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日本の城郭

1 日帝極右保守反動分子 :2003/09/08(月) 18:39
日本の城郭に関するスレッドです。

390 荷主研究者 :2018/12/09(日) 19:06:44

http://www.chunichi.co.jp/article/fukui/20181129/CK2018112902000024.html
2018年11月29日 中日新聞
かつての丸岡城の姿が明らかに 北海道の民家で写真発見

昭和17〜23年ごろに撮影された丸岡城=坂井市提供

 坂井市の丸岡城を写した昭和初期の写真などが北海道内の民家で見つかり、市に寄贈された。写真は、一九四八(昭和二十三)年の福井地震で天守が倒壊する前の昭和初期を含む三種類計四枚。市丸岡城国宝化推進室では「城郭としての保全や整備、活用に役立つ」としている。

 寄贈したのは、丸岡城近くで酒店を営んでいた故小林政夫さんの家族。写真は昭和十六年以前、十七〜二十三年、三十年以降の三種類で、いずれも小林さんが生前に撮影したと思われる。現在のお天守前公園側からと思われる写真には、階段や石垣、天守以外の建物も写っている。同推進室の担当者は「それぞれ年代が異なっており、資料的価値は高い」と話し、写真を分析、精査していく。

 写真のほか、丸岡藩最後の藩主・有馬道純の息子の有馬純文(すみあき)子爵(一八六八〜一九三三年)が大正五(一九一六)年に書いた額も譲り受けた。「不忘敬(敬うを忘るべからず)」の文字と「圓陵(えんりょう)子爵」の署名と落款がある。

 小林さんの家族から八月ごろ連絡があり、今月寄贈を受けた。市では機会があれば、企画展などで展示する方針。

 (中田誠司)

391 荷主研究者 :2019/01/01(火) 16:10:04

https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/201812/0011875330.shtml
2018/12/4 15:00 神戸新聞NEXT
純白再び築城400年 明石城、土塀塗り直しお披露目へ

明石城の石垣に組んだ足場から土塀の漆喰を塗り直す作業員=明石市明石公園

土塀に発生した黒カビ=明石市明石公園

 2019年に築城400年を迎える明石城(兵庫県明石市)で、大規模なお色直しが進められている。明治末期に取り壊され、阪神・淡路大震災後、約100年ぶりに復元された土塀の全面塗り直しは初めて。近年はカビによる黒ずみが目立っていた。記念の年を前に青空に映える白さを取り戻そうと、漆喰(しっくい)を塗り直す作業が本格化している。

 土塀は、城主の御殿があった本丸の南側にある石垣の上に、国の重要文化財に指定されている巽櫓(たつみやぐら)と坤(ひつじさる)櫓をつなぐ形で作られた。明治末期に取り壊され、正確な構造が不明だったため長らく復元できなかった。震災で被害を受けた櫓を修復中、土塀に関する資料が見つかり、2000年に高さ約2・3メートル、長さ約96メートルを復元した。

 今回は、土塀に黒く広がるカビを除去する。10年にも一部の漆喰を塗り直したが、石垣に近い部分に黒いカビが再び発生。土塀と石垣のすき間から菌が侵入した可能性もあり、全体を塗り直すことにした。事業費は約1500万円。

 管理する兵庫県園芸・公園協会などによると、カビの原因は不明だが、城の南側は明石海峡から吹く風や雨にさらされている上、高さ20メートル以上の石垣の上にあるため、日常的な手入れが難しいのも一因という。

 作業は来年3月まで。石垣に足場を組んで土塀の漆喰をはがし、中の土壁や砂漆喰など3重の層を塗り直す。石垣を含む城全体の景観が楽しめるよう、伸びた樹木を伐採し、石垣の雑草を取り除く。

 土塀の塗り直しは年内完了を目指す。来年春、夏のライトアップなど築城400年の記念行事を企画する県公園緑地課の宮崎貴久課長は「来年は記念の年。可能な限り築城当初の雄大な姿に近づけ、その風格を多くの人に楽しんでほしい」と話す。(小西隆久)

【明石城】 江戸幕府の直轄事業として1619年、徳川家康のひ孫で初代城主の小笠原忠政(後に忠真と改名)が、義父で姫路城主の本多忠政とともに築城を始めた。西国諸藩に対する備えを担う姫路城の後詰めが役割とされ、明石海峡を通る船が見渡せるよう人丸山に築いた。天守台は造られたが、天守閣は建てられなかった。現存する2基の櫓(やぐら)は1957年、国の重要文化財に指定。城跡は2004年、国史跡に指定された。

392 荷主研究者 :2019/01/02(水) 21:03:23

https://www.hokkaido-np.co.jp/article/256079?rct=n_hokkaido
2018年12/09 05:00 北海道新聞
史跡・松前城、木造復元へ 江戸末期を再現 35年完成目指す

木造での復元が計画されている松前城の天守

 【松前】渡島管内松前町は、国指定史跡の松前城(福山城)について、現在は鉄筋コンクリート造りの天守(地上3階、地下1階建て)を、江戸末期の建設当時の木造で復元する方針を決めた。来年度から基本構想の策定に着手し、最短で2035年度の完成を目指す。総事業費は概算で30億円と見込まれ、国の補助を得たい考え。

 松前城天守は北方警備の拠点として1854年に完成。道内唯一の日本式城郭で、1941年に国宝に指定されたが、49年に火事で焼失した。現在の天守は61年に建設され、資料館として一般公開されているが、老朽化が進んで耐震性の問題が確認されていた。

 復元する木造天守は3階建て。江戸時代の図面やメモ書き、焼失前の写真などを基に、内部構造も忠実に再現する方針で、木材も当時と同様にヒバなどを使う。国指定史跡の建て替えには文化庁の許可が必要で、町教委は来年度から2〜3年かけて基本構想や年次計画などをまとめ、同庁に計画を申請する。

 松前藩が執務や会議に使っていた天守隣の「本丸表御殿」も6億円を費やして復元し、文化財展示施設として活用する計画だ。

 国内では、名古屋城(名古屋市)が22年12月の完成を目指して木造復元計画が進められている。(高野渡)

393 荷主研究者 :2019/02/09(土) 23:33:58

https://www.kyoto-np.co.jp/sightseeing/article/20190101000037
2019年01月01日 12時10分 京都新聞
高まるブーム、安土城も再建? 復元向け滋賀県が調査

建築史家の研究に基づく安土城の模型。建造時の全容が分かる資料は見つかっていない(滋賀県近江八幡市安土町小中・安土城郭資料館)

 戦国時代に織田信長が築き、豪壮華麗な天主を誇ったとされる安土城(滋賀県近江八幡市)の復元に向け、滋賀県が新年度から本格的な検討に乗り出す。全容の分かる資料がない「幻の城」で、海外の資料も調査してきたが実を結んでこなかった。近年の「城ブーム」などを追い風に民間団体の再建熱も高まり、県は調査団の再派遣も視野に、名城復活への道を探る。

 安土城は築城から3年後の1582(天正10)年、天主が焼失した。長年復元を望む声がある一方、城跡は国指定特別史跡のため、文化庁の許可を得るには建造当時の設計図や絵図などをそろえる必要があった。

 そのため県と旧安土町は1984年、信長が天正遣欧使節を通じてローマ法王に献上したとされる屏風(びょうぶ)絵「安土城之図」を探す調査団をバチカンに派遣。その後も調査は続けられたが、発見には至っていない。

 一方で全国的に城巡り観光が注目され、信長を討った武将明智光秀が主人公のNHK大河ドラマの2020年放映が決定。国も文化財の保護から活用へかじを切る中、県は経済効果が大きいとみて、復元の糸口を探ることにした。

 ただ、仮に屏風絵が見つかっても、耐震性の観点などから木造での復元は難しいとの見方が優勢だ。そのため県庁内には、城跡に近く、かつ史跡指定外の場所に、信頼性が高いとされる復元図面で再建するのが最も現実的とする意見もある。いずれにせよ巨額を要するため、民間と連携して可能性を探る方針だ。

 昨年、県に再建を提言した滋賀経済産業協会はコンクリート造りの場合、工費は300億円程度と試算。商業施設の併設も構想し「長期的に考えれば費用面はクリアできる」とする。

 NPO法人「安土城再建を夢見る会」(近江八幡市)は今年からシンポジウムなどを通じ、全国的に再建の機運を高める方針という。尾﨑信一郎理事長は「安土城は普通の城ではなく、天下統一を目指した信長の思想が込められている。観光資源としてだけでなく日本の宝になる」と再建の意義を訴えている。

394 荷主研究者 :2019/03/17(日) 11:42:40
>>393
https://www.kyoto-np.co.jp/politics/article/20190212000025
2019年02月12日 10時52分 京都新聞
安土城「復元」に大きな壁 設計や外観不明、滋賀県が調査法検討

安土城跡の大手道。滋賀県は城の復元に向けた取り組みを本格化させる(近江八幡市安土町下豊浦)

 滋賀県は新年度から、安土城(近江八幡市)の復元に向けた取り組みを本格化させる。2026年の築城450年祭に照準を合わせ、映像技術の活用を含めた「目に見える形での復元」を目指す。新年度は県民の機運を高める講座を開くほか、全容の分かっていない城の実像に迫るための調査手法を検討する。

 安土城を巡っては、県内の経済団体やNPO法人の間で再建熱が高まっており、年初に三日月大造知事が復元を目指す方針を表明した。その後「想定以上の反応がある」(三日月知事)として、急きょ新年度当初予算案に計900万円を確保。復元の方向性を探ることにした。

 ただ最大のネックは、城の設計図や外観が分かる絵図が見つかっていないことだ。城跡は国指定特別史跡のため、文化庁の許可を得るには当時の姿を正確に再現する必要がある。これまでにも、築城した織田信長が天正遣欧使節を通じてローマ法王に献上したとされる屏風(びょうぶ)絵「安土城之図」を探すため、調査団をバチカンへ派遣するなどしてきたが、発見には至っていない。

 そのため、県は19年度に調査に携わった人への聞き取りなどを行い、復元に向けた課題や調査方法を検討する。また、小説家らによる講演会や過去の発掘成果を紹介する映像制作を通じて、県民の関心や理解を広げる方針だ。

 調査団の再派遣も視野に入れ、20年度には関連資料の調査や専門家の意見集約を行う予定。城跡での再建築の可否に加え、VR(仮想現実)技術や映像投影などの手法も検討し、21年度に具体的な復元方法や実施主体を決める。民間にも参加を呼び掛ける。

 三日月知事は「いたずらに天主を建てるのではなく、城を大切に思う方々とよく議論をしていきたい。第1段階は知恵を集めるために、夢を膨らませる取り組みを目指したい」としている。

395 荷主研究者 :2019/03/31(日) 10:18:19

http://www.chunichi.co.jp/article/aichi/20190219/CK2019021902000050.html
2019年2月19日 中日新聞
現天守解体準備9億円超 名古屋市、完成スケジュール維持

 名古屋城天守の木造復元事業で、名古屋市は現天守を解体する準備工事費として九億六千万円を二〇一九年度の当初予算案に盛り込んだ。文化庁から復元事業の許可が得られない中、五月の文化審議会で解体許可を先行して得られなければ二二年末の完成スケジュールの維持が不可能となるだけに、河村たかし市長は新年度を「正念場」と位置付けている。

 現天守の解体には、内堀の中に解体片を仮置きしたりトラックで搬送したりする作業場「構台」を築く必要がある。内堀にすっぽり埋まる寸法で、トラック搬送路として北側の名城公園へ桟橋をかける工事と合わせ、二〇年度までに二十一億円を計上する計画だ。

 文化庁が復元許可に先駆けて解体許可を出すかは前例がないため未知数だが、市は許可が得られ次第、解体の本工事費も予算化する方針。逆に、許可が得られない場合は準備工事費を執行できず、翌年度に繰り越される可能性もある。

 復元天守のバリアフリー問題では、エレベーターに代わる新技術を募る国際コンペ開催費に四千万円、新技術の実証実験の場となる実物大(幅一・八メートル、高さ二十四メートル)の階段の制作費九千万円も計上した。階段は、正門南側の東海農政局に隣接する市管理の広場に設置し、二階建ての建物で覆って市民が上ったり実験を見学したりできるようにする。

 ほかにも天守内部の詳細な設計費に六億九千万円、木材の調達費に十七億一千万円など、計三十五億円を復元事業に充てた。

 北西側の外堀に船を浮かべたり、重要文化財の本丸表二之門を大規模修繕したりするための調査費や、本丸御殿の本来の場所にはめ込んで展示する重文障壁画を増やす費用など、観光施設としての名古屋城の魅力を向上させるための取り組みも予算化した。

 (谷悠己)

396 とはずがたり :2019/04/09(火) 22:55:44
個人的には戦国スレの此処へ

https://bushoojapan.com/scandal/2017/12/14/107399
伊達政宗の手紙(書状)が、本人に気の毒なぐらい面白い件につきまして

397 荷主研究者 :2019/04/21(日) 23:35:33

https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/823523
2019年3月27日 午前7時30分 福井新聞
丸岡城の天守、最古でない可能性
戦国時代でなく江戸時代の建築

江戸時代の寛永年間に建築されたとの調査結果が出された丸岡城天守=3月26日、福井県坂井市丸岡町上空から日本空撮・小型無人機ドローンで撮影

 戦国時代の創建とされてきた福井県坂井市の丸岡城天守の整備時期が、江戸時代の寛永年間(1624〜44年)と推定されることが3月26日、市教委の調査結果で明らかになった。全国には1615年の一国一城令以前に建てられた天守が姫路城など複数残っており、「現存する最古の天守」としてきたアピールの手法が軌道修正を迫られそうだ。

 ⇒「価値不変」国宝化運動は継続

 市教委から委嘱を受けた丸岡城調査研究委員会の吉田純一会長(福井工業大学客員教授)が同日、坂本憲男市長に報告した。

 天守に使われている部材について、年輪や放射性炭素濃度、酸素同位体比から年代調査を行った結果、多くは1620年代後半以降に伐採されたと結論付けた。

 丸岡城の創建時期については、戦国武将・柴田勝家のおいの柴田勝豊による1576(天正4)年と、初代丸岡藩主の本多成重が入城した1613(慶長18)年以降の2説があった。調査結果を受け市教委は、丸岡藩が24年に立藩したことを契機として、成重の代に整備された可能性が高いと判断した。

 天守台の石垣が自然石をそのまま積んだ野面(のづら)積みで、16世紀後半に伐採された部材も天守の一部にあることなどから、吉田会長は、現存の天守が建築される以前に「前身となる天守が存在した可能性は高い」と指摘。ただ、構造的に重要な役割を持つ通し柱が1626年以降に伐採されたとの判定が出ており、天正期の天守を改修したのではなく、寛永年間に新たに建てられた可能性が高いとした。

 一方で吉田会長は、丸岡城は下層部の建築後に物見櫓の「望楼」部分を載せる望楼型であり、一国一城令以前の城に多く見られる天守草創期の造りであるとし「建築様式が移り変わる時期に、(当時としては古い様式の)望楼型で建てられたことは逆に意義がある」と述べた。

398 荷主研究者 :2019/07/10(水) 22:55:42

https://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20190621/CK2019062102000025.html
2019年6月21日 中日新聞
「浜松城二の丸」に迫る 旧元城小跡地を市が発掘調査

浜松城二の丸の発掘調査を始めた職員ら=浜松市中区の旧元城小跡地で

 浜松市は二十日、浜松城二の丸があったとされる同市中区の旧元城小学校跡地で発掘調査を始めた。江戸時代を通じて浜松藩政の中心だったといい、市は、徳川家康が浜松城に居城していた頃の遺物が出てくる可能性があると期待する。 

 来年度以降の本格調査に向けた試験的な発掘で、二〇二〇年一月末までを予定する。対象は跡地約一万六千平方メートルのうち約三千平方メートルで、幅二メートルの溝を網目状に縦横にショベルカーで掘り進める。数十センチから一メートル超の深さまで掘る予定で、江戸時代の地層まで調べる。

 市によると、二の丸には藩の政務を行い、藩主が日常生活を営む御殿があった。残された「二の丸御殿絵図」を見ると、御殿の北東側に台所、北西側に寝間があったことがうかがえる。

 絵図と照合しながら調査を進める。市は一一年にも跡地の一部で試験的に調査し、徳川家康が浜松城を居城にしていた一五七〇〜八六年ごろに使われた可能性がある井戸跡を確認している。

 旧元城小跡地は、明治時代は民家があり、戦後は小学校用地に整備されたとされる。二の丸のほか、浜松城本丸の石垣や堀があったとされる場所もある。市文化財課の担当者は「江戸時代よりもっと古い遺物や遺構が出土する可能性もある」と語る。

(篠塚辰徳)

399 とはずがたり :2019/10/19(土) 21:53:35
勿体ない!

大きすぎてお蔵入り? 精巧な城模型、展示先決まらず
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191019-00000004-kobenext-l28
10/19(土) 10:00配信神戸新聞NEXT

 兵庫県の三木市高齢者大学大学院の地域活動講座内のグループ「三木城再現模型を創る会」が昨年末に完成させた三つの模型の展示先がいまだに見つかっていない。模型やパネルなど1メートルを超える大きさがネックになっており、現在は一時的にまなびの郷みずほ(三木市細川町瑞穂)に置かれているが、このままでは文字通りお蔵入りに。同会会長の勝丸桂二郎さん(73)=三木市=は「官民問わず、三木の活性化に役立ててもらいたい」と願う。(大橋凜太郎

 模型の作製は2016年秋に勝丸さんが発案。みき歴史資料館主任の金松誠さんが描いた配置図を参考に、メンバーが図面を起こし、模型会社に依頼した。ところが、提示された制作費の試算は一つが約500万円。それなら自分たちで作ろうと、18年4月から制作に取りかかった。

 力を尽くしたのは、メンバーで設計会社やメーカーの元技術者ら。郷土史家の助言も受けながら想像を巡らせ、築城、降伏開城、廃城と3時代の姿を形にした。精巧な造りながら、制作費用は模型会社の試算の40分の1以下に抑えた。

 今年1月、三木市役所3階プロムナードを皮切りに、緑が丘町公民館(同市緑が丘町中3)、中央図書館(同市福井)で展示会を開催。延べ約2500人が見学したが、5月以降の展示実績はない。

 常設のネックになっているのはその大きさ。模型はそれぞれ縦横110センチで、3世代の歴史を紹介するパネルも1枚が縦110センチ横80センチと幅を取る。市教育委員会生涯学習課の担当者は「所管する施設などに声を掛けたが、期間限定の展示が前提。常設は難しい」と話す。

 勝丸さんは「常設でなくても、巡回展示や学校園への貸し出しで郷土史の勉強に生かしてもらえないか。展示スペースを持つ会社にも活用の検討をお願いしたい」と期待を掛ける。


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