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フィボナッチ数列や律動とラチオについて

1 藤原肇 :2006/01/28(土) 18:04:05
今日はモーツアルトが生まれて250年目だが、不遇で終わった天才の誕生日を迎えたのに、故郷のザルツブルグにはウィーン・フィルが訪れて、記念演奏会を行っているのに参加できなくて残念至極。20代の頃はノイエヤー・コンツェルトを味わうために、フランスからウィーンに雪の高速道路で自動車を駆ったことは、『オリンピアン幻想』の中に記録が残っているのだが・・・。それに、30代にも大晦日に国立オペラ劇場で「フレーダー・マオス」を楽しみ、その後でステファン・プラッツで新年を迎え、見知らぬ人とシャンパンを飲み交わしてから、互いに乾杯と抱擁をしあった思い出もある。
それにしても、冬のオーストリアは石畳の下から伝わってくる底冷えが厳しく、冷え込みは還暦を過ぎた身には厳しすぎるし、「年年歳歳ひと同じからず」の戒めの通りだ。と言うわけで、避寒地のパームスプリングスの砂漠に留まり、視力の衰えと高い血圧を養うことにして、モーツァルトの誕生日を祝うことにしたのだが、幸運にもニューヨークからの嬉しい贈り物があった。ベルリン・フィルがカーネギーホールに出かけてきて、交響曲38番の「プラハ」を演奏するし、それをFMの公共放送が中継放送をするという。そこで「プラハ」を聞きながら掲示板に書き込みを始めた次第である。
そして、丸山政男先生が執拗低音(バッソ・オスティナード)にこだわり続けて、丸山史学において重要な意味を付与した「古層」という概念が、マガマガしい響きをわれわれに伝えたことを思い出した。それはナルシスティックな自己顕示に結びつくと、ワグナーのあの鼓膜を叩く騒音の洪水になり、それを喜ぶゾンビたちが主役になって、ワルプルギスの夜の宴になるという意味だ。今の日本は小泉やホリエモンのようなゾンビが乱舞して、狂気と言える異常精神がまかり通っているが、それらは時代の最下層に潜んでいるべき存在である。だが、ゾンビや執拗低音が自己顕示をすることで、ヤマトニズメーションによる亡国のブロセスを生み出すのであり、それが我々が生きている間に実現してしまった。こうした精神の腐敗と退廃を防腐する特効薬としては、心が天のリズムと共鳴することによって、フィボナッチ律動と結びつく均衡の中で、モーツァルトの旋律に耳を傾けることであり、今日はその記念すべき瞬間と結びつく日になった。
そこでこれからアゴラ的な雰囲気の広がりの中で、律動を始めラチオや共鳴という世界だけでなく、その反対の唸りや呪いまでも含めて、誰でも気楽に議論できるスレッドを開き、モーツァルトの生誕250年を記念したいと思う。

2 サムライ :2006/01/28(土) 21:02:39
藤原博士が仰せの丸山先生が執拗低音を読み、最近博士のプレゼント本に加わった『近代市民社会論』を思い出した読者も少なくないと思う。中村勝己先生が生涯目指しておられた「日本脱藩」、換言すれば以下の中村先生の生涯を賭けた研究は、以下の言葉に集約されのではと思う。

「初めからお終いまで主題(ライトモチーフ)は、日本の近代とはなんであるかという問いであり、それに対する「中間的考察」でありました」(『近代市民社会論』中村勝己著 今日の話題社p.385)

この中村先生の本は全部で二十四章あるが、寝る前に1日1章のペースで読み進めたので、ちょうど3週間と3日で読み終えた。中村先生の『近代市民社会論』を読むだけで、最近になって副島が披露した翻訳が如何にお粗末かが良く分かった。

■原文
 Adam Weishaupt ( founder of the Illuminati in 1776 ) :
“ Reason will be the only code of man. This is one of
our greatest secret . When at last Rreason becomes
the religion of man , then will the problem be solved .”
(p.330)

■副島訳
「われわれイルミナティは、理性(りせい、reason , vernunft
フェルヌンフト)すなわち、利益欲望の思想、金銭崇拝の精
神を、われわれ人間にとっての唯一の法典(規則の体系)に
するであろう。これこそが、これまで人間(人類)が解明でき
なかった最大の秘密なのだ。金銭崇拝(利益欲望の精神、
すなわち理性)が、人間にとって信じるべき信仰、宗教となる
時に、その時に、ついに、われわれ人間が抱えてきた最大か
つ唯一の大問題が、解明され、解決されるのである。」


分かる人が読めば、副島の翻訳が根底から間違っていることが分かると思うし、一人のプロの翻訳者として私の目から見れば、副島の翻訳は日本の恥さらしである。いずれ機会があれば拙ブログ【教育の原点を考える】で徹底的に副島の誤訳について暴きたいと思うが、その前に偽物のコンサルタント船井幸雄氏とのとの対談集である『日本壊死―新しき人目覚めよ』を徹底提起に叩くのが先だと思う。知人が教えてくれたことだが、一年ほど前に『サーカス』とかいう若者向けの雑誌に、副島がホリエモンを持ち上げてあるような記事を書いたらしい。記事の粗筋をその知人に教えて貰い、流石にレシオを金儲けと思っている御仁だけのことはあると思った次第である。そのホリエモンが逮捕された今、ホリエモンを持ち上げていた副島氏がそのあたりをどうむ言い訳するのか興味がある。ちなみに、副島のお粗末な翻訳力については拙ブログで以下のように報告済みである。
http://pro.cocolog-tcom.com/edu/2005/08/post_cf11.html


サムライ拝

3 広瀬誠 :2006/01/29(日) 15:07:36
この掲示板のどこかで、執拗低音や共通低音について論じたときに、誰かが分かりやすく説明したと思い、半日かけて探したが発見できませんでした。
どのスレッドだったか覚えている人がいませんか。
確か丸山真男教授の思想について論じたときでした。

4 野田隼人 :2006/01/29(日) 15:24:33
執拗低音ですが、確か私がアマゾンに投稿した以下の書評が引き金になったと記憶しています。
http://pro.cocolog-tcom.com/edu/2005/09/__ec81.html
■『丸山真男 音楽の対話』

また、執拗低音について優れた見解を示しているのは以下のページです。御参考まで
http://www2s.biglobe.ne.jp/~mike/taguchikosou.htm
■丸山眞男の「古層論」と加藤周一の「土着世界観」

5 松本英樹 :2006/01/29(日) 18:45:59
ご無沙汰しております。HP更新のおしらせです。
「生命の樹と黄金分割」〜ピラミッド構造を考察する。を追加しました。
宜しかったらご笑覧ください。

http;//www5a.biglobe.ne.jp/~pyramid/

6 松本英樹 :2006/01/29(日) 18:53:09
http://www5a.biglobe.ne.jp/~pyramid/

訂正↑ 失礼しました。

7 根本敦史 :2006/01/29(日) 19:18:34
まだまだ判らない世界が多いのですが、上の松本英樹様に加え、改めて、ここでも投稿のあった首藤尚丈氏の著書が大変参考になります。しかし、松本様と首藤様の印象がダブって仕方が無いです。ディアナサンダイヤモンドの首藤さんは、毎朝、大変面白いラジオ放送をやられています。

8 根本敦史 :2006/01/29(日) 20:11:39
上の投稿に因み、首藤社長と初めてお話をさせて戴いた際、「数学的な才能を開花させる為にはどんな方法があるか」と訪ねたら、社長が「毎朝、早く起き、朝日を眺めることだよ」と持ち前の笑顔で優しくご指導頂いたことを、今でも有難く思い出します。当時は「???」と思ったものですが、ようやく今ではそれを少しずつ実感しつつあり、本当に感謝しています。

9 松本英樹 :2006/01/30(月) 00:11:54
根本様
私にはダイヤモンドの輝きはありませんし、数学的才能も持ち合わせていません。
藤原博士の御著書「間脳幻想」に触発されフィボナッチの世界へ迷い込んだ者です。
(底なしの世界かも)今回も表題に誘われて、つい出てきてしまいました(笑)

私も日の出を見るのが好きで、夏は特に早起きになってしまいます。
もうすぐ立春、待ち遠しいです。レス、ありがとうございました。

10 根本敦史 :2006/01/30(月) 06:17:03
松本様、こちらこそ変な投稿をお許し下さい。そして、宜しくお願いします。

さて、週末のホテルでの研修会の際に、間脳幻想でもご紹介のあった石庭で有名な京都の竜安寺にて、20代前半の約4年程を修行されて過ごされた方に出会い、東京に戻りPCを開き、妙なシンクロニシティを感じています。といっても、この方には約半年前から何度もあっていたのでありますが、その場・空間に触発されるように、先日初めてそんな会話になったというのが正確ですが。思うのが、西洋のその多くがコンパスと三角定規という正に幾何学(理性)で黄金率に基づいた空間、造形を生み出しているのに対し、竜安寺の石庭をはじめ、多くの日本の文化が、感性を磨き上げ、その研ぎ澄まされた感性をもって黄金率に基づいた空間、造形を生み出してきたであろうことに感心しています。因みに、この方は盛永宗興という当時老師と言われた先生にご指導を受けたそうです。著書が複数あるようですが、参考になるかもしれません。

11 西條謙太郎 :2006/01/31(火) 01:53:35
『幾何学には大きな宝がふたつある。
 ひとつはピタゴラスの定理で、もうひとつは外中比の線分割だ。
 前者は金塊にたとえられ、後者は高価な宝石と呼べる。』
 ヨハネス・ケプラー(1571-1630)

 フィボナッチ数列や律動とラチオに関して、ナニワのダルマさんのお陰で、最
近出版されたばかりの「黄金比はすべてを美しくするか?」(原題:The Golden
Ratio)[マリオ・リヴィオ著  早川書房] を読む機会を得ました。 
同書では、数学物語の体裁で黄金比が幅広い角度から丁寧にとリあげられていま
すが、黄金比の発見はギリシャの数学者にるもので、古代バビロニア人も古代エ
ジプト人も、黄金比とその性質を発見していた可能性は非常に低いとする内容に
は、ピラミッドと古代巨石文明のつながりや、秘伝は最も人目につくところに隠
されがちだということを考えたとき、じつは本書は、高等なディスインフォメー
ションの目的で書かれたのではないかなと思わせるものがありました。

12 松本英樹 :2006/01/31(火) 15:49:38
「●は○を生み、○は●と○を生む。を繰り返す」
 と、小生はフィボナッチ数列を理解しています。

そこに東西の区別なく、仏教、ユダヤ教、キリスト教等の区別ない世界が
存在していたのではないだろうか?と妄想するのです。

フィボナッチ数列に代表されるΦ数列と、直角三角形の転がし運動で生じる√Φ数列。
それは一神教と多神教ほどの違いがあるけれど、両者は表裏一体、合わせて一つの
存在なのか?

「創造主●光あれ!で、光○が生まれ、光は昼○と夜●に分けられた・・・」
「是諸法空相 不生不滅不垢不浄不増不減・・」と言葉で残し、

「生命の樹」も「両界曼陀羅」も同じことを幾何学図形で表現し、
伝えようとしたのではないだろうか?

宇宙の根源はただ一つ。
宇宙巡礼の旅は果てしなく。

13 幻視者 :2006/02/01(水) 10:51:58
数年前から気になることがある。

1.数列について
 整数の二乗による数列(1,4,9,16,25・・・・)の第12項は12×12=144であるが、フィボナッチによる数列(1,1,2,3,5,8,13・・・・、前二項の和、以下F数列)の第12項は55+89=144となり、奇しくも一致する。またF数列の第24項は46368であるが、第1項から第24項で第一周期が完結し、第25項から第48項で第二周期が完結する。以降、同様であるが、この数的秩序における「自己再帰性」に自然の謎が隠されている。

問題は、正方形の面積を規定する二乗の法則が、第12項において何故F数列の数と一致するのか?ということである。明快な回答があれば、ご教示願いたい。

2.πについて
 「フュンク・ウレの数列」というものがあり、数字2からはじまる。
2101222345690146236・・・・(これも前二項の和)
第13項が1618である。1618というのは黄金分割比(1:1.618あるいは1:0.618)を想起させる。第14項は第12項が1000であるので2618である。

この261.8の2倍が523.6であるが、これは古代エジプトのキュービットの単位でありかつ半径1mの円周の1/12である。

     2πr =2×3.1416×1000=6283.2
     6283.2/12=523.6(単位mm)

このように幾何学上、社会生活上重要なπの概数「3.1416」を丸めて「3」とするのは教育上、問題が大き過ぎると思われる。なぜ文科省はそうした指導をしてしまうのかと思うことがある。

14 幻視者 :2006/02/01(水) 11:44:03
13に関連して

空海のいう「識」とは私の解釈では、「空」を中心とした「十二支縁起を識ること」なのではないかと思う。仏教哲学というのは実に面白いのだが、専門家ではないし詳しくは説明できない。仏教が面白いからといってキリスト教やイスラム教を否定するわけではない。
キリストが何故十二使徒を必要としたのか、単なる数字上の偶然ではない。「空」を象徴的に具現化したのがキリストなのである。

このような例を見るように仏教や他の宗教が根本的に相違するわけではなさそうなことは、少し直観力があれば納得いくものになろう。

仏教学者の松本史朗氏による「縁起と空」(大蔵出版)は創価学会が考えるような仏教観とは極めて異なり、日本における仏教のあり方を鋭い批判も含めて、疑問を氷解させうる名著である。パラパラと頁をめくってみたら重要なことが補注として挙げられていたので以下引用する。
----------------------------引用----------------------------------
■「国体の本義」(昭和12年文部省編纂)
「我が国の和は、理性から出発し、互い独立した平等な個人の機械的な協調ではなく、全体の中に分を以て存在し、この分に応ずる行を通じてよく一体を保つところの大和である。」
 --------------------------------------
この「国体の本義」は、皇国史観によって国民精神を戦争に総動員することを意図して編纂されたものであるが・・・・・日本独自の「和の思想」が非常に強調されている。その「和の思想」=全体主義の思想的正体は、本書が政府の手で出版された正にその年に、日本は中国に対する全面的な侵略戦争に突入し、早くも同年12月には南京事件を引き起こしていることによっても明らかであろう。「和の思想」の非宗教性、危険性については「日本仏教学会年報」第52号参照-「縁起と空」(大蔵出版)p94より引用
------------------------------------------------------------------
追記
「世界は12で閉じている、もしくは12に1つの臨界がある」という事実は、ひとつの球体に同型の球体が最大12個接することが出来るという空間最密パッキングの問題や、フィボナッチ数列の系列であるリュカ数列やフュンク・ウレの数列などの第12項で1つの臨界を迎える事実からも認識できる。

15 松本英樹 :2006/02/01(水) 22:17:37
幻視者様へのお答えになるかどうか判りませんのでご容赦ください。

フィボナッチ数列(F数列)を(Φ数列)と置き換えての文になりますが、
2乗の法則と√Φ数列
√Φ数列を思いついたのは、ピュタゴラスの定理(三平方の定理)を思い浮かべ
その直角三角形を転がす時でした。⊿aの2乗+bの2乗=cの2乗
                 (1):(1):(√2)
                  高さ  底辺  斜辺
(転がすとは)この直角三角形を次の前提条件で動かします。
※斜辺を次の直角三角形の高さに移行し、高さを次の直角三角形の底辺に移行し、
 新たに直角三角形を作り、繰り返す。
すると、底辺は√1・√1・√2・√3・√5・√8・√13・√21・・・・
√Φ≒1,272の数列となります。(1:√Φ:Φ)比率の直角三角形が黄金分割ピラミッド

このあたりに正方形の2乗の法則とΦ数列の数と一致するヒントがあるのではないかと
推察されますが、何故※印の前提条件で√Φ数列を生じるのか?は、わかりませんが。
全ての直角三角形にあてはまるということは何か法則があるのかもしれません。

1キュービット(0,5236m)≒π/6≒Φの2乗/5 ということですね。
古代エジプト尺度は円周率にも黄金分割にも適していた尺度だったと。

以上、素人的な考察で失礼致しました。

16 一読者 :2006/02/02(木) 01:04:06
「和の思想」と一口で言っても、聖徳太子の頃と太平洋戦争の頃とでは
まったくニュアンスの異なるものになっているのでしょうね。
神仏習合の始祖ともいえる、聖徳太子という人物には興味があります(非実在説もありますが)。
「世間体」というものにも同じ印象を持ちます。
以前はあった「お天道さま」という視点が全く消えてしまい、大衆社会化に伴い、その場の空気に
流される、単なる他人志向になってしまったのでしょうか?
私だけでなく、若年層が日本の霊性に興味がありながらも一歩引いてしまうのは、タブーのままで
こういったことに関する議論の整理があまりなされていないからではないか、そう思います。

17 幻視者 :2006/02/02(木) 12:44:01
>15 松本英樹様

ありがとうございます。Pytagolasの三平方の定理に謎を解く鍵がありそうですね。藤原氏の「間脳幻想」に触発されて、1〜2年集中して「数秘学」を調べたことがありますが、あまりに奥が深く挫折しました。

私の知る範囲では、古代エジプトにおいて毎年ナイル川の氾濫によって農作物に影響が出るので、その「周期性」を知るために宇宙を観測し天文学や測量学が発達したらしい。古代中国においても「天円地方説」なるものにより、「円と正方形」から導き出される「自然の秩序」の解明が国家的な課題であったのでしょう。天を球とみなし、地上で王あるいは皇帝が支配する都市を方形で形作るのは普遍的な「古代人の知恵」であったと言えるかも。

12という数字が天と地を結ぶKey Numberに思えてなりません。因みに数秘上の意味を調べてみました。
-----------------------------------------------------
・Franz Carl Endres+Annemarie Scimmel「数は何を語るのか」
閉じられた環・肉体(3)×精神(4)・休息
・John Anthony West「天空の蛇」
循環・潜在力・可能性
・Pytagolas
十二面体・霊+肉体+魂
・Edger Cayce「驚異の波動健康法」
完了
・Emanuel Swedenborg
真理・充分・光・理知
・Joseph Cambell「宇宙意識」
形而下的世界の限界を定める獣帯の数
・John King「数秘術」
淡い黄色
・その他
  2×6(極性)・3×4(三重性-様式)・4×3(四重性-要素)・5+7・3+4+5・6+6・木星の公転周期(年)・12宿(占星学)・古代ギリシャ12神・古代ローマ12神・イエスキリストの12使徒・十二支縁起
-----------------------------------------------------
>16 一読者様

「和の思想」は「環の思想」であり、日本人が好む「大団円」に代表されますね。
「和の思想」自体は良いのだが、そこに自然の秩序としての「理」が欠けていることが、問題を引き起こす要因ではないかと。

18 村山貴子 :2006/02/02(木) 15:48:37
最も分かりやすいのが天体における黄道十二星座で、それが人界に投影されて身近に使われているのが、大宇宙と小宇宙の一体化の象徴になった形で、それが時計の文字盤ではないでしょうか。フィボナッチ末列は時間と空間の統合化の表象です。

19 幻視者 :2006/02/02(木) 20:45:28
>18 村山貴子様

>フィボナッチ数列は時間と空間の統合化の表象

っていうことは、時間→円、空間→正方形であり
時空のミックスされた自然原理がフィボナッチ数列ということですね。

最近読んだ「ターシャム・オルガヌム」(P.D.ウスペンシキー、星雲社)の第10章が「時間の空間化」ということで、このことを考えるのに参考になるように思います。
----------------------------------------------------------
「すべての存在は、その空間感覚を用いて、自分自身の外部の形態として表象できるものを空間と感じ、形態として表象できないものを時間と感じる」

「空間感覚とは形態を表象化する能力である。」

「我々は静止した四次元の角度と曲線を知覚し、それを外部の世界に現象として投影しているのである。」

「我々が生命現象と呼ぶものは高次元空間では物の運動であり、それが我々には誕生、成長、生物の一生に見えるのである。」

「意識の拡大は時間の観念を後退させることが分かる。」

「空間感覚の成長は時間感覚を犠牲にして進む。・・・・時間感覚とは不完全な空間感覚(不完全な表象能力)であり、それが完全になるに従って空間感覚(形態表象能力)に移行する。」
----------------------------------------------------------
また神智学の祖H.P.ブラバツキーは

「いにしえの教義によれば、物質世界の回転には知性の世界の回転が伴う。世界の霊的進化は物質的なそれと同じく、周期的に進行する。・・・・かくして我々は歴史の中に人間の進歩の潮流が規則的に満ち引きを繰り返すのを見る。」
----------------------------------------------------------
さしづめ日本人は時間感覚は発達しているのだが、ダイナミックな縄文や鎌倉などの一時期を除いて空間感覚が文化史上欠如していたと言えるのかも知れない。確かに浮世絵や襖絵などの二次元的表象に留まったということかな?
しかし、縄文時代は今に続く弥生時代以上に長かったらしいですね。

話が飛び過ぎてごめんなさい。

20 根本敦史 :2006/02/09(木) 22:50:07
藤原先生が「呪い」に触れましたので、関連して、少し思うところを書きます。

以前、京都のある先生より、「礼楽」という考え方について簡単に教えていただきました。引用ですが、「正しい声が人を動かして順気が反応し、その順気が形となると和楽が興る。だから先王が音楽を作るさいにはかならず人を動かす原因を慎重に扱った。だから礼が外から作用して、内面の人の意志を正しく誘導し、楽が内面に作用して人の声を正しく調和させ、政治で人々のばらばらな行為を統一し、刑罰で道に外れた悪事を防ぐ。これが人を動かす原因を慎重にする手段であり、その目的は、民の心をひとつにして悖逆詐偽の心が無いようにし、大平の世を実現して民に淫佚作乱の行ないが無いようにすること。これが人を動かす原因を慎重にする効果である」ということです。

かたや現在、我が国の歌(テレビから垂れ流しにされる大量の情報)は悲惨なもので、正に呪いの世界です。メンデルスゾーン作曲、高野辰之詞の「おお雲雀」という歌がありますが、こうした歌が日本を覆うと少しはいい国になるかもしれません。

おお、雲雀 高くまた軽く(かろく)何をか歌う 天の恵み 地の栄え そを讃えて歌い そを言祝ぎ歌う

21 幻視者 :2006/02/11(土) 13:23:50
フィボナッチ数列を応用した実験音楽がありました。
http://homepage1.nifty.com/starcage/japanesefibonaccikck.html
ミニマルミュージック風です。

22 藤原肇 :2006/02/11(土) 15:39:42
フィボナッチ数列を使った音楽の作者は建築家の日詰さんのもので、六年か七年昔に脱藩クラブに出席していたとかであり、かつて『悪魔の音楽』と題したテープを送ってくれました。
#21の記事に啓発されてテープを探してみたら、そこには1「黄金倍音」2「オクターブ倍音」3「π/2倍音」で作った曲が、録音されていました。
日詰さんとは長らく音信不通でしたが、フィボナッチの音楽からすると元気らしいですね。

23 幻視者 :2006/02/11(土) 20:22:29
日詰明男氏のページにあるサンプル曲を聴いてみたら
どこかで聴いたようだったので調べてみたらSteve Reichの「テヒリム」(1981年初演)に似ていました。どちらもガムラン音楽や西アフリカのドラムを参照しているようです。Reichと言えば、十年ほど前ニューヨークのホイットニー美術館で講演を聴く機会がありましたが、私のヒアリング力では難解でよくわからなかった。

それと日詰明男氏の「GOETHEANUM 3」プロジェクトの平面はルネサンス期のVilla Farnese(イタリア・カプラローラ)に似た正五角形がベースですが、日本の函館の五稜郭かペンタゴンを連想します。しかし、立面形がイスラムモスク風というのはなぜなんでしようね。

24 幻視者 :2006/02/11(土) 22:35:01
Steve Reichの古い資料を調べていたら、1991.05.31付朝日新聞の記事があった。書き手はセクハラで京大教授の地位を追われた矢野暢であり「ライヒのドラミング20周年-脱旋律の美学なお新鮮」と題されていた。
その中でライヒはヘブライ音楽もかなり学んだということが書かれている。
そして「テヒリム」ではヘブライの「詩篇」に旋律をつけたとある。

この1991年という年はモーツァルトの死後200周年でもあったということです。これでライヒとモーツァルトがつながりました。
因みに「テヒリム」とは「Mind Game」という意味らしい。

矢野暢はこんなことも言っていた。
「現代の悲劇は、人々が、多数の声であればあるほど正義や真理に近いという錯覚をもつところにある。‥‥‥一人の声だけが正しくて、他の声がことごとく間違っているということもあり得るのだ。」(1989.04.01朝日)

25 松本英樹 :2006/06/07(水) 05:56:35
HP更新のお知らせです。
上記、西條様ご紹介の書籍「黄金比はすべてを美しくするか?」を読む機会があり、
古代エジプトには黄金数φや円周率πなど使われていなかったとする否定的内容でした
ので、私も一つの見識として示してみました。よろしかったらご笑覧くださいませ。

更新№28「古代エジプト神殿と黄金分割」
http://www5a.biglobe.ne.jp/~pyramid/

26 松本英樹 :2006/06/24(土) 07:31:48
連続投稿、失礼します。

更新№29「続・古代エジプト神殿と黄金分割」ルクソール神殿
http://www5a.biglobe.ne.jp/~pyramid/

カルナック神殿とルクソール神殿を(ワン・ペアー)で、時空4000年宇宙巡礼
のご旅行を。
丁度、ミイラのCG復顔(3800年前、軍司令官セヌウ)が公開された機会に。

27 西條謙太郎 :2006/06/24(土) 22:55:15
松本英樹さんのHPや首藤尚丈さんの著書を読み、ひさびさにR. A.
Schwaller de LubiczのThe Temple of Man を紐解いてみました。
農業革命がわずか1万年前、小麦を栽培して7千年などといういわゆる
一般的な歴史常識のものさしはいったん引き出しの奥底にしまいこみ、
人類がいつから何を食べてどういう文明を築いてきたかをもう一度掘
り下げ直すことに致します。

28 松本英樹 :2006/11/27(月) 11:34:15
11月26日グラハム・ハンコック東京講演懇親会で首藤尚丈氏にお会いできました。
囲碁の腕前も相当なものだと感じました。なにしろ武宮宇宙流とお手合わせしたとか。
しかも盤面、天元をピラミッドの頂点に置く三点構想!その後、打ち止めして二人で
カラオケに行かれたとか。どちらも素晴らしい!
愉快なエピソードを聞かさせて頂きました(笑)

29 松本英樹 :2006/12/15(金) 21:17:30
更新No31「再び、ギザの大地へ」

誰も謎を解くことが出来なかった未知の領域。神々が降り立った台地。
スフィンクスに始まり、スフィンクスで終る。ご笑覧あれ。

「黄金分割フレーム解析法」の確認作業の為、再度ギザの台地の解析を試みました。
ご入場は上記URLからお入り下さいませ。

30 千々松 健 :2008/05/19(月) 20:04:38
一昨年の暮れにマイホームページである「思考道」の掲示板へのT.Sato氏(神の数学守護神)の書き込みが契機となり古神道のひふみ算を知ることになり、この宇宙巡礼のHPにも辿り着きました。
そして、フィボナッチ数と黄金比について1年半ほど考察して参り、最近、先生の「間脳幻想」「宇宙巡礼」を図書館にて読ませていただきました。そこで、確信を持って「宇宙法則モデル」を提示する用意ができましたので、初めてご連絡を差し上げる次第です。 
このモデルを一見にして理解される方は現在のところ先生をおいて他に居られないと思われます。ぜひとも一度ご覧頂き、ご高評をいただければと願っております。なお京都竜安寺の石庭のついての黄金分割は見事ですね。しかし、神の比例は決して海外から入ったものではないと私は考えています。日本は古くから折り紙が盛んですが、その正方形の折り紙から黄金比は簡単に生まれるからです。それを美しいと考えたのは、何も古代ギリシャ人の特権ではなく、我々の誰にでも与えられているDNAの構造そのものに由来するといった方が良いでしょう。ご存知のように関孝和はライプニッツより数十年前に早くも独自に行列式を発見しています。それが行列数学へと繋がり量子力学を完成させたのですから。

31 亀山信夫 :2008/05/21(水) 14:31:52
千々松さんの了解を得て、以下に千々松さんのPDFファイルを公開させていただきます。

http://dappan.hp.infoseek.co.jp/article/Fibonacci/FFmodel01.pdf
http://dappan.hp.infoseek.co.jp/article/Fibonacci/FFmodel02.pdf
http://dappan.hp.infoseek.co.jp/article/Fibonacci/FFmodel03.pdf

また、千々松さんはホームページも公開されています。
http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/pythagoras/P&F0.html

大勢の皆様のご意見・ご感想をお待ちしております。特に、個人的には珪水さん、根本さん、松本(英樹)さんのご意見を聞いてみたいような気がします。一度、フィボナッチ数列を巡って都内で会合が持てると良いですね。その折りは珪水さん、千々松さん、宜しくお願い致します。

32 松本英樹 :2008/05/22(木) 09:43:22
ご無沙汰しております。またまたフィボナッチの題名に惹きつけられて来て
しまいました(笑)

折り紙の歴史は意外と新しく江戸時代の頃といわれております(諸説あり)
しかし、古代日本独自の黄金比は縄文時代まで遡ることができそうです。
道具は縄。両手を広げた長さを1とする。「人体バランスと黄金比」から身近な
に黄金分割が見つかるのも不思議ではないかもしれない。
↓古代☆ペンタクロス文化
http://blogs.dion.ne.jp/pentacross/

一方、海外からの黄金比の流入は中国大陸の激動期と連動していたのではないかと
推測しております。日本海、波高し。
第一波、秦の始皇帝時代、大陸から逃れた人々&徐福伝説
第二波、戦国三国時代、朝鮮半島からの渡来人&大和朝廷
第三波、明朝時代、室町芸術開花
それらが時の経過とともに融合して日本独自の伝統美が生まれたのでしょう。

古代日本の比例法は√2を基本としているのが通説ですが(□正方形の対角線)
「曲尺」を使っていたということは√5の数値も自然と組み込まれ、黄金比もまた
隠れた存在になったのかも知れません。□と◇で表面的には√2しか残らない。
「曲尺」の目盛りは√2を基準、丸目、角目で円の直径まで導くことが出来る道具
古代人の英知は本当にすばらしい。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~pyramid/kaibou1.htm

33 千々松 健 :2008/05/23(金) 18:58:18
今回はじめて30)掲示板に登場しました。千々松と申します。
先日、藤原先生にお送りしましたメールを、ご意向にて一部公開していただきましたこと
ご配慮に感謝いたします。
そうして、PDFも載せていただいた訳です。
それに若干コメントを加えた方がわかりやすいと思いますので、30)掲示板と併せてご覧下さい。
FFmodel1:「FF数列による宇宙法則モデル」
  華厳経に学んだ空海の「重々帝網論」や藤原肇先生の「宇宙の一体化理論」のイメージに通じます。
FFmodel2:フィボナッチ数列のひふみ化による「神聖なる方陣」
  フィボナッチ数列をひふみ表現すると24項毎に循環することが簡単に確認できます。
  また、その24の数列を縦と横に九九表に類似して掛け算をすると綺麗な数の群が観られます。
大きく別けると「陰・陽・陰・陽」でワンセットになります。これはモデル1の参考資料です。
FFmodel3:「ひふみ九九表と折り紙で学ぶ神の数学」
  神の数学「守護者」氏に教えてもらいました「ひふみ九九表」に若干手を加えたものです。
  日本の初等数学教育にはもっと折り紙を活用して、楽しく面白くすべきと考えています。

34 松本英樹 :2008/05/24(土) 11:26:14
千々松様、はじめまして。
「黄金分割ピラミッド」を研究している松本英樹と申します。
「折り紙から黄金比は簡単に生まれる」に興味が湧きました。
もしよろしかったらその手順をご教示願えませんでしょうか。

二つ折りを繰り返し、縦横8×8(64)の升目から(8:5:3)を求める
方法を使っているのですが、これだと近似黄金比止まりで、他の方法があれば
ベストなのですが。「正方形から黄金比を求める方法」でも結構です。

35 千々松 健 :2008/05/24(土) 22:02:44
松本様の探究心には頭が下がります。

(正方形の)折り紙から黄金比を作成する前に
手始めとして正五角形を実際に折り出して見て下さい。

1番目は普通の教科書にも出てくるいわゆる「博多帯結び」です。
縦か横の同方向に二つ折りを3回繰り返して、細長い帯のようにしてから、
縄のように一つの結び目を作ります。すると小さな正五角形ができます。

2番目はもう少し大きなものです。
同じく二つ折りを二回繰り返して、1番目の倍の太さの帯にしてから、
その両端を両手の指先を旨く使って裏側に回し込みながら中央で富士山型が
できるように端を付け合せます。すると正五角形が出来ます。
(多少の緩みは補正しましょう)
そして、頂点を結ぶ線で折込みを全てに入れてから、
開くと中央に正五角形が浮かび上がるはずです。
良く観ると対称で2組が見られます。
一辺15cmの折り紙の場合は約4cmになります。

 これが出来ましたら、次の段階で黄金比の簡単な折りだし方に行きたいと思います。
図解が出来ると一度にわかるのですが、どなたか既に見つけられたらご協力願います。

36 亀山信夫 :2008/05/26(月) 04:25:14
松本さん、大変ご無沙汰しております。また、勝手にお名前を出して申し訳ありません。さて、先ほど千々松さんから私信があり、苦労されてPDFファイルを作成されたのと由、早速拙ホームページにアップしました。
http://dappan.hp.infoseek.co.jp/article/Fibonacci/origami_golden_proportion.pdf

千々松さん、松本さんは個人ホームページを開設されているだけではなく、本も出版されています。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~pyramid/

『ピラミッド・パズルを楽しむ本―「黄金分割」が謎を解くカギだった! 』(たま出版)

今後のフィボナッチ数列で本スレッドが盛り上がってくれることを祈念しております。

37 松本英樹 :2008/05/26(月) 11:45:00
>亀山信夫様
こちらこそ大変ご無沙汰しております。また小生のHPまでご紹介して頂き
恐縮するばかりです(汗;こちらの「賢者の館」には、ただただ一聴講生として
参加できれば、それだけでも大変有意義に感じております。宜しくお願い致します。

千々松様、さっそくのご教示ありがとうございます。
図を方眼紙に転記して見たところ、一つ疑問が・・
(2)大きい例の図中、V型に√5と二箇所表記されておりますが、ここで
よろしいのでしょうか?私の転記ミスかもしれませんが。

38 松本英樹 :2008/05/26(月) 11:53:02
>37
千々松様、失礼しました。
(2)の例は(1)小さい例の続きで、正方形ではなかったですね。
大変失礼いたしました。

39 松本英樹 :2008/05/26(月) 13:05:53
>37
度々すみません。
V型にある√5(左側)は≠√5で、≒√5ではないでしょうか?
三辺の長さが等しい三角形は正三角形ですから。

40 千々松 健 :2008/05/26(月) 21:26:58
松本様へ
ご疑問へのお答えです。 

 転記していただいた図はエクセルで作成して更にPDFに落としていますので、
実のところ正確な長さや形は出てきませんので悪しからず。
 図を方眼紙で見られるよりは実際の正方形の「折り紙」を使用して
ご自分の手で折ってみてください。
その方が「アハ体験」が出来て良いと思います。

なお、1:2:√5は相対的な大きさでしか有りません。
大きい例のV型は正に正三角形です。正三角形が二つで菱型になっています。

「折り紙」はコンパスも定規も不要な世界ですが、様々な幾何学が描けますね。
浮世絵にも多くの作品で黄金比が確認されていますが、江戸時代の絵師たちも
これって西洋では黄金比と言うのでしたか(わはっは)程度のものでしょう。

41 松本英樹 :2008/05/26(月) 23:00:39
>40 千々松様へ
実は私、大変手先が不器用に出来ているようで、上手に「折り紙」を折ること
が苦手なのです(笑)
鋏を使った「紋切り」では、清明桔梗の紋や(ほぼ)正確な正五角形など、昔、
小学館の学習百科図鑑「紙とおり紙」を見ながら作成したことはあるのですが。
今回、その図鑑を押入れの中から引っ張り出し、開いてみましたが解説欄では
(ほぼ正確な)という表現を使っていました。
「折り紙」に精緻な数値を求めるのは如何なものかと思いますが(調整するのも
名人芸の内)幾何学的要素として楽しむことの出来る素晴らしい遊びだと思います。

正三角形の内角60度と(1:2:√5)から生じる63,5度では、やはり
少し無理があるのではないでしょうか。

42 千々松 健 :2008/05/27(火) 00:11:30
40>を訂正させていただきます。済みません。
松本様のご指摘に感謝します。

<大きい例のV型は正に正三角形です。正三角形が二つで菱型になっています。>

「正に正三角形です」は私の誤認でした。従って松本氏のご指摘のように
V字型の左の√5は間違いです。惑わせて済みません。
平行四辺形の短い方の対角線は√5より若干長くなります。

松本様、今後ともよろしくお願いいたします。

43 松本英樹 :2008/05/27(火) 06:11:50
42>千々松様
いえいえ、こちらこそ宜しくお願い致します。

折角の本題「宇宙法則モデル」から脱線させてしまい申し訳ございません。
これから勉強させていただきます。

44 亀山信夫 :2008/05/27(火) 09:45:28
千々松さんから松本さんとのやり取りにより、PDF修正版が届きましたので、早速アップさせていただきました。
http://dappan.hp.infoseek.co.jp/article/Fibonacci/origami_golden_proportion_01.pdf

お二人のやりとりには清々しさを感じます。ラチオをユダヤだの金儲けだのに結びつけている者たちに、お二人のやり取りを見せてやりたいような気がします。

45 千々松 健 :2008/05/27(火) 13:05:35
亀山様
いつもスピーディな対応をして頂き、大変うれしい限りです。
「宇宙法則モデル」に戻る前に、ついでに下記の二つを用意しますので
アップロードしていただけると幸いです。

1)origami01-P&G:「折り紙で黄金比と白銀比の長方形を折り出す方法」
2)origami02-A&B:「洋紙のA判とB判のサイズには黄金比の関係が観られる」

この2)の方は先般、偶然に気がついたのですが、皆様には既知のことかも知れません。
何らかの知識として与えられるものよりは、自ら見つけて行く楽しさはまた格別です。

46 亀山信夫 :2008/05/27(火) 15:28:00
千々松さんから以下の追加のPDFがありました。
千々松さん、画像データは"&"、"?"などが入っていますとダウンロードで支障を来すことがありますので("_"はOK)、ファイル名は以下のように簡略化しましたので予めご承知おきください。

http://dappan.hp.infoseek.co.jp/article/Fibonacci/ogigami01.pdf
P&G:1)折り紙で黄金比と白銀比の長方形を折り出す方法

http://dappan.hp.infoseek.co.jp/article/Fibonacci/ogigami02.pdf
A&B:2)洋紙のA判とB判のサイズには黄金比の関係が観られる


さて、これからいよいよ空海の金剛界曼荼羅(ダイヤモンド・マンダラ)と胎蔵界曼荼羅 (マトリックス・マンダラ)の両界曼荼羅世界に入りそうです…

47 千々松 健 :2008/05/27(火) 17:20:05
>46亀山様
ありがとうございます。
今後は画像データに特殊文字は使用しないように注意いたします。

ところで、上記のA&Bの方のPDFファイルがここでは開けませんでした。
再度ご確認、ご調整下さいますようにお願いいたします。
お手数お掛けして誠に済みません。

48 亀山信夫 :2008/05/27(火) 18:52:20
以下でお願いします。

http://dappan.hp.infoseek.co.jp/article/Fibonacci/ogigami02.pdf

49 千々松 健 :2008/05/27(火) 22:51:53
今回>31にて公開しました「FFmodel」は両界曼荼羅と類似しているように思われます。

>33に説明しましたように
FFmodel1:「FF数列による宇宙法則モデル」
  華厳経に学んだ空海の「重々帝網論」や藤原肇先生の「宇宙の一体化理論」のイメージに通じます。
FFmodel2:フィボナッチ数列のひふみ化による「神聖なる方陣」
  フィボナッチ数列をひふみ表現すると24項毎に循環することが簡単に確認できます。
  また、その24の数列を縦と横に九九表に類似して掛け算をすると綺麗な数の群が観られます。

 空海は金剛界曼荼羅(ダイヤモンド・マンダラ)、胎蔵界曼荼羅(マトリックス・マンダラ)の両界曼荼羅を
唐から日本へ持ち帰りました。前者は男性原理を表し論理性を持ち、後者は女性原理を表し生命力及び生産性を
象徴しているといわれています。

 九重マンダラ又は九会マンダラとも言われる金剛界曼荼羅はFFmodel02の「神聖なる方陣」のロジックを
胎蔵界曼荼羅はFFmodel01の「宇宙法則(円環)モデル」を意味しているのではないかと直観しております。

 そして、これらの二つが揃って宇宙の統一的な法理がイメージできたと言えるのです。

(突如として曼荼羅=曼陀羅=Mandala が出現してビックリされる方も居られると思いますが、
藤原先生が「間脳幻想」で述べられている「21世紀的な学問の新領域」を確立するためには
是非とも必要なことですので、お付き合いの程よろしくお願いします。)

50 松本英樹 :2008/05/28(水) 01:20:36
空海がその両界曼荼羅を唐から日本に持ち帰った以前に、既に法隆寺建造時
においては、その宇宙的統一がなされ、五重塔で表現していた、と思います。

http://www5a.biglobe.ne.jp/~pyramid/houryuuji.htm

51 松本英樹 :2008/05/28(水) 13:19:21
千々松様
フィボナッチ数列のひふみ化による「神聖なる方陣」を拝見しました。

とても明快で美しくて素晴らしいですね!感動ものです。

フィボナッチ数列の「陰陽と循環」がとても判り易いですね。
(陰・陽、陰・陽)のワンセットというのも頷けます。

私は今まで(Φとφ)の陰陽をワンセットで考察していたのですが
        Φのn乗×φのn乗=1
      無限←Φ数列×φ数列→0(上昇スパイラルと下降スパイラル)
図をヒントに今後
       √Φのn乗×√φのn乗=1
の数式でどのように宇宙法則につながるか考察してゆきたいと思います。

※nが偶数の時は上記算式と同じなので(陰・陽、陰・陽)でワンセット。

ありがとうございました。

52 千々松 健 :2008/05/29(木) 10:05:34
松本様
感動をしていただ大変きうれしいです。

 昨夕、小さなコンサートでモーツアルトの曲を聴き自然に涙が出てきてしまいました。
生演奏を身近で聞いて、それこそ間脳を直撃されたのかもしれません。

『良い音楽に親しむことによって、人間の魂は浄化されるが、それは
音楽が均整のとれた音階に基づいており、調和と対称性が魂を安定させる』
と2500年前にピタゴラスが言い残していると、
藤原肇著「間脳幻想」に書かれています。
 
 80年代にニューサイエンスで一世風靡したF.カプラは「タオ自然学」
の中で『「華厳経」の中心テーマは、すべての物質・事象の統一性と相互
関係性である。この考え方は、東洋の世界観の本質そのものであるのみ
ならず、現代物理学によって明らかにされつつある世界観の基本的諸要素
の一つでもある。』 と述べています。
カプラは鈴木大拙に影響を受けていたのですね。
最近あらためて本棚から手に取ったところ、工作舎から出ていた本でした。
例の松岡正剛が編集したものでした。

そう言えば、最近の本「脳と日本人」松岡正剛と茂木健一郎との
“賢者の対話”は読み応えが有りました。

53 亀山信夫 :2008/05/29(木) 19:17:59
千々松様

私信を有り難うございました。早速大勢のメンバーに見て頂きたくアップ致します。
その前に、本掲示板にたびたび登場される尾崎さんもフィボナッチ数列について以下にご本人のブログに書いておられました。
http://blog.livedoor.jp/ratio8008/

http://dappan.hp.infoseek.co.jp/article/Fibonacci/FFmodel04-1.pdf
FFmodel04-1:フィボナッチ数列の拡張で見るひふみフィボナッチ数列の変化

 ひふみ数を使用して色々なフィボナッチ数列を確認した結果、すべてに

 「4パターン」の出現が観察されて、更にコアを中心とした律動が確認された。

http://dappan.hp.infoseek.co.jp/article/Fibonacci/FFmodel04-2.pdf
FFmodel04-2: 別表1 初項が奇数の場合はコアが一本となった。

 123・・・、134・・・、145・・・、の他にも336・・・のパターンが出揃った

http://dappan.hp.infoseek.co.jp/article/Fibonacci/FFmodel04-3.pdf
FFmodel04-3: 別表2 初項が偶数の場合はコアが2本となった。

http://dappan.hp.infoseek.co.jp/article/Fibonacci/FFmodel05.pdf
FFmodel05 :フィボナッチ数列のひふみ化による「神聖なる方陣」にて

 観察される「4パターン」の意味は何か?

54 亀山信夫 :2008/05/29(木) 19:35:20
本来は司会役に徹しない立場ながら、どうしても千々松さんにお訊きしたい点が一点あります。

「DNAが「4つの塩基構造」を持つ理由になるかも知れない」

実は、この下りがあるのは先ほどアップした「FFmodel05 :フィボナッチ数列のひふみ化による「神聖なる方陣」にて」なのですが、神聖なる方陣ということでピンと来たのが、『百人一首の魔方陣』の著者である太田先生が本掲示板に登場された時でした。

http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2491/1101527110/l50
「百人一首の魔方陣」

その時に、太田先生を中心に『神の数学』守護者さん、松本英樹さん、野田隼人さんらが積極的に発言をされているのを思い出しました。その中に今泉久雄氏の『易経の謎』について取り上げている投稿があり、大変印象的でした。実は、この『易経の謎』にも書かれていることですが、実はDNAの正体を数千年前の易経が指摘していたのです。一度、上記の太田先生のスレッドおよび今泉さんの『易経の謎』に目を通していただき、ご感想を寄せていただけたら幸いです。

亀山拝

55 千々松 健 :2008/05/29(木) 23:59:02
亀山様 アップロードありがとうございます。
実は千々松という名前は1000×1000次=100万の松を意味する訳でして、生まれつき
行列人間、魔方陣・人、マトリックスボーイなのかもしれません。

 さて感想の方です。「百人一首の魔方陣」スレッドを拝見しました。太田様の推理力
には敬服いたしました。
3次魔方陣からはじまって、10次までも出来ていたのは驚きです。縄文文化は
縄だけでなく竹や木の皮を使って籠を編んだりもしていたと思われますので、その中で
智恵付けていたのでしょうか。
 2006年6月に神の数学「守護神」氏が、レスに登場された様子を知りました。

 また「易経の謎」今泉久雄様の1999年のマガジンからは、DNAの四つの塩基のうち
3つが組み合わさって一つのアミノ酸ができるという件で、貴重なヒントを得ました。

 いずれにしろ「神道の奥義」は古神道に有り、正に「神の数学」の世界ですから、
人間の作り出した数学では歯が立たないというか、発想の転換をしなければ誰も
真実に入り込めない程のものであると思われます。しかし、今『偶然性の海に飛び込め!』
の茂木健一郎のことば通り、勇気を持って純粋の研ぎ澄まされた目を持って、思考して往けば、
「重々帝網」の華厳の世界が、実は数の並びという単純な「仕掛け=システム」でもって
秩序化されていることが目に見えて来るという訳です。

56 亀山信夫 :2008/05/30(金) 07:17:45
PDFの差し替えのお願いと追加です。

http://dappan.hp.infoseek.co.jp/article/Fibonacci/FFmodel04-3.pdf
FFmodel04-3: 別表2 初項が偶数の場合はコアが2本となった。
※昨日アップしたFFmodel04-3は04-2と内容が同じものでした。上記と差し替え願います。

http://dappan.hp.infoseek.co.jp/article/Fibonacci/origami_saihuori.pdf
「折り紙から白銀比と黄金比の長方形を折りだす方式に財布折りが有りましたので、作図してみました」とのことです。

57 千々松 健 :2008/05/30(金) 08:22:27
 私のレス上では、誤字や脱字が多くて済みません。
読み返してみても恥ずかしい箇所がたくさん有りました。
生ものですから、前後の関係で明らかに理解されるものはお許し願います。

 といっても 55>では「偶有性の海に飛び込め!」にすべきところを
「偶然性」と間違えましたのでこれは修正して置きます。
この4月30日に東京ミッドタウンで開催された「茂木健一郎と白洲信哉の対談」を
聞きました際に、茂木さんにサインをしてもらった時に書いていただいたメッセージ
でもあるのです。
「偶有性」とは偶然を有効に活かす能力又はチャンスということのようです。
「セレンディピティ」とほぼ同じ意味であると思われます。

58 松本英樹 :2008/06/01(日) 08:42:47
「神聖なる方陣」
>千々松様
縦横の数列に加え、対角線上、回文形態の数列が見られるのは興味深いです。
更に別の律動が含まれている可能性があるように思えるのですが・・

(□と◇)で一体化に繋がるかもしれませんね。私の直感では直角三角形の
転がし運動のようにも見えますが、今のところ妄想の段階です(笑)

59 松本英樹 :2008/06/01(日) 16:17:13
<フィボナッチ数列の拡張>から

いかなる直角三角形においても(例、3:4:5)、《1:√3:2》
               高さ(3)    《1》
               底辺(4)    《√3》
               斜辺(5)    《2》
それぞれの転がし運動(初期の直角三角形において、その斜辺を次の直角三角形
の高さに移行し、高さを次の底辺に移行し、新たな直角三角形を作り、繰り返す)
によって生じる数列は √Φ数列 となる。

創造主●、光あれ!で○が生まれ、無数の○●が生じる。
●は○を生み、○は○と●を生じさせ、それを繰り返すことでフィボナッチ数列となる。

(混沌と秩序)
無数の点が存在するする世界(例えばパチンコ玉で●と○が混在するイメージBOX)
この世界で任意の3点を結ぶと三角形が出来るが、その三角形の頂点からの
垂線をもって、二つの直角三角形に分離される。
分離した直角三角形は、それぞれ上記の「転がし運動」を始める。

三つの点は核と呼ばれ、見えない力(垂線)によって出来た直角三角形は様々
な種類、性格を内包して自然界に存在することになる。

・・・以上、妄想の彼方に(笑)
http://www5a.biglobe.ne.jp/~pyramid/why.htm

60 千々松 健 :2008/06/01(日) 21:54:27
昨年文化勲章を授与された音楽評論家の吉田秀和は、奥様を亡くされたショックで数年間、
評論活動を止めておられました。その間は大好きなモーツアルトを聴いても、どうしてか
心は癒されなかったとのことです。しかし、やがて大バッハを聴くことで、再起する気持ち
になり、やがてモーツアルトも他の曲も受け入れられるようになったとご自身が書かれて
いるのを新聞で読みました。

このバッハの偉大さは何でしょうか?
そのときは宗教音楽としてのバッハが癒しを与えたのではと単純に思いました.
しかし、このスレッドの最初に藤原先生が書かれた「執拗低音」のことが思い起こされました。
私たち人間は誰しも“原型時代”は「母なる体内」(子宮:マトリックス)に居た経験が
あるはずです。そこで聴いた最初の音楽=体内の音が正に「執拗低音」をベースにしたリズムを
持っているのではないでしょうか。

 従って、モーツアルトやベートーベンと比較してバッハの方が「執拗低音」を多く
使用していたのではないかとの推測がなされます。
このあたりは音楽にも造詣の深い脳科学者に一度聞いてみたいですね。

61 藤原肇 :2008/06/02(月) 00:19:32
子供の頃に音感教育を受けるチャンスに恵まれなかったので、私の耳はバッハの音楽の贈り物を楽しめない程度のものになったために、耳ではなく目で眺める世界に傾いたせいだろうが、図形としての幾何学への道楽が始まって近眼になり、メガネをかける人生をしてしまった。
だから、バッハに関しては対位法に基づくカノンやフーガのあの旋律が、メビウスの輪になっていることしか分からないが、メビウスの輪がホロコスミックスの多次元展開で宇宙の構造であり、それが天界の音楽としての役割を演じているだけでなく、その再帰性の持つ入れ子構造がフラクタルなので、そこにフィボナッチ数列が刻印されていると感じています。

62 亀山信夫 :2008/06/02(月) 07:11:26
千々松さんからの新しいPDFです。
http://dappan.hp.infoseek.co.jp/article/Fibonacci/Matrix_Spiral.pdf

63 千々松 健 :2008/06/02(月) 12:14:49
「メビウスの輪」
>藤原肇先生
「オリンピアン幻想」の英語版のご準備でお忙しい中にもかかわらず
レスをありがとうございます。

美術や音楽は言葉を介することが無くても、人々は共通にある何かを感じ取り、
それを美しいと思うのではないでしょうか?
「比例の中に永久不滅の真理と美が宿っている」先生が引用されていた
ピタゴラスの言葉は不滅なのですね。

小生のHPの中にも今回の一連のモデルについて見ていただけるように
アップロードしましたので、下記に示します。

http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/

64 松本英樹 :2008/06/03(火) 06:36:58
「神聖方陣」と「ピラミッド」

>千々松様

私、感動(共鳴)した理由が分かりました。図を眺めていると立体図が頭に浮かび、

それが黄金分割ピラミッド(ベーシック模型)となるのです。

21世紀のこの時期、FF数列の「神聖方陣」が見られたことに、あらためて

神の数学「守護神」様と千々松様に感謝申し上げます。ありがとうございます。

共時性と教示性ですね(笑)

65 松本英樹 :2008/06/03(火) 06:44:33
訂正
神の数学「守護神」様は、正しくは『神の数学』守護者様でした。
大変失礼致しました。

66 藤原肇 :2008/06/03(火) 07:58:43
千々松さんが素晴らしいモデルを幾つも図面化したことで、自然原理の全体像が鮮やかに示されて、これらの図を眺めるだけで心地よい思いです。一枚の図面は何冊かの本以上のメッセージを含みますが、この図面自体が松本さんの言う共時性としての大事件であり、パロルとして「始めに言葉ありき」に相当します。『宇宙巡礼』が言葉を掲げたわけですから、これがどのように通時性に転換していくかが、文明における仮題になるから、二十一世紀に生きて一人としてその発展が大いに楽しみです。

67 千々松 健 :2008/06/04(水) 00:53:35
 以前、趣味にて松ボックリや巻貝を集めたことがありました。ある人に
「それらに共通するのはフィボナッチ数列ですね」と指摘されたことが有りました。
まさか、それが今回の「大事件」につながるとはと自分自身でも驚いています。

 ところで、巻貝などの右回りか左回りかの問題は「分数多角形」という数学の
考え方に拠り解決できることを最近になって知りました。
例えばピタゴラスの5つ星であれば、正5/2角形又は正5/3角形のどちらかで
描けるのですが、前者を右回りとすれば後者は左回りになります。
分母の2と3を足すと5になり分子の数に一致します。

 同様に「ヨカ」と日本の学名の付けられている美しい巻貝のハリナガリンボウガイ
の9つ星型は正9/4角形か正9/5角形といえます。スパイラルにおける対称とは、
要するにこの場合の4と5の違いになると考えて良いと思われます。

68 千々松 健 :2008/06/05(木) 16:04:48
藤原肇先生
松本英樹様
亀山信夫様
佐藤敏夫様

この場をお借りして、あらためて感謝を申し上げたいと存じます。
これからも強い味方となって下さることを願っております。

取りあえずは一段落を終えましたので、少しばかり休憩です。

 兼六公園が先日テレビに出ていましたが「金沢」は魅力ある街です。
金沢といえば鈴木大拙と西田幾多郎はそこで生まれ、旧友として鎌倉で
亡くなっています。また場の生命学=「関係子」の清水博先生も一時期
居られたようです。加賀100万石の城下町として栄えた金沢の街は、幸い
戦災も受けないで古き街並みを残してきたことは、鎌倉と共通する点が
有ります。

 鎌倉に在る前田家の別荘の一部が今は「文学館」として公開されて
いますが、何か鎌倉と金沢をつなげる因縁でもあるのでしょうか?

69 松本英樹 :2008/06/06(金) 16:17:44
>68 千々松様
こちらこそ大変勉強になりました。お疲れ様でした。

「神聖なる方陣」は後世まで受け継いで欲しい作品だと思います。

その独創的アイデア、オリジナル性をより明確にするため、出版物として
公開されたら如何でしょうか?強い味方は著作権かもしれませんよ(笑)

余計な提案でしたら、ご容赦ください。

70 千々松 健 :2008/06/07(土) 21:56:30
>69松本様
ご提案をありがとうございます。
いずれ時間と状況が許されればと思っています。

<オイラーの公式との関係>
「神聖方陣」と「螺旋モデル」の数学的な背景には下記のとおり
オイラーの公式も想定できることが判明しました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(数式が若干登場しますが、ご容赦下さい)
この公式は「博士の愛した数式」小川洋子著にも登場しているのでも
有名な公式で、ある物理学者は「宝石」かつ「数学において最も特筆
すべき公式」と評しているそうです。

e^iθ=cosθ+isinθ (なお^は乗数を意味する)
θは幾何学的には角と見なされる実変数であるが、三角関数を複素変数に
関する解析的関数と考えることで、この等式はθを複素変数と見ても
成立している。
特にθ=πのとき オイラーの等式と呼ばれる
e^iπ+1=0
ここまではウィキペディアからの抜粋です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

この公式に
π=6/5 Φ^2 (円周率=6/5*黄金比の二乗)
を代入すると
e^i 6/5ΦΦ+1=0 となり
自然対数の底eと黄金比Φと虚数単位iおよび0(加法の単位元)
1(乗法の単位元)で表せる。

e^i 6/5ΦΦ=-1であることから
(+1)+(−1)=0 と単純化すると
陽+陰=0、又はプラス+マイナス=0
さらに 有+無=空 を意味すると解釈することも可能である。

これらの考察に至った背景については下記のサイトをご覧下さい。

量子力学と一如の世界
http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/mmdl/9.7itinyo.htm

ゼロと般若心経
http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/column/zero-ku.html

71 千々松 健 :2008/06/10(火) 12:02:50
>70は要するに
オイラーの公式は色即是空を数式で表現したものではないかと言う事です。

松岡正剛の千夜千冊から 清水博「生命を捉えなおす」中公新書について
『情報が「ゆらぎ」を含む動的秩序をつかって自己組織化をおこしていく
ときには、生命現象のそれぞれの段階の情報が「関係子」としてはたらいて
いるのだという仮説にたどりつく。』

なお「関係子」と呼び名は実は松岡正剛が清水博に送った言葉だそうである。

コレクションのことを日本語では収集の他に「数寄」と表現することもあろう。
好きは数寄につながり、数寄は数奇をも連想させる。
ある「数の並び」が宇宙の秩序を表現できるとすれば、何と数奇なことであろう。
以前に、松ぼっくりや独楽・巻貝のマイコレクションを数寄と併記したことも
ありましたので、ご紹介します。
一旦、これをご覧になり眼を休めてください。
http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/collection.htm

72 千々松 健 :2008/06/12(木) 10:45:10
 英国の理論物理学者ロジャー・ペンローズは「宇宙は整数のみから組み合わせの
作用だけでつくられている。すなわち比・足し算・引き算という単純な算術演算
だけで創られている」と言う。

 上記は、神の数学「守護者」氏のサイトで見つけたフレーズですが
今回の「神聖方陣と螺旋モデル」は結果的には、その仮説を一枚の絵図で証明
したものとなっています。しかも「オイラーの公式」とも矛盾は起きていません
ので具合は宜しいのです。

 また、ペンローズといえばその「量子脳仮説」が茂木健一郎のクオリアに
大きな影響を与えている訳でもあり、興味が持たれます。

73 千々松 健 :2008/06/17(火) 08:29:39
「数の流れ」再考
さきほど「生物と無生物のあいだ」福岡伸一著 講談社現代新書 2007.5を読んだ。

 分子生物学の最新の流れを知ることができ、内容も読みやすいのでベストセラーになったことが伺えた。
生命とは何か?生命を無生物から区別するものは何かを、主にDNA構造の解明を中心にして考察している。
「生命とは自己複製を行うシステムである」「DNAの二重ラセンは、互いに他を写した対構造をしている。
そして、二重ラセンが解けるとちょうどポジとネガの関係となる。ポジを元に新しいネガが作られ、
元のネガから新しいポジが作られると、そこには二組の新しいDNA二重ラセンが誕生する。ポジあるいは
ネガとしてラセン状のフィルムに書き込まれている暗号、これがとりもなおさず遺伝子情報である。」
そして、P167で、福岡は「生命とは動的平衡にある流れである」と再定義するに至る。
「そしてただちに次の問いが立ち上がる。絶え間なく壊される秩序はどのようにしてその秩序を維持し
うるのだろうか。それはつまり流れが流れつつも一種のバランスを持った系を保ちうること、つまり
それが平衡状態を取りうることの意味を問う問いである。」

 この問いに答えるためのヒントが今回の「神聖方陣とラセンモデル」の中に在ります。
それは数の並び、いや“数の流れ”と呼んだ方が良いのかもしれません。

http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/mmdl/image/Matrix_Spiral.html

74 千々松 健 :2008/06/17(火) 12:55:49
>72のつづき
ロザリンド・フランクリン女史に脱帽!
 1952年に「DNAの結晶構造はC2空間群*である」という研究報告を
英国医学研究機構に提出したロザリンド・フランクリンはX線結晶学でDNAの
結晶構造をあくまでも帰納的に解析した先駆者であった。
 そのデータをワトソンとクリックはある人物を通して入手して「DNA二重
ラセン構造」の完成に結び付けたのであるという。だとすれば、本来ならば
ノーベル賞は彼女に与えられるべきであったことになろう。
 *C2空間群とは:
  二つの構成単位が互いに逆方向をとって点対称に配置されたときに成立する。
以下は「生物と無生物のあいだ」P130から引用
「(タバコモザイク)ウィルスは、ラセン状のRNAを中心に持ち、それを
取り巻くようにタンパク質のサブユニットが回転弧を描きながらつみあがった
未来的な円柱構造をとっていた。
それはまさに彼女の思考を文字通りあとづけるように、周回しながらも同じ
場所に戻らず規則正しいペースで上昇をくりかえしていた。」

「神聖方陣とラセンモデル」の内のラセンモデルは真にウィルスの構造を想起させる
ものである。半世紀も前に分子生物学者(ロザリンド・フランクリン女史)が観察して
いた実態を伴ったイメージなのであることに驚きを隠せない。共時性であろうか。

75 千々松 健 :2008/06/20(金) 12:08:56
「魔女の九九」についてのスレッドの方が適しているのかもしれませんが・・・
ゲーテは自然科学の研究もしていて「植物のメタモルフォーゼ論」を書いています。森章吾翻訳
そこには植物の成長に伴うある循環の法則を観測している様子が伺えます。今で言えばフラクタルと
いえるものですが、ある“数の並び”を予想していたと思われます。これも共時性ですね。
さて、ファウストに出てくる「魔女の九九」は「ファウストの魔方陣」という呼び名がよいでしょう。
3行3列のマトリックスに数字が入ります。
第一行10,2,3
第二行 0,7,8
第三行 5,6,4
縦と横にそれぞれ数字を足すと15になっています。
通常の魔方陣と異なるのは中心が5ではなくラッキー数字の7であること
斜めに足すと15にならない箇所が一つだけあることです。
(対角線は21または10を1と置き換えれば13)

「ファウスト 非劇の第一部、魔女のくりや」より 魔女が朗読する場面ですが
「1より10を作れ・・・かくして9は1、10は0」と言わしています。
私の考察からすると、最後は「かくして10は1、9は0」が真理なのです。
数学上のmod9なのです。それはまた古神道のひふみ算そのものです。
折角1から10を作れといっているのですから、最後にかくして10は1では自己矛盾です。
(10はmod9では1に置き換わる)9は9で割ると商が1余りは無し即ち0となるのです。
誤植であるのか、魔女が読み間違えたのか、ゲーテが意地悪をしてあえて間違えたのか、
という推理は別にして、謎めいたことを言い残しているわけです。
ゲーテはその時代に既に「何か」を見つけていたと思われます。

76 千々松 健 :2008/06/20(金) 15:56:14
>75の誤字訂正
>(対角線は21または10を1と置き換えれば13)−> 13は誤りで正しくは12です
> 折角1から10を作れといっているのですから、最後にかくして10は1は自己矛盾です。
−> かくして10は0は自己矛盾です。の方が正しいのです。
ゲーテも誤りに気が付いて、このように直ぐに訂正をしていてくれれば良かったのにと思います。
21世紀になって、チャチを入れられるのは彼にとっては不本意であるはずです。

訂正ついでに
昨日読んだ「思考の補助線」からの引用です。ちくま新書 茂木健一郎著

「純粋培養の自然科学者にも、思想家にも、おそらくは世界全体を引き受けることなどできない。人が人として生きるということの困難さの核心、この世を成り立たせている根本原理の神秘、ゲーテの「ファウスト」にいう「この世をその中心において統べているもの」を把握するためには、自然科学の卓越でも、思想家の卓越でも足らない。両者の間に、思考の補助線を引かなければ、全体の構図は見えてこないのである。」P34

「ある方法論に従ってさえいれば、収集するデータの有効性や理論の普遍性が担保される。天才がやらなければ成功しないというような実験には科学としての意味はない。どんなに平凡な人間でも、性格の悪い人でも、善意に満ちた人も、あるプロトコルに従って操作さえすれば、同じ結果が出る。これが、科学という知的営為の偉大なる大前提である。」P207

この度の「神聖方陣とラセンモデル」の一連のプロトコルは、まさに茂木健一郎の追い求める「思考の補助線」に成ると確信しています。

77 千々松 健 :2008/06/23(月) 11:56:33
「原初生命体としての人間」から 
自分とは「自然の分身」であるというからには、自然を観察することは即ち自分を観察することであり、自分を観察することは即ち自然を知ることになるのであろうか。
それに関して、野口体操で有名な「からだに貞(き)く」「おもさに貞く」などのユニークな著作も残している野口三千三先生の第一作である「原初生命体としての人間」1972年三笠書房から引用します。  
「心・からだ・ことば・声のすべては、からだの中身の変化である。原初存在感(生命体)・原初情報と呼ぶものを追求することによって、新しく人間存在を把握しようとするいとなみを体操という。」(仮定義の一つ) 
>>>今も野口先生が存命であったなら、お伝えしたいこと。
『DNA二重ラセン構造は黄金比を内蔵しています。従って、原初生命体としての人間も黄金比を原始情報として持たされています。』
すると、先生はお答えになるでしょう。『やはり、黄金比はすべての創造物を美しくするのですか、身体論も心脳問題も解決の糸口が見えましたね。』(幻想・フィクションとして)

36年前に野口先生が指摘されていた、追求しなければならないいろいろな問題について、項目を挙げます。
1)「理性・意識(意志)」至上主義の誤り。
2)「共通・普遍」至上主義の誤り。
3)「論理・科学・学問」絶対主義の誤り。
4)「分析・計測・数値・統計」偏重主義の誤り。
5)「絶対値・最大値・平均値」偏重主義の誤り。
6)「欧米先進」至上主義の誤り。
7)オリンピック競技的在り方の誤り。
8)二元論及び二分法的発想、線形論理の誤り。
>>>すべて然りです。その先見に感謝いたします。

78 千々松 健 :2008/06/27(金) 13:36:41
<やはりインドは凄いと思う>
 西暦1202年にイタリアのピサ生まれのレオナルド・フィボナッチはインド・アラビア数学を体系的にヨーロッパに紹介する本を書いて、インドに発する「0」と10進法の記数法が西欧にも定着する契機となりました。
 後に「フィボナッチ数列」と呼ばれるようになる(1、1、2、3、5、8、13・・・)という有名な数列もその中で出てきます。しかし、これも実のところ既にインドにあった数列だそうです。しかもインドの方は0から始まっていたと思われます。(0、1、1、2、3、5、8、13・・・)。
 その時代、ゼロや負数は西欧には未定着でしたから、フィボナッチも外してしまったのでしょう。数学における厳密な意味での定義がなされた「インド生まれのゼロの発見」を、本当は彼も未だ理解していなかったのかもしれませんね。そして、ウサギの数の増殖という身近な問題に置き換えてしまうのです。
「ゼロと紙の旅は道連れ」をご覧ください。
 http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/column/zerotokami.html

79 千々松 健 :2008/06/30(月) 11:00:31
「黄金比はすべてを美しくするか?」マリオ・リヴィオ著 2005.12
黄金比(または黄金数、黄金分割、神聖な比例、外中比・・・などと呼ばれてきた)
に関して多分野に亘り数多くの例を使ってまとめられた数学物語で、大いに参考になった。
あくまでも宇宙物理学者としての科学的な視点はずれていない。タイトルは疑問詞形になっているが、その答えは勿論イエスである。
P12から引用する
『ユークリッドが純粋に幾何学的な目的で定義した、なんでもないような線分割が、植物の葉の付き方から、一千億もの恒星を含み銀河の構造に至るまで、また数学から芸術まで、さまざまなものに影響しているなどとだれが想像できただろう? このように黄金比は、有名な物理学者アルベルト・アインシュタインが非常に大事にしたあの驚異の念をもたらす見事な一例となっている。アインシュタイン自身はこう言った。「われわれに味わえる最もすばらしい経験は、神秘だ。それは、真の芸術と真の科学を生み育てる基本的な感情である。これを知らず、もはや不思議に思うことも驚くこともできない人は、死んだも同然で、火の消えた蝋燭でしかない」』
国際ピタゴラス賞を獲得したこの労作に、欲を言えば更に
1)不思議の国のアリスの九九に加えてはファウストの魔女の九九も登場させて欲しかったこと。
2)フィボナッチ数の拡大に関して、例えばリュカ数も扱って欲しかったこと。
3)正方形の折り紙からも簡単に黄金比が折りだされ得ること。
4)円周率と黄金比の関係に関して述べて欲しかったこと。
などが有ります。そうすれば「驚異=Astonishing」はもっと増したことでしょう。

80 千々松 健 :2008/07/04(金) 21:51:07
>75「魔女の九九」の修正
「一を十となせ、二を去るにまかせよ、三をただちにつくれ、しからば汝は富まん、四は棄てよ、五と六より七と八を生め。
かく魔女は説く。かくて成就せん。すなわち九は一にして、十は無なり。これを魔女の九九という。」
の言い回しは、やはりこれはこれで正しいと考えた方が良さそうです。
従って、
>>誤植であるのか、魔女が読み間違えたのか、ゲーテが意地悪をしてあえて間違えたのか、
はカットします。

「すなわち九は一にして、十は無なり。」は3行3列の9マスで1セットであり、10マス目は無いという意味に理解されるからです。
通常の魔方陣は5を中心にして縦横斜めが全て15になるのに対して、
魔女の方陣のほうは7を中心にして1が10に、9が0に化けている上に対角線上の合計が21になってしまうのが特徴です。

ひふみ算は9割る9は商が1で余りは無しですから 9=0に変化します。
いずれにしろゲーテはファウストにおいて数学上に言うmod9に魔力を見ているのは確かなことでした。

81 千々松 健 :2008/07/04(金) 22:27:40
>「魔女の九九」についてのスレッドに見つけました。
>19 名前: 経 久世 投稿日: 2004/10/27(水) 08:33
> (ファウスト第一部)
> 2567行:(魔女が続けます)
>Die hohe Kraft
>der Wissenschaft,
>der ganzen Welt verborgen!
>勝手な意訳ですが:
>(自然を司る)大いなる(最高の?)力(の秘密)秘匿されて今にいたる

>不気味ななべをかき回しながら実は結構 まじめなこと言ってます・・・(笑)

これは、日本神話に近いイメージですし、ひふみ算のmod9の秘密が隠されていると見ることも可能でしょう。
ファウストにはピタゴラスの愛した五つ星も出てきますから、黄金比も手中に修めていたでしょう。
ゲーテの偉大さ、博学さには脱帽します。

「素材はだれの前にもころがっている。内容を見いだすのは、それに働きかけようとする者だけだ。形式は大抵の者にとって一つの秘密だ」
(ゲーテの「格言と反省」から)

82 千々松 健 :2008/07/10(木) 18:37:26
>「シュトーレン・カットの首藤氏:それはフィボナッチ数列によって明らかだ。ひょっとしたら現代物理の最先端であるひも理論のひもの振動も黄金比で解くことができるのではないだろうか。」
また「比率(黄金比)は宇宙を反映した関係を現しており、太陽や月はもとより地球の自然や人間も、共通の法則性に支配されています。」

>「藤原氏:そこで日本文化とはいったい何かという問題にもどると、中国の文明が日本列島に影響力を及ぼす以前の段階に、この日本列鳥の上に存在していたものがそれです。前文明期とでも呼んだらいい文化現象が純日本文化であり、これは縄文式土器にその跡が部分的に残っています。しかし、クロノロジカルには縄文以前です。
>小室氏:旧石器から新石器にかけての時代ですな。建国以前に純粋な日本文化があったというのは面白い皮肉です。」

  上記の二つを結びつけるキーワードが「ひふみ算」現代数学で言うmod9なのです。

83 千々松 健 :2008/07/10(木) 18:50:32
>82の続き
宇野多美恵さんが「ゲーテのファウストとカタカムナ」(相似象1984年)を
書かれているようですが、その点(ひふみ算またはひふみ九九)について触れて
おられるのではないでしょうか?
「宇宙巡礼」のメンバーにお聞きしたいと存じます。

古代日本語に近いと思われるウィグル語では「9」は神聖なる数とされ、
「全てが揃っていて不足が無い」「九つが揃った」toqquzi talと見なされています。
ファウストの方陣「魔女の九九」は東洋の魔方陣を知った上で、西洋の魔方陣を創ろう
として、実は失敗している訳なのです。(1を10にしたり、9を0と勝手に置き換え
たり、合計の数字が一致しなかったり)
ただし、現代のわれわれは「9つの数字で全てが揃っていて1セットとなり、10マス目
以上は存在しない」というメッセージは読み取らねばならないでしょう。
また、偶然にも9を0と置き換えていますが、これは実は必然でもあるわけです。
数学上の「法=mod」がヒントになる訳です。
日本古代の叡智であるヒフミ算=mod9がフィボナッチ数列及び黄金ひと融合されて、
21世紀の日本において、幸いにも、ある共通な法則があぶり出されたと言って良いと
思います。今回の「神聖方陣とラセンモデル」についての補足として

84 珪水 :2008/07/19(土) 10:50:45
おはようございます、おひさしぶりです。「ファストの九九」はギリシャ神話の一節と記憶しております。宇野先生が出てきましたので私なりのフィボナッチの理解は五感を呼び戻しシックスセンス(マ 間が良いとか悪いとか のマです。今風に言いますとタイミング)を鍛え、今をハッピーを生きるためのツールと思っております。フィボナッチを理解できない限り占術・宗教の世界にはなかなか踏み込めないような気がします。フィボナッチは天を扱っていると推測されますので地(風水・気)を修めてから取り掛かると、本当にアリガタイ道具になるのでは?と私なりに思っております。

85 千々松 健 :2008/07/28(月) 21:21:22
珪水さま フォローありがとうございます。
「ファストの九九」はやはりギリシャ神話ですか。
>72のつづき
 ロジャー・ペンローズは1998年春に来日した折、京都で佐藤文隆氏と対談していました。
その中で、興味深い箇所を見つけましたので引用します。
『佐藤:神道は仏教よりもずっと古くて,建物に色を塗るといった伝統はまったくありません。神道の神社で興味深いのは、常に新しくすることを尊ぶという点です。50年か100年ごとに完全に建て替えてしまうんですよ。
ぺンローズ:一度、壊してしまって?
佐藤:そして、同じ形で再建する。したがって、ここでは形態ないし建造すること自体が重要なんです。木が同じである必要はまったくない、何千年ものあいだ、そうやってきたわけです。
ペンローズ:しかし、概念は保たれる、と。
佐藤:ええ、完全に保たれます。素材は重要ではない。
ペンローズ:量子力学とまったく同じじゃありませんか(笑)。
この電子もあの電子もまったく同一である、どれがどれかということは重要ではない、重要なのは構造である。
佐藤:物質の同一性というものはない。
ペンローズ:確かに。だから、あれほどモダンに見えるんでしょうかね。
佐藤:そうですね。数学の群論のように、伊勢神宮にしても出雲大社にしても、常に新しく見えるんです。しかも、そうした神社の周辺には、次に建て替えるときのための樹が常に植えられているんですね。神社の周辺に育った樹で大きく育ったものが切られ、新しい神社に使われる。
ペンローズ:わざわざそのために樹を植えている?
佐藤:そうです。常に神社の周辺で樹木の循環が行なわれていて、自足している。』

 ロンドンに学んだことのある粘菌学者の南方熊楠が明治時代に神社の森を守る運動をして、環境問題の嚆矢となったことが思い出されます。
また同時に、モノとコトの量子力学的な理解を独自に展開していたのが南方マンダラであったのではないかと気がつかされました。
ペンローズが神社の建築に関して、仏教よりも神道に興味を持った意味を考えざるを得ません。
モノではなくコト、この場合は受け継がれるべき構造そのもの、言ってみれば遺伝子情報を確認して、それを後世に伝えるというコトを重視しているのだと理解して良いでしょう。

86 千々松 健 :2008/07/28(月) 22:59:06
>84の珪水さんの「マ」を拝借します。
 古代に使用された言葉にフトマニというのが有るそうです。「フトマニ」とは、「フ」タツを「ト」ウゴウし、「マ」のうちに「ニ」(定着)させる、という意味があり、大宇宙の法則を意味しているとも言われているそうです。「マ」は魔では決して有りません、「間」「誠」「真」に近いと思われます。これを現代に生きる者として、どのように理解すれば良いのでしょうか?
 1+1=2、1+2=3、2+3=5、3+5=8、これはフィボナッチ数の計算の基本を示しています。「1番目の項目と2番目の項目のフタツをトウゴウして3番目の項目ニ定着させよ。」=フトマニです。その代表の1+2=3はまさに「ひふみ」と読めます。「隣り合った数値を足して次の数値を生みなさい」ということがフィボナッチ数列の法則性です。しかもその結果、隣り合わせに来る数値の比率が「黄金比」に限りなく近くなるという訳です。
 フィボナッチ数列は如何に拡大しても、循環性が見られることは今回の一連の手順の操作により、どなたでも簡単に確認できます。
 そして、数学的な回文が散りばめられた優美な世界を見ることが出来るはずです。
 今回上程した「神聖方陣とラセンモデル」は数学者でも物理学者でも何でもない人が、たまたま見つけ出したコトです。その点で一層、世の人々を驚かすことになるかもしれません。
 藤原先生が「回文と魔方陣の相関関係」のレス17において述べておられました。
>数字に関連した回文には意味が発見できるという点に関しては、ポアンカレの名著の「科学と方法」(岩波文庫)のなかの記述に、その本質を告げる文章があるので引用します。
>「・・・それは異なった部分の間の調和、対称、均斉、換言すれば細目が秩序ある統一的全体として、観取することを得しめるもの、かかるもの総てが優美の感を起こさずにはおかないのである」。

87 千々松 健 :2008/08/08(金) 11:01:16
 以前にも触れましたとおり、正方形の折り紙の用紙を折ることによって、簡単に白銀比と黄金比が出てきます。
何もコンパスや定規を使用することなく、手で折る操作によって制作できる訳ですから、日本古来の縄文時代においても可能であったことでしょう。
 偶数と奇数の表れ方に関して、折り紙を折ることで最初の形と相似形が出るのは偶数折りで、奇数折りは他の形が出るということに気がつきました。
紙を四分の一回転(90度回転)させて、半分に折る操作の回数を奇数回と偶数回について観察した結果です。
 それを正方形から一般の長方形に拡大すると「1:√2」の白銀比の場合のみに奇数回でも同じ相似形が表れます。
この点は効率よく裁断して用紙を活用するには便利ですので、A判やB判のサイズの基準に採用されたわけです。
 なお、フィボナッチ数から生まれる黄金比1:1/2+√5/2 (≒1・618)の用紙サイズの場合は、偶数折りにしか黄金比は出現しません。
従って長方形の一般解としては白銀比でなく、こちらの黄金比の方に軍配が上がりますね。

88 千々松 健 :2008/08/15(金) 10:46:58
 「オリンピアン幻想」の「直観Intuition」に関連して
>回文と魔方陣との相関関係 スレッドから
>56 名前:藤原肇 投稿日: 2007/05/30(水)
>・・・求心型でドンドン集約していく思考形式を用いながら、反転させて大宇宙をそこに濃縮させる志向の>代表が、日本列島における文化形式を現しているものに、超古代における「カタカムナ」と王朝時代から戦国>時代にかけての「和歌」の世界があると思う。
私はズブの素人ですが、藤原定家の選定した百人一首に秘められた魔方陣はカタカムナに見られる日本古代との関連が見られるのではないかと直観しています。しかも、数学的な裏づけが何か在るはずです。
 
 ペンローズは「心の影」の中で三角形の図を示して、心の世界・物理的世界・プラトン的世界、これら三つの世界を一度に考えるべきである。しかも、すべては数学に支配されていると述べている訳ですが、
 そこには「世界をそのもっとも奥深くで統べているものがなんであるかを認識し、一切の作用の力と種子とを目で観る」ことを目指したゲーテが最晩年に到達した悟り=真正覚が想起されます。

89 千々松 健 :2008/08/15(金) 11:02:49
>83のフォローおよび>88のつづきとして
 この夏、相似象の特集号 ゲーテの「ファウスト」と<カタカナム>を入手して読む機会を得ました。
動機は「魔女の九九」に触れているかどうかでした。しかし残念ながら、この中では扱われていませんでした。
 
 未だすべて読み込めていないのですが、富永半次郎氏がドイツ語から丁寧に日本語に訳したゲーテ ファウスト第二部のラスト12103行から12111行までを引用させていただきます。

【 神秘の合唱 】
『ものみなのうつろふからに
さなからに色とりどりにうつるなる。
かけてしも思はぬことの
ここに起き
ことはにも筆にもた堪えぬこと
ここになる。
とこおとめおとめさしすとなよよかに
われらひかれてをとこさひすも。』

90 藤原肇 :2008/08/15(金) 13:40:27
今から四年前の2004年11月4日に珪水さんと一緒に、神泉の宇野多美恵さんのお宅を訪問して、四時間くらい「ファウスト」について論じ合ったが、宇野さんの洞察と叡智に満ちた思想に感嘆した思い出がある。そのときに『ゲーテの「ファウスト」と<カタカナムナ>』を入手し、記念にサインしてもらったので日づけが分かるし、それ以来愛読して何度も繰り返して読んできたが、未だ読破したという感じには至っていない。それほど内容が豊かな素晴らしい名著であるが、「ゲーテがフンボルトに宛てた手紙」の中で触れていることに、「意識と意識でないものとは、あたかも経と緯とのような関係になる」と言っており、布地としての作品の柄として出現するのが言葉である。言葉の選択に生涯をかけた詩人としてのゲーテは、「とにもかくにも一度、詩人にナってみろ、そのように詩が言っている」と書き、ある不可思議な精神的転換について指摘したのだった。
それにつけても興味深いのは神秘の合唱についてで、相良守峰は岩波文庫で「永遠なる女性は、われらを引きて昇らしむ」と訳し、高橋健二は「永遠の女性が、われらを引き上げていく」得しているのに対して、池内紀は「くおんのおんなが、われらをみちびく」と平仮名だけで書く。富永半次郎の訳は千々松さんが引用したように「とこおとめおとめさしすとなよよかに われらひかれてをとこさひすも」だが、私は断続的な朱線の形で「とこおとめ、おとめさひすと、なよよかに、われらひかれて、をとこさひすも」七五調に区切ってあり、人さまざまな好みの違う訳し方が面白いと思った。

91 村山 :2008/08/15(金) 14:25:46
このテーマは実に興味深いし大切だという気がするので、「最近読んで印象深かった本」のスレットに場を移し、皆で楽しく議論したらいいと思います。
ことによったら「ファウスト」についてのスレッドを作って、そこで論じてもいいかも知れませんね。

92 千々松 健 :2008/08/17(日) 22:10:03
ファウストの大締めを「五七五七七」の和歌形式にして富永氏が訳されていることには大きな意義が在りそうです。
空海にしか制作出来なかったであろうと言われる「いろは歌」よりも古い時代に、48文字のやまとことばがカタカムナ文献として提示されていて、その中でも有名な第5首と第6首は五七五七五:七五七五になって合計は53文字です。しかし、最後の五文字(カタカムナ)はタイトル名として見なされるべきで、かつ文字としてもダブるために53−5=48文字となります。
『ヒフミヨイ マワリテメクル ムナヤコト アウノスエシレ カタチサキ』 以上第5首
『ソラニモロケセ ユヱヌオヲ ハエツヰネホン カタカムナ』 以上第6首

「真夏の夜の夢」でありましょうか?
6月初めにフィボナッチ数列をひふみ化して得られた数の流れから「神聖方陣とラセンモデル」(下記のPDF)を提示しましたが、一昨日の藤原先生のレスに触発されてカタカムナの数え歌を探索しました。
何と驚いたことに、その説明文に相当するものが上記の第5首(ラセンモデルに対応)と第6首(神聖方陣に対応)であったことが理解されました。その詳細についての説明は後日に回しますが、図象そのものが大いなるヒントになっていることも確かです。我田引水といわれるかも知れませんが、宇野先達らの努力に報いて行きたいものです。
 http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/mmdl/image/Matrix_Spiral.pdf

93 千々松 健 :2008/08/20(水) 12:25:45
「カタカムナ」は不思議である。
・ワカは ワ(倭の国)のウタヒである和歌であろう。
・47文字のカタカナの元になるものであろう。
・一つ一つの声音は表音文字でもあり、表意文字でもあろう。
・円を基本とする10音、四角(十)を基本とする13音、三角を基本とする25音の47音が図象で示されている。(この場合、三角とは円を半分または4分の1にしたもの)
・カタカムナの数え歌は「宇宙の全存在の動作の状態」を表現したものであり、本末=アカアオムカヒ(対向発生)と並列=アカアヤナラヒ(正反対称)をフトマニしたものがマノスベシ(根本原理)であろう。

すると、
『ヒフミヨイ マワリテメクル ムナヤコト アウノスへシレ カタチサキ』はマサニ対向発生をイメージしている「ラセンモデル」を詠みこんでいることになるであろう。
円周上に陰と陽が対向発生して、一巡りすると180度展開して、次のレベルにラセンを描いて成長していく姿であろうか。
『ソラニモロケセ ユヱヌオヲ ハエツヰネホン カタカムナ』はマサニ並列(正反対称)をイメージしている「神聖方陣」を読み込んでいることになるであろう。
4象限に四つの数の並びがマトリックスのごとく縦と横に並んでいる姿は、何とバランスが良く、花(華)=カ、が咲くように美しいことであろうか。
フィボナッチ数も黄金比も認知はされていなかった古き時代に、数の流れと幾何学により循環性を直観した祖先の智慧には頭が下がる思いである。

94 千々松 健 :2008/08/21(木) 21:14:26
「神の数学」サイトから 佐藤敏夫氏の「意識数学」の原点になっていると思う箇所を引用します。

≪「・・・『数』、それは元型に類比出来るような相対的な自律性を持ち、元型と共通して意識に先行して存在する。意識に条件づけられるよりもむしろ意識を条件づける性質を持つ。また自然数は元型的な性格を持ち、その組み合わせはある種の元型に関係を持ち影響を与えるものである。」、「自然数の系列は同一の単位の単なる寄り合わせ以上のものである、また『数』は元型的な基盤を持ち、そこには数学全体と、この分野ではまだ発見されていないすべてが含まれているのである。それはそのうちいずれ分かるであろうと言うのが数学者達の推測である。」・・・「自然現象と心の構造」ユング著≫
ここに言うユングの元型とは広い意味でのマトリックスと考えて良いと思います。
そして、Matrix-mandala (胎蔵界曼荼羅)のマトリックスと金剛界曼荼羅(Diamond-mandala)の縦横格子状のマトリックス(行列数学)との両方を統合したものを「元型」と呼ぶのが相応しいと思います。
それはさながら○と□が融合(△)するイメージです。
今回の「神聖方陣とラセンモデル」は、その意味でユングの「元型」を示すものということが出来るでしょう。

95 千々松 健 :2008/08/27(水) 23:52:04
ゲーテ<ファウスト>魔女の九九の解明 
「一を十となせ、二を去るにまかせよ、三をただちにつくれ、しからば汝は富まん、
四は棄てよ、五と六より七と八を生め。かく魔女は説く。かくて成就せん。
すなわち九は一にして、十は無なり。これを魔女の九九という。」

 ゲーテはファウストにおいて数学上に言う「mod9」に魔力を見ているのは確かなようです。
しかし、そのルーツが実は日本の「ひふみ算」にあったという事には気がついてはいなかったと思われます。
 また、珪水さんのご指摘のように、ギリシャ神話に魔女の九九が出てくるとしたら、
そこでは聖数9がどのように扱われていたのでしょうか? また魔女の朗読していたテキストは何だったのでしょう?
または何の象徴だったのでしょうか?・・・聖書? ギリシャ神話? 魔術師のテキスト?
・・・今回の一連の探索で数学上の解明はできたと思うわけですが、そのような歴史的な疑問については興味が尽きません。
図表を使用した説明を以下にアップロード致しましたので、一度ご覧願います。
http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/column/majyo.html

96 松本英樹 :2008/08/28(木) 18:00:19
「天空人の九九」  と「888」 (クロップサークル、天空人の落書き)
  ○ □ ◇   と ∞
 黄金分割フレーム と 螺旋

http://www.cropcircleconnector.com/2008/wayland/wayland2008a.html
http://www.cropcircleconnector.com/2008/080808/080808.html

97 千々松 健 :2008/08/31(日) 21:59:43
 国語学者の大野晋さんが今年の夏、米寿で亡くなられた。和歌独自とされてきた五七五七七の韻律と類似のものを南インドの古代タミルの歌集(サンガムの歌)に見いだした探究心はすごいと思う。

 ただし、古代日本の「カタカムナの歌」を考えると、どちらが先でどちらかへ伝わったということよりも「共時性」で考えた方が良いと思われる。
 リズムの5+7=12音節、12×2=24、24×2=48音節は、いろは48文字の数であるし、カタカムナ図象の文字の数48にも一致する。
 また「神聖方陣」の12+12=24と「ラセンモデル」のワンセット12×4=48の数とも一致する。
 もしかすると「宇宙自然を統べる数の流れと和歌のリズムは繋がっている」のかも知れませんね。

98 千々松 健 :2008/08/31(日) 22:14:01
和歌の本質について書かれているあるブログから引用します。
「和歌とはな みやびひなびの 心もて あや織りなせる 言の葉の華」
雅と鄙びが微妙なバランスを保って陰翳をつくり出す和歌という文芸は、日本文化の中に咲く一片の華の如きものである。歌を華と表するとき、その華の奥には、歌の種になるものが眠っている。今風の言葉で云えば、DNAということになろうか。
そこには「雅」とそれに対する形で「鄙び」というものがDNAの二重螺旋を構成している。・・・「歌は「雅」一辺倒の文芸にあらず。「雅」「鄙び」の心を種子として結実する美しき言ノ葉の華である。」:義経こと佐藤弘弥氏のブログから

「日本人は恋する時も死ぬ時もなぜ五七七で詩を作るのか。この文化の仕組みをこれほど明らかにした学者はいない」大野晋さんの死を悼んだ丸谷才一さんの言葉。

99 千々松 健 :2008/09/04(木) 14:41:05
ゲーテの『親和力』から
「最高の幸福の瞬間にも極度な逆境の瞬間にも、われわれは芸術家を必要とする。」
この中の「芸術家」を「詩」ないしは「和歌」に置き換えると納得が行くような気がする。

藤原肇の「間脳幻想」まえがき から
「私が鉱物や植物や動物を、ある確固とした見地から、特別な愛着をもって観察していたとき、諸君はよく私を嘲笑し、それから私の手を引かせようとした」というゲーテの『イタリア紀行』の中の述懐を錬金術ということばで置きかえると、私と藤井先生の今の気持ちは、その次に、「しかし、今や私は私の注意を建築師、彫刻家、画家に向けて、そして、ここにおいて自己を発見することを学ぼうと思っている」という記述とスムーズに結びつく事実を、読者は納得してくれるはずだという気がするのである。
ゲーテの『イタリア紀行』から
「偉大なもの、美しいものを、進んで喜んで崇めることは、私の天性である。そして、この素質を、非常にすぐれたものに接することによって、日々刻々養い育てて行くのは、あらゆる感情の中でこの上なく幸福なものである。」

100 千々松 健 :2008/10/08(水) 10:39:56
今年のノーベル物理学賞に南部陽一郎および坂田理論の後継者である小林誠・益川敏英の二人を含めた三人の方が輝きました。おめでとうございます。
湯川、朝永、小柴と続いた素粒子分野でのお家芸と言えるでしょうか。京都大から名古屋大、東京大関係者に拡大傾向が見られて何よりです。

さて、喜びにかこつけて我田引水になりますが、少々大胆になった気持ちでコメントします。
クォークの存在が三種類から、その対称性の崩れた三種類を追加した六種類になるというのは確かにそうでしょう。植物や動物の生物の世界は五角形が中心で、結晶や物理の無生物の世界は六角形が中心であると言われていますが、この六角形とクォークの六種類とは数の上で一致します。
また、>70 オイラーの公式のレスで円周率と黄金比の関係式を思い出していただくとよいのですが、
π≒6/5*ΦΦ (円周率は黄金比の二乗の6/5倍にほぼ等しい)(前回の=は≒に訂正します)
生物の5がらみと無生物の6がらみが見えてくるような気がいたします。
そして、=と≒の微妙な誤差にπやΦの無理数が確定しないことと同様に、不確定さや何かの動きを誘発する力「ゆらぎのようなもの」が生ずるのかもしれないと夢想しています。

<上記の式を変形した π/6≒ΦΦ/5≒0.524 が古代エジプトのキュービットの単位になり、その二倍が約1ヤードになっているそうです><松本さんの引用>


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