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労働運動

1933 名無しさん :2019/01/18(金) 00:23:15
>>1932

567億円が宙に浮いた
 何をどのように偽ったか(What、How)は、分かった。15年にわたって不正を行っていたという時間(When)も分かった。

 賃金水準が相対的に高い東京都のシェアが過少推計されたので、全国の賃金の推計結果も低く推計された。毎月勤労統計は労働保険の給付金を算定する基礎資料になるので、長年にわたって、雇用保険(失業保険を含む)や労災保険といった労働保険の給付額が少なくなったのだ。

 影響を被った人数は1973万人、金額は567億円におよぶと見られる。過少推計のせいで、政府が本来支払うべき567億円は支払われなかったことになる。原因(Cause)も結果(Result)も、厚労省の報告ベースであるが判明した。

 実行責任者(Who)も官報や各種媒体の人事情報を追えば、この事件の全容がある程度は判明する。

誰のために、なぜ不正が?
 問題は、誰のために(for whom)、なぜ(why)、このような不正を行ったかだ。一般的に言って、今後の不正防止・再発防止には、原因究明は重要な意味を持つ。政府統計の信頼回復にとっても、本来であれば、意味がある。

 だが、筆者はどんなに調査を進めても、多くの真実は明らかにならないのではないか、と悲観している。

 政府統計全体の問題として、統計部門の予算も人材も不足しているという構造的な課題が放置されている。統計部署が軽んじられているのだ。問題の根深さを確認するためにも、政府統計の歴史を少し振り返りたい。

政府統計は戦後復興のため
 第二次大戦後、吉田茂に召し出された大内兵衛の尽力により、統計法が制定された。吉田茂は駐英大使の経験があり、英国流の統計(エビデンス)に基づいた意思決定や原理原則に沿った意思決定を重んじていた。故に、戦後復興のためには、政府統計の充実が肝要であるとして、実務担当者に大内兵衛を召し出したのである。

 大内兵衛の言とされる、「統計の整備は、日本再建の基礎事業中の基礎事業である」との言葉が、当時の問題意識を物語っている。

 その統計法も、経済・社会環境の変化で、時代遅れになった。経済が製造業からサービス業へとシフトし、生産の流れが把握しにくくなった。バブル崩壊後の不況から、企業のコスト意識が高まり、報告者負担が経団連などでも議論になった。調査して集めたデータを、ただ統計を作るためだけではなく、学術・研究目的で二次利用できるよう求める要望も強まった。

 日本の統計システムは、その都度、行政の問題意識に沿って迅速に調査を行えるよう、各省庁が統計を作成する分散型の統計システムを採用している。中央省庁の縦割りの中で、農水部門への統計職員の偏在が解消できなかったため、統計法改正を機に、人員配置を見直し、経済のソフト化に対応して、サービス部門の統計を強化するという議論があった。

 公正明大で信頼され、経済・社会の状態をタイムリーに的確に把握できる統計を作成する。そして、使い勝手が良いよう、公表データだけではなく、二次利用にも取り組む。

 統計法改正の趣旨をかみ砕いて言えば、そうした理想を掲げ、政府統計の立て直しを図ることだった。改正された統計法は、07年5月23日に公布され、09年4月1日に施行されている。既に10年近くが経つ。


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