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最近読んで印象的だった本

1 藤原肇 :2005/05/03(火) 03:32:41
「戦後日本の十大名著とは」のスレッドが低迷しているのは、十大名著を選ぶのが難しいという理由の他に、自分が読んで良かったと思う本に触れたいという気持が、このスレッドでは十分に生かしきれないことが関係し、それが阻害要因になっているという感じがします。
最近(過去でもいい)読んだ本で印象深く感じ、仲間と分かち合いたいという気分になった本があれば、この欄を使って議論したらいかがでしょうか。
言い出しっぺの私が先ず書き込むことにして、陣内秀信さんの「イタリア小さなまちの底力」(講談社)を読み、毎年のようにイタリアには行っているのに、見落としたものが余りにも多いと気づかされ、この夏はイタリアにまた行きたいという気持になりました。

2 海原並彦 :2005/05/03(火) 09:59:06
戦後日本にこだわらないということですと、感想を分かち合いたい名著は結構出て参ります。
藤原博士、貴重なご提起をありがとうございます。

先日、帰郷した折に、少年時代に読んだ、ソ連の歴史家イリーンとセガールによる『人間の歴史』(岩波書店)を20年ぶりに再読しました。
この本は函に「小学5、6年生以上」とあり、少年少女向けの本のような印象がありますが、語り口は平易なものの内容は相当に高度です。
(この本は、現在40代くらいの方がティーンエイジャーだった頃は、学校の推薦図書のような形で誰もが書名を知っている本だったのではないでしょうか。ところが現在の感覚では、大人向けだとしても結構骨のある本といわれてしまうかもしれません。活字文化の衰退を感じます)
正直言って、10代の初めに読んだ時はよく分からないところが多かったのですが、今読んでみると非常な名著だな、という感慨を味わいつつページを繰りました。
主にヨーロッパの歴史が中心ですが、ロシアというある意味ヨーロッパの周辺部の作家であることもプラスに働いているのでしょう、バランス感覚の優れた鳥瞰的な視点で、壮大な人類史のうねりを描き出す試みが行われています。

またこの本は、単に歴史的な出来事を物語るだけにとどまらず、人類の思想史ともなっており。特にヘラクレイトス、タレス、アナクシメネス、アナクシマンドロスなど、ソクラテス以前の哲学者達に関する記述が出色だと感じました(ちなみに、ソクラテスについては批判的です)。こちらも唯物論が標榜された共産圏の作家であることがプラスに働いているように思えます。

イリーン氏はおそらく、近代、もしくは現代に至るまでの人類史を構想していたのでしょうが、逝去によりルネサンスの手前までとなっているのが非常に残念です。

ともあれ、ビジネスマンの間では、戦国や幕末の人物伝や歴史小説が依然として人気がありますが、グローバル化の中、こうした人類史をひもとくことも非常に役立つのではないでしょうか。

また本書からは、以前の脱藩総会で話題に出た「ソフトな形で進行する奴隷化」についても多く示唆を受けるところがあったのですが、こちらはまた別のスレッドで寄せてみたいと思います。

3 小田麻実 :2005/05/03(火) 15:09:48
藤原さんが陣内秀信氏の著書をご紹介くださったおかげで、私も本棚にある氏の
2冊の著書の存在を思い出しました。
陣内秀信著「ヴェネツィア 水上の迷宮都市」(共に講談社現代新書)
そして「南イタリアへ!地中海都市と文化の旅」
5〜6年ほど前に初めてヴェネチアを訪れる直前に知人から贈られたので
この本を持って読み進めつつ滞在できたのは幸運でした。
イスラムの迷宮都市についても実地研究を進めている著者自身、この水の都に
2度にわたり在住した経験を持っているようです。
水上都市としての側面、イスラム的要素を感じさせる迷宮都市としての側面、
交易都市としての側面、から街の機能の細部(市場、広場、劇場、祝祭、流行など)
を五感で捉えています。
ガイドブックの類は常に俯瞰図で街を眺めますが、陣内氏の著作では
位相的に臨場感を持って都市の魅力を伝えてくれます。
イタリアには小さくても舞台装置として大変魅力的な都市がたくさんあり
最初にハードを築きあとからソフト面を充実というのではなくて、ハード・ソフトの
微妙なバランスを保ち発展してきたように感じます。
陣内氏はイタリアが専門だから著書はないだろうがウィーンやパリも同様に捉えて
彷徨ってみたらいろんな発見があるだろうと思います。

5 藤原肇 :2005/11/08(火) 11:37:18
読者の渡辺さんの葬儀の後で憂いを和らげるために、数日の小さな旅行をして帰宅してからの五日間は、届いていた二冊の本に引き込まれてしまい、食事を忘れるほどの思いで頁をめくり瞑目して思索を楽しんだ。一冊目の本は『近代市民社会論』(今日の話題社)であり、これは中村勝己教授が慶応大学経済学部で、四年生を相手に行った一年分の授業の講義録である。ライプチヒ大学を母型にハーバード大学を手本にして作った、慶応大学理財科の伝統を守り続けた中村先生が、マックス・ヴェーバーの仕事を下敷きにしながら、学問とは何かについて薀蓄を傾けたもので、ヨーロッパ式の学びの雰囲気を満喫できる内容だ。
二冊目は『近代市民社会論(大学院編)』という本で、これは先生が退官する前の大学院で一年間行ったゼミ的授業の語り下ろしであり、『丸山政男講義録』より遥かに整理されていて、学問の真髄に接することができる名著である。私は一週間足らずの読書三昧によって、大学の学部と大学院の数年間を体験できたと感じ、生きていることの喜びをかみ締めることが出来た。それは『KZP』の中でエピソードを紹介した、ケット・ドゥ・ヴァリー教授の書いた『Leaders, Fools and Impostors』(iUniverse, Inc) を読み、INSEAD(欧州経営大学院)に行かずして学んだ満足感と同じ、実に充足した気持ちになった時の再元だった。
私の体験を皆さんに分かち合いたいと考え、これらの本をプレゼント本に加えたいと希望するが、ゾンビ政治が支配する日本の経済はガダガタで、中村先生の珠玉といえるこれらの本を出す出版社が無く、先生はこれを自費出版されたのだと、私にこの本を送ってくれた将基面さんから知らされている。そこで何十冊かを頒けて頂け得ないかと、中村先生に連絡を取っているところであり、もし、入手が実現したら『KZP』の出版祝を兼ねて、プレゼント本の中に加えることにしたいので、それが実現することを百日一日の思いで待ち望んでいる。
自費出版あるいはそれに近い形で出た本は、図書館にもないという悲しい問題が現実にあり、それを私は『賢者のネジ』で体験している。『賢者のネジ』の場合は百冊買ってくださった人が五人もいたし、寄贈キャンペーンに協力してくれた人がそれぞれのやり方で、図書館に寄贈して下さって私は感激した。そこで、もしも中村先生の本が難しすぎると感じた場合には、近所や母校の図書館に寄贈していただければ、日本人が誇る名著を次の世代に伝えられるし、それが真に価値あるソフトの蓄積だと思う次第である。

6 藤原肇 :2005/12/11(日) 04:34:29
『近代市民社会論』(今日の話題社)が亀山さんのところに届き、プレゼント本の中に加えることが出来て嬉しい限りです。これは中村勝己教授が慶応大学法学部で、四年生を相手に行った一年分の授業の講義録であり、学問とはこういうことかと感じる名著です。
ただ、『近代市民社会論(大学院編)』もプレゼント本にしたかったのだが、在庫はなく増刷りする予定も無いから悪しからず、という返事を中村先生から頂き入手できなかったので、この本を持つどこか良い図書館を探し当ててください。
中村先生の二冊の名著を『KZP』と共に、全世界の日本語学科を持つ大学の図書館に寄贈するつもりだったが、大学院向けが無くても残りの二冊のコンビということで、本が到着したら発送したいと待っている状況です。

7 相良武雄 :2005/12/15(木) 22:47:09
 中村先生の存在さえ、在学中に知らなかったことは反省せねばなりません。
当時の勉強不足を恥じるばかりです。中村先生のこの本は、東京の公立図書館では
4箇所にしかありません。それも学部用のものだけのようで、慶応の図書館には両方六手いるようですが
借りられないでしょう。

 さて、久しぶりに分厚い本を読みました。ユン・チアン&ジョン・ハリディ=著、
マオ 誰も知らなかった毛沢東 です。ただ、1回しか目をとおしていませんが、面白い記述が
ありました。

引用すると



 張作霖爆殺は一般的には日本軍が実行したとされているが、
ソ連情報機関の資料から最近明らかになったところによると、
実際にはスターリンの命令にもとづいてナウム・エイティンゴン
(のちにトロツキー暗殺に関与した人物)が計画し、日本軍の
仕業に見せかけたものだという ということです。

これが事実なら、歴史が変わる可能性があります。あの一連のどたばた
劇はなんだったのか。この事件の処理に関する発言以降、昭和天皇が
明確な意見をしなくなったという話。なぜ、河本をとりあえず罰したのか。
疑問が生まれます。これは、日本人に向けた問いかけではないでしょうか。

 しかし、歴史の真実(これは事実化は別)が、外国からしか、生まれず、本当の
歴史とは何かを感じた次第でした。

8 海原並彦 :2006/06/11(日) 22:52:22
ご無沙汰しておりました。
海原です。
久々の投稿ですが、また参加させて下さい。

現在『セロトニン欠乏脳』(有田秀穂著 NHK生活人新書)という本を興味深く読んでいます。

3年位前の脱藩道場で、藤原博士が薬学の専門家であるお嬢さんからの情報として、セロトニンを高めるには、朝日を浴びて、バナナ(トリプトファンを含むため)を食べるとよい、と話されているのを覚えている方もいらっしゃると思います。

本書は、セロトニンを高める方法として、日光、食事(納豆やバナナなどのトリプトファン含有の食物と、良質なデンプン質)に加え、「リズム運動」の効用について詳述しています。

特にリズム運動については、呼吸法を通じて日本古来の座禅や武術との関連も含めて解説されています。
「上虚下実」や「弓は力でなく呼吸で引く」といった意味がようやく論理を通して理解できてきた思いです。

古人は歴史を通じて座禅、武術、各種芸能から手仕事、日常の作法まで「極意」を培って来たわけですが、悲しいかな、現在の我々は同じ日本人でありながらもはやその言葉を理解できなくなっています。ミッシングリングがあるわけですが、本書はその間をつないでくれる貴重な書籍だと思います。

10 海原並彦 :2006/07/05(水) 23:06:51
今東光『毒舌日本史』(文春文庫)
京都の街が神社や寺でひしめきあっていることからも分かるように、日本の歴史に神道や仏教など宗教の果たして来た役割は計り知れないものがあるわけですが、近代的な歴史学では、宗教側からの影響についてはあまり触れられていないのが現状です。
本書は天台宗権大僧正・今東光和尚が、いわば宗教側からのインサイダーの視点・情報をもとに日本歴史を解説した歴史書といえると思います。
語り口は与太話を交えた雑談風ですが、実は相当の加筆・整理を行った上で刊行されていることがうかがえます。
注も非常に充実しています。
今和尚は、テンプラ学生として旧制一高、東京帝大に学び、作家を経て32歳から本格的に比叡山で修行に入るという経歴の持ち主です。顕教・密教に通じ、易学の大家でもあったということですが、日本において1200年に及ぶ歴史を持つ天台教学の奥深さの片鱗がうかがえます。

明治以後の国家神道による政治の堕落は、明治初期の神仏分離令に始まるといえるかもしれません。
なにしろ、神道から仏教が切り離されたということは、ギリシャ→ガンダーラ→大乗仏教と受け継がれて来た論理学という道具を神道が失ったということですから。
「神の数学」守護者様のスレッドとも関係するのではないかと思うのですが、一実神道、葛城神道、物部神道といった、神道各派について触れてあります。

11 英語道無段 :2006/07/29(土) 18:22:25
『黒田清 記者魂は死なず(有須和也著 河出書房新社刊)』
現存していたら、いまの日本の現状をどう評しているのかと思いつつ、何度も読み返しています。
『アメリカから日本の本を読む』でとりあげられた『警官汚職』を手にしてから、同時に独立した大谷昭宏氏とともに、黒田氏の著書はほとんど読みました。
読売新聞大阪本社社会部長を8年勤め、「軍団」と評される活躍ぶりを知ったのは彼らの独立後。独立後『窓友新聞』発行とともにフリーでの活動は、皆さんがご存知でしょう。
特定政党を支持せざるを得なかった晩年、癌と共存しようと試みつつ2000年7月
死去。氏の著書はamazon等で入手可能です。
牧歌的ともいえた昭和20年代後半の新聞社生活をへて、事件の最前線で記事を
書きつづけ、プレーヤーであろうとした氏とそれを許さなかった組織の対立の結果が氏の独立というのは日本メディアの限界であると思うのは、当方の穿った偏見でしょうか。
靖国参拝を支持する新聞社の記者の連載が黒田氏の存在を再びクローズアップさせる件は、社の蘇生の可能性を垣間見るとともに、皆さんにとって少しく
驚嘆に値するかもしれないと独り言しています。
皆さんの選書には及びませんが投稿した次第です。

12 江戸川 :2006/08/16(水) 13:17:13
『マネー なぜ人はおカネに魅入られるのか』ベルナルド・リエター(ダイヤモンド社2001)
著者はヨーロッパ統合通貨ECUの設計と実施の責任者の一人だった方で、ユングの元型心理学(影、グレート・マザーなど)から
お金の集団心理を解明しています。
これまでタブーとされてきた、性とお金の深層意識の解明は、これからの人類の将来にむけても急務であると思います。
神話の分析における元型心理学派と構造主義派の交流・対話などは行なわれているのでしょうか?
レヴィ=ストロースはユングを批判していたようですが、どちらも源流の一つにゲーテ形態学があるようです。
日本では構造主義派の北沢方邦氏の著作『古事記の宇宙論』(平凡社新書)などもお薦めです。
ttp://www.amazon.co.jp/gp/product/4478210365/sr=1-1/qid=1155701150/ref=sr_1_1/503-9731291-5417511?ie=UTF8&s=books

『ユーラシアの神秘思想』(岡田明憲 学習研究社2005)
古代ローマの密儀やイスラム教のスーフィズム、ユダヤ教のカバラや仏教の密教といったさまざまな神秘思想は、決して個々に生まれ、発展したのではなく、
「人類の原思想」とも呼ぶべき、ひとつの起源から発していたことが詳述されています。
こういった分野の錯綜した全体像を整理するうえで、大変参考になりました。
ttp://www.amazon.co.jp/gp/product/4054018351/ref=sr_11_1/503-9731291-5417511?ie=UTF8

13 一色直正 :2006/09/05(火) 14:18:41
「英語版Japan’s Zombie Politics出版について」のResの21)の所で、藤原さんがハイポロジーについて強調したのに誘発されたので、ハイポロジーという言葉と密着した本である、山田さんの「虚構と瞑想からの超発想」を引っ張り出しました。
副題には「ハイポロジックスの時代」とあるので、ハイポロジーの原点に相当すると読み直したところ、素晴らしい内容であることを改めて感じました。そこでこの本で論じられているものは、非常に興味赤いものが多いと思うので、新しいレスを建ててそこで議論したいと考え、皆さんとハイポロジックすに関しての意見を交換したいと希望します。
ただ「虚構と瞑想の超発想」を持っている人は多いと思いますが、絶版のこの本はかつて「宇宙巡礼」の「書店」で買うことが出来たのに、目下のところ「書店」は一時閉鎖されているので、持っていない人が買えなくて残念です。

14 藤原肇 :2007/05/21(月) 00:27:19
その頃は目の劣化で医者からコンピュータの使用を禁じられ、そのせいでタイムリーに報告できなくて残念に思うが、数ヶ月前に珪水さんから電話連絡があり、宇野多美恵さんが軽井沢の別荘で火事に遭遇して、焼死されるという不幸な事故があったと知らされた。
宇野さんのお宅に上京した珪水さんと一緒に伺い、ゲーテについて三時間近く彼女と議論したのは、数年前のことだったのが懐かしく偲ばれる。
80歳を過ぎた彼女が身振り手振りを交えて、熱心にファウスト論を展開するのを見て感動した。そして、彼女の作品である『ゲーテの「ファウスト』と<カタカムナ>』を帰米して何度も読み、これはすごい本だという印象を読むたびに強めたのだった。
その時点で書き込みをしなかったのは、未だ完全に読みぬいたという気持ちにならなかったからだが、この「相似象」の特集号は『ファウスト』についての本の中で、白眉といえるものであることは疑いの余地がない。惜しい人を日本人は失ってしまったと思うと共に、謹んで冥福を祈ると共に追悼言葉にしたい。

15 西條謙太郎 :2007/07/17(火) 04:15:25
反転―闇社会の守護神と呼ばれて  田中森一(著)(幻冬社) 

著者は、「割り屋」(被疑者を自白に追い込むプロ)として鳴らした
叩き上げの元「辣腕特捜検事」であり、バブル最中に「ヤメ検(弁
護士)」に転身後、瞬く間に「闇社会の守護神」と呼ばれるまでに
なり、やがて検察にターゲットとしてマークされ、一年にわたる長期
拘留の後、許永中と連座して詐欺事件で実刑判決に沈められた人物。

本書は、長年にわたり著者が直接身近に見てきた「表と裏の
社会が一体となってことを運ぶ現場の数々」、そして、政・官・財・
闇社会が織りなす鵺のような世界の実態のすさまじさが赤裸々に
明かされているという意味で、昭和・平成期の貴重な歴史・社会資料
となろう。
そして精神・心理分析の格好のテキストとしても使用できよう。

16 野田隼人 :2007/07/17(火) 10:07:09
光文社から出た『ロシア闇の戦争』(アレクサンドル・リトヴィネンコ、他著)に、ロシアに関心を持つ人たちの注目が集まっているようです。同書はロシアで発禁になった本であり、腰巻に以下のように書かれています。
***************************************
本書は、1999年9月、ロシア全土を震撼させた連続アパート爆破事件の真相を追求した衝撃のノンフィクションである。事件後、「チェチェン人のテロリスト」撲滅をスローガンに第二次チェチェン戦争が始められた。その過程で当時ほとんど無名だったプーチンは大統領へと昇りつめていく。その裏で何が起きていたのか……。
***************************************

以下は東京新聞の記事です。ご参考まで

2007年7月17日 朝刊

 【ロンドン=岡安大助】ロシア連邦保安局(FSB)のリトビネンコ元中佐毒殺事件で、英国のミリバンド外相は十六日、容疑者と特定した旧ソ連国家保安委員会(KGB)の元将校ルゴボイ氏の身柄引き渡しに応じないロシア側への対抗措置として、英国に駐在するロシア人外交官四人を追放すると発表した。

 同事件で英国に亡命中のロシア政商、ベレゾフキー氏の黒幕説を主張しているロシア政府が、今回の措置に反発するのは確実で、両国の関係悪化は決定的となりそうだ。

 ミリバンド外相は下院で「決して好ましい事態ではないが、ほかに選択肢がない」と述べ、憲法上の理由からルゴボイ氏の引き渡しを拒否するロシアを批判した。英BBC放送によると、四人の外交官は情報活動を担当していたという。

 ルゴボイ氏は、リトビネンコ氏が体調を崩す直前の昨年十一月一日、ロンドンのホテルで同氏と面会。毒物として使われた放射性物質ポロニウム210に自ら汚染されていた上、立ち回り先からもポロニウムが検出されたため、英検察当局は今年五月にルゴボイ氏を殺人罪で起訴する方針を決定。外交ルートを通じてロシアに身柄を引き渡すよう求めていた。

17 尾崎清之輔 :2007/10/29(月) 00:11:39
『アナログという生き方』藤井尚治(著)(竹村出版)

最近読んで印象に残った本ではなく、出版から既に10年以上が経過したが、時折読み返したくなる書籍の一つである。
藤原ブッククラスターの方々やこの掲示板を訪れる方々の多くがご存知の通り、今は亡き藤井博士はストレス学の泰斗であり、二十世紀における碩学の一人であった。
『ストレス学者として、モダン・ディフィカルテーズ(Modern Difficulties=現代を特徴づける困難な問題)にたいへん興味をもって』おられた藤井博士は、

★アナログという生き方は、学歴や肩書、財産といった他人と比較して相対的に決まってくるデジタルな価値に重きを置くのではなく、「好き」とか「楽しい」とか「うれしい」といった主観を大切にする生き方である。人間はしょせん主観でしか生きられない。世に言う客観は、その主観のバランスを保つためのもの。

という内容の序文から始まり、読み手に勇気と希望そして清々しさを与えてくれるような多くの印象的な文章が散りばめられた、書き下ろしの力作である。
この一冊のみでも、嘗て「藤井先生を保存する会」が何故存在したか、その理由が良く分かる。

★他人と比較しないで済む絶対的な価値をもっている人はやはり強い。これは「こうだからこうだ」というロジック(論理)の世界には決して存在し得ない。「アナログ」とはアンチ・ロジックを意味している。論理を超越した絶対的なものに人生の価値を置くことが、アナログという生き方である。もう少しわかりやすく言えば、”大切なもの”をもっている人と言い換えてもいい。

★私たちはいつも他人のことを近似値でしか理解していない。その近似値の上に立って、他人のことを好きだとか嫌いと言っている。私たちは言語で思考しているから、実は自分のことも近似値でしか理解していない。ヨガや禅で瞑想するのは言語という「知」を離れて、本当の自分=真実に出会うためである。本当の自分の中には他人(との関係)が宿っており、自分を深く知ることができれば、その程度に応じて他人のことも深く理解できるようになるのである。

また、コンピューターが人間社会に及ぼす影響について、その情報量の増加に対して個々人の内部反応を、

★混信、誤信、不信や適応能力の挫折といった、機械的なミス・コミュニケーションは当然予想されることであるが、人体独自の抵抗のかたちの拒絶反応、つまり、自主的な”受信”の放棄が生まれたらどうなるか。萌芽はすでに現れているようである。

と冴えた目で捉えているが、これは藤井博士ご自身の過去の著書からの引用であり、その著書『医者とコンピューター』(東明社刊)は何と昭和46年に出版されている。
この時代に30年以上も後の世界をここまで完全に予測しきった書物は他には見当たらない、といっても過言ではないと思う。

★形而上で計算した「自己実現」は人間のエゴが作り出したものだから、早晩壊れてしまうだろう。ライフプランニングという言葉もおこがましい。そこには人間が自分で人生を決めていくことができるという傲慢さが見え隠れする。「人生をいかに生きるか」なんてことに、本当は人間は答えられないのである。その場その場で人生は変わってくるし、すべては神様が決めていると考えたほうがうまく行く場合も多い。

★運があるのは、捉われやこだわりから解放されている時。それもいつまで続くか、わからないのが人生なのである。ただし、運は呼び込むことができる。心身のバランスをとって勘を働かせればいい。欲望を捨てて相手のことを考えればいい。完璧にできなくとも、そう心掛けているだけで、そのうち何とかなる。

★「勘」と「運」。目に見えないものを大事にするのが、アナログという生き方だ。

そして著者も言及している通り、アナログという生き方の根幹を以下4つにまとめている。

★人生のできごとを大局観で見て、考えること。些細なことは気にせず、何が大事か、考えてみることだ。自ずとやることが観えてくる。

★一生新手である。新しいことは面白いし、面白いことでないと、一生懸命やることはできない。新手はいつも少数意見だから、発揮するのは力がいる。

★他人から信頼されること。ここではセリエの愛他的利己主義が役立つ。「自分の楽しみ」と「他人に役立とう」という2つの観点で生きることだ。

★知と情のバランスをとること。知に傾けば冷たい人間になるし、情に溺れれば面倒な事態を引き起こす。中庸という生き方ができれば、一番である。

そして最後に、この一文をもって締めくくられている。

★人生、そんなに深刻なものではないから、楽しんだ奴が勝ちに決まっている。

18 尾崎清之輔 :2007/10/31(水) 00:46:13
個人的な話で恐縮ですが、前にも書き込みましたように、私の場合は多読性で且つ同時に数冊読み進めるケースが多く一冊読破するのに多少時間を必要とするため、今や拙宅は一種のライブラリーと化しております。
レンタルスペースや古書店などを利用してそれなりに整理したものの、それ以上増え続けているのが現状ですが、稀に似たようなテーマで同時数冊進める場合はあっという間に読了できるケースもございます。
今年になって読んだ本に河野司さん(二・二六事件の決起将校の一人であった河野寿大尉の実兄)の書籍群があり、河野司さん自身が仏心会の代表であったため、二・二六で散った将校のご遺族会の運営はもとより、
著作活動にも精力的にこなされておりましたが、そのような中で印象的な一冊をご紹介したいと思います。

●『私の二・二六事件』河野司(著)河出書房新社

この中には三島由紀夫氏との出会いを記した「三島由紀夫と二・二六事件」なる章があり、元は互いに面識が無かったものの、『憂国』と『英霊の声』の発表が切っ掛けとなり、河野さんから三島に宛てた手紙で互いが知り合うことになりました。
二人が実際に会うことになるのはその数ヶ月後のことでしたが、その際、二・二六事件後の河野大尉の自決までの経緯や『憂国』の件など数時間に渡って様々なお話が為されたようですが、以下の文章が最も目に留まった点でした。
(引用部分★)

★対談はすでに時余に及んでいた。ふと、三島氏は「二・二六の挫折の原因は何でしょう」と私の意見を求めた。私はややためらいつつも、「30年に亙る私の探求の結果は、口にすることは憚るものがありますが、最終的には天皇との関係の解明につきると思います」と答えた。
ふうと呼吸をのんだようだった。三島氏は「やはりあなたもそうですか」と、静かに椅子を立って、「河野さん。席を変えましょう」と、私を促した。

(中略)

この部屋での会談の内容は、事件と天皇の問題に終始した。細かいやりとりの経過は、今では記憶にさだかでないが、要は事件突発後の現象の推移をいくら解明しても、どうしても解けない謎が残る。つきつめればそれは天皇の問題に帰する、と三島氏と私の見解は同じであった。


さて、以上の引用箇所を見て、笠原和夫さんの『昭和の劇』を思い出されてピンとこられた方々は多いのではないでしょうか。

19 野田隼人 :2007/11/18(日) 17:40:26
No.18にて河野司氏の『私の二・二六事件』をご紹介いただき有り難うございました。早速取り寄せて一読しました。特に河野司氏の弟・河野寿大尉が切腹する下りは壮絶であり、このような生き方を貫いた日本人もいたのだと、しばし呆然としたほどでした。そして、河野氏が三島由紀夫と初対面を果たし、天皇についての二人のやり取りを読みながら、私も笠原和夫氏の『昭和の劇』を思い出さずにはいられませんでした。

20 島田欽一 :2007/12/17(月) 08:23:49
工学社で出している山本寛氏の著した『【仮説】巨大地震は水素核融合で起きる!』に目を通しました。この時期に同書を読む気になったきっかけは、政治・経済関連のメールマガジン【国際評論家小野寺光一の政治経済の真実 】の最近の記事を読んだからです。

同書に目を通しながら目から鱗が落ちる思いをしたのは、今まではプレート・テクトニクスによって地震が引き起こされるものとばかり私は思っていましたが、同書を読了後は考えを改めなければならなりました。では、筆者の山本氏は何が原因で地震が起きると主張しているのかと言えば、「地震は原子状水素の核融合で起きる」という説を打ち出しています。詳細は同書に譲るとして、メールマガジン【国際評論家小野寺光一の政治経済の真実 】の小野寺氏が、スマトラ沖地震は竪琴によるものと主張しており、恰も山本氏の書籍が小野寺氏の説を裏付けているような書き方をしていますが、流石に山本氏は一流の技術者だけあって以下のようにキチンと否定しています。この点、小野寺氏の勇み足でしょうか。

「地震兵器使用説」は「スマトラ沖地震」のエネルギーが1メガトン級の水爆1000個ぶんにも相当するといわれており、これだけのエネルギーを作り、それをある特定の地域に送り込むことは現在の人類の技術では不可能と考える(p.189-190)

その他、石油の無機生成説をここ数年目にしており、私も今では石油の無機生成説を信じるようになりましたが、山本寛氏も以下のように書いていました。


筆者は「地下水由来の無機生成説」を提唱する。
つまり、地下の水の分解によって生成された「原子状の水素」の近くに「炭素」があれば「メタン」になり、「メタン」の重合が繰り返されれば「石油」になる。
もし「水素原子」による「核融合」が起きて「ヘリウム」が生成されれば、それは「天然ガス」の一部となる。(p.174)

もし、地震=プレート・テクトニクスを今でも信じておられる方がおりましたら、一読をお勧めします。

ところで、同書を読み進めていると小牧久時博士の名前が出ているのを懐かしく目にしましたこと御報告しておきます。

21 藤原肇 :2007/12/29(土) 09:02:25
ここ数日にわたってとても印象深く読んだ本として、小山堯志著の『英国流リーダーの育て方』(星雲社)がある。おそらく私が読んだ教育に関しての本の中で、最も具体的で優れた内容だと思った。これは十年以上前に『テーミス』に連載された記事であり、もし25年前にこんな本に出会っていたらと思い、誰もこういう本を当時書いていなかったので、読むチャンスがなく知らなかったことがくやまれた。
それと共に、これを読んで自分が娘に施した教育のチャンスが、ことによると最善のオプションではなかったというか、こういう世界もあったのかということに気づいた。それにしても、せっかくヨーロッパで中学まで勉強させたのに、娘を高校からアメリカに来させて私立のプレップスクールで学ばせてから、優れているといわれたシカゴ大学に学ばせたが、より良いオプションが英国にあったと知って愕然とした思いに駆られた。
この議論はこの本を読み終わった段階で別のスレッドに議論を移したほうが良いと思うが、候補としては「教養と場つくり」「気養育の原点を考える」『日英比較』などがあると思う。

22 尾崎清之輔 :2007/12/29(土) 13:03:12
藤原博士からご紹介のあった小山堯志(著)『英国流リーダーの作り方』(星雲社)を早速発注しました。
残り在庫数が少ないようなので、ご興味ある方はお早目に取り寄せられたほうが宜しいかと思います。
尚、年末年始のため少々時間がかかりそうですが、私も手元に届き次第、精読させて頂きます。

23 藤原肇 :2007/12/29(土) 16:08:17
21)と22)は『日英比較』のスレッドで議論を続けましょう。
この本の案内はアマゾンに次のように書いてあります。
内容(「MARC」データベースより)
イギリスの指導者を育成する学校として知られるパブリック・スクールの伝統校のひとつに、息子を学ばせた父親がその経験を語る。
プレップ・スクールからケンブリッジ大学まで、体験に基づき、教育のあり方についても述べる。

24 亀山信夫 :2008/06/09(月) 08:52:21
脱藩道場の初期のメンバーの人たちの中に、脱藩道場総会に出席したことがあり、本掲示板の前身であるクローズドなメーリングリストにも参加していた畔蒜泰助さんを覚えている人はいませんか。私は畔蒜さんに一度お会いしたきりだと思いますが、当時の畔蒜さんは藤井厳喜氏が主宰していた研究所の所員としてモスクワに駐在していました。総会出席者のなかでも、一段と鋭いインテリジェンスを発揮される方だなという印象が今でも強く残っています。その畔蒜さんが処女本を出していることを、昨日偶然に知りました。
『「今のロシア」がわかる本』(三笠書房 )

同書の存在は大分前から知っていたのですが、題名が凡庸なのと三笠書房の知的生きかた文庫の一冊ということで通り過ぎてしまい、肝心な著者名には目が行きませんでした。発行日を見ると、今年の3月19日となっています。

アマゾンにも以下のように同書の書評が載っていました。

***************************************************
佐藤優の鮮烈なデビューで、われわれはインテリジェンスの世界の存在とその面白さを知った。インテリジェンスに携わる人々の資質や人間性、それらが織りなす国益のぶつかり合いを佐藤優の数々の労作が教えてくれている。本書は、こうした情報・諜報の個別、具体的な積み重ねが、実際の国際政治の中でどうダイナミックに応用され、巨大な構想として結実していくかをまさに目から鱗が落ちるように、クリアーに提示してくれる。特にまったく表面化したことはないが、米露とネオコンが、中東・東ヨーロッパのリンケージ戦略という隠されたルールにより戦っていること、そして最後に辿り着く英ロンドンの深い闇の問題など、「今のロシア」を通して「今の世界」がわかる興味の尽きない一書である。著者畔蒜泰助氏は、従来の旧米ソ冷戦思考に呪縛されていたわが国のロシア研究界には異質の、プーチン時代の新ロシアを十分に理解する気鋭の論者であり、佐藤優・インテリジェンスファンには必読の魅力あり!
***************************************************

25 藤原肇 :2008/08/01(金) 13:50:54
小川洋子さんが著した「博士の愛した数式」(新潮文庫)は知的好奇心を満たす本として、高校時代の数学で習った記憶のない「友愛数」や「完全数」という興味深い数字が次々と登場したおかげで、最初に「フィボナッチ数列」に出会ったときに似た興奮を覚えた。
当然のことで「オイラーの公式」も登場していたし、「フェルマーの最終定理」も出てきてなつかしかったが、この数ヶ月にわたって千々松さんが「思考道」で頭の体操に案内してくれ、数学的な思考に慣れていたお陰もありスムーズにこの本を読み進むことが出来た。
それにしても190ページにあった「・・・分類の基準はただ一つ。サイズのみで、見た目にはすっきりしたのは間違いないが、長年に亘り見慣れてきた混沌の中の隠れた秩序は、すっかり破壊されていた」という記述が、女性によって書かれていたことにショックを受けた。
私の読みかけの本を家族の誰かが整頓したことによって、私の情報システムが完全に破壊された人生になり、そのたびに本は整理してはいけないと文句を言った過去の体験が、この隠れた秩序という言葉に封印されていたからであり、私はこれを男の世界だとすっかり思い込んでいたことに気がついた。、

26 千々松 健 :2008/08/03(日) 07:48:55
>25 本棚の本の整理に関して混沌と秩序の対比は面白いですね。
同じく小川洋子著の「博士の愛した数式」に「1−1=0」が出てきて、ゼロの数学的意味も文学的に表現されていました。
ゼロの持つべき三要素として
 1)しるしとしてのゼロ (ものさしのスタートの目盛)
 2)数字としてのゼロ (空位を示す 百一:101、千:1000)
 3)数としてのゼロ (1−1=0)
以上の全ての要素が備わったゼロの発見はインドにおいて行われたというのが定説です。
その点については数学者でかつ文学者でもある藤原正彦氏の良きアドバイスがあったようです。
以前、ドゥニ・ゲージの「数の歴史」藤原正彦監訳にも他の地域や文明においても零の概念が在ったはずだが、現代から見てゼロの定義がしっかりなされているのはインドであるとの説明がなされていて納得したことが有りました。

27 千々松 健 :2008/08/08(金) 10:49:57
「もし、神様の手帖を1ページだけ覗けるとしたら、どうしてもこれだけは神様に聞きたいという謎はございますか?」
作家の小川洋子が「世にも美しい数学入門」で対談相手の藤原正彦に質問しています。
それに応えて藤原氏は四つも謎を挙げていますが、中でも「ゴールドバッハの問題=6以上の偶数はすべて二つの素数の和で表せる」には興味が持たれます。
それはまた「全ての自然数は四つの平方根の和として表わされる」というラグランジュの定理を思い出させます。
>26に紹介したドュニ・ゲジが最新作「ゼロの迷宮」を8月に出すようです。やはりインドはすごいという結論になると思われますが、
特に仏教哲学との関連がどのように説かれるかに私は興味を持っています。

28 村山 :2008/08/15(金) 14:16:12
「ファウスト」についてのこのテーマは実に興味深いので、「最近読んだ本」に場を移して論じたらいいと思い、勝手ながらここに貼り付けてみましたのでよろしく。
89 名前:千々松 健 投稿日: 2008/08/15(金) 11:02:49
>83のフォローおよび>88のつづきとして
 この夏、相似象の特集号 ゲーテの「ファウスト」と<カタカナム>を入手して読む機会を得ました。
動機は「魔女の九九」に触れているかどうかでした。しかし残念ながら、この中では扱われていませんでした。
 
 未だすべて読み込めていないのですが、富永半次郎氏がドイツ語から丁寧に日本語に訳したゲーテ ファウスト第二部のラスト12103行から12111行までを引用させていただきます。

【 神秘の合唱 】
『ものみなのうつろふからに
さなからに色とりどりにうつるなる。
かけてしも思はぬことの
ここに起き
ことはにも筆にもた堪えぬこと
ここになる。
とこおとめおとめさしすとなよよかに
われらひかれてをとこさひすも。』


90 名前:藤原肇 投稿日: 2008/08/15(金) 13:40:27
今から四年前の2004年11月4日に珪水さんと一緒に、神泉の宇野多美恵さんのお宅を訪問して、四時間くらい「ファウスト」について論じ合ったが、宇野さんの洞察と叡智に満ちた思想に感嘆した思い出がある。そのときに『ゲーテの「ファウスト」と<カタカナムナ>』を入手し、記念にサインしてもらったので日づけが分かるし、それ以来愛読して何度も繰り返して読んできたが、未だ読破したという感じには至っていない。それほど内容が豊かな素晴らしい名著であるが、「ゲーテがフンボルトに宛てた手紙」の中で触れていることに、「意識と意識でないものとは、あたかも経と緯とのような関係になる」と言っており、布地としての作品の柄として出現するのが言葉である。言葉の選択に生涯をかけた詩人としてのゲーテは、「とにもかくにも一度、詩人にナってみろ、そのように詩が言っている」と書き、ある不可思議な精神的転換について指摘したのだった。
それにつけても興味深いのは神秘の合唱についてで、相良守峰は岩波文庫で「永遠なる女性は、われらを引きて昇らしむ」と訳し、高橋健二は「永遠の女性が、われらを引き上げていく」得しているのに対して、池内紀は「くおんのおんなが、われらをみちびく」と平仮名だけで書く。富永半次郎の訳は千々松さんが引用したように「とこおとめおとめさしすとなよよかに われらひかれてをとこさひすも」だが、私は断続的な朱線の形で「とこおとめ、おとめさひすと、なよよかに、われらひかれて、をとこさひすも」七五調に区切ってあり、人さまざまな好みの違う訳し方が面白いと思った。

29 千々松 健 :2008/08/22(金) 11:35:45
>28 村山様のご配慮に感謝します。
 さて「般若心経を解く」たま出版1982年において藤倉啓次郎氏は
≪「般若経」のなかで、智慧は「諸仏の母」と述べられている。この意味はいかなるものであろうか。それは、子供が母より生まれるように、仏の正覚は智慧により生ずるという意味である。≫というエドワード・コンゼ博士の見解を紹介しておられた。P61
ファウストの最後の一節の詩=言葉をどのように解釈するかは一人びとりの経験等により異なると思うが、私は仏教のターラー崇拝(彼岸へ渡らせる助けをする女救世主)と永遠の女性とをダブらせて考えてみると、何か共時性が感じられて面白いと思いました。

 また、藤倉氏によれば「サンスクリット語では否定語がnaであるが、これは「無」の意味もあるが、「非」あるいは「不」の意味もある。」(われわれが目にする玄奘訳の)「この段(*)では多数の要素を「無」の字で否定しているが、私は「無」ではなく「非」の方が妥当と思う。弁証法では、AとBが対立していると、Aに非ずBに非ずと否定するのが普通だからである。「無」としたのでは対立感が薄くなる。(中略)「空」は決して「無」ではない。」
*この段を藤倉説に合わせて訳し「無」を「非」に変換したものを次に示します。
『是故空中非色 非受想行識 非眼耳鼻舌身意 非色声香味触法 非眼界 乃至非意識界 非無明 亦非無明尽 乃至非老死 亦非老死尽 非苦集滅道 非智亦非得』
このように否定語を「無・非・不」の三つに解すれば、般若心経もよりポジティブな内容に転換するであろう。少なくとも養老先生の言う「無思想の思想」にはならないはずである。
 ご参考、下記にて新改訳の般若心経がご覧いただけます。
http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/column/muniarazu.html

30 藤原肇 :2008/09/22(月) 02:58:55
アメリカの議会図書館館長を歴任したダニエル・ブアスティンは、壮大なスケールで文明の中で貢献した人間を主人公にして、これまで「大発見」や「アメリカ人」という人間の歴史を書き込み、該博な知識と鋭い洞察によって知る人ぞ知る、二十世紀が誇る叡智の塊のような人である。
老眼で視力が衰え読書力が低下した私に、膨大な上下二巻の「創造者たち」(集英社)を読みぬけるかと心配だったが、これを読まずに人生を終えるのは情けないと思い、浩瀚なこの本に挑んだことは正解だったと痛感した。
(上)は文明の歴史の発展過程についての総括に相当しており、聖人たちが輩出した2500年前から中世にかけて、広いパースペクティブで展望した人類の歴史は、ヨーロッパの高校生たちの持つ歴史観と重なり、この本に高校生として出合えなかった自分の青年時代が、何か大切なものに出会えなかったような感慨が残った。
それにしても、(下)は近代を築き上げた人たちと個人的にめぐり合い、彼らの人間としての熱気と生き様に接したことで、近代の主人公たちの人間性を具体的に知ることが出来て、自分が幾倍も豊かになったと実感できて嬉しい。
褒めたいことや引用したい文章は幾らでもあるが、特に親切だと思ったのは「参考文献」の記事であり、それ自体が米国の議会図書館に何年も張り付いて読むときに、読者が味わう満足感を満たすように構成されていて、マルクスが大英図書館に通いつめた動機に共通した、知的好奇心を満足させる画期的なものだと思った。視力が衰えたのを補って余りある近来に稀な読み終わるのが惜しかった本である。

31 ヒロイエ :2008/09/29(月) 08:17:25
詳しくは書く時間がありませんが


http://facta.co.jp/article/200810052.html

が出たようです。

32 サムライ :2008/10/27(月) 08:21:08
昨夜、『邪馬台國論争 終結宣言』という本を読みました。一読後、己れの歴史観を既婚邸から再構築しなければならないと思うに至りました。拙ブログに読後感を書きましたので、一読いただければ幸いです。
http://pro.cocolog-tcom.com/edu/2008/10/post-68d9.html

サムライ拝

33 千々松 健 :2008/10/31(金) 23:15:04
「フェルマーの最終定理」サイモン・シン著 青木薫訳を斜め読みしました。
「万物は数なり」といったピタゴラスの定理に始まり、フェルマーの最終定理を証明したアンドリュー・ワイルズのドラマチックな物語が難しい数式を使わずにドキュメンタリー形式で展開されていました。

その中で、次の二点が印象的でした。
1)modを「〜を法とする算術」または「時計算術」と呼んでいて、5を法とする算術の例が出ていたこと。
このうちmod9を日本では古くから「ひふみ算(術)」と言っていたわけです。

2)ワイルズの証明は、谷山=志村予想(すべての楕円方程式はモジュラー形式に関連づけられる)を証明することと同じ意味をもっていたこと。

そして「フィボナッチ数列と律動やラティオについて」のレスで展開中の「神聖方陣に見られる四つの流れ」に関して言えば、すべてのフィボナッチ数列がその四つの流れに関連付けられることが証明できれば良いという予想がついたことです。
そして、数論的には「系列」ということばを使用した方が適切なようなので、先に仮決めした「神聖F数列」は単に「F系列」に読み直したいと思います。
従って、今後は四つの流れを「フィボナッチ(F)系列」「リュカ(L)系列」「ケン(K)系列」「ミチコ(M)系列」と呼ぶことにします。
2008年のハロウィンの日

34 藤原肇 :2008/11/01(土) 04:46:23
「間脳幻想」の中では289ページでフィボナッチとルカ数しか示しえませんでしたが、千々松さんのお陰で四つの数列の存在を知らされ、それがハロウィーンの日であったというめぐり合わせは、この日に古希を迎えた私にとって最大の贈り物を得た感じです。
どうも有り難う御座います。

35 千々松 健 :2008/11/02(日) 16:14:07
奇しくも、藤原先生の誕生日祝いが出来て大変うれしいです。

もちろん「mod」記号はモジュラーから来ていたのです。モジュラー形式とは「法」=modに他ならなかったのです。私としては今回初めて知りえて、恥ずかしながら驚いているところです。

「フェルマーの最終定理」からの引用です。文庫本 P278
「数学広しといえども、モジュラー形式ほど奇妙で不思議なものはめずらしい。モジュラー形式は、もっとも難解な数学的対象の一つなのである。しかしその一方で、20世紀の数論研究者マルティン・アイヒラーは、これを五つの基礎演算の一つに数えている。すなわち、数学の基礎演算は、加法、減法、乗法、除法、そしてモジュラー形式の五つだというのだ。たいていの数学者は、はじめの四つの演算ならば自由に操られるのだろうが、五つめの演算に対しては、いまだに多少の戸惑いを感じているのではないだろうか。モジュラー形式は、恐ろしく対称性が高いという重要な特徴を持っている。 中略・・・モジュラー形式にとてつもなく高い対称性を与えているのは、四次元空間(双曲空間)なのである。」

モジュラーの世界と楕円の世界を統一しようとしたのが谷山豊と志村五郎であったということも何かの縁であろう。日本人には上古代人の「ひふみ算」すなわち現代の数論で言うところの「mod9」の算術が秘められているのであろうか?
日本古来の智慧によって、フェルマーの最終定理も300年の時を経て証明されたわけである。

36 千々松 健 :2008/11/24(月) 11:25:53
日経サイエンスの連載が日経ビジネス人文庫になった「茂木健一郎 科学のクオリア」は若者の理科離れ傾向を少しは解消するために役立つと思われます。
その中で、小川洋子さんとの対談「数学する脳、文学する脳」が面白いです。
小川さんいわく p43-44
『脳の中の映像を言葉に移し替える』とか、『人類が誕生してからずっと遺伝子の上に刻み込まれているんだけど、かつて誰も言葉にしなかった記憶があって、それを見つけるために、掘り起こすために小説を書こうとしている。』

茂木さんいわく p48
『ゲーデルの不完全性定理によれば、もしもある論理体系が数論を含むほど豊かな公理体系だとすると、その中で正しいことはわかるんだけど、証明も否定もできない定理が出てくる。それはすごく大問題で、科学は整然とした論理的な世界だけで済まなくなくて、根底に矛盾というか、穴が開いていることがわかってしまった。その後にわれわれは矛盾を爆弾のように抱えて生きている。これは小説にも通ずると思うのですが、逆にそういう矛盾があるから、われわれも結晶的な世界で止まっていることなく、生命として動き続けているのかも知れません。小川さんの小説は、そういう「裂け目」をとらえているのではないでしょうか。』

この二人の対談から私は
六角形がイメージされる「結晶」と五角形がイメージされる「生命」、あるいは無生物と生物の関係がもしかすると遺伝子の何処かに隠されている、いや、既に刻印されているという幻想を抱いてしまいました。

37 千々松 健 :2008/11/29(土) 16:36:02
長らく本棚の奥にしまったままにしていた「華厳経をよむ」木村清孝著を読む

「小が大であり、一つがすべてである」
すべての物事・事象の統一性と相互関連性を「一」と「多」の一致に見ようとしているのが華厳経の中心テーマであり、哲学者の廣松渉氏も「実体主義」から「関係主義」へ、あるいは「物的世界像」から「事的世界像」への転換を主張されているが、それは仏教での「縁起的な存在感・世界観」に通じる。
>>華厳の教えは現代ではフラクタルやホロニックな考え方に至り、清水博先生の「意味を創出する関係科学=場の関係子論」であり、先端的宇宙物理の世界観にも入り込んでいる。もちろん「21世紀マンダラ」もその延長線に在ると思われる。

「うそも方便?」
「手立てが重要なことは、技術の習得でも、教育の場合でも同じでしょう。手立て抜きで何かを身につけ、また人に対して身につけさせるということはありえません。このことを私たちは改めて考えてみたいものです。」P129
>>真実の世界へと導く正しい手立てを「方便」というそうだが、私は「うそも方便」という言い方しか知らなかったので、本来の「方便」を次世代へ旨く伝えていかなければならないとつくづく思わされた。

38 藤原肇 :2008/12/23(火) 17:34:06
82才のレフ・トルストイが住みなれた家を出て、小さな鉄道の駅において肺炎で人生を終えた物語は、「リア王」と並んで漂泊する老人の悲劇の晩年として知られているが、ありきたりの家出ではなくて出家ではないかと長らく感じて、似たような境涯に至った自分について思い巡らせていた時に、この『トルストイ家の箱舟』という本にめぐり合わせたのは、実に幸運だったという読後感を持った。
しかも、晩年の老作家の秘書としてトルストイの身近に接した、モスクワ大学で哲学をやりトルストイの研究に手を染めたブルガーコフ青年の観察は、『ゲーテとの対話』のエッカーマンほどの深さはないが、非常に優れた記録を残すものとして興味深い手記であり、いろいろと考えさせられるものを含んでいると言える。
しかも、著者のふみ子・デイヴィスさんの実に素晴らしい表現の文体は、日本の文学界に君臨する女流作家たちの売文的な文章とは違い、凛々しいというか格調高いリズムで貫かれていて実に爽やかな記述だと思った。このトルストイに憧憬と敬愛の念が支配していた大正リベラリズムの時代が遠くなり、荒廃した売文記事が文学の名を騙る現代の不毛さを痛感させられた。

39 遊夫戯人 :2009/01/03(土) 12:02:25
「最終的に日本を目覚めさせることができるのは、破産しかない」
アレックス・カーは断言した。
日本に35年間住んできたカー氏は、かつて彼が愛し、今なお多くのジャパノロジストがノスタルジックに執着しつづけている“美しき奇跡の国、日本"の惨状に警鐘を鳴らさざるを得ないと言う。

世界でも有数の美しい自然環境。アジアで最も豊かな文化遣産。先進国でも屈指の優秀な教育制度や高度なテクノロジー。工業分野の成長は各国の賞賛を浴び、その過程で得た利益で、ひょっとすれば世界で最も裕福な国となったかもしれなかった日本。だが今、この国は悲惨なほど落ち込んでしまっている。

目的もなく進められる土木工事の狂乱。周りの環境と二一ズに無関係に建てられる建造物。歴史や方程式を暗記させるだけで、独自の創造力や分析力を育てない教育。配当を払わない株式市場。誰も責任を取らない政治・行政のシステム。

バブル崩壊後の見渡すかぎりの惨状が、この国の経済・文化がすでに座礁してしまっていることを物語っていると、手厳しい。

カー氏は昨年、前著「美しき日本の残像」の完結編ともいえる“Dogs and Demons''(邦訳は今年4月刊の「犬と鬼」)を米国で発表。あまりにも日本の暗い面を冷酷なまでに露出したことで、米国内でかなりの波紋を引き起こした。とくに日本好きの米国人ジャパノロジストは、その内容に同意しなかった。

「ぼくは12歳のときから日本に住んでいたので、冷静に日本を観察できた。大人になってから日本が好きになる人は改宗した信者と同じで異常に熱心だ。彼らほ日本を一種の理想社会と信じたいのだ」

だが、日本在住35年のカー氏が直視するのは、多くのジャパノロジストがあえて目をそむける現実だ。その視線には、この国が失ってしまったものへの哀惜と、破壊した者に対する怒りがないまぜになっている。「日本は蛍光灯、プラスチック、看板、コンクリート、ビニールだらけの工業モードになってしまった。美しい山河をコンクリートで固めたばかリでなく、この国にあった文化・伝統を台無しにしてしまっている」

リゾートひとつとっても、超一流と胸を張るホテルといえばそこらじゅう大理石でピカピカ。ヘルス・スパも真っ白の廊下に白衣の女性がいてまるでクリニック。本当の賛沢はそんなものではない、と斬り捨てる。

「工業モードの勝利によって、かつてはワビ・サビを愛でた日本人の感覚が麻痛してしまし、本当の楽しみ方を忘れていると思う。国民の何もかも犠牲にして、生産業(製造業)だけを重視してきたこの国の“強国貧民"政策のツケです」

40 遊夫戯人 :2009/01/03(土) 12:10:24
その根本にあるのは、日本の教育のあり方だと指摘する。

「元厚生官僚の故・宮本政於氏が、日本の教育が真にめざしているのは「教育」ではなく「去勢」だと言ったが、これは正鵠を射ている。これも工業モードなんですね。分析的思考をできなくするように教育する。自分で考える方法を教えない。企業戦士を作るための骨抜き制度です」

こうした教育が、排他的な派閥を形成する要因になっていると言う。

「日本人が派閥を作るのは、外部の人とまともに競争しなくてもいいようにするためだ。そのための仕組みを上手に作り、外部の人が入らないようにする。たとえば、外国人が野心を抱いて日本にやってきても企業の中枢には入れてもらえない。起業しようとしても障壁があまリにも多い。外国人の教授を3年で母国に帰すという制度も、結局まともに競争させない上手な仕組みなんです」外国人の天才や文化人が日本にいてこそ、日本のロ一カルな文化が発達する。そういう人たちが野心を抱いて日本に住めるようにならないかぎり、日本はますます衰退する、と熱っぼく語る。

「日本の国土はたしかに狭いが、日本人の心はもっと狭いことに気づかなければならないと思う。個人の自由を束縛し、外国の新鮮な空気を取り込もうとしないシステムそのものが問題なのです。鈴木宗男の問題にしても、彼だけが悪いのではない。ウォルフレン(オランダ人ジャーナリスト)は「日本で起きるこういうスキャンダルほ、誰かが異常に取り過ぎたとか、ある線を超えたときにスキャンダルになり、その人だけが非難されるが、システムそのものほ依然として残る」と言ったが、その通りです」

日本ははたして変わり得るのだろうか。カー氏は悲観的だ。



41 遊夫戯人 :2009/01/03(土) 12:15:25
「まず、小泉首相が提唱する構造改革は、おそらくここで止まるでしょう。小泉首相は、ゴルバチョフと似ている。ゴルビーはもともと共産党員でやってきたので、共産党の崩壊は許さなかった。改革もその直前で止まった。そこで彼の役割は終わり、エリツィンに代わってようやく改革が進んだ。小泉も同じです。代々自民党でやってきた彼は、自民党の崩壊は許さない。これ以上改革しようとすると自民党が崩壊してしまう」

国民も本当の危機感をまだ持っていないと言う。

「1950年代、60年代の日本人はアメリカに追いつこうと必死に勉強し、汗水流して働いて生活水準を上げようとした。しかし、80年代に入ってから、日本人は自分たちの夢はすでに実現したと錯覚してしまった。その時点で“まあまあ"という精神がしっかり根を下ろし、中途半端の沼地に少しずつ沈んでいった。みんな危機と呼んでいるけれど、まだ本当にその危機を感じていないと思う」

このままだと中途半端なまま、日本はこの危機から抜け出せない、と危慎するのだ。

「最終的に日本を目覚めさせることができるのは、破産しかない。ただ日本人にはロ一ンもあるが貯蓄もある。まだ、どうにかなると思っているんです。目覚めないでしょうね」

かつて日本はアメリカ人にとって魅カ的な国だったと言う。しかし今は、アメリカ人が日本に住んでも2〜3年で出て行ってしまう。それほど日本は魅カを失ったと、彼は嘆く。

カー氏自身、生活の拠点を、35年間暮らしてきた日本からバンコクに移した。外資ぱかりか文化人の日本離れも急速に進んでいるのだ。カー氏の警鐘を真撃に受け止めたい。



「元厚生官僚の故・宮本政於氏が、日本の教育が真にめざしているのは「教育」ではなく「去勢」だと言ったが、これは正鵠を射ている。これも工業モードなんですね。分析的思考をできなくするように教育する。自分で考える方法を教えない。企業戦士を作るための骨抜き制度です」

こうした教育が、排他的な派閥を形成する要因になっていると言う。

「日本人が派閥を作るのは、外部の人とまともに競争しなくてもいいようにするためだ。そのための仕組みを上手に作り、外部の人が入らないようにする。たとえば、外国人が野心を抱いて日本にやってきても企業の中枢には入れてもらえない。起業しようとしても障壁があまリにも多い。外国人の教授を3年で母国に帰すという制度も、結局まともに競争させない上手な仕組みなんです」外国人の天才や文化人が日本にいてこそ、日本のロ一カルな文化が発達する。そういう人たちが野心を抱いて日本に住めるようにならないかぎり、日本はますます衰退する、と熱っぼく語る。

「日本の国土はたしかに狭いが、日本人の心はもっと狭いことに気づかなければならないと思う。個人の自由を束縛し、外国の新鮮な空気を取り込もうとしないシステムそのものが問題なのです。鈴木宗男の問題にしても、彼だけが悪いのではない。ウォルフレン(オランダ人ジャーナリスト)は「日本で起きるこういうスキャンダルほ、誰かが異常に取り過ぎたとか、ある線を超えたときにスキャンダルになり、その人だけが非難されるが、システムそのものほ依然として残る」と言ったが、その通りです」

日本ははたして変わり得るのだろうか。カー氏は悲観的だ。

「まず、小泉首相が提唱する構造改革は、おそらくここで止まるでしょう。小泉首相は、ゴルバチョフと似ている。ゴルビーはもともと共産党員でやってきたので、共産党の崩壊は許さなかった。改革もその直前で止まった。そこで彼の役割は終わり、エリツィンに代わってようやく改革が進んだ。小泉も同じです。代々自民党でやってきた彼は、自民党の崩壊は許さない。これ以上改革しようとすると自民党が崩壊してしまう」

国民も本当の危機感をまだ持っていないと言う。

42 遊夫戯人 :2009/01/03(土) 12:20:27

「1950年代、60年代の日本人はアメリカに追いつこうと必死に勉強し、汗水流して働いて生活水準を上げようとした。しかし、80年代に入ってから、日本人は自分たちの夢はすでに実現したと錯覚してしまった。その時点で“まあまあ"という精神がしっかり根を下ろし、中途半端の沼地に少しずつ沈んでいった。みんな危機と呼んでいるけれど、まだ本当にその危機を感じていないと思う」

このままだと中途半端なまま、日本はこの危機から抜け出せない、と危慎するのだ。

「最終的に日本を目覚めさせることができるのは、破産しかない。ただ日本人にはロ一ンもあるが貯蓄もある。まだ、どうにかなると思っているんです。目覚めないでしょうね」

かつて日本はアメリカ人にとって魅カ的な国だったと言う。しかし今は、アメリカ人が日本に住んでも2〜3年で出て行ってしまう。それほど日本は魅カを失ったと、彼は嘆く。

カー氏自身、生活の拠点を、35年間暮らしてきた日本からバンコクに移した。外資ぱかりか文化人の日本離れも急速に進んでいるのだ。カー氏の警鐘を真撃に受け止めたい。

アレックス・カー/1952年アメリカ生まれ。
東洋文化研究家。12歳の時、海軍の弁護士だった父に連れられ初来日。横浜に2年間住んだ後に帰国。エール大学で日本学を専攻する。19歳のときヒッチハイクで日本一周の旅を敢行。その時出会った徳島県祖谷(いや)の茅葺き屋根の家 に魅かれ、慶應義塾大学に通いながら、古い家屋を修復する。『美しき日本の残像』(朝日文庫)で新潮学芸賞受賞。最新刊は現代日本の暗部を暴く『犬と鬼』(講談社・4月刊)

43 遊夫戯人 :2009/01/03(土) 12:30:05
以上は 大野さんのHPから。
http://www.globe-walkers.com/ohno/interview/alexkerr.htm

44 千々松 健 :2009/02/26(木) 22:09:01
>28 ゲーテ ファウスト「神秘の合唱」再考、「フィボナッチ数列の殿堂」への夢 >65〜とも関連します。

この場合の「合唱」こそは Harmony の意味であると思います。
「ものみなの うつろうからに さながらに」と富永老師が575調に訳されている ゲーテの詩のGleichinis(グライヒニス)を更に踏み込んで「相似象」と訳して『すべて、過ぎ行くものは相似象である』と宇野さんは説明しています。
・・・ゲーテの「ファウスト」と<カタカムナ> p214
ゲーテは同時代に生きたルターによる聖書のドイツ語翻訳には異論を持ち、特に三位一体に関連しては手厳しいようでした。結論的には父と子と聖霊の三位は一体すなわち「合同:Unity」ではなく「調和:Harmony」であると言いたかったのでしょう。
ファウストの第二部の最後に、そして、ゲーテ自身の人生のラストソングにそれを歌い上げているのですから。
ゲーテの言葉に『最高の幸福の瞬間にも極度の逆境の瞬間にも、われわれは芸術家を必要とする。』とあるように、芸術家を歌や和歌と置き換えれば納得されます。
本日『介護百人一首』というのがNHKの番組で紹介されていましたが、逆境の中での歌こそ心を和やかにしてくれます。

45 千々松 健 :2009/02/27(金) 09:59:55
「和歌」は倭の歌、輪の歌、琶の歌、把の歌と展開すると、、、巳が出現し蛇や龍や注連縄がイメージされて、最後には「ウロボロス」に行き着きそうです。
また「ココロを和やかにしてくれる歌」が和歌でもあったのです。生も死も、喜劇も悲劇も、和魂(ニギミタマ)も荒魂(アラミタマ)も、すべてを超えて、なごやかに平和に、やがては涅槃に入るのです。
この「ネハン」のことばの響きは何処かで聞いた響きに似ています。そうです「ソラニモロケセ ユヱヌオヲ ハエツイネホン カタカムナ」の「ハエツイネホン」の最後の部分「ネホン」は「ネハン=涅槃」に違いないと思いました。
ネハンとネホンからニホン・にほん・日本になったかどうかは定かでは有りませんが、有り得そうですね。
松岡正剛氏の「方法日本」について少し勉強しなくてはならないと思います。

46 千々松 健 :2009/02/27(金) 21:13:16
手元に「NHK人間講座2004年6月〜7月 おもかげの国 うつろいの国 松岡正剛」がある。その頃、「日本文化の特徴は余白にある」と考えていた時期であったから、それに関してのみの興味で、半分も聞いていなかったことを反省して、再度目を通した。
日本の「編集文化」を考えるという副題で、解説には「多様にして一途」といわれる日本文化。その各場面には、アワセ、カサネ、キソイ、ソロエという、独特の編集方法が強く働いている。「おもかげ」と「うつろい」をキーワードに日本文化の特徴をみる。」とあった。

何のことはない「アワセ、カサネ、キソイ、ソロエ」は和紙という伝統文化から生まれた折り紙に関してのことばであるし、おもかげはイメージであり、うつろいは動態幾何学であるから、両方を合わせれば「さながらに」=相似象に他ならないことに気が付かされた。
また、司馬遼太郎の晩年作「この国のかたち」の中で、真水(マミズ)や若水(ワカミズ)に触れていて、古神道的なものに興味を持っていたことが判り、それなりに納得できた。

47 千々松 健 :2009/03/02(月) 15:20:00
>29についての補足です
ネット上で“非苦集滅道”を検索したところ「浄土生無生論」というが見つかりました。
その「初一 真法界門」の中間辺りに下記の経文が見つかりました。
『 非心非空。非地水火風。非眼耳鼻舌身意。非色聲香味觸法。非眼界乃至非意識界。非無明乃至非老死。非無明盡乃至非老死盡。非苦集滅道。非智非得。非檀那乃至非般剌若。非怛答阿羯。非阿羅訶。非三藐三菩。非常樂我淨。』  

般若心経のある箇所にほぼカサネアワセられることは直ぐに分かります。我々が通常として目にする般若心経は「非」がすべて「無」になっているわけですが、本来の内容からしてみて、どちらがぴったりするかをキソイますと、やはり「非」の方に軍配が上がると思います。
サンスクリット語の「Na」の否定形は「無・不・非」の三種類に使い分けて翻訳するべきと書きましたが、漢文の世界でも実は別のところでは正しく「非」を使用して翻訳されていたことが判るのです。
今回はネット検索の有効性を目の当たりにすることができました。これを他山の石として、後生大事にしている「般若心経」は新たにソロエ直すことにいたしましょう。

48 千々松 健 :2009/04/12(日) 09:56:12
「生物と無生物のあいだ」で知られる分子生物学者の福岡伸一が、ソトコトという雑誌でロハスの思考を広めた木楽舎から「動的平衡」という本を出した。
最後の三センテンスを引用させてもらいます。P251後半

『自然界は渦巻きの意匠に溢れている。巻貝、蛇、蝶の口吻、植物のつる、水流、海潮、気流、台風の目、そして私たちの住むこの銀河系自体も大きな渦を形成している。 私たちは人類の文化的遺産の多くに渦巻きの文様を見る。それは、人類史の中にあって、私たちの幾代もの祖先が渦巻きの意匠に不思議さと興味、そして畏怖の念を持っていたからに違いない。 渦巻きは、おそらく生命と自然の循環性をシンボライズする意匠そのものなのだ。そのように考えるとき、私たちが線形性から非線形性に回帰し、「流れ」の中に回帰していく存在であることを自覚せずにはいられない。』

「森羅万象を記述する言葉」すなわち「始めに言霊ありき」は、ことだまの響きから「玉」に通じていて、ラセンのカタチとなるのでしょう。

49 千々松 健 :2009/04/20(月) 22:39:26
西堀栄三郎の「創造力」−自然と技術の視点から−より以下の3点を引用します。

『人間が自然と一体となることによって、人間のなし得る範囲も驚くほど拡大される。さらにいえば、自然への探検は、あくまでその対象を慎重なまでによく知り、親しみをもったうえで、勇気をもってするものでなくてはならない。私は山登りを通じてそのことを学んだのである。』P31

『労働には「働く」という活動性と「考える」という創造性と「喜ばれる」という社会性の三つの要素があり、これらが互いに影響し合い、相互に作用し合ってうまく循環したとき仕事は楽しくなり、・・・この三つの要素がうまく循環したときに、・・・人を動かし、社会をも動かしていくのである。』P160

『南極で一年間生活していたとき、私はいろんなことを考えさせられた。宇宙には化学や物理だけでは説明できない何ものかがあるのではないだろうか――。「心」のほかに「気」というものが確かに存在しているように思われた。東洋思想にはそういうものを認める寛大さがあるが、やがてはそれを含んだ科学や技術が生まれるのではないかと思う。』P301

50 千々松 健 :2009/05/19(火) 10:16:12
>48 補足
福岡伸一教授が「生命とは動的な平衡状態にあるシステムである」または、「循環的で永続的なシステムである」し、「渦巻きは、おそらく生命と自然の循環性をシンボライズする意匠そのものなのだ」と最新の「動的平衡」で述べているとおり、
これからの生命科学には、“静的な構造論から動的な流れ論へ”の視点が重要となってくるはずである。
我田引水と言われるかも知れませんが、21世紀マンダラの「神聖方陣」は静的な構造を、もう一方の「螺旋モデル」の方は動的な流れを示唆しているものと考えています。

51 藤原肇 :2009/08/09(日) 11:28:46
平凡社新書の「幸田家のしつけ」を楽しく読み、幸田露伴と文の間の親子関係の機微について、多くのことを学び取ることができ豊かになったと思ったが、実に残念だと感じたことが一つあった。
それはこの本を「さらば、暴政」を書く前に読まなかったので、大事な視点について見過ごしていたと気づいたからだ。
それは安倍の「美しい日本」を批判するに際して、もしも、「生気の乏しい器量よしより、不器量でもいきいきとしているほうが人相よしだ」という一節に気づいていたら、同じ形容詞を使うにしても、「美しい」は天与の性質であるのに対して、「生き生き」は生命体の心構えと共に、努力の結果を反映したものである以上は、個人や共同体などの組織体をまとめ、それを統合する政治の用語として、意味論的にもより高度で説得力があるのに、それが安倍には分かっていないと批判が出来た。
ところが、そこまで論旨を展開できなかったのは、まだ私の発想が幸田家のしつけの水準に至らず、せっかくの機会を前に未熟だったと気づき、とても残念だったと言う気分に包まれたのである。

52 プロジェクトラーニング :2009/08/09(日) 19:43:00
藤原さんのコメントがヒントになり、私は、お盆に読みかえしている「ねずみ花火」(向田邦子『父の詫び状』に収録 文春文庫)という短い話をみてみました。向田邦子という人は意味論に通じていたと思います(見事なほどに)。彼女の話は、現在の不意の出来事が過去の記憶を動かすという構図となっています。「思い出というのはねずみ花火のようなもので、いったん火をつけると、不意に足元で小さく火を吹き上げ、思いもかけないところへ飛んでいって爆(ば)せ、人をびっくりさせる」過去の記憶というのは、今の出来事(すぐれた観察を通して得た見かた)が契機となって、当人によって絶え間なく作り直されていると言えそうです。向田邦子は意味論をあやつる職人だと思いました。なるほど、こういう風に言葉に向き合えばよいのかと多く学ぶものがありました。向田邦子は1981年8月22日台湾上空での飛行機の爆発事故にあっています。そのことを思うと、藤原さんが意味論の真価を知らせるために、そちら(台湾)から日本に届けて下さったように感じております。

53 T.N. :2009/08/09(日) 22:08:27
 藤原氏の指摘は、「美しい」という言葉を「国」との結びつきでより高い価値(次元)を持つ「生き生き」
という言葉に置き換えることにより、相手が意図せず示している本質(自らは新しい価値を創造できず、受け
継いだものを金科玉条とする世襲政治家)を浮び上がらせるという、面白い事例になっていると思います(そ
ういえば麻生首相著「とてつもない日本」も、同じような言葉の組合せです)。「生き生き」というのはオバ
マ米大統領の"Yes, we can."に近いでしょうか。
 最近、藤原氏の影響で読み始めたクリストファー・ウッド著「バブル・エコノミー」にある
”景気後退とは、過剰生産に伴って余儀なく引き起こされる経済活動の縮小のことである。一方、不況は過剰
設備投資が原因になっている。景気後退においては主な不均衡は在庫となって現れるが、不況ではそれが設備
とその生産能力に影響が出てくる。在庫は急速な調整が可能だが、過剰な設備とその生産能力を吸収するには
何年も必要とする。”
といった文章を読むと、やはり用語を正確に捉えて使っている人間は違うという印象を持ちます(あいまいな
表現に終始する日銀や政府の景気観測発表と比べて)。

54 プロジェクトラーニング :2009/08/10(月) 06:14:07
藤原さんの例と、T.N.さんのコメントを読んで、私は意味論の実利をつかみたいので、自分のフィールドであるビジネスで考えてみました。近江商人の商売の十訓の一つに、「店の大小よりも場所の良否、場所の良否よりも品の如何」というのがあります。例えば、『ヤマダ電機の品格』 立石泰則 講談社 という書籍(どこからどう読んでもヤマダ電機批判)がありますが、立石さんに聞いた訳ではないので、どうなのか分かりませんが、この表題には、「ヤマダ電機が意図せず示している本質(たくさん店がある。店は都心の一等地だ。けれど店には品がない。)を浮び上がらせる」ことをしていると解釈できるのではないでしょうか。※もし宇宙巡礼にヤマダ電機関係者がおられたら、これは上述著書が存在しており、世間がそういう目で見ていることもあるという例を示したのみで、ヤマダ電機を意図的に誹謗中傷しているのではないので、そのことご了解下さい。

55 一色 :2009/08/10(月) 08:16:07
自分では美しいと思って刺青をしている男や厚化粧している女が目立つが、自分が美しいと勝手に思い込んでいるだけのことが多く、それは決して品性があるわけではないし、生き生きしているものに匹敵するわけではない。
確かに形容詞の使い方一つを見ても、美しいという見せ掛けの美辞麗句を使って粉飾することで、国民をたぶらかそうとした安倍の言語能力の幼稚さは明らかで、それに気づかずに騙されて人気を盛り上げた国民も、愚かなマスコミと共に見る目か狂っていたと思う。
安倍よりもさらにお粗末な麻生の言語能力によって、国民が言葉の持つ重要性について気づいたというのは、言葉の乱れている時代とはいえ実に皮肉だったということになる。

56 プロジェクトラーニング :2009/08/10(月) 09:55:35
言葉が乱れているときに国民が言葉の持つ重要性に気づいただけではまだ不充分。意味論に通じ使えるようになって実利とする必要があります。そのためには意味論の、スキルとして静的にも動的にもその原理を、もっと広く国民に広めないといけません。私はビジネスパーソンが意味論に通じたら日本経済総体でみると凄い力になると思います。ジャーナリズムの世界でも、別スレッドでヒロイエさんが紹介して下った山岡俊彦さん主催するアクセスジャーナルをみると、飼い犬(pet dog)と対して野良犬(stray dog)があり、弱い者いじめに対する「強い者いじめ」という素晴らしい“らしさ”が浮かび上がっています。もっと言葉を編集して私たち“らしさ”を出し合いましょう。きっとそれが藤原さんにも喜んでいただけることだと思います。

57 プロジェクトラーニング :2009/08/10(月) 10:40:38
そういえばこのスレッドは「最近読んで印象的だった本」だったと気づき、意味論はひとまず置いて、藤原さんが幸田露伴を持ちだされたので、私不肖にも生涯初めてとなる『五重塔』(明治25年)を其一から其三十五まで、めっちゃ読みにくい文体でしたが、これって音読するといいかもとも思い、読了しました。幸田露伴が言っているのは、職人には、社会との関係を遮断してでも仕事へと突入する超越的とも言える瞬間、それに続く純な仕事への集中の大事がある、ということではないでしょうか。私が、総理大臣にむかって言うことではないかもしれないけれど、麻生太郎さんに『五重塔』を読んでもらって所感を述べてもらいたいです。辞書をひかないと読めないので漢字を知るにも都合がよいと思います。

58 村山貴子 :2009/08/10(月) 23:57:04
マンガしか読めずまともに漢字も読めない男が、たとえ自民党の総裁として首相になっているからといって、麻生太郎などに「五重塔」を読んでもらおうと思うのは、発想としてお粗末過ぎるので唖然とするばかりです。
それは著者の幸田露伴翁に失礼であるだけでなく、われわれ露伴の読者に対して無礼であるし、カラスに白鳥の舞を踊れというようなものであり、話題が脱線しているだけでなく議論が混乱している感じがします。

59 山村貴男 :2009/08/11(火) 00:20:56
村山貴子氏の投稿58に乾杯。

60 プロジェクトラーニング :2009/08/11(火) 05:48:49
山村貴男さんは「村山貴子氏の投稿58に」乾杯なんてしてないで、「最近読んで印象的だった本」スレッドで感じたことを述べているだけなのに、意味の通らぬコメントをする村山貴子さんを少しは疑問に思ったらいかがでしょうか。「それは著者の幸田露伴翁に失礼であるだけでなく、われわれ露伴の読者に対して無礼であるし」とありますが、『五重塔』は読者を選ぶのか? そもそも村山貴子さんは、幸田露伴翁と露伴の読者の何なのか? 国民が総理大臣に『五重塔』を読んでほしいと願ったら幸田露伴は失礼だというのか? ですが不肖にも生涯はじめて『五重塔』を読んだ私ですから、そもそも麻生太郎さん云々の前に、お前にごときに『五重塔』を読まれたらたまったものじゃないと言われたような気持ちとなり悲しいですが、宇宙巡礼に学ぶ者として反省し再読し理解に努めます。私にはじみちにそうするしか術がないないので、村山貴子さん、幸田露伴にお詳しいのならぜひご教示下さい。また人のコメントにケチつけてないで、あなたの所感も述べてみて下さい。

61 千々松 健 :2009/08/11(火) 08:45:22
疑問詞構文の8W1Hの中でも、最近はWhoseが重要になって来ていると考えています。Why,What,How to,ないしは論理思考をいくらしても、最後は味方や良き理解者を得ることが大切になるようです。それが「Whose」の意味になります。お互い良き理解者でありたいと願っております。
「それはヨカ、バッテンこう考えたらもっとヨカ」というように、今後とも提示版を「生き生きと」したいものです。
ところで、よく向田さんの小説をもとにしたテレビドラマを真夏に観ていたのですが、今年は無いのでしょうか?

62 プロジェクトラーニング :2009/08/11(火) 10:35:27
千々松さん、向田邦子の「母の贈物」(『きんぎょの夢』に所収 文春文庫)という作品はお読みになっていますか。TBSで9月14日に放映されます。向田邦子に久世光彦がいたように「Whose」は大切です。藤原節で言えば、「結論的に言うと、実力のバランス関係で相手よりも強ければ、ポテンシャルの差で吸い取れるのが情報であり、価値ある情報は相手の側が持ってくるし、知的に追い詰めて本音を叩き出すためにも、信頼される立場を確保することが肝心である。」(『インテリジェンス戦争の時代』P28)の指摘に学び直しました。ご指摘ありがとうございます。

63 プロジェクトラーニング :2009/08/11(火) 18:41:06
村山貴子さんに半畳を入れられて、まったく嫌な気分で今日が明けたが、そして自分の投稿後に「人のコメントにけちをつけるな。つけるのなら価値をつけなさい。」と結んでおけばよかったと臍をかんだ。けれど千々松さんに脚下照顧と諭されたおかけで、気分を取り直しこの貴重な盆休みの間に読んでおこうと思っていたジョン・デューイ『民主主義と教育』 松野安男訳 岩波文庫 の読書にとりかかりました。第一章にこのようなフレーズがあります。「通信を受けることは、拡大され変化させられた経験を得ることである。人は他人が考えたり感じたりしたことを共に考えたり感じたりする。そしてその限りにおいて、多かれ少なかれ、その人自身の態度は修正される。そして通信を送る側の人もまたもとのままではいない。」(上巻P17)宇宙巡礼の掲示板の大事がいいわらわされているようで、皆さんと共有したくなりました。

64 千々松 健 :2009/08/12(水) 11:32:15
プロジェクトラーニングさん有難うございました。今年も向田ドラマを観ようと思います。

「失敗学」の創始者といえる畑村洋太郎氏の書かれた「みる わかる 伝える」は図もたくさんあって理解しやすい。
絵と言葉すなわち「カタチとコトバ」の相乗効果を改めて認識した思いでした。
工学系の出身で創造設計原理の研究をされていると聞くが、次の3点で印象に残った。
第1点目:「見ない、考えない、歩かない」の3ナイではなく、「現地、現物、現人」の3現を通じてのみ真実がわかる。 
第2点目:「順演算と逆演算の関係を、左手系と右手系の関係に置き換えて説明している。両手を合わせることで抜けのない検討ができる。
第3点目:正しいやり方をそのまま書く「陽」と、やってはいけないことをやるとどうなるか、やるべきことをやらないとどうなるかを書く「陰」の両方の知識を持つことで、立体的な見方ができるようになる。

 そして、極めつきは「真の科学的理解とは、要素の摘出と構造化を通じて目の前のものや現象の状態を正確に知り、現象の因果関係を正しく理解することである。」p65
これは要するに「意味論」に通ずるに違いないと思うのだが、更に畑中氏は続けて「だから、真の科学的理解をしている人は、新しく何かを作り出す創造もできるし、周囲の状況の変化によって現象が大きく変わったときにも、それにきちんと対処できるのだ。」

65 プロジェクトラーニング :2009/08/12(水) 16:53:46
千々松さんのコメントにヒントを受け、私は、E.S.フォーガン『技術屋の心眼』を一読してみました。著者は、工学設計の過程を詳細に検討し、近代の科学技術の進歩にもかかわらず、設計の過程においては、数式や計算といった解析的なやり方だけでなく、直観や言葉には表せない思考といったものが重要な働きをしていることを例証しています。図像的な思考というのでしょうか、心眼とは、直観的なイメージを現実のイメージに変換する能力・センスであり、それを養うには、眼を通して入ってくるものをはじめ、耳、鼻はもとより、手触りや重みを感じる筋肉の感覚まで、様々な感覚的情報を集積し相互に関連づける経験であり、人はこれを通して物を本質的に知るとあります。意味論を考えるうえで示唆があるのは、ジェームス・J・ギブソンがいうところの事物が我々に行動を促すアフォードをしているところにあるかもしれません。経営学では、この例は有名なのですが、デザイナーの深澤直人さんは、傘立てのデザインを頼まれて、普通の人は造形物を考えるところを(たとえば、陶器仕様にするか金属仕様にするかとか、四角にするか丸にするかといった具合に)、玄関の壁に沿って床に一本の線を引いて、それに少し窪みを入れたそうです。傘の先をその窪みに置いて、柄を壁に立てるという人の行動をアフォードするデザインです。畑村洋太郎さんの見識に加えて上記も参考にしていただけると「もっとヨカ」です。

66 プロジェクトラーニング :2009/08/12(水) 18:16:35
本ではないですが、三夜連続のNHKスペシャル「日本海軍 400時間の証言」はとても興味深かったです。大日本帝国海軍・軍令部の実態がここまで明かされたのは初めてではないでしょうか。海軍反省会なるものが11年間も続き400時間にわたって軍令部のメンバーが記憶を紡ぎだしたのですから、これは凄い事実です。まさしく対話によって歴史が編集されたと言えましょう。ときの軍令部総長が、陸軍のクーデータを恐れ、海軍が先手をとって(今ならまだ勝てる可能性があると)開戦になし崩し的に動いていったという証言は生々しかったです。東京裁判では、戦争指導者として文官1人、陸軍関係者6人が絞首刑となりましたが、海軍関係者の被告は終身刑でその後釈放されています。この際にも、水面下で海軍トップの裁判対策を組織的に行っていたという証言でした。これでは海軍あって日本の国家なしではありませんか。300万余人もの日本人の命を奪うという結果を招いたことに対して、いま現在を生きる我々は、人と組織が持つ問題に対して歴史からの示唆をもっと深く知らなければならないと感じました。

67 千々松 健 :2009/08/12(水) 18:48:27
飛鳥時代以前には日本へ道教が伝わっていたのですから、飛鳥時代にイランからゾロアスター教が伝わっていたのではないかという松本清張の仮説(小説「火の回路」)は興味が持たれます。
逆に日本がルーツかも知れないという逆序の発想も必要で、順序と逆序の両方の視点から考古学は見て行かねばならないと思われます。少なくともそれを受け入れる「何らかの素地」が無くてはならないわけですから。
ただし、逆はあり得ないという証拠が一つでも見つけられれば、それは氷解されるという理屈になります。

 さて、小室氏の意味論は数学的な証明論のようではないかと思われ、「形式論理」や「詭弁の論理」で「ためにするインチキ」や「ウソ」に誘導され、まんまとそれに引っ掛かるのが「意味オンチ」になるのでしょう。一度、冷静になって、絵に描いて集合論で確かめることが必要だといっているのではないかと推察します。
そして、「必要十分条件」が満たされて、初めて正しいと見なければならないということなのでしょう。
歴史から学んだり地質学を学んだりは、まさに逆序の発想が大切になるのですね。

68 T.N. :2009/10/10(土) 22:48:21
 「やっぱりあぶない、投資信託」、「やっぱりあぶない、個人向け国債」。どちらも今年の6月4日に亡くなっ
た水沢渓氏の著書です(享年73)。共に110頁ぐらいの薄い本なのですが、単なる投資指南本に止まらず、歴
史的・世界的視点で経済の解説を行っています。これほどコンパクトに纏め、なおかつ説得力を持ち、わかりやす
い本というのはちょっとありません。
 「投資信託」の方は2006年末の出版。ニューヨーク株も東証株価も危険水域に入っていると警告しています。
わずか半年後に、サブプライムローン問題による株価暴落が起き始めました。「国債」の方は2007年夏の出版。
第5章の近未来シミュレーションには、日本国債のデフォルトと、総選挙で与党が議席を半減させる敗北が記されて
います。日本国債のデフォルトこそまだですが、見事な予言書です。

69 藤原肇 :2009/11/05(木) 00:23:04
日本問題を専門にしたり日本についての仕事をする外国人で、、文科系や政治問題を扱う人の圧倒的な多数が、たいていの場合に奥さんが日本人女性であることは、私の数十年の海外生活で確認したことである。
日本でも財界や政界あるいはジャーナリズムの世界において、目覚しい活躍をしている人のほとんどの場合が、夫人のほうが人間的に優れていたのも事実である。
ということは、連れ合いが優れていない男はうだつが上がらないか、奥さんが悪かったので離婚し再婚していないケースが多い。特にアメリカのジャパノロジストにおいては、奥さんの考えを英訳して成功している人や、奥さんの指導が実って日本の専門家として大成している人が圧倒的である。
日本びいきのオーストリー系のアメリカ人として知られ、日本でもフアンの多いマネージメントの発明家である、ピーター。ドラッカー博士の場合も同じである。ドラッカー博士の方が家柄としてはより上流水球であり、ウィーンでのつき会った人が凄かったことは、『傍観者の冒険』を読めば明らかだ。
しかし、ドイツ生まれの夫人のドリスが書いた自伝である、「あなたにめぐり会うまで」を読むことによって、ドラッカー博士が素晴らしい妻に恵まれ、そのお陰で大成したことがよく分かるだけでなく、第二次世界大戦に至るまでのドイツの社会が、こんな興味深い社会構造と文化を持っていたと明白になった。
ただし、この本は絶版であり入手困難だから見つけるのは大変で、私は出版社が持っていた最後の一冊を社長からもらい、こんな有難いことはないと思った次第である。

70 プロジェクトラーニング :2009/11/05(木) 05:36:05
藤原肇さんの記事を読んだ後に思いついたのは小泉八雲です。パトリック・ラフカディオ・ハーン(Patrick Lafcadio Hearn)であり、一般的に知られているラフカディオは彼のミドルネームです。1890年40歳で来日、翌年に島根県松江尋常中学校と島根県尋常師範学校の英語教師に任じられた後、日本人の妻と結婚(やはり奥さんが日本社会への良き道先案内人だったようです)、帰化して三男一女の子をもうけ、1904年54歳の若さで狭心症により当時の東京の自宅(牛込)で亡くなっています。最近読んで印象的だった本として『神国日本』を推します。またハーン研究書として『神々の猿』 ベンチョン・ユーは優れています。いずれも読み進めているうちにハーンに「おまえはそれでも日本人か」と詰問されているような気になります。なにゆえハーンはこれほどまでに日本を知り通し得たのでしょうか。

71 田中治 :2009/11/05(木) 12:10:25
昨晩、夕食後の寛ぎの時間に、久しぶりにテレビに電源をいれるとアメリカのウェルズリーカレッジを舞台にした映画「モナリザ・スマイル」を放映していたので鑑賞した。映画のシナリオは1954年前後の設定であり、その頃のアメリカの上流階級の子女の精神構造に思いや想像をめぐらせながら、男と女についても考えさせられていた。今朝になり、藤原さんの投稿を読んで、すぐに思いついたのは犬養道子著の「男と女」である。
古今東西の歴史や文化さらには文明の中で、男と女はいかに存在し機能してきたか、また「自然」から「雄雌」を見る視点をもち、ホモ・サピエンスとはなにかについて考察されている点でも、単なる知識を越えて深く考えさせられる名著であるとおもう。この本が出版されたのは1970年代であり、“ウーマンリブ”が声高に叫ばれた時代背景も無視はできないが、内容はきわめて普遍的なテーマがほとんで、人間なら誰にとっても無視できないテーマでもある点で一読の価値はあると思う。

また映画のタイトルにモナリザとあり、実際に映画のなかでレオナルド・ダヴィンチのモナリザの絵が登場するので、千々松さんが別スレッドでフランスのシャンボール城にある二重螺旋階段について触れられていたことを思い出した。わたしもここを訪れたことがあり、ダヴィンチが設計したとされるこの螺旋階段を登って屋上に出て、そこからの眺めを満喫したことを思い出した。

シャンボール城は地上から眺めたり、内部を歩き回っているときよりも空から俯瞰してはじめてその凄さを実感できるタイプの城であり、航空写真を見ると、四角形や円形や三角形が随所に配置され、その中を二重螺旋が階段の形をとって、天地を貫く構造になっている。ひたすら天や東に志向する神の家としてのゴシック教会やファサードが特徴的なイタリア・ルネッサンス様式の建築物とは一線を画した当時としてはある意味実験的な城なのではないかと感じた。屋上から眺めたときにまず目に入ったのは、意外なことに水路であり、おそらくロワール川から引いたものだと思うが、これもダヴィンチの水道計画を採用して作られたらしい。

72 田中治 :2009/11/05(木) 12:11:13
ロワール川流域に建つ数々の古城のひとつにアンボワーズ城があり、ダヴィンチを庇護したフランソワ1世はこの城に居たらしい。このアンボワーズ城からすぐ近くにクロ=リュセというこじんまりした城館があり、ダヴィンチは晩年この城館に滞在し世を去っているが、今でも多くの観光客が世界中から訪れていてダヴィンチの世界的な人気を再認識した。城館の内部はもちろん興味深いのだが、もっとも感銘を受けたのは、城館に属す広い敷地の庭のそこかしこに、ダヴィンチの発明した戦車や建造物の模型、絵画などが置かれ、訪れた人が自然のなかを自由に散策しながらレオナルドの作品を鑑賞し、それぞれが思いを馳せることができるような仕組みになっている。わたしが訪れたのが盛夏だったこともあり、燦燦と降り注ぐ陽光が豊かに茂った木々の葉の緑に映え美しく、心地よいそよ風とともにダヴィンチの作品を自然のなかで鑑賞した。以前、ダヴィンチが生まれたとされるヴィンチ村にも滞在したことがあるが、トスカーナの豊かな田園風景が広がる美しい自然の風景を思い出し、レオナルド・ダヴィンチは自然から生まれ自然に帰していったことを痛烈に実感した瞬間でもあった。クロ=リュセでのこの粋な展示は、ダヴィンチがフランスにとって客人だったものの、彼を受けいれたことの栄誉を500年経ってなお、このような形で表し、万人にシェアしているのだろうというフランスの気概のようなものさえ感じた。

イタリアではレオナルド・ダヴィンチというとまっさきに絵画が思い浮かぶが、フランスでの彼はひたすら幾何学・建築・水の研究・都市計画の研究をしていたようであり、ここでの研究の成果はそのまま、その後のフランスの発展の大きな源のひとつになっているように思える。

話が随分脱線したが、男と女なる視点からダヴィンチを眺めると、彼は生涯妻を娶らなかったし、どの地においても女にそれほどの関心を示していないのは明らかで、彼が肉体的に両性具有だったとする説もあるようだが、いずれにしろこのルネッサンスの巨人は、自己の内部において女的なるもの・男的なるもの、つまり両性を同時に内包し、機能させ、足りない点について他者から補完してもらう必要がなかったのかもしれない。

映画「モナリザ・スマイル」はジュリア・ロバーツが主演の、全体としていささか味わいに欠けるハリウッド映画だとは思ったが、モナリザの微笑の中に含まれる普遍的なテーマを久しぶりに思い出し、いささかパッチワーク的な内容だが、犬養道子著「男と女」を再読しながら、思いつくまま投稿させていただいた次第である。

73 千々松 健 :2009/11/06(金) 17:08:02
田中さん シャンボール城とレオナルド・ダ・ビンチのレスありがとうございます。
先週、フランスの思想家レビストロース氏が100歳で亡くなった。「男と女」の関係を人類学者として構造的に探求されていたと聞く。
AからBに変換することに対して、BからAに逆変換することも同様に「可逆的な変換」であるとした。と橋爪大三郎氏は悼みの記事で書かれていたが、
そらはまさに「順序+逆序=秩序」を意味していたのであると思われる。

74 田中治 :2009/11/06(金) 21:00:41
千々松さん、シャンボール城の構造についてフィボナッチ数列の観点から繋げていただきましてありがとうございます。また構造主義の巨人レヴィ=ストロースの男と女の人類学的構造論は是非読んでみたいものです。シャンボール城ですが、365本の塔には私自身気づいていませんでした。ご指摘感謝いたします。また千々松さんの○△□のお話と繋がって、わたしの頭ではついていくのが大変ですが、大変興味深く読ませていただいております。シャンボール城は城そのものの構造には大変興味をそそられるのですが、「場の選択」が正しかったのかどうかについては、私もまだよくわかりません。
話は少し変わりますが、イタリアのプーリア州にカステルデルモンテという古城があります。この城は8角形ですが実際に訪れた際、コンパスで方角を測ってみましたら、八角形と8方位は完全に一致しておりました。また冬至や夏至時の太陽の位置・月の位置を計算して作られたとスタッフの方が話されていました。実際、冬至や夏至の日にここで天文観測することもあるそうです。(行ってみたいものですね!)この城は13世紀の神聖ローマ皇帝のフリードリッヒ2世が築城したとされる城だから、フリードリッヒ2世に庇護されたフィボナッチはここを訪れたか、実際に設計に携わった可能性すらあるのではないかとかねてより思っておりますがいかがでしょうか。私などと違って、千々松さんが実際にご覧になれば、相当な発見があるだろうと推測いたします。

75 千々松 健 :2009/11/07(土) 08:05:25
田中さんのイタリアの「カステルデルモンテ」のご紹介ありがとうございます。
お陰様で、新たなイメージが湧きそうです。今はやりの「検証」に多少時間がかかりそうですので、取り敢えずは下記のコラムをご覧ください。
「ゼロと紙の旅は道連れ」
http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/column/zerotokami.html

76 我星(マイ・スター=Meister) :2009/11/07(土) 11:09:55
前回の欧州出張中に偶然立ち寄った本屋で VITRUVIIの『DE ARCHITECTURA LIBRI DECEM』(建築十全)のラテン語 ドイツ語対訳本を入手することができた。VITRUV自身についてはあまり知られていないが、ローマ皇帝AUGUSTUSに仕えたVITRUVは、この本を皇帝に捧げており、その格調高い導入部分は、2000年の時空を超えて現代において読者に新鮮な感動と喜びを伝えるものである。この本は紀元前33年から22年ごろにかけて書かれたと思われるが、以来古代ヨーロッパ社会における建築に関する古典的名著として、幾多の建築家、建築従事者、知識人、聖職者に(密かに)読み継がれてきたことは、引用のされかたからも窺い知れる。先に話題になっているダビンチが25歳ごろにはこの本の印刷版がイタリアで出ており、ダビンチの死後ではあるが、その後ローマにおいて1542年にはVITRUVの研究と彼の著作の忠実な再興を目的としたACCADEMIA DELLA VIRTUが結成された。

77 我星(マイ・スター=Meister) :2009/11/07(土) 11:10:36
前回の欧州出張中に偶然立ち寄った本屋で VITRUVIIの『DE ARCHITECTURA LIBRI DECEM』(建築十全)のラテン語 ドイツ語対訳本を入手することができた。VITRUV自身についてはあまり知られていないが、ローマ皇帝AUGUSTUSに仕えたVITRUVは、この本を皇帝に捧げており、その格調高い導入部分は、2000年の時空を超えて現代において読者に新鮮な感動と喜びを伝えるものである。この本は紀元前33年から22年ごろにかけて書かれたと思われるが、以来古代ヨーロッパ社会における建築に関する古典的名著として、幾多の建築家、建築従事者、知識人、聖職者に(密かに)読み継がれてきたことは、引用のされかたからも窺い知れる。先に話題になっているダビンチが25歳ごろにはこの本の印刷版がイタリアで出ており、ダビンチの死後ではあるが、その後ローマにおいて1542年にはVITRUVの研究と彼の著作の忠実な再興を目的としたACCADEMIA DELLA VIRTUが結成された。

78 我星(マイ・スター=Meister) :2009/11/07(土) 11:23:39
キリスト教以前の本に接することで、本当に清々しい気分になる。私はラテン語をスラスラとは解さず、意味はドイツ語対訳を通じて理解しているが、二ページ見開きで左にラテン語、右にドイツ語の対訳という形式になっており、ドイツ語で対訳を読んだ後に、ラテン語にも目を通すようにしている。ラテン語を静かにつぶやきながら復唱することで、頭の中が洗われる、清々しい気持ちになり、数年前に南イタリアのサレルノにある古代ギリシャ遺跡PAESTUMの神殿の面影が、頭の中に蘇るのである。そして、欧州を旅し、行く先々で接し目にする物を言わぬ石造建築に、古代から脈々と伝えられる叡智の具体的表出を感じ、えもいわれぬ畏怖と親しみを感じる次第である。

79 我星 :2009/11/07(土) 23:12:18
Architecti est scientia pluribus disciplinis et variis eruditionibus ornata, cuius iudicio probantur omnia quae ab ceteris artibus perficiuntur opera. Ea nascitur ex fabrica et raciocinatione. Fabrica est quae manibus perficitur e materia, cuiuscumque generis opus est. Ratiocinatio autem est, quae res fabricatas sollertiae ac rationis pro portione demonstrare atque explicare potest.

80 我星 :2009/11/07(土) 23:21:58
勝手な意訳 
建築に従事するものに必要なのは実際の作業を通じた熟練の腕、技能、肉体的作業(FABRICA)と、知識、精神的作業(RATIOCINATIO)である。

81 千々松 健 :2009/11/08(日) 22:23:35
>79「 rationis proportione demonstrare 」
我星さんが引用文された最後の行の部分は注目に値すると思われます。
「ラティオ」とは自動車の名前にありますがレシオ、比率、律動の意味ですから、
超意訳になるかもしれませんが「比率としての割合を実証している」「神聖なる比例を表出している」
となると思います。無論「Divina Proportione」は神聖比例と訳され、近代は「黄金比」と呼ばれています。
良く知られているように黄金比はフィボナッチ数列に関係してきます。1,1,2,3,5,8,13,21,34,54,88,144、、、
現代建築家のル・コルビジェはそれを3倍にした数列を「モジュロール」と呼んで使用していました。彼のデザインは素晴らしいのですが、3倍の数値のみに意味を持たせようとしたので、残念ながら後継者がいなかったようです。
フィボナッチ数列の考えの基本にある古代の「フトマニ」の思考からすれば、実は初項と第二項にどんな数を持ってきても、大項目で隣同志の比率を計算すれば、すべて黄金比になることは前に述べたように事実ですので、もっとオープンに構えるべきだったと思われます。

82 千々松 健 :2009/11/09(月) 10:56:14
>81 済みません訂正です。
「律動」は「リズム」のことであって、ラティオの訳としては正しくないのでした。
ただし、フィボナッチ数列とそこからも生まれ出る神聖比例の黄金分割は広い意味での「宇宙的リズム」として認識してよいのではないかと思うのです。
「音」も「光」もこの「宇宙的リズム」の中に在ると考えて良いのです。そして、それは時空の中では「螺旋」として表出されるのです。

83 千々松 健 :2009/11/09(月) 12:02:30
>74、75のつづき
今回、神聖ローマ皇帝のフェデリコ(フリードリッヒ)2世について知り得たことですが、彼はイスラム教とキリスト教とユダヤ教等の混在したシチリア島で教育を受けたおかげで、9ヶ国語を操るほどの国際人であり、鷹狩り好きで、カステルデルモンテを建てたようです。科学と数学を好み、ピサのレオナルドと呼ばれたフィボナッチを良く宮廷に招いていたようです。またナポリ大学の創設者でもあり、南イタリアの文化風土を築いた人物のようです。
『また「8」という数字は、風位と宇宙的均衡を示し、イスラム世界においては、天国を寓意する数字だそうです。フェデリコ2世は、幼少の頃から天文学や数学に特に強い関心を示していただけあって、数字のもつ意味に強いこだわりがあったということを聞くと、何やら深い意味がありそうですが、今となっては全て推測するだけしか出来ません。真東を向いた玄関の縦横の長さは、五芒の星に基づく黄金北によっていて、これはルネッサンスの先駆けと言えるそうです。また、5つずつある暖炉と雨水溜は、「火」と「水」を表しているそうです。建物の影は、春分と秋分の正午になると、中庭の縁までを満たすようになっています。また夏至の時には、中庭のちょうど真ん中の天空に、中世の北極星ヴェガが現れるのです。合理的な知識人でありながら、占星術や予言を畏怖していたフェデリコ2世は、この城の設計に当たって、スコットランド人の天文学者を招いたと言われています。』
フィボナッチ自身がどこまで設計に関与したかは探れませんでしたが、「スコットランド人の天文学者」が関係していたとすればケルト文化の影響も当然入っていたと思われます。やはり建物内には左回りの螺旋階段があるそうです。
それにしても、イタリアの「二人のレオナルド」には興味が湧きますね。

84 さげ :2009/11/09(月) 23:03:37
暴政が支配する日本に救いはあるか(1)
のリンクがおかしいです

85 西條 謙太郎 :2009/11/14(土) 02:09:22

我星さんや田中さんのように、「ウィトルウィウスの建築十書」をラテン語
・ドイツ語対訳で読んだり、数多くの古城を実際に訪れたりして、ヨーロッ
パでの幅広い見聞と考察の経験をもとに、古典や建築を通じて叡智を探ると
いうことは、まさにルネッサンスの教養人と同じ体験をされているというこ
とで、たいへんすばらしいことだと思います。

グローバル社会の現代において、非ヨーロッパ世界の人々にも、ヨーロッパ
、ギリシャ・ローマおよびそれ以前からの叡智の伝統の存在を伝え、それら
の叡智へのアクセスの道しるべを置いておくことは全体のバランスを取るう
えで重要なことだと思います。

なお「ウィトルウィウスの建築十書」に関してご参考情報を
下記しておきます。

http://www.tohata.co.jp/memorial/pdf/tohatakenzo.pdf
http://blog.u1architects.com/?eid=568994
http://www.kanazawa-it.ac.jp/dawn/152101.html

86 千々松 健 :2009/11/14(土) 19:57:04
>85 西條さんの情報に感謝します。
ローマ皇帝アウグストュスに仕えたマルクス・ウィトルウィウス・ポリオがBC1世紀に書いた「建築について」は欧州最初の建築論書であるという。「ウィトルウィウス建築十書」として1521年にイタリア語に訳されたものが現存していた。
ダ・ヴィンチの人体図のルーツを見て、一つの疑問点が解消された。大枠としての正方形の中に内接する円があり、さらにその円に内接する正方形があり、その中で両手と両足を大きく開いた男性裸体が描かれていた。図形的な中心はヘソや陰部ではなく丹田に位置しているように見える。
鉄棒で逆上がりをした時の支点も丹田に来るようだし、丹田呼吸法も考えると興味深い。
いずれにしても、元々は円と四角が内・外接していたものがあったという事実を確認できて嬉しい。
実際の建築においてこそ、●▲■の幾何学と黄金比に代表される代数学が美しく融合しているのではないかと感じられる。

87 松本英樹 :2009/11/24(火) 11:16:46
ダ・ヴィンチがウィトルウィウス(ビットルビウス)の人間正方体図を参考に
したとした場合、彼は人体バランス(1:√2)の比率を否定した。
その時、この人体図に2つの違和感を感じたのではないだろうか?

①図は緊張した体勢(引っ張られた姿勢)で、腕の長さが異常に長い。
②人体の中心点は、ただ1点でいいのだろうか。(静態と動態)を含めるべき
人体バランス比率は、大枠□、内接●、内接□で構成される(1:√2)より、
(1:Φ)の比率が、より自然体バランスに近いと見抜いたのだろう。
黄金比が判るヒントとして□と○を合わせたともいえるかもしれない。

解剖学上、果たして丹田なる存在が理解されていたかどうか解りませんが、
陰陽を考慮すると、人体が回転し、背中を見せる図になるが、そこに「生命の樹」
が浮き出てくるかもしれませね。

88 松本英樹 :2009/11/26(木) 06:10:48
>87
(1:√2)の比率を否定した、という表現は強すぎました。
(1:9√2/10)の方がより実態に近いと感じた、というニュアンスです。
日本人は日常的にこの比率の中で生活しています。
畳の部屋で(大の字)に寝転がるだけですが(笑)

「最近読んで印象的だった本」という表題とかけ離れますが、最初にこの人間
正方体図に出会ったのが「間脳幻想」P279.1990年代初頭。この図は
大変インパクトがあり、後に、正方形の対角線から黄金数を導く図法、直角三角形
の転がし運動に繋がります。□△○の併せ技です(笑)

89 千々松 健 :2009/11/26(木) 12:55:37
○△□の文明論。
木の文化と石の文化の建築における差異を考察すると面白い幾何学が学べます。
自然の木から角柱を切り出すには√2の比率が大切となり、それは1.414の白銀比が生じます。
岩壁から石は直方体に先ずは切り出され、そこから円柱なり球体を更に切り出す時には(1+√5)/2すなわちラージファイ=Φが関係してきますので、
当然に黄金比が生じます。
 すると、木の文化からは白銀比が生まれて、石の文化からは黄金比が生まれる運命にあったのです。
ウィトルウィウスの述べていた「建築に従事するものに必要なのは実際の作業を通じた熟練の腕、技能・・」(我星さんの訳)
の意味するところは、黄金比に通じることさらに言えば、フィボナッチ数列を操れることになるのではないかと思わされました。

90 千々松 健 :2009/11/30(月) 12:17:05
ウィトルウィウス(Vitruvius)やレオナルド・ダ・ビンチが●▲■を人体図を使って考察していますが、一体何を見つけようとしていたのでしょうか?
その点について、既に誰かがどこかで述べているやもしれませんが、もしもあれば是非とも検証しなければならない興味深いテーマです。
さて、台湾の張錦春さんがご自身の鉄棒回転運動によりにより「動態幾何学」の心髄を示されていることに大きなヒントを頂戴したおかげで、
●▲■の基本図形の各種比率が整数や黄金比や円周率に依っている事実と、白銀比は円に対して内接する正方形と外接する正方形との間に登場することが理解されました。
本来は「フィボナッチ数列の殿堂への夢」のレスに適した内容かもしれませんが、ダ・ビンチゆかりのシャンボール城とフィボナッチゆかりのカステルデルモンテ城の建築設計美からの一連の繋がりから
ここに致します。
 ご参考までに
レオナルド・ダ・ビンチとウィトルウィウスの人体図
http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/pythagoras/VV.html
ダ・ビンチ・コードと●▲■の秘密
http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/pythagoras/PP.html

91 藤原肇 :2009/12/01(火) 00:53:22
カンボジアへの旅に持ってきた『持丸長者』に取り付かれてしまい、アンコールワットの遺跡が後回しになるほど熱中して、「幕末維新篇」と「国家狂乱篇」の二冊を四日かけて読了しました。凄い情報量であり、目下のところ頭がくらくらしています。
私が広瀬さんの本と出会いを持ったのは「クラウゼヴィッツの暗号」であり、これは中国各地の大学を歴訪した旅の時に、飛行機の中で読んで面白いと思った本でした。
そして、北京大学の図書館に案内された記念として、各地の大学にプレゼントするために持って行った、出て間もない『アメリカ人、ロシア人、中国人とつきあう法』と一緒に、毛沢東が働いたという北京大学図書館に寄贈したものでした。
そのときに北京大学図書館長から訪問記念として、古い活字で印刷した『離騒』と『楚辞』を貰って来ましたが、確か田中角栄も周恩来から貰ったように記憶しています。
それにしても、私よりも若い世代の広瀬さんが大いに成長して、『持丸長者』のような手間隙だけでなく、重厚なリサーチが必要な本を造ってくれたことは、実に嬉しいと思わずにはいられません。
今回のカンボジア旅行の最大の成果は、日本を動かした怪物たちとの出会いでした。

92 T.N. :2009/12/02(水) 23:49:14
 「持丸長者」は未読ですが、新聞にかなり大きな広告が出ているのを見たことがあります。おそらくそこそこ
売れたのでしょう。広瀬氏と藤原氏の視点には共通するところが少なくないと思いますが、一方が割と大きく取
り上げられるのに、もう一方は存在自体が危険視され、書評すら出ません。藤原氏の本にあって、広瀬氏の本に
ないのは何か、読み比べてそんなことを考えるのも、面白いかもしれません。

93 千々松 健 :2009/12/11(金) 21:57:35
本日、偶然に「経世済民の新時代」をブックオフにて入手しました。
1994年712号タケヤマ・レポートの再録である「大不況を動態幾何学で読む」は特に圧巻でした。
フィボナッチ数列の秘める自然の発展法則をF(ファイ/藤原)座標とガウス座標(複素数空間)を使用して、信用と実物経済の関係がもたらす社会循環モデルを落合氏と構築されていました。要するに静態的から動態的均衡理論へと新しい次元で思考することの必要性が説かれています。
帝王学には昔から幾何学が必要で、21世紀は動態幾何学に移行しなければいけないというわけです。陰陽太極図は人間に理解しやすいように平面投影しているが、本当は蚊取り線香に似た対数螺旋なのでした。
「メタサイエンスの時代の訪れとアジアの世紀」では藤原博士がUSAを去り、これからの未来あるアジアへ移動された意味が理解できます。

要修正点:p117 「これは用紙のA、B判や葉書の縦横の比率で、美学でいういわゆる黄金分割というヤツですな・・・。」(落合氏の反応)は修正が必要です。実はA,B判は1:√2の白銀比の方です。また葉書も多少違います。普通の「名刺」の比率は1:1.618で黄金比になっています。
ただし、A判とB判との関係には実は黄金比が隠れているのでしたね。

94 千々松 健 :2010/01/05(火) 14:43:41
「論理哲学論考」の冒頭でウィトゲンシュタインは①「成立している事態の全体が世界である」②「対象の配列が事態を構成する」と簡単に言ってのけている。
私的には、この二つは「21世紀マンダラ」としての「神聖方陣」が①で「ラセンモデル」が②に相応すると考えることで納得した。
①は陰陽で成立している形態としての世界であり。②はFLKM系列の4つの数の流れ(配列)により自己増殖するように構成されたプログラムソフトである。
また、①が結果で②が原因であるとも言えるし、①が陽=順序で、②が陰=逆序であり、②と①が揃って世界の秩序(陰陽太極図)が表わされていると言えるかもしれない。
松岡氏の千夜千冊に出ていた「ウィトゲンシュタインとカタルトシメス」は良く言い得て妙である。

95 千々松 健 :2010/01/12(火) 10:10:03
1月11日 首相動静
『午前11時43分、東京・丸の内の丸の内オアゾ着。同ビル内の書店「丸善丸の内本店」で本を購入。松井孝治官房副長官、編集工学者の松岡正剛氏が同行。午後0時50分、同所発。同52分、東京・丸の内の丸ノ内ホテル着。同ホテル内の日本料理店「椿壽」で松井、松岡両氏らと昼食。
午後1時40分、「椿壽」を出て、同41分から同3時39分まで丸ノ内ホテル内の客室で松井副長官、松岡氏と懇談。同41分、同ホテル発。』
(時事通信より一部引用)
注目の「松丸本舗」には寄らなかったようですが、松岡正剛さんとの会話はどのようなものであったか興味が持たれます。いずれ、「編集工学的」に公表してもらえるでしょうが期待しています。
また朝日新聞の首相動静欄では『「暴走する資本主義」(ロバート・ライシュ著)、「レヴィ=ストロース講義」(クロード・レヴィ=ストロース著)、「日本辺境論」(内田樹著)など28冊を購入。』とありました。
それら28冊の中には「さらば暴政」も含まれていたのでしょうか。既に購入済みであってほしいものですね。

96 千々松 健 :2010/01/18(月) 20:18:02
1)「ぼくとガモフと遺伝子情報」という本の中で書かれていたことですが、DNAの二重螺旋構造で有名になったJ.D.ワトソンは、ガモフから手紙を貰っていて、その中でDNAがAGCTの4つの塩基を持っていることと遺伝子の働きにまつわる謎を解くのに数理論的アプローチが役立つ可能性を示唆されていたようです。
また、他の個所ではタンパク質は全て3Nアミノ酸(9,9,21,30,39,126、及びタバコモザイクウィルスの場合は135)の数から構成されているという個所にも出会いました。構成数は3の倍数であり、mod9では0又は3になることになります。
昨年、新型インフルエンザの理論的な組み合わせはN9H16で144種類が予想されるということを知り、その時にも1+4+4=9で、mod9上では0となることを認識したのですが、本日の本との出会いで全てのタンパク質がそうであることになれば、ガモフの手紙の意味するところは重大であった訳です。それに対してワトソンはガモフを避けていたきらいが感じられます。きっと、二重構造を映したX線写真をある英国の研究機関から不当に入手していたことをとやかく言われたくはなかったからでしょう。

2)「したがって、非を退けて是のみを求め 混沌を退けて秩序のみを求めるのは 天地の理をわきまえず 万物の情にうとい人間のすることだ」荘子秋水篇第17
これはエリッヒ・ヤンツが「自己組織化する宇宙」の冒頭で、―自己組織化パラダイムの触媒者イリヤ・プリコジーヌに捧げた―引用文です。
ニューサイエンスの盛んな80年代に先端物理学者が東洋の考え方にヒントを見出そうとしていた証拠の一つですが、とても含蓄が有りますね。

97 千々松 健 :2010/02/07(日) 22:05:40
「かたち」の謎解き物語 ―日本文化を●▲■で読む―宮崎興二著
宮崎氏は四半世紀前に「プラトンと五重塔」という本で刺激を受けたことのある建築工芸家です。
「天地人」は伏義・女媧・神農に通じ、伏義と女媧はコンパス(規=き)と定規(矩=く=さしがね)の象徴であるという、神農はそれらを道具にして形づくられたものになろう。
左右という漢字も「左」という字は手に定規を持って直線と直角を描いている形であり、「右」という字は手にコンパスで円を描いている形であるという。(口はくちであって丸である)
そして、左右をカサネた「尋」と言う字は左右の内部の工と口が含まれていて、ヨはコンパスであり、寸は定規であることが見て取れ、「神を尋ねる」という意味になるという。

 私は「尋ねる」が甲骨文字に一番多く残された文字の「貞く」(きく)に関係し、その派生語が「兆」であるので、亀甲占いが左右のどちらに裂け目が現れるかを見て判断した様子を窺い知ることが出来ると思う。また「貞く」(きく)は「規矩」(キク)と同音であるのは偶然ではなかろう。
さらに、●▲■を図形との関係で考察すると、伏義はコンパスであるから●すなわち天であり、女媧は定規であるから■すなわち地であり、神農は円と四角の中間的な存在として多角形(八角形が代表とされる)がイメージされる。それは三角形の集合体として把握されるので▲すなわち人になるのではないかと思う。

98 藤原肇 :2010/03/22(月) 06:41:36
アメリカへの旅を前にして準備のために、一日を誰にも会わずに使うつもりだったが、読み出した本があまりに興味深かったので、何もしないで夜中まで読んでしまった。その本はパリに住む竹下節子の「レオナルド・ダ。ゥ゛ィンチ伝説の虚実」(中央公論)であり、読み進むに従い藤井先生との対談を思い出し、こんな不思議な照応関係がありうるかと不思議な感慨に包まれた。
実は『間脳幻想』に続く対談の第二段として、『秘密の生理と秘密結社の文明史』とでも題した、本を作ろうと編集作業したことがあり、先生との対談のテープを書き起こして、最初の章を一週間かけてワープロに打ち込んでいた。第一章はピラミットの建設の設計についてで、フィボナッチ数列を使った計算を繰り返し、画期的な議論をまとめたと満足したのに、ワープロのボタンを押し間違えたせいで、データがすべて消えて失われてしまった。
失った第一章に費やした努力が大きかったので、虚脱状態に陥って仕事は永久に放棄されてしまい、藤井先生との十年間の対話によって、数冊は出来るはずの対談の企画は挫折したままだ。実に惜しいと公開し続けたが、ピラミッドの設計の計算をやり直すことは、とても再挑戦する気になれないほどで、あの頃が能力と気力で私の絶頂だったのだろう。
竹下さんの本は『ダヴィンチ・コード』批判をベースにして、フィレンツェにおけるネオプラトニズムを軸に、レオナルドや秘密結社の歴史を論じているが、われわれの対談は秘密を持つ人間の心理が、脳内ホルモンと堂関係しているかを土台にして、秘密結社の歴史について論じたように記憶する。それにしてもボタンの押し違いでデータを失い、ショックで企画を放棄したことが惜しまれ、竹下さんの本で輪郭の一部を思い出せたのはうれしい。
人生の巡り会わせとは実に不思議であり、藤井先生との友宜を懐かしく偲ぶ私大である。

99 藤原肇 :2010/03/22(月) 07:50:00
98は思いつくままに書き綴ったために、誤字だらけで読みづらものになつてしまつたが、読んだ本で突然のように藤井先生の思い出がが蘇ったのは、今の瞬間が春分の日でお彼岸の仲日であり、故人の霊が訪れたということがあるのかも知れない。そういえば書き込みをしている今の瞬間に太陽が真東から昇り、昔の人の自然暦の精神と対面できる意味で、春分の日の日の出を迎えることは素晴らしい体験になった。
先週の週末は読者の一人で川崎市の矢向に天然温泉を掘り当て、縄文天然温泉志楽の湯の持ち主に招待され、素晴らしい湯質の温泉に一泊してきただけでなく、翌日は八ヶ岳の裾野の茅野市に彼が持つ、野天風呂を楽しむために案内されて一泊してきた。そこは尖石の泉といって縄文中期の遺跡があり、日本最古の神社のひとつの諏訪神社を含めて、そこから藤原家の産土神の鹿島神宮は真東に位置し、春分の日は東西軸を決定付ける瞬間でもあるる
しかも、出雲族の霊山である奈良の三輪山の真東には、国譲りの後で支配者になった天孫族が伊勢神宮を作り、三輪山の真北には日枝神社のある比叡山がある。そして、日枝神社の真東には久能山が位置しており、徳川家康は江戸の真北に日光の東照宮を建てている。
最近は平野貞夫さんと連続して対談をしているが、坂本竜馬は北辰一刀流の免許皆伝であり、その背後には北極星による妙見信仰があつて、日本の大掃除への動機が生きているのだが、果たして平成無血革命の行方はどうなるのだろうか。そんなことを春分の日の太陽を見て思ったが、藤井先生と『間脳幻想』を共著にもてたことは幸せであり、この書き込みが99で次は00で再生を意味し、これまた奇妙なめぐり合わせになったのも面白い。


100 松本英樹 :2010/03/22(月) 10:06:12
<幻のピラミッド設計図>
私が黄金分割ピラミッドの設計図を纏めることが出来たキッカケは「間脳幻想」
であることは間違いないのですが、もしも藤原博士が原稿の消去という事故がなく、
無事に出版されていたならば、黄金分割ピラミッド初号基は藤原博士の手で完成されて
いただろうと思います。是非この目で見てみたかったです。誠に残念なことです。

ピラミッド設計を考察してゆく過程では色々と不思議な体験が起こるようですね。
藤原博士の原稿消去事件はいつ頃の出来事でしょうか? 
ちなみに1996年〜1998年にかけて「ピラミッドとフィボナッチ数列」を関連
付けて考察していた人たちが日本でも幾人かいたことが後で判りました。
(インターネットは便利なツールですね)私もその内の一人でしたが・・
世界中だといかほどか。これは共時性の出来事ではないかと思っています。
黄金分割ピラミッド模型を組み立ててゆく過程を写真に残しましたが、
それらの写真の中に不思議な光の玉が写ることもありました。
また考えが煮詰まり、思考停止に陥ったとき、「後押ししてくれる存在」を
意識したこともあります。そういう時、新しいヒラメキが起きるのです。

あれやこれやの出来事から「黄金のピラミッド」は、あの世とこの世を橋渡し
する存在ではないかと妄想するに至りました。摩訶般若「波羅蜜多」ピラミッド

2010年3月 春分の日〜彼岸にかけて

101 S.N.生 :2010/06/13(日) 16:48:45
アルビン・トフラー夫妻が書いた「富の未来」を読んで感じたのは、「ヒュチャ―・ショック」で彗星のようにデビューしたトフラーの思想が、「第三の波」によって具体的な姿を世界に示したのであり、この本はその完結編に相当しているという点がまず第一だ。
しかも、農業革命、産業革命、情報革命という三大革命によって、それを節にして文明が大きく変わったのであり、われわれが遭遇しているこの時代が、前代未聞の大変な内容を持つ文明だから、それにふさわしい心構えが必要とする点で、一連の藤原著作の文明論と重なり合っている。
だが、これからの時代をわれわれが生き抜く上で、何に対して注意を払うべきかという点で、時間と空間に対しての適応性の重要性の指摘は共通だが、第三の要素として考えられているものが、トフラー説では「情報」であるのに対して、藤原理論では「知恵」とか「慧智」になっているために、意外なほどのずれがあるという感じがする。
それはhttp://www2.tba.t-com.ne.jp/dappan/fujiwara/paper/mtk/mtk.htm において、藤原さんは産業社会の動態分析を試みており、農業革命による労働集約型の社会の活力減は食料だから、エネルギーとしてはカロリー単位と規定した。次に産業革命による技術集約方の社会の活力源は石油や電力だから、キロ・ワットやギガ・カロリーが単位だとして、石油などの熱源に注目して理論を進めている。更に情報革命の活力源は情報そのものであり、ビットとかギガ・バイトの高速で動く情報量が、知識集約型の社会を決定付けるとして、リニア型と螺旋型の発展の相の違いを論じている。
そうなると知識集約型の社会を決定付けるのは、知識の量ではなくて質に関わっているから、当然のことで選択され洗練された情報として、インテリジェンスが決め手になっている以上は、その精緻としての知恵や慧智が主人公になるとする。
ここを出発点にして価値評価の分岐が始まり、トフラーが論じる形に顕れる富に対して、そんなものは場の理論からして幻影に過ぎず、それにこだわったことで誤りが始まってしまい、賎民資本主義に迷い込んだのではと疑問を提示した、藤原理論を支えている基盤があるのではないか。これが「富の未来」を読んで感じたことである。

102 藤原肇 :2011/02/27(日) 08:36:01
気休めのつもりで伊藤敦夫の『永田町「悪魔の辞典」』を読んだが、本人が「あとがき」で「ビアスの域に達するには、まだまだ時間がかかりそうだ」と書いているように、美術館の名画の前でーにキャンバスを立てて模写し、本物に肉薄を試みる努力はなかなかである。日本にもアンブローズ・ビアスの観察眼に憧憬の気持ちを抱き、悪政の支配した魔窟に生きたのに病魔に感染されず、70に近づいた段階でこれだけの達観を得た人がいたことに感心した。だが、永田町が舞台だのに人物の実名が削られ、誰のことかは行間でも読み取れないほど、綺麗さっぱりと化粧が施されており、それが出版実現の理由だと読み取れた。
副島隆彦とその弟子たちによる『悪魔の用語辞典』は、ビアスの皮相な観察眼と語り口に啓発されて出来たとはいえ、知識を寄せ集めた卒論的な肩にやけに力の籠った本だったが、それに較べてこの『永田町「悪魔の辞典」』は五代目の古今亭志ん生の芸に似て、軽い語り口の奥に洞察と知恵が潜んでいる感じで、腹の底から笑いがこみ上げる思いが何度かした。おそらく、長年にわたり魔窟の空気の中で息を殺して生きていたので、プラトンの洞窟の影絵を見続けて仕掛けの秘密を知り抜くに至った体験が、これだけの心の余裕を生んだのに違いない。その代償は亡国政治として国民が尻拭いをさせられるにいたっているが・・。
その事実を著者自身がが「永田町は結局、政界という魔窟に住み、政局に生きる者たちの世界」と指摘しているので明らかだが、魔窟に棲みついているのがゾンビであり、これは「Japan’s Zombie Politics」のパロディー版だとの印象を持った。
それにしても、流石に政界の裏表に精通している人だけあって、日本の政党は『雨傘政党』だとの表現は言い得て妙であり、最近の日本では集会や会議が居酒屋での「飲み会」になり果て、政党は公金を使った「飲み会」の別名だと理解できたし、ウィットという点ではなかなかのでき具合になっていた。著者の筆法はユーモアよりもエスプリに属し、著者の政治生活を通じての転変が、あのタレイランの若き前半の足跡に似ていたがゆえに、この境地に達したのだろうという印象を持った。
ということは、日本の祭りごとには天岩戸の前の乱痴気騒ぎ以来の伝統が、永田町や各都道府県の県庁所在地に岩戸がある仕掛けになり、ザンビアやコンゴ以下の部族政治の文化が日本国中に蔓延しているから、文化勲章や文化の日が国民の祝日になった意味が分かる。日の丸の白と赤の色彩は混ぜるとピンクになり、メコンの伝える悲劇の水音の響きによれば、日本版の清和会内閣から菅内閣に続くソフトなクメール・ルージュは、亡国のネオコン政治の色合いと売国路線の実態が、実は桜色だったと納得した次第である。

103 藤原肇 :2011/10/13(木) 21:30:59
「まえがき」を読んだ段階で既視感(デジャビュ)に捉えられたのは、この『原子炉時限爆弾』と題した本の初版出版日が、311地震(中曽根大震災)の六か月前だったからだ。実は私の処女出版の『石油危機と日本の運命』も、1973年秋の石油ショックの六か月前に出版されていた。しかも、私の本の記事は1971年の『文芸春秋』に活字になった記事や、72年に『日経』の「経済教室」に何回も出た記事があったのに、十社以上断られて最後にサイマル出版会から出ている
文芸春秋社は「石油危機が来るなんていい加減な話は、雑誌ならまあ良いが単行本として出すなんて、無責任なことは出来ない」断ったし、日経は「日本の財界人は石油の重要性を知っているから、頑張ってエネルギー政策を重要視しろと書くなら良いが、藤原さんは日本の財界人人は石油の重要性に無知だと書くから、うちからは出すわけにいかない」と断った。
その時に日経の外報部の大原記者が、自分は『セブンシスターズ』などの翻訳を出しているから、出版社を知っているので探してあげようといって、サイマルに話を持って行ってくれた。そして、初版3000部をハードカバーで刷ったが、最初の六か月では1000部も売れなかったが、六カ月後に予測が当たってベストセラーになり、数万部ほど読者を獲得したのだった。似たようなことは広瀬隆さんの本でも起きたようで、初版の六カ月後に出た私の入手したものは六刷りということになっていて、40年前に私が体験したのと同じことが起きたようである。

104 藤原肇 :2011/10/13(木) 22:57:53
広瀬さんは「まえがき」で「ここ十数年ほど、原発の大事故の確率はどんどん高まっているが、逆に、大事故がどれほどおそろしい惨事であるかについて解説する報道がバッタリ途絶えて、ほとんどの人が知らないため、原発事故を化学工場の事故と同程度に考える人が増えて来たことは、あたかも羅針盤なしで航海に出ているような状態で、気が気ではない」と書いている。私も本が出まで十社以上断られ時間が過ぎて行くので、気が気ではなかったのを思い出す。
石油ショックで日本中が混乱しトイレットペーパーの買い占めなどが起きた後で、通産大臣だった中曽根が『海図のない航海』と題した本を出し、英雄気取りで諸葛孔明になったつもりで「出師の表」を引用していたので、この男の無責任さと愚劣さを嘆息したものだが、実は中曽根は核武装のために原発作りを推進していたのだ。そして30年後に中曽根大震災を発生させ、日本を放射線汚染で地獄列島にしてしまったのである。
 広瀬さんは「核戦争の危険性を警告する名画は『猿の惑星』や『博士の異常な愛情』」など数えきれないほど制作されたが、原発事故を描いたドラマは、これまで史上この作品一本だけである」といって、「チャイナ・シンドローム」の悪夢について取り上げている。そして、「その放射能放出のために、州都の貼りスパークはパニックに陥って、母親たちが乳飲み子を抱いて逃げまどい、原発周辺では次々と目を疑うような植物の不気味な異常や、住民の白血病、癌の大量発生が起こって、それを州政府とアメリカ政府が今日まで隠し続けて来た」と書くが、まさにこの状況は県知事や日本政府の態度とそっくりだ。しかも、最近のことだが招かれて鹿児島の飯山一郎さんを訪れて目撃したが、連日のように子供を抱えた母親や多くの家族が放射能を恐れて、鹿児島まで逃げて来ていたのを目撃してしまった。
 それに加えて「闇に葬られた秘密報告書」のところには、「日本政府は、大量の死者が出るという、あまりにおそろしい被害が予測されたために、国家ぐるみでその報告書を葬ったのである。・・・その秘密の作業の中心にいたのが、東海村の原子炉導入に奔走した白洲次郎であった」と指摘し、図面の矢印の範囲について農業ができない地域だとして、「日本全土で農業ができないのだから、日本人が日本列島に住めないと考えてよいだろう」と書く。だが、「この事故の条件は、出力16.6万キロワットの東海発電所で大事故が発生し、わずか2%の放射能が放出された場合を想定して、日本全土が壊滅する、という結論であった」と書いてあるのを読み、福島原発の事故より遥かに小さいので愕然とさせられたのだった。半径1000kmの範囲に日本列島はスッポリ入ってしまうのだから、次の慎太郎大震災の破壊力は絶望的だということになる。

105 千々松 健 :2011/10/16(日) 22:57:17
>103
1973年10月13日は小生の結婚記念日ですが、その頃にトイレットペーパー騒ぎがありました。その半年以上前から石油危機の警鐘を鳴らしていた藤原博士のことを当時は失礼ながら存じませんでした。「原発炉時限爆弾」の本が出されて半年後にフクシマ第一原発事故が発生していることとカサネると不思議な時間差を感じますね。この2011年10月13日には書店で東日本大震災関連の本を一堂に会して展示している中に広瀬氏の本も見ていたので、まさにシンクロニティです。

106 山中 :2011/10/17(月) 12:06:22
「予言者は故郷に受け入れられず」と昔から言います。それは大衆は目先のことや利益になることにしか関心がなく、嫌なことは無視したがるせいです。
その点で広瀬さんや藤原さんの洞察力が受け入れられないのは当然であり、空きめくらの前で危機を予告してもわからないわけでしょう。

107 亀山信夫 :2011/10/21(金) 16:31:07
藤原さん、貴重な広瀬隆の著書『原子炉時限爆弾』の御紹介ありがとうございました。特に、目を引いたのが白洲次郎に関する記述でした。

*****************
それに加えて「闇に葬られた秘密報告書」のところには、「日本政府は、大量の死者が出るという、あまりにおそろしい被害が予測されたために、国家ぐるみでその報告書を葬ったのである。・・・その秘密の作業の中心にいたのが、東海村の原子炉導入に奔走した白洲次郎であった」
******************

ご存じのとおり、白洲には四分の一だかのユダヤの血が流れており、かつ吉田茂との結びつきが深いことから、バックは英国であることが容易に読み取れます。

同時に、皇室インナーサークルの栗原茂氏と、『月刊日本』の論説委員・山浦嘉久氏からも、今日でも白洲の流れを組む某組織の存在を教えて戴いています。この組織は相当の影響力を今の日本に及ぼしているとのことです。

ネット界では未だに電通云々というテーマが主流ですが、上場を機に既に電通には昔日の勢いはなく、上記の新しい勢力が日本に台頭しているのに注意すべきなのでしょう。このあたりは、明日都内で山浦氏に会いますので、忘れなかったら色々と情報を引き出してきたいと思います。


ところで話は変わって、106の山中とさんとやら、「大衆は目先のことや利益になることにしか関心がなく、嫌なことは無視したがるせいです」と偉そうに書いているが、それが本当だとしても、余りにも同胞である日本の庶民をバカにした書き方だと思わないのかい? 貴殿は自分のことを何様のつもりだと思っているのか…、と聞きたい気がするなぁ。

108 T.N. :2011/10/22(土) 13:48:35
 白洲次郎は数年前ブームになり、いろいろな本が出版され、NHKドラマにもなりました。どういうところが
持ち上げる人間を決めるのかわかれば、面白いでしょうね。

109 家頁百薬 :2011/10/23(日) 00:34:14
思うに、ひとつには、日本国憲法の改正を目論む勢力、が あると思いますね。

110 asa :2011/10/23(日) 22:58:11
誠に恐れ入りますが、自分は敢えて偉そうなことは言うつもりはありませんし、
自分と異なる意見や投稿内容に対して何ら批判するつもりはございません。
下記のご投稿内容については、決して間違っているものとは言えないと思いますが、
「余りにも同胞である日本の庶民をバカにした書き方」だとは決して思っておりません。
逆に、余りにも同胞である日本の庶民をバカにしたと感じられる神経そのものも、
異常では無いかとさえ感じてしまうところもあるのですが。
だが、人それぞれ感じ方というものに根本的に異なるところもありますので、どう
どう感じるのかは、個人の勝手だと思いますので、気にする必要は何処にも
無いし、何ら相手にする必要もありませんので、どうか気になさることは、
お互いに気にする必要は無いのでは無いでしょうか。

「大衆は目先のことや利益になることにしか関心がなく、嫌なことは無視したがるせいです」

111 藤原肇 :2012/10/17(水) 21:50:59
鶴岡真弓の書いた「黄金と生命」を読み終えて、思わず「ううん・・」と感嘆のうなり声を発してしまったが、これだけの内容の本を仕上げる日本人がいたと知り、心から嬉しいという幸福感に包まれたと白状したい。この本はヨーロッパの読者に向けて書かれたといって良く、もしもヨーロッパの言葉にでも訳されて、選ばれた良質の読者に読まれたらいいと思った。
最近の日本についての評判は地に堕ちており、余りにもお粗末な人間が政治を弄び、世界から嘲笑と顰蹙を買っている日本は、日本人と名乗るのが恥ずかしいほどで、未熟で愚劣な連中に弄繰り回されて情けない限りだ。そういった日本の悲しい現状に対して、本書は世界スタンダードをクリヤーする水準のもので、ケルト文化を足掛かりに文明史に取り組み、ユーラシア大陸の次元で歴史の英知対決しただけあり、これだけの該博な人物がいたのかと日本人が再評価されそうで、大いに名誉を回復し得るのではないかと思った。
錬金術の歴史と信用について扱った本書は、シンボルとしての光り輝く黄金と信用を論じ、時間差を操る魔術がが生み出す価値のずれが、経済的な価値の虚像を描き出すシステムとして、芸術家らしい時間の遠近法として分り易く見せてくれる。
本書を読み終えた記念に巻末に読後感として、私は熱気に包まれて次の文章を書きつけた。
日本人のイマジネーションの欠如のために
天の溶鉱炉の産物で太陽の黄金である
プルトニウムを地上に持ち込もうと試み
金儲けのためのマネーとして金メッキを施し
欲張り爺が死の灰を地上にまき散らした

112 千々松 健 :2012/10/18(木) 22:09:53
>94 2010/01/05(火)の投稿を想起する機会を得たので、今の時点にて編集し直します。

「論理哲学論考」の冒頭でウィトゲンシュタインは
①「成立している事態の全体が世界である」
②「対象の配列が事態を構成する」と簡単に言ってのけています。

それを「21世紀マンダラ」モデルに置き換えれば
①は「神聖方陣」で
②は「ラセンモデル」と言えるでしょう。

①は陰陽で成立している現象(論)としての世界であり、
②の対象とは実体(論)としてのフィボナッチ数列で、
対象の配列とはFLKM系列の4つの数の流れ(配列)に相当します。
FLKM系列が自己増殖するように構成されたプログラムソフトの本質(論)です。

また、①が結果で②が原因であるし、①が陽=順序で、②が陰=逆序であり、①と②が揃って宇宙の秩序(陰陽太極図・ト―ラス)が現わされている訳です。

そして「山中4因子=iPS細胞を生み出す特定の4つの遺伝子」の発見も、この「逆序」に関係していると考えられます。

113 千々松 健 :2012/10/22(月) 18:24:26
鶴岡真弓さんの「黄金と生命」の本が届いたので早速見開くと、挿絵や写真のアナログ情報は全て左側のページに印刷されていました。これは左脳と右脳の情報処理の特徴が活かされていると思いました。これが第一の好印象です。
次に、目次から数分で読み飛ばした限りの第二印象ですが、ユーラシア大陸の極東(日本)と極西(アイルランド)に位置する二つの時空を超えた文化人類学を日本女性が博学をもって展開しているようにも読めるコトです。
先日のNHKで松任谷由実が彼女とケルト文化を紹介する番組が放映されたばかりでしたから、より興味が湧きます。秋の夜長にじっくりと読んでみようと思います。

114 NHK :2012/10/25(木) 09:39:25
ジョン・パーキンスが何度も試みて最終的に出版した、苦渋に満ちた「エコノミック・ヒットマン」は回顧録であると共に、理想の共和国が搾取の帝国に変貌した米国への告発録であり、全世界に向けた良心の呵責に基づく懺悔録だ。
LA INTERNATIONALという経済誌の2002年の1月号に掲載された、「落合信彦 オイルマン伝説の終焉」と題した記事は、鹿砦社から上梓された奥菜秀次の『捏造ジャーナリスト落合信彦』に収録され、多くの読者に注目された記事である。
第三回目のこの記事の前に二つ記事があり、それを読めばペテン師の落合が日産10万バーレルを掘り当てたという、エクアドルの油田開発のホラ話の時期が、エコノミック・ヒットマンの物語に重なっている。そして、略奪と侵略の蛮行だったことにも気づかず、この鉄面皮の小説家は自慢話の形ででっち上げ、英雄行為として自慢して得意になっている。
しかも、嘘とでっち上げで落合の小説に多くの日本人が騙され、落合の石油ホラ話や外人部隊伝説の影響で、若い青年が外人部隊に志願して人生を誤り、エネルギー政策の失政に加担したことは、小説家の虚言の影響力の恐ろしさを示す。
だが、落合信彦はチンピラ作家に過ぎないし、化けの皮が剥がれていている今でも、日本のメディアから追放されないで虚言を吐き続けているのは、メディアがコーポレートクラシーの一部だからだ。落合はパーキンスに較べれば能力は一万分の一以下で、単なる作家で口から出まかせ専門だが、日本中に詐欺師が蔓延するきっかけを作り、ミニヒットマンだから書評に取り上げてみた。
http://iiyama16.blog.fc2.com/blog-entry-1818.html#more
だが、エコノミック・ヒットマンは途上国を騙して、絶望的な人たちから搾取することで、野蛮な資源簒奪をして儲けることを狙う、コーポレートクラシーの実践者であり、現代版の奴隷商人として富を築く吸血鬼だが、三文小説家とは桁違いの犯罪者でもある。
http://www.youtube.com/watch?v=17mE5fPQjt0
しかも、パーキンスは過去の犯罪行為を懺悔しているが、日本のエコノミック・ヒットマンとして財をなし、神話で虚名を飾り立てた経済界の頭目たちは、松下幸之助、稲盛和夫、竹中平蔵、宮内義彦、孫正義を始めとした、株券というニセガネを操る闇紳士が、国富を食い荒らす売国行為をしたのに、誰一人として懺悔せず告発もされていない。
http://blog.goo.ne.jp/reforestation/e/3cc41bdedcb0edf0b982b93e305d65cc
その後に現れるのがジャッカルのはずだが、小泉純一郎、菅直人、野田桂彦、前原誠司などは、ネオコンに飼いならされたポチ公で、残飯あさりのハイエナに過ぎない。

115 千々松 健 :2012/10/25(木) 20:46:10
新井満氏の「自由訳・老子」を読んだ。
2箇所を引用します。

『万物は一つの例外もなく
時の流れと共に変化する
変化した末に亡び
さらに変化した末に再生する
いいかね
こらが万物を産んだ
天と地のはたらきなのだ
したがって万物とは一つ残らず
存在即ちモノに於ても
現象即ちコトに於ても
相対と変化の力にさらされることになる』p92

『この宇宙を
くまなくとうとうと流れつづけている
いのちの巨大な運動体
宇宙大河を...
それが道(Dao)の実相さ
(中略)
天と地と万物の
生と死と再生をつかさどり
あまねく変化させながら
宇宙の果てまで流れていっては
また流れもどってくる
メビウスの帯のように循環し
永遠に流れつづけているのだよ
ゆったりとおおらかにね
これが、道(Dao)さ』p13-15

116 千々松 健 :2013/01/18(金) 23:42:46
同世代の篠原資明氏が最近書いた「空海と日本思想」のように、プラトンの基本系<美・イデア政治>と空海の基本系<風雅・成仏・政治>をカサネて思考するならば、我田引水になりますが、その先は<●▲■の流儀>に帰着せざるをえないことが良く理解されるでしょう。
例えば、美(●)・真(▲)・善(■)であり、Want・Plan・Actionであり、父・聖霊・子であり、様々に変奏ないし、変容されているコトが見て取れるのです。それは分野を越えて展開されて、まさに重重帝網の如くになるのです。

65歳の誕生日に合わせて下記を更新いたしましたので、ご覧ください。
http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/field.pdf

117 千々松 健 :2013/01/31(木) 18:14:17
大日経にある「三句の法門」すなわち『菩提心を因とし、大悲を根とし、方便を究竟となす』を引用して、空海は「一切の教義、この三句に過ぎず」「三句を束ねて、以って一つの吽字と為す」と言っているという(吽字義)。(篠原資明著「空海と日本思想」岩波新書 P82を参照)

この三句を三密に置き換えて考えてみると、1)意密、2)口密、3)身密となり、例のWant-Plan-Actionの三拍子にカサネられるから「●▲■の三拍子でワルツは踊ろう!」に繋がると考えた訳です。
そして、美を欲し(ウォント)、真を探り(プラン)、善を行う(アクション)と考えられるので、まさにプラトンのイデア論と空海の真言密教とは相似象になるのです。
http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/field31.pdf (再度の更新版)

それにしても、阿吽の呼吸の「吽」の文字一つに凝縮する発想は三位一体のそれを超えるものですね。

118 千々松 健 :2013/02/03(日) 22:51:34
「吽」の文字一つに凝縮する発想をした空海に触れたところで、以前、藤原肇博士が「世の中には求心型と遠心型の二種類の思考形態があり、日本は求心型でドンドン集約して行くので、縮み思考の日本文化と言われている・・・」の一文を思い起こしました。
また、口と心と行と三つ揃ったまことを命(ミコト)と言うし、生きて行くための命(ミコト)の智慧が「生命知」ならば、生命知は「三句の法門」であり、「●▲■の流儀」であり、日本古来のフトマニ図の中央にある「アウワ」であります。更にイメージ動力学を働かせれば、レオナルド・ダ・ヴィンチがジョコンダ(モナリザ)に描き込んだコトでもあったのです。
それに、博士の三部作「間脳幻想」「宇宙巡礼」「生命知の殿堂」は三つ揃ったミコトに相当するかもしれませんね。
また、釈迦が亡くなる際に若い弟子たちに遺したコトバであるパーリ語の「ヴャヤ ダンマー サンカーラー」(漢字で示せば「生・法・行」)が思いだされます。

119 千々松 健 :2013/02/04(月) 16:37:13
先日、生命学者の福岡伸一氏が西田哲学を訪ねるNHKの番組に登場していた。「動的平衡」論で生命知を研究している福岡氏にとって、西田哲学は新鮮かつ有用であったに違いない。
「生命は多と一との矛盾的自己同一」と云う西田の考えは、清水博氏の「二重生命の循環」にもカサネられると思う。
一筆書きの円相図「○」を好んで描いて万象をイメージしていた様子がうかがえた。

120 千々松 健 :2013/02/04(月) 16:42:34
>94および>112に書いたことを以下のように再度修正させていただきます。

哲学者のウィトゲンシュタインは「論理哲学論考」の冒頭で
①「成立している事態の全体が世界である」
②「対象の配列が事態を構成する」と言っています。

これを「21世紀マンダラ」モデルに置き換えれば
①は胎蔵界曼陀羅に似た「ラセンモデル」で
②は金剛界曼陀羅に似た「神聖方陣」と申せましょう。

①は陰陽を含むラセンで成立している現象論的な世界(万象)であり
②の対象とは実体論としてのフィボナッチ数列と循環する4つの数の流れ(配列)に相当し、このFLKM系列が自己増殖するように構成されたプログラムソフトの本質(論)に当たると考えたのです。
①が結果で②が原因であるし、①が陽=順序で、②が陰=逆序であり、①と②が揃って宇宙の秩序(陰陽太極図・ト―ラス)が現わされている訳です。

121 千々松 健 :2013/02/04(月) 20:49:29
西田幾多郎が太平洋戦争の終戦二ヶ月前に稲村ケ崎の自宅で亡くなった際に、鈴木大拙が傍にいて号泣したという話を、今でも残っているその部屋を案内した西田の孫が語っていた。金沢が同郷で同級でもあり、晩年には同じく鎌倉を棲みかにしていた二人の仲を想う。
そして、鈴木大拙と言えば仙突の「○△□」に触れなくてはならない。

「生命知の殿堂」インテルメッツオ40<仙突の宇宙図>
http://blogs.yahoo.co.jp/mochy2156/51000731.html
出光美術館にある仙突の作品「○△□」について、「・・・出光佐三が仙突を海外に紹介した際、この作品の意味について議論したということが伝えられている。その際、出光が提案したのが『宇宙』を表わした作品としての解釈である。出光と親交のあった仏教学者の鈴木大拙はこれを受けて、自著の中で『The Univers』として紹介し、以降、海外では広大な宇宙を示した作品であるとして知られている」と解説されていた。

それにつけても「●▲■の流儀」は古今東西に普遍的な智慧であると考えられますね。

122 千々松 健 :2013/02/06(水) 12:21:39
「順序+逆序=秩序」の宇宙が現わされている「陰陽太極図・ト―ラス」について補足します。
原子モデルで有名な物理学者のニールス・ボーアは陰陽「太極図」を引用して、「Contraria sunt complementa」(対立するものは、相補的である)と述べています。
相対する歯車がある時、片方が右回りする時には、もう片方は左回りしますが、この二つの歯車は旨く噛み合えば回り、力が伝えられるが、外れたならば伝わらないことになります。

ボーアのタイチズはこちらから
http://blog.daum.net/gomildo/13624551 2008年

日本人によるアート化はこちらから
CONTRARIA SUNT COMPLEMENTA / 第5回ジャパンアートスカラシップ 1997年
http://video.the-search.jp/0/video/%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%83%83%E3%83%97/PaD6k-xoDgI.html

123 藤原肇 :2013/05/12(日) 11:31:53
この小説の存在を知ったのは5~6年前であり、「ミトコンドリアと生きる」という新書を読み、そこで著者が処女作について触れており、ミトコンドリアを主人公に小説を書くとは、面白いアイディアだと感じたものだった。そのまま久しく本と出合う機会がなく、何年か後に「生命知の殿堂」を纏めた時に、書架からこの本を見つけて再読し、いつかこの小説を読もうと思い数年が経った。そして最近だが古本屋でこの本に出会い、読み始めたら驚きの連続を体験したので、その読後感を記録しておきたい。
これだけ高度な専門知識を取り込んだのに、読者を引き込む書き方をする能力が、瞠目に値すると思わずにはいられなくなり、それをまず冒頭に記しておくと共に、こんな本を書いてくれたことを著者に感謝したい。私にはとても出来ないことに挑み、私の時間を節約する仕事を果たし、読むチャンスを与えて貰ったたことが嬉しい。いい本との出会いというものは、こんな印象を持つことだが、それが古典ではなく小説だったのが、思いかけない収穫だと感じた次第である。
ミトコンドリアの世界は地の最先端に属し、解説すること自体が一筋縄でないが、著者はそれを簡単に乗り越えている。30年前の私自身もそんな努力をして、不可能だとあきらめた体験があり、その後は解説は読者側に任せることで、私は問題提起と良いヒントを見つけ、それを記録することに専念してきた。そして、ドロマイトからマグネシウムを抽出して、それを未来のエネルギー源に繋ぎ、媒体としての水について考えた。その過程でシリカの問題が登場し、生命との関連で興味深いテーマと出合い、その問題を対談としてまとめて「フナイ」の二月号に発表した。
そんな時に「パラサイト・イブ」を読み、大いに啓発されてやって見る気になり、本当は珪素の問題の対談を続け、テーマを集約するのが当然だのに、その流れを私の独断で大幅に変更した。そして、急遽テーマとスタイルを数学の世界に移し、プラトン結晶の問題をフェルマーの最終定理と結びつけ、プラトンの師傅はソクラテスではなく、ピタゴラスとツアラストラだという、長年抱いてきた考えを公表してしまった。
こんなやり方は不用意だが、世の哲学者たちに対して、挑戦してみる気になったからだ。こんな気分にさせてくれたという意味で、「パラサイト・イブ」は衝撃的な本として、私の晩年にダイナマイトを投げ込んだテロリストの役目を果たしたのである。

124 千々松 健 :2013/05/12(日) 13:48:47
今日は「母の日」だから、ミトコンドリアの話題は大変相応しいですね。
真核生物の細胞を宿主として、好気性のαプロテオバクテリアなどがそこに入りこみ、そこで「ミトコンドリア」に為ったと考えられているという。
また、不思議なコトに、核DNAとは違ってミトコンドリアDNAは母系遺伝しかしないというから、そこに「母性の起源」(ミトコンドリア・イヴ)を観るようです。

125 千々松 健 :2013/05/14(火) 21:07:12
シュタ―ナ―の「遺された黒板絵」について『一見して、すべてが了解できた。見ればわかった。シュタイナーの黒板絵はパウル・クレーに匹敵するものだった。』と松岡正剛は千夜千冊の第33夜に書いている。そこで、パウル・クレーの記述に飛んで見ると、新たな知見が得られました。
「無理にでも分割しようとすると、その引き離された部分は死滅してしまうのだ。分割できなくて融合していることが、本来のインディビデュアリティなのだ」。
我々の細胞内におけるミトコンドリアの共生(寄生?)を考える時、まさに清水博先生の「二重生命の与贈循環」論にカサネられるのです。
また「芸術の本質は、見えるものをそのまま再現するのではなく、見えるようにすることである」というクレーの日記に残されたメッセージも、芸術を広くとらえて科学、技術、哲学、数学などをも含めて考えるならば、より納得できそうです。
そして「芸術は長し、されど人生は短し」のヒポクラテスの言葉が想起されるのです。さらに、クレーの「スペーシャル・オーガニズム」論は、宇宙も人間も○△□でイメージされる3つの要素が融合されて一体不可分であると思考するコトにも通じるでしょう。
そして、空海が「吽」一文字で表わした内容は○△□の一体化に他ならないので、言葉=声は響きであるのでしょう。
http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/column/DFW.html

126 千々松 健 :2013/05/16(木) 12:48:11
<ヒトの遺伝子情報に観る数の不思議と21世紀マンダラの関連性を探る>
ヒトゲノムには核ゲノムとミトコンドリアゲノムがあり、核ゲノムは24種の線状DNAに分かれて染色体を形成しています。ミトコンドリアDNAは16569塩基対の環状DNAとして存在している。そして、DNAにはATGCの4種類の塩基があり、AとT、GとCが組み合わさる二重らせん構造を持つという。

さて、単なる数の遊びであるかもしれませんが、以下は持論との関連を述べます。
核ゲノムの24種とDNAの4つの塩基については、フィボナッチ数列を(mod 9)で処理し、さらに多次元化して現れる24項目で循環する数の流れが4種類(FLKM系列と命名)在るコトに繋がるでしょう。【 HMn≡FLKMchain(mod 9) 】
また、今話題のミトコンドリアDNAでは16569塩基対の数に注目です。9を法とする剰余演算では16569は0になります。【 16596≡0(mod 9) 】
さらに19569=263*9*7 で7が登場しますが、これも「ミトコンドリア・イブ」には7人の娘たちが居たはずであるという説に繋がるかも知れませんね。
http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/21st%20Century%20Mandala.pdf

追記:季刊誌の「kotoba」最新(11)号に「現代人は、ミトコンドリア・イブにつながっている」という対談が載っています。それに依れば、小生は縄文系と思ってきたが、どうも弥生人系に相当するらしい!(酒を飲むと顔がすぐ赤くなる体質なので)

127 千々松 健 :2013/05/16(木) 16:10:26
ラファエロの描いた「アテナイの学堂」にはアレクサンドリア学派のヒュパティアが白衣の女性科学者として描かれています。ユークリッド原論の編集者として有名な彼女の父であるテオンはここにはどうも登場していないようです。年相応に見える近くの人物はピタゴラスと見られているからです。
この「アテナイの学堂」を改めて観察すると、アーチ構図が特徴であり、中央に四重に描かれているのが判ります。(四重らせん構造への考察は省略)
また、若きラファエロはレオナルド・ダ・ヴィンチの「モナリザ」を同時代に模写していた訳ですが、それは現在残されているルーブルの本物のモナリザ以上に意義があると思います。特に全体の構図に於いてです。
それは生と死と再生を一枚の絵にしたモノとして観る場合に尚更ですね。
そして、中央の女性象が「ミトコンドリア・イブ」に見えてくるのは私だけでしょうか? ダ・ヴィンチはもちろんですが、例のナポレオンもそう考えていたに違いないでしょう。ゲーテが「ファウスト」のラストで描こうとしたのも、このコト(母性回帰?)ではなかったでしょうか。
千々松さん、チョットチョットと言われそうですが、藤原肇博士が「パラサイト・イブ」に衝撃を得られたコトに図らずも共振してしまった次第です。

128 千々松 健 :2013/05/16(木) 22:08:29
昨日入手した季刊誌の「kotoba」最新(11)号には福岡伸一さんがマップラバーからマップヘイターへ自身を変化させた話も出ていて大変面白い。彼は細胞と細胞の関係を研究する過程で、「全体性を気にしないでマップヘイターとして細胞は行動しながら、全体としてはうまく調和がとれる。なるほど、生命とはこのようにできているのか、と気づいた私は、生物学者であるかたわら「動的平衡」をキーワードに本を書くようになりました。」と告白している。
たとえ遺伝子の全体地図ができたにしても、生命のあり方は解明できないと気づいた福岡伸一は単なる分子生物学者を超えた存在となったようです。
それにしても4年前に「21世紀マンダラ」を手渡す機会があったのですが、その中に生命のあり方に関するヒントが隠されているコトを彼が少しでも気づいてくれることを今は願っています。

129 千々松 健 :2013/06/11(火) 11:39:29
<3.11から3×9=27ヶ月目に当たり>
古くて新しい「日本のオペレーション・システム(OS)」を今こそ認識すべきです。
古来のフトマニと陰陽を統合したカタチで表わされる「21世紀マンダラ」モデルに注目しましょう!
そこにはフィボナッチ数列を包含するフトマニ数列群とそれが生み出す神聖比例や陰陽道の太極図にみる左右の渦巻きバランスとひふみ算による全ての数の有限化が見てとれるからです。
http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/21st%20Century%20Mandala.pdf

「世界を変えた17の方程式」という最新書でイアン・スチュアートは≪これからは無限から有限へと方程式のアルゴリズムは方向転換されるだろう≫と展望していますから、純粋数学者達もそろそろ気が付いてきたのではないでしょうか。
http://www.nikkei.com/article/DGXDZO55991070Y3A600C1MZC001/

130 千々松 健 :2013/06/20(木) 13:42:26
イアン・スチュアートは「世界を変えた17の方程式」p401の中で、『未来は離散的であって、整数の形を取っており、方程式はアルゴリズム、すなわち計算のレシピに道をゆずるべきだ』と述べていますが、これは無限連続から有限離散への数学の方向転換を促しているものです。
この離散数学は有限的で離散的な構造を扱う数学で、無限と連続で象徴される従来の数学とは大いに違い、コンピュータ・サイエンスの発展に伴い、その重要性は認識されているが、旧来の学校数学はそれに充分に対応していないというのが現状のようです。
更に、整数のカタチを取っていると言うことの意味ですが、例えば、12÷9の計算を考えてみましょう。これを1.33333...と小数点を含めて表現する場合が無限連続の数学で、商1余り3と整数だけで表現するのが有限離散の数学と言えます。そして、モジュラー計算(合同算術)では、12≡3(mod 9)と簡潔に表わせるコトになります。
大事なコトですが、これは「フトマニ数列群の出番である」と言っているのに等しいのです。

【 FMn≡FLKMchain(mod 9) 】
この方程式は、神聖比例を生じるフィボナッチ数列の一般論として位置づけられるフトマニ数列(FMn)のアルゴリズムを示していて、9を法とする剰余算では整数のみによる循環(FLKMの4系列)で表わせるという合同式です。

思えば『神の数学』守護者さんからヒントを頂いてすでに6年が経ちますが、『日本古来のDNAの為せる業』がやっと『未来を変える方程式』として成就したという想いがいたします。
日本古来のフトマニに秘められた「二つを足して、次に正しく置く」というアルゴリズムとひふみ算術およびカバラ算術に共通する(mod 9)の復活が同時になされるべき時が遂に到来したのです。

131 千々松 健 :2013/06/21(金) 21:07:31
【FMn≡FLKMchain(mod 9)】という『未来を変える方程式』は「フィボナッチ数列や律動とラチオについて」「フィボナッチ数列の殿堂への夢」「モノとコトあるいはカタチとコトバ」等のレスに共通したアイデンティティです。
また、30年前のニューサイエンスの高揚がオカルト化の嵐の中で消滅したコトを反省して、あくまでも数学的な論理思考のコトバを持ったカタチで提示される「生命知の殿堂」のアーキタイプとしての方程式にも当たります。そして、それは全てのアーキテクチャへと繋がって行くのです。

132 千々松 健 :2013/06/24(月) 13:04:05
【 FMn≡FLKMchain(mod 9) 】
:『黄金比(神聖比例)を生じるフィボナッチ数列(フトマニ数列群)は、法を9とするモジュラー算術で観察すると、24項目で循環する4つの数の流れ=FLKM系列を持っている』

「デュラックスピノル」についてはDNAの4重らせん構造をテーマにした時に触れていて、相対性理論と量子論の融合に寄与したポール・ディラックが示した4つのスピノルとFLKM系列の関係性について直観で述べていました。
また、『物理学には数学的な美が重要である』(ディラック)と『神は整数を作られた。それ以外は人間が作ったものである』(クロネッカー)をカサネてみる時、『万物は流転する』(ヘラクレイトス)、『万物は数である』(ピタゴラス)と古代ギリシア人が考えていたことは、改めて納得せざるを得ません。

133 千々松 健 :2013/06/25(火) 21:15:11
面白いことに、フトマニ数列群で0項を10、第1項を12にすると第9項目に618、第10項目に1000、第11項目に1618、第12項目に2618が現れる。これらは千単位で見れば、φ、1、Φ、Φ^2の近似値に相当する。隣り合わせの数の比が黄金比になるコトの整数レベルでの実例である。
http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/FutomaniJ.pdf
スタートの10と12は2で割れば5と6の関係になるので、これは動植物に係る5という数と鉱物に係る6という数のコラボレーションにより生じる神聖比例数と言えようか?
フィボナッチ数列の一般式と位置づけて良いフトマニ数列群のアルゴリズムは「二つを足して次の間に置く」です。(パソコン上でエクセルなどの表計算なら、一つだけ計算式を作れば、後は簡単にコピーで済みます)
「世界を変えた17の方程式」でイアン・ステュアートが言う「未来は離散的であって、整数の形を取っており、方程式はアルゴリズム、すなわち計算のレシピに道をゆずるべきだ」とカサネて考えるならば、自ずとその意味が明らかになるコトでしょう。

134 千々松 健 :2013/06/26(水) 15:20:12
『世界をその最も奥深くで統べているものが、何であるかを認識し、一切の作用の力と種子とを目で観る』という行動をゲーテはファウストに課していた訳ですが、アートが芸術と科学・技術の両方を含めていた良き時代の「宇宙巡礼」でありました。
現代に生きるファウスト的人間といえる博士の「宇宙巡礼」は21世紀に入り、その数理的な裏付けが為されたのです。
武谷三段階論的に言えば、現象論:ト―ラス、実体論:Φとフィボナッチ数列、に対して最後の本質論は何かというコトですが、それはFLKM系列に関係すると考えられます。
下記の数式は、計算のレシピとも言えるアルゴリズムを示す合同式です。

【 FMn≡FLKMchain(mod 9) 】
Fchain:【0,1,1,2,3,5,8,4,3,7,1,8,0,8,8,7,6,4,1,5,6,2,8,1】
Lchain:【0,2,2,4,6,1,7,8,6,5,2,7,0,7,7,5,3,8,2,1,3,4,7,2】
Kchain:【0,3,3,6,9,6,6,3,0,3,3,6,0,6,6,3,9,3,3,6,0,6,6,3】
Mchain:【0,4,4,8,3,2,5,7,3,1,4,5,0,5,5,1,6,7,4,2,6,8,5,4】
24項目で循環するフィボナッチ(F)系列が基本となっていて、リュカ(L)系列はF系列を2倍したもので、ケン(K)系列は3倍したもの、ミチコ(M)系列は4倍したものに該当します。もちろん(mod 9)で処理します。また、0を起点にして観察すると、各項目は足し算することでも一致します。F+L=Kは例えば第6項目ではF8+L7=15、1+5=K6となり、F+K=Mは同じくF8+K6=14、1+4=M5となります。1倍と2倍を足したら3倍になり、1倍と3倍を足すと4倍になる理屈です。
では更に広げて、2倍と3倍を足したら5倍になる数列は考慮しなくていいのでしょうか?
それを仮にP系列としましょう。
Pchain:【0,5,5,1,6,7,4,2,6,8,5,4,0,4,4,8,3,2,5,7,3,1,4,5】が考えられます。
しかし、これはMchainを後半からスタートさせた系列に一致するのです。9-5=4だからです。
9-6=3、9-7=2、9-8=1以下省略で、法を9とする限りはFLKMの4つの系列に集約されてしまうのです。
まあ、何と有限で幽玄な世界が現れるのでしょう!

135 千々松 健 :2013/06/27(木) 22:39:23
『あ、わかった! 世界の見え方があざやかに変わる発想』という帯コピー文のある「思考の補助線」(ちくま新書)茂木健一郎著という本を5年前に読んでいるのですが、そこから2ヶ所引用させてもらいます。
p34『ゲーテの「ファウスト」にいう「この世をその中心において統べているもの」を把握するためには、自然科学の卓越でも、思想の卓越でも足らない、両者の間に、思考の補助線を引かなければ、全体の構図は見えてこないのである。(中略)何時間かけて考えても解けなかった幾何学の問題が、たった一本の補助線を引くだけで見通しがつき、一挙に解決に向かうように、何らかの新しい視点を得る努力をしてみたい。』
p207『ある方法論に従ってさえいれば、収集するデータの有効性や理論の普遍性が担保される。天才でなければ成功しないというような実験には科学としての意味はない。どんな平凡な人間でも、性格の悪い人でも、善意に満ちた人も、あるプロトコルに従って操作さえすれば、同じ結果が出る。これが、科学という知的営為の偉大なる大前提である。』

このところ話題にしている【 FMn≡FLKMchain(mod 9) 】が、その意味での“一本の補助線”になることを願っています。

136 千々松 健 :2013/07/04(木) 23:35:49
数学の基礎演算は、加法・減法・乗法・除法の他にモジュラー演算(計算)を加えた「五則演算」とすべきことを強調しておきたい。
ライプニッツは行列式や二進法を考え着いただけではなく、法を9とするモジュラー計算(mod 9)の特徴にも気づいていたという。行列式は日本の関孝和が若干先行していたが、その後の行列数学や量子力学に繋がって行く基礎となったし、二進法は言うまでもなくコンピュータの開発に繋がりました。

それでは、モジュラー計算(mod 9)の特徴は一体何の役に立つというのでしょうか?

137 千々松 健 :2013/07/05(金) 21:12:15
アンドリュー・ワイルズ氏は1990年代に
【楕円曲線のゼータ関数は、全てモジュラー形式である】
という谷山-志村予想を証明することによって、
【nが3以上のとき X^n+Y^n=Z^nをみたすX,Y,Zは正の整数解をもたない】
というフェルマーの最終定理を360年目にして証明することができたという。

ところで、2010.2.1 百人一首と魔方陣 >95 で書いた覚えがあります。
>4)ゼータ関数 ζ(S)=π^s / N では、Sが偶数のときNはmod9では全てが0となる。例えばζ(6)=π^6 /945  N=945、N≡0(mod 9)

複素平面でのモジュラー形式(関数)は難解なのでパスするとしても、時計算とも言われるモジュラー計算(算術)の方は理解がし易いです。従って、単純にはモジュラー計算が必要となるのがモジュラー形式の世界であると考えれば良いと言うことになるのでしょう。

*その辺を文系にも理解しやすいように解説している下記のサイトがありました。
http://www.geocities.co.jp/Technopolis/8931/index3.html#・フェルマーの最終定理とスープに浮かぶドーナッツの似非科学

138 千々松 健 :2013/07/07(日) 15:31:45
カレンダーでは1月1日、3月3日、5月5日、7月7日と奇数のぞろ目が好まれていて、今日は7月7日の七夕です。次は重陽の節句の9月9日ですが、9は陰陽で言う陽(奇数)の極に当たる訳です。この9という数は、古今東西、秘数として扱われて来ていたのは確かです。
【時計算、剰余算、合同算術、モジュラー計算、モジュラー算術】その呼び方は多種にわたりますが、特に9に注目したモジュラー算術に当たるのが、古代日本では「ひふみ算」であり、古代ユダヤでは「カバラ算」であったのです。

【 FMn≡FLKMchain(mod 9) :If you look at the modular arithmetic that the law 9, Futomani sequence caused a divine proportion becomes a flow of four numbers circulating in the 24 term.(Ken Chijimatsu 2013.summer Japan)】
http://homepage2.nifty.com/thinking-way-8W1H/21st.Century.Mandala.pdf

【 FMn≡FLKMchain(mod 9) :神聖比例(黄金比=Φ)を生じるフトマニ数列群=FMn(フィボナッチ数列はその特殊例)は、法を9とするモジュラー算術(mod 9)で観察すると、24項で循環する4つの数の流れ(FLKM系列)になる】
これは<世界を変えた17の方程式>にはない<未来を変える合同式のアルゴリズム>として、通時性かつ共時性の故にいずれ認知されることでしょう。
・・・宇宙巡礼に相応しい七夕の日に祈念を込めて・・・

139 千々松 健 :2013/07/07(日) 16:39:31
整理のために、二つの式を比較しておきましょう。
 Fn≡Fchain(mod 9)・・・・1) 
 FMn≡FLKMchain(mod 9)・・2) 

1)はフィボナッチ数列でFn:0,1,1,2,3,5,8,13,21,34,55,89、、、
Fn+2=Fn+Fn+1で 初項=0、第二項=1の場合。
Fnを、それぞれの項を9で割った余りに置き換えると
【0,1,1,2,3,5,8,4,3,7,1,8,0,8,8,7,6,4,1,5,6,2,8,1】という
24項で循環するフィボナッチ系列=Fchainが出現する。
ガウスの合同式記号を使って示すとFn≡Fchain(mod 9)となる。

2)はフトマニ数列群で FMn:初項=任意数、第二項=任意数の場合。
あらゆる数列の項を9で割った余りに置き換えるると
Fchain:【0,1,1,2,3,5,8,4,3,7,1,8,0,8,8,7,6,4,1,5,6,2,8,1】
Lchain:【0,2,2,4,6,1,7,8,6,5,2,7,0,7,7,5,3,8,2,1,3,4,7,2】
Kchain:【0,3,3,6,9,6,6,3,0,3,3,6,0,6,6,3,9,3,3,6,0,6,6,3】
Mchain:【0,4,4,8,3,2,5,7,3,1,4,5,0,5,5,1,6,7,4,2,6,8,5,4】
4つの流れ、すなわちFLKMchainという24で循環する系列に集約される。

1)は特殊論で、2)の方が一般論とみて良いと考えますが、
2008年の段階で特殊論を見つけて、その後、一般論に発展して来たのです。
「二つを足して次の間に置く」という単純なフトマニのアルゴリズムが
神聖比例「Φ」を生じさせる事実には、ただ驚愕するのみです。
初期に『ひふみフィボナッチ数列』と呼んでいた頃が懐かしく思われます。

140 千々松 健 :2013/07/08(月) 16:34:14
竹下節子著「レオナルド・ダ・ヴィンチ 伝説の虚実」中央公論新社p115からの引用です。
『キリスト教カバラの成立とは、キリスト教が独自のカバラ的手法を発明したことではない。カバラが「神の言語」の正当な翻訳道具になることを証明するというやり方だ。ルネサンスの科学は、神の創った宇宙の自然現象の因果関係を理解しようとした。宇宙は神の言語で書かれている。それを理解するには神の言語を解く必要があり、神の言語とは他ならぬ「創世記」が語られているヘブライ語であろう。そのヘブライ語を神の言語として解くのがカバラであるとしたら、カバラは一種の神智学であり、真の神学でもある。(中略)カバラを使って神のプログラム言語を調べればその秘密は解ける。』

私はカバラに関しては「カバラ算術」にしか知識と興味を持たないが、それが、現代数学の(mod 9)を意味しているコト、さらに日本伝統の古神道の「ひふみ算術」とも共通しているコトを認識するに至り、神の言葉=プログラム言語=数学=アルゴリズムについて考えると、万物は数で生じているという認識に立ち至り、やがて【 FMn≡FLKMchain(mod 9) 】を提示するコトが出来たと言う訳です。
さて、この式にピッタリな名称は何でしょうか?

141 千々松 健 :2013/07/10(水) 23:25:55
イアン・スチュアート著「もっとも美しい対称性」日経BP社p13からの引用です。
『空間、時間、物質が取りうる構造はその対称性によって決まるが、その中でも最も重要なもののいくつかは代数学における特別な構造に関係しているらしい。時空がこのような性質を持つようになったのは数学が特別な形を少数しか認めなかったからかもしれない。そうだとすれば、数学に目を向けるのは意味があることになる。』

この文章は大変意味深いと思います。
先ずは宇宙巡礼的には対称性を「回文」と相似象にしても良いと思われることです。
そして“代数学における特別な構造”とは「動態幾何学」や対称性を扱うのに優れているモジュラー算術に関係してくる訳ですし、“数学が特別な形を少数しか認めなかった”からは黄金比を生じるフィボナッツ数列(広くはフトマニ数列群)がイメージされるのです。
この「もっとも美しい対称性」は2008年以前の著作ですが、
英国の第一級の数学者は【 FMn≡FLKMchain(mod 9) 】の出現を予知していたのかもしれませんね。

142 千々松 健 :2013/07/12(金) 21:58:22
「黄金比はすべてを美しくするか」を書いたマリオ・リヴィオがその後に出した「神は数学者か? 万能な数学について」の言葉を借用するならば、『数学の持つ不条理な有効性』は神の仕業に他ならないと思う。
そして、数学という道具を『発明』したのは人間でしょうが、元来は神が数学者であり、人間は単にそのいくつかを『発見』したに過ぎないと考えてみたい。そして「動態幾何学」などの非ユークリッドの世界になっても、そのコトは微動ともしないと考えています。

その意味では、今般の【 FMn≡FLKMchain(mod 9) 】は古くて新しい『発見』と言えましょうか?
元々が神の数学の持ち物(道具)に、私たち人間が名称を付けるのは大変おこがましいのですが、
例えば【生命知の神聖比例アルゴリズム】(The Divine proportional algorithm of cosmic wisdom)は如何でしょうか?

143 千々松 健 :2013/07/13(土) 21:11:35
今日から盆の入り、燈明の火には松の木を使うのですが、松ぼっくりは火がつき易いので昔は重宝されたそうです。そして、火はそれを拝したゾロアスター教に繋がります。
さて、広島に本社のある自動車会社の【MAZDA】の名称は創始者の松田姓から来ている訳ですが、偶然にもゾロアスター教の最高神アフラ・マズダーのマズダーと同じなので、世界進出にも適しているのです。
MAZDAの中央のZの文字を90度回転させてNにして読むとMANDA になり、それにLAを付けると【MANDALA】(曼陀羅)になるのはとても不思議なコトです。こんな言葉の遊びにも、何か深い意味つながりがあるのかもしれませんね。またMANDAのMを180度回転させたら、WANDAになり、同じ発音ですがAをOに替えるとWONDAになり、コーヒー缶の銘柄になってしまいます。
アルファベッド26大文字の中で回転して他の文字に化けるのは、結局のところ、ZとN、WとMしかないのです。

144 96169 :2013/09/25(水) 12:57:08
この種のタイプの本はとても分かり易いし、日本人として知っておく必要がある、基礎教養に属す多くの知識を含んでいるので、多くの人が自分の意見を表明している。現にアマゾンの書評欄を開けば、船瀬さんの「日本の真相」は5つ星が19で4つ星が6,あり、安部さんの「知れば恐怖で食べられない」は5つ星が155で4つ星が44もあるから、私がここで改めて読後感を披歴する必要もないと思う。
それだけでなく、内容的にも多くの読者を獲得し得るし、解説のスタイルも体験に基づき、具体性に富むので中学生でも良く分かる。「あらゆる立派な職業から締め出された、クズによって統治されている日本」と違い、欧米の先進国では政治家にまともな人材がいて、国政に真面目に取り組む人が多いから、放射能汚染や食品添加物に対しての危惧は、テーマとして緊急かつ普遍性を秘めるので、メディアも真剣な態度で取り組む対象になっている。
だから、一億人の日本人にとって緊急課題だが、日本では生命に対しての大犯罪であり、ガイアへの加害者でもある福島原発に対して、全く無責任な状態が罷り通っている。こうしたお国柄と時代性への反発の気持ちで、私の細やかな罪滅ぼしの連帯意識として、この二冊の著者への敬意の表明するために、これらの本を出版社に注文して取り寄せ、「宇宙巡礼」の書店に寄託したいと考えた。
また、それは数日後に発行される「フナイ」十月号に、「強権政治の病理とメディアの堕落」と題した、本澤二郎さんとの対談が出る記念でもある。この記事のゲラに朱を入れながら思ったのは、将基面さんの最近著の「ヨーロッパ政治思想史の誕生」の中に、「・・・いかなる嘘や中傷、迫害が加えられようとも、疑似教皇(暴君のことを指す)を信じ、ひいきし、さらにはそれを弁護する群衆がどんなに大きなものであろうとも、彼の誤謬を攻撃し論駁することを私に断念させることは、いつ何時たりともあり得ない。私に手とペンと羊皮紙、そしてインクがある限り」と言う、ウィリアムのオッカムの言葉を味わい、やはり往時には勇気ある人がいたものだと感銘したからである。
かねがね「書籍購入のご案内」のA,B,Cのそれぞれに、貴重な資料の「平成幕末のダイアグノシス」が含まれ、ABC全セットを欲しい人に不親切だと感じて来た。だから、B-7には船瀬さんの本で置き換えることで、C-2には安部さんの著書で置き換えて再編集して、書店の活性化を管理人にお願いしたい。

145 96169 :2013/09/27(金) 08:29:26
144)の記事に関して将基面さんから、次のようなメッセージが届いているので公開します。
彼はヘルシンキ大学の客員教授わ始めアカデミーの世界で活躍しているだけでなく、オタゴ大学准教授と共に副学部長の学務まで担当して、壮年期にふさわしい活躍をしているようです。
安部や麻生のネオナチについて論じた発言をしたら、将基面さんが最低で卑劣な蓑田胸喜などについて、扱い始めたと知りシンクロニシティに驚きました。
また、私が報告した144番はフィボナッチ数列の鍵数で、故首藤さんにカットをして欲しいと依頼したら、これは神の数らしく式が作れないと言われ、114面体にした思い出もある数で奇遇でした。
<貼り付け>
拙著に言及くださり、恐縮に存じます。目を通していただき大変うれしく存じます。
現在は中世ヨーロッパ政治思想史の他に、日本政治思想、特に1930年代の思想的対立緊張に関心があり、
矢内原忠雄(特に矢内原事件)の研究から派生して蓑田胸喜を中心とするウルトラナショナリズムに見られる日本的政治思惟の特性を探っております。
ご健勝を祈念しつつ、

146 藤原 :2013/10/31(木) 23:29:05
夜の十時半に第七巻の「あとがき」読み終え、これから所感の書き込みを開始するが、あと一時間余りで Jack –o’ – Lanternの灯が消え、新年を迎え記念すべき年と日が終わる。
脳と目を酷使する長いが愉悦に満ちた旅路であり、マゼラン海峡と嵐の岬(喜望峰)を通過した旅を終え、ようやく母港にたどりついた感じで、七十五歳の誕生日に最後の頁を閉じることが出来た。
古代ケルト人が収穫を祝うハロウインの夜に、読了を完成するかどうかを危惧しただけでなく、最後に出会う精神の汚染を回避して、第七巻十章のジェンダー/コミックに属す可なりの本は、一瞥だけで通過しようと決断した。
それだと画龍点睛を欠くという気もしたが、知る必要がない情報も存在するし、品性と節度を保って生きて行く上で、知らない方が良い領域は禁断の地として、近づかないのが賢明だと判断した。
おぞましさが支配している空間は、そこをすっ飛ばして通り過ごし、目や頭脳をごみ溜め代わりにしないのが、精神衛生における防疫措置でもある。そうした例外的な十数冊ほどの本を除いては、じっくり観察し読み込んだので、見聞録として心の中の書庫に収蔵できた。
半世紀にわたる遍歴人生において、年に数度だけ客人の形で訪れ、その間に劣化と荒廃が進む故国に対しは、彼方に広がる異界としての設定で、浦島の逆玉手箱効果の相似象を観察した。
千冊に近い選ばれた本の渉猟で得たのは、若き日の留学の時に学んだ教訓や体験を積んだ過程で、見過ごしたものや分からずに終わった、盲点を埋める作業をおそらく果したことになる。
京都生まれの呉服商の息子の松岡さんは、江戸っ子で医療機械商の息子の私に較べ、面白いような共通面と異質面があって、若い頃にフランス語の世界に遊んだし、数学や博物学に強い関心を持っており、彼は国内に留まり私は日本を脱藩した。
ところが、彼は高校時代に上京して九段高校に転入し、私は東叡山にある上野高校に進み、共に後藤新平が作った旧制市立中学の環境で、詰襟でなく背広で青春を過ごし、官途につかず「野ごころ」の維持を図って来た。
生涯をかけて百一連環の帝網に挑み、松岡さんは編集の奥義を窮めたことで、彼は『千夜千冊』の千人斬りの偉業を果たし、私はその返り血でアムリタを賞味した。
私がえにしを結んだ愛着を持つ本のリストの中に、彼が触れなかった本と著者があって、重ならない世界があるのも興味深いが、そのうち思いがけない幸運に恵まれ、セイロン島あたりで出会いをもち、発見と再会の縁起を持つ楽しみがある。

147 藤原 :2013/10/31(木) 23:41:22
(NGの文字があると撥ねられたので、直した後半を以下に続けようと何度も試みたが、書き込み不能なので小刻みに書き込み、残りの部分は明日にやり直します)
知情意が構成する三角ダイアグラムを作り、その流体力学の位相の階位の頂点に、洗練度における名人と芸術性における鉄人、それと論理性における達人を置く。
そうすると、『千夜千冊』を作り上げた松岡正剛の作品は、シェヘラザード築いた夜の偉業と並び、叡智と編集術で組み上げた「花伝書」で、日本が誇るマエストロの逸品になる。
半世紀を費やした世界巡礼の草枕の果てに、生まれ故郷における憩いの場で、千夜の夢を一年半という時間枠の中で見終わって、安堵の気持ちに包まれている境地は、何という恵まれた心の寛ぎになることか。

148 藤原 :2013/10/31(木) 23:54:50
(残りの部分ですが、未だ受け付けられないので細切れ状態です)
母親が亡くなった直後にあった述懐が、『岳人』の1994年9月号の誌上で活字になり、それが『山岳誌』の追悼号に収録され、遺言で日本全国の高校図書室の書架に並んだが、それは山頂に積む憩いのケルンだった。
そこには青年期のゲーテが山小屋の壁板に、「 総ての頂きに憩いあり(ドイツ語の書き込み省略しました)」と刻み込んだ、若い頃に残した書き込みの文章に対面した、82歳の老詩人の感激が伝って来る感じがして、人生の来し方を振り返った一瞬である。
また、「冥土の旅の一里塚」として積むケルン代わりに、賑やかな英語の誕生日の歌ではなく、フランツ・リストの「流離の人の夜の歌」を味わい、これから暫し熟睡を楽しむことにする。
http://kunstlied.blog23.fc2.com/blog-category-54.html
2013年10月31日の11時を過ぎた大晦日の夜に。

149 藤原 :2013/11/01(金) 00:09:21
そこに青年期のゲーテ・・・
の前に貼りつけたURLがNGになった原因らしく、それを取り除いたら書き込みが出来ました、
何だか奇妙ですが全文を再現するために、URLを改めて貼り付けておこうとしたが、再び撥ねられたので貼り付けを諦めます。
「宇宙巡礼」の「記事」にある、『岳人』の1994年9月号の記事を参照ください。
意味が不明のトラブルのために、二日がかりの書き込みになってしまいました。申し訳ありませんが、一応これが最近読んだ本の感想です。

150 藤原 :2013/11/01(金) 00:30:24
取り上げた本についての説明不足で、分かりずらくて失礼しました。
千冊の本が束になっていて、著者は松岡正剛で題名は「千夜千冊であり、」内容は次のようなものです。
http://www.amazon.co.jp/%E6%9D%BE%E5%B2%A1%E6%AD%A3%E5%89%9B%E5%8D%83%E5%A4%9C%E5%8D%83%E5%86%8A-%E6%9D%BE%E5%B2%A1-%E6%AD%A3%E5%89%9B/dp/4763006428/ref=sr_1_19?s=books&amp;ie=UTF8&amp;qid=1383232967&amp;sr=1-19&amp;keywords=%E6%9D%BE%E5%B2%A1%E6%AD%A3%E5%89%9B

151 千々松 健 :2013/11/01(金) 00:38:24
ハロウィーンに誕生日を迎えられた藤原肇博士が松岡正剛氏の「千夜千冊」全7巻を読破されたことを知り、デュアルの祝福を贈りたいと思います。(祝^2)

【言霊と数霊の出会い】
カタカムナ研究者の宇野多美恵さんの命日が10月22日でしたが、丁度7年後に当たる10月23日午前に、関西のある人物からメールを頂き、まことに不思議な縁を感じざるを得ませんでした。
早速に、東京丸の内にてお話したのですが、それは、まるでコトダマとカズダマの出会いでした。
今回の収穫の一つ:
22-77の組み合わせが特徴的なリュカ数列(コトダマ的にはルカ数列の方が適しているようです)の一般公式から11-88の組み合わせが特徴的なフィボナッチ数列も出現するという意味では、ルカ数列の方が核になるのかもしれないと思うこの頃です。

152 中村 :2013/11/02(土) 09:26:54
75才といえばナントカ高齢者に数えられる年で、普通なら神経痛とかアルツハイマーになったりして、生命のエネルギーが低下する年齢です。
そんな年になってもこれだけのチャレンジをして、こんな薀蓄に富んだ文章を書けるとゆうことは素晴らしいです。
本当に素晴らしい誕生日おめでとうございます。これからも元気にご活躍されて、指導して下さるようにと、心から期待しています。

153 千々松 健 :2013/11/07(木) 14:26:05
引越しの準備で本棚を整理していたら、「私のゲーテ」小塩節著が目についたので付箋の箇所を読み返した。
ファウストについて P65-66『神の行為であり神の意志であるロゴスを、この自分の力で認識せんがための行動である。【世界をそのもっとも奥深くで統べているものがなんであるかを認識し、いっさいの作用の力と種子とを目で観る】そのための行動なのである。(中略)原子物理学者や遺伝子工学の先端をゆく現代の自然科学者は、みなファウストの嘆きを身にしみて知っているはずだ。』

154 藤原肇 :2014/03/25(火) 07:03:34
 [単にマネージメントがあるのではなく、そこには常にイメージメントがはばたいている]という結論は、俯瞰して全体的に物事の本質を見抜き、関係性を読み取って物語りを編集するのが、リーダーシップであるという意味で、「イメージとマネージ」と題した本書は素晴らしい内容に満ちている。
また、「リーダーシップとゲームメイクの戦略的指針」という副題も、日本人として異例に属す指導性を持ち、それを実践し活躍した平尾誠二という関西人がが、如何に稀有の人材であるかを克明に証明していく。
だから、人材枯渇と不毛な支配者たちの洪水という、実に情けない日本の現状にあるせいで、慚愧の気分に包まれて思いを馳せていた時に、この本に出会った幸運を痛感させたのである。それにしても全く不思議な因縁であり、ラグビーという英国人が作ったスポーツの世界とはいえ、他人事とは思えない印象をこの本は私に与えたといえる。
 彼が同志社大や神戸製鋼のチームを率いて、実践で積み上げてきたゲームの指導能力は、明治時代からの日本の戦争の歴史と較べても、あるいは、明治から現在に至る日本の政治においてさえ、彼に匹敵するビジョンと統率力を持つリーダーは、見つけるのが困難なのではないかという気持ちになった。だから、その感慨は実に印象深いものになった。
 同じラグビーをやっても裏口と誤魔化しが専門で、ワセダの学生時代に売春防止法の現行犯でつかまり、密室の闇取引で首相になった森喜朗が、東京オリンピックの最高責任者に納まるような、退廃と堕落した日本のスポーツ界を見れば、亡国に至っている日本の現状の意味が納得出来る。
暴力団の政治舎弟で国粋的なタカ派の清和会が、森から安倍に至るまでの愚劣な支配者として、日本の政治を愚弄し続けたこの時代は、裏の世界の人間が表社会を陵辱することで、日本の運命が大幅に狂い果てた時期でもあった。
 それにしても、日本の各分野の実践現場には、平尾のような優れたビジョンと指導力を持ち、着実に堅実な実績を積み重ねていたのに、なぜ日本の現状は支離滅裂な衆愚主義が支配し、亡国への道を盲目的に驀進したのだろうか。
それは小学校の生徒にも劣る国語力や劣悪な判断力しか持ち合わせない、安倍晋三のごとき低脳な権力者を始め、支離滅裂な態度で政治を食い物にして恥ることもなく、したい放題をして来た橋下のようなごろつきが、大手を振って罷り通る狂った時代の産物だった。
しかも、日本の未来をめちゃくちゃにしているのに、日本人は屠殺場に率いられていく牛のように群れをなし、反抗する気概もないのかと不思議でならない時代でもあった。
それにしてもである。この対談こそは二十世紀の日本に生まれた、最高のダイアログだという嬉しい読後感を持ち、久し振りに読書の快感を満喫したのである。

155 千々松 健 :2014/03/25(火) 16:40:23
>153 つづき
これは要するに『 Want(神の意志)、Plan(神の論理=ロゴス)、Action(神の行為)を三位一体的に理解しようと努力するコト』になろうかと思います。

武谷三男の三段階論すなわち「人間の認識は現象論的段階、実体論的段階、本質論的段階の三段階を経て発展する」
 1)現象論的段階- 現象をありのままに記述する段階
 2)実体論的段階-- 対象の構造を研究する段階
 3)本質論的段階--- 対象がどのような相互作用の下に、どのような運動法則に従っているのかを明らかにする段階
「自然がこのような立体的な構造をもっており、それを人間の認識がつぎつぎと皮をはいで行くのでこのような発展が得られる。すなわち歴史的発展と論理的構造の一致である。」
京都大学の素粒子論研究グループの方法論の基礎には、この武谷三段階論という新しい弁証法が在ったといわれている。

そこで私は、■を現象論的段階に、▲を実体論的段階に、●を本質論的段階にてイメージし、三位一体的な立体構造の全体をマネジメントして行くのが重要であろうと思い着き、2012年秋ごろ松岡正剛氏に手渡した1枚が、パワーポイント用に作成した「未来を変える方程式」というPDFの最終16枚目のシートでした。
注)検索エンジンが進化してPDFファイル内のキーワードでもグーグルが、すぐに見つけてくれるようになったのは嬉しいですね。
その例としても「本質を抉る思考のヒント」にて一度検索してみてください。「病理を抉る」ほどにはヒットしないかもしれませんが、、、
2014.3.25

156 千々松 健 :2014/03/25(火) 21:30:36
>155『■を現象論的段階に、▲を実体論的段階に、●を本質論的段階にてイメージし』は明らかに間違ってしまいました。
もつろん『●を現象論的段階に、▲を実体論的段階に、■を本質論的段階にてイメージし』が正しいのでした。
ことのついでに、
 1)ステロタイプ:●:現象論
 2)プロトタイプ:▲:実体論
 3)アーキタイプ:■:本質論
とイメージして、三位一体的に立体構造全体を扱い、1.2.3の順序に3.2.1の逆序も加味した秩序の総体をマネジメントするコトが肝要となりましょう。
また、このようなイメージは三種の神器にもつながり、鏡:■、剣:▲、勾玉:●となります。(断面のカタチから見る)

157 千々松 健 :2014/03/25(火) 22:08:52
三種の神器は現在では三ヶ所に別々に在るようです。
八咫鏡は伊勢神宮に、草薙剣は熱田神宮に、八尺瓊勾玉は八咫鏡の形代および草薙剣の形代とともに皇居吹上御所の「剣璽の間」に安置されているといいます。
アーキタイプの■のイメージになる「八咫鏡」が本質であり、最重要であるコトがこのようなことからも解かりますね。

明日3月26日には20年ぶりに皇居の剣璽が伊勢にて鏡とめぐり合う事になるようです。

158 藤原肇 :2014/03/26(水) 13:14:43
155で千々松さんが松岡さんに触れているのを読み、154の私の記事の最後の行に関して、それにしてもである以下を次のように書き改めて補いたい。

それにしてもである。過去30年間の私は専ら対談を試みてきたが、対話は同じレベルの人の出会いが決め手であり、
その点で型破りのスポーツマンの平尾誠二を相手に、対等であることに疑いの余地のないレベルで、編集の達人の松岡正剛が存分に語り合っているのを知ることになった。
そして、この対談こそは二十世紀の日本に生まれた、最高のダイアログだという嬉しい読後感を持ち、久し振りに読書の快感を満喫したのである。

159 千々松 健 :2014/03/27(木) 22:18:57
平尾誠二氏は山中伸弥氏と神戸新聞で新春対談をされていました。
http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/201312/0006608321.shtml

2月23日に秩父宮ラグビー場で開催されたラグビー日本選手権2回戦の神戸製鋼対ヤマハ発動機の試合を天皇皇后両陛下が観戦され、森喜朗さんがラグビー協会トップとして同席していたようです。
そして、神戸製鋼ラグビー部のGM兼総監督として平尾氏は場内で采配を振り、大逆転の勝利を飾っています。

さて、初めはSTAP細胞の小保方さんにエールを送っていた山中氏なのですが、今後はiPS細胞対STAP細胞の対戦(対談)は不成立のようですね。

160 千々松 健 :2014/03/28(金) 23:53:55
三段階論の現象論、実体論、本質論に関連して
日本古来の伝えに『その言は数にあり、数の道は理を含み、理は玄を有て在り』というのがあるそうです。
そこで、ふと私なりに次のように解釈したいと思うのでした。
「神のコトバは数(神が示す図=カズ)にあり、数の道である『神聖方陣』には道理(黄金比を生じるフィボナッチ数列)が含まれていて、その本質は『FMn≡FLKMchain(mod9)』に在る」
ここ数年来公開して参りました<21世紀マンダラモデル>と<未来を変える方程式>は日本文化の遺伝子ともいえるHUTOMANI=フトマニを宿しています。
2014.3.28

161 千々松 健 :2014/03/31(月) 22:08:41
ヒフミシンジ(日月神示)・イシモクシロク(五十黙示録)・フソウ(扶桑)の巻に登場する数字群にヒントを貰い、
フィボナッチ数列を72倍した数列を考えました。
 Fn: 0,1,1,2,3,5,8,13,21、
72Fn: 0,72,72,144,216,360,576,936,1512、
この中には、0項目を抜かすと三番目に144、四番目に216、五番目に360が現れます。
天が3ならば天の数は144で、地が4ならば地の数は216で、(並んだ二つを足して次に置くというフトマニのアルゴリズムから)5番目が360になるわけです。
そこで、1番目と2番目を改めて確認すると、72と72です。2^3×3^2=8×9=72 ですから扶桑(2と3)だけで表されていることになります。
この72Fnの数列を「ひふみ算」すなわち(mod 9)で処理すると、全てが0となります。
そこで「未来を変える方程式」の【FMn≡FLKMchain(mod 9)】は、初項と第二項を任意としていますが、<9の倍数は除く>という但し書きが必要になるということが確認できました。

また、伊勢神宮の「八咫鏡」は「天の中の元」です。すべての本質がその鏡にうつるのであれば、その鏡面対称性は「神の数式」にも欠かせないのです。
そして『神聖比例(黄金比=Φ≒1.618)を生じるフトマニ数列群(フィボナッチ数列はその特殊例)は、法を9とするモジュラー算術 (mod 9)で処理すると、全てが24項で循環する4つの数の流れであるFLKM系列のいずれかになる』ことを示す
【FMn≡FLKMchain(mod 9)】は「日出る時は来にけり」の一つのアカシかも知れません。
2014.3.31

162 千々松 健 :2014/04/01(火) 22:56:16
日月神示・五十黙示録・扶桑の巻に関しての続き
そこに「イセにはモノ言うイシがある」と書かれているのですが、それに私は大変な興味を持ちました。

数の読み方でヒフミヨイムナヤコトが1,2,3,4,5,6,7,8,9,10の古来の読み方ですから、イは5で、セは世界ということにして、イセは5に関係するコト全ての意味になると思われるのです。
イセが伊勢神宮で5に関係すると考えると、√5を含む黄金比すなわちΦ=(√5+1)/2につながり、フィボナッチ数列へ更には「フトマニ数列群」に繋がりました。
そして、イシは1と4で、それら二つを足すと5になりますから、
1+4=5のミチコ数列が想起されます。
 Mn:1,4,5,9,14,23,37,60、 ミチコ数列
ついでに
 Fn:0,1,1,2,3,5,8,13,21、 フィボナッチ数列
Ln:1,3,4,7,11,18,29,47、 ルカ数列
 kn:0,3,3,6,9,15,24,39,63、ケン数列
以上の4つの数列が重要で、それらを(mod 9)=ヒフミ算で観察して出現するのが24項目で循環する「FLKM系列」と呼ぶ4つの数の流れでした。
黄金比を生じる数列群は(mod 9)=ヒフミ算で観察すればこの4つの数の流れのどれかに該当します。(但し、9の倍数が並ばない限り)
http://8w1hflkm.jp/21st.Century.MandalaJ.pdf

163 藤原肇 :2014/10/31(金) 10:24:46
阿片謀略と岸信介・安倍晋三の亡国相似象の関連資料一瞥
本日を期して私は喜寿へのあと一歩を迎えました。これまで安倍内閣の暴政を告発するために、岸と安倍晋三の亡国コネクションに関して、本にまとめようと資料集めをしてきたが、それは若い世代に任せることに決め、200p余りのデータベースは贈呈しました。
その過程で読んだ本についてのメモは、次のような読後感にある通りで、参考にする上での案内として誕生日記念に公開します。

「続・現代史資料12」――基礎資料、データベースとして最重要

「日中アヘン戦争」――通史。全体像を掴むのに最適。

「昭和陸軍阿片謀略の大罪」――佐藤肇さんが霞山会人脈や旧軍人から取材し、外交文書や防衛大の資料を検討して、まとめたデータを岩瀬君が整理した。背景や人脈が精査されており、歴史資料としては第一級だし、国士の佐藤さんの洞察は鋭く、権力を悪用した支配層の犯罪への糾弾は厳しい。
将来のある時点で岩瀬君あたりが、天保銭はもとより岸信介について詳しく調べ、田布施人脈における安倍並びに佐藤家との関連で、長州人脈の満州と朝鮮のアヘンとの関連をまとめれば、貴重な日本現代史としての書き直しになる。
そのためには落合秘史を掘り下げ、吉園周蔵と上原勇作並びに甘粕正彦のトライアングルを洗い直し、杉山茂丸や後藤新平など安場人脈が、明治から昭和に何をしたかを解明すれは、それでビンゴに至るはずである。

「阿片王」――佐野君らしい取材による略史としての読み物。里見とアヘンに関し満ゴロと上海玉については傍線の部分に、データベース的な記述があって便利だが、図の強調で地がない欠陥が目立つ。P329に興亜院において愛知揆一、大平正芳などとアヘンの関係の記述あり。これは拙著にかつてより詳しく書いたはずだが、どの本だったか失念。また、渋沢の民俗学研究所や西北研究所などの研究員が、その後に京大の人類学者グループの母体になっており、それが思いがけない発見だった。

「甘粕正彦・乱心の広野」――甘粕のアヘン情報の概要だが、彼の満州と上海ものを通じて、里見に比べて甘粕の悪辣さが分かる。普通の小説より調査の努力は認めるが、佐野君らしい資料に基づくストリー展開は、歴史より小説的面白さが濃厚。
だが、2・26や盧溝橋事件の記述もないし、上海事変にも触れていないので、大陸が舞台になっているのに、演劇の舞台のドラマに似て、歴史的な展望の迫力に欠ける。

「日本の阿片戦略」――アヘン取引は悪質と思っていたら、英国のアヘン貿易はダーティだが合法的であり、1912年のハーグ阿片条約発足からして、日本のアヘン取引はダーティで非合法とあり、日本のトップは確信犯だと認識を改めた。
また、けし栽培のなかった朝鮮で日本の二倍のけし栽培を行い、朝鮮人に密売してアヘン吸飲者を大量に作ったという政治犯罪の存在。慰安婦問題だけで騒ぐ韓国政府は、近視眼で安倍に類したバカではないか。また、日本政府は証拠隠滅に全力を傾けたようだ。

「謀略の昭和裏面』――岸信介とCIAコネクション程度。

164 千々松 健 :2014/10/31(金) 23:31:03
<藤原肇博士の誕生日=ハロウィーンを祝して>
ヘーゲル自筆の書き込み本を神田の古本屋で寄川条路教授が見つけられた。
http://mainichi.jp/select/news/20141022k0000m040094000c.html
それはヘーゲルのデビュー作である「フィヒテとシェリングの哲学体系の差異」1801年初版本に、自書の書評の一部を写し書きしたもので、
『純粋に絶対的なものは、絶対的に一つのものであり、同時に全体的なものでなければならない』などと書かれているという。
さて、興味はその書評内容そのものにあります。
ヘーゲルの正反合の弁証法に影響された武谷三男の三段階論に倣っている「●▲■の三段階論」の舞台で考えることになります。
http://8w1hflkm.jp/123universE77.pdf
『純粋に絶対的なもの』とは▲の本質であり論理であり数学的には「Φ」で示されるものです。
『絶対的に一つのものであり』とは■の実体であり原因であり数学的には「Fn^2」で示されるものです。詳しくは「FMn≡FLKMchain(mod 9)」
『同時に全体的なものでなければならない』とは●の現象であり結果であり数学的には「トーラス体」で示されるものです。
これは正に知的直観という「ピストル」で、突如として脳内の中心を射られたような気分でした。
2014.10.31

165 藤原肇 :2014/11/06(木) 10:41:13
163)に関して、ファイルが未整理のせいで、こんな断片が見つかりました。
関心を持つ人は少ないだろうが、参考として追加しておきます。

「謀略の昭和裏面史』――小百科として非常に便利な本で、阿片や謀略機関について網羅されており、チェックするには手軽であるが、岸信介とCIAコネクションは、物足りない感じがするが、目配りの程度は抜群に属す。この本から入れば、昭和の時代の隠された歴史について、全体像を簡便に把握できる。参考文献のリストからして、著者の目配りが行き届いており、詳細にこだわらないところが優れている。

「東条英機と阿片の闇」――東条とアヘンに関して見るべき情報はなく、題名に偽りありの本。こんな男に首相をやらせた不甲斐なさは、指導性の意味が理解できず、人気と成り行き任せしかしない、
日本人の愚劣さの証拠である。それは森以来から安倍に至る清和会人脈に支配され、暴政で愚劣さが証明済みの安倍に、独裁権力を与え続けている相似象を見れば良く分かることであり、小心者が大言壮語をして強がる点では安倍晋三と東条は共通だが、安倍はもっと劣悪というしかない。

「満州裏史」――大した内容の本ではなく、岸に対しての批判が甘い。ただし、20章以下に参考になるヒントあり。P325に古海が戦後に大谷重工業の副社長になった記述あり。
満州で岸の部下としてアヘンを担当した古海が、星製薬のモルヒネを扱ったことの関係のヒント。
慧光塾の大谷と安晋会とのコネクション関係が、とのように統一教会と結びつくかは山岡俊介君の仕事か。p449には東条がアヘンで作った数十億円の裏金を動かし、それを東条の妻が扱ったという「細川日記」の引用あり。

「回想・古海忠之」――チェックのこと。岸とつながるキイマン。

166 ヒロイエ :2014/11/16(日) 21:31:26
だから、星新一が星製薬を大谷に売却し、その跡地にTOCが
あるわけですか。

167 一目山随徳寺 :2014/12/18(木) 01:45:16

最近 集英社インターナショナルから出版された 矢部宏治氏による下記書籍の人気が
高く、各方面で紹介されています。 話題の本としてご紹介致します。

『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』
矢部宏治・著 集英社インターナショナル
公式サイト
http://www.shueisha-int.co.jp/archives/3236

Web 立ち読み用 PDF
http://www.shueisha-int.co.jp/pdfdata/0236/nihonhanaze.pdf



関連記事 等

Yahoo!ニュース - 日本を支配する“憲法より上の法”の正体とは? (週プレNEWS)
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20141104-00038278-playboyz-soc


「日本はなぜ基地と原発を止められないのか」で話題の矢部宏治が鳩山友紀夫と
“日本の真の支配者”を語った!- |週プレNEWS[週刊プレイボーイのニュースサイト]

【前編】
http://wpb.shueisha.co.jp/2014/12/15/40591/
【後編】
http://wpb.shueisha.co.jp/2014/12/16/40674/


「「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか 」著者・矢部宏治氏インタビュー:岩上安身氏」 
http://sun.ap.teacup.com/souun/15535.html

168 千々松 健 :2014/12/19(金) 16:11:09
8年程前にWEB上で運命の出会いがあった神の数学「守護者」こと佐藤敏夫氏のサイトから以下引用させていただきます。
【「学(まなびのみち)」はここに始まる。その言(のたまい)は数(かず)にあり。しかも数の道は理(ことわり)を含む。その理(ことわり)は玄(ふかき)を有(たもち)て在り。しかし、人はこれを知らじ。これ先天(さきのあめみよ)の傳(つたえ)なり」。】

ここからは、私の解釈です。(過去の修正も込めています)
『万物の法則を学ぶには、先ず現象をもたらす言(コトバ)は数(神が示す図=カズ)にあることを知るべきです。そして、その数の道は『フィボナッチ数列ヒフミ九九算表=神聖方陣』という実体はFMn≡FLKMchain(mod 9)というアルゴリズムを含みます。さらに、その本質は理すなわち「φ:1:Φ」という黄金比率に在るのです。』
『従って、全てのものは、黄金比率という論理から発し、フトマニ数列群に秘された四つの数の流れが理由となって、陰陽の二重螺旋構造体のトーラスとして現れる結果といえるのです。』
以上が、この8年間で集大成したものです。
<21世紀マンダラモデル><未来を変える方程式><●▲■の三段階論>は日本文化の遺伝子を色濃く宿していると考えています。
http://www.8w1hflkm.jp/
2014.12.19

169 千々松 健 :2014/12/22(月) 21:19:21
『たとえ死の陰の指す嘆きの谷を行くときも、生かされている命に感謝するならば、心の奥底から湧き上がる何かが生きる力を与えてくれる。
そして、その魂を人間の言葉に表現して行こうとすれば、それがやがて「志」となるに違いない。』

今回は残念な結果になった小保方晴子さんの「STAP細胞」も、未知なる現象である限り、その実体と本質が探求されなければなりません。
また、コペルニクス的転換という意味を踏まえれば、科学者は既知なるものから未知なるものを説明するのではなく、未知なるものから既知なるものを説明することの方がより重要でしょう。

<●▲■の三段階論>に立てば、現象●・実体■・本質▲がイメージされますし、拡大した因果律では、三角=論理、四角=原因、丸=結果ですから、本質かつ論理は黄金比(黄金比率・黄金分割)に関係するコトとなるはずです。
従って『STAP現象が起こる最適条件すなわち必要十分条件は、この「φ:1:Φ」のロジックの中に在ると予想されます。』
2014.12.21

170 千々松 健 :2014/12/27(土) 22:02:06
言霊と数霊に更に音霊を加えるのが良さそうです。音は波長の長さにより音階が決まります。ピタゴラス音階には黄金比が関与しています。
また、波長すなわち周波数により(限られた領域において)粒子が振動されて様々な幾何学模様が出来ることが知られています。
水の結晶は言葉によって様々に変容するという事実を江本勝氏が発見しているのは驚きです。
しかも、水は言葉(音)によって好ましい響きに対しては綺麗な氷の結晶となり、嫌な響きに対しては崩れた結晶となるという不思議な現象も実験されています。
このコトは、望ましい周波数が即ち、望ましい数霊であり、望ましい言霊でもあるということの証明のように思われるのです。
人体の細胞も殆んどが水ですから、言霊・数霊・音霊に因って色々に反応するコトがあるに違いないのです。
生命のシステムが正常に機能するためには、それらの魂が望ましい波長であるコトが大切になるという訳です。
従って、話題の「万能細胞」にしても、そういった要素が加味されるべきでしょう。
また、弱酸性のペーハー数値だけではなく、その際に入る乳酸菌や各種の雑菌も含めて、最適な条件を探求するコトが寛容です。
いずれにしても「初期化現象」は、数学で言えば「逆行列」が成立する最適条件が必須となるコトに類比されるのです。
2014.12.27

171 千々松 健 :2014/12/29(月) 15:40:18
江戸時代の思想家である安藤昌益の「三回」について再考する機会を得ました。
12月22日の読売新聞、時事・思想の欄で農の行方・安藤昌益「米粒の神聖性が問う」と題して末木文美士教授(日文研)が書いていたからです。
『昌益によれば、この世界は始めも終わりもない自然の運動である。その運動は通(上から下への垂直運動・横(水平運動)・逆(下から上への垂直運動)からなる。』

この5月にも触れましたが「●▲■の三段階論」はその「通気・横気・逆気」に類比されるのです。
すなわち▲から■へが通気、■から●へが横気、●から▲へが逆気の流れです。本質(論理)から実体(理由)へ、実体から現象(結果)へ、そして現象から本質へという運動になる訳です。
「廻りて巡り、とわに続く」イメージになりますね。
『逆により穀物が生ずる』となれば米粒こそが本質(論理)となるのですから、神聖比例(黄金比)が登場するコトになります。
偶然にも「米粒の神聖性が問う」のタイトルは当たっていたのかもしれませんね。
http://www.8w1hflkm.jp/123universJ77.pdf
2014.12.29

172 藤原肇 :2015/01/22(木) 12:17:17
「方丈記私記」(堀田善衛)を読む

弁慶と牛若丸の話を始め、義経を保護した平泉の藤原氏の滅亡とか、平家と源氏の争いや壇ノ浦の合戦に関してのイメージが、平安末期から鎌倉時代について、何となく歴史の断片として頭の隅に貼り付いていた。
また、西行法師、源実朝、法然、親鸞などの名前の後に、「千載集」「新古今」などの和歌の世界と共に、藤原定家や後鳥羽上皇が登場した時代の面影もある。後鳥羽が二桁の后や女官だけでなく、遊女や白拍子を相手にして、博打や猟色に明け暮れただけでなく、摂政を相手に男色にふけり、荒淫荒亡を尽くしたことは知識としては知っていた。
しかも、連日のように放火や地震が起き、堀田善衛のペンに従えば、「学徒群起、僧兵狼藉、群盗横行、飢餓悪疫、地震、洪水、大風、降雹、大火」で、「天変しきりに呈すといえども、法令敢えて改めず」が続いて行く。そして、「古京はすでに荒れて、新都はいまだ成らず、ありとしある人は皆浮き雲の思いをなす」という「方丈記」の冒頭の言葉は、地震や噴火の予兆に怯える日本の現状に重なり、まさに不吉な相似象ではないかと思う。
しかも、治外法権の外国軍基地を放置した中で、原発の放射能が国土を包み、戦争体制に猛進する暴政が横行し、人権を護る憲法が機能しないまま、狂人に限りなく近い男が首相として、したい放題をする日本の現状を遠望する私の目は、鴨長明の視線と同じ波動が網膜で揺れる。
それにしても、未だ大飢饉による人民の苦難は始まっていないが、既に食糧の汚染は進行し、鴨長明のいう「物狂いの世、是非を論ずるに足らず」である。高校の時のテキストが初見だったが、日仏学院時代に緑色の表紙の本で仏訳に接したが、その時から半世紀ぶりだが、久しぶりに読んだ「方丈記」のガイドブックとして、堀田善衛が体験した敗戦直前の日本と共に、今と鎌倉初期の末世現象を結ぶ「悪夢の浮橋」は、「驕れるもの久しからず」の黒い虹を架け渡してくれたのである。

173 千々松 健 :2015/01/27(火) 15:24:59
先日の大学入試センター試験の化学基礎で「物質の三態」問題が出ていましたので、早速に参考にしました。
まず、氷(固体)は昇華して水蒸気(気体)になり、水蒸気は凝縮して水(液体)になり、水は凝固して氷(固体)に戻るという水の三態をイメージします。
それに、帰納と演繹とアブダクションを加味しました。
http://8w1hflkm.jp/123univers.pdf
「物質の三態」を●固体、■液体、▲気体と位置づければ、●から▲へは昇華に類比されます。
この●現象から▲本質へと直接に向かうラインを逆行列的推理(Invertible abduction)と呼びたいと思います。
昇華は逆のラインにも使用されていますが、一度、●と▲との関係に「逆行列」が成立したならば、後は自由に行き来ができると言う様に考えるのは面白いと思いませんか?
●>■>▲のルートは帰納、その逆のルートが演繹です。

更に、般若心経の繰り返しと逆読ませの妙を次のように解釈するのも面白いと思います。
「色不異空 空不異色」=「いろとそらの段階」=演繹と帰納のレベル
「色即是空 空即是色」=「くうとしきの段階」=逆行列的推理のレベル
すると「空哲学=禅」は、この●から▲へのルートを観つけることを意味していたとも思えるのです。

固体の強固に結合した粒子の関係性が一気に解かれて、気体になってからは単独の粒子はバラバラに動けるようになる如くです。
ちなみに、液体の粒子は互いに引き合いながら動いていますが、演繹や帰納のルートでのみ現われることになります。
また「STAP細胞」も要するに固体から気体へ昇華するルート探しといえるのではないでしょうか。
2015.1.27

174 千々松 健 :2015/01/28(水) 22:55:00
>2012/02/08(水) 21:00:47 一部再掲から
プラトンの教義であるイデア論:『地球上のモノはすべて、永遠なる理想的原型つまりイデアのコピーにすぎない』および『イデアというのは、数そのもの、図そのもの、形そのものでもあった。「大」とか「小」というときの大ということ、それ自体がイデアなのである。イデアは抽象そのものであって、また同時に具体そのものなのだ。』

その「永遠なる理想的原型つまりイデア」こそは、藤原肇博士の「ステロタイプ・プロトタイプ・アーキタイプ」の三層構造における「アーキタイプ」に相当するものと考えました。
その頃の私は、イデア論の具体的なイメージとして、リュカ数列を黄金比で現わした一般式の【 Ln=Φ^n +(‐φ)^n 】を考えていました。

しかし「超三段階論」の公表時点では「永遠なる理想的原型つまりイデア」は「黄金比」そのものであると確信をいたしました。
本質をロゴス即ち論理と理解すれば、ギリシャ語のロゴスの語源の示す「三つの数の関係ないしは比」は「φ:1:Φ」に違いなく、この中の一番大きい数のΦ=黄金比≒1.618こそが「大」に一致するのです。
まさに、ユーレイカ! ですね。
2015.1.28

175 千々松 健 :2015/02/01(日) 21:49:08
「超三段階論」の最新版をWEB上に公開しました。2015.1.18の日付が入っているものです。
http://8w1hflkm.jp/123universJE.pdf
これは宇宙を含めて天然自然を「生命智の場」として図象する試みの一つです。
▲はプラトンの「イデア」で、■はライプニッツの「モナド」で、●は色即是空の「色」に相似像です。
そして、▲>■>●のルートが演繹で、●>■>▲のルートが帰納で、●>▲のルートが逆行列的推論になりますが、仏教的な悟りあるいは正覚が、この●>▲のルートの成就に該当するようです。
また、釈迦が最後に弟子に語った『ワヤダムマーサンカーラ』が何を意味するかを考えるとき、現象と結果の●、実体と原因の■、本質と論理の▲の三つを関連させた「縁起の場」で考えること、即ちこの●▲■の超三段階論がイメージされるのです。
サンは三でカーラは神の場と読むと尚更です。
また「三種の神器」については以前から述べてきましたが、それぞれの断面で見ると、草薙の剣は▲、八咫鏡は■、勾玉は●に相当するでしょう。
旨くはいえませんが「剣で黄金分割をしてモノコトを分析し、鏡で自らの姿を映す如くに鏡面対称としての実体を認識し、結果的に現われる諸現象を理解するコト」と考えたりするのは飛躍しすぎでしょうか?

初めての方は驚くことばかりでしょうが、実はこの「超三段階論」は第三シートに相当するもので、「21世紀マンダラモデル」の第一シートと「未来を変える方程式」の第二シートが理解されるならば、より深く納得されることでしょう。
しかし、実のところ、ここ数年の間には、▲と■とは本質と実体が入れ替わった時期もありました。その点はご了承願います。
http://8w1hflkm.jp/
2015.2.1

176 千々松 健 :2015/03/04(水) 21:52:55
「出現する未来」原題「Presence」の中で、ピーター・センゲはゲーテを引用して「U理論」を説明しようと試みている箇所があります。p136
「これはまさにゲーテが言う『全体は部分に現われ』、『具体的で個別のもの』を通して、『その奥にあるパターンが立ち現われる』ということじゃないだろうか」
このゲーテの表現をそのまま借りて、私は「超三段階論」を説明できると考えたのです。
まず全体を現象●として把握します。全体は部分に現われ、その部分は具体的で個別のものとしての実体■になります。その実体を通して、その奥にあるパターン即ち本質▲が立ち現れるのです。(帰納ルート)
逆に辿れば、本質▲の黄金比という論理パターンがあって、その実体■のフィボナッチ数列の二乗が形成する原因を通して、現象●のトーラスという結果全体が生まれるのです。(演繹ルート)
このような二つの認識ルートを行き来するうちに、●から▲へ、あるいは▲から●へ直接的に結ぶルートに気がついたならば、それが「悟りとか正覚」になるのでしょう。
また「物質の三態」にな倣えば、固体●から気体▲へ(気体から固体へ)の昇華ルートが開発されたと呼べるでしょう。
量子力学にはなくてはならない行列数学の用語を使用するならば、それは「逆行列的推論(インヴァーティブル・アブダクション)」と呼ぶに相応しいと考えます。
大げさではなく、量子力学の父と呼ばれるハイゼンベルクの「部分と全体」や「全体性と内蔵秩序」でボームの云いたかったことは、今ではこのように三つの基本図形と関係性の中で、易しい代数と幾何を使って説明が付くのです。
http://8w1hflkm.jp/123universJE.pdf
http://8w1hflkm.jp/21st.Century.Mandala1206.pdf
2015.3.4

177 藤原肇 :2015/09/25(金) 10:38:06
水村美苗さんの「日本語が亡びるとき」を読んだ。
第一章や第二章を読んでいた段階では、素晴らしい理論の展開に感嘆して、流石に漱石の未完の作品の「明暗」を展開して「続・明暗」を書き、日本の男のレベルでは真似のできない仕事をした人だけあって、大した才能を発揮していると感銘を受け呆然とした。
英語嫌いでアメリカでの留学時代はフランス文学を専攻し、米国の大学で優れた学生を相手にして教えただけあり、水村さんの見識と国際感覚は絶大であり、これだけの女性を持つ日本は大したものだと嬉しくなった。これは五つ星でなく七つ星を付けたいと思った。
特にパリで行われた日本の近代文学に関してのシンポジウムで、彼女が「二つの時間」について行ったスピーチは、こんなことを世界に向かって普遍語で言える日本人は、加藤周一さんくらいしかいないだろうと感じて、凄い女性が光の都に登場したと思った。
そして、この「日本語が亡びるとき」という挑発的な本一冊だけでも、十数冊の膨大なローマ帝国について書いたイタリア在住の日本女性の本より、はるかに優れていると感動したほどだった。
人生のほとんどを海外遍歴で過ごしただけでなく、若かった十代に日本の文学に熱中しただけあって、水村さんの筆法は唸らせる叡智を含み、格調高い日本語の表現力は、まともな日本語も喋れない男たちが首相になる国の現状からしても、掃き溜めの鶴の爽やかさがあった。
だが、文学を論じていた間は黄金の輝きを持っていたのに、小説一般や言語論に話題が拡散するにつれて、普遍言語議論やコンピュータ言語になった途端に、黄金の下に真鍮が見えるようになり、第六章や第七章に読み進めるに従って、傍線を引く箇所が減ってしまったので、本当は5つ星なのだが涙を呑んで4星にした。私が余白に書き込んだコメントを参考までに書いてみると、「水村さんは、Ilove only you.とI only love you.を翻訳できるコンピュータのソフトを人間が作れるとお考えですか」ということだ。あるいは、「見渡せば、山もと霞む水瀬川、夕べは秋となに思いけん」というような歌を訳すソフトなどは、人間の脳の外には存在しえないのではないか。この辺までの部分はアマゾンの書評に投稿して置いたが、以下はつれずれに書き加えてみる。

178 藤原肇 :2015/09/25(金) 10:44:23
177の後半部が長すぎると撥ねられたので続きを以下に記す。
著者は言語(Language)の問題を一般化して、普遍語(Universal)、現地語(Local)、国語(National)の三種に分けて、英語を普遍語として論じているが、それは文学者特有の思い込みに過ぎないもので、問題の立て方がおかしくないか。文学や小説などの言語としてのLa Langueを論じるつもりであるならば、文語(Litteraire)、一般語(Popuraire)、俗語(Vulgaire)を使うべきであり、その時に英語は一般語の範疇に入る。論文や散文ならある程度いい加減でも良いが、哲学や宗教では英語は語彙が不足し、詩のレベルでの翻訳は困難になるからだ。しかも、数学レベルならプロトコールを作れても、幾何学にはとても利用し得ないのは、超無限には人間は挑み得ないのであり、社会科学や文化系の人には分り難いだろうが、幾何学がMetalanguageだからである。
コンピュータなどで英語が君臨し蔓延しているが、英語がLingua francaになり得ないことは、ハンバーグとポテトチップがfoodsのレベルで広まっていても、それで料理の問題を論じられないように、普及と普遍は取り違え得ないのである。しかも、これだけ文学に精通している著者だのに、トリックスターについて偏狭な捉え方をしているのを見て、いささか驚きの印象を持たざるを得なかったが、文科系の発想の限界がそこにあり、勇み足をすると足を踏み外すことになる。
それに、日本人は劣等感を持つので称賛しているが、ドナルド・キーンやサイデン・ステッカー程度の英訳で「源氏物語」や「芭蕉七部集」を読むよりは、選ばれた日本の優れた女子高校生の感受性に従った方が、はるかにまともだし、幸田露伴の考察や堀田善衛の「方丈記私記」を読むに限ると私には思える。戦争の時に暗号解読や防諜に駆り出されて、リニア発想で訓練された翻訳家たちには、カービリニアの世界の理解が難しい上に、ネイティブの感受性にはかなわないし、翻訳はあくまでも近似的なものであり、本物に接近したものに過ぎないからである。
また、後になって丸山真男と加藤周一の「翻訳と日本の近代」を読んだら、普遍語について論じた部分があったが、幾ら英語が君臨しても彼らは英語を普遍言語として扱っていないし、「文学は一種の私事」とか「今言をもって古言を解してはいけない」と薀蓄のある発言をしていたので安心した。しかも、釈迦を始め孔子やキリストにしても、最も重要な発言は著書などになっておらず、弟子や第三者が書いたものの行間を読むだけでなく、書いてないことを読み抜くところに決め手になっているのである。
だから、書かれたことや喋られたことは抜け殻であり、国語で書かれた文学などは幻影の一つで、大自然が物語るストリーの偉大さを知る者にとっては、テレビや日本のメディアの汚い日本語のせいで、日本語は既に死んでいると見切りをつけている。それは国会での討論の愚劣さからして明白だし、日本の文学作品のレベルのお粗末さは芥川賞を見れば明白であり、小説類は題字を見るだけでも目を濯ぎたくなるほどである。
しかも、喜寿を迎えようとしているのに、何が日本語の規範かが見当もつかず、「私は人間である」が主語と述語で構成されている、膠着語の日本語の文体だと思っているのに、「私は 人間である」という最近の文章を読むにつけ、何がまともな日本語か私には見当がつかないのである。

179 藤原肇 :2015/09/25(金) 13:38:54
20年以上も昔の話になるが、1994年1月号の「ニューリーダー」の誌上で、小室直樹博士と「意味論オンチが日本を亡ぼす」と題した対談を行った。憶えている人がいるかどうか分らないが、その時に以下のような議論を行った。
藤原:小室さんとお会いして対談するのは久しぶりで、今から十数年前に、『脱ニッポン型思考のすすめ』を出したとき以来ですね。
小室:あの頃は「脱ニッポン」なんて言うと異端者扱いだったが、今ではそういう本が続々ベストセラーになっている。最近は日本の方がおかしくなって潰れかけているが、それにしても、あの頃から今までこの国はよくもったものだ(笑)・・・・
藤原:特にここで強調しなければならないのは、潰れかけている原因が“セマンティックス(意味論)”にあり、日本人に意味論が分かっていないことだ。われわれは共にヨーロッパ派に属する日本人だとも言えるが、小室さんはやはりドイツ派で、著書の中にガイスト(精神)どかゲミュート(情緒)なんて単語が続々と使われている。ぼくはフランス派でドイツ語は口に合わないから、あんな野蛮な言葉は誰が喋るものかと思っている。だから、あなたの本を読むたびに鳥肌を立てている(笑)・・・・
小室:ドイツ語はバーバリアン(野蛮人)の言葉だという劣等感は、ドイツ人自身が抱いているんだ(笑)。
藤原:こんな話がある。フランス王が「私は神様と対話するときにはスペイン語で、人間と話すときはフランス語を操り、馬と喋るときはドイツ語を使う。犬と喋るときには英語で、若い娘にはイタリア語で話しかける」と言ったとか。ぼくはアメリカ人に「どうして英語で著書を書かないのか」と聞かれたらこの話を引用して、「犬に使う言葉で書くのは気がすすまないし、フランス語だと日本語の五倍も時間がかかり、アメリカの美徳の能率に反する」と答えると丁解する。要するに、アメリカ人は理路整然とした話なら納得するんだが、日本人は腹芸でやるし気分が先に立つ。だから、日本人は最も親密なはずのアメリカ人のみならず、世界中ともコミュニケーションができないでいる。
小室:コミュニケーションが成立していないことにさえ気がついていない。・・・・

この発言をした直後に小室さんの顔がこわばり、一分以上も横を向いて口を開かずに、不機嫌に沈黙していたことが今になると懐かしい。あの頃の私は表現が未熟だったので、あんな言い方をしてしまったが、今なら自分の言葉として「私は神様と対話する時にはスペイン語で、淑女にはイタリア語で話しかけ、マドモアゼルと話す場合はフランス語を操る。また、犬と喋るときはドイツ語を使うし、コンピュータを相手にするときには英語を利用する」と言っているだろうと思う。
夏目漱石、水村美苗、藤原肇の三人は。英語が嫌いな三角関係の日本人で、そのくせ漱石は英語が嫌で府立一中から二松学舎で漢学をやって、それからロンドンに留学して英文学者になっている。また、水村さんは米国でフランス文学を専攻しただけでなく20年以上も住んでいるし、私は高校で英語を忌避したのに、フランスではTEロレンスを読むために英文学科に入学して、アメリカに30年以上も住んだつむじ曲がりであり、言うならば英語嫌いの三羽烏みたいな日本人に属している。だから、英語の帝国主義的な君臨に対しては、それとなく反発を感じてしまうのだが、江戸っ子の私と漱石を置き去りにして、水村さんが英語を普遍語だと持ち上げたために、私は言わずもがなの発言をしてしまったのであった。これも秋の夜長の「徒然草」であろうか。

180 藤原肇 :2015/10/31(土) 09:49:16

ジュリアス・シーザーの『ガリア戦記』を読むと、ケルト族の生態にまつわることが沢山出てくるし、あれだけの名将の彼が悪戦苦戦した模様が、克明に記録されていて実に楽しい。
また、ケルト族に関しては鶴岡真弓さんの『黄金の生命』が素晴らしい内容を持つので、それに触れたいが自分で密かに楽しむのがこの本の真骨頂だから、ヨーロッパ文化の基盤はケルトにあることを指摘するだけで、読後感に関しては差し控えることにしたい。
そして、今日はハロウィーンの日であり、これはケルトの収穫祭の風習の名残で、クリスマスと同じでそれをキリスト教が簒奪して、諸聖人の日(All Hallows eve)が訛ったというが、北欧人の新年の前夜の大晦日でもある。
この大晦日は子供たちが大好きであり、Jack-0-Lanternに蝋燭をともして祝うが、海外生活を半世紀も体験した私にとっては、毎年のように私の誕生日を子供たちが可愛い声を張り上げて祝ってくれたので,嬉しい思い出が山のようにある。
しかも、大晦日から新年への境界線の意味論は、ツアラストラの巻物を読むまでもなく、善悪、白黒,陰陽、日月、正負、明暗などの特異点であり、これはトーラスで言えば空の中心でもある。

そして、私のホロコスミックス理論で空の英訳を若気の至りでというか、出来合いの言葉を使いNothingnessと書いてしまったが、本当はKuunessという言葉を使いたかったと告白したい。
だが、Kuunessなどと書くと空の説明が必要になるので、解説が大嫌いな私にとっては面倒なことになるので、お粗末だし嫌悪している直訳英語を使ってしまったのである。
それでも、私の『般若心経』の理解では色は人間の世界であり、あの盤石と信じられて来た数学の世界でさえ、公理と公準に従って天下不動と信じられてきたのに、非ユークリッド幾何学の登場で数学的な不確実性が支配し始めた。
そうなると、空は色に表しえない逆や対偶を含めた総てを意味しているので、この百年にも一兆年にも一度しかない記念すべき喜寿の日を期して、ギリシア語で何が来るかは知らないが、フランス語的に表記すればKououté になるので、そのコンピュータ言語としてKuunessという用語をお披露目したいと考えるのである。

181 千々松 健 :2015/11/02(月) 22:47:08
博士の喜寿を祝うと同時に「空=Kuuness」の命名に寄せて

空=Kuuness「クウネス」をカタカムナ思念で読み解くと【引き寄せる 生まれ出る 充電される 一方向へ進む】となります。参考:吉野信子「カタカムナ 言霊の超法則」徳間書店
●を色、▲を空と考えて「色即是空」を●から逆行列的推論で▲を直観するルートとみるならば、帰納法的ルート・演繹法的ルート上には■が実体として必要で、それを「色不異空・空不異色」
と述べたのです。
そのように考えるに至った例の●▲■の超三段階論から、更に動態幾何学を駆使してイメージを働かせるならば次のようなことが見えてくるに違いありません。
0次元:先ず、創造の主すなわち御柱を真上から観ると点となるので「0次元」と呼び、空とします。 【クウネス】
1次元:次に、その御柱を真横から見て、神聖比例に分割して行きます。φ:1:Φ 【ロゴス】
2次元:次に、神聖比例そのものを数値として認識し、行と列に置き二次平面に展開させます。対角線には二乗数が観られます。【レゲイン】
3次元:次に、二次平面に展開されたものを、(mod 9)で処理して、縦横を繋げれば、循環するドーナツ状が出現する。【トーラス】
また、クウネスをカタカムナ思念の数で計算すると11+19+46+29=108の数となります。それは除夜の鐘に撞く108ですし、9×12=108でもあります。
『全ての者が0次元に引き寄せられて、神聖比例が生まれ出て、縦横に充電されて、対角線上を一方向きに進む。
しかし、決して拡散して消え去るのではなく、メビウスの輪の如く終わりも始めも無く螺旋を描いて循環し、バランスして観える』
と考察すれば、この『Kuuness』そのものが博士の考えておられる『生命智』と言えるのではないでしょうか。
2015.11.3

182 藤原肇 :2015/11/03(火) 16:14:26
 空(Kuu)をフランス語風の発音に改めKououと書くと、語感としては鳥のカッコウ(Coucou)に似てしまい、奇妙で落ち着きの悪い言葉になり、KとCを足して二で割り、キメラで名詞を作るとKououté という変な言葉が生まれる。カッコウ(Coucou)は英語だとKuckooでスペイン語ではCucoで、この言葉はオノマトペで郭公という鳥の鳴き声から来ている。
同時にKuckoo頭がおかしい意味する俗語だが、それ以下の卑語としては頭がくるくるパーを表し、アメリカではKuckoo’s nestは精神病院を表す。だから、アカデミー賞をとった映画のOne Flew over the Cuckoo‘s nestには、痛烈な皮肉とメタファーがこめられ、精神分裂病は今では統合失調症と変名しているが、意識と無意識が同一時空に混在する症状を指している。
これからは連想ゲームになるが,その延長上に書かれた本にKuckoo’s Eggという本もあり、これはコンピュータのセキュリティを扱い、ハッカーを追い詰めるストリーだ。それにしても、コンピュータが未だ普及していない頃だったが、ハッカー問題をだけも知らない時代に、元ハッカーの手による警世の書として出たこの本には、信じられないことが沢山書いてあった。
セキュリティの問題は暗号解読と密着していて、それは素数が重要な役割を演じるが、それに関心を持ったのはカナダ時代で、『暗号解読』という本はその後に書き直して『暗号戦争の時代』という本になっている。
「宇宙の多次元構造の図」を最初に公表したのは、1984年に出した『無謀な挑戦』であり、その時に宇宙の上に宇宙システムを置き、素粒子の下にコスミック素子を置いたことで、それがホロコスミックスという私の宇宙概念の誕生を生んだ。それまでの宇宙論は宇宙から微小な素粒子で終わっていたが、宇宙は宇宙システムのサブシステムだという理解がある。
また、この宇宙システムの導入によって、その彼方にある仏教思想の空と結びつくことが出き、それがメビウスの輪で無に繋がり,道教が好む無が特異点という宇宙観として完成し、複素数空間で構成される概念図になった。
そんな模式図を著書に書いたために、いろんな声が「藤原はKuckooだ」と言ったらしいが、私はそれをCoucoutéと聞き流して、Kououté のことを言っているのだから,暫くの間は無のNothingnessにして置こうと考えて、二十世紀はCrazyな世紀だと諦めていた。
だが、誰か若い人が二十世紀が終わるまでに、アインシュタインの相対性理論に対して、その欠陥を指摘して欲しいと待っていたが、誰もそれをしてくれなかったので仕方なく、ホロコスミックスとしてまとめて国際環境大学の紀要に寄稿したら、二十世紀の最後の年にそれが活字になった。また、台湾に招かれて行った講演の原稿が、『生命知の殿堂』の中に収録されたのだが、残念ながらその図はKuunessではなくて、昔の Emptinessのままだったので、ここに喜寿を期し改めてKuunessに直すことを記録しておくことにした。

183 千々松 健 :2015/11/03(火) 22:46:51
11月3日の文化の日は、11を1+1=2と見ると、1,1,2,3となり、1,1,2,3,5,8,13,21、のフィボナッチ数列が思い浮かびます。
勿論、1月12日、11月2日、11月23日などの日の方が、そのものの並びで適当ではないかと思われるでしょう。
しかし、ひふみ算で11を1+1=2と計算するところが重要で、『二つを統合して次に置け』という大宇宙の法則であるフトマニのアルゴリズムを読み取ることに意味があるのです。

かつて『アレクサンドリア』というスペイン映画でテオン(ユークリドの原論を編纂した学者で、映画の主人公ヒュパティアの父)が、ある問題を出して『226の場合は4である』とサラット答えている場面があり、ずっと気になっていました。
それはまさに、2+2は4である。2,2,4,6,10,16、と言うフィボナッチ数列の倍数を考えなさいという意味でもあった訳です。
日本文化に相応しいということで、11月3日は「ふとまに数列の日」としたいと思います。
2015.11.3 文化の日に因んで

184 藤原肇 :2015/11/04(水) 00:52:44
ダブルLucky7の喜寿を迎える日の前後は、滅茶苦茶に忙しい状態で過ごしたために、#180では空の英訳をEmptinessと書くべきなのにNothingnessと書いてしまい、#182では自分の著書名を間違えており、『インテリジェンス戦争の時代』とすべきところを『暗号戦争の時代』と書いたのは、ことによるとアルツハイマーが始まったかと疑いたくなるほどだ。
でも、一年半前に日本で襲われて殺されかけたとはいえ、それにしても良く生き延びて、ここまで来たのは目出度いと感謝すべきかも知れない。
実は76歳の最後の日のランチを一緒にした人は、カンボジア人の優秀な青年であり、翌日が私の誕生日だと言ったら手を打って、シャヌーク元国王と同じ日だと言われ、奇妙な一致だと不思議な気になった。彼は九州大学で経済学を学んでから名古屋大学で修士を終え、現在はプノンペンの三井物産のマネジャーをしているが、彼に日本の経済学者で誰を尊敬するかと聞いたら岩井克人さんの名前が出た。
そこで思うことがあって彼に『虚妄からの脱出』をプレゼントしたかったのに、残念なことに手元に本がなくて渡せなかったが、これは30年間のアメリカ生活において、私の知的贈り物として名刺代わりに手渡してきた秘密の本であった。
この本は私と藤井先生との出会いの縁結びの神様だし、漢方や易の本を専門に出していた東明社が社会の漢方薬として、読書界に送り出して貰った記念すべき本であり、後半のページには英文記事が二編収録されている。
一人で社長兼編集長兼雑用掛だった吉田社長のお蔭で、その後十冊余りの拙著が東明社から生まれたが、この英文記事がついた『虚妄からの脱出』は世界で出会った多くの人はもちろん、特にテキサスを中心に石油ビジネスを経営するオイルマンたちに手渡している。
そのお蔭でテキサスで石油開発をした最初の日本人として、私の人生の夢の実現の陰の力になったのだった。今ではアマゾンでも古書として見つけるのが難しいが、日本文の記事は1976年に経済誌の『国際経済』が連載したもので、何でも好きなことを好きな長さで書いて欲しいと言われて,意気を感じて執筆した若書きの作品だった。
だから、ハーバードにいたライシャワー名誉教授からは、「藤原さんが言いたい放題に近い発言をしている背景に、山師精神があった秘密が分かった」と言われたし、石油開発の弁証法と題した記事で、医療制度と石油開発の相似象を論じた記事があったことが縁になり、藤井先生が20冊買って下さった縁で銀座内科を訪れた時の顛末が、私の本の中では天頂に等しい『間脳幻想』誕生の契機になった状況について「まえがき」として興奮した記録が残っている。
『虚妄からの脱出』になって誕生したこの本は、かなり大胆な発言で構成されていたので出版に難航し、時事通信で出た『日本丸は沈没する』に続いて出たら順当のはずだったが、それが実現出来なかった。そこで『日本不沈の条件』の「あとがき」に、「この本の前に一書があるのだが、事情でこちらが先に出た」と書いたところ、それを読んだ吉田さんから原稿を読ませて欲しいと手紙が届いた。そこで送ったところ「出したい」という返事が届き、どんな本を出している出版社化と問い合わせたら、「漢方薬の本を出しているが、人間ではなく社会の漢方薬として出したい」という返事だった。
1970年代というのはこんな時代であり、今のように売れる本しか出版されない腐った時代と違い,あの頃の日本には未だ出版精神が生きていた。
そんなこともあり、本当は『虚妄からの脱出』をプレゼントしたかったが、手元にないので参考資料として「宇宙巡礼」のサイトの「論文」でオリジナルが読める、ORGANIZATIONAL STRUCTURE OF THE OIL INDUSTRYと題した記事のコピーをカンボジアの青年にプレゼントしたのだった。なぜか。

185 藤原肇 :2015/11/04(水) 21:18:02
これはなぜかという問いに対してのヒントで、アマゾンにおける掲載された書評です。

5つ星のうち5.0
起業家よりも企業家になる人に推薦したい名著だが画龍点睛もある

岩井克人先生の『会社はこれからどうなるか』という本は、資本主義経済の発展史への目配りがあり、商業資本主義から産業資本主義を経て、ポスト資本主義について丁寧に論じている。
そして、現在が産業資本主義からポストの時代に移行し、その中で法人としての会社の役割と機能について論じ、会社は誰のものかについて分かりやすく解説している。
しかも、米国流の株主主権論の卓越に対して、それはデファクトにしても標準にならないと論証し、ヒトとモノの違いを近代の人権宣言と結び、法人の持つ意義について誰にでも分かるように説明している。流石は学校の先生である。
青色申告という日本的な税制のせいで、誰でも会社の法人を登記して社長になり、公私混同が横行している日本では、岩井先生が解きほぐした法人の意味について、再認識した方がいいと考えるので、日本でビジネスしている人に私はこの本を読むように勧めてきた。
だから、その点で本書に五つ星を提供したい。
また、ずいぶん昔の話だがソ連が崩壊した直後に、日本が誇る思想家の柄谷行人さんと対談を行い、確か『終わりなき世界』という本の中で鮮やかな論陣を張り健闘していたので、岩井さんは信用できる学者だと確信したからである。
私はアメリカに30年プロフェショナルとして住み、1980年代の10年間はベンチャービジネスを経営し、企業家としての体験を持っているので、信任(Fiduciary)と契約(Contract)の違いに基づく、経営者の倫理と責任感の問題の議論と共に、コア・コンピタンスについての論調が最も卓絶しており、多くの日本の優れた人に参考になるはずだと感じた。
ネオコン政治の影響で弱肉強食の金儲け主義が蔓延し,日本人もその潮流に乗って押し流され、会社乗っ取りやIPO(上場)が流行して、経済活動が拝金主義に毒されている。
こうした時代性の中で、本書には起業家は登場しても企業家が登場せず、ビル・ゲーツを始めホリエモンやエンロンが論じられ、シューペンターやドラッカーが存在を称賛した企業家への言及がないので、私の五つ星にはマイナスがついている。
なぜならば、日本ではアメリカ流の成功者としてソフトバンクの孫正義やオリックスの宮内社長が、新時代の成功者として脚光を浴びている。だが、彼らは起業家であっても企業家ではなく、限りなく詐欺ビジネスに近い点では、ホリエモンの仲間に過ぎないからである。
また、これは文中の引用だから黙認すべきだろうが、岩井先生ともあろう人が産業構造を論じるに際して、222pで一次産業や二次産業という静的で幼稚な,70年ほど前にクラーク教授が作った時代遅れの用語を使い、それに対して修正も提案していないのを見て惜しいことだと思った。
卓越した「不均衡動態理論」を展開した冴えた頭脳の持ち主ならば、産業構造の根幹に触れるこの産業の定義こそ、先ず、改めてから議論に取り組むべきではないかと思ったからである。

186 藤原肇 :2015/11/07(土) 10:32:20
前掲のような経済問題の核心に触れる書評を書き、経済活動と密着する人生を歩み出したのは、半世紀近い昔の留学生時代だったので、古い話だがその頃の体験について振り返って見たい。私がフランスに留学したのは1960年代で、その頃の日本は池田内閣の経済振興政策で活気づき、戦後からの脱却に全力を傾けていたが、外貨準備は乏しくて資金の欠乏に悩み、いかに外貨を稼ぐかが大問題だった。
だから、海外渡航は制限されていたために、観光旅行はご法度で制限されていて、外貨の持ち出しは一人$500ドルであり、腹巻に一万円札を忍ばせて持ち出す状態だったが、円が外貨に交換できるのは香港とスイスだけだった。
時間を遡って当時の横浜を思い出すと、ソ連の客船「オルジョニキッゼ号」に乗り、デッキから別れのテープを投げ、見送りに人に来た家族や友人に、出発の挨拶を送っていた姿がある。当時の日本は未だ貧しかったので、外国に出るのには厳しい制限があって、持ち出せる外貨は500ドルだし、私も腹巻に十枚くらい聖徳太子の札を忍ばせていたと思う。。
しかも、航空運賃は非常に高かったので、最も安くヨーロッパに行くには、横浜から船でウラジオストックに行き、そこからシベリア鉄道に乗って、二日がかりでナホトカに行ってから、飛行機でモスクワ空港まで飛ぶ。そして、二日かかりでドイツのケルンまで行き、乗り換えてスイスのバーゼルに出て、再び乗り換えてジュネーブ経由で、目的地のグルノーブルにたどり着く。
これが24歳の私がたどった旅程であり、グルノーブルに着いた翌日には、フランス山岳会グルノーブル支部を訪れて、会員に登録を済ませていたように、学生になるより山に登ることが本命だった。
それに、フランス語は中学生の頃からの独学でやり、発音が汚いので高校では英語を忌避し、大学入試もフランス語だった上に、大学授業には出ないで外国語は免除で、フランス語には自信があったのに、知っていることを教授が言えば分かっても、未知のことは全く理解できなくて困った。
だから、修士課程の頃の私は数時間の睡眠という、厳しい授業環境のために時間が乏しく、好みの文学書を読む時間もなかった。
だが、博士課程になった時には時間的余裕が生まれ、最初に何回か通訳の仕事をした後で、資源問題について三井物産のコンサルタントになり、ヨーロッパやアフリカで資源開発に関して、多くの興味深い仕事を体験した。
当時の日本のエネルギー問題は、石炭から石油への転換期であり、独仏の石炭掘削の最新技術の導入のために、多くの日本の炭鉱が視察に来たり、ダム建設やトンネル掘削の新技術を求めていたし、アフリカの鉱産資源を求めていた。

187 藤原肇 :2015/11/08(日) 11:04:49

特に石炭の炭田の現地視察の場所は、独仏国境の丘陵地帯を始め、オーストリア東部からウクライナにかけて、谷や丘陵が連なる奇妙な地帯であり、興味深いことに昔から激戦があった戦場地帯だった。なぜならば、日露戦争の203高地や桶狭間のように、丘や狭間は戦闘上の要地であるし、そこには要塞が作られていた。
そうした場所を幾度か何か所も訪れているうちに、戦争の歴史が生き生きと再現して、歩兵や騎兵の配置について見当がつき始め、自分が指揮官ならこんな配陣だと考え、自然に兵用地誌のカンが育つようになり、地政学への関心と向学心が生まれた。
そして、戦争の多くが土地と資源の奪い合いであり、その主役が王様と貴族であり、敵兵を捕虜にして奴隷にすることが、古代の支配者のビジネスだったと理解した。
しかも、アダム・スミスは分業の重要性を強調して、工場制の産業と労働を観察し、英国の経済社会と富について論じたが、地域格差を使う商業活動について、重商主義の時代を紹介した程度で、専ら資金を投下して工場を作り、大きな富の蓄積を『国富論』に書いている。また、オランダから英国に両親が移り住んだ、
ユダヤ人であるリカドーの経済学は、労働価値説の比較優位説であり、これは労働集約の産業が主体で、エネルギー源は食料だったから、貿易による取引に注目したものだった。
当時の英国は労働者を奴隷扱いしていて、子供まで一日12時間労働でこき使い、賃金は食べるのに精いっぱいであり、悲惨な社会が君臨していたことは、ディッケンズの小説が活写している通りだ。
だから、「穀物条例」が政治問題になったし、ナポレオンの大陸封鎖が行われたのだし、産業革命が大陸諸国に波及して、1848年の一連の革命が起きたのは、食糧問題が最大の懸案だったからだ。
ユダヤ人のマルクスは大英図書館を使い、資料を読み漁って『資本論』の草稿を書き、搾取や疎外の克服のために必要な、階級闘争の戦術論をまとめている。
だが、被支配階級にとって最大の課題は、搾取による労働者の貧困の問題があったし、それが階級闘争と結びついたにしても、そこに問題の総てを集約してしまった。
だから、搾取されたプロレタリアの救済に、千年王国の実現を夢見たのだが、奴隷貿易の問題を含めなかったのは、彼らがユダヤ人として出身基盤の歴史からして、奴隷ビジネスをしていた過去には、触れたくなかったのは当然の心理だったし、至って当然の帰結だったのである。
そんなことに気付くようになったのは、ヨーロッパを一歩離れて地中海を越え、アフリカの世界に足を踏み込んで、そこに残された歴史の足跡を知り、歴史とはこんなものだと理解できたお蔭だった。

188 千々松 健 :2015/11/08(日) 22:00:46
<一部に重複するところがありますが、ご了承願います>
空=Kuunessをカタカムナ思念で読み解けば【引き寄せる 生まれ出る 充電される 一方向へ進む】となります。
『全ての物事が一度、引き寄せられて(0次元)、次に黄金分割され神聖比例が生まれ出て(1次元)、99算表の如く縦横に展開、充電されて(2次元)、マトリックスの対角線上を一方向へ突き進み増殖するが、
法を9とするモジュラー算術により、メビウスの輪の如く終わりも始めもなく、陰陽太極図のような二重螺旋を描いて循環するトーラスとなる(3次元)。』
ここまでが Kuuness「クウネス」をカタカムナを活用して拡大解釈したものです。

次元に関して言えば、これらに時間を加えて5次元世界といえます。(0次元もカウントします)
そして、コンパクト化される6次元を加えると超ひも理論やM理論で云う11次元世界に相当するでしょう。
そのコンパクト化される6次元を説明するためのヒントは『オイラーの合同式の定理』のなかに在ります。
【 n^6≡1(mod 9)】 但し nは3の倍数でないとき、nが3,6,9の場合は右辺は全て0となる。
3の倍数ではない整数の6乗数は、9を法とするモジュラー算術(9に特別の意味を持たせた、ひふみ算・カバラ算に同じ)では、全てが1となる。
このように考察を進めれば、藤原肇博士の『Kuuness』は万物理論になり、アインシュタインを凌駕して、まさに「神の数学」に出会うことになるのです。
2015.11.8

189 藤原肇 :2015/11/10(火) 10:13:34
一方でアフリカや中東の資源開発では、サハラ砂漠の南縁地域で仕事をし、そこに象牙海岸や奴隷海岸などがあり、奴隷や象牙が商品として価値を持ち、そこに古い経済活動の足跡を発見して、奴隷貿易で蓄積した富を使い、産業革命の資金の蓄積の実態に気付いた。
しかも、形の上で奴隷取引は王様の利権で、特許で行う仕事の現場責任者として、汚れ役をしたのは下層階級の異教徒として、ユダヤ人が引き受けていたことが分かり出した。この事実は重要な隠し事になり、経済学では触れてはいけないタブーだから、オランダから英国に移住したユダヤ人で、経済学の元祖のリカードを筆頭にして、ユダヤ人の経済学者は恥を封印したのである。
アフリカでの体験で学んだこととして、ここは未だ植民地主義と帝国主義が、厳然として生き残っている世界であり、後になってフォーサイスが描いた、『戦争の犬』が動き回っていたし、情報作戦と諜報工作が猛威を振るい、安心も油断もできない場所だと痛感した。
私が体験したアッパーボルタでは、銅や金を採掘している会社が、金をアマルガムにして偽って持ち出し、ヨーロッパで精錬して金を分離し、滅茶苦茶な収奪をしているのを探知した。しかも、現地政府には金に関して微量と報告し、十数パーセントのアマルガンから金を抜き取り、その差額を丸儲けしていたのだ。
また、セシル・ローズの植民政策で明らかだが、英国の帝国主義はアフリカを食い荒らし、ナイジェリアでは石油利権の収奪で、ビアフラ戦争が炸裂しようとしていた。
しかも、日本の会社のコンソリチウムを作り、鉱山開発をしようと乗り出すのを感知して、米英資本がそれを乗っ取ろうと狙い、CIA絡みのクーデター工作が進み、命あっての物種だ考えて逃げ、こんな世界は自分に不似合だと思った。
日本には単独で海外進出する会社は、当時の実力では存在しなかったので、いつもコンソリチュームを作って進出したから、いろんな会社との仕事を経験した。私は岩登りをやるから総て体験だと考えて、炭田の切羽や急峻なダムの現場でも、喜んでそこに行って現地調査を買って出たが、ネクタイを締めた商社マンには、そんな汚れ役を好む人はいないから、危険地帯ほど私の担当分野になった。
だから、ハードウエアの買い付けの段階になると、資源問題のプロの私がいたので、三菱系でも住友系の会社でも、機械設備ヤノウハウの購入に際して、総て三井物産から買う傾向があった。その後になって系列という言葉が流行り、それが日本経済の強みだと言われたが、私の目にはそれは逆の表面現象で、商社マンにプロが存在しないために、実力ではなく仲間のよしみに頼るに過ぎず、他人を信用できない甘えの構造だと思った。
しかも、傍観者としての視線で眺めると、優秀な商社マンほど転職を考え、チャンスを掴みたいと苦労していたから、日本の会社で仕事をする気はなかった。だから、後になり学位を取って就職の段階で、主任だとか部長並みの給料とか、いろんな面白い内容の提案があったが、カネや地位のために仕事をやる気はなく、世界で未だ武者修行が必要だと考えて、当時のベストセラーで小田実が書いた、『何でも見てやろう』を手本に使うことに決め、何でもしてやろうと荒野を目指した。
また、サハラ砂漠の魅力に取りつかれたこともあり、「星の王子様」の世界に魅惑され、そうなると中東は次に迎える舞台になるし、地中海世界の東側に位置するので、ギリシアやトルコの古代遺跡もあるから、それほど遠い世界とは思えない。

190 藤原肇 :2015/11/11(水) 11:23:23

高校生の頃に白水社のクセジュ文庫に親しみ、この言葉がモンテーニュの発言で、私は何を知っているかの問いかけだから、彼の『随想録』に挑んで見たのだが、悪戦苦闘しても全く理解できなかった。だが、その中にプルタコスの『英雄伝』から、数多くの引用があったので日本語で読んだが、これまた理解が不可能に近かった。
それを思い出してフランス語で読んだら、予想外にスラスラト頭に入って、お蔭でプルタコスの『英雄伝』が読めてしまった。
ある意味で『英雄伝』は小説に近いし、暇つぶしになるタイプの本だが、ギリシァとローマを比較した分析があるために、同じ奴隷制度を持つ社会でも、質的に全く違っていたことを教えている。ローマよりもギリシアがはるかに優れ、ローマの知識人の言語はギリシア語で、ギリシァには哲学や幾何学があるし、彫刻や建築も段違いだと確認できて、ローマよりギリシアに学ぶべきだと思った。
しかも、同じ帝国でも英国よりローマの方が、はるかに優れていたのは明白だし、同じローマでも民主制の方が帝制より、ギリシアの政体を手本にしていたので、はるかにマシだという理解に達して、それまでの歴史感覚の大掃除が出きた。それなら哲理や幾何はギリシアに学び、戦争と植民政策はローマだと考え、古代遺跡の分布は地中海沿岸だから、その辺で仕事をしようと作戦を立てた。
ニースから60キロほど北に位置した、地中海から遠くない丘陵地帯が、私の地質調査の仕事場になって、そこに四年間もテントを張り、地質構造の解明のために明け暮れた。カステランヌの町は白亜の石灰岩に囲まれ、香水の産地のグラスの町から30kmで、カンヌから北西40kmに位置しており、実に混沌とした地質学的には穴場だった。
そこで得た不思議な生活体験によって、私の人生は大きく変化したのだが、それは実に奇妙で興味深い内容であり、半ば夢とウツツの混淆したものだった。その内容の紹介は神秘体験に似ていて、まともに語るには勇気が要るので、日を改めて物語ることにしたいと思っているが、その機会は遠くないはずである。
おりしも当時は情報革命が始まり、テレビの普及と宇宙開発の余波で、人工衛星が上空を飛び回り出して、地上の国境が持つ意味が低下し、地中海世界が中庭のように感じられ、ブロデールの『地中海』が生まれかけていた。そうなると私が得意にする世界で、アルプスからヒマラヤにかけて、今から6000万年から1億年前に、ティーティス海(古地中海)が広がり、その沿岸に恐竜が生息していたし、海にはアンモン貝が繁殖していた時代になる。
子供の頃から活字少年だったので、捕り物帳や探偵小説が大好きであり、小学生時代に謎解きに熱心だったし、色んな物を集めるのに熱中して、切手や古銭の蒐集に夢中だった。
また、東京の上野に住んでいたお蔭で、科学博物館の学生会員になって、週末には博物館の趣味の会に出席し、化石や鉱物標本に触っていたから、アンモン貝はたくさん集めていた。
そうしたことが縁になっていたので、中東での仕事では海洋民族のフェニキア人は、カルタゴやリバシリと呼ばれ,船隊やキャラバンを組んで通商する。だが、相手が強ければ商取引をするのであるが、弱いと山賊や海賊になり略奪して、それが古代経済だという理解に到った。
その極限状態が遊牧民であり、ユーラシア大陸の中心に拠点を築いた、匈奴やスキタイまた蒙古人たちは、定住民を襲って略奪するか朝貢を求め、支配して来た生態が理解でき、その観点で見ると万里の長城の建設が持つ、歴史の意味合いの納得が行った。
こうした現場調査で得た歴史感覚を元に、大学の図書館で歴史書を読んでみると、書いてある表の歴史を知ることより、何が書いてないかを探ることの方が、断然と面白いということが分かり始め、それが識ることの意味だと理解できた。

191 藤原肇 :2015/11/12(木) 11:19:14
こんな体験を積み重ねると同時に、岩登りに熱中していたことが役に立ち、バランス感覚があることの利点を生かし、1967年のプレオリンピックの時には、日本のリュージュ・チームの一員になり、オリンピック選手の体験をしてみた。
大部分の人はオリンピックを会場やテレビで見て、明るい会場で選手たちが競い合う、スポーツの祭典だと思い込んでいる。
だが、私が味わった選手としての体験は、朝の四時ころで零下20度くらいの時に、20Kgの木ゾリを背中に背負い、100mの標高差のある出発点まで行き、汗で全身がずぶ濡れだのに、順番が来るのを一時間以上も待ち、外気は氷点下20度の寒さだから、全身がコチコチになってしまい、これは奴隷と同じだと実感した。
奴隷貿易の秘密を知った以上は、自分が奴隷の境遇を再現してみて、こんな人生は耐えられないと思ったが、傍観者にはその苦痛は理解できない。
しかも、私は日本チームの対外窓口に位置し、各国チームの監督や保護者と会い、親しく付き合って分かったことは、彼らの多くが欧州の貴族であり、オリンピックの陰にいる支配者たちとして、王侯貴族の世界があると知って驚いた。
秘密は守られて秘密の価値があるし、それを漏らせば相手にされず、死ぬまで守るのが秘密だが、喜寿を迎えてそれも不必要になったから、ヒントの一部だけだが示しておく。
私の場合は次元の枠を飛び出し、別の世界に移るチャンスを掴んだのは、リヒテンシュタインのチームと同じホテルに滞在し、各国チームの代表と付き合い、選手として以外の活動をしたお蔭だ。そうしたら、ある日リヒテンシュタインの名誉監督が、選手を激励するためにチームを訪問し、それが皇太子だったことが始まりだった。どういう具合か仲良くなったら、仲間の集まりに来ないかと誘われ、幸運だと言うしかないことだが、とてつもない大発見に繋がった。
この段階で私は札幌市の代表を依頼され、オリンピック準備に関与していたし、ヨーロッパの裏の歴史が分かりかけており、先ずは奴隷の選手役から自分を解放して、自由の尊さを身に染みて味わっていた。そういったことの経過については、「Mountains of Dreams」にヒントを書いておいたが、その後半に当たるエピソードは、1968年のグルノーブル冬季五輪大会である。
オリンピックの主催者は自治体の市であり、国家権力には一切関係がないのは、ヨーロッパ歴史が王権と貴族の争いで、その延長上にクーベルタン男爵が、オリンピック精神を錦の御旗に掲げて、オリンピックを復活させたのだった。1648年のウェストファーリア条約によって、国際法的に国民国家が誕生し、アメリカ独立とフランス革命で、大統領制の国民国家が動き出した。
第一次大戦で主要王制が地下に潜り、貴族との秘密の連合体を構成して、いわゆる国体モナルキー体制に化け、大統領や議会制度を中心にしたものが、政体立憲体制として出現した。これは支配の二重構造であり、歴史家はハプスブルグが二重帝国というが、実は聖と俗の二重構造だけでなく,ポランニの経済人類学が明らかにした、江戸と大坂やワシントンとNYのように、政と経の二重構造は有機の世界では、実に当然な支配の原理でもあった。

192 藤原肇 :2015/11/13(金) 12:13:22
遊牧騎馬民族の匈奴やスキタイは、ジンギスカンのモンゴルも同じで、定住せずに夏と冬の別荘を持つシステムであり、専門用語で双分制と呼ぶようだが、二重都市を作るという性格を持っていた。町の作り方も非対称構造であり、山の手と下町にその刻印が残るが、これも遊牧民の名残らしい。その一例をポランニの弟子の栗本慎一郎は、ブタとペストの例や博多と福岡の町づくりで、見事に実証してみせたのである。
『光の都市闇の都市』は示唆に富む本で、合計で四度か五度読み返したと記憶する。
良い本は何度も繰り返し味わうものだが、一度読んだのは眺めた程度であり、二度以上は少なくとも読んだ本でなければ、読んだとは言えないという発想は、留学時代に指導教官から叩き込まれたものだ。人を介して会いたいと連絡してきて、私の読者だと名乗るような人がいるので、どの本を何度読んだかと尋ねてみると、ほとんどが一度だという返事が圧倒的だった。
そこで少なくとも三度は読んで、何について論じたいか理解してから、その上で連絡して欲しいと言えば、私は唐変木だと言うことになって、煩わせられることはなくなっていた。世の中にはそういう個性がいるし、私の本は三度読むことによって、異なるレベルのメッセージにと、到達するように構成しているつもりだし、十度も読んだとなると別の次元に属す、膜宇宙が織り込まれているのである。
だから、珪水さんのように『間脳幻想』に関し、百度近く読んだ人の前では、「出藍の誉れ」の譬えが教えているように、著者の私の方が学ぶことが多くなったりする。
自然の多層構造は複雑であり、目に見える現象界は部分に過ぎず、複素数空間の三次元投影だから、内が外で外が内になるトーラスが、入り子構造になっているだけだ。そんなことは自然を観察することで、数学的に理解できるのであり、無機の極限である宇宙の構造は、二つの焦点を持つ卵形のトーラスだし、宇宙は複素数空間で成り立っている。
善悪、白黒,陰陽、日月、正負、明暗などは、一見すると二項対立のように見えるので、ヨーロッパ系の思想家たちは、古代メソポタミアやペルシャを支配した、ミトラ教やゾロアスター経の影響により、対立概念として理解しているが、実は複素数空間の表面的な理解に過ぎない。
文明の基底として古層を作るシュメール人と、古代巨石文明を残した人について、きちんとした学問が成立していないので、未知のことが余りにも多いようだが、それは21世紀の学問の課題になっている。

193 藤原肇 :2015/11/16(月) 12:49:54
ここで学生時代の奇妙な体験として、一種の悟りに似た感覚になった前史に、小学生の頃の思い出の影響があるので、その紹介から始めることにする。小学校の下級生だった頃の記憶に、1 + 1 = 2 の数式が納得できず、先生から叱られて反発したことがある。
砂糖 1 リットルに水 1リットル加えても、それが 2リットルにならないと抗議して、先生に詰まらないことを言うなと叱られた。例外の発見が好きだった私は、色んな光景の中に適合しそうなものを探し、狼一匹と子羊一匹を一緒にしたら、一日後に狼が子羊を食べてしまえば、1 + 1 = 2にならないと思い当たり、その主張もダメだと否定された。
私のロジックは無残に拒絶され、仕方なく1 + 1 = 2の式を受け入れて覚えたが、爽やかな気分にはなれなかった。
似たような経験は高校時代にもあり、ニュートンの万有引力の法則は二体問題としては有効であっても、三体問題には役に立たないと考え、ニュートンは間違っていると言って、物理の教師から変人呼ばわりされた。それが大きなトラウマになって、物理嫌いの高校生が誕生し、教科書より自然を相手にしたので、それが博物学への道に繋がった。
しかも、大学を卒業する時にもトラブルで、悪夢に似た経験が私にはあって、 日本の大学で書いた卒業論文は、優れたとして自然博物館から、奨学金を受けるほどの内容だった、だが、学界の権威者に刃向った形になり、物議を生みだすものとして扱われてしまったが、それはある大学の有名教授が博士論文を書いた、同じ地域において地質調査をしたものだった。
ところが、その博士論文は恩賜賞を受賞しており、日本の学界では良く知られたもだったので、こんな卒論を書いたせいで反逆者扱いになった。
山登りが得意だった私としては、沢では胸まで水に濡れて遡行し、崖をよじ登って山の中を歩き回ったので、自然を丹念に観察した結論としては、大教授の博士論文が逆立ちしているもので、見えやすい道路沿いの調査だったから、不完全を招いたと結論になっていた。
だから、この仕事は日本の学界においては、避けるべきタイプのものに属し、特に天皇が評価して授けた賞に対して、結果としてケチをつけたと見なされてしまい、重大な反逆行為だとされてしまった。
それに加えて、私は新種の化石を発見したので、それを学術雑誌に投稿したら、新発見として活字になったのは良いが、私が地質学会の会員ではなく、投稿資格がないことが発覚してしまい、譴責処分の扱いを受けてしまった。私が犯したこの二つの逸脱的な行為は、封建的な日本のアカデミーにおいては、絶対に容認されるものではなく、未来は閉ざされたに等しかったのである。
しかも、東京オリンピックの主催者として、都知事になろうとした東竜太郎という東大医学部の教授が、ニセ証紙を使い不正選挙で都知事になったので、江戸っ子としての私はこんなインチキ選挙に反発した。そこで親父の乗用車のトランクの背に、「不正選挙をした男を都知事として認めない」という看板を付け、それを付けて都内を運転したために、親父は警察から徹底的な嫌がらせを受けた。
そのことは『オリンピアン幻想』の中に記録が残っているが、こんな汚れた国にいるのは不愉快だから、脱藩しようと覚悟を決めて日本を出たことが関係していた。これも若き日の反逆精神の結果かも知れないが、納得いかないことは受け入れたくなかったのである。

194 藤原肇 :2015/11/18(水) 13:27:57

こんな悪夢に似たことの積み重ねで、フランスで新天地を開いていた私は、1 + 1 = 2にならない例の再来として、素晴らしい体験を味わったが、それはフランスに留学して三年目の夏で、この時は覚然としたものであり、生涯を貫く貴重な経験として記憶に定着した。 そこは地中海に近い海岸アルプスであり、ニースやカンヌの北50キロほどに連なる、白い石灰岩が東西方向に延びて、南面は崖を作り北面に向け、緩やかな斜面を作る牧歌的な台地だった。
また、変幻自在の気象条件に支配されて、石灰岩台地の午後の前半は快適で、軽い昼寝を存分に楽しめる高原でもある。三日に一度くらいの頻度だったが、光と影を織りなす饗宴の果てに、夕刻近くになめと夕立が襲って来た。しかも、時には激しい雷雨を伴うのに、石灰岩地帯には雨宿りする場所もなく、大きな温度差が発生している中で、激しい雨に濡れ続けなければならなくなる。
東西に40Kmで南北に20Kmの幅を持ち、その中にほぼ10位の村が散在しており、放牧と小規模の農場があるような地区が、私が地質調査を行った場所であった。村はずれの小高い場所の隅に、農民から許可を得て黄色いテントを張って、夏になるとそこに住んで昼間は調査し、夜はテントで寝る生活を私は4年ほど続けた。

何とも不思議な巡り合わせだったが、地中海に近い石灰岩台地の上で、午睡から目覚めた時に味わった体験は、宇宙観を変えるほど凄まじい衝撃を伴うものであり、それが今の私の自然観を構成した。 その時に味わった衝撃的な体験は、ある意味では他愛のないものだが、野生のラヴェンダーの香りに包まれ、午睡からの目覚めの茫洋として気分で、天空を見上げ無限に思いを馳せた。
仰向けに寝転がっていた私は、幾つかの浮雲が漂っているのを見上げて、こんな雲を林芙美子は自分の人生を託し、自伝小説に『浮雲』の題をつけたのかと思った。大空の南半分は抜けるような青空で、残りの半分の北側は入道雲が広がり、積乱雲と青空の中間部に私は位置し、漂っている浮雲を見上げていたのだ。
そんなことを思って大空を見上げ、漂い移る浮雲の下面が灰色だと感じ、それを何となく眺めているうちに、いつの間にか意識が消えていた。そして、ふと目覚めて再び空を見上げると、大きな雲が一つとその周辺に、五つほどの綿雲が漂っていたので、1足す5だから6だと数えていた。
だが、それも瞬間的な目覚めだったらしく、再び眠りの中に落ち込んでしまい、次に目覚めて空を見上げた時には、小さな綿雲は一つに固まって浮雲になり、前にあった大きな浮雲と並び、二つの浮雲が大空に漂っていた。「1+5=6」だったのに「1+1=2」になったという、そんな考えが一瞬だが頭の中を横切り、再び私は眠りの中に落ち込んだ。
次に微睡から目覚めた時の私は、目をこすって大空を見上げ、以前は離れて漂っていた二つの雲が、目の前で一つになっていたのを見て、「1 + 1 =1」だという閃きに貫かれており、これは大自然の教えだと感じた。だが、それもつかの間の出来事に過ぎず、自然には不合理があると感じたが、そのまま再び眠りに落ち込んでしまった。
暫くするとひんやりとした大粒の雨が、パラパラという感じで落ちて来て、顔で感じた冷たさで目覚めた私は、呆然と空を見上げると雲は姿を消しており、僅かな時間のうちに何万という雨粒で、全身がすっかりずぶ濡れになっていた。
これは「1 + 1 =0」どころの騒ぎではなく、ゼロになった雲から雨粒が吹き出し、何万どころか何億もの雨と霧に変化して、今度は水流になって流れ下っていた。

195 千々松 健 :2015/11/18(水) 22:44:54
スイス高原のハイジの如くに、寝転んで空を眺めていた若き藤原肇博士が、浮雲の数で不思議なイメージを伝えてくださいましたコトに感謝いたします。
1+1=2からは 1,1,2,3,5,8,13,21,34はフィボナッチ数列が生まれ、mod 9で一桁化すると、1,1、8,8のぞろ目が特徴のフィボナッチ(F)系列になります。
1+5=6からは 1,5,6,11,17,28,45,73,118,191、は???数列ですが、同様に一桁化すると、1,5,6,2,8,1,0,1,1,2,3,5,8,4,3,7,1,8,0,8,8,7,6,4,(1,5,6、)24で循環するF系列になります。
従って、1+5=6と1+1=2のフトマニ数列群は【FMn≡FLKMchain(mod 9)】のなかではFchainで共通です。
1+1=1からは 『創造の主すなわち御柱を真上から観ると点となるので「0次元」と呼び、空とします』と述べたように、点の上に点を加えても一つの点に過ぎないということが判ります。
更に、1+1=0は難解でしたが【e^iπ=-1】のオイラー等式から、1+(-e^iπ)=0をイメージすれば、1+1=0、1+0=1、0+1=1、1+1=2、1+2=3、2+3=5、となりやはりF系列になるのです。

神聖比例やフィボナッチ数列の大切さを教示して下さったハイジ、いやハイムに乾杯!
見上げる「そら」と空哲学の「くう」は共に「空」ですが、藤原肇博士の『Kuuness』は真に万物理論です。
2015.11.18

196 藤原肇 :2015/11/19(木) 09:46:56
この水が示す不思議な層の変化は、どういう次第だか分らなかったが、多次元の階層構造として私を急襲して、脳裏を包んで広がるイメージが、不思議な世界にと私を誘導していた。それは宇宙の彼方の上位相まで登り、宇宙を宇宙システムの側から見れば、宇宙はサブシステムだという考えだった。
数刻の昼寝の後で顔にひんやりと感じて、見開いて空を見上げ直した私の目に、重なった雲の塊りの変異を見て、私は宇宙について悟ったと意識した。 暫くは断続的な降り方だったが、そのうち驟雨という印象を伴い、30秒か数分ほど雨が降り続いて、私の全身は水浸しになった。
だが、あっという間に雨脚が消え去ってしまい、再び午後の太陽が燦々と輝き、私はキツネに抓まれた感じだった。おそらく全体で20分か25分の間に、昼寝からずぶ濡れまでの出来事が、私の周辺で起きたに違いないし、奇妙な体験の刷り込みになっていた。
二つの浮雲が重なって一つになり、それが雲散霧消して雨粒化し、最初は数滴だった雨が豪雨になって、無限に近い雨粒を誕生させ、暫くすると雨は止んで晴れ上がった中で、日没前の夕日が燦然と照り輝く。これは至って見慣れた自然の営みであり、地球の大気内での水の循環が、私の周辺で起きたことに過ぎず、何の変哲もない自然現象だのに、目覚めを通じた覚醒作用と言えた。
この体験を通じて強く感じたことは、空が空虚ではなく充実であり、何でも総てが存在しているだけでなく、宇宙システムの彼方に「空」が見え、その一部として末端に自分がいるのを眺め、目から鱗が落ちた印象を伴っていた。 その時に閃いた「空」のイメージは、仏教の究極思想の「空」の実態が、それまで考えた何もないのではなく、総てが満ち満ちた状態のことであり、裏返しに似た実に奇妙な感覚だった。
それまでの「空」についての理解は、私が座禅や禅問答を通じて学び取った、本質の不在や幻影の感覚と結びつき、夢や幻に似た捉え所のないものだったが、この日の体験で総てが逆転したのである。

総てのものは実体を持たなかったし、「空」は生じも減じもしない上に、他によってのみ存在する縁起で、相依に基づく関係性である。だから、高校生の頃から形容に陶酔して、「空即是色、色即是空」を暗唱し、表現の魅力の虜になっていた感覚が、私にとっての「空」のイメージだった。 ところが、この日に見取った「空」の感じは、空っぽではなく満ち満ちており、何かが無限に詰まった実体で、予想を超えた充実感を伴い、表と裏が逆転した実に奇妙な印象を与えた。
それまで「空」は煩悩を消し去り、空白に白光が照らす悟りの境地で、それを般若と呼ぶと信じ込み、五感を超越する境地を考えていた。だが、純白ではなく満ちているのであれば、「色即是空」でなく「色即是色」であるし、「空即是空」であるのも空観だから、これがKuunessになると分った。
この不思議な違和感は衝撃的であり、「空」が幻影や虚像などではないし、何もないという「無」とも違い、「無」の対極に位置すると同時に、「無」ではないが「有」も超えて、無限の彼方に「空」が広がると思った。満ちているのになぜ「空」と呼んで、それを虚しいものと思うのは、どうしても受け入れることが困難に思え、何か対案がないかと思索して、思案の末にたどり着いたのが、生噛りではあるがギリシア哲学の世界で、ピタゴラスが秘密にした秘数の世界だった。

197 千々松 健 :2015/11/20(金) 00:07:02
『良い音楽に親しむことによって、人間の魂は浄化されるが、それは音楽が均整のとれた音階に基づいており、調和と対称性が魂を安定させる』と2500年前にピタゴラスが言い残していると「間脳幻想」に藤原肇博士は書かれています。
また、F.カプラは「タオ自然学」の中で『「華厳経」の中心テーマは、すべての物質・事象の統一性と相互関係性である。この考え方は、東洋の世界観の本質そのものであるのみならず、現代物理学によって明らかにされつつある世界観の基本的諸要素の一つでもある。』と述べています。
そのカプラ自身は鈴木大拙に大きな影響を受けていたようです。何と「タオ自然学」は工作舎から出ていた本で松岡正剛が編集していました。(ここまでは、2008年に書き込みしたものを再編集したものです)

その書き込みからもう7年が経過しました。調和と対称性、華厳経や空海の重々帝網、南方熊楠の南方マンダラ、鈴木大拙が仙厓の●▲■書をThe Universeと名づけていたことなどを総合して観ると、この秋「真善美と神聖数理学」として提示した古くて新しきコトの意義が見えてくるかも知れません。
『色不異空 空不異色 色即是空 空即是色』を●▲■の超三段階論で説けば、前半は「いろとそら」で、後半は「しきとくう」と読み、前半は帰納法と、演繹法のレベルで、後半は逆行列的推論ないしは量子力学的直観レベルである。
そのレベルでは「空」は決して虚しかったり、無などとは遠く、全てを貫いて満ち満ちて存在している神聖比例という実質であるのです。そして、神聖比例が動詞化してフィボナッチ数列や、その二次元化から「神聖方陣」(フィボナッチ数列ひふみ九九算表)が実在となり、その陰陽調和と対称性から、更にはトーラスが実現するという流れなのです。
それらを全て包含したものが、藤原肇博士の『Kuuness』に相当するのではないかと考えるに至りました。
http://8w1hflkm.jp/123univers_02.jpg
2015.11.19

198 藤原肇 :2015/11/20(金) 10:48:58
ユーラシア大陸の主人公は遊牧民であり、彼らは官僚主義と無関係だったから、文字は必要ないので持たなかったし、歴史としての記録は残さなかったが、定着して農耕で富を蓄積するのではなく、移動して交換か略奪を営みにしていた。
だから、略奪や泥棒を含む経済理論がなければ、互酬(Reciprocity)や贈り物経済として、ポトラッチ(Potlatch)や略奪(Plunder)が、経済活動としては理解ができない。
古代奴隷制度はその一環だったのだし、王様や貴族のビジネスは戦争で、土地や生物は富と通貨の役割を演じており、その延長に戦争や奴隷制があった。だが、それを総体として歴史を書きづらいから、部分にばらして断片化して誤魔化し、歴史は戦争史として記録したのだが、経済はそれを政治や歴史に任せ、経済の問題からは排除して来たのだった。
また、嫌なことを黙殺しただけでなく、水や空気を始め扱いが難しいものは、外部経済として無視することで、経済活動を現象学の枠に入れて、いかにも科学らしい偽装を施し、経済学としての体裁を作っていた。
それを実感したのは学位を取ってから、水に関してのシンクタンクに潜り込んだら、運命の女神の奇妙な気紛れのお蔭で、サウジアラビアの国土改造計画として、水を掘る大事業の中に組み込まれ、遊牧民の世界を体験したのだった。
そして、アラブやトルコの遊牧民たちの生活基盤に、移動と結んだ交易と略奪があり、それが植民地主義の時代に制圧されたが、帝国主義の終焉の中で復活を遂げ、中東支配の原動力として働き、二十世紀を石油の世紀にしたし、中東を世界の火薬庫にしていたのだった。
1968年のサウジはファイサル国王が君臨し、未だ石油大国になる前の状態で、国王は多数の遊牧民を持っていたが、季節によってイラクやイエメンに、砂漠を横切って移動してしまうのから、国民が欲しいと希望していた。
遊牧民を定着させるには水が必要で、昔からオアシスの存在が決め手である。国土改造計画を引き受けていたので、アラビア半島を八つの地域に分割して、オアシスや水利工事などを推進した結果、首都のリャドから400Kmほど北西で、素晴らしい飲料水を発見したのが事の始まりだった。
世界最大口径の56インチのパイプラインを建設し、首都の水の確保を提案したのに対して、あれだけの名君のファイサル国王が、「われわれにはアラーがついている。
そんな遠くからではなく町の地下から水を出せ」と言った以上は、会社としてアラーを信じる王様に楯突くことは出来なかった。
会社としてはそれから後はビジネスであり、地質学的には帯水層がないのは分っていても、町の近くで井戸を掘らざるを得なかった。
ビジネスのためには科学的な理性は無視されるし、金儲けが主体になるのが植民地主義だから、三年間も井戸を幾ら掘っても飲料水はなく、出るのは温泉や汚染水ばかりだった。

そして、いよいよ行き詰まりに近くなった段階で、日本人の私が現場主任として送り込まれて、苦境に陥った仕事の尻拭い役をしたのに、脇が甘かった私は事の重要性に未だ気づかないでいた。
そして、目の前で起きた人間のパターン変化で、やっとここも植民地政策の舞台だと,遅ればせながら気づいて当惑したのだった。
気が付かなかったのは私だけであり、私と親しく付き合ったヨーロッパ人にとっては、日本人がフランスの組織で働いており、豊かなアフリカ体験を持ちサウジで仕事をすることが、意味を持たないわけがないと考えたに違いない。

199 藤原肇 :2015/11/21(土) 08:44:21
当時のサウジは未だ鎖国状態だったので、誰でも安易に入国は出来なかったが、私は会社の持つ信用と実力に庇護されて、この奇妙な砂漠の王国に踏み入った。私の身元引受人は農業大臣をやるプリンスで、入国と同時にパスポートを彼が預かったために、私の一存では出国できない状態になった。だから、私が何か不都合とされる状況になった時には、彼が全責任を取るのは当然にしても、逃げ出せなくなったという意味では、私は人質になっているのに等しかった。
毎週金曜には町の時計の広場において、泥棒の手を切断する処刑とか、姦通の罪人を掘った穴の中に入れ、首だけを出して石を投げ、殺すようなことが行われており、過去の時代に迷い込んだようで、異人体験を通じて文化ショックを味わった。また、サウジ人が誇ってやるような仕事は、役人になるか運転手役の二種類だけであり、手仕事は奴隷のものとされて、出稼ぎの外国人が従事していた。また、「目には目、歯には歯」に従い、車を運転してサウジ人を撥ねた時には、同じ車で撥ねられる刑が下されるので、運転はしないようにとの注意を受けた。
会社は私に家を一軒と自動車を二台、一台はプジョウの乗用車で、もう一台はトヨタのランドクルザーだが、それに運転手を二人つけてくれ、食事は勝手にやるようにと、無制限の経費の使用を認めてくれた。その意味では19世紀の植民地において、支配者たちが得たのと似た待遇を受け、彼らが味わったことの追体験したことで、古い英仏型の植民地支配の実態を知り、こんなことだったのかと納得したのだった、
首都のリャドは未だ作りかけの状態で、近代的なホテルは町に二軒あり、空港前のサファリ・ホテルが主役を演じ、町の中心のインターコンチネンタルは,内部改装のために休業中で閉まっていた。だから、朝昼晩の三度の食事は空港まで走り、サハラ・ホテルの食堂で取ったが、宴会場では時々だが閣議があって、大臣が集まるようなことがあった。そのせいでこのホテルは首都において,最も要人が集まる場所だったし、ロビーは外国人が良く顔を出していた。
そのうち幾人かと親しくなり、一緒のテーブルで食事をする仲間として、意見の交換や議論をしたが、これは欧州では当然の社交術に属している。文明開化と共に日本人は欧米人の真似をして、アジア諸国に出掛けて植民政策を試み、抑圧と侵略の歴史を刻印として残した。また、アフリカでは日本の商社活動の一環として、一足遅れの資源開発に従事したことで、私自身が欧米人の利害と張り合った挙句に、彼らの持つ情報と諜報の威力に圧倒され、足を洗ってまともな科学者の道を路線に選び、水のシンクタンクで人生を踏み出していた。
そして、派遣されたサウジでの国土改造計画で、英国人の銀行マネジャー、ドイツ人の大学教授やイタリア人の技術者などが、一緒に食事をする親しい仲間になり、和気藹々とした雰囲気を味わいながら、異郷での生活を快適に満喫していた。時にはプリンスの駱駝牧場を訪れ、別の時には砂漠にジープで乗りだして、絢爛豪華な日没の饗宴を楽しんだりした。

しかも、近くの国の王族や土侯が訪れ、何十人もの親族や従卒が付き添い、大量のお供まで連れてきた時には、ホテルの泊り客は追い出され、町の中の木賃宿に群れを成して移動する。そして、ホテルの玄関は厳めしい近衛兵が、客の出入りをチェックするし、「郷に入れば郷に従う」のが礼儀で、砂漠の掟は礼節に関してとても厳格である。
それを見て幕末の「生麦事件」を思い出し、近衛兵は軽機関銃を持つので、切り捨て御免ならぬ射殺される事態が、わが身に起きないよう最初は配慮した。だが、慣れとは恐ろしいものであり、そのうちそんな心配はしなくなっていて、過去の遺風が支配するこの国に、すっかり馴染んだのも不思議だが、ここはアフリカよりも安全に思えた。

200 藤原肇 :2015/11/22(日) 08:27:44
こんな生活パターンがある日とつぜん変り、私の周辺で起きた急激な変化によって、弛緩していた私の頭は強い衝撃を受けた。いつもは一緒のテーブルを囲んでいたのに、戦争勃発という断片的な情報と共に、そんな噂で各人が別々の行動をお越したのを目撃して、私は強烈な違和感に襲撃された。後で調べたら八月も末に近かったが、ヨーロッパで戦争が始まったという噂が流れ、その後の一日は情報が全く途絶し、何が何だかさっぱり分らなくなった。それはソ連軍の戦車がチェコスロバキアに雪崩れ込み、いわゆる「プラハの春」の炎が燃え上がり、ヨーロッパが騒然とした事件だった。
しかも、ソ連軍とワルシャワ機構軍がプラハを占領して、戦争らしいという噂が流れた途端に、私の周辺に集まっていた紳士たちが、普通とは違ったパターンで動いたので、彼らが情報関係者だという理解になった。そして、親しく付き合っていた友人たちの多くが、民間人のカバーの下にサウジで仕事をし、諜報関係者だという事実に私が気づいて、迂闊だったことを思い知ったのである。彼らも私を仲間に属す人間と考えて、サウジに来ているのだと判断して接近し、私の動きを観察していたに違いなかった。何しろ、日本人がフランスの会社で仕事をし、サウジで資源問題を担当しているとなれば、奇妙な男だと思われても当然だのに、私はそうした疑念に対して余りにも鈍感だった。
そうなると私が働いている現地事務所が、どんな役割を果たしているかが気になり、フランス系の組織であることに、私の疑問の推察が広がり出した。リャド事務所のマネジャーは頭が良く、家族住まいでこの町に四年滞在し、現地の事情に関して予想以上に精通していた。ブドウから葡萄酒を密造していた彼は、時には家庭料理に招いてくれたが、ある日の会話で徴兵の話をした時に、彼がかつて海軍にいた話を物語っていた。また、十日に一度はフランスから飛んで来て、現地での指揮を執っている副社長は、英語がペラペラで辣腕だったので、過去を聞いたら海軍士官だとのことだった。
どこの国でも共通な人的性格の特徴は、情報関係で辣腕の人材の多くが、世界を知る海軍出身者だという点であり、これは誰でもが知る常識的なことだ。それはメカや言葉に強いだけでなく、技術指向の上にスマートだから、情報収集には最適な人材であり、例外的な日本人で大学を出たての私を除いて、皆がその筋と繋がったプロに違いなかった。
そうなるとここに長居は無用だが、パスポートがないので人質同然だし、どうやって脱出するかについて考え、市場や砂漠を無闇に歩きまわった。アラブ世界特有の市場に陣取る商店は、間口が3m程度の小さな店構えだが、商品を山のように積んだ店の奥には、決まったように大きな金庫があり、その中には何百万円の札束が山積みだった。しかも、そのほとんどがシリア人かレバノン商人で、その上にはエジプト人やトルコ人が、顔役として君臨するパターンがあった。商人や職人のほとんどが外部の者で、外から来た者が市場でカネと結びつき、国内で支配している人間関係の主役は、奢りと恩の貸し借りが主役であり、まるで江戸時代や明治のころの日本の風習に似た、互酬や手土産の世界が支配していた。
気前の良さと面倒見の良さが評価され、家族や親戚関係の中に招き入れられたので、たちまちのうちに知り合いが増えて、私には皆が同じようにしか見えないのに、相手は私を至って簡単に識別するし、日本人ということで皆が煩いほど近づいて来た。しかも、私が独断で温泉を汲み出すことを着想し、小さな人造の池を砂漠に作ったところ、町の人が集まって溜まり場になった。それはテレビでアメリカの急流の場面を見て、水の持つ迫力に感動したことから、私は水を汲みだす小型ポンプを取り付け、水を汲みだしたら数日後に出現した小さな池だった。それが農業大臣に歓迎されただけでなく、この池の話がファイサル国王にまで伝えられ、もっと池を作れと激励される始末で、気まぐれがビジネスに結びついた。
会社にとっては新しい商売の種になり、飲み水を生産できない不始末よりも、小さな思い付きが手柄になって、私は会社にとって貢献したことになる。そんな偶然の「怪我の功名」もあって、私が水を掘る男だと知り尊敬されたので、得意な気分に支配された状態にいた。なにしろ、どこに行っても歓待された理由は、コカコーラ1本の値段で石油が20本分も買え、水の値段が石油の20倍以上もしており、ここでは水が価値の根源だったからである。

201 藤原肇 :2015/11/23(月) 08:23:10
そんな状況が関係していたこともあり、私は石油の重要性をすっかり忘れ、石油は幾らでも安く変えるし、無限に存在するものだと思い込み、自分が扱う水の価値ばかりを考えていた。そんな私の頭に冷水を浴びせたのが、サファリ・ホテルの食堂で知り合った、大臣になって数年後のザキ・ヤマニだった。私より五年くらい年上だった彼は、未だ30代後半で人付き合いが良く、長いアメリカでの留学生活で開放的だし、物静かで礼儀を知るベドウィンだ。親しくなった関係で訪ねて来いといわれ、石油鉱山省(ペトロミン)に彼の部屋を訪ねた時に、エジプト人の顧問を紹介されて、私が掘る水はサウジでは貴重だが、石油の方が世界全体で価値が大きく、将来性があるから石油に移れば、日本人の私にとって面白いことが、いろんな形で出来るとスカウトされた。
しかも、かつてザキが関係した仕事の中に、コカコーラでの体験があったが、そんな仕事より石油がはるかに面白く、私に向いているのだとおだてられ、その時に初めて石油の重要性に気がついた。
だが、地球のストレスの構造地質を専攻し、層位学をベースに学位を取っていたが、私には石油地質学の基礎素養がなく、石油地質は理学よりも工学に近くいし、アメリカ人が開拓した分野であった。だから、そう簡単に移ろうとしてもそう簡単ではないのは、内科医としての訓練を受けた医者が、外科医としての仕事に取り組もうとしても、別の種類の訓練が必要なように、専門が違うと分らない分野に関しては無力で、万能というわけには行かなくなる。また、戦争で言えばサウジは戦闘を行う現場であり、私としては兵用地誌の修業をした上で、三宅坂の参謀本部で作戦や戦略を立て、指揮をするのが最適の人生コースになる。そうなると修行のためには大西洋を横断し、アメリカに渡る必要がある上に、石油会社で基礎訓練をきちんと受けて、オイルマンになる体験が必要である。
こんなことを連日のように思い悩んでいても、サウジから脱出することが出来ないままに、人質状態が続いている限りでは、私には次のステップへの突破口が開かない。
そんな時に閃いたのが「アラビアのロレンス」で、フランス留学の直前に見たこの映画は、巨大なスクリーンに砂漠の映像が、実に印象深い形で描き出されていた。その舞台はサウジの砂漠だったし、現に私はそこに閉じ込められていて、中東における植民地主義の歴史が、現に目の前で影響を及ぼしており、サウジの政治状況は当時と大差がない。また、博士論文の仕事に必要だったので、私は無税措置で英国製の車を買い、二年後に税金を払う状況に直面し、自動車の売却法に頭を悩ませていた。トルコなら高く売れるという情報が、私にとって魅力的に思われたために、三週間ほどの自動車旅行を試み、ユーゴ経由でギリシアを通ってトルコに入り、ベルガマからイズミールまで行った。
だが、誰もフランスで登録した車を買う人はなく、再びフランスに舞い戻った経験から、中東についての土地感は持ち合わせ、ロレンスの足跡は理解したつもりでいた。この映画のシーンの美しさだけでなく、渡仏前の私を大きく魅惑したので、中野好夫の『アラビアのロレンス』は、暗誦するほど繰り返し読み込んでいた。英国とフランスは中東で覇権を争っており、そこにドイツとロシアが手を伸ばし、青年トルコ党が台頭した第一次大戦前の歴史に、一時の私は熱中したものだった。だから、東京の母にこの岩波新書の発送を頼み、スイスとフランスにいる友人に、T・E・ロレンスに関しての著書と、中東の政治史について書いた本を買い集め、大至急リャドに送って欲しいと依頼して、本が届くとそれを熟読して作戦を立てた。

202 千々松 健 :2015/11/23(月) 23:32:31
本日11月23日は勤労感謝の日です。元はといえば新嘗祭という五穀豊穣に感謝する日でした。
また、私的には11月3日と共にフィボナッチ数列の日または「フトマニの日」です。
それを記念して「真善美と神聖数理学」-黄金比ふとまにアルゴリズム-を24枚のpdfで公開しました。

特に23枚目は最新のものです。Φの累乗数列はリュカ(ルカ)数列に近似し、その二次平面化をmod 9処理するとやはり神聖方陣が出現し、
FLKMの四つの系列が観られます。フィボナッチ数列以外のあらゆるフトマニ数列群で二次平面が出来るということになります。
ただし、フィボナッチ数列を3倍したK系列の二次平面は全て0となります。
この0は「空」ですが、9に満ちて溢れていて、丁度余りが無いと言う意味です。藤原肇博士の『Kuuness』に相当するものかも知れません。
http://8w1hflkm.jp/1123Cosmos1.pdf
*博士の「第二 山岳誌」に割り込むカタチで済みません。
2015.11.23

203 藤原肇 :2015/11/24(火) 09:37:19
サウジアラビアからの脱出を目的にして、大急ぎで取り組んだ中東の政治史だが、そこで「サイクス・ピコ協定」や「バルフォア宣言」など、英国の三枚舌外交の実態につい知ったことで、自分が置かれた立場が良く分った。しかも、T・E・ロレンスが落胆し激高した、シリアとアルメニアはフランスの手で、メソポタミアは英軍が軍政を敷く、現在に至る中東の分割案の弊害が、いかに尾を引いているかが納得できたし、これが使えそうだと思い当たった。
そこで、フランス語版のT・E・ロレンスの本を使い、マネジャーに意味の説明を求めて、それを何度か繰り返しているうちに、相手は私の読書に関心を持ち始めた。そこで、フランスと英国の関心が中東の権益にあり、私がそれに気づいているのだと仄めかして、それとなく警鐘のメッセージを送った。それを露骨に表せば命が危ないのは当然だし、そんなケースは本で読んでいたので、ボタンを掛け違えないように慎重にやり、心理作戦を着実に推し進めた結果、ある日マネジャーから呼び出された。
そして、「これは明後日の航空券と君のパスポートだ。フランスに帰って会社に行くように」と申し渡された。そのプロセスは実に紳士的だったのであり、私への配慮が鄭重さに満ちていたのは、困難だった入社の時に市長を始めとして、オリンピック関係で知り合った貴族たちが、私の推薦者として後押しをしてくれ、上層部で話がついていたお蔭だった。
僅か三か月の興味深い体験だったが、私のサウジ脱出の試みは無事に成功し、ベイルートで一泊してジュネーブに飛び、汽車でグルノーブルに着いて、それまで考えもしなかったのに、翌朝に会社で辞職の手続きをした。それはジュネーブからの汽車の旅において、間違って一等車に乗ったことにより、尾行されていたことが分ったからだ。
だが、それをその場で気づかないまま、グルノーブルのホテルで真夜中に気付き、思わずぞっとして苦い思いを噛みしめ、急遽そんな決断までしてしまった。

204 藤原肇 :2015/11/24(火) 10:06:18
フランスに戻ってからの数週間は、余りにも目まぐるしい変化が続き、何がどういう順序で起きたかについて、記憶がはっきりしない状態が続いた。おりしも秋の新学期が始まっており、三か月間の給料はスイスの銀行に、会社が払い込んで手つかずだったし、一年は楽に暮らせる蓄積が出来ていたから、私はT・E・ロレンスの『智慧の七本柱』を読むために、文学部の英文学科に学士入学することにして、リハビを兼ねて世界情勢を研究することにした。
また、私のフランスへの帰還の実現に合わせるように、日本から新妻が駆けつけて来た時には、市長が市役所で結婚式をしてくれ、彼女がコンセルバトワールに入ったので、フランス語の通訳として付いて行き、ソルフェージュを一緒に学んだりして、目の回るような多忙な日が続いた。しかも、英文学科のクラスは30人の生徒だったが、そのうち28人は女学生であり、そこに満ちた女性ホルモンと新婚生活で、サウジの社会と全く様変わりだった。
何しろ、サウジでの三か月間に見た女性の顔は、事務所の秘書のレバノン女性を除き、僅か一人か二人だったことからしても、男ばかりだったサウジに較べると、確かにフランスは女性が元気いっぱいで、眩いほどに照り輝いている世界だった。
日本の会社がコンゴで鉱山を開くので、仕事をしないかという話を始め、資源に関連した仕事の提案があったが、サウジで知った石油の価値に較べ、魅力としては格段劣っているように思え、転じるなら石油以外にはなかった。何しろ、二十世紀は石油の世紀だったし、地上最大のビジネスが石油であり、第一次大戦も第二次世界大戦においても、石油が戦争の行方を決定づけたし、それに従って船舶や航空機が発達した上に、政治と経済を動かしたことが分り、この世界は挑戦に値すると確信が固まった。
そうなると石油会社に潜り込んで、その実力の持つ秘密を探り出す必要があるが、今の実力では次の選択を間違えれば、ボタンのはめ間違いになる恐れがあり、水から油への転向はそう簡単ではない。
先ずは身近な人に相談することで、指導教授のアドバイスを受けたら、フランスで石油地質での王道として、パリの高等石油研究学院があり、そこの教授を紹介するから会って来いという。急遽マルメゾンにある石油学院に行き、どうすべきかのアドバイスを受け、石油井戸の掘削現場での仕事が、最も手っ取り早いことが分ったので、即断即決で人生航路を切り替えた。
しかも、教授の推薦で臨時雇いの形で現場に直行し、ピレネー山脈の裾野での天然ガスを掘る、フランスの会社で働くことを決め、単身でスペイン国境に向かったが、これが結婚から五週間目の出来事で、三週間の仕事で一週間が休みだった。
石油の掘削現場は12時間勤務であり、厳冬の現場の仕事は大変だったが、二か月の体験で仕事の要領をマスターした。そこはルルドの聖泉に近かったので、何度も現地を訪れて水について調べ、地質との関係を検討していたら、英国の石油会社(BP)の米国の子会社が、北米最大の油田を発見したので、アラスカは大ブームだという話を耳にした。
そうなると急いでアメリカに渡って、石油開発に取り組まない限りは、バスに乗り遅れるという気持ちになり、フランスを立ち去ることを考えた。だが、アメリカに関しての知識は乏しいし、実務経験の不足は目に余るほどで、どうしようかと考えている最中に、折から大陸棚での石油開発が始まり、その話題が新聞種になって報道された。その瞬間に閃いたのが新体験として、大陸棚での石油開発の経験を財産にして、アメリカに渡ることを思い付き、下請け会社に潜り込めば良いと思い当たった。
かつて読んだ伝記のエピソードの中に、ピヨートル皇帝は変名で使節団に参加し、オランダの造船所で職工として働き、若き日の鮎川義介が渡米した時には、見習い工として製鉄所に潜り込み、技術を学んだという話が思い浮かんだ。彼らが試みた苦労に較べてみたら、私の過去の経験は恵まれ過ぎていて、とても苦労と呼ぶに値しないが、思い切って下請け会社に出掛けて行き、肩書を偽って仕事を手に入れた。お蔭でアドリア海と北海でのプラットホームで、海洋開発の実務体験を身に付け、イタリアのアジップとオランダのシェルの現場で、仕事をした実績が経歴に加わった。

205 藤原肇 :2015/11/25(水) 07:45:40
ツキに恵まれた時は面白いもので、北米に行きたいと思っていた時に、母校の地質研究所から耳寄りな話が届き、カナダのケベック政府の役人が、地質のプロを探しスカウトに来たという。その頃はケベックの独立が取り沙汰され、ドゴール大統領がそれを煽ったので、フランス語圏のケベック政府は、フランス系の人材の確保に力を入れ、資源関係の仕事をする人間に対し、賓客として特別な待遇を用意しているという。
私の国籍は日本人であるが、フランスで学位を取った人間への待遇は、フランス人と同じになるから、応募すれば絶対にチャンスだと皆が言う。そこで応募したら特別なビサが出て、何時でも好きな時に好みの方法で、カナダに来てくださいと言われた。そこでチャンスを捕まえようと考えた私は、もっとフランスに住みたいという妻を説得し、スイスでトヨタの新車を無税で買ってから、大西洋航路の客船でモントリオールに渡り、そこで一か月ほど住み心地を試した。
だが、ケベック州の主体は鉱業であり、石油開発の中心はカルガリーだから、西部のアルバータ州に行かないと、石油開発の仕事に従事できない。そこで朝から晩までの運転を五日し続けて、やっとロッキー山脈の裾野に着き、カルガリーの町に落ち着いたというのに、私としてはアラスカに心が逸やった。また、日本の丸善石油からの推薦があって、パートナーのユニオン石油に行き、副社長に面会してアラスカ行を頼んだら、カナダで暫く働いて北極方面を知り、その後で決めた方が良いと説得されたので、ユニオン石油で働くことになった。
私の担当はフロンチア方面であり、北極圏の北米大陸とシベリアだから、そのために人工衛星の写真解析に加え、北極海の多島群島の現地調査が、新しい守備範囲ということになり、それは地球の二割も占める地域であった。その上にプルドホ・ベイの石油を運び出し、潜水艦タンカーで東部海岸に持って行く、そんな計画まで担当させられたので、アメリカ流の物量作戦の巨大なスケールに、思わず目を見張らされたのだった。

206 藤原肇 :2015/11/26(木) 11:49:15
この段階では全く意識していなかったが、大西洋を横断して北米大陸に渡り、カナダから世界を展望できたことは、運命の女神による導きにしても、幸運の一語に尽きる選択になっていた。
なぜならば、19世紀から20世紀にかけては、文明の動きに二つの潮流があり、源流はメソポタミアやギリシアでも、ヨーロッパから大西洋を越えると、ブリタニカからアメリカーナに、覇権の流れがあった歴史が記録されている。
しかも、一つはハプスブルグの二重帝国が、ブタペストとウィーンを経由して、パリからロンドンを抜けてから、アメリカに至るソフトパワーの大動脈だ。
その脇をロシアからプラハを経て、パリやロンドンを経由する流れと共に、地中海のベニスからミラノを通り、パリ経由でロはドンを経由で大西洋を横断し、アメリカに至る流れも存在する。
ウィーンやプラハは大陸的で寒いから、シカゴに向けて流れがちだが、ベニスやパリはロンドンと共に、海洋パワーの伝統を持つので、国際的なニューヨークを目指して進み、港町にたどりついて定着する流れがある。
この傾向はユダヤ人の移動ルートに適応出来て、アシュケナジ系は寒いシカゴと整合的だし、セフファラダム系はニューヨークで、国際派として活躍する傾向が見られた。
しかも、カナダは英国の王党派の砦だし、コモンウエルスの正統メンバーとして、同じ自由でもリベラルを好むし、アメリカの自由はフリーダムであると、カナダに住んだことで私は理解した。
しかも、日本人の99%は太平洋を渡って、アメリカの土を踏んでいるが、私は例外的に大西洋を船に乗って横切り、アメリカに行く前にカナダで生活し、十年も住む人生が舞い込む僥倖に恵まれ、「急がば回れ」の実現を果たせた。
また、当時の世界情勢は冷戦時代だったから、アメリカはソ連を仮想敵国としており、包囲網を作って対決路線を推進していたので、カナダからシベリアを観察したから、衛星写真の解析をするというメリットは、地質的にカナダとシベリアは地続きだし、地の利の面で理想的な場所であった。

207 藤原肇 :2015/11/27(金) 09:57:07
【休憩室 2】
シカゴ大学の役割とノーベル経済学賞のペテン性
://fujiwaraha01.web.fc2.com/fujiwara/article/newleader100501.htm
藤井先生からシカゴ大学の医学部には、ドーパミンとセロトニンの研究に関して、世界一の先生がいると教わったので、聴講生になり薫陶を受けたいと思っていた。そんな時に娘が高校生になるので、彼女をフランスから呼び寄せて、アメリカの高校で教育してから、私の代わりにシカゴ大学に入れ、その先生の弟子にしたら好いと思いついた。
医学部などに行けと言えば、若い娘は反発するに決まっているから、一年の時は人間関係を知るために、心理学を中心に勉強させて、二年になったら生命を知る上で、生理学を学ばせるように指導した。そしたら、ストレスで円形脱毛症になり、髪の毛が大量に抜け始めたので、一年ほどカリフォルニア大学に国内留学して、リラックスさせることにした。
そして、四年の時に再びシカゴ大に戻って、薬学をメージャーで卒業したら、医学部の研究室に受け入れられ、その先生の助手に採用された。私にしたらシカゴ大学はある狙いに基づき、ロックフェラーが百年前に作って、米国の帝国主義の砦の大学であるようだし、保守思想の総本山であるから、連中が何をどのように教えているかを知り、その行動を観察するために、娘の父兄として接近する限りは、私の研究対象として問題はない。
そう考えて観察した結論としては、ハプスブルグの流れとして、シカゴ学派があることが分り、それをデトロイトの総領事をやり、オベリン大学に留学体験を持ち、米国の中西部にも精通していたので、天木大使との議論をして纏めたものが、この対談になったのである。ワシントンの政治がネオコンによって壟断され、911事件のプロットを契機にした、
その後のイラク戦争への米軍の全面突入は、ニューヨークのトロッキストがシカゴで仕上げをして、ワシントンでシオニストと組み、世界制覇に乗り出した構図の形で、私には鋭く捉える上で役に立った。

208 藤原肇 :2015/11/28(土) 13:37:55
日本人のアメリカ合衆国のイメージは、東海岸と西海岸の都会が中心で、時にはウエスターン映画が登場するが、米国の中西部に関しての情報が欠け、共和主義については空白状態に等しい。だが、米国の産油地帯は中西部であり、最初の油田が西バージニア州に位置した、タイタスビルだったことからして、その後はカンサスからオクラホマを抜け、テキサスに至って油田が並んでいる。その北の延長がカナダのアルバータ州で、カルガリーはテキサスの飛び地になり、米国系の石油開発会社が進出し、500社近くも事務所を構えていた。
だから、カルガリーは小型ヒューストンとして、町の作りや住人の気質はテキサス風で、カウボーイのスタイルになっていた。だから、カナダでの生活は疑似体験として、米国に住むのと大差がない上に、米国はカナダ企業を隠れ蓑に使い、英国の影響が強い中東に進出し、英国の利権の横取りのために動いていた。しかも、カナダから世界の動きを展望すると、日本の政府がやっている資源政策が、箱庭趣味の利権漁りに見えて、財界資源派と呼ばれる財界人が、デタラメのし放題であることが良く分ったし、そのおぞましさが丸見えであった。
そこで『石油は日本のアキレス腱」と題して、石油危機の襲来を警告する記事を書き、1970年の春に『文芸春秋』に寄稿したが、半年たっても何の音沙汰がないままだった。だが、正月過ぎに編集次長からの手紙が届き、「貴方はレポート用紙に文字を書き並べ、原稿の書き方を知らないようだが、ほとんどの人は原稿用紙に清書しており、読んで貰えるように送ってくる。だから、本来なら屑籠に直行するタイプだが、題名が面白かったので読んでみたら、大切なことが指摘してあると思ったので、捨てないで保存しておいた。だが、石油は買い手市場で幾らでも買えるし、世界には溢れている状態なので、誰も石油危機が来るなどとは思わない。
しかも、どこの馬の骨か分らない藤原青年が、石油危機を叫んでも黙殺されるし、わが誌の信用にも関わることもあり、財界人に石油の重要性を訴えて貰い、その後に出すので待って欲しい」と書いてあった。確かに私は無名の馬の骨だし、信用されないのは当然だと思い、当てにしないで仕事に忙殺されていた。すると、暫くして新日鉄の藤井丙午副社長が、石油の重要性を強調した記事を書き、その数か月後に私の記事が、1971年6月号に活字になって出た。
それが私のメディア初登場であり、その翌年にもう一本記事が出たし、『日経新聞』の「経済教室」にも、何回か執筆した記事を集めて、出版を試みたが十社以上も断らた。文芸春秋社は「雑誌だから石油危機を扱えるが、そんな無責任な内容の本は、単行本としては出せません」と言われ、日本経済新聞社は「藤原さんは財界人を褒めないし、官僚の政策への批判が強烈だから、わが社で出す本には適していない」との返事だった。また、これは私の判断ミスのせいだが、文芸春秋社を訪問した時に、田中健五という編集者に紹介され、彼が新聞記者と対談してくれと言うので、外交問題や資源開発に関して喋った。
だが、馬の骨的な存在の私の発言は、単なる情報の提供という形の扱いで、相手の名前の記事の中に使われたり、ペンネームの形の匿名記事として利用されたりで、ダシに利用されたことが後で発覚した。その一例が石油に関連したストリーで、ニクソンの中国訪問の手土産になるのが、石油掘削のリグだという話を喋り、その録音が記事として出た後になって、副社長から昼食に招かれた時のことだ。
その記事はテープからのお起しで、筆者名は私も知らないペンネームだったが、副社長が「君が日本で何を書こうと自由だが、石油に関してのことを書く時には、前もって内容について英訳し、会社の許可を得るようにして欲しい」と言われた。そこで日本にある米国の機関の手で、日本国内の情報がチェックされて、ワシントンに報告されていると分った。そうなると、米国の会社で働いていること自体が、監視の対象になっている以上は、居心地が悪いと感じて転職を決意し、ヨーロッパ系の石油会社に移った。それくらい石油政治の世界は厄介なものであり、資源にまつわる利害関係のせいで、戦争が起きたり紛争の種になるし、クーデタで国が消えたりするのである。

209 藤原肇 :2015/11/30(月) 09:13:30
その頃の私は非常に好奇心に満ち、時間的な余裕にも恵まれたので、過去の経験を総括して置こうと考えて、留学体験を小説化して纏め始め、全体で十巻のうち三巻まで書き進んでいた。四十五年前に筆を折った理由は、知識ばかりで知恵がないとダメで、作品としてはゲーテやモンテーニュのように、知恵がつかないといけないと思ったからだ。また、40年前に「文学界」の編集長時代の西永達夫さんが、忙しいのに一年がかりで読んでくれ、「これは日本版の”坊ちゃん”の長編だが、”戦争と平和”のように理屈が矢鱈に多く、日本には読者がいないよ。それに文体が古臭いし濃厚だから、これを編集できる編集者が今の日本にはいない」と言われた代物だった。
北海とアドリア海での仕事では、『戦争と平和』と『アンナカレニーナ』の他に、T・E・ロレンスの『砂漠の叛乱』も読み上げ、執筆熱に浮かされて多産だったので、この頃は暇に任せてどんどん書いた。だから、小説の中でオリンピック体験の部分を抽出し、『真夏の冬季オリンピック』と題して、札幌大会の前に本にしたいと考え、ある出版社でゲラ作りにまで進んだ。ところが、英語版の「まえがき」に書いておいたが、本としては1972年の札幌大会の前に、出版が決まってゲラまで出来たけれど、大会直前に出版が中止になっている。本の中で札幌大会について論じている箇所に、選手たちがストライキを起こすとか、テロリストの攻撃の可能性に触れており、最後の段階でそれが影響してしまった。
また、オリンピックが曲がり角だと論じ、将来の問題点を指摘してあったから、出版直前に出版社の社長が読んで、危機感を抱き出版中止ということになった。テロ事件で天皇家の誰かが傷でも負い、傷害事件にでも巻き込まれたら、倒産しても謝り切れないという理由だった。実際に、札幌では何事もなく無事だったが、夏のミュンヘン大会において、選手がテロに襲われてしまい、予告が実現したのは残念だが、出版中止の本はお蔵入りのまま、30年後の長野での冬季大会の時になって、やっと活字になったがこれは処女作だった。
このように初期の頃の私の本は、遠慮しないで単刀直入に核心に触れ、隠すべき真実にも触れていたるために、出版がとても困難なことが多くて、『石油危機と日本の運命』は十社以上も断られている。そこで、読者の一人の英文日経の編集長が、何冊も本を翻訳している関係で、知っている出版社に持ち込んでくれ、初めての単行本がハードカバーになり、サイマルから初版3000部で出て、大手の新聞でも書評が掲載された。だが、出版が1973年4月だったせいもあり、「著者は日本経済の実力を知らない」とか、「被害妄想的だ」という論評が多く、最初の半年の間に千部も読まれなかった。
しかし、六か月後の十月に中東戦争が起きたので、石油ショックの中でベストセラーになり、十万部近く売れたのだから、呆れた話だと痛感したものだった。売るために本を書いたわけではなく、サウジで知り合ったヤマニの発想力と、カナダから眺めた世界情勢に基づいて、準備が必要だと警鐘を鳴らしたのに、ことが起きないと誰も見向きしないのだ。しかも、石油は武器として使えば威力が絶大で、事件が紛糾したら衝撃的だから。パニックを起こさないようにと指摘したら、私は「狼少年」のように扱われてしまった。そして、大騒ぎする不逞の輩の扱いを受け、日本の政治家や官僚に嫌われて、T・E・ロレンスの悲哀が良く分った。
それでも、悪い話ばかりではなくて、外報部関係の多くの新聞記者たちが手配し、記者クラブでの講演を企画して、東京に招いてくれる機会が増えたお蔭で、多くの人と知り合うことが出来た。特に時事通信とサンケイが積極的であり、背後に財界や政府筋が控えるので、エネルギー問題を論じる私を使えると考えて、発言の場を積極的に提供してくれた。だが、そんな手口は北米では日常茶飯事で、利用される形で相手を逆利用して、情報を取るのが頭脳ゲームの醍醐味だし、国際舞台の主役はオイルマンであり、石油産業にはそのノウハウが蓄積するが、日本人はその点で脇が甘かったのである。

210 藤原肇 :2015/12/01(火) 11:53:12
米国に30年以上も住んでいた私は、日本に来ると読者や知人が集まって、一種のサロンとして利用できたし、仕事場にも使えた便利さもあり、頻繁に有楽町の電気ビルのを訪れたが、そこには日本外国特派員協会のクラブがあった。
世界各地に特派員のクラブがあり、日本でも県庁や大都市に記者クラブがあるが、日本の記者クラブは閉鎖集団で、強い排他的性格を持っているが、日本外国特派員協会(FCCJ)はオープンだし、会員による自主的な組織であった。
日本人の会員の多くは特派員経験者で、外国の組織で鍛えられた人には、優れた記者精神に富んだベテランも多く、問題意識も鋭く話題が豊富だった。だが、それ以上に興味深い人材としては、外国の組織に一時的に所属して、実力で仕事をしているフリーランス記者で、彼らは真剣勝負で生きており、サラリーマン記者とは幾味も異なっていた。
だから、有楽町駅前の「電気ビル」最上階には、「外国人記者クラブ」という愛称で呼ばれ、発足のとき以来65年の歴史と伝統を誇り、外国からの要人や時の人の記者会見で知られた、日本外国特派員協会のクラブを愛用した私は、訪日の度にここを訪れていた。
20階にはレストランと会議室が整っており、19階には図書室と事務局があって、日本に派遣された外国の報道機関の記者を中心に、自主的な運営をして盛況であった。
しかし、一見して盛況に見えるこの重要な組織が、数々の問題を抱えて危機に瀕している背景には、組織自体の混迷と日本の地盤沈下がある。現在のレギュラー会員はほぼ500名というが、純然とした外国人特派員は150人前後に減り、外国で3年以上の特派員をした者は、日本人も正会員になれる規約のせいで、300人ちかい日本人が正会員になっている。
だが、その多くは若い頃に特派員を経験し、現在は幹部として自分で会費を払わずに、社用族として接待に使う正会員に属す。しかも、社交のためにレストランやバーを利用し、相互利用の特典を最大限に活用できる上に、北米やアジア諸国のクラブ施設と、レシプロシティの特典で利用する程度であり、積極的に組織活動に参加しない会員である。
しかも、特派員クラブ(FCCJ)を財政的に支えているのは、投票権のない2000人余りの準会員であり、その多くが接待用にレストランを使い、社交の場として利用している日本人だ。準会員にとっては至って便利で、銀座から五分の距離の社交の場として、利用価値が高い快適なクラブだが、特派員として取材のために訪日する記者にとっては、自分たちの仕事場が俗化の印象も強い。
こんなことでは日本の現状に愛想を尽かし、東京から逃げ出す記者が増えても当然だが、それに加えて経済ポテンシアルが落ちて、情報的な魅力の衰退が進んでいるために、日本への関心が加速度的に薄れている。国際舞台における日本衰退の原因は、十数年も続いた自公体制によって、支離滅裂なゾンビ政治が続いたためだ。その結果、ジャパン・パッシングからナッシングになって、日本は世界から取り残されただけでなく、日本の存在価値まで大暴落している。
日本の政治的な状況が余りにもお粗末で、排他的で閉鎖性の強い記者クラブ制のために、公正な形で取材活動が出来ないのと、取材するに値する情報がないことが、外国メディアの日本撤退の理由だ。日本のニュースは大陸からの取材で済ませ、「ワシントンポスト」や「LA タイムス」が東京支局を縮小した。中には東京事務所を閉鎖して、上海や北京に事務所を移したから、優秀な特派員が続々と日本から立ち去っており、寂しい思いに支配されたのだった。

211 藤原肇 :2015/12/02(水) 10:18:31
かつては東京特派員を体験した後で、香港支局長や北京支局次長になったり、本社に戻り編集局長や国際部長になる記者や、中には編集長どころか社長になる人もいた。東京で特派員として取材することが、名誉だと考えられていた時代があり、誇りに瞳を輝かせていた記者と、議論し合うのが楽しかった時代は、プラザ合意で日本の実力が剥げ、皆が落胆し始めた頃までだった。
中曽根がレーガンに手玉に取られ、ネオコンの狙いに操られて、国鉄や電電公社の民営化の名のもとに、国有財産の私物化を推進し、売国行為が顕在化したことにより、ヤクザ政治とカジノ経済が激化し、日本の没落は著しく進んだ。そうした状況を観察した私は、それを『平成幕末のダイアグノシス』にまとめ、出版を試みたが困難だったのは、日本の裏社会を再定義したからだ。
それまで考えられていた裏社会は、暴力団、同和団体、半島人脈だったが、それにホモ人脈を加えた理由は、リクルート事件の発覚であり、政界と財界がそれに毒され、その象徴が中曽根政権だった。経済がバブルによって膨張し、スキャンダルの発覚が続き、最初のうちは特派員も興奮していたが、世界史にはバブルの発生は幾つもあり、そのうち中曽根や竹下の手口がバレて、彼らがうんざり顔になって行き、もっと増しな場所を求めて移って行った。
「船が沈む前に鼠は逃げる」と言うが、優秀な特派員ほど逃げ足は速いので、東京に目ぼしい記者がいなくなると、バブル崩壊後の世紀末現象が始まって、失われた十年二十年が続いたのである。
だから、最近は東京がドサ廻りで修業の場になり、やり甲斐のある場所で挑戦するために、優れた記者の多くは東京から去って、駆け出しの人材がその穴を塞いでいる。文部省のALT(外国語指導助手)プログラムで訪日し、日本語が喋れる程度の外国人たちが、パートタイムで特派員の仕事を引き受け、現地採用の記者として低レベルの日本記事を書く。あるいは、ソウルや上海駐在の記者たちが書いた、取材抜きの浅薄な記事が溢れ、世界に報道され始めている。
しかも、日本人による情報発信が劣悪なために、アジアでの日本の存在感は希薄になり、情報時代だのに日本の現状は鎖国状態に近い。
パートタイムで雇われた記者として、慣れない最初は未熟な記事を書き、眉を顰められることがあっても、経験を積みカン所を理解し、良い記事を書く人物が育ってくれれば、それなりに得難い成果になる。だが、そのためには彼らと親しく付き合い、話を聞き議論の相手をする、経験を積み見識を持つ人が、日本人のホスト役として必要だが、それが出来る日本の記者が激減している。
なぜならば、日本の社会が包容力を失い、各人が管理体制の中に埋没し、広く胸を広げる余裕がなくなり、自由人として客人を迎えて、相手をする余裕を喪失しており、若い世代を育てる心が消え、日本人が自分の問題で忙殺されている。われわれが得た留学体験でも、家庭に招いて食事を共にして、議論をして共に学び合うことにより、その国の文化の隠れた部分を学び、相手を理解する機会の提供を受けている。
だが、新聞記者の多くが団地に住み、お客を自宅に招く条件が失われており、せいぜい外で食事を共にして、そのレベルでの交際しか出来ずに、それも社用族の形での接待で、真の交友には程遠かったりする。
外国の特派員の声として聞くのは、日本のテレビの質の低さで、バラエティものに象徴されているように、日本的な痴呆番組が嘲笑されている。「井の中の蛙」の日本に較べて、中国人やロシア人が作る英語番組を始め、アルジャーラやインドのテレビ番組さえが、はるかに日本を凌駕しているので愕然とする。
首相をやった男がコミックスしか読まず、知的な会話が出来ない上に、脳の歪みまでが顔面に表れているのに、それに気づこうとしない愚鈍さ。しかも、自分の言葉で発言できないまま、役人が書いた文章を棒読みし、日本語として支離滅裂な発言が、国会の議論で横行している現実。
北京製の映画がハリウッド作品を凌駕し、世界の注目を集めている時代に、日本人はアニメをジャパネスクと名付け、浮世絵の復活であると信じて、カラオケを日本文化の振興だと思い込む。だが、それは世相に現れた風俗現象で、サブカルチャーに過ぎないのに、それを文化だと思い込んでいる。
かつては訓練された一流ジャーナリストの手で、優れた日本発の情報が世界に流れたのに、そんな状態は過去の夢になり果て、生き様が日毎に劣化しているのである。

212 藤原肇 :2015/12/03(木) 10:13:10
FCCJでは日本の他の記者クラブのように、所属する記者クラブの担当記者が司会をして、安全な記者会見を試みるのとは違い、全方位の角度から自由に質問するので、権力者に危険な場所だと見なされている。田中首相が金脈問題の質問で立ち往生し、その後それが失脚に至る契機になったので、用心した中曽根首相はここを鬼門と考え、FCCJからの記者会見の招待を拒み続けて、遂に来訪しなかった話は有名である。
国賓や外国の要人が訪日した時には、多くの場合にFCCJで記者会見を行い、有楽町の「新聞通り1番地発」のニュースが、かつては世界に発信されたものだ。だが、最近では閉鎖的な日比谷の「日本記者クラブ」で、記者会見が行われるケースが増えており、外務省までが法人格を取り沙汰するほど、FCCJの相対的な地盤沈下が目立っている。
バブルの崩壊以来の失った20年のために、不況に陥った日本経済は低迷しており、多くの企業が生産設備を海外に移して、日本の空洞化が進んでしまったのと、自公体制による暴政支配の悪影響のせいで、魅力ある人材の枯渇が顕在化した。だから、FCCJで講演する財界や政界のトップの人物が、自己紹介まで同時通訳で済ますほど、支配層の鎖国精神が酷い状況が続いたので、北京やソウルに主導権を奪われて、東京の持つ情報力は低下してしまった。
世界に向けての情報発信基地としてのFCCJは、江戸時代の長崎の出島に相当しているし、受信以上に発信の役割は重要である。しかも、鎖国から文明開化に向けて「世界に開く窓」が、出島から横浜や東京へと移ったのに、現在では横浜や東京がソウルや北京になり、東京のFCCJが今以上に衰退し続ければ、日本の未来は「夜明け前」の薄明続きになる。
かつて私が台湾に住んでいた頃だが、私の日本の取材基地はFCCJなので、訪日の度にここを拠点にしたが、ここが抱えていた組織的な悩みは、幹部による運転資金の濫用であった。幹部の使い込みが財政破綻を招いたのに、それまで奇妙にも汚職を放置されて、財務の担当者が三選される椿事が続いた。有志による幹部の追放の動きがあったが、折角の変革の試みも「画竜点睛」を欠き、日本的な珍現象を黙示できなかった。
それは財務問題を専門家に任せて、経済問題担当という肩書きに従い、経済誌の記者を監査役に再選していた。この日本人の雑誌記者を調べたら、彼は経済誌の古手ではあるが、クラブには寄生だけで貢献せず、監査役に適していないと分かり、その交代が不可欠でだと私には思えた。だが、老化が著しい日本人正会員の多くは、汚職を放置し続けた監査責任を問わずに、外人記者は決算書が読めないと考え、経済誌の記者が日本人だという理由で、こんな人物に投票し続けていた。
こんな非常識が罷り通ったのは、外国特派員の組織で外国人が少数派になり、組織活動には余り熱心に参加しないが、投票数で日本人が決定権を握ったせいだ。
だが、内部の人間による大掃除は、知り合い同士だからいろんな利害が絡み、やりづらいという幹部の話を聞いて、オブザーバーの私は側面から協力した。当時の私は『さらば暴政』を書いて、未だ元気に満ち溢れていたし、自公政権の解体に先行する形で、資金管理とクラブの掃除を支援した。そして、投票によって古い執行部が追放されて、モンズルール・ハク会長による新執行部が誕生し、有楽町の「新聞通り1番地」に改革が実現した。
ハク会長はバングラデッシュ出身だが、モスクワ国立大学を卒業しており、国連を始めBBCやNHKの仕事をこなし、記者として卓越した国際経験を持つ。しかも、私の「Japan‘s Zombie Politics」の読者でもあり、お役に立てば恩返しになるので、それとなく協力したことが役に立ち、2009年夏の選挙結果が誕生した。だが、外国の特派員は出入りが激しい上に、日本人記者の多くは老齢化し、元気の良い若手は至って少ないために、折角の組織の運営が悪戦苦闘で、見ていて歯がゆい思いがするのは、ホストの日本側の対応力が弱かった。

213 sky :2015/12/04(金) 02:00:28
「報道の自由」ランキングが61位にまで下がったという、マスコミの腐敗を伝える
記事があります。
藤原氏の警告と通ずるタイムリーな内容ですのでご覧ください。

http://dorian.en-grey.com/

214 藤原肇 :2015/12/04(金) 10:39:55
もう、取材の第一線から引退しているので、参考までに手の内を公開できるが、私の取材源は外国人特派員協会(FCCJ)だった。当時は優秀な特派員が東京に集まり、鋭い感覚で熱心に取材活動を展開し、東京発の良い情報を発信していた。彼らの大半が特派員の肩書はカバーであり、訓練された情報関係者として、東京を舞台に取材活動を展開していた。アフリカや中東での体験で、情報関係者とは付き合い慣れ、一度でも議論し合うことによって、相手の人間の全体像くらいは、ほぼ正確に捉えられたので、付き合う対象として最高だった。
彼らは一流メディアを代表し、取材する能力においても優れていたから、日本のエスタブリッシュメントを相手に、権力機構の中枢に食い込めたし、彼らは肩書を活用するだけで、至って簡単に秘密を探り出した。だから、大臣でも財界人でも取材して、誰にこういう問題をインタビューの時に、この点を引き出せとアドバイスするだけで、彼らはそれを十分にやり遂げた。それだけのインテリジェンス力を持ち、背後に組織力も控えているから、次の機会に会ってそれを引き出せば、彼らの能力は自分の力として使える。
この関係は古典的な互酬の理論に属し、クリストファー・マーロウの時代から、頭脳ゲームとして活用されているが、応用範囲が余りにも広いので、『花伝書』と同じで「秘すれば花」の世界に属す。しかも、自分でものを書くに際しては、知っていることの二割五分以内に留め、幾層かに多層構造を振り分けておけば、数度の読解ではそのレベル止まりで、「読書百遍・其義自見」を知って、通俗的なコンピュータ言語に書き直すならば、「Repeated reading makes the meaning clear」ということになる。
1970年代末から80年代前半は、問題意識も鋭い時期だったし、最も生産性が高かったせいで、多くの著書や対談が誕生しており、私の執筆活動の転換期でもあった。前半期は他人の発言の引用を始め、数字の記述が多かった理由は、日本の編集者がそれを好むために、引用が多いほど歓迎された。だから、外国の新聞記事や有力者の発言を組み込み、権威づけすれば活字になった。だが、私の判断をそのまま書いた時は、「そんな話は初耳だが、誰かが言っていますか」と言われ、そこに権威の名前を付け足さないと、ボツになる傾向が目立った。
数字の場合は詳細なほど好まれて、あの人は良く知っていると評価され、それが執筆能力になったが、この手口を活用するのが役人や学者で、実力のなさと権威づけだった。それを強く意識したのは、堺屋太一と対談した時で、彼は対談した後で編集者に、「ゲラはいつ出来ますか」と聞いており、活字になった記事を読んだら、細かいことや数字が並んでいた。私は62,5%の代わりに「およそ半分」を使い、572億円とは言わず500億程度と表現して、数字や厳密さにはこだわらない。
なぜなら、数字は条件が変われば変化するし、結果より条件の方が肝要であり、数字の丸暗記は無意味だから、数字を並べる人は記憶に属すので、本質を捉えていないのだと、体験的に理解できもようになっていた。そうした末梢主義を乗り越えて、本質をきちんと捉える訓練により、全体像を掴みだす営みから、大芸術が育っていることは、欧米の美術館に行けば一目瞭然だ。細かいことには丁寧に配慮するのだが、大枠ではいい加減だというのが、詐欺師が使う常套手段であり、私は数字を使いまくる人間は、信用しない習慣を身に付けていた。
明治の文明開化の時代から、日本人は外国から文明を取り込み、その模倣に明け暮れた習慣に基づいて、外国の権威に対してひれ伏す。それに反発したのが幕臣たちで、彼らはジャーナリズムに籍を置き、明治政府の追従路線を批判し、目覚ましい言論活動を展開しているが、福地源一郎や黒岩涙香を始め、「明六社」の同人にその姿がある。一流の記者も同じことであり、大局的に捉える目を持つので、各論より総論を好むために、よく咀嚼しで自分の文体にし、自分の発言として編集する力を持ち、引用などはしない記事を書く。
独立した個人である意味は、自分の頭で考えて判断を行い、他人の権威を借りないことだし、外部に依存や支配をされずに、総て自分の責任で行動することにある。だから、そういう記者だけを相手にして、意見を交換している限りにおいては、世界の一流メディアの記事の中に、栄養素や熱源として活用され、自分の意見が生きてくるのだし、その方が自分で執筆するよりも、はるかに効果的であることが分かった。しかも、訓練された一流の記者たちは、同じやり方を政治家や記者に対して使い、相手に影響を与えることにより、頭脳ゲームを楽しんでいることが、見抜けるようになったのである。

215 藤原肇 :2015/12/08(火) 13:43:51
四日間ほどの短い息抜きの旅だったが、アンコールワット遺跡として知られる、シェムリアップの町に滞在して、大地のエネルギーを取り込んで来た。何といっても私にとって最高の遺跡は、アンコールトムの四面仏の石像群で、須弥山(メール山)の観世音菩薩が聳え立つ、バイヨンの持つエネルギーの渦は、不老長生への案内役である。このバイヨン寺院の建設は12世紀末で、ジャヤ・ヴァルマン七世によると言われ、この地に立って世界史に思いを馳せると、ジンギスカンがモンゴル帝国を築き、歴史が世界的な広がりの中で、東洋と西洋が一体化し統一した時代だと分かる。ユーラシア大陸とインド洋を制圧して、空前絶後のモンゴル大帝国が君臨し、交通網と金融システムを築き上げた点では、近代の原型は既にここに痕跡がある。
中国史が強調してきた宋や明の歴史さえが、いかに局地的な地方政権に過ぎず、日本の鎌倉から室町の歴史が周辺的なもので、大航海時代と呼ばれるものでも、モンゴル帝国の残像の中から生まれ、モンゴル史の波紋だと感じられて、人類史を見る目から鱗が落ちてしまう。その予感は幸田露伴の『運命』を読んだ時に、明の歴史のインチキ振りを予感したが、文字で書かれた歴史の持ついかがわしさは、藤原不比等が仕上げた『日本書紀』を始め、文部省の歴史教科書を見るだけで、誰の目にも一目瞭然になることだ。
数年前に四川省から雲南にかけて、チベットの周辺を歩いてみたが、そこはタイ族とチベット族の生活圏であり、大理までモンゴル族の影響が及び、その支配力の大きさに驚いたものだった。だが、インド洋がアラブ人とインド人の手で、貿易圏として発達していただけでなく、彼らの多くがモンゴル帝国の庇護で、商業活動を営んでいたことを知り、モンゴル文明の持つ圧倒的な力に、今さらながら目を見張ることになった。それを最も明瞭に示しているのは、われわれが元の「染め付け」と呼んで、その白とブルーの鮮やかさを称賛する白磁で、白磁のカオリナイトは中国にあり、紺色のコバルトはペルシアだけが産出し、それを組み合わせた景徳鎮の官窯は、世界が憧れる白磁の大生産地であった。
だから、モンゴルが作った「海のシルクロード」は、大量の貿易商品として白磁を運搬したが、それはイスタンブールのトッカプ宮殿に、素晴らしいコレクションとして保存されており、その前で呆然とした思い出がある。何しろ、直径が1mもある「染め付け」の大皿が、十数枚も並んでいるのは壮観であり、船で運んだのは疑いもないことだのに、説明にはラクダで運んだとあったので、「シルクロード病』の名残を強く感じたものだった。
カンボジアの古名であるクメールが、シュメールに由来していることや、沖縄の久米島にもその流れが届いており、南回りの海洋民の渡航ルートが、北回りの日本海経由で渡来した、草原の騎馬民族が日本列島で出会い、そこに船と馬が南北の形でポラリティを作り、日本史に小宇宙を刻印している。
それにしても文化における南北の違いは、地球上におけるエネルギー格差で、植生から始まり気候や環境の違いが、人間の生態や歴史に違いを生み、地上に多様性をもたらせる原因になっている。私の体験では地中海型と北海型で、パリやロンドンは私の好みには合わないために、論じることが至って少ないのが、還暦を過ぎてからは寒いところはご免蒙って、温かい南国についつい向かってしまう。しかも、地球は自転するのでコリオの力が働き、分力と合力のためにズレが生じ、南と北の対立に歪みが発生すると共に、裏と表の捻じれ現象と逆転があり、それが波と渦流で歴史を面白くしている。
そのような人類史の波動現象が、カンボジアのバイヨンから遠望できるのは、実に壮大で素晴らしい景観であり、観世音大菩薩から受けた掲示でるにしても、ここがカイラス山だから見えてしまう。数年前にインドを訪れブッタガヤに行った時に、出合ったチベット人が教えてくれた、カイラス山の話に啓発されて読んだが、久しぶりの河口慧海の『チベット旅行記』は、山歩きをやる私が感心する行動力で、明治には凄い日本人がいたと痛感したのだった。

216 藤原肇 :2015/12/09(水) 12:31:28
インドネシアは東南アジアにおいて、最大のムスレム人口を持つ国だが、サルタンが君臨する土侯国が誕生したのは、1161年にスマトラ島東海岸であり、ペルシアとインド商人の支援に基づいていた。もちろん、それ以前のインド洋は交易で栄え、季節風を利用したフェニキア人や、アラブやインドの商人たちの手で、香料を始め食料や繊維の取引が行われていた
。更にそれは、マホメットによる布教活動の影響で、ダマスカスに成立したウマイヤ王朝に続き、750年にバクダットに誕生して500年も栄えた、アッパス王朝の商人たちの手により、バスラやホルムスの港を拠点に使い、イスラム帝国の勢力圏が発展している。「シンドバットの冒険」はその代表で、インドの香辛料やセイロン島の宝石などが、アラブやインド商人が扱う商品として、中東世界に大量にもたらされていた。
また、「思いがけない発見」を意味している、セレンディピティと言う言葉の由来が、セイロン島のジャイヤ王の息子による、冒険旅行の成果だった点からしても、インドとペルシアを緊密に結ぶ、セイロン島の存在を物語っている。
更に、モンゴルが元帝国を築き上げてから後は、インド洋は海における幹線航路になり、続いてポルトガルを先頭にした船乗りが、インド洋と大西洋を結んだことで、スペインとオランダに続いて、英国がアジアに商圏の拡大を試みた。そして、植民地主義がアジアの収奪を開始し、最悪の事態が英国の東インド会社であり、インドに対しての徹底的な収奪と,老いた清国を相手にしたアヘン戦争だった。
この時期の日本は鎖国体制を敷いており、長崎の出島を唯一の貿易の窓口にした形で、オランダと清国を相手に交易を行い、専ら国内の自給自足の経済を確立したが、アヘン戦争と黒船ショックで開国したのだった。
だが、幕末と文明開化による開国は、西欧の技術文明の取入れとして、ハードウエア中心主義であったために、制度としての文明の輸入が主体で、自らのソフトの確立の面で多くの問題を抱えていた。それは翻訳文化の持つ欠陥であり、西周や中江兆民を始め明六社の同人の手で、抽象的な概念と用語を作ったが、言葉としての単語は誕生していたとはいえ、学問としての意味論を見落としていた。
結果としての成果に目を奪われてしまい、技術の取り込みに熱中したので、注目や観察までは実行したが、推論の重要性を見逃したために、物や事の背後の精神を軽視した。だから、日本人のわれわれに欠けているのが、意味論の重要性についての理解で、類似性を発見し確認することに、価値の根源があることを見落とした。そのせいで、日本語として議論は行われても、概念の定義づけを軽視するために、各人の思い込みの披瀝で終わってしまい、正確な理解と納得の不在が支配しているが、それに気づく人が至って少ないのである。

217 藤原肇 :2015/12/10(木) 11:40:04
それを痛感させられたのは留学時代であり、「君の言っていることが通じないのは、意味論が出来ていないからだ」と指摘され、その意味さえ私は理解できなかった。意味論など当時の日本で聞いたことがないし、誰も論じていなかったために、そんなことを言われた私は大いに当惑した。意味論は世の中の総てが記号であり、各人がそれを解釈して意味を作り出し、コミュニケーションの土台を構築して、正確な相互理解を生み出す営みを指す。#179)のところでも紹介しているが、1994年1月号の「ニューリーダー」の誌上で、「意味論オンチが日本を亡ぼす」と題した対談を行い、小室直樹博士とこの問題について議論して、主として契約について喋っている。それにしても、渡仏した1960年代の半ばの段階では、私は意味論などということに関して、全くの白紙状態で意味論も記号論も、聞いたことがない話題のものだった。
だから、その重要性について気付かなかったので、いろんな国の人たちと議論して、意味論の実体が分かるに至るまでには、悪戦苦闘の連続が続いただけでなく、勉強のやり直しの必要性を感じざるを得なかったし、それが「日本脱藩」の出発点になった。ギリシア語やラテン語を学ぶことは、古典を読むためだけではなく、意味論に通じて知識人になるし、そのために文語をマスターすることで、普遍言語に通じることであった。だから、ロマンス語が長い歴史を通じて、最も鍛錬された言語になったのは、古典として残った本の蓄積のお蔭であり、その点で商人言葉である英語は、便利でも表現力に乏しいために、普遍言語としての資質で劣っていた。しかも、英語で文法と称しているものは、システムとは呼べない代物で、英国人でも理解が難しい上に、音韻学的に汚い子音が多くて、言語学的にも洗練の度合いが低い。また、優雅さにおいて劣っているので、波動理論から見てノイズが多いから、功利主義的な価値が強いだけで、普遍的な美や調和とは縁遠い言葉だった。
だから、このシリーズの冒頭部において、水村さんが英語を普遍語であると論じ、英語が未来を制すはずだという発言に、私は謹んで異議を申し立てたのである。
英文学者として英語を使いまくる名人で、『英語と英国と英国人』を書いた吉田健一は、「英語には文法がないに等しく、絶対に覚えられない言語である。だから、日本人が英語を読める、書けると思っているのは、英語を知らないからだ。だから、そういう英語を英文法をやったり、文章法を暗記してマスターしたところで、何の役にも立たない」と断言している。中学生の頃に独学でフランス語を開始し、アテネフランセでフランス人から直接学んで、直感的に英語の整合性のなさを感じて、高校の英語の授業を拒否した私は、学生仲間や教師から変人扱いされたが、英語に言葉としての普遍性と魅力を感じなくなった。これはカトリックが普遍を主張することで、免罪符の販売で荒稼ぎいていた、貪欲な拝金主義に対して異議を唱えた、あのルターの狂気に似ていても、徳性の面で許されて良いのではないか。別にプロテスタントを支持するのではなく、上に立つべき資質において劣るのに、取りつきやすさや便利さで人気があり、俗悪なものが我が物顔でふるまい、したい放題をやれる状況に対して、異議をさしはさむのは間違っていない。
アメリカ流の民主主義に慣れ親しみ、多数決が正しいように洗脳されているが、多数は衆愚に結びつき易いもので、少数意見に真理があることが多いのを思うならば、多数が正しいなどというのは、デマゴギーに等しいというべきである。ケインズが言った美人投票と同じで、得票数が多いことは評価を反映せず、信任とは無関係であることは、議員の選挙の結果が証明している。平等の投票権があっても平等ではなく、宣伝で幾らでも人気は操作できるし、たとえ監視下で自由投票が行われていても、計測の段階で不正の介入があるし、コンピュータのプログラムを操るだけで、選挙結果など幾らでも変えられることは、ブッシュや安倍が実行している事実でもある。統計で嘘をつくのが経済学であり、その上に乗った政治が世界を支配し、昔から「嘘、大嘘、統計」というように、数字の魔術が世界を支配してきた。だから、デファクト・スタンダードと言うことで、出来損ないのコンピュータ言語だのに、マイクロソフトを使ってしまったために、ビル・ゲーツの詐欺商法に付き合い、莫大な損害を被ってしまった私としては、数字万能主義には強い嫌悪を感じる。
また、アメリカの建国精神には敬意を表したいが、200年後の現在における拝金主義や、粗野で自己本位の米国流の帝国主義には、どうにも共感しえないと思うのである、また、幼稚で浮薄な『文明の衝突』がもてはやされ、こんな雑駁な世界観が支配する国が、一極構造の頂点に立っている現状に対して、何とも情けないと思っているのである。

218 千々松 健 :2015/12/10(木) 22:15:24
西洋近代文明の導入に当たり、藤原肇博士が指摘されたことに注目したい。『西周や中江兆民を始め「明六社」の同人の手で、抽象的な概念と用語を作ったが、言葉としての単語は誕生していたとはいえ、学問としての「意味論」を見落としていた。
結果としての成果に目を奪われてしまい、技術の取り込みに熱中したので、注目や観察までは実行したが、推論の重要性を見逃したために、物や事の背後の精神を軽視した。
だから、日本人のわれわれに欠けているのが、意味論の重要性についての理解で、類似性を発見し確認することに、価値の根源があることを見落とした。』
『意味論は世の中の総てが記号であり、各人がそれを解釈して意味を作り出し、コミュニケーションの土台を構築して、正確な相互理解を生み出す営みを指す。』>216,217

三実と言われる<実質・実在・実現>の意味は「●▲■の超三段階論」に通じています。
そして「真善美の神聖数理学」や「ニュートリノ&トリニティ」などは、そのような「意味論」を修練するための思考ツールとなると思っています。
http://8w1hflkm.jp/EMT123.jpg
<梶田隆章さんのノーベル物理学賞授賞に寄せて、ニュートリノ振動と意味論>
2015.12.10

219 藤原肇 :2015/12/11(金) 11:24:21
私の本は考えるために書いてあり、通読では表面の浅いレベルとして、メッセージが届くように工夫してあるから、解説は努めてしないようにしてきた。解説や判断は自分で行うものであり、その時に頭を使えば思考力がつき、脳の活性化が始まるから、分からないと分かることが、モンテーニュの言う「クセジュ」だし、ソクラテスの言う「無知の知」でもある。留学した経験で仕込まれたことは、自分の頭で考えろと言うことと共に、何でも疑ってかかる態度が、いかに重要かという点だった。本を読んでも本文に書いてあることよりも、註に問題解決のヒントが隠れていて、行間を読むことの一つに註への注目がある。
しかも、註を本文の中に分散させてしまい、ジグゾウパズルに仕立てることの楽しさは、本を書く者にとっての悦楽になっている。私は何かを発見することの喜びを求めて、読者としての謎解きに挑んだし、それは個人としての趣味の問題に属すので、読者としては謎解きが醍醐味だ。だから、著者としては誰かが謎解きを終わるまでの間は、謎は謎のままにして置くのが礼儀で、秘密は明かさないのが古代から続く、人間の知恵ではないかと思っている。
自分の頭で考えるのが好きな人には、余計な解説はない方が親切で、なぜと疑問を持つことを中心にしたために、拙著は売れない書籍の筆頭だったから、編集者たちからはいつもお小言を貰っていた。「テーマはぴったりで面白いから、分かりやすく説明を加えてもらえれば、何倍もこの本は売れるのですが、それをお願い出来ないでしょうか」とは、本が出る前に良く言われたことだが、それをやったら読者に失礼だと思い、せいぜい協力したのは註をつけることで、註にヒントを潜ますことが楽しみだった。
当時は田中首相と中曽根通産相の二人が、エネルギー問題の責任者だったので、この二人の責任について追及しているうちに、金脈事件で田中角栄が辞職する事態になり、そのトバッチリがカナダまで来た。本がベストセラーになって読まれた影響で、ロンドンやニューヨークから連絡が届き、出張で来ているが会えるなら、帰りにカナダに立ち寄るという電話が、日本の新聞記者たちから良く掛った。
その中の一人に朝日の青木記者がいて、「田中が怒っているから、日本には帰るな」というので、「なぜだ」と質問をしたら「立花隆に書かせたのは藤原で、立花は藤原さんの二年後輩であり、上野高校の出身だと恨んでいる」という。私が特派員クラブで得た情報では、立花は福田派から流れた情報で、田中金脈についての記事を書き、それを特派員協会での記者会見の時に、『L・A・タイムス』の支局長が口火を切った。しかも、支局長は中曽根のホモダチで知られ、私も一度食事をしたことがあるが、東京を根城にした悪徳記者であり、支局長を首になっても東京を離れず、中曽根の平和研究所に拾われて、胡散臭い仕事を続けている男だった。
アメリカ人の情報関係は数が多いが、質的にはヨーロッパ系の人物に較べて、はるかに劣るのは一目瞭然だし、米国で活躍しているヨーロッパ人は、ヨーロッパだと二流に属す頭脳の持ち主で、その代表がキッシンジャーやブレジンスキーだった。こういう質の悪いヨーロッパ系が、ワシントンの政治を巧妙に動かしており、それが親イスラエルや反ソとして、米国の世界政策を引きずりまわしているのに、日本人は脇が甘く盲目状態だった。彼らが日本の政治家がいかに愚劣で、日本が「ひ弱な花」であるかについて、侮蔑的にみているかについては、彼らの著書を読めば一目瞭然である。
別の機会に書く時があるだろうが、彼らもサイマルから著書を出しているし、私も処女作を始め三冊ほど出し、「サイマル仲間」に連なっていた関係もあって、本意に属すその種の情報を組み立てれば、ジグゾウ・パズルを組み立てる楽しみを味わえた。

220 藤原肇 :2015/12/12(土) 12:02:42
こんな状況の中で思い出す話として、半世紀前のカナダで知り合った人に、レバノン生まれの技術者がいたが、親しく交際していろんな議論していたら、イブン・ハルドゥーンと言う思想家は凄いから、彼の本を読んでみろと言われた。そんな名前は聞いたことがなかったので、図書館に行って調べたら何冊か著作があり、彼の本は結構読まれているらしく、借り出して一読し驚いてしまった。600年も前に書かれているのに、ヘーゲルやマルクスよりも大きな視野で、文明や国家機構について考察し、社会学や政治学の面においても、モンテスキュやマキャベルリを越え、現在の学問水準を上回っており、こんなことがあり得るかと思った。
そういえば12世紀の段階で、中東を訪れた数学者のフィボナッチは、彼の素晴らしい数列を導入したし、14世紀には複式簿記が使われており、ジェノバの商人は繁栄を極めているので、中東はヨーロッパの教師役だった。
この本が縁でカルガリー大学に行き、歴史や社会学の先生に会ったら、ケンブリッジの講師が留学しており、彼と親しくなり付き合ってお蔭で、素晴らしい観点を大いに学んだ。彼の名前は思い出せないが、流石に英国人らしい見方をして、イブン・ハルドゥーンの文明と歴史観は、マキャベルリやトインビー以上で、比類のない凄い思想家だという。当時の私はトインビーを尊敬し、彼の『歴史の研究』を圧縮版で読み、凄い歴史家だと圧倒されていたのに、英国人がトインビーの歴史観より、アラブ人を高く評価してたのに驚いてしまった。
彼がヘーゲルやマルクス以上で、流石に中世のアラブ世界には、凄い思想家がいると目を見張ったが、半世紀も過ぎた今の時点では、ハルドゥーンが英国のベーコンとロックを足し、フランスのモンテスキュを含め、ヨーロッパ近代の思想家を束にしても、それを超えるという印象を持つ。特に砂漠と都市の環境の違いによって、人間の思想と性格が大きく変わり、環境としての場が持つ影響力に従い、『良禽は木を選ぶ』のであるし、彼の人生がそれだったと学んだ。だから、私はアメリカで生活をした時には、砂漠の町のパームスプリングスに、30年も住むという生活をしたのだった。
また、王朝や国家と言う組織体は、三代で生成から衰退を体現して、60年や120年が周期だという説は、コンドラチェフに先行するものだ。それにしても、折角サウジで社会人として、人生を歩み出したというのに、僅か三か月で脱出してしまった軽率さに対し、いささかの反省をしたものである。
だが、カナダ体験は別の意味で価値を生み、多様な文化的な背景を持つ人に、次々と出会うチャンスに恵まれた。ソ連の油田経験を持つ技術者で、アフリカに派遣中に亡命して、カナダに来たロシア人が部下になったり、優れたコモンウェルスの人材が、親友になる出会いに恵まれたのだ。また、カナダには英国系の人が多いので、古本屋で掘り出し物を見つけ出して、大喜びする機会にも恵まれ、私は1927年にジョナサン・ケープ社から出た、『砂漠の反乱』の初版本を掘りだし、T・E・ロレンスを偲んで快感を味わった。
また、南米の遺跡を訪れた時には、無銭旅行中の日本の若者が、自転車でアフリカや南米を横断し、元気にやっているのに出会い、一緒に食事したり温泉に入ったりした。だから、外国体験はとても貴重であり、留学でも移民でも構わないし、欧米の若者がやる無銭旅行でも、若い時に旅に出ることは素晴らしい。
私自身もフランス留学時代に、通りすがりの日本人の旅行者が、小田実の『何でも見てやろう』を置いて行き、それに啓発された思い出があった。そこで、80年代の初めの頃だったが、『日本脱藩のすすめ』を出したところ、日本から50人近くの若者が、私の会社を訪ねて来たが、それはアメリカ時代の話だから、機会を改めて紹介することにする。

221 藤原肇 :2015/12/13(日) 12:07:10
1970年代から80年代にかけて、東京はある意味で情報があったから、年に数度の頻度でも訪れるだけで、情報の断片が色々と集まったし、優秀なトップ屋たちが元気に活躍していた。日本人の国士も健在であり、正義感に基づいて活躍していたから、田中金脈が起きる前までは、頻繁に東京を訪れて人脈を作ったので、この頃は毎年二冊くらい本を出し、人生で最も生産的な時代だった。
カルガリーで出会った日本人では、元外交官の早川聖さんの存在が、何にも増して貴重な情報源だったから、毎週のように自宅に招いて一緒に食事をし、彼の体験談を大量にテープに録音して、それを元に何冊も本として出した。
なぜならば、彼は横浜出身の貿易商の息子で、父親は生糸と茶の輸出で財をなし、神奈川新聞の創業メンバーの一人だが、吉田茂の養父の吉田健三とは同じで仲間あり、山下公園に近い屋敷が隣り合わせだった。吉田健三はマセソン商会の番頭から、独立して実業家になって財産を作り、養子の吉田茂を外交官にしているが、早川さんも外交官になってから裏方に回って、外務省がブラックチェンバーを開設した時に、その責任者として暗号解読を指揮した。
また、戦後は横浜の終戦事務局に出向し、鈴木九万公使の下で実務を担当して、東条英機が自殺未遂で収容された時には、天皇の見舞いの果物篭を野戦病院に届け、その後は神奈川県に入って調整官を担当してから、ジェトロに入り海外支局長を歴任していた。彼は外交の裏道を生きた人であり、その体験はとても貴重だったので、彼の人生体験を吸い取るために数年を費やし、私としては大いに学ぶものがあった。
その成果は『インテリジェンス戦争の時代』であり、それを出した山手書房新社の社長は、外交官の曽根益の秘書官だったし、ある資料を出版したいと考えて、経営難の山手書房を買ったのだった。
山手書房は宗教評論家の高瀬が、人生論の本を出すために作って、そのうち『日本をダメにしたナントカ』で当たり、何百冊も本を出すに至った出版社で、早川さん絡みの拙著も二冊ほど出ていた。ある時この出版社の編集者から、敗戦時の秘話を本にしたいと手紙が届き、ちょうど早川さんと暗号について、対談した記事があったので送ったところ、対談は売れないので書き下ろすという。そこで任せたら『暗号解読』という本が出来たが、文体は稚拙で内容も杜撰に属す、恥ずかしいような本が出来上がってしまった。
山手書房を買った新社長が、数百もある版権付の本を調べたら、数冊だけ再販の価値を持つ本があり、その中に『暗号解読』が入っていたので、再販する形で出したいという。だが、私としては出来損ないの本だから、書き直しをしたいと提案して受け入れられ、それが『インテリジェンス戦争の時代』になった。彼が出したかったの『第二次世界大戦終戦史録』で、外務省が敗戦時に持っていた資料を集めて、百部だけ謄写版で印刷したが、後で回収して廃棄処分にしたものだった
。だが、一冊だけ外交官の曽根益が隠匿し、それを秘書官に退職金代わりに渡したことから、私の本の出版の話にも結び付き、拙著に続いて出たのが『昭和陸軍“阿片謀略”の大罪』だった。その辺の経過はどこか忘れたが、書いた記憶があるので省略することにして、この本はアヘン問題に関しては、みすず書房の『続・現代史資料(12)』と並んで、日本最高の基礎資料に属す力作である。また、その著者の藤瀬一哉の謎解きを敢えてすると、共に私の熱烈な読者で友人でもある、佐藤肇と岩瀬達哉の合名だったのである。

222 藤原肇 :2015/12/14(月) 12:57:29
都知事をやった猪瀬直樹の本は、現場取材の多くが岩瀬の仕事で、そのことは『アメリカから日本の本を読む』の中にある、猪瀬の本の書評を読むだけで、一目瞭然になるように書いてあるが、それを読み解いた人は未だいない。多くの人から「藤原さんは猪瀬直樹のことを評価し、珍しいほど褒めていますね」と言われたが、私は「この人は一度しか読んでいないな」と思い、否定も肯定もせずに微笑んだので、その謎解きをここでして置くことにする。
たとえば「・・・ハルバースタムが完成したニュー・ジャーナリズムの新しいアプローチは、個人主義の国アメリカに似合わしいスタイルを持つが、チームワークで能率をあげる日本流のやり方も、なかなかの成果をもたらす。そのことは多面性に富む内容からも十分結論でき、巻末に協力者として顔をのぞかせている取材スタッフに対して、忍耐強い裏取り作業の労をねぎらいたいと思う。
本来ならば、口をつぐんだまま幽界に旅立ってしまうはずの、賀陽宮家の田中執事とか禁裏に詳しい天皇側近、あるいは、歴史の目撃者たちの証言を、手遅れにならない時点で収録し活字化した功績のかなりの部分は、取材チームのメンパーたちの努力に基いているはずだからである。・・・」を読めば分かるはずだが、取材をチームを組んだスタツフが行い、著者を名乗る猪瀬直樹はそれを書き屋としてまとめ、著者として本を出しただけというのが評者の立場だ。
だから、真の著者は取材スタツフであるから、私は猪瀬とは言わずに著者として褒めた。しかも、猪瀬の名前を使ったのは次の二か所だけで、「猪瀬さんこそ現代における天皇制の語り部だ、と思わずには居られなかった」と「それは『ミカドの肖像』を書いた猪瀬さんにしか扱えない問題だろうし、・・・」だけだ。猪瀬は天皇の語り部であるし、『ミカドの肖像』を書いただけで、取材には無関係な「書き屋」に過ぎないと、私は言外で主張したつもりである。
また、『ミカドの肖像』の本文をいくら読んでも、「賀陽宮家の田中執事」の名前や、「禁裏に詳しい天皇側近」のことは書いてない。これは著者を名乗る猪瀬に対して、こちらは取材源まで知っているが、猪瀬は知らないだろうという、突き付けたメッセージになっており、これはヨーロッパ風の「褒め殺し」の手法である。
しかも、取材スタッフの中心人物が、他ならぬ岩瀬達哉だと知り抜いた上で、私は注意深く「著者」と言う言葉を使い、彼の下積みとして取材した努力を労っている。ここまで手の内を明かせば、ものを書くのには大変な配慮が要るし、簡単な仕事ではないということが、嫌と言うほど良く分かるはずだ。
それは藤原定家が『百人一首』を作った時に、後世の人が謎を解くことを期待し、十次元の魔方陣を組み立てて、『百人一首の魔方陣』を組み上げ、それを人生の醍醐味にしたように、それが物を創ろうとする人間には、最高の報酬だと分かるのである。それにしても、書評の本は日本では出ないらしく、無名の著者の書評本としては、文芸春秋社としては最初のものだったが、この本には出版になってからの話として、嫌なエピソードが絡み付いたのである。

223 藤原肇 :2015/12/15(火) 11:10:22
『アメリカから日本の本を読む』の草稿は、『文学界』の西永編集長が読んでくれ、無名の人の書評の本は売れないから、うちでは出さない慣例になっているが、知っている出版社に相談しようと言って、総て失敗してお蔵入りになっていた。数年後に別の編集者が出版部長になった時に、草稿を見せたら彼が編集してくれて、本になったというエピソードつきのものだった。この本は出版の直前に社内報に出て、それを見た社長の田中健五が激高し、「うちから藤原の本を出すとは怪しからん」と怒鳴り、担当部長を窓際族に左遷した歴史を持つ。しかも、配本後に本が戻ってきた段階で、コンピュータで品切れと表記して、誰も購入できないように工作したが、絶版にしたら出版妨害で大騒ぎになるから、文芸春秋社に行けば買えるという、実に苦心惨憺な妨害が行われていた。田中健五は川島広守の子分だったし、内調の使い走りをしたことで出世しており、社長に上り詰めた汚れた経歴について、『インテリジェンス戦争の時代』の中に書いたので、田中社長にとっては私のペンが、如何に目の敵かを知り尽くしていた。
『文芸春秋』を私物化して食い荒らし、極右の「日本会議」の機関誌に作り変えた、田中健五の正体と悪辣さについて、それを知っている日本人は至って少なく、日本自体の亡国化の原因になっている。それを記録した『インテリジェンス戦争の時代』も絶版で、証拠の記事も根絶やし状態だから、参考までにその記事の復活を試みて置く。
「・・・1970年代初期の『文芸春秋』に寄稿していた頃に、『諸君』の田中編集長に紹介されて執筆を頼まれたが、書く気がないと断ると取材協力を頼まれ、レコーダーの前で二時間くらいだが、喋ったものが活字になり、商社マンの裏話という変名記事に、仕立てられたことがある。その頃の私はウブで日本の事情に未だ疎くて、日本文化会議のことなど知らなかったので、ジャーナリストと在外公館の裏話を話し合うように頼まれ、一時間ほど喋ると屋山という御用記者の名前で記事になったが、その時に『諸君』がでっち上げや、謀略好みの雑誌であるという印象を持った。暫くして『諸君』から『文芸春秋』に移った田中編集長は、私の記事をかなりの変更や大修正して掲載したが、ある記者の記事などは六割が、私のボツになった原稿で出来ていた。このような滅茶苦茶が続いたので、江戸っ子の私が絶交を言い渡したら、『残念です』と言う短文の手紙が届いたものである。歴史の証言を集めるのが私の長年の道楽だから、老人や読者を訪ねては、昔話を聞き歩いている。
あるとき引退した警察庁のトップとの会話で、文芸春秋の田中編集長と喧嘩して絶交したと言ったら、こんなことがあると教えてくれた話がある。プロ野球の川島広守コミッショナーは、内調の室長や内閣官房副長官を歴任したが、60年アンポの後にユーゴの一等書記官から戻り、『俺がアンポ騒動の時に日本にいたら、岸首相が辞めるようなぶざまな警備はしなかった』と悔しがっていた。そして、大使館に出向以外は東京を離れずに、警視庁と警察庁の往復で公安を担当したが、警察庁時代の川島警備局長は、何か問題が起きると『田中を呼べ、田中に来いと言え』と怒鳴り、そこに駆けつけるのが取材記者時代の田中健五だった。こうして内調ルートで編集者として出世し、『諸君』の編集長にも就任したのだから、田中編集長が頻繁に交際した影響で、清水幾太郎が転向した理由も分ったが、「われわれ警察のOBは三田中と呼んで、田中清玄、田中角栄、田中健五の戦後派トリオは、闇のキングお国のために役立った点で、それなりに功績残したと評価しています。
かつては保守派のサロン誌だった『文芸春秋』は、政府の広報記事や内調ルートのネタが多いし、国民の宣撫工作用に役立っていますよ・・・」と内務官僚のOBが苦笑していたのが印象深い。それにしても、日本ではこの種の悪徳行為が放置され、それを告発する習慣がないので、犯罪的な過ちと失敗か積み重なり、責任追及が行われないできたために、似たような失敗が繰り返されている。政治の歴史はその博覧会に似ており、いつか来た道の繰り返しだが、日本人がやった戦争の歴史も、悲惨なものだったのに美化されてしまい、その実情は国民に伝わっていない。

224 藤原肇 :2015/12/16(水) 13:16:47
その一例に日露戦争の時のケースがあって、軍医総監になっている森林太郎は、脚気を伝染病だと思い込んで麦飯を中止して、兵隊に白米の食事を食べさせたために,戦死の何倍も脚気で兵隊が死ぬ悲劇が起きた。そのことをミトコンドリアと免疫の専門家で、脚気に詳しい西原博士と議論して、鴎外の医者としての無責任さを教えられ、愕然とした経験を味ったことがある。
西原先生はミトコンドリアの研究者であり、免疫学の論文で学位を取っているし、重力進化論のパイオニアとして、多くの著書を持つ口腔外科医である。しかも、東大医学部の研究室に講師で入ったが、昇進なしで定年の時も講師で退官し、反骨を貫いた野武士的な医者である。彼はダーヴィンの進化論を批判し、系統発生と個体発生の観点に基づいて、「用不用の説」を支持しており、ラマルクやヘッケルの進化説の方が、より優れていると考えている点で、私も支持する理論の持主だ。
しかも、彼は目に見えないエネルギーに注目して、重力に進化の原動力があると考えており、私の判断によると西原進化論は、日本で最もノーベル医学・生理学賞に近く、もっと評価されて然るべき臨床医の一人でもある。
私が西原理論を高く評価している理由は、現在の問題と考えるに当たり、「現在は過去を解く鍵」と言うライエルの斎一説と、系統発生を論じたヘッケル説を組み合わせ、問題を原点に立ち戻って考察するからだ。大部分の学者は現象だけを見て、いろいろなことを発言している時代にあって、限られた人は根源に立ち戻り、隠れているものまで見通すが、それは数理発想が出来るからで、逆や対偶を自由自在に使いこなし、多次元的な捉え方をしているために、柔軟で開放系の思考力を持つ。
そうした思想家は今の日本に少なくなり、ざっと見ても加藤周一を始め、中村雄二郎や柄谷行人など、意味論や数理発想に習熟した人で、その多くが世界を舞台に活躍し、大衆を相手にした日本のメディアには、登場することはほとんどない。日本では有名であることによって、偉大であるという錯覚が支配し、森鴎外などを高く評価しがちだが、私の身近な関係者を見渡しただけでも、鴎外よりはるかに優れた人間だが、西周の存在と功績を知る人は少ない。
個人的な事柄で恐縮に思うが、祖先の出身地が津和野であり、幕末期の出来事になるとはいえ、その具体例として実話を紹介したい。
津和野で生まれた西周と森林太郎は、親戚関係にあったらしいが、この二人が私の祖父を媒体にして結びつき、それでこんなことを知るに至った。しかも、森林太郎と私の祖父は一緒に藩校に行き、子供の頃に喧嘩相手だったそうで、その話は【休憩室3】で西原先生との対談に、記録として歴史の証言が残っている。西原克成博士と脚気のことについて、対談して雑誌に発表した話の背景に、御一新の頃の津和野の話か関係しているので、脱線してそのことについて触れて置く。

225 藤原肇 :2015/12/17(木) 11:35:54
私の母方の祖先は島根県の津和野出身で、廃藩置県の時までは馬回りをやり、津和野の町の中心に屋敷があったし、墓石が30以上も並ぶ墓地には,永明寺の境内の飛び地に一軒分もある、広い区画の土地を占有していた。祖父の吉田謙助はガキ大将だったそうで、五歳の頃から百人一首を取って歩き、母の話では「小倉山の謙ちゃん」と呼ばれ、わがままな気性の男だったという。短期間だが藩校の「養老館」に通い、その時に二歳上の森金之助も一緒で、御殿医の息子のひ弱な森に対して、年下のくせに謙助は弱い者苛めをしたが、森は両親と共に上京してしまった。廃刀令と廃藩置県の実施の影響によって、家禄と刀を失ったショックだろうが、謙介はその後は仕事をしないで、体制から外れアウトサイダーになった。
そして、鳥竿を持って山野を歩き回り、自分で竹を削って鳥籠を作って、鶯をモチで取って歩く一生を過ごしたらしい。また、津和野には中学校がなかったので、屋敷を活版印刷機と交換して、中学校があった浜田に引っ越しをすると、子供たちを中学と女学校に入れた。津和野の町の中心にある造り酒屋に行き、古橋という店の老女に会って、30年以上も前にインタビューしたが、確かにそこは昔の吉田家だった。
それよりも重要なことは郊外に家があったので、西周が町中の吉田家に下宿し、藩校に通っていた証拠が残っており、吉田家には西先生の机と呼ばれた、書見台に近い杉の文机がある。その机の裏面には丸文字が墨で書いてあり、「読書百遍而義自見」という漢文で、郷土館の学芸員が西周の筆跡だと鑑定した。そんなことから、中学生の頃に西周の『百一連環』を読み、ライデン大学への留学にも憧れたことは、私が子供だった頃の原体験でした。文学少年だった私は漱石と鴎外が好きであり、子供の頃から繰り返して読んでいて、西先生の文机のことも影響していたから、「読書百遍」という言葉に敬意を表したので、二人の作品を読み抜いたつもりでいた。
ところが、森鴎外や日露戦争について議論し、西原先生から医者の立場から脚気の話になり、森林太郎の無責任さを教えられて、森鴎外の作品を読み抜くという意味では、自分の眼光がいかに弱かったかを痛感した。それは西先生の机に「読書百遍而義自見」とあり、何遍も繰り返して読み返すうちに、「眼光紙背を徹す」という言葉通り、相手の頭の中まで読み抜くはずだが、私にはそれが出来ていなかったと分かって、情けない思いに支配されたし、言行一致の難しさを思い知らされたのだった。
これは克服できない私の問題だが、同時に今の日本人に共通した欠陥であり、寺子屋時代の江戸時代には、「読書百遍」が支配的だったので、その弊害は少なかった感じがする。明治になって一般教育が普及し、学校と軍隊が教育の施設として義務化され、そこで学ぶのが通り一遍になり、文部省の役人が推進した国民教育によって、考えるより覚えたり感じることが、最優先されたからかも知れない。特に歴史教育がその典型で、日本史は世界史から分離され、日本史も古代史や王朝史が中心になって、日本人の歴史感覚は完全に歪み、歴史を変化の相で捉えられなくなった。
しかも、私の個人的な体験からしても、日本史は幕末までで終わりであり、近代化や工業化の断片としては、中学の社会科の中で教わったが、高校の日本史は幕末で時間切れだから、日清戦争や日露戦争はおろか、帝国主義について学んだ記憶は皆無である。だから、世界史の中における日露戦争が、どんな意味を持っていたかについて、思いめぐらす訓練はないままに、それを小説や映画の世界を通じ、物語として接してだけであるから、思考するのではなく感じる歴史だった。

226 藤原肇 :2015/12/18(金) 09:54:09
日露戦争は大国ロシアを相手にして、小国だった日本が軍事的に勝ったということで、世界中がこの戦争を知っているし、司馬遼太郎の『坂の上の雲』のストリーによって、日本人が好む誇り高い戦争である。ただ、誇りには二つのレベルがあり、感覚的に満足をして誇りを持つものと、考えて客観的な評価に基づいて、誇りを自覚するレベルのものが存在しているし、その間に大きな格差がある。前項の225)の最後のところに、[思考するのではなく感じる]と書いたが、思考と感覚が分離した形でなく、感じたことを理性で思想化することで、ホモサピエンスとして自立するのだ。一般的には感情移入するのは簡単であるし、理知的な理解はより困難だが、実はこの二つを分離しないで、共時的に体全体で受け止めるように、頭と心の調整をすることである。だが、その辺がウエットな日本の環境条件と、それを巧妙に使う権力によって、日本人は簡単に洗脳されており、理知より感情による支配のせいで、総括をしない状態が続いて来た。
それにしても、戦死者の数倍の脚気による病死者を出し、その責任が放置されているという意味で、餓死者が戦死者の数倍もあった、太平洋戦争の無責任体制の原点に、日露戦争の脚気の問題は位置していた。また、日露戦争の時の脚気での兵士の死亡は、森鴎外という軍医の責任者が、間違った理論を思い込んで強引に主張し、何万人もの兵隊を殺しているというのに、本人は出世して軍医総監になった。しかも、本業とかけ離れた文筆の世界において、文豪という虚名の仮面を冠ることにより、本業で犯した巨悪の犯罪行為が、糾弾されずに罷り通っているために、同じような犯罪が至る所で繰り返されている。太平洋戦争はそのお花畑で、餓死者が戦死者よりも圧倒的に多い例は、ガダルカナル、インパール、ニューギニア、フィリッピン、ボルネオ、アッツ作戦など、数えきれないほどたくさんあるし、レイテ島では餓死者の肉を食べた記録が、大岡昇平が小説の中に書いてある。
インパール作戦などは補給のことを全く考えずに、ジャングルの中を進軍して全滅し、日本兵の白骨街道だと言われたほどだ。野砲をバラして兵隊が担いで山を越し、牛はジャングルなど越えられないのに、牛を連れて行ってその牛を食べて行軍する、支離滅裂な「ジンギスカン作戦」をやった。だが、司令官の牟田口は全く責任を取らず、俺は悪くないと戦後も言い続けて、責任を兵隊側に押し付けた破廉恥漢だ。軍隊は合法的な国家の暴力組織だから、間違った命令や決断を下しても、命令での行動として責任は追求されず、犯罪行為の責任は全く追及されていない。同じことが福島の原発事故でも繰り返され、東京電力や監督官庁の誰一人として、検察に起訴されることがなかったが、放射性の汚染で福島の子供たちは、これから放射能障害のために病気になり、長期間にわたり苦しむことになる。
私よりも放射能問題について詳しい、有能な日本人が幾らでもいるので、福島の問題に関しては彼らに任せたい。だが、森鴎外は津和野絡みの縁があるし、日露戦争の時の脚気による犯罪行為は、太平洋戦争の餓死問題と共に、地震国の日本に原子力発電所を大量に作り、日本列島を地獄にした犯行の発端だから、以下に西原博士との対談を【休憩室 3】として収録し、歴史の証言として次の世代に残すことにした。

227 藤原肇 :2015/12/19(土) 14:25:07
【休憩室 3】
森鴎外として明治の文壇に名を留め、漱石と並んで高踏派と呼ばれた鴎外は、軍医としての森林太郎というヤブ医者が、軍医総監として最高の地位を得るまでに、彼の医学的に誤った思い込みにより、何万という陸軍兵士が脚気で,死体累々という悲惨で残酷な歴史が残っている。それを論じたのが以下の対談だが、その記録は『鴎外最大の悲劇』が論証しているし、ミトコンドリアの専門家の西原博士が、この対談の中で検証していることでもある。この対談の脚気についての話の中に、森の上司の石黒忠悳と海軍の高木兼寛が登場し、海軍の名医の高木兼寛に関しては、『高木兼寛伝』や『白い航路』などで、その人柄や功績について分かるが、その辺の歴史を私は丹念に追ってみた。そうしたら、致命的だった陸軍と海軍の対立の原因を始め、医学界における東大閥と慶応閥という、日本を狂わせた派閥争いだけでなく、オランダ語から英語への転換政策によって、蘭学を捨てて功利的な英語に切り替えた、「適々斎塾」出身の福沢諭吉の人生が、森林太郎の人生と二重写しになった。ドイツかぶれの森林太郎に対して、英国かぶれの福沢諭吉の二人の明治人が、いかに日本の運命を狂わせており、未だに英雄視されている状況については、福沢が持ち込んだ脱亜論と功利主義の面で、大いに吟味する必要がありそうだ。
話を鴎外と石黒の問題に戻すと、森林太郎は年齢を二歳偽ることで、12歳で東京医学校予科に入学しているが、19歳で卒業して陸軍省の軍医になり、ベルリンに渡ってドイツ医学の実習を体験して、出世街道を踏み出すことになる。彼の上司には辣腕の石黒忠悳がいて、彼は幕府が下谷の和泉橋に作った、緒方洪庵が初代頭取の医学所で学び、そこの教官として学生を指導したが、この医学所を東京医学校にした上で、新設の帝国大学の医学部として、発展させる計画の責任者だった石黒は、西欧人の医師を教官に必要としていた。だが、長崎で医学や西洋知識を教えたシーボルトは、スパイ容疑事件後に日本を去り、その後任のポンベ軍医少佐は善意の無償行為で、シーボルトの後継役を果たしたが、英国はカネ儲けや兵器の販売で忙しくて、日本の人材教育には冷淡だった。そんな時に大阪医学校で教えていた、オランダ人のボードゥィン医師が、横浜から帰国するので東京に立ち寄り、オランダ語の達者な石黒と会った時に、石黒に上野の東叡山に案内され、寛永寺の境内を取り払って整地して、大学と病院施設を作る計画を聞き、とんでもないと反対して次のように言ったという。「世界の大都会で自然の庭園がない所では、総て人工により樹木を植えて、新たに庭園を設計さえしている。
ところが、この幽遠で比類のない古い樹木のある、またと得難い景勝地を潰して、折角の美観を生み出す大木を切るのは、無謀もはなはだしい愚行だ」と批判した。それを聞いた石黒はもっともだと考え、候補地を不忍池の西方に位置する、本郷台の加賀藩邸の場所に変え,そこに出来たのが東京帝国大学で、森林太郎はそこで医学を学び、官吏として出世街道を突き進んだのだった。
こうして、東叡山には上野公園が作られて、自然と文化の中心として憩いの場になり、緑地の少ない東京で都民にとって、寛ぎの空間として緑地帯を生み出し、それが明治に生きた人からの贈り物になった。ところが、こうした先人の遺産や暖かい配慮を忘れ、利権がらみの東京オリンピックのために、青山の緑地地帯と神宮の森を潰して、醜悪な神宮競技場を作ろうとする、愚劣で野卑な計画が進行している。もしも、それを止める力を持ち合わせないで、市民を無視した暴政を放置すれば、東京は亡国日本と共に自滅の道をたどり、地獄に墜ちる運命に呻吟するという、悲惨な事態に甘んじるだけということになる。
〝明治の大文豪〟森鴎外の隠された真実
「日本最悪の医者」としてその犯罪を裁く

228 藤原肇 :2015/12/22(火) 17:08:56
『インテリジェンス戦争の時代』が出た時には、タイミングが良かった関係もあって、興味深いことを目撃する機会に恵まれた。この本はベルリンの壁が崩れてから、一年ほど後1991年に出版になったが、その辺のことはどこかに書いたので、記事が見つかれば有難いと考えて探したけれど、「過去のログ」で発見出来なかった。東欧圏の鉄のカーテンが崩れて、アメリカの宿敵だったソ連の共産主義に代わり、バブルで膨れた日本の経済力が、米国の狙う攻撃対象になったために、CIAの工作対象が軍事謀略から、日本の経済攪乱に移った時でもあった。
記憶が定かでないので確かではないが、CIAが政策の転換を決めた論文を出し、その中に『Conplehensive Intelligence』という言葉があり、これは何か変だと思っていたら、東京でその会議が開かれるという。しかも、その準備委員長が私の読者の一人で、ある商社の部長クラスの男だったから、用心するようにと警告したのだが、どうもアメリカの狙いが感じられた。日本が誇るテクノロジーの秘密が、アメリカが使う国際組織を通じて、抜き取られてしまう恐れが濃厚だのに、善良な日本の高級技術者たちは、国際という耳さわりの良い声に魅惑され、そこに取り込まれようとしていた。
なにしろ、米国からは航空機会社の副社長や大学教授が来て、上海からは戦略研究所長が参加し、ロシアやフランスからは参謀本部系統に属す、軍関係者が出席するという話だ。
しかも、基調講演をするルンド大学のディディエ教授は、諜報関係では知られた人物であり、ルンド大学の情報学部は対ソ諜報の拠点として、スウェーデンに作られた組織だから、この会議は情報関係者の集会に等しかった。日本側の組織の自称責任者が、私の読者で商社マンだった関係もあり、日本人で情報を論じる能力を持ち、世界から来るその道のプロを相手にして、渡り合える人をパネルの中に入れ、相手に付け込まれない体制を整えることが、絶対に必要だとアドバイスしてみた。
だが、日本には内調や公安調査庁とか、自衛隊にしか専門家は存在しないし、情報では商社が最先端だと自惚れ、全くお話にならない状態であり、最後には私に出てくれと頼んだので、仕方なく偵察のために東京を訪れることにした。
この会議の後援者の顔ぶれの中に、在東京米国商業会議所が参加し、案の定というかCIAの元職員たちも混じり、コンサルタントや技術者の肩書で、動き回っている様子が如実に観察でき、日本人の脇の甘さが良く分かった。一つの共同体の中に入っていると、その中の伝統的な見方に慣れて、習慣に従って物事を判断してしまうために、第三者の客観的な視点から眺め、無限の側から有限を捉えられなくなる。そう考えて私は外部世界に立ち、外から日本を観察していたのに、焦りの気持ちがあったせいだろうが、米国も日本も異郷とは見ないで、知的な交通で単独者たり獲なかったようである。
だから、当時の私は想像能力が未熟だったので、米国のネオコンの野望を感知する上で、十分な全体図を捉えきれない状態にあり、国務省の「年次要望教書」が出ていて、日本の解体政策が推進されていたのに、それを正しく見抜く才覚を持っていなかった。それについて詳細を知ったのは、関岡英之の『拒否できない日本』を読んで、その実態を理解した後であるが、それは十年以上も過ぎた2004年であり、21世紀になってからの話だったのである。

229 市川昌人 :2015/12/23(水) 06:42:48
ご健在であられることお慶び申し上げます。現在古事記の暗号に辿りつきました

230 藤原肇 :2015/12/29(火) 15:14:40
2015年もいよいよ暮れて行き、秒読みの段階になって来たので、私的な話になってしまい恐縮に思うが、この欄の表題が「最近読んで印象的だった本」だから、表題に則したことを書いておきたい。大晦日までに仕上げたいと思い、ここ数日の時間の全部を振り向けたのは、二冊の本を並行して読み進め、ある意味で読書三昧をしていたのだが、やっとこの試みが完了したから、その喜びについて報告する。また、大晦日が近づいてくるにつれ、残り少なくなったページを感じて、名残惜しいような気持ちに支配され、あと何日で終わりかと思い、寂しい気分に包まれた読書は、久しぶりに味わう充実したものだった。それと言うのは、堀田善衛の『ミッシェル城館の人』第三と、モンテーニュの『エッセー』の第三巻を同時に読み、それがやっと完了したのだった。
『エッセー』の第三巻にはb)とc)の註があり、これまで何回か『エッセー』を読んだが、c)の註に注意して読んだことはなかったので、今回はそこに焦点して読むことにした。しかも、夏ごろに堀田善衛の『ラ・ロシュフーコ―侯爵伝説』を読み、これがコードブックだと気が付き、モンテーニュの暗号が解けると思った。日仏における相似象を捉えるには、『明月記』と『方丈記』を『随想録』に重ね、モンテーニュが文字にしなかったことが、何かという謎解きができるはずだと、思いついたということでもある。
その前に気になったのは、どこかに書いたのに記憶がないので、調べて見たらこの欄の172)で発見したのだが、今年の始めに私が読んだ本として、堀田善衛の『定家明月記私抄』があり、その読後感を次のように書いていた。
「・・・弁慶と牛若丸の話を始め、義経を保護した平泉の藤原氏の滅亡とか、平家と源氏の争いや壇ノ浦の合戦に関してのイメージが、平安末期から鎌倉時代について、何となく歴史の断片として頭の隅に貼り付いていた。また、西行法師、源実朝、法然、親鸞などの名前の後に、『千載集』『新古今』などの和歌の世界と共に、藤原定家や後鳥羽上皇が登場した時代の面影もある。後鳥羽が二桁の后や女官だけでなく、遊女や白拍子を相手にして、博打や猟色に明け暮れただけでなく、摂政を相手に男色にふけり、荒淫荒亡を尽くしたことは知識としては知っていた。しかも、連日のように放火や地震が起き、堀田善衛のペンに従えば、『学徒群起、僧兵狼藉、群盗横行、飢餓悪疫、地震、洪水、大風、降雹、大火』で,『天変しきりに呈すといえども、法令敢えて改めず』が続いて行く。そして、『古京はすでに荒れて、新都はいまだ成らず、ありとしある人は皆浮き雲の思いをなす』という『方丈記』の冒頭の言葉は、地震や噴火の予兆に怯える日本の現状に重なり、まさに不吉な相似象ではないかと思う。・・・」
堀田善衛の『定家明月記私抄』と『定家明月記私抄続編』を読んだ後で、更に『方丈記私記』を読んで、これらの本が同時期に書かれていて、この狂乱の時代が今と同じだと感じた。相次ぐ地震や原発の爆発が起き、小泉や安倍のような戯け男たちが、暴政の限りを尽くしているのに、庶民はその深刻さに気が付くこともなく、地獄を極楽と錯覚したままでいる。そうしたこの世の地獄が起きている時に、そうした環境から一歩離れて、日本の古典の『方丈記』や百人一首が作られた。だが、後世の人は古典を読むだけで、歴史の真の姿を見ようとせず、鏡像が狂気の古典の方を見て、その裏に潜んでいるものを忘れるは、不思議なことだと痛感したのである。

231 藤原肇 :2015/12/30(水) 10:30:59
同じことが「デジャ・ビュ」感覚としてあり、モンテーニュが生きた16世紀は、ルネッサンスの光に照らされていたとはいえ、宗教戦争によるが殺戮が繰り返し、ペストが蔓延して原野に死体が晒され、人口が半減していた時代である。そんな時代にめぐり合せたとはいっても、モンテーニュは帯剣貴族として、シャルル九世やアンリ三世の宮廷に仕え、ボルドー市長として非常勤では、王室の侍従武官や騎士団に属し、後にアンリ四世になるナヴァール公には、侍従の形で関係を維持していた。過酷な宗教戦争の中で両派の間に位置し、争いの圏外にいても信頼され、自分の時間は瞑想と省察で過ごして、相対的な真理の探究を楽しんだ、モンテーニュの晩年の生き方は、私にとって手本にしたい生き方だ。私も彼のように多角的に観察し、最悪の事態があるのを想定しながらも、「メールストームの渦」に対しては、常にそれを眺め下す高みに立つようにして、渦の中には巻き込まれないように、生きて来たのが過去の旅路だったが、喜寿を迎えた記念にその足跡を、読書絡みでこの欄に書き綴った。
こうやって展望台の上から振り返って,良くここまでたどり着いたと感じ、その僥倖を得難いものだとしみじみ思うが、人生双六の上がりに至るまでに、多くの分岐点と誘惑があったのである。役人や政治家にならないで済み、詐欺商売の金儲けにも溺れずに、外国の機関の手先にもならないで、自由人として生きてこれたのは、誘惑をその都度退けて自由な道を選んだから、大渦に吸い込まれなかった。そして、今回の読書体験を通じて得た教訓は、『随想録』には一行も書いてないが、モンテーニュがバスチーユ監獄に収監され、僅かのチャンスで解放された事実で、『ミッシェル城館の人』がそれに触れていた。優れた古典として『エッセー』が読まれ、全世界で何百万人もの読者がいたのに、本を読んだだけではそれは分からない。ジグゾウパズルを組み立てることにより、宗教戦争の歴史を追及した過程で、気づいた人が何百人かいたにしても、著者が片鱗も感じさせないよう配慮し、五百年近くも隠し続けた秘密に、たどり着けたのは読者として幸運である。
しかも、堀田善衛は秘密を掘り出したし、『ミッシェル城館の人』を読んだお蔭で、私もそのお裾分けにあやかリ、発見の快感を楽しむことになった。だが、この発見の喜びに共通するのは、『百人一首の暗号』について意見を述べ、魔方陣の秘密について論じ合った、在りし日に結びつくのだし、それが懐かしく蘇ったのだった。また、日本人で『ミッシェル城館の人』を読み、そこまで感じ取った読者の数は、至って限られているに違いない。しかも、それを感じるには千年の秘密を保った、百人一首についての謎解きと共に,魔方陣の神秘への知的好奇心が、決め手になっているのだろうと思う。これが読書をする醍醐味の一つで、死ぬまで読書中毒から抜けられないが、2015年はこんな読書の連鎖反応があり、大晦日がその記念すべき瞬間として、一つの峠を越したことになった。
山路を上りながら考えた夏目漱石は、「・・・智に働けば角が立つ、情に掉させば流される、意地を通せば窮屈だ、とかくこの世は住み難い」と書いた後に、「住みにくさが高じると、安いところへ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟ったとき、詩が生れて、絵ができる」と書いたが、漱石が言う安いところの意味は、物価や家賃が安いのではなく、心が休まる安易なところを指すと思う。だから、彼は午前中に小説を書いてから、午後には漢詩や英詩を読んだというが、俳句も存分に楽しんだに違いない。

232 千々松 健 :2015/12/30(水) 14:44:16
博士は喜寿に至るまで、多くの誘惑があったにもかかわらず、その都度それを退けて自由な道を選ばれ、その結果、大潮流には呑み込まれずに自由人として生きて来られた。
まさに「山岳誌」に書かれた「野ごころ」を貫かれた訳です。「心が休まる安易なところ」とは漱石の云う『即天去私』の境地と思われます。
良い年が迎えられますように。
2015.12.30

233 藤原肇 :2016/01/03(日) 17:34:21
大晦日を目指した読書が一段落し、新年を迎えるに際して書を開きに、大事に取っておいた『露伴の俳話』を読んだ。江戸っ子の露伴の語り口は痛快で、新年にふさわしい爽やかさがあると感じた。この本の著者名は高木卓であり、幸田露伴を母方の伯父に持つし、『露伴の俳話』の著者でもある。露伴の甥の彼はドイツ文学を教え,旧制の水戸高校や一校の教授を経て、東大の教養学部や獨協大学で、学生に文学指導をすると同時に、小説や文芸評論を書いていた。
彼の書いた小説が1940年に、芥川賞に選ばれたが彼は受賞を辞退し、習作だからと辞退理由を述べたが、春秋ならぬ若月筆法に従えば、拒絶すべきだったという過激論も、生まれても良いということになる。それでも、当時の芥川賞の選考人のレベルは、その後の堕落した顔ぶれに較べたら、石川達三や堀田善衛の作品を選んでおり、それなりの水準を維持していた。だが、その後の芥川賞の堕落は酷いものであり、そのケースとしてこんな話がある
。かつて大杉栄について書いたが、それを読んだ伝記作家の小島直記さんに、昼食に招かれて葉山に行って、大杉が伊藤野枝に刺された、日陰茶屋で御馳走になり歓談した。その時の対談が『賢者のネジ』に収録されていて、次のような発言を小島さんがしている。
「・・・小説はフィクションとして読者に迎合するから、どうしても面白くしなければならないので無理がある。あれだけ国民に人気のある司馬遼太郎でも、かなり嘘を書いているのに,読者はそれに気がつかないで、小説を歴史と取り違えている。小説を書くときの悩みはそれをどう克服するかであり、そこに小説や文学の限界を感じた。そのために、私は同じ小説でも伝記を書くことに人生の路線を改めました。・・・」
実はこの時に活字にしなかったが、対話では興味深い話が語られ、小島さんが伝記作家になった真の理由として、次のように語られていたのである。その発言を対談記事には収録しなかったのは、発言者の品性と節度に配慮し、「ゲストの横顔」の文章の中に入れたのだが、それは次のような内容である。「・・・初期の小島さんは文学作品を書こうと手を染めて、その作品が偶然に芥川賞候補にノミネートされたが、受賞したのが『太陽の季節』だったので,日本文学のお粗末さに呆れて見限りをつけ、歴史の中に志を持つ人物を求めたという。・・・」
 その後に太陽族を発生させた、こんな愚劣で幼稚な話に飛びついて、それに文学賞を与えて恥じない連中が、日本の文壇を支配していることに、反発した小島直記を私は見直した。私に言わせれば芥川賞の最高作品は、第11回に決まっていると思うが、その著者は幻の文学の達人に属しており、それが高木卓先生だったのである。

234 千々松 健 :2016/01/05(火) 21:57:37
『山やまの頂には憩いがある』
信州の「上高地」は神憩う地(カミイコウチ)から由来しているといいます。
また「穂高」の峰々の頂には神が宿っていて「明神池」の面にはそれらの神々が憩うように映っているのです。
鎌倉のカマクラもカタカムナ思念では「チカラが受容されて引き寄る場」ですから、カミが引き寄せられて居る場=神座と言う意味になります。
「神暮らす場」ということで、今流行のパワースポットでもあります。世界遺産は逃がしましたが観光地として賑わっています。

私はその鎌倉で生まれ育ったのですが、今は隣の逗子・葉山の方に住んでいます。
葉山と言えば、例の「日陰茶屋」は古い建物のままで今も健在です。
また、逗子海岸の渚橋近くには「太陽の季節ここにはじまる」と刻まれた記念碑が2005年から建っています。
湘南高校の先輩でもある石原慎太郎氏ですが、今では毎日その記念碑を遠くから眺めていることでしょう。
2016.1.5

235 MM :2016/01/07(木) 00:05:18
石原慎太郎のような湘南の太陽族の生みの親が、後出しジャンケンの卑劣な手口で都知事になり、東京を食い荒らした残骸が東京オリンピックだとしたら、今の都民が全力を尽くしてやるべき事は、2020年の東京大会の中止ではないか。
神宮外苑の銀杏並木や森を潰して、化け物のような競技場を作るなんて、全く狂気の沙汰だと言うことである。都民は愚かな建築費を税金の形で支払わされ、緑の空間を失うだけの事になるのである。
藤原さんの書いた[[オリピアン幻想]を読んで、オリンピック精神について思い出して、愚かなオリンピック熱を冷ますことが必要である。

236 MM :2016/01/07(木) 00:06:31
石原慎太郎のような湘南の太陽族の生みの親が、後出しジャンケンの卑劣な手口で都知事になり、東京を食い荒らした残骸が東京オリンピックだとしたら、今の都民が全力を尽くしてやるべき事は、2020年の東京大会の中止ではないか。
神宮外苑の銀杏並木や森を潰して、化け物のような競技場を作るなんて、全く狂気の沙汰だと言うことである。都民は愚かな建築費を税金の形で支払わされ、緑の空間を失うだけの事になるのである。
藤原さんの書いた[[オリピアン幻想]を読んで、オリンピック精神について思い出して、愚かなオリンピック熱を冷ますことが必要である。

237 藤原肇 :2016/02/14(日) 14:32:54
一か月余りにわたり書き込めなかったのは、喜寿の新年を迎えたのを契機にして、幾何シャーマンの故地を訪れていからだ。「人生交響曲」の最終楽章のために、これまで訪れないで残して置いたが、昨年の夏にイランの南部に行き、ペレスポリスやイスファファーンを訪れた。こうして、中東の古代の遺跡に踏み込み、途中でペトラに行く計画まで作って、アレクサンダー大王を身近に感じ、古代史が身近なものになってしまった。次に喜寿を迎えた今年になると、古代巨石文明の原点に位置している、エジプトに残る遺跡を訪れることで、宇宙から地上に降りて大地の霊気を吸い、長年の懸案を確認したいと思い立って、この漂泊の道に踏み出すことになった。
まず、ギザに座すスフインクスの岩体に触れ、問題である風化の状態を観察し、この石像が1万500年前の豪雨によって、浸食を受けたのかについて調べ、ついでに数時間ほど瞑想した。その影響のせいだったのか、翌日は物凄い砂嵐に遭遇し、ホテルから一歩も外に出られなくなり、外の世界と繋がるWifiを頼りに、「宇宙巡礼」のこのサイトを開き、「最近読んで印象的だった本」を最初から、最近に至る全部の記事を読んだ。そうしたら、印象としては既視(デジャ・ビュ)感覚を伴い、どこかで見た懐かしい気分がして、これは『ゲーテとの対話』で味わった、エッカーマンが描いた雰囲気に、見事に対応した相似象だと閃めき、二十数年前に知り合った人の言葉を思い出した。
その人は出版社の元編集者であり、彼は独自の構想で私の発言を集めて、『驕りへの紙つぶて』という本を企画し、会社に提案して却下された経験を持っていた。彼は私の本は一冊も作らず、出す工作はいろいろと試みてくれ、結局はすれ違いで終わったが、別れる時の言葉が印象的だったので、それがカイロ滞在の私の頭にふと蘇って来た。
「エッカーマンの『ゲーテとの対話』みたいな形で、原稿を作ってくれる日が来たら、それを本にするのが私の夢です・・・」
その言葉には忘れ難いものがあり、「掲示板」のスレッドを読んで、既視感覚に包まれて呆然とした私は、E-mailのフォルダーを探しまくり、「ゴミ箱」や大量の情報倉庫を開き、彼のアドレスを探し求めて、やっと発見して手紙を書いた。
「今カイロにいるがスフインクスのお蔭で、君の夢が実現するかも知れないので、『宇宙巡礼』の『掲示板』の中にある、『最近読んだ印象的だった本』のスレッドを開き、1」から180)までを熟読して欲しい」と書いた。そうしたら、ルクソールに滞在している時に、彼から共鳴する返事が届き、「後半部で増えている数学理論と、藤原さんの回顧的なものは、難しすぎる内容のためにカットして、別の形で生かした方が良いし、本として纏まりが良くなると思う」とあった。この件はスフインクスの神託ではないにしても、興味深い体験だと思うのだが、果たして皆さんはどう考えますか。
また、この旅に持って出た『不確実性の数学』は、ナイル川のクルーズ船のサンデッキで、ルクソールからアスワンに至る徒然の旅の時間を使い、楽しく読み終えることが実現したのである。

238 千々松 健 :2016/02/15(月) 23:32:52
何と共時性なのでしょう。2月13日に吉野信子先生のカタカムナ講座の前座で「フィボナッチ数列ヒフミ99算表」誕生話をし、二次会の際にある参加者から「宇宙の扉を開く50の鍵」(ダイアナ・クーパー他著)という本のあるページを見せられました。
それはピラミッドとスフィンクスとシリウスに関する箇所でした。直観したのは無機質で機械的なピラミッドと有機質で生命的なスフィンクスの好対照が、金剛界と胎蔵界の両界曼荼羅に相似象になるということでした。
興奮冷めやらずに帰って来たところ、今度は藤原博士の中東・エジプト探索の話を拝見したわけです。
ビックリでしましたし、ピラミッドばかりではなくスフィンクスにも注目が行かざるを得ません。
***「ゲーテとの対話」風、編集者に恵まれ善いものが産まれる予感がいたします。
2016.2.15

239 市川 昌人 :2016/02/16(火) 06:39:25
シンクロでいうと過去に手にして何気なく読み返した安岡正篤氏 人生は難題克服に意味があるの中で見つけた文言は直観である。多くの直観を使う人の文章に出会う。私もブックマークしたものは古代ペルシャの首都現イラン西南部 http://www.y-history.net/appendix/wh0101-108.html

240 村山貴子 :2016/02/17(水) 12:51:24
ここに来て強く後悔させられてしまうことは、エンデの『モモ』を取り上げ紹介して、その内容について議論するきっかけを作り、少なくとも皆で『モモ』の思想と教訓を共有するところまで、意識を盛り上げなかったということです。
灰色の男たちという時間泥棒の口車に乗り,カネ儲けのために人間らしい生活を放棄し、目先の利益だけを追うという大衆の浅ましさは、アベノミクスに劣る今の日本人の姿です。どんな経済学の本よりも、この本は経済と金融の本質を教えてくれます。
灰色の男たちの首領はクロダという名前かと思うほどで、今の日本にはマイスター・ホラはいないし、カシオペアも見かけません。
何年も前に読んだこの本を最近読み返し、こんなに素晴らしい今にぴったりの本について、読書の議論で触れなかったことが、とても悔やまれます。岩波の少年文庫から出ていても、これは子供向けの本というよりは、現代に生きるすべての人に読まれるべきですし、大型の読みやすい版も岩波から出ています。

241 藤原肇 :2016/02/19(金) 23:20:06
274)に書いたようなことがあって、『ゲーテとの対話』に似た雰囲気を持つ、本がまとまりそうな感じがしたので、その経過を別の編集者に伝えたら、その人が面白い企画だと賛成を表明してくれた。
ただ、この人は出版社には属さずに、企画をプロモートする仕事をしているので、私の側からもっと内容を絞り込み、ある程度の編集を済ませたものなら、出版社に繋ぐことが出来るという。そこで考えたのはある程度整理して、彼に出版交渉を彼に任せたいので、誰か刈り込みをして編集する面で、手伝ってくれる人を探したいという気になった。
仮に『21世紀の読書へのいざない』と題し、副題を「世界を舞台に活躍する『脱藩型日本人』はこんな本を愛読していた」とでもつけて、草稿をまとめて貰える人がいたら、助かるので希望者を求めたい。思い切ってバサバサと無用部分を削り取り、読書論の形にまとめる方向で、編集協力をしようという人がいたら、藤原宛てに連絡して貰えたら嬉しい。
なを、こうした形で編集路線が出たので、紹介したい本や取り上げたらいい本があれば、「落穂ひろい」の形でそれを追加して、より充実したものにしたら良いから、どんどん追加の書き込みをお願いしたい。みんなで協力して作り上げれば、画期的な本が誕生しそうであるし、既成の本作りの伝統を乗り越え、情報化時代に真にふさわしい動機を持つ、そうした本が必要ではないか。

242 瀬川明廣 :2016/02/21(日) 10:41:14
今年1月から年金が満額もらえるようになり、この3月31日で完全リタイヤします。
退職記念旅行に北海道とも少なからず縁のある台湾にしようと、只今準備中です。
現役時代、インターネットを利用するようになってから、
初めて宇宙巡礼の掲示板を知り、そこから藤原博士の書籍をまとめ買いもしました。
現役時代は、アメリカ在住の藤原博士の教養の深さや生き方に圧倒され、
その後に出版された書籍「小泉純一郎と日本の病理」「賢者のネジ」「生命知の殿堂」などは、すべて買い求めました。
掲示板上でちょっとしたトラブルがあり、批判合戦のようなことがおきてからは、この掲示板からも離れていましたが、
「台湾」関連でもう一度この掲示板を開いてみて、藤原博士や千々松先生がお元気に活躍されているのを知り、懐かしくなり、
失礼とは存じましたが、掲示板に書き込ませていただきました。

243 平山雅彦 :2016/02/21(日) 13:24:50
240)で村山さんが紹介したエンデの『モモ』は、子供にもためになるが大人に取って良書で、今の日本人全体に読んで欲しいと思う。なぜなら拝金主義に支配されてしまい、今の日本はカネの亡者になっており、マスコミに氾濫しているのはカネ儲けけの話ばかりで、まったく厭になるばかりだ。
そんなわれわれにお金の根源を問う形で、エンデが残し貴重な遺言を番組にしたが、それを本としてまとめた『エンデの遺言』は、『モモ』で提起している大切な問題を分り易く解きほぐしている。しかもそれに加えて、暴走するお金の実態が如何にくるっており、それに対して立ち上がって行動する良心的な人と、彼らを思想的に啓蒙したゲゼルの経済理論について、実に丁寧に解説しているので必読書だと思う。
また、カネの亡者によって支配されてしまった日本でも、それに反発して地域通貨への動きが起きているが、世界各地で進められている地域通貨運動について、具体的な内容が報告されていて非常に参考になる。
愚かな首相に操られた日銀総裁が、日本円を登記の対象にしてしまい、国民年金や医療年金がカジノのチップになり、何兆円の規模で雲散霧消しているのに、マスコミや経済学者からの批判の声はなく、日本はかちかち山の泥舟の運命と同じ状態にある。
だから今こそ『エンデの遺言』が日本人にとって必読書であり、子供たちが『モモ』を読んで賢くなる時に、大人たちは『エンデの遺言』で自分たちの置かれた状態を知り、暴政に無関心でいることを反省すべきだと思う。

244 藤原肇 :2016/02/21(日) 14:12:44
ニューヨークの世界貿易センターを襲った911事件は、世界に対してのアメリカの世界戦略が、非対称のテロへの戦争に転換した点で、大きな歴史的な意味を持つ事件だった。
これは情報革命が進展している中で、事件の推移が世界に衛星で同時放映され、何億人もの人が事件を目撃しており、米国政府のインサイドジョブと言われながら、迷宮入りになった点で画期的な事件だった。米国でそれに続くのがケネディ暗殺事件で、これも同じように迷宮入りになり、これも米国の歴史における転換点になっている。
それでは日本で911事件に相当する事件は、一体何だったかと考えてみた時に、私は冷戦時代に起きた「下山事件」だと考える。
その背景に朝鮮戦争や占領政策の終焉があるし、自民党の独裁政治と安保体制の中で、経済大国に脱皮する日本の社会が、満州人脈の暗躍と再軍備と共に、ヤクザ政治とカジノ経済に大変換を遂げ、その出発点に「下山事件」などの黒い霧事件が続発した。
そういった状況を活写した本として、柴田哲孝の『完全版・下山事件』は、副題に「最後の証言」とある通りで、一読に値するだけの内容に満ちている。
吉田茂と組んだ白洲次郎の存在や、満州人脈の岸信介が特務の矢板玄の周辺に集まり、右翼の三浦義一やCIAの手先として動く中で、日本が独立を装って米国の属領化して、それが現在の安倍政権にまで続いて行く。
しかも、その途中に小渕首相の不可解な死の背後で、密室の闇取引で森内閣が誕生しており、それ以降は極右の清話会政権が続き、日本が日本会議に制圧されてしまい、亡国の崖を転落する歴史が始まっている。こうした戦後史の転換点において、迷宮入りで終わった「下山事件」が如何に奇妙だったかについて、この本は考えさせるヒントを提供しているし、取材の仕方を学ぶ教材でもあると思った。

245 高田俊彦 :2016/02/26(金) 16:05:21
この本が世紀の名著として知られているにも関わらず、果たしてどれくらい読み終えた人がいるかどうか知りませんが、一生の間にどうしても開くべき本としては、トインビーの『歴史の研究』があることはご存じでしょう。私は20年くらい前の広告化新聞記事によって、全巻で30冊くらいこの本があると知り、それを東京電力の木川田社長の愛読書だと教えられ、大変な読書家だと感心したのですが、とても真似が出来ないと諦めたことがあります。しかし縮ずり版が社会思想社から出ていたので、これなら読めそうだと買ったのに読み終えることが出来なくて、これは大変な本だなあと思ったものでした。
そうしたら中央公論の世界の名著が一冊のものをだしたので、これなら読めそうだという気分になって、買ってから覚悟を決め半分以上読み、「文明の解体」を読み終わったところで満足し、トインビーの思想の核心はここだと納得しました。日本も発展が終われば衰退して没落するし、総ての組織体もこの運命から逃れられないが、20年前からの日本の没落の仕方は余りにも酷いと感じています。
だから日本人にとっては必読書だのに、この本の存在について忘れ果てているということは、余りにも情けないし、20世紀が誇る名著を縮ずり版でしか読まないで、偉そうなことをいうのは情けないですが、歴史とは何かについて知る上で必要なこととして、この『歴史の研究』に挑戦することが出来ないという人がいたら、『図説歴史の研究』という読みやすい本が何冊かであるから、それを眺めるだけで世界が分る気分になれます。

246 市川 昌人 :2016/02/28(日) 21:14:28
S.グリア氏のUFOテクノロジー隠蔽工作はアメリカの不思議を解くカギになりケネディー暗殺の背景も辻褄が合う。片や日本史では正統竹内文書の解く古事記の暗号が疑問を解いてくれる。その先に求めるものは石原莞爾氏の世界最終戦争の恒久平和である!究極は人の愚かな煩悩三毒の為せる業を知る事になる

247 谷川薫 :2016/03/01(火) 16:37:53
エンデの『モモ』について分りやすく解説した本としては、子安美知子さんの「モモを読む」があります。エンデがシュタイナーの影響を強く受けたことは、彼がシュタイナー学校で学んだお蔭で現象の背後にある本質を見抜き、時間は命と同じように貴重なものだと理解したのです。エンデは説明するのが嫌いで、象徴的な表現でそれを示す書き方をしており、それが自分の頭で考えるためになるし、印象深い物語の展開を生み出しています。目は光を見るために、耳は音を聞くために、心は時間と生命を感じるためにあり、その時間を灰色の男たちに奪われることは、人生を失うのに等しいというメッセージは貴重です。
著者の子安さんは「ミュンヘンの小学生」を書き、子供をにシュタイナー教育を受けさせており、直観を大事にするシュタイナーに、心から共鳴を示し実践した人です。だからエンデの気持ちが良く分るし、モモが伝えるメッセージの核心を理解しているので、この本にはゲーテ以来の人間を慈しむ、人間の命を大事にする愛の思想が漲っています。

248 千々松 健 :2016/03/07(月) 23:29:21
「ピラミッド5000年の嘘」のフランス人映画監督のプーヤール氏の最近のFB画像から解くと、ギザの3大ピラミッドとスフィンクスの位置関係には、やはりフィボナッチ数列と黄金分割が関係しています。
1,1,2,3,5,8,13のフィボナッチ数列で、スフィンクスの長さを2とすれば、大と小のピラミッドの南北の底辺の距離が13になっています。
また、オウムガイの様に平面展開した枠の中で見ると、東西南北を黄金分割した中心にスフィンクスが位置していることも判明します。
ブラボー! これぞ藤原肇博士の『スフィンクスの神託』のシンクロ版です。

2016.3.7

249 憂うる岐阜県人 :2016/03/09(水) 12:29:37
トインビー博士が取り組んだ文明の歴史は雄大で、著書を前にしてボリューム感に圧倒され、読み通せるかと当惑させられるほどだ。特に『歴史の研究』の持つ内容は、挑戦と応戦の繰り広げる相克が、文明の隆盛と衰退の絵巻物として描かれ、詳細な記述と分析で貫かれているせいで、読む前に立ち往生した人が多いはずであり、ほとんどの読者は縮刷り版で読んだに違いない。それたけに二十世紀最高の歴史学者として知られた博士は、世界の人から尊敬の目で仰がれたし、流石に偉い学者のやったことは凄いと感嘆させられるのである。
だがその名声を悪用した恥ずべき行為として、創価学会の池田大作会長が利用した事件があって、孫娘のポーリー・トインビーさんが、祖父が池田会長に騙されて対談をしたように仕掛けられ、宣伝用に利用されたかを「ガーディアン」に発表している。それによると創価学会に招かれたトインビー博士は、単に雑談をしただけだったのに、まるで文明についての対談をしたような形で、本としてでっち上げられたのだという。これはノーベル賞が欲しい池田会長が試みた、自己宣伝工作の一環であるし、名誉学位や名誉市民の称号を集め、いかに自分が偉大な平和主義者かを宣伝したのだった。その中には北京の中国政府のトップとか、ルーマニアの独裁者チャウシェスクとの友情や、パナマの独裁政治家ノリエガ将軍との友好関係と同じで、世界中の政治家や大学に資金をばらまいてコネを作り、長年に渡って売名行為に専念して来たが、その手口にトインビー博士も乗せられたのだった。
折角のトインビー博士の業績と名声が詐欺師達に悪用されて、宣伝に利用されたというのは残念至極なことだが、国民が知らないことを活用して,世紀の名著『歴史の研究』の著者が、カルト集団に利用されたというのは残念なことであると思う。

250 千々松 健 :2016/03/10(木) 21:48:19
【最重要事項】
藤原肇博士の「スフィンクスの神託」とは何か?
・・・私の答えです。【スフィンクスこそが1であり、ロゴスを示唆していた】
私たちは 1,1,2,3,5,8,13、、、のフィボナッチ数列のみで思考するところから卒業しなければなりません。
それは「黄金比ふとまにアルゴリズム」を提唱している者としての責任でもあります。
引用しましたプーヤール氏の最近のFB画像は実は近似値でしかなく、作図と実物とは若干のズレが生じています。
古代の設計者は【φ,1,Φ,Φ^2,Φ^3,Φ^4,Φ^5、、、】という黄金比フトマニ数列を使用していたのです。
そして、スフィンクスの長さを1の単位とすれば、大ピラミッドの北底辺と小ピラミッドの南底辺を挟む南北の距離はΦ^5≒11.07になります。
(昨日、スフィンクスの長さを2とすればの表記は単純な間違いで「1」とすればが正解でした。迷わせてすみません。)
更に、スフィンクスの前(東側)には長方形の台が残されていますが、正面の右側部分は大きく破壊されています。その長さがスフィンクスと同じく1に相当します。
中央少し左側にトンネル通路がありますが、それから左側部分がφ≒0.618に相当しています。もちろん長方形そのものが南北/東西=Φ≒1.618になっています。
顧みれば【φ:1:Φ】の「三つの数の比」はロゴスの語源ですから、ロゴスがスフィンクス周辺に在った訳です。
ギザの大ピラミッドとスフィンクス周辺のグランドデザインをした者が誰かは謎ですが、黄金分割をマスターしていたに違いないのです。
東西・南北を黄金分割した中心にスフィンクスが位置するのは重要なポイントです。
いずれは誰かが、現地で実測して、これらを証明してくれることでしょう。それは日本人か、フランス人か、宇宙人?でしょう。
https://www.facebook.com/312309982163991/photos/pb.312309982163991.-2207520000.1457613725./1018110201583962/?type=3&amp;theater
2016.3.10

251 千々松 健 :2016/03/11(金) 23:45:00
>250の中の数値を一部訂正します。
Φ^5≒11.07 はΦ^5≒11.09 が正しいのでした。
以前ですと松本英樹氏が直ぐに気が付かれて、ご指摘して下さることが多かったのですが、その前に自らが誤記に気が付いたのでした。
重要事項としておきながら、済みません。

252 藤原肇 :2016/03/13(日) 22:33:37

私の半世紀にわたる脱藩人生において、世界の各地で出合った人との付き合いで、最も役に立った基礎知識とでもいうか、それが乏しかったので困ったのは、ギリシア神話に対しての知識不足だった。もちろん、各民族や文化は神話を持つので、それを知っているに越したことはなく、ギルガメッシュ神話は聖書の原典だし、ヴェーダを知れば仏教やミトラ教の歴史が、全体像として浮かび上がってくる。だから、神話に親しめば情緒を豊かにし、人間の精神社会の変遷を知る上で、何物にも代え難い養分の源として役に立ち、基礎教養として不可欠であるから、概要を知っているに越したことはない。
だが、ギリシア神話の場合は特別であり、単に文化や歴史の基礎であるだけでなく、サイエンスや哲学を初めとして、医学から心理学や学芸の全域に、ギリシア神話に由来する言葉が卓越し、世界で知識人を相手にする時に、接頭語や接尾語だけてなく語幹まで、ギリシア語が教養語として君臨し、これが普遍語の正体だと気付かされた。「宇宙巡礼」のサイトに集まる人は、脱藩クラブの流れに連なるので、世界で活躍するタイプに属すから、これから海外で多くの人と付き合うはずだ。その時に単なる日常会話のレベルでなく、より掘り下げた知的な会話をする時に、役に立つはずのギリシア神話について、基礎的な素養を持ち合わせることは、きっと得難い財産になるはずである。
私も『オリンピアン幻想』の英訳本を使い、人々と親交を結んでいた時代に、もっとギリシア神話に通じていたら、対話が盛り上がったと思ったことが,どれほどあったかと思い,後悔したことが実に多かった。中学生の頃に呉茂一の『ギリシア神話』を読み、一応は理解したつもりだったが、話が余りにも多岐にわたっており、頭の中は断片が散乱するままで、整理がつかない状態が続いていた。一応はホメロスが伝えた叙事詩として、『イリアス』や『オデュッセイア』は読んだが、後になって『ギリシア神話を知っていますか』を読んで、頭の中がすっきり整理でき、そこで『新トロイア物語』を読んだら、頭の中に演劇の舞台が開き、阿刀田高という作家の力量が分かった。
彼が40年ほど早く登場して、作品を発表してくれていたら、留学時代の欧州放浪の旅の時に、ギリシア旅行がどんなに豊かで、実り多いものになったかと嘆息したものだ。そして、十数年前に『私のギリシア神話』を読み、ギリシアの神々の生活と人生が、まるで親戚の家庭生活のように、親しく感じられただけではなく、挿入されている挿絵の観察により、美術館を訪れる楽しみが増えた。
また、愛読の竹村文祥の『神話伝説医学用語』は、名医に近づきになる贈り物として、喜ばれた貴重な本として役立ち、その舞台もギリシア神話が、重要な役割を果たしていたし、ギリシア語が普遍語の証拠でもあり、数理発想の故郷はギリシアだった。

253 千々松 健 :2016/03/15(火) 23:43:17
【カタカムナ思念で読み解くピラミッドとスフィンクス】
ピラミッド=三角形の中心を根源とする場
スフィンクス=スピンクス=一方向に回転して引き寄り通す
初めは何を意味しているのか判りにくかったのですが、両者をセットで考えると善いのです。
また、大ピラミッドはクフ王に関係していますから、クフ=引き寄り増えると読めます。
考察結果は以下の通りです。
先ずピラミッドは黄金比を象徴し、黄金比の増加は【黄金比ふとまにアルゴリズム】に繋がります。
黄金比ふとまに数列はルカ数列に近似しますが、フィボナッチ数列も親戚とみて善いでしょう。
スフィンクスは回転渦のセンターを表現していて、ブラックホールないし、逆回転のホワイトホールなのです。
ギリシャ語ではスピンクスですが、エジプト語ではアブルホールと呼んでいるそうですから、正にホールを示唆していたのです。
神聖数理学的にはク=9ですので、更に発想を広げます。
スフィンクス≒ブラックホール・Φ・9・ホワイトホール
トーラス=統合・場・通す とカタカムナ思念で読めるので、真ん中に通す穴があるドーナツ様になる訳です。
また、陰・陽はイ・ヨ=5・4ですから、5+4=9=0で(mod 9)に通じます。
2016.3.15

254 千々松 健 :2016/03/15(火) 23:44:39
『博士 ギザの台地こそが生命知の殿堂=The Hall of Cosmic Wisdomであったのですね!』
藤原肇博士の『生命知の殿堂』の英語タイトルは確か『The Hall of Cosmic Wisdom』でした。
喜寿を迎えた博士が尋ねられたピラミッドとスフィンクスの場=「ギザの台地」を想えば、
コザト偏すなわち陰陽(他に院・陸・隠など)に使用される漢字の意味とおり『盛り土、段々、丘、山などと関係あるコト』になります。
陰陽太極図(トーラス)に繋がらざるを得ません。
2016.3.16

255 千々松 健 :2016/03/16(水) 22:32:26
<HallとHoleの違い>
千々松さんチョット待って、「ホール」でも二通りのスペルがあって、意味は違うよとの声が聞こえそうです。
確かに、ブラックホールのホウルの方はHoleで穴の意味ですし、殿堂のHallは広間の意味です。
スフィンクスのアラビア語はアブ・ル・ハウルですから、エジプト語のアブルホールのホウルは穴の方です。
アブルハウルは【生命が増えたり減ったり、引き離れたり引き合ったりするが、留まって見えるところ】と【カタカムナ思念】では読解されます。
そして更に私的な解釈を加えるならば、それはブラックホールの入り口であり、ホワイトホールの出口でもあるということです。
また『生命知の殿堂』にフランス語の「パンテオン」を表記されたことが思い出されます。
パンテオンは【強く引き合い、発信放射する、大変深いところ】というのが【カタカムナ思念】の直訳です。
従って、陰陽がゼロ点の特異点で渦を巻いてカミ(神)合っているところのイメージです。正に「パンテオン=万神殿」でもあるのでした。
藤原肇博士の『Kuuness』万物理論の象徴に相応しいモノが『大スフィンクス』だと私は今、確信いたしました。
2016.3.16

256 藤原肇 :2016/03/17(木) 13:06:21
世界に出て仕事をしている時に思うのは、特に相手が知識人の場合には,禅や仏教に関心を持つ人が結構いて、話題が仏教関係になった時に、自分の勉強不足を痛感させられることが多い。だから、鈴木大拙の『禅と日本文化』や、中村元の仏教関係の本の存在が、大いに役に立ったことを思い出す。私が愛読したのは『ヴェーダの思想』だったが、予想外に威力を発揮したのは、『無門関』に出てくる公案のエピソードで、フランスは柔道の愛好者が、日本より多い都いうこともあり、禅に関心を持つ知識人が多い。フランスに留学した時に持って行ったのは、『無門関』、『俳風末摘花』『仏和辞典』の三冊で、この『無門関』が予想以上に役立った。
米国のインテリは禅の公案が好きで、それは『ゲーデル、エッシャー、バッハ』や『タオの自然学』を読めば、公案が続々と出てくるのを見ても、禅を知っていれば有利であり、相手は大抵数学に強いので、日本人のメリットを活用できる。
『ゲーデル、エッシャー、バッハ』と言えば、フランスに留学していた時に、この本の訳者の一人の野崎先生が、グルノーブル大学の数学科の講師で、コンピュータ言語学の研究をしていた。だから、せっせと子供を作っていた自宅で、先生に数学の精神を学んで、ピラミッドを作る時のπについて議論し、宇宙システムから考える私は、「空」で捉える私の無限への理解が、数学者の無限観に対して、全く異なることを理解させられた。その頃の私は雲を眺めた体験で、1+1=2でないと覚って、直観を大事にする幾何人間として、矛盾を嫌う純粋数学には、違和感を強く抱いていた。
当時はゲーテを読み影響され、形態学に関心を持っていたので、ニュートンに好感を持たなかったから、必然的にライプニッツが好きだった。また、数学史では微分法の発見に関して、ニュートンとライプニッツが対立し、ライバル関係として有名であるが、似たようなライバル関係に、クロネッカーとカントールがあり、共にユダヤ人で師弟関係だった。
カントールは集合論を作って、現代数学に強い影響を与えたが、私は現代数学が大嫌いで、古代幾何学が大好きなのは、ピタゴラスやユークリッドの宇宙観に、魅惑され直観を好んだからだ。総てが波動でフーリエ級数に基づき、集合論が誕生しているのに、なぜカントールが嫌いかというと、哲学や数学を始め学問の世界では、ギリシア人の貢献を讃えて、ギリシア文字を使う約束がある。だが、カントールはこの約束を破り、ヘブライ文字を持ち込んで、アレフという汚い表現を使い、数学と学問を汚辱したからである。そのことは同じユダヤ人だが、クロネッカーも指摘して糾弾し、それでカントールは精神を損ない、発狂したと言われているが、ギリシア精神の偉大さについて、エジプトでの船旅で思いを馳せ、野崎昭弘博士との議論の日を回想し、こんな体験も留学のお蔭で、人との出会いは貴重だと思った。

257 千々松 健 :2016/03/20(日) 23:31:30
春分の日と秋分の日に限って、「ギザの大ピラミッド」の四面の斜面の中央に縦の線が現れて八面に観られるといいます。微妙な光線の為せる業です。
ところで、日本書紀に書き残された「八紘為宇(はっこうゆ(い)う)」をカタカムナ思念で読むと「引き合う、集まる、転がり入る、生れ出る、湧き出る(伝わるもの)、生れ出る」となり、トーラス・陰陽太極図のイメージとなります。
これらを、真善美の神聖数理学で解釈すれば【0から8までの数が書かれた4本のメビウスの輪が組み合わされて、宇宙は生まれている】となります。
すなわち【FMn≡FLKMchain(mod 9)】*という【黄金比ふとまにアルゴリズム】の登場です。。
*【神聖比例(黄金比Φ)を生じるフトマニ(二つを足して次の間に置く)数列群FMn(フィボナッチ数列はその中の特例)は、法を9とするモジュラー算術(mod 9)で数理処理すると、全てが24項で循環する4つの数の流れ(FLKM系列)のいずれかと合同になる。】
2016.3.20 春分の日に因んで

258 千々松 健 :2016/03/20(日) 23:34:04
"If you want to find the secrets of the universe, think in terms of energy, frequency and vibration." Nikola Tesla
「もしも、あなたが宇宙の秘密を解き明かしたいのなら、エネルギー・周波数・振動の関係を考えなさい」 ニコラ・テスラ
アインシュタインの【 E=mC^2】:エネルギーは質量×光速度の二乗に等しい。
この有名な式に【m^2 /q^2=Φ】質量の二乗と回転速度の二乗の比が黄金比に等しいを代入し、整理すると
【 E=√ΦqC^2 】:エネルギーは黄金比の平方根と回転速度×光速度の二乗に等しいとなりますが、
これは宇宙物理学者ポール・ディヴィスの回転ブラックホールの理論です。

【大ピラミッドの三つの比 1:Φ:√Φ=底辺の二分の一:斜面の長さ:全体の高さ】
【スフィンクス≒ブラックホール・Φ・9・ホワイトホール】
このようにして、ピラミッドとスフィンクスを統合して観察するならば、ニコラ・テスラの云うような宇宙の秘密を解き明かすためのエネルギーの公式が浮かび上がるのです。
2016.3.20

259 市川 昌人 :2016/03/21(月) 21:52:16
3.11の頃にツィッターで
ある御仁を知りその延長で藤原さんにも対面出来ました。霧島倶楽部の体験は霊感なき者には理解できないもので福島への救いを感じるものでありました、最終的には絶対の世界平和を求めるため石原莞爾氏の世界最終戦争論に辿り着き今が正にその時と感じます。使えない兵器の存在が究極の抑止力!北の衛星はアメリカの脅威でしょうか?チェイニーの心配は本物であります!ゴーホームとシュプレヒコールしましょう!三島が守護背後の国です。超極右で護国豊穣で行きましょう!福島を救うのがプライオリティー

260 千々松 健 :2016/03/22(火) 23:43:19
この『宇宙巡礼』を通じて、藤原肇博士から黄金比やフィボナッチ数列が宇宙の法則であるに違いないこと、また、カタカムナや古代巨石文化に注目することの大切さを教わって来ました。
そして、2016年は正にそのコトがハッキリと理解されました。カタカムナを育んだ日本列島の縄文時代を想うと、これから『ジャパン・ルネッサンス』が起こる可能性を強く感じるのです。
「春分の日の後の最初の満月の次の日曜日がイースター」で、今年は3月23日の今日が満月に当たり、27日が復活祭です。

言霊と数霊のコラボをすれば、イースターは(1+√5)/2に通じ、27は22-77のルカ系列に通じます。
これは「黄金比ふとまにアルゴリズム」を示唆していることになりますから、私もビックリです。
2016.3.23

261 千々松 健 :2016/03/23(水) 23:44:27
フトマニは通常「太占」と漢字で書かれて来ました。太は「宇宙」を意味しますから、その占いは専ら「占星術」に変容して行ったのかも知れません。
しかし、カタカムナ思念からすれば、フトマニには科学的・数理学的な意味があるのです。
ヒフミヨイムナヤコト=1,2,3,4,5,6,7,8,9,10の読み方からすれば、フトは2・10です。
今「フトマニ=二つを足して次の間に置く」に従えば、2、10、2+10=12、10+12=22、12+22=34、22+34=56、34+56=90、56+90=146、90+146=236、146+236=382、236+382=618、382+618=1000、618+1000=1618
数列の13項目目には1618が現れ、その前の1000との比は1.618となり黄金比が出現していることが判ります。

初項が2、第二項が10の場合の広義フィボナッチ数列で、判り易い【0.618:1:1.618】の【三つの数の比=ロゴス=論理=言(ことわり)】が綺麗に観察されるというわけです。
そして、2,10,12,22,34,56,90,146,236,382,618,1000,1618、の数列を「フトマニ数列」と定義します。(初項、第二項を任意としたものは「フトマニ数列群」と定義済みです)
このフトマニ数列をひふみ算で処理して一桁化すると【2,1,3,4,7,2,0,2,2,4,6,1,7,8,6,5,2,7,0,7,7,5,3,8】24項で循環するルカ系列になり、その特徴が22-77です。
「黄金比ふとまにアルゴリズム」が『万物創造のアルゴリズム』に為ると考えるならば、「順序+逆序=秩序」と考えて来たコトとも矛盾しないのです。
2016.3.23

262 千々松 健 :2016/03/27(日) 22:23:13
<イースターに因んで>
聖書のヨハネ福音書とヨハネ黙示録に登場する数字を小さい順に並べてみます。
1,2,3,4,6,7,10,12,24,42,46,666,1000,1260,5000,7000,12000,144000などです。
この中には5,8,9,11,13が見当たりません。13はキリスト教では忌み嫌われているのは解りますが、それ以外は不思議です。
特に一桁の5,8,9が登場しないのは何故でしょうか? 何かイワク付きなのでしょうか?
私なりに推論するならば、5はピタゴラスを嫌って、8と9はヒフミ算やカバラ算を嫌ってのことだと思われてなりません。
ただし、666、1260、144000などはヒフミやカバラ算では9=0ですから、裏では意識していたのでしょう。

大スフィンクスと大ピラミッドを『黄金比ふとまにアルゴリズム』として統合理解すれば、
φ,1,Φ,1+Φ,1+2Φ,2+3Φ,3+5Φ,5+8Φ,8+13Φ,13+21Φ、、の1が大スフィンクスの長さで、3+5Φ≒11.09が3つのピラミッドの南北の底辺を囲んだ長さに相当します。
この数列をよく観察すると、1,1,2,3,5,8,13,21、というフィボナッチ数列が読み取れます。もちろん大ピラミッドの構造に黄金比が内蔵されているのは周知の事実ですね。
ついでに、ヨハネは48音と読め、それがカタカムナ48思念ではないかと吉野信子さんから伺っています。
2016.3.27

263 千々松 健 :2016/04/01(金) 22:43:48
「黄金比ふとまにアルゴリズム」に登場するアルゴリズムについて補足説明いたします。
Algorithm=言葉そのものの元は9世紀のイラン人数学者アル=フワリズミの名に由来するそうです。
「ゼロの概念」を産んだインドからアラビアに伝わった0から9の算用数字を用いた筆算のこと。

アルゴリズムとはコンピュータの世界では、計算を行うときの「計算方法」のことですが、
ごく一般的には、何か物事を行うときの「やり方」ないしは、問題を解決するための「手法」と言えましょう。
ご婦人向けには料理の「レシピ」と説明したほうが判り易いようですし、
最近では『システムを組み立てる方法や手順』という説明が気に入っています。

また子供向けの「アルゴリズム行進」や「アルゴリズム体操」をテレビで観ましたが、動作・作法といった動きの概念が大切なことが解ります。
2016.4.1

264 千々松 健 :2016/04/03(日) 15:57:50
4月2日は不思議な共時性がありました。
7年前に鎌倉に居ました時期にお世話になった漢方のT先生の跡を継いだO先生にお会いし、守谷に3年半いました時期に、家内がお世話になった銀座のK先生を思い出し『間脳幻想』を読み直そうと書棚から出したこと。その夜のTV番組でストレスは多少あったほうが善く、ストレスが悪いと思い込むことをしないで、ストレスと仲良くすることが肝要なことを取り上げていたこと。そして、それはOリングの生理に繋がることだと気が付いたことです。
そうして何と『藤井先生の思想が結集した『間脳幻想』から、『生命知の殿堂』に至る生理論』の文の含まれた藤原肇博士のレス書き込みに出会ったのでビックリしました。

「間脳幻想」「宇宙巡礼」「生命知の殿堂」の流れにある生理論すなわち生命智の探求路線は、「21世紀マンダラモデル」「超三段階論」「黄金比ふとまにアルゴリズム」の万物創造論へと繋がっています。
「政治の病理」と「自然の生理」とを重ねて相似象に捉える視点が今後はより大切になると思われます。
『小医は病を癒し、中医は人を癒し、大医は国を癒す』更には<超医は世界を癒す>と言えましょう。

265 千々松 健 :2016/04/03(日) 22:38:21
●▲■『真善美と神聖数理学』の中核をなす『未来を変える方程式』すなわち【FMn≡FLKMchain(mod 9)】は、
無限連続数学から有限離散数学への転換を促すものとなるでしょう。
そして、哲学と数学と自然科学や宗教までをも視野に入れて、新たな解釈と理解がそれぞれの分野で為されるべきです。

喜寿を迎えて藤原肇博士ご自身が命名された『Kuuness』の概念は万物理論に繋がります。
そして、その実体・実在・原因・構造を説明しているのが●▲■の中の■である【FMn≡FLKMchain(mod 9)】に他なりません。
1)ロゴス▲真 2)レゲイン■善 3)トーラス●美 と把握すれば、2次展開のレゲインの善(行為)が重要です。
それは、ゲーテが「ファウスト」の中で強調した行為の重要性に意味論的にも重なるのです。
2016.4.3

266 市川 昌人 :2016/04/05(火) 05:52:08
待望の記事がアップされ、賢者は歴史に学ぶ!この国を救い牽いては世界に繋がれ。三人寄れば文殊の知恵は正にこのこと!私は正統竹内文書の日本史の若き三人の鼎談にたどり着きここでも正史に学んでおります

267 A to M :2016/04/14(木) 12:49:01
日本の将来と全世界の運命にとって最も重要なものは、福島原発事故の問題を如何に解決するかだのに、そうした理解が日本人や政府に欠けている。なぜならば自然環境の破壊だけでなく、全生命の死滅の問題に関係しているからである。地震が起きて津波が福島原発を襲った瞬間から、この事故の悲惨な状態について最も正確に理解した人間は、現在は内科医である小野俊一博士だった。その理由は彼が東大の工学部を卒業して原子力技術者として、東京電力に入社して福島原発に勤務し安全部門で仕事をし、安全対策がいかにお粗末かを熟知していたからだ。しかも、阪神大震災の被害状況に直面したのを契機に、東電を辞めて医学部に入り直して、熊本大学を卒業し医者になっている。だから、福島の原発事故があったと知った瞬間から、状況分析をネットで発信し続けて注目を集めたが、それをまとめた『フクシマの真実と内部被曝』という本を自費出版し、アマゾンなどで販売の手配をして事故の実体を訴えた。
政府や東電が事実を隠して嘘を言い続け、核燃料がメルトスルーを超えてメルトアウトして、強烈な放射性水蒸気を空気中に撒き散らし、海水を大量に汚染しているのに、政府発表ではメルトダウンに過ぎないとする。また、三号炉は核爆発しているのに、ガス爆発という嘘の発表で誤魔化している。だから福島原発の災害はチェルノーブル以上であり、年間で広島の原発の千発分の死の灰を生み出し続け、内部被ばくの恐ろしさを医者の立場から警告している。親類史上最大で最悪の放射能事故だから、日本のどこに逃げても救いがないのに、政府は空気中の放射能の数字を並べ立て、安全だと主張しているのである。
この事故の秘めた危険性に関しては、それを論じた大量の本が出版されているし、地質学の専門家である藤原博士も、『財界にっぽん』の2011年十月号の緊急レポートに、「天災を人災にする権力者の欲望と暴政」と題して、 慎太郎大震災に備える遷都構想の必要性を訴えている。それほど恐ろしい大事故だったのだ。しかも、原子力学者は生命のことは分からないし、医者は原発の恐ろしさを理解できない状況下にあり、政治家は役立たずのゴミ集団である。そんな混迷状態にある日本だが、その両方の領域に精通している点で、小野博士の『フクシマの真実と内部被曝』(七桃舎)を読むことは、日本人全員にとって必須であると思われるので推薦したいと思う。

268 千々松 健 :2016/08/07(日) 10:15:04
<色褪せない思想 鈴木大拙 「一元論」表した日本的霊性>と題して安藤礼二氏が書いている。(2016.8.6 読売新聞夕刊)
『大拙は、「東方仏教」こそが、インドで生まれた多神教とヨーロッパで広まった一神教に、ひとつの総合を与えるものになると確信していた。(中略)
大拙が「日本的霊性」としてまとめ上げた「東方仏教」は、高等中学校以来の盟友、西田幾多郎をはじめとする京都学派の哲学、独創的な「東方哲学」の一つの起源となった。』

鈴木大拙といえば、例の仙厓の●▲■の墨書に「The Universe」というタイトルが善いと、出光美術館の創設者に提案していたエピソードがある。
西田幾多郎は「善の研究」で知られているし、同じく京都学派の武谷三男は「三段階論」で科学認識の手順を提示して、湯川秀樹や朝永振一郎に影響を与えている。

我々、戦後生まれの「団塊世代」は、歌手や俳優やタレントとしては多くの人々が活躍して来たが、「末は博士か大臣か」と云われるような世界では滅多に見かけない。
京都といえば、父が京大の経済学部を卒業している位の関係しかない。
私自身は鎌倉で産まれ育ったので、幕府の鎌倉と朝廷の京都という対立や、実権の場と権威の場の関係でしか見てこなかったが、やはり京都はすごいと思う。
そんな京都に憧れながら関東に居るわけですが、哲学と数学と宗教を含めて、●▲■の図形に沿い「真善美と神聖数理学」を完成することが出来ました。
数年前に立てた「古今東西の叡智を統合して、判り易く次世代に伝承する」という「志」のひとつの成果です。一枚のシートです。
http://8w1hflkm.jp/123universJP16.jpg
2016.8.7

269 千々松 健 :2016/09/08(木) 22:43:01
『学問とは、知識を得ることではなく、疑問に思ったことを自分で調べたり、確認したりしながら既存の世界観を変えるということです。』と青山学院の福岡伸一教授は書いています。(2016.9.8 読売新聞夕刊)
彼の著書の「生物と無生物のあいだ」や「動的平衡1・2」などは、生物学と文学の両輪を備えていて、やはり、哲学のバックボーンがある京都大学に学んだからであろうと推測します。
2016.9.8

270 千々松 健 :2016/10/04(火) 14:18:36
ギザのピラミッドから発見されたといわれる「エメラルド・タブレット」の冒頭より引用します。
『こは偽りなき真実にして、確実にして極めて真正なり。唯一なるものの奇跡の成就にあたり、下なるものは上なるものの如く、上なるものは下なるものの如し。
万物の「一者」の考察によってあるがごとく、万物はこの「一者」より適応によりて生ぜしものなり。』

さて、21世紀の今、これをどのように読むかが問題となりましょう。以下は我田引水です。
先ずは『下なるものは上なるものの如く、上なるものは下なるものの如し』これは【黄金比ふとまにアルゴリズム】のことと解釈します。数論です!
例えば、フィボナッチ数列では項が大きくなればなるほどに、隣同士の比率は黄金比(1:1.618...)に近似します。
エクセル表で上のマスと下のマスを足して次のマスに置くと計算式を作り、以下その式を下にコピーしていけば、どんな数値を初めの上・下のマスに持ってきても、
フィボナッチ数列と同様に、黄金比を生じるので、これらを全て「フトマニ数列群」と私は呼んでいます。
次に『万物の「一者」の考察によってあるがごとく、万物はこの「一者」より適応によりて生ぜしものなり』これは【●▲■の超三段階論】のことと解釈します。哲学です!
【初めにロゴスとしての神聖比例(黄金分割)が在り、レゲインの行為により黄金比ふとまにアルゴリズムが適応され、トーラスとしての結果が生じる】という万物理論になるでしょう。

古代から伝えられた叡智を温故知新して、最新の視点から見直すことにより、長い歴史の中で、敢えて秘められたり、曲解されたりしてきたものを、直して行くことが大切であると思う今日この頃です。

271 千々松 健 :2016/10/04(火) 22:03:03
『真はまこと、善は行為、美はその結果』と高橋信次は言い残しています。
それは『真はロゴス(論理)、善はレゲイン(論理の動詞形)としての行為、美はその結果の現象である陰陽太極図』に重ねられます。
そして、真善美と神聖数理学では『黄金比、フィボナッチ数列、トーラス』や『▲■●』に該当します。
■に該当する行為としての善は、現象・実体・本質、または論理・原因・結果のそれぞれの中間に位置します。
今までは、その中身がうまく把握されてこなかった訳ですが、三次元立体のトーラス構造を現象化する一歩手前の二次元平面として「フィボナッチ数列ひふみ九九算表」のお陰で、一挙に説明が可能になったのです。
2016.10.4

272 千々松 健 :2016/10/07(金) 21:55:40

『一霊四魂』の一霊は「なおひ=直靈」とも言いますから、直して行く力=直観力でもあると思います。
見直すことは反省することにも繋がりますが、古代から伝えられた叡智を温故知新して、最新の視点から見直すことにより、長い歴史の中で、敢えて秘められたり、曲解されたりしてきたものを、直(一靈)して行くことが大切であると思うのです。
2016.10.5

273 千々松 健 :2016/10/07(金) 21:56:28
プラトン立体で知られるプラトン自身が、正五角形から構成される「正十二面体」にこそ宇宙を探る秘密があると述べていたそうです。
彼は「五芒星」をシンボルマークにしていたピタゴラス学派を継承していますが、正五角形には当時「中外比」と呼ばれた「神聖比例」が現れている訳です。
今は1:(1+√5)/2≒1.618 を「黄金比」と呼んでいますが、1なるものが黄金分割された状態がモノゴトの初めであると認識すると全てが矛盾なく説明できます。
2016.10.6

274 藤原肇 :2016/11/03(木) 17:54:59
最近「天皇とワンワールド」を読んだので著者の落合莞爾さんに次のようなメールを出しました。
実はTBSブリタニカで出版が決まっていた原稿を日本に持って来て、ブリタニカに行く途中で親友の落合さんの所に立ち寄ったら、彼の夢が出版社をやることだと聞き、しかも、名著を復刻して出したいと吐いたので、それならこれを使ったらと渡したのが、藤井先生との対談の「間脳幻想」だったのです。
また、落合さんを藤井君に紹介したのも私だったと記憶しています。日本が今の日本のように亡国現象を呈すとは思わなかったので、民族主義を危険視しなかった私は、民族主義の権現だった坂口さんを色んな人に紹介したのですが、それにかぶれる人が大量に生まれ、今のような日本会議が支配する社会になってしまったのは残念でした。
<貼り付け> 大兄の「天皇とワンワールド」をカンボジアに持って来て,欠史八代の部分が気になったのでそこの部分を読み直したところです。葛城王朝や長髄彦の話で思い出すのは坂口三郎さんのことで、彼は長髄彦の子孫だと言っていたが、体つきも頭の良さでもその通りでした。
坂口さんを米国から帰国した藤井昇に紹介したのは私であり、そのことについての記述は副島隆彦の記事の中に収録されています。
<貼り付け> 藤井厳喜氏について  投稿者:坂崎 進 投稿日:2004/初めて投稿させて頂きます。縁有って今年ぼやきの会員にさせて頂いた者です、今までこのサイトを読むだけでしたが、今後は私の出来る範囲内で参加させて頂きたいと思っております。                       
 「今日のぼやき」「567」でSNSIの須藤よしなおさんが、藤井厳喜氏の『新円切替』(光文社刊)について、その内容のかなりの部分が、副島隆彦著 『預金封鎖』(祥伝社 2003年刊)からの剽窃で盗作本であると指摘されております。
 この藤井厳喜氏とは何者であるか?、気になりましたので、一寸調べて見ましたら、以前は藤井昇氏だったことが判り、なーる程と納得した次第です。藤井昇氏については、藤原肇先生のコメントを読んで頂ければ、知らない方でも同氏について理解できると思い2つ程紹介したいと思います。<引用開始①:藤原肇 HP 宇宙巡礼より6 名前: 藤原肇 投稿日: 2004/03/27(土) 16:11
 坂口(坂口三郎)さんの「戦争廃絶の理論」は非常な名著であり、「アメリカから日本の本を読む」〔文芸春秋・絶版〕という書評集の中に、「ご破算の時代」について書いたときに紹介してあり、今こそ日本がご破算を迎えている状況下で、「戦争廃絶の理論」を読み直す時だ思いました。そこで木村(木村愛二)さんが「真相の深層」を創刊する覚悟を決め、3000円の前払いで年間購読者を募るというので、それなら申し込んだ人に贈呈してくださいと、木村さんにカンパのつもりで提供しました。
 もう十数年以上も昔の話になるが、田原総一郎が電通と組んで青の会とかいうものを作り、それに参加すれば講演のチャンスを与えられ、こうやって金の欲しい若い言論人を引き込み、体制の御用評論家にするという話を藤井昇がして、それをどの本だったかに書いた記憶があります。
 それからだいぶして藤井君は貧すればドンするとでもいうか、結局は権力の走狗の仲間に入ってしまい、慎太郎を首相にしようとかいう本を出したり、テロリストを賛美する演説をして失笑されたりで、彼のもとに集まっていた弟子たち(藤井厳喜氏が主宰しているケンブリッジ・フォアキャスト・グループに集っていた人々)にも見放されたと噂に聞いて、「竜になれなかった蛇」という藤井先生(藤井尚治)の言葉の含蓄を思い出した次第です。引用終了①>

275 藤原肇 :2016/11/03(木) 17:56:26
以下は切り取られた続きです。
<引用開始②:藤原肇 HP 宇宙巡礼より http://www2.tba.t-com.ne.jp/dappan/index.html> 25年くらい前に間だの本屋の特価本として、坂口さんが健友館かどこかで出した本を見つけて読み、素晴らしい内容だったのでまとめて買い、留学生達に送ってあげた記憶があります。その中の一人にハーバードに留学していた藤井昇君がいて、彼が日本に帰った時のアドバイスとして行ったのは、2年以内に坂口先生の過去の体験を全部吸い取り、若者の知識と老人の体験を総合して独自のものを作り、それを武器にしたらどうかと言ったように記憶します。
凄い人は良いものと同時に悪い毒を持っており、その毒にやられないことが師を乗り越えるノウハウで、それを中国の古人は「出藍の誉れ」と名づけたと思います。また、藤井尚治先生と対話して『間脳幻想』の土台を作ったときに、彼がニイチェの言葉を引用して「竜が蛇にかまれて死んだことはない」と言ったのを思い、まさか藤井君が坂口先生の極端な民族主義にいかれてしまい、単細胞の慎太郎を総理大臣になどというような本を書いたり、行動するようになるとは夢にも思わなかったので、彼を狂わせた責任を感じて胸が痛くなるばかりです。
 もし、私が坂口さんの本を彼に贈ることが無かったら、藤井君は世界的な視野を持つ国際政治学者として、亡国日本を救う上でより大きな貢献をしただろうにと思うと、人生は己の判断で道を切り開くものだとは言え、現在の私が感じるような後悔をしなくて済んだかも知れません。
<引用終了②>藤井厳喜氏の『新円切替』については、私も未読の為批判できる立場にありませんが、ここの会員の方で、この情報を役立てていただければと思いメールさせて頂きました。(了)
上の記事にあるように、アメリカから戻ってきた藤井君に坂口さんに学べと言ったのは私で、坂口さんは戦前の同盟通信の政治部記者であり、阿部内閣を作った責任者だし、最年少者として20台で読売の論説委員になった切れ者だから、その記者精神を学んだらいいと思って勧めた次第でした。坂口さんは公安ナントカという特殊法人の委員長をやったりで、権力と結びつく点で緒方竹虎に似た政治記者で、私は戦前の政治や満州について多くを学びましたし、彼が出せなかった本の出版に手助けしたものでした。

276 ヤジ馬の青 :2016/11/08(火) 14:02:07
落合莞爾氏は特殊な歴史観を持つ人だと思って注目してきましたが最近は油が乗っているらしく多作で、次々と新刊を出しているので感心している歴史作家である。
ただ南北朝の南朝に肩入れしているのが目立つ上に、国体思想を強調して神武天皇などの皇国史観を賛美しているのが気になる。
今の日本で政治に影響している日本会議などの国粋主義的な思想に、結びつきを持つならば心配だということではあるが、日本がナチス的な空気に包まれている時だから、落合氏的なものが元気ずいているのだろうか。

277 藤原肇 :2017/01/03(火) 23:47:21


昨年の年賀状の末尾に張り付けた記事に、モンテーニュと堀田善衛の本について、書いたことを思い出したので、それを読み直して見ました。そして、昨年暮れから今年の初めにかけて、似たようなことを試みようと考え、広瀬隆の三巻本の名著『持丸長者』を繙き、じっくりと読み込むことにより、日本の近代と現代の歴史を味わい直しました。
この三巻本は「幕末維新編」「国家狂乱編」「戦後復興編」からなり、日本の社会構造の本質を知る上で、最高の書籍であることは確実です。この本が出た八年前の段階で、私は傍線と書き込みをしてこの本を読み、大いに学ぶことがあり感銘したが、その時は台湾滞在中だったので、二千冊の本と共に農場内の日本語図書館に、寄贈して残し手元にはありませんでした。
そこでアマゾンに新たに発注して入手し、再び傍線と書き込みをして記憶を新たにしましたが、これだけ素晴らしい内容の本は、書棚に揃えて持っていたいものです。だが、中古でも残部が少ないようなので、注文して取り寄せておくことが、賢明な態度であると確信しています。

278 藤原肇 :2017/05/20(土) 10:30:36
30年も昔になるが『宋王朝』や『マルコス王朝』を読み、近隣諸国の現代史を学んだが、最近になって『ヤマト王朝』を読み、自分の生まれた国の現代史について、いかに無知だったかを強く感じさせられた。
この本はおそらく日本では禁書に近く、私の本と同じで書評もないたために、読んだ人は少ないに違いないし、私としての異論もあるとはいえ、読む価値が大いにあることは私が保証したい。
著者のシーグレープには拙著「Japan’s Zombie Politics」を贈呈したことがあり、今の安倍の亡国政治の成り行きによっては、それが役に立つ日もあるだろうが、果たしてそれは何時のことだろうか。
この本を読む前に読んで置いたら良いのは、ジョン・ダワーの『敗戦を抱きしめて』て゜あり、われわれの祖父や父親たちの世代が味わった,血と涙で綴った歴史を蘇らそうとしている、愚かな今の日本の政治家たちの浅ましさが、嫌というほど分かるに違いないと思う。


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ガイアドクターのメタ診断 生命知の殿堂 現代医学と日本政治の病理を抉る! / ヒカルランド

藤原肇、待望の書き下ろし。原発地獄の日本に一条の光射す!ガイアドクター(地球の医者)藤原肇理学博士が現代医学と日本政治の病理を宇宙レベルで超診断。自身の「がん」体験を通じて、分かってきた免疫と生命の超本質を大公開。あなたが読むレベルに応じて、どんな爆弾に遭遇するか?封印されたの人類の奥義をここまで明かしていのか!これは、地獄時代を生き抜く智慧の地雷源だ!!すべては「がん」が教えてくれた――。天災、人災を乗り越えて、叡智の奥義「生命知の殿堂」の扉は今開かれた。国家や社会の混乱も、人体の病理もすべてが相似象。生命知の視座だけが、解決策を示す!あなたの脳内OSを、本書でバージョン・アップしてください!


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