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【廃道・隧道】山さ行がねが応援スレ【冒険・探索】

1 とはずがたり@元林道部会長 :2007/09/30(日) 23:18:53

山さ行がねが
http://yamaiga.com/index2.html
ヨッキれんを応援しようヽ(`Д´)ノ
皆の実行したアホな冒険譚も求む。

353 とはずがたり :2017/03/04(土) 21:17:25

http://map.goo.ne.jp/map/latlon/E140.53.54.044N37.13.45.147/zoom/7/
http://yahoo.jp/lemU5O

ミニレポ第226回 福島県道249号上戸渡広野線 中戸渡旧道
http://yamaiga.com/mini/226/main.html

福島県道249号上戸渡広野線
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E5%B3%B6%E7%9C%8C%E9%81%93249%E5%8F%B7%E4%B8%8A%E6%88%B8%E6%B8%A1%E5%BA%83%E9%87%8E%E7%B7%9A

[GoPro車載動画]福島県道249号 上戸渡広野線 上戸渡→(旧浅見川林道・箒平)→広野
https://www.youtube.com/watch?v=D1Oc4lcd75U

きょうJRダイヤ改正 2017年3月4日、何が変わった? 大物なくとも多くの変化 通販の影響も
http://news.goo.ne.jp/article/trafficnews/business/trafficnews-65817.html
06:30乗りものニュース

浅見川林道
https://www.google.co.jp/search?q=%E6%B5%85%E8%A6%8B%E5%B7%9D%E6%9E%97%E9%81%93&oq=%E6%B5%85%E8%A6%8B%E5%B7%9D%E6%9E%97%E9%81%93&aqs=chrome..69i57.1717672j0j4&sourceid=chrome&ie=UTF-8

354 とはずがたり :2017/03/19(日) 11:42:21
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/2246/1187487997/134-139及びhttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/2246/1187487997/169-174参照

169 自分:とはずがたり[] 投稿日:2017/03/19(日) 09:49:54
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!
今度の山行がは子どもの頃からの我らが憧れの未通県道掛川川根線である。惜しむらくは川根区間で掛川区間じゃないようだけど。。

静岡県道39号 掛川川根線 川根区間 前編
http://yamaiga.com/road/spr39/main.html

355 とはずがたり :2017/04/09(日) 18:34:26
よっきが出ると聞いて「車あるんですけど」見てみたが酷い番組だった。。(;´Д`)

356 荷主研究者 :2017/04/09(日) 22:58:50

http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201703/20170328_13008.html
2017年03月28日火曜日 河北新報
謎の洞窟が仙台・秋保に 旧陸軍の弾薬庫か

http://tohazugatali.web.fc2.com/MIYAGI/20170328kahoku01.JPG
洞窟の内部を案内する伊藤政則さん

http://tohazugatali.web.fc2.com/MIYAGI/20170328kahoku02.JPG

 仙台市太白区秋保町の戸神山(とがみやま)の南麓にあり、旧陸軍が太平洋戦争中に掘った洞窟を、地元のまちおこし団体「秋保地域資源活用委員会」が調査している。弾薬庫跡と伝わるが、遺留物や文献記録などは残されていない。メンバーらは現地調査や高齢者への聞き取りを進め、謎の解明に挑む。

 洞窟は太白区秋保総合支所の北約2キロの旧道沿いに位置し、崩落が進んでいるが4カ所の入り口を確認できる。つるはしなどを使って手作業で掘られたとみられ、高さ約2メートルの横穴が続いている。暗がりにはコウモリが生息する。

 内部の数カ所で枝分かれし、総延長は不明。近くで育ったという農業伊藤正則さん(62)は「全部で数百メートルはあるだろう」とみる。

 伊藤さんの父の安男さん(85)によると、掘削作業は1943〜44年、宮城野区の榴岡公園に本拠地を置いた第2師団歩兵第4連隊が担った。

 安男さんを含め当時の国民学校高等科の生徒が資材を運搬したり、弁当を届けたりした。洞窟の中には弾薬や砲弾、手投げ弾、ドラム缶などが運び込まれたという。

 兵士たちは、秋保小と青葉区の上愛子小に寝泊まりして掘削に従事した。安男さんは「その代わり、子どもたちは地元の寺院で勉強した」と振り返る。

 地域住民約20人で構成する活用委は3月上旬、地元町内会と協力して戸神山周辺の散策路に案内標識を設置。洞窟など山の周辺を取材し、執筆したパンフレットも3月下旬に完成する。

 庄子敏明委員長は「洞窟をさらに調査し後世に記録を残したい」と語り、戦時中の情報を求めている。連絡先はパンフレット発行元の秋保総合支所総務課022(399)2111。

357 とはずがたり :2017/04/19(水) 08:44:22
717 R774 sage 2017/04/18(火) 21:11:47.70 ID:6HSTzPT5
某廃道マニア、あそこ行ってたんかw
サイトはしばらく見てなかったからレポがあがってたのは知らんかった
レポ終盤にあった橋のあたりまでの工事ってたしかr63の上平橋の架け替え('01年頃)と変わらん時期だったはず
あのへんの圃場整備(と県道の付け替え)もほぼ同時期にやってた記憶が

余談だけど、レポにある「横道」は、今のr220との分岐からr62のルートを辿って氏家宿に抜ける脇往還もあったような
今宮神社の北側で会津中街道と合流してたはず
会津中街道も今のR4を越えたあたりから乙畑までと川崎宿〜矢板宿間は圃場整備だったり川の直流化(これは矢板)
だったりで痕跡がわかんないんだよなあ

358 とはずがたり :2017/04/23(日) 15:00:49

【静岡県・佐久間ダム観光道路廃道(仮】
http://usa-nekosando.pupu.jp/miti_sakuma_hai-1.html

359 とはずがたり :2017/05/09(火) 19:42:43

神戸の山中に「マヤ遺跡」? 廃墟マニアにツアー盛況
http://www.asahi.com/articles/ASK583H0TK58PQIP001.html?iref=com_favorite_01
水野義則2017年5月9日11時22分

 戦前に開業し、廃虚のまま摩耶山に残る「旧摩耶観光ホテル」(神戸市灘区)。廃虚マニアに絶大な人気があるこの建物をはじめ、付近の廃虚を「マヤ遺跡」と名付け、歩いて巡るツアーが人気だ。毎回、すぐに定員が埋まる盛況ぶりだ。

 摩耶ケーブルとロープウェーで山頂に着き、そこから山道を歩くこと約1時間半。木々の間に埋もれるように、旧摩耶観光ホテルが姿を現した。丸みを帯びた外壁や円窓があることから「軍艦ホテル」とも呼ばれたモダンな外観に、ツタが絡まったり壁がはがれ落ちたりして、まさに、未知の遺跡に遭遇したかのような気持ちになる。

 同ホテルが開業したのは、1929年。温泉を備え、都心からすぐの観光地としてにぎわった。しかし、経営難のため90年代前半に閉鎖。95年の阪神大震災で、交通手段となる摩耶ケーブルが長期運休したこともあり、周辺は立ち入り禁止になり廃虚になった。

 しかし「廃虚マニア」の人気は高く、ネット上では「マヤカン」の愛称で多くの写真が掲載されている。不法侵入をして撮られたものがほとんどで、敷地に入るどころか、建物内にまで入ってくる人も多く、警備システムを付けても不法侵入は後を絶たないという。

 イベントを企画したのは、摩耶山を再び活性化させようと取り組んでいる「摩耶山再生の会」(慈憲一〈うつみけんいち〉事務局長)。「摩耶山・マヤ遺跡ガイドウォーク」と名付け、同ホテルや、昭和初期に建設され、サウナや食堂などを備えていた宿泊施設「摩耶花壇」、火災で焼失した旧天上寺跡など約15カ所の「遺跡」を、ガイドの案内で、約2時間かけて巡る。

 最大の魅力は、旧摩耶観光ホテ…

360 とはずがたり :2017/05/26(金) 15:45:14
この道か?
http://map.goo.ne.jp/map/latlon/E135.23.0.358N34.48.39.672/zoom/9/

あらゆる都市部の引き込み線は通勤路線として活用出来ないか考えてみるけどここも大阪へ行くには逆だから無理かw

軍事施設への線路跡? 道路工事現場から敷石 宝塚
https://news.goo.ne.jp/article/kobe/nation/kobe-20170526002
08:30神戸新聞

 ただの工事現場にしか見えない。兵庫県宝塚市道で行われた、ありふれた道路改良工事。しかし、西宮市の鈴木球也さん(61)は違った。掘り起こされた現場を見て思った。「戦時中に国鉄(現JR)中山寺駅から軍事施設へ引かれた『引き込み線』の跡ではないか?」(土井秀人)

 2月上旬、JR中山寺駅から南東約500メートルの県道脇。接続の市道工事で露出した地中50センチほどの層に、こぶし大ほどの石が敷き詰められていた。そばを通りかかった鈴木さんにはその石が、線路に敷くバラスト(砂利)に見えた。

 頭に浮かんだのは、2014年8月17日の神戸新聞阪神版の記事。戦後69年の夏、阪神間の戦跡を紹介した連載「消えゆく証」に、中山寺駅と軍事施設を結ぶ引き込み線の記述があった。〈線路は撤去されたが、自動車が行き交い、大きくカーブを描く道路に、その形跡を見ることができる〉

 鈴木さんは、職業軍人だった父が5年前に亡くなり、阪神間の戦跡を訪ね歩いて資料を調べるようになった。「戦時中の人たちはどのような状況に置かれ、どんな気持ちだったのか。戦争の跡が消えていく中、今のうちに知りたい」

 専門学校でプロダクトデザインを教えており、物の形にはうるさい。工事現場で見つけた石はごつごつと尖り、すぐに引き込み線のバラストが浮かんだ。

 ■引き込み線とは

 戦時中、阪神間は川西航空機宝塚製作所などの施設が数多くあり、一大軍事拠点だった。「引き込み線はそのことを示す一つで、中山寺駅から『大阪陸軍獣医資材支廠長尾分廠』『大阪陸軍造兵廠川西補給廠』へ続く線路だった」。元伊丹市職員で平和事業に長く携わった藤井裕行さん(63)が説明する。

 獣医資材支廠は、軍用馬の蹄鉄や馬具を生産し、医薬品などを管理。約30ヘクタールの敷地には、学徒動員の若者や女子挺身隊、朝鮮人ら約800人が働いていた。しかし、当時の資料は終戦時に焼却処分されて残っていないという。引き込み線は終戦後の1945年10月、撤去された。

 それでも痕跡はある。県道沿いの交差点には今も、当時の門柱が3本立っている。藤井さんは当時働いていた女性から「本部のほかに馬具を作る工場、将校宿舎、診療所まであり小さな町のようだった。防空壕もたくさん掘られ、空襲警報のたびに一斉に逃げ込んだ」という証言を得た。

 造兵廠は弾薬や砲弾の保管庫だったが、ここの資料も処分されて残っていないという。

 ■足元の記憶
 では、工事現場から出た石は、引き込み線の跡だったのか?

 JR西日本に尋ねると「バラストかどうかは分からない」。市道を管理する宝塚市も「当時のバラストかは分からない」とする一方、「石の大きさから、現代の道路工事ではまず使わない」と指摘する。現場を見た藤井さんは、石が規則正しく敷かれ、層となっていることなどから「バラストでほぼ間違いない」と結論づけた。

 そうなら道路の下に軍用線の跡が残っていることになり、「この地で何が起きたのかを伝える『歴史の語り部』。大きな発見となる」と力を込める。

 藤井さんは約20年、地域の戦争について丹念に調べ、記録してきた。それは「自分たちが暮らしている足元で、どんな悲惨なことがあったかを知らない」という思いからだ。

 70年以上前、軍用線が引かれていた場所が工事で掘り起こされ、すぐに埋められて姿を消した。そのわずかな時間に、藤井さんたちは戦争の痕跡を感じた。

 「誰かが記録し、語り継がなければ、地域の戦争の記憶がなくなってしまう」

361 とはずがたり :2017/06/26(月) 18:29:37
酷道291号、密林の海に潜った 点線で記される国道
http://digital.asahi.com/articles/ASK6D6605K6DUCFI00M.html?rm=1144
斎藤健一郎2017年6月24日01時24分

 もう、うんざりだった。

 新潟県南魚沼市の山中、標高780メートル付近。国道291号をたどり、群馬県境へ向けて歩いているはずなのに、30分は前後左右、上下、あらゆる方向から生い茂る草木をかき分けていた。まるで密林の海を潜っているようで、あてどない。全身から汗が噴き出す。自然に没した道に対し、頭で恨み言を繰り返していた。ニクイ、291。

be「みちのものがたり」
 「脱出しよう」。国道からの脱出なんておかしいが、もはや限界だった。沢音が聞こえる方へ、灌木(かんぼく)につかまり急斜面を落ちるように下った。突然視界が開けた。足元がすっぽり切れ落ちる崖の上に出てしまったようだ。眼下の沢までは8メートルか。登り返すことも下ることもできない。冷や汗なのか、汗の量が増す。カニ歩きで木が生える斜面まで移動し、枝にしがみついた。背中からずり落ち、斜面をズルズルと滑りながら、なんとか沢までたどり着いた。爪の中まで泥だらけになりながら、なんとか下界へ。291、本当にニクイ。

 国道291号は、前橋市と新潟県柏崎市を結ぶ。手元の地図を広げると、総延長188キロのうち、中央分水嶺(ぶんすいれい)上にある標高1450メートルの清水峠を挟んで30キロは、道筋が実線でなく点線で記されている。どんな道なのか。それを知りたくて登山の装備を整えて踏み込んだものの、あっけなく退けられたのだった。

 国道の格に見合わない酷(ひど)い道は、「酷道(こくどう)」と呼ばれることがある。全国に点在する酷道の中でも291号の清水峠越えの区間は、車はおろか人の通行さえ困難で、とりわけ酷い国道とされる。

 だが、歴史をさかのぼれば輝かしい時代もあったのだ。

 戦国時代、上杉謙信の軍勢が、三国峠と並んで関東行軍に頻繁に利用したのが清水越えだった。弓で例えれば弧と弦の関係で、清水越えは谷が深く山は険しいが、越後と上州を最短距離で結ぶ「直路」として、価値が高かった。

 しばらく歴史に埋もれた後、再び脚光を浴びたのが1878(明治11)年。大久保利通が東日本各地の築港や河川改修を提言した土木7大プロジェクトの一つに、清水峠越えの開削が挙がった。

 完成は7年後。開通式には、内務卿や元老院議員、陸軍中将ら要人に加え、皇族の北白川宮まで参列した。

 道の幅は馬車がすれ違えるよう約5メートル。日本海からの湿った空気をもろに受け止める豪雪の谷に敷かれた高規格の道。それがなぜ酷道に……。

 別ルートをたどり、清水峠を目指すことにした。

■「この道はもう死んだんだ」

 清水峠へ向かうのに、車は頼れない。新潟県南魚沼市の清水集落の少し先で一般車両は通行止めになる。さらに5キロ先までは砂防ダム工事用の舗装路がのびているものの、そこからは登山道となる。

 工事道の終点で靴を脱ぎ、雪解け水で凍るほど冷たい沢を渡る。間もなく、兎平(うさぎだいら)という名の開けた場所に出た。「中部北陸自然歩道」の案内板が、路傍に倒れていた。皇族まで招いて開通を祝った国道の行く末が記されていた。

 いわく、清水街道は災害などでまもなく廃道となり、ここ兎平を中心に約8キロの近道が、個人経営による開発で明治23年に開通した――。

 開通式から数カ月後、谷川連峰の核心部に位置する谷は雪で閉ざされた。雪崩や落石に何度痛めつけられただろう。補修はたちまち追いつかなくなり、4年の歳月をかけてつくられた国道は捨てられた。そして開通から5年後には、谷を一気に駆け上がる民間の別道がつくられたのだ。

 居坪坂(いつぼざか)として生き残ったその別道をたどる。登山地図にあるとはいえ、酷くない道とは言えない。また2度、冷たい沢に足をぬらして渡った。

 5月末の登山道は完全に雪の下に隠れていた。GPSと地形図を頼りに、急な雪の斜面を一歩一歩登る。1時間55分後、また視界が開けた。標高1400メートル。国道との合流点だった。雪の下から伸びた木が直角に曲がり、谷を指している。厳しい雪の世界だ。

 国道は馬車の通行を前提になだらかな傾斜でつくられた。代償としてルートは沢という沢を回り込み長大になる。その緩慢さは「どうぞ攻撃してください」と、雪崩の常襲地帯に大きく腕を広げる格好になった。

362 とはずがたり :2017/06/26(月) 18:29:53
>>361-362
 沢筋に回り込むたび、雪渓が現れる。人の気配はない。ここで落ちたら……。慎重にパスしても、今度は雪につぶされた木々の一本一本が、横殴りに立ちはだかった。上をまたぎ、下をくぐり、時に地面をはいつくばって進む。

 国道に合流して28分、クマザサが風に揺れる清水峠についた。小さいほこらがあり、かたわらに石柱が立っていた。彫られた文字は風化し、読み取ることはできない。

 空を見上げるとJR東日本の送電線が峠を越えていた。信濃川の水力発電所から首都圏へ、清水越えした電気が鉄道の運行を支えている。

 緊張が解け、雪の溶けた草地にドサッと座り込んだ。誰ひとりいない峠からは鹿の子まだらの越後、上州の山々が一望できる。絶景だった。

 記者が阻まれた新潟側の酷道踏破を成し遂げた人がいる。廃道探検家の平沼義之さん(39)。自身のウェブサイトで公開した踏査記録は、冒険そのものだ。2007年秋、清水集落からアタック。途中山中でビバークしながら進むも、もろい崖に阻まれ撤退した。翌年には清水峠から逆道をたどり、踏破に成功。「つらく、痛めつけられるばかりで見どころもない。命の危険もある。それでも恋い焦がれ続けた道。ものすごい達成感でした」と振り返る。

 国道なのに酷い道。そんな不自然さの背景を、調査で明らかにするおもしろみがあると平沼さんは言う。五感を研ぎ澄まし、肉体を駆使し、冷静な心で踏み込んでいく。多くの廃道をそうして歩いた平沼さんをして、291号は「日本の道路の極地」。日本列島中央部で、厳しい自然と過酷な地形、数奇な歴史に翻弄(ほんろう)され、人を拒み続けながらなお、現役の国道としてある。「こんな物語のある道はそうありません」

 後日、「清水の天狗(てんぐ)」とたたえられる清水集落の小野塚高一さん(75)の案内で、再び酷道に入った。送電線を巡回する元国鉄職員だった民宿「やまご」の主人は、山を知り尽くしている。走るような速さで密林をゆく天狗の背中を必死で追った。沢をわたり、崖をよじ登り、標高千メートル付近まで高度を上げたところで足が止まった。

 国道のど真ん中に山が盛られ、鉄塔の一脚がドンと埋め込んであったのだ。「JRの送電線ですよ。国鉄の時代につくられたものだけどね」。小野塚さんの言葉に力が抜けた。291号の通行を阻んでいたのは自然の猛威だけではなかった……。

 コンクリートの土台にもたれ、峠の方を見ながら水を飲んだ。「291はずーっとこの山肌を迂回(うかい)して峠に向かうでしょう。山菜採りにだって遠くて使えない。もう死んだんだ、この道は」。天狗が涼しげな顔で言う。

 ニクイという思いは消え、ただ頭を下げたくなった。(斎藤健一郎)

■国道291号とは

 明治政府が国家事業として開いた清水越えのルート。開通時は国道8号の指定を受けていた。群馬県みなかみ町文化財調査委員の阿部利夫さん(67)は「越後の米をより早く関東へと運ぶ『米の道』の役割と同時に、新潟港開港を迫る外圧に対抗する『軍事道』の期待もあった」と語る。しかし、交通はすぐに途絶し、大正時代には県道に「降格」した。

 291号として再び国道に指定されたのは1970年のこと。当時は山間地を切り開きスカイラインなどと名付けられた山岳観光道路が全国各地に次々とできていた。阿部さんは「291を観光道路として復活させたいという声は今も地元にはある」と言うが、実現は難しそうだ。

 地元の新潟県と群馬県が管理するが、清水越えの区間は大部分が、実質手つかずのまま放置された状態になっている。新潟県の担当者は「国道17号など、きちんと整備され、安全な通行が確保された国道が近くにあるから」と説明する。

 再開発の可能性を聞くと両県とも「今のところ予定はありません」。歩行も困難な新潟側に対し、群馬側は登山地図にルートが記され、一応は歩けることになっている。だが、今年は雪が深く8月になっても通行できるか見通せない状態だという。

 そんな道がなぜ、廃道にならないのか。新潟県に聞くと、地元から国へ要請しないかぎり行政上の国道が消えることはなく、「特にこちらから要請する予定もない」とのことだった。

363 とはずがたり :2017/08/31(木) 14:10:18
県道ならぬ「険道」 数は「酷道」よりも膨大? 初心者にはお勧めできない道路たち
https://trafficnews.jp/post/78420/
2017.08.30 乗りものニュース編集部

364 とはずがたり :2017/09/03(日) 19:53:24
今回の山行がは灰野坂!
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/2246/1070022351/4038
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/2246/1070022351/4042
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/2246/1070022351/2985
r368は俺も気になってる。本レポを受けて道路族も緊急増補。
http://tohazugatali.iza-yoi.net/TOKAI/meiho30.html#r368

もひとつ気になってるのは>>257で触れた三河湾ドライブウェイ。
有料道路時代の名残か現道との交叉部にインターや未成の遺構っぽい道路敷地が有る上に,荒れた雰囲気で(探索した時は)通行止めになってる区間迄あって結構探索好適地の印象だが今は通行止めどうなってんのかな?

wikiに拠ると。
>当初は「三河パークライン」計画として、本宮山スカイラインや鳳来寺山パークウェイなどと接続して観光開発する計画があったが、立ち消えとなった[6]。
なんて記述もあって公共事業無駄派の俺でも流石に心が動くw

365 とはずがたり :2017/09/07(木) 09:16:59
昨夜はこまくんの上洛を得て久々の林道決行!
会議終了し神戸から一路高速飛ばして西山天王山へ。
地獄谷がいまいち位置をロストしてゐて判らないので先ずは浄土山乗願寺へ。西山の大仏。
此処,通行ご遠慮下さいと書いてあったが無事府道迄通り抜けられた。
https://map.goo.ne.jp/map/latlon/E135.39.46.500N34.54.18.694/zoom/8/

で,ネットで調べて地獄谷へ。どうも此処が入口らしい。
https://map.goo.ne.jp/map/latlon/E135.36.7.197N34.55.30.325/zoom/10/
が,ゲートが設置されて這入れなかった。
不法投棄防止の為ご理解下さい的な看板が出ていた。非常に残念。

まったく場所を忘れていたが出口は此処か?
https://map.goo.ne.jp/map/latlon/E135.35.16.324N34.57.3.002/zoom/10/

若しくはこっちだったか?
https://map.goo.ne.jp/map/latlon/E135.35.17.358N34.55.28.775/zoom/10/
此処から里に出る迄可成り未だあるけど。

どっちにせよ,そちら側からも何処迄進入出来るのか試してみたい。

次,ポンポン山を目指すも,山亀岡(昔は名前付けてなかった。亀岡南部の山)の林道を思い出して進入。
此処,またも不法投棄防止で閉鎖されてゐた。
https://map.goo.ne.jp/map/latlon/E135.36.42.750N34.58.2.188/zoom/9/
なんと。。
閉鎖されて無い方の道を辿って篠へ出る。途中後ろから一般車に追いつかれ,歩行者にもであう。どないなっとんねん。

兎も角この辺も昔走り回ったが此処は繋がってなかったんだっけ?
https://map.goo.ne.jp/map/latlon/E135.37.21.604N34.58.29.250/zoom/9/
で,出るとしたらこっちだったかな?
https://map.goo.ne.jp/map/latlon/E135.36.18.091N34.58.47.637/zoom/9/
閉鎖されてない林道で迂回出来るから閉鎖も已む無しか?

それにしても15〜20年程経つと昔は走れた林道もゲートで閉鎖されている。。矢鱈世知辛く偏狭で許容心の少なくなってきた今日この頃http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/2246/1348989696/2819であるけど,それがこんな所にも現れてるのかも。まあ不法投棄は日本の原野山林を愛する俺で無くとも憎むべき犯罪行為であるし,許容心が少なくなったお陰で政治利権等正常化している部分もあるのだから多少は我慢しなくてはならないとも思うんだけど。

閑話休題,次はくびなしである。此処も入口を忘れてしまった。蛍が見える橋が入口だったっと俺が記憶してゐてで高尾か清滝が入口だった筈ということで清滝に向かう途中でこまが高尾で道を曲がっていくとこですよと思い出す。

往年の俺ならナビ無しで此処(r136)を選択できただらうが,頭の片隅に存在はあったけどスルーだ!
https://map.goo.ne.jp/map/latlon/E135.41.26.192N35.1.47.654/zoom/9/
と思ったけど,帰って調べて見ると通り抜けれた記憶は記憶違いみたいだ…orz。
現地はこんな感じ。どっかの大学のフランス文学者のブログみたいである。で,この文学者も山行がに触発された様だw
京都に棲めて羨ましいなあ。。。

京都府道136号
http://pensiero.seesaa.net/pages/user/search/?keyword=%8B%9E%93s%95%7B%93%B9136&vs=&tid=seesaa_hotspot&hid=167&c=12&search=1&ic=shift-jis

入った記憶は確かにあるので途中迄入って引き返したのだったかな?

で,遂にメインイベント,くびなしへ。神護寺の脇であった。
https://map.goo.ne.jp/map/latlon/E135.40.33.474N35.3.15.196/zoom/10/
一帯は朝日峰とかいう山でその中を延々と走る。
結局この辺迄行って急坂に路面の凹凸に負けて引き返えしてきた。
https://map.goo.ne.jp/map/latlon/E135.38.50.438N35.4.27.056/zoom/8/
次は廃村田尻から攻め上がりたいし,その更にひと尾根西のr362も視認してみたい。

と思ったが廃村田尻はこの先の道路上では無く一筋東側の谷だったようだ。謎である。。昔行った時は一旦田尻まで行って引き返して谷筋をチェンジしたんだっけ??

366 とはずがたり :2017/09/07(木) 09:34:35
>>365
またr362に関してはそれなりに詳細なレポもある。

【右京区】府道362号線 未整備区間
http://nekotani.blog.fc2.com/blog-entry-899.html
【右京区】林道 芦見谷線(府道362号線 未整備区間の続き)
http://nekotani.blog.fc2.com/blog-entry-900.html

グーグル先生は此処で引き返してゐる。
https://www.google.co.jp/maps/@35.105422,135.6307416,14z

この道路の尖端は,くびなし林道の分岐点↓迄伸びそうな感じがある。
https://map.goo.ne.jp/map/latlon/E135.38.45.750N35.4.22.472/zoom/8/

また二つ目のゲートのゲートが無い方,行き先に神護寺とあったが途中から車道では無くなるようだ。此も忘れてた。

松尾峠の方とかどうだったかなあ。。

もうちと明るい時に行かないと怖いな。。作業の行われてない日曜の昼とかじゃないと無理かも。

で,それなりに満足して欽林車庫前のブラウンに向かう。ブラ定は今日は焼肉定食で740円なり。
学生の頃はちょっと高い(大学生協は安いからな)価格帯でも20年経っても値上げしてないのは驚異である。次々と馴染みの店が潰れていって淋しい限りだが,20年前と殆ど風貌の変わらないブラウンの親爺さんだが何時迄もお元気で店を開いて欲しい。林道の後は北大路から西大路になる角にあったママカリが伝説的なお店(24時間起きっぱなしで店をやってると噂の青白い顔の店長が名物)だったけどこれも潰れちゃって久しい。妙心寺近くのお好み焼きジャンボは健在。

銀閣寺道はパチ屋が両方とも潰れていた。喫茶店の白川は残っていた。
ブラウンは1台だけだけど駐車場が確保されてた。此は嬉しい。周辺は道が狭い。
ブラ定を堪能。美味。

その後薬局を探すもない。李白は管理物件になってたようだ。

で,力の湯に。久しぶり。入る内に次々と往時を思い出す。

で更に国際。東山の狭隘道から日野法界寺の脇を通るのが往時の順路だったけえが省略。六地蔵付近からr242に進入。国際ccは破綻した筈だが看板は各所に残ってゐた。r242の途中にある分岐より山道に這入る。
この辺は炭山がオキニだったけえがr242のこの先か。1本北側のr782も地図で見ると魅力的だがこっちはどうだっけか?全部忘れてゐる。。
ガスが足りなくなって来たので国際本体は省略。どうなってるか知りたかったがまた来たい所。

適当に生駒着。翌朝こまを京都駅迄送ってエクス終了。
お疲れ様でした☆

367 とはずがたり :2017/09/07(木) 10:01:00

くびなしだけど雲心寺林道と云ふらしい!

【右京区】谷山林道
http://nekotani.blog.fc2.com/blog-entry-630.html
高雄の谷山林道です。京都の自転車乗りの人には良く知られた場所かも知れませんが、観光地の奥にこんなステキな林道があるなんて最近まで知りませんでした・・

【右京区】雲心寺林道(前半)
http://nekotani.blog.fc2.com/blog-entry-631.html
一つ前の記事の谷山林道と接続する雲心寺林道(うんしんじりんどう)です。

舗装路が終わるところまでを前半部分としてご紹介します。この区間はロードバイクでも大丈夫です。
キレイな道ですがかなり勾配がキツイところもあります。

【右京区】雲心寺林道(後半)林道 宇治宇治谷線
http://nekotani.blog.fc2.com/blog-entry-633.html
2014/12/25 23:35
二つ前の記事の雲心寺林道(うんしんじりんどう)の後半です。上りで記事にしたかったので旧京北町側から走りました。

雲心寺林道だと思っていたのですが、旧京北町側は林道 宇治宇治谷線(うじうじだにせん)という名前でした。同じ林道なのか途中で名前が変わるのか、良く分かりませんでした。

走ったのは前半の記事の約一週間後ですが、上っていくにつれて雪が多くなりガリガリに凍っていました。もうこの辺りは春になるまで無理ですね・・

368 とはずがたり :2017/09/14(木) 09:05:32
山行が新刊読了♪
新中央道、八甲田十和田連絡道、森吉と後半三本は堪らんセレクションだった!

369 荷主研究者 :2017/09/14(木) 22:52:01

http://www.tokachi.co.jp/kachi/jour/03tozasareta/1.html
2003.2.8勝毎ジャーナル
KACHIMAI
No.1 NEWS PAPER IN TOKACHI HOKKAIDO SINCE 1919

心や思い運ぶ役割、経済効果

憤り隠せぬ地元住民

 「日高への道は近くて遠い道 残照に輝く峰の白雪をながめて『山の向こうに暖かい土地がある』と想いつづけた父祖の願い ひたすらに求めつづけた日高への道は、この地の里人の心の底に焼き付いている」(住民組織「日高中央横断道路早期完成を願う村民の会」の吉田勇治顧問著「日高への道」から)

着工から19年後に建設が凍結された日高横断道路(昨年9月撮影)

 道路には金銭で測れない価値があると、村民の会(中札内)の佐竹英司会長は話す。「毎年盆と正月に繰り返される民族大移動。飛行機や汽車で(故郷の地に)降りたとしても、最後は道路を通って肉親らと会う」

 道路には人々の心や思いを運ぶ役割があるといい、「日高の山並みを見ていた者が、その向こうの人と思いを交わすことはできる」と佐竹会長は語る。完成を夢見て、思いは中札内村と静内町との道路の両端で共有されてきた。

 中札内村と静内町のサッカー少年団は、年に数回交流。両町村の観光協会関係者は毎年、それぞれで開催される祭りを訪れ、若鶏や海産物を売る。老人クラブの交流も行われている。横断道路が開通すれば、移動時間は現行より1時間余り短縮され、「思いがより早く相手に通じる」とし、佐竹会長は建設凍結の解除を信じている。

◆  ◆

 道路建設の凍結は地元経済にも影響を及ぼす。村商工会の真鍋和清会長は「(凍結は)大きな打撃。地元スーパーの村内出店と合わせ、ダブルパンチだ」と肩を落とす。建設に伴う地元経済への波及効果は年間数千万円に上る。

 真鍋会長は「建設に途方もない時間と巨額の費用が掛かるということを、道が前面に出すこと自体がおかしい。怒りだけだ」と憤りを隠さない。和田民次郎村長も「(これまでに国、道が)500億円以上をつぎ込んできた。効果を出さないという話はない」と語る。

◆  ◆

 「知事は(建設)現場の実態を知らず、話すことも理解できない」と吉田顧問は話す。建設凍結後の道路管理をどうするかなどが不明だからだ。和田村長も「(整備済み区間などを)放置すれば、自然保全が大変。しっかり道路を整備する中で、自然を守るのが大事」と指摘する。

 村民の会では10日の道による地元説明会終了後、世話人会を開き、道への陳情を含めた今後の活動方針を確認する。吉田顧問は「残念でしたでは終わらない。仲間と一緒に早く凍結を解いてもらうよう運動していきたい」と力を込めた。

(深田隆弘)(03.2.8)

◇ ◇ ◇

 堀知事が、日高横断道路の建設凍結を正式表明した。構想から約40年、着工からは19年後の凍結に、中札内村民は憤った。背景には、開通を待ち望み、かなえられなかった住民の夢や「地元不在」の建設見直しがある。凍結は地域経済に打撃を与えるともいう。道路に託してきた住民の思いや今後の運動方針を探るとともに、道が優先させるとする高速交通ネットワーク整備の現状などを追う。

370 荷主研究者 :2017/09/14(木) 22:52:42

http://www.tokachi.co.jp/kachi/jour/03tozasareta/2.html
2003.2.9勝毎ジャーナル
KACHIMAI
No.1 NEWS PAPER IN TOKACHI HOKKAIDO SINCE 1919

道央中心の交通網

全体像見えず今後の影響懸念

http://tohazugatali.web.fc2.com/road/20030209tokachi01.gif

◆  ◆

 「結局、道央中心の道政ではないのか。同じ道民でありながら(交通インフラに)格差が出て良いのか」。堀達也知事の発表を聞いたある関係者は、士幌高原道路の中止やエア・ドゥ支援などを引き合いに出して憤った。道財政と高速道路整備を取り巻く厳しい見通しの中で浮かんだ選択肢は、十勝と日高の悲願である「道道静内中札内線(日高横断道路)」よりも、北海道全体の悲願である「高速交通ネットワーク」だったからだ。

 道内の高速交通ネットワークは、全国と比較して立ち遅れている。高速道路など高規格幹線道路網の供用率は、全国57・3%(総延長1万4000キロ、供用延長8017キロ)に対し、道内は30・8%(同1825キロ、同562キロ)。供用区間の大半は道央圏だ。

 しかも、道路関係四公団民営化推進委員会が整備抑制方針の色濃い最終報告をまとめるなど、道内高速道路整備には逆風が吹いている。

◆  ◆

 堀知事は「選択と集中」を掲げ、高速交通ネットワーク整備促進には地元負担も辞さない姿勢を強調。昨年11月の日高横断道地元視察では「日高はまず道央圏と結ぶことが先決」「道東道十勝清水-夕張間の開通を第一に考えている」と発言し、高速交通ネットワーク整備への傾注ぶりをうかがわせた。

◆  ◆

 高速交通ネットワークの整備促進を求めるのは、十勝の関係者も同じ。ただ、単なる区間ごとの整備としてではない。「道路はネットワークとして各路線がつながってこそ意味がある。単独路線で効果が出るというものではない」と、広域的な観点での道路網整備を訴えてきた。

 日高横断道は、高速道路網と連結する計画。一大農業基地である十勝にとって、日高だけではなく苫小牧港まで至り、道央や本州への流通新ルートとしての期待もある。

◆  ◆
 しかし、道の特定政策評価調書案は日高と十勝の観点のみ。市内のある経済人は「全体像を持った道路網整備が必要。知事はそれをどう考えているのか」と、評価手法や道の道路網整備に対する考え方に疑問を呈する。

 岩野洋一帯広商工会議所会頭は「高速道路整備が厳しい議論にさらされているときに、道路整備に対して知事がリーダーシップを取らなければならない。それなのに、こうした考え(建設凍結)が出てくるようであれば、ほかの道路整備への影響も懸念される」と不安を漏らす。

 北海道横断自動車道、高規格幹線道路帯広広尾自動車道と、整備促進が希求される路線は多い。「選択」の後の「集中」はまだ見えない。

(岩谷真宏)(03.02.09)

371 荷主研究者 :2017/09/15(金) 00:03:16
廃道の危機!?

http://www.chunichi.co.jp/article/aichi/20170830/CK2017083002000052.html
2017年8月30日 中日新聞
豊根村長ら「県道1号早期復旧を」 12月の土砂崩れで不通

http://tohazugatali.web.fc2.com/road/PK2017083002100001_size0.jpg
崩落し道をふさいだ大量の土砂。大型ダンプ1200台分に相当するという=豊根村富山の県道1号で

http://tohazugatali.web.fc2.com/road/PK2017083002100002_size0.jpg

 豊根村富山(とみやま)地区の生活道路、県道1号(飯田富山佐久間線)が、昨年12月から土砂崩れで通行止めになっている。伊藤実村長らは29日、県新城設楽建設事務所(新城市片山)を訪れ、「住民の暮らしに深刻な影響が生じている」として、石川博英所長に早期復旧を要望した。 

 通行止めになっているのは、長野県境に近い長さ五十メートルの区間。昨年十二月二十四日、高さ七十五メートルの山の斜面が崩落し、約六千立方メートルの土砂が道路をふさいだ。

 富山地区は長野県との結び付きが強く、住民は通勤や買い物、医療機関の受診など日常生活の多くを長野県飯田市や下伊那郡の町村に頼る。県道1号は、暮らしを支える重要なルートになっていた。

 現在は大回りの迂回(うかい)を余儀なくされ、新野峠経由で国道151号を利用しているが、「道が険しく、飯田まで一時間近く余計にかかる。冬は積雪や凍結の危険もある」と前富山区長の兼子武夫さん(80)は話す。救急や災害時の対応など住民の不安は大きいという。

 要望書を受け取った石川所長は「決して手をこまねいているわけではないが、土砂崩れの規模が大きく、周辺部分でも崩落の恐れがある」と説明。「仮橋を架けるなどの手法が考えられるが、さらに詳細な調査が必要」とし、具体的な復旧の見通しは示さなかった。

 (鈴木泰彦)

372 とはずがたり :2017/10/16(月) 19:03:43
よっきれん40才おめでとage♪ヽ(゚∀゚)ノ

10/13だそうだから数日遅れたけどw

まだまだ元気やねえw

373 とはずがたり :2017/11/25(土) 14:56:45
今回の山行がは地味な滋賀県道130号 岩室神線だ。
http://yamaiga.com/road/spr130/main.html

此処http://yamaiga.com/road/spr130/map_5.gif地図に無い橋を渡って県道が続いていると本文にはあるがgooマップではご覧のように直進して黄線が続いてゐるhttps://map.goo.ne.jp/map/latlon/E136.15.24.568N34.55.38.919/zoom/10/

googleマップだとこんな感じ。
https://www.google.co.jp/maps/@34.9301355,136.2547386,3a,75y,182.92h,96.85t/data=!3m9!1e1!3m7!1sDOPzwu-5VvYhGGzoLQjvVg!2e0!7i13312!8i6656!9m2!1b1!2i28

ヨッキのmap_5.gifは間違えてて分岐点は電子地図には載ってる此処https://map.goo.ne.jp/map/latlon/E136.15.27.298N34.55.36.256/zoom/10/の分岐の様だ。

寧ろ近所の此処のhttps://map.goo.ne.jp/map/latlon/E136.15.25.732N34.55.23.360/zoom/11/https://map.goo.ne.jp/map/latlon/E136.15.25.172N34.55.25.845/zoom/11/が気になる。

で,山抜けた出口がここらhttps://www.google.co.jp/maps/@34.9171676,136.2461633,3a,90y,38.97h,91.57t/data=!3m9!1e1!3m7!1sBsfkmMNVIg05cgejfwebaA!2e0!7i13312!8i6656!9m2!1b1!2i28でここから黄線が復活してる。

374 とはずがたり :2017/11/25(土) 14:58:27
>>373
gooマップだと未通箇所は此処https://map.goo.ne.jp/map/latlon/E136.15.14.981N34.55.24.178/zoom/11/で,直ぐ東側に新しい未成道があるっぽいので其処がr130の未来の姿なのかどうか気になるとこ

375 とはずがたり :2017/12/14(木) 22:39:21
廃道系の巨人よごれん氏だが荒川化学とお付き合い有るらしい♪
結構あちこち走ってるし化学系メーカー営業かなあ

https://twitter.com/yogoren/status/940965153687814144
よごれん ??
@yogoren
フォロー中 @yogorenさんをフォローしています
その他
荒川化学さんから今年も手帳をもらった。ロジン(松ヤニの成分)から着想したと思われる会社のイメージキャラクター「マツタロウ」と「ロジーナ」が何ともいえない味を出してる。富士で工場が爆発して言葉もないけど、来年は頑張ってほしい。

376 とはずがたり :2017/12/17(日) 20:22:58

怖いけど人気 岩肌むき出し、素掘りトンネル長寿化計画
http://www.asahi.com/articles/ASKCY76BVKCYUDCB025.html?ref=yahoo
堤恭太2017年12月17日10時32分

 千葉県君津市は補強などを特に施さずに掘ったままの状態の素掘りトンネルを22本も抱えている。これだけの素掘りトンネルがある自治体は珍しいという。岩肌がむき出しで入るとちょっと怖いが、それが人気にもなっている。一方で生活道路なので安全対策は欠かせない。市は3月に長寿命化修繕計画を立てて補強、補修を始めた。

 ダム湖の三島湖。その湖畔に全長85メートルの梅ノ木台1号隧道(ずいどう)がある。幅は軽自動車がやっと通れるほど。入り口付近は補強されているが中に入ると壁はでこぼこ。掘り進んだ後がそのまま残されていて洞窟のようだ。出口が見えないので恐る恐る進んでいくとトンネルの中に直角のカーブがあった。「三島ダムL字素掘トンネル」とも呼ばれるこのトンネルは今年度中に吹き付け工事を行うという。

 外に出るとすぐに梅ノ木台2号隧道がある。ここは入り口も素掘りのまま。全長は1号隧道とほぼ同じで直線だが、中に分岐がある。人が通れるほどのトンネルの方から外へ出るとそこは崖。三島湖が見え、岩に挟まるように設けられた祠(ほこら)があった。

 同市は面積が県内2位と広く山間部も多いため小さな集落が散在している。そのため簡易な素掘りが増えた。国道や県道、高速道下のトンネルを除くと市が抱えるのは32本でその約3分の2が素掘り。いずれも1940年代以前に掘られたとされ、老朽化も進んでいる。

 しかし、トンネルの先には数軒しかない所もある。市の担当者は「大規模な工事は難しいが、簡単に封鎖はできない。早期の補修で長く利用していきたい」と話す。そこで素掘りを含めた32本を5年間かけて補修する長寿命化修繕計画を立てた。

 計画では、まず2本は天井をなくして非トンネル化し、5本は吹き付け工事で補強する。危険度が高い3本はすでに封鎖した。計画の中間年の2019年度には大規模な点検を実施、今後の方針を検討するという。事業費は、素掘り以外のトンネルの補修費も合わせると6億1234万円と試算している。(堤恭太)

関連ニュース

377 とはずがたり :2018/01/06(土) 17:35:08
なんで日野市内の電車区の有る豊田始発にしないのか理解に苦しむww

http://www.jreast.co.jp/chiba/bbbase/

<自転車専用電車>旅先で走ろう 房総バイシクルベース運行 毎日新聞社 2018年1月6日 12時02分 (2018年1月6日 12時24分 更新)
https://www.excite.co.jp/News/society_g/20180106/Mainichi_20180106k0000e040301000c.html


「B・B・BASE内房」に自転車と共に乗り込む乗客=東京都墨田区のJR両国駅で2018年1月6日午前7時2分、和田大典撮影

 車内に自転車をそのまま持ち込めるJR東日本の専用電車「B・B・BASE(房総バイシクルベース)」の運行が6日、始まった。午前7時39分に両国駅(東京都墨田区)を出発し、和田浦駅(千葉県南房総市)に向かう6両編成の電車に、自転車をひいた約70人が乗り込んだ。

 相模原市の会社員、吉岡徹さん(32)は「自転車を折りたたむ必要がないし、混雑を気にせず乗れるのがいい。今日は海岸線の景色を楽しみたいです」と笑顔を見せた。

 バイシクルベースは、週末を中心に両国から内房線や外房線、成田線などを走る。乗車券などの問い合わせは、びゅう予約センター(0570・04・8928)へ。【和田大典】


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