01/20(日) 21:37:05
4つの状態がお互いに絡み合う形の方程式となる「ディラック方程式」(注:電子・陽子など、スピン1/2の粒子に対する相対論的な波動方程式)は、Dirac-Spinor(ディラックスピノル)と呼ばれる4つの成分を持っているという。この「4つの成分」は4次の行列で表わされる複素ベクトル空間であるという。
待てよ、これはフィボナッチ数列を多次元化してmod9処理して現れる4つの数の流れとしての「FLKM系列」に相似象となるのではないか?

と同時に、数年前にゼータ関数に関して書き込みしたコトが蘇りました。
 http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2491/1232567829/71

それは要するに、リーマンゼータ関数は無限を有限にする?面白い性質を持っていて、
Sが2以上の偶数の場合、結果はすべて有理数×円周率のS乗となると言うコト。
その有理数の分母の数値はmod9で処理すれば、全てが0となる特徴を持ち、
リーマンゼータ関数の逆数はメビウスの輪に関係するメビウス関数を用いて表せるというコトでした。
これらは『21世紀マンダラ』の「神聖方陣とラセンモデル」と深く関連しています。
そして、新しい神聖方陣の中央の0<=>9の部分が、南方熊楠のいう「萃点(すいてん)」に該当し、かつ清水博先生の「二重生命の循環」の右回りスピンと左回りスピンの交点に相当すると考えるのは面白いと思うのです。

206 千々松 健 :2013/01/25(金) 21:56:37
ヒトの細胞の中に「四重らせん構造」のDNAが存在しているコトをケンブリッジ大学のシャンカー・バラスグラマニヤン博士が発見したらしい。これが事実であれば、DNAの二重らせん構造の発見から60年目に当たる節目の快挙と言えようか。
そして、これもフィボナッチ数列を多次元化してmod 9 処理して現れる4つの数の流れとしての「FLKM系列」に関連すると考えるのは、きっと私一人だけではないでしょう。

と同時に、量子力学の父と言われるハイゼンベルグの次のことばが想起されます。
・・・「この世にある全てのものは、まるで縦糸と横糸を綺麗に編んだ生地のようである」・・・

『フィボナッチ数列を縦糸と横糸にして掛け合わせて編んだものをmod9処理すると24項目で循環する4つの流れである「FLKM系列」が現れる。』

更に、二本縒りの縦糸と同じく二本縒りの横糸とを編み込んだ状態をイメージすれば、先の4つの状態がお互いに絡み合う形の方程式となる「ディラック方程式」にも相似象となるかも知れませんね。

207 :2013/01/26(土) 21:10:36
はじめまして。学生のただの想像ですが、ほかの意見を聞きたいので書き込ませてください。
以前、生命知の殿堂を読ませていただきました。ここからのヒントで赤血球や葉緑素がTorus構造であるように思い、
さらに今回の4重螺旋の話を耳にして、ヘムやクロロフィルなどがもつポルフィリン環構造と4重螺旋構造のDNA断面もどこか似てるように思いました。
原点を追えば追うほど基本的な構造が現れてくるというような感覚に気づかせてくれた藤原先生の本にとても感銘を受けました。ありがとうございます。
間脳幻想は入手が難しいようですが、読んでみたいと思っています。

208 千々松 健 :2013/01/29(火) 21:20:10
「二重」の意味から付けられたというドリトル先生の名はダブルではなくデュアルの方と考えたいし、先日、空海の香りがすると書いた清水博先生の「二重生命論」の「二重」もダブルではなく「デュアル」と言うコトですから、相互に行ったり来たりするという意味で相互依存または相移即入なのです。
そこで「重々帝網なるをして、即身と名づく」という空海の言葉を借りて、即身=相移即入=デュアルと考えると解り易いと思うのです。

「梅」さんの仰る通り、ポルフィン環を持つ有機化合物のポルフィリンの種々のカタチを観察すると「四重らせん構造」が想起せれますが、その中心部にどんなイオンが付くかが問題で、例えばマグネシウムならクロロフィルで、鉄ならヘムになる訳ですね。
従って、この中心部のイオンが「原子転換」される仕組みが大切になってくるでしょう。
これは、もしかしたら松本英樹さんの言われる通り「囲碁のポン抜きルール」がヒントになるのではないかと思います。自分の石を上下左右から相手の石に囲まれたら一目取られてしまい相手の陣地に置き換わるという基本的なルールです。それを原子転換>デュアル>相移即入>即身>成仏とカサネて考えてみたらどうでしょうか?
また、ポルフィリン環構造を形と数で観ると、5角形の鎖と24個の要素が登場しますが、その5角形からは黄金比Φが生まれるし、24個と言う数は、フィボナッチ数列をmod 9化すると現れる24項目の4つの数の流れ(FLKM系列)に関連するかも知れません。
更にその全体像からは、3行3列のマトリックスの中心が空間となって抜けているようなイメージが湧きます。

209 :2013/01/30(水) 16:31:08
ありがとうございます。
ポルフィリン環ですでに4方向から囲まれているので
上下方向から何らかの作用を受けるのかもしれないですね。
囲碁のポン抜きルールは生体膜のマグネシウム輸送体とにているような気がします。
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20070816/zu4.html

すでにご存じかもしれないのですが、調べていくと色々と面白いものが見つかりました。

DNAのねじれの構造は4面体組み合わせてみると視覚化できるみたいです。
http://www.pag1u.net/network/dna-tetrahedron.html

Gカルテットとポルフィリン環のΠ平面(詳しくはしりませんが…)はサイズがほぼ等しいと書いてあり、すでに研究が進んでいました。
テロメアと関係があるみたいで、長寿のカギも握っているのかもしれないですね。
http://www.chem.tsukuba.ac.jp/yamamoto/gaiyou.html#DNA

210 千々松 健 :2013/01/30(水) 22:36:34
「梅」さんに教えていただいた第一情報にアクセスしました所見です。
MgのONとOFFの違いは、左巻きのネジか右巻きのネジかの違いになる訳ですが、それを左右するのは、全くの直観ですが、奇数と偶数に関係すると思います。
黄金比を使ったリュカ数列の一般式で、Φとφの仲で、項目nが奇数か偶数かによりプラスかマイナスかの関係が存在するというコトです。
http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/Futomani1.pdf

211 :2013/01/31(木) 03:37:13
右巻き左巻きを環状を回る電子の動きなどととらえると面白いかもしれないですね。

ニュートリノ形態波動共鳴で原子転換を考察しているものを見つけました。
http://www1.odn.ne.jp/shishakamo/kagaku/71nenkai-7.htm

多方面からのアプローチが必要になってくるようで想像が膨らみますね。

212 千々松 健 :2013/01/31(木) 11:36:14
「梅」さんに教えていただいた第二情報にアクセスしました所見です。
昨年の夏に吉田秀和お別れの会が水戸芸術館であり、私も参列したのですが、その水戸芸術館のシンボルタワーは磯崎新が設計した正四面体が連続した立体物の「テトラへリックス」でした。NHK水戸放送局のニュース時には固定カメラの映像で良く映り出されています。イメージ動力学を働かせればDNAの二重らせん構造と良く似ていますね。

折り紙から黄金比を折り出す方式をヒントにされて、正方形の四枚の折り紙からピラミッドを折り出すことを実現した松本英樹さんの造形力に敬意を表しつつ、黄金色で黄金比の折り紙ピラミッドを沢山制作し3.11を弔ったのは、もう二年前になります。
ところで、「テトラへリックス」はイサム・ノグチがバックミンスター・フラーと旅をしていた時に一枚の紙からこの形を作ったようです。想像するに、ノグチ氏が折り紙で実際に作って見せて、フラー氏がそれに名前を付けたのかもしれませんね。

213 千々松 健 :2013/01/31(木) 12:15:14
梅」さんに教えていただいた第三情報にアクセスしました所見です。
DNA四重らせん構造は「デュアル・ダブルへリックス」と呼んだ方が良いようですね。
そして、4つの5員環が繋がる時に中央のイオン(鉄・銅・Mg等)が置かれるとそこの部分は6員環となりますが、それは、タテ2本、ヨコ2本、高さ2本の直線から6本がつくる6角形になるようにイメージされます。
いずれにしろ、テロメアの「場」においてこそ、清水博先生のいわれる「二重生命の循環」を考察するのが重要になってくると思われますし、まさに、南方熊楠の「萃点(すいてん)」に当たるものでもありましょう。

214 千々松 健 :2013/02/13(水) 00:12:20
>211 梅さんの 原子転換の情報に関連して
高尾征治氏の「螺動ゼロ場情報量子反応理論」によれば、
螺動ゼロ場情報量子反応は光が物質になる向きにも物質が光に成る向きにも可逆的に起きるし、
質量を持つヒッグス粒子が存在するのではなく、質量を与える場すなわち質量を持たない「螺動ゼロ場」という「ヒッグス場」だけが存在し、その場で素粒子の質量が付与されると捉えればよいと考えられると云うのです。
http://www1.odn.ne.jp/shishakamo/bin'12cos/bin12-08-15.htm

そのようなイメージからすると、囲碁のポン抜きルールに似た、9=>0、0=>9の転換も、もしや「螺動ゼロ場」という「ヒッグス場」にて起こる現象なのかも知れませんね。

215 千々松 健 :2013/02/13(水) 22:28:16
さて、原子転換に関わる6員環構造や氷の6角形のカタチは何を意味しているのでしょうか?
1)タテ・ヨコ・タカサの三方向とその逆方向の三つを足した数は6です。
2)N^6≡1(mod 9):整数の6乗数は、法を9とする剰余算では全てが1となる。(ただし3の倍数は除く)
3)超弦理論では9次元空間の内6次元はコンパクトされていると云うが、この6という数も注目される。
http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/1(mod9).pdf
いずれにしても、nine(newn)はnew(newo)に繋がると言いますから、9こそ最新サイエンスをinnovateする数になるに違いないと考えています。

216 千々松 健 :2013/02/24(日) 12:43:31
松丸本舗が無くなって少しさびしくなった丸善書店に寄ったところ、ストーン展示会があったのでドロマイトについて聞いてみた。ラピスラズリの原石に縞模様にして少し入っているのが苦灰石部分だと説明を受けたので小さいものを喜んで買い求めた。アフガニスタン産とのこと。フェルメールの真珠の耳飾りの少女の絵にはウルトラマリンブルーのターバンが引き立っているが、高価なラピスラズリから採った顔料が使用されているそうだ。また、エジプトのピラミッドの石室にはこのラピスラズリの石がお守りとして置かれていたというから驚いた。黄金比(Φ)を多用しているフェルメールとの不思議な縁を想う。
ドロマイトの主成分であるマグネシウム(Mg)は正八面体をしているという。ギザの大ピラミッドを上下に繋いだ型も八面体であるが、その面は正三角形ではなく、底辺:高さ≒2:1.618(Φ)からなる神聖比例の三角形となっている。それは地動説のコペルニクスが地球は太陽の周りを円運動で回っていると考えたのに、後のケプラーがそれは楕円軌道になると訂正したことに類比されるかも知れない。

217 千々松 健 :2013/02/25(月) 21:47:12
釈迦の最期のコトバである「ヴャヤ ダンマー サンカーラー」を漢字で示せば「生・法・行」となることは前にも触れましたが、それは砂生記宣氏の云われる超宇宙パワーの三大要素「意志、情報、エネルギー」にカサネるコトが出来るでしょう。
そして、そのパワーが人間力に置き換わると「パトス、ロゴス、エトス」や「仁、智、勇」に変容する訳です。

218 千々松 健 :2013/03/04(月) 22:57:03
奇数と偶数について考えていたら、先ずは黄金比と白銀比の違いに思い当たった。
A4判などの1:√2の白銀比を使用した洋紙サイズの場合は半分に何回折っても横縦の比率は白銀比となりますが、1:(1+√5)/2 の黄金比を使用したサイズでは偶数折りにした場合だけに同じ比率が保たれます。実は正方形の折り紙やどんな長方形も、元の比率が出現するのは偶数折りに限られます。白銀比の場合のみが特殊で、それ以外は一般といえます。黄金比が一般を代表していると考えても良いと思います。
また、鏡面に写した場合に左右が逆に成りますが、もう一枚鏡を加えて見ると左右が元に戻ります。偶数枚の場合に元の姿が保たれるのは折り紙の偶数折りの場合と似ています。
このように鏡と折り紙の共通点は転写(コピー)にあります。そして元の形を完全な(反転は許さない)相似形に保つには偶数がキーワードになると言うコトが理解されるのです。

219 千々松 健 :2013/03/04(月) 22:59:24
奇数と偶数について考える その2
フトマニ数列の代表であるフィボナッチ数列【5,-3,2,-1,1,0,1,1,2,3,5,8,13,21】を見ると『奇数,奇数,偶数』のリズムになっているコトが判ります。そして余談ですがゼロは偶数に含めるコトも容易に理解されるのです。
更に、非負かつ非正の整数が0であるという視点から、無でもなく有でもない存在として空を考えた中観の空哲学から『色即是空、空即是色』がインドで産まれているコトと零がインドで産まれているという事実に繋がるのです。もちろん【0,1,1,2,3,5,8,13,21】の重要な数の流れはインドで発見されて居たものがアラビアを通じてイタリアへ渡って行っただけのコトです。中世のイタリアでは零が認知されて居なかったので、フィボナッチは1からはじめたのでしょう。

220 千々松 健 :2013/03/05(火) 22:37:28
奇数と偶数について考える その3

細胞中のミトコンドリアが上手く働きエネルギーを生ずるのに重要な「エコンザイムQ10」には酸化型と還元型の両方があると言う。それは「二価三価鉄」が酸化と還元の両方をバランス良く担っているコトに類比しているが、共にイオン数が偶数(2)か奇数(3)かの違いで還元作用か酸化作用に分かれるように観える。DNAの構造に黄金比が観察されるというのだから、そこには当然にフィボナッチ数列が隠されていると言うことになり『奇数,奇数,偶数』のリズムが支配することにもなるのです。
ところで、レオナルド・ダ・ヴィンチは水の流れと共に歯車による力の伝達に興味を持っていたようですが、歯車の回転方向は、元の歯車に対して奇数番目は逆回りなり、偶数番目は順回りになる訳です。
「順序+逆序=秩序」の世界観がそこに現れるはずです。

221 千々松 健 :2013/03/10(日) 13:36:50
奇数と偶数について考える その4
葉緑体はポルフィリン環という化学構造により、豊富な太陽光線を使い効率よくエネルギーを獲得することで、地球環境の中で生命体(植物)として生き延びて来たし、それを食して動物たちもまた生き延びてきたと云われます。
そのポルフィリン環構造を形と数で観ると5角形の鎖と24個の要素が登場しますが、その5角形からは黄金比Φが生まれるし、24個という数はフィボナッチ数列をmod 9化すると現れる24項目の4つの数の流れ(FLKM系列)に関連するかも知れません。
更にその全体像からは、3行3列のマトリックスの中心が空間となって抜けているようなイメージが湧きますから、その空間こそ「光エネルギー捕獲装置の核心」であると言えるでしょう。

222 千々松 健 :2013/03/11(月) 17:13:00
温故知新で日本のアイデンティティの確立を目指す!
日本古来の叡智である「フトマニ」と「ヒフミ算」を関連付けることで、大いなる智慧が生じました。それは四種類の数の流れ=FLKM系列で象徴されます。

1)フィボナッチ数列【1,1,2,3,5,8,13,21,34、、】は中世のイタリア人が、インドで産まれたある数列をアラビアを通じて知り、ヨーロッパに紹介したものです。本来はゼロから始まっている数列なのですが、その0を嫌って1からはじめて仕舞う訳です。
2)フトマニとは「二つの数を足して次の間に置く」という数学上の繰り返し操作をも意味しています。
 【1+0=1、0+1=1、1+1=2、1+2=3、2+3=5、3+5=8、5+8=13、8+13=21、:フィボナッチ数列】
 【-1+2=1、2+1=3、1+3=4、3+4=7、4+7=11、7+11=18、11+18=29、18+29=47、:リュカ数列】
 【3+0=3、0+3=3、3+3=6、3+6=9、6+9=15、9+15=24、15+24=39、24+39=63、:ケン数列】
 【-2+3=1、3+1=4、1+4=5、4+5=9、5+9=14、9+14=23、14+23=37、23+37=60、:ミチコ数列】
最初の二つの数はどんな値でも構いませんが、出来た数列の大項目同士の比は全て神聖比例(黄金比)に収斂して行きます。(Φ≒1.618 )
3)これらの数列を「ヒフミ算」*で処理すると「FLKM系列」(24で循環する四つの数の流れ)が現れます。
 F(フィボナッチ)系列【0,1,1,2,3,5,8,4,3,7,1,8,0,8,8,7,6,4,1,5,6,2,8,1】
 L(リュカ)系列   【0,2,2,4,6,1,7,8,6,5,2,7,0,7,7,5,3,8,2,1,3,4,7,2】
 K(ケン)系列    【0,3,3,6,0,6,3,3,6,9,6,6,0,6,6,3,0,3,3,6,9,6,6,3】
 M(ミチコ)系列   【0,4,4,8,3,2,5,7,3,1,4,5,0,5,5,1,6,7,4,2,6,8,5,4】
*この「ヒフミ算」とは現代数学では「9を法とする合同算術」に該当します。合同式(≡)を使った(mod 9)で示されます。例えば:21は9で割ると商2余り3となるので3に置き換える。

以上を簡単な式で表現すると次のようになります。
  【 フトマニ数列群≡FLKM系列(mod 9)】
<フィボナッチ数列を含むフトマニ数列群は、9を法とする合同算術で処理すると24で循環するFLKM系列のどれかに合同となる>

追記:武谷三男の三段階論を借りれば、このFLKM系列が本質論で、黄金比が実体論で、太極図(ト―ラス)が現象論となろう。

223 千々松 健 :2013/03/11(月) 22:19:39
改めて「フトマニ」を考える。
1)カタカムナでの「フトマニ」とは、『「二(フ)たつの「ミ(タマ)」(正(サヌキ)・反(アワ)の「ミ」)の重合(ト)によって新しい生命が現象の身(マ)に発生定着(二)される』という対向発生の根本原理であるとしているから、動植物の生命体の細胞の営みが「フトマニ」に因るコトを既にカタカムナは予知していたのかもしれません。
2)ヲシテでの「フトマニ」とは、モトアケ(フトマニ)図に描かれた48文字の中から最初の言葉として二つをあるルールに従って選んで、三つ目には適当なことばを配置して詩をつくるということが為されていて、それが「ミキミトリ」の和歌の伝統に繋がっていくようです。「三木三鳥」と漢字にしては意味不明になってしまいますが、「フトマニ図(幹ミキ=年輪のように見える)から三文字を採り出して」のミキミトリという意味の方が奥義と言えるでしょう。
3)さて、フィボナッチ数列のルールとこれらの「フトマニ」を結び付ける発想には異論が出そうですが、今現在は皆無なのは不思議です。(荒唐無稽のため無視されているのか、確固たる証拠を出せと無言の圧力があるのかも知れませんが)
「二(フ)つを足(タ≒ト)して、次の間(マ)に(ニ)置く」はフトマニの言霊を深く解釈した結果です。それはフィボナッチ数列のルールの原点そのものです。パソコンの便利な表計算(エクセル)では、例えばワークシート上で A3=sum(A1:A2) としてA4以下はこの計算式をコピーすれば簡単なフトマニ数列群が作れます。A1が1、A2が1ならばA3は2で、フィボナッチ数列が生じますし、A1が1、A2が4ならばA3は5でミチコ数列が生じます。

224 千々松 健 :2013/03/16(土) 23:55:24
四層構造をしたフトマニ(モトアケ)図が元素の周期律表に繋がっているというのは何とも不思議なコトと思って来ましたところ、
ごく最近「およよ」氏が<モデルを変えれば、原子の謎はすべて解ける>「原子はアンバランスな回転をするコマである。質量はそのコマのジャイロ効果。回転軸が制御できたとき質量を失う。そのとき、反重力が実現する。」
として、全く新しい原子モデルの『竜巻モデル』をWEBで公開されたことを知り、ヒッグス粒子の確認ニュース以上に驚かされました。以前私は家庭用の精米機で玄米を精米する時に起こるト―ラス現象を紹介しましたが、およよ氏は洗濯機にそれを見ていたようですね。
http://oyoyo7.blog100.fc2.com/blog-entry-2194.html
ギザのピラミッドの頂上に逆さピラミッドを追加して回転させたイメージが浮かびます。もちろん「21世紀マンダラ」のラセンモデルのイメージにも関連するでしょう。
ただし、ウラン系列と呼ばれる原子量が正確に4つずつ減っていく現象や、同心円ドーナッツの殻が4つ存在するコトに関しては宿題になります。

225 千々松 健 :2013/03/17(日) 23:12:05
ウランを初めとするアクチノイド・アルファ崩壊系列には原子量が4つずつ減っていく現象がみられるといいます。
0)トリウム系列はトリウム232から鉛208に至る系列で、nを整数とすれば 4nとなる。
1)ネプツニウム系列はネプツニウム237からタリウム205に至る系列で、同じく 4n+1
2)ウラン系列はウラン238から鉛206に至る系列で、4n+2
3)アクチニウム系列はウラン235からアクチニウム227を経て鉛207に至る系列で、4n+3
これらを 4を法とする剰余算すなわち(mod 4)で表わせば以下のようになります。
 0)Th-chain≡0(mod 4)
 1)Np-chain≡1(mod 4)
 2)U -chain≡2(mod 4)
 3)Ac-chain≡3(mod 4)
合同式は循環性の特徴を示すにはとても便利ですね。
剰余算は合同算術、モジュラ計算とも呼ばれていて、ガウスが合同式記号(≡)を定着させました。しかし、古くは「ひふみ算」や「カバラ算術」に9を法とする剰余算が使用されていた訳です。このように原子を初め自然界の法則の説明に役立つ数学へと変身するのには驚かされます。

226 千々松 健 :2013/03/18(月) 17:34:37
「フトマニ」を考える その後
もしも、人智学のルドルフ・シュタイナーがフトマニを解釈していたならば、
『フトマニ図とは神(天)の言葉を人(地)が受けて、それを正しく並べて(置き)明らかにした図である』と述べたに違いないと私は思う。

227 千々松 健 :2013/03/20(水) 23:37:33
<フトマニ図の中心にある図象「アウワ」について>
フトマニ図の中心に置かれた「アウワの図象」に注目すれば、天を意味するアの渦巻きと地を意味するワの逆回りの渦巻きが確認されるのです。そして、順序+逆序=秩序としてのウ(宇宙)が描かれているのです。
前に少し述べたように、レオナルド・ダ・ヴィンチは「モナリザ」の絵にその有り様を描いていると私は確信しています。彼が日本のフトマニ図を知っていたかどうかは不明ですが、水流や歯車に関心を持ち、鏡文字を得意としていた天才のことですから、脳裏に相似象として浮かんでいたと思われるのです。
(以上はカミトロニクスのレス52の一部とダブりますがご了解願います)

http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/hutomani.html
さて、お遊びのつもりで「アウワの図象」に関してイメージ動力学を使って更に深化させて行きましょう。
天を意味するアの渦巻きは外から中へと集中するカタチで渦巻いています。それはアというカタカナの描き方は正に外から中へと向かって中心で締めている様子から理解されるのです。では地を意味するワの渦巻きはどうでしょう? 同じくワという形がヒントになるます。それは中心の締め部分から外に拡散しているカタチです。上から集中して下り、更に下へ向かって拡散して行くように見えるのです。その場合、回転の方向は同じく時計の針の方向で、右回転のみです。アとワを繋げて描くと数字の3のようになりますが、中央のウに当たる図象がその3を横に寝かした様に見えるのも不思議ですね。

228 千々松 健 :2013/03/21(木) 18:43:59
これは、金剛界曼陀羅の左巻き向上門(集中)と右巻き向下門(拡散)の思考と似ているようで巻きの方向に違いが出ます。何処かで、視点の逆転がなされているのでしょう。それが問題ですね。
さてそこで、思考の転換が必要になるようです。
先日少し触れたように、ピラミッドの上に逆さにしたピラミッドが乗るカタチをイメージします。
また、立体的に捉えた金剛界曼荼羅の上に逆さにした金剛界曼荼羅が乗るカタチをイメージしても相似象です。
そしてそれは、藤原肇博士のホロコスミクス論の中に登場させた第7図の一番左側の図:
円錐形が頂点(特異点)で上と下に繋がっているカタチに等しいと思います。従って要するにト―ラスを形成するのです。
fujiwaraha01.web.fc2.com/fujiwara/article/funai201204.html

上から逆円錐形のカタチで右回りで外側から中心へ向かい渦を巻き集中し、特異点を通過したら今度は円錐形の頂上から同じ右回りで中心から外側へ向かい渦を巻き拡散して行くのです。その様子が「アウワの図象」で示されていたというコトのようです。
天から地には右回りの渦巻きで降りて来て、地から天には左回りの渦巻きで登って行くという姿が現れるのです。工作用のネジを考えるとドライバーは右回りで締めるし、左回りで緩めるようにできています。(細かいところを言えば、金剛界曼陀羅はその逆になっていますね)

229 千々松 健 :2013/03/21(木) 22:20:37
地水火風空の5大を現わす五重の塔とフトマニ図の五層構造をカサネて考えてみるのも面白いのではないでしょうか。フトマニ図は中心のアウワを一段目と捉えれば空に相当します。二段目と三段目は風と火に相当して8文字ずつ入って、四段目と五段目は水と地に相当して16文字ずつ入っています。
文字計算的には一段目はダブりますから計48文字のカタカナ全部が一つずつ入っているのが理解されます。そして、このようにイメージするとフトマニ図が元素の周期律をも想起させるのです。
また、「およよ」氏の同心円ドーナッツの殻が4つ存在するコトに関しても相似象が得られるのです。その中心は空すなわち0となるので、それがト―ラスの特異点に相当するのでしょう。

230 千々松 健 :2013/03/28(木) 15:42:42
<閑話休題>
最近のICTフォーラムで『玉石混交の情報から玉を選び、自分の視点で討論し、新しい価値や知識を創造するというプロセスが、今必要とされている「新しい学力」だ。』と明治大学の斎藤孝教授は述べているが、その意見には賛成する。義務教育から「情報」活用能力を身につけさせるコトは、その後の研究や仕事に欠かせない。
また一方、英語や外国語の文章を理解するには、ネット上での機械翻訳では不十分であるので、語学教育も欠かせない。そして日本語による情報発信でも、できるだけ翻訳し易い文章を書くように心がけたいものです。

最近、ピラミッド関連でフランスのブログに投稿するのですが、日本語を書いてグーグル翻訳で一度は英語にし、それをチェックして修正を加えた後、フランス語に変換するという作業をしています。念のために日本語も併記していますが、大変な苦労をしています。また、フランス語から機械翻訳された日本文は魑魅魍魎としています。絵図が頼りになっています。
http://www.facebook.com/PyramidsRevelationbyPooyardandGrimault
(ユーザーからの最近の投稿 3月21日をご覧ください)

231 千々松 健 :2013/04/05(金) 13:06:08
ルカ・パチオリの「神聖比例」にレオナルド・ダ・ヴィンチが描いた幾何学図のなかの一つに「五方十二面体」があります。それをヒントにしてミケランジェロがフィレンツェにあるサン・ロレンツォ教会のメディチ家礼拝堂にある装飾品をデザインしたようです。特に「ミケランジェロの多面体」と名ずけられています。

それに対して「神聖星冠十二面体」は五方を形成する三角形の面に神聖比例が使用されています。ギザの大ピラミッドと同じく一面は低辺:高さ=2:1.618になっています。従って、より神聖なカタチと言えるでしょう。
http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/kami-ori12.html

232 千々松 健 :2013/04/05(金) 13:28:00
上野で開催中のエル・グレコ展を観た。やはり「無原罪のお宿り」(クレドのサン・ニコラス教区聖堂)が圧巻でした。“一度見上げたら、忘れられない”とのキャッチコピーは好感です。
彼がウィトルウィウスの「建築十書」に書き込みしていたように、飾られた時点で、観る人の視点の位置が絵画のバランス(比率)には大切なコトが理解できた。
また、ドガの「エトワール」に666の数字を観たり、ダ・ヴィンチの「モナリザ」に8の数字やアウワの図象をカサネたり、という手法の延長線で観ると、このグレコ晩年の作品となる「無原罪のお宿り」は8と8とが重ねられて、天と地の繋がりが描かれていています。そして螺旋を描いて昇り、降りしています。もちろん「ヤコブの階段」が想起されますね。
*旧約聖書にある「ヤコブの梯子」のハシゴは直線ではなく螺旋の方が似つかわしいと思います。

233 千々松 健 :2013/04/05(金) 22:31:25
ルーブル美術館のナポレオン広場のピラミッド、ピラミディオン等の照明には日本の東芝製LEDが使用されています。館内の照明も順次LEDに改修される予定で、例の「モナリザ」の展示照明も5月末には東芝製のLEDになるそうです。
ところで、皇帝ナポレオンはピラミッドにもモナリザにも大いに興味を持っていたようです。彼はそれらに一体何を見つけようとしていたのでしょうか?
「モノとコトあるいはカタチとコトバ」の視点から探れば、モノはカタチを持っているのに対して、コトはコトバをもっている訳ですから、そのコトバを探らなければなりません。

ピラミッドのコトバは「Φ≒1.618」に凝縮されるし、モナリザのコトバは「アウワ」の天地の歌になろうかと思います。このアウワの響きは、さらに「アロハ」と共鳴するでしょう。

『 空海は、さらに言葉の響きの普遍性に言及して、「五大にみな響きあり、十界に言語を具す、六塵ことごとく文字なり、法身はこれ実相なり」と論じて、「もの」と「こと」で構成された帝網の心象風景が、詩にすると数字になると伝えている。』藤原肇著「生命知の殿堂」P206

234 千々松 健 :2013/04/20(土) 19:06:08
「ピラミッド500年の嘘」のパトリス・プーヤール監督のフェイスブックにこの2月末から投稿をはじめていますが、グーグル翻訳を駆使し、どうにかフランス語に直しています。(日本語も併記)ただし、図やイラストの中身は英語を使っています。
http://www.facebook.com/PyramidsRevelationbyPooyardandGrimault
以下の三部作は最新のものですが、私のHPにもイラストは載せていますので、ご覧戴けます。

<神聖折り紙ピラミッド>
最近手に入れた黄金色のドット洋紙を使用して、松本英樹さんに教えてもらった手順により折り紙ピラミッドを作りました。折り方も解るように実際の写真も追加し、黄金比が生じる理屈も見て解るように工夫をしました。松本さんのご協力に感謝いたします。
http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/DOP2013.1618.pdf

<黄金比三角形の出現>
http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/unification.pdf

<三位一体○△□>
http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/trinity.pdf

235 松本英樹 :2013/04/21(日) 05:28:07

「日本文化の伝統折り紙が、世界に届きますように」

  雪だるま 解けて消えても フラクタル

236 千々松 健 :2013/04/24(水) 13:02:52
黄金比(Φ)は方程式 X^2−X−1=0の正の解で、1のみを使った連分数や連平方根(?)で表わされるというコトは、黄金比が最も単純で究極の自己相似形、すなわちフラクタルな性質を持っているコトが示されていますね。
そして、黄金比を生じるフィボナッチ数列の上位概念である
フトマニ数列群の漸化式
FM(n+1)=FMn+FM(n-1) ただし FM(0)=x,FM(1)=y,でxとyは任意数
へと繋がっていきます。
更に、それは
松本さんの『雪だるま 解けて消えても フラクタル』から連想して、
マンデルブロ集合体の複素数列
Z(n+1)=Zn+C、ただし Z(0)=0
とも相似象となると考えて良いと思います。

237 千々松 健 :2013/06/10(月) 23:05:34
1)オイラーの多面体定理 頂点数+辺数−面数=2 又はE+2=V+F
2)シュトーレンの関係式 頂点数+辺数−面数=2N 又はE+2N=V+F ただしNは次の漸化式で定義される数列 Tn=T(n−1)+3^(n−1)項目数のnが正数のとき ただしN0=1とする。

1)のオイラーの定理は、2)シュトーレンの関係式でN0=1の場合に該当する。
2)のシュトーレン(数列)は発案者の首藤氏が付けられた名称です。元はアレクサンドリア学派のテオンが考えていたと思われる数列なので「Tn」と致しました。
【-363、-120、-39、-12、-3、0、1、2、5、14、41、122、365】が実際の数列の一部になります。
http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/theon.pdf


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