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日英比較−駐日イギリス大使のスピーチ

1 日英比較 :2007/08/14(火) 01:27:13
今年の6月に駐日イギリス大使が興味深いスピーチを行ってます。イギリス大使館のHPから拾いました。これをテクストに、米国をreferenceにしながら日英比較の討論をしませんか。

アジア調査会におけるグレアム・フライ駐日英国大使によるスピーチ(2007年6月7日)


1. アジア調査会の講演にお招きをいただき、誠に有難うございます。

2. 駐日英国大使にとって、英国と日本という二つの島国を比較するのは、当然なことです。英国は欧州大陸の沖にあり、日本はアジア大陸の沖にあります。歴史を通じて、私たちの安全保障は、海に依存してきました。共に伝統を大切にしており、君主国でもあります。また、自国の文化を保っております。慎み深く、慎重であるという国民性に類似点を見出す人もいます。しかし、両国はいつでも他国からも学び、新しいものを取り入れてきました。例えば、明治時代の日本は、日本独自のアイデンティティを失わずに、外国から技術や習慣や慣行を取り入れるという、注目すべき歴史があります。

3. 両国にとって、近隣の大陸の国々との関係は、微妙な価値を含んでおります。それらの国々と戦ったこともありますし、一方で、常に貿易や文化交流を行なってきました。大陸の人々を、難民または経済移民として、自国に受け入れたこともあります。私たちは近隣諸国の考え方や文化に、強い影響を受けてきましたが、彼らからの独立性を維持することに、常に注意を払ってきました。

4. ですから、両国には類似点があります。どの英国大使も普通はそれを強調するでしょう。しかし、本日私は、両国の歴史や現状に、大きな違いがあるということも認めようと思います。それは国家として、直面している問題に私たちが異なった解決法を見つけ出し、またヨーロッパとアジアには昔も今も大きな違いがあるからです。

2 日英比較 :2007/08/14(火) 01:32:22
5. 日英間の最もはっきりとした違いは、英国が海を越えて世界と交易し、帝国を築いたのに対し、徳川幕府は鎖国という正反対の道を選んだという点です。英国は海を他国へつながる道であると考えましたが、日本は2世紀以上にわたって、海を防壁として利用しました。どちらの戦略が良かったのか、ということを判断しようとは思いません。その間日本は、長年にわたる平和と繁栄を享受しましたが、後になって西側諸国に追いつかなくてはなりませんでした。この歴史を受け継いだものが、今も生き続けているというのが私の論点です。良くも悪くも、英国は世界のほとんどの国々と、長い関係の歴史をもっております。国際問題に携わり、世界に門戸を開けているのは、私たちにとっては当然なことです。それとは対照的に、明治維新から約140年が過ぎ、それ以降、国際情勢に積極的にかかわっているのに、日本の活動分野は比較的狭まっています。正直なところ、第二次世界大戦が大きな後退ともなりました。しかし現在の日本は、世界第二位の経済大国であり、世界は日本の活発な関与を必要としています。歴史的な関係が少ないということは、歴史的な恨みがないことでもあります。多くの面で、日本がつかみたいのであれば、今こそ国際的な好機がたくさん待っています。

6. ヨーロッパとアジアの大きな違いについて、まずヨーロッパから始めたいと思います。地図を見ると、ヨーロッパには小さな国がたくさんあります。何世紀にもわたってこうした状態であり、何世紀にもわたって ヨーロッパの国々はお互いに戦ってきました。私たちの歴史は、戦争と戦闘で満ち溢れています。20世紀に、ヨーロッパの戦争は世界中を巻き込みました。それは、ヨーロッパに大きな被害をもたらしただけでなく、他の国々にも苦しみを与えました。対照的に、ここ60年ほどのヨーロッパの歴史は、ヨーロッパ諸国間の協力関係の伸展と、民主主義の広がりという二つの積極的な流れが表われています。

7. 二度にわたる世界大戦の記憶とソ連からの脅威は、西欧諸国が、NATOとEUで一緒になることを促しました。ヨーロッパに民主主義と自由が広がるにつれて、NATOとEUは拡大しました。また、民主化のプロセスにも貢献してきました。私がまだ学生だった頃、スペイン、ギリシャ、ポルトガルには独裁政権があったことは忘れられがちです。これらの国々は、今や世界の中で最も繁栄・安定した民主国家になっています。しかし、当然のことながら、最大の出来事は、冷戦の終結、ベルリンの壁の崩壊、EUとNATOの中欧・東欧への拡大です。その結果、英国は他のヨーロッパ諸国からの、直接的な脅威にはもはや直面していません。こうした状況を享受しているということは、私たちの歴史にはそれほど多くあったことではありません。

8. EUの諸国は、世界中の人権と民主主義を強く主張しています。その点で、私たちが攻撃的であるという批判を聞いたことがあります。各地域の状況を 理解する必要があることもわかりますが、批判する人たちに、私たちヨーロッパ人が、独断的な主張を説いているだけではないということを理解してもらいたいです。私たちは、民主主義、繁栄、人権の拡大を通じてのみ、真の安全保障と安定が達成できるということを、歴史体験を通じて学んでいます。ヨーロッパの問題のすべてが解決されたわけではありません。例えば、コソボの将来は問題が多い事柄です。しかし、唯一の解決策は、人権の尊重を通じて得られます。これは、私たち自身の直接的な経験から学んだことです。

3 日英比較 :2007/08/14(火) 01:37:42
9. これまで、私は主に、安全保障の点からヨーロッパについて話してきましたが、私たちの協力はそれをはるかに超えています。今や4億5千万人を抱える単一市場をつくることによって、ヨーロッパ大陸の生活水準を上げることができました。単一市場は、関税障壁がないということだけを意味するのではありません。私たちは共通の規制、独占や国家援助に対する共通の統制、貧しい地域を助けるための共通政策などをもっています。英国はまだ加盟していませんが、ユーロは世界第二の主要通貨です。貿易交渉において、EUは単一組織として活動しています。海外援助については、EUは加盟国と並んで主要なドナーです。私たちは法律問題、移民、環境、エネルギー、外交政策などで協力しています。

10.しかし、常に物事が容易に進むわけではありません。EUは複雑なルールで活動してい ますが、基本的には交渉のプロセスです。問題点や意見の相違はマスコミによく取り上げられますが、27ヶ国が、このようにして一つにまとまっているという実績を忘れないでいることも大切です。現在の問題点は数多くありますが、そのうちのいくつかについて簡単に触れたいと思います。

- EU憲法は、国民投票によってフランスとオランダで否決されました。今は、拡大されたEUのために、どの規則変更が本当に必要なのかを確認しようとしています。これが新しい憲法になるわけではありませんが、新たな協定となってEUの機能を改善することになるでしょう。

- 二番目の課題は、さらなる拡大、特にトルコの問題です。英国はトルコを含めたヨーロッパ諸国が、適切な時期に加盟すべきであると引き続き確信していますが、近年の急速な拡大に続いて、ちょっとした休憩になりそうです。

- そして経済政策が課題です。グローバル化への最良の対応に関する議論が続いています。近年の流れは、市場開放と構造改革に向かっていますが、ヨーロッパの圧力団体の中には、さらなる保護や国家の介入に賛成する人もいます。

4 日英比較 :2007/08/14(火) 01:42:50
11.最も物議をかもしている問題は、特にイラク戦争の後の、ヨーロッパと米国の関係です。ヨーロッパのアイデンティティは、米国との対照によってのみ表わすことができると、日本のある評論家たちは考えているようです。そのように考えるヨーロッパの人々は確かにいますし、多極的な世界をつくるために、そうなってほしいと思うヨーロッパ域外の 国々もあります。しかし、米国との相違点からヨーロッパを定義するのは、大きな間違いであると私は思っています。“私たちを団結させるものの方が、分裂させるものより重要である”という昔からの決まり文句は真実です。私たちは、米国に似た価値と目標を持っており、米国と協力した方が、目標達成のチャンスが広がるのです。例えば、人権や民主主義に対するヨーロッパの支援について先程触れましたが、ヨーロッパと米国が協力してこれらの価値に挑むことが必要です。

12.これは ヨーロッパ人同士や、米国人同士の意見がよく違っているのと同じで、ヨーロッパと米国が、常に同じ意見をもっていることはありません。貿易について論争します。残念なことに、現段階で私たちは気候変動について論争しなくてはなりません。しかし これは、同じ基本的な信念と目標を共有している政府と国の間の論争であり、それぞれのアイデンティティを主張するための論争ではありません。

13.次にアジアについてお話しをいたします。もちろん状況はまったく違います。アジアは小国の集まりではなく、大国がたくさんあります。中国、インド、日本、インドネシアはすべて大国です。私が以前大使を務めていたマレーシアの人口は、2300万人でした。これはヨーロッパでは相当な規模の国となりますが、アジアの大国と比較すると、マレーシアは小国になります。さらに、今アジアにおける一番重要な現象は、何百万もの人々を貧困から救い、現在のアジアの序列を大きく変えている、中国とインドの急速な経済成長です。そして、安全保障については、北朝鮮とその核計画によって、日本とアジア地域に直接的な脅威が存在しています。これは、地域の安全保障にとって、米国の直接的な関与が欠かせないということを意味しています。

5 日英比較 :2007/08/14(火) 01:47:55
14.英国やヨーロッパの見地からのコメントを、述べさせていただきたいと思います。まず、東アジアの安全保障に、ヨーロッパ諸国が直接関与することは限定されていますが、私たちにとって非常に重要であるということです。私たちが直面している主な脅威は、テロリズムや大量破壊兵器です。北朝鮮は、ミサイル技術を拡散させたことがあり、現在その核計画が心配の種になっています。一般的に、アジアは今や世界経済の中心になっています。グローバル化が進むと、アジアで紛争が起きた場合は、ヨーロッパの雇用や経済活動にも大きな影響を及ぼすはずです。国際政治については、例えば朝鮮半島で危機が起こり、対策をとる場合には、国連やヨーロッパを含む 国際社会を巻き込むはずですし、日本や米国を含む主要同盟国や、友好国にも直接的な影響を与えます。結局のところ、私たちはすでに北朝鮮に対する国連の制裁を実行しているのです。ですから、この地域における展開に、ヨーロッパは安全保障上の強い関心を寄せているのです。

15.結果として、ヨーロッパの人々は アジアの状況をしっかりと見守り、必要であれば行動を起こす準備をしておかなければなりません。日本やその他の関係国は、懸念事項や関心事について、ヨーロッパの国々に正しく事情を知らせておかなければなりません。例えば、私の考えでは、EUの対中国武器輸出禁止の重要性は、日本と米国で大きく誇張されましたが、私たちが異なった理解をもっているという事実は、東アジアにおける戦略的関係の認識を、日本が十分に伝えていなかったということを示しているのです。これには、強化された今の対話を維持することが大切です。

16.第二に、ヨーロッパとくらべて、アジアには多角的な組織が少なく、存在している組織もあまり発展していません。これは一因として、アジアの歴史と、大国のスケールの違いの結果かもしれません。ヨーロッパの経験を、単純にアジアへ移転するのは賢いことではありません。しかし、アジアに多角的な組織をつくることは、おそらく道理に適うと思います。価値の違いにどのように対応するのかというのは、おもしろい問題です。ヨーロッパでは、最強の組織は民主的な価値に基づいています。それはアジアにおいて正しいアプローチでしょうか。米国、日本、オーストラリアの間の新たな協力は、他の民主国家にも広げられるべきでしょうか。六ヶ国協議はこの地域の安全保障にとって、より効果的な基盤でしょうか。経済面では、実際的な地域統合がある程度進んでいますが、二国間貿易協定の新たな寄せ集めは、おそらくアジアまたは日本の貿易パートナーにとって最良の解決策ではないでしょう。

6 日英比較 :2007/08/14(火) 01:53:20
17.最も重要な三点目は、中国とインドの台頭が世界的に重要であるということです。これは明白なことです。しかしこの所見は、日本とヨーロッパの間の関係にとっての重要な結論につながります。以前は日本とヨーロッパが、お互いの関係以上に強い関係をそれぞれ米国と持っていました。アジアとヨーロッパの両方において、米国は安全保障に 重要な直接的役割を果たしてきました。中国とインドの変化は、ヨーロッパと日本に大きな共通のアジェンダをもたらしました。その視点のいくつかをご説明したいと思います。

18.まず、最も明らかなのは、経済的な現象です。グローバル化と、最近のインフレなしの世界経済成長の主な要因は、中国における生産およびその外国貿易の拡大であります。インドも大きく遅れをとっていません。全体的に見て、先進諸国は恩恵を受けましたが、新たな競争による社会的緊張も出てきました。ある分野の労働者は、外国からの安い品物の輸入で仕事を失いました。これに対する英国の答えは、私たちの経済を、新たなグローバル化された世界に適応させるということです。私たちは順応性のある雇用慣行を展開し、再トレーニングや生涯学習に投資を行ない、研究開発を増やす努力をしてきました。それと同時に、社会で本当の困難に直面している人たちを支援しようとしてきました。すべての問題を解決したと主張する気はありませんが、この考え方が、総合的利点を最大限もたらしていると確信しています。相互依存している世界において、保護主義への後退は、経済的な大失敗をもたらし、貿易の自由化で前に進まなければ、私たちはすぐに保護主義に戻る危険を冒すことになります。だからこそ、ドーハ・ラウンドをできるだけ早く締結することが非常に重要なのです。二国間自由貿易協定は、何もないよりは良いかもしれませんが、民間企業にとって理解が困難で、市場を歪める複雑なルールをつくる危険があります。最良の解決法はグローバルな自由貿易協定であり、これがヨーロッパと日本にとって一つの重要な目標です。世界の富裕国のほとんどにおける持続不可能な農業政策の改革という、側面的な利点もあります。

7 日英比較 :2007/08/14(火) 01:59:01
19.第二に、中国とインドの台頭は、エネルギーや原材料の消費の大幅増につながります。これは、環境や人間の安全保障にとって非常に重要です。ここで気候変動に関する講義は始めないほうが良いと思いますが、気候変動は、地球のあらゆる場所に即座に影響を及ぼしますので、おそらく人間がこれまでに直面してきた最大の問題です。中国がエネルギーの使用から生じた二酸化炭素は、世界排出量全体の16%をすでに占めています。現在の傾向が続けば、排出量は2030年までに19%に増加するでしょう。インドは中国にくらべると少ないのですが、それでも20年間でほぼ倍増すると見込まれています。両国には大量の石炭が埋蔵されており、経済成長を続けるために、それを利用することになるでしょう。しかし、中国の一人あたりの排出量は米国の19%であり、過去のCO²排出については責任がないから、強制的な制限は受け入れないと中国は言っています。ここにも、ヨーロッパと日本の緊密な協力が緊急に必要とされる問題があるのです。

20.私は問題点を悲観的な言葉で述べてまいりました。実際のところ、必要な政治的意志さえあれば、解決することは可能なのです。中国はGDPをつくりだす上で、日本の9倍ものエネルギーを使用しています。中国の首脳はそれを知っており、今後5年間のエネルギー効率の野心的な目標を定めました。また、彼らは穀物の生産量が37%も削減するなど、さらなる気候変動が、中国の農業に、破壊的な影響を及ぼすということを承知しています。資金と技術をどのように動かし、中国が排出量を減らすのを支援できるかということが問題です。CDMの下での排出取引は、すでに単一メカニズムの利点を示していますが、もっと簡素化・拡大化する必要があります。ヨーロッパは、温室効果ガス排出がほぼゼロの石炭火力発電所を中国に建設する計画を立てており、これが将来の重要な技術の開発に役立つでしょう。私たちはこれについてヨーロッパと日本の共通目的意識を必要としています。

8 日英比較 :2007/08/14(火) 02:04:08
21.第三に、中国とインドの台頭は開発アジェンダに大きな影響を与えており、ミレニアム開発目標のアジアにおける達成に向けて、著しい進展をもたらしています。また、アフリカなど他の地域への新たな援助や投資を導いていますが、これは議論のあるところです。残念なことに、日本のODAは近年徐々に減ってきており、今では英国よりも少なくなっています。近いうちに、ドイツやフランスに次いで第5位となるでしょう。しかしながら、日本は開発に関心を寄せており、主要なドナー及び投資国であり続けています。支援を受ける国々の統治と、しっかりとした機関に重点を置く、ヨーロッパと日本の基本的な観点は似ています。アフリカを中心とする世界中の経済発展や、社会発展に貢献するために、どのように政策を調整するかということを、私たちは中国のような新興国と協議する必要があります。

22.第四点は、政治的な重要性です。中国やインド、そしてその他のBRICS諸国は世界情勢に大きな政治的影響力をもっており、私たちは国際的な意思決定にこれらの国々を、もっと直接的かつ建設的に関わらせる方法を見つけることが必要です。これは国際的な組織に幾分関係することです。2005年に英国がG8の議長国を務めた際には、グレンイーグルスの会談に中国、インド、ブラジル、メキシコ、南アフリカの5ヶ国を招待しました。これはG8の代わりにG13をつくるというものではなく、G8とこれら5ヶ国の主要な経済発展途上国の首脳が、世界の直面する大きな問題を話し合うようにするためのものです。国連において、中国はすでに安全保障理事会の常任理事国になっています。英国は、日本だけでなくインドやブラジルも、常任理事国になるべきであると考えています。似たような問題がIMFからOECDまで様々な場で持ち上がっています。しかし、このプロセスは一方通行ではありません。国際的な協議が生産的なものであるには、すべての参加国が、関心と責任に関する広範でグローバルな視点を持つことが重要です。他国の得は自国の損であると考え、すべての国のためになる解決策を見出そうとしない国々の間で、国連やその他の場が、実りのない討議で立ち往生してしまうことがよくあるのです。

23.要約しますと、私は二つの島国が、それぞれの大陸から地理的にも、本質的にも分離しているというおなじみの概念で講演を始めました。私は講演を終えるにあたって、別の焦点を持っています。それは急速な変化の過程にある世界なのです。中国とインドは国際舞台での大国という、歴史的な地位を取り戻しつつありますが、彼らはこれまでになく相互依存している世界でそれを成しつつあるのです。たとえば、最大の挑戦になっている気候変動は、地球規模の問題に違いありません。その結果、英国人と日本人は、新たな思いがけない挑戦に対応しなくてはならなくなっています。そうする上で、日英両国にとって、米国は欠かせない同盟国であり、友好国なのです。この講演のための準備を進めるにあたり、私はただ単に英国だけではなく、ヨーロッパのことを言ったほうが自然である場合が多いということに気がつきました。ヨーロッパの中で、英国がこれからも積極的で建設的な役割を果たし、日本にとって特に緊密なパートナーであることを私は希望し、そうであると確信しております。(終わり)

9 日英比較復活 :2007/11/28(水) 04:22:01
英政府が打ち出す「クリエイティブ産業」という発想
 英国ではメディアやコンテンツ、広告などの業界を幅広くとらえた「クリエイティブ産業」を基幹産業の一つとして戦略的に強化し、アジア諸国との連携にも力を入れている。日本では耳慣れない言葉だが、縦割り行政が陥りがちな弊害を避け、地域経済の活性化にも役立つなど、クリエイティブ産業という概念のくくり方やアプローチには見習うべき点が多い。(岸博幸の「メディア業界」改造計画)
■「クリエイティブ産業」とは
 先月末、インドネシアで開かれた英国政府の外郭団体であるブリティッシュ・カウンシル主催のシンポジウム「Education, Employability and the Creative Industries」に出席した。会議を通じて実感したのは、英国が「クリエイティブ産業」の育成に非常に力を入れているということだ。英国政府の定義によると、クリエイティブ産業は11の「クリエイティブ・セクター」から構成されている。
広告(Advertising)
建築(Architecture)
芸術及びアンティーク(Arts and Antique Markets)
伝統工芸(Crafts)
デザイン(Design)
ファッション(Designer Fashion)
映画・ビデオ・写真(Film, Video and Photography)
ソフトウェア・ゲーム・電子出版(Software, Computer games and Electronic Publishing)
音楽・パフォーミングアート(Music and Visual/Performing Arts)
出版(Publishing)
テレビ・ラジオ(Television and Radio)

10 日英比較復活 :2007/11/28(水) 04:27:07
要は、コンテンツ(現代文化と伝統文化の双方)、メディア、出版、広告、建築という、知的財産を活用する産業全般をカバーした広い概念となっている。
 私見ではあるが、こうした定義の仕方は特に2つの点で優れていると思う。第一は、コンテンツ(=文化)について、現代ものと伝統もの、デジタルとアナログといった区別することなく、全てを同じ土俵で捉えている。伝統文化、アナログコンテンツを軽視する日本政府とはえらい違いである。第2は、コンテンツと、それを伝達する媒体(メディア)を同じ産業の範疇で捉えている。両者は切っても切れない関係にあることを考えると、非常に説得的である。
 日本では、コンテンツ産業、伝統文化、ICT産業、メディア、広告、デザイン、ファッション、建築と細かく分断して、それぞれを別物として扱っているが、それらを「クリエイティブ産業」と大くくりで捉えた方がシナジー効果の点でも合理的だし、そもそもスケール感、ワクワク感が大きいように感じられるのは気のせいだろうか。
 少なくとも、こうした定義を見ると、日本の政府や民間のスタンスがいかに視野の狭いものであるかが実感される。縦割り行政の弊害と言えばそれまでだが、政府を例に取れば、知的財産戦略本部はデジタルコンテンツの流通ばかりを強調しているし、文化庁、総務省、経済産業省は自らの所掌に属する「クリエイティブ産業の一部分だけ」を強化しようとしている。
■戦略産業となりつつある「クリエイティブ産業」
 シンポジウムで英国の学者に聞いたところ、既に英国経済への貢献度でクリエイティブ産業は第3位の位置を占め(1位は金融、2位はfood & clothing)、観光などの他産業にも相乗効果を発揮している。さらに、英国のソフトパワーの強化や地域経済の活性化にも大きく貢献しているとのことであった。
 英国でこのようにクリエイティブ産業が強くなりつつある背景を考えると、少なくとも政府の取り組みが功を奏していることは間違いないということがわかる。英国政府では文化・メディア・スポーツ省が、クリエイティブ産業の強化に主要な役割を果たしている。また、ブレア前首相が1997年にクリエイティブ産業タスクフォースを設置したことからも明らかなように、政府全体としてこの産業の強化に取り組んでいる。その際、大学がクリエイティブ人材の育成などの面で大きく貢献してきた。その結果、英国のクリエイティブ産業はヨーロッパで随一の強さを誇るまでになったのである。
 英国におけるクリエイティブ産業の目覚しい成長を目の当たりにして、既にヨーロッパでは英国以外にもオランダ、ドイツなどの様々な国がクリエイティブ産業を重視し始めている。アジアでもクリエイティブ産業という概念が普及しつつある。
 そして、よく考えると、米国でも結果として民間主導でクリエイティブ産業が強化されている。ネットの普及に伴い、通信・放送・広告・ブランドの4つの融合が進みつつあるが(日本では通信・放送の融合さえも遅々として進まないのに!)、米国の放送局の背後にはハリウッドというコンテンツの総本山が控え、かつ歴史の浅さ故に伝統文化が少ないことを考えると、この4つの融合は、デジタルを活用したクリエイティブ産業の強化に他ならない。

11 日英比較復活 :2007/11/28(水) 04:32:16
■日本も「クリエイティブ産業」の強化を
 こうした世界の動きに比べると、残念ながら日本は明らかに遅れを取っている。官邸に知的財産戦略本部とIT戦略本部が別々に設置されていることがその象徴であろう。官邸が率先してクリエイティブ産業を分断してしまっているのである。
 しかし、日本はクリエイティブ産業の中の多くのセクターでいまだに比較優位を持っている。加えて言えば、クリエイティブ産業には地方に多く存在する伝統文化なども含まれることから、その強化が政治的に懸案となっている地域の活性化にも貢献することは、英国の経験から間違いない。
 従って、日本もクリエイティブ産業を戦略産業と位置づけ、日本の強みを核にした「日本版クリエイティブ産業戦略」を真剣に考えるべきではないだろうか。そのためにすぐに省庁再編をしろなどと言う気はない。今まで政府が光を当てなかった伝統文化やデザイン、建築などを産業として強化するとか、広告産業の構造改革を進めるとか、正しい形での産学官連携を進めるなど、すぐにできることはたくさんある。そうした取り組みを行わない限り、日本はクリエイティブ産業という成長分野を経済成長に取り込むことはできないだろう。
[2007年11月12日]
-筆者紹介-

岸 博幸(きし ひろゆき)
慶応大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構准教授、エイベックス取締役
略歴
 1962年、東京都生まれ。一橋大学経済卒、コロンビア大学ビジネススクール卒
業(MBA)。86年、通商産業省(現・経済産業省)入省。朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)、資源エネルギー庁、内閣官房IT担当室などを経て、当時の竹中平蔵大臣の秘書官に就任。同大臣の側近として、不良債権処理、郵政民営化など構造改革の立案・実行に携わる。98〜00年に坂本龍一氏らとともに設立したメディアアーティスト協会(MAA)の事務局長を兼職するなど、ボランティアで音楽、アニメ等のコンテンツビジネスのプロデュースに関与。2004年から慶応大学助教授を兼任。06年、小泉内閣の終焉とともに経産省を退職し、慶応大学助教授(デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構)に就任。07年から現職。

12 尾崎清之輔 :2007/11/29(木) 01:22:01
「クリエイティブ産業の強化」ということに関連して、私見を述べさせて頂きたいと思いますが、「日英比較」というタイトルからは、やや外れてしまう内容となってしまいますことを予めご了承下さい。
「教養と場創り」で続きを行うことも考えましたが、上記の書き込みに敬意を表する意味で、今回はこのスレッドへ書き込みをさせて頂きます。

「クリエイティブ」という言葉は、文字通り「創造」ということに繋がりますが、これが産業として育ち、確立するまでには、そもそもその土壌に文明レベルの下地や、それを受け入れるだけの素養が存在していない限り、砂上の楼閣に過ぎなくなってしまうのではないかという危惧を持っております。

特に、戦後日本社会においては、敗戦直後に訪れた急性アノミーに対して、無原則に米国式のプラグマティクな(しかも)表層部分のみを取り入れてしまったことから、小室直樹博士の戦後十大名著の一つである『危機の構造』(ダイヤモンド社:絶版)にて喝破された「構造的アノミーの拡大再生産」により、高度成長期時代の頃から数十年前に渡り、今に至ってしまったことは、後の歴史が証明した通りではないかと思います。

従いまして、創造を司る「インタンジブル」な知的存在に対しても、表層的な観点からほぼ全てを計量化して捉えてしまった結果、姿や形は異なっても、未だ物量崇拝の精神から脱却できていないことは、ここ数十年を振り返れば一目瞭然ではないでしょうか。

本来は、インタンジブルな存在を各々が扱いつつ、ブレーンストーミングなどを通じてお互いに切磋琢磨し、熟成させていくことで、暗黙知の次元へと至り、それが暗闇や陰影から一筋の光または閃きを生み出すことにも繋がり、再び各人へ反映されていくことで、この循環作用に「創造」の本質を見い出し、それが昂じて「共創」へ展開していくことができるのではないかと考えておりますが、その前に幾つかの物理的な障壁が大きく立ちはだかって待ち構えており、これらの壁や状況を打破していくためには、多大なエネルギーが必要とされます。
但し、どこかにレバレッジポイントや、頂門の一針が存在しているとも考えており、その一つにネットがあることは、既に多くの方々が気づいていることと思います。

ところが、肝心のネットは、国内において相当普及しているにも関わらず、本来のインターネットの存在理由である自由型ネットワークではなく、インターネットエクスチェンジ(略称:IX または IXP)と呼ばれる封建型ネットワークモデルでしかないことは、多少ネットに詳しいものならば周知の事実です。

◆情報のネットワークのモデル
http://www2.tba.t-com.ne.jp/dappan/fujiwara/fig/fig10.html

13 尾崎清之輔 :2007/11/29(木) 01:27:17
(No.12に続く)

ちなみに、広告や放送に関しては、今更申し上げるまでも無いほど、独占化ないし寡占化が進んでしまいましたが、通信もそのようなお寒い現況からすると、ネットの普及に伴う、通信・放送・広告・ブランドの4つの融合が遅々として進まない最大の理由として、各々の要素が巨大かつ独占化ないし寡占化してしまったことに起因していることは必定であり、官はそれを後押しする(ないしは既得権益の維持と新たな利権作り)だけの存在でしかないことは申し上げるまでもございません。
ここで、藤原博士が嘗て30年以上も前に、二十世紀の最大ビジネスであり、今日も尚その不動の位置の一角を占めている石油産業において提唱した考え方をベースに、未だ稚拙ではございますが若干その骨子の一端を披露させて頂けますならば、

・広告においては、戦前の満洲時代から暗躍し、戦後は多くの戦前戦中の闇の部分を抱えて跳梁跋扈してきた電通こと築地CIAの解散ないしは改組。
・放送においては、新聞社による放送局の系列支配や実質的な占有の禁止ならびにキー局の解散ないしは改組。
・通信においては、NTTグループや他の大手通信事業者を含めた大規模な改組ないしは改変と、自由型ネットワーク構築の同時対応(特に同時対応は最重要課題の一つ)。
・ブランドにおいては、上記3つの進捗状況に応じて、一時的に詐欺的な状況が横行する可能性は否定できないものの、それらも自然と駆逐され、人々が与えられた情報ではなく、自ら情報を得るための不断の探求を欠かさなくなるであろうから、いずれは「本物」しか残らなくなるはずであると考える。

といったドラスティックな決断と対応が求められると思います。
尚、現代のメディアクラシー社会そのものが「広大なる詐欺システム」の一環といっても過言ではないので、早急なオルタナティブメディアの可能性を追求していく必要性を痛切に感じております。
この際、十分に留意すべき点として、民営化という名の私営化に決して陥れられることの無いよう、国民一人ひとりが(最近の国内監視体制の整備を逆手にとって逆にこちらからも)監視の目や手を緩めないという決心と行動が肝要です。

14 尾崎清之輔 :2007/11/29(木) 01:48:35
先の投稿に一点追記させて頂きます。

現代版の内務省である「総務省」の改組が含まれておりませんでしたので、ここに付け加えさせて頂きます。

15 尾崎清之輔 :2007/11/29(木) 08:27:20
昨夜の投稿に「民営化という名の私営化」とう表現があったため、対象が私営組織体であるにも関わらず、不思議に思われた諸兄もいらっしゃるかもしれないので、若干補足させて頂けますと、先に挙げた組織体が、それぞれの業種において独占ないし寡占状態にあることが、果たして本来の意味での公益に正しく結びついているとは決して思われないことから、あえてこのような表現とさせて頂いたことをご理解願えれば幸いです。

また、肝心なことを書き忘れてしまいましたが、「クリエイティブ」ないし「知的存在」を高めていくためには、やはりコンテンツの中身そのものが最も重要ということになりますが、先述の独占ないし寡占状態にある組織体は、その存在理由ならびに組織自体の肥大化による弊害のため、特定一部の方向しか向くことができず、たとえその内部に「クリエイティブ」ないし「知的存在」を高めていく因子を持っていたとしても、身動きが殆ど取れなくなってしまっているのが厳然たる事実であると考えます。

従いまして、No.13の提案を披露させて頂いた次第であり、コンテンツの中身そのものを充実させていくための過程で、何と何が本当に必要であるか、また何が不必要であるか、といった点を抜きにして語ることはできないと思います。

英国の実情については余り存じ上げておりませんが、少なくとも国内で入手可能な「FT」や「BBC」から得られる情報には目を瞠るものがあることは確かであり、英国もロンドンでの監視体制の整備は些か思うところがございますものの、以上のことを踏まえた上で、根底にある普遍性を探し求めていきたいと思う所存です。

16 栗 英蔵 :2007/11/30(金) 02:12:22
そもそも日本人の貧弱な頭では architecture = 建築 となってしまうし、
design = (商品などの)形、デザイン、意匠、という限定的な捉え方が支配的だ。
しかし、ここで英政府が本来言っているのは、architectureで言えば、目に見えない
intangibleなものを含む 構造 の ことを 言っているのだ。例えて言えば、キリスト
教という臭狂の場合、その総ての体系がarchitectureだし、その狂義を具体的な 形に
したのが 建物としての教会(architecture)である。そしてそれを建てたのは549で、
その青写真を引いたのは the G reat Architect of the Universe であるから、これまた
面白い。しかし これは 余談だ。Designも、たとえば 人生に当てはめれば 人生計画だし、
会社なら 会社の 仕組み、とか、在り方の設計、とかとも言えそうだ。

17 栗 英蔵 :2007/11/30(金) 02:24:05
明治維新の時だって、グラバーには 新生日本の grand architect としての
grand designがあったわけだ。

19 尾崎清之輔 :2007/12/01(土) 00:20:58
(投稿ミスしましたので再掲させて頂きます)

栗さんから頂いた貴重なコメントから、24年前の藤原博士と小室博士の共著『脱ニッポン型思考のすすめ』(ダイヤモンド社)に書いてあったことを思い出しましたので、下記URLから全文が見られますものの、折角の機会なので、まだご存知でない方々へ、該当する箇所をご紹介させて頂きたいと思います。


◆脱ニッポン型思考のすすめ
http://www2.tba.t-com.ne.jp/dappan/fujiwara/library/komuro/library.html

藤原 ところが、日本人はウチとソトの意識が強烈な上に、ウチに相当するのがさまざまな共同体だから、たくさんのハードルがありすぎて乗り越え切れない。しかも、同じ太平洋や日本海を眺めても、これで仕切られており外と断絶していると考えがちで、海は外に向かって開かれた水路だという発想はなかなか生まれません。それは前にいった東京の地下鉄の命名法と同じで求心的なんです。

小室 同じ島国の人間でも、イギリス人は外に向かって拡がるだけの気慨を持っていたのに、日本人はどうしても閉じこもってしまう。

藤原 その差が、現在の国際ビジネスにおけるアングロサクソンと日本人の違いになっているのです。というのは、領土はハードウエアでして、ソフトウエアを駆使して仕事がやれる知識集約型指向の人は、全世界を舞台に活躍できるので、ハードな領土と結びついている必要がない。それを一番最初にシステムとして完成させたのがイギリス人であり、彼らにとっては大ブリテン島は必要ないのです。植民地に拠点を作りそこに移るとともに、拠点を結んで非常にシンクロナイズした情報システムを作り上げました。アングロサクソンはユダヤ人と結ぶことでヨーロッパをシステムの中に組み込んだし、ロンドンを中継点にして指令システムを完成させれば、自分たちの経済的な利益や生存条件は確保できると考えて、有能な人たちは全世界に散っていった。しかも、コモンウェルスという形で植民地は政治的に独立させたけれど、情報網としては完全なネットワークで包み込んでおき、ブリテン島は抜け殻にしたのです。

小室 日本人はグレイト・ブリテン島がイギリスそのものだと思っています。

藤原 それが間違いのもとでして、ハードウエアとしてのブリテン島は、あそこでしか生きられないブルー・カラーの労働者と女王一家のものです。ところが、日本人のほとんどはイギリスが島国である以上は日本と同じであり、すべてが中央集権的にロンドンに集まっていて、ロンドンから指令をすることになっていると信している。しかも、工場施設も研究所もブリテン島の上になくてはいけないと思い込んでいるので、残りかすの領土を眺めて「大英帝国の没落」とか「英国病」なんていっている。ほんとうに優れた連中はイギリスの外で活躍していて、本国が担当しているのは教育機関と情報センターの機能だけです。

小室 日本はすべてが東京に集まっているし、集まりすぎています。

藤原 アングロサクソンは、十九世紀の全期間を通して全世界に散っていき、しかも、イギリス系ということで情報のネットワークで結びついている。このような世界支配のやり方に対して、日本人ももっと知る必要があると思うんですよ。最近は大国意識に災いされて、日本人が「英国病」だなどと軽率なことをいっているけれど、あの連中は没落をうんぬんし得るだけのものを持っていたのだし、いまではハードに替えてソフトなものを保有していると気づかなきゃいけない。日本はハードなものしかないし、没落すらしようがありません。となるとポシャるだけであり、自らのハードウエアの重さに押し潰されてしまうだけです。

小室 イギリス人の誇りは「ブリタニア・ルールズ・ザ・ウェーブズ」であり、ウェーブとはコミュニケーションの手段でして、領土よりも情報の伝達手段を押さえているから偉いというのです。

藤原 人間だって神経系統を支配することが最良の征服法ですよ。

(次項へ続く)

20 尾崎清之輔 :2007/12/01(土) 00:26:17
(前項より続く)

また、22年前に出版された『マクロメガ経済学の構造』(東明社)の藤原博士の「あとがき」には以下の文章がございます。

◆産業社会が遭遇している問題点と対峙するに当って、臨床医学的なものよりも予防医学的なアブローチの方が、大変ではあってもはるかに有効だと考える私は、拡散型ではなくてオメガ・ポイントに向う収斂型の進化モデルに支配されているとの印象を与えるかもしれない。だが、拡散も収斂も結局は視点の置き場の違いにすぎない。それはソフトウェアとハードウェアの母体であるウェットウェアにかかわっているのであり、最終的には、シナジーを生み出すウェットウェアは宇宙生命としての熱力学第二法則のシンボルであり、おそらく熱力学第一法則をシンボライズしたものとして、ドライウェアということばが公認される日が訪れる時代があるだろうと期待している。これもまた総てをエネルギーで捉える発想に基づいており、仮に名づけたものだが『マクロメガ・シンソフィ』という想いに、私は現在とりつかれているところである。


これは、ハードウェアがソフトウェアを部分化・固定化したものであり、ソフトウェアは狭義の生命体であるウェットウェアから生み出され、ウェットウェアは広義の生命体(≒宇宙生命)を含めた(=超越した)ドライウェアを背景ないし関係していることから、宇宙の歴史(天)から地球の歴史(地)を経て、ホモ・サピエンスの歴史(人)に至るウェーブを読み取ることができれば、グランド・デザインとかグランド・ストラテジーの意味するところが何であるか、明確になっていくことでしょう。
そして、このあたりのヒントは以下のURLに掲載された年表に明記されており、文章ではなく図の持つ意味の重要性がいかに大事かということを改めて思い知らされます。

◆マクロメガの視点による重大事件年表
http://www2.tba.t-com.ne.jp/dappan/fujiwara/fig/fig02.html


尚、「ハードウェア」は元々そうでしたが、「ソフトウェア」はかなり前から狭義の意味で考えられるようになってしまい、今や「ウェットウェア」も「ナレッジ・マネジメント」等どいう、陳腐な世界の言葉に陥れられてしまったため、本来意味するところと相当乖離しておりますが、こうして年表を見ますと、何でも「人」の次元で捉えようとする愚かさについても浮かび上がってくる気が致します。

21 尾崎清之輔 :2007/12/01(土) 00:47:38
上記No.20で『「ウェットウェア」も「ナレッジ・マネジメント」等という』と述べましたが、この部分は間違っているので、訂正させて頂きます。
正しくは、

◆「ウェットウェア」も有機系生命全体のことではなく「人間の頭脳」や「生化学物質」等という還元主義的とも言える

であり、「ナレッジ・マネジメント」という言葉については、「暗黙知」を認識する上で、ポランニーが提唱した本来の意味ではなく、「経営組織論」における形式知などという、陳腐な世界の言葉に陥れられてしまった、ということを申し上げたかったのですが、今回の投稿の趣旨とは全く異なりますので、別の機会にさせて頂きたいと思います。

22 藤原肇 :2007/12/29(土) 15:41:00

21 名前:藤原肇 投稿日: 2007/12/29(土) 09:02:25
ここ数日にわたってとても印象深く読んだ本として、小山堯志著の『英国流リーダーの育て方』(星雲社)がある。おそらく私が読んだ教育に関しての本の中で、最も具体的で優れた内容だと思った。これは十年以上前に『テーミス』に連載された記事であり、もし25年前にこんな本に出会っていたらと思い、誰もこういう本を当時書いていなかったので、読むチャンスがなく知らなかったことがくやまれた。
それと共に、これを読んで自分が娘に施した教育のチャンスが、ことによると最善のオプションではなかったというか、こういう世界もあったのかということに気づいた。それにしても、せっかくヨーロッパで中学まで勉強させたのに、娘を高校からアメリカに来させて私立のプレップスクールで学ばせてから、優れているといわれたシカゴ大学に学ばせたが、より良いオプションが英国にあったと知って愕然とした思いに駆られた。
この議論はこの本を読み終わった段階で別のスレッドに議論を移したほうが良いと思うが、候補としては「教養と場つくり」「教育の原点を考える」『日英比較』などがあると思う。


22 名前:尾崎清之輔 投稿日: 2007/12/29(土) 13:03:12
藤原博士からご紹介のあった小山堯志(著)『英国流リーダーの作り方』(星雲社)を早速発注しました。
残り在庫数が少ないようなので、ご興味ある方はお早目に取り寄せられたほうが宜しいかと思います。
尚、年末年始のため少々時間がかかりそうですが、私も手元に届き次第、精読させて頂きます。

上記の二つの記事を「最近読んだ本」のスレッドから移しましたので、「駐日イギリス大使のスピーチ」という限定的な副題を取り外して、その代わりに「教育とリーダーシップ」というような、より普遍性のあるものに書き改めるように、管理人さんにお願いできますか。

23 副管理人 :2008/02/06(水) 19:28:11
今の時期は本業に追われていているため、投稿する余裕もなく申し訳なく思います。さて、回答が遅くなりましたが、一度立ち上げたスレッドの題名を変更することは出来ないシステムになっていますので、「教育とリーダーシップ」というテーマで改めて新スレッドを立ち上げていただくか、あるいはこのスレッドを引き続き使用して頂くかの二つしかありません。

ところで、先ほど漸くご紹介頂いた『英国流リーダへの作り方』(小山堯志著 テーミス)を一読終えました。同書の第十二章の「教職は天職・教師たちの気構え」を読み進めながら、数週間前に一読した『ニューリーダー』二月号の「公私一体化の新しい勤め美人文化を育てよ」(丸の内プラントフォーラム代表 片平秀貴)という記事に書かれていた次の下りを思い出しました。

…イギリスでは、オックスフォード大もケンブリッジ大でも、トップクラスの学生は、みんな小学校の先生になる。次に大学教授、。日本でいいとされている銀行員は最低ランクでしかない。心ある優秀な若者が競って教師になりたがる社会をどうやって作れるか、教育の問題はこの一点に絞られるといっても過言ではない…

蛇足ながら、たまたまカナダのあるアカデミー関連の仕事を承りましたが、、内容がイギリスのパブリックスクールについて言及したものでした。上記の記事や小山氏の本に目を通していたので大変良い仕事ができたと思います。


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